新人職人がSSを書いてみる 20ページ目

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1通常の名無しさんの3倍
新人職人さん及び投下先に困っている職人さんがSS・ネタを投下するスレです。
好きな内容で、短編・長編問わず投下できます。

分割投下中の割込み、雑談は控えてください。
面白いものには素直にGJ! を。
投下作品には「つまらん」と言わず一行でも良いのでアドバイスや感想レスを付けて下さい。
荒れ防止のため「sage」進行推奨。
SS作者には敬意を忘れずに、煽り荒らしはスルー。
本編および外伝、SS作者の叩きは厳禁。
スレ違いの話はほどほどに。
容量が450KBを越えたのに気付いたら、告知の上スレ立てをお願いします。
本編と外伝、両方のファンが楽しめるより良い作品、スレ作りに取り組みましょう。

前スレ
新人職人がSSを書いてみる 19ページ目
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/shar/1254395607/

前々スレ
新人職人がSSを書いてみる 18ページ目
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/shar/1249545878/


まとめサイト
ガンダムクロスオーバーSS倉庫 Wiki
http://arte.wikiwiki.jp/

旧まとめサイト ポケスペ
ttp://pksp.jp/10sig1co/
2通常の名無しさんの3倍:2009/11/21(土) 21:45:07 ID:???
            ヾヽ'::::::::::::::::::::::::::'',    /  展. あ ま ヽ
             ヾゝ:::::::::::::::::::::::::::::{     |  .開 わ だ  |
             ヽ::r----―‐;:::::|    | じ て    |
             ィ:f_、 、_,..,ヽrリ    .|  ゃ る     |
              L|` "'  ' " ´bノ     |  な よ     |
              ',  、,..   ,イ    ヽ い う    /
             _ト, ‐;:-  / トr-、_   \  な   /
       ,  __. ィイ´ |:|: ヽ-- '.: 〃   `i,r-- 、_  ̄ ̄
      〃/ '" !:!  |:| :、 . .: 〃  i // `   ヽヾ
     / /     |:|  ヾ,、`  ´// ヽ !:!     '、`
      !      |:| // ヾ==' '  i  i' |:|        ',
     |   ...://   l      / __ ,   |:|::..       |
  とニとヾ_-‐'  ∨ i l  '     l |< 天  ヾ,-、_: : : .ヽ
 と二ヽ`  ヽ、_::{:! l l         ! |' 夂__ -'_,ド ヽ、_}-、_:ヽ
3通常の名無しさんの3倍:2009/11/21(土) 21:45:32 ID:???
〜このスレについて〜

■Q1 新人ですが本当に投下して大丈夫ですか?
■A1 ようこそ、お待ちしていました。全く問題ありません。
但しアドバイス、批評、感想のレスが付いた場合、最初は辛目の評価が多いです。

■Q2 △△と種、種死のクロスなんだけど投下してもいい?
■A2 ノンジャンルスレなので大丈夫です。
ただしクロス元を知らない読者が居る事も理解してください。

■Q3 00(ダブルオー)のSSなんだけど投下してもいい?
■A3 新シャアである限りガンダム関連であれば基本的には大丈夫なはずです。(H21,3現在)

■捕捉
エログロ系、801系などについては節度を持った創作をお願いします。
どうしても18禁になる場合はそれ系の板へどうぞ。新シャアではそもそも板違いです。

■Q4 ××スレがあるんだけれど、此処に移転して投下してもいい?
■A4 基本的に職人さんの自由ですが、移転元のスレに筋を通す事をお勧めしておきます。
理由無き移籍は此処に限らず荒れる元です。

■Q5 △△スレが出来たんで、其処に移転して投下してもいい?
■A5 基本的に職人さんの自由ですが、此処と移転先のスレへの挨拶は忘れずに。

■Q6 ○○さんの作品をまとめて読みたい
■A6 まとめサイトへどうぞ。気に入った作品にはレビューを付けると喜ばれます

■Q7 ○○さんのSSは、××スレの範囲なんじゃない?
△△氏はどう見ても新人じゃねぇじゃん。
■A7 事情があって新人スレに投下している場合もあります。

■Q8 ○○さんの作品が気に入らない。
■A8 スルー汁。

■Q9 読者(作者)と雑談したい。意見を聞きたい。
■A9 旧まとめサイトへどうぞ。そちらではチャットもできます。

■捕捉
旧まとめサイトのチャットでもトリップは有効ですが、間違えてトリップが
ばれないように気をつけてください。
4巻頭特集【テンプレート】:2009/11/21(土) 21:48:32 ID:???
〜投稿の時に〜

■Q10 SS出来たんだけど、投下するのにどうしたら良い?
■A10 タイトルを書き、作者の名前と必要ならトリップ、長編であれば第何話であるのか、を書いた上で
投下してください。 分割して投稿する場合は名前欄か本文の最初に1/5、2/5、3/5……等と番号を振ると、
読者としては読みやすいです。

■補足 SS本文以外は必須ではありませんが、タイトル、作者名は位は入れた方が良いです。

■Q11 投稿制限を受けました(字数、改行)
■A11 新シャア板では四十八行、全角二千文字強が限界です。
本文を圧縮、もしくは分割したうえで投稿して下さい。
またレスアンカー(>>1)個数にも制限がありますが、一般的には知らなくとも困らないでしょう。
さらに、一行目が空行で長いレスの場合、レスが消えてしまうことがあるので注意してください。

■Q12 投稿制限を受けました(連投)
■A12 新シャア板の場合連続投稿は十回が限度です。
時間の経過か誰かの支援(書き込み)を待ってください。

■Q13 投稿制限を受けました(時間)
■A13 今の新シャア板の場合、投稿の間隔は最低四十秒以上あかなくてはなりません。

■Q14
今回のSSにはこんな舞台設定(の予定)なので、先に設定資料を投下した方が良いよね?
今回のSSにはこんな人物が登場する(予定)なので、人物設定も投下した方が良いよね?
今回のSSはこんな作品とクロスしているのですが、知らない人多そうだし先に説明した方が良いよね?
■A14 設定資料、人物紹介、クロス元の作品紹介は出来うる限り作品中で描写した方が良いです。

■補足
話が長くなったので、登場人物を整理して紹介します。
あるいは此処の説明を入れると話のテンポが悪くなるのでしませんでしたが実は――。
という場合なら読者に受け入れられる場合もありますが、設定のみを強調するのは
読者から見ると好ましくない。 と言う事実は頭に入れておきましょう。
どうしてもという場合は、人物紹介や設定披露の短編を一つ書いてしまう手もあります。
"読み物"として面白ければ良い、と言う事ですね。
5巻頭特集【テンプレート】:2009/11/21(土) 21:49:27 ID:???
〜書く時に〜

■Q15 改行で注意されたんだけど、どういう事?
■A15 大体四十文字強から五十文字弱が改行の目安だと言われる事が多いです。
一般的にその程度の文字数で単語が切れない様に改行すると読みやすいです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
↑が全角四十文字、
↓が全角五十文字です。読者の閲覧環境にもよります。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あくまで読者が読みやすい環境の為、ではあるのですが
閲覧環境が様々ですので作者の意図しない改行などを防ぐ意味合いもあります。

また基本横書きである為、適宜空白行を入れた方が読みやすくて良いとも言われます。

以上はインターネットブラウザ等で閲覧する事を考慮した話です。
改行、空白行等は文章の根幹でもあります。自らの表現を追求する事も勿論"アリ"でしょうが
『読者』はインターネットブラウザ等で見ている事実はお忘れ無く。読者あっての作者、です。

■Q16 長い沈黙は「…………………」で表せるよな?
「―――――――――!!!」とかでスピード感を出したい。
空白行を十行位入れて、言葉に出来ない感情を表現したい。
■A16 三点リーダー『…』とダッシュ『―』は、基本的に偶数個ずつ使います。
『……』、『――』という感じです。 感嘆符「!」と疑問符「?」の後は一文字空白を入れます。
こんな! 感じぃ!? になります。
そして 記 号 や………………!! 



“空 白 行”というものはっ――――――――!!!



まあ、思う程には強調効果が無いので使い方には注意しましょう。

■Q18 第○話、って書くとダサいと思う。
■A18 別に「PHASE-01」でも「第二地獄トロメア」でも「魔カルテ3」でも「同情できない四面楚歌」でも、
読者が分かれば問題ありません。でも逆に言うとどれだけ凝っても「第○話」としか認識されてません。
ただし長編では、読み手が混乱しない様に必要な情報でもあります。
サブタイトルも同様ですが作者によってはそれ自体が作品の一部でもあるでしょう。
いずれ表現は自由だと言うことではあります。

■Q19 感想、批評を書きたいんだけどオレが/私が書いても良いの?
■A19 むしろ積極的に思った事を1行でも、「GJ」、「投下乙」の一言でも書いて下さい。
長い必要も、専門的である必要もないんです。 専門的に書きたいならそれも勿論OKです。
作者の仕込んだネタに気付いたよ、というサインを送っても良いと思われます。

■Q20 上手い文章を書くコツは? 教えて! エロイ人!!
■A20 上手い人かエロイ人に聞いてください。
6通常の名無しさんの3倍:2009/11/21(土) 21:50:44 ID:???
無事スレ立て完了
移行投下待ちに入ります。

以降、投下はこちらへ
7通常の名無しさんの3倍:2009/11/21(土) 22:43:50 ID:???
>>1 乙!
八丈島さんのを保管してきます。
8通常の名無しさんの3倍:2009/11/24(火) 13:09:40 ID:???
>>1
こっこれは、
乙じゃなくて チャーハン
零しただけなんだからね
変な勘違いしないでヨネ

  ∧,,∧
 (´・ω・)
c(_U_U
  ━ヽニニフ

     。・゚・。・゚・。・
       。・゚・
      。・゚・
    。・゚    。゚
    ゚・。・゚・。・゚・゚・
9SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/11/24(火) 18:45:58 ID:???
6レスほど書けたので、今から投下します。
10SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/11/24(火) 18:47:24 ID:???
12/

 ――ミネルバ 端末室。

 極秘回線をプラント情報部"ターミナル"のサーバーと繋ぎ、最新の機密情報を入手できるのは、
特務隊"フェイス"の特権が一つだ。

「なーに調べてんだ? 難しそうな顔をして」
 そして、端末に向うアスランの頬にホットコーヒーの缶を押し当てて探りを入れるのは、
ハイネ=ヴェステンフルスの隠された任務であった。

「ファントムペインさ」アスランは、栓を開けながら応えた。
 ミネルバの作戦行動を邪魔しに出てこなかったのは不審である、と言う。

「そんなに不思議かよ。でかい敵は他にも居るだろう。――例えば、アークエンジェル」
「……ああ。ファントムペイン達の行く先々で、彼らが目撃されている」
 かまをかけてすらいない。顔色一つ見れば――嘘のつけない男だ――真偽ははっきりすると
思っていたが、随分あっさり認めたな、と肩透かしを食った気分のハイネ。

「やれやれ、"天使"は落ちないと思ってるのか、俺を信用しているのか……」
「両方さ」アスランはコーヒー缶を傾けた。
「大した信用だ」既に空の缶を握りつぶして、ハイネはアスランの言葉を待つ。

「……ハイネ。俺は彼らと接触しようと考えている。戦場に乱入するその意図、
真意を知ることが、今は何よりも必要だからな」
「知ってどうする。ザフトで囲んで邪魔するのか?」
「いや、共同歩調を取れれば良いが、そうは行かないだろうな。きっと協力は出来ない。
彼らの目標から全力で、ザフトとオーブを逃す、これで精一杯だ……」

 アスランの眼をしげしげとのぞき込み、本気の色を見たハイネは「マジかよ」と息をついた。

「キラ=ヤマト……それほどのもんか? 俺と、お前と、ミネルバだぞ?」
「……なるほどな」

 ハイネはつばを飲み込んで納得した。フェイス二人と特務艦を使って、阻止が確実でない
程の存在であるわけだ。少なくとも、アスランはアークエンジェルをそう考えている。
 ――となれば、俺の仕事がアークエンジェル打倒方法の模索に変わるだけだがよ。
 考えを深めつつあったハイネを遮って、メイリンの声が風雲急を告げた――レイが倒れたと言う。

「こうしちゃいられねえ……な。いこうぜアスラン」
「……ああ。このことについてはまた話し合おう」
「オーケー。話し合いは大好きさ、文明人のやり方でいこうぜ」
11通常の名無しさんの3倍:2009/11/24(火) 18:48:55 ID:???
13/

 ――"ラボ" 調査班のテント

 眉根を寄せた額に汗を浮かべ、苦悶をありありと見せていたレイが、ゆっくりと目蓋を開く。

「レイ……気付いたかよ! 随分うなされてたから心配したぜ」
 茫洋とシンの顔を見たレイは、シンに向って手を伸ばし、
「痛てっ!」ぎゅう、とその頬をつねった。

「夢じゃないな……確認した」
「もう一回夢の世界に送ってやろうか!?」
 拳を握りしめるシンに、レイは一転、真摯な目を向けて、
「シン、中の様子を見てきてくれ」と、言った。

「え……と」
 シンには、倒れたレイの代わりに周囲を警戒する任務が残っている。
 ミネルバからは、アーサーが小型のヘリで近づいていると連絡も入ったのだ。レイが寝ている
テントの側にインパルスを置いているが、そこから離れることは出来そうもなかった。

「見てきてくれ……頼む」
 ……が、今にも倒れそうなレイから言われて、ただ事ではないと悟る。

「中に、まだ生存者が居るんだ、きっと。説明は出来ない……信じてくれと言うしかないが」
「その人を助ければ良いんだな」
「そうだ……あの中に居た子供達……誰一人として"死にたくなかった"。救うことの出来る命なら、
救い出して欲しい……。警戒は……俺が引き継ごう」
 そう言うとレイは、萎えそうな腕に力を込めて身を起こした。

「寝てろよ」と言いたいシンだが、レイの言う"生存者"が一刻を争う状況ならば、座っていればいい
レイに代わってシンが内部に入るべきだ。調査が停滞しているのは、レイが倒れた理由が不明――
レイ個人の問題であるのかが分からないからだ。

 シンが立ち上がったとき、ヘリのローター音が、テントの屋根を揺らした。

「副長が着いたみたいだ」
「見てきてくれ、シン。あの中で何が行われていたのかを」
「ああ……」
「シン、レイの様子はどうなんだ」
 ヘリから降りたアーサーが、怒鳴りこむ様子を見せた。

「問題ありません! 自分とトライン副長が随伴して調査を続行、警戒はレイが行います」
「だが、レイがどうして倒れたのか、原因が……」
「レイが拾い食いして食中毒を起こしただけです! 自分が中に入って問題なければ大丈夫。
そうでしょう。違いますか、副長!」

 文句有り気な副長――一応上司――を、赤服の眼力で黙らせて、文句も聞かずに、
シンは施設の入口へと向った。
12SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/11/24(火) 18:49:45 ID:???
14/

 ――???

 ガイアの歩みはステラにとって何時ものろのろと感じられたが、今回はことさらにそれが深い。

「早く……早く――!」

 森の大木を踏みつぶし、レーダー圏外の低空を全速で駆けるガイアだが、
ディスプレイの中、画面が示す"ラボ"までの距離はなかなか縮まらない。

 ――"ラボ"に、ザフトが近づいている。怖い奴らが近づいているんだ。

「私たちが居た場所、アウルのお母さんが居る場所」

 ステラは、"ラボ"の事を全く覚えていない。
 けれど、そこはステラ達が居た場所だとスティングが言っていた。
 "お母さん"の居るところだと、アウルが言っていた。

 覚えていないけれど、大切な場所の筈だ。
 "絶対に守るから"赤い瞳の誰かが、ステラに向って言った。
 ――赤い瞳の――誰だろう?

 覚えていないけれど、それはアウルやスティングと同じ"大切な人"だと思えた。

「ロドニアのラボ……アウルの母さん……ザフトが近づいている」

 誰かの大切な場所を襲う奴らは――
13SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/11/24(火) 18:51:03 ID:???
15/

 ――"ラボ" 地下一階

「――絶対に許せない。こんな、こんな事をして!」
 シンの赤い瞳が怒りに燃えていた。眼前には、人間の所行とも思えない惨状がある。
 折り重なった屍の中には、人の形をとどめていない物すらあった。アーサーは背後で吐きっぱなしだ。
 共に踏み行ったヨップは、妙な雰囲気のする部屋をのぞき込んでいる。

「ヨップさん……」
「……駄目です。生きている人は見えません」
「く――っ!」
 ドアの中をライトで照らしていたヨップが、首を左右に振った。

「見せてくれ……」
「しかし、入らない方が良いですよ、シン=アスカ。もう人の形をしていない、彼らは」
 難色を示すヨップに、「それでも――」シンは迷わず言葉をつなげた。
「――俺は、"見なければいけない"んです。レイがそう言った」
 ヨップの脇を通って暗闇に閉ざされた部屋をライトで照らし出し、中の様子を瞳に焼き付ける。

「あぁ……くそ……どうして……!」
 数百を数える水槽が壁一面に並ぶ部屋だ。濁った溶液に浮かぶ"残骸"に、シンは絶望の声を漏らした。
よろよろと部屋を出ると、吐き気を堪えつつ、壁に拳を打ち付ける。

「なんなんだよ、コーディネーターは遺伝子を改造した、自然の摂理に反するイキモノだとか
言っておきながら。連合の奴らの"コレ"はなんなんだよ!」
 壁が凹み、血の跡が残る。シンの肩にヨップが手を置いた。

「ショックを受けるのは分かりますが、シン=アスカ、これは別段珍しい光景では無いんですよ」
「なんだと……?」
「ひどく複雑で、深刻な問題なのです。嫉妬や憎悪……いえ、原因は簡単に言い表せませんが、
我々とナチュラルの間にある"種"の違いは、容易くこのような光景を生み出してしまう」
「これが、人間の姿だって言いたいのか――!」
「人間の全てではない、と言っているのです。ただし、ヒトの暗部を覗く人間だって必要でしょう?
こうした施設を、決して光が当たらないよう葬り去る、それも我々"ターミナル"の仕事ですから」
 まあ、プラントの裏切り者を"処理"する事もありますがね、と付け加えるヨップ。

「例えプラントの国益に叶うとしても、"ターミナル"はこの光景を容認する姿勢にはありませんよ。
下に行きましょう。レイ=ザ=バレルの話では、そこに生存者が居るのでしょう? 何故分かるのか、
それを考えるとちょっとホラーですけどね」

 電力は今も停止している。ヨップは、地下に続く非常階段を指し示し、そこから漂う濃厚な
死臭に顔をしかめた。
14SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/11/24(火) 18:52:11 ID:???
16/

 ――"ラボ" 地下二階

 息を、ひそめて。少年は上から降りてくる気配に耳を澄ませていた。
 消え入りそうな呼吸音が少年の耳朶を打つ。微かに聞こえる心音が、生の証だった。

 ――母さん。
 本当は、今日の目覚めはないはずだった。"母さん"は優しく嘘をついて隠したが、ザフトの接近。
そして"ラボ"が放棄されようとしている事を、少年は強化された聴覚で壁越しに盗み聞きしていた。
 だから、拒絶反応の出ていた被験体達が、封印された部屋から出てきたとき、これが自分たちの
"処理"方法だと思い、空調ダクトを伝って下の階へと即座に隠れたのだ。

 今、少年は廊下に倒れた冷蔵庫の影で、来訪者の気配を待っている。
 地上につながるシェルターを爆破して入ってきた彼らは、"ラボ"を今度こそ壊すためにやってきた
処理部隊ではないのだろうか。非常階段の入口が、開いた。姿を現したのは、先ず三人の男達。

「……此処も死体だらけだ」
 それが全てザフトの制服だったことに、少年はいよいよ恐怖した。ザフトはナチュラルの敵で、
彼らを見かければ即座に殺されると、そう教えられてきたからだ。

 息を潜め、耳を澄ませる。息を吸って吐く音。これが無くならない限りは……。
 少年はじっと、三人の様子を見ていた。黒服の男が一番弱そうだ。赤い服を着た男は、一番若いが、
一番強そうだった。ザフトレッドがどうしてこんな所に居るのだろう? 緑の防護服を着た男は、
油断の無い眼で周囲を警戒している。

 ――何処かに隙は? 三人の油断を探っていたときだ。

「男の子が、女の子を守ろうとしたのかな? 兄妹……なのかな?」
 "赤服"が、折り重なった死体の側に膝をついた。少年は、"被験体"が少女を守ったのではなく、
その手で殺したのだと知っている。仲が良い二人だったのに、それは手術の所為だった。

 "赤服"が、被験体の見開かれた目蓋を閉じた瞬間、"緑服"が向こうを向いていた。そして"黒服"が、
少年から見て一番近い位置に居た。絶好のチャンス。少年は物陰から飛び出すと、手にしたメスを
深々と"黒服"の腹に突き立てた。

「ぐえ……!」くぐもった悲鳴を上げて、黒服の体から一気に力が抜ける。
「動くな……!」
 内蔵には届かないが、膝を付いた"黒服"の首に別のメスを突きつけるまでは十分だ。

「そして、お薬を持って来い! お母さんを助けるんだ、ザフト!」
 壁の向こう。どんどん小さくなる"母さん"の息づかいを聴きながら、少年は叫んだ。

15SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/11/24(火) 18:53:47 ID:???
17/17

 ――ミネルバ

「アーサーが刺された? それも研究施設の生存者に?」
 艦長席に座るタリアは、ディスプレイに映るシンの報告を受けていた。

『副長の命に別状はありませんけど、生き残ってる研究者らしき女の人は意識不明の重体……とにかく
早く治療が必要です。俺が護衛しますから、副長とその女の人と……ああ、施設に捕まってた男の子も
乗せて、ヘリでミネルバに帰る許可下さい。ついでにレイも』
「ああ、待って、落ち着きなさいなシン」
 矢継ぎ早にシンがまくし立てた内容は要領を得ず、アーサーの刺された経過が分からない。

「それで……施設に問題は無かったのね。レイが倒れた原因は判明したの?」
『レイ個人の体調不良です。レイもそう言ってますし、俺もそう判断します』
 根拠は――と聞きかけて、どうせまともな答えは返ってこないだろうとタリアは判断した。

「施設に自爆する恐れは無いの?」
『ええっと……それは……』
 言いよどんだシンの肩を画面脇から叩いた男が、蛙面をシンと入れ替えた。
『"ターミナル"のヨップ=フォン=アラファスです、グラディス艦長』
「ミネルバのタリア=グラディスです。……それで?」
 前置きはどうでもよいと、タリア。

『自爆の心配はありませんよ。壊滅の理由は、おそらく施設内での暴動発生。セキュリティルームを
見ましたが、施設の責任者らしき集団が立てこもり、自分たちで自爆設定を解除したようです』
「責任者らしき――?」
『ああ、セキュリティルームのドアが破られて、元が何人だかも分からない状態でして。
現場の映像を送りましょうか?』
「後で結構です――」
 これだけの規模の施設で、非人道的な実験が極秘に行われていたのだ。どうせ後から、ジェイソンや
フレディも裸足で逃げ出す胸くその悪い絵を大量に見る羽目になるだろう。辟易としていたタリアを、
「艦長――!」
 と、バートの一声が現実に引き戻した。同時に、前面ディスプレイへと索敵画像が表示される。

「シン――!」タリアは、画面にシンを呼び出して叫んだ。
「広域センサーが、そちらに向う敵影を捉えたわ! レイと一緒に迎撃態勢を整えて!
アーサーと重体患者は救命措置を続行しつつそのまま待機。敵は……ガイアよ!」
『ええっ!? 連合軍め――!』
 驚愕の表情を浮かべたシンが、ついで赤い瞳に憤怒の炎を燃え上がらせたのを見て取ったタリアは、
付け加えるべき言葉を慎重に探った。

「意識がはっきりしているなら、MS隊の指揮は現場でアーサーにとって貰います。シン、
貴方の行動に調査部隊と、貴重な証言者の命が掛かっているわ、落ち着いて行動なさい」
『了解――!』
 走り去ったシンの横顔は、どう見ても冷静では、無かった。
16SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/11/24(火) 19:00:26 ID:???
以上、投下終了です。
感想、誤字脱字の指摘はご自由にどうぞ。
17弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/11/26(木) 21:20:56 ID:???
空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜

PHASE-07 決意、若しくは開き直り。

 かぁさんは出張。ちょっと一人で居る気になれなくてリョーコちゃんに泊まってもらうことにした。
「やはり、ショック。ですか……?」
「戦闘専用に作られて、しかも出来損なって廃棄された人なんて、あんまり見かけないもの……」
「目の前のわたくしがまさにそうですよ? ただ、残念な事に生まれながら。では無くて途中で
改造されたと言う違いはありますが。それを知ってもムツキさんも、基地の皆さんも何も変わらな
かった。だからわたくしも変わりません。……その、ムツキさんがお嫌でなければ。ですけど」
 そうだった。彼女がブーステッドマンなのは既にシライ隊幹部はみんな知っているのだ。
そして彼女もまた廃棄処分の裁定を受けている。あたしは、彼女を傷つけてしまった。
ツラいのはあたしだけじゃないのに。あたしはなんて軽率な、だから失敗作なんだ……。

 でも、リョーコちゃんは例の凛としたお嬢様の顔になると、こちらの返事は待たずに喋り出す。
「ブーステッドマンは当時の連合の法律上人間ではありません。先生が仰った通り、生体CPU。
MSやMAの部品の扱いです。呼称がエクステンデッドになって後も、きっと同じだった事でしょう」

 先生からもらった大判で分厚い封筒。自分の分の中身をテーブルに拡げると、びっしり字の
書かれたたくさんの紙を眺めながら続ける。
「生体CPUに改造されてしまったわたくしですが、現状は人として扱ってもらって居ます。だから
今は悪く考えても仕方がないでしょう。少なくとも情報処理と空間認識能力、その二つに付いては
常人より優れているとお墨付きを頂いた訳です。……先日のメカチーフのお話、覚えてます?」

「……ジーンさんの、話?」
 はい。そう言うと、じっとこちらを見つめる。
「出来ぬ事を出来ぬと判って初めて自らの評価が出来ると仰いました。わたくしは今、少なくとも
自分の評価点を、MSの操縦を抜けば、5〜6と見積もります」
 一般のコーディネーターに負けた時点で改造(つくら)れた意味が無い。彼女はそう言った。

「あたしは暗殺術だけならかぁさんを超えてる筈だ。って言う事?」
「暗殺術はわたくしもある程度の評価は出来るはずです。なので、体術と言い換えましょう。
それなら普通の生活にも応用出来そうです」
 ブーステッドマンである事実のみは以前から知っていて、それでもあえてコーディネーターの
街へと単身やってきた彼女。その彼女は悲愴な顔をするでもなく、多少ボケてるかも知れない
けれど、何時だって前向きだ。今だって、そうなら体育は多少自信が出てきた。と笑っている。

「……あっ! そうか、あたしが。MS操縦の評価が5、有れば良いんだっ! ――そうでしょ?」
 何も言わずにただ微笑む彼女。あたしが男だったら絶対にほっておかないところだ。
成績はさておきアタマが良くて、その上美人。オオノはバカの癖に良いところに目を付けた。
「だって、ホワイトシーフ二人乗りだもん。リョーコちゃんと5+5で10、ザフトレッドに到達!」
「ご明察です、良くできました。うふふ……、ジーン式評価法ではそうなりますよね?」
18弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/11/26(木) 21:24:40 ID:???
#7 決意、若しくは開き直り。

「しっかし、まぁ。……なんつーか、その。――強いね、二人とも」
 バスを降りてMPの人に敬礼で挨拶。そこまではいつも通り。いつもと違うのは荷物が
多いのでちょっと崩れた事。かっこいい敬礼はヤッパリみてて気持ちいい。鏡の前で毎朝
内緒で練習するあたしである。隣ではリョ−コちゃんが荷物を置いて敬礼。その手があったか。
 荷物の中身は例の書類と、それを更に自分達なりに一晩かかって分析したデータと紙の束。
 それをポーリーンさんに、まさにどさっと預けた時の返答がコレである。
「強いとかそう言った訳ではありません。ただ、能力の限界値が数字で出ている以上、出来る、
出来ないはハッキリした訳です。ならばと、とりあえず出来そうなことを選り分けてみました」

「で……。何故、隊長でもチーフでも無く真っ先に私に?」
「たいちょー様は【自分が必要だと思った時に必要だと思った人にだけ話をしろ】と言いました。
ポーリーンさんは担当メカニックだから、あたし達の能力をキッチリ把握して欲しいんです」

 データを弄りながら一晩中二人で話をした。とにかくセブンスを。今の普通の生活を守る。
あたし達が一番軸足を置かねばならないのはそこだ。朝方までかかって結論はそうなった。
 彼女には言わなかったが『普通の生活を守る』はかぁさんが軍服を着る理由でもある。
たった一度だけ。かぁさんが泣きながら話してくれた、かぁさんのお師匠様。彼の遺言なのだ。
 そして何かを守るには力が必要。現状で一番簡単に、強大な力をあたし達に提供し得るのは
彼女しか居ない、と言う訳だ。必要ならば再検査でも何でも、やる覚悟はもう、有る。

「わたくし達に経験値はありません。ならば最大限得意分野に集中出来る方が良いと思います」
 つまりパイロットと機長、コクピットを各々もっと特化させた方が良い。と、そう言う事?
ポーリーンさんは右耳にペンを挟んで、左耳にイヤホン。右手には器用に3本のマーカーペン。
データの流れるゴーグル越しに資料にチェックを入れながら、左手のキィボードは止まらない。
「MSの操縦センスはクルーゼ、空間認識能力はムウ・ラ・フラガ。って本気でそう思ってるの?」
「二人とも、なんかそのへんが目標値だったらしいんで。だから、その半分ならどうだろう。とか、
そういう感じの意味ですけど……」

 目標の半分だから廃棄になった。でも足りない半分を補えるなら。計算上はアスラン・ザラ
だろうがシン・アスカだろうが敵ではない。桁外れのパイロットを擁して”歌姫の剣”と呼ばれた
フリーダム。それを相撃ちにこそなったが、同程度の機体性能で大破せしめたのは人間的に
問題があろうが、大犯罪者だろうが数多のパイロット中で、ラウ・ル・クルーゼただ一人。
 あたしの”限界能力目標”と釣り合うパイロットは、歴代ザフトの中でも数値化すると彼のみだ。
 そして、それは補ってくれるリョーコちゃんも同じ事。空間認識能力者しか操ることの出来ない
メビウスゼロで、エンディミオンクレーター戦を友軍が全滅する中、只一人生き残り、その後も
アークエンジェルに配属になって尚、ラウ・ル・クルーゼや”赤”の駆るGタイプ四機を敵に回し、
MAで戦い続けた連合のエース。エンディミオンの鷹ことムウ・ラ・フラガ。リョーコちゃんの場合は
改造の目標値が、そもそも彼に設定してあったらしい。 

「……OK。機動性は赤のエースレベルにまで上げる。自動補正も一切無くす。良いわね。 
機体性能、計算上限界まで使い切るから覚悟して。そんなものを歩かせること出来る人さえ
此処には居ないわよ?――シミュレーターは明日までデータあげとくわ」
19弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/11/26(木) 21:26:39 ID:???
#7 決意、若しくは開き直り。

「年齢しか聞かされてなければ、きっとみんなアカデミーから実地演習に来てるんだと思うよ」
 けれど素直に褒められた気がしないのは、言葉の微妙なニュアンスを感じ取ったから。
 実機演習、着陸シーケンス。ハンガーから格納庫。降機許可。ヘルメットを脱いで更衣室に
向かう廊下。珍しくサイトーさんがいた。普段は事務棟からあまり出てこない人である。
もっとも引きこもりがちな性格な訳ではなく、それだけ仕事があると言う事なのだが。

「またジーンが原因らしいね。絶対評価なんてさ、全く困ったもんだ。アイツも、そしてキミらもだ」
 ホワイトシーフに乗り続けること自体、未だに良く思ってくれていないサイトーさんである。
「今、セブンスはシライ隊長、いえ。白き雌豹を失う訳にはいきません。間違っていますか?」
「相手はザフトレッド。ならコッチもその気でいなくっちゃ。練習すれば出来るんだから!」

「別に喧嘩しに来た訳じゃあない。構えないで欲しいなぁ。……今、ジーンと話をしてきた」
 ベンチにあたし達を座らせると、サイトーさんは自販機からドリンクを三本持って来る。
「今のキミらなら絶対評価で4、最大評価なら6をわずかに超えるだろうと、そう言ってた」
 考え方は間違っていなかった。封筒を受け取ったあの日以来、MSの操縦に限って言えば
あたしは全く隠す必要が無くなったし、リョーコちゃんもガンバレルの使い方に慣れてきたようだ。
 そしてあたし達のコンビは絶対評価でかぁさんに並んだ。もう少しだ!

「但し相手はジーン式評価で10だ。重力下戦闘限定なら更にプラスアルファが付くと言ってた。
それは忘れないでくれよ? それにだ……」
 あくまでザフトの公表しているデータだが。ぱしゅっ。手にした缶のふたを開けながら続ける。
「実際の戦闘ではGタイプ、そしてザフトレッド。実は双方共に損耗率が大きい。過去の2つの
大戦で実戦配備されたGタイプは6割、そして赤は実に8割5分が最終的に帰還出来なかった」

 たった一機で戦場を支配する強力無比な機体。そしてまさに一騎当千のパイロット達。
それは当然激戦区、最前線へ配備されたことだろう。その後の戦況がどう動いたかのか、
それはケースバイケースだろうが、ただ事実として半分以上は帰ってこなかった。と言う事だ。

 第二次ヤキン攻防戦、乗機はザフト最強のG、プロヴィデンス。しかもパイロットはザフト内で
当時最多撃墜数を誇り、腕前は恐らく歴代一位のラウ・ル・クルーゼ。その組み合わせでもだ。
 シン・アスカとデスティニーもやはり帰還は適わず、結果”奇跡の女神”ミネルバも轟沈した。
 かぁさんのお師匠様も大怪我を抱えたまま”現場”に拘った結果、ザフトレッド+Gと言う
最強の組み合わせであったにもかかわらず、BTWに巻き込まれあっさりと命を落とした。

「最強の機体、最高の人材が何でも無い事で簡単に墜ちる。それが戦場だ。――それに、
こないだ君達は自分の目で見てきたはずだ。戦闘と言う行為の実際がどういう事かを。ね」
 ゴミのように踏みつぶされる人々。なんの抵抗も許されずに切り刻まれるMS。
それを止めるため、自らの頭に銃口を押しつけ、そして屋上から落下していった男性の影。

「それでも君らは決断したんだ、だからもうオレは何も言わない。――で、隊長はなんて?」
 ぜ〜んぜん反応無し、です。あたしは多少むくれてそう言った。その後、ポーリーンさんに
手伝ってもらってかなり修正した”本当の自分”の資料を提出した。「ふーん」反応は、それだけ。
「未だ迷ってる、か……。はぁ。やっぱり一番厄介なのはミツキくん。――隊長かも知れないなぁ」
20弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/11/26(木) 21:29:08 ID:???
#7 決意、若しくは開き直り。

「そんなコト、言われなくても判ってるわよっ。! あなたにも師匠にも感謝してるし、それを
忘れた事なんか無い! ――今、彼女たちにはあなたも師匠も居ないし、私はそれに遠く及ばな……」
『だからわざと話をそらすなよ。オレの言いたい事は伝わったはずだ! おまえ個人の思惑は
ともかく、隊長としての決断はどうだって言うシンプルな話だぞ? 実際来週辞令は下りる。そう
なればもう候補生じゃない、戦力として実戦配備。それがどういう事か。ミツキ、おまえなら……』
 深夜のリビング。本当はちょっと調べ物をしたくて二階の自室から降りてきた。別にリビングで
やる必要は無いのだが、そこには情報端末以外にもコーヒーメーカーとお菓子がある。

 ただ、今はちょっと。入りづらいなぁ。かぁさんの話の相手は恐らくティモシーさん。距離から
行けば、目眩がする程離れた場所でいつもかぁさんと、そしてあたしの事まで何かにつけて
気を配ってくれている。
 普段は大きな声で怒鳴ったりする人じゃない。やはり今回は心配の種が大きすぎるらしい。
 辞令の件は夕方、サイトーさんから聞いた。あたしも正規のパイロットとして登録されるのだ。
正規の制服も、襟に刺繍が付いたものになる。でもなぜエラくなるのか、そこは良くわからない。

「……判ってるわよ。そんなコト、言われなくても、――そのくらい判ってるんだ、……私だって」
『一つ方法がある。ホワイトシーフと言ったか、アレが使用不能になればいい。彼女らはあの機体
に特化したパイロット。委員会もそれを知った上でパイロットに任命した。それが壊れれば……』
「ムツキに怒られるわ。大至急新たな機体を超法規的措置を持ってあなたに請求せざるを得なく
なるだけ。あの娘達のチカラは勿論、気持ち。それは本物なのよ。……だから悩んでるのっ!」
「バカの遺伝的要素が親子同じなんじゃないのか? 一度検査してもらったらどうだ。全く……」
 誰かに言われた台詞をティモシーさんが溜息と一緒に繰り返す。

『ZGMFナンバーにゲレイロさんが乗れば国際紛争になりかねない。そうじゃなくてもホワイトシーフ
自体本当に素人の仕事かって技術部が驚いてたくらいだ。ムツキの件は、だから……。なんだが』
 ザフトは実質的に軍隊なのだが序列はあっても階級はない。要するに押しつけられた命令を
ただ実行するのではなく、優れた資質を持つコーディネーターであるなら、状況に応じて
個人で適切に判断しろ。と言う事らしい。その中でエラくなる。それはつまり判断の幅を
大きく持たせられた。と言う事に他ならない。

 来週、ガーディアンの2人やバクゥの隊長さんよりもエラくなってしまう。
 あたしの場合、ホワイトシーフが余りに強力すぎることと、そして運用時に状況判断をして
いるオーブ空軍准尉にして末流とは言えオーブ氏族のリョーコ・ゲレイロ。彼女をザフトとして
監督しろ。今のはそう言う話らしい。エラくなったのはリョーコちゃんに”合わせた”と言う事だ。
 冗談じゃないよ。そういうつもりなんか全然無いのに。

『もしもが有れば、時間は気にせず連絡してくれ。勿論正規軍では無いが人材のあてはある』
「ゴメン、お願いばかりで。自分でやり抜くって、あなたにもマーカス隊長にも言ったのに」
『”あの時”と今とでは状況が違う。今、この状況下であの隊長だったら許可は出さないさ……。
ムツキには白兵戦の訓練もさせておけよ? 最後に頼れるのは経験値だ、潜在能力じゃない。
――確かに今、部隊の要、シライ隊長を失う訳にも、シンボルである白き雌豹が堕とされる訳に
もいかないだろう。出来る限りサポートはする。理想を貫くならまさに此所が正念場だ。隊長殿』
21弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/11/26(木) 21:33:14 ID:???
#7 決意、若しくは開き直り。

「……。えと、試験。良かったそうですね」
「及第点に達する事が良かったというなら、そうだろうね。お陰で落第はせずに済みそうだ」
 アルバイト、いや仕事は今日はお休み。夕方、リョータさんとあたしは公園のベンチにいた。
「わざわざここで”偶然”出会ったのは、僕の試験の結果を聞きたかった訳ではないんだろう?
――何から話せばいいかな。あるいは君が話したい? どちらでも君の好きにすると良い」

 最近、不安と自信がない交ぜになって気持ちがごちゃごちゃだ。リョータさんに合ってどうにか
なるものではないのは知ってる。だけどなぜだか顔が見たかったし、話がしたかった。
 冷えてくる前に全部終わると良いんだが。そう言うとふっと笑みを浮かべる。この人はきっと
あたしの考える事なんか何でもお見通しだ。ならば語ってもらった方が良い。ストーキングして
いた事すらあっさりバレてるくらいだ。だからあたしは、お願いします。とだけ言って後は黙った。
 
「……君が思っている通りだよ。僕とリョーコは本当の兄弟ではない。僕もまた、出来損ないの
強化人間(ブーステッドマン)だ。階級章が幹部、――将校なのはオーブでは尉官以上でないと
MSや戦闘機に乗れないタテマエだからだよ。確かに部下も居るが大してエラい訳じゃない」
 この人もそう言われればつじつまの合う事は多い。ショックと親近感を同時に覚えて更に
頭がごちゃごちゃになる。ほぼわかってた事ではあるが、つじつま、合わなきゃ良いのに……。

「だいたいのところはリョーコから聞いてるよ。責めようとも咎(とが)めようとも思わない。僕が
自分を強化人間として初めて意識した時も、やはり大事な人を護りたいと思った時だったから」
 ――え? 大事な人って。あの、いきなりなんの話を始めて……
「戦う以外何も知らなかったのに……。出来損ないで頭も悪い僕には何も出来なかった。せめて
人間として扱ってくれた彼女、そして拾ってくれた伯父上に恩を返そうと、軍の学校に志願した」

「彼女、……ですか。――その大事な人は女性、だったんですね。その方は、今……」
「あっさり死んだよ。こんな出来損ないを庇ってね。オーブが初めて戦争になるちょっと前だった」
 こんなの、笑みを浮かべながら話す内容じゃないです! リョータさん、あなたは……!
「……君達はザフトも連合もオーブも役立たずのここを守るため、当分の間、普通の人間として
生きる事を捨てる。そう決めた。ならば出来る事は全てやるんだ。――そう、手遅れになる前に」
 そう言いながら懐から黒光りする大型拳銃を取り出すと、きゅ。左手でグリップを握る。
「銃口は潰したし、弾倉も外れない様に加工してある。本物だから職務質問を受けたら揉めそう
だけどね。彼女はこんなものしか残さず、逝ってしまった。当時の僕が何も出来なかったから」

「リョータさんは未だその人の事を……」
「大事に思っていたし今も大事だと思う。けれど人の機微というのは、未だに自分の事すら……。
人として、出来損ないたる所以だ。きっと、そういったものはリョーコの方が見えているだろう」
 人の機微……。そう、ただ笑っているのではない。この人はあんなに寂しそうじゃないか。
あたしはそんなの全然わかっていなかったんだ。わかってるつもりで居ただけなんだ。
「わからないなりに、こんな思いはもうたくさんだ。――ムツキくんは、だから死なないで欲しい」
22弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/11/26(木) 21:34:15 ID:???
#7 決意、若しくは開き直り。

「だからなんであんたが委員長なのさ。気に喰わないったらありゃしない!」
「オレだってヤダよ。けど先生(あいつ)が決めたんだから仕方ねぇだろ。あきらめな、副委員長」
 図書委員会、第一回定例会議。居るのはオオノとあたし、二人だけ
「だいたい委員長と副委員長しか居ない委員会ってどうよ? おかしくない?」
「図書委員会だって要らないから無かったんだろ? ウチの学校は専門の人を雇ってるんだし」
 あたしが初めて来た時より更に大きくなったセブンスの街。いろんな経歴の人間が集まって
きている。その中に本の専門家が居たっておかしくないし、実際に図書室は、いつも居る訳で
ないにしろその人が管理していた。
 
 オオノはバカなりに見込みがある。そしてあたしは教師達の立場上、絶対落第させられない。
二人とも実は最近、試験の点自体は上がってきている。のだが、どうしても今までの分で平均
すれば成績は悪くなる。そこで我が担任教師が考えたのが内申書。委員会活動を自ら進んで
行い他の生徒に範を示した。その一文を書けば内申点だけは上がる。と、踏んだのだろう。

 今日から二人とも図書委員だ。準備室は司書の人が居るから、物置を委員会室に使え。
彼はそう宣言するとアンケートの束をあたしに、資料の入った段ボールをオオノに持たせた。
 あたしは他にザフトでの活動があるが、それすらをも評価に組み込んでそれで何とか進級、
卒業までこぎ着けたい。言外にそう叫んでいるのが聞こえるようだ。 

「……こんな本、学校が買ってくれる訳無いじゃん。ちぇっ、みんなてきとうだな−、全く」
「だいたいアンケート集計なんて向いてねぇよ、オレもおまえも。――なぁ、ところでシライ」
 来たか。二人きりになれば来ると思ったんだ。あんまり面白くはないが話は聞いてやろう。
なんと言っても、上手くすれば感謝された上におやつ食べ放題。……悪くない。
「そのぉ、リョーコさんって、好きな奴。居るのかな……。おまえ。仲、良いだろ? そう言うの、
なんか聞いた事とかないか? いつも一緒だし、その……」 
「――いつもの店のミルフィーユとクレープ、10個ずつ。プレーンでいいや。奢ってくれるよね?」

「おい、白髪頭! てめぇ、人の話を……」
 行動予測、ほぼ順当に当たり。仕事柄こんなことも勉強する訳だが、それにしても単純な奴。
「ほほぉ、そう言う態度で良いのかね? オオノ君。二人きりで話せる環境をセッティングして
やろうと、そう言っておるのだよ? あたしは」
 ――赤くなった。ちっ、読み違ったか。後10個くらい、追加オーダーすれば良かった。
「……プラチナブロンドのショートが似合う、赤い瞳が可憐な美少女シライ様。本当ですか?」
「うむ、当然である。美少女の口から出た言葉に嘘など……」
 
 静かな”委員会室”にあたしの胸ポケットから突然アラームが鳴り響く。端末を引っ張り出して
送られてきたテキストを読む。【全隊コンディションレッド発令。パイロットは自機にて待機せよ】
 慌てて帰る準備をはじめる。ナヴィがすぐ迎えに来るはずだ、もう彼女のサイレンが聞こえる。
「呼びだされちゃった……。詳細は明日の放課後、ね。あ、失敗してもおごりだかんね!」
23弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/11/26(木) 21:35:01 ID:???
=予告=
 ガイア対バクゥハウンド。果たしてその対決を望むのは、敵か、それともかぁさんか……。
「キチガイメカニックの作った大気圏脱出ブースターなんか、何に使う気!?」
『次回 空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜』
【PHASE-08 運命は、交錯する。】
 もう、あたし達を止められるものは誰もいないっ! ムツキ、行きまぁああすっ!!
24弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/11/26(木) 21:36:10 ID:???
今回分以上です、ではまた。
25通常の名無しさんの3倍:2009/11/26(木) 21:55:54 ID:???
投下乙。
委員会活動なんてやってる暇あるのかw
26通常の名無しさんの3倍:2009/11/26(木) 22:43:04 ID:wBC1Ft0F
マイナーなギャルゲーSS祭りを開催したいです。

1. SS祭り規定
自分の個人サイトに未発表の初恋ばれんたいん スペシャル、エーベルージュ、センチメンタルグラフティ2、canvas 百合奈・瑠璃子シナリオ
のSSを掲載して下さい。(それぞれの作品 一話完結型の短編 10本)

EX)
初恋ばれんたいん スペシャル 一話完結型の短編 10本
エーベルージュ 一話完結型の短編 10本
センチメンタルグラフティ2 一話完結型の短編 10本
canvas 百合奈・瑠璃子 一話完結型の短編 10本

BL、GL、ダーク、18禁、バトル、クロスオーバー、オリキャラ禁止
一話完結型の短編 1本 プレーンテキストで15KB以下禁止
大文字、太字、台本形式禁止

2. 日程
SS祭り期間 2009/11/07〜2011/11/07
SS祭り結果・賞金発表 2011/12/07

3. 賞金
私が個人的に最高と思う最優秀TOP3SSサイト管理人に賞金を授与します。

1位 10万円
2位 5万円
3位 3万円
27通常の名無しさんの3倍:2009/11/26(木) 22:44:15 ID:wBC1Ft0F
(1) 初恋ばれんたいん スペシャル
初恋ばれんたいん スペシャル PS版は あまりのテンポの悪さ,ロードは遅い(パラメーターが上がる度に、
いちいち読み込みに行くらしい・・・)のせいで、悪評が集中しました。ですが 初恋ばれんたいん スペシャル PC版は
テンポ,ロード問題が改善して 快適です。(初恋ばれんたいん スペシャル PC版 プレイをお勧めします!)
初恋ばれんたいん スペシャルは ゲームシステム的にはどうしようもない欠陥品だけど。
初恋ばれんたいん スペシャル のキャラ設定とか、イベント、ストーリーに素晴らしいだけにとても惜しいと思います。

(2) エーベルージュ
科学と魔法が共存する異世界を舞台にしたトリフェルズ魔法学園の初等部に入学するところからスタートする。
前半は初等部で2年間、後半は高等部で3年間の学園生活を送り卒業するまでとなる。
(音声、イベントが追加された PS,SS版 プレイをおすすめします。)

(3) センチメンタルグラフティ2
前作『センチメンタルグラフティ1』の主人公が交通事故で死亡したという設定で
センチメンタルグラフティ2の主人公と前作 センチメンタルグラフティ1の12人のヒロインたちとの感動的な話です
前作(センチメンタルグラフティ1)がなければ センチメンタルグラフティ2は『ONE〜輝く季節へ〜』の茜シナリオを
を軽くしのぐ名作なのではないかと思っております。 (システムはクソ、シナリオ回想モードプレイをおすすめします。)

(4) canvas 百合奈・瑠璃子シナリオ
個人的には 「呪い」 と「花言葉」 を組み合わせた百合奈 シナリオは canvas 最高と思います。
28通常の名無しさんの3倍:2009/11/27(金) 19:08:06 ID:???
もうROMもおらんのか
29通常の名無しさんの3倍:2009/11/28(土) 04:07:53 ID:???
前スレを埋めて居るのでは?
それでもペース遅いけどw
30通常の名無しさんの3倍:2009/11/28(土) 09:05:47 ID:???
一時の栄華はどこにやらだな
31通常の名無しさんの3倍:2009/11/29(日) 19:51:34 ID:???
>>弐国氏
投下乙
リョーコとムツキの目標がムゥとクルーゼ
ひょっとして、相手方にもまだまだ因縁があるんだろうか?
32通常の名無しさんの3倍:2009/12/04(金) 12:22:16 ID:???
何故過疎ったのか
どう思う?
33文書係 ◆gIyeyjcT.M :2009/12/04(金) 17:38:51 ID:???
こんばんは、文書係です。
明日か明後日の夜、続き3レス分を投下に来る予定です。

現在、デオン軍他いくつかのプロバイダが長期規制に巻き込まれているようです。
幸い今のところ、自分のニフは長期規制を免れています。

新人スレの職人さんで、ここに投下できずお困りの方がいらっしゃいましたら、
>>1の「旧まとめサイト ポケスペ」雑談所にてなまはげをお呼びいただければ、
気づき次第代理投下のお手伝いをさせて頂きます。

んでは。
34文書係 ◆gIyeyjcT.M :2009/12/06(日) 00:13:18 ID:???
こんばんは、文書係です。遅くなってすみません。

>>前スレ322(妖精ビリーと〜)さん
dクス!
妖精VSリア充、培われた理性と生まれ持った野性の壮絶な……
じゃなくて水面下の……いやいい年したおっさん二人が
修学旅行の夜同然のリア厨トークで意外と仲良く何してんのー?
なガチバトルをお楽しみ頂ければ幸いです。

>>前スレ323(十文字感想)さん
全裸歓喜次回完結宜!
35文書係 ◆gIyeyjcT.M :2009/12/06(日) 00:13:59 ID:???
これから続き3レス分を投下します。
36文書係 ◆gIyeyjcT.M :2009/12/06(日) 00:17:19 ID:???
おまけに脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー 補編
/短編小説ビリー・カタギリ/「戦士の休日 その11」
>>前スレ317-318(「戦士の休日 その10」までは>>1のガンクロSS倉庫「etc」に収録されています)

 「あー、ちょっと待ってろ。もっかいハナシを頭ン中で整理して――と」
ワインボトルを額の支えにして下を向き、足を組むというヨガ並の不可思議な体勢で考え込んでいた
パトリック・コーラサワーは、ビリー・カタギリからもたらされた質問に、満を持して答えようとしていた。
「よっしゃ! 俺なら迷わず、女についてくぜ!!」
回答と同時に威勢良く上げられた彼の顔を一目見て、ビリーは不意を突かれ堪らず吹き出した。
ワインの色か、はたまた圧迫による鬱血なのか、見る者の笑いを誘わずにはいられない赤い◎印が、彼の額に
くっきりと刻まれていたのである。

「あァ……? さてはお前、俺様の名回答にびっくらこいたか?」
どこをどう見れば驚嘆しているように見えるのか、という点にビリーはむしろびっくりしたのだったが、
パトリックが自説を一笑に付されたと誤解しなかっただけまし、と前向きに捉えることにした。
これも酔いが回って判断力が低下しているのと、彼流のポジティブな思考回路のなせる業なのだろう。
ビリーは拳を口許に配し、笑いを咳払いにすり替える。
「すまないね、ちょっと……ええと、利用された事について、君は腹が立たないの? 何かその、思うこととか」

再三にわたる問いに、パトリックはくしゃくしゃと片手で髪を掻き乱しながら、今しがたまとめたらしい考えを
一気に吐き出した。
「さっきと同じだ。もっと簡単に考えたらどうよ? 大体なァ、男と女のキッカケなんざ何でもいーんだよ!!
敵だろうが構やしねーし、味方ならなお良し! 使えるヤツと思われたらラッキー! 女の頭に俺の顔が浮かん
だらシメたもんだぜ。ナニがなくとも一緒に住んでメシ食ってるくらいなんだから、どうにもイタダケないって
ワケでもないんだろ? 出だしとしちゃ悪くねぇじゃねえか――で、そっからスタートね」

「ついて行ってテロリストの仲間になって、君の魅力で彼女のハートも落とす、で、めでたしめでたしなのかい?」
「ま、そんなもんだ」
「テロリストだよ? 恒久和平の実現を阻む――人類の敵だ」
――道を踏み外した彼女の翻意を促すどころか、二つ返事で「ついて行く」って……
人としてのモラルも君は「簡単に」放棄してしまうのかいと、ビリーが真意を確かめるべく口を開きかけると、
「グダグダ考えたって、惚れちまってたら仕方ねえだろうがよ」
いちいちこまけぇヤツだなあ、と彼はいかにも面倒臭そうに苦笑いして手首を振り、ビリーの抗弁は文字通り
一笑に付されてしまったのだった。

「軍を辞めて、君もテロリストに?」
「コトと次第によっちゃあな……実際、とんでもねえ組織だったら、入ったフリしてサボるか、内側から
ブッ壊しちまえばいいじゃねえか」
そこでパトリックはくくっと喉を鳴らすと、口許を歪ませる。
「――ソッチの方が、女を口説くより容易いぜ?」
切れ長の目に宿る菫色の瞳が、俄かに禍々しい光を帯びてビリーに向けられた。
「え……?」
その不敵な笑みに潜む狂気を嗅ぎ取って、消えかけの額の赤丸にももはや笑えず、彼は再び言葉に詰まった。
37文書係 ◆gIyeyjcT.M :2009/12/06(日) 00:21:52 ID:???
おまけに脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー 補編
/短編小説ビリー・カタギリ/「戦士の休日 その12」

 ――それって君、つまり――
とまで言いかけたところで、ビリーはこの場において続きを口にすることの禁忌を悟り、急遽言葉を嚥下した。
この回答を仮にパトリックの現状に、置き換えてみるとすれば――カティ・マネキンを追いかける形で転属した
彼は、アロウズがテロ組織などでは断じて、ないにしても――彼女が組織のありように疑念を抱きそう命ずるか、
彼自身が「とんでもねえ組織」と判断しさえすれば、躊躇なくアロウズに牙を剥き、壊滅させる意思がある――
と来て早々、司令の血縁者であるビリーに、例え話に仮託して表明しているとも受け取れるのだ。

彼一人の力で「容易く」「ぶっ壊し」得るほどアロウズは脆弱な組織ではあるまいが、背後で彼の手綱を握る
女戦術予報士の存在をも視野に入れるならば、あながち笑い飛ばすこともできないでいた。
普段は子犬の如く従順に彼女の後を付いてはしゃぎ回り、男として、それ以前に人としてのプライドはどこにと
嘲られているパトリックの中に、虎狼の如き野性が見え隠れして、ビリーの背筋に一瞬寒気が走った。
欠員補充の為とはいえ、叔父は――アロウズはとんでもない狂犬――しかもカティ・マネキンにしか懐かぬ猛獣
を招じ入れてしまったのではないだろうか。この時ビリーは漠然とではあったが、不吉な予兆を覚えたのだった。

「正規軍のエースパイロットの言うことにしちゃあ、穏やかじゃないねえ」
――危険思想だよ。
ビリーだけが感じているであろう、二人を隔てる不穏な空気を、彼は平素の穏やかなおどけ口調で紛らわせた。
「とりあえず惚れた女だけは守っとかないとな。女の肌に傷の一つもつけたら、エース以前に男が廃る」
「徹底したフェミニストなんだ」
「ったりめぇだ。俺は愛に生きる男なんだよ! だからこそ幸運の女神は、この俺様に惚れてんの!!」
立てた親指を反らせた胸にグッと引きつけ、パトリックは得意気にポーズを決めた。ビリーはもう、辟易して数え
上げるのをやめてしまった。根拠が自信以外にない強引な持論展開も、はや何度目を迎えたことだろうか――

「――じゃあ、もし……追いかけ損ねたら?」
毒を食らわば皿までと、半ば惰性でビリーは尋ねた。
「無事に帰って来たら『よく帰ってきたな!』つって、何も聞かずに抱き締めてやるよ。ま、そん時家ン中に
ホカの女がいなけりゃの話だけどな! ははははは!!」
パトリックは黄昏の空に向かい、高らかに笑声を放った。
アロウズに身を投じてなお、酔っ払いとの因縁が断ち切れぬ己が身の不運と気弱さを嘆き、また念の入った
凝りようと執拗さにも呆れつつ、ビリーも引きつった笑いを重ねたのだった。

ひとしきり二人で笑ったあと、彼はふと真顔になりビリーに向き直った。
「――どうだぁ、タメになったか?」
「何て言うんだろうねえ、幾つかの点で、どうにも受け入れ難いところがあるけど――その、参考資料程度には」
敢えて忌憚のない意見を言わせてもらえば、彼の回答を実行に移そうにも、まず反体制レベルにモラルが欠如
している上に、彼の能力・容姿・パーソナリティといった固有性能に依存し過ぎていて、著しく普遍性にも
欠けているように思うのだった。過去彼から同様の手ほどきを受けた者達も、恐らく返答に窮したことだろう。

「『参考資料』……って、何だよそりゃ」
パトリックは挙げた右手の人差し指と中指を交差させてビリーにかざして見せ、にっと笑った。
「上手くやれよ、色男! 俺ほどじゃあねぇけどな――」
その手を平手に変え、ビリーの背を強かに叩いたかと思うと、いきなり彼の長いポニーテールを引っ掴んだ。
ビリーは後頭部をガクンと引かれて危うく倒れそうになったが、咄嗟に踏ん張って何とか持ちこたえた。
一方、パトリックは途中髪を手放し、鈍い音を立てて仰向けに倒れたのだった。
「痛たたっ……荒っぽいなあ、もう。――あれ?」
38文書係 ◆gIyeyjcT.M :2009/12/06(日) 00:25:53 ID:???
おまけに脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー 補編
/短編小説ビリー・カタギリ/「戦士の休日 その13」

 「こんな所で寝おって、馬鹿者が!」
再びデッキに姿を現したカティ・マネキンは、足許で豪快に寝転がっているパトリック・コーラサワーを
見下ろし、柳眉を逆立てて怒鳴りつけた。彼が気がかりで、軍務の合間を見計らい様子を見に来たのだろうか。
「……先ほどは、どうも」
ビリーは軽く会釈して、傍にありながら彼を制止できなかった責任を感じ、申し訳なさそうに肩をすくめる。

「こちらこそ部下が迷惑をかけて済まなかった。場も弁えず、下らぬことをほざきおって――おい、起きろ! 
パトリック!!」
快適でなどあろうはずのない飛行甲板の上で、パトリックはここが自分の寝床であるかのように、心地良さ気に
四肢を放り出して眠っている。彼女の怒鳴り声も、今の彼の耳には子守唄にしか聞こえないらしい。
抱えていたはずのワインボトルもグラスも、いつの間にか散り散りに転がっていた。自分が彼直属の上司で
あったなら、さだめし目を覆いたくなるような醜態である。

「おやおや。熟睡しちゃったみたいですね」
身体状況を一通り観察するに、急性アルコール中毒による昏睡ではなく、ただ単に眠ってしまっただけのようだ。
パトリックの体調を慮って飲み過ぎるのを止めるどころか、彼の「恋の手ほどき」なる発案に乗じて小細工を
弄し、結果酔い潰れるまで実験まがいの質問攻めに遭わせたビリーは、身を屈めてボトルとグラスを拾い集め
ながら、少しほっとして表情を和らげた。

「ふん……仕方がない、職員を呼んで来る。この馬鹿を部屋に叩き込んでやる」
安堵するビリーの前で、カティ・マネキンは「いっそのこと営倉にでも放り込めば清々するか」と腹立ち紛れに
吐き捨てて、肩を怒らせ腕組みした。
「僕も手伝いましょうか」
しかしながらビリーの長身だが逞しいとはいえない体つきを一瞥して、頼りにならないと判断したのか、
「いやいい。技術大尉殿の手を煩わせるまでもない」
彼女は実に素っ気無く、彼の申し出を辞退したのだった。

「まったく、世話を焼かせる……」
カティ・マネキンはぶつぶつ文句を言いながらも腰を下ろし、人を呼ぶ前にと、パトリックの着衣の乱れを
整えてやっていた。恋人と言うよりむしろ、母親か姉のような世話の焼きぶりに見える。
そして彼の身支度を一通り終えると、軍人らしい切れのある所作で立ち上がり、くるりと踵を返してビリーに
背を向けた。

その背中に向かって、ビリーは声をかけた。
「あなたと一緒に過ごせなくて随分凹んでいたみたいですよ、彼」
表向きパトリックに同情を寄せる風でありつつ、その実カティ・マネキンを冷やかすつもりで言い、彼女の
表情の変化を窺った。彼女は僅かばかり振り返ると、小さなホクロのある口の端を微かに歪めた。
多分、笑っているのだろう。

これといった返事もないままに、視界の中で徐々に小さくなるカティ・マネキンの後ろ姿を目で追っているうち、
「色っぽくて可愛い、たまらない」と、眼下に転がる「スペシャル様」が絶賛していたことを、彼は思い出した。
彼女の笑んでいるのかさえ判じ難い微妙な笑顔は、パトリックの目には至上のものに映っているらしいのだが、
彼の心を揺さぶるものは何もなかったのだった。
もっと愛らしく、花がほころぶように頬を染め、はにかんで笑う方が魅力的だと僕は思うけれどね――と、
胸を抉る痛みを覚悟で、夢寐にも忘れ得ぬ遠い日の少女の、無邪気な面輪を脳裏に描き出した。
39文書係 ◆gIyeyjcT.M :2009/12/06(日) 00:26:43 ID:???
今回投下分終了。

短編小説ビリー・カタギリ「戦士の休日 その14」に多分続く。
40通常の名無しさんの3倍:2009/12/06(日) 01:37:49 ID:???
>文書係氏
投下乙。ゲームのセリフが効果的で好きだ
自分のことしか考えてないくせに、卑屈にならず超前向きなコーラの思考ワロス
この時点で幸せのコーラサワーだった気がする、おめでたい的な意味で
41通常の名無しさんの3倍:2009/12/06(日) 08:10:20 ID:???
>>文書係さん
朝から面白い物を読ませて貰いました。GJ。
全身全霊で笑う門には福来たる、を体現しているコーラサワーが可愛いです。
42(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2009/12/10(木) 21:50:19 ID:???
『空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜』

の作者、弐国 ◆J4fCKPSWq.氏が再び規制に巻き込まれ中ですので、
ただ今から代理人による投下を始めます。

PHASE-08 運命は、交錯する。

本編6レス、予告1レス、全部で7レスです。
43(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2009/12/10(木) 21:52:53 ID:???
空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜

PHASE-08 運命は、交錯する。(1/6)

『マチュピチュの現在位置トレース良好。各センサー異常なし。――デッドアイ離陸準備完了』
『コントロールからキラービー両機、並びにホワイトシーフへ。出撃準備のまま待機』
「はい! あ、いえ、そのアイ・コピー。ホワイトシーフ、ゲレイロ准尉とシライは現状ままで待機」
 彼女は慌ててヘルメットを被りながら答えるが、まだパイロットスーツの手袋を付けていない。
 MPの人に敬礼で挨拶。そこだけはいつも通り。いつもと違うのはナヴィに乗ったまま
だった事。そして格納庫にナヴィは横付けになって私たちは自分のロッカーへバタバタと急いだ。
 あまり遠出をしないシライ隊なので、持っているものの、普段は使われないピートリー級の
陸上戦艦【マチュピチュ】はその時点でバクゥとディン全機、そしてかぁさんを艦載して
既に出発していた。
 あたしたちが駐屯地に到着した時点で、もう事態は動き出していたのだ
『デッドアイ発進、どうぞ。続いてデザートランサー2、離陸位置へ。ランサー3は現状で待て』
『――コンディションレッド継続中。全隊戦闘準備待機。緊急事態を鑑み騎士団へ各ゲートに
人員、MSの配置を要請中。繰り返す、全隊コンディションレッド継続中……』

「何がどうなってるの? 何でマチュピチュが? どうしてあたし達とムラサメが待機なのさっ?」
 ランサーとエピトリカ。スピアヘッドで構成される両隊も既に全機が出撃命令を受けている。
「スピアヘッドはデッドアイの護衛です。敵の航空戦力は未だ未知数ですから。――ちょっと
待ってて下さい、メインコントロールも若干指揮系統が混乱して……。命令書、見つけました。
――潜伏先を突き止……。例のファングとか言う機体を持つテロリストの潜伏先が、判明!?」
 確かにそれならば全力を挙げて仕留めなければならない。マチュピチュを出したのも恐らくは
かぁさんのバクゥハウンド、そのウィザード換装を考慮したからだ。
 自らそこまで追い込まれる事を想定しているなら、間違いなく総力戦になる。
 既にセブンスと、というよりはザフトシライ隊と友好条約を締結して彼らに堕とされた街は
3つになっていた。放っておけば最後はセブンス。それはわかる。……だけど。

「ね。それ、”グレイトマザー”にハッキングかけてるの? ――なら、ソースと時系列、わかる?」
「本日0957に匿名の一般人から通報。同1001、エピトリカ全機にスクランブル。同1015
エピトリカ2が目視でケルベロスバクゥハウンド、及びバクゥ3機を目視で確認。となってます」
「地形図出して! それと、お願い。大急ぎでマチュピチュの予測進行経路、計算して!」
 ティモシーさんはMSだけでなく情報の分野でも凄かったのだと聞いた。そしてかぁさんの
お師匠様、エディも情報分析、指揮に長け、怪我のベッドからさえ指示を出したと聞く。赤が
それほどのレベルだと、そう言うならば。――いや、むしろ分かり易すぎだ。わざと釣られた? 
「コントロール! ホワイトシーフのシライです。サイトーさんを出して!」
『コンディションレッド発令中だよ? キミらねぇ、ハッキングをかけたり、今も個人的会話……』
「罠でしょ、罠! どう見てもかぁさんを釣りだそうとしてるでしょ!? 状況も、地形も!
サイトーさんだって情報のプロなのにどうしてわざと釣られるような、こんなっ!」
44(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2009/12/10(木) 21:54:13 ID:???

#8 運命は、交錯する。(2/6)

 ちょっと待った。そう言うとサイトーさんはモニターから一旦消える。そして再び顔が映った時
背景は事務室、顔の下には 【Personal talks / Saito's Office】のテロップが付いていた。
『――レッド中の個人通話? そんなコトよりだ。みんなピリピリしてるんだ。オープン回線で
あんまり滅多な事は言わないでくれ。……多分キミらの読みは”当たり”だとはオレも思うが』
「だったらなんで、何でマチュピチュは行っちゃったの? かぁさんの次にエラいんでしょ?」

 サイトーさんは頭をがりがりとかきむしる。この人には珍しくこちらに感情が伝わってくる。
これは……。苛立ってる?
『確かにランク的にはエラい。ただ、それは平時だ。隊長がコンディションレッドを宣言した時点で
オレはエラくなくなる。わかるかい? 決定した作戦に対しては口を出せないし、作戦の遂行に
際しても直接何かをする訳にはいかないんだ。戦闘行動中はオレよりキミの方がずっとエラい』
 それは今だって同じだ。現にオレは今、君らに命令することは出来ないんだからな。
そこまで言うとサイトーさんは俯く。
『せめて作戦参謀として連れて行けと頼んだが却下された。だからキミらも黙って待機してくれ』

 一応ジーンもついて行ってるがアレは戦術的には役にたたん、それに補給と修理でそれどころ
じゃなくなるはずだ。俯いた顔は上げずにサイトーさんはそのまま画面から消える。
「ゲレイロ准尉からコントロール! ホワイトシーフの出撃許可を!」
『コントロールからホワイトシーフ。出撃は命令にない。セブンスの有事に備えてキラービー
と共に待機せよ。――ゲレイロさん、聞き分けて!』

 ムラサメ2機の他にMSはジンオーカー、そしてガズウートが数機残っている。
そしてクイーンオブセブンスとガーディアン2機も装飾を外され戦闘モードで起動していた。
『こちらガーディアン2、ダラスだ。クイーンのパイロットはどうするんだ!? ――それより
出撃許可をくれ! コイツで砂漠戦なら、ハウンドにだってひけは取らない!』
『出撃は許可出来ない。既に主力は全て出払った以上、セブンスの有事に備えて待機。隊長
からガーディアンとキラービーは動かすなと厳命されています。パイロットは状況に応じて選考
します。今は状態維持を最優先に。――オーカー、ガズウートも全機起動、ゲート前へ移動』

「作戦域まで遠すぎます。全力で約8分。空力飛行ではスピードが……。ムツキさん」
「こないだ実験したスーパーブースターだっ! ――ポーリーンさん! 聞こえる!?」
 残されたパイロット、いや隊員全員が苛立っている。それはそうだろう。みんなセブンスを
愛するが故に此所に居る。何もするなと言われれば怒りたくもなるだろう。正規のルートで無く
ザフトに入った人の方が多いのだ。
「応援要請が来たら3分かからないで着く。単機だってこの子はガンダム。時間は稼げる!
あたしのかぁさんかどうかは関係ない、セブンス的に白き雌豹が墜ちたら困る。そうでしょ!?」
『……了解、ホワイトシーフ。一度格納庫へ。――スーパーブースター出して! 装着準備開始』
 トレーラーにひかれてのろのろと後ずさる。MSモードなら歩いてすぐなのに、もどかしい。
『マチュピチュ、作戦エリアに入ります。!』
「どうなってるんだろ……。かぁさん」
45(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2009/12/10(木) 21:55:07 ID:???

#8 運命は、交錯する。(3/6)

「現状は拮抗を保っているようですが、例のガンダムタイプが出ていません。また戦況を見極め
てから出てくるつもりなのでしょうが……。どのセンサーも捕らえて無いのが気になります」
 戦力では圧倒してるはずのシライ隊だ。但しどのデータも拮抗している。となっているらしい。
だいたいバクゥを手足のように使える奴の方がすくねぇ。とは元MS乗りでもあるジーンさん。
 そのバクゥをメインで駆るミツキ・シライとその部隊の上げている戦果は、だからMS乗り
にとっては嘘みたいな数字なのだそうだ。部隊全員が手足のように扱ってると言う事だから。
 そしてそう言う”特殊”な人達の集まったシライ隊。しかも数で勝り、戦艦と、空にはディンまで
居るのだ。これで釣り合いが取れてしまうとは、相手はやはりかなり腕が立つ
 そして更には赤の駆るガイアを未だ温存中。となれば現状の戦力ではかなり危険だ。

「レディレパード、ケルベロスウィザード射出要求、……換装完了」
「ケルベロスだけ、もう2回目だ。そんなに押し込まれてるの? ――ん? なに?」
 ヘルメットの顎の部分を指さすリョーコちゃん。だからレッド中は個人通話は……
《先ほどの事務長のお話、どう聞こえました? 特に最後の部分》
《どうって言われても、普通にオレは指示を出せな……。え゛? ――もしかして、あたし!?》
 彼女は頷く。オレは今、君らに命令することは出来ないんだ。サイトーさんは俯いたまま
そう言った。そしてローズ=マリーさんもホワイトシーフには”命令は無い”と言った。

《既に主だった”小隊長クラス”のパイロットは皆さん出撃しました。つまり……》
『ポーリーンからホワイトシーフ。作業終了。待機位置へ移動、どうぞ』
「ゲレイロ准尉了解。――作業の終了を確認。待避願います、ホワイトシーフは移動を開始」
 そしてあたしはエラくなった。今居る実働部隊で、正装時に襟飾り、それに刺繍まで着いている
のはあたしだけ。あたしに命令出来る人が居ない。独自判断での出撃が今なら可能と言う事だ。
 サイトーさんが俯いた理由はわかった。あたし達が出撃出来る、そう言う余地を隊長に内緒で
作ったんだ。わかるように言わなかったのは出来れば出したくない。そう思ってるからだろう。
《状況を見て一気に離陸しよう。でも今はまだ待って。あっちはタイミングをみてガイアを出して
くるはず。そしたら一気にウチが不利になるから、行くならその時に。2分で着くんだから》
 再びトレーラーにひかれ滑走路の端まで引っ張られていく。離陸から到着まで116秒。
いくら腕に差があっても全滅は、少なくともかぁさんを堕とす時間はないはずだ。

《相手のガイアが出てから、ですね。了解です。そうなれば、こちらも出て行って後退の筋道を
着けると。確かにピンポイントでガイア狙いの奇襲は効果的でしょう。データチェックを……》
 データチェック……。ピン。――ひらめいた。
《アレもおじさんが作ったっ、て言うか直したんだよね? だったらある程度はデータあるよね?》
 あの時起動できないこと、TP装甲が稼働している事を無線の声はあっさり言ってのけたのだ。
《プロトガイアの基本データならすでに手元に廻っていませんか? あの、どういう……?》
《そうじゃなくて。ばらばらになったとしても、当時のザフトが回収をあきらめた理由。つまり手の
施しようが無く壊れた部分があるっていう事でしょ? この子の腰骨みたいな所があるはず!》
46(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2009/12/10(木) 21:56:34 ID:???

#8 運命は、交錯する。(4/6)

「敵の陣形が……、変わった? ――ムツキさん、そろそろ用意をした方が良さそうです」
「機長、アイハブ。――機関起動、即時臨界へ。ス−パーブースター余熱開始」
 背中に背負った巨大な二つの筒からはもくもくと煙が出ているはず。周りでみていても
恐らく、こちらが何をしようとしているか。もうバレただろう。
『何やってるホワイトシーフ、出撃命令は出してないぞ!? ――な? Nジャマー反応急速
増大、ムーンフラワーにスクランブル。デッドアイと繋いでデータを中継! 急いで上がれ!』


「――っ! ガイア、出ました! 一気にレディレパードに接近します!!」
 離陸シーケンス開始。そう言うと目の前のモニターにはたくさんの数字と文字が躍り始める。
「離陸完了3秒後にスーパーブースターイグニッション。以降は主翼格納の為、空力制御不能となります。
ムツキさん、ブースター推力による弾道飛行です。スラスター制御はムツキさんに」
『観測班、詳細データ見落とすな。例のヤツが出たぞ! マチュピチュと連絡は!?』
『帯域が大幅縮小! データ転送でギリギリです、ムーンフラワーが上がるまで待って下さい!』


「こちらはムツキ=グラジオラス・シライです。今回の作戦は、これは強行偵察だと推測します」
『はい? コントロール、ローズ=マリーよ。むっちゃん、何でいきなりフルネーム? ――
ちょっと! それよりキチガイメカニックの作った大気圏脱出ブースターなんか何に使う気!?』
 離陸準備完了まで後30sec。モニターの文字は数字を減らしていく。
「すでにガイアを引っ張り出した以上任務は完了したものと判断し、これより前線部隊後退支援
の為、独自判断で出撃します。命令は不要です。――A滑走路、全員に退避勧告願います」
『A滑走路、総員直ちに作業中止。待避! ――待ちなさい、ホワイトシーフ! 二人とも!!』
 モニターに【Standby OK】、の文字がでる。ローズ=マリーさんはOK、してないだろうけど。

 数人作業をしていた人達がワラワラと滑走路外へ逃げる。そして一瞬インカムに手を当てた
誘導員が、振り向くと歯を見せて笑う。彼はこちらに親指を突き出すと、旗を下へ振り切った。
「行きましょう、ムツキさん……・メインブースターイグニッションレディ!」
「――リョーコ・ゲレイロ、ムツキ=グラジオラス・シライ。ホワイトシーフ、行きまぁああす!!」
 いつもと同じ離陸。ほんの一瞬、ゆるゆると動いた次の瞬間。一気に加速し、舞い上がる。
いつもと違う事。それはあたし達の気持ち。逸(はや)っているのか、恐れているのか。
『二人とも! 平常心だ、感情にまかせては実力を発揮出来ない、ミツキくんを、たの……』
 ノイズの混じったサイトーさんの話している最中。ドン! 大きな音と共にいきなりシートに
押しつけられ、回線も切れた。

「各スラスター動作良好。仮目標へ上下角0.2左0.6。到達まであと60。どうなさるんです?」
「残り時間はメインモニターにも出しといてね。レディレパード、それとガイアの位置は確実に
掴んでおいて。……どうするかは、少なくとも15秒前には決断する」
47(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2009/12/10(木) 21:57:32 ID:???

#8 運命は、交錯する。(5/6)

「目標、双方の位置確定。トレース開始……。――っ! デッドアイからの映像キャッチ!」
 白とダークピンクのバクゥハウンド。砂漠に君臨する女王、『白き雌豹』。
 一緒のフレームには黒の、同じく4つ足で地面に立つMSが収まる。
「――かぁさん!!」  

 但し、白いMSの右半身は傷まみれ。右のビームサーベルはフィールドを形成する機能を
失いたまにチカチカ光るだけ。ケルベロスウィザードも火花を散らし、左に首が一つ残るのみ。
 そして黒い機体はその右側に回り込み、またしても装甲を削り取っていく。
『……あか……ザフ……は、パトリック・ザラに忠誠をちか……組織では無……でしょうにっ!』
『……チュラル共に迎合す……の姿勢が気に喰わんと言っ……いる! わからんかぁ!』
 既にオイルと埃で灰色に汚れたバクゥハウンド。それでもかぁさんは懸命に機体を駆り、
そして叫ぶ。彼女の大事な人々がかつてその称号を受けた、ザフトレッドを汚されぬように。
『コーディネーターは絶対者ではないでしょう? 今は文字通り人心を調整する時でしょうに!』
「仮目標まであと30。ムツキさん、最終目標は!?」 

『別に俺が成り代わろうというのではない。ザラ閣下の意志を継ぐものは他におろう。――だが』
 いきなり黒い機体は変形しビームサーベルで白い機体に斬りつける。すんでの所で機体の
両断は免れたが、バクゥハウンドは右の後ろ足を無くした。双方、一旦距離を取る。
『コーディネーターとしての誇りを忘れ、ナチュラル共と共存するなぞ愚の骨頂。オーブの如き
軟弱国家出身の、更にはアカデミーさえ出ていない貴様なぞに、判る道理があるかぁっ!』
「機長、耐ショック! 一気に高度落としてそのまま突っ込む! 舌、噛まないでね!?」
「あと15、なん――? わきゃっ!」
 ブースターの長い尾を引きながら、更に今度は音速で地上スレスレ、砂を巻き上げつつ
突進する。あたしの知る史上最速の乗り物、ナヴィに今は多分勝ってる。

「あたし達はやれる。いや、あたし達だからやれる! でっかいの、来る! 再度対ショック!」
 黒と白、2機のMSは再度交錯する瞬間を探す。そして黒い機体は飛びかかり、白い機体も
それを受けて左半身全ての武装を向けようとする。
『学のない女なぞ、端から引っ込んでいればよいのだ! 失せろ! 玉無しがぁ!!』
「付いてりゃ、エラいのかっ!? だいたいガイアは女神様の名前! 女の子だぁああっ!!」

 3機の交錯はほんの一瞬。時計では計れないくらい。ただあたしには見えた。バクゥハウンド
は実はまだ致命傷を負っていない事を。ガイアがビームサーベルを二本構えるところを。そして。
「わぁああああああ!!!」
 全くのレンジ外からいきなり飛び込んだホワイトシーフが通過した一瞬後。対峙していた
2機のMSはいきなり吹き飛ばされる。ガイアは空に巻き上がり、バクゥハウンドは3本の足で
踏ん張りつつ、爆散するケルベロスウィザードをパージしながら後ろに流されていく。
 そしてホワイトシーフも煽りを食って地面への激突の危機は切り抜けたものの、煙の尾を
引きながら斜め上に向かって打ち上がっていった。
48(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2009/12/10(木) 21:58:17 ID:???

#8 運命は、交錯する。(6/6)

「ゴメン、ちょっと無理する……! ――っう! ぐはっ、つ、ぎゅぅううう――」
 グリン。機体の向きだけを強引に変える。180°転回した所で全ブースター全開。
 シートに体がめり込み、機体全体が軋みをあげる。モニターの中の機体全体がワーニング
表示で黄色く染まり、視界は赤くぼける。肺が押しつぶされ、息は強引に全て吐き出させられる。
「――も、くひょう、……まで距離210、000!? ちくしょー! がはっ、か、なり流さ、れ……」
「かっ、完全、減速まで、あ、あと5、げほ、ブースターエンプティまでは3秒。――主翼展開」

 失速して下に落ちていくのをも利用して強引に加速をかける。
「ブースターパージ、空力制御回復。……だいたい宇宙(そら)へ行けるスピードで逆加速かける
なんて強引過ぎです。パートナーがブーステッドマン(わたくし)でなければ死んでましたよ?」
 文句は当然全言われるだろう。けれどリョーコちゃんの口調はむしろ嬉しそう。
「普通、コーディネーターだって死ぬって、あんなの。あたし達二人でなきゃ、出来ないでしょ?」
「確かに旋回には燃料が足りな、――再度ガイアを捕捉! オレンジ121、チャーリー!」
「ちっ、角度が深すぎた。レディレパード何所よ!? 機長、マチュピチュに回線開ける?」
 とにかく出撃(で)てきた建前、部隊の後退。それをしてもらうためには話を聞いてもらわ
なくっちゃ前に進まない。

「マチュピチュCIC、こちらホワイトシーフ、グラジオラス・シライです! 応答を!」
『――? ムツキ嬢か!? ホワイトシーフ、だれが出撃許可を出したか!? 後退しろ!』
 マチュピチュはまだ生きている。艦長にいきなり怒鳴られてそれだけはわかった。
「変わってゲレイロ准尉です。出撃は独断ですが合法です。――詳細は知らされていませんが、
今回の作戦の実際は敵戦力の強行偵察であると推測します。ならばガイアも引き出せた以上、
これ以上の作戦続行は不用、既に当方の戦力推定1割減。危険です。――撤退を進言します」

 此所で隊長とバクゥ隊、双方を失えば次は恐らく直接セブンスに危害が及びます。冷たくそう
言い放つリョーコちゃん。既に情報処理のスペシャリストとして部隊内部で認知されている彼女が
そう言った以上、既に艦長では判断は出来かねるだろう。事は作戦全体に関わる。
 そして指揮を執っているのは。
『レディレパードだ。艦長、ゲレイロ准尉の進言、一考の価値有りと判断する。MS隊、応戦しつつ
船に帰投。マチュピチュは微速後進開始。――それと足をやられた。至急こちらにブレイズ射出』
『――っ! アイアイ・マム! ブレイズウィザードを至急射出! 機関反転−5、後進かけろ
取り舵10、ハンガーはMS受け入れ準備! ――何やってる! 1番2番は撃ち方継続だ!』

『ホワイトシーフ、聞いてるわね? 不本意だけど助かった、ありがとう。――あなた達も後退を』
「服の金モールは伊達じゃない! 船の戦域離脱までもたせなきゃ出撃(で)て来た意味ない!」
「わたくしも国防軍尉官です。全体の戦術を考えて行動をしています!」
 やってやる、二人合わせて10を、ガイアを超える! 火事場のばか力っていうんだっけ?
――あれ? サイトーさんの言ってた平常心とどう折り合いを付ければ……。
『わかった。……撤退までの敵の足止めを命ずる。そしてもう一つ。厳命する、必ず帰投せよ!』
「イエス・マム! ――えーい、考える様には出来てないんだ。あたしゃあ! ……行こうっ!」
49(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2009/12/10(木) 21:58:59 ID:???

=予告=
 ガイアとバクゥ隊の執拗な攻撃を一機で引き受けるホワイトシーフ。そして……。
「ただのコーディネーター如きがデカい口を叩くな! はなっからモノが違うって言ってんのよ!」
『次回 空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜』
【ホワイトシーフ、撃墜(お)つ。】
 あのぉ。あたし、そこまで態度のでかいキャラじゃないと思うんですけど……。
50(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2009/12/10(木) 22:00:56 ID:???
代理投下完了。
51通常の名無しさんの3倍:2009/12/13(日) 17:57:38 ID:???
投下乙。
作戦には出張らないサイトーさんが良い味だしてますね。
52通常の名無しさんの3倍:2009/12/15(火) 20:55:05 ID:???
種と00の世界が融合してしまった世界とか書きたいんだけど、どんな設定がいいんだろうか
53通常の名無しさんの3倍:2009/12/15(火) 21:04:26 ID:???
>>52
そんな貴方に
つ http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/shar/1254974278/
  新シャア創作関係者詰所スレ4

ここでも聞いてくれると思う。
54通常の名無しさんの3倍:2009/12/15(火) 21:25:58 ID:???
>>52
>>53のスレもオススメだが基本的にSSなんてのはある程度何やっても良い
ソレが受けるか受けないかは別だし、スレのルールは守らないとダメだけどね
やってみたいIF、キャラクターとのクロス、機体の乱入、完全に混ぜこぜにした世界観の一からの構築etc
自分が出来そうでやりたい事を練るのもSSつくりの楽しみよ?
55通常の名無しさんの3倍:2009/12/17(木) 23:06:22 ID:???
>>砂漠2

投下乙
なんか今までになく刺激的な次回予告
考えるように出来てないムツキがなんか可愛い
そしてトメさんはまたもいぶし銀な役回り

代理投下も乙
全鯖規制に巻き込まれてる人が結構いるようだが
いつ規制は解けるんだろう
56通常の名無しさんの3倍:2009/12/22(火) 20:02:19 ID:???
>>1の旧まとめのポケスペって昨日からメンテしてるみたいだけど、
まだ見られないよな。
57通常の名無しさんの3倍:2009/12/22(火) 20:05:56 ID:???
うん、全然見られない。

ちょっとコーラサワーを読み返そうと思ってたんだけど。
あれ、ガンクロにあるんだったか?
58通常の名無しさんの3倍:2009/12/22(火) 20:12:17 ID:???
>>57
ガンクロのその他(etc.)にあるよ
59通常の名無しさんの3倍:2009/12/22(火) 20:15:53 ID:???
あった。サンクス。
60通常の名無しさんの3倍:2009/12/22(火) 20:18:13 ID:???
ところでdion軍年末規制みたいだが、みんな大丈夫か?
61通常の名無しさんの3倍:2009/12/23(水) 00:17:37 ID:???
前から疑問なんだが
気に入ったSSを保存しないのか
62通常の名無しさんの3倍:2009/12/23(水) 01:09:03 ID:???
二回以上読み返したのは保存するが基本はオンラインで読む
カウンタがついているサイトなら特に
少しでも職人さんの励みになるかなと思って
wikiなんかだと誤字その他の改定がされていることもあるし
63通常の名無しさんの3倍:2009/12/23(水) 01:11:58 ID:???
>>62
あ、改定に関しては同意。
最新版が読みたいしなあ。
励みになるってのは気付かなかった、なるほど。

個人サイトのは急に消えちゃったりするから保存したことはある。
ほんとになくなってしまったが…
64通常の名無しさんの3倍:2009/12/23(水) 08:55:53 ID:???
じゃなくてwikiでもなんでもいいけど気に入ったSSは保存して常時読める状態にはしないのかってことなんだが
65通常の名無しさんの3倍:2009/12/23(水) 14:09:23 ID:???
[なんでもあり]「人間は愚かな生き物だ」
http://dubai.2ch.net/test/read.cgi/mog2/1261482479

こんなのはどうだろうか
6645 ◆HHRSJTtlhQ :2009/12/23(水) 19:46:18 ID:???
今から誤字脱字の確認をして、8時半くらいから投下します。
6レス。
67通常の名無しさんの3倍:2009/12/23(水) 19:53:30 ID:???
>>66
お、待ってる
68SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/12/23(水) 20:30:44 ID:???
SEED『†』 第二十六話 続き。

18/

 ――ロドニア ラボ入り口前テント

 低く。プラズマジェットの蛮声が響いている。

 臨時の指揮所となった仮設テントに居るアーサーに、インパルスの姿は見えない。腹の傷を揺るがす
重低音は、まるで獣のうなり声に聞こえていた。号令一下、解放の時を待つメカニズムの巨獣。

「良いかシン、"ガイア"は施設を破壊するために、特殊兵器で爆装している可能性がある。
ガイアを爆散させずに追い払うんだ」
 テントに吹き付ける風のイオン臭に顔をしかめたアーサーは、通信機を抱え込むようにして叫んだ。
素肌をむき出しの腹には包帯が巻かれていて、黒服の上着を直に重ねている。

『爆散させずにって……』
「そのための指揮を僕が執る!」
『了解です――』
 と、レイ。即答するザクの歩みが、アーサーの立つ地面を揺らしたように思える。

『レイは寝てろよ!』
『敵襲の時に居なかったら罰金だろう? シンに罰金を払うなんて、想像するのも嫌だ』
「レイも行け! ただし無理は許さないぞ。っと、人に言えた事じゃないけどね。む……」
 大地の揺れは、アーサーの錯覚だった。足下の覚束ない両膝に力を込め、スチール机に
両手をついて辛うじて体を支えるアーサーに、ヨップが近づく。

「副長、休んで下さい。傷が開きます」
「これから戦闘だって言うのに、指揮官が寝ていられるか! 二度とふざけたことを言うなら、
僕のパンチが火を噴くぞ、下がれ、アラファス!」
 肩に当てられた手を振り払い、どう見ても格闘向きではない素手をヨップに向けると、
アーサーの剣幕に付き合っていられないのかヨップは、大人しくレーダー端末に向った。

「敵機、接近中です――」
「10km圏内に到着するまでは……100秒か? よし、インパルス、ザク発進。インパルスは高度100から、
ザクは地上から三次元的十字砲火にてガイアの頭を押さえろ、良いな!? 後はひたすら、"待て"だ!」
『それだけですか……?』
「それだけだ! 君たちは何者だ? ザフトレッドだろう。機体は何だ? インパルス、ザクだ! 
いいか、素材が良ければな、料理法なんてのは、シンプルがベストなんだよ!」
69SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/12/23(水) 20:32:10 ID:???
19/

 ヨップが、インパルスへ情報を送ります、と端末を操作しはじめた間に、アーサーは
背後に手錠を掛けられた少年のうつむき加減に為ている顔を見ていた。
 "ラボ"の地下でアーサーを刺した――おそらく人体実験を受けていた――少年だ。
 狭い現場、隔離するスペースも、監視の人員を割くことも出来ずにテントの中に放置されている
少年の顔を、遮る何物も無かったが、アーサーはその瞳の奧に、子供らしい生命力の輝きを見る事は
出来なかった。青っぽい少年の瞳は恐怖によどんでいたからだ。

「私が……怖いかい? 刺した相手が……」
 少年が微かに首肯した。「そうかい」アーサーは努めて、腹部の刺し傷からくる痛みを声に出さないように、
語りかけた。

「撃った相手が怖い……ソレは当然の心だよ、誰だって……誰かの憎しみをぶつけられるのは怖いからね。
だけど、君は。今の君は……誰かの憎しみを恐れる必要は――無い」
 やがてアーサーは、背筋に力を込めて姿勢を正した。出血した腹部は火を当てられたように熱いが、
全身は氷に浸っているように冷たい。だが、子供が彼らの戦いを見ていた。無理をする理由としては、
ソレで十分すぎるほどだ。

「私たち大人が何時の間にかこの世界を作り、この世界が君を傷つけた。君はだから、自分を守る為に
手の届く誰かを撃った――それだけだ。だが、それは……今日で終わりだ。……麻酔など要らないと
言っているだろうアラファス!」
 顔色は耳まで青いが、アーサーの両目だけは薄く血走って赤い。

「君のお母さんは、今の状態じゃ治療するどころか、医者の居るところに搬送することも出来ない。
だから、搬送用のヘリが到着するまでは、私とザフトが君とお母さんを守る。良いね?」
 まるで幽霊の様なアーサーの、確認と言うよりむしろ懇願の調子を帯びた言葉を向けられて、
少年は緩慢に頷いた。もしかしたら、アーサーの青い顔から引いた血液の流れを追って、
赤色のにじむ腹の包帯に視線を落としただけかも知れない。

「その代わりに君は……。いや、いいか。これは後だ」
「電子妨害を確認。副長……インパルスがガイアに接触しました。始まります」
 ヨップの言葉を待っていたかのように、地平線の向こうから遠雷のような戦闘の響きが聞こえてきた。
短い地鳴りが二度、アーサーの足下を揺らすと、黒服の副長は通信機の向こうに叫びかけた。

「インパルス、ガイアに突きかかるな。高度を維持して足留めに集中しろ!」
『え…………はい!』シン――"なんで分かるんだよ"という口調で返事をする。
「ザクは距離を2割詰めて、ガイアの腹を狙え。インパルスはそれを掩護!」
 アーサーが、今度はレイに呼びかける。爆竹のような軽い破裂音が二回鳴った後に、太い遠雷が
長く空を揺るがした。

70SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/12/23(水) 20:33:18 ID:???
20/

「音か。音と振動で戦場を見渡しているんだ!」ヨップが呆れたような声を上げる。

 地鳴りは、ガイアが跳躍したときの震動だ。80t超のMSが全力で駆動するのは、空中にあるインパルスへ
飛びかかろうとするときだろう。だからアーサーは、インパルスに高度を上げろと指示を出した。
 長く残る遠雷は、ガナーザクの"オルトロス"が吠えた砲声だ。砲口から数kmに渡って、ビームの通った
場所にある空気を瞬間的に加熱、膨張させるために、届く音が長く聞こえる。

 本来ならば、近くの母艦から、インパルスの戦闘データをリアルタイムに参照しつつ戦闘指揮を行うが、
NJの影響が強くミネルバにまでデータが届かない。そして今、インパルスからの映像を処理できる機材が
アーサーの手元にはない。アーサーはひたすらに耳を澄ませることで、戦場の様子を脳裏に思い描いている。

 そしてアーサーの指揮とインパルス達の迎撃は成功しているようで、レーダーに表示される輝点は、
"ラボ"に向けて少しも接近を果たせていなかった。

「あのガイアが、こんな簡単に足留め出来るのか! これは……彼らなら勝てるかも知れない。
"フリーダム"のパイロットに――」
 ヨップは、奇跡の光景を見るつもりで、アーサーの指揮に聞き入っていた。

71SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/12/23(水) 20:34:40 ID:???
21/

 ――インパルス

 レイの不調が気に掛かっていたシンは、最悪一人でもガイアを足止めする気だった。
 だが蓋を開けてみればどうだ――。

「北に寄せるぜ、レイの準備は良いかよ!?」
『200m離してくれれば、ザクの射角に入る――!』
 "ラボ"に向けて東進するガイアの前方、空からインパルスがビームを浴びせ、北からザクが撃つ。
 息を整えながら、ライフルの狙いをガイアの鼻先につけた。レイのザクと交代しながら息つく暇もなく
浴びせかけた波状攻撃は、ジャガイモの皮をむくように少しずつだが、ガイアの戦闘力を削いでいった。

「すごい――巧く行ってるな!」
『油断するな、相手も俺たちの動きを知っていると見るべきだ』
 地上戦最強を誇り、アーモリー・ワンでの強奪事件以来、数多のザフトMSを屠ったガイアを完封できて
いる事態に、シン自身が驚きを隠せない。同時に、インパルスと他のセカンドステージMSの設計思想の
違いを、今更ながらに思い出していた。

 カオス、アビス、ガイア。そしてセイバー。それらの四機は、各々が得意とする戦場において大戦機
"フリーダム"の機動性を凌駕するように設計されていた。
 対してインパルスは、遠距離砲撃、中距離支援、近接格闘戦、全ての間合いにおいて、僚機との
完全な連携を行う為に設計された――と。

『シン――! 右だ!』
「分かってる!」

 跳躍するガイアを、インパルスは上昇して躱す。失速する巨体を狙うザクの主砲――身をよじって
回避するも、羽に見立てたビームブレード付き砲塔を落とされるガイア。漆黒の獣が着地した瞬間を
狙ってインパルスが撃ち、たったの二機を地上で相手にしている最強の獣は、"ラボ"を前にしながら
容易く後退していく。

 撃たれてから躱している、とすら錯覚できるほど、ガイアの瞬発力とパイロットの反射速度は凄まじい。
だが、ザクとインパルスが中距離以上の距離を保っての撃ち合いに終始為ている今、ガイアは完全に決め手を
欠いていた。対してシンは、牽制、支援と攻撃の完全な役割分担に、かちりと歯車が噛み合った感じがする。

態勢が整っていれば、自分たちザフトレッドでなくとも、こうやってガイアを相手取る事が出来るだろう、
シンはそう思った。

 そして、アーサーが"待て"と言った理由も、今なら分かる。
72SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/12/23(水) 20:35:47 ID:???
22/

『シン――そろそろだぞ』
「ああ!」
 口調は興奮していたが、頭の何処かに冷えた思考が残っていた。普段とは全く逆の状態だ。
 蓄積されるダメージに加えて、遠ざかって行く目標地点。敵パイロットがしびれを切らすのは近い。

 足留めに徹してガイアのエネルギー切れを待つことも、ミネルバの援軍を望むことも出来ただろう。
 だが、友軍のことを考えても、此処でガイアという脅威に撤退の機会を与えるわけにはいかなかったし、
"ラボ"に残された子供達の亡骸を思えば、その痕跡を消し去ろうとするガイアを許すことも、シンには
考えられなかった。

 ガイアを落とす千載一遇のチャンスに、欲を張ろうとしているのは、なにもシンだけではない。

「レイ――」
『存分にやれ。俺とザクが、完璧に援護する』
 なんとも頼もしい僚機の台詞。シンは、僅かばかりに高度を落としながら、ザクの胴にライフルの
狙いを定めた――と、引き金を搾るより早くガイアが動き、放った光条の下を潜る。四肢に力を溜め、
大地を蹴って跳躍する、夜闇のように黒い獣。口元にはビームの刃が光っている。

「かかった!」
 手の届く高さまで降りれば、必ず飛びかかってくると踏んでいた。
 あるいは、ザクの"オルトロス"に追い立てられるように、ガイア空中へと躍り出る。

 高く、そして迅速なガイアの跳躍を読んだシンは、ライフルを捨てた。
 操縦桿を倒せば、ぐん、と景色が半回転を遂げる。
 脳から血が引く。ペダルを踏み、地面に向ってなおも急降下――黒く大きな影とすれ違う――と、
インパルスは姿勢制御のままならないガイアの下に回り込み、獣の弱点である腹を見ていた。

「この、やられちまえーー!!」
 ライフルを捨てたマニピュレーターで、サーベルを一閃。
 光り輝く切っ先が、ガイアのコクピットハッチを切り裂いた。

 更に反転し、脚から着地したインパルスの前で、腕とビーム突撃砲塔をへし折られながら、
ガイアが無様な墜落を見せた。跳躍の勢いそのまま、ロドニアの森に生える木々をなぎ倒しながら
数十メートルも大地を削った"地母神"は、機能を停止して横たわる。

『目標、沈黙』
 ザクがガイアに狙いを定め、戦闘の終結を宣言した。
73SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/12/23(水) 20:37:37 ID:???
23/23

「やった……のかな?」
 シンは、PSダウンを起こして灰色に染まる装甲が今にも起き上がって来るか、と想像したものの、
CIWS砲塔を向けたガイアに動く気配の無いと分かると、そこでようやく息をついた。

 通信機の向こうから、テントに居る調査部隊の歓声がこぼれてくる。やや遅れて、ようやくまともな
通信が出来る圏内に入ったミネルバから、ねぎらいの言葉が届いた。

「あ……副長は?」
『シン=アスカ、こちらヨップです。トライン副長は、ガイア沈黙の声を聞いた途端に気絶しました。
命に別状は無いでしょうが、暫くは絶対安静ですね。副長から伝言――"上出来だ"との事です』
「そうですか、良かった」
『ガイアに爆散の気配が無ければ、おおよそ大丈夫だとは考えられますがね。出来れば様子を……あ、
いや、見ない方がいいでしょう、シン=アスカ』

 "何でです?"とシンが問う前に、ヨップは少し腰の引けた口調で『彼らはファントムペインのパイロット
でしょうから』と言った。

 詳しい情報は定かでは無いが、シンと年齢の近い少年少女に過酷な訓練を受けさせて、パイロットに
為ている部隊である、と。

 結論から言うなら、ヨップは余計な事など言わなければ良かった。"見るな"とさえ言われなければ、
シンが敵パイロットの姿に興味を持つ事など、ほぼ無かったのだから。

「……」
 "ラボ"の口封じに来た奴を一目見てやろうだとか、機会があれば文句の一つも言ってやろうだとか、
その程度の認識しかなかった。インパルスのカメラが、ハッチの切り裂かれたコクピット内部を拡大した時、
映し出された人影が意外に小さいとか、それどころか少女らしい体のラインをしていることが分かっても、
シンの驚きと連合に対する怒りはまだ、抑えていられる程のものだった。

「え――?」
 オルフェウスの例を引くまでもなく。
 古今の物語で、"見るな"の禁忌を破った登場人物に訪れる結末は、悲劇でしかない。
 密室を覗く者と、暴かれた秘密の間に待つ未来は、離別でしかない。

 意識を失っている少女の金髪。頭が動く。露わになる顔。固く眉根を寄せた額に流れる血。
苦悶の表情を浮かべていたのは、ディオキアで出会った少女に他ならず――
「え……ス――テ……」
 ――息が、詰まる。

 直後、ザフトの通信回線から、シンの絶叫が溢れた。
74通常の名無しさんの3倍:2009/12/23(水) 20:39:34 ID:???
なにここ

そこらのSSスレより完成度たけぇし
75SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2009/12/23(水) 20:40:21 ID:???
以上、投下終了いたしまして、第二クール終了です。
感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
76通常の名無しさんの3倍:2009/12/24(木) 09:58:22 ID:???
GJ!
アーサーがめっちゃカッコイイな
77通常の名無しさんの3倍:2009/12/28(月) 00:09:13 ID:???
保守アゲ
78通常の名無しさんの3倍:2009/12/28(月) 00:11:20 ID:???
こりゃまた羞恥プレイを///
79通常の名無しさんの3倍:2009/12/28(月) 01:34:42 ID:???
SEED「†」では、軍人がちゃんと軍人しているのがイイ!
80文書係 ◆gIyeyjcT.M :2009/12/29(火) 19:17:38 ID:???
こんばんは、文書係です。

次回投下は元旦を予定しておりますが、
なまはげさんもクリスマス以来ずっとうちに寄生しているので、
>>33後半の件も引き続き受け付けています。

んだば。
81弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/12/30(水) 18:11:54 ID:???
空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜

PHASE-09 ホワイトシーフ、撃墜(お)つ。

「当初の仮ポイントまであと20秒。――シライ隊、戦域離脱までは最低330秒かかります。
敵はオレンジ15、マーク12アルファからブラボー。マチュピチュ正面に集中を始めています。
ガイアの他、バクゥ4、ハウンド1を確認」
「ちくしょー、舐めやがって〜! 正面ってどんだけなのさ! 回頭右70。上下角マイナ14、
オールウェポンズフリー。ハウンドの鼻っ面に飛び込んで変形する。リョーコちゃんはガンバレル
でバクゥの足狙って、雑魚を足止め! 最終的には”ガイア”を、……撃墜(と)るっ!!」

 バクゥなんぞは何機居ようが目じゃない。ラウ・ル・クルーゼが、シン・アスカが、雑魚(ざこ)に
手間取った記録なんか、ないっ! 
 最大望遠、と注意書きの付いたウインドゥ。正面にバクゥのお尻が見える。
「感情にまかせてはいけません。平常心です。あくまでいつも通り、訓練通りに――」
「わかってるって。別にいい気になってる訳じゃない。バクゥもハウンドも此所までシライ隊
(ウチ)とやり合ってたんだ。機体もパイロットも消耗してる。そうでしょ?」
 まさか単機で突っ込んでくるとは思わないらしい。ミサイルを撃っては来たが一機として
こちらを振り向く様子はない。いや、バクゥハウンドが振り向くと頭を下げて身構えるが……。

「遅いっ!」
 叫びながら変形。右手にサーベル、左手にライフル。そしてフリーダムの羽のように見える
計4機のガンバレルも変形中に全て分離。連射したライフルはケルベロスウィザードの頭二つ
と右のサーベル基部を過たず打ち抜き、脇をすり抜けざまサーベルが右の前足を切り取る。
「引かないと言うならばっ!」
 その間、各バクゥに向かった4本のガンバレルは4機各々の足を関節から一本ずつむしり
取り、頭へと攻撃目標を変える。本来、意識しない角度からの攻撃をかけるという意味で
ガンバレルは有効だが、ある程度のパイロットならばそれすらかわす事が出来る。交戦の中
から、相手パイロットの意図するところを読み取るからだ。
 但し、ホワイトシーフのガンバレルはひと味違う。制御こそ有線式だが大気圏内でも
自立飛行可能。そして機体とガンバレル、動かしている人間がそもそも違う。操るのはあたしと
リョーコちゃん、成り立ちも性格的にも両極端な二人。動きを読み切れる訳がない。

 ガン。軽いショックと共にガンバレルが戻る。全機こちらを向いたバクゥの群れは、各々
スパークや煙にまとわりつかれ、しかし戦意を喪失していない。
 但し、これで多少の時間は稼げるはずだ。マチュピチュの船影はごくわずかに小さくなる。
『あの時のレイダーだと!? ――さっきのも貴様か! やはり破壊すべきだったか!』
 そしてその背後、黒いガンダムがツインアイを光らせて鬼神の如く立つ。
存在がバレれば、多勢に無勢、正面から地上戦では勝ち目はない。変形して一時離脱する。
「わざわざ回線を開いてまで。なんと言う攻撃的な。――平常心……、それならば!」
82弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/12/30(水) 18:12:52 ID:???
#9 ホワイトシーフ、撃墜(お)つ。

「ムツキさん、ガイアの左肩、気づきました?」
「――はい? なんの事?」
 一旦、上空に舞い上がったのは良いが対空放火が盛大に上がる中、離れる訳にもいかず
弾をよけつつぐるぐる回るホワイトシーフ。さっきのバクゥとハウンド、あたし達は”堕とせな
かった”のか”堕とさなかった”のか。いずれ墜ちていないと言う事実が今に繋がるのだが。
「例の弱点です。ジャンク屋さんの修理記録に寄れば左肩から背中にかけてフレーム1/3が
完全欠損、コクピットもほぼ粉砕され、結果OSとアビオニクスも使い物にならないとあります。
OSはセカンドステージ系の純正品です。最近、闇で手に入れたモノのようですね」
「確かに左右非対称だったね、言われてみ、れ、ばっ、と。もう、ネチっこいったら。そんで?」

 フレームの欠落したMSをもう一度再生しようなど狂気の沙汰だが、ホワイトシーフだって
その状態から変形はおろか、理論値では大気圏脱出に耐えうる状態まで復元された。
 そしてこちらにライフルをバカスカ打ってくる黒い機体。アレを再生したのはこの機体と同じ人。
ならば、欠損を補ってあまりある装備が付加されている可能性はある。
「なので、フレーム欠落部分を実験的に疑似PS素材で再現、外装も一部変更してその部分を
補強するようにした。ともあります」
「フレームがPS装甲だったら、弱点、無いじゃん……。ビームライフル直撃以外はダメって事?」
 扱いが難しいためPS装甲はあくまで表面装甲に使われる事が多く、現用機でもフレームに
使っているMSはどの陣営も無いはずだ。例外的にデスティニー、そしてクライン派が2年前の
戦争で、自らの象徴として投入したストライクフリ−ダムとインフィ二ットジャスティスがそうだと
ジーンさんが言っていたが、全機スペックは機密扱い。田舎部隊では概要さえわからない。

「ただ、MSは無人兵器ではありません。弱点は激しやすい性格のパイロット。先ほどの隊長との
戦闘時も一部、不用な予備動作がありました。多分、隊長とのやり取りに激しての事でしょう」
 マチュピチュが完全離脱するまであと120秒。先ずはそれだけ稼げればいい。ただ距離を
離せば当然彼らは船へ向かうだろう。時間的に、再度やり合わなければ行けないという事だ。
「なるほど。で、コッチは平常心と。……でも、怒らせて隙を突くったって、どうすれば良いの?」
「接近すれば回線を開いてくるでしょう。だからその時には思い切り高圧的に行きましょう。幸い
ムツキさんの声は、エラそうで不遜な、他人を見下すような台詞はよく似合うと思いますよ?」
 原稿はわたくしがガンバレルを使いながら。それだけ言うと後はキィボートを猛烈な勢いで
たたき始める彼女。――ところでよく似合うって……。喜んで良いのか? それ。

「とにかくあと2分、こっち向いててもらえば良いんだ! 行くよ!」
「了解!」
 みるみる対空放火が激しくなる。TP装甲がある以上1,2発、当たったところでどうという事も
ないが、ガイアのビームライフルが混じっている。それが無くとも、勿論直撃はしない方が良い。
『逃げぬと言うのか、赤とやり合おうとは酔狂な! 貴様ら、正規のザフトではないな!?』
「ザフトレッドが全員、シン・アスカの腕前だっていうんなら命令無視して逃げるよ、あたしは!」
83弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/12/30(水) 18:14:48 ID:???
#9 ホワイトシーフ、撃墜(お)つ。

 再び敵中に突っ込むと変形してサーベルを抜き、バクゥに囲まれながらガイアと組み合う。
既にガンバレルは機体を離れバクゥとやり合っている。その状態で想定問答を打ち続ける
リョーコちゃん。情報処理に特化するとはこういう事、なんだろうか。
『貴様、自分の腕を過信していないか? それともその機体がそれを言わせるか!』
 乗ってきた。既にふたつ候補の文章がモニターに浮かぶ。当然刺激的な方を選ぶ。
「そっくりそのまま還してやるよ。アカデミーで担当教官にへーこらして赤い服もらった
分際でエラそうに! ガンダムに乗ればアスラン・ザラになれるとでも思ったかいっ!」
 赤い服へのプライドを引き裂き、そして旧ザラ派がもっとも嫌う名前、アスラン・ザラ。
こんなのがポンポン思いつくリョーコちゃんって、本当は意地悪なんじゃ……。

『アスラン・ザラだと! この声はガキだな!? 巫山戯(ふざけ)るにも限度があるぞ!』
 今度はこれだ。文章が3つ光った内から今度はちょっとおとなしめに。
「優秀なコーディネーターならば年齢なんか関係ない! 10代前半の赤服が何人も居るだろ!
黄道同盟が防衛隊を組織した時、前線にも出ずにアカデミーでだらだらしてた奴が偉そうに!」
 騙された。後半、おとなしくなかった……。
『ガキに当時の何がわかる! 戯れるのもそこまでだっ!!』
 ガイアはライフルを投げ捨てると両手にサーベルを持って斬りかかってくる。――速い。
一気に動きが変わった。この人ってキレると強くなるタイプなんじゃ……?
「要らない挙動が増えました。好機到来です! 一気にまくし立てましょう!」
 何処が好機!? ――つーかまくし立てるって。機長、まだやるんスか……。

「ザフトレッド如きが最強戦士面とは、聞いてあきれるわ。へそでチャをわかすって知ってる!?」
『逃げ回るだけではないか、口だけかっ! 機体頼りの小娘が寝言をっ!!』
 シールドで受ける暇も無い。速い上に正確。そして読みづらい太刀筋。ガンバレルが一機、
真っ二つに切られる。……機長、ホントに無駄、多くなってますか。コレ?

「ただのコーディネーター如きがデカい口を叩くな! はなっからモノが違うって言ってんのよ!
コッチは幼年期からお遊戯代わりに実戦演習してたんだ。雑魚はとっとと家帰って寝てなっ!!」
『なるほど傭兵か? 貴様。ならば分というモノを……』
 今度はわかった! 速い打ち込みに変わりはないが太刀筋が明らかに狂った。シールドで
右を捕まえ、左はサーベルを放り出した右手が押さえる。そしてお互い同じ事を考えたようだが、
大局的に物事を考えずにすむ分、あたしの方が対応が早かった。そして想定問答に無い台詞。
「帰れって言ったの、聞こえなかった? お・ば・か・さんっ!」
 超近距離でイーゲルシュテルンが火を噴く。勿論PS装甲相手には致命傷になる訳もないが、
カメラを潰すには十分だった。
「ムツキさん。マチュピチュ、安全圏です。離脱を!」
 ガキン。ガンバレルを戻すと変形して飛び立つ。ブースター全開、もう追いつけまい。
 ――やりっ!
84弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/12/30(水) 18:16:10 ID:???
#9 ホワイトシーフ、撃墜(お)つ。

『クソっ! まだ変形できるだと! こんどあっ……ぼえて…………』
 無線に怒鳴る声が徐々にかすれて消える。ざまぁみろだ。何時までも遠吠えしてろ。ばーか。
「機長、マチュピチュの位置を確認。基地まで帰るにはちょっと燃料が足らなそうだよ?」
「――やられましたっ! 背中です。パックと本体の継ぎ目にビームサーベルが……!」
「……っ! マジ? フレームは!?」
 当然向こうもこの機体の成り立ちは知ってる。そして原形を無視して、なまじフリーダムに
似た姿と強力な武装、何よりスマートなMA形態を追求した結果、ガイアと違ってこちらは改造の
代償として完全に背中が弱点として残ってしまった。
 その事は知っていて当然だろう。だからガンバレルを戻して変形する直前、その瞬間を
サーベルで狙っていたのだ。ガンバレルの戻る音がオカシイとは思ったがまさか……。
 赤は異常者だ。サイトーさんの言葉を思い出す。確かに予測通りなのかも知れない。あの
状況下でカメラを潰されても、なおサーベルを正確に打ち込む。そんなの、普通じゃ出来ない。
「応力分散に異常なし、空中分解はマッハ0.1以下なら有りませんが、MSへの変形は不可です」

「現状爆発の危険はないですがインタークーラー、及びバッテリークーラーへの給電停止、
温度上昇中。それと推進剤の漏洩を確認。このままならあと13……! 電圧低下警報? 
――っ! 不味い! キャパシタ完全放電でコクピットの電源が落ちます、大至急着陸を!」
 この辺りならばどう転んでも砂漠だ。マチュピチュとは離れてしまったが、さっきの連中とも
かなり距離はある。あとで助けて貰えれば、まぁとりあえず。今はそれで良いだろう。
「了解。推進剤放出開始、エアブレーキ展開。機首上げプラ4、高度毎秒20減。減速6%」
 誘導無しでも目視で着陸くらい……。ブン。イヤな音がしたと思うとコクピットが真っ暗になる。
「バッテリー供給遮断。哨戒、測距系稼働停止。……生命維持装置も、多分。稼働停止、です」

 この機体、空は飛べるが飛行機ではない。空力制御もあくまで補助的なもの。機体制御が
出来ないと、そう言うならば。失速して墜ちるしかない。緊急脱出! ウソ、効かない!?
「モニターも死んだから角度はカンで行く! 班長、耐ショック! 大丈夫。角度に問題なきゃ、
おなかから降りられる。見えないけど制御は効く。角度と高度はカンで行ける、大丈夫っ!」
 何が大丈夫なもんか。体感の角度には絶対の自信があるが、砂漠だって平らじゃない。
行く先に砂丘があったら、直角に墜落するのとおんなじだ。真っ暗なコクピット。手探りとカンで
機体を振り回す。やがて凄まじいショックが数回あって動きは止まった。……ただ。

「爆発ボルトのスイッチはこの辺に、あった! ――作動せず。温度、……上がってますよね?」
《あたしも3回試した。バイザー開けてる? 閉めた方が良いよ。夜目が利いても光源ゼロじゃ
なにも見えないよ。スーツの簡易エアコンはまだ動くんだし。コクピットも空気、薄くなってきてる》
 機械に囲まれた密閉空間。生命維持装置が止まれば温度も上がるし空気も薄くなる
「……はい。――このまま、ムニエルになるんでしょうか、わたくし達……》
《廃棄処分で生き残れた子は、多分あたし達含めてごくわずか。更にお互い、良い人に拾って
貰って良い人達に支えて貰った。運も、良いパイロットの条件……寝てようよ。酸素、節約しよう》
85弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/12/30(水) 18:17:27 ID:???
#9 ホワイトシーフ、撃墜(お)つ。

「目が覚めたか……。あっと、動くなよ? アバラが2,3本いってるそうだからな」
 何故かマントを手に持って騎士団の制服を着たユースケさんの優しそうな顔が目の前にある。
「え? あたし、なんで……。あっ! リョーコちゃん、リョーコちゃんは!! ――あっ痛ぅ〜」
「動くなっての。隣で寝てるだろ? ちょっと脱水と熱中症がな、むっちゃんよりか重傷らしい。
ただ1日点滴してりゃ回復するそうだ。いずれ二人とも致命傷じゃないから安心しろ」

 ベッドに寝かされている? 横のかごにはパイロットスーツと、その下にちらっと……下着!
ちょっと焦りながら上半身を見るとなにやら薄手のチュニックのようなものを着ているようだ。
自由の効く左手で体に手をやる。他は何も無し。道理ですーすーすると思った。
 けが人とは言え、パンツくらい履かせて欲しいものだ。落ち着かないよ。――つうか、応急処置
ユースケさんがやったんじゃないよね……。そう思うと流石のあたしも顔が赤くなるのがわかる。
「ん? 顔が赤いな。まだ熱があるか。ま、むっちゃんも熱中症だったのには違いないからな」

「ひさしいね、ユースケ。騎士団から人が来るとは聞いたが、おまえ様が来るとは思わなんだ」
「むっちゃん達を助けてくれたと聞いたんでね。コイツら、二人とも俺の妹みたいなもんだからな。
俺が直接礼を言わにゃ筋が通らんと、まぁそう言う訳だ。――ばぁさまも変わりない様で何より」
 ドアが開いて女性の医師と看護師、そしてかなり歳のいった女性が入ってくる。
「一旦出て貰えますか。5分もあれば処置はすみます。……カーテンが、無いもので」
「こりゃ、すいません。気づきませんで。――ばぁさま。ついでに話し、良いか?」

「で、ユースケさん。結局ここはドコな訳ですか?」
 数分後。包帯を取り替えて貰ったあたしはユースケさんに差し出されたジュースにストロー
を刺しながら聞く。脱水症状はジュース飲んで回復。我ながらおおざっぱに出来てるなぁ。
「ホワイトシーフな、街の近所に墜ちたのは良かったが……墜ちた場所が多少不味かった。
ここはセブンスからちょいと離れた街だ。そしてザフトとは、こりゃもう徹底的に仲が悪い」
 やってる事はセブンスと同じ。平和主義ではあるんだがなぁ。と額に手をやる。と、先ほどの
お婆さんが入ってくる。
「ザフトじゃない。嫌いなのは軍隊、いや武力そのものさね。――お嬢さん方、具合はどうかい?
田舎故、なかなか最新鋭の治療とは行かなんだがね。医者の奴は大丈夫だと言うておるが」
「あ、ありがとうございます。あたしは肩と胸が少し痛いくらいで、後は特には……」

「あんたが首を縦に振れば、後は誰も何も言わんさ。どうせここにザフトやオーブ軍を置いておく
訳にもいかんだろうし。機体共々、連れ帰っても良いんだろ? あ、いや只とは言わな……」
「騎士団長様が直接来たんだ。銭金の事など気にせずとも良い。おまえ様の親父殿には世話に
なったもんさ。――赤き風と同じさね。来る者拒まず去る者追わず。我が杜(もり)の定めさ」
 お婆さんはユースケさんと目を合わせる。
「ただ、この娘(こ)らは本当にそれを望んでいるのかね? ――勿論、場所の事では無いぞ。
お嬢達は戦場(いくさば)に、人殺し大会の会場に、本当に本心から帰りたがっているのかね?」
86弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/12/30(水) 18:18:08 ID:???
#9 ホワイトシーフ、撃墜(お)つ。

「お婆さま。禁忌を曲げてまで我らの様な者を助けて頂いた様で、先ずはその御礼を申します」
 いつの間にか隣のベッド。包帯でぐるぐる巻にされたリョーコちゃんが上をを向いたまま
喋っている。
「きれいなニホンゴだ。氏族の方かね? なれば尚のこと。何故、MSなどにお乗りだい?」
「仰る通り確かに末流ではありこそすれ氏族に通ずるものです。お気遣い痛み入ります。
――お婆さま、逆に伺います。戦う以外に生の意味を見いだせない者は何をすれば宜しいか。
もしもご存じでしたらご教示を願いたく存じます。――ただ座して自らの力を呪えば良いと?」
 どうやら話の最初から起きては居たようだ。ただまるで首を動かせないので喋り始めるまで
誰も気づかなかったらしい。そしてこの喋り方の微妙なイントネーション。……怒ってる?
「戦うために作られた者なぞ居ない。コーディネーターであってさえも、全ては天然自然の……」
「少なくともわたくしはそうだと、そうお話申し上げております。――コーディネーターを駆逐する。
唯一、その事のみの為に改造された戦闘用強化人間。お話は聞いた事がおありでしょう?」

 お婆さんは表情は変えずに押し黙る。
「そのわたくしを人間として扱ってくれた、その方達を自らの力を使って手ずから守りたい。
この地にあってはそれを思う事自体がいけない事でしょう。しかしわたくしどもは――」
「意地悪な奴が喧嘩ふっかけて来るんだ、虐めに来るんだよ。なら、やっつけないとだめでしょ。
だってそんな人は話し合いなんてしないもん。でも正義の味方なんて実際はめんどくさいだけ。
ユースケさんもイヤだろうし、あたし達だってヤだよ。絶対ただの中学生が良いよ。でも……」

 お婆さんはあたしの顔を見ると、けれど笑った。
「別に怒っていやしない、そのお嬢さんと喧嘩をしている訳でもない。その心配はせずとも良い」
「MSは偶々、でも自分で望んだ事だもん。MSを堕とせば人殺し、わかってるよ。だけど何も
抵抗出来ない人がたくさん死んだの見たの。だからあたし、自分でやりたいって言ったの。
もう虐められる人を見るのはイヤだから。なによりセブンスを、お家を、友達を、守りたいから!」
 お婆さんは何も言わず頷く。
「帰れば多分、また戦闘に出ると思います。でも、だからかぁさんや、みんなの所に帰らなきゃ」
「ユースケ。おまえ様にはもったいない良い妹分達を持ったものだね。大事にするのだよ」

「お嬢達、もう行くのかい。寂しくなるね……。――おまえ様方は」
 数日後。再び騎士団の制服を着て迎えに来たユースケさんに連れられて病院の玄関。
あのお婆さんが、居た。
「きっと戦いに飲まれる事は有るまいよ。戦いの終結、お嬢達ならばこそ出来ようと婆は思うよ」
「お言葉、ありがとうございます。何よりの力になります」
 首のギプスの外れないリョーコちゃん。結果的に腰から曲がるお辞儀をする。
「そして戦いが終わってお嬢達の気が向いたなら、婆は待っている。いつでもここにおいでな」
 え? お婆さん、あたし達の事嫌いなんじゃあ……?
「婆は本当は問答よりもクッキーを焼く方が得意なのさね。余計な怪我なぞしなさるでないよ?」
87弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/12/30(水) 18:18:56 ID:???
=予告=
 助かったあたし達は病院へ。そしてプラントからは新戦力が……!
「全部見て覚えてて下さい! だって、あたしは見せられるの、この体しか無いんです!」
『次回 空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜』
【備えあれば、憂いなし。】そして【インタールード1】
 あの、もしかしてその過激な台詞、あたしのっスか……?
88弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/12/30(水) 18:20:07 ID:???
年内分の投下は以上です。
皆様良いお年を。
ではまた。
89文書係 ◆gIyeyjcT.M :2010/01/01(金) 00:49:29 ID:???

あけましておめでとうございます。文書係です。

>>40
ゲームのセリフ、全部入れたかったですが無理でした。
ほんとに自分本位でしか考えてないので、ちっとも親身じゃない困った手ほどきで。
飲むだけ飲んで言うだけ言って勝手に寝て、年中正月並みのおめでたさです。

>>41
自分で書いた分の46話中、いったいどんだけ笑っているのか多すぎて数えてません。
たまにカティに涙目にされてるのは、さすがに憶えているのですが……。
90文書係 ◆gIyeyjcT.M :2010/01/01(金) 00:50:15 ID:???

これから続き3レス分を投下します。

91文書係 ◆gIyeyjcT.M :2010/01/01(金) 00:52:15 ID:???
おまけに脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー 補編
/短編小説ビリー・カタギリ/「戦士の休日 その14 戦士の祝日 その1」
>>36-38(「戦士の休日 その13」までは>>1のガンクロSS倉庫「クロス(他)その他」に収録されています)
 その日は彼と初めて会った時と同じに、とてもよく晴れていた。
新生地球連邦軍のモニターの一つに、結婚式の中継が映し出されている。ラボに一人居るビリー・カタギリは、
作業中の端末のサブウィンドウを開くと、暫し手を休めてコーヒーを啜った。
そこには大口を開け、これ以上はないというほど幸せそうに笑うパトリック・コーラサワーに、アロウズでは
見たこともない、別人のように柔和な笑みを浮かべて彼に身を寄せ、腕を回しているカティ・マネキンの姿が
あった。まさかの結婚に、連邦軍内では様々な憶測が飛び交っている。
だが少なくとも、本人同士は喜びを以てこの日を迎えているように、ビリーの目には映じた。

花婿という呼称に似つかわしい、相も変わらず式典映えのする、彼の華やかな容姿には感心する。問題の、
中身の方は――まるでびっくり箱かと思うほどに、あれやこれやと驚くべきものがひしめいていたけれども。
軽率で子供じみた真似に失笑を誘われたかと思うと、にわかに年相応の男の色気を覗かせ当惑させられたり、
狂気の滲む獣の残忍さを垣間見せて、肌の粟立つ思いをさせられたり――と、見たところ当人の自覚なしに
展開される、気分任せの変わり身にさんざっぱら翻弄され、ビリーは当初消閑のつもりがどっと疲れを覚えて、
来て早々、海上空母から引き上げたのであった。

――いや、パンドラの箱かな。はらはらさせられるよ君には、まったく――
爾来、パトリックと顔を合わせる機会は数度あったが、幸い、いずれも声を掛けられることはなかった。
それでも昼食の最中、食堂で偶然鉢合わせ、まずいことに彼がこちらを凝視していることに気付いたときには、
平静を装ったものの、実際は食べている物の味も分らなくなるほど気が動転した。
食べかけの食事をしまい込み、そそくさと食堂を出るのもかえって不審に映る気がして、彼の居る方を何気ない
ふりをしてちらちらと窺っていた。そうこうしている内に、彼の視線の先にあるのが自分でなく、ビリーが
食べかけを手に一つ持ち、またその残りをテーブルの上に置いた、箱詰めのドーナツであるかも知れないと
思い至った途端、冷たい汗が一気に噴き出したのだった。

仮説を検証する為、手に汗を握りながら、ビリーは初対面の者に対してするような慇懃な態度で声を掛けた。
細心の注意を払い、しかし表面上さりげなくドーナツを勧め、固唾を飲んでパトリックの反応を待ったのである。
彼は砕けた口調で礼を述べると、箱から一つ適当につまみ取った。早速口にくわえて頬張りつつ、自販機の方へ
消えて行き、それきり戻らなかった。彼がビリーに何と礼を言ったのかは、緊張の余り今でも思い出せない。

パトリックがビリーのことを憶えていないという確証を完全に得たのは、それから更に後、新生連邦軍が発足し、
マネキン・コーラサワー結婚の報が、疾風のごとく軍内を駆け抜けた時だった。海上空母の甲板で彼は、
――よし、結婚式には呼んでやるぜ!
と大風呂敷を広げていた(今となっては予定を明かしたと訂正するのが適切だけれども)にも関わらず、招待状
が届くことは遂になかった。これには通常落胆すべきだろうが、最後の可能性も消滅したことで、ビリーは全身
の力が抜けるほど安心し、己の軽はずみでした行動の大胆さに改めて驚くと共に、その小心を哂ったのだった。

ガガ部隊がイノベイドの拠点である母艦ソレスタルビーイングを発ち、トランザムによる超加速状態で、カティ
の乗る輸送艦にも無差別特攻をかけようとしていた。交戦中のパトリックはこれを察知するや、すぐさま取って
返し、先頭機をランスでまず撃破すると、残る数機を自機を盾にして防ぎ、彼女を守り抜いたのである。
衝撃に耐え切れなくなった乗機ジンクスVが爆散する直前、彼はカティにまたしても公然と愛の告白をしたと
いう。“不死身のコーラサワー”ももはやこれまでかと、その場に居合わせた誰もが彼の生存を諦めかけた。
しかしながら大方の予想を裏切り、彼はまたしても無傷で、奇跡的な生還を果たしたのだった。

破滅の絶望をアロウズに齎したのも彼ならば、世界に再生の希望を残したのもまた、彼であった。
世界の趨勢などそっちのけで彼が愛したカティなくして、今ここにある平和は実現し得なかったのだから。
92文書係 ◆gIyeyjcT.M :2010/01/01(金) 00:54:32 ID:???
おまけに脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー 補編
/短編小説ビリー・カタギリ/「戦士の休日 その15 戦士の祝日 その2」

 アロウズ討伐の軍を率い、圧倒的戦力格差を旧式装備の活用と他勢力との連携による戦術で覆し、地球連邦軍
の再生に尽力したカティ・マネキンは、功を認められて准将へと昇進した。(ところでパトリック昇進の報を寡聞
にして耳にしないのは、功績を埋めて余りある不始末のツケでもあったのだろうか)これに伴い元アロウズの兵士
たちは、降格等の比較的軽い処分を経て、連邦軍へ聊か気恥ずかしい再転属を経験することとなったのである。
しかし長きにわたり敵対したカタロン等の反連邦勢力に対し、連邦への加入を取り持つなど、従来の強硬姿勢
から打って変わった軍の懐柔策に、拒否反応を示す者も皆無ではなかった。この思い切った方針転換は、紛争の
収束に貢献する一方、いくばくかの離脱者を生む結果となったのであった。

最後の戦いでイノベイド陣営に投じ、アロウズ司令の甥であるビリーにも、厳罰が下ることはなかった。
現在は連邦軍において、引き続きMSの研究開発に与っている。この措置が彼の犯した罪の軽重を反映したもの
でないことを、ビリーは骨身に沁みて知っていた。エイフマン理論を継承し、トランザムシステムを機体に実装
し得る唯一の技術者である彼を失うことは、発足したばかりの新生連邦にとって不利益でしかないのである。

叔父はアロウズが犯した残虐行為と、そこに隠された意図を明らかにした上で責を負い、自らの命を絶った。
――司令は恒久和平実現の為、全ての罪を背負う覚悟でいます。
ブレイクピラー事件に際し、ビリーは叔父に成り代わり、不退転の決意をカティに示したことがあった。
もう子供じゃありませんよと、面倒見の良さゆえのお節介を煙たく思うこともままあったけれども、まさか
叔父が、自分の恋着ゆえに犯した罪まで引き受けて逝くことになろうとは、思ってもみなかったのだ。

パトリックの中に見た、恋する者の盲目的な狂気に、あの時ビリーは慄然とした。だがその実彼を突き動かして
アロウズに入隊せしめ、盟友の求めるままに機体を創り、イノベイドに与して敵味方の別なくビーム砲を撃ち、
果てはリーサ・クジョウにまで銃口を向けさせたのも、また同じ近視眼的な狂気に他ならなかったのである。

クジョウを信じ切ることも、さりとて憎み抜くこともできず、復讐と恋着の衝動とが、彼の心を振り子のように
交互に揺さぶり続けていた。ソレスタルビーイングに壊滅的ダメージを与えて、彼女を説き伏せ連れ戻そうか、
それとも彼を踏みにじった彼女諸共、自身が創り出した兵器を以て踏みにじり、消し去ってしまおうか――
心を繋いでいた筈の糸はいつしかとうに振り切れていて、彼女と気持ちを通じ合わせ、小さな肩を胸に抱いた
後になってようやく、取り返しのつかない凶行に手を染めてしまっていたことに気付き、茫然自失したのだった。

紛争の早期解決という高い志と異才を抱きながら、彼女には絶えず不運が付き纏った。AEUで恋人を、
ソレスタルビーイングで理想を、ユニオンで恩師を喪い、寄る辺ない身の彼女は放浪の末、くたびれ果てて
彼の部屋に辿り着いた。
――ごめんなさいビリー。あなたの気持ちを知っていながら、それに甘えて。
無力な自分を受け入れ、どんな我儘も許してくれる居心地の良さに、彼の気持ちを棚上げにして甘えていたと、
彼女の心は語っていた。

カティがパトリックを利用するだけのつもりだったのか、はじめから好意を抱いていたのか――真実は藪の中だ。
既に夫たるパトリックにとっては「別に構わない」ことだと、自信家の彼は惚気て言った。
クジョウに自分を利用するつもりがあったのか、あるとすればそれはいつからで、どの程度であったのか――
今にしてみればビリーも、もうどうでもよくなっていた。
彼女の気持ちがどのようなものであったにせよ、自分を思い出してくれたことはやはり嬉しかったし、彼もまた
懐に舞い込んだ窮鳥を、見捨てるには忍びなかったのだろうから。
そもそも6年前、三国合同軍事演習を前に軍の極秘データを突然送りつけ、専門家の意見を乞うという建前で
彼女と接触を図ろうとした彼に、何割の下心があったのかと逆に問い返されたら、果たして答えられただろうか。
恋心だけは解析不可能だと、冗談交じりに座右の銘を口にしていたのは、ビリー自身であったというのに。
93文書係 ◆gIyeyjcT.M :2010/01/01(金) 00:56:15 ID:???

「まさか本当に、全てやってのけてしまうとはね――正直、思わなかったよ」
一向に笑いの止まらぬ態のパトリックに向かい、彼は画面越しにぽつりと呟くと、ドーナツを一齧りした。
クーデターへの加担もカティとの結婚も、数々の強引な持論展開による仰天発言も、酔っ払い特有の戯言と
話半分に聞き流していたが、口から出任せで、いい加減に答えていた訳でもなかったのである。

色鮮やかなバラのブーケがふわりと舞い上がり、モニターに大きく映し出された。
パトリックの朗らかな声が、不意に耳元に甦る。
――上手くやれよ、色男!
「僕も、いつか……どうだろうねえ」
傍らに置いたフォトスタンドの中で微妙な距離を取りぎこちなく笑う、クジョウと自分の姿を感慨深げに
眺めながら、パトリックへの随分のんびりな返事をして、彼はゆるりと首を傾げた。

殴打に始まったと聞くパトリックの恋に比べれば、ビリーの恋の出だしは、捨てたものでもないらしかった。
彼女についてゆくことを二度までも選ばなかったのは、叔父に救われたこの命で、彼にも守れるものが
今ここにあるからだ。
誰よりも空を愛した彼の盟友が、ドアの横で佇んでいた。正面の壁面モニターに仄かに影を投じた、
何か憑き物が落ちたような表情の、元通りの懐かしい姿に、ビリーの口許が自ずと綻ぶ。

もし彼女がいつか再び、自分の許にふらりと現れ、済まなさそうに照れ笑いでもしたら、何も聞かず「お帰り」
とだけ言って、抱き締めるのもいいかと思う。お酒は程々に頼むよと、後で念押しは忘れずに。
あとは彼の身に起こるかどうか、見当もつかないのだけれど――そのとき自分の側に、他の誰かが居てくれる
ような僥倖を得ていたのであれば、その時はこちらも済まなさそうに照れ笑いを返してやるくらいの復讐は、
許されるんじゃないかと思うのだった。

<短編小説パトリック・コーラサワー 完>

94文書係 ◆gIyeyjcT.M :2010/01/01(金) 00:57:04 ID:???

全話投下完了。

95文書係 ◆gIyeyjcT.M :2010/01/01(金) 00:58:46 ID:???

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

皆さんの感想や批評、アドバイスがなければ、
とても完結には至らなかったと思います。

ガンクロの編集をして下さった方、見やすいスタイルでの
編集を提案して下さったコーラスレの方には、文書係の不案内で
ご迷惑をおかけしてすみませんでした。

提案して頂いたスタイルを基本踏襲して、
引き続き編集させてもらっています。

新人スレの住人さん、とめさん、編集長、職人さんたち、
また他スレから来てコメントを残してくれた皆様に
心から感謝します。

                           文書係
96通常の名無しさんの3倍:2010/01/01(金) 01:04:05 ID:???
>>95
コーラ誕生日に良いものを乙
ビリーにも幸あれと願わずにはいられない
コーラは放っておいても、ていうかたとえ呪っても平気で幸せそうだ
97通常の名無しさんの3倍:2010/01/01(金) 09:52:06 ID:???
>>95
新年早々完結おめでとうございます
楽しませていただきました。上に同じく、ビリーに幸あれ
98通常の名無しさんの3倍:2010/01/01(金) 16:04:02 ID:???
>>95
完結おめでとうございます。
本編では物足りないパトリックとカティの描写の隙間を埋めるのに
最高の作品だったと思います。
既出の小ネタをうまく使ったり、
本編では絡まないビリーと上手く絡みながらも、
違和感なくラストシーンにつなげたり、
読みごたえのある素敵な作品でした。ありがとうございました。
99河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/05(火) 08:16:26 ID:???
ご無沙汰しております。河弥です。
今夜、「 In the World, after she left 」 第17話(前編) を投下の予定です。
全10レスの予定です。


>文書係様
完結おめでとうございます。
00は未だに全部は見ていないので、うまくは書けないのですが、
新年早々ほんわかな気持ちにしていただきました。
ありがとうございました。
次回作も楽しみにしています。
100河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/05(火) 23:17:03 ID:???
「 In the World, after she left 」 〜彼女の去った世界で〜
第17話 「発令 −ねがい−」(前編)
(1/10)

「……なんだかなぁ……」
 パイロットスーツの襟を留め、自らの全身を姿見に映したルナマリアは、溜め息混じりに呟いた。
 パイロットスーツが着られない。
 そんな理由で医師に半ば無理矢理ギブスを外させた左腕は、その代わりに、と巻かれた石膏ネットの分を加えても
随分と軽い。
 しかし。

「でもねぇ……」
 と、ルナマリアは腕に視線を落とした。
 腕が軽くなったのと反比例して心は重い。
 石膏ネットの分 太くなった腕はどうやってもパイロットスーツには収まらず、スーツの左袖は肘の辺りから
断ち切られている。
 MSでの出撃を望んだルナマリアと腕の固定を完全に外すことだけは許可しなかった医師、パイロットスーツ
以外でのMSへの搭乗を認めなかったエイブス。三人が互いの主張を譲らなかった結果がこの姿だ。
『一応言っておくけど、"それ"を認めるのはここが地上だからよ』
 とは、三者の意を組んだ大岡裁きを下したタリアの言だ。

 不満はそれだけではない。
 パイロットスーツのウェストから太腿にかけて、微妙にキツい。
 原因ははっきりしていた。
 負傷以降の運動不足だ。それに、少量でも栄養満点の病人食。その相乗効果以外の何者でもない。
 これで格闘でもした日には、勝敗より先にみっともない結果になりそうだ。

──やっぱり組み手千本も付き合わせておくべきだったかな?
 もしもあの日に戻れるのなら、シンの申し出を一蹴した自分を蹴倒してやりたい。
「ま、仕方ないか」
 誰に聞かせるとも無くそう呟いて、ルナマリアは更衣室を出た。


 MSデッキは喧騒の中にあった。
 が、その中に出撃前独特の緊張感を感じて、自然と気が引き締まる。
 キャットウォークから見る赤い愛機が「おかえり」とルナマリアを迎えている。

 負傷の直後にここへ来た時には、怒っているように見えた。
──ムラサメに浮気なんかするから、そんな怪我をするのよ。
 愛機がそう言っているのが聞こえた気がした。

 ベッドから降りられるようになってからはマードックの許す範囲で整備を手伝ったり、機体を磨いたりした。
 その度に、
「別にあんたのことが嫌いな訳じゃないのよ?」
 とか、
「あんたはあんたで良い所は沢山あるの。でもあたしはそれだけじゃ満足できないのよ」
 などと声を掛けながら。
101河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/05(火) 23:19:15 ID:???
(2/10)

──これじゃあまるっきり自分の浮気を正当化する尻軽女みたいじゃないの。
 と、自己分析に落ち込んだりもしたものだ。
 しかし、機体に話しかけることを馬鹿なことだとは思わなかった。


 そのガナー・ザク・ウォーリアの足下にアスランの姿を見つけた瞬間、心臓がとくんと音を立てた。
 アスランはメカニックの一人と何やら話をしている。
 自分に用でもあるのか、それとも、その場所に居ることに何の意味もないのか、ルナマリアには分からない。
 走る、と表現される一歩手前の速度で、ルナマリアはそこへと急いだ。
 右手に持っていたヘルメットを、あえて左手に持ち返る。
 怪我はもう何でもない、との無言のアピールだ。

 心臓が常よりも大きく脈打っている。
 これが運動不足と早歩きのせいだけでないのは、もうルナマリアにも分かっている。
 アスランまでもう三メートル弱。声を掛けてもおかしくはない位置に辿りついた。
 一度、小さく深呼吸。歩速も普通に戻す。
 極度の緊張が、最近気づいた自身の感情の所為だけではないことも、もう分かっている。

「た」
 の音を口から出すか出さないかのうちに、アスランがルナマリアに気づいた。
 後に続く筈だった"いちょう"の音は咽喉の奥で消える。
 しかし、確かに目が合ったにも関わらず、アスランは視線をルナマリアから外してメカニックに戻す。
 何となく予想はしていたものの、それでもやはり気落ちしてしまう。
 へこんだ表情と溜め息を意地で隠して、二割程減速しながら、それでも足は止めない。

 ルナマリアの視線の先で、アスランがメカニックに何か一言二言。
 任せたぞ。そんな感じで肩を叩く。
 メカニックが軽く一礼してその場を去る。
 アスランがルナマリアの方を向く。
 その顔には浮かぶのは、微かだけれど──でも決して見間違いではない、紛れも無い笑み。

 この間、僅かニ、三秒。
 ルナマリアは天国と地獄とを往復したような感情の上下運動を味わっていた。

「ルナマリア」
 声を掛けられた瞬間、思わずごくりと息を呑んだ。
 アスランまであと二歩。話をするには遠すぎる。
 それでもこれ以上近づいたら、絶対に聞こえる。絶対に気づかれる。
 普段より格段に早い心臓の音。紅潮している頬の色に。

 残り二歩を不審に思われないギリギリまで速度を落として──という思考は、他でもない自分自身の肉体に
裏切られた。
 スタスタとあっさり踏破し、アスランの前で立ち止まる。
 右手が持ち上がった。
 かかとをつけて背筋を伸ばし、教本に載ってもおかしくないほどの見事な敬礼。
「隊長。ルナマリア・ホーク、本日から復帰いたします。よろしくお願いします」
102河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/05(火) 23:21:53 ID:???
(3/10)

 少し驚いた表情のアスランの真正面で、他の誰よりもルナマリア自身が驚いていた。
──今の何? 何事? あたし、何したの?
 数秒間、誰かに身体を乗っ取られた。
 そう言われても信じてしまうほど──いや、そうでもなければ、納得できない。
 上げた手を下ろすことも出来ず、内心はパニック状態のままに曖昧な笑みを浮かべて、立ち尽くす。

 スッとアスランの手が上がった。自然体の軽い返礼。
「今後の活躍に期待する」
 そう言って手を下ろすアスランにつられて、ルナマリアもようやく腕を下ろす。

「とは言え、完治したとは聞いていないんだが……大丈夫か?」
 アスランの目線がルナマリアの左手に落ちた。
「大丈夫ですよぉ」
 応じてヘルメットを持った手首を動かそう……としてやめた。
 自分でも大丈夫だとは思うが、万が一にも痛みが走ったりしたら。
 ルナマリアがどんなに誤魔化そうとしてもアスランは見逃してはくれないだろう。
 そんな確信があった。
 そうなったら出撃も止められる。

 でも今日だけはのんびりとはしていられない。
 相手はオーブ。
 シンはともかく、アスランはきっと平静ではいられない。
 彼は簡単に割り切れてしまうような性質(たち)ではない。
 それはきっとダブル・アルファ側も同じ。
 ならばせめて。
 アスランが自分の戦いに専念できるように、後衛として艦の護りを固めること。
 それはルナマリアが自身に課した使命だった。

「今日は自分の機体ですし、この間みたいなドジはもうしません」
(ね、そうよね?)
 そんな意味を込めて、足下から愛機を見上げる。
 対してザクはルナマリアを見下ろしたりはしない。
 無論当然のことではあるが、ルナマリアには「当たり前じゃない」とつんとそっぽを向いているように見えた。
103河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/05(火) 23:24:23 ID:???
(4/10)

「あ、そう言えば」
 ふと思い出した事柄に、ルナマリアは両手をぽんと合わせた。
「隊長。今日はおも、いえ、意外なことがあるかもしれませんよ」
「意外なこと?」
「ええ。多分、ですけど」
 その時を想像して、ルナマリアはくすりと笑みを漏らした。


 楽しげな笑みを漏らしたルナマリアを見て、アスランは傍目には分からぬ程度に眉を顰めた。
 出撃直前であるというのに、少々浮かれ過ぎではないかとの懸念からだ。
──いや、そうじゃないな。
 これもルナマリアには気づかれぬ程度に軽く息を吐く。
 完治していない怪我を押しての出撃なのだ。不安のない筈がない。
 それでも笑みを浮かべるポジティブさは評価に値する。
 それが良い意味での脳天気さであっても、心細さを隠すための強がりであっても、だ。

 どちらかというと、悪い想像をしがちな自分とは真逆の振る舞い。
──俺には真似できないな。
 そんな思いにアスランは、自嘲と苦笑の笑みを漏らした。
104河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/05(火) 23:27:47 ID:???
(5/10)


 自室のベッドの上で膝を抱えたまま、カガリはモニターをじっと見つめていた。
 先刻からコンディション・レッドを告げる警報が鳴り響いている。
 ブリッジでは、マリューが迎撃のタイミングを計り、ミリアリアがキラ達の発進を誘導していることだろう。
 船体の大きさと比較して、圧倒的に乗員数の少ないダブル・アルファだ。艦内のそこここで蜂の巣をつついた様な
喧騒となっているに違いない。

 しかしカガリは、ただじっとモニターを見つめていた。
 その目には、どんな感情も浮かんでいない。
 白く波を蹴立て、整然と、甲冑の騎士団の如くに進行する艦隊が映っているのみだ。
 その居並ぶ戦艦の奥に一回り大きな艦影が見えた時、カガリの身体がぐらりと揺れた。
 体の脇に手をついて支えながらも、双眸はモニターから離れない。

「……ケミカ……チ……」
 声にならない声で、その艦の名を呟く。
 小さく開いた口唇から漏れる吐息が、喘ぐように荒くなる。
 その頬を、一粒の雫が転がった。
 それが誘い水になったように、両の瞳からはらはらと涙が零れ落ちる。

 ユウナの会見の翌日、オーブから艦隊が出港したと聞いた時には、何かの──商船団か何かを見間違えた誤報だと
思っていた。
 数日前、オーブ艦隊がこの海域に向かっていると聞いた時には、単なる誇示行動だと思っていた。
 しかし今、眼前に展開しているのは、紛れも無く自国の艦隊であった。
 それでも、この状況下であっても、彼らに闘う意思などある筈がないとカガリは信じて──いや、信じたがっていた。

 だが、流石のカガリにもそれを人前で口に出すことは出来なかった。
 キラやマリューならカガリの泣き言を受け止めてくれるだろう。
 けれど、どんなに泣いても目の前の事態は変えられない。
 それに、キラ達はそのオーブと戦わなくてはならないのだ。
 相手はオーブ。
 ただでさえ精神的に戦いづらい相手なのに、それを加速させるような真似は出来なかった。

 そして、ブリッジにいることも。
 それまでのカガリの居場所だった席には、今はミリアリアが着いている。他に出来ることはない。
 無論、徹底的に合理化されたダブル・アルファのブリッジには、カガリが何もせずに座っていられる程度の
場所なら残っていた。
 しかしその場に集う者達は、カガリと同じ場所に立ち、カガリと同じものを見ながら、カガリとは異なる意志を
持っていた。
105河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/05(火) 23:28:47 ID:???
(6/10)

 信念を持って闘うことを選んだ者達の中にいながら闘えない自分。そんな自分に感ずる後ろめたさと罪悪感。
 自分が闘えないのを十分に理解してくれている筈なのに、それでも闘うことを選んだ彼等。その彼等を正しいと
思いながら、それでも抱いてしまう苛立ち。
 砲座に就くこともできないカガリに対し、バルトフェルドからブリッジからの退室と自室での待機を命ぜられた
時には、正直ほっとしたのだ。


 頬を零れ落ちる涙を拭おうともせず、カガリは祈るような気持ちで自国の旗艦を凝視していた。
 どんな形でもいいから、戦う意思はないのだと示してくれるのを待っていた。
 それが叶うのなら、自分の身と引き換えにしてでも──命すら投げ出しても構わなかった。

 が。
 カガリがひゅっと息を呑んだ。
 旗艦タケミカヅチからだけでなく、モニターに映るすべての艦から次々と翼を持った巨人が飛び立つ。
 マルチ仕切られた隅のモニターの中では、間、髪を入れず発進する自艦と僚艦のMSの後姿が遠ざかる。

──戦闘が避けられないのであれば、せめてイニシアチブはオーブ軍に。
 数時間前のブリーフィングで、カガリはそのように望んだ。
 艦隊戦で相手にイニシアチブを渡すことがどれ程の愚であるか、勿論カガリにも分かっている。
 相手の主砲の射程が判明しているとしても、それはあくまでも過去の記録だ。
 日進月歩の今日では、兵器の性能向上など何の不思議も無い。
 たとえそれが五パーセントであったとしても、十分に致命傷になりうる数値なのだ。

 しかしそれでも、両艦長はカガリの願いを了承し、かつ、こうして遵守してくれた。
 けれども今のカガリに喜びはない。
 自国の理念を裏切った軍と、愛などは無くとも夫と呼ぶ筈だった男への失望。
 そして何より、"今、自分がここにいる"ことへの悔恨の念が胸を締め付ける。

「うあぁぁぁっ!!」
 廊下に漏れるほどの絶叫を上げ、血が滲むほどに握り締めた両拳で自身の両脚を殴りつけた。
 もしもカガリ以外に一人でもこの居住区にいたなら、カガリを制止しただろう。
 しかし今は戦闘中。皆 自分の持ち場に居るために、近くには誰もいない。
 止める者もいない中、力任せに何度も何度も拳を振り下ろしていたカガリが耳に届いた音に弾かれたように顔を
上げた。

 視線を向けたモニターの奥に、オレンジの爆炎を見た。
 キラが、
 バルトフェルドが、
 シンが、
 ルナマリアが、
 レイが、
 アスランが、
 撃たれた──或いは、撃った証の色。
106河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/05(火) 23:30:38 ID:???
(7/10)

 かつて漆黒の宇宙(そら)で幾つも見た華炎は、その花弁を開く代償として、敵の、味方の、仲間の生命を奪っていった。
 父も、当時の首長達の多くもその中に消えた。
 カガリ自身がその華を咲かせた事もある。間一髪で炎が伸ばす腕から逃げ出したことも。
 モニターの中で橙花が次々と開き──誰かが傷つき、命を散らす。
 しかし、その中に"敵"はいない。
──カガリにとっては決して"敵"ではない。


 しばらくの間、目を大きく見開いたまま息を詰めてモニターを見ていたカガリがベッドから飛び降りた。
 瞬間、自傷した両脚に鋭い痛みが疾り、その場にどうと倒れる。
 が、痛みに顔をしかませつつもすぐに起き上がった。
 ここが重力に支配された地上であることを呪いながら、痛みの消えない両脚を引き摺りながら、何度も転びそうに
なりながら、それでもカガリは走り出した。
107通常の名無しさんの3倍:2010/01/05(火) 23:33:14 ID:???
しえん
108河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/05(火) 23:43:40 ID:???
(8/10)


 マリューはいつも以上に苦戦していた。
 敵はオーブ。
 戦いが始まれば手加減などできないことは、カガリには伝えている。
 何よりも自分自身に、そう言い聞かせた。

 それでも矢張り、徹しきれない。
 頭の片隅で、撃墜ではなく撃退させる方法を考えてしまっている。
 戦端が開いてからまだ数分。
 前線ではフリーダム、セイバー、インパルスの三機がオーブ軍の戦列を掻き回している。
 中衛のバルトフェルドの搭乗するムラサメに加え、更にその後背に就いたミネルバと甲板上の二機のザクが
壁になり、最後衛に位置するダブル・アルファまで到達するMSはまだない。

 しかし、それも時間の問題だろう。圧倒的に物量が違うのだから。
 こちらとは違い、あちらには躊躇する理由は一片も無い。容赦のない攻撃を仕掛けてくる。
 その時に、気持ちを切り替えていたのでは遅い。
 それは分かっていても、その時にオーブを敵として攻撃できるという保証も自信もない。

 もしもタリアなら。
 そう考えずにはいられない。
 タリアならば、きっとオーブを攻撃できるだろう。主砲を打ち込むのすら躊躇いはないだろう。
 数年とは言え、オーブで暮らしていたマリューとプラント出身のタリアとでは前提条件が違うのは分かってる。
 しかし、それでも、考えずにはいられない。
 もしも、タリアなら。もしも、ナタルなら──と。

「艦長、マードックさんから通信です」
 ミリアリアの声に、マリューは余計な思考を頭から追い出す──追い出す振りをする。
「いいわ、出して」
 短い指示の返事と同時に、メインモニターの隅にマードックの顔が映しだされた。
 普段のどこか飄然とした雰囲気は微塵もなく、声にも表情にも溢れた焦りの色。
「艦長っ! カガリ嬢ちゃんがルージュで出てこうとしてるっ!!」
「何ですって!?」
 過不足無く伝えられた報に、刹那思考が停止した。
「万一の時の準備が裏目に──いかん、もうカタパルトに出たっ!」

 万が一の時にはカガリだけでも逃がせるようにとルージュの発進準備はさせていた。
 カタパルトに行かれてしまえば、歩いてでも発進は可能だ。
 しかも相手はMS。作業員が束になろうと止められるものではない。
 ダブル・アルファにはまだルナマリアが乗ったムラサメ──破損箇所は修理済み──が残ってはいる。
整備員も動かすことくらいはできるだろう。
 しかし、カガリを連れ戻しに戦場へ出られるか──今からルージュが艦内にいる間に引き留めるのは時間的に
無理──と言えば、それは正に死にに行くのと同義だ。
109河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/05(火) 23:50:05 ID:???
(9/10)

「ルージュの装備は?」
「エールストライカーにビームライフル」
 一応、一通りの武器は装備している。カガリが逃げるためだけならばベストだったのだろうが、この状況では
それすらも裏目に出ていると言わざるを得ない。
 ただでさえルージュは先の大戦時のもの。技術的にも最新鋭のムラサメとは比べるべくも無い。
 更に問題はカガリのパイロットとしての技量だ。
 ここしばらくはシミュレータを使わせてはいたが、キラやバルトフェルドに遠く及ばないのは当然のこと、
過去の彼女の記録にも届いていない。
 それがカガリの精神状態に影響されているであろうことは、容易に想像できた。

「ルージュのことはこちらに任せてください。全員、安全区域へ退避を」
「わかった」
 マリューの指示に短く応答し、マードックがモニターから消える。
「カタパルトの隔壁は下ろさないままで。下手に暴れられる方が困るわ」
 今のカガリに冷静な判断は出来ないとふんでの指示だ。
「了解です」
 応じるミリアリアの声は硬い。ただでさえ久し振りの実戦なのだ。無理も無い。
 可哀相だが、今はそれを気に掛けてはいられない。

 マリューはミネルバとバルトフェルドを呼び出し、手早く説明した。
 唖然から苦虫を噛み潰した表情へと変わったタリアとは対称に、バルトフェルドは最初こそ驚いた表情を
見せたものの、どこか楽しげに見えた。
「状況はわかった。何を考えての行動なのかは想像できなくもないが、戦場(ここ)はあいつがふらふらして
いられる場所じゃない。俺が連れて帰る。一時帰投、それに最悪、ルージュを動けなくなる程度に破壊することに
なるが……」
「……それも仕方ないでしょう」
 カガリを生かす為に用意したルージュだというのに本末転倒ではあるが、仕方ないと言う他はない。

「と、いうことだが、そちらさんのご意見は?」
 何か茶化すような響きさえ含んだ声で、バルトフェルドがタリアに問う。
「いいえ、何も」
 応じるタリアの声には怒りが内包されている。
「では、そういう事でよろしく。戻る時に敵さんと間違えて撃たないようにしてくれよ」
 バルトフェルドが口にした軽口に怒りだすかと思いきや、タリアは何故かたじろいだ様子で「わかりました」と
だけ告げて引き下がった。
110河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/06(水) 00:04:51 ID:???
(10/10)

 前方から迫りくる敵機と後方から飛び出してくるルージュ。
「前門の虎、後門の狼──いや、おてんば娘、か」
 他に聞く者もいないコックピットの中で、バルトフェルドが一人呟いた。
──そういや、虎、ってのは俺の二つ名だったな。
 ふとそう思いついて、他に何かうまい言い回しがなかったものかと考える。
 無論、その間も各種モニターのチェックは怠りない。

 何をもたついているのか、ルージュはまだダブル・アルファから発進しない。
──今のうちにもう少し近寄っておくか。
 そう思って機体を反転させた時、視界にガナー・ザク・ウォーリアの赤い色が入ってきた。
 その瞬間、自分の失言に気付いた。

 タリアに向けたふざけた口調は──半分は性格なのだが──ミネルバ・クルーの不満や反感をカガリから
逸らす狙いを持っていたのだが、言った言葉が悪かった。
『間違えて撃たないようにしてくれよ』
 ルナマリアがシンの誤射により、怪我を負ってからまだ一月と経っていない。
 そこに思い至れば、先刻のタリアの様子にも合点がいった。

「……しまったな。俺も存外動揺しているらしい」
 軽い自己嫌悪を感じていると、ダブル・アルファからルージュ発艦の連絡が入った。
 と、同時に敵機接近を知らせるアラームが鳴り響く。
 相手は四機。機動性のないザク二機には若干荷が重い。
「ちぃっ。タイミングの悪いっ!」
 どちらを優先すべきなのは、考えるまでもない。

 できらば二機、最低でも一機のMSを墜とした後、ルージュを捕まえる。
 タイミングは一瞬、勝機は僅か。
 ミサイルで牽制しつつ、相手の懐めがけて急接近。振るったビームサーベルは僅差でかわされた。
「ええいっ、くそっ!!」
 そこへミネルバから援護の機関砲が放たれた。
 相手の体勢が崩れた処へ、もう一度サーベルを一閃。
 今度は手ごたえがあった。反転して急速離脱をする背中でMSが爆散する。

 が、時既に遅し。
 カガリのルージュは止められる空域を過ぎている。
 ルージュの最大加速を使っているのだろう。かなり離されてしまった。
 その背に向かって加速をかけると、それを待っているかの様にルージュが唐突に停止した。

 ルージュからオープン回線での通信が発せられた。
「私はオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ! オーブ軍、直ちに戦闘を停止せよ!」
111河弥 ◆w/c45m7Ncw :2010/01/06(水) 00:17:44 ID:???
ご支援ありがとうございました。

後半はもう少し短い間隔で投下したいと思います。
よろしくお願いいたします。
112通常の名無しさんの3倍:2010/01/06(水) 01:53:00 ID:???
>>111
久々の投下ですね!ずっと待ってました!
さて、原作とはだいぶ状況が違う中のカガリの行動
まあオーブにはやっぱり無視されてしまうんだろうが
それでもどうなるんだろう?とwktk 次も期待してます
11345 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/10(日) 16:10:42 ID:???
9レス投下します。
114SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/10(日) 16:12:31 ID:???
1/

 ――ミネルバ

「敵兵の艦内への搬送など、一体誰が許可しました?」
 直立不動のシンへ、叱責を浴びせるタリア。ここは艦長室だ。

「貴方の行動は軍法第二条四項に違反、十一条六項に抵触。とてつもなく馬鹿げた、重大な軍規違反なのよ。
自爆兵器、細菌汚染、あるいは放射性物質の秘匿――! 意識が無くとも、一人であろうと、これで艦内に
重大な被害が出ていたらどうするつもりだったの!?」
「申し訳ありません」

 反論はない。
 一見しおらしいシンの目に、後悔の色は欠片も見あたらなかった。
 ガイアのパイロットを助ける事は、シンにとってなんら恥ずべき事ではないのだろう。
 連合軍籍と知りつつも、"ラボ"で回収された他数名と共に、ミネルバ艦内での治療は継続している。

「反省文の提出。ザフトレッドとしての権限を一部、一時的に剥奪。艦内における自由行動と外出の制限!
ミネルバ保守作業への従事を言い渡します。理由は分かるわね!?」
「はい……」
 罪に比しては軽すぎる処罰には、当然理由がある。

「本来ならば軍籍が無くなる程の違反だけれど、今のミネルバにパイロットの席を空ける余裕は無いわ。
その代り、食堂もレクリエーション施設も使えず、作戦以外は艦を掃除する生活が相当続くわよ。
これで艦内に被害が出ていたら……いや、スタッフが一人、被害出てたわね――」

 ちっ、とタリアが舌打ちを漏らす。
 ミネルバに運び込まれた少女は、シンが医務室のスタッフに治療を要求する最中、ザフトの軍服を目にして
突如として激昂し、看護婦を一名突き飛ばしていた。「治療がいるとは思えませんがね」とは、パイロットの
診察にあたった医師の台詞だ。

「それは後からシンに詫びを入れさせるとして……一体何なの、あの娘? 知り合い?」
「ディオキアで会いました。その時は、ああ、戦争の被害にあった子なんだなって。
それにきっと、彼女はなんか、事情があってパイロットにされたに違いなくて!」
「ああ、ルナマリアに救助されたときの事ね――確か報告書を受け取って――在ったわ」

 タリアは、少女の同行者として記載されていた"男性二人"の項目に眉をしかめた。

「彼女、認識票ではステラ=ルーシェとなっていたけれど」
「ステラ=ルーシェ?」オウム返しをするしかないシン。
「恐らく貴方が聞いたのは偽名でしょうね。あるいはステラという名前も」
「……」

115SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/10(日) 16:13:14 ID:???
2/

 スパイ――。
 ステラ達が、ミネルバのザフトレッドであるシンに接触を図ったのだと、タリアは疑っている。
彼らと出会った状況は、シンの主観的に偶然に過ぎないが、工作の余地などいくらでもある。

「下手を打てば、"ターミナル"が出張ってくる。そうなれば私にもかばいきれない。
今の内に覚悟を――」

 と、タリアの口を遮って手元の端末が鳴る。
 医務室からの連絡を受け取ったタリアは、医師のものらしい言葉を聞いていたが、やがて険しい表情で
「直にそちらに向います。シン=アスカも一緒に」と伝えると、受話器を置いて憐憫の眼をシンに向けた。

「シン」呼んでから、たっぷりと間を置くタリア。
「はい!」応えるシンの背に緊張が走る。
「先の決定を破棄。貴方への処罰を変更するわ。謹慎二十四時間、それで終わりよ」
「え……?」
「処罰の理由は、ザフト軍法第六条六項六号に対する違反。つまり"そういうこと"よ」
「第……六条!?」

 シンの記憶が確かならば、第六条六項は鹵獲した兵器の取り扱いについてを記載した物であるはずだ。

 エステル――いや、連合軍の籍においてはステラと呼ばれているらしい――を治療したことは、
やはり問題が無くて、彼女の乗っていたガイアを倒した後の扱いを間違っていたのだろうか。

「意味は分かるはずよ。貴方なら……いいえ、ガイアと直接に戦った貴方たちなら、尚更直感的に」
「いや、まさか……そんなはず――」
「そんなはずがあるのよ、シン。軍法第六条六項六号を言いなさい」
「第六条六項六号――"鹵獲したる兵器のCPUは、直ちに破壊する事"」
「現時点より、彼女――ステラ=ルーシェを生体CPUと見なし、拘束、隔離措置を取るわ。
だからシン、貴方の行動は"壊すべきモノを直そうとしたこと"、ただそれだけよ」

 第六条六項六号、その規定された目的はただ一点。
 連合軍の生み出した強化人間が、ザフトの施設や艦船の内部へ浸透する事を防ぐこと。
 軍法は同時に、生体CPUを捕虜として取り扱わない事を明記している。

 連合内部においては、製造工程の非人道性より人間として扱われず。
 プラントにあっては、能力の危険性から兵器の一部として扱われる。

 ステラは、連合とプラント、つまり地球上の殆どの場所で――人間では無かったのだ。


 SEED『†』 第二十七話 "接触"

116SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/10(日) 16:15:33 ID:???
3/

 ――ミネルバ 医務室

 ヨップ=フォン=アラファスは、プラントの機密情報を管理する組織"ターミナル"のエージェントである。
現在は、地上支部の"処理班"に籍を置き、重要度の高いな人や情報を、安全に処理する職務を負っていた。

 以前は、歌姫とその騎士――およびその取り巻き――を穏便に"処理"すべく行動していたのだが、
騎士がお姫様を抱えてどでかい戦艦に逃げ込んでしまったため、流石のターミナルといえども"処理班"
単独では手が出せなくなり、代わりにザフトにとって危険なエクステンデッド関連の施設を調べている。

 そんな彼は――

「うがああぁぁっ! 誰だ、お前はぁ――!?」
「ステラ……俺のことが分からないのかよ?」
「知らない、お前なんか……知らない! ネオ、ネオは何処!?」

 ――彼は今、暴れる少女を取り押さえる少年、という一見婦女暴行現場の光景に冷めた視線を注いでいる。

「アラファスさん?」
「ああ、失礼。続けてください」
 二人に向けるのは目だけ。その耳は、生体CPUを調べた医師の話を聞いていた。

「治療前に簡単な検査を行っただけでも、驚くべき結果が出ましてね。筋肉、骨格、内臓、血液、脳波、
とにかく全てが異常としか言いようがありませんよ」
「合成脳内麻薬に人造血液、ホルモン……っと。ほうほう、それで?」

 少年と少女に――いや、赤服と強化人間を待つ幸せなど無い。ヨップは、懐に忍ばせた拳銃で
彼女を射殺、もとい破壊してやることだけが、この悲劇を回収する唯一の手段だと悟っている。

「様々な体内物質――特に脳内の分泌物がおかしいですね。そしてレントゲン撮影の結果なんですが――」
「側頭部に金属製の人工物、明らかに脳まで到達している。そうでしょう?」

 先回りして言い当てたヨップを、医師は珍獣でも見るような目で見た。"何を言ってるんだこいつ?"と
目が語っている。

「え、ええ。詳しいことはもっと設備の充実した機関で調査しなければ分かりませんが……」
「量子共鳴で脳波が検出できないとだめですね。プラントの勢力圏内だと、それこそ本国の病院か、
トウキョウ――。他国を頼るならオーブ――は無理か。まあ、宇宙までは保たないでしょう」
「は? 確かに、外傷こそ軽いですが、此処で治療と言っても、何がどう作用するのかさっぱりで」
「その通り、自白剤の類はほとんど無効化されるでしょう」

117SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/10(日) 16:16:38 ID:???
4/

 医師の目が、次第に険しくなってゆく。
 この場にいる艦長だけではなく、シンにも聞こえる声で、ヨップは続けた。

「加えて、適当な処置を行わなければ、人工物をインプラントした側頭部から徐々に脳死が進む筈です」
 脳は、マイクロマシンという異物と常に反発を続ける。
 勝手に神経伝達物質を分泌し、異常な電気信号を発するマイクロマシンに適応できる体質の持ち主は、
ごくごく一部に限られる――それこそ、後天的な強化処置を受けたか、専用にコーディネートされた
遺伝子の持ち主でなければ。

「機密保持のために設定されたマイクロマシンは、宿主の脳を破壊しながらおよそ一週間程で――」
「ちょっとアンタ――! アラファス!」

 声の主を振り向くまでもない。ぐい、と。シンに襟首を持ち上げられてヨップの体が宙に浮いた。
首が閉まらないように爪先立って体重を支えるヨップを、紅蓮に染まった憤怒の視線が突き刺す。

「なんで――そんな事を此処で言うんだよ!?」

 "貴方の茶番を止めるために決まっているでしょう"
 出かかった言葉を、喉もとで飲み込む。
 というか締め上げられて声が出せない。

「落ち着いてください……シン=アスカ」
 辛うじてそれだけのセリフを絞り出す。
 激しすぎるシンの直情に、ヨップは目を合わせられない。レーザーのように純粋な怒りを受け止めるには、
ヨップは多少、事情に"詳しすぎ"て、状況に希望を持てないからだ。

「私を締めあげたって、彼女は貴方を思い出しませんよ!」
「……チッ!」
 すとん、と目線が下がってかかとまで床に降りたヨップは、喉仏を撫でながら2、3咳きこんだ。
のどの調子を確かめながら、シンに向き直る。

「私たちは、これまでにも連合の強化人間――ブーステッドやエクステンデッドについての調べを
進めています。聞くつもりは――? ……ありますね」
「ステラを……治す方法があるんですか?」
「今、此処で直すのは無理です。……話が終るまでは睨まないで下さいよ」

 ああ、この少年は怒ると赤が緋に近づくのだな、とヨップは思った。

118SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/10(日) 16:18:13 ID:???
5/

 文字通り目の色を変える少年にヨップは向き合う。

「彼女が重態なのは、確認するまでもありませんよね? 調べるにしろ直すにしろ、大がかりな設備と、
そして迅速が必要です。時間が勝負なんです」
「今調べている"ラボ"の中には、何か無いんですか!?」
「あるいは、彼女を治療しうる設備があったのかも知れませんがね……残念ながら、
中身は殆ど破壊されています……その調査を待っては居られないでしょう?」

 言葉を切ってシンの反論なり肯定なりを待ったが、そこまでの余裕をこの少年に見込めないと悟り、
説明を続けた。服の赤さの分くらい、しっかりしてくれよと思いつつ。

「彼女を直す……治すためには、二種類の装置が必要なんですよ。一つは体外から、マイクロマシンの
作る副脳にアクセスするための――要は複雑なリモコンです」
 これについては、技術的な困難の度合いは小さく、プラントの何処でも作ることが出来る。

「問題は、アクセス=コードを解析するために、脳波を量子レベルで測定する装置が必要って事なんですよ。
それも、建物のワンフロアを埋め尽くす位のね。西暦時代は核磁気の共鳴を測定していましたが、現在では
量子的な波のレベルで測定します。そしてその装置は現時点で、世界に5ヶ所しかありません」
「5……? たったの5ですか?」
「三年前の時点では、世界の31ヶ所で60基以上が稼働していました。それがエイプリルフール・
クライシスと、ブレイク・ザ・ワールドで多くが維持不能に陥ったのです」

 ヨップは開いた指を折りつつ数え上げる。

「旧ニホン地区、トウキョウ」親指が内側に折れた。

「旧ドイツ地区、ベルリン」人差し指が、親指に重ねられる。

「旧アメリカ、ニューヨーク」中指が畳まれて。

「プラント、アプリリウス」のばされた小指が残り。

「そしてオーブ、オノロゴ島です」ヨップの拳が握られた。

 みるみる顔色を変えるシンに、ヨップは申し訳のない気持ちにもなる。オーブは言うまでもなく、
ベルリンとニューヨークは連合側の支配地域にあり、そしてプラントは余りにも遠い。ザフトが制圧した
トウキョウとミネルバとの間には、連合の支配地域が厚く横たわっていた。

「この装置の特徴はですね、人間の脳波――いいえ、意識レベルと言っても差支えないでしょう。
それを計測するだけでは無く、逆に外部から"夢"の形で干渉する事も可能だという事です。重度の
PTSDや精神病の治療を目的としてね。それらは戦争の混乱の最中、20基近くが紛失されました」

119SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/10(日) 16:19:40 ID:???
6/

 デリケートに運用すれば心傷を癒すが、乱暴に使えば記憶の刷り込み、洗脳にも容易く利用できる。
 そのような装置が破壊では無く紛失だ。どこに行ったのか?
 考えずとも分かる。シンの視線が、背後のベッド、ステラに落ちた。

「……そう言う事なんですよ、シン=アスカ。誰かが治療のための機械を、洗脳と戦争のために
使っているんです」
「くそ――! あの"ラボ"も! ステラの事も! 一体何なんですか、これは!?」

 "何って、戦争ですよ"とは口に出さずに――言ったら今度こそ絞め殺されそうだ――ヨップは努めて、
シンとステラに同情的な態度を装った。
 人情的には、ステラの救済を望む気持ちある――が、ヨップは内面が行動に出なくなって久しい。

「彼女を助けるのなら、早急な搬送が必要です。しかし、連合の支配領域を迂回していては間に合わない」
「けど……」
「問題は、貴方が思っているほどには、ザフトにとって彼女が重要ではないってこと――怒らないで
下さいってば! 事実でしょう? 先ずはそれを認めて下さいよ、シン……アズ――カ!」

 締め上げられる――ぱん、ぱん――窒息寸前で、タップに成功。
 やり場のない怒りを、手近な大人にぶつけようとするのはいかがなものか。

「まったく……貴方が本気になったら、私なんざ小指で"チョイ"なんですからね。気を付けてください」
「あ……すいません」

 これが単なる"年頃の少年"ならばまだ可愛げもあるが、相手は赤服――ザフトのエリート。
 TVに映れば、"このお兄さんは特殊な訓練を受けています。良い子は決してマネしないでね"
と、テロップが表示される側の生き物なのだ。

 先の戦闘では、同レベルの機体とはいえ、たった二機でエクステンデッドを完封したというから、
人間兵器のカテゴリーに限定すれば、ヨップよりもむしろステラの方に近い。
 ――だからシンパシーを感じているのか?
 感情の爆薬っぽい弾けやすさに、そうした馬鹿な感想すら覚える。

「だから、軍司令部に彼女の重要さを知らしめて、ミネルバの"敵陣突破"すら認めさせれば良いでしょう。
生きていれば、彼女は連合側の機密の塊でしてね」
「……そんな権限――」弱気になるシン。
「しっかりして下さいよ」ヨップの口からため息があふれ出る。

「プラント議長からの覚えが良く、司令部に強大な影響力を持ち、独自の作戦立案権すら保有する。
そんなエリート中のエリートが乗っているでしょうが。この艦には。三人も――!」
「あ……」
 シンの口から、呆けたような声がもれた。

120SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/10(日) 16:21:38 ID:???
7/

 ――十分後

 シン=アスカが、ブリーフィングルームに呼んだアスラン=ザラ、ハイネ=ヴェステンフルス両名を相手に
説得だか脅迫だか分からない剣幕で演説をぶち始めたのを見届けて、ヨップはメイリン=ホークの案内の元、
通信室への道を歩んでいた。制帽から伸びた赤いツインテールが、左右にぴょこぴょこと揺れているのが
大変かわいらしい。

 途中、金髪のザフトレッド――レイが廊下の陰から現れる。
「彼女とて、生きていられるなら生きたいと願っている……」
「それが幸せかは分かりませんがね――」
 すれ違いざまに、そんな言葉を交わした。角を曲がると、そこがミネルバの通信室であった。

「こちらです――六時間も使うんですか?」
「ええ、アルファ規格の秘匿回線なんて使える場所、他には無いですからねえ」
「一応、こちらのメインサーバーに通信内容を記録するようになってるんですが――」
 当然、拒否させて貰う。ここからは情報部の仕事だ。

「すいませんね、キ・ミ・ツ……って奴です」
「……キモ……」
 人差し指を振りながら精一杯親しげにやったのに、余りにも正直な評価に、ヨップのピュアなハートは
ざっくりと傷付いた。そりゃあ、蛙面が裏声でジェスチャーしていたら、"雨期は半年後ですよ?"と
言いたくなる気持ちもわかるが……顔面の遺伝子コーディネート料をケチった親を恨むほかない。

「良いです良いです。データの破棄はこっちでやりますよ。ちゃんと元には戻しておきますけど、
あとで"此処が違う"なんて文句は言わないで下さいね」
「は〜い」
 髪を揺らしてオペレーターの少女が去ると、ヨップは早速監視カメラにダミー画像を流し始めた。

 「こんなので良いのかね、監視態勢?」と独りごちつつ、剥がした通信機の電子基盤に盗聴装置を
仕込み終えるまで、10分と掛かっていない。片手間にミネルバを盗聴しつつ、ヨップは自分だけ安全な
秘匿回線を開き、猛然と通信を始めた。

「もしもし、"シマシマ運送"ですか? ミネラルウォーターを7箱急ぎで運んで……通信用の符丁にくらい
付き合えよ……だから私をヨッピーと呼ぶな、ジュリエット!」

「もしもし、"ペットショップ・デュラン"ですか? 体温低めの犬が一匹欲しいんですが……プライベートの
時間中に済みませんね、クルーガー班長。エクステンデッドの件で報告が――」

「――議員を出してくれ……いいえ、議員。別に、貴方の管理していたフレア=モーターの流出に関して
じゃあ在りませんよ。安心して下さい――」

「――大隊長に繋いでくれ。君からの質問は受け付けていない。受け取らないようなら、こう伝えるんだ。
"四月の林檎の件で話がある"と――」
121SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/10(日) 16:23:23 ID:???
8/8

 ヨップの所属する"ターミナル"にとっても、エクステンデッドと、それを運用するファントムペインに
まつわる情報は喉から手が出るほど欲しい。倫理を著しく脱した人体実験の生きた証人――それは、
プラント側のイメージ戦略にとっても強力な切り札となり得るが、それも生きていればこそだ。

 不安定かつ、危険きわまりないエクステンデッドの搬送のため、ミネルバが敵陣を突破してくれると
いうのなら、根回しの苦労くらい幾らでも引き受けるつもりの"ターミナル"だった。


 そんな六時間の結果――。

「……なんですって、班長? エクステンデッド絡みは我々"処理班"の管轄じゃあ無かったんですか?」
『動いたのは地上の支部ではない。低軌道の連中が何を考えたか、ウチの"収集班"を動かした。
現場はロドニア、お前のすぐ近くだ――!』
「まさか――"ラボ"から脱走した個体ですか!?」
『その可能性が高い』

 ヨップは天井を仰ぐ。"ラボ"の管理を逃れた被験体が、暴動の引き金となった事は分かっていたが、
まさか逃げおおせていたとは……。

「それで、その子は……」
『彼女には、側頭部にマイクロマシンのインプラント処置がみられた』
「……エクステンデッド……ですか」

 ラボで保護された少年は、聴覚の一部にブーステッド処理の名残があったものの、ほぼ健康と言って
良い状態だったため、悲劇の主人公とするには"弱い"。
 対して、ラボから脱走して"ターミナル"の別働隊に回収された個体は、エクステンデッドだ。
 ラボからの出荷前であり、かつ脱走する元気があったのなら、ステラよりも日持ちがするのだろう。

 つい一時間ほど前には、タリア=グラディス他二名、つまりフェイス三人の連名でステラを
トウキョウへと運ぶ作戦が、本部に上申されたという。
 しかし、生きたエクステンデッドがプラントの手に渡った時点で、ステラの価値は格段に落ちた。

「これは……アスカ君に悪いことをしたのかな?」


 ――そして翌日、ザフト軍司令部からミネルバに下った指令は、ジブラルタルへ、連合軍支配地域を
迂回してのステラ=ルーシェの搬送。

 事実上、ステラへの死刑宣告であった。

122SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/10(日) 16:30:38 ID:???
8レスですみました。

たまに出てくる処理班の方々は、オーブにいたラクスを襲撃した方々です。
そんときはキラが自由を持ってなかったので殆ど生き残ってます。

以上、投下終了。感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
123二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/14(木) 00:11:43 ID:???
他板で書き手しているのに、新人スレに乗り込んできて申し訳ありません。
酉つけてきたので、スレチと思われる方は、お手数ですがNGしてください。
00の非エロです。一期終了後二期始まるまでの期間をユニオンサイドの人物中心で
妄想補完しています。今回はビリー編。
プレアロウズ(ビリー編)前編 多分6レス消費予定です。


プレアロウズ(ビリー編)前編 

地球連邦政府発足後、旧三大国間の根深い確執や利権を巡った泥仕合が繰り広げられる中、
CBに勝利し発言力を強めた軍部は政治介入により連邦政府内に確固たる地位を築いた。
その後軍部主導による政策が、上手く戦後復興させたことを評価される一方。
『連邦政府は軍事占領下に置かれ、実質、軍上層部を占めた旧ユニオンによる傀儡政権』
と、一部マスコミから揶揄されることになった。
軍部の不自然なフォーマンスに、しつこく周辺を嗅ぎ回るマスコミやフリーライターが
後を絶たないが、連邦政府内の泥沼化が世間に露呈されないことも含め、幾ら調べても
知り得ることは出来ないだろう。
そのおかげで彼らも長生きできるのだから、あながち軍の情報統制が悪いとは言えない。
ビリーは、眺めていたニュースを消して、ぼんやりと天井を見つめる。
連邦統一の足下を固めるためとはいえ、独立治安維持部隊アロウズを設立し反連邦勢力を
弾圧するという無茶な政策を打ち出すなど、確かに今の軍部は変だと気付きながらも
ビリーは、技術顧問の待遇のまま軍に籍を置きMS開発の任務を続けていた。

軍部高官という立場上、内外に敵の増えた彼の叔父ホーマーは、甥を巻き込まない為に
『早く軍を離れアイリス社に戻るように』と、忠告を繰り返していたが。
言われるまでもなく、これまでにも軍を離れるタイミングは、何度もあった。
軍属の技術者とはいえアイリス社からの出向社員に過ぎないのだから、別に義理立てする
必要もなくCBとの本格的な戦争が始まる前に逃げることも出来た。
本社からも『軍部と角を立てず頃合いを見計らい戻ってくるように』と連絡があったのに、
なんだかんだと理由付けて引き延ばしていた。
民間会社とは桁違いの開発費を予算に計上してMS理論の実証が出来る軍開発部は、何物
にも代え難い環境であり、ビリーの本音としても自ら手放したくはなかった。
基地がガンダムの攻撃を受け、エイフマン教授を始め、身近な人間が犠牲になった事で
今更のようにMSが人殺しの道具にすぎないと思い知らされた時も、
『より強力なMSを開発することが、非業の死を遂げた彼らの意志を汲むことになる』と
倫理観を脇に追いやり、悲しみに折れそうな心を無理矢理奮い立たせて踏みとどまった。
大体ここまで首を突っ込んでおきながら、その後十分な移行期間も調整もなく旧三国の
MS開発陣営が地球連邦に吸収、統合された事で大混乱した現場を見捨てて逃げるほど
薄情でも腰抜けでもない。
『自分の意志で残留を決めたのだから放心している場合ではない』とビリーは、ゆっくりと
立ち上がり、ガラス窓越しに開発中のMSを見つめる。
124二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/14(木) 00:13:46 ID:???

MS開発部が連邦に統一されたといっても、旧三国による技術競争は激化し次期主力MSの
選定に選ばれるべく各陣営がしのぎを削っていた。心理的な対立は一朝一夕には拭えない。
GNドライブ搭載の専用機として独自に開発され、どの陣営にもしがらみのないジンクスに
注力すべきとの意見もあったが、疑似太陽炉を改良発展する過程で既存のMSとの優位性も
微妙になったジンクスを敢えて推す動きはなかった。
ビリーにとって旧ユニオンが開発したフラッグが別格であるように、各々が所属した陣営の
MSへの愛着も少なからずあるだろう。
そして連邦組織の結束を強めるためにアレハンドロ・コーナーによるお仕着せのジンクス
ではなく、次期正式機体として地球連邦オリジナルの機体を切望されていた。
今までユニオンのMS技術が世界一だとの自負もあったが、ジンクスも、よいMSであると
ビリーは思う。
素直にジンクスを認め受け入れたのは、何もエイフマン教授を失い弱気になった訳ではない。
それまでのMS理論に固執していては先に展望は望めないとビリーは考えた。
世界的なMS開発の権威として名を馳せていたエイフマン教授も、積極的に新風を取り入れ
新しい理論の構築に挑戦し続けていた。
ガンダムを調査するに当たっても、その工程で重大な何かを掴んだ為にソレスタルビーング
に消されたのだと、ビリーは強く唇をかみしめる。
だからこそガンダムと同等の力を持つMSジンクス、正確には疑似太陽炉についての研究を
続けなくてはならない。
そのジンクスの基本性能は、フラッグやティエレンと比べてGN粒子を効率良く利用出来る
以外、特に目を見張るような違いはなかった。
それでも圧倒的な出力やビーム兵器、飛行能力をもたらしたのは疑似太陽炉という動力源
であり、疑似太陽炉こそを、もっと特化先鋭して研究したかった。
それこそが教授の死に近づける唯一の手がかりであるとビリーは信じていた。
疑似太陽炉関連の開発研究を連邦軍部が全て握っている上、開発費用の嵩む研究を続ける為
には、なんとしてでも強力なMSを開発することで結果を出し、軍にしがみつくしかない。
125二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/14(木) 00:14:56 ID:???

しかしGNドライブ搭載が前提となったMS開発に置いては空を飛ぶという機動性を、
疑似太陽炉に適応させることで手に入れられる現在、
これまでのMS開発の方向性の違いで、飛行形態への変形ギミックを持たない代わりに
全領域に対応する個別のノーハウを持つ旧人革連の開発スピードに旧ユニオン開発陣は
後塵を拝することになった。
フラッグのような変形型MSでは、非変形型に対してメンテナンスや生産効率の面で勝ち目
はなく。それでも、あえて変形機構を持つという付加価値を何に見いだすのか。
今から模索していても既に先行する旧人革連に対抗できず、その意味もない。
では次期正式機体候補として、フラッグをいちから開発し旧人革連のMSに競合する労力を
考えるとGNドライブとの相性もよく生産性も軌道に乗ったジンクスをベースに改良する方
が合理的である。
何よりグラハムがパイロットとして搭乗するわけでないのに、ビリーはフラッグの開発を
する気にはなれなかった。
その当のグラハムは、すでに半年以上医療用カプセルに入ったまま再生治療を受けている。
ビリーも何度か見舞いに行ったが、特に右上半身の火傷と損傷が酷く、激しい痛みに意識が
混濁したままで、安静のために薬で眠らされているという説明を聞いた。
こんな状態が続いて再びパイロットとして空を飛べるようになるのだろうか。
因果応報。
どのような理由があっても人道を踏み外したことに対して、それ相応の報いは必ずある。
ガンダムを倒し仲間の復讐を果たすことが出来たといっても、グラハムは二度とMSで空を
飛べなくなるかもしれない。
彼の咎に対する報いが、いっそ死んでいた方がマシだと思えるほどの絶望なのか。
同じく復讐に荷担したビリーには、未だに何の報いも罰も無いというのに。
カプセルの中で意識の戻らないグラハムは、そんなビリーに何も言ってくれない。

程なくして連邦次期正式機体に、旧人革連開発のMSアヘッドが選ばれた余波に伴い、
開発予算、開発規模の縮小を受けた旧ユニオン開発陣営は、長い雌伏の時代を迎えた。
いくら技術に優れようとも開発競争に負けたのだからと、ビリーは仲間たちを励まし再起を
目指したが、彼自身も技術顧問としての責任を追及され、軍から罷免されることになった。
弁明の機会もない一方的な処分にビリーも納得できず、それでも軍との顔繋ぎとして開発部に
居座ろうとしたが、アイリス社の方に圧力をかけられては、どうしようもなかった。
126二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/14(木) 00:16:49 ID:???


「お前の方から顔を出すのは、私に何か頼み事があるときだけだな」
基地内移動中に呼び止められたが、周囲には腹心の部下達しか居なかったのでホーマーは
不躾な甥を咎めず笑いかけた。
「会社に手を回してまで僕を追い出したいのですか?」
幾度か面識あるグットマン中将の忍び笑いを無視してビリーは自分より長身の叔父を見上げる。
大人げない行動であるのは、ビリーも重々承知している。
しかしそうでもしなければ、新連邦発足後、益々昼夜忙殺されている叔父を捕まえられない。
「その方が辞めるのに体裁が良いだろう?あのような出来のMSを恥ずかしげも無く発表する
とはな。それでも開発部責任者でもない出向のお前を矢面に立たせるのは忍びない。こんなに
抜き差しならない状況になるまで対処しなかった私も悪いが、私も甥であるお前が大切だ」
心外だというようにホーマーは困った顔を見せて立ち止まり、改めてビリーと向き合う。
部下達を先に行かせて、ここは立ち話で済ませようとしているようである。
「結果を出せなかった僕が責められるのは覚悟していますが、汚名返上の機会も奪うのですか?
MS開発に一人でも多くの技術者が必要な時に仲間を見捨てて自分だけ抜けるなど出来ません」
「陳腐な言い訳だな。仲間の為というのは建前で、お前が怒っている本当の理由は軍開発部を
私的利用できなくなる事だろう?お前の読みが甘かったのだよ。人革連との競合結果の如何に
かかわらず、疑似太陽炉という軍機密の研究に深く食い込んでいるお前を、軍が手放すことは
無いと考えたのか?」
「ひとえに僕の力不足だっただけです」
とっさにビリーは否定したが、見透かすようなホーマーの視線に耐えられず顔を伏せた。
そのことさえ叔父の差し金だと考えるほどビリーも卑しくない。
自分たち開発陣が発表したMSは、とてもじゃないが旧人革連の新型アヘッドに対抗できる
ような代物ではなかった。
自分に真剣さが足りなかった。
次期正式機体の選定など、開発部に残るために旧人革連と適当に競っていれば、それでいいと
思っていた。
「図星か?ビリー。お前の本分はMS開発で疑似太陽炉の研究員ではない。確かにこれからの
MS開発に疑似太陽炉の研究は必要不可欠だが、まだ民間では設備の面も含め不可能な技術で
あるからこそ、監視も甘い今のうちに軍を離れておけ。資料や理論がお前の頭に入っているの
なら、当面は軍で研究できなくとも問題ないだろう?アイリス社に戻ってもMS開発は出来る。
ここはおとなしく私の指示に従えばいい。悪いようにはしない」
ホーマーは微笑みを浮かべる。
127二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/14(木) 00:18:34 ID:???

「…軍監視下に置かれてもかまいません。軍で研究を続けさせて下さい。エイフマン教授が
残した疑似太陽炉の研究を僕が完成させたいのです」
ビリーは叔父に頼むしかなかった。
疑似太陽炉研究にかまけて開発競争に負けた尻ぬぐいまで、結局はビリーの得になるように
取り計らってくれる。
いつまでも子供扱いで甘やかされ、これまでもわがままは笑って許され全て叶えられてきた。
「お前も、突然の理不尽な暴力で恩師を亡くし、さぞや辛かっただろう。しかしガンダムは
地球連邦軍が倒した。お前の中では、未だ心の傷が癒えるほど月日は経っていないのかも
しれないが、時間の流れは悲しみを薄め、思い出から距離を取ることでいつの日か忘却させる。
人は、辛いことを我慢できるようになっても慣れることはない。では辛いことを受け入れて
許すしかないだろう。忘れることは許す事だよ。だから今は軍を離れて少し休め。ビリー」
ホーマーは、甥の肩に手をやる。
「なぜテロリストを許さなくてはならないのですか」
ビリーには、叔父の言葉が理解できなかった。
疑似太陽炉の研究に執着するのは、失った教授の思い出をなぞる行為だと分かっている。
もう教授は戻ってこない。恨み言さえ言えずに死んでいった教授の無念はどうなるのだろう。
ソレスタルビーングとの戦争は、その象徴であるガンダムを倒した事で報道メディアは一斉に
終戦を謳い、平和宣言を繰り返した。
憎しみの行き場が無くなったから、もう許してやれというのか?だから忘れろというのか?
「失った教授のために、未だに復讐心に囚われている気持ちは分かる。テロを憎む気持ちは
私も同じだ。テロを許すのではない。憎しみに傷ついたお前の心を許してやればいい」
ホーマーは、聞き分けのない子供をあやすように繰り返す。
「何を許すのですか?何を忘れるのですか?僕は叔父さんのように立派な人間じゃありません」
自分を宥めるために、叔父はただ論点をすり変えているだけなのだとビリーは必死で思い込む。
128二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/14(木) 00:20:15 ID:???

「ガンダムは倒した。世界は地球連邦の元で一つになった。今も紛争は残るが今まで通り軍が
一つ一つ潰している。ソレスタルビーングが武力介入する前の平和な時代に世界はゆっくりと
戻ろうとしているというのに。これ以上、お前は何を望む?そんなにガンダムが憎いのか?」
「僕は、教授が何故死ななくてはならなかったのかを知りたいだけです」
つい本音を口走り、ビリーはきつく唇をかみしめる。
ガンダムを製作、保有出来るほどの組織が、一度戦争に負けたくらいで簡単に瓦解するとは
思えないが、全く音沙汰がない以上、ただ遣り切れない悲しみがビリーの心に澱のように沈み
たまっていく。
「教授は亡くなった。もう居ないのだよ。ビリー。死んだ者は生き返らない」
ホーマーは静かに言い聞かせる。
「ガンダムを倒した事で、その弔いになったから、それ以上は望むなと言うのですか」
低くつぶやきビリーは叔父を睨む。
どんなわがままでも聞いてくれる叔父なのに、どうしてこの願いはきいてくれないのだろう。
叔父が地球連邦で何をしているのか、叔父がトップを務める独立治安維持部隊アロウズが
何をしているかをビリーは知っているが、これからも叔父の邪魔をするつもりはない。
ただ自分は軍で疑似太陽炉の研究を続けたいだけなのに。
「お前は私怨で軍を利用し武力を行使するのか?それではテロリストの遣り方と変わらない。
だからと恒久和平の実現などという漠然とした正義を掲げるには、政治の思わくも絡んでくる。
そんな面倒は軍上層部に任せ、お前は死んだ人間の復讐のために生きるのではなく、
自分が幸せになることを考えればいい」
ホーマーは、小さく嘆息して言葉を続けた。
「そもそも友人のパイロットを、お前のわがままで作ったGNフラッグに乗せてガンダムと
戦わせた結果。死なせるほどの大けがを負わせたのだろう?お前は、それで平気なのか?
お前は生きている人間よりも、死んだ人間の仇を討つ方が大切なのか?」

プレアロウズ(ビリー編)前編


失礼しました。後編は次回ご縁があれば。
129通常の名無しさんの3倍:2010/01/14(木) 00:24:52 ID:???
全然スレチじゃないですよ。
投下乙。
130通常の名無しさんの3倍:2010/01/14(木) 01:16:04 ID:???
>>123-128
GJ
アンタを待ってた
ホーマー△

ここでは非エロ明記は必要ないと思います
続きも期待してます
131弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/17(日) 00:09:24 ID:???
空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜

#10 備えあれば、憂いなし。

 無人のナヴィを先頭に数台の車列が続く。ナヴィの後ろ。MPの人の敬礼に車を止めた
ユースケさんは「よっ、ごくろー」とだけ言って、あとは超大型トレーラーに続く最後尾のパトカー
まで一気に通過していく。

 車を降りた瞬間、緑の長い裾を翻して走ってくる人影が見える。――あれ? 何で正装?
「騎士団のオオグロだ。隊長の無くしモノを三つ、全部拾ってきたぜ? 確認してくれ」
「ムツキ! リョーコさん! ――あなた達、無事で……。良かった、本当に心配したんだから!
――作戦行動の遅延、並びに連絡をよこさなかった罪で拘束するっ! 馬鹿たれどもがっ!!」
 包帯だらけの二人はかぁさんに抱きしめられる。
「一緒、一緒! き、気持ちは一緒! だけど、かぁさん、あたしアバラ、アバラが、うぁ……」
「お、お気持ちは十分、……。ですが、お母様、その、わたくしも実はく、頸を痛めておりまし……」
 パシュゥ! と大きな音を立ててホワイト−シーフ”だった”ものを積んだトラックが止まるまで
あたし達が何を言おうと”拘束”を解かれる事はなかった。

「査定、ちょっと色付けたよ。ただ、入金来月末ね。――ババ様は元気にしてたかい? 団長殿」
「それだよトメさん。コイツら婆様に、――って。待った! 来月ぅ? 今日何日だと思って……」
 書類の受け渡しをしながらユースケさんとサイトーさんが話している。
「悪いね。今回はセブンスの防衛経費から出るってんで市議会で稟議書回す時間が居るってさ。
――彼女らは純粋だもの。しかし、良く助けてくれたもんだ。あそこは簡単ではないものなぁ」
「運も実力の内。て奴だろ。実際、近辺で撃墜されて見殺しにされた奴らは多い。中身が女の子
なんてわからんし。機体に所属マークが無いのが良かったかな。なにしろ強運だよ、二人とも」
 ただアイツまでは運が届かなかったな……。ユースケさんがトレーラーを振り返る。

 めくら着陸の結果、TP装甲でない部分は全てもぎれ、ちぎれて、もはや原形を留めていない
ホワイトシーフ。最悪な事に”彼女”は腰の持病が再発したようだ。もう、空を飛ぶ事も、MSに
変形する事も適わない。そしてそもそもが連合のモノだった上に、ジャンク屋のおじさんが
基幹システムやフレームにまで手を入れている以上、もう基地のメカマンでは直せない。
 ジャンク屋のおじさんならば直すかも知れないが、完全修復まで2年かかるか10年かかるか
わかったものではない。あたし達は今、力が必要なのに。

「隊長、ゾディアックライナーズ社のシャトル、ヴィルゴから連絡。積み荷は予定通りMS2機、
人員25名。現在当初より328秒前倒しで到着の予定」
「速い分には文句はないわ。管制にも通達しておいて。――いよいよ、か……。あなた達は
このまま病院に行きなさい。話は通してあるし、入院の指示があったらそれに従って」
「……あたし達、ヤッパリホワイトシーフがないから、……要らなくなるんだよね?」
「二人とも出来る限り早く体を直して明日からでも現場復帰なさい。命令よ。これから新しい機体
が届くの。休んでる暇なんかないわよ。今日中にシミュレーターの準備はさせておく。――以上」
132弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/17(日) 00:12:20 ID:???
#10 インタールード1 〜ミツキ・シライ〜

 子供達が車で病院に行くのを見送る。報告書に依れば怪我はたいしたことがないらしいが、
二人とも普通の体ではない。特にリョーコさんに関しては、投薬となると特殊な調合が必要な
可能性がある。と兄であるリョータ君、……ゲレイロ三尉から話が来ている。
 ともかく病院で再検査。彼女らの話はそれからだ。

「隊長。ゾディアックライナーズ、ヴィルゴより通信、大気圏突入完了直後から直接アプローチに
入るのでB滑走路を確保してくれとの事です」
 ゾディアックライナーズ社。元ザフト実行部隊が社員の大半を占める運送業者でザフト
の仕事がほぼ100%を占める典型的な天下り先。但し彼らの運ぶモノは普通の運送業者が
嫌がるようなものやジャンク屋には頼めないようなモノ、具体的には兵器、武器弾薬の類。
やたらに危険な代物や、軍事機密等を搬送する事を生業(なりわい)にしている。

 だからあのシャトルも普通よりエンジン出力は大きいだろうし、見えない様に偽装はしてある
だろうが、ある程度の武装はしている筈。なにせ戦闘自体をは荷主が搬送条件にしているのだから。
「無駄とか手間が嫌いな人達だものね。要らない諍いは起こす必要ないから彼らの言う通り
にするように。特に管制のアランにはちゃんと言ってね? 彼らと揉めたら血を見るわよ?」
 そしてその彼らが運んでくるのは、とても会いたくて、そして今は絶対に会いたく無い人達。
そしてやっと生還した少女達を更に死地へと追いやる殺戮兵器。

 ”隊長”と”ミツキ”は一心同体なのだ。と、今まで思っていた。だがどうやらそう思っていた
のは隊長だけでミツキは表裏一体の存在として隊長のシライを憎んでさえ居る節がある。
 何せ最近では、何をするのも全て隊長が優先する。ならばミツキがひがむのも無理はない。
「全隊に通達。業務に就いている者以外は全員一種制服着用で2番ハンガーへ。アカデミーの
教官室長と予備役とは言え復帰したザフトレッドをお迎えする。田舎者とバカにされないよう
全員、気合いを入れておく様に!」

 到着したシャトルはいきなり格納庫ハッチを開く。つまりタラップなど要らない。と言う事だろう。
最初にぞろぞろと降りてくる緑の服は多分メカニック。つまり持ってきた2機は、それだけ
手間のかかる機体だという事。そしてティモシーがよこした以上手間をかける価値はある。
と言う事でもある。彼はお飾り、や形だけ、と言った言葉をそもそも毛嫌いしている。

 そして列の一番最後。ザフトでも将来を約束されたエリートしか着用を許されない赤い服。
そして一般の軍隊ならば師団長、艦隊司令クラスを示す白い服に金モール。二人とも女性。
 その二人は他の人間を後ろに置いて真っ直ぐに私に向かってくる。敬礼。
「お久しぶりね。良い面構えよ。立派な隊長さんになってて安心したわ。アカデミー戦術教官室
モニカ・モンロー=ガスコイン、本日只今より現場復帰しシライ隊長指揮下に入ります。よろしく」
「ゾディアックライナーズのパイロット、サーシャ・ニコラボロフです。只今から予備役より復帰し
シライ隊長の指揮下に入ります。――ティムと組んでた時は、いつもあなたの事ばかりだったわ。
初めまして、なのに初めてあった気がしないのはきっと彼のせいね」
133弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/17(日) 00:13:11 ID:???
#10 インタールード1 〜ミツキ・シライ〜

 即席隊長になる為にたった3週間ではあったが私をみっちりしごいた鬼教官。ドラゴンモニカ
ことモニカ・モンロー=ガスコイン。見た目は金髪碧眼。ナイスバディで美人な若奥様。
 但し現役時代はパイロットでもないのにカミソリモンローの渾名を付けられ、その渾名の如く
作戦遂行の為なら、自らを阻むモノは敵も味方も全て切り裂き、なぎ倒し、作戦達成率80%強。
何より強引な作戦ばかり展開するのに人的被害が異様に少なかった事で有名な元艦隊司令。

 そして”彼”の親分にしてゲイツ単機でGを堕とした記録を持つ、サーシャ・ニコラボロフ。
黒髪と切れ長の瞳、丈の短い赤い上着にタイトスカートが似合う彼女。現役時は対テロ専門部隊
のモンロー隊に属しMS隊を統率。公式撃墜数は20機強。ザフトレッドとしては物足りないが、
それはMS、それも完全撃破のみを数えたもので、更にMAも艦艇も除外、と彼に聞いた。
 一般的な数え方ならば撃墜数は楽々100を超え、テロリスト達からは『イクサバノオドリコ』の
二つ名で呼ばれたパイロットは只の優雅なお嬢さんに見える。実際年はそんなに離れていない

 そして不遜が服を着て歩いているようなティモシーが、実はこの二人には全く頭があがらない。
左遷された彼を重用し、彼の権威回復を図ってくれた隊長と、そして彼の二つ名”戦場の踊り子”
の、その初代。そう言う方々を私の配下に。という発想は、どこをどう考えれば出てくるのか。
 あんたが頭上がんないのに、私がこの二人に命令なんて出せる訳、無いじゃないか!

「よぉ、お嬢。しばらくだな、例の演習以来かぁ? って、じゃあ何年ぶりだよ、変わんねぇな!」
 お嬢、と呼ばれて客人二人が振り返る。そして赤い服の女性は少し寂しげに顔を戻す。
「ジーン! あなた、生きてたの? パナマでMIAって聞いたわよ!?」
「アホ。俺が墜ちるか! MSを降りただけだ。調べりゃ判るだろ! ――アカデミー創設以来
の問題児、カミソリモンローが堅物ガスコインを撃墜かぁ。人間ってぇのはわからんモンだな!」
 ガシっと胸元で握手をする二人。何で体育会系のノリなんだろう……。
「最初のブリーフィングは4時間後、で良いですね? ちょっと人数が半端だから第2応接室で。
ねえさん、部屋と資料、準備しておいてね。全MS担当は応援の人達に協力、機体のチェック」
「イエス・マム!」

「まさか”アイツ”が出戻ってくるとはな……。チェンバレンの野郎、やるじゃねぇか」
 ジーンさんがシャトルの奥から、引き出されてくるMSをみながら顎をしゃくる。
「開発局長の弱みでも掴んだんじゃないの? あいつならそれくらいは平気でやりそう」
「隊長がそれ言っちゃぁ、おしまいだろ? 隊長の為によこしたんだ。あいつなりのけじめ、
なんだろ? 多分。……相変わらず、粋なんだかまどろっこしいんだかわかんねぇがよ」
 旧型でもGを渡されるのはエースの証。でも今はそんなコトよりあの機体。見ただけで判る。
アレは、かつて私と一緒に砂漠を走った相棒。見た目はセカンドステージシリーズのガイア。
でも私には型式照合など必要ない。近寄ると周りの目など気にせずコクピットに飛び込む。

【Now Collation.......Completion ! Miss. Mituki.S and welcome home. It waited. 】
 ミツキさんお帰りなさい。ファング2は普通の事であるかの様にディスプレイに表示を出した。
134弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/17(日) 00:14:29 ID:???
#10 インタールード1 〜ミツキ・シライ〜

 街を見たい。と多少意外なことを言われ何故かガイドをしている私。その相手は。
「――教官殿には当時、本当にお世話になりました」
「隊長、いや室長はずうっと勿体ないってそう言ってたわ。セブンスじゃなくアカデミーに来てれば
赤だったのにってね。カミソリの次はドラゴン。何をやったらそんな渾名が付くのやら。ふふ……」
 町外れに最近作られたビオトープ。しゃがみ込んで小さな池に泳ぐ魚を眺めるサーシャさん。
 戦争当時は笑わない美人で有名だった、とティモシーはそう言っていた。でも今目の前にいる
気さくな女性は笑顔がキュートで、こんなのを見せられたら男共はきっと一発KOされるだろう。
 彼女はいきなり世界を放浪する為にザフトを辞めた。二つ名、約束された出世コース。全てを
放り出して。でも実は鋭さは今も変わらない。目が合う度に全てを見透かされている気がする。

「エディの事、聞いたわ。こうして居ると、とても方面軍に喧嘩を売るようには見えないのにね」
「その……若気の至り、とでも言うんでしょうか。でも、ティモシー始め、みなさんにはご迷惑を
かけたのですが、それでも間違った事をしたとは思ってません。――今でも」
 ふっと顔が上がる。怒られる。と思ったが、その優しい目。この人は、一体……。
「大事な人の為に戦う。間違ってないわ。……私は、そういう人をこの手にかけた事が有るの」

 ――っ!? この人は急に何を……。ヤキンが墜ちる少し前だったわ。話は続く。
「当時はザフトと連合、仲良くなんて……。でも同じ人間同士だもの、話せば気持ちもちゃんと
通じた。だから他人に”取られる”くらいなら自分でって。向こうも私の事、本気で殺しに来たわ」
 黙っていればいいものを。連合の方、だったんですか? とつい聞いてしまった。
 そう。私が堕としたGはアイツよ。黒髪に赤い上着の彼女は、でも微笑む。
「隊長どころかティムにも喋ったこと無いの。何であなたに喋りたくなったのかしら。秘密にね」
 
「彼はね、自分の事、雑草だって言ってた。ドコにでも勝手に生えて勝手に生きるんだって」
 水辺に咲いた花にそっと手をやる彼女。多少の品種改良が成されて砂漠の寒い夜に対応
出来るようになっている。この人工環境下に咲く花は、それは本当の雑草ではないだろう。
「でも雑草だって環境が悪ければ芽吹かない。そうでしょ?」
「はい?」
「ティムもそう。あいつは、要領良い癖に変なところがクソマジメ、だから対テロ専の中でも
モンロー隊なんて最低の最前線部隊に左遷された。中央司令部でMS隊の隊長を張れたのに」
 悪し様に自分の元所属隊を言い捨てる。その部隊の元隊長も一緒にいらしてるのでは……。
「けど、そうでなければ今の彼は無いし、あなたと彼が会うこともなかった。運命って言うのは、
有るのかも知れないわね。世の中、回り道なんて無いのかも。――なーんてさ、思わない?」

「彼は、……ティモシーはそのぉ。元気に、していますか?」
「最近、直接話したのは3ヶ月前よ。あなたの方が詳しいんじゃない? ――心配してるわよ、
過ぎるくらいにね。でも会ってみてわかった。こんな可愛い子じゃ、離れてたら。そりゃ心配よね」
 ――久しぶりに赤くなった。自分でわかる。今はむしろサングラスや帽子が恥ずかしい。
隙のない制服姿で赤くなる。こんなみっともない姿が他にあるだろうか……。
135弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/17(日) 00:15:34 ID:???
#10 インタールード1 〜リョーコ・ゲレイロ〜

「もう歩いても大丈夫なのかよ? シライなんか目隠しでベッドに縛り付けられてたぞ」
「わたくしも安静に、とは言われましたが頸の捻挫だけです。明日にはギプスも取れましょう。
確かに彼女は肋骨にヒビが入って絶対安静ですが、別に拘束が必要な訳ではないですよ。
ただ、たった2時間で3回、脱走を企てたものの、3回連続で失敗しましたから……」
 何故かオオノ君が花束を持ってきてくれた。聞けばムツキさんが連絡をしたのだそうだ。
私は安静に絶対が付かない。珍しく人と話をしたいと思っていた私は、だから屋上へと誘った。

「その、リョーコさんってさぁ。好きな……、好きなくいもんとか有るか? 明日持って来るよ」
「検査の為に入院の形になっただけで、明日にはもう退院です。ムツキさんはすこし長く……」
「え、もう? ……あ、あの、リョーコさん! えーと。――もし、良ければ今度一緒に……」
 感情というものは難しいな、そういうのはおまえの方がわかるんだろう? 兄様の口癖。
「オオノ君、――宜しければ他言無用の秘密を共有する、そう言う仲間に。なってくれますか?」
「――へ? あぁ、仲間になるのは大歓迎、なんだけど。……秘密って、何?」

 全部喋った。洗いざらい、ここまでわかったこと。ムツキさんやみんなに話したこと以上に
私が思ったことまで全て。何故か、彼ならば聞いてくれると思ったからだ。そして想像通り彼は
私の長い話が終わるまで相づちを打つ以外、黙っていた。そうか、私は彼と喋りたかったのだ。
「ただのお嬢さんなんだと思ってた。……結構、重たいモノを背負ってるんだな、リョーコさん」
「その重さ、それら全てがわたくしそのもの。生体CPUであることも戦争の事も。だからこそ、
全て背負うのです。背負ったもの、それまで含めて漸く今のわたくしになるのですから」
 背負ったものが無くなれば、私はむしろ何者でもなくなるだろう。最近はそう思うようになった。

「秘密を共有する仲間が増えるのは嬉しいです。だからこそ、わたくしとは距離を置いて下さい」
 大事な人であれば尚のこと、巻き込む訳にはいかない。世界から私の存在が消え去って
しまっても、私を覚えていてくれる人が居る。データでは無く、記憶として。もう、十分だ。
「オーブでは、……氏族はコーディネーターと友達になっちゃいけない決まりがあるのかよ?」
「勿論そんな決まりは……」
「本当は俺が守るって言えればかっこいいんだろうけど。絶対無理だ。MSも政治も体の事も、
多分喧嘩だって俺より強ぇだろうし……オレ、頭も悪いし。けど、話を聞くくらいだったら、それ
なら出来そうだ。あ、いや……。その、他に出来る事。……無いみたいな気もすんだけど、さ」

 あいつはバカだけど良い奴だよ。ムツキさんが言った意味がおぼろげに理解出来た。
人の機微。兄様、難しいことではないようです。ただ、好きなモノは好き。それだけなのでしょう。
私がオオノ君やこの街を好きなように……。そして幸運にも今。それを守る力が私の手にある。
「次の戦いが終わったら、多分軍を抜けることを許されます。――そうしたらどこかへ遊びに、
連れて行って頂けますか? 普通の女の子でなくて、オオノ君はつまらないでしょうけれど……」
「どこでも連れて行ってやるよ。セブンスは俺の庭だ! おまえはつまらない奴なんかじゃない。
いろんな事、知らないだけだ。あ、いや俺より知ってる……? とにかく連れてく! 決定!!」
136弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/17(日) 00:21:14 ID:???
#10 備えあれば、憂いなし。

「なにせみんなバタバタでね。暇ならば迎えに行って来いとリョーコに部屋からたたき出された」
 病院の門。あたしの荷物を持って一緒にくぐってくれるのは何故かリョータさん。
 オオノ君から頼まれた、キミへの見舞いだそうだ。と言いながら封筒を渡される。見舞いに
チケットとはあまり聞かないがここでは普通なのかい? 中身を見ればいつもの店の無料
チケット。クレープとミルフィーユ各15個分。更にドリンク無料券が10枚。
 おまけが付いてる。――成功報酬ってトコだろうか? ならば上手く行ったって事か。
「肋骨は僕もやった事がある。痛いだろう。歩いて大丈夫かい? 他には悪いところは……」
「アバラはちょっと曲がったけどくっつきました。……他はまぁ、強いて言えばアタマくらいでして」

「君らが居ない間、更に奴らに街が一つ堕とされたそうだ。悪いことにセブンスから200キロ
離れていない。水と食料を確保する橋頭堡を確保した訳だ。多分、次の戦闘が正念場になる」
 砂漠に街があるならば、そこは普通オアシス。水がある。セブンスだって最初は小さな井戸
一つから始まったと聞く。そして生きて行くには水は不可欠。それを近所に確保した。
 ならば次はセブンスオアシス(此所)に来る。間違いなく、来る。
「それと君達に新しい機体が届いているそうだ。リョーコはもうシミュレーターに籠もりきりらしい」
 新しい機体。殺し、殺される為の機械。そしてそれを望んだのは誰でもない。自分。敵も自分も
弾が当たれば、死ぬ。そんなコトは今更の話だ。あのお婆さんに諭されるまでもない。……でも。

「あたし、リョータさんの胸の中に、大事な人が居るのはこないだの話で、ちゃんと理解しました」
「――な、なんだい? いきなり藪から棒に……」
「今だってあの銃持ってるのも。――大事に想って欲しいとか、だから言いません。バカだし、
背ちっちゃいし、ガリガリだし、顔色も悪いし、オッパイ無いし、白髪だし、赤目だし、記憶無いし、
声もデカいし、戦闘用だし、MS動かせるし、人間素手で殺せるし、アバラ曲っちゃったし……、
とにかく、なんつーか、間違いなくあたしはフツーの女の子では、絶対無いです。だけど……」
 ……だけど、だけど、だけど。――だけど!

「お願いです、あたしのこと全部見て覚えてて下さい! だって、あたしは見せられるの、
この体しか無いんです! ――そう言えば変な奴が居たなぁって、それで良いんです。
……あなたが覚えてさえ居てくれるなら、そしたらもう、死ぬのなんか、怖くないですっ!」
 途中から叫び始めたあたし。勝手に涙が溢れる。どうしてだかはわからない。
 リョータさんが顔色を変え、回りをきょろきょろ見回す。ヤッパリ迷惑……。だよね、普通。
――ちょっと場所を変えよう。そう言うと、彼はあたしの肩を抱いて少し早歩きになる。

 明日死ぬ予定でもあるのかい? カフェのテーブル。彼はコーヒーとミルクティを注文する。
「それに年頃のお嬢さんが往来で体が云々とか叫んでは……。その、”違う意味”に聞こえる」
「すいません、途中から思った通りがそのまんま口に。――でも多少意味がちが……! あ゛!」
 あたしは普段顔色が悪い分、赤くなると極端だ。多分、今大変なことになってる。俯いたくらいじゃあ
意味がない。首も、耳も熱い。彼が別の意味に取るならそれはそれで問題は無い。とつい思って
しまった辺り、更に恥ずかしさ倍増。
 だって、その場合、”お見せするモノ”がそもそも無い。見れば誰でもわかる。
そのあたしがそれを道端で絶叫したのだ。
 けれどいつものクールな顔を変えない彼のリアクション、それは少し想像と違った。

「約束しよう。君の事は死ぬまで絶対忘れない。だから今後、簡単に死ぬとか言わないでくれ」
137弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/17(日) 00:22:00 ID:???
=予告=
 バラバラになったホワイトシーフに変わり新しい翼が届く。本物のガンダムが……。
「シライ隊長は、ムツキちゃんを過少評価し過ぎね」
『次回 空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜
【本物の翼、本物の力。】そして【インタールード2】』
 いやいや、それほどでも。……つーかあたしを褒めてくれるの、どなたですか?
138弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/17(日) 00:23:11 ID:???
今回分以上です。ではまた。

 基本ムツキの一人称で進めて参りましたが、一方その頃。をやりたくてちょっとズルしました。
今後も【インタールード】のサブタイトルが付いたら、それはズルしてるときです。
139名無し3尉 ◆BiueBUQBNg :2010/01/17(日) 08:03:30 ID:???
旧シャアでやっています。よければ
[なんでも]SS、小説投稿スレ[来い]
ttp://changi.2ch.net/test/read.cgi/x3/1198949741/
140通常の名無しさんの3倍:2010/01/17(日) 17:27:29 ID:EJAI7AxJ
小説雑談スレないの?
141通常の名無しさんの3倍:2010/01/17(日) 18:09:07 ID:???
新シャア板のSSを語ろう三発目
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/shar/1254976404/
142通常の名無しさんの3倍:2010/01/17(日) 23:20:31 ID:???
>>弐国さん
投下乙です。 GJでした。

>>83
>>その状態で想定問答を打ち続ける リョーコちゃん。
>>情報処理に特化するとはこういう事、なんだろうか。

ガンダム世界の住人は、みんな情報処理に特化している訳ですね。
禅問答的に考えて。

そしてまさかのカミソリ登場、この先が楽しみになって参りました。
またの投下をお待ちしております。
143通常の名無しさんの3倍:2010/01/19(火) 00:29:06 ID:???
オオノくんが甘酸っぱい感じで良い
144通常の名無しさんの3倍:2010/01/19(火) 22:04:26 ID:???
砂漠2は青春小説って感じがするなあ。
年齢的には、今回登場したサーシャの時とそこまで変わらない(?)のに。

草原〜みたいな、殺伐とした感じからちょっと爽やか目な気がするのは、
保護者の存在だろうか。
145SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/21(木) 19:48:50 ID:???
9/

 ――40時間後 ロドニア沖 ミネルバ 医務室

「うーん…………け、結婚して下さい」
「あら、折角ですけどお断りします」
 最初に意識したのは、看護婦の返答の方だった。返事を聞いてアーサーは、自分のセリフを反芻する。
夢の中で口走ってしまったプロポーズを、現実世界に居る白衣の天使に断られたと悟って、アーサーは
夢見心地から目を覚ました。

「すまない、今のは寝言だよ」
「素敵な夢を見ていたようですね」
 くだらない言い訳に返す笑顔は、白衣の天使にふさわしい。

「でも次に同じ事を言ったら点滴から空気を入れますからね。具体的には1リッターくらい。
心臓が笛みたいにピーピー鳴って楽しいですよ?」
 ただ、本当に看護婦かどうかは怪しかった。
「即死の分量だ」
「セクハラですから」
 罪状=セクハラ――判決=死刑。ミネルバの軍法はアーサーにとても厳しい。

「しかし、寝言を聞かれたのは恥ずかしいね。どうか忘れて――痛っ!」
 アーサーは体を起こそうとして、腹部の疼痛と共に気絶直前の状況を思い出した。
「そうだ、戦闘はどうなった……!? 状況は、今何時だ!?」
「急に起きては危ないですよ、副長。艦長に連絡を入れますね」
 アーサーは顎に手を当てて、伸び具合から三十時間程度は経過していると考えた。
 艦内の時刻は、展開しているロドニア地方に合わせて、午前二時を指している。

「四十時間も寝ていたのか? 艦長は就寝中だろう、起こさなくて良いよ」
 タリアを起こすべきではないと判断してアーサーは看護婦をとどめた。
「じゃあ……ハイネさんやアスランさんに?」首をかしげて、看護婦。
「いやいや、もっと下のだね……」
「整備班のヴィーノさんですね!」ぽん、と両手が打ち合わされた。
「私の立場はそこまで下かな――!? アテテテテっ!」
「無理をされると治りが遅くなります」
 体をくの字に折るアーサーに毛布を掛けるナース。

「ああ、優しさが体に染みる……」
「ただでさえ邪魔なんですから、早く治って出てって下さい」
「……」
「医務室の安らぎは何処に行ったんだ――!?」
 彼女は、患者にも厳しい主義だった。
146SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/21(木) 19:49:34 ID:???
10/

「戦闘部隊の方々が、ミサイルに詰めて持って行きましたよ? 半分くらい」
「半減しても少なすぎだろう?」
「ゼロを2で割ってもゼロですから」
「最初(はな)から無いじゃないか――!」
 安らげない病室のベッド、アーサーは涙目で腹の痛みをこらえていた。

「あの――」意識がはっきりしてくると、ミネルバの状況が気になる。
「携帯端末ならこちらですよ、副長」言う前に端末が差し出された。

「その――」端末だけ渡されてもしょうがないが、
「過去45時間の経過を部署ごとに纏めた画面が其処です」必要な情報が既に表示されていた。

「それと――」ブリッジクルーに連絡を入れて欲しければ、
「メイリンさんに、連絡を入れておきましたよ?」と、報告が上がっていた。

「なんで――?」
「なんでって……こんな事もあろうかと思いましたので――」
 点滴の管を抜き終わった天使は、アルコールをしみこませた脱脂綿を肘内の注射跡に当てて、
「押さえて置いて下さいね」魔法じみた速さでアーサーの病院服を黒の制服に着換えさせた。

「はい、以上で治療は終了です」
 神業だった。
 極限まで効率を追い求め無駄をそぎ落とした医療体制。彼女がこの医務室に勤務する限り、
ミネルバは乗組員の救える命を取りこぼす事は無いだろう。

「しかしまあ、ミネルバの人材は天井知らずだな」
 そう。この病室に足りている物、それは情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ。
「歩けるならここにサインしてとっとと出て言って下さい――邪魔なので」
 しかし何よりも――安らぎが足りない! 決定的な安らぎ不足に涙が溢れた。

「はい、副長」
 泣いていると手渡されたのは、水の入った紙コップ。
「ああ、涙流したら水分補給が必要ですもんね、飲みますよ……」
 治療完了を証明する書類にサインをすれば、アーサーは晴れて健康体扱いだ。
 その前に白湯で一服――と思っていたアーサーの目に、
「ん?」
 丁度ベッド一台分の空白が見えた。
 違和感は口にしなければ忘れ去る程度のものだったろう。
147SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/21(木) 19:50:42 ID:???
11/

「あそこ――捕虜が一人いなかったかい?」
 だが、口にしてしまえばその違和感は固定される。アーサーは、麻酔で夢うつつの中でも確かに、
空白に捕虜らしき少女が寝ていたことを覚えていた。

 ついでに、嫌な予感が頭をもたげる。
 大抵の場合、アーサーの予感は悪い方向にだけ当たるのだ。

「ああ、連合のパイロットでしたらつい先程、シンさんとレイさんが連れて行きましたよ」
「二人だけで?」
「ええ。"急に搬送が必要になった"と――どうされました、副長?」
 ナースにサインした書類を突き返し、床を踏みしめて立つ。

「急に立ち上がると――」
「艦長を起こせ」
 短く厳しく命令する。目を丸くするナースに、アーサーは短く告げた。
 一歩を踏み出す――貧血で意識の遠くなりそうな今だけは、傷が残っていて好都合だ。
「ちょっと……一人では無理ですよ!」
 疼痛に耐えながら今にも倒れそうなアーサーを見かねて、ナースが傍らに立った。

「どうしたんです?」
「二人が捕虜を連れ去った。捕虜をミネルバから動かすには、"私か艦長の立ち会いが必要"だ」
「そんな――!? でも、だからって副長が……ですから一人では」
「じゃあ君が一緒に来い」
 アーサーの豹変に驚きの色を隠せないナースを無視して、照明の減らされた廊下に出る。
 人気のない冷えた空気が、アーサーの頬に触れた。

「エレベーターは? 下に降りているな」
 廊下の向こうには、格納庫と外部ハッチに直通したエレベーターがあるが、筺体は外に出られる
ハッチではなく、格納庫側に降りていた。

「やはり、捕虜をMSで逃がそうとしているようだ」
 ミネルバ"内"の機体を使おうとしている事で、逆に移動手段を"外"に用意しては居ないと分かる。
「つまり、"外部で手引きしている者は居ない"と言うことだ」
 外の手引きがあるならば、早々にハッチから脱出させて移送をそれらに任せる方が確実だからだ。
 筺体を呼び出し、二人して入る。無重力感にふらつく体を、横からナースが支えた。
148SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/21(木) 19:51:29 ID:???
12/

「どうか病室に戻って下さい。歩いてはお体に障ります」
「それがどうした?」
「その……艦長には今連絡を入れましたし、それにレイさん達は任務だと言ってました」
「私はそれを聞いていない」
 短く言い捨てる。直前まで意識を失っていたのだから当然なのだが。

「副長の勘違いかも」
「判断するのは私の仕事だ。付いてくるつもりなら黙れ。それから手鏡を貸せ」
 有無を言わせない。手鏡を受け取ったアーサーは、ナースと共に筺体の壁に張り付いた。
ベルの音がして、エレベーターのドアが開く。

 借りた鏡で外の廊下を確認。廊下に、二名の保安要員が倒れ伏している。
 舌打ちをしながら、緩い足取りで格納庫に通じる廊下に出た。

「ひ――!」
「静かに……死んではいないよ」
 気絶している二人を目に、悲鳴をあげかけたナースの口を慌ててふさいだ。

「彼等を見てくれ――恐らくけがをしてはいないだろうがね」
 シンもレイもよほど急いでいたのか、二人を気絶させても、武器を奪ってはいなかった。
 ホルスターから予備の拳銃を拝借したアーサーは、体よくナースを足留めして格納庫に向う。

 シンが居て、人一人を連れ去るのならば、コアスプレンダーを用いるのが容易い。アーサーは
迷わず、インパルスシステム専用の格納庫の方を向いた。

「何を考えている……シン?」
 何故だか、赤服が二人して捕虜を逃そうとしている――アーサーには呑み込めない事情が、
眠っている二日の間にあったのだろう。機体を出すためには、レイがサブブリッジに行って、
ハッチを開けるはずだとアーサーは考えていた。

 最善なのは、この状況がタリアの認めてシン達に課せられた極秘任務である、と言う場合だ。
 その場合、アーサーの勘違いで全て丸く収まる。それでも責任はシンとレイ二人に向かうのが軍隊。
つまり、極秘任務であるにもかかわらずアーサーにばれた責任は重いという奴だ。

 脅迫、あるいは懐柔による外部の手引きという線は、現状を見る限り薄いだろう。
 あまり考えたくはない場合だが、シンとレイの独断であるなら、地上ではそれほど立場の
強くないミネルバを守るため、最悪、フェイス三人でもみ消す事も視野に入れられる。

 だから、格納庫から会話が聞こえてきたとき、アーサーは首をかしげた。

149SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/21(木) 19:56:29 ID:???
13/

「一人ではないのか、シン……誰と話しているんだ?」
 手鏡の出番再び。格納庫の様子を覗き見ると、金髪の少女を横抱きにしてコアスプレンダーに
向かうシンの他に、男の人影があった。

「あと10分程度は、艦のセキュリティがマヒしたままです。それではシンさん、お気をつけて」
 声を聞き、その顔を見た瞬間、心底から沸騰したアーサーは廊下の陰から飛び出し、銃を突きつけた。

「待て、シン。そしてアラファス!」
 現在進行形で捕虜脱出の手引きをしていたのは、蛙面の男――ヨップだった。

「副長――」
 銃を向けられて、僅かにでも動揺したのはシンだけだ。
「トライン副長……ちょっと落ち着いてくれやしませんかね?」
 対して、悪巧みの現場を発見されたヨップは、平然とアーサーにそう告げる。
「……冷静だとも」
 むかつく蛙面の足下目がけて一発を見舞う。火薬式の轟音に慌てて脚をあげるヨップだが、
着弾の様子はない。空砲の薬莢が、コインを転がした時の音を立てて落ちた。
「何時でも撃てるぞ」
「今、この区画はミネルバのセキュリティから外れてます」
 薬室に実弾の入った自動式拳銃を改めて照準すると、諸手を挙げながらヨップが呟いた。
「私の関与は証拠に残りませんよ?」
「ここで射殺しても構わないという事だな、アラファス」
 だからどうした? と言う感じで、ぶり返した刺傷の痛みに耐えつつ言う。

「私が"何を言いたいか"――それぐらい分かるだろう?」
 言いながら、アーサーは引き金に指をかけた。火薬式拳銃が、嫌に重く感じる。
 警告射撃は、実の所、アーサーに一番ダメージを与えていた。今すぐ泣き出したいのが本音だ。

「早くしろアラファス――病み上がりな私は、うっかり引き金を引きそうだ」
 人差し指に力を入れて脅すと、ヨップはようやく膝を付いた。

「まだだ。頭を両手で抑えて、床にキスしろ。残飯のような言い訳を聞きたくはないからな」
 ヨップはゆっくりと時間を稼ぎながら、両手を頭の後ろに回して床にうつぶせとなった。

「早くだ! シンは動くなよ、そのままでいろ」
 ――ああ畜生。拳銃が重いぞ。
 床に寝たヨップへ銃口を向け、アーサーは脅しながら焦っている。
 シンを諭す。ヨップを脅す。両方やらなくてはいけないのが黒服の辛い所だ。
 拳銃を持ち上げる力が出ない。シンに銃を向けるのは、全力を出しても時間が掛かるだろう。
その悠長な間に、ザフトレッドがじっとしていてくれる筈もない。
 ――せっかく一発撃ったのに、他は寝てるのか? 早く誰か来い!
150SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/21(木) 19:59:45 ID:???
14/

「副長、行かせてください」
「"イエス"と言ってほしいのか? 返事は"ファック"だ、このボケレッド」
 こういう時、パイロット連中だったら気の利いた文句の一つでも出てくるのかも知れないが、
あいにくとインテリなアーサーは罵詈雑言のストックに乏しかった。

「……今の副長からなら、拳銃の弾だって当たらないように動けます」
「私を舐めるなよ、シン。去年の訓練以来一発も撃ってない男だぞ?
撃てば君じゃなく、彼女に当たる可能性が大きいさ――!」
「トライン副長……!!」
 捕虜の少女を狙う、と脅すと、シンの声色に怒気が混じった。
「怖いな、まるでジャングルで猛獣に睨まれているようだ」
 と、アーサーの体を床面に押しつけるような振動が襲った。
「チッ――! やはりレイはサブブリッジに行ったのか。シン、その男は――」
 コアスプレンダーの格納庫が、カタパルトに向かって上昇しているのだ。
 焦りを悟られぬよう、アーサーは努めて冷静に声を出した。

「――君たちに責任を被せるつもりだぞ? 今ならまだ"なんとかして"やる。その子を降ろすんだ」
 声を張り上げる体力がないという方が正しいが、アーサーは本心からシンの愚行をなんとかしてやる
気でいる。未遂で終わるのなら、アーサーの首を掛けてでもシンの責任は回避するつもりだった。
インパルスシステムを使用できるザフトレッドは、一山幾らの黒服よりも貴重だ。
 アーサーの本音を理解しているのか、シンの顔に深く苦悶とためらいの表情が刻まれた。

「副長……アスカ君は……」
「黙れアラファス! シン……ザフトレッドのキャリアを棒に振るつもりか?」
「キャリアですって、そんなもの……!」
 紅い瞳が緋色に近づく。
「そんなもの大事にしてるうちに、ステラが死ぬんです!」
「死ぬ……?」
「ステラは、戦争に巻き込まれたんだ!」
 ステラと呼ばれた少女に視線を移す。シンと同じ年頃の少女は、"ガイア"に乗っていたパイロットだろう、
一見大きな外傷もないのに死の危険があるという事は……アーサーは、シンの焦る様子も合わせて、即座に
その素性を看破していた。そして同時に、シンを動かす怨念にも似た執着を、その目の奧に垣間見た。
 シンの激昂を受け止めきれず、アーサーはよろめく。 
 極度の緊張状態に、体力の消耗が激しい。
 ヨップが大人しく寝ているのも、最早アーサーにはシンを止められないと悟っているからだろう。
151SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/21(木) 20:01:00 ID:???
15/15

「その子は連合の強化人間だからだろう? 敵の手に返して、まともな人生を送ると思って居るのか――?」
「それでも、死ぬよりはましです!」
「シン=アスカ、この分からず屋め……! 逃せばその子は、敵となって帰ってくるぞ」
「責任は俺が負います」
 真紅の輝きを持つ瞳に、決意の色が宿っていた。根拠もない自信に、アーサーは言葉を荒げる。
「それで済むわけがないんだよ!」
 わかりきった結果から目を逸らしているシンは、それでもアーサーの部下だ。

「捕虜を逃せば、責任を問われたこのミネルバは、最前線の危険な任務に送られるだろう。
治療されて帰ってきたこの子と、再び戦うことになるのは、ミネルバになるかも知れない。
その時には、シン――! 君はそうした危機からミネルバを救う手段を奪われているだろうな。
分かるか? 誰よりも君自身が傷つくだろう結果に……君は、全てに、目をそむけている――!」
 だが、悲しいことにアーサーは、シンの若すぎる暴挙を止めうる術を持たなかった。
 コアスプレンダーを積んだエレベーターが、カタパルトに到着する。ハッチが開き、
外から流れ込んだ潮の香りがアーサーの鼻をくすぐる。
 ――部下の暴走一つ止められないなんて!

「でも俺は――ステラに死んで欲しく無いんです!」
 アーサーは言葉を多く使いすぎた。今のシンを諫める言葉など、次の一言で十分だったのに。
「この……青二才が」
 貧血でアーサーの視界が暗くなる。――これがお先真っ暗という奴かな? 力なく膝をついた。
 シンはステラの体を抱えて、コアスプレンダーのハッチを開く。すると――
「ほい、馬鹿一匹ご招待」
「「「あ」」」
 三人の呆けた声に迎えられて、ハイネ=ヴェステンフルスがコクピットから顔を出した。
 偏頭痛に悩んでいるような微妙な顔をしたハイネは、金髪をかきあげつつシンを蹴り飛ばした。
 踵で顎を蹴り上げる長い足に、一切の手加減はない。

 "ごりり"――と。

 不吉な音がしてシンの背筋が垂直に伸びた。コクピットの縁に手を掛けたままだったシンの体が、
まるで糸の切れた操り人形のごとく脱力――ステラと共に墜落して行くシン。
 水の詰まった袋を床にたたきつけたような音がして、カタパルトに二人が転がる。
 彼の最後の抵抗という奴か、シンはステラの下敷きとなって、少女を落下の衝撃から守っていた。

「副長の男気を無駄にするんじゃねーよ。なかなかにレアもんだぜ?」
 気絶したシンを見下ろす憮然とした表情は険しく、ハイネはフェイス章を見せつけるように紅い制服の襟を整えた。

15245 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/21(木) 20:09:52 ID:???
以上、投下終了。感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
ステラ周りでまだ引っ張る上に、次はキラの方に飛びます。

アーサーの寝言はちゃんと理由を書いていたのですが、何故か長くなったので、
本筋には関係ないことだし割愛して、唐突なプロポーズになってしまいました。
需要があるならどっかに置きます。

では、また。
153通常の名無しさんの3倍:2010/01/22(金) 00:09:57 ID:???
>>152
投下乙!
アーサーが副長らしくて目から汗が!!プロポーズ妄想の相手もちょっと気になる
ステラ返却計画が阻止されて先が気になりますね
15445 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 07:50:23 ID:???
SEED『†』二十七話の続きを投下します。分割に失敗していなければ
おそらく本文が13レス、全体で15レスありますので、ご支援いただければ
幸いです。

規制を喰らいそうな場合、内容の区切りで一度投下を中断します。
155SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 07:51:51 ID:???
16/

 ――ユーラシア大陸 ロシア中部

 80t超を支える高強度鋼のフレームが、ビームに焼かれて半ばから折れた。
 脚部を撃ち抜かれ、轟音を上げて熱砂の上に挌坐したのはザフトの四脚型モビルスーツ、バクゥ・ハウンドだ。
地に伏しながらもセンサーの詰まった頭部をもたげて、背に負ったビーム砲を放とうとした"猟犬"の胴体中央を、
青い光の刃が貫き、中のパイロットごとコクピットを蒸発させた。

 魔物を討ち取った勇者のごとく獣の屍を踏みつける青の巨体――"ブルデュエル"は、更に接近する三機の
バクゥを見ると膝を曲げ、大きく跳躍を果たした。電磁超流体モーターの瞬発力と背部スラスターの推力が
合わさり、一飛びに数百メートルを渡る大ジャンプを繰り返したデュエルの姿は、すぐに母艦の上に乗る。

 無限軌道で砂煙を上げながら航行している巨体――それはハンニバル級陸上戦艦。
 その広いMS甲板には、緑の装甲を持つ砲手"ヴェルデバスター"が二門の大型ビームライフルを構えていた。
ロシアの広い平原をヨーロッパに向けて西進するボナパルトとヴェルデは、まるで臍の緒のように電力ラインが
結ばれている。

「きりがないわ。メイクが落ちちゃう」
 "ブルデュエル"を駆るミューディ――アイラインの濃い派手な化粧の顔にじっとりと汗の珠が浮かぶ――が、
うんざりとした感情を隠さずに言った。
「"ボナパルト"の鈍足じゃあ、バクゥ共に追われるのも仕方ないさ」
 "ヴェルデバスター"のコクピットから応じるのはシャムス。普段の伊達メガネを外し、殺気に満ちた視線を
露わにしていた。"ボナパルト"から有線で電力を貰い、撃破ではなく足留めを目的としてバクゥ達を狙い撃つ。

「……出る」
 無感動な宣言/飛翔する黒い影――甲板から飛び立つ"ストライクノワール"のスウェンはいつも素っ気ない。
感情の振れ幅がゼロにも近しい銀髪の青年は、追撃するバクゥの前に颯爽と躍り出た。
「そんなときは"防ぎ矢つかまつる!"、とか言えば良いんじゃないか、スウェン?」
「……考えておく……」
 スウェンの一言と共に大地に降り立つ"ノワール"を含めて、"ブルデュエル"、"ヴェルデバスター"の三機は、
アクタイオンプロジェクトの元に連合のGATシリーズを改良した物だ。スウェンの視線は既に、乱数的な
機動で射線を回避しつつ迫るバクゥの一機を捉えている。

 敵は地上での機動性に特化したバクゥのハウンドタイプ。セカンドステージの"ガイア"が採用したように、
あるいは現実の肉食獣の殆どがそうであるように、四脚で飛び跳ねるバクゥの機動性は補足しづらい。また、
数機がかりの連携にとらわれては、スウェンの腕でも危険は免れないだろう。

 左右から飛びかかるバクゥの牙――挟撃にたいしても、可能な限り一機ずつの対応をしなければいけない。
四足獣には劣るが、十分に速い動きで"ノワール"は右に飛ぶ。バクゥの口元に光るビームの牙を避け、
顎をシールドで跳ね上げ、はじき飛ばした。その背後に迫るもう一機の猟犬――ただし彼は忘れていた。
"ボナパルト"の上からは、深緑の射手が獣に狙いを定めて居る事を。
156SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 07:53:00 ID:???
17/

「おら、おら、おらぁ!」
 ガンランチャー、ビーム砲、ライフル――ヴェルデの両肩両腰にマウントされた計四門が発射、冷却、
エネルギー充填のサイクルで熱線の雨を降らせる。眼前に突き刺さるビームの前に、バクゥは跳躍を躊躇った。
 一動作の僅かな遅れ/効果的な時間差攻撃をばらばらに分断する/致命的な時間差――重武装を感じさせない
機動性でバクゥに肉薄すると、ノワールは巨大な斬艦刀と振りかぶった。首と脚をもろともに切り落とされて、
バクゥが地に伏せる。

「まずは一機」
 スウェンが二機のバクゥを相手にしている間、他のバクゥをかく乱して近づけない仕事は、ミューディの
ブルデュエルが果たしていた。多少の攻撃は物ともしないVPS装甲の巨体は、X100系フレームの
しなやかな動きでバクゥを翻弄する。

 これこそが、かつてのGATシリーズが目指しながら、『諸般の事情』により果たせなかった連携だ。

 一機を屠られてなお戦意が萎えないのか、猟犬がノワールに向かって構える――それを無視して"黒"の
巨体は飛翔した。ボナパルトに向かって下がるノワールを、追いすがるバクゥに向けて"スティレット"を
投げつけながら、ブルが追随する。

「なんだよ、食い残しか?」
「せん滅を目的とした作戦では無い。……ありがとう、シャムス」
 "ボナパルト"の艦上に降り立ったノワールをヴェルデが出迎えた。ボナパルトの背後にバクゥの反応は
消えていないが、猟犬の群れにはもはやファントムペインを追い落とす勢いがない。余力を残した状態で
退くこの慎重さが、ノワールの右肩に三十近い星を灯していた。

「あら、私にはお礼は無いわけ?」
「…………ありがとう、ミューディ」
「今の『間』は何よ……それにしても、この艦は何を積んでるわけ? まさか"ザムザザー"じゃないでしょ?
バクゥがうじゃうじゃ待ち伏せしてくるなんて聞いた事無いわよ」
「恐らく……巨大な代物だ」
「……それだけ?」
「ああ」
 "ボナパルト"はその中央に、MS用とは明らかに規格の違う、巨大なドーム状の格納庫を備えている。
 ロシア中央の秘密工廠からドイツに向うボナパルト。その護衛任務に就いたファントムペインの三人ですら、
積み荷について知らされては居なかった。ただ一つ言えるのは、ザフトが少ない戦力を派遣して待ち伏せる程に
積み荷が危険な代物であることと、その情報がザフトに漏れていることだ。

 包囲を突破できたのは、ひとえにザフトの航空勢力が脆弱であったからに他ならない。バビやディンが
敵にいれば話が違ったが、数機のアジャイル戦闘ヘリではファントムペインの障害にならなかった。
157SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 07:55:07 ID:???
18/

 格納庫の重さに脚を取られがちなボナパルトにとって、飛行可能なMSは大いに警戒する対象だ。
対空監視は厳に行われ、三機の内一機は必ずセンサーを空に向ける気の入れようだった。

「南から高速で接近する機影が1!」
 故に、気づくのも早い。つれないスウェンの態度にコクピットでほほを膨らませていたミューディが、
センサーに捕えられた熱紋反応を素早く照合する。

「――"ディン"か?」
「違うわ、ムラサメよ!」
「いや、このシグナルは……来やがったぞミューディ、スウェン。"亡霊"だ!」
 警告――同時に開かれる通信回線/流される音響/耳に入る歌――ラクス=クラインの声。
 三人の背にぞっとする緊張が走った。今やファントムペインの怨敵と化した太平洋の亡霊は"歌う"。
平和を口ずさみながら戦場に現れ、平穏を唱えながら命を刈り取る死神中の死神。

「ブリッジよりノワールへ、進路を北に修正、増速する!」
 ボナパルトの艦長が通信を回した――遠回しに、重りをどけろと言っている。
 飛翔するノワール/跳躍するブル/ヴェルデは膝立ちで砲を南に向ける。速度を上げたボナパルトは進路を
向かって右に変えた。逃げるためでは無い。起動されるボナパルトの対空システムが、最も効率的な角度で、
まだ見えないムラサメをにらんだ。ヴェルデは肩のポッドから対空ミサイルを発射、一列に飛ぶミサイルは、
ムラサメの500m圏内にも近づけずに全て迎撃される。

 ムラサメがボナパルトの南7000に接近――地面をこする程の高度に、漆黒の機影がやっと姿を現した。
「化け物め」超低高度で侵攻するムラサメに向かい、シャムスが毒づきながらヴェルデの火力を解放した。
牽制射には目もくれず、当たるビームだけを見切って上昇するムラサメ――主翼下から三基の"ドラッヘ"
空対地ミサイルを放出――プロペラントタンクも捨ててさらに高度を上げる。

「ドラッヘ(そいつ)は――連合(うち)の――ミサイルだぁ!」
「生意気ね!」
 ブルとヴェルデの12.5mm機銃"トーデスシュレッケン"が咆哮を挙げて弾を吐き、連合製の対地ミサイルを
炎の華に変えてゆく。その間にムラサメが迫った。ボナパルトへ向うムラサメの進路にノワールが立ちふさがる。
空中戦での不利を悟りつつ、ノワールはライフルを放った。

「シャムス、ミューディ!」
 "俺に当てるつもりで掩護しろ"
 そんな気迫をにじませて、スウェンの声が僚機に響く。
 二連射したライフルを捨て、ビームサーベルを構えたノワールが突撃した。交錯する"黒"と"漆黒"。
一閃の元にノワールの繰り出したサーベルははじき落とされ、すれ違いざまの斬撃が片足を切る。
158SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 07:58:16 ID:???
19/

「――野郎!」
 瞬きほどの間にノワールを突破した黒い亡霊に向かって、ブルとヴェルデが火線をほとばしらせた。
濃密な火線に囲まれたMA形態のムラサメが、マニュピレーターを振りまわす。風に揺られる木の葉を
思わせる異常なマニューバでビームの全てを躱すと、流石に攻撃の機会を逸したのかボナパルトの直上を
通過した。

 そう、この異常な機動性が、ファントムペインを悩ませる"亡霊"の特徴だ。手足のついたモビルスーツを、
まさに自分の手足のごとく、あるいはそれ以上に素早く、しなやかに操ることで、並の機体とパイロット
では追随できない機動性を発揮している。

 "太平洋の亡霊"という渾名は、どれだけ狙っても、その場に実在しては居ないかのようにひらひらと
射撃を躱す、その有り様への畏怖が込められているのだ。

「もう一回来るわよ――!」
 ボナパルトの進路を確保しながら、ミューディー。と、ムラサメの来た方角にセンサーが新たな
高エネルギー反応を捉える。
「アンチビーム爆雷出して!」
 ミューディーは、ボナパルトに向けて反射的に叫んでいた。
 その切迫した声に命の危険を感じたのか、素早い反応で爆雷が放出される。

 ぽん、ぽん。

 空気圧が爆雷を艦の外に押し出し、炸裂して金属製のチャフとビーム透過性の低いエアーゾルの
混じったビーム撹乱幕を形成する。

 その全てを貫通して、鉄をも溶かす高熱の杭と化した荷電粒子の帯が四筋、ボナパルトに突き刺さった。
 外部装甲が蒸発して吹きあがり、爆発の反動がボナパルトの巨体を数十センチも横ずれさせる。

「シャムス、南! 距離5000!」
 揺れる艦上で素早く体勢を整えたヴェルデが、ブルからのデータを頼りに火砲を向ける。
巻き上げられた砂煙が視界を閉ざす向こうに、砲撃手が居るのだ。ブルがヴェルデの目となって
敵の位置を測定――同時に、直前の砲撃を解析した結果が送られてくる。

「"アグニ"だと? ランチャーパック付きが四機も居るのか!?」
 しかしブルが捉えた機影は一機のみで、解析結果に驚く暇もないシャムスは即座に射撃諸元を入力、
ビーム撹乱幕が薄れた一瞬を狙ってガンランチャーとビーム砲による狙撃を行う。

「手応えが無い――!」
 ボナパルトに致命傷を与えられなかったと見るや、即座に移動――あるいは逃げたのだ。
恐ろしい用心深さは、黒い亡霊の仲間に違いない。
159SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 08:12:56 ID:???
20/

「そうだ、ムラサメ野郎は――スウェン!」
「おおぉっ――!」
 スウェンの絶叫と、激しい激突音が戦場の空に響いた。80tの合金で出来たメカニズムの巨人が、
空中でぶつかり合い、ひとかたまりに落ちてくる。ムラサメと共に自由落下を始めたノワールの右腕は
斬り飛ばされていたが、残った左腕でムラサメしっかりと抱え込んでいる。

 近接戦の不利を知ったスウェンが、苦肉の策としてムラサメに組み付いたのだ。

 高高度から落下すれば、その衝撃にたとえ機体が耐えても、中の人間が只では済まない。ムラサメの
パイロットと諸共に墜落覚悟のスウェン。ムラサメのサーベルに裂かれる前に、その胴体へと腕を
伸ばせたのは奇跡にも等しい幸運だったが、こうして相打ちには持ち込むことが出来る。

「離れて、スウェン!」
 仲間の捨て身戦法を見過ごせないミューデーが、落下地点に向ってブルを走らせた。
「アタシが殺るわ!」
「下がれミューディー、このまま……何!?」
 サーベルを構えるブル、マニピュレーターでムラサメを保持するノワールに対して、"亡霊"は
予想だにしない行動にでた。地面が近づく自由落下の最中、スラスターを天に向けて大地に向って
加速したのだ。

 『落ちる』事に抵抗するムラサメが減速すると考えていたスウェンは虚を突かれ、ノワールの
拘束が一瞬ゆるんだ瞬間にメーンスラスターの蹴りを食らう。ノワールを引きはがしたムラサメが
なおも降下して、サーベルを手にしたブルに肉薄した。

「墜死なんかさせないわ!」
 今更機首を翻しても、地面への激突が確実と思えるほどのオーバースピードで、ムラサメは落ちる。
「アタシが手づから殺してやる!」
「よせ、ミューディ!」
 スウェンの警告も無視して、ムラサメへサーベルを振るうブルの全身を、凄まじい衝撃が襲った。
ムラサメはブルのサーベルに、あえて右腕を切らせながら、左腕をその胴体へ強かに打ち付けたのだ。
"落下の勢いをブルに叩きつけて減速した"ムラサメが、まさに間一髪、地面を脚で削る旋回を見せて
飛び去る。

「アタシで……減速したっていうの!?」
 疑問、驚愕、憤怒――コクピットで心と体の衝撃に耐えるミューディーに、「後ろだ!」シャムスの
叫びが届く。瞬間、大写しになるバクゥ・ハウンドの頭部から、水平にビームの刃が飛び出して見えた。
160SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 08:21:52 ID:???
21/(21)

「え……ひっ!」
 それは、ムラサメと砲撃手の相手に集中し、ボナパルト側の対処能力が飽和しかけていたが故に、
眼中に無かったザフトの姿だった。そして、戦場で機体が大破する原因の多くは、正面切っての撃ち合い
ではなく、こうした不意打ちによるものだ。
 ミューディーは激しい衝撃の直後に、心許ない浮遊感を覚える。
 ――ブルの両足が切り裂かれた!
 そう実感したときには、コクピットブロックを墜落の衝撃が襲っていた。

 ムラサメにはじき飛ばされたノワールが態勢を立て直す、わずかそれだけの間に、
ブルは完全な"死に体"となった。
「クソっ! よくも――あ……」
 怒りのままに睨み付けようとしたディスプレイからこちらをのぞき込むような、巨大な獣の顔。
それは、ビームに輝く牙をむくバクゥ。獣の意図を理解したミューディーの戦意が一瞬で萎える。
「ちょっと――待ってよ。たす――」
 懇願を聞くものはない。ブル―の胴に前足を乗せた四つ足の獣が、コクピットに食らいついた。

『イ……イヤアァァ――!』
「ミューディー!」
 ブルデュエルの心臓を喰らうバクゥに向ってノワールが接近する。牽引ワイヤーをバクゥの首にかけ、
ブルから引き離すやいなや、強力なモーターに引きずられるバクゥハウンドの胴体を斬艦刀で両断。
「よくもぉ――! おおおっ――この、ハイエナどもが!」
 火花をあげるバクゥの上半身を、ヴェルデのビームが撃ち抜き、爆発させた。
 ブルに駆け寄ったノワールの動きが、びくりと急停止する。

「どうした、スウェン! 早くミューディーを連れてこっちに来い、敵がまだ残ってるんだぜ!?」 
 灰色にフェイズシフトダウンしたブルのコクピットハッチには、ありありと"赤"い色が付着している。
「……」 
 スウェンは多くを言うことなく、ノワールの対装甲ナイフをブルの腰部と胸部の繋ぎ目に突き立てた。
切り込まれたナイフの切っ先がセンサーを刺激して、作動した爆裂ボルトがハッチを吹き飛ばし、
続けて作動したセイフティシャッターがコクピット周りを閉ざす。胸部装甲が観音開きに別れて、
簡易の脱出ポッドに早変わりしたコクピットブロックが飛び出した。

「さあ、早く来いよスウェン……じゃないとミューディーが、し――死んじまう!」
 狂ったように砲門を開いているシャムスが、スウェンを急かした。
「……ああ」
 追撃の手をゆるめないバクゥ達に目もくれず、ノワールはボナパルトに向って飛翔した。
残った片腕に、今や仲間の棺となったコクピットを握って。






※ひとまず中断。ちょっと時間を開けます。
161SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 09:17:40 ID:???
22/

 ――アークエンジェル 格納庫

 ムラサメに二十分遅れで帰還した"ストライク"は、サブ・フライト・システムから、海上で大口を開ける
アークエンジェルのカタパルトに飛込んだ。『空の目』=監視衛星から隠れられる一瞬の隙をついての着艦。
自動操縦のSFSは、"ああ、重かった"と言わんばかりの身軽さで進路を変えると、反対側のカタパルトに
着艦する。両舷ハッチを閉じた大天使は、再び水しぶきをあげると潜水を行い、姿を隠した。

 いかにも重そうに格納されるストライクの姿は、かなり異形であると言わざるを得ない。全装備重量の
3割以上を占める巨大なストライカーからは、四門のアグニが"とりあえずつけてみました"という雑さで
両肩両腰に存在感を主張している。
 定位置=モビルスーツベッドに収まるまでの千鳥足は、高速航行中の母艦が不安定なのを鑑みても、
明らかにバランスが悪いのだ。事実、コクピットから這い出るようにヘルメットを外したディアッカは、
一発撃って帰ってきただけなのに余計な疲労を負っていた。

「どうだったよ、エルスマン。コイツの調子は?」
「最悪だぜ、二度と乗りたくないな」
 帰還したパイロットを労いつつ聞いたコジロー=マードックに、うんざりとした様子で応えるディアッカ。
「やっぱりなあ……」
 さもありなん、と言った様子で肯くコジローの渋面にも、悩みの色が濃い。
 オーブ出航時点で火事場泥棒的に積み込んでいた多数の機体の一つ、このストライクが背負わされている
ゲテモノ追加武装は、"フルバーストストライカー"と通称されている。気取った名前をつけるならば、
火力特化構想型ストライカー試験版、といった所だろうか。

 背中から前に飛び出した四本の大砲は、その気になったら大口径のレール砲にも換装可能――と、
大戦機"フリーダム"について、火力面のみの再現を目指したというそのコンセプトは分かる。
 ディアッカにだって分かるのだが。
 なんで本当に作った、と文句を言いたい。

「やっぱり"バスター"か、"アグニ"の連射に耐えるように出力系統を誤魔化すかした方がよっぽど良いぜ。
キラが射撃管制プログラムをでっち上げてくれたって、アグニ四つ分のエネルギーフローにバイパスが
耐えられないんなら意味が無いしさ」
「そいつはメカニックの仕事なんだろうが、なんせコンセプトがなあ……」
 作戦前、キラからは、
「一発。一発だけだから、本当に。一発撃ってくれるだけで良いからさ」
 と、ホテルに女を連れ込む軟派野郎の如き言いぐさで乗せられ、現場で四門を一斉射したところ、
機体の出力系統が逆流するエネルギーでぼろぼろになったのだ。

「――ま、次からは本人に乗せるさ。あがるぜ」
「ああ、おつかれさん」
162SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 09:20:03 ID:???
23/

 ――同 更衣室

「お……キラ、まだ居たのか?」
「……うん」
 二十分も前に着艦したはずのキラが、着替えもせずに俯いているのを見て、ディアッカは嫌な予感に包まれた。
ベンチに座るキラとロッカーを開くディアッカ――空気がねっとりと湿っているようだ。
「何してるんだ?」
 悪い空気を払しょくしようと、ロッカーに張ったミリアリアの写真を眺めながらディアッカが口を開く。

「思い出してるんだよ……」
 重々しく口を開いたキラの指先は、小さく震えていた。
「僕、戦闘じゃない時はどんなふうに話してたっけ? ねえディアッカ? 普通の時って……何を話すものなのかな?」
「おいおい、しっかりしてくれよ。なんか震えてるぜ、寒い、の――か……?」
 冗談めかして軽口を叩こうとしたディアッカは言葉を失った。
 キラの右手は震えているのでは無かった。
 その指先は、機械じみた正確さで、空中にあるディアッカには見えないキーボードを叩いていた。
 よくよく観察すれば、左手は操縦席のスティック位置で細かく揺れ、両足は空想のペダルを踏み換えている。
 旋回/スロットル全開/上昇/ウェポンセレクト/照準/射撃。
 同じパイロットのディアッカはなんとなく、その動作が表す意味が分かってしまった。
 空想のコクピットに座って空想の敵を撃破したキラは、鉛を吐き出すような長いため息をつき、
「ううん? 別に寒くないけど?」
 と、口だけで笑って言った。死んだ魚のような目がディアッカの全身を見渡す。
 "これはやばいな"――ディアッカはすかさずキラの作り笑いに、書類を挟んだバインダーを叩きつけた。

「板――! じゃないくて痛っ! 何するのさ?」
「活字じゃないと意味分からない言い直しするなって。今、何を考えてたんだよ?」
「……」
「あててやろうか。今、お前は頭の中でシミュレーションしてただろ?
"敵を殺すつもりでやっていれば、あのボナパルトを止められた"ってな」
 質問に口を詰まらせるキラの沈黙を、ディアッカは即座に打ち砕いた。
 戦闘中、キラは不必要なまでに敵のコクピットへの直撃を避け、大破をためらう癖がある。
 呪縛にも似た信念に支えられてか、キラは、『撃てば自分が危機を免れる』状況だけではなく、
『一機を確実に大破させることで、全局面的には撃破する敵機の数を減らせる』という場面ですら、
その破壊を躊躇うのだ。

「結局一人、僕が大破させたあの青いデュエルのパイロット、死んでたけどさ……。
でも、とどめを刺したのは僕じゃないからノーカンだよね、ノーカン。はは……はは――」
「カウントしろよ」
 どんよりと目が濁ったキラの虚ろな笑いに、もう一発バインダーを見舞う。

163SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 09:22:52 ID:???
24/

「は……はにひゅんのさ、ディアッカ」
 鼻を押さえて抗議の声を上げるキラ。一撃入れると三十秒くらいは正気に戻るんだな。
それが分かったディアッカは、早口でキラに追撃した。
「お前は何様のつもりだよキラ? 無敵の救世主、最強のキラ様が戦場に降臨したってんじゃないだろう?
お前がフリーダムに乗ってれば、あの程度の戦力を無力化するのは簡単だ……その場合なら、今の悩みだって
理解出来るさ。けどよ、こっちはムラサメとストライクが一機ずつだった。相手は確かに、ザフトの包囲網を
抜けて疲れてたが、それでも改良型のGATシリーズが、それも三機だ。軽く足留め出来ただけでも御の字さ」

 ディアッカは極めて冷静に相手の戦力を評価していた。接近したムラサメへの散開は素早く行われていたし、
ディアッカの砲撃から逸早く態勢を整えたバスターの狙撃も正確だった。格闘戦からムラサメに組み付いた
黒いストライクの思い切りも、素早く掩護に入ったデュエルの判断も、紛れもなく相手は一流だったのだ。

「それでも……僕は」
 今、こうしてキラが生きていることも、実際は紙一重の出来事に過ぎない。
 問題は、紙一重の向こうの地獄を確実に回避"出来てしまう"人間離れした技量を、他ならぬキラ本人が
異端視して恐れていることだ。
「"スーパーコーディネーターだから出来たはず"、か? 思い上がんな。敵はお前を殺すつもりでそれが
出来なかった。お前はその気になれば殺せたが、"殺す気になれなかった"」
「……その結果が作戦失敗だ」
「ああ、その通りだ。けどそれは俺達が相手より弱かったからだ。"全力を出さなかったから"じゃあない」
「弱い?」
「ああ、お前は弱い」
 鉄と火の理が支配する冷酷な戦場では、僅かなためらいが身を滅ぼす。

「優しいんじゃなくて、甘い。それは弱さだ」
「……うん」
 戦場にあって、敵の命を切り捨てる事の出来ないキラの精神は、兵士としては致命的な欠点だろう。
「けど、それで良いんじゃないか? "人間には"、誰にだって欠点があるさ――」
 だが、その甘さこそ、キラがスーパーコーディネーターという完璧な存在ではなく、脆弱な一個の
人間に過ぎないという証明ではないか。
「――おれは、そう思うぜ」
「……ありがとうディアッカ。僕を人間と言ってくれて」
「当たり前のことさ」
 ヘリオポリスで育ったせいか、キラはコーディネーターの遺伝子に優越感を覚えているところが少ない。
むしろ自分の異様な出生に対して劣等感を覚えていて、人間扱いを求めていると、ディアッカは見ていた。

 キラの戦い方は、偽善ではなくエゴイズムの産物だ。
『安寧を求める自分には"殺して良い人間"を選ぶ権利など無い』
 そんな劣等感が、おそらく根底にあるのだろう。

 ディアッカは、キラがエゴイズムを反転させ、己を殺して人類の救済者を目指す瞬間をこそ、恐れている。
遺伝子の優越性――人として何が優れているのか、という基準は存在しないが――に支えられたキラが、
"多数のための少数の犠牲"を許容した時、歴史上の独裁者達も真っ青の虐殺者が生まれるだろう、と。
164SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 09:28:54 ID:???
25/

「だから、人間のキラにお願いだ。二度と俺をあんなゲテモノモビルスーツに乗せてくれるなよ?」
「ゲテモノ……"フルバーストストライク"のこと?」
「ああ、テストが必要なら自分で乗れよ」
「一応、ディアッカならなんとか扱える位のバランスには仕上げた筈なんだけど」
「俺が"何とか扱える"レベルってのは、普通、"使い物にならない"って意味だぜ」
 良く忘れられているが、ディアッカだって元赤服である。
 キラは、操縦系が気に入らなければ、数十分で自分用にカスタマイズして満足してしまうために、
設計段階でのバランスの悪さに気がつかないという悪癖があった。

「だって、"バスター"を捨てて来ちゃったのはディアッカじゃないか」
「そうしないと、俺の熱心な追っかけから逃げ切れなかったのさ。人気者は辛いぜ」
 盟友イザークの部下、シホ=ハーネンフースから逃げるため、囮としてバスターを捨ててきたディアッカ。

「逃げ込んできた先が"アークエンジェル"なのが運の尽きだね」
「へへ……ミリィのケツを追いかけてたらいつの間にか……な」
 本当は、ヘリオポリスを襲撃したザフトの生き残りとして、自分が運命を狂わせてしまったアークエンジェル
という艦へのケジメをつけに来た、と言う方が正しいのだが。ディアッカ流に要約すると、"ミリィのケツを
追いかけて"となる。

「ミリアリアのおしりなら……仕方ないね」
 と、あきれ顔のキラ。
「……だろ?」
 ようやく調子が戻って来たキラに笑顔のディアッカ。
「むしろ俺は、ラクスのどこらへんが"イイ"のか分からないな……こことか」
 ディアッカは自分の胸の前で、"ぺったんこ"というジェスチャーを取った。
「甘いね」キラは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「萌えるから付き合うんじゃない。付き合っていると、貧乳に萌えざるをえなくなるんだよ」
 ――そこは自慢するポイントか?
「俺には到達できない境地だ。今度本人に聞かせてやろう」
「良いの? 僕はディアッカがミリアリアに知られたくない事を七つは知ってるよ?」
「オーケイ、俺の負けだ。……何時の間にそんなストックを溜めやがった?」
 会話が一段落したところで、バルトフェルドからの呼び出しが掛かり、キラは去った。

「そして頼むからよ……」
 消えた背中に向ってディアッカは独りごちる。
「本物の"化け物"にはなってくれるなよ? 殺す人間を選ぶ側の、本物の死に神に」
 そうなった時は、ミリィとアスランにはすまなく思うが、後ろからBANG! だ。
 それもけじめのつけかただろう――と想像した未来に身震いしたディアッカは、重い腰を上げた。

「さて、俺も気を取り直して戦争しますか」
 ディアッカは肩をすくめて格納庫へ向う。まずは、欠陥品のストライカーを爆破解体するために。
165SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 09:30:15 ID:???
26/

 ――翌日 アークエンジェル ブリーフィングルーム

「昨日作戦を終えたばかりで疲れているところ悪いけれど、新しい進展の事も踏まえて、
此処までの経過を確認させて貰うわね。バルトフェルド参謀、よろしくお願いします」
 艦長マリュー=ラミアス以下、幹部級のメンバーを集めてのミーティングが行われていた。

「あー、諸君。知っての通りだが我々アークエンジェルはこれまで、連合の"デストロイ計画"なる
縁起の悪いプロジェクトの全貌を追ってきた」
 バルトフェルドが出したスライド写真は、ウェディングドレスを着た少女に向って手を伸ばす
黒いムラサメという図だった。良く撮れて居る。
「――我々の立場は現状、国家元首の誘拐未遂と戦線への乱入という罪を負う、
何処に出しても恥ずかしくないテロ集団だからな」
 "ここ笑うところ?"のような空気でメンバーが顔を見合わせたので、バルトフェルドは咳払いを
一つして誤魔化した。

「まあ、大悪人よりは小悪党を目指そうと言うわけだ。何か質問は……無いな。――よって我々は、
エルスマン、ハゥの両名がもたらしたプラント側の衛星写真、そしてモルゲンレーテ経由で入手した
連合勢力圏内部における物資の流れ、二つの情報を合わせ、ユーラシア大陸中央に存在する連合の
秘密工廠の位置を特定した。ヤマト三尉、そしてエルスマンが現地に到着したのが七日前」
 続いて映されたスライドには、何も映っていなかった。
「ザフトに遅れること30時間で、だ」
 正確には、空白地帯が映っている。ロシアの大地中央に開いた、巨大なクレーターが、
黒ずんだ煙を上げているというのが、写真の示す光景だった。

「ザフトと、工廠を警備していた部隊との戦闘経過は不明だが、現地で観測された爆発の光と振動を
分析した結果、工廠地下で"フェンリル"気化爆薬を使用して証拠の隠滅を計った物と思われる」
 アラスカを思い出さない者はこの場に居ない。加えて彼らの気分を沈ませる原因があるとすれば、
それは"フェンリル"がオーブ製である事ぐらいだった。

「工廠周辺の痕跡を調査した結果、ハンニバル級陸上戦艦の移動を確認。"デストロイ計画"の
成果物を乗せている物と推定される。ヨーロッパ方面に向ってロシアの平原を進むハンニバル級を
補足したのが40時間前。進路妨害のため、ムラサメとストライクを出撃させたのが22時間前、
ハンニバル級"ボナパルト"と接触を果たしたのが18時間前だ」
 スライドが切り替わる。再び映し出されたのは、バクゥを蹴散らして包囲網を突破するボナパルトの
姿だった。「今度は30分遅れ――惜しかったな」バルトフェルドの感想。

「ムラサメ、ストライク両機はボナパルト阻止のため戦闘を行い、作戦完遂こそならなかったが、
ボナパルトを小破させることに成功した。足回りに損傷を受けたボナパルトは進路を変更、
以後は連合側の警戒が強く、追跡は不可能であったが、ボナパルトがヨーロッパ戦線へ到着するのは、
本来の予定より一週間近く遅れることとなるだろう。以後の情報収集が重要である」
 ここで言葉を切ったバルトフェルドが席に着き、入れ替わりにマリューが立ち上がった。
166SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 09:35:23 ID:???
27/

「続けて、"デストロイ計画"の産物とされる兵器の概要について、分析の結果を報告するわね」
 艦長帽を机において、何故か技術屋の顔になったマリューが言った。

「ひとつ、ロシア中央の工廠を探った結果について。先程バルトフェルド参謀が説明したとおり、
工廠そのものからは何も情報を得られなかったけれど、周囲に明らかにフェンリル気化爆薬のもの
"ではない"、ガラス化した地面が発見されたわ」
 きらきらと輝く地面の写真が映し出された。

「ガラス化した場所の面積と、その深さから、一度のビーム放出による結果であるとするならば、
本艦の"ゴットフリート"に匹敵する出力のビーム兵器を"試し打ち"した痕跡と思われます」
 スライドは、アークエンジェルに内蔵されるゴットフリートの砲身部分を映しだした。
単純に砲身を抜き出しても、それはモビルスーツの全高を遙かに超える巨大な物だ。

「ふたつ、昨日戦闘を行ったボナパルトは、中央のドーム部分を改造して、格納庫の高さを
増してあります。ここから搭載した兵器の"大きさ"を予想。加えてボナパルトの進行速度、
及びルート選択から、おおよその"重さ"が推測できます」
 切り替わったスライドは、一見子供と大人を表示為ているように見えた。が、よく見れば
映し出されているのは、ストライクと、その倍以上の大きさを誇る兵器のシルエットであった。

「みっつ。ボナパルトに攻撃の為接近したムラサメが、核分裂を抑制するニュートロン・ジャマーの
効果を低減するNJCフィールド効果を観測」
 一転して、煩雑な物理公式の乱舞する画面が現れ、何名かが興味を失って目を逸らした。

「以上の三点から、"デストロイ計画"の姿は、全高40mから60m、重量300tから1000t、
戦艦クラスの火力を持ち、核動力で駆動する巨大なMAである、と推測されます」
 熱っぽく語り終えたマリューに対して質問の手も上がらない。前日キラの"フルバーストストライク"
構想を笑い飛ばしたディアッカも、この結論には軽口すら浮かばなかった。そんな化け物を何のために
使うのか、名前が全てを表していたからだ。

「我々は可及的速やかに、この化け物の行方を追わねばなりません。同じようにアレを追うザフトが、
我々よりも詳しく情報を持っているでしょう。ディアッカ=エルスマン?」
 ディアッカは諸手を天井に向けた。

「お手上げですよ、これ以上は」
 イザークを介してザフトとの情報パイプを握っていたディアッカだが、非公式の情報ルートは、
使う度に察知されて使用不能になる物だ。有用な情報ソースは、もはやいくらかも残っていない。

「ええ、外で情報を集めてくれているミリアリアさんに頼ってばかりは居られないわね。
けれど朗報もあるわ。今朝届いたミリアリアさんからの連絡が、これよ」
「"赤のナイトが歌姫の騎士を捜しています"……これはまさか、アスランが?」
 電文を読み上げたキラに、マリューは静かに頷いた。
167SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 09:38:50 ID:???
28/28

 ――ギリシャ 地中海沿岸

 かつては風光明媚な観光地として知られた海岸には、ザフトと連合の勢力圏を区別する鉄条網が、
海の中にまで伸びていた。白砂の浜だった場所に、ジンの物らしきモビルスーツの頭部が漂着している。

 縮小した戦線から遠い此処に警備兵を置く余裕は両軍になく、アスランは秘密の会合場所にこの
荒れ果てた海岸線を選んでいた。

 飽きることなく海を眺めながら、アスランは朝から待っている。
 正確な時間も決めず、一方的に会合を求めたのだから、来られないなら来なくても良いという気で
待っているうちに、既に空は紅くなっていた。

 陽が落ちれば帰ろう。背に夕日を受けながら、アスランが潮風に打たれていると、小さな羽ばたきと
鳥の鳴き声が聞こえてきた。海鳥の物ではない。軽やかに近づいてきた緑色の羽は、アスランの前で翻る。

「トリィ?」
 思わず差し出されたアスランの指先に、ちいさな鳥形のペットロボットがとまる。

「トリィ! トリィ!」
 見間違える筈もない。アスランが作ったペットロボットは、彼の手にとまって小さく跳ね回ると、
あらぬ方向に頭を向けた。同じ方を見てアスランは、横目を刺す夕日に思わず目を細めり。
夕日の明るさに慣れれば、フェンスの向こうに一人、黒髪の青年が静かに佇んでいる。

「君の?」
 アスランは鳥形のロボットを向こう側へと差し出しながら、こう言った。
「うん。ありがとう。友達に……大事な友達に貰った、大事な物なんだ」
 いつか、同じ言葉を交わした瞬間から、三年の月日と、多くの戦いが横たわっている。
 そしていつかと同じように、フェンスは言葉と小さなロボット以外の全てを、二人の間で遮っていた。
 トリィが、フェンスの細い編み目を抜けて、キラの肩にとまる。

 口を閉ざした彼らを包む静寂の音の中、三年前と違うことがあるとするなら、
「久しぶりだな、キラ」
「久しぶりだね、アスラン」
 それは、お互いの間にフェンスを挟むことを、二人自身が選択したという事だった。
 "共に在る"それだけが許される少年期からは、卒業してしまったから。

 彼らは、そう、話し合うためにここに来たのだ。




 SEED『†』 第二十七話 『接触』了 第二十八話に続く。

16845 ◆HHRSJTtlhQ :2010/01/24(日) 10:05:12 ID:???
以上、投下終了です。感想、ご指摘はご自由にどうぞ。

■大改造! した欠陥品についての雑文を、あとでまとめサイトに置いておきます。

■前回言ったアーサーの夢については明日辺りに。興味のある方は上と合わせてどうぞ。

では、また。
169戦史:2010/01/25(月) 00:20:54 ID:???
すいません、暫く間を空けすぎました。
リハビリを含めて投下させて頂きます。
170機動戦史ガンダムSEED 44話 1/8:2010/01/25(月) 00:21:40 ID:???

 ――オーブ第4機動艦隊旗艦クサナギW艦橋――

 ……既に艦隊編成は、各分艦隊指揮官によって完了。第4艦隊は、アーガイル司令の
指揮の下で、いつでも出撃できる態勢を取っていました。
 ちなみに司令付き副官の私が、旗艦であるこのクサナギWのコントロール全般を任せられています。
何故かと云えば、この艦の建造に関わっているからです。
 元々、私は士官学校を出たわけでもなく、一般の学校を飛び級しつつ、一番安定した職場である、
モルゲンレーテに就職という輝かしい履歴がある訳です。

 ……ですが、その優秀さが災いしたのか、今は最前線にいたりするのです。

 「……メインエンジン出力をレベル1から戦闘航行レベル3へ移行――」
 
 その私の脇では、シモンズ主任が発進準備の最終調整を行っています。

 ――ここはあの世へ最も近い最前線。

 ペーペーの私と違い、沈着冷静なシモンズ主任は、第一級のエンジニアでありながらも、
同時に大戦を潜り抜けた歴戦の猛者。

 艦橋の指揮卓には我らが総司令官であるアーガイル司令は、片膝を立てながら、胡座で座っています。

 暇そうですね……司令。

 確かに総司令が艦レベルでの雑務をする訳ではないけど、ちなみに艦レベルでの作業は、全部私達が
行っていていますです、はい。

 もうすぐ私たちは、倍近い敵戦力に攻勢をかけるという、いわば自爆レベルの攻撃を開始するということでなのに。

 ――私たちは司令を信じています。
 ――戦えと仰るなら、戦いましょう!!ええそうですとも!
 ――司令の指示通りに従って戦えば、絶対勝てるんすから!そうですとも!

 ……司令。絶対に勝てますよね?だって"天才"なんでしょ?

 という訳でアーガイル総司令は勝てる策を立てれば善い訳で、その間、お茶でも飲んでれば
いい訳でしょうが、私たちが不眠不休で働いていると言うのに、肝心の張本人があんなに暇そうに
座っているのを見ると、仄かな殺意が沸いて来ると言うか……。

……段々と頭がおかしくなってきそうです。寝不足で殺意が篭った視線を司令に向けていると、
シモンズ主任が窘めてきました。

 「あれは、あれで将兵の緊張感を和らげているんで、大目にみなさいな」
 「……不思議ですね」
171機動戦史ガンダムSEED 44話 2/8:2010/01/25(月) 00:23:52 ID:???
もう一度、今度は殺意を込めずに指揮卓の方へと目を向けると、相変わらず司令は
卓に胡座をかいて座っていた。
 あんなグウタラ司令官の姿を見ると、あの人が"天才指揮官"だというのが嘘に思えてきます。

 その昔、オーブで起きた大規模な内乱"統一戦争"の頃、政府軍直属の機動部隊を率いて
反乱氏族軍を徹底的に壊滅に追い込んだ程の苛烈な将軍として名を馳せた。
 
 かたや、代表府首席補佐官として、政府の中枢に位置し辣腕を振るって”ラクシズ”によって、
破綻したオーブを復興させ、周囲から、恐れられた権謀術数の権化の政治家でもある。
 
 統一戦争の"伝説の英雄"サイ・アーガイル

 ――私が伝え聞いているはそれだけなのですが……。

 ……私らしからず、変に物思いに耽っていました。その罰か何か分かりませんが、シモンズ主任に
ほっぺをつねられるまで、コールが入っているのに気が付きませんでした。

 「――ひれいぃ!」
 「……あん?」

 司令の呆れ顔を横目に私の頬っぺたは更に横に伸びてゆく〜〜〜。
 ちょっ!シモンズ主任!イタイ!イタイ!!

 こほんっ!と威儀をただし、艦隊司令直属の副官として改めて報告をば。

 「えーと改めまして、――司令宛に直接の超高速暗号通信コールが入ってます」

 この暗号コードは我が国のものです。
 ついで言うと、……機密レベル6、最高要人レベルのものですね。

 「――ふむ、ホワイト・ヒル総司令部からか?」

 そう言いながら、司令は、指揮卓から一気に飛び降りると、足早に副官卓に座る
私の方へといらっしゃいました。
 ……プロテクトコード解除。通常レベル通信モードに移行。通信の解析結果に私は驚いてしまいました。

 「と、これは……」

 ご承知の通り、この時代の軍務や政務の重要項目での通信交換は、基本的に幾重もの
プロテクトや暗号システムを通して行われるものでした、通常交信等は先ずありえないと、はい。
 その為に国家ごとに独自の通信交換システムが発達してる訳なのです。

 だから私のようにシステムのプロフェッショナルが重宝される訳で。
 艦隊司令付き副官になったのは、伊達ではないのでした。ちゃんちゃん。

 ――解説終わり。
172機動戦史ガンダムSEED 44話 3/8:2010/01/25(月) 00:27:36 ID:???
 解読してみれば、あら不思議。

 「……いいえ。コール名は、オーブ連合総議会カトウ議長からです!」
 「なに?」

 意外の意外。経済界の超大物の名前が出てきまして……。

 「こんな財界の超大物が……なんで」
 「ふむ?」
 「――最前線の宇宙艦隊にいったいなんの用でしょうか??」

 私が不思議に思って首を傾げていたら、

 「教授が……。懐かしいな」
 「は?」

 遠い目をしながら呟くアーガイル司令。
 ――誰です、教授って?コール相手はオーブ連合総議会議長ですよ?

 通信回線を開こうとしましたが、

 「その……本当によろしいのですか?」
 
  ――改めて、私は通信回線を艦橋のこちらに回そうとしますが、この場にはシモンズ主任と
私が居るのが本当にいいのかどうか、実際に判断がつきません。
 元お偉いさんのシモンズ主任はともかくとして、私は本来は軍属に過ぎない民間人のペーペーなんですから。

 「繋げ」
 
 そんな私の葛藤などガン無視して、司令は無常に告げます。

 「ですが……」
 
 躊躇しましたが、本当にいいのかしら?

 「いいから、つ・な・げ!」
 「は、はい。……お待ちください!」

 私が、前方の立体スクリーンが起動しますと、通信回線接続の時に生じる無数のノイズが画面に広がります。
173機動戦史ガンダムSEED 44話 4/:2010/01/25(月) 00:34:44 ID:???
 ――展開したスクリーンには、眼鏡を理知的で温厚そうなな初老の紳士が映りました。
 
 幾ら天才的なエンジニアの私でもさすがに本国から、遠い最前線からの超光速通信のコネクトの為に
通信画面がやや粗くなってしまってますが。

 「――お久しぶりです教授」
 『――”ピンクの女帝とその手下ども”との戦い……調子はどうだね、サイ?』
 「順調ですよ。……そういえば、最後にお会いしてからもう十年経ちますかね?」

 先にアーガイル司令の方から口を開きました。
 ……なんかお互い会話に、凄い皮肉なスパイスが散りばめられてるよう感じるのは、私の気のせいでしょうか?

===============================================
 
やや荒い粒子によって構成された画面スクリーンには、俺の昔の恩師であるカトウ教授が映っていた。
流石に十余年の月日は、教授の外見に変化を与え、流石に白髪が目立つ様が画面越しでも確認できた。

 ……あれから、俺達の頭上には多くの時が流れたのだろう。こんな時代である。今の一年は平穏無事な時代の10年、
或いは30年に相当するのかもしれない。多くのものを失い、多くの犠牲を重ね創り上げられ来たた”動乱”という名の未来――。
 
 その長くもそしてそして実際は短い月日を俺は”青春”という名の苦い思い出を積み重ねてきた。 
 俺もたくさんのものを失ったし、新しい時代を切り開く為という名目で多くの犠牲を強いてきた。

 『うむ……君はすっかり変わった。その不敵な面構え……もう、いっぱしの”戦い人”の顔だ』
 「……」

 戦わなければ、殺さねば生き残れない時代――。

 この時代を軍政関係者が生き抜いたということは、幾多の敵の屍を積み上げた末に、生を永らえたというに等しい。

 俺が政治家として、前線指揮官となってからブランクを入れても既に十数年を数えるようになっている。
 
 青春の全ては政治と戦いだったという事になるだろう。その間、その都度ごとに器用にやって来ただけで
自分ではそれ程変わっていないように思えても相手が見たら、俺が激変したと感じるのだろう。
 その教授の声には、揶揄を含んだというよりも、事実を淡々と並べた冷徹な学者の響きがあった。

 「教授こそ……もう、一介の学究の徒ではありませんな」

 と、俺も教授との再会一発目で感じた感想を述べる。昔の教授は、結構愛想が良く要領がいいだけの
”自己愛の先生”というイメージがあったのだが、今の彼からは重厚な雰囲気とオーブの財界を切り盛りする
強かな指導者の風格がある。
 
もっと言えば、”俺達”側の人間の酷い腐臭する権力上昇志向と手段を選ばない非情さを兼ね備える”政治家”だろう。
 その眼つきは俺を値踏みするものであり、かつての教え子と旧交を温めるというには程遠い距離を感じた。
174機動戦史ガンダムSEED 44話 5/:2010/01/25(月) 00:38:36 ID:???
 『……お互いにすっかりと様変わりした訳か』
 「ええ」

 お互い笑顔を見せながら、腹の中では別の事を考えている。
 右手に握手、左手には銃を隠し、どちらかが、少しでも隙を見せれば、ズドン!といく訳である。
 真に心温まる風景ということなのだろう。

 チラリと辺りを見回せば、小娘くんは青ざめた顔で胃の辺りをしきりにさすっていおり、シモンズ主任は
その図太さを象徴するように面白げな表情で俺達のやり取りを観察していた。
 
 この様に場数の差がはっきり出るのが、政治的交渉の場と云えよう。

 「しかし、教授。このような時期に私用電話とは、いかがなもので?いくら寛容な我が軍でも
作戦行動中の私用電話は、困りますぞ?」

 この時期に総議会特権の一つである軍の超光速通信を使ってでも、前線の艦隊に連絡を入れることが
私用電話であるはずがないことは、百も承知の上だが敢えて問い掛けた。この程度のウエットを含んだ
やり取りが通じなければ、とても連合総議会議長などという財界の重鎮の座に着くことはできないだろろう。

 それと、前線指揮官が旧知である俺だということもこの人は計算に入れているに違いない。すると、

 『――安心しろ、私はオーブ連合総議会議長として君と話しているのだアーガイル司令』

 と、いう些か予想通りの答えが返って来た。

 「……さて、それはかえって安心してよいのやら」

 最前線でヒィコラ嘆いている、かつての教え子にエールを送る為にわざわざ、長距離電話を掛けるような
玉ではないのは承知しているが、いきなりど真ん中のストレートか。

 (カトウ議長は、ヘリオポリスカレッジで教鞭を取っていた事があるのよ。そして、サイはその頃のゼミの学生の一人だったの……)
 (へぇ……)

 その横では、シモンズ主任と多少は、余裕を取り戻したかのように見える小娘くんのお喋りを姿を横目にしつつ、俺は、

 「――ではお言葉に甘えまして、カトウ連合総議会議長閣下。一介の艦隊司令官過ぎない、小官に何用で?」
 『今、私は"ヘリオポリスカレッジ"の学生時代のまじめな委員長タイプだった君が――すっかり様変わりし、
頼もしい不敵な面構えになったのを見て安心しているのだよ……』
 「そいつは、どうも」
175機動戦史ガンダムSEED 44話 6/:2010/01/25(月) 00:44:09 ID:???
 皮肉のスパイスを混ぜながら俺は教授のお褒めの言葉を受け取った。お陰様で、立派な
ひねくれ者になったのだから。
 このように無条件での人の好意を信じられなくなり、夢や希望とやらが都合の良い幻想で
あることが理解できる捻じ曲がった大人となった。

 『――だがな私はともかく、我が連合総議会に加盟している多くの経済団体と企業等、財界には
動揺が広がりつつあるのだ』

 ここでカトウ議長は一旦、言葉を切った。どうやら本題に入ってきたようだ。

 『戦場が本国へ近づいている……というのが彼等の総意であり、実感なのだよ。これ以上戦争が
長引けば、パニック……そう暴動に陥る恐れもある。私としても総議会直属の治安維持部隊への出動要請をも
考慮せねばならぬだろうな……』

 連合評議会は、各財界の著名な企業の合意の下で独自の治安維持による部隊を擁している。政府への
多額の献金の見返りとして、国内にもう一つの治安勢力というものを暗黙の了解の下で確立している。
 一旦、こいつらが動けば面倒な事になりかねない。ホワイト・ヒルに対する圧力としてのジャブ
としていい牽制になるだろう。

 『サイ……このまま軍は、"ラクシズ"に対する攻撃を続行するのかね?』

 教授は眉をしかめながら”ラクシズ”という単語を侮蔑しきった口調で吐き捨てた。
 地球圏で暮らす、まともな人間なら誰でも軽蔑の嫌悪感をもたらすそのプラントの蔑称は、
連中を嫌う人々にとっても広く浸透している。

 特にまともな思考を持つ人間ならば、連中の異常さを理解出来ない訳がない。
 
 ラクス・クラインを頂点とした完全な市民等級制度の確立。
 いわば、完全なカースト制度ともいうべきピラミッド体制が近現代の基本国家体制として通用しているのだ。 
それを少なくても近代国家の方針としてまかり通る体制を成立させているプラントは、異常に見えるのだろう。

 「全てTVで報じられている通りですよ。――まだ、こちらは総司令部から停戦の命令は受けていません」

 それは、それと置いといて当然ながらその教授の問いかけに俺は答える訳にはいかない。
無論、教授も素直に俺がペラペラと内情を暴露するとは欠片も考えていないはずだ。こんなものは駆け引きの
一環の前哨戦にもならないのだ。

176機動戦史ガンダムSEED 44話 7/:2010/01/25(月) 00:50:12 ID:???
 『……では、このまま軍は攻撃を続行するのだな。だが、本当に大丈夫なのかね?』
 
 軍が攻撃を続行する事を確認した、教授は更に探りを掛けてくる。

 『――"ラクシズ"には、こちらの最重要防衛システムの機密が漏れているようだが?』
 「はて?」
 『とぼけてもらっては、困るな――。奇襲によるヘリオポリスUの失陥がその良い証拠であろう?』

 なかなか鋭い推理力だ。伊達に生き馬の目をくり貫くような財界の荒波を掻き分けて、その頂点に
君臨するだけの度量はあるということか。
 そして、情報収集量も半端ではない。軍の機密情報はあのロンドが鉄壁の防御陣でシャットアウト
しているはずなので、そう簡単に漏洩するものではない。
 
 だが、ヘリオポリスUの周辺には民間衛星や宙港が存在する。そこは厳密には軍の情報統制の
支配下には入ってない。放棄する際の民間人、或いは連合総議会に所属する職員やその家族からと、
情報収集には事欠かないのだろう。、

 この情報量と多少の目端が利く人間でならば、この推測に辿り着くのは容易であろう。

 『そして巷では、オーブ軍に在籍するの高級幹部か士官が、ラクシズへと情報を流しているという噂もあるのだよ。
――これは事実なのかね?』
 「……」

 ――こう来たか。
 
 教授の目端の利き具合に改めて脱帽する。俺としてもこれが、野党とも云うべき連合総議会に渡ることを
一抹の不安としてしたのだ。
 
 ”ヘリオポリスUの運用情報が見抜かれ、敵の奇襲を受けた”
 
 これは通常で見れば軍内部の高級士官に内通者がいることを示唆する情報なのだが、これまた相手が
”ラクシズ”というのが甚だ拙い事になる。
カガリ・ユラ・アスハ政権にとっての。これが一歩間違えれば致命的なアキレス腱になる事、疑いようもな。

 シモンズ主任が軍内部の内通者がいることを危惧しているようだが、そんなものはこちらの世界では常識である。
そいつを見極め、目を光らせつつ、無害な情報を流しながら、泳がせ、時には一網打尽にする。
 
 そんな”一般常識”は特に驚くに値しない。


177通常の名無しさんの3倍:2010/01/25(月) 00:59:53 ID:???
支援
178機動戦史ガンダムSEED 44話 8/:2010/01/25(月) 01:00:35 ID:???
 だが、問題はそのラクシズの内通者が、元ウズミ・アスハ政権の関係者だった場合には異なる方向で
問題が発生する。
 我が親愛なる代表閣下は、血筋とは無縁だがウズミ代表とは親子という関係である。表面上はタブー扱い
である前政権のウズミ代表と親子関係である事を、今でも否定しない。オーブ国内では、前政権を重要視する
輩も未だに多いので、それはそれで多いに結構なのだが、それが逆に今回は仇になるのだ。

 「――私に答える権限はありません」

 向こうもそんなことをベラベラと自分が喋るとは思っていないろうが、交渉の初歩的駆け引きの一つの
牽制程度にはなると踏んだのだろう。

 『地球連合強国……ユーラシア連邦の艦隊が、太陽系内縁オーブ領宙域の近辺に出没しているというのも、
裏の取れた事実として確認されているのだ。オーブとプラントとの戦い――戦力による互いに潰し合い以外に方法は
ないのかね?』
 「……」

 際どい内容だ。オーブと地球連合強国とは最終的には相容れないのは、周知の事実だろう。だが、その時期は
まだ早いと俺は読んでいたが、どうやらその願いはロンドのあの時の報告内容から見て、近い将来潰えるだろう。

 ……地球連合強国と事をを構える前に、プラントとの戦いを終わらせなければならない。これが俺達の中で
既に出ている結論なのだ。

 だが、そこに至るまで段階を踏まねばならない。気軽に休戦と和平交渉などもっての他なのだ。、

 『――君達は……軍部の者達は、最新の兵器群を戦果に見合わぬ消費をしている』

 ヘリオポリスUを含む二個艦隊の壊滅。確かに軍需産業界にとっては割の合わない勘定であろう。 

 『それらは、無論"ただ"等ではない。ましてや、あの"ターミナル"が持つ魔法の壷のように、どこぞから
無理やり調達しているわけではないのだ。我々、財界からの莫大な支援財政を始めとする、オーブ国民の血税
によって賄われていることを忘れてはいないか?それに、このままでは地球連合強国も黙っとらんだろう。必ず、
これを奇貨として、武力介入をしてくる恐れがあるはずだ』
 
 そんな事は、既にホワイト・ヒル総司令部は折込済みだろう。

 「……それを決定するのは、私ではなく、ホワイト・ヒル総司令部です。これ以上の事は教授、
いくら貴方でも喋れませんよ」

179機動戦史ガンダムSEED 44話 9/:2010/01/25(月) 01:05:49 ID:???
 俺の取り付くしまも無い回答に、カトウ議長は苦い表情で応じるしかなかった。

 『……相変わらず口の堅い奴だ」
 「そんなことを気にして、わざわざ前線の艦隊に電話をかけてくるとは、教授もまだまだ、お若いですな。
さすがはカトウ教授――いや、確か財界に打って出てからの通り名も”プロフェッサー・カトウ”でしたか?」

 揶揄を含んだ自分のその言葉に教授が眉をひそめる。

 『笑い事ではないぞ、サイ。軍がこのまま無謀な戦闘を続行するようなら、連合総議会義長として、
市民の安全を守るため軍に圧力をかけねばならなくなるぞ?』

 暫く、間を空けると俺は口を開く。

 「――軍人であれ一般国民であれ、オーブで暮らす同胞に何ら変りはない。 いかに犠牲を少なくし、目的を達するのが、
我々の使命だ……。このオーブ外縁領宙域及び”オーブ本国”の安全を守るために我々は、戦っているのです……
だからこそ――託して欲しい」 


 =====================================

 ……。
 ハッ!!
 わたくし、司令とカトウ議長の目の前で展開されたものすんごい遣り取りを呆然と見てたんですけど、
最後には、うわっ……凄くカッコいい……と、思わず見とれていました。
 そしたら、気が付いたら横でシモンズ主任がニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべていたりしますです、はい。

 (惚れた?)
 (なにいってるんですか!)
 
 いきなり、何をかましますか、このオバサンは!

 『サイ……君は、かつて私がヘリオポリスカレッジで教鞭をとっていた時代の、最優秀の教え子の一人だった。
そんな君を、たかが一軍人程度の枠に押し込めているカガリ・ユラ・アスハの影響力は、たいしたものなのだな……』
 「なにを仰りたいので?」

 それやこれやで、私がシモンズ主任に突っかかっている間にも会談は続き、カトウ議長の口から何となく
不穏なお言葉が漏れます。

 「私は、アスハ代表の偉業の下で働く一介の奉公人ですよ。……世間がどう思おうが勝手ですがね」
 『君が単なる天才軍人にすぎないのか。それとも一国を担える人物なのか……いつか他人から暴かれんと
する日が来る。……そんな気がするよ』

 ……一介の奉公人て。オーブの英雄さんではありませんか司令てば、謙遜すぎです。
180機動戦史ガンダムSEED 44話 10/:2010/01/25(月) 01:14:21 ID:???
 『かつては、代表府首席補佐官としてオーブ連合首長国の全てを裏から采配していた程の君だ。
こんな荒れくれた時代、出来る人間に寧日は無い事、君自身が思い知っているだろうがな?』
 「……自分で言うのはともかく、他人の評価というのは、どうにもこそばゆい。自分が人より、
多少の要領が良いという事は認めますが」
 
  ……カトウ議長は、司令を凄い高く評価しています。今まで風評ですと逆に凄い評判が悪いというか、
悪名が轟いていたので、これは、これで新鮮に聞こえますし、、私も聴いてて気分は良いです。

 『サイ――再びラクス軍の一大攻勢が始まったとき、君達、軍とアスハ政権が、自信と過信の間に
明瞭な一線を引いておることを祈っておるよ。もしそうでなかった時、私は連合総議会に加盟する諸勢力の
権利を守るための行動に出なくてはなるまい』
 「教授……いえ、カトウ連合総議長」

 カトウ議長の話の内容は、なんかヨイショしたかと思えば、急に脅す様な恫喝になったりと
クルクルと方向が変わるようですね。
 そうすると、司令は改まった口調でカトウ議長に話掛けました。

 「貴方は、カガリ・ユラ・アスハという一個の公人をもう少し信頼するべきでしょう。貴方が”天才”と認める、
このかつての教え子を、こうしてこき使ってる彼女の力量をね」
 『……』

 「一個の大器量の前には、多少の才能なんて片々たるものだ」
 『私も、そうありたいと思っておるよ。しかし、君にそう言ってもらえるアスハ代表とは、何とも大した徳人だな?
君は、彼女にピンチをばかりを押し付けられているのに』
 「いや、私個人に関していえば、器量云々というより……もう人として見捨てられないんですよ。当時のオーブの
荒廃にどうしようもなくなり、右も左もわからずに泣きべそをかいていた時の彼女の姿を見てしまっていましてね」

 ……何ですか、それは。何かピキッときました。

 『……それが君の政治姿勢の表明とみていいのかね?』
 「お好きなように」

 ちなみに、横でシモンズ主任がにやけてるのが凄い、ムカつきますね。

 『やれやれ、女王陛下の騎士気取りかね?君がそんなに若いとは知らなかったよ』
 「と、いわれますがね、かつての統一戦争から共に戦った代表府の幹部達の間では皆、程度の差こそあれ、
そういう気分があるんですよ」
 『……ふむ』

 お二人とも何を納得なさっているんでしょうね……。

181通常の名無しさんの3倍:2010/01/25(月) 01:14:53 ID:???
支援
182機動戦史ガンダムSEED 44話 11/:2010/01/25(月) 01:17:30 ID:???
 『……たしかに案外それが、アスハ代表のオーブ統治というものの本質かもしれんな……結局、オーブの統一は
彼女個人の声望で支えられているということなのだろう。……だが、もしそのクイーンがいなくなるような事になった時……
オーブはどうなるのだろうか……』
 
 独り言のようにカトウ議長が呟きますが、そんな事は司令には、どうでもいいことでしょうね。"クイーン"から
離れる事はないでしょうから!

 『いや、すまぬ。由無いことを言った。では、忙しい時に邪魔をしたなサイ、これからの君の武運を祈っているぞ――』

 スクリーン画面がブラックアウトいて、通信回線の接続が解除されます。

 「通信切れました」
 「……どうした小娘くん?」
 「べつに」
 「若いわねよね〜」

 私が素っ気無く応えると、司令が不思議そうな顔で私を見つめていました。その隣りではシモンズ主任が笑いを堪えて
いるようでしたが、別にどうでもいいことです。


=========================================


 ”オーブ国内穏健派の巨頭であるカトウ連合総議会議長から、サイ・アーガイルの元に連絡が入る。カトウはサイを持ち上げ、
カガリ・ユラ・アスハの下で働いている事を暗に批判する。
 
 しかし、サイ・アーガイルは、”天才を使いこなす器量があるものは数少ない”と反論し、プロフェッサー・カトウの
挑発的な言葉を一蹴する。
 
 彼を天才だと評するカトウに対して”天才を使いこなす者もまた天才”であるのだ、とサイ・アーガイルは応えるのであった”


 ――太陽系近代宇宙戦史 コズミック・イラ80年代記より――



>>続く
183通常の名無しさんの3倍:2010/01/25(月) 03:54:16 ID:???
以外とカトー教授はサイを高く買ってるんだな。
もっと馬鹿にしてる感じかと思ってた。
184弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/28(木) 23:04:43 ID:???
空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜

#11 本物の翼、本物の力。

「ん? 昨日見なかったのか。――コレがそう。おまえ達の新しい機体、【ファルシオン(※)】だ。
あ、おい! VPSが生きてるんだ、馬鹿! うかつにその辺触るとやけどするぞ!?」
 白に赤のアクセント。格納庫にたたずむ飛行機のようなもの。あれ、資料で見た事が。
セカンドステージ系列の中でも空戦メインに設計された機体。だいぶ背中回りが違うが、
ZGMF-X23Sセイバー。その派生型で間違いない。ならば、ガンダム!
 Gタイプを渡されるのはエースの証。
 それはそれですごい事なんだろうけど。――でも今、気になるのはそこじゃ無くて。

「……ジーンさん。――また、名前。勝手に付けたでしょ?」
「MSモードが歌姫の剣(つるぎ)、フリーダムに似てるしな。我ら最期の剣だからファルシオン、
だ。それとも開発局と一緒に【アドバンスド・スーパーセイバー・タイプMDS】って呼ぶか?
ま、乗るのはおまえだ。好きにしろ。【アドバンスド・リューキューオオコーモリ】でも何でも、
好きな名前登録してやるぞ?」
 ……ファルシオンでいいっす。――ジーンさんの横の空いているデスクの上、あたしの本。


 MSが飛躍的な進歩を遂げたヤキンドゥーエ戦役。連合との争いの中、ザフトは局地戦に
特化した多種のMSを生み出した。ジンをベースに陸にはジンオーカー、更にザウートとバクゥ、
空にはディン、水中はジンワスプやグーン。使用場所に応じてMSを開発したと言う事だ。
 一方MS開発で後れをとった連合はG兵器で戦術、戦い方に特化させる方向性を打ち出す。
 対MS戦にはデュエル、砲撃戦はバスター、哨戒索敵のブリッツ、近接戦のイージス。そして
全対応型のストライク。結果的にはストライクを含む10x系をベースにダガーが量産され、
装備換装の考え方は105ダガー、ダガーLからウインダムへ引き継がれる。特にユニウス条約
下でのMS保有機数制限の中、一機で多様な戦術に対応できる事は、かなりのメリットとなった。
 それはザフトがミレニアムシリーズの最初の量産機、ザクシリーズにウィザードシステムを
採用した事でもわかる。空間機動戦、近接戦、砲撃戦。一機種で全てに対応可能となるのだ。

 白い制服を着た、見た事が無い程の美人。モニカさんから貰ったMSの教科書。セイバーが
出てきたのはもっと先だったろうか。――斜め読みした時にどっかで見たんだ。間違いなく。
……いずれMS開発史にセカンドステージシリーズが出てくるのはもう少し先だったな。 

 ――ザフトが当時の技術力を結集して作り上げたセカンドステージシリーズ。それらは場所を
問わずに運用出来る物の、やはり局地戦を意識した物になった。無重力下での空間機動戦を
意識してドラグーンを装備したカオス。地上戦で実績のあるバクゥに似た形に変形できるガイア、
水中での水の抵抗を考慮したMA形態を持つアビス。そして空中戦を鑑み、高速移動形態を
持つセイバー。そのなかでインパルスのみがシルエットシステムによって全戦術対応型となった
のは、前戦役時の連合のストライクや、フリーダムの戦果に依るところが大きいと思われる。


「要するに前回良い結果だったから似た様なもん作っとけって訳か。……なんかいい加減だなぁ」
「むしろ現場はその方が喜ぶのよ。訳の判らない機体を実戦テスト、なんて持ってこられたら
いい迷惑だもの。――意外とマジメじゃない。シライ隊長は、ムツキちゃんを過少評価し過ぎね」
185弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/28(木) 23:05:57 ID:???
#11 本物の翼、本物の力。

「モ、モニカさん! いつから居たんですか」
 本をくれた本人が目の前にニコニコして立っている。
「本は声を出して読むタイプなのねー、そう言う人は覚えるの、速いわ。……周りは迷惑だけど」
「……良くかぁさんに、うるさい。って言われます」
「さっきのあなたの話は当たり。兵器はそうやって進化するの。拳銃はマシンガンに。炸薬弾は
レ−ルガンに。実績があるものに少しずつ置き換えていく。だってそうじゃないとアブナイじゃ
ない? 動かすのは人間だもの。慣れないペンでは自分の名前も書きづらい。でしょ?」

 あのナンチャラセイバーを持って来たのもそうよ。そう言って背後の白に青の機体を振り返る。
――あのお、モニカさん。自分で運んできたのに名前覚えてなかったり……。
「あなた達は空を飛ぶ機体には慣れている。セイバーは全般に撃墜数は稼いでないけど、高い
機動性から回避能力の高い機体。そして実戦データを見る限り、あなた達も受けるより避ける」
「で、回避能力の高いところでマルチロックオンシステムとドラグーンを追加してみましたってトコ
ですか。シライ隊(うち)に回されたのはリョーコちゃん(空間認識能力者)が居るから、ですね?」
 この機体に装備されたドラグーンは空間認識者で無ければ作動しないタイプだ。そして彼女が
空間認識能力者であることは既に報告がプラント本国にも上がったはず。

「このバカに納得させるとは……。教官の肩書きは伊達じゃねぇんだな、感心したぜ」
 いつもの如くの酷い言われ様。ジーンさんまでもがいつの間にか横にいた。
「――ちなみにマルチロックオンとドラグーン。今までうまくいった試しがねぇんだよなぁ」
「え、なんでですか? 実績有るから付けたんでしょ? 実績無いのは危ないってさっき――」
 勿論、実績は有るわよ。何か奥歯に挟まったようなモニカさん。
「但し双方ともパイロットに異常な負担とテクニックを要求するの。例えばドラグーン。アレは
空間認識能力はなくとも稼働はする。でも、本体操作がお留守になってしまえば……。ね?」
 ――ね? どころの話ではない。実戦で、お留守になったら撃墜だ。

「マルチロックオンもそうだ。そもそも限界ロック数までロックできる奴をオレは見た事がねぇし、
よしんばロックできても撃ち切れねぇ。例えばフリーダムは前向きの武装は5つ。あくまで観測
データに依れば、だが最大24箇所、ロック開始から撃ち抜くまで0.5秒。で全弾命中。だそうだ」
「私の部隊もアレにやられた事がある。あの出力の機体をハイマットモードで機動しながら
武装のみを。何も見えなかったそうよ? データにロックオンされた形跡さえなかったわ」


「だからベースがセイバーで更に複座にしたのでしょう? ガスコイン室長、おはようございます」
「おはよー、リョーコちゃん。徹夜でお籠りなんてお肌にさわるわよぉ。――で、自信の根拠は?」
 凄い人なのは間違いない。感情が表に出ないリョーコちゃんが自信ありげに話しているのを、
普通に見抜いている。この二人、付き合いは一週間無い筈。美人なのにカミソリなんて渾名、
おかしいと思った。でも他に狂犬とかドラゴンなんて渾名は一体何をやったら付くんだろう……。

「マルチロックオンならロック係と撃つ係。ドラグーンも操作係と本体係。二人でやれば負担は
半分ですみます。それに重力下です。セイバーがベースならば失敗してもすぐに離脱できます」
 ――っ! ホワイトシーフで今までやってた事と、同じだ!
「開発局もデータを取りたい、あなた達がパイロットで指名されるのはそう言う事なんでしょうね」
「我が班のパイロットはロックオン後キャンセルで複数目標撃破を一動作、更に弾道飛行速度で
高度15mをキープ出来ます。わたくしどもでファルシオンの性能、使い切ってお見せしましょう」
186弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/28(木) 23:07:01 ID:???
#11 インタールード2 〜サーシャ・ニコラボロフ〜

「まぁ、シライ隊長が良いというなら、私が何かを言うことはないんじゃない?」
 ボーナスとして撃墜機をそのまま現物でくれ。それに元上官はそう答えた。想定通りの答えで
はある。だいたい、元から興味がない事はどうでも良い。そう言う人だ。今はシライさんの娘に
かかり切り。もちろん理由は面白そうだから。その時も、あり得ない事を仕込もうとしていた。

「弾速が、音速どころかほぼ光速のモノをサーベルで弾く、……んですか?」
「ビームライフルだけじゃなく、宇宙(そら)ならばレールガンも空気抵抗の無い分弾速は出る。
でも実際にやった人は居るのよ。例えばさっき話をしたフリーダムのパイロット。いつも単機で
MSの群れに突っ込むからね。避ければ待ち伏せ、全部受ければ今度はシールドが持たない」

 元隊長殿はさも簡単に言うが、ミサイルならともかくレールガンで打ち出した弾を切り払う。
そんなことが出来るのはザフト全体でも何人居るか。機体姿勢から射撃角度、撃つ瞬間
まで完全に見切って漸く可能になる離れ業だ。まして敵に囲まれた状況でしかもビームライフル
などと、なにをか言わんや。である。撃たれてからではシールド防御だって不可能なのだ。
 通常はそこまでして前進はしない。避けるか、受けるかの二択。弾きつつ前進、を選択肢に
持つパイロットなどフリーダムのパイロットくらいなものだ。

 多少意外だったのは彼女、ムツキさんがそれを疑問系で口にしたことだ。可能、不可能
の境界が自分でわかる。いいパイロット程、自身の能力の限界値がよく見えているものだ。
人は見かけによらない。あの可愛らしい銀髪の女の子は、データで見た以上にデキるらしい。
「チェンバレン君もサーシャも出来ない。でもあなたなら出来る! かも。まぁ、私はパイロット
じゃないから実地で教えるわけにはいかないけど、教える理論ならあるわよ?」
 そしてカミソリモンローは出来ないことをやれと言わない。彼女は本当に見込みがあるのだ。


「知っての通りセブンス含め、この辺りは住人の大半が農業関連で生計をたててましてね」
 シライさんに紹介されたジャンク屋の親父はそう言うと、自らが再生し、スクラップになって
帰ってきたMS”だった”モノを振り返る。言外に高くは買えないと言いたいらしい。
「まぁ完動品ならその値段でいいさ。ミツキの紹介だしな。――いやぁ、ただ撃墜機となると……」
「だからってパーツまで半値以下は非道いわ。主機が駄目でも部品取りに使えるんだし……」
「完動でもコクピットはゲン担ぎで取り替えるんだぜ……。うぅ、ヨンゴオだ。これ以上は絶対無理」
 そちらに不利なばかりではないわよ? といいながら彼に用意してきた紙を渡す。
「専門、ビークル系でしょ? 中古で良いし現金は45で良い。――物々交換分は7掛でどう?」


「予算が付かなくてなぁ。階級章ぶら下げて此処で何やってるって言われりゃ、まぁそうなんだが」
 数ヶ月前。連合の管理する自然公園と名前のついた広大な面積の戦争被災地。
年に数回、少しずつ復旧していく自然の姿を見る為に訪れる私に、中佐と書かれたカードを文字
通り首から下げた中年男性。戦争するよかマシ、なんだろうがさ。そう言って彼はため息をつく。
「そのうち私が寄付しますよ。――お金より現物の方が都合がいいんでしょ。中佐?」


「しゃあねぇ。ねぇさんよ、全部ひっくるめて6割だ。……ところで個人的興味で聞くんだが
あんたの生活に不整地走行車17台、ブルが2台、トラック9台その他諸々、どう関わるんだ?
腕利きのMSライダーって聞いたが土建屋でも始めるのか?」
187弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/28(木) 23:10:25 ID:???
#11 インタールード2 〜サーシャ・ニコラボロフ〜

「チーフ。頼んでおいてなんですが、本当に良かったんですか?」
 セブンスオアシス守備隊の象徴。白にダークピンクのザクは赤と黒に塗り直され、巨大な盾の端に書かれたミツキさんのパーソナルマーク、三日月に花は巨大な踊る少女が取って代わった。
「ああ、隊長が自分でそう言ったんだしな。――それにアイツは今、ファングしか眼中にないさ」
 ビームファング以外はほぼ正規型と同じ仕様になったプロトタイプガイア。ミツキさんは
隊長業務の傍ら、まさに寝食を削って最終調整を続けて居る。
「ガンダムならば見た目も遜色ねぇ。隊長は茶色くするだろうがな、――まぁ、白き雌豹に
戦場の踊り子。”二つ名”が二人もいるなら、もしかして相手がビビって戦闘回避も可能に
なるかもしれねぇしな。もっともこいつぁ、我が事務長様からの受け売りだがね」
 すでに各所に施された装飾の類は塗装、器物とも全て取り払った赤い機体。こんな気持ち
で機体を眺めるのは赤にグレイのジンハイマニューバを初めて受け取ったとき以来だろうか。

「あんた、宇宙(うえ)ではグフに乗ってたんだよな?」
「降りて久しいですけれど」
 ――ならそのまま使えるか。呟くとメカマンチーフは端末のセッティング画面を閉じる。
「ついでに聞く。二つ名からいっても、あんたは基本的に避けるタイプだな?」
 何が言いたいのか。何処の部隊でもメカマンは記号とデータだけで会話をしようとする。
「どうしてもカテゴライズをしたいと言うならそうなりますが。――さっきからなんなんです?」
 こいつはただの飾りじゃない。俺の最高傑作なんだ。そう言うと今や深紅のザクを振り返る。

「実戦に使えなかったんじゃない。使わなかったんだ。超軽量の装甲でミサイル無しに改造した
ブレイズを装備するなら空中戦も可能。反応レベル最速の駆動系、敏感すぎてウチじゃ隊長
以外、歩かせるのもままならない操作系。そして1.5倍の出力。あえてウォーリアベース
なのも余計な機能を全てガーディアン2機に分散して背負わせたからだ。超高機動型には
指揮官用の装備なんぞアンテナ以外デッドウエイトだ。重力下では特に、ウェイトの増減は
機動性に直接効いてくるからな」
「張りぼてに見せかけるための過剰な装飾。薄い装甲を補うためと、過敏過ぎる機体の重しの
役目の巨大な武器と防具。セカンドステージ系を超える程の高機動型。――私向きだ。と?」
「超の付く高機動型、戦場の踊り子の乗機にゃあ相応しいさ。あんたもそう思うだろ?」
 隊長の読めない行動から名前を頂いたデタラメに見える機動、モンローウォーク。
それをやるなら、確かに高機動型ならば好都合ではある。

「戦闘して(使って)もらえるのは嬉しいが、隊長がコイツを示威行為にしか使わなかった理由も
わかるつもりだ。オーブのアスハ代表が昔言ってたそうだ。強すぎる力は戦いを呼ぶってな」
 シライさんはオーブ出身。ならばアスハ代表の言葉も私たちとは違って聞こえるかもしれない。
「今は必要です。それにセイバー・MDSにガイア、そしてこの機体。戦いを呼ぶには十分では?」
「……任せて大丈夫、ってか。――デカい剣は刃がついてねぇ。装備は腰の重斬刀とシールドの
裏にビームサーベル二本。ライフルはホワイトシーフの遺品、MA-M20を使える様にしといた」

 剣は棍棒として使えないだろうか、と思う。戦闘力はさておき、あの見た目は捨てがたい。
ボーナスの事もあるが戦闘回避の目があるならば、使えるモノは使った方が良いだろう。
「あの剣はただの重しだ。斬りつけても受けられれば、相手はほぼノーダメージで曲がるぞ」
 使い方は一考の余地あり、のようだが。
188弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/28(木) 23:11:42 ID:???
#11 本物の翼、本物の力。

「フリ−ダムがやった以上、撃墜したアスカさんも出来たはず……。あたしには、無理だよなぁ」
 こないだの部隊が相手だとしてバクゥとハウンド併せて5機。全く無視して一気にガイアに
迫る。出来るというならこれはものすごい効果が期待できる。部隊指揮はガイアが執っている
ので間違いない。ならば最強戦力と部隊の頭、両方を封じる事が出来る。……のだけれど。
「無理をして同じ事をせずとも良いのでは? 要は当たらなければいい話です」
 急造2階建てだったホワイトシーフと違ってかなり広いコクピット。頭の上から声がかかる。

「歌姫の剣などと呼ばれたい訳では無いのでしょう? 敵の位置予測と攻撃の先読みと言う
考え方は使えます。避けても待ち伏せされずに、前に進めれば結果は同じです」
「それが出来ないから、フリーダムはビーム切り払ったんだよ?」
「フリーダムは、どのデータでも最短ルートで、実質単機特攻です。こちらと事情は違います」
 敵の半分。目を別に向ける事が出来れば避けまくって肉薄する事は出来そうだ。
現に前回、単機では来るまいとタカを括った相手の懐に飛び込む事に成功している。
「また、スーパーブースターでも作ってもらおうかな……」
 ただ、同じ事をやろうとすれば次は当然警戒されるだろうけど。


「ところでさぁ、アイツらここに来て動きがパッタリって気持ち悪いね」
「たぶん準備を……。頭数をそろえているのだと思います。彼らコーディネーター至上主義者が
傭兵を使うとすれば、なおのこと時間がかかるでしょうから」
 確かにセブンス付近のみはコーディネーター比率が高い。ただ地球全体ならコーディネーター
自体の比率などゼロコンマである。だからといって彼らは特別な事情がない限り、ナチュラルの
傭兵団に話を持ちかける事などあり得ない。
 人を集めるとすれば時間がかかる。と言うのは考えるまでもない。

 そしてセブンスには白き雌豹率いるシライ隊と、所有MS数で近隣の傭兵団を圧倒する
砂塵の騎士団が睨みをきかせる。生半可な傭兵に声をかけたところで返り討ちは必死だ。
「表だって活動をしていないだけだとガスコイン室長は仰っています。わたくしも同感です」
「サーシャさんも”潜られた”って言ってた。テロリスト相手は本職だものね、あの二人」
 元艦隊指令と元ザフトレッド。期間限定で補強された美人二人は対テロリスト専門で、
わけてもとびきり荒っぽい事で有名な部隊の出身。その二人がそう言うなら間違いない。

「こうなっちゃうとホント、あたし達って、出来る事。無いよね……」
「まぁ、機体に慣れる時間を稼げることはありがた……。何事でしょう?」
 緊急。と赤で書かれた文字がディスプレイに踊ると、いきなり司令室のウインドが開く。
『隊長より全部隊に通達。明日1330よりセブンスオアシス防衛会議を行う。各班班長以上、
並びにムツキ・シライ、オーブ軍ゲレイロ准尉の両名は出席する事。関係者には後ほど……』
 急に何事だろう。何であたしたちも出なきゃいけないんだろう。
 いきなり開いてるハッチの角に、作業服をペンキで赤くして見知った顔が覗く。

「よっ、いまの聞いたな? ――トメが捕まえたらしいぜ。情報を、だけどな」
「ジーンさん、捕まえたって何を」
「かなりろくでも無いことになってるようだ。東西南北の全ゲートを一気に攻める腹づもりらしい。
MSだけでもかなりの数だ。俺も予備機のザクでパイロット復帰しろって言われたくらいだ」
 いよいよ来るんだ! 敵は……。本気だ!
189弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/28(木) 23:12:24 ID:???
=予告=
 傭兵団に囲まれたセブンス。あたしたちは果たして大事なモノを守りきれるのか……!
「侵略者を駆逐、掃討する! 最後の一人まで微塵も残さず完全排除せよ!」
『次回 空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜
【コンディションレッド、発令。(前編)】そして【インタールード3】』
 ……キレやすい子供達? オトナ達の間違いじゃないの?
190弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/28(木) 23:13:27 ID:???
今回分以上です、ではまた。

※ファルシオン
 名前の由来はヴァイキングが使用したとされる片刃の直刀。重量はあるものの比較的刀身は
短く、幅広の刀でサーベルの原型とも。鎧を着た相手を殴り倒したり、鎧ごと叩き割る様な
使われ方をしたようです。
 ジーンさんはムツキが本を読んでいる横で、その事を蘊蓄親父の如く長々と説明して居る筈。
――ですが字数の都合で割愛。
191弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/01/28(木) 23:32:13 ID:???
まとめ様へ伝言
一カ所改行ミスりました
まとめて頂く際、適当に直して頂ければ有り難いです
192通常の名無しさんの3倍:2010/01/29(金) 22:55:41 ID:???
投下乙。
感想は誰か他の人に任せました。
193二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/31(日) 20:36:16 ID:???
プレアロウズ(ビリー編)後編 6レス消費予定です。お邪魔しました。

プレアロウズ(ビリー編)後編
「グラハムはジンクスではなくGNフラッグでガンダムを倒す事を望んでました。僕も教授が
基本設計をしたフラッグを開発してガンダムを超えることが、何よりの仇討ちになると思って
協力しました。だから…」
グラハムの強い思いに共感して、だから一緒に戦うために協力したのだとビリーは否定した。
自分たちの方向性は同じであったはずである。
しかしガンダムに勝つためとはいえ、パイロットへの負担を無視したのは事実である。
そしてGNフラッグがガンダムと相打ちになり大破したと聞いて、グラハムの安否を心配する
と同時に、ガンダムとの戦闘データが蓄積した機体を回収出来ない事を少し残念に思う研究者
(人でなし)の思考が、叔父の言葉を肯定しビリーを苛む。
「友人に頼まれたから手伝っただけだというのか?だから自分は悪くないとでもいうのか?
そうやって反省を後回しにするための言い訳を繰り返し、結果論で自己弁護を続けてまで
自分は悪くなかったと逃げるのか?ビリー。どうして血気に逸った友人の暴走を止めてやろう
と思わなかったのだ?これも戦争に勝つため仕方なかったというのか?」
ホーマーは、声を荒げることもなく穏やかにビリーに問いかける。
「…」
ソレスタルビーングとの戦争に勝ったからこそ、こんな甘い事が言えるのだとビリーは思う。
その事を叔父も分かっているだろうが、そうまでして自分を心配してくれているのも分かる。
ビリーは、今度は俯かずにホーマーを見つめ返す。
自分は悪いことも後ろめたいこともしていない。何もグラハムを死なせたかった訳ではない。
オーバーフラッグのまま特攻しかねないグラハムを押しとどめガンダムの性能に追いつく為に
無茶なチューンを続けてきた。
試行錯誤は研究開発の基本であり、実際、性能テストをする時間も予算も足りなかったが、
パイロットに命を賭してガンダムという化け物と戦わせておいて、何の言い訳にもならない。
GNフラッグにパイロットの搭乗を許可し、実戦に投入したのは、他でもないビリーである。
『GNフラッグは決して間に合わせのMSではなかった。急ごしらえではなかった』と、
今でも自信を持って言える。
しかしビリー自身が仇討ちに周囲が見えなくなってしまい、MS開発者としてパイロットの
安全を守るという、もっと根本的なことを後回しにさせたのではないか。
本当なら叔父の言うとおり復讐に取り憑かれ、明らかにおかしくなっていたグラハムを、
友人として止めるべきではなかったのか。
GNフラッグ完成の目処が全く立たなければ、その可能性だって決してゼロではなかった。
ジンクスで出撃するように時間をかければ説得できたのではないか。
194二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/31(日) 20:37:10 ID:???
グラハムがそれでもフラッグにこだわり、どうしてもジンクスに乗りたくないというのなら、
ガンダムを倒す事など他のジンクスのパイロットに任せてしまえばよかった。
戦争は、ただ勝てばいいというものではない。個人の主義主張で世界をどうこう出来るほど
世の中の仕組みは単純ではない。ガンダムを倒したくらいで、世界を変えることは出来ない。
その後も世界はうねり未来へと続いていくのだから、ガンダム無き後の世界の為に戦う人間
だって必要なはずだ。
実際グラハムほどのエースパイロットがジンクスで参戦しないのは、既に戦後を見据えた
ユニオン上層部が、地球連邦軍内におけるアドヴァンテージのために温存していたのだと、
世論は勝手に解釈してユニオン批判に転じていた。

「お前の友人への政治的バックアップはこれからも続けておく。彼はガンダムを倒した英雄
として、まだ活躍してもらうつもりだからな。お前も立場や待遇面で優遇できるように
なれば、軍に呼び戻すから安心しなさい」
これで心残りは無いだろうと、黙ってしまったビリーに、ホーマーは一方的に話を切り上げる。
「グラハムを、叔父さんの手駒にするのは難しいと思います」
大体、まだ入院中のグラハムを、どうやって利用するというのか。
グラハムの怪我が完治して軍に復帰したとしても、あの気位の高さと潔癖さである。
その上、我を押し通せるだけの実力があるだけタチが悪い。
「再生治療が成功して医療用カプセルから病室に移り、まだ無理は出来ないが声が出るまで
には回復しているらしいよ。お前も、これから後任への引き継ぎやらで忙しくなるだろうが、
軍を去る前に病院に顔を出して迷惑をかけた友人を励まして来てはどうだ?」
ビリーの言葉には応えず、ホーマーはビリーを置き去りに歩き出した。
グラハム・エーカーという男が、軍紀を無視するほどの戦闘マニアだという事は耳にしていた。
しかし、そんな御しがたい乱暴者を上手く懐柔するのも仕事のうちだとホーマーは考える。
大局を見て判断する事が出来ず自身の感情に振り回され行動するのならば誘導してやればいい。
それでも規律にそぐわないのならば、他の邪魔にならないように走狗として扱えばいい。
何も難しいことはない。それだけである。
最新鋭MSをあてがい機嫌を取り、ユニオン時代と同じく好き勝手が出来ると分かれば、
尻尾を振って自ら首輪を付けられにくるだろう。あとはストレスで噛みつかれぬよう、
適当な戦闘区域に放ち満足するまで暴れさせておけばいい。
「分かりました」
納得したわけではなかったが、叔父から軍への召喚がなければ、グラハムのためにフラッグを
開発することは出来ないのだ。ということだけは理解して、ビリーはホーマーの背中に小さく
つぶやいた。
195二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/31(日) 20:38:05 ID:???
ホーマーからグラハムの意識が戻ったと聞いたビリーは取る物も取りあえず病院に駆けつけた。
いつもの白衣とサンダル履きのまま息を切らせて病室に現れたビリーの姿に、グラハムは
目を丸くしていたが、血の気のない白い微笑みを浮かべる。
ベッドに上体を起こしたグラハムは、見るからに酷く痩せて体中に包帯を巻かれていた。
これで本当に再生治療は成功したというのだろうか?
右目を覆うように頭に巻かれた包帯の周りの皮膚は、よく見ると火傷で少し引き攣れている。
包帯で固定された右腕は元通りに動くのだろうか?右目はちゃんと見えるのだろうか?
半年以上、集中治療を続けても、ここまでしか回復していない。
パイロットとして復帰するのに、後どれくらいの時間が必要なのだろう。
『生きていただけ運が良かった』
何度も聞かされていた残酷な言葉の意味を目の前にして、ビリーはかける言葉も見つからず
ただ呆然と立ちすくんだ。
『そもそも友人のパイロットを、お前のわがままで作ったGNフラッグに乗せてガンダムと
戦わせた結果。死なせるほどの大けがを負わせたのだろう?お前は、それで平気なのか?
お前は生きている人間よりも、死んだ人間の仇を討つ方が大切なのか?』
追い打ちをかけるようにホーマーの言葉がビリーの胸をえぐる。

「君を巻き込んでしまって申し訳なかった」
無言で責められていると思ったのか、かすれた声でグラハムがポツリと言った。
「何を言っているんだい?そんなこと僕は思っていないよ」
ビリーは必死で笑顔を作った。謝らなければならないのは自分の方である。
だから彼からの恨み言を覚悟して、ここに来たのに、そのグラハムの口から語られたのは
ビリーに対しての謝罪と自分を支えてくれた仲間たちへの感謝の言葉だった。今まで
好き勝手してきた自覚があった上、それを開き直れるほどグラハムは恥知らずではない。
確かにガンダム憎さから、なりふり構わず軍紀違反を繰り返した彼は反省すべきだが、
こうやって自責で落ち込むことくらいビリーにも予測できた。
友人として彼の暴走を止めようともせずに、看過しておいて今更何が言えるのだろう。
それでもグラハムは、自分の行いを反省し、自分が置かれた現在の状況を受け入れて、
周囲の人間に対して素直に感謝することが出来る。
彼も普通の人間である。特別、人格者でもない。それに元々感情が表に出やすく我慢弱い。
本当は愚痴の一つも零したいだろうが、今は親友であるビリーに対してでも、決して
おくびにも出そうとしない。
196二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/31(日) 20:38:55 ID:???
ビリーもグラハムを、こんな風に心身ともに傷つけたかったわけではない。
ただガンダムが憎かった。ガンダムを倒して教授や仲間の仇を討ちたかった。
しかしガンダムを倒したからといって全てが元通りになるわけではないことも分かっている。
何より死んだ教授や仲間達が生き返る訳じゃない。
だから諦めろというのか。憎しみを忘れろというのか。ガンダムを許せと言うのか。
そもそも何のために許すのか。憎しみの連鎖を止めることは口で言うほど簡単じゃない。
許したからガンダムが二度と攻撃してこないと考えるほどビリーもおめでたい人間ではない。
それでも死んだ仲間の復讐よりも、生きているグラハムを大切にするために、自分の中で
折合いをつけるべきだったのか。ここは割り切って考えろというのか。

グラハムに聞いて貰いたいことや、ちゃんと謝らなくてはならないことは幾らでもあるのに、
どうしても言い出せずに、近況も明るい話題ばかり選んで話している。
ガンダムが憎くて仕方なかった。
ガンダムさえいなければ、グラハムを復讐の道具扱いとしても止むなしとするような自分に
気付くこともなかった。
ガンダムを倒すためとはいえ、そんな自分を省みて慄然とすることはなかった。
ビリー自身が目を背けたい醜い本心を、さらけ出しても彼の苦しみが楽になるわけでもない。
彼のけがが治るわけでもない。
自分の気がすんで、楽になるためにグラハムに謝って許して貰おうというのか。

知らなくていいことなんて世の中には幾らでもある。
お互いの全てを知る事が出来たら分かり合えるなんて、人には譲れないものがある限り
ただの幻想だとビリーは思う。
そんなに物わかりのいい人間ばかりなら、争いなど初めから起こらない。
しかし、それでも分かり合おうとするために心を寄せて相手を思いやるのではないのか?
分からないから、お互いに理解しようと努力するのではないのか?
勿論、それは誤解を生み、感情の押しつけになるのかもしれない。
反発し合い、いがみ合い、憎み合い、取り返しの付かないことになろうとも、
どうして人は、人と関わり繋がろうとする事を止めることが出来ないのだろう。

グラハムは、ぼんやりとした曖昧な笑顔をビリーに向けたまま静かに話を聞いている。
生気がなく、まるでグラハムの形をした抜け殻のようである。
「グラハム?」
ビリーは心配になって彼の名を呼ぶ。
197二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/31(日) 20:40:20 ID:???
「申し訳なかった。カタギリ。君には甘えて迷惑ばかりかけてきた。こんな私にもう愛想も
尽き果て見限っているかもしれない。今更、君に謝罪して許してもらえると思わないが。
カタギリ。君が生きて元気でいてくれて良かった。本当に良かった」
グラハムは、そう話すとビリーをまっすぐに見つめ、深く深く頭を下げる。
本当に有り難いと思ったり、心から申し訳ないと感じた時に人は自然に頭が下がるものだと、
日本のお辞儀の文化について、その習慣のないアメリカ人のグラハムはそう思う。
仲間を殺したガンダムが憎かった。ソレスタルビーングが憎くて仕方なかった。
いきなり世界に戦いを仕掛けてきたガンダム側にも、そうせざるを得なかった彼らなりの
大義名分はあったのかもしれない。
しかしこちらにも、そんな彼らの遣り方を否定する言い分は十分すぎるほどある。
だからガンダムに異を唱えるために、対話による平和的解決策ではなく、武力で応戦して
何が悪いというのか。
そんな戦争の狂気に安易に飲み込まれ、自分が軍人として、部隊を預かる隊長として失格な
振る舞いばかりしてきた精神の弱さ。カタギリの叔父が軍部高官であったから
見逃されたことも多い。それをいいことに自制もせずに利用し、ガンダムを倒すために
無茶苦茶な事を続けてきた。
それでもカタギリを助けられた事で自分のしたことが全くの無駄とならなかった事に感謝した。
仇討ち以外で、それだけが救いになったとグラハムは自分自身に言い聞かせる。

「君は自分の体を治すことだけ考えればいい。グラハム。僕のことはいい。君の所為じゃない。
全て僕の自己責任でやった事だよ」
ビリーは、吐き出したい思いをグッと喉の奥に押し込めて、落ち着いた声音で言った。
「…」
グラハムは、それでも顔を上げなかった。
ビリーは、グラハムの頭に巻かれた白い包帯を見つめる。
本当に彼はバカだとビリーは思う。
今までカプセルの中で眠っていたくせに。だから事情も何も知らないくせに。
ビリーには、未だ何の報いも無かった事を聞いても尚、こんなに甘い事を言えるのだろうか?
自分が受けた不幸を嘆き、目をそらすために世界を恨み、他者を憎むような人間であれば
よかったのに。いいかっこせずに、妬んでくれたらいいのに。詰ってくれたらいいのに。
貶してくれたらいいのに…
ビリーは爪が手の平に食い込むほど手を握り込む。

特攻覚悟のMSでガンダムと戦えと送り出されたことを、はっきり責めてくれたらいいのに…
198二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/01/31(日) 20:42:08 ID:???
「どうして僕が君を見限るの?君は生真面目すぎて自罰的だよ。それに悪い方に考えすぎる。
君が嫌いならお見舞いになんか来ないよ。グラハム。意外と元気そうで本当に安心したよ。
でも疲れが出ないようにもう休んだ方がいいよ」
「…」
グラハムは、少しばつが悪そうにベッドの中にもぞもぞ潜り込み、まだ不自由そうな動きで
ビリーに背を向け丸くなる。
「物事は悪い面だけじゃない。僕だけじゃなく君が戦ってくれたおかげで助かった沢山の命
もある。そんな彼らの分もお礼を言うよ。ありがとう。グラハム。君は早くけがを治して
元気になってくれないとね。またフラッグで大空を飛びたいだろう?
以前のように君がフラッグのチューンに無理難題をふっかけてくれないと、僕は開発する
モチベーションが上がらなくて困るよ」
おどけるような軽口とは裏腹に、ビリーは悲痛な面持ちでグラハムの布団をかけ直した。

それから軍を去るまでの間、見舞いに顔を見せると少し嬉しそうにしてくれるグラハムに、
ビリーは、軍を辞めることをどうしても言い出せなかった。
ただビリーが現状で知っている世界の状況については、全て話しておいた。
職業軍人であるグラハムが、どのように判断するかはビリーにはわからない。
独立治安維持部隊アロウズの暴挙など、今の地球連邦軍は、どこかおかしくなっていると
ビリーの観点から言ったが、グラハムは何か考えている風で黙って聞いていた。
その予想外の反応に、満足に動くこともままならないグラハムには、今はどうすることも
出来ないからだろうと、ビリーは思い直し病室を出る。
当たり前のようにSPが現れるのも今日で最後かとビリーは彼らに軽く挨拶をしてみせる。
『ホーマー司令からの餞別だそうです』とSPの一人に握らされた数枚の紙切れに視線を
落とす。走り書きであったが、その見覚えのある懐かしい文字を何度も何度も読み返す。

それは疑似太陽炉について、ビリーが見たこともない新しい理論が構築されようとしている
故エイフマン教授の手書きメモであった。

プレアロウズ(ビリー編)了

NGせずに読んでくれた方ありがとう。楽しんで頂けたら幸いです。他板でビリー編の続き
を待って下さっていた方には、お待たせしました。あの板の規制解除がされないので投下は
断念しました。非エロのプレアロウズはともかくアロウズは、ちょっと全年齢板では難しい
ので続きは諦めて下さい。投下させて頂きありがとうございました。ではご縁があれば。
199通常の名無しさんの3倍:2010/01/31(日) 22:29:27 ID:???
>>193-198
GJ
苦悩するビリー面白かった
00ではどのキャラも結局は私情で動いていた部分が
大きかったのかなぁと思いました
またどこかで貴方の作品にお目にかかることができれば
嬉しく思います
200弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/02/08(月) 21:52:54 ID:???
空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜

PHASE-12 コンディションレッド、発令。【前編】

『最終的な配置を最後にもう一度確認します』
 大きな会議室。かぁさんの声がマイクで響く。
『ザフト駐屯地とマスドライバー、水処理施設のある北ゲートはバクゥ以下主力隊を配置。
指揮は私が。民間飛行場のある東ゲートにはニコラボロフさんのザク他7機とマチュピチュ
を配置。指揮はガスコイン室長にお願いします』
 多少ざわついているのはマチュピチュの艦長達。かぁさんでさえ一歩引くモニカさん。
カミソリの異名を取る彼女が指揮を執る。と言われたのだ。しかもイクサバノオドリコの駆るザク付きで。

『水道公社と出荷工場の近い南ゲート付近は旗本隊と第一支隊がある関係上、砂塵の騎士団
に一任。依頼費は今期の市の防衛予算から計上。で宜しいのですね、市長?』
 市長は腕組みをしながら大きく頷いてみせる。
『西ゲートは特に重要施設はないものの、すでに四方からの攻撃は確定情報で掴んでいます。
よって、ファルシオンとムラサメ全機、並びにMP第2、第3班、そして騎士団の治安維持支隊
全隊を配置、指揮はムツキ=グラジオラス。奇襲に備えます。MP第1班は市内の警備』

 西ゲートのMSはあたし達のファルシオンとムラサメ2機の3機のみ。大事な施設がないとは
いえ、人は住んでいる。指揮官があたしなのは、情報参謀役のリョーコちゃん込みの話だろう。
『以上で防衛会議は終了とします。――現時を持ってシライ隊全隊にコンディションイエロー
発令。ザフトシライ隊は速やかに予定の配置につけ。敵襲は46時間後と予想される』
 がた。カッ、ざっ。ザフトの服を着た全員が立ち上がり踵をあわせる。そして敬礼。
「イエス・マム!」

「……で? なぜ今。此処に君がいるんだい? 一応指揮官なのだろう?」
「甘いモノでも食べておいでと言われました。情報通りならあと12時間以上ありますんで。
――それよりも民間人は極力中央部に集まるようにとの通達が出ているはずですが……。
あ。リョーコちゃん! 呼んできましょうか?」
 いつもなら人で賑わう夕暮れ時。この期に及んでザフトの制服着てるやつから金はとらねぇ。
と言いながら店を開けている喫茶店。向かいの席ではリョータさんが左手でカップを取りあげる。
「アイツは関係ない。一応軍人なのでね、他国の戦も何かの糧にはなるだろう。――それに、
約束したはずだ、僕は君の全てを見て記憶する。君の戦いだ。僕には見守る義務がある」

「――っ。で、でも、危ないです。今からでもセントラルタワーに……」
 男の言葉で泣ける様なら一人前の女よ。ローズ=マリーさんが前にそう言ってた。
「MPでは不安でね。此処ならば君が守ってくれるだろう? それにどう表現して良いか
わからないが君のそばにいたいと思うんだ。自分の感情が、……自分でよく、わからない」
 一人前かどうかはわからないが、今。あたしの視界はゆがみ始める。
『シライより全隊へ通達。北ゲート付近にMS反応キャッチ。全部隊、コンディションレッド発令!』
「ゲートも街もあなたも。全部あたしが守ります。ムツキ=グラジオラス・シライ、行ってきます!」
201弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/02/08(月) 21:54:09 ID:???
#12 インタールード3 〜ミツキ・シライ〜

「ガーディアンとバクゥ、初期配置と装備、良いわね? トメさん、敵の規模をもう一回」
 戦わない最強戦士の異名をとる事務長を参謀役で引っ張り出したのは訳がある。
強引に予算をぶんどる事務長の異名。知る人ぞ知るその本当の理由、それは元諜報畑の人間、
それも昔、マ−カス隊に潜り込むまでは、その世界ではかなり名の知れた存在であったからだ。
 連合にまで顔の利く情報のプロが参謀につけば何かと小回りがきくだろう。私は付け焼き刃の
隊長教育の他は約2年分の経験値、そしてこの機体、ファング2。それ以外、何もない。

「ダガー7とウインダム4。傭兵にしては後方部隊まで戦列がそろってる。にしても何故連合系、
――何、ロングダガー? マジでか! 間違いないな? 隊長、敵はコーディネーターだ!」
 ヤキン戦役で連合側についたコーディネーターに支給されたMS、通称ロングダガー。
旧連合の外人部隊、分けてもコーディネーターで組織される部隊は高い能力値を誇った。

 とにかく、出来ることならば戦闘を避ける。全部隊に通達してあるし、もちろんその命令は
自分にも適応される。既にMS隊の先頭は警告ラインを超えた。
「前方のMS部隊へ警告する。それ以上接近するなら武装解除の上ボディチェックを受けよ。
接近の中止もしくは武装解除が認められない場合、侵略行為として実力で接近を阻止する」
『自分の国が焼かれたときに、何もせずに逃げ出した腰抜けの分際で何を偉そうに』
「――え? なに? ……あの、あなたは一体なんの話を……」

『何もせずにカグヤが墜ちるのを横目に脱出してきた連中が偉そうな口をきくなっつってんだ。
こちとらカグヤを堕とした張本人だ。もっとも逃げ惑う市民を無視して自爆しやがったがな!』
「あなたたちはカグヤ攻防戦に……!」
『あん時逃げねぇで素直に死んどきゃ良かったんだよ。今日こそ皆殺しだ、死に損ないども!』
 プチン。――頭の中で、何年かぶりに、何かが、音を立てて切れた。
「勧告無視を確認、現時を持って我が班は侵略者を駆逐、掃討する! 最後の一人まで微塵も
残さず完全排除せよ! 当機は独自にMS駆逐に入る。以降指揮は事務長に一任っ。以上!」

『隊長、――おい、応答してくれ、隊長……。ミツキ、くん? やべぇ、キレた……。あぁ、もう! 
ガーディアン2機はファング2のサポートに回れ、前線はファングとガーディアンで十分だ。
ガズウートは後方部隊を狙い撃て。あっちはまだレンジ外だ。バクゥは動くな。スピアヘッド隊、
数は勝ってる、距離を取れ! ……総員、戦闘開始! ――ミツキくん、返事してくれ!!』
 トメさんが無線で何か言っているがもう聞こえない。お父さんとお母さんを結果的にオーブから
追い出し、砂漠に放り出した張本人が。そこに、いる。
「――お父さんとお母さんが、どんな想いでここに来たのか。……おまえに、わかるかぁあっ!」

 隊長、MSを堕とせば人が死ぬ。理解も覚悟も、もう出来てます。退院報告に来たムツキ。
彼女はパイロット記章をいったん外して私のデスクの上に置くと、そう言って胸に再び付けた。
 彼女に教えられた。まさにその通り。果たして私に今までその理解、その覚悟があったのか。
何故、今そんなことを思い出すか。簡単だ。目の前の”敵”。それに対して、生まれて初めて
明確に殺意を覚えたからだ。排除すべき障害ではなく、殺すべき人間として。
「白き雌豹の二つ名と、そしてガンダム。伊達でないところを見せてやる! 覚悟しろっ!」
202弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/02/08(月) 21:56:11 ID:???
#12 インタールード3 〜ミツキシライ〜

 戦闘開始から5分18秒。モニターにはそう出ている。立っている敵の機体は既に無い。
いくら腕が良いとはいえ、ウインダムではファングの敵ではない。それに彼らはコーディネーターの裏切り者。
そしてシライ隊はザフトの部隊、全員コーディネーター。隊員達も頭に血が上る。
『ウルフ1から全機、後方部隊の車両を逃がすな! ウルフ4、左に回り込め、囲い込む!』
「降伏の通信はないわね? 索敵班、各スキャン最大。一人も逃がすんじゃないわよ!?」
『イエス・マム!』

 もちろんガーディアン・オーカーの二人の存在も大きい。完全に私が堕とすと確信した上で
後の事は考えず敵に突っ込む。私はダラスとシスコ、二人の期待に応えるだけで良かった。
 散乱するMSの破片、その中に動くモノがある。……ウインダム、――隊長機! 
アイツだけは降伏なんてさせない。! ファング2を”敵”の目の前まで廻すとハッチを開けて飛び降りる。

 這いながら逃げる男に拳銃の照準を合わせる。男は両手を挙げると口を開こうとする。
「降伏? ドンパチの最中よ。誰も聞いちゃいないわ。何もしなかった? 出来なかったのよ!
……くだらない軽口をたたいたこと、あっちで、みんなに土下座してでもお詫びなさいっ……!」
 ドン。だが引き金を絞る前に腹に来る音が響く。男は左腕を無くし血しぶきを上げて、飛んだ。
「隊長の仕事はMS戦までだ。降伏勧告、しなきゃ殺人だ。記録が無くとも記憶は残る。君は殺人
なんか、たとえ罪に問われなくとも”こんな奴”のために犯しちゃいけない。これは俺の仕事だ」
 その声に振り返る。何時の間にここに来たのか。MSの装甲をも貫通する大口径ライフルを
腰だめに構えてトメさんが、居た。どうやら目の前の男を知っているらしい。

「た、助け、――っ! 貴様、サマリー……。サマリー・ピープサイトかっ!」
「覚えていてくれたのか。今は名前が違うがね。君を逃したことはずっと後悔していたんだ。
3年越しでようやく胸のつかえが下りる。今のは持って行ったレールガンの資料の分ね?」
 ドン。あたかも会話をしながらTVのリモコンを弄るが如く、ごく普通にライフルが火を噴く。
男は、今度は右足の膝から下を失い、血を吹き出しながら更に盛大に吹き飛び、転がる。
「基礎研究資料を手土産に敵国に渡る。よくあるパターンではあるけれど、その後志願して戦闘に参加。
わざと市街の破壊やったよね? カグヤまで行かなかったよね? 嘘は良く無いなぁ」

「て、てめぇだって、ダブルスパイ、……だったくせにな、は、がっ!!」
 ドン、ドン。明らかに今のはわざと外した。トメさんは須く物腰の柔らかい人であったはずだ。
表情も、言葉も。今の彼からは感情というモノをまるで感じない。
「そんなに安くないさ。最大で四股かけてたこともある……。元同業者同士だ。判ってると思うが、
スパイにはスパイの仁義ってモノがある。――地獄で逢おうぜ。後で行くから場所取り、頼むよ」
 ライフルの装弾数全弾が連射され、男はただの肉塊へと変わり砂と混じり合って、消えた。

「ミツキくん、……いや隊長、俺の個人的な思惑で隊長の獲物を横取りした形になってしまった。
いや、それよりも殺人だ。過去の事も含めて告発するなり、撃ち殺すなり、好きにしてくれ」
「……ううん。ありがとう、トメさん。――シライ班総員に通達、敵部隊完全排除の完了を確認後、
私とガーディアン・オーカーは西ゲートの援護に向かう。ウルフ全機は周囲警戒を怠るな!」
203弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/02/08(月) 21:57:04 ID:???
#12 インタールード3 〜モニカ・モンロー=ガスコイン〜

「――作戦は簡単。サーシャが前線でMSを駆逐、ジーンのザク隊とオーカー隊はサーシャの
こぼした機体を殲滅。マチュピチュは直接、敵本陣を強襲、蹂躙する。以上。質問は?」
「カミソリモンローが此処まで美人さんとは思わなかった。――なぁモンロー、ニコラボロフに負担
かけ過ぎじゃないか? しかも我が艦はディン3機を積んだまま単艦特攻。無茶苦茶だとしか」

 艦長はそう言うとこちらに視線を投げてくる。要は作戦を変更しろ、と言うことだろう。
彼とて、かつてシライさんと共にエディやチェンバレン君を、”赤”を見て居るはずなのだが。
得てしてブリッジクルーは全てをデータでとらえがちだ。まぁ知らないと言うのはこんなモノだろう。
 そして私をカミソリの名で呼ぶならば。彼女の立案する作戦は傍目にはいつも無茶苦茶だ。
「そのためのザフトレッドよ。彼女には撃墜ボーナスも用意してあるし。――そしてこの船には
どっかのキチガイメカニックがミラージュコロイドを乗っけてる。特攻にはうってつけじゃない?」
「シライ隊長より入電、全隊コンディション・レッド、発令されま、――っ! こちらもMS確認!」

「音や航跡はどうする!? それに前線はニコラボロフ一機だ。敵に突破されたら……」
 きっと知らないのではなく、理解できていないだけなのだろう。現にこの男、かのハゲタカ
教官の虎の子としてマチュピチュの艦長を名指しで任されたのだ。ならば無能ではない。
「効果無しなら臨機応変に即時作戦変更するだけ。――キチガイメカマンのザクにつながる?」
「アイアイ。――キチ、……じゃない、ジーンチーフのランバージャックにつなぎます」

「――こないだムツキちゃん達を蒸し焼きにし損ねたそうね、チーフさん。サーシャのザクは?」
『アレは復元が素人仕事でフレームごと機体がねじくれたからだ。ムツキも、ポーも良くやった。
メカもパイロットも悪かねぇ。それに俺が直接手をかけた機体にミスなんかあり得ねっつーんだ』
『こちらバトルフィールド・ダンサー。グフよりも軽いし、何より速い。良い機体です、室長』
 巨大な剣を持つザクからフォローが入る。乗ってる当人に文句が無いならば良しとしようか。
「艦長! 敵部隊と思われる反応を捕捉。グフ1、ザク2、ゲイツ3、ジンオ−カー5。その他
ディン、バビ、ガズウートの反応も複数検知。MSだけで総数15を超えます!」
「ライブラリにマッチ。――って室長、反応の中に脱走兵が持ち出した機体を多数確認!」

 ガイアは居ない、か……。艦長、無線のマイクどれ? 渡されたマイクにわざと張った声。
「前方の部隊に警告する。貴隊のMSの中にザフトを脱走した者が持ち逃げした機体を確認
した。機体と脱走者の引き渡しを求める。応じられない場合実力を持って機体の奪還、もしくは
破壊と脱走者の処分を行う。返答は通信終了後30秒以内。以上ザフト、モニカ・モンロー」
 どうせ返事は帰ってこない。ならば待ち時間など短い方が良いに決まってる。只待っている
のは疲れるし、きっと全員脱走兵。元特務隊のモンローを名乗った以上、答える訳がない。
「サーシャ、30秒後から作戦開始。ボーナスの事もあるだろうけど先ずは空のMSが邪魔。
アレを最初に片付けて、その後はグフを最優先。――艦長、微速全身0.5。目標、MS隊を
牽制しつつ進路最短で敵本陣へ。全砲門、ミサイル発射管開け! ディンは即時射出体制!」
「コロイド粒子展開。前進微速、取り舵25。全艦戦闘態勢。ジェットマン全機はカタパルトで待機」
『バトルフィールド・ダンサーからマチュピチュCIC。――ミッションスタート!』
204弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/02/08(月) 21:58:16 ID:???
#12 インタールード3 〜モニカ・モンロー=ガスコイン〜

「時間切れよ。あなた方にはイクサバノオドリコとやり合ってもらう事になる。覚悟は良いわね?」
『チェンバレンなら中央司令部だろうが。カミソリモンローとか、フカすのもたいがいにしとけよ!』
 無線が反った瞬間、既に赤いザクはいかにも高性能なライフルを空に向けていた。
『彼は二代目。初代なのよ、私。ついでに狂犬モンローもホンモノ。ツイてないね、あなた達』
 まだロックオンできない筈の距離。無造作にライフルが数回、粒子を吹き出す。彼方で爆発。
どうやらディンやバビはお金には成らないらしい。それとも腕とか足をパーツで売るのかしら。
「まさか……。ディン、バビの反応消滅! こ、この距離で、目視だけで主機に一発直撃!?」

 オペレーターがそれを確認したときには赤い機体は空に舞い上がっていた。併せて飛び
上がるグフとの距離を詰める。飛んでくるスレイヤーウィップをデタラメに見える機動でかわすと、
更に高度を上げ、巨大な剣を大上段に構え重力とスラスターで急降下しながら振り下ろす。
 シールドで受け止めたもののバランスの崩れたグフは地上へと降下。体勢を立て直そうと
頭を上げた瞬間、モノアイが消える。既に正面には赤いザク。コクピットにはビームサーベルが
突き刺さっていた。サーベルを盾にしまうと多少ゆがんで墜ちてきた大剣を右手が掴む。圧勝。

「グフは売るんだ……。ま、アレなら彼女は放し飼いで良いや。――艦長、ウチも行くわよ?」
「――増速最大。戦闘中なら音など拾えん、敵本陣の指揮施設を割り出せ、正面から当たる!」
 変に意固地にならず、今の一瞬でサーシャの技量と私の作戦を理解した。ハゲタカ教官が、
自分の娘の様に可愛がっていたシライさんの、その後ろ盾に自ら選んだだけの事はある。
「アイ・サー! ――増速最大面舵10。MS全機スタンバイ! 各砲座、モタモタするな!」

「モンロー、敵本陣射程まであと60秒だ。――モーター減速毎秒3%、全砲門は……」
 頭は良いが弱腰でいけない。シライ隊は圧倒的に強い。そう印象付けなければ今後も
何かといろんな奴らに付け狙われる事になる。そして、そのイメージは実戦とイコールでつながる以上、
印象付けのチャンスはこのご時世、意外に少ないのだ。チャンスを逃す手はない。

「艦長、両舷最大維持。射程到達と同時にミラコロ解除、直後ECM無照準で一発。2秒後に全力
射撃開始。併せてMSは全機発進。敵施設を空爆しつつ、艦の舷側、後方の援護に当たらせて」
「おい、モンロー! マジメに特攻させるつもりかっ!?」
 この状況下での戦艦の、MSの使い方を全っ然理解出来ていないなぁ。此処が”見せ場”だ。
印象は強ければ強いほど良い。白き雌豹に逆らえば、文字通り踏みにじられるのだ。……と。
「最初に言ったでしょ? ”敵を蹂躙する”って。ディンに援護をさせつつ全力射撃のまま直進。
脱走兵など、どうなろうともはやこちらの知った事ではない。車も人も気にしないで踏み潰すっ!
――敵MSはもう戻れない。MS無しで轟沈(おと)されるなら、それは艦長の無能のせいよ?」
「ぐぅ……。船速維持。射程範囲到達と同時にコロイド解除、前方にECM最大出力無照準発砲。
各砲座撃ち方用意。MSは全機同時に放り出すぞ。面舵更に5、敵を正面から踏みつぶせ!」

「追撃は? ――な!? モンロー。敵から降伏の通信だ。……そのぉ、無視。するか?」
「何で? 戦闘、避ける様に言われたでしょ? ――むぅ、此処は違うか。……本命、まさか?」
205弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/02/08(月) 21:58:58 ID:???
#12 コンディションレッド、発令。【前編】

『ムーンフラワー、デッドアイ、双方健在。ネットワーク、リンク良好。むっちゃん班長、北ゲートに
動き有り、東ゲートはマチュピチュがミラージュコロイド展開。騎士団は現在の所、動き無し』
「始まった! 機長こっちに動きは? ――それとローズ=マリーさん、グラジィって呼んで
くれますか? 気が抜けるんで。シライ班とガスコイン班、双方の敵MSの機種特定願います」
 方位真西に砂嵐の発生を確認、位置といいタイミングといい怪しいです。と上から声が来る。
『ウルトラブースター、接続完了。リミッター、切ってあるからGで潰されない様に気をつけてね。
それとミサイルもカーゴベイに積んだけど音速以下でないとハッチ開かないよ。予熱処理は?』
「今は煙も飛行機雲も見せたくないの。ポーリーンさん、地上予熱は無しでも大丈夫だよね?」

「ブースター、リンク完了。――ガイアの部隊が敵の本命。来るのは此処の気がします」
 機長席のリョーコちゃんが独り言の様に呟く。
「何で?」
「市庁舎とセントラルタワーまで最短時間でいけるから、です。……皆さんセブンスの壊滅が
敵の目的として戦術を立てています。でも、その目的が街の乗っ取りだとしたら、どうでしょう?」
 乗っ取る? 確かにその可能性はモニカさんがちらっと口にした程度。

「ナチュラルとコーディネーター、共存のモデルケースの街。とは言えナチュラルの人口比率は
たかだか2割強。一気に制圧出来たなら人質を盾にナチュラル狩りを始めないとも限りません」
 モニカさんとサーシャさんから聞いている。確かにそう言う人たちなのだ。自分たちさえをも
巻き込んだ無差別テロ、ブレイク・ザ・ワールド事件。それさえ肯定する、それが彼らなのだ。
「それってセブンスをコーディネーター至上主義の、その足がかりにする気だって事!?」

『グラジィ班長! シライ班、ガスコイン班の敵対MS機種判明。ガイアは確認出来ず』
『班長! 西前方の砂嵐、人為的な物で確定。距離500にNジャマー反応発生。急速増大!』
 コッチも来ちゃった! 確率1/2……。本命? それともフェイク!?
「始まっちゃった! どーしよう、リョーコちゃん!? ――もといっ、ゲレイロ准尉!」
「ファルシオンはこのまま東に向け発進、超高空で転回後敵本隊へ突貫。敵MSは本機が対処
します。突破された分はゲート前Bラインにて全力をもって進入阻止。キラービーは両機ともMS
モードで待機。地上班は全班、対MS戦用意。暫定的に班の指揮はキラービー1に委譲……。
以上を進言します。――但し我らに後ろはありません、抜かれれば街。総員そのおつもりで」

 リョーコちゃんを信じる! 本命は此処!! ならばもう時間がない。
「ゲレイロ准尉の進言を承認っ。――全班戦闘準備、キラービー1、OKですか?」
『了解ムツキ。いや、班長。キラービー1、ファルシオン離陸後、指揮権委譲受ける。復唱終わり』
「ファルシオンにスクランブル! 滑走路の確保を。離陸距離は通常の2倍は要るよ!?」
 ファルシオンは今、お尻が重い。変形が不可能な上、垂直離陸も出来ない。
『こちらコントロール。道路封鎖確認、進路クリア。スクールストリートを滑走路に。発進どうぞ!』
 いつもの誘導員がサングラス越しにニッと笑う。そして親指を突き出すと旗を下へ振り切った。
「ファルシオン! グラジオラス・シライ、リョーコ・ゲレイロ。――行きますっ!!」
206弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/02/08(月) 21:59:44 ID:???
=予告=
 セブンス四面楚歌、後編。あたしたちの敵はフェイク? それとも……。
「目標、というくらいですから当然見えなければ困ります」
『次回 空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜』
【コンディションレッド、発令。(後編)】、そして【インタールード4】
 超音速で空を駆けるファルシオンの中、あたし達の目指すもの。それは……。
207弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/02/08(月) 22:05:14 ID:???
今回分以上です、ではまた。
208通常の名無しさんの3倍:2010/02/09(火) 23:11:27 ID:???
>>193-198二十四番氏

特にユニオン好きってわけじゃなかったのに、ビリーに感情移入してしまった……
大事件が起きなくても、人の心の動きだけでこんなに面白いとは!!

他の作品も是非、読んでみたいのです。差し支えなければどの板で作品が読めるか教えてくだされば幸いです。
209通常の名無しさんの3倍:2010/02/10(水) 02:16:42 ID:???
>>さばそう2
敵の本命以外には圧勝だなあ。
210通常の名無しさんの3倍:2010/02/10(水) 21:25:01 ID:???
>>さばそう2
祝、サーシャ復活!
文章的にはそんなに激しく動かしていないがサーシャとモニカ
最悪コンビの強さは十二分に表現できてる

視点変更時の地の文がキャラによって変わるのが良い
一人称での視点変更は成功してる
そしてトメさんはやっぱり良いとこに格好良く出てくるのだった
誘導員と言い艦長と言い、名前のないキャラがなかなかみんな男前
211通常の名無しさんの3倍:2010/02/11(木) 00:42:50 ID:???
二十四番の人はどこか別の板にも書いてる(?)ようだけれど、
保管はガンクロwikiの方でいいのでしょうかね?
212通常の名無しさんの3倍:2010/02/15(月) 22:43:21 ID:???
>>二十四番氏
乙です。
>特攻覚悟のMSでガンダムと戦えと送り出されたことを、はっきり責めてくれたらいいのに…

ここにビリーの苦悩が集約されていると思いました。
213文書係 ◆gIyeyjcT.M :2010/02/22(月) 23:54:44 ID:???
>>96-99
 こんばんは、『短編小説パトリック・コーラサワー』の文書係です。
正月明けから長く規制に巻き込まれており、最近ようやく解除されました。

完結の際には温かいコメントを頂き、ありがとうございます。
全裸で寒さに震えながら感涙に咽びつつ拝読しました。

さて今後の予定ですが、小説5巻が三月に刊行されますので、
それによって綻びが生じた場合には後日>>1のガンクロにおいて訂正を行い、
最終的に新人スレまとめサイトのうpろだにファイルを上げさせて頂こうかと考えています。
(支障があるようでしたらその旨お知らせ下さい)

あと断片的に書き溜めたものや構想はいくつかありますが、
具体的な次回作の予定は今のところありません。

ですが初投稿作『短編小説パトリック・コーラサワー』の続編や
番外にあたるSSであれば新人スレに、その他のSSであれば
その該当ジャンルのスレに投下するつもりでいます。

それでは皆様、保守代わりにどうも失礼しましたノシ

214(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2010/02/23(火) 23:31:04 ID:???
『空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜』

の作者、弐国 ◆J4fCKPSWq.氏が再再度規制に巻き込まれ中ですので、
ただ今から代理人による投下を始めます。

PHASE-12 コンディションレッド、発令。【後編】

本編6レス、予告1レス、全部で7レスです。
215(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2010/02/23(火) 23:33:02 ID:???
空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜

PHASE-12 コンディションレッド、発令。【後編】(1/6)

 グラジオラスを自分で名乗ってMSに乗ると何故だか目が速くなる。この間から気がついては
居た。能力を封印していたのは自分自身だったなんて。――とは言え。
「ブースター予熱開始。――機長、どうだった? ……速すぎて目視は無理だったけど」
 東ゲートの上を通った。時間にして0.1秒以下、高度は離陸7秒後とは思えないくらいに
上がり、まだ角度を保って上昇中。ブースターが無くとも既に飛行機雲を引っ張っているはずだ。
「敵味方含め、MS20機以上の反応を確認。それとマチュピチュの反応が丸々無くなってます。
おそらくコロイド粒子を展開してますね。既に室長の班も戦闘に入ったか、と」
 それ以上はセンサーでも捕らえきれません。と返事が返る。当たり前だ。スピードは既にマッハ
を超えている。――本物の、ガンダム……。ってこういうことなんだ。加速も、高度も、操作感も、
センサー感度も。ホワイトシーフなんてまるで目じゃない……。

「転回ポイントまであと50、上昇率維持。ウルトラブースターイグニッションまで55。……
班長、いえムツキさん。……わたくし達は範を求める方向性を間違っていたのかも知れません」
「ターニングポイント、コピー。カウント45。――えーと、どういう事?」
「わたくし達が目指すべきものです。ムウ・ラ・フラガでもラウ・ル・クルーゼでも無く……。
気づいたのです。それはリョータ・ゲレイロであり、ミツキ・シライだと、そう言うことに」
 モニターではカウントダウンが続く。ターンまであと40。
「でも、あたしはかぁさんにはなれな……」
「なる必要はないでしょう? だって目指すべき目標ですから。目標、というくらいですから当然
見えなければ困ります。フラガ少佐もクルーゼも、わたくし達には複数の意味で、見えません」

「だって、言っちゃ悪いけどそれだとあっさり追いこ……」
「本当に追い越せる自信がおありですか? お母様の様にMS60機以上が参戦し、隕石まで
振る大乱戦の中、戦艦2隻を守りつつ生き延びられると。兄様の様に不沈艦アークエンジェルと
勝利の女神ミネルバ、2隻に囲まれて母艦は轟沈、乗機も大破。それでも生還出来ると」
 展開ポイントまであと30。――徐々に抑揚が無く口調も冷たくなってくるリョーコちゃん。
多分そうなる。とは、本人から事前に聞いては居たけれど。
 リョータさんから何かの薬の入ったアンプルを渡してくれと言われ、発進1分を切った所で
彼女はそのアタマを折った。その様は「今回だけで良い。本来の姿に戻れ」。という彼の
メッセージ。それを、薬と共に飲み下したかの様にあたしには見えた。

「本当にそう思っていると言うなら。……それは思い上がり、です。実際に研鑽を積み、実戦で
命を削った者にしか見えないモノがある。そうは思えない、ですか? ……それに」
「機長、カウントゼロ、ポイント到達。ターン開始ぃっ。――そ、それに?」
「くぅ……。もしも超える事が出来たなら。その時は我々が新たに誰かの目標(しるべ)になれる。
目指してくれるならデータだけで無く、クルーゼやフラガ少佐のように何某かのパーソナリティ
も語られる事になる。誰かの記憶に残れるのなら……。――展開完了確認。ウルトラブースター
イグニッション、どうぞ。…………ぐうぅっ、か、カウントダウン開始。ポイントまで――30」

216(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2010/02/23(火) 23:34:48 ID:???
#12 インタールード4 〜ユースケ・オオグロ〜(2/6)

「何ぃ? 良く聞こえなかったなぁ。もう一度頼むわ。――うっせぇんだよ、テメェらは黙っとけ!」
 スラッシュ・ザク・ファントムのコクピット。“内線”の通信ウインドゥにはニヤニヤ笑いをした
団員の顔が次々開く。うざったいことこの上ない。
「あのぉ、明らかに何言ってるか聞こえましたよね? 今の無線……」
「……。おまえも黙ってろ、そう言う約束だ。――ベルト締め直せ。絶対ヘッドホン外すな?」 


 数時間前。デザートカラーに赤い右肩。ブレードアンテナを付けたザク・ファントムのコクピット。
本当はミツキが乗るはずだった物を、何故か騎士団に寄贈して寄越した機体だ。
 そして展開したサブシートでは、何故かオオノがシートベルトを締めようとしている。
「今なら間に合うぞ? 悪い事は言わん、降りろよ。別に逃げたとかビビったとか誰も思わねぇ」
「そんなんどう思われても良いんです。どうせ役に立たないのはわかってます。でも、俺は……」
 どうしても戦闘に参加すると言って聞かないオオノ。どうせそのうち飽きると思って戦闘訓練は
させた事がない。面白半分で準団員扱いにしたのは誰でもない、俺だ。
「――彼女がMSの中で何を見ているのか、俺も見てみたいンです……!」
「……? むっちゃんか、それともリョーコさんか? ――まぁ良い。座って見るだけでも命がけ、
覚悟は良いな? ――団長として命令する。俺のやる事を黙って終わるまで見てろっ!」
「ありがとうございます、団長!」


『何度も言わせないで頂きたい。私は赤き風の旅団、その2代目オオグロです。騎士団長、
兵を引きなさい。赤き風とやり合っても意味はない。ただ負けるだけだ』
 頭から血の気が引いていくのがわかる。どうやら俺は、何年かぶりで本気で頭に来た様だ。
「――最近、赤き風を騙るぼったくり傭兵団が居るって苦情が来てる。……そうか、おまえらか」
『ぼったくりとは心外ですね。必要経費は……』
「やかましいっ! どうして赤き風があんなにデカく成ったのか教えてやる。……端からどう
見えようが義賊の端くれだったんだよ。だからこそ行く先のない連中を引き取りまくってあんなに
ふくれあがった、わかるか? 本来、まるで儲かりゃしないんだよ! あんなモンは!」

 それにな。――カミさんやミツキのことはもう言えないな。あいつ等に負けず劣らず、
やたらと饒舌じゃねぇか、俺は。……怒りが口を勝手に動かし、次々言葉を紡ぐ。
「俺もオオグロっつーんだよ。砂漠中でも俺しかいねぇよ、そんな名前の奴はな。……
儲けた分は全て没収。それとヤバい件にクビ突っ込んでるな? それも預かる、否は無しだ。
依頼が来てるんでな。――ヤロー共っ。隊長機は胴体以外全部もぎ取れ。それ以外のMSは
金にもならん。親父殿の名にかけて全て始末しろ! 後方も車一台逃がすンじゃねぇぞっ!」
『型は古いが数は互角です。あまり舐めな……、なにぃ!』
 ビームや砲撃がジンオーカー数機を文字通り包む。次の瞬間には砂から飛び出してきた
全支隊のMSが重斬刀やビームサーベルを振りかぶって襲いかかった……。

「赤き風を名乗るなら、せめて成り立ちと得意な戦法くらい勉強しておけ。赤き風が騎士団の
母体になった事くらい小学生でも知ってるぞ。――開けろ。開けなきゃこのまま潰すが?」
 胴体だけになったジンオーカーのコクピットにビームアックスの柄を突きつける。
217(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2010/02/23(火) 23:36:16 ID:???
#12 インタールード4 〜ユースケ・オオグロ〜(3/6)

「教えろ。お宝の保管場所と口座番号だ。嫌なら面倒だが仕方ない、自分で探すから今殺す」
 レイピアをオオグロを名乗る男の、のど元に突きつける。
「あの、……団長。なんかコレ、どっちが盗賊なんだか、わかりゃしない気がするんですが……」
「名前の使用料だ、気にするな。それに年間予算の2倍だぞ? ――あ? 副長、なんだ?」
『最後尾の車両の挙動がおかしいから潰さなかったんだが。おまえさんの読みは当たり、だな』
「本命が来たか、年間予算の5倍だとよ。――リィの親父、俺と変われ。ぜってー聞き出せよ?」

「ガキ相手だ、一人で良い。死体じゃ値段が下がるだろっ! ――オオノは終わるまで降りるな」
「てめぇは……! こないだの!?」
 ヘッドホンを放り出してマントを羽織り、ザクを飛び降りると三人の少年が屋根を潰された
装甲車の横、鉄パイプや拳銃を手に、ポケットに手を突っ込んでこちらを睨んでいる。
「公園以来だな。――バウンティハンター共がおまえらを血眼で探してる。あのハゲが誰だった
のか、本当にわかってんのか? 知らんと言うのは恐ろしいな。おまえらにはもう帰る所
なんざぁ無いんだぜ? ……ザフトが家族のガラを押さえたのを、むしろ感謝するんだな?」

 リーダー格の少年は得物が見えないが、前回同様たぶんナイフを持っているだろう。
バタフライナイフとは言えあの刃渡りは面倒だ。だからあえて、レイピアをマントから突き出す。
「3人がかりで来い。こないだの決着、付けようじゃねーか。俺に勝ったらこの場は逃がしてやる。
……要るか? 使い辛いぞ。偽物ならばもちろん刃も付いていない訳だが。……どうする?」
 相手の返事は聞かずに剣を放り出すと同時にマントを脱ぎ捨て、胸のナイフを抜いて投げる。

 マントが拳銃弾で凹みを作るのと、ナイフがその拳銃を持った手の甲を貫くのはほぼ同時。
相手は三人、確認はしない。次の瞬間、頭の横を擦過するパイプの音から相手の体制を予想、
体をかわして思い切り右肘を背中にたたき込む。背骨を潰したのが肘に伝わる。
 そして振り返ったその時、放ってやったレイピアが鞘なしで頭上に降ってくる。この状況下の
選択肢は一択、他は無い。左手でカバーする。そして……。
 カバーした左手。袖口は血に染まったが、そのまま俺の体についたままだった。
「タケミツか! 畜生!!」
「使い方がなっちゃいねぇ。単なる鉄の板ではあるがなぁ、スピードと角度を間違わなければ
大根や”二の腕”くらいぶった切れる! ――伊達でぶら下げてンじゃあっ、ねぇんだよっ!」
 相手の手首を握りつぶしてレイピアを取り戻すと、そのまま一閃。彼の右手首は血しぶきと
共に宙に舞う。振り返りざまナイフを右手に突き刺した少年の顎を、蹴りあげて踏みつける。
「目上の者と話をするときゃあ、ポケットから手を出せぇっ! クソガキ共がぁああ!!」

「MS戦しに来てンだよ、俺ぁ。パイロットなんだぞ? 本物なんざ持ってくるわきゃねぇだろ! 
常識で考えろよ。ったく。――おい、オオノ。こいつら殺す訳にゃいかん。止血して縛り上げろ」
 血にぬれたナイフを取り戻すと一振りする。思うところがないではないが、これ以上は
俺の範疇ではないだろう。何よりもはや大事な“商品”だ。ひん曲がったレイピアは放り出す。

「旦那方に連絡しろ、大漁だってな。――オオノ、俺たちにゃモラルもルールも関係ない。ここを
守れりゃそれで良いんだ。……コレを見ても来るってんなら明日からバイト代、出してやる」
 俺はただぼんやりと少年達を捕縛するオオノを見やりながら、胸の鞘にナイフを収めた。
218(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2010/02/23(火) 23:37:44 ID:???
#12 コンディションレッド、発令。【後編】(4/6)

 あり得ないほど高度を取ってやや暗くなったコクピット。セブンスオアシスが何処にあるのか
航法画面でしか確認出来ない。
 遠くに見える地平線が丸みを帯び、砂漠の茶色と草原の緑と、まだ見たことのない海。多分
青く見えるのがそうだろう。コクピットまで背後のブースター、その音と振動がシートにもスティック
越しにビリビリと伝わってくる。それがなければ動いていることを忘れそうだ。
 本当は今もめまいがする様なスピードで急降下している。自由落下でもかなりの速度になる
この高度から降下するのにブーストをかけるなら、それはミサイルくらい。……ミサイル、か。

「やはり正面から突入か……? しかしそれでは致命傷にならないし、何より次の行動が……」
 頭の上、ちょい後ろの機長席で呟くのは、既に声を聞いていなければ誰だか判らないくらいに
しゃべり方が変わってしまったリョーコちゃん。彼女の心配はわかる。
 前回の様に超音速で突っ込んで敵を吹き飛ばし、再度高度を取って減速、ターン。
それでは無駄な時間がかかるし、カーゴベイのミサイルはそもそも速度を落とさなければ
蓋が開かない。当たる当たらない以前に発射さえ出来ないのだ。そして本来大口径ビーム砲が
前向きで付く筈の機体上面には追加ブースターのように見える、折りたたまれたドラグーン。
MA形態を取る限り、正面に対しての打撃力はビームカービンのみ。無いに等しい。

 バクゥ4+ハウンド、更にガイア。それに対してこちらは単機。いくらバクゥが旧型とは言え
地上戦での優位は向こうにある。ザフト正規軍でさえハウンドへの改装や配備が間に合わない
部隊が現役で使うには訳があるのだ。地上戦に限定すれば、Gが相手だろうが数さえそろえば
引けは取らない。運用上、実は通常型MSよりも陸上戦艦との相性が良いし、背部オプションで
各種戦術にも対応する。
 特にバクゥ・ハウンドならばウィザード換装で、戦闘中の戦術変更にも柔軟に対応出来るし、
事実、かぁさんの専用機レディレパードを例に取るなら、ウィザード以外にも手を使わずに対艦刀
を展開できるように様に改造したソードシルエットを装備出来るし、その程度の小改造は普通。

 敵は前回、そのバクゥを使い慣れている上に、陸上戦艦と空中戦力との連携、と言う圧倒的
アドバンテージを持つはずのかぁさんたちをかなり危険な所まで追い込んだ。
 数字上撃墜された機体はなかったものの修理無しで使える機体は残ってはいなかったし、
シライ隊の象徴、レディレパードは中破の扱いで、今も修理中。
 相手はかなりの手練れ、おそらく同じ手が二回通用する相手じゃない。

 全ゲートほぼタイムラグ無しで襲撃されているとなれば他の班からの応援も期待出来ない。
現にモニカさんが指揮を執る班は、既に戦闘に入った形跡があった。
 それに事前情報では敵MS総数はシライ隊保有機数の3倍以上。自分の班の戦闘が
終わったとしても他の班の援護に回れるとは限らない。

 それに戦術の教科書。冒頭に書いてあった、かつての名将が言った言葉。【戦いは数だぜ】。
 今は、完全に負けてる。それをひっくり返す一騎当千の強力な兵器。それこそが、ガンダム。
 そう、今乗ってるコレはみんなの希望を一身に背負う希望の翼、最強の剣。最期の盾。
もはや絶対に負ける訳にはいかない。
 ……まぁ、実際はもう一機。かぁさんのファング2が居るんだけど。
219(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2010/02/23(火) 23:38:55 ID:???
#12 コンディションレッド、発令。【後編】(5/6)

「機長。カウント10で速度、方位そのまま。ブースターだけパージって、出来る?」
 頭の中では、2,3日前にモニカさんから受けた”講義”を思い出していた。


「今は使えないけど、戦術級長距離ミサイルの概念は知ってるでしょ? ――それの弾頭は?」
「Nジャマー以前は基本的には連合系の国は核弾頭だったと……。他は、よく判りません」
 人類が作った焔(ほのお)は、リスクと引き替えに効率よくエネルギーを取り出せた。
そして兵器として完成した”焔”は過去、宇宙にコロニーさえない時代に都市二つを各々たった
一発で消し去った。時は流れ巨大な”砂時計”が宇宙に浮かぶCE。宇宙空間では効率が悪い。
と言われながらその焔はユニウスセブンをやすやすと粉砕し、その住人全員をも一瞬で屠った。

 それに恐怖したプラントはNジャマーを作り出し、核の焔を文字通り”消した”。
そして消された焔。それは、実は平和利に利用されていたものの方が当たり前だが多かった。
 エネルギー不足に陥った地球は実に多くの死者を出した。熱中症に倒れた者、凍死した者、
餓死した者。それは当然プラント憎しの気運を高め、コーディネーター排斥運動の理由となり、
過激で一般受けの良く無かったブルーコスモス、それに力を持たせるきっかけにもなった。

 ナチュラルとコーディネーター。今でもわだかまるその想いは、人の作り出した焔。
それを挟んで、口に出す人こそ少なくなったが、今でも決してほぐれたと言う訳では無い。
 少なくとも最強の焔、それは兵器に使用すべきでは無かったし、今後も絶対に使用しては
いけないのだ。頭が悪いなりに、あたしはそう理解していたし、だからそう言った。しかし……

「なんで使っちゃいけないの? ん、――環境? 軍服を着た人が殊勝な事を言うわねぇ?」
 ヤキン攻防戦時、最前線でNJC搭載核ミサイル撃墜に尽力した人が、なんで、って……?
「紛争地域ごと吹き飛ばして、丸ごと無かったことにする手も有る……。まぁ普通ならあるぞっ
て言うだけで良い。宙対地ミサイルやジェネシス、連合の核ミサイルやレクイエムシステム。
使わないで飾っておくのが、本当は一番効率の良い使い方なのよ。抑止力っていうやつね」

 B.T.W.で何が起こったかは知ってるわね。――教科書の中、ミサイルの型式と写真が
並んだページ。コレ、不細工でしょ? 比較的小型のミサイルを指さすとモニカさんは続ける。
「この手のミサイルが不細工な理由は簡単。――そ、ご明察。大気圏突入さえ果たせれば
それで良いから。マスドライバーで地球へ向けて射出され、自由落下とブースターで更に加速。
……このクラスでも、無弾頭で着弾するだけで半径50mはクレーター、衝撃波で200m以内は
完全に平地。残った建物も地震で倒壊。吹き飛んだ瓦礫や破片も強力な破壊力を持って
しまうし、副次的に生成される各種放射線。塵芥の起こす異常気象。……ねぇ? 核以外の
兵器って環境に良いの? じゃあ、宇宙で墜とされたMSの残骸が周回軌道を回ってるのは?
ジェネシスやレクイエム、量産しなかったのは、単純に経済的な理由だけだと本当に思ってる?
……良い? 間違えちゃ駄目よ。綺麗な兵器なんか無いの。効率よく人を殺す道具なんだから」


「質量爆弾……。まって。パージ自体は可能だけれど、10では遅い、減速が、間に合わない!」
「確かに逆噴射とエアブレーキじゃ機首上げも無理。でも9以内なら、ギリで降りれるっ!」
220(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2010/02/23(火) 23:40:22 ID:???
#12 コンディションレッド、発令。【後編】(6/6)

 前回の戦闘。何度も何度もビデオを見て、何回も繰り返してデータをひっくり返した。回数も
忘れるほど他の機体の分も含めてシミュレーターで追体験した。そしてわかったこと。
「……っ! ショックウェイブで制動をかける、と? 正気!?」
 あたし達は自分で発生させ、砂丘にぶつかってそれを消し飛ばし、更に力余って跳ね返った
衝撃波をもろに食らって、墜落こそ免れたもののまるでデタラメな角度で打ち上がってしまった。

 一方、ホワイトシーフに吹き飛ばされたかぁさんは足を踏ん張って耐えているように見えたが
まるで逆。足を一本失った機体のバランスを取りながら、転ばないようにわざと流されていた。
 そして敵のガイア。両手両足を広げてなすすべ無く巻き上げられたように見えたが、あれも
衝撃をまともに食らわないように、むしろ上手く衝撃波に乗って力を分散していたのだ。
 両機ともほんの一瞬、その判断で衝撃波を見切って更にいなした。高性能機にエースが乗る、
その意味を端的に示す、見本の様な挙動。
 そしていなす程の必要がある力なら、その力をブレーキに利用する事だって出来る筈。

「勿論正気! 衝撃波で減速する、ブースターは可哀想だけど巡航ミサイルになって貰う」
 但し。ガイアか、次に面倒くさいバクゥ・ハウンドにはブースターの道連れになって貰う。
間違い無く潰さなければ、徹夜、徹夜で作ってくれたポーリーンさんに申し訳が立たない。
「カウント20! 機長、敵はまだ捕まらない?」
「光学最大で視認5。誤差±350。フォーメーションAに近い形で編隊を組んでいる模様」
「早くガイアかハウンドを確定して! ロックまではいくら何でも1秒以上かかるっ!!」

 光学最大でほんのシミのような点を、強引に引き延ばしてCGで補正をかけた画面。
目標候補を囲んだ○は4つから2つに減り、一つになって【TMF/A-802W2 C/BuCUE:H.】の
表示が出た瞬間○の色と形が変わり引き出し線や矢印が何本も伸びて機体諸元やら相対速度やら
一気にモニター上の表示が賑やかになる。
「ガイアは未だ確認出来ず。ショックウェイブと本体、ミサイル弾頭誘爆の余波でバクゥ全機への
ダメージは確定。西ゲートへの被害は爆風が一部届く程度。……マージンを取ってカウント11
でパージ、直後のモード変更、データ処理は私が。ブースターの最終制御は班長に一任」
「ロックオン。目標ハウンド。機長、対ショック、モード変更タイミング宜しく。……いっけぇええ!」

 ブーストカット、エアブレーキ展開、逆噴射、方向微調整。目まぐるしく流れる情報の波の中
外を写すモニターには今までお尻に付いていたはずのブースターが併走して飛んでいる。
 とは言えその状態だったのはコンマ一秒にも満たなかったはず。そのままブースターは地上へと加速、
そしてごくわずかスピードが遅いとは言えあたし達も地上へ突進していく。

 最大望遠と書かれたモニターのウインドゥ。ふと頭を上げるバクゥハウンド。そして何かの
アクションを起こす前にブースターが激突し、ケルベロスウィザードの頭がちぎれ、四肢を
まき散らしすり潰され、地面にめり込んでいく。地面からわき上がる目に見えない力。そして
身体が見えなくなる寸前、爆発。――力、遅れて爆炎。それが四方へと広がり、こちらへも迫ってくる。
「ちょっと揺れるから掴まっててよっ!」

 それらの光景はゆっくりと、スローモーションに見えた。――あたしは目覚めた。らしい。
221(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2010/02/23(火) 23:41:55 ID:???
=予告=
 ガンダム VS ガンダム。10 VS (5+5)。数字は互角、だったら…………っ!
「MSに警戒。……オレンジ25マーク17ブラボーに感! 動いたっ!」
『次回 空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜
【激突、亡霊対廃棄物。】
 パトリック・ザラの亡霊とリサイクルされた廃棄物。存在しないもの同士の戦いが今、始まる。

222(弐国 ◇J4fCKPSWq.氏の代理投下):2010/02/23(火) 23:42:43 ID:???
代理投下完了。
223通常の名無しさんの3倍:2010/02/28(日) 23:30:41 ID:???
ここの書き手の精神力が並大抵でない件
224通常の名無しさんの3倍:2010/03/04(木) 23:12:36 ID:???
レスがないことですか?

読んだ方全員がレスをくれると思ってもいないし、
現に自分も何処のスレでも殆ど付けたこと無いし。

読まれているかどうか、不安じゃないかと言われれば
そりゃまぁ不安ではあります。
でも書きたいものを書きたい様に、ある意味書き散らかしてる訳でして
人目につく可能性がある場所に投下出来るだけでも幸せなのかも。
225通常の名無しさんの3倍:2010/03/04(木) 23:18:16 ID:???
>でも書きたいものを書きたい様に、ある意味書き散らかしてる訳でして

これはどこのスレでも同じで新人だけの特徴でもないから
自分から言ってしまうといいわけのように聞こえるからやめたほうがいいと思う。
226224:2010/03/04(木) 23:47:18 ID:???
>>225
言われてみるとそうやも知れません。
何か高圧的、かつ開き直った感じで、これじゃヤナ奴ですね。

言葉遊びが本文のの職人なのに、失礼を致しました。
227通常の名無しさんの3倍:2010/03/05(金) 00:28:38 ID:???
不安はあるわけだな、やはり
でも素晴らしい
簡単に投げ出す書き手がいる中ここの職人さんは黙々と投下するその意欲が素晴らしい
無駄な消費をしない為にも自分はずっとROMってました
毎日楽しみにしてますよ
是非がんばってください
228通常の名無しさんの3倍:2010/03/05(金) 00:32:14 ID:???
ずっとROMてあんた
229通常の名無しさんの3倍:2010/03/09(火) 14:14:52 ID:???
まだ?
230通常の名無しさんの3倍:2010/03/10(水) 16:48:20 ID:???
まだか
23145 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/10(水) 18:34:26 ID:???
もうちょっと。
232通常の名無しさんの3倍:2010/03/10(水) 22:24:09 ID:???
是非頑張って
233SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/11(木) 18:12:15 ID:???
1/

 両側にドアの並ぶミネルバの廊下。
 ルナマリアは二人分の食事が乗ったキャスターを押して、営巣に向っている。シンとレイの様子を見るためだ。
二人は、捕虜を脱出させようとした罪に問われて拘束されていた。事の経緯を知らないルナマリアは、連行される
二人の姿しか見ていない。

「よし」
 一声。決心を付けると営巣の扉を開ける。
 中に居る二人の心境を表してか、じっとりとした内がわの空気が、ルナマリアの頬に触れた。


 〜SEED『†』 第二十八話 『女神と天使は背き合い』〜


「レイ、シン、起きたでしょ? まさか私が来たのに目が覚めないなんて、そんな失礼なことないわよねえ?」
「……ルナ?」
 闇の中から答えたのはシンの声。身を起こしたレイは、深い青の瞳をルナマリアに向けるだけだ。

「何しに来た?」
「見舞いよ、見舞い。これ、朝食ね」
 せっかくの見舞いに、ずいぶんな挨拶だ。ルナマリアの押したキャスターから、シンは目を逸らした。

「食べる気分じゃないよ」シンは言った。
「"口に入れて"、それから"胃袋に入れれば"良いの。簡単でしょ?」
「それ、食べるって言うんじゃないか、普通?」
「はいかイエスで答えなさいよ。ワガママ言うなら、拳を"お見舞い"してやるんだから」
 ぐ、と拳を握ってみせると、あきれ顔のシンが青ざめる。
 果たして鉄格子がルナマリアの打撃に耐えられるか、無理だと判断したのだろう。

「……はい」と言って、大人しくなった。
「よろしい。ハンストなんて許さないんだからね」
「結局食べろって言ってるんじゃないか」
「わざわざ届けてくれたのか、有り難う、ルナマリア」
 涼しげな気配を崩さないレイ。
 シンとレイ、二人が格子の間からうやうやしく、朝食の載ったトレイを取って、備え付けの台に置いた。
 そして、ルナマリアが格子の中に手を差し出したままなのを見て首をかしげる。

「良くやるわアンタたち。私だって、一流のエクストリーム・オヒルゴハニストだって自負があったけど、
私より早く"牢屋飯"決められちゃうなんてさ」
「エクストリーム……」
「オヒルゴハニスト――?」
「そうよ、あらゆる困難に立ち向かってご飯を食べる――それが、エクストリーム・オヒルゴハンなのよ。
ついでに、"牢屋飯"はF難度の大技ね」
 手を引っ込めないで要ると、二人の頭上からからクエスチョン・マークが上がる。
234SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/11(木) 18:13:12 ID:???
2/

「ところで、その手はどうした、ルナマリア?」
「肩の筋でも吊ったのか、ルナ?」
 二人とも察しが悪い。
「女の子が手を出してたら、握り返すのが男ってものでしょう?」
 シンとレイはしげしげとルナマリアの手を見つめた後、お互いが居る営巣を、警戒するように見た。
 壁の向こうに居る相手に遠慮をしているのだろうが、ルナマリアからは、壁越しに目を合わせたように見える。

 やがて、互いに牽制するのを諦めてか、シンとレイは殆ど同時にルナマリアの手に自分の手を重ねた。
 犬が、"お手"をするように、二人が手のひらを重ねるや否や、「えい!」と一声、ルナマリアは手を引く。
鉄格子に押しつけられたシンとレイが、蛙の潰れたような悲鳴を上げながら身を離そうとするところを、
ルナマリアは逃さないように両腕で抱きしめた。

「バカ! アンタ達、二人とも大馬鹿よ!」
 腕の中に感じられる体温へ、近づいた息づかいを抱きしめながら、ルナマリアは言う。

「私に相談しないで、こんな事になっちゃって」
 身をよじる二人。"文句なんか言わせる物か"。力を込めて抵抗を封じる。

「暴れ無くったって、"何も聞かない"わよ。どうしてあの子を助けようとしたかなんて、聞かない。
あんた達が言ってくれるまで聞かないから――だから一つだけ言わせて」
 小さい頃、いじめられて泣きじゃくるメイリンを抱きしめて宥めた時の事を思い出して、
ルナマリアの声は自然と優しくなった。

「次は、ちゃんと私を巻き込みなさい!」
 彼らを抱きしめた理由は、捕虜に同情して逃してしまうくらいバカで、しかも失敗して捕まってしまう位情けなくて、
その計画をルナマリアに持ちかけないくらい独りよがりで――とても大好きなこの二人を逃がさないためだ。

「私はマジに凄いのよ? 捕虜一人脱走させるくらい、私が手伝ってれば楽勝だったに決まってるじゃない。
なのに二人とも、私を巻き込まないようにしたのか、それとも"考えもしなかった"のか知らないけど、
相談もせずに逃そうとして。私は寂しかったんだから――!」
「だって……ルナはステラの事に――」
「関係ない? 私がアンタの他人だって言うの?」
 ルナマリアが睨み付けた視線を、シンは逸らした。
 シン=アスカとレイ=ザ=バレルが関係している事なのに、ルナマリア=ホークには関わりない事だと言うのか?
「覚悟しなさい、シン=アスカ」
 目を逸らすシンのだんまりがむかついたので――――思いっきりキスをしてやった。

「……! ――!?」
「おい、ルナマリア!?」
「ぷはっ! レイも、私が"他人"だったって思って他のね……そうなんでしょ!?」
「違――俺は――んっ!」
 追撃とばかりに、唖然とするレイにも唇を押しつける。柔らかいとか味とか、今はどうでも良い。
そういえばメイリン以外とするのは初めてだったか――まあチームは家族みたいな物だからノーカンノーカンと、
自分でも信じていない言い訳をしながらキスを続行していた。
235SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/11(木) 18:14:15 ID:???
3/

「ホークさん!?」
「うるさい、黙れ。そして正座!」
 ばくばくとなっている心臓を気合いで押さえて口を開いた。
「どう、これでも"他人"? まだ足りないんなら私の胸でも揉む――? 良い、本当に怒ってるんだからね?
二度と私を仲間はずれにしたりしないで。私はあんた達の悪巧みに巻き込まれるなんて、なんとも思っちゃ
居ないんだから。びびってると思われる方が嫌なのよ」
 床に膝を付く二人に向って、ルナマリアはそう宣言した。

「さて、アンタ達二人の減刑嘆願よ、艦長に直談判してくるわ」
「減刑って……ルナマリアにそんなこと――」
「出来ないって言うの? それともする必要が無いなんて今更言うの?」
 ルナマリアの目が剣呑な光を帯びた。
 今すぐにでも、鉄格子を(素手で)ぶち破って、脱走させることだって出来ると言いたげだ。

「もう一回言うけど、私はマジで凄いのよ。それにアンタ達二人だってそう――凄い奴らだって思ってる。
それが三人も居るんだからさ、そりゃあもう、殆どの事は出来るものだって、思わない?」
「ルナマリア……それは」
「多分、レイが考えてるような事を、私も考えているのよ」

『もう一度、ステラ=ルーシェを救うために動かないか』

 ルナマリアは、そう言っているのだ。それを察したシンとレイの顔色が変わった。

「出来ないって思ってる? 一回失敗したくらいで諦めちゃったのかしら、シンは?」
「ルナ……俺は、諦めてないよ」
 シンの瞳に決意の輝きが浮かぶ。ルナマリアは大きく頷いて、極上の笑顔を見せて、そして声を張り上げた。

「オーブのことわざに『三人寄れば船山に登る』って言うでしょ? 不可能だって可能にしてやるわよ!」

236SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/11(木) 18:15:20 ID:???
4/

 二人の見舞いを終えたルナマリアは、タリアに呼び出しを受けた。

「アスランの監視任務……で有りますか?」
「ええ、そうよ。アスランは、貴方たちの"悪巧み"に少しでも力を貸そうとしているわ。
……全く、貴方たちもアスランに好かれた物よね」
 タリアは、意地悪く笑っていった。

「どうせルナマリアの事だもの。計画も無いのに、シンとレイに向って言ったのでしょう、
ステラ=ルーシェを助けるだとか何とか」
「全部……お見通しだったんですか?」
 底意地の悪い色を崩さずに、タリアは笑っている。

「それで、貴女に当てはあったのかしら?」
「さっぱりですよ。神や悪魔の手を借りるしかないですね」
「"そいつら"は手を貸してはくれないわ。女神は嫉妬を買っているのだから。私たちがたぐり寄せるべき"運命"、
味方に付いてくれそうなのは"天使"だけ」
「――! ってことは、つまり……」
 ルナマリアの前に、一枚の命令書が置かれた。

「アスラン=ザラは、アークエンジェルのクルーと接触するの。彼らの真意を確かめるために。
我々ザフト――あるいはミネルバと、協力関係を結びうるかどうか、判断するために。
貴女には、彼らの対談を監視して貰うわ」
「この対談は、アスランが望んだことなんですね?」
「ええ」
 アークエンジェルへの接触は、ザフト軍本部の許可を取らない、ミネルバの独断なのだろう。
 タリアがアスランを切り捨てる事も、アスランがミネルバを裏切ってアークエンジェルにつく状況も
あり得る。

「秘密裏の行動よ、取った記録はミネルバのサーバーに保存せず、全て私と貴女の間だけで処理するわ。
その他の装備は命令書に。通信圏外においては、貴女の判断で全装備の使用を許可します」
「了解しました」
 ルナマリアは命令書の装備一覧を見た。
 一人乗りの偵察ヘリ、盗聴機材に並んで、一丁の狙撃ライフルが付け加えてある。

 誰に使え、と言うのだろうか。射撃の下手なルナマリアは、たとえミネルバを裏切ったとしても、
アスランに当てる自信は、無かった。

237SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/11(木) 18:20:52 ID:???
5/

 数時間後、ギリシャは地中海沿岸の砂浜で、フェンス越しに誰かと向き合うアスランを、
ルナマリアは数百メートル離れた場所から盗聴していた。

「アスランが話してるあの人……ひょっとして、前オーブにいた時にミネルバに乗り込んできた
サイ=アーガイル?」
 アスランの前に立っている栗色の髪の青年に、ルナマリアは見覚えがあった。
 確か、BTW直後、オーブに寄港した際、ムラサメでミネルバに来たオーブ空軍のパイロットだ。

 彼が、アークエンジェルに乗っているとして今噂の"太平洋の亡霊"だったのか。
「キラ、元気していたか?」
 そう思っていたところで、アスランが不意に別の名前を言った。
 どうやら偽名だったらしい。

「誰かさんの"セイバー"と"カオス"にやられて、膵臓がつぶれかけたのを考えなければ、おおむね健康だよ。
そっちこそ、ずっとミネルバで大変だったんじゃないかな。どうしてザフトに戻ったの?」
「その方が良いと思ったからだ。今も、そうして良かったと思っている。"彼女"の為にも……な」

 サイ=アーガイルもといキラは、自嘲気味に笑う。
 三ヶ所に置いたパラボラ集音装置から、合成された音声がルナマリアに聞こえてくる。

「でも、君がザフトに戻ったせいで、彼女は今一人だ――たった一人でがんばっているんだよ、アスラン」
「それは俺の台詞だぞ、キラ。お前は彼女を守っていられるポジションに、オーブ軍に居たはずだ。
それがどうして――?」
「ラクスが――プラントの部隊に襲われたからだよ」
「……!」

 遠く、アスランが息を呑む気配すら、ルナマリアに届いた様な気がした。
 ラクス=クラインがプラントの部隊に襲われる? オーブで?
 かつてディオキアのホテルで出会ったラクスは、一体何者なんだ?
 ルナマリアの胸中に去来する疑問符を尻目に、キラとアスランは会話を続けている。

「"あまり驚いていない"顔だね――アスランは、ひょっとしたら分かっていたの?」
「あれは――! ……お前も知っての通り、議長はラクスのネームバリューを利用して世論を誘導している。
だからその存在を疎ましく思いもするだろう――しかしそんな直接的な手段に出るなんて……」
「デュランダル議長の考えじゃない……と?」
「ああ」

 フェンスを隔てて向かい合う二人は、少しの間沈黙していた。

238SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/11(木) 18:21:56 ID:???
6/

「それでも……僕は今のプラントを信じることは出来ないよ」
「キラ、お前は――!」
「僕たちはただ、静かに生きていたいだけだ」

 アスランをキラはそっと遮った。

「揺れ動く世界で、大きな役割を果たす事なんてしなくて良い。あの月の幼年学校のように、
ヘリオポリスにいた頃の様に、一人の人間として平和に生きて暮らしたいだけなんだよ。
ラクスを何処かへ連れて行くと言うなら、誰とだって戦ってやる」
「それが……その結果が戦線への介入か」
「うん」

 二人の会話を聞くルナマリアは、いい知れない畏れにとらわれていた。
 静かに暮らしたという願い――聞こえは良いが、その個人的なエゴイズムに従って、彼は戦艦に乗り、
最新兵器ムラサメを凄まじい技量で駆って戦線を荒らし回ったというのか。

 プラントに生まれ育ったルナマリアは、奔放な性格をしていてもあまり我が儘を言ったことがない。
宇宙は巨大なエゴイズムを許容しない過酷な環境だし、ルナマリア本人も、ザフトのエリートコースに
乗って母国を守ることに疑いを持たなかった。自分の好きな事は、ザフト――ひいてはプラントの許す
枠組みの中で勝手にやればいいと思っていた。

 だから、理解出来ない。並のザフトレッドを大きく凌駕する能力を持った"キラ"が、己一人の
安らぎのために破壊を生み出す様子に、どうしても共感できなかった。

「ラクスの事を考えるなら、尚更オーブへ戻れ。彼女ならお前の事くらい何とかしてくれる。
そしてお前が彼女を支えてやれば――」
「僕は、軍の哨戒記録にアクセスしたよ。ラクスが襲われたとき、オーブ海軍は上層部からの命令で
哨戒網に穴を開けていたんだ。ラクスを守るカガリの力が、オーブの他の氏族に及ばなかったんだよ。
オーブに戻るためには、カガリに強くなって貰わなきゃいけない。そのために必要なのは、僕じゃなくて君だ」
「だが……俺は」

 二人は、同じ方を向いて歩いていながら、その進路は全くの平行線を辿っているようだった。

「僕がカガリの事を支えてあげられるとしたら、それはきっと"アスハ"を支えるってことなんだ。
君だけなんだよ、カガリを一人の女の子として守ってあげることが出来るのは――。カガリがアスハの
強さを手に入れて、君という支えを得たなら、きっと彼女はオーブで戦っていける……だから」
「それは俺だって考えたさ……だが」
「カガリ、結婚しちゃったもんね。今、君と僕の敵として、タケミカズチにいるもんね」
「ああ……」
「やっぱり、アスランがオーブに戻りなよ、"カガリ"が待ってるよ?」
「お前こそ、オーブに帰れ――そして"アスハ"を守れ」
239SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/11(木) 18:23:10 ID:???
7/

 ――同時刻 タケミカズチ 会議室

「――クシュンっ!」
「風邪ですか、カガリ様……」
「うむ、なんだか、男が二人して私をお互いに押しつけ合っているような悪寒がしたぞ」
「A tes souhaits(貴女の願いが叶いますように). 嫌だなあ、カガリ……僕が君を他人に
押しつける訳がないじゃないか」
「風邪薬はいらない――ホットミルクをくれないか、ヒナヨ」

 オーブの国家元首様は、夫を無視して、ピルケースを取り出した侍従に指示を飛ばした。
 カガリが外を見ると、中隊規模のムラサメが離陸して行く所だった。

「トダカ将軍、あれは何処の部隊だ?」
「ミゾグチ一尉のムラサメ部隊ですな。次の作戦において、ムラサメは地球連合軍の母艦から発進致します」

 モビルスーツ形態であれば、垂直離陸の可能なこれらの機体群は、空海軍の運用に大きな影響を与えている。

「人質か、向こうも人手不足なのか……」
「それで、連合側に回る部隊の穴を埋める配置についてですが、カガリ様……」
「ああ、僕を無視して話を進めるなんて、頼もしいよ、カガリ」

 ことタケミカズチの中に限っては、実戦経験の有無を理由に、殆ど無視されているユウナだった。
 本人はそれで、高度な放置プレイに快感を感じる自分に目覚め始めていた。

240SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/11(木) 18:24:20 ID:???
8/

 ――ギリシャ 地中海沿岸

 個人として話し合うのが辛くなったのだろう、「ここからはミネルバとアークエンジェルの話なんだが」
とアスランは、話題を転じて互いの情報交換に入った。

「……エクステンデッドか。連合の"ボナパルト"と、"J.P.ジョーンズ"がファントムペインで運用される
エクステンデッドの洗脳設備を持ってる。最後に手に入れた情報を渡すよ」
「助かる。こちらからは、ミネルバの航路情報ぐらいしか渡せないが――

 それはルナマリアの待ち望んでいた情報だったが、アスランとキラの交わした、次の会話に比べれば、
彼女に与えた驚きは無いに等しい。

「……お互い、話は平行線を辿るに決まっていた。はっきり言って、アークエンジェルが俺と接触する
うまみは無かった筈だ。キラ、どうして此処に来てくれたんだ?」
「それは……君と話し合うことで、ミネルバとの衝突を回避出来るからだよ」
「戦線に介入してくるアークエンジェルが、ミネルバを恐れているのか」
「違う――」

 苦痛に満ちた顔で、キラは言った。

「ミネルバのパイロット……特にインパルスの彼と、僕は戦いたくないんだ。僕は彼を知っていたから」
「なん……だと……?」

 その時、双眼鏡で彼らを見ているルナマリアは、500mは離れているのに、キラと目が合った。
 ほんの一瞬の事だ。キラがあらぬ方向を向いた瞬間に、たまたまルナマリアの居る方を向いた――
ルナマリアはそう自分に言い聞かせようとした。
 だがどうしても、キラが彼女を睨んだのだという思いがぬぐえない。

「……」
 その証拠に、何かを語ろうとしていたキラは、苦悩をにじませたまま言葉を詰めて居るではないか。

「僕は……」
 だが、アスランと言葉を交わす機会は早々得られないことだろう、彼は話し始めた。

「僕は記憶力が良いんだよ――だから、戦場で見た物は全部覚えているんだ。ラウ=ル=クルーゼ、
フレイ=アルスター、トール=ケーニヒ、ニコル=アマルフィ……そしてインパルスの彼」
「まさか……」
「コズミック・イラ71年、六月十六日――オーブでの戦闘中に、僕はオノロゴの森で彼を見たんだ。
僕が見たときには、家族と一緒だった。その直後、近くに居た"カラミティ"と撃ち合いになって……」

 それは、戦場なら当たり前に起こる悲劇、誰も確実には回避することの出来ない流れ弾だ。
 だが、彼には――エゴイズムに依って動く彼には、"戦争だから"というロジックは通用しない。

「だから、シン=アスカが一人でプラントに居るって事は……僕とフリーダムなんだよ、彼の家族を殺したのは」
241SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/11(木) 18:25:36 ID:???
9/

 ――数時間後 ミネルバ 艦長室

「……以上が、アスラン=ザラの監視報告です」
「連合の情報、こちらから渡したミネルバの動き――アスランの報告してきた内容と大きな違いは無いわね。
……ルナマリア、顔色が悪いけれど、何か言い足りない事は無いかしら?」
「いえ、ヘリが吹きさらしだったので、体が冷えたのでしょう。失礼しました」

 アークエンジェルに居る"ラクス=クライン"そしてシンの家族を殺した"フリーダムのキラ"。
 誰かに漏らすことの出来ない多くの事を、ルナマリアは抱えてしまっていた。

「ルナマリア、ついでにこれをシンとレイに持って行って頂戴」
「これは……本部からの通告ですか? "捕虜に脱走を試みさせた管理態勢の不備は問題であるが、
管理に当たっていたシン=アスカ、レイ=ザ=バレル両名の、これまでにおける功績を鑑みて、
それぞれ一週間の謹慎処分とする" これって――!」
 事実上の無罪放免、代わりに、ミネルバには新たな指令が下っていた。
 黒海から海上ルートで撤退するザフトを、ジブラルタルまで援護せよと言う命令だ。

「上層部の、誰なんでしょうね。ミネルバをもっとこき使ってやろう、そう考えているのは?」



 ――同時刻 アークエンジェル ブリーフィングルーム

「マリューさん、バルトフェルドさん、ミネルバはやはり、クレタ島沖でオーブ、連合の同盟軍と当たります」
「それで……お前さんの腹はどういう風に決まっているんだい、キラ?」
「ミネルバは……というよりザフトは、可能な限りオーブとの衝突を避けたいでしょう。
オーブは逆に、連合との同盟に義理を果たさなければなりません、セイランは大いに戦わせるでしょうね。
そして"僕は"――なるべくミネルバと戦いたく、無いです」
 所々言葉を詰まらせながら、キラは言った。

「ならば取るべき手段は一つだ。アークエンジェルがオーブを引きつけ、ミネルバが連合を突破する。
オーブの悪者になる心の準備は整っているのか?」
「忘れたんですか? バルトフェルドさん。僕はとっくに、国家元首誘拐未遂のテロリストなんですよ」
「私たちは、よ、キラ君。貴方一人に罪をかぶせはしないわ」
 弱々しくも不敵な笑みを浮かべたキラの肩に、マリューは優しく手を置いた。

「有り難うございます……」
 キラが応えたのと同時に、バスケットを手にしたラクスがブリーフィングルームに入ってきた。

「皆さん、果物は如何ですか? と言っても、オレンジとリンゴの二択ですけれど」
「そうね、リンゴを剥いて頂けるかしら、ラクスさん」
「皮を剥くのに出刃包丁を使うのは 二 度 と し な い で ね、ラクス」
「気をつけますわ」
 厚く包帯を巻いた手に紅いリンゴを取って、ラクスは太陽のように笑った。

242SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/11(木) 18:28:29 ID:???
10/10
 ――同時刻 タケミカズチ 艦橋

「ぶつかるのはクレタ沖……か」
「相手はミネルバ、怖い敵が来たね」
「ご安心下さい、カガリ様、ユウナ様。我々オーブ軍が命を賭けてお守り致しますので」
「それは心強いが、私は諸君等の命などいらない。皆、生きてオーブの地を踏む……それだけを
考えていてくれ」
 カガリ=ユラ=アスハはバカであると、トダカ一佐は思った。
 自分の価値を理解していない。オーブの将来を考えるなら、彼女一人の価値はタケミカズチの
艦隊よりも重いのだと理解していない。
 だが、命を賭けて守るに値する――そんなバカだと、トダカは思った。


 ――同時刻 J.P.ジョーンズ カタパルトデッキ

 降り立った四機のムラサメを、連合の乗組員達は遠巻きに眺めていた。

「おい、あのムラサメのパーソナルマーク――ありゃあ、"再来の鷹"じゃねえか?」
「オノロゴの時、戦闘機で105を落としたオーブのザル男か? 大佐は何をするつもりだ?」
 奇異の視線を浴びながら、オーブ色のパイロットスーツ姿は、メットを取り、甲板の上を
流れる潮風を顔に当てた。

「ムラサメで、連合の船に乗って、プラントと戦うか……因果だねえ。
いや、ひょっとすると相手はヤマトの坊主だったり……なーんてな」
 ムラサメ中心に輪を作る乗組員――特に女性クルーに向けて手を振りながら、
ミゾグチは"そんな事あるわけ無いな"と考えた。


 ――同時刻 J.P.ジョーンズ ブリーフィングルーム

「――と、以上が作戦の概要だ。聞いての通り、無茶が多い上に命の保証すら定かじゃない。
誰か"まっぴら御免だ"という気分になった者はあるか? ――居ないな、この親不孝者どもめ」
 仮面の大佐――ネオ=ロアノークが説明を終えると、張り詰めていた部屋の空気が一瞬和らいだ。
 無表情を崩す余裕もないのは、ネオの部下――スティングとアウルの二人だけだ。
「なあに、心配するな二人とも」
 こわばった顔の二人に向って、ネオは仮面の下から笑いかけていた。



 アークエンジェル。ザフトのミネルバ。オーブのタケミカズチ。連合のJ.P.ジョーンズ。

 四者はそれぞれの思惑を交えながら、クレタの海を血の色に染める。

 ――後半へ続く。
243通常の名無しさんの3倍:2010/03/11(木) 22:25:39 ID:mtnuelDv
キタコレ支援
24445 ◆HHRSJTtlhQ :2010/03/11(木) 22:31:08 ID:???
>>243
投下終了って書き込もうと思ったら、猿さん喰らっていたのです。

というわけでお久しぶりございました。
感想とか突っ込みとかご自由にどうぞ。
245通常の名無しさんの3倍:2010/03/12(金) 01:51:03 ID:???
待ってた、GJ
246通常の名無しさんの3倍:2010/03/12(金) 03:22:02 ID:???
投下乙
ステラの生存フラグと同時にシン家族の復讐バトルフラグが
どうなるのか楽しみです
247通常の名無しさんの3倍:2010/03/12(金) 21:30:22 ID:???
248通常の名無しさんの3倍:2010/03/13(土) 16:02:35 ID:???
待ってるよ
249通常の名無しさんの3倍:2010/03/14(日) 11:10:27 ID:???
乙乙
250通常の名無しさんの3倍:2010/03/16(火) 01:39:20 ID:???
>>219
ブースターだけパージ

これ、乗ってるのが男だったら、
コイツはスリリングだよ! 女には教えたくない快感さ!
とか叫んでたんだろか? あれは下半身だったけど。
251通常の名無しさんの3倍:2010/03/16(火) 19:59:43 ID:???
252別人だけど真似してみた。:2010/03/16(火) 20:01:51 ID:???
☆完結記念 巻頭カラー!
超自然体な色男の子、パトリック・コーラサワー。彼は世界に再生の芽を、そしてビリーに微かな思い出を残した。
おまけに脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー 補編 /短編小説ビリー・カタギリ/
「戦士の休日 その11」 >>36-38
「戦士の休日 その14 戦士の祝日 その1」 >>91-93


SEED『†』
怒りに燃える紅い瞳が、ガイアのコクピットに人間の業を見る。ロドニアの森に少年の絶叫が響いた。
第二十六話 >>10-15 >>68-73

第二十七話 "接触"  >>114-121 >>145-151 >>155-167


☆いよいよクライマックス! 大増ページで送るセンターカラー
空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜

告げられた真実は重い。しかし、『普通の生活を守る』そのために少女達は。
PHASE-07 決意、若しくは開き直り。  >>17-22

コンディションレッド――白き雌豹の危機に、空駆ける少女達は史上最速の横槍となる!
PHASE-08 運命は、交錯する。 >>43-49

戦って、飛んで、墜ちて、話し合って。少女達は忙しい。
PHASE-09 ホワイトシーフ、撃墜(お)つ。  >>81-87
253別人だけど真似してみた。:2010/03/16(火) 20:03:54 ID:???
傷付いたシライ隊の下に来た、宇宙からの援軍は? 少女シリーズファン必見、急転直下のさばそう2!
PHASE-10 備えあれば、憂いなし。  >>131-137
PHASE-11 本物の翼、本物の力。  >>184-189
PHASE-12 コンディションレッド、発令。【前編】 >>200-205
PHASE-12 コンディションレッド、発令。【後編】  >>215-220

「 In the World, after she left 」 〜彼女の去った世界で〜
戦いは始まってしまった。命の華が散る戦場に、カガリがそのねがいを叫ぶ。
第17話 「発令 −ねがい−」(前編) >>100-110

☆特別読み切り
アロウズに至るビリーの苦悩を、二十四番氏が描く!
プレアロウズ(ビリー編)>>123-128 >>193-198

「懐かしいな」モニターに姿を表したカトー。戦火の近いクサナギWで、かつての教え子と師が言葉の火花を散らす。
機動戦史ガンダムSEED 44話 >>170-182




既刊情報、単行本は以下のサイトでチェックせよ!

ガンダムクロスオーバーSS倉庫 Wiki
ttp://arte.wikiwiki.jp/

旧まとめサイト ポケスペ
ttp://pksp.jp/10sig1co/




途中で力尽きた。編集長はマジで凄かったんだなあ。
254通常の名無しさんの3倍:2010/03/17(水) 22:22:27 ID:???
大したことはして無いっす
俺よりも煽りがいけてると思うよ。マジで
255通常の名無しさんの3倍:2010/03/20(土) 19:15:07 ID:???
新編集長乙!
その調子で頼むぜ!
256弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/03/28(日) 00:40:32 ID:???
空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜

PHASE-13 激突、亡霊対廃棄物。

 本来は白いはずのファルシオン。今は何色に見えているんだろう。
「VPS強度最大、逆噴射全開! 対ショック!!」
 力。が見えた気がした。勿論ゼロコンマうん秒の世界、CG補正なんて間に合う訳もなく
コーディネーターとはいえ生物学的には人間としてのカテゴリには間違い無く属している訳で。
 ならば見える訳もないのだけれども。その時のあたしにはわき上がってくる力が見えたし、
それを追いかけてくる砂の嵐、更に遅れて黒い煙が迫ってくるのも見えた。

 先ずはその“力”にMA形態のまま頭から突っ込む。機体を線画で示したコンディション画面は
いきなり全面的に黄色くなって一瞬の後8割方オレンジになる。但し故障を示す赤のマークは
殆ど出ない。エアブレーキや細かい部品は取れたかも知れないが、機体の損壊は免れた。
 スピードメーターの表示は音速ギリギリにまで落ちる。コントロールが何とか効くように
なった所で機首を起こしてお腹から衝撃を受ける。マニュアルの大気圏突入時と同じ姿勢。
一気に減速してスピード表示がMからKm/hに変わる。後もう少し……。良しっ、いける!

 変形を始めた後でディスプレイに変形可能の文字が出る。変形完了の表示が出る前には
既にシールドを前に構えて砂嵐の中に突入していた。
 ビームを無力化しミサイルさえ弾くビームと実体のコンバインシールド。そのビームの
フィールドが揺らぎ実体部分の縁が砂に削られ形が変わっていく。スピードは更に落ちた。
 次の瞬間にはもう爆煙の中に包まれて、砂の他にも何かの破片が機体を殴りつけていく。

「とまれぇ! 高起動ウイング展開、ハイマットモードに移行! スラスター出力最大!!」
 叫ぶと同時に機体の天地を入れ替え頭を上にして背中のたたまれた鋼鉄の羽を開く。
名前こそセイバーだがきっと外から見た姿は史上最強MSフリーダム。だけどVPSはウイング
基部までしか実装されていない。その先に装備されたドラグーンなど何をか言わんや。
でもとにかく、今は本体を壊さずに降りること。そのためには高起動ウイングは必要だ。

 まだスピードが、落ち切らない。予定より多少オーバーしている。……が、しかし。
今、降りなければ、敵に立て直す時間を与えてしまう。一気呵成でたたけなきゃ意味がない。
「更に対ショック! ――良い子でぇっ、降りなさぁいっ!!」
 全てのバーニアを全開のまま必死でブースターの残骸を避ける。ズーン。かつて経験した
ことのないすさまじいショックがコクピットを襲う。全ての血が足に下がって視界が暗い。
 ファルシオンは片腕、片膝を付いてクレーターの真ん中に居た。……動く、かな?

「……つぅ、班長、――バクゥ4機、当機前方に展開開始、再度編隊を組みつつあり」
 コンディション画面のMSは上の方から順に、オレンジから黄色、そしてほぼ青一色になる。
「ハイマットモード継続。機長! ドラグーンスタンバイ、――先ずは左から2番目!」
 無線、しかも自力で飛べるドラグーン。以前のガンバレルも自分で飛んだが機動性がまるで
違う。そしてビームカービン(※)は威力は同じで速射性は今までライフルの4倍。つまり……。
257弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/03/28(日) 00:42:02 ID:???
#13 激突、亡霊対廃棄物。

 グン。多少の違和感と共にモニターの画像が高見に上がる。ファルシオンは立ち上がると
同時に何事もなく飛び立つ。機体から放たれるビームカービンと離脱するドラグーン。
 敵がトリガーにかける指が、トリガーを絞る瞬間がわかる。そう、先読み。弾道どころか
発射タイミングまでわかる。そして、そうなら確かにリョーコちゃんの言った通り、切り払う必要
などはなかった。敵は半壊状態のMSが“たった”の4機。何処に攻撃が来るかわかる以上、
全て避ければそれですむ話だ。バクゥからの攻撃はファルシオンには掠りもしない。
 そして本体さえ守れば、後はドラグーンがある。牽制でバラまくビームカービンと確実に
致命傷を与えて行くドラグーン。動かす人間が、そもそも違う以上、敵にこちらの考えてる事
なんか、わかりようがないのだ。

 さっきの爆発の余波で作った生傷を抉られたバクゥのうち2機はあっけなく爆散、砂漠に
小さなクレーターを穿ち、砂と共に黒い雲を舞いあげる。
「ファルシオン、ゲレイロ准尉から班長代理。敵はバクゥ中破機2のみ。間違い無く排除されたい」
 狙わなかった2機は黒い煙をなびかせながら一気にレンジ外へ、西ゲート方面へ逃れていく。
『リョーコさん、か? ……あ、いや。キラービー1、了解。――総員戦闘準備、来るぞ!!
……そっちは二人とも大丈夫、なんだな!?』
「機体、パイロットとも作戦遂行に問題無し。気遣いを感謝する。そちらのレンジまで、30。以上」


 ……何処だ? 質量爆弾に巻き込まれるような間抜けじゃないはずだ。ガイアが、居ない。
「Nジャマー反応、広範囲で継続中。発生器は広範囲で設置されている模様……。
――? 班長、システムからアラート。A−34から37、およびN−26関節にダメージ、
並びにフレーム6番長手方向に4%強の歪み。7番右方向に捻れ3%。自力での変形不可」
「現状、相手はガイアのみ。ハイマットモード継続が可能であれば問題なし」
「了解。…………金属の、反応? ――そう。そう言うこと……」
 ガコン。リョーコちゃんのつぶやきと共に、いきなり二人の前にマルチロックオンのコンソール
がせり上がる。完全なワンオフの機体、と言う訳ではないが腐ってもガンダム。センサーの類は
一般の機体などは、はるかに凌駕する。そのセンサーがわずかな金属反応を拾った。
 但し金属反応があること、それ自体はおかしくない。金属片なら此処までの戦闘でさんざん
まき散らしているからだ。しかし……。
「――了解っ! ドラグーンの砲も借りるよ!」

 高度を取って360°の視界を確保。スクリーンには次々目標がポイントされて行く。
「フルバーストっ!!」
 ほんの少しだけリョーコちゃんの判断が速かったようだ。自動砲台が砂から顔を出した。
次の瞬間、ビームカービンとバインダーの先端から放たれたビームが砲台を正面から次々
打ち抜く。まだまだ出てくる自動砲台、見つけて躱して打つ。見つけて打っては躱す。
「全部正面! ――って砲台に囲まれてる……? なら、来るなら此処! MSに警戒をっ!」
 砲台だけでなく只のバズーカやライフルまで見える。ここででこうなることを、読んでいた?
「了解、MSに警戒。……オレンジ25マーク17ブラボーに感! 動いたっ!」
258弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/03/28(日) 00:42:53 ID:???
#13 激突、亡霊対廃棄物。

 勝手に身体が動く。次の瞬間、自分でやった事ながら凄まじい横Gで視界がブレる。
「うんにゃろぉおおっ!」
 一瞬の差。ファルシオンが身を翻した次の瞬間、コクピット直撃を狙ったビームの粒子は、
左二の腕、白いPS装甲に黒い焼け焦げを作るだけで後ろへ抜けていく。シールドを構える
暇もない。その間にも砂の中からはいろんなモノが次々に頭を出して弾を吐き出してくる。
「ちっ、反応ロスト。――センサーが過敏すぎる、ノイズが多い。砲台をしらみつぶしに!」
 返事をする暇はない。厄介なことにはこのタイミングで砲台の中にライフルを持ったMSの
上半身も含まれ始めた。無人で動いているのは間違い無いし、下半身だって無いだろうが、
センサーはMSとして認識する。自分で見て、感じた事以外は当てにならないと言う事だ。

 各砲身の温度警報も注意を促し始めるが砲撃を辞める訳には行かない。ぐるり360°を
囲まれているのだ。しかも。
「――っ!? あたるかぁああっ!」
 またしてもまるで予期しない方向から太いビームが来る。センサーを殺し、砲台への対処に
忙殺されている状況を狙い撃ってくる。そしてせっかく捕まえた反応はディンの上半身と重なり、
爆発に紛れて消える。そして目視で動きを見せてくれるほどガイアは甘くない。

「今度は左? ――じゃない、右だぁあっ!!」
 黒い煙の中から四つ足の獣が背中に巨大な剣を展開して飛びかかってくる。辛うじて躱した
瞬間。黒い機体は砂色になって煙を上げるスクラップの影にと消える。
 MSは実は近接兵器。なので大きさから言って、迷彩塗装はあまり意味がない。と言うのが
一般的な見解だとモニカさんから聞いた。だがガイアのパイロットはVPSの強度変更を、
機体色を即時に変化させる。という特異な使い方で、これ以上ないくらいに有効活用している。

 だが、機体の有効活用ならばこちらも負けていない。現にマルチロックオンとドラグーン、
そして従来のライフルを凌駕する連射性のビームカービンとストライクフリーダムを模した
高機動バインダー、その先に付いたドラグーン。元になった機体はセカンドステージ系でも
機動力を重視したセイバー。機動力と攻撃力、フルに使っていると思えるんだけど……。

「ヤバ! うしろぉお!?」
 ビームカービンを構える暇さえない。ウイングを畳んできりもみ、強引に失速させる。
 確かにビームは躱したがガイアはそこまで読んでいた。着地した瞬間、MSモードで
ビームサーベルを構えて突っ込んでくる。まさに絶妙のタイミング。無意識に展開した左腕の
コンバインシールドのフィールドが辛うじてスレ違いざまのサーベルを歪めて流す。
 慌てて左手にサーベルを持って低く身構えた時、既にガイアは四足獣モードで砲台の
残骸の影に飛び込んでいく所だった。
「ウソっ! まるで間に合わない? そんなぁ……」
「正面、新規砲台出現。――っ、グリーンセンターにガズウートの反応現出、対ビーム!」
 砲台に数では負ける。だからこちらは宙を舞い、飛び回る。しかしその行為は
ガイアにファルシオンの場所を教えているに等しい。わかっていても他に手は、無い。
259弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/03/28(日) 00:43:43 ID:???
#13 激突、亡霊対廃棄物。

 まぁ、ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスについては、クライン派は2年たった
今でも国防委員会に対して機体の設計データはもとより、戦闘データのみの供出さえ渋っている
のだそうで、だからあくまでこの機体の装備はそれらを模したモノ。なのではあるが。
 それでも機体の性能無くして四方八方からの弾を躱し続け、銃身が焼けるまで撃ち続ける
事など勿論出来ないしこの機体のドラグーンはただのドラグーンと違って空間認識能力が必要、
それに一般のパイロットではGを無視して機体を振り回すのもやはり不可能。
 機体とパイロット。双方とも、能力いっぱいいっぱいに使い切っている自覚はある。

「くっそー! 無人砲台、どんだけ設置したのさ!?」
 間断なく放たれるビーム。ロックオン画面のポイントはいくらか減ったろうか。
「ムラサメとセットで来ると踏んだらしい。もうすぐ無くなるだろうが、気を抜いてはいけません!」
 いつものリョーコちゃんと”生体CPU”モードの彼女が混ざって、もはや誰だかわからないが
言いたい事はわかる。ムラサメとの3機編隊を予想した敵の陣をまもなく粉砕する。
 少なくとも敵の読みよりはこちらの攻撃力と機動性が勝っていると言う事らしい。

 とは言え現状追い込まれているのはこちら。敵の戦術も、MSの腕前も、あたし達の遙か上。
と言う事だ。『ザフトレッドは言い方を変えれば異常者だ』。サイトーさんの言葉が蘇る。
 力の差は明らか。こちらの行動を読んだ上で砲台を配置したのはもう間違い無い。
ならば”ノイズ”を取り除くためには自動砲台とスクラップのMS、全てを排除するしかない。
リョーコちゃんのカンも、あたしの目も、“ノイズ”に阻まれて、ガイアを見つけられない。

「もう良い、後はあたしが避けて潰す! リョーコちゃん、ガイアをお願い!」
 返事より先にマルチロックオンのモニターが収納されスーパードラグーンがウイングから
全機外れる。こうなると機動力ががっくり落ちる。ドラグーンのブースターに機動力をある程度
頼っているからだ。その辺はまがい物のまがい物たる所以だろう。
 ただビームカービンは見た事のない型式。命中精度もパワーも教科書で見たモノとは段違い。
この機体と言い、かぁさんを想う誰かさんが宇宙(そら)でがんばってくれたのだろう。
 だからこそ。――この戦い、負ける訳には絶対行かない!

「了解。ドラグーン、コントロールをこちら……。――っ! 班長、右のジン!!」
 前触れ無しに、さっきライフルを持つ右腕をもぎ取ったジンの頭が吹き飛び、ビームが迫る。
見てから、では射撃は絶対に躱しきれない。特にビームライフルの吐き出した、ほぼ光速の
ビーム粒子なら尚更。そしてファルシオンは一瞬前に機動力を自ら半分失ったばかり。
 だからウイングを一枚失っただけで済んだのはむしろラッキーの部類だ。

 ズン! ギリギリでバランスを取り、ファルシオンは三度片手、片膝を付いて着地する。
その目の前。殺到するドラグーンの群れをジグザグに機動して振り払う黒い獣の姿。 
 ちっ。リョーコちゃんの舌打ちと共にエネルギーチャージのためドラグーンが戻って来る。
『パイロットは、こないだの生意気なガキだなっ!? ヤルじゃあないか、こうでなくてはな!』
 ガイアはMSモードに変形してサーベルで帰る所のないドラグーンを両断した。
260弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/03/28(日) 00:44:38 ID:???
#13 激突、亡霊対廃棄物。

 ライフルが来る! と思った次の瞬間、システムがシールドの負荷増大警報を鳴らす。
『ふん、今のもあえて躱さずに受けるか。セイバーとはな。機体負けしない腕はあるようだが。
――正規型のセカンドステージ。傭兵風情が田舎部隊に本格的に囲われたか? あぁ?』
 何かの動きの前には必ず前段の動作がある。ジャンプの前には膝を縮める。
斬りかかるならばビームサーベルを抜いて展開し、突っ込んで来る気ならばシールドを
掲げるだろう。但し、それは腕が上がれば上がるほどわかりづらくなって行く。
 瞬きする間のほんの一瞬、見比べてもわからない程ごく僅かな動き。

「さすが班長、今のを……」
 エースと呼ばれる人たちはその微妙な動きを見逃さない。それが相手の動きを読む事になり、
結果としてその動きを躱した次。その一手は必ず自らが手中にする事が出来る。
 バクゥの時はそれがわかった。だから全く苦もなく軽くあしらえた。だけどコイツは。
「今のはマジでやばかったんだってば……! 躱しきれなかった。あいつ、読み切れない!」
 全く前動作がない訳ではない。ガイアは動作の前、揺らぐ。でもその揺らぎが何を意味する
のか、読みとれない。ただ、揺らぎの後にガイアは動く。そしてガイアはまたしても、揺らいだ。

 ライフルか、サーベルか、体当たりか……。とにかく引かない、来る!
《ちょっとだけ良い? ダラダラしちゃ駄目。動きにメリハリを。そして躱す時は最小限の動きで。
腕が良ければ良いほど精神的ダメージが大きいわ。必殺の一撃をあっさり躱された、ってね》
 サーシャさんが、シミュレーターの回線に一度だけ割り込んで来て教えてくれた事。
何が来るのか知らないけれど来るとわかれば。――最小限の動き。そして動きのメリハリ。 
 サーベルの一閃を僅かに上体を反らしただけで躱して、最大パワーで後退。距離を取る。
「――させないっ! リョーコちゃん!!」
 本来ならば地上戦に特化したガイアが相手なら空へ上がった方が良い。だからリョーコちゃん
も機動力を考えドラグーンを切り離さなかった。けれど敵はさっき四足獣モードで空の高見にも
飛びかかって来た。何を考え、どう出てくるのかまるで読めない以上、フィールドは限定した方が
良い。どうせ空戦モードに変形できるわけでもない。ならば、地上からさして離れない以上
ウイングの機動力よりドラグーンの意外性だ。ビームカービンからビームををバラまく。
『今のも躱すか!? えぇい、フラフラとぉ!! ――ちっ、またドラグーンかっ!?』

 外部回線をオープンにする。言って聞いてくれるかどうかは別問題、とにかくガイアには
味方はもう居ない。だったらこの戦闘自体、無駄だ。――ピロン。機長席からメッセージ。 
[Text : For Captain 【leader, should not teach two people to be. 】]
 敵の機動可能域を計算し続けるリョーコちゃんからのメッセージ。確かに2人がかりで
動かしているのがバレたら、そこをつかれる可能性は高い。敵は異様なほど適応力が高い。
[Text : For Captain 【sorry! The propellant is empty.】]
 シールドを全面に掲げ、ビームカービンを持った右手を少し引いて下げる。攻撃の意志はない
が応射は出来る。そう見えるはずだ。燃料切れのドラグーンはウイングに戻り砲は前に向く。
「アレクサンドロ・ハリス・ロクサン、だな? あたしに勝っても仲間はもういない。こっちは
まもなく援軍も来る。降伏しろ! あんたが此処であたしを墜とそうが、もう意味無いだろ!!」
261弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/03/28(日) 00:45:58 ID:???
#13 激突、亡霊対廃棄物。
 
『意味がない……? ふ、甘いな。所詮はガキか。オレが貴様を突破する意味ならあるぞ』
「なにを、負け惜しみを……!」
【Caution :Barrel heating / It is not possible to shoot it to the barrel cooling. Even the barrel-
cooling is 124 seconds. 】
 2分間撃てない上に残弾10秒分、もう要らない。ビームカービンを投げ捨てる。
『はっはぁ、見切りが良い! その腕を持ちながら、何故セブンスなんぞに肩入れする!?』
 そう言うと黒いガンダムも大型のライフルを投げ捨て、両の手にサーベルを握って抜き放つ。
「あんたが、生き残る事に! ――くっ! どんなぁ!、――うぉっとぉ、意味があるっ!」
『一般人をセントラル地区に集めたのは失敗だ。ビルごと人質に取れば更に別働隊が動く。
オレ一機で事は足りる! 雌豹に、セントラルタワーごとオレを堕とす事は出来まいっ!』
 リョーコちゃんの言った通り。敵の狙いはセブンスの壊滅ではなく掌握だったのだ。
これで絶対にファルシオンが、あたし達が此処を抜かれる訳には行かなくなった。

 勿論、無線で喋っている間もガイアは止まらない。両手のサーベルはただ振り回している
ように見えるが、全てこちらがどう避けるか計算ずく。更には緩急取り混ぜた読めない動き。
『とっとと退け! キサマと戯れている暇はない!』 
「手の内が丸見え! 何が赤だ! その程度でぇ、あたしを抜けるとぉ、思ってんのかっ!」
『貴様、誰に向かってモノを言うか! 何様のつもりだ! ガキがぁあ!』
 激すると大振りになる。と前にリョーコちゃんが言っていたのが感覚でわかる。見える、感じる。
……のだけれど、避けられない。
 だからシールドで、受ける、流す、払う、弾く。――結果。
【Warning : It is an overload in the shield base.】
 シールド基部に過負荷。モニターに出るとのと同時、シールドは2つに割れて地面に落ちる。

『もらったぁ! 失せろ、セイバーもどき!!』
 敵は多分右利き。来るなら、左だ! 左手のサーベルを見せつけながら右手のサーベルが
胴体をなぎ払いに来る。避けるのはもう無理、最低左腕は持って行かれる。それならば!
「舐めるなぁ!」
 ドラグーン分が無くとも機動性はこっちが上、ウイングを展開、フルパワーで懐に飛び込む。
羽の2,3枚はくれてやる。左手も欲しければ持って行くが良い。けれどコッチも貰うモノは貰う。
 左の肩、”素人”が復元したフレーム。それがどれだけ危険な意味を持つのかは、先日
身をもって知った。ビームサーベルならばPS素材はほぼ無視出来る。――今度こそ、獲る!

 パネルに頭をぶつけた直後、ベルトが引き込まれシートに押しつけられる。真っ白になる
メインモニター。CautionとWarningの文字がまとめて表示され、コンディション画面に真っ赤に
染まった線画で描かれた機体から引き出し線、注意書きが読めないほどに画面を埋め尽くす。
 激突の衝撃で二機の機体は弾き飛ばされファルシオンは三度(みたび)膝をついて止まる。
「班長、機関停止。左腕部肘より先、オートパージ。VPS出力停止、機関再起動は不能!!」
 回復した正面モニター、VPSがダウンし灰色になったガイアが動きを止め煙を上げる。
「機長、再起動は不要、白兵戦よぉいっ! アイツを、獲(と)るっ! 降りるよ、ハッチ開放!」
262弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/03/28(日) 00:46:44 ID:???
=予告=
 
 生身の身体どうし、最期の戦い。二対一でも向こうは手練れ。どうする!? あたし達!!
「膠着状態を打破する! 接近戦ならあたし。でしょ? 一気に距離を詰めるから援護を!」
『次回 空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜
【FINAL-PHASE 虹の橋を、駆ける。】
 ファルシオンが無くとも、セブンスを守る! それがあたしの駆けるべき道だから……!
263弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/03/28(日) 00:48:07 ID:???
今回分以上です。ではまた

※カービン銃は本来、ライフルより銃身を短くして取り回しを良くした騎兵用の銃のこと。
現在は、単に全長を短めにした突撃銃(アサルトライフル)なども指し、密林などで扱いやすい
ほか市街でも運用しやすいので軍隊の他、警察の特殊部隊等も装備しています。 
 マニアでもない限り一般的にカービン銃の定義は概ねこんな感じで良いみたいです。
 カービンってなんだろう、とか思ったもので調べてみただけですけど。
264通常の名無しさんの3倍:2010/03/28(日) 00:51:34 ID:UwYd7DmB
乙乙、次回も楽しみにしてる。
265弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/03/28(日) 00:53:09 ID:???
>>252-253
2代目編集長、非常に乙です。
ムリのない程度にやってもらえると嬉しいです。

>>254
初代さん、ですか? お久しぶりです。
266通常の名無しさんの3倍:2010/03/28(日) 01:56:33 ID:???
星のカービン
267通常の名無しさんの3倍:2010/03/28(日) 04:01:23 ID:???
>>256-261
弐国氏投下乙。
安価打っといたら後で読みやすいのか。

カービンは ピストル<カービン<ライフルで長い、
位に考えておけばいいのかな。
268通常の名無しさんの3倍:2010/03/28(日) 14:28:21 ID:???
投下乙
269SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/11(日) 21:36:07 ID:???
十分したら投下します。10レスか9レス。
270SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/11(日) 21:46:12 ID:???
11/

 ――ミネルバ 甲板

 クレタ島が近づいている。穏やかな海を眺めるアーサーは、敵のいる方向に目を細めていた。

「ここからじゃ見えやしませんよ、副長」
「……シンか」
 どうです? と差し出されたコーヒーを受け取って、アーサーはシンが頬を赤く張らしているのに気がついた。

「アスランに殴られたんですよ、釈放祝いだって――。
アスランやハイネに殴られたら滅茶苦茶痛いけど、怪我も痣も残らないんですね、最近分かりましたよ」
 シンが、赤く腫れた頬を撫でた。
「娑婆の空気代としちゃあ、あんまりにも安すぎるな。僕からも釈放祝いを出そうか?」
「遠慮しておきます。怪我じゃ済みませんからね」
「お世辞を言う脳が在ったなんて驚きだ。驚きすぎて、余計な忠告もしてしまいそうだよ」
「……後にしましょう。今日の海は綺麗です」

 シンはアーサーに並んで甲板の手すりに肘をついた。視線がビームになったら、地中海が真っ二つに割れるだろう
ほどの目でクルタ島に向って海を見ている。時々唇を気にしている様子なのが気になった。

「どうした、唇を気にして。牢屋でルナマリアにキスでもされたかい?」
「――!」

 一瞬で、火でも付いたかのように頬を赤く染めるシン。
 ――聞くんじゃなかった。
 うざったく感じたアーサーが懐から取り出した煙草に火を付けると、立ち上る紫煙の効果は抜群で、
シンは目に見えて嫌そうな顔をした。

「……なんです?」
「は?」
 立ち去るかと思いきや、険悪な目つきのまま横に居るシン。何か用が在るのかと思っていたアーサーは、
質問の不意打ちにあって目を開いた。右手に煙草、左の珈琲を一気に飲み干す。濃く熱い液体に喉が灼けた。

「だから、忠告。折角副長が振ってくれた話だから、勿体ないんで拾ってみただけです」
「タイミングの悪い拾い方だな」
 反抗的なシンから目を逸らして、煙を口に含む。シンが睨んでいた――"早死にしたいんですか?"。
 肺癌で死ねるほど生き延びていたいと思った。此処が海で良かったと思う、余計な事を話してしまっても、
潮騒が吸い込んでくれるから。

271SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/11(日) 21:47:17 ID:???
12/

「僕が何を忠告しようとしたのか、それも分からないんなら、さっさとその赤服をアカデミーに返すといい」
 アーサーは決め顔でそういった。

「俺は、やめませんよ……彼女を絶対に助けてみせる」
 眩しいほど純粋なシンの決意――そんな大切な気持ちが、泥よりも価値のない物へとおとしめられるからこそ、
ここは戦場と言うんだと、教えてあげようとして止めた。
 
「――本当は……あの娘(こ)がこんな戦場に居るはずもなかった。君がミネルバに乗っているはずもなかった」
 アーサーの意図を掴み損ねている風のシン――15才。本当なら、戦場に居るはずもない子供。
 子供を戦争にかり出した国が、かつて勝った試しはないだろう。
 我々大人がもっとしっかりしていたならば――アーサーは思う。

「こんな戦争が起こる世界でなければ、君は学校に行っていて、彼女とは何処かの町で偶然に出会って、
自分がナチュラルだとかコーディネーターに生まれたとか、生きて行くことにはどうでも良いことで
散々に悩んだだろう。君達にはその権利があった筈なんだ」
「――副長?」

 シンが去らないので、アーサーは手にした煙草をもみ消した。

「だが、僕らが君達を戦争に巻き込んだ。君はオーブに居るのを止めた。戦争が始まった。
彼女も戦場に居る――だから、これはもう、終ってしまったことなんだよ」
「まだ……まだ終ってない! 俺が――!」
「時計の針は戻せないよ。君が彼女を救うのかい?」
「そうですよ! ステラは――だんだん記憶が壊れてきて、俺の事もよく分からなくなって来てるんだ。
そんなのあんまりにもひどいじゃ無いですか!」

 本当は君達を救うことが、大人の仕事なんだ。その言葉をアーサーは飲み込んだ。
 大人が勝手に始めた戦争へ、少年達を巻き込んだのが自分たちだったからだ。

「副長達が手を伸ばしていたら、それじゃぜんぜん間に合わない、ステラが死んでしまうんです――だから、
俺が彼女を絶対に守ってみせるって、そう誓ったんですよ!」
「……」
 アーサーは無言で赤服の襟にその手を伸ばして掴み、
「君が、ステラ=ルーシェを"救いたいと思える"のなら、今、この瞬間に彼女を救おうとしては駄目だ」
 と言った。

「……彼女を見捨てろって言うんですか?」
「彼女一人を救って、連合が強化人間を生み出す非人道的なシステムを見逃すのなら、それは無意味な偽善だよ。
彼女という存在を救うなら、先ずは戦争を終らせないといけないんだ」

272SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/11(日) 21:48:19 ID:???
13/

 勿論、ザフトの勝利でね。そう付け加えるのを忘れない。
 アーサーが右手に握る赤服の襟。シンが生き延びたなら、その色は容易く白に変わる。シンが望むなら、
評議会に影響を及ぼす事も出来る。実力主義を標榜するプラントで、赤服の持つ意味はそういうものだ。

「"やらない善よりやる偽善"だなんて詭弁をいうな。敵の命も大切だなんてほざくなよ?
君の手抜きで味方が死んだなら、僕は決して君を許さないからな」
 シンがエリートならばこそ苦言。ヴィーノが同じ事を言っていたなら、きっと捨て置いただろう。
只の整備員が何をやったところで、手の届く範囲を越えて誰かを救う事なんて出来ないからだ。

「可哀想な少女の事は割り切るんだ。そしてザフトとプラントの為に戦いなさい」
 でなければ、シン=アスカは死ぬ。理想と世界の間に生まれる矛盾に押しつぶされてしまうか、
自分と理想の間にできてしまった矛盾を世界に押しつける、怪物になりはてるだろう。

「生き抜いて、強くなって、偉くなって……それまで君がステラ=ルーシェに向けるような優しさを
持ち続けていられたなら、その時、君は本当に彼女を救うことが出来る。悲劇が起こらない世界を
作ることが出来る」
「それじゃあ……ステラが救われる事なんて無いって……そう言うことなんですか」
「……僕は、J.P.ジョーンズを撃沈しろ、なんて命令を出しはしないよ」
「だったら……」
「ファントムペインの空母を捕まえろ、とも命令できない。ただそれだけだ」

 それは不十分な答えだったのか、シンは、「失礼します」と言って甲板を去った。
 アーサーが、J.P.ジョーンズを捕獲しろ、などという危険な命令を下せるはずもない。

「死ぬなよ、シン」
 最も言うべきだった一言を、アーサーは言いそびれていた。
 煙草をもう一本、取り出そうとしたところで、全艦にコンディション・イエローの発令を告げられる。

「風が……出てきたな」
 言葉を、潮騒が飲み込んだ。

273SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/11(日) 21:49:20 ID:???
15/

 ――タケミカズチ

 ミネルバの放ったイゾルデの一撃は、タケミカズチから2kmも離れた所に着弾したが、
それでも衝撃波は、艦隊司令官トダカ准将を足下から揺らした。

「ムラサメ隊、接触します」
 報告から数秒、ディスプレイに並ぶコンディション画面が二つ、斜めに"SIGNAL LOST"の
表示が入って赤に染まる――二機損失。

『連合の同盟国オーブの勇猛、見せて頂きましょうか』
 仮面の大佐が浮かべる、酷薄な笑いを思い出した。同盟は盾、祖国は人質――出兵を余儀なくされた
オーブ艦隊の行く末は連合の捨て駒以上になり得ず、彼らは"負けるまで"帰る事はない。
 ――ならば、少しでもオーブ艦隊への被害を減らしてゆかねば。
 二機の犠牲に辛い顔をする国家代表――カガリ=ユラ=アスハの横顔をみて、トダカはそう思う。

 実際、対艦兵装を切り捨てて軽量化したムラサメは、ミネルバのMS隊相手によく耐えていた。
 最初の一合で撃破された二機は不運だが、トダカはすでにその損失を数字として処理していた。

『的確な連携を行えば、Gタイプとも渡り合うこと"は"できる』
 アビオニクスの設計も行ったあるテストパイロットは、完成したムラサメをそう評した。
『そして、ムラサメの真価はその戦闘力にある訳ではない』
 現在指名手配中であるそのパイロットは、そうも付け加えていた。

「トダカ准将、この戦闘、勝てるのかい?」
 一斉に集中する"空気読め"の視線を、装甲のごとき鉄面皮で跳ね返しつつ、呑気なユウナが聞いた。
「"ミネルバ"の主砲が本艦を捕らえるより早く、八式弾の射程に誘導できれば、我々が勝ちます」
「ユニウス7を砕いた"タンホイザー"か。先に撃たれたら?」
「……少なくとも、撃たれた後のことは考えなくとも良くなるでしょう」
 憮然と言い放ち、トダカは戦況を映す画面に集中する。

「センサーに感あり。熱紋照合……ムラサメです!」
 敵か、味方か? 艦橋に充満した疑問は即座に払拭された。全周波数に乗ってラクス=クラインの歌が
戦場に奏でられたのだ。半恐慌状態に陥った艦橋を、トダカの一喝が鎮める。
「カガリ様の前だぞ、索敵班何をしていた――報告急げ!」
 ディスプレイの映した望遠画像に、黒塗りのムラサメが現れた。

「来たか……太平洋の亡霊」
「キラ――」
 カガリが、胸の前で手を組んだ。

274SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/11(日) 21:50:21 ID:???
14/

 ――地中海 クルタ島西 ミネルバ

 ミネルバとオーブ艦隊。交わすべき言葉はなく、戦闘はただ、応酬される数十基のミサイルで始まった。

 デコイと電子撹乱を駆使しても、直撃コースを取るミサイルは有る。迎撃に各砲座が追われ、艦長席を揺らすのは、
至近弾の衝撃波だろうか。オーブ艦隊から放たれた第一波の去った間隙を縫って、五機のMSを発進させる。

「こちらのミサイル反応消失、有効弾無し。敵ムラサメ部隊に阻止されました」
「……前方のAWACSディンは下がらせなさい、もう良いわ」
「――――マイク1より返信。"ワレ観測を続行する"……テキストデータ付きです。およそ3kb」

 ちっ! 揺れでずれた帽子の角度を直しながら、タリアが舌打ちをした。

「イゾルデ起動、マイク1の観測データに基づいて諸元入力、一斉射!」

 甲板がスライドして三連装の副砲が姿を現すと、ミネルバの両舷に乗る二機の"ザク"が発射の衝撃波に備えて、
ぐっと腰を落とした。――どどどん。連続で放たれた砲弾は進路の雲を千々に散らし、空を走る。

「観測情報更新――砲撃の有効弾、無し」
「マイク1に通信、内容は、"覚悟は受け取ったが、遺書のデータは紛失した。帰還を求む"。以上」
「了解…………マイク1、方向を転換しました。テキストで追伸、"後を頼む"だそうです」

 ディンに帰還を促すために無駄弾を撃たせたタリアは、「遺書のデータは消しておきなさい」と、
メイリンに破棄を命じた。用済みの遺書は死人を呼ぶ、それが彼女のジンクスである。

「ファントムペインは?」
「……200km圏内に見えていません」
「出てこないのが気になるわ。いかなる些細な変化も見逃さないよう、警戒は厳に。特に海中は注意して」
「インパルス、セイバー、敵MS部隊に接触します――」

 メイリンが言って、タリアは戦術画面に目を凝らした。

275SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/11(日) 21:52:22 ID:???
16/

 亡霊は制空を開始する。

 海面すれすれに現れた漆黒の影は、飛び石のような急上昇を見せ、ミネルバへ攻撃態勢を取る六機のM1Aを狙う。
迎え撃つように続々と放出された中距離ミサイルは1ダース。それと迷わず正面対峙(ヘッドオン)した亡霊の姿に、
太平洋の生きた伝説を知らぬ者達だけが、それぞれの場所で驚きを見せる。

 "シュライク"とミサイル、そしてミネルバが並ぶ真一文字の死線――即ち『"シュライク"部隊からの攻撃が来ない』
唯一の場所で、亡霊は初めて亜音速まで減速し、衝撃波の衣(コーン)を脱ぎ捨てた。
 同時に、装甲から追加ブースターが、関節の継ぎ目からスペーサーが排除され、重しと"くびき"から解放された
機影は、瞬時にヒトガタへと変形を終える。

 自身を砲弾と化した漆黒の巨人が、光り輝くビームの刃を振りかぶった。

 フルスロットル、減速せず、ミサイル群へ突入する。

 一閃。

 交差の刹那、切り裂いた弾頭の数は三。その誘爆に残りの全てを巻き込んで、攻撃をまとめて無に還す。

 青い海原に墨を一滴落としたような、黒い機影は速度そのまま"シュライク"部隊に迫る。

 ミサイルのただ中を文字通り"切り抜ける"――神業と言う表現すら生ぬるい異常を目にして、一瞬の虚脱に陥った
"シュライク"部隊は、黒い影が目前に迫ってようやく、"亡霊"への迎撃態勢を整えた。

 ――果たして、己が見せる異常極まりない能力が、戦いの中で与える驚愕を計算に入れて居たのか、否か。
 オーブ側が護衛を回す暇すら与えない突撃に対して、M1部隊の反応は遅きに徹していた。

 蹂躙、という表現が似合う。

 接近しながらライフルによって頭部センサーを狙撃し、M1Aの阻止弾幕をきりもみ回転で躱しつつ
短距離ミサイルを放り、両の手に握ったサーベルで擦れ違いざまにマニピュレーターを切り落とす。
遠ざかりながらライフルを放つ"亡霊"に二機のシュライクが振り返った瞬間、先に放っていたミサイルが
その脚部を吹き飛ばす。

 まさに、叢雨の如く。
 "太平洋の亡霊"は一交差の間に、"シュライク"部隊の戦闘能力を削ぎ取っていた。

276SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/11(日) 21:54:00 ID:???
17/

 戦闘の経過を見守ることができない旗艦タケミカズチのブリッジでは、わずか数秒の内に、
攻撃役の"シュライク"が六機、無力化されたという結果しか知る事が出来ない。

 結果しか見えないからこそ、驚きが深い。

 シュライク装備のM1A六機に、対したムラサメただ一機。
 その前提から計算されるあらゆる結果が、この瞬間に覆されていた。

「……攻撃部隊の損害は?」
 辛うじて動揺を押し殺した声で、静かに問いかけるトダカ。
「攻撃能力は12パーセントまで低下――飛行能力に問題ありません。……六機すべてが、です」
「帰還させろ」
 六機すべてを、ムラサメが"仕留め損ねた"などあり得ない。針の穴を通す精密極まりない"手加減"に、
トダカですら、それだけしか言えなかった。

「ねえ、あれホントにウチが開発したムラサメなの?」
 呑気にしているユウナの声も、心なしか震えている。カガリに至っては、顔面蒼白で、
「まだ……"フリーダム"に乗っていないだけマシだ」
 と言うのが精一杯だった。
「あれでまだマシ……ね。そんなに強いなら、二年前のオノロゴで連合を倒してくれていれば良かったんだ。
僕たちの味方だったときは手抜きをして、敵に回っても手加減か。オーブなんて……あるいはナチュラル
そのものが、かな……本当はどうでもいいんだろうね」
 黒いムラサメとパイロットの正体は、上層部の間では公然の秘密で、ユウナも当然知っている。
強者の傲慢に唾棄するユウナの台詞は、ある意味トダカの内心すらも代弁していた。

「……バケモノ……」
 艦橋の何処かから、そんな台詞が聞こえてきた。その一言を注意する者は居ない。
 
「トダカ准将……」
 ユウナの呼びかけに、トダカは黙って視線を向けることで答えた。
「家に帰りたいと思っている僕らにとっては、丁度いい"渡りに船"じゃないか? 悪夢よりふざけていて、
三文ほどの値打ちもない茶番だが、お優しいテロリスト様は、魔女の釜に手を突っ込んでも軽いやけどで
済ませてくれると言っている」
 苛立ち紛れの台詞を吐く間に、黒いムラサメはオーブ側のムラサメを四機ほど、推力だけ破壊して
挌坐させていた。
277SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/11(日) 21:55:28 ID:???
18/

「ムラサメみたいな"身内"の邪魔が入ったというのは馬鹿馬鹿し過ぎるが、ミネルバを取り逃した、
その言い訳ぐらいは立つはずだよ。幸い、連合は後ろに下がってて僕たちに目は届いていない」
 既に、ミネルバの全MSから受けたよりも大きな損害を、ムラサメからもたらされている。

 ただ、嫌味のように、死者だけが一人も出ていなかった――今はまだ。

「……よろしいのですね、カガリ様?」
 オーブ代表であるカガリが、この場における最高の意志決定者である。
 だが、それ以上の意味を込めて、トダカはそう聞いた。

「あの者達が現れることも……考えに入れてあったはずだ」
 一分の間にずいぶんと枯れた声で、カガリは答えた。
 カガリの目は戦術ディスプレイを離れて、ビームの光が錯綜する戦場の方角を見据えている。
「あのムラサメは私を拉致しようとした主犯であり……我が軍の装備を盗み出した……重罪人だ。
今、我が軍の作戦を妨害している行動を考えずとも、その存在がオーブ軍の機密を侵し、ひいては
オーブの安全を脅かしている……」
 その瞳が映す機体の色は、黒か、紅か――。

「あの黒いムラサメと……背後に控えているだろう敵母艦を、ミネルバに匹敵する有力な敵勢力と考え、
即座に……処理、するべきだろう。トダカ准将! 後の指示を頼む!」
「了解しました。――通信手、J.P.ジョーンズに連絡入れろ。ミゾグチ隊の出番だ。
各艦、砲術、準備はいいな? ミネルバを一方的に捕らえられる時間は短いぞ!」
 オーブ艦隊は少しずつ陣形を変化させ、ミネルバとムラサメとを同時に相手取る様にしていった。
同時に、ミネルバが突破を図るのに都合の良い"穴"が陣形に生じる。

「ねえ、カガリ。ひょっとしたら、モビルスーツ隊の陣容が足りないんじゃないかな?」
 慌ただしさを増した艦橋で、ユウナがそっとカガリに囁く。トダカは耳ざとく聞きつけていたが、
さりとて、ユウナを即座に注意するほどには気にしていなかった。
「……どういう意味だ、ユウナ?」
「君が"ルージュ"に乗ってタケミカズチの上にでも飛んでいれば、この艦の直掩を少しは前に回せるし、
オーブの紋章は結構士気を上げてくれると思うよ?」
「ユウナ……」
 ――心にもないことを。
 国家元首を前線に送り込もうとしているユウナを諫めようと、二人の方を向いたトダカは、
逆に彼を見返すユウナの目を見てその真意を悟った。次の台詞は早かった。

278通常の名無しさんの3倍:2010/04/11(日) 22:06:43 ID:???
支援、まいります
279SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/11(日) 22:08:57 ID:???
19/19

「カガリ様、我々からも御願いします。確かにミネルバは強力。カガリ様が"ルージュ"に乗って
下さるならば、タケミカズチ護衛のイケヤ隊を前に出せるでしょう」
「トダカ准将…………分かった、出よう」
 平静のカガリなら、トダカの指示に違和感を覚えるぐらいはしただろうが、今し方、黒いムラサメを
討てと命じたばかりの彼女は、戦場に近づきたいと言う誘惑にあらがえなかった。

 数人の部下と侍従を伴ってカガリが去った後、トダカは、
「ユウナ様、感謝致します」と、短い謝意を述べた。
「何の事だか分からないねえ。僕はオーブが生き残る確立をちょっと高めようとしてるだけさ」
 自分の命、とは言わないユウナ。
 ――腹黒さは兎も角、オーブの為に命を惜しむ御方ではないらしい。
 トダカは、己の中にあった"氏族のボンボン"という人物評を改めた。

「――そうだ、カガリ様が今格納庫に向われている。"ルージュ"のOSをスレイブ・モードで再起動しろ。
マスターにはイケヤ一尉のムラサメを設定、五分以内だ。カガリ様が乗り込まれたら、外部から"ルージュ"の
操作をロック、こちらの指示あるまでハッチを開けるな。カガリ様がなんと言おうとだ。いいな!?」
 隣では、既にアマギが格納庫の整備員に指示を飛ばしている。無言の内に、こちらの意図を読んで
くれたようだ。

 使えるに足る君主に恵まれ、頼りになる部下を得て、国のために命を賭ける兵を預けられた。
自分は一軍の将として幸福であると、トダカはこの場に及んで確信を得る。
 一つだけ後悔があるとするならば、生きて帰られるか分からないこの場面、母国に血を残す家族が
居ないことだけか。

 ――息子でも居れば、今の気持ちが少しは変わっただろうか。

 ふと、オノロゴで保護したシン=アスカの顔が脳裏に浮かんだ。彼は今、敵だった。

「ムラサメ1、信号途絶!」

 慌ただしく指示を飛ばす中で、ミネルバとの戦闘によってまた一機が撃墜されたことを、
トダカは悲しく聞いていた。




中編終了、後編へ続く。
280SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/11(日) 22:13:11 ID:???
キラ「同じことをフリーダムでやったら嫌われるだけで済んだのに」

順序一箇所間違えたりさるさん喰らったり、後編に続くと言っておきながら
中編だったりと言うわけで、異常、投下終了。一ヶ月ぶりございました。
厚いご支援賜り感謝の極みです。
感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
では、また。
281通常の名無しさんの3倍:2010/04/12(月) 02:31:25 ID:???
投下乙!トダカの運命は変わらずだろうなあ
次回も楽しみです
282通常の名無しさんの3倍:2010/04/12(月) 02:50:22 ID:???
誤字発見
>>279
×使えるに足る君主
○仕えるに足る君主
283通常の名無しさんの3倍:2010/04/12(月) 20:29:48 ID:???
相変わらず戦闘シーンのクオリティがすげぇなあ……
次も楽しみに待ちます。
284通常の名無しさんの3倍:2010/04/17(土) 14:16:16 ID:ciQx4Kku
文才を見習いたいね
285SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/29(木) 14:09:42 ID:???
20/

「ゲホッ! ヴァ……エェッ!」

 タケミカズチのカガリに『殺す』と決められたキラは、その時、コクピットで吐瀉物に塗れていた。
Gに揺られたからではなく、己の内側から檻を破ろうとする殺意の獣を、必死で抑えた反動だ。

 胃袋の暴動を抑えようとしているキラへ、二機×三編隊の"ムラサメ"が接近――亜光速の
ビームが連続して放たれる。

「ちいぃっ――ムラサメ、回避モード。マニューバ手動制御!」
 回避する"ムラサメ"の動きは軽やかだが、操縦者本人には、見た目ほど余裕は無い。

 パイロットが引き金を引いてから、ビーム兵器が発射されるまでのタイムラグ――コンマ数秒の時間に、
"ムラサメ"の変形機構を利用して偏差射撃を回避する。

 黒いムラサメに"亡霊"の異名を与えた枯れ葉の如き変則機動は、僅かのミスも許されない綱渡りの連続だ。
マニューバの乱れが容易く失速を招き、身動きのままならなくなった"ムラサメ"は一撃で屠られるだろう。

 乱戦に持ち込んで数的劣位を埋めては居るが、同じ機体、同じ戦闘用装備では、『殺さない反撃』
などと言う傲慢への糸口は見つけられない。

「くそ……ミネルバは――っ!?」
 致命的な集中力の欠如を自覚しながら、ミネルバの方を見た時、爆散する"ムラサメ"の姿が見えた。

 ――ああ、死んだ!
 "ムラサメ"をビームライフルで仕留めた白亜の"インパルス"は、背部兵装を緑の砲戦型に換装して、
海面をホバリングしながら猛烈な射撃を加えている。

「僕が遅れた所為だ――。だからまた死んだ……僕の所為だっ!」
 嘆きながらも、ムラサメは正確無比なマニューバで相対するムラサメの攻撃を回避して行く。
しかし、牽制の弾幕が僅かに途切れた隙をついて、M1Aが一編隊、ミネルバに向って突出した。

「まずい」
 "シュライク"飛行パックの翼下に抱えた対艦ミサイルの発射態勢に入る。
 ろくに後方を確認すらせず、キラは他のムラサメを振り切った。

 "フリーダム"ならば一斉射で事は済むが、ムラサメの火力では複数目標を同時には狙えない。
無為無策のまま、キラは迷わずにミサイルの進路に割り込み、先と同じように真正面から飛込んで行く。
286SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/29(木) 14:11:01 ID:???
21/

 吠える。

「間に合えっ!」
『間に合わんよ、"人間"を気取る君では――!』

 ――幻聴。

 刹那、"可能性の種子"が弾けるビジョンが脳裏に飛来した。
 思考に立ちこめていた霧が、透明な嵐に吹き払われたように認識力が拡大し、
360度の全天を見渡すクリアな意識がもたらされた。計り知れない全能感。
キラは雑音の消えた、静かな世界に居た。

「…………ハハ!」
 なんて、のろのろと愚直に飛んでいるミサイルなんだろう。
 そうあざ笑う声が、ふと口から漏れた。

『SEED――可能性の種子』
 サーベルを振るう、息をするより容易く。

『今の君は、観測の不確定性が許す限りにおいて、世界の蓋然性を拒絶している』
 飛び来るミサイルの間を最短の曲線で結び、剣の切っ先で弾頭のみをなで切りにした。

『常人ならば百度の奇跡が要求される神業であっても、"物理的に可能ならばできる"。
君は世界で唯一、箱に入れられた猫の命を握る存在だ。故に――』

 耳元で、誰かが囁いていた。

『さあ、殺したまえ。オーブかミネルバか、好きに選んで切り捨てるのだ』
「…………違う」
 それは、キラが殺した男の、ラウ=ル=クルーゼの声をしていた。

『コクピットを狙うといい、そして敵の指揮系統を分断しよう』
「嫌だ」
 甘い誘惑に――切り裂いたミサイル――爆発の照り返しを受けながら『否』と答える。

『君にならできる――君にしかできない』
「嫌だと言っている」
 背後から殺気/見ずにきりもみで回避/続いて横ロール。
 ムラサメのビームは虚しく空に吸い込まれた。

287SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/29(木) 14:14:13 ID:???
22/

『故に君はそれが許され、またそれをせねばならない』
「黙れ――だまってくれ……!」
 人型に変形――照準が無意識に敵ムラサメのコクピットに向う、意識して逸らす。

『可能性は権利にして義務だよ、キラ=ヤマト』
「うるさいって――言ってるだろう!」
 トリガーを引く。超高熱荷電粒子の牙は分厚い空気の壁を突破、"亡霊"の槍は、
狙い違わず敵ムラサメの、センサーが集まる頭部を射貫いた。

「あああ゛あああ゛あ゛あぁぁぁぁっ!」
 続けてトリガー。腕のビームライフルに直撃。
 トリガー、トリガー、トリガー。直撃、直撃、直撃。
 ビームは次々とムラサメの武装だけを撃ち抜いて、たちまち三機を戦闘不能に陥れる。

「はあ……はあ――うぶっ!」
 空の胃袋が激しく痙攣を起こし、苦みのあるぬるい液体が喉からせり上がる。
 吐きながら、黒い"亡霊"はそれでも正確無比な機動でミサイルを迎撃し、敵機を大破させていった。

「ラクス――ラクス! 声を、君の声を聞かせてよ……」
 震える指先で、キラがコンソールを操作すると、警戒アラートをかき消す音量の「静かな夜に」が、
クルーゼの声を押し包んだ。

『彼女の歌は好きだったがね、残念ながら、世界は彼女の歌ほどには優しくはない』
「黙れよ……」
 幻に怯える必死の懇願がコクピットに吸い込まれる。
『さあ、撃ちたまえ』
「うちたくないんだ……」
 脅威を排除しろ――機械的に浮かび上がる鉄の殺意が、指先にまで染みついた殺人への忌避と、
激しく矛盾して心をきしませる。

『君にはそれしか出来ない』
「うたせないで……」
 一体誰が知るのだろう。
 当代随一のモビルスーツパイロットが。

 "幻肢痛"をすら恐怖に陥れた"亡霊"が。

288SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/29(木) 14:15:38 ID:???
23/

『人類を種として発展させ得る力をすら、戦いの中にしか発揮出来ないのなら、それは確かに
人間の証だろう。そう……君は確かに人間なのだよ。人を殺す――戦場の獣である限り!』
「誰か、僕に、殺させないで!」

 己の殺意と幻影に怯え、少女の歌にすがる少年であるなどと。

 自分は何故こうなったのか。
 自分は何者なのか。
 自分は何をしに来たのか。
 自分は何処へ行こうとしているのか。

 全てを忘れかけたキラはとうとう、戦場に一つの影を探しはじめた。
 自分は死神、殺さずに居ようとしても殺してしまう――ならば相手が対極の存在であればいい。
 キラは探した、対極の存在を。
 つまり、キラ自身が殺意の限りを尽くしてもなお、殺しきれないほどの相手を。

 ――居た。

「アス――ラン……」
 その安心しきった声は、あたかも恋人の名を呼んでいるかのようだった。

289SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/29(木) 14:17:49 ID:???
24/

「レイ――なんだよ、今の変な感じ!?」
「分からん……この威圧感は何だ? この気配……もしかしてラウ?」
「空気が……変わったみたいだわ」

 その瞬間、戦場に並み居るエースパイロットや、あるいはタリア、アーサーと言った、戦争の気配に
敏感な者達は、みな、冷たい悪寒が首筋を撫でるのを感じた。流れ弾が誰かに当たった時に覚える感情。
今回はたまたま自分でなかったという、ある種の安堵。

 死神が大鎌を振るった瞬間に、たまたま自分が座っていたのだという安心感だ。
 立っていたのは只一人、アスラン=ザラだけだった。

 知り合いだったから――それだけの理由で。
 漆黒の"亡霊"は、戦場を舞う真紅の"救済者"へと向って、絶望的な加速を開始した。

「キラ!?」
 『一体何をしている?』問いかけようとした言葉は、飛び来るビームに遮られた。冷たい刃を心臓に
突きつけられたような威圧感――機体をロールさせて急旋回したセイバーの影を、ビームの牙が貫く。

「何――!?」
『さすがアスランだ、良くよけたよね……』
 明らかにセイバーのコクピットを狙った一撃に、アスランの心臓が早鐘を打つ。
 そしてムラサメの振りかぶったサーベルに受け太刀を行った瞬間、一合に込められたムラサメの勢い、
威圧感、つまりはキラの"殺意"と言ったものに、アスランは全てを悟った。

 キラが『誰も殺さない』ために、自分を殺そうとしているのだと、それを理解してしまった。

「戦争に呑まれたか……キラ!」
『カ……カガリは、今きっと泣いているよ。こんなことになるのが嫌で、今泣いているんだよ……』

 "セイバー"と"ムラサメ"の間に、余人には決して立ち入ることの出来ない剣劇の嵐が生じた。
 真紅と漆黒の間を行き交うサーベルは、互いにとてつもない速度で繰り出されながら、僅かな違いがあった。
 ムラサメは、相手の力に逆らわず、それを受け流す"柔"のイメージ、
 対するセイバーは、巨大な機体出力を存分に乗せた"剛"の技術を使っている。
 この瞬間はパイロットの差なのか、セイバーの剛剣をいなしたムラサメが、真紅の装甲を浅く切った。

『でも君はそこに居るんだ。カガリを守るんじゃなくて、カガリの守ろうとしている物を撃っているんだ』
「お前は逃げても良かった。戦場のプレッシャーに飲み込まれて、自分が死神になってしまう前に、
ラクスと一緒に逃げれば良かったんだ――!」

290SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/29(木) 14:19:11 ID:???
25/25

 バンッ!
 噛み合ったサーベルがビームの干渉を起こし、セイバーはムラサメと行き違う。
即座に速度を上げつつ旋回――振り向いた瞬間、居るべき場所にムラサメは既に居ない。
 木の葉の様に閃く黒い機体は、影の如く、セイバーのサーベルが届く間合いに居た。
 "亡霊"――精妙にコントロールされた機動と剣捌きが、"其処に居るのに捉えられない"という錯覚を
すら引き起こす。セイバーの振った剣先と、ムラサメの突き出した切っ先は噛み合わず、ゆるりと
ゆらめく突撃は、シールドを躱してセイバーの肩装甲を剥いだ。

 ムラサメの殺意は明確で、アスランに手加減をする余裕など無い。
 それどころか、自分と"セイバー"でなければ、三合生き残る事の出来るパイロットと機体は、
この戦場に存在しないだろうとすら思えた。
 ――このままでは殺される!
 ここまで完成された操縦技術を自由自在に振るうパイロットは、アスランの親友で。

『アスラン……君がカガリの所に戻らないのなら。うん……こうなるのも仕方ないよね』

 そして、どうしようもなく狂いかけているのだった。

「キラ――! お前が退くことも、留まる事も出来ないというのなら……分かった!」

 スロットル全開。セイバーは、パイロットの安全を考慮しない最大パワーを発揮する。

『僕が、君を送ってあげる――』
「俺が……お前を討つ!」

 アスランの脳裏で、輝く種子の弾けるイメージが明滅した。

29145 ◆HHRSJTtlhQ :2010/04/29(木) 14:23:10 ID:???
以上、投下終了。
二十八話が、まだもう少しだけ続くのです。
感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
では、また。
292通常の名無しさんの3倍:2010/05/28(金) 21:44:38 ID:???
規制なのか人が居ない。保守
293通常の名無しさんの3倍:2010/06/04(金) 18:07:03 ID:???
とあるネオジオン兵の挽歌

白い何とかというMSを彷彿とさせる機体を彼は見た。
早い。とにかく早い。
今までだって何度同僚がやられたのかわからない。
が、今回は違った。
ゴテゴテとしている
「フルウェポン」とも呼ばれる砲戦用の装備。
(遅い・・・)
相手の機体の大砲が火を噴く。
同僚がやられた。
ボンッ。
(遅いんだよ・・・)
又一機。
ドカン。
(俺はNTじゃないが・・・当てる事だけを考えて回避を捨ててやがる)
彼は接近した。
("ユニコーン”だったか・・・馬刺しになりやがれ!)
接近する。
急加速で。
まるですれ違う為だけに進むかの様に。
気づかれる。
ガチャン。
トリガーを引いた。
ボン。
(大砲一つ)
ドン。
(大砲二つ)
ボンッ。
(ミサイル3つ)

ユニコーンのフルウェポンは完全に破壊されていた。
(化けるか)
ユニコーンの機体のギミックが稼動していた。
ボディに赤いラインが入って光り始める。
(撤退するぜ!一矢報いた!)
撤退信号をあげ同僚に撤退を促す。
敵前逃亡ではない。
上からの指示なのだ。
(次会ったら・・・)

294弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/06/05(土) 22:38:46 ID:???
空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜

FINAL-PHASE 虹の橋を、駆ける。

 ボン! いきなり爆発ボルトが作動し、コクピットの計器やディスプレーが目の前から
無くなり四角く空いた空間の先に落ちていく。緊急ハッチが吹き飛んだのだ。
「――ちょっ! なん……」
 あたしの横をオーブのパイロットスーツがライフルを手にすり抜けていく。確かあたしは
ハッチ開放、って言った気が……。

 そして肉眼で見る事になった灰色のガイア。それもまた緊急ハッチを吹き飛ばしていた。
後れを取らずに済んだ。結果として彼女の判断は正しかった訳だ。でも隔座したとは言え、
高さは飛び降りるのを躊躇するのには十分。
 敵が飛び降りるならこちらも出来る筈。事実リョーコちゃんは飛び出していった。
――無事で降りたのかどうか、知らないけど。
 確かにこの高さならば、下も砂だし、あたし達なら怪我はすまい。えーい! 頭が無い分、
度胸で勝負だ! ナイフの刺さったベルトを掴むと、あたしもハッチの外へと飛び出していく。

 クッションの効いた砂の上、膝のバネを最大限生かして飛び降り、バイザーにヒビの入った
ヘルメットを脱ぎ捨てる。ほぼ同じタイミングで正面に赤いパイロットスーツがライフルを手に
ごく普通の事であるかのように着地する。
「しまっ……!」
 実戦慣れしている分、次の行動が早い。恐らくは飛び降りながら狙いは付けていたのだろう。
あたしの事は気づいたようだが全く無視。着地の瞬間から腰だめの形でアサルトライフルが
マズルフラッシュと軽快な音を発して、リョーコちゃん付近に弾丸がバラまかれる。

 但し、狙われたリョーコちゃんもそれは気づいていたらしい。わざとらしいほどの大きな
飛び込み前転で射撃を躱してみせると、彼女のライフルがこちらは一発づつ、場所を
変えながら弾を吐き出す。ヘルメットのバイザーは遮光モードで顔は見えない。
 彼女の必殺の暗殺術、射撃にとって太陽は邪魔になるのだろう。
 お陰であたしはファルシオンの足の陰に飛び込む時間が稼げた。ナイフのベルトを腰に巻く。
あたしが思い出した必殺の暗殺術、ナイフ。ただそれの投擲はあまり自信がない。
 何もない砂漠で果たしてアタックレンジまで、相手の懐まで入り込めるだろうか。

 カッカカカカ……っ!! あたしの隠れるファルシオンの足下にも着弾する。
「はっはっは……! 二人居たとはな、道理で動きが読めん訳だ! 出てこい腰抜けめ!!」
 右の太ももには始めから拳銃のホルダーが巻き付いている。わざわざジーンさんに作って
もらったものだ。ただ射撃は投擲よりもっと自信がない。石でも拾って投げた方がまだマシ。
「その手に乗るか、ばーか! MS戦で負けて、数でも負けてるくせに大口叩くな、おっさん!」
 なのだけれども。砂漠だって実際には砂しか無い場所は少ないのだが、此処は場所が悪い。
戦闘時の破片さえ見あたらない。身体を隠すものなど勿論ない。……場所が、悪すぎる。 
「小娘どもがぁ! 裸にひん剥いて、変態共に売り飛ばしてやる! 覚悟しろ!!」
295弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/06/05(土) 22:39:51 ID:???
#FINAL 虹の橋を、駆ける。

 MS間の距離は100m強。お互い自分のMSの足を盾にしてリョーコちゃん達が撃ち合う。
コレではいつまでたっても埒(らち)があかない。ヘルメットを捨てたのは失敗だったかも。
 ウエストポーチから、小型のヘッドホンとマイクが一緒になったものを取り出して耳に付ける。
「エフワンからエフゼロ。……取れてる?」
 血が左目に入って前が見にくい。目を袖で拭うと大きな絆創膏で額付近を丸ごと押さえる。
『エフゼロ、感度良好。エフワン、額の怪我は?』

 飛び降りる前のほんの一瞬、あたしの横を駆け抜けただけなのによく見ている。
「かすり傷、作戦行動には問題なし。――あたしが突っ込むから敵の目を引いて?」
 拳銃をホルダーから抜く。直接人を殺す機械。バレル以外はほぼ超硬プラスチックの軽い銃。
しかし弾倉に収まった16発の弾丸がグリップを通してずっしりと手に重みを伝える。
『エフワン、あまり無茶を……』
 チキ、シャコン。セーフティを解除、初弾装填。銃を両手で持ちなおし、身をかがめる。
「膠着状態を打破する! 接近戦ならあたし、でしょ? 一気に距離を詰めるから援護を!」
『…………。エフゼロ了解。出来うる限り敵の目をこちらに向ける。タイミングはそちらに。以上』

 気配。と言うものがある。定量化など出来ないし、講習や練習で会得する訳には行かない。
 気配を消す。となれば話はもっとやっかい。言葉や文字で人に伝えるなど不可能、としか
言いようがない。
 あたしが覚悟を決めて飛び出そうとした瞬間。気配。全くそれを感じさせず、ファルシオンの
前には砂漠迷彩の野戦マントが、散歩でもする様に進み出ていた。
『――っ! エフワン、あれはだれ? いつ進出したのっ!?』
 位置から言ってもファルシオンの両足の間を抜けたはず。そしてこの無線。
 そう、あたしの反対側。右足の陰に隠れるリョーコちゃんもやはり気づかなかったのだ。
「危ないっ! 下がって!!」
 あたしが叫んだ瞬間。マントには銃弾が殺到し、地面へゆっくり落ちていく。だけど……。
マントの中身は空だった。いや、中身は既に移動した後だったのである。


「キミ達の”仕事”は此処までだ。前に出るな。コレは僕の“仕事”だ!」
 聞き知った声が砂漠へと響く。
「――! あなたの方がっ! あたしよりも、もっと関係無いじゃないですかっ!!」
 リョータさんが右手で刃先を先にしたナイフを弄び、左肩に鉄パイプを担いで、そこにいた。
少年のはかなさとオトナのたくましさの中間にあるように見える彼。その胸元。カッターシャツに
巻き付いた大型拳銃のホルスターがいかにも不釣り合いに見える。
「相手がパトリック・ザラの亡霊だというならば。――それなら僕は、ヤツとは関係が深いのさ。
なんと言っても、僕はザラの思想を狩る。そのためだけに改造(つくら)れたのだからね。」

「貴様ぁ、自分をエクステンデットだとでも言うつもりかっ!?」
 ぴしっ。くるくるせわしなく動いていたナイフの刃先が、人差し指と中指に挟まれて止まる。
「そんな良いモノじゃない。砂時計の住人を狩る為に作られたブーステッドマン、その生き残り
が僕だ。世間から忘れ去られて尚、妄執に縛られた亡霊と、そして処理された筈の廃棄物。
……あんたと僕は、お仲間同士だ。仲良くしようじゃないかっ!」
296弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/06/05(土) 22:41:37 ID:???
#FINAL 虹の橋を、駆ける。

 ザン。持っていた鉄パイプを砂に突き刺すとナイフを左手に持ち替え、右手はホルスターの
大型拳銃をつかみ出す。……あれ? あの拳銃って、確かあのとき見せてくれた……。
 ――っ。なら、弾! 出ないんじゃないですか!?
「コーディネーターを不自然だと言いながら改造(つくら)れたまさに歪みの象徴! まだ現存
する個体がいたとはな。ならば今この場で! 俺がこの手で歪みを矯正してくれる!!」
 パララララ。その殺傷力を隠蔽するような軽い音が響き、リョータさんの足下に小さな砂の塔
が出来ては消えていく。 
 軽く躱しているように見えるのは上体がまるでブレないから。実際には重い砂に足を取られ
全力疾走なんて出来ないような状況のなか、鉄パイプを中心に弾を全て見切ってみせる。
「――前言撤回! 一人では無理だ、准尉は自分の指示で援護しろ。良いな!?」
「了解、三尉の指示により援護します!」

 ナイフをあの形でもっている以上は投げるつもりだ。弾のでない拳銃をあえて抜いたのは
ナイフから気をそらす、その為。拳銃を抜けば誰でも注意を払うだろう。あたしは知っている。
コーヒーカップも大事な銃も、この人は何時だって左手で持つ。……彼の利き腕は、左だ。
 そしてあの鉄パイプは多分、自分のアタックレンジの一番後ろを示すと共に位置の目印。
比較対象物の何もない砂漠で走り回れば自分の位置など一瞬で見失う。パイプとファルシオン、
どちらかを視界に入れておけば後ろに走ろうが自分の位置も、相手との距離も常に把握できる。
「あ、あたしも援護を……!」
「キミは動くな! 戦力は、――ちっ、――出来うる限り温存する! 常に次の局面に備えろ!」

 装甲の陰から半身で撃っても埒があかない。と思ったらしい。ロクサンがライフルを腰だめに
構えたまま完全に身体を晒す。
「准尉っ!」
 彼が叫び終わる前に、パパパ! と短く三回銃声が響く。当然弾の来る方向のわかっている
ロクサンには当たらない。が、ほんの一瞬。隙が出来た。
 ヒュッ。左腕を振りきった音が聞こえる。彼の手を離れたナイフはロクサンの胸をめがけて
飛ぶがライフルの吊りひもを切っただけでガイアに当たって落ちる。
 だが、それが狙い通りだったのだとわかるまでには、あたしには多少時間がかかった。
ナイフを投げた次の瞬間、手品のように既に彼の左手の指はダガーナイフの刃。それを
はさんでいる。そして一本目が皮の吊りひもを切り裂く前にはもう彼の手を離れて居たのだ。
 二本目のナイフは銃のグリップを握り、トリガーを絞る右手の甲に過たず吸い込まれた。

「……貴様!」
 反射的に右手が開き、吊りひもの切れたライフルを取り落とすロクサン。だが彼には
更にジャグラーのごとき体捌きでリョータさんの放った三つめの投擲物が衝突しつつあった。
「がっ……」
 大型の拳銃がヘルメットに当たりバイザーを割る。さすがに一瞬のけぞるロクサン。
跳ね返った銃はガイアの装甲の隙間へと転がっていく。
 そして顔を戻した時には、既に鉄パイプを握ったリョータさんがロクサンの目の前に、居た。
297弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/06/05(土) 22:43:08 ID:???
#FINAL 虹の橋を、駆ける。

「さすがは赤だ、鍛えているな。コレで死なないか。むしろこの場合、苦しみが伸びるだけだが」
 鉄パイプが腹に突き刺さり、その先は背中を突き抜け、いくらフェイズシフトダウンとは言え
鉄の塊で構成されたMSの装甲にまでめり込んでいた。MSに縫い付けられてしまえば
いくら命を取り留めても身動きの取りようがない。
「くっ、あ……。き、貴様ぁ……。何を考えて……」

「准尉、シライ隊長に連絡! 我、ガイアの足止めに成功せしも行動不能。ガイアの胸部を
中心に精密射撃三発を求む、以上!」
「――三尉、連絡完了。ファング2は、直接急行の上即時攻撃開始。15秒で待避せよとの事」
「簡易端末で連絡が、付いた? ――こちらへ向かってる? もう向こうを片付けたのか。
……准尉、スーツ密閉。班長は耳をふさいで口を開け! 対ショック姿勢で足の陰から出るなっ!」
 そう叫びながらリョータさんが走ってくる。
 ファルシオンの左のふくらはぎ、リョータさんが飛び込んでくると同時に下敷きにされる。
「――あの人の腕ならば射程150%で撃っても、全弾命中(あ)ててくる!」
 超至近距離の端正な顔が振り返る。耳をふさぎながらあたしの目もそちらへ向く。
  
 ファルシオンと同じく膝をついたガイア。その胸に音もなく多少の時間差で3つ穴が空く。
その最後の一発は、ぽっかり口を開けたコクピットをど真ん中から蒸発させる。
 恐らくは最大望遠で目視のみ。1秒弱で三発を撃ち、その中で着弾位置を修正して三発目で
コクピットを撃ち抜く。静止目標とは言えそれが出来るのが、あたしの自慢のかぁさんだ!
「頭を下げろ、来るぞっ!!」
 その後、何があったのかよくわからない。とにかく視界は真っ白、爆音で何も聞こえず
スーツ越しに熱と、リョータさんが覆い被さっているのだけを感じる。 


 すっ、と身体が軽くなる。リョータさんがあたしの上からよけたらしい。まだ完全には視力が
戻っていない。ぼやけた視界に燃え上がるガイアの破片。焦げたシャツがそれに向かって歩く。
「リョーコ、ライフルを貸せ!」
 リョータさんは、ぽーんと飛んでくるライフルを全く見ずに後ろ手で掴むと、次の瞬間には
もう狙いを付けて一発放った。そしてまた、飛んできた方に無造作に見える仕草で放り返す。
 元赤い服を着た人、だったもの。黒い塊が、くさびを撃ち抜かれ火の粉を散らして落ちる。

「――あっ! リョータさん、拳銃!! 今ならまだ火が回って……」
 パイロットスーツを着ているあたしなら……。ガンベルトを外しながら振り返るリョータさん。
「あの部分はオイルの高圧配管とコンデンサアレイが密集しているはずだ。つまり……」
 パーン! 彼が言い終わる前に拳銃の転がった隙間からスパークと共に炎が吹き上がる。
「大事な事は僕が彼女を覚えている事。拳銃そのものじゃない。――キミが教えてくれた事だ」
「だって……、あの拳銃は、その大事な人の……」
 少し笑って、ガンベルトを炎に向けて放ると、ファング2が砂煙と共に近づくのを見やる。
「彼女は僕にとって、シライ隊長の言う”師匠”だったんだよ。……人として重要な事はみんな
彼女が教えてくれた。だから、拳銃もキミを守って無くしたならば、彼女なら褒めてくれるさ」
298弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/06/05(土) 22:44:48 ID:???
#FINAL 虹の橋を、駆ける。

 学校。あたしとオオノにはすっかりおなじみの『生徒相談室』の狭い部屋。
リョーコちゃんを含めて3人が担任を前に座る。狭い部屋の半分を占めるような大柄な身体に
大きな襟のワイシャツ。そこに巻き付いたネクタイの大きな結び目が暑苦しさを倍増させる。

 リョーコちゃんはあのとき飲んだ”クスリ”の強烈な副作用。そのせいで3日間寝込んだ。
更に自宅療養が続き、なんとかふらふらしながらも学校に出てこれるようになったのは一昨日。
 そしてあたしからノートを借りる。と言う珍事を発生させてまで遅れを取り戻す努力を
ふらふらのまま行い、遅れは取り戻したものの、可哀想に、今もやっぱりふらふらしている。
 優秀な彼女が廃棄された理由がクスリが合わない、だとすればあまりに非道い話ではある。

 そして一方のオオノ。彼はどうせ直ぐ飽きる、との大方の予想を裏切って騎士団への
バイト通いを続けて居た。しかも図書委員の貸し出し係の仕事も形通りきちんとこなしている。
 本来、人がいなかったので月曜日と木曜日以外貸し出しの無かった図書館は学校の
有る日は必ず放課後、彼のバイトの都合で一時間だが開くようになり、大盛況となった。
 以外にみんな本が読みたかったものらしい。利用率なんと237%アップ。副委員長の
あたしが、昨日自分で計算した数字だから間違い無い。 

「あぁシライ、怪我はもう良いのか? 今日は強制じゃない。病院に行くなら良いんだぞ?」
 額の怪我は予想を遥かに上回る重傷で今もまだ直ってない、更に傷にばい菌が入り込んだ
らしく、そもそも丸い顔が2倍に腫れ上がり、一生このままでは。と、幾晩か眠れぬ夜を過ごした。
 顔の腫れはある程度引いたものの、現状はまだ顔の2/3を包帯で巻かれたミイラ女である。
「午前中包帯取り替えて貰いました。今日はもう大丈夫です」
 額の傷。多分あとが残る。と沈痛な面持ちの院長に言われた。でもかぁさんの顔の傷は
手術前はもっと目立っていたし、気にしないで仕事をしているのがかっこ良くて好きだった。
 それにあたしの傷は前髪で隠れる場所。今は傷が治ればそれ以上は贅沢と言うものだ。


「今日、おまえ達を呼んだのは褒めるためだ。今までおまえ達をさんざっぱら怒鳴ってきたが、
おまえ等には褒められる理由も権利もあるし、だからこそ俺にはおまえ等を褒める義務がある」
 3人で顔を見合わせる。確かにセブンス攻防戦には3人とも関わり方の差こそあれ参加したが
学校には関係無いし、他に目立って褒められるような事はしていない。
「おまえ等三人、最終期末試験を待たずして進級出来る事が決まった。良くやった!」
 まぁ、最終試験が進級と直接結び付く生徒はそう居ないだろうけど……。なんて暑苦しい。 

「オオノ!、おまえはやれば出来ると思っていたんだ」
 騎士団と図書委員長の活動が平常点に加算されたらしい。コイツのネックはサボりと態度。
見た目に反して基本的には意外と生真面目な奴なのだ。
「シライ! 少し前からネックの数学の点が跳ね上がった。陰で努力するタイプだったんだな」
 それはバイトのお陰で過去の記憶の引き出しが開いたせい。過去のあたしは一般的な関数は
人為的操作で丸暗記させられていた。お陰でもはや数学は向かう所敵無し。ちょっとインチキだ。
――あれ? リョーコちゃんは、なんだろう?
「リョーコさん、正直に言うとキミは落第はしない仕組みではあったが、今やトップ20の常連だ。
全生徒の模範だ。……教師生活二十余年。生徒の進級がこんなに嬉しかった事はないぞぉ!」
299弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/06/05(土) 22:45:42 ID:???
#FINAL 虹の橋を、駆ける。

 更に数日後の放課後。
 試験も終わり、形だけの授業もあと数日を残すのみ。隣の席では本当は国に送らなければ
いけなかった書類がたまっている。とサラリーマンのような事を言いながらリョーコちゃんが
書類の山と格闘している。元気になればなったで、このお嬢様はする事が山積みである。
 本来、図書委員であるあたしも図書館に行く。と言う仕事はあるのだが、まだ眼帯とはちまき
のような包帯、そして腫れのある程度引いた頬には、今度は無数の吹き出物が出たために
包帯はないが顔の左半分、ガーゼで覆われている。。
 それ全部が取れるまでは仕事はしないで良い。むしろ来るなミイラ。――とオオノは言った。
いつの間にかアイツもいい男になりやがって……。

 今日は病院もないし、ならば第一便のバスで帰ろうか。と思っていた矢先、突如携帯の着信
メロディーが流れる。――? この音は本来リョーコちゃんからのメールだ。当の本人は、今も
目の前で端末を開きつつペンを書類に走らせている。

《話したき事あり。時間に余裕あらば来られたし。本日下記住所にて定期散水より2時間待つ。》

 まるで軍の命令書のようなメール。差出人の名前はないが、それが誰かは一目瞭然。
 確かにあの戦闘以来、意図的にリョータさんと会うのは避けていた。だって、いくらあたしでも
この顔は、特にリョータさんには見られたくない。怪我のせいで、ろくすっぽ髪も洗えない
ごわごわの頭。左のまぶたは今も腫れているし、顔の腫れだって完全に引いた、と言う訳
ではなく、元から丸い顔は鏡で見る限りまん丸。更に左の頬は吹き出物で真っ赤っか。
 全て何れ直る。と言われているとは言え、現状は直っていないし、何より。

 彼は毎日見ているのだ。細く可憐なあごのライン、それはそのまま陶器の人形のような
きめの細かい肌を持つふっくらしたほほに繋がり、さらさらの髪がふとした動作で揺れる妹を。
 その類の話なら、リョーコちゃん本人の思惑なんてモノがないのはよく知ってる。ただオーブ
全体のイメージを背負っている以上、何かの間違いで悪化せぬように清潔にしているだけだ。
でも、比較対象物としては、これ以上最悪のモノもないではないか。
 定期散水で虹の架かる時間まではあと30分。話したい事がなんなのかは知る由もないが
リョータさんが自分から誘ってくれたんだ。指定場所の公園は歩いて10分。……むぅ。
「――ちょっと用事、出来たから。さき……、帰るね?」
「書いたあと、先生のサインも頂かなくてはいけません。まだかかります。お気になさらずどうぞ」
 初デートのお誘いだ、行くしかない! 話したい事が何かは知らないがそう言う解釈にしよう。

  
 散水開始10分前から町中になり始めるオルゴール。始まった音色の中公園のベンチを見る。
観光客を増やそう。そう言って市長がしたのはスピーカーと日よけの付いたベンチの増設だけ。
 ただ、その増設されたベンチはどの公園でも、向きには法則がある。虹が正面で見える事。
日よけは雨よけでもあるのだ。そしてたったそれだけの事で本当に観光収入が増えた。
あの人が市長の椅子に座る理由。セブンスに集まった人達が皆そうであるように切れ者なのだ。
 そして日よけの下。ただ姿勢良く座る見知った人影を見つけた……。
300弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/06/05(土) 22:46:25 ID:???
#FINAL 虹の橋を、駆ける。

 たった今買った冷えたジュースを差し出すまで。気づかなかったのか、振りをしていたのか。
「やあ。来て、くれたのか。……怪我が良く無いのだと聞いた。わざわざ呼び出して済まない」
 濡れると傷に障る。こちらへ。そう言いながらベンチのギリギリ隅までよけるリョータさん。 
3人掛けのベンチでそんな気を遣わなくとも……。
「キミに報告と、そして謝るべき事がある」
「はい? あたしに謝る、ですか?」

「シライ隊長にガイアを狙撃して貰った事だ。リョーコが正気に戻ってから偉く怒られてね」
 既にパイロットが戦闘不能だったのに、大事な人の形見のような機体をわざわざ狙撃させる人
がありますか! ムツキさんとお母様だからこそ何も仰いませんが、それに甘えるような事を
わたくしや兄様の立場の人間がして良い道理など無いでしょう!? わたくしも人の機微
というもの、キチンと把握できている訳ではありません。ですが、普通ならば恨まれて当然です! 
結果的に狙撃要請をしたのは彼女。あたしに嫌われたなら、それはリョータさんのせいだ。
彼女はふらふらしながらそう言って怒ると、ふらふらしながら2日ほど口を効かなかったらしい。

「その件に関してはあたしは何とも。……でもまぁ、結果オーライ。と言う事で」
 にぶいのはあたしもさして変わらない。そんな事自分では気づきもしなかった。
「どういう事だい?」

 それを聞いたのはある日の夕暮れの隊長室。
 怪我をして居ても、アルバイトでも、一応軍人。相手の機体を撃墜し、自らの機体も壊した。
つまり、退院した直後から膨大な書類が待っていたのだ。ミイラ女でも出来る仕事ではある。
当然、出来上がった書類は隊長に提出する。だから書類が上がるたび隊長室へ行く事になる。

 隊長室は来客中以外は部屋の主の意向で通常扉は全開。いつかのように間の悪いところに
顔を出してはたまらない。そっとクビを伸ばす。やはりと言うか今回も間が悪い。
 リョーコちゃんの心配を、そのままトメさんがかぁさんに伝えている所だった。
「……ふふ、心配性だね。むしろ再構築されたファング1、この手でとどめを刺せた事に
感謝してる。ユニウス落としを画策したエディ・マーセッド共々滅んだはずの機体だよ?」

 夕日を盛大に浴びてブラインドを閉めていないその部屋の主はデスクに付いたまま
シルエットになって表情はおろか細かい所もよくわからない。
「我が師匠は、最後まで人命優先で自らの命を削って駆け回った人だもの。――不詳の弟子が
ユニウス落としのテロリスト幹部マーセッドを、例え亡霊であっても撃破したなら褒めてくれるよ」
 どこかで聞いた事があるような台詞。
 シルエットしかわからない声は、でも凛として、何か含み笑いの気配さえ有る。
「ムツキ、遠慮してないで入ってらっしゃい……。ポーリィにはちゃんと見てもらってOK貰った?
勿論ジーンさんの見解とデータは参考資料で付けたんでしょ? ――無い? なら再提出っ!」
 
「……まぁこんな訳でして。かぁさん自体、もとからあぁいう人だし。その辺、気にする事無いです」
 彼は、自らも大事な人の形見をあの戦いでなくした人だ。少なくとも悪気のあったはずはない。
「リョーコに怒られるまで、悪い事をしたと言う意識さえなかった。……つくづく自分がイヤになる」
301弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/06/05(土) 22:47:22 ID:???
#FINAL 虹の橋を、駆ける。

「人が何考えてるかなんて、リョータさんで無くてもわかりませんよ?」
 オルゴールの曲が終わる。遠くからかすかに水の匂い。砂漠の真ん中に雨が降り始める。
「そう言ってもらえると嬉しい。キミにもシライ隊長にも嫌われたものだと思っていたから……」
「その、会えなかったのは、顔がこんなだからでして……。そのう、ミイラ女では気味が悪いかと」
 快晴の中に降る雨は、砂埃を地面にたたき落とし、砂漠の空に虹の橋を架けていく。

 ただの光学現象では無いんだ、この五色のアーチは。人の意志、今ならわかる。彼が呟く。
「児童文学には虹の橋を渡ると言う表現が良く出てくる。此処にいると確かに渡れそうな気にも
なる。子供だったら、本当に渡れるのかも知れないな。僕は、半端に大人になってしまった」
「東洋では七色だそうですよ。それに無理して渡らなくても良いんです。古い言い伝えに
寄れば虹が消える前に根本にたどり着ければ、そこにはお宝が埋まっているそうで……」
 リョータさんの足なら間に合うのでは? おどけてそう言ったが以外とマジメな顔で振り返る。

「僕が虹の根本に着いたなら。宝箱のその中身は人としての僕、か。……たどり着けない。
そういう比喩なのだろう、その話?」
「いい加減卑屈なのはヤメにしましょうよ! リョータさんはリョータさん。良いじゃないですか」
 つい声がデカくなる。いかん、せっかくの初デートなのに。――それに中身がないというなら。
「中身がないというなら同じです。記憶を消されて、いつも一緒にいるかぁさんの行動パターン
を真似してただけ。でもかぁさんはリョーコちゃんと一緒に学校に行ったり、生活指導室の常連
だったりしない。コドモはオトナの真似をしながら、少しずつ”自分”が増えるんです。……多分」

 少しずつ雨が上がる。少しずつ虹が薄くなる。
「あたし達、ほぼ一緒の時期に“人間になった”んでしょ? だったら今はもうリョータさんだって
中身はもうみっちり詰まってます。ちょっとニブチンな人の方が変に完璧より愛嬌があって良い
じゃないですか。この期に及んでもそれに気がつかない降りをするのは、それはズルいです!」
「僕は僕。それで良い、と言う事か。――キミに会えて良かった。今日に限った事ではなく、ね」
 その後二人はベンチに座ったまま、何時までも虹のあった場所を見つめたまま黙っていた。


 雨が上がると湿気を孕んだ風が静かに町中に吹き始める。身体にまとわりつくような、
包み込むような風が。夜になれば一気に冷え込んでくるのだが、それにはまだ時間がある。
 夕日が世界を覆い始める。少しずつ世界がオレンジ一色になっていく。

「明日の朝早く、国元へ帰る事が決定した。本当はそれを最初に伝えたかった。けれどそれを
事務的に伝えられないのもまた、僕の我が儘が判断を揺らしている。――そう言う、事。か」
 そう言うと4つに折られた小さな紙をポケットから出す。
「渡そうかどうかだいぶ考えた……。学校と勤務中以外ならいつでも出る、、何かあれば
些細な事で良いし時差も気にしないで良い。僕のアドレスと端末IDだ。連絡が、……欲しい」
 え? えぇ? えぇえええ!? アドレスげっとしちゃったぁあ? 本国の、しかも個人の!
「あまりに身勝手で口に出してはいけないのだと思っていた。けれど今日、このときを逃せば、
もう二度と直接伝える機会が無くなる。――キミがどう思っていようが関係無い、キミの事を
大事に想って……、その、好きだ。……僕も陳腐だと思うが、こういう表現しか、できない」
 返事は聞かないでおく。その方が良いと身勝手な僕はそう思うからだ。そう言って立ち上がる。
「暗くなるまでつきあわせて悪かったね。家まで送ろう」
302弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/06/05(土) 22:48:03 ID:???
=予告=
 長い期末休暇。長いお休みにしかできないことって、あるよね。
「……。すぐに二人ともプラントに引っ越して貰わないといけないな」
『次回 空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜
【――プロローグ―― ロードトゥセブンス。大事な場所にて】
 みんな忘れてるけど、帰る場所。それがあってこそのバカンス、なんだよね。
303弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/06/05(土) 22:48:54 ID:???
今回分以上です、ではまた。

いやはや、長い規制でした……。
304通常の名無しさんの3倍:2010/06/07(月) 09:00:24 ID:???
投下乙。
モビルスーツの装甲を貫通する鉄パイプマジパネェ!
305二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/06/12(土) 21:06:30 ID:???
新人職人以外はスレチと思われる方は、引き続きお手数ですがNGして下さい。今回は、
プレアロウズ(ホーマー編)アロウズという連邦の一組織と世界情勢を自分なりに解釈し
補完した全年齢板用に書いた二次SSです。

プレアロウズ(ホーマー編)前編
ソレスタルビーングが、ガンダムで引き起こした戦争は三国に別れていた世界を統一する
結果となり、人々は新しく樹立された地球連邦政府の元、再び平和な時代を謳歌していた。

武力を必要としない平和な世の中を誰もが願い望んでいるのは、もちろん言うまでもない。
しかし明確な仮想敵国を失い連邦政府内での立場を危ぶんだ連邦軍上層部は、政治体制の
混乱に乗じて、いち早く政治の舞台に躍り出た。
『戦いの場を政治に求めるのは畑違いだ』と、隙をついて目聡く打って出た軍部に対して
政府内外から反発の声は少なからず上がったが、納得しないまでも最後には膝を屈した。
『ガンダムという圧倒的な暴力に対して軍隊の武力に頼らざるを得なかった』奇麗事でなく、
そんな苦い現実を味わい、軍への心理的抵抗が平時より薄れていたこともある。
軍部主導であっても、産業・労働・金融・交通・政治・教育・外交・軍事の政策に関して
様々な状況から判断すると、その内政は結構上手くいっている。
実際ヴェーダに因ることが多分に大きかったが、古い慣習に囚われず、今まで埋もれていた
優秀な人材を各国の垣根を越えて起用出来たことも、結果的に功を奏した。
治安が安定するなど、落ち着きを取り戻した社会には未だ余力があり、実地経験に乏しい
彼らが少々理想に走っても、学者肌の知識人として仕方ないと許容出来た。
何よりも世界は平和である。彼らの理想についていける。
306二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/06/12(土) 21:07:25 ID:???
世界が戦後復興に邁進していく一方、その主導権を握る軍の内情は、あまり平穏なものでは
なかった。
やけに、軍関係に都合良く事が進んでいくことを訝しむ一部マスコミからの批判は止まらず、
厳しい視線を向けていたが、上層部は一貫して黙殺という形を取った。
正直、そんな対外交渉を行うどころでは無かったのである。
軍人同士であっても思想の違う三国の意志を統一することは難しく、互いの腹の探り合いで
浮き足立った地球連邦軍を『ただ三国が寄り集まっただけの集団に過ぎない』と連邦政府に
軽んじられることに業を煮やした旧ユニオンを中心とする一派は、軍上層部のみならず武力
を背景に政府議会を沈黙させ、そのまま権力を独占した。
その後、軍の強行な政治介入は『軍人としての矜恃を守るためである』と、釈明されたが、
文民統制を逸脱した愚行として下士官クラスからも理解を得られず、また戦線の縮小により
部隊の再構成などで割を食った軍高官たちの不満は噴出し、ぎくしゃくとした関係は続いた。

そんな緊迫した状況の中、反地球連邦組織によるテロの撲滅や未だ残る紛争地域への介入の
為に、独立治安維持部隊アロウズが設立された。
ソレスタルビーングとの戦争によって優秀な軍人を多数失い、一刻も早く軍組織を立て直す
ため、次世代の人材育成を重要命題として躍起になっている中、特に熟練したパイロット
不足が問題視されていた。
しかし未熟なパイロットを軍事演習のみで育てるには、時間も金もかかりすぎて効率が悪い。
これまでのような旧三国間での小競り合いが無くなり、小規模な戦闘の機会も激減した現在。
実戦経験に乏しい彼らを、激しいテロリストとの戦闘や混迷する紛争地域の最前線に投入し、
死なせては元も子もない。アロウズには、他に優先して最新鋭MSを配備される事になった。
そして機体性能だけでなく、適当なテロ組織にあえて兵器やニセ情報を与え紛争地域に駒と
して配置した上に、パワーバランスを、こちらに有利となるようにオートマトンを対人殺戮
兵器として活用するというお膳立てまで行い、ゲームのような戦闘を繰り返した。
アロウズによる活動の詳細は、連邦政府議会を掌握した軍の情報統制により全て闇に葬られ、
平和に暮らす人々には、治安維持部隊によるテロ制圧という結果以外を知るよしもなかった。
307二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/06/12(土) 21:08:13 ID:???
正規軍上層部は、連邦軍内の一組織に過ぎないアロウズへの数多くの優遇処置や非人道的な
戦闘に反発する事なくエリート部隊の成立として歓迎し、パイロット以外でも優秀な人材を
推薦するなど、むしろ積極的に協力して見せた。
新連邦軍内が未だ流動的であり、優秀すぎて周囲から突出したり、思想的に反りが合わない
人間を持てあましていた上層部は、目障りな彼らをアロウズに押しつけることで内部分裂を
回避しようとしたのである。

軍人然とした堅物を思わせる風貌のホーマー・カタギリが、最高責任者としてアロウズ司令に
座ったのも『あくの強い軍人達を上手く懐柔できるだろう』と、その対人スキルの高さを
見込まれてのことであった。
清濁併せのむ彼の柔軟さは、個人主義的な部下達にとって好ましく映り、彼らの能力の高さも
相まって、アロウズは着実に勢力を伸ばし、影響力を増していった。
いざそうなると異端分子として放出したことを棚に上げて、気にくわない人間も出てくる。
アロウズが組織として軌道に乗り、地球連邦軍内で幅をきかせるようになった頃。
アロウズを容認する軍の方針に、否定的な態度を取り続けていた旧AEUの女性軍人を、
天才戦術予報士と、鳴り物入りで異動させた。
女だてらに、そつが無い辣腕振りを発揮して、その若さで大佐の地位にまで登った俊才だが、
流石にアロウズ初期メンバーでないことを自覚して、目立った行動は控えているようである。
だが佐官の立場で将官のみで構成されたアロウズの会合に平然と乗り込み、そのまま居座って
いられる厚顔さや、したたかさが無ければアロウズに存在する意味がないだろう。
308二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/06/12(土) 21:09:10 ID:???
会合といっても円卓を備えた広い会議室に集まって各自座席に付き、直接顔を合わせて談合する
という、昔ながらのスタイルで招集されている。勿論あらかじめ綿密に根回ししてあるので、
この場で議論が紛糾して纏まらず、活発な舌戦が繰り広げられる訳でなく、かといって親睦会の
ように和気藹々と、談笑するわけでもない。
手元の資料を見ながら議題に沿って、その承認を得るだけの淡々としたものである。
『招かれもせぬのに来た以上、発言権も議決権もないオブザーバーである事は承知していても、
さぞかし面白くないだろうな』と、ホーマーは、面従腹背の見本のような女に視線を向けた。

アロウズの任務が荒事中心であり、主にカウンターテロや紛争地域に武力介入という性質上、
女性軍人は、他に比べても圧倒的に少ない。そこに女の戦術予報士が、前線にまで出てきて
部隊を指揮すること事態、気にくわない者も多い。
『女狐』とグットマンあたりは嘲笑っていたが虎視眈々と機会を窺っている姿は貪欲な雌の虎。
急速に力を付けたアロウズの監視役として派遣されたか、それとも扱いあぐねて押しつけてきた
のか。何にしろ正規軍からの嫌がらせでしかない。
アロウズにおいて自分の価値や評価が、その程度であることを理解しているのか、いないのか。
天才戦術予報士ならば、戦術予報とやらを立案したあとは、おとなしく後方支援に回ればいい。

戦術予報とは、精度的にあくまで予報。所詮、情報の一部でしかない。
予報だから外れても仕方ないと、責任のハードルを下げることで女性を軍に進出させるための
役職として、体よく使われているだけである。
ご大層なミッションプランを幾つも提示してきても、現場指揮官は外れることを見越しての
きめ細かなバックアップは勿論、臨機応変な状況判断が必要なことに変わりない。
309二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/06/12(土) 21:10:27 ID:???
過去の戦術、戦略との照合や、与えられた条件から膨大な数のシミュレーションを人的に行う
には限界があり、その演算能力はコンピューターに敵うべくも無い。
何より次々と舞い込む膨大な情報を取捨選択して更新し、適宜プランを修正し続けるという
作業を、たとえ天才といえど人間が機械のように休み無く行う事は出来ないだろう。
ある程度状況を予測して勝算をはじき出し、人的犠牲や物的損害を考慮し極小化した提案など
機械でも可能である。
結局、筋書きのない殺し合いをどれだけパターンに当てはめて、分析できるかで勝敗は決まる。
そうやって、ありとあらゆる戦術は、戦いの歴史の中で洗練され定石化されてきた。
しかし計算ずくの情報合戦である以上に、戦況は人の心という不確定要素に左右されて簡単に
揺れ動くものでもある。
結局、蓋を開けてみなくては、どう転ぶか分からないものに、戦術予報士の思考を介在させる
ことで、機械以上の戦果を得られるのだろうか。
それでもコンピューターではなく人間が立案した作戦とした方が、実行する兵の士気を鼓舞し、
また世論をも喜ばせるのかもしれない。

「相変わらず強引な遣り方が、いつまでも通用すると考えておられる」
ホーマーの視線に気づいたのか、ふと彼女は顔を向けて唇から非難めいたつぶやきを零した。
そのアロウズ批判と取れる言葉は、粛々と進行する静かな会議室で妙に響いた。
広いとはいえ、ある意味密室でもある。
同じ空間に集まり、顔を突き合わせた十数名の人間たちが、無言で冷徹な目を不躾な発言者に
投げかけても、少しも動じず見つめ返す。
相手の息遣い、細かな表情の変化、場の空気まで。小さなモニター越しでは到底知り得ない、
溢れ出す圧倒的な情報の波が、お互いの感情を煽る。
「なにか問題でもありますかな?」
ホーマーの隣に座するグッドマンが、唯一気色ばみ、その不用意な発言を聞きとがめる。
新参者が故、それも発言権もない女の戯言などに、一々関わらず放っておけばいいのに。
元々、反りの合わない彼には、それが我慢できず黙っていられないようである。
それを発言権を得たのだと勝手に解釈し、彼女は口を開いた。
310二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/06/12(土) 21:11:59 ID:???
「アロウズの理念は恒久和平の実現に向けた一連の活動と聞いております。しかし何時までも、
力・暴力・戦闘では戦争は終わりません。それは歴史が証明していることです。すでに旧三国
では、主権国家間において小競り合いはあっても、利害の衝突による戦争など無くなっており
ました。それでも戦いはなくならない。既に国家間戦争にあらずグローバル秩序の維持を大義
とした、超国家的軍事行動による戦闘が繰り返される現状に対して…」
「止めたまえ。大佐。発言を許可したわけではない。身の程をわきまえよ」
グッドマン中将が、発言を遮り激昂してテーブルをたたく。
「…」
この男もまた、リーダーシップというものを勘違いしているのではないか?と口元が薄く笑う。
世界が統一された現在も、ユニオンは地球連邦軍を掌握することで軍事力の圧倒的優位にたち、
自らが定義した秩序に、攪乱要因としてあるものを悪として決めつけ、攻撃すべきと主張する。
それが『世界の秩序を守るために当然である』と、世界のリーダーである自分の役目と自負し、
威張ることを止めようとしない。

目の前で繰り広げられる茶番に、内心うんざりしながらも将官たちは、アロウズ司令の采配と、
収拾の付け方を面白そうに見守っている。
「味方同士で黒白を争ってどうする」
ホーマーは軽くため息をついた。
むやみに戦わないことの実践を説く彼女のご高説は、至極ごもっともである。
しかも戦術予報士が、戦いそのものの無効を訴えるのは興味深い。男よりも戦いや破壊を嫌悪
する女の方が、為政者に向いた思考なのかもしれないと、ホーマーはそんなことを考えていた。

アロウズ司令が発言したことで、会議室が再び水を打ったように静まりかえる。
その静寂の中で、ホーマーは再び口を開いた。
「自分だけが正しいのだと信じる者は、他者を間違いだと指摘し糾弾しても当然と思い上がる。
その正しさは好戦的になり相手を傷つけていることにも気がつかない。そうやって正しさや
正義を声高に叫び、敵味方に分けるのではなく、違う考えを持っていても争わずに、お互いが
一緒に生きていく方法を考える。それが恒久和平につながる対話だとは思わないかね?
カティ・マネキン大佐」

プレアロウズ(ホーマー編)後編につづく
久しぶりに、非エロを書いてみた。折角だからカティ女史の誕生日にSS投下をぶつけてみた
…かったが規制に阻止された。後編は規制の具合でご縁があれば。
311弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/07/07(水) 23:27:08 ID:???
空(あま)駆ける少女達 〜少女は砂漠を走る! II〜

――プロローグ―― 
ロードトゥセブンス。大事な場所にて。【承認書】 

「もう時間ですよ? ――えぇ、お客様はわたくしが居ります。ただ、戸締まりはお願いしますね」
 木々に囲まれた大きな屋敷。使用人やメイドさんの類に住み込みの人は無く、唯一。
「私は旦那様のお生まれになられた時から専属の執事です」
 と言ってはばからない執事のオーヤギさんが屋敷を取り仕切っているがそのオーヤギさんも
今日は居ない。その旦那様、おじさまが海外出張で不在だからだ。当然執事の彼も同行。
その同行される本人は当然の如く、たいそう嫌がっているのだが。
 ついでに兄様も、そして妹も学校の長期合宿で当面帰ってこない。

 期末休暇。結局、家に戻っても住む所が変わっただけで夕食後一人で寝るのは変わらない。
少し可笑しくなる。ならば無駄に渡航費用がかかっただけではないか……。
 その不在の筈の家主の部屋。半分開いたドアの隙間から何かの燻るような匂い。
それに混ざって苦い様なそれでいて甘ったるいフレーバーの様な香り。ドアをノックする。
「おぅ、開いてるぜぇ。――俺の部屋って訳じゃあ無いがね」
 客人は来るなりこの部屋へと直行したものらしい。理由は一つ。ドアを開ける。……敬礼。
「リョーコ・ゲレイロ准尉、さくじつ帰国いたしました。ご挨拶が遅れました。ジョーモンジ教官」
 オーブ国防空軍幹部の制服が右手にタバコを手挟んでおじさまのデスクに座る。
「喫煙エリアがこの部屋だけってのは窮屈だな。庭も駄目になったとは知らなかった。おまえは
制服着てねぇじゃねーか、普通で良い、普通で。――昨日の夜だって? 元気そうだな」

「では普通に致します。ふふ……、オーヤギさんが居る時はドアはきちんと閉めて下さいね。
――わたくし、昨日までダイさんの部下になっていた事さえ知らなくて、いろいろご苦労を……」
「カエンの立場もあるからな。あの場合、教導隊で俺の直属、と言う事にしておけばいろいろ
都合が良いって話だ。実戦に出た事も合法的に処理できた、おまえはその辺、気にせんで良い」
 おじさまの学友であると共にもう一人の命の恩人、ダイ・ジョーモンジその人が目の前で
紫煙をくゆらせる。まだ三〇前ではあるが、エリート揃いの教導隊、その教官室の副長。
 いい加減でおおざっぱな見た目に反して、実は以外に細かい所がよく見えている人だ。

「全くカエンにも困ったモンだ。面倒ごとばかり次々押しつけて自分は国外逃亡だからな。
おまえも知ってンだろ? 俺は書類仕事、端っから向きじゃねーんだよ」
 我がおじさま、カエン・アズチは佐官の階級章を付け国防総軍参謀部の作戦課長代理として
近隣諸国との防衛会議にオーブ武官代表として出席中。国外にいるには違いない。
「カエンだけじゃない、おまえもだ。急に戸籍の変更なんて言い出しやがって。お陰で書類、
全部書き直しだよ。もう2週間も前から国防省にサイン貰うだけになってたっつうのに」
「あの、それは……」
「良いさ、来る早々おまえが笑ってるのを見るなんて思ってなかった。それでチャラだ。
――理由は知らんし、聞かんがよ。必要になったんだろ? 捨てたはずの名前が、な」
 流石に鋭い。昇進出来ないのは上に睨まれて居るから。と言われる程の切れ者なのだ。
312弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/07/07(水) 23:27:53 ID:???
ロードトゥセブンス。大事な場所にて【承認書】 

 切れ者過ぎたのが災いし無人島へ、文字通り”島流し”にされるなど、この人ぐらいなものだ。
そしてその島に捨てられ、死を待っていた私は、子犬を拾うようにあっさりこの人に拾われた。

「承認書 上級裁判所ヤラファス中央本部第三小法廷 リョーコ・ゲレイロ殿 記 うえの
ものの戸籍上の登録名変更(含む追加等)の申し立てを認めるものとする。また此を受け、
下記氏名を正式なものとし、明日以降本名として呼称する事。――日付は一昨日、な」
 鞄を開けて茶色の封筒を二通取り出すと一通目の封筒を開け、急にまじめな声になって
書類を読み上げると紙をこちらへ寄越す。やはりこの人のペースにはついて行けない。
「リョーコ=サフィ−ニア・ゲレイロ。綴りと読みを確認してくれ。間違ってたら明日中に直せる」

 サフィーニアの名を捨てたのはそんなに難しい理由ではない。自らの成り立ちをぼんやりと
知り、そして後にこの人の奥さんになる人に件(くだん)の無人島で出会ったからだ。
 その人もまた国防軍人ではあったが足場の悪い所には近づかず、血を見れば卒倒する。
明らかに軍人には向かないタイプ。但し、その人は料理に裁縫まで生活に必要なこと全般を、
代用品や軍用の機械しなかった無人島でそつなくこなして見せた。
 しかも軍人向きでないはずのその人は、指揮官であったダイさんの副官としてダイさんを
サポートし、その彼女に全隊員が敬意を払い、というよりは恐れてさえ居た。『影の司令』等と言う
恐ろしげな渾名まで拝領する程に。

 そしてなにより、私と同じ女性。なのに私とは根本的に何かが違う気がした。女性としての
自身の存在に違和を感じた。おじさまはそんな私に「大いに悩め」。とだけ言った。

 だから先ずは名前を変えようと思った。戦闘機械を指すサフィ。その記号を取り払えば
もしかしたら奥さん、モモヨさんのような素敵な女性になれるのではないか。当時は半ば
本気だった。その奇抜に見える行動も今なら自分で理解出来る。
 そう、憧れの先輩にカタチだけでも近づきたかったのだ。

 けれど砂漠に行って、ムツキさん達と出会ってやっとわかった。自分の成り立ち、
サフィーニアを無かった事にすれば、自分そのものを無い事にするのと同じ事なのだと。
 元殺人兵器。宣伝の必要は勿論ないが無しには出来ない。ルーツを切り捨てれば、
私はもはや何者でもなくなる。そうなれば私が柄にもなく大見得を切ったオオノ君に、
彼に合わせる顔が無くなる。――それだけは。……絶対に、困る。

「――。おーけー、だな? おし。じゃあ、本筋に行こう。とりあえず、建前ってモンもある。立て」
 そう言いながらもう一通の封筒を取り上げると、自分も立ち上がり襟元を質し帽子をかぶる。
「あぁ、うん。……気をぉつけっ! ゲレイロ准尉に通達。発 中央国防学校長 宛 中央国防
学校特待生、現国防空軍教導大隊統括教官室副長付きリョーコ=サフィ−ニア・ゲレイロ准尉。
本日を持ってみぎのものの退学届を受理。国防学校の除籍、並びに国防空軍除隊を許可する」
「ジョーモンジ一等空尉。わざわざ通達のためのご足労、ありがとうございました!」
313弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/07/07(水) 23:28:34 ID:???
ロードトゥセブンス。大事な場所にて【承認書】 

 気をつけの姿勢から敬礼する。通達書をデスクに置いたダイさんも教科書通りの敬礼を
返してくれる。成すべき時にきちんと建前通りの事が出来る。本質が適当な人でないのは
こういう細かい部分からもにじみ出す。いつも通り、ボサボサ頭に無精ひげではあるのだが。
 リョーコのみではなくサフィも戦いの場から退場するのだ。そうでなければ私の中では
除隊は意味が無くなる。もっともその我が儘のせいでこの人を振り回してしまったのだが。

 オーブ国防海軍三尉にしてMSのパイロットでもある兄様はリョータの名前の他、元々
名乗っていたエンリケの名前も、せっかくもらったモノだからと言ってゲレイロの姓を名乗った
当初からサブネームとして戸籍には残して居た。
 但し通常はネームプレートにイニシャルを書くことさえ省略しているので、彼のことをリコと
呼ぶのは。いや、そもそもエンリケの名前を知ってるのが私やおじさまの他は、ダイさんや
モモヨさんくらいなものであるのだが。

 妹のリオナは、あまり身体は丈夫ではないのだがとにかく頭が良く、オーブ新興氏族の中
でも、次に来るのはアズチが後見に付くゲレイロ家だと言われるのはほぼ全てが彼女の功績。
現在既に博士号を複数取得し、今は政治について勉強している三歳下の彼女である。
 しかもブーステッドマンとして会得した必殺の一撃は未だに健在であるらしく、学友を一撃で
半殺しの目に遭わせて、立場上大問題になった事もある。
 半殺しで“やめた”のも、大問題にしたのも、勿論わざと、だ。
 その彼女は、そもそも新しい名前は要らない、私は私だ。そう言ってゲレイロの名を受けて
なお、リオナ−ルをそのまま名乗っていた。

 とどのつまり、兄妹間では私だけが遠回りをして、ダイさんやおじさまの手を必要以上に
煩わせたことになる。ただ、今ならば。その遠回りも無駄ではなかったと、そう思えるのだ。

「色々大変だったろ? ご苦労さん、コレでカエンも一安心だ。――まぁ、ご足労っつーか
此処にはタバコ吸いに来ただけなんだどさ。……あのクソアマ、自宅の敷地内、全面禁煙に
しやがってよぉ……」
「ふふ……」
 相も変わらず奥さん、モモヨさんには頭が上がらないらしい。自由人を自他共に認める
この人の一番らしくない部分。
「……で、でもまぁ。お子さんの事もおありでしょうし。――喋るようになったと伺いましたよ?」
 いやむしろ最もこの人らしい部分なのかも知れない。人の機微……か。やはり私はまだまだ、
のようだ。

「ははは、子供も出来て見りゃ可愛くてさ。でもママしか言わねぇんだよ、パパの立場。どうよ?
――向こうに戻るんだろ? ならコッチにいるうちにアイツの顔見に来てくれよ。カミさんも
喜ぶ。……心配してるぜぇ? 向こうで虐められてるんじゃないか、とかさ」
「楽しくやってますから心配は無用だとお伝え下さい。素敵な……、すごく良いお友達が沢山
出来ましたから。――明日にでもお伺いしても宜しいですか?」
314弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/07/07(水) 23:29:42 ID:???
ロードトゥセブンス。大事な場所にて【受験願書】 

 ある日。バイト代の振り込まれている口座を見て驚いた。どう見ても中学生のお小遣いの
額には桁が最低でも2つは違っていた。本当はかぁさんの為に使いたかったが、当の本人に
使い方はあなたが決めろ。私の事は考えるな。と言われながら口座を見せられたのである。
 巨大な金額を手にし、期末休暇はなかなかに長い。で、ひらめいた事が一つ。


 プラントのマンション。一人暮らしにはもったいないほど大きな部屋。客間まであるのが
良くわからない。どんな客が来ると言うんだろう。まぁ邪推はともかく、綺麗に片づいてベッド
とデスク、窓からはプラントの町並みを見下ろすその客間を自分の部屋としてあてがわれた。
 のではあるが、今はリビングでダラダラと本を読んで過ごしている。もはや勉強の必要も
ないし、することと言えば部屋の主の帰りを待つ事くらいのものだ。

「あ! お帰りなさーい! 今日は早かったわね!」
 ネクタイにスーツの部屋の主を迎える。今日は何となく若妻風な設定にしてみる。
「な……、あぁ。ただいま。今朝キミに報告をすると言って出たから待ってると……。
だから、年頃の娘がそう言うカッコでウロウロするんじゃない! せめて上着を羽織れ」
 Tシャツ短パンの何処がいけない。完全空調のこの部屋は何時だって温度も湿度も最適。
それにこの地に私の友人は居ないし、昼は部屋の主が居ないのは皆知っている事だ。
誰かが来る訳でもない。
「仕事以外はのんびりしましょうよー、それとも襟元しまってないと落ち着かない病?」
「どーゆー病気だ、バカ。――それよりその、なんだ……、ぶ、ブラジャーが透けてるだろーが!
恥じらいというものは無いのか? とにかく上に何か着ろ。一応、俺だって男なんだぞ!?」
 女性としてなんて、絶対見てくれてない癖に良く言うよ。――渋々パーカーを羽織る。 


 巨額なお小遣いと有り余る時間。プラント行きのチケットは余裕で買えた。書類もかぁさんや
サイトーさんを通さず自分で全て用意した。宿泊費まで払ってもまだまだ残る。金銭感覚は
こうやって麻痺していくんだな、きっと。……でもかぁさんには、バレた。
「何考えてるかわかったわ。でも止めたりしない、自分の好きなようになさい。除隊証明書は
携行物リストに載ってないけど必要になるから忘れないように。――あ、ホテルはキャンセルね。
プラントの知り合いに下宿させてくれって言っておくわ。必要以上にお金、使う事無いから」
 ある日の朝、かぁさんはそれだけ言うと慌ただしく出かけていった。

 数日後。大荷物を持ったあたしはプラントにたどり着いた。地図の示す先のマンション、
その高層階。そこに一人で住むかぁさんの知り合いは、あたしの知り合いでもあった……。
「……その、お久しぶりです。こんばんわ」
「すっかり女性の顔つきになったなぁ。長旅で疲れただろう。狭くて申し訳ないが部屋も用意した。
荷物を置いたら先ずはシャワーを浴びると良い。――怪我をしたと聞いたが、もう良いのか?」
 マンションの部屋の主。ザフトでも一握りの、白い服を着る事を許されたエリート。
 そしてかぁさんの事実上の婚約者。それはティモシー・チェンバレン、その人であった。
315弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/07/07(水) 23:30:25 ID:???
ロードトゥセブンス。大事な場所にて【受験願書】 

「ほぉ、今日は見た目が料理だな……。普通に、旨い。――どうして、はじめからやらない」
「――はい。無理はしない事にしました……」
 ただの魚の蒸し焼きではある。あたしが作った事に意味がある。と、そう言う事だ。
 ここ三日ばかり暇だった。だから昼はコロニー観光。人口の海のきらめきを堪能し、無重力
ブロックでは宇宙船や往還シャトルを眺めながら重力のない世界を漂った。
 問題はそのあと。夕方、せめて世話になっているお礼にと夕食を作ろうと思う所までは
良かった。かぁさんの帰り時間が不安定な母子家庭。勿論一通りの料理は出来る。
 ――良いトコ見せたかったんだ。こんなに凄い料理も出来るんですって……。
 結果。残念なことに二日連続でキッチンは爆心地のごとき惨状となり、出来上がったモノは、
実に、何と言うか。あたしの語彙では形容しがたいものになってしまったわけだが。

「さて、ムツキ=グラジオラス・シライくん。食事の片付けはあとで俺がやろう、まず座れ」
 コーヒーメーカーからカップを二つ持ってくると、皿を片付けようとした私を止める。
「わざわざ宇宙(そら)に上がってまで受けた試験。今朝の約束通り、結果を聞いてきた」
「――はい」
「明日発送予定の結果は、……不合格だ」

 そう、アカデミーに。入ろうとあたしは思った。出来損ないではあっても戦闘用に作られたのだ。
ならば、多分。居心地はともかく実質プラント防衛軍のザフト、そこなら座りは良い筈だ。
 戦闘中のリョータさんをこの目で見てしまった事もある。彼はアレでもブーステッドマンとしての
特性はかなり薄められているのだ、と自分で言っていた。
 プラントでは16才で成人として見なされるのだが、年齢制限はギリギリセーフ。本来であれば
もっと早くから行かなければいけないものらしいのだが、居住地等によっては特例もあるらしい。
 誰にも相談はしなかった。だって、コレはあたしの問題だ。そりゃあMS、好きだし、兵器マニア
かも知れない。けれどけっして戦争が好きな訳でも、まして人殺しがしたい訳でもない。
 得意分野がそうなのだからそれを生かすべきだろう。そう思っただけだ。
本当は。リョータさんにだけでも。いや、リョータさんにだけは相談したかった。
何度も何度もケータイを手にとった。端末を開いてメールも書いた。でもケータイはポケットに
しまい、メールは全文デリートした。余計な心配をかけるためにアドレスを貰った訳じゃない。

 かぁさんにはあっさりバレたが、それ以外は内緒で全てを進行した。反対しそうな人達が
たくさん居るからだ。それだけ心配してくれると言う事でもあるが今と言う時には邪魔でしかない。
 但し秘密はバレるもの。ティモシーさんがアカデミー関連の仕事にも関わっていた事など、
当然あたしにはわかりようがない。願書を見た彼からすぐに電話が来て大反対だと言われた。
 そして運の悪い事には彼は、アカデミー選抜試験の選考の仕事にも関わっていた。
プライバシーの侵害だ、と言っては見たものの勿論公私を混同する人では絶対ない。それが
証拠にきちんと願書は受理され試験日程と、そして彼の自宅の地図が送られてきたのだから。

「勘違いはするな? 俺は選考自体には関わっていないし、私事を選考に持ち込んだ時点で
試験の意味など無くなる。あくまで優秀な人材の選抜が目的だ。――キミは、不合格になった」
316弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/07/07(水) 23:31:10 ID:???
ロードトゥセブンス。大事な場所にて【受験願書】 

「何がいけなかったんですかっ! 必要な事はちゃんと……」
「落ち着け。……最大評価は5。若しくはA++。合格は全て3.8、およびC+以上」
 神妙に彼の顔を見る。
「そう言う顔をするな。俺が落とした訳じゃ……。まぁいい。話を聞く気はあるようだな?」
 この期に及んで騒いでもどうにもならないのはわかっているつもりだ。でも……

「一般3.9、基本4.0、専門4,9、体力4.8、実技A+、応用4.5、緊急5.0 経験A++」
「あの、全部合格……」
 自信は確かにあったが実力以上に数字が出た。でも何で不合格……?
「そうだ。身体検査Fが無ければ5位通過だった……。色素欠乏症と、そして染色体情報から
違法コーディネートの疑いが浮上しなければ、な。履歴書通り、当人の責任ではないから願書を
受理した以上、選考条件から除外しろとずっと協議していた。……力が及ばなかった、すまない」
 そう、履歴書には此処まで判った事全てを書いた。経歴が偽物なのは、イヤだったから。
そして大反対だと言った張本人が、文句を言ってくれたんだ。なら、出来ることはもう無い。
「……いいんです。もう」
「キミは良くやった……。ずっと待っていてつかれただろう? 今日はシャワーを浴びて休め」

 もっと悔しいかと思った。涙で眠れないだろうと思った。けれど実際はスッキリした。だって
戦闘用のグラジィは役たたずだったわけで、ならばムツキを全面に建てて生きていくしか選択肢
はもう無い。かぁさん流にシンプルイズベスト、だ。そんなわけでその日はむしろあっさり眠れた。
 明日、リョータさんに連絡しよう。洗いざらい全部話そう。そう思いながら……。

 次の日の夕方。
「――で? いつまで居るつもりだ?」
 いつもより少し早めに帰ってきたティモシーさん。上着を椅子の背に掛けると、ネクタイを
ゆるめ、あたしが入れたコーヒーカップに手を伸ばす
「休暇はまだあるし、エビデンス01も見てないし、プラント観光をもう少し……」
「あのなあ! キミもキミだがミツキもミツキだ! 試験だと言うから引き受けたが、仮にも一
人暮らしの男の家にだ。女の子を一人で同居させるとか、何をどう考えたらそれがOKになる!?」

 ほんのちょっとだけ恩返しをしよう、昨日の夜思いついた。ただ、問題は当人をどう誘導
するか。だったわけだが勝手にコッチのレールに乗ってきた。――良し、ミッションスタート。
「でもセブンスでは以外にそう言う娘(こ)も多いですよ? 何回も戦闘に巻き込まれてるし」
「周りがそうであったとしてもだなぁ……、ふぅむ、知らなかった。そんなに風紀が乱れていると
言うのか、セブンスは……。すぐに二人ともプラントに引っ越して貰わないといけないな……」
 かかった!
 戦術教官室長でもあるモニカさんは言った。現場レベルでの戦術はすべからく単純、速攻を
基本とすべし。すなわち攻める時には簡単に、そして相手に考える隙を与ず唐突に、攻撃対象に
対しては圧倒的破壊力で攻撃を開始せよ。と。
 だから速攻。そして破壊力は多分十分……。なはず。
317弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/07/07(水) 23:32:02 ID:???
ロードトゥセブンス。大事な場所にて【受験願書】 

「――あのぉ、そんなにおかしな事ですか? お父さんと二人暮らしって……」
 七歳上のお父さん(仮称)は意味する所を瞬時に察して固まった。何たって、あたしに
お父さんと呼ばれる為にはかぁさんと……。
「ちょっとまて。おま、その、おとう……、いや。まぁ、うん。、チ、チケットの手配。早めに、な。
俺はやらないからな! ……あぁ、取れない時は一応声をかけろ。それなりのコネはある。
……なんだ、その、服でも見に。行こうか? ――それとメシの準備はしてないな? そうか。
なら、今日くらいは豪勢に行こうじゃないか。不合格祝いだ! な?」
 ミッションコンプリート。どうやら豪華ディナーに服まで買ってもらえる事になったようだ。
ま、ちょっとは喜んでもらえたかな?

 リョータさんに連絡する口実が出来た。さっそく伝えなくちゃ。
 あたし、試験は落ちたちゃったけど。ザフトのスーパーエリートに、勝ちました!

=終しまい=
318弐国 ◆J4fCKPSWq. :2010/07/07(水) 23:33:18 ID:???
『砂漠2』、以上です。
今回も最後までお付き合い頂きましてありがとうございました。
オリジナルでしかもアフター物というかなり特異な設定にも関わらず
レスを付けてくれた方々は勿論、読んで下さった方々には本当に心から感謝を。

まだ2,3考えてるアイディアがありますので、機会があればまたお会いしましょう。
ではまた。
319二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/08/08(日) 01:47:48 ID:???
ホーマー編の後編です。最後まで書く時間が無くて二回に分けます。中途で、ごめんなさい。

プレアロウズ(ホーマー編)後編 1

『違いを区別するのではなく他人の感性を認め、自分と共有出来るところを見つける』
『武器を捨て、対話でお互いを理解し分かり合うことで、平和な世の中を目指す』
口にするのは簡単だ。だが結果のでない理念など、戯言に過ぎない。
今更そんなお題目を唱えるのもバカバカしいと思うほど、平和のために戦争を止めるのでは
なく、安全を守るために戦争をしなくてはならない状態が、既に数世紀にわたり続いていた。
世界は、ソレスタルビーングのような危険を不断に排除し予防するための戦争を、暗に要請
している。アロウズの台頭は、その論理を改めて立証させた。
ガンダムによってもたらされた災厄は、それでも戦争の放棄に繋がる平和への道を懸命に
模索していた人々を、再び出口の見えない隘路に迷い込ませることになった。
これまでの歴史の中で平和の尊さ、大切さを分かっていながら、人間は未だに実現する事が
出来ないでいる。

「戦後の平和確立を念頭に置いた対策を講じるわけでなく、力で圧倒し相手を殲滅するという
遣り方が、司令のおっしゃる恒久和平に繋がる対話ですか?」
カティは、周囲からの好奇の目に臆することなく繰り返した。
確かに、憎悪や敵意を向けてくる相手を徹底的に武力攻撃する有効性は否定できない。
だから世界情勢に深い洞察もなく、ただ目先の勝利で満足しているアロウズの狭い世界観も、
なまじ間違いとは言えないだろう。
これまでの国家間であれば、戦争の制限化や、出来れば戦闘自体を回避しうる政治的な交渉も
有効であるが、戦争が対テロとなった現在において、テロリスト相手に駆け引きを行う理由も
意味もない。
「将来、不利益をこうむる可能性を含めて判断することは間違いではないだろう?このまま
手をこまねいていては看過できない状況に陥る事を予測しておきながら、あえて見逃し被害を
増大させるのか?大佐は、正義の判断の難しさを私に説いているのかね?」
人間は、表面的な状況でしか判断出来ない。
正義など人間がやっている以上、間違いは必ず起こりうる。
こちらにも理由があるように、相手にもそれなりの事情があるということも忘れ、当事者は
常に自分だけが正しいと思い込む。そして自分が受けた痛さと相手が感じた痛さは違う。
それが公平ではないから、人が人を裁く事は難しい。
他人の痛みは分からない。他人の痛みは分からないはずなのに、それでも人間は他人の痛いと
いう言葉を理解し、受け止めて対応しようとする。
320二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/08/08(日) 01:49:11 ID:???
「裁く者と制裁を行う者が同じでは、誰も戦争を止めることが出来なくなります。戦争にも
ルールが必要です。マスメディアへの情報統制を続け、好き勝手に振る舞うアロウズのそれを
正義と呼ぶのですか?倫理に反するとは思わないのですか?」
カティは、ホーマーに問いかけた。
その戦争は、相手を一方的に悪だと断罪し、断罪された者に対する刑の執行であった。
メディアが検証を放棄してプロパガンダに走れば、この世から真実など無くなるように。
一方の主張に対して、それを対抗的に検証する存在が不在であるという点において、
テロリストの独善的な主張と、なんら変わらない。
しかし民間メディアに、その是非を問う第三者的なジャッジメントの役目をさせては、
軍は勿論、連邦政府にも都合が悪い。情報統制は有るべくしてあり黙認されている。
だからこそ公平な第三者機関として国連の充実が求められているが、元国連大使
アレハンドロ・コーナーの体たらくによる混乱で、未だに機能停止した状態であった。

「大佐は制裁を行う軍人でありながら、ルールやら正義やらを持ち出して、その軍を裁く側
にも回るつもりかね?ご立派な事だ」
ホーマーは、軽く笑い声を立てた。
確かに倫理は、損得勘定ではない。もしも恒久和平を功利主義(最大多数の最大幸福)として
目指そうとするならば、最後の一人を痛み無く切り捨ててしまうような思想を倫理の根拠に、
据えることは出来ないだろう。
「これだから女は」
二人のやりとりに、にやにやと声もなく含み笑いをもらす将官の中から小さな声が漏れた。
女特有の意味もない感情論が、軍という男社会で通用するとでも思っているのだろうか。
連邦軍内におけるアロウズの立場を知らない訳はない。
戦争に勝つということが何であるのか。戦うという事は、どうしなくてはならないのか。
旧AEUで佐官ほどの立場であったのならば、その意味が分からないはずもない。
相手の立場を知ったことで戦う事を考え直すような善良な人間性では、軍人は勤まらない。
人を殺すことなど出来ない。
エリート部隊と必要以上に持ち上げられ、最新鋭機の優先導入や階級以上の権限など、他より
優遇されているが、所詮テロ殲滅や紛争地域への介入という作戦の実行部隊でしかない。
それも報道規制を前提とした上での殲滅戦など、軍の正式な戦闘記録にも残らないような作戦
ばかりである。
大義の立つ戦争のみを指揮したいのならば正規軍に戻り、これまで通り天才戦術予報士として
活躍していればいい。
321二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/08/08(日) 01:55:00 ID:???
「我々は世界を、そして民間人を守るための軍人です。その立場にあり、目の前に救える命が
あれば何があろうとも救わずにいられないという衝動に、男女の差異はありません」
カティは、将官の口さがない言葉にも顔色一つ変えずにホーマーだけを見ている。

「大佐は考え違いをしている。恒久和平の実現とは、戦争を遠ざけて平和な世の中にする事
ではない。いわば安全を守るための戦争を、これからも行い続けるという宣言だよ。元より、
戦争に明確な答えなどないと分かっていながら、『戦争とは?正義とは?』という哲学や
宗教の話を、いつまで続けるつもりだ?ここは士官学校ではなく、私は君の教官でもない」
ホーマーは、軽く目を細め、彼女の目的は何かと考えを巡らせる。
グッドマンが、水を向けなければ滞りなく終了した会合であったが、このバカげた答弁は、
時間稼ぎだろうか?会合を長引かせる事で自分を含め、主要な将官達を拘束することで、
何かメリットでもあるのか?思惑は何であれ、それに乗ってやる義理もない。
表向き正規軍からの推薦による異動であったが、これほどまでにアロウズの思想に批判的で
あることを隠そうともせず、何をしようとしているのか。
工作目的で内部からの切り崩しならば、目立たぬよう、もう少し上手く立ち回るものである。

「真理を基準に、全ての合意を目指すのは現実問題において不可能です。だからこそ、
あくまでも筋が通っているかどうかを論点として、善に対する正の優先を目指すことで、
これまでの遣り方ではない恒久和平の実現がなるのではないでしょうか?」
カティは、繰り返し訴えた。
社会に置いては、様々な価値観が併存している。
暴力で対立しなくても、少なくとも言論のレベルでは、それらが衝突を繰り返している。
しかし誰もが正しいということを想定しようとしても、それを想像する能力が欠けていては
非論理的な結果にしかならないものである。
常に他者の気持ちを理解しようと努めることで倫理観を育み、常識に染まってしまうのでは
なく、その常識をも巻き込みながら、何が正しいのか議論し探求し続けるべきではないかと
カティは思う。

プレアロウズ(ホーマー編)後編1
後編2につづく

芋場の規制解除に慌てて投下。次回、後編2で終わる予定です。ではご縁があれば。
他の職人さんたちは、自分に気にせず投下して下さい。
322二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/09/18(土) 12:03:39 ID:???
後編2です。劇00の待ち時間にネカフェにて続きを即興で書いてみた。お邪魔しました。

プレアロウズ(ホーマー編)後編 2

「それは我々にではなく、ただ宗教を盲信し凶悪なテロリストと化した人間にこそ、啓蒙して
やればどうだね?」
全ての人々が、善悪の基準を、信念や倫理、道徳によって判断できれば、どんなによいだろう。
ただ宗教の教えに従う事が正しい行いとされ、それが良いか悪いか考える余地すらないのなら、
自ら判断する必要もなく、それに伴う責任まで放棄出来る。
神や正義という目に見えないものに縋りついて行動するのは、さぞかし楽だろう。
だから宗教を掲げる戦争の末路が、どんなに悲惨で救いがないかを、幾ら説いても無駄である。
そんな人間の弱さ。そして醜さ。
みんな不完全な人間であり、自分もその不完全な一人であることにも気がつかずに、思い通り
にならない世界を恨み、相手を許す事が出来ずに争い傷つけあう。
いくら努力しても、相手と分かり合えないこともあるだろう。憎しみ合うこともあるだろう。
これからも世界から、戦いや争いがなくなることなどあり得ないのだから。

しかし教科書通りの理想的な世の中でなければ生きていけないほど人間は愚かでも弱くもない。
突然、身に降りかかった不幸を嘆き、不条理な世の中に絶望し、どうすることも出来ない
自分の不甲斐なさに恥じいっても、それでも諦めずに世界と向き合い滅びることなく、人間は
歴史を繋いできた。
だから人間は、どうしようもないほど堕落した存在ではない。そして完璧でもない。
間違いながら迷いながらも、このままではいけないと、何度もやり直してきたのである。

「そういえば国連大使の席が未だ空いたままでしたな。そんなに非戦を提唱したいのならば、
ここよりも有意義ですぞ」
グッドマンが、皮肉たっぷりに口を挟む。
カティは、一瞥を投げただけで相手にせず軽く鼻で笑うと、再びホーマーと向き合う。
323二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/09/18(土) 12:04:37 ID:???
「上官の命令は絶対のものとして盲従を強いられる我々軍人と、どう違うというのでしょうか?
何より人間は、権力や暴力によって屈してしまっても、心まで奴隷化することは出来ません」
それでもアロウズが、自分を更迭しないとふんだ上でのカティの発言であった。
そもそも一癖も二癖もある軍人たちの集まりを、手っ取り早くまとめるには共通の敵となる
人物を槍玉に挙げればいい。カタギリ司令ならば、都合よく利用するはずである。
ホーマーは、カティの不遜な態度に怒気をはらんで睨め付けるグッドマンをやんわり制すると、
ゆっくりと席を立ち、周囲に閉会の意を示す。
軍人が、何を思って戦うかなど、ホーマーにとって、どうでもいいことであった。
勿論、彼女の主張は正論でありモラルや人道の点からも正しい。
そういった正しいことを正しいことして、世の中に実現できるかどうかは別問題であるが、
具体策や見通しが立たなければ、夢や理想を語る事も出来ない世界など息苦しいだけである。
その素地となるためにも、世界の治安を安定させることが、軍に求められる役割ではないのか?

それが平和活動家の草の根運動ならば、どんな奇麗事をスローガンとして掲げてもいいだろう。
だが地球連邦軍大佐の肩書きは、決して低いものではない。
軽はずみな発言に伴う責任、それが周囲へ与える影響まで考慮すべき立場で、容易く口にする
度し難い女の愚かさに将官たちも呆れて失笑をもらす。
「自分の男を守るために、今更、臆病風にでも吹かれましたかな?これまで戦術予報士として、
数多くの兵士を死なせておきながら、まったくもって女は浅ましい」
ホーマーに宥められても、グッドマンは収まらず忌々しげに吐き捨てる。
元AEUのエースパイロットとの関係は、周知の事実である。その推測は容易にできた。
また真偽の程は定かではないが、これ以上アロウズに戦力を集中させたくない正規軍上層部が
エースパイロットの参入を渋り、代わりに戦術予報士を差し出したとも、まことしやかに
噂されている。
グッドマンの言葉に、幾許か溜飲を下げた将官たちは、世間話をしながら立ち去っていく。
ホーマーは、もう視線も向けずにカティの横を通り過ぎる。
こんな醜態を晒してまで守りたい人間がいることは、むしろ人として悪いことではない。
バカな女だが、情に流されるのもまた、人間らしく好ましいとさえ思う。
324二十四番 ◆GJcudEYz/UMV :2010/09/18(土) 12:06:39 ID:???
「必要以上に非道に徹することで、我々アロウズのメンバーを始め、人々の視線を何から隠し、
逸らせようとしているのですか?ホーマー・カタギリ司令」
カティは、ホーマーとすれ違いざまに独り言のようにつぶやいた。
カタギリ司令の豪腕振りは、強硬派の筆頭と恐れられ、その能力の高さは今更言うまでもない。
しかし司令の本領は、理性的で礼儀正しく、古き良き日本文化を踏襲した誇りを重んじ恥を知る
人格であり、ちゃんと筋道を立てて話せば分かる人物だとカティは考えていた。
テロリスト相手に、手ぬるい対応などする必要はないが、司令がアロウズの手荒な遣り方を
黙認している事に、なにか拭いきれない違和感が残った。
別段、それに明らかな裏付けや実証があるわけではない。
旧ユニオンの高官であった司令とは、元々親しい交流などはなく、司令の人となりをカティが
買いかぶって誤認しているだけかもしれない。

腑に落ちないといって、憶測でいつまでも迷っていても、正しい答えは導き出せないだろう。
分からないのなら情報を集め分析し、そして相手の反応をみるためにも直接尋ねてみればいい。
短絡的だが、それもまた真理でもある。
数多の情報に惑わされずに必然を見極め、それを追い続けて読み解くことができれば、世の中は
単純ではないが、そう複雑なものでもない。
「…」
ホーマーは、振り返りもせず表情も変えず、その場を悠然と歩き去った。
着実に真実を手繰り寄せてきてはいるが、未だ推論に過ぎず、鎌をかけてきただけだろう。
ここに集まった将官クラスの人間たちでも、軍内部におけるソレスタルビーングの存在に
感付いても、その要諦は把握できていない。
ヴェーダがある限り、それは到底知り得ない機密事項である。

ホーマーは、自分に与えられた執務室に一人戻り、ゆっくりと部屋の中央にある机に向かう。
几帳面に片付けられた机には、モニターと目を通しておく書類しか置いていない。
細々とした問題の処理は、事務方が執り行い結果のみを報告してくる。
戦闘作戦面に関しても戦術予報士がミッションプランを上げてくる。
連邦政府との駆け引きや各界関係者との交流も、側近が組んだスケジュール通りに顔を出して
いればいい。では自分が、しなくてはならないこととは何なのか。
アロウズ司令として自分に求められていることとは何なのか。何故この地位にいるのか。
最高責任者として、失敗し淘汰された時に見苦しくない覚悟だけ持って、全ての責任を取ると
いう程度では、当たり前過ぎる。
325二十四番 ◆GJcudEYz/UMV
「ご苦労様でした。カタギリ司令。貴方は、とても優秀な人間ですが、身内や女性への対応が
甘すぎるようですね。あとあと足をすくわれませぬよう」
突然モニターから光が漏れ、対人用として丁寧な口調で話し、優雅な挙動をとる様に調整され、
いたずらに人を威圧しない華奢な体格につくられた、人の形をした人以外のものが、淡々と
お為ごかしの台詞を吐く。その声音から人間をバカにした様子は、あまり隠しきれていない。
いや元より隠そうともしていない。
まるで見ていたかのような口ぶりだが、実際に先ほどの会合の様子は、端末から全て覗いて
いたのだろう。言葉通りの作り物である怜悧な容貌に、微笑の表情を浮かべる。

ここまで軍や権力の中枢にソレスタレルビーングが入り込んでいるのならば、切り離し完全に
排除する事は難しい。
ホーマーは、机上の小さなモニターに映る自らをイノベーターと呼称する化け物を無言で睥睨
すると、それに背を向けて窓から外を眺める。
この人外もソレスタルビーングである。
彼らは優秀で且つ美しく、そして不死ではないが不老という人間の理想を詰め込まれ、人間
よりも優れた生き物として作られた、人間に使われるための疑似生命体である。
優れているからこそ作られ、まして人間より能力的に劣るのであれば存在する意味もない。
なのに自らより劣った人間に従うことを強いられるという、払拭出来ない劣等感が、人間を
見下すという意味のない選民思想に陥らせるのかもしれない。
彼らに植え込まれた疑似人格には、倫理というものも含まれるが、人間のように意志の自律は
確立されていない。
大体、動物の本能のように、単なる欲望や同調による損得勘定で行為へと駆られるだけでなく、
正や善意に対して、それをする義務はなくとも、敢えて従うという選択をするなど、常に
優秀さを求められる彼らには、理解できるはずもない。
理性によって、自らの意志を自由に設定できる点に於いて、彼らとは違う人間尊厳の根拠を
見いだす事が出来る。

それでも悲しみや憎しみが、世界から無くなる事はなく、これからも人間は戦い争い続けるの
だろう。
しかし自分たちが分かり合えなくとも、未来には分かり合い許しあえる人間が待っていると
信じて、今の世界を守ることは出来る。ソレスタルビーングに、好き勝手にされないよう
立ち回り、共存して未来の人間に世界を託せばいい。
『人間は、そんなに捨てたものではないよ。イノベーターいや、イノベイド』
小さく口の中で呟いた言葉は、ホーマーの喉の奥にくぐもり、声にはならなかった。

プレアロウズ(ホーマー編)了

劇00公開記念投下。ユニオンの男所帯に、少しうんざりしてカティ女史を投入しましたが、
全年齢板は、非エロ必須でした。orz 楽しんで頂けたら幸いです。次はもっと精進します。
ではプレアロウズ(グラハム編)にて、ご縁があれば。(乙女座編の続きです)
これから映画楽しみだなぁ