投下開始
間章 地球が凍結した日
ビクトリア攻略戦より8日後の3月15日 プラント最高評議会は、前作戦の失敗を踏まえて立案された
・「地上での支援戦力を得るための軍事拠点を確保」
・「宇宙港やマスドライバー基地制圧による地球連合軍を地上に封じ込める」
・「核兵器、核分裂エネルギーの供給抑止となるニュートロンジャマーの敷設」
の三柱からなる赤道封鎖作戦「オペレーション・ウロボロス」を可決した。
3つ目のニュートロンジャマーの敷設は、開戦直後に行われた地球連合軍の核攻撃 血のバレンタインの報復
という側面が存在した。
当初、プラント内では、パトリック・ザラを中心とする強硬派が地球主要都市に対する限定核攻撃を主張していた。
強硬派の報復案の中には、廃棄コロニーや資源衛星を地球に落下させるという荒唐無稽なものさえあった。
これに対し、プラントの穏健派は、報復を招く危険性があると反対した。
現状、プラントに対しての核攻撃はニュートロンジャマーによって不可能となっていたが、
コロニーを破壊するのは、艦隊の艦砲射撃でも可能な為、未だに地球連合の艦隊が月に存在する状況では
核攻撃にはリスクがあったからである。
そして穏健派はその対案として核を使用不能にし、通信網を遮断することで地上戦を遂行可能に出来、さらに
ニュートロンジャマーによる原発停止による混乱で戦わずして地球連合を瓦解させる可能性もある地球上へのニュートロンジャマー敷設を主張し、
それが通ったという経緯があった。
この時、あるプラント最高評議会員は、「野蛮な核攻撃を行った地球連合に対して、核を使用不能にするという
プラントの理性を示した決断である」と発言している。
それが真逆の評価を与えられるとも知らず・・・・・
同時に全世界に向けてグーン、ザウート、バクゥ、ディン、シグーなど新型MSの存在を全世界に対して発表した。
これはプロパガンダの要素が多分にあった。
実機が量産可能だったのは、ジンの改良型のシグー、コロニー内建設作業用重機を転用した移動砲台 ザウートのみで
グーンとディンは試作機がようやく製造され、
バクゥに至っては、未だに実機すら完成していない為、実寸大の模型を使用する始末であった。
これら発表された「新型機」に対して地球連合軍の将官達は一部を除き、嘲笑した。
これは、ビクトリア攻略戦での勝利もあったが、宇宙はともかく、広大で重力や自然環境
の存在する地球に「コロニー軍」に過ぎないザフトが侵攻するなど無謀を通り越して冗談である
と考えていた為である。
そして地球は、運命の4月1日を迎えることとなる・・・・
4月1日
地球軌道を一時的に制圧したザフト艦隊は、地球上に対してニュートロンジャマーを投下、
地上に投下されたニュートロンジャマーの正確な数は120から1000ともいわれているが、
正確な数は、ザフトが秘密裡に製造していた点もあり不明である。
地球全土に散布されたニュートロンジャマーは、一定の高度に達すると決められたプログラムに従い次々と作動した。
直後、地球全土では通信障害が発生し、再構築戦争以来主要なエネルギー源となっていた原子力発電所がその機能を停止した。
突如発生したエネルギー危機になすすべもなくその電力の過半を原発に頼っていた地域は、暗闇に落ちた。
突如信号が停止したことで道路では、交通事故が多発した。大西洋連邦のある州では
一年の平均的な交通事故の発生件数の3倍以上もの事故がこの時発生したということさえあった。
さらに突如として発生した停電による暗闇と混乱を利用した犯罪も多発し、対応すべき警察機構も混乱の中でまともに活動できるはずもなかった。
病院は、停電後も非常電源によって機能を失っておらず、重篤患者に対して一部医師達の必死の看護を行った。
だがそれは、非常電が停止するまで重篤患者の命を延ばす空しい行為に過ぎなかった。
飲食店やスーパーでは、単なる箱と化した冷凍保管庫の中の生肉を初めとする食料品が次々と腐敗を初めていた。
大学や研究機関で冷凍保存されていたS2インフルエンザやその変異体を中心とする病原菌が次々と冷凍庫の停止によって目覚めつつあった。
さらに電波障害によって起った通信障害で空港では、管制不能となった航空機が次々と事故を引き起こした。
この際に行方不明になった船舶、航空機は、農薬散布用等の自家用機等まで含めると確認不可能な数値を記録した。
また一部港湾では、誘導を失った船舶同士が激突し、船舶の残骸により閉塞されたことで使用不能となった。
これら重大な被害に対して、迅速に対応すべき地球連合の中核をなす理事国や取るに足らない小国の指導者、政府に至るまで
電波障害による情報途絶によって被害の全貌を把握することは叶わなかった。
民間でもテレビやインターネットといったメディアの機能停止による混乱が発生していた。
人類最悪のエープリルフールはこうして幕を開けたのであった。
このエープリルフール・クライシスで特に被害が酷かったのは、原発がエネルギー生産の中心を占めていた大西洋連邦とアフリカ連合、
東アジア共和国の中国地区10州とユーラシア連邦のフランス地区とその電力に依存する周辺地区だった。
また大西洋連邦のアラスカ州、ユーラシア連邦のロシア地区などの寒冷地では、凍死者、餓死者が大量発生し、
中には、住民や建物が凍りついた都市すら存在した。
逆にアフリカや中東、インド、東南アジア等では、冷房や浄水場の停止によって渇きや熱中症、
清潔な水の調達が困難になったことによる衛生面の悪化による伝染病の流行による犠牲者が発生した。
特にアフリカ連合は、混乱に乗じる形でエジプト州、リビア州等初めとする北部が独立を宣言、アフリカ連合の一極支配の打倒を訴えた。こうしてアフリカ連合は、
後にザフト軍の支援を受け、親プラント国家のアフリカ共同体とアフリカ再統一を国是とする南アフリカ統一機構に分裂することとなった。
逆に被害が少なかったのは、再構築戦争以前に原発からレーザー核融合炉や太陽光発電その他の発電方法に転換していたスカンジナビア王国、大西洋連邦領日本列島、
ユーラシア連邦領ヨーロッパ地区の一部、太平洋に存在する国家 オーブ等であった。
特にオーブは、赤道連合、汎ムスリム会議に対してエネルギー、物資支援を行い、それと引き換えに中立国家同盟を維持するように要請した。
ユーラシア連邦と東アジア共和国は、中立国の2か国に硬軟織り交ぜた圧力をかけ、支援物資輸入の密約を締結させた。
これにより、2ヵ国からオーブの高性能太陽光パネルや宇宙艦艇の動力源である核融合炉用のレンズ等を初めとする戦略物資が
地球連合に流れ込むこととなった。
この物資のルートは、通過する地域が赤道連合のベトナムを除きイスラム圏であったことからモスク・ルートと呼ばれることとなる。
また地球唯一の親プラント国家であった大洋州連合は、事前にプラント側からの通告を受けていたことで混乱は少なかった。
地球全土を打ちのめしたこの事件は、地球上の反コーディネイター、反プラント感情を爆発的に高めることとなった。
このエープリルフール・クライシスで数億〜十億もの人命が失われたと予測されたが
正確な犠牲者の推計は不可能であった。
更に地球連合加盟国がプラントとの戦争遂行を優先したこともあって被害は大戦中を通して拡大を続け、地球住民の多くは、
エネルギー事情の回復のめどが立つまで苦しめられ続けることとなった。