もしカミーユ、Zキャラが種・種死世界に来たら18

このエントリーをはてなブックマークに追加
1通常の名無しさんの3倍
新シャアでZガンダムについて語るならここでよろしく
現在SS連載中 & 職人さん随時募集中!

・投下が来たら支援は読感・編集の邪魔になるからやめよう
・気に食わないレスに噛み付かない、噛み付く前に天体観測を
・他のスレに迷惑をかけないようにしよう

前スレ
もしカミーユ、Zキャラが種・種死世界に来たら17
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/shar/1369647966/

まとめサイト
http://arte.wikiwiki.jp/
避難所(したらば・クロスオーバー倉庫 SS避難所)
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/10411/1223653605/

荒し、粘着すると無駄死にするだけだって、何でわからないんだ!!
分かるはずだ、こういう奴は透明あぼーんしなきゃいけないって、みんなには分かるはずだ!
職人さんは力なんだ、このスレを支える力なんだ、
それをこうも簡単に荒らしで失っていくのは、それは、それは酷いことなんだよ!
荒らしはいつも傍観者でスレを弄ぶだけの人ではないですか
その傲慢はスレの住人を家畜にすることだ
それは一番、人間が人間にやっちゃあいけないことなんだ!

毎週土曜日はage進行でお願いします
2通常の名無しさんの3倍:2013/07/17(水) NY:AN:NY.AN ID:???
∩(゚∀゚)∩たておーつ!たておーつ!たておーつ!
3通常の名無しさんの3倍:2013/07/17(水) NY:AN:NY.AN ID:???
俺は>>1乙だよ!
4通常の名無しさんの3倍:2013/07/17(水) NY:AN:NY.AN ID:???
乙!、!
5通常の名無しさんの3倍:2013/07/18(木) NY:AN:NY.AN ID:???
歯を食いしばれ、>>1乙してやる!
6通常の名無しさんの3倍:2013/07/20(土) NY:AN:NY.AN ID:???
サボテンが>>1を乙している……
7 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
分かるまい、戦争を手段にしているシロッコには!
この、>>1乙を通して出る力が!

前スレの容量が500近かったからその内新スレ立てようと思ってたら落ちちゃってたんですね
というわけで久々の第二十五話「低軌道上の抵抗」です↓
81/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 「それにしても、あのラクス・クラインが偽者だったなんてさ」
 格納庫へ向かおうとしたシャアの足を止めたのは、喧騒が残る中から聞こえてきたシ
ンの独り言のような呟きだった。
 「納得できないのか?」
 レイが聞く。淡々としていたが、シンの態度次第では今一度説得に当たりそうな雰囲気
だった。
 シャアは浮かしかけた腰を再びソファに下ろし、報道番組を観る振りをしながらそれと
なく彼らの会話に耳を傾けてみた。
 「うーん……そういうわけじゃないけどさ。ラクスなんかには興味ないし、やり方はとも
かく、俺は議長の言ってることの方が正しいと思ってるよ。けど……」
 「けど、何だ?」
 「騙されたって気はするよな。みんなだって信じてたんだし……ルナだってそうだろ?」
 隣のルナマリアに話を振る。しかし、ルナマリアは先ほどから思案顔で、シンの呼び掛
けにも無頓着であるようだった。
 「……ルナ?」
 「えっ? あっ……」
 もう一度呼び掛けられて、ようやく気付く。平静を装ってはいたが、どことなくうろたえて
いるようにも見えた。
 「お姉ちゃん?」と、今度はメイリンが顔を覗き込んで聞いた。一同の視線が注がれて、
その微妙な空気に気付いたのか、ルナマリアは誤魔化しきれないと悟ったようで、「実は
……」と観念したように白状し始めた。
 「あたし、今のラクス・クラインが偽者だってことを、結構前から知ってたの」
 「えっ? 初耳だぞ、いつからなんだ?」
 驚いたシンが問う。一度は覚悟を決めたかのようなルナマリアだったが、それでも次の
言葉を紡ぐまでには暫くの時間を要した。
 何か弱みでも握られているのだろうか、とシャアは勘繰った。それでデュランダルの本
質が少しは見えるかもしれないと期待して、慎重に次の言葉を待った。
 ルナマリアは、シャアが聞き耳を立てているのを知ってか知らずか、徐に語り出す。
 「……ダーダネルスを越えてエーゲ海に差し掛かった辺りよ。ほら、物資の補給のため
に小さな港町に寄ったことがあったでしょ? その時、偶然に本物のラクス・クラインに会
ったのよ」
 そのルナマリアの告白は一同を驚かせ、ざわつかせた。ルナマリアの妹で、一番近し
い立場のはずのメイリンですら姉の顔を凝視して目を丸くしていた。当然、シャアも初耳
だった。
 戸惑いの中、「だったら、何で誰にも言わなかったんだ?」とシンが再び聞いた。
 「そんな一大事をさ……」
 「じゃあ、アンタは信じたの?」
 切り返すルナマリアに対して、「そ、そりゃあ……」とシンは言葉を詰まらせる。
 「ほらね?」
 返しに窮するシンを詰るように、ルナマリアは肩を竦めた。
 「言ったってあたしの頭を疑われるか、万が一信じてもらえたって大騒ぎになるだけよ。
直接見たあたしだって、その時はわけ分かんなかったんだもの」
 シャアはそれを聞いていて、果たしてそうだろうか、と思った。
 当時を述懐するルナマリアの言い分は、一見、筋が通っているように聞こえる。しかし、
やはり誰にも口外しなかったというのは流石に無理があるように感じられた。そんな重
大な秘密を知ってしまったら、普通なら怖くなって誰かに相談の一つでもするはずであ
る。それなのに、妹のメイリンですら姉が抱えていた秘密を知らなかった。これにはや
はり、違和感を覚えた。
92/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 「でも、だったらどうしてお姉ちゃんはその人が本物のラクスだって分かったの?」
 シャアのもう一つの疑問を代弁をするように、メイリンが当然の質問を投げ掛けた。
 シャアが見る限り、本物とミーアの違いは殆ど無かった。顔も声もまるで同じ。強いて
違いを挙げるとすれば、ミーアの方が髪質に癖が無く、胸が豊かだったという程度だ。し
かし、それを一目で判別するのは困難で、本物のラクスと遭遇した時にパニックになり
かけていたと証言するルナマリアに、果たしてその見分けがついたかどうかは疑わしい。
 そういうことから、シャアは別に理由があるのではないかと推察していた。
 一同が注視する中、ルナマリアはやはり発言を躊躇っていた。他にも気掛かりなこと
があるのだろう。それを口にすることに随分と慎重になっているようだが、会話の流れで
これ以上は隠し通せないと観念したのか、覚悟を決めたようにルナマリアは口を開いた。
 「あたしには、見分けはつかなかったの。こうなってしまったからもう白状しちゃうけど、
その人が本物だって分かったのは、ハマーンさんから聞いたからなの」
 躊躇いがちに語ったルナマリアの言葉に、シャアは微かに眉を顰めた。
 「あの人が?」
 シンに念を押されたルナマリアは、神妙に頷いた。
 「あたしがずっと黙ってたのは、あの人に口止めされてたからでもあるの」
 それでシャアは合点がいった。ルナマリアがこれまで頑なに口を割らなかったのは、
背後にハマーンの圧力があったからだ。確かに彼女に脅されては、怖くて逆らえなかっ
ただろう。
 (――ということは、デュランダル議長は無関係ということか……)
 延いてはそういうことになる。デュランダルがミーアを利用している都合上、本物の存
在を厄介視して、真相を知ってしまったルナマリアに圧力を掛けていたのではないかと
いう邪推は、どうやら早合点だったようだ。
 しかし、シャアほどハマーンに詳しくないメイリンは、「そうだったんだ?」と言いつつも、
「だけど、どうしてハマーンさんには分かったんだろう?」と首を傾げた。
 その疑問は、何気ないようでいて、とても鋭いとシャアは思った。一方で、ルナマリアは
そこまでは思考が至ってなかったようで、「そういえば……」と言ったきり閉口してしまっ
た。本当に理由が分からないのだとは思うが、或いはハマーンに植えつけられた恐怖が
ルナマリアの思考を鈍くさせているのかもしれないとも想像した。
 それは他の面々も同様らしく、気が引けているのか、誰も口を開こうとしない。ハマーン
がどのように見られていたかが、良く分かるシーンだった。
 何とか糸口を見つけようとしたのだろう。思案に余って埒が明かないと思ったらしいメイ
リンが、ふとシャアの存在に気付いて、「クワトロさんは分かりますか?」と唐突に聞いて
きた。
 不意に問われて、シャアは一寸考えた。探究心の強い少女の問いには、真摯に答えて
あげたいという誠実さは持ち合わせているつもりである。しかし、生憎とニュータイプ論の
講釈を垂れたところで、宗教の説法のようになってしまう危うさも想像していたシャアは、
迂闊にニュータイプ論は語れないとも思っていた。
 シャアは、まるでそれまで話を殆ど聞いていなかったかのような素振りで、「ハマーン
のことか?」と前置いてから答えた。
 「さあ、私にも彼女のことは良く分からんよ」
 「うーん……やっぱりそうですよね?」
 あっさりと引き下がるメイリンに、多少拍子抜けさせられた。最初から大した期待はし
ていなかったのだろう。身構えていた自分がバカらしく思えたが、その淡白な対応がメ
イリンの自分に対する評価であるということは、心得ておこうと思った。
103/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 (しかし、ハマーンはディオキアでミーアに会った時に、既に彼女が偽者であることを
知っていたようだった……)
 思い起こされるのは、ディオキアのホテルのロビーでミーアと初遭遇した時のことだっ
た。ハマーンはミーアに接近すると、耳元で何事かを囁いたようだった。ミーアが血相を
変えたのは、その直後である。その囁きの内容が、今になってシャアに想像できた。
 力の強いニュータイプであるハマーンは、洞察力に優れている。ミーアが偽者である
と見破るのは、そう難しいことでもないはずだ。
 しかし、それには本物のラクス・クラインを知っているという前提が必要である。
 (つまり、あれ以前にハマーンは本物のラクス・クラインと接触を持っていたということ
になる……)
 それは即ち、ハマーンがラクスと内通して共謀を図っていると疑われても仕方のない
ことであった。
 (ハマーンめ、何を企む……?)
 幼いミネバを擁立してまでアステロイドベルトから帰還したハマーンである。ラクスを利
用して何か良からぬことを画策しているのではないかとシャアが考えるのは、当然であ
った。
 「でも……」
 ハマーンの目論見について思案していると、ルナマリアが再び口を開いた。
 「あたし、ハマーンさんが本物のラクスを警戒してた意味が、今になって分かってきた
ような気がするの……」
 その発言を聞いて、シャアは思案を止めて再び会話の内容に耳を傾けた。
 「警戒? ラクス・クラインを?」
 メイリンが意外そうに聞く。ルナマリアは一つ頷き、不安げに眉を顰めながら続けた。
 「“敵”だって言ってたわ。それだけだって。最初はどうしてなのかさっぱり分からなかっ
たけど、さっきの放送観てたら、段々それが分かってきたのよ……」
 ルナマリアはそう言うと、レイに向き直った。
 「あたしもレイの言うとおりだと思うわ。ラクス・クラインって、プラントのアイドルのはず
なのに、まるで味方をしてくれるつもりが無いみたいじゃない?」
 ルナマリアが問うと、レイは「ああ」と言って同意した。
 「彼女はヤキンの頃から、オーブのカガリ・ユラ・アスハと懇意にしているからな」
 「あたしたちだって、好きで戦ってるわけじゃないのよ。世界の平和のためにって頑張っ
てきたのに、それを今まで行方を暗ませていた人がいきなり出てきて、一方的に否定す
るなんて……そんなの理不尽って言うか、あたしは納得できない。ラクス・クラインって、
一体誰のためにこんなことをやってるのかしら?」
 ため息混じりに語るルナマリアからは、強い失望感が滲んでいた。
 そんなルナマリアの背中を、シンが優しく叩いて慰める。
 「政治的な力を持つアイドルが気持ち悪いって思うのは、普通の感覚だと思うよ」
 「そ、そこまで酷いことは言ってないつもりよ?」
 ストレートなシンの言葉に多少萎縮してしまったのか、ルナマリアは言い繕うように訂
正する。しかし、「そうか?」と返すシンに酷いことを言った認識は無いらしく、大して気
に留めてないようだった。
 「でも、ラクスもアスハと同じさ」
 シンは気を取り直して、改めて切り出す。
114/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 「奇麗事を言えば、みんな丸く収まると思ってる。でも、俺たちが見てきた戦場は、そん
な生易しいもんじゃなかった。何を言っても分からない奴はいるし、互いの主張が相容
れなけりゃ身を守るために戦わなくちゃならない。奇麗事だけじゃ戦争は止められない。
だから、時には力で分からせなきゃいけないことだってあるはずなんだ。それを、アイツ
らは分かってないんだよ。だから、俺たちはアスハやラクスの言葉なんかに負けちゃい
けない。俺たちは俺たちが信じるもののために戦うんだ。平和を信じて死んでいった人た
ちのためにも……」
 シンはそっと襟元のエンブレムに触れた。
 オペレーション・フューリーの終了後、帰艦したシンは疲労からか、酷く気落ちしていた。
その昨日の様子から一晩でここまで立ち直った意味を、シャアはルナマリアを一瞥して
想像した。
 (流石に野暮、か……)
 シャアは内心で笑って、それ以上を想像することを止めた。――羨ましいと思う気持ち
もある。
 (しかし……)
 シャアは思考を切り替えて、ルナマリアの証言を頭の中で反芻した。
 (ハマーンは、少なくともラクス・クラインを敵として認識していることになる……)
 その認識は、シャアからハマーンに対する疑念をいくらか払拭するものとなった。
 だが、まだハマーンがルナマリアに緘口を強いた理由に納得できたわけではなかった。
ラクスを敵として認識しているのなら、デュランダルを利用している節があるハマーンが
その存在を伏せていた説明がつかないのだ。ラクスが電波ジャックで現れた時のデュラ
ンダルやミーアの反応を鑑みるに、完全に虚を突かれていたように見えた。ハマーンがラ
クスを排除しようと考えているのなら、事前に対策が打てるようにデュランダルを教唆扇
動するのが普通だ。だが、その様子は無かった。
 シャアは、暫く思考に耽っていたが、納得の出来る答えを導き出すことはできなかった。
 「あ、まだここにいたんスか」
 その声に気付いて、シャアは顔を上げた。茶髪に赤いケチャップメッシュを入れたヴィ
ーノがラウンジに駆け込んできて、シャアのところへとやって来た。
 「マッドさんが来てくれって言ってますよ」
 「ああ、すまない。今行く」
 マッドに呼び出されていたことを思い出して、シャアはソファを立ち上がった。ヴィーノ
はそのままシンたちの輪の中に加わり、シャアはそれと入れ違いになるようにラウンジ
を後にした。
 
 格納庫まで降りると、シャアは真っ直ぐにセイバーのところへと向かった。セイバーは
所々の装甲を外され、今は数人の技術士官が作業を行っている。それを取り仕切って
いるのが、ミネルバの技術主任のマッド・エイブスだった。
 手には電子パネルを持ち、それを操作しながら細かくスタッフに指示を出していた。顔
や手は油で汚れ、作業着も黒く煤けている。眉間に寄った皺が、その苦悩を訴えていた。
 「どうだ、主任?」
 ある程度は覚悟しながら、シャアは話し掛けた。気付いたマッドは、顔を振り向けた瞬
間こそ愛想笑いを見せたものの、すぐに元の険しい顔に戻ってしまった。
 「そんなに悪いのか?」
 「悪いも何も、どうやったらこんな短期間でオーバーホールが必要になるんだ?」
 マッドはタッチペンの尻で頭を掻きながらぼやいた。
125/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 シャアはオーブでのセイバーの異常を受けて、マッドに精密検査を依頼していた。
 出撃前は特に異常は見られなかった。それがオーブで戦闘を開始して、カミーユと接
触した辺りから様子がおかしくなり始めた。
 セイバーの整備はマッドが担当であったし、主任である彼が手を抜くなんてことは考え
られなかった。それ故、通常の整備では判別できなかった異常がセイバーに起きつつあ
ったと考えるのが妥当であろうと、シャアは考えていた。
 しかし、その予測が的中していたとしても、マッドが点検途中でシャアを呼んだというこ
とは、それだけ状態が深刻だったということである。そして、シャアの問いに対するマッド
の答えは、シャアが予想していた以上に厳しいものだった。
 「オーバーホールか?」
 念を押すと、マッドは「オーバーホールだ」ともう一度言った。
 「各駆動系の損耗も激しいが、伝達系の回路が所々で断線してやがった。出撃前のチ
ェックでは異常は見られなかったから、戦闘が始まってからイカれたんだろう。つまり、
それだけ劣化してたってことだな」
 「なぜ発見できなかった?」
 少し責めるように言うと、「耐用期限はまだ十分にあったんだ」とマッドは反論した。
 「こんなに早くイカれちまうなんて、普通はありえねえよ」
 肩を竦め、呆れたように言う。それぞれ勝手の違うモビルスーツを多数抱えるミネルバ
の技術主任が言うのだから、その発言に間違いは無いのだろう。
 シャアは自分のことながら、不思議と他人事のように思えた。「そういうものか……」と
呟く当人には、そこまで無理をさせたつもりは無かったのだ。
 「それで、直せるのか?」
 「パーツさえ揃えりゃ、コイツにはまだまだ現役を張れるだけの力がある。だが、ちょっ
と調べただけでも、かなりのダメージが内部で見つかったんだ。だからオーバーホール
をするにしても、全て点検し終えた時にどれだけの手直しが必要になるかなんてのは、
現時点ではわかりゃしねえよ」
 「ふむ……」
 シャアはセイバーを見上げた。
 これまで大きな損傷を受けたことは無い。それは自身の腕前以上に、セイバーの高水
準な性能によるところが大きかったとシャアは思っている。セイバーの限界が低かったな
ら、シャアはもっと百式の修復を待望しただろうし、レジェンドだって素直に受領していた。
それでもセイバーを使い続けたのは、その機体性能に高い信頼を寄せていたからだ。
 しかし、シャアは自覚は無いものの、些かセイバーを酷使し過ぎたようだった。時に単
独でミネルバの防衛線を張り、時に単独で陽動を務めたりもした。スタンドアローン的な
意味合いが強いミネルバ隊の中にあっても、シャアとセイバーは特に単独行動による戦
闘任務が多かった。
 シャアがそれをこなしてしまうのも、セイバーに負担を掛ける要因になった。とにかくミ
ネルバにとって、高機動力で任務遂行能力の高いセイバーとシャアは、とかく便利で使
い勝手が良かったのである。それが祟って今回、セイバーに限界が訪れてしまった。
 「今日の夕方にはカーペンタリアに入る。ここよりは設備が整ってるとは言え、それまで
に調査を終えたとしても、パーツの調達やら機材の準備やらで、オーバーホールが終わ
るのはどんなに急いでも最低一週間は掛かると思ってくれ」
 マッドは言う。実際はもう少し早く仕上がるのだろうが、想定外の事態を考慮して多めに
期間を取っているようだ。
 しかし、シャアはそれを理解していながらも、「それでは遅いな」とあえてプレッシャーを
掛けた。
136/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 「仕上がりは、早ければ早い方が良い。オペレーション・フューリーの失敗で情勢が不
安定になっているのだから、今後の作戦スケジュール次第では、セイバーが100%でな
くても使うぞ」
 「そいつは機械屋の見地からして、お勧めできないな。整備不良で出て行くも同然なん
だぜ? アンタだって、まだ死にたくは無いだろうが?」
 「ミネルバが沈むよりは良かろう?」
 「そりゃあ、そうだがね」
 マッドもシャアの実力は認めていた。セイバーをここまで使い潰したこともそうだが、シ
ャアのこれまでの戦いは、送り出す身として全て把握している。シンの活躍に隠れがち
ではあるが、ミネルバの功績を影で支えていたのは、間違いなくシャアだ。マッドは誰よ
りもそれを理解していた。
 だからこそシャアには無理をさせたくなかった。貴重な戦力であるシャアを整備不良の
まま送り出して、万が一のことが起こってしまったら技術主任の名折れである。それは
技術職人として、到底許せるものではなかった。
 「俺たちメカニックは、アンタらパイロットの命を半分預かってんだ。無駄に命を粗末に
してもらっちゃあ困る」
 「腕でカバーして見せるつもりでいるが、その理屈は君たちには通用しないのだろうな」
 「当たり前だ」
 鼻息を荒くするマッド。シャアは苦笑した。
 「はっきり言う」
 これだけきっぱりと言われると、逆に清々しい。マッドの言うことに対しては、ある程度
は妥協してあげざるを得ないだろうと思った。
 「おたくの目から見て、アイツらはそんなに頼りないかね?」
 マッドが言うのはシンやレイ、ルナマリアといった他のパイロットたちのことだ。
 当初は全く当てにしていなかった。本当にこんな少年少女たちが最新鋭艦付きのパイ
ロットなのかと疑ったものだ。
 しかし、今やミネルバはザフトのエース艦として認知されるまでに至った。そうなれたの
は、彼らの目覚しい活躍によるところが大きいと素直に思えた。
 「いや、いいな。中でも、シン・アスカには特別にセンスを感じる。彼はもう立派なザフト
のエースだよ」
 「なら、少しは信じてやったらどうだ? アンタが無理に出張らなくても、ミネルバはもう
十分に戦える」
 マッドの指摘に、シャアは考えを改めさせられた。少し我が強く出過ぎていたかもしれ
ない。
 「分かった、降参だ。諦めよう」
 「アンタが必要ないって言ってるんじゃないぜ? 娑婆っ気が残るガキどもにゃ、アン
タのようなベテランはまだ必要なんだからな」
 「分かってるさ。――気を遣わせてしまったな?」
 シャアはそう言って、マッドのフォローに愛想笑いを返した。
 その時、不意にシャアにコールが入った。シャアは「すまない」とマッドに一言詫びて
から、懐に手を入れた。
 「クワトロです」
 シャアは通信端末を耳に当てて応答した。
 
147/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 数分後、シャアは艦長室にいた。またいつぞやのように夜のお誘いでも持ちかけられ
るのかと冷や冷やしていたが、どうやらそういう訳では全く無いようだ。
 「……衛星軌道上で合流ですか?」
 タリアから告げられたのは、二日後に衛星軌道上のとあるポイントで、ザフトの補給部
隊と接触して欲しいという旨の指令だった。
 「たった今入った、ハマーン・カーンからの要請よ。ミネルバはカーペンタリアに入った
後は補給で動けないから、あなたにはモビルスーツ用のブースターで先行して欲しいの
よ」
 「セイバーでですか……ハマーンは私に何を言ってきているのです?」
 「百式の修復が完了したそうよ。それに伴い、彼女のミネルバ復帰も決まったわ」
 「ほお……」
 シャアは思わず感嘆していた。ハマーンの復帰にも驚いたが、それ以上に百式の修復
が終わったという報せは、正に僥倖だった。
 だが、気になる点もある。
 「それで、百式はハマーンが直々に運んでくると?」
 「そうよ」
 「そして、その受領は衛星軌道上で行う、か……」
 シャアは引っ掛かっていた。ハマーンは何故ミネルバが宇宙へ上がるまで待てないの
か。
 カーペンタリアで補給を済ませて以後、ミネルバは恐らく宇宙に上がることになる。オー
ブからシャトルで脱出したジブリール捜索の網は、今後宇宙に広げることになるからだ。
 百式を受領するだけなら、ミネルバの補給を待ってからでも問題は無い。それなのに、
ハマーンは焦ってすらいる。それはハマーンらしくないと思った。そして、それ以上に受
領場所がオーブの上空近辺だということが気になった。
 ハマーンには何か目論見がある。それは毛嫌いしている自分の手も借りなければなら
ないほどの難題のようだ。
 (しかし、これは彼女を知るチャンスかもしれない……)
 シャアはあえてその目論見に付き合おうと思った。ラクスの危険性を見抜いていた今
のハマーンなら、以前よりは信用できると感じたのだ。
 「了解しました、やってみましょう」
 「ごめんなさいね。あなたも疲れてるでしょうに」
 「お構いなく。私は何かをしている時の方が気が休まる性分なのです」
 シャアは不適に笑みを浮かべて、タリアに背を向けた。
 幼い頃より波乱万丈の人生を送ってきたシャアにとって、ララァ・スンと過ごしたほんの
一時だけが、唯一充足していた時間だった。しかし、それが失われて既に七年が経つ。
以来、シャアは生き急ぐかのように自らを先鋭化させていった。
 タリアは退室していくシャアの背中に、そんなシャアの業を垣間見たような気がした。悪
い意味で仕事人間なのだ。
 その時、かつての淡白な夜の意味が分かったような気がした。
 「本能で性欲は持てても、心底から女を求めようとしなければね……」
 一人になった室内で、タリアはポツリと呟いた。
 過去の女性との間に起こった出来事が、今現在に至るまでシャアの心に深い傷を残し
ている。そして、そのトラウマを与えた女性を、シャアはずっと引き摺ってきた。――その
昔、自らのエゴでデュランダルを傷つけてしまった覚えのあるタリアには、何とはなしにト
ラウマを抱える男の持つ雰囲気が感じ取れるのである。
158/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 しかし、そのシャアの相手は、ハマーンでは絶対にあり得ないだろうとも考えた。二人
が険悪なのは、寧ろシャアのそのトラウマに原因があるのではないかと思えたのだ。
 「哀れな人よ、過去に囚われて……純粋なんだけどね……」
 タリアは背もたれに身体を預けると、一つ大きなため息をついた。そして、ハマーンの
ことを不憫に思うのだった。
 
 シャアは踵を返すように再び格納庫に降りた。そして、タリアから与えられた指令につ
いて説明したのである。
 当然マッドは難色を示した。オーバーホールが終わるまでセイバーの使用を封印する
と決めたのは、つい先ほどのことだったのだから。
 「ただモビルスーツを受け取りに行くだけだ。心配は要らない」
 シャアは言う。しかし、マッドの固く組んだ腕と、何よりもその仁王のような仏頂面が強
い不快感を表わしていた。
 簡単には折れてくれそうに無い。だが、百式が今すぐに手に入るという話なのだから、
情勢がどのように動くか分からない今、そのチャンスをふいにはしたくないのがシャアの
切実な思いである。
 「動くだけでいいんだ。そうすれば、セイバーのオーバーホールを待たずに百式が手に
入る」
 「衛星軌道上でか? ――どうにもな」
 「言いたいことは分かるが、ハマーンは私に百式を使わせたがっているんだ。セイバー
で無理をさせるようなことはしないさ」
 「それが楽観じゃなけりゃいいんだがな」
 マッドは頭を掻くとシャアに背を向け、不承不承、セイバーの方へと歩き出した。
 「すまない、頼む」
 納得したわけではない。しかし、それが命令である以上は割り切らなくてはならないこ
とを心得ているほどには、マッドは大人だった。だからシャアは一言だけ謝ったのである。
 かくしてミネルバは予定通りにカーペンタリア基地に入り、セイバーは即座に応急処置
が施されることになった。
 そして二日後、マッドは徹夜作業でセイバーの応急修理を間に合わせ、シャアに受け
渡したのである。
 「いいか。最低限、動けるようにしただけだからな。それ以上に使おうとすれば、どんな
面倒が起こるか保証できない。運用には、十分な注意を払ってくれ」
 マッドはそう忠告する。その意味は、セイバーに乗り込んでブースターに移動する時に
も分かった。オーブの時よりは幾分か改善されたが、それでもまだ反応が鈍い。その上、
間に合わせのパーツで駆動系を補修したという説明があったとおり、動きがどこかぎこち
ない。
 戦闘機動でもないのにこれだけの粗が目立つのだ。補給部隊と合流するだけとはいえ、
これはかなり骨が折れそうだとシャアは覚悟した。
 だが、それも百式を受領するまでの少しの辛抱である。シャアはセイバーをブースター
にセットし、その時を待った。
 全ての準備が完了し、カウントが始まった。ブースターが点火し、その振動がコックピッ
トの中のシャアにまで伝わってくる。何度味わっても慣れない感覚だった。ただジッと待
っているだけというのは、アクティブなシャアにとっては何とも歯痒い。
 「五秒前! 四、三、二、一――グッドラック!」
 加速が始まると一瞬にして凄まじい荷重が掛かって、シートに座るシャアを押し潰そう
とする。
169/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 ブースターは銀色の尾を伸ばして、見る見るうちにセイバーを高高度に上げていった。
その間、ほぼ仰向けの状態のシャアは、空の青を見つめながらジッと荷重に耐えていた。
 やがて対流圏を抜けて成層圏に達すると、既に遮るものは何も無かった。ただ真っ青
な空が雲海のじゅうたんの上に広がっているだけである。そして、そこから更に上昇し、
成層圏をも抜けると、青かった空はいつしか黒い宇宙空間に変わっていた。
 それから暫くして、コンピューターが衛星軌道上に到達したことを告げた。その頃には
ブースターの燃料も殆ど尽き、慣性によって無重力を進んでいるだけになっていた。シ
ャアはセイバーのセッティングを予め組んでおいた無重力仕様に変更しつつ、自らの身
体もその感覚に馴染ませていった。
 目線を少し移動させれば、そこには視界いっぱいに広がる地球の姿がある。海のブル
ーと緑のグリーン、それに大地のブラウンと雲のホワイト。それらが複雑に絡み合い、大
気層の膜が仄かに発光しているように見せていた。世界で最も美しい宝石が、そこにあ
る。
 シャアは、暫しその光景に見惚れていた。
 誰もが感動を覚える光景だろう。だが、地球にしがみ付く人々は、自分が住む星がこ
んなに美しいことすら知らないのだ。だから平気で地球を汚染し続けるし、この先人類
が住めなくなるかもしれないと考える頭も無い。
 そういう人間が地球でのうのうと暮らし、宇宙移民者を支配しようとしたのが、シャアの
いた世界の地球連邦政府だった。シャアの心の中には、そういう名ばかりのエリートで
しかない人類を、いつかどうにかしてやりたいという衝動がずっと燻っていた。
 しかし、ここはコズミック・イラで、シャアが生きた宇宙世紀とは別の世界なのだ。帰れ
る保証も無いのに憂えるのは、滑稽でしかないとシャアは思い直した。
 「……このあたりか」
 気を取り直し、座標位置を確認した。ハマーンの指定したポイントは、カーペンタリア上
空からそれほど離れているわけではない。加えてブースターの打ち上げ角度が良かっ
たのか、シャアは合流予定時間よりも早くポイントに到着できそうだった。
 「丁度良い。ハマーンを待たせて機嫌を損ねても、面白くないからな」
 そんな冗談を口にしつつ、シャアはセイバーをブースターから離脱させた。だが、そこ
で改めてセイバーの不調を思い知った。
 それは宇宙に出てから、より顕著になった。重力下では誤魔化されていたバランスの
悪さが、無重力下では容赦なく曝け出された。具体的には、制動が利きにくい、思った方
向に進まない、反応が鈍いの三点である。慣性が強く働く宇宙空間において、それらの
欠陥を抱えるモビルスーツは致命的とも言えた。
 「うぬ……マッドが渋った理由がよく分かる」
 最低限、動けるようにしただけとは良く言ったものだ。バーニアが何とか機能してくれて
いるが、それすら心許ない有様である。たった二日の突貫工事では、これが限界だった
のだろう。もっとも、無理を言ったシャアに文句を言う筋合いは無いのだが。
 何はともあれ、これだけセイバーの状態が悲惨なことになっていたのなら、尚更急いで
補給部隊と合流しなければならない。シャアは機体の姿勢制御にすら難儀しながら、指
定のポイントへと急いだ。
 だが、最悪の事態が起こったのは、それから間もなくだった。
 「レーダーに反応? 識別はローラシア級が二隻と……エターナル? これは……!」
 エターナルという艦船の名称には、覚えがあった。それはまだコズミック・イラにやって
きて間もない頃、この世界の情勢について調べていた時に見た名称だ。二年前に起こっ
たヤキン・ドゥーエ戦役において、英雄的な活躍を見せた三隻同盟。その旗艦的役割を
果たしたのが、ラクス・クラインが座乗するエターナルである。
1710/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 それでシャアは気付いた。
 「どうやら話が見えてきたようだな……!」
 オペレーション・フューリーにおいて、大気圏外から突如襲来したオーブの増援。ザフ
トが撤退した翌日、雲隠れから一転、表舞台に姿を現した本物のラクス・クライン。そし
て、ルナマリアの話によると、そのラクスを危険視していたハマーン・カーン。そのハマ
ーンが指定したポイントに、エターナルの存在。全ては繋がっている。
 「――ということは、あれは降下部隊の回収のために? だとすれば……」
 問題は、既に回収が終わっているかどうかである。それがシャアの生死を分ける。
 全身に緊張が走った。嫌な予感とは当たるものである。シャアは急ぎ反転し、その場
を離れようとした。
 しかし、時すでに遅し。艦船から、シャアの予感を裏付けるように、パパパッと複数の
光が出てくる。嫌でも分かる。モビルスーツが出撃した光だ。数秒後、戦艦の砲撃と共
に複数体のドム・トルーパーが襲来した。
 ドム・トルーパーは艦砲射撃の射線軸を迂回するようにシャアに迫ってくる。戦艦の砲
撃は問題ではない。だが、別の角度から撃ってくるドム・トルーパーのビームは厄介だ
った。ただでさえ不安定なセイバーに、複数方向からの攻撃は酷というものである。
 しかし、それでもシャアはそれまで培ってきたテクニックの全てを動員して、辛くも全弾
の回避に成功した。だが、それはまだ距離があったから可能だったことで、戦艦の砲撃
が止んで四方八方を包囲されてしまえば、にっちもさっちも行かなくなった。
 オーブで交戦経験がある以上、彼らはセイバーを敵と見なしているに違いない。
 シャアはこちらの様子を窺うように周回するドム・トルーパーを目で追いながら、笑みを
浮かべていた。完全にお手上げ状態になった時に出る、諦めの笑みだ。
 「ハマーンがこちらの動きに気付いてくれるのを期待したいところだが、このセイバーで
果たしてどこまでできるか……今まで積み重ねてきた経験が正しかったことを信じるしか
ないな……!」
 まともに直進も出来ないセイバーでは、逃げることすら儘ならない。覚悟を決めるしか
ないのだ。シャアは奇跡を信じ、抵抗を決意した。
 地上戦ではホバーによる素早い移動で苦戦させられたが、空間戦闘におけるドム・トル
ーパーの機動力や運動性能といったものは、脅威ではない。ドム・トルーパーで特筆す
べき点は、その堅牢な防御力にある。
 しかし、ビームシールドもスクリーミングニンバスも、全身を覆えるわけではない。全方
向から攻撃を受ける可能性が等しく存在する宇宙空間では、ドム・トルーパーの防御力
も半減する。シャアは、そこを狙った。
 ビームライフルを構えて抵抗の意思を示す。途端、ドム・トルーパーのモノアイが光っ
たかと思うと、一斉に攻撃を開始した。
 まともに動いてくれないセイバーを、己の勘と腕だけで強引に動かす。先ほどよりも距
離を詰められた状況では、完全に攻撃を回避することは不可能だった。だが、その中で
もシャアは、全神経を集中し、シールドを駆使しつつ、紙一重で致命傷を避け続ける。
 「ふっふっふっ……!」
 シャアは笑った。四、五機で取り囲んでおきながら手間取っていることに、ドム・トルー
パーたちは明らかに焦っていた。しかも、一目で不調と分かるセイバーを相手にだ。シャ
アには、それが至極愉快だった。敵を翻弄していると思うと、痛快なのである。
1811/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 かと言って、余裕があるわけでもない。限界ギリギリであることに変わりはないのだ。
しかし、それでもシャアは針の穴に糸を通すような精密な射撃を狙い、機を窺う。
 ビームライフルでビームを散らす。反応の鈍さから、凡庸な機動力しかないドム・トル
ーパーですらまるで捕捉出来ない。だが、シャアの本命はそれではない。
 一体のドム・トルーパーが、埒が明かないと悟ったのか、ビームサーベルを抜いて接
近戦を挑んできた。その瞬間、他のドム・トルーパーは誤射を警戒して砲撃の手を緩め
る。
 手薬煉を引くはシャアである。ドムが振りかぶったビームサーベルは、しかし、シャア
の渾身の回避で空振りし、その流れで背後に回り込んだシャアは、その背中にロックオ
ンした。
 「当たれ!」
 安定しない照準でも、シャアは躊躇い無くアムフォルタスビーム砲の発射ボタンを押し
た。それまで積み重ねてきた経験が導き出した勘を、信じたのだ。
 小脇に抱えた二つの砲身から、強力なビームが伸びた。狙われたドム・トルーパーは
慌てて反転し、ビームシールドで防御しようとする。しかし、間に合わない。ビームシール
ドを展開している途中で、脇腹にビームが突き刺さった。ビームは抉るようにドム・トルー
パーの胴を両断し、物言わぬ宇宙ゴミへと変貌させた。
 「よしっ!」
 会心の一撃に、シャアは勇んで快哉を上げた。
 だが、それまでだった。満身創痍の身でシャアの無理な要求に応え続けてきたセイバ
ーは、最早息も絶え絶えの状態であり、限界の足音はひたひたと、すぐ背後にまで迫っ
ていた。
 思いがけず仲間を失って激昂するドム・トルーパー部隊は、それまで以上に苛烈な攻
撃をシャアに加えた。それでも、シャアは驚異的な粘りで何とか致命傷を避け続けた。
 しかし、シャアが入力するたびにセイバーは悲鳴を上げていた。そして、元々応急修理
しかしてなかったセイバーは、ある時、一瞬にして限界を迎え、呆気なく壊れたのである。
 セイバーの左腕が唐突に反応しなくなった。シールドで防御するために、一際酷使した
左腕が、一番早く限界を迎えたのである。その瞬間、シャアが紙一重で保っていた均衡
が遂に崩れた。
 それまで直撃が無かったドム・トルーパーのビームが、とうとうセイバーを捉え始めた。
最初の一発が当たったのを皮切りに、連鎖するように立て続けにダメージを受けた。何と
かコックピットへの直撃だけは免れたシャアだったが、嬲られたセイバーはあっという間
に機能不全に陥り、シャアのコントロールを受け付けなくなってしまった。
1912/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 フェイズシフトを維持できなくなった装甲は、その鮮やかな紅色を失った。四肢はもが
れ、頭部も半分が消し飛んでいる。正面スクリーンは既に砂嵐に変わり、左側のスクリ
ーンだけが辛うじて外の様子を映しているのみである。その画面の中を、ドム・トルーパ
ーが嘲笑を浴びせるように何度も通過した。万事休す――
 「呆気ないものだな……」
 シャアは自嘲した。突然コズミック・イラに迷い込んで、何の感慨も沸かない死を迎え
る。しかも、原因は目測を誤った自らの不始末である。そんな間抜けな自分が、つい先
刻まで人類や地球のことについて大袈裟に考えていたのかと思うと、酷く情けなくなった。
 ドム・トルーパーは艦隊に向かってモノアイを瞬かせた。そして再びセイバーに振り向
くと、徐に接近してきた。
 「これで、私も終わりか……」
 シャアは呟くと、静かに操縦桿から手を離した。
 しかし、異変が起きたのはその時だった。接近してくるドム・トルーパーの背後が光った
かと思うと、次の瞬間、光線がコックピットを貫いていたのである。パイロットは即死だっ
た。
 何も無いところから、突如光線が発射された。――否、光線が発射された以上、そこに
は確実に“何か”があるのだ。だが、それは並大抵では捕捉することすら至難の業。
 立て続けに乱れ飛ぶ光線の嵐に、ドム・トルーパーは完全に浮き足立った。そして、為
す術も無くその中で踊り狂い、儚く葬られていく。その正体を知ることも無く――
 「何だ……? 何が起こっているんだ!?」
 シャアは異変に気付き、慌ててコックピットから飛び出した。しかし、そこには既に敵の
姿は無く、ほんの数瞬前までドム・トルーパーだったものの残骸が無数に漂っているだ
けだった。
 「これは……!」
 目にした光景に驚きを隠せないシャア。だが、心当たりはある。こんな芸当が出来る人
物は、一人しかいない。
 その時、シャアの眼前を、不意に白いモビルスーツが横切った。大きく開いた羽のよう
な肩アーマー、そして蛇の目のようなモノアイが、シャアを嘲笑うかのように一瞥する。
 「やはりキュベレイ! ハマーンが間に合ってくれたのか!」
 エターナル艦隊から新たなモビルスーツ発進の光が見えた。キュベレイはそれを認め
ると、後続のザフト部隊を従えて仕掛けていく。
 ハマーンはシャアに何も言ってこなかった。だが、やるべきことは分かっている。
 「――どこだ?」
 目を凝らし、艦艇の姿を探す。ハマーンが来たということは、ハマーンが乗ってきた補
給艦も近くに来ているということだ。そして、その補給艦には、シャアが今最も必要として
いるものが積まれているはずなのである。
 「……ん? あれは!」
 その時、シャアは黒い宇宙空間に不自然な光を見つけた。明らかに星の光ではない。
それは太陽の光を強く反射し、まるでシャアのように激しく自己主張をする。シャアは一
目でそれが何であるかを理解した。
 急ぎセイバーに乗り込む。そして、その光に向かって最後の力を振り絞らせた。

続く
20 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
結構間が空いてしまって申し訳ありません
第二十五話は以上です
21通常の名無しさんの3倍:2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:???
乙!
22通常の名無しさんの3倍:2013/07/22(月) NY:AN:NY.AN ID:???
働き抜いたセイバーに敬礼ゞ
23通常の名無しさんの3倍:2013/07/23(火) NY:AN:NY.AN ID:ozKXIl34
また落ちそう
24通常の名無しさんの3倍:2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN ID:???
age
25通常の名無しさんの3倍:2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN ID:???
保守
次落ちたらクロス統合スレに合流でいいよな
26通常の名無しさんの3倍:2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN ID:???
>>25
作者に聞いてくれ
27通常の名無しさんの3倍:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN ID:t6I1P9bM
保守
つ〜か明日から40℃越えもあり得るだって?ますます投下が遠退きそう
28 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
てすと
29 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
ようやく無慈悲な巻き込まれ規制が解除
また間が空いてしまいましたが、第二十六話「百式、再動」です↓
301/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 エターナルの抵抗はまだ弱かった。ドム・トルーパーが展開しているが、それは元々
の直掩部隊だ。キラもラクスもまだ帰還していない。ハマーンの睨んだとおりだった。
 しかし、全てが狙い通りというわけではない。
 「シャアめ……!」
 本来なら先にシャアと合流して、百式を受領させてから仕掛けるつもりだった。しかし、
何を血迷ったのか、シャアはよりによって壊れかけのセイバーでうっかり先行し過ぎて、
危うく撃墜されかかったのである。ハマーンの救援があと少しでも遅れていたら、今頃
シャアの命は無かっただろう。
 お陰で段取りを台無しにされた挙句、一手間増やさなくてはならなくなった。
 ハマーンはエターナル艦隊を攻めつつ、地球方面にも気を配る。
 (間もなくか……)
 ビームサーベルでドム・トルーパーを両断する。それから護衛艦のローラシア級に何
発かのビームを叩き込むと、一旦対空砲火から逃れて後方を気にした。
 オペレーション・フューリーの結果報告をルナマリアから受けた時、オーブの増援とし
て新型のフリーダムとジャスティス、それにドム・トルーパーが現れたと聞いて、ハマー
ンはこの襲撃作戦を思いついた。主力であるキラたちが地球に降りて出払っている間
にエターナル艦隊を殲滅して、ラクスたちの力を弱体化させようと目論んだのだ。
 そのための部隊を、面目上は修復が完了した百式を届ける補給部隊と銘打って、工
面してもらいにデュランダルのもとへと足を運んだ。
 しかし、その時に代償として請け負わされた面倒が、よもやこのような形で役に立つ
とは、その時は予想だにしていなかった。
 「あの娘は上手くやれているのだろうな?」
 シャアのいる後方に目をやりながら、ハマーンは二日前のことを思い返していた。
 
 デュランダルがハマーンに課した面倒とは、ミーアの護衛任務だった。ハマーンが要
請した補給部隊の緊急編成を工面する代わりに、ミーアの雲隠れを請け負えと言った
のだ。
 デュランダルが仕掛けた世界放送の結果は、惨憺たる有様だった。その様子をホテ
ルで鑑賞していたハマーンは、大いに笑ったものだ。しかし、その尻拭いの一部を、ま
さか自分が手伝わされる羽目になろうとは思いもよらなかった。
 本音を言えば拒否したかった。偽者とは言え、ミーアの顔や声はあまりにもラクスそ
のものに過ぎる。ハマーンにとって、ミーアと四六時中行動を共にしなければならない
というのは拷問に近かった。
 それでも引き受けたのは、その拷問以上に表舞台に立ったラクスが気掛かりだった
からだ。キラやアスランといった、怪物級のパイロットを擁するラクスの勢力を弱体化
させるチャンスは、そうそう無い。背に腹は代えられなかった。
 タイミングはギリギリだった。主力の帰還までにエターナル艦隊を無力化させられる
可能性は、極めて低い。しかし、シャアに百式を使わせられれば、その可能性は現実
的なレベルにまでは上昇すると見込んでいた。
 だからそのシャアが合流前にエターナル艦隊に捕まったと知った時は、流石のハマ
ーンも焦った。百式が無駄になるだけでなく、ラクス達を弱体化する機を逸することに
もなりかねなかったのだから。
 しかし、よしんばシャアの救出に成功したとして、肝心の百式を届ける手立てが無か
った。急造の部隊では、緊急時の代替要員――いわゆる補欠までは確保できなかっ
たのである。かと言って、最低限の武装しか持たない補給艦を前に出すわけにはいか
ないし、シャアが自力で補給艦に辿り着くのを待っていたら日が暮れてしまう。百式を
他のモビルスーツで引っ張っていくという案もあったが、それだと逆にシャアの救出が
間に合わなくなって本末転倒になりかねない。
312/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 しかし、ハマーンが受け渡し方法について頭を悩ませていた時、シャアに百式を届け
る役目に自ら名乗りを上げる者がいた。それが、ただのお荷物としか思っていなかっ
たミーアだった。
 当初、ミーアは一言も口が利けないほどに激しく憔悴していた。当然である。地球圏
全域に向けて発信された生放送で、あれだけの恥辱を味わわされたのだから。あの見
事なまでの噛ませ犬っぷりは、ハマーンでさえ同情を禁じ得なかったほどだ。
 そのミーアが、シャアのためと聞いて突如息を吹き返したかのように発奮した。それ
は、恋をしている乙女の目だった。
 (バカな娘だ……)
 率直にそう思った。見せ掛けの優しさしか示せないシャアにかどわかされ、それを心
の拠り所にしているのだ。愚かとしか言いようが無い。
 だが、内心で嘲笑う一方で抱く、ミーアの直向な恋心に対する微かな嫉妬心は、決し
て認めたくないものだった。何故なら、それはかつてハマーンが通った道でもあるのだ
から。
 ――手段は選んでいられなかった。ハマーンはミーアに百式を託した。
 
 エターナルは予想以上の粘りを見せていた。主力不在で、よくも頑張るものだとハマ
ーンは思う。万が一を想定して、有能な指揮官を残しておいたのだろう。――ハマーン
の脳裏に、ふと定期便でキラに会った時に彼に同道していた浅黒い肌の男が浮かんだ。
 しかし、戦艦程度に遅れを取るハマーンとキュベレイではない。嵐のような対空砲火
を掻い潜り、着実にダメージを与えていく。
 だが、風向きが変わったのは間もなくだった。突如キュベレイを襲う、地球方面から
のビーム攻撃。それは執拗にハマーンを追い立て、エターナル付近からの後退を余儀
なくさせられた。
 操縦桿を握る手に力が入る。ハマーンには、それが誰の仕業によるものなのかが手
に取るように分かっていた。
 「お出ましかい!」
 二つのバーニアの光が見えた。それは圧倒的な推進力で地球の引力に逆らう、フリ
ーダムとジャスティスだった。エターナルが襲撃を受けていると聞きつけ、シャトルから
緊急出撃したのである。
 状況は一変した。ドム・トルーパーを相手に善戦していたグフ・イグナイテッドやザク・
ウォーリアであっても、フリーダムとジャスティスが相手ではまるで歯が立たない。ハ
マーンでさえ、見通しの良いこの空域でこの二人を相手取るのは分が悪いのである。
 下手をすれば返り討ちに遭いかねない。ハマーンは緊張した。
 「早くしろ、シャア! お前に百式を届けたのは、このためなのだぞ!」
 フリーダムとジャスティスは、迷い無くキュベレイを狙ってきた。ハマーンはシャアに
向け、絶叫した。
 
 シャアが見つけた光は、百式のボディが太陽の光を反射した光だった。百式は、フラ
フラと危なっかしい動きでこちらに向かってくる。――シャアは微かな苛立ちを覚えた。
 「何だ、あのザマは? 誰が乗ってる?」
 あまりにつたない操縦にぼやきつつ、シャアはゆっくりセイバーを向かわせる。
 「そこでいい。止まってくれ」
 ある程度まで接近すると、シャアはそう無線で呼びかけた。これ以上は見ていられな
かったのだ。
 すると、百式は手足をばたつかせて、下手糞なバーニア制御で自転を始めてしまっ
た。何たる有様か。スピードは殆ど死んでいるものの、自転を止められなくて四苦八苦
している様子は、まるで溺れているようだ。
323/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 「あんな素人にやらせるとは……ハマーンめ!」
 あまりの見苦しさに、シャアは吐き捨てるように呟いた。
 いくら別世界のものであっても、同じモビルスーツだけあって、操縦系統に大きな差
異は無い。だからシャアもすぐにセイバーの操縦には慣れたし、それは逆の立場であ
っても同じはずであって、優秀なザフトのパイロットがあんな醜態を晒すはずが無いの
である。
 シャアは呆れ返り、再度呼び掛ける。
 「もういい。そのまま何もするな」
 ため息混じりに告げると、シャアはセイバーから百式に向かって飛び出した。
 自転を続ける百式は、縦軸と横軸にそれぞれ運動エネルギーが加わっていて、複雑
に乱回転していた。
 シャアは百式の近くまでやって来るとバーニアでスピードを調節し、百式の回転パタ
ーンを見極めて一気に飛びついた。
 肩に取り付き、そこからコックピットまで這っていく。そして外側からハッチを開き、中
を覗き込んだ。
 リニアシートに座るパイロットはおろおろしていた。その狼狽振りは新兵以下であった
が、着ているのがパイロットスーツではなく、一般のノーマルスーツであることに気付き、
シャアは怪訝に思った。
 シャアが覗き込むと、そのパイロットは徐にシャアに飛びついてきた。何事かと一寸
焦ったが、バイザーの奥の顔を認めると、何とはなしに事情を察した。
 「ミーア……!」
 「あ、あの、あたし……その、あたし……!」
 救いを求めるようにバイザーを触れ合わせてくる。音の振動が伝わり、ミーアの、口
も回ってない今にも泣き出しそうな声が届いた。
 恐怖に怯える子どものように、ミーアがしがみ付いてくる。シャアは訝って暫時呆けて
いたが、すぐに我を取り戻して一度戦闘の光を確認すると、急いで百式の中に乗り込
んだ。
 「……どうして百式を?」
 しがみ付くミーアを引き離し、シャアは優しく語りかけながらリニアシートに腰を収め
た。しかし、ミーアはまだ不安らしく、縋るようにシャアの右腕に抱きついてくる。
 「他に人がいなかったから!」
 「ハマーンがやらせたのか?」
 問うと、ミーアは慌ててかぶりを振った。
 「ち、違うんです! あたしが、どうしてもあなたの役に立ちたいって言って……!」
 ミーアは、何かから目を逸らすようにシャアの右肩に額を押し付けた。ノーマルスー
ツ越しでも、震えが伝わってくる。
 「そうか……」
 恐怖を押し殺して勇気を振り絞ったミーアの行いは、称える価値があるものだ。――
シャアは念じ、左手をそっとミーアの頭に乗せ、優しく撫でた。
 「良くやってくれた、ミーア。私に百式を届けてくれて、感謝している」
 「は、はいっ!」
 顔を上げたミーアは、少し泣いていた。が、シャアに褒められて、笑顔も見せていた。
 「後ろへ」
 「はい」
 言うと、ミーアは素直に従ってリニアシートの後ろ側にしがみ付く。
 「いい子だ」
 茶化すように褒めると、ミーアは少し頬を膨らませたようだった。
 改めて操縦桿を握る。懐かしいスティックレバーの感触だ。
334/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 「ここまで運んでこられたということは、モビルスーツの操縦経験はあったのか?」
 問いつつ、シャアはレバーとフットペダルの操作を連動させて、百式の乱回転をたち
どころに止めて見せた。ミーアはその見事な腕前に感嘆しつつシャアの問いに答えた。
 「はい。ライブの演出でモビルスーツを使うこともあるんですけど――」
 ハッチを閉じると、シャアはすぐさまコンソールパネルを弄って、情報を呼び出した。
ミーアは後ろから興味深そうにそれを覗き込みつつ続ける。
 「その時に、遊びで操縦の仕方を教えてもらったことがあります」
 「ほお。それであれだけ動かせたのなら、大したものだよ。――ん?」
 コンソールを弄っていたシャアが指を止め、何かに気付いた。ミーアが更にその様子
に気付いて、「あっ」と声を上げた。
 「重量、5%増しだそうです。ガンダリウム製の装甲の複製ができなかったとか何とか」
 「5%も? それは酷いな。まともに動くのか?」
 「修復した部分は殆どがザフトのオリジナルだそうですから。でも、重量増加分は他
の要素を調整することでクリアできているそうで、多少の燃費の悪化を除けば、バラン
スに問題は無いそうですよ」
 「ハマーンがキュベレイを使えているのだから、それは信じるが……」
 「この百式は核融合炉搭載型なんですよね? それって、すごいエンジンだって聞き
ました。なら、少しなら燃費の悪さも問題にはならないんじゃないですか?」
 「それはそうだが――」
 ミーアとやり取りを交わしていて、シャアはふと違和感を持った。ミーアの口振りは、
まるで修復に携わっていたかのような物言いである。メカに弱そうなミーアが、どうして
これほどに饒舌なのか、シャアは不思議でならなかった。
 「ミーアはモビルスーツに詳しいのか?」
 気になって訊ねてみる。だが、ミーアは「まさか」と首を横に振った。
 「クワトロ様に伝えるようにと、あの人に教えられただけですけど……」
 「ハマーンに? ――全部覚えたのか」
 感心しつつも、シャアはスロットルを開けて百式を加速させる。
 セイバーよりもピーキーだが、スムーズな動き出しだった。操縦感覚は、かつてシャ
アが使っていた頃と殆ど変わっていない。
 懐かしい感覚に浸るシャア。そんなシャアに見惚れつつ、ミーアは言う。
 「歌とかドラマの台詞とかありますから――」
 その時、気を良くしたシャアが急に加速度を上げた。機体に荷重が掛かり、思いがけ
ず後ろに引っ張られ、内壁に叩きつけられたミーアは「きゃっ!」と悲鳴を上げた。
 「すまない」、とシャアが手を差し伸べる。ミーアはその手を取り、引き起こしてもらい
ながら話を続けた。
 「――だからあたし、暗記は得意なんです!」
 「そうか、賢いのだな?」
 シャアが褒めると、「いえ、そんな!」とミーアは謙遜して見せた。
 「お仕事ですし、このくらいは当たり前で! ……あ、でも、もうその必要もなくなって
しまったんですけどね……」
 再びリニアシートにしがみ付いたミーアは、苦笑しながら沈痛な表情を浮かべた。理
由は先日の世界放送だろうとは、すぐに察しがつく。
 だが、案の定、掛けてあげる言葉が見つからない。
 戦闘の光は、既に目前に迫っていた。
 「……気をつけて。これから戦闘になる」
 誤魔化すように言うしかない。――だから、ミーアとはあまり顔を合わせたくなかった。
 「はい。ちゃんと掴まってますから、あたしに構わず思いっきりやっちゃって下さい!」
345/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 ミーアのハッキリとした口調が強がりであることを、シャアは察していた。ミーアは自
らを奮い立たせて、シャアに心配を掛けさせまいとしている。
 その健気さに気付いけないほど、シャアも鈍感ではない。だから、少しだけ良心が痛
むのだ。
 ミーアの好意には気付いている。だが、気が無い女性に自分のために健気でいられ
ることを、シャアは迷惑に感じた。それが、流石に申し訳ないのだ。
 八方美人をやっている自覚はある。しかし、今はハマーンに加勢する方が優先だと言
い訳をして、シャアは百式にビームライフルを構えさせた。
 
 正確な狙いと、こちらの攻撃に対する化け物染みた反応速度。コーディネイターの中
でも際立って能力の高い二人のコンビネーションに、ハマーンは冷や汗が止まらない。
 ザク・ウォーリアやグフ・イグナイテッドがハマーンの援護に入るが、まるで援護にな
らない。それほどまでにキラとアスランの能力は、図抜けている。
 デブリ帯で交戦した時とは訳が違う。障害物が無い状態で戦うと、彼らの真の実力が
良く分かる。二人のコンビネーションから繰り出される息をつかせぬ猛攻は、ハマーン
にファンネルを使う暇さえ与えない。
 目測は正しかった。一人では、この二人に太刀打ちできない。
 「チッ……!」
 ハマーンは、フリーダムの背中からドラグーンが放たれるのを見ると、露骨な舌打ち
をした。その瞬間、ハマーンは直感したのだ。初めて遭遇した時からまだ日は浅い。し
かし、キラは恐ろしい速さでドラグーンの熟練度を上げてきている。
 「見せ過ぎたか……!」
 キラの前でファンネルを使って見せたことを思い出す。結果的に、あれが塩を送るこ
とになってしまった。キラはハマーンを手本とし、ドラグーンの制御を飛躍的に向上させ
ていたのである。
 遮蔽物は無い。展開したドラグーンは、一斉にキュベレイに襲い掛かってきた。その
容赦ない無数のビームが、キュベレイの四肢を狙う。
 思惟を感じ取れるだけ、辛うじてかわせる。しかし、先日の時とは比較にならないほど
の狙いの正確さに加え、キラはそうしながらも、フリーダム本体の動きの質を殆ど落と
さない技術を身に付けていた。
 「これがコーディネイターか……!」
 常人ではあり得ない進歩の早さを目の当たりにして、ナチュラルがコーディネイター
を妬み、憎むようになった気持ちが分かるような気がした。
 ドラグーンのビームの中で踊らされているところに、フリーダムがビームサーベルで
斬りかかってくる。それを、同じくビームサーベルでいなしてかわす。だが、敵は一人だ
けではない。間髪を入れずにジャスティスがビームライフルで迫撃し、脛に仕込んだビ
ームブレイドで蹴り上げてくる。
 ハマーンは、それをすれ違うようにかわし、ジャスティスの背後に回り込んだ。しかし、
その背中に向けて手をかざし、ビームガンを撃とうとしたその瞬間、雷に打たれたよう
な閃きが走った。
 「……っ!」
 ハマーンはビームガンによる射撃をキャンセルして、慌てて後方に飛び退いた。刹
那、一寸前までキュベレイが存在していた空間に、無数のビームが殺到した。
 フリーダムのフルバーストアタックだ。フリーダムはいつの間にかキュベレイの背後
に回り込んでいて、両手のビームライフル、それに両腰のクスィフィアスと腹部のカリ
ドゥスを構え、ドラグーンの一斉射を加えて再びフルバーストアタックを放ってきた。
 バランスを気にしている余裕は無かった。ハマーンは操縦桿を一気に引き、その場
からキュベレイを急速離脱させた。
356/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 激流のようなビームの洪水が虚空を穿つ。キュベレイは、そこから弾き出されるよう
に逃れた。だが、その先ではジャスティスがビームサーベルを抜き、コントロールを失
ったキュベレイを手薬煉を引いて待っている。
 「くっ!」
 苦し紛れにビームガンを撃つ。運良く直撃コースに飛びはしたものの、ジャスティス
はシールドであっさりと防いで見せた。だが、ハマーンはその間にジャスティスの脇を
すれ違い、失ったコントロールをようやく取り戻していた。
 しかし、敵も甘くない。刹那、追撃するジャスティスのフォルティスビーム砲が、キュ
ベレイの大きく張り出したショルダーバインダーを掠めたのだ。
 ダメージは殆ど無い。焦げ跡が付いた程度だ。しかし、それは次第に追い詰められ
ていることをハマーンに実感させるには十分なものだった。
 「ハマーンさん!」
 ノイズの混じった音声で、不意に呼ぶ声がある。通信機から聞こえてきた、少しあど
けない声。
 「下か!」
 目を向けた時には、既にフリーダムが寸前まで迫っていた。
 咄嗟にビームサーベルを振りかざす。しかし、突っ込んできたフリーダムは、そのキ
ュベレイの腕を押さえ、更に推力を上げて押し込んできた。
 正面に見えるガンダムの顔。その双眸が、一度だけ金色に瞬く。
 「ハマーンさん……!」
 キラは、もう一度呼んだ。接触回線で、その声はハマーンの耳に届いている。
 キラの声には、戸惑いがある。迷いがあるのだ。ハマーンは、その胸中を見透かす
かのように、「なぜ、一思いに撃墜しない?」と問い掛けた。
 「……ラクスが、悲しみます」
 葛藤がある。鋭さを増すモビルスーツの動きとは裏腹に、キラの胸中ではハマーン
に対する、どうしようもないジレンマが渦巻いている。
 ハマーンさえいなければ――そう呪う反面、忠告を与えてくれたハマーンに対する微
かな信頼がある。まだその片鱗すら見えていない状況だが、前回の接触の後、バルト
フェルドやラクスが密かにキラに相談を持ち掛けた出来事が、ハマーンの言葉に信憑
性を持たせていた。
 現在、バルトフェルドの右腕であるダコスタが、サトーたちの素性を調査するために
プラントに潜入している。クライン派に所属していたという彼らの自称が、どうやら怪し
いらしいという経過報告を聞けば、いくらキラでもその気になった。
 「ハマーンさん、教えてください!」
 キラは問う。接触回線なら、会話が漏れる心配は無い。この会話は、決してアスラン
に聞かれてはならないのだ。
 「あの人たちは一体、何の目的でラクスに近づいてきたんですか?」
 「私が知るわけが無いだろう」
 「ラクスにはもう話してるんでしょ!」
 直情的な声に、ハマーンは眉を顰めた。
 キラが直情的になる理由は、分からないでもなかった。見えない脅威に備えなけれ
ばならない不安。それを抱え続けるストレスは、相当なものだとは理解できる。
 しかし、ハマーンは本当に知らないのだ。ニュータイプの勘にも理由など無い。いわ
ゆる第六感が普通より並外れて高いだけである。ハマーンはそれを教えてやっただけ
に過ぎないのだ。
 キラは尚も食い掛かるように続けた。
 「この間あなたと戦った後、一度だけラクスが行方不明になりました。彼女は誤魔化
してましたけど、本当はあなたと会ってたんじゃないですか?」
367/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 「だとしたら、どうする?」
 「どうもしません。ラクスは一人であなたに会いに行ったんです。あなたにとっては、
彼女を殺すチャンスだったはずです。でも、ラクスは帰ってきました。何事も無かった
かのように!」
 「……それで?」
 饒舌だったキラが、そこで初めて言いよどんだ。
 ハマーンは、それでキラが言わんとしていることを察した。
 少し間を置いて、キラが再び口を開く。それは、ハマーンが想像したとおりの内容だ
った。
 「……あなたも気付いているんじゃないですか? あなたは、本当はラクスのことを」
 「気安いな」
 ハマーンの言葉がキラの言葉を遮る。最後まで言い切るのを阻むかのように。
 その瞬間、キュベレイの蛇眼が光を放った。赤々とした双眸が、キラにハマーンの拒
絶の意思を告げる。
 次の瞬間、キュベレイのショルダーバインダーの内側に張り付いているバーニアス
ラスターが一斉に火を噴き、キラの視界を真っ白に染め上げた。
 「うっ!」
 「危険と分かっていながら粛清もできぬお前たちに、この私が気を許すと思ったか!」
 キラの目が眩んでいる隙に蹴りを入れ、ハマーンは逃れる。そして、すかさず手をか
ざし、ビームガンの狙いをつける。
 しかし、そこにジャスティスのシャイニングエッジが襲来する。ハマーンは咄嗟に攻撃
体勢を解き、それをかわした。だが、ビームブーメランのそれは弧を描き、再びキュベ
レイに襲い掛かってきた。
 「小癪な!」
 ビームサーベルを抜き、翻ると同時に切り落とす。しかし、そこをジャスティスのビー
ムライフルが狙う。
 襲い来るビームを、ハマーンは急加速してかわした。が、ジャスティスは尚も執拗に
追い立ててくる。
 だが、束の間、突如そのジャスティスの攻撃を遮るようなビームが彼方から飛来した。
 直感が告げる。ハマーンは射線元に顔を振り向けた。
 「来たか――!」
 太陽の光を反射し、激しく自己主張しているかのように一際強く輝くモビルスーツがあ
る。金色の塗装は、傲慢さの象徴にも見える。
 「シャア!」
 金色の憎い奴が現れた。
 
 余裕の無いハマーンを目にすることなど、一生涯無いことだと思っていた。それが見
れたというのは、ある意味で幸運だったのだろう。
 しかし、ハマーンが苦戦するのも無理からぬ話だった。何と言っても、相手はフリー
ダムとジャスティスなのだから。たった一機でもシンとレイのコンビと渡り合い、二機が
揃えばそれを凌駕するほどの力を発揮する連中である。いくらハマーンでも、一人で
相手にするには分が悪すぎる。
 「あれって、フリーダムとジャスティスですよね?」
 ミーアは二体を目の当たりにして、恐々とした声で言った。戦場とは無縁のミーアが
知っていて畏怖するほどなのだから、やはり相当なのだろう。
 「あれと戦うんですか?」
 「他に誰がいる?」
378/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 シャアはあっけらかんと言ってのけると、百式を更に加速させた。
 「随分ともったいぶった登場だな、シャア?」
 スクリーンに小窓が表示されて、ハマーンの顔が映った。その表情は平静を装って
はいるものの、微かに滲んだ汗が苦境を如実に物語っていた。
 (ハマーンをこれほど消耗させるとは……百式に乗ったとはいえ、油断はできんとい
うことか……)
 シャア自身、フリーダムやジャスティスと対決するのは、実はこれが初めてである。
セイバーに乗っていた時は、ミネルバの防衛やらシンの独断専行やらで機会が無か
ったのだ。
 しかし、今回はそういうわけにはいかない。シャアは気を引き締め直した。
 「すまない。だが、慣らしの相手があのガンダムたちとは、酷い仕打ちだな?」
 「良く言う。この程度で気後れするお前ではあるまい? ――この機会に、最低でも
どちらか一方は潰しておく。いいな、シャア?」
 「了解。前衛は私と百式の方が有利だ。ハマーンには後ろを頼みたい」
 「任せる」
 ハマーンの顔が消えると、シャアは一気にキュベレイを追い越し、フリーダムとジャ
スティスの前へと躍り出た。
 「少し怖い思いをさせるかもしれないが、我慢できるな?」
 後ろのミーアに問いかける。ミーアは覚悟を決めたように深く頷いた。
 「あなたを、信じていますから」
 「……了解」
 突出した百式に注がれる砲撃。そのビームとビームの隙間を縫うように、シャアは百
式を飛び込ませた。
 伊達にグリプス戦役の大半をこの機体で切り抜けてきたわけではない。ブランクはあ
っても、機体の感覚は身体に染み付いている。どこをどう掻い潜ればビームに当たら
ないか、シャアには手に取るように分かるのだ。
 ターゲットはジャスティス。理由は、接近戦が主体のジャスティスの方が与し易いと
判断したからだ。
 百式がアスランの前に迫る。そのサングラスの下から、赤い双眸が浮かび上がる。
 「金色のスーツを着て戦場に出てくるバカがいる? ――カガリじゃあるまいに!」
 その瞬間、ひりつくような殺気がアスランの肌に纏わり付いた。パイロットスーツを透
過して、針のように突き刺さる鋭い殺気を感じて、アスランは直感した。百式の金色に、
アカツキのような意味は無い。それはただ、自らの腕の確かさを誇示するためだけの
色であると。
 「いや、伊達で金色のスーツは着られない……このパイロットは本物だ!」
 アスランは、百式からキュベレイと同じにおいを嗅ぎ分けていた。だからこそ、先にビ
ームを撃って先制した。
 しかし、百式は半身になってアスランの撃ったビームをかわして見せた。最低限の動
作のみで、アスランの撃ったビームをかわしたのである。そして、そこから流れるように
ビームライフルの砲口を差し向け、倍返しをしてきた。
 素早くシールドを構える。ジャスティスの実体盾を膜のように覆うビームシールドが、
百式のメガ粒子砲を無効化した。
 コズミック・イラの平均的なビームライフルより威力のあるメガ粒子砲であるが、ビー
ムシールドの前では等しく無力である。そのシールドがある限り、百式がいくらビーム
を撃ってもエネルギーの無駄でしかない。
 シャアの判断は早かった。扱い易いビームライフルを一旦諦め、腰のマウントラック
からクレイバズーカを取り出した。ビームが効かないのなら、まずは実体弾でシール
ドを破壊する。
389/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 「弾は?」
 シャアは、フリーダムとジャスティスのビーム攻撃を避けながらミーアに訊ねた。
 「さ、散弾が装填されてるって――」
 「散弾か……!」
 期待していなかっただけに、思いがけない返答にシャアは驚かされた。それを教えて
いたのも意外だったが、それを覚えていて、尚且つこの状況でハッキリと答えられたミ
ーアには驚嘆させられた。
 ミーアは芯の強い娘だ。シャアは素直に感心した。
 「よし……!」
 百式に注がれるビーム攻撃が弱くなる。ファンネルを展開したキュベレイが、フリーダ
ムの動きを封じているのだ。
 ハマーンのお膳立てである。しくじればどんな嫌味を言われるか分かったものではな
い。 シャアは高速でジャスティスのビーム攻撃から逃れながら、辛抱強くブレる照準
を追い続けた。
 フェイズシフト装甲に物理的ダメージが通らないことは常識である。しかし、ビーム攻
撃を防ぐためのシールドはその限りでは無いことを、シャアは知っていた。
 「――そこだ!」
 ロックオンの文字表示が現れた瞬間、シャアは微塵も躊躇うことなくトリガーボタンを
押した。長年の経験で染み付いた感覚が教えている。――当たると。
 砲身から飛び出した弾頭が炸裂し、散らばった無数の礫がジャスティスを襲う。左側
面からの攻撃に、当然のように反応してシールドを構えた。
 だが、礫がジャスティスの装甲に触れた途端、それは起きた。礫が、更に炸裂したの
である。小さな爆発であるが、無数の礫が連鎖的に次々と炸裂して、たちまち大きな爆
発に膨れ上がっていった。
 「――まだ大きくなる!?」
 無限に膨れ上がっていくかのような錯覚を覚えたアスランは、その爆発に面食らって、
思わずシールドを投棄していた。
 それを目の当たりにして、シャアは思いがけず「ほお」と感嘆を漏らしていた。普通の
散弾かと思っていただけに、良い意味で裏切られた気分になったのだ。
 「散弾の炸裂弾か! 凝っていて面白いじゃないか!」
 「こ、ここまでは知りませんでしたけど……」
 百式を修復したスタッフの粋な計らいに、シャアは愉快な心持になった。もっとも、後
ろのミーアはそれどころでは無さそうだが。
 「なら、もう一発!」
 予想外の攻撃に、ジャスティスは一時的に動揺していた。その動揺を更に大きくして、
心理的優位に立ちたいシャアは、再度クレイバズーカを構えた。
 しかし、トリガーを引く寸前、ミーアが悲鳴のような声を上げる。
 「来てます!」
 「上!?」
 直上から、二つのビームライフルを連射しながらフリーダムが迫っていた。シャアは
軽やかなステップで鮮やかにかわしてみせたが、フリーダムの突撃スピードは尋常で
はない。あっという間に、肉薄されてしまった。
 「――よくもっ!」
 クレイバズーカを向ける。刹那、それに狙いをつけたようにフリーダムの双眸が鋭く
瞬いた。
 シャアのバイザーに、その光が映り込む。次の瞬間、鋭く振り抜いたビームサーベル
が、クレイバズーカに砲弾を吐き出させること無くその砲身を切り飛ばしていた。
3910/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 その圧倒的技量に、シャアは思わず歯噛みした。慌ててヘッドバルカンを撃って牽制
するも、フェイスシフト装甲を当て込んでいるキラは些かも慌てない。そのまま怯むこ
となく、腰部のクスィフィアスを百式のどてっぱらに向けてくる。
 危険を察知したシャアの直感が、無意識に身体を突き動かしていた。クスィフィアス
が前を向いた瞬間、百式は前方宙返りをするように下半身を後方に振り上げ、レール
ガンをかわしたのである。
 キラも驚いた。コーディネイターでも、こんな未来予知のような反応は出来ない。
 「この人……なっ!?」
 驚くキラの正面のスクリーンに、更に百式の足底が迫っていた。百式はレールガン
を回避した動きの流れでそのまま前転し、かかと落しをするようにフリーダムの顔面を
踏みつけ、その反動を利用して緊急離脱したのである。
 直後、ジャスティスの撃ったビームが直前に百式が存在していた空間を一閃した。
 「ふっふっふ、失礼!」
 不敵に笑いながら、自らの粗相を詫びるシャア。ハマーンはその声を小耳に挟みな
がら、展開したファンネルを伴ってフリーダムを追い立てた。
 「シャアめ、相変わらず足癖が悪い」
 詰る言葉とは裏腹に、ハマーンの声と顔には喜色が滲んでいた。活き活きとした百
式の動きを見ていると、それに引っ張られるように自身の調子も上がっていくように感
じられたのだ。
 この瞬間だけ、ハマーンは自らの意地から目を逸らした。シャアはやはりシャアなの
だ。例え分が悪くとも、それを感じさせない余裕と動き。そういうシャアは、ずっと見て
いてもいいとハマーンは思う。
 フリーダムとジャスティスが、パイロットも含めて脅威的であることには変わりない。
しかし、百式を得て水を得た魚になったシャアの参戦が、双方の心理的優劣を決した。
 この機会を、二人が逃すはずが無い。
 並走するキュベレイの目が、シャアに目配せを送る。シャアは頷き、加速を上げてキ
ュベレイに先行して敵に仕掛けていった。
 向かった相手は、ジャスティスではなくフリーダム。
 しかし、シャアはフリーダムに攻撃を仕掛けず、少しの間、牽制するような行動を見せ
ると、あっさりと後退した。
 その時になって、キラは気付いた。百式は陽動であり、本命はジャスティスであると。
シャアとハマーンは、キラたちの動揺に付け込んでミスマッチを仕掛けたのだ。
 「まずい、アスラン!」
 キラは急ぎ百式を追撃した。
 一方、ジャスティスはキュベレイのファンネルを相手に、シールドを失ったことが影響
して、完全な劣勢に立たされていた。それでも驚異的な反応で奇跡的な反撃を繰り出
し、キュベレイに決定打を許さないが、苦境であることに違いは無かった。
 キラは、ハマーンの嘲笑が幻聴のように聞こえた気がした。決定打を出せないハマ
ーンは焦るどころか、ファンネルに踊るアスランを嘲ってすらいる。キラはキュベレイの
動きに、そんなハマーンの余裕を見たのだ。
 答えはすぐに出た。
 ファンネルの回避に神経をすり減らしていたアスランは、急に攻撃が止んだことで、一
瞬、集中力を切らしてしまった。ファンネルのビームが止んだのは、エネルギーが切れ
たからではない。機が訪れたから、戻しただけなのだ。
 アスランの集中力が途切れた、ほんの一瞬である。その一瞬で、百式はジャスティス
に肉薄し、鋭く振り抜くビームサーベルでその右腕を切り飛ばしたのである。
 「アスラン!」
 キラは加速度を上げた。だが、それを阻むように横合いからハマーンの急襲を受ける。
4011/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 咄嗟にビームシールドを展開して防ぐ。勢い良く叩きつけられたビームサーベルが、
ビームシールドと干渉して凄まじい光を放った。
 「甘いな、キラ? ――まずは、あの赤いガンダムからだ!」
 「そうは!」
 勝利を確信したようなハマーンの嘲笑と、それを跳ね除けようとするキラの絶叫。
 キラの気合に応えるように、フリーダムのドラグーンが一斉に射出される。そして、無
我夢中でキュベレイを攻撃する。
 狙いは滅茶苦茶である。しかし、その遮二無二な感情が、ハマーンの読みを鈍らせ
た。
 「こやつ……!」
 ハマーンは舌打ちして、咄嗟にフリーダムから離れた。フリーダムはそれを見ると、
背中から淡い青の光を散らしながら、凄まじい加速でジャスティスの援護に向かって
いった。
 「行ったぞ、シャア!」
 キラの置き土産であるドラグーンに対抗し、ハマーンもファンネルを展開する。アスラ
ンの救出に意識を向けるキラのドラグーンはコントロールが甘く、ハマーンは容易くそ
の全てを片付けた。
 しかし、キラは構わない。ほんの少しだけハマーンの足を止められれば良かったの
である。ドラグーンが全て落とされたとて、それは今のキラにとって問題ではない。
 片腕を失ったジャスティスは、百式の猛攻の前に劣勢を強いられていた。シャアはこ
こが好機と踏み、一気呵成に撃墜しようと前掛かりになっていた。
 だが、ジャスティスにはまだシャアが知らないギミックが残されている。それを目にし
た時、シャアは度肝を抜かれた。ジャスティスの背部のリフターがパージされたかと思
うと、それ自体が自律してシャアに襲い掛かってきたのである。
 ファトゥム01は、全体にビームブレイドが仕込まれたビームスパイクの一種である。
無線誘導によって制御され、それ自体が武器となって敵に襲い掛かるのである。
 モビルスーツの生命線とも言えるバーニアユニットを武器として飛ばすなど、とんで
もない発想だ。しかし、その意外すぎる発想がシャアの虚を突いた。そして、辛うじて回
避するシャアだったが、その隙に猛スピードで駆けつけたフリーダムにジャスティスを
回収され、逃亡を許してしまった。
 気付けば、エターナルから信号弾が上がっていた。ラクスを始めとした、オーブの降
下部隊の回収が全て完了したのだ。
 「……取り逃がしたか」
 それを見届けると、シャアはバイザーを上げて、ふぅ、と一つ息を吐いた。
 隣にキュベレイがやって来て、マニピュレーターを百式の肩に乗せた。まるで労って
いるかのような手つきに、ハマーンにしては珍しい仕草だと思った。
 「この分では追撃は無理だな。もっと本格的な艦隊が組めていれば、考えたことでは
あるが……しかし、百式のシェイクダウンにしては上出来だった。ジャスティスのあの
ダメージなら、奴らもすぐには動けまい」
 ハマーンにしては妙に穏やかな声に感じた。少しトーンが高いのだろう。
4112/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 「……珍しいな」
 「……? 何がだ?」
 「仕留め損ねたことについては責めないのか? 先ずはそのことで詰られるものと覚
悟していたのだが……」
 シャアは、その褒めているように聞こえるハマーンの言葉が却って不気味に思えて、
つい聞き返した。どうにも座りが悪く感じられたのだ。
 途端、キュベレイの目がハッとしたように急に目をそばめた。
 一転、少し重苦しい空気が流れた。キュベレイから感じる“気”が、急に冷たくなった
ような気がする。
 「……どうした、ハマーン?」
 応答が無いことを怪訝に思って再度訊ねると、ハマーンが「フン」と鼻を鳴らした。そ
れが、舌打ちをしたように聞こえた。
 「私は、それほどお前に期待していない……」
 キュベレイのマニピュレーターが百式の肩から離れ、接触回線から無線へと切り替
わる。回線状況が変わって、音質が少し劣化する。だが、ハマーンの声が急に低くな
ったように聞こえたのは、音質の劣化によるものだけではないように思えた。
 「ミネルバが上がってくるまでは、私が乗ってきた船での滞在を許可してやる」
 「あ、ああ……厄介になろう」
 「――ん!」
 キュベレイは先行して補給艦へと向かっていった。
 「……今更何を?」
 シャアはそれを見送りながら、心底から不思議そうに呟いた。
 「お、終わり、ました……?」
 キュベレイが見えなくなると、それを待っていたかのように後ろからミーアが話し掛け
てきた。どことなく苦しそうである。
 シャアは怪訝に思い、後ろを振り返ってミーアを確認した。しかし、そこにあったミー
アの顔色は、いつのも健康的で艶のある桜色ではなく、病的で血の気を失ったような
蒼白へとすっかり変わり果てていた。
 「ミーア……」
 全体的にやつれたように見える。シャアは察して、急に老け込んでしまったミーアに
慎重に語り掛けた。
 「すまない。君の言葉に甘えすぎた」
 思い返せば、途中からミーアは悲鳴すら上げなくなっていた。素人が戦闘機動のモ
ビルスーツに乗れば、こうなるのは自明の理。ミーアが言い出したこととはいえ、もう少
し配慮してやるべきだったとシャアは自省した。
4213/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 「いえ、こ、このくらい、平気、です……」
 ミーアは強がるものの、そう言った途端に「うぷっ!」と軽く戻しそうになった。
 シャアは慌てて、しゃべらないように注意した。
 「もう少しの辛抱だ。何とか堪えてくれ」
 メットを被ったままでは悲惨なことになる。かと言って外したらもっと悲惨なことになる。
 シャアは補給艦に連絡し、エチケット袋の用意を頼むと、ミーアの負担にならぬよう、
可能な限り静かに百式を移動させ、細心の注意を払いつつ、かつてないほど慎重に着
艦した。
 エアロックを抜けて格納庫に入る。すぐさまハッチを開けて、ミーアを外に出した。そ
して、急ぎエチケット袋をミーアに渡すようにクルーに呼び掛けたのだが――
 「待て! まだ早い!」
 ミーアは我慢が出来なかったのか、慌ててヘルメットを脱いでしまったのである。少
しでも早く新鮮な空気を吸って、楽になりたかったのだろう。しかし、ここは格納庫。そ
れは逆効果である。
 シャアは血相を変えて叫んだ。
 「急いでくれ!」
 エチケット袋を持ってきたクルーが、無重力の中を手足をばたつかせながら懸命に
ミーアのところに向かう。
 しかし、現実は非情であった。
 常に換気しているとはいえ、格納庫には機械油のにおいがこびりついてしまっている。
それこそ、金属が腐敗したような不快なにおいだ。ヘルメットを外したミーアは、その空
気を思い切り吸い込んでしまったのである。
 「止せ! 早まるな!」
 蒼白を通り越して、ミーアの顔色が土気色になる。白目を剥いたミーアは、限界を通
り越していた。最早、手遅れだった。
 哀れ、ミーアは間もなく両頬が爆発したように膨らみ、卒倒するように身体を仰け反
らせた。
 そして、美しく涙を散らし、決壊した。
 「オーマイガーっ!」
 クルーの悲鳴が轟く。無重力を自由自在に飛散する、吐しゃ物。ツンと鼻を突く胃酸
のにおいと、中途半端に撹拌されたグロテスクなゲル。人々は逃げ惑い、格納庫には
悲鳴が飛び交った。それは、とても言葉では言い表すことができない、阿鼻叫喚の地
獄絵図だった。
 
 それからクルーが協力して処理に当たり、事態は何とか収拾した。しかし、精神的に
大きなダメージを負ったミーアは、それからミネルバが到着するまで殆ど自室に引きこ
もったままになってしまった。

続く
43 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:???
二十六話は以上です
次回は出来るだけ近日中に
44通常の名無しさんの3倍:2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:???
ミーア………(´;ω;`)
一瞬真空に出てしまってお陀仏かと勘違いしかけた。
TVどおりに死なずがんばるSSも多いが、これは精神的には死んだほうがマシ?
45通常の名無しさんの3倍:2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:???
たくましく生きていってほしい
46 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
殺人的な暑さで連日最高気温を更新しているような気がする今日この頃
みなさんいかがお過ごしでしょうか?

第二十七話「シャア・レコード」になります↓
471/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 数日後、補給を終えたミネルバがカーペンタリア基地から宇宙へと上がってきた。そ
の間、補給艦で世話になっていたシャアは、百式と共にミネルバへと移動した。
 予てからタリアに告げられていた通り、シャアの移動には、ミネルバへの復帰が決定
していたハマーンとキュベレイも同道した。だが、シャアが驚いたのはそこにミーアを
伴ったことだった。
 ハマーン曰く、デュランダルから今回の件の見返りとしてミーアの面倒を押し付けら
れたから、ということらしいが、シャアにしてみれば、その命令に大人しく従うハマーン
は信じられなかった。らしくない、と思ったのだ。
 アクシズの指導者としての重責から解放され、コズミック・イラで一個人として行動し
てきたことが、ハマーンを丸くさせているのだろうか、とも思う。
 (どうかな……?)
 シャアには分からない。知っているようで、シャアはハマーンを知らない。
 とにもかくにも、ミネルバは百式とキュベレイ、そしてハマーンを加えて、よりザフトの
エース艦としての地位を確実なものとした。そして戦力の更なる増強は、更なる激戦へ
の予兆でもあった。
 
 「だから言わんこっちゃない」
 大破したセイバーの前。マッドの小言がシャアの耳に痛い。
 「悪いな。貴重なモビルスーツを壊してしまった」
 「済んじまったことは仕方ねえがな、全く冷や冷やさせてくれるぜ。助かったから良か
ったものの、命あっての物種なんだから。こういうことは、金輪際無しにしてもらうぜ、
クワトロ・バジーナさんよ?」
 技術屋の習い性か、マッドは説教をしながらも、既にセイバーの調査に入っていた。
口ではああ言うものの、メカニックを生業にしている人間にとっては、人よりも機械の方
に興味があるのだろう。
 しかし、シャアの目にも、セイバーは大破してしまっているように見える。よくも持ち堪
えてくれたと思うが、いくらマッドでもこれを直すのは無理だろう。
 「うわっ! 酷いな、これ」
 シャアと同じ感想を漏らす少年の声が、不意に背後から聞こえた。シン・アスカだ。
見物でもしに来たのか、赤服の裾をはためかせて無重力をこちらに向かって降りてく
る。
 「これを直すぐらいなら、新しく作った方が早いし、安上がりじゃないですかね?」
 「私への当て付けかな?」
 シンは、慣れた様子でシャアの隣に着地した。地上から上がってきて間もないという
のに、既に無重力の感覚に身体を馴染ませている辺りに、センスの良さが窺えた。
 「違いますよ」
 シンはシャアの冗談を全く相手にしない。それどころか、子供扱いをするシャアの態
度に腹を立ててすらいる。シンの神妙な面持ちは、自身が少年であることを許さない
顔つきだった。
 まだまだ尻の青い子供だと侮っていたシャアは、いつの間にか青年の顔つきになっ
ていたシンに驚かされた。少年の成長は驚くほど早い。それは、そう思えるほどに自分
が年齢を重ねてしまったことの証左でもあるとシャアは思った。
 「新型のフリーダムと戦ったんですって?」
 「ああ。私は主にジャスティスの方だったが」
 「どうです? 後学のためにも、クワトロさんの感想を参考にさせて欲しいんですけど」
 嫌味を言いに来たのではないのだろう。シンは純粋にシャアの感想を聞きたがってい
る。ザフトのエースを自認する責任感の表れだろうか。シンはフリーダムとの再戦の時
を予期し、それに備えようとしている。
482/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 シャアは少し笑った。シンがそれを不満そうに見上げる。――おかしかったのではな
い。シャアは初めてシンのことを頼もしいと感じ、それが何とはなしに嬉しくなったのだ。
 「フリーダムのことなら、ハマーンに聞くのが手っ取り早いと思うが――」
 「あの人が教えてくれる人ですか?」
 シャアは苦笑した。シンが言うことはもっともだ。
 「そうだな。期待に応えられるかどうかは分からんが、私のできる範囲で君の問いに
答えよう」
 シャアはそう前置きをして、自分が感じたフリーダムやジャスティスの印象をシンに
話した。
 シャアはまず基本的なことを話した。単体の能力の高さもあるが、それぞれ射撃戦
と接近戦に特化していること。そして、単体を相手にする場合は、相手の得意分野で
は戦わないこと。更に、二機が連携を組んだら、こちらもコンビネーションで対抗しな
ければならないことなどを確認した。
 それらを念頭に置き、シャアは更に細かく説明した。ジャスティスの全身に配された、
数多の格闘装備やファトゥムのこと。そして、フリーダムに関しては、まだシンが体験
していないドラグーンのオールレンジ攻撃や、ヴォワチュールリュミエールを解放した
状態のことなど、シャアが知る限りのことをシンに伝えた。
 「ドラグーンの対処については、全身に目を付けろとしか言えないな。訓練をするな
ら、レイのレジェンドを相手にすると良いだろう」
 「今度、頼んでみます。それで、フリーダムがドラグーンを外した後の凄い加速とい
うのは?」
 「詳細は分からないが、私が見る限り、あれは君のデスティニーのメインスラスター
と同種のもののように感じられた。恐らく、ザフトの技術が流れているのだろうな」
 「やりそうなことです。――でも、俺のデスティニーなら接近戦も遠距離戦もできます。
奴らの連携を分断できれば、臨機応変に戦えるデスティニーは有利ですよね?」
 「その通りだ、シン・アスカ。ミネルバは、今や君とデスティニーが要だ。君の働き如
何によって、ミネルバの命運は左右される」
 シャアはそう言い切って、シンにプレッシャーを与えた。エースとしての自覚を試した
のだ。
 シンの表情には些かの揺らぎもなかった。細波すら立たない、まるで凪状態の海の
ような穏やかさ。
 紅い瞳がシャアを見据えている。驚くほど冷静な眼差しの中に、静かなる闘志を湛え
ていた。
 「俺は、とっくにそのつもりです」
 シンは涼しい顔のまま、一切臆することなく返した。
 オペレーション・フューリーの後、心身ともに疲れ果てた自分を慰め、癒してくれたル
ナマリア。彼女と肌を重ねた時、この温もりは絶対に失いたくないと強く思った。
 「ミネルバは俺が守ります。もう、絶対に誰も死なせたりしませんから」
 「良い覚悟だが、気負い過ぎるのは誤りだぞ?」
 「気負ってるわけじゃありません」
 シンは手をかざした。そして指を開き、その隙間の先に見える光景に焦点を合わせ
た。
 「守れるものは守りたい。力の限り、何でも。俺は、そのために“力”を身に付けたん
だって、今は思えるんです。この気持ちを、俺は信じたい」
 隙間の先に見たのは、もう帰らぬ家族かもしれない。或いは、ハイネ・ヴェステンフ
ルスかもしれない。しかし、いずれにせよ、彼らはもうシンの手の届かないところへ行
ってしまった。
493/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 なら、この手が守るものは何だ――その先に寝息を立てるルナマリアの寝顔が浮か
んだ時、シンはその幻の頭を撫でる仕草をした。指は、ルナマリアの艶やかな髪の質
感をハッキリと覚えている。
 シンは手を下ろすと、固く拳を握った。
 「だから、できることは何でもしておきたい。後で後悔しないためにも」
 戦う意義を見出したシンは、力強かった。その無垢な輝きは、シャアが羨望を抱くほ
どに眩しく見えたものである。
 シャアは百式を見やり、切り出した。
 「――百式な」
 「えっ?」
 「あのデータの中に、先日の記録が残っている。フリーダムとジャスティスの、宇宙
戦の記録だ。君にとって、有益な情報になると思う」
 「いいんですか?」
 驚きながらも目を輝かせるシン。シャアは微笑交じりに頷く。――将来有望な若者を
目にできた、大人の喜びだ。
 「無論だ。――私は艦長に報告があるのでな。操作方法については、一通りマッドに
教えてある。彼に手伝ってもらうといい」
 そう告げて、シャアは颯爽とその場を後にしようとした。
 「あ、ありがとうございますっ」
 少し戸惑い気味のシンの返礼が聞こえる。シャアはその声を背中に受け、シンへの
期待を胸に格納庫を出た。しかし――
 「――にしたって、金ぴかとかいい趣味してるよな。センスじゃアスハといい勝負じゃ
ないか」
 百式を酷評されていることは知らないシャアであった。
 
 マッドから簡単にレクチャーを受け、シンはいざ百式へと向かった。金色の外装はと
もかく、初めて体験する全天スクリーンとリニアシートで構成されたコックピットは、嫌
でもシンのテンションを上げた。
 シートに腰掛けると、自動でコンソールパネルが目の前に来る。
 使用言語は自分たちと同じ英語だ。操作も特に変わっているわけではない。
 シンはハッチを閉じ、データバンクから戦闘記録を呼び出して、先日のフリーダムと
ジャスティスとの交戦記録の鑑賞を始めた。
 全天スクリーンとリニアシートの組み合わせは、まるで自分がその場にいるかのよう
な臨場感をシンに与えた。360度全てが画面で構成されていて、途中で見切れるとい
うことが無いから、シンは常に首を動かして懸命にモビルスーツの動きを追った。
 初めて見る宇宙でのフリーダムとジャスティスの動きは、シンが想像していた以上だ
った。そして、シャアが操縦する百式の動きは、それと同等に刺激的だった。
 ナチュラルでもコーディネイターでもない。時々、理解不能な反応速度を見せること
がある。それこそ未来が見えているのではないかと疑うほどにである。しかし、どのよ
うに攻撃の気配を察知しているのか、その原理はシンには遂に分からなかった。
 どんな戦闘訓練を積めば、このようなセンスを身に付けられるのだろうか。シャアは
検査結果からも純粋なナチュラルであるという結果が出ているが、シンにはそれが不
思議でならなかった。
 一通り観終わった時、シンはいつしか気分が高揚している自分に気付いた。
 このような機会が得られて、心底から良かったと思う。シャアのテクニックにも、フリ
ーダムやジャスティスの動きからでさえも触発されるような刺激を受けた。それらを自
分のイメージに融合させて、糧にすることに興奮を覚えるのだ。
504/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 その後、シンはもう一度観賞しようと思って、パネルを操作した。もっとしっかりとイメ
ージを脳に焼き付けたいのだ。
 だが、再生を始めようと思った矢先、不意に正面のスクリーンが消え、扉が開いてし
まった。
 「何だ?」
 怪訝に思い、シンは身を乗り出した。壊してしまったのかと一寸焦ったが、そうではな
いらしい。どうやら、外から強制的にハッチを開かれたようだった。
 ハッチの外に最初に目に付いたのは、マッドの姿だった。ハッチの強制解放は彼の
仕業だった。
 シンはシートから立ち上がり、「何です?」とマッドに訊ねた。
 「“何です?”じゃないわよ!」
 そう言って横から躍り出たのは、ルナマリアだった。
 「ルナ!?」
 驚くシンを尻目に、ルナマリアはむっつりと顔を顰めながら、やや強引にシンを押し
込みつつ中に入ってきた。その後ろで、「ごゆっくり」と薄笑いを浮かべて離れていくマ
ッド。野次馬の顔だ。
 「な、何だよ!?」
 ばつが悪い。シンは、図々しく入ってくるルナマリアを邪険に扱うように言う。
 しかし、ルナマリアはシン以上の剣幕で怒鳴ってきた。
 「冗談じゃないわよ!」
 尻込みするほどの迫力だ。結構頭にきているらしい。逆らわない方が身のためだと
察したシンは、仕方なくルナマリアの随意にさせた。
 「ずっと呼んでたのに、ちっとも気付かないんだから! ……わっ、凄い! こんな風
になってるんだ!」
 愚痴を零しながらも、ルナマリアは周囲を見渡すなり、ケロッと態度を変えて、全天
スクリーンの迫力に子供のようにはしゃぐ。
 (まったく、これだ……)
 シンは内心で呆れつつも、「当然だろ」と言うだけに止め、ルナマリアに横取りされま
いと素早く先にシートに陣取った。
 「それより、俺は今忙しいんだ。ルナの相手をしてる暇は無いんだよ」
 「フリーダムとジャスティスの研究でしょ? あたしも一緒にするわ」
 「おい、何勝手に弄ってんだ!」
 ルナマリアは当然のようにシンの膝の上に座ると、勝手にパネルの操作を始めた。
 そのうなじから甘いにおいが香ってきて、頭がくらくらした。そして、股間の辺りに押
し付けられる、程よく引き締まった形の良いヒップの感触である。短いスカートの中身
を想像して、シンは思わず腰を引いた。
 (前から思ってたけど、何でこんな短いんだよ? 軍服、だよな……?)
 ルナマリアは新鮮な百式のコックピットに興味を奪われているのか、やきもきするシ
ンにも気付かずにパネルを弄ることに夢中になっている。それで股の辺りで無造作に
もぞもぞと動くヒップが、シンには堪らない。
 「アナザーモビルスーツって言っても使用言語は一緒だし、それほど難しくは無いの
ね?」
 「そ、それより、前くらい閉めろって!」
 外からこちらを覗き込むヴィーノとヨウランの、囃すような視線が気になる。だが、ル
ナマリアはそれに気付こうともしない。
 「いいじゃない? 今は自由時間なんだし。――それとも、気になっちゃう?」
 そう言って、ルナマリアは開いている自身の胸元の襟を摘んで見せ付けてきた。
 「えっ?」
515/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 その仕草で、今さらになってルナマリアの胸元がはだけていることに気付く。シンが
つい覗き込んでしまったのは、本能的な仕草だ。
 が、それがすでにルナマリアの罠だった。はだけた胸元の白い肌に、思わず赤面。
そんなシンを、ルナマリアの山なりの目がおちょくる。
 シンは咄嗟に姿勢を正し、慌ててコックピットハッチを閉じた。
 「――じゃなくって、こっちだよこっち!」
 「しっかり見てたくせに」
 「見せたんだろうが! っていうか、もっと持てよ、慎みとか恥じらいとか!」
 「別にいいじゃない、今更。どうせ、シンにはもっと見せちゃったんだし」
 「はあ!? そ、それは! ……あ……いや、いい……」
 カッと顔が熱くなる。シンが咄嗟に反論を諦めると、ルナマリアは勝ち誇ったようにフ
フンと鼻を鳴らした。どうにも勝てる気がしない。シンは、仕方なく動画の再生を始めた。
 「ひゃあ、凄い迫力! 夢中になるわけだわ」
 「いいから黙って観てくれよ。こっちは必死なんだから」
 「あ、ゴメンゴメン」
 はしゃぐルナマリアを落ち着かせ、シンは記録映像に集中した。
 記録映像の再生が始まれば、ルナマリアも静かになった。いや、静かにならざるを
得なかったのだ。スクリーンの中で繰り広げられる戦いは、ルナマリアの常識を軽く超
越していたのだから。
 観終えると、ルナマリアは老け込んだようなため息をついた。
 「レベルが違いすぎて、参考にならないって感じ」
 お手上げといった様子で、ルナマリアは髪をかき上げた。シンは呆れ顔をして、ルナ
マリアを見やった。
 「あのなあ――ん?」
 ふと気付く。髪をかき上げて露出したルナマリアの耳に、キラリと光るものを見た。
 「何だ、そのピアス?」
 「えっ?」
 シンが指摘すると、ルナマリアは思い出したように指でそれを弄った。
 それは、ただの金属チップのようなデザインだった。とう見てもファッションアイテムに
は見えない、非常に味気ないピアスである。ルナマリアのような年代の少女がチョイス
するものとは、到底思えなかった。
 「ああ、これね……」
 シンが抱いた違和感を証明するように、ルナマリアは困惑した感じで言う。
 「ハマーンさんが、ね。“お前は今まで良く尽くしてくれたから、ほんの礼だ”ですって」
 ハマーンの物真似をするルナマリア。「全く、参っちゃうわよねー」と苦笑した。
 「あの人がプレゼント? へえ、意外だな」
 「あたしもびっくりしたわよ。でも、これってサイコレシーバーとかっていう、サイコミュ
って技術の研究の副産物でさ、そのモニターテストも兼ねてるだけだから、別にファッ
ションで身に付けてるわけじゃないのよ」
 「サイコミュ? 何だそれ?」
 「脳波コントロールシステムってやつらしいんだけど、あたしも詳しくは知らないわ」
 「大丈夫なのかよ?」
 「さあね。でも、身に付けていればお守り代わりにはなるだろうって言うから、それを
信じてはいるんだけど……どうも怪しいのよねえ」
 ルナマリアが怪しむ気持ちは良く分かる気がした。早い段階からミーアを偽者と見抜
いていながら、それをずっと内密にしていた例からも分かるように、ハマーンは何かと
いかがわしい。そういうハマーンが普段からは考えられない行動をすれば、何か企ん
でいるのではないかと疑って当然だ。
526/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 (――とは言え、何だかんだでルナはあの人に従っちゃうんだよな。現にピアスだっ
て素直に付けちゃってるし……)
 ハマーンはルナマリアを都合の良い駒として利用している節があるが、ルナマリアも
ルナマリアで、何故かそれを当たり前のように受け入れてしまっている。それがどうに
も解せない。この二人には、何か契約のようなものでもあるのだろうか。
 シンが内心で首を捻っていると、そんなことも露知らず、その間にもルナマリアは勝
手にパネルを操作してデータを物色していた。
 「ねえ、折角なんだし、他のも見てみましょうよ?」
 「おい、いいのかよ勝手に」
 「減るもんでもないんだし、構わないわよ」
 そう言ってルナマリアは適当な記録映像を選択し、躊躇無く再生を始めた。シンはそ
んなルナマリアに呆れながらも、再生される映像に内心では期待していた。
 それは、巨大な建造物の内部での戦闘のようだった。円筒形の内部の底に強烈な
光を放つシリンダーのようなものが何本も並んでいて、百式を操縦するシャアはそれ
を守ろうとしているようだった。
 敵は二体のようだった。一方は重量感のあるシルエットに黄土色のカラーで全身を
彩った、一つ目のモビルスーツ。そして、もう一方はキュベレイだった。
 「これ、ハマーンさんが乗ってるの……?」
 「やっぱり二人は敵同士だったんだ」
 「そんな!」
 黄土色のモビルスーツが、シリンダーのようなものを潰した。百式がそれを阻止しに
向かうも、待ち伏せを受けてダメージを受けた。立て続けにキュベレイに組み付かれ、
ビームサーベルで右腕を切り落とされる。直前にトリガーを引いていたのだろう。切り
落とされた右腕が握っているビームライフルが、何も存在しない上天に向かって一発
のビームを撃った。
 致命傷を辛くも逃れたシャアであったが、その勢いで背中からシリンダーのようなも
のに衝突し、墓穴を掘ってしまった。
 「仲間の援護は無いのかよ……!」
 結果は分かっていても、あまりの劣勢にシンは焦れていた。
 そうこうしている内に、百式は二機に取り囲まれていた。シャアは、それでも何とか活
路を見出そうと足掻き、急上昇を掛けて二機から逃れようと試みた。
 (でも、あの二機が手負いの百式を逃がすはずが無い……!)
 シンは、その動きを見ていて直感していた。映像で見ているシンが恐ろしいと思える
ほどに、黄土色のモビルスーツとキュベレイには底冷えするような絶望感があった。
 (逃げ切れるわけがない……!)
 シンが睨んだとおり、逃げようとする百式の前に、キュベレイがあっさりと立ち塞がっ
た。
 『シャア! 私のもとへ戻ってくる気は無いか!』
 『今さら!』
 どことなく縋りつくような感じの、少し弱気なハマーンの声と、そのハマーンの差し伸
べた手を払い除けるかのようなシャアの返し。――ルナマリアは、ふと胸にチクリとし
た痛みを覚えた。
 ギリギリの攻防を、シンは手に汗を握って食い入るように見つめた。黄土色のモビル
スーツの撃ったビームが、百式の左膝を撃ち抜く。しかし、シャアは尚も粘りを見せ、
キュベレイに追い立てられながらも壁の隙間に逃げ込み、一先ずその場を切り抜け
た。
 シャアは安全な場所まで移動すると、百式を降りたようだった。そして、映像はそこ
で一旦終わっていた。
537/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 「まだ続きがあるのか……」
 シンは誰にともなく呟くと、当たり前のように続きを再生した。
 百式に再び乗り込んだシャアは、すぐさま先ほどの場所に戻ってきた。すると、そこ
にΖガンダムと黄色のずんぐりとしたモビルスーツが現れ、また敵が増えた、と咄嗟
にシンは思った。だが、Ζガンダムが追い掛けてきたキュベレイと黄土色のモビルス
ーツを攻撃している場面を見て、カミーユがかつてシャアの味方だったことを思い出し
た。
 Ζガンダムは損傷した百式を庇い、一人でキュベレイと黄土色のモビルスーツに立
ち向かおうとしていた。シンは、その中で繰り出された攻撃に思わず目を奪われた。
 「今の――」
 だが、その時だった。Ζガンダムがビームライフルを連射している途中で不意に映
像が止まり、スクリーンの電源が落ちてしまったのだ。
 「あれ?」
 白い壁面に戻ってしまったスクリーンを呆然と見回す。そして、その時になって、初
めてルナマリアが顔を俯けていたことに気付いた。
 「……ルナ?」
 パネルに置いた指が教えている。映像を止めたのは、ルナマリアだ。
 「ゴメン、シン……でも、切なくて……」
 「え……? ――ああ」
 ルナマリアは叱られた子供のように震えていた。シンはその意味に気付くと、そっと
肩に手を置いた。
 「入れ込み過ぎだよ、ルナは。これは、昔の映像なんだからさ」
 「分かってるけど……」
 ルナマリアはハッチを開くと、一人で先に出て行ってしまった。
 シンは追いかけようとしたが、何とはなしに憚られた。その背中が、暗に一人にさせ
ておいてくれと言っているような気がしたからだ。
 「おいシン、何やらかしたんだよー?」
 上がってきたヨウランがルナマリアを見送りつつ、シンの胸を肘で小突いてくる。その
冷やかしの目を冷ややかに受け流しつつ、シンは無重力に身を躍らせた。
 「ナイーブなんだよな、ルナは……あの二人は今、一緒にミネルバに乗ってるんだぜ
……?」
 途中から膝にルナマリアを乗せていることも忘れて、映像に見入っていた。ならば、
ルナマリアの心境の変化に気付けなかったことは、果たして鈍感の証明となるのだろ
うか――そうは思いたくないと、シンは小さなため息をついた。
 
 慣れないミネルバの通路を行く。行きすがら、あからさまに気を遣ってくれているクル
ーに道順を尋ねつつ、ミーアは居住区に割り当ててもらった自分の船室を目指してい
た。
 その途中で、突き当たりの通路を流れていくシャアの姿が垣間見えた。ミーアは慌て
て身を隠し、シャアが行き過ぎ去るのを待った。
 「何をしている?」
 不意に背後から声を掛けられ、ミーアは思わず飛び上がった。
 「あっ、あっ!」
 驚いた拍子にバランスを崩し、無重力に身体を翻弄される。それを、ため息混じりに
助けてくれたのは、一応の付き人であるハマーンだった。
 「全く――」
548/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 ミーアの手を取り、「世話が焼ける」とハマーンはゆっくり床に下ろしてくれた。
 「あ、ありがとうございます……」
 相変わらずの鋭い眼差しに、ミーアは畏まった態度で礼を述べた。
 このハマーン・カーンという女性は、どうにも心臓に悪い。今のように音も無く背後か
ら忍び寄られたのもそうだが、それ以上にハマーンの持つ雰囲気が怜悧で近寄りが
たいものを感じた。何せ、ディオキアでの初見時、それまで誰も見抜けなかった自分
の正体をあっさりと見破ってくれたのは、他ならぬ彼女だったのだから。
 そういう女性が自分の付き人になると聞かされた日には、生きた心地がしなかった。
何か奸計があって近付いてきたのではないかと思ったのだ。
 しかし、ハマーンは現状、ミーアのことを面倒がって放置している状況である。あまり
ハマーンと接触したくないミーアとしては、この状況は好都合ではあった。
 ただ、ハマーンには一つだけ気になる点がある。
 「シャアがいたのではないのか? なぜ隠れる必要がある?」
 ハマーンの指摘には、若干の底意地の悪さが滲んでいる。ミーアはそれを感じ取っ
て、露骨に憮然とした表情を浮かべた。
 シャアを見れば飛びつきたくなるのが、ミーアの習性だ。しかし、今はそれはできな
い。できることなら過去に遡ってやり直したいくらいの、残酷な記憶があるからだ。シャ
アの見てる前で盛大にリバースしてしまったという悪夢が。
 「くくっ……聞いてはいるがな」
 「な、何ですか!」
 ミーアの思考を読み取ったかのように、ハマーンは冷笑を浮かべた。ミーアはそれが
面白くなくて、キッとハマーンを睨み付ける。
 ハマーンはその視線に目をそばめ、からかうように「恥じらいという奴か?」と言った。
 「しかしな、あの男にそういうのを期待するのは間違っている」
 「何を――」
 「悪いことは言わない。シャアは止めておけ。あれは、女を道具として使うことしか考
えていない。そのためには見せかけの愛情だって示して見せるのが、シャアという男
の本性だよ」
 視点が変わればこうも違うものなのだろうか。ミーアが見るクワトロと、ハマーンが見
るシャアはあまりにも違い過ぎる。ミーアは、それが不思議でならなかった。
 そして、ハマーンが妙にシャアと親しく見えるのも気になった。二人の過去を知らな
いミーアにとって、シャアのことを語るハマーンは、自分の恋路を邪魔しているように
しか見えない。
 「あなたは、あの方の何を知っているの?」
 シャアを扱き下ろすハマーンの言い草に、ミーアは露骨に反感を示した。普段は目
も合わせられないハマーンの顔を、瞬きを惜しむほどにきつく睨む。シャアへの思い
が為せる業である。
 ハマーンはその目が気に入らなかった。ただ単に生意気だからというだけではない。
シャアを純粋に慕う気持ちがさせた目が、酷く鬱陶しく思えたのだ。
 ラクスと同じ顔と声を持つミーアだが、ハマーンにしてみれば全くの別人である。しか
し、ミーアの愚直な恋心は、ラクスとは違う意味でハマーンを苛立たせていた。
 愚劣な人間には、吐き気を催すほどの嫌悪感を覚える。ハマーンが一睨み利かせ
ると、ミーアは一瞬だけ怯む仕草を見せた。だが、それだけだった。
 (気の強い娘だ……)
559/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 普通の人間なら、ハマーンのプレッシャーを感じたら気後れするものである。それな
のにミーアは、シャアへの慕情だけでそれをはね退けて見せた。
 (その気の強さを、ラクスの前でも見せられていたならな……)
 気が変わった。ここまで愚かなら、教えてやっても良いと思えた。
 ハマーンはミーアを改めて見据えると、徐に口を開いた。
 「奴はクワトロ・バジーナなどと名乗っているが、それがあの男の本名でないことは、
分かっているのだろう?」
 「あなたの言う“シャア”というのがそうだから、あたしには勝ち目が無いって言うの?」
 気が立っているのだろう。ミーアは思った以上に食い掛かってくる。
 ハマーンは内心で鬱陶しがりながらも、ミーアを軽くいなすように苦笑を浮かべた。
 「勘違いするな。シャア・アズナブルというのも、あの男の数ある仮称の一つに過ぎん」
 ミーアが眉を顰めて、「どういうこと?」と聞き返す。ハマーンは、前のめりになるミー
アを「慌てるな」と手で制しながら、シャアについての解説を続けた。
 「本名キャスバル・レム・ダイクン――サイド3、旧ジオン共和国の創始者ジオン・ズム・
ダイクンの忘れ形見だ。政変によって国を追われてな、一頃はエドワウと名乗っていた
こともあったようだが、シャア・アズナブルというのは、その後にザビ家への復讐のため
に取得した名前なのだ」
 「ジオン? ザビ家?」
 聞き慣れない単語にチンプンカンプンといった様子のミーアに、「気にするな」と告げ
つつハマーンは続ける。
 「遠い世界の話だ。――そして、私から逃げたシャアはクワトロ・バジーナを名乗り、
我々を裏切ったのだ」
 「逃げた? あなたから……?」
 流石にミーアは動揺していた。それがまともな反応だと思う。
 「これで分かっただろう? あの男は常に自分を偽り、他人を欺き続けている。信用
を裏切りで返すような男に、甲斐性を期待したところで虚しいだけだろうが?」
 ハマーンはそう言って、ミーアに追い打ちを掛けた。
 ミーアの恋心を否定することを、特に酷いことだとは思わなかった。シャアの毒牙に
かかって感覚を麻痺させられた哀れな子羊に正気を取り戻させてやるのだから、寧ろ
善行であるとすら思った。
 しかし、シャアの毒は想像以上に深くミーアの中枢に浸透していた。ミーアの瞳に、
一度は消えかけた光が再び戻ったのである。
 ハマーンは、それに目を見張った。
 「……それでも、あたしはあたしが見初めたあの人を信じる! あなたが見てきたも
のが、あの人の全てではないわ!」
 ミーアは感情的に言い放った。それを聞いたハマーンは、露骨にため息をついた。
 「救いようが無いな。その思い込みの激しさは、他人を演じ続けてきたが故の弊害か」
 「あの人はあたしに優しくてくれた! あたしはあなたとは違うの!」
 「それはそうだろう。私はお前ほど愚かではないつもりだよ?」
 ハマーンの辛辣な返しに言葉が詰まり、ミーアは思わず閉口してしまった。何か言い
返してやりたかったが、良い返しが浮かんでこない。
 とりあえず何かを言わないと――そう思ってミーアが口を開こうとした矢先、「しかし」
と言って先に声を発したのは、ハマーンだった。
5610/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 「シャアは己を偽り、自分のできることもしようとしない卑怯な男だ。そういう男には、
お前のような女がお似合いなのかも知れんな?」
 嘲笑含みで言われ、反論しようとしたミーアは出鼻を挫かれてしまった。
 (この人の会話のペースに合わせていちゃ駄目よ……!)
 負けられない。ミーアは念じて、取り乱しそうな心を落ち着ける。
 「……じゃあ、どうしてあなたはもう一度、クワトロ様と同じ船に乗ろうと思ったの?」
 苦し紛れの反論である。だが、それが存外にハマーンの動揺を誘った。
 女の勘だったかもしれない。珍しく顔を曇らせたハマーンは、何故か切なく見えた。
 ミーアはそれで、何とはなしに察してしまった。
 「……シャアには利用価値がある。だから、フリーダムやジャスティスに対抗するた
めに、百式を与えもした……」
 もっともらしく答えるハマーンだったが、歯切れは悪かった。その歯切れの悪さこそ
が、ハマーンの断ち切れないシャアへの未練の証明だとミーアは思う。ハマーンは、
シャアを諦め切れていない……
 「あなただって――」
 しかし、その時だった。俄かに鳴り出した警報に、ミーアは口に出しかけた言葉を飲
み込んだ。
 
 警報は緊急事態を告げていた。その情報は瞬く間に伝わり、クルーは仕事の手も止
めてスクリーンに釘つけになった。そして、そこに流れる映像に誰しもが凍りついたの
である。
 
 
 アークエンジェルは宇宙に上がり、カガリを乗せてプラントへと向かっていた。目的
はデュランダルとの会談だ。
 オペレーション・フューリー、そして件の世界放送による影響で、地球とプラントの関
係は冷え切っていた。再燃したコーディネイター脅威論と、デュランダルへの不審が
主因である。
 当然、その切欠を作ったオーブとの関係は悪化していた。しかし、プラントが大きく信
用を落とした一方で、オーブへの国際的な支持も思うように集まってはいなかった。オ
ーブ内閣府は、それを問題視していた。
 電波ジャックでは強くデュランダルを批難したが、過程はどうあれ、ジブリール逃亡
の責任がオーブにもあることは確かであった。オーブに支持が集まらない背景には、
そのことが大きく影響していたのである。それ故、反ロゴスの機運が残る以上、この事
実を放置しておくわけにはいかなかった。
 そこで打開策として提案されたのが、今回のプラント訪問だった。秘密裏にではある
が、カガリとラクスが直々に出向くことを条件に、何とか首脳会談を取り付けることに
成功したのだ。
 オーブの目的は、ラクスを出しに水面下で交渉を行い、和睦のための妥協点を探る
ことである。そして、和睦が成立した暁には電撃的にザフトと共同でジブリールの捕獲
作戦を展開し、確保。そこで改めてデュランダルと共同声明を発表し、対ロゴス戦の
終結を宣言。それと同時に、全世界にプラントとの関係修復とオーブの減点を帳消し
にしたことを大々的にアピールし、更にその流れで地球側に和平を訴え、あわよくば平
和条約の締結を取り成す仲介役をも担ってしまおうというのがオーブの皮算用だった。
 しかし、その予定は大幅に狂うことになった。その情報は、カミーユが突如激しい嘔
吐感を訴えた直後に伝えられた。
 速報を受け、すぐに情報収集を始めた。プラントの報道番組の電波を傍受し、一同
はその映像に注目した。そして、その様子を目の当たりにし、戦慄するのである。
5711/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 監視カメラによる映像が、その一部始終を記録していた。
 宇宙を穿つ一閃の光。それが複数のコロニーを一遍に貫く。暫時、何事も無かった
かのように見えたが、やがて徐々に目に見える形で崩壊を始めた。
 被害はそれだけではなかった。崩壊したコロニーの残骸が他のコロニーをも巻き込
んでしまったのだ。そして残骸に巻き込まれたコロニーも、間もなく最初に崩壊したコ
ロニーと同じ運命を辿った。
 誰しもが息を呑み、現実とは俄かには信じられないその光景を見守っていた。
 「……発射元は、月面ダイダロス基地からのようです……」
 オペレーター席に座るミリアリア・ハウが、遠慮がちに言う。
 暫し重苦しい空気が場を支配していた。
 「これが現実なら、和睦どころではなくなる」
 ネオがいつになく神妙に言った。カガリは、その通りだと思った。ジブリールの仕業に
違いないからだ。
 「艦長……」
 カガリは艦長席に座るラミアスに目配せをした。ラミアスはカガリの胸の内を察し、頷
いた。
 「予定を変更する。針路を月へ……」
 カガリは静かに下命した。
 
 プラントを襲った未曾有の大惨事は、住民をパニックのどん底に陥れた。この危機
に対し、プラント最高評議会はすぐさま緊急事態宣言を発表。パニックになった市民
の安全確保のために治安維持部隊を出動させ、併せて崩壊したコロニーの住民の救
助活動も行った。
 被害は甚大だった。崩壊したコロニーの住民の安否は、絶望的である。新たな報告
が上がってくるたびに大きくなっていく被害状況と犠牲者数に、デュランダルは頭を抱
えた。
 ヤヌアリウス・ワンからフォー、そして、その残骸でディセンベル・セブンとエイトが沈
んだ。計六基のコロニーが沈んだのだ。犠牲になったプラント国民の数は、二百万人
近くに上る見通しである。
 予兆はあった。哨戒任務に就いていたジュール隊が連合軍の不穏な動きを察知し、
その調査に当たっていた。そして、不審な廃棄コロニーの付近でロゴスのものと見られ
る部隊と交戦状態になり、その最中にプラントは攻撃されたのである。
 その結果、プラントを撃った光の正体が反射衛星砲であることが判明した。廃棄コロ
ニーにゲシュマイディッヒパンツァーを取り付けて巨大なビーム偏向装置へと改造し、
それにビームを通して曲げることで、月の裏側にあるダイダロス基地から直接プラント
を狙撃したのである。
 最早、一刻の猶予も無かった。デュランダルはすぐさま月軌道艦隊に出撃を命じ、ダ
イダロス基地上空の第一中継ステーションの破壊指令を出した。

続く
5811/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
第二十七話は以上となります
それでは
59通常の名無しさんの3倍:2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
GJ!
60通常の名無しさんの3倍:2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
>>58
乙です!
61通常の名無しさんの3倍:2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
乙です
ピアスが気になる
62通常の名無しさんの3倍:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:???
>過程はどうあれ、ジブリール逃亡の責任がオーブにもあることは確かであった。

これだよこれ、これがレクイエムによる大虐殺に繋がってるのは明白な訳だが、
TVはともかく二次SSの方でもこの点を指摘する作品というのはなぜか少ないんだよな。
ラクシズ当の本人たちに反省の色が皆無なのは言うまでもないとして、
議長が善玉であれ悪玉であれ、いやTVの時点でそもそも、これをもってカガリ政権オーブや
ラクシズをジブリールロゴスの共犯として糾弾するとか、メサイア防衛の戦力を
被災コロニー出身者で固めるとかやるのが当然だろうに。
またそう手を打たなくてもごく自然に、遺族となった兵士たちがラクスの演説や歌を
拒絶して怨み骨髄で迎え撃つというシチュがありそうで案外ないという不思議。
(例えば「あれはザフトの艦だ!」と叫んだイザークが即座に背中から討たれるとか)
63通常の名無しさんの3倍:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:???
オーブ軍はその後に運命計画に反対して、宇宙艦隊で武力侵攻を開始するからね
レクイエムを使いたくもなるわ
64 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
第二十八話「月、確執の果てに」です↓
651/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 オーブを脱した後、ジブリールは月面のダイダロス基地へと逃げ延びていた。
 ダイダロス基地には、地面をくり抜いて造った巨大な砲門がある。“レクイエム”と呼
称されるそれが、複数の中継ステーションを介して直接プラントを撃ったのである。
 しかし、首都のアプリリウス・ワンを狙った初撃は外れた。代わりに複数のコロニー
が沈んだものの、ジブリールは一撃で勝負を決することができなかった。それは、誤
算である。レクイエムの発射直前、その動きを察知したジュール隊が仕掛けた中継ス
テーション付近での戦闘が、僅かにその照準を狂わせたのだ。
 その誤算で九死に一生を得たデュランダルは、直ちに反撃を開始。ダイダロス基地
上空、月の衛星軌道上に安置されている第一中継ステーション“フォーレ”を、月軌道
艦隊の総力で以って潰しに掛かったのである。
 だが、当然、ジブリールがその動きを看過するはずが無かった。ジブリールは直ち
にダイダロス基地駐留軍の第三機動艦隊を出撃させ、ザフトの月軌道艦隊にぶつけ
たのである。そして、自身はダイダロス基地の司令室にてレクイエムの第二射の準備
を急がせた。
 フォーレではザフト月軌道艦隊と第三機動艦隊が激突し、大規模な戦闘が繰り広げ
られた。
 レクイエムでプラントを直接狙い撃つためのエネルギーチャージには、相当の時間
を要する。しかし、その時間を知るのはジブリール側だけであり、デュランダルには依
然、どの程度の猶予が残されているのかは不明のままである。
 それに、問題はまだあった。仮にフォーレを陥落せしめたとしても、レクイエムが発射
されれば、プラントは助かっても月軌道艦隊は甚大な損害を被りかねない。それでは
ザフトの戦力が大幅にダウンし、宇宙でのパワーバランスが崩れてしまう。
 そこでデュランダルは次善の策として、ミネルバにダイダロス基地への直接攻撃を指
示した。第三機動艦隊という主力が出払っている隙を突き、レクイエムの発射そのもの
を阻止する作戦を企図したのである。
 
 かくて高速艦ミネルバはデュランダルからの指令を受け取ると、直ちに月へと向かっ
た。
 しかし、ミネルバが月面に降下してダイダロス基地に辿り着いた時、既にそこでは戦
闘が始まっていた。先客がいたのだ。
 ダイダロス基地の防衛部隊と交戦しているのはザフトではない。デュランダルはミネ
ルバに単独でのダイダロス基地攻略を命じたのだから。
 ミネルバに先んじてダイダロス基地に乗り込んだ先客は、アークエンジェルだった。
 「アークエンジェルより、カガリ・ユラ・アスハの名義で当艦にメーデーが出ています」
 メイリンが戸惑いを含んだ声で報告をした。
 ミネルバの艦橋内が、一斉に騒然となった。「恥知らずな!」――アーサーの悪態
である。
 「どうされるのです、艦長!?」
 アーサーが思わず副長席を立ち上がり、タリアに振り向いた。だが、タリアはすぐに
は答えようとはず、暫し神妙な面持ちのまま黙考した。
 妙な緊張感が艦橋内に漂っていた。一同が息を殺して見守る中、やがてタリアは徐
に口を開いた。
 「モビルスーツ隊は出撃後、ミネルバの射線軸より退避」
 「艦長!」
 タリアの泰然自若とした口調が、余計にアーサーの焦燥感を駆り立てる。
 しかし、タリアは些かの迷いも無い声で命令を下した。
 「タンホイザー起動。照準、ダイダロス基地西側外縁部」
 「本気でオーブのメーデーを受けるおつもりなのですか!?」
661/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 アーサーは、思わず絶叫していた。しかし、大袈裟なリアクションはアーサーのみで
はあったが、他のクルーも内心では近い感情を持っていた。
 オーブは信用できない。デュランダルの放送を電波ジャックしたのは、つい先日の出
来事である。その時、本物のラクス・クラインと共にデュランダルの顔に泥を塗った行
為が、プラントそのものを侮辱する行為として映った。
 その上、内情はどうあれ、オーブにはジブリールの逃亡を幇助した事実がある。そし
て、そのジブリールは逃亡の果てに反射衛星砲でプラント本国を撃ち、六基ものコロ
ニーと二百万人弱という途方も無い数の一般市民の命を一瞬にして奪ったのである。
その事実の前では、ラクス・クラインの替え玉を利用していたデュランダルの嘘など、
取るに足らない些事であった。
 ジブリールの非道に対して義憤に燃えるアーサーたちは、同様にその切欠を作った
オーブに対しても強い不信感と憤りを持っていた。ザフトとして、何よりプラント国民と
して許せなかったのである。
 タリアもそのアーサーたちの心情は理解していた。しかし、それでもタリアは淡々と
指揮を執り続けた。
 「チェン」
 火器管制のチェン・ジェン・イーに目線をくれる。チェンもアーサー同様、タリアの判
断には承服しかねている様子だったが、その射抜くような視線を感じると慌てて声を上
げた。
 「タ、タンホイザー……発射OKです!」
 タリアは頷くと、今度はアーサーに目をやった。
 アーサーは先ほどから同じ佇まいでジッとタリアを凝視していた。オーブのメーデー
を簡単に了承したタリアが信じられなかったのである。
 しかし、タリアと目が合うと、その瞳の色にハッとなり、慌てて着席した。
 タリアの瞳には冷たい光が宿っていた。それで、アーサーは我に返ったのだ。
 「前線のアークエンジェルを支援する。――タンホイザー、ってぇ!」
 「了解、タンホイザー、ってぇ!」
 アーサーはタリアの号令を復唱した。その命令を受けて、火器管制のチェンがタンホ
イザーのトリガーを引く。
 ミネルバの艦首から浮かび上がった大砲から、膨大なエネルギー量を含んだ光線
が伸びる。それは一直線にダイダロス基地へと伸び、アークエンジェル隊が交戦して
いる付近の外縁部を焼いた。
 「……アークエンジェルより入電!」
 直後、メイリンが報告する。タリアは無言で頷き、承服の意を示した。
 「了解。正面スクリーンに出します」
 メイリンが言うと、タリアの正面の大スクリーンにアークエンジェルのブリッジとの通
信回線が開かれた。
 艦長席に座っているのは、タリアと同じく女性だった。
 「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです。貴艦の支援に感謝いたします」
 タリアは一寸、気を許しかけた自分を律した。同じ女性艦長であっても、ラミアスはオ
ーブの士官なのだ。
 スクリーンの中のラミアスが、続ける。
 「私たちは現在、反射衛星砲の発射阻止のための作戦を展開しています。貴艦の目
的も私たちと同じとお見受けします。それならば、ここは一致協力して――」
 「その前に、言っておくことがあります」
 冷め切った声が、ラミアスの言葉を遮る。スクリーンを睨むタリアの表情には、笑み
も何もない。ただ、冷酷な眼差しがあるのみ。
673/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 「ダイダロスを攻略することが貴官らなりの罪滅ぼしだとしても、それでプラントの信
用を取り戻せるとは思わないでいただきたい。ジブリールが諸悪の根源だとしても、彼
に反射衛星砲を撃たせるチャンスを与えたオーブの罪は重い。あの惨事によって、二
百万人近くもの何の罪も無い命が奪われたのです。そのことを、ゆめゆめ忘れぬよう
に。我々は、反射衛星砲の第二射を阻止するという任務遂行のために、最良と思われ
る手段を選んだに過ぎないのです」
 そして、一方的に釘を刺すと、タリアは手で通信を切るように合図を出した。
 画面が消える寸前、眉尻を下げるラミアスの表情が垣間見えた。
 (あの女の底が知れる……)
 ラミアスの紅のルージュが、男の影をにおわせた。それは凛然と軍人に徹してきたつ
もりのタリアにとって、軽蔑に値した。
 自分は男のために女をやっているのではないのだ――タリアは誰にも気付かれぬよ
う、小さくため息を漏らした。
 
 ミネルバからタンホイザーの光が伸びた。シンの紅い瞳は、その行方をジッと見つめ
ていた。
 「ミネルバがアークエンジェルの戦闘を支援した? グラディス艦長はオーブのメー
デーを本当に了承したっていうの!?」
 通信機から、ブラスト装備で出撃したルナマリアの愕然とした声が聞こえてくる。
 ミネルバからは、タンホイザーの発射に伴い、アークエンジェル隊との連携が指示さ
れていた。ルナマリアは、まだそれを承服しかねているのだ。
 インパルスがデスティニーに接近してくる。
 「どうするの、シン!」
 問うルナマリアに対して、シンは暫時、黙した。まだ葛藤はある。シンに同意を求めよ
うとするルナマリアの気持ちは、良く分かるつもりなのだ。しかし――飛び散った肉片
と死臭が漂うオノゴロ島の光景が、シンの脳裏にフラッシュバックした。
 「……それが、艦長の判断だ」
 シンは、静かな声で言った。
 「本気で言ってるの!?」
 ルナマリアが愕然とした声で念を押してくる。
 (本気で言ってるんだっ!)
 心の叫びは声にはならなかった。それが嘘であることを、頭では理解しているからだ。
 シンは歯を食いしばりながらも、ルナマリアの言葉を振り切るようにデスティニーを加
速させた。
 金色のモビルスーツは良く目立つ。お陰で敵の集中砲火に晒されていたが、周りの
サポートのお陰で何とか戦線に留まることを許されていた。その動きを見る限り、アカ
ツキのパイロットがオーブの時と同じであることが窺えた。つまり、カガリが動かしてい
るのである。
 アカツキをサポートするのはΖガンダムと、ストライクルージュにカオスにアビスとい
う珍妙な組み合わせである。だが、かつてミネルバの前に幾度となく立ちはだかり、苦
戦を強いてきた元ファントムペインの面々だけあり、連携は流石であった。
 しかし、主力が出払っているとは言え、ダイダロス基地の防衛戦力を相手にアークエ
ンジェル単艦の兵力だけでは心許ない。しかも、ザムザザーやユークリッドといった陽
電子リフレクター搭載型のモビルアーマーに加え、三体のデストロイも立ちはだかって
いるのである。圧倒的な火力と陽電子リフレクターによる堅牢な防御力を前に、アーク
エンジェル戦隊は明らかに攻めあぐねていた。
 シンはデスティニーをその最前線へと向かわせた。心を凪状態の海のように鎮め、
必要以上にカガリを意識しないように意識した。
684/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 (今だけは、アスハへの拘りを捨てるんだ……!)
 ビーム攻撃に対しては絶対無敵の強さを発揮するアカツキの特殊装甲“ヤタノカガ
ミ”。しかし、実体弾の攻撃には弱いらしく、シールドを駆使したり周りに助けられたりし
て辛うじて凌いでいる様子が目に余った。
 「完全にお荷物じゃないか! アークエンジェルめ、アスハなんかにヤケを起こさせ
て! 元首の躾くらいちゃんとしとけよ!」
 カガリが前線にいるせいで、他の元ファントムペインのメンバーが力を発揮できてい
ない。シンは苛立ちを露わにしながらも、デスティニーを砲火の中へと飛び込ませた。
 
 カガリにも、流石に足を引っ張ってしまっているという自覚があった。念のために持参
したアカツキで勢い勇んで前線に出たはいいが、初めて対峙するデストロイの苛烈な
攻撃の前に、既に何度も危ない場面を味方に助けられていた。
 ビーム攻撃に対しては、まだ何とかなる。一撃で一都市を破壊できるアウフプラール
ドライツェーンでさえも、その気になれば防げるだろう。しかし、ヤタノカガミは実体弾に
対する耐性が低い。そして、デストロイはビーム兵器だけではなく、大量のミサイルを
も積載されている。その大量のミサイルを三体のデストロイに一斉に発射されると、カ
ガリの腕では凌ぎ切れないのである。
 そのお陰で、カミーユやネオには余計な負担を強いることになっていた。ミサイル攻
撃がある度に、彼らはカガリを気にしてアカツキの防御に入るのである。それが、確実
にダイダロス基地攻略の足枷になっていた。
 しかも、そのカミーユやネオの行動がヒントになって、アカツキが弱点であることを敵
方に教える結果となってしまっていた。そればかりか、実体弾への対応に神経質にな
っていることから、アカツキには実体弾が有効であることまで見抜かれつつあった。
 「後退するしかないのか……!?」
 反射衛星砲の二射目がいつ行われるか分からない以上、攻略に時間を掛け過ぎる
わけにはいかない。それ故、戦力は多い方が有利だと思っていたが、自分が足手纏
いと分かってしまったら、そうもいかなくなった。
 「カミーユ!」
 カガリはカミーユを呼び、アークエンジェルまで後退する旨を伝えようとした。Ζガン
ダムの頭部がこちらを見て、一つ双眸を瞬かせる。
 だが、その時だった。Ζガンダムがカガリの呼び掛けに応じてアカツキの後退支援
に入ろうとした時、俄かに敵陣で異変が起こった。
 「何だ!?」
 敵陣内で戦闘の光が見えた。カガリは咄嗟にカメラにズームを掛け、詳細を探った。
 「あれは……モビルスーツ……!?」
 それは、まるで一陣の風のように現れた。仄かに発光し、微かに残像を見せつつ、そ
れは目も眩むようなスピードで一体のデストロイの足をさらうように駆け抜けた。疾風
迅雷――両膝を切断されたデストロイはゆっくりと倒れ始めたかと思うと、次の瞬間、
レーザー対艦刀にその背中を貫かれていた。
 胸部から突き出たレーザー対艦刀が、ゆっくりと引き抜かれる。デストロイは双眸の
輝きを失い、物言わぬ残骸となって月面に転がった。
 カガリはその影から現れた、紅く輝く翼を大きく広げる一体のモビルスーツを見た。
 「お前……!」
 デストロイの一機が瞬く間に沈んだことで、ダイダロス防衛隊の間に衝撃が走った。
 ――デスティニー出現。
 愕然とするカガリの前で、デスティニーは無言のまま双眸を瞬かせると、不意に翻っ
た。そして、残り二体のデストロイが放ったミサイルの群れに向けて、薙ぎ払うように高
エネルギー長射程ビーム砲を撃ち、一撃のもとに全てを粉砕して見せたのである。
695/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 その、目の覚めるようなパフォーマンスは、一挙に敵の注目を集めた。デスティニー
に浴びせかけられる、大型ハリケーン並みの砲撃の嵐。しかし、デスティニーは驚異
的な機動力と運動性能、そして両手甲のビームシールドを駆使して、掠り傷さえ負わ
せい。
 そうこうしている内に、今度は複数のドラグーンが紛れ込んできて、デスティニーを
支援した。レジェンドが続いたのだ。それだけではない。気付けば他のモビルスーツも
続々と介入し、戦線を押し上げていた。ミネルバ隊が、援護に入ってくれたのだ。
 劣勢だった戦況が、嘘のように好転した。ミネルバの戦力は少数精鋭ながらも強力
で、アークエンジェルと連携することで完全にダイダロス基地防衛部隊を凌駕していた。
 カガリはその光景を前に、呆然と立ち尽くしていた。まともな援護を期待していなかっ
ただけに、想定外に手厚いミネルバの援護に面食らっていたのだ。しかも、その先陣
を切ったのは、あのシン・アスカのデスティニーだったのである。カガリには、そのこと
が暫くは信じられそうになかった。
 「……っ!」
 その時、カガリはふとデスティニーがこちらを見ていることに気付いた。そして、その
目と視線が合ったような気がした。
 背中の大型スラスターのせいだろうか。普通のモビルスーツのサイズなのに、デス
ティニーは妙に大きく見えた。オーラすら立ち昇っているように見える。光の翼の神々
しさがそう見せるのか、カガリはデスティニーに神秘的な印象すら抱いていた。
 「シン・アスカ……」
 カガリは、あえて抑揚を抑えた声で呼び掛けた。
 「お前、私を助けてくれたのか?」
 そう訊ねた途端、デスティニーはそっぽを向いた。その仕草に、思わず頬が緩む。実
に“らしい”仕草だと思えたからだ。
 (私との馴れ合いは、嫌うものだよな……)
 デスティニーの背中が語っている。音声回線は繋がっていても、映像回線までは繋
がない。それが、今のカガリとシンの距離だ。
 「……俺はアンタを認めない」
 オーブの時とは違う、抑制された声だった。
 「でも、今アンタたちと協力しなきゃ、もっと多くの人の命が失われることになる。俺は、
プラントを二年前のオーブと同じにはさせたくない。だから、今は……今だけはアンタへ
の蟠りを捨てて戦う。俺はただ、ザフトとしてプラントの人々を守るだけだ」
 シンは静かに言い終えると、再び戦いの中に身を投じていった。
 「……それで、十分さ」
 カガリは呟くように言って、口角を上げた。
 人と人との関係は、変わっていくものだと信じたいとカガリは思った。そして、そういう
気持ちが、目に見える世界を少しずつ違うものに見せていくのだろう。オーブでは恐ろ
しいモビルスーツに見えていたデスティニーも、今は少しだけ優しく見えるようになった
気がした。
 
 反転攻勢に出たミネルバとアークエンジェルの連合軍は、瞬く間にダイダロス基地を
制圧していった。いかに強力無比なデストロイといえど、既に接近戦が弱点であること
が露呈していては、エース艦二隻の戦力を相手に太刀打ちできるはずも無かったの
である。
 そして、実に戦闘開始から一時間と三十分――ミネルバが戦列に加わってから三十
分も経たない内に、ダイダロス基地は遂に切り札を失った。防衛線を突破し、基地内
部に侵入したデスティニーとカオスが、レクイエムのコントロールルームとレクイエム
そのものの破壊に成功したのである。
706/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 しかし、それ以前にフォーレの姿勢位置がザフト月軌道艦隊によって変えられたとい
う情報を入手していたジブリールは、早々にダイダロス基地からの脱出を図り、同じ月
面基地のアルザッヘルへと向かうためにガーティ・ルーへと乗艦していた。
 「無様な……!」
 艦橋のゲストシートに腰掛けるジブリールは、呆気なく制圧されてしまったダイダロ
ス基地の様子をモニターで眺めながら歯軋りをした。
 ガーティ・ルーはミラージュコロイドステルスによって光学迷彩を施し、密かにダイダ
ロス基地を離れようとしていた。
 「艦長、もっと速度を出せんのか?」
 「これ以上あげたら、気付かれます」
 ジブリールが気を揉んで促すが、艦長はそれを是としなかった。それというのも、ガ
ーティ・ルーはミラージュコロイドステルスの欠点を補うために、展開中は冷温ガスに
よる推進システムを使用しているのだが、これも使い方を誤れば、当然ガスの残滓に
よる航跡が残って敵に気付かれ易くなる。それを極力避けるための慎重な航行が求め
られるが故に、迂闊に速度を上げられないのである。
 ガーティ・ルーは、艦長の慎重な判断が実り、ジブリールは今回も首尾よく逃げ果せ
るかに思われた。しかし、ジブリールにとって誤算だったのは、光学迷彩でさえ問題に
しない目を持つ人間が、この戦域に存在していたということであった。
 ハマーンの目が、逃亡するジブリールを見逃さなかったのだ。
 既に掃討戦に入っていたルナマリアが自身に違和感を覚えたのは、その時だった。
 「何……? 震えてるの……?」
 頭の中に奇妙な感覚が流れ込んできて、不快感を覚えたルナマリアは思わずメット
を脱ぎ捨てていた。
 耳たぶに違和感を覚えて、ピアスに触れてみる。だが、グローブの厚い生地の上か
らでは良く分からない。ならば、とグローブを外し、今度は素手で触れてみる。すると、
指先に微かな振動を感じた。
 「何なの、これ? 気味が悪い……えっ!?」
 意識の中に、別の人間の思惟が流れ込んでくる。誰かが何かを促す声のようなもの
が、断片的に伝わってくる。そして、その断片的な声のようなものがルナマリアの脳に
理解を強要し、そうさせるように強く働きかけてくる。
 「な、何この感覚……!? き、気持ち悪い……! サイコレシーバーって、こういう
ものなの……!?」
 未知の感覚がルナマリアの自律神経を犯し、激しい嘔吐感をもたらしてくる。
 この苦しみから逃れるには、流れ込んでくる思惟に従う他にない――ルナマリアの頭
はそれだけを理解し、確信していた。
 「こ、この方向に向かって撃てばいいんですよね!?」
 身体が変調を来していても、不思議と正確なターゲットの位置は掴めた。
 (こんなの、普通じゃない……! あたしの頭の中で、何が起こってるの……!?)
 身体の不調とは裏腹に、感覚は恐ろしいほどに研ぎ澄まされていく。ルナマリアは、
この奇妙な状態に戦慄を覚えた。一刻も早くこの感覚から抜け出さなければ、自分が
壊されてしまう――直感的に、そんな危機感を抱いていた。
 「い、いいんですよね、この方向で!? う、撃ちますよ!?」
 ルナマリアは何度か念を押すと、促された方角に向けてケルベロスを発射した。
 二条の高エネルギービームが伸び、月の黒い空を穿つ。
 
 ブラストインパルスが、突如何も無い空間に向かって砲門を向けたことに、近くで掃
討戦を行っていたレイが気付いた。その突飛な行動に、何事かとルナマリアの精神状
態を危ぶんだが、ケルベロスが発射された次の瞬間、レイは思わず目を見張っていた。
717/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 ケルベロスの光が撃ったのは、光学迷彩で姿を隠していたガーティ・ルーだったので
ある。
 「ミラージュコロイドだと?」
 後部推進ノズルに直撃し、被弾した箇所からミラージュコロイドステルスが解除され
て、ガーティ・ルーがその姿を現した。
 「ルナ、何故わかったんだ……?」
 レイはインパルスを見やり、ルナマリアが何故誰も気付けなかったガーティ・ルーの
存在に気付けたのかを一寸だけ思案した。
 「いや、そんなことより今は――!」
 悠長に考察している場合ではないとすぐに思い直し、目線をガーティ・ルーに戻す。
ガーティ・ルーはケルベロスによって推進ノズルをやられており、著しく航行速度を落
としていた。千載一遇のチャンスが、そこに転がっているのだ。
 「あの逃げ足の速さは、ジブリール以外には考えられない!」
 レイは、ダイダロス基地を離脱しようとしていたガーティ・ルーを見て、それを確信して
いた。ロード・ジブリールという男は、自軍が劣勢になる度にはしっこく逃亡を繰り返し
てきたネズミのような男なのだ。
 レイは、ここぞとばかりにドラグーンを一斉放出した。八基のビーム砲と二基のビー
ムスパイクが、獲物を見つけたピラニアのように群れてガーティ・ルーに襲い掛かる。
 「もう逃しはしないぞ!」
 ガーティ・ルーを取り囲んだドラグーンが、全方位からビームを浴びせる。それが終
わると、更に駄目を押すようにビームスパイクが艦体を食い破った。
 しかし、ガーティ・ルーは大破寸前に陥りながらも、まだ辛うじて生きていた。
 「損ねたか! ――しぶとい!」
 レイはドラグーンを呼び戻し、ビームライフルを構えた。
 だが、その時ふと頭の中に閃きが走った。それは、覚えのある感覚だった。
 「ん……!」
 レイはその感覚の示す方向に、誘われるように目を向けた。
 「あれか……?」
 目に入ってきたのは、一体のモビルスーツだった。紅色を基本色としているが、それ
はかつての名機、GATX-105ストライク――その余剰パーツで組まれた、ストライクル
ージュだった。
 そのストライクルージュは、レジェンドを追い越して墜落寸前のガーティ・ルーに向か
って速度を上げていった。レイは、その背中に向かって「どういうつもりだ!」と咄嗟に
叫んでいた。
 「貴様と俺には、同じ遺伝子が組み込まれている! だから、俺には貴様がどういう
人間かが分かる! 貴様は、元ファントムペインの指揮官だろう!」
 「ご明察!」
 そんな応答と同時に、正面スクリーン上部のサブスクリーンにストライクルージュの
パイロットの顔が表示された。
 パイロットの男はヘルメットを脱いでいて、素顔を晒していた。レイに顔をよく見せるた
めの配慮のつもりなのである。
 顔には生々しい傷跡が残されていた。ブロンドの髪とブルーの瞳はレイと同じもので
はあるが、その顔つきは想像していた以上に柔らかく感じる。
 「お前のことは、分かってるつもりだよ」
 ふと、通信画面の中の男――ネオ・ロアノークが、レイの思考を見透かしたかのよう
に言った。レイは目を見張ってネオを凝視した。
 「けど、お前はアイツじゃない。俺も、お前が想像しているような人間じゃない」
728/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 その言葉の意味を、レイは理解した。確かに、ネオはレイが推考していたような存在
ではない。そのことは、ヘブンズベースの戦いが終わった時点で気付いていた。だか
ら、レイはもうネオに変に拘泥するつもりは無かった。
 今レイが懸念しているのは、そういうことではないのだ。
 「だが、貴様は元々はジブリールの部下だった男だ!」
 レイは、ネオがジブリールを逃がそうとしているのではないかと疑っているのだ。
 しかし、ネオにしてみればレイのその懸念は全くの的外れで、寧ろ失礼ですらある。
ネオの腸には、レイの懸念とは真逆の怨讐が逆巻いているのだから。
 「だから、俺が奴を助けるんじゃないかって? ――はははっ! 冗談!」
 ネオは豪快にレイの懸念を笑い飛ばした。そうでもしないと、ジブリールへの強過ぎ
る怒りで激情を抑え切れそうになかったからだ。
 「俺は、奴に煮え湯を飲まされ続けてきたんだぜ? 誰が奴を許すかよ!」
 「元ファントムペインの指揮官の言葉が、信じられるものか!」
 「そうかい? けどな――」
 ムウ・ラ・フラガの記憶を取り戻したネオには、レイがどのような人間なのかがよく分
かっていた。ネオは、レイのことをとっくに知っていたのだ。正確には、レイと全く同じ人
間と面識があったということなのだが、ネオは、レイと記憶の中の人物が全くの同一人
物でありながら、そうではなくなってきていることを把握しつつあった。
 ネオ=ムウの父、アル・ダ・フラガによって不完全な形で生を受けたラウ・ル・クルー
ゼは、その理不尽な境遇に憎しみだけを募らせ、それを糧に生きて遂には世界を滅ぼ
そうとするほどに己の邪悪なエゴを肥大化させた。だが、レイ・ザ・バレルは違う。クル
ーゼと同一人物と言っても過言ではないこの少年には、そのような邪悪さは無い。そ
れはきっと、誰かの愛情を受けて育ってきたからだろうとネオは感じていた。
 「安心しろ。悪いようにはしないつもりだ。お前みたいな坊主が、あんな奴のために手
を汚す必要は無い。こういう仕事は、大人に任せておけばいいんだ」
 ネオはそう言いながら、ガーティ・ルーの艦橋正面に回り込んだ。通信回線からは、
「待て、貴様!」とネオを咎めるレイの声が聞こえている。しかし、ネオはそれを無視し
てガーティ・ルーの艦橋に銃口を向けた。
 「それに、奴には貸しがあるんだ。でっかい貸しがな」
 艦橋の中にジブリールの姿を探す。しかし、そこでは怯え竦む士官が右往左往して
いるだけで、ネオが渇望している人物の影は見当たらなかった。
 「だから、そいつを返してもらわないわけには――」
 その時、ふと画面の隅にチラと目に入るものがあった。途端に直感したネオは、咄嗟
にそれを追ってストライクルージュを移動させた。
 「――いかないんでね!」
 自然と口角が上がった。それは、小型の脱出艇。その正面に回り込んで改めて銃口
を突きつけた時、ネオの胸の中を様々な苦い思いが去来した。
 カメラにズームをかけて、コックピットの中の様子を窺う。そこには、自ら操縦桿を握
りながら、恐怖に醜く顔を歪めて慌てふためくジブリールの姿があった。
 ネオはオープン回線を開き、「よお」とジブリールに呼び掛けた。
 「久しぶりだな、ジブリール? まだ元気そうで良かった、安心したよ」
 「こ、この声は……貴様、ネオ・ロアノーク! 生きていたのか!」
 驚愕と恐怖に震える声。ネオは、込み上げてくる笑いを堪えることが出来なかった。
 「くくくっ……覚えていてくれたかい? でも、その怖がりようじゃ、俺の記憶なんて消
しちまっといた方が良かったんじゃないか? ――俺にしたようにさ!」
 「き、貴様……っ!」
 「ま、もう手遅れなんだけどな」
 ストライクルージュが、更に銃口を突き出す。ジブリールは冷や汗が止まらない。
739/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 「貴様には、随分と好き勝手に利用されてきた。だが、それも今日でお終いだ」
 「ま、待てっ!」
 血の気を失い、青ざめる顔。怯えて涙を浮かべ、股間に染みまで作ったジブリール
の痴態を十分に堪能したネオは、徐にトリガースイッチに指を添えた。
 「じゃあな、ジブリール。コイツはこれから地獄へ落ちる貴様への、俺からのはなむ
けだ……とっときな!」
 言うや否や、ネオは小型艇のコックピット目掛けてビームライフルを連射した。熱線
がコックピットを焼き、最後まで逃げようとして操縦席を離れようとしていたジブリール
も、その光に飲まれ、消えていった。
 小型艇は粉々に弾け飛び、ガーティ・ルーも月面に落着してその身を横たえた。そ
の瞬間、事実上ロゴスは壊滅したのである。
 「貴様が行ってきた悪事の付けは、地獄で払うんだな」
 ネオはゆっくりと月の重力に引かれて落ちていく破片を見つめ、そう吐き捨てた。
 
 ガーティ・ルーが沈み、司令部が押さえられると、生き残ったダイダロス基地防衛部
隊やフォーレ宙域の第三機動艦隊は白旗を揚げ、降伏の意を示した。こうしてレクイ
エムによるプラントへの脅威は払拭されたのである。
 ダイダロス基地の制圧が進む中、ハマーンは適当なところで切り上げて帰艦の途に
就いていた。そして、その途中、ふと月面に不時着しているインパルスに気付いた。
 「……どうした?」
 ハマーンは近くに着陸し、徐に呼び掛けた。
 ルナマリアからは、すぐに応答が返ってこなかった。それどころか、画面の中のルナ
マリアは戦いに勝利したというのに喜ぶでもなく、ジッと身体を丸くして震えているだけ
だった。それは、普段の快活なルナマリアからはあまり想像できない姿だった。
 「気持ち悪いんです……それに、何だか頭痛もして……」
 ルナマリアは首をもたげ、青ざめた顔色でようやくといった様子で答えた。
 「頭痛に吐き気だと……?」
 ハマーンは眉を顰めた。ルナマリアの変調の理由に、察するものがあったからだ。
 「サイコレシーバーって、ああいうものなんですか……? あたしの意識の中に、ハ
マーンさんの意識が入り込んでくるような……」
 言いかけてルナマリアは再び蹲り、おえっと咽た。その感覚を思い出すだけで吐き気
を催すほどに、ルナマリアは消耗していたのである。
 モニターテストの段階ではあるが、サイコレシーバーの安全性は保障されていた。受
信機能しかなく、しかも微弱にしかニュータイプの脳波を感知できないサイコレシーバ
ーは、本当に気休め程度の物でしかなかったのだ。
 しかし、ルナマリアの消耗具合は異常だった。それは、ルナマリアが特別にセンシテ
ィブなケースで例外だったからかもしれないが、ハマーンはこれ以上ルナマリアにサ
イコレシーバーを使わせるわけにはいかないと思った。常人が下手にサイコミュシス
テムを使えば、廃人になる危険性だってあるのだから。
 「ルナマリア、今すぐサイコレシーバーを外せ」
 ハマーンが告げると、「えっ?」とルナマリアが目を見張った。
 「だって、ハマーンさんが付けてろって……」
 「お前にそれを渡したのは間違いだった。――まさか、こんな不良品だったとはな」
 ハマーンは自嘲気味に言った。
 実際に不良品であるかどうかは定かではない。しかし、ルナマリアの不調の原因が
自身のせいであると知ってしまったら、それを許せるハマーンではない。
 「いいな、ルナマリア? サイコレシーバーは、すぐに処分するのだ」
 「で、でも! 単にあたしが上手に使えなかっただけかもしれないし……」
74通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
     \ |同|/       ___
     /ヽ>▽<ヽ      /:《 :\
    〔ヨ| ´∀`|〕     (=○===)
     ( づ◎と)     (づ◎と )
     と_)_)┳━┳ (_(_丿
75携帯 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
規制が解けないのでまた後で投下します
すみません……
76通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
.\Ζ/
(´・ω・`)
7710/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 食い下がろうとするルナマリアを、「そういうものではない」と、ハマーンは軽くいなす。
 「サイコミュというものはな、セーフティに欠陥があれば、お前のような普通の人間が
使い続けるのは非常に危険なものなのだ。況してや、不良品であれば尚更だ」
 「そ、そうなんですか? だけど――」
 「言う通りにしろ。手遅れになりたくなかったらな」
 ハマーンの声には、有無を言わせない迫力があった。
 「わ、分かりました……」
 ハマーンに脅され、ルナマリアは渋々といった様子でピアスを外した。ハマーンは画
面でその様子を確認して、「うむ」と頷いた。
 「念のため、帰ったらドクターに診てもらえ。何も無くても、暫くは安静にしておくのだ」
 「はい……」
 「一人で行けるな?」
 「はい」
 促すハマーンに応じて、ルナマリアはゆっくりとではあるがミネルバへの帰途を辿り
始めた。
 ルナマリアは、良くハマーンの言うことを聞く。サイコレシーバーを与えたのも、試験
的な意味合いはあったにせよ、単純にルナマリアへの労いの気持ちもあった。サイコ
レシーバーを身に付けさせておけば、万が一の時に助けてやれるかもしれないと思っ
たのだ。
 しかし、だからこそ、自らの発した脳波がルナマリアを苦しめてしまったという皮肉な
事実が、余計にハマーンのプライドを傷つけた。目測の甘さを実感してしまったのだ。
 “彼女”の屈託の無い素直さが、自身のスタンスを軟化させているのかもしれない―
―そう思うと、ハマーンは自分のことを少しおかしく感じた。久しく指導者としての威厳
ある立場を忘れていることが、感覚を鈍らせているのではないか。
 (まさかな……)
 それは危険なことだ。ハマーンは、予感していたのである。
 「……ラクスめ」
 ダイダロス基地制圧の報告は、既にプラント本国にも伝わっているはずであった。そ
れにもかかわらず、本国からはその後、まるっきり音沙汰が無い。
 単に連絡が遅れているだけかもしれない。しかし、その何てこと無いような異変を、ハ
マーンは重く受け止めていた。脳裏にラクスの面影が過ぎったからだ。
 
 それは、間もなく伝えられる情報によって詳細が明らかになった。
 
 戦闘が終わった時、近くには百式の姿があった。シャアとは、戦闘中にも協力してデ
ストロイを沈めた経緯があった。カミーユにとっては久しぶりのシャアとの共同戦線で
ある。そして、それによって、それまで擦れ違い続けた状況が変わったことを実感した。
 フォーレを守っていた第三機動艦隊は、ジブリールの死亡が伝えられると早々に降
伏した。それを受けて、ザフトの月軌道艦隊の一部がダイダロス基地制圧のために降
下してくるのだという。それ故、お役御免となったダイダロス基地攻略の実行部隊であ
るミネルバやアークエンジェルの機動部隊には、帰投許可が下りていた。
 それぞれが各々の艦に帰還を始める中、カミーユはふとコックピットを出た。そこに
は、やはり同じように外に出ているシャアの姿がある。
 偏光バイザーのスモークで、表情まではハッキリと読み取れない。だが、シャアが
ふわりと跳躍して月面に降り立つと、カミーユもそれに倣って月面へと降りた。
 「ようやく落ち着いて話せるようになったな――カミーユ?」
 互いに歩み寄り、握手を交わした。ここに至るまでに幾度も反目したこともあったが、
シャアは快くカミーユを迎えてくれた。
78携帯 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
またもや連投規制にかかった模様
マジ勘弁してくれ……
79通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
忍法帖関連の問題でなければ
新シャアの設定は
timecount=16
timeclose=5
らしいので最新16レスのうち5レスが同じIPからの投稿だと連投規制にひっかかるようだ
今から自分が3レスほど適当にレスしますのであとで残りを投稿してみてください
80通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
ズギュゥーン       \〔Π〕ヽ/
                .〉▽∠,ヽ
_____ 、    []〕__IiY,l`YiI゚]〕_ 「.l
_____ ;==コ=]仁<[〔=巳=〔.[{_>u|,nl
        "     ゚g)q/〔<Π_>_〕`9[L/
                ムV'  ヒキヽ
81通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
                      fi
    ズギュゥーン           lj同|ヽ
                     /〈n.〉_`lヽ|`I
_______、        __Ii▼|▼iI゚]〕_ 〉
_______ ==こ買つ百[〔円〔 [{百u!
          "     ゚g)q_/〔<Π_>_〕.`9_〕
                   ムV  ヒキヽ
                          ̄
82通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
        △
  ▽ ▽  |  ▽ ▽
    \ ヽ   / /

  ,,―====、 ∩  ,====― ,,
<(((   n!. !n  @ @ >
   ̄―¢ 了 只 =\ ̄
  彳))〜目.\/目〜((ミ
      △≡|≡△
     (∨ >< ∨)
      ∨   ∨
83通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
おしまい
出すぎた真似してすみません
続き楽しみにしてます
84通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
支援
85通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
>>1にもある避難所もだめなんですか?
前作とかではご利用されてたようですが…
86通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
0===。El
  (・∀・ )
 >┘>┘
8711/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 「そう思います、クワトロ大尉」
 シャアが懐かしむように微笑むと、カミーユも釣られて歯を見せた。
 「戦っている時は気持ちが昂ぶるものですから。でも、大尉には色々とご迷惑をお掛
けしてしまったと思っています。申し訳ありませんでした」
 そう言って、カミーユはシャアに軽く頭を下げた。洗脳されていた期間も含め、カミー
ユはシャアに対して苦労を掛けてしまったという反省があったのだ。
 そんなカミーユに、シャアは穏やかな声で「気にするな」と言って許した。
 「君が自分で自分の居場所を決めたように、私も成り行きとは言え、プラントに籍を
置く身となった。しかし、立場の違いが我々を争わせもしたが、こうやって再び轡を並
べることもできたのだ。こういう巡り合わせは、大事にしたいものだな」
 シャアの言葉に、カミーユも「そうですね」と頷いた。
 「人って、状況が変われば関係も変わってくるものなんですよね?」
 「そうだな。そして、良い巡り合わせであれば、それを一時的なもので終わらせてしま
うのは勿体ないと思う。ニュータイプでなくとも、人は分かり合える――そう信じてみた
くなった」
 それは、シンがカガリを助けたシーンを目にしたからこそ言えることなのかもしれな
い。オーブではあれほど毛嫌いしていたカガリを、シンは私情を押し殺して助けて見せ
た。そういう場面を見せられれば、シャアとてその可能性を信じたくはなる。
 「それは、大尉とハマーンのこともそうなんですか?」
 「ん……?」
 不意な質問に、シャアは思わず言葉を詰まらせた。薮をつついたら蛇が出てきた―
―そんな気分だ。
 「ずっと気になってました」
 カミーユは、言葉に窮するシャアの都合も構わず続けた。
 「大尉がハマーンといるのは、成り行きだけじゃなくて、あの人が心変わりをして丸く
なったからじゃないかって」
 「ハマーンが心変わり?」
 思いもよらない指摘を受けて、シャアは目を丸くした。
 ハマーンが心変わりをして丸くなったなどと、考えもしなかったことだ。ハマーンは常
に女帝のように振る舞い、少なくともシャアの前ではハマーンはハマーン以外の何者
でもなかった。
 しかし、ニュータイプとは洞察力に優れた人種である。そして、カミーユはその資質を
誰よりも強く身に宿していた。カミーユの言葉は、あながち的外れでもないのかもしれ
ない。
 シャアの心に、濁りのようなものが生まれた。ハマーン・カーンは、カミーユの言うと
おり、果たして変わったのだろうか――そんな疑問が、ふと浮かんできたのである。
 「大尉って、アクシズにいた頃からあの人に冷たかったんじゃないですか?」
 惑うシャアに追い打ちを掛けるかのように、カミーユは言う。
 「それは、ニュータイプの勘か?」
 少し不機嫌っぽく切り返すシャアに、「違いますよ」とカミーユは即座に否定した。
 「そんなの、レコアさんを見ていればファにだって気付けることです」
 「……らしいな」
 シャアは苦笑した。身に覚えが無くは無いからだ。
 「大尉があの人に優しくしてあげていれば、アクシズが介入してくるようなことも無か
ったでしょうに……」
8812/12 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 「それはどうかと思うが、しかしな、カミーユ。彼女が私の前で素直に女をやってくれ
るような女性ではないことは、お前にも分かるだろう?」
 「だからって情けないですよ、大尉。そういうのを、甲斐性無しって言うんじゃないで
すか?」
 男なら、素直じゃない女も素直にして見せろといったニュアンスでカミーユは言う。シ
ャアは咄嗟に「関白宣言でもしろと言うのか」と反論しようとしたが、流石にそれは憚ら
れた。アクシズにいた頃はハマーンとも良好な関係だったが、今はもうそういう間柄で
は無い。亭主面をするのはナンセンスだと思ったのだ。
 「……私にだって、パートナーを選ぶ権利くらいはある」
 シャアは別の言葉を選んで、そう言い返した。
 「ハマーンだけにかかずらっていなければいけないというのでは、窮屈だよ」
 それは、ララァ・スンを忘れられない自分への無意識の言い訳だった。
 シャアは苦笑混じりに言うと、カミーユから目を逸らし、遠くを見つめた。これ以上、
ハマーンのことで問答を繰り返したくはなかったからだ。
 カミーユはそういうシャアの心情に気付いていながらも、やはりハマーンが近くにい
ることを当たり前のようにしているシャアのことを不思議に思っていた。
 (まさか、ハマーンに気持ちが戻りかけているとは思わないけど……)
 しかし、エゥーゴで共に戦っていた頃と、シャアの雰囲気が少し違うように感じられた。
 (変わったのはハマーンだけじゃなくて、クワトロ大尉も……?)
 その理解が、果たして正しいのかどうかは分からない。しかし、シャアの心底に何か
得体の知れない黒いものが潜んでいることは、オーブで交戦した頃から感じていたこ
とだ。カミーユは、それがハマーンと共に行動していることと関係があるのではないか
と勘繰っていたが、今、それは何とはなしに違うのではないかと思えてきた。それはハ
マーンのこと以前に、シャアの本質的な部分での問題のような気がしてきたのだ。
 (大尉は、何か野心的なものを抱えている……?)
 シャアはいつしかミネルバとの交信を始めていた。その慣れた態度に、シャアは本格
的にザフトの一員になっているのだな、とカミーユは思った。
 帰艦を急ぐように促されているのだろうか、と思いつつカミーユは交信を続けるシャア
の様子を傍観していた。だが、少しして、それはどうやらちょっと違うらしいと気付いた。
そう感じたのは、シャアの表情が見る間に険しくなっていくのを目の当たりにしたから
だ。
 カミーユは、その様子に嫌な胸騒ぎを覚えた。
 「何だと……!? それは本当なのか?」
 シャアの目が、チラとカミーユを一瞥した。そのちょっとした仕草が、カミーユの不安
を更に大きく煽った。
 「どうしたんです?」
 シャアは、落ち着いた口調で話してはいたが、神妙な声は事態の深刻さを如実に物
語っていた。
 「――了解。直ぐに帰投する。……カミーユ」
 シャアは通信を終えると、交信中の神妙な面持ちのままカミーユに向き直った。その
佇まいから滲み出る緊迫した空気が、カミーユに覚悟を促していた。
 
 それは、耳を疑うような情報だった。ザフトの保有する宇宙要塞メサイアが、ラクス派
を名乗る一団に武装占拠されたというのである。

続く
89 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
支援してくださった方々、どうもありがとうございました!
何とか無事に投下完了いたしました
正直規制情報とかあまり詳しくないのでにわか丸出しみたいになってすみません

>>85
まとめサイトの避難所ですけど、一話を分散させてしまうと読む方が面倒な気が
するので、できるだけ同じ場所にまとめて投下したいと思っております
それと、あくまでメインはこの新シャアのこのスレなので、できるだけここに投下していきたいと
思っておりますが、中途半端な投下で規制に引っかかって読んでくださってる方を待たせるのも
考え物だと思うので、そのあたりの意見をいただけるとありがたいです

>>66
名前欄表記ミスです
1/12→2/12です。失礼しました

それでは第二十八話は以上となります
また次回
90通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
投稿中に横入りするのはあれかなといつも見守ってたが最新書き込みのうち5つ以上だとNGとか結構キツいんだな
携帯あるなら
投稿→携帯→投稿→携帯でいけるないかな?最後までは難しい?
今度投稿見かけたら迷惑になるかもしれないが連投規制緩和されるよう横入りしてみます
投稿乙でした
91通常の名無しさんの3倍:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
>>89乙!!
今後どうなるんでしょうな。

>>90
3レス投下される毎に支援砲撃として1レス横入りするのがいいかと。
他のSS系スレがだいたいそんな感じで連投規制回避してたし。
92通常の名無しさんの3倍:2013/08/15(木) NY:AN:NY.AN ID:???
GJ!
93通常の名無しさんの3倍:2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
なるほど、支援は小まめにか
94 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
いけるかな?
最近、本当に規制がキツイっすね……(´・ω・`)

>>90
投下が止まってるのを見かけた折にはよろしくお願いいたします

そんなわけで第二十九話「動乱」となります↓
951/10 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
 それは、正にレクイエムを巡る攻防が繰り広げられている最中の出来事だった。
 レクイエムによる惨禍でパニックに陥っていたプラントでは、万が一の第二射に備え
て新たに建造された移動要塞メサイアを盾に使う案が出されていた。その本体を囲む
三つのリングから発生するバリアなら、レクイエムの狙撃を或いは防げるかもしれない
と期待したのだ。
 しかし、事件はメサイアの移送中に起きた。突如として、武装集団が移送中のメサイ
アを襲撃したのである。
 それはエターナルを旗艦とするラクス派の艦隊だった。
 数こそ少ないが、ドム・トルーパーを主力とするラクス派は、圧倒的に数で勝るメサ
イア移送部隊を瞬く間に無力化した。そして、その電光石火の制圧劇を可能にしたの
が、“ミーティア”と呼称される巨大補助兵装とドッキングしたフリーダムとジャスティス
の存在だった。
 その圧倒的戦闘力で以って移送部隊を瞬く間に無力化した後、ラクス派はメサイア
そのものを占拠した。そして、ラクス・クラインの名義で現デュランダル政権の不当性
を訴え、真の国主は自身であるとしてザフトに離反を勧告したのである。
 それを伝え聞いたカガリは、「そんなバカな!」と激しく動揺した。
 「反射衛星砲のことが無ければ、私とラクスは今頃、デュランダル議長に和睦を直談
判していたはずなんだぞ!」
 「――これがアンタたちの狙いだったんだろ?」
 取り乱すカガリに、突き刺すような指摘。シンだ。
 「ダイダロスを攻めて見せたのも、ラクスたちの動きを気取られにくくするためで、そ
うやって月軌道艦隊の目がこちらに向いている隙にプラントに接近して、メサイアを奪
取してさ。反射衛星砲の混乱とラクスの名前を出しに議長を貶めて、プラントの内部崩
壊を狙って……こういうの、いくら何でもちょっとやり方が汚いんじゃないか?」
 「違う! これは何かの間違いなんだ! ラクスはこんなことをする奴じゃないんだ!
私たちが月に来たのは償いのためで、反射衛星砲が撃たれた時に偶然近くの空域に
いたからで――頼む、信じてくれ!」
 「そうは言っても、タイミングが良過ぎる」
 食い下がるカガリを邪険にすうように、シンは目をそばめた。
 「例えアンタが利用されてただけだったとしても、今ラクスがやっていることは、そうい
うことじゃないか」
 シンは、カガリの必死の弁明は心よりのものであると何とはなしに思えても、その言
葉の全てを鵜呑みにしようとは思えなかった。
 シンは、ラクスのことを得体の知れない女であると思っている。カガリのような単細胞
と違って、ラクスは底がまるで見えない。それが、シンには胡散臭く見えていた。
 「そ、そう見えるかもしれないが……」
 カガリは言葉に窮した。いくら言い繕ったところで、実際に事は起きてしまっている。
感情論以外でその事実を覆せる可能性を、カガリは見出せない。
 事態は緊迫した状況を維持したまま、続報が伝えられる。
 メサイアを占拠したラクス派は、移動を開始した。その際、離反勧告に呼応した一部
のザフトが、それに付き従ったのだという。ミーアがラクスの偽者だということが露呈し
たことで、ラクスの熱狂的なファンの間でデュランダルへの不信感が高まっていた。そ
の不満が、本物が行動を起こしたことで一気に爆発した形である。
 (何をやってるんだよ、ラクスは!? それに、キラも……アスラン、お前までどうしち
ゃったんだよ!?)
 カガリは錯乱し、身悶えた。信じがたい事実ばかりが伝えられて、実態がまるっきり
見えてこない。カガリは、彼らが止むに止まれぬ事情によってこのような暴挙に及んで
しまったのではないか、と淡い期待に縋るしかなかった。
962/10 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
 
 風雲急を告げる事態に、カガリのみならず、誰しもが衝撃を受けていた。ハマーン・
カーンは、その中にあって、一人達観した様子で事態の推移を見守っていた。ある程
度は予感していたことであるからだ。
 (奴には止められなかったか。やはりな……)
 予想はしていた。ラクスもキラも、基本的にお人好し過ぎる。生温い彼らに、あのドス
黒い気を放つ連中を思い止まらせることなどできはしない。今回の事態は、その予感
が的中しただけに過ぎない。
 ならば、それを阻止するために、もっとハマーンにできることは無かったのだろうか。
 (忠告はしたのだ……)
 最低限の予防線は張った。しかし、ハマーンは何故か今、このような事態が起きて
唇を噛む自分がいることに気付いていた。
 (私はラクスを心配しているのか……?)
 ふと過ぎった考えに、ハマーンは戦慄した。それはあり得ないことだ。だからこそ、今
感じている胸騒ぎが信じられない。
 ミネルバから出ていた帰投許可は、いつしか帰還命令に変更されていた。どうやら、
本国から召還命令が下ったらしい。
 帰還途中、ハマーンは偶然にも百式とΖガンダムが並んでいる場面に遭遇した。二
人とも今まで外に出て話していたようで、帰還命令を受けたシャアが丁度百式に乗り
込もうとしていた。
 その時、ふとこちらを見上げるカミーユの姿に気付いた。それと同時に、ニュータイ
プ特有の波動も感じた。カミーユはハマーンに対して、何かを訴えかけようとしている。
 「……フン」
 ハマーンは、その波動をシカトするように鼻を鳴らした。ニュータイプ同士の交感は、
必要以上にお互いをさらけ出し過ぎる。ほんの一瞬だけの交感でも、カミーユが訴え
たいことは手に取るように分かった。分かったからこそ、それ以上は拒絶した。
 カミーユは月の黒い空を飛翔していくキュベレイが、どこか急いているように見えて
いた。ふとラクスの影が見えたような気がしたからかもしれない。
 (ハマーン……)
 カミーユは百式に目を戻し、「クワトロ大尉!」とコックピットに乗り込もうとしているシ
ャアを呼んだ。
 「僕はやっぱり、ラクスがこんなことを仕出かすとは思えません」
 「そうは言うが……」
 シャアはハッチの縁に手を掛けたところで振り返り、難色を示した。
 「実際に事は起こっているのだぞ? ――カミーユは、彼女と面識があるのか?」
 問うシャアに、カミーユは「はい」と答えた。
 「捕らえどころの無い感じでしたけど、穏やかで優しそうな人でした。何か事情が無け
れば、こんな極端なことをするような人じゃないと思います」
 「ニュータイプの勘か……しかし、人は見かけによらないと言うが――」
 「ハマーンも多分、同じことを考えていると思います」
 「ハマーンが?」
 カミーユの存外な発言に、シャアはつい目を見張った。
 「あの人、ラクスと面識があるみたいなんですよ」
 「そりゃあ聞いているが……」
 シャアは、ルナマリアの証言を思い出していた。それによると、ハマーンは地球で、
最低でも二回は本物のラクスと接触しているはずである。
97通常の名無しさんの3倍:2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
支援
983/10 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
 しかし、その際にどんなやり取りがあったのかは知れないが、ハマーンがカミーユの
ようにラクスのことを好意的に解釈するとは到底思えなかった。性格的に、ラクスのよ
うな女性と馬が合うはずが無いと決め付けていたからである。それに、ルナマリアの証
言によれば、ハマーンはラクスを敵視しているはず。
 しかし、その一方で、ニュータイプ的なセンスに長けたカミーユが何の意味も無しに
このような発言をするとも思えなかった。カミーユは、ハマーン以上にラクスの本質を
見抜いているのではないかとも考えたのだ。
 (だが、どちらが正しいにせよ、今は事態の推移を見守るしかないが……)
 シャアは答えが出そうに無い思案を止め、再びカミーユを見やった。
 「……分かった。だが、ザフトがどう動くかは、覚悟しておいてくれ」
 「何とかならないんですか?」
 「無理だな」
 シャアは冷たく言い放った。
 「今回の一件で、最高評議会は正式に彼女を敵対勢力として認定するだろう。そうな
れば、ザフトは当然彼女の排除に動く」
 「背後に黒幕の存在があってもですか?」
 「そういうものだ」
 シャアはそそくさと百式に乗り込むと、足早にミネルバへと帰還していった。カミーユ
の追求を拒むように。
 「そういうものかもしれないけど……」
 カミーユはそれを見届けると、ため息混じりにΖガンダムに乗り込んだ。
 「――今のが昔のお仲間かよ?」
 リニアシートに腰掛けて操縦桿を握ると、それを待っていたかのように声がした。
 「アウル……?」
 見れば、いつの間にかアビスが接近していた。――まるで、どこかで様子を窺ってい
たかのように。
 アビスは近くまで来るとモビルスーツ形態に変形して、Ζガンダムの横に着地した。
 「帰還命令が出てるぜ。早く戻って来いってさ。あの蓮っ葉が、例のラクス・クライン
とかってのを追いたがってるんだとよ」
 「そりゃあ、そうだろ。代表は彼女とは懇意だったんだし、和睦会談をしに行く予定が
どうしてこうなったのか、俺だって理由を知りたいな」
 「コーディネイターの女だろ? どうせ、碌な奴じゃないね」
 「止せよ、そういう言い方」
 カミーユはたしなめつつ、Ζガンダムをウェイブライダーへと変形させた。アビスもそ
れに倣い、モビルアーマー形態へと変形した。
 この騒動には裏がある。カミーユはオーブでカガリが暗殺者に襲われた時のことを
思い出していた。このような事態になって、あの時に感じた違和感をふと思い出した。
 カミーユは今、その時と同じ違和感を覚えていた。この事件はあの時から――否、
もっと前から動き始めている。それは、深く根ざした暗い執念によって突き動かされて
いる者たちによる仕業のように感じられた。
 そして、そのカミーユのセンシビリティから発した推測は、なまじのものではなかった。
 
 
 アスランは今、自らの不覚と戸惑いの中で激しく苛立っていた。サトーがとうとう本性
を曝け出したのだ。
 サトーが怪しいという報告は、つい先日受けた。サトーが自称していたクライン派とい
うのは真っ赤な嘘であり、その正体は、旧ザラ派の信奉者なのだということをバルトフ
ェルドから聞かされたのである。
994/10 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
 当初から怪しんでいたバルトフェルドが、腹心のダコスタを使って調べさせたのだ。
そのダコスタは、その報告を最後に音信不通に陥っているとのことである。
 アスランは、それでサトーが自分に接触してきた意味を察した。サトーはパトリック・
ザラの忘れ形見であるアスランを担ぎ、再びプラントにザラ派による超タカ派政権を打
ち立てようと目論んでいるのではないかと推察したのだ。詰まるところ、サトーらの狙い
はデュランダル政権の打倒にあると見ていた。
 しかし、その読みは誤りだった。サトーたちの抱えてきた闇は、既にその程度では済
まされないところまで先鋭化していたのである。
 サトーたちは、レクイエムによってプラントが撃たれた直後に動き出した。しかし、予
想に反し、サトーはアスランを無視してラクスを狙った。プラントを襲ったセンセーショ
ナルな悲劇による衝撃が冷めやらぬ中、彼らは実に冷静に、素早く事を起こした。
 獅子身中の虫とはいえ、ラクス派の構成員の殆どにサトーの息が掛かっていた。サ
トーはこの時のために、周到に用意を済ませていたのである。兵力差は歴然だった。
 ラクスを押さえられては、手が出せなかった。サトーはそんなアスランたちに、それ
が軟弱なクライン派の欠点なのだと指摘した。
 「大儀を成したいのなら、どんな犠牲を払ってでも突き進む。それが貴様の父上が
歩んだ道であり、唯一正しい道だったのだ。その忘れ形見である貴様が、どうしてクラ
インなどに降り、地球などと手を結ぼうと考えるのか!」
 サトーはそうアスランに言い放った。彼らは、地球との徹底的な抗争を望んでいた。
 二年前のヤキン・ドゥーエ戦役で、アスランの父、パトリック・ザラは最後まで地球と
の徹底抗戦を訴えていた。その執念の発端となったユニウスセブンへの核攻撃――
いわゆる“血のバレンタイン事件”で、パトリックが妻を失ったのと同じように、サトーも
また恋人を失っていた。そして、そのサトーに従う者たちも、様々な形で地球との確執
を抱えていた。
 パトリック・ザラを信奉するのは、そういった理由からであり、それ故に彼らは、ラクス
に付いて三隻同盟に参加していたアスランを裏切り者として蔑視していた。
 「本来なら、貴様を旗頭にザラ派の復活を宣言したいところだったのだがな、クライン
に骨抜きにされていては、それも無理というもの。だからオーブの元首を暗殺すること
で憎しみを煽り、地球にぶつけさせるつもりだったが、何故か失敗したので予定を変更
させてもらった」
 「カガリを暗殺だと!?」
 問い返すアスランに、サトーは不敵に笑って答えたのである。
 「政治闘争の激化ということで、セイラン家あたりに罪を被ってもらう予定だった。あの
ナチュラルの女は、貴様のお気に入りだったようだからな。セイラン家の中には、ロゴ
スに通じている者もいた。だから、嫌疑をかけるのは容易だったのだ。しかし、それが
失敗に終わってしまったから、こういう行動に出ざるを得なくなった」
 アスランが使えないと見るや、サトーたちはラクスを人質に取る作戦を強行したので
ある。
 なまじサトーらがザラ派であるという情報があっただけに、ラクスへの注意がお座成
りになっていたのは否めない。それでも、キラとヒルダたちがラクスを守るために奮闘
したものの、流石の彼らも多勢に無勢、ラクスはサトーたちの人質として捕えられてし
まった。
 そして、ラクスを人質に取ったサトーは、アスランたちにメサイアの占拠を命じたので
ある。
 当然、最初はアスランたちは難色を示した。しかし、その言動から協調路線のクライ
ン派を激しく毛嫌いしていることが窺い知れれば、弾みでラクスを殺してしまいかねな
いことも予想できた。それ故、アスランたちはサトーの命令に止む無く従う他に無かっ
た。
1005/10 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
 メサイアの奪取にはミーティアが投入され、その圧倒的火力で以って占拠は容易に
成された。
 その後、サトーたちはラクスを伴ってメサイアへ移動した。そして、ラクス・クラインの
名義で現最高評議会を痛烈に批判し、ラクスこそがクライン派の正統な領袖であると
主張する旨の声明を文書にて発表。デュランダルを偽りの元首であると糾弾し、ザフト
に離反を勧告したのである。
 その呼び掛けに応じたザフトの一部が合流し、サトー一派の戦力は一個師団規模に
まで増強される結果となった。ラクス・クラインの名が持つ強過ぎる影響力が、皮肉な
形で表出してしまった形である。
 そして、更にサトーはキラとフリーダムにも同道するように要求した。
 サトーがキラを指名したのは、感情論的にアスランは受け入れられなかったというの
もあるが、アスランよりもキラの方が大人しくて御し易そうだったからという理由もあっ
た。そして、何よりもフリーダムの伝説的な戦果は非常に魅力的だった。
 サトーの要求は、受け入れがたいものだった。キラとフリーダムは、戦略級の存在で
あるからだ。それをサトーらに利用されることの危険性は、誰もが知るところであった。
 しかし、戸惑いが広がる中、キラ本人は静かにその要求を呑んだ。
 「大丈夫。後は、僕とラクスに任せて」
 行きがけに、そう言葉を残して。
 混乱の最中、辛うじて確保できたのはアスランとヒルダたちのモビルスーツ、そして
脱出用のランチだけだった。現在、別行動を取っているアークエンジェルに連絡し、合
流を待っている状態である。
 その時間が、アスランにはもどかしくて仕方なかった。当然である。獅子身中の虫を
迎え入れたのは他ならぬアスラン本人だったのだから。激しい苛立ちは、生真面目な
アスランの生理的な反応だ。
 「気持ちは分かるがな」
 ランチのコックピットで、爪先で床を叩くアスランの姿が目立つ。それを見かねたバル
トフェルドが、アスランに冷静さを取り戻させようと声を掛けた。
 アスランのエメラルドグリーンの瞳が、ジロリとバルトフェルドを見やる。
 (ありゃりゃ……)
 英雄と呼ばれていても、まだまだ青いな、とバルトフェルドは思う。
 「――とにかく、自分のケツは自分で持つしかない。アスラン、自分を見誤るなよ」
 「分かってます。けど……」
 「厳しいことを言うが、キラに対抗できるのはアスラン、お前だけだ。迷えば、上手くい
くことも上手くいかなくなる。気持ちの整理は、つけるんだ」
 バルトフェルドはアスランの肩を叩いた。アスランの肩に、ずしっとした男の手の重み
が掛かる。それは、さながら浮き足立ったアスランの気持ちを落ち着かせようとしてい
るかのようだった。
 “砂漠の虎”と呼ばれた怪傑。どこか達観した趣のある男の言葉は、その言葉が持つ
意味以上に重い。アスランは、そのバルトフェルドの言葉に少しだけ苛立ちが解消され
たような気がした。
 「しかし、サトーめ、何を企む?」
 「――それよりも、私たちはラクス様の安否の方が気になるな」
 視線を前方に戻したアスランの呟きに返すようにコックピットのドアを潜ってやって来
たのは、ヒルダたち三人組だった。三人はふわりと浮き上がり、天井を押してアスラン
の近くに降り立った。
 「キラ・ヤマトは自分たちに任せろと言っていたが、それには期待できるのか?」
 バルトフェルドとは違う、プレッシャーを掛けるような物言いだ。アスランはそれが煩
わしく感じられて、あえて「分かりません」と淡白に言い放った。
1016/10 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
 「俺は、何も聞いていませんから」
 「それでは困るだろう!」
 ヒルダが掴み掛かってくる。アスランはそれを無造作に払い除けると、キッと睨み付
けた。
 ヒルダが一寸、気圧されたように身を仰け反らせる。そこへ、「しかしな」と割り込んで
きたのは、メガネを掛けたマーズだった。
 「奴らはクライン派を、プラントを腑抜けにした元凶として目の敵にしている。利用価
値がある内は大丈夫かもしれないが、クライン派の領袖であるラクス様に危害を加え
ないとも限らない」
 「我々が焦る気持ちは、分かってもらいたいものだな、アスラン・ザラ?」
 もう一人の男、ヘルベルトが付け足すように言う。
 三人がアスランを取り囲んで、圧力を掛ける。彼らも同じなのだ。結局のところ、この
局面を打開するにはアスランとジャスティスに頼るしか無い。手札の乏しさを分かって
いるからこそ三人は焦り、アスランにプレッシャーを掛けてしまう。
 アスランも、それが分からないほど鈍くは無い。
 「分かってるさ」
 キラの思惑を知らなかったのは、アスランも同じなのだ。アスランにしてみれば、それ
は欺かれたも同然の心境だった。
 (優しいアイツのことだ、俺やみんなを心配させたくなくてああいうことを言ったのかも
しれない。だが、キラ……お前は――お前たちは何をしようとしているんだ……?)
 前方のガラスの向こうに広がる漆黒。そのキャンバスに、記憶にあるキラとラクスの
顔を投影してみる。しかし、彼らはアスランの心の問い掛けに、決して答えてはくれな
かった。
 
 
 ラクスは貴賓室で軟禁状態になっていた。キラとの接触は許されず、常に監視され
ている環境であったが、ラクスは気丈に振る舞い、サトーに付け入る隙を見せることは
決してなかった。
 「流石はヤキンを終結に導いた平和の歌姫。囚われの身であるにもかかわらず、高
貴さを失わないその姿勢には感服させられるな、プリンセス?」
 サトーはアンティークの小瓶を手に取り、その表面に映りこむ歪んだ自分の顔を眺
めつつ、高級椅子に座るラクスに皮肉っぽく言った。ラクスは、それを冷ややかに受け
流し、小瓶を見つめるサトーを見やった。
 「あなた方の望みは何ですか?」
 「このような状況でも、まだそのような口が利けるか」
 サトーは感心しているような口振りであったが、その調子には、どこかラクスを虚仮
にするような軽さが混じっている。侮っているのだ。
 「クラインは軟弱な手合いばかりと思っていたが、考えを改めねばならんようだな?」
 「憎しみは人の性です。わたくしも人間である以上、それを否定することはできませ
ん。しかし、それをナチュラル全てにぶつけようというのは、傲慢なのです」
 小瓶を見つめていたサトーの目が、ラクスを鋭く見やる。
 しかし、ラクスもそれに些かも怯むことなく睨み返す。
 サトーは呆れたようにため息をついた。
 「お前は何も分かっていないようだ。良いか? 有史以来、人類は憎しみの闘争を繰
り返してきた。そして、その憎しみを生み出してきたのが常にナチュラルであれば、そ
れを滅ぼすということは憎しみの根源を絶つことと同義であるのだ」
 「愚劣な……それが傲慢だと言うのです。人ひとりの独善で何億もの生物を死滅さ
せるなど、悪以外の何物でもありません」
102通常の名無しさんの3倍:2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
支援支援!
1037/10 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
 「悪で結構! その結果、人類をより良く次のステップに導けるのなら、万々歳では
ないか! しかも、それを我々が成し遂げる! コーディネイターが正しき次世代の人
類であるという証明にもなる!」
 自讃するサトーに、ラクスは辟易のため息をついた。
 「復讐から生まれた偽善が人類をリードしたことなどありません。個人的な怨念返し
を言い繕うためのつまらぬ大儀を、何故そこまで誇らしげに語れるのです?」
 「……つまらぬ大儀とは、心外だな」
 サトーは小瓶をテーブルの上に戻し、椅子に座るラクスに歩み寄った。
 迫ってくるサトーからは威圧感が滲み出ていた。それは憤りか憎しみか――本性を
現した今のサトーからは、その黒い感情が溢れている様が目に見えるようであった。
 それを目の当たりにして、ラクスは気付く。ああ、これがハマーンの言っていたことな
のだと。
 サトーはラクスの前に立つと、険しい表情を更に険しくさせて、覆い被さるように顔を
寄せてきた。
 「怨念返しの何がいけないか。我らが三年間、常に心に抱えてきたこの怒りや憎しみ、
止めることなど誰に出来ようものか」
 今にも殺しそうな目で凄まれる。一瞬、その迫力に呑まれそうになりながらも、しかし、
ラクスも泰然自若としたまま一歩も引かない。
 「白状なさいましたね。――プラントと地球の関係は今、新たな時代へと移り変わろう
としているのです。あなた方は、ここに至るまでに払った数多の代償を全て無に帰そう
というのですか?」
 「何を言う。ロゴスもブルーコスモスも詭弁に過ぎぬ。ナチュラル全てが悪なのだ。何
の罪も無いクリスティが、奴らの薄汚い核で焼かれたのだぞ。この恨みの清算が済ま
されずして、何が新たな時代か」
 「あなたは、自分が時代に取り残されていることを知るべきです。あなたと同じ無念を
抱えている人々が他にいくらでもいるということを、なぜ考えようとしないのです?」
 「その者たちも同じ怒りや憎しみを持っているからだ。我々はその者たちの無念も背
負っている」
 「違います。彼らは、直接的な破壊行為だけでは恨みを晴らせないことを知っている
のです。重要なのは事実を忘れず、伝承して、同じ愚を犯さぬようにより良く未来を生
き、世代を重ねていくことです。気付きなさい。あなた方のやっていることは、過去の愚
を繰り返しているだけに過ぎないということを。愚を繰り返す者が義を口にするなど、滑
稽でしかないのです」
 ラクスとサトーの視線がぶつかる。涼しい顔のラクスに対し、それを凝視するサトー
の眉間には深い皺が刻まれている。
 暫時、睨み合いが続いた。しかし、やがてサトーは表情を緩めると、スッと背を伸ば
した。
 「フッ、まこと、クラインの言うことであるな。そのような耳障りの良い言葉であれば、
我々には通じずとも、愚民どもをかどわかすことは容易であろう」
 「わたくしを利用しようとしても無駄です」
 「そうは思わんな。現に、フリーダムとそのパイロットは我々に従っている。それは、
貴様の利用価値が言葉だけにではなく、その御身にもあるということの証明になる」
 サトーは勝ち誇ったように嘲笑した。しかし、ラクスはそれに感化されたりしない。
 「もう一度言います。わたくしを出しに復讐を果たそうとしても、無意味です。自ら滅
びの道を進むことはありません。今ならまだ引き返せます。考え直してください」
 ラクスが言うと、サトーは少しの間固まっていた。が、やがて高笑いを始めた。
 「ラクス・クラインともあろうお方が、その様にして助けを請うとは。――買い被り過ぎ
だったようだな?」
104通常の名無しさんの3倍:2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
さらに支援
1057/10 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
 「何とおっしゃっていただいても結構。しかし、わたくしの言葉は真実です」
 「異な事を……自分のこともよく分からずに、よくも」
 サトーのせせら笑いにもラクスは動じない。その態度がサトーを身構えさせる。
 思い違いか、とサトーは思う。しかし、サトーのクラインに対する侮蔑の念は根深い。
深く考えようとしないのは、ラクスを絶対に認めたくないという思いがあるからだ。
 フン、とサトーは鼻を鳴らした。そして、ラクスを尻目に出口へと向かった。
 「全く、気の強いプリンセスだ。――いいだろう。どうせ一人では何も出来ない。無力
な自分を噛み締めつつ、この籠の中で我々の作戦が成就される様を見ていればいい」
 そう言い残し、サトーは貴賓室を後にしていった。
 ドアに外部からロックを掛けられた音が聞こえた。途端、ラクスは大きく息を吐き、顔
を俯けた。額に脂汗が浮かぶ。緊張から解放されたラクスの顔に、憔悴の色が滲んだ。
 (……その通りです。わたくしは一人では何も出来ません。ですからわたくしは――)
 ラクスは物言わぬ絵画の中の少女を見やり、心の中で呟いた。
 
 
 プラントへと帰還したミネルバは、首都であるアプリリウス・ワンへの入港準備に入っ
ていた。
 途中、レクイエムによる惨劇の跡が見えたが、それは酷い有様だった。崩壊したコロ
ニーの残骸は未だ生々しく宇宙に漂っており、木や土などの自然物の他にも、コンク
リート片やガラス片、車のスクラップなどの人工物に加え、服や食器などの日用品も
浮かんでいた。それは、日常が突然失われた光景だった。
 残骸を片付ける作業には、多くのザフトも動員されていた。そのモビルスーツの機械
の手が片付けるのは、人間の遺体も同じなのだろうかと考えると、シンはふとオーブで
家族を亡くした時のことを思い出してしまうのである。
 「やりきれないわね……あたしたちの実家は違うコロニーだったから大丈夫だったけ
ど、一歩間違えばこんな風になっていたかと思うと……」
 舷窓からその光景を眺めていると、いつの間にかルナマリアが横に佇んでいた。
 そのルナマリアが、独り言のように呟く。
 「宇宙で迷子になってしまった人は、どうなるのかな? 誰にも見つけてもらえずに、
この暗い宇宙を永遠にさまよい続けるのかしら……」
 「ルナ……」
 センチなことを言う。シンはルナマリアを見やり、慰めるように肩に手を置いた。ルナ
マリアはそれに甘えて、もたれ掛かるように身を寄せた。
 「ゴメン……でも、大丈夫よね? だって、もうジブリールは死んだんだし、ロゴスは
潰れたんだもの。もう、こんなことは起きないよね?」
 縋るようにルナマリアは言う。
 しかし、シンは答えられなかった。ミネルバに下された召還命令の意味を、シンは薄
々とではあるが察していたからだ。それは、ルナマリアも察しているはずである。
 「大丈夫って、言ってよ……」
 ルナマリアは弱々しく呟く。酷く感傷的になっている様子は、いつもの彼女らしくない。
 ダイダロス基地の攻略作戦後、ルナマリアが医務室で検査を受けたという話を、彼女
の妹のメイリンから聞かされていた。特に異常は見られなかったようだが、シンはそれ
が何とはなしに気に掛かっていた。
 シンはルナマリアの肩を抱いた。が、宥める言葉が見つからない。
 「――まだ終わってないさ」
 ふと聞こえたその声に、顔を上げる。――レイだ。
 レイは無重力を流れてくると、二人の近くに足をつけた。そして、舷窓から見える惨劇
の跡を一瞥してから話を続けた。
1069/10 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:???
 「プラントがこんなことになっている時に、火事場泥棒をやらかした不届き者がいる。
ルナもそれは知っているだろう? 連中をどうにかしない限り、俺たちの戦いは続く」
 「そんなこと、分かってるわよ」
 ルナマリアは人差し指でサッと目尻の涙を拭うと、シンから離れてレイに向き直った。
 「なら、弱気は禁物だ。俺たちは、これから奴らを排除しに行くのだからな」
 「弱気じゃなくて、ちょっと疲れてただけ! 出撃したら、ちゃんとやるわよ!」
 苦言を呈するレイに、打って変わって勝気な態度でルナマリアは口を尖らせた。
 シンはそれを見て、内心でホッとしていた。
 (大丈夫みたいだ……)
 元気の無いルナマリアが些か気掛かりだった。しかし、杞憂だったようだ。
 「でも……」
 そのルナマリアは、また態度を変え、今度は怪訝そうに首を捻った。
 「どうしてそのまま追撃じゃなくて、一度本国に戻したのかしら?」
 シンは、機嫌がころころ変わるルナマリアを見て、女とは忙しいものだなと思ったが、
発言の内容については同じく気になっているところだった。
 ダイダロス基地の攻略戦では、先にアークエンジェルが仕掛けていたお陰でミネル
バの消耗が少なくて済んだ。それ故、わざわざ本国にまで戻って補給を受けなくても、
そのままメサイアを追撃することも十分に可能だった。それなのに、最高評議会は追
撃が遅れることを承知の上で、あえてミネルバに召還命令を下したのである。そこに
は、何かしら理由があるのだ。
 「それは多分、指揮系統が鈍くなっていることと関係があるのだろうな」
 レイが見解を述べる。
 シンはレイに同意し、頷いた。それは、シンも薄々感じていたことだ。
 「確かに、ダイダロスを落とした後、召還命令が下るまでに結構時間があったよな?」
 「シンも気付いたか。――そう、何かがあったから、議長は俺たちを呼んだんだ」
 それを聞いたルナマリアが、「何かって何よ?」と訊ねる。
 「それはまだ俺にも分からない。だが……」
 レイはそう言って、二人に背を向けた。
 「もしかしたら――」
 ポツリと呟いたレイの言葉は、入港のサイレンの音に掻き消されて二人の耳には届
いていなかった。
 舷窓の景色は、宇宙空間とプラントコロニーの外観から、無数のパイプと鉄の壁に
仕切られた宇宙港の内部へと変わっていた。
 やがて接舷の振動が伝わり、入港が完了したことを告げるアナウンスが流れる。
 クルーたちは、久しぶりのコロニーを懐かしみ、上陸を待ち切れない様子でそわそわ
していた。
 だが、そんな彼らに告げられたのは上陸許可ではなく、厳格な艦内待機命令だった。
10710/10 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN ID:???
 
 「――最高評議会から出頭命令ですか?」
 シャアは思いがけず告げられた内容に眉根を寄せた。
 それを告げた相手、タリア・グラディスは、シャアとミネルバの通路を歩きつつ、周囲
に気を配りながらそっと耳打ちをするように言う。
 「どうも、上の方で何かあったらしいのよ」
 「緊急性が高いので? ――しかし、それでグラディス艦長が呼ばれるのは分かりま
すが、私まで呼ばれることの意味が分かりません」
 「議長は何も言ってきてないわ。きっと、余程のことなんでしょうけど……」
 二人はミネルバを出ると、物資運搬用の直通エレベーターに予め用意されていた車
に乗り込んだ。
 運転席にはシャアが座る。エレベーターが動き出して下まで降り切ってドアが開くと、
エンジンをスタートさせてアプリリウス・ワンの内部へと入った。
 アプリリウス・ワンの街並みは、流石に首都というだけあり、美しかった。しかし、どこ
となく漂う重苦しい空気が、シャアには気になっていた。
 議会堂の前では、既に出迎えの職員がシャアたちの到着を待っていた。車を入り口
の前に付けると、その出迎えに手早くドアを開けられる。何とはなしに急かされているよ
うで気分が悪かったが、それだけ緊急性が高い案件なのだろう。二人は車を任せ、足
早に議会堂へと足を踏み入れた。
 議場では、約一名を除いて勢揃いした評議会議員が、今や遅しと首を長くしてシャア
たちの到着を待ち侘びていた。
 シャアは、そこで殊更に重苦しい空気を感じた。そして、何とはなしにその理由が分
かったような気がした。それは、居るはずの人物が存在していないことと関係があるの
ではないかと推察した。
 
 そして、二人は議員たちから告げられた。デュランダルが、その消息を絶ったのだと
いう。

続く
108 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN ID:???
支援してくださった方、どうもありがとうございました!
お陰でスムーズに投下ができました

毎度恒例、名前欄表記ミスです

>>105
7/10→8/10です。失礼しました

といった感じで二十九話は以上となります
また次いつ規制が掛かるか分からないんで、次回はなるべく早く投下したいと思います
それでは
109通常の名無しさんの3倍:2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN ID:???
投下乙ですー
また道化として担ぎ出される方向へ誘われてますなー

あと、今は例の●騒動で規制が一時撤廃されてるみたいなんでそれでかもしれませんね>スムーズ投下
110通常の名無しさんの3倍:2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN ID:???
GJ!
111通常の名無しさんの3倍:2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN ID:???
112 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
何か2chが本格的にヤバイとの噂が飛び交ってますが
万が一閉鎖する事態になったらまとめサイトの避難所の方に投下しますので
その旨を先にお伝えしておきます

とは言っても、今回含めて残り六話なんで何とか完走はできそうですけど

というわけで第三十話「デュランダルのシャア」です↓
1131/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 いつかはこのような時が来るのではないかと予感していた。それは、自分がデュラン
ダルの影武者として噂されるようになった時分から感じていたことである。
 ラクス派がメサイアを奪取する少し前から、デュランダルの行方が掴めないのだとい
う。最高評議会は、これをラクス派の工作であると断定し、彼女らを仮にではあるが反
逆分子として認定した。そして、それに伴い、シャアに正式にデュランダルの影武者と
しての任務を要請したのである。
 それは要請というより、ほぼ命令に近かった。シャアを異邦人と知っている最高評議
会は、それまでデュランダルの庇護下にあり、ある意味で優遇されていたシャアに後
ろ盾がなくなると見るや、強硬な姿勢で迫ったのである。そこには、緊急時にリーダー
を失った彼らの焦りが透けて見えた。
 デュランダルの失踪に関しては、徹底した緘口令が敷かれ、事態は上層部と一部の
者のみが知るところとなった。それは、プラントにこれ以上の混乱を巻き起こさないこ
とと、地球側に付け入る隙を与えないための措置であるが、それは表向きの理由であ
り、本音ではラクスへの対処の問題を、影武者に仕立てたシャアの責任のもとで処理
してしまいたいとの思惑があった。
 ラクスの問題は内患とも言うべきものだった。しかし、平和の歌姫として今も絶大な
人気を誇るラクスへの強硬姿勢には、プラントの国内世論からの猛烈な反発が予想
される。それをかわすために、シャアを人身御供としてデュランダルに仕立て上げ、
彼にラクス問題の全責任を被らせようというのである。
 当然、そんなことを直接口にはしなかったが、シャアにその目論見が看破できない
わけがなかった。政治家人情とは、得てして責任の擦り付け合いに終始しがちである
が、標的を見つけて一致団結した時の囲い込みというものは実に周到で、決して獲物
を逃がさないハイエナのような狡猾さは、一周回って賞賛ものの手際であった。
 シャアは、そういう狸の化かし合いでしかない政治を嫌悪していた。大衆に迎合する
だけになった政治は志を失い、官僚主義に飲み込まれる。それが地球連邦政府の在
り方であり、その腐敗の象徴としてのティターンズであったとシャアは思っていた。そし
て、それが新たな反感としてのエゥーゴを生み出し、かつての反感であった旧ジオン
公国の残党であるアクシズが付け入る隙ともなった。
 シャアは最高評議会の姿勢に、似たような腐敗のにおいを感じていた。
 しかし、だからと言って無碍に断われるほど愚かではないつもりだった。ここでシャ
アが要求を呑まなければ、デュランダルの失踪は遠からず公になり、プラントは更な
る混迷を極める。そうなればラクス派を止めるどころではなくなり、最悪の場合、彼女
たちが何か重大事を起こせば、その責任を追及する手は必ずプラントにも伸びてくる。
そして、オーブを介して秘密裏に模索していた地球との和睦への道は完全に閉ざされ、
最悪、事態は殲滅戦争へと突入する可能性も孕んでいる。
 それは、あくまで考え得る最悪のケースであるが、その可能性が無いとは言い切れ
ないのがラクス派の不気味なところだった。もし、カミーユが言っていたように、本当に
首謀者が他にいるとするならば、ラクスを利用してザフトの一部を寝返らせた真犯人
は、相当な危険人物と言える。その首謀者がメサイアを奪った意味を推察すれば、碌
でもない結論に至るのは自明の理なのだから。
 しかし、それでもシャアは気が進まなかった。事態の深刻さは理解しているのに、心
のどこかで政治の舞台に立つ自分を躊躇う気持ちがあった。それはきっと、一介のモ
ビルスーツパイロットとして一兵卒に甘んじてきた自分を、あまりに当たり前とし過ぎた
からだとシャアは自らを分析した。
 シャアは影武者を引き受けるための条件を一つだけ提示し、それを了承させると、前
向きに検討するとして、その場での即決を回避した。
1142/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 最高評議会は、シャアの回答の先延ばしを許しはしたものの、猶予は日付が変わる
までという厳しい条件を突きつけた。このような重大な決断を半日以内に下せというの
か、とシャアは腹を立てたものの、この気忙しさがプラントの現状なのだと理解すれば、
従う他になかった。
 
 「――どうしてあの場で引き受けなかったの?」
 ミネルバへ戻る道すがら、タリアのそんな質問にシャアは眉を顰めた。
 「私に議長の代わりが務まるかどうか、自信が無かったのです」
 「嘘ね」
 タリアは、ぴしゃりと言う。
 「あなたは、どこかでギルを下に見ていたわ」
 「艦長、それはいくら何でも――」
 シャアは苦笑を浮かべた。しかし、タリアの目は、至って本気だった。
 「分かるのよ、隠しても。あなたと関係を持ったことがある女は、みんなそういうことを
知っているんじゃないかしら?」
 見透かしたかのようなタリアの眼差し。アクセルを踏む足に力が入る。車が加速し、
車内の揺れが少し大きくなった。
 「私は、そんな破廉恥な男ですか」
 「そうね」
 臆面も無く言い切るタリアが、シャアは気に入らなかった。
 「それを可愛いと思えるかどうかは人によるでしょうけど、少なくとも、あなたのような
人が振り向いてくれている限りは、許せそうな気がするわ。――でも、ハマーン・カー
ンはまだそういうことすら教えてもらえてないんじゃなくて? だから、許せない」
 タリアの言葉が、ちくりと刺さる。異論を挟みたかったが、シャアは運転に集中した。
 「――私はただ、プラントの命運を左右する決断に物怖じしているだけです」
 「あなたが、そんな男かしらね?」
 そう言って、タリアはころころと笑った。
 「買い被り過ぎです……それに、艦長も私が代わりでは、お嫌でしょう?」
 シャアが仕返しをするように問い掛けると、タリアは微笑みつつも少しだけ表情を曇
らせた。タリアの中に残された、微かなデュランダルへの未練。半ば形骸化していな
がらも、それは良い思い出としてタリアの心の中で静かに息づいている。
 シャアは思った。それが健全な未練の残し方なのだと。
 「私はいいのよ。ただ、レイがね……」
 「レイ?」
 「話しておくわ、あなたには」
 それからミネルバに戻るまでの間に、シャアはレイとデュランダルの関係について聞
かされた。
 デュランダルは後見人として、レイが幼い頃から親身になって面倒を見続けていたの
だという。それ故にレイは甚くデュランダルを慕っており、タリアはそんなレイにデュラ
ンダル失踪の事実を伝えるべきかどうかを迷っていた。
 「しかし、いずれ判明することです。ならば、早い内に」
 シャアが提言すると、タリアは少し躊躇いながらも「そうね」と返した。
 「下手に後回しにするより、まだ表沙汰になっていない今の内に話しておく方が、レ
イにとっては良いかもしれない」
 「はい。多少の救いにはなると思います」
 「救いか……」
 タリアは言葉を止めて、一呼吸置いた。
1153/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 「残酷な救いよねえ……」
 深い嘆息が車内に響いた。
 
 ミネルバに帰着すると、いの一番にレイを呼び出し、そこでデュランダル失踪の事実
を告げた。
 「まだ死亡が確認されたわけではないわ」
 タリアはそう言って慰めたが、レイは尋常ではない困惑振りを見せて、シャアを驚か
せた。
 レイは椅子にうな垂れて座り、頭を抱えて何度もかぶりを振った。「嘘だ……」と繰り
返し呟くその様は、シャアの予想を遥かに超える狼狽振りだった。
 よもや、ここまでとは思いもしなかった。普段は冷静沈着なレイが、まさかここまで取
り乱すとは想像だに出来なかった。レイのデュランダルへの依存度の高さを甘く見て
いた自分を、シャアは認めざるを得なかった。
 (裏目か……)
 タリアに肩を抱かれるレイを見やりつつ、シャアは心の中で呟いた。これでは、自分
がデュランダルの代わりを最高評議会から持ちかけられたことなど、とても口に出せ
そうにない。
 しかし、なかなか切り出そうとしないシャアを見かねたタリアが代わりに告げると、途
端にレイは「分かってました……」と言って立ち上がった。
 「指揮系統の乱れ、俺たちへの艦内待機命令、そして、クワトロさんの評議会への出
頭命令……嫌でもその可能性を想像してしまう……」
 鼻を啜ってから口を開いたレイは、口調こそハッキリしていたが、声は微かに震えて
いた。
 「あなたには、一番に知らせるべきだと思ったのよ」
 「お気遣いは分かっているつもりです。でも……!」
 長い前髪がレイの目元を隠した。固く握った拳が震えている。その震えが、やがて全
身に伝播していった。
 「……なぜ、即決しなかったのです?」
 不意な質問は、シャアに向けられていた。
 「あなたなら、今のプラントがギルを失うことの意味を理解しているはずだ……」
 「だから迷っている。私にプラントの未来を左右する資格があるかどうか」
 「あなた、まだそんなことを言ってるの?」
 タリアの目がシャアを睨む。シャアはそれを甘んじて受けた。
 「資格云々の話じゃないでしょ……!」
 レイは静かに言う。
 「あなたには、ギルから受けた恩義に報いなければならない義務がある。……やっ
てもらうしかないんですよ、あなたに――あなた以外に誰がやれると言うんです?」
 「声が似ているからというだけで代わりが務まるのなら、ミーアは今でもラクス・クラ
インであり続けただろう。影武者をやるには、相応の資格を持ち、その人となりも熟知
していなければならない。私はそこまでデュランダル議長のことを知っているわけで
はないよ」
 「詭弁を……!」
 シャアの言い訳に近い抗弁に、レイは当然納得を示さなかった。
 シャアは、そんな厳しい表情のレイに向けて更に続けた。
 「それに、いいのかな? 議長の代わりとして私が表舞台に立てば、君は議長の失
踪を認めなければならなくなる」
 「クワトロ! それは――!」
116通常の名無しさんの3倍:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
支援
1174/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 シャアの言葉を聞いて、タリアが血相を変えて口を挟んだ。しかし、シャアはその制
止を振り切り、追い打ちを掛けるようにレイに問い掛けた。
 「事情を知ってしまった君には、それを受け入れなければならない義務がある。私に
デュランダル議長をやれと言うならな。……その覚悟は、あるかい?」
 シャアは、遠まわしにレイにデュランダルの死を認識しろと迫っている。タリアの目が、
そんなシャアをむごいと責め立てた。
 レイは暫し沈黙した。前髪で隠れた表情が、何を思っているのかを窺わせない。
 「……それでも」
 やがて、レイはポツリと呟くように言った。そして、徐にシャアに顔を振り向けた。
 「それでも……今、プラントはあなたに縋るしかないんです……!」
 レイの頬には、幾度も熱い雫が伝った跡が残されていた。そして、今もそれは流れ続
けている。
 レイは泣いていた。泣きながらシャアに請うていた。
 仕向けたこととはいえ、ここまで言わせたのだ。私を捨て、公のために言葉を搾り出
したレイの覚悟には、応えなければならない。――シャアは決心した。
 「分かった、レイ」
 シャアは一言だけ答えた。
 
 数分後、ブリーフィングルームにクルーを集め、デュランダル失踪の件と、それに伴
って要請された影武者の件を伝えた。
 動揺は思ったよりも大きくなかった。皆、不可解な艦内待機命令である程度は事態
が想像できていたのだろう。
 「それで、どうするんです?」
 一同を代表するように、シンが訊ねた。
 シャアは、それを待っていたかのように一同の前に歩を進めた。それを、固唾を呑ん
で見守る一同。シャアは軽く一同を見渡すと、徐に口を開いた。
 「……正直、自信があるわけではない。皆も知っての通り、私はこの世界の人間で
はない。しかし、プラントが危機を迎えているこのような時に、ただ指をくわえて傍観し
ていたのでは、私やハマーンを拾ってくれた君たちにも申し訳ないと思う」
 シャアが言及すると、部屋の隅で興味なさげに佇んでいたハマーンが、軽い舌打ち
をした。
 「だから、私にできるだけのことはやってみようと思う。そして、何とかこの危難を乗り
切るためにも、是非とも君たちの力を貸してもらいたい」
 シャアはサングラスを外し、頭を下げた。
 まばらな拍手が、やがて一つに纏まって大きくなる。
 シャアは姿勢を戻し、サングラスを掛け直して、もう一度一同を見渡した。
 (これで私は道化か……)
 シャアは内心で自嘲すると、逃げるようにブリーフィングルームを後にした。
 
 各々のタイミングで、各員がブリーフィングルームを後にする。その中でも、一際早
いタイミングで出て行こうとする女性がいた。ルナマリアは、メイリンやシンの誘いを断
わり、急いでその女性を追った。
 「ハマーンさん!」
 早足で歩くハマーンは、随分と先を行っていた。ルナマリアは少し強めに呼び掛け
て、駆け足で追い掛けた。
1185/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 ハマーンは一度だけこちらを見やるも、その足を止めようとはしなかった。それがハ
マーンの基本であることを知っているルナマリアは、連れない態度も気にせず隣に並
んだ。
 「何の用だ?」
 目も合わせずに聞く様は、まるでこれからルナマリアが聞く内容を知っていて、遠回
しに拒絶しているかのようだ。
 かつてなら、そんなハマーンの態度に怯み、めげてしまうところであったが、それも
もう慣れたものである。ルナマリアは臆せず、あえて聞いた。
 「凄いですね、クワトロさん? デュランダル議長の代役なんて、普通できることじゃ
ありませんよ」
 「シャアには本来、それだけの力と器がある。今までは、それを隠して逃げていただ
けだ」
 さらっと言ってのけるハマーンに、本当に二人は険悪なのだろうかと疑った。
 「そ、そうなんですか? ――でも、そう言えるのは、ハマーンさんがあの人のことを
良く見ているからだと思うんです。だから、クワトロさんもそれを知っていて、さっきチラ
ッと言ったみたいに、ハマーンさんのためにもあんな大役を引き受けたんじゃないでし
ょうか」
 水を向けるように言うと、ハマーンはふと足を止め、ルナマリアを嘲笑するかのような
薄笑いを浮かべた。
 一瞬だが、ムッとなった。自分は、こんなにも二人の関係を心配しているというのに、
その人を食ったような態度は何だと憤りたくなった。
 しかし、すぐに思い直した。ルナマリアは、ハマーンのその薄笑いの中に、どこかシ
ャアに向けた冷めた思いが垣間見えたような気がしたからだ。
 「めでたいな、お前は?」
 「な、何ですか? だって……」
 「シャアがあの後、何処に行ったか分かっていないようだな?」
 「何処に……? 何処だって言うんです?」
 ルナマリアはやや食い気味に問う。ハマーンは、そんなルナマリアの焦燥を楽しむ
かのように笑った。
 「ミーアのところだよ。シャアはあの娘を手篭めにして、ラクスに対抗させるつもりな
のさ」
 言い捨てて、ハマーンは再び歩き始めた。
 「今さらあの人を?」
 ルナマリアもそれを追い、ハマーンの横に付く。
 「まだ、ミーアを正式に偽者だと認めたわけではない。現状は、ラクスが自分を本物
だと自称しているだけに過ぎん。それに、あの娘は見た目よりも胆力がある。その気に
させられれば、あの娘がこの騒動を解決する鍵になるやも知れん」
 「それで、あの人はそれを頼みに行ったって言うんですか? ――それ、大丈夫なん
ですか?」
 「ミーアはシャアにぞっこんだよ。何も問題はない」
 ルナマリアの懸念に対し、ハマーンはしれっと言ってのけた。ルナマリアには、それ
が面白くなかった。
 ジレンマがある。ハマーンは、ルナマリアのやきもきする気持ちを分かっていながら、
あえてピント外れの回答をしているように見えた。それは卑怯なことだと思ったが、し
かし、逆に言えばハマーンはその核心について露骨に避けているとも言える。
 それは、ハマーンの女としての矜持だろうか――そんなルナマリアの心の霧を払う
かのように、ハマーンは徐に言葉を継いだ。
119通常の名無しさんの3倍:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
支援
1206/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 「勘違いしているようだな」
 「勘違い?」
 ルナマリアが問い返すと、「そうだ」とハマーンは答えた。
 「もし私がシャアと同じ立場だったら、同じことをしたということだ。そして、奴がミーア
を担ぎ出すことを思いつかなかったとしても、その時は私がそうするように奴に仕向け
ていた。――分かるな? つまり、そういうことだ」
 平然と言ってのけるハマーンが、ルナマリアには理解できなかった。もし、ハマーン
が言うとおりのことをシャアがやっていると言うのなら、今、シャアがミーアと何処で何
をしているのか、ハマーンには分かっているということになる。
 (気にならないの……?)
 ルナマリアには、ハマーンが湛える笑みが強がりであるとしか思えなかった。
 「……私には、分かりません」
 百式のデータベースで偶然に知った、ハマーンの純粋なシャアへの思い。あれを、
シャアを油断させるための嘘だと邪推できるほど、ルナマリアは成熟していない。なま
じそう思い込んでいるだけに、ルナマリアは小さく呟いて抵抗するのが精一杯だった。
 ハマーンの目が、表情を曇らせるルナマリアを横目で見やった。
 良くも悪くも直情的なのだろう。シンに当てられでもしたのか、感情を隠すのが本当
に下手だとハマーンは思う。だから、ルナマリアが隠しているもう一つの嘘も、何とは
なしに分かってしまう。
 「――それよりもルナマリア。お前は、私の言いつけを守って、ちゃんとサイコレシー
バーを処分したのだろうな?」
 唐突に話題を切り替え、不意打ちをかけるようにわざとらしく聞く。それだけでルナマ
リアは狼狽し、わざわざ言葉に出さずとも、その態度だけで自ずと答えを教えてくれる。
 「そ、そりゃあ勿論ですよっ! あたしがハマーンさんの言いつけを守らなかったこと
なんて、ありました?」
 思わず足を止め、身振り手振りで潔白を表現する。上擦った声があまりに滑稽だっ
たので、ハマーンも足を止めて付き合った。――ルナマリアは、どうにも感情の制御が
下手すぎる。
 (こんなことで、よくもラクスのことを隠し通せたものだ……奇跡だな……)
 そういう手合いは嫌いではないが、自分に対して嘘や隠し事をしているとなれば話は
別である。ハマーンは軽蔑するような眼差しで一瞥した。
 「従順なお前は好きだったのだがな……どうなっても知らんぞ」
 動揺するルナマリアを置き去りにし、ハマーンはそう言い捨てて歩を進めた。
 しかし、歩きながらハマーンは思う。失望したような口を利いておきながら、完全には
ルナマリアのことを突き放しきれなかった。ハマーンはそれが、ルナマリアに気を許し
かけていることの証明だとは思いたくなかった。
 (ルナマリアには、まだ使い道があるかも知れんのだ……)
 ハマーンはそう自分に言い聞かせ、通路を歩いていった。
 
 私室を訪ねたシャアを、ミーアは快く迎え入れてくれた。女性の部屋であることを意
識して、足を踏み入れるのを躊躇っていたシャアを腕ずくで引き入れ、強引にベッドに
座らせるほどの歓迎振りだ。
 しかし、デュランダルの失踪の件を告げると、ミーアは存外な落ち込み方をした。
1217/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 「デュランダル議長は、あたしにチャンスを下さった方ですから。色々と良くしてくれま
したのに……」
 シャアの言い方が悪かったのか、ミーアは既にデュランダルが物故したものだと思っ
たらしい。そこで、まだ死亡が確認されたわけではないことを付け加えると、ミーアは
慌てて「あ、そうなんですか」と恥ずかしそうに繕った。
 「あたし、てっきり……。無事であってくれるといいんですけど……」
 デュランダルの身を案じる神妙な面持ちには、生存の可能性も残されていると知っ
てか、微かな安堵も混じっていた。
 ミーアの私室の照明は、少し暗めに調整されている。シャアは、それがミーアの今の
心境の写し鏡なのだと察しつつも、あえて切り出した。
 「実は、それに伴って私がデュランダル議長の影武者として代役を務めることになっ
たんだ」
 「クワトロ様がですか?」
 隣に座るミーアが、咄嗟に顔を振り向けた。驚いたようにシャアを見るその表情は、
しかし、どういうわけか少し嬉しそうでもあった。
 シャアは苦笑混じりに問う。
 「そのリアクションは、どういう意味かな?」
 「あたし、ずっと思ってました。あなたなら、きっとデュランダル議長以上に立派に大
役を務めてくれるんじゃないかって」
 大袈裟なミーアに、シャアは少し照れ臭そうに「買い被り過ぎだよ、ミーア」と返す。
 「私は、君が期待するほど大した男ではないさ。――それに、忘れたのかい? 相手
は、あのラクス・クラインなんだよ?」
 「あ、そうでした。ごめんなさい、あたし、つい浮かれちゃって……」
 そう言って、ミーアは赤面した顔を俯けた。すぐに自重したあたり、ミーアの中にはま
だラクスへの憧憬と畏怖が確かに残っているようだ。
 (さて、どうしたものか……)
 シャアは考えながらも、自然と手をミーアの腰に伸ばしていた。
 「そんなに気にしなくてもいい」
 優しく慰めるように大きく背中を擦る。ミーアは無言で小さく頷くと、ゆっくりとシャアに
身を預けてきた。
 「……」
 肩を抱こうとする手を、思わず躊躇う。これからミーアをたらし込もうとしている自分
の姿が、ふと姿見に映っているのが目に入ってしまったからだ。
 「……すまない」
 シャアは一言断りを入れると、堪らず一旦ベッドを離れて、適当な布で姿見を覆い隠
した。
 それを見たミーアが、クスクスと子供のように笑った。
 「意外と恥ずかしがり屋なんですね。でも、そういうところ、何て言うか……素敵だと
思います。ギャップというか、あなたのような人が? って感じで」
 「そうかな……」
 深くは勘繰らないミーアの優しさに救われる一方、それを逆手にとって利用しようと
していることに対する罪悪感のようなものもあった。
 しかし、シャアはその気持ちを押し殺し、再びミーアの隣に腰掛け、今度はしっかり
と肩を抱き寄せた。ミーアはいつになく積極的なシャアに少し戸惑いながらも、それに
身を委ねた。
1228/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 暫く寄り添っていた。そして、やがてふと時間に目をやったシャアが、徐に口を開い
た。
 「……君に、一つ頼みがあるんだ」
 「あたしに、もう一度ラクス様の真似事をしろとおっしゃるのですね?」
 シャアは驚き、思わずミーアに顔を振り向けた。対し、ミーアはまるでそんなシャアの
反応を知っていたかのように微動だにせず、身体を寄せたまま。
 「クワトロ様がデュランダル議長の代役をやると聞かされた時に、もしかしたらここに
来たのはそのためなんじゃないかって思ってました。――図星、だったみたいですね
?」
 勝ち誇るように言うと、ミーアはころころと笑った。
 女とは本当に怖い生き物だと思った。時々、理屈では説明できないような洞察力の
鋭さを見せることがある。このような、一回り近くも年が離れている少女でさえ、こうな
のだ。
 シャアは、誤魔化すように含み笑いをするのが精一杯だった。
 ミーアが、チラとシャアの顔を見上げた。その、喜色に溢れた目は、あたかもシャア
の動揺を知って楽しんでいるかのようだ。しかし、その色はやがて消え、代わりに打っ
て変わったように神妙な光が宿った。
 「――本当は、怖い。あの時、本物のラクス様が急に現れた時、あたしは全てが終
わったと思いました。みんなを騙し続けたあたしへの批難は、今でも耳に残ってるん
です。どこかに消えてしまいたかった……とても心細かった……あたし、一人で……」
 消えそうな言葉尻に合わせるように、ミーアはシャアにしがみ付く。
 「でも、今こうしてあなたの存在を感じていると、不思議と安心できて、まだ頑張れそ
うな気がしてくるんです」
 「ミーア……」
 「例えあたしを道具として使うためだったとしても、それであなたが手に入るなら、あ
たしはどんなに傷つこうとも構わない。あなたのために、どんなことでもして見せます」
 ミーアの頭の中には、ハマーンに言われた内容が残っている。その意味を、こうして
いることで理解できたような気がした。シャアはきっと、理由が無ければ女性を愛せな
い人なのではないか――ミーアは、ふとそう思えた。
 シャアは、ミーアを見つめ返した。ミーアが全てを理解していたとしても、今自分がや
ろうとしていることは、パプテマス・シロッコがレコア・ロンドに対してやったことと同じな
のではないかという葛藤があった。
 (私は、そこまで落ちぶれたつもりは無い……)
 そうは思いはしたものの、この状況を否定することはできなかった。同じことなのだ。
女の情を利用して、男の野心の糧にする――シャアは、認めるしかなかった。
 「だから、我侭だなんて言わずに、最後まであたしをその気にさせてください……」
 ミーアは目を閉じて、シャアに向かって首を伸ばした。先ほどから気になっていた、
本能を刺激するような香水のにおいが一層強くなったような気がする。
 シャアは腹を決め、軽くミーアの顎を持って角度を調節すると、徐に口を重ねた。
 乾きかけたミーアの唇が、小さく震えている。
 不意にミーアの手が、シャアの目元に伸びる。その、しなやかで細い指がサングラス
のアームに絡まり、口付けを終えて顔を離すシャアの顔面からそれを引き剥がした。
 「――だって、良く見て欲しいから……」
 ミーアはサングラスをサイドボードの上に置くと、そこの調節装置で部屋の灯りを落と
し、枕もとの照明だけを残した。
1239/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 暗がりの中に、一点の灯り。その灯りに照らされて、ベッドの上に身を投げ出したミー
アの姿はよく映えた。メリハリの強いグラマーな肉体を、陰影の強さが余計に引き立て
ている。
 サングラスは、知らぬ間にシャアの理性の象徴になっていたのかもしれない。それを
外された時、明るくなった視界の中のミーアを目にして、シャアは何かが解放されたよ
うな心地になった。仮面の人生を歩んできたシャアにとって、素顔を晒すという行為は
本性を晒すことと同義なのかもしれない。
 シャアは、ゆっくりと仰向けに横たえたミーアの上に跨った。両手をミーアの顔の両
サイドに置き、顔を近づける。
 紅潮したミーアの表情には、大きな不安と微かな期待が入り混じっていた。勇気を振
り絞った瞳は、震えるように潤んでいる。
 「――あまり、無理はするな」
 囁きかけると、ミーアは小さく身動ぎをするように首を横に振った。
 「あなただから、大丈夫です。――それより、“キャスバル”って呼んでいいですか? 
今だけでいいんです。あなたのことを、誰も呼ばない本当の名前で呼ばせてください
……」
 「……君の、好きなように」
 自分でも忘れかけていたような本名を、どうしてミーアが知っていたのかなど、最早
どうでも良いことだった。震えているミーアの前では、そんなのは瑣末なことに過ぎな
いのだから。
 シャアは理性を殺し、今この一時だけだと言い聞かせ、本能に身を委ねた。
 
 日付が変わる一時間ほど前に、シャアはミーアの私室を出て行った。
 ベッドに横たわったまま、乱れた髪を直そうともせずに、ミーアはサイドボードの上に
置かれたままになっているサングラスをぼんやりと眺めながら、初めての痛みの余韻
に浸っていた。
 わざと置いていってくれたのか、それとも単純に忘れていっただけなのか。ミーアは
身体を引き摺り、シーツの中から腕を伸ばしてサングラスを手に取った。
 「痛みは今だけ……でも、これがあれば夢じゃなかったことの証明になってくれる…
…」
 サングラスを掛けてみる。視界に黒いフィルターが掛かる。それは、かつてファッショ
ンや変装で身に付けていたどのサングラスよりも暗く感じた。
 それが、シャアが見ていた世界なのだとミーアは思った。シャアの見る世界は、深い
闇のように限りなく暗い……
 「こんなにも違うものなの……? あの人とあたしの住む世界は……」
 何人たりとも触れることのできない聖域が、シャアの中にはある。それは、自分如き
では決して手の届かないものなのだと、その時ミーアは悟ってしまった。
 だから、ミーアはもの悲しくて、溢れる涙を止めることができなかった。
 
 
 用意された衣装を身に纏い、カツラを被ってカラーコンタクトも入れた。背格好が近く、
元々整った目鼻立ちをしていただけあって、即席の変装にしては驚くほど完成度の高
い仕上がりになった。
 デュランダルの代役としてシャアに与えられた任務は、反射衛星砲の発射に端を発
した一連の事件で低下したザフトの士気を高揚させるための演説だった。最高評議会
が用意したシナリオに沿って話すだけの、簡単な仕事である。
124通常の名無しさんの3倍:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
支援
125通常の名無しさんの3倍:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
126通常の名無しさんの3倍:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
簡単な仕事

で済ませるかな?
127通常の名無しさんの3倍:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
     \ |同|/       ___
     /ヽ>▽<ヽ      /:《 :\
    〔ヨ| ´∀`|〕wktk   (=○===)wktk
     ( づ◎と)     (づ◎と )
     と_)_)┳━┳ (_(_丿
128通常の名無しさんの3倍:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
0===。El
  (・∀・ )
 >┘>┘

0===。El
  (・∀・ )
 >┘>┘
12910/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 壇上に立つ。演台の上には、それとなくカンペが置かれていた。内容は既に頭の中
に入っている。だから、シャアはカンペを手に取ると、余計なものは目に入れたくない
とばかりに適当に丸めてポケットに突っ込んだ。
 マイクの向こうには、数万人とも取れる整列された兵士たちが並ぶ。
 シャアには、恥を晒しているという自覚があった。こうして偉そうに演壇に上がっては
みたものの、所詮は最高評議会の傀儡に過ぎないのだという自虐がある。その自分
が壇上でふんぞり返っている様が、酷く滑稽に感じられて恥ずかしいのである。
 しかし、一方でその自覚が自身のちっぽけな感傷でしかないことも理解していた。
 どこか統率に欠ける兵士たちが象徴しているように、ザフトの士気は有事とは思えな
いほどに低下してしまっている。デュランダルへの不信もあるだろう。だが、その大部
分は、ラクスが大きく影響していることは間違いなかった。そして、それは非常に危う
い立場にある現在のプラントにとって、致命的と言えた。
 (どこまでできるのやら……)
 シャアは内心で自嘲すると、マイクの角度を調節し、それからそれらしく一同を見渡
すと、徐にマイクに向かった語り始めた。
 「……現在、プラントを取り巻く状況は非常に危機的であると言わざるを得ない。反射
衛星砲を撃つというジブリールの愚かな行いによって六基ものコロニーが沈み、二百
万近くにも上る尊い命が犠牲となった。その数は、未だに増え続けている。しかし、こ
の未曾有の危機は、それだけに留まることは無かった。この混乱に乗じて、メサイア
を奪取するという賊までもが現れたのだ。そして、その際に賊にかどわかされ、少なか
らずの離反者までも生み出す結果となってしまった」
 兵士たちの間から、微かなどよめきが起こった。シャアはその意味を理解しつつ進
める。
 「私は、あえて“彼女”のことを賊と呼んだ。ラクス・クライン……メサイアを奪った賊
の首謀者は、自らをそう自称している。その名前が持つ意味は、諸君も良く知っている
ことだろう。勿論、私も良く知っている。彼女は、確かにヤキンを終結に導いた聖女だ。
その彼女の言葉を信じ、付いて行きたくなる気持ちは、分からなくはない。だが、良く
考えてみて欲しい。この国難の時に、傷口に塩を塗るような真似をする人物が、果た
して本当にラクス・クラインであったのかどうかを」
 群衆のどよめきが大きくなる。シャアはそれに目を配りつつ、続けた。
 「彼女は、なぜ文書ではなく、自らの声で声明を出さなかったのだろうか。もし、彼女
が本物だったとすれば、自らが直接話した方がより効果的であったはずだ。ならば、
何故か? ――その答えは、現実を直視することで自ずと見えてくる。断言しよう。今
ここにいる諸君らの判断は正しかった。何故なら、本物のラクス・クラインは依然とし
てここにいるのだから!」
 シャアが紹介すると、ラクス=ミーアが壇上に姿を現した。
 どよめきが一段と大きくなった。その中を、ミーアは泰然自若とした態度で歩き、シャ
アと目配せを交わすと、代わってマイクの前に立った。
 一同が固唾を呑んで、ミーアの第一声を待った。
 「……皆様、ラクス・クラインです」
 バイオリンを奏でたような、優しくも力強い透き通った声がアプリリウスの空に響き渡
る。その途端、聴衆の耳はミーアの声に吸い込まれるようにして惹き付けられた。
 「まず、この度の騒動に関して、わたくしの至らなさが無用な混乱を招いてしまったこ
とを、深くお詫び申し上げます」
 一歩下がり、深々と頭を下げる。そして姿勢を戻すと、再びマイクに向かった。
13011/11 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 「皆様の中では、まだわたくしを疑っておいでの方が殆どであるかと存じます。しかし、
それは正しいものの見方です。何故なら、わたくしが何人いようとも、本当に大事なの
は、地球圏の安寧を願う心なのですから。ですから、その意味においては、もう一人
のわたくしが先日オーブで語ったこともまた、正しいと言えます。――しかし、残念な
ことに、その彼女が行ったメサイアの奪取までは肯定することはできません。ロゴス
が倒れ、これからプラントと地球が歩み寄ろうとしていた中でのこの暴挙は、いたずら
に地球の方々の不信を煽る結果となってしまいました。メサイアが地球へ向けて動き
出したことで、地球連合はプラントの自作自演による謀略の可能性を疑い、警戒感を
強めています。そして、連合軍も誤解からわたくしたちへの牽制とも取れる布陣を展
開しています。――何故でしょう? 多くの人々の犠牲の上に、ようやく成り立とうとし
ている平和を前にしながら、彼女たちはそれを踏みにじろうとしているかのように見受
けられます。どんな思いが彼女たちを突き動かしているのかは、分かりません。もしか
したら、それはわたくしたちでは分かってあげられない痛みなのかもしれません。です
が、彼女たちの行いは、これまで平和に尽力してきた全ての人々の努力を水泡に帰
す愚挙です。どんな理由であれ、それだけは許してはなりません。皆様、彼女たちを
止めましょう。そして、すぐそこに近づいているはずの平和を、今度こそ実現させるの
です。わたくしも、皆様と同じ平和を願う一人の人間として、共に戦わせていただきた
く存じます」
 ミーアはお辞儀をし、言葉を締めた。
 場内は水を打ったように静まり返っていた。だが、やがてぱらぱらと手を叩く音が聞
こえてくると、それは次第に連鎖していき、瞬く間に万雷の拍手へと変わった。――方
々に散っていたミネルバのクルーが、サクラをやってくれた効果でもあった。
 歓声までが起こる中、シャアは再びマイクの前に立ち、言葉を引き継いだ。
 「諸君には分かるはずだ。ラクス・クラインは、決して諸君を裏切ったりなどはしてい
ない。今メサイアを奪って逃亡している人物こそが偽者なのだ。――見よ! 本物の
彼女は偽者の暴挙に心を痛め、深く悲しんでおられる!」
 シャアが言うと、それに促されるようにミーアは顔を俯け、沈痛な表情を浮かべた。
 聴衆の歓声や拍手は、そんなミーアを励ますようにますます大きくなった。ミーアが
目尻の涙を拭う小芝居をして微笑むと、それを写していたカメラの映像が大型のスク
リーンに映し出されて、更なる快哉を呼んだ。最早、ミーアを偽者と疑う者はいないよ
うだった。
 ラクスの影響力がどれだけ大きいかが良く分かる、割れんばかりの歓声だった。シ
ャアは、それを更に煽るように、歓声に自分の声を重ねた。
 「そして、その偽者の言葉にかどわかされてプラントを離れた者がいる! 彼らは、
言わば被害者なのだ! ならば、その彼らの目を、我々は覚まさせてやらねばならな
い! ――諸君、先に述べたように、プラントは今、非常に苦しい時にある! しかし、
ラクス嬢がおっしゃられたように、平和はすぐそこまで来ているのだ! 地球圏の明日
のため、平和を信じて散っていった者たちのため――諸君! 諸君よ! いま少し、諸
君に死力を尽くして貰いたい! そして、平和を邪魔立てする不穏分子を排除し、数多
の人々が願う平和を我々の手で掴み取るのだ! 私は、プラントの代表として諸君ら
と共に戦い、期待するものである!」
 熱弁に呼応するように、兵士たちが鬨の声を上げた。
 兵士たちの士気は上がっている。シャアはそれを認めると、身を翻して壇上を後にし
た。

続く
131 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
支援ありがとうございました!

ですが、油断してたら久しぶりにさるに引っ掛かっちまいました
待たせてしまった方、申し訳ないです
てか、さる規制はまだ残ってたんだ……

そんなわけで第三十話は以上です
次回より最終局面に入っていきます
残り数話ですが、最後までお付き合いいただけたら幸いです

それではまた次回
132通常の名無しさんの3倍:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:???
投下おつん
てっきりアドリブでダカール演説のようなアレンジしまくるかと思ったがなかったか
133通常の名無しさんの3倍:2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN ID:???
GJ!!
134 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
今回もさる規制に引っかかる可能性があるので
途中で止まってるのを見かけた方はそのままお待ちください

それでは第三十一話「思惟交錯」です↓
1351/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 C.E70、二月十四日。セントバレンタインのこの日、一発のミサイルが始まりの鐘の音
を告げた。地球連合軍の放った核弾頭が、プラントの農業生産用コロニーであるユニ
ウスセブンへと撃ち込まれたのである。
 二十万人以上のコーディネイターが犠牲になったというその事件は、後に“血のバレ
ンタイン事件”と称され、ナチュラルとコーディネイターの対立の決定機となった。そし
て、その遺恨がヤキン・ドゥーエ戦役で最後まで強硬姿勢を貫いたパトリック・ザラの、
強い動機になったとも言われていた。
 それから四年を経た現在。当時のパトリックの怨念は、その志を継ぐものに委ねら
れ、世界の影で消えることなく燻り続けていた。
 
 ――この日、メサイアは数度に渡る連合軍の妨害を切り抜け、ユニウスセブン空域
へと到達した。地球の安定軌道上に乗せられたユニウスセブンは、百年周期というス
パンで安定しながら地球を周回し続けていた。
 ユニウスセブンという墓標は、サトーたちにとっては忌むべき場所であり、また、悼む
べき場所でもあった。そこは、悲しみと怨嗟の念の始まりの場所だった。
 
 
 サトーは、テレビ画面の中で熱弁するデュランダルの姿が信じられなかった。プラン
トに潜入させていた暗殺部隊から、デュランダルの襲撃に成功したとの報告を受けて
いたからだ。
 中継は既に終わっていて、画面は報道特番へと切り替わっていた。アナウンサーや
コメンテーターが口々に解説や分析を述べているが、その大半はラクス関連が殆どで
あり、デュランダルへの襲撃や負傷に関しては全く触れられていなかった。
 影武者の噂は聞いていた。しかし、その正体がクワトロ・バジーナという金髪の男で
あるという情報を、サトーは掴んでいた。
 そのクワトロ・バジーナが変装しているとも考えた。が、それは違うような気がしてい
る。情報によればクワトロ・バジーナは一介のパイロットに過ぎず、その一介のパイロ
ットが、いきなり大観衆の前に立ってあのように堂々と演説できるとは、到底思えなか
ったのだ。
 (ならば、イミテーションを掴まされたということか……)
 デュランダルに出し抜かれたという焦りを感じた。掌の上で踊らされているような気が
したのだ。デュランダルは自分たちの存在をとうに察知していて、邪魔な本物のラクス
共々、強かに不穏分子を一網打尽にしようとしているのではないかと思えてきた。
 (ザフトは間に合うな……)
 それがサトーの実感である。
 ザフトは追討を急ぐ構えを見せている。しかし、それは考えようによっては好都合か
もしれないと思った。どうせ、連合はプラントを信用したりはしない。それならば、やりよ
うはある。
 メサイアには、方々を駆けずり回って調達した資源小惑星移送用のフレアモーター
が積まれていた。サトーはそれを使ってユニウスセブンを地球に落とすつもりでいた。
 (ユニウスが落ちるまでの時間を稼げれば良いのだ……)
 サトーはチラとラクスの様子を盗み見た。
 テレビ画面では、話題となっている偽ラクスの演説の様子がリプレイで流されていた。
椅子から立ち上がったラクスは、その模様を食い入るように見つめていた。
 (この女、よほど偽者の存在が気に食わんと見える……)
 サトーには、そのように見える。これはチャンスと思った。
 「……プラントの市民どもは、すっかり偽者が本物だと信じている」
 サトーは探りを入れるように話し始めた。ラクスが反応して、顔を振り向ける。
136通常の名無しさんの3倍:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
sienn
1372/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 「所詮、真贋などどうでもいいのだ。ただ、ラクス・クラインという偶像が味方にいてく
れると信じられれば、それで満足し、甘受できてしまう」
 そのブルーの瞳が、「何をおっしゃりたいのです?」と無言のラクスを代弁している。
 「――裏切られた気分はどうだ?」
 聞くと、ラクスはまたテレビ画面に目を戻した。癇に障ったのだろう。偽者を見る目が、
一段と鋭利になったように見えた。
 サトーは、フッと満足げに笑った。
 「平和だ何だと叫びながら、そのためには一個人の不幸など無視される世の中だ。
それは二年前にヤキンを終結に導き、世界に平和をもたらしたお前とて例外ではない。
今はそういう世の中なのだ。そんな世の中は、歪んでいるとは思わんか?」
 「その歪みとユニウスを落とすことに、どんな関係があるのです?」
 ラクスはサトーに問いながらも、目はテレビの画面に吸い付いたままだった。その表
情はますます険しくなっているように感じる。
 「血のバレンタインは歴史に残る事件であろうが、その痛みはコーディネイターしか
知らん」
 「エイプリルフールクライシスという報復があったではありませんか」
 「そうだろうがな――」
 サトーはラクスが自らエイプリルフールクライシスの話題を持ち出したことを意外に
思った。
 「あれはお前の父親であるシーゲル・クラインの決定ではなかったか?」
 「……父は当時、議長職に就いておりましたから」
 苦し紛れに返すラクスを、サトーは内心で笑う。
 (大人びて見えても、所詮は小娘。感情的になって墓穴を掘るようでは……)
 ラクスには付け入る隙がある。イニシアチブを握ったと確信したサトーは、「しかし」と
続けて畳み掛けた。
 「ユニウス条約を結んでおきながら、人類は再び戦争を始めた。ナチュラルの中に
は、潜在的にコーディネイターを根絶やしにしたいという欲求があるのだ」
 「そんなことはありません。そういう方は、ロゴスやブルーコスモスなどの一握りの方
のみです」
 「そうかな? では、何故そのロゴスやブルーコスモスが幅を利かせるようになった
のだ? 何故、ブルーコスモスは蘇ったのだ? ――気付いているのだろう? ナチュ
ラルがコーディネイターの血を欲する習性を持っているからだ」
 「……」
 ラクスは黙した。サトーは満足げに口角を上げると、ユニウスセブンを映すスクリー
ンに目を向けた。
 「ユニウスを地球に落とすのは、血のバレンタインの痛みをナチュラルに与えるため
だ。そうやって血のバレンタインの痛みを思い知らせることで、ナチュラルのDNAから
コーディネイターを滅ぼしたいという欲求を浄化する」
 「それはあなたの都合のいい解釈でしかありません。それでは新たな憎しみと戦乱
を生むだけです」
 「優等生だな。コーディネイターとナチュラルの間に信頼などという言葉は無いし、こ
れから先、生まれることもない。となれば、恐怖を植えつけて心を挫くしかなかろうが」
 ラクスの目には不信感が宿っている。見かけによらず、気の強い娘だと思った。
 「コーディネイターとナチュラルの関係がここまで拗れてしまったとなれば、もうこの
ような方法を用いるしかない。過激なことをやっているように見えるだろうが、我々も我
々なりに戦争の無い平和な世の中を目指しているつもりなのだ。復讐だけではないと
いうことも、分かってもらいたいものだな、ラクス・クライン?」
 懐柔しているようなサトーの口調に、ラクスは露骨に眉を顰めた。
138通常の名無しさんの3倍:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
しえん
1393/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 「しかし、虐殺であることには違いありません。それは、許されぬ行為です」
 「だが、ジェネシスを使えば、ユニウスが落ちる前に弾き出すことも可能だ」
 そのサトーの不意な切り返しに、ラクスの目の色が変わった。
 「何をおっしゃって……いえ、それは本当なのですか?」
 釣竿に、アタリの感触。サトーはにやけてしまいそうな口元を必死に堪えた。
 「嘘ではない。我々が、ただ自衛のためだけにメサイアを手に入れたとでも思ってい
るのか?」
 食いついたラクスを、単細胞とは哀れなものだな、と心中で嘲笑いながら、サトーは
ラクスの周囲に円を描くように徐に歩き始めた。
 「復讐を遂げたい気持ちは強い。だが、血のバレンタインを許せない我々も、本音で
は、果たして本当にこの様な手段が正しいのかどうかという葛藤があるのだ……あの
美しい母なる地球を深く傷つけてしまうわけだからな」
 語り歩くサトーを、ラクスの目が訝しげに追う。サトーは、いちいちその視線の相手を
しない。
 「ナチュラルが憎い。ナチュラルが許せない。ナチュラルに我らの怒りをぶつけたい」
 「それを思い止まらせるためには――」
 「ラクス・クライン、お前の協力が必要となる」
 ラクスの背後でサトーは足を止めた。
 「お前には、その力がある。我らの怒りを代弁し、ナチュラルを目覚めさせてくれるだ
けの力が」
 「……本気でおっしゃっているのですか?」
 「もしそれが叶うのなら、ユニウスは脅しに変えてしまっても構わんと思っている」
 それは、ネオ・ジェネシスでユニウスセブンを弾き飛ばしても良いという宣言だ。
 「お前の力とユニウスの脅しで、ナチュラルに思い知らせる。それができるのなら、後
は如何様になろうとも覚悟はできている」
 「わたくしにも、その覚悟をせよと?」
 「ザフトが我々の作戦の妨害に出てくることは、あの茶番を見ていれば分かるだろう。
今のプラントは血のバレンタインの痛みを忘れた腑抜けどもばかりだ。だから、一度は
お前が本物のラクス・クラインだと証明して見せても、すぐに忘れてとっつき易い偽者
に縋りつく。――歪んでいるのだ、何もかも、この世の中は」
 「わたくしに、その歪みを正せと?」
 ラクスは振り返り、サトーに向き直った。
 「そうだ」
 サトーが答える。
 「お前には、その力と義務がある」
 ラクスは目を閉じ、暫時、黙して思考に耽っていた。そして、秒針が何週かした頃、ラ
クスは徐に目蓋を上げて口を開いた。
 「……その言葉、信じてみることにします」
 「我らと共に戦ってくれるか?」
 サトーが確認すると、「そうです」とラクスは答えた。
 「ユニウスを地球に落とすわけには参りません。わたくしが協力することでそれが回
避できるというのなら、わたくしはあなた方と共に戦うことを約束いたしましょう」
 ラクスはそう言いながら、また目をテレビ画面へと向けた。ミーアのリプレイが繰り返
されていたのだ。サトーはその現金な反応を、ラクスのミーアに対する強い対抗心の
現われだと感じた。
 「そして、偽りがこのようにしてまかり通るということは、あなたのおっしゃるとおり、ど
こか世が歪んでいる証拠なのでしょう。そうであるならば、その歪みは正さねばなりま
せん」
1404/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 サトーはラクスの声の調子を聞き比べながら、後者の理由の方が動機としては強い
のだろうと感じた。自分の存在を無視して偽者ではしゃぐプラント国民に、失望したの
だろう。
 (ジェラシーだな……)
 聖女のように崇められているラクス・クラインも、一皮剥けば俗人の顔が覗く。サトー
は、そういうラクスを少しは好きになれそうな気がした。人間的なジェラシーには好感
が持てるし、何よりもそういう感情は利用し易い。
 「ザラもクラインも関係ありません。世界が誤った方向に向かおうとしているのなら、
それを見過ごすわけには参りません」
 それが詭弁であるということは、察していた。しかし、サトーは表面上はあえてその言
葉を鵜呑みにして見せた。内心では、腹を抱えて笑いたい衝動を抑えながら。
 「よろしい。それでは、貴方には改めて我々の旗頭となっていただく」
 サトーはラクスに向かって見せ掛けの敬礼をした。
 
 ユニウスセブンへのフレアモーターの取り付けは、急ピッチで進められていった。そ
して、その作業は連合軍の本隊やザフトの追討部隊が到着する前に完了した。
 
 
 容積に余裕のあるアークエンジェルの格納庫も、今は少し窮屈に感じられた。合流
を果たしたアスランたちのモビルスーツが四機、新たに加えられたからだ。
 そのアスラン達からもたらされた情報を、カミーユも伝え聞いていた。アークエンジェ
ルは現在、ユニウスセブン空域へと急行している状況である。
 オーブ本国のユウナからの指示は、ラクスには関わるなというものだった。ザフトの
オペレーション・フューリーの際にラクスの助力を得ていたオーブは、ジブリールの逃
亡の件に今回のラクス派内のクーデターが追い打ちを掛けて、非常に不味い位置に
立たされていた。ユウナはそれを嫌忌し、ラクスを無視することでオーブの保身を優先
したがっていたのだ。
 しかし、カガリはその指示を突っぱねて、ラクス救出作戦を強行することを決断した。
ラクスを人質に取られているのなら、それを解決することでプラントや地球の誤解を解
くべきだと主張したのである。それに、ラクスの身の安全と引き換えに引き抜かれてい
ったキラであるが、何やら思惑があるらしいと聞けば、カガリが作戦の成功に自信を深
めるのは当然の帰結だった。
 「……一応、覚悟はして置いてくれ」
 ネオがカミーユにそう促したのは、デュランダルによるラクス追討宣言の放送が終わ
ってからのことだ。
 カミーユはその放送を観ていて、一つだけ確信を持ったことがあった。それは、演壇
に登って聴衆を煽るデュランダルがシャアの変装だったということである。その語り口
や仕草から、カミーユは直感的にシャアの雰囲気を嗅ぎ分けていた。
 ネオの言葉は、そのカミーユの発言を受けてのものだった。予てからカミーユの直
感力の高さを知っていたネオは、そのカミーユの言葉を信じ、再びミネルバと――シャ
アと敵対する可能性をにおわせたのである。
 あのシャアの演説の後では、流石にザフトと協調しようという論調は立たなかった。
アークエンジェルのクルーは、その殆どがラクスと面識、ないし親交がある面子で構
成されているからだ。偽者を本物のように見せて擁立し、本物のラクスを打倒しようと
しているように見えるプラントに賛同しようという雰囲気は、皆無だった。それは、ファン
トムペイン時代から通じて、コズミック・イラにおけるカミーユの理解者であったネオも
同様だった。
 「また、大尉と一戦交えるのか……」
1415/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 Ζガンダムのコックピットの中、カミーユは呟いて嘆息した。
 しかし、かく言うカミーユにも、不満のようなものはあった。シャアには、ラクスのこと
について話してある。何とか穏便に事を済ませるように掛け合ってくれないかと頼んで
いたのだが、却下されたのならともかく、シャアが率先してプラントを煽る姿には疑問
を感じた。
 シャアがデュランダルを演じなければならない背景に、何かがあることは察していた。
しかし、シャアほどの人物が、ラクスの背後の黒幕の存在を考えないものだろうか。プ
ラントの情報を持たないカミーユには、シャアの姿勢が随分と短絡的に見えたのだ。
 「コズミック・イラって、巡り合わせが悪い世界なんだな……」
 カミーユはコンソールパネルを弄りながら、そんな事をぼやいていた。
 搭載モビルスーツが増えたアークエンジェルでは、メカニックの人手が不足していた。
その上、ネオがアカツキに乗り換えるに当たってステラがストライク・ルージュに乗る
ことが決まり、その二体の調整と慣熟に人員が割かれている状況で、カミーユはほぼ
一人でΖガンダムの調整と整備を行っていた。
 カガリが訪れてきたのは、その作業がようやく終わろうかという頃だ。
 カガリはモビルスーツデッキに降りてくると、キョロキョロと辺りを見回しながら真っ直
ぐにカミーユのところへとやって来た。カバーの取り付けをしていたカミーユは、カガリ
が中に入って来るまでそのことに気付けなかった。
 「カミーユ」
 カガリはコックピットに入って来るなり、浮いているドライバーやペンチ、スパナなどの
工具を押し分けてカミーユを呼んだ。カミーユがその声に気付いて顔を上げると、カガ
リはひょいとコンソールパネルを覗き込み、「ハッチを閉めるにはどうしたらいいんだ?」
とぶしつけに聞いてきた。
 「ハッチ?」
 カミーユは怪訝に思いながらも、カガリの言うとおりにした。ハッチが閉じると、一瞬
中が暗くなったが、すぐに灯りがついて白い壁面が浮かび上がった。
 「ちょっといいか?」
 「どうしたんです?」
 カミーユは問い返しながらも、ふと密室空間であることに気付いて、咄嗟にスクリー
ンの表示をオンにした。カメラが起動して、全天スクリーンに現在のモビルスーツデッ
キの慌しい様子が映し出される。女性と密室で二人きり。気休めかもしれないが、他
人の目を感じられる方が安心できると思えたのだ。
 だが、カガリはそんなカミーユの気も知らず、「実は頼みたいことがあるんだが」とま
るで気にしていない様子で話を続けた。
 「頼み、ですか?」
 カミーユが返すも、カガリは少し言葉に迷っている様子だった。
 「……アスランのことなんだ」
 カガリはようやくといった感じで、そう口に出した。
 「お前に、アスランを見張ってもらいたい」
 「見張る……?」
 “見張る”という単語に不穏な空気を感じ、思わず眉を顰める。
 ラクス派のクーデターが、パトリック・ザラの信奉者によるものだという話は聞いてい
た。アスランは、そのパトリックの嫡男である。
 カミーユは、咄嗟に「やっぱり、怪しいんですか?」と聞いていた。
 「バカ! そういうことじゃない!」
 声を荒げて軽い癇癪を起こすカガリを見て、カミーユはどうやら当てが外れたようだ
と感じた。
 「じゃあ、どういうんです?」
142通常の名無しさんの3倍:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
支援
1436/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 しかめっ面で身を乗り出してくるカガリに目をそばめながら、カミーユは改めて聞い
た。
 「ラクスを人質に取っているのが、アスランの父親を信奉している連中だって話は聞
いたろ?」
 「知ってますよ」
 だから怪しいのかと聞いたんだ、というニュアンスでカミーユが言うと、落ち着きを取
り戻したカガリは乗り出していた身を戻して、コックピットの内壁に背中を預けた。
 「アイツ、表には出してなかったけど、そのことを相当気にしてるはずなんだ……」
 「“はず”って……」
 確信を持てない表現に、カミーユは難色を示す。
 「思い詰め過ぎる奴なんだ。今回の事件が父親の怨念絡みだって分かったから、き
っとまた無茶なことをしようとすると思う」
 「また?」
 「前科があるんだ」
 そう言って、カガリは第二次ヤキン・ドゥーエ戦役でのことを話してくれた。地球に照
準を合わされた巨大ガンマ線レーザー砲のジェネシスを止めるため、ジャスティスの
核分裂炉を暴走させて諸共に自爆しようとしたことである。
 「だから、アスランがまた自分の命を粗末にするようなことが無いように、お前に見張
っておいて欲しいんだ」
 「そういうことは本人に言ってくださいよ」――とカミーユは言おうとしたが、止めた。
思い詰めた表情をするカガリを見ていると、それを口にするのは憚られたからだ。
 カガリはアスランのことを理解していながら、信用はしていないように感じられた。直
接本人に言わないのは、言っても無駄だと諦めているからだろう。だから、第三者であ
るカミーユに監視を頼みに来た。
 そういう洞察ができてしまう自分を、カミーユは恨めしく思った。内情を理解してしま
ったら、もうカガリの頼みを断わることはできない。損な性分なんだよな、とカミーユは
自嘲した。
 「……分かりました」
 「カミーユ! 本当か!?」
 顔を華やがせて念を押すカガリに、「二言はありません」とカミーユは応じる。
 「ただ、ミネルバのこともありますから、二の次ということになりますけど――」
 「ああ、分かってる! それでいい、気にしてくれるだけでいいんだ!」
 カガリは手を差し出し、「ありがとうな、恩に着るよ!」と言って握手を求めた。カミー
ユがそれに応じると、カガリは両手でカミーユの右手を握って、最大の敬意を示した。
 歯を見せて笑うカガリは、金色の髪と相まって、まるで向日葵のようだと思った。
 だが、その時だ。
 「そんなの、ダメっ!」
 スピーカーから音割れを起こすほどの金切り声が突然響いたかと思うと、右手側の
スクリーンに凄まじい剣幕のステラが表示された。ストライクルージュからの通信で、
どうやらカミーユとカガリのやり取りを傍受していたらしい。
 「ステラ……?」
 カミーユは耳鳴りがする耳を手で押さえながらステラを見やった。
 「聞いてたのか?」
 「カミーユ、そんな命令聞く必要ない!」
 カミーユは音声のボリュームを絞りながら、「そんなこと言ったって……」とカガリに
チラチラと伺いを立てるように目を配った。が、どうにも当てになりそうにない。
 「……何でそんなことを言うんだ?」
1447/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 仕方無しに問うも、ステラは言いよどみながら「とにかくダメっ!」と意固地になるば
かりで、具体的な理由を述べようとはしない。
 「あのな、ステラ? 代表は僕の雇用主で、その代表に頼まれたことなんだから」
 そう言って理解を求めるも、ステラは頑なにカミーユの言葉を受け入れようとしない。
 ステラの剣幕は、カミーユが了承を撤回するまで収まりそうになかった。これはどう
したものかとカミーユとカガリが苦慮していると、「こういうことなんじゃねーの?」と口
を挟む声が聞こえてきた。
 「アウル?」
 左手側を見ると、いつの間にか窓が新たに二つ表示されていて、そこにアウルとステ
ィングの顔があった。ステラのように、それぞれアビス、カオスからの通信で、同様に
傍受されていたようだ。
 「へへっ! 壁に耳あり障子に目あり、モビルスーツのコックピットには両方ありって
な」
 「嫌な格言だな……」
 スティングは得意気に笑ったが、野次馬根性が透けて見えてカミーユは面白くない。
出歯亀をされるというのは、気分がよろしくないものだ。
 「……で、どういうことなんだ?」
 カミーユが不機嫌そうに聞くと、アウルがそれを茶化すように「ははっ」と笑った。しか
し、すぐに神妙な面持ちになると、「おいアンタ」と乱暴にカガリを呼んだ。
 「カミーユはただの護衛だろ? 何でアンタの男の面倒まで見なきゃなんねーんだよ
?」
 アウルから、微かな憤りが感じられる。カミーユにはそれが意外だった。反りの合わ
ないはずのアウルが、自分の為に憤っている。それは、変な感じだった。
 「“男”って……」
 カガリは眉を顰めながらも、文脈からアウルの言う"男"の意味を理解していた。
 「つまりよ――」
 戸惑うカガリが、要領を得ていないように見えたのだろう。スティングが捕捉しようとア
ウルの言葉を継ぐ。
 「カミーユがそこまでやる義務はねえし、やらせる権利もねえんじゃねえかってことだ。
――何か他に見返りでもありゃあ、話は別かも知れねえがな」
 スティングも、カガリのカミーユへの頼み事が気に食わない様子だ。
 カガリに反論の言葉は無かった。しかし、三人の擁護は嬉しかったが、カミーユは責
められるカガリが少し気の毒だとも思った。カガリの切実な思いも、カミーユは理解し
ているからだ。
 だが、それとは別に違和感がある。それは、ステラのことだ。
 「……ステラが言いたいのは、そういうことなのか?」
 カミーユは徐にステラを見やって、抗議の理由がアウルやスティングと同じかどうか
を確認した。
 「えっ? あっ……うん、そう」
 歯切れの悪い返事が、如実に物語っている。――違うのだ。
 しかし、カミーユは訝りながらもそれ以上を追及したりはしなかった。情けを掛けたの
ではない。何とはなしに、ステラ自身にも、その本当の答えは見えていないような気が
したのだ。
 「そうか……」
 「おい、カミーユ」
 アウルが呼ぶ。顔を振り向けると、「変な気、起こすんじゃねーぞ」と釘を刺してアウ
ルは通信を切ってしまった。
145通常の名無しさんの3倍:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
支援する!
1468/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 傍観していたカガリが、フッと小さく含み笑いをする。
 「カミーユ、お前、意外と仲間から慕われてるんだな?」
 「“意外”は余計ですよ」
 カミーユは少し照れ臭く感じて、カガリの言葉に軽くはにかんだ。
 「――すまなかったな」
 カガリは一言詫びて、改めて切り出した。
 「ここでの話は忘れてくれ。確かに、お前は私の便利屋じゃない。私の頼みは、勝手
に過ぎたと思う」
 「代表……」
 「あれから二年経ってるんだ。アスランも、流石に少しは賢くなってるはずさ。だから、
今回は信じてみるよ」
 カガリはそう言って微笑んだが、それは強がりに感じられた。
 カガリはカミーユの脇に移動して、コンソールパネルを指でなぞった。どうやらハッチ
の開閉スイッチを探しているらしい。察したカミーユは、「これです」と言ってスイッチを
押し、ハッチを開けた。
 「どうも勝手が違ってな」
 カガリは苦笑しつつ、ステラの方に目をやった。
 「お前――ステラだっけ? 安心しろ、カミーユへの命令は撤回したからな」
 カガリが宥めるように言うと、ステラは「う、うん」と戸惑い気味に返事をして、逃げる
ように通信回線を切ってしまった。「可愛い奴じゃないか」とカガリが笑う。
 スティングからの通信回線も、いつの間にか切れている。
 「邪魔したな、忙しい時に」
 「いえ……」
 カガリは詫びると、コックピットを出ていった。カミーユはそれを追いかけてハッチの
ところまで出て、その後姿を見送った。
 ふと、カミーユはジャスティスからその姿を見上げているアスランの存在に気付いた。
アスランは暫くカガリが無重力を泳いでいる姿を見つめていたが、はたとカミーユの視
線に気付くと、隠れるようにしてジャスティスのコックピットに潜り込んでしまった。
 互いに思い合いながらも、気持ちを確かめたり成長を認めたりする作業が不足して
いる――カミーユの目には、カガリとアスランの関係がそのように見えた。
 「チェッ! 信じるったって、何を信じるってんだ……全く!」
 苛立たしげにぼやいたのは、二人の関係に当てられて、ふとファ・ユイリィが恋しくな
ったからだった。
 
 
 ユニウスセブンが周回コースを外れたという情報が飛び込んできたのは、ラクス派
の追討艦隊の編成がようやく終わって、プラントを出撃する間際になってからだった。
 ザフトは即座に付近に展開している部隊から斥候を出させ、ユニウスセブンのコー
スを算出させた。その結果、ユニウスセブンが地球への落下コースを辿る可能性が
高いとの予測が出て、ザフトは追討艦隊の編成を少し変更する必要に迫られていた。
 「メテオブレイカー?」
 タリアからその名称を聞かされて、シャアは鸚鵡返しをして詳細を訊ねた。
 「その名の通り、隕石を砕く機械よ。要は巨大な打ち込み式のドリルなんだけど、そ
ういう原始的な機械の方が、こういう時はうってつけなのよね」
 タリアはそう説明すると、気を利かせて正面の大型スクリーンにデータを表示させた。
 先端にドリルが付いた、巨大な杭のような機械である。比較として一般的なサイズの
モビルスーツのフレームモデルも表示されていたが、それと比べてもかなり巨大だっ
た。
147通常の名無しさんの3倍:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
ええい、支援だ!
1489/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 「これを複数のモビルスーツで運用して、ユニウスを砕くというのが作戦よ」
 「国防本部はジュール隊に別働の艦隊を組ませて、これをやらせると言うのでしょう
?」
 メテオブレイカーの使用は、出撃準備が整った後に緊急で決定されたことだった。シ
ャアは、慌しく編成プランの変更が行われている中で、その話を小耳に挟んでいた。
 タリアは確認するシャアの問い掛けに、肘掛けのパネルを軽妙に叩きながら「そうよ」
と答えた。
 「だけど、別働艦隊とメテオブレイカーの準備にはまだ少し時間が掛かるから、私た
ちが先行して進発するのよ」
 「連合への牽制とテロリストへの陽動のためですか」
 「ジュール隊が滞りなくユニウスに接触できるように、私たちが彼らの進入をアシスト
する必要があるわ」
 タリアはそう言ってメインスクリーンの表示を変え、地球周辺の宙域図を出した。
 「まだ確定ではないけれど、解析班の情報から割り出した落着点と目されているの
が……」
 シミュレーターが起動してユニウスセブンの落下軌道を描き、地球上の落着地点に
ペケ印を付けた。
 「北アメリカ大陸、大西洋連邦国首都ワシントンDC――これだけで、何となく首謀者
たちの思惑が見えてくるというものね」
 タリアは、ユニウスセブンとその落着予測地点から、自ずと“血のバレンタイン事件”
を連想していた。
 シャアも、タリアの仄めかすような口調に、そのことを何とはなしに察していた。
 「しかし、あのサイズの隕石が丸ごと落ちれば、被害は北アメリカだけに留まりませ
ん」
 「ええ、地球は寒冷化されて人が住めなくなるでしょうね……」
 地球には、推定十キロメートルの隕石が落ちた形跡が残されている。考古学者の間
では、恐竜が絶滅した主因にその巨大隕石の落下を挙げる説が根強く支持を集めて
いた。
 その巨大隕石に匹敵するサイズのユニウスセブンが落ちるとなれば、もたらされる
結果は容易に想像できる。氷河期の再到来である。
 地球を傷つける行為に、シャアは少なからずの憤りを感じた。散々地球に依存して
きた人類が、更に環境を悪化させるような愚挙を犯すことが、道義心的に許し難かっ
たのだ。
 しかし、一方で人類がこのまま地球に居座り続けるリスクも想像していた。地球は過
去に恐竜が絶滅するような気候変動が起こったが、そこに息づく植物や生物は、完全
には死滅しなかった。厳しい氷河期を乗り越え、少しずつ進化を続け、やがて人類が
誕生した。その人類が地球を蝕み続けるのであれば、地球をもう一度人が住めなくな
るような氷河期に戻して、人類がより良い生物に育つまで休ませた方がいいのではな
いかと考えた。地球は、そこから蘇るタフな生命力を持った星なのだから。
 地球に住んで地球を消費するという行為が、人類のエゴを増長する温床になってい
るのではないかとシャアは思う。それは地球連邦政府の腐敗を、ジオン公国軍の兵士
として外から、そしてエゥーゴの構成員として内から見てきたシャアの、率直な感想だ
った。
 
 巨大空母ゴンドワナを旗艦とした先遣艦隊の出撃準備が整った。艦隊総司令の号令
が下ると、ミネルバの進発を皮切りに先遣艦隊は編隊を組み、一路ユニウスセブン空
域へと足を速めた。
 
14910/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 ユニウスセブンが地球に向かって動き始めたことで、連合軍の動きも本格化してい
た。連合軍は月面アルザッヘル基地より第五、第八機動艦隊を出撃させ、ラクス派に
よるユニウスセブン落下作戦の阻止に動いていた。
 それに合わせてプラントは連合側に事情を伝え、共闘を打診していた。しかし、それ
に対する明確な返答は得られておらず、両者の緊張関係は依然と続いたままだった。
コーディネイター脅威論が再燃した影響で、未だにプラントとラクス派の共謀の嫌疑
を晴らせないでいたからである。
 しかしレイは、それを自分たちが気にする必要はないと言った。本当に打倒すべき敵
はメサイアに居る。だから、自分たちはその戦いに集中すべきだと主張した。シンも勿
論、その意見には賛成だった。
 今、パソコンの画面でレイと見ているのは、ラクス派によってメサイアが襲撃された
時の戦闘記録映像である。カメラのブレが酷く、画質も安定しないが、ミーティアによ
る脅威だけは鮮明に伝わってくる映像だ。
 ミーティアは全長が百メートル近くにも及ぶモビルスーツの追加兵装で、それ自体
が巨大な弾薬庫と言っても差支えが無かった。二本のウェポンアームの先端部分か
ら放たれるビームは戦艦の主砲並みの威力を誇り、併設された大型ビームソードの
発生器から伸びたビーム刃は、三百メートル級の戦艦のスラスター部分を一刀のも
とに切り裂くことも出来る。両側端に一門ずつ配されている速射性のビームは正確に
モビルスーツを無力化し、本体やアームの根元の部分、それにテールスタビライザー
に設置された発射管から放たれるハリネズミのような弾幕のミサイルは、一切の敵を
寄せ付けない。
 そして、ミーティアは更に大型のブースターによって広大な行動範囲を持っていた。
ザフトの一部を取り込んだとはいえ、ラクス派の戦力は決して多くはない。だが、戦略
級のミーティアを二つ持つことで、戦力差を覆すほどのポテンシャルを秘めている。
 「奴らは、これでメサイアというメインベースを手に入れたんだ」
 レイはそう言いながらマウスをクリックし、メサイアのデータを別窓で表示させた。
 上下に棘が生えたような岩の要塞には、それを取り囲む三つのバリアリングがある。
そして、本体の中央から少し横にずれた位置に、パラボラアンテナのような巨大な砲
門が設置されていた。
 「バリアを破るのは容易ではない。が、それ以上に厄介なのが、このネオ・ジェネシ
スだ」
 レイはその砲門を指し示しながらシンに語った。
 「でも、前のジェネシスより威力は低いんだろ?」
 シンが聞き返すと、レイは「そうだがな」と応じつつも、「しかし――」と続けた。
 「ジェネシスはジェネシスだ。一個艦隊を軽く消し飛ばすくらいの威力はある」
 「なら、迂闊に射線軸には乗らない方が身のためだな」
 シンはそう言うと、神妙に頷いた。
 「――それにしてもアイツら、ユニウスを地球に落とすなんて、何考えてんだよ?」
 話を切り替え、ぼやくように言うシン。どうにも腑に落ちないのだ。
 ラクス派が、拠点となるメサイアを欲しがった心情は理解できた。しかし、ユニウス
セブンを地球に落とす目的が見えない。犯行声明が明示されたわけではないが、隕
石落しをやるからには、地球に大損害を与えたいとの意図が見える。だが、シンには
それがどうしてもラクスのやることとは思えなかった。
 (オーブを守ったからか……?)
 オーブに助太刀したラクスたちが地球潰しをすることに、矛盾を感じた。その矛盾が、
シンの頭の片隅に違和感として住み着いていた。
 「それは、今考えるようなことじゃないな」
 考え込んでいたシンは、そのレイの一言で我に返った。
150通常の名無しさんの3倍:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
支援せよ!
15111/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 見ると、レイの青い瞳がシンの心の惑いを見透かすかのように見上げていた。シンは、
その視線に驚いて思わず目を逸らしたが、レイはそれを咎めることもなく、再び画面に
向かった。
 「俺たちの問題は、どこでフリーダムと接触するかだ」
 レイは淡々と戦術シミュレーションを行った。シンは気を取り直し、身を乗り出して画
面に注目した。
 「奴らがユニウスを守るように部隊を展開するとなると、ザフトはユニウスを追い掛け
るような形でラクス艦隊とぶつかることになる。具体的には、ゴンドワナを含む本隊が
ユニウスの南極面から迫って、メサイアの目を引き付ける。その間にミネルバは北極
面に回り込み、俺たちでメサイアを急襲するという手筈だ。そうして敵が浮き足立って
いるところにジュール隊が突入し、メサイアを突破してユニウスにアタックを掛け、メテ
オブレイカーで破砕する」
 画面ではレイの説明どおりのシミュレーションが行われ、ユニウスセブンがバラバラ
になる様子が示されていた。それは、既に済ませたブリーフィングで伝え聞いた参謀
本部からの作戦プランである。しかし、画面を見つめるシンの目には、シミュレーター
が予測するほどの楽観は無かった。
 シンは、「でも……」と言いながら椅子に座っているレイの後ろから手を伸ばし、キー
を叩いてシミュレーターを作戦開始前の段階に戻した。
 「ミーティアの機動力があれば、俺たちの奇襲にもフリーダムは間に合うよな?」
 「だろうな」
 レイはキーを叩いてシミュレーターのプログラムを若干変更し、ミーティアの表示を
メサイアの南極面から北極面に移して、その間に移動ラインを加えた。
 「いや……」
 だが、シンはそれを更に改めて、ミーティアの移動ラインをも消した。
 「……こうだな。多分、フリーダムは俺たちの動きにかなり早い段階で気付くと思う」
 シンは、暗にフリーダムは初期配置の時点で北極面に居ると仮定すべきだと言った。
レイもその意見には同意なのだろう。シンの変更点を修正するようなことはしなかった。
 「これに連合の動きも絡んでくるだろうが、いずれにせよ、フリーダムとの接触はメサ
イアの北極面になる可能性が高い」
 レイは再びキーを叩き、フリーダムのミーティアの横に更にもう一つのミーティアの
表示を加えた。「ジャスティスのミーティア?」と聞くと、「そうだ」とレイは答えた。
 「フリーダムとジャスティスはつがいのようなものだ。同時出現は、覚悟すべきだな」
 「その場合は、どうするんだ?」
 「ジャスティスはクワトロさんたちに任せる。フリーダムは俺たち二人で叩く」
 レイはカーソルをフリーダムの位置に合わせ、マウスをクリックしてペケ印を付けた。
 そして、「シン」と呼ぶと、徐に椅子を回してシンに向き直った。
 「俺は、お前ならフリーダムと互角に――いや、それ以上に戦えると信じている」
 「レイ……?」
 「シン、フリーダムを倒せ。決着をつけるんだ。そのために、俺が全力でお前をサポー
トする。だから、必ず勝て」
 見上げるレイの眼差しに、シンは並々ならぬ決意を感じた。有無を言わさないような、
力強い視線だった。
 「……分かった」
 シンは頷いた。フリーダムの打倒は自身のためでもある。だが、全力の支援を約束し
てくれたレイの信頼に報いるためにも、その期待に応えられる自分でありたいとも思っ
た。
 (力を……)
 シンは襟元のエンブレムに触れ、念じた。
15212/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 
 ロッカールームには、シャア一人だった。他のパイロットたちは先に準備を済ませた
のか、それともこれからなのかは分からなかったが、シャアはいつもどおりにパイロッ
トスーツへの着替えを行った。ミネルバでのこの作業も、もう慣れたものである。
 エゥーゴ時代から使い続けている、サーモンピンクのような赤いパイロットスーツであ
る。少し色褪せていて、生地も痛んでいる箇所が散見された。ヘルメットの偏光バイザ
ーは、シンたちが使っているような無色透明ではなく、濃紺のスモークが掛かっている
タイプである。光に透かすと、そこにも細かな傷が至るところについていた。そろそろ新
調する時期だな、と思った。
 (出撃すれば、戻ってこられる保障は無いというのに……)
 よくもそんなことを考えられるな、と自身の気楽さを自嘲しつつ、シャアはヘルメットを
首の後ろのアタッチメントに装着した。
 シャアは最後にもう一度装備を確認すると、ロッカールームの出口へと向かった。ドア
の横に備え付けられているパネルをタッチして、ドアを開く。そして普段どおりに通路に
出ようとした。
 だが、ドアの直ぐ外に誰かが立っていて、シャアは咄嗟にブレーキをかけようとした
が、勢いを殺し切れずにぶつかってしまった。
 「きゃっ!」
 短く悲鳴があがる。シャアは相手と絡まったまま、押し付けるように壁にぶつかった。
 「――すまない!」
 シャアは思わず詫びを口にしながら、咄嗟に相手の身体を労わるように抱き寄せて
いた。相手が女性だと気付いたからだ。その身体の柔らかさは、パイロットスーツ越し
にでも感じられる。
 無重力に遊ぶ長い桃色の髪。ふわっと微かな香水のにおいが香って、シャアの鼻と
頬をくすぐる。肩を持って床に着地させると、悪戯っぽく微笑むミーアがシャアを見つ
めていた。
 「ごめんなさい」
 「どうした?」
 謝るミーアを気にも留めず、シャアは聞いた。ミーアはその態度に一寸、不満げな表
情を見せたものの、すぐに改めて人懐っこい笑みを浮かべた。
 「おねだり、しに来ちゃいました」
 微笑んではいるが、不安の色は隠し切れていない。
 シャアはミーアの不安を察すると、通路周辺の気配を探り、人が居ないことを確認し
てからミーアをロッカールームに引き入れた。
 念のため、ドアにロックを掛ける。シャアはそうしてからミーアの手を取り、ゆっくりと
抱き寄せた。
 顎を持って、上を向かせる。ミーアが目を閉じ、唇を差し出すと、シャアは覆い被せる
ように口を重ねた。
 ミーアの両腕が、シャアの首に絡んできた。締め付けるような力の強さ。ごねる子供
のように、ミーアは懸命にシャアを離そうとしない。ねぶるような唇の動きが、執拗にシ
ャアを求める。お陰で、口付けをしている時間が、シャアが想定していたよりもずっと長
く続いた。
 「――っはぁ!」
 口を離すと、ミーアは満足気に息を吐き出した。頬を上気させて小さく息を弾ませて
いる様子は、さながら欲情しているようにも見えたが、シャアはミーアの唇が乾いてい
たことにも気付いていた。
153通常の名無しさんの3倍:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
支援
15413/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 (無理もない……)
 ラクス・クラインとの直接対決を控えて緊張するのは、仕方のないことだ。ならば、口
付けを交わすことでその渇きを少しでも潤せるのなら、とシャアは思う。
 しかし、その反面で若い娘にこれ以上を期待させてしまうのは酷だとも思っていた。
シャアがミーアとスキンシップを重ねるのは、彼女をその気にさせるための作業でしか
ないのだから……
 「……君なら大丈夫だ」
 シャアはありきたりな励ましの言葉を掛けると、徐に背を向けた。
 「ありがとう……」
 ミーアはシャアの淡白な態度に対しても、感極まったように声を上擦らせた。
 (すまないな……)
 シャアは心の中で呟くと、振り返ることなくロッカールームを後にした。
 
 無重力の空間に、いくつかの水滴の玉が漂っていた。ミーアの目から零れた涙だ。
 虫の報せのような胸騒ぎがしていた。ミーアは最初、それはラクスとの対峙を控えた
緊張のせいだろうと思っていた。だから、シャアの激励が欲しくて会いに来たのだが、
今、その胸騒ぎの本当の意味を理解してしまった。
 ロッカールームを出て行くシャアの背中を目にした時、自然と涙が溢れた。確かな理
由が見えているわけではない。しかし、ただ一つだけ確信したことがある。ああ、きっと
これがシャアとの最後なのだろうな、と。
 ミーアは暫しロッカールームで呆然としていた。
 (目を腫らすわけには行かない……)
 自分はラクス・クラインなのだと言い聞かせ、昂ぶって感傷的になっている心を必死
に鎮めようとした。しかし、そう努めようとすればするほど、涙が余計に溢れて止められ
なくなった。
 モーターが駆動する音がして、再びドアが開いた。忘れ物でも取りにシャアが戻って
きたのかと思ったミーアは、咄嗟に涙を拭って取り繕ったが、そこに現れたのはシャア
ではなかった。
 ロッカールームに入ってきたのは、ハマーンだった。
 ハマーンは、ミーアの周囲に浮いている水玉を見て、「泣いていたのか」と呟くように
言った。その声は馬鹿にするでもなく、哀れむでもなく、ただニュートラルな響きだった。

続く
155 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
毎度のご支援、ありがとうございます
滞りなく投下ができました
ペースがのろいのは最終チェックも兼ねて自分も読みながらなので
ご了承ください

ということで第三十一話は以上となります
それではまた近い内に
156通常の名無しさんの3倍:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
毎度ながらGJですよ
支援のかいがありました
157通常の名無しさんの3倍:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:???
面白い!!良いものをいつもありがとう
みんな後に引けないところまできてますな。
158通常の名無しさんの3倍:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:???
投下おつおつ
ここまでユニウスがまだ落ちてなかった事忘れてたぜw
159通常の名無しさんの3倍:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:???
GJ!
160 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 12:54:01.41 ID:???
>>158
サトー「俺って一体……」(´・ω:;.:...

第三十二話「ユニウス戦域」となります↓
1611/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 12:54:36.12 ID:???
 (何考えてんだ……)
 ジャスティスとドム・トルーパーの出撃は先行して行われた。カミーユはΖガンダム
のコックピットで出撃待機命令に従いながら、目の前を通り過ぎていくジャスティスを
傍観していた。
 作戦開始前に、偶然アスランと二人で話す機会があった。だが、今にして思えば、あ
れはアスランが意図的に演出したシチュエーションだったのではないかと思えてきた。
 「――そういえば、まだ君にお礼を言ってなかった」
 そう切り出したアスランは、カミーユに向かって「ありがとう」と述べた。アークエンジ
ェルがオーブに帰還した際に起こった、カガリ暗殺未遂事件を指しての礼だと言う。
 その事件の背景をカミーユも既に知っていた。全てはサトーの企みであり、アスラン
はそのことに対して少なからずの負い目を感じていた。曰く、本来ならばカガリのボデ
ィーガードは自分の役目であったのに、事件の際にその場に居合わせることができな
かったばかりか、今までカミーユにその役割を押し付けるような形になってしまったこ
とに申し訳なさを感じているのだという。
 カガリが懸念していた通りだった。アスランという男は、色々と気に病むタイプらしい。
何でもないような素振りでいて、その実、内心に苦い思いを隠している。そのことが、ア
スランと話していて容易に想像できた。
 だからカミーユは、「几帳面なんだな」と言って、そんなアスランの生真面目さを笑い
飛ばそうとした。
 「こっちはお陰で代表とお近づきになれて、飯の種にもありつけたんだぜ? 寧ろ、あ
の場にアスランがいてくれなかったことを感謝してるよ」
 少し悪ぶった態度でカミーユが言うと、アスランも苦笑を浮かべた。
 「そう言われてしまうとな……お礼なんて言って損したって気分になる。じゃあ、これ
からもカガリの面倒はカミーユに見てもらおうか」
 「おいおい」
 「カガリもカミーユには気を許している。大丈夫、上手くやっていけるよ。前任のボデ
ィーガードで二年一緒だった俺が保障する」
 冗談っぽく言うアスランだったが、カミーユは直感的にその殆どが本気で言っている
ように聞こえていた。アスランは何かを勘違いしていて、引かなくてもいい身を引こうと
している。話し掛けてきたのも、このことを言うためだったのではないか。
 だから、「何考えてんだ」である。
 今、ジャスティスは三体のドム・トルーパーに続いてカタパルトデッキに上がろうとし
ていた。カミーユはその背中を見送りながら、「全く!」と小さく毒づいた。カガリは忘れ
て良いと言っていたが、そうもいかないようだ。アスランの動向については、やはり気
を配らねばならない。
 (悪いな、みんな……)
 カミーユは同様に出撃の時を待つ仲間の機体を見やって、心中でそう呟いた。
 
 
 ザフト艦隊は連合軍艦隊に先んじてユニウスセブン空域に侵入した。作戦プランど
おり、メサイアの南極面から戦力を一極集中させ、一気呵成のもとにラクス派の防衛
線を突破せんと攻撃を仕掛けた。
 緊急編成された艦隊とはいえ、プラント防衛の要、巨大空母ゴンドワナの投入にまで
踏み切ったザフトは、緒戦を圧倒的優位に進めた。ラクス派はメサイアの前面に部隊
を展開し、これに懸命に抗っていたが、一方的にザフトの侵攻を許していた。
 このまま、一挙にメサイアまで到達できそうなほど順調に戦況は推移していた。しか
し、異変が起きたのは、次第に戦線が間延びしてきた頃のことだった。突如、味方か
ら背中を撃たれるというアクシデントが発生したのである。
1622/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 13:00:55.79 ID:???
 一発が撃たれると、それは瞬く間に増えていった。戦線の至る所で味方に背中を撃
たれるというケースが頻発したのである。それは、ザフトの識別コードを発信した、元
ザフトでラクス派に寝返った離反兵たちによるかく乱工作だった。緒戦で容易く侵攻を
許していたのは、ザフトが前掛かりになって戦線を間延びさせた隙に、そのどさくさに
紛れて離反兵たちをザフト陣営に送り込むためだった。
 この事態に対し、ゴンドワナの司令本部は一時戦線を後退させることしか打つ手が
無かった。レクイエムの惨禍から続く一連の混乱の中で急場凌ぎ的に艦隊を編成し
た関係で、離反者が出た後の軍隊名簿を精査している時間が無かったのである。従
って、ザフトには味方に紛れ込んだ裏切り者の判別が、ほとんど付かなかった。
 このことは、その後、更に大きな痛手となって響いた。ザフトとラクス派の戦闘が膠
着の様相を呈し始めると、業を煮やしたかのように連合軍艦隊が姿を現したのである。
 この動きに反応して、ザフトは局面打開のため、連合軍艦隊に対して作戦の一部を
公開し、予てより打診していた共闘を改めて申し入れた。そして、手の内を明かしてま
で協力を要請するザフトの姿勢に、流石に連合側の態度も多少の軟化を見せ、何と
か交渉をするところまでこぎつけることができた。
 だが、事件は再び起こった。ザフトと連合の協議が始まると、一部のモビルスーツが
待機命令を破り、連合軍に対して攻撃を仕掛けたのである。この不意打ちによって連
合軍艦隊は二隻の艦艇を失い、その騒動からザフトと連合軍の間で、局地的に、突
発的な諍いが勃発した。
 ゴンドワナのザフト総司令部には、これがラクス派の工作員による仕業であることが
分かっていたが、連合軍側はそうはいかなかった。話し合いの最中の出来事ゆえ、ザ
フトが交渉にかこつけて騙し討ちを仕掛けてきたと受け取った連合側は、ザフトとの協
議を即時打ち切り、プラントとラクス派の共謀の嫌疑を確信。交渉は、協定を結ぶ前に
頓挫した。
 これによってザフトとラクス派の判別をなくした連合軍艦隊は、双方への攻撃を直ち
に開始。ザフトは止む無くこれに応戦するしかなくなり、状況はザフトと連合軍の潰し
合いへと移行していくこととなってしまった。
 
 「――間違いないのか?」
 出撃したシャアは、ミネルバから伝えられた情報に対し、そう返した。通信機の向こ
うのメイリンが、「はい」と神妙な声音で答える。
 ザフトと連合軍の衝突については連絡を受けていた。が、シャアが今確認をしたのは
そのことについてではない。
 「アークエンジェルです。モビルスーツの出撃も確認しました」
 メイリンの報告に、シャアは眉を顰めた。
 「こちらに向かっているのか?」
 「そういう動きも見られますけど……」
 「仕掛けてくるか」
 「いえ、それが分からないんです。如何せん、動きがハッキリしなくて。モビルスーツ
ごとにとっ散らかっているもんですから……」
 ミネルバでも目的は掴めていないらしい。メイリンの声には戸惑いがあった。
 「オーブ船籍ですから、ユニウス落しには加担しないでしょうけど――」
 「我々を疑っているか……一応、警戒はしておこう」
 「お願いします」
 シャアは、「ん……」と短く答えて通信を切った。
 「何をしに来たというのだ……?」
1633/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 13:06:45.37 ID:???
 アークエンジェルがユニウスセブンの落下を阻止しに出てくることは予想できた。し
かし、その位置が気になった。ミネルバから送られてきたデータを見るに、アークエン
ジェルはミネルバを狙っているように感じられたからだ。
 「テロリストの工作にまんまと乗せられてザフトと連合が交戦状態の今、ラクスは早
めに仕留めておきたいところだが――」
 メサイアを見やったシャアは、全天スクリーンの映像に妙なノイズが走っていること
に気付いた。メサイアの南極面では、ザフトと連合軍が交戦している光が見える。かな
り激しい。が、その光とは別に、反射光のようなものがチラチラとシャアの目に付いた。
 「星の光でも、戦闘の光でもない……」
 怪訝に思って、シャアはその光を追った。見間違いではない。確かに複数の光が百
式の周囲を走っていて、それは次第にハッキリと見えるようになってきた。
 「ビット……!?」
 口に出した瞬間、何も無いような空間からいきなりビーム攻撃を受けた。ビームは百
式のボディを外れていたが、シャアは咄嗟に足を止めて、周囲の気配を探った。
 サーチレーダーが、今しがたのビームの出所を探る。そして、次に同じような攻撃を
受けた時、カメラがその瞬間をキャッチして、即座にスキャンシステムによる解析が行
われた。
 少しして割り出された答えは、シャアの予想通りのものだった。つい先頃からチラつ
いていた光の正体が別窓に表示されて、シャアはそれに納得した。形状はやや異な
るが、それはレジェンドのドラグーンと似ている。
 「金色のドラグーン……あのモビルスーツか。しかし、本気か?」
 シャアは呟きながら疑問を感じていた。敵の正体は、何とはなしに想像できる。メイ
リンの懸念が的中したと見ていいだろう。しかし、腑に落ちなかったのは、何の警告も
無しに攻撃をしてきたことだ。何か一言、断りがあっても良さそうなものなのにとシャア
は思う。
 「聞き出すしかないな……!」
 考えている間にも、攻撃は続いている。シャアは操縦桿を握りなおし、回避を行った。
 襲い掛かってくるドラグーンの数は、レジェンドのものに比べても控えめである。その
上、そのサイズや目立つ色から、ドラグーンそのものを狙撃することも可能であった。
が、シャアはあえてビームライフルのトリガーを引かない。結果が想像できるからだ。
 それは、シャアが試す前にドラグーンが自ら実践して、シャアの推理の裏づけをして
くれた。案の定、ドラグーンにもヤタノカガミは使われていたのである。
 網の目のようなビームが百式を捕らえるように交差する。七基のドラグーンには、そ
れぞれ三門ずつの砲門がある。それらが縦横無尽に百式の周りを飛び交い、動きを
封じるようにビームを乱射する。そして、シャアにとって何よりも厄介だったのが、ドラ
グーン同士による反射攻撃だった。
 シャアがビームを撃たない理由は、そこにある。ヤタノカガミ装甲には、ビームを跳ね
返す機能がある。
 「チィッ……!」
 絶妙なドラグーンの位置取りに、シャアは完全に翻弄されていた。反射するだろうと
読んだドラグーンがしなかったり、逆に思いがけない場所から反射攻撃が襲ってきた
りと、その見極めが非常に困難で、かなり手を焼かされる。
 お陰で百式の煌びやかなゴールドボディには、既に無数の焦げ跡が残されていた。
直撃を免れているのは、まぐれに近い。戦いの流れは、完全に敵方にあった。
 しかし、それも長くは続かないという確信がシャアにはあった。本体から切り離して
使用する遠隔操作武器には、連続使用時間に制限がある。エネルギー切れが宿命
付けられている以上、避け続けることそれ自体が相手へのプレッシャーへと繋がる。
1644/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 13:12:33.13 ID:???
 そのプレッシャーを、相手も感じているのだろう。ドラグーンの攻撃はより苛烈さを増
し、百式のボディに痣のような焦げ跡を量産していく。シャアは背筋が凍りつく思いで
直撃を免れながら、相手の焦りを感じ、ドラグーンのエネルギーが尽きる時が近いこ
とを察していた。
 「くっ!」
 猛攻に晒されて、均衡が崩れる。一発のビームが百式の左脛を抉り、外装甲が溶融
した。
 だが、それが最後だった。ドラグーンの攻撃は雨が上がるように止み、百式の周りは
一瞬の静寂を取り戻した。
 直後、一息ついたシャアの耳を、けたたましいアラートが劈く。
 ――金色が、出会う。
 「後ろ!」
 青い双眸が、ギラリと光る。シャアは首を背後に回しながら百式を反転させ、左マニ
ピュレーターにビームサーベルの柄を握らせた。
 腰の後ろからビームサーベルを抜き、反転と同時に振り上げる。刹那、閃光弾が炸
裂したかのような眩い光が広がった。スクリーンが白く染まる。ビーム刃同士がぶつか
ったのだ。
 切り結んでいた時間は、一瞬だった。互いの刀身を固定しているフィールドが反発し
合い、お互いは仰け反るようにして弾かれた。
 干渉波の光が消えて、スクリーンには果たして百式と似た金色のモビルスーツが現
れた。ORB-01アカツキ。その正体を、シャアは実際に目の当たりにする以前から確信
していた。
 「まだやるつもりか?」
 アカツキはビームライフルを構え、百式に照準を合わせていた。シャアが横にスライ
ド移動すると、それを追ってビームを撃った。
 シャアは岩陰に百式を飛び込ませ、素早くクレイバズーカに持ち替えさせた。
 アカツキのビームが百式の隠れている岩を砕く。と、同時にシャアは岩陰から飛び
出し、クレイバズーカを連射した。
 煙の尾を引いて、複数の弾頭がアカツキに襲い掛かる。アカツキは後退しながらビ
ームライフルで数発の弾を撃ち落とし、残りは頭部イーゲルシュテルンで処理した。
 「やはりか」
 アカツキは岩陰を利用しながら牽制を掛けていた。シャアは、その挙動から素人臭
さが抜けているのを見て取って、アカツキのパイロットが代わったことを洞察していた。
 「装備がオーブや月の時と違う。ドラグーンが使えるということは、パイロットは手練
れだな」
 気を引き締めなければならないと心で念じ、シャアはアカツキへと迫った。
 「オーブの金色、聞こえているか!」
 シャアは通信回線をオープンにし、アカツキに呼び掛けた。
 「我々は現在、ユニウス落下阻止作戦を展開中だ! どういう意図か知らんが、冗
談や遊びで仕掛けてきたのなら直ちに戦闘を止めて――」
 「百式のパイロットは、クワトロ・バジーナと承知している!」
 「む……?」
 「あえてアンタを狙わせてもらった。アンタが相手だと、カミーユも腕が鈍るだろうか
らな!」
 聞こえてきた声には、覚えがある。それは、かつて捕虜にしたステラとカミーユのト
レードを行おうとした際のことである。その時、交渉団の代表としてシャアが相対した
のが、奇妙な仮面を被ったネオ・ロアノークという男であった。今、シャアの耳に聞こ
えてきた声は、そのネオの声だ。
1655/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 13:18:13.25 ID:???
 しかし、それは瑣末な問題である。カミーユが大佐と呼んでいた男が、カミーユと共
にオーブに渡っただけの話だ。それより問題なのは、どうして仕掛けてきたのか、であ
る。
 百式が接近すると、アカツキは岩陰から飛び出して間合いを開いた。その双眸がゆ
っくりと瞬き、シャアの注意を引く。
 「確認したいことがある。カミーユは、先日の演説をやったデュランダルがアンタの変
装だと言っていた。それは本当か?」
 「……!」
 シャアは、咄嗟には答えられなかった。
 「その沈黙は、肯定と受け取らせてもらう!」
 「事情があったのだ!」
 「そうだろうが、しかし、だからこそ仕掛けさせてもらった!」
 ネオは強く言いながら、しかし、それとは裏腹に十分に間合いを取って安全マージン
を稼ぐ。シャアはネオの言葉に気を取られて最初はその矛盾を怪訝に思っているだけ
だったが、ふとその消極さの意味に気付いて、慌ててスピードを上げた。
 「チッ! 気付くの早いよ! 最初ので仕留められなかったのが――!」
 ネオもそれを見て、速度を上げた。ドラグーンのエネルギーが満タンになるまで、ま
だ時間が掛かる。その時間稼ぎをしようと小細工していたのだが、シャアには通用しな
かった。
 シャアにとっては、アカツキがドラグーンを使えない今がチャンスである。アカツキが
いくら岩を利用してかく乱しようとも、シャアの目がその金色の成金ボディを見逃すは
ずがない。アカツキはビームライフルで抵抗したが、シャアはそれを掻い潜り、徐々に
間合いを詰めていく。
 「オーブはユニウスを落としたいのか!?」
 「誰が!」
 「なら、なぜ我々の邪魔をする!」
 空いている左手にビームライフルを持たせ、アカツキが隠れている岩を撃つ。岩が
砕けて破片が飛び散ると、追い立てられたアカツキが飛び出し、百式にビーム攻撃
を加えた。シャアはそれを避け、クレイバズーカの残弾を全て吐き出した。
 「ザフトがラクスを討つつもりと知れば、それをさせるわけにはいかんだろうが!」
 アカツキはかわしながら、見せ付けるように弾を撃ち落した。一見、無駄な行為に見
えるが、バズーカ弾は通用しないと思い知らせる示威的な意味があり、シャアもその
ネオのメッセージは受け取っていた。
 シャアは、今度は自分が岩陰に隠れ、クレイバズーカのカートリッジの交換を行った。
 「アンタも言わされてたのか知らんが、彼女を偽者呼ばわりした当人だろ! だが、
偽者はアンタたちのところにいる奴だってことは、アンタにも分かってるはずだよな!」
 「しかし、ラクス・クラインはメサイアを占拠し、ユニウスを地球に落とそうとしている!」
 シャアはタイミングを見計らい、岩陰から飛び出した。アカツキが一瞬遅れてその動
きを追う。ドラグーンはまだ展開しない。ビームライフルで迎撃しだすと、シャアはそれ
をかわしてクレイバズーカの発射スイッチを押した。砲口から弾頭が飛び出し、アカツ
キに向かう。
 「だから、バズーカなんか何発撃ったって――!」
 ネオはビームライフルを構え、バズーカ弾に照準を合わせた。
 しかし、次の瞬間、バズーカ弾が急に弾け飛ぶ。
 「なっ!?」
 ネオの指はビームライフルのトリガーに添えられただけで、まだ押していない。
 「散弾っ!?」
166通常の名無しさんの3倍:2013/09/01(日) 13:22:03.08 ID:???
sien
1676/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 13:24:36.73 ID:???
 気づいた時には、もう遅かった。バズーカ弾は自ら炸裂し、子持ちの魚のように内蔵
していた散弾をぶちまけたのである。
 咄嗟にシールドを構えたが、全身をカバーすることは出来なかった。散弾は雨のよ
うにアカツキに降り注ぎ、右肩周辺にダメージを負った。貫通するまでには至らず、内
部フレームも無事であったが、ヤタノカガミには無数の散弾がめり込んでいた。
 「くっ……!」
 「かつては英雄と謳われていても、今の彼女は人類の脅威だ!」
 「――ったく、何も事情を知らない奴ってのは!」
 百式が距離を詰め、二発目を狙っている。そうはさせるかとネオは逃れようと試みた
が、強かなシャアの狙いが完全には回避させてくれなかった。
 「今度は右足!」
 アカツキの右脛に、右肩と同じような散弾のマーキング。ネオの歯が、ギリッと音を
立てる。
 百式は、尚も飽くことなくクレイバズーカでアカツキを狙っていた。
 「くそっ、冗談じゃない! これ以上お嬢ちゃんのバカ高いモビルスーツを傷つけたら、
減俸されちまう!」
 チャージの途中であったが、ドラグーンを使わざるを得ない。ネオは止む無くドラグー
ンを展開し、撃てるだけのビームを百式に浴びせた。
 しかし、それが奏効した。散弾による攻撃に手応えを感じていたシャアは前掛かりに
なっていて、急にはドラグーンの猛攻に対応できなかったのである。
 嵐のようなビームが、百式を追い立てる。シャアは薄氷を踏む思いでビームをかわ
した。しかし、本体へのダメージこそ免れたものの、クレイバズーカを撃ち抜かれて壊
されてしまった。
 「レジェンドのタイプよりチャージが早いのか!?」
 「メサイアを奪ったのも、ユニウスを落とそうとしているのもラクスじゃない!」
 「――ネオ・ロアノーク!」
 シャアはビームライフルを構え、ドラグーンの攻撃を掻い潜りながら細かく照準を絞
っていった。それは、車を運転しながら針の穴に糸を通すような繊細さが求められる行
為である。
 しかし、シャアにとっては通す穴があるだけ幸せである。一年戦争末期、アムロ・レイ
が乗るガンダムは、シャアに通す穴さえ見出させてくれなかったのだから。
 ミリ単位で操縦桿を調節し、照準の中にシャアが狙う箇所を収める。じりじりとひり付
くようなじれったい感覚を我慢しながら、シャアは辛抱強くその時を待った。耳には、ネ
オの絶叫しているような声が聞こえている。
 「ラクスは、間違っても地球潰しなんか思いつくような子じゃない! 彼女はサトーと
いう男が率いる、対ナチュラル強硬派――つまり、旧ザラ派の残党に人質にされてい
るだけだ! メサイアを奪うように命令したのも、今ユニウスを落とそうとしているのも、
全部そいつらの仕業なんだよ!」
 「……!」
 アカツキが前に出て、ビームライフルを構えた。その瞬間、シャアはビームライフル
の発射スイッチに添えた親指をグッと押し込んだ。
 百式のビームライフルが火を噴くと、一瞬遅れてアカツキのビームライフルもビーム
を放った。双方のビームはニアミスしながらもすれ違い、アカツキのビームは百式の
頭部を外し、百式のビームはアカツキの右肩アーマーの大きく迫り出した部分を消し
飛ばした。
 「うっ……!?」
 ネオは顔を顰め、咄嗟に防御行動に移った。散弾のダメージを受けた部分のヤタノ
カガミは、ビームの反射機能を失っていたのだ。
1687/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 13:31:47.27 ID:???
 シャアは好機と踏み、更にビームライフルを連射した。しかし、アカツキもドラグーン
を巧みに操り、ドラグーンのヤタノカガミを盾にして百式のビームを跳ね返した。
 「くっ! まったく、こんな使い方までしてくる!」
 シャアもそのコントロールの正確さには面食らったが、最初だけだった。いくら自在
に操れようとも、七基のドラグーンで全てを凌げるほどシャアの狙撃は甘いものでは
ない。
 百式の撃ったビームが、ドラグーンの盾をすり抜けてアカツキの右外脛を掠めた。
その途端、アカツキがたじろぎ、咄嗟にドラグーンを呼び戻した。
 それを見て再装填するつもりだと思ったシャアは、一気に攻勢を掛けた。
 ビームライフルで迫撃を掛ける。しかし、百式の撃ったメガ粒子ビームは、アカツキ
に届く手前で突如として掻き消されてしまった。
 「何だ……? ――バリアだと!?」
 シャアは思わず驚嘆した。そして、ドラグーンがアカツキのバックパックに接続され
ずに、その周囲に展開されていることに気付いた。六基のドラグーンを頂点とし、うっ
すらと八面体を形作る光の輪郭が見えた。
 「そんな機能まであるとは、たまげたな!」
 つい、舌を巻く。シャアの驚きは、本心だ。
 「しかし――!」
 だからといって怯むシャアではない。百式を加速させ、再びビーム攻撃を加え始め
る。ビームは全てバリアに弾かれたが、シャアは構わず攻撃を続けた。
 アカツキは、バリアを仕方無しに使ったように見えた。シャアは、そこにピンとくるもの
があったのだ。アカツキがバリアを最初から使わず、もったいぶったのには訳がある。
シャアは、仮説を立てていた。
 ドラグーンによるバリアフィールドの形成は、エネルギー消費が激しい――シャアの
その推測が正しいことを証明するように、避ける必要の無いはずのアカツキは百式の
ビームに対して回避運動を行った。そして、何発かのビームを弾いた時、ドラグーンは
フォーメーションを崩し、アカツキのバックパックに再装填された。シャアの推測は、当
たっていたのだ。
 「――接近する!」
 刹那、シャアはダミーを放出するスイッチを押して、スロットルを全開にした。百式の
指の付け根が折れて、そこからダミーバルーンが放出され、百式っぽい形に膨らむ。
 「ダミー!? しまっ――」
 複数のバルーンが無造作に流れて、アカツキの照準がそのダミーに一瞬だけ惑わ
された。シャアは、ネオがその修正に手間を掛けている一瞬の間に百式を肉薄させ、
ビームサーベルで斬りかかった。
 しなる刃が、袈裟に振り下ろされる。アカツキがシールドを構え、百式のビームサー
ベルがその表面を擦った。粒子が散り、百式とアカツキの視線が交わる。
 「……!」
 「……!」
 無言の言葉を交わす。その一瞬、時間は止まっていた。
 「――でやーっ!」
 先に動いたのは、ネオだった。アカツキの右腕が、ビームライフルの砲口を百式の
胸部に刺すように押し付け、ピタリと止める。そして、ネオはビームライフルの発射ス
イッチに添える親指に力を込めた。
 「……っ!」
 しかし、シャアはその呼吸を読んでいた。アカツキがビームを撃つ瞬間、そのタイミ
ングの一呼吸前、百式は身体を半身になるように動かして、ビームライフルの砲口を
逸らしていた。
169通常の名無しさんの3倍:2013/09/01(日) 13:38:16.55 ID:???
支援
1708/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 13:39:40.52 ID:???
 押し付けていたビームライフルの砲口が百式の胸部装甲の上を滑り、狙いを逸らさ
れる。ネオが発射スイッチを押した時、砲口はもう何もない虚空に向けられていた。一
閃のビームが、真空の宇宙空間を穿つ。
 刹那、百式の左足がアカツキの右腕を蹴り上げ、ビームライフルを弾き飛ばした。ア
カツキは咄嗟にビームサーベルを掴もうと、手を伸ばす。しかし、その手が柄を掴む寸
前に、百式のビームサーベルがアカツキの腹部に突きつけられていた。
 ネオの頬を、冷や汗が伝う。呼吸を止め、目の前のスクリーンの向こうに、実際にビ
ーム刃が迫っているのだと想像して、背筋が寒くなった。――ネオは、敗北を認めた。
 「……こちらから仕掛けたんだ。やるなら、やれよ」
 ネオは観念して、シャアに告げた。
 しかし、その時、百式は突如としてビームサーベルを収めた。その行為にネオは眉
を顰め、「何のつもりだ?」と訝った。
 「話をしたい」
 百式の双眸が淡く瞬き、コックピットハッチが開いた。
 「正気か?」
 「我々の目的は、ユニウスセブンの落下を阻止することだ。そのためには、貴官らと
争っている場合ではないと考えた」
 コックピットから、シャアが姿を現した。ネオは、そのあまりに無防備な行為に我が目
を疑ったが、シャアは至って本気のようだった。
 「そちらの言うことが真実であれば、倒すべきはラクス・クラインではなく、その旧ザ
ラ派の残党ということになる。もし、その認識を共有できれば、我々が争う理由もなく
なる。月の再現だってありうるはずだ」
 「信じるのか?」
 「無論」
 事も無げに答えるシャアに、ネオは辟易したような心持にさせられた。シャアは、どう
にも特殊な感性の持ち主のように見える。
 「しかし、プラントはラクスの偽者を担いで、本物のラクスを偽者と断定しちまってる
んだろ? いいのかよ、代理とはいえ、デュランダルのアンタがそんなことを口にして」
 「プラントの現状を考慮すれば、ああするしかなかったんだ」
 試すような口振りのネオに、シャアはそう返して理解を求めた。
 ラクスの求心力は、無視できないほど強い。そのラクスが起こしたテロ行為によって、
ただでさえレクイエムで打ちのめされていたプラントは、更に絶望のどん底へと叩き落
された。ミーアが再び必要になったのは、デュランダルを演じるに当たって自身の言葉
に説得力を持たせる以上に、そんなプラントを励ます意味が大きかった。
 「プラントにも、ラクスの力が必要だったのだ……」
 「そりゃあ分かるが……」
 「連合が見境をなくしたことで、テロリストたちに好きに動かれている。この状況では、
メテオブレイカーでユニウスにアタックを掛けるジュール隊のアシストも難しくなるだろ
う。先ずはユニウスをどうにかするのが先決で、ラクスのことについてはその後で考え
たい」
 「棚上げ論か。――ラクスには手を出さないでくれると受け取ったが?」
 「そちらが協力してくれるのなら、やぶさかではない」
 シャアがそう言うと、ネオは少しの間思案を重ねた後、「ふー、分かったよ」と言って
ハッチを開き、シャアと同じように外に出た。
 「ラクスの救出部隊は既に動いている。余計な争いを避けるためにも、互いの合意
は早い方がいい。ここからならアークエンジェルが近いはずだ。そこからミネルバに
繋いで、話を纏めたい。仲介役を頼むぜ」
 「了解した。話が早くて助かる」
171通常の名無しさんの3倍:2013/09/01(日) 13:45:06.23 ID:???
支援
1729/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 13:45:19.60 ID:???
 「一応、大人なんでね。モビルスーツに乗ってはしゃいでばかりもいられねえよ」
 ネオは冗談っぽく言ってシャアに笑い掛けると、再びアカツキに乗り込んだ。
 シャアも愛想笑いを返して、百式のコックピットに戻った。
 「モビルスーツに乗ってはしゃいでばかりもいられない……か」
 シートに腰掛け、ため息をつく。シャアには、少し耳の痛い話だった。
 アカツキが腕を扇いで、付いて来いとシャアを促す。シャアも軽く腕を上げるアクシ
ョンで応え、アカツキの後に続いた。
 
 ニュータイプとは互いを感じ合い、引かれ合う関係にあるのだと言われれば、それは
信じられることだとカミーユは思う。――それは、まるで運命の糸に手繰り寄せられる
ようにして遭遇した。
 白い流線型のシルエットは、遠目の肉眼でも判別できるほど特徴的なデザインをし
ている。キュベレイである。その後方からは、インパルスが追随している。
 カミーユはウェイブライダーの加速度を上げて、キュベレイへの接近を試みた。だが、
その行く手に、カミーユの接近を察知したらしいインパルスが割り込んできた。インパ
ルスが、迫り来るウェイブライダーにビームライフルを連射して、カミーユを妨害する。
 カミーユはウェイブライダーをモビルスーツ形態に戻して、インパルスの牽制をやり
過ごした。が、キュベレイより先に反応したインパルスが、意外に感じた。
 「インパルスのパイロットもニュータイプなのか……?」
 カミーユはそう推測して警戒を強めたが、しかし、インパルスの動きはそれにしては
凡庸に見えた。それどころか、調子が悪いようにも見える。その挙動や反応は、どう見
てもニュータイプのものとは違う。プレッシャーも感じない。
 「どういうんだ? たまたまだったのか?」
 カミーユは戸惑いながらもインパルスに肉薄し、驚いてシールドで防御しているとこ
ろに蹴りを入れた。インパルスはそれだけで容易く吹っ飛び、カミーユはそれに拍子
抜けしながらもビームライフルを向けた。
 だが、その時、俄かに意識を刺激する思惟を感じた。複数方向から見られているよ
うな感覚である。カミーユは咄嗟に構えを解き、素早くその場を離脱した。
 一瞬の後に、今しがたまでΖガンダムが存在していた空間にビームが殺到した。そ
して、そのビームは更に離脱したΖガンダムを追い立てた。
 カミーユは一瞬の間を見つけてビームサーベルを取り出すと、それを回転させなが
ら投擲して、そこにビームを撃ち込んだ。ビームサーベルの干渉波によって鎌状の刃
のようになったビームが広範囲に拡散し、Ζガンダムを追い立てるビーム――ファン
ネルに襲い掛かる。以前にもコロニーレーザー内で使ったことのある、ビームコンフュ
ーズというテクニックだ。
 ビームコンフューズは、空間に制限のあるコロニーレーザー内の時のように多くのフ
ァンネルを駆逐することはできなかったが、退けることには成功した。ファンネルは蜘
蛛の子を散らすように本体であるキュベレイに呼び戻されていき、カミーユはビームコ
ンフューズで使用したビームサーベルを回収すると、今度こそキュベレイに突撃した。
 迎撃のビームガンを掻い潜り、肉薄してビームサーベルを振り上げる。キュベレイは
半身になってそれをかわすと、袖からビームサーベルの柄を滑り落とし、Ζガンダム
に向けて突き込んだ。カミーユはそのキュベレイの腕をシールドでかちあげて、頭部
のバルカン砲を発射した。
 咄嗟に身を低くしたキュベレイはその攻撃をかわし、肘でΖガンダムの腹部を突い
た。それで揉み合っている状態から逃れると、素早く後方へ飛び退いた。
 「ハマーン!」
 カミーユはバランスを回復させると、すぐさまその後を追った。
 「誰のところに行くつもりだったんだ!」
17310/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 13:50:25.61 ID:???
 追いかけつつ、カミーユはオープン回線でハマーンに問い掛けた。キュベレイは、両
腕のビームガンで追走するΖガンダムを迎撃する。
 「それを聞いてどうする?」
 「ラクスのところに行こうとしているのなら!」
 背走するキュベレイが急に前に加速を掛けて、猪突するΖガンダムと擦れ違った。
 その瞬間、キュベレイはビームサーベルを抜き、その背中へと刃を振り下ろす。
 刹那、Ζガンダムの頭部が回り、グリーンの双眸が睨みつけるようにキュベレイを見
た。次の瞬間、Ζガンダムの左腕が振り上げられて、そのシールドがキュベレイのビ
ームサーベルを弾いた。
 「彼女を助けてやってくれ! あの人には、ハマーンの助けが必要なんだ!」
 「知ったことではないな!」
 キュベレイの尾が上がり、一斉にファンネルが射出される。ハマーンは一基一基の
ファンネルに向けて思惟を拡散し、Ζガンダムに対する攻撃命令を与えた。
 カミーユは、そのハマーンの思惟の拡散を殺気と同じような感覚で捉えて、危機を
感知し、咄嗟にΖガンダムを後退させた。ファンネルの無数のビームが豪雨のように
降り注いできて、カミーユは全開速度でそれから逃れた。
 「ハマーン! お前はラクスのことを気に掛けていたんじゃないのか!」
 カミーユはファンネルの攻撃から逃れながらキュベレイの周囲を旋回した。それを、
キュベレイの蛇のような瞳がハマーンの意識と連動しているように追った。
 「そうだよ? 危険な影響力を持つラクスは、いずれ世界に脅威をもたらすと考えた
私は、様々な形で接触して忠告を与えてきた。だが、あの女は我を押し通すことしか
知らんようだ。私の忠告を無視して、挙句の果てに今日のような危機を招いた!」
 「ハマーン……!」
 キュベレイの撃つビームガンをかわして、その背後に回り込む。Ζガンダムは右腕
を上げ、前腕部のグレネードランチャーからワイヤーを射出した。
 だが、キュベレイはそれを知っていたかのように素早く反転し、ビームサーベルでそ
れを斬り飛ばした。
 思惟の飛ばし合いなのだろう。高いニュータイプ能力を有する二人の戦いは、それ
故に激しい読み合いの応酬に終始し、永遠に決着の目を見ないかに思われた。
 だが、その激しい思惟の読み合い、飛ばし合いは、次第に二人の意識をシンクロさ
せるように絡まり、高まっていく。ニュータイプ同士の感応とも呼べるそれは、かつてカ
ミーユとハマーンが体験したことであった。
 「最早、これ以上あの女をのさばらせておくことはできん! だから、排除する!」
 「それは嘘だ!」
 Ζガンダムの撃ったビームとキュベレイの撃ったビームがかち合い、メガ粒子ビー
ム同士の衝突が膨大なエネルギー爆発を起こした。エネルギー爆発は全周囲に向
けて衝撃を巻き起こし、それに伴って拡がった光がスクリーンを白く染めていった。
 
 アークエンジェルに辿り着くと、それの直掩に当たっていたカオス、アビス、ストライ
クルージュから銃を向けられた。損傷したアカツキを伴っていたからだろう。人質にさ
れたと思い込んだようで、ネオが事情を説明するまで百式のスクリーンからはロックオ
ンアラートが消えなかった。
 「カミーユ、どこ……?」
 ストライク・ルージュが辺りを見渡して、ステラがそんなことを呟いた。その声を、百
式のアンテナも拾っていた。
 ネオのアカツキが擬人的な動きでその肩に手を掛けて、宥め賺すように双眸を瞬か
せた。
 「心配するな。ミネルバとは、また共同戦線を張ることになるだろうから――」
17411/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 13:57:32.49 ID:???
 ネオは優しくあやすようにステラに告げたが、内心では多少の心配もあった。ネオは
カミーユと共にミネルバの動向を探りに出たのだが、その途中で百式を発見し、カミー
ユと別れた経緯があったからだ。シャアとカミーユの関係を案じていたネオは、とにか
く二人を接触させるのは不味いと思ったのである。
 そういうことでカミーユを一人にしてしまったのだが、それに対するアウルの風当たり
は強かった。曰く、「カミーユから目を離すなっつったろうが!」ということだったからだ。
 「そんなに心配しなくても、すぐ戻ってくるって」
 ネオは安心させようと、あえておどけるように言ったが、アウルの癇癪は収まらない。
 「ステラがな、もう帰ってこないかもしれないって言ってんだよ!」
 「どういう意味だ、そりゃ?」
 「知らねーよ! そんな気がするって言ってるだけで……とにかく、一緒じゃないって
んなら僕たちは出るからな!」
 「あ、おい!」
 ネオが制止しようとするも、アウルはその前に「行こうぜ!」と他の二人を促し、アー
クエンジェルを離れていってしまった。
 シャアはそのやり取りを傍で聞いていて、カミーユは大事にされているのだなと感じ
た。それが分かると、カミーユが何故シャアと合流しようとしなかったのか、その心情
が理解できるような気がした。
 しかし、ステラという少女が言っていたという「もう帰ってこないかもしれない」という言
葉が気になっていた。
 「……急いでくれないか?」
 シャアが呼び掛けると、アカツキは我に返ったように首をもたげて百式を見た。
 「ああ、すまない。みっともない所を見せた」
 「いや、なんの」
 照れ臭そうなネオに、シャアも気に留めてない態度で返した。
 
 アークエンジェルに入ると、ネオはクルーにシャアをブリッジまで案内するように告げ、
自身は踵を返して再出撃していった。カミーユを探しに出た三人を追うのだという。
 シャアは、案内役を買って出たメカニックに拳銃を渡し、アークエンジェルのブリッジ
へと上がった。
 ブリッジに上がって驚いたのは、その運用クルーの少なさだった。アークエンジェル
はミネルバ以上に艦機能のオートメーション化が進んでおり、少ない人数でも運用で
きるように改良が加えられていた。
 シャアがブリッジルームに入ってくると、オペレーター席を立った少女が一番最初に
出迎えた。
 「オーブ連合首長国代表のカガリ・ユラ・アスハだ」
 そう言って手を差し伸べる少女と握手を交わす。テレビで見覚えがある。相違ない。
 「ザフト、ミネルバ隊所属のクワトロ・バジーナです」
 名乗ると、その途端、ブリッジ内が少しざわついた。が、それは最早シャアにとって
飽きた反応だ。寧ろ、シャアにしてみれば国家元首がブリッジクルーをやっていたこと
の方が驚きである。
 (庶民派なのか……)
 ふとそんな考えが頭を過ぎって、シャアは若き国家元首が支持されている背景を推
察してみた。
 「――元セイバーのパイロットだな?」
 副長席を立った大柄な男も、シャアに握手を求めてくる。シャアがそれに応じると、そ
の浅黒い肌の隻眼の男は「いつかリベンジさせてもらいたいもんだねえ」と笑ってブリ
ッジを後にしていった。
17512/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 14:04:11.14 ID:???
 シャアがそれを見送って怪訝そうにしていると、「アンディは何度かあなたと戦ったこ
とがあるのよ」と艦長席に座る女性が言った。
 「北欧の戦いでは、彼も私たちもあなたのセイバーに苦しめられたわ」
 艦長席の女性は座したまま、「このままで失礼」と前置きしてシャアに手を差し出した。
 「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです」
 「なるほど、彼はあの時のムラサメのパイロットでしたか」
 シャアは握手に応じ、先ほどの浅黒い肌の男、バルトフェルドが、モビルスーツデッ
キに向かったのだと察した。アークエンジェルに入った時に、見覚えのある黄色のム
ラサメを見ていた。それで、バルトフェルドが手薄になったアークエンジェルの防御の
ためにブリッジを出て行ったのだと分かったのだ。
 「――それで、フラガ少佐が説明していたことには納得させてもらえるのか?」
 一先ずの挨拶が済むと、カガリがじれったそうに切り出した。
 「そのために、私が出向きました。先ずはミネルバと」
 シャアは言うと、振り返って「オペレーターの方?」とミリアリアに訊ねた。
 「はい」
 「ミネルバとは少し距離があるが、上手く捕まえてくれるかな、綺麗なお嬢さん?」
 シャアがキザな笑みで話し掛けると、ミリアリアは「お上手!」と歯を見せて笑った。
 「ミリアリア・ハウです。これでも経験は豊富な方ですし、期待してくれていいですよ」
 「これは失礼。ではよろしく、ミリアリア・ハウさん」
 ミリアリアが「了解」と答えてパネルの操作を始めると、シャアは満足げに前を向いた。
 その様子を、カガリが感心したような目で眺めている。
 「人ん家の敷居を跨いでおきながら、その図々しい物慣れた態度。アンタがデュラン
ダル議長の代わりに演説をやっていたっていうカミーユの言葉は、信じられそうだな」
 「そうですか、カミーユにはバレていましたか」
 シャアは改めてカガリに向き直った。
 「どうしてそんなことになったんだ?」
 「それは機密事項ゆえ、アスハ代表であろうとも詳細を申し上げることはできません。
ですが、あの演説が本来デュランダル議長が言うべきだったことを私が代弁しただけ
に過ぎないということは、ご理解いただきたいのです」
 「クワトロ・バジーナの本心ではないということか?」
 「そうです」
 カガリの追及に対しシャアがそのように答えると、何とはなしに内情を察したのか、カ
ガリは「分かった」とだけ言って理解を示した。直情的な雰囲気とは裏腹に、意外と物
分りがいいのだな、とシャアは思った。
 「――正面、出ます」
 そうこうしている内に、ミリアリアがミネルバを捕まえてくれたようだった。ミリアリアの
声に反応してメインスクリーンを見上げると、そこにはミネルバの艦橋の様子が映し出
されていた。
 「これはどういうこと、クワトロ?」
 タリアはシャアの姿を見つけるなり、ぶしつけにそう訊ねてきた。シャアは前に進み出
て、タリアに事情を説明した。
 「ラクス・クラインは旧ザラ派の残党に人質にされています。ユニウス落しは、彼女の
意思ではありません」
 「根拠は?」
 「彼らがそう証言しています」
 シャアはアークエンジェルのクルーを指して言った。
 しかし、タリアから返ってきたのは辟易したようなため息だった。
 「彼らの言葉を信じろと?」
17613/13 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 14:10:54.71 ID:???
 「グラディス艦長、この際、彼らの言葉が真実であるかどうかは問題ではありません。
ザフトが連合によって押さえ込まれている分、メサイアのテロリストたちが有利です。
ジュール隊のアタックを妨害されないためにも、ラクスを救出しようとしている彼らの動
きには乗じるべきです」
 「共闘ではなく、利用しろと?」
 画面の中のタリアが、チラとカガリとラミアスを窺った。
 「利用、大いに結構。ラクスの命を保障してくれるのなら、この危難の時、我々は貴官
らへの協力を惜しまない」
 「カガリ代表に同じく、アークエンジェルにはミネルバ支援の用意があります」
 二人はそう言って、タリアに信用を促した。
 タリアは暫し黙考していた。しかし、あまり悠長にしてもいられない。シャアは、「艦長」
と呼び掛けてタリアに即断を迫った。
 しかし、その時、不意に横からメイリンがタリアに何事かを伝えた。何かをキャッチし
たらしく、タリアは「失礼」と一言詫びると、メイリンの報告を優先した。
 それに触発されたのだろう。後ろでも、ミリアリアが何やらパネルを操作し始めた。
 「……連合の方で動きがあったようです」
 メイリンからの報告を受け終えたタリアは、再びスクリーンに向かってアークエンジ
ェルの面々に語りかけた。
 「動き?」
 カガリが訊ねると、タリアは「はい」と応じて続けた。
 「ユニウスの進行方向、つまり、ユニウスと地球の間の低軌道上に、新たな連合軍
の艦隊が確認されました」
 タリアが答えると、「こちらでもキャッチしました!」とミリアリアが声を上げた。
 「艦船、モビルスーツが多数――核マークです!」
 「核……!? まさか、ピースメーカー!」
 ミリアリアの報告に驚いて声を上擦らせるカガリに、タリアは一つ頷いた。
 「ピースメーカー隊は前大戦末期に壊滅しましたが、あれはその流れを汲む部隊が
新設されたものだと我々は見ています。連合は、ユニウス落下阻止の切り札として、
このカードを切ってきたのでしょう」
 「なら、ユニウスはザフトのメテオブレイカーの到着を待たずして……?」
 ラミアスが期待混じりに言うも、「それはどうでしょうね」とタリアは否定した。
 「メサイアはプラント防衛の新たな要衝として建造された要塞です。なら、ピースメー
カー隊のような核兵器部隊を想定して、“あれ”が積まれているはず」
 「“あれ”とは……?」
 意味深長なタリアの言葉に、ラミアスが詳細を促すように訊ねた。
 「それは――」
 しかし、タリアが答えようとした時、まるでタイミングを見計らったかのようにユニウス
セブンの様子を映しているスクリーンに俄かに光が広がった。それはユニウスセブン
の影――即ち地球とユニウスセブンの間の低軌道上で起こったもので、そこで無数
の光球が連続花火のように広がっては消えていった。
 普通の爆発ではない。一つ一つの火球が遠目からでも分かるほどに大きく、そして、
どこまでも膨張していくかのような広がり方をしていた。そのスペクタクル映画のワン
シーンのような凄まじい光景の前に、誰もが言葉を失った。それは、プラントにとって
は悪夢の光だった。
 「核だ……」
 一同が押し黙る中、誰かがそう呟いた。

続く
177 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/01(日) 14:16:37.30 ID:???
完全にこちらのタイミングで投下しているにもかかわらず
毎度の変わらぬご支援、ありがとうございます

せっかくの金色同士なので、多少強引にでも戦わせるべきだと思いました
もうちょっと自然な対決にしたかったけど、遅きに失した感があるので勘弁してください

では、三十二話は以上となります
また次回
178通常の名無しさんの3倍:2013/09/01(日) 16:41:24.25 ID:???
うおう、投下乙
スタンピーダーもあったなぁ……一回使った後出番がないあやしい秘密兵器が種には多いわ
179通常の名無しさんの3倍:2013/09/02(月) 10:51:10.89 ID:???
GJ!
180通常の名無しさんの3倍:2013/09/02(月) 14:02:59.46 ID:???
「まずはユニウス落としを防いで地球を救いサトー派を討ち、
 本物ラクスの行為の検証は置いといてとりあえず救出しよう」
でミネルバとアークエンジェルが一応手を結ぶことができたというのに
既に当の本物ラクスが正義でも平和でもなくミーアへの嫉妬なんぞから
サトー派の神輿化に同意してしまっているという絶望的なすれ違いが……
こらジュール隊のメテブレ任務放棄寝返りもありかねんで
181通常の名無しさんの3倍:2013/09/03(火) 00:15:51.99 ID:???
>>177
GJ
今更だけど今回の騒動でトリップがかなり漏れたけど大丈夫だった?
●持ってる、持ってないに関わらず結構な数が漏れたそうだから気をつけて
182 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 18:36:06.92 ID:???
>>181
ご心配ありがとうございます
でも、どうなんですかね?
●持ってないんで被害があるとすれば騙りくらいだと思うんですけど……
自分を騙ってもしょうがないですし、多分大丈夫だと思いますよ

といったところで第三十三話「ラクス同士」です
ちょい長めなんで途中でさるさんに引っかかるかもしれません
ご了承ください↓
1831/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 18:36:38.57 ID:???
 ルナマリアはハマーンが特別な人間だと思っていた。出会った当初は、その気難し
い性格や知った風な言動から変人程度にしか思っていなかったのだが、それが特別
だと思えるようになったのは、本物のラクスを看破したことであったり、サイコレシーバ
ーを身に付けるようになったからであった。
 ハマーンには、テレパシーのような力がある。月でルナマリアが逃走を図るジブリー
ルの乗るガーティ・ルーのミラージュコロイドステルスを見破れたのは、それを察知し
たハマーンの思惟をサイコレシーバーが受信したからだった。ルナマリアはそれで、
ハマーンには超能力めいた力があることを実感して、ラクスの真贋を洞察できたのだ
と分かった。そして、その理解はサイコミュシステムやファンネルへと及び、その名を
知らないまでも、おぼろげにニュータイプの存在を認識しつつあった。
 ルナマリアは、ハマーンの能力がハマーンだけのものだと思っていた。同じ世界から
やってきたというシャアからは、そのような感じや気配は窺えなかったからだ。そして、
ハマーンだけが唯一特殊であるということが、どこかルナマリアは誇らしかった。コズ
ミック・イラのハマーンを支えているのが自分であるという自負があったからだろう。
 しかし、今ルナマリアはその認識が誤りであったということを思い知らされていた。耳
で震えるサイコレシーバーが、その現実を容赦なくルナマリアに突きつける。サイコレ
シーバーが受信する二つの思惟は、ハマーンとΖガンダムのパイロットのものだった。
 それは、サイコレシーバーが見せる幻だったのかもしれない。だが、ルナマリアは確
実にそれを知覚していた。網膜を通して視るのとは別の、心の目で見ているような感覚。
ハマーンとカミーユが通じ合う様子が、二人から立ち昇るオーラのようなものが絡まる
イメージとして認識できてしまったのである。
 ルナマリアにはそれを信じることが出来なかった。他人に意識を侵食されるその感覚
は、吐き気を催すほど辛い感覚であることをルナマリアは知っていたからだ。だから、
互いの意識を食い合うように絡み合う二人のオーラが、狂気の沙汰に見えていた。
 「まともじゃない! 何でそこまでやって平気なの!?」
 文字通り気が触れてもおかしくない状況だった。互いの意識を侵食し合うように混ざ
り合う二人の思惟のイメージは、傍から見ているだけでも吐きそうになるくらいにぐち
ゃぐちゃに混ざり合っていく。ルナマリアには、それがグロテスクなのだ。
 だが、それがニュータイプ同士の感応だった。そして、ハマーンとカミーユは、それ
を当たり前の感覚として享受できる人種だった。悲しいのは、ルナマリアにそれが理
解できないことだった。
 サイコレシーバーが見せる幻。その見えざるものを見る目で、ルナマリアは二人の
思惟のせめぎ合いを見ていた――見せつけられていたのかもしれない。
 「嘘よ! こんなの、絶対に嘘よ!」
 複雑な思いが胸の内を去来した。
 単純にどこかハマーンに惹かれる感覚があった。それはレズビアンとしての感覚に
近いかもしれないが、自分はノーマルだという自覚もあった。シンを恋愛対象として意
識できるし、抱かれれば多幸感も絶頂も味わえる。だから、ハマーンに抱く感情は、あ
る種の同姓としての憧れや尊敬に類するものなのだろうとルナマリアは思う。
 そこには畏怖があり、そして少しの愛らしさも感じていた。
 シャアの存在がそう思わせるのだろう。シャアとハマーンの冷え切った関係が、ルナ
マリアの思春期の想像力を強く刺激した。そして、百式の記録映像で知ったハマーン
のシャアへの密かな未練が、ルナマリアをその気にさせる契機となった。ミーアにも
同情や哀れみを抱く気持ちはあるが、ハマーンにはシャアに素直になって欲しいし、
シャアもそんなハマーンを受け入れても欲しいと願っていた。
1842/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 18:42:52.61 ID:???
 だから、この状況が嫌で仕方なかった。ハマーンとカミーユの思惟の絡み合い方は、
そんなルナマリアの願望を無視して、シャアとの関係すら簡単に否定してしまうのでは
ないかと思えるほどにショッキングなものだった。男女のまぐわいのようにオーラ同士
が巻き付く絡み合い方が、酷く官能的に見えて仕方ないのだ。ルナマリアは、それが
許せなかった。たったこれだけのことで、カミーユがハマーンの全てを攫っていってし
まうのではないかという恐怖があった。
 サイコレシーバーが見せる幻は、不幸にもルナマリアに正確な認識を与えてはくれ
なかった。正確な認識を得られなかったルナマリアは、その己のエゴだけで事態を把
握するしかなかった。そして、そうであったばかりに行動に出るしかなかった。
 「こんなの駄目……許せるわけがない!」
 催す嘔吐感を押して、ルナマリアはスロットルを開けた。インパルスが加速して、荷
重が胃を圧迫した。それで戻しかけたが、ルナマリアはグッと堪えてΖガンダムに挑み
かかった。
 しかし、カミーユはハマーンとの感応によって、既にオーバーフローするほどに意識
を拡大させたニュータイプとなっていた。その動きに気付いたカミーユが認識するだけ
で、その思惟を向けられたルナマリアは白目を剥きかけた。脳が情報や感情の洪水
で溺れて、窒息していく感覚である。
 「あーっ!」
 ルナマリアは奇声を上げた。本能的に叫んだのだ。そうして気を紛らわせて、飛びか
けた意識を辛うじて繋ぎ止める。根性だ。
 「離れなさいよーっ!」
 キュベレイから遠ざけるようにビームライフルを連射する。Ζガンダムは飛び退いて、
一先ずはルナマリアの思惑通りに行った。が、しかし、碌に照準も合わせられないほ
ど身体に変調をきたしつつあるルナマリアの攻撃が、カミーユに通用することは無い。
 Ζガンダムの反撃のビームが、インパルスのビームライフルを撃ち抜いた。辛うじて
正気を保っていただけのルナマリアは、その瞬間、ぴんと張り詰めていた緊張の糸が
切れる音を聞いた。
 慌ててトラッシュバッグを引っ張り出し、素早くヘルメットを脱ぐと、構わずにその中に
口を突っ込み、吐しゃ物を流し込んだ。
 「うえっ……えぇっ……!」
 嘔吐の苦しみに、ルナマリアはむせび泣くように吐いた。
 ふと、機体が振動した。その揺れは、サイコレシーバーの振動と無関係ではないだ
ろう。――キュベレイが、インパルスを抱えて守ってくれている。
 「す、すみませんハマーンさ――おえっ……!」
 「だから言ったのだ、小娘!」
 ハマーンの叱責が飛ぶが、吐き気の治まらないルナマリアはそれどころでは無い。
 ファンネルがΖガンダムを囲い、そこへキュベレイが更にビームガンを撃って追い立
てる。だが、認識力がオーバーフローしているカミーユはそれを掻い潜り、ビームライ
フルで反撃を見舞ってきた。
 重金属の加速粒子弾がキュベレイとインパルスを襲う。キュベレイはインパルスを抱
えたまま熱線を回避するも、Ζガンダムの目がそれを追って、更にビームを連射して
くる。
 「ハマーンさん、あたしには構わずに!」
 お荷物になりたくない一心で、ルナマリアは叫んだ。しかし、それでもキュベレイはイ
ンパルスを放そうとはしなかった。
 (どうして……? どう考えても邪魔なはずなのに……)
 そう疑問に思った時、ルナマリアはふと気付いた。
1853/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 18:46:56.19 ID:???
 (え? 嘘、吐き気が……?)
 いつの間にか嘔吐感が減退していた。そればかりではない。Ζガンダムから発され
ている強力な精神派の流れも緩和されている。
 耳に、柔らかな温もりを感じた。ルナマリアはハッとして、サイドスクリーンに映るキ
ュベレイに目を向けた。またサイコレシーバーが幻覚を見せているのだろうか。キュベ
レイが微かに発光しているように見えて、その光が自分をバリアのように包んでくれて
いることが認識できた。
 「ハマーンさん……」
 顔を綻ばせるルナマリアの呟きに、ハマーンからの応答は無い。だが、ルナマリアは
こう思った。サイコレシーバーを捨てなくて良かったと。その優しさの片鱗を、ここにき
て知ることができたのだから。
 しかし、インパルスを抱えるキュベレイは不利だった。ファンネルのエネルギーも長
くは続かない。
 それでも、キュベレイは不利を承知でインパルスから離れない。その姿に、カミーユ
はハマーンが他人を拒絶するだけの女性ではないと知った。
 「――そうなのか、ハマーン?」
 攻撃をかわして、頭部バルカン砲を連射する。キュベレイの影からインパルスが飛
び出してきて、自らを盾にしてキュベレイを守る。間髪いれず、その脇の下からキュベ
レイが腕を伸ばし、ビームガンを見舞ってくる。
 「くっ!」
 重なった二つの思惟が、カミーユを一寸惑わせた。咄嗟の反応が遅れて、フライン
グアーマーの翼端部分にダメージを受ける。
 反射的にカミーユはシールド裏のミサイル四発を発射した。
 だが、その瞬間、スクリーンに俄かに光が広がった。それは、カミーユが撃ったミサ
イルが炸裂した光では勿論ない。その光はユニウスセブンの影から差している。
 「あの光は!」
 煮えたぎったマグマのように、膨大なエネルギー量の光球が次々と膨張と収縮を行
っていく。ユニウスセブンとメサイアはその光に照らされて、カミーユの見ている方向
からは逆光になって黒く塗り潰された。核爆発の光だと、カミーユはすぐに理解した。
 その眩い光に乗じて、キュベレイとインパルスがその場を離脱していく。しかし、カミ
ーユはそれを認識していながら、追うことはしなかった。事は、それだけでは終わらな
いということもあったからだ。メサイアが、その核爆発と連携するようにネオ・ジェネシ
スを撃ったのである。
 ネオ・ジェネシスは、ちょうどザフトと連合軍が交戦している空域を穿った。その一撃
で、多くの艦船やモビルスーツが沈んだのだろう。ネオ・ジェネシスの光が通過した後
には、大小様々な無数の光球が、あたかも銀河を形作るように連綿と繋がっていた。
 「死んだ……たくさんの命が、今の一瞬で……!」
 カミーユには、そのことが実感できた。身体を焼かれて肉体を失った多くの死者の断
末魔の悲鳴が、一挙にカミーユに押し寄せてきたのである。その苦しみは、なまじの
ものではない。
 「うっ……」
 カミーユは思わずヘルメットを脱ぎ捨て、催してきた吐き気に口元を押さえた。
 通信機が電波をキャッチしたのは、それからすぐのことだった。
 「聞きなさい、愚かにも再び核を持ち出したナチュラルよ」
 耳を打つその声に、カミーユは眉を顰めた。
 「この声、ラクス……?」
 「わたくしはラクス・クライン。この地球潰しの首謀者です」
 カミーユはその言い回しに違和感を覚えながらも、その言葉に耳を傾けた。
186通常の名無しさんの3倍:2013/09/04(水) 18:49:28.28 ID:???
sien
187通常の名無しさんの3倍:2013/09/04(水) 18:49:41.44 ID:???
支援する!
1884/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 18:52:06.82 ID:???
 「わたくしはこれまで、地球圏の平和の為に尽力いたして参りました。しかし、コーデ
ィネイター排斥の野心を隠さないロゴスをのさばらせてきた地球側の姿勢や、たった二
年前の痛みを忘れて武力闘争に明け暮れようとしている現行のプラント政府にはほと
ほと愛想を尽かしておりました。そして、反射衛星砲によってプラントが直接撃たれた
ことで、わたくしの心は決まったのです。このままでは、永遠にナチュラルとコーディネ
イターの憎しみの闘争が繰り返されるばかり。それならば、あの痛ましい“血のバレン
タイン”の悲劇を、プラント、連合の双方に今一度思い知らせるために、ユニウスセブ
ンを地球に落とすしかないと」
 「何を言ってるんだ……?」
 単純におかしいと思った。オーブで少し会話をしただけの関係でしかないが、ラクス
がこんな放言をするとは、とても思えない。
 「言わされてる? でも、これは……」
 妙な胸騒ぎを覚えた。カミーユは、Ζガンダムをウェイブライダーに変形させ、メサイ
ア方面に機首を向けた。
 
 ピースメーカー隊は、第二次ヤキン・ドゥーエ戦役末期に投入された、連合軍の核
兵器部隊の名称である。その流れを汲んだ“クルセイダーズ”は、ブルーコスの母体
であるロゴス主導の下で編成された部隊だった。
 しかし、実質的にロゴスの管理下にあったクルセイダーズは、プラント殲滅のための
主要部隊として戦線への投入のタイミングが図られていたのだが、その間にデュラン
ダルの世論誘導によって情勢が反ロゴスへと移り変わり、月のダイダロス基地陥落と
同時に最後の構成員であったジブリールが死亡したため、その管理権限が自動的に
連合軍総司令部へと移されていた。
 クルセイダーズは、言わばロゴスの忘れ形見のようなもので、その構成員は特にコ
ーディネイターに対して排外的な思想を持つ人員で固められており、核を撃つことを
微塵も躊躇わない凶暴性に、連合軍司令部もその扱いには難儀していた。
 しかし、そんな折にユニウスセブンが地球に落ちるかもしれないと知って、ここぞと
ばかりに切り札として作戦に組み込むことが決定された。
 第五、第八艦隊で陽動を掛け、その隙に低軌道上から攻撃するという作戦だった。
 ところが、その作戦はたった一隻のナスカ級戦艦の舳先に括りつけられた、アンテ
ナのような兵器の光によって頓挫した。
 「やはり使ってきたわね、ニュートロンスタンピーダー!」
 「ニュートロンスタンピーダー……!?」
 肘掛けを叩いて憤りを露にするタリアに、カガリはその聞き慣れない名称の兵器の
詳細を暗に促す。
 核爆発の光が未だに収まりきらない中、タリアが姿勢を正してカガリに向き直った。
 「平たく申しますと、核を自爆させる兵器です。特殊な電磁波を照射し、中性子の運
動を暴走させて強制的に核分裂を引き起こさせるというものです」
 「強制的に? なら、それがあれば核はもう役に立たないということか?」
 「理論的には。ですが、照射装置である量子フレネルは一度で焼き切れてしまいま
すし、同時に搭載艦の機能もダウンするので、連続での使用は不可能です」
 「ということは、第二波があれば――」
 カガリがそう期待を込めた時、「それは望み薄でしょう」とシャアが口を挟んだ。
 「連合の用意した核は、あれが全てだと思います」
 カガリが、「何故だ?」とシャアに向き直った。
 「ユニウスほどのものを壊すには、いくら核と言えども一度に多くの火力を集中させ
なければなりません。恐らく、連合はあの一撃に賭けていた筈です」
 「じゃあ、連合軍にはもうユニウス落下阻止の手立てが無いと……?」
1895/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 18:57:53.71 ID:???
 「どう考えても時間が足りませんでした。癪ですが、テロリストたちの電撃作戦を褒め
るしかありません。後は、我々のメテオブレイカーによる作戦の成功を祈るしかないで
しょう」
 核爆発の光が弱まっていく中、アークエンジェルのブリッジの空気はより神妙さを増
した。そんな中、メサイアは立て続けにネオ・ジェネシスを発射して、一同はその光景
に戦慄した。
 「作戦の失敗を見せ付けると同時に、戦術兵器で本隊へ大損害を与え、追い打ちを
掛ける……」
 肘掛けを固く握るラミアスの瞳には、憤りの色があった。
 「鮮やかなものね……これでは、連合とザフトの士気はガタ落ちだわ」
 ラミアスの言葉は、その通りだとシャアは思う。そして、今のネオ・ジェネシスの一撃
で、ザフトにも相当の被害が出たと予想できる。だからこそアークエンジェルと連携し、
早期にメサイアのラクス派を鎮圧しなければならないと思った。
 シャアは、一刻も早くタリアにアークエンジェルと協調する決断を促そうと、スクリー
ンに顔を上げた。だが、「グラディス艦長」と声を掛けた時、不意に始まったラクスの声
明が、そのシャアの行為を遮った。
 「……わたくしたちの行為を止めようなどと思わないことです。ユニウスは地球に落
ちます。それを阻もうとなされば、今しがたのような目に遭うものと知ってください」
 「これは、どういうことなのです?」
 挑発的なラクスの言葉に、メインスクリーンのタリアの目が釣り上がる。アークエン
ジェルの一同は動揺して、タリアの追及に対して答えられるような雰囲気ではない。
 不穏な空気を感じる。シャアは、咄嗟に「艦長!」と今一度強く呼び掛けた。
 「アークエンジェルとは、相互不干渉の立場を取ることを提案します」
 「クワトロ……!?」
 眉を顰めるタリア。シャアの提言に不快感を隠さない。
 だが、シャアは強引に進める。
 「今の宣言で、ラクスを救出すると言う彼らの動機は怪しくなりました。しかし、彼ら
の動揺は明白です。ならば、我々はアークエンジェルの行動に対し、一先ずは静観
の構えを見せることが望ましいと考えます」
 「……それは、今は些事にかかずらっている時ではない、という解釈でいいのね?」
 「そうです」
 シャアが力強く応じると、タリアは小さく深呼吸して「分かりました」と首肯した。
 「――アスハ代表も、それでよろしいか?」
 「……え? あ、ああ……」
 カガリはまだ動揺が抜け切っていないようで、しどろもどろになりながら了承した。そ
れでも、その後に「貴官の配慮に感謝する」と付け足せた辺りに、シャアは感心した。
 「――ミリアリア君、前線の部隊への連絡は?」
 シャアは、ふとオペレーター席に振り返り、訊ねた。
 「電波障害が起こっているようで、不通です」
 ミリアリアは即答した。シャアたちのやり取りから察して、予め試していたのだろう。
 シャアは「了解」と答えると、ブリッジの出口へと流れた。「どちらへ?」とラミアスが
振り返る。
 「私が直接伝えに行きます」
 シャアはそう言い残すと、ブリッジを飛び出していった。
 
 格納庫まで降りて百式へ向かっていると、下の方から「カタパルトを使え!」という
野太い声が聞こえた。
 「艦長から話は聞いている! できる範囲で補給と修理もさせてもらった!」
190通常の名無しさんの3倍:2013/09/04(水) 19:01:31.03 ID:???
支援するぞ!
1916/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 19:03:02.81 ID:???
 がっしりとした体躯の男が、シャアに向かって叫んでいた。アークエンジェルのメカ
ニックチーフであるコジロー・マードックである。
 シャアは百式のコックピットに取り付きながら、「すまない!」と大声で返した。
 「急ぐんだろ?」
 「ありがとう!」
 シャアは吸い込まれるようにコックピットへと乗り込んだ。
 エンジンを始動させて、百式をカタパルトデッキへと移動させる。その間にもラクスの
声を流す電波は続いていたが、ちょうどカタパルトに足を乗せた時、「お待ちください」
とラクスに舌戦を挑む声が入った。
 「ミーア……」
 それは、全く同一の声であると言っても差し支えがない。ラクスが急に一人芝居を始
めたと勘違いしても不思議ではないやり取りである。
 だが、シャアはそれに惑わされることなく、その実態を把握していた。ミーアが、乱入
を仕掛けたのだ。
 「しかし、ミーアに彼女の相手が務まるか?」
 スクリーンに発進シークエンスの表示が出て、通信機から「発進どうぞ!」というミリ
アリアの号令が届く。
 「出るぞ!」
 操縦桿を引いてスロットルを開くと、カタパルトレールに乗った百式は加速を始め、
再び宇宙へと飛び出していった。
 
 ミーアがブリッジに入った時、既にアークエンジェルとの通信は終わっていた。
 ドアが開く音に気付いて、ブリッジクルーの目が一斉にミーアに集中した。ミーアは
一寸、その視線に怖気ながらも、前へ進み出てタリアの傍らへと向かった。
 「な、何だ?」
 アーサーが席を立って、当惑した声で言う。ミーアはそれを一瞥すると、タリアに目
を戻した。
 「こっちからラクス様の電波に割り込むことはできませんか?」
 問うと、タリアは鋭い眼差しをミーアに向けた。ミーアはその眼差しに気圧されかけた
が、キュッと口を結んで足を踏ん張った。
 「あなたがラクス・クラインに対抗しようと言うの?」
 タリアは懐疑的な物言いでミーアに迫った。でしゃばった真似は止めなさいと言いた
げな眼差しである。
 ミーアは目を閉じ、一つ深呼吸した。ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐き出す。そうして
気持ちを整えて瞼を上げると、スクリーンの中のラクスを見据えた。
 「――大丈夫です」
 静かに、だが芯のある声でミーアは答えた。
 タリアは、その瞬間、ミーアが醸す雰囲気が変質したと感じた。凛とした佇まいから
滲み出る空気に、スクリーンの中のラクスと同じ感じを受けたのだ。
 「あなた……」
 タリアは、においを感じた。それは、きっとシャアのにおいだろう。
 (やあね、あたしって……)
 こんな時でも無粋な想像力が働く本能が、軍人に徹したいタリアは疎ましかった。
 ミーアは、明らかに今までとは違う。しかし、まだ確信は持てない。
 タリアは気を取り直し、「分かっているの?」と問い掛ける。
 「彼女を打ち負かすことが出来れば、離反していったザフトの目を覚ますことができ
るかもしれない。そうなれば、テロリストたちに動揺が広がって、ジュール隊の突入も
容易になるでしょう。でも、それが失敗した時は……」
1927/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 19:07:54.32 ID:???
 説明するように言って、それとなくプレッシャーを掛ける。もし、ミーアが返り討ちにあ
うようなことになれば、逆にザフトの方が痛手を被ることになるという意味である。
 タリアはその覚悟を試していた。ここで怖気づいて心を乱すようであれば、ミーアの
意見は却下するつもりだった。
 しかし、ミーアは動じることなく、「やらせてください」と迫った。タリアは、それで覚悟
を試されているのは自分の方なのだと気付いた。
 「ふぅ……」
 ミーアは本気だ。タリアも腹を括らざるをえない。
 「……分かりました。あなたに全てを賭けます」
 タリアは少し間を置いてから短く答えると、艦長席をミーアに譲り、メイリンを呼んだ。
 「ラクス・クラインの放送に電波ジャック、掛けられて?」
 「前に電波ジャックされた時の意趣返しですね!」
 メイリンの鼻息も荒い。彼女もかなりやる気だ。
 (若いっていいわねえ……)
 タリアは内心でぼやきながらも、「そうよ!」と力強く返した。こうなったら景気付けが
肝要だ。タリアはメイリンの軽口に乗じて、ミーアを盛り立てるつもりでトーンを上げる。
 「お構い無しにこちらの電波をねじ込んでやりなさい!」
 「了解っ!」
 メイリンが景気良く返事をする。その一方で、ミーアは実に落ち着き払った様子で艦
長席に鎮座していた。心を鎮め、凛とした佇まいには、頼もしささえ感じられる。タリア
はその時、影と光が入れ替わる瞬間のイメージがふと頭に思い浮かんだ気がした。
 「……キューです!」
 少しして、メイリンから合図が出た。ミーアは立ち上がり、第一声を発した。
 
 艦隊の後方、メサイアのネオ・ジェネシス近辺にエターナルは位置していた。
 ラクスは、そのエターナルのブリッジの中で最も高い席に腰掛け、語り続けていた。
 だが、話し始めて数分が経った頃、突如自分の様子をモニタリングしているスクリー
ンが乱れたかと思うと、次に映像が回復した時には画面が二分割されていて、そこに
は自分と同じ顔の女性が並んで映っていた。
 「お待ちください」
 ミーアの第一声。介入だ。ラクスはその時、人知れず口元に笑みを浮かべた。
 スカートの裾からピンク色のハロが静かに転がり出て、口の部分からコネクターケ
ーブルを伸ばす。ラクスの目が、確認するようにその様子を一瞥する。
 「あなたは間違っています」
 シンプルなミーアの批難。ラクスは顔を引き締め、射るようにミーアを見据えた。
 「いきなり何の真似ですか? わたくしは、わたくしの名を騙るような偽者と話す舌な
ど持ち合わせておりません」
 「わたくしとあなた、どちらが本物でどちらが偽者か……今更、それを論じる意味は
ありません。今はただ、ユニウスを地球に落とそうとしているあなたと、それを止めよう
としているわたくしと、どちらが正しいか……それだけです」
 ミーアの瞳には、刃物の煌きのような光が宿っている。強い光だ。
 「それがはっきりした時、わたくしとあなたのどちらが本物のラクス・クラインであるか、
自ずと判明するでしょう」
 「……無礼な」
 ラクスも声のトーンを落として、反論を開始する。
 「それは既に決したことです。デュランダル議長と共に演説を行っていたあなたは、
あの時、わたくしの言葉に何も反論できなかったではありませんか」
 ラクスがそう詰め寄ると、画面の中のミーアは言葉を詰まらせた。
1938/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 19:13:51.96 ID:???
 ハロが静かに転がって、他のクルーに気付かれないように、慎重にケーブルをラク
スの席のコネクター部分に伸ばす。ラクスはもう一度それを一瞥してから、再び画面
の中のミーアを見据えた。
 「何も言い返せないことが、あなたが偽者である証拠です。デュランダル議長はわた
くしを利用しようと、あなたをわたくしに仕立て上げ、悪用してきました。それは、許され
ることではありません」
 「そうでしょうか?」
 即座に切り返すミーア。ラクスはコネクターにケーブルを接続する直前のハロに向
かって、咄嗟に手で一時停止の合図を出した。
 「デュランダル議長は、少なくともロゴスの存在を世界に示し、コーディネイターとナ
チュラルの争いの根源を断とうとなさいました。わたくしは、そのお手伝いをして平和
な時代になるように力を尽くして参ったつもりです。わたくしは、わたくしが本物のつも
りですが、では、もしあなたも本物と主張なさるのなら、再び表舞台に現れるまでの二
年間、あなたは何をなさっていたのでしょう? そもそも、何故オーブのアスハ代表と
一緒だったのですか?」
 「デュランダル議長の野心が透けて見えたからです。ロゴスの打倒に乗じて、デュラ
ンダル議長は戦乱を呼び、助長してきました。わたくしはそれを見守っておりました。
そして、オーブへの侵攻作戦を目の当たりにし、覇権主義に囚われた方とは行動を共
にすることはできないと思い至りました。だからわたくしは、平和志向のオーブと手を
携える道を選んだのです」
 「それは詭弁です」
 ばっさりと切り捨てるミーアに、ラクスは身動ぎした。
 「詭弁?」
 「デュランダル議長に関しては、あなたとわたくしの見解の相違に過ぎません。です
が、あなたが仕掛けたユニウス落しは、多くの罪の無い人々を虐殺する行為です。そ
れで平和志向などと、笑止千万、恥をお知りなさい!」
 鋭く見据えるミーアの眼差しは、少しも気後れしてはいない。
 ミーアから並々ならぬ気迫を感じる。ラクスはこっそりと手でケーブル接続中止の合
図を出した。ハロのセンサーに当たるゴマ粒のような目がそれを認識して、パパパッと
瞬く。
 ハロはケーブルを収納すると再び静かに転がり、誰にも気付かれることなくラクスの
スカートの中へと潜り込んでいった。
 「……恥を知るのはあなたの方です。あなたが何をしましたか? デュランダル議長
の言いなりになるだけで、戦火の拡大を傍観していただけではありませんか。――わ
たくしは違います。ユニウスは、人の争いの業に対する戒めのために地球に落ちるの
です。その痛みを知った人類は、ナチュラル、コーディネイター問わず未来に平和を
誓うでしょう」
 「愚かな……そんな独り善がりな思いで、関係のない数多の人々を巻き込むという
のですか」
 「わたくしには大儀があります。人類の争いの歴史に終止符を打つため、わたくしは
あえて大きな十字架を背負う覚悟をいたしました。この覚悟を、何人たりとも止めるこ
とはまかりなりません」
 「ならば、わたくしたちがそれを止めることで、あなたの過ちを正して見せましょう」
 「結構です。先ほどあなたがおっしゃったように、わたくしとあなた、どちらが本物のラ
クス・クラインか、それで決まるでしょう」
 互いを見据えるように、二分割された画面のラクスとミーアは眼光を鋭くした。だが、
二人の視線は決して交わることはない……
 
1949/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 19:18:32.37 ID:???
 対峙する二人のラクスに、電波を受信してそのやり取りを視聴していた者たちは当
惑した。ハマーンはサブ表示の別窓でラクスとミーアのやり取りを見守りながら、「始
まったな」と呟いた。
 「これ、どっちがどっちか分かりませんけど、本当にミーア・キャンベルがやってるこ
となんですか?」
 訝るルナマリアの気持ちは、分からないでもなかった。ミーアにラクスの演説が流れ
たら介入するように指示したのはハマーンであったが、のっけから渡り合えるとは思っ
てなかった。だから、ミーアの存外な健闘は、ある意味、誤算だった。
 (だが、これで奴も変に気を使わなくて済むというもの……)
 ハマーンはメサイアに目を向けた。前方のスクリーンの半分ほどを埋めるメサイアを
凝視して、その周辺を弄るように知覚を働かせる。人の存在が、木々のざわめきのよ
うに認識できた。
 ハマーンはその思惟の人ごみを掻き分けて、ラクスに迫ろうとした。しかし、距離があ
る。それっぽい感覚は感知できても、それがラクスであるかどうかの確信は持てなかっ
た。
 感応によって認識力をオーバーフローさせていたのは、カミーユだけではない。だが、
それ故に余計な思惟も拾うようになってしまって、その中から特定の人物を選り分ける
ことは難しかった。
 (接近するしかないか……)
 その結論に至ったハマーンは、ルナマリアにミネルバへ戻るよう告げた。
 「こういう状況になれば、ミネルバを手薄にしておくのは得策ではない」
 「ミーアが狙われるから、ですか?」
 「先ほどのメサイアの攻撃で、ザフトの動きも鈍くなっている。テロリストどもの足取
りは軽いだろうな」
 「それは分かりますけど……ハマーンさんは?」
 「……」
 キュベレイはジッとメサイア方面を凝視していた。ルナマリアは、その態度から、漠
然とハマーンがメサイアに向かうつもりなのだと察した。
 「行くならあたしも!」
 咄嗟に言ったが、ハマーンは「駄目だ」と言って許さない。
 「カミーユもメサイアへ向かっているようだ」
 その名を出された途端、ルナマリアは急に吐き気を感じた。
 (何これ……! トラウマにされている……!?)
 条件反射的な身体の変調。無意識の内に、カミーユへの拒絶反応を植え付けられ
ている。ルナマリアは、そのことに今になって気付いた。
 「サイコレシーバーを外せないお前では、足手纏いだ」
 ハマーンの、全てを見通しているかのような言葉。しかし、それでもルナマリアはサ
イコレシーバーを外せない。外したら、ようやく気持ちが通じ合えそうなハマーンとの
繋がりが、断ち切られてしまうような気がしていたからだ。
 キュベレイは、葛藤するルナマリアを尻目にメサイア方面へと向かっていく。
 「まっ……!」
 追いかけようとしたが、スロットルレバーを奥に押し込むことはできなかった。
 吐き気とカミーユへのトラウマが、無意識にルナマリアの身体を縛っている。
 「こんなことなんかで!」
 抵抗を試みるも、やはりレバーを押すことができない。何度もトライしたが、結局、ル
ナマリアはメサイアに向かって加速することはできなかった。
 キュベレイのテールノズルの光は、とっくに見えなくなっていた。
 「んっ!」
195通常の名無しさんの3倍:2013/09/04(水) 19:22:09.65 ID:???
支援
196 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 19:24:20.02 ID:???
すんません、ちょっとトラブルが発生しました
続きはまた後で投下します
19710/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 23:45:38.10 ID:???
 ルナマリアは唸って、コンソールに拳を叩きつけた。
 レーダーが友軍の接近をキャッチしたのは、それから少ししてからだった。ルナマリ
アは首をもたげ、その方向に目を向けた。
 金色のボディは、黒い宇宙空間によく映える。狙ってくれと言わんばかりの自己主張
の強さは、ルナマリアには到底理解できない。
 「クワトロさん!」
 百式はインパルスに接近してくると、挨拶をするように赤く双眸を瞬かせた。
 「一人か?」
 「クワトロさん、ハマーンさんを追ってください!」
 ぶしつけなルナマリアに驚いて、百式が少したじろいだ。
 「追う? ハマーンを?」
 「早く!」
 じれったくなって、思わず怒鳴る。ハマーンに無関心なシャアは許せないとばかりに。
 「ハマーンさんはメサイアに向かったんです! きっと、ラクス・クラインに会いに行く
つもりなんですよ!」
 「ラクスに? しかし、それは――」
 「あたしには分かるんです! クワトロさんには分からないんですか!?」
 シャアには、ルナマリアが分からなかった。ルナマリアはハマーンに都合よく利用さ
れている節がある。その彼女が、ここまで必死になるのが理解できなかった。
 しかし、ここまで強く言うからには、何か心を砕くようなことがあるのだろう。
 (気に留めておく必要はあるのかも知れん……)
 女性の勘は、意外と侮れない。シャアは、「分かった」と答えた。
 「どの道、ハマーンにもアークエンジェルと停戦を結んだことを伝えなくてはいかん。
ラクスは、利用されている可能性がある」
 「え? アークエンジェルと停戦? 利用……って、この放送もそうなんですか?」
 「多分な」
 シャアは答えつつ、メサイア方面に目をやった。
 「ジャミングも掛けられているようだ。私は、これからそれを前線のシンたちに直接伝
えに行く。ルナマリアはミネルバまで後退して、守りを固めてくれ。敵の襲撃がありそう
なんだ。今、連中にミーアの邪魔をさせるわけにはいかん」
 「わ、分かりました。――あの、ハマーンさんをよろしくお願いします」
 「無論だ。了解していると言っている」
 しつこいルナマリアに、シャアは辟易した様子で返した。
 百式のノズルが点火し、加速を始める。ルナマリアはそれを見送ってから踵を返した。
 「ハマーンさん……シン……」
 ルナマリアはふと二人の名を呟き、背後を映すスクリーンに目を向けた。ユニウスセ
ブンは開戦当初よりメサイアから遠ざかり、より地球へと接近していた。
 
 鉢合わせになったのは、クルセイダーズによる核攻撃が失敗に終わる少し前のこと
だった。メサイアも近くなってきた頃、最も突出していたシンとレイは、少し先を行く四
体のモビルスーツを発見していた。
 識別は、ドム・トルーパーが三体と、インフィニット・ジャスティス。
 「何でこんな所で孤立してるんだ……?」
 シンは最初、そんな感想を抱いた。まるではぐれてしまったかのようなジャスティス
とドム・トルーパーの編隊飛行の姿に、不可解さを感じたのである。
 そのシンとレイの接近を、先を行くアスランたちも察知していた。アスランは、デステ
ィニーとレジェンドが迫ってくる方向に反転すると、ヒルダたちに先に行くように促した。
 「あなたたちのドムなら、少しはサトーの目を欺けるかもしれない!」
19811/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 23:51:33.08 ID:???
 だから、デスティニーとレジェンドを食い止めている間にラクスを救出してくれ、とアス
ランはヒルダたちを急かした。ヒルダたちは、「かたじけない」とアスランに告げて、メサ
イア方面へと先行していった。
 レーダー上のジャスティスの反応が止まる。一戦交える構えだ。が、シンはカメラが
拡大したジャスティスの姿を見て、思わず眉を顰めた。
 「ミーティアじゃないし、フリーダムも見えない……何でだ?」
 事情を知らないシンには、その理由を窺い知ることは出来ない。ただ、その不可解さ
にひたすら疑問符を浮かべるだけだ。
 しかし、レイは違った。レイがシンより明らかに優れている点は、同じ情報量からでも
より深く相手の事情を洞察できる部分にある。
 レイは、ジャスティスとフリーダムが何らかの事情で別行動を取らなければならない
状況に追い込まれているのではないかと推察した。ジャスティスとドム・トルーパーが
メサイアに向かっていたのは、その窮境からの脱出を図ろうとしていたからではない
か、と。
 (ならば、今ならフリーダムはジャスティスの援護を受けられない……?)
 そう仮定したレイは、デスティニーのアロンダイトとジャスティスの脛のビームブレイ
ドが激突した瞬間、単身メサイアへと向かう姿勢を見せた。
 だが、アスランの目がそれを逃さない。
 「行かせるか!」
 蹴りを振り抜いてアロンダイトをいなすと、立て続けにデスティニーに体当たりをかま
して突き飛ばし、背を向けたレジェンドにビームライフルとフォルティスビーム砲による
弾幕を浴びせた。
 「――チィッ!」
 レイは大きく上下左右に振られ、足止めを余儀なくされる。
 「邪魔するな!」
 ドラグーンを全放出し、ジャスティスに全方位攻撃を加えた。しかし、ジャスティスは
その砲撃を潜り抜けて、更にビームライフルでレジェンドを狙撃してくる。
 狙撃をビームシールドで防ぎ、迫るジャスティスに銃口を向ける。だが、その時、デ
スティニーが横合いからジャスティスを急襲し、アロンダイトで斬りかかった。
 ジャスティスは咄嗟にシールドを構えて、アロンダイトを防いだ。しかし、加速の勢い
に乗せて振り下ろされた重量級の一撃は、防御をものともせずにジャスティスを力任
せに吹き飛ばした。
 すかさずデスティニーが高エネルギー長射程ビーム砲を構えて、ジャスティスを狙
う。だが、シンがトリガースイッチを押そうとした刹那、不意にジャスティスの背中のリ
フター、ファトゥム01がパージして、デスティニーへと突撃してきた。
 「これかよっ!?」
 その突飛さに動転したシンは、反射的に射撃モーションを解き、回避動作に切り替
えていた。急襲するファトゥム01を、デスティニーは車にはねられるようにしてかわす。
 棘のようにビームブレイドを伸ばすファトゥム01が、猛スピードですぐ脇を掠めていく。
回避が間に合わなかったらと思うと、シンは背筋がゾッと寒くなった。
 「百式の戦闘記録で見ちゃいたけど――!」
 アスランの技量の高さが覗えた。ターゲットを絞った瞬間を狙われたのだ。だから、
ターゲットが二つに分離した時、シンは一瞬、照準の混乱の修正に手間取った。それ
故、その分だけ回避が紙一重になった。
 「確信犯的にこういうことができる奴……アスラン・ザラか!」
 ヤキンの英雄の一人として、フリーダムのキラ・ヤマトと並び称されるその名前を意
識する。なまじではない。シンはデスティニーのバランスを立て直し、気合を入れ直し
た。
19912/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/04(水) 23:58:42.10 ID:???
 レジェンドのビームライフルが、ジャスティスを狙う。しかし、ジャスティスはそれをす
いすいとかわし、あまつさえシャイニングエッジを投擲した。見事な手並みだ。レジェン
ドは空いている左手にビームサーベルを抜いてそれを弾いたが、その間にジャスティ
スは自走状態から帰還したファトゥム01と再びドッキングしていた。
 ――クルセイダーズによる核攻撃が行われたのは、そんな時だった。サトーが準備
していたニュートロンスタンピーダーが照射され、核弾頭は全て自爆。ユニウスセブン
の影で膨張していく凄まじい光に、三者は一様に目を奪われた。
 核の圧倒的な光の前に、思わず我を忘れる。が、そんな中、いち早く我を取り戻した
レイが、その間隙を縫って単身メサイアへと加速を始めた。
 「むっ……!」
 その動きに気付いたアスランが、すぐさまレジェンドの妨害へと動く。だが、更にその
動きを感知したデスティニーに凄まじい加速で迫られ、阻止された。
 「お前は!」
 「何だ!」
 核爆発の光が収束していく。ジャスティスは二本のビームサーベルを交差させて、デ
スティニーのアロンダイトを防いだ。
 互いの双眸が、気合を発露させるようにグリーンの光を瞬かせる。その時だ。背後の
メサイアが、噴火する火山のようにネオ・ジェネシスを発射した。
 宇宙を穿つ光の帯の中を、いくつもの光球が瞬いては消えていく。互いに弾かれるよ
うにして間合いを取った両者は、昇天の光を背景に幾度も切り結んだ。
 デスティニーは背部のスラスターから紅に光る翼を広げ、仄かに発光しながら飛び
回り、残像を見せる。スピードと運動性で、デスティニーはジャスティスを凌駕する。
 しかし、豊富に揃えた近接武器が悉くシンのアタックを防ぐ。アスランは複数の武器
を駆使し、デスティニーを完封する。
 少し、ジャスティスを侮っていたのかもしれない。フリーダムを倒したことがあるとい
う自信が、シンの中で無意識の内に増長となっていた可能性は否めない。フリーダム
に比べれば――そんな油断が無かったとは言い切れないのだから。
 付け入る隙を与えないジャスティスは間違いなくフリーダムに匹敵する強敵だった。
ゴールの無いマラソンを走らされている――そんな気分だ。
 ところが、そのジャスティスの挙動が急に乱れた。
 「何だ?」
 緩慢な挙動は、明らかに集中を欠いている。
 それは、ラクスの声が流れ始めてからのことだった。シンにとっては耳障り程度のも
のでしかなかったが、ジャスティスにとってはそうではないようだ。しきりにメサイア方
面を気にして、デスティニーへの警戒も緩くなっている。
 ラクスの言葉はいつになく過激で、挑発的だった。シンは、それがラクスの本性なの
だろうとしか考えない。
 しかし、アスランにしてみれば、ラクスのその言葉はとても信じられるものではなかっ
た。何かの間違いだとしか思えなかったのだ。
 その惑いが、モビルスーツの操縦にまで影響した。
 相手が並大抵であったならば、それでも何とかなっただろう。しかし、今アスランが対
峙しているのはデスティニーのシン・アスカである。ほんの少しの甘えも許されない敵
を相手に、アスランの動揺は致命的であった。
 デスティニーの振るうアロンダイトに、僅かに反応が遅れた。シンは確信を、アスラン
は不覚を悟る。殴りつけるようなアロンダイトの一撃が、ジャスティスのシールドを弾き
飛ばした。
 「貰ったあっ!」
 シンはカッと目を見開き、ジャスティスの胴体目掛けて突きを繰り出した。
200通常の名無しさんの3倍:2013/09/05(木) 00:05:34.22 ID:???
支援
20113/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/05(木) 00:08:27.11 ID:???
 アスランは、その切っ先がジャスティスを貫いているコンマ数秒先の未来を想像して、
心が凍りついた。
 (やられる――!?)
 ――刹那、サトーの嘲笑と、カガリの寂しそうな笑みが脳裏を過ぎる。
 (俺には、まだ――!)
 込み上げてくる激しい憤りと未練。死を意識する中で生への執着を爆発させた時、
アスランは目覚めた。
 突きを繰り出したアロンダイトの切っ先が腹部に迫る。だが、見開いたアスランの目
がそれを冷静に見極め、ジャスティスは素早く身を仰け反らせた。
 「……っ!?」
 シンは思わず目を丸くした。アロンダイトのレーザー刃部分が、擦るようにジャスティ
スの胸部を焼く。が、装甲を薄く掠っただけで大したダメージにはならない。
 「かわしたっ!?」
 その奇跡的な回避に、シンは驚愕して一瞬固まった。そこへ、ジャスティスの脛のビ
ームブレイドが急襲し、アロンダイトを蹴り上げた。
 「しまっ――!」
 慌ててアロンダイトを掴もうとしたが、その前にジャスティスが撃ったフォルティスビー
ム砲がアロンダイトを破壊していた。
 「――何て奴っ!」
 シンは右手にビームサーベルを、左手にビームライフルを握らせ、間合いを取った。
 ジャスティスが変質した――シンがそう感じたのは、ジャスティスの挙動にフリーダ
ムのような底冷えするような緊張感ある鋭さを見たからだ。
 「何なんだよ、こいつ! いきなり変わって――くっそぉっ!」
 ジャスティスは、殆ど減速することなくシンの迎撃を掻い潜って肉薄してくる。そして、
柄尻を合わせて両端からビーム刃を伸ばすアンビデクストラスハルバート形態のビー
ムサーベルを振り回し、デスティニーを追い込んできた。
 攻守逆転。シンもビームサーベルとビームライフルを駆使して抵抗したが、バトンの
ように振り回すアンビデクストラスハルバートを凌ぎきれず、右肩と左外脛に切り傷を
負った。
 「こんのぉっ!」
 焦りがシンの気持ちを逸らせる。攻めなければ、という強迫観念に突き動かされ、強
引に前に出てビームサーベルを振りかぶった。
 しかし、そのタイミングを見計らっていたジャスティスが、再びファトゥム01を発射した。
 「あっ……!」
 ハッと息を呑んだ。それは、死神の鎌が喉元に宛がわれているかのような悪寒。
 前掛かりになったところでの、ファトゥム01のカウンター。思考が凍りつき、一寸、頭
が空っぽになる。
 ――それは、生存本能が働きかけたものだったのだろう。白く消し飛んだ脳裏に、ふ
と一つのイメージが浮かんだ。シンは、そのイメージに生命への強い執着心を抱いた。
 (ルナ……!)
 ベッドに横たわる裸のルナマリアがフラッシュバックした。こんな時に何を思い出して
いるんだ――しかし、勃起する股間と同時に停滞していた思考が加速を始め、シンを
至高の境地へと至らせた。ゲルズゲーとの戦いで目覚め、フリーダムとも互角に渡り
合えた、あの境地だ。
 ファトゥム01がデスティニーの眼前に迫る。だが、ファトゥム01のビームブレイドが貫
いたのは、デスティニーの残像だった。
 「――こんなことなんかでえっ!」
202通常の名無しさんの3倍:2013/09/05(木) 00:10:11.53 ID:???
支援する!
20314/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/05(木) 00:14:07.58 ID:???
 それは、一瞬の出来事。デスティニーはファトゥム01の下側に潜り込むと、そこに掌
底を突き込んだ。手の平に仕込まれている短距離ビーム砲、パルマフィオキーナが火
を噴き、ファトゥム01を貫く。そして、デスティニーが素早くその場を離脱すると、墜落
寸前の航空機のように煙を噴いて流れていくファトゥム01は、岩に衝突し、爆砕した。
 「ファトゥムが……!」
 愕然とするアスラン。
 しかし、ファトゥム01を失ったことを悔いている暇は無い。ファトゥム01の喪失でジャ
スティスの戦闘力が落ちていると睨んだデスティニーが、速攻を仕掛けてきたのだ。
 抉るような逆水平の斬撃をかわしつつ、先ほど弾かれて漂っていたたシールドを回
収する。
 デスティニーがビームライフルを構える。鋭い連続ビームがジャスティスを襲う。が、
シールドで全てをシャットアウトした。
 「チッ!」
 アスランの耳に、シンの舌打ちが聞こえる。
 「何でヤキンの英雄だったアンタたちが、今になって地球潰しなんか!」
 デスティニーは高速で移動し、一瞬にしてアスランの視界から消えた。
 「――そこ!」
 振り返りざまにアンビデクストラスハルバートを薙ぐ。肉薄していたデスティニーは
急制動を掛けてその切っ先をかわし、ビームライフルを構えた。だが、トリガーを引く
より先にジャスティスが前に出て、逆袈裟切りを繰り出した。
 デスティニーはジャスティスを飛び越えるように前方宙返りをして、その斜め後方か
らビームライフルを撃った。しかし、鋭く反転したジャスティスがシールドで防ぐと、デ
スティニーは咄嗟に間合いを開いた。
 「こんなことして、何になるって言うんだ!」
 「誤解だ! 俺たちじゃない!」
 「言い逃れを!」
 通信回線からは、まだラクスの声が流れ続けている、ミーアとの論戦という形に移り
変わっていたが、ラクスのものと思しき言葉の内容は、相変わらず過激で挑発的だ。
ラクスは、その中で明言しているのだ。ユニウスセブンを地球に落とすと。
 ラクスは人が変わったようだった。しかし、アスランは事の真相を知っている。
 「言い逃れなんかじゃ!」
 デスティニーの鋭い射撃がジャスティスを襲う。アスランはその光に目を細めながら、
無線の向こうの少年に訴えかけた。
 「ユニウス落しを画策したのは、サトーという男だ! 奴がラクスを人質にして組織を
乗っ取り、仕掛けていることだ!」
 「信じられるか!」
 デスティニーが再び迫る。凄まじい速度だ。ジャスティスはフォルティスビーム砲で
迎撃するも、デスティニーは幻惑するように残像を発生させ、ビームを掻い潜って肉
薄してくる。
 その手に持った高熱の刃が、一陣の風のようにジャスティスを斬りつけてくる。鋭い
一閃。だが、今のアスランに見切れないものはない。
 デスティニーのビームサーベルの軌道を見極める。光の刃の軌跡を追い、アスラン
は素早く正確にジャスティスをコントロールする。
 ジャスティスとデスティニーのビームサーベルが、一瞬かち合う。突発的に強い光が
広がって、すぐに収束する。ジャスティスがデスティニーのビームサーベルを受け流
したのだ。
 デスティニーはその速度を維持したまま駆け抜けていく。アスランは咄嗟に振り返り、
デスティニーの姿を追った。
20415/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/05(木) 00:19:56.14 ID:???
 「本当のことなんだぞ! こんな無意味な争いをしている間にも、ユニウスは――!」
 「なら、今すぐラクスを黙らせてみろよ!」
 デスティニーが高エネルギー長射程ビーム砲を構えた。ジャスティスはビームシー
ルドを構えて、その一撃に備える。
 だが、その時だ。「待て、シン!」と制止する声と共に、一体のモビルスーツが介入し
てきた。
 金色のモビルスーツだ。それは、シャアの百式である。
 百式はデスティニーに接近すると、高エネルギー長射程ビーム砲の砲身を掴んで
制し、ジャスティスに対してもマニピュレーターで制止のジェスチャーを示した。
 「クワトロさん!」
 「双方、一先ず矛を収めてもらう。ミネルバとアークエンジェルは、停戦を結んだ」
 「停戦……って!? どういうことなんですか!」
 食って掛かるようなシンに、正面スクリーンの中の百式が顔を向けた。通信回線が
繋がっている事を示す光が、百式の黒いサングラスに走る。
 「ジャスティスのパイロットが言っていることは、あながち間違いではないかもしれん
ということだ」
 「本気なのか……? だったら、このラクスの言葉はどう説明をつけるってんです?」
 回線からはラクスの過激な言葉が流れ続けている。「ユニウスが地球に落ちなけれ
ば、本当の平和はやってこない」――こうのたまう彼女が首謀者でないとは思えない。
 「ラクス・クラインについては、まだ何とも言えん」
 シャアもまだ確信は持てていない。だから、シンが疑問に思う気持ちを、一概に否定
したりはしない。
 「だが、オーブの識別を出している三体のドムとジャスティスは、間違いなくアークエ
ンジェルから出たものだ。アークエンジェルは月で別れた後、ラクスの艦隊とは接触
していない。それに、彼らは寧ろメサイアに仕掛けようとしている」
 アークエンジェルは“シロ”だというのがシャアの主張だ。
 「でも、だからって……」
 渋るシン。シャアもその心情は理解できる。だが、従ってもらわなければ困る。
 「納得できないかもしれないが、グラディス艦長の判断でもある。テロリストたちにと
って、ジャスティスの彼を含む一部の人間は、邪魔な存在だったのだろう」
 不満げなシンを諭すようにシャアが言うと、「その通りです」とアスランが会話に参加
してきた。
 「サトー……テロリストたちは、対ナチュラル強硬派だった旧ザラ派の面子で固めら
れています。ユニウスを落とすのは、そういう思想的な事情からでしょう」
 「――アスラン・ザラ君だな?」
 シャアが確認すると、「はい」とアスランは答えた。
 「クワトロ・バジーナさんとお見受けします」
 アスランは言いながら、本当にデュランダルの声とそっくりだ、と思った。
 カミーユの証言から、何とはなしに知っていた。だが、いざ耳にしてみると聞き分け
られないほどに似ている。
 言葉を交わしたことは無いが、互いに戦場で面識がある間柄である。が、それは今
は気にすることではない。
205通常の名無しさんの3倍:2013/09/05(木) 00:22:08.10 ID:???
支援を続ける!
20616/16 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/05(木) 00:25:49.93 ID:???
 シャアは、そのまま話を続けた。
 「ザラ派というと、君の父上の派閥ということになるのだろうが――」
 「そうですが、自分は心情的にはクライン派……と言うよりもラクスに同調しています。
最初はそういう人間の集まりだったのですが、そこに目を付けて取り入ってきたサトー
にラクスを人質に取られ、ご覧の有様です」
 「その辺りの流れは承知している。だから、無用な争いを避けるために私が来た」
 シャアは言うと、シンに向かって「レイはどうした?」と訊ねた。
 「さっき、交戦中にメサイアに向かったみたいですけど……」
 「そうか……ジュール隊がアタックを掛ける時間が迫っている。私はこのままジュー
ル隊のサポートに回りたい。――任せられるか?」
 聞くと、シンは「分かりました、行きます」と答えた。
 「ハマーンもメサイアに向かっているようだ。彼女を見かけたら伝えておいてくれ」
 「……了解!」
 デスティニーは背中のスラスターを鳥の翼のように広げ、紅く光る羽根を散らしなが
ら加速していった。
 「俺もラクスの救出に向かいます」
 アスランも告げる。ジャスティスはメサイア方面に方向転換し、緩やかに加速を始め
ていた。
 「彼女は脅迫されています。そう考えなければ、この主張はあまりにも不可解です」
 「変心の可能性は?」
 「……あり得ないと思います。クライン派は融和路線で、父の派閥とは思想的に相容
れませんでしたから。洗脳でもされてない限りは……」
 「やはり、無理矢理に従わされている可能性が高いというわけか」
 「そうです。そして、ラクスを救出できれば、彼女の安全を担保に従わされているキラ
……フリーダムのパイロットも、くびきから解き放てるはずです」
 「ほお。フリーダムを味方に出来れば確かに心強い。――了解した。健闘を!」
 シャアがエールを送ると、ジャスティスは双眸を瞬かせて応じ、メサイアへと向かっ
ていった。
 「さて……」
 シャアは時間を確認して、後方に目をやった。
 ジュール隊の艦隊は、近辺の宙域を通過する予定になっている。少ししてレーダー
に機影が表示され始めると、肉眼でも行軍する艦隊の光が確認できた。
 「あれか……むっ!?」
 シャアが確認するように呟くと、そのジュール隊を攻撃するビームの光が見え始め
た。まだ数は少ないが、メサイア方面から複数のテールノズルの光がジュール隊の
艦隊に向かって伸びていくのが見える。
 「目敏い! 気付かれたらしいな!」
 シャアは操縦桿を引き、ジュール艦隊に向けて百式を加速させた。

続く
207 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/05(木) 00:28:48.96 ID:???
途中で間を空けてしまって申し訳ありませんでした
第三十三話は以上となります
それではまた次回
208 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/05(木) 00:32:58.08 ID:???
これを言い忘れてた……orz

変則的な投下にかかわらず支援してくださり、ありがとうございました!
209通常の名無しさんの3倍:2013/09/05(木) 00:47:09.85 ID:???
210通常の名無しさんの3倍:2013/09/05(木) 01:11:21.05 ID:???
GJ!
カミーユだけでなくハマーン様も感応ですごいことに。
なんということでしょう。

ハマーン様も正気でおられますよう・・・
211通常の名無しさんの3倍:2013/09/05(木) 06:25:21.46 ID:???
GJ!
212 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 03:10:37.36 ID:???
何かサーバー落ちてたみたいだけど大丈夫かな?
今回含めてあと二話なので何とかがんばっていただきたい

第三十四話「決着」です↓
2131/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 03:11:11.33 ID:???
 ザク・ウォーリアの頭部を撃ち抜き、ドム・トルーパーの胴を切り裂く。グフ・イグナイ
テッドのスレイヤーウィップをかわして踏みつけるように蹴りを入れると、カミーユは一
旦機体を岩陰に隠した。
 スクリーンをマルチ表示にして、周辺の状況を窺う。
 「機影なし……抵抗、弱くないか?」
 カミーユは改めて首を回して自分の目で確認した。だが、付近には少数のデブリが
漂っているだけで、敵となるようなモビルスーツの姿は見えない。
 メサイアは、もう港口の中が認識できるほどに迫っている。それなのに、ラクス派の
抵抗が弱いことがカミーユは引っ掛かっていた。
 「当てが外れたかな……?」
 岩陰から顔を出し、もう一度辺りの様子を窺う。
 「ん……?」
 ふと、複数の光が瞬いているのを見つけた。メサイアからはそう離れてない。
 「戦闘の光……!」
 良く見れば、メサイアからその戦闘空域へと向かって伸びる複数のテールノズルの
光も確認できた。
 戦闘空域は、少しずつユニウスセブンに近付いていっているように見える。そのこと
は、メサイアの抵抗が弱いことと無関係ではないと思った。
 「……そうか!」
 カミーユは直感して、岩影からΖガンダムを飛び出させた。そして、ウェイブライダー
形態に変形させると、その戦闘空域に向かって急行していった。
 
 現場に到着してみると、そこでは既に激しい攻防が繰り広げられていた。ザフトの艦
隊に攻撃を仕掛けるのは、同じくザフト系統のモビルスーツである。ラクス派のモビル
スーツがザフトのジュール艦隊に攻撃を掛けているのだ。
 カミーユはその攻防へと介入して、取りあえず二体のドム・トルーパーを戦闘不能へ
と追い込んだ。オーブの識別を出していないドム・トルーパーであれば、確実にテロリ
ストのものであるからだ。
 カミーユはそうして戦闘空域を縫うように移動して、シャアの百式を発見した。
 「クワトロ大尉!」
 百式の背後から襲いかかろうとするグフ・イグナイテッドの胸部を撃ち抜く。百式がそ
れに気付いて首を回し、Ζガンダムを見て双眸を瞬かせた。
 「カミーユか!」
 「援護します!」
 カミーユはシャアにそう告げて、ジュール艦隊の防御に入った。
 「状況を把握してくれているのか?」
 「何となくは!」
 シャアは、ガナー・ザク・ウォーリアの持つオルトロスを狙撃して破壊した。カミーユ
もグフ・イグナイテッドのテンペストソードをシールドで防ぐと、頭部バルカン砲を連射
してそのモノアイを潰した。
 予期せぬシャアとの共同戦線。それは、当初予想していた展開とは違う。が、シャア
と敵対する覚悟を決めていたカミーユにとっては、嬉しい誤算だ。
 「どのくらい持たせればいいんです?」
 「メテオブレイカーがユニウスを砕くまでだ!」
 随分だな、とカミーユは思ったが、それもそうか、とすぐに思い直した。
 ジュール艦隊を見ると、二、三体のモビルスーツがグループを組み、巨大な打ち杭
のような機械を持って出撃していく様子が窺えた。それらの部隊は戦闘には参加せず、
急ぐ様子でユニウスセブンへと向かっていく。
2142/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 03:14:34.85 ID:???
 (あれがメテオブレイカーか……)
 ラクス派のモビルスーツは、それらを追って攻撃を仕掛けていた。ジュール艦隊は
直掩のモビルスーツ部隊と艦船がラクス派のモビルスーツの行く手を遮るように展開
し、メテオブレイカーの工作部隊を守っている。
 カミーユはそれらのことを瞬時に把握し、身の振り方を確定させた。
 しかし、事は容易ではない。ジュール艦隊の動向を察知したサトーは、即座にターゲ
ットをジュール艦隊に定めて戦力を集中させていたのだ。連合軍とザフトの小競り合
いはまだ続いていたが、ネオ・ジェネシスによる損害で双方ともかなり体力を削られて
いる。滅多なことではメサイアを突破される心配は無いだろうと踏んだサトーは、エタ
ーナルを含む大半の艦船までもユニウスセブンの防衛へと回した。
 サトーには、ジュール艦隊の破砕工作さえ凌ぎ切れれば、という期待がある。そして、
それは的を射ていた。
 ユニウスセブンに取り付いて破砕作業を開始する工作部隊も出始めた。しかし、そ
れを全力で阻止しようと目論むサトーの差し金で、ラクス派の戦力の大半がユニウス
セブンへと集い、戦闘は見る見るうちに激化していった。
 押し寄せる敵の群れに、ジュール艦隊は押し込まれた。隊長であるイザーク・ジュー
ルと副官であるディアッカ・エルスマンが駆る白いグフ・イグナイテッドと緑のブレイズ・
ザク・ファントムは強力な戦力であったが、その殆どが破砕工作員で構成されていた
ジュール隊の戦力は、寄せ集めのラクス派と比べても心許ない。シャアとカミーユも
奮戦してはいたが、兵力差を埋めるまでには至っていなかった。
 ジュール艦隊は抵抗を続けたが、防衛ラインは徐々に後退していた。戦域がユニウ
スセブンの地表に接近する頃には、防衛ラインの綻びから突破を許した敵が工作部
隊へと攻撃を仕掛ける場面も見られるようになっていた。
 趨勢は、確実にサトー側へと傾いていた。
 しかし、天秤の秤はサトー側に傾いたままではいなかった。カミーユがそのことを感
じ取ったのは、ふと脳裏に戦艦のイメージが思い浮かんだ時だ。
 「アークエンジェル……!?」
 無意識に口走った次の瞬間、敵艦隊の宙域を二条の強力な複相ビームが穿った。
 一隻がその直撃を受け、爆沈する。他にも数隻の艦船がビームを掠めていて、遅れ
て爆沈するものや、煙を噴いてユニウスセブンの地表に激突するものもあった。
 「ローエングリンだ!」
 「ようやく追いついたぜ、カミーユ!」
 俄かに聞こえた声に、カミーユは咄嗟に頭上を仰ぎ見た。
 「大佐!」
 アカツキを先頭に、カオス、ストライクルージュ、アビスが駆け抜けていく。
 「ザフトの作戦は了解している。加勢するぜ!」
 「勝手に突っ走ってピンチになってんじゃねーよ、ぶゎーか!」
 アビスが茶化すように双眸を瞬かせると、「アウル!」とステラがヒステリックに窘め
た。「集中しろ、お前ら!」と叱責するスティングは最早お約束である。
 「俺たちが前に出て、敵の陣形を崩す! その間に、態勢を立て直せ!」
 アカツキはドラグーンを展開して、敵モビルスーツ隊のかく乱を始めた。アビスが一
斉射撃で艦船を沈め、カオスも機動兵装ポッドを駆使してドム・トルーパーを一機、落
とした。ストライクルージュはビームライフルとビームサーベルそれぞれで二体のザク・
ウォーリアを撃墜した。
 「――何とかなりそうだな?」
 カートリッジを交換し、接近する百式を見やる。――ネオがシャアを援護した。つまり、
そういうことなのだ。
 「話、いつの間に付けたんです?」
215通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 03:16:40.29 ID:???
支援する!
2163/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 03:17:56.83 ID:???
 「つい先ほどな。今は些事に拘っている場合ではない……それより、Ζはいいな?」
 「は、はい。行けます」
 「よし。ならば、ユニウスに降りるぞ。彼らがモビルスーツ隊を抑えている間に、私た
ちは突破を許した敵の掃討を行う。付いて来い、カミーユ」
 「了解!」
 百式が加速し、カミーユもそれに続く。そしてユニウスセブンの地表に降下すると、
交戦中の破砕工作部隊の援護に向かった。
 アークエンジェルの介入により、攻めるサトー側の陣容は乱された。イザークはそれ
を利用して、崩壊しかけていた戦線の立て直しを急いだ。
 サトーはその動きを嫌がり、態勢を立て直される前にジュール艦隊を突破するように
攻撃部隊に発破を掛けた。
 だが、イザークの指揮も素早い。ジュール艦隊はサトーたちの突破を許すことなく防
衛ラインの立て直しに成功。そして、妨害が一段落したことで、滞りかけたユニウスセ
ブンの破砕作業が進捗を始めた。少しずつではあるが、ユニウスセブンは割れ始めた
のである。
 これに、サトーは業を煮やした。
 「ユニウスに全戦力を集結させろ!」
 激昂して怒鳴るサトーに、「それだと、メサイアを空にしなければなりません!」と通
信回線越しに参謀が抗議する。しかし、サトーは「構わん!」と切り捨てる。
 「ドリルを潰せば、もうユニウスを止める手立ては無いのだ! メサイアなどくれてや
れ!」
 「しかし……!」
 「くどい! 構わんと言っている!」
 「……っ! 了解……!」
 参謀は、渋々といった態度で了承した。
 「……メサイアを引き払えってよ……」
 「……俺たちの船も出せって……? ……何考えてんだか……」
 回線の向こうから聞こえてきた小さな声に苛立ち、サトーは殴りつけるように通信ス
イッチを切った。
 「指揮官は俺なのだぞ!」
 所詮は寄せ集め。しかも、ラクス目当てにザフトを離反したミーハーである。毛色が
違うのだ。――サトーに、ラクスのようなカリスマは無い。
 「――ラクス・クラインは何をちんたらやっているのか!」
 苛立ちは、尚もミーアと舌戦を続けているラクスにも向けられた。
 「御覧なさい。ユニウスは、もうここまで地球に近付いています。もうこれを止めるこ
となどできません」
 「いいえ、ザフトにはまだユニウスを破壊する手立てが残されています。ユニウスは
地球に落ちることなくバラバラになります」
 丁々発止の論戦と言うよりは、どこか水掛け論のようなやり取りに聞こえる。それは、
聞いているものにとっては退屈なもので、サトーにはこれが歯痒かった。舌鋒鋭いラ
クスの実力であるとは、到底思えなかったのだ。
 「見込み違いだったというのか……?」
 偽者が思ったよりも手強いのか、それともラクスを買い被り過ぎていただけなのか。
サトーに、今はその答えは出せない。
 だが、信念は一貫している。望みは、ただ一つ。
 「しかし、必ず成功させなければならんのだ……アランやここで死んでいったクリス
ティのためにも……! そうでなければ、何のために二人が死に、俺は生きてきたと
いうのだ……!」
2174/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 03:22:20.68 ID:???
 サトーはユニウスセブンを見つめて独り言を呟いた。正面スクリーンには、収まりき
らないほどの地球が迫っていた。
 
 メサイアから、多くのテールノズルの光がユニウスセブンに向かって伸びている。そ
れは、ユニウスセブン破砕部隊であるジュール艦隊が激しい攻撃を受けていることを
意味していた。
 しかし、レイにとって、それは他人事のようなものであった。レイには、他に優先すべ
きことがあるからだ。
 同じ遺伝子を共有している者同士は、通じ合う。それは、呪いのようなものである。
 今、レイはユニウスセブンに向かう一つのテールノズルの光を見ていた。それを凝視
していると、意識を刺激されるような閃きが走った。レイは、それだけでその正体を把
握できた。
 「見つけたぞ!」
 レイはレジェンドの速度を上げて、そのテールノズルの光に迫った。
 敵の速度は並大抵ではない。だが、レイは強引にドラグーンを展開して襲い掛から
せた。敵もレイの接近を察知していたのだろう。ドラグーンが攻撃を始めると、テール
ノズルの光は複雑な軌道を描き、レイはドラグーンの攻撃が全て回避されたことを悟
った。
 それでも、お陰でスピードが落ちて、距離は詰められた。レイにとっては、それで十
分だ。端からドラグーンの攻撃が当たるとは思っていない。
 カメラスクリーンを拡大表示にして、その姿形を確認する。レイの口角が、自然と上
がった。
 「――キラ・ヤマト!」
 全長百メートル近くにも及ぶ巨大追加武装ミーティア。その前方から伸びる長大な
ウェポンアームの間に、挟まれるようにしてコアユニットであるストライク・フリーダム
が収まっている。
 レイはドラグーンを呼び戻しがてら、ビームライフルを連射してミーティアを攻撃した。
ミーティアは機体を横に傾けてかわすと、巨体に似合わぬはしっこさでターンした。と、
同時に無数の発射管の蓋が開き、夥しい数のミサイルが一斉に襲い掛かってきた。
 「くっ!」
 レイは頭部バルカン砲とビームライフル、更に一部ドラグーンを駆使して懸命にミサ
イルを撃ち落しながら、全速で後退する。
 「何て数だ!?」
 咄嗟に岩陰に身を隠す。だが、追尾してきたミサイルがそこに殺到して、たちどころ
に岩を砕いてしまった。
 砕けた岩の破片が飛び散り、炸裂したミサイルの爆煙でレイの視界が曇る。レジェン
ドは素早くその煙幕から抜け出たが、そこにミーティアのウェポンアームから発せられ
た高エネルギー収束火線砲の強烈な一撃が襲来した。
 「うっ!?」
 息を呑む。一瞬、心臓が止まったかと思った。
 反射的にビームシールドを開いて、直撃こそ免れた。だが、大口径のビームの威力
は凄まじく、掠めただけのレジェンドを容易く吹き飛ばしていた。
 「うおぉーっ!」
 レイは咆哮を上げて、懸命に暴れる操縦桿を握り締める。
 レジェンドはきりもみしながら岩に激突し、跳ねた。激震するコックピットでレイは歯を
食いしばり、目まぐるしく星や地球が回るスクリーンを凝視する。そして、一瞬だけ捉え
たフリーダムの姿を見て、レイは無我夢中に機体を加速させた。フリーダム本体が、
ビームライフルを構えている姿が見えたからだ。
2185/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 03:35:32.69 ID:???
 フリーダムは右のマニピュレーターをウェポンアームから放し、自前のビームライフ
ルを構えていた。狙いは、乱回転するレジェンド。キラの正面スクリーンに表示されて
いる照準が不規則な跳ね方をしたレジェンドを追尾し、その中心に収める。キラはそこ
からマニュアルで照準を少しだけずらし、それからトリガースイッチを押した。
 しかし、キラがトリガーボタンを押すのとほぼ同時にレジェンドは強引に加速して、照
準の範疇から逃れていた。ビームライフルは撃たれたが、その先にターゲットとなるレ
ジェンドの姿は既に無い。
 「左……!」
 キラの意識に刺激が走った。左のウェポンアームを操作し、大型ビームソードを左側
に向けて薙ぎ払う。
 ミーティアの左側面からは、レジェンドが迫っていた。キラはそれを読んで、ビームソ
ードをそこに置いたのだ。
 しかし、レイもその程度は予測していた。レジェンドはそのウェポンアームの動きに鋭
く反応し、下方向へ沈んで長大なビームソードを回避した。
 「そこっ!」
 レジェンドはバックパックに接続した状態のドラグーンを前方に向けて、一斉射撃を
狙う。
 だが、フリーダムのビームライフルの発射の方が早い。鋭く一閃するビームが、砲
撃態勢に入っていたレジェンドの脇を掠める。
 「チッ!」
 咄嗟に砲撃態勢を解いて、二発目、三発目のビームを避ける。辛うじてかわしたが、
近距離でキラの正確無比な射撃に晒され続けるのは自殺行為だ。レイは無我夢中で
ミーティアの底部へと潜り込み、張り付いた。
 しかし、それが奏功した。武器庫そのもののミーティアの、唯一と言っていい死角、
それがミーティアの底だ。そこには、どんな攻撃も届かない。
 これには、流石にキラも焦った。このままでは一方的に攻撃を受けるだけ。すぐさま
ミーティアを左右に振って、レジェンドを振り落とそうと試みる。しかし、両手の指先を突
起に食い込ませるようにしてしがみ付くレジェンドは、簡単には振り落とせない。
 「お前をユニウスに行かせはしないぞ、キラ・ヤマト!」
 接触回線から聞こえてきた声に、キラは強く記憶を刺激された。ブロンド髪の、目元
を隠すマスクを付けた男の顔がフラッシュバックする。その男の声とレジェンドのパイ
ロットの声が、一致した。
 「君は……!」
 刺すような頭の痛みに、キラは「ううっ!」と呻いた。
 「気付いているだろう! 俺がここに来た意味を!」
 「君は、本当に彼なのか!?」
 「その感覚が知っているはずだ! 運命からは、決して逃れられないと!」
 レジェンドはミーティアの底に張り付いたまま、バーニアを全開にした。下から不意に
推力が加わり、ミーティアはウィリーをするように機首が上がって、複雑な回転を始め
た。
 キラは暴れる操縦桿を力づくで押さえ込む。
 「そんなはずは無い! 君は、ラウ・ル・クルーゼじゃない!」
 抵抗するように否定するキラ。しかし、レイは首を横に振る。
 「いいや、俺はラウだ! 俺はラウをベースにして造り出された! だから、俺はラウ
だ!」
 「君も……!?」
 キラは驚愕して目を見張った。
2196/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 03:46:25.43 ID:???
 「そんな……どうして!?」
 「出来たからだ。ただそれだけの理由で、俺は造られた!」
 怒りも悲しみも無い。レイの叫びは、ただ現実を受け入れた少年の、どうにも出来な
いやるせなさを表現するだけのものだった。
 「たった、それだけの理由で……!?」
 キラは愕然とした。クルーゼがムウ・ラ・フラガの父であるアル・ダ・フラガのクローン
であることは知っていた。だが、更にそのクルーゼのクローンが存在していたことを知
って、キラは底知れぬ人の業の深さに戦慄した。
 「……だが、キラ・ヤマト、お前が俺を哀れむ必要は無い」
 レイは静かに言う。キラは、その抑揚の無い声に、魂を引きずり込まれるような空恐
ろしさを覚えた。
 「お前も、似たようなものなのだから」
 「……!」
 その宣告に、キラは息を呑んだ。
 「究極のコーディネイター、クローン人間……どちらも科学の力で可能だったから造
られた。同じなんだ、俺とお前が造られた経緯は。そして、そういう自然の摂理に反し
た存在は世界に波紋を広げる。かつてのジョージ・グレンのように。――ラウは苦しん
でいた」
 「ラウ・ル・クルーゼ……」
 「分かるだろう。だから、同じことが繰り返されないためにも、あってはならないんだ、
これからの世界に、お前も……俺も!」
 レイの捨て身の覚悟がキラの心を抉る。クルーゼのように絶望して、全てを道連れ
にしようとしているわけではない。しかし、未来を案じて共に滅びろと迫るレイの破滅
願望は、正にクルーゼの執念そのものだ。
 「でも――!」
 キラはミーティアのバランスを回復させると、更に旋回速度を上げて本格的にレジェ
ンドを振り落としに掛かった。レジェンドは粘りを見せたが、やがて強力な遠心力に引
っ張られてミーティアから吹き飛んでいった。
 「キラ・ヤマト!」
 「例え、君や僕が不自然な存在だったとしても、生きていてはいけないなんてことは
無いはずだ!」
 「詭弁を! 自分の存在を正当化しようとするな! 認めろ!」
 レジェンドが撃つビームが、ミーティアを追い立てる。キラは加速による荷重でシー
トに身体をめり込ませながら機首をレジェンドに向け、両端の高エネルギー収束火線
砲を連射した。
 「僕には、僕を必要としてくる人たちがいる! ――君だって! ……君がそう言うの
は、君が大切に思っている人たちの明日を案じているからじゃないのか!?」
 「そうだ! だから、俺たちは共に滅びるべきなんだ!」
 「違う!」
 レジェンドは高エネルギー収束火線砲のビームをかわしながら、迫るミーティアを迎
撃する。キラはミーティアをロールさせながらレジェンドに迫り、猛スピードで肉薄した。
 「その人たちと一緒に生きることは、不幸なことじゃない! その人たちにとって一番
幸せなことは、そこに君がいることなんだ! だから、君も生きようとしなくちゃいけな
い!」
 「くっ!?」
 そのすれ違いざま、フリーダム本体が持つビームライフルの一撃が、レジェンドのビ
ームライフルを撃ち抜いていた。咄嗟にレジェンドが投棄した次の瞬間、ビームライフ
ルはひしゃげるように爆散した。
2207/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 03:52:02.78 ID:???
 「どんな未来が想像できても、そんなものはいくらでも変えていける! 君の大切な
人たちは、必ず君を助けてくれる! 君さえその気になれば、必ず!」
 レイは顔を顰め、ミーティアの姿を追った。ギリッ――噛み締めた奥歯が軋んで、苛
立ちの音を立てる。
 「――ギルの居ない世界なんかで!」
 レジェンドはビームサーベルを抜いて、旋回するミーティアに突撃した。
 キラは迫るレジェンドに照準を合わせ、ビームライフルを撃った。ビームがレジェンド
の右膝を貫いて、もいだ。
 「避けない……!?」
 レジェンドは躓いたように前のめりにバランスを崩しながら、尚も強引に突っ込んで
くる。捨て身の特攻――キラにはそのように見える。
 「自分を捨てちゃ駄目だ!」
 レジェンドはビームサーベルを振り上げ、ミーティアに斬りかかった。しかし、ミーテ
ィアは四輪車が片輪走行をするように左側を持ち上げ、レジェンドの斬撃をかわした。
 レジェンドに隙ができる。キラは左のウェポンアームでレジェンドを殴りつけると同時
に右のウェポンアームからビームソードを伸ばして、それをギロチンのように振り下ろ
した。
 レジェンドが咄嗟に反応して、左手甲のビームシールドで受け止める。が、出力が違
う。ミーティアのパワーはレジェンドのガードをこじ開け、左肩を縦に切り落とし、左脚
も外脛から斜めに切断した。
 切り落とされたレジェンドの左腕と左脛が、割れたユニウスセブンの破片の一つに向
かって流れていく。いつしか、ユニウスセブンにかなり接近していた。
 右手に持っていたビームサーベルも、ウェポンアームに殴られた時に落としていた。
右腕以外の四肢を破壊されたレジェンドは、力尽きたように漂うだけになった。
 「これで……」
 もう抵抗はできない。キラは確信していた。
 だが、その時だ。ふとレジェンドの首が動いて、キラを見据えた。
 「何……?」
 その双眸が、笑うように瞬く。その瞬間、キラは腰から背筋を駆け上る悪寒を感じた。
 「ようやく捉えた」
 喜色を含んだレイの、確信めいた声。
 「――はっ!」
 キラは気付いた。レジェンドのドラグーンが、全て放出されている。
 「しまっ――!」
 俄かに警告音が鳴り響き、キラは慌てて後方に目を向けた。だが、一歩遅い。その
瞬間、無数のビームと二基のビームスパイクが四方八方からミーティアを貫いていた。
 
 ジュール艦隊の援護をアークエンジェルに任せたミネルバは、単独航行にてメサイ
アへと向かっていた。開戦当初は付近にラクス派の艦隊が展開していて、とても近寄
れたものではなかったが、今はもぬけの殻同然に静かに佇んでいる。
 「バリアも機能していないようです」
 解析担当のオペレーターの報告に、タリアは「了解」と頷き、肘掛けの受話器を取っ
た。発信先はルナマリアである。
 「メサイアの偵察に行ってもらえて?」
 「メサイア、ですか? 出払ってるように見えますけど……」
 「罠の可能性もあるわ。くれぐれも慎重にね」
 タリアが注意を促すと、ルナマリアは「了解」と答えてメサイアへ向かった。
2218/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 04:08:49.83 ID:???
 メサイアとユニウスセブンの距離は、既にかなり離れてしまっていた。それだけユニ
ウスセブンが地球に近付いているということだ。
 タリアは時計に目をやって、シミュレーター上の阻止限界点到達時刻に迫っている
ことを確認した。
 (このままでは、ユニウスの落下は阻止できない……)
 だが、焦りを感じ始めたその時、オペレーターの一人がユニウスセブンに変化が現
れたと声を上げた。
 「本当なの!?」
 タリアは反射的にサブスクリーンに目を移した。
 「おお……遂にやったか!」
 アーサーが興奮を抑えきれない様子で立ち上がった。ユニウスセブンは、ゆっくりと
ではあるが確実に二つに割れていた。
 「この調子でどんどん細かく砕いていけば、地球は助かるぞ!」
 「時間に間に合えばね……」
 楽観するアーサーに対し、タリアは懸念を隠さない。問題は、阻止限界点までにユニ
ウスセブンを粉砕できるかどうかだ。
 ユニウスセブンは二つに割れたものの、スケジュールは大幅に遅れている。色々と
イレギュラーが重なって、破砕作業に取り掛かるまでに無駄な時間を費やしてしまっ
ていたからだ。故に、現状ではユニウスセブンの完全な落下阻止は絶望的な状況で
あった。
 「このままでは、被害が分散されるだけ……何とかしないと……!」
 タリアは、この状況からどのようにして挽回すべきかを思案した。メサイアにやって来
たのは、その可能性を探るためでもある。
 「ルナマリア機、戻ります」
 メイリンが報告する。タリアはすぐにルナマリアとの通信回線を開き、偵察の結果報
告を受けた。
 それは、正に朗報だった。メサイアは、やはり放棄された後だということが判明したの
だ。これぞ神の思し召しか。タリアは、少しだけ希望が見えてきたような気がした。
 「なら、こちらでジェネシスを使えるというわけね!?」
 タリアは、すぐさまネオ・ジェネシスでユニウスセブンの半分を地球の重力圏から押
し出せるかどうかの計算をするように命じた。
 そして数分後、それは可能だという結論が出た。
 「決まりね! 半分だけなら、何とかなるかもしれない!」
 間髪いれず、ゴンドワナの司令部へと回線を繋げる。そして、ネオ・ジェネシスでユニ
ウスセブンの半分を押し出す作戦を具申し、前線の破砕工作部隊にはもう半分の岩
を砕くことに専念するように伝えて欲しいと要請した。
 その一方で、ザフト本隊と連合軍との小競り合いにも好転の兆しが見えていた。
 ユニウスセブンは、まだ大雑把に半分に割れただけであったが、外見的にそれが分
かったことで連合軍が態度を軟化させる気配を見せ始めたのである。
 これを好機と踏んだゴンドワナの総司令部は、タリアの作戦を了承し、メサイアに上
陸部隊を送り込むと同時に、連合軍に停戦を呼び掛ける段取りを進めた。
 停戦は、即時成立した。開戦当初、ザフトは連合側にメテオブレイカーによるユニウ
スセブンの破砕作戦の概要を伝えていて、今、その通りのことが起こったからだ。付
け加え、サトーが全戦力をユニウスセブンの防衛に回したため、ザフトに潜入してい
たかく乱分子が一掃されていたことも好材料となった。それで、連合軍はザフトの言葉
をようやく信用したのである。
222通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 04:21:09.20 ID:???
支援だ!
2239/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 04:31:24.81 ID:???
 交戦状態が解除されたことで、ユニウスセブンの落下阻止作戦が本格的に始まった。
メサイアに上陸したザフトは素早くコントロールルームを制圧し、メサイアの方向転換
とネオ・ジェネシスの発射準備に取り掛かった。一方の連合艦隊もユニウスセブン方
面へと進路を取り、破砕作業の支援へと動き出した。
 ミーアは、その様子をブリッジの後方から眺めて、全ては好転していくのだろうと感
じていた。
 正面の大スクリーンには、神妙な面持ちをしたラクスが映ったままになっている。
 「……どうされましたか?」
 ブリッジの状況を眺めてミーアが暫く黙ったままでいると、ラクスが様子を窺うように
呼び掛けてきた。
 ミーアは活気に沸くブリッジの空気を感じながら、ラクスに目を向ける。
 「……ここまでです」
 ミーアはふわりと無重力に身を躍らせて、示威的に両手を開いた。スカートの裾と髪
が広がり、ミーアを大きく見せる。
 「もう終わりにいたしましょう。あなたの思いは、十分に理解いたしました」
 「どういう意味でしょうか?」
 問い返すラクスの表情には、どこか覚悟めいた雰囲気を感じる。ミーアはその表情
に胸を痛め、少しの間、震えて声を出すことが出来なかった。
 それは、思い込みだったのかもしれない。しかし、スクリーン越しに自分を見つめる
ラクスの強い眼差しが、話を続けるように強く促しているように感じられた。
 会話を重ねていく過程で、ミーアはラクスの思いを汲んでいた。ミーアはその覚悟の
重さを察し、その望みに応えなければならないと感じていた。
 (ラクス様……)
 躊躇いを見せてはならない。ラクスの覚悟を無駄にしてはならない。
 ミーアは意を決し、口を開いた。
 「ユニウスは崩壊を始め、最早、地球へ落ちるようなことは無いでしょう。あなた方の
負けです」
 「そう考えるのは早計ではないでしょうか? ユニウスは割れたとはいえ、まだ十分
な質量を持っています。いずれにしろ、このままでも地球に大ダメージを与えることは
できます」
 ラクスは減らず口を叩くように反論する。だが、その時ラクスの反論を否定するように
ネオ・ジェネシスが発射されて、その直撃を受けたユニウスセブンの片割れが徐に地
球から離れ始めた。
 作戦の成功に沸き立つミネルバのブリッジとは対照的に、エターナルのブリッジは静
まり返っていた。だが、対峙する二人の表情に変化は無い。ミーアは歓喜せず、ラク
スは悲嘆せず、互いに神妙な面持ちで見詰め合うだけ。
 「……もう一度、申し上げます。これで終わりです……」
 ミーアは、止めを刺すように言った。
 「……」
 ラクスは答えなかった。残されたもう半分のユニウスセブンも、順調に破砕作業が
進んでいる。
 ラクス派の作戦は、明らかに失敗へと向かっていた。そのことでラクス派の、特にメ
サイア強奪以降に合流したザフトの離反兵を中心とした部隊が、独自の判断で撤退
行動を見せ始めた。所詮は即席の烏合の衆。結束は脆弱であった。
 エターナルも例外ではない。次々とユニウスセブンからの離脱を始めた友軍の動き
に触発されるように、動揺するクルーはエターナルもユニウスセブンから離脱させよう
とした。
 「何をしているのです!」
224通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 04:34:55.43 ID:???
支援は伊達じゃない!
22510/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 04:38:26.50 ID:???
 その時、轟いたラクスの怒号。意外な姿に、エターナルのブリッジが凍りつく。
 「な、何をとおっしゃられても……」
 艦長が立ち上がり、恐縮気味にラクスに言った。
 「今ユニウスを離脱しなければ、当艦も巻き込まれます!」
 「その覚悟で、わたくしに付いて来たのではないのですか!」
 ラクスがキッと睨みつけると、艦長は怯えたようにビクッと身動ぎをした。
 「地球は、もうすぐそこに迫っているのです! エターナルはこの場に固定! ユニ
ウスの落下が確認できるまで、守り通すのです!」
 「冗談じゃない!」
 言葉を失う艦長に代わるように、オペレーターの一人が立ち上がった。
 「どう見ても作戦は失敗だ! 我々は自殺をするために来たんじゃない!」
 「さっきから聞いてりゃ、あんた、本当にラクス・クラインなのか!?」
 別のオペレーターも立ち上がり、ラクスに迫る。それに続いて全員が立ち上がって、
ラクスを見上げた。
 見上げる表情には、不信感が浮かんでいる。ラクスは、その様子を値踏みでもする
かのようにゆっくりと見渡し、クスッと笑った。
 「……顔と声が同じというだけで、随分と付き合って下さいましたのね?」
 瞬間、ブリッジが騒然となった。その一言は、自らが偽者であると認めるもの。
 ミーアは、咄嗟に「ラクス様!」と呼びそうになったのを堪えた。ここで、全てを水泡
に帰すような真似はしてはならない。これが、ラクスの望みなのだから。
 不信が憤りへと変わろうとしている。ラクスを見る士官たちの目に、かどわかされた
ことに対する憎しみが宿りつつあった。
 「貴様っ!」
 士官の一人が、ラクスに銃を向けた。
 「最初から俺たちを騙していたのか!」
 ラクスは動じることなくその士官を見やる。
 「わたくしの両親はナチュラルに殺されたのです。プラントがわたくしたちを無視する
と言うのなら、わたくしは自ら動き、その恨みをぶつけさせてもらいます」
 「何が恨みよ!」
 女性士官が金切り声を上げた。ラクスは、その声のした方に目を移した。
 「ユニウスが砕けたら、何にもならないじゃない!」
 「まだ破片が残っています。これが降り注げば、まだ地球に――ナチュラルにダメー
ジを与えられる。少しでも、ほんの僅かでもナチュラルに復讐しなければ……」
 「そ、そんな中途半端な復讐のために命を懸けるというの!? ……狂ってる! あ
なた、狂ってるわ!」
 ラクスが口を歪めて薄笑いを浮かべると、女性士官は「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。
 「紛い物と心中なんて御免だ!」
 銃を構えていた男性士官が、ぐっと銃を突き出した。ラクスは顎を上げ、見下すよう
に横目でその男性士官を見やった。
 「なら、お逃げなさい。でないと、このやり取りを聞いていた誰かさんが、じきにわたく
しを殺しにやって来るでしょう」
 「何……!?」
 「御覧なさい!」
 ラクスが見るように促したスクリーンには、三体のドム・トルーパーが高速で接近して
くる様子が映されていた。そして、その三体のドム・トルーパーはエターナルに肉薄す
ると、ブリッジに接触してきた。
226通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 04:43:04.29 ID:???
支援!忌まわしい記憶とともに!!
22711/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 04:49:33.54 ID:???
 その接触でブリッジが激震して、不意に無重力に投げ出された士官たちが壁や天井、
スクリーンやコンソールパネルにぶつかってバウンドを繰り返した。その衝撃で全周波
通信は途切れ、ミネルバとの回線も切れた。いくつもの悲鳴が上がり、士官たちは我
先にと出口に殺到した。
 (ドムが三体は、ヒルダ・ハーケンか……)
 クルーたちは脱兎のごとく逃げ出し、脱出艇を目指した。シートにしがみ付いていた
ラクスは振動が収まると、ブリッジ内に人気がなくなったことを確認してからオペレー
ター席へと向かった。
 通信スイッチをオンにして、インカムを装着する。スクリーンが表示されると、そこに
は予想通りヒルダの顔があった。
 「ラクス様、お助けに上がりました!」
 意気込むヒルダに、「わたくしは大丈夫です」とラクスは返す。
 「それよりも、ヒルダさんたちはユニウスの破砕作業の支援を続けてください。サトー
がまだいるはずです」
 「し、しかし……」
 「今のこの流れを止めたくありません。サトーには、絶対に邪魔させないでください」
 「ラクス様……」
 ――ヒルダは、ラクスの思惑を解していた。
 自らヒールを演じ、本来は偽者であるはずのミーアを本物のラクスとして仕立て上げ
る――それがラクスの描いたシナリオだ。
 そのために、人質に取られる以前から今日のような事態を想定し、キラに電波ジャッ
クされた画面の表示や音声に細工を施せるプログラムをハロに組み込んでもらったり
していた。ラクスはサトーの口車に乗った振りをして、そのハロのプログラムでミーア
の口の動きと声を操り、一人二役を演じて自らが負けるように仕向けようとしていた。
 だが、ラクスの予想に反してミーアは存外に健闘した。
 それでラクスは思った。ミーアなら、十分に自分の代わりが務まるだろうと。だから、
あえてハロのプログラムを使わなかった。
 ヒルダは、その全てを把握しているわけではない。だが、その本懐については察して
いた。そういう意味では、ヒルダは実に深くラクスのことを理解している女性であった。
 一方で、ラクスはそんなヒルダの甲斐甲斐しさに引け目を感じていた。ヒルダの秘め
られた自分への思い――察していながら、気付かない振りをしてきた。
 「わたくしも今すぐ脱出の準備を始めます。このままユニウスの破片が地球に降り
注ぐようなことがあれば、元も子もありません。ナチュラルとコーディネイターの未来
に、これ以上の禍根は残してはならないのです」
 ラクスが促すと、ヒルダは左右を見やった。ヘルベルトとマーズとアイコンタクトを取
ったようだ。
 ヒルダは、ヘルベルトとマーズに何かを確認すると、意を決したように一つ頷いた。
 「今すぐ、脱出なさるのですね?」
 「はい」
 きっぱりと言い切るラクス。画面を通して、二人の視線が交わる。
 「……承知いたしました」
 ヒルダは、少し間を置いてから了承した。
 「限界高度ギリギリまで破砕作業の支援を続ける! ヘルベルト、マーズ、続け!」
 「了解!」
 三体のドム・トルーパーはエターナルに向けて単眼を瞬かせ、敬礼を決めると名残
惜しむように離れていった。
 その少し後に、エターナルから数隻の脱出艇が飛び出していった。逃走を図るクル
ーたちを乗せた小型艇だ。
228通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 04:50:58.73 ID:???
私、シャア・アズナブルが支援しようと言うのだ、アムロ。
22912/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 04:58:16.11 ID:???
 「……行きましたか」
 スクリーンでそれを確認し、ラクスは呟く。――エターナルの脱出艇は、それが全て
だった。
 艦橋にはラクスが一人、取り残された。エターナルは、ユニウスセブンの破片と共に、
既に地球の重力に引かれていた。
 
 ストライク・フリーダムは爆煙を抜け出した。
 ミーティアは粉々に爆沈し、跡形も残らなかった。その爆発の衝撃で吹き飛ばされた
レジェンドは、ユニウスセブンの破片に横たわるように引っ掛かっていた。
 その双眸が、また笑うように瞬いた。予感がした。キラは眉を顰め、そして次の瞬間、
気配を察して咄嗟に右を向いた。
 「……っ! 君は……!」
 「キラ・ヤマト、お前を倒すのは俺じゃない――」
 キラはレイの声を耳にしながら、その姿を凝視していた。
 「お前に引導を渡せる男……それは、アイツだ!」
 デスティニーがフリーダムを――キラを見ていた。
 「そうか……やっぱり来たんだね」
 フリーダムはデスティニーに向き直り、正対した。対峙する自由と運命。ユニウスセ
ブンの破片は無数に広がり、地球は肉眼でその地形がはっきりと識別できるほどに迫
っていた。そこは最早、地球の重力圏内であった。
 デスティニーとフリーダムの視線がぶつかった。シンとキラの視線がぶつかった。
 「時間が無いけど、一応、先に聞いておく」
 「うん」
 シンが聞く。キラが応じる。
 「アンタ、一体何のためにこんなことするんだ?」
 「ラクスのためだよ」
 「そうか……」
 デスティニーのスラスターユニットが開いて、紅く燃える翼を広げた。フリーダムもド
ラグーンを展開し、蒼く輝く羽を開いた。――臨戦態勢。
 「キラ・ヤマト……今さらアンタを恨みはしない。ラクスの考えてることも、何となく分
かってる。けど……」
 「シン・アスカ……分かってる。君とは色々あった。でも、理屈じゃない」
 数泊の間ができる。微動だにしない両者は、静止画のよう。しかし、確実に地球の重
力に引かれて落下を続けている。
 「これはケジメだ。君と僕の、戦いの」
 「どんな結果になっても、恨みっこ無しだ」
 デスティニーがユラリと前傾した。ビームライフルを構えるフリーダムの指がビクッと
動いた。
 「行くぞ!」
 デスティニーが加速した。微かに発光し、キラに残像を見せる。しかし、キラの射撃
は、確実にデスティニーの本体を捉える。
 シンは小さく操縦桿を動かし、最小限の動きでフリーダムのビームを回避した。ビー
ムが装甲を擦って、火花を散らす。が、減速はしない。
 迎撃を切り抜け、ビームライフルで迫撃しながら後退するフリーダムに肉薄する。右
手に抜いたビームサーベルを振り回し、避けるフリーダムを追い立てる。
 フリーダムは、多彩に繰り出される斬撃をかわしながらビームライフルで反撃。だが、
デスティニーはそれを紙一重でかわし、激しく追い込んでくる。背後には、ユニウスセ
ブンの破片が迫っている。
230通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 05:01:22.92 ID:???
人間の支援はそんなものだって乗り越えられる!
23113/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 05:04:32.62 ID:???
 キラの目が、チラとそれを一瞥する。そして、大振りの一撃をかわした瞬間、フリー
ダムはその破片を足場にして跳躍し、急激なターンを掛けた。
 その鋭いターンに、デスティニーの反応が一瞬だけ遅れた。顔からユニウスセブン
の破片に突っ込み、慌てて逆噴射を掛ける。寸でのところで激突は免れたが、フリー
ダムは既にユニウスセブンの破片の影に回りこんでしまったのか、姿が見えない。
 慌ててフリーダムを探す。刹那、けたたましい警告音がシンの耳を打った。危険察
知。デスティニーは急加速してその場を緊急離脱し、回避運動を行った。
 無数のビームが、どこからともなくデスティニーを追い立てる。デスティニーは、そ
の辺に漂っているユニウスセブンの破片を隠れ蓑に、ビーム攻撃を凌いだ。だが、ビ
ームはどこまでもデスティニーを追いかけてくる。
 ビームはドラグーンによるオールレンジ攻撃だ。シンは、ドラグーンのテールノズル
が放つ光を追った。岩陰からチラチラと見え隠れするその光を追い、砲撃を掻い潜り
つつチャンスを窺う。
 ドラグーンは、時間差でデスティニーの上下左右から攻撃を掛けてくる。しかし、デス
ティニーも素早い身のこなしで掠らせもしない。
 根気勝負。息詰まる攻防。攻めるキラが有利。だが、先に機を見つけたのはシン。
 その紅い翼の動きに誘われるように、ドラグーンが群れるイワシのように纏まって集
中砲火を浴びせてくる。凄まじい火力に、デスティニーが隠れているユニウスセブン
の破片が瞬く間に砕かれていく。
 その、一瞬の間隙を縫う。砲撃の隙間を見つけてデスティニーは岩陰から飛び出す
と、フラッシュエッジを投擲し、そこにビームライフルでビームを何発も撃ち込んだ。
 高速で回転するフラッシュエッジにビームが当たり、拡散する。拡散する刃になった
ビームは群れるドラグーンに襲い掛かり、その八基の内の五基を落とした。そして、辛
くも逃れた三基の内の二基も、咄嗟のことでコントロールミスを犯し、ユニウスセブン
の破片に激突して動かなくなった。だが、残った一枚は最後のエネルギーを振り絞り、
道連れにするようにデスティニーのビームライフルを破壊して力尽きた。
 デスティニーはもう一本のフラッシュエッジを抜き、周囲に目を配った。左後方、斜め
上からの警告音に反応し、咄嗟に反転する。飛来する複数のビームをビームサーベ
ルで切り払いながら、迫撃するフリーダムの蒼く輝く羽を見据える。
 ビーム攻撃を凌ぎながら、デスティニーは再び岩陰に身を隠した。キラはそれを見
ると、二丁のビームライフルを連結させてデスティニーの隠れた岩を砲撃した。威力
が増した強力な一撃が岩を貫通し、砕く。が、手応えは無い。デスティニーの紅い翼
が駆け抜けていくのを、キラは視界の片隅に見た。
 増え続けるユニウスセブンの破片で、視界もレーダーも不良。並外れた機動力を持
つデスティニーの動きを、正確には追尾できない。
 デスティニーは紅く輝く翼と残像で幻惑するようにフリーダムに迫ってくる。キラは勘
と経験則に基づいてその動きを先読みし、狙撃した。が、それが裏目に出た。デスティ
ニーは、その逆を突いてきたのだ。左斜め下方向にロングライフルを撃った次の瞬間、
デスティニーはフリーダムの右側面から急襲して来た。
 反射的に反応して回避運動をするも、ロングライフルの前部分を斬られた。キラは
咄嗟に連結を解除して、前部分のビームライフルを遺棄。残ったビームライフルでデ
スティニーに反撃したが、ビームシールドに邪魔をされてダメージが通らない。逆にデ
スティニーの頭部バルカンが火を噴き、キラはそれを嫌がって防御姿勢をとった。
 その途端、デスティニーが左腕を伸ばした。ふと、キラの脳裏にオーブでの交戦の
記憶が過ぎる――素早くビームライフルから手を放し、間合いを開いた。
 デスティニーの手の平が、手放したビームライフルを掴むように添えられる。と、次
の瞬間、パルマフィオキーナが炸裂してそれを消し飛ばした。
232通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 05:05:01.57 ID:???
すまんが、みんなの支援をくれ
23314/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 05:08:37.90 ID:???
 尚も前に出るデスティニーの勢いは止まらない。突撃の勢いそのままに旋回し、ビ
ームサーベルを振りかざして躍り掛かってくる。
 フリーダムも腰からビームサーベルを抜き、対抗した。ビーム刃が交錯し、干渉波の
光が放電のように広がる。
 互いのパワーを競うように、鍔迫り合いをする。デスティニーが少し優勢気味に押す
と、フリーダムがそれを嫌忌して予備のビームサーベルを空いている手に掴み、逆手
に握った状態で振り上げた。
 ビーム刃の軌跡が、デスティニーを逆袈裟に切り裂く。が、それは残像。キラは、そ
れも織り込み済みだった。
 飛び退いたデスティニーを、間髪いれずにフリーダムは追う。フリーダムは二本のビ
ームサーベルを、舞いでも踊っているかのように振り回し、デスティニーを追い立てる。
 何度目かの攻守逆転。逃げるデスティニーと追い詰めるフリーダム。だが、シンも防
戦一方ではない。徐々にフリーダムの攻撃の回転速度に呼吸を合わせていき、一瞬
の反撃のチャンスを狙う。
 フリーダムが右腕を振り上げる。瞬間、シンはカッと目を見開いた。
 その手に持つビームサーベルの柄尻を弾くようにデスティニーが左腕を振り上げる。
左前腕の実体盾が、目論見どおりフリーダムの右拳の下を叩く。その衝撃でフリーダ
ムのマニピュレーターのホールドが緩み、ビームサーベルが零れた。
 フリーダムの右脇ががら空きになる。シンはその無防備な部分に向けて、ビームサ
ーベルを振るった。
 しかし、流石のフリーダム。身体を折り曲げて紙一重でかわすと、右腕を伸ばしてデ
スティニーのシールドを掴んだ。そして、引き千切るようにジョイントを破壊し、投げ捨
てた。
 よろめくデスティニー。フリーダムのクスィフィアスが前を向く。刹那、デスティニーの
双眸が鋭く瞬き、急加速した。体当たり。二体は激しく衝突し、その衝撃で間合いが開
いた。
 ほぼ同時にバランスを回復する。フリーダムがビームサーベルを右手に持ち替えた。
一呼吸置くように互いに一定距離を保ちつつを旋回し、そして息を合わせたかのように
再び正面からぶつかった。
 機先を制したのはデスティニーのビームサーベル。しかし、後の先を制するようにフ
リーダムの左マニピュレーターがデスティニーの腕を掴み、イニシアチブを握る。だが、
デスティニーもフリーダムの右腕を蹴り上げて、ビームサーベルを弾き飛ばした。
 フリーダムは咄嗟にデスティニーの右腕を放し、その腹に前蹴りを突き込んだ。そし
て、その反動を利用して後退しつつ、腰のクスィフィアスレールガンを連射した。
 超電磁砲が連続でデスティニーに叩き込まれる。フェイズシフト装甲が直接的なダ
メージをカットしているものの、衝撃まで打ち消せるわけではない。デスティニーはサ
ンドバッグのように一方的に嬲られ、コックピットのシンも同様にベルトを身体に食い
込ませた。
234通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 05:09:17.03 ID:???
ロンドベルだけにいい支援はさせませんよ!
23515/15 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 05:35:54.92 ID:???
 クスィフィアスの弾が切れて、ようやくサンドバッグ状態から抜ける。デスティニーは
我を取り戻すように双眸を一度瞬かせると、いつの間にか手放していたフラッシュエッ
ジの柄を探した。
 だが、フリーダムもそれを待ってやるほど甘くない。高速で迫り、デスティニーを蹴り
飛ばした。
 デスティニーは吹っ飛び、ユニウスセブンの破片に激突して、その表面を滑るように
転がって陰に消えていった。
 追撃を掛けるフリーダム。デスティニーが消えていった岩陰へと飛び込む。
 だが、そこにデスティニーの姿は無い。
 キラは一寸惑った。そこへ、急な激しい衝撃。いつの間にか背後に回りこんでいたデ
スティニーが、お返しと言わんばかりにフリーダムの背中に飛び蹴りをかました。
 フリーダムが、前のめりになってバランスを崩す。そのチャンスを、シンは逃さない。
 すかさず高エネルギー長射程ビーム砲を構える。操縦桿を握る手が滞りなく流れる
ように動き、照準を合わせる。躊躇は無い。シンはトリガースイッチに添えた指を一気
に押し込んだ。
 大口径のビームが、一直線にフリーダムへと伸びる。だが、フリーダムはそれを見
ていたかのように少し右に避けた。完全な回避ではない。されど致命傷には至らない。
シンの放った必殺の一撃は、フリーダムの左翼と左腕を消し飛ばすに留まった。
 損傷した部分からスパークを迸らせ、よろめくフリーダム。そのダメージは、決して安
いものではない。しかし、キラの目はまだ死んでいない。
 止めを狙って、高エネルギー長射程ビーム砲の二射目を構えるデスティニー。その
トリガーに添えた指を引こうとした、その刹那、それよりも早くフリーダムが反転し、腹
部のカリドゥスが火を噴いた。
 勝利を確信していたシンは、それを咄嗟に避けることができなかった。致命傷こそ避
けられたものの、デスティニーも右腕と右翼を失った。

 二人の決闘は、そこで幕引きとなる。互いに腕一本と片翼ずつを奪い合った両者は、
そのまま無数のユニウスセブンの破片と共に流され、別れていった。
 
 もう、地球は眼前に迫っていた。砕けたユニウスセブンの破片は、少しずつ燃え始め
る気配を見せていた。

続く
236 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/07(土) 05:48:24.21 ID:???
深い時間にかかわらず支援していただきありがとうございました!
連投規制が復活したみたいで、お陰で助かりました

次回、最終回です。日曜に投下する予定です。全25レスになります。長いです……
それでは
237通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 05:50:30.70 ID:???
グワーッ!いいところでヒキ・ジ


げふんげふん

投下乙でしたー
いよいよ最終回、マッテマスヨー
238通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 06:29:27.77 ID:???
乙でした
最終回待ってます
支援の皆さんも乙
239通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 07:10:41.12 ID:???
GJ!
240通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 10:48:29.99 ID:???
乙です。
もう最終回か……
楽しみに待っています
241通常の名無しさんの3倍:2013/09/07(土) 16:18:14.26 ID:???
氏は「Zと種死」という舞台で3本も本を書いてると思うと凄いわ・・・

3本目の最終回、さびしいけど日曜を楽しみに待っています。
242 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 15:42:58.55 ID:???
オリンピック、東京に決まりましたね
やるからには最高に素晴らしいものにして欲しいと思います

>>241
元々、一作目のカミーユIn〜の後にクワトロを中心にアークエンジェル視点の
Ζ×種死もやってみたいという構想が漠然とありました
結局二作目はああいう形になったんですけど、やっぱりシャアを主役格にした
ものも書いてみたいという気持ちが募って、三本目を書くことになりました
そういう意味では、ある意味三本目は既定だったかもしれません
二作目を終えた時点でお腹いっぱいになったのは本当だったんですけど
やっぱΖといったらシャアも主人公だろう!と思って、我慢できませんでした
それで、どうせならハマーンも絡ませてみようとか、シャアにもっと苦労させる
ためにカミーユは敵側で出してみようとか考えて、このようなお話になりました

ただ、初期の構想と違って相変わらずミネルバ視点になったのは、種死は誰が
何と言おうとシンが主役の物語であると個人的に頑固に思ってるからですw

さて、いつもより前置きが長くなりましたけど最終回ということでご勘弁を
前回予告したように、25レスと結構な長さですが、どうか最後までお付き合いください
あと、投下も長時間化する可能性があるので、ご了承ください

それでは最終第三十五話「宇宙(そら)を渡る」です。どうぞ↓
2431/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 15:43:53.25 ID:???
 ネオ・ジェネシスによって、二つに割れたユニウスセブンの半分は地球の重力圏か
ら離れようとしていた。しかし、残った片割れはメテオブレイカーによって砕かれたもの
の、破片は依然として十分な質量を持ったまま地球へ落ち続けていた。
 その破片を、更に細かく砕く作業が続けられていた。ザフト、連合問わず多くのモビ
ルスーツや艦船がギリギリまで高度を下げ、一つでも多くの破片を砕こうとしていた。
 その中には、ミネルバの姿もある。既にタンホイザーは三射目の準備に入っていた。
 「どうなっていくの!?」
 砕いても砕いてもキリがない状況に、タリアは絶叫するように声を上げた。アーサー
が計器を見つめながら、「芳しくありません!」と応じる。
 「数が多すぎます! このペースでは、地球への甚大な被害は免れません!」
 「何とかなさい! ここで地球を救えないようじゃ、戦争は永遠になくならないわよ!」
 「そんな無茶な!」
 タリアが発破を掛けるも、クルーを勇気付けるまでには至らない。状況が絶望的だと
いうことを、誰しもが認めてしまっているからだ。
 そんな折、メイリンが「もうっ!」と苛立った声を上げた。
 「回線不良! もう一度願います! ……えぇっ!? ジェネシス!? ユニウスの
破片群の後ろの方って言いました!? ――ゴンドワナが遠いからって!」
 メイリンはヘッドホンを耳にめり込ませるほど強く押し当て、通信相手を罵倒するよう
な怒鳴り声でやり取りを交わしていた。メイリンは何度も反芻するように確認を繰り返
し、内容を確定させてようやくタリアに振り向いた。
 「メサイアより入電! 三分後に地球から遠い方の破片群に向けて、五秒間のジェ
ネシスの照射を行うと言ってきています!」
 「ジェネシスを!?」
 「それで破片群の半数は、少なくとも大気圏で燃え尽きるとメサイアは言っています
!」
 タリアの座る艦長席のコンソールに、そのデータが送られてくる。メサイアが予定し
ているネオ・ジェネシスの射線軸は、ユニウスセブンの破片群を掠めるように合わされ
ている。それ以上射角を地球側に向けてしまうと、地球に被害を与えてしまうというギ
リギリの角度だ。
 「今さら!」
 タリアは肘掛けを拳で叩いた。
 「いくら連射が無理だからって、何でもっと早く動けなかったの!? やることが遅い
のよ、メサイアの連中は!」
 「やらないよりはマシです!」
 苛立ち、憤慨するタリアに、アーサーが言う。
 「そうだけど――!」
 「艦長!」
 反論しようとした言葉を遮り、メイリンが強く促すように伺いを立てる。
 タリアはもう一度肘掛を叩くと、「全部隊に警告!」と怒り冷めやらぬ様子で声を荒げ
た。
 「メサイアからのデータを一斉送信して、ジェネシスの射線軸には乗らないように伝
えなさい!」
 「了解!」
 「ザフト、連合、問わずよ! 分かってるわね!?」
 「やってます!」
 口喧嘩でもしているかのようなやり取りを終えると、タリアは立て続けにアーサーに
「アークエンジェルは!?」と訊ねた。
 「当艦同様、破片を砕きつつ降下を続けています!」
2442/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 15:49:20.01 ID:???
 「彼らも、そのまま地球に降りる覚悟ね!」
 画質が安定しないが、サブスクリーンには砲撃を続けるアークエンジェルの姿が映
されていた。タリアはそれを認めると、「私たちも続くわよ!」と告げ、ミネルバもいつで
も大気圏に突入できるようにと指示を出した。
 破砕作業は尚も続行され、大気圏突入能力の無い艦船が離脱できるギリギリの高
度まであと少しというところまで迫っていた。
 ネオ・ジェネシスは、予定より五秒ほど遅れて破片群の後部を撃った。しかし、その
ほんの少しの遅れが響いて、予想していたよりも成果を上げられなかった。
 現場に、強い焦燥感が満ち始めた。地球に落ち続けているユニウスセブンの破片は
未だ無数に存在し、次第に絶望感が押し寄せてくる。焦りと絶望が、冷静さと迅速さ、
正確さを奪い、破砕作業が思うように捗らない。
 だが、そんな中、その流れに抗おうとする動きが現れた。
 「モビルスーツのジェネレーターはな、強力な爆弾にもなるんだよ!」
 それは、誰が最初に始めたのかは分からない。それを最初にやった人物は、既に居
ないからだ。だが、いつの頃からか、特攻による自爆で破片を破壊するという行為が見
られるようになっていた。
 それは、自らの命と引き換えにする行為……
 「時間が無いなら、より強力な手段で岩をぶっ壊すまでよ!」
 「いいか! 年寄りの俺たちから率先してやるんだよ! 持てるだけの火薬を持って
な! 若い奴らはアモとか使えそうな武器を俺たちに回したら後退しろ! お前らには、
子孫を作ってこのことを後世に伝えていく役目があるんだからな!」
 現場のテンションが、そうさせるのだろう。眼下の地球を見た時、その美しさを失いた
くないと思った一人の兵士の誇りと思いが、それをやらせた。或いは、思い浮かべたの
は家族の顔だったのかもしれない。しかし、一人の兵士の誇りは周りの兵士にも伝播
し、パンデミックするかのように拡散して、次々と特攻が行われた。中には、巨大な破
片に対しては艦船が特攻するという場面もあった。
 「これ以上、俺たちの勝手で子供たちの未来に余計な禍根を残せるかよ!」
 「そこのコーディネイター! どこの誰だか知らねえが、一緒に行くか!?」
 「付き合うぜ、名前も知らねえナチュラル! カッコ良く行こうぜ!」
 そのムーブメントに、コーディネイターとナチュラルの垣根は無かった。その二人も、
競い合うように岩に飛び込み、光となった。モビルスーツが、命の光となった。
 破砕作業は、そこから一気に加速した。無数の命の光が、ユニウスセブンの破片を
道連れにして消えていく。消える命が、守るべき命を生かす。
 「ジェシカーっ! ジョーンっ!」
 命は繋がっている。妻と子を思い、また一つの命が輝いた。
 
 人の思惟で、空間が満たされていく。カミーユは、そんな感覚を味わっていた。
 「人の命が、地球を包んでいく……?」
 今消えていく命だけではない。地球を守ろうと命を捧げる魂に応えるように、ユニウス
セブンの破片に残されていた多くの魂が共鳴し、一つの大きな集まりとなって飽和しよ
うとしていた。
 「ああ……みんな、みんな地球を守ろうとしている……!」
 自然と涙が溢れた。それは切なく悲しく、しかし、力強く暖かでもある。押し寄せてくる
感動がカミーユの琴線を刺激し、そして更なる認識力の拡大を促した。カミーユは、そ
こで起こっていることの全てが分かるような気がした。
 「あっ……!?」
 ふと直感し、方向転換する。そして、ウェイブライダー形態に変形させると機首を地
球方面に向け、加速させた。
2453/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 15:56:06.10 ID:???
 「カミーユ!?」
 近くに居たシャアが咄嗟に呼び止めようとしたが、遅かった。ウェイブライダーはあっ
という間に小さくなって、ぐんぐんシャアから離れていく。
 追い掛けようとスロットルを入れる。だが、その時、間が悪いことにラクス派の残党の
ドム・トルーパーがシャアの前に立ちはだかり、足止めを食らった。
 「貴様ら、まだ抵抗を続ける気か!」
 苛立つシャア。怒りに任せてビームサーベルを抜き、ドム・トルーパーの迎撃を掻い
潜って一挙に肉薄すると、間髪いれずにコックピットを串刺しにした。そして、そのドム・
トルーパーをユニウスセブンの破片に向かって投げつけ、ビームライフルで狙撃して
爆発させる。ユニウスセブンの破片は、その爆発で粉々に砕け散った。
 シャアはそれを済ますと、即座にウェイブライダーの姿を探した。しかし、その時には
もうウェイブライダーの影も形も無かった。
 「チッ……!」
 ざわざわとした胸騒ぎのような感覚がある。カミーユほど確かではないが、シャアも
その場に集う大きな思惟の流れを感じていた。
 「カミーユは、この感覚から何かを感じ取っている……」
 ふと、そう思った。だが、シャアにはそれが何なのか分からない。
 「追いつけるか……?」
 確信は無い。しかし、本能は行けと命じている。シャアは、その大きな思惟の流れに
乗り、カミーユを追跡しつつユニウスセブンの破砕作業も並行して行っていった。
 
 エターナルには、ラクスが一人だけ残されている。
 エターナルはユニウスセブンの破片と共に地球に落ち続けていた。コンピューターは、
まだ生きている。これから辿る運命も知らず、画面には大気圏突入まで間もなくの警
告が出ていた。
 ラクスは艦橋の中央で佇んでいた。
 (少しだけど、重力を感じられるようになってきた気がする……)
 ラクスは、ふと視線を下に落とした。足元から燃えていくのだろうと思うと、身が竦ん
だ。
 (怖い……!)
 人間として当たり前の感情が沸き起こった。ラクスは自分の肩を抱き、背中を丸めた。
 その時、背後で自動ドアが開く音が聞こえた。ラクスは背筋を伸ばし、振り返った。
 「……来ると思っていましたわ」
 視線の先に立つはサトー。目は釣り上がり、鼻は膨れて、砕かんばかりに歯を食い
しばり、真っ赤に顔を染めている。稀に見るような憤怒の表情が、ラクスを殺すように
睨みつけていた。
 サトーは無言のまま床を蹴ると、ふわりと浮き上がってラクスに迫った。そして、前に
降り立つと、いきなり右手の甲でラクスの右頬を叩いた。
 「あうっ!」
 ラクスの身体が宙に浮き、コンソールパネルに叩きつけられる。サトーはそれを追い、
コンソールパネルに引っ掛かるようにして横たわるラクスをうつ伏せに押さえつけ、そ
の細い左腕を掴み、捻り上げた。
 「くあぁっ!」
 ゴリゴリと音を立て、ラクスの左肘のじん帯が伸びる。呻くラクスに、サトーは容赦を
しない。尚も腕を絞り上げ、ゴキンと乾いた音を立てて肩の関節が外れるまで腕を捻
り続けた。
 捻っていた腕を放すと、ラクスはダランとなった左腕を押さえてその場に蹲り、喉が
潰れてしまいそうな声で呻いて激痛に涙を流した。
2464/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 16:00:32.49 ID:???
 サトーはそんなラクスの背中を踏みつけ、銃を抜いた。そして、その照準をラクスの
脳天へと合わせた。
 「姑息な手を……!」
 ようやくサトーが口を開くと、ラクスは冷や汗と涙に塗れた顔を上げた。
 「貴様は、最初からあの偽者を本物にでっち上げるために謀っていたな!?」
 「き、気付くのが……大分遅かったようですわね……?」
 ラクスは息を荒げ、苦しみながらも笑みを湛えていた。サトーの顔面が、ピクッと引
き攣る。
 「貴様が口車に乗ってきたのも!」
 「あ、あなたは、単純な方です……わたくしが、ジェネシスでユニウスを弾き出すなど
というあなたの言葉を、本気で真に受けると思いましたか……? ですが、お陰で全て
が上手く行きました……ユニウスは、地球に何の影響も与えることなく消滅し、あなた
は、ここでわたくしと共に滅びるのです……」
 「許さんっ!」
 サトーは激昂し、銃を持つ手に力を込めた。人差し指が引き金を引いて、キリキリと
音を立てる。
 (キラ……)
 ラクスはそっと目を閉じ、うな垂れた。
 だが、その時だった。突如、再びドアが開き、そして次の瞬間、パァンという乾いた発
砲音がブリッジに木霊した。
 弾が当たった感覚はない。様子がおかしいと感じたラクスは、痛む左腕を庇いなが
ら首をもたげた。
 「あっ……!」
 ラクスの眼前を、拳銃が流れていった。それは、サトーが今しがたまで持っていたも
の。視線をサトーに向けると、案の定、持っていたはずの銃が無い。
 「何者だ、貴様っ!?」
 サトーは顔を上げ、ブリッジの入り口の方に身体を向けていた。ラクスはそれに釣ら
れ、同じ方に目をやった。
 「……!? ハ、ハマーン様っ!?」
 中央のシートの影に隠れていたが、その特徴的な桃色の髪と黒い服に身を包んだ
スレンダーな肢体を、見紛うことは無い。ラクスには、一目で判別できた。
 (何故……!?)
 信じられなかった。ハマーンが助けに来てくれるなど、予想だにしていなかった。
 ハマーンは銃を立てると、艦長席を飛び越えてサトーに躍り掛かった。サトーも床を
蹴って、弾き飛ばされた銃に手を伸ばす。だが、ハマーンの射撃が一足先にサトーの
銃に命中し、ブリッジの先端の方へと押し流した。
 「おのれっ!」
 ハマーンの銃口が、サトーを狙う。しかし、サトーはハマーンが引き金を引く寸前に
横っ飛びをして、辛くも銃弾から逃れた。
 「チッ……!」
 舌打ちをし、改めてサトーに照準を合わせる。だが、サトーは銃口に怯むことなく力
いっぱいに床を蹴って、勢い良くハマーンに飛び掛ってきた。
 意表を突かれた。ハマーンはサトーに接近を許し、組み付かれてしまった。
 サトーが、ハマーンの銃を持つ腕を掴んで上に向けさせた。銃が暴発し、天上を撃っ
た弾丸がそこら中を跳ね回り、火花を散らす。
 「汚い手で私に触れるな!」
 「ふざけるな!」
2475/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 16:06:25.35 ID:???
 サトーはハマーンに頭突きをした。ゴツッという鈍い音が響き、ハマーンが「うっ!」と
呻いて身を仰け反らせた。軽い脳震盪に、ハマーンは意識が朦朧としかける。
 サトーはハマーンから銃を奪い、顎の下に銃口を押し付けた。
 「ハマーン様っ!」
 ラクスが咄嗟に飛び掛り、横からサトーに体当たりをした。
 「くっ!」
 「うあっ!」
 体当たりの衝撃で、左腕に激痛が走る。ラクスの悲痛な金切り声が轟く。
 突き飛ばされたサトーはブリッジの壁に着地するように足を着き、ラクスに銃口を向
けた。
 「貴様はどこまでも邪魔を!」
 サトーの指が引き金を引く。しかし、無重力を流れるラクスは、ちょうどオペレーター
席の影に隠れるように倒れ、それに阻まれてまたも弾丸はブリッジ内を跳ね回った。
 サトーはグロッキーになっているハマーンを一瞥すると、壁を蹴って座席の陰に隠れ
ているラクスの上に出た。ラクスは座席の影で蹲り、激痛で身動きが取れなくなってい
る。
 「そんなに早く死にたいか!」
 サトーは銃をラクスに向け、引き金を引く指に力を込めた。
 しかし、その時またしてもドアが開いて、銃声が鳴り響いた。
 「ぐおっ!?」
 サトーが悲鳴を上げる。右肩から、鮮血が迸った。
 「ラクス!」
 飛び込んできたのはキラだった。キラは聡くラクスを見つけると、激痛に悶えるサトー
を銃で牽制しながらそちらへと流れた。
 「大丈夫!? ラクス!」
 ラクスは全身を震わせて蹲っていた。キラが肩を抱いて介抱しようとすると、ラクスは
「ううっ!」と喉が潰れたような呻き声を上げた。その、聞いたこともないラクスの濁声に、
キラは仰天して思わず出した手を引いた。
 「ラ、ラクス……!」
 「だ、大丈夫です……少し、左腕をやられただけですから……」
 そう言って、ラクスはキラを安心させようと顔を上げた。しかし、笑顔を見せてもキラ
の表情は益々強張った。ラクスの右頬が腫れ上がり、美しい頬のラインを醜く歪めて
しまっていたからだ。
 キラは込み上げてくる怒りに衝動が抑えられず、咄嗟に銃をサトーに向けた。
 サトーはその時、ブリッジを出て行こうとしている最中だった。キラは慌てて立ち上が
り、それを追い掛けようとした。
 「放っておけ!」
 その怒号に驚き、キラは中途半端に床を蹴った所で動きを止めた。
 サトーは一瞥をくれると、その間にドアを潜り、逃げていった。
 キラは天井に手を付いて、声のした方に目を向けた。
 「ハマーンさん……!?」
 ハマーンはくらくらする頭を手で支えながら立ち上がり、今頃気付いた様子のキラに
ため息をついた。
 「どうして止めたんです!?」
 キラは気を取り直し、ハマーンに訊ねた。口調こそ落ち着いているが、声音には非難
の色が混ざっている。納得できなかったのだ。
 「あの男を追う必要はない。お前はラクスの傍にいればよい」
 ハマーンはそう言いながらふわりと床を蹴り、無重力を流れてラクスに寄り添った。
2486/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 16:11:35.84 ID:???
 「立てるか?」
 「は、はい……ありがとうございます……」
 ハマーンはラクスの背に手を沿え、ゆっくりと立ち上がらせた。キラは、安心しきった
表情で身を任せるラクスを複雑な面差しで見つめながら、天井を押した。
 「ミーアを相手に、よくもやったものだな?」
 ラクスを座席に座らせながら、ハマーンは皮肉っぽく言う。ラクスはそんなハマーン
に童女のような微笑を返した。
 「ハマーン様なら、そのミーアという方をもう一度舞台に立たせると思っていましたか
ら……」
 「ん……大体は、私と考えが被っていたシャアがやったことだがな」
 「でも、気付いていらしたのでしょう……? だから、ミーアという方に、わたくしと対決
するように仕向けた……わたくしがやろうとしていたことを分かって下さっていたから…
…違いますか……?」
 「フン……ミーアにハンデが必要なかったのは、想定外だったがな」
 「フフフ……それも、ハマーン様は見越していらしたのでしょう……?」
 ラクスが愉快そうに返すと、ハマーンは少し不貞腐れたように顔を顰めた。
 キラはそのやり取りを聞いていて、二人がそこまで思惑を重ねていたのだと知った。
ラクスはハマーンがミーアを再び担ぎ出すだろうと読み、ハマーンはラクスがそれに
合わせて自らを貶めようとしていたことに気付いていた。
 頻繁に接触していた様子は無い。キラが知る限り、二人が接触したのはキュベレイ
と初めて遭遇した後に、一時ラクスが行方不明になった時が最後だ。だが、二人はそ
こまで通じていた。ラクスがキラと話し合って決めたことを、看破していたのだ。それを
見せ付けられると、キラは余計に複雑な心境になった。
 「あの様子でしたら、これから先、もう疑われるようなことは無いでしょう……」
 ラクスは呟くように言って、ふとキラを見上げた。
 「ごめんなさい、キラ……キラがハロに組み込んで下さったプログラムは、結局使い
ませんでした……」
 ラクスが謝ると、呼ばれたと勘違いしたのか、スカートの裾からピンクのハロが耳を
はためかせて出てきた。「ハロハロ」と鳴くハロの電子音は、元気がいい。キラは、そ
のハロがアスランのハンドメイドであることを思い出して、同じく自分も彼からロボット
鳥のトリィを貰っていたことを思い出した。
 キラはフッと笑って、「いいよ」と返した。
 「君と直接話して、君の思いはミーアって人に伝わったはずだ。直に話さなきゃ、伝
わらない思いはある。彼女がこれから君として生きていくなら、それは必要なことだ。
だから、使わなくて良かったんだよ、きっと……」
 キラは優しく慰めるように言う。ラクスは「ありがとう……」と返して、まだ物言いたげ
なハマーンに目を戻した。
 「――しかし、事前にあの男たちの粛清を済ませておけば、このような事態には陥ら
なかった」
 身も蓋もなく詰るハマーンに、ラクスの表情が曇る。
 「お前の甘さが、今回の危機を招いたのだ」
 「ハマーンさん! ラクスは――」
 追い打ちを掛けるハマーンに、キラが黙ってはいない。
 しかし、擁護しようと口を挟んだキラを止める声がある。他ならぬラクス本人だ。
 「待ってください……」
 ラクスは、訴えかけるような眼差しでキラを見つめると、徐にハマーンへと目線を移
した。その切なげな眼差しが、恋人でも見ているかのような感じがして、キラは嫌だっ
た。
2497/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 16:17:02.35 ID:???
 「でしたら、なぜ来てくれたのです……?」
 ラクスは呼吸を整えながら、ゆっくりと口を開いた。
 「わたくしは、ハマーン様の警告を聞き入れませんでした……その結果、このような
取り返しのつかない事態を起こしてしまいました……報いを受けて当然……ハマーン
様が呆れるのも当然でしょう……?」
 ラクスは自虐的に言って、目を伏した。ハマーンが、そんなラクスに手を伸ばす。
 「……呆れたら、来てはいけないのか?」
 「えっ……?」
 ハマーンの右手が、そっとラクスの頭を撫でた。その感触に驚き、ラクスは思わず首
をもたげた。ハマーンの手は髪を梳くように滑り、やがて左頬へと降りてきた。
 熱く火照ったラクスの頬を、ハマーンの少しひんやりとした手が労わるように触れ、そ
の手に熱が移った。冷たいのに、優しい感じがする。ラクスは、ハマーンの手が自分の
痛みを吸い取ってくれているのだと錯覚した。
 「うっ……ううっ……!」
 堪えきれなくなって、ぼろぼろと涙を零す。大粒の雫が無重力に踊って、その一つ一
つにハマーンの顔が映って見えた。
 ハマーンは、幼子のように泣くラクスを、怪我に障らない程度に優しく抱擁した。
 「お前のことは嫌いではないよ、ラクス――」
 耳元に息を吹きかけるように囁くと、ハマーンはその耳を甘噛みした。ラクスの背筋
がゾクゾクッと震え、甘ったるい吐息を漏らした。
 ハマーンが、ゆっくりと身体を離す。ラクスは、それを追い縋るような熱っぽい視線で
見つめた。
 ハマーンはそんなラクスの視線をかわすように、「だが、勘違いするな」と釘を刺す。
 「お前と共にあるのは、私ではない」
 ハマーンはそう告げると、キラに目を向けた。
 「――借りが出来たな」
 それは、先ほどの窮地にキラが駆けつけた時のことを指している。
 キラは、「いえ……」と謙遜気味に返した。
 「ハマーンさんが来てくれなかったら、僕は間に合いませんでしたから……」
 「そうかい。だが、お前は私の言ったことをよく守り、ラクスの傍を離れな――」
 その時、ハマーンはふと言葉を切って、遠くを見つめるような目で横を向いた。
 それは、見えないものを見ているような、不思議な目だ。キラには、その青い瞳が、
何か遠くの景色を千里眼のように見ているのではないかと思えた。
 ハマーンは数泊の間そうしていると、再びキラに目を戻した。
 「……ラクスを連れてフリーダムで脱出しろ」
 「えっ?」
 ハマーンは唐突に言うと、戸惑うキラを尻目に床を蹴ってブリッジの出口へと向かっ
た。
 「ハマーンさん!」
 呼び止めると、ハマーンはブリッジの出口で一旦足を止めた。
 「私が力になってやる。だから、お前たちは生きろ」
 ハマーンは背中越しにそう言い残し、足早にブリッジを後にしていった。
 要領を得ないキラは、暫しブリッジの出口を見つめて呆然としていた。
 ラクスが鼻を啜り、「キラ」と呼ぶ。キラは振り返り、そっとラクスに寄って慎重にその
肢体を抱き寄せた。
 その時、ブリッジが俄かに振動を始めた。一定で継続的な振動は、攻撃を受けたも
のではない。警報が鳴り響き、大気圏突入が始まったことを教えていた。
 ラクスの右腕が、キラの首に絡みついた。キラはラクスの左頬にキスをした。
250通常の名無しさんの3倍:2013/09/08(日) 16:17:40.07 ID:???
最終回投下を全力支援、てーっ!!!
2518/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 16:22:24.98 ID:???
 「キラ……あなたがいてくれて、本当に良かった……例え、ここで燃え尽きようとも…
…」
 「まだだよ、ラクス。僕たちは、まだ終わっちゃいない」
 涙を浮かべて観念したようなことを言うラクスを、キラは励ましながらブリッジの出口
へと導いた。キラの頭には、今しがたのハマーンの言葉が残っている。
 「行こう、ラクス……僕と一緒に生き延びてくれ……」
 「キラ……」
 キラはラクスの腰を抱き、急ぎ通路を流れた。ラクスはそのキラにしがみ付き、胸元
に額を押し当てて嗚咽を漏らした。
 
 エターナルを飛び出したサトーは、ユニウスセブンの破片が加速による断熱圧縮に
よって次々と燃え尽きていく光景を目にした。決死の破砕作業で粉々に砕け散ったユ
ニウスセブンが無数の流星となり、一つ一つが眩い光を放っている。
 「ユニウスで死んでいった魂たちが、無念だと言っている……!」
 サトーは右肩の痛みを忘れて怒りに打ち震えた。
 「許せぬ! 彼らの無念を――我らの怒りを、なぜ理解しようとせんのだ!」
 「間違っているからだ!」
 突然通信回線に割り込んできた声に、サトーはギョッとして目を見張った。
 スクリーンが示す警告に従って、その方向に目を向ける。仄かに赤みを帯びてきた
映像の中、サトーはジャスティスが肉薄してくる姿を見た。
 「サトー! お前が間違っていたから作戦は失敗したんだ! お前は、自分のエゴ
だけで地球を潰そうとした! 死んだ人間を口実にして!」
 「貴様さえ! 貴様さえまともであったなら!」
 サトーは絶叫しながらビームを連射した。そのビームがジャスティスの右肩を直撃
し、吹き飛ばした。しかし、ジャスティスはバランスを崩しながらもサトーの迎撃を掻い
潜り、接近を続けた。
 「俺はまともだ!」
 アスランは怒鳴り返してサトーのドム・トルーパーに組み付いた。
 「まともなものか! 父親と反対の道を行こうとする裏切り者の貴様が、まともであっ
てたまるものか!」
 「父も間違っていた! だから討たれた! けど、俺も間違えた! お前の真意に気
付けず、あまりにも迂闊だった!」
 絡み合うジャスティスとドム・トルーパーは、きりもみしながら真っ逆さまに地球へと
落ちていく。
 「ケジメは付ける! この、俺自身の手で!」
 「ザラの家督を継ぐ者なら!」
 「俺はアスランだ! パトリックじゃない!」
 ジャスティスがシールドの先端をドム・トルーパーの腹部へと突き込んだ。
 「恨んだから恨まれて、殺したから殺されて……それで平和はいつやって来る!?」
 「それはナチュラルが――」
 「俺は、ナチュラルとコーディネイターが共存していける未来を目指す! 過去に縛
られ、復讐に取り付かれた悪鬼は消えろ!」
 シールドの先端からビームソードが発生して、ドム・トルーパーのコックピットを貫い
た。ドム・トルーパーの単眼が不規則に瞬き、ブツンと消える。
 コントロールを失ったドム・トルーパーは、ぐらりとジャスティスから離れ、そのまま地
球に向かって加速していった。間もなく、ユニウスセブンの破片と共に流れ星の一つと
なるだろう。
2529/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 16:26:32.01 ID:???
 しかし、それはジャスティスも同じ運命だった。ファトゥム01を失っているジャスティス
には、もう重力を振り切るだけの推力は残されていない。再突入が可能な設計ではあ
るが、破損した状態で減速もできずに重力に引かれるままに落ちるのであれば、サト
ーのドム・トルーパーと同じく断熱圧縮によって加熱され、流れ星となる運命は自明で
あった。
 アスランは少しずつ燃え始めたスクリーンの映像を見つめながら、地球の中にカガ
リの顔を思い浮かべた。
 「カガリ……」
 念じるように、その名を呼ぶ。その途端、不思議な感覚が身体を包み、アスランはま
どろんでいるかのような境地に誘われた。
 誰かの声が、自分を呼んだような気がした。
 (母さん……?)
 幻を見たのだ。おぼろげな輪郭で顔もハッキリしないのに、アスランはその幻が、血
のバレンタイン事件で物故した母のレノアであると認識できた。
 そのレノアの肩を、いつとはなく誰かが抱いていた。隣に立つ、偉丈夫の幻。
 (父上……)
 パトリックは、微笑んでいるようだった。――否、そう思いたかっただけなのかもしれ
ない。しかし、二人が仲睦まじく現れてくれたということは、きっと自分を迎えに来てくれ
たのだろうとアスランは思う。
 (僕も、今そっちに――)
 アスランは両親の幻に向かって両手を伸ばした。しかし、二人の幻は徐に首を振り、
決してアスランを迎え入れようとはしなかった。
 (どうして……)
 ――駄目ですよ。アスランは、まだこちらに来てはいけません
 (ニコル……!?)
 その声が聞こえた次の瞬間、アスランは現実へと戻されていた。
 「――ラン! 生きてるか、アスラン!」
 「……カミーユ……?」
 我を取り戻すと、ジャスティスはいつの間にかウェイブライダーの背に乗っていた。
 アスランは首を振り、唖然とした。いつ、どのようにしてこうなったのか、とんと覚えて
いない。
 (俺は、あんな状況で夢を見ていたのか……?)
 アスランは、今しがたまで見ていた白昼夢のような経験を頭の中で反芻しながら、そ
んな自分をおかしく思った。
 (けど、夢にしては妙な現実味があった……)
 両親の魂と本当に再会したのかもしれないと、アスランは未だ半信半疑だった。そん
なオカルト染みた体験は到底信じられるものではないが、心に残る感触がそう錯覚さ
せているような気がする。
 「代表が心配したとおりだったよ」
 思案しているところに、カミーユの辟易したような声が届いた。アスランは気を取り直
し、「カガリの?」と聞いた。
 「前の戦争でも、自己犠牲的なことをやろうとしたんだろ? そういうの、待っていてく
れる代表とかに失礼じゃないの?」
 カミーユにそう言われて、アスランは、カミーユがカガリから自分に関して何かを言わ
れていたのだと察した。思い出したのは、カガリがΖガンダムのコックピットにカミーユ
と二人きりで篭った時のことだ。その時、密かに自分のフォローを頼まれていた。
 「そうか……」
25310/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 16:31:05.09 ID:???
 カミーユは、カガリに雇われている関係とはいえ、その君命に律儀に従ってみせた。
それも、再突入の最中という危険なコンディションの中で探し当ててくれたのだ。そう考
えると、途端にカガリとの関係を邪推していた自分が恥ずかしくなった。
 「すまない、カミーユ……俺のために……」
 「言いっこなしだぜ。――ん、アークエンジェルだ」
 湿っぽくなるのを嫌ったのだろう。カミーユは誤魔化すように下方に注意を促した。
 ウェイブライダーは滑空を続けていた。眼下には、再突入の初期段階にあるアーク
エンジェルが見えた。
 「帰れるのか、カガリの所に……」
 感慨深く呟くアスランに、「そうさ!」とカミーユは力強く告げた。
 「飛べ、アスラン! 今ならまだ大丈夫のはずだ!」
 「アークエンジェルに飛び移れと言うのか……!? カミーユは!?」
 「……軽くなったら行くさ!」
 アスランはそれを聞いて、ジャスティスの重量が邪魔をしているのだと思い込んだ。
だから、返答までに妙な間があったことを見逃していた。
 「分かった!」
 アスランはジャスティスを立たせ、脚力とバーニアをフルに駆使してウェイブライダー
から飛び上がった。飛び上がった瞬間、一瞬だけ機体のバランスを崩しかけたが、ア
スランは技術でそれをカバーし、アークエンジェルの真上に出た。
 「アークエンジェル、これより第二甲板にジャスティスを着艦させる!」
 アスランはそう告げて、アークエンジェルの衝撃波に触れぬよう慎重にジャスティスを
コントロールしつつ、甲板に着艦させた。
 「アスラン!」
 着艦するなり、通信回線が開いた。スクリーンには喜色満面のカガリが映し出されて、
喜びを爆発させるように声を上げた。
 アスランはそれに軽く微笑んで一瞥だけすると、すぐに上方を仰ぎ見た。カミーユの
Ζガンダムが続いているはずだと思ったからだ。
 しかし、そこには何も見えない。
 「……!?」
 アスランは思わず息を呑み、慌てて周囲にその姿を探した。
 「何で……!?」
 テールノズルから発する光の尾を見つけた時、それは既に遠くへと消えかかってい
た。アスランには、もう今さら追いかけることはできない。
 「今さらどこに行くって言うんだ、カミーユ!」
 ウェイブライダーは、アスランの叫びを他所に何処かへと滑空していく。アスランは、
それを見送ることしかできなかった。
 
 エターナルを出る時に、少しだけ衝撃波に煽られた。しかし、ハマーンは細かく操縦
桿を操作し、すぐにキュベレイのコントロールを取り戻した。
 「――来たか!」
 閃きが走って、ハマーンは目をそちらに向けた。底部のフライングアーマーを仄かに
赤く光らせながら、こちらに向かって滑空してくるウェイブライダーの姿が見える。
 ウェイブライダーはある程度までキュベレイに接近してくると、変形を解いて腕を伸ば
した。
 どうすればいいのか、ハマーンにも分かっている。キュベレイも腕を伸ばした。
 「ハマーン!」
 「力を貸せ、カミーユ!」
25411/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 16:36:28.77 ID:???
 Ζガンダムの右手とキュベレイの左手が、がっちりと繋がった。同時に、カミーユと
ハマーンの思惟もコネクトした。それは、ハマーンが初めてカミーユをありのままに受
け入れた瞬間だった。
 繋がった二人の認識力は急激に膨張を始め、やがて弾けた。そして、そのオーバー
フローした二人の認識力は、二人を中心に空間を満たしていき、どこまでも拡大して
いった。
 
 シンは、レジェンドを発見していた。燃え始めたユニウスセブンの破片の上で、レジェ
ンドは横たわっていた。四肢の殆どをもがれたレジェンドは、大気圏突入の中で動け
なくなっている。
 デスティニーも右腕と右翼を失っており、更に再突入の影響もあってコントロールが
困難になっている。それでも、シンはどうにかレジェンドの傍らまで辿り着いた。
 「レイ!」
 呼び掛けると、レジェンドの頭部がこちらを向いて双眸を瞬かせた。
 「……何をしに来た?」
 のっけからの冷たい仕打ち。シンは戸惑い、眉を顰めた。
 「何をって……レイを助けに来たんじゃないか」
 「いらん、帰れ。俺は、そんなことを頼んだ覚えはない」
 「はあ!?」
 その言い草は無い。レイの不遜な態度に、つい頭に血が昇りそうになる。
 だが、シンはすぐに気を落ち着けて、冷静になろうと努めた。レイが不機嫌な理由に、
思い当たる節があるからだ。
 「……もしかして、俺がフリーダムを倒し損ねたから怒ってるのか?」
 レイは捨て身でフリーダムのミーティアを破壊し、シンが対等な条件で勝負ができる
ようにお膳立てをしておいてくれた。全てはシンがフリーダムを倒すと期待してのこと
であり、だからシンはそれを果たせなかった自分にレイが腹を立てているのではない
かと考えた。
 しかし、レイは「そうじゃない」と答える。
 「じゃあ、何で!」
 他に理由は見当たらない。計りかねたシンは、声を荒げるしかない。
 レイはそんなシンを気にも留めず、「いいから行け」と突き放すばかり。
 「行けったって……」
 ユニウスセブンの破片に横たわるレジェンドは、どう見ても絶体絶命だった。右腕を
残して他の四肢を失っているレジェンドは、大破寸前のダメージを負っているように見
える。最早、この場を離脱することも叶わないし、このまま再突入すれば破片と一緒
に燃え尽きるのは火を見るよりも明らか。どうひっくり返っても、レイが自力で助かる
見込みは無さそうなのだ。
 「だったら、レイはどうするんだよ!?」
 詰るように訊ねる。レイの態度に、納得がいかないのだ。
 レイは、その問いに対しては少しの間を取った。不安を煽るような、嫌な間だった。
 「……俺に構うな」
 諦観したような声音。思わず、ドキリとさせられる。シンの中の不安が、風船のように
一気に膨張を始めた。
 「シン、そのデスティニーの状態では、俺を連れてミネルバまで辿り着けるかどうか
怪しい。だが、お前一人ならまだ帰れる可能性はある。だから――」
 「な……ちょっと待てよ!」
 シンは咄嗟に口を挟んで、レイを止めた。その先が、自ずと察せられたからだ。
 「俺に、レイを置いて一人で戻れって言うのか!?」
25512/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 16:44:01.22 ID:???
 レイは反論しなかった。図星だからだ。
 「ふざけんなよ! そんなこと、できるかよ!」
 シンは赫然と怒鳴った。生存を諦めたようなレイの態度が、気に食わなかった。いく
らクールで少し冷血な印象があるレイでも、これだけは許せない。
 「怒るな、シン。俺のことは、もういいんだ」
 「いいわけあるか!」
 超然と言うレイ。それもまた鼻につく。シンは益々前のめりになった。
 こうなったら、何が何でもミネルバに連れ帰る。何があったか知らないが、仲間を見
捨てられるわけが無い。レイの意思など、知ったことではない。しかし――
 「聞け、シン」
 レイが放った次の一言が、熱くなっていたシンを一瞬で凍りつかせた。
 「俺は、クローン人間なんだ」
 「……は?」
 シンは、一寸何を言われたのか分からなかった。
 「……くろーん? くろーんって、あのクローン?」
 バカのように聞く。そんなシンに、レイは「そうだ」と事も無げに頷く。
 「それも、生まれつきテロメアが短く、普通よりも老いが早い失敗作なんだ」
 「失敗作……? クローンって……レイが!? 何で!? だって、そんなの今まで
何も……!」
 上手く言葉にならない。土壇場になっての唐突な告白に、完全に気が動転した。
 レイは、追い打ちを掛けるように「隠していたからな」と告げて、話を続けた。
 「――最近、薬の服用量が増えてきた。老化を抑制する効果のある薬なんだがな、
シン、その意味が分かるか?」
 「……」
 言わんとしていることは分かる。だが、答えたくない。
 レイは、そんなシンの心情を察している。しかし、容赦はしない。
 「身体に誤魔化しが利かなくなってきているんだ。つまり、そういうことだ。俺は、そん
な明日をも知れぬ命なんだ。だから、こんなことで未来あるお前を巻き込みたくない。
分かってくれ、シン」
 淡々と語るレイに、シンは圧倒されていた。絶望的な自分の運命を当たり前に受け入
れて語るレイの心境を、シンは垣間見ることすらできなかった。健常体のシンに、レイ
の境遇や運命を理解することなどできはしないのだ。
 シンは沈黙した。レイの言葉に対する適切な返しが思いつかない。シンは、レイに言
い負かされた。
 「さあ、分かったなら早く行け。もう、時間も迫っている」
 黙るシンに、レイが告げる。
 「元気でな。ルナと仲良くやれ」
 これが、今生の別れになる。レイは、シンに最期の言葉を伝えた――つもりだった。
 レイには、誤算があった。デスティニーはジッとその場に佇み、いつまで経っても立
ち去ろうとしない。「シン!」――強く言って促しても、微動だにしない。
 それは、シンの諦めの悪さ。何度キラに返り討ちにされても、決して屈したりしなかっ
た。そのシンが、言い負かされたくらいで素直に引き下がるほど、お利口であるはずが
ないのだ。
 「……分かるかよ、そんなの」
 シンは、吹っ切れた。あれこれ考えるのが面倒になった、とも言う。
 「聞き分けのないことを言うな!」
 「お前の理屈なんか知るか!」 
 咄嗟にたしなめるレイ。だが、最早心のままに動くと決心したシンには通用しなかった。
256通常の名無しさんの3倍:2013/09/08(日) 16:44:48.00 ID:???
支援
25713/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 16:51:20.13 ID:???
 デスティニーは高エネルギー長射程ビーム砲をパージし、レジェンドに左腕を伸ばし
た。
 「明日死ぬかもしれないのは、みんな同じだ! でも、だからって今死んでいいって
ことにはならないだろ! 助かる可能性が残っているなら、それに賭けてみろ! 俺た
ちは今まで一緒に死線を潜り抜けてきた仲間だろ! 巻き込みたくないとか言うな!」
 「止めろ、シン! 俺のことは!」
 レジェンドが抵抗する。しかし、デスティニーはそれを上手くいなして、強引に脇の下
から手を差し込んだ。
 「うるさい! 俺は、守れるものは守るって決めたんだ! それが、力を手に入れた
俺の義務だ! だから、レイが何と言おうと、俺はお前を必ずミネルバに連れ帰る!」
 「お前にはルナが待っているだろう!」
 「死ぬかよ!」
 レジェンドを担ぎ、片方だけになったウイングを広げる。そして、岩を蹴って勢いよく飛
び上がった。が、その岩から放出されていた衝撃波に煽られて、大きく揺さぶられた。
 「言わんこっちゃない! 無茶だ、シン!」
 「この程度で!」
 「今からでも遅くない! 俺を捨ててお前だけでも――」
 「黙ってろよ!」
 デスティニーは、意地でもレジェンドを放さなかった。乱気流に煽られるように不規則
に回転しながらも、デスティニーは少しずつその歩みを進めていく。
 驚異的だった。翼を半分もがれ、直進も儘ならないはずなのに、デスティニーの歩
みは何故か力強い。それは、シンの気合が為せる業なのか。
 しかし、それも一時的なものだった。地球の重力の影響を受け、やがて機体のバラ
ンスが安定しなくなった。
 「だから、無理なんだよ……!」
 レイは、激震するコックピットで操縦桿を握り締めたまま固まっていた。地球に引っ
張られているという感覚がある。赤く燃え始めたカメラスクリーンの映像を見て、機体
が燃え始めたのだと知る。
 天を仰ぎ、眉を顰める。少し前から、身体が浮くような感覚がある。無重力帯の感覚
とは違う。ぬるま湯に浸かって浮いているような感覚である。それが、時間を追うごと
に強くなってきていた。
 「このままだと、一緒に燃え尽きるだけなんだぞ……? 俺に構わなければ、お前は
まだ助かるんだ……! 俺は捨てていいと言ってるんだ……! それが分からないの
か、シン……!?」
 しかし、レイはそう言いながらも、握った操縦桿を動かそうとはしなかった。この不安
定な状況で抵抗すれば、片腕のデスティニーなら流石に振り解くくらいのことはできる
だろう。それなのに、そうしようとしない自分を、レイは酷く浅ましいと思った。
 ――嬉しいのだろう?
 瞬間、レイは、咄嗟に目を見張った。不意に、何処からか自分の心情を見透かした
かのような声が聞こえた気がした。
 (幻聴……? 今のは、僕の声……?)
 それは、聞き慣れた声のように感じた。そして、その声が一瞬自分の声なのではな
いかと疑った。
 だが違う。その声は、確かに聞き慣れた自分の声である。しかし、レイの声ではない。
 ――分かるよ。彼が自分のために必死になってくれることが、嬉しいのさ
 (ラウ……!)
 よりハッキリと声が聞こえた時、レイにはそれが分かった。分かった途端、レイの視
界に宇宙が広がった。そして、星の輝きの中に一人の青年の影を見た。
258通常の名無しさんの3倍:2013/09/08(日) 16:54:55.49 ID:???
支援する
259携帯 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 17:05:06.55 ID:???
おさーるさーん!!

一時間ほどお待ちください……
26014/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 18:01:10.56 ID:???
 ――いい友人を持ったな。彼は純粋にお前を助けたいと思っている。なら、それに甘
えて全てを委ねてみるのも悪くない
 「ラウ! でも、アイツは! ……それに、ギルはもう……」
 ――今、ここで諦めるのは勿体ないな。もう少し、生きてごらん
 クルーゼは、微笑んでいるように見えた。その優しい微笑を、レイは久しく忘れてい
たような気がした。世界を憎悪していたクルーゼも、同じ宿命を背負ったレイや盟友の
デュランダルの前では、そのような顔をするものだった。
 ――私はギルを頼りきれなかった。いい友人であったのに……お前は、私のように
はなるな
 「ラウ!」
 叫んだ瞬間、幻は消えた。
 ぬるま湯の感覚は続いていた。コックピットの激震も続いている。スクリーンは、もう
大分赤く染まってきている。デスティニーは、まだレジェンドを抱えているようだ。困難
な状況が続いているのは、間違いなかった。
 しかし、ふと正面スクリーンの中にその姿を認めた時、レイは不意に溢れてくる涙を
止めることができなかった。
 「見えるか、レイ!」
 ノイズ混じりのシンの声が聞こえる。レイは、暫し言葉にならなかった。
 「ミネルバだ! ミネルバが、俺たちを迎えに来てくれたんだ!」
 「あ、ああ……ああ! 見えている、シン……見えている!」
 レイはヘルメットを脱ぎ捨て、涙を拭った。幻ではない。乱れたレーダーにも、辛うじ
てその表示が出ている。ミネルバは、現実に目の前に存在しているのだ。レイは、不
思議とそれが心底から嬉しくて堪らなかった。
 
 限界までユニウスセブンの破砕作業を続けたシャアは、いつの頃からか不思議な
感覚に包まれていることに気付いた。ユニウスセブンはいよいよ粉々になり、破砕作
業に携わった者たちも各々に撤収を始めている。その中で、シャアはその不思議な感
覚に囚われ、思わず立ち尽くしていた。
 「何だ、これは……!?」
 シャアは、目の届かない遠くの景色を知覚できてしまったことに戸惑いを覚えた。ミ
ネルバが見えた気がしたのだ。それだけではない、ミネルバ艦内や、その付近の様子
までもが知覚できた。
 ミネルバのブリッジでは、粛々と再突入の段階が踏まれていた。その中で、一人ミー
アがすすり泣いていた。シャアは、ミーアが自分を求めて泣いているのだと分かった。
 そのミネルバの近辺には、レジェンドを担ぐデスティニーの姿が見えた。身体を打ち
震わせるレイは、珍しく感傷的になっているようだった。
 「どうしたというんだ、私は……!?」
 俄かには信じられない感覚に、シャアは思わず自問した。眼下では多くのユニウス
セブンの破片が流星となって消えていき、リニアシートに座るシャアの周りの景色も
次第に赤らんできていた。しかし、シャアはそんなことよりも、自分に起こった異変の
方が遥かに空恐ろしかった。
 「ララァ、教えてくれ! 私は、ララァのようなニュータイプになったのか!?」
 その時、ふとカミーユとハマーンのイメージが浮かんだ。刹那、シャアは無意識に横
を向き、大気層の境目の辺りを凝視した。一瞬、幻のようなぼんやりとした光が見えた
気がする。シャアは、それでその方向に二人がいるのだと直感した。
 「そこに行けというのか……?」
26115/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 18:04:54.88 ID:???
 百式は、金色のボディをほんのりと赤く色づけながら加速を始めた。周りに、艦船は
見当たらない。もう、百式は単体で大気圏に突入するしかなくなっていた。
 
 ルナマリアは、何度目かの再出撃に備えていた。インパルスにはワイヤーが繋がれ
て、いつでも巻き戻せるようになっている。
 「凄い! 本当にお姉ちゃんの言ったとおりだった!」
 サブスクリーンの中のメイリンが、愕然とした様子で声を上擦らせた。ルナマリアは
それを一瞥しながら、素手で耳元のピアスに触れてみた。サイコレシーバーに触れる
指先に、微かな振動が伝わってくるのが分かる。その上、仄かに温もりも感じる。発熱
もしているようだ。
 (サイコレシーバーは機能している……でも、吐き気や頭痛はない……暖かくて、優
しくて……)
 それは、ハマーンの感覚なのだと思った。先ほど、カミーユの精神波から守ってくれ
ていた時と似たような感じを受けたからだろう。
 キュベレイが傍にいた時、ルナマリアは確かに安らぎを覚えていた。そこには、自我
を侵食されるような不快感や恐怖は無かった。それと同じような感覚が、先ほどからず
っと続いている。
 (だから、二人を見つけられた……ハマーンさんが教えてくれたから……)
 前方のハッチが開かれていく。その先には、デスティニーとレジェンドが見える。
 ルナマリアは手を戻して操縦桿を握った。そして、メイリンから発進の合図が出ると、
スロットルを開いてインパルスを加速させた。
 ミネルバを飛び出し、姿勢制御用のバーニアを何度か吹かして機体をコントロール
する。重力に引かれる感覚はあるが、まだ落下していると感じるまでには至っていな
い。しかし、時間があるわけでもないので、ルナマリアは手早く収容作業を済まそうと
少し急いでデスティニーとレジェンドに接近した。
 傍まで寄ると、相対速度を合わせてデスティニーが支えている反対側からレジェンド
をホールドした。途中で何かの拍子にホールドが解けてしまわないようにと、念入りに
アームとマニピュレーターを固定させる。
 「メイ!」
 スクリーンのメイリンが、「うん」と頷く。ミネルバがワイヤーを巻き取り始めた。
 「シン、レイ、もう大丈夫よ」
 インパルスに括り付けられているワイヤーに牽引され、凧のようにゆらゆら揺られな
がら、三体はゆっくりとミネルバへと手繰り寄せられていく。
 「よく見つけてくれたな?」
 接触回線が開いて、シンが「助かったよ」と感謝を述べる。意外だったのは、同じよう
に「ありがとう」と礼を言うレイの表情が、驚くほど清々しく見えたことだった。ポーカー
フェイスのレイも、笑顔くらいは見せることもある。だが、今サブスクリーンに映ってい
るレイの表情は、まるで憑き物が落ちたかのように華やいで見える。
 (頭の打ち所が悪かったんじゃないの……?)
 失礼とは思いつつも、ついそんなことを思ってしまうルナマリア。
 激戦があったことを想像させるデスティニーとレジェンドのダメージに、何かがあった
のだろうとの察しはつく。きっと、それはレイの心境を大きく変えるほどのものだったの
だろう。
 しかし、ルナマリアはそれに興味を惹かれながらも、今はそのことに思考を割きたく
はなかった。サイコレシーバーは、依然として反応し続けている。それは、まだハマー
ンからの何らかのメッセージが送られ続けていることの証左。
 (やっぱり、キュベレイの姿が見えない……)
 ミネルバに手繰り寄せられている間、ルナマリアは懸命にキュベレイの姿を探した。
26216/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 18:08:40.53 ID:???
 わけもなく鼓動が高鳴り、不安に駆られる。サイコレシーバーを介して意識の中に流
れ込んでくる思惟の感覚は、穏やかで優しいものなのに、それが却って怖かった。ハ
マーンが無理をするはずがないと確信しながらも、頭のどこか片隅でそれを否定する
意識がある。それは、勘だ。勘が、もしかしたらハマーンはどの艦にも収容されずに、
今も再突入を続けているのではないかと想像させた。
 それは万が一の可能性なのに、居ても立ってもいられない衝動に駆られる。気持ち
が落ち着かない。居ないと分かってるのに、ついキュベレイを探してしまう。
 シンがその様子をモニタリングしていたのだろう。「どうしたんだ?」と不意に訊ねられ
た。ルナマリアは咄嗟に、「う、ううん、何でもない」と返した。
 「それより、あと少しなんだから、気を抜いてはぐれないようにしなさいよ、シン」
 笑顔で言い繕って、ルナマリアは自らの不安をも紛らわそうとした。しかし、気を紛ら
わそうとすればするほど、余計に気になる。サイコレシーバーの反応が、止むどころ
か更に強さを増していることも、不安に拍車を掛けていた。
 ハマーンは、何かを訴えようとしている。それは、サイコレシーバーの反応が強くな
るに連れて鮮明になっていった。そして、不安もそれに比例して大きくなっていった。
 そして、ミネルバまで残り五百メートルほどになった頃、ルナマリアはとうとう分かっ
てしまった。
 「えっ……!?」
 それは、ルナマリアをピンポイントで狙ったメッセージではない。不特定多数に向け
られたメッセージで、多少のその手のセンスがあれば、いずれ誰にでも理解できるも
のだった。サイコレシーバーを身に付けている分、ルナマリアが早く理解できたという
だけの話である。
 しかし、ルナマリアの不幸は、その感覚に慣れていないことだ。
 「ラクス・クラインとフリーダムのパイロットがまだ……!?」
 ルナマリアは、つい口をついて出た言葉にハッとなった。慌てて口を塞いだが、もう
遅い。口から出た言葉は、二度と戻らない。接触回線を通じて、他の二人に聞かれて
しまったと思った。
 恐る恐る顔を上げる。先ず目に入ってきたのは、神妙な顔つきに戻ったレイだった。
 「そうか、この身体に纏わり付くような生温い感覚は、そう言っているのか」
 その口振りから、レイも半ば理解しかけていたのだと知る。
 「しかし、気にする必要はない。ラクス・クラインは自ら降板し、ミーア・キャンベルに
役を譲る道を選んだんだ。キラ・ヤマトがそれに付き合うというのなら、好きにさせてや
ればいい」
 レイは否定的な見解を示した。レイらしい意見だと思う。しかし、それだけではルナマ
リアは安心できない。
 ふと、シンに目を移す。シンは、横を向いて遠くを見ていた。それを目にした瞬間、ル
ナマリアは先ほどから感じていた不安の本当の意味を理解した。
 「そうか……勘違いじゃなかったのか……」
 「違うの、シン! お願いだからこっちを向いて!」
 ルナマリアは、つい感じたままを口走ってしまった自分の迂闊さを呪った。こんなに
自分が許せないと思ったのは、初めてだった。
 「何となく、誰かが呼んでるんじゃないかって気がしてたんだ」
 微かに振動する。数泊の間があって、気付いたレイが「まさか!」と叫んだ。
 「シン、お前――!」
 「ルナ、レイをしっかりミネルバに連れてってくれ」
 ルナマリアは、心の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。それを、絶望と呼
ぶのだろう。デスティニーはレジェンドを掴んでいた手を放し、離れようとしていた。
 「待ってよシン! 今から助けに行ったって、一緒に燃えちゃうだけよ!」
26317/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 18:12:34.12 ID:???
 「やっぱ、助けが必要なんだな?」
 「……っ!」
 ルナマリアは思わず口を押さえた。だが、もう遅かった。シンの決意は固まっていた。
 デスティニーが、波にたゆとうようにゆっくり遠くなっていく。デスティニーとの回線状
況は、再突入の影響で瞬く間に乱れ、ノイズ塗れになった。
 不快なノイズが、ルナマリアの耳を激しく害する。しかし、ルナマリアは必死にマイク
に向かってシンを呼び続けた。
 「行かないで! あたしたち、デートだってまだじゃない!」
 耳がおかしくなりそうなほどの激しいノイズが飛び交う。そのノイズの嵐の中に、ルナ
マリアは懸命にシンの声を探した。
 ――帰ったら、しよう
 その約束の言葉だけ、辛うじて聞き取れた。
 その時、デスティニーが背を向けて、スラスターのウイングを開いた。
 「ルナ、俺に構わずシンを止めろ!」
 レイが叫ぶ。ルナマリアはその声に一瞬突き動かされそうになったが、しかし、グッ
と我を押し殺して堪えた。レイが、その様子に眉を顰めた。
 「どうしたんだ!? シンが帰ってこられなくなってもいいのか!? お前とシンは―
―!」
 「ダメ! シンはあたしにレイを任せるって言った! だから……!」
 「バカな……!? そんな理由でアイツを諦めるのか!?」
 「そうじゃないっ!」
 デスティニーは加速を始めた。炎を纏いながら、徐々に小さくなっていく。
 「あたしは諦めてない! 諦めたわけじゃない……! だけど……」
 喉を詰まらせながら、懸命に言葉を搾り出す。自分を責めるように。
 「あたしじゃ、シンを止められない……!」
 「ルナマリア……」
 「シンは、必ず帰ってくる……そう願うしかないのよ……!」
 涙で視界が霞む。デスティニーの姿は、もう見えない。
 (シン……ハマーンさん……)
 ルナマリアは目を瞑り、心の中で強く祈った。
 
 アークエンジェルのカメラが捉える映像は、まだ辛うじて様子が分かるくらいには鮮
明だった。帰艦したネオたち四人はラウンジに集まり、大型スクリーンの映像に釘付け
になっていた。
 「何だって!? カミーユがまだどこにも回収されてない!?」
 内線でブリッジに確認を取るネオが声を上げると、スティングとアウルの二人が一斉
に振り向いた。
 「おい、そりゃどういうことだ!? ジャスティスと一緒だったんじゃないのか!?」
 スティングがネオを押し退け、マイクを奪って画面の中のミリアリアに詰め寄った。し
かし、ネオがすぐさまスティングからマイクを奪い返し、「確定なのか?」と念を押した。
 「アスランを送り届けた後、どこかに向かって行ったって……」
 「何考えてんだ、アイツは……!?」
 「こちらでも手は尽くしているんですけど、再突入の影響もあってなかなか……」
 「ウェイブライダーには、突入能力があったはずだ。地球で拾えるとは思うが……」
 ネオは難しい顔をしてかぶりを振った。「それは確かなんだろうな!」とスティングが
迫る。
26418/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 18:16:57.18 ID:???
 アウルはその様子を傍で眺めながら、ふとステラが大人しいことが気になって、そち
らに目を向けた。ステラは一人、大型スクリーンの前で佇んで、ジッとそれを見上げて
いる。
 カミーユのこととなると騒ぎ出すステラらしくないと感じた。アウルは怪訝に思って、
それとなくステラの前に回りこんで表情を窺った。
 「……っ!」
 一瞬、息を呑んだ。
 ステラは、スクリーンを見つめながら涙を流していた。呆然と立ち尽くし、直立不動
のままひたすら涙を流していた。
 「ステラ……?」
 「アウル……カミーユが、カミーユが帰っちゃう……」
 「帰るって――」
 映像の乱れが、少しずつ強くなっていく。アウルはステラがしているようにスクリーン
を見上げ、その中に何が見えるのか探してみた。
 「……光?」
 ノイズが暴れる中、アウルは淡く煌いている光点を見つけた。それは、紅と白の光が
絡まり合っているような光だった。
 「あれが、カミーユなのか……?」
 ステラは答えない。アウルは、それが肯定の返事なのだと直感した。
 「そうか……だったら、さっきから続いているこの感覚も……」
 きっと、カミーユのせいなのだろうと思った。
 ステラが「うん」と頷き、アウルの手を握った。微かに震えている。アウルはその手を
握り返し、少しでもその切なさを紛らわせてあげたいと思った。
 (言ったじゃねーか、カミーユ……! ステラを泣かせやがって……くそっ!)
 心中で悪態をつきながらも、アウルの視界も霞んでいった。
 
 シャアはヘルメットを脱ぎ、汗を拭った。コックピット内は、既にかなりの高温になっ
ている。百式の外装も、焼け始めていた。しかし、それでもシャアは紅白の淡い光に
向かい続けた。そこにいるカミーユとハマーンが呼んでいるような気がしたからだ。
 「――見えた!」
 断熱圧縮と輻射加熱で赤く色づきながら、百式はΖガンダムとキュベレイの斜め下
方向に出た。Ζガンダムとキュベレイは手を繋ぎ、その周囲に鱗粉のような紅白の光
を撒き散らしていた。Ζガンダムは紅の光を放ち、キュベレイは白い光を放ち、それが
複雑に絡み合って一つの光に纏まっている。
 「ハマーン、カミーユ……何を起こそうとしているんだ……!?」
 Ζガンダムとキュベレイには、百式は見えていないようだ。ただ手を取り合い、地球
に向かって落ち続けている。光がバリアのようになっているが、二体とも百式と同じよ
うに断熱圧縮の影響は受けているようだ。
 ふと、訴えかけてくる感覚がある。シャアは、その感覚に促されるままに二人が見て
いる方向へと目を向けた。
 「あれは――!」
 目を見張る。シャアはそこに、紅と蒼の翼が邂逅する様を見る。
 
 エターナルは加速を続け、真っ赤に燃え上がっていた。焼け焦げてボロボロになった
パーツが飛び散り、少しずつバラバラになっていくその姿を、キラとラクスは数千メー
トル上方から見ていた。
26519/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 18:21:22.72 ID:???
 フリーダムは、エターナルを脱出してからずっと上昇を掛け続けていた。しかし、ウイ
ングの半分を失い、推進力が半減している上にバランスまで損なっている今のフリー
ダムでは、どんなに力を尽くしても重力に引っ張られる一方。キラも何とかならないか
と手は尽くしているのだが、フリーダムが上昇する見込みは無さそうだった。
 コックピットは、灼熱化し始めていた。フリーダムの外装も、かなり燃え始めている。
 その熱と腕の痛みに、ラクスが呻いた。
 「大丈夫?」
 「は、はい」
 ラクスは汗だくの顔で微笑んで、強がって見せた。
 (ラクスも厳しい……やっぱり、このまま燃え尽きる運命なの……?)
 絶望的な状況が、キラを弱気にさせる。頭の中が、燃え尽きる瞬間や死のイメージ
で埋まっていく。
 (……いっそのこと……)
 一思いにラクスと心中するのも悪くないと思い始めた。
 しかし、そうやって絶望に心を挫かれそうになった時、その振動は起こった。
 「まだまだ、もう少し粘れますよ!」
 それは、幻聴ではない。確かに通信回線から聞こえてきた声だ。
 「あ、あなた方は!」
 鮮明な音声は、接触回線だから。その女性の声に、ラクスは急に前のめりになり、
目を見張った。腕の痛みも忘れていたのだろう。急に動いて左腕に走った激痛に、「う
うっ!」と顔を顰めた。
 「お身体に障ります。ラクス様はご安静に願います」
 「お助けに参りましたよ、ラクス様!」
 今度は、二人の男性の声が聞こえた。後方を映している画面には、三体のドム・トル
ーパーがフリーダムを下から支えている様子が見えた。
 「ヒルダさんたちが!?」
 「そうだ、キラ・ヤマト!」
 キラが驚いて声を上げると、真ん中のドム・トルーパーが不敵に単眼を瞬かせた。
 「悔しいが、ラクス様はお前に任せる! その代わり、何としてでもお救いしろ!」
 「ヒルダ・ハーケンさん……!」
 「私たちでフリーダムを上に押し出す! いいな、こちらとタイミングを合わせるんだ
!」
 ヒルダはキラに告げると、「ラクス様!」と呼び掛けた。
 「最後なので言わせてください。私はあなたが好きでした。高潔で麗しいあなたのこ
とを、許されぬことと知りながら愛してしまったのです」
 「許します! 全て許しますから、早く離脱を!」
 ラクスは必死に呼び掛けた。しかし、ラクスの言葉も、最早決意を固めているヒルダ
たちには届かない。ヒルダたちは、初めてラクスの言葉に逆らったのだ。そして、それ
が最初で最後だった。
 ヒルダが、フッと笑った。
 「お元気で! ――ヘルベルト、マーズ! 出力全開だ!」
 ヒルダが号令を掛けると、ヘルベルトとマーズが「おう!」と威勢良く応じた。
 途端、フリーダムに下からググッと押す力が加わり、キラはそれに合わせて一気に
スロットルを全開にした。
 「ヒルダさん! ヘルベルトさん! マーズさん!」
 ラクスは後方カメラの映像を見つめ、絶叫した。
26620/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 18:26:39.61 ID:???
 三体のドム・トルーパーは、暫くの間フリーダムを押し上げ続けていたが、やがて一
体ずつバーニアが焼き切れ、煙を噴いて地球に落ちていった。そして、最後まで残っ
ていたヒルダのドム・トルーパーもやがて力尽き、微笑むようにモノアイを瞬かせると、
身を投げ出すように落下していった。
 ドム・トルーパーは断熱圧縮と輻射加熱による加熱で真っ赤に燃え上がり、腕や脚
をもがれながらゆっくりと分解していった。ラクスは、最後の一体が燃え尽きるまで、
その様子をジッと目に焼き付けていた。
 「お父様……!?」
 全てのドム・トルーパーが燃え尽きた瞬間、ラクスはふとそこに父シーゲル・クライ
ンの面影が垣間見えたような気がした。ラクスはそれで、ヒルダたちにシーゲルの思
いが乗り移っていたのではないかと思った。
 「……でも、そうだとしたらお父様は、何とむごいことをやらせるのでしょう……」
 ラクスは涙を流し、呟いた。キラには何の脈絡も無い呟きに聞こえたが、そういうこ
とを呟きたくなる気持ちは分かる気がした。高濃度のスピリチュアルな感覚が水のよ
うに空間を満たしていて、その中に浸かっているという認識がある。それが脳を刺激し
て、幻のようなものを見せているのではないかと思った。
 何か、得体の知れない力に導かれている――フリーダムはドム・トルーパーの勢い
を借りて、少しだけ高度を上げていた。
 「……! これが、ハマーンさんの言っていたことなのか……!?」
 キラは激しいバイブレーションを起こす操縦桿を力で押さえつけながら、正面のメイ
ンスクリーンを凝視した。そこに、紅く光る片翼の羽ばたきを見たのだ。
 
 シンに、不思議と迷いは無かった。そこに近付くほどに感覚が濃くなっていくのを実
感できたからだ。シンの本能は、正しい方向に向かっていることを知っていた。
 そして、キラが見たように、シンにも蒼く光る片翼が見えていた。
 「あれか!」
 デスティニーをそちらに向かわせ、接近する。しかし、それは地球に積極的に落ちて
いく行為であり、マッハ3を軽く超えた速度を出すデスティニーは、熱の壁によって著し
く加熱され、全身から炎を発するように激しく燃え上がった。
 「デスティニー! 持ってくれぇーっ!」
 全身が焼かれるような高熱の中、シンは絶叫し、フリーダムに向かって腕を伸ばした。
 「掴まれ! 生きたかったら、俺の手を取れぇーっ!」
 デスティニーは懸命に腕を伸ばし、フリーダムに迫った。
 キラは、そのシンの叫びを認識した。物理的に聞いたのではない。頭の中で理解し
たのだ。手を伸ばすデスティニーの姿から、シンの思惟をダイレクトに汲み取ったのだ。
 「キラ……!」
 ラクスの右手が、操縦桿を握るキラの手に添えられる。青い瞳が、真摯な眼差しで
キラを見詰めた。ラクスも生き延びたいのだ。
 キラは頷き、操縦桿を押す腕に力を込めた。しかし、激しく暴れる操縦桿は、キラと
ラクスの生存欲求を拒絶するかのように強い抵抗を見せた。
 「くそっ!」
 出力を上げられない。フリーダムは、再び高度を下げ始めた。
 だが、そんな時だった。キラはふと、自分の両手にラクスとは別の誰かの手が添え
られているような感触を得た。そして、その感触に気付いた時、キラの意識の中に知っ
た声が聞こえてきた。
 ――力を貸すぜ、キラ!
 「トール……!?」
26721/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 18:32:03.92 ID:???
 少年の声に反応し、キラは咄嗟に右を見た。一瞬、知っている少年の幻が見えた気
がした。
 ――大丈夫、あなたはまだ飛べる
 今度は少女の声が聞こえて、キラは左に首を振った。赤毛の少女の幻が一瞬だけ
現れて、微笑んだように見えた。
 ――私たちの思いが、あなたたちを守るから
 「フレイ……!」
 驚きも戸惑いも無かった。こういうことが起きても不思議ではないと、何故か思えた。
 「……ありがとう」
 それまで頑なに押し込まれるのを拒んでいた操縦桿が急に軽くなる。キラは、スッと
スロットルレバーを奥に押し込んだ。
 蘇るフリーダム。不死鳥の如く、再び力強く舞い上がる。
 「届けぇーっ!」
 フリーダムがデスティニーに向かって上昇する。シンは、それがキラの生き延びた
いと願う魂の叫びなのだと感じた。
 懸命に伸ばすフリーダムの腕を、デスティニーのマニピュレーターが掴んだ。フリー
ダムのマニピュレーターもデスティニーの手首を掴んだ。しかし、地球の重力は容赦
なく二体のモビルスーツを引きずり込もうとする。
 「上がれぇーっ!」
 全ての画面は真っ赤に染まり、シンの身体も燃えるように熱くなって大量の汗が噴き
出していた。水分と塩分が急速に失われ、シンの身体機能も瞬く間に低下していく。
 だが、不思議と恐怖は無かった。誰かが、シンを上に引っ張り上げようと懸命に腕を
引いてくれている感覚があったからだ。
 ――頑張って、お兄ちゃん!
 「マユ! もう少しだけ……もう少しだけ力を貸してくれ!」
 自分が一人ではないことを実感できる。だから、まだ頑張れる。
 ――お前の力は、こんなもんじゃないだろ?
 胸のフェイスのエンブレムが、輝きだした。それは幻覚だ。しかし、シンの目は、意識
は、その輝きをハッキリと認識している。
 ――まだ、翼は残っている。お前は、もっと飛べるはずだぜ、シン・アスカ
 「ハイネ!」
 フェイスの、羽の形をしたエンブレムが巨大化して、デスティニーの欠けた翼を補う
イメージが頭の中に浮かんだ。刹那、シンは全てを悟った。
 「デスティニー! 力を……力を見せてみろぉーっ!」
 シンの絶叫が、デスティニーの限界を超えた力を呼ぶ。紅に輝くデスティニーの光
翼が彗星の尾のように長く伸び、巨大な翼となった。直後、それに呼応するようにフリ
ーダムの蒼く輝く光翼も、同様に長大化した。
 デスティニーとフリーダムに一枚ずつ残された翼が、一対の翼となる。それは、さな
がら一羽の鳥の羽ばたきの如く――
 
 ハマーンは、紅い運命と蒼い自由の双翼が羽ばたく様を目にして、涙を流していた。
そんな自分を信じられないと思いながらも、この光景を目にして感動している自分がい
ることにも気付いていた。
 「これは、お前が見せているものなのか?」
 微かに震える声で、カミーユに問う。カミーユは、「違う」と答えた。
 「これは、ハマーンが望んだ光景だ。ラクスを助けたいと願ったハマーンの――」
 「そうか……」
 最早、カミーユの言葉を否定する気にはならなかった。
268通常の名無しさんの3倍:2013/09/08(日) 18:36:52.73 ID:???
最終支援読者
26922/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 18:38:59.68 ID:???
 「ラクス……やはりお前は私の思ったとおり、恐ろしい女だったよ」
 今こうなってみて、ハマーンは改めて思い知っていた。初めてオーブの海岸で遭遇
した時に抱いた脅威、あれは、こうなることを予見したものだったのではないかと。
 「この私に、こんなことまでやらせてしまったのだからな……」
 ハマーンはそう言って、くっくっと笑った。それは、当初の心境からは到底考えられな
いような結末になったことに対する自嘲だ。ハマーンは、つい先刻までこのような場面
を想像だにしていなかった。
 「それに、私にこんなことができるとも思わなかった……」
 誰かを助けるためにニュータイプの力を使うことになるとは、思いもしなかった。しか
も、かつては激しく拒絶したカミーユと協力してまでである。
 だが、ハマーンは今、それがニュータイプの正しい在り様なのだろうという気がしてい
た。好意を抱く誰かを助けたいと願った時、人はこれほどまでに力を発揮できるものな
のだということを、ハマーンは知ったのだ。それは、正に感動だった。
 しかし、そうして感動するハマーンを、カミーユは不幸な女性だと思った。ハマーンは
今まで、そんな当たり前のことすら知らなかったのだ。多感な十代の青春を、そういう
優しさを奪われた環境で過ごしてきたのだろうと想像する。
 (親父にもお袋にも放って置かれた俺と、どっちが不幸だろう……?)
 カミーユはそう考えて、ふとファ・ユイリィを思い出した。
 両親が仕事で不在の時は、お隣さんの彼女の家族によく面倒を見てもらっていた。
ファも、よくカミーユを気にしてくれる優しい女の子だった。時に鬱陶しく思うこともあっ
たが、カミーユとっては大切なガールフレンドである。お陰で道義心だけは失わずに
済んだという実感があった。
 「きっと、大尉はハマーンに何もしてあげなかったんだ……」
 カミーユはそう呟いて、斜め下方向に位置している百式を見やった。百式は先ほど
からジッとデスティニーとフリーダムを見つめたまま、カミーユの気も知らないようで
ある。
 だが、百式の向こうに見える地球の模様が、不意に二重になって見えた時、そんな
ことは問題ではなくなった。カミーユは、それで何とはなしに悟ったのである。
 「ああ……これで帰るのか……」
 作戦の開始前、カガリからアスランのフォローを頼まれていた時、ステラが必死にそ
れを阻止しようとしていたことを思い出す。カミーユは今になって、あの時、ステラが既
にこうなることをおぼろげに予感していたのだと気付いた。
 「だからか……」
 カミーユは得心した。そして、このような唐突な別れになって、多少の名残惜しさも感
じた。しかし――
 「みんな、ゴメン。僕はもう、動かなくちゃ。だって――」
 ――カミーユ、大丈夫よね!?
 ファ・ユイリィの懐かしい声が呼んでいるのだから……
 
 キュベレイとΖガンダムを取り巻いていた紅白の光が、拡大していく。それは、百式
にも及んでいた。シャアはその光に包まれて、コズミック・イラとの別れの時を悟った。
 夢が覚めていく――そんな感覚だった。シャアはデスティニーとフリーダムが共に
羽ばたこうとしている姿を見つめ、せめてこの光景だけは忘れまいと目に焼き付けて
いた。怨讐を超えたシンの姿に、感じるものがあったからだ。
 しかし、シャアはそうしながらも、既にユニバーサル・センチュリーの世界へと思いを
馳せていた。
 「……随分、長い夢を見ていた。コズミック・イラの宇宙(そら)に、ララァはいない。私
は、私の宇宙(そら)に還るのだ。そして、アムロ……お前ともいつの日か――」
27023/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 18:44:37.56 ID:???
 シャアの意識は、その言葉と共に覚醒していった。
 
 その光景は、ミネルバ、アークエンジェルの双方で観測されていた。一同はその光
景を固唾を呑んで見守り、或いは涙を落とした。
 ミネルバのブリッジの奥に控えていたミーアは、乱れる映像の中にシャアの光を探し
た。ノイズが暴れまわる中、霧のような紅白の光が膨張して、収縮していくのが見えた。
 ミーアはそれを目にして、床にへたり込んだ。既に、完全に重力を感じられるようにな
っていた。
 サングラスを取り出し、見つめる。それは、いつぞやの時にシャアが置いていったも
のである。そのサングラスの表面に、緩やかな曲線で歪んだ、自分の泣き崩れた顔が
映り込む。
 「キャスバルぅ……!」
 ミーアはその名を呼び、サングラスを見つめ続けた。零れた涙がサングラスの表面
に落ち、伝った。しかし、どんなに目を凝らそうとも、もうその奥にシャアの眼差しを見
ることはできなかった。
 同じ頃、ミネルバの甲板に着艦していたルナマリアは、成層圏の空に羽ばたく鳥の
姿を見ていた。そして、ミーアと同じように霧のような光が消えていくのを目の当たりに
していた。
 その霧のような光が弱くなっていくにつれて、サイコレシーバーの反応も弱くなって
いく。
 ――さらばだ
 「行ってしまうんですか、ハマーンさん……? シンは……シンはどうなったんです
か……?」
 「ルナ……?」
 うわ言のように呟くルナマリアを、インパルスの傍らに横たわっているレジェンドのレ
イが訝る。しかし、ルナマリアはそれを気にも留めず、ただのピアスに成り下がろうと
しているサイコレシーバーに縋るように触れ、問い続けた。
 「教えてください、ハマーンさん……教えてください……」
 霧のような光が消えると、サイコレシーバーの振動も止まった。熱も、少しずつ冷め
ていく。そして、それ以降、サイコレシーバーが反応を示すことは、二度と無かった。
 
 「――あっ、鳥さん!」
 空を見上げていた男の子が、指を差してキャッキャ、キャッキャと喜んだ。地球で情
勢を見守っていた人々は、光が降り注ぐ天を仰ぎ、その美しさに、ただただ目を奪われ
続けた。
 その日、北アメリカ大陸上空に無数の流星が降り注ぎ、その中を紅と蒼の翼を持った
一羽の鳥が飛翔していった。C・E(コズミック・イラ)74、とある一日の出来事だった……
 
 〜〜〜〜〜〜
 
 条約締結に向けた首脳会談のためにオーブを発したシャトルが、無事にプラント首
都アプリリウス・ワンの宇宙港に入港しようとしていた。
 ルナマリアがその出迎えの警護の任務を言いつけられたのは、つい先日のことだ。
停戦後に退役し、現在はデュランダルのもとで秘書見習いとして働いているレイから、
直前になってから急に伝えられたのである。
271通常の名無しさんの3倍:2013/09/08(日) 18:45:56.80 ID:???
支援
27224/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 19:01:02.66 ID:???
 月のダイダロス基地攻略戦後に行方不明となっていたデュランダルは、ユニウスセ
ブンの落下が未然に防がれた直後に、最高機密扱いではあるが、生存が発表された。
サトーの差し金で潜入していた暗殺者に襲撃され、凶弾に倒れたデュランダルであっ
たが、そのサトーの素性を調査する目的で同じくプラントに潜入していたバルトフェル
ドの腹心、マーチン・ダコスタが偶然にその場に居合わせてくれたお陰で、何とか一命
を取り留めていたのである。しかし、ダコスタも密入国した身分であったため、潜りの
医者しか頼る伝は無く、治療を受けている間は身動きが取れない状態だった。
 そんな縁もあり、療養を終えたデュランダルはオーブとの関係改善に積極的に取り
組み、政務復帰後の最初の会談相手にカガリを指名した。そして今日、その日を迎え
たのである。
 出迎えの参列者の中には、今や本物のラクス・クラインとして完全に認知されている
ミーアの姿もあった。ミーアが偽者だということは、ラクスと近しい関係だったカガリも
知るところであったが、会談前の調整段階でそのことは議題にしないことが決定され
ていた。
 後にレイを通して知ったことであるが、停戦後間もなく、事前にラクスが遺していたメ
ッセージがカガリのもとに送られてきたのだという。その内容は、かいつまんで言えば、
自らは身を引き、ミーアにその役目を譲るというものだった。それを知ったカガリはラク
スの意思を尊重し、ミーアのことに関しては金輪際、問題にしないことを決めたのだと
いう。
 そのカガリを乗せたシャトルが、今ゆっくりと港を進んで接舷しようとしていた。
 杖をつくデュランダルの傍らには、レイが控えている。ルナマリアはそれを一瞥して、
クスッと笑った。政務服姿が板に付いてないからというだけではない。ネオ・ロアノーク
=ムウ・ラ・フラガと顔を合わせるかも知れないと思うと気が滅入る、とぼやいていたこ
とを思い出したからだ。
 (でも、どうしてあたしが出迎えの警護要員に駆り出されたのかしら? どう考えても
ミネルバ付きの仕事じゃないと思うのよねえ……)
 いまいち納得できないのは、直前になって強引に捩じ込まれるように警護に当たるこ
とになったという点である。しかも、正規の命令系統からの達しではなく、レイから口頭
で伝えられたという点も腑に落ちなかった。
 (レイが言ってきたってことは、デュランダル議長の勅命なんだろうけど……)
 考えても答えは出ない。そうしている間に接舷作業が終わったようで、ルナマリアは
警護の任に集中するために思考を切り替えた。
 シャトルのドアが開き、カガリが姿を現した。他の帯同者らが無重力の感覚に苦戦す
る中、アスランを従えたカガリは物慣れた様子で宇宙遊泳を行い、デュランダルの前
に降り立った。
 「順調そうで何よりだ、デュランダル議長」
 「お陰さまで、アスハ代表」
 笑顔で握手を交わす両者ではあるが、カガリの方にはまだ少し蟠りが残っているよ
うで、やや笑顔がぎこちない。オペレーション・フューリーのことが尾を引いているのだ
ろうなとは想像できたが、それでもカガリはプラントとの未来志向の関係構築には前
向きな姿勢で臨んでいるように見えた。蟠りも、これからの対話で少しずつ解消され
ていくのだろう。そう期待させてくれる雰囲気だった。
273通常の名無しさんの3倍:2013/09/08(日) 19:03:15.27 ID:???
ラスト
27425/25 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 19:05:26.03 ID:???
 ルナマリアは不審者を警戒しながら、チラチラとデュランダルとカガリの様子を窺っ
ていた。それというのも、二人が何やらこそこそと話して、こちらを指差しているようだ
ったからだ。
 どうにも落ち着かない。が、カガリは二言三言、言葉を交わすと、徐にルナマリアの
所にやって来た。
 金色の髪をふわりとさせて、床に降り立つ。小柄なのに、どこか大きさを感じさせる
少女だった。これが、国家元首の威厳というものだろうか。
 「ルナマリア・ホークか?」
 「は、はい。そうですけど……」
 「お前に、会わせたい奴がいるんだ」
 戸惑うルナマリアを他所に、カガリはシャトルの入り口に向かって、「降りて来いよ」
と声を掛けた。その声に、ルナマリアは何故か緊張して胸を高鳴らせた。
 シャトルの入り口から、誰かのシルエットが現れた。背丈はそれほどあるわけではな
い。ルナマリアと同年代の、身体つきから言えば少年のようだ。
 その少年が一歩足を踏み出して、シャトルのハッチを蹴った。刹那、その足元から日
が差すようにサッと影が取り払われた。
 私服のパーカーに身を包んだ少年が、無重力を流れた。ルナマリアは、その姿に目
を見張った。黒い髪に、紅い瞳。驚きと喜びが同時に押し寄せて、ルナマリアの瞳が濡
れる。
 「シ、シン――!」
 声を絞り出し、その名を呼ぶ。
 「ルナ……? 来てたのか!」
 ルナマリアが驚いたように、シンも驚く。デュランダル、レイ、カガリが示し合わせたよ
うに顔を合わせて、笑顔を見せた。
 見たかった顔、聞きたかった声。笑顔で向かってくるシンが、両手を広げた。
 「シン!」
 ルナマリアは全身を震わせ、かぶりを振り、全身全霊で感情を表現すると、思うまま
に床を蹴って一目散にシンに飛びついた。シンは空中でルナマリアを抱き止め、優し
く頭を撫でた。
 「何で……ううん、今まで何してたのよ?」
 間近で目を見つめて、問い掛ける。
 「怪我の治療とか、家族の墓参りとか、オーブで色々」
 「そう……でも、無事だったんなら連絡くらいしなさいよね……!」
 ルナマリアの手が、シンの頬をいとおしむように撫でる。シンが、こそばゆそうに目を
細めた。
 「すぐに会えると思ってたんだけどさ、色々してる内に時間ばっか経っちゃって……
ゴメン、遅くなって」
 「いいの、いいのよ……だって、ちゃんと帰って来てくれたんだもの……シン……!」
 ルナマリアはシンの背中に手を回し、その胸に顔を埋めた。少し汗臭いシンのにお
いがした。
 
 SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 fin
 
275 ◆1do3.D6Y/Bsc :2013/09/08(日) 19:22:55.60 ID:???
といった感じで最終話は以上となります
長丁場にもかかわらず支援してくださった方、本当に痛み入ります
ありがとうございました!

そして、最後まで読んでくださった読者の方も、ここまでお付き合いいただき
ありがとうございました!
これで今度こそ流石にやりきったはず……だと思います

思えば最初のカミーユIn〜はタイピングすら覚束ないままに始めたわけで
よもや同じ題材で三つも話を作るとは思いませんでした
未だにつたない文や突っ込みどころ満載の構成で何かと読みにくくあったかと思いますが
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!

それではまた何かの機会があったら!
276通常の名無しさんの3倍:2013/09/08(日) 20:08:37.93 ID:???
とうかおつおつ、完結乙
同じ題材で三つ作れるんなら上等ですって、しかも出来いいのばっかし
いずれまたー
277通常の名無しさんの3倍:2013/09/08(日) 20:11:17.84 ID:???
種死終わってだいぶ経ち、エタるSSも多いなか本当にお疲れさまっした!
278通常の名無しさんの3倍:2013/09/08(日) 21:04:01.02 ID:???
完結乙!
楽しませてもらいました!
279通常の名無しさんの3倍:2013/09/08(日) 22:01:38.69 ID:???
GJ!!!
280通常の名無しさんの3倍:2013/09/08(日) 22:14:44.19 ID:???
3作目完結おめでとうございます。
安定した文章、伏線、富野節で今回もグイグイ引っ張られました。
違う世界でもシャアが最後までシャアだったところもZっぽくて良いですね。

また何かの機会があることを願ってます。
ここにくるのが日課だったので、明日からどうしようw
281通常の名無しさんの3倍:2013/09/09(月) 00:03:27.65 ID:???
GJでした
デュランダル生きてたのかよw
282通常の名無しさんの3倍:2013/09/09(月) 01:09:51.52 ID:???
面白かったです。
個人的には3→1→2の順です
なんといってもハマーン様が最高でした!!

ただ最後に帰ってしまうのが残念なところではあります。
それではやっぱゲストでしかないですからね
とはいえ種死も大事にする以上、UC勢は邪魔ですからね
次似たような作品を書くことがあればC.Eに根を下ろす作品が見たいです

それでは作者様GJ!!
283通常の名無しさんの3倍:2013/09/09(月) 22:11:31.83 ID:???
うおおおおー、乙です!
どれもZと種死のクロスって部分は同じなのにこうもアレンジできるとは。
本当に脱帽するしかないです。
個人的には2作目のZキャラ、種死キャラ勢揃いな作品が一番好きだったりします。

また氏の作品が投下される事があったらぜひ拝見させていただきます!
それでは本当にありがとうございました!
284通常の名無しさんの3倍:2013/10/14(月) 11:37:26.11 ID:???
乙!

カミーユがキラの立場だったら
何だかんだ言ってカガリ姉説を支援するんじゃないだろうかw
285通常の名無しさんの3倍:2013/10/28(月) 20:11:53.64 ID:???
まとめwikiの方に全話upしました
一応報告
286通常の名無しさんの3倍:2013/10/28(月) 23:05:35.19 ID:???
GJ!
287通常の名無しさんの3倍:2013/10/30(水) 05:18:11.85 ID:???
今更ですが、完結おめでとうございます
多少変化したハマーン様とカミーユに対して
シャアのこいつ全然懲りてないな感がちょっと笑える
288通常の名無しさんの3倍:2014/04/02(水) 01:04:57.58 ID:???
age
289通常の名無しさんの3倍:2014/08/05(火) 07:49:30.72 ID:???
290通常の名無しさんの3倍:2014/08/05(火) 22:06:21.83 ID:???
しゅ
291通常の名無しさんの3倍
      / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
       |  スレを保守しますよー |
      \_____  ___/
            _  |/
          __'´   ヽ  カチャ カチャ
. ハワワッ     、ヽノノ))))〉| ̄\ ̄ ̄\
          10)!´ヮ`ノ | ≡ |PC98 |
             f.]つ,!つ | ≡ |MULTI|
.            と.__)_)ム|__|≡o。。 |