2 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/14(木) 18:55:22 ID:boLlxFJY
乳揉みてぇ
帰ってキターーーーー!!(゜∀゜)
乙。三日ルールもあるのか;;
新シャアは過酷だなぁ…。
>>1乙である
いっそカカッと30までスレ進めちゃうか
さくさくと行くぞ!
武装錬金!!
もしも種世界にパピヨンがきたら
なんとなく連合にいてなんとなくロドニア強襲しちゃう気がする
3日で落ちるの?
>>10 レスが30に満たない場合、最後の書き込みから3日たつと強制的に落とされるんだわ
そうならない為にも書き込むッ!!
そういえば、前スレも26で終わってるな。
そう言う意味で三日ルールならば、急ぐ必要があるな。
13 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/15(金) 00:35:34 ID:ljZsRs7U
と、いう訳で同士を求む!
上がれ!俺の武装錬金age!!
14 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/15(金) 00:46:05 ID:9PwN3kAB
常日頃ageする
ならば書き込みだ
16 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/15(金) 01:35:07 ID:NxgHomfv
男なら……蝶仮面だ!
17 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/15(金) 04:12:15 ID:RsUTxzEw
蝶最高!
ねおが蝶の仮面をしてるんですね
違う!そいつはグラハムだ!
ネオ、ねぇ…武装運命さんではいつ出てくるかな
残り九!
やる時にやらねば、誰がやる!
22 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/15(金) 17:16:18 ID:9PwN3kAB
上げろおぉぉぉ
しかし大半のSSスレにはちょっときついルールだね
今日も足跡
26 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/16(土) 02:23:08 ID:KiQCoYY5
俺は!
生き残る!
職人帰還祈願age
前回はハイネ登場で終わってたんだっけ?
保管庫に前スレへ投下された最新話の19話入ってるよ
30 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/16(土) 17:47:46 ID:KiQCoYY5
30とっぴ
イエー
これで暫く大丈夫だよね?
新規の者です
新シャアの3日ルールとかよく分からないのですが教えてくれませんか?
33 :
28:2008/08/17(日) 20:30:14 ID:???
>>29 しばらく読んでなかったから知らんかった…
ミーアはいつの間にかエロい銀様になってたのかw
34 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/18(月) 01:09:29 ID:hJIn0fVW
守る!age
35 :
武装炭酸:2008/08/18(月) 20:24:08 ID:???
俺様はパトリック・コーラサワー。AEU学園のスペシャルな教師様だぜ!
ある日、俺は学校でセーラー服の小学生を見かけた。
うちの生徒じゃねえし、第一あんなガキは俺の射程外だ。俺の本命はマネキン先生だぜ!
というわけで放っておいたんだが、そこにいきなり化け物が現れやがった。
そのまま俺は化け物に襲われ、心臓を抉られてしまった。
なんじゃこりゃぁぁっ!?
そしたら例のガキが俺に新しい命、核鉄をくれたおかげで生き返ったぜ!
いぃやっほうぅぅっ!!
そのガキ、ソーマ・ピーリスと強面の親父、コマンダー・アライグマだったかな?
そいつらはホムンクルスとかいう連中と戦っているらしい。
核鉄の力、武装錬金でしかホムンクルスは倒せない。
なら、俺様の出番ってわけだ!
さあ早く来い、ホムンクルス!
俺様のスペシャルな武装錬金、イナクト2000でギッタンギッタンにしてやるからよぉ!
「え、あんた高校生だったの?」
「……中佐、核鉄を回収してよろしいですか?」
「……許可する。私の名はコマンダー・荒熊だ」
「ぼ、暴力ハンターイ!」
武装運命さん帰還を願って保守。
反省は……している。ごめんなさい。
保守
最後に投下されたのっていつ?
>>35 ソレ☆スタが再殺部隊とかだったら面白いかも
39 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/19(火) 16:24:29 ID:+8AU6GyL
ワホーイ
>>35 反省する必要などない。むしろもっとや(ry
変なの沸いたな…………
>>42 オーブの話題はキラスレかカガリスレでやれ
やばい早く武装運命帰ってこい!
生存報告をば。
遅くなりましたが
>>1さんスレ立て有り難うございました。
そして保守して下さった皆様にもお礼申し上げます。
多分今月中には更新致します。毎度毎度お待たせしてしまい、本当にすいませんです。
追記、
>>35さんへ。
コーラ噴いてディスプレイが死に掛けたので、弁済代わりに続きをですね(ry
00キャラでビクター役になりそうな奴は?
50 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/23(土) 17:49:53 ID:vuC9y3Yd
>>48 あ、ああ…………あなたは!もしや!?
((;Д;))
52 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/25(月) 04:19:31 ID:MzUnYTNA
にょいーん
保守
保守
57 :
通常の名無しさんの3倍:2008/08/30(土) 04:58:40 ID:mnq3GP0K
早くネタを!
占領される!!
シン、誕生日おめでとう
おめでとう
階下。
「…………負けたな」
「へ?」
不意に呟いて携帯音楽機の電源を突然落とし、緑髪の青年が立ち上がる。
ヘッドホンを外して胸のポケットに手を突っ込み弄る事数秒、抜き出した掌に握られていたのは。
「武装錬金」
髪色と同じ、くすんだ緑の核鉄。
それが、青年の誓句により姿を変える。
緑の外殻が開き、内側に潜んでいた深く濁る濃緑の構造体を曝け出した。
ずるる、くすんだ緑が六角の棒へ変化し、その先には濁濃緑の刃。
上背を超える程巨大な、大鎌であった。
腕を広げたよりも長い直線と六角で創られた刃、柄と交差するポイントには2枚の巨大で扁平な六角がくっついている。
厄介極まる気配を感じ取り、生徒会長は机の上の資料を掻き集め部屋の隅へ転がり飛んだ。
その直後。
――ビョウゥン!!
颶風が奔る。
横へ一気に振り薙がれた大鎌は、猛烈な大気の対流を引き起こし室内を滅茶苦茶に掻き荒らしてしまった。
なんて事を、叫び掛けた生徒会長は気付く。
大鎌が無い。
まさか、外目掛けて放り投げたのか? 窓を割る事無く?
部屋の荒れ方と裏腹に傷一つない窓硝子を見、生徒会長は背筋に氷柱が突っ込まれたような気を感じた。
物理的不可能をいとも簡単に超越する、それが武装錬金。
投げ飛ばしたままの姿勢で待つ事数秒、青年は体を起こし無言で窓に背を向けてしまった。
そのままのそのそと扉の方へ向かう。
「…………え、何?」
「仕事終わった。帰る」
「は!?」
今度こそ叫ぶ生徒会長某。
目の前には、洗濯槽に放り込まれたかのようにしっちゃかめっちゃかな有様と化した部屋がある。
これを一人で片付けろと!?
手伝うくらいしてけよ、そんな悲鳴が漏れるも伝わらなければ意味は無い。
青年はとっくに部屋から消えていた。
一人残された生徒会長が、がっくり膝を折る。
惨々たる有様の屋上。
やっと終わったとルナマリアが安堵の息を吐き、ステラも続けて緊張を軽く解いた。
戦いの気配に兎角不慣れなルナマリア。例え数分の交戦だろうと、極度の緊張を強いられればそれはもう疲労してやまないのだ。
悪い事したかね、少しばかり胸を痛ませるハイネ。
クロトが現れた時点でステラと一緒に逃げるよう言えば良かったのだろうが、相手が扉の前に居たせいでそれは叶わず。
向こうを退かした時にはすっかりハイネも出来上がっていて、指示を飛ばす事をすっかり失念してしまった。。
こういうトコが隊長に向かないんだ、自嘲交じりの嘆息。
まぁ、何はともあれ、後はクロトを踏ん縛ってしまえば今回のこれは片付くだろう。
皆がそう思う中、ミーア一人だけは険しい顔のまま空を仰いでいた。
指から生やした茨がきりきり蠢く。
「そろそろ騒ぎがでかくなってくる頃だ。さっさと撤収しようや、コイツは俺が持ってくから」
「ああ、解った。ルナ、平気か?」
「ん…………ごめんね」
「謝るのはこっちだ、怖い思いばっかさせてごめんな」
小声で呟いたルナマリアに肩を貸すシン。
反対側をステラが支える。
と。
「――――っがあああァぁぁぁぁぁああぁあああああぁぁ!!」
突如、それまで意識を失っていたクロトが吼えた。
四肢が襤褸屑と化した痛みのせいか悄然とこそしているが、不遜な表情は先と全く持って変わらない。
むしろ、より爛々と炯々と輝いて見えるくらいだ。
一番近かったハイネが、すぐさま核鉄を起動し不測に備える。
「ち、目ぇ覚ましやがった」
「えぁひゃははははははハ! 愉快! 痛快! 大殺界ぃ!!」
「…………ふん」
口から苛立ちと溜息が漏れた。
青杖を蛇腹剣に変え、クロトの首筋へ突きつけるハイネ。
いっそブッタ斬ってやろうかなんて不穏な考えが過ぎったが、吐かせたい事もあるので自重する。
「起きたなら起きたでいいや、予定繰り上げっか。
『堕月之女神』について知ってる事洗い浚いブチ撒けやがれ」
「はひゃはあははははあはあ、言うと思ってんのかよぉオ! 言ったらヤツらに何されるかわかんねぇじゃんかぁア」
「へェ、ホムンクルスも制裁は怖いんだな」
「あっひゃははひゃあは! これ以上なんかやられる前にィ、さっさと退場しとくぜぇエ!」
止める間も無し。
自決、と叫んだクロトは、顎を開けて舌を前に突き出し。
――ガリッ!!
一思いに、噛み千切ったのだ。
ぶわりと鮮血が散る。
シンとステラは息を呑み、ルナマリアに至っては顔面蒼白で今にも倒れそうだ。
が。
「はははははハイネ! いいい今べべべべべべベロがが」
「落ち着け、見てろ」
「へ!?」
動揺の余り呂律が回らないシンに、しかしハイネは平然としたままである。
何故なら、
「…………っだぁあががががぁ! いっでぇええぇえぇぇぇぇエ」
ホムンクルスは、舌を噛み切った程度では死なないのだ。
痛みで思考が上手く回転しなかったせいか、それとも最初から頭の出来が悪かったのか。どちらにせよ下策といわざるを得ない。
「な?」
「………………こいつ、もしかしてバカなんだろうか」
「まぁアジトの位置くらいは知ってんだろ」
呆然と呟くシン。
苦笑いしながらクロトの頬にぺちぺち蛇腹剣を当てるハイネへ、ふと、ミーアが声を掛けた。
「ちょっと」
「あ?」
「妙な気配が近付いてんだけど」
きな臭いわ、ぼやき一つ。
訝しむ表情で首を捻り、警戒を続けたままふと空を見遣ると――――
――ぶぉん、どず。
重く、分厚げな音が、堕ちて。
「………………へ?」
ルナマリアの喉から掠れた息が漏れる。
無理も無かろう、現実に理解が追いついていないのだ。
クロトの左胸を、巨大な異形の鎌が貫いていた。。
左胸に刃が突き立つ光景は、否応無しに明確な『死』のイメージを喚起させる。
ホムンクルスの章印が機能しなくなるのは、人の心臓が機能しなくなるのと同じ事。
例外なく末路は命を喪うのみ。
そんなモノを突然見せられたのだ、視覚的衝撃は計り知れなかった。
足がふらつく。
脳が現実を認識した瞬間、防衛機制が働きルナマリアは意識のブレーカーを落とした。
「ルナっ!」
シンが叫び、ルナマリアを抱えて飛び退る。
「ぇあははははははははは! シャニ、シャニ、ありがとうよ、覚えてやがれぇあははは!」
「Jesus!」「Fuck'in!」
「あははは、はは……ボクは、ボクはねぇえ…………!」
ハイネが頭を抱えて嘆き、ミーアが顔を顰め毒づく。
馬鹿笑いしながら、クロト・ブエルはあっさり命の火を消してしまった。
何も、語ることなく。
亡骸にして鉄屑と化した体が動かなくなった、その直後。
――ごぎん!
大鎌の柄と刃が交差するポイント、そこに張り付いていた一対二枚の扁平な六角形が垂直に跳ね上がった。
艶が無い暗緑色の六角は、空中で頂点に達した後ぐんと軌道を変えて回転しながら別々の場所目掛けて踊り舞う。
片方はハイネの胴を薙ぎに掛かった。
片方はミーアの茨を潰しに掛かった。
二重に響く舌打ち。
ハイネは身をぐんと屈ませて回避に専念し、ミーアは回転する六角を茨で叩いて勢いを減じさせる。
転がったシンとルナマリアを掬い上げ、ステラは屋上の扉を蹴り破った。
逃げの一手を取ってくれた部下に内心で感謝しつつ、ハイネも大きく跳び退って息を整える。
床を踏む音が二つ。
無数に床から茨を生やしたミーアが、舌打ちした。
「っだぁ、メンドくさい! 薔薇薔薇に引き裂いてやろうか!?」
「やめとけ! この回転じゃ下手に縛っても千切られるぞ!」
すっかり紅色に変わった髪をざわめかせ、苛々しながら緑の六角を捌き続ける。
擦れる鉄塊。
体を真っ二つにしようと突っ込んできた六角盤をぎりぎりで避け、ハイネはその横面に前蹴りをブチ入れた。
運動エネルギーに異常なベクトルが混じり、回転軸も歪む。
やや動きが鈍麻した六角盤へ、ミーアがもう一方を跳ね飛ばした。
二枚の重なった刹那。
「幕はとっくに落ちてんだ!」
「いい加減黙んなさいよッ!」
全ての茨を一気に体へ引き戻したミーアは、集めた触腕全ての力を一本の棘針に変えて手の甲から生やす。
蛇腹剣を元の青杖の状態へ戻したハイネは、杖の先端部分に回転するよう脳裏で令を出す。
両サイドでステップ。
そして、くわんくわん曲がった回転を続ける六角盤へ、
――ズッ ゴン!!
乾坤一擲、二人は渾身の力を込め針/杖を叩き付けた。
全身捻り回して勢いを付けた一撃は、見事に二枚の超鋼を貫いて床へ縫い付ける。
みし、軋む音。
装甲の継ぎ目を二箇所穿ち止められたせいで回転出来なくなった六角盤は、数度ほど震えた後動かなくなった。
それを思いっきり足蹴にし、ミーアは舌打ちする。
「あぁ、服が破けちゃった」
「心配すんのはそこかよ…………しかし、マズったな」
呟き、下を見るハイネ。
そこには大鎌が一本床に突き立っているのみ、既にクロト・ブエルというホムンクルスは灰燼へと帰してしまっていた。
口封じか、はたまた粛清か。なんにせよ向こうのアジトを知る手立ては一つ減っってしまった。
クロトが黄泉路でこちらを指差しながらゲラゲラ馬鹿笑いしている光景が脳裏に浮かび、勝手に想像しておきながら大層腹立たしくなる。
「始末書モンだぜ、みすみす口封じを許しちまうとは」
「うっふふ、ざまあw」
「草生やすな。つかお前も覚えてないの?」
「残念、そっちの方は覚えてないわ。顔やられた時だって、逃げてる間は半分意識無かったし」
「そーかぃ」
ミーアに背を向け、やさぐれた調子でハイネが呻く。
して。
「…………けど、嘗められたモンね。巫戯蹴んじゃないわ」
ふと漏れた呟き。
それを聞き咎めたハイネが首だけ後ろへ向けた時、ミーアは棘針を切り離して校庭と逆側のフェンスによじ上っていた。
「あっ! おま、何処行く気だよ!?」
「良い様に出し抜かれたまんまなんてゴメンよ。鎌投げた方はまだ近くに居る気がするし、追うわ」
「追うって、無謀な事をまぁよ! 止めねぇからせめてラクス・クラインの所在言ってけ!」
「うっさいわね、この国周辺にある昔の研究施設とか調べてみたら?」
「ちゃんと教えろよコラぁ!」
「ヒントは言ったわよ! そんじゃまたねっ」
びっとサムズアップ一度、そのまま跳躍。
止める暇さえ無く、あれよあれよという間にミーアは森へ紛れてしまった。
持ち上げかけた所在無い手を下ろし、髪を掻き上げて嘆息。
とにかく、収穫が薄い。
今日語られた分だけで彼女の持つ情報を引き出し切ったとは言い難く、『堕月之女神』の方も奪われた核鉄を取り返しただけで触れ幅は依然マイナス。
彼女曰くの「また」を期待するより他は無しか。
しかし、こちらの旧研究施設。最後の最後で爆弾を投げていったものだ。
ふと下を見ると、校庭が騒がしくなってきている。
姿を見られぬようにはしたが、取り敢えずは退散した方が得策だろう。
無残な有様の床、何時の間にか大鎌と六角盤が消えていた。
「参ったね。こりゃ一筋縄じゃいかないか」
武装解除で自分の手元に戻したか、そう思うも疑問が浮かぶ。
武装錬金は、解除時にパーツが一部でも使い手の元に無いと、武装解除をした際に直接手元へ戻らず武装錬金があったその場所で核鉄に戻ってしまう。
こちらを襲ってきた以上はあの鎌も敵方の武装錬金だったのだろうが、流石に二つも核鉄を投げ打つほど阿呆ではなかったか。
まぁ、良い。
冷厳な戦士の目で争痕を見遣り、ハイネは何事も無かったかのように屋上のドアを開ける。
報告、事後処理、今後の対策、そして始末書。
「…………Oops」
山ほどある仕事に、青年戦士は頭を抱えたくなった。
偽りの蒼天を抱えた砂時計。
その下に位置する白亜の巨邸で、二人の男が対面で座していた。
片や、制服を身に纏った壮年。
片や、普段着のままの壮年。
「…………まさか、今になってお前が戻ってくるとはな。それも、こんな形で」
「ああ、俺もだよ…………思えば、皆には申し訳ない事をした」
「今更だ。謝罪も贖罪も出来はせんぞ」
グラスを手に取って傾け、琥珀色の液体を煽る制服の男。
たん、机上へ戻されたグラスの中で氷が揺れる。
普段着の男はというと、疲れが滲み出た顔に微笑を浮かべるのみ。
「機会さえも与えられない、か」
「本来なら極刑でも然るべき所を、軟禁だけで済んでいるんだ。十分に重畳だろう」
制服の男の渋い声。
見る者が見ればわかったろう、部屋の内装がとある場所に良く似ている事を。
それだけではない。屋敷自体の外装もその場所と同じ、庭に薔薇園がある所まで一緒だ。
かつてオーブに在り、そして今は亡きクライン邸そのものであった。
いや。
正しくは、この屋敷こそが本来のクライン邸であり、オーブのそれはここを模し造られたのだ。
そう。彼こそ、元プラント評議会議長――シーゲル・クライン。
オーブでの一件の後、秘密裏にプラントへ送還された彼は錬金戦団から通達を受けこの屋敷に軟禁されていた。
無用な混乱を避けるため、プラント国民には彼の帰還も軟禁状態である事も秘匿されている。
錬金術は世界の裏側に位置するモノ。
それが理由である以上、彼が軟禁されるに至った罪状を公表する事は出来ないのだ。
――――では、そんな男を軟禁するよう指示出来たもう片方の男は、一体何物であるのか?
大分色の薄れた頭髪。
紫を基調とした品在る衣装。
ぎゅっと眉間に寄った皺は深く、強面の印象を一層濃いものにしている。
溜息に混じるのは苦味と呆れ、そして一握の回帰か。
「しかし…………俺達に何も言わず、勝手な事をして」
「言ってどうなるとも思えなかった、それにお前という前例が居てしまったからな。俺は弱い男だった」
「ふん、全くだ。一人寡婦のままアイツを育てた俺の立場が無いぞ」
「言い訳のしようも無い」
「…………まぁ、大事な者に先立たれる苦しみは知っているが」
苦笑いのようなものを口の端に浮かべ、男は目を細める。
彼は、シーゲルと同じく妻を亡くしていた。
だが彼には健啖な息子が健全に成長しており、シーゲルの娘――ラクスのように命が危ぶまれる事は起こっていない。
連れ合いに続いて命を分けた娘までも喪失する、その恐怖たるや。
男は、シーゲルが道を違えたのに同情的であった
だから。
だからこそ、一層、許せないのだ。
「お前の娘にも、キャンベルの娘にも、一生削ぎ得ない罪を刻んだのだ。重いぞ、来世に至っても償いきれるか」
「来世を信じるのか? …………いや、すまん、茶化す気は無かった。
出来る事をしていかねばならない、とは思っているさ。尤も、この状態で何が出来るかが問題ではあるが」
不躾な台詞が飛び出した口に睨みをくれると、シーゲルはすまんと謝り言い直した。
この状態とは、軟禁という環境だけを指してはいない。心にも関係している。
本を読んでも映像を見ても酒を飲んでも、胸奥の暗澹が消えないのだ。
それは恐らく、罪の意識がこびりついて離れないから。
終わりの見えない贖罪が、臓物を絞め殺さんばかりにぎりぎりと苛む。
辛く、苦しく、終焉無き業。
そんなモノを抱えて、平常でいられる方がおかしい。
「…………だが、まぁ、戻ってきた直後よりはマシな顔になった」
「そんなに酷かったか?」
「ああ。まるでこの世の終わりを見た顔だったぞ」
その言葉に、喉奥で噛み潰した苦笑いを鳴らすシーゲル。
「当たらずとも遠からず、だな。たかだか数十年の生だが、その中でも一番の絶望があった」
「絶望出来るうちはまだ良い。諦念こそが人を殺す」
重々しくも何処か寂しげに呟く男。
第三者が居れば、大きい筈の二人の背が小さく見えたろう。
と。
――きぃ。
木製の扉を軋ます音がし、続けて人一人が室内に早足で入ってくる。
「議長」
「む、ユウキか」
ユウキ、そう呼ばれた来訪者たる男は、生真面目そうな顔にやや疲れを滲ませつつ二人の傍に歩み寄った。
途中一瞬だけシーゲルを見るも、その目は無機質。
それに一抹の寂寥を覚え、シーゲルは自嘲で頬を歪める。
「どうした、急の報告か?」
「はっ。特務隊士ハイネ・ヴェステンフルスより、増員の要請が来ています」
「増員? しかしオーブには、既に彼奴も含め3人を派遣していた筈だが。貴重な前線戦士、余りプラントから離れて貰っても困る」
「…………これを」
乗り気とは言い難い様子の男に、ユウキは一つの記憶媒体を手渡す。
それを訝しみつつ受け取り、鞄に仕舞っていた端末を取り出して挿入。
読み込み終わるまで待つ事数秒。
映し出された報告に、男は目をかっと見開いた。
「なんと…………!」
掠れた呻き声が上がる。
その電子報告書には、男が今回の派遣に際して内心で危惧していた事象が記されていた。
オーブの禁錮施設破壊。
無期懲役に処されていたホムンクルスの脱走、並びに『堕月之女神』への迎合。
拘留中であったラクス・クラインの失踪。
そして、ハイネ・ヴェステンフルスに同行し『堕月之女神』の調査に当たっていた戦士二名の、殉死。
深々と溜息を衝き、机に肘付いて頭を抱える。
「核鉄を奪われたか。相手が相手だ、必然であるとはいえようが…………失態だな」
「はっ、申し訳ありません」
「いや、これはお前に言っても詮無い事だった。後であの野放図を呼びつけよう」
億劫そうに顔を上げ、強面に更に渋みを混ぜる。
思い出されるのは、やたら長ったらしい黒髪を靡かせて呵々と笑う、華奢なようで意外と大柄かつマッシヴな優男。
あの豊かな毛髪に恨めしいモノを覚えたのも一瞬、すぐ表情を繕い直す。権謀術数に生きた男の特技だった、褒められはしなかろうが。
シーゲルは何も言わない。
戦団にも政にも携る事無き身、本来ならこの場が彼の家である事も関係無しに即刻追い出されていてもいい。
それをされない、或いはそうするよう言わないのは、己が去ったあとに男が彼へ助力を願うだろうと踏んだユウキの判断だ。
だから、穏やかならざる心中を隠す。
戦団の一員たるユウキである。裏切り者であるシーゲル・クライン、本音を言えば己がくびり殺したいくらいなのだ!
「――――で、本題は何だ?」
巌のような顔が、ユウキを見据えた。
が、こちらも然る者。
一握たりとて臆さず、今度は己の我を伝える。
「奴を介さずわざわざ私の元に直接足を運んだのだ。それなりの理由が在るのだろう?」
「…………慧眼、御見逸れ致しました」
「世辞はいい」
「はっ。しかし内容に守秘項目があります故、この場で口頭説明は出来ません」
「だから、これか」
「不実をお許し下さい」
ちらりとシーゲルを一瞥しつつ深々と腰を曲げるユウキの態度に、男は苦笑を浮かべ、しかしすぐ顔を引き締めた。
先程開いた報告とは別の場所にカーソルを移し、隠してあったファイルを表示。
押し黙り、目を動かす事数分。
して、全ての文を見終わった男は。
――にやり
巌の顔を、笑ませた。
嘲笑ではない。
苦笑ではない。
失笑ではない。
須らくして、それは、破笑。
「は、はは、そうか! ユウキ、お前も彼奴をそこまで買うか!」
「力量、経験、共に充分かと」
静謐なユウキの言葉に、男は笑みを一層濃いものとする。
「良いだろう。この件、奴に打診しておく」
「はっ、感謝致します」
「まだ通ると決まったわけではないのを忘れるなよ? 取り敢えずお前は先に本隊へ帰還しろ、私はまだこいつに話が在るのでな」
「了解しました!」
びっと砥がれた敬礼をし、ユウキは男達に背を向け部屋を辞した。
彼が三度シーゲルを再び見る事は無かった。
ばたむと扉の閉まる音。
僅かの間静寂が部屋にわだかまり。
「すっかり嫌われてしまったようだ」
「仕方在るまいよ。自分で蒔いた種だろうに」
「違いない」
「…………で、聞いていて解ったろうが、改めて言うぞ。手伝え」
「あぁ、今更断る事は出来んよな」
苦笑い一つ浮かべ、シーゲルは眼前のグラスを取った。
男も同じくグラスを取る。
「これが酒なら良かったんだが」
「この後に仕事を控えた男へ言うか?」
「おっと、そうだったな。すまんすまん」
グラスの中身は、一滴もアルコールの混じっていない純然たる紅茶であった。岩氷が浮かべてあるのはあくまで雰囲気作り。
今度はちゃんとしたものを一本開けよう、そんな口約束をしつつグラスを持ち上げる二人。
喉を潤した液体は、懊悩苦難溢れる前途と裏腹に爽やかな風味を残していった。
夜、寮の食堂にて。
「よー、聞いたか? 学校の屋上がエライ事になってるらしいぜ」
もぎゅもぎゅ白米を頬張るシンの脇に、ヨウランが自分のトレーを置きながら話しかけてきた。
向かいにはレイとヴィーノが腰掛ける。
「ん、あぁ…………らしいな」
「淡白な反応だね。まぁシンにはあんまり興味ある話じゃないかな」
「そ、そんな事はないぞ! わーきになるー」
「棒読み乙。食事の肴には丁度良いし、少し話すか」
「妙に難しい物言いするねレイくん」
「何、気にする事は無い」
優雅に焼き魚をほぐして口へ運びながら、泰然と言ってのけるレイ。
いつもと変わらぬ彼の姿に、皆が頬を引き攣らせた。
微妙な数秒の間が空き、口火を切ったのはヴィーノ。
「まぁ、そんな難しい話じゃないけど。ヨウランの言ったとおり、屋上が凄い事になってるだけで」
「そこら中がベッコベコに凹んでて、なんか斬ったような疵まであるとかゆー話も聞いたぜ」
「暫くは屋上で物を食べられないらしい。残念な事だ」
「そうそう、それに変質者も出たってね」
変質者。
その言葉に、一瞬シンの箸が止まる。
「お、そっちは俺初耳だぜ」
「だろうな、こちらはほぼオフレコだ。屋上荒らしの犯人認定を受けて捜索中らしい」
「屋上荒らしの犯人認定? そんなんどーして解るのさ」
「簡単な話だ。その者が屋上から飛び降りてくるのを見た生徒がいる」
「はァ!? ウチの学校4階建てだろ!?」
「目撃者が結構居るのよ。斯く言う僕も見たしね、校舎裏の森に走ってく影」
「あ、危ない話だぜ」
全くだ、二つの意味を込めた言葉が脳裏に浮かんだ。
「なるほど。下手をすれば、この周囲にまだ件の者が隠れている可能性もあるか」
「おっま、怖い事言うんじゃねーよレイ! よく考えりゃこの話の何処がメシの肴になるんだ!?」
「ならないな、よく考えなくとも」
「腹立つわほんまー」
喋くりながらも食事を進める3人。
だが、シンは先程から一言も発さず黙々と口の中に食事をもぎゅもぎゅ詰め込んでいる。
何事だと言わんばかりに注視してくる友人。
「………………ふ?」
「ふ、じゃねーわい。何をそんな急いで食ってんだよ」
答えるつもりで口腔に溜まった食い物を飲み下そうとするシンの背に、声が掛かった。
「よぉ、食い終わったか?」
「んもふ」
「まだか」
寮監ハイネ・ヴェステンフルス、登場。
のそりとシンの横の椅子に腰掛け、机に頬付き食事が終わるのを待つ。
シンが少し急ぎ気味に飯を掻き込み出した。
その様子に何か不穏なものを感じ、ヨウランは敢えて軽い調子で質問。
「…………なんかあるんで?」
「んにゃ、大層なモンじゃねーさ。ちょいと特訓をネ」
「特訓とな。前時代的な気配がして良いですね」
「レイ、僕ぁ君の琴線が何処にあるかわからないよ」
「――っふ、ごっそさま!」
妙な具合に話が逸れた辺で、手を合わせる音と食事終了の挨拶が耳朶を打つ。。
ちゃっちゃとトレイを片付けてしまい、シンは気合入れよと自分の頬を一度叩いた。
「待たせてゴメン、ハイネ」
「おう。たかが数分たぁ言え出遅れた事は事実だ、追っ付ける覚悟決めろよ!」
すっかり目に馴染んでしまったにやり笑いを浮かべ、意気揚々とハイネは歩き出す。
後ろで小走りしようとしたシンの背に、再び声。
「シーン。なんだか解らんけど、死ぬんじゃねーぞー」
「…………ああ、勿論」
何気なしに言われたであろう言葉。
だがそんなものでも、案じられているのがわかると、嬉しく感じて。
親指を天に衝き向けて、シンは今度こそ駆け出した。
それを遠巻きに見詰める瞳が二対。
「シンも頑張るわね…………なんか、置いてかれてるみたい」
憔悴した顔のルナマリアと、そんな彼女を心配そうに見るステラだ。
本当はステラもシンの特訓を手伝いたかったのだが、今日回収した核鉄と寮に住む生徒達の護衛を仰せつかったためにこうして寮の中にいるのである。
まぁ正しくは、余りにも無体なハイネの台詞に戦慄と多大な惧れを抱いたため残らざるを得なくなったのだが。
“連中も嗜好自体は人間とそう変わんないらしくてな、やっぱ食う物は若かったり瑞々しかったりする方が美味いと考えるようなんだわ。
だから、学校はトップクラスに狙われ易いのさ。特にここは寮っつー夜食保管庫まである、まさしく倍率ドン更に倍だ”
こんな事を言われてなお平然と特訓に付いて行けるほど、ステラの根性はひん曲がっていない。
それにもう一つ。
ステラは、先程から塞ぎ込んだままのルナマリアが心配だった。
物心付いた折から様々な“死”に触れてきたステラと違い、ルナマリアには直接“死”を感じるような場面に出会った経験がほぼない。
プラントに住んでいた頃飼い猫を1度喪った事があるそうだが、それと今回は全くベクトルが違うのだ。
ヒトガタのモノが死ぬ、それも他者に殺されるという光景は、それまで普通に生きてきた者にしてみれば激烈極まる事件に他ならないだろう。
己みたく死に慣れて欲しくは無いが、かといってこのままでも困ってしまう。
折角友達になれたのだ、出来れば前のように明るく闊達な姿を取り戻して欲しいのだが。
ふむぅ、嘆息が響いた。
――――闇は人を不安にさせる。
しかし、眠りの安寧は闇の中にこそ在る。
人は嫌でも闇に身を預けねばならぬ。
空に星が瞬こうと、ネオン輝く街へ繰り出そうと、眼を閉ざせばそこは闇。
戦士見習いは先達と修練に励む。
傷ついた乙女は涙で枕元を濡らしながら眠る。
懊悩する女戦士は無言で核鉄を守る。
薔薇姫は夜天の下を怨敵追いひた走る。
そして悪意ある者はただ忍び寄る。
夜の闇に、紛れて――――
第20話 了
後書き
何が8月中に更新するだよと自らの不手際を嘆きつつ、20話投稿。
今日はシンの誕生日だそうで、もう少し出番を作ってあげたかったのですが、展開の都合上お預けに。
次は原作で言う所の斗貴子さん単独戦闘。よろしければお付き合い下さい。ギギー。
GJ!
GJ!
次回はステラのターンとくるのか!?
GJ!!
GJ!
愚痴スレで保守頼まれたから来た。ってわけで保守。
右に同じ
落すには惜しいぜ、保守
ネタあるんかい
シン「俺は特訓(を受ける方)の天才だー!!」
全く言いそうにないから困るwww
とりあえず保守
そういや、ここの前スレってどこ?
確か、3日で落ちたんじゃなかったか?
>>81 有難うございます。しっかし、何でこんな簡単に落ちちまうかね。
核鉄スレは何回も立ってるが、1回も1000まで行ってない
埋め荒しとキラ厨の的になって、職人と住人が逃げたからな
武装運命氏は、本当に頑張ってくれている
氏の頑張りに応えたい
武装運命はガンダムだ!!
ageますれば
87 :
通常の名無しさんの3倍:2008/09/12(金) 01:24:08 ID:VFaaVun+
真夜中の保守。
俺も保守
保守
90 :
通常の名無しさんの3倍:2008/09/14(日) 20:36:38 ID:h8nDqkyN
仕事終わりに保守
人いねぇ………
ならば保守
保守
人いないのか?
心配するな。
保守しにくる職人待ちの名無しが一人いるぜ。
職人待ち
ならば上げる
保守
ほしゅるぞ
保守
保守
ほしゅ
シンを比古清十郎に弟子入りさせてみたい。
剣心っぽくならね?
議長の弟子になるシン…?
106 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/03(金) 01:33:18 ID:FLfv3xN4
-──----、_
,,.'" `ヽr-‐'7 ♪
,'" i::::└
(( へ_ /::: ノ
ノ ! ゝへゝ_rへ__ゝ∠ i ハ ', 虐待スレからきたんだどぉ〜♪
.〈, /li / ゝ-'‐―´"v` ハ ヽ. れみりゃは虐待スレのおじょ〜さまだど〜!!
ノ レヘ ノ ハ ノ i i わがったらさっさとそのぷっでぃんよこすど〜!!!
/⌒` レ'ヽハヘレ /^ヽVヽノ
♪ 〈/ ハ /iヽ / }! i ヽ
⌒Y⌒Y乂Y!.`〈{_ ノ } _」
" / ⌒Y⌒Y´
'"゙ ̄ ゙̄ ヽ、ノ、_
((、 (⌒⌒ヽ ..Y ヽ、
. ( ブッ!! ゝ| ', r>、 )) ♪
,,r丶〜 '´ 人 ハ ゝイン"
`'、__ 、 , .,,,dr゚'. `
' |゙゙'''‐,iニ,,,,,'''」''\ .゙'(′
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: :::::::ミ,,,,,l゙:::::::::::::::::::::::::::゚ヽ-″::::::
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamechara/1222817146/l50
九頭龍閃
108 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/04(土) 11:43:20 ID:OnApMdFb
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保守
眠れない。
どうにも冴えてしまった目をぐしぐしと擦り、ステラは寝巻き姿のままもそりとベッドから身を起こした。
慣れている筈の一人寝が、何故か寂しい。
近くに人の温もりがあるだけで得られた安心は、知らずの内に己をがしりと捕らえていたようだ。
すとんと板張りの床に降り立ち、机を見る。
罅割れて今暫くの間使い物にならなくなった核鉄が、無造作にほっぽらかしてあった。
それを手に取り一瞥。
錬金の戦士と人間型ホムンクルスの戦いにおいて、核鉄とは言うなれば将棋の駒である。
奪えば自軍の戦力に、奪われれば相手の戦力になる道具。決して軽視は出来ず、しかしそれを奪う事にのみ傾倒するのも是ならず。
今回の場合、こちら戦団側が奪取に成功した形だ。
とは言え戦団の現在総戦力は2人と半分。
プラス、夕刻襲ってきたクロト・ブエルと同じ位の戦闘能力を持ったホムンクルスを相手取れるのはハイネ一人しか居ない。
そしてそのハイネも、現在はシンを鍛えるためこの場には居ない。
向こうにしてみればチャンス。
こちらにしてみればピンチ。
恐らく『堕月之女神』は核鉄を取り返しにくる筈だ。
ふぅ、溜息が漏れた。
と、ここで思い至る。
眠れないのは自分が武装錬金を行使しているせいではないか?
核鉄を揺り起こすのは闘争本能。戦う気概が燻っている状況下で眠れる程ステラは器用ではない。
やる気があってもボケは起こるものか、無体な事を考えつつガイアに報告を要求した。
哨戒に出している忠犬は、消耗を抑えるため索敵にのみ役割を振っている。デフォルトよりも目鼻が利くようにはしたが、現在の戦闘能力は野犬並みだ。
向こうからの返事は、異常なし。幾つか設置したプローブにも反応は無いとの事だ。
再び溜息。
用心に幾つか武装を手元へ置いておいたが、杞憂に済んだか。
僅かに気を緩めようとした時、ステラは気付いた。
――チカッ、
視界の端で何かが点滅している。
それは、手の中にある核鉄。
罅割れの中に、発信機が巧妙に仕込まれていたのだ。
「しまった…………」
緩む前以上にビンと張り詰める緊張の糸。
ぐしゃりと指先で発信機を潰し、ステラはすぐさまガイアへ全速の帰還命令を出す。
踏んでいたスリッパを足裏から剥がし、ベッドの下に仕舞ってあったラバーソールの安全靴を履いた。
こつ、爪先の鉄が床を打つ音。
前もってガイアから外しておいた長銃を手に取る。
罅入った核鉄は、ベッドに引っ掛けてあったウエストポーチに詰めた。
戦闘用の道具各種が一通り入ったポーチは、中身が中身故か見た目よりもかなり重い。
ナイフ付きナックルダスターを反対の手で掌握。
ふと下を見ると、だぼついたひよこ柄の黄色いパジャマが視界に入る。
酷く不釣合いな格好になってしまったけれど、そういう場合ではないので気にしない。
呼吸の回数と間隔を、細く、長く、鋭く、意図的に押さえる。
息を一つ吸い一つ吐くごとに、全身の細胞が意識を戦闘へ向けていく。
きりりと研ぎ澄まされる感覚。
一度閉じた目を開いた時、ステラは一人の戦士となっていた。
戦う者として思案。
罅割れた核鉄を奪いに来る者がいるなれば、それは夕刻クロトを始末したあの大鎌使いであろう。
ハイネとミーアが盾に空けた孔も、あの程度なら既に直ってしまっている筈だ。致命的なダメージでなければ数刻と待たずに元通り、げに凄まじき自動修復。
こちらのコレも早く直って欲しいものだ、此方の掌中にある間に。
頭を振り、歩き出したステラ。
横スライドの扉、手は使わず取っ手に銃を引っ掛けて開ける。
からら、悪くは無い滑り音。
廊下へ踏み出し軽く首を左右へ向けると、所々の扉から光が漏れているのが見えた。
人が住む証明。
そう、ここには人が居る。
平穏に暮らしている、何も知らないままで良い人々が。
ナイフを持った左手でポーチを撫でる。
扉を開けた所でガイアから入った報告によれば、懸念通りの大鎌を携えた男が寮の正面側から接近しているそうだ。
その小さな双肩に掛かったものは、決して小さくなど無い。
されど、そんな事は承知の上だ。
廊下へ一歩踏み出して窓を鍵開け、ステラはそこから半分身を乗り出した。
夜天闇色、星の瞬きも薄弱。
見咎める者は誰もいない。
するり、窓枠を思いっきり踏み切って跳躍。
数メートル程の浮遊感、やがて来た着地の衝撃を膝で殺す。
僅かな痺れを振り払うように走り出すステラ。
開け放たれたままの窓が風で軋んだ。
武装解除でガイアを核鉄にして呼び戻す手もあったが、そうすると一時的に相手の動きが捕捉出来なくなる。
向こうの持つ武装錬金の特性が分からぬ今、下手に目を離せばその隙を突かれかねない。
監視の目を途絶えさせる事こそ愚策と判断したのだ。
走る速度を徐々に歩行並みへ落とし、今度は警戒しながら少しづつ進む。
数分ほど進んだ所で、 一直線の道向こうに、敵が見えた。一人。
くすんだ緑髪で片目を隠し、着崩した軍服のようなものの肩に巨大な鎌を担いでいる青年が。
夕刻見たそれと同じ、六角の板を二枚携えた大鎌。
ホムンクルスの追討者――シャニ・アンドラスという名だった。
付かず離れず傍で男を監視していたガイアが、男の脇を抜けステラの下へ来る。
しかし、シャニはさしたる反応を見せない。止める素振りさえ皆無だ。
右の足元へ寄りくると回って左側から顔を出す忠犬、その背中から生えた双翼の付け根に手を伸ばす。
装甲の一部が持ち上がり現れたコンソールへ、哨戒モード終了及び戦闘モード移行の指示。
――ヴ、ン!
双翼が剣光を帯びた。
「…………ん?」
ようやく青年がステラの存在に気付く。
ヘッドフォンを嵌め大音量で何か聞いていたらしい、数メートル程隔てているにも拘らず僅かにノイズのような音が聞こえる。
注意も散漫になるわけだ、ナイフを握り直し心の中で嘆息。
「戦士かぁ……」
「ここから先へは行かせない」
「…………うざい」
亡と焦点の合わぬ目でステラを見、シャニは鎌を肩から下ろして両手で握る。
ちり、首筋に悪寒。
すぐさま腰を落として前に飛び込み、二度トリガーを引くと同時にガイアへ攻撃令を出した。
薄闇灼く光条二閃、そしてガイアが吐き出す無数の光礫。
頭のすぐ真上を薙ぎ抜いた大鎌が、髪の毛を幾本か攫っていく。
動きに乱れは見られない、外したか。
無言でもう一発撃ち込もうとしたステラは、しかし今進めた距離以上をバックステップして離す。
またも駆けた悪寒は胸元、下から突然せり上がってきた鎌刃がパジャマを軽く裂いた。
薙いだ勢いを殺さず鎌を背に回したのだと理解した時、向こうは再三の追撃準備を終えており。
踏み込み二つ、大上段から振り下ろす一撃。
ざ、ステラは躊躇せず右に飛ぶ。
跳ね上がった鎌が宙で一瞬踊り、腕に痺れでも走ったか、シャニは顔を顰めた。
向こうにしてみれば降りた前髪が邪魔で急に位置を把握しにくい方向、その上に鎌は避けられ地面を叩いただけ。
舌打ち一つ。
逆手に握ったナックルダスターを長銃に接続し、構える。
脇でガイアが足を引き絞った。
ぐっと柄を引いて再び横薙ぎの姿勢に入るシャニの章印目掛け、ステラは今度こそと言わんばかりに引き金へ掛けた指を動かした。
一度、二度、三度。
光線の着撃速度は正しく光速、標準さえ合っていれば確実に仕留められる。
その、筈だった。
――ゅわん!
形容し難い音が環状に広がる。
スライムを音叉で殴り付けて上手く反響したら鳴るかもしれない、そんな現実味に乏しい奇妙極まる音。
間髪入れず双翼に光を灯したガイアが踊りかかるも、まるで空中で何かに掴れた様に動きを止め、そのまま逆に吹っ飛ばされてしまう。
何が、そう言いかけたステラの口より早く、姿勢を直した青年が鎌を突き出してきた。
反射的に銃を盾代わりとするも、強烈な衝撃は容易く手を衝き抜けて胴体まで掻き乱す。
ごほっ、肺の中の空気が纏めて噴っ潰された。
突かれたままに身を投げ、呻きながらも距離を取る。
肋骨にわだかまるインパクト。
吐き出された分の酸素を求める体に従って荒く大気を取り込みながら、ステラは今起こった事を思い返した。
三発撃って一つも当たらず、普通ではない。あの間隔/感覚なら少なくとも一発は当たる筈なのだ
ゆっくりと鎌を引き戻して肩に担ぐ青年。
ふと、ステラはその鎌を見る。
薄気味悪い緑色をした刃と柄が交わるポイントから、何時の間にか、二枚の板が消えているではないか。
訝しむと同時に、突然月光が翳った。
首を上に向けると、そこには、件の板が浮遊していて。
ひゅ、ステラが呼気一つ零し後ろへステップ踏むと同時に、双板が青年の前後へ落ちる。
まるで盾のごとく立ちはだかるそれから、何か表現しようの無い“波”が放たれているように見えた。
確かめるか。
呟き、六角板へ二度射撃。
すると。
――ゅわん!
またあの異様な音が響き渡り、そして、六角板から吐き出される“波”が。
「うそっ!」
“波”が、本来なら曲がる筈無い物を、光線を、捻じ曲げたのだ。
逸らされた光線は空へ跳ね上げられそのまま散っていく。
不愛想だった青年の顔に、亀裂じみた歪んだ笑みが浮かんだ。
成る程、あの武装錬金で肝心なのは大鎌じゃなく六角板であったか。得心半分愕然半分で、臍を噛んだ。
特性が光線の歪曲であるなら、この長銃ではどう足掻けど攻撃は届かない。
ナックルダスターの接続を長銃から解き、傍で力なく伏せっているガイアの肩へ繋ぎ直す。
四脚の内の一本が曲がってはいけない方向に曲がっていた、これで戦闘を継続するのは酷だろう。
へらへら笑ったまま余裕のポーズを見せる青年。
何をやっても無駄だよ。
暗にそう言われている様で、怒りに腸がごぼりと煮え立つ。
実弾なら通ったか。あるいは零距離に入れば。
思考ばかり右往左往と奔走し、動く事が出来ない。
「へへへ。お前、弱いね」
「うる、さいっ!」
安い挑発だと冷静な思考は止めたが、激情に流された。
ポシェットの中に手を突っ込み、護身用の拳銃を引っ張り出してブッ放つ。
あっという間に撃ち尽くされる12発の弾丸。
鉄を梳る甲高い音が響いた。
あの異音は、鳴らない。
“波”は今なお揺れているのに。
弾かれた様に大鎌を振りかざし躍り掛かってきた青年の脇を無理矢理すり抜け、駄賃代わりに背中を蹴放す。
青年がつんのめったのを傍目に、彼の居た場所、今なお地面に刺さったままの盾を見た。
くすんだ緑に、小さな銃創。
ナックルダスターを一層強く握り、ステラは逆手から生えた刃部を六角板の継ぎ目に思い切り突き立てる。
みぎみぎと硬質の物体を割り裂いていく抵抗感。
姿勢を戻した青年が慌てて振り返ったようだが、その頃には盾の片方は“波”も出せなくなっていた。
途轍もない大振りの横薙ぎを、ナイフが食い込んだ盾で受け防御しながら跳ぶ。
衝撃で外れた板には目もくれず、生い茂った木々を足場にして再び跳躍。
鎌、それもあれほどに巨大な物を振り回す場合、挙動の間に厭でも隙が出来る筈。
突くべきは、そこ。
「うぇい!」
獣のように真っ直ぐ走り、ぞぶりと肉を裂く手応え。
「…………ぅぅぅぅウザいんだよ!!」
青年が上げた声は、ただ苛々をのみ含んだものだった。
すれ違いながらの一閃は青年の腕を手首から肩まで真一文字に掻っ裂いており、傷口から鉄と油と血を滲ませた。
人間なら阿鼻叫喚の大ダメージだろうが、ホムンクルス相手では僅かでも腕の動きを遅められれば御の字な程度。致命傷には程遠い。
ずるりと傷口からナイフが抜け、一瞬ステラの運動エネルギーが途絶える。
行動の過程/結果に隙が生まれるのは最早必然、その一瞬でステラは襟首を青年に掴まれてしまった。
腕一本で吊り上げられた体、ぎりぎり締まる首元。
「ぎっ……か、は、ぁっ…………!」
「捕まえた…………死にな」
嗜虐的にぎっと犬歯を剥き出し、掴む腕に力を加えていく。
呼吸が阻まれ、意識まで遠のきだした。
マズい。
掴む腕にナイフを突き立てるが、力の弱まる兆しは皆無。
肩に鎌の柄が乗った。
今すぐ喰らった方が効率は良かろうに、わざわざ首を刈り落とす気らしい。
ひた、首裏へ冷厳な刃を突き付けられたのが感覚で分かる。
酸素が回らない。
意識を保てない。
落ちる。
落ちたら、死ぬ。
自分だけでなく、皆が、死ぬ。
ステラ・ルーシェに取って、死とは最大の禁忌。
声無き怨嗟が響いた。
遠い記憶の闇が疼いた。
無数の淀んだ眼が蠢いた。
死にたくないなら、死なせたくないなら、
―――― 殺 せ
虚ろっていた眼の奥で、がちりと、闇色の歯車が噛みあう。
「ぐ、が、ガイアぁぁぁっ!!」
掠れの酷い声を限界以上に張り上げ、己が忠犬へ号令。
力なく伏せっていたガイアは、その声に顔を跳ね上げ四肢へ一気に力を込めた。
駆動系のイカれた一本がミシミミ音を立てるが、主人の命こそ至上。
牙を曝け出し、主の首を捕らえる腕目掛け疾走する。
シャニが胡乱な眼を向けた時、ガイアは既に主を捕らえる腕へ跳び掛かっていた。
――ゾブッ!
鉄が体に潜り込む冷たさ、そして直後に遅い来る強烈な熱。
垂直に崩れ落ちるステラの体。
手を放したつもりは無いのに、熱と乖離した思考が疑問符を浮かべた。
咳込みながらも距離を取るステラ。
その手には、ナイフと、その刃に刺さったままの。
シャニの腕。
もぎ取られた己の一部を、青年は呆然と見つめる。
「あれ…………しまった、かな」
しかし、反応が薄弱に過ぎる。
取り乱しもせず、ただ腕が無くなったという事実を取り敢えず認識しておいただけのようにしか見えない。
荒い息を無理矢理普通のリズムに押し込める。
だが、首を絞められたせいで狂った呼吸は中々戻らず、その上数時間連続でガイアを哨戒に出していた事が災いし、体に凄まじい倦怠感が圧し掛かってきている。
一度でも武装解除に追い込まれれば、もう一度核鉄を揺り起こす事は叶わないだろう。
胴へ受けた突きの衝撃も未だに抜け切らない。
だが、動揺は無かった。
それどころか。
「ウザいなぁ…………さっさと核鉄もって帰りたいんだけどなぁ」
「――――」
「まだ、邪魔する気なんだ……ん?」
ぼやけた雰囲気を纏わせたままでこちらを見てくる青年。
その眼が、ステラの眼と交錯する。
感情の揺れというものが見受けられない、静謐極まる眼。
シャニは、そういう眼をする者に覚えがあった。
このホムンクルスの体を得るまでに幾度も踏み潰し、薙ぎ払い、叩き壊した連中と同じ。
度重なる戦闘と調整の果てに己の人格を放棄し、ただ命令のままに動くだけとなってしまった生き人形の眼。
バケモノの退屈そうな顔に、僅かに苦味が混じった。
忌むべき、とは言わぬまでも、決して好ましからざる記憶を思い起こさせられたせいだろう。
だが別段危惧などは無い。こんな虫けら程度の存在、幾らだって蹴転がしてきたのだ。
噛み千切られた腕は人でも喰わねば直りそうに無いが、目の前の者をどうこうするぐらいなら片手でも十二分に過ぎるだろう。
そう、思っていた。
すやすや。
微かに笑みながら、ラクスは布団の上で童女のようなあどけない寝顔を晒していた。
その傍らには幼い少年少女。
マルキオ導師が保護した孤児たちだ、そうラクスは聞いている。
常ならマルキオ自身が世話をしているのだが、それに加えて自分やヒルダ(ミーアは生き汚そうなので除外)までも寄り掛かってしまうのは余りに酷だろうと言う事で、自ら手伝いを申し出たのだ。
して、今日一日を共に過ごした結果が。
「すぴー……すぴー……」
「おねーちゃん…………むにゃむにゃ」
「…………ん、にゅ」
今の、皆で一緒に眠る布団である。
たった一日で随分仲良くなったものだ、マルキオはただ感心していた。
彼らがマルキオに心を開くまでは大分時間がかかったのだが、やはり女性と言うものは違うのだろうか。
それとも、彼女だからこそ、か?
椅子に腰掛け、点字が振られた経典を読みながら、導師は思案する。
ラクス・クラインの歌は、凄まじい。
朝方こそ警戒心露わだった子ども達が、昼食を作る折に彼女が小さく奏でていた鼻歌だけで、態度を一気に軟化させたのだ。
こうして一枚の長布団で眠るなど、今朝のマルキオは考えもしなかった。
人を信じよと書かれた章の頭で経典を閉じ、導師は思案する。
もし、このような事を彼女が意図的に行っているのだとしたら、彼女には恐るべき才覚があると認識できる。
独裁者の才覚だ。
ただ一小節唄って後に命を下せば、好悪は在れど恐らくは誰もが従うだろう。
フルコーラスが響き渡れば、彼女のためなら死をも厭わぬ大軍隊さえ生まれるかもしれない。
しかし、だ。
もし彼女にそういった打算や利権を案じる思考回路が無かったら?
ただ善意のみでその歌を撒き散らすなら?
脳裏を紫電が走った。
あぁ、もしそうなったら、彼女の才覚は独裁者などという枠に収まるまい。
己のような凡人には到底想像も尽かぬ、善意のみにて創られた世界。
恐らく、それは天国なのだろう。楽園、理想郷、輝かしき新世界なのだろう。
誰もが他者を疑わず、誰もが誰かのために働き、誰もが罪を知らぬ、誰もが笑顔の世界。
あぁ――――何とも、素晴らしいではないか!
生まれた赤子にさえ原罪が宿るこの煉獄、罪に罪を重ねるのが人の業。
それを救済し得る存在と己が生ある間に出逢えた奇跡を、マルキオはただ大いなる神に感謝した。
だが、今のままではいけない。
彼女は己に秘められた力の使い道を知らぬし、世の柵に囚われてもいる。
善性を損ねては無意味。
されど超然と在らねば信仰は得られぬ。
ならば、自分が教えよう。
彼女は導く者。
その足元に広がる礎の一石と成れれば、この身において正しく最たる幸福だろう。
閉じていた経典を手探りで開き、薄く微笑んだまま再び読み出すマルキオ。
その、章の名は、
「ラクス・クライン…………貴女は、きっと」
――――種子を持つもの
シャニ・アンドラスの武装錬金、名を<<FORBIDDEN-FORT:禁断の要塞>>。
特性は“空間の歪曲”であり、先程光線を曲げられたのもその力を利用したからである。
本来なれば銃弾もナイフも通す事は無いのだが、この場所を訪れた時の油断と慢心に満ちていたシャニは光学兵装だけに作用する“波”を展開していた。
なにせ“波”を出力全開にすると疲労の度合いが段違いに跳ね上がるのだ。
盾一枚の破損を期にやっと“波”を強めたものの、それは残念ながら遅きに失した。
脚一本落とした狗と自我が抜けた女一人とはいえ、向こうは任務を任されて然る戦士。盾が揃っていれば片方の動向を封じる事も出来たろうが、一枚だけでは手を煩わせない壁にしかならず。
そもそもの思い違いは、己が嘗て磨り潰してきた生き人形とステラを同列視した事である。
重ね重ね言うが、幾ら雰囲気が似ていたとすれど、ステラは歴とした戦士。その力は木偶と比較するまでも無い。
要するに、シャニはステラを嘗めていた。
その結果が、
「げ、はっ…………!!」
鎌を腕ごと落とされ、四肢をもがれ、章印を掻っ裂かれた、この惨状だ。
無感情にシャニの髪を掴み上げたまま、ステラは右手に握った物を首筋へ押し付ける。
ナックルダスターから生えたナイフ、その刃から伸びる淡い紅色の光。
触れれば焼き斬られる光刃であった。
曝け出された左眼は、右と違いくすんだ金色。
ヘテロクロミアのぼやけた双眼が、迫る光刃をぼんやりと見る。
かさかさに罅入った唇から零れる血塊。
「お、まえ…………! ロドニアの、出、じゃ」
「――――」
何か言いかけたシャニの首を、ステラは、無言/無表情/無感情で、刎ねた。
ぼとりと重力に従い落ちる身体。
章印を傷つけられ頭も斬り離された胴体は、滅びの定めに逆らえる筈も無く塵と化していく。
光が徐々に弱まり、ナイフから一片の燐光さえ消え去った時、ステラの眼にやっと感情らしきものが戻った。
思考の歯車が錆付いたように上手く動かない。
からん、大鎌が核鉄に戻り乾いた音を立て転がった。
訳が分からない。
手に持っていた砂塊を慌ててぽいと地面へ投げ、ステラは息を吐く。
凄まじい疲労と激痛が全身を苛んでいた。
中央から末端に至るまで、全ての血管が限界を突破した血流に晒されたかのようだ。
いや、“ようだ”ではなく、事実その通りだった。
不気味なほど冷えた脳は、全身に根付いた血が炎々と盛っているのを自覚する。
張り巡らされた毛細血管が破損し、周りの細胞に血を撒き散らすせいで、指先がちりちりと熱い
足元に寄って来たガイアを一度撫でてやり、ステラは武装錬金を核鉄へ戻した。
ずんと重たかった疲労が少し和らぐ。
クロームの超鋼を所々擦り切れたパジャマに仕舞い、転がっているもう一方の核鉄を拾い上げたステラ。
盾1枚の破損だけで済んだためか、罅や機能不全などは特に見受けられない。
安堵の溜息と共にそれをポーチへと仕舞う、
――BANG!!
その手が、銃声で止まった。
「!」
横合いからの銃撃。
首を巡らせた先には、人影が一つ、薄ら笑いを浮かべながら拳銃を彼女に向けていた。
シャニが着ていたのと似通った意匠の服を纏う、若い男。
左の胸元から薄く見える模様が、彼奴は人外であると証明している。
ガイアを戻すべきじゃなかった、ステラは歯噛みした。
何の変哲も無い弾丸でさえ、常人には致命のダメージとなりうるのだ。
「おっと、ストップだ。風穴欲しいか?」
軽いモーションを読まれ、先んじて動きを封じられる。
突き付けられた銃口は真っ直ぐに心臓をポイントしており、ブレる様子も無い。
この場から逃げ出すのと、向こうの引金が引かれ銃弾を撃ち込まれるのと、どちらが早いかは自明の理だ。
ステラは今、何をも出来なかった。
「あぁ、喋るくらいは構わないぜ? つーかむしろ是非とも喋ってくれ。基地ん中にゃほっとんど女がいねぇし、居たっても虫付いてんだよな」
「…………何しに来たの?」
「お、良い声だぁ。惜しいなおい、戦士じゃなきゃ囲ってたぜ」
軽薄極まる台詞。
白けた目をするステラに、男は調子を崩さずにへっと笑う。
「派手なマネは上から止められてるんだ。今日は挨拶だけにしとくさ」
「言うだけなら幾らだって出来る。それに夕方も今も襲撃はあったし、第一銃を付き付けられながらの言葉なんか信じられない」
刺々しいステラの言葉を、笑った顔のまま肯定する男。
「違いない、道理だ。だが忘れてもらっちゃ困る」
「…………?」
「今、お前の生殺与奪を握ってるのは、誰だろうな」
きりり、男の指が掛かった引金が軽く動いた。
よく見れば、男の銃は一般規格から優に外れる大きさを持っており、従って口径も相応に広い。
コレから吐き出される弾丸を食らえば、例え着撃点が四肢の末端だろうとそのままショック死まで持って逝かれよう。
それにこの距離が拙い。避けるには先読みが必須、尚且つそれが通じるのも恐らく初撃だけだろう。人間相手ならもう少しくらい避けられそうだが、一般的なホムンクルスではすぐに修正点を算出される。
残念ながら、ステラにこの状態を引っ繰り返せるだけの策は無かった。
「夕方と今し方も襲われたっつったが、それは連中の独断専行。オレはそいつらをしょっ引いて、場合によっちゃ処断もするようだった。
それを代わりにやってくれた戦士諸君に、恩賞を差し上げたい」
尊大な物言いだった。
化物が、戦士を、下に見る。その上に慈悲までくれてやろうというのだ。何ともはや、屈辱の極みである。
それに甘んじなければ生を繋ぐ事も出来ない自分こそが、何より憎い。
が。
次に男の口から飛び出した台詞を聞いた瞬間、ステラはその認識を異次元へそっくりと投げ棄てた。
「じゃ、取り敢えず核鉄出すか。3つ」
「…………は?」
「今お前が倒したヤツのと、夕方のヤツのと、お前自身の核鉄、みっつ。それ出せば、この場は見逃してやるよ」
「な、そ、そんな、無茶な事をっ…………!」
暴論の極地に、流石のステラも思わず二の句を継げなくなる。
戦士としても、ひとりの人間としても、ホムンクルスに核鉄を渡すなどあってはならない事。
だが、渡さなければ己はこの場で確実に死ぬ。それに治まらず、機嫌を損ねた目の前の化物が寮生までもを喰い尽しかねない。
渡すか。抗うか。
懊悩が思考速度を鈍麻させ、裏腹に心臓は早鐘がごとく動き血液を体中に回す。
四肢の末端に走る細やかな疼き。
痛みが引いているのだ。完全に起動する自前の核鉄とほぼ不具合無しの核鉄が、身体の治癒力を相当に高めていたようである。
動けるならば取れる手も増える、ステラは内心歓喜した。
しかしまだ数手足りない。どうにかして、この場を制する策を考えねば!
懊悩一色の顔を作ったまま考えていると、ふと、ポーチの中に半分入った手が何か異質な物に当たっているのに気付いた。
金属製と思しき円筒、ピンが絡み付いた機構を指先に感じる。
もしや。
記憶が正しければ、これは十分に鬼札足りうる品の筈。
取るべきラインは決まった。後はアフターフォローさえ何とか
「どうするんだぁ? 早くした方がいいぜ、オレはそんなに気ぃ長くないからな」
掛かってきた声に、ステラは思考を半分そちらへ向ける。
拳銃を握った方と逆の手で、急かすようにちょいちょいと指を動かした。
相変わらずの薄笑い。
その油断、好都合だった。
「…………わかった」
一言だけ応えつつ、ステラは円筒のピンを引く。
数秒の時間稼ぎは懊悩の振りで良い、後はタイミングを間違えなければ。
「何やっても無駄だぜ?」
「――――っ!」
まるで、こちらの心を読んでいたがごとき言。
しかし賽はとっくに振られている、今更止まる訳には行かない。
ステラが、ポーチから円筒を抜き出して投げる。
男の怪訝な顔を他所に、後ろを向いて目耳を塞いだ少女。
嘗て軍属だった男が投げられた物の正体を察した時には、もう手遅れだった。
――ッピィィィィガァアアァァアアアアァァァァン!!
閃光、轟音、衝撃。
「っがぁああぁぁぁ!? 目が、目がぁぁぁぁああぁあ!?」
続いて、男の慟哭。
あの円筒は、ステラの記憶通りスタングレネードであった。
常人より高性能の視野聴覚を持つホムンクルス、その動きを止めるにはこういった品が地味ながらも確実に効果を発揮する。
ここにきて鬼札を切ったステラ、最早迷いはしなかった。
顔を抱え身悶える男に向かって一歩踏み出し、安全靴に収まった足を上へ振り上げる。
渾身の一撃が決まったのは、
「うぇいっ!」
――金ッ!
「ぉぐほ!?」
男性のシンボルが鎮座まします、股間であった。
絶句し崩れ落ちた男を尻目に、ステラは振り向いて颯爽と寮へ駆け出す。
目、耳、そしてシンボルを激しく甚振られた男には、すぐさま追い縋る事など到底不可能な話であった。
半分賭けではあったが、これでほぼ条件はクリア。
走りながらPDAを開くと、丁度新着のメールが入った。
特訓を終了したハイネからで、グロッキー状態のシンを寮へ戻しこちらに向かっているとの事である。
ステラは策の成功と賭けの勝利を確信した。
無責任なようで何とも心苦しいが、この男が追討を掛けてきた場合、今のステラ一人では絶対に勝てない。そのための次善策が、帰寮したハイネと共同戦線を張る事であった。
今日は博打ばかりだ、肝を冷やしながら走るステラ。
然程もせず、向こうから橙と紅の人影が近づいてきた。
「戦士長!」
「あぁ、御苦労!」
既に青杖を握ったハイネである。
ステラとすれ違って5歩進み、杖の形状を解いて鞭に変形。
息の詰まる沈黙が数分、のそのそと向こうから件の男がにじり寄って来た。
目耳の機能はそれなりに回復しているようだが、内股は直っていない。
「よぉ、色男。顔色が優れないようだが、寮のトイレは貸さないぜ」
「い、るかよ…………くっそ、当てが外れたぁっふぐゥ!」
「……お前、何やったの?」
「股間蹴った」
その一言を聞き、ハイネの股座がヒュッと冷えた。
いまいち理解が及ばぬ故、小首を傾げるステラである。
息吐いて気を取り直し、男へ声を掛けるハイネ。
「で、どうする? 戦るかい?」
「い、いぃや…………やめとくさ。上から止められてるし、戦士長格を相手したくはねぇ。何よりナニが痛い」
「…………俺が言う義理でもないが、お大事に」
「おぉ」
先程までの尖り様が嘘のように、よたよたと去って行く男。
その足が、途中で止まる。
「…………『アルテミスの荒鷲』バルサム・アーレンド。何時かお前らを喰らう男の名だ、覚えときな」
首だけを此方に向け、男はそんな捨て台詞を放った。
眼光こそ自称した通り荒鷲の如く尖ってはいたが、正直ここに至る過程が過程のためいまいち恐ろしくない。
股間を押さえながらゆっくりと去って行く男――バルサム。
その後姿が完全に闇の向こうへ消えたのを確認した所で、二人はやっと安堵の溜息を零した。
「ふぅ…………よくやってくれた、戦士ステラ。報告は明日聞く事にして、取り敢えず帰ろうや」
促す上司に従い、ステラは寮へ向け歩き出した。
――ぎち、
脳奥に、闇色の歯車を抱えたまま。
第21話 了
後書き
幾度言ったか分からぬお待たせしましたを改めて述べつつ、21話投稿。
思いっきりすっ飛ばしましたが、シャニも結構強いんです。しかしそれ以上にステラには色々有ったわけで。嗚呼ガイア込みの戦闘は難しい。
誠心誠意続きを書いておりますれば、気が向かれましたらお付き合い下さい。ギギー。
まさしく乙だ!
とりあえずステラGJと言っておくw
122 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/06(月) 23:09:15 ID:Rtb8Wjkp
-──----、_
,,.'" `ヽr-‐'7 ♪
,'" i::::└
(( へ_ /::: ノ
ノ ! ゝへゝ_rへ__ゝ∠ i ハ ', 虐待スレからきたんだどぉ〜♪
.〈, /li / ゝ-'‐―´"v` ハ ヽ. れみりゃは虐待スレのおじょ〜さまだど〜!!
ノ レヘ ノ ハ ノ i i わがったらさっさとそのぷっでぃんよこすど〜!!!
/⌒` レ'ヽハヘレ /^ヽVヽノ
♪ 〈/ ハ /iヽ / }! i ヽ
⌒Y⌒Y乂Y!.`〈{_ ノ } _」
" / ⌒Y⌒Y´
'"゙ ̄ ゙̄ ヽ、ノ、_
((、 (⌒⌒ヽ ..Y ヽ、
. ( ブッ!! ゝ| ', r>、 )) ♪
,,r丶〜 '´ 人 ハ ゝイン"
`'、__ 、 , .,,,dr゚'. `
' |゙゙'''‐,iニ,,,,,'''」''\ .゙'(′
:::::::゙l、 _,|:::::::::::::::::::::::\ .,,/ヽ:::::::::
: :::::::ミ,,,,,l゙:::::::::::::::::::::::::::゚ヽ-″::::::
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamechara/1223194696/l50
GJ!!
少し遅くなったがGJ!
三バカはユーラシア系(?)の人間なのか。
さて、アストレイでは思いっきり噛ませキャラだったバルサムの運命やいかに。
GJ!!
保守
上げ
チンが!チンがァァァァァァァァァァァ!!!!
保守
ほしゅ
保守
保守練金っ!!
保守
上げ
保守
ほしゅ
保守
ほしゅ
保守
あげ
142 :
通常の名無しさんの3倍:2008/11/21(金) 20:54:53 ID:FpSy8i6b
最近来ないな………
武装運命………
まってるからな!
俺も待ってる!!
保守
保守
全力で保守だ!
ありがとう!!
「武装運命」を読んだ時、「武装錬金」を始めて読んだ時の感動を思い出した!!!
あげ
武装運命さんと俺達の絆であるこのスレを全力で守ってみせる!保守!!
保守
152 :
通常の名無しさんの3倍:2008/12/12(金) 04:22:04 ID:mSAvXHMa
帰ってこい!!!!
武装運命!
こんばんは、武装運命の人です。永らくの音信不通、大変申し訳ありません。
前話から既に2ヶ月経ってしまいましたが、私情により少々どころでない遅れが発生しまして、まだ仕上がっておりませなんだ。
今月中の更新を目標に尽力致します。
何度も何日もお待たせさせてしまい、本当にごめんなさい。
保守して下さる皆様、本当にありがとうございます。
次回は必ずや新話を持ってきますれば、どうかもう暫しの猶予を頂きたく――
いつまでも待ってます!!
保守
俺も保守
上げ
158 :
通常の名無しさんの3倍:2008/12/25(木) 21:06:57 ID:UCr9m/kv
長い首で待ってるさ!
ならば俺も待とう
あけましておめでとう。保守。
あけましておめでとう
162 :
通常の名無しさんの3倍:2009/01/10(土) 04:11:02 ID:c+fd23yY
age保守
sage保守
保守
165 :
通常の名無しさんの3倍:2009/01/20(火) 05:18:16 ID:RT/eXJgN
age
ネタこいっ
人がいない
いるさ!ここにな!
知る者少なな激戦から一夜明け、昇った太陽が頂点からゆるゆると落ちる昼間過ぎ。
午睡を通り越し、今は帰りのホームルームである。
春のうららの何とやら、春眠暁を覚えず、温やかな陽気をして呑気な心持になるのも無理なからぬ話であった。
が。
――グォゴゴゴゴゴ、プシュルルルル、グォゴゴガガガ、んがっぐ、プシュゥゥゥ。
この、地底より出で来たがごとき鳴動は何事か。
クラス中が渋ったい顔をしているにも関わらず、彼は意に介した風も無く机へべったり張り付いていた。
というか、介するための意がこの教室に無い。
要するに深い眠りへ落ちている。
錬金の戦士見習いシン・アスカ、昨晩の猛特訓が崇り凄まじい筋肉痛&疲労でノックダウン中だった。
先の鳴動はこいつの鼾である。
まぁ、それにしたところで、尋常じゃないのは誰の眼にも明らかなのだが。
「…………アスカは一体どうしたんだ? 朝からこんな調子だが」
教員用日誌をぱたむと閉ざし、担任のトダカは呆れと心配が混じった言葉を零した。
他の教員の話では、今日の授業はほぼ全て現在と同じ様子であったらしい。
「なんか、昨日の夜あたりから寮管と一緒して色々してるみたいですけど。起こします?」
「ふむ、この後は月例会があったな。ウィンザー、頼めるか?」
「あ、はい。起きなかったら引き摺ってってもいいですよね」
「…………程々にしておけよ」
消極的肯定とも取れるトダカの台詞に、艶めくアッシュブロンドの髪を弄りながら、少女は涼やかな雰囲気を崩さず微笑んだ。
アビー・ウィンザー。プラント出身のコーディネーターが大半を占めるこのクラスを纏める学級委員である。
ちなみにシンも学級委員ではあるのだが、これは各生徒が委員会を決める折に迂闊にも居眠りぶっこいたせいで押し付けられたのだ。
閑話休題。
帰りの号令も済んで、生徒達が三々五々にばらけていく。
そんな中でも机に突っ伏しっぱなし(号令では寝たまま立ちやがったが)のシンに、アビーが人の合間をすり抜け近寄る。
「ほら、起きましょーよぅ」
「くかー、んごっ…………ぷひゅるるる」
聞く耳も意識もなし。ゆさゆさ肩を揺すってみるが、返ってきたのは気のない寝息。
むふぅ、アビーは唇に指を当て考えた。
月例会の開始までにそれ程猶予がある訳ではない、さっさと起きて貰わねば。
すすっとシンの後ろに立ち、髪が引っ掛かった耳元へ口を寄せ。
「………… ふ っ ♪ 」
――ぞわわわわッ!!
全身総毛立ち。
「うわっはァ!? ななななななななんだよぉぉ」
「おはようございます。月例会行きましょ」
慌てて跳ね起きたシンにぶつからぬよう身を引き、アビーは嫣然と微笑んだ。
予想外の起こされ方に茹りかけた頭が、月例会の句で冷える。
途端にドッと押し寄せてきた疲れを避ける術は、生憎シンの知識内に存在せず。
へなへな椅子へ落ちかけた腰を、アビーがぺちんと叩いた。
「シャキッとして下さいな、シャキッと。お疲れな所を悪いんですけどね」
「だったら余計疲れさすような事しないでくれと…………」
「あら、御迷惑?」
「滅茶苦茶な」
げんなりした顔のシン。
アビーには、このようにちょっとした悪戯を仕掛ける悪癖がある。それも許される人や程度をきっちり見極め、ギリギリ許されそうな線で仕掛けてくるから性質が悪い。
やや鋭い感じの目を喜色に染め、ころころ笑いながら前髪を掻き上げるアビー。
シンは釈然としない表情で、動きの鈍い身体に鞭打ち鞄を引っ掴んだ。
未だに耳の奥が落ち着かないのか、耳門をぐりぐり抉りながら、のっそりと動き出す。
教室を辞していくシンに続こうとし、そこでふとアビーは振り返った。
「ルナマリア、シンをお借りしますよ?」
「え、あ? あぁどーぞどーぞ、煮るなり焼くなりお好きにどーぞ」
何故私に許可を取る、とでも言いたげげな目をしつつ、ルナマリアは投げ遣りにゴーサインを出す。
その様子が可笑しかったのか、アビーは笑みを一つ濃くした。
早く行ってしまえと手を揺するクラスメイトに追われ、楚々とシンの後を追い教室から出て行くアビー。
むっふー、苦々しげに大きく肩で息を吐くルナマリア。
内心思うことがないでもないが、どうもそれ以上に別の感情が邪魔をする。
喧騒の中に流れる微妙な沈黙。
一連の流れが落ち着いたのを見計らい、ヨウランが呟いた。
「シンの奴、クラス委員だったんだなぁ」
「アンタも候補には挙がってたのよ? 寝てたから丁度良いって」
「信任投票で圧倒的大差付けられて負けてたけどね」
「なん……だと…………?」
今明かされる衝撃の真実。
目を見開きカタカタ震えだした色黒の友人に呆れた視線をくれ、ルナマリアは面白くなさそうに鼻先を掻いた。
トゲっちいなぁとは思いつつも押し黙るレイ&ヴィーノ。友達甲斐が無い奴らだ。
とまれ、それは平和な光景。
ほぼ元通りにやわくちゃ笑い合う友人達の姿を見ながら、思う事多々在りつつも、ステラは微笑んだ。
して、月例会。
早速突っ伏し寝息を立て始めたシンは、意外にも別段咎められず普通にスルーされていた。
それも隣のアビーがしっかり仕事をしているから目溢しを受けているためなのだが。
ぱさ、紙が擦れる音。
「――――と、今日は年度の初回だし、この辺でお終いにしようか」
教卓に積んであった紙束を各クラスの委員に配りながら、生徒会長が粛々と会議に区切りをつけた。
茶色い地毛の頭髪を一遍撫で、生徒会室の中をぐるりと見回す。
年度で最初というだけあり、今回の月例会は特別短かったようである。
自らの横に立っていた副会長を促し、起立の号令。
足だけ引いて立ち上がったせいで、がたがた椅子を鳴らす音が幾つか零れた。
さぁ終わりの挨拶を、と思ったところで、立ち上がった生徒の間にひとつ間隙を見つける。
しっかり寝腐っていたシンだった。
呆れ交じりの苦笑をふつりと浮かべ、生徒会長はアビーに声を掛けた。
「んー……まぁいっか。えーと、ウィンザーさん? 隣のアスカくんに明日3―Aへ来るよう言っておいてくれるかな」
「あ、はい。わかりました」
「別に怒るとかそういうのじゃないけど、取り敢えずね」
くすり笑いがそこら中から漏れるが、アビーはさして気にもせずシンが座った椅子の後足を踵で蹴る。
双腕で抱え込んでいた頭が胴ごと後ろへずれ、顔を思いっきり擦りつつすっぽ抜けた。
がくんと下がる頭部、一気に浮き上がる意識。
「ぅどわはっ!?」
速攻で立ち上がり首をぐるぐる周囲へ回し向け、隣で嫣然と微笑むアビーで停止。
「……………………」
「おはようございます、会議お終いですよ」
言いたい事は色々あったが、寝起きなせいで言葉が纏まらない。
方々から聞こえる笑い声で顔を赤くするシンの姿に再び苦笑しながら、生徒会長――キラ・ヤマトは今度こそ終わりの号令を掛けた。
同刻、オーブ国営国際空港、第3ターミナル。
様々な国籍、様々な衣装、様々な人種、人と人が無数に交錯する空間の中で、ハイネは椅子に腰掛け人を待っていた。
同胞にして後輩、部下にして戦友。待ち人はそんな者。
ちびちび飲み進めていたコーヒーはすっかり冷めてしまい、鈍った苦味を舌の上にちりちり伸ばしていく。
ガムシロップを封切り投入。
中途半端に手の熱が混じったコーヒーなぞ飲めたモンじゃないな、考えつつスプーンを回す。
くるくる、くるくる。
約束の時間から既に10分経過。
タイムキーピングは戦士に限らず社会人の必須事項。耳にタコが出来る程、口が酸っぱくなる程、そう教え込んだ筈だが。
焦れたハイネ、懐からPDAを抜き出し直接呼出しを吹っかけてやろうとした瞬間。
「お待たっせしました遅くなってすいまっせぇん!」
至極忙しげな声が、やや人の空き出した間隙に響いた。
PDAに発令中止を指示して懐へ戻し、ハイネはやっとこさ現れた人物へ冷え込んだジト目を向ける。
「おッせ――よ! 査定部に遅刻過多って報告送んぞ!?」
「勘弁してくださいよぉ、人の鞄置き引きしようとしたバカがいたんですって。あ、コレお土産のアプリリウス産バタークッキー、LL缶っす」
「……バタークッキー?」
「ええ」
「…………基本だな」
「基本ですとも」
「OK、バッチリだ! 丁度俺も今さっき来たばっかでよ」
缶詰クッキーであっさり買収される戦士長。
満面の笑みで受け取った一斗缶をぺすぺす叩く先輩に、渡した方の彼は慣れた様子で苦笑しながら薄金色の髪を掻いた。
ミゲル・アイマン。
ハイネがプラントの中央学府に通っていた頃の後輩にして、紆余曲折の果てに戦士長となったハイネが初めて受け持った部下でもある。
公私共に最も付き合いの長い友人。それが、今のハイネとミゲルの間柄だ。
アルミ缶を挟む形で椅子に座ったミゲル。
疲れが僅かに滲んだ顔で背のクッション部へ身を預ける彼へ、ハイネは聞いた。
「プラントの様子は?」
「特にコレっつった事件事故は無いですね。あの御仁は議長が直裁抱えてるようで、緘口令出されました」
「あー、引継ぎン時に来たのお前だったもんな」
ふひぃ、声にならぬ音がミゲルの口から漏れた。
彼はここ数日で3度ほどこのオーブ〜プラント間を往復している。あの御仁ことシーゲル・クラインの護送からちょっとした庶務の使いっ走りに至るまで、これ幸いにと多方面から仕事を押し付けられたのだ。
凄まじい強行軍である。
「流石の俺も、ここまでドギツい連務は無かったなぁ」
「ボーナスなり手当てなり出ますかねぇ」
目蓋に手を当てて項垂れるミゲル。
ぎし、クッションと背凭れの接合部が音を立てる。
深い溜息一つ。
のっそり身を起こし携えていた鞄へ手を突っ込み、ミゲルは一枚のMDを取り出した。
それを受け取り、物言わずPDAに差し込むハイネ。
立ち上がったOSがディスクを読み取り、記憶容量に収められた情報を映す。
中身は、何の変哲も無いレポート。
頭から終わりまでをざっと斜め読みし、ハイネはさっさとレポートを表示するウィンドウを閉ざした。
そのままでは役に立たない。
レポートを核鉄状のアイコンにドラッグ&ドロップすると、すぐさま解読システムが起動する。
文字列が形を崩し、組み変わり、新たな姿に――基、本来の姿に戻っていく。
アナグラムによる暗号だ。
戦団謹製の暗号構成プログラムが読み解いたレポートは、数秒を置き一枚の指令書と化した。
今度は斜め読みの様な真似はせず、一字一句しっかり読み進める。
「…………御上は『堕月之女神』の殲滅をお望みか」
面白くなさげに呟き、鼻を親指で撫でるハイネ。
いかにも不満げだ。
「いい加減決着つけても良いんじゃないですかね? あの連中、今までに何度となく出された拿捕だの討伐だのを全部潜り抜けてきてんですし」
「お前ね、自分が戦列混じんないからって好き勝手言うでないよ」
「え? もう2体は倒したって話じゃないですか、ならこのままズババーンと」
「行きゃしねーっつの。階位が下の連中と幾ら戦(や)り合っても碌な意味はないの、奴らを潰すんに不可欠なのはただ一つ」
「…………トップ、『不死身のガルシア』の首すか」
「そゆ事」
冷め切ったコーヒーを一気に呷って、ハイネは唾棄。
『堕月之女神』の討伐は、プラント側1度で連合側3度の合計4度実行された。
しかしそのどれもが、情報収集不足や不手際や横槍で司令ジェラード・ガルシアの確保を失敗している。
多分に運もあったろうが、こちらは腐っても戦団の兵達である。それを相手取りながら都合4度も生き延びたガルシアの能力、決して甘く見る事は出来ない。
と言うか、ガルシアの武装錬金は余りにも“逃げ”に特化していたのだ。
闘争本能をもって形為す超鋼も、こうまで逃げる手立てにばかり使われていては形無しであろう。
「話聞く分だとウチら側が舐めて掛かり過ぎた印象しかないんすけど」
「実際そーだからしゃーない」
あっさり言い捨てたハイネに、ミゲルの眉根が寄る。
ぱたむ、PDAを閉じる特務隊の伊達男。
「ま、どっちにしろ俺らのやる事ァ変わらないさ。ホムンクルスを叩いて砕く、俺らが戦らなきゃ誰が戦る」
「ですね。そんじゃ、俺ももう一踏ん張りしますわ」
「んあ?」
億劫そうに立ち上がったミゲルの背を眺め、ハイネは怪訝そうな声を漏らした。
「何だ、応援の戦士ってお前じゃねーの?」
「いやさ残念。俺は今回ただの運び屋でして、応援はまた別の奴なんですよ」
書いてありますでしょ、そう言われて先程開いた報告書をもう一度いそいそ読み直すハイネ。
すると確かに、下の方に小さく増援の事が記述してある。
右へ左へ目線を踊らせるのも暫し。
記された増員の名を見て、ハイネは頬をぴりりと引き攣らせた。
「………………こいつぁ、随分なヤツが来てくれる事になったもんだ。一緒に仕事すんの初めてだぜ」
「強いですよー? 俺は何度か一緒にやってるんですけど、ホムンクルス以上にバケモンじゃないかって思うくらいですもん」
「ほっほー。俺より強そうな感じかねぇそりゃ」
「ノーコメで」
「へっへ、正直なこったぃ」
「…………先輩の要請に応じた人事ですし、あんまり言うのはどーかなぁと」
「わぁってる、文句言いたいわけじゃないよ。ユウキ隊長にゃ頭が上がらんねマジで」
妙に偽悪的じみた表情を浮かべたハイネに苦笑しながら、ミゲルは傍らに立てていたトラベルケースを掴んだ。
半日ばかり小休止してからまた機上の人になる。
そんな後輩に形ばかりの激励を投げ、ハイネも起立しコートのポケットに手を突っ込んだ。
取り出したのは、先程ミゲルが彼へ渡したそれと同じ規格のMD。
放り投げられたディスクを慌ててキャッチしたミゲルに、ハイネはにやりとワルい笑みを作る。
「こいつは?」
「今度はディオキア行きだろ? あっこの戦士長に頼まれ事されててな」
「…………ヤバい代物じゃありませんよね?」
「…………非合法じゃないのぜ」
「ホントかなぁ」
「っせーよさっさと行っちまえ!」
――バスン!
渾身の蹴りを疲れが抜け切らぬ尻に叩き込まれ、ミゲルはぎゃあと悲鳴を上げた。
翌日、放課後。
シンは3年のAクラス前に佇んでいた。
「どうすっかな…………」
ぽつねんとボヤく。
そもそも自分が集会の途中で寝腐ったのが悪いわけで、今ぶーたれても状況は決して好転しないのだ。
お叱りを受けるなら早々の方が後で気が楽だろう。
黙考する事数十秒。
ええいままよ、意を決し教室の戸に手をかけた。
その、拍子に。
「生徒会長なら剣道場だよ」
横合いから声。
開けかけた手を引っ込めて一歩下がり、シンは声の方に向く。
短く刈られた金髪、透ったアクアマリンの眼、端整で彫り深い顔立ち。
コーディネーターの学生の中でも成績優秀とされる、結果的にプラント出の者が集まったクラスこと各年B組にのみ着用が許された、そしてシンも今現在着用している通称『赤服』。
それと全く印象を異にする白い長詰襟は、彼が特別な待遇をもってこのジンム学園内に居る証左である。
破顔するその者は、シンにとっても数少ない『赤服』着用以前からの親友。
各年Aクラスに割り振られた特別選抜学生クラス所属、その中の宇宙探査方面特化カリキュラムに従事する2年Aクラスの青年。
「ソル!」
「如何にもっ」
喜色と共に名を呼ばれ、青年――ソル・リューネ・ランジュはビシッとサムズアップしてみせた。
「久しぶり、帰ってきてたんだな! 宇宙(うえ)の用事は終わったのか?」
「ようやく一段落ってとこだよ。ホントは始業式までに戻るつもりだったんだけど、宇宙港でトラブルがあったらしくてね」
「それでずれ込んだのか。新聞に載ってたけど、お前も引っ掛かってたんだな」
「まぁ単位とかは確保できてたし、長めの春休み頂いてましたー」
「うわズルっけぇ」
カラカラ笑い出したソルに、シンも釣られて笑う。
ソルは『深宇宙探査開発機構:Deep Space Survey and Development Organization(D.S.S.D)』という機関に所属しており、しょっちゅう宇宙とこの国とを往復している。
今回の件では昨年暮れから宇宙に上がっていたという話だ。
「で、会長に用?」
「あぁ、昨日ちょっとな…………剣道場か」
「僕も通り掛かりに入ってくのを見ただけだから、早く行かないと移動しちゃうかもよ」
新事実にシンが呻いた。
「それじゃ急ぐか、空模様も怪しいし」
「あ、僕も行くよ。暇潰しを探してたんだ」
「お前ね」
早々に教室の前から離れる2人。
目指すは校舎の近くに建っている道場、さっさと上履きからスニーカーに履き替える。
3年生の教室は一階にあり、近くに下駄箱も据え付けてある。靴を履き替えればすぐに外へ出れるのだ。
「あ」
「あーあ、降り出した」
――ぽつ、ぽつ、
外に出てすぐ、天が濡れ始めた。
2分と掛からぬ距離とはいえ雨曝しはゴメンだと駆け出す。
果たして雨は一歩進むごとに強まり、剣道場に着く頃には土砂降りとなっていた。
ぼたぼた、激しい雨垂れが樋を滑り砂利へ落ちる。
憂鬱になりそうな雨滴撥ねる音に混じり、剣戟の音が聞こえた。
扉越しの響きは激しくも爽やかで、道場内の者達が如何に丁々発止と遣り合っているか如実に伝えてくる。
文武両道を地で行くジンム学園、その中でも剣道部は図抜けて名を馳せているのだ。
とはいえ、興味ない者にはとことん縁ないのも剣道。シンとて体育の授業で時折竹刀を握る程度だ、ソルの方はいざ知らぬが。
さて、生徒会長がこの内に居るらしいとの事だが。
雨が止むまで乃至、生徒会長が出てくるまでここで待っている、なんてのは間抜けに過ぎる。
ではどうするか?
「…………失礼しまーす」
さっさと入ってしまえばいいのだ。
入り口で一礼して道場に足を踏み入れる2人。
その、瞬間。
――ズッダァァァン!!
物凄い音が、シン達の耳朶を射抜いた。
続けて何かを床に叩きつける音、更にごろごろと床を擦り転がる振動が足に伝わる。
どうやら部員同士で練習の最中らしいのだが、知られた名の割りに然程広くない道場内に立っているのは3人ばかりであった。
面胴を着け竹刀を構えたままの部員が1人。
審判を務める顧問の教師。
それと、独りだけ空気の違う青年。
「……あ。アスカくん、だったね、探させちゃったかな」
言うまでも無く、生徒会長ことキラ・ヤマトその人である。
部員一同からやや離れた壁に背を預けていた彼は、よっと一声出して壁から身を剥がしシン達の横に来た。
線の細い体、如何にも良い人然とした中性的な顔立ち、やや憂いた色の宿るアメジストの瞳。
なるほど、改めて見ると女子達が放って置かぬ佇まいだった。
頬を掻き掻きごめんねと謝る彼に、シンは逆に恐縮した風で謝り返した。
「いえ、こっちこそすいませんでした…………色々と」
「色々っていうのは、昨日のも込みってわけかな」
「ハイ」
「んー……まぁ、体面的な示しも要るね。次から気を付けよう」
それだけを言って、キラはいともあっさり話を終えてしまった。示しは果たして付いたのだろうか。
呆気に取られるシンの視線を、人差指で試合場に促す。
一辺11メートルの正方形の中央に立っているのは、前述の通りひとりだけ。
その反対側の場外数メートル先には、竹刀を杖のように床へ突いて立ち上がろうとする人物がいたのだった。
戦意以上のモノをギラギラと目に滾らせているその者、胴を守る防具の下に巻かれた垂れに縫い付けられた名は『Marley』。
シンの脳裏に、いけ好かないプラントでのコーディネーターが浮かぶ。
マーレ・ストロード。
“プラント生まれプラント育ちのコーディネーター”至上主義を内に抱えた問題漢であり、コーディネーターではあるが地球生まれのシンは幾度となく難癖を付けられていた。
そんな彼が何故このジンム学園に入学してしまったのか、それは杳として知れない。当人が話さぬ以上碌でもない経緯があったと邪推される。
だが、実力だけは正しく凄腕と呼ぶに相応しく、シンも剣道の授業では何度も敗北を喫していた。
いたのだけれど。
「くっそぉぉぉ…………!」
「まだ、やるか?」
噛み締めた歯の間から呪詛を漏らすマーレに、相対する剣士は静かな声で問うた。
男のものとするにはやや高いハスキーボイス。
その剣士の構えに攻め入る隙を見出せず、シンは自分が戦っているわけでもないのに戦慄する。
剣道はただの試合競技と思っていたが、とんだ思い違いであったらしい。
「あいつ一体何してんだ。会長は知ってます?」
「ん、まぁ一部始終見てたからね。ストロード君、だったかな? 彼が、今立ってる方、この剣道部の部長にケンカ売ったんだよ」
「…………しょーもない事をしてからに。てか、買う方もどうかと思うんですけど」
「あはは、それは僕に言われてもなー」
曰く。
マーレは最初部長とは別の部員――ナチュラルであったそうだ――と試合をしていたのだが、その折に抜き胴打ちが本来の打突部位から外れ、防具の無い腋辺りへ一撃加えてしまったたらしい。
すぐに形だけでも謝罪すれば場は一応収まっただろうが、マーレはそうしなかった。相手を助け起こしもせず苦悶するのを笑って見ており、あまつさえ愚弄の言まで吐く有様だったそうだ。
それを嗜めた部長に彼が突っ掛かってきたため、遂に部長がキレたのだという事である。
仕方なさげに苦笑し、キラは頬をぽりぽりと掻いた。
それは何処か親しみの篭った、この場面でするには少し違和感があるポーズ。
「ここの部長、根っからの負けず嫌いだから」
彼が言い終えるか否かの刹那に、マーレが勢い良く部長なる剣士へ突っ掛かっていく。
竹刀を大上段に掲げての疾駆は、シンから見ても隙だらけ。
歩法も何もかもをかなぐり捨てた進攻に対し、部長は僅かばかり切っ先を上げた。
腕を振り上げる事無く、狙うは一点。
とん、剣士が踏み出す。
シンはこの瞬間、然程多くないながらも濃密だったといえるだろう自らの戦闘経験を根拠にして、マーレの末路を読み取った。
最速で最短の距離を抜くには、恐らく之しかない――――
「突きぃッ!!」
――ズッダァァァン!!
マーレの喉元を、閃いた刃が穿つ。
先ほど聞いたそれと全く同じ物凄い音が、再び皆の耳を揺るがした。
左片手突き。
単純な保持の構造から諸手突き以上に長いリーチを誇るが、片手だけで竹刀を振るう故に失敗の危険性もまた大きい技。外せば下手をすると相手の喉を壊す。
それが、吸い込まれるように喉鎧を穿ったのだ。
考えなしに踏み込んでいった所でカウンターそのものである突きを喰らわされ、マーレは呆気なく吹っ飛び床に強か体を打ち付ける。
狙い澄ました一撃とはこの事を云うのだろう、シンの背を改めて怖気が滑り落ちた。
直ぐに竹刀を自らの袂へ戻し、しっかと残心を取る部長。
マーレは立ち上がろうとしたものの、再三に渡る突きのダメージが祟り遂に膝を折る。
「っぐ、ぐぞっだれぇぇぇぇぇ…………!」
濁った呻き声を押し出すマーレに、数人の面なし剣士が駆け寄った。彼と同じ、プラント出のコーディネーターの部員だ。
腋を抱え上げられた振動で嗚咽が漏れる。
口の端から泡を零しながら、マーレは害意に満ちた眼で部長を睨んだ。
「ありえねぇ、ありえねぇだろぉがよぉ……俺が、この俺がぁ、ナチュラルなんぞにぃぃぃ」
落ち着けと呼び掛ける取り巻きの声を無視し、ごぼごぼと呪詛を零すマーレ。
ナチュラルを今まで思う存分貶し倒してきた彼にしてみれば、この状況は到底認められない事なのだろう。
だが、喚いた所で現実は変わらぬ。
何処か怯えるような気配すら感じる後輩を一瞥し、部長は瞑目した。
そして一言。
「情けない」
「…………んだ、とぉ!?」
「聞こえなかったか、なら聞こえるまで何度でも言ってやる。情けない」
ふん、鼻を鳴らす。
余りにも不遜な言に俄然いきり立った彼らは、しかし閉ざした目をかっと見開いた部長の剣幕に思わず後退った。
先程試合場内で起っていた時の静謐にして冷厳な姿と違う、暴火のごとき熱を持った眼。
「お前ら男だろ? 負けは負けで認めて、次勝つための努力をしたらどうだ」
「ぐ、ぅ、るっせんだ、よ! ナチュラル、風情が偉そう、にぃ」
「その物言いが情けない女々しい弱ッちいと言うんだよこの表六玉!!」
――ドスッパァァン!!
「っが!?」
マーレの反抗を受け、遂に手が、もとい竹刀が出た。
面をべしんべしん引っ叩きながら、部長は怒り心頭な様子も露に吼える。
「それでもお前オーブ男児か!? 恥を知れ恥をっ!」
「いや、俺たちプラント生まれでプラント育ちなんですけd」
「黙れェい!!」
「そんな無茶苦茶な!」
「何という暴論……文句を零しただけで叩き伏せられてしまった。この部長は間違いなくメスゴリラ」
「よし良い度胸だ今メスゴリラ言った奴そこに立て思っくそ突っ転がしたる」
「すいませんっしたぁ!!」
思わず取り巻きが漏らした暴言を拾い聞きし、部長はそちらにギッと視線をくれた。
ただ呆然と成り行きを見るシンとソル。
余りにもあんまりな展開のせいで、理解が追いついていないようだ。
だが、改めて見ると彼女はそこまで非道な事をしているわけじゃない。
叩くのはちゃんと防具があるところだけであるし、力尽くで打ってもいないので痛みがそこまで長引かないのだ。
一頻り言ったところで取り敢えず手を止め、部長は咳払いひとつして居住まいを正す。
「ストロード、そもそもの発端はお前が無闇矢鱈に仲間へ喧嘩を…………ん、喧嘩でいいな、仕掛けたのが発端だと私は見ている。異論は?」
「け、喧嘩じゃねーよ、稽古つけてやろうと思ったんだよ」
「お前の稽古は胴を打ち損じた相手にへらへら笑い掛ける事を意味するのか」
「………………そりゃぁ、よぅ」
「どうあれ、言わなきゃいけない事がある。先に謝っておくぞストロード、すまん」
「は?」
「て事で、全員集合!」
「え、あ、おい!?」
慌てて止めるようなマーレの声を押し流すごとく、正座していた部員たちが各々颯爽と立ち上がり部長の近くで幾重の円を作る。
その圧迫感に思わず閉口した反骨者を置いて、部長は口を開いた。
「えー、取り敢えず先程の打ち合いだけに関して、ストロードの何が悪かったかを言おう。良く聞いとけよストロード。端的に言えば、そう、他人を舐めすぎたんだな」
「………………ぐぅ」
「自分が馬鹿にしてる相手をわざわざ観察しようなんて、普通は思わないよな。人をよく見るって気も体も使うし。
だけど、そういう一切合財を怠った結果がアレだ。
最後の突きなんかは特に顕著だな。ストロードが安定した精神状態で油断無く地力をフルに使ってれば、あの一発なんか見てから返し技余裕でしたってなもんだきっと」
目線を下にくれ、渋い顔でその言葉を聞くマーレ。外面こそ反抗的なままだが、内心ではその通りだと思っているのだ。
深呼吸し、彼女は首を巡らせ部員一人一人に目を合わせながら続けた。
「ナチュラルとかコーディネーターとか、そういうので何となく心に区別や差別を付けるヤツは多いだろう。けど、それで目まで曇らせて欲しくない。
まず、個人を見ることをして欲しい。老若男女人種に宗教、ナチュラルもコーディネーターも、全体はどうあれ個人レベルでなら認められる何かが一つくらい見つけられるんじゃないかな。
で、その見つけた良い所を相手を尊重してあげたり、思い遣ったり、気遣ったり出来れば、その内他の奴らも平気になっていけると私は思うよ…………まぁ、私自身未熟者ですぐ頭に血が上るし、説得力は薄いか」
そこは反面教師にしてくれ、と冗談めかして言いながら部長は頬を掻いた。
部員の間から笑いが聞こえたのに僅かばかり首肯し、手を一つパンと打ち鳴らす。
「剣道の道は道理の道。清く正しくそして楽しく剣道がやれるよう、皆で頑張っていこう!」
以上だ、そう言い括って部長は解散の句を告げた。
最後に全員総当りで一回一分づつの稽古を行って本日の部活は終了、いつも通りに皆が動き出す。
同じく動き出そうとした部長は、ぽつんと動かないマーレを見た。
お互いに目が合い。
「…………吊るし上げやがって、ガキの頃の帰り際んHRかよ」
「悔しいか? 再戦は部活中なら幾らでも受けてやるぞ」
「へェ? なら今すぐに挑んだって構わねぇんだよな」
「無論。だが物事には順序があるし、私も剣にはそれなりに長い年季を掛けてきた――――そう簡単に、負かせられると思うな」
にやり、艶やかに微笑して見せ、ぽんとマーレの背を押す。
押されて数歩歩いた先には、竹刀を構える前の状態で待つ部員の姿。
ナチュラルの同級生だ。
一瞬マーレは苦々しげな顔を――目の前ではなく、部長に向け――したものの、すぐ普通の表情に戻し竹刀を構えた。
先日まで張り付いていたナチュラルにだけ向けられる嗜虐の気配は、一応、鳴りを潜めているように見えた。
取り敢えず動向が収まるところに収まったらしいと認識して、シンとソルの二人は安堵も露にやっと胸を撫で下ろす。
全く持って、大変なタイミングで来てしまったものだ。
そんな二人に、徹頭徹尾楽観的な姿勢を変えていなかったキラが笑いながら尋ねてきた。
「さて。ちょっとばかりの時間だけど、見学してみた気分はどうだったかな?」
「いや、凄かったですよ…………部長の突きとか、目に焼き付いて消えないです」
「て言うか今思い出したんですけど、部長さんてもしかしなくても『ジンムの紅獅子』ですよね!?」
ぼんやり答えたシンに被せるように、ソルはがばりとキラへ問い返す。
『ジンムの紅獅子』。
3年前の新人地区大会で、全試合を延長なし二本先取の勝利で勝ち進んだ一人の女生徒がいた。
東部圏大会、本島大会、最終的にはオーブ全国大会までもを制覇したその女生徒に地元広報紙が付けた二つ名こそ、『ジンムの紅獅子』なのだ。
ナチュラルでありながら並居るコーディネーターの剣士達を打倒し尽くしたその雄姿は、伝説として今なお語り草となっている。
ちなみにジンム学園はオーブ本島の東部区画に存在する。閑話休題。
だが、それ以降から今までの間、件の女生徒が公式戦に姿を見せたという話はとんと聞かない。
そもそも計算が正しければ、3年前に新人であったならば、その者はとっくに卒業しているのではなかろうか?
矢継ぎ早に質問してくるソルへ、キラは如何に返答しようか迷い。
「…………取り敢えず、後でね? 本人がいないうちじゃ言い難い事情もあるし」
取り繕う事を選んだ。
事情があると言われた以上そうそう詮索するのも気が退け、ソルは不承不承口を閉ざした。
――パァン!
小気味良い炸裂音を耳にしつつ、シンはただ無言で稽古を見続ける。
正しく別格と呼ぶに相応しい剣闘を。
今なお捉える事叶わない、一閃瞬殺の突きを。
『ジンムの紅獅子』――カガリ・ユラを。
第22話 了
後書き
22話投稿です。空恐ろしい程に長引かせてしまいました事、深く深くお詫び申し上げます。ぱねぇ。
性格こんなだったかと煩悶しつつ、新キャラ続々登場です。
マーレとカガリの一幕で凄まじく梃子摺りまして、こんなに遅くなってしまいました。書き直したためにおよそ数百行が消えてます。嗚呼。
誠心誠意続きを書いておりますれば、気が向かれましたらまた続きをお待ちいただけると幸いです。ギギー。
乙です!
まさかのアビーとミゲルにワラタw
斗牙とエイ…もといシンとソルの絡みも楽しみにしています
投下来てるー!
超GJ!
GJ!!
ソルと言えば中の人がカズキじゃないか?
後他に種シリーズに出た声優はバルドフェルドぐらいかな
まさか来ていたとは……
GJです!
GJ!!
ずっと待ってました
GJ!!
age
保守
187 :
通常の名無しさんの3倍:2009/02/12(木) 05:05:17 ID:PrNRH9S4
age保守
なんか話題が欲しいな…
なにかを語りつつこのスレを保守して活気を………
保守
>>187 種死も既に3年以上前の作品だからなぁ…
>>189 もう3年前なんだなぁ……
00もいれてみるか?
シンと刹那が核鉄を拾ったみたいな……
保守
OOもいれないと
193 :
通常の名無しさんの3倍:2009/03/01(日) 21:01:55 ID:9IO4KxYW
age保守でございます。
格好つけてないと死んじゃいそうなにーちゃん達が良いです。
>>190 ダブル武装錬金ならぬ、ツイン武装錬金か
195 :
通常の名無しさんの3倍:2009/03/02(月) 17:27:21 ID:KvkE+WjH
二ツないと発動できない武装錬金………
どんだけーww
OOのやつらは武器が想像しやすいな
刹那→セブンソードの武装錬金
ロックオン→スナイパーライフルの武装錬金
アレルヤ→シールドの武装錬金(ハレルヤになるとくぱぁする)
ティエリア→バズーカ、もしくは全ての武装錬金を強制的に核鉄に戻す武装錬金
とかな
保守
保守
もはやこのスレも終わりか……
この程度の過疎で終わるなら
既に二年前に消えているわ
武装スレなめんな
201 :
通常の名無しさんの3倍:2009/03/08(日) 22:34:58 ID:Qf/SoAEh
そうだなめるな!
むしろまだこのスレあったのかと
武装運命さん待ちです
俺も待つ
保守
206 :
通常の名無しさんの3倍:2009/03/18(水) 01:28:26 ID:AY3nNJXL
ヒィヤッホーゥ
208 :
通常の名無しさんの3倍:2009/03/19(木) 19:33:53 ID:GA641TuR
まじすか!?
武装運命氏GJ!
今回も楽しませていただきました!
GJ!!
・
213 :
通常の名無しさんの3倍:2009/04/02(木) 22:20:07 ID:Ueb5cY0g
age
・
保守
・
・
218 :
通常の名無しさんの3倍:2009/04/29(水) 19:22:02 ID:mSeTflaH
保守
保守
221 :
通常の名無しさんの3倍:2009/05/20(水) 07:01:20 ID:kK1Z6D+I
保守
あげ
・
保守
前話からすでに三ヶ月か・・・
保守
揚げ
補修
229 :
通常の名無しさんの3倍:2009/07/10(金) 17:09:47 ID:NTfbhJdM
age
保守
保守保守
232 :
通常の名無しさんの3倍:2009/07/29(水) 07:09:35 ID:/twWOezr
ネタがなーい
233 :
通常の名無しさんの3倍:2009/08/02(日) 03:23:33 ID:5AGXd1tp
保守保守保守
支援
235 :
通常の名無しさんの3倍:2009/08/07(金) 22:30:47 ID:AlZInucI
保守保守保守保守保守保守保守保守保守保守保守
ただ保守するのも味気ないんでネタの素投下。
武装錬金世界にシンがやってきて錬金の戦士になるネタ考えたことがあったんだが、
それに出そうと思ったMSの武装錬金。
「なんたらデスティニー(名前未定)」
大きさ、形状は対艦刀、長距離砲が無い以外は元と変わらず。
能力はエネルギーを武器に出来る事。(パルマったり手からビームサーベル出したり
近接より威力落ちるけどビーム撃ったり)なんかこういうの被るよね。
あ〜、ブラボーに鍛えられて、カズキと肩を並べてホムンクルスと戦うシンを見てみたい。
きっとシンならカズキがヴィクター化しても、TQNともども最後まで信じ抜いて
再殺部隊に立ちはだかってくれるだろうな……
保守
シンがカガリと訓練を行うようになってから、あっという間に数日が経過していた。
今日も今日とてシンは放課後剣道場に足を運び、すっかり日課となった準備運動を始める。
その横に、人影ひとつ。
「よぉ、テメェも飽きねぇな」
「そういうお前こそ、負けず嫌いの癖によく続くよ」
「うっせ次こそ勝ってやンだって!」
憎まれ口の応酬をしながら、ふたりは着々と体をほぐしていく。
先客は、マーレであった。
つい先日喫した大敗に思うところがあったか久しく真面目に練習をしていた彼だが、当座の目標であるカガリがシンに掛かり切りとなっているのを見て、それなら自分も同じ事をやらせろと言ってきたのだ。
カガリと違う戦い方をする相手が出来たのは、当人の性格を除けばシンに取っても中々のプラスだった。
同世代の者の中でも抜群に洗練された技術を持つカガリと異なり、マーレは腕の筋肉と力だけで剣を振るう癖がある。パワー任せの敵を想定するには丁度良い。
全身を伸ばし縮めするシンの横で、マーレは竹刀を握りぶんぶんと振るう。
それを横目で見、シンは呟いた。
「どう見ても力入り過ぎだよなぁ」
「は、良いんだよ俺はコレでよ」
「打たれて痛いんだっつの!」
「テメェが軟弱なんだろーが! もっと鍛えろや俺のごとく」
「違うから鍛え方の問題じゃないから!」
「はは、仲良さそうで何よりだな
「「はァ!?」」
売り言葉に買い言葉の喧嘩寸前で、また新しい声がやってきた。
いきなりの見当違いな発言に、思わず疑問の叫びがシンとマーレの口から漏れる。
言わずもがな、剣道部部長ことカガリだ。
「違うのか?」
「アンタの目耳は鼻の穴か部長サンよ!? 今の会話の何処に仲好し小好しな要素があるってんだ!」
「喧嘩するほど何とやらって言葉もあるぞー」
食って掛かるマーレをさらっといなし、カガリは呵々大笑しつつ竹刀袋から剣を引き抜く。
ここ数日の激しい稽古が祟ったか、昨日それまで使っていた竹刀が折れてしまったので、今日は真新しい竹刀を持ってきたとの事だ。尤も調整は既に済ませてあるようだが。
正眼に構えて数度ほど大きく素振りし、満足げに頷くカガリ。
そのマイペースさに、シンはすっかり慣れた様子で溜息を吐いた。同じ部活に居ながら全然慣れていないマーレが不思議である。
「んむ、問題なし。よっし始めるか!」
「先行かせろアスカ、あのアマぜってぇ叩ッ斬ってやる」
返事を聞きもせず面をがぼっと被り、マーレは地を蹴った。
右手一本で握る鍔無し竹刀、珍しい事に振り翳さずコンパクトなスイングで面を狙う。
とはいえ、辿る軌道が見え見えでは簡単に対処出来ようもの。
切っ先で掬い上げるように払い除けた瞬間、カガリは微妙な違和感を覚えた。
手応えが軽い。
目を一瞬マーレの右手に向けると、彼の手は大きく後ろ、背中の方にまで回り込んでいた。
奇妙なその姿勢に、僅か生まれる虚。
「殺(と)ったァ!!」
マーレが吼える。
同じく背に回していたらしい左手が大きく振れ、その掌中には何時の間にか竹刀。
先程払い除けさせたのはフェイクだったか、内心舌を巻きながらカガリは目をマーレの視線に被せた。
かなり無理のある姿勢から、ぐんと体を捩り横へ薙ぎ払う。
呆気に取られた先の一瞬が災いし、カガリは満足な対応が出来なかった。
マーレの竹刀が、カガリの右肩当を強かに打ち据える。
乾いた音が周囲に響き、すぐさまそれを掻き消すように砂利を擦る音が二連がなる。
双方とも一旦引き様子見に入ったようだ。
マーレは両手で、カガリは左手一本で竹刀を構える。
素振りしながら戦いを見てたシンは、今のマーレの動きに驚きを隠せなかった。パワー一辺倒と思っていたマーレが、こんな小細工(というと怒るかもしれないが)を図るとは思わなかったのだ。
動きそのものは稚拙であったが、決して悪手ではない。事実、こうして彼は格上であるカガリの片腕を封じた。
面の奥でニタリと笑うマーレに、カガリも至極楽しそうな表情を浮かべる。
「へへ、初めてかもな? アンタに一撃入れたのは」
「今のは私も驚いたぞ。いや見事、これだから剣闘は止められない」
「全くだぜ…………さぁ、このままの勢いで決めてやんよ!」
「吼えたな、然らばこの首取ってみろ!」
両雄、再度激突。
真っ直ぐ突き込んできたマーレを小さく横に避け、手首のスナップで右篭手を狙う。
躱された時点で竹刀を引き戻し、篭手狙いの一撃を刀身で受ける。
面ががら空きになったのを目掛け、篭手打ちが弾かれた反動も生かし更に一歩踏み込む。
一歩退いて正眼に構え直し、腰を落として待ち構える。
がしんと炸裂音、面打ちを竹刀に沿わせて往なしつつ前へ半歩進出。
鍔競り、片手のカガリには不利極まる状態だ。
後ろに回して使わぬようにした右手が疼く、けれど仕切りなおさぬ内にこちらを抜くのはアンフェア。
この程度の不利で奮えが止まるような心をカガリは有していない。
奇声を上げマーレがぐんと鍔元を上に擦った。
反射的に下がってしまうカガリの腕、すでにマーレは竹刀を振り翳しながら退いている。
縦刃一閃。
ギリギリで左に傾けた面の脇を、竹刀がぞりりと掻っ裂く。
右肩に今度は縦向きの一撃、しかし同じ部位の攻撃を(悪意の介在については別にして)無意味とする現ルールでは有効打突足りえない。
入れ違いに伸びて弧を描くカガリの剣閃。
一瞬の判断で右手を離し盾代わりにして致命打を何とか先延ばす。
これで条件はほぼイーブン。
使えなくなった右手を背に隠し、マーレは舌打ちした。
相変わらず楽しそうなカガリ、右足で何度かじゃりじゃりと地面を踏み付けて、再び走る。
慣れない片手持ちで一応正眼の形を取ったマーレ。
そのふらつく切っ先を易々払い除け、前に出ていた右足脛に一撃。
しまった、思うより早く向こうの剣は切り返されていた。
ぐんと首前に引き戻された竹刀を解き放った再三のスナップは、吸い込まれるようにマーレの左前面を穿つ。
――スパァン!
腹の底に染み渡る軽快な響き。
砂利を踏み分けて竹刀2本分離れ、カガリが残心を取った。
マーレが吼える。
同じく背に回していたらしい左手が大きく振れ、その掌中には何時の間にか竹刀。
先程払い除けさせたのはフェイクだったか、内心舌を巻きながらカガリは目をマーレの視線に被せた。
かなり無理のある姿勢から、ぐんと体を捩り横へ薙ぎ払う。
呆気に取られた先の一瞬が災いし、カガリは満足な対応が出来なかった。
マーレの竹刀が、カガリの右肩当を強かに打ち据える。
乾いた音が周囲に響き、すぐさまそれを掻き消すように砂利を擦る音が二連がなる。
双方とも一旦引き様子見に入ったようだ。
マーレは両手で、カガリは左手一本で竹刀を構える。
素振りしながら戦いを見てたシンは、今のマーレの動きに驚きを隠せなかった。パワー一辺倒と思っていたマーレが、こんな小細工(というと怒るかもしれないが)を図るとは思わなかったのだ。
動きそのものは稚拙であったが、決して悪手ではない。事実、こうして彼は格上であるカガリの片腕を封じた。
面の奥でニタリと笑うマーレに、カガリも至極楽しそうな表情を浮かべる。
「へへ、初めてかもな? アンタに一撃入れたのは」
「今のは私も驚いたぞ。いや見事、これだから剣闘は止められない」
「全くだぜ…………さぁ、このままの勢いで決めてやんよ!」
「吼えたな、然らばこの首取ってみろ!」
両雄、再度激突。
真っ直ぐ突き込んできたマーレを小さく横に避け、手首のスナップで右篭手を狙う。
躱された時点で竹刀を引き戻し、篭手狙いの一撃を刀身で受ける。
面ががら空きになったのを目掛け、篭手打ちが弾かれた反動も生かし更に一歩踏み込む。
一歩退いて正眼に構え直し、腰を落として待ち構える。
がしんと炸裂音、面打ちを竹刀に沿わせて往なしつつ前へ半歩進出。
鍔競り、片手のカガリには不利極まる状態だ。
後ろに回して使わぬようにした右手が疼く、けれど仕切りなおさぬ内にこちらを抜くのはアンフェア。
この程度の不利で奮えが止まるような心をカガリは有していない。
奇声を上げマーレがぐんと鍔元を上に擦った。
反射的に下がってしまうカガリの腕、すでにマーレは竹刀を振り翳しながら退いている。
縦刃一閃。
ギリギリで左に傾けた面の脇を、竹刀がぞりりと掻っ裂く。
右肩に今度は縦向きの一撃、しかし同じ部位の攻撃を(悪意の介在については別にして)無意味とする現ルールでは有効打突足りえない。
入れ違いに伸びて弧を描くカガリの剣閃。
一瞬の判断で右手を離し盾代わりにして致命打を何とか先延ばす。
これで条件はほぼイーブン。
使えなくなった右手を背に隠し、マーレは舌打ちした。
相変わらず楽しそうなカガリ、右足で何度かじゃりじゃりと地面を踏み付けて、再び走る。
慣れない片手持ちで一応正眼の形を取ったマーレ。
そのふらつく切っ先を易々払い除け、前に出ていた右足脛に一撃。
しまった、思うより早く向こうの剣は切り返されていた。
ぐんと首前に引き戻された竹刀を解き放った再三のスナップは、吸い込まれるようにマーレの左前面を穿つ。
――スパァン!
腹の底に染み渡る軽快な響き。
砂利を踏み分けて竹刀2本分離れ、カガリが残心を取った。
苦々しい顔で硬直する事数秒、マーレも続いて彼女の竹刀に切っ先を寄せる。
そのまま双方剣を引き、軽く一礼。
緊張の糸が切れたように、素振りも忘れすっかり見入っていたシンは息を吐いた。
「だぁくっそ、まだ足りねぇってかよ!」
「ふふ、精進しろ精進」
「何時かぜってぇ啼かしてやる…………ッ!」
肩を落とし下がっていくマーレ。
然程息を切らした様子の無いカガリに、今度はシンが近付いた。
「ん、やるか? 準備運動は済ませたよな」
「大丈夫です、お願いします」
彼女の体力を心配する方が野暮だとここ数日で理解していたシンは、挨拶もそこそこに竹刀を構える。
左半身を前に出し剣の切っ先を体で隠す構え。
違うのは、前までは左手を腰溜めにして切っ先を地面擦れ擦れで止めていたのに対し、今は剣そのものを地面と水平に保っている事。
過剰なくらい強く固くぎりりと引き絞っていた右腕も、現在の構えではそれなりに力を込めるだけ。
以前と比べ、全身から大分余計な力が抜けていた。
気負いしすぎなくなったのは良い事だ、自分の指導が反映されているのをカガリは嬉しく思う。
指導者としては元より一介の剣士としても未熟な身だが、こうして後輩のために力を震えるのは素直に喜ばしかった。
「よっし、始めるぞ」
「はい!」
「良い返事だ!」
意思確認を八卦良しとし、剣士と戦士見習いは互いに駆け出す。
そして結局、今日もシンはカガリから一本取る事さえ叶わなかった。
陽が山の向こうに隠れるか否か、そんな時間になった。
内外共に稽古が終わり、部員達皆で帰り支度をしていた折。
「なにぃ、結局シャワー使えないのか?」
他の部員に雑じって更衣室で火照った体にはたはた団扇風を送っていたシンは、道場の方からそんな声が飛んだのを耳にした。
ひょいと道場に首を出すと、そこにはここ数日ですっかり馴染みになったもうひとりの人物――キラ・ヤマトがいた。
何やらカガリに説明だか釈明だかを試みているらしく、申し訳なさそうな表情で女子更衣室に据え付けたシャワー室のある方角を指差している。
「会長?」
「あ、やぁアスカくん。頑張ってるようだね」
シンが歩き寄るとキラは表情を少し普通に戻して、ありがちな労いの言葉をかけた。
「はい、強くなりたいですし。……で、どうしたんですか?」
「それがだなシン聞いてくれ! このバカ、ついにウチのシャワー室のボイラー壊しやがったんだよ!」
「壊ッ!? 人聞きの悪い事言わないでよ、僕は寧ろ直す側なんだからさ!」
「それだってお前が自分で直すんじゃないだろ! 新しいの買うにしろ修理するにしろ予算の指示出すだけじゃないか!」
「その予算のやりくりにどれだけ僕が腐心してると思ってるんだッ! あぁ、せめて梅雨明けくらいまでは騙し騙しでも何とか持つと思ってたのに……」
「あんまりボロいの使い続けても仕方ないだろ! 昨日はまだ動いたんだがなぁ、温水の調子悪かったけど」
「…………もしかしてさ、カガリ。昨日その時、ボイラーの右前面斜め四十五度に何かした?」
「ん? あー、えー、うーん……おぉ。チョップしたぞ丁度その辺りに」
「 止 め 刺 し た の 君 だ よ 」
「 そ の 発 想 は 無 か っ た 」
怒涛のごとく会話のドッジボールを行うふたりに、シンはすっかり置いてけ堀をくらっていた。
取り敢えず解ったのは、剣道場シャワー室のボイラーが壊れたのはカガリのせいだろうという事だけ。
ちなみに、ここ剣道部でシャワーを使えるのは基本的に女子部員だけである。まぁヲンナノコは汗とか気にするモンね、と、男子部員も大体それには納得していたし。
しかしていざ使えなくなると、普段どれだけ有り難味があったか良く解ろうもの。
喋り終えたところで所在無げに胴着の襟元を引っ張ったり捏ね回したりと落ちつかないカガリの姿は、まぁなんとも普通のヲンナノコっぽかった。
それこそ、彼女が先程まで自分を叩き斬り伏せ突き抉り飛ばしていた者と同一であるのか疑わしくなるくらいに。
「…………部長も女の人なんですね」
「どういう意味だコラ!」
シンのあんまりな失言に、仕舞わず持っていた竹刀をスパァンと床へ一発打ち付けカガリは吼える。
顔に朱が差しているのはご愛嬌。
「しかし参ったね。一応業者にはこれから連絡するけど、一朝一夕で直るものじゃないかもしれないよ」
「むー、他の部室のシャワー間借りするわけにもいかないしなぁ。取り敢えず今日は家で浴びるか」
「下手すると今日どころかこれから一年間シャワー無しになりかねないんだけど、そこ解ってる?」
「…………汗を流せない未来が相手なら裏金を使わざるを得ない!!」
「無いから! そんなの無いから!!」
本気で焦った声を出すキラに、シンは生暖かい目を向けた。
あぁ、この人本当に苦労してるんだな。
これ以上ここにいても出来そうな事は無いと判断し、着替えて帰ろうと思うシン。
丁度、その顔が後ろに向いて道場の入り口を視界に入れた瞬間だった。
――ガララッ!
「だぁーいじゃうぶ! まーっかして!!」
なにかきた。
唐突に扉を開け道場へ入ってきた者は、皆して目が点になっている中をずんずん進みキラとカガリの傍に立つ。
そして、もう一度。
「だぁーいじゃうぶ! まーっかして!」
「何してんだハイネ」
思わず敬語すら忘れた。
そう。現れたのは、ジンム学園の学生寮管理人を勤める美丈夫(笑)にして、世界の裏側に蔓延る悪しき人喰いを打倒する誇り高き(爆)錬金の戦士――ハイネ・ヴェステンフルスその人であった。
この男、当然といえば当然だが結構生徒達からの認知度は高い。寮生の参加している部活に顔を出して見たり壊れた備品を直してみたり、その仕事振りは寮管よりむしろ用務員じみているのだが、当人はそれなりに楽しんでやっているとの事である。
キラは寮の管理についてでよく話をするし、カガリも学生間の繋がりから彼の事は聞いていた。
だが、此度は一体どういう事か。
唖然とする部長会長を前にし、ハイネは初めてシンがここに居る事に気付いたかのごとく大仰に声をかける。
「おぉ、シンじゃないか! 頑張ってんな、良い事だ良い事だ」
「いやだから何してんだと言うに」
「何って、ボイラーの修理よ」
「「「へ?」」」
疑問符3つ。
いつもの赤いジャケットとジーンズ姿に今日は大きい鞄を引っ提げていたハイネは、鞄を下ろして中に手を突っ込み何やらごそごそ弄り出す。
引き抜いた手に握られているのは、幾つかの工具。
電子回路の故障とかそういう事でもない不具合程度なら、ハイネは結構簡単に修理できてしまうらしい。資格も持ってるそうだ。
戦士として地域に入り込む際役立ちそうな資格を取る場合、戦団に申請をして通れば補助金を出してくれるのである。
戦団資格取得補助制度、是非ご利用下さい。
「ここのボイラーの様子がおかしいって話、聞くとこによると大分前からあったらしいじゃないか」
「あー、そうだな。キラ?」
「う、うん。去年度の秋口辺りから顕著になってたみたいです」
「まぁ中々こういうとこの点検やら保守整備はしづらいってのはあるが、皆で使う物じゃ適度に診てやんなきゃな」
「め、面目ない……」「お、仰るとおりです……」
ちゃっちゃと鞄から道具を出しながら諭すハイネに、会長も部長もばつが悪そうな顔をして反省の句を零した。
「ま、今日のとこはシャワーは諦めてくれ。代わりに銭湯でも行ったらどうよ?」
「銭湯? あぁ、そういえば在りましたね近くに」
「おぉなるほど、たまには良いかもな!」
それほど関心を惹かれない風なキラと裏腹に、カガリのテンションは見る間に上がっていく。
ジンム学園を正門から出て歩く事2分弱、確かにそこには古式ゆかしい造りの銭湯が建っていた。
その名を『天使湯』。
運動部の生徒達は時折足を運ぶらしいのだが、キラは根っからのインドア派だったため使う機会に恵まれなかったのだ。
喋る間にも出るわ出るわ、様々な工具が鞄から外へ置かれる。
螺子回し。半田鏝。色取り取りの配線。皮エプロン。バット。作業用皮手袋。ゴーグル。バット。栄養ドリンク。
「…………バット?」
ふとシンは、工具の群れに異彩を放つ物を見つけた。
長方形で平たいステンレスの皿に、木製の棒。
「ハイネ、ハイネっ! 何で工具の中にバットがあんの!?」
「ん? あぁ、これはアレだ。工具並べるのに丁度いいのよ現像バット」
「げ、現像バット? いやこの木の方は何だよそれじゃ!」
「そっちは粉砕バット」
「粉砕ィ!?」
「二進も三進も行かなくなったときは、それでこう芯を捉えて葬らんもといホームr「待ったァ!」んあ?」
「何をさり気なく備品壊すかも的な事言ってるんですか!」
「駄目な時は諦める! そして新しいの用意する! それでまるっと解決!」
「予算組むの誰だと思ってるんだぁぁぁぁ!!」
いきなり螺子がブッ飛んだハイネの台詞に、キラは頭を抱えて珍しく叫ぶ。
妙にテンションが高い先達の様子をおかしく思ったシンは、改めてハイネをよぉく見てみた。
すると、彼の目元に薄っすら隈が浮かんでいるではないか。
“代謝が良く翌日に疲れを残さない体育会系コーディネーター”を自称するハイネにしては珍しい事である。
「…………ハイネ、そういえばここ数日寝てないんだっけ?」
「貫徹3日突入したよ」
駄目だこの人早く帰って寝かさないと、皆の気持ちはこの時一つになった。
先の説諭もなんだか思いっきり色褪せた気がする。無情。
「ほ、ホントに平気なのか?」
「あぁ、やる事はやるさ。これ済ませたら今日こそ寝られそうだからな、帰ったら干しといた布団でゆっくりするんだ…………」
遠い目で皮手袋を嵌めるハイネの姿に、シンは今晩の訓練が潰れそうな予感をひしひしと感じた。
ウ○ケル皇帝液なる栄養ドリンクをぐいと呷り、不敵な笑みを浮かべながらキてる目付きで女子更衣室の扉を睨むハイネ。
ちゃっちゃと済ませるぜ、現像バットに道具を並べて抱えた彼は親指立てつつそう言った。
見送るしかない一同の中で、ふと思い出したようにカガリが呟く。
「…………あ、そういえば」
「どうしたのカガリ?」
ハイネが更衣室のドアノブを掴んだ。
「いや、今まだ部員達が着替えてる途中だった気がs「待ったハイネぇぇぇ!!」
言いかけた内容を一瞬で把握し、シンが制止させるためハイネに向かって叫びながら走る。
しかし時既に遅し、何事かと淀んだ目で振り向きつつも彼はドアノブを捻っていた。
――ガチャリ、
シリンダーが動く音。
「中でまだ着替えしてる人がいんだよッ!!」
「着替えとな!?」
一つのワードでハイネの目がギラリと輝いた。
ドアノブへ掛けた手を離さぬままシンの方へ一歩どんと踏み出したハイネ、だがシンは彼のそんな動きが予測出来るわけもなく。
衝突しそうになり、思わず体を躱しあったせいでふたりは綺麗に入れ違う。
ハイネは蝶番に従いドアが開く方へ退き、シンはそのままつんのめって――――
「え、ちょ、ま、うわっ…………あ」
――っきゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
トタン板を勢いづけて思いっきり引き裂いたような(どんなだ)、甲高く鋭い悲鳴。
案の定というか何というか、シンは勢いづいたまま思いっきり女子更衣室へ突っ込んでしまったのだ。
どたんばたん、どんがらがっしゃん、悪気は無かったんだー、えっちーすけべーへんたいー、出てくから向こう向くから止めてー、ばかーっ、ペサァーッ!!!
阿鼻叫喚な様子がここからでも伺えるような大音声に、キラとカガリはげんなり肩を落とす。
「…………中、止めてくるな」
頭を掻きながら早足で更衣室に消えていくカガリを見送り、キラは重苦しい溜息を吐いた。
「…………後でしっかり休んだ方が良いと思いますよ? 彼のためにも」
「…………そうする」
キラの忠言にきまり悪そうな顔をするハイネの姿は、ひどく哀愁を漂わせていて。
やや遅れて一際大きな断末魔が校内に響く。
この時、ふたりが無意識の内に取っていたのは、敬礼の姿であった。
数十分後、『天使湯』。
「お、シンじゃんか。お疲れs――――」
「?」
タオルを握って風呂場に足を踏み入れたシンは、だだっ広い湯船の方から不意に声を掛けられた。
そちらへ視線をずらすと、知った顔が4つ並んでいる。
レイ、ソル、ヴィーノ、ヨウラン。
彼らもハイネに銭湯を勧められたのだ。
片手を上げているヨウランが声掛けしたのだろうが、不自然に途切れたのは何故か。
「あれ、皆してどうしたんだ?」
「いや俺らはお前にこそどうしたんだと問いたい」
その台詞に、他3人が首をぶんぶか縦に振る。
びすっとヨウランに指差された顔は、もみじマークやら殴打痕やらでステキにカゲキなデコレーションをされていたのだ。
言わずもがな、女子更衣室へ突っ込みパライソを見た代償である。
まぁ真実を説明するとまず間違いなくラッキースケベ呼ばわりされるのが目に見えているため、シンは適当に誤魔化す事にした。
「これは、アレだよ。最近剣道部で稽古つけて貰ってる時にちょっと」
「おぉ、『オーブの紅獅子』の剣は防具でも防ぎきれないくらい強烈というわけかっ! 凄いなぁ、受けてみたいなぁ…………」
「…………いや、まぁ、うん。勧めはしないけど」
コーカソイドの血が強い肌を上気させ、ソルは興奮を隠さず感動したように息巻いた。誤魔化し甲斐が無い。
ソルがやたら『オーブの紅獅子』に拘るのは、一昨年辺りにD.S.S.Dの用事で宇宙へ上がっていた間で、彼の叔父がカガリと剣道の試合を行っているのを見たせいらしい。
その時ソルは生まれて初めて叔父が剣道で負けるシーンを目撃したそうだ。叔父が面、カガリが胴を一本づつ取得し、延長に継ぐ延長の果てにカガリが一瞬の隙を突いて放った面一閃が忘れられないのだという。
とはいえ、実際に受ける身とすればそんなに凄まじい打ち方をされるわけが無い。むしろ痕が残る事の方が稀だ。
取り敢えず彼女が凄いって事は重々承知なので、シンは少しだけ肯定しておくと同時に、打撃痕をマーレのせいにしておいた。
マーレにやられたと聞き、ヨウランとヴィーノも納得した様子で頷く。ここにいるソルを除いたメンバーは全員、授業でマーレと試合をして頭頂部に痛い思いをしたことがあるのだ。
が、独り。
金髪の麗人レイ・ザ・バレルだけは、シンが話す間も彼の右頬を鮮やかに彩るもみじへ見定めるような視線を向けていた。
今目を合わせるとゲロってしまいそうなので、さりげなく(と本人は思っているが結構バレバレ)目を逸らす。
微妙に緊迫した雰囲気を破ったのは、当のレイだった。
「ふむ、何時までもそちらにいては体が冷えて毒だろう。入ったらどうだ?」
「…………その通りで」
空気を呼んで聞かなかったレイに感謝しつつ、シンはそこら辺に転がされていた桶に湯を張って自分の体へ浴びせかけた。
ばしゃん、やや熱めの湯が汗を流していく感覚。
全身に湯をかけて粗方の汗と汚れを落としてから風呂に入るのが大人のマナーです。出来るなら先に体を洗っちゃいましょう。
粗方汚れを落としたのを確認し、湯船へ入る。
「あー…………生き返るなぁ」
「お疲れだねぇ」
ぐてーんと蕩けた声を出すシンに、ヴィーノが苦笑した。
「まぁ、自分でやりたいって言った事だから。頑張らなきゃと思うんだよ」
「酷使しすぎもいけないぞ。身体が資本なのは何時だって変わらない」
「頭じゃ解ってるつもりなんだけどさぁ」
「まぁ、そんなものだよ。ついつい調子が良いからって続けすぎて、その内限界を超えちゃうんだ」
「ソルは多そうだよなそういうの」
「なんたって僕は徹夜の達人だからね!」
「威張るとこか!?」
胸を張って言い切ったソルに紫電の突込みを入れるシン。
実際ソルはD.S.S.Dの作業に当たって長期間徹夜を敢行しなければならない事が多々あるのだが、それは決して自慢するようなものでもなかろう。
話が切れ、皆の間に少し静寂が宿る。
――かぽーん。
銭湯にお誂えなあの音が響いたのを後ろに、一向は大きく息を吐いた。
子供が横の洗面台辺りではしゃいでいる声も聞こえるが、基本的に先頭は煩くする場所ではない。
久しぶりに落ち着いた気がするなぁ。
そんな事を考えながら足を伸ばしたシンの傍で、不意にヴィーノが何か思い出したような声を上げた。
「あ」
「ん? どしたよ」
「いや、別に深いアレは無いんだけど……今隣にルナマリアもステラちゃんもいるんだよね」
ぴたり、と。
横に並んだ5人の動きが、一瞬だけピッタリ揃って止まった。
「…………エロいのは男の罪、それを許さないのは女の罪」
リカバリーもそこそこに突然ヨウランがそんな事を言い出す。取り敢えず往年の名曲に謝れ。
「お前は何を言ってるんだ」
「だって銭湯だぜ!? 彼女達の美しい御体を想像したくもなるだろ!」
「いや、別に…………」
「っかぁぁぁ情けない、それでも(放送規制)付いてんの!? 想像も出来ないなんざ雄としちゃ失格も失格、最早生命への冒涜だぞこのフニャチ○野郎共!」
「一番の冒涜はお前だろうに、サイズ的な意味でも」
あっさり断じられてヨウラン撃墜。誰も哀れんでいない辺りに普段からの扱いが透けて見えた。
がくんと肩を落とした勢いで湯船に顔まで浸かろうとしかけ、しかし途中でシンの地獄突きに阻まれる。
「銭湯で顔まで浸かっちゃダメだろ、お湯が汚れる」
声にならぬ呻き声を出し始めたヨウランに、シンは駄目押しの一言を投げた。ちなみにこれはヨウランが云々ではなく一般論である。
打ちひしがれたモカ色の友人を敢えてスルーする4人。なんとも篤い友情であった。
一方、女子側。
こちらは極めて和やかな雰囲気にあった。
「やー、いい湯だ」
「そうですねー」
「ぽかぽかー」
上から順に、カガリ、ルナマリア、ステラ。
後者2人が銭湯を訪れたのは、男衆と違い全くの偶然であった。ステラが何処ぞで銭湯の話を耳にしたらしく、是非行ってみたいと希望したのだ。
蕩けきったその表情から、どうやらお眼鏡にしっかり適ったようだ。
「ステラ、せんとーはじめてー」
「ん、そうなのか? 偶にはこういうのも良いだろー」
「えぇ、私も中々来る機会無かったんで、ステラには感謝感謝ですよ」
「うー☆」
あどけない童女のように、にぱーと笑うステラ。
プラントでは、風呂の扱いについては個々人の裁量によるところが大きい。シャワーで簡易的に済ませる者もいればサウナを作る者もいるし、わざわざ温泉を輸入して露天風呂をこさえる酔狂者までもが存在するくらいだ。
で、ルナマリアの所は生憎というか何というか、シャワー派だった。自宅には浴槽も無いわけではないが狭かった。
こんな風に足を投げ出せるほど広い風呂はそうそう有りゃしないのだ。
上気して薄く桃色づいた頬を軽く撫でつつ、ルナマリアはふと視線を横にずらす。
並び寄り添った、傍から見るとなんとなく姉妹に見えなくも無い2人。
「………………むぅ」
「「?」」
突然ルナマリアが発した鳴き声に、カガリとステラは首を傾げた。
彼女の視線は今、2人の首から下を行ったり来たり。
皆には周知の事だろうが、ルナマリアはコーディネーターだ。そしてコーディネーターは生活習慣がよっぽど劣悪でない限りスタイルもそう悪くはならない。
けれど、ルナマリアとしてはそんな自分より、在るがままな2人をこそ羨ましく思った。
普段から欠かさない運動の賜物だろう、全身の筋肉がバランスよく付いていながら女らしい曲線も失っていないカガリ。
錬金の戦士という環境が鍛え上げたのか、細やかな肢体からは想像も出来ない膂力を秘めた筋肉を柔らかな肉で包み隠すステラ。
前者は人間の極たるアスリート的な、後者は大型の肉食獣を思わせる肉体美を持っている。
そしてそんな彼女らに対し、自分はというと――――。
「……………………むぅ」
「「??」」
今度は膨れっ面してそっぽ向いた。
心の機微に疎めなこの2人である、ルナマリアの不満というか何というかが何処から来ているかなど露とも理解できなかろう。
まぁ、ルナマリアの容姿とて他所様からすれば充分見映えするものなのだが。
目を惹く真紅の髪、バランス良く肉のついた肢体、闊達な性格も相俟って彼女は結構な人気者だったりする。
隣の芝は青いものだ。
「あー羨ましい羨ましい「妬ましい妬ましい」…………ん?」
突然、真横から声。
何の心構えもなくそちらへ向いたルナマリアは、次の瞬間ビシリと硬直してしまった。
湯船へ浸からぬようアップで纏められた灰色の髪。
圧倒的な存在感を誇る水面に浮かんだ水蜜桃。
白蝋もかくやと言わんほど薄い肌色。
刺々しい鉄の茨で編まれた仮面。
そして、その仮面の下に潜む歪んだ表情。
「チャオ♪」
「あ、あ、あん、あっ、アンタ!」
「んふ、銭湯で騒ぐのはマナー違反よぉ」
嘗ての悪の首魁、ミーア・キャンベルがそこに居た。
悪びれもせずカラカラ笑う彼女に、動揺半分憤怒半分で思考が吹っ飛んだルナマリアはぐうの音も出ない。
するり、表情を引き締めたステラが体のポジションをカガリと入れ代える。
「知り合いか?」
「ん」
「…………あぁ、成る程」
お久しぶりです。支援
ステラの渋ったい表情を見て、カガリは何やら得心が行った様子で素直に下がった。誤解とか無いと良いが。
覚えていないとはいえ一回攫われているルナマリアも後ろに庇い、ステラは仮面の奥を覗く。
けれど、深い濁りと淀みに阻まれ感情を読む事は出来ない。
「そんな顔はやめてよぉ、お食事する気なんか無いわ。しばらく戦団は相手にしたくはないしねぇ」
肩を竦めるミーアに、ステラは一つ溜息を吐いた。腹の探り合いは苦手なのだ。
だが、なんとなくステラの琴線に引っ掛かる物がある。
少し探ってみるか、ステラは決断した。
「あの後、貴方が追った相手と戦った」
「ふぅん。その様子じゃ勝ちは拾ったんだ、こう言っちゃ何だけど意外ねぇ」
「…………貴方の表情の方が、私には意外」
「は?」
「やらかくなってる」
正鵠へ的中。
算段立てた会話の展開に見事嵌まり込んだミーアは、悪辣にしていた表情をビキッと引き攣らせた。
「なんだか、ケンカしてた人と仲直りできたみたい」
「…………そ、そんなんじゃないわよぅ」
それまでと裏腹にはっきりしない口調でぼんやり否定するミーア。
どう見てもデレデレである。
白い肌に風呂からの熱だけではない紅を交え、彼女は無理矢理悪どい表情を作った。
「いや、アタシの事はいいじゃない別に。違う事話しに来たの」
「違う事?」
「そ。話ってか忠告かしらねぇこれは」
仮面の端を指で弾きながら、ミーアは選ぶように言葉を口に出す。
「忠告?」
「アンタんとこの学校、信奉者が入り込んでるわ」
ステラの顔が、一瞬で険しくなった。
信奉者。人界にとっての背信者、裏切り者。
「確証は?」
「ないわ。強いて言うなら、勘、かしらね? 悪党の」
「あくとうの、かん」
「そ。昔っからきな臭いとは思ってたんだけど、最近はその臭いが一気に濃くなった感じ」
ドブ川みたいな腐れ果てた気配よ、同類相憐れむ風にミーアは吐き捨てる。
ステラにはその感覚はよく分からなかったものの、少なくとも今の彼女が嘘を言っているとも思えなかった。
のだが。
――ざばっ!
「言いたい事は言ったし、捕まんないうちに帰るわ」
突然湯船から上がったミーアは、さらっとそんなセリフを言ってのけた。
ぽかんと見上げてくる一同を振り返りもしないで、周囲の視線が降る中を颯爽と浴室から辞してしまうミーア。
完全に虚を突かれ、ステラ達もその背を見送るばかり。
捕縛命令が出ていたのだと気付いた時には、彼女はもう脱衣所の中。下手をすると茨のドレスでも纏って既に逃げおおせているかもしれない。
今から追うには、風呂上がって体拭いて服着て荷物纏めてと幾つもプロセスを踏む必要がある。
「…………逃げられちゃった」
「…………狐に化かされた、っていうのかしら」
疲れを癒しに着たのに逆に疲れた、そんな顔のステラとルナマリア。
ひとり蚊帳の外だったカガリは、何時の間にか風呂からバラの香りが立ち昇っている事に首を傾げるのだった。
さるさん食らいましたので続きはまた後ほど投下致します。
永らくお待たせさせてしまい誠に申し訳ありません。
乙です! 続きを画面前で正座して待っております。
武装錬金のギャグパート的楽しさが良い感じに詰まっておりました。
風呂でダシとれてるミーアさんに吹いたw
夜陰の中。
自分以外に誰もいない電算室の中で、彼は一台のパソコンを起動していた。
この部屋にある40台余り有るパソコンは全て、彼が今操作している一台を経由しなければ外部とネットワークを通じる事が出来ない。
それにこの部屋で唯一学校のローカルネットワークに直接繋がっている筐体でも有る。
校内サーバーを管理する役目もあるこの筐体、当然ながらパスワードが設定されており、本来なら学生が起動する事は不可能。
だが、彼にはそれを突破する手段があった。
パソコンの外部拡張用スロットに刺さった一本のケーブル。
それは、彼の左腕に噛み付く小さな箱へ繋がっていた。
【携帯電算端末:ハンドヘルドPC】と呼ばれる小型のパソコン、これに組み込まれたとあるアプリケーションこそがパスワードを突破する切り札なのである。
名は至ってシンプル。『Lock Breaker』、鍵壊し屋。
このアプリケーションに掛かれば、全角半角英数字混在の30桁パスワード程度なら2秒で開く。この筐体に掛けられた半角英字のみの8桁パスワードなどコンマ半秒も要らない。
音も立てずロックが解けたのを確認し、彼は別のアプリケーションを起動した。
ローカルネットワークに侵入して足跡は残さず情報だけを引き出すのが、このプログラムの能力。
無数の文字列が表示されては上に押し流されるのを、彼は無言でじっと睨む。
人名。居住地。身体数値。試験の点数。
画面に映し出されているのは、この学園に通う者の個人情報であった。
この学園に確実に存在する錬金の戦士、それが誰であるかを炙り出すのが『堕月之女神』から彼が仰せ付かった任務だ。
「狙うのは誰だかわかるよな?」
不意に、冷たい声が響く。
「…………錬金の戦士がここに来たのは、ミーア・キャンベルの動向を察知したからだったよね」
「その通り」
「なら、戦士は今年に入ってからこの学園に関わりを持った人物の可能性が高い」
「あぁ良い考察だ。具体的にはどんなだ?」
「順当に考えれば、新任教師、新入生、それと…………」
そこで彼は言葉を止め、画面に眼を移した。
今先程並べた検索条件で検出された中には、ここ最近よく遭うようになった少女の名が。
「「転入生」」
重なった声が、少女――ステラ・ルーシェを捉える。
「さ、あとはどうやって洗い出すかだ……解ってるな」
「…………」
物も言わず黙りこくる彼へ、冷たい声は更に恫喝しようとし。
――ガラッ。
部屋の扉が開いた事で、ひとまず黙った。
入り口には、壮年の男性。
「ん? こんな時間までどうした」
件の転校生がいるクラスの担任を務める、トダカであった。
椅子から立ち上がり、彼は左腕を背に回して隠しつつ挨拶する。
「すいません、生徒会用に作っておきたい資料があって」
「ふむ、そうか。なら無理に止めるのもいかんな、ご苦労様」
怪訝な表情を感心に変えるトダカに対し、騙り言を吐いてしまった彼は罪悪感を覚えた。
良心の呵責が渦巻く心中に、再びあの声が突き刺さる。
冷厳な、冷徹な、声が。
(使え)
たった一言、しかしそれが恐ろしい。
使え。
何を、どう使わねばならないのか、多く語られずとも解っている。
が、理解は出来ても、踏み切れない。
押し黙り左拳を握りこむ彼に、声の主は飽くまで冷たく告げる。
(気が引けるのも仕方ないが、やらなきゃあいけない事だろ? でないと、死ぬのは)
(それは、僕ら、だけどっ)
経緯はどうあれ、自分は今『堕月之女神』に組する一員。
冷たい声の主は監視者、その前で反抗も躊躇も裏切りも許される筈が無い。
様子のおかしい彼を心配してか、トダカが急ぎ足で寄ってきた。
(ほら、御誂えだぞ?)
かしゅん、左腕の機械から何か排出された様な音。
トダカが接近してくる。
右手が排出された何かを掴み引き抜く。
どちらも、彼の思いと裏腹に。
「おい、大丈夫か? ヤ――――」
「っ!!」
傍へ立ち肩に手を乗せようとしたトダカ。
無慈悲にも、その首筋に右手は振り下ろされた。
肉を叩く衝撃、何かを突き立てる感触。
がくり、トダカが膝から崩れ落ちその場でうつ伏せに倒れたのを見届け、彼も後ろにへたり込む。
足が震え、手には違和感。
何処かフィルターを一枚介したような遠いところで、あの声が自分を賛辞しているのが聞こえた。
「あぁそうだ。良くやったな相棒」
「誰が、相棒だよ! 先生に、こんな、勝手な真似!」
力無かった言葉は、途中から憤怒に染まり勢いを取り戻す。
しかし、声の主に感情の乱れは一切見られず。
「何とでも言ってろ。どうにしろお前の手は穢れたんだよ、たった今な」
「…………僕は、僕はぁっ!」
「ま、手助けなら幾らでもしてやるさ――――ワレらは一蓮托生なんだからな」
その台詞を最後に冷たい気配が消えていくのを感じた彼は、そのまま横臥してしまった。
リフレインする、穢れた、の言葉。
うつ伏せのトダカ、首筋にはもう何も無いようにしか見えない。息だってしっかりしている。
だが、この左腕に噛み付くモノの正体からすれば、彼はもうこちらの手に落ちたも同然。
やってしまった。
もう戻れない。
ヒトの道を、外れた。
自覚した瞬間、右手が震え始める。
怖かった。
「…………僕は、どうして、こんな所へ来てしまったんだろう」
誰が聞くわけでもない悲嘆の声。
左手のHHPCは、何時の間にか六角形の金属的な物体に姿を変えていた。
第24話 了
後書き
24話投稿です。全部が全部難産でした。風呂のシーンとか特に。それと投下ミスって
>>240-241が被ってます、またさるさんにも引っかかってしまいました。失敬。
私事が立て込みましてこんな遅くなってしまいました、都合5ヶ月とか放っといてごめんなさい。保守してくださいました皆様方に深く深く感謝を。
せめてもの償いというかなんですが、今後も一筋縄ではいかない展開をご用意しております。お付き合いいただければ幸いです、ギギー。
あらためて乙です。
日常を書いて、敵を書くという、シンプルながらもナイスな引きに
次回をwktkせずにはおれません。
面白かったッス! 次回も楽しみにしてます!
面白い。
なんで卍解?
>>238 最終結果報告
00の女性キャラ人気NO1の「フェルトことタニシ」が組織票収得工作に失敗しました
このスレ以外にも沢山のスレや、外部の掲示板にも呼びかけコピペを行ったのですが…
一位どころか、ガンダムXのティファにも負けるありさまで、非常に残念でなりません
協力してくれた方々には感謝と、これからも「フェルトことタニシ」の応援のほどをよろしく
ガンダム国勢調査:
http://www.gundam.info/content/342
ほす
保守
262 :
通常の名無しさんの3倍:2009/09/16(水) 22:19:56 ID:MFx80VO8
age保守
保守
↑↓
保守
266 :
通常の名無しさんの3倍:2009/10/07(水) 14:08:03 ID:3oVzLiuw
age保守
なかなか職人こないね
保守
支援
270 :
通常の名無しさんの3倍:2009/10/15(木) 22:19:46 ID:KKaxvk5d
age保守
補修
支援
まだだ、まだ終わらさん!
保守
275 :
通常の名無しさんの3倍:2009/11/13(金) 18:29:46 ID:tXkHQ4uN
支援
ぬおおおおおおおおおおおお
ageてやる!
おっつー
主演
282 :
通常の名無しさんの3倍:2009/12/22(火) 04:47:52 ID:6RzMY3D4
忘れられているのかこのスレは…………………
全力を挙げてこのスレを支援するんだ!!!!!!
どうもこんばんは、27です。
サンタのプレゼント代わりには少々役者不足ですが、25話をお届けに参りました。
HDDの死亡や地元行事参加のためPCを動かせない時期があり、またこんな遅れてしまいました。無論ここの事は片時も忘れちゃいませんでしたよ!
手に職をつける事が出来たので、精神的に安定してモノ書けるようにはなりました。あとは速度だけだ!
という事で、年内の更新は今回で終わりです。来年も良い年になりますよう祈願しつつ、本日はこの辺にて失礼致します。
それでは良いお年を、ギギー!
クリスマスなんてなかったんや!
おっつー
保守
まだだ
まだ終わらんよ!
保守
保守
保志
今はまだ
保守
保守
話題も無い……。
もうIFスレに統合か?
まだまだ
あきらめるかぁぁぁっ!
303 :
通常の名無しさんの3倍:2010/06/06(日) 06:27:41 ID:hVaQ3UI0
救出!
武装運命さんまだー?待ってるよー
304 :
通常の名無しさんの3倍:2010/06/22(火) 21:06:28 ID:yc32w559
age
落としてたまるかっ!
305 :
通常の名無しさんの3倍:2010/07/06(火) 07:06:58 ID:jFWS60nG
とーぅ
保守錬金!
307 :
通常の名無しさんの3倍:2010/08/10(火) 02:42:57 ID:aFmCbz/r
あげ保守
308 :
通常の名無しさんの3倍:2010/10/07(木) 04:43:48 ID:+pY7j0Bs
保志
まだ諦めんぞ
未だまとめウィキに武装運命25入ってないぜ?更新依頼しようとしたら弾かれたし、誰か頼む!
311 :
通常の名無しさんの3倍:2010/10/20(水) 02:11:33 ID:Aa2B+Yhn
わたしも無理だったようだ……
作者さん帰ってこないかなー
312 :
通常の名無しさんの3倍:2010/11/04(木) 00:36:52 ID:sfrz/TIh
age
いつまでも待っている
314 :
通常の名無しさんの3倍:2011/02/17(木) 06:49:15 ID:HG6tku7o
待ってる
315 :
通常の名無しさんの3倍:2011/02/17(木) 06:51:20 ID:HG6tku7o
いちおう保守
保守
エネルギー全開!全開!アロンダイト・クラッシャー!!
一応保守
320 :
通常の名無しさんの3倍:2011/11/18(金) 04:11:48.89 ID:UzmNvszT
もう誰も来ない………
ここはいらなくなったんだな終わらせよう