ミネルバin砂漠地帯
アビー「――ダメです。サイ=アーガイル、カズィ=バスカーク両名、消息が掴めません」
タリア「ふう…仕方ないわね。マリク、バート、チェン。準備して。それからシュバルツに緊急連絡を」
シン「役者が雲隠れぇ!?」
レイ「ああ、フレイの御付き役が二名とも行方不明だ。前回見つけられたのも奇跡のようなものだったが」
ルナ「ちょっとちょっと。個人情報控えて監視もつけたんじゃなかったの?」
レイ「ミネルバのデータベースに侵入された形跡がある。間違いなく消されたな。
監視映像は少なくとも四話収録終了時にはダミーに差し替えられていたそうだ」
ルナ「何その無駄に高い技量」
アーサー「いやぁ、どこに隠れたんだろうねぇ二人とも」
ルナ「その笑顔が無茶苦茶怪しいのよド変態ッ!!」
シン「どーすんだよっ!? 仮にも坊さん達はレギュラーだろ!? 今更交代なんて…」
サイ「待たれいッ!」
カズィ「ここは我らにお任せあれ!」
シン「うわっ! …って、サイにカズィ! 来てくれたのか!」
ルナ「なーんだ、二人ともちゃんといるんじゃない」
レイ「……? 土壇場で見つかったのか? 何にせよめでたい事か」
ピンポーン
フレイ「あーもう最悪ッ! 一週間シャワーなしなんてあり得ないわよ!」
ルナ「仕事場に来て第一声がそれかい」
シン「スポンサーはどうしたんだよ。最低限の生活は出来るはずだろ」
フレイ「マザー・バンガードが暗礁空域に突っ込んで出られなくなってたのよ。
ミリアリアが好き勝手暴れたもんだから操舵系が狂って」
シン「あの人どこかに封印した方がいいんじゃ……」
レイ「封印とは即ち解放フラグだ。悪いことは言わん、やめておけ」
フレイ「ねえルナ、日焼け止めとパックとトリートメント貸してくれない? 今度埋め合わせするから」
ルナ「ええ〜っ? まーいいけど…(ぼそぼそ)安物だからって愚痴言わないでよ?」
フレイ「(ぼそぼそ)失礼しちゃうわね、私だって礼儀くらいわきまえてるわよ」
サイ「おお、これはフレイ殿」
カズィ「お待ちしておりました。ささ、更衣室に」
フレイ「……誰、あなたたち」
・
・
・
一同『え?』
フレイ「もしかしてサイとカズィに変装してるつもり? 違和感ありすぎよ」
サイ(中身はマリク)「何故バレたぁぁぁぁ!?」
カズィ(中身はチェン)「ええい、どこが完璧な変装術だよあの変態覆面ッ!」
ルナ「お前ら何やってんだぁ――――っ!! 他人になりすましてまで出番が欲しいわけっ!?」
チェン「ち、違うんだ、コレは艦長の命令で!」
シュバルツ「説明しよう!
元々の印象の薄い人間は変装術に向いている。特徴を付け加えるのが容易なのでな。
故に! AAの空気三連星と違い名前すら挙がらないミネルバブリッジクルー三羽烏は、
代役を果たすには最適なのだ!」
ルナ「うわ褒めてねぇ。つーかアンタ傭兵部隊に出張してたんじゃ」
シュバルツ「監督直々に呼び戻されたのでな。撮影が終わればとんぼ返りだ」
マリク「シクシク…珍しくスポットライトが当たったと思えばまたこんな仕打ち…」
ステラ「マリオ、なかないなかない、いいこいいこ」
マリク「ありがとうステラ、でも僕はマリオじゃなくてマリクだよ…」
シン「うう…グスッ…なんて身につまされる話だ…」
レイ「む? 三羽烏というなら、バートはどうした?」
シュバルツ「奴は、アレだ」
ミイラ男←アレ
一同「…………」
ミイラ男(中身はバート)「見るなぁぁ! そんな哀れみに満ちた目で俺を見ないでくれぇぇぇ!!」
アーサー「と、ともあれ…本番いきまーす! 3・2・1・Q!」
その夜、砂漠は荒れていた。
吹き荒れる嵐。テントの外からは風の唸りが轟々と響いてくる。荒れ狂う砂や石がテントに当たり、
絶えず雨垂れのような音を立てる。
薄暗い橙の明かりの中で、男たちは黙したまま地に座り込んでいた。唯一の光源であるカンテラは
テントの骨組に吊るされ、落ち着きなく揺れる。それと共に、ぼんやり映し出された男たちの影も
時に膨れ上がり、時に小刻みに揺れる。
彼らはネオエジプトのファイター一行であった。窪地にテントを張り、夜と嵐をやり過ごそうというのだ。
骨組に吊るされたカンテラが揺れる。白い装束に身も顔も包んだ男たち、彼らは何も言わず、
ただ催眠術にでもかけられたかのように、カンテラの焔に目をやっている。
テントの中で動くのは、頼りない焔と男たちの薄い影。誰も、何も言わない。
「……なあ」
砂嵐に包まれた不自然な沈黙を、一人が破った。
「知ってるか、ジョージ=グレンの噂……」
「あの我らが英雄のか? しかし彼は死んだはずだ」
もう一人が相槌を打った。彼もまた奇妙な緊張感に耐えられなかったのだろう。
「そうだ、死んだはずなんだ。だが、そのジョージが最近ファラオガンダム四世を引き連れて、
このサハラ砂漠に現れるんだとよ……」
「ありえん!」
三人目の男が叫んだ。しかし、装束から僅かに見える顔は血の気が引け、焔に照らされてなお蒼白い。
「だが彼は未練を残して死んだんだ……彼を見た者は何人もいる……それも決まってこんな砂嵐の夜……」
直後、背後でばさりと布音がした。刺すように冷たい暴風がテントの中に雪崩れ込んでくる。砂嵐の呻きが
はっきりと耳をつんざく。
弾かれたようにテントの出入口を振り向いた一同は、そこに一つの影を見た。
体格は大柄。頭から指の先まで全身に包帯を巻きつけ、さながらその様は怪談に言うところのミイラ男。
しおれ枯れた白髪が数本包帯の隙間から見える。ただ一つ露出しているのは、血のように赤い右の瞳。
「お、お前は……!」
男たちの悲鳴は砂嵐に掻き消される。もとより声を聞く者などここにはいない。
カンテラが激しく揺れ、地に落ちて割れた。頼りない小さな火も吹き消される。闇の中に唯一つ、
夜を見下ろす三日月のように、『それ』の血の瞳が浮かんでいた。
「地球が汚れ切ってしまったこの時代でも、ここネオエジプトには、古代王国が栄えた頃の遺跡が
数多く残っている。だが、残っているのは好ましい遺産だけではない。世に闘いの嵐渦巻く時、
勇敢なる戦士の魂、怨念と共に永き眠りより目覚めるであろう――そんな不気味な言い伝えも残っている。
さて、今日のカードは墓場からの挑戦者、ネオエジプトのファラオガンダム四世なんだが……
不思議な事に、そのファイター、ジョージ=グレンは既に死亡しているのだ。
馬 鹿 な ! !
そう思うかも知れんが、これは紛れもなく事実。そしてこの亡霊こそが、デビルフリーダムと共に
地球に落ちたシンの義兄、キラの手がかりを握っているのかも知れないのだ。
それではッ!!」
ドモンがマントをばさりと脱ぐ。
下から出てきたのはピチピチの全身黒タイツ、即ちファイティングスーツだ!
「ガンダムファイトォォ! レディィ……ゴォォォ――――ッ!!」
第十話「恐怖! 亡霊ファイター出現」
「こ、こいつは……」
「酷い……」
白くぎらつく太陽の下、それを見つけたシンとルナマリアは、揃って思わず呻いた。
砂漠のとある大きな窪地に、ガンダムの残骸があった。コクピットは大きく抉られ、頭部から脚部、指の先に
至るまで徹底的に破壊されている。装甲など潰れていないところを見つける方が難しい。剥き出しにされた内部
配線の束は無残な断面を晒し、放電すら起こさず沈黙していた。僅かに原形をとどめたコブラの飾りの破片が、
瓦礫の正体を告げている。
ファラオガンダム十三世。ネオエジプトのガンダム。
更にその隣にはテントの残骸。布も骨組もばらばらにされ、白装束の男達がゴミのように倒れ伏していた。
キッと奥歯を噛み締め、シンはひらりと飛んだ。そのまま砂の斜面を滑り降りていく。パートナーの動きに
我を取り戻したルナマリアも、それに続いた。
「おい、しっかりしろ! おい!」
シンは片端から男たちを揺さぶっていく。しかし反応は返ってこない。誰も彼も、糸の切れた人形のように
かくかくと揺れるだけだ。
ルナマリアも息を確認して回ったが、状況は絶望的と思えた。
これほど完膚なきまでにガンダムを破壊する相手が、クルー達の命を見逃すだろうか。
「ルナっ!」
シンの声に、ルナマリアは我に返った。振り向けば、向こうでシンは一人の男を抱え起こしている。
「こいつ、まだ生きてる! 手当ての用意だ!」
「え、ええ!」
急いで駆け寄る。だがその間にも、男の呼吸は徐々に弱くなっていく。
それと気付いたシンが、さらに男を揺さぶった。
「おい、頑張れ! 今手当てを」
「や、奴が……」
男がかすかに呻いた。はっとして、シンは黙る。
「奴が現れた……死んだはずのあいつが……!」
「死んだ奴? おい、どういうことだ!?」
男の耳元で怒鳴る。男は喘ぐように、震える口を動かす。
「みんなやられちまった……!」
「誰だ! 誰の仕業だ!」
「ジョー……ジ……」
それが精一杯だったのだろう。男はかくりと首を落とし、それきり動かなくなった。
「おい! おい!!」
大声をかけながら揺さぶるが、もう男は何の反応も返さない。
駆け寄ってきたルナマリアは、ほんの一瞬だけ息を呑んだ。しかしすぐにシンの傍にしゃがみこみ、
彼の手を止める。彼が振り返るのには構わず、男の胸に耳を当て、次いで眼球を覗き込む。そうして、
静かに男を元のように砂地に寝かせた。
「ルナ……」
彼女は応えない。紫の瞳からも、何の感情も読み取れない。真っ直ぐ男を見ているだけだ。
やるせない思いで、シンは男に目を戻した。徐々に安らかになっていく死に顔を見、静かに黙祷する。
燦と輝く太陽が、死者に二つの影を落とした。眩しい光とは対照的な、黒々とした影を。
周囲に散乱していた持ち物、何よりファラオガンダム十三世の残骸から、男達はネオエジプトの
チームだろうと推測できた。
すぐさまルナマリアはネオエジプトのファイト委員会に連絡を入れた。ガンダムが破壊されたのは
キャッチしていても、まさかチーム全員が死亡したなどとは夢にも思っていないだろう。
彼らの身元の確認と回収・埋葬を頼むと、すぐに承諾してくれた。簡潔な、感情を廃したような声だった。
ガンダムファイトでの不慮の事故は珍しくない。特にこういった砂漠などの難所では、油断すれば
地元の民でも簡単に遭難して、ファイトに関係なく命を落とす。
それを知っているから、応対した委員は淡々と言葉を発したのだろう。
そして、こうも忠告してくれたのだろう。
「最近サハラ砂漠全域で竜巻発生と遭難事故が相次いでいる。死者の怨念に引き摺られぬよう、
貴女方も気をつけてくれ」
時計の上ではまだ午前中のはずなのに、太陽は容赦なく照り付けてくる。白い光は汚れた地上の全てを
焼き尽くそうとしているかのようだ。マントに守られていない黒髪や顔は、本当に白光に焼かれている
ような心地がする。なのに酷い乾燥のためか汗は一筋も流れてこない。
足元を見れば、砂は僅かな風も見逃さずに転がって、時に足首までも飲み込もうとしてくる。靴の中に
容赦なく入り込んでくる熱砂を努めて無視して、シンは黙々と炎天下の砂漠を歩いていた。こんな難所で
延々と、半ば惰性で足を動かしていれば、ルナマリアから又聞きしたネオエジプト委員の言葉が蘇ってくる。
――死者の怨念。
馬鹿言うな、と首を振る。あれは単なる遭難ではあり得ない。死者の呪いでもない。何者かが、それも
明確な殺意を持った者が虐殺を行ったのだ。怨念にこんな芸当が出来ると言うなら――呪詛で破壊が
行えるなら、自分は今この場にいない。とっくの昔にキラとデビルフリーダムは呪い殺されているはずだ。
しかし、ネオエジプト委員の言葉は、何故か頭にしがみついて離れなかった。
思えば生まれて此の方、何人の死に遭ってきただろう。ファイトに巻き込まれ、家族を目の前で失った。
浮浪児時代には、餓死し銃殺され撲殺され自殺する、同じ境遇の子供達を何人も見てきた。そしてコロニーに
上がってからは、義母と、義妹が――
「シン!」
今度はシンがルナマリアの声に我に返る。先行していた彼女は、前方の砂丘の上から手を振っていた。
「見て! あれ、ガンダムファイトよ!」
「何だって!?」
転がる熱砂に足を取られながら、それでも急いで砂丘を登っていく。徐々に見えてきたのは、
一本の小規模な砂竜巻と、それに対峙する一体の巨人。竜を模した頭部に両腕。黄と緑に彩られ、
姿勢を低く取り、ビームフラッグを槍のように構えている。
シンは目を見開いた。見覚えのある機体だった。
「ドラゴンガンダム……フレイ!?」
竜の巨人は突然後ろに飛んだ。先程まで巨人のいた地を、竜巻からのレーザービームが薙いだ。
一瞬の光と熱を浴びて砂が溶け、僅かに異臭と煙が上がる。それも竜巻によってあえなく吹き散らされた。
「もう! まだファイト宣言もしてないのに!」
ざっと砂を削って着地。苛立ちを吐き出し、ドラゴンガンダムは砂地を蹴った。竜巻に近付くにつれ、
フレイの表情は鋭くなる。ひゅっと短く息をつき、体を跳ね上げ、掬い上げるようにフラッグを思い切り
砂竜巻に叩きつけた。風の壁を突き抜け、確かな手ごたえがする。フレイは口の端を上げた。しかし次の瞬間、
その表情は驚きに変わる。
確かにフラッグは相手の脇腹を破砕し、めり込んでさえいた。だが、相手は意に介した様子はない。
全く反応がない。
「効いてないの……?」
呆然とフラッグを放す。途端に信じられないことが起こった。相手の傷口内部に六角形の銀の鱗が浮き出たか
と思うと、見る間に増殖して損壊を埋めていく。瞬きする間に銀の光沢は消え、そこには元通りに復元された
装甲が出現していた。
ぎょっと目を見開いて、フレイは立ち尽くした。この機械とは思えないプロセスは何なのか。
そもそもダメージを瞬時に修復する機体など聞いたことがない。
隙を逃さず、竜巻の中から数本白い鞭が伸びた。瞬時にフラッグの柄を絡め取る。フレイは正気に戻るが既に
遅く、フラッグが圧に耐えられたのはほんの一瞬のこと、金属のきしむ音と共にあっさりへし折れてしまう。
「こいつっ!」
目に鋭さを取り戻し、フレイは破壊されたフラッグを放した。軽く後ろに飛びつつ、背に手を回して
新たなフラッグを取り出そうとする。が、そこに砂竜巻から追い討ちのレーザービームが発射される。
フレイは慌てて腕をガードに回した。間に合わなければコクピットを貫かれていたところだ。
竜巻から断続的に発射されるレーザービームは、竜を模した両腕の装甲を抉る。有り余る熱量は
直撃していない箇所すら溶かし、飾りの鋭角的な竜は鋭さを失っていく。刺すような痛みに加え、
焼かれたような感覚。加えてレーザーの圧力がドラゴンを後ろに押していく。鋼鉄の足がじりじりと
砂を削る。防戦一方の現状に苛立ち、フレイは左腕の竜を竜巻に向けた。
「私を甘く……見るんじゃないわよっ!」
すっぽ抜けたように、左腕が伸びた。機体は動かない。腕だけが際限なく伸びていく。
これぞネオチャイナが極秘技術の一つ、ドラゴンクロー! これまで数多くのファイターが間合いを
読み損ね、首を噛み切られている。
予想外だったのか、レーザーの狙いがドラゴンの腕に定まらない。ドラゴンクローはそのまま直進、
砂竜巻に隠れたガンダムに容赦なく噛み付いた。
低く、長く、背筋を凍らせるような呻き声が上がる。竜巻が一時勢いをなくし、中のガンダムが
その姿を露わにする。
「あっ!?」
「嘘!?」
観戦していたシンとルナマリアは、思わず声を上げた。
竜巻の中から現れた機体は、全身に白い包帯を巻きつかせていた。しかし頭部の包帯の隙間から、
コブラの飾りが垣間見える。つい先程見た残骸にそっくりのものが。
「どういうことだ!? さっき俺達が見たのは一体……!」
シンの驚きに答えられる者はもちろんいない。ミイラを象ったようなガンダムは、不気味な唸り声と共に
再び竜巻を纏っていく。
ドラゴンクローは相手の肩口を捉えていた。ほどけかかった包帯に噛み付き、装甲を露出させている。
包帯を解かれたミイラとは斯くの如きものであろう、そう思わせるほどに黒く、皺が寄って捩れている
ようにも見えた。機械のはずなのに、どこか生命体の皮膚を思わせる。
ドラゴンガンダムの中で、フレイは顔をしかめた。生理的に嫌悪感を催したのだ。その心理と僅かな動きに
トレースシステムが反応し、伸びたドラゴンクローが戻ってくる。
ドラゴンの腕が完全に戻るとほぼ同時に、ミイラ型ガンダムは完全に竜巻に隠れてしまった。
再び包帯で攻撃してくる。やはりコクピット狙いだ。
鞭だと思っていたときは何とも思わなかったが、正体が分かると途端に怖気が走る。
迫り来る二本の包帯、しかしフレイはビームフラッグを消して棒に戻すと、包帯を二本まとめて地に
打ち付けた。直後、ビームフラッグを一瞬だけ起動させて焼き切る。包帯の束は蛇か何かのように
びくりと跳ね、まるで本物の紙のように燃え崩れる。
「悪趣味な男は嫌いなのよっ!」
思い切り嫌悪感を舌に乗せ、フレイは地を蹴った。視線は相手に向けたまま、砂竜巻を囲むように走り出す。
竜巻の中のガンダムは、たじろいだように包帯を止めた。
一本、一本、また一本。ドラゴンが走る軌跡に、次々に旗が突き立っていく。あっという間に砂竜巻は
ビームフラッグの林に囲まれた。光り輝くビームの旗はドラゴンの姿を隠し、回る旗と砂煙が方向感覚を
惑わせる。
これぞネオチャイナ少林寺はフレイ=アルスターが妙技、フェイロンフラッグ! 一度嵌れば抜け出すことは
至難の業!
ミイラ型ガンダムは闇雲に包帯を伸ばすが、黄のビームフラッグに阻まれ焼き切られてしまう。ならばと
思ったのだろう、砂地沿いに包帯を伸ばし、旗を潜り抜けてドラゴンを捕らえようとする。が、全方位に
伸ばしてもドラゴンは捕らえられない。何故なら!
「竜はいつまでも地べたにいないわ。空を駆けるものなのよ!」
ミイラ型ガンダムが気付いたときは既に遅かった。ドラゴンは残ったフラッグの一本を槍状にして構え、
旗を軽々と跳び越えてきた。
ビームの穂先が眩い光を放つ。ミイラ型ガンダムは咄嗟に後ろに下がろうとするが――
「あなたの、負けよっ!」
気合と同時に、ドラゴンガンダムはビームの穂先を砂竜巻の中心に突き立てていた。
「――ダメだ! フレイ!」
そしてシンもまた、同時に声を上げていた。目を丸くしてルナマリアが振り向いてくるが、
彼女に気付く余裕すらない。
固い手ごたえと同時に、異質な感触が伝わってくる。
フレイはびくりと体を震わせた。補助バーニアが勢いをなくし、ドラゴンの足が静かに地を震わせる。
恐る恐るフラッグから手を放し、一つ後ずさりをする。ビームの穂先は消え、両の支えを失ったフラッグは
ずしりと砂地に落ちた。小さく上がった砂煙は竜巻に吹き散らされる。
その竜巻も、徐々に勢いをなくしていた。またもミイラ型ガンダムの姿が露わになる。
「あ……ああ……!」
フレイは目をこれ以上ないほどに大きく見開き、もう一つ後ずさりをした。水色の瞳が、人形のような
整った顔が、鍛え引き締められた体が小刻みに震える。主の心理に応じ、竜巻を取り囲んでいたフラッグ達も
ただの棒に戻り、命を失ったかのように次々に砂地に横たわっていく。
ミイラ型ガンダムのコクピットは、先程のビームフラッグの一撃に貫かれていた。頭から包帯で巻かれた
ファイターが、炎と小規模な爆発に巻き込まれながらも恨みの篭った唸りを上げる。ただ一点、包帯の隙間から
露出している右目が、ねっとりとした視線をドラゴンに向ける。
血のように赤い眼。
「ち、違う、そんなつもりじゃ……」
呆然としたままに、フレイは首を横に振る。ドラゴンがまた一つ後ずさりをする。横たわるフラッグの
一本に、かかとが触れた。ごつりと固い音がした。
その間にも爆発は起こり、ミイラ型ガンダムは崩壊していく。名も知らぬファイターは、地の底から
響くようなおぞましい唸り声を上げ、ゆっくりと倒れていった。地を震わせたのも束の間、ミイラ型ガンダムは
ずぶずぶと流砂に飲み込まれるように沈んでいく。
それを合図にしたように、砂竜巻は今まで以上に激しさを増し――収まった時は、ガンダムもファイターも、
影も形もなくなっていた。
後には呆然と佇むドラゴンガンダムがあるばかり。
フレイはかくりと膝をついた。ドラゴンの巨体が崩れ落ち、一瞬だけ砂地を震わせた。
自分の両手を見た。まっさらなはずの白い指が、血に染んでいるように見えた。
「殺した……。私、殺してしまった……」
魂を手放したように呟き続ける。シンが通信をつなげてきたことにすら気付かなかった。
「おかしいな、このあたりのはずなんだけど。ルナ、どうだ?」
「座標に間違いはないわよ。ネオエジプトの委員会に送ったデータとも一致したし」
「だよなぁ」
首を傾げる二人に、
「ねえ、冗談でしょ? きっと夢でも見たのよ、暑さで頭がぼーっとしちゃったのよ、きっと」
傍目にはっきり分かるほど怯え震えるフレイ。その隣りでは、サイとカズィが訝しげな顔をしている。
五人は連れ立って、ネオエジプトチームを発見した場所に戻っていた。しかし、窪地の縁に立ってくるりと
辺りを見回してみても、ガンダムの残骸もネオエジプトの男達の姿もない。まっさらな砂地が広がるだけだ。
「委員会から回収班が来るには早すぎるし」
『ルナマリア殿、単に砂嵐で埋もれただけなのではありませぬか?』
「ガンダムまで埋もれるくらい地形が変わってたら一目で分かるわよ」
『ふむむ……』
「だから夢だってば! ファラオガンダムとは、私がついさっき闘ったのよ!?」
「いや、確かにあれはファラオガンダムの残骸だった。全身を破壊されていたんだ、クルーと一緒に」
必死に言い募るフレイを横目で見やり、シンは静かに言う。
ネオエジプトは第一回ファイトから同じ形状、同じ名前のガンダムでファイトに出場している。
無論技術の進歩に従いマイナーチェンジは行っているが、基本的に武装もシルエットもそのままだ。
名前も『ファラオガンダム○世』で統一されている。
故に、ファラオガンダムに似た他国のガンダムが出場していることなどあり得ない。
ガンダムファイトは国家の威信を賭けた代理戦争である。各国は自分達のオリジナリティを出すべく、
デザインには性能と同じくらい頭を使う。なのにわざわざ、デザインのあらかじめ分かっているネオエジプトの
ガンダムに似せようと思うデザイナーはいない。
「じゃあさっきのは何なのよぉ!? あれは絶対現実よ、ドラゴンの両腕だって、ほら!」
ぴっとフレイが指差したのは、後ろに聳え立つドラゴンガンダム。太陽を背にし、巨大な影を五人に
提供している。諸所に破損や痛みが見えるが、中でも両腕の竜の飾りは溶けかけている。左腕など、
見ようによってはナマズに見えてしまうほどだ。
「分かってる。俺だってあれが夢だとか言うつもりはないさ」
腕組みをしながら、つられてシンもドラゴンを見上げる。
「『死者の怨念』……」
ぽつりと発せられたルナマリアの呟き。少年らはきょとんと彼女を見やったが、フレイはまともに
顔色を変えた。
「あ、ち、違うわよ! 私オカルトなんて信じてないから!」
視線に気付き、ルナマリアは慌てて片手を勢いよく振る。しかしもう遅い。
「つまり、幽霊ということですか?」
「余計なこと言うんじゃないわよカァァズィィィィ!!」
「の――っ!?」
いっそ面白いほどに顔面蒼白となったフレイが、カズィの首を締め上げる。ばたばた手を振り回すカズィ、
フレイと対照的に顔色が赤黒くなっていく。
「ふ、フレイ、やめてくれ! このままじゃカズィが落ちる!」
「サイは黙ってて! あなたには関係ないでしょ!」
「んなっ……そんなわけないだろ!? 僕らは君の……!」
とまあ、にぎやかなネオチャイナ一行を無視し、
「本当にそうなら楽なんだけどな。もしものことがあっても、とりつかれるのはフレイだけだ」
「そうよね……」
言い切るシン。あっさり頷くルナマリア。二人はくるりと窪地に背を向け、歩き出そうとする。
……が、進めない。柔らかい感触がシンの背中にもたれかかってくる。
「待って、お兄さん」
何という変わり身の速さか。振り向けば、フレイがシンの背中にすがりついていた。つい体ごと振り返れば、
今度は右手をそっと掴まれる。潤んだ瞳がこちらを見上げてくる。酷く乾燥したこの場で、水色の瞳だけは
きらきらとゆらめく。その下には、桃のように形よく膨らんだ胸元が中華服を盛り上げているのが見える。
シンはぎょっとして、そのまま硬直した。視線を動かすことが出来ない。充分に暑いはずの砂漠で、
更に顔に熱が上がってくる。
「気味の悪いこと言うだけ言って、いなくならないで!」
追い討ちか、意識していないのか。フレイは今度はシンの胸にしなだれかかってきた。少女の豊潤な胸が
少年に押し付けられる。
「私、こういうの苦手なの、凄く怖いの!」
「や、そのっ、フレイっ」
「一緒にいてよ! 今晩だけでもいいから! お願いよ、お兄さん! ねえ!」
フレイが顔を埋めてくる。ふわりと赤の髪が流れ、闘いとは無縁な芳しい香りがする。
シンは自分の頭のどこかが爆発したような気がした。
ああ遠い空の父さん母さん、僕はどうすればいいのでしょう。笑ってないで助けてください、せめて何か
言葉を、いや待ってくれマユ、汚らわしいものを見るような目で蔑まないでくれ、お兄ちゃんは獣なんかじゃ
ないんだぞ、ああ目を背けないでくれ! コレはお兄ちゃんのせいじゃないんだ、この女がいけないんだ、
いや違う、何もかもアイツのせいだ! この子がこんな色気で迫ってくるのもキラが教え込んだんだ、
そうに違いない! よって全ての責はキラにあり! そうだ、そうに決めた、今決めたっ!
強引に責任を仇敵に押し付け、何とか正気に戻る。努めて平静を装って、シンは必死で視線をフレイから
引き剥がし、傍らのルナマリアを見やった。しかし頼みのパートナーは、何を思ったか、つんと横を
向いてしまう。
「おい、ルナ?」
「どうして私に振るのよ。好きにすればいいじゃない」
突き放したような言い方だ。振り向いてすらくれなかった。
御付きの二人に目をやれば、咳き込むカズィの背中をサイが叩いている。ふとシンの視線に気付いたサイが、
諦めなさいと言いたげに首を横に振った。
フレイに目を戻せば、彼女は未だに自分にしがみつき、ふるふると震えている。
シンは茹蛸のようになったまま、溜息をついた。
フレイ=アルスター。少林寺の命運を背負った、ネオチャイナのガンダムファイター。ナチュラルの、
しかも女性ながら、その実力は折り紙付き。以前のファイトではシンのインパルスを引き分けに持ち込んだ。
しかし、彼女の最大の武器は少林拳などではなく、彼女自身の魅力であろう。
ナチュラル、つまり一切遺伝子操作をせずにこれほどの美貌を持ったことは奇跡に等しく、だからこそ
彼女もそれを己の武器と心得ているのだろう。フレイは自らの性的魅力の引き出し方を熟知している。
耐性のない少年であれば、一発で堕としてしまうほどに。
まさに魔性の女である。十五年という未だ短い生の中で、どれほどの男を誑し込めばこんな恐ろしい女に
なれるのだろうか。…………
「……何書いてるのよ私は」
自分に呆れ、ルナマリアはキーボードのバックスペースキーに指を押し付けた。
窪地のキャンプから一人離れた彼女は、情報検索と同時に、フレイ=アルスターに関するローカルデータの
更新を行っていた。しかしいつの間にやら、途中から誹謗中傷の類になってしまっていたのに気付いた。
とろんとした半目になりながら、まだまともと思える文面にカーソルが到達するまで指を押し付け続ける。
辺りはもう暗い。月と星が夜空を埋め尽くし、気温も低下している。昼間とは打って変わって肌寒い。
ふと携帯端末のバッテリーを見れば、ゲージは残り半分を切っていた。
それほど使い続けた自覚はないのだが。
バックアップの後に電源を切り、ルナマリアは携帯端末を自分のザックに仕舞い込む。
そしてそれを肩に担いで、身を翻そうとした。
視界に人影が入った。
『それ』は、少し離れた砂地に、幻のように現れた。
全身に包帯を巻きつけていた。体格は大柄だが、背筋は猫背。両腕を軽く広げ、頭を垂らしている。
顔面すら包帯に覆われていたが、右目だけは血のように赤かった。
ルナマリアは呆然と立ち尽くした。『それ』は視線だけを上げ、ルナマリアをじっと見据えていた。
どんよりと濁った赤い瞳からは、何の感情も読み取れなかった。
緩やかな風が吹く。ルナマリアの赤い髪を僅かに揺らし、砂粒を申し訳程度に転がし、行き場を
失ったかのように止む。
――チガウ。
声が聞こえた気がした。同時に、『それ』の姿も消えた。現れたときと同じく、幻のように掻き消えた。
ルナマリアは、しばらくしても、呆然と立ち尽くしていた。とろんとしていた目は徐々に徐々に
見開かれていく。ぱちくりと瞬き。二回、三回。
視線の先には、月と星に照らされた夜があるばかりだ。
どさりと音を立て、ザックが砂地に落ちた。今頃になって背筋が凍りつく。ルナマリアは目を皿のようにし、
せわしなく口をぱくぱくさせた。空気を求める哀れな水槽内の金魚のように。
そうしてようやく、彼女は悲鳴を上げることが出来た。
「違うの……そんなつもりじゃなかったのよ……」
頭から毛布に包まり、フレイがうなされている。外からでは、毛布の塊が何事か呻きながらもぞもぞ
動いているようにしか見えない。
その毛布の塊から視線を外し、シンは自分の毛布に寝転がった。自分の腕を枕に夜空を見上げる。宝石箱を
ひっくり返したかのように、月と無数の星が視界一杯に広がる。
何となく、金箔交じりの墨を連想した。自分が『シン=ヒビキ』だった短い時代の記憶。一年に一度しか
出番のない墨と筆は、無駄に高級だった。書き初めを済ませた母の硯を拝借し、兄と妹と三人で、納屋から
羽子板を持ち出した。光の粒が混じった黒で顔中塗りたくられるのは、大抵自分だった――
思い出を振り切るように、シンは顔を歪め、目を瞑る。自分が感傷に襲われていることを自覚する。
こんな心では、奴を倒すことなど出来ない。奴を兄と認めてしまってはいけない。
今回の件は奴に関連しているとしか思えないのだ。消えたファラオガンダムの残骸と、フレイが闘った
ファラオそっくりのミイラのようなガンダム。この二つを結び付けられるのは、デビルフリーダム三大理論
機能の一つ、自己再生しか考えられない。
「そんなつもりじゃ……キラ……」
びくりとして、シンはフレイを振り返った。相変わらず彼女は毛布に包まって震えていた。
ただの寝言だったらしい。
シンはまた仰向けに寝直し、目を閉じた。妙に腹立たしくて、怒ったように鼻から溜息をつく。
確かに自分は奴の手掛かりを捜し求めてきた。それらしい事件に触れて、嬉しくないわけではない。だが。
――何もこの子がいるときに遭遇しなくてもいいだろうに。
「シン殿」
少年の声が、シンの意識に割り込んできた。
目を開ければ、眼鏡の少年の顔がこちらを覗き込んでいる。シンは不機嫌を隠さず顔をしかめた。
「何だよ、部下その一」
飴色のレンズの奥で、サイの目もしかめられる。
「せめて御付きと言ってくだされ」
「はいはい」
よっこらせ、とシンは体を起こす。
サイは隣に座っていた。ふと気付けば、カズィもサイの隣りにちょこんと座っている。
「それで? 何の用だ?」
「大したことではござらぬ。一つお聞きしたいことがございましてな」
「もったいぶるな。さっさと言え」
「ムウ=ラ=フラガの敗北をご存知か?」
シンは一瞬だけ言葉に詰まった。
ムウ=ラ=フラガ。先日闘った、ネオイングランドの『英雄』。
「……なんで俺に聞くんだよ」
「ジョンブルガンダムの反応が消える数日前、ネオジャパンチームがネオイングランドに入ったとの情報を
得ておりました」
サイは真剣な目でこちらを見ている。カズィは、どこか申し訳なさそうに上目遣いをしている。
シンは何か後ろめたい心地がして、つい、と視線を落とした。サイの持つ数珠が目に飛び込んできた。
「あの人を殺したのは俺じゃない」
ろくに考えもせず口走った。はっとしたが、もう言葉はサイとカズィの耳に入ってしまっている。
緩やかな風が吹き、砂をほんの少しだけ転がした。シンの黒髪が、見開かれた赤い瞳と同じように揺れる。
「死んだ、のですか? ネオイングランドの英雄は」
呆然としていたカズィが、呆けたままに問いかけてくる。
「……あれはどうしようもなかったんだ」
そんなことを聞かれてはいない。だがシンは、そう言って顔を背けてしまう。
ネオイングランドの一件から随分経つが、未だしこりは心に残ったままだ。
シンは歯を噛み締め、勢いよくかぶりを振った。苛立ちを乗せ、カズィを睨みつける。
「それより、何でそんなこと聞くんだよ」
カズィはびくりとしたが、サイは毅然としたままだった。
「ムウ=ラ=フラガはナチュラルでありながらガンダムファイトを三連覇した、ファイト史上最強の男」
「知ってる。それで?」
「そしてまたフレイ殿もナチュラルファイターであり、しかも女性」
「だから?」
「ムウはフレイ殿の仮想敵だったのです」
「…………」
「彼がサバイバルイレブン中に消えるとは――それもフレイ殿とではなく、他国のファイターと闘い
敗北するとは想定しておらなんだ」
「何が起こるか分からないだろ。ガンダムファイトは」
「これはしたり。ですが、彼を下したファイターが何者であるかは我々も是非に知りたいところ。
そやつはムウ以上の強敵ということでありますからな」
思わずシンはサイの目をまじまじと見た。相変わらず眼鏡の少年は真剣な顔をしている。
「故に我ら二人、まずはシン殿に伺おうと思った次第」
カズィも、シンの緊張が緩んだのを感じ取ったか、言葉を継ぎ足す。
「……それだけ、か?」
『他に何があるというのです?』
二人の少年僧は、揃ってきょとんとして、首を傾げる。
シンはしばし唖然としていた。が、正気に戻ると深々と息をつく。気を張り詰めさせていた自分が
馬鹿に思えてくる。また顔に熱が上ってくる。
『いかがなされた、シン殿』
「なんでもない!」
ぷい、と顔を横に背ける。余計なことを考えていたのが恥ずかしかった。
「それより、ムウに勝った奴が誰だか知りたいんだろ!」
『は、それは是非とも』
「ネオフランスのレイだ! これでいいんだろ、もう寝るぜ!」
言い捨てて、シンは毛布を頭から被ってしまう。
ルナマリアの金切り声が夜の砂漠をつんざいたのは、その直後だった。
「ルナッ!?」
がばと勢いよく跳ね起きる。砂の窪地を急いで上り、シンは声の方へと駆ける。
「カズィ、おぬしは残ってフレイ殿を!」
「あい分かった!」
短いやりとりの後、サイが追ってくる。
ルナマリアはあさっての方向を見て立ちすくみ、小刻みに震えていた。その足元にはザックが転がっており、
口から携帯端末はじめ小物類が飛び出している。
「おい、ルナ! 無事か!?」
駆け寄ったシンがルナマリアの肩を掴む。はっとしたルナマリア、シンを振り返ると、大声で叫んだ。
「出たの! 出たのよ、ミイラが!」
「……はあ?」
ぽかんとするシン。ルナマリアは自分が見ていた方向を指差し、尚もわめく。
「さっきそこにいたの! 全身包帯だらけで、右目だけメチャクチャ赤くて、濁ってて、どんよりしてて、
こっちをじーっと見てたのよ! でも風が吹いたらいつの間にか消えちゃってて!」
「お、落ち着け、ルナ!」
「いかがなされた、ルナマリア殿!」
サイが追いついてきた。これ幸いと、シンはルナマリアを押し付ける。
「ルナを頼む。俺は少し辺りを見てくる!」
反論は聞かず、シンは身を翻し、砂地を走っていった。
後には少し困った顔のサイ。ルナマリアは荒く呼吸を繰り返している。一つ思いついて、
サイはそっと声をかけた。
「ルナマリア殿、うろたえなさるな。心配は御無用、今シン殿があやかしを退治して来られますからな」
ぽんぽんとあやすように彼女の背中を叩く。
「べ、別に、幼児退行してるわけじゃないんだけど」
ルナマリアが不満げに呻いた。声色は低いが、まだ動悸は早い。
「ならば、尚のこと落ち着きなされ。シン殿はフレイ殿に匹敵するファイター。そこらのあやかしに
遅れは取りますまい」
しっかりとした口調でサイは言い切る。同時に、ぽん、と背中を叩き、シンの去った方向を見つめた。
それきり彼女に触れることはしなかった。
そんな少年僧を、ルナマリアはちらりと見た。呼吸を整え、彼に習って、夜の砂漠にシンの背中を捜す。
それほど経たずにシンは戻ってきた。お手上げ、とばかりに肩をすくめて。
気配も、足跡も、全く何も残っていなかったのだ。
そして翌朝。
相も変わらずぎらつく太陽の下、四頭のラクダが砂漠を歩く。
ラクダの手配をしたのはルナマリアだった。そもそもシン達はネオエジプトのファイターと闘いに来た
だけなので、移動手段はインパルスとブッドキャリアーしか持っていない。フレイ達も似たようなものだ。
そして今から行こうとしている場所は、そういった兵器を近付ける事は御法度になっていた。
故にルナマリアはネオエジプトの回収班に追加注文をつけたのだ。ついでにラクダを連れてきてくれ、と。
急な話であるために四頭しか準備出来なかったが、フレイの発案により、シンとフレイが二人乗りを
することで解決した。運び手からはどう考えても相場の三倍はあるチップを要求されたが、文句を言える
立場ではなかった。
「ねえ、どこに行くのよ、お兄さん」
「墓さ」
「はかっ!?」
「ほら、見えてきた。あれだよ」
と、馬上ならぬラクダ上のシンが指差したのは、巨大なピラミッドである。と言っても古代遺跡ではない。
積み上げられている石材はそれほど古ぼけてはいないし、本来ならスフィンクスにあたるであろう巨像の顔が
ガンダムのそれになっているあたり、未来世紀の産物と一目で分かる。
「ネオエジプトのクルーが最後に言い残した言葉は、ジョージ。そこから調べてみて分かったのよ」
ルナマリアが解説する。
「ジョージ=グレンは、第三回ガンダムファイトの優勝者。一度はこのネオエジプトに世界の実権を持たせた
ファイターだったの。でも第四回ファイトにおいて、とある少年に暗殺されたのよ。ここは彼の栄誉を讃える
ためと、怨念を鎮めるために建てられた、彼のお墓というわけ」
第七回ファイトを迎えるまで、ガンダムファイターは英雄であると同時に、コーディネイターの優位性を
見せ付ける存在でもあった。
ナチュラルとコーディネイターの確執は根強い。無論、両者の融和の努力は続けられている。その甲斐
あってかどうかは別だが、今日では地上と宇宙という二極構図に全ての不満を集結させる形で、二者間の
極端な蔑視や差別は抑えられている。だがジョージの時代では、確執の解消など夢物語だった。
ガンダムファイターの鋼の肉体も、気を張っていなければ常人レベルのそれである。斬られれば痛みを感じ、
傷もつけば血も流れる。下手な箇所をやられれば熱を持ち腐敗もするし、頭や心臓を撃ち抜かれれば死ぬ。
そしてガンダムファイターとはいえ、普段から気を張り詰めさせているわけではない。素手でMSさえ破壊
出来るシンにしても、ネオメキシコでは吹き矢に倒れたことがあるのだ。
ジョージ=グレンは、第四回ガンダムファイト決勝戦を目前に、ファイター志望のナチュラルの少年に
撃たれてこの世を去った。当時はナチュラルがファイターになることなど不可能とされていたのだ。
『コーディネイターが二連覇を果たすことが許せなかった』
夢を潰された少年は、逮捕された際、そう供述したという。
「幽霊の正体は、かつてのガンダムファイターってわけだ。それも、またファイト優勝者」
ふう、とシンは息をつき、
「つくづく英雄に縁があるらしいな、俺は」
口の中で呟く。誰にも聞こえないように。
確かにシンの呟きには気付かなかったようで、ルナマリアは言葉を続ける。
「昨日、最近のサハラ砂漠での不自然な遭難をリストアップしてみたんだけど、襲われたのは
ナチュラルばかりなのよ。ネオエジプトのファイターもそう。ナチュラルに殺されたジョージなら、
ナチュラルを恨んでてもおかしくない。そう思わない?」
いつの間にか四頭のラクダは砂地を渡り終え、石畳を踏みしめていた。ピラミッドが近いのだ。
ガンダム顔のスフィンクスに守られた英雄の墓は、来訪者たちを静かに見下ろし迎える。
ルナマリアは、眼前の巨大建造物に気圧されるのを自覚した。
これほどに威容という言葉が相応しい人工物もないだろう。インパルスやドラゴンの体長を軽く
三倍は上回る高さ。黄金比に基づいた美しい四角錐。外観は化粧岩が施され、滑らかな斜面となっている。
降り注ぐ陽光を受け、元々白く美しい表面は更に白く照らされている。
感嘆の息を一つ小さくつき、ルナマリアは再度口を開いた。
「それに、ネオエジプトには言い伝えがあるの。『世に闘いの嵐渦巻く時、勇敢なる戦士の魂、
怨念と共に永き眠りより目覚めるであろう』――眠っているジョージを目覚めさせないために、
墓の近くに兵器を近付ける事は禁止されているくらいよ。迷信だとは思うけど、でも、もし本当に」
「興味ないわね。私、帰るわ」
皆まで聞かず、フレイはラクダから滑り降りた。が、シンは彼女の首根っこを掴んでひょいと持ち上げ、
元通りラクダに乗せてしまう。
「ち、ちょっと、お兄さん!?」
「ここまで来てそんなこと言うなよ? 中に入るぜ」
振り返り、にやりと笑うシン。さぞかし意地の悪い笑みになっていることだろう、と自分でも思う。
一方フレイはまともに顔色を変え、
「嫌! 嫌よ! 絶対イヤっ!! 何で私が行かなくちゃならないのよ! こんなのファイトと関係
ないわよぉ!!」
シンの背中にすがりつき、ふるふると首を振る。
「大体ナチュラルに恨みを持ってるなら、私が行ったら呪われちゃうわよ絶対!
お兄さんコーディネイターなんでしょ!? 行くならお兄さんが行ってよぉ!!」
柔らかい感触といい匂いが女性を感じさせる。しかしシンは、昨日とは対照的に、笑みを消して
眉をひそめただけだった。
「あのねぇ、フレイ……」
半ば呆れ顔のルナマリアが何事か口を挟もうとした、そのとき。
『情けなや!!』
例のユニゾンが響き渡る。何かと思えば、いつの間にやらサイとカズィは砂地に下りていて、
シンとフレイのラクダの傍にちょこんと正座している。
ぴたり、とフレイの震えが止まった。
「少林寺を再興し、また将来背負っていこうというお方が」
「幽霊騒ぎ如きでこのような有り様とは」
「サイ!」
「カズィ!」
『我らこの先どのようにすればよいのやらぁ…… よよよよよ〜〜〜』
互いに向かい合い、滂沱の涙を流す二人。
あっけにとられるシンとルナマリア。フレイは名残惜しそうに、ぎこちなくシンの背中から離れると、
御付きの二人組を見下ろした。思い切り顔をしかめて、渋々言葉を搾り出す。
「分かったわよ。行けばいいんでしょ……?」
外の猛暑とは対照的に、ピラミッド内部はひんやりとしていた。壁の石材に触れば、火照った指先に
冷気が伝わってくる。
古代のピラミッドの場合、内部は蒸し風呂のようになっている。観光客の汗と吐息が内部に淀んで
しまうためだ。しかしこのジョージ=グレンのピラミッドは、外よりは湿っていると感じるものの、
汗ばむほどではない。参拝者も観光客も、内部まで入った事がないのだろう。
気温は夜の砂漠ほどに低い。少し肌寒く思える。手すりも照明も全くなく、岩壁は高く真っ平らに
聳え立っている。
扉から少し中に入れば、もう辺りは真っ暗闇だ。外の光は届かない。先頭を行くシンの持つ小型ライトと、
しんがりを務めるサイのカンテラが頼りだ。
こつこつと五人分の足音が反響する。シンとルナマリアと少年僧たちは無言のままだが、
「うう、気味悪い……」
フレイは内部に入る前から、ぴったりシンの右腕にしがみついてぼやき続けている。
「気をつけてよぉ…… こういうところってよく罠とか仕掛けられてるんだから……ぁ?」
みしり、と嫌な音がする。
恐る恐る踏み出した足の先を見れば、石畳にひびが入っていた。と思えばぼこりと陥没、
それを皮切りに床が崩れていく!
「どぉしてぇぇぇぇ……」
「アンタって人はぁぁぁぁ……」
「シン!」
『フレイ殿!』
ぽっかり口を開けた落とし穴は、サイとカズィとルナマリアを残し、二人のファイターを悲鳴ごと
奈落の底へと飲み込んでしまった。
かちりと音がして、闇に一条の光が生まれる。
瓦礫の中から発された光の筋は、ひょこひょこと落ち着きなく闇を横切り、やがて瓦礫の中に戻っていく。
「大丈夫か、フレイ?」
「うう……なんとか……」
二人の声はかすかに闇に反響し、流れていく。
ライトに照らされたフレイは、両手で頭を押さえていた。シン自身も右手にライトを持ちながら、
左手で腰をさすっている。したたかに床に打ち付けてしまったのだ。
「ったく、注意しろって言った奴が罠踏んでどうすんだよ」
「し、仕方ないじゃない、どこに何があるかなんて知らないんだから!」
フレイは反射的に頬を膨らませた。
「それに、私はイヤって言ったもの! 無理矢理連れて来たのはお兄さんじゃない!」
「泣き落とされたのは君じゃないか」
「それじゃあお兄さんは、あの二人のユニゾン攻撃に耐えられるの?」
そう言われれば、シンには返せる言葉はない。
「……分かったよ」
一つ息をついて、立ち上がる。
「道が続いてる。行こうぜ」
手元のライトを向けた先には、他の三方と違って壁は無かった。更に奥の闇へと続いている。シンの向ける
一条の光は、闇の通路へ走り、そのまま呑み込まれてしまっている。
渋々といった具合に、フレイも立ち上がった。しかし、ライトを持たないシンの左腕にぴったりしがみつく。
「おい、フレイ」
「嫌」
少しふてくされたような声だった。きゅっとシンの腕を握り締める。
「離れるのは嫌なの」
シンはカッと頭に血が上るのを感じた。昨日とは違う、もやもやしたものが胸の内に沸き起こってくる。
「俺はキラじゃないんだぞ!」
フレイの体が震えた。だが彼女よりも、口走ったシン自身の方が驚いていた。
自分で分析する前に、自分の心の真実を図らずも口走ってしまう。そんなことは、稀にだが、人間にはある。
昨晩から続く妙な胸の苛立ちの正体はこれか。自覚してしまったことに、シンは心の隅で後悔する。
それでもフレイを振り返り見下ろした。自分の激情を止める術には、シンは精通してなどいなかった。
「……そんなの、当たり前じゃない」
「だったらアイツを重ねるな! 君が好きなのは俺じゃなくてアイツだろ!」
「けどっ!」
更にフレイは力を込めてくる。シンの苛立ちに満ちた赤い瞳を見返すことはなかったが、自分の体を
くいと押し付けてくる。水色の瞳は潤んでいた。
「けど、怖いのは怖いんだもの……」
シンはきょとんとする。そして、自分が何とも恥ずかしい早合点をしていたと思いつく。
一人の男性と一人の女性がいるとしよう。加えて女性は極度の怖がりだとしよう。二人の関係は
顔見知り以上友人以下。恋人など思いもよらない。その二人が同時にお化け屋敷に入ったとする。
怖がりな女性は、どんな反応を示すだろうか?
フレイの一連の反応は、女性が恋人に示すものではないのだろう。怖がりの少女が他人に保護を
求めているだけなのだろう。いくら性的な興奮を催させるものだったとしても――いや、それすらも
自分を守らせる作戦なのかもしれない。
何にせよ、フレイは自分に対して、最初から恋愛対象としては見ていないのだろう。
シンはばつの悪い顔をして、闇の向こうへと視線を戻した。何も言わずに歩き出す。
いきなりシンが動き出したことで、フレイはバランスを崩しかけた。だが腕にしっかりしがみつき直すと、
引きずられたように歩き出す。
シンも、今度は彼女を振り払おうとはしなかった。
闇を往く二人の間に言葉はなかった。
フレイも怯えた声を上げることはない。シンは初めから無言のまま、歩を進めている。
未だにフレイは小刻みに震えているし、シンの腕を掴んで放さない。怯えているのは明白だが、
声に出すことだけはしなくなっていた。
こつり、こつり、というゆっくりとした足音だけが、固く壁に反響して続いていく。
何度か角を曲がりもした。段のない坂をよじ登りもした。崩れて瓦礫となった石材を共に
踏み越えたりもした。それでも二人は無言。
体は密着しているのに、シンの胸中は冷めている。フレイを連れて来たことに、内心で舌打ちをした。
やはり素直に返せばよかった、妙な仏心など出さなければよかったと思う。
と、フレイが更に強くしがみついてきた。軽く悲鳴まで上げた。
シンは口の端を歪めた。奇妙な緊張感のまま闇の回廊を歩くのには、いい加減うんざりしていた。
ライトに照らされ、前方に浮かび上がったのは、祭壇と長方形の石材。それを見下ろすように、壁には
一枚の巨大な肖像画が飾られている。描かれているのは金髪碧眼の、どこか柔らかな印象を与える美丈夫。
「間違いない。ジョージ=グレンの墓だ」
しばらく動かしていない舌は、少しだけ粘ついていた。
「どうするの、お兄さん」
しばらく振りに聞いた囁きは、やはり鈴の転がるような可愛らしさを持っていた。
僅かに震えているのも変わらない。
「決まってるだろ。棺を開けるんだ」
「ええぇぇ――っ!?」
甲高い叫び。石室に反響し耳朶を圧するのも束の間、ソプラノの悲鳴は通路に吸い込まれていく。
我知らず、意地の悪い笑みを浮かべながら、フレイを無視してシンは棺を開けにかかった。
「な、な、何言ってるのよ、そんなことしたらバチが当たるわよ! 呪い殺されちゃうわよっ!」
きゃあきゃあと大変やかましい。だが彼女にとってはシンを止めることすら恐怖となるらしく、
騒ぐばかりで一向に手出しはしない。構わずシンは棺の蓋をずらす。
「やめてやめて、やーめーてーっ!」
石と石が擦れ合い、重い音が石室に響く。
「フレイ、見てみろよ」
「いやーっ! 怖いもん怖いもん嫌よイヤよ許してぇっ!」
「いいから、見ろっ!」
騒ぐフレイの頭を鷲掴みにし、強引に棺に首を向けさせる。じたばたと騒いでいたフレイも、
拍子に中身を見てしまい、ぴたりと大人しくなった。
棺の中は、空だった。
「そ……それじゃ、やっぱりあのミイラは……」
フレイの顔から僅かに残っていた血の気が失せていく。
直後、小型ライトの光が消えた。石室が完全に闇に閉ざされる。フレイがびくりとしがみついてくる。
シンもまた、さすがに体を強張らせた。急いでライトのスイッチをいじるが、カチカチと言うだけで、
光は一向に生まれてこない。だがバッテリーにはまだ余裕があったはずだ。
石室が揺れた。最初は小さく、しかし段々大きく。それと共にどこからともなく重低音が響いてくる。
固い瓦礫を砕くような音。ぐらぐらと揺れる石室の中で、シンは深呼吸した。湧き出してくる恐怖を鎮め、
意識を切り替える。徐々に闇に目が慣れてくる。
規制解除
支援
「フレイ、放してくれ」
「で、でもぉ……」
「引っ付かれてたら動きにくいんだよ!」
声を荒げる。フレイは小さく悲鳴を上げ、怯えたようにシンから離れてへたりこんだ。
油断なくシンは身構え、周囲に目を走らせる。だが音が反響して、どこから来るのか正確に
読み取ることが出来ない。怯えているフレイはそもそも当てにならない。
揺れと重低音はどんどん近付いてくる。がおん、がおん、と不吉な音は断続的に響き、やがてピークに達する。
シン達の背後で、肖像画のジョージの青い双眸が赤く光った。と、そのとき!
ドゴォォォォォォォォン!!
「きゃああああああっ!!」
「でぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
フレイは元より、シンまでもが思わず悲鳴を上げていた。
あろうことかミイラ男は、ジョージ=グレンの肖像画をぶち抜いて出てきたのだ!
「いやーっ! ごめんなさいごめんなさいもうしませんだから許して!」
「謝って聞く相手かよっ! 君は早く逃げ」
「もうイヤ私おうち帰るーっ!!」
シンの言葉を皆まで聞かず、フレイは脱兎の如く逃げ出した。一瞬ぽかんとするシン、しかし
その隙にミイラ男から二本の包帯が伸びる。矢の如く迫り来る包帯はフレイの背後から首に絡みつき、
締め付け宙に持ち上げる!
「フレイ!?」
「ん……ぅ……!!」
首吊りにされたフレイの形相を見て、シンは顔色を変えた。とっさに包帯に飛びついて引きちぎろうと
するが、固くて全く歯が立たない。質感は紙のそれなのに、この強度は何なのか。
「この……!」
包帯を諦め、シンはミイラ男に突進した。ミイラ男は迫り来る少年など眼中にないようで、
ひたすらフレイを締め付ける。少女のか細い悲鳴が消えていく。
それが、シンの心にスイッチを入れた。
「フレイを放せっ!!」
ミイラ男に到達する直前、軽く右腕を引く。親指、人差し指、中指。闇の中でシンの右手の三本指が、
確かに黄金の光を放つ。
己が気を神気にまで練り上げ三本指に込める、これぞ流派東方不敗が奥義の一つ!
「超級ッ!! 神・威・掌ォォォォッ!!!」
裂帛の気合と共に跳躍、シンは輝く三本指をミイラ男の額に突き立てた!
耐え切れなかったか、額の包帯が溶けるように蒸発する。下から出てきたのは人の肌ではなかった。
黄金の輝きに照らし出されたのは銀の鱗の鈍い光沢。それもすぐに、飴細工のように溶けていく。
とうとう露出したのは、鋼の配線に歯車、紛れもなく機械の組織!
はっとシンは息を呑む。
同時にミイラ男が絶叫を上げた。両手で額を押さえ、たたらを踏み、包帯を引っ込める。
着地したシンの背後で、どさりと音がした。
「フレイっ!」
振り返り駆け寄る。フレイは酷く咳き込んでいたが、生きている。
素早くシンは彼女を背負い、石室から逃げ出した。後ろから不気味な唸り声と、石材の破砕音が追ってくる。
ピラミッド全体の揺れは、二人を捜すルナマリア達のところにも届いていた。埃や砂が天井から
ぱらぱらと落ちてくる。
何事かと身構えている三人に、轟音と悲鳴が近付いてくる。目をこらせば、闇の奥からこちらに
向かってくるのは先程消えた二人だ。
「もう帰るっ! 絶対帰るーっ!」
「うるさい、耳元で叫ぶな!」
とは言いつつも、フレイを背負うシンの形相も尋常ではない。驚くルナマリア達を見止めるや否や、
シンは腹の底から叫ぶ。
「ルナァァッ!! 『あれ』を使えぇぇぇっ!!」
その日、ネオエジプトはサハラ砂漠の一角で、巨大な爆発が確認された。
数時間後、ネオジャパンコロニーでその記録影像を見たヴィーノとヨウランは、揃ってぽかんと
口を開けることになる。
「マジで使ったんだ……冗談のつもりだったのに」
「備えありゃあ憂いなし、とは言うけどねぇ……」
ジョージ=グレンのピラミッドが崩れていく。内部で起きた爆発に耐え切れず、轟音を立てて。
煙を上げ、石材は雪崩の如く崩れ、美しい四角錐は陥没していく。爆風のとばっちりでガンダム顔の
スフィンクスまでも吹き飛ばされ、威厳ある彫刻など無関係に瓦礫の山と化していく。
その崩壊の様を、脱出に成功した五人は、遠く離れた砂丘の上で眺めていた。
ネオジャパン整備士コンビ謹製、試作型地球破壊爆弾。威力は完成型には遠く及ばないものの、
特撮に出てくるような悪の秘密基地くらいなら余裕で潰せる、とはヴィーノの談。
説明と共に渡されたときは、どこから突っ込んでいいものか分からず軽く頭痛がしたものだが――
「世の中、どこで何が役に立つか分からないわね……」
ルナマリアの呆けた呟きに応えるかのように、ピラミッド跡地に上がるはドクロ雲。
彼女の隣りでは、シンが腕を組み、鉢巻の尾とマントを風になびかせていた。真剣な目をして
ドクロ雲を眺めている。しかし極度の乾燥にも関わらず、頬に流れるは一筋の汗。
そして、彼の更に隣りでは。
「うふ……うふふふ……」
『フレイ殿?』
「やった! やったわ!! あは、あはは、あははははははっ!!」
長い緊張と恐怖から解放され、フレイが狂ったように笑っていた。先ほどまでのしおらしい少女は
どこへやら、顔に片手を当ててはいるものの、喜色満面の笑顔は隠しきれていない。
「この私を散々脅かしてくれた報いよ! ミイラならミイラらしく地の底で眠ってればいいのよっ!!」
「いや! 奴はまだ生きてる!」
「え?」
シンの緊迫した声に我に返る。ほぼ同時に、再度ピラミッドの瓦礫の下から爆発が起きた。まるで生物の
ように粉塵は膨れ上がる。中から包帯に包まれた巨大な腕が突き出され、雲を掴もうとするかのように
ゆっくりと宙を掻いた。
ルナマリアが目を丸くする。
「嘘でしょ!? あの二人の趣味人度合いを上回るガンダムなんて!」
徐々に徐々にミイラのようなガンダムが粉塵を抜けてくる。包帯は未だ巻かれていたが、爆発と瓦礫を
抜けたせいか大分ほどけ焼け落ち、中の正体が見えていた。頭部には古代エジプトの面を模した意匠。
間違いなくジョージ=グレンのかつての愛機、ファラオガンダム四世であった。
ゆらりとファラオの視線が流れ、五人を――いや、フレイを見定める。
静かに足を動かし、自らを封印していたピラミッドの瓦礫を踏み潰す。石畳を砕き、流れる熱砂も
ものともせず、ファラオは進む。フレイ目掛けて、一歩一歩、ぐらりぐらりと近付いてくる。
フレイはただ真っ青になって凍りつく。悲鳴すら上げられない。
風の唸りか、怨嗟の声か、背筋を凍らせるほど不気味な呻きが聞こえる。
命をよこせ。そう叫んでいるように、フレイには思えた。
「何でか知らないけど、奴は君を諦めないらしいな。君の手でケリをつけるしかないみたいだ」
「い、い、い、イヤよそんなのぉぉぉぉ!!」
がちがちと震えシンにしがみつこうとするが、今度は取り付く島もない。ひょいと腕を掴まれ外される。
ミイラと違って澄んでいるシンの赤の瞳は、呆れていた。
「それでも地上人ファイターかよ!? 少林寺の跡取りはどうした!」
「そうよ。仏教の流れがあるなら悪霊退散だって出来るでしょ」
『ルナマリア殿、それは余りに暴論というもの』
「え、そうなの?」
暢気なクルー達を尻目に、フレイは子犬のように上目遣いでシンを見た。だがシンにはもう容赦する気は
全くないらしい。少しずつ苛立ちを増していく。
その間にも地響きは大きくなってくる。ちらりと音の方向を見れば、ファラオガンダムはゆっくりと、
だが真っ直ぐに近付いてくる。フレイは中にいるであろうジョージ=グレンの、濁った血の瞳を見た気がした。
正面に目を戻せば、あるのはシンの苛立った赤い瞳。
フレイは観念したように、かくりと首を落とした。と思えば顔を上げ、近付いてくるファラオに向き直ると、
強く目を閉じる。そして勢いよく右の掌と左の拳を合わせ、やけっぱちのように叫んだ。
「来来ッ! ドラゴンガンダァァァムッ!!」
主の声に従い、遥か彼方より巨大な影が飛来! 轟音と爆風を伴い、黄と緑で彩られた竜の巨人はフレイを
守るように地に降り立つ。両腕の竜の飾りは昨日の非公式ファイトで溶けたままだが、機体の持つ力強さは
変わらない。迫り来るファラオを吃と見据える。
ネオチャイナ代表、ドラゴンガンダム!
「最初からそうすりゃいいんだよ」
風にマントをはためかせ、シンは満足げに腕組みをする。半泣きのフレイは彼を横目で睨み上げ、
小声で呟いた。
「……お兄さんのバカ」
「なんでこうなるのよぉ……こんなの正規のファイトじゃないのに……」
システムを起動させファイティングスーツに締められながらも、フレイの涙交じりのぼやきは続く。
だがシンの声には容赦がない。
『こんなことで怖気づいてたら、ネオチャイナだけじゃない、地上人やナチュラルの恥ってもんだろ!』
「だからってぇ……」
『それにほっといたらアイツ、どこまで追いかけてくるか分からないぞ!』
「うう……」
そう言われてしまえば、フレイも観念するしかない。
セットアップが完了する。ドラゴンガンダムとフレイが一体となる。だが、途端に先程までの力強さは
消えてしまった。普段なら重厚な鉄の巨人が躍動感を手に入れるはずなのに、完全に腰が引けている。
『フレイ殿! いかがなされた!』
『それではファイトになりませぬぞ!』
「だ、だって怖いんだもん!」
と御付きに返す間に、ファラオの双眸が赤く光った。風が渦を巻き、小規模な砂竜巻を形成、
ファラオの姿を隠していく。
『なるほどな、砂漠を荒らしてたのは人の作った竜巻ってわけか!』
「人じゃなくて幽霊よぉぉぉぉ!!」
フレイが絶叫する。その隙を見逃さず、ファラオは竜巻の中から十数本の包帯を繰り出した。
ドラゴンの全身は包帯に巻きつかれてしまう。フレイは身をよじるが、一向にほどける様子はない。
逆にますます締め付けは強くなる。
『フレイ殿、何をなさっているのです!』
『そのような攻撃に屈するなど!』
『『気合です! 気合を入れなされ!!』』
「そ、そんなこと言われたって! 体が動かな……ああああああっ!?」
フレイのぼやきは悲鳴に変わる。ファラオが包帯を通して電撃を放ってきたのだ。
トレースシステムどころの話ではなく、電撃は直接フレイの身を苛む。
『『フレイ殿ーっ!』』
サイとカズィの声が遠い。フレイは仰け反り、体を焼き焦がさんとする熱と激痛に喘ぐ。
だがファラオの攻撃は止まず、むしろ一層出力を強めていく。
傍から見ても、ドラゴンに流されている電撃の出力は尋常ではないと知れた。
サイとカズィは血相を変え、腕組みしているシンを振り向く。
「シン殿、これは正規のファイトではござらぬ!」
「何とぞお助けを!」
だがシンは繰り広げられる闘いを見据えたまま、二人を振り返ろうともしない。
「いいや、まだだ!」
『そんな!』
「待って、二人とも!」
ルナマリアが声を上げた。彼女は先程から携帯端末を操作していたのだ。キーを叩く指は止まらず、
目もモニターに向けられたままで更に叫ぶ。
「ジョージ=グレンがどうしてこんなにフレイを狙うのか、分かりかけてきたわ!」
『何ですと!?』
二人はおっとり刀でルナマリアの背後に回る。少女の陰から両隣に顔をひょこんと出して、
モニターを覗き込んだのはほぼ同時だった。そして同時に目を見開く。
『こ……これは!』
『フレイ! 聞いてくれ!』
激しい電撃をぬって、サイの声が聞こえてくる。喘ぎながらもフレイはかすかに目を開けて、
地上の御付き達を見やった。
「さ、サイ……何よ……」
『ジョージ=グレンが君を狙う理由が分かったんだ!』
今度はカズィの声がする。元のようにフレイは目を強く閉じ、悲鳴の代わりに叫ぶ。
「言われなくたって分かってるわよ! 私がナチュラルだからでしょ……私にまた殺されたからぁっ!」
『誤解だよ!』
『ジョージは多分、君を恨んでるわけじゃない!!』
フレイは目を見開いた。体を苛む痛みが一瞬消えた心地がした。
『四十年前のことだ。確かにジョージ=グレンは第四回ガンダムファイトで暗殺された』
『でも、そのとき彼が目前にしていた決勝戦、相手が誰だったと思う!?』
『『我等が少林寺、先々代の大僧正なんだ!』』
二人の少年僧は渾身のユニゾンを上げる。かすかに少女の息遣いを聞いた。ドラゴンガンダムは変わらず
包帯の電撃に苦しめられているが、サイとカズィにはフレイの顔つきが変わったのが見えた気がした。
「確かに、今まではナチュラルを目の仇にしていたのかもしれないわ。だけど!」
目まぐるしく変わるモニターの表示を紫の瞳に映しながら、ルナマリアは声を上げた。胸の内には、
昨晩のミイラの言葉が蘇っていた。
チガウ、と。確かにそう聞いた。あれは『この少女はナチュラルではない』という意味だと思っていた。
だがもっと別の意味があったのではないか。
彼はフレイの中に、かつての好敵手を見出していたのではないか。
「きっとあなたに会って、ジョージのファイターとしての意識が目覚めたのよ! 彼はファイターの
プライドにかけて、生前に出来なかった決勝戦を望んでいるんだわ!」
フレイは呆然と、ルナマリア達の言葉を聞いていた。体を走る電撃の痛みなど遠い世界のことに思えた。
「決勝戦、ですって……」
拳を握り締める。朦朧としていた意識が目覚めるのを感じた。沸々と体の内から何かが湧き起こってくる。
ジョージ=グレンのファイター魂に感銘を受けた、怨嗟を超える闘志に感動した。そんな熱い感情ではない。
むしろ逆だった。
本当に少林寺の戦士と闘いたいだけなら、何故ピラミッド内においてあんな方法で襲ってきたのか。そもそも
ファイトをしたいと言っても、昨日既にそれは果たされ、勝負もついたではないか。
フレイは思う。ジョージは、ナチュラルへの恨みを忘れているわけではない。
ナチュラルで、その上ネオチャイナ少林寺の戦士である自分に、現世への執念の全てを向けているだけだ!
『フレイ、きっと彼は君と闘いたがってるんだ!』
『未練を果たさせてあげればきっと……』
「うるさいわよ外野ッ!!」
尚も言い募る二人に叫んで、フレイは渾身の力を込めて両腕を思い切り開いた。包帯はそれでも
フレイを締め付けようとするが、フレイの方が強い。耐え切れずに包帯が破れ散る。
ファラオは一瞬たじろいだようだった。ちぎれた包帯が思い出したように竜巻内部へ戻っていく。
自由を取り戻したフレイは、背のフラッグを一本引き抜き、慣らしを兼ねて振り回した。
まだ腕にまとわりついていた包帯の残骸が振り解かれ、砂地に舞い落ちる。
「サイ、カズィ、それにお姉さん! もうたくさんよ! それ以上余計な口出ししてみなさい、ビームフラッグで
黒焦げにしてやるんだから!」
フレイは吐き捨てる。感じていたはずの恐怖は、胸の内に湧き起こる何かに押し潰されていた。美談に仕立て
上げようというクルー達の魂胆が気に食わなかった。反吐が出そうになる。
プラスの感情はマイナスの感情に勝る? そんなもの、ただの戯言だ!
ざん、と砂地にフラッグを立て、フレイは仁王立ちになった。竜巻の中のファラオを見据える。その様、
先程までとはまるで違う、竜の化身の名に恥じぬ堂々たるもの。
「ジョージ=グレン! 来なさい! あなたの未練、私が断ち切ってあげるわ!!」
鋭い双眸は、もはや怯える少女のものではない。凛とした声は乾燥した砂漠を駆け抜け、大気を震わせる。
ファラオは咆哮を上げた。怖気の走る低い呻き、しかし中には歓喜の色がある。
フレイはフラッグを砂地から引き抜き、ひゅっと風を切って横に構えた。真っ向からファラオを見据え、
低く体勢を取る。
腕組みをしたまま、シンは満足げに一つ頷いた。ジョージのファイターとしての闘志にフレイが応えたのだ、
と思った。隣りではサイとカズィがそろって口に両手を当てて、必死に声を出さないようにこらえている。
携帯端末を片付けて、ルナマリアが近付いてきた。シンはファラオを見据えたままに口を開く。
「ルナ、セッティングは」
「万全よ。いつでも出せるわ」
「そうか」
「ひょっとしてアンタ、ジョージ=グレンの事情知ってたの?」
「そんなわけあるかよ」
「でも、やけにフレイを……」
「ファイターの亡霊なら、一回ファイトで終わらせなけりゃ浮かばれないだろうなって思ってただけだ」
彼の赤い瞳は、ファラオの奥に何かの影を見ていた。
ルナマリアは少しだけ驚いた。だがすぐに納得した。ああ、と思い至った。それ以上何も言わず、彼女も
二機のガンダムを見やる。
「ガンダムファイトォォ!!」
「レでィぃィ!」
『ゴォォォ――――ッ!!』
開始と同時にドラゴンは地を蹴った。
砂煙がドラゴンの軌跡に舞い上がる。フレイはフラッグを下段に構え突進する。
竜巻の中のファラオからレーザーが発射される。ドラゴンは瞬時にビームフラッグを展開、弾き飛ばす。
衝突で光の粒子が散り、中のフレイの顔を束の間照らす。だがドラゴンは止まらない。突進し跳躍、燦と輝く
太陽を背に、全身のばねを使い袈裟懸けに振り下ろした。風の壁を突き破り、伝わってくるのは破砕の感触。
反作用を利用し、後ろへ跳ね飛ぶ。ファラオのレーザーがドラゴンの残像を貫く。
着地したフレイはフラッグを構えたままファラオの破損部を見た。やはり今の僅かな間で修復され、
元通りになってしまっていた。
執念のなせる業か。だが。
「傷つけても再生するなら、全部消し去ってやるまでよ!」
フレイはいつになく本気だった。敵国のファイターであるシン=アスカに見られていようと、
奥の手を隠すつもりはなかった。
背のフラッグの束を両の手に引き抜き、眼前に交差させる。
「宝華経典・十絶陣!」
ざん、と両のフラッグを地に立てる。フラッグが地を走り、砂地を削り、煙を立てて竜巻を取り囲む。
ビームフラッグを展開しても止まらない。二重三重にフラッグは不規則な軌道を描きファラオを翻弄する。
フレイは後ろへ宙返り、竜は陽光の中を跳ぶ。着地と同時に右腕を突き出した。拳が引っ込み、溶けかけた
竜の飾りの中に砲口が出現する。
「走れ! 宝貝ッ!!」
竜が火炎を吐き出した。燃え盛る炎は猛烈な勢いで砂竜巻へ走り、回るビームフラッグに引火、
更に勢いを増して襲いかかる。砂竜巻は一瞬にして紅蓮の柱と化し、中のファラオを焼き尽くさんとする。
胡乱な洞で咆哮したように、死者の呻きが風を震わせる。
数瞬の後、炎の渦が爆発。ジョージ=グレンの最期の声を消し去った。
『おお! フレイ殿、よくぞ!』
サイとカズィは戒めを忘れ、歓喜の声を上げた。が、はっとして再び口を手で塞ぎ、互いを横目で見る。
それでサイは気付いた。シンがいない。カズィの向こうにいたはずなのだが。
「やや、シン殿はいずこに?」
「何と?」
カズィも振り向くが、やはり黒髪の少年の姿は見つけられない。ルナマリアの姿まで消えている。
風に火の粉が散る。炎の渦は徐々に勢いを弱めている。赤い炎は風に煽られ、離れたドラゴンの巨躯を
朱に照らし揺らめいている。
コクピットの中で、フレイ自身も照らされる。呼吸が荒い。白いはずの頬は上気し、更に風に舞う炎を受けて
うっすらと赤く染まっている。表情は徐々に険しさを失っていき、やるせなさを露わにする。
――所詮、私達は恨みを乗り越えることなんか出来ないのよ。
息遣いが収まっていく。構えを解き、フレイは未だ燃え続ける炎を見つめた。揺れる炎に記憶の中の少年の
顔が重なる。少女の如き中性的な風貌、絶望に彩られた表情、心の亀裂を顕すように大きく見開かれた紫の瞳。
余りにも生々しい幻視だった。
フレイは逃げるように強く目を閉じた。
「今更よ。もう終わってしまったんだから……」
小さく自分に言い聞かせる。だが少年の幻影は残照のように瞼に焼けつき、消えてくれない。
『フレイ殿! まだ終わってはおりませぬ!』
空を裂く音がした。
はっと目を見開くフレイ。少年の幻影が今度こそ掻き消える。同時にドラゴンの右腕が何かに絡みつかれる。
反射的に右腕を上げれば、絡まってきたのは包帯――ではなかった。細い蛇、いや蛇を模した鞭だった。
もしやと思い、見てみれば、蛇は炎の中から伸びている。
揺れる炎の中に黒い影が盛り上がる。何度も聞いた、あの呻き声が風を震わせる。
「う、嘘でしょ……?」
戦慄が走る。確かに十絶陣はまともにファラオを捉えたはずだ。
炎が消え、中の影が露わになった。包帯は完全に焼け落ちていた。ファラオは体中を焼け焦がせ、全身から
しゅうしゅうと黒煙を上げていた。内部組織と配線は曝け出され、放電を繰り返している。頭部すら爆発を
もろに受け、アイカメラの奥、人で言う眼球に等しい部分が剥き出しになっている。光は灯っていない。なのに
機体表面に銀の鱗のようなものが浮き出たと思えば、見る間に増殖して盛り上がり、滑らかな装甲へと変わって
いく。欠損部からはまるで触手か何かのように緑色の配線が湧き出し、互いに絡み合って組織を復元していく。
断絶した通常の配線もまた、ずるりと音を立てて機体内から伸びる。無残に焦げた部分を自ら切り捨て、元の
ように、あるいは別の配線と繋がって新たな体を創り出していく。
全く沈黙していたはずのファラオの双眸が、再び妖しく光った。血のように赤く濁っていた。
ドラゴンに絡みついた蛇は、僅かに残った腕の装甲の隙間から伸びていた。それにすら緑色の触手が次々に
絡みつき、また突き刺さり潜り込んでいく。鞭は軋んだ音を立てて内部から泡立つように膨れ上がり、いびつに
変形しながら一層ドラゴンの腕を締め付けてくる。飾りのはずの蛇がまるで生きているように鎌首をもたげ、
ぬらりと血の眼を開いた。嘲笑うかのように牙を剥き出し、威嚇音を発する。
フレイは悲鳴を上げた。掛け値のない怖気と恐怖が少女を捕らえていた。
ファラオは銀の鱗に覆われた足を動かす。立ち尽くすドラゴン目掛けて砂地を踏む。蛇はその身を大きく
うねらせ、ドラゴンの胸部、即ちコクピットのフレイ目掛けて突撃する。
――しかし!
『パルマッ! フィオッ!! キィィィナァァァァァッ!!!』
天から降ってきた光の掌がファラオの頭部を捉え、粉砕した!
光を受けたファラオの体は連鎖的に爆発! 蛇もまたコクピットを突き破る寸前で身を仰け反らせ、
断末魔と共に砕け散る!
一瞬混乱したフレイだが、インパルスの背中が自分の前に着地するに至って、状況を理解した。
「お兄さん!?」
『どいていろ、フレイ!!』
有無を言わさぬ怒号。通信もなく、インパルスも振り返りもしない。
「だ、だけどジョージ=グレンは……」
『あれはもうジョージじゃない。君の役目は終わったんだ!』
直後、またもあの呻き声が上がる。インパルスの背中に遮られて見えないが、ファラオに何が
起こっているかは想像がつく。
「どういうことよ!?」
『君は知らなくていい。知らない方がいい! ここから先はっ!』
インパルスが太陽の如く黄金に光り輝いた。フレイは目を焼くような眩しさに思わず顔を背け、手を翳した。
『俺の、仕事だぁぁぁぁぁぁッ!!』
一人の少年の咆哮が、輝きと共にインパルスの姿を変えていく。
ずっとこれを待っていた。捜し求めてきた。
死んだはずのジョージ=グレンと共にガンダムを何度も蘇らせる自己再生機能。
――間違いなく、デビルフリーダムの能力を受け継いだ奴だ!
シンは目を瞑り、天へと咆哮した。自分の中で何かが軋み、爆ぜたのを感じた。インパルスの色彩は
深い青から鮮烈な赤へ。コクピット内には真紅の稲妻がほどばしる。再び目を見開いたとき、世界の全てが
変わってしまっているのをシンは知る。精彩を失った世界の中で、そいつの動きだけが鮮やかに感じ取れた。
目の前で蠢く機械の塊。醜悪な化け物とも呼べるそれを、シンは怒りに満ちた鬼の如き形相で睨みつけた。
憐憫はない。嫌悪もない。ただ許せざる敵であることだけが分かっていた。
それで十分だった。
「俺のこの手が光って唸る! お前を倒せと輝き叫ぶぅ!!」
両の手から自分の感情が溢れ出すのが分かる。実体となったそれを合わせ、シンはさらに吼える。
怒りの具現である膨大なエネルギーは光の奔流となり、インパルスの全長を遥かに越える大剣となる!
これぞインパルスガンダム・スーパーモード、最強にして最後の武器!
「喰らえ! 愛と、怒りと、悲しみのォ!!
エ・ク・ス・カリバァァァァ!! ソォォォォォドッ!!!
突き! 突き!! ツキィィィィィッ!!!」
インパルスの光の剣は、またも再生しようとしていたファラオガンダムの頭部を貫いた。
ほどばしるエネルギーがファラオの全身を駆け巡る。一瞬の後、蠢く機械の塊は内部から爆発、四散した。
もうあの呻き声は上がらない。
「お、お兄さん……?」
恐る恐るフレイは声をかけた。過去の亡霊よりも、今のシンの方が恐ろしく思えた。
インパルスは振り向いてすらくれなかった。荒い息遣いが対外スピーカーから洩れていた。ファラオガンダム
の残骸は過剰なエネルギーを受けてか、沈黙している。しかし、それにすらシンは容赦なく剣を振るった。
剣は残骸に突き刺さる。骸は眩い光に呑み込まれ、空を舞う金色の雪へと姿を変えていく。
シンの息遣いは徐々に鋭さを潜めていった。纏っていた怒気が鎮まっていく。機体色は赤から青へ。
巨大な光の剣は消え、震えていた大気が穏やかさを取り戻す。
ふと、インパルスがしゃがみこんだ。両手を砂に潜らせ、そっと何かを掬い上げる。
それはジョージ=グレンのミイラの上半身だった。あの赤く濁った瞳は閉じられていた。胴体から下はなく、
断面からは鋼の配線がだらしなく伸びていた。
――純粋な戦士の魂すら悪に変えてしまう。デビルフリーダムと接触すれば、死人ですらこうなる。
シンは内心で呟くと、そっと光り輝く両手でミイラを握り締めた。ミイラは音もなく光の粒へと分解され、
手を開けば静かに風に散っていった。
砂漠に舞う黄金の雪は、傾きつつある陽光を浴びて柔らかに煌き、空に溶けていった。
ルナマリアは少し離れた砂丘で、一部始終を見ていた。光の粒が自分を撫ぜていくのにも構わず、何を言う
こともなく、シンの行動を見ていた。
『……あれもまた、キング・オブ・ハートか』
サイとカズィは、感慨を込めて嘆息する。ふとドラゴンガンダムを見やれば、竜の機体は全く動かない。
インパルスに顔を向けたまま、その場に立ち尽くしている。
フレイはただ呆然とするしかなかったのだ。自分の思考回路の限界を超えていたし、何より、シン=アスカと
いう少年が恐ろしくてたまらなかったから。
だから、とうとう訊くことが出来なかったのだ。
これはキラを捜していたことと何か関係があるのか、と。
次回予告!
「みんな、待たせたなっ!
雨に煙るネオトルコの町で、ルナマリアはかつての師匠と再会する。
だが恐ろしい事に、彼はデビルフリーダムの手先となっていた!
果たしてルナマリアは、彼を悪魔の手から救い出す事が出来るのか!
次回! 機動武闘伝ガンダムSEED DESTINY!
『雨の再会… フォーリング・レイン』にぃ!
レディィ…… ゴォォォ――――ッ!」
撮影後
アビー「はいカット! OKでーす!」
タリア「なんとかなったわね…。それでは三人とも、以後よろしく」
バート「艦長、まさかとは思いますが、代役以外の自分たちの出番は…」
タリア「あるわけないでしょ」
三羽烏「orz」
シン「ヨウラン、み、水をくれ…」
ヨウラン「ミミズをくれ? 何言ってんだ」
シン「ベタなボケかましてんじゃねぇよっ!! お前らばっかり涼しいところで撮りやがってぇ!」
レイ「甘えるなシン! この程度で音を上げるとは何事か!」
シン「っ!?」
レイ「……と、師父がこの場にいたら言うだろうな」
シン「く…すみません遠い空の師匠…俺は…」
ハイネ「まーまー、とりあえず入れよ。クーラーのありがたみが身に染みるぜ」
フレイ「そういやドモンいないわね。どうしたの?」
ルナ「ヘタレにハッパかけに出張中よ」
フレイ「何それ」
ルナ「それより日焼け止め効いた? コーディ用だからナチュラルにどれだけ効果あるか自信ないんだけど」
フレイ「先に言ってよ! シミとか出来ちゃったら最悪じゃない!」
シュバルツ「心配はいらん。DG細胞が紫外線を吸収し、地肌を守るはずだ」
フレイ「そうなの?」
シュバルツ「うむ。でなければ私もマスク焼けを気にせねばならんからな」
フレイ「へえ…知らなかった。結構メリットあるのね、この体」
ルナ「……いいなぁDG細胞」
シュバルツ「使ってみるか、ルナマリア?」
その頃の東方不敗一行
メイリン「なんちゅうモン勧めてんだ覆面野郎ぉぉ――――っ!!
ああぁぁぁお姉ちゃんお願い正気に戻って、それは悪魔の誘いよぉっ!!」
ドモン「ふ、さすがはメイリン、ヒマラヤのアイアンギアからエジプトのミネルバを察知するとは」
メイリン「こらアビー! アンタまで寄るな! 大体アンタ元から美白…って艦長まで喜んでないでぇぇ!!」
スティング「周りの俺らには何が起こってるかさっぱりなんだけどなー」
アウル「いつもいつも大変だよな…時間関係なくどこかに突っ込んで…それに加えて奴の世話までっ…!」
ドモン「(ポン)そうだった。アスランはどこにいる?」
スティング「あっちでまだ爺さんとやりあってるぜ。ほら」
ドカーン… パラパラパラ… ズーン…
ドモン「あの音は! 超級覇王電影弾!? アスランめ、ヘタレていると聞いたが、ここまで習得したか!」
スティング「あいつがそうそう成長するタマかよ。大方また爺さんに殴られて…」
東方不敗「この馬鹿弟子がぁぁぁ!!」
アスラン「ぶわあおぉぉぉぉ〜っ!? な、何故だ、やっと俺は電影弾を習得したんじゃなかったのか!?」
東方不敗「だぁからお前はアホなのだっ! 貴様の電影弾は見た目を似せただけの紛い物!
見よ、貴様が破壊せんとした岩を!」
アスラン「はっ!? こ、これは…抉れていない! ちょっとヒビが入っているだけだ」
東方不敗「貴様はここに来た当初と何も変わっておらん。目先の悩みに囚われ、本来の目的を見失う…」
アスラン「目先の悩み…本来の目的…」
東方不敗「明日もう一度、わしの前で電影弾を撃ってみせい!
そのときまたこのような電影弾もどきを撃ったならば、貴様は破門だ!」
アスラン「!!!」
東方不敗「今日はここまでだ。一晩よぉく考えることだな!」
夕食時
アスラン「…………」
メイリン「アスランさん、どうしたんですか? ゴハン冷めちゃいますよ」
アスラン「メイリン…俺には何が足りないんだ…」
メイリン「えっ」
アウル「そりゃあれだ。人望とか主体性とか責任感とか実力とか」
アスラン「…………」
アウル「少なくともさぁ、メイリンに甘えてる時点でダメだろ」
アスラン「…………orz」
アウル「アンタのせいでメイリンがどれだけ苦労してるか、考えたことあるのかよ?」
メイリン「そ、そんなことないですよ! アスランさん凄く強くなってますし、私は苦労なんて…! 」
アスラン「いや、いいんだメイリン。ごちそうさま…」
メイリン「アスランさん…」
アウル「なんだよ、アイツ」
スティング「おいアウル、嫉妬はみっともないぜ」
アウル「な! だ、だってホントのことだろ!」
アスラン「確かにここに来てから、俺は強くなった…。修行も最初はジェネシスで焼かれた方が何千倍も
マシだろうって思ってたが、慣れてくればジャスティスの自爆くらいのレベルだと思えるように
なってきた。ラクスやキラのお願いを叶えているときの方がキツいんじゃないかってほどに…。
思えばゴハンも三食ちゃんと食べられて、睡眠時間も取れて、申し訳ないくらい規則正しい
生活してるんだ、体がしっかりしてきたのも自分で分かる。
そうだ、鍛えられてるはずなんだ…第十二話の最低条件である電影弾も、撃てるようになった…
そのはずなのに! 充分に気合は込めているはずなのに…何故…!」
ドモン「悩んでいるようだな、アスラン」
アスラン「! ドモンさん…監督から俺を審査するよう言われてきたんですか」
ドモン「うむ。だが無用な心配だったようだ」
アスラン「やめてください。俺は…明日で破門になってしまうんです」
ドモン「ほう?」
アスラン「俺の電影弾は紛い物なんです。岩一つ粉砕することが出来ない…
俺が目先の悩みに囚われ、本来の目的を見失っているかららしいんですが、
まだそれが何なのか分からないんです。明日までに掴むことが出来なければ、俺は…!」
ドモン「ふむ。アスラン、今ここで撃ってみせろ。実物を見ないことには何とも言えん」
アスラン「はい! 超級! 覇王! 電影弾ーっ!!」
ドカーン… パラパラパラ…
アスラン「やはり、ヒビが入るだけか…」
ドモン「……なるほどな」
アスラン「分かったんですか!? 俺の何がいけないのか!」
ドモン「ああ。お前は確かに悩みに囚われている」
アスラン「それは一体!?」
ドモン「超級覇王電影弾という技の特性を考えてみろ。俺が言えるのはそれだけだ。これ以上は
お前自身で見つけなければならん」
アスラン「そんな…」
ドモン「俺はそろそろ帰らせてもらう。と、その前にこれを渡しておこう」
アスラン「……ビデオレター?」
ドモン「アイアンギアーの設備ならば見れるだろう。ではさらばだ。新宿で待っているぞ」
アスラン「…………」
アイアンギアー・一室
アスラン「励ましの言葉とかかな…。はは、それじゃ小学校の寄せ書きみたいじゃないか。
応援されてるならやるしかない…やるしかないけど、俺は明日には…」
【再生】
ドモン『そらそらそらそらぁ! どうしたどうしたぁぁ!!』
シン『ぐっはぁぁぁぁ!?』
アスラン「シン!? ということは、これはまさかあいつの修行風景!?」
ドモン『どうした! もう終わりか! お前の根性など所詮こんなものか!』
シン『ま…まだ、まだだぁっ! 行くぞ師匠…いや、ドモン=カッシュ!!』
ドモン『来い、シン!!』
シン『俺のこの手が真っ赤に燃える!』
ドモン『勝利を掴めと轟き叫ぶぅ!!』
シン『ばぁくねつ!』
ドモン『ゴッド!』
シン『パルマ! フィオ!!』
ドモン『フィンガァァァァァァ――――ッ!!』
シン『キィィィナァァァァァァッ!!』
アスラン「超級神威掌同士が激突した! こ、これはまるで第二十一話の…!」
ドモン『どうしたシン! お前の力はそこまでか! 大口を叩いた割にこの程度で終わるのか!』
シン『ぐっ…くうぅ…!』
ドモン『お前は主人公になるのではなかったのか! 役柄だけの主人公ではない、真の主人公に!!
この程度で膝をつくようでは、主人公はおろか端役にもなれんぞこの馬鹿弟子がぁッ!!』
シン『う…うるさいっ! 今日こそ俺は、アンタを越えてみせるぅ…っ!!
そして名実共に主人公の座を手にしてやるんだぁぁぁ!!』
ドモン『その気迫や良し! ならば行くぞっ!』
シン『応っ!!』
両者『ヒィィィィィト! エンドォッ!!』
ドオォォォォン…… ドサッ
ドモン『よくやった…と言いたいところだが、まだまだだな、シン』
シン『くっ…さすがはキング・オブ・ハート…! だがぁっ!!』
ドモン『む!?』
シン『この程度でくたばっててたまるか…
今頃は師匠の師匠役の馬鹿ピンクもシュバルツ役のカナードさんも相当しごかれてるはずなんだ…!
俺が休んでる分、あの二人はもっと先に行ってるんだ!!』
ドモン『馬鹿ピンクだと? そうか、まだお前は知らないんだな』
シン『え?』
ドモン『当初の役柄は大幅に変更されている。師匠を演じるのはラクス=クラインではない』
シン『な!? じ、じゃあ誰が…』
ドモン『アスランだ』
シン『!! あの凸が…東方不敗マスター・アジア…!?』
ドモン『どうしたシン、アスランが最大のライバルポジションと聞いて気が抜けたか?』
シン『……いえ。つまりそれは、少なくとも撮影中は覚醒アスランが出てくるということですよね』
ドモン『うむ』
シン『だったら尚更です! 俺はいつかヘタレてないアスランを倒してみせると胸に誓ったんです!
覚醒したあの人が来るなら、今回こそ勝ってみせる!』
ドモン『ふっ…ならば良し! もう一セット行くぞ!』
シン『はい、師匠!』
ドモン『超級ゥ!』
シン『覇王ォ!』
両者『電・影・だぁぁぁぁぁぁん!!!』
アスラン「…………」
メイリン「あ、こんなところにいた! アスランさん、そろそろリアップの時間ですよ」
アスラン「…………」
メイリン「アスランさん?」
アスラン「リアップ…俺の髪…」
メイリン「そうですよ。それじゃ頭失礼しますねー」
アスラン「メイリン、すまない。気遣いはありがたいが、そんなことしてる暇はないんだ」
メイリン「え!?」
メイリン「行っちゃった…アスランさんがリアップタイムを『そんなこと』呼ばわりするなんて…」
ドモン「メイリン、しばらく育毛剤は封印しておけ」
メイリン「ドモンさん!? もうミネルバに帰ったんじゃ」
ドモン「少々興味があってな。奴がどれほど化けるのか」
アスラン「自分の悩みに囚われて、目的を見失う…
だが、もうそんなこと言ってる場合じゃない!」
メイリン「あ、アスランさんが鶴みたいな構えを! あれはまさしく!」
ドモン「うむ、流派東方不敗が奥義の一つ!」
アスラン「超級! 覇王ッ! 電・影・だぁぁぁぁぁん!!」
ドカァァァァァン……
アウル「うおあっ!?」
スティング「なんだぁ!? 地震かよ!?」
東方不敗「ふ…あの馬鹿弟子め、掴んだな」
アスラン「はあ、はあ、……やはりそうだ!
超級覇王電影弾は気の弾丸であると同時に頭から突撃する技でもある…
なのに俺は髪を気にする余り、無意識に頭皮を庇ってしまっていた!
それじゃあ勢いは死ぬしエネルギーも集中させられるわけがない!
『悩みに囚われている』とは、このことだったんだ…! だが、そうと分かれば!」
ドカァァァァァン… ドォォォォン… ドゴォォォォォン…
メイリン「アスランさんが血涙流して電影弾を撃ってる…ってドモンさん、そのビデオカメラは一体」
ドモン「何、馬鹿弟子に土産をと思ってな」
アスラン「許せ…許せ俺の髪ッ!!
待ってろよ、シン! 俺は必ず新宿に行ってみせるからな!」
第十一話舞台裏につづく