【ドキドキ】新人職人がSSを書いてみる【ハラハラ】10

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160美柚子 ◆meXrLVezBU
てのひらを、たいように

scene1 君と僕のうた(1)

 昨夜窓を閉め忘れていたのだろうか、爽やかな朝の風が潮の香りを運んでくる。
潮騒に混じって聴こえてくるのはかもめの鳴き声。窓の向こうには青い空が果てしなく
広がっていて、更にその先にはぽつんと浮かんだ太陽が強烈な陽射しで生きとし生けるも
の全てに挨拶をしている。
 僕――マーチン・ダコスタは未だにベッドの上でタオルケットにくるまって寝ている
隊長を尻目に、脱ぎ散らかしてある下着を拾った。隊長は眠りから醒める気配はまだまだ
無さそうだ。僕は下着を手にバスルームへと向かった。途中でキッチンに寄って赤い
ケトルを火に掛ける。お湯が沸く頃には隊長は起きて来るだろう。
 脱衣所にある洗濯機に下着を放り込んで、僕はバスルームで熱いシャワーを浴び始めた。
昨晩に流した汗やら何やらが綺麗さっぱり流されて行く。体が本格的に目覚めて行く
ような気がするので、僕は朝のシャワーが好きなのだ。僕は深々と息を吐きながら
髪やら顔やら体やらを洗った。時間はさほど掛からない。軍人だった頃の名残なのだろう。
僕はバスルームから出ると丹念に体を拭く。髪は歩きながら拭けばいい。今日は休日だ。
髭は剃らなくてもいいだろう。隊長は僕には髭が似合わないと言うけれど、髭があれば
僕だってもう少しはましな風貌になると思うのだ。隊長と釣り合いが取れる位には。
 ぼんやりと考えて事をしていると、不意に香ばしい香りが鼻孔をくすぐった。コーヒーの
香りだ。隊長が起きたのだろう。僕はバスタオルを腰に巻き直して寝室へと向かった。
 果たして今日はどんなブレンドなのだろう。僕は味に無頓着な質だから、違いを聞かれても
上手く答える事が出来ない。第一、僕はブラックは苦手なのだ。隊長に合わせようと
頑張ってブラックで飲もうと努力するけれど、舌には苦味しか残らない。隊長はそんな
僕の姿を見て一抹の寂しさを含んだ表情を浮かべる。次の瞬間には大きく口を開けて
僕をからかうように豪快に男らしく笑うのだ。
 僕にもう少し勇気があれば、と思う。自分の好みを隊長に遠慮なくぶつけられれば、
隊長と呼ぶのではなく名前で呼ぶ事が出来れば、僕達の関係は新しい第一歩を踏み
出せるのでは無いだろうか。セミダブルベッドで寝ている時に伝わってくる体温や、
微かに聴こえてくる寝息だけではない、確かな何かが芽生えるのではないかと僕は思うのだ。