154 :
逆転無罪判決の事例:
判示事項:自白調書の「信用性」が否定されて、逆転無罪判決が宣告された事例
判決要旨
(一)本件 自白調書には 動機について、了解可能性に乏しいものと認められる。
(二)被告人の捜査段階の自白には、重大犯罪を起こした者の 心理的葛藤 が少なく、
内容の薄いものとなっている。
(三)本件のような 動機犯罪 において、動機部分についての 自白の信用性が否定
される以上、その他の部分について特に信用性が強いなどの事情が認められない限り、
被告人を有罪と認めることは出来ない。
(四)火災現場における残渣物などについての 説明が自白調書から欠落しているのは、
取調官が被告人の主張を調書から省略した可能性も 否定できない
(五)被告人の法廷での態度からは、理路整然とした自白調書の記載と
決定的に矛盾するものがある、と言わなくてはならない。
(六)以上の 五点を中心に検討するに、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな
事実誤認が認められるから、破棄を免れない。
2004年11月22日判決宣告
裁判所書記官 ○○○○
事件番号:平成15年 (う) 第795号
被告事件名:@殺人未遂、A現住建造物等放火
被告人:勾留中
被告人に対する 上記 被告事件につき、大阪地方裁判所(旧.刑事8部・合議係)が言い渡した
判決に対して、被告人から控訴の申し立てがあったから、当裁判所は、次のとおり判決する。
主 文
原 判 決 を 破 棄 す る
被 告 人 は 無 罪
155 :
逆転無罪判決の事例:05/01/12 23:22:04 ID:5AQ2on6k
理 由(要 旨)
第1.控訴趣意 等について
本件 控訴の趣意は 弁護人2名作成の 控訴趣意書
および 同補充書 に記載されているとおりであるが、
論旨は、ま ず、
○「理由.不備」 (刑事訴訟法378条)
○ 「自白の 補強法則 違反」(刑事訴訟法319条・刑事訴訟法379条)
○ 「その他の」訴訟手続きの法令違反(刑事訴訟法379条)を主張するものの、
これらは、いずれも、「理由が ない」と認められる。
なお、次いで、事実誤認の論旨について、当裁判所の判断を示す。
第2.事実誤認についての 控訴趣意
論旨は、「被告人は、
本件 建物には 放火はしておらず、無実である。」などとし、他に、放火行為をした「真犯人」がいる、
などとして、1審判決を論難する。
第3.当裁判所の検討
◆(0)総論
そこで、記録を調査し、当審での事実調べの結果を併せて検討するに、
156 :
逆転無罪判決の事例:05/01/12 23:22:30 ID:5AQ2on6k
【判決骨子】 原判決は、本件 公訴事実と 同趣旨の 認定をして
被告人を有罪と認め、懲役10年を宣告したものであるが、
○ガソリンを使用して 放火 がされた 本件において、目撃者は誰もおらず、
○本件は、被告人と 「事件」の結びつきに「乏しい」ところがあり、
自白調書にも 信用性に乏しい部分が 多々 見られるのであり、
被告人が 本件犯行を 実行したのかについては 【合理的な疑い】が残り、
結局、原判決は 破棄を免れない。
◆(1)自白調書中、動機全般について___各論(1)
なお、被告人の自白調書では、
「Y建設に勤務していた当時、従業員のN氏に借金をしており、その返済から逃れたかった」
という趣旨の 記載 がされている。
<原判決>は、「実際、火災発生後に、被告人は Y建設から逃走してしまった」ことや
「動機は短絡的であるが、しかし、まったくありえないことではない」
などとして、動機について、「 自白の信用性 」を肯定した。
そこで、【当裁判所】としての 検討を、<原判決>と対比しつつ、以下に示す。
<原判決>は、「自白調書に、動機が繰り返し記載されていることからみても、殺意は明らか」
などと<認定>をする。
し か し な が ら、 関係証拠によれば、
(1)被告人の 消費者金融への借入金返済は、1ヶ月あたり3万3千円程度 であり、
自白調書の記載内容よりも、はるかに、小さな金額だったことが 裏付けられていること
(2)従業員Nとの関係も、さほど、悪くはなく、現に、N氏は 借金返済を迫ってはいないこと
(3)被告人は 住み込みで Y建設で働いており、1ヶ月で 手取り16〜20万円の収入があったこと
これらの事実が認められるから、原判決の認定は、失当である。
157 :
逆転無罪判決の事例:05/01/12 23:22:59 ID:5AQ2on6k
次に、Y子との交際について <原判決>では、
「被告人は 平成8年6月28日に貰った給与を、ホンの数日で Y子との交際のために費消しており、
金銭的に窮していた」などと<認定>をするけれども、
そもそも、Y子への「交際費」によって、借金の「総額」が増えたわけではなく、
・ 先に指摘した (1)(2)(3) の事情も 併せて検討すれば、
原判決の認定は 当を得ない ものといわなくてはならない。
したがって、1996年6月末に、Y子との交際が破綻したからといって、
被告人が 「金銭的に 追い詰められていた」とは<いえない>のであり、
これらの点についての <原判決の>認定判断は 当を得ない ものである。
■(2)自白調書中.「所在不明」の説明について___各論(2)
なお、<原判決は> 「本件火災後、被告人が借金を清算せず、そのままy建設から
逃走したのは 不自然」であるなどとして、この 情況事実を、自白の信用性の補強材料としている。
し か し な が ら、関係証拠上、
(3)’ 従業員N氏らからは、厳しい督促はなかつたこと
(4)被告人の当時の生活態度は、自白調書の記載 と 矛盾 していたこと
これらの事情に照らせば、被告人が、所在不明となった点については、
<原審での 被告人質問>での発言のように、
・仕事上の嫌気が差したこと
・親しかった N氏へは、借金の 清算ができないことについての 置手紙を残したこと
___などから、「合理的な説明」が可能である。
158 :
逆転無罪判決の事例:05/01/12 23:23:23 ID:5AQ2on6k
■(3)自白調書中、動機についての「小括」___各論(3)
しかも、その 「自白調書に 記載 された」動機 の裏づけについては、
@迫真性には 乏しいうえ、
A被告人が、 「窮乏生活をしていた」(自白調書の 記載 内容)ことを裏付ける形跡が、
同僚からも 得られていない こと___これらの事情に照らせば、
【要旨第1】 およそ、他人を殺害する為の 切迫した事情 はなく、
自白調書の 内容を 裏付ける 根拠に 乏しい と言わなくてはならない。
結局、本件では、 動機に関する点 につき、了解可能性が乏しいという
ことにならざるを得ない。
弁護人の所論に即して、動機について、さらに小括をするに、
1)そもそも、N氏からの 借金の総額は65万円に過ぎない上、
2)本件 借金 は、従業員N氏が 死亡しても 消滅するものでは なかった こと
3)しかも、借金の清算のために <他の,従業員も住む> 従業員寮に 放火 するという
自白の内容は、 「その目的」と「手段」に大きな差があり、 不 自 然 と言わざるを得ない。
また、借金のために <被告人が>N氏を恨む動機も 関係証拠上は見出せない。
■(4)自白調書の 信用性 についての 概説__各論(4)
【要旨第2】 結局、被告人の自白調書には、殺害に失敗すればどうなるのか、
あるいは、嫌疑を免れるためには どうすればイイのか、等
重 大 犯 罪 を起こす者の行動としては 心 理 的 葛 藤 は な く、
内 容 の 薄 い 自白調書 となっている。
結局、自白調書で述べられている 内容 のうち、 動機については、了解可能な余地は ない。
159 :
逆転無罪判決の事例:05/01/12 23:23:47 ID:5AQ2on6k
■(5)原審における M証人の問題 等について___各論(5)
さらに、当裁判所としての検討を続ける。
<原判決は> 「……被告人は、犯行当時は イライラしていた……」などとし、放火
の動機が存在する かのような 判示をする。し か し な が ら、
その内容は きわめてアイマイであり、動機を充分に説明できるとは 言いがたいのである。
なお、<原判決は>M証人の 原審公判での証言から、「被告人には 火災保険金目的の動機が
あったことも否定しきれない」などと判示している。
( ちなみに、Mは、別件 殺 人 事件を起こして、当時は 公判中の身であり、
拘置所に 「一般.接見」に 来た Y弁護士に 打ち明けた 内容と、
原審公判で 証人として、述べた内容とが、180度、食い違っている。 )
しかしながら、Mは、y建設の 役員であったSを殺害して 公判中の身だったのであり、
みずからの刑事責任の軽減を図るために、 虚偽の供述 をする 可能性もあるのであるから、
その証言内容の吟味には 慎重でなければならない。
■(6)その他、自白調書には記載「されなかった」動機の「有」「無」について___各論(6)
なお、本件において、「自白調書に 記載 された」動機が 不自然 であることは 既に説示したが、
念のため、自白調書とは 別個独立して、被告人に 放火の 動機が、あるか、否か、を検討する。
160 :
逆転無罪判決の事例:05/01/12 23:24:17 ID:5AQ2on6k
Y子との関係についてみるに、
@まず、被告人は、PS(検察官面前調書)においても、Y子との件で放火したことは 明確に 否定
しているし、
AY子との関係で 放火事件を起こしたとすれば、本件 犯行の 客観的情況とは 矛盾を来たす
ことは 関係証拠上、明らかである。
【要旨第3】したがって、自白調書の「記載」の「有」「無」を問わず、
被告人には 本件犯行についての 動機が 乏しい ことが明らかである。
そして、被告人には Nを殺害する動機もないことは既に 説示したが、
【要旨第4】本件のような 動 機 犯 罪 において、動機に関する、自白調書の信用性が
否 定 される以上、動機以外の「自白調書」部分が 特に信用できない限り、
被告人を犯人と認定することは出来ない、というべきである。
そこで、以下は、動機「以 外」の その他の点について 自白調書の信用性を検討する。
■(7)燃焼情況中、マットについて___各論(7)
本件においては、警察官が作成した 捜査報告書によれば、火災現場には 残渣物(ざんさ ぶつ)が
存在したことが認められる。
しかしながら、 自白調書 には、この残渣物 については、一切、記載がされていない
161 :
逆転無罪判決の事例:05/01/12 23:25:03 ID:5AQ2on6k
<原判決は>この点につき、「…被告人は、放火当時、マットに気がつかなかったということは、有り得る…」
などと判示している。し か し な が ら、関係証拠上、足元が見えないほど 現場が 暗かった
ということを 示す証拠は、まったくない。
【当審での】事実調べの結果などを踏まえて検討すると、マットは、その大部分が 犯人の目に「入った」
筈なのであつて、通常、これに気づかないとは 考えられない。
しかも、マットは、火をつける際の媒介物(ばいかいぶつ)として利用できる筈である。
【要旨第5】すると、自白調書に マットについての言及がないこと は不自然であって、
取 調 官 が わざと 「マットに 気がつかなかった」と 調 書 記 載し、
被告人の<真の>主張を 調 書 上 は 省 略 した可能性も、否定できない。
■(8)燃焼情況中、4リットルのガソリン缶について___各論(8)
<原判決は>4?缶のガソリンを撒いて 放火行為をしたと<認定>し、
<自白調書>では、着火後、ゴミ箱に、4?缶は、ライターと共に投げ捨てた、と記載されている。
しかしながら、Y建設関係者の供述(参考人調書としての、警察官調書・検事調書)によると、
「この位置には」そのガソリン缶は存在しなかった と考えられるし、
仮に、ゴミ置き場に、放火後、4?缶が「放置」されていたのであれば、
・火元である、Y建設関係者
・捜査関係者
が、これを身逃がすわけは無い。