おばあちゃんごめんね・・

このエントリーをはてなブックマークに追加
1氏名黙秘
先日、おばあちゃんが亡くなりました。
1年ほど前から体調が悪く、ずっと入院していました。
最初の頃はお見舞いに行ってたんですが、だんだんと面倒になり、
ここ半年は1度しか行きませんでした。そして夜中に病院からの電話。
急いで服を着て両親と病院へ。
すっかりやせちゃったおばあちゃん。枕の脇に置いてあったティッシュの
箱に青のマジックで書かれた、「お誕生日おめでとう!」の文。読んだとたん、
どうしてオレはおばあちゃんの誕生日に気付かなかったんだろう、って思った。
どうして「おめでとう」のひとこと、言ってやれなかったんだろう、って思った。
ベッドの上でおばあちゃん、寂しかっただろうな、って思った。
恥ずかしげもなく泣いた。自分が情けなかった。健康なくせに部屋でダラダラしてる自分。
時間なんていくらでもあったのに、お見舞い行かなくてごめん。
ごめんね、おばあちゃん。ごめん。
2氏名黙秘:2001/06/10(日) 03:05



       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 冫、  <  あっそー
 `     \_____
3名無し:2001/06/10(日) 03:09
おばあちゃんは誕生日に会えなかったことよりも、
あなたの流してくれた涙の裏にある気持ち
ごめんね、と思う気持ちを受けとって天国へ行ったと思います。
悔やむ気持ちは きっと届いていると思います。
大切だったおばあちゃんのご冥福をお祈り致します。
4氏名黙秘:2001/06/10(日) 03:10
>>2
おまえは…
5氏名黙秘:2001/06/10(日) 03:15
私もおばあちゃんの死に目にあえなかった。
小さい頃はあんなに可愛がってくれたのに、
年を重ねるごとにうざいと思うようになってしまって。
大きくなってからちゃんと話した記憶もないよ。。
お葬式の時は泣けて泣けてしょうがありませんでした。
自分が情けなくておばあちゃんにもうしわけなくて。
今もこれ書きながら涙ぐんでいます。。
6氏名黙秘:2001/06/10(日) 03:17
ちょっとグッときちゃった。。
7氏名黙秘:2001/06/10(日) 03:23
>>5 同じだよ。僕なんか、文にすることもできない。
遠いとか、忙しいとか理由を付けていた。電話するだけだった…。

>>2は、ありたんスレと重複だから荒らしと判断したみたいだけれど、
仮にそうだとしても、元の文章を書いた人は、マジだったと思う。
8氏名黙秘:2001/06/10(日) 04:06
>>7
>>箱に青のマジックで書かれた、「お誕生日おめでとう!」の文

まさに同じ経験あり。
今日もおじいちゃんにつらくあたってしまたが反省した。
だからコピペでも(・∀・)イイ!
9氏名黙秘:2001/06/10(日) 04:14
数年前、じいちゃんを亡くした。
その当時、俺は大学目指して浪人していた。
俺は、明治生まれの権威主義的なじいちゃんが嫌いだった。
旧帝大卒で、中小企業だが社長にまでなったじいちゃんの期待が
とてつもなくプレッシャーだった。

浪人途中、じいちゃんが入院した。
俺は、家からじいちゃんがいなくなったことをうれしくさえ感じた。
なぜなら、じいちゃんのプレッシャーから逃れることができたから。

そして、じいちゃんは俺の大学合格発表の後、すぐに死んだ。
俺は、じいちゃんが嫌いだった。
死に目には立ち会えたが、悲しくなかった。
じいちゃんの屍が家に戻り、葬式が行われた。
それでも、まだ悲しくなかった。
そして、火葬場へ行き、じいちゃんが焼かれる瞬間、
瞳の奥から、涙があふれ出てきた。
人のために涙を流したのはその時が初めてだった。

小さいときはかわいがってもらった。
いろんな所へ連れていってくれた。
いろんなものを買ってくれた。
俺は、いつからじいちゃんのことが嫌いになったか考えた。
結局、自分への言い訳として、じいちゃんを嫌っていたのだと思った。
入試の結果はじいちゃんの期待に応えられるものではなかった。
じいちゃんの最期は、俺のこともわからなくなってしまうほど
ボケてしまっていたけど、きっと、どんな大学であろうと、
俺の合格を喜んでくれたはずだと思った。

あれほど号泣したのは、
家族を亡くすという体験を初めて味わったからかもしれない。
しかし、あの涙はじいちゃんのことが好きだったという
証明だと信じたい。

じいちゃんの死は、大事な人は、
失って初めてわかるという教訓を教えてくれた。
しかし、気づいたときにはじいちゃんはもういなかった。

じいちゃんが死んで数年が過ぎた。
このスレは、じいちゃんの死が教えてくれたことを
再び思い出させてくれた。

俺は、土俵こそ違えど、今、再び浪人生活を送っている。
ばあちゃんはまだ生きている。元気にしている。
しかし、いつ逝ってしまってもおかしくないほどの高齢である。
早く司法試験に合格して、なんとかばあちゃんを喜ばしてあげたい。
なぜなら、ばあちゃんが死んだ時も、
俺は、きっと泣くだろうから・・・。

10氏名黙秘:2001/06/10(日) 04:18
>>9
おまえの文章
泣きそうだよ・・
11名無しさん:2001/06/10(日) 04:41
こういう、いいスレがあるから2ちゃんねるってやめられない。
みんな、ばあちゃん大切にしような。
12氏名黙秘:2001/06/10(日) 05:09
すいません、1はコピペなんですけど。。。
13氏名黙秘:2001/06/10(日) 05:27
みんなもお年より(=ベテ)は大切にね。
14氏名黙秘:2001/06/10(日) 09:20
>>9
感動した
15氏名黙秘:2001/06/10(日) 13:28
>>12
コピペでもいいもんはいい。
俺も他板でみたが感動した。
16氏名黙秘:2001/06/11(月) 00:46
うちのばあさん、今年で93才になる。
しかし、スクワットを平気でやってのけるスーパーばあさん。
漏れのほうが先に逝っちゃうんじゃないかと思うときがある。
鬱、鬱、鬱・・・。
17氏名黙秘:2001/06/11(月) 01:33
心に何かを残してくれるコピペなら、俺は歓迎するよ。
もっとも、何度もやられると鬱だが。
18氏名黙秘:2001/06/11(月) 02:47
デバスをのんだ
きもちいい…
19氏名黙秘:2001/06/11(月) 03:18
>>18
おいおい、しっかりしろよ・・・
20 :2001/06/11(月) 09:03
とにかく受かって喜ばせよう。
21氏名黙秘:2001/06/13(水) 20:21
そうしよう
22元ベテ:2001/06/13(水) 21:45
なんとか合格できたとき、オヤジは「おめでとう」と言っただけだったけど、後に知り合いに「いやぁ、家売らなくて済んだよ(笑)」とかって言ってたらしい。
飲んだくれのオヤジだったけど、それなりに心配してくれてたんだなって、思った。
ちなみに、今も飲んだくれてます。体調崩して入院する日の朝、「これで娑婆には戻れない」と思ってビール2本飲んで病院いきやんの。
まぁねぇ...今でも論文の発表で自分の名前見つけたときのこと思い出すと、涙出てくるし。
23氏名黙秘:2001/06/13(水) 22:34
私も父がたのおばあちゃんで1さんと同じようなことあったよ。
すぐ近くの病院に入ってたのになんだかお見舞いに行くのが面倒に
なっちゃってさ。
だんだん痴呆の症状も出てき始めちゃってね。
私の大学合格の報告まではぎりぎりわかってくれたみたいなんだけど。
大学進学のため上京した1年目の10月に天国に行っちゃいました。
この世からいなくなった悲しみよりも、面倒くさいって思ってたこと、
全然優しくできなかったまま逝かせてしまったことへの後悔でとにかくたまらなかった。
もう7、8年たつけど今でもふっと思い出して夜眠れなくなることも
あったりします。

失ってはじめて気づくことあるよね。
親孝行したい時には親はなしっていうけどおばあちゃんおじいちゃんにたいしてのほうが当てはまること
多いんじゃないかと思ったりするよ。
もしかしたらおじいちゃんやおばあちゃんもにたような経験してて
孫たちのそういう態度ってわかってくれてたりするんじゃないかなー
なんて思って自分をなぐさめてみたり。

なんか支離滅裂ですが、とにかく悲しいと思った、ごめんねって思った
その気持ちを忘れないことが大切だと思いました。

ちなみに母がたのおばあちゃんは16さんと同じくスパーおばあちゃん。
受験生活を強力にバックアップしてくれてます(ご飯とか健康管理とか諸々)。
おばあちゃんの目の黒いうちに合格を見せてあげねば―、ってところです。


24氏名黙秘:2001/06/13(水) 23:22
みんな似たような経験があるんだなと思ってうれしい。
あんなにしてしまったのは私だけだととても自分を責めていたから。
悪いことしたことにかわりはないけど、
みんながその気持ちを勉強にぶつけたり、他の人を大切にしようとしたり、
いい方向に持っていっているのがわかって励まされました。
25氏名黙秘:2001/06/13(水) 23:47
わたしもおばあちゃんのこと思い出すと切ない。
母には悪い姑だったけど、私には優しいおばあちゃんだったから。
26:2001/06/13(水) 23:48
わたしもおばあちゃんのこと思い出すと切ない。
母には悪い姑だったけど、私には優しいおばあちゃんだったから。
27氏名黙秘:2001/06/13(水) 23:57
今年祖父が亡くなった。自分が祖父に最後に会った時がいつだったのか、それすらろくに覚えていない。
大学生になってからは数回あったかなかったかくらい。
高校のころまでは、夏休みに親に連れられてよく遊びに行っていた。
祖父にとって自分が初孫だったこともあって、自分が幼いころからすごく可愛がってもらった。
高校のころ、古いアルバムを見つけて、それを広げてみたら、戦前の白黒写真で祖父がまだ10代の若々しいころの姿がそこにはあった。
写真に写っている祖父は、変な言い方だけど自分とそっくりで、「自分は祖父の孫なんだなあ」と妙に納得した。
祖父は老人ホームに入る前の数年(自分が大学生になったころ)、自分の親の居る家で祖母と一緒に住んでいた。
祖父は自分が司法試験を目指すことを応援してくれていた。
「○○(自分の名前)なら必ず受かる。」と、いつも励ましてくれていた。
そのころは、司法試験の合格なんて遠い先の先にしか思えなかったから、祖父の言葉も気休めにしか思えなかった。だから、合格する頃にはすっかりそういった祖父の励ましの言葉なんて忘れていた。
今年、訃報が入って、急遽葬儀に参列した。
祖父との対面は、数年ぶりだった。
既にここ数年は痴呆が進んでいて、いわゆる老人ホームに入っていたんだけど、自分が卒2で司法試験(祖父は「司法官試験」と戦前の呼称を使ってたけど)に合格したことの報告を聞いたときには、まだ症状がそれほど進行する前で、涙流して喜んでくれてたらしい。
小さく、白くなって、人生を終えた祖父に数年ぶりに対面して、一度でもいいから面会に行けば良かったと後悔した。
祖父がいつも自分を応援していてくれていたことを思い出して、涙が流れるのを我慢するのに苦労した。
祖父は、若い頃当時の司法官試験合格を目指して勉強していたことがあったらしいことを、祖父が亡くなってから聞いた。
だから、涙を流して自分のことのように喜んでくれたんだなと思った。
また泣けてきた。

それからは、生前以上に、祖父の存在を意識してる。


28氏名黙秘:2001/06/14(木) 00:50
>>27
 うかって、おばあちゃんのところに報告に行きました。
 もう寝たきりで、すこし意識混濁も始まってたけど、合格証書もっていったら
「これ貰うのに、ずいぶん苦労したねぇ。大学入試のときは苦労しなかったのにねぇ。」と言われた。母が笑い泣きした。
受かって、結婚も決まって、婚約者の写真を持っていったら、写真に「よろしくお願いします」と言われた。母と二人で泣いた。
このときが最後でした。
お葬式には行かなかった。だから、田舎に行くと、おばあちゃんはまだ元気で迎えてくれそうな気がする。
29氏名黙秘:2001/06/14(木) 02:06
>ALL
ばーちゃんいるだけいいじゃん
うちは短命家系でね、生まれたときには
その世代は、唯の一人もいなかったんだよ
もう親も確実に危ないな
親の兄弟もほぼ全滅、男女問わず
おそらく2年以内だろう
覚悟しとこ。はー。
30氏名黙秘:2001/06/14(木) 02:14
>>29 そうなんだ、親孝行しなくちゃね。
私も人にそんなこといってられないんですが。(汗
私たちが合格することで、喜んでくれる人が大勢いるんだなと思った。
このスレ読んでたら。
31氏名黙秘:2001/06/14(木) 02:26
でも、家にじいさん、ばあさんがいるとたいへんだよ。
俺ん家なんか、もの心ついたときから、家族で旅行したことないもの。
食事の世話なんかがあるからね。
現在、ばあちゃんだけだが、半分寝たきり状態。
誰かが必ず家にいて、世話をしなきゃいけないってのも、つらい。
ばち当たりなこと言って、スマソ。
32氏名黙秘:2001/06/14(木) 02:33
>>31
ばあちゃん亡き後、この書き込みを後悔する。
33氏名黙秘:2001/06/14(木) 02:49
なんかこういうスレの書き込みを見ると、
ほのぼのとしてくる、ていうか
切ないていうか、
なんか、すっげえその気持ち分かるよお。
34小泉:2001/06/14(木) 03:12
>all

感動した!!!!!!

PS.小泉内閣メールマガジンよろしくね。
http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/index.html
35氏名黙秘:2001/06/14(木) 10:02
             ∩
                 | |
                 | |
                 | |
                 | |
        ∧_∧   | |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       ( ´Д`)/ /  < 先生!このスレ臭いです!
      /      /     \________________
     / /|    /
  __| | .|    |
  \   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
  ||\             \
  ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄
  ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
     .||              ||
36氏名黙秘:2001/06/14(木) 10:11
(・∀・) …
37氏名黙秘:2001/06/14(木) 10:41
で、相続の揉め事で相談受けた?>1
38氏名黙秘:2001/06/15(金) 00:01
がんばろ
39氏名黙秘
うちは母子(+祖母)家庭で、ばあちゃんが母親的な存在だった。
母親は俺が小5〜高1の間、ぜんそくで入退院を繰り返してた。
そんななか、ばあちゃんの少ない年金で生計が維持されていた。
さぞかし、ばあちゃんは苦労したことだろう。
そんな苦労に何とか報いようと俺は高校に入って勉強に燃えた。
そして、京大に滑り込んで合格し、ばあちゃんは喜んでくれた。
そんな俺ももう丙案なしのベテラン。
択一は余裕(といってもボーダー+5前後)で合格できるようになったが、
論文が受からない。
今年受かって毎日俺の合格をお祈りしてるばあちゃんの気持ちに報いたい。

思わず書き込んでしまいました。
みんな早いうちにばあちゃん孝行しておこう。
うちのばあちゃんは89歳。
もうちょっといきててくれ〜。