【ドキドキ】新人職人がSSを書いてみる【ハラハラ】9

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112通常の名無しさんの3倍:2007/11/05(月) 23:18:52 ID:???
空気読める住人晒しage
113 ◆Q/9haBmLcc :2007/11/05(月) 23:22:52 ID:???
支援する
114河弥 ◆w/c45m7Ncw :2007/11/05(月) 23:28:03 ID:???
※ご支援ありがとうございました。再投下、行きます。
------
(9/17)

 同日、一四:一五。
 なんとか時間までにペンキ塗りの作業を終え、Bユニット実装の為の機材を穴の中へ下ろし終わって
ミネルバへ戻ったシンをヨウランがげんなりとした顔で迎えた。
「……シン。お前、もうちょっと丁寧に扱えよ……」
「何が?」
 シンにはヨウランの台詞が理解できない。
 作業中どこかへぶつけた記憶もないし、機材の運搬もできうる限り慎重に行ったと思っている。
「何がってインパルス、ペンキだらけじゃないか!」
 強い口調のヨウランに驚いて、シンはインパルスを見上げた。
 いつも通りの暗灰色の機体に目立った汚れはない。
 ペンキ塗りはミネルバ作業三班特製の『MS仕様巨大ペンキ噴射器』を使用しての作業だったので、
どこかへボタボタとペンキを垂らしたということもない筈だ。
「……上へ行ってPS装甲のスイッチ、入れてみな」
 ヨウランがコックピットを指差して言った。
 思わず反論しかけたシンだったが、ヨウランの異様に据わっている目にしぶしぶ従う。

 言われた通りにPS装甲のスイッチを入れてハッチから顔を出したシンは、思わず息を呑んだ。
 通電したインパルスの白い装甲が全体的に薄っすらと青く染まっている。
「…………」
 シンは無言でコックピットへ戻り、装甲のスイッチを切ってからラダーで降りる。
「何か言うことは?」
 地に足をつけたシンに、ヨウランが問う。
「えーっと……」
「うわっ、何でこんなに青いんだよぉ!」
 シンが視線を泳がせていると、後ろから悲鳴に似た叫び声が聞こえた。
 振り向くとヴィーノが口をぽかんと開けたままインパルスを見上げている。
「何でこの状態で分かるんだよ……?」
 シンの口から疑問が漏れる。
 整備クルーのヨウラン達には及ばないが、シンだとてインパルスのパイロットとして毎日機体を
目にしている。
 しかもペンキが付いたと言っても、鋼色の機体に青いペンキが微量、霧状に付着した状態だ。
 こうして装甲の通電を切ってしまうとシンには普段と変わらないようにしか見えない。
 だがしかし。
「何でこれで分かんないんだよっ!!」
「隣のセイバーと比べてみろよっ!」
 二人はシンの言葉に今にも噛みつかんばかりに反論する。
115河弥 ◆w/c45m7Ncw :2007/11/05(月) 23:29:40 ID:???
(10/17)

「でも、ほら、あいつのよりはマシじゃん」
 シンは二人の剣幕にたじろぎながら、思いついたままを口にした。
「あいつって、アスハ代表のルージュ?」
 ヴィーノの問いにシンは首肯した。
 カガリは作業途中に操作を誤り、左脚下部──人間で言うと脛の辺りにペンキをべったりとつけて
しまったのだ。
 だがシンの思惑はヨウランの一言であっさりと外された。
「馬鹿。あっちの方が全然マシだよ」
「何で?」
「べったりだろうが薄っすらだろうが、落とす作業はそんなに変わんないの。
 で、あっちは脚半分。インパルスは機体の前面全体。インパルスの方が十倍も大変だよっ!」
 ヨウランが彼にしては珍しく語気を荒げている。
「インパルスの整備さえ終わればあっちの作業に合流させてもらえるってのに、これじゃ終わんないよぉ」
 対してヴィーノは半泣きだ。
「あっちの作業って、Bユニットとかいうヤツのことか?」
 シンが先ほど機材を運んだ時にちらと見た感じでは、エイブス主任をはじめ、ミネルバ整備士でも
主だった者がほぼ全員揃っていた。
 しかし、重要なものなのだ、という以外の事はシンには分からない。
「そうだよ。昨日図面をちょっと見せてもらっただけだけどさ、すっげぇんだよ。それがさ」
「ヴィーノ!」
 子供のように目を輝かせて説明しようとするヴィーノをヨウランが止めた。
「話は後にして、さっさとこっち終わらせちゃおうぜ」
「あ、うん」
 二人はバタバタと慌しく何やら準備を始める。

「あのさ。ちょっとペンキがついてるくらい、俺、気にしないぜ」
 故意にしたことではないが、シンは罪悪感に駆られて二人に声をかけた。
 実際、少々のペンキなどシンはまったく気にならないのだ。先ほどはちょっと驚いたが、そのうち
見慣れたら何と言うこともないだろう。
 シンにはよく分からないが、二人が外での作業をそれほど楽しみにしているのならこのままでも
構わない。
 シンは本気でそう思っていた。
 ところが。
「こんな状態のインパルス、放って行ったらエイブス主任に大目玉だ!」
「それどころか『もう一回やり直して来い』ってアカデミーに戻されるよっ!!」
 最早二人はシンに視線すら向けずに、それだけを怒鳴り返してきた。
「だったらせめて俺にできること、何か手伝うよ」
 口を開くたびに二人の機嫌が悪くなる。そう思いながら、シンは二人に手伝いを申し出る。
「「当たり前だろっ!!」」
 ヨウランとヴィーノは、怒りに燃える目でシンの申請を受け入れた。

 二人の指示に従いながら、シンは考えていた。
──まだエクスカリバーの整備も残ってるって……どう言ったらいいんだ?
116河弥 ◆w/c45m7Ncw :2007/11/05(月) 23:30:55 ID:???
(11/17)

 同日、一五:二五。
 ミネルバから持ち出した二十枚以上はあった筈の射撃訓練用の的は、残り三枚になっていた。
──これで最後。ビシッと決めるわよ。ルナマリア!
 自分自身を鼓舞してルナマリアは岸壁から『ムラサメ』飛び立たせる。


──数時間前。シミュレーションマシンに入ってから二時間ほど経った頃。
 ルナマリアは焦っていた。
 コーディネイターより反射神経の劣ったナチュラルがコーディネイターと同等のスピードを出す
ために設計・調整されたOSは、操作の大半をサポートしている。
 簡単に言えば、動作がパターン化されているのだ。
 その為、ルナマリアは動作の全てに微妙な違和感を感じていた。
 例えば、ビールサーベルを振るう時。あるいは、加速状態からの停止時。
 ルナマリアが意図した動きとはほんのわずかだがズレが生じる。
 わずかではあっても、それはストレスとしてルナマリアの中に蓄積され続けていた。
 また、タイムリミットは今日一日という状況がそれを加速させる。
 確かにシミュレーションマシンの難易度は高めに設定してあった。
 だが決してありえないレベルではない。実際、オーブ沖ではその「ありえない」数の敵に
包囲されたのだから。
 しかし、マシンの連続使用という疲労も相まって、ムラサメが仮想敵機に撃墜されるまでの時間は
回を増す毎に短縮させられていた。
 ルナマリアの精神的な疲労は既に限界に達していた。
 今、彼女を動かしているのは、ムラサメへの機乗を言い出したのが自身であることと、ザフト
レッドであるという意地のみだった。

 しかし、それも間もなく尽きようとしている。
──もう、ダメ、かも……。やっぱり、無謀だった……?
 敵機にビームライフルを向けながら、ルナマリアはそう考えていた。
 それは彼女自身は気づいていないが、アカデミーに入って以来初めて吐いた弱音だった。
 宇宙での数度にわたる実在の敵との戦い。シミュレーションとは違い、負ければ命を失う戦い。
 その時ですら感じなかった限界点が、今、ルナマリアには見えていた。
 息が上がる。
 視界も狭まっている。
 精神的な疲労は、普段では考えられない程急激に体力をも失わせていた。

 ビーッ、ビーッ。
 突然、敵機の接近を知らせるアラートが響いた。
──どこ? どこから来るの!?
 ルナマリアは慌てて敵機を探した。
──いた。左! ダメ、間に合わないっ!!
 見つけた時には、敵機は目前に迫っていた。
 ムラサメの武器は右手に持ったビームライフルのみ。
 ただでさえ苦手な射撃。
 左から来る敵に向けて、照準を合わせ、トリガーを引く。
 たったそれだけの猶予が今の彼女にはない。
 夢中で動くことしかできない。
117通常の名無しさんの3倍:2007/11/05(月) 23:36:24 ID:???
支援
118通常の名無しさんの3倍:2007/11/05(月) 23:39:06 ID:???
全く空気読めない職人晒しage
119通常の名無しさんの3倍:2007/11/05(月) 23:39:52 ID:???
河弥氏から伝言。
「投下し過ぎと怒られました。日が変わるまで投下を中断します」
とのことだそうです。
120通常の名無しさんの3倍:2007/11/05(月) 23:40:01 ID:???
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

ここまで一人討論会
121通常の名無しさんの3倍:2007/11/05(月) 23:44:50 ID:???
さるに引っ掛かったかな
122通常の名無しさんの3倍:2007/11/05(月) 23:46:10 ID:???
みたいだね
123河弥 ◆w/c45m7Ncw :2007/11/06(火) 00:01:49 ID:???
(12/17)

 モニターに爆炎が映った。
──やられちゃった……。
 ルナマリアはがっくりと肩を落とした。
 だが、ふと気づいた。
 撃墜されたことを示すメッセージがモニターに出ていない。
──あれ? 何で?
 訝しく思うルナマリアの耳に、再びアラートが聞こえた。
──え? まだ終わってない?
 今度の敵は背後下方から迫って来ていた。
──今度こそ間に合わないっ!
 そう思った瞬間、爆炎が上がった。
 その時、ルナマリアの目ははっきりと自機から発射されたビームとそれを受けて爆散した敵機を
映していた。

──間に……合った……?
 理由を考える暇もなく、更にアラートが響く。
 次の敵機は二機。
 ルナマリアは混乱したまま、ただ反射的に動いていた。
 そして爆散する敵機。
 右から、左から。
 上からも、下からも。
 次々と襲い来る仮想敵機をルナマリアの駆るムラサメは撃墜する。
 気がつけば。
 シミュレーションマシンは彼女の勝利を讃えていた。

──え? 何? 今、何があったの?
 心臓が激しく脈打っている。
 レバーからゆっくりと手を離す。
 手足も小刻みに震えている。
 ルナマリアは目を閉じ気持ちを落ち着かせながら、今の出来事を反芻した。
 銃口を──場合によっては機体をも──敵機に向けて、照準を合わせ、トリガーを引く。
 普段通りの動きだ。
 しかし今のシミュレーションでの記録は、愛機でのそれより遥かに良い。
──そう。何かもう気持ちいいくらいビシバシ墜とせて……。
 ルナマリアはゆっくりと瞠目した。
──気持ちいい?
 何時の間にか先刻まであれほど感じていた違和感を感じなくなっていたことに気づく。
 その理由を考え──思い至った。
 今のシミュレーションでの間、ストレスなど感じている暇(いとま)がなかったのも確かだが、
それ以前に機体や銃身の細かな制御をしていなかったことに。
 ルナマリアのストレス。
 それは、OSの為に機体が彼女の期待するそれよりも微妙にずれた動きをすることに起因していた。
 だが、今のように無我夢中で──言い換えれば大雑把に動かしていれば、少々のズレなど気にならない。
 気にならないから、ストレスにもならない。──多分そういうことなのだろう。
──もう少し、試してみようかな。
 ルナマリアは自身の立てた仮説を証明するべく、再びシミュレーションを開始した。
124河弥 ◆w/c45m7Ncw :2007/11/06(火) 00:03:05 ID:???
(13/17)

 ルナマリアの乗った『ムラサメ』は、岸壁から数百メートル離れた空中で停止した。
 足元の海面にはムラサメが持っているのと同じ的が数枚浮かんでいる。
 そのどれもが撃ち抜かれてはいたが、中央に穴が空いたものは少ない。


──更に何時間ものシミュレーション結果、ルナマリアは一つの結論に達していた。
 ルナマリアのムラサメは、ビームライフル等を使用した中・長距離戦に向いている、と。
 ルナマリアがコーディネイターであることが、ムラサメとの間に良い結果をもたらしていた。
 ナチュラルよりも遥かに鋭い反射神経と運動神経が機体の動作速度を上げ、照準を合わせてからの
OSのサポートがその精度を増すという相乗効果により、結果的に命中率は約一五パーセント
上がったのだ。
 ただし、接近戦では逆になった。
 度重なるシミュレーションで大分慣れたとは言え、OSによるコンマ数秒のロスがやはりルナマリアの
ストレスに、そして、敵機の攻撃を避ける上での致命的な遅れとなってしまった為だ。
──つまり、ムラサメの高速移動で乱戦を避けて、ライフルで攻撃ってパターンなら有効って訳よね。
 ルナマリアはそう確信した。


「せーのっ!」
 掛け声とともに器用に三枚の的を放り投げた。
 的はそれぞれ別の角度で空(くう)に上がり、やがて落ちてくる。
 ムラサメがビームライフルを発射した。
 光条は三本。別の方角を向いている。
 光の矢は各々別の的に当たり、貫き、やがて消えた。
 的は貫かれた一瞬だけ落下を止め、海へと落ちた。
 ルナマリアはカメラをズームして三枚の的を確認する。
 その顔が会心の笑みで輝いた。
125河弥 ◆w/c45m7Ncw :2007/11/06(火) 00:04:10 ID:???
(14/17)

「メインエンジン点火」
 ブリッジに女声が響く。
 そこにはその女と二人の男しかいなかった。
 いつも彼女の傍にいる男と、国家元首の少女は今は乗艦していない。
 女が再び声を発した。
「アー……」
 が、すぐに音は途切れる。
 男二人がちらりと女に視線を向けた。
 女は頬を軽く染めて「……こほん」と咳払いをする。

 女は軽く居住まいを正し、口を開けた。
「ダブル・アルファ、発進っ!」
 マリューの号令と共に、アークエンジェルがゆっくりとほぼ垂直に上昇する。
 否。それはもうアークエンジェルではなかった。白亜の大天使は、その姿と共に名を変えた。
 艦体のシルエットこそ同じだが、色は紺碧。
 宇宙(そら)だけでなく、深海をも駆け抜ける──ダブル・アルファと。
 そして、ダブル・アルファとアークエンジェルとの決定的な相違となるシステムの試験が今、
行われようとしていた。

 ダブル・アルファは岸壁を離れ、海上に移動した。
 高度は十メートルを切っている。水面ギリギリである。
「水深は?」
「およそ四十メートル。付近の海底に岩礁なし。万一墜落しても艦底部への損傷はないと思われます」
 チャンドラ二世の報告にマリューは頷いた。
「分かったわ。──それでは慣性状態へ移行。メインエンジン出力、五十パーセントへダウン」
 マリューの指示に従い、ノイマンがエンジンの出力を下げる。
 マリューは全身に緊張を感じていた。
 マードックからもミネルバのエイブス主任からも太鼓判を押されているとは言え、何が起こるか
わからないのが、試験というものだ。
 しかも、ぶっつけ本番に近い実装備での試験。「失敗しました、ごめんなさい」ではすまない
状況なのもプレッシャーに拍車をかける。
「三十秒後にFモード発動。残り十秒からカウントダウンよろしく。総員、ショックに備えて」
 最後の一言は、MSデッキ付近で待機している整備員に向けて発せられた言葉だ。
「了解」
 ノイマンが応えた。彼もまた何時になく緊張の面持ちだ
「…………二十秒」
 ピンと張り詰めた空気のブリッジに、ただノイマンの声だけが響く。

「…………十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、Fモード発動!」
 カウントゼロとともに、ダブル・アルファが一度ガクンと大きく揺れた。その後もガクガクと
不規則に揺れている。
 マリューは艦長席の手すりに掴まって身体を支えた。
「状況は!?」
「艦に損傷なし」
「高度は維持しています。十秒ください。姿勢を安定させますっ」
 チャンドラ二世とノイマンから相次いで報告が上がる。
126河弥 ◆w/c45m7Ncw :2007/11/06(火) 00:05:14 ID:???
(15/17)

──十秒で足りるの?
 そう思ったマリューだったが、口には出さない。
 突貫で後付けたBユニットに状況チェック用モニターなど存在しない。
 制御の全てはノイマンの腕と勘に頼らなければならない。
 そして、ノイマンもチャンドラ二世も信頼に足るクルーだ。
 マリューはただ息を潜め、その時を待った。

 果たして、五秒後には揺れが小刻みに変わり、八秒後には完全に治まった。
 マリューが息をつくのと同時に、ノイマンもまた大きく息を吐き出した。
 一瞬、二人の視線が交差した。
 頬を緩めかけたマリューだったが、逆に気を引き締めた。
 まだシステムの起動に成功しただけだ。試験は続いている。

「二番および五番噴射口閉鎖。メインエンジン出力、徐々に二十パーセントまでダウン。高度に注意して」
「了解」
 アークエンジェル級の場合、エンジン出力が三十パーセントを切ると地球上では高度の維持ができない。
 その不足分をBユニットが補う筈であるが、もし出力が足りなければ落水する。
 エンジン出力と高度を告げるノイマンの声が数秒毎に発せられる。
 やがて、エンジン出力が三十パーセントを切り、二十パーセントに達した。
 高度は維持されている。
 Bユニットは、立派に役目を果たしていた。

「Bユニット付近の外装温度確認」
「外装温度、許容限度の七十五パーセント。充分いけます」
「調子、いいわね」
 マリューの口許に初めて微かな笑みが浮かんだ。
 メインエンジンの出力を落としても、Bユニット──MS用ブースターの出力を外部制御できる
よう改造したもの──がその代替になりうる事は確認ができた。
 しかし、それだけではこの試験の意味はない。
 それが役立つかどうかはこれから実施する実験の結果にかかっている。

「ダブル・アルファ、垂直上昇、百メートル」
「了解、垂直上昇、百メートル」
 メインモニターに映る景色が少しずつ動く。
 水平線がモニターの下端に僅かに残り、画面の殆どが空と雲で埋められた。
「目標点に到達しました」
「姿勢制御、安定しています」
 相次いで入る報告に、マリューはふうと息を吐き出した。呼吸すら忘れる程に緊張していた事に
気づき、内心で苦笑する。

「楕円軌道で周回。前進微速」
 景色が先ほどとは違う方向に動くのを確認してから、マリューはミネルバに回線を繋げた。
「グラディス艦長、熱紋照合お願いします」
『了解しました。バート、ダブル・アルファの熱紋照合』
『了解、熱紋照合開始します』
 ミネルバの方でブリッジ全体をオンにしたらしく、タリア以外の声も回線から流れてきた。
127河弥 ◆w/c45m7Ncw :2007/11/06(火) 00:06:20 ID:???
(16/17)

 ……五秒、……十秒。
 結果が出るまで最長で二十秒程度。
 それが何倍にも感じられた。
 ブリッジ内の空気がピンと張り詰めている。
『結果出ました。アンノウンです!』
 ミネルバの索敵担当員の声が聞こえた。
 一呼吸分、静寂がその場を支配する。
 それを打ち破ったのは、スピーカーから聞こえた整備員たちの歓声だった。
 マリュー達三人も視線で乾杯をする。

「転回後、メインエンジン出力を五パーセントアップ。前進中速」
「了解。前進中速」
「外装温度、許容限度の八十二パーセント」
 体感速度の安定を確認してからマリューは再びタリアを呼んだ。
「グラディス艦長」
『もう始めてるわ。あと十秒』
 タリアからは直ぐに返答が来た。
 マリューは先ほどよりも少しだけ落ち着いた気持ちで回答を待った。
『結果出ました。やはりアンノウンですっ!』


 Fシステム──Fake(フェイク:偽者)システムとは、アークエンジェルを偽装する為のシステムである。
 二機のMS用ブースター(通称Bユニット)を外部に実装・稼働し、メインエンジン出力を低下させる
ことにより熱量分布を変更、熱紋照合において「アークエンジェルではない」と認識させることを
目的としている。
 通常の艦では、MSを大気圏外へ離脱させるために使用するブースターの熱量に装甲が耐え切れない
(熱量を耐えられる処まで低下させると熱紋照合ではじかれる)。
 しかしこれはアークエンジェルが特殊なラミネート装甲装備の艦である為に出来得た事であった。

 実際の処、この偽装は対地球連合軍を主とするものではない。
 ミネルバを通じて、アークエンジェルを「議長直属極秘特務艦ダブルアルファ」と認識させることで、
今後ザフト軍設備の利用に融通を利かせるためのものであり、何よりもオーブ軍からアークエンジェル、
そして、カガリを隠蔽する事が主目的であった。

 一見、大きなメリット持つこのシステムであるが、デメリットもまた大きい。
 まず、Bユニットの稼働限界が約十五分程度しかない。
 これは元々がMS用ブースターである為にエネルギー搭載量が少ない事、そして外部実装の為、
エネルギーの再充填が容易ではない事がその要因である。
 また水中での使用も不可能だ。
 更に戦闘中に破損した場合の艦への被害を考慮し、実装箇所を最も被弾可能性の少ない艦底と
した為に平地への着艦もできない。
 故に、Bユニット自体のメンテナンスさえも困難となっている。
128河弥 ◆w/c45m7Ncw :2007/11/06(火) 00:07:27 ID:???
(17/17)

「これでFシステムの稼動試験を終了します。
 メインエンジン出力を四十パーセントに上昇、Fシステム停止。
 海岸まで戻ったら高度二十メートルで三十分待機の後、着水。
 MS隊のみんなもご苦労様。ミネルバで明日の作戦についてのブリーフィングを済ませたら
帰投してください」

 万一に備えて待機していたMSのパイロット達にそう告げて、マリューは背もたれに身体を預けた。
 ほんの十分ほどの試験飛行だったが、疲労感は初めてこの席に座った日に匹敵している。
 ふと、頭の中に声が聞こえた。
 懐かしい声。飄々とした口調。
──だから言ったろ? 心配ない、俺が守ってやるって。
 マリューはそっと目を閉じた。
 しかし、その唇には何も触れない。
 マリューの頬を光るものが一粒だけ零れて落ちた。
129河弥 ◆w/c45m7Ncw :2007/11/06(火) 00:09:08 ID:???
今回(第11話後編)では色々と設定をぶち上げましたが、大嘘です。

ナチュ用OSをコーディが使った時の反応とか、MS用ブースターがAA級の補助エンジンになり得るのかとか、
ブースターの稼働時間やエネルギー供給とか、そもそもAAの艦底にブースターを設置できるのかとか。
艦影が一致してて熱量分布が違っていたら、アンノウン認識になるのかも不明です。

何かもう色々ごめんなさい。


また投下の際に不手際が重なりまして申し訳ありませんでした。
ご支援・ご伝言いただきまして、心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
130通常の名無しさんの3倍:2007/11/06(火) 00:15:40 ID:???
投下乙です。
伝言は読者というか同業者の義務みたいなものですのでお気になさらずに。
携帯だから伝えるのも遅くなってしまいましたし……
ともかくGJ!
131通常の名無しさんの3倍:2007/11/06(火) 23:52:09 ID:???
GJ!
132通常の名無しさんの3倍:2007/11/07(水) 17:57:39 ID:???
編集長も故郷がここしかなくなったのか
俺もここしか故郷がないぜ
そして河弥氏GJ!
133通常の名無しさんの3倍:2007/11/08(木) 22:55:09 ID:???
>>編集長
毎度乙
チラ裏へのカキコの決断、タイミングはお見事
そしてそれを受けたカキコの潔さもお見事

客層が変わってきているのはチャットに出ている以上あんたもわかっているはず
スレを思う気持ちが一緒なだけに、言葉選びはなおさら慎重にな
めげずに次回投下する事を待つ


>>彼女
投下乙
長いながら一気に読まされた
氏の文章も決してスピード感や躍動感に溢れると言った形容で語る文章
ではないと思うが冗長さを感じさせない
ペンキと穴掘りもキチンと回収した上で話にもバッチリ絡む。お見事

設定云々との事だがそんな感じで良いのでないかと思う
どうしても気にするのならば
『アークエンジェル級と思われる艦船』
とか
『アークエンジェル級によく似たアンノウン』
と言った表現にしてみるとか
あるいはブリッジにでもハリボテを被せてみるとか……

以上はアークエンジェル級のネームシップである事さえ分からなければいい
と言う前提ならば、だけれども

134SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/10(土) 18:06:56 ID:???
1/

 雲ひとつ無い星の夜、空に歪なつちくれ一つ。
 きらめく星の中にはプラントという大陸があり、数千万の人間が根付き暮らして居ることを、
多くの人が知って居る。知っていてなお、夜空は数多くの幻想と神話を抱く天蓋だ。

 少女の恋心を、少年の冒険心を、人の眠りを受け止める夜空に今、巨大な異形が鎮座していた。
 避難を呼びかけるサイレンをよそに、ソレ目にしてしまった人々はシェルターへの足を止め、
ゆがんだ星を見上げる。そして悟る、アレが落ちてきたならば全てが無駄だと。
 かつては只の小惑星であり、ヒトの住む大陸と生まれ変わっただれかの故郷。
そして希望の象徴となった後、炎に焼かれて数多の絶望を産んだ悲劇の舞台。

 今や恐怖の源泉と成り果てし、凍りついた大地の名をユニウス7という。


 ――オーブ オノロゴ島空軍基地

 夜の闇を思わせる黒の塗装を施された戦闘機の下で、耐Gスーツを着込んだ人影が
積み上げられた情報端末に埋もれている。

 周りが若くても二十代の後半という状況だから、十代の彼は少年と言ってよいだろう。
 機体と同じ色の黒瞳は流れ去る文字を追い、荒れた手指は休む事無くコンソールを滑る。
口にはメモリを咥えているが、小指の先ほどの筐体に前歯の型がついていた。

 黒い戦闘機――可変モビルスーツ"ムラサメ"――の横たわる滑走路には、十二の同型機が
整然と並んでいた。各機に専属の整備員が取り付き、一抱えもある電力コードを接続している。

 画面を睨む少年の元に、同型のスーツを纏った人影が近づいてきた。
首元に一尉の階級を表す襟章が光っている。
「ヤマト三尉、孤島のお嬢ちゃんに別れの挨拶は要らないのかい?」
 滑走路を照らす明かりに、銀のスケットルが鈍く光る。酒瓶片手にパイロットスーツの
襟首をはミゾグチ一尉は、搭のような端末に肘をついていた。

「……シェルターに入るように、さっきメールを送りましたよ」
「メモリを咥えたまま、良く喋れるもんだな、感心するぜ三尉」
 振り返る事も無く少年――キラ=ヤマト三尉がそっけなく答えると。
ミゾグチは「もったいねえ」と一言、天を仰いで嘆息した。
「無事に帰ってきたら結婚しようぜ――なあんて話に持っていかないのかい?」
「猛烈に死の予感がする話ですね」
 "またやって来た"ミゾグチ、オーブ空軍一尉にとっては、気にするほどの事でも
ないのだろうが。ただでさえ人より余分に死線を潜ってきたキラだ、余計な台詞を
口にしないで済めば越した事は無い。
135SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/10(土) 18:08:53 ID:???
2/

「俺はしっかり、マヤちゃんとデートの約束を取り付けてきたぜ」
 自慢気に話すミゾグチに目もくれず、キラはプログラムの調整を続けた。
 ――マヤちゃんって……一体いくつのおばさんとデートするつもりなんだか。
「――14才」
「犯罪じゃないですか!」
 思わず口を開いてしまった。
 14才……じゅうよんさいと、心中で音声化してみる。口蓋に触れた舌が「じゅう」の
音を出した後、「さい」で歯茎に触れるまでの間隙に背徳的な不条理を感じた。
「ろく」や「なな」なら、舌はもう一度口蓋に触れる!

 ――というかあのときのフレイよりも若い!?
「何を思い出してるんだ? 三尉」
「な――なんでもありません! ミゾグチさん……本当に?」
「うん、十四歳」
 プラントでも未成年扱いの年齢……由々しき事態である。

 もう一度じゅうよんさいと呟く。たかが一単語なれどその重みは果てしない。
「ヤマト三尉? 指が滑ってるぜえ」
 分かってるなら、動揺するような事を言わないで欲しい。バックスペースキーを使うのは
はたして何ヶ月ぶりか、破竹の勢いで前進を続けてきたカーソルが後退する。

「おいおい、心配するなって。トオミ先生の娘さんだよ」
 息の詰まったキラへ、ミゾグチが種明かしをする。
「北のシェルターまで送り迎えを頼まれたのさ。先生はこの後、忙しくなるだろうからな」
「トオミ先生?」
 キラ自身は世話になった事こそないものの、パイロット内で話題に上る事の多い女医さんだ。
海岸に近い空軍基地のシェルターは、津波の発生が予想される今回は使用されないので
ミゾグチに頼んだのだろう。この作戦に参加するミゾグチは逆にその後時間が空く。

「うらやましくて動揺したか?」
「オーブ空軍のスキャンダルと将来を心配したんです!」
「ま……任務が無事に終わったら、好きなだけ心配してくれや」

 ――そう言う事か。ミゾグチの真意に気付き、一気に緊張感を失くす。
136SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/10(土) 18:09:56 ID:???
3/

 メモリをスロットに差込み、機体に検査プログラムを走らせてようやく手が止まる。
浮かぶタイムバーを横目にミゾグチへ振り向いたキラは、右手のスケットルに目を留めた。
「またお酒を……」
 ――此処で飲んでいいと思ってるんですか?
 注意すべきだ、注意すべきところだが――
「――僕にも下さい」
「お……!」
 思わず口をついた台詞に、ミゾグチが目を丸くする。スケットルを左右に振って
中身がまだ入っていると示した。小さく水音を立てた小瓶を、心底楽しそうに
目の高さまで掲げる。
「新米にして坊主なる若造、キラ=ヤマト三尉の初陣に……」
 唇の端を吊り上げながら小瓶をあおり、キラに投げ渡す。
 本当は初陣でも何でもないが、酒瓶を黙って受け取ると乾杯の文句を考えた。
ミゾグチも分かって言っているのだ。

「誇るべき蔵荒らし、"またやってきた"鷹の再来に……」
 適当に言葉を連ねて杯がわりの小瓶を掲げた。オーブ空軍「再来の鷹」のジンクスに
あやかる事ができるなら、酒の一口くらいは安い物だと思う。

「だんだん作法ってのが分かって来たじゃないか、ヤマト三尉」
 片手に収まるスケットルから一口含む。臓腑を焼くアルコールの刺激を
覚悟していたキラは、喉を通り抜ける清涼感に眉を寄せた。
「これって水……ですね」
 喉を潤してようやく、自分が乾いていたことに気付く。ミゾグチは悪戯に成功した
子供のような顔で、キラの投げ返したスケットルを受け取った。

 酒瓶から、アルコールの染み付いているような香りはなかった。ミゾグチが本当に
酒を飲んでいたのか、キラはそれすらも気にした事が無かったらしい。

 狭苦しいコクピットの前席にもぐりこむ寸前、三尉もまだまだだと笑うミゾグチの声が聞こえた。
ひょっとしたらキラよりも若々しく見えるその笑顔が、照明の逆光に掠む。
「ま、緊張は解けたかな」
 タイムバーが右端にたどり着き、安っぽい電子音が機体検査の終了を告げた。
突貫工事で複座に改良したムラサメを保証するのは、その音だけだ。
 口では笑いながらため息をひとつ、ミゾグチに続いて後席に収まる。自動で傾斜を変える
シートに腰を落ち着け、ようやくキラは正面モニター横の起動ロックを解除した。
137SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/10(土) 18:11:34 ID:???
4/

 遠巻きに様子を見ていた整備員達が機体に群がり、端末を外してゆく。十人が半日かける
テストを一時間で終わらせた青いパイロットスーツへ、奇異の目線が突き刺さった。

 その視線を無視できるまでに、二年掛かっていた。 

 ムラサメに火が入ったのを見て、周囲の整備員が十二期のムラサメが並ぶ滑走路で
進路を確保しようと機器を動かす。
「動かす必要、ないですよ……むしろじっとしていて下さい」
 拡声器で制したキラは、ムラサメのOSを起動、中央画面に馴染みのOSロゴが
浮かび上がった後、新たな単語の羅列がスライドしてくる。

MULtiform
ASsault
Armed
Maneuverable
Equipment

 多形態強襲機動兵装。
 そのイニシャルを取り、古典の銘刀「村雨」と名付けられたオーブの最新鋭MSが
戦闘機形態からゆっくりと身を起こして二足の巨人へと変わった。

 双発のプラズマジェットエンジンは、そのまま二脚と化して地面を踏みしめる。
熱塑性樹脂で固められた滑走路はムラサメの細い踵と幅の広い反発場を受け止め、
人型モビルスーツは飛行体としての姿を捨てて歩き始めた。

「おい三尉よ……少しサービスしようぜ。懸命に作業を果たした
メカニック一同に向かって、敬礼!」
「了解です……」
 ムラサメが振り返り、マニュピレイターの指先まで伸ばした一分の隙も無い敬礼を送ると、
周囲から歓声が弾けて機体の二次装甲に跳ねる。黒塗りのムラサメは混雑した機材の間を跨いで
すり抜け再変形、各所から飛び出したランディングギヤで静止した。

 一息、整える。
 ムラサメの前方に、滑走路とその中央の基準線が長く伸びていた。
「進路オールクリア……と。何時でもいけるぜ、三尉」
「了解しました、一尉」
138SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/10(土) 18:12:38 ID:???
5/6

 果ての無い星空の中央にユニウス7が映る。先刻よりも大きい影に、とてつもない
悪意と絶望を感じた。今から自分は、その大陸を防ぎ、止めるため宇宙に上がる。

 ――間に合うか?
(間に合わぬさ……人は何時でも遅すぎる)
 幻聴――滑走路の先を見据えると、仮面の男が其処にいた。銀色に覆われた両眼が
ムラサメの装甲を通してキラを射抜き、露な唇を吊り上げる。
(あの敵意の塊を、ヒトは見えぬふりをして過ごしてきた。やがてめしいた世界の影で、
ヒトの業はああまでも巨大になったのだ。そして滅びがくる!)
 ――それが世界の本質じゃない。それが人の全てではない!
(果てを目指す人の業ゆえに生み出された君が、なおも目を閉ざすのか)
 仮面の幻影がキラの平衡感を失わせる。皮膚の存在があやふやになり、彼我の意識が、
自分の呼吸音すら遠くなった。
 ――それでも!

「どうした、三尉」
 ミゾグチが掛けて来た声が、辛うじてキラを現実に繋ぎとめた。
 何でもない……喉からたったそれだけの言葉を搾り出す。
「何でも無いって事は、何かあるって事だよな?」
「何でも……ありません。行きましょう、一尉」
 ためらいがちのごまかしは、上官に何を気付かせるだろうか。
「なあ、キラ……お前さん本当は宇宙が怖いんだろう?」
「……」唐突に図星を突かれて言葉に詰まる。ムラサメの機首が向く先で、仮面の男は
歪んだ笑みを浮かべてキラを待ち構えて居るようにも見える。

 この男はもう、世界の何処にも存在しない……何度自分に言い聞かせても、
その男から目を離せない。
「なあ、三尉よ。手前の家を見失いさえ為なけりゃあ、飛んでいく場所が
恐くてもいいのさ。どんなに空が好きなパイロットでも何時かは陸に帰るもんだ」 
 スロットルレバーに手を掛けたきり動けないキラに、ミゾグチは意外なほど
穏やかに語りかけてきた。
「恐くてもいいんだよ、三尉」
「はい……今はあのユニウス7を何とかしなければ」

139SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/10(土) 18:15:05 ID:???
6/6

 この男は、自分の罪の幻影に過ぎない――そう唱えてキラはスロットルを開いた。
体をシートに押さえつる加速Gがキラと現実を繋ぐ。幻視の中で滑走路にそびえ立つ
仮面の男が近づき、呪うような嘲りの言葉をキラに向けた。
(また私を殺すのか……)
 ――貴方を殺す事なんか、一度きりで充分だ。

 魂が存在するのなら、戦火の中に消えた彼らはキラを許す事もあるだろうか?
分からない……分からないが、一度でも魂の感触を覚えてしまえば、キラは彼らに
許しを求めてしまう。それは救いとなるか? 否。
 弱い自分は失われた命への謝罪だけで、残りの全てを終えてしまうだろう。
 命によって罪を償えと、死者たちにいわれれば、ためらい無く命を絶つ。

 だが、生きる事こそが戦いだと言った家族が居る。死ぬなと言った友が居る。
生きろといった少女が居る。

(死者が……死そのものが怖いだけだろう!)
 ――それは恐くても良いらしい。

 仮面の男ではないもう一人、キラに残った少女の幻影は、キラを護ると言ったのだ。
 だから贖罪は、生きる人と未来の為にすると、誓った。
(それは欺瞞だ、偽善だよ……結局そんなものに乗る君は、殺す事しか出来ない!)
「分かってるさ、それでも――」

 戦うのならば、今とこれからの世界の為に。
 死ぬのならば、今をこれから生きる人たちのために。

(君は間に合わぬさ……)
 ――それでも、護りたい世界があるんだ。
 還る場所の無い男の幻影と冷笑を突き抜けて、ムラサメは離陸を遂げた。
 機首を上げて、上昇に移る……宇宙へ。
140SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/10(土) 18:17:15 ID:???
以上、投下しゅーりょー。
ではまた今度。
141通常の名無しさんの3倍:2007/11/10(土) 21:58:57 ID:???
†氏投下乙!
ひさびさ登場のミゾグチさんの活躍を願いつつGJ!
142通常の名無しさんの3倍:2007/11/11(日) 01:19:27 ID:???
河弥氏、†氏投下乙です。
ルナINムラサメにキラINムラサメ……ムラサメ祭りですな!
両方の活躍を期待!
両氏ともGJでした。
143通常の名無しさんの3倍:2007/11/11(日) 07:22:57 ID:???
GJ!
144attitude ◆Q/9haBmLcc :2007/11/11(日) 15:42:55 ID:???

 鈍い頭痛によってシンは浅いまどろみから現実へと引き戻された。
 昨晩、酒を飲み過ぎたせいで二日酔いになってしまったからだ。
 ぼんやりとした思考で昨日の事を反芻してみるが、キラをハイヤーに押し込んでからの記憶がスッポリと抜け落ちている。
 どうやって帰宅したのか定かではないし、何故薬局のカエルのマスコットと同衾しているのかも解らない。
 解る事は酒に飲まれて泥酔し、醜態を晒したであろうという事のみだ。
 酒は百薬の長とはよく言ったものだ。今のシンには百毒の長という言葉の方が似合う。
 酒で栄えた事例もあれば、酒で滅んだ事例もあるのだ。
 過ぎたる物は身を滅ぼすという事は真実であるという事を歴史が証明しているが、悲しい事に人類はそれを認識出来る程成熟はしていない。
 それは悲しい事ではあるが、喉元を過ぎれば熱さを忘れてしまうという事は有史以来の人類の原始的な習性でもある。
 人が神の領域とも言える遺伝子調整に足を踏み入れた現在にいたるまで、その習性は変わってはいない。
 勿論、シンもその習性を失ってはいない。
 つい気分を弛緩させてしまって深酒をしてしまった事もそうだし、かつて過ぎたる力を望み、
守るべきものや守りたかったものを守り切れずに全て失ってしまった事もある。

「つか、煽ってんの?オマエ」
 冴え切らない頭脳で様々な事を考えるシンはカエルのマスコットを見るが、
その無邪気な笑顔が何一つ汚れていない様に見えて腹立たしいので拳骨を食らわせる。
 しかし、カエルは何の反応も示す事はない。
 カエルはただの人形であり、反応する事などはありえないのだが、
つい何かを期待してしまったシンは自分ながらに馬鹿だな、と考える。
 夕べの酒がまだ抜けきっていないのだろうと自分で納得をし、簡単に身仕度を始める。
 シャワーを浴びて汗を流し、着替えて身嗜みを整えるだけだからあまり手間取らない筈なのだが、今日はゆっくりと手間をかける。
 昨日の話、アスランの討伐の話を聞いた時から、自分は生きては帰る事が出来ないかも知れないという事が頭の中にある。
 アスランは強い。シンはかつてその事が紛れもない事実であるという事を心身に刻まれたのだ。
145attitude ◆Q/9haBmLcc :2007/11/11(日) 15:50:55 ID:???
 しかし、シンは傷付いたから強くなるという事も知っている。
 自分はアスランの様に全てを投げ捨てて逃げ出す事をしなかったという自負もある。
 かつてならばともかくとして、今現在の力関係はどうなっているのかは分からない。 しかし、少なくともアスラン以上の努力はしてきたという自信はある。
 才能の絶対量はアスランに及ばなくても、足りない物は全て努力で補ってきたのだ。

 何にせよ、ゆっくりと身支度をする事で逸る闘志と湧き出る恐怖心を押さえ心静かにする事ぐらい出来なければ、
闘争の持つ激しい狂気によって軍人である前に狂人と成り果てるだろう。
 精神的にタフでなければまともな軍人にはなれない。それはシンがキラの下についてから学んだ数少ない教訓の一つだ。

 様々な想いが巡るが、シンは二度とはこの自宅に戻って来れないかも知れないという事も有り得ると考える。
 可能正論を論じても仕方がない事ではあるのだが、軍人の運命は幸福なものであるとは限らないのだ。

 だからこそ、最後に味わうかも知れない日常の空気を満喫する為に身支度をゆっくりしている事をシンは否定する事が出来ないのだ。

 巡る重い想いが手枷足枷となってシンの行動をゆったりとした物にさせているのだろう。

  to be continued
146通常の名無しさんの3倍:2007/11/11(日) 15:54:56 ID:???
to be late第三話“last daily life”投下完了。
147通常の名無しさんの3倍:2007/11/12(月) 18:16:21 ID:???
すっかり名言ですねw
GJです
148通常の名無しさんの3倍:2007/11/13(火) 00:11:20 ID:???
>>attitude 
 投下乙です。
 前回は渋いバーでのシーンだったのに、今回はカエルとベッドインした呑んだくれの
話になってましたね。いきなりの「つか、煽ってんの?」に吹きました。

 描写は緻密で硬派に感じます。乙でした。
149週刊新人スレ:2007/11/13(火) 23:11:04 ID:???
目次

 ペンキ塗りと穴掘りの作業にいそしむ隊員達が見たものは……! 大人気の『彼女……』を一挙17レスの大特集!!
「 In the World, after she left 」 〜彼女の去った世界で〜
>>100-104,106-108,114-116,123-128

 一人黙々とムラサメを整備するキラとからかうミゾグチ。普通に振る舞う彼らの頭上には巨大な墓標が迫っていた。
SEED『†』 
>>134-139

 前夜飲み過ぎたシンは二日酔いの頭痛と共に目を覚ます。その彼のベッドに同衾するものは……。
to be late
>>144-145

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素材は新シャアなので一応ガンダム縛り。勿論新人スレですので絵師、造形職人さんも新人の方大歓迎です。

・当方は単行本編集部こと、まとめサイトとは一切の関係がありません。
単行本編集部にご用の方は当スレにお越しの上【まとめサイトの中の人】とお声掛け下さい。
・また雑談所とも一切の関係はありません。当該サイトで【所長】とお声掛けの程を。
・スレ立ては450kBをオーバーした時点で、その旨アナウンスの上お願いします。

お詫び
先週分に置いて一部に不適切な表現があり、スレ住人の皆様にはご迷惑をおかけ致しました。
此処に謹んでお詫びを申し上げます
150通常の名無しさんの3倍:2007/11/13(火) 23:16:23 ID:???
>>編集長
乙です。まとめ管理人さんや雑談所所長もついでに乙!
151通常の名無しさんの3倍:2007/11/15(木) 00:49:29 ID:???
いろいろ危険なのだそうですので保守しておきましょう

つー事で 保守
152SEED『†』 第十三話  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/15(木) 20:47:31 ID:???
1/

 ザクファントム――シグナルロスト。

 飛び出ようとしたインパルスの眼前に、ビームの輝きを放つトマホークが突き立った。
「止めるなよ――ルナ!」
『止めるに決まってるでしょうが』
 互いに何をしようとしたのか、との問いは無い。
「レイが危ないんだよ!」
『そんな事、今更ね――』
 仲間に向けて声を荒げるシンの焦りに、ルナマリアから苛立ちの感触は無い。
『私達ははなから十分、十二分に危ないところに居るでしょう?』
 シンがレイの方に駆けつけたくなるのは当然で、ならばそれを止めるのも当然だと
思っているのか。モニターの中のルナマリアは、画面のシンを見てすらいない。
 
『敵を前に、味方を後ろに、諦めを魅せるとは何事かッ――!』
 宙域に、大迫力の怒声が電波に乗って響き渡る。
『ヴォルテールのイザーク隊長よ、ヤキンを生き抜いたパイロットだわ。
救援が入ったのなら、レイはまだ生きてるって事よ。向こうに任せましょう』
「相手はカオスだぞ、ルナだってインパルスとの戦闘記録を見ただろ!? 
イザーク隊長だって勝てるかどうか――!」
 レイの相手――MSカオスの性能も、そのポテンシャルを十全に引き出す
パイロットの技量も、シンは嫌と言うほど思い知らされている。
『インパルスが負けたから、イザーク=ジュールとザクでも危ないって言いたいの?
それこそ、ドカタのあんたが飛び込んだって秒殺確実よね』

 インパルスが背負う、ふざけた外見のシルエットについて言われては、
流石にシンも黙るしかなかった。
 機器の詰める余裕が無いフォースにハードポイントを増設、数多の追加工具を
無理やりに括りつけたシルエットは、整備班から"ベンケイ"と渾名を付けられていた。
 ルーツ故に名前の由来が分かるシンは、ネーミングと実態のギャップに複雑だ。
『作戦はカオスの撃破じゃないわ。インパルスに抜けられるとスケジュールがつらくなる。
名前はふざけてるけど、そのシルエットは結構良い仕事してるから……』
 事実、作業用インパルスはいささかイレギュラーなシルエットを背負いながらも、
付属のドリルと杭打ち機でそれなりの作業効率を挙げていた。
153SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/15(木) 20:48:44 ID:???
2/

 彼女は作業だけに集中している。安否も定かではないレイのことも気にせずに。
それが尚更のこと、シンの心中を騒がす焦燥に火をつけた。
「レイが危ないっていうのに、随分と落ち着いてられるよな、ルナ!」
『そう? ……落ち着いて見えるって言うんだったら、私の演技力も対したものだわ』
「ルナ……!」
 ルナマリアの方が正しいと理解は出来る……レイの危機を見過ごす事に納得が出来ない。
 理性と感情の間で指先が軋み、張り上げた声が言葉に詰まった。

 冷静に任務をこなそうとしているルナマリアに、これ以上何を期待している。
ルナマリアが一緒に慌ててくれればそれで満足か? 甘ったるい感傷ではなく、
危局にあるレイの為に、今この瞬間にできる事は一体何だ?

 シンが動きを止める間も淡々とザクを操作していたルナマリアは、ザクの二抱えもある
隕石破砕機をユニウス7の凍った大地に突き立て、固定していた。

 戦況モニターでは、カオスとスカーフェイスのザクファントムが目まぐるしく
動く様子が抽象化されたデータの向こうに見て取れる。
 その動きはほぼ互角、あるいはザクファントム有利。
 ――いや、違う。相手は一機じゃない!
 ザクファントムが相手取って居るのはカオスだけではない。ガーディ=ルーから
発進してきた新型がカオスの戦列に肩を並べ、それらをまとめて相手にして居るのだ。
「凄い……これがヤキンを生き残ったパイロットの力――」

『シン、お願いよ……向こうに見とれて動きを止めないで』
 円形のプラント表面である。そびえ立つ中央エレベーターの残骸をはさんだ対角上には、
もう一基のメテオブレイカーが既に設置を終えている。

 そびえ立つメテオブレイカーはルナマリアの配下に置かれ、同期する対岸の一基と共に
起動を待っているが、ヴォルテール隊のパイロットと交信するその声がシンには遠すぎる。
 ザクの巨大な指で、十センチ角の起動スイッチを押し込む仕草もよどみなく、
それをただ見ていたシンに向かって『どきなさい』とルナマリアの声が届いた。
 ユニウス7の地中深くに向けて掘削し、内部で爆発を連動させて全体を砕くメテオブレイカー、
その最初の一撃がザクとインパルスの下で炸裂し、インパルスの股を割る様に亀裂が入った。
『だからどきなさい、って言ったのに』
「急にやるなよ」
154SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/15(木) 20:49:54 ID:???
3/

 シンの文句も無視してルナマリアは続ける。
『ねえ、シン。あんた一瞬でも、レイがミネルバに逃げ帰ると思った?』
 口調は質問だったが、その言葉は確認だった。そんな事を思うはずも無い。
『そりゃあそうよね、じゃあ逆は?』
「逆――?」
『レイは、シンが此処で作業を続けてくれると信じて居るからこそ、
向こうで時間を稼いでくれてるのよ? たった一秒でも、十秒でも――』
 カオスの接近に気付かなければ、作業中の無防備なゲイツなど的でしかない。
性急に先手をうって仕掛けたレイの意図は、時間稼ぎと作業中の隊への警告だ。

 ルナマリアの声音が、半オクターブだけ上がった。
『――ユニウス7はここなの。私達の立ってる、このどでかい塊が地球に落ちていく、
ソレを止める為のここが最前線なの! あんたがむざむざと前線を離れて、そうして
レイを裏切るつもりなの?』
「……それは!」
『レイが一分稼いでそれで死ぬなら、あたしはその分ザクでできる作業をやり遂げるわ。
新型は伊達じゃない……ザクなら、大気圏に突入しながらでも作業できるもの。その後で
生き残る事ができるなら、レイの事も心配する。……嫌いになってもいいわよ、シン』
「いや……俺の方こそ悪かった」
 危険や死などあまりにも当然だという覚悟に少し気圧されて、言葉尻がすぼむ。
『あたしは謝らないわよ』
 返る言葉はそっけない。
『……シンのそういう所、友達としては結構好きだけど、赤を着るならもっと冷静にね。
友達ごっこになってしまったら、かえって安っぽくなるから』
 どうしてそんな自分がザフトレッドを、しかも新鋭機のパイロットなどをして居るのだろう。
 他に誰も居ないコクピットで、シンは他ならぬインパルスに聞いて見た。

「待てよルナ……俺達が此処で、レイとデイルがカオスに張り付いたなら、
ミネルバが丸裸じゃないか! 今度は止めるなよ……!」
『止めるに決まってるでしょうが――!』
 鈍い衝撃音をコクピット内に響かせて、トマホークの柄がインパルスに直撃した。
 ――まさか、ビーム刃出してる!?
 当たったのがエッジ部分だったならなら即死決定だ。
155SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/15(木) 20:51:02 ID:???
4/

「あぶねえ、殺す気かよルナ! これ以上止めるって言うなら……」
 ――止めるというなら、なんだ。
 MSに乗って、チームメイトに向かい何を言うのか――何をするのか。
 危地のレイを救いに行けないから、危局のミネルバを守りに行こうとしている?
レイの信頼と、地球に住んでいる無辜の人々を置き去りにして我を通す事が、
ザフトに入ってまで手に入れた力の発露なのか。

『ストップ! それ以上言っちゃったら、少し後戻りがしにくくなるわよ。
あんたが私と本気でやり合いたいって言うんだったら、後で幾らでも相手してあげる』
 込めた力の向ける先も分からず、澱の様に固まったシンにルナマリアの声が届く。
寸前にため息の音が聞えたのは、きっと聞き違いではなかっただろう。
『でもその前に、落ち着いてミネルバのほうをよく見なさいよ』
 ザクが余った片腕でミネルバの浮かぶ宙域を指し示すと、其処を向いたシンの眼中に
戦闘機とも付かない特異なシルエットの機体が飛び込んできた。

「なんだあのモビルスーツ……違う、あれはMA?」
 言いながら心中で胸をなでおろす。気配がルナマリアに伝わっていないように。
 危なかった――何か、決定的な事を言ってしまう所だった。何を言おうとしていたのか、
それすらが曖昧になるほどの焦りを、シンは霧消させてインパルスを操った。

『あーあ、後で私もアレックスさんに謝らないと……アスハ代表が此処まで出てくる人だとは、
少しも思わなかったからちょっと失礼な事言っちゃった』
 ルナマリアの"鷹の目"は、シンに見えないもう一つの機影を捉えていた。
編隊を組んでミネルバに向かう三機のMAに、真紅のMSが追随している。

「赤いインパルス……じゃない。似てるけど違う?」
『あんた、オーブ出身なのに知らないの? 肩のマーク』
 言われてようやくモニター表示を抽象からリアルに切り替え、MSを拡大する。
ふらふらと不恰好に、それでも何一つ揺らぐことなく堂々と飛ぶ機体の肩、
其処にあったのは、地球に居た頃に何度も何度も見慣れてしまった――
「――ライオン……」思わず声が漏れた。
『多分、原形はストライク=ルージュって奴ね。連合機体のデッドコピーが
旗機だと決まりが悪いから、外観をM1風に少し変えてある見たいだけど』
156SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/15(木) 20:52:20 ID:???
5/5
 コントロールスティックでモニターの"ルージュ"をポイント……拡大。
何度ズームしても其処に映るのは間違いの無く、オーブの獅子だ。
「そんな、どうして……」声が漏れる。
『本気で言ってるの? オーブは地球に在るんだから当たり前でしょうに』
「アレックスさんは……?」
『多分、オーブの新型――ムラサメだったかな――の中でしょう』
 そう、アレックス=ディノには期待していたのだ。だからこそ余計、
アスハの存在に言語化が出来ない疑問がある。
『"ルージュ"が出てきたのは宣伝半分でしょうけれどね』
 ルナマリアの言葉に納得が行く。母国の危機に身を呈して立ち上がったとなれば、
政治的につらい立場の代表がやる人気取りとしては最適だろう。

『ねえシン、悔しいの?』
「……何がだよ?」
『出番……ミネルバを救うヒーローになり損ねて』
「そんなのじゃない……ぜんぜん違うよ」
 そこまで子供じゃあない。
『じゃあ、嬉しいの? 嫌っていたオーブの代表が、案外と仕事をしてるから』
「それも……違う」
 オーブの……アスハが嫌いだから悪者にしたいのだろうか、自分は。
 どうしてこんな時に、ルナマリアは優しい声を出すのか。マユが生きていたなら、
こんな声になったのかな、とちょっとだけ失礼な妄想をする。
 右手が胸元を探っていた。いつも其処に入れている妹の携帯電話。冷たい筐体に
残されていた温もりを、待ち受け画面に残る笑顔を、どうして今のように守っては
くれなかったのか。確かめたい答えが宇宙にあるとすれば、伸ばした手をスーツで
よろっていなければ、掴んだその手を真空が傷つける。
 
『さあ、いい加減次に行くわよ。これ以上何処から何が出てくるか分からないもの』
 僚機のザクから入電、固定作業の進捗が遅いメテオブレイカーがモニターに出力され、
最も作業のはかどっていない一基にポインタが照準された。
「工業ブロック……地面が補強されてるから掘り難いのか?」
 それは確かに、シンのインパルスが背負うシルエットの出番だった。
『いざとなったら、私とあんたで大気圏に飛び込みながらでもこれを壊すんだからね、
尻尾巻いて逃げたら、そのときこそ一生軽蔑するわよ』
「まかせろよ」と一言。最後に戦況モニターを覗く。一瞬だけ、辛うじて彼方の
ザクファントムとデータリンクが再建され、レイの生存が確認できた。
 直後に宙域をビーム兵器乱用による電磁パルスが覆ってデータリンクは途絶えたが、
それは確かにレイ=ザ=バレルとデイル=ホッパーの生存を知らせてくれた。
「レイ……」
 ――死ぬなよ。
 言葉にはしない。それゆえに気持ちだけは伝わったと信じ、シンは自分の戦場に戻った。
157SEED『†』  ◆Ry0/KnGnbg :2007/11/15(木) 20:54:00 ID:???
短いというか場面の動かないところですいませんが、
以上、投下しゅーりょー。
では、また今度。
158通常の名無しさんの3倍:2007/11/15(木) 20:57:05 ID:???
GJ!ダガーのルナはいい姐御
159通常の名無しさんの3倍:2007/11/16(金) 01:24:40 ID:???
乙!
本編のシンとアスハのエピソードが放りっぱなしだったから
補完があるとすごくうれしい。ルナもあいかわらずいい女だね。
GJ です。
160真言 ◆6Pgs2aAa4k :2007/11/16(金) 23:13:38 ID:???
hate and war
“perhaps,it's all right”

 その日、空は青かった。でも、一握りの人間はその日が晴れない事を知っていた。

 四月馬鹿とはよく言ったもので、俺が言った世界は未曾有の混乱に見舞われるという嘘は本当になってしまった。
 俺の責任ではないとは思うのだけれども、なんだか釈然としないものがある。
 なんにせよ、プラントのコーディネーターどもが落としたニュートロン・ジャマーとやらのせいで世界が閉じてしまったのは事実だ。

 俺が住んでいた所はどうしようもない程の田舎だったから、正確な情報が伝わってくる事はなかった。

 でも、どこからともなく混乱の原因がコーディネーターの仕業だと言う事が伝わって来て、コーディネーター達が次々に血祭りにあげられていった。
 男達はよってたかられて血達磨に、女達は見るも無残に犯された。
 子供達だって例外じゃない。器量が良いのは男女問わずに欲望の対象、器量が悪いのは暴力の対象になった。
 ガキだった俺もその中の一人で、あまり口にはしたくない仕打ちを受けた。
 今思い出しても吐気がする。
 それでも、どうにかこうにか生き延びる事が出来た俺はまだ幸せな方だ。
 死んだ奴等は犬の餌にされてしまったのだから。
 俺以外の家族全員が犬の餌になってしまったと言えども、五体満足で生きているって事は素晴らしい事だ。
 考える頭もあれば、動かせる手足もある
 全てを失っても命だけは手放しては駄目だ。命は大事に扱えば末長く一生使える優れものだ。

 そして今、空から沢山の流れ星が降って来ている。
 どうせプラントのコーディネーターどもが悪さをしたんだろう。
 懲りるという事を知らないあいつらはそろそろお終いだろう。
 燃えないゴミの日に袋でふん縛って出してやりたいものだ。いや、燃えるゴミの日の方がいいだろうか。

 しかし、どうしたものか。またあんな目にあわされるのは御免だし、惨めな思いをするのは一度きりで充分だ。
 仕方ない。気が進まないけれども先手必勝という言葉がある。
 あいつら……ナチュラルどもを犬の餌にしてやろう。
 見知った顔がいるけれど、その分やりやすい。粗大ゴミを出すような感覚でやれば大丈夫だろう。

 きっと大丈夫だ。
161真言 ◆6Pgs2aAa4k
投下終了。
相変わらず自分の血迷いっぷりに笑ってしまいます。
思う所があったのですがコテつけました。