司法試験と幸福実現党

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1氏名黙秘
司法試験と幸福実現党について語りましょう(爆
http://www.hr-party.jp/
2氏名黙秘:2009/05/25(月) 21:30:02 ID:???
結社の自由(憲法21T)。



以上
3氏名黙秘:2009/05/25(月) 21:31:23 ID:???
幸福実現政権で日本は繁栄
4氏名黙秘:2009/05/25(月) 21:31:59 ID:???
俺の青春を返せ!!!!
20代の輝ける時代を返せよ
5氏名黙秘:2009/05/25(月) 21:34:50 ID:???
政教分離の破壊。

6 「信教の自由」に関する問題点
第二十条のつくり方は、かなり混乱を呼んでいる。「学問の自由」と同様に、「信教の自由は、何
人に対してもこれを保障する。」だけでよいのであり、あとは法律でつくればよい。「いかなる宗
教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」というのは、もとは国
家神道のことを意図してつくったものだが、条文を正確に読めば、天皇制自体も、これに当たる。
また、第八十九条は宗教の範囲を制約して縛るものである。「信教の自由」の下に言うならば、政
治的な宗教も、政治的ではない宗教も、当然ありうる。「政治は、宗教的なるものを、一切、反映
してはならない」というならば、それは唯物論国家である。
7 腐敗や堕落から世を救う機能を果たしたい
そのほかにも、例えば、憲法の「第四章 国会」のトップには、「国会は、国権の最高機関であっ
て、国の唯一の立法機関である。」と書いてあるが、実際に法律をつくっているのは、ほとんど官
僚である。こういう明らかに嘘だと思うところは直していったほうがよい。また、参議院のあり
方も、「政争の具」として使われ、「良識の府」として機能しないならば、再検討の余地がある。
「信教の自由」と「政教分離」のところは、議論になるとは思うが、宗教政党そのものは欧米に
もある。宗教は良識の代表である。国民の多くが信じているような宗教であれば、そういう宗教
政党があることによって、世の中を腐敗や堕落から世を救う機能を果たせると考える。
8 宗教と政治は補完し合うべきである
幸福の科学が政党をつくることは、「世の中をよくしていきたい」という運動の一翼である。政治
が働かなければ、マザー・テレサのような人が一生懸命に難民救済をするわけだが、ある意味で、
それは政治の仕事でもある。現実には、宗教の仕事と政治の仕事は別のものではなく、重なって
いるところがあり、補完し合う関係だと思う。政治でできるようになるなら、宗教はもっと精神
的な高みを目指していくべきだと考える。
6氏名黙秘
4 「信教の自由」の解釈について
「信教の自由」を規定している憲法二十条、第一項の後段には、「いかなる宗教団体も、国から特
権を受け、または政治上の権力を行使してはならない。」とある。この立法主旨は、明治憲法下の
国家神道の下で、さまざまな宗教が圧迫・排除されてきた事実に鑑み、少数派の宗教への弾圧を
抑止しようとしたもの。また、この規定には、宗教団体の徴税権を排除する趣旨も、意味として
入っている。それでは、宗教団体は一切の政治的な権力を行使してはならないかといえば、第二
十一条には、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と書い
てあるが、この規定が宗教団体にだけ適用されるならば、非常な差別に当たる。
また、第三項も、考え方としては問題がある。首相の靖国参拝問題なども第三項に関するもので、
他国に悪用されたくはないものである。宗教的な行事を含んだ式典等も、寛容な態度を取るべき
である。

自らに対する批判の封鎖。

5 「言論・出版の自由」と「名誉毀損」の問題
言論・出版の自由は「国家権力からの自由」であり、私人に対する「言論・出版の自由」ではな
い。また、公人に対する「言論の自由」については、公務員を罷免する権利は国民固有の権利で
あるはずだが、実はマスコミ固有の権利になっているのが現状である。マスコミが悪口を言い続
ければ、公務員を罷免できる。公人は自分で反論すればいい、という考え方もあるが、「公人の持
っている反論手段が、マスコミの持っている攻撃手段と釣り合っているかどうか」が、今は非常
に問われている。それから、プライバシー権も、行き過ぎると問題が出てくる。