【IF系統合】もし種・種死の○○が××だったら 14
保守
前スレの811にラクシズ潰したシン達が「お前らも結局あいつらと同じだー」
とか言われて新勢力に倒されるってネタがあったが、
どっかの悪逆皇帝みたく、そんなの百も承知=自分(達)が倒されること
前提でやっていたであって欲しいな
「ラクシズ全滅&オーブ滅亡」させたシン(達)が、(人知れず)平和を享受する
オチもいいけどね
>>3 同意。
他にはバカピンクみたいに「きれいな本物」のキラクスが、自分たちに成り代わった
クローンやらカーボンヒューマンの暴挙を止めるためにシンたちと手を組んで
立ち向かうのも読んでみたい。
>>4 「きれいな」クローンやらカーボンヒューマンのキラクスが「自分らの黒さに全く気付かない、最もドス黒な」
本物殺すためにシン達と手を組む、てものいいな!
「………終わった」
目の前の画面に映るのは力尽きたフリーダムの姿。
カガリは溜息を吐き、顔の前で固く組まれていた両手をそっと解く。
今ではその両手で、誰のために、なんのために祈っていたのかすら思い出せない。
執務室の大きな机の上には、自分の両腕以外に置いているものは無かった。
オーブは既にアスハから離れた政治体制に移行することが決定している。
ただの飾りに過ぎない自分には最早、この国でするべきことなんてほとんど残ってはいない。
だからカガリは全てを見ていた。2人の戦いを最初から最後まで。
全てを聞いていた。2人の叫びを最初から最後まで。
そして全てを見届けた。
弟の親友が、弟を討ち果たした瞬間を。
「終わったんだな、全てが」
「……そのようです」
「カガリ様……」
一緒に見ていたソガとマーナ、彼らの声に応えることすらできなかった。
シンが戦場に戻ったと聞いたときから、こうなることはどこか予感はしていたけれど。
いざその時が来てみたらやはり重い。
「キラ様は……」
「シン=アスカが何処かへ持っていきましたね。ザフトも連合も追いかける者はいないようです。
キラも自分も、もう休ませてくれないか。そう言ってましたし」
泣きそうな声を出すマーナとは対照的にソガがそっけない声で答える。
感情を乱さないよう敢えてそんな態度を取っているのだろう。組んだ腕には随分力が篭もっていた。
「そうか」
溜息を吐いて背もたれに身体を預ける。
シンはもう休みたいと言っていた。不謹慎かもしれないが自分も同感だ。
早くこの重い身体を休ませて、暖かいベッドで眠りにつきたかった。
今はまだ、この現実を事実だと受け止めきれない。だから自分は彼らの様に悲しむことができない。
ボロボロのストライクを見た後にアスランと大泣きしたあの日でさえこんな状態にはならなかったのに。
キラを止めようと頑張っていた数日前までの自分も、今では他人の事の様に思える。
ひどく、空虚だ。
なんだかずっと、長い夢を見ていたみたいに。
「そっかぁ……」
部屋の窓から空を眺める。
かつてラクスも含めた全員で見上げたあの時と同じく、広がるのは雲一つ無い青空。
過去を思い出しても胸に浮かび上がるものは無い。
自分が泣く時まで、時間が掛かりそうだな。
他人事の様に、カガリは思った。
第39話 『祭りの後』
戦いが終わったその時、プラント議長室には4人の人物がいた。
1人は当然部屋の主であるイザーク。そしてその前に立つのは秘書官を両隣に従えたシホ=ハーネンフース。
彼がキラの死を告げられたのは、執務の真っ最中のことだった。
「……ジュール議長」
シホの表情を目にしたイザークは全てを悟る。彼女はまだ何も話してはいない。
しかしこの状況、このタイミング、そして何より自分を気遣う彼女の目が全てを物語っている。
手にしていた書類を机に置いて彼女に向き直した。
片手間で聞く内容ではないということは分かっていたから。
「ミネルバのアーサー=トラインから連絡がありました」
「……聞こう」
「フリーダムはシン=アスカによって撃墜。ディーヴァ及び敵残存兵力は9割が降伏。
アンドリュー=バルトフェルドなど戦場に出ていた首謀者は、全て捕らえました。
残りは逃亡した模様ですが、此方の被害も大きいため追撃はせずに救助作業に掛かっているということです」
「………キラは?」
「死体はシン=アスカが連れ去ったとのことです。確認も取れています」
そうか、となんとかシホに言葉を返してイザークは椅子に背を預けた。
キラと初めて出会ったのは初陣での戦場。
ストライクを駆るキラと幾度か戦ううちに返り討ちにされ、顔に傷まで作る屈辱を受けた。
馬鹿にしていたものの奥底では心を許していたニコルを殺され、憎しみが頂点になった。
絶対に許さない、どれだけ苦しめて殺してやろうかと考えるまでに。
その感情が変わるのは連合の核からプラント守って貰ってからだった。
その後戦争が終わり初めて直接対面し、その人柄を知り。
2度目の戦争が終わった後には親友になっていた。
根性の無いキラの背中を叩いて喝を入れ。その仕返しとばかりに私生活ネタでからかわれ。
微笑むラクスと呆れるシホを気にせずに、笑いながら逃げるキラをむきになって追いかけた。
そんな光景がずっと続くと思っていた。そんな事、ある筈が無いのに。
ラクス=クラインの葬儀。覇気の感じられない背中。
自分が彼の姿を直に目にしたのはあれが最後。
今の世界は、できの悪いゲームやアニメの様に甘い世界じゃない。
自分の前に出てくるのは選択問題の連続だ。複雑で、残酷で、無慈悲で。そのくせ時間制限までついている。
例え答えを見出せたとしても救いなんて悲劇に塗りつぶされてほとんど見出せない。
全てを得る選択肢を求めても、神ならざる自分たちではそれに手が届かない。
その事を思い知ったあの日。自分たちは道を別った。
わかっていた。あいつは優し過ぎたのだ。
だから憎悪で暴走でもしなければ復讐に奔れなかった。
でもいつまでも憎悪を抱き、悲しみを撒き続けることができるほどあいつの優しさは甘くない。
憎悪と優しさ。相反する思いはいつか破綻を招く。そして破綻は終幕を呼ぶ。
そして今、来るべき時が来た。ただそれだけ。
もう2度と会えない。ぶん殴ってやることも、謝らせることもできない。
そう痛感したところでもう、全てが遅かった。
「詳しい情報の入手・整理がつき次第、それを関係各所に廻せ。
戦いは終わったと市民に教えてやるんだ。ただし混乱も予想されるからコロニー内の警備は厳重にしろ。
捕虜の尋問が済み次第クライン派の洗い出しに入る。
その間に逃亡されないよう空港のゲートチェックのレベルを最大にまで上げるのも忘れるな。
それと近く会談を行う必要があるから、連合とオーブにアポイトメントも取っておけ。
あとはミネルバとボルテールにも通信を繋げてくれ。今すぐに―――」
この地位に就いている限り感情と行動は別けなければならない。
思考を切り替え今後の事について秘書官たちに指示を出す。
後始末や捕虜のこともある。討伐軍とは早めに連絡を取るべきだろうと思った。
「今すぐ……」
もう限界だった。昔のことなんて思い出すんじゃなかった。
震えそうな声を押し殺して、イザークは部下たちから目を逸らす。今連絡を取るのは駄目だ。
これまで命を懸けて必死で戦っていた軍人たちに、自分がキラを討つ事に迷いがあったなんて思わせる訳にはいかない。
それは目の前の部下に対しても同じことだ。もう少しだけ、耐えろ。
「いや、1時間後だ。向こうにも後始末があるだろうからな。
捕虜の処遇については以前から決められてある通りに行うように。暴行などは一切認めん」
「かしこまりました」
男性秘書官たちが一礼して下がる。後に残ったのは心配そうな表情を見せるシホのみ。
彼女は首席秘書官であり恋人でもある、自分の公私に亘るパートナーだ。ごまかしは効かない。
2人きりである以上ごまかすなんて気は毛頭無かったが。
「すまんシホ、30……いや20分で良い。20分あれば俺は、いつも通りに振舞うから。
だからしばらく、俺を1人にしておいてくれ」
「はい」
「少し泣く」
「………はい」
扉を出て行く恋人の背中を見送って、ようやくイザークは顔を両手で覆った。
身体が震える。目の奥は熱い。叫びだしたいけど何を叫べば良いのかわからない。
考えてどうにかなる問題ではないのはわかりきっていた。だから今は身体の赴くままに任せる。
今から20分間だけは、もう何も耐えなくていいのだから。
「あの、ばかやろうが………」
誰もいない部屋の中で、1人の青年は涙を流し。
その身体を震わせたまま。
「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」
声にならない叫びを、上げた。
扉が閉まる瞬間に見たのは、肩を落とした最愛の人の姿。
シホは駆け寄り抱き締めたい感情を必死で抑えつつ、目線を前に向ける。
「……ハーネンフース秘書官」
「なんでしょう」
執務室の外では先に出た筈の秘書官たちが待っていた。何か言いたいことがありそうな顔で自分の目をみつめてくる。
彼らとの付き合いは数ヶ月しか無いが、ラクスが死んでからの混乱を共に切り抜けてきたのだ。
シホとイザークの関係を知っている程度には、彼らとの距離は近い。
「差し出がましい口をたたくようですが、その……よろしいのですか? 傍にいなくて。
いくら議長でも1人の人間です。我々もできる限りのフォローは致しますし、今ぐらいは」
「その認識は間違っています。今の状況は問題が片付いたわけじゃない。
むしろここから、これからすべきことがたくさんあるんです。あの人が我々に指示を出したように。
それなのに今倒れきってしまっては、再び立ちあがるのに時間が掛かってしまうでしょう?
だから議長はまだ、倒れきるわけにはいかないんです」
イザークを慰めるようすすめる男たちの意見を否定し、今はその時ではない事を伝えるシホ。
それを聞いた秘書官たちは悲しそうな表情を見せながら頷いた。
慰めが必要な時というのは、傷の存在を受け入れもがいている時でもある。
そんな時間はそう簡単に終わるものではない。せめて一段落ついて寝る時まで待たないと。
今は僅かなインターバルだけ確保して、痛みを隠しながら戦いの構えを取る時間なのだ。
まして彼にとっての戦場とも言えるこの場所では尚更。
「……ですが」
とは言っても結果的に親友を死へと送った今のイザークへ、与えられた時間が20分というのは流石に短すぎる。
自分が彼の力となるのは今をおいて他に無い。
「ジュール議長は、あと2時間は出て来れません。議長への用件は全て私に持ってくるように」
「かしこまりました」
「では我々は、先ほどの議長の指示をこなしておきます」
「よろしく」
目の前の2人も自分と同意見だったようだ。指示を聞くや否やすぐさま駆け出していった。
残されたシホは溜息を一つ吐くと、背後の扉に身体を預ける。
そしてそのままの姿勢で、己の目を閉じ耳を澄ました。
聞こえてくるのは恋人の慟哭。
「……だいじょうぶ」
聞こえることの無い言葉を呟く。いや、自分自身に言い聞かせる為に敢えて言葉に出したのだ。
きっと自分も彼も、今日眠りにつけるのは随分遅くなるだろう。
けれどそれが何時になっても良い。
どんなに身体が疲れていても、今夜だけは必ず彼の傍にいよう。
彼にとっての藁になり続けよう。いや、それは今夜だけの話ではない。
それはずっと前から心に決めていた、違える事の決して無い誓約の言葉。
「私はずっと、貴方の傍にいる」
荘厳な教会などではなく誰もいない殺風景な廊下で。
1人の女性は、そう永遠の愛を誓ったのだった。
全てが終わった。
もう自分がするべきことは、何も無い。
戦いが終わって1週間ほど経った頃。
ディアッカ=エルスマンはプラントの空港ロビーにいた。
「少し早いけど、もう行っとくか…?」
荷物を詰め込んだ大きめの鞄を脇に置き、シャトルの時間を確認する。
もう少しすれば乗り込める時間だった。乗り込むのは当然地球行きの便。
ジャーナリストを再開するのだ。地球でなら題材には事欠かない。
キラの死を喜ぶ式典なんかに参加したくなかったし、あのままザフトに残って軍人を続ける気にもなれなかった。
友人を死に追いやった。かつて共に戦った者達を撃ち抜いた。
後悔はしていない。戦場にいる以上お互い覚悟の上だったのだから。
だが、戦いはもうごめんだった。その辺りはシンと同感だ。
一般人である自分には、己を捨てて世界なんてもんを背負い込む義理は無い。
今回の戦いだって自分のかつての仲間が絡んでいたから首を突っ込んだだけだし。
イザークから報酬はしっかり受け取っている。それまで持ってた家の資産も含めれば当分は金に困らないだろう。
親に顔も少しだけ見せたし、後は自分の好きに生きればいい。
「やっぱ此処にいても仕方がないよな。乗り込むとしますか」
そう呟いて再び鞄を肩に抱える。そんな事をしてるうちにふと思った。
さっきから何で俺は独り言を呟いているんだろう。まあ思った瞬間に答えは出ていたのだが。
それにしても独りってのはこんなに寂しいもんだっけ。
いや、そもそもあの連中とミネルバにいた時が騒がしすぎただけだ。
まあ良い。今までだってそうだったし、皆とは会おうと思えばいつでも会える。
無理矢理そう結論付けて歩き出す。胸を占める寂しさについては考えないようにした。
「ん…?」
不意に、自分の目の前に立っている女性に目を奪われる。
俯いている彼女の姿には見覚えがあった。おそらくもう2度と会うことは無いだろうと思っていた女性だ。
しかし自分からは、何故彼女がここにという思いすら出てこなかった。
それが本当に彼女だと認識できなかったからかもしれない。
かつてあれほど強く美しく輝いていた瞳の光が、目の前の彼女には無い。
「お前……」
ミリアリア=ハウ。
かつての自分の恋人が、そこにいた。
「キラのところにいたんじゃないのか?」
「最後の戦いの前に追い出されちゃった。これからは自分の道を歩くべきだって……」
「……そりゃまあ、確かにあいつなら言いそうだな。その言葉」
ディアッカの質問に、ミリアリアは小さな声で言葉を返す。
自分の顔を見ても彼の顔に変化は無かった。
無理もない。危険な場所へ赴く自分を彼はいつも心配してくれていた。
そんな彼を自分は振った。それなのに、今また彼の優しさに縋ろうとしている。
身勝手な女だと自分でも思う。
でも、逢いたかった。
キラに言われたあの時、頭に浮かんだのは目の前の彼の事だったから。
「それで……その……」
何を話せば良いかわからない。それでも何とか言葉を搾り出そうとする。
思うがままに話せば良いのだろうが、それは全て自分勝手な言い訳にばかり思えてしまった。
この状況で自分を飾ることに意味は無いが、自己嫌悪に勝てるほどの綺麗さは今の自分には無い。
「もう行くとこ、なくてさ……」
「………」
「親には勘当されちゃったし、周りの人はは態度が冷たくなっちゃったし。あんな事しちゃったから働き口はもう無いし」
「………」
「その……」
「………」
ディアッカは何も答えない。
空港内にアナウンスが響く。シャトルが乗客の乗り込みを開始したらしい。
彼がゆっくりとゲートに向かって歩き出す。そして、
何も言わずに、ミリアリアの横を通り過ぎた。
「……そうよね。自分勝手だよね、こんなの」
「……」
「今更だよね。別れを切り出したの、私の方からなのに」
ディアッカは何も答えない。
振り返ることは怖くてできなかった。もしかしたらもう、この場には居ないのかもしれない。
覚悟はしていた。これはただの自己満足のつもりだった。
「本当に、ゴメ……」
「おい」
彼の声が近くで聞こえる。まだ行ってなかったのか。
幻聴でない事を祈りながら振り返る。聞き間違いじゃない、彼はそこにいた。
「……?」
「何をボケっとしてんだよ、早くしろ。急がないと飛行機出ちまうぜ?」
あきれたような表情でこちらを見ているディアッカ。しかし彼の言葉が理解できない。
早くしろって、それじゃまるで私を連れて行ってくれると言ってるみたいじゃないか。
「え、なんで……?」
「ちょっと待てお前がそれを聞くのかよ。なんでも何も、行くとこ無いから俺のトコ来たんだろ?
こっちも丁度アシスタントがいるかなって思ってたんでな。お前経験者だし。
あ、でも先に言っとくけど、給料あんまり出せないからな?」
そこは覚悟しとけと言うディアッカの顔はかつての彼と同じく皮肉めいていたが、その目は優しかった。
けれど、彼のその優しさに甘えることが許されるのだろうか。
「……いいの? だって」
「なんだ。行きたくないのかよ、お前?」
「そんなことない、でも、私、あんたに…」
「しつこいっつのお前も。しょうがねーな……コレ、お前の荷物だろ?」
確認もそこそこに空いた左手で私の荷物をとり、そのまま再びゲートに向かって歩き出した。
自分がついて来ることを疑いもしない足取りで。
「ほらとっとと行くぞ、アシスタントさんよ?」
「………うん!!」
歩き出した彼を追いかけ、ミリアリアは心を決める。
その背中をもう見失うまいと。
差し出してくれたその手を、放してはならないのだと。
俺は甘いのかもしれない。いや、実際に甘いんだろう。
自分の隣で必死に嬉しそうな表情を押し殺そうとする彼女を見ながら、ディアッカは思った。
以前付き合ってた時、別れを切り出したのは彼女の方からだった。
危険な場所に取材に行く彼女を心配していたのだが、それがうっとおしくなったらしい。
戦争を起こさないための、武器を持たない戦いを自分はする。
その為には安全な場所から外だけ見るわけにはいかない。そんなものでは人の心には届くことはない。
だから私は行く、邪魔をしないでと怒鳴られて。
結局半年ももたずに、あっさりとフラれてしまった。
次に会ったのは、メサイア攻防戦が終わった後のアークエンジェルの中だった。
本来なら軍人としての職務を放棄してまで彼女の艦を守ったのだし、ヨリを戻すチャンスだったのだろう。
だがアークエンジェルに乗っていた彼女を見た時、何やら急激にムカついた。
お前は戦争の愚かさを世界や後世に伝えるために武器を持たない戦いをしていたんじゃなかったのかと。
そのお前が殺し合いの連鎖の中に入ってどうするんだとも。
そう言った自分への彼女の返答は、 「これは自分で選んだ道だ、あんたには関係ない」 で。
偶然通りかかったフラガのおっさんとラミアス艦長が止めるまで、2人で大喧嘩してた。
結局仲直りをする事無く、そのまま彼女はオーブへ、自分はプラントへ帰っていった。
そして今回。
いい加減愛想が尽きた筈だった。
だが目の前の泣きそうな姿見ると、切り捨てることはできなかった。
我ながら本当に甘い。
「まったく、これが惚れた弱みってやつかね」
「……ほんとに、ごめん」
聞こえないように呟いたつもりだったがしっかり聞いていたらしい。
バツの悪そうな顔をする。聞こえよがしに言ったと思ったのだろうか。
まいったな。そんなつもりは無かったんだが。
「すまん、別にもう責めるつもりはなかったんだ」
「本当に?」
「ああ。まあ信じて貰えないかもしれないけど」
「ううん、信じる。ねえ、これから何処に行くの?」
「何処に行く、か。そういや俺、地球としか決めてないんだよな……」
何処に行こう。
オーブに行って旧友に会うか。
ラクスが倒れた場所に行ってみようか。
ベルリンに行ってあの3人をからかうのも面白いかもしれない。
縛る物は何もなく、今の自分は何処にだって行ける。
もしかしたら。
俺は皆が望んでいた自由とやらに、1番近い所にいるのかもしれない。
「なあミリィ。頼むからもう、俺から離れるなよ」
「うん」
胸に残っていた寂しさはもう無い。
ならば自分は思うがまま、心底惚れた女と一緒に、世界の果てまで行ってみますか―――
今日はここまでです
終わりまで、あと3話+エピローグです
今月中には終わると思います
いいね・・・!
こういう静かに終わっていく物語も・・・
CROSS POINT氏乙。GJです。残りもわずかですが楽しみです
gjです、祭りの後か・・・・・・・ああ、終わりなんだな、と、喪失を感じるENDも悪くはないです
「SEEDを持つ者を私が見出し……彼らが世界を導く……そうだ、その時に私の前に光が………」
1人の男が何やら呟きながら病院の廊下を歩く。その足取りは夢遊病者の如く覚束ない。
いや如くではなく実際に夢を見ているのだろう。
種が芽を出し美しい花を咲かせる。その種を見つけ導き育てたのは己なのだという自分が求め続けていた夢を。
全てが砕かれた今も尚、マルキオは抱き続けていた。
「何処へ行った? 急いで探せ!!」
「相手は盲目だ、協力者がいないならすぐに見つかる筈。落ち着いて探すんだ」
「何か騒ぎが起きるかもしれん。他の患者は自分の部屋に戻るよう徹底させろ!」
病院のあちこちで騒いでいる声は聞こえていない。否、聞こえてはいる筈だが認識をしていない。
今の彼にはそんな現実は必要ないのだ。必要なのは唯一つ。
人によってはそれを妄執と呼ぶ、曲解された自分にとって都合の良い事実。
「未来を……」
何故、監視する人間が彼から離れていたのか。
何故、部屋の鍵が開いていたのか。
何故、まともに歩くことすらままならない男を捕まえることができないのか。
それは己が選ばれた人間であるからに他ならない。
人類が新しい世界へと到る際の立会人として。
「世界を……」
幾度か何かに裾を引っ張られ、ようやく目的地らしき場所に辿り着いた。
目の前に感じるのは自分が求めた眩い光。あんなに求めていた物なのに、思わず気後れして立ち止まってしまう。
けれどいつまでも立ち尽くすわけにはいかない。
背後から誰かに押され、眩しい光に向かってマルキオは駆け出した。
そして心地良い浮遊感が全身を覆う。まるで鳥になって飛んでいるかのようだ。
そうか。これこそが私にもたらせられる未来。大きく羽ばたき自由に空を舞う。
『彼』 が見せてくれるに相応しい世界。
「これこそが、私の……」
続く言葉は無かった。視界を闇が覆い、自分の耳に何かがひしゃげる音が聞こえ。
マルキオの意識は消失した。
痛みを感じる間も無かっただろう。
壊れたマリオネットのように身体のあちこちを歪に曲げたまま、それでもマルキオの顔は笑みを浮かべていた。
残酷な現実と違い、永遠に覚める事のない夢を見続ける。
それが幸せなのかどうかは本人にしかわからない。
墜落死。
それが偽者の羽で高みを目指した男の結末だった。
第40話 『それぞれの終わり』
「時間だ。出て来い」
部屋の外から男に呼ばれる。どうやら今日が自分の最後の日らしい。
随分待たされたような、逆に短かったような。
アンディ=バルトフェルドはコーヒーの入ったカップを持ちながら男に言葉を返した。
「もう少し待ってくれ。実はまだ飲み終えていないんだ。
最後の一杯、楽しんだらすぐに出て行く」
自分の言葉への返事は無いが、代わりに急かされることも無かった。そのことに感謝しつつ芳醇な香りを楽しむ。
これが生涯最後の一杯、エスプレッソ。
あの世にコーヒーがあるとは限らない。だから今はコーヒーの風味をしっかりと覚えておきたかった。
ゆっくりと飲み干す。自分がブレンドしたものではないのが気がかりだったがそれでも美味い。
もう十分だ。愛しげにカップの淵をなぞると、バルトフェルドは今度こそ外の男に声をかけた。
「待たせてすまない。それじゃあ行こうか」
部屋を出て歩き出す。付き添うのは先ほど自分を呼んだ男を含めて4人。
左腕の義手は仕込み銃のない普通のものに換えられてはいるが、
それでも目の前の彼らぐらいならば逃げようと思えばいくらでも逃げれそうな気がした。
もはや意味の無いことなので行動に移したりはしないけれど。
尤も、キラが生きていればそれもありだっただろうが。
「おや」
「………」
曲がり角を曲がると、廊下の先に顔に傷をつけた金髪の男が立っていた。
かつて共に戦ったこともある男。戦友と言ってもいいその男にバルトフェルドは笑いかける。
自分と同じ、動物の名がついた異名持ち。ほんの少しだけ惹かれていた女性の夫。
「久し振りだね、ムウ=ラ=フラガ。見送りに来てくれたのかい?」
「……まあ、そんなところだ」
ムウが周りの人間に目で合図をする。彼らが2人から距離をとった。
どうやら彼が人生最後の会話の相手となりそうだ。
「なあバルトフェルド。何故キラを止めなかったんだ。あんたなら、もしかしたら」
「仮定の話はやめておこう。もう何の意味も無いしな。それより君1人だけかい?」
「ああ。誰かが此処に来ないといけない。そう思った」
「そうか。そいつは確かに大人の仕事だな」
お互い目を伏せる。よく考えるとあまり話すことが無かった。
さっきは彼にああ言ったばかりだが、仮定の話とやらをしてもいいかもしれない。
どうせもうすぐ話すことができなくなるのだし。
「なあフラガ一佐。さっきの言葉なんだけれども。
……僕たちがキラを止めなきゃいけない理由ってあったのかな?」
「なに?」
「この世界をここまで平和に導いたのって、あの2人だろう?」
「それは……」
「違うとは言わせないよ」
否定しようとする声をぴしゃりと切り捨てる。
実際否定されることではないのだ。その事実だけは、絶対に。
「確かに僕たちを含めた沢山の人間が力を貸した。その力が無ければ2人は勝てなかったかもしれない。
……けれどそれだけだ。僕たちは勝ち馬に乗れただけで、何かを背負ったわけじゃない」
マルキオはラクスが思うがまま動けるようお膳立てをしただけだった。
アスランは2人の後ろについていって、銃を手に取っただけだった。
自分もムウも、サポートばかりで最終的な決断は全て2人に託していた。
極端な話。キラとラクスさえ揃っていれば、それ以外はいくらでも代わりがいた。
彼らだけだったのだ。他者に委ねず己が決めた道を歩いていたのは。
そしてその道の先に平和があった。
「そう考えてみると情けない話さ。君もそう思わないかい?
彼らを信じて任せたと言えば聞こえは良いが、行動はラクス、戦闘はキラにおんぶに抱っこで。
世界が滅びに向かっていたその時に僕達がしていたことは、二十歳にも満たない子供2人に縋り付いてただけだったんだから」
「………」
「あの子達は本当に良く頑張った。そりゃあそのやり方を批判する者はいたさ。
だけど世界の崩壊を救い、命を守り、人類に平和を掴ませてくれたのは確かなんだ。
自分達もひどい目にあったっていうのにね」
戦争によって傷つけられた彼らの傷が大したことなかったなんて言わせない。
他に方法はなかったのか。銃を突きつけ脅しておいて平和を語るのか。彼らにそんな事を言った人間もいた。
しかしそんな事を言うのなら自分たちがやってみりゃいいのだ。
賭けてもいい。そんな連中の手では絶対に、一時的な平和すら訪れない。
背負ったものの重みに潰されるか、憎しみに呑まれて命を焼き合うかに決まっている。
だいたい人を非難する時に限っていつもの自分を差し置いて善人ぶるようなやつらに、
キラたちを否定する権利が何処にあるというのだろう。
「そんな彼らに世界が用意したものは、爆弾と、彼らの頑張りを無にする終わりの無い争いだった。
流石に本気で怒ったよ。これでも僕は彼らのことを自分の子供の様に思っていたからね。
………その時思ったんだ。
キラ1人が暴れたくらいで壊れる世界なら、いっそ壊れてしまえばいいってね」
もはやこの世界に愛着など無かった。
世界が1人を見捨てると言うのならば、1人が世界を見捨てても文句は言われない筈だ。
だから思った。
「キラが憎しみ続けるならその手助けをしてやろう。
キラが戦いから途中で逃げたくなったとしても、それはそれで構わない。
まあ、それだけだよ。そんなに大した理由は持ち合わせていない」
かつては平和の歌を奏でていた。自分とキラ、アスラン、マルキオ。それからラクス。
けれど指揮者の居なくなったカルテットは曲を終わらせることができずに、最後だけずっと繰り返し続ける。
1人演奏から抜けても。それが騒音だと否定されようと。
彼が彼女のことを想いながら弾き続けるのならば、自分も付き合おうと。
最後まで付き合った。ただそれだけのこと。
「さて、それじゃあ行こうか」
長話する余裕も無さそうだ。言いたいことは全て話したので行くことにした。
周囲の人間も再び集まり、死出の旅が再開される。
「なあ、ムウ。楽しかったなあ。ラクスのところに皆が揃ってた頃は」
「……」
「じゃあな。奥さんを大事にしろよ」
「あんたに言われなくても……そのつもりだよ」
「それは何より」
ムウの横を通り過ぎる。彼の表情に変化は無い。
だが強く拳を握り締める彼の姿を見て、もしかしたら彼とは親友になれたのかもしれないなとなんとなく思った。
もう、過去の話になるけれども。
廊下の先には広場。そこで待っているのは不恰好な台と銃を持った軍人。そして幾人かのお偉いさん。
ただ自分の死の為だけに集まった人間たちだ。
その光景を見ても怖さは無かった。
これまでにアイシャを失い、ラクスが死に、キラがいなくなった。もう自分しかいない。
アイシャと共に居た時。キラやラクスと暮らしていた時。自分の周りには光が溢れていた。
だが今感じるのは胸の中で風が吹いているような喪失感。
死ねば彼らのところに行ける。もし仮にそんな世界がなかったとしても、この喪失感を感じずに済むならそれもいい。
もしかしたら、キラもこんな気分だったのかもしれないな。
大事なものを失って。忘れられなくて。
でも託されたものがあったから、逃げられなくて。
だから、滅びに向かっていったのかもしれない。唯一の誤算はあの少女に出会ってしまったことだろうが。
死体を確認したわけではないのでできれば生きていて欲しいが、それを望むのは不相応だろう。
「最後に言っておくことはあるか?」
「僕自身のことについては何も。……ああいや、一つだけ。
今回の騒ぎ、全ての責任は先日死亡したというマルキオ導師とこのアンドリュー=バルトフェルドにある。
僕たちに付き従ってくれた者たちにはどうか、寛大な処置をお願いしたい。僕の望みは以上だ」
台に縛り付けられる。目隠しは拒否した。
せっかくここは光に溢れているのだ。目を閉じたままなんて勿体無い。
どうせ死んだら何も見えなくなる。
なら、自分から見ることを放棄しなくてもいいだろう。
「構え!!」
遠く、兵士たちが銃を構えた。もうすぐだ。もうすぐ逢いに行ける。
キラ。ラクス。少しだけ、自分の子供の様に思っていた少年たち。
アイシャ。心から愛していた女性。
話したいことが、土産話がたくさんあるんだ。
「楽しかったよなぁ……まるで、夢のようで…」
そう、楽しかった。
眩しくて、暖かくて、刺激的で。
一度死んだ人間が見た夢にしては、上出来すぎるほどの。
「本当に、楽しかった………」
「撃てーーーっっ!!」
体中に焼け付くような痛みが奔った。そして目の前の世界が闇に包まれていく。
全てが黒く染まりきるその瞬間。
自分に手を伸ばす女性の姿が見えたような気がした。
バルトフェルドが通り過ぎても、ムウ=ラ=フラガは振り向かなかった。
もう全てが終わっている。できたのはこんな事だけ。
説得も、戦闘も、決着も……今回の自分は最後まで役に立てなかった。
楽しかったと彼は言った。それは自分も同感だ。
だがもう終わった話。これからまた自分は明日に向かって歩いていかねばならない。
戦友をこの時間に残したまま。
遠くで何発かの銃声が聞こえた。そして静寂。
廊下に何かを叩きつける様な音が響く。去っていく人影。
へこんだ壁だけが、あとに残った。
ざわめく声。チカチカと会場のあちこちで光るカメラのフラッシュ。
満員の観衆は主役の登場を今や遅しと待っている。
かつてラクス=クラインの葬儀が行われた場所と同じ、プラントの首都アマリリスのスタジアム。
今日はここで戦いの終わりと功労者を讃える式典が行われようとしている。
始まりの場所で終わりを迎えることで、少しでも長くこの戦いを人々の記憶に残そうというのが議会の狙いらしい。
しかしいくらなんでも数が多過ぎだ。民衆を集めるにも程がある。
控え室で大勢の軍人と共にテレビを見上げながら、式典の主役たるシンは小さな声で呟いた。
めっちゃ帰りてえ。
「すごいですね、シンさん。見てくださいよこの観衆の数。
これみんなシンさんの姿を見に来てるんですよ? 凄いなぁ」
「いやほんと、押しも押されぬ英雄ですよアスカ先輩。これは以前の発言本気で謝らんといかんわ」
「やめんかこっ恥ずかしい。……ここまで暗い話題が多かったからな。
平和になったっていうことを喧伝する道化が必要なんだろ。
まあ皆が笑ってくれるんなら受け入れなきゃいけないんだろうけど」
すっかりシンに対する態度が丸くなったサトー少年、
そしてちゃっかりシンの右隣のポジションに陣取ったオペレーターの少女と話しながら、シンは軽く溜息を吐く。
イザークの思惑に自分の意思。これが最善の手だと言うことは分かっているが、それでも気乗りなんてする訳が無い。
まったくシン=アスカも偉くなったものだ。
その名は一部の人間を除いて嫌われ軍人の代名詞だった筈なのだが。
「つか、本当に軍には戻らないんですか?
前に言ってたことは納得できるんですけど、でもやっぱこの世界には先輩の力必要でしょ」
「んで、いつ第2のキラやラクスになるんだろうってビクビクしながら監視されるわけか?
正直勘弁願いたいな。俺はそんな人生送るより、ベルリンで仲間と一緒に地に足付けて生きていたい。
それより復興が落ち着いたらメールするから、暇があったら遊びに来ても構わないぞ」
「いいですね、それじゃメアド教えて貰っていいでぐはぁ!?」
「絶対行きます!!」
顔を側面から突き飛ばされ、目の前にいた少年が吹っ飛ぶ。続いてシンの視界に入ったのは目を輝かせた少女の顔。
別にそんなに焦らなくてもメアドを片方にしか教えないとか言った覚えは無いのだが、
少女にとってそんな事はどうでもいいようだ。
「く、首がヤバい方向に……先輩確か医者志望ですよね? 俺の症状は大丈夫なんすか!?」
「これはもうだめかもわからんね」
「絶望した!!」
「そいつはほっといて良いですから、シンさん早く教えてください」
「それちょっとひどくね?」
メアド以下の扱いってのは人としてちょっと厳しいと思うんだ。
「て、てめー覚えてやがれよ……? 報復として嫌がらせしてやる。
アスカさんとのツーショット写真、お前のやつだけ鼻下からのアングルで撮ってやらぁ!!」
「あ、いたの? ごめん気付かなかった。
あらやだ首が曲がってるじゃない。治してあげるわ、反対に曲げたら元に戻るでしょ」
「やめてあげて」
本気で怒った少女を背後から抱えて止めるシン。
控え室は歓談の声で満ちているが、それでも自分たちは少し騒ぎ過ぎだった。
呆れか怒りの目をする他の軍人たちにすいませんと頭を下げ、少女を引き摺りつつ部屋の隅へと移動を始める。
背後から聞こえてくるのは大人たちによる小言。
あれで軍人か。士官学校で何を習ったのやら。もげろラッキースケベ。
って最後の何だオイ。なんで俺が怒られてんの?
「待ちなさい。何処へ行こうと言うの?」
最後の発言をした人間を探すシン。首が傾いたままのサトー。瞳が濡れてきた少女。
そんな3人へ向かって静止の声がかけられる。
目にした方向ではモーゼの十戒の如く人が分かれ、その間から1人の女性が歩いてきたところ。
まるで小惑星の女帝並にカリスマに溢れたその姿に誰かが驚愕の声を上げる。
「ジャーン、ジャーン!!」
「げえっ、看護婦ーーっ!!」
語呂が悪いよ。そりゃちょっとは似てるけどさ。
てか颯爽と現れたこの人は誰なんだろう。サトーも少女も驚いた表情をしているのでどうやら彼らの知人の模様。
2人が知ってるのならボルテールの船員なのだろうが、生憎と自分の滞在期間は僅かだった。
あの時会話をしたのは整備班とパイロットの一部にブリッジ周りの女性兵士くらい。
記憶に無いのも仕方ない……いや待て、あの顔は何処かで見た覚えがある。確か
「フフ、よく私の前に現れたわねシン=アスカ。どうせ私の事なんか忘れてるんでしょうけど。
今すぐ私と拳を交えなさい。そしてその後、私を傷物にした責任をじっくりと――――」
「貴方は確か、ミネルバの医務室にいた……すみません挨拶もせずに。
って今はボルテールにいたんですか? 声をかけてくれれば挨拶に行ったんですが。
それと以前は申し訳ありませんでした。謝って済む問題じゃないってのはわかってますけど……」
間違いない。あまり医務室に行く機会はなかったけれど覚えている。ステラの件で気絶させたあの人だ。
シンは少女の身体から手を放し、看護婦に向きなおす。
もう随分時間が経ってしまったが謝罪だけはしておかないといけない。女性に手を上げたわけだし。
「え、知らなかったの? てか私の事覚えてたの?」
「そりゃまあ、一緒に戦った仲間ですし。……あんな事しちゃいましたけど」
「そっか……それならいいわ、うん。
ちなみにこの後時間とか取れる? ミネルバ時代の話とかしましょう?
レストランとバーと部屋はもう予約してあるから、謝罪はそこで受けるわ」
「待てやコラ」
遊ぼうか。そんな感じで背後から彼女の肩を掴む少女。
それに対し今良い所なんだから邪魔すんなと看護婦はその手首を掴み返す。
おーいサトーよ生きてるか? 危険を感じたシンは少年をダシにその場から離脱しようとするが、
当の本人からは頼むからこっちくんなと拒絶され続けた。
周囲を気にせずわいわいと騒ぐ4人。それを見た他の軍人たちが再び面倒臭そうに溜息を吐く。
彼らの思考はただ一つ。あの看護婦がいるということは、またボルテールか。
「若いですねえ……」
「娘や部下の育て方を間違えたのは認めよう。しかし私は謝らない」
コーヒーを片手に笑うアーサー。その隣ではボルテールの艦長が背中を煤けさせていた。
眼前では若者たちの大騒ぎの真っ最中。なんだかミネルバの空気を感じさせる連中である。
一応式典の参加も仕事のうちなんだけどなぁと呟くも、当然聞く者などいない。
「ま、顔に傷はつけないでくれるとありがたいかな」
まあ平和な事は何よりだ。シンもこれからは戦場を離れるのだから軍人らしく振舞う必要もあるまい。
だから思う存分味わえば良い。自身がその手で掴んだ平和を。
出会ったばかりの時とは違って、今の彼は笑えているのだから。
「出てきたぞ! シン=アスカだ!!」
「あれが自由落としの英雄か。また随分と若いもんだ」
「キャーッッ!! こっち向いて!!」
吹奏楽に合わせてゲートが開かれる。目の前には壇上へと続く紅い絨毯。そして満員の大観衆。
誰もが皆自分に注目し手を振っていた。
流石にこれだけの視線を集めた経験は無い。見ていると呑まれてしまいそうなので曲の始まりと共に歩き出す。
分かってはいたが周囲との温度差を強く感じる。
この式典には戦いでいなくなってしまった人たちを悼む意味合いもあった筈だ。
それに俺にとってあの戦いは辛いものでしかなかったのに。これじゃ
「まるで道化だな」
口から零れた自嘲は当然の如く歓声に呑み込まれた。
階段を上がる前に観衆たちに振り返る。再び湧き上がる歓声。
軍人席を見やるとオペレーターの少女も、サトーも、艦長も、先ほどの看護婦も、皆笑顔だった。
俺はこの笑顔に応えられる様な事をしたのだろうか。浮かんできた疑問はすぐに消えた。
とてもYesと言える気分にはなれない。
迷い無く自分の道を突き進むのが英雄の精神だ。世界を背負い続けるのがその定義だ。
ならばやはり自分は英雄になんて向いていなかった。力を捨てる判断は正解だった。
多分これがシン=アスカの限界なんだろう。
壇上で待っているのは正式に議長として就任することになったイザーク=ジュール。
シンは差し出されたその手を握り、彼と視線を合わせる。
プラントが世界に誇る2人の若き英雄、そのツーショットに会場内のテンションは最高潮だ。
「すまないな。こんな茶番に付き合わせて悪いとは思っている」
「別に構いませんよ」
きっとそれが必要だと思ったから受け入れた。
それだけのことだ。特に謝られる理由は無い。
「シン。お前はキラを倒した後、皆に英雄なんていらないと言ったらしいな」
「……ええ。まあ」
力を抜いた手は繋がったまま。握手をやめる前に言葉をかけられた。
シンは僅かに眉を顰める。イザークの握る力が少し増したからだ。
「俺も同感だ。人は力に憧れるが、この世界ではコントロールできた者は誰一人としていないからな。
ブルーコスモスしかり、歴代のプラント議長しかり、そしてキラしかり。……彼らの最後は大抵悲惨だ」
「今の貴方もそれの仲間入りしてるんですよ。気をつけてください」
「そうだな……今日までご苦労だった。
もうお前が戦うことは2度と無い。だから安心して休め」
「ええ」
そう言ってようやくイザークは手を放し、自分の席へと戻っていく。
シンは痺れた手をさりげなくブラブラさせながらマイクのある机へと向かった。
ここからは自分のスピーチの時間だ。
式の関係者からは好きなことを話せ、ただし現政権への批判はやめてくれとは言われているが
心のままに話せば良いとは思っていたのでぶっちゃけ何も考えてきていない。
あくまでお披露目に過ぎないので誰も内容なんか気にはしないだろうし。
「……?」
いや、もう考えなくても良いのかもしれない。
常人よりも優れたシンの目が見知った 『誰か』 を捉える。
視線の先はスタジアムの屋根の上、遥か遠く。
茶髪の青年が、ライフルを構えている。
「……はは」
狙撃にしても遠すぎはしないだろうか。
この距離では相手にスコープがあったとしても自分の顔が見えているとは思えない。
だが、シンはなんとなく彼に向かって笑いかける。
パン。
次の瞬間、シンの胸に紅い華が咲いた。数瞬遅れて何かが破裂するような音が周囲に響く。
凍った様に止まる時間。何が起こったのか理解できず静まる民衆。
シンが倒れるのと、会場内に聞き覚えのある声が響いたのは同時だった。
『皆さん、お久し振りです。僕はキラ。キラ=ヤマト。
今日は皆さんに告げたいことがありまして、黄泉路より戻ってきました』
屋根の上の人間、そしてその人物を移した大型スクリーンに視線が集まる。
映像に表れたのは間違いなくシンに倒された筈のキラ=ヤマト。
たった今までその死を悼み、そして喜んでいた筈の人間が生きていた。
観衆の混乱は未だに治まらず動くことすらできない。
だが、そんな彼らにも一つだけ理解できることがある。
ライフルを片手に長く伸びた髪を風になびかせ、いつもの穏やかな笑みを顔に貼り付けたキラ。
壇上には力無く倒れたシンの身体と広がる紅い血。
その構図が全てを物語るのだ。今、何が起こったのか。何をして何をされたのか。
「貴様ら何をぼんやりしてる、来賓を早く安全な場所へ連れて行け!」
停滞したままの空気がイザークの怒声によって切り裂かれる。
修羅場を潜ってきた経験からなのだろうか。誰よりも先に指示を出したのは流石と言うほか無かった。
その声に反応した護衛たちが来賓に覆いかぶさり、シホは即座にイザークの手を取り舞台裏へと駆け込んでいく。
『確かに先日、僕は敗れました。プラントと地球、それぞれの力を束ねることによって』
今では会場内のほとんどの人間の注意が、屋根の上の青年に集まっていた。
シンを心配する者は壇上に駆け上った彼の知己の人間だけ。
「シン、さん……? シンさん! ――――――しっかりして、お願い!!」
「アスカ先輩!! ちょ、なんだよこれ……なんなんだよォ!?」
「そんな…これ……うそ……」
「くっ、観客は姿勢を低くしろ! 警備班は門の閉鎖とキラへの対処を急げ! 発砲も許可する!!」
「ッッ!! 君たち、シンを動かすんじゃない! 何をしている医療班、早く来るんだ!!」
シンに駆け寄る少女と少年。呆然とした表情で彼らを見下ろす女性。
アーサーは3人を庇う位置に立ちながら一向に来ない医療班に声を荒げ、
艦長は冷静な声で命令を下しながらもその目は怒りに満ちていた。
「あ……」
倒れたシンの視界を占めるのは涙をこぼす2人。そんな彼らに少し申し訳ない気分になる。
俺なんかの為に泣くことなんてないのに。
自分の身体を揺さぶる手の暖かさに、ついそんな事を思ってしまった。
「泣くなよ。死んだりなんか、しないからさ」
「当たり前です!!」
「縁起でもない事言わないでくださいよ!!」
少女の濡れた頬を人差し指で拭ってやるが、再び涙が零れたので意味は無かった。
まいったな。女の子の涙は苦手なんだ。いや、得意なやつなんてあんまりいないだろうけど。
もう1度優しくなぞる。また濡れた。
優しく拭う。また濡れた。
優しく。
優しく。
優し―――小さな手に包み込まれた。どうやらもう拭わなくてもいいらしい。
ただ頬に触れてさえすれば、それで。流れていくものは止まる気配すら無いけれど。
でも本人がそれを望むのならばそれ以上する必要も無い。黙って為すがままにされておく。
だが、それにしても。
「疲れたな」
これで終わりだと思うとなんだか本当に疲れた。
動くはずの己の身体がひどく重く感じる。瞼は重く身体は冷たい。
もしかしてあの時のキラもこんな気分だったのだろうか。これは確かに怖くてたまらない。
だけど戻れるんだ。これでやっと終われるんだ。戦いの輪廻から普通の日々へと。
英雄なんてガラじゃないし、この世界にはもうそんなもの必要ない。
だから今は、少し休むだけ。
そう思いながら、ゆっくりとシンは眼を閉じた。
『しばらくの間、僕は剣を収めましょう。ですが、人々がまた愚かな行為を続けるようなら……』
スタジアムに鳴り響く声と民衆の動揺に構わず、シンの周りにようやく医師達が集まる。
彼らは議長直属の医師たちである。その腕は誰も否定しようが無い。
しかし持ってきていた道具程度では撃たれた胸の処置は難しいのだろうか、彼らの表情に余裕は無かった。
その周辺ではアーサーが医者の輪から離れた場所で立ち尽くし、紅服の少年は艦長に無理矢理引き離されていた。
先ほどまでシンに縋っていた少女は、ようやく近くにまで来れた女性にしがみついている。
騒然とする会場の中とは別の世界のように、この空間だけが静か。
そして、医者の1人がゆっくりと首を横に振った。
「おい、冗談止めろよ…。シン=アスカは英雄だぜ? こんなとこで、こんな死に方なんて……」
「うそ…嘘よ……。だってさっきまで元気だったのに。
私に笑いかけてくれたのに。ベルリンに遊びに行くって約束したのに。
私……わ、たし………言いたいことが、伝えたいことがあったのに……」
震える唇。止まらない涙。
それを拭ってくれた手はもう、動かない。
泣くなと慰めてくれる声はもう、聞こえない。
「い……」
眼を閉じたままの青年。
顔が青い。身体に力が入っていない。動く気配も無い。呼吸も無い。
もう、シン=アスカはいない。
「いやああああああ!!!!!」
少女の悲鳴が、1人の英雄の終わりを告げていた。
今日はここまでです
ちょっと待てーーーー!!!!
だ、誰か嘘だと言ってくれ!!
いやあああああああああ!!
…
ちょっと待て、ルナマリアとコニールはどこにいる?
乙です
なんという気になる引き・・・
シンの生還とオペレーターの少女の名前が明らかになることを祈ろう
全て終わった後の式典シーンも死亡フラグの一つだね
・・・しかしこれはもしかするかも
GJ。素晴らしい引きです。続きを待ちます
gj!こんなところで引きなんて生殺しだぁ!
というか・・・・・もしかしたらこれは・・・・・・・
あと数回、穏やかなエピローグが続くだけ(それでも十分だった)かと思いきや…
英雄なままの現状だと結局何やかやで世間がほっとかないから、
静かな生活の為に大々的に死を偽装するというパターンは確かにあるが、
オペ子やサトーを大泣きさせてまでやらかすほど人が悪いとも思えないし、
終わったらベルリンに帰ると日頃から公言しておいてそんな真似したんじゃ
帰るに帰れなくなるだろうし…わからん、最終的にどっちに転ぶのか…
第41話 『手にしたもの』
キラの反乱から数年後の、ある晴れた冬の日。
ベルリンの街の一角にあるオープンカフェで、2人の男女が談笑していた。
「ふふ、それであの時2人は不機嫌だったんだ。女泣かせだなぁ……」
「いや泣きたいのはこっちなんですけど。なんで離れて見てた俺が大怪我してるのか未だに分からないし。
画面暗転させれば何やっても良いってわけじゃないと思うんですけどね、俺は」
男性は小さな診療所を経営している街医者で、名前はアレックス=ディノ。
美形ではあるものの黒髪に黒い瞳、中肉中背の何処にでもいるような外見をしており
小さめの眼鏡を掛けている以外は特に特徴の無い青年だ。
今日は所用の為に外出した所なのだが電車発車時間までまだ間があった為、
コーヒーでも飲もうと馴染みの店に顔を出してみたら暇そうにしていた店の看板娘に捕まったところである。
「それでアレックス君はなんでこんな所にいるの?
2人を誘って何処かに出かければ良いのに。せっかくの休日なんだから」
「それも考えたんですけど、ちょっと今日だけは1人で行かなきゃいけない場所があって。
電車が出るまでもうちょっと時間があるもんで、顔を覗きがてらコーヒーでもと思って来た訳です」
そう説明しつつコーヒーを口にするアレックス。
首筋に触れる風は結構冷たい。そういや今夜は雪が降ると天気予報でも言ってたっけ。
鍛えている自分はともかく目の前の女性は寒いだろうと思い
自分に構わず中には入るよう勧めたが、寒いの好きだから気にしないでと言われた。
働かなくていいのかという自分の副音声は聞こえなかったようだ。
まあ美人とお茶できるんだから別に良いのではあるが。もう目の前の椅子に座っちゃってるし。
「あ、ディノせんせーだ! こんにちは!」
「この際だから私もケーキ食べようか―――え? 先生?」
「ん?」
話を続ける2人に、1人の小さな男の子が声を掛けてきた。
この顔は何処かで見たことがある気がする。声にも聞き覚え。先生と呼ぶからには診療所絡みだろう。
記憶を辿ると該当する人物が1人。
「ああ、こんにちは。あれ、君は確かこの間の……」
「あれ? 今日一緒にいるのは看護婦さんじゃないの? もしかしてせんせー浮気中?」
「何を言ってるの! 先生に失礼でしょう!?」
元気な子供に挨拶を返す。その後ろから付いてきた母親らしき女性には会釈を。
しかし冗談だと分かる内容に過剰反応されても困るのだが。
彼女の中では自分は浮気とか平気でする人間だと思われているのだろうか。
……思われてるんだろうな。年頃の女性2人と絶賛同居中だし。
「すみません先生。この子ったら…」
「別に気にしてませんよ。この年頃の子はなんにでも首を突っ込みたがるものですから」
「つっこみたがるものなのです」
「自分で言うんじゃないの!」
子供って本当フリーダムやなぁ。
「アレックス君、この子は?」
「患者です。腹が痛いって言って、この間ウチの診療所に搬送された。
……見たとこ、もうすっかり調子は良くなったみたいだな?」
置いてきぼりにされていた看板娘が会話に混ざる。と言われても患者と医者の関係だとしか説明しようが無いが。
以前、日付が変わるくらいの時間にこの母子が自分の診療所に訪れたことがあったのだ。
熱もひどかったにも関わらず何件か断られたらしく、容態が落ち着いた時には凄い感謝されたので覚えている。
めっちゃ眠たかったけれど。
「うん、貰ったお薬は苦かったけどね。凄く苦かったけど」
「2回も言うな。大体薬ってのはそういうもんなんだよ。良かったですね、お母さん」
「ありがとうございます。夜分に押しかけたにも関わらず、本当にお世話になって……そうだ!
お礼といっては何ですが、今夜私どもの家で食事でもいかがでしょう?
主人もお礼が言いたいと言っておりますし」
そう言ってくる母親。子供は面白そうに様子を伺っている。
他人の家の家庭料理に興味が無いわけではないが、それに甘えるのも憚られた。
第一、数回しか会った事ないし。
「いえ、これも仕事ですから。お気持ちだけで十分ですよ」
「そうですか……残念です…」
もしかして儀礼的なものではなく本気の誘いだったのだろうか。
言葉通り残念そうな顔をする母親。それを見た子供がはやしたてる。
「やーい! お母さん、フラれた!!」
「な!? こ、この子は!!」
「お母さん顔真っ赤〜! 逃げろ〜!!」
「待ちなさい!! ……すみません、失礼します」
「え? ああ、どうぞ。車には気をつけて」
走って追いかけていく母親と、こっちこっちと言いながら逃げ回る子供。
微笑ましくて笑みが零れてきた。こういう温かい光景は嫌いじゃない。
隣の彼女もそれは同感のようだった。
「意外だなぁ……ちゃんと先生やってるんだ。今度診療所を覗いてみようかな」
「別に構わないですけど。来たら茶と菓子くらい出しますし。
まあ、おじいちゃんおばあちゃんに捕まって話し相手にされるだけだと思うけど」
「アレックス君もそうなの?」
「俺たち3人は見合い話ですね、大半が」
もしくは看護婦たちをけしかけてからかうとか。
まあ良くある話だ。
「もうこんな時間か。そろそろ行きますね、俺」
「うん、じゃあねシン君。今回の相談料は楽しみにしておくから。甘い物希望」
「甘い物なら自分の店のケーキ食べれば良いでしょうが……って相談料取るんですか?
ったく……じゃあ駅裏にあるZEUTHって店のジャンボパフェでどうです?」
「あ、その店私常連だよ。ティラミスとロイヤルミルクティーも付けてね」
「はいはい」
何その3種の神器。スイーツ好きにも程があるだろうに。
考えただけで胸焼けがしそうであるが、そういや女性ってケーキバイキングとかできるらしいもんなぁ。
現にうちの2人こないだ行ってたし。
「そういえば見たい映画もあったなぁ……ついでに見に行こうか? 恋愛ものだけど」
「ま、まあスイーツ驕るためだけにあそこまで行くってのもアレだから、いいですけど」
「それで夜はディナーなんかも食べちゃったりして。
シン君アーガマって店知ってる? 評判良いらしいよ」
「アンタ鬼か」
そいつはまた分厚い料理出しそうな店名だな。つか貧乏医者の安月給なめんなよ。
いや実際はそこそこの収入はあるんだけれど、最新式の機材の購入費と維持費で首が廻んないんだから。
難しい手術も幾度か経験して機材のありがたさを実感したのは良いが、
裕福じゃない人からもそれなりの報酬を貰ってるってのが今の自分の家の財政状況を表しているわけで。
本当は「金なんかいらねぇ」って言ってやりたいんだがなぁ。レオリオさんは遠いぜ。
それと最終的に全部消える院長としての取り分より看護婦2人の給料の方が高いのは経営者的にどうなんだろう。
「あと、今の俺はアレックスだから間違えないでって何度言えば」
「ごめんごめん。じゃあね、アレックス君」
「ああ、それじゃまた」
笑顔で手を振る彼女に別れを告げて、アレックス―――シンは駅へと歩き出した。
周囲の店の男性従業員から放たれる嫉妬の視線。それを華麗にスルーしながら復興した街並みを眺める。
携帯を片手に通りを歩くスーツ姿の男性。
寒そうに店から出てくる学生たち。
犬の散歩をしている中年女性。
ベンチで肩を寄せ合いながら会話を楽しんでいるカップル。
幼い子供に手を引っ張られながら店に入る老人。
それはどこにでもある平和な風景。
かつての自分が必死になって求めた光景。
今はいない人達が、血に塗れても求め続けた光景。
ようやく、ここまで戻ってきたのだ。
かつての戦争の面影は完全に消え、大勢の人間が穏やかな営みを繰り返すベルリン。
いやその光景は今やベルリンだけのものではない。
世界は今、休息の時を迎えていた。
小競り合い程度の紛争ならばたまに見受けられるが、それでも大規模なものに移行する前に自然と沈静化されていく。
その理由はただ一つ。たった一人の人間の名を挙げれば説明できる。
キラ=ヤマト。伴侶の死をきっかけに、一時的ながら世界の全てをひっくり返した男の存在である。
生きているのは偽者で本物が死んでいる可能性も否定できないが、
この世界は死んだ筈の人間があっさり表舞台に蘇ってくることが多いので油断はできない。
いつまたあの狂戦士が表舞台に姿を現すか。しかもこの世界にはもう、シン=アスカはいないのだ。
戦端を大きくすればキラが現れるかもしれない。
石を投げればクライン派に当たると言われていた時期もある。彼らの目的は争いの根絶だった。
自分の背後にいる仲間たちがクラインのスパイの可能性だとしてもおかしくない。
ゲリラやテロリストからすれば、自分たちの命を生贄したうえそんな男を再び野に放つのは御免だということのようだ。
そうなるとキラを崇拝していた者たちによる蜂起も危険視されそうなものだが、そちらについても現状問題はないらしい。
死んでいた場合は戦うことなんて考えないだろうし、生きていたとしてもプラントで行ったあの狂言が功を奏していた。
彼らはキラが自身に勝利したシン=アスカに対し、暗殺という報復を行った事に失望したのだ。
正面からの戦いで復讐するならともかく、よりにもよってラクス=クラインの死に方と同じ方法とはと。
これでは過激派がいてもキラの名を使っての反逆などできないだろう。
その辺りは自分たちの決着を 「綺麗過ぎた」 と評したイザークの狙い通りにいった。
ちなみにラクスの名を使ったものはキラの敗北で一旦終わっているので当面こちらもその恐れは無い。
1度外した目にもう1度賭けるやつなんてそうはいないし、やったとしても今回以上のことはできないからだ。
正直これをやったら今後しばらく仲間にも逢えなくなるので自分は乗り気じゃなかった。
でも先日のザラ派の様にルナやコニールが自分がらみのゴタゴタに巻き込まれる可能性もゼロじゃない。
そうイザークに言われると自分はその案に協力するしかなかったのだ。
ちなみに戸籍はアスハがすぐさま用意してくれた。今の自分はアスハ家の元SP、アレックス=ディノ。
過去の書類や写真の改竄も済んでいるので、誰かが調べても自分がシンである証拠は出て来ないようになっている。
外出するにあたり黒のカラコンと眼鏡が手放せなくなったのが面倒と言えば面倒だが、彼女たちが危険な目に遭うよりは遥かに良い。
イザークがキラの戦いを無駄にしたくないとこの策を提案した時はどうなることかと思ったが、
とりあえず結果的には何も問題はなさそうだった。
しいて言うならあの場に居合わせた面々に自分たち2人が怒られたくらいか。
いやーそりゃいくら議長直々の説明 (弁解) があっても 「これにはターゲットも苦笑い」 とはいかんわなぁ。
女の子には号泣されながら抱きつかれて30分くらい離して貰えなかった。
俺もあれで結構頑張ってたんだけどね。周囲に疑われないよう一時的に仮死状態になる薬使ったし。
そういうわけでこの世界、表立っては平和だった。
だがこれがいつまで続くか分からない。キラの名前にも限度があるし、何より人は忘れていく生き物だ。
平和であることの素晴らしさと混迷の時代の苦しさを、傷が浅かった者はそれだけ早く消し去っていく。
続ける努力をしなければならない。
『戦争』は終わったが、『戦い』はまだ続くっていう事だろ。これからは武器を持たない戦いだ。
そう言ったのは先日我が家に来たオーブの国家元首だったか。たまにはあの女も良いことを言う。
その数時間後には人の家で同居人たちと凄い取っ組み合いをしやがったから説得力は皆無だけど。
いや武器は確かに持ってなかったけどさ。なんか違うだろ、あれは。
「お、誰だ。……この番号はルナだな」
携帯が鳴る。画面に映るのは携帯番号と『マイハニー』の文字。
あんにゃろまた勝手に人の携帯弄りやがったな。もっと他の名前は無かったのか。
『もしも〜し、シン? そういやあんた、今日はいつ帰ってくるつもり?
外で食べるんなら私たちも合流しようかなって思ってるんだけど』
「夕食までには帰るさ。あともう人前じゃその名前で呼ぶなよ? この間だってお前」
『はいはい、悪うござんした。んじゃアレックス、黄昏るのもほどほどにしときなさいよ』
注意する間もなく切られた。
なんだか機嫌がよろしくないようだ。まあその理由は分かってるわけだが。
ボルテールのあの子がまた看護婦さんと一緒にうちに遊びに来ることになったからだろう。
でも 「近いうち遊びに行きますね! 2人とも決着つけなきゃいけないし」 と
楽しそうな声で言われちゃったらこっちも断るのも難しいわけで。
原因がこっちにあるので仕方ないと言えば仕方ないのだが、自分を慰める事に慣れてしまった現状に溜息を吐きたくなる。
大体あいつらだって彼女たちが来た時こそ喧嘩するものの、なんだかんだで仲良くしてるくせに。
この前上記の4人にカガリ=ユラ=アスハが来た時でもそうだった。
殺意のSEEDに目覚めたカガリにファイナル・ルナにゴッド・コニールに神人・オペ子(仮)に日焼けした看護婦さん。
この5人による夢の競演の結果は、画面暗転した後に現れたシン=アスカの見るも無残な姿でオチがつき。
加害者たちと言えばお風呂タイムと夕食での宴会、夜のパジャマパーティーで仲良くなった挙句
帰る時の空港での見送りではそれぞれ目を潤ませながら別れを惜しんでいた。
重傷の身体で料理やおつまみを必死に作り、死にかけな家主の自分には一瞥もくれることなく。
「なんか腹立ってきた」
普通ならもげろとか死ねとか言われても仕方ない境遇だろう。
しかし昨今のエセツンデレの如くフルボッコばかりでデレの無い現状には流石に理不尽さしか感じないわけで。
ささやかな反撃としてとりあえず今の電話の主の名前を誤射マリアに変えておく。
流石にブタマリアにする勇気は無い。この前酔っ払って口を滑らせたアスランが人間クレーターにされてたし。
つか今からこんな弱気で大丈夫か俺。
切符を買うと丁度電車が来たところ。駆け足で乗り込みベルリンを後にする。
電車に揺られて数時間。ようやく小さな駅に辿り着いた。
時計を見ると時刻は昼過ぎ。店で花束を購入して目的地まで歩く。
冷たい空気。弱々しい陽射し。自分以外誰も見かけない細い道。
時間が経つのが遅く感じるほど浮世じみた場所に、目的地はあった。
人気の無い小さな湖。
ここに彼女が眠っている。
「また来たよ、ステラ。あっちで元気にしてるか?」
応える者はおらず、その言葉に意味は無い。
けれどシンは花束をそっと水辺に置くと、湖の中心に向かって笑いかけた。
感謝の言葉を続けながら。
俺は、元気です。
君がいてくれたおかげで。
今日はここまでです
次は最終話とエピローグを続けて投下する形になります
日曜日の夜くらいにはいけるかも。順調に行けばですが
生きてた…よ、良かった…
やはりシンを闘いから完全に解放するのと、キラの生存と再起を匂わす事で
はねっ返りに歯止めをかけとく二段構えだったわけか。
しかしこうなると最後の気がかりはちびラク。
ミリィと一緒でなかったという事は、何か別ルートの手配をしてたという事
難だろうけどそれが次回のお楽しみと。
…しかし…GJ乙ながらもう終わりかと思うと……
乙です
シン生還おめでとう
前回のでキラが本当に生きててマルキオを殺したのもキラだったら面白いかなと思ったけど
48のいうようにちびラクと、キラ(の亡骸)の行方が気になるな。
週末が楽しみな反面、終わってほしくない気持ちが・・・
乙。すげえ良い・・・。
あれか、チビラクに関しては何故か馬車に揺られいて、
独り言を口にするかのように「誰かに」優しく語り掛けるのか。
そして帽子を深く被っていて御者の顔は良く見えないんだ。
・・・いや、すみません、忘れてください。良きラストを。
あんまり予想を書きすぎると当ててしまったときに辛いぞ
それは何より乙
あれ?
この看板娘ってスパロボでの嫁じゃね?
スパロボにはあまり詳しくないんだが、セツコさんって人の事かな?
確かにせっちゃんぽいな
そういえば何でシンの正体知ってるねんw
そう言えば式典の時にキラの代役やったのってやっぱりカナードなのかな?
髪の色が違うのはカツラで誤魔化してたってことでw
その辺のことも含めて次回も楽しみにしてます。乙でしたー。
うーむやはりこうゆうことだったのかgjです
まぁ英雄が居れば、馬鹿共が騒ぎ立てるわけで
黒のカラコンに伊達眼鏡、髪もそれなり地味めに整えてるだろう
アレックス・ディノ先生の図を誰か絵心ある方にお願いしたい。
大雑把なイメージとしては例えば「ファイバード」の火鳥勇太郎の白衣モード的とか?
安心した乙
しかし英雄のままだろうと地味な街医者にカムフラージュしようと
どっちにしても周りの男どもからはもげろと殺意を向けられるのかw
瞬獄殺×5か。想像したくもねえ
つかよく生きてたなシン
サトー少年のその後が気になってきた乙
61 :
通常の名無しさんの3倍:2011/03/11(金) 23:21:07.97 ID:YqFOytie
普通にデートに誘われてるんじゃねーかシンよ
ボルテールの2人とも切れてないみたいだし
日付変わってもう昨日になってしまったが、東北の地震、関東でも結構な被害が出たと聞いている。
CROSS POINTの作者様は大丈夫だったんだろうか?
身体はもちろんのことだがPCのデータの方が…。
作者さんが生きてれば作品は生み出せるだろ
気にしてる人もいらっしゃるかもしれないので念のため
西の人間なので影響はありませんし作品もできましたが、投下は次の土曜の夜まで延期します
流石にそんな気分になれないですこの状況
ご無事でなにより&延期了解しました、お気持ちごもっともです。
日頃共に読んだりレスしてたあいつやこいつも被災してるかもしれないと思うと…
とりあえず無事でよかったです、延期は仕方ないですね
大阪より。皆さんと皆さんのガンプラの無事を祈りつつEX−Sに取り掛かります。
・・・・・・・・・・・・・・・・パーツ多い。
・・・・・・・いや、過去にアーマードな救世主を2度程作ったことを思い返せば・・・
>>60 ディーヴァに突貫してブリッジを押さえ、血を吐く叫びで虎を動かし戦闘停止に大きく寄与したわけで
(表向き)シン亡きあとでは戦功トップクラスと言ってもいいんじゃないかな。
もっとも消去法的に次の「英雄」に祭り上げられるのは固くお断りしてるだろうけど。
VF系は基本的構造が全部一緒だから複数組むとガチに滅入ってくるから困る。
明日投下で良いのかな?
作者氏のご気分次第かな。
もっとも状況は一向に好転してないしまだまだかかるのかしらん。
東電関係で規制に引っかかってるんじゃないの
最終話を代理投下ってのも味気ないだろうし
湖に置いた花束は揺れながら沈んでいき、水面は次第に曇ってきた空を映し出す。
今夜の天気予報は雪だったから、もうじき降りだすのだろう。
何で今日に限ってと思わないでもないが、そう言えば彼女が此処で眠りに就いた日も雪が降っていた。
これもめぐり合わせというやつなのか。
シンは眼鏡とコンタクトをケースにしまいながら、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「さて、何から話そうかな……」
実はこの場所にはしばらく来ていなかった。前回はキラとの戦いが終わってから数ヵ月後。
かつての約束通り、ムウ=ラ=フラガと2人だけで来た。
あの時は彼に遠慮してしまいちゃんとした報告をすることができなかった。
それからも此処に来ることは出来たのだろう。けれど彼女と逢うのは自分の道を定めてからにしたかった。
だからベルリンの復興を終わらせて勉強して医師の資格も取った。
勿論資格を取ったらそれでゴールと言うわけじゃない。
戦争による影響で医師資格は成績が良ければ短い期間で取れるようになっていたが、実力もつけねば話にならない。
寝る間も惜しんで研修に行き、勉強も続け、ローン組んで貯金もはたいて診療所を作った。
作ったら作ったで目の回る様な忙しさだった。
看護士の資格を取って自分を助けてくれた彼女たちの存在が無ければ厳しかっただろう。
けれど、それまでの日々は本当に充実していた。目的に近付いていることを実感できた。
自分1人の力では到底ないけれど。今なら少しは胸を張ってステラに逢えるかなと思えるようになった。
そして今日ようやく、ここに来ることが出来た。
話したいことはたくさんある。だから遠慮なく喋らせて貰おう。
辛かったことや悲しかったこと。
怒ったことや楽しかったこと。
また明日。君にそう言われてから今日まであった事を、全部聞いて欲しい。
「なあ、ステラ。この前は話せなかったんだけど……」
いろんな事が、あったんだ。
最終話 『光る風の中』
自分たちは働きすぎじゃないだろうか。
オーブの国家元首、カガリ=ユラ=アスハはそう思いながら茶をすすった。
ここはオーブ国防総省の執務室。休憩がてらに部屋の主である仲間の様子を見に来たところである。
ソファに座ってくつろぐ彼女とは別に、部屋にはもう1人人間がいた。
山の様に積み上げられた書類に必死にサインしている男性。
アスラン=ザラ。彼は今、中将に昇進していた。
別に未だに代表の座に居座っている自分の贔屓などではない。彼自身の働きによる純粋な評価である。
なんだかんだ言ってこの男、真面目に働くことが好きなのだ。
「ザラ中将。あまり根を詰めすぎるな」
「カガリ、いやアスハ代表。そういうわけにもいきません。時間は有限なのですから」
少しは休むよう勧めて見るが断られた。
確かに時間は有限だ。彼が現在行っている仕事は最優先事項の一つでもある。
それに加えてこいつは頑固だ。これ以上言っても聞きはすまい。
まあいいか。もう少ししたらこいつは必ず休憩に入るだろう。
何故かと言うと―――
「失礼します」
ペンの鳴る音と茶を啜る音のみが響く部屋。そこにスーツ姿の女性が入ってきた。
誰かと思えば退職したメイリンの変わりに入った秘書だ。
秘書になってからしばらく経つのに、まだ仕事に慣れないらしい(アスラン談)。
「ザラ中将、その…」
「なんだ。今忙しいんだ、報告は手短にしてくれ」
「はい、申し訳ありません。たった今奥様が娘さんを連れて会いに来ま―――ひっ!?」
アスランが机から、まるで蛙のように予備動作も無く跳ねた。これはまさしくアスランジャンプ。
重力を無視したかのようなこの飛翔、やられた方からしたらこれほどトラウマになりそうな物も無い。
そういえばかつての自分もこの技見たときに殺されかけたっけ。
空中で無駄に回転しながら沈み込むように着地。その勢いで花瓶の花びらが舞いあがり、花吹雪のように降りてくる。
なんだこの演出。
「ちょ、ちょっと、中将!? 待ってーーー!!」
「うおおおおおおあああああああッッッ!!!!!!」
そして猛烈なダッシュ。そこまで娘に会いたいか。
目を血走らせて家族の許に向かう男と、それを追う秘書見習い。部屋に静けさが戻る。
別れて正解だったかなと昔好きだった男のアレな姿にドン引きしながら溜息をついた。
でも少し、いやかなり羨ましい。それというのも最近の友人たちの恋愛事情。
シホは近くイザークと結婚予定だし、ミリィはディアッカとよりを戻してからは上手くいっているらしい。
アスランにしてもそうだ。娘自慢は正直ウザいしまだ結婚どころか恋人もいない自分に対する配慮も欠けている。
けれど彼は今、本当に幸せそうだった。
本心を隠さず言わせて貰えれば、やはり幸せな彼ら夫婦は羨ましいし少し悔しい。
もしかしたらあの幸せ空間の中にいたのはメイリンではなく、自分だった可能性もあったのだ。
「人生って、ままならないよなぁ…」
再び来客用のソファに腰を落とす。口から零れるのは溜息ばかり。
不意に部屋のドアが開かれた。ノックも無しに部屋に入ってくる人間は1人しか心当たりが無い。
「やっぱりここにいた……どうしたの、オバさん」
「せめて漢字表記しろよな、叔母さんって。ったく…アスランだよ」
「ああ、れいのぱたーんってやつね。やれやれ」
入ってきたのは最近生意気になってきたピンク色の髪の少女。ミリィ経由でキラから託された、彼の娘である。
もっとも娘とは言っても血の繋がりは無く、養女みたいなものだったらしいが。
当然アスランの現状も知っているので、彼女もげんなりとしている。
「で、むかしをおもいだしてしずんでるんだ。だったらほかのおとこでもつかまえたら?」
「子供が知ったげに言うもんじゃないの。それにここのところ、いい男にめぐり合えない…」
「なぁんだ。ないのはいろけだけじゃなくて、おとこうんもだったのね」
「コイツ可愛くないなぁ……」
人の傷口を抉る幼女の言葉に、カガリはつい不貞腐れてしまう。
この年齢でこの性格。本当にキラの娘なのだろうか。せめて可愛い盛りの時に引き取りたかった。
つーかあんまりだ。この状況。
まだ四捨五入しても30にならないのにオバさん呼ばわりされ、男は寄り付かず。
パーティーがあるので格好つけてスーツをキメたら、熱視線を送られるのは女性ばっかりだし。
やはりこの間オーブテレビのスポーツ番組に出演したのがまずかったか。
やらせ抜きでプロスポーツ選手(男)に勝っちゃったのが。ビーチフラッグで2連覇達成しちゃったのが。
いや待て。ビーチフラッグ?
ビーチフラッグでは、周りの状況を見て旗を変えたほうが良い場合もある。これを恋愛にあてはめると……
イザーク:アウト (シホ)
ディアッカ:アウト (ミリィ。別にいらん)
アスラン:アウト(バカ。嫁持ち)
シン:セーフ (ある意味アウト)
キサカ:アウト (加齢臭)
……ってシンしかいないじゃないか。ルナかコニールかで未だにはっきりしてないあの男。はっきり言って論外である。
あ〜でも最近丸くなって私に結構優しいんだよなぁあいつ。実はあの顔結構タイプだし。
分の悪い賭けは嫌いじゃないし、それにあいつゲットしたら私がこの作品のヒロインということになるかも……。
ふむ、ヒロインか。懐かしい響きよ。
かつては自分もその末席に名を連ねていたことがあった。本当に過去の話だが。
弟だったり勘違いの恋だったりモミアゲだったりでろくな目に遭ってないけれども。
というか脇キャラならともかく一応ヒロイン名乗れた身なんだからフラれても他のヒーローも宛がってくれよ。
そんなカガリの目に、遠くの方でジャージ姿の貧乏そうな女性が手招きしている幻覚が映る。
すんません、まだそっち行きたくないです。風のニルチッイルートだけは勘弁してください。
「ふむ、風か……」
乗りてえ風に乗り遅れたヤツは間抜けってんだ。
その言葉を思い出すとなんだか無性にテンションが上がってきた。確かに戦うのは今をおいて他に無いのかもしれない。
ヒロイン、カガリ=ユラ=アスハ。
なんと聞こえのいい言葉か――!!
「よし、決めた! こうなったらアスカハーレムに突入してやる!」
「ちょっとなにいってるのかわかんないです」
「待ってろよシン〜! ヒロインの座、大外から私が貰った!!」
思い立ったら吉日。今すぐベルリンへ行ってやる。
さっきまでいた友人のように、ソファから予備動作も無く跳ねあがる。
そしてそのまま外に向かって駆け出した。
「うおおおおおおあああああああッッッ!!!!!!」
義理の娘を、置き去りにしたまま。
いきなりアホな事を叫んだ後、自分の保護者は出て行った。
少女は。ラクス=ヤマトは溜息を吐く。
「なんだかなぁ……」
1年以上前にオーブに来てからというもの、ずっとこの調子だ。
周りの人間の変なテンションに流され続けるばっかりで
「さびしがるひまもないよ、おとうさん」
窓から空を見上げる。思い出の中の声でおとうさんが言った言葉。何だっただろうか。
確か「良い子にしてるんだよ」と「帰りは遅くなる」だったはず。
そう、あの時おとうさんは帰りが遅くなると言ったのだ。
あの後ミリアリアおねえちゃんに連れられてオーブに来てから、沢山の人たちからおとうさんの行方を聞いた。
返ってきた答えは全て同じだった。キラおとうさんはもうこの世にいないということ。
でも自分はその話をあまり信じられなかった。
だっておとうさんはあの時言ってくれたのだ。必ず帰ってくるって。
そしておとうさんは私との約束は必ず守る人だ。ならいつか、絶対に帰ってきてくれるだろう。
だから。その時まで。
「うん。わたし、いいこにしてる。だからはやくかえってきてね、おとうさん」
頑張って良い子にしていよう。そして帰ってきてくれたら、それをおとうさんに自慢するのだ。
そうしたらまた、頭をいっぱい撫でてくれるだろう。自分も思いっきり甘えよう。
そして、今度こそずっと一緒に。
空はこの上なく蒼く染まっている。おとうさんと始めて会った時と同じ、いい天気。
見ているとなんだか嬉しくなってくる。笑っても良いかな、そう思えてきた。
以前は笑えなかった。ママも自分もひどい目にあったから。
でもおとうさんのおかげで笑えるようになれた。なら、おとうさんの事を思い出して笑うのも悪くないだろう。
少女は。
おもいっきり、笑う事にした。
「フゥハハハァーハー!! 今度こそ、今度こそヒロインの座をーー!!!」
「良く来てくれたな! パパでちゅよーー!! ちくしょう、自分の娘ながらやっぱ可愛いすぎるぞ!!
目は俺に似てるし、鼻は俺に似てるし、髪の色も俺譲りだし!!
やらん、絶対嫁にはやらんからなーーーー!!!」
………言っておくが、今の笑い声は私じゃない。
一気に力の抜けた体を引き摺り、ソファに腰を下ろす。
ノックの音と共にキサカおじさんが部屋を覗いてきて、あの2人は? と聞いてきた。
言葉も無く2人が行った方向を指差す。おじさんは礼を言って去って行った。
遠く聞こえてくるのは未だに続く自分の保護者とその友人の (変な) 笑い声。
そのあとに仕事せんかー!!というキサカおじさんの声が聞こえた。
ここにはやっぱり変な人しかいない。その最たるが自分の保護者と言うのは悲しいことこの上ないけど。
溜息を吐いた後、お父さんに向かってもう一度だけ呟いた。
「あ〜でもおとうさん。わたし、おとうとやいもうとはとうぶんできないとおもう」
わたしが男だったらゴメンである。多分10年後くらいには国と結婚したとか言い訳してるんじゃなかろうか。
そう思いながら空を見上げると、想像のおとうさんはちょっと困った顔をして笑って―――
「空なんか見上げても、お前のおとうさんはいないぞ」
おとうさんの困った顔は、無愛想な声に掻き消された。
ラクスは声の方向に振り返る。いつの間にか部屋の隅に男が立っていた。
黒い髪に紅い瞳。この姿、何処かで見たような気がするが。
「あなた、だれ?」
「……シン=アスカ。お前をさらいに来た」
その名を聞いてニュースで見たのを思い出した。おとうさんの友達だった、シン=アスカ。
確かおとうさんと同じくもうこの世にはいないって聞いていたけど、なぜ此処にいるのだろうか。
それにさらいに来たってどういうことなのか。予期せぬ急展開に判断が追いつかない。
とりあえず大声を上げるか走って逃げるかしないといけないんじゃないだろうか。
「わたしを……」
「ん?」
ソファの後ろに隠れ身構える。近付いてくる様子が無いのに少しだけ安心するが
自分をさらうと言った目の前の男はおとうさんを殺したと言われてる人である。
オバさんもまだオーブの偉い人だし、自分を使って何か悪いことをするのかもしれない。
「わたしをさらって、どうするつもり……?」
「さてな。ああは言ったけど、正確には実行犯は俺じゃなくてこいつだから」
そうシン=アスカは言うと、いつの間にか後ろにいた男の人を指差した。
茶色の髪にサングラスをかけた男の人。
その人が視界に入った瞬間、何故か心臓がどくんと跳ねた。なんなんだろうこの感覚。
そんな戸惑う自分に構う様子も無く、男の人は微笑みながらサングラスを外して―――
「………え?」
外した、顔は。
「元気そうで嬉しいよ。ラクス」
今さっき思い描いていた、おとうさんの顔にそっくりで。
「背、かなり伸びたね」
自分が求めていた優しい笑顔で、こちらをみつめている。
「ほん、もの……?」
全細胞がその疑問に肯定を示している。けれど俄かには信じられない。
確かに生きていて欲しいと強く願っていたが、世界中の人間がおとうさんを死んだものとして扱ってるのに。
思わず頬をつねる。あんまり痛くは無いが、触ってる感触はしっかりわかる。
どうやら夢でもなさそうだった。
「もちろん。別に幽霊とかじゃないよ? ほら、足だってあるし」
「死人ではあるけどな」
「それ君が言うの? アレックス=ディノさん?」
「うっせー嘘つきのネオ=ロアノークの分際で」
アレックス? ネオ? キラじゃないのならやっぱり別人?
話の内容が読めずに呆然としている自分を無視して2人の男は軽口を叩き合う。
シン=アスカに促されておとうさんに似た人は自分の前まで歩いてくると、膝をついて目線を合わせた。
伸ばされた手が、自分の頭を優しく撫でる。
「約束通り、良い子にしてたみたいだね」
優しい声。髪を滑る指先。自分を見つめる瞳。
それらは全て過去の自分が経験したものだった。そして2人でした約束も知っている。
偽者なんかじゃない。間違いない。此処にいるのは。
目の前にいるのは―――
「お……おと…おと……」
「ただいま」
身体が勝手に爆ぜた。その名を口にする前に、勢い良く腕の中へと飛び込んだ。
背中にまわる腕。懐かしい匂い。暖かい胸。心臓の鼓動。
それらの全ても先ほどと同じく過去の記憶にあったものと同じ。
心のどこかで諦めていたものが今、間違いなく此処にある。
「うえ……」
約束は果たされた。
少女の願いは叶った。
張り詰めていたものが、切れた。
「うええ……」
思い切り甘えようと決めていた。おかえりなさいと言うべきなのはわかっていた。
けれど身体が言うことを聞いてくれない。
「うええええ……」
少しでも多く身体を密着させるのに精一杯だった。
その温もりを感じるのに精一杯だった。
夢ではないと自分に言い聞かせるのに精一杯だった。
それ以外に割く余裕なんてありはしなかった。
「うえええええええええん!!!」
少女はこの時、初めて知った。
人は嬉しい時にも泣けるのだと。
「まいったな……もう泣かないでよ、ラクス」
「父親が帰ってきたんだぞ。今くらい存分に泣かせてやれよバカ」
思う存分泣き喚き、ラクスと呼ばれた少女はようやくぐずつくまでに収まってきた。
困った顔で彼女を泣き止ませようとするキラをシンは止める。
泣きたい時には泣けばいい。それが子供で、しかも家族が帰ってきた時ならば尚更だ。
「父親、か。今の僕にそう呼ばれる資格はあるのかな」
少女を抱き締めたままキラはシンに問う。その目に見えるのは迷い。
求めていたものを無事に手に入れて急に不安になったのだろう。
だがシンはここに来て今さら泣き言かとキラを責める気にはなれなかった。それはかつての自分の姿だ。
「悪いな。あの時、楽にしてやっても良かったんだが」
支援
こいつの犯した罪は簡単なものじゃない。
例え彼女という救いが傍にあったとしても、いやあるからこそより傷付いていく。
犯した罪が消えることは無く、もうこの子の親に相応しい人間にはなれないのだから。
無論キラをこんなに慕っている彼女はそんな事を欠片も思わないだろう。
けれど彼女のことを思えば思うほど、キラは自分の犯した罪に苛まれていくのだ。
これもヤマアラシのジレンマと呼べるのだろうか。
あのまま月面で死んでいた方が彼にとってはまだ救いがあったのだろう。
死んでいれば少なくとも己を責める苦痛からは逃れられただろうから。
「でも、苦しみながら生きていくんだよ。アンタはこれから」
「………それって、良いのかな?」
「いいんじゃね」
けれどこいつは生きていた。
自分に残した死にたくないという言葉。それを示すかのように意識を手放しても尚、身体が死に抗っていた。
当初自分はその抵抗を無視するつもりだった。苦しむ姿に止めを刺してやろうと思ったことも否定はしない。
けれど銃を手にいざ行動に移そうとしたその時、友人の声が頭の中で響いたのだった。
それはかつての自分を救ってくれた言葉。
「どんな命だって、生きられるのなら生きたいだろう?」
それを聞いた途端、キラは一瞬驚いたように目を見開いた。
そして意地悪そうに笑いながら此方を見やる。
「シン。それって誰かからの受け売りなんじゃないの?」
「なんでそう思うんだ?」
「僕を助けてくれた 『彼』 も誰かにそう言ってたからさ」
容態が落ち着いた頃に本人から直接聞いた話だが、キラもあの花畑まで行ったらしい。
自分の時と違い目の前には川があって、その向こう岸で何人かがこっちには来るなと騒いでいたとのこと。
しかし周囲には他に誰もいないのでこれくらいの浅さなら行けるなと川を渡ろうとしたところ、
突如現れた何者かが放ったケンカキックによってぶっ飛ばされたとかなんとか。
んで目が覚めたらベッドの上だったと。
「……あいつめ」
それが誰かなんて言うまでも無かった。無愛想な金髪の少年の姿が脳裏にちらつく。
自分の時といいその件といい、あいつちょっとアグレッシブすぎだ。
心配してくれるのは確かにありがたい。ありがたいが死んだ後まで他人に尽くさなくても良いのに。
まあキラに恨みを篭めた一撃を叩き込みたかっただけという可能性は十分にあるけれども。
それに目の前のこいつも、その事に気付いても普通は知らない振りをするもんじゃないのかと思うんだが。
良い言葉には違いないわけだしさあ。もっとこう……ねえ?
「でもまあ、彼に言えなかったぶんも君に言っておくね」
「あん?」
ブツブツと愚痴る自分に向かってキラは向き直る。その目はいつの間にか真剣なものになっていた。
少女を抱き締める腕を少しだけ強め、僅かに頭を下げる。
「助けてくれてありがとう。生きていて、まだ生きることができて嬉しいよ僕は」
完全な不意打ちだった。シンは僅かに頬を染め顔を背ける。
こいつに此処までストレートに感謝されたのは初めてだった。
これじゃ本当に、俺たちが友達みたいじゃないか。
「ばかやろ、アンタが死に掛けたのは俺のせいだぞ。礼を言う相手が違うだろ」
「いやだから彼に言えなかったぶんもって先に断ったじゃないか」
「それは聞いたけど、でもやっぱり俺に言う必要は……ん?」
キラと会話を交わすうち、涙を目の端につけたままぼんやりとこっちを見ているラクスと目が合った。
その瞬間シンは肝心なことを忘れていることに気付く。
なんだか2人して勝手に盛り上がっていたが、彼女の意思を聞いていなかった。
とりあえず彼女の前まで歩き、キラと同じく片膝をついて視線を合わせる。
「えーと、その。……まあ、そういう訳なんだ。大人しくこいつにさらわれてやってくれないか?」
「え……?」
「こいつは、君と一緒にいたいって言ってる」
英雄キラ=ヤマトはあの戦いで死んだ。だから今のこいつは死人だ。
戸籍は用意したが顔をいじったりしない以上、しばらくは人目のつかない場所で暮らすしかない。
となると彼女がこのままアスハの許で暮らし続けた場合、当然2人が逢うことは難しくなる。
世間がキラの事を忘れるまで最低でもあと5年。生き残ってしまったキラにとってそれは酷だ。
少女の方は歴史の表舞台には立っていないので、書類を少し弄ればいくらでも融通は利く。
だから2人が共に暮らすにはこれしかなかった。
勿論それは無理強いさせるものではなく、彼女の合意が必要ではあるが。
少女はキラから離れ向き直る。
そして目の前の父親の目をじっと見つめ、言った。
「おとうさん。わたしも……わたしもおとうさんといっしょにいく!!」
「いいのかい? 皆としばらく会えなくなるよ?」
「おとうさんがいるならそれでいい!」
そう言うと再びキラに抱きつくラクス。もう離さないとばかりに手に篭もった力は強い。
その姿を見たシンとキラは軽く頷く。
結論は出た。そして此処はあまり長居して良い場所でもない。
「それじゃお言葉に甘えて、今から君をさらうからね。よっと」
「ひゃっ!?」
キラはラクスをお姫様抱っこの形で抱え上げ、窓へと向かって歩き出す。
しゃんと伸びた背中。その歩みに迷いは無い。
自分の選択は間違いではなかったのかなと思いつつ、シンはその背中に声を掛ける。
「これからお前、どうするんだ?」
振り返らぬまま、キラは答えた。
「そうだね……僕は、この子と一緒に生きるよ。とりあえずはそれが全てだから。
一緒にいろんな所に行って、美味しいものでも食べて、この子が連れてきたボーイフレンドの腕を捻りあげて……。
その間にもう一度じっくり考えてみるよ。そのための時間はきっと、いくらでもある筈だから」
「突っ込まないからな」
いろいろと台無しだった。
馬鹿は死ななきゃ治らないとは言うが、1度死んでも治らなかったこいつの馬鹿は結構凄いのではないだろうか。
「じゃあね」
「とっとと行け。他の奴らにゃ俺から言っとく」
歩みを再開するキラ。
彼らの目の前に広がる青空は2人の心の様に晴れやかだった。
窓を開くと部屋に風が入り、机の上の書類が何枚か宙に舞う。
「行くよラクス!!」
「うん!!」
チラリと背後の自分を見やり、そして窓から飛び降りたキラ。
ラクスは自分に初めて満面の笑顔を見せながら手を振り、そして視界から消えていった。
「………」
シンはぼんやりと2人が消えた窓を眺め続ける。その目は眩しいものを見た様に細められたまま。
実際眩しかった。それは反射された日光が目に入ったからではない。
飛び散った書類を拾い集め、溜息を吐く。
「俺も、偽善者なのかもな」
どんな命だって、生きられるのなら生きたいだろう。
先ほど言った言葉。それは数え切れないほどの命を奪った自分たちが言って良い台詞ではない。
かつての自分ならばまず間違いなくそう思っていた筈だ。
けれど今の自分たちには大切なものができた。生きる理由ができた。
ならば背負った罪で道を決めるのではなく、決めた道で罪を背負うべきなのだ。
悲しみや後悔の涙など、切り捨てられていった者の痛みへの免罪符などになりはしない。
そして奪った果てが辛気臭い後ろ向きの生なら、それこそ奪われた命への冒涜にもなる。
……加害者の言う台詞じゃないなぁ。やっぱり。
大切なものの存在を言い訳にして、自分の罪を忘れてしまおうというふうにも聞こえる。
人を殺しておいて、尊い犠牲だったみたいな事をぬかしてるように感じる。
過去の悲しみを薄め、目先の幸せばかり美辞麗句で肯定する偽善者。今の俺をそう言わずに何と言う。
「けど」
脳裏を過ぎるのは2人の女性の笑顔。紅い髪と茶髪のポニーテールが揺れる。
彼女たちの傍にいられるのなら。たとえなんと罵られようと。
「それでも一緒に生きていたいんだよな。あいつも俺も」
視線の先、遠くで弾むように走っているのは2人の親子。
父親の足取りは軽く、娘は笑いながら抱きついてその揺れを楽しんでいる。
その光景を目にしたシンは、彼らの幸せな未来を幻視した。
きっと男は2度と戦場には戻らずに、ごく平凡な父親として一生を全うするだろう。
娘と共に笑って泣いて怒って喧嘩して仲直りして彼氏の腕を捻りあげて結婚式で泣いて孫の顔を見て。
そして暖かいベッドの上で、多くの家族に悲しまれながら静かに眠りにつく。
傍らにいる最愛の娘にありがとうと感謝の言葉を述べた後、穏やかに微笑みながら。
これからの人生、犯した罪を赦されることは一生無い。
死んでからの土下座行脚も確定してる。
ただその時までに、そんな救いもあったって良いんじゃないか。
俺はそう、思うんだ。
86 :
エピローグ:2011/03/21(月) 22:04:22.09 ID:???
「うわ、こっちはこんなに降ってたのかよ……」
話すだけ話して彼女に別れを告げ。今は駅からの帰り道。
夕方から降り始めた雪は夜になって少しずつ強さを増してきていたようだ。
傘なんて気の利いたものは持ってない。街外れの細い道に、雪をしのげるような場所も無い。
そんな事を考えるよりは早く帰ったほうが良いだろう。あの2人を待たせるのもなんだし。
携帯の電源を切っていたのを思い出し、ポケットを漁る。
電源を着けると案の定メールが来ていた。
車の通りも無いので事故を気にする必要は無い。視線を携帯に向けたまま歩く。
なんかいつもより多いな。
『見てよシン、僕のラクスの可愛さを! この白いドレス、今度幼稚園で白雪姫の劇をやるんだって。
あ、でもいくらラクスが可愛いからってフラグ立てようとか考えちゃダメだよ?』
思うか馬鹿が。
『ごめんなさい、おとうさんがごめいわくをおかけしてます』
いえいえ。劇の練習頑張りな?
あと王子様役の子には逃げろって言っとけ。腕を捻られるから。
『なあうちの娘なんだけど、幼稚園は公立と私立どっちが良いかな?
俺としては、娘は俺に似て才能に溢れてるのは間違いないだろうから私立が良いと思うんだが……。
ちなみに5歳以降になったらお前には逢わせないのでそのつもりで。おじさまとか呼ばせると思うなよ?』
テメーもか馬鹿2号が。つかまだ生まれてからそこまで時間経ってねーだろーが。
気が早いのも大概にしとけ。
『私は公立で普通に育てた方が良いと思うんだけどね』
なんで俺経由? せめて俺じゃなくて姉に相談しろよ。
つかお前らそういうナイーブな問題は直接話し合いなさい。
『やあシン、元気にしてるかい? こっちに来たらまた酒でも飲もう。最近のミネルバは暇なんだ』
すいません、俺まだプラントに入ったらヤバいんです。
飲むならこっちに来て貰うしかないんで。申し訳ない。
『ヴィーノが近く結婚するってさ。逆玉で年上美人だぜ羨ましい……。
来れないのはわかってるけど、匿名で花束ぐらい贈ってやれよ?』
変装しても駄目だろうしな。ルナに頼むことにするわ。
しかし年上美人か……ありだと思います。
87 :
エピローグ:2011/03/21(月) 22:04:54.97 ID:???
『ルナマリアに頼んでいらなくなったナース服貰えねえかな?
コニールのじゃミリィにサイズ合わないしさぁ。主にバストサイズの問題で』
そのままコニールとミリアリアさんのメアドに転送。
『あとちょっとで休暇です! ベルリンに行くの今から楽しみだなぁ。
そう言えば確か、前行った時に建設中だったレジャー施設、あれ完成したんですよね?
温水プールとかあるって言ってたし、水着もっていこ。当然きわどいやつですようふふ。
シンさん、もうすぐ愛に生きますので待っててくださいね!』
またコニールが悔し泣きするわけですね、わかります。
あと最後のやつ誤字だよね?
他にもサトーや看護婦さん、ジュールさん (嫁の方) にアスハまで来てる。
新着メールの山に思わず溜息を吐いた。いくらなんでも多すぎだろコレ。
皆きっと、誰かさんたちから今日俺がステラに逢いに行くと聞いたのだろう。
おせっかいな奴らめ。別にもう落ち込んだりしないってのに。
携帯を閉じて徒歩に意識を戻す。ベルリンの寒さにはある程度慣れたが、好きかと言われるとそうでもない。
首筋に雪が入り思わず肩をすくめる。空を見上げると粉雪が勢い良く舞っていた。
まるで漆黒に染まりそうな空を、白い粒が必死に阻んでいるかのように。
その光景はどこか、この世界の現状に似ていた。
もう、俺が気にすることではないけれども。
「………」
力に対する未練が無いと言えば嘘になる。かつての自分の夢は 「自分の手で世界を平和にする」 だったから。
けれど英雄の座を捨てたのもまた自分だ。その手に取らなかった物の事を考えても意味は無い。
これまで自分の選んできた道が、今の場所まで運んできてくれたのだ。
そして自分は今の場所を心から楽しいと言える。此処まで来たことに対して胸を張れる。
ならば悩むことなんてないだろう。
大切なものは今、この手の中にある。
それでいいじゃないか。
歩みを止めて耳を澄ます。気が付けば風は止んでいた。
道は静かで、雪の降る音すら聞こえてきそう。
「――――黄昏るのも程ほどにって、朝言わなかったかしら?」
88 :
エピローグ:2011/03/21(月) 22:06:14.70 ID:???
唐突に声を掛けられ意識を戻す。気付けば目の前に傘を差した紅い髪の女性が1人。
呆れた目で自分を見ているのは同居人の片割れ。
「……ルナ」
「随分と帰るのが遅かったわね。頭の雪くらい掃いなさいよ、もう……」
頭に積もった雪を優しく掃うルナマリア。白く染まった吐息が顔に掛かる。
自分の悩みも存外いいかげんだった。彼女の顔を見ただけでいつの間にか消え失せている。
「すまない」
「はい、これで良し。それじゃ帰りましょ」
「なあ。もしかして俺を迎えに来てくれたのか?」
「もしかしなくてもそうよ。外見たら雪降ってたからね。寒いんだから早く帰ろ」
「……サンキュな。んで俺の傘は?」
ん、と自分が差している傘を押し付けてくる。思わず反射的に受け取った。
見たところ彼女は他に傘を持ってきていないようだ。ならばする事は一つである。
2人肩をくっつけて帰路につく。相変わらず人通りは無く、車も通っていない。
街灯が、白い雪を僅かに照らしている。
「雪。綺麗だね」
「……そう、だな」
呟く声に答える。
今までその発想は無かったが、確かに綺麗だった。
「昔からね。雪、あんまり好きじゃなかったんだ」
「なんで」
「まあ昔って言っても此処で暮らし始めてからだけどね。ほら、私寒いの嫌いだし。
冬よりは夏の方が開放的な気分になれて好きだし。
――――どっかの誰かさんは雪の日にいなくなるしね」
「……」
聞くんじゃなかっただろうか。でもとりあえず黙っておく。
今は言葉の続きが聞きたかったし、そうするべきなのは知っていた。
「でも今はそうでもないんだ。寒くても、雪が降っても、イヤじゃない。
それどころか素直に綺麗だって言える………なんでかな?」
「お前に分からないものが、俺に分かるかよ」
89 :
エピローグ:2011/03/21(月) 22:07:58.65 ID:???
嘘だ。答えなら持ち合わせている。
だがシンはそれを言おうとはしなかったし、ルナマリアも言うつもりはないのだろう。
答えというのはいつだって無粋なものだ。
遠くに自分たちの家が見えた。診療所も兼ねているこの建物、大きさはそれなり。
現在3人で同居中。からかわれるのももう慣れた。
ちなみに 「ナース2人相手のハーレム御殿か」 と羨ましがっていたディアッカは、自らの恋人の手によって現在入院中である。
勿論ヤツの見舞いに行く気は無い。さっきのメールで止め刺されてるだろうし、邪魔しちゃ悪いし。
「今日の夕食は?」
「コニールがやってるわ。結構張り切ってるみたいだけど」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫でしょ。しっかり教えてあげたしね。それに」
シンの問いに、ルナマリアは笑いながら言った。
「お腹こわしたら、美味しいお粥つくってあげるから楽しみにしてて。それと付きっ切りの看病もね」
「楽しみに……しとくとこなのか? それって」
ひどい物言い。だが彼女の優しい笑顔にただ笑うことしかできず。
不意にポケットの中の携帯が鳴る。
噂をすればなんとやら。当のコニールからだった。
「もしもし?」
『もしもしじゃないだろバカ! 今何処だよ?』
「今家が見えてきたとこだ。あと数分ってとこか」
『なら料理が冷める前に早く帰って来い! 走れ!!』
「おい……」
一方的に電話が切られた。2人は顔を見合わせる。
「やれやれ、走れってさ。料理が冷めるからって」
「聞こえてたわよ。んじゃ急ぎますか」
そう言うや否や唐突に走り出すルナマリア。
笑顔で振り返り、シンに向かって叫ぶ。
90 :
エピローグ:2011/03/21(月) 22:08:42.45 ID:???
「家まで競争ね!!」
子供じゃないんだから。そう思いながら傘を閉じ、シンは彼女を追いかけた。
耳に触れる冷たい風。吐き出される白い息。緩やかに舞う白い粒。
部分部分はあの時とそっくり。だけど、確実にあの時とは違う。
走るスピードを少しだけ落とす。もう少しの間だけ、この光景を見ていたかった。
ルナが笑顔で振り返る。玄関でコニールが手を振っていた。
周囲には白い雪。街灯の灯りで白く輝いている。
――――雪、綺麗だね
確かに。今では素直にそう思えた。
これまでの自分は雪が嫌いだった。思い出すのはステラの死か、ルナマリアとの別れだったから。
だけどこれからは違う。
雪を見てもきっと、今の光景をを真っ先に思い出すだろう。
悲しいことを忘れてしまうわけじゃない。
彼女のことを忘れてしまうわけじゃない。
ただ、綺麗な光景を心の中に強く焼き付けることができただけ。
舞い降りる白い粒と、大事な人たちが笑っていてくれるその光景を。
ああ。俺は。
やっと、雪が好きになれそうだ。
これにて終了です。ここまでありがとうございました
またSS倉庫に登録や代理投下など、協力していただいた方にはお礼を申し上げます
では
他に何か他の言葉で飾る必要はないさ
乙!
Gj!
終わりか、終わったんだな、ハッピーエンドなんてご都合主義だと思っていたが・・・・良い、とても良い、面白かった!
お疲れ様でした!!
そうか、こうなったか……。
うん。
……そうか。
乙。
後味良いなあ・・・ええなあ・・・乙・・・
乙でしたー。
キラ生存は賛否両論あるかもしれないけど、俺は支持する。
カガリが言ってた、「生きることが戦いだ!」って言う言葉が集約されてる結末だなーと。
GJ
キラ生存は俺も支持かな。シンだけ幸せで終了ってのはなんか違うと思うし
レイもキラを肯定したってのが本編での描写だし
種だから生きてても不思議は無いし
ただ、ラクスばっかりじゃなくて虎をもうちょっと気にして欲しかったかなとは思うけど
投下乙です
完結おめでとうございます
これ他の連中キラが生きてること知ってるのかな
小さなラクスが行方不明になるわけだから、小さなラクスの保護者であるカガリとかアスランとかは知ってないとやばいだろ。
現在アスランは娘に対して超親バカつかバカ親ぶりを発揮してるが、
これが息子だった、もしくはいずれできるだろう第二子が男だったら
将来ちびラクと婚約させようとかいった噺になって、腕捻り問題が現実のものに…w
「なんとなく察した」程度じゃないかな?
続きはまだまだ待つとして、ザクレロ氏の安否自体が気にかかる…どうかご一報を。
ザクレロさんってクロスポイントさんじゃないの??
ゑっ……そ…そうなの?
キャラのその後が気になるね
イザークはシホと結婚したっぽいけど、キラはどうなったのか
ちびラクには母親が必要だろうし
シンに至ってはお前達が俺の翼ルートどころか3枚目の翼生えてきちゃってるし
>>106 多分違うと思う
CROSS POINT完結の余韻に浸りつつ
思い付きチラ裏。
よく無印種でキラが自由手に入れるまでの流れがおかしすぎる(主にラクスが)って言うじゃない。
そこで思ったんだが……
ラクスは当初のまま天然系お姫様のポジションに留めておいて
腹黒い謀略家としての部分はクルーゼに回すというのはどうか?
具体的に言うと、プラントへ連れて行かれた後にキラと絡むのを、天然型ラクスと猫被ってるクルーゼに分割する。
ラクスはなんかキラの今後の行動原理になるようなことを何の気なしに言う。
クルーゼは「この戦争を早く終わらせたいんだ(棒)」「平和を愛する変態仮面だ(棒)」「私はキラ君の味方さ(棒)」
などと視聴者ごと騙す勢いで『実はいい人』路線の演技をぶって、憎いスパコを利用してやろうと考える。
意味不明なフレイ宇宙漂流の代わりにフリーダム(+キラ)を使って連合にNJCのデータを流そうとする。
本編フレイと同じく「このデータが連合の偉い人に渡れば戦争は終わるんだ(棒)」と言われて
影の薄い友達が死んだり凸と殺し合ったりで精神的に参ってたキラは最新鋭機強奪の唆しに乗る。
でまあ、その後はアラスカ戦があって連合にも頼れなくなったり
クルーゼとつるんでるアズラエルが「その機体とディスクを寄越せばAAクルー全員の原隊復帰を約束しよう(棒)」
とか言ってきたり、凸の正義をはじめとするザフトの追撃部隊とドンパチやったらいいんじゃないっすかね。
常夏の3機もこれなら核搭載機にできるぞ! やったね絶望的だ!
ラスボスとしてのクルーゼが物足りないのって、それまでの描写がなくて唐突なのも一因だし
せっかくプラント行ったならその時点で因縁作っといたらどうよ? と思った次第。
まあキラをちょっと馬鹿にする必要はあるんだけども。
つかそれはifじゃなく、TVシリーズにおけるCE74年度以降の
地球圏統一国定検え…ゲフンゲフンもとい検定済み歴史教科書の内容そのものジャネーノ?
>>109 そんなものはない
だって世界は滅ぶから。滅ぶべくして
ほしゅ
ちょっとネタフリでもしてみる
もしも種の世界でキラだけ種死仕様だったら
頭脳明晰、スポーツ万能、MS操縦テクニックも一流
だが友達であるサイ達とは微妙に年齢が離れていて溝があり(サイだけ18だっけ?)
自分で考えて動くのがめんどくさくて行動指針は誰かに依存して決めてもらってるとか
もしラクスの演説中(または武力行使中)にこんなことが起きたら――
「あ〜、もういいっスわ〜〜、なんかだるい〜〜〜。
じゃ俺、先に帰るんで、このオーバーボディそっちで洗っといてもらえますぅ?」
「あああ〜〜〜ッ! こ、これは一体!!」
「…ウソだろ……おい、ラクス…」
「こ…これってまさか…『そのへんにいたオ――――――
"しばらくお待ちください"
「何だそりゃあァァァァ! ラクス・クラインに一体何があったんだ! おい、ラクスぅぅぅぅぅ!!」
>>113 そのキラの身体のどこかには人型の小さな出来物(イボ)があるんですか?
まだいたのかお前。やってることつまんないのに
そんなにやりたいんなら銀種スレでも立てろよ
ネタもなく止まってるスレで何を言ってんの君は
ザクレロさん降臨しないかなー
降臨もさることながらそもそも震災以来の安否が気遣われる…
そのご一報だけでも頂ければ安心して新作はいくらでも待てるのだが。
ネタふり
もしサイがストライクの操縦を出来て
操縦センスがキラより上だったら
とりあえずキラとフレイとの仲が酷くなりそうだ
当初の目的通りキラぬっ殺されて、フレイ高笑い
カガリは凸と会うことなく、サハクのクーデターで族滅
クルーゼも微妙に白化して、凸ラク道連れに死ぬ
結果、世界は少し平和になった
まぁキラが殺されるかはわからんが
サイがパイロットになったら
効率を考えてキラはスカグラのパイロットだな
キラがどこまで行けるのかは知らないけど
イージス積んだ輸送機を無傷で撃墜ぐらいしそう
結果アスランの生死がどうなるか・・・
輸送機からイージスに乗り間一髪脱出するアスラン
飛べない中で危機に瀕し種割れ、何とかキラ機を撃墜するのであった
サイ「やっちゃいけなかったんだよ!キラの幼なじみだったのだろ・・・そんな事も判らないから地球だって簡単に壊せるんだ!!」
もしキラ、アスラン、シン、レイ、イザーク、ニコルが女性だったら・・・
こんな設定の小説だったら萌える(投稿されたら嬉しい)
何か規制が増えたらしいので、もし引っかかったらwikiに残りを先に上げます
路上。急旋回から走り出し、一気に加速するエレカの助手席で反動に揺さぶられるエルは、太鼓の音を聞いたと思った。ドドドッと腹に響く連続音。
しかし、直後にエレカの隣にあったビルの壁が砕け、破片を降らせるにあたり、自分達が銃撃されているという事に思い当たる。
「っ!」
「大丈夫、威嚇射撃だ! 外してくれてる!」
エルが悲鳴を上げようとした気配を察して、ハンドルを握るユウナ・ロマ・セイランは言葉を短く切りながら叫んだ。
本当に威嚇射撃なのか、それとも単に狙いを外しただけなのか、ユウナにわかる筈もなかったが、エルを落ち着かせる為の方便だ。エルが怯える様は美味しいが、それはもっと落ち着いた環境で楽しみたい。
それに、威嚇射撃だろうと、単に外しただけだろうと大差ない。自分たちがまだ粉々になっていないという事実があるなら、それで十分だ。
装甲車の砲塔につけられた機関砲……口径12.7mmか20mmか。何にせよ、エレカとその中の乗員を粉砕してお釣りが来る威力がある。苦しまずにミンチになると思えば、随分と味気ない。
軍人さんは無粋だから、楽しむ事を知らない――そんな事を考えながらユウナは、ハンドルを切ると最も近い曲がり角にエレカを突っ込ませる。
エレカが角を曲がってタイヤを滑らせた直後、角にあったビルの壁が砲弾に砕けて爆ぜた。
当てに来たか? 瞬間、そんな疑念を抱きつつ、ユウナは次に曲がる道を探して道路に目を走らす。
一見、通れそうな曲がり角は幾つもある。しかし、ここはかつて戦場になった場所だ。復旧作業はされていたが、それでも大穴や瓦礫で通行不能になった道は幾らでもある。
普段、使っている道を使えれば楽なのだが、その道はほぼ直線で道幅も広い。敵に追ってきてくださいと言っているようなものだろう。
そんな事を考えている間に、バックミラーには装甲車が先程の角を曲がってくるのが映っていた。
「ずるいな。性能が段違いだ。せめて、スポーツエレカなら勝負になるんだけど」
ユウナは、舌打ち混じりに呟く。
趣味人用のスポーツタイプならともかく、一般用のエレカなど、それほどスピードの出る物ではない。狭いコロニーの中では、さほどスピードは必要とされないのだ。そこそこのパワー、そこそこのスピード、燃費最優先でバッテリー長持ちというのが基本。
一方、相手は軍用車。装甲と武装で重いが、動力のパワーは桁違い。それはスピードにも反映される。
「でも、重い分……小回りはどうだい?」
ユウナは急ハンドルを切り、エレカを直角に近い角度で右折させた。タイヤが悲鳴のように軋み、路上に黒く四本の弧を描く。そしてエレカは、そこにあった細い脇道へと車体をねじ込んでいく。
ビルとビルの狭間でしかないその道は掃除などされているはずもなく、小さな瓦礫を踏みつける度にエレカはガタガタと車体を揺らした。
「これでも、安全運転主義なんだけどなぁ。金免許狙ってたのに」
揺れるエレカの中、ユウナは苦笑を浮かべる。
ユウナは常に安全運転を心がけていた。何せ、法定速度を守っている車のトランクを開けようとする警官はいない。
まあ、そんな安全運転主義も今日は返上だ。ユウナは、脇道から本道に走り出ると同時に、エレカをスピン気味に滑らせて方向を変え、速度を落とさずに本道を走り出す。
と、直後に、出てきたばかりの脇道からコンクリートの破片を撒き散らしながら装甲車が飛び出して来るのが、バックミラーに映った。
「壁を削りながら抜けてくるなんて、ガッツが有るじゃないか」
そんな台詞を言える程の余裕など無かったのだが、それでもユウナは肝が冷えていく感覚から無理にでも気を紛らわせようと無駄口を叩く。
それから、ハンドルをねじ切らんばかりに回して、一番近くにある角を曲がった。
その道は、隠れ家へは通じていないが、今はとにかく逃げなければならない。
「いやぁ、スリル満点だ。楽しんでるかい、エルちゃん……エルちゃん?」
隣に座るエルに声をかけ、ユウナは彼女の異変に気付く。
エルは、顔を蒼白にして、恐怖に震えるというよりも痙攣でも起こしているかのように身を震わせていた。
「あ……ママが……ママが……あの時も……こ、こんな……」
エルは、説明にならぬ言葉を短く繰り返す。
それでも何とかユウナが察する所、エルにはこの状況はトラウマ直撃だったらしい。
そう言えば、エルは母親と共に逃走中、オーブ軍に追い立てられて最後には母親を殺されたのだったか。
ユウナはそう思い返しつつも、エルを哀れむではなく、沸き立つ衝動を楽しんでいた。
実に良い。そそり立つ。これで「命だけは助けて」とか言われたら、パンツの中にぶちまけてしまうかも知れない。
だが、今はお楽しみタイムとは行かないのが難点だった。
「大丈夫だよ、エルちゃん。大丈夫……」
宥めようと声をかけ、それで言葉に詰まる。今、事態を好転させる材料はない。
背後に迫り来る装甲車の気配に、背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、ユウナは明るい声を出して言った。
「きっと、御加護があるさ」
何の加護なのかは、そう口走ったユウナにもさっぱりわからなかったが、その言葉を聞いてエルは顔を上げる。
彼女のその視線の先には、宇宙空間に漂うザクレロ。トールのミステール1が居るはずだった。
ヘリオポリス厚生病院。混み合った待合室の一角に座っていたカズイ・バスカークは、他の患者や見舞客、看護婦など待合室に居合わせた他の者達と共にテレビを見ていた。
オーブ軍による強制収容を受ける支度をして、母親を見舞いに来て偶然に見たもの……それは、オーブ軍を蹴散らすMAの姿。
更に続けて、ZAFTのMS部隊をも一蹴したそのMAは、続く放送でその姿を現した少女の配下なのだという。少女は、そのMAがヘリオポリス市民の為の力なのだと言った。
人々は喝采した……となれば良いのだろうが、実際はそうはならず、カズイも含め、人々はあまり大きな反応は見せず、ただテレビを食い入るように見つめてる。
熱狂しやすい人間は大概がアスハ派として骸になっていたし、残されたのは国家に裏切られて何かを信じると言う事に疲れている者がほとんど……故に、反応は今ひとつ盛り上がらないのだ。
自分達を救う為にオーブ軍と戦ったMAがあったという事には、絶望しかなかった未来に道が拓けたかのような思いでいる。その事に対する感謝の思いもある。だが、それでも心が動かぬ程、人々の心は疲弊していた。
それに、オーブ軍が撃退されたのは良いが、状況が大きく変わりすぎていて、次に何をしたら良いのかなどがサッパリわからない。強制収容を受ける為の準備が無駄になったとわかるくらいだ。
だからこそ、今は熱狂するよりもテレビに集中して、情報を得ようとしているのだ。
何をしたら良いのか、それを探る為にも。
そこへ、次のニュースが飛び込んできた。
画面には、廃墟に近い位に壊れたヘリオポリス市街を疾走する一台のエレカと、それを執拗に追うZAFTの装甲車が映し出される。市街カメラの映像だろうそれは少し掠れていたが、逃走劇の緊迫感を伝えるには十分な迫力があった。
アナウンサーは、先程の少女がZAFTに追われているのだと緊迫感を持って実況する。
それを聞いて、流石に人々に動揺が走る。
せっかく、助けとなる人物が現れたのに、それが奪われようとしていた。喪失しようとして初めて、人々は危機感を感じたのだ。
待合室内にざわめきが起こる。囁きあい、呻き、嘆き、そしてそのままテレビに視線を戻す。だが、幾人かは立ち上がって待合室を出て行った。
提示された希望は夢だったと割り切って、日常の作業に戻るのかも知れない。
だが、そうでない者もいるのだろう。
カズイは、待合室を出て行く者達の背を見送って、そんな事を思った。
怖いと思う。
ただただ、そう思う。
あの日の戦争を忘れてはいない。いや、忘れられない。
死ぬのだ。戦場では誰彼の一切の区別無く死ぬ。
そんな戦場に向かうであろう人が居る。理解は全く出来ない。
カズイの父の様に凄惨な死を遂げるのか、あるいは生きても母の様に手足をもがれ全てを失う事になるのか。カズイはそれが怖くてならない。
戦争とは、空を飛ぶ鳥の様な物だ。人は、地べたを這いずる虫けらに過ぎない。空から降りてきてついばまれればそこで全てが終わる。
頭を隠し、地に潜り、戦争が何処かへ去るまで隠れていればいい。なのに、どうしてわざわざ、空の下へと這い出ていくのか? 全くわからない。
だが一方で、戦いに向かった人を笑う事など出来ない……いや、そんな資格はないのだという事も、カズイにはわかっていた。
彼らを非難出来るのは、何か戦う以外の他の手を打つ事が出来た者だけだ。戦う勇気もなく、かといって他に何も出来ず、テレビの前で不安に苛まれているだけカズイにはそんな資格はない。それくらいの事はわかる。
「情けないな」
呟きが漏れた。
今のカズイには、重傷の母を支えるだけで精一杯だ。他の事にはとても手が回らない。
そんなカズイの周りで、様々な事件が起こっている。その一つ一つがカズイのこれからに大きな影響を及ぼすもので、座視してて良いものでは決してない。
今日のこれも、きっとそうなんだろう。
でも、それでも、立ち上がる事は出来なかった。
カズイはいっそ逃げ出したかったのだ。何もかも……全てを捨てて。逃げ場所がないので逃げ出せないだけで、カズイは逃げ出したかった。全てから。
「可愛い子だったねぇ」
テレビ前に置かれたソファに座り、太めの中年女性が一人、テレビに向かって呟く。
緊張した面持ちで、歳に合わないドレスを着た少女……エルが、熱心に台詞を語るのを見て、彼女は僅かに微笑んだ。その微笑みは酷く久しぶりのものであったが。
「昔の、あの子みたい」
娘が子供だった頃を思い出す。学芸会で舞台に立つ、幼い少女だった頃の娘。
中年女性は視線を僅かに動かし、部屋の片隅に付いたドアに目を向けた。
娘はそのドアの向こうにいる。ドアの向こうの子供部屋が、娘の宝箱へと変わっていく時を共に過ごした。
あの日、流れ弾を受け、そのドアの向こう側は、娘もろともこの世から消えてしまったけれど。
中年女性は目を閉じ、視線をテレビに戻した。
いつの間に時間が経っていたのか、テレビは先程の少女の演説とは違う映像を映している。
どうやら、何かがあって少女は外へと出たらしい。そして、ZAFTに追われている様だ。
「……あらあら。あれは何処へやったかしら」
中年女性は苦笑めいた笑みを浮かべると、ソファの前のテーブルに乱雑に積まれたチラシの山に手をやった。
「あの子がいないと、片づかないから……本当、ダメね。あ、これよこれ」
チラシの山から一枚の紙を引っ張り出して、中年女性は満足そうに頷く。
その紙には『携行対戦車誘導弾取扱説明書』とあった。
装甲車による追撃は順調だった。
敗北主義者の政務官ギルバート・デュランダルを出し抜いた甲斐があったと、車列先頭を走る装甲車の兵員収容スペースのベンチに兵達と共に腰掛けて、守備隊司令はほくそ笑む。
「殺すなよ? 生け捕りにして、たっぷり締め上げねばならんからな」
通信機のマイクを取って、余裕たっぷりに指示を下す事も出来た。
通信は、短距離通信のみを許可している。港湾部にある指揮所からの通信は排除した。
誰も邪魔をする者は居ない。いや、誰にも邪魔できるものか。獲物は最早手の中にあると言っても良いのだから。
反乱勢力の首魁は必死に逃げようとしているが、ちゃちなエレカで逃げ切れるものではない。生け捕りの目論見がなければ自ら砲手か運転手を代わりたいと思う位に基地司令は高揚していた。
が……その高揚を冷ます音が突然に響く。
カーンと高い、装甲を叩く音。
最初はそれが何かわからなかった。しかし、続けて一度、二度と鳴るその音に、守備隊司令は問う。
「何だ、この音は!?」
「銃撃されてるんです。ご安心を。装甲車は安全ですよ」
問われた兵士は、何でもない事の様に答える。その兵士は、装甲車を使ったパトロールで何度か銃撃を受けた経験を持っており、そしてそれに効果がない事を知っていた。
先のZAFT襲撃時、オーブ軍は市民にまで武器をばらまいた。また、戦闘終了後には、かなりの量の遺棄武器がヘリオポリス中に落ちていた。
それらは、アスハ派によるZAFTへの抵抗活動や、反アスハ派によるアスハ派狩りなどに使用されてきたのだが、使用される事もなく秘匿されていた物が今日になって引っ張り出されてきたのだろう。
装甲車の真正面に躍り出る様な者はおらず、建物の角や窓から散発的に銃撃が行われる。
しかし、拳銃や自動小銃程度では、装甲車をどうにか出来るはずもない。装甲車の表面で火花が散って終わりだ。
「愚かなナチュラル共が、無駄な攻撃を」
守備隊司令は、その抵抗を蔑み笑う。そしてわざわざベンチから身を起こし、後部ハッチにつけられている銃眼から外を覗き見た。
すぐ後ろを走行する装甲車二両。その表面で時折、火花が散るのが見える。それが弾着の証なのだと察して、守備隊司令は満足げに頷きつつも、侮蔑の笑みを更に深くした。
自分達に刃向かう者は全てナチュラルだ。ナチュラルなのだから、愚かで脆弱で当たり前なのだ。
無力すぎるナチュラルを意にも介さず、反抗の首魁を討つ。思い描くそんな姿に、守備隊司令は自身のヒロイズムを満足させた。
「たわいのない。こんな連中を恐れる、政務官殿の気が知れないな」
彼女は、車列の最後尾を行く装甲車の中にいた。
ZAFTには長く勤めている。だが、兵士と言えば格好は付くだろうが、所属は会計課であり、軍務にまつわる書類仕事が任務だ。
歩兵としての訓練も受けた事はある。しかし、それは戦えるという事を意味しない。それなのに、守備隊司令の命令で動員され、歩兵として装甲車に乗せられてしまった。
そんな自分が纏うヘルメットと、握りしめる小銃が重い。
装甲車に同乗しているのは、ほぼ全員が彼女と同様の立場の人間であり、つい先程までは戦いに赴く事など考えても居なかった者ばかりだ。誰もがその顔に不安を露わにしつつ、小銃を持て余し気味に抱え込んでいる。
基地にいたほんの僅かな本当に戦える兵士達は全員、守備隊司令の装甲車に乗っていた。
戦えない兵士ばかりを詰め込んだ装甲車……出撃前に、敵はナチュラルだから戦闘になっても鎧袖一触蹴散らせると勇ましい言葉を嘯かれてはいたが、それを信じていても怖いものは怖い。
戦いの不安から逃れようと、別の事を考えようとする。
今日、ついさっきまで手がけていた書類……補給に関する申請書で、今日中にまとめてデータ化してプラントに送らなければならないが、間に合いそうにないなと。
残業かな? ああ、手当が出るわけでもないのに。
休みが欲しい。次の休みは何時だっけ? プラントに帰りたい。
お母さんが、子供を作れる相手を調べて結婚しなさいって言ってたっけ。こんな事やらされるなら、言う通りにしておけば良かった。
いや、これが終わったらZAFTを辞めて、お母さんの言う通りに……
街路の角で、廃ビルの窓で、残骸の影で。誰と言える程、人々は統一されてはいない。老若男女関係なく、ただ銃を持ち、恐怖に怯える事無く、されど狂気に陥る者無く、ただひたすらに銃撃を行う。
戦いが日常の中に忍び込み、恐怖は慣れが麻痺させていた。
未だ失うモノを持つ人はまだ正気で居られたのだ。全てを失った人には何も残らなかった。狂気に到る心さえ残っては居なかった。
何でも良かったのだ。ただ、理由があれば良かった。それは、アスハ派狩りと言われた殺戮も同様だったのかも知れない。
戦う事にだけ意味を見出す事が出来た。死ねば解放されるし、殺せば自身の失われたモノへの手向けとなる。
襲撃に加わる全ての人の中に、歓喜の情があった。戦いは「祭り」に等しかった。
拳銃、自動小銃、機関銃。雑多な火器が用いられ、装甲車の表面で弾ける。
車列二番目の装甲車に、長く尾を曳く炎が突っ込んでいった直後、その装甲車は突然横腹に爆発を起こし、その衝撃で路上を横に滑った。
更にそこへ後続の装甲車が突っ込んで互いを弾き飛ばし合う。
体勢を完全に崩した状態で追突される形になった前の車両は、跳ねる様に宙に浮き上がり、横転して地面に叩きつけられる。
後続車は衝突の衝撃で進路を曲げ、街路脇に積まれた瓦礫の山に突っ込んで、その身を埋める様にして動きを止めた。
何が起こったのか?
「テレビで見てたんだよ!? 何だい、相手は子供じゃないか! あんたら、子供を虐めようってのかい。みっともない!」
街路の端、太めの中年女性が道の脇に仁王立ちになり、空になったミサイルランチャーを片手に怒鳴っている。そして、気持ち良く怒鳴り終えると、ランチャーを持ったまま、集合住宅らしきビルへと入っていった。
中年女性が去って僅かな間を置き、街路には方々のビルから人々が出てくる。大方は、その手に銃を持っており、彼らが今まで装甲車に攻撃をかけていた市民だというのは明らかだった。
街路には、動きを止めた二両の装甲車。
周囲を囲う市民達の中、誰かが装甲車に向かって一歩、足を進める。他の誰かも追随する。誰かが走り出す。誰かが雄叫びを上げる。
皆が走り出す。雄叫びが怒号に代わる。
目の前の出来事だった。
一発のミサイルを浴びた装甲車が破壊され、もう一両もそれに巻き込まれて大破する。
その光景が、どんどん遠くなる。と……その光景が遠くなる速さが鈍った。
「な、何をしている!? どうして止める!」
破壊された後続の装甲車を為す術もなく見ていた守備隊司令は、自分の乗る装甲車が止まろうとしているのだと気付いて声を上げた。
「停車して、仲間の救出を」
「こ……ここで止まっては、敵を逃がすだろう!」
守備隊司令は、兵士からの進言にヒステリックに叫び返す。
「そ……装甲車なら、中にいれば安全だ。敵を倒した後でも、十分に救出出来る」
横腹に大穴を開けて横転している装甲車があるというのに、安全も何も有りはしなかった。
ちらりと銃眼に目をやる。今まで隠れて戦っていた市民達が街路に溢れ出て、動かない二両の装甲車を取り囲もうとしているのが見えた。
装甲車の中、兵達がどんな状態であるかは知れない。無傷とはいかないだろう。
それに、攻撃を受けた車両には、戦闘員とは言い難い兵……守備隊司令が出撃時に掻き集めた後方要員達が多数を占めていた。
救出に行かなければ、彼らは非常に危険な状況に陥る事となる。
装甲車の機関砲を撃ちながら飛び込んでいってあの領域を占拠。兵を出して、二両の装甲車から負傷者を救出する。それは十分に可能な筈だ。
だが、ミサイル攻撃があるかも知れない……つまり、敵が自分を殺す手段を持っており、自分が無敵ではないのだという事を知らされた今、敵の群れの中に飛び込む事は恐ろしかった。
……恐ろしい? コーディネーターの自分がナチュラルを怖がっているのか?
守備隊司令が自分の考えに愕然とした時、脳裏にチラと宇宙の映像がかすめた様に感じた。虚空に殺戮を為すモノ……
「ひっ……」
何故か、それ以上に思考をする事は出来なかった。
だが、心の奥底から沸き上がってくる恐怖感は変わらない。
戻って兵を救出するという指示は出せなかった。
それを、敵の首魁を抑える事こそが至上なのだと理屈をつけて合理化する。
「は……早く追跡を再開しろ! 遅れれば、その分だけ味方を救出する時間が遅れるぞ! 早くしないか!」
「……了解しました」
兵士は一瞬、抗弁する気配を見せたが、怒りを溜息と共に吐き出して命令に従った。
仲間を見捨てろと言う命令を、安全な所から喚くしか能がない男に言われれば、そんな反応を見せもするだろう。
それでも、従って見せたのはその兵士の矜持からだけなのかもしれない。他の兵士達も反抗の兆しを見せていたが、その兵士が従って見せる事で各々感情を抑えた。
装甲車は再び速度を上げ、ユウナとエルの追跡を開始する。
「あっはっはっはっは! やるじゃないか、ヘリオポリス市民も!」
装甲車に対する攻撃があった事は、爆発音とバックミラーで知る事が出来た。
「このコロニーに澱の様にへばりついた狂気! それに蝕まれた最高に素敵な人達だ。こうなったら、彼らを絶対に手に入れるぞ!」
ユウナは高揚して声を上げつつ、装甲車の追跡を振り切る為に折り返しを繰り返していた進路を改め、進路をまっすぐに隠れ家としているシェルターへと向ける。
エレカは修復が進んだ大型道路に出て、スムーズに街を走り抜けていく。
巻き込まれなかった装甲車が止まろうとしている所までは見ていた。
普通ならそうする。当たり前の判断なら、止まって味方を救出するだろう。そして救出した味方の治療の為に帰還する。そうユウナは考えた。
だが、その考えは覆される。
エレカが街を出ようとしたその時、装甲車はエレカの後方に姿を現した。
「な……見捨てた!?」
時間的に考えて、それしか有り得ない。ユウナは、ZAFTが味方の兵を見捨てて追撃してきた事を悟り、白面のマスクの下の顔を青ざめさせた。
「しまった。あいつ等、馬鹿か、そうでなけりゃ英雄だ」
エルとユウナを捕まえて、それで味方を見殺しにした罪に問われれば馬鹿。捕まえた功績で上手い事やれれば英雄。何にせよ、普通じゃ無いらしい。
だが、それが解った所でどうしようもなかった。
エレカは今、街を抜けて開発地域とされている平原に飛び出してしまっている。ここでは、身を隠す場所もありはしない。
「あ……ああ……ここで……ここでママが……ママが……」
助手席のエルは、恐怖に目を虚ろにさせて譫言の様に呟いている。
どうやら、過去のトラウマと、自分達の境遇が見事に重なっているらしい。
「冗談じゃないぞ」
ユウナは、ハンドルを握る手に力を込めた。
エルが壊れかけている。さすがに母を殺した状況の再現は、精神に過度の負担となったらしい。
しかし、現状ではその再現を止めるわけにはいかなかった。
遮る物のない開発地域。追ってくるのは、性能的にも戦力的にも段違いの装甲車。捕まればそこでお終い。
とりあえずユウナはアクセルを目一杯踏んでエレカを走らせるが、装甲車との距離は縮まるばかりだった。
「お……にいちゃん……トールおにいちゃん……」
助手席から、祈りの声が聞こえる。
その声を聞きユウナは、恐怖に縮こまっていた竿がぐんといきり立ったのを感じた。
「ふ……ふふぅ」
エルは、宝石の様に輝き、蜜の様に甘い、とても素晴らしい少女だ。“浮気”しないように我慢しなければならない辛ささえもが甘美なのだ。
それを、こんな所で、あんな連中に壊されてたまるものか。
ユウナは、そんな思いからエルを守ろうと頭を働かせる。恐怖に鈍っていた頭が、素早い回転を取り戻した。そして……
その明晰な頭脳が弾き出した答は、『これは詰んでるんじゃないか?』だった。
直後に、装甲車が放った機関銃弾がエレカの周囲を耕し、数発の弾丸がついでとばかりに運転席側の後ろ半分をもぎ取った。
「きゃあああああああっ!」
「ぐっ…………!?」
振動。そして、回転する車体にユウナとエルは翻弄される。
そしてエレカは、道から外れて止まった。かつて……エルの母が死した時と同じ様に。
エルはずっと震えていた。その間はまるで、夢を見ていた様にも感じる……
やがて、車は街を出る。この先は開発地域とやらで、何もない平原や森が続き、外壁に当たるまでは何の施設もない。
車は、郊外の森の側を抜けていく。と、そこに来た時、エルはふと窓の外を見上げた。
空から下りてくる人……MSの姿が見える。
直後、背後から、先ほど屋敷を出る時に聞いたのと同じ連続音が響き、車がいきなりスピンを始めた。エルは助手席にシートベルトで留められたまま振り回される。
――僅かな時間、エルは気を失っていた。
目覚めたエルは、まっさきに“母親”がいる運転席を見る。“母親”は……ハンドルにもたれる様に身体を倒していた――
逃げないと……
そう考えてエルは、エレカのドアを開けて外へと出る。
それから、ふらつく身体を必死で動かして、運転席の方へとまわった。
「ママ! ママぁ!」
運転席を開こうとするが、開かない。呼びかけても、中の“母親”は動かない。
エルは必死で呼びかけながらも、その光景を何処かで見た様に感じていた。
一度見た光景。一度繰り返した行動。そう、そして……確かこの後に……
「トー……ル……?」
誰かが来てくれる。そんな気がした。
「ははっ……やったぞ!」
守備隊司令は装甲車の中で一人喝采を上げた。
装甲車はついにエレカを追いつめ、機関砲を浴びせて停止させるに至ったのだ。
「つ、続けて撃て! 殺せ!」
「今なら逮捕が容易に出来ますが?」
守備隊司令の命令に、兵士が言葉を返す。
相手には恐らく武器もない。容易く取り押さえる事が出来る。
その進言に守備隊司令は少しだけ頭を働かせる。
逮捕するのは良い。そっちの方が手柄が大きくなる。何か情報でも引き出せれば、さらに手柄となるだろうが、それには生かして捕らえる必要がある。
捕らえる為には何をしなければならないか。兵士達を向かわせる。それは良い。兵士達が戦ってくる分には、何も恐れる事はない。
兵士達を向かわせるにはどうしたらいいか? 装甲車のハッチを開けて……
そこまで考えた所で、守備隊司令の中に恐怖が沸き上がった。
ハッチを開けるという事は、守備隊司令自らが外敵に姿をさらす事になるではないか。それに逮捕なんて悠長な事をしている間に、またミサイル攻撃を受けたらどうなるか……
「ダ! ダメだ! 危険だ! さっさと殺してしまえ! 終わらせて、基地に帰るぞ!」
敵が狙っているのだ。自分を。
心の奥底から、何かが這い出てくる気配がする。
恐怖の魔獣は、その無機質な目で虚空から獲物を見つめている。
「あ……安全な場所へ。早く……見つかる前に……」
「守備隊司令殿?」
兵士は怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。
幾ら何でもおかしい。常に冷静であるコーディネーター……プロパガンダに過ぎないのだとしても、これ程に取り乱す事があるのか?
無能が服を着て歩いている様な人物が自分達のトップだという事を認めたくない気持ちはあるが、それにしてもこれはあまりにも常軌を逸しておかしいのではないだろうか?
「何かあったのですか?」
兵士は以前に一度だけ見た、ナチュラルの新兵が戦闘の恐怖で恐慌状態になっている様を思い出した。あの時は笑ったものだったが、守備隊司令の様はあの時の新兵の様だ。
「う……うるさい! 早くしろ! いや……私が。私がやる。退けろ!」
守備隊司令はわめきたて、兵士を押しのけると操縦席に隣接するガンナーシートに歩み寄る。そして、そこに座していた砲手を押しのけて、自分が座った。
目前のモニターには、サイトと大破したエレカが映っている。手元には、機関銃の操縦桿。それを強く握り、トリガーに指をかける。
守備隊司令の身体の震えが移って、モニターの中の映像が細かく揺れた。だが、この距離で動かない目標が相手ならば、多少の震えなど大した影響でもない。
「ははは……私を煩わせるからだ。死ね!」
守備隊司令は、操縦桿のトリガーを引こうと……
――それはやってきた。
直後、装甲を貫いて届く轟音と振動。そしてモニターには、冷徹な光を宿す単眼と鎌状の腕を持つ鋼鉄の魔獣が映り込む。
「は!? ひっ……ひぃいいいいいいっ!?」
それが何なのか脳が理解するよりも早く、守備隊司令は悲鳴を上げていた。
――それはやってきた。
喰らう為に。滅ぼす為に。屠る為に。
心の底が理解する。魔獣が来たのだ……
「ふ……ふわっ! くひゃあああああああああああっ」
意図してではなく、反射的に握り込んだ手が操縦桿のトリガーを引く。
機関銃弾は眼前の魔獣の身体の上で弾け、全身を炎の粉で彩る。
「止めろ! 止めてくれ! 何だ? 何なんだお前は!? 何故……何故、私の所に」
守備隊司令はトリガーを引き続けながら叫ぶ。だが、魔獣は答えない。
「何故……」
直後、魔獣は装甲車に飛びかかった。モニターの中の魔獣の姿が一瞬で大写しになり、そして装甲車の中は激震に呑まれる――
機動戦士ザクレロSEED‥‥以上。
一度書かなくなると、凄い勢いでスレから離れてしまうものだなと。
スローペースだけどまあ何とか再開。
うおおおおおご無事で何より&再開万歳GJ!!
スローでもいいですから末永く続けてやってください。
あと早速ですが会計たんのご冥福を今のうちから…
おっ立ててるのを筆頭に渦巻く狂気
相変わらず凄い
>ユウナは常に安全運転を心がけていた。何せ、法定速度を守っている車のトランクを開けようとする警官はいない。
この文でこの作品の帰還を強く感じたw
お帰り作者さん
続きも待ってる!
ふおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!
おかえりなさい!
ご無事で良かった
そして投下乙でございます
早起きしてよかったー
パーフェクトだ、ザクレロ氏
相変わらずSAN値が物凄い勢いで削られていく作品だwwww
守備隊司令ザマァwww
ていうか中年女性パネェ、マジパネェwwww
あと、ZAFT会計兵タン以下会計科(主計科?)一同のご冥福をお祈り致します(-人-;)ナムー
この守備隊司令は、
1.このままミステール1に喰われる
2.仮にかわせても群衆にもみ潰される
3.レイ「ギルのお手伝い〜♪」
一番楽に逝けるのはどれなんだろうね…
会計さん生きてて欲しいけどこのままじゃ惨殺されそうで・・・
よくてレイプかなー
会計さん、大人気とは可哀想に
>>142 うん、主計課の方が軍隊的には正しい様で
でもまあ、ZAFTは軍隊的な組織じゃないので会計課でいいかなと思ったり
ヒャッハー
絶望するしかねぇ!
一夜にして新ヒロイン誕生並のシンデレラストーリーもつかの間
>>144程度じゃすまないという末路だけはよくわかっちゃった;;
ザクレロさん、おかえりなさいーめちゃうれしい!
スケキヨだし、ユウナはまさかのここで退場?と思いましたが
ずぶとく生き残ったみたいですねw
カズイは大変そうだけどなんとか報われてほしいよ
サイは新しいMAに乗れるのでしょうか?AA側の動向も気になります
ザクレロさん来たー!!
やっほーい!!!これで後一年は戦えるぜ!!
中年女性怖いよ、こわいよ
150 :
通常の名無しさんの3倍:2011/05/20(金) 10:06:15.87 ID:wFC++2I1
キラとアスランが女性の二次小説ってある?
8年ほど前なら腐るほどあっただろうがね
やっぱりザクレロはいいねー
展開が原作から外れていったとしても
名前の出ない人物の心情でさえも理解できるように書かれているから
めちゃくちゃ楽しめる
八八SEED艦隊物語
1、「プロローグ」
プラントで一つの研究室が機材の暴走によって吹きとんだ、その研究室は「ニュートロンジャマー開発研究部門」
という名前であった、開発に携わっている科学者達を道連れに、これで歴史は変わった。
コーディネーターで構成された国家プラント、様々な状況があり、血生臭い出来事も多々あったものの、
シーゲル・クラインらの活躍もあり、なんとか自治権を確立した新興国家、コーディネーターの能力を
生かして生み出される製品は忽ち市場を大いに荒らすこととなった、経済摩擦にゆれる、プラントと
地球政府、日に日に高まる世論の悪化によって両政府は一気に大規模な軍備拡張に走ることとなる。
パトリック・ザラ主導の「八八艦隊計画」、対抗するかのように地球政府、地球国家最大の経済力を誇る
アメリカ・イギリスを中心とする大西洋連邦、世界第二位の経済力を誇る日本・台湾・オーブを中心とする
極東連合は「ダニエルズプラン」を立案し、可決され一気に超大型戦艦の建造を勤しむ。
ザフト 「八八艦隊計画」 ザフト創設時建造されたナスカ級8隻「ナスカ」「ヴェサリウス」「ボルテール」「ヘルダーリン」
「ハーシェル」「フーリエ」「ホイジンガー」「ルソー」に代わる、新型大型戦艦8隻、新型高速戦艦8隻を軸にMS搭載空母、ローラシア級巡洋艦など多数建造する、プラントの象徴となる大規模軍事拡張計画
フリーダム級新型大型戦艦(砲撃力では若干アイアース級より劣るが総合性能では上)
「フリーダム」「ジャスティス」「プロヴィデンス」「ドレッドノート」
「テスタメント」「エターナル」「リジェネレイト」「ミネルバ」
インパルス級新型高速戦艦(砲撃力はフリーダム級と変わらず、速力は上、防御は若干下)
「インパルス」「セイバー」「アビス」「カオス」
「ガイア」「ウォーリア」「イグナイテッド」「ファントム」
ゴンドワナ級MS空母
「ゴンドワナ」「レセップス」「ユーレンベック」「コンプトン」
すいません、いきなり投下しましたが、もし種世界が八八艦隊物語ならという世界で投下します
連合 「ダニエルズプラン」 ザフトの「八八艦隊計画」に対応するべく旧式化し始めた宇宙軍
の大規模改革計画、大型戦艦4隻、改良型大型戦艦6隻、新型高速戦艦6隻、MA空母3隻を建造する、
ドゥエイン・ハルバートン少将やカール・ケンプ大佐などの航空派などは空母建造増強を求めたが、
航空戦力を軽視する(これは電子機器発達と長距離対空兵器の開発によって従来の航空主義が廃れはじめ、
代わりに大艦巨砲主義が主流となりつつあったため)勢力が大きいことや、従来の空母でも新型MA
「メビウス」ならびに「メビウスゼロ」も運用出来るため、空母は3隻のみにとどまった。
パトロクロス級大型戦艦
「パトロクロス」「アキレウス」「ディオメディス」「ヘクトル」
アイアース級改良型大型戦艦(パトロクロス級を拡大し、砲撃力防御力を上げた)
「アイアース」「リオ・グランデ」「クリシュナ」「レオニダス」「ペルガモン」「ロスタム」
エピメテウス級高速戦艦(砲撃力はパトロクロス級とアイアース級の中間であるが防御に難あり)
「エピメテウス」「バングゥ」「ペルーン」「ク・ホリン」「パラミデュース」「ケツァルコアトル」
アガメノムン級MA空母
「アガメノムン」「ワシントン」「メネラオス」
そして、経済摩擦に揺れるプラントと地球、地球政府は、大西洋連合、ユーラシア連合、極東連合、
東アジア共和国を中心とする地球連合(南アメリカ連合、ムスリム、アフリカ統一機構、スカンジ
ナビア連合は諸問題により参入していない)を結成、プラントを遥かに超える国力と
「ダニエルズプラン」によって拡大された軍事力を背景に貿易赤字を解消する為の貿易制約並びに
地球連合に参加(実質の属国化)を図る「アルスターノート」をプラントに提出、これにプラントは激怒、
一気に世論は硬化する
しかしあくまで「アルスターノート」は交渉の叩き台となるもので、プラントに手渡したジョージ・アルスターも、
元となったブルーコスモス盟主でもありコーディネーターを嫌っている(というが。コーディネーター技術者などを
自社に積極的に編入し、その家族を保護するなどある程度の分別をついている)ムルタ・アズラエルですら、
当初から戦争に関しては否定的であった。しかし悲しいことにプラントは国家として若すぎて、シーゲル・クライン
などの有能な政治家は少なく、国家を運営する官僚機構もまだまだ未成熟であった。
さらには対ナチュラル強硬派であるパトリック(彼自身も戦争には公的に置いては反対的立場であるが、
プラントの完全なる自治権確立のためには戦争もやむなしと考えていた)の存在やアズラエルの手元から
離れたロード・ジブリールや彼の派閥であるブルーコスモス強硬派のテロリストがプラント各地で暴走、
テロ活動を行い、これによってシーゲル・クラインが負傷したことによって、プラントは激怒、
エザリア・ジュール率いる強硬派は主導権を握り、地球連合に対し宣戦布告、かくして人類史上初の宇宙戦争
の火ぶたはきって落とされた。
2、「栄光」
地球連合軍第1艦隊旗艦「アイアース」において、第3艦隊参謀長でもあるヤン・ウェンリー大佐は目の前で
繰り広げられている会議という名の子供の喧嘩に対し呆れ果てて、やれやれ、くるんじゃなかったなぁと心の
中でぼやいていた。原因は第一艦隊作戦参謀であり、第1艦隊司令長官にして地球連合軍宇宙艦隊司令ラザー
ル・ロボスの秘蔵っ子アンドリュー・フォーク大佐と、同じく彼の覚えめでたく第2艦隊司令であるウィレム・
ホーランド中将が艦隊運動を巡って口論をかわしているのだ。
ホーランドは自身が建てた作戦案「G線上のワルツ」を自信満々にぶち上げ、フォークは自身の建てたホーランド
の考えている作戦案と真逆でもある無茶苦茶な芸術的作戦案を議題に挙げているため、作戦そっちのけでいがみあ
っているのだ。ヤン・ウェンリー自身も軍事常識的な観点から極めて常識的であり、単純でもある作戦案を立てて
いるのだが、自分を一方的にライバル視しているフォークのせいで議題にも上がらない。
大体、宇宙艦隊司令長官がロボスの時点で間違っているんだとヤンは内心で思う、何せロボスは軍官僚としての手腕
は達筆すべき存在でもりそれはヤン自身も認めているが、戦時においては本当に役立つか?と思えるぐらいドン臭い
のである。何せ会議はフォークとホーランドの独壇場であり、パトロクロス級を主軸とする第3艦隊司令である、
アーノルド・パエッタ中将も、ましてや「ダニエルズプラン」以前の戦艦を主力にする第4艦隊司令ハーマン・
ダーレス中将も完全に蚊帳の外であり、ロボス自身も会議をまとめきれてないのである。
はぁ、こんな時、艦隊司令長官が立ったらウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督だったらなぁと内心で
ぼやくヤン、叩き上げの軍人であり、有能であるが、軍人は政治に関与せずを貫き通し、自分から積極的に前に出よ
うとしなかった為、旧式艦艇からなる警備艦隊司令官を務めている人を思い浮かべながら、この会議がはじまってから、
何度もはき続けている溜息をはくヤン、結局は二人とも自身の建てた華麗なる戦術で圧倒的勝利を収めたいのだ、と。馬鹿馬鹿しい。
結局口喧嘩は第1艦隊参謀長ドワイト・グリーンヒル中将のとりなし(実質は叱責)で渋々両者共引き下がり、
最終的には両者の作戦案をうまく折衷(?)させた作戦案でザフト艦隊を迎撃することに決定した。無駄な時間を
過ごしたといわんばかりのヤンに、パエッタは「まぁ、二人の対立は今に始まったわけじゃないがな」と肩を
すくめて笑った。彼らが第3艦隊旗艦「パトロクロス」に戻った時は勝手に乱入した自称伊達と酔狂の革命家
気取りと一緒に暫く愚痴っていたそうな、無論会議をネタにして。
ザフトの最終目的は制宙権を確保し、地球軍を宇宙に出られなくして一気に講和を求めることであった。
地上戦も考えはしたが、国力が劣るプラントは短期決戦を目的としなければならず、地上に足を踏み入
れて泥沼にはまったら意味がないとされ(一応本部アラスカ基地や一部工業・資源地区の制圧も考慮された)
の月基地並びに各コロニーの制圧、並びに地球連合軍の連合艦隊の撃破が目的とされた。ザフトは作戦第1案として
世界樹と、極東連合のコロニーにして重要地点でもあるヘリオポリス攻略の為世界樹には最新の「八八艦隊」に
ナスカ級戦艦4隻を加えた第1、第2艦隊、ヘリオポリスにはナスカ級4隻を主軸とする第3艦隊を出撃させた。
連合側も直ちにプトレマイオスから第1、2,3,4艦隊が世界樹に向けて発進させ、へリオポリスに駐留する極東
艦隊も直ちに迎撃にあたった。しかしヘリオポリス駐留艦隊にはまだ小規模の戦力しか配置されてなかった。これに
は他の国家に要らぬ警戒をさせない為最小限の兵力しかおいてなかったことや、整える前に先端が開いたことも原因
の一つである。戦艦4隻を主軸とするザフト艦隊に対し、極東連合はヘリオポリス放棄を決定し、艦隊はヘリオポリ
ス住民の脱出を支援するためにザフト艦隊の迎撃にあたる。
ザフト第3艦隊
司令官 ヨアヒム・ラドル提督
戦艦 「ナスカ」「ボルテール」(旗艦)「ヘルダーリン」「ハーシェル」
MA空母(ザフト全体にMSが行き渡っていなかった)「ピートリー」
極東連合軍ヘリオポリス駐留艦隊
司令官 マモル・トダカ准将
戦艦 「クサナギ」 旧式戦艦「金剛」 空母「瑞鶴」
ザフトは極東連合艦隊に対し航空攻撃もかけるも、新鋭空母「瑞鶴」から発進した極東連合新鋭MA「雷電」
(メビウスの改良機)は爆装により動きの遅いザフトのMA「インフェトス」を圧倒する。しかしザフトの
執念により「瑞鶴」は被弾、トダカは「瑞鶴」に駆逐艦を1隻つけて離脱させる。その後両艦隊は砲撃戦を展開する。
当初は圧倒的火力をもって撃破するつもりのザフトだが、トダカは巧みな指揮をとる。特に「クサナギ」の火力防御力は
「パトロクロス級」に匹敵し、速力は上回り、電子兵装に至ってもHENTAI技術者を多く抱える極東連合の技術は
プラントと遜色なく、ナスカ級4隻と互角に渡り合う。
「クサナギ」と「金剛」の集中砲火を喰らう「ナスカ」、苛立ったラドルは一気に決着をつけるべく水雷戦隊を突入させるが、
極東連合の駆逐艦部隊と「金剛」が水雷戦隊へ砲撃を変更したことによって巡洋艦2隻(しかも1隻は戦隊旗艦であり、
轟沈したため司令官も戦死)させ駆逐艦も2隻撃沈し、1隻を大破される損害をくらう、しかし、数の暴力を補えることはなく、
水雷部隊の攻撃を受け「クサナギ」「金剛」は損傷する。
怒りに燃えるナスカ級3隻(「ナスカ」は大破離脱)と巡洋艦からの集中砲撃を受け「金剛」は轟沈、巡洋艦、駆逐艦も全滅する。
「クサナギ」も単艦になりながらも最後の最後まで砲撃を続けるも、「ボルテール」の砲撃を受け遂に撃沈する。トダカは沈む艦と
運命を共にした。しかし彼らの奮闘は無駄ではなく「ナスカ」はダメージコントロールに失敗、自沈処置を施される。勝利したもの
の旧式ながらも貴重な戦艦を喪失したことに茫然とするラドル、しかしここで悲劇が起きた。
ブルーコスモスのテロで家族を失い復讐鬼と化していたサトー率いる部隊が、ラドルの命令を無視して避難船団を強襲、護衛についていた
駆逐艦と残存「雷電」の反撃によって撃退されるも、避難輸送船が何隻か沈む…そして沈んだ船の乗客にはサイ・アーガイル、
ミリアリア・ハウ、フレイ・アルスター、トール・ケーニッヒ、カズィ・バスカークと言う名前が存在していた…
一人の復讐鬼が生まれた。
キラ・ヤマトと言う鬼が・・・
すいません、とりあえずここまでにしておきます。以上です
1、何で銀英伝?→ふと思いついた艦名がたまたま
2、なんで自由惑星同盟の軍人が→種、提督・参謀キャラがいないから
クロスwikiの収録作品が消される事態が勃発中、某スレにて三■目の仕業を確認
他の作品にも被害が行く可能性が高いから警戒した方がいい
160 :
通常の名無しさんの3倍:2011/05/22(日) 11:51:25.34 ID:fGbF0ycw
もしキラが女性だったら、カガリに対して
「女の子だったの!?」
という台詞が余計に萌えるよね?
クロスWikiから勝手にCROSS POINTほか大量に作品が削除されてる
三■目か、これやったの
よそのスレにも発生してるねえ
出来る限り修復はした
今回やられたのはこのifスレとCCAスレみたいだ
修復ミスったの修正ありがとうございます
165 :
163:2011/05/22(日) 13:04:01.50 ID:???
>>164 でも笑う仮面の3話だけ戻せなかった、みんなごめん
修正作業に感謝
お疲れ様!!
笑う仮面か
あの突き抜け具合は素晴らしかった
おのれクルーゼ!
ようやく解った、CCAスレに粘着してる奴が
嫌いな職人だけ消して明白なるのが怖いからこっちのもろとも消したんだ!
今また特定個人への粘着荒らし湧いてる
こっちで言うなよここにまで来るかもしれんだろ
種1話の時点からキラ、アスランがオーブ軍だったらAAのクルーは全滅だったと思う?
>>172 オーブ軍の少年兵設定(?)だと展開が厳しいぞ?
・種本編のAA《やむを得ず乗る》
・ZAFT《人口少ない&16才で成人という国》
みたいな特殊な環境だからこそ、16才前後の少年兵が
軍の最重要機密の兵器に乗って・・・という展開が出来た
でなけりゃコーディネイターだからって、16才の餓鬼(言い方は悪いが)を乗せる訳がない
幼少期から軍の施設で育ちましたとか、設定を根本から変えなきゃぁ・・・・
キラ、アスランも幼少期にオーブの有力諸侯に預けられたという設定しかなさそう
確かにヘリポリはオーブ領だからオーブ軍が居て当然なはずだが
TVでも二次でもあまり触れられた事ないな……
……ザクレロでのアレ以外。
それにオーブの政体だと有力者家に預けられたらかえって戦場から遠のかない?
カガリとか初期のサハク双子の方が異常なんであって。
176 :
通常の名無しさんの3倍:2011/05/27(金) 21:55:39.27 ID:cLhrvnvt
キラ、アスランが女性と設定にすればいいかもしれない
キラ、アスランは女性なら親から疎んじられてオーブに亡命したという設定もありえそう
>>176 ザラパパが親馬鹿になるところしか想像できないww
・アスランをコペルニクスに預けるのが不安になる
・そもそも軍という環境に入れない
ところしかwwwむしろ見たい!
一方のキラだが、オーブに亡命したのは赤ん坊の頃だから変わらないし
女の子だろうがキラは状況は変わってない可能性大かな
それに、ヘリポリ同級生とカップルになってる事もありえるぞ?
しつこい女体化腐女子なんかに触るなよ
179 :
通常の名無しさんの3倍:2011/05/29(日) 10:41:29.62 ID:PZ44/kIh
ルナマリアが男装キャラだったらカッコイイよね?
ルナマリア専用作者さんに依頼してみてください
カガリとラクスに妹がいたら萌える?
キラとカガリの立場が反対だったら、どちらも悲惨だったと思う?
すんません
マフティー出てくる
クスィーガンダムシードディスティニーはここですか?
>>183 違う。こっちはIF統合であって
「例:もしキラがストライクに乗り続けていたら」
みたいなSEED世界限定でのIFを題材にした創作SSスレ
別ガンダムがSEEDに介入するIF系SS(ガンダムだけでなく別のアニメも含んだもの)
はWikiのメニューで「クロスオーバー統合」と書いてある所から行ける
クロス系のスレは作品専用のスレも存在する
もしサーペントテールが守る村の地下に大空洞があり密かにデスアーミーやガンダムヘッドが繁殖していたら
もしラクスとミーアが種の頃から入れ替わってたら
もし、種がオート放置されたワーネバ的なゲームの中の世界だったら
ラクスはバグか
ブラレロ…
間違いなくこれはCE製…
>>190 種製だと尻にペルグランデかガンバレル、腕に有線ビーム鉈でエグザスより強そうに見えるけど狂気は無い
まりな・いすまいーるが幼女だったら2
まだ読みたかったな
もしも〇〇が××だったらスレだべ?まんまじゃん
所詮は種厨か・・
器量が小さいな
種用か‥なら種戦争前にに幼女まりな・いすまいーると愉快な仲間たちがいたら
これならいける
マリナに限らず00のキャラがいたら種の糞キャラクターどもは霞んで酷い事になるだろうなw
スレ違いの話題持ち込んで何を言い出すのかとおもいきや・・・
過疎ってるから種・種死以外に00のifもありにしようぜ
とか最初に言ってれば印象も違ったんだがな
種厨は消えな・・
お前に要は無い
種厨いてもいいじゃない
種IFスレだもの
. . . . . キラ
スレまで醜い。
00とは大違いだな。
つーか別にスレ立ててやればいいんじゃない?
まとめWikiにあるキラとシンが逆行して入れ替わる話ってやっぱり未完なんですか?
すっげー良いところで終わってて、モヤモヤする
>>204 たしか、作者が1話を投下した時こんなノリでいいなら続けます的な事を言ったのに
シンキラsideのギャグ展開に文句を言うやつが出てきて、さらにそんな荒しに
信者が反応、んで荒れまくって作者が嫌になって未完
引っ張りすぎたのが原因じゃなかったっけ?
シンキラ側の描写が減る一方で、フレイ無双とかオリMSの紹介ばっかりになって
それで焦れた読者が反応、作者も他のスレで愚痴ってそれが燃料投下になったり
シンとフレイの再会を期待してたんだけどなぁ
あれが続いていた場合どうなったのか気になる
戦力が上がっているオーブ軍と連合軍が戦うのか?
若干置いてかれているプラントのラクスもなんか未来の人間っぽかったし
今でもたまに読み返すよ
俺もすげぇ好きだ
今でも再開して欲しいと思ってる
ギャグ展開もオリジナルMSもフレイ戦記もいいじゃないか・・・
作者さんここ読んでたら再開を検討してくれぇぇぇ
三■目とモリーゾが暴れるから無理
まとめサイトの更新履歴にザクレロ最新話があった
以前ここに上がっていた話だけど読み返してみたら
会計さんの事を思い出した
心配だなぁ
>>211 ダンバインをアップする時、タグの参考にと見ていたら修正したい所があったので
文章は変更してないからご安心を
ダンバインの方、あまり喜ぶ人が居ないようなのは残念
会計さんは……どうなるんだろうねぇ
え、ちょ、ひょっとしてダンバインの作者さんでもあられたのですか?
喜んでないなどとはとんでもない、ただブランクがあったので
これまた途中までなのかと半ば諦めかかってたんですが
ザクレロ共々続きは常にいくらでも待っておりますのでどうか末永く。
やっぱ人がいなくなってて投下に気付くのが遅れるんだと思いますよ
>>213 誰か保管してくれた時に自分の意図にない修正をされてしまったんで、その書き換えを踏まえつつ本文修正してたら続きを書く気力が失せたわけで
ザクレロがメインのつもりだからってのもあって、どうしても遅くなってねぇ
>>214 感想レスもらうのが楽しみでやってるから、人が居なくなるのは寂しいなぁ
集客できるだけの実力が有ればいいのだけど
ええええ、ザクレロさんが、ダンバインさんだったのか!!
いつも楽しみにしていますよぉぉぉおお
何年だって待ってますよ。
>>215 そうだったのか!
ダンバイン元アニメは知らんけどザクレロ楽しみに待ってるよ
原作の様に皆殺しにならない事を祈る
もし戦闘シーンがガチムチパンツレスリングだったら
220 :
忍法帖【Lv=37,xxxPT】 :2011/08/25(木) 18:46:54.70 ID:jFsKubWe
もしアスランが借金返済の為にオカマバーで働いたら一体
「アスランじゃない、今の俺はザラ子だ」
もしイザークの趣味がエレキギター演奏だったら
「こ…この顔の傷の苦しみと痛み…
どこに…ブツけりゃあいいんだァあああ…
う…ううっ、この怒りィ、誰に訴えりゃあいいんだァ…
アアア
ドリデデ ドリデデ ドリデ ドリデ ドリデ リレリレ ドヒュラ ドヒュラ ドリュラ ドリュラ ドリュ ドリュギ ララ
[ライトハンド奏法]
テメェー シンユウモ コロ シデ ヤルゥーー
表現できたぜ…おれのハートを! 究極の怒りを! …表現できたぜェ〜!!
万雷の拍手をおくれ、ナチュラルのボケども」
>>221 けいおんの律っちゃんみたいになるのかな?
>>221,223,224
ミリアリアに振られて狂乱するディアッカを
「子どもを身を張って守る―――…これこそが親の姿と云うものじゃない。
なのに、あなたは何? この子と私を残したまま、ひとり死んでいくと言うの?
薄情な男ね―――…奥さんに逃げられバーで荒れていたあなたを慰めてあげたのは、一体どこの誰かしら。
あなたはもう立派なお父さんなのよ? この子のためにも、私のためにも、生きて! お父さん!」
というようにたしなめるザラ子さんの(以下
>>226へ依頼)
今夜辺りに投下予定
全裸待機
同じく全裸待機
クロスアウッ!!!
手ぬるい!
ザクレロ氏の場合ならバーホーベンの「インビジブル」状態待機だ!
キターーーーーーーー!!!!
全裸で舞ってるぜ
規制で引っかかったら、残り含めて先に保管庫に入れておきます
時間を少し戻し――
レイ・ザ・バレルは、ギルバート・デュランダルと別れた後に格納庫へと向かった。そこにMSシグーが一機だけ残されている事を、レイは密かに探り出していたのだ。
連合MS護送作戦に参加した艦のどれかが置いていったか忘れていったかした、本来ならば存在しない筈の物である。
守備隊指令がもう少し情報に気を配っていたならば、員数外であるこのMSの事を戦力として扱う事が出来ただろう。しかし、結局は知られる事もないままに放置されてしまっていた。
床を蹴って格納庫に飛び出したレイは、スカートの裾を翻しながら宙に漂う。
格納庫にはまばらに人が居たが、オーブ軍および自軍の守備隊の壊滅という状況故か、あるいは大型輸送船との衝突の危機が迫っている為か、誰もが慌ただしくしており、レイを見咎める者はそこに一人とて居はしなかった。
そしてレイは、格納庫の一角、壁にもたれる様に立つシグーを見て微笑みながら、漂う勢いのままに格納庫の天井に一旦足をついて、さらにそこを蹴りシグーの元へと一直線に飛んだ。
レイの体はコックピットに辿り着き、すぐさまハッチを開放するとその中へと身を滑り込ませる。そしてシートに腰を下ろすと、浮き上がるように宙に漂おうとするスカートの裾を掴んでお尻と脚の下へと押し込んだ。
そして、ポケットから口紅を取り出すと通信用カメラのレンズに塗り、それから自分の唇にもそっと紅を引いた。
「ふふっ」
楽しげに笑い声を漏らし、ハッチを閉じる操作をすると操縦桿を握る。
「レイ・ザ・バレル! お手伝い、いっきまーす!!」
突然動き出したシグーに、格納庫に居た者達は混乱を来した。
ほとんどは単に慌ててシグーから離れ、まだ冷静な何人かが緊急事態を報せようと出入り口横の壁に設置された通信端末に飛びつき、勇気があるのか無謀なのか一人がシグーを止めようとコックピットに突進してきて逆にシグーの手で押し止められる。
シグーは武器は取らず、格納庫の壁に置かれていたMSの作業用ツールボックスだけを無造作に手に取った。
そして格納庫の搬入口へと向かい、そこの扉に手をかける。
MSとの力比べになど対応していない扉は、シグーの手に押されて悲鳴のような軋みを上げながらシグーの前に道を開いた。
外に出るまでに扉はまだ何枚もあるが、シグーを止める事は不可能だ。おそらく、誰かがそう判断して、施設の被害を減らそうと考えたのだろう、シグーが前に進むと残る扉は勝手に開いていく。
そして、シグーのコックピットには強制割り込みの通信が送られて来た。
『こちら、ZAFヘリオポリス守備隊! シグーのパイロット、応答してください!』
通信オペレーターの泣き出しそうな声にレイは、人差し指をそっと唇に添えて考え込む仕草を見せ、それから綻ぶように笑んで見せて通信に答える。
「ヘリオポリスの名において」
これで良い。
正直に「ギルバート・デュランダルの身内です」と言う訳にもいかないのだから、オーブ市民の抵抗勢力がMSを奪取したとでも思わせておけば──
守備隊司令室。通信機から返った声にクルー達が騒然となる中、デュランダルはその動揺を押さえ込むのに何とか成功した事を安堵していた。
オーブ人の少女にMSが奪取されたと騒いでいるクルー達と違い、デュランダルにはわかる。当たり前だ。あんな愛らしいレイの声を聞き間違えるなんて事があろう筈がない。
あの天上の楽の音もかくやという愛らしく美しい声。
もうちょっとしたら、声変わりしてしまうのだろうなと思いつつも、老化抑制剤の効果がいつまでも続く事を願わずには居られない。
いや、刹那の輝きだからこそ美しいのかもしれないな。
短い時間なのは彼が背負った宿命として受け入れ、それでもなお最後の一瞬まで、レイは美しくあって欲しい。可憐な時期が過ぎても、次にはまた別の美しさをまとう事が出来るはずだ。
どうしようか、そろそろZAFTに入隊させるためにも普通の少年らしい言動を身につけさせようと思っていたが、計画を路線変更するのもやぶさかでは……
「シグーが宇宙に出ました! 敵MAの方向に向かいます!」
「な、何だと!?」
オペレーターの声が、デュランダルを現実に引きずり戻す。
そうだ、レイは何のためにMSに乗ったのか? それはデュランダルの為だろうと予測はつく。ならば何を? まさか、あのミステール1を?
虚空に浮かぶ間中の姿が脳裏に浮かび、心身を凍えさせる。馬鹿な、アレには勝てない。
思考が最悪の展開を予想するが、それをオペレーターの報告が覆した。
「敵MA、動きません!」
「凄い。宇宙に敵意が満ちている……」
宇宙を飛びながら、レイは何かを感じ取っていた。
「これは怒り? 恨み? 絶望?」
宇宙。星の光満ちる空間。
だが、そこに佇む一機のMAから放たれるソレが宇宙を染め上げていく。世界全てを焼き払っても拭えそうにないそれは……
「まるで、お兄ちゃんみたい」
レイは愛おしげにそう言うと、空を抱きしめる様に胸の前で腕を重ねる。
兄、ラウ・ル・クルーゼもまたこんな感覚をまとった男だった。世界への憎悪に身を染めた男。しかし、その内にあるのが生まれ故に背負った孤独なのだともレイは察していた。
故に、レイは兄と同じ感覚を放つMAを愛おしく思う。
モニターの中央に浮かぶMA……ミステール1に腕をさしのべる。
「抱きしめてあげたいなぁ」
トールは戸惑っていた。
ヘリオポリスの港口から飛び出したシグー。敵を探していたミステール1は、その存在をとらえた。
それは敵の形をしている。だが、“これは敵ではない”そう感じてしまう。
敵意も、恐怖もない。貪るべき物が何もない。これは餌ではない。まして敵であろう筈がない。敵とは……
おかしな思考が巡る。
ZAFTのMSは敵じゃないのか? トールの知識はそう訴えるのだが、まるで別の誰かが遠く声を上げているかのようで、思考には影響を及ぼさない。
思考は、接近してくるシグーを意識の片隅においたまま、再び希薄となってモニターの向こうに広がる宇宙に注意を戻させる。
敵は何処だろう? 餌は何処だろう? 爪で引き裂きたい。牙で焼き滅ぼしたい。
そんな思考に沈んでいくトールの目の前、モニターに何かの映像が割り込んできた。
荒廃したヘリオポリス市街。疾走する一台のエレカと、それを追う三両の装甲車。
それを見た瞬間、トールの口元に笑みが乗った。
──ああ、そこに居たのか。
認識するが早いか、トールはミステール1を駆って走り出す。敵のいる、ヘリオポリスへと……
ミステール1は、レイが乗るシグーを完全に無視して、ヘリオポリスの外壁へとまっすぐに突っ込んでいくと、採光部のガラスを体当たりで砕いて中へと飛び込んでいった。
レイは、ヘリオポリスの側で漂う様に宙に浮かぶシグーの中で、安堵の息をつく。
「味方を助けに行ってくれた?」
敵と思われないよう武器は持ってこなかったが、当然のように攻撃される事も覚悟の上だった。しかし、攻撃はなかった。その事への安堵である。
ミステール1に送りつけたヘリオポリス内の追走劇の映像を見て、仲間の危機を優先してくれたのだと、レイは思い込んだ。
「間に合うかな?」
レイは、ちらりと大型輸送船の方を見る。ミステール1と比較できる程ではないとはいえ、それも着実に接近しつつある。
しかし、ミステール1が居なくなり、ZAFTがタグボートや作業用MAを派遣できる様になったので、状況は少しはよくなるだろう。実際、港口の方で既にタグボートが動き出している。
後は……と、レイはシグーを動かして、ミステール1の後を追う。
ややあって、盛大に空気を吐き出す採光部の真新しい破口に辿り着くと、レイはシグーにそこをくぐらせた。
「邪魔な人たちは何処かな?」
レイは、ヘリオポリス内で放送されているニュースをモニターの片隅に映し、それを手がかりにヘリオポリスの中を見渡しながら高度を下げていく。
ヘリオポリス側との協力。それは降伏の後になるのかもしれないが、邪魔となるだろう守備隊司令はその前に排除しなければならない。
とりあえずミステール1を焚きつけてはいたが、レイ自身が手を下すのが早ければ、それをするのに躊躇はなかった。
「ん……あらら、二輛はあそこね」
市街で黒煙が上がっている。
街路に無数の人々が集まり、その中に装甲車が二輛、取り残されているのが見て取れた。装甲車の一輛からは黒煙が噴き出している。戦闘が行われている様子はないが、そこで何が行われているのか詳しくはわからなかった。
それは重要ではないし知らなくても良い事だと思い直し、レイは再度辺りを見渡す。
モニターのニュースでは、まだカーチェイスは続いているとの事だった。
ならば、それは何処で……
と、その時、モニターの中を巨大な影が掠めた。
モニターは自動的にその影を追う。大写しになったそれはミステール1。
ミステール1も、レイと同じく空中から敵を探していたのだろう。その急降下する先には、道を外れて止まるエレカと、それに迫ろうとする装甲車が見えた──
上空から地上に墜落する様な勢いで振ってきたミステール1は、装甲車とエレカの間の地面にその身を叩きつける様に着陸した。
エルは、突然現れたミステール1に驚き、その瞬間に過去の恐怖の中から解き放たれる。
靄が風で払われる様に鮮明になった思考が、今の状況を正確に把握させた。
「あ……トールお兄ちゃん? ユウナさん!?」
エルは、運転席にいるユウナ・ロマ・セイランに改めて気付き、そのドアに手をかける。ドアはあっさりと開いた。そして、タイミングを合わせたかの様にユウナは目を覚ます。
「つぅ……酷い目にあった」
言いながらユウナはシートベルトを外し、よろめきながら運転席の外に出て、それからミステール1の姿に気付く。
「……エルちゃんが呼んだのかい?」
「え? そんな事……してない」
ユウナの問いに、エルは戸惑いながら答えた。もちろん、そんな事がエルに出来る訳がない。通信機も持っていないのだから。
「そりゃあそうだ。ともかく、ここを離れよう」
エルの手を取り、ユウナはそう言ってミステール1から離れるべく走り出す。
「え? トールお兄ちゃんは……」
「装甲越しに話は出来ないし、何より近寄れば戦いに巻き込まれる。通信機を手に入れるしかないよ」
ユウナがそう言うのを待っていたかのように、ミステール1はスラスターを一瞬だけ噴かし、装甲車に突っ込む様に躍りかかった。そして、ヒートサイズで装甲車を抱え込むと、空へと再び飛び上がる。
直後そこに吹き荒れた噴射炎の爆風は、離れたところにいたユウナとエルを吹き飛ばして地面の上を転がさせた。
ユウナはまだ倒れる程度で済んだが、体の軽いエルは文字通りに転がされて、なすすべもなく二転三転する。
と、そのすぐ側にMSシグーが静かに降り立った。
エルはシグーの足に体をぶつけ、転がるのを止められる。
「助けに来ましたー!」
シグーから振り降りたのは、その威容からは程遠い快活な声だった。
その声にエルが頭上を仰ぎ見れば、コックピットハッチから身を乗り出して微笑むドレスの少女。
「君はZAFTかい?」
問いながら、いつの間にか側に歩み寄ってきていたユウナが、腕を引いてエルを立ち上がらせる。
無貌のマスクで顔を隠しているが、その声はいつも通りに飄々として、値踏みするかのような色すら感じられた。
ユウナは、目の前のMSとパイロットを敵だと見ていない。少なくとも、今のこの段階では。
殺すつもりなら、遠慮なく踏みつぶせば良い。そうせずにパイロットが姿すら見せたという事は、こちらに何かを期待しているという事なのだろう。
「違いますよー。私、ヘリオポリスの協力者で、名前はレイです」
パイロットのレイはそう言うと、一瞬だけ空を見て、それから地上のユウナに話しかけた。
「あの……ZAFTの戦力は、この盗み出したシグーで最後です。抵抗勢力も、あのMAがやっちゃってくれると思います。今はそれよりも、外で起きている……」
「衝突コースにある大型輸送船の話だね。わかってる──手伝ってもらえるって事で良いのかな? ヘリオポリスの協力者君」
問いを返されてレイは笑顔で頷いた。
「はい、もちろんです」
「よし、じゃあ取りかかろう」
指をパチリと鳴らし、ユウナは傍らに立たせていたエルを体の前に持ってきてシグーの方へと身を押す。
「まず、僕らを乗せて欲しい」
「はい?」
思いもしない提案だったのだろう。上擦った声で聞き返すレイに、ユウナは続けた。
「トール君と……ミステール1と通信したい。その為にエレカを走らせていたけど、この有様でね。かといって、通信機のある場所までマラソンしてたんじゃあ、手遅れになるかもしれない」
「あ、そういう事ですか。わかりました。今、リフトを下ろします」
そう言ってレイがコックピットの中に手を伸ばして操作すると、コックピットの脇から一本のワイヤーが下ろされる。
これはMS乗降用の簡易リフトで、ワイヤーの先には足場となるフックがついており、そこに足をかけてワイヤーの握り手をつかめば、スイッチ一つでコックピットの位置まで引き上げてもらえるという代物だ。
「失礼、エルちゃん」
「きゃ!?」
ユウナはワイヤーを片手でつかんで引き寄せると、残る腕にエルの体を抱え上げた。
そして、フックに足をかけ、握り手についているスイッチを握り込む。ワイヤーはすぐに巻き上げられ、ユウナとエルの体は遙か上にあるコックピットを目指した。
コックピットまで上がってすぐ、ユウナはエルの体をレイに預ける。
「いらっしゃーい」
レイはエルを受け取り、膝の上にのせるようにしてパイロットシートに座る。
ユウナはそれを見守ってから、コックピットの隙間に無理に体をねじ込む様に入った。
MSのコックピットは一人用の空間であり、三人もが入る事は想定していない。エルはもちろんレイがまだ小柄であったとしても、十分に狭かった。
「おや、君は男か」
ユウナは、収まりの悪い隙間に体を上手く填め込もうと身を揺すりながら、レイに向かって僅かに驚きを見せて言う。
「すごーい。よくわかるね」
デュランダルによるレイへの“仕込み”は完璧で、事情を知らない者から見破られた事は今までになかったのだけど……と、レイも少し驚いたように言葉を返した。
「え? 男の人? 女の子みたいなのに……」
エルが一番大きく素直な驚きを見せる。そんなエルにチラリと視線を向けてから、ユウナは薄く笑ってレイに答えた。
「“中身”には詳しいんでね」
「? あ、もててたんだ」
レイは、ユウナの答を、“服の中身”つまり女性の体をよく知っているからという意味でとる。それでレイは、ユウナとの雑談を軽く流した。
それが言葉だけなら正しく、意味には大きな隔たりがある事に気づかないまま。
「通信機はすぐに使えるけど、少し近寄ってからの方が良いかな……って、あ、レンズを口紅で潰しちゃったんだ」
レイはそう言いながらポケットからハンカチを取り出し、通信用カメラのレンズを擦った。厚く塗られた口紅はハンカチに削り落とされるようにしてレンズから離れるが、残る赤い色を完全に拭い去る事は出来ない。
「ああもう、洗剤とかじゃないとダメ。ねえ、映像は使えないけど良い?」
「……元より、声だけで何とかなると期待してるんだけどねぇ」
問われて初めて、ユウナは苦々しい笑みをマスクの下に浮かべた。
エルがトールを呼び起こす時、エルは声かけと接触……手や唇での接触と言っておこう。それを行っている。最初の内は、接触が不可欠だった。
最近は、声だけでも応じるようになったので、通信でも時間をかければいけると踏んだ。
しかし、状況は最初の想定よりも悪くなっている。
最初の想定では、オーブとZAFTが出してくる兵器全てを蹴散らした後には、降伏勧告やその受理などの政治的な時間が訪れ、トールを呼び起こすのにエルが働く時間があると思っていたのだ。
まさか大型輸送船が突っ込んでくるとは、ユウナですら読んでは居なかった。
だが、今後のヘリオポリス市民の人心掌握の為にも、何もしなかったという結末は許されない。ミステール1にはもう一働きしてもらう必要があるだろう。
トールがキレている間は、戦闘以外はままならないので、大型輸送船の対応をさせるには何としても覚醒してもらわなければ困る。
「……そうだ、話は変わるけど。君のMSは、ミステール1と同じ空に居たのに攻撃された様子がないね。隠れるのが得意かい?」
「え? ううん、そんな事はないけど……あれ? どうして攻撃されなかったのかな?」
レイは、ユウナの突然の問いに困惑しながら首をかしげた。
宇宙に居た時は距離をとっていたからと判断していたが、ヘリオポリスに入ってからはそうではない。
空から装甲車を探している間、シグーとミステール1は同じ空域にいた筈なのだ。
「特に何もしていないのに攻撃はされてない……非武装だからかな? 何にしても、それなら一つ、手を打てるかもしれないぞ」
何故はわからないが、トールがこのシグーを敵と認識してない事は間違いない。そう察したユウナは、まるでそれがトイレの後で手を洗うくらいの簡単な事であるかのように言った。
「ミステール1のコックピット側まで行って張り付き、手動でハッチを開放して、中にエルちゃんを放り込もう。大丈夫、戦闘状態にならないならいけるさ」
「ひっ……あっ……ぅあああああああっ!?」
激震に揺れる装甲車内。ガンナーシートに座った守備隊司令は、モニターに映し出されるミステール1の単眼センサーを魅入られたかのように見つめ返しながら、裂けんばかりに開かれた口から悲鳴をあふれ出させ、機関砲のトリガーを引き続けていた。
ガンナー用のサブモニタには既に、弾切れを示す警告が、鳴り響く警告音と共に示されている。それでも、守備隊司令はトリガーにかけた指から手を放す事は出来なかった。
──死ね。死ね。どうして死なない?
凍り付いた頭の中に、そんな言葉だけがぐるぐると回り続ける。
ほんの少し前まで、彼は狩人だったはずだ。哀れな獲物を追い詰め、銃を構え、引き金に指をかける側だった。
だが、今は違う。彼はそれを認めまいと、狂気にすがった。
「あー──っ! ぉああああああああああああああああああっ!」
死ね。死ね──
指がへし折れるほどに力を込めてトリガーを引く。そうする事で悪夢を殺す事が出来るのだとばかりに。それが全く無意味な事だと気づかぬまま。
ガンナーシートの背に車内を転がってきた兵士の体がぶつかり、重く鈍い音を立てる。
それは守備隊司令に席を譲った砲手。車内に立っていた彼は、先ほどからずっと車内を転がっている。その体のあちこちをあり得ない方向に曲げ、戦闘服を点々と赤く濡らした砲手は、恨めしげにガンナーシートの背を抱いた。
しかしそれも僅かな瞬間の事。止まる事のない振動に砲手の体は引きはがされ、後部の兵員収容スペースに転がり落ちていく。その後に、他も兵士達の悲鳴が僅かに上がった。
兵員ベンチに体を固定した兵士達に、勢いをつけて転がってくる重たい死体を避ける事など出来ない。肉の塊をたたきつけられ、苦痛に悲鳴を上げる。
まだ兵士のほとんどが死んではいない。だが、それは幸福ではなかった。先に死んだ砲手こそが、最も幸運だったと言えるのかもしれない。
モニターに映っていたミステール1が不意に消えた。
「やった! 殺した! 殺したあ!」
守備隊司令が狂喜の声を上げる。
彼は気づいていなかった。モニターはゆっくりと、遠い位置にある地面を映し出そうとしている事に……
ミステール1は、装甲車をヒートサイズで抱え込んだまま一気に空へと上がっていた。
そこでトールは、地上に何もない事を精査したあとに装甲車を手放す。
コロニーの特性上、上空は重力が小さい。だがそれでも、装甲車はゆっくりとその前面を地へと向けながら、高度を落とし加速していく。
ヒートサイズで引き裂く事も、ビームで焼き貫く事も出来た。だが、トールはそれをせずに、装甲車を地面に投げ落とすという選択をする。
「ダメか。戦いが長引けば、君を感じられると思ったのに」
モニターの中の装甲車はゆっくり落ちていく。それを見守りながら、トールはうつろに呟いた。
戦いの中で“あの娘”の存在を感じられるなら、少しでも長く戦いを続けたい。そう思って試してみたのだが、どうやらこんなつまらない事をしても無駄らしい。
装甲車はくるくると錐揉みしながら落ちていく。
トールは既にそれへの興味を失い、空にミステール1を止めた。
「ころひた……ころしゅた……」
激しく回転する装甲車の中で吐瀉物をまき散らしながら守備隊司令は呟く。振動で舌を噛み砕かんばかりに何度も噛んでいたが、言葉にならずとも呟きを止めない。
彼の背後、兵員収容スペースではもう音は聞こえない。
跳ね回って兵士達を叩き潰した砲手の死体は、最後にパイロットシートの背もたれを運転手の首ごとへし折ってから、メインモニターに突き刺さって燃え燻っていた。
一人生き残った守備隊司令は呟く。
「私の手柄だ……」
最後に何を思い浮かべたのか。
守備隊司令が僅かに笑みを浮かべた瞬間、地面に叩き付けられた装甲車は中に詰まった肉と共に粉々に砕け、自ら発した爆炎の中に消えた──
シグーが飛び上がった時には既に装甲車は地面で燃え上がり、ミステール1は空で沈黙を保っていた。
「ああっ! やっぱり凄いよ。あのMA!」
レイが嬌声を上げて身をよじる。
「?」
エルは、お尻の下で何か堅い物が持ち上がり、座り心地が急激に悪化したのを感じた。
お尻を動かして持ち上がりつつある突起をどうにか出来ないか試してみるが、堅く大きくなる一方なので、あきらめて押さえ込むようにその上に腰を据える。
レイはそんなエルを気にする事も出来ない様子で、顔に喜悦をにじみ出させながら言葉を紡ぐ。
「憎悪が……満ちてる」
「……なるほど、これは変わってるな」
ユウナは興味深げにレイを観察して頷いた。
“恋愛”は有り得ないにしても、このレイを身内に引っ張り込めば楽しくはなりそうだ。
そんな事を考えつつも、今はそれにかまっている時間がないと判じて、ユウナはレイの肩を叩いて注意を引きつつ言った。
「背面前方。だいたい頭頂部の辺りにコックピットがハッチがある。まず、取り付けるか試してみてくれ」
「あ、はいっ」
色々と没頭していたらしいレイは身を跳ねさせるようにしながら返事をし、そして上気した頬を自らの手で軽く叩いた。
「降伏信号を発してるんだから、問答無用とかやめてね」
言いながらレイは慎重にシグーをミステール1へと向かわせる。何か動きがあれば、すぐに回避運動をとれるように操縦桿を握って。
だが、空に止まるミステール1は、ゆっくりと向きを変えてシグーを見たもののそれ以上の反応を示す事はなかった。
「受け入れてくれてる?」
何となく、そんな気がする。レイは嬉しくなってシグーの速度を上げた。
「あぁっ! 大好きになっちゃいそう!」
シグーはまるで恋人に抱きつく少女のようにミステール1の鼻先に飛びつく。そして直後に、レイはシグーのコックピットハッチを開放し、膝の上のエルをしっかり抱えるとミステール1の装甲の上に飛び移った。
「ひゃっ。ひやあああああああああっ!?」
エルが悲鳴を上げる。
ミステール1の背中は広いとはいえ、空中に支えもなく止まっているMAの上である。決して安定しているとは言えず、僅かに揺動してさえいた。
その上をレイはエルを抱えたまま危なげなく走り、ミステール1のコックピットハッチに駆け寄る。そしてレイは、エルを抱えたままその脇に寝そべると、そこにつけられたパネルを開き、中のコンソールを素早く操作してから解放レバーを引き下ろした。
その操作でコックピットハッチは強制解放され、幾枚もの装甲板が動いてコックピットへの道……位置的には穴にしか見えないそれを開く。
「がんばってね?」
「え? あ、あの? きゃあああっ」
そう言ってレイは、エルをその穴の中に滑り込ませた。
悲鳴を上げてエルが落ちていったが、どうせたいした深さはない。レイは、笑顔でエルを見送ってから、再び立ってシグーへと駆け戻って行った。
遠く地上に踊る炎。墜ちた装甲車が発する炎。トールは、ただそれだけを見ていた。そこにあの娘が居るような気がして。
モニターには警告メッセージが踊り、コックピット内には警告音が鳴り響いている。接近してくるMSの事を報せているのだが、何故かまるで気にならない。
一応、向きを変えて相対してはみたものの、それ以上の事をする必要を感じなかった。
敵ではない。何故かそう思う。
敵意も恐怖も感じられないのだから……
感じられない? そもそも、どうやったら、そんな事を感じられる? そんな疑問をふと抱いたが、その疑問に答えを見いだす事のないままに、疑問を抱いた事さえもが意識の中から消え去っていく。
感じない。恐怖を感じない。
餌が居ない。敵が居ない。贄が居ない。
トールは飢餓感と言っていいほどの現状への物足りなさを感じた。
探すべきか? どうやって? 巣穴を焼き払えば、土虫だって飛び出して来る。
あの娘に会えるかな? 破壊し尽くし、焼き尽くし、殺し尽くせばきっと、あの娘はずっとずっと側に居てくれる。そうかな? そうしたら言いたい事が……
「きゃあああっ!?」
そんな思考を、トールの頭上から落ちてきたものがいきなり中断させた。
「痛ぁ……あ、お兄ちゃん」
それは、トールの膝の上で身を起こすと、トールの両頬に手を添え、引き寄せるようにして唇を重ねる。
柔らかな感触。そして……知っているようで知らない少女の姿が脳裏をよぎり、トールの意識を狂気の淵から引き上げた。
ぼぅっとしていたトールの目に光が戻り、そして目の前に居る者の事を思い出す。
「あれ、ミリィ?」
「お兄ちゃん!」
エルはトールの体にすがるように抱きつく。その体を抱き返してやりながら、トールは通信が送られてきている事に初めて気づいた。
「うわ、いけない」
すぐにトールは通信機のスイッチを入れる。通信モニターには赤く滲んだ映像が映り、そしてユウナの声が飛び込んできた。
『上手くいったみたいだね』
「あれ、ユウナさん? どうしてミリィが……そうだ、作戦は終わったんですか?」
まだ混乱しているトールに、ユウナは静かに話した。
『いや、もう一仕事して欲しいんだ。まずは、コックピットハッチを閉じてから聞いて欲しい。何せ、これからまた宇宙に出てもらわないとならないからね』
「宇宙へ?」
言われるまま素直にコックピットハッチを閉じ、トールは聞き返す。
「あの……ミリィは? 下ろさないと」
『もう戦闘は無い筈だから、今はそのままで。それにすぐに理解すると思うけど、今はヘリオポリスに残るよりも、君と一緒にミステール1の中にいた方が安全だ。
この通信が終わり次第、通信チャンネルをヘリオポリスの公共放送に合わせて。事情は、繰り返し放送されてるからそれで察してもらうとして……目の前に居るシグーは敵じゃない。今から先導するから、ついてきて欲しい』
「了解しました」
トールは、言われたとおりに目の前に居るシグーの後を追う様に操縦を始める。
降伏信号を出しているとはいえ、敵機にこんな近くまで寄られて気づかないなんてと不思議に思いながら。
そしてトールは、ユウナに言われた通りに通信のチャンネルをヘリオポリスのテレビ番組に合わせる。するとそこには、宙を進む一隻の大型輸送船が映し出された──
機動戦士ザクレロSEED‥‥以上。
やっと終わりが見えてきた
会計さんの出番は次回
乙!
レイ…一応もっ○りはするのねwww/////
そして会計さん、無事を喜ぶべきかまだ楽になれてなかったのかと同情すべきかorz
GJGJでした!
種死改編ものの多くだと、デュランダルとユウナはそれぞれ曲者ながら
ラクスの声に惑わされない聡明な指導者として描かれ手を組むケースも多いわけで、
こちらでもいずれ合流し結託する流れにはなるんだろうけど…
…決定的にナニカガチガウこの感覚は何と言うべきか、とにかく続きが楽しみです。
うひょー!!
最高っす!!レイが男の娘してるし、エルは無邪気かわいい!!
このまま、レイの成長と、ユウナの作戦が成功するかどうか、ドキドキで
たまりません。アークエンジェルも今後気になるし!次の回まで全裸できるぜ!!
SAN値ががりがり削り取られていくこの感覚、癖になってしまう。
ユウナに性別を考慮する分別があった!!!!!
レイの手料理は回避でよかったよかった
ギルとユウナの邂逅が楽しみすぎる
ワカメは子供なレイが大人へと変容していくことも込みで愛でているんだな
意外と深い愛情だわ、変態だけど
あといよいよ大型輸送船が決着付きそう
>やっと終わりが見えてきた
この話、先の展開が全く予想つきませんが最後までついて行きまさぁ!!
251 :
保守がてらに。:2011/10/12(水) 23:21:52.98 ID:SFrIqpDf
ラブチョリスinC.E 最終的にキラとシンがフルチンで愛を……
もし種世界の神の存在が暴かれたら
age
街中で旧支配者のキャロルが流れる時節になりもうした
ザクレロさんへ
第一話から読み直していて、今更ですが誤字ぽいの見つけました
第一話の5行目、「MSやなんて〜
やはいらないですよね。関西弁の盟主王も面白いですがw
勝手に修正するのもアレなのでこちらでご報告!
この話ではサイとフレイが好きです。アークエンジェル組の登場
まってます
更新履歴に上がってたのを見かけたんで初めて
>>206のキラシン逆転ものを見たが
久々に一気読みするほど引き込まれたよ。フレイ健気過ぎるだろ…(´Д`。)
できればシンと再会するまで見れたら最高だったけど…
それでもこんな良質なSSを読ませてもらった作者様には今更ながら礼を言いたいくらいだ
完結するSSは稀
大抵は作者が逃亡するか、三■目に潰されて終わる
クロス系スレの大半は三■目に潰されてる…
ザクレロの魔乳いいね
初めて魔乳をいいと思った旧支配者のキャロルを聞きながら
>>258 三●目「そうやって何でも俺のせいにしてれば良いさ……」
国丸ごとのアスハ派オーブを筆頭にユウナにトールにデュランダルといった
既に完全にアレな面々に加え、ベッドをもフル活用してでもキラを説得する凸とか
男の娘レイなど、濃すぎる連が揃ってる一方、AAは今のところ狂気を孕んだ
クルーが見受けられないからね…もっとも、黒ヒゲ海賊一家に長逗留してて
朱に交わってくる可能性もあるかもしれんが。
ところでラクスは、洗脳デンパに開眼する直前にザクレロのドアップ見て失神し
黒ヒゲの「戦利品」としてお持ち帰りされてしまったが、もう今頃は
どこへ出しても立派な共同肉便k……か?
>>256 了解、次のを上げる時にでも直しておきます
12月中に一本と思ってたけど色々あってここに来る事も出来なかった
わぁい
超待ってます
いつまででも待ってます
ザクレロ大好きなのでいつまでも待ってます!
保守
保守
もしイザークがイワークだったなら
保守
保守
うえ〇ゆうじ「ダメじゃないか、イザーク」
まだまだ待つよ
保守
ザクレロ待ち
サイとフレイのこの先が気になる
今は、ZAFTで会計などやっていて、任地を飛び回る日々だが、子供の頃は、工場の側に住んでいた時がある。プラントでは珍しくもない事だけど。
朝、工場が動き始めると、金属のぶつかり合う音が響いてうるさかった。
その音が聞こえると、布団の中に頭を突っ込んで騒音に無駄な抵抗をした後、ついには負けてベッドから這い出て、それから食卓のある居間へと向かう。そこに、一足早く出勤した母の用意した朝食があるのだ。
ああ、音が聞こえる。もう起きないと……起きないと……
頬に感じた固い感触に彼女は違和感を覚える。ここはベッドではない。でも、工場の音は聞こえる……いや、ここは?
夢の中から急速に現実へと引き戻された彼女の意識は、すぐに現状を把握した。
ここは装甲車の中。装甲車は……そうだ、外で凄い音がしたすぐ後に、ガタガタと揺れて……記憶はそこまで。彼女自身は兵員ベンチに座したまま、頭を垂れさせていた。
「う……」
小さく呻き、頭を上げる。途端に、身体に軋む様な痛みが襲う。シートベルトで締め上げられた所が特に酷い。擦り傷になってないと良いのだけど……と、場違いな事を思いながら装甲車の中を見やった。
装甲車の中、兵士達の多くは兵員ベンチにシートベルトで固定されたままでいる。身じろぎしたり、呻きをあげている者が多く、動かない者もいたが気絶しているのか……それとも、死んでいるのか? 見ただけでは判別はつかなかった。
そして、既に何人か動き出している者も居て、彼等は一様に強ばった表情で銃を固く握りしめ、一方を見据えている。操縦席の方を。
「……どうなったんですか?」
「事故を起こしたんだ……見ない方が良い」
シートベルトを外し、彼女は聞く。聞かれた兵士は苦々しくそう言って立ち上がり、その身で視線を遮って操縦席を隠そうとした。
それでも彼女は、何も知らない事での不安から、兵士の肩越しに操縦席を覗く。
操縦席は、ビルに突っ込んだ後にその崩落に巻き込まれ、前後と上下に潰れていた。
ひしゃげて中の機械類を吐き出した操縦席と、天井を破って落ちたビルの破片と、そこにいた筈のパイロットとガンナーが混じり合い、赤黒い奇妙なオブジェと化して、血混じりのオイルの池を広げている。
「!? ……ぅぐっ」
その悪夢の様な光景と、血とオイルの混じる匂いに、彼女の胃の中の物が全て喉に迫り上がり、溢れだそうとした。
「大丈夫か!? 見ない方が良いと言っただろう!」
気付いた時、先程の兵士が彼女の目線に割り込み、車内備え付けのエチケット袋を彼女の口に押し当てていた。
彼女はその袋を奪う様に受け取り、何も出なくなるまでその中に吐き出す。いや、何もなくなってもなお、吐き気が止む事はなかった。
「座るんだ。今は、救助を待つしかない」
「外は……外はどうなってるんです?」
彼女は兵士の指示には従わず、銃眼の一つに取り付く。
「よせ! 見るんじゃない!」
兵士は制止の声を上げる。だが、彼女は外の光景を見てしまった。
立ち上る黒煙。そして、まるで祭りの日の群衆の様に楽しそうに街路にひしめく人々……いや、暴徒。その暴徒達の中に取り残されたもう一輌の装甲車。
横腹に大穴を開けられて燻っているその装甲車には暴徒達が取り付き、何やら蠢いていた。何をしているのか……?
暴徒達は、装甲車の穴から中に入り、何かを運び出している。その度に暴徒達は沸き立ち、歓声や怒声、銃声を響かせた。夢の中で聞いた工場の音は、暴徒達が掻き鳴らすその音か。
そして装甲車側の街灯。暴徒達はそこに縄をかけた何かを吊り上げていき、先に吊ってあった物の仲間入りをさせる。一端に縄を掛けられた、細長くて途中から四本に枝分かれした形の、赤黒く汚れた……
「っ!?」
それが、首に縄をかけられたZAFT兵の成れの果てだと気付いた時、彼女は恐怖に銃眼の前から後ずさった。
吊られたのが誰なのかなどわかりはしない。人の形をしてるから人だとわかるだけで、殴られ、蹴られ、撃たれ、刺され、切られ、焼かれたそれは男女の区別すらつかなかった。
そして、吊り上げられた後もなお、それは棒で打たれ、銃で撃たれ、石をぶつけられ、力無くゆらゆらと揺れている。
「そ……外のアレ……みんなを……つ、吊るして……」
「わかってる。黙ってくれ。どうする事も出来ないんだ」
兵士は、彼自身も吐き気をこらえる様な苦痛の表情で言う。
暴徒を攻撃して止めさせる程の戦力はない。ほとんどの兵士が怪我を負って動けないし、砲塔を動かすガンナーシートは潰れている。
「わ……私達も……あんな……吊ら……吊られて……」
「だ、大丈夫だ! この装甲車はまだ装甲が保たれている! 中なら、外の暴徒の攻撃も効きはしない」
兵士のその言葉は、自身に言い聞かせている様なものだった。
確かに、暴徒達がこれ見よがしに持っている銃器による攻撃は効かない。破壊された車輌前部は瓦礫に埋まっていて、そこが弱点となることもないだろう。
しかし、ロケットランチャーやミサイルの様な対戦車火器が無いという保証はない。現に、一発はあったのだから。
それに、ハッチは全て外部から開く事が出来る。戦闘時の即応性や、緊急時の脱出などの必要から、ロックなどはされていないのだ。そもそも装甲車には、停車した状態での籠城戦など求められてはいないのだから。
つまり、相手が小銃しか持っていないとしても、接近されてしまえばそこまでだ。
「奴らが来るぞ!」
別の銃眼から監視をしていた兵士が叫んだ。
もう一輌の装甲車の“中身”の処理を終えた暴徒達は、次の仕事に取りかかろうとしていた。
最初は数人、吊り上げられた死体に集っていた群れの中から外れ、こちらにふらりと足を向ける。それに従う様に更に何人かが動く。その動きがより多くの暴徒を動かし……群れが動き出す。
一人が走り出せば、後は全員が走り出す。群集心理に突き動かされ、ただ獲物を求めて、暴徒達は走り出す。
「動ける奴は銃眼から撃て! ハッチを開けられたら終わりだぞ!」
装甲車の中、兵士が叫んで銃眼から銃を撃った。
迫ってくる暴徒が数人倒れる。暴徒達は攻撃を受けた事で、恐慌を来して逃げ惑う者と、狂気に駆られて応射する者とに別れた。装甲車の表面で幾つもの銃弾が跳ねる。
装甲車の中、頭を抱えて震えていた会計の彼女は、雨音の如く響く着弾音に大きく身を震わせた。
「応戦しろ! おうせ……がぁっ!?」
後部ハッチ。運悪く銃眼から飛び込んだ銃弾に貫かれ、兵士が装甲車内に倒れ込み、床を転がった。その兵士は胸の辺りから血を溢れさせながら体を大きく震わせる。その溢れさせた血は、彼女の前へと飛び散り、流れた。
「ひっ……ああ……」
赤い血。流れる血の赤さだけが彼女の目に残る。
赤……赤い血。世界から、それ以外の色が失われた様に感じた。
目線を上げると、灰色の世界。空虚で、現実感の無い……現実。
――ああ、ここは私の居る場所じゃ無い。
「帰る……」
彼女はふらりと立ち上がり、後部ハッチへと歩いた。
「何してるんだ!?」
別の銃眼で外に応射していた兵士が声を掛けてくる。彼女は、ハッチの開閉バーに手を掛けた。
「帰ります」
「何を言ってる!? ダメだ! 外に出たら殺されるぞ!」
兵士が制止の声を上げる。だが、それは彼女の耳には届いても、本当の意味では伝わらなかった。
「私、会計ですよ? お仕事が残ってるんです。こんな……こんな所に居たくないの! お仕事をさせて……」
恐怖に心を乱された彼女は、妄言を吐きながらハッチの開閉バーをひねり、ハッチを押し開ける。
「だってこんなの! こんなの私の仕事じゃない!」
悲鳴の様に声を上げ、彼女は全てに目も耳も閉ざして走り出した。銃撃を行う暴徒達の前へと。
が……その時、取り囲んでいた暴徒達が一斉に空を見上げ、彼女への攻撃はなされなかった。
彼女は仲間が居る装甲車から一人離れ、そして気配を感じて振り返り、空を仰ぎ見る――
空を覆うモノが居た。天空より睥睨する鋼鉄の蜘蛛。その姿を目に留めた一瞬の時が、意識の中で永遠に引き延ばされる。
逃げる事は出来ない。彼女は察した。
何処に逃げ場があると思ったのか? 何処に行けると思ったのか? そこにはもう絶望しか無いというのに。
それを魔獣が教えてくれる。狂気が――喰われる。
直後、魔獣から放たれた閃光が装甲車を貫き、彼女は襲い来た爆風に煽られて意識を失った……
「何故、攻撃を?」
シグーのコックピットの中、ユウナ・ロマ・セイランは通信機に向けかって聞いた。
通信機の向こう、ミステール1からはトール・ケーニヒの平坦な声が返る。
『敵ですよ?』
「……敵ねぇ」
少し、影響が残っているか? シミュレーターでは散々見た異常な戦闘能力を発揮する状態のトールだが、それを実戦に使ったのは初めてだ。エルを使って戻したと思ったが、戻しきれなかったのかもしれない。
しかし、“敵”とは……
ユウナは無貌のマスクの下で微かに笑みを浮かべた。
今の状況を見るに、装甲車は暴徒の襲撃を受けていただけだ。戦闘能力などなかっただろうから、装甲車の中の彼らが素敵なショーに招かれるのは時間の問題だった。
いささか風情が無くて参加したいとは思わないが、こういう祭りを眺めるのも心が沸き立って楽しいもの……と、思考が脇道にそれた事を悟ってユウナは頭を切り換える。
さて、その実態を知っても、果たしてトールは彼らを敵と呼べただろうか? それとも、敵と定められたもの全てを無慈悲に敵と呼ぶだろうか? 本来はもっと単純に、戦う必要のある相手のみを敵と定めて欲しい所なのだが……
「感情で敵を定めると苦労するぞ、トール君。それとも、君は“敵として存在する全て”を敵と見るのかな?」
誰にも届かぬ様に口の中で呟いたその言葉が終わるや、それを待っていたかの様に通信機がコール音を鳴らした。通信を繋げっぱなしにしていたトールのミステール1が相手ではない。
パイロットのレイ・ザ・バレルがそのコールサインを確認して、ユウナに告げる。
「ZAFTヘリオポリス守備隊指揮所からだね。たぶん、降伏の申し出かな」
「そうか……ま、受けようか。エル様も無駄な戦いは好かない。返信できるかい?」
ユウナはそう返しつつ、返信をレイに促す。
「通信機はMAに繋いで置いた方が良いんでしょ? じゃ、発光信号が良いかな? モニターしてると思うし」
レイはユウナの指示に従って、シグーに装備されたライトを点滅させるべく操作する。その動作を見ながらユウナは、思い出した様に皮肉げに呟いた。
「それにしても……通信がもう少し早かったら、あの装甲車の諸君は生き延びたかもしれないのに。惜しいねぇ」
全身に感じる熱さと痛み。遠ざかっていくざわめきを耳が拾う。
ZAFTの会計の彼女は、ミステール1のビームの一撃を受けた装甲車が起こした爆発に煽られて倒れ、今は瓦礫と破片の転がる路面に空を見ながら倒れている。怪我はしているが、生きていた。
これで暴徒達の手にかかれば、彼女の運命は先に死した者達を羨む様な悲惨なものとなっていただろう。だが、ミステール1は、暴徒達にも大きな影響を与えていた。
ビーム一発とは言え、圧倒的な破壊を至近で見せつけられた暴徒達は、まるで魂を抜かれかのた様に呆然とし、その後は一人二人と櫛の歯が抜ける様に散り散りになっていく。倒れる彼女が動かない事もあってか、注意を向ける者は一人として居なかった。
しかし彼女は、生き延びたその喜びを感じず、死した仲間達を思って悲しむ事も無い。ただ、彼女は恐怖に震えていた。
頭上を擦過し、装甲車にビームを打ち込んだほんの一瞬。その一瞬に見たミステール1。その姿に彼女は震える。今の彼女の中には、恐怖しか残ってはいなかった――
「タグボートとMAを全て出動させろ! パイロットが足りないなら、オーブ人に渡してもかまわん!」
ZAFTヘリオポリス守備隊指揮所。ギルバート・デュランダルは指示を下す。
「しかし、非武装の作業用MAでも戦力になります」
「とっくに負けた戦闘だ! それより手の確保を優先しろ!」
通信オペレーターが心配そうに声を返すのに、デュランダルは敢えて厳しい言葉を発する。
オーブ人に渡した物が戦力となって自分達に向けられる事を恐れているのだろうが、そんなものは敗北した今となってはどうでもいい話だ。ザクレロの圧倒的な戦力が背後にある以上、オーブ人が棍棒を振りかざして襲ってきても大した違いは無いのだから。
「降伏の信号は確実に打ったのだろうな!?」
「は、はい! 通信の他に、発光信号でも降伏を申し出ました!」
デュランダルは守備隊司令戦死の報告の直後に降伏を指示していた。確認しなければ、敗北を認めたくない兵に勝手に握りつぶされかねない……何処まで信用できない軍隊なのだと、デュランダルはZAFTの歪さに苛立つ。
幸い、この通信オペレーターは仕事をした様だ。
「返答は?」
「まだ……いえ、たった今、鹵獲されたシグーから発光信号を確認しました。『降伏を受諾する』以上です」
「シグーから?」
あの子……レイ・ザ・バレルはどうやら当たりを引き当てたらしい。抵抗勢力の中枢に接触が出来たか。
デュランダルは、レイの無事と勝利への安堵と、手塩にかけたスペシャルな子のレイならばそれくらいはして当然と誇る気持ちで頷く。
「いや、状況は把握した。降伏が受諾されたなら問題無い。後は全力で、接近しつつある大型輸送船に対処しよう」
「あの、装甲車で出撃した仲間は……」
今、このヘリオポリスに突っ込んでくる大型輸送船よりも気になるのか? いや、気になるのだろう。通信オペレーターが不安をはっきりと顕わにしながらデュランダルに聞いた。
「きゅ、救出や支援は……」
「そんな余裕は無いよ。今は無事を祈ろう」
装甲車三両が全て撃破された事は、港湾ブロックから市街を眺める望遠映像からでも察する事が出来た。ただ、撃破されたそこで何が起こったかはわかっていない。
デュランダルは、彼らが悲惨な末路を辿っただろうと確信を持って言えたが、それを言えば降伏に反対する人間を増やすだけだと考え、確信があるとは言え予想に過ぎない事を語る事は止めた。
予想? 予想に過ぎないだと? 先のZAFT襲撃の前後に何が行われたのかを知っていれば……
いや、今はそれを考えるべき時では無い。デュランダルは、不快な確信を頭の中から追い払う。
それよりも今は、目の前に迫った現実的な脅威の対策に当たらなければならなかった。
宇宙。ヘリオポリスへと突き進む大型輸送船。その船内。
開け放たれた整備ハッチから伸びたケーブルが通路を長々とのたくり、別の整備ハッチへと飛び込む。それが無数になされている光景は、通る者を捕らえんとする地蜘蛛の巣を思わせた。
仕組まれたバグによりコンピューターでの制御が行えないスラスター。それを強引にでも動かす為に、ケーブルで無理矢理つないでいるのだ。
ケーブルによって船内の既存の回線は複雑に繋げ合わせられ、その末端にある全スラスターのon/offを、機関室に置かれた、丁字の棒が生えた箱形の押し込みスイッチ一つに集約させていた。
スイッチとその前に待機した機関員を見ながら、機関長は通信機を使って船橋にいる船長に最終報告を行う。
「船長! 準備完了です。いつでも行けます!」
『……転進開始!』
返事には僅かに躊躇の間があった。それもそうだろう……これは賭けなのだから。
失敗しても、座して見送っても死を免れない賭け。成功のみが生へと繋がる賭け。それでも、躊躇しないわけが無い。自分のみならず、全乗組員、そしてヘリオポリスに住まう全ての人々の運命のサイコロを振る事に。
だが、船長は指示を下した。
「了解、転進開始! コンター――クっ!!」
機関長は船長の意を汲み、決めておいた声を無心で上げる。船長の意思は、迅速に遂行されなければならない。彼の数瞬の迷いと、それを断って下した決断に応える為にも。
「コンタクっ!」
機関員が応え、全身の力を込めてスイッチを押し込む。一抱えほどの大きさがあろうと、船全体に比べればあまりにも小さなスイッチを動かすだけ……しかしその直後、大型輸送船左舷前方と右舷後方のスラスターが爆発した様に火を噴いた。
圧倒的な力が船体を激しく軋ませ、その音は船内に大きく響き渡る。
船体も激しく振動し、乗員のほとんどが揺れに姿勢を崩して宙に足掻いた
これで、船体がへし折れれば、船に乗る者達はもちろん、大質量の破片を浴びる事になるだろうヘリオポリスも終わる。
地震に見舞われたかの様な船内で、船員達は祈っていた。
――神がいないこの世界で、何に?
その答は誰も知らない。
船内には重苦しい沈黙が満ちる。誰も話す言葉を持たないかの様に。
いつ船体が崩壊するかわからない。それを免れたとしても、回頭が間に合わずヘリオポリスに衝突する事になるかもしれない。押し潰される様な不安の中、船内に居る者達には無限とも思える時間が流れる。
実際にも、相当の時間が経った。大質量の大型輸送船が回頭を開始するのには時間を必要としたのだ。
「回頭開始!」
船橋。激震に揺れる中に響くオペレーターの報告に、船長は僅かに頷いた。
大型輸送船は前進を続けつつも、その向く先を変えつつある。しかし、慣性は前進を続ける事を強いる為、その進路はなかなか変わらない。まして、大型輸送船の質量ならなおさらだ。
そう、進路は変わりつつある。だが、それでもなお……
「本船は依然、衝突コースに有り」
進路をシミュレートしていたオペレーターが、落胆と憔悴の色に染まった報告をあげる。
「機関室! 出力はどうか!?」
『最初から全力だ!』
即座に船長が送った問いに、機関長が悔しげに答える。もともと機動性など有って無い様な船だ。仕方が無いでは済まされないとはいえ、限界はどうしてもある。
早くも手が尽きたか……歯噛みする船長の耳に、オペレーターの声が飛び込んだ。
「ヘリオポリスから、タグボートやMAが本船に向けて集結中です!」
「今から押して動かすつもりか!?」
宇宙を映すモニターに数多の光点が表示されている。その全てが、接近しつつあるタグボートやMAのスラスター光だった。それらは大型輸送船に衝突する様な勢いで突っ込んできて、船体左舷前方を中心に取り付き、その持てる推力の全てを大型輸送船の回頭の為に費やす。
大型輸送船が持つスラスターに比して極小と言わざるを得ないそれらタグボートや作業用MAのスラスターだが、それでも数がそろえば効果が無いわけではない。
「回頭速度が先程の予想値を上回りました!」
オペレーターが、手元に表示される数値の変動を報告した。
「再計算中。後続のMAやタグボートが全部手伝ってくれれば、予想が変わって衝突コースから外れるかも……」
僅かな期待を逃すまいとする様に、オペレーターの手がコンソールの上を素早く動き回る。
船長、そして全ての船橋要員はオペレーターの再計算を固唾を呑んで見守っていた。
――が。
「ダメだ……まだ、足りない」
手を止めたオペレーターの声が、死刑宣告の様に船橋に冷たく響く。
船橋が絶望に沈む。そんな船橋の沈鬱な空気を大きな警告音が引き裂いた。
「何だ!?」
「これは……大型MA、高速接近! さっき軍を蹴散らした奴です!」
そしてオペレーターは、先程から響いている警告音の意味を告げる。
「しょ、衝突します! いえ、今……衝突!」
オペレーターは報告を上げるが、MAの衝突といえど船橋までは何の影響も及ぼさない。だが、オペレーターの手元のモニターには、船体が受けたダメージについて、ある程度の報告が上げられてくる。
「外壁が歪んで空気の漏出が始まりました! 通路を三カ所で封鎖、気密は守られてます! あ……それと……」
オペレーターの声に、僅かな期待の色が点る。
「回頭速度が更にアップしました。再計算を開始します」
ヘリオポリスから、つい先だって自らが採光部のガラスに開けた穴を通過して改めて宇宙に出たミステール1。そして、それに随行するシグーは、そのまま大型輸送船へ直行した。
「大型輸送船がヘリオポリスに突っ込んでくる!? ちょ、大事じゃ無いですか!」
『だから出てきたんだよ。座標データを送るから、対象をモニターで確認してみてくれ』
ユウナの通信に添付されてきたデータを使って、トールはモニターに大型輸送船の姿を映す。未だ遙か遠くにあれど、宇宙空間では至近距離と言っていい位置にあるその大型輸送船にトールは背筋を寒くした。
「こ……この距離で衝突コース?」
最初にこの大型輸送船の随伴艦を撃破した時に比べ、大型輸送船はかなりの距離を詰めてきている。まだまだヘリオポリスまでは距離があるとは言え、衝突を回避するというのならもうギリギリの距離の筈だ。
「と……止めないと」
焦るトール。そんなトールを見て、そしてモニターの中の大型輸送船を見、エルは聞いた。
「後ろで火を噴いてるのは止められないの?」
「メインスラスターを止めても、慣性で直進するんだよ。船の方は回頭しようとしてるみたいだけど、回頭してもメインスラスターが無いと進路は変わらないから、避ける為には止められないんだ。学校で習っただろ?」
スラスターを止めたら大型輸送船も止まるのではと言う単純なエルの発想にトールは軽く説明して返す。それから、トールはユウナに聞いた。
「それで、どうしたら良いんです? あんな大きい船、壊しても……」
『どうって、押すのさ』
ユウナは事も無げに返した。
「押すって……あんな大きい船を!?」
いかにミステール1が強大な推進力を持つ戦闘用大型MAだからといって、大型船を押し退ける事が出来るとは思えない。
『なーに、僕らだけで動かそうってわけじゃ無い。タグボートやらMAやらを総動員して押させてもいるみたいだしね。僕らは更にもう一押ししてやるだけさ』
通信機の向こう、ユウナは気楽そうに言ってのける。
これが賭だという事は言わない。成功する方にユウナは賭けるしかなく、エルやトールやこのヘリオポリスにいるほとんど全ての人間にとってもそうであり、賭けをしないという選択は存在しないのだから意味が無い。
幸い、関わった誰もが事態を何とかしようとしている様で、当の大型輸送船はもちろん、意外な事にZAFTの動きも良い。タグボートやMAを差し向けたのは良い判断だ。無駄に戦いたがる馬鹿ばかりでは無かったらしい。
後は、ユウナやトールも出来る事をするだけだ。
「わかりました。やってみます」
ユウナの気楽な様子に釣られた訳では無く、トールは自分の成すべき事を成せば良いと理解した事で肝が据わった。
「ミリィ。ちょっと荒っぽい運転をするから、補助席に移って。足下の床を開けたら、そこに隙間があるから」
「え? う、うん……」
トールに言われてエルは、トールの体に掴まりながら体の上下を入れ替え、トールの脚の間に上半身を突っ込む様に移動させる。
「うわ、ミリィ! ちょ、前が見えない!」
エルのスカートがふわりと広がり、トールの視界を遮っていた。
視界の全てがエルのスカートの中身、健康そうな細い足の間に垣間見える小さな布きれの事で一杯になって、トールは慌ててスカートの布地を押さえて視界を取り戻す。
「ご、ごめんなさい。でも、お兄ちゃん、補助席あったよ」
エルは、自分が見せていた姿の意味には気付かないまま、純粋にトールの視界を遮った事だけを詫びる。そして、操縦席足下の床板を開けて、そこに開いた穴を覗き込んだ。
中は非常に狭い空間で、一応はモニターやコンソールがついているものの、操縦桿の様な物はついていない。これは、機体の試験中にエンジニアが機体の状態をチェックをする時などに使われていた名残であり、ミステール1の運用には本来不要な席だった。
エルはトールの体の上を這う様にして再び体の向きを変え、トールの足下の補助席へとその身を滑り込ませる。下に降りた反動で捲れ上がったスカートを脚の間に挟む様に押さえつけてから、エルは補助席のシートベルトを締めて体を固定した。
「い、いいよ。お兄ちゃん」
「しゃべったり動いたりしないで、じっとしていろよ」
頭上を見上げると、フットペダルに置かれたトールの脚の間から、エルの方を伺うトールの顔が見える。トールはエルに頷き、それから目線を上げて、操縦桿を握り込む。
そしてトールは、チラとヘリオポリスに目をやった。
そうだ……あそこは。
一瞬、脳裏にヘリオポリスでの思い出がよぎる。子供の頃、家族と――カレッジに進学して友人達と――そして、ミリアリア……
美しい思い出が、赤黒く爛れた記憶に浸食される。忌まわしい記憶が、美しい思い出を塗り潰していく。
そうだ……あそこは……あそこは……
断片的な記憶の中、少女の破片が微笑むのが見えた気がした。
そうだ、あそこには、きみがいた……
「ミステール1。行きます」
トールが抑揚の無い声で呟く。そして、フットペダルを強く踏み込んだ――
ミステール1が行く。大型輸送船へ向かって。そしてそのまま、ほぼ減速もせずに船体へと突っ込んだ。
「僕らが利用するんだから、あまり傷はつけないで欲しかったなぁ」
ミステール1が突っ込んだ辺りの外殻が大きく歪んだのが、後続のシグーのモニターを見てもわかる。ユウナは苦笑いをしながらそんな事を呟いた。それを聞いて、レイが悪戯っぽく笑いの色を含めて問う。
「私達もやります?」
「やめてくれ。こっちには補助シートなんて無いんだ。僕が血達磨になっちゃうよ」
軽く返すユウナ……と、その眉間に皺が寄った。
「逃げる?」
ユウナが見たのは、小魚の群れに大魚が飛び込んだかの様に、ミステール1が突っ込んだ周辺のタグボートやMAが動揺を見せ、その場から逃げようとする様子さえ見せた所だ。
ミステール1が加わっても、他の連中が抜けたのでは意味が無い。それは誰にだってわかるはず……いささか過激な出現だったのは認めるが、果たして逃げなければならない事なのか?
ユウナがそんな疑問を抱いたその時、通信機からトールの声が溢れた。
『――逃げるな! 押せ!』
逃げ出す者が表れたのを見て、共用回線でとっさに叫んだのだろう。とは言え、そんな事で、一度逃げようとした者が戻るはずも……
そんなユウナの考えは、その予測が外れた事によって中断させられた。逃げようとしていたタグボートやMAの内の何機かが、まるでぶつける様な勢いで再び船体へと取り付き、そのスラスターを今まで以上に噴かし始めたのだ。
彼はZAFTの港湾要員だった。
このヘリオポリスの危機にMAでの出動を命じられ、ミストラルを駆って大型輸送船を押しに来ている。
中途半端な気持ち出来たわけでは無い。ヘリオポリスには、ZAFTの同僚はもちろん、、同胞であるコーディネーターも多数居るのだ。彼らを救おうという気持ちはあった。
しかし……それが現れた瞬間、そんな気持ちは崩壊する。
大型輸送船の船体を通して伝わった衝撃、その衝撃を起こした存在を見ようとモニターを切り替え、そして彼はそれを見てしまった――ミステール1の姿を。
「ひっ!?」
その存在自体に心が締め上げられる。果たさねばならない任務も、守るべき同僚達の事も一切が彼の中から消え去った。
残ったのは恐怖のみ。彼はとっさにその存在から逃れようと、無意識にMAを操作する。が……それは果たせなかった。
『――逃げるな! 押せ!』
MAが船体から離れた直後、通信機から声が届く。その声は、恐怖心に縛られた彼の心を捕らえた。
「あ……ああ……」
脚は踏み抜かんばかりにフットペダルを踏み込む。操縦桿に掛けた手は強ばって動かず、その行く先を大型輸送船へと向け続けていた。
恐怖で真っ白になった心に、魔獣からの命令だけが響く。
押さなければ…………押さなければ……押さなければ!
機体内に警告音が響いている。スラスターのオーバーロードを知らせる音だ。止めなければ大変な事になると心の中の冷静な部分が囁く。
ああ……でも……押さなければ……………
彼はフットペダルを更に強く踏み込み――直後に起こった爆発の中で千々に砕かれた。
「何だ? 連中の反応がおかしい?」
考えられない反応だ。ユウナは思考を巡らせ、モニターの中に映るタグボートやMAを見る。そんなユウナとは違い、レイは喜悦の情を顕わに叫んだ。
「怯えているんだよ! アレは、とても怖いモノだから!」
「怯え?」
確かに、最初の動揺も、そして今見せている船を押している必死な動きも、恐怖から来るものだと言われれば納得できない事も無い。だが、それほどの恐怖をミステール1から感じるのか?
ユウナが考え始めたその時、大型輸送船の表面でMAが一機、閃光に変わった。残された機体の残骸と煤が、そのMAが今その瞬間まで押していた船体にべたりと張り付き、そこで何があったのかを教える。
「爆発した……まさか、オーバーロードで自爆したってのかい?」
スラスターの限界以上に船を押し、オーバーロードを起こして自爆。だが、その理由が、自己犠牲の精神からだとはユウナには思えなかった。何せ、ついさっきは逃げようとした機体なのだ。
理解が出来なくて困惑するユウナに、レイは艶言めいた口調で声を投げる。
「わからないの? 宇宙に恐怖を撒いているのが!」
シグーも大型輸送船へと辿り着き、こちらは緩やかな速度で接して船体を押し始める。
「恐怖だって? 君は何を言って……いや、君には何が見えているんだい?」
「宇宙を塗り潰すほどの憎悪と狂気……それが……んっ……」
レイは操縦桿から片手を放し、その手を自分のスカートの中に入れた。レイの荒いだ息づかいの合間に甘い声が混じる。
「ぁっ……ダメ……凄く感じる……のぉ……」
「……トール君の事か!?」
ユウナには、レイの言う事は理解できなかったが、何を指しているのかは察する事が出来た。
この場で狂気を放つものなど、ユウナは彼の他に知らない。
とは言え、トールの狂気とて、自身や周囲の者を破滅に引きずり込んでいく程の“ありふれた”狂気でしかないと考えていた……実際、戦渦に巻き込まれたヘリオポリスにも同程度の狂人は居るだろう。
では、彼らとトールは何かが違うのか? それともその程度の狂気でも宇宙は塗り潰されてしまうのか?
と、ここまで考えた所で、ユウナは思考を改めた。全ては単にレイの妄言であり、タグボートやMAの異常な行動には何か別の妥当な答があるのかもしれない。実際、そう考える方がまともだろう。
だが……ユウナはそんな“まとも”な考えを一笑に付し、喉の奥で笑う。その押し殺した笑いは、すぐに哄笑となってコックピットの中に響いた。
「いや、何だかわからないけど、そういうのも面白いぞ! 宇宙に恐怖を撒くもの。宇宙を憎悪と狂気で塗り潰すものか! 良いじゃないか! 僕にお似合いのメルヘンだ!」
トールが宇宙に恐怖を撒くというのなら、自分が導いて恐怖を色濃く撒かせたらどうだろう。
トールの憎悪と狂気が宇宙を塗り潰すというのなら、自分が手を貸して更にそれを塗り広げてやればどうなるだろう。
そんな考えでユウナは、モニターに映る星空を見渡す。この全てが恐怖で満ち、憎悪と狂気に彩られるのだ。
星を眺めて夢を見るなんて、まるで子供じゃないか。ああ、でも、それも悪くない気分だ。
ユウナは、宇宙の漆黒に見た夢想に心を躍らせながら、大型輸送船を押すミステール1を見遣る。
「これじゃ、もったいなさ過ぎて、なおさらこれで終わらせるわけにはいかないな。頑張ってくれよ、トール君。ヘリオポリスが守られないと、お話は始まらないんだから」
逆に言えば、全てはここから始まるのだ。
「い……行ける。もう少しだ……良いぞ……あと少し!」
大型輸送船の船橋。オペレーターが一人、うわごとの様に言葉を紡いでいる。
他の者は誰一人口を開かない。ただ声なき祈りのみが船内を支配する。
「い……行け! 行け!」
オペレーターの言葉が興奮の色を帯びていき、そしてそれを最高潮に達させて彼は叫んだ。
「越えたぁ!!」
――――っ!!
船橋に――いや、船内全ての場所で人々が歓声を上げ、それ船体を通じて船を押す者達にも通じるのではと想う程に響く。
階級も役職も何も無く、ただ人々はその事実に喜び、感謝し、それを言葉にならぬ声で現して叫んだ。
大型輸送船はついに、ヘリオポリスへの衝突コースから外れた。ヘリオポリス市民と、なによりこの大型輸送船の乗組員達の命は守られたのだ。
「後は停船させるだけだ。それで、全て終わりだ!」
船長は、喜びの中で叫ぶ。
何も知らずに。何も理解せずに。
まだ何も終わってはいない……むしろ、ここから始まるのだという事を。
機動戦士ザクレロSEED‥‥以上。
ヘリオポリス戦終了!
戦闘後の処理とか書く事はまだあるけど、時系列的にはミゲル達ガモフ組が先だけど、次はアークエンジェル組を書く。
>>272 お待たせ
帰ってきた!!!
支援?
あ、支援いらんかったw
ずっと待ってたよ!
>>288 支援、どうもありがと。
続きが出来たらまたー
レイにワロタ
ウヒョー来た来たキターーーーー!!!
これで…生き残ったオーブの棄民+少数のプラント組がユウナとギルの謀議の上
エルたんとミステール1を奉じて独立勢力になるというわけですかね?
そして会計さん生還オメ。
で次回はアークエンジェル…ヘリポリほどの狂気は無いように見えて、
クルーゼやラクスがどうなったかによってはこれまたアレな事になりそう。
おーー!うれしすぎるーーー
しかも会計さん、まさかの生き残り。ブランブランされなくて
本当によかった!
アークエンジェル組の主人公的な爽やかさに比べて
議長やレイ含めてヘリオポリス勢力のドロドロっていうか、
キモキモっていうかヤバさが際立ってますw
サイの登場楽しみだな、それにしてもサイ、ヘリオポリスに残らなくて良かったね。
もし残っていたら、まとめサイトにあるヘイトSSに登場する
サイのようになっていそうだ
原作通りには崩壊しなかったヘリオポリスの中で狂気が熟成されてゆくのが楽しみであります
無重力で精○出したらどうなるのっと
いっやったぁぁぁぁあああああ!!キター。
ああああああ嬉しくて、涙でてきそう!!!
ザクレロさん好きになっちゃうぅぅうう。
保守
まずは会計タンの生存をお祝いしよう。
……レイ、すっかり変態になっちゃってww
感じるって、ナニを感じるのか、おいちゃんに言ってご覧?
297 :
通常の名無しさんの3倍:2012/06/15(金) 23:54:15.35 ID:jDOF4aJx
キラ「…またリアルな夢を見たなあ。(種死OVA最終回のこと)」
キラ母「キラ、アスラン君から電話よ。アスラン君と待ち合わせしてるんでしょ。」
キラ「いっけねえ、忘れてた!すぐ支度して行くっていっておいて。」
枕元にラクスからもらったのと同じペンダント
終わり
まあいきなり金髪ショタと同居とかなったら人生狂うわな…
機動戦士種デスZZ・・・なんてあったら面白そうだなと思う
キラがカミーユでアスランがファ、シンはジュドーでレイは・・・マシュマーがいいな、うん
300 :
通常の名無しさんの3倍:2012/07/16(月) 12:00:45.82 ID:3H94rGxH
ここにガンダム00のif物は投下してもよろしいのでしょうか?
種以外お断りであれば、退散しますのでご教授願います。
>>300 スレタイ通り種はおkで、00等は駄目だと思う
新人スレがあったが、どこぞの基地害が潰してしまったし…
302 :
通常の名無しさんの3倍:2012/07/16(月) 13:34:57.02 ID:3H94rGxH
>>301ありがとうございます。
投下できそうなところを探して彷徨ってきます。
次あたりから種系OO系AGE系まとめてスレタイにブチ込まんといかんかなぁ
勢いも大分ないし
そろそろ新しい風を入れてもいいと思う
・・・間違えても風邪を入れないように
305 :
通常の名無しさんの3倍:2012/08/08(水) 09:29:31.76 ID:a54OirY0
もし、コーディネーターが室伏広治の遺伝子情報を参考にしていたら
ザフト開発「これがミレニアムシリーズ第一号ガッシャです、メインウエポン山越えハンマーはPS装甲関係なく破壊できる威力があります」
議長「まさにコーディネーターの魂が塊になった機体だな」
ザフト開発「更に武装変更用ハンマーを多数開発中です。」
「説明は私が振り回しに適したノーマルハンマー、ブースターを付けることにより威力を更に上げるハイパーハンマー、見た目から想像できない追尾性能を持つハロハンマー等を開発量産していきます」
議長「素晴らしい、感動した、ハンマー万歳!」
ザフト開発「ハンマー万歳!」
テム「ハンマー万歳!」
というわけですぬ
ザクレロレロレロさん降臨待ち
保守
ザクレロさん早く来てくれーー!
保守
新人スレ、潰れたと思ったら新スレ建ってた
ただし荒らしは今も粘着しているもよう
もしもMSがスポーツ競技用だったら
あれ?すごく平和じゃね?
MFはある意味そうなんだろうけど
あとジュニアモビルスーツとかは競技がありそう
>>313 ジュニアモビルスーツの競技はZの時カミーユが優勝経験なかったっけ?
保守
保守
318 :
通常の名無しさんの3倍:2013/03/03(日) 01:03:16.28 ID:M4QUwLYz
age
保守
駄文だが
ザクレロseedの支援用としてss書いてみた
機動戦士ザクレロSEED_ザクレロ開発暗黒秘話
MIP社編
MIP社とは、かつて月の裏側、L2宙域のコロニー郡に本部を起き、現在はアズラエル財団傘下の軍需企業である。
主にモビルアーマーを開発・生産する事を主としており、ザクレロもその内の1つである。
どうした??
MIP社の起源はce50〜60年代とされ、L2コロニー郡系企業の中でも当時最大級規模を持った企業の1つだった。
かつて新型機動兵器のトライアル用に開発したMIP-X1はAMBAC用のアームを持ったモビルアーマーで、当時モビルアーマーの革新といわれ世論の注目を浴びた機体であったが、
ジンの前身の1つである某社の試作機に敗れ不採用となった。しかしMIP社はビーム兵器の開発に早くから取り組んでおり、これを搭載するモビルアーマーの開発・生産を行っていたことが後にアズラエル財団の目を引き、財団傘下として拾われることとなった。
一方で当時MIP社と競争していた某社は地球連合の前身的な組織に対し独立戦争をしようと準備を進めていたL2コロニー政府が
連合国によって未然に検挙・鎮圧されたことによるとばっちりを受けることとなり、
経営不振に陥り、プラント系企業と企業提携することで巻き返しを図ろうとしたものの、結局プラント系の企業にいいように利用され吸収・消滅した。
一度破れたMIP社がアズラエル財団に拾われその後頭角を表し始めるのに対し、某社の方はその後兵器開発史にその名を表すことはなかったのはまさに皮肉としか言いようがない。
期待はしてないが、要望があったら続き書く
保守
宇宙。
ああ……
青白いスラスター光を鬼火の様に牽きながらMSジンが迫る。眼前にモノアイが輝く。
ああああああ……
手にした重斬刀を振りかざし、そして自分を一太刀に切り伏せようと……
「ああああああっ! くる! て、てきが……」
「落ち着け! 戦闘は終わった! ここは安全なんだ!」
「!? いっ……! ……つぅ……」
かけられる声と、身体に走る鈍痛が、サイ・アーガイルの意識を急速に覚醒させた。
ぼやけた視界がゆっくり明瞭になってくると、医務室の無機質な天井と、自分を覗き込む、衛生兵のワッペンをつけた陸戦兵が見える。
次に顔を動かすと、自分の身体が固定されているベッドと、自分の身体に繋がっている無重力対応の点滴、今も熱く焼けるように痛む腕や脚に包帯が巻かれているのが見えた。
「落ち着け。落ち着いたか? 戦闘はもう終わったんだ」
衛生兵は、サイを宥め落ち着かせる為に話しかける。サイは少しの間、苦痛に呻いていたが、ややあってから衛生兵に問いを投げた。
「敵は……どうなりました? アークエンジェルは? フレイ……は?」
「お前が全滅させたよ。船も乗組員も全員無事だ」
衛生兵が宥めるように言うと、サイは安堵の息をついた。そんなサイをもっと落ち着かせる為に、衛生兵は言葉を続ける。
「最後の戦闘から、もう三日が経った。今、アークエンジェルは連合の宇宙基地『アイランドオブスカル』に停泊中だ。安全だから、安心して休んでいろ。
ああそうだ、ちょっと待ってろ。鎮痛剤を使ってやるからな」
そう言って衛生兵は、医療キットを取り出すと中を探り、小袋に封された一本の注射器を取り出す。
「全身をコックピットの中で打ち付けたんだよ。骨はやっちゃいないが、打撲と擦り傷だらけだ。治りが悪くなるから、安静にしてろよ。これを打てば、眠れる筈だ」
全身打撲。それほど重い怪我ではなかったが、それでもしばらくはサイを動かせない。
衛生兵は、袋から出した注射器を、点滴のチューブから枝分かれした接続部に繋ぎ、中の薬液を注入する。
その動作をサイは見守っていた。
聞きたい事はあったが、苦痛が酷く、身体が軋むようで、話をするのも辛い。
沈黙のままに少しの時間が経つと、鎮痛剤が効果を及ぼしだしたか痛みが和らいでくる。だが、それと一緒に、サイは強い眠気を覚えた。これも鎮痛剤の効果なのだろう。
サイは身体の痛みから逃れる為にもこのまま睡魔に身を任せたかったが、眠ってしまう前に聞かなければと思い直し、衛生兵に再度重要な問いを投げる。
「あの……フレイは? あの時、艦橋にいたフレイ・アルスターはどうなりました?」
「なーに、大丈夫だよ。元気なもんさ。今はゆっくり休め」
衛生兵は殊更明るく言い放ち、何も心配する事はないとばかりに笑って見せた。
その笑顔が、急速に襲い来た睡魔に掠れ、サイの周囲は眠りの闇の中へと落ちていく。
「フ……レイ……」
最後の呟きを残し、サイはまた眠りに就いた。
サイの眠りを確認し、衛生兵は笑顔を解いて溜息をつく。
「嘘を許せよ。本当の所を知っても、ベッドの中で気を揉むしかできないからな」
サイに必ず聞かれるだろうと、全ての事情と、それをサイには伝えない事を衛生兵は言いつかっていた。
今、フレイ・アルスターは営倉入りを命じられ、艦内の懲罰房に入っている。
営倉入りから更に何かの処分が下されるのかどうか、まだ決まってはいなかった。
アークエンジェルは今、連合軍の秘密基地『アイランドオブスカル』に停泊していた。
暗礁宙域の中に位置するこの基地には、第81独立機動軍指揮下の海兵隊が駐留しており、主に偵察や通商破壊工作任務に従事している。
基地自体は、大昔の宇宙ステーションやコロニーの残骸などを組み合わせて作られたもので、デブリに擬装されてはいるが、中には最新と言っていい機材が揃っていた。
アークエンジェルはそのドッグで、破損した装甲や兵装の修理を受けている。
また、併せてMSカタパルトの改造も行われていた。ザクレロの様な大型MAでもカタパルト発進が出来るようにする為の改造で、設計上で許容されている範囲内での縦横幅の拡張と、より重量のある物が撃ち出せるよう出力の向上が行われている。
その作業は基地内のスタッフにより行われており、アークエンジェルの乗組員達には、その修理と改造が終わるまでの間、休息の意味も含めた待機命令が下されていた。
アークエンジェルは現在、第81独立機動軍の指揮下に入っており、命令もそこから出されたものである。
なお、アークエンジェル内にいたヘリオポリスからの連合国籍避難民達は、その全てが第81独立機動軍の保護下に移された。アークエンジェル内には今は軍人しか残っていない。
未だ人員の補充は行われていないので酷い定員割れは全く解消されていないが、待機中の現在はそれほど問題にはなっていなかった。
それに、準備が整い次第、人員補充と物資補給が併せて行われる事が約束されてもいる。
その時、現在の暫定的な人員配置がどう変わるのかわからないが、少なくともそれまではナタル・バジルールが艦長である事に変わりはない。
そのナタルは、シルバーウィンド襲撃戦以降、鬱ぎこみ気味であった。
一人、艦長室に閉じこもっている事が多く、外に出るのは任務の為の最低限の時のみ。士官食堂などに出てくる事もない。
ブリッジで勤務している時も何か懊悩している様子で、じっと重苦しい沈黙を纏っている。
そんなナタルに干渉しようとする者はいなかったが、ナタルのその姿はクルーに僅かばかりの不安を与えていた。
「で……我等が艦長はどうしたんだ?」
シミュレータールーム。訓練が一息ついたのを機として、ムゥ・ラ・フラガは、シミュレーターの座席でバテているマリュー・ラミアスに聞いた。
「んー」
突っ伏すように身を折っていた座席の上、半身を起こしてマリューは答える。
「艦長としての采配が上手く出来ないって、気に病んでるのよ。経験ゼロでいきなり艦長じゃ、出来なくって当然なんだけど……」
階級が上で同性という事もあり、マリューはナタルに踏み込んだ事を聞けていた。もとい、無遠慮に聞き出したとも言えるが。
「……当然であっても、失敗は許されないって所か? 上手くやってる様に思うんだがな」
堅い事だと深く溜息をつきながら、ムゥは偽り無く思う所を言う。
あの壊滅的な状態のヘリオポリスを脱出して、ZAFTの追撃を振り切って無事に逃げられた。ナタルは、それだけの成果を上げたのだ。
だがマリューは、そうじゃないのだと首を横に振る。
「戦闘の指揮がちょっとね……脱出してからまだ戦死者は出てないけど、サイ君はかなりやばかったでしょ? それを、何も出来なかったって……」
「生還が奇跡みたいなもんだからな。それに関しては、俺達もかなり不甲斐ないんだが」
ムゥは苦々しい表情を浮かべた。何もしてやれなかったという点ではムゥも同じだ。
巡り合わせが悪く戦場では離れてしまっていただけの話ではあるが、サイには単独で厳しい戦いばかりをさせてしまっている。
「サイ君は大活躍なんだから、ナタルが気に病まなくて良いのにねー」
一方、マリューは全くそういった事は気にしていない様子だった。方法はどうあれ、上手く行っているのだからと、楽観的に考えている。
どんな形であれ成果が伴えば楽観的になる所は、色々と危うい面もあるのだが、マリューの美点ではあった。
「……そうだな。気に病んでも仕方ないって事には賛成だ。ラミアス大尉は、お気楽が過ぎるが、艦長はそれを少し見習うくらいで良いのかもな」
「ちょ!? それ、私にも艦長にも失礼じゃない!?」
軽く肩をすくめながら冗談めかして言ったムゥに、マリューが抗議の声を上げる。
それを無視して、ムゥは言葉を続けた。
「ま、気分転換でも出来れば良いんだろうがな。艦の中に閉じこもりきりじゃなー」
と、その台詞を聞いて、マリューはちょっとした天啓を受け、今感じた怒りを忘れて、ムゥに向かって身を乗り出した。
「それよ。基地への上陸許可が出たんでしょ? 気分転換にならないかしら?」
アークエンジェルのクルーには、基地への上陸許可が出ている。
しかし、所詮は宇宙の孤島のような基地である為、上陸する理由はほとんど無く、上陸するクルーは多くなかった。
とはいえ、ナタルの気分転換の為に環境を変えさせてみるというのは方法の一つではある。
が、ムゥは少しばかり苦い笑みを浮かべて首を横に振った。
「あー、海兵隊は、ちょっとノリがな……乱暴な奴が多いし。バジルール艦長向きじゃないな。意外に、ラミアス大尉向きかもしれんが」
この基地は海兵隊の基地だ。宙軍とはその空気からして違う。
紳士であれと教育される海軍とエリートである空軍の血を引いている宙軍は、紳士でもあるしエリートでもある。気障で高慢で頭でっかちという評価もいただいているが……
ともかくナタルは、重症っぽくもあるがそういう宙軍の典型的なタイプだ。
一方で、海兵隊はその出自から違い、元になったのは同じく地上での海兵隊である。
敵地に真っ先に乗り込む事を主任務とする海兵隊は、その任務の性質の通り、兵達の気性も荒々しい。
ムゥは元よりお上品な方ではないし、マリューの楽観は海兵達にも心地よいだろうが、ナタルとの相性はどう考えても最悪だった。
真面目なナタルでは、かえってストレスを溜め込む事になるのがオチだろう。
「ま、今日はこれから、俺も上陸してみるつもりだ。偵察は任せろよ」
「え!? じゃあ、私も……」
「お前は、シミュレーター訓練で人並みの点数をとれるようになってからだ。これからも、MAパイロットを続けるんだろ? 愛しのザクレロの為にさ」
ムゥが基地に上陸すると聞いて同行の名乗りを上げようとしたマリューを、ムゥは軽くいなした。
補充兵が来るとなれば、MAパイロットも正規の兵が来るかもしれない。
そうなれば、マリューはザクレロから下ろされる……という危惧がある。あると言うより、マリューに特訓させる方便として、ムゥが吹き込んだ。
実際の所、どうなるかはわからない。
ただ、これでもマリューは実戦で戦果を上げているのだ。パイロットとしてそのまま搭乗を続ける可能性の方が大きい様な気はする。もっとも、わざわざそれを言うムゥではないが。
「残念だったな。噂じゃ、でかい酒保があるらしいぜ」
酒保。兵員用の売店の事だが、この基地には兵員用の酒場があると、この基地の港湾要員に聞いた。
そうでなければ、ムゥもわざわざ降りようとは思わなかっただろう。
「く……お酒!?」
マリューの声がうわずる。
酒類は、戦艦内ではなかなか楽しめない。特に戦闘行動中となればなおさら。つまり、ヘリオポリスからずっと逃走の中にあったアークエンジェルでは禁酒状態だった。
基地に着いた今では解禁されており、船内に積んである酒類が解放されているが、それでも飲む量に制限が付いている。
酔うとまではいかない……むろん、艦内で酒に酔うような醜態をさらさせない為の飲酒制限なのだから、それが当然なのだが。
マリューは、アル中が心配されるほど飲むというわけではないが、大人なりに酒を楽しみたい気持ちくらいはある。
なにより、ハメを外して遊びたい。でも残念、マリューにそれは許されない。
そんなマリューの気持ちを酌み取り、ムゥは清々しいまでに軍人らしい表情で敬礼をして見せる。
「自分が、ラミアス大尉の分まで飲んで来るであります!」
「無重力酔いしてゲロ吐いてゲロ玉の中で溺れちゃいなさい」
マリューの心の底からドロドロと湧き出た恨み言を、ムゥは笑顔でスルーした。
「あのままだったら、サイは死んでました!」
懲罰房。奥の壁に背を預けて漂いながらフレイ・アルスターは言い放った。
対面にいるナタル・バジルールへと。
先の戦いで拘束されたフレイへの事情聴取。如何に人手不足だとはいえ、艦長のする仕事ではない。
しかしそれを、ナタルは自ら一人で行っていた。まるで、他者を介入させたくないかのように。
そして、「何故、勝手な行動をしたのか?」それを問う。その問いにフレイが返したのが先の言葉だ。
それは単に感情のままに零れたものでしかなかった。
抗弁するにしてももっと他に言いようがある。フレイもそれは悟っていたが、サイを死地へ送り込み、無策に死なせようとしたと、ナタルへの感情が先走ったのだ。
言った後でフレイは、言葉を誤った事に気付いて、失態を演じた事の後悔と共に奥歯を噛みしめた。
サイを守りたい。その為には、軍を辞めさせられるわけにはいかない。それなのに、艦長に逆らうなんて……と。
フレイは身構えてナタルからの叱責を待つ。
だが、ナタルはただ一言だけ呟いた。
「そうか」
その時、ナタルの顔に浮かんだ表情は、咎を責める者ではなく、責められる者のそれだった。
あの局面でサイに有効な指示を下せなかった事をナタルは認めてしまっていたし、かといって「上官の失策に従って死ぬのも兵の責務だ」と正しい建前を言うほどの傲慢さもない。
非を認めてしまう真面目さと、正しい事であっても人の命を道具のように扱う事に傲慢さを感じてしまう健全な精神。
そのどちらも、軍人として生きれば、いずれは摩耗して消えてしまうものなのかもしれない。そして、そうならなければ、生きていけないのかもしれない。
しかし、未だ若輩者であるナタルは、そういういわゆる娑婆っ気を残していた。
「だが……それでも、兵の任を逸脱する事は許されない事だ。兵は……与えられた任を全うしなければならない」
言い訳じみたナタルの反論。そしてそれは同時にナタル自身を責める言葉でもあった。
艦長ならば敵を排除する為に的確な指示を下さなければならない。その任を全うできなかったのはナタル自身なのだから。
だから……
フレイはその心の傷を突いた。
「艦長は艦を守れなかったじゃないですか」
最初の言葉と違い、今度の台詞は冷たい計算から放たれる。
わかったのだ。
ナタルが何を求めてここに来たのか。
フレイの事情聴取は建前。かといって、叱責しに来たわけでもない。
ナタルは、自らの不甲斐なさを責められに来たのだ。
自分で自分を責めている時には、優しくされるよりも、責められた方が心が落ち着く時がある。今のナタルのように。
だが、アークエンジェルにはそれなりにしっかりした軍人が多い。つまり、上官が無能だろうと、今更、暴言を吐くような真似はしない。
それに、彼等からのナタルの評価は、こんな不利な状況で良くやってくれているというもの。なおさら、ナタルを責める言葉など出てこない。
ただ一人、命令違反を犯したフレイを除いて。
浮かびそうになる笑みをフレイは冷たい表情の裏に隠す。
ナタルは怒りと傷心と……僅かな安堵が混じった表情で唇を噛んだ。
そんなナタルに、フレイは背中を這い上るようなゾクゾクした震えを覚える。
――これだ。
フレイの中の“悪い子”が囁く。
欲しいモノを上げよう。それは、とびきり甘いだろうから。
その代わり、私は貴方の全てをもらう。貴方は、私の欲しいモノ全てを差し出すの。
ナタルが欲しいのは叱責。そして許し。
でも今はまだ許すべき時じゃない。
焦らして焦らして、そして最高のタイミングで許してあげる。プレゼントは、待たされた方が楽しみでしょう?
だから、今はこう言うの。
「もう、貴方と話す事なんて無いわ。出て行って!」
「…………っ」
強めの口調で言い放ち、フレイは出口の扉を指差す。
無論、本来ならばナタルがこんな言葉に従うなど有り得ない。本当に、本当に事情聴取に来たのだというなら。
だがナタルは、反論もせずにフレイの前を離れた。
そして、ドアの前に立ち、振り返りもせずに一言だけ残す。
「君の感情が落ち着かなければ、事情聴取は出来そうにないな。また来る」
ナタルはドアの向こうへと姿を消した。
「また来る……ね」
言葉の前半はナタルの自分への言い訳。大事なのは後の言葉。
また来てくれるらしい。
それは良い事。利用できる相手を利用するだけだ。やがて相手は、フレイの張った甘い罠に落ちるだろう。
クスクスと笑みを漏らし、そして呟く。
「いつでも、いらっしゃい。優しくしてあげる。溺れさせてあげる……」
フレイの顔に妖艶な笑みが浮かぶ。
その笑みは何処か熱に浮かされたかのように、そしてとても楽しげにも見えた。
愛おしい人を失う事を考えたなら、フレイは何でも出来てしまう。何でもやれてしまう。
失われた人には、その復讐を捧げる為。失われそうな人には、それを防ぎ守る為。
きっとそれが、その人から蔑まれ厭われる、そして嘆かせてしまうような事でも。
それが自分であり、自らをも焼き尽くす情念の炎を消す事は決して出来ない。その情念故に自分は、最後には全て失うのだろう。フレイには、そんな漠然とした予感さえあった。
規制解除されたので貼り
海兵隊基地とアークエンジェルの中での、どろどろした話を開始
続きはきっと近いうちに
フレイ攻め×ナタル受けの言葉責めだとお……なんという俺得ッッッ
あと海兵隊には確か以前の戦利品として覚醒に失敗したラクスの身柄が…
まってましたよおおおおおおおおおおお
うおおおおおおおザクレロきてたああああああああ!!!!!!
続きを、土曜の夜に完成予定
また規制されてたら、まとめサイトに先に貼りますんで、その時は転載をお願いします
しかし、ザクレロは話題のネタふりにならんなぁ
そんなこたぁありませんよ。
さすがに種系二次SS自体が以前に比べりゃ落ち着いて来てしまってはいますが
むしろだからこそ未完結の作品に対しては常に続きを渇望しとるんです。
ハイペースなら言う事ありませんがゆっくりでもどうか続けてくださいませ。
あーいや、盛況だったか頃からレスが盛り上がらない傾向があるんで、スレが寂しいのにあんまり貢献できないなと
ざっくり書きためた分があるから、この海兵隊基地編は順調に落とせると思うよ
乙、フレイが怖い…
ムゥ・ラ・フラガは一人、連合軍海兵隊基地アイランドオブスカルに上陸していた。
カモフラージュの為に無作為を装って宇宙ステーションやコロニーの残骸を連結した基地である為、内部は非常に入り組んでいる。
慣れないムゥでは案内図があっても正しい道を辿るのが難しい。その辺りが、ムゥがこれまで勤務してきた基地との違いか。
内部の構造に目をつぶれば、あとは普通の宇宙基地と変わる物ではない。
訓練中の装甲宇宙服を着た一団が、凄い勢いで通路を飛んでいくのとすれ違ったくらいで、目につくものはなかった。
しかし、居住スペースに入ると、通路は一気に混沌の色を増す。
部屋の中だけではなくそこかしこで、非番らしき兵士達がゴロゴロと転がり……というか無重力の中で漂い、勝手気ままに休んでいる。
銃を持ち装甲宇宙服を着たままの兵士まで居る始末だ。部屋の中に鮨詰めで設置された、誰かと使い回しているベッドに寝るより、その方が快適なのだろうか?
通路の中には、よくわからない細かなゴミが無数に浮かんでおり、それらは空気の流れに乗ってゆっくり対流している。
そして、最後にはそこに辿り着くのだろう通風口の所で穴を塞がんばかりに溜まっていた。
通路の壁は薄汚れ、奇妙で卑猥な落書きが色を添えている。
こういうのは、宙軍の基地では見ない。海兵隊の基地でも、ここまで酷いのにはそうそうお目にかかれないだろう。
「キルロイ参上ねぇ。何処に居やがるんだな」
壁の向こうから長鼻を垂らす男の落書きに苦笑し、ムゥは先を急ごうとする。
居住区に入ったなら、目的の酒保まではもう少しの筈だ。壁に書かれていた落書き、「HEAVEN→」の矢印が最後の道順を教えてくれた。
やがて辿り着く居住区の深奥。そこに、元は宇宙に直置きするタイプの倉庫かドックか何かだと思われる部品が、継ぎ接ぎまるわかりの不細工さで通路の脇に溶接されていた。
開け放たれた入り口から漏れる喧噪と騒々しい音楽。
入り口の周囲に申し訳程度に飾られたモールやカラー電球などの安っぽい飾り。
そして、入り口の脇に乱暴に書き殴られた「BAR」の文字。
同じように落書きされた後で何かで削られて消えかかっている「No Minors Allowed(未成年お断り)」の文字が、そこが目的地と教えてくれた。
ムゥは、本来の酒保とのあまりの違いに苦笑しつつ、また一方でこの猥雑さを好ましいと感じながら、その入り口をくぐる。
中は薄暗く、だが無駄に飛び交う色とりどりのサーチライトが眩しい。
目を差したサーチライトの焼き付きになれると、ダンスホール程の広さの内部がよく見えてきた。
床や壁や天井……いや、無重力なのでその区別はないのだが、ともかく部屋の外周に手すりが張り巡らせてある。
客達は皆その手すりに止まって、ドリンクパックの中身を飲み、トレーに塗られたジャムみたいに粘りがある料理を食べ、各々勝手に浮かれ騒いでいる。
奇妙な光景ではあったが、重力ブロックがない以上、酒場はこんな形になるのだろう。ムゥはその事には驚きはしなかった。
ムゥが注目したのは、部屋の内側。何も無い空間を飛ぶように行き来する女達の姿。
ムゥは、適当に近くの手すりに空席を見つけると、移動用の手すりを伝ってそこに行き、他の客と同じように手すりに止まってから、改めて女達を観察してから呟いた。
「驚いたな。コーディネーターじゃないか」
連合軍の制服を改造したらしい衣装……袖を切り落としてベストにしたらしい上着と、足の始まり間際まで切り詰められたスカート。
扇情的なその姿は、彼女達がホステスである事をこれ以上無くアピールしている。
そのスカートから伸びる脚や、大きく開かれた胸元から覗く谷間にも注目せざるを得なかったが、ムゥを驚かせたのは彼女たちの髪だ。
最初はサーチライトの光の加減かと思った。だが、すぐにその髪の色が地色だと悟る。
自然には有り得ない、色とりどりの髪の色。すなわちそれは、コーディネーターである事を示している。
注文を取りに来たホステスにビールと食事を頼んでから、ムゥがその姿を目で追っていると、同じ手すりで横並びになってドリンクパックを舐める様に飲んでいた男が話しかけてきた。
「コーディネーターが珍しいのかい? と……大尉殿でしたか」
少尉の階級章をつけた彼は、ムゥの階級章に気付くと少しだけ姿勢を正す。ムゥはそれを見て、気にせずかまわないと手を上げて示した。
「酒場で堅苦しいのは止そう。それより、あれはやっぱりコーディネーターなのか?」
「そりゃどうも大尉殿。大尉殿の言う通り、コーディ共さ」
少尉は、ムゥの配慮に感謝して、砕けた口調で話す。
ムゥは、一人酒よりは面白そうだと、少尉の側に寄って問いを投げた。
「コーディネーターは敵じゃないのか?」
「人間は、紀元前から敵国の女を奪って抱いて来たんだ。コーディネーターぐらいは余裕ってわけさ。あそこに牙があるわけじゃなしってね」
少尉は股間の前で、手を鰐口みたいに動かしてアピールする。ムゥはその仕草に笑いながら重ねて聞いた。
「でも、どうしてここにコーディネーターが居る?」
コーディネーター=プラントのイメージが強いが、地球にもコーディネーターは居る。中には、連合軍で働いている者も。
だが、少尉の話しぶりからしても、きっとここのは違うだろう。そのムゥの考え通り、少尉は軽い口調で答えた。
「生粋のプラントっ娘ですぜ。戦場で獲れたピチピチの捕虜だ」
通常、ナチュラル同士の戦争では、戦争のルールが決められているので、捕虜への虐待や民間人を狙った攻撃を行う事は出来ない。すくなくとも、おおっぴらには。
しかし、この戦争では、それら取り決めの一切がなされなかった。
故に、捕虜を取らずに皆殺しにする事や、民間人を巻き込む攻撃が公然と行われている。
そして当然の事ながら、こういう事も起こりえるという事なのだろう。
これを野蛮と言うか……なら、並べて撃ち殺すコーディネーター共のやり口はどうか?
嫌な話だと思いつつも、ムゥは気の向くままに問う。
「捕虜と言ったが、これは徴労かい?」
捕虜に労働をさせる事は、普通の戦争でも認められているが、酒場で働かせるのは有り得ない。だが、少尉の答えは、ムゥの予想以上に有り得なかった。
「志願だよ」
「志願だって!? コーディネーターが、ナチュラル相手のホステスにか? 捕虜ってからには、プラントのコーディネーターなんだろう?」
ムゥは驚きに声を大きくする。
プラントのコーディネーターはナチュラルを見下しているものだ。それが、ナチュラルの為に酒汲みをするような事は無いと思っていたのだ。
それに対して少尉は、何でも無い事のように言った。
「敵の酒場で愛想笑いするだけで、兵士と同じ飯が食えて、酒が飲めて、清潔な服と化粧品が貰える。男と寝れば、金だって稼ぐ事も出来る。金があれば、嗜好品も手に入る。
やる奴はやるのさ。生き物なんだから、それが普通の事なんだと思うぜ? 生きたい、辛いのは嫌、楽がしたい、美味い物を食って、綺麗な服を着て……
俺達兵隊だって、戦うのは飯を食う為だ。お偉いさんは違うのかも知れないがね。
だから……“ああいいうの”は違うんだよ。生きる事以外の為に動くなら、そいつは生きちゃいない。ゾンビだ」
少尉の最後の言葉には、重く苦いものが感じられた。
戦場でのトラウマか? それを洗い流すように、少尉はドリンクパックの酒を胃に流し込む。
それから、嫌な事は振り払った様に明るく続けた。
「ま、難しい事はさておき、ここの女共はまだわかりやすいって事さ。腹の中で舌を出しながら俺達に媚びる、可愛い奴らだよ。
ああ、忠告するが、この酒場の女には暴力を振るわんことだ。紳士協定に基づいて、俺達みんなから袋叩きにされるから。
そして、ここの女共を抱きたいなら、女に頼んで、金を払う。それがルールだ」
「へぇ。扱いが随分と優しいな」
一応、女を保護するルールがある。その事もムゥには意外に感じられた。
海兵隊に対する色眼鏡かもしれないが、そこまで紳士的な連中とは思えなかったのだ。
だが、少尉が言うには、そこにもちゃんと理由があるらしい。
「女を殴りながら酒を飲みたいって奴は、そんなに多くないって事だよ。楽しく飲むには、笑顔を向けてくれる女が必要だ。
金を取るのは、女の数が足りないからさ。奪い合いになっちまうだろ? 金も出せない甲斐性無しは女を抱けないってのは、なかなか良いルールなんだぜ?
女に選択権を認めるのも同じ理由だな。なに、そうそう断られたりはしない。断られる奴は、女に嫌われる何かがある奴だ」
そこまで説明した後、少尉は下衆な笑みを浮かべる。
「ただ、あんたが女を殴りながら酒を飲みたいとかいう趣味なら、ちょっと別を当たってもらう事になるな」
「やっぱり、そういう所もあるのか」
やはりか……と、ムゥは暗澹たる気分になる。
単純だ。この酒場での勤務を志願しなかった女、志願する事も許されなかった女はどうなるか? 平穏無事に檻の中って事はあるまい。
少尉は、ムゥのその反応を見て、ムゥの趣味とは違うと悟ったが、それでも与太話として話は続けた。
「あるにはあるが、コーディが嫌いだからとか、レイプに興味があるからなんて理由ならお薦めしないね。
大概、ここに来たばかりの奴はやりたがるんだが、一回か多くて数回で嫌になる。悪けりゃ、二度と起たなくなるなんて奴も……な。
悲鳴と罵声が耳を突く中、殴られ蹴られで外見からして悲惨な女に、サービスなんて期待できないからただただ突っ込んで腰を振るんだ。
酒か薬か戦闘で頭がいっちまってないと楽しめないね。もちろん、それが病み付きになる奴もいるけどな」
少尉の話では、そういうのは人気が無いらしい。彼らの中でも、そこに行くのはド変態だと相場が決まっているようだ。
まあ、普通の感性だと、泣き叫ぶ女を殴りながら抱くなど出来はしない。
異常だからこそ、それが出来る。とは言え、人が異常性を帯びる事は、ちょっとしたきっかけで起こってしまう事でもあるのだが……
少なくとも、悔いたり恥じたりする様子も無く、酒の肴にそんな話をしている時点で、この少尉も異常の中に足先くらいは突っ込んでいると言えよう。
この場では異邦人であるムゥは、どう言葉を返したものかと苦々しく思い惑う。止めるも無粋だが、あまり続けたい話題でも無く、かといって自分から振る話題も無い。
そんなムゥには構わず、調子が出てきたか少尉は話を続けた。
「女を抱きたいだけなら、もっと気軽に楽しめる所もあるぜ。敵に媚びを売ってもって気概は無いが、抵抗は諦めた奴らが相手で……まあ、金がない連中が行く所さ。
士官なら遊ぶ金はあるだろ? なら、ここの女共には他はかなわないよ。普通に楽しみたいなら、ここで十分だしな。
よければ、俺が用立ててやろうか? 俺の紹介なら、どの娘も断ったりは……」
と、少尉の名調子の狭間、ムゥの横の席にピンク色がスッと滑り込んだ。
ホステスかと、ムゥは何の気なしにそちらを見る。
そこに居たのは、ホステスにしては幼い容貌の、あどけない笑みを浮かべた少女だった。
「こちら、よろしいですか? 他に席が空いていませんの」
「え? あ、ああ、良いんじゃないか?」
少女は、ピンク色の長い髪を無重力の中にたなびかせながら席に着く。
「驚かせてしまったのならすいません。私、喉が渇いて……それに笑わないでくださいね。大分お腹も空いてしまいましたの。
こちらは食堂ですか? 何かいただけると嬉しいのですけど……」
少女は、面食らった様子のムゥを見て丁寧に頭を下げる。
その髪色から見て、コーディネーターである事は間違いないだろう。
だとすると、やはり彼女もまたホステスなのか? 立ち居振る舞いの柔らかさは、人を持て成すには適しているような気がする。
しかし、服装は普通のドレスだ。ホステスのような露出度の高い物では無い。
その幼い外見にはホステスは似合わないが……ここに居るホステス達の素性を考えると有り得なくも無いのか? 彼女たちに選択の余地は無いのだろうし。
だが、ホステスが客席について飯を食うのだろうか?
浮かんでくる疑問の答を求めようと、ムゥは先程まで話していた少尉の方に向き直る。
と、彼はちょうど手摺りを蹴ってその場を離れていく所だった。
彼の酒や料理は置き去りになっている。急用が出来たのか? 何にしても、ムゥが覚えた疑問の答えは得られそうにもない。
ムゥは少しの落胆を覚えつつ、また少女の方へと注意を戻す。
とりあえず、少女をホステスだと考えても良いだろう。客席での食事は……まあ、客へのおねだりだとでも思えば納得できる。
ならばどうするか?
まあ、優しくしてやっても良いんじゃないだろうか? 一人で酒を飲むより、女の子が隣に居る方が楽しいのだから。
先の少尉の話によれば、そうやって自分を売り込む事で、一緒に酒を飲むだけじゃなく、他の事も色々と楽しめる様にもなるのだろうが……ムゥにそのつもりは無い。
特に、少女の胸の辺りを見て、その思いを更に固くする。
ともかくそう結論づけたムゥは、メニュー表を手にとって少女に聞いた。
「腹が減ったのかい? じゃ、好きな物を選んで頼みな。ここには宇宙食しかないけどな」
「まあ。ご親切に、ありがとうございます」
少女はムゥの手の中のメニューを覗き込み、しばし迷った後に笑顔で告げる。
「では、紅茶とハニートーストをお願いします」
「了解だ。お嬢さん」
答えてからムゥは、先程まで少尉が居た席を掃除しに来たホステスに声を掛ける。
「すまない、注文良いかい?」
「はい、よろこんで……!?」
ムゥの方を振り返り見たホステスは、ムゥの横の少女を見て驚いた様子で息を呑んだ。しかし、すぐに諦めの色を目に宿し、自嘲めいた笑みを浮かべてムゥに聞く。
「何になさいますか?」
「紅茶とハニートーストを彼女に」
そう注文してから、ムゥはホステスに聞いた。
「彼女が何かしたかい?」
「あ、いえ……何でもありません。ご注文の品、確認させてもらいます。紅茶が一つ。ハニートーストが一つ。以上ですね?」
ムゥの問いには答えず、早口でそう言って、まるで逃げる様にその場を離れるホステス。彼女の目は、そこに居てはならない者を見たかの様な惑いを見せていた。
それは少なくとも同僚に向ける目では無い。
では、少女はいったい何なのか……わき上がって尽きない疑問に、ムゥは面白さを感じる。
酒の席の遊びに、謎の少女の正体を探るというのは楽しそうだ。
かといって、いきなり根掘り葉掘り聞き出そうとするのも無粋だろう。楽しみながら、じっくりと聞き出すとするか。
そんな考えをしてる間に、ホステスは頼んだ料理を持って来た。
「お待たせしました。紅茶一つ、ハニートースト一つ、以上で注文はおそろいですか?」
「ああ」
「では失礼いたします」
ホステスは、少女を気にした様子をありありと見せながらも務めて無視して、料理を置くと去って行った。
料理はムゥの前に置かれたので、それをそのまま少女へと渡す。
「さあどうぞ召し上がれ」
「はい、御馳走になります」
ドリンクパック入りの紅茶は、粉末紅茶をお湯で戻した物。
ハニートーストは一口サイズのクラッカーの様な物で、トーストと名が付いているが工場で出荷されてからは、焼かれた事など一度たりとも有りはしない。
それが一食に必要なカロリー分だけ袋に詰められている。
ご丁寧にも、ハニートーストには、フリーズドライアイスクリームが付いていた。
これも一口サイズの四角い固形物。アイスと名は付くが冷たくない。凍結乾燥させられている為、常温でも溶けないのだ。
少女は、出てきたそれらが想像していた物と違ったようで、面食らった様子でそれらを受け取ったまま手を止める。
ややあってそれに挑戦する勇気が出たのか、まず紅茶パックを手に取った。
恐る恐るという感じで一口含み、苦かったのか渋かったのかちょっと顔を歪める。
それから、無言のままハニートーストの袋を破り、一つ取り出して口に含む。カリリと固い物が砕ける音。
そして、フリーズドライアイスクリームを訝しげにしながら取り出し、それも口に入れ……甘すぎたのだろう、慌てて紅茶パックを吸って、口の中の物を流し込んだ。
「変わった味ですのね」
困った様な笑顔で控えめな感想を言う少女に、ムゥはニヤリと笑いかける。
「たいへん評判の、連合軍のレーションだからな」
「そうなんですの?」
たいへん評判という所が信じられなかったのだろう。聞き返してきた少女に、ムゥは釣れたとばかりに返す。
「ああ、大変な評判だから、連合軍以外では、こんなレーションは食べられないのさ」
「まあ、つまり……大変なお味なのですね」
ムゥの言った事が冗談だと分かった様で少女は追従めいて微笑む。それから、空腹には勝てないのか、もう一つハニートーストを食べ、紅茶を飲み、溜息を吐きながら言った。
「皆さん、もっと美味しい物を食べればよろしいのに」
「そうもいかないもんさ」
諦めきった口振りでムゥは肩をすくめる。
予算、保存、輸送、栄養、そして最後に味という順番で軍の食事は採用されるというのは戦場の兵士が常にぼやく話の一つだ。
予算内で十分な量を仕入れられなければダメだし、すぐに腐る様では何日も何週間も続く軍務に使えない。
戦地へ運ぶ都合上輸送が困難であっては困るし、食べて十分な栄養がとれなければ兵士が働けなくなる。
実際の所、味をないがしろにしてる訳では無いのだが、他の要素も大事なので、結果として味は“食えない事もない”といった程度に止まる事になる。
それでも常に改善の努力は続けられているのだが、轟く悪評は消えそうにも無い。
地上のレーションですらその有様なのだから、更に条件が厳しい宇宙用レーションなど推して知れようという物だ。
話のネタとして、その辺りをムゥ自身の経験とあわせて面白おかしく語る。
少女は、軍のハニートーストはお気に召さなかった様だが、至極楽しげにその話を聞いて、鈴を転がす音の様にころころと笑った。
それを見ていると、少女はやはり普通に幸福な少女にしか見えず、こんな基地に居る身とは思えない。やはり気になる。
ムゥは一計を案じ、少々の演技力を発揮して、失態を取り繕う為の慌てた声を上げた。
「そうだ、せっかく知り合えたのに自己紹介もまだだったな。失礼、お嬢さん。
自分はムゥ・ラ・フラガ。連合軍大尉であります」
「ご丁寧にどうも。こちらこそ、名乗りもせずに失礼いたしました。
私、ラクス・クラインと申します。よろしくお願いしますね」
少女……ラクスは、ムゥの計った通り、素直に自らの名を名乗る。
一計と自称するとか、おこがましい様な手だったが、上手くいった。
しかし……ラクス・クラインだと?
「ははは、まさか歌手のラクスかい?」
「あら、私をご存じでらしたのですね? 私、プラントでは歌姫と呼ばれておりました」
酒場に歌手なら合いそうだと、あくまでも冗談のつもりでムゥは聞いた。が、あっけらかんとそれを認めてしまうラクスに、ムゥの表情が強ばる。
「おいおいおい……待て待て待て……」
ラクス・クライン。
プラントで大人気だが地球では見向きもされない事が嘲笑の種として方々で有名な歌手。曰く「コーディネートすると耳が腐る。ラクスは、その証明」。
しかし、彼女はそれだけではない。プラントの議長、シーゲル・クラインの娘でもある。
それも、親の七光りで売れた気になっている歌手として、また一つの嘲笑の種ではあるのだが……ともかく。
重要なのは、プラントの議長の娘と言う事だ。その重要さは言うまでも無い。
そしてそれ故に、こんな所に居るはずの無い人物でもある。
それほど社会的地位のある人物なら、軍は何かしらに利用しようとするはずだ。間違っても、ホステスとして使い潰そうとなんかしない。絶対に。
先程のホステスの反応も理解できる。彼女は、ここにラクスが居ると考え、自らそれを否定したのだろう。そんな事があるはずが無いと。
ムゥだってそれを信じようとは思いたくない。「不幸な境遇で、自分をラクスだと思い込んだ可哀想な少女」なんて存在である方がよっぽど現実味がありそうだ。
もっとも、それは都合の良い想像というものでしか無いが。
「どうして歌姫のラクス嬢が、この基地に?」
思わず聞いてしまってから、ムゥは酷な質問だったと気付く。プラントの歌姫が、連合軍の秘密基地で興行と言う事もありえまい。
考えるまでも無い。彼女は捕まったのだ
「ええ……と、良くは覚えていないのです。
私、ユニウス7の追悼慰霊の為に来ておりましたの。そうしましたら、地球軍の船と、私どもの船が出会ってしまいまして……」
ラクスの表情が曇る。
「それで……どうなったのでしょう? 気付いたら、脱出ポッドで地球軍の船の中に居ましたの。あの時は……何か……」
答える途中、不意にラクスから表情が消えた。そして、何事かを口の中で呟く。言葉にもならない言葉だが、断片には「獣」という単語が混じっていた。
そんな反応を、ムゥは見逃してしまう。
ラクスの話に思い当たる所があり、それについて思考していた為だ。
「……君の船の名は?」
ムゥの問いに、ラクスは普通に答える。垣間見せた空虚な姿は既に掻き消えていた。
「シルバーウィンドですわ」
ああ、やはりあの船かと……ムゥは、先日襲撃した船こそがラクスの船だったと知る。
そして、ラクスの今の境遇に自分が関わった事を悟り、そはムゥの胸を痛めた。
正義の味方を気取るつもりも無いのだが……いや、それでも冷酷になりきれない事は認めざるを得ないのか? 少なくとも、「任務だから」の一言で済ます事は出来ない。
ましてや、ラクスの様な少女を戦利品として貪る気にはならなかった。
だが、ラクスがここに居るという事は、そういう運命に落とされたという事なのか? そうだとしたら、随分と彼女の運命を歪めてしまったものだ……
考え込み、黙り込んだムゥにラクスが、心配そうに声を掛けた。
「あの、大丈夫ですか? 辛そうなお顔をされてます」
「あ? あ、いや……なんでもない」
ラクスの声に、ムゥは巡る思考を切り上げた。
ラクスの運命を歪めた責任の所在や、自らが行うべき償いなどを考えても答など出ない。
自分の責任だと全てを被るのは気負いすぎというものだし、かといって軍事の建前通りに命令を下した上官に丸投げするのも無責任だと感じてしまう。
ラクスに対して何か償えるかといっても、彼女をこの状況から救い出すなど出来る筈も無いし、かといって気にせずおくといった事も心が咎める。
せめて、この場だけでも良い客であろうか……
ムゥは物憂げな表情を笑顔に変えてみせると、ラクスに言った。
「それより、何か他に欲しい物はあるかい? ここは俺が何でも奢ってやるぜ?」
「ありがとうございます。でも、お腹はもういっぱいですし……」
ラクスは、まだ中身が半分以上残っているハニートーストの袋に目を落とす。
軍人用の一袋は、少女の胃には多すぎた様だ。それ以前に、味の問題でこれ以上はという可能性もあるが。
ともあれラクスは、追加注文をする事は無く、小首を傾げて考える。
「…………そうですわ」
ややあってラクスは一つ素敵なアイディア考えついた様子で、ポンと手を打ち鳴らした。
「一つ、約束をしていただいてよろしいでしょうか?」
「約束?」
思わぬ提案だったが、興味を引かれてムゥは問いを返す。
「はい、約束です」
ラクスは笑顔で答えた。
「またあ私とお食事をご一緒してください。一人ぼっちだと、つまらないですから」
「ああ、いいとも」
まだしばらく、アークエンジェルはこの基地に留まるだろう。機会はまたある筈だ。
ムゥは軽い気持ちでラクスと約束を結ぶ。
そして……その時だった。
酒場の入り口の方で、大きなどよめきが起こる。
ムゥはとっさにそちらを見て、今、入り口から内部に突入してきた連合軍海兵隊の装甲宇宙服の一団を見た。
ざっと数えて、規模は一個小隊くらい。
訓練か? 一瞬、そう思う。
だが、兵にとっての憩いの場である酒場を巻き込んで訓練をするか……いや、しかねないのが軍隊ではあるが。
「まさか?」との思いが、ムゥの反応を遅らせた。
その間に、突入してきた海兵達は、まさにムゥをめがけて殺到する。
「動くな!」
警告の声。そして海兵達は、ムゥの方に向けて銃を構える。
「動けば撃つ! 口を開いても撃つ!」
その声から、ムゥは兵達の本気を感じた。同時に、彼等の意識が、ムゥから僅かにずれた場所へと集中している事にも気付く。
海兵達が銃を向けているのは、ムゥの隣にいるラクスだった。
「…………」
戸惑いと驚きから呆然と海兵達を見ていたラクスの口元が僅かに動く。
とっさにムゥは腕を伸ばしラクスの体を抱え込むと、掌で彼女の口を塞いだ。
「言う通りにするんだ」
ムゥに理由は分からないが、海兵達の警告は本気だ。ラクスが何か一言でも喋れば、そのまま撃たれてしまうだろう。
ムゥに制されてそれを察したか、ラクスはムゥに口を押さえられたまま小さく頷く。
その動作を感じ、ラクスが素直に従ってくれた事に安堵してから、ムゥは海兵達に向き直った。
「事情を聞いても良いかな?」
「脱走であります。大尉」
軍務の事であり、ムゥには直接関係のない事でもある。答えを得られるとはムゥも期待していなかったが、少尉の階級章がついた装甲宇宙服が銃を構えたまま答えた。
その声にムゥは聞き覚えがある。ついさっきまで一緒にいた、あの少尉だ。
任務中だからか、少尉の言葉使いは堅い。
「その女は、拘禁してあった牢から逃亡したんです」
「拘禁……やはり、議長の娘だからか?」
「はい、それもありますが……」
政治的な利用価値は計り知れないのだから、そういう処置は当たり前か。そう納得しつつ聞いたムゥに、少尉の返答には何か含むものがあった。
「ともかく、その女は至急、隔離しなければなりません。身柄を確保します」
少尉は答えなかったと言うより、事を急いたが故に答えを先延ばしにした様子で言って、ラクスに手を伸ばす。
ムゥの腕の中で、ラクスの体が強ばった。恐怖を感じているのか?
一瞬だけ迷い、それからムゥはラクスの体をしっかり抱くように拘束し直して言った。
「乗りかかった船だ。協力させてくれ。とりあえず、お嬢さんのエスコート役は任せてくれないか? 少しの間だが、一緒に飯を食った仲なんだ」
「……了解です。お願いします」
ムゥの腕の中で大人しくしているラクスを確認し、少尉は頷く。それから少尉は、かなり厳しい口調で言葉を繋げる。
「くれぐれも口を開かせないように。何もないとは思いますが……もし“何か”あった時には、味方を巻き込んでも撃てと命令されてます」
「……了解した」
ムゥは頷き、ラクスの口を押さえる手に僅かに力を込めた。
何故か、海兵達はラクスが言葉を発するのを恐れている。それはムゥにとって疑問であったが、その理由を聞ける場面ではないだろう。
「と、言うわけだ。ちょっと窮屈だろうが、部屋に戻ってもらうよ。良いね?」
問いかけの形ではあるものの、有無を言わせぬ調子でラクスに言う。
ラクスは小さく頷く事でそれを了承した事を示した。
ムゥはラクスを抱えたまま、留まっていた手摺りを蹴って飛び上がり、酒場の出入り口を目指して飛んだ。
周囲を、動きを止めて一連の騒動に注視する非番の海兵とホステス達の姿が流れる。
ムゥに追従して周囲を固める武装した海兵達は、ムゥとラクスだけではなく、周囲にいる者達にまで警戒をしている様子だった。
いつどんな反応があっても撃てるように。
コーディネーターであるホステス達だけならまだしも、味方の海兵まで警戒しているのは何故か? ムゥの中で疑問が大きくなる。
自分の腕の中にいるラクスという少女は、いったい何なのか……
考えたところで答など出るはずのない疑問を頭の中で転がしながら、ムゥは酒場を後にし、海兵達の誘導を受けながら進んだ。
長々とした入り組んだ通路を無言の一行は進み、やがて通路を遮断する無骨なドアで隔てられた区画へと入り込む。
そこは監房の区画なのだろう。通路の脇にはやはり同じく無骨で頑丈そうなドアが、左右両方の壁に等間隔で並んでいる。
驚く事に、中には非番らしい海兵達の姿があった。
海兵達は監房の前にたむろし、時折中から出てくる者と入れ替わるように中に入る。
……これが、“志願しなかった女”の仕事場か。
監房の中で何をしているのか想像はついたが、ムゥはそれを口に出す事はなかった。
一行は、それら海兵達がいる方向とは別の、人気がない方向へと向かう。どうやら、目的の監房はずっと奥にある様だ。
つまり、それだけ厳重に収監されていたと言う事なのだろうが……ならば何故、ラクスは出てこられたのか?
そして、脱走したのなら逃げようとするのが普通だろうに、何故、酒保になど来たのか?
色々とラクスには聞いてみたかったが、現状でそれは許されそうにもない。神経を尖らせた海兵達に囲まれた今の状況では。
謎と言えば、海兵達の警戒ぶりも過剰に過ぎるのだが……
ムゥが思考をめぐらせている内に、一行は目的の監房へとついた様だった。
監房のドアは、ラクスが出てきた時のままなのか、開け放たれている。
監房の中は非常に簡素ではあるもののベッドなどの一通りの調度は揃っているのが見えた。
無為に過酷な扱いではなさそうだと、ムゥは少しだけ安堵する。
と、その時に足を止めたムゥに、急かすように少尉がその背を押した。
ムゥはラクスの体を押しやって、監房の中へと送り込む。
押しやられて宙を漂いながら振り返ったラクスが仄かな笑みで手を振ったのをムゥは見た。
だが、そんな光景もつかの間、無骨なドアがスライドし、ムゥとラクスを隔てる。
ドアが完全にロックされたのを確認し、海兵達の緊張が解けた。
「一応、任務完了か」
少尉がそう言いながらヘルメットを取る。それから少尉は、他の海兵達に命じた。
「非番だった者は解散。後は予めの指示の通りに。そうじゃない者は、正規の警備シフトが組まれるまで、ここで歩哨に立て」
その命令を受けて、海兵達の7割程がそれぞれにくつろいだ様子を見せ、この場を去っていく。残りはその場で、ある程度の緊張と警戒を取り戻し、監房のドアの前に移動した。
ムゥは、去っていく海兵達の群れに混ざり、少尉の横に並ぶ。
と、少尉はムゥに向かって大いにぼやいて見せた。
「ああ、ああ、面倒臭え。せっかくの非番がパァだ。しかも、酒飲んだ状態で実戦なんて冗談じゃないな」
任務が終わったからか、口調は砕けたものに戻っている。
その方が話を聞きやすいと、ムゥは敢えて軽い口調で聞いた。
「姿を消したと思っていたら、ずいぶん派手に戻ってきたじゃないか」
「酒場であの女を見て驚いたったらねぇ。肝が冷えたぜ。
で、あわくって通報したら、そのまんま武装して取り押さえろって命令だ。
酒飲んでるって、言い訳も聞いてくれない。仕方なし、とっさにその辺の連中をかき集めて、突入班を編制したさ」
そんな命令が出されるのは明らかにおかしい。
待機中の部隊を招集し派遣する手間も惜しんだのか? 非番、待機、勤務の三態勢に分けられているなら、待機中の部隊が全体の三分の一ほど居るはずだが。
「非番じゃない奴等は別の仕事か? 割を食ったな」
「ああ、まあ、待機中の奴等も総動員されて酒保を囲んで警戒態勢だ。連中も肝を冷やしたと思うぜ? 渦中に飛び込んだ俺達ほどじゃないだろうが」
少尉の答には驚くべき情報が含まれていた。だからこそ、ムゥの声は大きくなる。
「おいおい。じゃあ実は、他の部隊も動員されてたってのか? しかも総動員?
何を警戒していたんだ? 女一人に有り得ないだろ」
ラクスの確保に完全武装の一個小隊。さらに待機中の部隊を総動員……つまり、この基地内で動かせる兵力の三分の一ほどをもって周囲を固めていたと。
基地内に相当数の敵戦力が発生した様な状況でもない限りは有り得ない。
有り得ないのだが……今回はまさに、その様な状況が想定され対処していたのだった。
「……シルバーウィンドの中で異常な暴動が起こった。その原因として、あの女が疑われている。つまり、今回も暴動の可能性があったと言う事さ」
「同じ様に今回はホステス達が暴動を起こすと? まあ、有り得なくはないか。
で、彼女が暴動の原因と思われてるのは、議長の娘だからか?」
議長の娘というVIPを守る為に暴動を起こした。有り得なくもない。
しかし、少尉はムゥに向かって首を横に振った。
「いや、そうじゃない。
一つのホールに集められた船の乗員乗客のほとんどが一斉に蜂起し、そのほぼ全員が死ぬまで抵抗を続けた。わかるだろ? 異常だって」
「それは……」
異常だ。
暴動の規模はまだ有り得るとしても、“死ぬまで抵抗した”という点が有り得ない。
人は誰でも自分の命こそを大事に思う。
命を賭して忠誠を果たそうとする者も少数なら居るかもしれない。暴動の熱に浮かされて命を捨てて暴れる者もいるかもしれない。
しかし、全員そうなる事は有り得ない。
「ゾンビ映画みたいだったぜ? 最後は、爆薬使って粉微塵にしたよ。それでようやく暴動が止まったんだ」
その時の事を思い出したのが、少尉は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「で……だ。その時ホール内を撮っていた監視カメラには、あいつが何か歌ったのをきっかけに暴動が起こったとしか見えない映像が残されていたらしいぜ」
「歌……それで彼女に口を利かせなかったんだな。
……なあ、海兵隊は本気か? 彼女が魔法でも使ったってのか?」
たかが歌で何が起こせるというのか? 少尉は、そのムゥの抗弁に、軽口で答えた。
「ああ、俺の婆ちゃんなら、あいつを魔女って呼んだろうさ。そして俺は、婆ちゃんの言う事は信じる事にしてるんだ」
そして少尉は、少しばかり真面目な顔をする。
「上も……そして俺達も、あの女一人をおっかながってるのさ。
あの女がどんな手品を使ったのかは知らないが、暴動に加わった奴等は残らずラクス・クラインの名を唱えて、最後の一人が死ぬまで戦ったんだ。
奴等の遺言を信じなくて、何を信じる?
だから……今回の動員は、ホステスだけじゃなく、酒場にいた海兵達までもが暴動に加わる事を恐れての事さ。俺達には、いざという時には酒場にいた全員を殺す許可まで出ていた。
つまり俺達は本気。これ以上ないほどに。狂ってるくらいに本気ってわけさ」
なるほど、完全武装の海兵一個小隊は、ホール内の全てを殺し尽くす為の戦力だったわけだ。そして、それでも暴動を抑えきれない時にそなえて、厳重な警戒態勢を敷いた。
やけに大規模な兵の動員には、それで説明がつく。
理解はしたが、自分も抹殺の対象だったと悟り、またラクスが暴動の原因だという話にどうしても納得出来ない自分も居て、ムゥは嫌な気分で愚痴めいた言葉を紡ぐ。
「……そうなってりゃあ、俺も今頃は死体か? 怖い話だねぇ」
「ゾンビになってうろついてるよりかは、殺しちまった方が慈悲だと思うね。“あれ”を見たら、きっと大尉もそう思うさ。
ま、だからさ、大尉。あんた、艦には帰れないぜ? あの女と一番長く話したのは大尉だ。何か影響が有ったのかどうか、身体検査がたっぷり待ってるからな」
少尉は人の悪い笑みを浮かべて答え、顎で行く先をしゃくって示す。
海兵達の向かう先、白衣を着た男達が待っていた。先に行った海兵達が彼等の元で問診を受けている。この後、身体検査とやらもあるのだろう。
「ま、あの女に関わったのが運の尽きだったな」
少尉は、慰めにならない慰めを吐いた。
「これなら、艦内でのんびりしてるんだったよ」
もはや、逃れようはないだろう。ムゥは諦めの情を露わに嘆息した。
機動戦士ザクレロSEED‥‥以上。
海兵隊基地の爛れた日常と、ラクスとムゥの遭遇
なお、ここが酷いだけで、海兵隊は何処も同じってわけはありません。
ちょっと規制が酷いので、したらばか何処かのSS板に避難する事も考え中
そこで投下しつつ溜めて、こちらには規制の隙を突いて掲載していこうかなと
うおおおおザクレロ来てる!
相変わらずの薄ら寒い雰囲気に背中がゾクゾクするぜw
這い寄るピンクの再登場ってことはあいつもそろそろ再登場か…
ムゥ・ラ・フラガは基地内に足止めとなった。
その事は、アークエンジェルに伝えられたが、その理由は検疫の為とのみ説明されるに終わる。
もっとも、地上から上がってきたばかりならともかく、人工的な環境である宇宙空間でいきなり検疫というのも疑わしい話。
それが真実だと思う者は逆に少なかった。
「……酒飲みに行った所で、何やってんのよー」
マリュー・ラミアスは今日もシミュレーターで練習中。操縦桿を握り、CGの宇宙に閃光の華を咲かせながら、不満を仮想の敵機にぶつけていた。
「あいつは帰ってこないし、ナタルは引き籠もり気味だし、サイ君は入院中だし!」
要するに、気軽に話す相手が居なくてつまらないのだ。
陸戦隊やブリッジクルー他、艦には色々他にも乗っているが、パイロットのマリューはそこら辺との繋がりが無い。
だいたい一緒に格納庫辺りで働いている整備班とは、どうしても技術的な話になってしまって、それはそれで有意義なのだが、仕事意識が抜けないので気軽にとはいかない。
ムゥと軽く喧嘩したり、ナタルを弄くったり、サイをお姉さんの色気でからかったり、そんな潤いが失われてみると、どうにも寂しくてたまらない。
……迷惑な奴と思うなかれ。ムードメーカーとして少しは役に立っているのだ。
「良いわ! もうこうなったら、ザクレロ、貴方だけが心の拠り所よ! 一緒に強くなって、あいつやナタルやサイ君が戻ってきたら、格好良いところを見せてあげるのよ!」
マリューは気合いを入れて操縦桿を握り直す。
その直後、画面端に映っていたナスカ級の120cm単装高エネルギー収束火線砲が自機にヒットし、画面が停止した。
「あ゛」
画面には続いて、コンピューターが分析した、敗因が表示される。
『注意力散漫 戦闘中は私語を控えましょう』
「…………」
マリューはしばらくその画面を見つめてから、無言でシミュレーターを再起動する。
そして起動プロセスの最中、一言だけ呟いた。
「みんな意地悪だわ……」
青く輝く地球を海原のように下に広げながら、黒色のドレイク級宇宙護衛艦“ブラックビアード”が宇宙に漂う。
その船内から一隻のシャトルが産み出され、それはそのまま地球への降下コースを進んだ。
シャトルは北米大陸を目指して降りていき、しばらくは大気摩擦の火でチラチラと輝いていたが、やがて宇宙からは見えなくなる。
「避難民のシャトルは降下軌道に乗りました。着陸目標、北米ニューヤーク。状況オールグリーン」
ブラックビアードの艦橋。オペレーターの報告に、艦長席に座していた黒髭は小さく頷く。
これで、面倒な仕事が一つ片づいた。
ヘリオポリスを脱出してきた連合国籍民間人は“何も知らないまま”地上へと送られたわけだ。
暗礁宙域の秘密基地。そこで行われてる作戦やら、なかなか非人道的な何やらはもちろん、その存在ですら明らかになっては困る。無事済んで何よりだ。
「超長距離通信開け。月と“島”を繋げろ」
黒髭の指示で、月のプトレマイオス基地と秘密基地への超長距離通信が行われる。
位置が大きく変動しない基地同士では、直接通信すると傍受されたり秘密基地の位置を探られたりする恐れがあった。
位置が常に変動する艦を挟むと、その危険性は減らす事が出来る。よって、秘密基地から行う緊急時以外の通信は、こうして艦を中継して行われる。
「回線繋がりました」
オペレーターはそつなく仕事をこなした。
この通信にて、民間人の地球降下成功に加え、秘密基地内で起こった先のラクス脱走の顛末が月に伝えられる。
と、即座に月からも秘密基地当てに何か指示が返った様だった。
その通信文を手元のコンソールで見て、黒髭は皮肉げな笑みを浮かべる。
「よーし、野郎共。“島”に戻るぞ」
民間人というお荷物は降ろした。だが、次の仕事がある様だ。
黒髭は秘密基地宛の通信内容を思い返しながら、冗談めかして言葉を繋げた。
「次は、とびっきり厄介な荷物が待っているからな」
月面、プトレマイオス基地。第81独立機動群。司令室。
第81独立機動群のネオ・ロアノーク大佐は、暗礁宙域の海兵隊秘密基地アイランドオブスカルから届いた報告書に目を通していた。
その報告書は、最新の物ではなく、シルバーウィンド襲撃の後に送信されてきた物。やはり、大きな扱いになるのは、船内で起こった不可解な暴動についてだ。
しかし、その事については今のネオには判断材料が少ない。
気味が悪い不可解な事件だとは思うが、それが危険なのか、危険ならどんな対応が考えられるのか、それとも何か有益な事なのかなど、まだ判断ができないのだ。
故に、その対応は別の者に任せている。
そして今、ネオは、その者を呼び出していた。
「――失礼。何かご用でしょうか?」
インターホンを鳴らす事もなくドアを開けた白衣の男が、敬礼もせずにいきなり言う。
彼が兵士なら叱責ものだが、彼はザクレロの開発にくっついてきていた軍属の心理学者だ。
普通なら、心理学者など兵器開発にはお呼びではないのだが、何故かザクレロの開発には心理学の権威が関わっているらしい。
ともあれ、何故居るのかはネオにも定かではない人材だったが、今回の件について意見を聞き、とりあえずの対応を任せるには適任だったわけだ。
「シルバーウィンドの件について、そろそろ専門家の見解を聞かせてもらおうと思ってね」
「専門家というわけではないのですが。これはむしろ社会学や、行動主義心理学的な……いや、その辺はいいでしょう」
ネオに問われて心理学者は迷惑そうな顔を見せた後、そのまま見解を口にする。
「通常の暴動ではない事は確実ですね。
エイプリルフールクライシスからこっち、地球上では至る所で暴動が起こっています。しかし、この様な暴動は他に類を見ません」
心理学者は、ネオを前に、まるで学生に講義するかの様に語った。
「人間ならば死を恐れます。なのに彼等は、自らの死以外に先のない暴動を起こした。
死が確実な暴動なんて、まず発生しません。通常は、生きる為に暴動を起こすんです。例え、結果としてそこに死のみが残ったとしても。
ですから、ホールを出る辺りまでなら、通常でも有り得ます。ホールを脱出すれば、彼等にも生への道が見えますから。
しかし、彼等はその後、自分達の置かれた状況をじっくり考える時間があったにも関わらず、死以外には道の無い戦いを続けている。
船には脱出ポッドがあり、そこから逃げ出す選択肢もあった。しかし、大多数はそれを選ぶ事さえなかった。
脱出を選んだ少人数も、追っ手が迫ると、ただ一人の少女を逃がす為に全員が死んだ。
大人だけならともかく、子供までもがね」
「有り得なく、不可解なのはわかっているさ」
そこまでは最初の報告からでも読み取れる。
ネオが肩をすくめて言うと、心理学者は何度か頷いて見せながら講義を続けた。
「そうです。有り得なく不可解だ。でも、解釈は、やって出来ない事もない。
彼等が暴動を起こした理由。それが、たった一人の少女を、脱出させるためだったと考えると辻褄は合いますね。
議長の娘でプラント一のアイドルだとはいえ、一人の少女。それを自分や家族友人の命よりも優先して救う。それも、極めて多数が意思統一されたかのように迷いもなく……」
「そっちの方が有り得ないだろう?」
馬鹿馬鹿しいとネオは思う。
例え、大西洋連邦大統領やハリウッドスターが同じ立場にあっても、それを守ろうと群衆全てが命を捨てる事など無い。
極少数の英雄が現れる事は否定しないが、圧倒的多数が揃って自己犠牲的行動を取るのは異常だ。
「ええ、有り得ませんね」
心理学者はあっさりと認め、これ以上話す事は無いとばかりに口を閉ざした。
彼にとっても理解の外なのだろう。学者だからと言って何でもわかるというものではない。
「わかった。とりあえず、どう対処したら良い?」
ネオは今全てを理解する事は諦め、取りうる対応について聞いた。
「確か、今は暴動に関わった奴等を個別に隔離して、兵はそれに接触しないように指示を出したのだったな」
「はい。ビデオの映像からは、彼等が集合して相互に接触し合う環境に居た事だけは確実に読み取れますからね」
「歌は関係していると思うか?」
暴動の中心にいた少女、ラクス・クラインの歌。暴動開始のタイミングからみて、それがきっかけになったという疑いは濃厚だった。
だが、心理学者は首を横に振る。
「可能性は高いですが、今、それについて先入観を持つのは止めましょう。調べれば確認できる事です。それに、隔離して接触を断てば、歌の影響も封じられます。
何にせよ、早急に地上へ降ろして、然るべき研究施設で調査を行うべきです。その価値があると、保証は出来ませんが……」
心理学者が最後に言ったそこも問題なのだと、ネオは考え込む。
今はただ、奇妙な暴動が一件起こったという事でしかない。
いちいちほじくり返して調べるより、関係者全員の口を封じて無かった事にする方が簡単だとも言えるのだ。
「いや……何にせよ、アークエンジェルを一度、地上に降ろすんだ。ついでに研究材料を研究機関に提供するのも悪くない」
ネオは考え直した。それを聞いて、心理学者は頷く。
「そうおっしゃると思いましたので、移送の準備は指示してあります」
「手回しが良いな……さては君も興味があるな?」
ネオは小さく笑った。
ともかく、怠惰が勝利をもたらす事はない。それに、手間と言っても自分が払うのは僅かだ。
また、ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルは、この一件に興味を持つかもしれない。その判断を仰がずに、勝手に無かった事にも出来まい。
「今の所は、全ての情報を渡し、厳重な調査が必要と報告しておこうかね。それで指示待ちとしておこう」
「異論はありません」
ネオの決定に心理学者は短く返す。
それから心理学者は部屋を去ろうとしたか身を翻そうとしたが、何か思い出した様子でまたネオと向かい合った。
「ああ、そうだ。つい先程、私の方に報告が上がっていました。件の少女……ラクス・クラインが脱走したとの事です」
「何だと!?」
「報告は事後報告の形でした。一時、基地内は混乱したものの、現地の判断で事態は無事収拾。
なお、その時、一人だけ接触者が出た模様です。“感染”の疑いがある事から、その接触者も隔離するよう、私の判断の下、返信にて指示を出しています」
ネオは、自分の知らないところで大事件が起こっていたのかもしれないという事を悟り、肝を冷やした。
秘密基地で暴動など、起こされてはたまらない。が、事態はそうなる前に収まったようだ。
そして、その件で一人が貧乏くじを引いたと。
普段から「階級の割には前線回りの多い不運な男」を自覚するネオにとって、その不幸な人物には同情を禁じ得なかった。
「不幸な奴だな……まるで他人とは思えんよ」
「不幸ついでです。その男に、少女の世話や監視や取り調べを任せるよう指示を出しますか? 感染の疑いがある人物は、少ない方が良いですからね」
「あー……まあ、仕方ないな」
迂闊に誰かを接触させれば何かへの感染を起こす可能性がある以上、接触する人間を増やすわけにもいかない。
普段の世話などは、機械に任せる方法もあるのだが、それは管理された研究所で設備が有ればの話であり、捕虜を収監するのが目的である前線基地の監房では無理な話だ。
放置して衰弱などされても困るとなれば、使える人物を使うのが合理的だろう。
「その辺りは、その不幸な男にも命令として俺から出しておこう。当面は、それぐらいか?」
「そうですね。ただ、一日でも早く、研究材料の地上への送達を……」
「繰り返すが、アークエンジェルを下ろす時に一緒に下ろす。まあ、それほど時間はかからないさ。今、補給物資を揃えているところで……」
心理学者に返した所で、ネオの傍らの電話がコール音を鳴らした。
ネオはすかさずそれを取る。
心理学者は、もう話す事はないと判断したのか、無言で礼をして後ずさった。ネオがそれに承諾の意を込めて頷いてみせると、心理学者はそのまま踵を返して部屋を出て行く。
その間にも、電話からは、あるちょっとした仕事についていた者達からの報告は続いていた。
「……そうか第8艦隊の物資の確保は成功か」
ネオはその報告に満足そうに声を返す。
第8艦隊は全戦力をもってMS奪回の為に出撃した。とはいえ、全ての物資を持って行ったわけではない。
そこで、基地に残ったそれら物資を、根回しして自分達の倉庫に入れてしまおうと手を打ったのだ。
どうせ第8艦隊は帰ってこないと踏んでいるし、万が一もし帰ってきてもMSを奪われた上にその奪還にも失敗という不始末を重ねている状態では誰に苦情を言う事も出来まい。
MS奪還に成功して帰ってくる事は億が一にもないだろう。
浮いてしまって倉庫で埃を被るくらいなら、さっさと奪って有効活用すべきだ。
「ん? スカイグラスパー? どうしてそんな物が宇宙に……」
部下の報告は、その補給物資の中にFX-550スカイグラスパーというMAが二機有ったという事に触れる。
スカイグラスパーは、MSの支援用にデュエイン・ハルバートンが作らせた大気圏内専用MA。
大型MAに比べれば戦力は見劣りするし、ストライカーパックとやらの無駄なシステムもついてはいるが、さすがに旧式のF-7Dスピアヘッドよりは性能が良い。
大気圏内用の機体なので宇宙にあるのは妙だが、おそらくは完成した連合MSを積んだアークエンジェルに渡し、地球上に降下させるつもりだったのだろう。
「まあいい。
戦闘機でおなじみのP・M・P社。ハルバートンの病気の産物でも、滅多な物は作ってないだろう。そのまま、アークエンジェルへの補給物資を入れた倉庫の方へ搬入を」
アークエンジェルには、地球降下にそなえてスピアヘッドを配備する予定だった。
MA二個小隊八機のスピアヘッド。そこに二機のスカイグラスパーを加えても良いだろう。
アークエンジェルにはエンデュミオンの鷹が乗っていた筈だから、彼の搭乗機にするのも手だ。
了解した旨を告げて、電話は切れた。
ネオは着々と整いつつある準備に満足げに頷き、それから電話を置く。
それから急に思い出して、まいったとばかりに頭に手をやった。
「あー……後は、大型MAだな」
アークエンジェルからの補給要請の中にあった大型MAの要求。
とはいえ、如何に第81独立機動群とはいえども、ほいほいと渡せる大型MAなど有る筈もない。
ならば断ってスピアヘッドでも送っておけば良いかとなると、「ミストラルで艦を守りきった新兵」なんて実に大衆好みなキャラクターを無碍にする事になるので、アークエンジェルの宣伝部隊化に当たっては好ましくない。
悩み所ではある。何か、丁度良いMAが有ればいいのだが……
ネオは、アレコレ考えながら、窓際に歩み寄った。
そこからは第81独立機動群の倉庫が見える。それでも眺めながら、どうにか浮かせられる大型MAが無いか考えようと思ったのだが……
そこで、ネオの視界にそれが目に入った。
ちょうど、テスト中だったらしい。
「……そうだ、あれを送ってやろうか。月面での運用テストは概ね終了していたな? 本来は陸戦機だし……むしろ丁度良いかもしれないぞ」
窓の向こうに広がる、月面の荒涼たる大地。
そこを、砂煙を立てながら走る大型MAの姿があった。
暗礁宙域。連合軍秘密基地『アイランドオブスカル』。その最奥。
手にかけられた重い手錠も気にせずニコニコと微笑むラクス・クラインを前に、ムゥ・ラ・フラガは面倒な事になったと小さく溜息をついた。
ここは尋問室。ムゥの背後には、装甲宇宙服を着た海兵が二人並んでいる。
もしもの時はムゥをカバーしてくれるという話だが、装備しているのが短機関銃であるところを見るに、最悪のケースでは部屋の中の全員を瞬時に殺せるという事だろう。
その中にムゥ自身が含まれている事は、想像に難くない。
その背後にあるだろう事情をムゥは知らないが、海兵達はラクスとの接触を厳重に避けているのはわかった。
ここにいる海兵達も、部屋の内部の音を拾うマイクを作動させていない。
室内の声はマイクで外部に伝えられているのだが、その音声はコンピューターを通されて無害な別の声に置き換えるという手間のかけようだ。
だから、話しかけても反応に多少のタイムラグがあると、ムゥは注意されている。
そしてどうも……ムゥは、彼等がそこまでして避けているラクスの声に、汚染されたと見られている様だった。
検査の結果、“消毒”される程の変調はなくて助かったが、一度接触しているのだからとラクスと直接交渉する任務を与えられている。
おそらくは、繰り返し接触させて、ムゥの変化の様子を見るという意味もあるのだろう。実験動物の様な扱いに呆れ、もはや憤慨する気にもならない。
『尋問を開始せよ』
ムゥの耳にはまった小さなイヤホンから、本当の尋問官の声が聞こえる。
「俺はパイロットなんだがなー」
愚痴めかして呟いてみるが、それで状況が変わるわけもない。
仕方なしにムゥは、それでもただ思い通りに動いてやるものかと、努めて親しげにラクスへ話しかけた。
「久しぶり。また会えたな」
挨拶のつもり……だが、ラクスは笑顔のまま口を開かない。
ムゥは、その反応を少し不審に思う。ラクスなら、普通に挨拶を返してきそうなものだったが……
黙秘を貫くつもりか?
しかし、ラクスの笑顔に抵抗の意思は見受けられない。
軽く反応を窺いながら、ムゥは気楽なポーズを装って話を続ける。
「少し、お話ししようぜ。聞かせてもらいたい事が幾つかあるんだ」
と、ラクスはここで初めて口を開いた。
「もうお話ししてよろしいんですのね? 良かったですわ。フラガさんに喋るなと言われてから、ずっと黙っていましたの」
「あれから、ずっと黙ってたのか!?」
ムゥは驚きに声を漏らす。
確かに、黙るように指示は出した。しかし、あの日からもう幾日か過ぎている。
その間、ずっと黙り通しだったのか? ムゥの言う事に従って?
「はい」
ラクスは笑顔で答えた。
そこに何一つ疑いの様なものはない。ただ無心にムゥを信じて従ってたのだと言う様な。
「そ……そうか」
ムゥは少し気圧されると同時に、このような少女を必要ならば追いつめなければならない自分の立場にやるせない思いを抱いた。
が、そこに無粋な命令が水をさす。
『尋問を開始しろ。まず、監房を脱走した理由と方法を聞き出せ』
「…………」
ムゥは苛立ちを覚えるが、すぐにそれを噛み殺す。
何せ、自分は彼等と同じ側の人間なのだ。腹を立てたところで何の意味もない。
いかんな……と、思う。
どうやら、自分はラクスに感情移入しすぎているらしい。
惚れたか? そんな事を冗談混じりに考え、それからラクスの胸元を見て、それはないなと確信を新たにした。
それよりも仕事だ。
「……出会った時、どうして勝手に部屋から出ていたんだい?」
「あら、勝手にではありません。私、ちゃんとお部屋で聞きましたのよ。出かけても良いですかー? って。それも三度も」
手始めにと聞いた事に、ラクスは罪悪感の欠片も無しに答える。
海兵隊が接触を恐れていた事を考えると、おそらく収監後は完全に放置されていたのだろう。監房の鍵の確認も疎かだったか?
出てきた後に酒場へ来た事からして、監房を出た理由は空腹が原因というのも確かか。
ひょっとしたら、海兵隊がちゃんと食事を出していれば、防げた事件だったのかもしれない。
「なるほどなぁ。じゃあ、仕方ないな。
でも、危ない事だから、もう勝手に出歩いちゃいけないぜ?」
ラクスを責めるつもりはないが、釘は刺しておく。
まあ、喋るなと一言いっただけなのに、ずっと口を閉ざすほどなのだ。逆らう事もないだろう。
ムゥはそう思ったのだが、ラクスは困ったように笑みを浮かべた。
「このピンクちゃんは……」
言いながら、ラクスは傍らに浮かんでいたピンク色の球体を手に取る。
「ハロー」
驚いた事に、そいつは電子音で喋った。
ラクスは愛おしげにその玉を撫でつつ、困った様子を見せながら言葉を続ける。
「お散歩が好きで……というか、鍵がかかってると、必ず開けて出てしまいますの」
「な!? この玉っころが、鍵を開けたってのか!?」
「ミトメタクナイ!」
思わず声を上げたムゥの台詞に、玉の台詞が被さる。
それが何故か、ムゥの内心を代弁したかのようで、ラクスは華やかに微笑んだ。
「まあ、ピンクちゃんたら……」
楽しそうに玉に話しかけるラクス。
それを前に、ムゥは笑えない気持ちでいた。
「おいおい、電子ロックだとはいえ、監房のドアだぞ……」
スリッパで殴れば開くような安ホテルのドアじゃない。敵を放り込んでおく檻なのだ。本職が専用の道具を持ち込んでも、そう易々とは開けられない。
それを、こんなちっぽけな玩具が開けたと言うのか?
それこそ確かに「認めたくない」。
『それを没収しろ』
「っ!? それは……」
与えられた指示が、ムゥを思考の内から引きずり戻す。
ムゥは苦々しい表情を浮かべ、ラクスに聞こえないよう囁くように、見られる事もないようそれとなく手で口元を隠し、自らに付けられた隠しマイクに話しかけた。
「あの子の心の支えかもしれないんだぞ」
敵地で収監されているという状態で、あれだけ親しげに扱う玩具が、どれほど心の支えとなるだろうか? だが……
『解錠ツールと一緒に収監など出来るわけがない。違うか?』
言い返されれば確かにその通りで反論の余地がない。
「そうだな……」
重々しくそう呟き返してムゥは、体の一部を欠いて広げた耳をばたつかせながら宙を泳ぐ玉を捕まえる。
そして、ラクスが何か問う前に、ムゥは言い訳をするように言葉を並べた。
「あー……この悪戯ボールに、勝手に出てこられると困るんだ。しばらく、預からせてもらえないかな?」
「……はい」
ラクスは僅かな沈黙の後、笑みを浮かべて答える。
「良い子なんです。可愛がってあげてくださいましね」
「あ、ああ。……大事にするよ」
後ろめたい思いを感じながら、ムゥは捕まえた玉を後ろ手に回し、背後の兵士達へと渡した。
玉は無造作に掴み取られ、それをした兵士は部屋を出て行く。
『……異常なほど、大人しいな』
「逆らえる状況かよ」
イヤホンから聞こえた尋問官の独り言に、ムゥは呟き返す。
が、尋問官は何処か解せない風で言葉を続けた。
『君とあの少女は親しい。少女も君が攻撃してくるとは夢にも思っていないはずだ。ならば、もう少し抗っても良いんじゃないかな』
なるほど、それは道理だ。道理だが……と、ムゥは敢えて尋問官の言葉に反論してみる。
「信頼して預けたってのもあるぜ?」
『……君はどうだ? 無条件に彼女を信頼するのかね? 疑念は欠片も無いか?』
尋問官の声が、ムゥに対する詰問調に変わった。返事によっては、何か拙い事になりそうな予感……これは、ムゥへの疑いが強まってしまったか?
「……いや、それ程の事じゃない。だが、ママに女の子は大事にしろと教わったクチでね」
ムゥは惚ける様にそう返した。そして、あまり下手な事は言うまいと心の中で決める。
『……そうか、何か気になったら……いや、何も気にする事が出来なくなっても報告しろ』
尋問官は、ムゥの反応から「まだ大丈夫」と判断した。
もし、ムゥがラクスに対して完全な信服を示したなら、それはムゥの汚染と、ラクスが暴動の源であるという事の証拠となっただろう。
同じ連合軍兵士に犠牲が出る事は望まないが、事態がはっきりするのはありがたい。
だが、まだだ。まだ確信は持てない。
『では、次にあのシルバーウィンドの中で何があったかを聞け』
「わかったよ」
そこで起こった惨劇の事を考えれば、少女にぶつけるには酷な質問……
いや、これから先に用意されてる質問のどれもが少女には酷なものに違いない。
逆らう事は無意味だ。
それに、先の尋問官の口ぶりからして、ムゥがラクスに感情移入しすぎる事は警戒されているようだ。逆らうべきでもないのだろう。
ムゥは投げやりに返事を返してから、ラクスへと問いを投げた。
「君が乗っていた船……シルバーウィンドだったか」
「ええ、とても良いお船でしたわ。乗組員の方も親切でしたし……」
問いの途中で何処か懐かしそうに話し出すラクスをそのままに、ムゥは台詞を続ける。
「最後は覚えていない。そう言ったよな? あれは、本当かい? 何か、覚えている事は無いか? どんな些細な事でも良い」
「……覚えておりませんわ」
ラクスは僅かに沈黙を見せた後に答えた。そして、不可解な言葉を付け足す。
「私は食べられてしまいましたから」
「あん?」
“食べられた”その奇妙な言葉の意味が分からなくて、ムゥは変な声を漏らす。
暴行を受けた事の隠語かとも思ったが、そもそもがここまで厳重に隔離をしている海兵達が、ラクスに手を出すはずがない。
なら、その言葉の意味は何だ?
困惑するムゥを前に、ラクスは夢見るように、恋に恋するように、情熱さえ感じさせられる様な口調で言葉を吐いた。
「でも、ちょっとだけなんですよ? 味見なんです、きっと。だから私は、いつか全部食べていただくのですわ。その時までに、より美味しくなっておかないと……」
気が触れた。そう表現すべきなのかもしれない。
それほどにラクスの言葉は唐突で、そして常軌を逸していた。
ラクスの瞳は何処までも澄んでいて……無に通ずるかのように虚ろで、その奥には存在してはならないものが潜んでいる様に思えて――
――見るな。
ムゥの中の何かが囁く。
ラクスの瞳の奥。ムゥの意識が宇宙に放り出されたかの様に広がっていく。
しかし、その宇宙に共感も敵意もありはしない。
なにもない――あってはならない。
まるで自分に言い聞かせる様に強く思う。
いや、これは願いか?
何もない。そうあって欲しいと?
何がない? 何を恐れている?
恐れるな。呼ぶぞ。
しかし。しかし――
ああ、宇宙が光り輝いて……
「……フラガさん?」
「――っ!?」
ラクスの声に、ムゥは尋問室に居る自分を再発見した。
そんなムゥの前、ラクスは何事もなかった様に穏やかな笑顔で言う。
「いきなり黙り込んでしまわれたので、少し心配になってしまいました」
「あ? ああ……いや、君の瞳に見惚れただけだよ」
努力して、軽口と笑顔をひねり出す。
普段なら意識もせずにやってのけるそんな事で、ムゥは自分の消耗を感じた。
背中が水を浴びた様に冷や汗で濡れている。動悸も激しく落ち着かない。
今のは何だったのか?
もう一度、ラクスの瞳を見てみるが、そこにはぎこちない奇妙な笑顔を貼り付けた自分の顔が写り込むだけだ。
今のは……戦場でラウ・ル・クルーゼを察知する時の感覚の様だった。
だが、クルーゼの存在は不快なだけだ。
今の様な幻覚を伴ったりはしない。
――幻覚?
そうなのか?
「…………っ!?」
ムゥは知らず身震いした。
何故かはわからない。しかしそれは、自分にとって酷く恐ろしく感じた……
その後もラクスへの尋問は続けられたが、現段階ではこれ以上の収穫はなく、終わる。
結局、シルバーウィンドで起こった暴動について、得られた情報は無かったわけだ。
尋問は継続的に行う事とされ、ムゥはその役目を降りられぬままとなった。
しばらくは、アークエンジェルにも帰れない。ひょっとすると、これから先もずっと。
――そしてムゥは、ラクスの瞳の奥に見たものを誰かに話す事は決してなかった。
機動戦士ザクレロSEED‥‥以上。
アークエンジェル再出撃は近い。
あぁ、ザクレロが、ザクレロが!
フラガさんが汚染されたか?どうなっちゃうんだろう
ここのマリューはやっぱいいな
いつか狂気に染まってしまうんだろうか?染まらないでいてほしいが
下卑ててスケベを隠そうともせず戦闘にも殺しにも容赦はないけど
プラントやオーブの連中に比べれば精神的にはずっとまともな黒髭一家か。
死体愛好家で人肉嗜喰で多分ロリもショタも両方食っちまえるけど
飄々としてなぜか魅力的なユウナと案外話は通じるんじゃなかろうか。
あと本作での、正体が本当にムウじゃないネオはどういう素性なのか…
あと兄貴逃げて!とにかく逃げて特に精神的にーーーー!!
本格的な執筆じゃなくてネタ振りで申し訳ないけど
「もし種or種運命のラスボスが、あの有名な"三つの脳髄"だったら」
という話でも……あとは『ガンダムSEED 天使編』『神々との戦い編』『conclusion GOD'S WAR』の
三部作は一体どうなるのかという話についてだ
三部作は⇒三部作に突入したとしたら、
かき集めてガンダールさまが出来るほどの善性の部分がないのでだめかもわからんね
やっと規制解除された!今回はまじで長かったわ
ザクレロうれしー
ナタルって目の上のたんこぶ、っていうかそういう人がいて
2番目の位置でイキイキ出来る人なのかなー
ラクスは原作でもそうだったけど、4、5歳程度の子供のような
天然のふりの会話で相手をイラッとさせたり
疲れさせてあきらめさせてるのかな。
更新されたと聞いて最初から通しで見直してみた
やっぱ面白いわザクレロ
>>369 2番目の位置が向いているんじゃなくて、新米ゆえにトップの重圧に耐えかねているんじゃね
士官学校出の新米少尉なんてお客さん扱いと聞くし、経験さえ積めれば立派な艦長になれるだろう
>>365 >正体が本当にムウじゃないネオはどういう素性
つまりこういうことなんですかね、皆さん
「まさか……ひょっとして、貴方はムウ――」
「――いや違う! 俺は……このネオ・ロアノークは……ムウ・ラ・フラガ以上の存在だ!!」
「ムウ以上!? そ、その声といい……その金髪といい、てっきりムウだと思っていたんだけど……
まさかムウ以上の存在だったなんて!! ……ちょっと待って? という事は、あなたはムウとは一体
どういう関係なの? とりあえずムウとは遺伝子的にどういう関係なの?」
「くっくくく。俺とヤツとはな、ただ遺伝子が共通しているだけの関係とは――わけが違う関係だ!!」
「だからムウとは一体どういう関係なのよーっ!?」
まぁ本編というかTVアニメ版のネオもといムウにしてもさ、せめて
「さあ、もうその覆面は取ってもいいでしょう。 俺達にはわかっています……
あなたが地球連合軍のエース、ムウ・ラ・フラガだということが……!」
「何か勘違いしているようだな……俺の名はネオ・ロアノーク、連合に金で雇われた傭兵だ。
ムウ・ラ・フラガなどという奴の事は知らん」
「そ、そんな……どういう事? その空間認知能力だってムウと同じものじゃない、しらばっくれないでよ」
「空間認知能力を持っている者は一人だけではない。そのムウとかいう奴も含めてな……」
「違う! どんな事情があるかは知らないが、あなたは嘘をついている!
男は金のために命を賭けたりしない! 男が命をかける時はただひとつ……
それは自分の一番大切なものを護る時だけだ! 先ほどのあの行動がそれを証明している!
アークエンジェルへのあの身体を張った防衛行動は、決して金のために出来るものではない!」
「……金を貰っている以上、俺の役目は軍務を果たす事だけだ。失礼させてもらうぞ」
「……」
「やはりマリューさんの事は今でも好きなんですね、フラガさん」
「! ……そ、それはどういう意味だ小僧、あの女に目が移ったのはただの巨乳だったからに過ぎぬ事……」
「(このスーパーコーディネーターの目をごまかせるとでも思ったか……)まあいい、ムウ・ラ・フラガという男は
すでに死んだ奴の事だ……万一にも命を取り留めているかも知れんが、そんな奴が勝手にいまさら何をしようと
僕たちには関係のない事」
「――」
「(あえてアークエンジェルについて興味がないように装わねばならない貴方の心中……辛いでしょう……
だが、たとえ身は離れていても、僕たちアークエンジェル隊の魂は一つ……)」
程度のやりとりは早い内から挿れといてもらえていたらな……と今更だけど。
男塾 乙
374 :
種以外の話にもなるし、小説形式じゃ無いけど……:2013/08/09(金) 21:01:53.80 ID:dmmCSUpY
もしコーディネーターやイノベーターやXラウンダー、
あとはニュータイプや
ガンダムファイターといった面々
(強化人間みたいな人工的なのも含む)がスポーツやっていたら一体どうなるんだろうな?
やっぱり集中力で相手の骨格を透視したり、打球やパンチなどの威力で
ネットやフェンスを貫通したり受けた相手を場外まで持っていったり、
選手がみんな難なく何メートルも跳躍(そのせいで場外判定は皆無に等しい)
&空中回転してたり、投げたり蹴ったりした球が驚異的な軌道を描いてたり
するんだろうか……スクリュースピンスライディング!
…何そのアムロやブライトの中の人ネタ…あ、ガンダムファイターは普通に出来るだろうけど
376 :
374:2013/08/09(金) 23:59:03.66 ID:???
>>375 取り敢えず外野守備枠はサイ・サイシーとアルゴの二人で決まりだとして、
顔面ブロック担当と森崎雄三枠は誰が適任なんだろうな……
あと刹那やシロッコがテニスやったら確実に相手の五感を奪って来るだろうね。
379 :
377:2013/08/10(土) 01:06:49.22 ID:???
>>378 いや、こっちもすまんかった。とりあえずバリー・ホーはゴールキーパーに相応しかろうな
「でも、それは上手くいきましたか?」
営倉。腕を軽く組んで軽い不機嫌さと小さな反抗心を表現するフレイ・アルスターは、ナタル・バジルールに責める様な口調で話の先を促す。
「いや……しかし、フラガ機、ラミアス機の両機は艦を離れていた。アーガイル機に防衛を任せるより他無い」
言い訳じみた言葉を並べるナタル。だが、そこにはむしろ自身を責める色が混じる。
だから、フレイに突かれると簡単にその言葉の防壁は崩れ去る。
「ジン二機相手に、ミストラル一機では無茶でしょう? 出撃させた後、少しでもマシな迎撃のプランは出なかったんですか?」
「……そうだ」
そう呟く様に答えて苦しげに歪むナタルの表情を、フレイは冷静に観察していた。
ああ、これは助け船を出さないと。
他人に責任を投げて自分を守る事は見苦しいが、全部背負い込んで潰れるよりはマシ。
「迎撃にあたって、戦闘指揮を執る人は誰なんですか?」
「え? それはフラガ大尉だ。でも、あの場に居なかった以上、私がやらなければならない」
フレイは問いを投げて、責任を取るべき人物がナタルの他にもいる事を思い出させる。
それでも、責任を被ろうとするナタルに、フレイは更に問いを投げる。
「どうしてフラガ大尉は居なかったんです? 居てくれれば、サイは一人で戦わずにすんだし、指揮も専門家が執れたんじゃないですか?」
まあ、ムゥ・ラ・フラガの指揮なら、ナタルよりも上策だったとは、ムゥの実力を知らないフレイには言えないが。
そこは伏せて、ムゥの不在にナタルの責任の一部をすりつける。
が、ナタルはそれを許さない。
「あの時、フラガ大尉は、ブラックビアードの直掩についていた。彼を動かす事は出来なかった」
「人員不足が原因……でも、それじゃ許せませんよ。
艦長の事もそうですが、フラガ大尉もです。人員不足は全体の問題なんですよ? フラガ大尉も指揮官なら、その責任は負うべきです」
こんな新兵が上官の非を問うなど通用しないだろうなと、冷めた気持ちで思いながらフレイは言い切った。
「上官の批判は許されないぞ!」
自分への批判は甘受していたナタルが、叱責の声を上げる。
そんな反応を読んでいたフレイは素直に頭を下げる。
「すいません。言い過ぎました」
だが、これで良い。
自分が悪いと沈み込む一方のナタルに、別の見方がある事を指摘する事が出来た。それは、ナタルの内罰的な思考に多少は影響を及ぼすだろう。
そもそもの原因は、人員不足なのである。それに気付いてくれればいい。
人手不足の穴を埋める為には、誰かが過剰に働かなければならない。そしてその役をナタルは自らに任せている。
しかし、ナタルは経験の無い新米少尉に過ぎない。背負いきれるものではないのだ。
それでもナタルは成果を出してみせた。多少の危機はあったにせよ。
だからといって、背負いきれずにサイを危険に晒した事をフレイは許せない。が……過ぎた事でもある。責めるべきは責めつつも、次に繋げなければならない。
では、どうしたらいいのか?
開いている穴は埋めればいい。
連合軍と合流した今、人員の不足は補われるだろう。
その時、ナタルが艦長を続けるかはわからない。階級からして、その席を別の艦長に譲るだろうと何となく予想はする。
艦長を続けるにせよ、不足したクルーは補充され、戦力は拡充し、艦を動かし易くなる事は間違いない。
そうなれば、ナタルの負う部分はずっと軽くなる。
つまり、現状最大の問題は、時間が経てば解決すると見て良い。
本来なら、ナタルは放置してもきっと自分で心を回復させただろう。
フレイがこうして相手をし、苦悩から解き放ってやる意味は、それほど大きくはない。ナタルにとっては。
フレイにとってこれは大きな意味が有る。
艦長であるナタルの懐に忍び入る事。
仮にナタルが艦長の席から外れたとしても、それでも何らかの責任ある地位にはつくだろう。フレイが利用するには十分な筈だ。
となると、ナタルが放置しても立ち直るという事は、フレイにとっては不利に働く。タイムリミットというものが生まれる故に。
フレイには足踏みしている時間はない。
「艦長……やはり、お話になりません」
「そうか? いや、理解して貰おうとは思わないが……」
フレイに言われ、自分を理解する事を諦められたととったナタルが、僅かに落胆を見せながら答えを返そうとする。
フレイはその答えを遮って続けた。
「私には軍事の知識がありません。ですから、何が正しくて、何が間違っているのか、判断は難しいんです。
あの時、状況からの判断で、サイに指示を出しました。何度も言いますが、それは間違っているとは思えない。
でも、艦長の言葉から、私はその立場ではなかったという事はわかります。
なら、どうすれば良かったのか? そして、もっと良い判断を下す事は出来なかったのか? そんな事もわからないんです」
「新兵だから仕方がない……仕方がないと言う事が、罪を逃れる理由にはならないぞ?」
ナタルは言いかけて言い淀み、そして言い換える。
仕方がないからといって許される事ではない。そう自らを罰する故に。
フレイは答える。
「罰は受けます。でも、納得して受けたい。
学ぼうと思います。軍の事を。
教えてください。艦長の事を」
ナタルの目をまっすぐ見ながら言った台詞に、ナタルは驚いた様子で少し目を見開き、それから僅かに赤面して照れた様に顔を背けた。
「な、何を……」
「何が正しくて、何が間違っているのか。
何をすべきで、何をしたら良かったのか。
そして、艦長の事もきっと、学べば理解できると思うんです」
おや? と、僅かに違和感を感じながらもフレイは続ける。
ナタルは罰を求めているので、敢えて責めてはいるが、それだけではいずれナタルは諦めてしまう。許される事を。
だから、学ぶ意欲を持った事を見せる。実際、それは必要だから、学ぶ意欲は本物なのだが、ともかくそれはナタルを受け入れるきっかけともなるように見えるだろう。
軍事を学んで、正しい知識を身につければ、ナタルの行動の意味を知り……そしていずれは許す事が出来るかもしれない。
そんな事を匂わせるつもりだったのに、ナタルの何やら別の所に釣り針を引っかけた様な?
ナタルの急な反応の変化に失敗を疑いつつも、台詞を止めようもなくてフレイは最後まで用意した言葉を言い尽くした。
「だから、教えて頂けませんか? 艦長に。もっと、色々な事を」
「い……いろ、いろ? わた……わた……しの……?」
顔を真っ赤にしてゴニョゴニョと何やら呟くナタル。その言葉の内容は聞き取れず、またさほど気にする事もなく、フレイは更に次の台詞を言った。
「正しい軍事知識。実践的なものが良いです。艦長の言葉が正しいか、それとも正しい知識ですら認められないものか、判断をする為に」
「え? あ、そうだな……そう言う事だな。うん」
フレイの言葉に、次にナタルが見せた表情は、納得と安堵と……落胆? 残念?
いきなり折れて見せた訳ではないから、残念に思うのは当然か。そう判断しながらも、フレイは何か何処かでボタンを掛け違えたみたいな不安感を覚えていた。
想定していた反応のままに思えるが、ちょっと違う気もする。
何だろうなぁと。内心で首を傾げながら、フレイは続けた。
「艦長の事も教えてください。知りたいんです、艦長の事」
利用するにもナタルの事を知っておいて損はないし、相手を知る事は親睦を深める事にも繋がる。
フレイにとっては打算含みだが、ナタルにとっても悪い事ではないだろう。
私は悪い子だから、心に反して仲良くするぐらい出来てしまう。自嘲にフレイの胸が僅かに痛んだ。
が、フレイが胸中の疼痛に呻いている時、ナタルの方は声には出さないが明らかに取り乱した様子を見せていた。
頬を染めて、あえぐ様に口をパクつかせ、目を泳がし、身を震わせて……
「か、からかうな! 今日の事情聴取は終わりとする!」
不意に怒声を上げたナタルは、くるりと背を向け、営倉のドアに取り付き開けるとその向こうへと姿を消した。
反応が遅れ、その後ろ姿を見送ってしまったフレイは、僅かに険しい表情を浮かべる。
「勉強を教えて欲しいなんて、図々しいと思われた……? ちょっと焦っちゃったかも」
いきなり要求をぶつけるべきではなかったか? もっと、ナタルが自分に依存してからでも……
色々と反省すべき事を頭の中で並べるフレイは、やがて意を決して表情を引き締めると結論を呟く。
「次からは、もっとしっかり心を捕らえていくべきね」
ナタルの心を掴もうとしていたが、まだまだ効果が薄いと判断。
それを挽回する為にも、もっと強く攻め込もうというフレイの結論であった。
ナタルを籠絡する事は、とても大きな価値がある。
その地位の事もあるが、話をしっかり聞いていればナタルの正当な評価は下せるのだ。
「真面目な良い人なのだな」と、フレイは、ナタルの事を内心でそう評価していた。
ただ、少し頭が固く、柔軟な判断は出来ない。いや、真面目な分、狡知に欠けると言うべきか。
あの時、フレイが的確な策を下せたのは、たまたまそれが当たっただけという事も自戒としてもたなければならないが、あくまでも自身の内にある狐の様な悪賢さによるものだ。
言ってしまえば、その場限りのイカサマの様なもの。
ナタルの様に、敗地からの逃走という極限の状態で艦を切り盛りする事……実力を必要とする行動はフレイにはとても出来ないだろう。
「うん、有能な人。本当なら勝てないなぁ」
営倉の中、フレイは宙に身を投げ出し、漂って天井と床の間を往復しながら携帯端末をポケットから引っ張り出す。
そして、携帯端末を通してアークエンジェルと連合宙軍海兵隊秘密基地“アイランドオブスカル”のデータベースにアクセスした。
自分に無いものを補充する為に。
機密に属するデータや軍務に関係のないデータはフレイに見る事は出来ないが、そんな物には用はない。
必要なのは軍の教本。基礎訓練用、そして昇進試験用に、それらの教本はデータ化されていて読む事が出来る。
フレイにとって、今後の為に必要なのが軍事知識。それはナタルに言った通り。
となれば、暇な時間を無駄にする事はない。
自習に励むのも、営倉生活の中では罰の一つ。何ら咎められる事はない。
そして、学べば学ぶ程、ナタルの指揮が大きく間違ってはいない事にも気付くのだ。
ナタルの事情聴取という名の懺悔の内容も概ね理解できる。ナタルがフレイにもわかるように噛み砕いて話しているからだろうが……
ともかくナタルは、教本にある通りに最善を尽くそうとしていた。それがわかる。
ナタルの様に教本通りに出来る事は大事だ。ただ、それでは勝てない事もある。
常道と奇策、どっちが優れるかではないだろう。フレイとしては、どちらも出来る様になりたい。
「……お勉強。しかないわね」
何を出来る様になるにも、まずは基礎がしっかりしていないと。
幸い、ナタルとの関係は“良好”だ。今はダメだったが、機会を探ればまた教えを請う事が出来るかも知れない。
しかし猶予もない。まだアークエンジェルが港に居て、ナタルに時間がある内が良いだろう。
とりあえず、自習で出来る範囲はきっちり詰め込んで、その上で不足分を頼る様に……
「!?」
そんな事を考えながら、ダウンロード可能なデータリストを携帯端末の画面上に呼び出していたフレイは、新しくアップされたばかりのそのデータに目を止めた。
新しく配備される予定の大型MAに関するマニュアル類。
「これ、もしかして……」
アークエンジェルに配備予定。実機よりも先にマニュアルとシミュレーター用ソフトが先に届いている。
シミュレーターを、今のアークエンジェルのクルーに使わせる必要があると言う事は、補充人員用ではない?
なら、ムゥ・ラ・フラガの機体か? マリュー・ラミアスの?
いや、この機体はムゥの搭乗機とは性格を異にするし、マリューにはザクレロがある。
補充人員やムゥやマリューの機体という可能性は捨てきれない……だが、フレイは期待する。と同時に、その機体に関する全てのマニュアルをダウンロードした。
そして、貪る様にマニュアルを読みふける。
読んでいく内に、フレイの顔には笑みが浮かび上がっていった。
やがて一通りマニュアルに目を通し終え、フレイは呟く。
「決めた。じゃあ、必要な事は……」
それからフレイは、必要だと思える知識を得る為、休む事無く携帯端末を操っていった……
アークエンジェルの格納庫には、海兵達の手で一つのコンテナが運び込まれていた。
コンテナと言っても二階建ての家くらい大きく、人が住めそうな大きさだ。
その出入り口は装甲宇宙服を着た海兵達が警備しており、アークエンジェルのクルーが近寄る事すら許さない。些か奇妙な事だった。
しかし、何かの機密があるのだと思えば、不思議だと思う程でもない。
荷物の中身は“研究試料”とだけアークエンジェルに伝えられている。そして、その中にムゥ・ラ・フラガが常駐すると言う事も伝えられてはいた。
そんな格納庫の隅、いつものザクレロのシミュレーターに座るマリュー・ラミアス。
画面上にはザクレロの被撃墜判定が表示されていた。
「……実戦より、シミュレーターの方が難しくないかしら?」
レベルを結構落としているのだけどなぁと溜息をつきながらシミュレーターを降り、適当に側に浮かせてあったドリンクパックを取り、ぬるくなったスポーツドリンクを喉に流し込む。
訓練は芳しくない。
何せ、教官役が出来る男が居ないのだから。
「ああもう、何やらかしたのよ、あいつ」
視線を向ける先は格納庫に置かれたコンテナ。そこにムゥは居る筈だが、面会も出来ない。
検疫の為だなんて説明はされているが、これは冗談の類だと考えられている。それくらい、この説明は馬鹿馬鹿しい。
何かの機密に触れて帰れなくなったのではないか? そんな噂がまことしやかに語られていたが、そんな出所もわからない噂の方がよっぽど信頼性が高い。
一応、戦闘時にはコンテナから出てきて出撃するという事になってるらしいのだが、それ以外では一切出られない様だ。
無骨なコンテナは、換気用の開口部と、海兵が守る出入り口以外には隙間一つすらなく、たいがい中は暗くて覗き込む事も出来ない。
近寄れば海兵に寄らないよう注意されるし、お手上げだ。
それでも何だか気になるので、マリューは時々、コンテナに目を向けていた。
「あんな奴でも、居ないとつまんないわー。ナタルは、ナタルで……」
言って、マリューはニヘラと崩れた笑みを浮かべる。
「ナタルがねー。っぽいとは思ってたけどー」
うぷぷっと笑いを漏らし、最近のナタルの様子を思い返す。
「ま、元気が出たっぽいのは良い傾向だわ」
一時期の落ち込み様から、ナタルは浮上してきた様に見える。浮きすぎなければ良いのだけれど。
「でもま、今度はこっちが落ち込みそうだわ。コミュニケーションが足りないのよね」
惜しむべきは、ゴシップを共有する相手が居ない事だ。
ザクレロが居るから寂しくはないが、彼は鋼鉄の魔獣なので、コミュニケーション向きではない。
「ボイス機能とか付けちゃおうかしらん」
そんな馬鹿な事もちょっと考える。が、幸いにもそれが実行されるよりも早く。コミュニケーションを取る相手が現れてくれた。
「あ、サイくぅーん!」
格納庫の中をこっちに来るその姿を見つけてマリューは手を大きく振る。
それは、病室で寝ていた筈のサイ・アーガイルだった。
「サイ君。体はもう良いの?」
サイが側まで来るのを待ってからマリューは問う。
見たところ、サイの服の下にはまだ包帯が巻いてある様だったが、サイ自身の動きには支障を来している様子はない。
「あ、はい。まだ少し痛みますけど、動かないでいるのも体に悪いって」
サイは、少し軍服の胸をはだけて、その下に巻かれた包帯を見せながら答える。
傷は完治したとは言えないが、動いても支障の無い程には回復していた。
「よかったー。サイ君が居なくて、寂しかったの」
「えっ? ちょ!? ラミアス大尉!?」
マリューはサイの回復を素直に喜び、じゃれる様にサイに抱きつく。
その豊満な胸の中に抱え込まれ、サイはその柔らかさから慌てて脱出した。
「退院祝いだと思って良いのよ?」
「冗談はやめてくださいよ」
満面の笑みを浮かべるマリューに、サイはまだ朱色にそまった顔で苦情を述べる。
そして、このままではマリューにからかわれ続けると判断して、急ぎ別の話題を口にした。
「あ、あの、それより新しく配備されるMAのシミュレーターが届いたって聞いたんですが」
「ああー、あれねー。実機のコックピットにあわせた、シミュレーターが用意済みよー」
マリューは答え、ザクレロのシミュレーターから少し離れた所に置かれた真新しいシミュレーターを指差す。
それは、少し角張ってはいたが、黒い卵形をしていた。大きさは、ザクレロやミストラルのシミュレーターよりもかなり大きい。無論、ドアは閉ざされ、その中は見えない。
つい先日、海兵隊の整備員達が部品を運び込み、組み立てていった物だ。
連合の規格部品の塊とはいえ、レイアウトなどがミストラルやザクレロとは違うのでアークエンジェル内にその設備はなく、わざわざ作る必要があったわけだ。
「触ってみたんですか?」
サイは興味深げにそのシミュレーターを眺める。同じくマリューもそれを眺めながら、こちらは苦笑を浮かべて答えた。
「ちょっちね。試してみたら、ジン一機にもうボロ負けよ。
宇宙じゃ機動性が無いって言ってくれないと……それをザクレロと同じ感覚で動かそうとしたから、もうしっちゃかめっちゃかだったわ」
肩を落として嘆息するマリューに、サイは不安を感じて問う。
「難しい機体なんですか?」
「あ、不安にさせちゃった? いきなり悪い評価聞かせちゃったかしら。ごめんねー?」
サイの反応に気付き、マリューは慌てて言い繕った。
「でもね。ずいぶん、おっそろしい機体が来るのねーってのが、偽らざる感想よ。
ま、百聞は一見にしかず。実際に見てみましょうか」
マリューはサイを誘って新型機のシミュレーターへと向かう。サイは素直にその後に従った。
「でも良いんですか? 僕みたいな新兵が大型MAを。フラガ大尉の方が乗りこなせるんじゃ?」
「フラガ大尉は、どっちかというと戦闘機乗り。これは戦車に近いから、彼向きじゃ無いわねー。
それに、なーに遠慮なんてしちゃってるの? 艦を守りきった功績があるんだから、新型をもらってもバチなんて当たらないわよ?」
少し不安げなサイにマリューは言い切り、そしてシミュレーターにつくと、そのドアを開いてみせる。
「さあ、これが貴方のモビルアーマー。のコックピットよ!」
サイは誘われるままに期待しつつそこを覗き込み……中の様子に面食らって声を漏らす。
「あの、シートが三つありますけど」
シミュレーターのコックピットには、シートが縦一列で三つ並んでいた。
なるほど、シミュレーターが大きくなるわけだ。
マリューはサイより先にコックピット内に入り、一番奥のシートに座る。それから、シミュレーターを起動させつつ説明した。
「パイロットシートの他に、ガンナーシートと、コマンダーシートがあるのよ。
コマンダーが全体統括。
パイロットが戦闘機動と近接射撃戦。
ガンナーが観測と通信と砲操作を行う事で、情報収集と長距離通信、長距離射撃戦が出来るーってコンセプトなのね。
でも大丈夫。長距離射撃戦は出来ないけど、近接射撃戦なら一人でも動かせるわ」
つまりこのMAは、単機で戦車と自走砲の役を果たすが、パイロット一人では戦車の役しか果たせないのである。
「パイロットはサイ君一人だから、近接射撃戦用として扱うって事ね。それでも、十分すぎる戦力にはなるみたい。
見て。この機体の姿を見せてあげるわ」
言ってマリューがコマンダーシートの端末を操作すると、メインモニターにこの機体の姿とデータが表示される。
「これが……僕のモビルアーマー」
サイは映し出されたその偉容に唾を飲む。
全体的には陸戦艇の様に見える。
しかし、陸戦艇ならその艦橋があるべき場所には、ZAFTのMSを超える巨大な人型の上半身があった。
その頭部は無く、大型砲一門が設置されている。
それを挟むように、両肩には多連装ミサイルランチャー。両腕は、前腕部がマシンガンになっている。また上半身の基部の両側面には、機関砲の砲台が設置されていた。
そして、その前面。胸部とも見える辺りに、機体に埋め込まれたかの様にMSの上半身が配されている。そのMSの姿は、ZAFTのMSの印象を残しながらも、そのどれとも違う。
大型砲の砲身はそのMSの頭上を越えて前に伸びていた。まるで、一本の角のように。
「連合陸軍砲撃戦用大型陸戦モビルアーマー。RHINOCEROS“ライノサラス”よ」
マリューの告げるその名は、厳かな響きをもってサイの耳に届いた。
しばらくあって、サイはやっと感想を絞り出す。
「一部、MSっぽいですね」
「元は、ZAFTのMSをナチュラルでも使える陸戦兵器にしようって計画で、複雑なバランス制御を必要とする脚部を無限軌道やホバーに換装する試みから始まった様ね。
でも、その頃始まった大型MA開発計画の影響で、機体の大型化と重武装化が要求されて、その完成形がこのライノサラスってわけ。
その後、月面での運用実験に提供されて、宙陸両用に改造されたのがサイ君の機体よ」
マニュアルに同梱されていたとはいえ、開発史なんてマニアックな物まで読んだのは、マリューが元々技術者だからだ。
ちなみにマリューは整備マニュアルまでちゃんと読んでいる。
さておき、鹵獲MSの上半身を戦車の車体に載せた初期の物から、紆余曲折を経て巨大化した果てに創り出されたのがライノサラスである。
その存在は既にMSを凌駕している。
小学生並の感想の後は言葉もなくその姿を見つめるサイ。
彼をそのままに、マリューは画面上に重ねて次々にデータを表示させる。
「主砲は、対艦用大型ビーム砲“バストライナー”。陸戦では大口径キャノン砲に換装できるわ。直接照準で撃つ場合、これもパイロットの担当。
宇宙なら両方……地上なら大口径キャノン砲で長距離射撃が可能よ。だけど、ガンナーが居ないとダメだから、ちょっち持ち腐れかな?
他に、ミサイルポッド、アームマシンガン、機関砲、それぞれ二基ずつ装備。
ミサイルポッドは主砲と同じくガンナーと共用ね。直接照準の時はパイロットが、長距離射撃の時はガンナーが担当。
アームマシンガンと機関砲はパイロットの担当。
コマンダーシートからは、必要な時には他のシートの機能を全て使えるわ。ただ、やらなきゃならない事が多くなりすぎるから、パイロットとガンナーの兼任は無理ね」
「無理なんですか?」
両方やれればパイロットは一人で良いのにと思うサイにマリューは説明する。
「長距離射撃って面倒なのよ。直接照準出来る近接戦とは違うの。色んな情報収集手段で情報を掻き集めて撃ってるから。まあ、情報管理に手間が取られるって考えて。
パイロットは戦場の周辺を知っていれば戦えるけど、ガンナーとコマンダーは戦場全体を知らないとダメって話。
逆に、目の前の戦場に集中しなければならないパイロットが、戦場全体の事まで気に掛けていては満足に戦えないとも言えるわね」
「ああ……確かに、そうですね」
なるほどと納得するサイに、マリューはとりとめもなく機体の説明を続けた。
「そうそう、注意して欲しいのは……
一応、宇宙でも使えるとは言っても、月面みたいな陸上と言える様な場所ならともかく、宇宙空間では最低限の機動性しか無いわ。
ミストラルより、ちょっちマシかなーってくらい? 推力はあるみたいだから最高速度は出るけど、重い分だけ反応はミストラルより鈍いの。
言ってしまえば、ほとんど姿勢制御のみって感じだから、後方支援以外には使えないと思う」
とはいえ……
口に出しては言わなかったが、マリューは思う。
ミストラルでMSと戦えるなら、ライノサラスでMSと戦う方がずっと楽な筈だと。
わざわざ不利を承知で戦って欲しくないので、口には出さなかったが。
「パイロットシートは最前列のシートよ。サイ君は、そこが指定席ね」
促されて、サイはパイロットシートに座る。そして、慎重に操縦桿を握った。
シートのレイアウトは、ミストラルと大きく違っている。
と、マリューがシートの背後から、サイの肩越しに……つまり、胸をサイの肩に乗っける様にして、パイロットシートに身を乗り出した。
「んな!?」
「ミストラルは宙軍仕様だったけど、ライノサラスは陸軍仕様。共通規格じゃないから、操縦方法とかが細かい所で違っていて、まずはそれに慣れる必要があるわ。
大型MA開発計画のついでに操縦法をあるていど規格化するって話も聞いたけど、汎用機より専用機の方が多いMAじゃどうなるかしらねー?
ま、ともかく、いきなり実機に乗って大活躍って訳にいかないのがドラマ的に辛いところよ」
マリューは言って、慰めるみたいにサイの頭をクシャクシャと撫でる。
いきなり乗って出撃というのは近い事をサイが実際にやっているが、あれは搭乗機のミストラルが民間にも用いられている機体で、動かす事が出来たからだ。
マリューもザクレロでいきなりの出撃を経験してるが、こっちはなお酷い。
操縦の方はマニュアルを読んでいた事もあって出来たものの、結果は操縦感覚が掴めずにメチャメチャで、何故勝てたのかさっぱりわからない酷い有様だった。
はいどうぞと渡された機体にいきなり乗って、大活躍など出来る方が異常。
その点、サイはもちろん、マリューも凡人である。何だかんだで戦果を上げて生き残った分、何かが優秀なのかもしれないが……
ともかく、操縦できる様になるには、学習と練習あるのみだ。
マリューは更にサイにのしかかって手を伸ばし、パイロットシートのコンソールを操作して、パイロット用のサブモニタにウィンドウを開く。
「マニュアル呼び出しはこう。携帯端末にも落とせる様にしてあるから、ダウンロードして繰り返し読んでねん。
ヘルプはこっちで呼び出し。シミュレーターが想定してない反応をしたら、こまめに確認を取る事。
とりあえず、各種データをしっかり読み込んで、理解する所から。操縦桿を握るのはその後でも良い……と、思うのよねぇ。
ま、フラガ大尉みたいにパイロットの目からの意見は言えないから、技術者としてのお願い。マニュアル読んで、隅から隅まで理解して、それから文句は言いなさい。いいこと?
返事がないわねー。どうしたの?」
「あの……あ、あの……」
どうしたもこうしたもない。サイは今、顔の横からマリューの胸に圧迫され、座席から押しのけられそうにさえなっているのだから。
悪戯が過ぎた……?
マリューは、あたふたするサイの反応を面白がりながらも、やり過ぎを悟って、何事もなかったかの様に身を退いた。
ここで「エッチな事考えてたでしょ?」みたいになじりを入れて追撃するのも良いが、調子には乗らず、思春期の少年にエロスな思い出を刻みつけるだけにしておこうと。
安堵と落胆と自省と表情をくるくる変えつつも、どうにか平静を保ったふりをしようとするサイ。
その若さをスイーツ気分で味わい、まあこれでコミュニケーションに飢えていた分は取り返したかなとマリューは考える。
「ま、後は一人でシコシコとお勉強ね。シミュレーターのドアは閉めといてあげる」
とりあえず説明すべき事はもう無いしと、親切心から余計な事を言ってマリューはシミュレーターから出て行こうとした。
しかし、マリューが外に出てシミュレーターのドアを閉めようとしたその時、混乱状態から再起動を果たしたサイが彼女を呼び止める。
「あ、あああ、あの、待ってください!」
「何? 個人授業して欲しいの? それは、ちょっち早いんじゃなーい?」
にんまり笑って冗談で返すマリューを無視して、サイは真剣な表情で聞いた。
「あの、最後の戦いの時のオペレーター。彼女がその後どうなったのか、知りませんか?」
「え? えー……っと、戦闘の途中で命令違反したって言う娘?」
突然の問いだったので、思い出すのに少しの間があったが、マリューでも流石にその事は知っていた。
が……もし、フレイが起こした一件についてマリューが後少しでも深く探りを入れていれば、また違った答を返せたかもしれない。
ナタルとコミュニケーションが取れていなかった事が災いしたとも言えよう。
マリューは、サイに婚約者が居る事を知っていた。最初の戦い以降、その関係がギクシャクしていたのも知っている。
しかし、避難民の中から志願してオペレーターになり命令違反を犯した娘が、その婚約者であった事は知らなかった。
だから、マリューの答えはサイに何の遠慮もなく叩きつけられる。
「命令違反で営倉入り。でも、ナタルの……艦長と仲良くしてるから大丈夫よ。
それがさー、聞いてよー。ナタルってば、私にはツンツンして仕事以外には話もしてくれないのに、あのオペレーターの娘の所に行く時は、すっごい楽しそうなのよ?
しかも、艦長自ら取り調べなんて普通しないってのに、何かと時間を作っては足繁く通っちゃってさー
うぷぷ、取り調べとか言っちゃって、二人で何してるのかしらねー」
「え?」
何か聞いた話の内容を理解できないといった感のサイに、マリューはちょっと勘違いして話を続けた。
「あ、女同士でーとか、思っちゃってる? まあねぇ〜、わかるわよ。うんうん、健全健全。
でもナタルはねぇ。私、もてそうだなって思ってたのよ。綺麗で、凛々しくて、あれはもう学校で後輩をムシャムシャしちゃってた感じね。わかるもの。
きっと、営倉の中で、愛が育まれたに違いないわー。爛れた日々を送ってるに違いないわー。うん、オカズに一品足せちゃう?
あ、私はナタルと友達だけど、そういう趣味はないから。私には愛しのザクレロが居るしー。うふふ。あー、ザクレロの赤ちゃん産みたいわー。なんちゃって、冗談よ?」
「あ、あの……冗談? 何処まで冗談ですか?」
何か一縷の望みに縋る様なサイに、マリューはキッパリと答える。
「ザクレロの赤ちゃん産みたいって所だけよん」
「……わかりました。ありがとうございます。もういいです」
「え? ちょ……」
魂まで吐く様な深い溜息をつきながら、サイはマリューの体をシミュレーターの外へと押し出す。そして、中からドアを閉めた。
それから、力尽きた様にそこで体から力を抜く。
「……きついなぁ」
フレイの事が心配だった。ただそれだけだった。それなのに、何やらおかしな方向に状況は流れている……
勝手に軍に志願した事で、フレイを怒らせたままだった。嫌われても仕方ない。
自分へのアドバイスが命令違反となってフレイが処罰された事も負い目だ。
艦長のナタルは有能で魅力的な人で、同性って事はさておき好感を持つのもわかる。
わかっている。自分は嫌われても仕方のない男だと。
「わかっているんだけどなぁ」
それでも、信じられないし、諦められない。
あの時、フレイは言っていた。「サイは私が守るから。絶対に地球まで……いえ、ずっとその先もよ」と、確かに。
その言葉を信じたい。それでいて、確認するのは怖い。
マリューの話が信用できるとは思わない……どう考えても、ゴシップの類であるし。
しかし、それが事実だったら? そう考えてしまうと、身動きが出来なくなってしまう。
結果がどうあろうと受け入れられる程に潔くはなく、信じ続けられる程に心が強くはない。まったくもって度し難い。
何をする事も出来ない自分に、サイは頭を抱え込んだ。
そして、シミュレーターの真新しい操縦桿を見つめる。
訓練しなければ。生きる為にもそうしなければならない。
しかし、今はとてもそんな気にはなれなかった。
「励めよー、少年!」
マリューは何だか良い事をしたみたいに満足そうにシミュレーターに向けて声を掛け、そしてザクレロのシミュレーターへと帰っていく。
格納庫に置かれたコンテナの中、換気の為に僅かに開いた開口部の隙間から外を見ていたムゥ・ラ・フラガは、そんなマリューの姿に嫌な予感を覚えていた。
「何か余計な事をしていないだろうなぁ?」
その予感は概ね当たりではあるが、それを知る術はムゥには無いし、知った所でフォローを入れる手立てもない。
ムゥはこのコンテナの中に軟禁されていた。
コンテナ内は自由に動けるが、外に出る許可は出されていない。
現在の所、ムゥの仕事は、コンテナ内に収監されているコーディネーター達の管理である。アークエンジェル所属のパイロットとしては動ける状況にはなかった。
それでも、緊急事態には出撃もあると説明は受けているが……
今は、コンテナの中から外を窺う他に、アークエンジェルとの接点はない。
代わりに接触が取れるのは、装甲宇宙服を脱ぐ事のない海兵達と、囚われのお姫様よろしく孤独に監禁されているラクス・クライン。
そして、ラクスと同じく客船シルバーウィンドで虜囚に落ちたコーディネーター達。
シルバーウィンドの中で暴動が発生したが、それに参加しなかった者が少数居た。それが、ここに収容されている者達だ。
ラクスが何らかの汚染源だと仮定した上で、「彼等は何故、暴動に参加しなかったのか?」に興味が向けられている。
それを探る為にも、極力、健康や精神面への悪影響は除こうと考えられたのだろう。
彼等には過酷な扱いはされず、自由がないのと男女別とはいえまとめて大部屋住みだという以外については、それなりに優遇と言っていい扱いを受けていた。
まあ、基地内での捕虜の扱いに比べればという一言は外せないが。
ムゥは彼等への応対も何度かしたが、コーディネーター特有の高慢は垣間見えたが、かなり大人しくしていた。装甲宇宙服に小銃装備の海兵に睨まれながらでは普通そうもなるだろう。
ともかく、とても暴動を起こす様には見えない。
しかし、海兵達は警戒を続けている。確信するものがあるのかもしれない。
やはり、ラクスに何かあるのだろうか? 例えば、あの時、彼女の中に見た……
「……っ」
思い出しかけて、何故かとっさにそれを止める。
忘れろ……忘れろ。意味もわからないままに自身に言い聞かせる。
しかし……あれは…………
「おはよう」
不意に声がかかる。
その声に深淵に沈み込んでいこうとする思考を止められ、ムゥが顔を上げると、そこには顔を包帯でくるまれた男が立っていた。
その男の服装は入院患者用の薄青い色のパジャマで、海兵でも、囚われたコーディネーターでも無い事を示している。
「ああ、君か。おはよう。傷は痛くないかい?」
ムゥは、その男が来た事に何故か安堵しつつ、挨拶を交わす。
「大丈夫だよ。母さんが迎えに来てくれたんだ」
その男は、まるで子供の様にはしゃぎ笑った。
その男が語るのは、ただ母に迎えに来て貰った思い出だけ。酸素欠乏症で全てを失ったその男は、暖かな母の思い出の中で生きている。
酸素欠乏症は、宇宙で戦う兵士にとっては他人事ではない。誰だって、真空中に投げ出され、空気を失って苦しむ悪夢を一度は想像する。
その為か、海兵達ですらその男には優しかった。ただし、遺伝子検査の結果、その男がナチュラルだと判明したのも海兵達の態度の理由の一つではあろう。
何にせよ、シルバーウィンドに乗っていたという事で、その男も調査対象として地上に送られる事が決まっている。
その男は、基本は医務室住まいで、コンテナ内に限り外出も許されていた。
その為、ムゥはその男の担当ではないものの、こうして顔をあわす機会がある。
色々と鬱屈した状態にあるムゥにとって、この男と話すのは、それなりに気が休まる事であった。
また、何故かは知らないが、ムゥにとって、この男には妙な既視感がつきまとう。何処かで会っていた様な感覚。何かで知っていた様な感覚。それが興味を掻き立てる。
「そうかい。良いお母さんだな。羨ましいよ」
ムゥは半ば本気で男に言う。正直、ムゥは家庭に良い思い出など無い。父親と呼ぶべきクソ野郎のせいだ。
「うん、僕の母さんだからね。僕を迎えに来てくれたんだ」
「……うん、そうだったな」
はしゃぐ男の声に、ムゥは少し悲しみを覚える。
この男はコンテナ内を彷徨い歩き、そして眠くなれば何処であろうと眠ってしまう。無論、迎えに来る者など誰も居はしない。
……ずっと母を待っているのだ。迎えに来ない母を。
それでも、男は毎日、母が迎えに来てくれる話をする。まるでつい昨日の事の様に。
幻想の中にいるその男は、幸福そうに見える。しかし、それは本当に幸福なのだろうか?
男は確かに幸福を感じてはいるのだろうが……
そこまで考えて、ムゥは答えの出ない自問自答を止める。よしんば答えが出ても、それで何かがしてやれるわけでもないのだから。
「んー……まあ、じゃあ、一緒に飯でも食おうか。お母さんが迎えに来る前にちゃんと、御飯は食べておかないとな」
放っておけば飯も食わずに彷徨っているが、それで飢えないのは、海兵達が彼に何かしら飯を与えているからである。
今日はその役をムゥが担う事にしよう。
「そうだね。母さんが迎えに来てくれるしね」
ムゥの誘いに男は素直に従う。この男は従順だ。
ムゥは飯を食いに休憩所へ行く事にして、最後に開口部の隙間からアークエンジェル内を窺った。
ザクレロのシミュレーターの横。マリューがこちらを見ている。
視線が合った様に感じてドキリとしたが、偶然だと解釈してムゥは開口部に背を向けた。
そして男は、ムゥが動いたその後に、開口部を覗く。
一瞬の時間で良い。それで、男は満足した。
男は無邪気に、ただ母を慕って呟く。
「うん、母さんは迎えに来てくれたからね。御飯を食べよう」
先のフレイへの取調の翌日。
アークエンジェルの通路を飛び抜けて、ナタルはフレイの居る営倉へと向かう。
その表情は僅かに明るい。何日か前までの沈鬱な表情に比べれば、大きな変化だ。
フレイがナタルを強い言葉でなじったのは最初だけで、それから後はナタルの言葉に少しずつ理解を示す様になっていた。
自分を批判する所はし、認める所は認めてくれる。それがナタルには嬉しい。
自分の誠意ある説得が通じたと。自分の判断の正しさと誤りを、説得の為の思考の中で自ら再発見できたと。
そういった事がナタルの自信へと繋がり、鬱状態だった心を軽くしている。
つまり、フレイによるナタルの“餌付け”は着実に実を結んでいた。
ナタルは責められる事を望んでいたが、それだけでは人の心は挫けてしまう。
フレイは段階を踏んで少しずつナタルに理解を示し、ナタルに達成感を与えた。
また、フレイは論を操ってナタルに反論させ、その反論を考えさせる事によってナタルの行動の正しさを再確認させていった。
フレイの掌で転がされて、ナタルは自信を取り戻したのだ。無論、ナタルはそれに気付いてはいないが。
だが、理屈では気付いていなくとも、心ではフレイに合う事でストレスが解消されていく事を察している。
知らぬ内にナタルの心には、フレイと会う事が楽しいという認識が生じていた。
そして、そんな相手にナタル自身の事を知りたいと言われた……
今のナタルを見れば、穿った見方をする少々お節介焼きな者ならば、“恋人に会いに行くのか?”くらいには思ったかもしれない。実際、思い込んで暴走した者も既に居る。
営倉の前、ナタルはそこで止まり、まずは持ってきた本の束を確認した。
昔、軍学校の学生だった頃に使っていた擦り切れかけた教本。
ヘリオポリス襲撃以前には、暇な時間を探しては読み返し、全てを余す所無く修めて立派な軍人になろうと誓いを捧げていた。
今は、すっかりそんな事はしなくなってしまった。
……この中に書かれている事だけでは、成せない事が多いと知ってしまった今では。
ナタル自身には不要となってしまったが、それでもフレイに教える役には立つ。
なお、わざわざ教本を持ってきたのはフレイに頼まれたからではない。“知識が足りない新兵を矯正する為に必要だから”持ってきたのだ。と、ナタルは内心で再確認する。
うん、フレイの為などでは決してない。
そんな風に自分に言い聞かせる様にしながら、ナタルは緩みかけていた表情を引き締めた。
それから、営倉のドアを開く。
「フレイ・アルスター。今日の事情聴取を始め……」
言いかけて、言葉に詰まった。
フレイは起きている。時間が時間だけに当然と言えば当然だ。
彼女は携帯端末を握りしめ、一心にその画面を覗いていた。
だが、その姿は昨日に比べるとくたびれて見える。
幸い……でも何でもないが、そういった状態の人間には思い当たる事があった。
「フレイ・アルスター? まさか、寝ていないのか?」
試験前後、あるいはサバイバル訓練の中で見たものと重なる。今のフレイの姿は、徹夜した人間の姿であった。
「……艦長?」
ナタルの声に、フレイが鈍い動作で顔を上げる。それから、どんな反応をしたものかと迷った様子を見せ、それからゆっくりと敬礼の動作をとった。
「し、失礼しました」
「いや、それはいい……楽にしろ。楽にしつつ、シャンとしろ。で、何をしていた?」
これが軍学校教官なら、弛んだ態度を物理的に叩き直す所だが、さすがにそこを真似する気にはなれなかったナタルは、とりあえずフレイを許して事情を問う。
「あっ、はい。勉強をしていました」
「勉強?」
フレイの答えに、ナタルは彼女の側へと寄って、その手の中の携帯端末を奪う様に取った。
画面には、戦術の教本が映し出されている。
「士官用だぞ? いずれ、昇格試験を受けるにしても、まだ早すぎる」
「必要なんです! それに、兵用の教本なら全部読みました!」
声を上げ、訝しげなナタルの手から携帯端末を奪い返し、そしてフレイは画面上で幾つかの操作をしてから、突きつける様にして改めてナタルに画面を見せた。
「あの、このモビルアーマー!」
そこには、昨日見つけたMA“ライノサラス”のマニュアルが映し出されている。
「アーガイル准尉の搭乗機だな」
「私を乗せてください!」
「え? あ、いや……確かに席はある。ガンナーかコマンダーを目指すのか? しかし、どちらも相当に難しいぞ?」
猛烈な勢いで押し込んでくるフレイにナタルは戸惑いつつも聞き返した。
答えてフレイは言い切る。
「その両方です! 両方やります!」
「両方!?」
「戦況判断が出来て、戦術指揮が出来て、支援攻撃できる軍人を目指します!」
これは、徹夜で脳が煮えているなと、ナタルは判断して、フレイの前でゆっくりと溜息をついて見せた。
それから、宥める様にフレイに言う。
「あー、まず落ち着け。コマンダーはすぐには無理だ」
「そんな! どんな厳しい勉強でも頑張ります!」
否定された事に条件反射的に反発するフレイ。ナタルはそれを宥める様に説明する。
「いや、勉強も必要だが、何より兵の身分では無理だ。昇格試験を受ける必要がある。士官にならないと話にならない」
戦時任官で准尉辺りにしてガンナーには出来るが、正規の訓練を受けて居らず、必要な試験を受けていない者に指揮官を任せるわけにはいかない。
そんな訳で断ったが、そこに注意を向けてしまったが為に、もう一方は疎かになっていた。
「じゃあ、ガンナーにはしてくれるんですか!?」
「あ……そう……だな。志願は受け付ける」
元々、フレイの配属先は浮いていた。そのままなら再びオペレーターをやらせる事になったかもしれないが、志願されたのならそれは考慮しなければならない。
あくまで考慮しなければならないという所でしかないのだが、志願の一方のコマンダーをバッサリと切り捨てた後だけに、断る事は何となく気後れしてしまう。
「うん、その為の学習をする事。営倉入りが解かれた後、シミュレーター訓練を受ける事。それで成績が良い様なら……」
「良いんですね!? やったぁ!」
フレイが喝采を上げる。そして、バンザイをした所でその体を宙に泳がせた。
「フレイ・アルスター!?」
慌ててナタルがその体を抱き留めると、腕の中でフレイは意識を取り戻す。
「あ、すいません。喜んだら、ちょっと意識が飛びかけて……」
「徹夜などするからだ。軍人は、コンディションの維持もその仕事なのだぞ」
精神的な意味で自らのコンディション維持が出来ていなかった負い目もあるが、それには目を伏せて、ナタルはフレイに説教する。
「事情聴取は止めだ。フレイ・アルスターに命令する。睡眠を取れ。
勉強は明日から教えてやる。しっかり睡眠をとったら、この教本を読んで予習しておく様に。
なお、明日もそんな寝不足の様を晒しているようなら、今の話は全て無しだ」
そうしてナタルは、持ってきた教本をフレイの胸に押しつけた。
「いいな?」
「はい。了解しました」
苦笑めいた照れ笑いを浮かべ、フレイは再び敬礼をする。
そんなフレイに、ナタルは素で微笑みを向けた。
「では、おやすみ。また、明日」
「はい……明日…………」
ナタルは部屋を出て行く。その背を見送る事もなく、フレイは既に宙に身を任せて寝息を立て始めていた。
数日後、連合宙軍海兵隊秘密基地“アイランドオブスカル”にて出来る限りの改修と補給を受けたアークエンジェルへ、ついに出撃命令が下された。
アークエンジェルは、ドレイク級宇宙護衛艦“ブラックビアード”と共に基地より出港。
地球近傍にて第81独立機動群派遣の艦隊と合流。
補給物資と補充人員の受領後、命令書を受け取り、新たな任務に就く事になる。
先行して港を立ったブラックビアードが、黒色の船体を、周囲に無数に浮かぶデブリの影へと紛れさせていった。
アークエンジェルはそれを追い、秘密基地の港内からゆっくりと動き出し、狭い港口を潜り抜けて外へと進み出る。
デブリの海を行く事に慣れていないアークエンジェルは、戸惑う様にギクシャクとデブリの中を進んでいく。
ルートは常にブラックビアードからアークエンジェルへと送られてきている。
しかし、先行してその情報を送ってきている筈のブラックビアードは、デブリの影に潜んでその姿を見せはしない。
神経を削る航行が何時間も続いた後、アークエンジェルはついに暗礁地帯を脱した。
アークエンジェルの周囲を遠く光る星々だけが囲う。
『こっからは、大天使のが強い。先行は任せるぜ。
俺達はこっそりついていく。まあ尻ぐらいは守ってやるよ』
アークエンジェルの艦橋に、ブラックビアードからの通信が入る。
先行していた筈のブラックビアードは、宇宙の何処かに姿を紛れさせていた。
「ブラックビアードを完全にロスト。光学探査しますか?」
オペレーター席の通信兵に問われ、ナタルは首を横に振った。
「進路はわかっている。指示通り、こちらが先行する」
迷いのなく言い、そして自ら通信回線を開く。
行うのはブラックビアードへの返信。そしてナタルは、怖じる事なく堂々と言った。
『了解。ならば、アークエンジェルは貴艦の盾になる』
その通信を受けたブラックビアードの艦橋。艦長席の黒髭がニヤリと笑う。
「おーおー、可愛い事を言う様になったじゃねぇか。こう……あれだ。いきり立ってくるな」
何があったか知らないが、ちょっと見ない間に随分と余裕が出てきたらしい。
アッパー系の薬でもきめてる可能性も考慮に入れて、それでもこっちの方がよほど好ましい。堅いのは、男のナニだけで十分だ。
「付き合いが、後何日も無いってのが残念だ。やっぱり、基地に居る間に、一発お願いしておくべきだったな」
いやいや残念と、さほど残念でも無さそうに黒髭は豪快に笑う。
第81独立機動群との合流まで、あと数日。
そして、戦いは次の局面へと移る――
機動戦士ザクレロSEED‥‥以上。
アークエンジェル組、とりあえず終了
次は、ZAFT組。
その次にヘリオポリス組かな。
乙乙バジルール
今の狂うぜをレイが見たら泣くか?
次回久々の座布団組か〜あいつらも大概だったな(褒めてる)
馬鹿な。ライノサラス登場予告にも関わらず、ちっともスレが盛り上がらないだと・・・・
>今の狂うぜをレイが見たら泣くか?
(性的に)興奮しないのは確実
大規制時代だからのう……
てs
やっと書き込めた…。最近本当に書き込めないね。
先日もザクレロ読んで即、感想書いたけど弾かれたし。
避難所(jbbs.livedoor.jp/otaku/10411/)活用するしか
ないのかな。
ザクレロ本当に乙です、また読めてうれしい!
そういえばSEEDの二次でサイとフレイが互いを想いあったままってのは
めったに見ないなあw今回はまさかの
ナタル→フレイ←サイ
ですか?w気の毒なサイ。。。
次はザフト、うんこれは楽しみ!問題はその次のヘリオポリス…
暑い日にクーラー入れなくても涼しくなれそうだw
でもある意味一番の楽しみでもあります
本当に本当にこのSSの着地が想像できません
乙
ライノサラスって聞いたことあるけどナンだっけって思ってggったら
なんとまあまたこんなところからよく見つけるねというか。あっ、これ褒め言葉です。
サイくんには棺桶で今後も熱く頑張って頂きたかったけどさすがにもう限界だね
スペシャルな機体じゃないのに作戦でギリ勝てたのが読んでて気持ちよかったから。
あーでもザクレロ乗ってラリッたマリューとか楽しいところたくさんあるし
ライノサラスで戦うサイ(とフレイ?)も面白くなりそうだな
避難所もいいけど、このスレと並行して
ハーメルンかarcadiaはどう?
ハーメルンの方が感想きそうかな。
読んだのに規制規制で感想をすぐに書きこめないのは
なんていうかせっかくうpしてくれたザクレロさんをボッチにしているみたいで
気分悪いっていうか。
―― C.E.71年2月13日。ヘリオポリス沖会戦。
連合MS奪還を目指すデュエイン・ハルバートン率いる第8艦隊は、ZAFTのナスカ級高速戦闘艦“ヘルダーリン”“ホイジンガー”とローラシア級モビルスーツ搭載艦4隻で編成された迎撃艦隊と交戦。
これを退け突破するも、第8艦隊は半数以上の艦艇を失った。
現戦力、アガメムノン級宇宙母艦“メネラオス”、ネルソン級宇宙戦艦“モントゴメリィ”、ドレイク級宇宙護衛艦“バーナード”“ロー”、艦載MA七十余機。
一方、連合MSは、ナスカ級“ハーシェル”、ローラシア級“ガモフ”“ツィーグラー”に守られた輸送船に積まれ、ヘリオポリスを立ってプラントへ向かっている。
ヘリオポリス沖会戦の序章が終わり、第8艦隊がこの輸送艦隊に追いつき、続く戦いの幕が開くまでにはまだかなりの時間があった。
「なん……だ、こりゃ?」
ローラシア級“ガモフ”。そのMS格納庫。
戦闘待機命令を受け、そこへ赴いたミゲル・アイマンとオロール・クーデンブルグが見たのは、そこにある筈のMSシグーの姿ではなかった。
格納庫に鎮座するのは、黄色い塗装のメビウス・ゼロ。機首にシャークマウスが描かれているが、その目は前方を睨む涙滴状の複眼を意匠している。
そのデザインには、心の底から嫌な思い出しかない。
「ザク……レロ? 連合の新型!?」
「おいおい、洒落にならない塗装だな」
ミゲルが驚きに声を漏らすと、オロールが横で唖然とした様子で返した。
そのメビウス・ゼロは、明らかにあのMA……ヘリオポリスで交戦した、ザクレロの姿を模倣しようとしている。
「そうよ! これが、私のザクレロ!」
と、勝ち気な少女の声が響く。
振り向けばそこには、赤いパイロットスーツを着た少女が立っていた。
無重力ではヘアバンドの押さえも効かないか、肩辺りで切り揃えられた髪が浮き上がり乱れている。その髪を鬱陶しげに手で払い、少女はミゲルを気の強そうな瞳で見据えた。
「ラスティ・マッケンジーよ。よろしくね、隊長さん?」
「ラ……!? 赤服パイロット!? お前が!?」
今まで何度もミゲルに不幸を運んできた少女……MA大好きな変人。その正体が、赤服パイロットのラスティ・マッケンジー。
思っても見なかった事実に、思わず声がうわずるミゲル。それをすっかり無視して、ラスティはちょっとだけ不満そうな目でメビウス・ゼロを見やる。
「メビウスも格好良いけど、本物のザクレロにはちょっと及ばないわよねー。でも、この鋭いフォルムこそ兵器って感じで、メビウスも嫌いじゃないのよ?」
聞いてもいないのにMAを語り出すラスティ。そんな彼女に、オロールが問う。
「待て、お前の搭乗機はシグーだろ? シグーはどうしたよ?」
他の議員子息の赤服同様、ラスティにもシグーが配備されたはずだ。書類上でも、ラスティの搭乗機はシグーになっている。
が、ラスティはあっさりと答えた。
「置いてきたわ」
ヘリオポリス。一機残されたシグーは、ラスティの搭乗機だった物である。
「置いてきた!? 何故!? それにMAに乗る気なのか……」
せっかくの最新MSを置いてきて、代わりにするのがナチュラルの旧式兵器であるMA。
理解が出来ないとばかりに声を上げるミゲル。
いや、これがザクレロの様な新型の大型MAならば、ミゲルもその戦力を知っているだけに理解はしたのだろうが……メビウス・ゼロは旧式MAの範疇にある機体だ。
が、ラスティはミゲルの言葉に小さく鼻で笑い、それから薄めの胸をはって得意げに口を開く。
「メビウス・ゼロは、MSなんかよりよっぽど強い機体よ? グリマルディ戦線で、こっちが何機やられたと思ってるの?」
「いや、それは……確かに、そうだけどなぁ……」
月を戦場にしたグリマルディ戦線。連合のメビウス・ゼロ部隊は、ZAFTに対して相当の出血を強いている。
エンデュミオンの鷹と呼ばれる連合のエースが生まれたのもその戦場だし、彼の機体はメビウス・ゼロだった。
「あれは、連合のエース部隊が乗っていたからであって……」
事実は事実。それ故に言葉から力の失せるミゲルに、ラスティは勝ち誇る様に言った。
「ナチュラルのエースが乗ってZAFTのMSより強いんだから、コーディネイターの私が乗ったらもっと強いでしょ? 強い機体に乗るのはパイロットとして当然の事じゃない」
理屈ではあるが……ZAFTが行ってる宣伝に真っ向から逆らう話だ。
コーディネーターのMSは、ナチュラルのMAを過去の遺物とした、最新万能兵器。
正直な所、そのプロパガンダは連合の大型MAには通じないとミゲルは考えているが、かと言って今までずっと押し通してきたものはそう易々と覆せはしない。
だが、ラスティはそんな事は一切気にしていない様だ。
「ZAFTの機械人形なんて、MAに比べれば玩具みたいなものなのよ!」
ラスティははっきりと言い切る。
変わったメカニックだと思っていた頃より、よほどインパクトが強い。これはもう絶対に“ZAFTの赤服のMSパイロット”が言う台詞じゃない。
「こやつ正気か」
オロールが冗談めかして呟いた。
珍しく、ミゲルもオロールに同意する。が、調子に乗ってきそうなので賛同は示さない。
一瞬の沈黙があって、オロールはミゲルに聞いた。
「で、どうするよ?」
「どうするって言われてもなぁ。こんなの常識外だから、MSに乗り換えて……」
「シグーは置いて来ちまったんだぜ? 予備のMSなんて無いしよ。それに、アレがMSに乗ると思うか?」
言ってオロールは、誰も聞いていないにも関わらずMS下げMA上げを喋り続けているラスティを指差す。
それを見て、ミゲルは諦めるしかない事を悟った。
「あー……それじゃ、予備戦力って事で待機に……」
MAでの出撃は有り得ないと、出さずにすむ方向で考えるミゲル。
だが、その決定が下される前に、その場に罵声が響いた。
「おいおい、ナチュラルのガラクタが見えるぜ?」
「いつからここは連合の艦になったんだろうな!?」
「俺達が捨てて来てやるよ。親切だろう? なあ。MA女とその腰巾着さん達よぉ」
振り返らずともわかる。新人のMSパイロット達だ。
やって来た初日にラスティと揉め事を起こし、それに巻き込まれたミゲルとオロールが彼らと喧嘩を繰り広げる事になった。
ラスティと彼らMSパイロット達の関係は破綻してるが、それでも全員一緒に戦う事になるのだから、それを放置する事も出来ないミゲルの悩みの種でもある。
ミゲルの視界の端で、オロールが嘲る様に口元を曲げ、そしてMA女ことラスティは怒りの色を露わに口を開く。
「三匹でつるまないと女の子に口もきけない雑魚が粋がってるんじゃないわよ!」
「どうしてお前はそんなに喧嘩大安売りなんだよ!」
ラスティの台詞に、ミゲルは頭を抱え込む。
その背後では、新人パイロット達のチンピラめいた怒声が上がっていたが、聞く価値もないので、まるっと無視した。
が、ヒートアップしてくると流石に無視も出来ない。
「痛い目にあわないとわからねぇようだな!」
「……よしてくれよ。痛い目にあってもわかってないのはお前達じゃないか。営倉入りは、バカンスか何かだったのか?」
一人の発した台詞に、オロールが呆れて口を挟む。
殴り合いを演じて、営倉入りになったのは彼等も同じだ。それをまた繰り返そうというのか?
どう止めたものかと、ミゲルが頭を悩ませたその時……
「良いわ。痛い目にあわせてみなさいよ」
MSパイロットからの挑発をラスティは受けてたった。
そして、ミゲルとオロールを挑発的な目で見て続ける。
「貴方達もよ。
何か、私の出撃を有り得ないみたいに言ってたじゃない? メビウス・ゼロの性能を信じられない? それとも私の腕?
OK、強さを証明すれば良いんでしょ? シミュする時間はたっぷりあるわ。丁度良いから見せてあげる」
それからラスティは、その挑発的な目をそのままMSパイロット達に向けた。
「聞いたでしょ? 一戦、相手してあげるってのよ」
いきなり叩きつけられた挑戦状に、MSパイロット達はたじろぐ。が、すぐにその中の一人が名乗りを上げようとした。
「わ、わかった。じゃあ、俺が……」
「何言ってるの、一機で勝ち目なんて有ると思ってんの? 全員で来なさい」
名乗りを遮り、MSパイロット達を掌を上にして指だけ動かして招く。挑発たっぷりに。
そのラスティの侮辱的な挑発は、MSパイロット達の怒りに火を付けた。
「野郎! ふざけやがって!」
「吠え面かくな!」
「妄想で歪んだ頭を叩き直してやる!」
口々に吠えたてるMSパイロット達に、聞こえない様にオロールは呟く。
「もっと、個性的な煽りは言えないのかよ。コーディネーターらしくさ」
「どんなだよ」
確かに、MSパイロット達からはコーディネーターらしい高等さは感じないが、そもそもこんな所で発揮する物でもないだろう。
そんな思いを溜息に込めて言ったミゲルに、オロールは真顔で言って見せた。
「人糞でも召し上がり遊ばせ。下等生物の君」
「完敗だ。コーディネーターの鑑だ。ああ、もう、クソ喰らえだよ畜生!」
苛立ち紛れに叫んでミゲルは空を殴る。
真面目に相手をするのが馬鹿らしい。
それよりも、この済し崩しに始まった対決をどうとるかだ。
「シミュレーションで実力を見るってのは、正直、有難いがなぁ……」
今まで一緒に訓練した事もない面子と一緒に戦うのは不安だ。戦力の確認はしておきたい。しかし……
「こいつら、こんな所で意趣返しのつもりだぜ?」
どうする? と、オロールは目で問いかける。
私怨の為にそんな事をやらせて良いのかという点だ。拙い様な気はする。気はするが……
「……ま、やらせてみよう。ラスティが負ければ少しは大人しくなるかもだし、少なくとも待機命令を出す理由にはなる」
「負ければなー」
「無理だろ? さすがに3対1で、しかもラスティはMAだ。勝てるはずがない」
当たり前の事だと、ミゲルは思う。ラスティに勝ち目はないはずだ。
一度負ければ、ラスティの鼻っ柱も折れるだろうし、それでジンのパイロット達の溜飲が下がって少しはまともに部隊運用出来るならそれも良い。
「うん、負ければな」
だが、オロールは繰り返しそこを強調する。ミゲルもそれに気付いた。
「勝つとでも思っているのか?」
「いや、普通に考えれば負けると思うぜ? こういう場じゃなきゃ、次の給料を全額賭けても良い所さ。でもなー」
何やらもったいぶった態度で言ってから、オロールはミゲルに苦笑を見せて告げる。
「お前、こういう局面で勝ちを拾った事ないだろ? 何だかんだで、お前が苦労するよーに苦労するよーに流れてんじゃね?」
「…………」
言い返せなくて、ミゲルは黙り込んだ。
そして、少し後。
MSパイロット3人とラスティはそれぞれのシミュレーターの中へと入り、残されたミゲルとオロールは傍らの外部モニターに仮想空間の戦場を映し出していた。
戦場に障害物無し。両者、近距離射撃戦の位置からスタート。“決闘”としては普通の戦場であり、余計な物が無い分、数と機体性能の差が出やすい。
機体は、MSパイロット達が重機銃装備のジン、ラスティがメビウス・ゼロ。
これでラスティに軍配を上げるZAFTの軍人は居ない。それが普通だ。
そして、戦闘開始。
直後に、メビウス・ゼロが全速力でジン三機めがけて突っ込んだ。
「お、いきなり死ぬか?」
「いや。ジン共が逃げる」
そのままジンの放つ弾幕に絡められて早々終わりかとオロールが声に出したが、実際はそれよりも早く、メビウス・ゼロが対装甲リニアガンを撃ち放っていた。
メビウス・ゼロが放つやたらに派手な火線が三機のジンの中央を走る。ジンは、それを余裕でかわして、3機がバラバラに散った。
「なんだ? あの距離からの射撃なんて当たらないだろ?」
銃弾は全て同じ弾道を描いて飛ぶわけではなく、散布界といってある程度の広さにばらまかれてしまう。
敵との距離が遠くなれば、それだけ散布界は広がる事になり、正確に狙っても命中は望めず、運不運の問題となってしまうのだ。
だから、気にせず留まってメビウス・ゼロを迎撃すべきだったとオロールは言う。だが、ミゲルは首を横に振った。
「言うのは簡単だが、実際、撃たれてみろよ。曳光弾の光のシャワーを真っ正面から浴びるんだ。肝が冷えるどころじゃない」
「あー……そうか。やけにビカビカ光ると思ったら、最初から脅しに使うつもりで曳光弾を山盛りに入れたのか?」
オロールは、気付いたぞとばかりに頷く。
曳光弾は、弾丸の内に数発に一発の割合で混ぜられており、撃たれると発光しながら飛んで、弾道を射手に教えてくれる。
メビウス・ゼロの放つ火線が派手だったのは、その曳光弾を多く入れてあるからだ。
曳光弾は実弾よりも威力が落ちるので、本当に脅し程度の意味しかない。しかし、弾道が見えていれば、やはりそれに対処はしてしまうものだ。
「学校じゃ、回避できるなら、回避する様に教わるしな。どんな威力のない弾でも、当たれば万一って事があるんだし。奴等は、忠実にそれをやったわけだ」
言いながらミゲルは、戦況がいきなり崩されつつある事に気付いて眉を寄せる。
「でも、バラバラになったのは悪手だったな」
ジンは各個バラバラに動き、メビウス・ゼロに銃撃を浴びせている。
全機が固まって、それぞれの隙をカバーしあったり、銃先を揃えて3機分の濃密な弾幕を張ったりといった事をやれていない。
乱戦ならそれでも良いが、敵が一機であるならば、それは非効率だ。
一方、メビウス・ゼロは、MSの内一機に狙いを定めて進んでいた。
速度を出していないのは、射撃を警戒してか? 確かに良く射線から逃れている。
「それでMA女は、MSを散らして各個撃破の狙いか? 完全に連合兵の戦い方だぜ?」
「連合のMAを使いたがるくらいだし、訓練したんだろ? でも、こいつは、洒落にならないんじゃないか?
――っと、やっちまったぞあいつ!」
ミゲルが思わず声を上げる。
メビウス・ゼロと戦っていたジンがいきなり、背面のブースターと手にした重機銃、そして頭部のモノアイを爆発させた。
いつの間にか周囲に展開されていたガンバレルが、三方からそれを狙い撃ったのだ。
視界、武器、機動力を失ったジンは、撃墜判定こそ出ないものの、戦力をほぼ失って宙でもがく。
それでも、サブカメラで視界を取り戻し、動けないまでも抵抗しようと重斬刀を抜いた。
だが、その動作には何の意味も無い。
身動きできない、反撃も出来ない、的に等しいジンを、メビウス・ゼロの対装甲リニアガンがあっさりと撃ち貫いた。
――同時に。
近傍に居た次のジンの重機銃を、残り一つのガンバレルが破壊する。
「おい、ミゲル! 今のいつの間にガンバレルを展開してた!?」
オロールが焦りを見せて問う。
決め手になったガンバレル。それがいつ放たれたのか?
「……見落とした。多分、最初の連射だ。曳光弾多めの弾幕で目を引いて、その隙に切り離したんだろ」
メビウス・ゼロの速度の遅さはこのせいか?
通常、移動の時には機体にガンバレルを戻し、そのスラスターを利用して大きな推力を得る。しかし、メビウス・ゼロはそれをしていない。
結果として加速度が落ち、その分だけ速度も落ちた。
そえでもMSからの攻撃を綺麗にかわし、的確に配置したガンバレルで急所を突く。
「じゃあ何か? MSを散らすのも、ガンバレルの展開を隠すのも、ど派手な威嚇一つで済ませちまったって事か? 何だそれ、気持ち悪!」
驚きを顕わに言うオロール。言葉は酷いが、そこに嫌悪は見られない。あるのはむしろ驚嘆の色。その気持ちはミゲルにもわかる。
「敵にあわせて装備を調整して出るとか、推力が落ちているメビウス・ゼロで攻撃をきっちりよけて見せるとか、細かい所で実力を見せてるが……
過剰に派手だよなぁ? 絶対、あいつの趣味だぞコレ」
二人とも、ラスティのその実力は認めざるを得ない。しかし、そのやり方ゆえに、実力を認めたくない。
そんな葛藤を抱いている間に、メビウス・ゼロはガンバレルを戻し、その推力を十全に使って宙を駆けていた。
重機銃を失ったジンは、重斬刀でメビウス・ゼロを追うしか無い。
その背を追わせながらメビウス・ゼロは、残る一機の健全なジンめがけて進む。
挟み撃ちの好機とばかりに、ジンの重機銃が向けられた。
「狙い読めるけどなー」
「多分、一機やられて、二人とも頭に来てる。引っかかるだろな」
オロールが、そしてミゲルが呆れた声を出す。
引き金が引かれ、ジンの重機銃が火を噴く。その直前、メビウス・ゼロはワイヤーを伸ばす事無くガンバレルを射出していた。
ガンバレルに引きずられて、異常な動きでメビウス・ゼロがコースを変える。
直後に、重機銃から撃ち出された銃弾は、メビウス・ゼロが辿る筈だったコースを走り、その延長線上にいたジンに襲いかかる。
予期せぬ方向から銃弾を浴びたジンは、全身を味方の攻撃に穿たれて爆散した。
「必要有るのか? この同士討ち狙い?」
「序盤の曳光弾のばらまきで浪費した分の節約と、後は……」
オロールの問いにミゲルが答えている間に勝負は決まる。
同士討ちを演じた事に動揺し、戦場で動きを止めたジン。その周りからガンバレルの砲弾が降り注ぎ、機体各所を破壊する。
そうして動けなくなったジンを、対装甲リニアガンの一撃が貫いた。
シミュレーション終了。
「これも目眩ましだ。同士討ちをすれば、どうしたって味方機に目が行く。そこでガンバレルを展開。好位置を取って、一気に叩き潰す。と言うか、潰した」
「説明どうも」
ともかく説明を全てし終えるミゲル。その前で、シミュレーション結果がモニターに表示される。
言うまでもなく、ラスティの完勝だった。
「何で、勝っちゃうかなぁ?」
「強いからだろ?」
ミゲルは思わず愚痴る。そこにオロールは、当たり前の事じゃ無いかとばかりに返した。
それから、ふとした疑問とばかりに問いを投げる。
「今の、お前なら勝てたか?」
「当たり前だろ? って、言えたら格好良いんだがなぁ。あいつ、本気でエース級だぞ」
ミゲルはそれを認めた。確かにラスティは強い。
正々堂々ではなく、奇策に頼って……る様に見えて、その実、機体操作には実力がはっきり現れている。特に、ガンバレルの配置の正確さが半端ではない。
もっとも、その奇策に頼っているように見えるのが問題だ。
「でもこれでMSパイロット達の恨みを買って面倒な事になるぞ。負けを潔く認める奴らなら良いけどな」
MSパイロット達は、とてもそんな清々しい奴らには見えない。コーディネーターにありがちな、プライドが肥大したタイプだ。
実力差ではなく、ハメで撃墜されたと思い込めば、憎悪が燃え上がるばかりだろう。
「負けを潔く? 奴らに限ってねーよ。でもそんなの、あのMA女が気にするか? しないだろ?」
オロールは肩をすくめる。
ラスティが、MSパイロット達との関係悪化を気にする筈が無い。
確かにその通りだと、ミゲルは深々と溜息を吐いた。
「少しは気にしろよ。何処をどうコーディネートしたら、あんな迷惑の塊みたいな奴になるんだ」
「人格まではコーディネートできないだろ。育てた奴に苦情言え」
「育てた……って、親はプラントの偉いさんじゃねーか」
苦情を言う事も出来ない。
進化した人類の筈なのに、旧弊な社会身分の差に縛られるのはコーディネーターとしてどうなのだろう?
社会は間違っているのかも知れない……が、それよりも目先の問題だ。
そしてその問題児は、清々しい笑顔を浮かべてシミュレーターから出てきた。
「見た? 私の実力」
スリムコンパクトな胸を張って偉そうに聞くラスティ。そんな彼女に、ミゲルは思いの丈をぶつける。
「MAでこんだけ強いのに、どうしてMSに乗らないんだよ!?」
「MSは性に合わないのよ。同期仲良し六人中で成績最下位だったわ」
MSならもっと強いだろうというミゲルの想像を、ラスティは簡単に否定した。
まあ、それでも赤服のラインに収まるほどの成績は取っていたという事でもあるのだが。
それはともかく、ラスティは得意げに話を続ける。
「シミュレーター訓練の時、一回だけメビウス・ゼロ使って一人ずつ全員叩きのめしたけど、成績には反映されなかったのよね。
ZAFTってくだらないわ。本当に強くても、MAだからって、それを認めないんだもの。ZAFTだってMAを使ってるのに。
あーあ、でも、あの時のイザークの顔ったら。うふふ、吠え面ってああいうのなのねって、天啓のように理解したわー」
不機嫌さ、そして思い出し笑い一つ。表情をくるくる変えて楽しげに話す。
そんなラスティの背後、怒声が上がった。
「てめぇ! 卑怯な手を使いやがって!」
ラスティが振り返り、つられてミゲルもオロールもそこを見る。
たいして見たくも無かったものだが、そこに居たMSパイロット達の赤黒く染まり歪みきった憤怒の顔が目に飛び込んできた。
「卑怯? 何が?」
全然わからないとばかりに、ラスティはとぼけ口調で問い返す。
それに怒りを煽られて、先の声を上げたであろうパイロットが再び怒声で返した。
「影からこそこそ撃つのは卑怯じゃ無いってのかよ!」
どうやら、ガンバレルで撃たれたジンのパイロットらしい。最初に墜とされた機か、最後の機かは知らないが。
彼は真正面から撃ってこなかった事に酷くお冠だ。だが、それにはミゲルも同意は出来なかった。戦場では何処から撃たれようと文句は言えない。
真正面からぶつかって力押しで圧倒できる連合の旧式MAとばかり戦ってると……いや、彼らに実戦経験は無い。
そういう誰でも勝てるような設定のシミュレーションで戦ってばかり居ると、敵はプログラムで決められた動きしかしないと思い込む。
現実では、想定外の動きを見せる敵も居るのだという事に気づけない。
敵10と戦って、9までがルーチンワークな戦い方しかせず容易く倒せても、残り1の突飛な行動に撃墜される事だってあるのだ。
「馬っ鹿じゃない? ガンバレルはそういう武器なのよ? それに、付いてる武器をどう使おうと自由じゃない。
何? 私をただの的だとでも思ってたの? お生憎様ね。私は狩人で、貴方達は獲物よ。随分と小さな獲物だったけど!」
とはいえ、こんなラスティの様に喧嘩大安売りで返して良いとも思わない。
「間違って無くても、言い方ってもんがあるだろ!」
思わずラスティの発発言を遮ろうとしたミゲル。
そこを、ミゲルの肩を掴んでオロールが止めた。
「そーそー、こんな“シューティングゲーム”しかやった事の無い奴にはわからないんだから。ママみたいに優しく言ってやらないと」
対MA戦シミュレーションのレベルが低いシナリオを、シューティングゲームと揶揄してオロールは笑う。
実際そういうのは、何も考えずクレー射撃みたいに撃ち落とすだけなので、簡単で爽快感はあるが、そればかりやってる奴は総じて成績が悪い。
が、ここで言う事では無いだろう。
「オロール!」
咎めようとしたミゲル。しかしその時、オロールはMSパイロット達の方を一瞥して、ミゲルに素早く囁いた。
「黙ってる連中の目を見ろ」
「あ?」
オロールの暴言に怒り、何やら言葉にならぬ声で怒鳴っているパイロット。ミゲルはその背後に目をやる。
そこには憎悪を滾らせる男達が居た。そのどんよりと暗い目はラスティに向けられ、微動だにしない。
それをミゲルが確認したとみるや、オロールは再び囁いた。
「……怒れる奴はまだ健全だ。黙ってる奴に気をつけろ。ああいうのは、復讐の機会を狙ってるクチだぜ?」
「復讐って……」
たかが口喧嘩に、シミュレーションで負けただけだ。
何を大げさなと否定したかったが、黙り込んでいるパイロット達の視線は確かに不気味で、不安を募らせるものだった。
ミゲルが視線を向けている事に気付いたのか、パイロット達の一人がミゲルと視線を交わし、小さく舌打ちする。
そして、一人で声を荒げていたパイロットの肩を掴んで言った。
「おい、行くぞ」
「あ? 待て、言わせっぱなしで良いのかよ!」
「いいから、行くぞ!!」
怒鳴り返され、それに更なる声量で怒鳴り返す。
「お? おう……」
たじろいだ一人を残る二人が引きずるようにして、ラスティやミゲル達から離れていく。
最後にこちらにチラと見せたその目に、そこに宿る殺意めいたものに、ミゲルは背筋に刺さる冷たいものを感じていた。
「煽ってみてわかる事も有るだろ?」
言いながらオロールは、ミゲルの背に軽くトントンと拳を当てる。
「いやー、街で喧嘩してると、恨みに思って復讐してくる奴が珍しくなかったんだよ。
『パパは僕のコーディネートに幾ら掛けた』みたいなプライドを大事にして、それで“安物”に負けた事に耐えられず、もうどんな手でも使って殺してでも……てな。
負けても売られた喧嘩を買う奴ってのは、本当の意味じゃまだ負けてないから、正面からぶつかってくる。また負けるのが怖くて喧嘩も買えない奴ってのがやばいわけだ」
「あー……それを探る為にわざと喧嘩売ったとかいう、お為ごかしには付き合う気は無いが、まあ拙い状況なのはわかった」
ミゲルも平静を取り戻して頷く。自分にも思い当たる事は有った。
「シミュレーション訓練で負けた恨みを、宿舎裏のリンチで果たそうとする奴は軍にも居たしなぁ。貧乏人に負けるのがそんなに悔しいかね?」
「当たり前よ? 家の資金力が子供のコーディネート費用に関わってくるんで、『金を掛ければ掛ける程、能力も高い』って考えになっちゃうのよね。
で、作った段階である程度の能力を与えちゃうから、成長してからの能力が予想よりも低いと『作り損なった』って思っちゃう。
つまりは、欠陥品を無駄に育てたみたいな見方になって、結論としてはお金の無駄遣い、こんな子供なんて育てるんじゃなかったーと。
そういう評価の目に晒されて育ってきた僕ちゃん達は、ナチュラルとか、自分よりも安いコーディネートで生まれた人に負けると、アイデンティティが全部否定されちゃうのよ。
以上、『好きな人の子供を産みたい』なんて万一くらいの夢見るコーディネーター少女達が、同時に裏で抱えてる夢の無い子作り論からでした」
「…………」「…………」
いきなりラスティに、やたらと現実味のある嫌な話を吹き込まれて、ミゲルとオロールは閉口する。
子供は愛の結晶だ……なんて、何処か別の世界の話と言わんばかりだ。
「凄いわよ−。憧れの人の話と一緒に、何に幾ら使ってどうコーディネートするかみたいな話も同時進行してるの聞いたら、男の子は泣いちゃうかもしれない。怖くて」
「おい、事の元凶。何を、しれっと会話に参加してるんだ。そして、そんだけわかってるなら、もっと穏便に事を運べよ」
まだまだ続きそうなラスティの話を、ミゲルがうんざり顔で止める。
そして、それだけプライドを叩き潰された奴がどうなるのかを知っているなら、それに配慮しろと文句を添えた。
が、ラスティは勝ち気に笑んで言い返す。
「嫌よ。私はMAを馬鹿にする奴が嫌いなの。屑でも無能でも許すけど、MAを認めない奴は絶対に認めてあげないの。絶対」
「コーディネーターとして生き難い奴だなぁ」
オロールが笑いを含んで言うと、ラスティは笑みを少し崩して楽しげに返した。
「まったくよね。で、シミュレーションだけど、次は貴方達もやる?」
「んー。実力は分かったし認めるから、俺はどっちでも良い」
オロールは答えてからミゲルに視線を送った。ミゲルの判断に任せると言う事だろう。
ミゲルは少し考えて頷く。
「よし、やろう」
「じゃあ、今度は2対1? 黄昏の魔弾の実力を……」
「いや、そうじゃない」
答えを挑戦と受け取り、不敵な笑みを見せるラスティに、ミゲルはそれを否定した。
「やるのは対戦じゃなくて共同戦だ。どうせ、俺達が3人でチームなんだしな」
「ふーん……一緒に戦おうって言ってるわけ?」
ラスティはミゲルの顔を覗き込み、そしてにんまりと笑みを崩す。
「MAの戦力を認めたわね? じゃ、さっきまでメビウス・ゼロを出さないつもりだった事を許してあげるわ。
何なら、あなたもミストラルで出撃しても良いのよ? みかん色に塗ってあげるわ」
「おいミゲル『勘違いしないでよね! あ、貴方の事を認めたわけじゃ無いんだから!』って言っておかないと、デレたって思われちまうぞ」
「俺の機体は、みかん色じゃ無いし、そもそもMAになんか乗らねぇ!
あと、オロール! どうして俺がツンデレなんだよ!」
ミゲルの怒声が響き、続いてラスティとオロールの笑い声が辺りに響いた……
機動戦士ザクレロSEED‥‥以上。
破綻していく人間関係と、とっくに破綻した中身のMA女
もらった感想レスを燃料にして書いているので、出来ても投下出来ない、投下しても人が居ないという状況はかなり辛い
そんなわけで、このスレ以外にも投下場所を確保する事をずっと考えているわけですが、なかなか決められず
何かSSの投下場所について情報がいただければ幸いです
>>399 避難所の感想は確認してます
ただ、今の避難所は本当に人が居ないから、投下先としては厳しそうですね
>>400 小説投稿サイトは考えてませんでした
調べtみようかと思います
GJ!
規制が激しすぎて書き込み出来る奴自体がほとんどいないのよ・・・
読む事も出来るかどうか
GJ
乙!
このラスティ、生えている気がするw
乙乙!
続きが読めるようになって嬉しいです。
当たり前だよなぁ
>>413
あ?生えてるってもしかしてそういうこと?
レイといいラスティといいザフトはそっち系?
そしてヘリオポリス(オーブ含)組は……逝っちゃってる系
投稿サイトいいと思うな。
ハーメルンは読者の感想にも良い悪いの評価を付けられたり
よく考えられてるし良さそうですね
理想郷は最近鯖墜ちが多いですからねぇ……
ハーメルンの方が鯖は安定はしていますが、まぁ実際に見ていただいてお好みで
種以降のテレビ版ガンダムの相次ぐ不評判を見るにつれ、いくら話が無茶苦茶でエロ満載で
締まらないラストでも、まだ小池一夫先生に全面的にガンダムを手掛けて戴いていた方が
良かったんじゃあないんだろうか……とネタ三マジ七程度で思うこと頻りな今日この頃ですが皆さんは如何でしょうか?
そういう人材を招来できないから、日本アニメ界は何時までも一般層から無視されるというのだ……
あとは小池先生だったら宇宙世紀の面々の最期の姿もうまく描けるハズなのでして。
先ずは不評判全開と言われるガンダムW後日談を小池先生にだね……
ガンダムを→種以降のガンダム作品製作の最高責任者を
スレ違いどころか板違いです
旧シャア板へどうぞ
>>420 そいつ、ジュドー最弱という基地害だったりして
再び規制の嵐に突入しそうなので、投稿先を確保。
情報をくれた方、ありがとうございました。
このスレへの投下を優先しますが、規制中の場合には別で先に投下するかもしれません。
ザクレロSEEDは、web小説投稿サイト ハーメルンにも投稿しています。
ttp://novel.syosetu.org/14539/
過去投下分を整理して投稿するのが、量が多くて大変だ・・・・
>>422 おお、過去分の整理お疲れ様です
ちょうど最初っから読み返したいと思っていたところだったので
携帯からも読めるのは嬉しいです
新作も楽しみにしています
お疲れですー
はーめるんは「コードメアリースー〜自己満のオリーシュ〜」が蔓延っていますが頑張ってくださいな
ハーメルンの感想欄、最初の時点ではネタSSかと思っている奴もいるようだが
今日の更新分辺りからまた俺らと同じようにSAN値ガリゴリ喰らわされるかと思うとw
ザクレロさん復活してたんか!
乙です!
混沌の宇宙を這いよれ!ザクレロ!!
ラスティが女って斬新過ぎるw
今までも行政官とか大尉とか隊長とか役職だけで名前が
出てこないことがあったから普通に流してたらこれはやられたねー
はーめるんの日間ランキングにザクレロ入っててビックリ
ZAFTの連合MS輸送艦隊は宙を進んでいた。
その追跡者である第8艦隊は加速を続け、一両日中には輸送艦隊を捕捉位置に到達するものと思われる。
ここに至り、ローラシア級“ガモフ”“ツィーグラー”の両艦は予定通り輸送艦隊の艦列を離れ、第8艦隊の遅滞戦闘へと移った。
両艦は加速しつつ大きく円を描くような軌道を取り、進撃してくる第8艦隊の斜め後方から追いつくような形で攻撃を仕掛ける予定でいる。
これは、今回のように敵の足を止めての艦隊戦が期待できない状況では、正面から進軍を阻止しようとしても、速度に乗った敵側の戦線突破に分がある為である。
後方から追いかけ、併走する形になれば、長時間攻撃を続ける事が出来る。
今回は、横から圧力を掛けるように攻撃し、敵艦隊の進路を輸送艦隊の追尾コースから逸らす事が目的とされた。
敵の足を止める必要は無い。少しコースを逸らすだけでも、敵は大きな時間のロスを強いられるだろう。
そして、その作戦を開始しようとしたその時、ヘリオポリス沖会戦開幕より僅か半日後、ヘリオポリス陥落のニュースが艦隊を震撼させた。
ヘリオポリスを占領したのは現地オーブ人ゲリラだという。戦力は大型MA1機。それに防衛戦力のMS6機が蹴散らされたのだという。
事の推移は、オーブ軍とそれに反抗する現地オーブ人ゲリラが発端となり、大型輸送船の事故などが絡んだ些か焦臭いものであるらしい。
基地駐留のZAFTはそれらの報告の後、現地オーブ人ゲリラへの降伏も報告し、それを最後に連絡を絶った。
しかし、任務の途中である輸送艦隊は、戻ってそれに対応する事は出来ない。
ローラシア級“ガモフ”艦橋。
作戦の開始に伴う幾つかの指示を出しながら、ゼルマンはそれでもヘリオポリスの事を考えずには居られなかった。
そこに残されたZAFTの将兵やプラントの政務官の安否も気になる。
しかし、心の底にあるのは、報告の中にあった大型MAの話であった。
大型MAを、現地オーブ人ゲリラは“ザクレロ”と呼んだのだという。
連合の兵器に同型機がある事……そしてそれが現地のオーブ人の手に渡っている事。それを不思議には思わない。現実として受け止められる範疇だ。
だが、ゼルマンは感じていた。
そこに現れたザクレロは、かつて見たそれと似ている。
そのMAについて詳細な報告があったわけではない。映像のデータを見れば、ゼルマンが見たザクレロと外見は全く違う事もわかる。
そんなものを、どうして“似ている”などと思ったのか? それはゼルマンにもわからない事だった。
しかし、似ている。どことなく印象が……いや臭いがする。同じ臭い。獣の臭い。違う……死の臭いだ。
それはヘリオポリスを蹂躙した。それより僅かに早くヘリオポリスより出撃していたのは、幸運だった……
? 何を考えている?
味方が討たれ、自身がその場に居合わせなかった事を幸運だと?
死の臭い? 妄想に怯えるのも大概にしろ。自分はそんな臆病者だったか?
冷静な思考が、ゼルマンの心に満ちた怯えを否定する。
大丈夫だ。まだ、理性はちゃんと生きている。まだ……まだ……
「艦長、どうかされましたか?」
声が掛けられる。気付けば、ゼルマンの顔を覗き込むようにしてオペレーターが居た。
年若い少女なのは学徒兵か?
艦長に直接声を掛けるのは少々不躾にも思えるが、相手の若さ故か不快感は無かった。
「あ、ああ、すまない。考え事をしていたんだ」
「すいません。邪魔してしまいましたか? 呼びかけても返事をいただけなかったものですから……」
恐縮するオペレーターに、ゼルマンは宥めるように手を振る。
「いや、考え事にかまけてる場合ではないんだ。声を掛けてくれて助かったよ」
「あ、いいぇ、そんな……その、お疲れのようですね」
オペレーターは、平然を装うゼルマンに何かを感じたのか気遣わしげに言葉を紡ぐ。
「最近、艦内に多いそうですよ? 精神的な疲れで体調を崩す人が。
ただ、皆は交代で休めますが、艦長はお一人ですから……」
「疲れか……そうかもしれないな」
言われてみれば、疲れているような気もする。
副艦長など交代要員と言える者もいるのだが、艦長にしか出来ない仕事もあるので、やはり過剰な労働状態にあるのかも知れない。
それに……
「最近は少し眠れないしな」
ポツリと呟く。そして、ゼルマンはふと思いついたようにオペレーターに聞いた。
「艦内の何処かに生き物がいないか?」
「え? おりませんが」
質問自体に驚いた様子で、オペレーターは答える。
まあ確かに、公式にはそんな動物など乗せてはいない。それはゼルマンも理解している。
「ああいや、出航前に野良犬か何かが紛れ込んだりしていないかと思ってね」
「無重力状態の艦内は動物が生きるには過酷な環境です。重力下での生活が前提の動物では、満足に移動も出来ませんからね。
誰かが飼ってでもいない限り、餌をとれずに死んでしまいます」
オペレーターは言葉を選びながら答えているようだった。
それはゼルマンも承知の事ばかりだ。知っていた筈の事。だが、それでもなお、それを忘れてさえ、聞いてしまいたかった。
何か“生き物”がいるのではと。いるのは“生き物”なのではないかと。
「気になるのでしたら、艦内の点検を……」
「いや、いい。気のせいだろう。うん、疲れているのだろうな」
提案するオペレーターに、ゼルマンは苦笑を作り見せながら頭を振る。
そうだ。気のせいだ。ある筈の無い事だ。
「そう……だな。この戦いが終わったら、休暇でも申請してみるよ。静かな所で休みたいしな……静かな所で」
何も聞こえない場所が良い。
ああ、遠く獣の声が聞こえる。
「4時方向よりZAFT艦接近中。ローラシア級モビルスーツ搭載艦、2。交戦距離まであと1時間!」
アガメムノン級宇宙母艦“メネラオス”の艦橋にその報告は届く。
それを聞いたデュエイン・ハルバートンは、何処か満足げに頷いた。
「執拗に邪魔が入るな。やはり、モビルスーツの重要性は、何より敵が理解する所か」
味方よりも、敵の方が自分の正しさを認めている。そんな結論に、皮肉さと怒りを感じる事を禁じ得ない。
連合軍は、ハルバートンのMS開発計画に非協力的だった。代わりに選択したのが、MAの強化大型化である。
結果として、連合とプラントに対して中立を宣言していたオーブに頭を下げ、融資や技術提供などの各面で大幅な譲歩を余儀なくされながらも、ようやく開発した5機の連合製MS。
それが実力を発揮したなら、連合軍の勝利は固い。
だが、完成間際で全てが奪われてしまうとは……
敵に奪われるという事は、そのMSの力がそのまま連合にふるわれるという事。なれば、敗北は確実にして揺るがない。
それなのに連合軍は動く事無く、結局、ハルバートン自らが出撃せざるを得なくなった。
……何故理解しない?
MAなどは、新しい時代に立つ事が出来ない滅びる定めの恐竜なのだと。
今こそ、かつて人類が火を手に入れて万物の霊長となったように、人類がMSという新たな力を手にする時なのだと。
そして時代の訪れを看破した自分自身を。
何故認めない?
古いものにしがみつく醜悪な人間達には理解できないのだろう。認めたくもないのだろう。いつだって、正しい者は不当な非難に晒されるのだ。
そうだ、何が正しいのかは歴史が証明してくれる。このハルバートンが正しかったのだと、後世の歴史家はそう判定を下すだろう。
だから今は、未来の為に、MSを取り戻さなければならない。
その為には、命をも捨てなければならない。
命を失っても、英雄となる。
世界を救った英雄に――
――自身が、戦場でのトラウマと歪んだ功名心に取り憑かれた、哀れな道化に過ぎないという事を、ハルバートンは理解してはいない。
開戦当初から続く連合軍の劣勢は、ハルバートンをMAに失望させ、MSに期待させるのに十分だった。
しかしそれがMS信仰と揶揄される程に肥大化していったのは、この男の英雄志望故である。
彼の中で強大な力のシンボルと化したMSを手に入れ、その力で世界を救う。神の啓示を受けた預言者のように、伝説の剣を抜いた勇者のようにだ。
そんな妄念に囚われたハルバートンは、否定される度、犠牲を払う度に、自らの正しさを再確認しては歓喜さえ覚えるようになっていた。
それはまさに神格化したMSへの殉教である。
失われる命はその生贄。
「今から更に加速して、奴らを振り切れそうな艦は?」
ハルバートンは問う。それに側仕えの参謀が答えた。
「当艦であるアガメムノン級宇宙母艦“メネラオス”、そしてネルソン級宇宙戦艦“モントゴメリィ”のみです。
ドレイク級宇宙護衛艦“バーナード”及び“ロー”では、推進剤が保たないかと」
「そうか……ならば“バーナード”と“ロー”及び“モントゴメリィ”は艦列を離れ、側面の敵に当たる様に指示を出せ」
同じ2隻といえど、ローラシア級モビルスーツ搭載艦とドレイク級宇宙護衛艦では、艦の規模でドレイク級が負けるため、砲火力でも機動兵器の搭載量でも勝ち目は無い。
これでは、追撃を続けるメネラオスの為に時間を稼げないので、ネルソン級宇宙戦艦もつける。
それでも、勝てはしないだろう。
だからこれは、必要な犠牲だ。
「メネラオスは更に加速前進! 以後の追撃は“メネラオス”のみで行う」
ハルバートンはまるで勝利に向かうように表情を輝かせ、祭壇の神にかしずくように敬虔な仕草で、まるで信託を下すように命令を下す。
連合第8艦隊に併走する位置を取り、対艦砲撃戦の体勢を整えていたガモフ及びツィーグラーは、第8艦隊の動きを察知している。
しかし、これは想定の範囲内である上に、むしろありがたくさえあった。
ここで戦艦と護衛艦を引きつけておけたなら、敵に残る戦力は宇宙母艦のみである。
その程度の戦力なら、直掩のナスカ級のみでもしのぐ事が可能。
残存戦力全てが輸送艦に追いついてしまう状況さえ避けられれば良かったのだ。
ZAFTと連合、両艦隊は示し合わせた様に距離を詰めていく。
距離が縮まる間の沈黙。その間に両艦隊は回頭をすませ、互いに正面を向き合う。
慣性の働きにより、艦が横を向いたとしても、両艦隊の進行方向は変わっていない。ただ、進行方向への加速を失った為、再加速して単艦先へ進むメネラオスからは遅れていく。
既に戦場は設定されている。
そして、口火を切ったのは連合艦の方だった。
「モビルアーマー、発進急がせ! ミサイル及びアンチビーム爆雷、全門装填!」
艦長コープマン大佐の指揮下、モントゴメリィは戦闘準備を整える。
「推進停止、逆噴射開始! 艦は敵艦との相対距離を維持!
モビルスーツがこちらに届く前に敵艦を沈める! 出し惜しみは無しだ!」
2連装大型ビーム砲2門、3連装対宙魚雷発射管2門、そして多数のミサイルがモントゴメリィより射出された。
更にドレイク級バーナードとローも、僅かに遅れて対宙魚雷を発射。各艦16発ずつの魚雷が、敵艦ガモフとツィーグラーへと向かう。
ガモフとツィーグラーはそれぞれにアンチビーム爆雷を投下、ビームに耐えつつ、船体各所から機銃弾を宙に振りまき、また対空ミサイルを放って、魚雷とミサイルの迎撃にとりかかった。
艦から放たれる、機銃弾の網に引っかかり、魚雷とミサイルが宙で炸裂する。
まだ距離がある為、迎撃の機会をたっぷりと得ていたガモフとツィーグラーは、それぞれに向かってきた魚雷とミサイルを全て落としきった。
しかし、それでも際どい所まで迫られた物もある。
「敵艦Aに魚雷1ミサイル1が至近弾。Bにミサイル3至近弾。ビームは命中しましたが効果未確認です」
モントゴメリィの艦橋で、オペレーターが報告を上げる。
撃墜に成功しても、ミサイルや魚雷に至近で爆発されれば、その破片を浴びる事になる。微々たる物かもしれないが、損傷を与えた事は間違いない。
また、ビームはアンチビーム爆雷で減衰されている為、直撃してもいるがこれもダメージの程はわからない。
「次は敵のターンが来る。対空防御! アンチビーム爆雷落とせ!」
コープマン大佐は敵の反撃を見越して声を上げた。
その警告通り、ローラシア級の937ミリ連装高エネルギー収束火線砲が4条の光を描いて戦場を貫く。
「狙いはモントゴメリィ! 2発被弾! 損傷するも軽微です!」
オペレーターが報告した。
敵のビームも、敵味方両軍が撒いたアンチビーム爆雷で減衰されており、2発の直撃を受けたモントゴメリィに軽微な損傷を与えるにとどまっている。
軽微損傷ですんだのは行幸ではあるものの、それは連合側のビームも効果が薄いという事でもあった。
「魚雷とミサイルにアンチビーム爆雷、次弾装填! 終わり次第に撃て! 数で押す!」
艦の武装なら、モントゴメリィ単艦でもローラシア級2隻を上回る。まして、ドレイク級のバーナードとロー加えればなおさら。
艦対艦の戦いなら、連合の方が優勢。押し込んでいけば勝てる。
しかし、ZAFTにはMSがある……
「モビルアーマーが敵モビルスーツと交戦状態に入りました!」
先に発進したMAが、ついに敵MSと接触。そのまま交戦を開始している。
それを告げるオペレーターの声には不安が混じり込んでいた。
「ここからが正念場だ……」
コープマン大佐は呟いて奥歯を噛みしめる。
MAが稼ぎ出してくれる時間。その間に敵艦を落とせるか否かで勝負が決まるだろう。
しかし、早くも戦場に爆炎が閃きだしている。
無論、その全てはMAが撃墜されたものであった。
オレンジカラーのジン・アサルトシュラウドが手にした重機銃を撃ち放つ。
4機編隊を組んで接近してきていたメビウスの先を押さえる様に銃弾が走り、メビウスの足を止めた。
そこにジン・アサルトシュラウドの左肩装甲内から220mm径5連装ミサイルポッドが放たれ、緊急回避し損ねた2機を打ち砕く。
ミサイル攻撃を逃れたメビウスは、ジン・アサルトシュラウドの射界から逃れようと、最短コースを一直線に飛び抜け様とする。
しかし、その分かり易い機動が仇となった、
ジン・ハイマニューバがその正面に高速で突っ込み、重機銃をばらまく。火線をまともに浴びて、更にメビウス1機が破壊された。
そしてジン・ハイマニューバは、残る1機に銃口を向ける――
「よし、ミゲルと同スコあぁっ!?」
コクピットの中でオロール・クーデンブルグが上げた快哉が、途中から非難と落胆混じりの悲鳴へと変わった。
その前で、対装甲リニアガンに貫かれた最後のメビウスが、内部からの爆発によって砕けていく。
自分の獲物と定めたものを横取りされて、オロールは通信機に怒鳴った。
「何すんだお前は!?」
『何って、支援射撃よ?』
通信機の向こう、ザクレロ塗装のメビウス・ゼロに乗るMA女ことラスティ・マッケンジーは、しれっと答える。
『危なかったわ。私が撃たなかったら、きっと貴方、やられてた』
「んな訳あるか!」
最後のメビウスは、オロール機に反応など出来ていなかった。つまりはまあ、ラスティの言う事はデタラメだ。
オロールが言い返そうとした所で、専用ジン・アサルトシュラウドのミゲル・アイマンから、通信が割り込む。
『喧嘩してる場合か! 敵はまだたっぷり居るんだぞ!』
「先生〜。ラスティちゃんが僕を虐めるんです」
オロールは通信機に、泣きべそを書いてる様な声音で返してやった。
と、大きな溜息が通信機から漏れた後、うんざりした様子でミゲルの声が返る。
『あ? お前の事、好きなんだよ。だから、意地悪しちゃうんだ』
『冗談じゃないわ! やめてよね!
もういいわ。そんなに言うなら、あんた達のバックアップは止めね!』
ラスティの怒声が割り込む。照れとか一切無しの、本気の怒声が。
そんなやりとりの間にも、彼等3機の小隊は、迫り来るメビウスの編隊との戦闘を続けていた。
続けざまに華々しく……とは行かないが、地道に敵を落としていく。
そんなペースでも、彼等の小隊は、他の小隊よりもスコアを稼いでいた。特に、同じガモフに乗っているMSパイロット達の小隊と比べれば、その差は格段とさえ言える。
『あー、思った通りの腕だな』
オロールからの通信が、ミゲルのコックピットに届いた。
ミゲルは、モニターの一つ、件のMSパイロット達が映るモニターに目をやる。
そこには、3機のジンが居て、やたらに重機銃の火線を振り回していた。個々が勝手に敵を狙っているのだろう、連携どころか時々互いの邪魔をしあっている。
『……MA女じゃないけど、あいつらにモビルスーツは、確かに過ぎた玩具だよ』
「そう言うなよ。ラスティに言われるのは仕方ないけどな」
MAであれだけの腕を見せてくれている以上、そこは認めざるを得ないのだがと、ミゲルは暗澹たる思いで言う。
ラスティとは、シミュレーター訓練で、名前を呼ぶ事が許される程度には関係は縮まったものの、オロールにとって彼女はMA女のままだし、ミゲルにしてみても苦手でしかたない。
MAを悪く言わなければ逆鱗に触れるという事はないのだが、元々の性格から攻撃的すぎて扱いにくいのだ。
なお、シミュレーターで共同戦を試したところ、ラスティにバックアップを任せると、細かい配慮をしてくれてミゲル達も実に戦いやすい事がわかった。
ただし、ラスティをオフェンスに回すと、彼女を追いかけ回す事になるミゲル達は死ぬ目を見る。とんでもない機動で、戦場中を駆け回ってくれるのだラスティは。
「ドッグファイトはMAの華!」との事で、リードを放された犬の様にすっ飛んでいく。それこそ、ちょうど今の様に。
黄色く塗られ、ザクレロ似のシャークマウスが描かれたメビウスが、連合のメビウス部隊を追い、また同じく追われる。
前を逃げるメビウスの一瞬の隙を突いて対装甲リニアガンを撃ち込み、逆に背後から浴びせられる攻撃を極めた機動で無理矢理引き剥がす。
ラスティは、ミゲルとオロールから離れ、単機で敵編隊を掻き回していた。
敵味方識別信号を過剰なくらいに発してあるので、ZAFTでは有り得ないMAという搭乗機でも、連合のパイロット達はちゃんと敵だと認識してくれている。
それで良い。勘違いさせて落とすなんて、MA乗りとして相応しくない戦い方だ。そんなのは、MS乗りがコソコソとやっていれば良い。
「真っ向勝負よ、連合の古強者達!」
常識的ではない機動に伴う強烈なGに抗い、息を整え、その合間にラスティは通信機に叫んで敵を挑発する。
まるで、映画か何かの主人公の様に。
……ああ、懐かしいな。
黄色のメビウス・ゼロを追う連合パイロットの一人は、戦闘中にそんな事を思った。
プラントとの戦争以前から軍にいる古参兵。自分達の時代は、敵は機械人形などではなく、同じMAだった。
MSという新しい兵器。ニュートロンジャマー影響下のレーダーが利かない新しい戦場。その中で、古いままの自分達は淘汰されていった。
この戦いは、連合にもMSという新しい兵器をもたらす為の戦いなのだという。
ならば、自分達の様な新しい兵器に順応できない古いものは、きっとそのまま滅びていくのだろう。それについては諦めながらも、何処かで寂しい思いを抱いていた。
その思いを語れば、同僚達は病院行きを勧めてくれる事だろう。
いよいよ戦えなくなったなら、退役すれば良いと。
しかし、自分は戦える自分でありたかった。宙の猛禽でいたかった。しかしそれも、時代に取り残されたロートルの戯言だ。なんと無様であろう事か。
だが、この敵は……胸に抱いたそんな虚無を埋めてくれる様だ。
「これが俺達に残された最後の宙かもな」
呟き、そして思い残す事はないとばかりに加速をかける。
体にかかるGが肺を潰し、息を継ぐ事も出来ない、無論、感傷を漏らす事も。
後は戦いの宙のみだ。
――黄色のメビウス・ゼロを追う。
小刻みに進路を変え、対装甲リニアガンのサイトの中に入ろうとはしない敵を、ただひたすらに追う。
こちらの追尾を外し、逆にこちらの尾に食いつく為、敵は強引に軌道を捩曲げる。
それについていく。それが出来ない者は、次の瞬間に敵の前に尾を晒し、宙に散る事となる。
最初は編隊で飛んでいた自分達だが、今となっては誰か他に残っているかも定かではない。
いや、居るのは、自分と敵だけだ。
「!}
一瞬、黄色のメビウスがサイトの中央で動きを止めた。
トリガーの指に力を入れ――だが、トリガーを引くことなく、操縦桿を傾ける。
直後に、いつの間にか切り離されていたガンバレルからの射撃が、一瞬前まで自機が居た宙を貫いた。
同時に、モニターの端に爆炎が入り込む。誰かが、今のでやられたか。
体がズンと冷えた様な恐怖感。パイロットスーツの中に、ドッと冷や汗が噴き出す。
ああ怖い……でもまだ生きている。
戦いは続いている。まだ戦えている。
操縦桿を握りしめ、モニターの中に黄色のメビウス・ゼルを探す。宙の中、その色は映えた。
遠い陽光を浴びて金に輝く様に、それはまだ宙に健在である事を誇っている。
まだだ。まだ戦える!
あの獲物は、自分が仕留める!
沸き上がる、欲望にも似た歓喜。
敵はガンバレルを放している。機動性は落ちている。ならば、今が機会。
引き金を引く。
撃ち放たれる対装甲リニアガンの火線が、黄色のメビウス・ゼロを掠める。
外した……いや、外された?
見えていた場所より、敵は動いている。
ああ、ガンバレルか。ガンバレルで自機を引きずったか。随分と使いこなす。
ならば接近して落とす。
スロットルを踏み抜く程に踏んだ。
ほぼ同時に、ガンバレルを戻した黄色いメビウス・ゼロも、跳ねる様な動作で急加速をかける。
良いだろう。逃げろ。
こっちはお前の尻尾を追いかける。
持てる全ての技量を使って。肉体も魂も全て使って。
MA乗りとして――
黄色いメビウス・ゼロ。その尾を、ついにサイトの中央に捉える。
落ちろ……俺の最後の獲物。
トリガーにかけた指に力が加わり――
――だがそれは、突然襲い来た銃撃によって遮られた。
「!?」
混乱に陥る。
自分が撃たれたならわかる。味方が先んじたのでもわかる。
黄色いメビウス・ゼロは、横合いから撃ち込まれた無数の銃弾を機体後部に受け、破片と炎を撒き散らしていた。
モニターに映るのは……黄色いメビウス・ゼロに銃撃を加える3機編成のジン。
驚きと、夢から急に覚まさせられた様な喪失感に、トリガーにかけた指は動かす事も出来ないまま、自機の進路を変えた……
「同士討ち……だと?」
状況は、味方を背後から撃ったとしか思えない。
敵の失態として、喝采しても良い状況。
だが、何か大切なものを、薄汚い何かで汚された様な気がして、MAパイロットは沸き上がる怒りに奥歯を噛みしめた。
MAパイロットとして戦い、もしかしたらMAパイロットとして満足して死ねたかもしれない戦場は、彼から奪われてしまったのだ。
『ザッ……』
通信機が掠れた音を立てる。
『私を落としたの……貴方?』
少女の声が届いた。
味方の裏切りには気付いていないのか? MAパイロットに落とされたと思っている様だ。
『凄いね。振り切れなかった……貴方と戦えて、楽しかったよ』
素直な賞賛の声。そして通信は切れた。
「俺じゃないよ」
一人、呟く。
声の様子から言って、少女の末期の言葉ではないと思った。思いたくもあった。
「また戦おうな」
誰にも届かぬ言葉を漏らし、かなわないかもしれない願いを残し、MAパイロットは再びMSとの戦いへと戻っていく……
混迷に落ちていく戦場を遠く眺めつつ、第8艦隊とは別の連合艦隊が戦場外縁を行き過ぎる。
艦は、アガメムノン級宇宙母艦1隻とネルソン級2隻。護衛艦は居ない。だが、アガメムノン級は巨大な玉葱の様な形の物を曳航していた。
アガメムノン級の作戦指揮室。モニターに映し出される戦場を見て、一人の男が至極残念そうに言葉を漏らす。
「戦闘開始に間に合わなかったようだな。第8艦隊に助力せんと急いだのだが……」
「我々は“少し遅れてきた”のでは?」
参謀の笑みを含んだ言葉に、ジェラード・ガルシア少将はニヤリと笑んで答える。
「正直なのは美徳とは限らないぞ?
まあ良い、予定通りだとも。第8艦隊は、自らの滅びを代償として、我々の介入の隙を作りだしてくれた。
当初のスケジュール通り、第8艦隊の壊滅を待って、連合製モビルスーツの破壊を行う」
ガルシアは、第8艦隊の作戦目的とは真逆の事を言った。助力だなどと、最初から冗談でしかなかったと明かす様に。
しかし何故、同じ連合軍なのに目的を違えるのか? それは、彼がユーラシア連邦閥に属する為である。
連合軍を構成する国家の一つである、大西洋連邦とユーラシア連邦。母体となった国々の歴史を鑑みても、その対立の歴史は長い。
そして、ハルバートンは大西洋連邦閥であり、ガルシアはユーラシア連邦閥。
MS開発計画は大西洋連邦閥の進めた計画であり、ユーラシア連邦閥としてはその計画はむしろ目障りであった。
そして連合製MSが敵の手に渡った今ならば、大西洋連邦閥の失敗を強く非難すると同時に、目障りなMSを片付け、さらに後始末をしてやったと恩まで着せる事が出来る。
その為にユーラシア連邦閥は、自分達が擁する有力な手駒であるガルシアに、その重要な役を任せたわけだ。
つまり、本来、こんな前線まで出てくる必要のないガルシアが出張ってきたのは、作戦の功労者となって自分の後援者に良い顔をする為。
そして言うまでもなく、危険な前線に危機感もなく出てきて、成功を確信しているかの様な言動をとるのには、ちゃんとした理由がある。
ユーラシア連邦が、この戦いの為に用意した切り札が。
「ブルーコスモスのモビルアーマーにばかり活躍されたのでは、我等のスポンサーの商売が立ち行かないからな。
我々のモビルアーマーには、ここで華々しく戦果を上げて貰おう」
ガルシアは満足そうにモニターの片隅に映る紫玉葱を眺める。しかし、その紫玉葱に似た形状の物こそが、ユーラシア連邦が開発した大型MAなのだ。
「了解です。我が艦隊は、このままZAFT輸送艦隊の正面に回り込みます」
参謀が告げる。全ては作戦通りに。
今、命を賭して戦っている第8艦隊の将兵には関わらず、ユーラシア艦隊は自らの目的を果たす為に前進する。
機動戦士ザクレロSEED‥‥以上。
恨みを買いすぎて即後ろ弾を喰らうMA女ことラスティちゃん
そして、ヘリオポリス沖会戦に介入を始めるガルシア&ユーラシア製大型MA
>>429 ラスティ本編だと顔も見せずに死ぬ → ザクレロでZAFT側が男臭い → ラスティ、女の子で良いよね → 現在に至る
ランキング入りは驚きですねー
ザクレロSEEDは、web小説投稿サイト ハーメルンにも投稿しています。
ttp://novel.syosetu.org/14539/
支援
支援感謝
板全体のレス数が減っているのか、連投規制に引っかかるようになったなぁ
乙
ちょうどハメで見つけてびっくりしたところだったw
えーーー!ラスティは結局死んじゃうの!?
救いなのは好敵手と思った敵MAに討たれたと思ったことかな・・・
>声の様子から言って、少女の末期の言葉ではないと思った。思いたくもあった。
戦死生存どっちとも取れるからもどかしい事この上なし。
ザクレロ氏の場合美少女だろうが殺す時は容赦なくブチ殺しなさるし
しかし戦場での背後撃ちはオロールらが既に想定してるしそんなのを
みすみすやるとも考えにくいし果たして。
生存していたら、それはそれで死よりも残酷な未来が待っているだけのような気が・・・
そこにしびれる!
あこがれるゥ!
ラスティが突出したとはいえ、
後ろ弾予想してて、かつそいつらの位置や挙動まで把握してたのに防げなかったってのは
ミゲルとオロールが無能に過ぎるような気もする。
ドッグファイトに興じるメビウス・ゼロを追いかけつつ
更に敵とも戦いつつ
味方の裏切りを警戒して、それを防ぐ
……それ人間わざか?
>>447 ・目視できる距離に3バカがいる
・後ろ弾される程度にしかラスティが前に出てない
つまり、フォローに入れるくらい近くにいるのでは?ということ
>>446-447 フォローは無理ですねー
ザクレロSEEDで、女の子の危機一髪を救う事が出来たのは、狂気に落ちた状態のトールだけです。多分
ミゲルとオロールにそこまでのレベルを期待するのは可哀想じゃないですか
450 :
418です:2013/09/05(木) 19:36:11.58 ID:???
>>420 じゃあ"種の最高製作責任者が、小池一夫先生だったら……"って事で御願いします。
Wの事については"続編"が色んな意味で遣りきれなくなっちゃったんで、つい
スレッド違いを忘れてしまって……すいませんでした。
>>今の雁屋哲とほぼ同じウンチク連発&中弛み&ワンパターン連続で胸焼け漫画にしても、
>>一応は「読ませる」力技を持ってる小池一夫先生は流石だよな……
>>いやね、以前「オークション・ハウス」を読んだんですよ。
>>んで、その話がスゴくてさ、主人公の敵が100歳を超えたアドルフ・ヒトラーで、
>>日本では途絶えたといわれる幻の「ヤマト流拳法」を使ってくるのな。
>>で、主人公も過去にヨーロッパで、実は生きていた南雲忠一中将から「ヤマト流拳法」を
>>「偶然」習った事があって・・・。それがもとで、2人は一時和解し・・(以下ry
>>なんか、話の頭をちょっぴり紹介しただけでも正気を疑われかねんばかりか、
>>「第三帝国」「ラストバタリオン」「アドルフ・ヒトラー」「大日本帝国」「南雲忠一」
>>等々の、ベタベタの素材のオンパレードの上に話しはもう迷走も良い所。
>>それでも読んじゃうのは何でなんだろう?
>>450 だからスレ違いだっての
勝手にスレ立てて、そこでやってくれ
3年位前にも湧いてたな、こいつ
453 :
450:2013/09/16(月) 19:04:53.29 ID:???
>>451-452 まぁ、こちらも悪乗りが過ぎたのでスイマセンでした。とりあえず原案として
「もしシンの初期機体がセイバーだったら」
「もしミネルバ隊の機体初期配置がカオス・ガイア・アビスだったら、または
インパルス系で統一されていたら(コアスプレンダー:色違い3機+予備、
換装可能上半身&下半身:いろいろ 背負い換装はどうせ使わないだろうから削除)」
みたいな事でも、ひとつ。後者の場合はガンダム奪取作戦じゃなくてアーモリーワン破壊作戦でお願いします。
テメェで書け
こいつ、まるで話が通じてねえ
脳味噌が糞で出来てるのか?
黄色い塗装のメビウス・ゼロ……ラスティ・マッケンジーの搭乗機が、他でもない味方の筈のジンの攻撃によって落とされた。
ラスティを追って戦場を駆けずり回っていたミゲル・アイマンとオロール・クーデンブルグの前で全ては起きる。
戦場を駆けるラスティのメビウス・ゼロが、たまたま彼女と不仲極まりないMSパイロット達の側へと飛んだ瞬間の事だ。
奴等の内の2機が、いきなりラスティ機に銃撃を浴びせた。
止める間も、遮る隙もありはしない。元より、ラスティ機を追いかけていた位置からでは何をするにも遠い。ミゲルとオロールに手は出せなかった。
予期しない方向からの攻撃だったのだろう。ラスティ機はかわす事も出来ずにそれを浴び、機体後部を爆ぜさせている。
危険を薄々予想していたのにこれだ。何もしなかったし、出来なかった。
「まさか」「やるわけがない」
常識に足を引っ張られた……いや、それも言い訳に過ぎない。確証に至らなかったとは言え、予想は出来ていたのだから。
結果として、引き金は引かれ、ラスティは後ろ弾を受けた。
『ミゲル、撃つぞ!』
オロールからの通信。そして、オロールのジン・ハイマニューバが、ジンの小隊めがけて重機銃を撃つ。
その回避の為に、彼等は銃撃を止めた。
『何をする!?』
通信機からかえるMSパイロットの声。その声は笑いを押し殺した様で、そこに悪意が隠れ見えた。
今までの展開に唖然としていたミゲルは、その悪意に沸いた怒りで我に返る。
「何をだと? お前らこそ、何故味方を撃った!?」
即座にミゲルは通信機に怒鳴った。が、聞いても意味は無い。その理由については予想が付いたが、その真実を語りはしないだろう。そして、案の定。
『味方? ああ、モビルアーマーなんかに乗ってるから、判断出来なかったんだよ』
『モビルアーマーなんて、敵の兵器に乗ってるのが悪いんだぜ? うっかり、間違っちまった』
まるで最初から用意していた様な答が二つ返る。
『お……俺は撃ってない! 二人が勝手に……』
残る声の一つは戸惑いを見せていた。こいつをしでかしたのは、どうやら二人か。
『ミゲル! こいつ等、殺して良いか!? 良いよな? やるんじゃねーかと思っちゃいたが、本当に後ろ弾をやらかす屑だもんな!』
オロールが通信機の向こうで喚いた。その如何にもやらかしそうな声に、ミゲルは僅かに冷静さを取り戻す。
「オロール! ラスティを確保! 後退するぞ!」
ラスティ機は爆散したわけではない。
偶然か……それとも、とどめは連合機に任せようと姑息な事でも考えたか? 何にせよ、ラスティは無事である可能性が高い。
すぐ後ろに追いすがっていたメビウスは、衝突を恐れでもしたのか、とどめをさせる好機であるにも関わらずコースを変えていた。
しかし、他の機はそうではないだろう。撃墜された機体に興味を抱く者は少なかろうが、念入りにか戯れにでも撃たれれば確実にラスティは散る。
『了解……でも、あいつら、どうすんのよ?』
機動性が高いジン・ハイマニューバが、連合のメビウス部隊に牽制射撃を浴びせつつ、ラスティのメビウス・ゼロの元へと急いだ。
「ラスティの安全確保が先だ! 今は勝手にやらせておけ」
指示を返しながら、ミゲルもミサイルと重機銃をばらまき、敵のメビウスが舞う戦場に穴を開けて退路を確保する。
敵はまだ多い。だが、空間に濃密ではない。
MSの足止め、あわよくば撃破といった所だろう。積極的な攻勢には出てこない。
それに、まだラスティが掻き回した分の混乱が残っている。
ミゲルは、オロール機が先に進んだ後を進む。
『へへへ、すまなかったな。ま、代わりと言っちゃなんだが、戦功は代わりに俺が上げておいてやるよ』
『もともと、モビルアーマーの出番なんか無かったから、代わりってのは無いだろ』
調子に乗った笑い声が二つ通信機から漏れてきた。それに嫌悪と憎悪を抱きながら、ミゲルはそれを努めて無視する。
こうまでされるともう、ラスティの自業自得だなどとは言ってられない。
例え火を付けたのがラスティであろうとも、味方を撃つ事が許されるはずもない。
だが、戦闘中である以上、ここで再びの同士討ちを演じるわけにもいかなかった。
「後で譴責してやる!」
『おいおい、俺達は間違えただけだぜ? そう言ってるのに、MA女の肩を持つ気か?』
「言ってろ! その戯言を最後まで貫き通せると思うな!」
聞こえる通信に罵声で返しながら、その苛立ちをぶつけるように接近してくるメビウスの編隊に115mmレールガン“シヴァ”を撃ち放つ。
ろくに狙いもつけずに撃ったそれが当たる筈も無い。しかし、巨砲の一撃を察したようで、メビウスは回避運動の為、編隊を崩して散った。
敵はMAの性質上、一度通過した空間に再び戻ってくるまでは時間がかかる。
時間は稼げた。その間に、ミゲルはラスティ機とオロール機の元を目指す。
僅かな時間とはいえ慣性のままに進み続けていたラスティ機との距離は遠く、そう易々とは追いつく事は出来なかった。
『MA女にも穴はあるんだ。どうせ、よろしくやらせてもらってるんだろ? 頭がおかしくても、具合は変わらないってか』
『止めろよ。戦闘中だぞ……』
嫌な笑い声。それを諫める声も混じるが、どうにも力がない。
ミゲルが怒りを殺して砕けんばかりに奥歯を噛みしめていると、オロールからの通信が入った。
『ラスティ機確保! コックピット部分は無事だ。
こいつ、しっかりエンジン停止して、壊れたガンバレルを切り離してやがる。まったく、性格には難だが、腕だけは良いな』
オロールの声からは、安堵と賞賛が聞き取れる。
その報告にミゲルも安堵すると、さらにオロールの声が続いた。
『な、わけだ。そこの屑共の相手してないで行こうぜミゲル。
俺達がラスティと楽しく訓練してる間に、寂しく互いのケツを融通し合ってた様な奴等さ。
その顔の真ん中に開いたケツの穴から漏れ出す糞に一々構うなよ』
いつもの軽口……ではあるものの、その中には怒りが混ざり込んでいる。だが、オロールの言っている事は正しい。
ミゲルは、プールサイドでシャチの風船を小脇に抱えるみたいな格好でメビウス・ゼロにしがみついて戻ってくるオロールのジン・ハイマニューバに、自らのジン・アサルトシュラウドを急ぎ向かわせる。
つい先程まで、ラスティ機は撃墜された残骸で敵の優先度は低かった。だが、オロール機が回収した事で、実質は重荷を背負ったオロール機とその重荷という形に変わる。
ジン・ハイマニューバと言えども、メビウス・ゼロを抱えていては、そう速度は出せない。
重荷を背負って性能低下したジン・ハイマニューバ。敵からは格好の餌食だろう。そして今、攻撃を受けたなら、ラスティ機も巻き添えとなる。
「コックピットぶち割って、ラスティだけ取り出せないか!?」
『半分の確率でラスティごと潰していいならやってみる!』
機体はともかく、ラスティだけ回収出来れば及第点。そう考えてミゲルは聞いたが、オロールからの答は芳しくない。
「わかった。そのままで脱出だ」
諦め、そしてミゲルは一番近くにいるメビウスの編隊にミサイルを放った。
ミサイルはメビウスのスラスターの熱を追って走る。が、近くとはいえ相当の距離はあり、対応する時間が有る。メビウスの編隊は、その場にフレアを撒き散らして退避した。
フレアが放つ欺瞞の熱に惑わされ、ミサイルは何もない宙を行き過ぎる。
撃ちっ放しのミサイルなど、そうそう当たるものではない。それでも、また僅かに時間を稼ぐ事は出来た。
撃墜できれば本当は良いのだが、じっくり狙って、タイミングを計って……などやっていたら、守るべき仲間が落とされてしまう。
今は適当に攻撃をばらまき、敵の牽制と、あわよくばとラッキーヒットを願うしかない。
「退路は確保する! 必要なら盾にもなってやる! 脱出するぞ!」
ミゲルは周りにメビウス部隊が居ないのを確認して、味方撃ちのMSパイロット共とオロール機を結ぶ直線上にジン・アサルトシュラウドを置いた。
流れ弾とでも何とでも言い訳して、また撃ってくる事を警戒してだ。
メビウス・ゼロとジン・ハイマニューバの装甲には期待できないが、アサルトシュラウドの追加装甲なら壁にはなれる。
『おう、任せた!
ところで、ヒロインを助けるのはヒーローの仕事じゃねぇかなぁ? いつ眠れるヒロインとまとめて火の玉になるか、ドキドキしながらベッドを運ぶのはモブには辛いぜ?
なあ、ZAFTのエース。その名も黄昏の魔弾?』
敵の攻撃を警戒しながらラスティの乗るメビウス・ゼロを押し運ぶのも大変なのだろう。オロールの愚痴混じりの戯言が返る。
「都合の良い時だけ黄昏の魔弾か? 俺はもう蜜柑色で良いよ。こんな面倒臭い思いをしなくて良いならな。
ヒーローは譲ってやるから、ヒロインへの目覚のキスでも何でも好きにやってくれ」
ミゲルの回答にも、本音と冗談が入り交じる。
エースだ何だともてはやされる事もあるが、面倒ばかりが肩にのしかかるだけで、良い事など何もない。緑服のエースなど、そんなものだ。
『ヒーロー譲ってくれるかぁ……いや、やっぱ俺もお前も柄じゃねーわ。
ヒーローだったらラスティが撃たれる前に割り込んででも防ぐだろうし、そもそもラスティと奴等を喧嘩させたまんまでいさせないだろ?
いや本当、そういうんじゃねーわ。安月給で兵隊やってんのがせいぜいだ』
「まーな」
オロールのその投げやりな言葉に、ミゲルは大いに賛同する所だった。
本当、自分らはただの兵士だし、それ以上のものにはなりたくもない。
MSに乗って、鉄砲を担いで出て行って、それで片付く仕事だけが能の筈なのに、どうしてこうも厄介事ばかりに見舞われるのか。
「それでも、真似事くらいはしないとな。ヒロインのエスコートくらいなら、兵士1と2のモブでも出来るだろ」
面倒だがやり遂げないとならない。
今のミゲルとオロールにとって、ラスティはヒロインなんてものでは当然ないが、それでも見殺しにして良い筈などないのだから。
戦況は変動する。
両艦隊は砲撃戦を継続中。互いに幾発ずつか被弾していたが、致命的な一撃はまだ両軍共に受けていない。
両艦隊の狭間、MSとメビウス部隊の戦場では、一時、メビウス部隊が攪乱され、MSの攻撃の前に出血を強いられていた。だが、今はそれも終わっている。
現在、3機編成3部隊のジンと、ラスティを回収して戦場から離脱しようとしているミゲルとオロールが、メビウス部隊と戦っていた
だが、ガモフ側の部隊の動きが悪く、またミゲルとオロールもその状態でまともに戦えるはずもなく、効果的な防衛ラインを引けていない。
ガモフ側の2部隊が動けない状況は、ツィーグラー側の2部隊への負担となって表れる。
結局、ZAFTのMS部隊は、連合のメビウス部隊の壁を抜ける事が出来ず、戦いは膠着状態となり、メビウス部隊は貴重な時間を稼ぎ出す事に成功した。
その事は結局、両艦隊の砲撃戦にも影響を及ぼす。時間は連合軍を有利にした。
「ツィーグラーに直撃!」
ミサイルの迎撃に失敗し、直撃を受けたツィーグラーの艦後方下部の装甲が砕ける。
モニターに映るその光景にガモフの艦橋はどよめいた。
「ツィーグラーが後退を打診してきています!」
「後退だと!? ガモフ一隻では支えきれんぞ!」
オペレーターからの報告にそう言い返し、ゼルマンは苦々しい表情を浮かべる。
「ええい、MS隊はどうした! 敵MAを突破して、敵艦に攻撃をかける事は出来ないのか!?」
本来なら、とっくの昔にされているべき事が、為されていない。苛立つゼルマンに、オペレーターは告げる。
「ミゲル機とオロール機は、ラスティ機を回収して後退中。他MSは完全に守勢に回っています。攻勢には出られません」
「くっ……ラスティは“誤射”だったな……」
全てはあの“誤射”から天秤が傾いた。
ゼルマンも、あれは誤射だと、撃った本人達から報告は受けている。だから今はそれを信じていた。
艦から撮れた映像では、ドッグファイトをしていたラスティに、ジン2機が射撃したという事が確認されたのみ。検証している間は無いので、それ以上の事は今はわからない。
実際に何があったのかを検証するのは、戦闘後の話になるだろう。しかしそれも戦闘後があればの話だ。
現状が続けば、自艦ガモフも致命の一撃を受ける可能性がある。
どうする? 単艦で支えきってみせるか……いっそ撤退するか?
敵に与えた損害も決して少なくはなく、それなりの時間は足止めしたと考えたい。しかし、それで十分だったかと考えると自信がない。
敵はここで叩いておきたかった。仕留められないにしても、敵にこそ撤退を余儀なくさせ、より多くの時間を稼ぎたかった。
今逃がせば、敵は連合MS輸送艦隊を再び追うだろうか? もし、敵がまだ推進剤に余裕を持っていたらならば追うだろう。追いつく追いつかないに関わらず、それは輸送艦の逃走に影響を及ぼす。
ダメか。やはり、退く事は出来ないか。
しかし、ツィーグラーにこれ以上の戦闘継続は可能なのだろうか? 後退を打診してきたと言うことは、相応の損傷を受けているのだろう。
ツィーグラーが後退するならば、後はこのガモフ単艦でこの戦場を受け持たなければならない。それは無謀だろうと察しはついた。しかし、この任務を請け負った軍人としては……
ゼルマンの思考は迷いの深みに落ちていく。答は出ない。
その間も、戦場に止まる事無く時は流れていた。
――わからない。
ガモフ所属の部隊……ラスティを撃った部隊。そのジンのコックピットの中、彼は混乱の波に翻弄されていた。
“何故、僚機は味方を撃った?”
彼と部隊を組む他2機によって行われた凶行。彼はそれを知っていた。直前に誘われたからだ。
MS同士の接触回線によって行われた密談。
彼は拒絶し、止めようとした。が、全ては実行された。
――わからない。
口喧嘩で女の子に言い負かされる。腹が立つ。
自分が命を預けるMSを侮辱される。腹が立つ。
レストランで売られた喧嘩で営倉入りになる。腹が立つ。
シミュレーターで負ける。しかもMAに。腹が立つ。
それらは理解できる。彼も同じ気持ちだ。彼等と自分は同じ気持ちだった筈だ。
だが、どうして?
口喧嘩なら口喧嘩で。侮辱は侮辱で。殴られたら、殴り返せばいい。
営倉入りは、対戦相手のミゲルとオロールも同じだ。ラスティことMA女は処分を受けていないが、そもそも彼女は殴り合いには参加してなかった。
シミュレーターで負けた事に至っては、単純に腕の差と受け止めるしかないだろう。
腹は立つ……当然だ。
でも、だから殺すだって?
同胞だぞ? 同じ艦の仲間だぞ?
世の中に嫌な奴、反りが合わない奴なんて幾らでもいる。
殺して良いとでも? そして全員殺していくのか? 狂っている!
湧いた怒りと背筋を這う恐怖に、闇雲な射撃を行う。
ジンの放った銃弾を示す火線は、メビウスを掠める事もなく宙の向こうへと消えた。
恐怖……そうだ、恐ろしい。
味方を殺そうと考え、そして実行に移せる人間と共に戦場にいる事が。
未だ、彼等は“誤射”で味方を殺そうと狙っているのだろう。
ひょっとすると、その銃口は自分に向けられているのかもしれない。彼等を怒らせた心当たりなどないが、どんな些細事でも彼等はそれを理由にするかもしれないのだから。
そんな想像に、彼は慌てて機体を操作し、視界正面に僚機を捉える。僚機は、彼の事など気にせずに戦っていた。
一瞬の安堵、そしてその安堵を塗りつぶす様に再び拡がってくる不安。今はそうかもしれない、しかし目を離した瞬間に僚機は自分を撃つかもしれない。
視界を僚機から外し、再び敵を警戒するまでには、若干の時間を要した。その隙を逃すはずもなく、敵機は彼に殺到する。
「うわああああああっ! 来るなあああああっ!」
敵機に気付いた瞬間にその数に恐慌を来し、銃弾をばらまいて壁としようとするが、敵機は臆する事無く抜けてくる。
助けてくれ。
誰に助けを?
仲間はお前を撃とうとしているぞ?
そんな事はない。味方を撃つなんて間違ってる。
でも、奴等は撃った。
そう言えば、自分は奴等が故意で撃った事を知っている。口封じ……
考えるな、戦闘中だぞ!
戦闘中だからこそ可能な謀殺だろう。
止めろ、今は敵を!
「モビルアーマー如きが俺を殺そうとしやがって!」
ジンを駆って彼は必死で銃弾を放ち、それに引っかかったメビウス一機が爆散する。だが、倒す以上に敵はおり、そして今の彼には満足な迎撃は出来なかった。
ああ、敵が! 敵が……!
助けを求めて宙を見渡す。僚機が、自分に銃を向けているのが見える――
「止めろ!?」
とっさに機体を動かして逃げた。
自分を狙ったのか? 本当の支援射撃のつもりだったのか?
実際にはそれは本当に支援射撃だった。彼の仲間に彼を殺すつもりはない。全て彼の疑心暗鬼である。しかしそれは彼にわからない事だ。
わからない。どうしたら良い?
敵が迫る。敵が包囲する。
背後には味方の銃がある。
敵が。敵が……
敵は…………誰が敵だ?
『敵の仇だが取らせてもらおう!!』
困惑を裂く、敵機の接近を知らせる警告音。それに紛れる様に共用回線から飛び込んだ敵機からの声。
モニターには、肉薄したメビウスが対装甲リニアガンを放つ所がはっきりと見えた。
一つだけ理解する。
ラスティの言っていた事の一つは間違いではなかった。モビルアーマーだって、こんなにも強い。
「もっと話を聞いても良かったな……」
台詞は脳内で組み上がるも口で発する間などなく、コックピットを貫いた砲弾に彼の思いも言葉も全てが粉微塵に砕かれた。
>>462 乙!!
馬鹿二人が私怨に駆られて要らんことしたせいで…
乙!ラスティが助かりそうでなにより
465 :
通常の名無しさんの3倍:2013/10/14(月) 11:13:17.09 ID:4P6eO++c
フライトレコーダー、ボイスレコーダー、IFF、ガンカメラ等のログを見れば
一発で何があったか分かりますね。あれらは、コクピットからのデータ改竄
なんて出来ませんし。
後弾してからの会話も悪印象過ぎるから、良くてもパイロット資格剥奪、悪
ければ懲罰大隊行きですかね。
>>465 多少まともだったやつが死んだんだ
残りの2人が生きて帰ってこれるとは思えんな
もしキラ、アスラン、シンが3人とも女性だったら・・・?
>>465-466 ザクレロ氏世界のことだからわからんぞ。
ご存知オーブの理念信仰の狂気に相当する、あの下衆二匹を免罪するような
歪み捻れがプラントに無いとは言い切れまいよ。
不条理な顛末にミゲルとオロールのSAN値が削られ続けるドSな展開もありかと。
ガモフ側のMS小隊の一機が撃墜された。それとほぼ同じくして、ツィーグラーの船体に再び爆光が灯る。
「不甲斐ない!」
ツィーグラーの艦橋。艦長席に着く男が思わず口から漏らす。
ガモフのMS部隊。誤射で一騒動起こし、前線の負担増を招いた挙げ句がこの有様だ。
誤射というのは言葉通り信じるとして、その後のこの状況は許し難かった。
今すぐにでも叩きつけたい怒りと苛立ち。しかし、それは出来ない事ゆえ、押し殺して仕事を続ける。
「……艦の被害は? 修復は出来そうか?」
艦長はオペレーターに聞いた。
ツィーグラーは被弾している。その被害は実は深刻だった。
「……ダメです。未だに延焼中。やはり何処かで推進剤が漏れてるそうです」
「そう……か」
オペレーターからの返答に明るい要素はなかった。
艦内で火災が発生している。隔壁を閉じ、空気を遮断してなお火災が続くという事は、推進剤……燃焼剤が含まれ、真空中でも炎を上げるそれが漏れ出ているに違いない。
問題は、何処でどの規模で漏出が起きているかだ。
供給バルブを閉めるなどの対策は当然行われただろう。
なのに消えないという事は、最初に大量に流出して供給を止めてなお残った物が燃えているか、はたまたタンク本体などの致命的な部分からの漏出が起こっているのか。
こうなっては、対処のしようなど限られてくる。
「左舷推進剤タンク、緊急切り離し。投棄しろ」
「と、投棄ですか!?」
「何時、火が回って誘爆するかわからんだろ! 爆弾を抱えてる様な物だ。投棄しろ!」
オペレーターの戸惑った様な返事を、艦長は怒声でねじ伏せる。
問い返されなくとも、わかっているのだ。推進剤の投棄が、どんな意味を持つのかくらいは。
推進剤の量は、そのまま速度と航続距離に影響する。
つまり、味方に追いつけるか否か直結するわけで、この決定によりツィーグラーがこれ以降の作戦には参加出来なくなる事を意味していた。
また、敵から逃げられるか否かにも結びつく為、戦場からの撤退も難しくなる。
そう、撤退だ。
ツィーグラーは、この損傷を負ったまま、これ以上は前で戦うべきではない。
撤退。その前段階としてツィーグラーを後ろに下げ、ガモフにカバーして貰いながら損傷と戦況を見つつ、その機会を窺う腹づもりであった。
なのに、後退を打診したガモフからの返答は未だ無い。
勝手に下がるわけにも行かないと判断したのが悪く出て、ツィーグラーはズルズルと戦闘を長引かせていた。
「ガモフの動きはまだか! いつまで待たせる!」
催促をして、それでもグズグズするようなら勝手に下がってしまおうと心半ばに決め、ツィーグラーの艦長は怒声を張り上げた。
と――
激震。船体を通して響く爆音。
つい先程にも感じたのと同じ、着弾の衝撃だ。
揺れを艦長席にしがみついて耐え、オペレーターの悲鳴の様な報告を耳にする。
「後方右舷に着弾! 装甲貫通しました!」
「くたばれ、連合の豚が!」
艦長は罵声を上げて敵と運命を呪った。そして呟く。
「くそっ……怖い。死にたくない」
幸い、その言葉は誰の耳にも届かなかった様だ。
ややあって、オペレーターが報告を上げてくる。
「砲弾は右舷後方の施設を破壊。エンジンブロックにも被害が及び、推力が32%程低下しています」
「推進器が半分ダメになった。そういう事だな。そして遠からず右舷の推進剤タンクも捨てる必要が出てくる可能性が高い」
嫌な笑いがこみ上げてくる。笑い出せば、止まることなく笑い続けるだろう。それこそ死ぬまででも。
いっそ、何もかも忘れてベッドに逃げ込みたい。家に帰りたい。出来るはずもないのに。
死にたくない。
どうしてだ。どうしてこうなった。
「ゼルマン……臆病者が、連合のモビルアーマーを恐れて頭が鈍った等とは言わせんぞ」
恨み言が口をつく。
不意にゼルマンの連合のモビルアーマーに怯えた様子が思い出されて、不愉快さは段を超えて上がった。
奴がもっと早くにツィーグラーの後退を許していれば……いや、ガモフを置き去りにしてでも後ろに下がらなかった自分の甘さが招いた判断ミスか。
くそっ! くそっ! くそっ!
今すぐにゼルマンを連れてきて、ツィーグラーの艦長席に座らせてやりたい。
しかし、現実には座ってるのは自分であり、誰であろうとその席を譲る事は出来ないときてる。
死にたくない。死にたくない。
死にたくないな……
逃げ場を探す様に、艦長の目は艦橋の中を彷徨った。無論、何処にもそんなものはない。
今なお必死で働く艦橋要員達の背中が見られただけだ。
……ああ、彼等もきっと死にたくはないのだろうな。
艦長は深く深く長く長く溜息をついた。
そして、思いの外静かな声でオペレーターに命じる。
「ガモフに通信を繋げ」
「ツィーグラー更に被弾!」
ガモフ艦橋にオペレーターの報告が上がる。
撤退か継戦かで悩んでいたゼルマンは、その報告に顔色を変えた。
判断に時間をかけすぎた……その結果が、ゼルマンの判断を待って戦っていたのだろうツィーグラーへの被弾である。
「後退もやむなしか……」
そう呟かざるを得ない。既に遅きに失してはいたが。
それでも出来る限りの事はしよう。
戦況がここまで一気に崩れるのかと、ゼルマンは歯噛みする思いをしながら、艦橋要員達に向けて声を上げる。
「ガモフは砲撃を続けながら移動。敵艦隊とツィーグラーの射線上に割り込ませろ」
せめて盾となって両艦の活路を開こうと判断したゼルマンだったが、それを遮る様にオペレーターが通信を受け取った。
「艦長。ツィーグラーより直接連絡です。艦長に通信回線を繋げます」
オペレーターの報告の後、艦長席のコンソールが通信が繋がった事を示すランプを灯し着信音を発するや、ゼルマンは即座に通信をオンにして、マイクに向けて話しかける。
「ガモフのゼルマンだ。大丈夫か?」
『こちらツィーグラー。やられた。推進器に異常が発生している』
ツィーグラーの艦長は苦々しげに答えた。
その怒りは連合に向かってはいるのだが、撤退の判断が遅れた原因であり、そもそもの戦線崩壊の原因となったMS部隊を抱えるガモフに対し、非難めいた気持ちもある。
それを感じ取りつつも、ゼルマンは自らに為せる事を探る為に問う。
「支援する。戦場を離脱できるか?」
『……無理だろう。追撃されれば逃げ切れない』
ツィーグラーの艦長は、僅かな時間を置いて答える。
それが、ツィーグラーに残された推力から計算して出た結論なのだろう。
「では、戦いを続けよう。何とか撃退を……」
『ダメだ。一緒にいれば、両艦共にやられてしまう。
それより、二手に分かれるんだ。敵がどちらかを追うかはわからないが、片方は生き残る目が出る。敵が艦隊を更に裂いたなら、それで逆転の可能性が出てくるというものだ』
逃げられないツィーグラーを庇って、戦いを続ける。ゼルマンがしようとした提案は、ツィーグラーの艦長に断られた。
「しかし、それだと……!?」
ガモフが追われる。あるいは敵が艦隊を分ける様なら良い。しかし、ツィーグラーに敵が集中すれば、ツィーグラーは艦を守る事は出来まい。
そしてそれはツィーグラーの艦長こそが良く理解している事であった。
『そんなわけだ。後は任せる』
「何を言っている!? 死ぬ気なのか!?」
『ナチュラルでも、これぐらいはやってのける!
ましてや私はコーディネイターだ。今日の無様な戦いの恥を濯がんとする意地がある!』
ツィーグラー艦長の死を決意した叫びだった。
その決意をゼルマンは羨ましいとさえ思う。軍人として潔く散る事への憧れは、ゼルマンの中にいつも秘められていた。
いずれ、軍人として華を咲かせて死にたい。その瞬間にはどんな事を思うのだろう。
死にたい?
……ふと自分の思考に小さな疑問を抱いたが、為すべき事を前にして、深くは考えずその疑問を頭の隅に追いやる。
「わかった。ガモフは何をすればいい?」
『言わせるな。
MS輸送部隊を追え。何としても追いつき、その責任を果たせ。作戦を成功させろ!
ではな。武運を祈る』
そう言い残し、あっさりと通信は切れた。
『くたばれ』そう言ってやりたいのは抑えられた。
ツィーグラーの艦長は叩き切る様に通信を切り、納まらない気持ちにとりあえず一区切りを付ける。付けようとする。
戦況なんて一時の運だと覚めた風に思ってみても、ガモフのMS部隊の誤射や被撃墜がなければと思えてしまって納まらない。納まらない所を無理に区切る。引きずってしまう思いを断ち切る。
僅かな時間、気持ちの整理に苦労した後、それでもなお尻尾を引きずりながらも、艦長は仕事を始めた。
「オペレーター。MS部隊を呼び戻せ。一部隊はツィーグラーの直掩、そしてもう一部隊は撤退するガモフの為、敵の牽制に当たらせろ」
この糞の様な戦場の後始末はツィーグラーでつけてやる。だから、ガモフは栄光ある次の戦場へと飛んでいくが良い。いずれ、死神に捕まるまで飛び続けろ。
自分はここでリタイアだ。
「ツィーグラーは今すぐ転進。ガモフより先に済ませろ。敵の注意を引くつもりもある。全力で逃げるぞ。
そうだな、逃走路は任せるが、最終的に進路はヘリオポリスへ。駐留部隊に保護を求めるぞ」
ここはヘリオポリス沖。逃げ込むならヘリオポリスの港。味方もいるし、“辿り着ければ”保護を求める事だって出来る。
「それから、全乗員に脱出の準備をさせろ。最終的にこの艦は放棄する。
グズグズするなよ? 艦長が最後に降りる決まりなんだ。俺に『艦長の責任』を果たさせないでくれ。死にたくないんだ」
最後のは冗談のつもりだったが、艦橋要員達はニコリともしなかった。ただ、真面目に頷く。ギャグのセンスの無い奴等だ。
小さく溜息をつく。
「……とりかかれ」
「はい、艦長を死なせるわけにいきませんものね」
仕事に取りかかる前、オペレーターが艦長に返した。
やはり死にたくはない。しかしそれ以上に死なせたくはないと……
ZAFT側より撤退信号が出される。
偶然ではあるが、そのすぐ後にミゲルとオロール、そして回収されたラスティがガモフへ帰艦。
その後、ラスティを置いて再出撃したミゲルとオロール、ツィーグラーのMS部隊の支援を受けて、ガモフのMS部隊2機がようようやっとのていで帰艦した
その帰艦劇の最中にもジリジリと後退していたツィーグラーは、このMS部隊帰艦の段階で全力の逃げに転ずる。
それを支援するかに見せたガモフは、ツィーグラーが有る程度の距離を取った段階で、そちらとは逆方向に転進、逃走を図った。
ネルソン級宇宙戦艦“モントゴメリィ”の艦橋、艦長のコープマン大佐はその状況を見て、拾った勝利に安堵の息をつく。
実際問題、艦隊を守りきったとはいえMA部隊の損耗は激しく、またモントゴメリィ及びドレイク級宇宙護衛艦“バーナード”及び“ロー”にも多少の着弾はあり、致命的ではないものの損傷している。
ZAFTのMS部隊が十全の動きをしていたのなら、破れたのは連合艦隊の方だったかもしれない。そんな勝利だ。
だが、勝ちは勝ち。とは言え……
「ほぼ健在のローラシア級はやはり輸送艦隊との合流を目指すようです」
進路を計算した結果をオペレーターが伝えてくる。
片方の艦は撃沈寸前まで叩けたが、もう片方は仕留めていない。奪取した連合MSを輸送する艦隊に合流されると厄介だろう。
しかし、モントゴメリィはともかく、バーナードとローは推進剤が足りなく、おそらくは追撃しても追いつけない。
ならば、モントゴメリィだけでも追うか? 単艦で追ったところで、返り討ちにあうのが関の山だろう。
それに今から追った所で、単艦で輸送艦隊を追ったアガメムノン級宇宙母艦“メネラオス”が、合流するその時まで無事でいるとは……
ここは、この勝利をもって、自らの役目を全うしたと思うより他無い。
「……艦隊前進。死に損ないを叩く。
モビルアーマー隊は継続して防空。敵艦の始末は、引き続き艦砲で行う」
自分達の役目を終わらせたとはいえ、それでも目の前に落ちてる手負いの獣を始末しない理由は無いだろう。
窮鼠猫を噛むという教訓を十分に意識しながらも、コープランド大佐は戦闘の継続を命じた。
敵艦の足は砕けたらしい。ならば距離を取って砲撃戦を継続する事で、MA部隊の損耗も少なく、堅実に勝ちを拾えるだろう。
これはもはや終わった戦だった。
そしてしばらくの後、ツィーグラーはモントゴメリィからの容赦ない砲撃の前に轟沈。
燃え上がる艦からMS部隊と脱出艇が逃げた所に、連合のMA部隊が襲いかかり、脱出艇とそれを守って自由な動きのとれないMS部隊を鴨撃ちの如くに散々に叩き落とした。
無事に逃げ延びる事が出来たツィーグラーのZAFT将兵は僅かだったと言う。
こうしてヘリオポリス沖会戦の第二幕は、連合軍第8艦隊の勝利に終わる。
だが会戦は幕間へと入る暇もなく、ここより離れた宙域にて既に第三幕は始まっていた――
機動戦士ザクレロSEED‥‥以上。
ヘリオポリス沖会戦を構成する幾つかの戦いの内の一つが終了。
敗北するもガモフはからくも生き延びる。
ハルバートンの方も同じ章に含めようとしてたんだけど、長くなってしまったのでここまで。
ミゲル達、ガモフのMSパイロット達の話はまた後で。
ザクレロSEEDは、web小説投稿サイト ハーメルンにも投稿しています。
ttp://novel.syosetu.org/14539/
機動戦士乙レロSEED。
あいつら生き延びやがったか……修正されるといいなぁ
477 :
通常の名無しさんの3倍:2013/10/30(水) 13:27:39.96 ID:wIet2MAY
>>476 一連の戦闘が終われば、懲罰大隊行きでしょ。
連合MSを積んだ輸送艦。それを守るのはナスカ級“ハーシェル”。追うのはアガメムノン級宇宙母艦“メネラオス”。
戦いはハーシェルとメネラオスの一騎打ちの様相を呈していた。
とはいえこの戦いに語るべき事は少ない。
一人の狂人が己が信じた神に殉教した。ただそれだけである。
メネラオスの艦橋。デュエイン・ハルバートンは、奪われた連合MSが積まれた輸送艦だけを見つめ続けていた。
彼が下した命令はただ一つ。「全兵器、全兵力をもって前進せよ」と。
メネラオスから発進したメビウスが前進する。彼等は整然と編隊を組むと、まっすぐに死地へと飛び込んでいった。
迎え撃つ為にハーシェルより出撃したのは、ZAFTの赤服が乗った4機のシグー。今期最優のパイロット達と、その搭乗機として選ばれた最新鋭のMS。
メビウス部隊は居並ぶシグーの壁へと押し寄せ、岸壁の波の様に砕かれる。たちまち、無数の光芒が宙に煌めきだした。
だが、その光もハルバートンの目には入らない。
ただ、ただ見つめる。輸送艦の憤進炎の光を。そこに“神”はあるのだと。
天頂に座す神は死んだ。だが、我等を守り、我等に勝利をもたらす物がそこにある。ならばそれを神と呼んで何の間違いがあろうか。
それは我々に勝利をもたらす。
それは我に勝利をもたらす。
祝詞はないが祈りは捧げよう。
生贄の山羊は火にくべられている。
払われる犠牲が神に届いた時、神は降りてくる。神は我が手に降りてくる。勝利をもたらす為に降りてくる。
ああ、ああ、聖なるかな。どれほどの祈りを捧げただろう。
最初に生贄となったのは無辜の民。ただ地球に住んでいたというだけの人々。万愚節の破滅によりもたらされた死は世界を覆った。
自分の知る者も、知らぬ者も、関係なく全てが祭火に投じられた。そして未だに多くがくべられている。
――祈りは届きましたか?
次に失われたのは部下同僚上官の魂。
敵の作った悪鬼が、数多の部下を同僚を上官を殺した。
ああ、ああ、彼等の断末魔。最後に残す言葉が聞こえましたか?
絶望と後悔を込めて愛する者を呼ぶ声。敵への恨み怒りを叫ぶ声。あっけなく散る者の語り残した何気ない言葉。言葉無く去る者の秘められた心の声。
聞こえますか? 聞こえますか? 私はたくさんたくさん聞きました。
今も聞こえています。
今も死んでいます。
お喜びください、もっと死にます。
そうしたら、神は降りてくる。私の元に降りてくる。
そして勝利をくれる。
何度も何度も怒り、何度も何度も悲しみ、何度も何度も絶望して、それでなお手に入れる事の出来なかった勝利を。
ああ、ああ、勝利を。
神様、勝利をください。
永劫に敵を打ち負かす勝利をください。
僕が愛した人に、好んだ人に、嫌った人に、憎んだ人に、何も思いはしなかった人、見も知らない人にも平穏と安らぎを与えられる勝利をください。
もう僕に怒りと悲しみと絶望を見せないでください。
これが最後だと思うから今は耐えます。
だから僕に勝利をください。
「……前進せよ」
戦場をじっと見つめていたとおぼしきハルバートンが突如命じる。
同じ艦橋で指揮を執っていたホフマン大佐は、その命令を聞くやギョッとした顔でハルバートンを見返した。
「前進ですか? まだ敵モビルスーツの排除が出来ていません。いえ、現状でははっきりと我々が不利です。
今、前線に突入しても、敵のモビルスーツの攻撃を受けるだけですが……」
「わからないのかね。これは必要な事だと」
ハルバートンは強い意思を感じさせる言葉を吐き出す。
そうだ。必要な事だ。
神は未だ現れない。生贄が足りないのだ。
「メネラオスより、各艦コントロール。ハルバートンだ!
本艦隊はこれより、敵輸送艦に対して突撃。移乗白兵戦を強行する。
厳しい戦闘となるとは思うが、かのモビルスーツは、明日の戦局の為に決して失ってならぬものである。
陣形を立て直せ! 第8艦隊の意地に懸けて、モビルスーツを奪還する! 地球軍の底力を見せてやれ!」
命令は下された。メネラオスは前進を開始する。
もう少しだ。もう少しで……モビルスーツに手が届く。“神”に手が届く。そうなれば、あの……あの…………
恍惚。その内にハルバートンは浸る。
だが、それは時を経て破られた。
「閣下! これ以上は……これでは本艦も持ちません!」
メネラオスが揺れている。軋み響く金属的な不快音は、損傷を受けた船体の上げる悲鳴。
怒声を上げたホフマンが、不安げにハルバートンの顔を覗き込む。
メネラオスは今、戦いの直中にいた。
メネラオスが対空砲の火線をハリネズミの様に生やし、メビウス部隊もまたメネラオスを守ろうと勇戦している。
しかし、自らの間合いに踏み込んだこの巨艦に対し、MSはその猛威を振るっていた。
止む事もなく銃火を浴びせ、時に急所を狙い、時に火砲を潰し、的確にメネラオスを仕留めんと攻め込んでくる。
「まだだ!」
ハルバートンは叫んだ。
目標の輸送艦はさっきよりも近づいている。もう少し。もう少しだ。
もう少しで神は我が手に降りてくる。
「しかし……」
ホフマンは抗命しかけた。このままではメネラオスは落ちる。確実に。
だがそれでも、ホフマンは口をつぐんでしまう。
今ここで、指揮をめぐって混乱を見せるわけにはいかない。全ては遅きに失していた。
知将ハルバートン……彼の正気を疑うのは、もっと早くにするべきだったのだ。
ホフマンが不安と焦りをにじませながら指揮に戻る傍ら、ハルバートンは、周囲の戦場で散る命の火も、刻々と迫る敵MSも見る事はなく、ただモニターに点の様に映る輸送艦の光を見据えている。
デュエイン・ハルバートン。彼は狂人だった。
その狂気は、誰にも止められる事のないまま、深く静かに悪化の一途を辿っている。
周囲の者の多くは気付かなかった。しかし、一部は気付いていた。ただ、此度の戦争での人手不足が、その症状を軽く判断させ、彼に仕事を続けさせる結果となった。
彼は見事に働いたと言えよう。結果はどうあれ、その過程においては万難を排して進め、連合製MSと呼べる物を完成まで持って行ったのだから。
それは全てが彼の狂気故だ。MSに向ける妄想と執着が、失敗を寄せ付けなかった。彼の狂気の原因となったMSへの妄想と執着が、彼をここにまで至らせた……
戦争が……彼にとって全てが新しいものとなった“MSを相手とした戦争”、そして戦禍に失われたあまりにも多くのもの。
彼は真面目な軍人であり、悲劇に心痛める優しさもあった。
真面目だったが故に自身では適応し難い新たな戦場に苦悩し、適応し難かったが故に防げなかった多くの悲劇に絶望した。
彼は優しい人間であったが故に狂気を孕み、その狂気故に機械人形に神を見出し、そして虚構の神に自らの大切なもの全てを捧げてしまった。
そんな狂人たる彼故に……彼は見たのかもしれない。
「?」
つっーと、ハルバートンの口元から涎が溢れた。水球になって漂い出す直前のそれを、ハルバートンは無意識のうちに袖で捉えて拭う。
何だ? 何かの記憶が……
それは突然、白昼夢の様にハルバートンの脳内に蘇る。
連合軍基地。地下実験場。最新兵器起動テスト。
その地下の穴蔵。学校の体育館一つ分くらいだろうか。兵器の実験場としては狭い。
周囲を囲う、仄暗く白い奇妙に歪み捩れたコンクリート壁が、何か酷く心をかき乱す。
即席で作られた為に歪みが生じたと説明されたが、あれは文字や文様に見えて、まるでそう作られたかの様だった。
その中央には、金色の装甲を持つMAが座している。さながら骸の様に。しかし、そこに確かで強烈な違和感と存在感を放って。
技術者が得意げに言っていた。あれが、連合の新たな兵器の一つであり、MSにも勝てる、戦局を打開する兵器だと。
ああ、偶像を拝む愚かな者達はいつもそう言う。神は一つなのに。だが……あれは…………
そうだ……あれを見たから自分は。
……それは笑っていた。笑っていたのだ。
戦局を打開する? あれが? 違う。あれであって良い筈がない。あれは“神”ではない。“神”であってはならない。
あれは……あれは…………
体の震えが止まらない。冷たい汗がじわりと肌を湿らせる。
そうだ、あれは笑っていた。“神”を求める私を。
敗北の理由を求め。失われた私の愛した人々を取り戻す術を求め。求めるがあまり、ただの兵器に神を見た私を――
だから――だから……?
記憶の中、視界が急に下に落ちる。膝の力が消え、姿勢を崩したのだ。跪き伏し拝む様に。
あの時は、こうはならなかった。ならばこれは追憶ではないのか? ただの夢や妄想なのか。それとも――?
跪くハルバートンの頭上で何かを噛み砕く音が聞こえた。
「閣下!」
突然くずおれたハルバートンに、その体を支えようとしながらホフマンが叫ぶ。
艦橋に満ちる煙。響き渡る警告音と、艦内を赤く照らす警報ランプ。艦橋要員達は退避を始めている様で、ホフマンの他に数名が残るのみだ。
「本艦は沈みます! 閣下も退避を……」
「何故だ?」
ハルバートンは呟く。呆然としながら。
何故か彼の頭は霧が晴れた様に冴え渡っていた。狂気が消えていた。
抱いた疑問に答えるかの如く、頭の中には今までに為した事の全てが克明に蘇る。
勝利の為、犠牲を無くす為、その為に積み上げた敗北と犠牲。ハルバートンを信じた人々の思いと、それらに背を向け狂気の中の偽りの神に全てを託していた自分。
「あ……ああ……わ……わたしは…………なにを……なんてことを……」
それは正気では耐えられない、狂気の記憶の洪水。
自らの為した狂気を、理性ある心で見つめなければならない地獄。
だが、ハルバートンは再び狂う事さえ許されなかった。
そう……“許されなかった”。
「あ……あああああああああああああっ!」
「閣下! お気を確かに! 誰か手伝え! 閣下を運ぶんだ!」
叫び出すハルバートンに、ホフマンと艦橋要員達が群がる。
彼等の背後、未だ戦いの光芒煌めく宇宙を映すモニター。
艦橋に満ちる煙の加減か、ハルバートンに宇宙は白く染まって見えた。
ヘリオポリス沖会戦の中盤に行われたメネラオスとハーシェルの戦い。この戦いをZAFTは“ありふれたZAFT「の勝利”として片付け、後に語る事は少なかった。
メネラオスの艦特攻に対して、ハーシェルと麾下のMS部隊が迎撃に成功する。たったそれだけの事であり、それ以上の内容を持たないからだ。
それでも、連合側は“奪われたMSを追った知将ハルバートン最後の勇猛果敢な戦い”と虚飾を施して戦史には残した。そこに、ハルバートンの狂気について書かれてはいない。
ただ一つ、デュエイン・ハルバートンの死だけは、両軍共に確かなものとして記録に残した。
「ぐぅれぃとぉ!!」
ディアッカ・エルスマンのシグーが持つM68キャットゥス500mm無反動砲が、船体の各所の破口から白煙や雑多な破片を吐き出すメネラオスの艦橋に直撃を浴びせた。
これにより、か細く続いていたメネラオスの抵抗の対空砲火も途絶える。
ディアッカは続けて、残弾処理とばかりにアガメムノン級の急所とされる場所に無反動砲を叩き込んだ。狙われた弾薬庫や推進剤タンクなどが一気に爆発し、メネラオスは連鎖的に起こる爆発の中で砕けていく。
「大金星だぜ! 譲ってくれてありがとうな!」
ディアッカが喝采上げる。
それに答えて、通信機からイザーク・ジュールの呆れ声が届いた。
『お前以外は対艦兵装で出なかっただけだ。モビルアーマーの撃墜数なら、お前が最下位だろうが』
「ま、そう言うなよ。と……少し生き残った様だな」
イザークに答えながらディアッカは、轟沈したメネラオスから離れていく脱出艇を見つける。乗っていた連合兵が逃げ出したのだろう。
『逃げ出した腰抜け兵か』
イザークも同じものを見つけたのか、興味もなさげにそれだけ言った。
「撃たないのか? ちょっとだけ得点になるかもしれないぜ?」
『何か邪魔されたわけでもないからな。それに、そんな所で点を稼いでも無様なだけだ』
別に……逃亡兵だからと殺すわけではないのだ。虫の居所が悪ければ違っていたかもしれないが。
『モビルアーマー部隊の方も戦闘は止めたようです。生き残りは撤退して行きますよ』
ディアッカとイザークに、ニコル・アマルフィが告げる。
どうやら、この場での戦いは終了したらしい。
MA部隊は、メネラオスの脱出艇を中心に結集しながら戦場を離れていく。
後は燃料が尽きるまで逃げて、そして漂流が待っている。母艦を失った搭載機の運命であり、MS乗りもそれは変わらない。
今更、少々の撃墜数稼ぎの為に、彼等を追い回す理由は無かった。
「ニコル。点は稼いだか?」
誰もが結構な数の敵を落とした事くらいはわかっている。冷やかし混じりのディアッカの問いに、ニコルは苦笑めいて答えた。
『ええ、まあ。ラスティのおかげですね』
そう言われて皆、“彼女”を思い出す。同期の中でとびきりの変人だった少女を。
『ああ……あいつほど強いモビルアーマー乗りは居ないからな』
嫌な記憶もついでに思い出したイザークの声は苦い。
「イザークは、こてんぱんにのされたからな」
『お前も! いや、全員そうだろうが!』
笑うディアッカに、想定通りにイザークの怒声が返る。
訓練生時代、シミュレーション訓練でパッとしない成績のラスティがMAのデータを使った時の鬼の様な強さに、シミュレーション訓練に参加した訓練生全員が敗北した。
シミュレーターのMAには通じた、MSとMAの機体特性の違いと性能差に物を言わせる戦法が、全く通じなかったのが敗因である。
その戦いは一度だけで、ラスティは教官全員を騒然とさせた挙げ句に、お叱りを受けてシミュレーションでのMAの使用を禁じられた。
要するに「MSがMAに負けるのは拙い」という理由で。
ラスティ本人のやたらに喧嘩を売る性格の事もあり、その後、訓練生は誰もラスティに関わろうとしなくなった。
しかし、負けず嫌いのイザークに付き合わされて、ディアッカやニコル、アスラン・ザラは、自習時間に教官には内緒でシミュレーション訓練をラスティとやったのだ。
無論、彼等が対MA戦闘で好成績を収めて卒業したのは言うまでもない。
逆に、ラスティも彼等から色々と教わり、彼等と同じく赤服として卒業した。
『ラスティですか……元気でやってるでしょうか』
「あいつが元気じゃない所なんて、逆に見てみたいけどな」
ニコルが少し懐かしそうに、ディアッカが混ぜっ返す様に言う。そして、後に続けてイザークが少し懐かしげに言った。
『はた迷惑な女だったからな。どうしてあんなに攻撃的なんだ』
「あのなイザーク。お前もたいして違わないぞ?」
『なにを!?』
ディアッカが言うと、案の定、イザークの猛抗議が始まる。
それを聞き流しつつディアッカはニコルに話を振った。
「ところで、アスランの奴は?」
『え? あの……』
ニコルは困った様子で言い淀んでから、一言に感情を込めずに答える。
『“恋人”に連絡中です』
「ああ……」
何も言う事はなく、ディアッカもまた黙り込んだ。通信機からは、変わらずイザークの抗議の声が続いていた。
仲間とは僅かに離れたシグーの中、アスラン・ザラは通信機を使い、輸送艦の艦橋にいるのだろうキラ・ヤマトと直接話をしている。
無論、本来ならキラがそこにいるはずがない。これも、輸送艦の艦長から赤服エリートへのサービスだろう。
そして、二人の話の内容というのが……
『どうして戦ったの? そんな事はアスランには……』
通信機の向こうからは非難の声。
これは仕方がない。アスランはキラと約束したのだ。昔の優しかったアスランに戻ると。無論、その優しかったアスランは、戦場で戦ったりはしないのだ。
これは親密な仲を結ぶ契約というわけではなく、アスランに復讐は似合わないとキラに説得されたことで、アスラン自らが決めた事。
考えてみれば、連合の攻撃で死んだ母も優しい人だった。キラと同じ事を言ったかもしれない。
父のパトリック・ザラに逆らう事になるのかもしれないが、軍で戦果は上げており、もう十分に箔は付けた筈だ。父を助けるすべは、軍以外にも有ると思いたい。
だが、それもこれも後での事。今すぐに約束を履行できるという訳ではなかった。
「だから、軍を辞めるまでは俺は兵士なんだ。義務を果たさなければならない」
『でも……』
「わかってくれ。今のこの任務だけ……これを終わらせる時までなんだ」
何だか恋人に「仕事も大事なのだ」と言い訳する男みたいな事を言い、それから本気の思いで台詞を続ける。
「それに……キラ、お前を守りたかった」
『アスラン……』
何というか、背景に花が咲き乱れそうな会話が繰り広げられていた。
文字に起こして見せたなら、恋人同士の会話だと皆が思うことだろう。文字には、声と外見と性別は、書かれていなければ関係ないのだから。
これが今この場所だけでという事ではなく、一緒にいる時はだいたいこんな感じなのだから、周囲の目がどうなるかもわかろうというものである。本人達以外は。
『わかったよ。無事で帰ってきてよね』
説得だか、愛の言葉だかが効果を現してか、キラの態度は軟化した。それに安堵しつつ、アスランは緊張の解けた様子で言う。
「ああ、もう戦いは終わった。すぐに帰るさ」
戦いは終わった……アスランは。いや、他の誰もがそう考えていた。
しかし、それは違う。
今ここに……とある強大な兵器が投入されようとしていた。
「ハルバートンめ、無様な死に様を見せたな」
戦域を遠く離れたアガメムノン級宇宙母艦の艦橋。
モニターに映し出されるメネラオスの残骸を眺めながら、ジェラード・ガルシア少将は嘲る様な哀れむ様な複雑な表情でそう呟いた。
「閣下?」
「ああ、いや」
怪訝げな参謀に、ガルシアは何でもないと手を振って見せる。
「さて、観戦は終いだ。我等の戦いの時は来たぞ」
ガルシアの率いる艦隊は、第8艦隊が滅び行く様を見守っていた。もし加勢すれば、第8艦隊の目的は果たせたかもしれない。
だが、それは有り得ないのだ。ガルシアが受けた命令には、それを成せとは書いていなかったのだから。
「一戦して少々くたびれた敵が相手なのが不満だが、どうやら新型機のエース部隊だ。せいぜい頑張って抵抗してくれるのではないかな」
皮肉混じりに言ったガルシアの言葉に、周囲の者達がドッと笑う。
敵への侮りとも見られるが、今はこれを良い自信だとガルシアは解釈した。ここにあるのが旧式のMAだけだとしたら、追従だとしてもこの様に笑う事は出来まい。
「第一の目標は敵戦艦及び護衛のモビルスーツとする」
告げたガルシアに参謀が問う。
「輸送艦はいかがしましょう?」
なるほど、側に無力に浮かぶだけの輸送艦は、すぐにでもかぶりつきたい獲物に見える。
「後回しだ。護衛を滅ぼした後に、どうとでも料理できる」
ガルシアは、すぐに輸送艦に手を出す事はしなくて良いと判断した。
MAは敵艦と敵MSにぶつける事が決まっているのだ。輸送艦を襲うなら、この艦隊が行かなければならない。
戦場に突っ込んで行くのは、ハルバートンの末路を見た後では躊躇させられた。
臆病風に吹かれたと言っても良いが、それを隠して言った台詞は参謀達を納得させるのに十分だったらしい。疑問を持たれる事もなく、すんなり納得される。
何も問題はない。順調だ。
後は告げるだけで良い。ユーラシアが誇る新型MAの出撃を。
「アッザムを発進させろ。ユーラシアのモビルアーマーの力、見せつけてやると良い!」
満を持したとガルシアは声を張り上げた。直後、モニターに、母艦から切り離される大型MAの姿が映し出される。
CAT03-X1/2 ADZAM。
紫玉葱の様な涙滴状の機体に、4脚の接地用ダンパーが生えた姿は奇妙に生物的である。
武装として機体の側面に上下2列4基ずつで計8基搭載されたビーム砲は、このMAの大火力ぶりを如実に表していた。
大西洋連邦の、火力、格闘戦能力、高機動性の融合を求めた大型MAとは設計思想から違う。大火力で敵多数を葬り去る、それがユーラシアの目指す次世代のMA。アッザムはその系譜に連なる第1の機体だ。
「おお……」
その出撃を見守るガルシアは、思わず感嘆の声を漏らす。
ああ、これだ。これこそが次世代の兵器だ。ハルバートンよ見ているか?
ガルシアは心中、散ったハルバートンに呼びかける。
お前は間違った。MSなど、お前が全てを賭す程の価値のある物ではなかったのだ。
良いか、見ていろ。必ず……必ず、連合はZAFTに勝利する。
その立役者となるのは、お前が作ったMSでも、大西洋連邦のMAでもない。このユーラシアが作り出したMAがそれを成すのだ!
「行けアッザム! 全てを焼き払え!」
思わず、声が出ていた。ガルシアはそれに気付かない。
今はただ、ゆっくりと回転しながら敵に向かって進んでいくアッザムの姿を見送るのみだった。
機動戦士ザクレロSEED‥‥以上。
次回より機動戦士ザクレロSEEDは、機動戦士アッザムSEED X ASTRAYになりません。
ハルバートン。狂気のままに走り、無為に散る。
そして、フラグ立てに忙しい赤服達と、ガルシア少将オススメの大型MAついに出陣。
ザクレロSEEDは、web小説投稿サイト ハーメルンにも投稿しています。
ttp://novel.syosetu.org/14539/
乙です。
ハルバートン、最期に正気を取り戻してしまったのが哀れというか自業自得というか。
にしてもアッザムってまーたえげつないMAですねぇ(震え声)
乙でおます
やっぱザクレロの形状は冒涜的な何かが……
そしてスライムまんことアッザム出たけどこれは狂気かお笑いかどっちだ?w
乙です。
「痴将お春さん、MS真理教盲信の果てに全部下巻き添えに我が身も滅ぼすノ巻」
というのはそもそもTV版含めて濃淡マジネタの差はあれ散見されるシチュですが、
今回のミソはやはりキラアスの会話でしょうなァ。
輸送艦の艦橋クルーの気持ちとか来たるアッザム戦の行方いかんとか
次回が一段とゾクゾクと楽しみでござりまする。
もしも…超有力者の身元引受人にして最愛の()凸がアッザムと交戦して
撃墜ガチ戦死というハメになった場合キラの立場ってどうなるんだ?
撤退戦。それが兵隊にとって一番にキツイ。
ミゲル・アイマンのジン・アサルトシュラウドと、オロール・クーデンブルグのジン・ハイマニューバは母艦ガモフの前に並び、重機銃をばらまく。
メビウスの編隊が我が物顔に飛ぶ宙域に一本の道を造る。ただその為に。
『寄り道しようとすんなよ屑が!』
オロールの苛立った怒声が、ミゲル機のコックピットの通信機に届いた。
撤退は速やかにしなければならない。なのに、ジン2機は付近を飛び交うMA相手に欲目を出し、あわよくば撃墜と思ってか銃撃などしつつチンタラ帰ってくる。
『放っておいて帰ろうぜ』
「出来ない事くらいわかってるだろ。黙って敵を撃てよ!」
苛立っているのはミゲルも同じだった。
同じ気持ちを抱く者同士、オロールと仲良くしても良いものだが、延々とオロールの苛立った声を聞いていればそれに対して腹も立ってくる。
「横からグチグチと言われたら、ついうっかり“誤射”しちまうだろが!」
『あー……悪い。黙って仕事するよ』
その台詞に、ミゲルもすっかり苛ついている事に気付いて、オロールも無駄口を止めた。
苛つかないわけがないのだ。
あの連中の汚い手で味方が傷つき、そこから戦況は崩れた。
一度ならず対立した相手だったが、実は良い奴だったかもしれないパイロットも死んだ。
味方艦のツィーグラーが被弾している。致命傷かもだ。
その大事な時に、ツィーグラーのMS隊までもがガモフの撤退を支援してくれている。その前で連中は無様にも小物を追いかけて命令を忘れてくれるのだ。
「いい加減にしろ!」
ミゲルは、腹立ち紛れに115mmレールガンをジン2機の間際に撃ち込む。
敵機を追い回すのに夢中になっていた連中は、撃たれた事で驚いたのだろう、ミゲル達が居るガモフ側に目を戻した。
そして、ガモフを見た事で帰還命令を思い出したのか、連中はそれでやっと帰還行を再開する。それでも時折、チラチラとジンのモノアイを動かし、敵機に対する未練を見せていた。
だが、今は帰還中の筈だ。命令も出ている。なのに何故、そこまで敵に執着する?
「何だって、ああも敵機を気にするんだ」
『……思い当たる事はあるぜ?』
ミゲルの疑問の独り言に、通信機越しに聞いていたのだろうオロールが言った。
「どういう事だ?」
問い返したミゲルに、オロールは苦笑めいた響きで返す。
『胸糞の悪くなる話さ。思わず“誤射”しちまうかもしれないから後で話そうぜ。
俺の考え通りなら、あいつらは手柄一つ立てずに帰りたくはない筈だ。
もし、足を止める様なら、さっきの「帰ってこないなら誤射るぞ」ってメッセージを遠慮無くやってやれよ』
「そういうつもりでもなかったんだがな。まあわかった。帰ってくるまでケツを蹴り続ければ良いんだろう?」
言ってミゲルは、見本を見せるかの様に、再び足を止めそうになっていたジンの側に115mmレールガンを撃ち込む。
それを繰り返される事で、ジン2機は誘導されてガモフに帰還した。
ミゲルとオロールは、それを確認した後にガモフへと帰る。
帰り際、ツィーグラーのMS隊が手を振って別れの挨拶をした事に気付き、ミゲルは自機の手を振り返させた。
互いの武運を祈って。その時はまだ、その後の事はわからないが故に。
ミゲルとオロールが着艦し、MS格納庫で各自の乗機から降りたその時、兵士に拘束されて連行されていくジンのパイロット達を見た。
何やら暴れながら騒いでいたが、どうせ聞く価値も無い事だろう。
ミゲルとオロールはキャットウォークの手摺りを伝って移動し、合流すると、申し合わせていた様に一緒に移動を始めた。
そして、格納庫を出る辺りで、オロールが独り言の様に言う。
「順当なら、ZAFTから懲戒解雇で、プラントで刑事裁判って所かね。謀殺の罪は……何年だ?」
「どうかな。そもそも連中が罪になるかどうか」
ミゲルは答えて溜息をつく。それに対し、オロールはそれを読んでいたかの様に言った。
「お前もそう思うか?」
「ああ。刑事告訴されて殺人未遂で裁かれる。そこまではいくだろうさ。だが、裁判でそのまま刑が決まるとは限らない。
ラスティが連合のモビルアーマーに乗っていたってのが心証最悪だ。そもそもあの性格じゃ、心証もなにもないかもしれないがな。
何にせよ、『敵兵器に乗っていなければ“事故”は無かった』って、むしろラスティに問題があったみたいに裁定されてもおかしくない」
ZAFTの戦果と宣伝のおかげで、プラントではモビルスーツが大人気だ。それなのにラスティは連合のMAを使った。
裁かれるパイロット共が「誤射の責任は連合MAに乗ったラスティにある」と主張するのは必須。となれば、パイロット共に同情が集まる展開が見えてくる。
そこでラスティがあの難儀な性格を爆発させれば、ラスティが悪役になる展開にリーチだ。
「ま、ラスティのご両親が裁判にどれだけ金を注ぎ込むかにもよるんだろうけどな。お偉いさんなんだろう? 確か?」
最後に軽口で紛らせたミゲルだったが、オロールはそれに同調せずに興味深げに頷いて、顎に手を添えて考え込む仕草を見せる。
「なるほどなー。お前はそう考えるか。俺が考えてた理由とは違うな」
「そう言えば、胸糞の悪くなる話とか言ってたな?」
撤退戦の最中に、オロールが言っていた事だ。
「もしあいつらが戦功を上げれば、罪は不問になる可能性がある。そう言ったら、どう思う?」
「はぁ? 人殺しだぞ?」
驚きすぎて変な声を漏らしたミゲルに、オロールは皮肉げに言った。
「ZAFTの体質。戦果を上げる奴には甘い。だろ?」
「……ああ」
思い当たる所もなくはなくて、ミゲルは頷かざるを得なかった。
ZAFTは個人主義英雄志向が横行する軍隊だ。
利敵行為そのまんまの事をしでかしていても、場合によっては罪を裁かないような、そんな危うさがZAFTにはある。
殺人や利敵行為の様な大罪はともかく、些細な事なら許されてしまう。考えてみれば、ラスティの連合MAへの搭乗も、そういったお目こぼしではなかったか。
「でもなー。俺は、そんな特典がついた事はないぞ」
エースなのに。一応、ミゲルは愚痴ってみる。
「真面目に働く奴が馬鹿を見るってのは、神って奴が書いた、この世界の運転マニュアルの一章に書いてあるそうだぜ?」
茶化す様に返してから、オロールは不愉快そうに表情を変えた。
「それはともかく、糞みてぇな話だろ?
あいつらはあの最悪な行動を起こす時に考えた訳だ。『手柄を立てればこっちのもの』ってな。さぞかし手柄を立てる自信もあったんだろうよ。
だが、お生憎様。あの戦いじゃ、どう見ても無様を晒しただけだった」
「罪を全部無かった事にするつもりが、あのあからさまな態度か。あてが外れて、ざまあみろと……待てよ? まだ終わっていないのか」
ざまあみろと笑いながら言いかけてミゲルは、ある事に気付いて顔をしかめる。
「どういう事だ?」
「いや、この艦は作戦展開中だ。だから、あいつらを営倉入りさせて、戦闘中にモビルスーツを2機も遊ばせておく余裕はない。あいつらの出撃は、この後も十分に有り得る」
オロールに聞かれたままに言葉を並べ、ミゲルは苛立ちに通路の壁に拳を打ち付けた。
「くそっ! ……連中は、手柄を立てなけりゃあ刑務所行きの目もある。少なくとも、そう思ってるってわけだろう?
窮地に立った連中は、次の出撃が有れば、手柄の為に何でもするぞ。それだけじゃない」
「そうだな。
あいつらはもう、味方の足を引っ張る事に何の躊躇もない。何でもするだろうな。
それで何ともならないなら、自棄になって、ラスティにダブルチャンスはもちろん、俺等までついでに始末しようなんて考えるかもしれないって所か?」
オロールは頷き、そして剣呑な光を目に宿す。
「“修正”でもしておくか?」
“修正”、鉄拳制裁の事である。
階級的上下の無いZAFTではそういった上官からの制裁というのはない。建前上は。
しかし、先任であるミゲルならば、その程度の事をやっても問題にはならない。
だが、ミゲルは面倒臭そうに首を横に振った。
「そんなの、殴って直る見込みがある奴にする事だろ。
殴ってどうなる? 俺達がちょっと気分良くなって、それで? 連中は反省するどころか、こっちを恨むだけだ」
ミゲルのそんな反応はわかっていたようで、オロールは怯む事無く悪い笑みを浮かべて返す。
「いや、二度と出撃できないくらいにやっちまおう。あんな連中、居ない方がよっぽど戦いやすいぜ?」
出撃できないよう手足をへし折ってしまえば、連中は医務室のベッドに拘束されたまま裁判所へ直行というわけだ。
連中は厄介者だ。それをゼルマン艦長も理解してくれるだろう。排除する事は誰もの利に適う。咎められる事はあるまい。
オロールは通路の分岐で止まった。
一方の分岐を進めば、あの後ろ弾野郎共が叩き込まれただろう営倉へと至る。さあどうすると言わんばかりに。
「提案が魅力的すぎるな」
ミゲルは分岐の一方を選んで進んだ。
連中の居ない方向へと。
「だろうな」
オロールも軽く肩をすくめてそれに従う。
そんな素敵な選択が出来るなら、ミゲルはもっと楽に人生を歩んでる事だろう。
そんなミゲルが向かう先は医務室だった。オロールのした素敵な提案を呑めるなら、そんな所には行くまい。
ミゲルは実に苦労性な男だが、オロールは彼についていくのは嫌いではなかった。
螺旋を描くように奇妙に拗くれた砂時計の底。
やけに白く強い光が降り注ぎ、全てを白く染め上げ、陰影は黒々と焼き付き、全ては白と黒の強弱のみで表される。
足下は石畳の街路。周囲には、形こそ普通の市街を模してあるものの明らかに異質な石造りの建物。それらの表面には何か文字の様な絵の様な模様が刻み込まれ、逃げ出したくなる不安と、跪きたくなる荘厳さを感じさせた。
「怖がっていると食べられてしまいますよ?」
受話器の向こうの誰かにそう告げる。告げなければならないと感じるままに。
街路の片隅の建物。ガラスの入っていない窓縁に置かれた小さな電話機。プラントの自宅にあった物と同じ、薄桃色の柔らかに丸みを帯びた電話機が、世界との違和感を感じさせる。
『……ェtcyvbンmp!ia!ゥキユtdyrgs!……』
返事は返るが言葉の意味は何もわからず、ただ不快で、呪詛の声にも聞こえ、耐え難くて受話器を置いた。
振り返れば街路を、下顎だけを残してそこから上を失った男が歩いていく。
哀れなぐらいに取り乱して、苦悩して、悲しんで。存在しない頭を、胸を掻きむしり。転がる様に地に伏して、拳を石畳に打ち付け。
彼に瞳があったならばそこから涙を流した事だろう。口があったなら悲哀の叫びを発した事だろう。しかし今は、下顎に残った舌をへろへろと音無く蠢かし、首の上にかろうじて残る頭の残滓から止め処なく血を溢れさせるのみ。
彼はゆっくりと歩いていく。その場でただ悲しみに狂う事すら許されぬのか、見えざる力に引きずられるように、少しずつ、少しずつ。
向かうは砂時計の中心。天へ向かう一本のシャフト。見上げればその先は白い――
「おはよう」
自分にかけられる声。気付けばミゲルとオロールの二人が覗き込んでいた。
医務室のベッドの上。体をベッドに固定するベルトが肉の薄いお腹に食い込んで痛む。
ああ、自分は撃墜されたのだった……そう思い出した所で、ラスティ・マッケンジーの意識は一気に覚醒した。
「夢を見てたわ」
「のんきな奴だな!」
ラスティの第一声に、オロールが非難めいた声を上げる。それを聞き流し、ラスティは自分の中から急速に失われていく夢の記憶を止めようと口に出した。
「んーと、螺旋に捻れたコロニーで……白くて……
……電話かけてた……?」
が、ダメだ。夢の記憶は、目覚めと共に消えていく。今はもう既に何も思い出せない。
それでも何か欠片でも思い出そうと首を傾げるラスティに、ミゲルが小さく溜息をつきながら問う。
「いや、お前の夢の話なんかどうでもいいよ。それより、体は大丈夫か?」
少しは心配して来たと言うのに、本人は寝て見た夢の話と来ては、溜息も出るという物だ。
「え? 体? ああ、体ね。体は大丈夫」
問われたラスティは、自分の体をペタペタと触ってチェックし、一通りやった後で頷く。
ミゲルとオロールの間にも、安堵の空気が流れた。
そこでオロールが笑顔で言い放つ。
「良かった。胸が抉れただけですんだか」
体にかかるシーツを僅かにも盛り上げていない胸部を腕で隠し、ラスティもまた笑顔で……顔は笑っていたが、怒りを隠しすらせずに返す。
「貴方を叩きのめすくらいの元気はあるわ。というか、モリモリ湧いてきた」
言いながら身体に巻かれたベルトを外すラスティ。そんな彼女にミゲルもまた言った。
「最初から無い物の事で喧嘩するなよ」
「あんたも殴るわ」
ギッとミゲルを睨み付けるラスティ。僅かな間、彼女はそうしていたが、ややあって顔を伏せると小さく溜息をつく。
「はぁ……」
それから顔を上げて、真剣な面持ちで聞いた。
「生きてるのね?」
「生きてるな」
「ああ、生きてる」
何言ってるんだとミゲルとオロールは答える。当たり前じゃないかと。
それを聞いてラスティは、口端を笑みの形に歪めた。
「そっかあ。あ……あはは……はは……」
乾いた笑いを一つ。そして、ラスティはミゲルとオロールを手招く。
「ちょっと来なさい」
「あ? いや、胸の事をからかったのがそんなに気に障ったなら謝る」
「いいから来なさい。二人とも」
復讐を危惧したか誠意の感じられない謝罪をするオロールに、ラスティは構わず来いとだけ命ずる。
何なのかとミゲルとオロールは互いに顔を見合わせ、それからラスティの側へと寄った。
と、ふわりと腕が回され、二人の体を束ねるようにラスティが抱きつく。細身ながら柔らかな腕の中、少しだけ汗の匂いが香り、男の性か心臓がドキリと跳ねる。
「何……を?」
とっさに逃げようとして、ミゲルはそれに気付いた。
ラスティの華奢な体。それが小さく震えている事に。
それが、ふりほどく事を躊躇させて、ミゲルはしばらく動かずにラスティのしたい様に任せた。
オロールもまた同じ判断を下したのだろう。何が何やらと戸惑った様子を見せているが、ラスティの好きにさせている。
と、震えがやや治まってきたなと感じた辺りで、ラスティは二人に抱きついたまま声を上げた。
「恐かった! あの戦いで死んでも後悔無い良い戦いだったけど、死ぬのは恐かったよ!」
ラスティの感情の吐露。
恐い恐いと言っておきながら、それは恐怖からの叫びではなく、むしろ喜びの発露だった。
身を震わせる程の恐怖を、その虎口より逃れた喜びでもって洗い流そうとするかの様に、ラスティは叫び続ける。
「最後があんな凄いパイロットとの一騎打ちだったなんて、夢みたいな浪漫だったわ! でも、やっぱり死ぬのって恐い。あー、もう、凄く恐かったー! 恐かったのよー!」
「よかったなー。生きて帰れて」
よしよしと、小さい子にする様にオロールがラスティの頭を撫でる。普段なら、そんな事をしたら怒りそうなものなのだが、ラスティはそれを受け入れて答えた。
「うん、良かった! 恐いって思うのも、生きて帰れたからなのよねー! 良い戦いは出来たし、生きて帰れたし、私は幸せだわー! 運が良い!
対装甲リニアガンなら、一発で粉微塵でもおかしくないし……
ねぇねぇ、後ろに居た機、凄かったよ。引き離せなかった……引き付けて、どうにか反撃を決めようと狙ってたんだけど。アレにやられちゃったなら、仕方ないかなぁ。
でもね。すっごい、楽しかったのよ?」
「馬鹿だろお前」
素でミゲルはそう確信する。うん、こいつはやっぱり馬鹿だ。
ミゲルがしみじみそう思っていると、ラスティはようやく二人を開放して、楽しそうに抗議の声を上げる。
「馬鹿って言うなぁ!
……真剣勝負だったのよ? 私を落とした機も、私が落とした機も、一所懸命に戦ったんだから。全部出して、それで負けたなら仕方ないじゃない?」
「あ、いや……」
ラスティは本当に楽しそうだった。
だから、「お前を撃ったのは味方だ」と言いかけてミゲルは口を閉ざす。
どうやらラスティは、味方に撃たれたとは気付いていないらしい。
戦争にスポーツマンシップみたいなものを持ち込む事は何か理解しがたいし、危ぶむ気もあるが……とにかく、真剣勝負だった事にこだわっているラスティに、味方に背後から撃たれたと教えるのは、酷な様な気がしたのだ。
「そうだなー。名勝負だったぜ。見てなかったけどよ」
「目が節穴なの?」
茶化す様に言ったオロールに、ラスティは憮然とした様子で言い返した。
その間。
……どうする?
オロールが、営倉がある方向をそれとなく指差しつつ、そんな事を言いたげな目でミゲルを見る。
……ダメだろう。
ミゲルは首を横に振った。
今の状態のラスティに事の真相を伝えれば、ラスティは怒るか、悲しむか、何にせよ動揺はする。作戦行動中の今、それで戦力低下するのは拙い。
真剣勝負を邪魔したMSパイロット共を恨むくらいなら良いが、性格的に考えて物理的に潰しに走る可能性も無視出来ない。
後々真相に触れる事になるだろうが、作戦が終わった後なら時間をかけてフォローも出来る。そう考えて、ミゲルは後ろ撃ちの事については伏せる事にした。後で、ゼルマン艦長にもそれを伝えておかなければならない。
色々と面倒臭いなと思った所で、ラスティが自分に活を入れるべく声を上げたのを聞いた。
「よし! 怪我が治ったら、メビウス・ゼロ直す!」
「あ? お前、無傷だってよ」
「え? 撃墜されたのに!?」
活入れと同時に決意表明した所でオロールに横から言われ、ラスティは驚きの声を上げる。
まあ、幸運な事ではあったと思われるが、コックピットに被弾はなかったのだ、パイロットの無傷も有り得ない事ではない。それにどれほどの幸運が必要かは知らないが。
「やられた時は、結構、痛かったんだけどなー」
納得がいかない様子でラスティは首を傾げる。が、無傷だったのは事実。納得するより他ない。思い直して、今度はガッツポーズ付きで再び決意表明する。
「ま、幸運だったって事よね。じゃあ早速、メビウス・ゼロ直すわ!」
「直すのは良いが、直るのか? あれ。……後ろの半分が、砕けてたぞ」
最後に見たラスティ機の惨状。それを思い出しながらミゲルは聞く。と、ラスティは得意げに答えた。
「修理用の部品は、もう一機組めるくらい有るから、直るわよ。でも、一人で修理だから時間かかっちゃうわね」
「ん? 一人? メカニックは……ああ、そういう事か」
ラスティの言葉に疑問を覚えたオロールが聞きかけるが、途中で何やら思い至った様子で辞めた。そして、可哀想な子を見る目でラスティを見る。
「な、何よ」
「いや、『MSなんて玩具を整備してるなんて頭がおかしい』とか言ったんだろ?」
「言ってないわよ! 『パイロットはメカニックを神と思え』。基本でしょ? ただ、私のMAだから、全部私がやってただけで……」
オロールの勝手な想像に怒声を上げ、それから少しトーンを落としてラスティは言う。
ミゲルは、そっちでも納得だと頷いて口を開いた。
「修理も整備も一人で喜々として弄ってたんで、メカニックとは交流しなかったって事か」
「……そうよ。悪い?」
事実を当てられた事が悔しかったか、少しふてた様にラスティは返す。
だがまあ、あの、いかれたザクレロ塗装を見れば、ラスティが大はしゃぎで弄り回していただろう事が良くわかる。
それに、妙な所で硬派なラスティだから、自分の剣を自分で研ぐ様に、自分の手だけで丹念にメビウス・ゼロを整備していてもおかしくない。
メカニックを信用しないとかではなく、自分でやりたいのだ。その辺りの心境は、共感は出来ずとも、有り得るものとして理解出来た。
イメージの中のラスティが、魔女か妖怪みたいな笑い声を上げながら薄暗い部屋の中でメビウス・ゼロの周りを奇妙な呪文と奇怪な踊り付きで飛び跳ねていようともだ。
それはともかくとして。
「悪くはないさ。でも、それじゃ困る。次の戦いに間に合わないかもしれないんだろ?」
「それはそうだけど……仕方ないじゃない。
機体を見ないとわからないけど、聞いた感じじゃエンジンやスラスターは全損に近いんでしょ? 私一人じゃ、どうしたって何日もかかるわよ」
作戦参加出来ない事にはラスティも思う事はあるのだろう。言い辛そうにミゲルに返すラスティに、ミゲルは苦笑しながら言う。
「よし、今から行くぞ。病院着を着替えたら出てこい。急げよ」
「え? ちょっと、行くって……?」
ミゲルが言った事の意味を飲み込めずに戸惑うラスティを置いて、ミゲルはベッドから離れ……る前に、我関せずとばかりに残っていたオロールを捕まえてから医務室の外へと向かう。
「おいおい、これから生着替えのシーンじゃないのか?」
「オロール……」
「冗談だよ。二次元胸を愛でる趣味はないって」
「ちょっと聞こえてるんだから……!!
くだらない事を言いながら医務室を出かかった辺りでラスティの怒声が飛んできたが、直撃を受ける前に廊下に出てドアを閉める。
「で、どうするんだ?」
そして聞いてきたオロールに、ミゲルは少しだけ疲れた様子で答えた。
「頼むしかないだろ。まあ、まだ喧嘩を売っていないなら、可能性があるさ」
支援
「すいません。ラスティのメビウス・ゼロを大至急で修理してください!」
「はぁ?」
格納庫側の整備員待機室。帰ってきたMSの整備の為に、メカニック達が忙しく出入りしている中、ミゲルは整備主任を捕まえるといきなり頭を下げた。
整備主任は面食らった様子だったが、ややあってからミゲルの突然の行動に呆然としているラスティを指差して口を開く。
「メビウス・ゼロって言やぁ、そのお嬢さんの機体か? 随分、派手にやられたみたいだな。
だがよ、直しても使い物になるのか? 目立った傷はないが、お前らのモビルスーツだってメンテナンスしなきゃならん。あの半壊したモビルアーマーの修理を大至急となれば、そっちに手が割けないかもしれねぇ。
そこまで手をかけても、今日みたいにまた落とされたんじゃ、たまったもんじゃねぇやな。そうだろう?」
「…………」
整備主任からの猜疑的な目に、ラスティは何も返さない。
彼女はまだ自分が連合機に落とされたと思っている。正々堂々の勝負だっただけに、その敗北に言葉を弄するのはラスティの気持ちが許さない。
その沈黙を都合良く思いながらミゲルは整備主任に請け負った。
「彼女は大きな戦力です。次の戦闘でも必要です」
「え?」
今度はラスティが驚きの声を発する。
「ちょ、ちょっと、何言ってるの?」
「何って……冷静に戦力を評価したんだよ。お前は強いし頼りになる」
何を、意外だとばかりに戸惑いを見せているのか? ミゲルには良くわからなかったが、どうもラスティにはそう思われてるという事が心底意外だった様だ。
「えー……と。言葉通りにとって良いのよね?」
何か身構えた感じのラスティに、ミゲルは怪訝気な目を向ける。
「当たり前だろう?」
「んー……ん゛ー――っ」
どう反応したらいいのかわからない様子で戸惑うラスティ。
彼女の困り顔など初めて見る。普段、迷惑をかけられてるだけに、何か勝った様で面白い。
当初の話をすっかり忘れてラスティを観察しているミゲルはさておいて、その時、オロールは整備主任と話をしていた。
「まあ、あいつらの青春コメディっぽいやりとりはさておいて、仲間ですから同じ戦場で戦いたいじゃないすか」
「な、仲間とか! あんたも何言ってるのよ!?」
ラスティの困惑は、あっさりとオロールの方にも飛び火する。
それを受けてオロールは、溜息一つついて見せながら言い返した。
「お前ね。あんだけ迷惑かけておいて、今更、何の関係もない他人ですだなんて通じないからな?」
「で……でも、だって!」
何か言いたげで、もどかしそうなラスティの肩を、オロールは宥める様に軽く叩く。
「いやね? お前はさ。自重しない奴で。迷惑の塊で。正直、俺もミゲルも困りもんだと思ったよ。
でもなー。こうして一緒に戦う事になったんだ。そりゃあ何て言うんだ? 仲間以外に言い様があるってのか?
いや、俺としては友達くらいに言っても良いけどな。どうせ、面倒はミゲルが背負うんだし」
「おい」
「あ、恋人ってのは勘弁な。お前には女の色気ってもんが無いから」
「ちょっと」
ミゲルとラスティからツッコミが入るが、オロールは気にせず得意げに親指を立てて見せて続けた。
「まあ、だからな。お前がどう思っていようが、俺とミゲルはお前の事を仲間だと思ってる。ぼっちのお前に、いきなり仲間だ何だと言っても馴染めないかもしれないけどよ」
「ぼっちじゃない! 私にだって……えと…………4人は仲間? が、いたもん」
仲間だったかどうかの自信すらないのか、ラスティの抗議は尻窄みに終わる。まあどうやら、ミゲルやオロールと同じく面倒を背負い込んだ奴が、4人くらいは居たらしい。
でも4人。片手で数えて余る。本当に友達が居ないんだな。あんな性格じゃなぁ……と。
何だかミゲルがしみじみとしてしまっていると、話に関わりを持たない整備主任の声がその場に割り込んだ。
「おいおい、俺は忙しいんだ。あんたらの仲が良いのはわかったから、用件をまとめよう。
そのお嬢さんのモビルアーマーを直せば良いんだな?」
「はい、お願いします!」
「よろしく頼みます!」
言われて、ミゲルとオロールはすぐに頭を下げる。
本来、ここまで平身低頭でいる必要など無いのだが、やはり忙しい所に無理を言っているのだし、何よりラスティがどれだけ敵を作っているかわからないので、ここは一つ慎重に。
「……お、お願いします!」
二人を見て、僅かに逡巡した後ラスティも頭を下げた。
「私のモビルアーマー……今まで触らせない様にしててごめんなさい! 大好きだったし、楽しかったし、独り占めしたかったんです!
でも、あんなに壊れてしまったら、私一人じゃ直すのに時間が必要で、そしたら戦いに間に合わないかもしれなくて……だから、お願いします。直すの、手伝ってください」
ラスティの真剣な声。と、頭を下げたままオロールが感心した様に言う。
「頭を下げるなんて珍しいな」
「私のモビルアーマーなの。だから、私が一番に真剣じゃないといけないの。貴方達に頭を下げさせて、私がふんぞり返っていられるわけないじゃない」
ラスティは反発した様子は見せず、やはり真剣に言葉を返した。
頭を下げたままそんな会話をしているので、その表情は整備主任からは窺えない。
人にものを頼んでる時に雑談を混じらせるのはどうかとも思うが、それを注意する様な場面ではないし、何よりラスティの真剣さを酌んだ。
整備主任は殊更に軽く明るく言ってみせる。
「わかった、わかった。頭を上げてくれ。ぺこぺこする必要なんてないだろう?
元々、そのお嬢さんが貼り付いてて、必要がないそうだから手を出さなかっただけだからな。必要とあらば、腕前の程を見せてやるさ」
プラントでも、作業機械や支援兵器としてのMAはまだ現役である。
それが壊れれば修理するのはメカニックとしての当たり前の仕事であり、MAだからどうという気持ちもない。そこがパイロットとの心意気の違いだ。
ただ、MAの戦力的な価値に疑問はある。戦力にならない物より、戦力として重要な物を先に直すのが道理だからだ。しかしそれも、ミゲルが戦力にお墨付きを出したことで解消されていた。
「ありがとうございます」
「あざーす!」
「ありがとうございました!」
ミゲル、オロール、ラスティが一度頭を上げた後、再び綺麗に一礼する。整備主任はその若者らしい生真面目さを好ましく思う。
「あんたらがお嬢さんを必要と言うなら、こっちは何も言う事は無ぇよ。後は任しておきな。連合のモビルアーマーだろうと、ピカピカに直して見せらぁ」
言い残して整備主任は整備員待機室を去ろうとする。
「あ、私も手伝います!」
その後を追おうとするラスティ。それを、整備主任の怒声が止めた。
「パイロットは休むのも仕事だ! 撃墜されたんだから、なおさら安静にしてな!」
「はい……」
ラスティが消沈した様子を見せるのは、パイロットの心得を説教されたためか、大好きなMAを触れなくなったからか。
「何にせよ良かったな。これでまた乗れるじゃないか」
「え、あ……うん……」
慰める様な事を言うミゲルに、ラスティは生返事を返す。それから、彼女はミゲルとオロールに向き直り、少しだけ顔を赤らめて言った。
「あ、あんた達にも。ありがとう」
「? ああ、たいした事じゃない。気にするなよ」
「いやいや、ここは感謝を受け取っておけよ。機微のわからん奴め」
この程度の事は何とも思っていないミゲルがラスティの感謝を流した所で、オロールが呆れて口にする。
が、ミゲルにその忠告は通じなかった。
「あ? 何の話だよ。それより、ここでする事も終わったんだし次に行くぞ」
言って、ミゲルは次の場所へと向かう為、整備員待機室の外へ出る。その後にオロール、ラスティが続き……
「ああ、すまない。ラスティは来ないでくれ」
ミゲルはラスティだけを止めた。
ラスティは少し驚いてから、眉をひそめて苛立ちを声に纏わせて問う。
「何よ。さっそく仲間外れ?」
「そういう訳じゃないんだが……」
ミゲルは返答に困った。
次に行くのはゼルマン艦長の所だ。ラスティへの後ろ弾の件の対応を話しに行くのだが、ラスティにその話を伏せると決めた以上、彼女を連れて行くわけにはいかない。
では何と言って同行を諦めさせるか? 考えていると、脇からオロールが割り込んだ。
「あ、いや……ついてきても良いんだ。むしろ、ついてきて欲しいくらいだ。ただ、お前にとって少し辛い事になるんじゃないかなと思ってな。
その覚悟があるなら……ついてきてくれるか?」
「おいっ!」
まさか、場合によっては話すつもりなのか? そう考えたミゲルが声を上げかけると、オロールは任せておけとばかりに目配せする。
一方、ラスティはと言うと、オロールの台詞を挑発と取ってか、不適な顔で言い返した。
「良いわよ。仲間なんだもの、何処へでもついていってあげようじゃないの」
それを聞き、オロールは笑顔でラスティの手を握る。
「そうか、ありがとう」
「どういたしまして。で、何処へ行くの?」
ラスティは聞き、そしてオロールが答える。
堂々と、臆する所など欠片もなく、自信に溢れた有様で、はっきりと。
「連れション」
――もちろんラスティはついて来なかった。
「ミゲル・アイマンです。お話があって参りました」「オロール・クーデンブルグです」
『……入れ』
二人は入り口のインカムに名を告げ、返答の後に部屋のドアを開く。そして、中の様子に眉をひそめる。
艦長室の中は闇に満ちていた。
単に灯りをつけていないだけ……そうはわかっているが、どうしてそんな事をしているのかがわからない。
まさか寝ているのか?
と思ったその時、部屋の闇の中で何かが動いたのが微かに見えた。
「ああ、待ってくれ。今、灯りを付ける」
ゼルマンの声の後、部屋の灯りがともる。
部屋の中央、椅子に座した姿勢でゼルマンはそこにいた。
「どうしたんですか艦長。灯りも付けないで」
「ああ、何。たいした事じゃない。ちょっと照明の白い光が目に刺さる様な、不快な気がしてな……疲れてるのかもしれない。だが、問題はない」
ミゲルの問いに、ゼルマンはそう言って光から目をそらし、目頭を押さえる。
暗闇の中からいきなり光の下に出たのだから、眩しさにして当然の動作とも言えたが、その動作は何処か光を恐れている様にも見えた。
艦の便宜上の天井に取り付けられた、白い光を放つ平たく四角い電灯を。
「そんな事より、用件を……いや、言うまでもないな。“誤射”の事だな?」
ゼルマンが表情を改める。それに答えてミゲルは言った。
「はい、“後ろ弾”の事です」
「お前も、そう思うか」
返す台詞と同時にゼルマンが吐き出した溜息は重い。
「ガンカメラやボイスレコーダー、コンピューターに記録されていた戦闘データ。それらが故意の味方殺しだと強く示しているそうだ。詳細に調べれば、確実な証拠も出てきそうではあるがね」
戦闘中の機体で何が行われていたのかは記録されている。それを調べれば、コックピットという密室で何が起きていたのかがわかるのだ。
とは言え、流石に犯人もまるっきりの馬鹿ではない。明確な証拠は残してはいなかった。それでも、そこに殺意があった事を想像するには十分の内容ではあったのだが。
単純に記録を見てそうなのだから、事件捜査を専門とする者に任せれば、より確実な証拠も見つかる事だろう。だが……
「罪に問えますか?」
ミゲルの問いに期待感はなかった。
「……マッケンジー家が裁くだろう」
答えてゼルマンは陰鬱な笑みを見せる。
比喩でも何でもなく“そういう事”だ。裁判も何も必要がない。
プラントの権力者は、その力で何でも出来る。権力者の誰かが、国家予算を私的流用して謎の組織を飼っている、なんて荒唐無稽な噂が、かなりの真実みを持って流れるくらいだ。
「しかし、艦の上ではどうにもならない。この任務が終わりプラントへ帰還するまでは、彼等も戦力と見なさざるを得ないわけだ」
「その事ですが。今回の件、ラスティには秘密にしたいと思います」
味方撃ちの卑怯者を戦闘に引っ張り出さなければならない事は想定の内なので、ミゲルはその対処について進言する。
「ラスティは戦闘を高潔なものと考えています。味方の卑怯な行為でそれが汚されたと知れば、心理的に悪影響があるでしょう」
「で、どうするのかね?」
「知ってる者に箝口令を。赤服の機嫌を損ねる覚悟で御注進に及ぶ奴も居ないでしょうから。
危ないのは、実行犯から直接漏れる事。馬鹿は、得意げに話しかねませんからね。
営倉からコックピットまで直送すれば連中とラスティの接触は防げます。後は通信を制限して、連中とラスティの間に回線が繋がらない様にしてください」
連中が自棄にでもなれば、ラスティに直接何を言うかもわからない。「死ね」くらいならラスティはビクともしなさそうだが、連中の悪行を得々と語られでもしたら事だ。
「その上で、前衛後衛でも、右翼左翼でも良い。戦場を分けます。ラスティと自分とオロール、そして連中の二つに。おそらくは、連中を前衛に。こちらを後衛とする事になります。
連中は自分やオロールも敵視してますから、実際、そうするしかないでしょう」
「背中撃ち共に、後衛を任せる事は出来ない……か。そうなると……」
頷き、そしてゼルマンは思い至る事があったのか僅かに黙る。だが、彼の中で生まれた可能性は彼自身が否定した様で、静かに首を横に振ると言った。
「いや、君達は彼等がプラントに帰って裁かれる事を望むのだったな」
「それはそうですが……」
ゼルマンの言葉に含んだ意味に、返すべき言葉を言い淀むミゲル。そこで、彼に代わってオロールが口を開いた。
「ミゲルと自分の腕なら、誤射はありません。しかし、部隊を二つに分断して戦う以上、危機に救援が間に合わなかった……そういう事も有り得るとお考えください」
つまり、こう言った訳だ。「助けない」と。
助けないという、消極的だが確かな殺意のある行為に、ミゲルも嫌悪を抱かないわけではない。
しかし、連中が窮地に陥っている時こそが最も危険な瞬間の筈だ。連中が自棄を起こすなら、まさにその瞬間の筈だからだ。そこに飛び込んでいくのは、他の全ての対処の意味を失わせるに等しい。
これは仕方のない事だとミゲルは納得した。オロールは言いにくい事を代わりに言ってくれたのだ。ならば、彼一人をその役として舞台に立たせ続ける事は出来ない。
「そうですね。間に合わない事も十分に考えられます」
「……仕方がない事だな。彼等は、そう扱われても仕方のない行為を行ったのだから」
ミゲルも、そしてゼルマンもがその対応を認めた。
少なくともこの場に「疑わしきは罰せず」とか「彼等は罪を犯したが許そう」と言い出す者はいないという事だ。
「了解しました。では、これで失礼させていただきます」
「失礼いたしました」
「ああ、御苦労」
話は終わったとミゲルは退室を決めた。オロールも後に続き、それをゼルマンが了承する。
ミゲルとオロールは敬礼の後にゼルマンの前を離れて艦長室を出る。
そして、ドア脇のコンソールを操作してドアを閉めた。
最後、ドアが閉まるより僅かに早く、艦長室は闇に閉ざされる。闇の中でゼルマンが何をしているのか、ミゲルとオロールに窺い知る事は出来なかった。
>>490 ザラ父がいるので、仮にそうなっても死んだ息子の友人として支援があるから、キラの立場は大丈夫。
その時には多分、心がズタズタになってるので、立場が良くても幸せかは疑問ですが。
>>498 支援ありがとう。連投規制やら、サルさんやらで、投下が遅れて申し訳ない。
506 :
通常の名無しさんの3倍:2013/11/24(日) 20:18:33.57 ID:fcUktX1Z
まぁ、見方殺しが裁かれも懲罰大隊行きもない状態では、前線指揮官として取れる
手はコレに限りますね。
乙
例のやつらには思いっきり無様な最後を迎えて欲しいですね