67 :
ソウセイノヒ:2007/10/10(水) 03:13:16 ID:???
紅く滾る鳴動をやめた天から、虹の細粒がMSを山と積載した甲板の上に降りしきる。
旗艦「アレオパギダ」の爆沈を後に残しいち早く戦線から離脱を開始した「バートルビ」艦隊は
僚機を収拾し終えて、今は事態の趨勢をただ見守っていた。
「やったってのか……?」
真上から注ぐ極光が黒の気流を押し流すにつれて力を失い元の鉄塊れに還る機影の群れ。
艦を防衛するMS部隊は敵勢が急速に沈静化していくのを如実に感じとっていた。
「どうなったんだ!?」
「この距離からでは…センサーさえまともに働けば、」
GMの搭乗者であるユゴ・ラウヘンはその時、
見晴るかす上空に色燐をたなびかせ天を溯る「セイクリッド」の姿を眼見に捉えた……。
宙楼を落下する「ヘブンス」の残骸。
闇に沈んでゆく銀の倒影を追う「セイクリッド」の中、ダネルは臍を噛む思いだった。
(俺はいつも…間に合わないっ……!)
侠雑が混じる念信回線から届く声。
(『―――ダネル……』)
少女の言葉は彼を諭すように慰めるように優しく響く。
(『彼を……頼みます…』)
それきり、途絶する想念の波長。見失った機影。
繰り手の想いの欠片を零すように煌めく双翼が羽ねる。
ダネルは震え、歯を食いしばりながら、その眼光は鋭く葬り去るべき狂執の在り処に焦点を絞り――――――。
焦熱にけぶりをあげ、全身を苦しげに捻じる魔獣。
身を挺した「ヘブンス」の衝突、魂核の至光が「インフェルノ」に刻んだ影響は単なる疵以上のものだった。
癒着した装甲の裂け目から覗く体幹に浮かんだ魔気の血流は盛んに収縮と分裂を繰り返し、
煮え爆ぜた脈瘤が熱粒と共に白い条光が漏らす。
これまでにない変調を来たした獣躯は今や、体表を閉じる瘴衣の其処彼処に綻びを作り始めている。
―――魔獣の足下へと切れ込む飛躍。衝迫を叩きつける一刀を伴って蒼翼の軌道が翔け上がる。
『矢張り、お前か……セイクリッド!』
強硬に攻め立てる振動帯砲の速射を迎える炎鞭が幾数条。
相殺の爆音も「セイクリッド」の前進を弱める事は出来なかった。
爆膜を、速度を弛めることなく突っ切る機騎士。
魔獣の牙を大太刀の先が削った。敵機の上方へ抜けた軌道は反転、逆立する機体が再び剣の刃を向ける。
二機のG、「セイクリッド」と「インフェルノ」。二つの怒り、ダネルと「D」。
痛覚に取って代わり冷えた泥濘の重みが侵しつつある心と身にあって茫漠に溺れる意識を明かすのは揺らぐ己が影。
68 :
ソウセイノヒ:2007/10/10(水) 03:17:53 ID:???
能うる限りの全てを懸けて「セイクリッド」が追撃をかけた。
二の空身より四つの剣刃、四つの身より八の剣、五より十、十より二十――――。
残身残影。晃旗が無数の幻像を結び、切りかかる百もの剣の刀身が魔獣の眼光を映す。
放たれた爆炎が押し返す剣刃の波打ちから一足抜きん出る、実体の刃先。
「セイクリッド」本体が放った右太刀の一閃が魔獣の左腕を抉り抜いた。
白い機体に絡みつく熱の飛沫。
突き立てられた剣を「インフェルノ」が逆の腕で掴む。
「――ー奪ったものの重さを、その身に刻み込め!」
『それがお前の救いになるのか!?』
「黙れ…!お前は、奪うだけの存在だ!」
『そうさせたのは―――貴様等自身だろうがっ!!』
「D」が吼える。鎮まりかけた怨嗟を無理やり呼び起こしでもするように。
骨を露出させた背翼が炎熱を嘶かせる。
己が腕ごと薙ぐ魔獣の轟熱は瞬発的に退いた「セイクリッド」の腕甲を千切り、
その手から零れた太刀を続けざまの熱爪が二つに折る。
霊質の大部分を放散し傷ついて尚、魔獣は身に禍々しき暴性を保持していた。
再度の追撃に機を起こすダネルは残ったもう一振りの左太刀、「勇猛」を握る指先に更に力を込める。
―――非情にもそこで、
ダネルの視界に暗幕が下りる。切断されていく神経接続に力を失う機躯。
「セイクリッド」の、過負荷に耐え切れなくなった炉心が働きをやめた。
時間切れ―――クルセイドの発動がついに限界を迎えたのだ。
69 :
ソウセイノヒ:2007/10/10(水) 03:21:46 ID:???
繰り手の意志を裏切って、制動を失った機体の上に紅蓮が射した。
成されるがままに焼かれ、裂壊し散乱する鎧の破片。
底なしの闇黒へと飲まれた「セイクリッド」。
逆向きの重苛に弄ばれうめきを漏らすダネル。
流れる意識の中。
「まだ……」
鼓動が広がる。
「まだだ……!」
血が訴える。
遠のく器官を掴む狂おしいまでの狂憤。
この身、灰と化そうと、この魂、塵とつこうと……。
「―――奴だけは……俺のこの手でぇぇっ!!」
少年を衝き動かす内なる火。心奥を灼く暗く激しい光。
己をなす倫理の外形をかなぐり捨てて、一心に求める叫喚が、
遡逆と侵犯と開放と甦成と―――復活を喚び寄せ。
色褪せた機腑の奥。停止した筈の魂核に再び輝きが戻る。
虚の空に闇を剖いて青く、火柱が立つ。
―――魔獣が纏う紅蓮と対象をなす蒼焔の渦中に在るのは聖霊騎「セイクリッド」。
在り得ざる現象だった。
「セイクリッド」は奇蹟なす聖霊機の条理さえ超克した力を発揮している。
青き焔は魔獣の赤炎に呼応して奔騰で機騎士の躯を包む。
もつれて巡る炎環を、咬み合う尖鋼がゆがめて躍る。
高鳴る斬戟が削りあい、激突の散らす双龍が逆巻いて。
互いの骨肉を獰猛に喰らい合う戦場で砕き、砕かれる鉄鋼巨人。魂を削る戦闘人形。
成層の高闇に照らし出された「インフェルノ」/「セイクリッド」。
絶え間ない闘争の果て、何かを振るい落とすかの如く。
漆黒を背に措いて滾る血潮のままにぶつけ合う二人。
残る一太刀と爪をもって十数度に渡る打ち込みの後、剣閃の弧が食い込んだ刹那。
「インフェルノ」が体内を横溢する条光を吐き漏らす。
「セイクリッド」の上に射した揺光はダネルの知覚を幻想の平野にまで誘う輝き。
精神にまで流れ込む白の奔流。
それは記憶の洪水だった。
長く引き伸ばされた瞬きの内、彼は世界の断片を識る事になる。
即ち、「D」と呼ばれる少年の――――――ベリア・ケイツの物語を。
保守応援いつもありがとございます
そんなこんなで過去編入りまーす
…00始まる前にこの章終わらせるつもりだったのになあ
やべえ盛り上がってきたwwww
やべえ、過去編すげえたのしみだわ
00といい勝負の邪気眼っぷりだww
邪気眼度ならこっちのが上だな。
比べるようなもんじゃないでしょ
バートルビを逆やら読むとビートルズに
ならない
ほしゅ
78 :
通常の名無しさんの3倍:2007/10/15(月) 00:07:04 ID:0joyxtf1
わくわく
保守保守
組み合ったサイロ状の壁に四方を隔絶された室内に高い天窓だけが外界との唯一の接点だった。
砂丘の片隅に据えられた円形のドームは長きに渡る大戦の後に統合をみた神聖府において
新たに結成された一大軍事体系「ADAM」の下部組織が運営する施設の一つ。
―――予め高レベルの能力を得る為に遺伝子段階で調製された人工種の存在はこの時代、格別珍しいものではない。
そうした人工種の中から選り集められた素体に更なる肉体調整を施しMS操縦に特化した人間を生み出すのが機関の目的だった。
幼子らを純粋培養する巨大な巣箱。
その中に少年―――ファースもいた。
素体を管理する為だけの識別記号でしかない名前を賜った少年はそこで、辛酸極まる日常を送っていた。
―――神経の一糸に至るまで、分子レベルでの細心かつ精密な「最適化」はしかし、
肉体の所有者にとって暴力的な苦しみを与え、癒えない幻痛を四肢に刻むものだった。
加えて識域下で行われる戦闘シミュレーションは精神に過大な負担を強いる。
素体の中でもっとも年若い少年には苛刻に過ぎる生活だった。生来が争いを好まぬ穏やかな気性ということもある。
だが、素体である彼らに選択の余地があるわけではない。
育成段階で致命的な損傷を被ったものや不適格と判断されたものは次々と姿を消していった。
少年等には姿を消した者達がその後どうなったのかを知る術はない。
ともすれば逼塞した暗鬱が占める日々にあって。
「あんまり無理はするなよ、ちびすけ。俺の真似さえしてれば上手くいくさ―――」
その声はファースにとって天恵だった。
―――少年の名はベリア。
鳶色の瞳が柔らかな相貌に颯然と強い光を宿す個性。幼いファースはそこに剄さの証を見、気高さの徴を感じとる。
素体の中でも抜きん出た力を持つベリアは彼らのリーダー格だった。
彼を中心に生まれ・育ち・年の違う子供等の連帯は深く、その存在は少年らにとって、一握の希望を萌すもの。
そんなベリアがちっぽけな自分を眼に留めていてくれた事が純粋に嬉しく
、彼の言葉は憧憬と溶けた淡い疼きとしてファースの胸にいつまでも残った。
かけられた言葉を裏切らぬよう。
そう信じればこそ薄弱な心身を支える糧として訓練という名の責め苦にも耐えられたのかもしれない。
囲われた檻の裡で、拘束の鎖で結んだ兄弟達との紐帯が希望を繋ぐ幾年。
いつしか彼は、あれほど苦痛に満ちた調練にも何も感じなくっていた―――。
やがて、彼らは調整の結果を測定する為の最終試験に赴く事になる。
「―――あと少し、これさえ終われば此処ともお別れだ」
そう、外での再会を約束する少年達。その数は当初の半分にまで減っていた。
剥き出しの鉛色で編まれた区画。
開け放たれた眼前には蒼穹が広がり、微かな興奮が心に沸きあがる。
最終訓練は実戦に限りなく近しい様式でもって行われた。
思考による絶え間ない研鑽を重ねた少年達は、初めてであるMSへの搭乗にも戸惑う事がない。
稼動する推進器が機体を空へ跳ね上げた。最後発での単独出撃を促されたファース。
初めての空に映る十数機は全て敵影。
敵である魔もまたMSだった。無論、敵機が実物である筈がない。
魔とみえるのは心理的操作の産物によるイミテーションに過ぎないが、
それでも異形の機骨を晒す敵影の攻勢はこれまでの訓練とは比べものにならぬ猛攻でファースを追い詰める。
だが彼は、一対多の不利な状況下にあっても連携の輪から外れた格好の獲物を見逃さなかった。
一機ずつ輪の一番弱い部分を墜としていく少年。
彼のMSが交錯の間際、敵機の頭部を擂り上げる。
自身に備わる力の手応えが歓喜を伝える。
残った一体の動きは他のどの敵機よりも俊敏だったが、秘めた実力に目覚めた少年の敵ではなかった。
シナプスに染み付き第二の本能となった戦闘技術。
頭が働く。体が反応する。戦う為に得た力に身を委ねるファース。
振り上げた加熱刀の一閃が最後のMSを屠った時、少年は知らず胸中で快哉を叫んでいた。
乗機とともに帰到を果たした少年。
開け放たれた鉄躯の腹から下りた彼を出迎えた見知らぬ男が云う。
「君こそ「勝利者」だ」
恐らくは自分が最後の帰還だと思っていたが、奇妙にも仲間の姿は見当たらなかった。
「本当はとうに君を選ぶ算段はついていたんだが。情緒面、いささか優しすぎる性質を心配する向きもあってね、
だから、上の連中に君の力をはっきりとみせつける必要があった―――」
ほんの一瞬で覚めた戦闘の熱。
少年はその時になってやっと自分が何をしていたかに気づく。
これ以上ないほどに明確な選別手段。
敵は幻覚などではない。
―――最後の試験は選抜者同士の戦いだった。
そこから先の記憶は定かではない。
彼が毀したのは。
回収されたMSの残骸。鉄棺の縦列。鮮血を包む殻。隙間から垂れる液体。その中に在るものは……。
思考が理解を拒む。
「君は立派に自らの強さを証明した」
男のにこやかな微笑みと。
「おめでとう.016、ファース」
穏やかな口調と。
「……いいや、今からは君が「ベリア」だ」
最も優秀な道具を顕す茨の冠名。受け継がれた死人の名。
ベリア・ケイツ――――――最後のベリア。
それが、何もかもを失って得た少年の新たな名前だった。
過去編はあと三回か四回位でコンパクトに纏める気なので
そんなに期待されるほど内容ないかも……すんませんです
過去の回想で不幸王決定戦ができるようなラインナップ、これぞ邪気眼
凄まじい厨度に目も眩まんばかりです(全面的に褒め言葉)
このスレでは邪気眼とか厨くさいとかは褒め言葉
なぜかここでは褒め言葉として使われてるよな
ただ単に邪気眼じゃないからじゃないの?
マイケル・ムアコックのエターナルチャンピオンシリーズとか、トールキンのエルフ設定なんか、
設定だけ見たら恥ずかしくなる位邪気眼だけど、誰もそれを邪気眼だとは笑わないだろ?
作者が、これは邪気眼系の設定だと認識した上で、
邪気眼が邪気眼として、邪気眼らしくある為に必要な要素を満たさずに書いているからだよ。
私としては、これをハイファンタジー系ガンダムと分類する事を提唱したい。
邪気眼かどうかは登場人物に明確な作者の投影が見られるかどうかだろう
狙って邪気眼にしてるから邪気眼は褒め言葉
hohohohosyuyuyuyu
ほすほす
91 :
通常の名無しさんの3倍:2007/10/24(水) 18:48:39 ID:cX+w/5Ws
ほしゅ
保守
保守
ほす
っく… 投下はまだなのか……俺の邪気眼が疼くぜ・・・
流砂を割る邪光が溢した黒い水面に映える腐肉の闊歩。
隆起した巨体は怒りを示すかのように鋼皮から伸ばした繊毛を盛んに揺らしながら
緩慢な歩みで黒の深淵から這い出でて、三対ある脚肢を砂岩に荒々しく突き立てた。
産み落とされたばかりの災魔―――「グランディーネ」と、それを取り巻く鉄蛆の群影を前にして。
「―――ブナン、エルファタイ、その位置じゃ悪いが邪魔になる。各機とも側面から伴体を引きつけてくれ」
飛翔する機騎士達の編列を割って一機先行をかける紅いMSは少年の乗機だった。
『―――手柄を一人占めする気か!?』
少年の耳元で年若いパイロット――といっても彼よりは年長だが――不平の声をあげる。
「焦るなよ新入り。チャンスなんて腐るほどあるんだ」
そうだ。それこそうんざりするほどに。
鉄の駆動が早鐘を鼓つ。
雪崩撃つ幾数の条光を細かな機動だけで巧みに避ける紅の機影は瞬く間に対象を射程内に収めた。
撓んだS字を描いて疾風駆ける紅の機動は、巨獣の鈍重な動きでは影すら捉えられない。
高空を制した少年のMSは周囲の群蟲には脇目も触れず「グランディーネ」へと狙いを定める。
ようやく敵影を捕捉した巨獣の眼孔を貫いて入る真上からの直閃。
複数の狙点をほぼ同時に刺す光弾が厚い殻に覆われた躯を鮮やかに捌き分ける。
抑揚なく行われる蹂躙作業が展開される中、功を焦ったか、油断したか果敢に攻めたてるMSが射線上にかかる。
先程の搭乗者である事を確信する少年。
砲撃の手を緩めれば魔獣の大口径火砲が放たれよう。
馬鹿な奴だ―――。
強く舌打つ少年は、躊躇わずに引き金を引いた。
通り過ぎる射熱がMSを炙り、端に弾き出す。脚部を失った程度の損傷ではまず死にはすまい。
爆砕を纏う巨獣がタールの湖面へくずおれると共に、
統制を失った蟲僕は槍と短剣をそれぞれ携えた二種類の機兵連隊によって容易く駆逐されていく。
蒸散する瘴壁が戦闘の終わりを告げると、後衛にて控えていた部隊が黒沼へ徐に弾頭を投げ入れる。
『位相軸固定及び反動。偏向領域の縮小開始します―――』
徐々に実体から虚象へと落ちていく境界域の上を偏移の赤で染まった砂粒が漂う。
「領域及び歪曲場反応、ともに完全消滅を確認―――これより帰投する」
任務を全うし再び虚空へと還りゆく翔翼の編列。
彼らが後にした大地には土くれへと還りゆく魔の骸だけが残されていた。
地表を覆う果てない砂丘の連なりに穢れた風が吹き荒ぶ。
頽廃した大地に点在するユニットは人的・物的資源の著しい窮乏と
自律復元を絶望視された自然環境で人が生きていく為の帰結だった。
そのユニットも六割以上が生産施設に充てられているのというのが現状である。
未曾有の大戦から八十余年を経て、人類は未だ惨劇の痕から立ち直れないでいた。
―――どれほど愚行を重ねようと人はいつか過ちに気づき、それを正そうと努めるものだ。
そう、人の善性を信じるものはいうであろう。
―――しかし、取り返しえない重大な過ちもまたある。
そう、人の宿業を嘆くものはいうであろう。
必然か、それとも些細なすれ違いの連鎖か―――。
一つの世紀の終わりに勃発した星系規模の諍いは次第に禍を広げ遂には終末戦争とさえ呼べるほどの事態に発展することになる。
惹起された最悪の破壊によって宇宙にまで広がった人類の生息圏は再び地球上へと後退し、総人口の七割が喪失れた。
それだけではない。
地表を焼き、山を砕き、海を渇えさせ地軸を歪めた愚劣なカタストロフ―――。
堆積する汚灰に冒された土が広がる光景はその結果だ。
死に瀕した星の上で生存した人類は自らの行いに慄き息を潜めるように、静かな平穏を守り続けた。
凪の世紀は穏やかな停滞の時節でもある。
だが世界は今長い閉塞を打ち破り、速やかな変革の刻を迫られていた。
聖暦079年現在―――。
人類は未知なる災厄「魔」の出現により滅亡の危機に面していたのだ。
世界各地に配された浮遊要都が結ぶ経路を辿って至る終着点―――神都に最も近い小浮界「パトモス」に一隻の重空翔艇が入港した。
外縁に設けられた湾口部に着艦した翔艇はそのまま両側を挟み込むレールに固定されて屋内へと収容されていく。
艇船と区画を直結した廊画を踏む隊員達に紛れて重圧から解かれた少年、ベリア・ケイツは大きく一つ息をついた。
「―――お前なら目に入らなかった筈がないと思うが」
気性の激しい者の多い部隊員の中には、特別な位置にある少年に露骨な敵愾心を燃やすものもある。
そうしたトラブルをいつも未然に防いでいるのがシモイベだ。
いつも他者と距離を置くベリアにとって、周囲との緩衝材となってくれるこの男は多少なりとも信頼のおける数少ない人物の一人だった。
「……」
「分かっていてやったのか?」
――――――「同族殺し」。
脳裏をよぎるノイズに意識は一瞬立ち止まるがすぐに流す。
「正直にいうと、少し気を抜いていたらしい。反応が遅れて間に合わなかったんだ。ブナンにはすまなかったと思っている」
白々しい嘘でも信じたふりをする方が良い時もある。シモイベはその点で抜かりのない男だった。
「お前さんでもしくじることはあるか…」
表面を取り繕うだけの益体ない会話を交わす二人。
「ともかく大した怪我では無かったんだし、俺の方からそれとなく話しはつけとく。……それと、「サートリス」の一件はもう聞いてるだろ」
「ああ。ユニット一基、丸ごと呑み込まれたってな」
「もう番兵程度じゃ相手にもならんってことだ、これからはもっと厳しくなる」
そういって去る男に、少年は呟くように漏らす。
「……悪いな」
「気にしなくていい。エースはお前なんだからな」
港内格納庫に艇より降ろされたMSが側壁に並べられる。
鎮座する突撃機兵達―――腰に槍を携えた騎兵「ジャベリン」と短剣を帯びた騎士「ダガー」。
どちらも汎用MSとしては申し分のない性能といえるが、年々活発化を続ける魔災はこれらの機体を圧倒しつつあった。
況してや不安定な動力では到底対抗出来るものではない。
―――数年来に渡る特位空間「神域」との接続不調が状況の悪化に拍車をかけていた。
MSの動力源である炉心は上位構造野からの力を得るという原理上、本来の性能を十全に発揮する事が出来ずにいた。
しかし「ADAM」とて何ら対抗策を講じなかった訳ではない。
―――この難局を打破する為の切札となる一体のMS。
居並ぶMSの中でも異彩を放つその機体は紅く染め抜かれた外装と
細身にも圧倒的な力を感じさせる骨格で従来のMSとかけ離れたフォルムを構成している。
――――――MS「Vers・Evel」。
軍事機関「ADAM」が擁する決戦級兵機「Guns of ADAM」と呼称された一連のMS群は真世界最高の武力といえる。
そして、神域とのリンク不全を受けて使用不能に追い込まれた旧Gシリーズ
―――能力の大部を炉心の高励起に頼っているG級はそれゆえ不調の度合いも深刻なものだった―――
に代わって開発された新世代MSこそが「バルゼベル」なのだ。
(「―――エースはお前なんだからな」)
戦場においては個々の生命に非情な格差を作る。
確かにベリアとその乗機の能力は他と比べて突出している。徐々に悪化する戦況では最も特筆されるべき事柄であろう。
だが同時にまた少年の孤立もその点に起因するものではあった。
暫し留めおいた紅い翳りに背を向ける。
定まらぬ感情の砕片を細い躯の深奥に鬱々と燻らせるベリア。
彼の孤独は火に似ていた。
搭乗機を技術部に委ねそれぞれの帰途に赴く兵士達。
港駅の広場の雑踏に珍しい人物を認めた少年は、人の輪を避けてその男の前まで進み出る。
「やあ。遠征お疲れ様」
「あんたがわざわざ出てきているとはな」
「そろそろ調子はどうかなと」
フラッツ・J・スコートは合いも変わらず表情の読めない物憂さで少年を見遣った。
「お蔭さまで実に悪い。それもこれもだれかさんらがろくに仕事をしないからだろうな」
「そういってくれるなよ、これでも全精力で原因解析に勤めている最中」
「まだ、解析の段階かよ。この体たらくじゃ終いまでに世紀があけちまうね」
神域とのアクセスを司る特殊機関「EDEN」に属する技術者であるスコートは「バルゼベル」の運用にあたって出向してきた人員だ。
この事は「ADAM」にとってだけでなく「EDEN」にとっても「バルゼベル」が特殊な意味を持ったMSであることの証左といえる。
「随分荒れてるようだね」
「辺境を三つ回って、その上休む間もなくとんぼ返りだ」
特異な機体である「バルゼベル」は任務が終わる都度入念な機体調整と操縦者の精査を必要としており、
それらは全て神都においてしか行えないのである。
仕方がないこととはいえ辺境と神都の往還は少年にとっては結構な負担だった。
「で、俺も検診に回ればいいのか?」
「いや、まだいい。代わりに顔をみせてやってくれよ」
少年は露骨に嫌そうな顔をする。
「バルゼベル」の運用におけるスコートの役割はもう一つある。
彼は「少女」の管理役、いうなれば世話係でもあった。
「……それも任務の内だっていうのか」
「だね」
頭を掻きながら答えるスコート。
少年は無言になって、それから不承不承頷く。
どうやら休息はまだまだ先になるらしい……。
立体交差の網、多分岐複層回廊に運ばれていく。
硝子の曲面を通して眼下に眺める都市帯は神都という響きから連想する華々しさとは裏腹に鈍色のモジュールが建ち並ぶ荒涼とした風景。
他のユニット群と同じかそれ以上に居住域を限られた街は個々モジュールが有機的連関を形成する
一つの統合メカニズムと呼ぶべきものだった。
世界の中心たる権勢を誇示する為に植えられた街路樹が却って無機質な調和を崩しているようにベリアには感じられた。
彼のそうした直観も妥当ではあろう。
事実、その都市機能の殆どを神域とのアクセスに費やす此の街は人ではなく神の為にある都市なのだから。
顔を僅か上にあげれば、内向きに閉じた花弁。
くぐもった白煙が薄い霧になって都市外周に立つシャフトによって吊り下げられた六芒形の天蓋まで昇っていく。
そして、硝子の皿盤が進む架橋の奥に煙柱を分けて佇立する巨大な構造物。
―――黒ずんだ石と鉛で組んだ大聖堂こそ神都の運行を司る「EDEN」の本拠だった。
高次域管理機関「EDEN」。
表立った活動はないものの、神域とのリンクに頼る人類にとって世界の中枢を担う組織だといっても過言ではない。
薄暗い床を流れる導灯を頼りにうんざりするほどの小路と広間を巡って、ベリアはようやく歩を止める。
扉を開いた少年を迎える女神像――――。
現前する花園が眩暈を誘う。
湿潤の気を含む循環風が土と木々の香りを舞わせ、花々で色めく繭床。
――――――「エリドの庭」と称される屋内は砂埃と鉄で出来た外界とは別天地とさえいっていい。
庭内に踏み入るベリアの先、古びた揺り椅子に身を預けた少女を穏かな白光が包む。
自分よりやや年長である彼女。
無垢の長衣は輝く長髪と合わせて花園に落ちた一片の淡雪をおもわせる。
傍らにまで近付いた少年はそこで、少女に声をかけることを止めた。
彫刻めいた相貌。軽く開いた口唇から漏れる微かな呼気。
「寝てるのかよ……」
艶めいた銀髪を編んだ飾紐が肩に垂れ、透ける様な白い頬にはうっすらと朱がさす。
神聖ささえ帯びた美貌の持ち主はだが、ひとたび口を開けばまるで異なった印象を醸し出す。
「ん? あぁ……おぅ…もう戻ってたのね…」
寝惚けた声を漏らす少女の深い蒼瞳がこちらに微笑む。
花咲ける神御子―――ティル・ツァヴィ・アンメル。
「EDEN」の彫琢しあげた至高の聖成品。
少年は彼女を見詰めて一言。
「……涎、拭いた方がいいぞ」
次いで暫くの間、庭内を頓狂な嬌声が響き渡った。
白翼を負う女神像を抱擁く金色の壁柱が庭園を見下ろすように聳える。
――――――創聖機巧「EVE」の心臓。
新鋭機「バルゼベル」の圧倒的なアドバンテージは新機軸のシステムに由来するものだ。
この機体に搭載された新型炉心は「EVEコンバータ」と呼称される機構によって本来の性能を引き出される。
それは端的にいうなら一旦、外部にある高精度の受信機関を経由して同位波長の炉心に大出力を送る仕組みである。
要するに「バルゼベル」というMSは神域と炉心との不接合という問題を、間に媒介する調整器「EVEコンバータ」を挟む事とで解決した訳だ。
だが、この方法にしても幾つかの欠点がある。
先ず、現時点で接続が可能なのは「バルゼベル」だけだという点。
次に、「EVEコンバータ」を一連のシステム「Homologous EVE Nuero network System」
―――略称「HEVENS」の操作は生育された存在である神御子ティル・ツァヴィ・アンメル以外に扱う事が出来ない。
従って彼女なしには「バルゼベル」は張子の虎も同然に成り下がってしまう。
そして、高次力の収束と戦闘、別個の役割を割当てられた「HEVNS」とMS「バルゼベル」は二つで一つの存在であるという点。
つまり、異なる受信機関を並行稼動させるという性質上、必然的に互いの操縦者同士の霊性レベルでの共感が求められる。
だからこそ、システムとMSを統御する両者の心的同調も出来れば望まれるわけなのだが。
ベリア・ケイツとティル・ツァヴィ・アンメル。
数度の出撃と会合を繰り返した今になっても両人の間柄は良好とはいい難かった。
「―――ああ驚いた。一週間ぶりくらいかな、ベリア―――」
少年の表情が僅かに曇ったのを彼女は見逃さない。
「名前で呼ばれるの嫌いだったっけ」
「…いや、気にしなくていい。俺もあんたに―――」
「あんた、じゃなくてティル・ツァヴィ・アンメル」
「長い」
「じゃティルツェでいーから」
「…それじゃティルツェ、少し訊きたい事があってさ」
「?」
「気のせいかどうも機体反応にムラがあるんだ」
「それは…機械の方の問題じゃないの?」
小首を傾げる少女の様子からして若干思い当たる節がありそうだとベリアは感じた。
「いいや、単刀直入に聞くけど今回、戦闘入る直前に思いっきり気を逸らしたろ」
「ななななんのことやら…」
実に判り易い動揺の仕方だ。
「違うよっ、違うんだよ。それには深い理由があって……」
「理由って、何だよ」
「……空が青くってさ―――」
少女の頭部をヘルメットが直撃する。
「た・叩いたぁ!清楚可憐と謳われる姫御子をぶっ叩いたあぁっ!」
「そういうことは自分でいうもんじゃないだろ」
目を潤ませ抗議する少女をみていると調子が狂う。
いうなれば「バルゼベル」を駆るベリアの命綱を握っているのは当の彼女だというのに。
「下手すりゃ戦闘に支障を来しかねない。お遊び気分でいられちゃ困る」
「うう、スコートみたいな事いう……けど、私だって訓練はしてきたっていっても、本当に試すのは初めてなんだし…」
「だったら、せめて真面目にやってくれといっている」
「なら、ならね、私もいうけどその顔!」
そう少年を指さすティルツェ。
「いっつもいっつもそうやってぶすっとした面してさ。なんだかこっちまで気が滅入ってきちゃうよ」
「……それ今の流れとまるで関係なくないか?」
「関係おおありだよ!そっちが駄目なとこ直すなら私も駄目なとこ直すもの」
「人の顔を駄目とかいうな」
「駄目なのは表情だけだよ?造作は結構いいんだからホラ笑って」
凡そ理不尽なもの言いではあるが、ここでむきになるのも大人気ない。
ベリアは如才なく朗らかな笑みを浮かべてみせる。
「無理してる感ありありですごく嫌」
すんでの所で決壊しそうになる笑顔と大人の態度。
「そうしょ気ないで。素敵な笑顔は日頃の心掛けだよー」
「……努力する」
ベリアにとって、用件さえ済めばそれ以上長居をする理由もない。
「あ、待ってて、今お茶とか出すから―――」
引きとめようとするティルツェだが暇を告げる少年は既に背を向けていた。
「気持ちだけもらっておく。今はなるべく早く休みたい」
彼はこの短時間で戦闘の倍も消耗した気分になっていた。
壁一枚越えれば元の世界、別の現実へ帰り着く。
ゆるゆると通廊を戻りながら、しらず小さな嘆息をつくベリア。
心中にさざめく苛立ちの棘に今はまだ気づいてもいない―――。
三回くらいでさくっと終われるかと思ったらそんなことは無かったぜ!
毎度保守・感想ありがとうございます、遅くなってすんません…
所詮ネタ文なのでね、笑ってもらえりゃそれで幸いです、はい
乙
>所詮ネタ文なのでね、笑ってもらえりゃそれで幸いです、はい
いや、ラノベ系のガンダム(あえて邪気眼とは言わない)ってのはかなり新鮮でおもしろいぞ
もちろんネタ小説としての感想じゃなく、真面目に小説としての感想ね。
ネタ文かどうかは置いといても文章として評価できるそれなりのレベルはある
あえて造語を使いまくって読みづらくしてるあたりにこだわりを感じる
しかも、感じのチョイスが絶妙でどの単語も意味がわかるのは凄い。
× 感じ
○ 漢字
普通の話を志して書いたら、もしかして怪物級の職人かもしれん。
ひさびさに職人さん来てる! GJ!!
ho
ほしゅ
110 :
通常の名無しさんの3倍:2007/11/08(木) 19:43:43 ID:PtBmFwjW
ほしゅ
保守
捕手
保守
hosyu
ほしゅ
しゅほ