「キエル=ハイム嬢、今日は折り入って話があります」
「はっ、はい」
キエル=ハイム事、ディアナの声がうわずった。
ディアナの声がうわずるのも無理はなかった。
ようやくキエルの振るまいに慣れてきた今日この頃
突然、訪れたギャバンの用件はキエルの妹、ソシエの事で
ギャバンがソシエに求婚を求めたいと言う用件であった。
キエルに扮する事でさえ、毎日、緊張でクタクタになる日々なのに
ましてやキエルの妹であるソシエについて一生に一度の大大事
ディアナはまさに寿命が縮まる思いでギャバンと向かい合った。
「はっ、話しは分かりました。でも、どうしてソシエが? あの子は成人したばかりでまだふつつかと申しましょうか……」
「しかし、私は彼女の事がとても気に入りました!」
「ハァ……」
気持ちを伝えると言うよりも吠えて威嚇すると言う勢いでもって
ギャバンは自分がどれだけソシエを好いているか、ずっと喋りとおした……。
「……と、言うのが私が彼女を見初めた理由であります」
「そっ、そうですか……」
「いかがでござろう、キエル嬢!」
ギャバンの目がクワッと見開き、ディアナに迫った。
ディアナは、そんな鬼気迫るギャバンの迫力に思わず思わず「ヒッ!」と声を出して、腰が抜けそうになった。
「まっ、まぁ、今日はあまりにも突然だった物で、気が動転いたしました。気持ちを落ちつけて考えさせてください」
「分かりました」
ギャバンはそこで帰った
ディアナはなんとかやり過ごした事に「フゥ」と息をつきつつも
真剣だったギャバンの表情が忘れられない。
また、ギャバンは「明日にでも参上します」と自信タップリに答えへの時間を決めていた。
「どうしたら……」
ディアナは真剣な表情で悩んだが、そこにロランが現れるのはほんのすぐ後の事だった……。
ギャバンが自らの部隊に帰って来た。
部下達は神妙な顔つきで自分達を率いる隊長の顔を見た。
部下達は皆、ギャバンがソシエに求婚を求めている事を知っていた。
そして、なぜソシエなのか? とも思っている。
ソシエは皆が知るところ、お転婆で血の気が多く、男勝りに戦場に出向いている。
戦場に立つ男達が結婚相手に思うのは、いつの時代も変わらぬ
家族を守ってくれる、しっかりとした女性が理想であった。
自分が死んでも残った家族をしっかりと守ってくれる、自分が死んでも自分の事を覚えていてくれる。
そうした女性こそが戦場の男達の理想であった。
ソシエはそんな理想とはほど遠い女性であった。
しかし、ギャバンの決意は厚かった。
皆はそんなギャバンの決意を知る事はなく、ただ結論だけしか知らない。
元々、由緒正しい、軍人の家系の生まれであり、今まで目もくらむような美人との縁談もあったはずなのに突然の求婚騒動
いったい、なぜ、ギャバンはソシエでなければダメなのか?
(私が欲しいのはソシエではない。あのロランなのだ!……)
ギャバンは心の中から狂おしく叫んだ。
由緒ある軍人の家系に生まれ、また自らも誇り高い軍人である
ギャバンの暗黒の一面が蓋を開きかけた。
ソシエとロランの主従関係はかなり有名だった。
みんなが呆れ果てるソシエのお転婆ぶりに、ロランが懸命に付き従っている光景はどこにでも見うけられ、ロランはまさにいじらしさに溢れんばかりに健気だった。
ギャバンがそんなロランを見初めるのも無理もない。
特にソシエが癇癪をおこしてはロランに当り散らし
済まなさそうにソシエに対して上目遣いで自分の主人の表情をうかがう物にはたまらぬ物がこみ上げてくる。
また、中性的と言うのも新鮮だ。
自分の部下達はなにかとマッチョで面妖な者ばかりの集団であり
蒸せ返る汗の匂いに包まれた軍隊であった。
そんな中においてロランの姿はまさに掃き溜めの鶴と言っていいほど美しい。
そうして無自覚に増幅されたギャバンの暗黒面の欲望は理性を覆い
ソシエへの偽装結婚に踏み始めたのであった。
深夜、興奮と緊張につつまれたギャバンはなかなか眠りにつけなかった。
明日で、あの恋焦がれたロランを手に入れるかどうかの瀬戸際なのである。
想像が広がるのも無理く、悶々とした時間を送っていた。
しかし、悶々ばかりしていられない。
明日も重大な任務が控えていて、部下達を率いていかなければならなかった。
「早く眠りについて明日に備えねば」
ギャバンは気を静めようと、テントを抜け出し散歩に出掛ける事にした。
そしてしばらく歩いた、その時であった。
遠くで一人で歩く、あの憧れのロランを見つけた。
(ぬおっ!)
ロランを見つけたギャバンは胸に圧力を覚えるほど胸が痛んだ。
「どっ、どこへ、いっ、行くのだ? あっ、あいつは……」
ギャバンの脳裏には、深夜一人で出歩くロランに堰を切ったように興奮が沸きあがった。
「ロッ、ロランは元はムーンレイスだ。、もしかして敵に内通しているかもそれん!」
ギャバンはそう適当な理由にかこつけて、明日の任務を忘れ
ロランの後を尾行する事に決めた。
ロランはまるで背中に翼でも付けているかのように軽い足取りで歩いていき
ギャバンも歩く事にハァハァと危険の息遣い漂わせながら追跡すると
やがて小さな森を抜けたところにある小さな泉に辿りついた。
(なんだ、ここは……)
ギャバンは足を止めたロランの様子を注意深く観察していると
突然、ロランは服を脱ぎ始めた。
ロランは水浴びをしに、この泉に訪れたのであった。
(おお……)
服を脱ぎ、生まれたままの姿になったロランにギャバンは声を出さなかった。
息が出来なかったのだ。
褐色できめ細かい肌、流れるような背中のライン。
細い肩、細い腰、細い足、それに反してプリプリしたお尻
幾度となく想像したロランの姿はまさに芸術的で
この古色蒼然とした小さな森、月の光が豊かに降り注ぐ神秘的な泉の風景とマッチしては妖精を思わせた。
「ハァハァハァハァ……」
気を静める為に散歩したはずが
逆にロランのオールヌードを拝める状況になり
ギャバンは胸が突き上げられるような興奮に見舞われた。
興奮は呼吸に合わせてグングンと高まっては胸を破りそうになり
正常な思考が出来なくなるようなほどだった。
「がっ、我慢ならん!!!」
ギャバンの中で結論が導き出された。
そして妖精ロランの優美な水浴びに獣人ギャバンがとうとうその野獣の本能を剥き出しにロランへと襲いかかってしまった!
ギャバンが目を覚ますとギャバンは裸でロープに縛られていた。
「お目覚めですね、ギャバン隊長」
細い腰にタオルを巻いただけの姿が意識を取り戻したギャバンに声を掛けた。
「ロッ、ロラン……」
ギャバンはロランの姿を確認した時、急速に記憶が蘇ってきた。
ギャバンはロランを襲おうとした
だが手を取られ投げ飛ばされては頭を押さえつけられ
意識がなくなるほど水を飲まされたのであった。
(しっ、信じられん……)
体のどこもかしこも細いロランに気を失わされた。
ギャバンは信じられなかった。
しかし、ロランからすれば、ギャバンをい手玉に取る事などまさにたやすい造作も無い事であった。
その繊細な容姿ばかり注目されがちなロランはハイム家に使えて
初めて与えられた仕事は炭坑夫
毎日、ツルハシを手に取り山と格闘してきたドカチンロランは
その容姿から想像できないほどの膂力を秘めている。
そんなロランの前においてギャバンなど毛深いだけのオヤジでしかない。
「やっぱり、ギャバン隊長は僕が目当てだったようですね」
「なっ!」
「どうも突然すぎると思ったんだ。ソシエお嬢様にプロポーズだなんて」
ロランの目が冷淡に妖しく光ってはギャバンを見据えた。
普段の、あの守ってやりたくなる頼りなさがいったいどこに消えてしまったのか?
現在のロランは怪しい自信にみなぎり、まるで別人の様であった。
(ロッ、ロラン……)
ギャバンは強烈なショックを覚えた。
ロランは容姿はさる事ながら、そのか弱い性格も大きな魅力と言ってもいい。
謙虚で慎ましく健気で優しいロラン。
そのロランが今、妖しいオーラをまといギャバンの前で仁王立ちしている。
ロランはギャバンを見下したまま、腰のタオルを取り去った。
「ぬおっ!」
完全に一糸まとわぬ姿になったロランにギャバンは驚愕した。
まさになんたる逸物!!!!!
すべてが中性的、女性的であったロランであったが
そこだけは何人をも圧倒する、強大で威圧的な極物が
強烈にロランが漢である事を威嚇さながらの主張をし
ギャバンは思わず恐怖を禁じえなかった。
「隊長ともあろう方が僕を襲おうなんて、どうかしているんじゃないですか?」
ロランはまさに嘲笑を禁じえないと言った態度でギャバンに言った。
「なっ、なに……」
嘲りを受けたギャバンはすぐにロランへ向かって何か言い返そうとした時であった!
ロランが腰を振るった。
するとロランの極物がブーンとうねりギャバンの頬に鈍い音を立てて打った。
「グハッ!」
ギャバンはあまりの衝撃に悲鳴を漏らした。
「まったくギャバン隊長。あなたは本当に仕方がないお人ですね」
ロランはやれやれと言った調子で、茫然自失状態にあるギャバンを地面に這わせた。
「今夜だけは特別ですよ」
そうロランは、いつもの温厚な調子で言いも、ギャバンはそれどころではなかった
「やっ、やめろ、ロラン! 男同士で何を……」
自分が何をしおうとしたのか、まったくどこかの棚に置き
ギャバンは激しく抵抗するが
ロランは苦にする事もなくギャバンを組み伏せた。
「フフッ、僕とこうしたかったんでしょう。いいですよ」
ロランはなんとも優しくギャバンに言いつつも、その脳裏では月の故郷での事が蘇る。
ちぐはぐで泳げなかったロラン、まさにイジメてくださいと言った性格
元々、ロランの故郷、運河人の街は気性の激しい荒くれ者達の多い街であり
ケンカの弱い者は男として見とめられない風潮がはばかり通っている。
そんな故郷でロランの弱虫ぶりはあまりにも有名であり
いつも近所のクソガキに泣かされる始末。
ロランをよく知るドナ姉さんはそんなロランを強くなるように励まそうと思っては、「やられたらやり返せ!」と毎日活入れビンタを食らわせていた。
しかし、そんな暗黒の子供時代を送っていたロランにも転機が訪れる。
地球帰還民作戦である。
ロランはそこで温厚な人達に優しく遇され、ある違った自分に気が付いた。
女顔、細いスラリとした体、芸術的、繊細、豊かな美貌
それらを含む初めて自分に向けられた賛辞……
「フフ、僕は美しい、僕の美しさを超えるのはディアナ様だけだ」
その思いは子供時代の反動ゆえかどんどん膨らみ、今では絶対の自信にまで成長していた。
そして、自分の美しさは自分だけではない、みんなの美しさでありそれを分け与えてやらないと使命にまで感じるようにまで思い上っていた。
ギャバンがとてつもない絶叫をあげ、森の中で寝ていた鳥達が一斉に飛びたった。
そんな中、ロランは月に向かって吠えた。
「地球はいいところだよ。みんな早くこっちに来〜い!」