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仮面ライダーSEED DESTINY
第1話「仮面ライダー」前編
白い病院の廊下を1人の少年が歩いている。
16、7くらいだろうか、黒い髪にまだ幼さを残した顔、だがその唇は真一文字に結ばれ、紅い瞳には昏い光を湛えていた。
途中、何人かの医師や看護士らとすれ違う。
「……あら、あの子?」
その中の一人の看護士が立ち止まり、呟く。
「今の人がどうかしたんですか?」
一緒にいた若い看護士見習いも足を止め、尋ねる。
「……ずいぶん、久しぶりに見るな、と思って……」
「有名な人なんですか?……そういえば、ちょっとカッコ良かったですね」
看護士見習いの少女は振り返って、歩み去る少年の背を見やる。
「そういうわけじゃないのよ」
その言葉に含まれる響きに不審を感じ、少女が振り返ると、複雑な表情を浮かべた看護士の顔があった。
「……先輩?」
怪訝な少女の声に、少し躊躇ってから看護士は口を開く。
「……あの子のね、妹さんがこの病院に入院してるの……」
「……妹。えっと…なにか大怪我でもしたんですか?」
あの先は、外科病棟の筈、そう思いながら少女が尋ねる。
「……大怪我か…違うわ、怪我一つないわ。……外見上はね」
「……怪我一つないのに、入院?」
「そう……意識が回復しないのよ。二年前から、ただの一度も」
薄暗い部屋の中にふいに明かりが生じた。
「やあ、タリア、……ふむ、グラディス隊長、と呼ぶべきかな?」
モニターの向こうで長髪の男が笑みを浮かべている。
「そうですね、デュランダル議長」
僅かに苦笑を浮かべながら、タリア・グラディスは言葉を返す。
「うむ、早速だが、報告書は読ませてもらった。総て順調、いやそれ以上の成果を揚げているようだね。流石はグラディス隊長だ」
相変わらず、緩やかな笑みを浮かべたまま、告げる。
――まったく、その笑顔が曲者なのよね。
「……私の力は関係ありませんわ。彼らの素質、そしてなにより、努力の賜物ですわ」
内心の思いはともかく、極めて事務的にタリアが応える。
「ふむ」軽く頷いてデュランダルは手元にあった資料を手に取る「…特に、シン・アスカの成長が著しいな」
「そうですね。彼は適正こそ、レイ・ザ・バレル、ルナマリア・ホークの両名に劣りましたが、その努力、いえその執念は凄まじいものでしたわ」
一年以上にも渡る訓練を思い返しながら彼女は応える。
「……執念、か……」
「二年前、彼と彼の家族は『奴ら』との戦闘に巻き込まれ、両親は死亡、妹も原因不明の昏睡状態に陥り、そのまま現在に至るそうです」
「……それ故に、力を求め、それを得た……」
感慨深げに呟くデュランダル。
だがその表情を見てタリアは眉を顰めた。
それは、悲劇を悼むものではなく、そう、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような、そんな表情だった。
――考え過ぎかしら?
そう、思って彼女は思考を止めた。
どうでもいいことだ。重要なのは、シンが力を求め、議長を含め自分たちは力を上手く扱えるものを求めたこと、ただそれだけ。だが……。
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73:2006/05/01(月) 13:56:56 ID:???
「……議長……」
タリアは以前より、思っていた疑問を口する。
「……なにかね?」
「本当に、力が必要なのでしょうか?」
言った途端に後悔する。こんなことを尋ねてどうするのか?
だが、彼女は続ける。
「『奴ら』はもう現れないのでは?二年前のあの日、滅びたのではないでしょうか?」
デュランダルはその瞳に興味深そうな色を浮かべた。
「……そう、必要のない力なのかも、しれない」
「……」
軽く手を顎の前で組み合わせながら、デュランダルは続ける。
「……だが、必要かもしれない。『奴ら』が全滅したという保証はない以上、それに備えるべきだろう。……出来れば、この力を使わずにすむことを願ってはいるがね」
「そうですわね。できることなら……」
頷きながら彼女は思う。
――本当に?本当に私たちはこの力を使いたくないの?
晴れ晴れとした青空に人々の歓声が吸い込まれる。
轟音を上げて疾走する、ジェットコースター。ゆっくりと廻る、巨大な観覧車。踊りながら道々を行き来する、ピエロや着ぐるみの動物たち。
ここはつい先日オープンしたばかりの遊園地。
「……わあー」
赤い風船をもった、小さな男の子が巨大な観覧車を見て、声を上げる。
一番下から、徐々に視線を上げていく。一番上を見る頃には、男の子はひっくり返りそうなほど、背を仰け反らせていた。
「……ああっ」
知らず知らずのうちに緩んだ小さな手から風船の糸が滑り出し、赤い風船がゆっくりと空に登っていく。
「――よっと!」
そのまま、空に吸い込まれるかに思えた風船の糸を、白い手が捕まえる。
風船を捕まえたのは16、7に見える少女。赤いショートカットの髪とその身を包むTシャツとジーンズが、快活そうな雰囲気を醸し出している。
「はい」
笑顔を浮かべながらしゃがんで、男の子に風船を渡す。
「ありがとう、お姉ちゃん」
風船を受け取った男の子も笑顔で応える。
「ちゃんと持ってなきゃだめだよ」
「うんっ。……あ、ぼくもういかなきゃ。じゃあね、お姉ちゃん。バイバイ」
「そう、バイバイ。気を付けてね」
元気良く手を振る男の子に少女も手を振り返す。
「……さてと」
立ち上がり、辺りを見回す少女。誰かを探しているようだ。
「あ、いたいた」
そう言って、歩き出すその先には、ベンチに座った一人の少年がいた。
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73:2006/05/01(月) 13:59:42 ID:???
「もう、レイ、なにやってんのよぉ?」
「……見ての通り、座っている」
口を尖らしながら、尋ねる少女に、一見、女性と見紛うばかりの長い金髪と整った顔した少年―レイは無表情に返す。
「……あのね、誰もそんなこと訊いてないでしょ……」
ガックリと肩を落とす少女。
「ふむ、そうか。で、そう言うルナマリアはなにをしている?」
レイは少女―ルナマリアの態度にも一向に拘る様子も見せずに尋ねる。
「……別に、レイの姿が見えないから……」
「メイリンたちは?」
慌てたふうに言うルナマリアの言葉を遮って、またレイが尋ねる。
「うっ、……ジェットコースター……」
どこか拗ねたように少女は答える。
「もう、コリゴリ、か?」
「……そうね、散々シュミレーターに乗らされたからね〜」
諦めたように呟くとルナマリアはレイの横に座って、空を見上げた。
「……いい天気よね〜」
「ああ」
「……シンも来れば良かったのに……」
「ああ」
まるで話を聞いていないような相槌を打つレイ。
でもルナマリアは知っている。
彼は何時だってちゃんと話を聞いている。リアクションが少ないだけ。ちゃんと相手のことを考えて必要なことを言ってくれる。必要最小限だけ……。
「レイ、楽しんでる?」
「ああ」
本当に必要最小限の答え。
「無理に連れて来ちゃったけど、怒ってない?」
「ああ」
「……」
「……1日とはいえ、久し振りの休暇だからな。たまには、こういう賑やかな所に来るのも悪くはない」
流石に言葉が少なすぎたと思ったのか、レイが話す。
「そう、良かった」
ルナマリアは笑う。
――レイは嘘は吐かない。でもレイは優しい。
最近になって気付いたこと。今はレイの優しさに甘えよう。
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73:2006/05/01(月) 14:01:09 ID:???
ルナマリアはもう一度、空を見上げる。
澄み渡り雲一つない空。
「シンも来れば良かったのに……」
同じ言葉を呟く。
「ああ。……だが、久しぶりの休暇だからな」
「……そうね、久しぶりの休暇だものね……」
そして沈黙。
2人は知っている。
同僚の少年が今どこにいるのかを。
でも、ルナマリアは思う。
あの、怒りと悲しみに満ちた紅い瞳に、この空を見せてやりたい、と。
そうすれば、怒りと悲しみの色が薄れるかもしれない。
そんな事を考えながら、空を見上げる。同時に、今この時がとても貴重に思えた。
「……ねえ、レイ……」
「なんだ?」
「……これって幸せなのかな?」
「……」
人形めいた整った顔が、一瞬キョトンとした表情を浮かべる。
「……ははは、はっはっはっ、……」
次の瞬間、爆笑した。
「はははは、はははは、はははは、……」
余程、ツボにはまったらしく、延々笑い続ける。
「な、なによ。なにが可笑しいのよ!?」
ルナマリアは訳が分からず、憤慨する。
「ははは、いや、そうだな、これが幸せなのかもな……ははは」
目尻に涙を浮かべてながら、レイは応え、またひとしきり笑い始める。
ブスッとした表情でそれを眺めていたルナマリアは、不意に気付いた。
目の前の少年がこんなに笑うのを見るのは初めてだ、ということに。
少年は静か扉を開けて病室に入った。
白い部屋の中にベッドと幾つかの機械が整然と並べてある。
少年は機械のモニターにをチェックした。
ここに来るときは必ずそれをする。もはや習慣のようなものだ。
脳波、心拍、脈拍、体温、総て異常なし。
それから初めて、ベッドに視線を移す。
12歳くらいの愛らしい顔をした少女が眠っている。
艶やかな黒髪、薔薇色の頬、今にも起き出して、自分に笑いかけてくれる。そんな錯覚を少年は覚えた。
そう、それは錯覚、ただの少年の願望でしかない。
現実は、二年前のあの日から、少女はずっと目覚めない。ずっと……。
軽く頭を振って、少年はベッドの脇にある丸椅子に腰掛けた。
「……久しぶりだな、マユ」
そして、話掛ける。
「一年以上も来れなくてごめん。淋しかったか?」
当然、応えはない。
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73:2006/05/01(月) 14:02:37 ID:???
「本当にごめん。でも兄ちゃん、頑張ってたんだぞ」
無意識に右手を上着のポケットに入れる。
「……あの日、オレ、マユと父さん、母さんを守れなかった。悔しかった。力が欲しいと思った。奴らを倒す力が……」
右手がポケットの中の固い物を握り締める。
「隊長や副隊長は、もう奴らは現れないかもしれない、て言ってる。でも、そんなことない!奴らはいる、必ず!奴らがいるから、マユが目覚めないんだ!」
静かな白い病室の中に少年の声が響く。
「だからオレは力を得たんだ。父さんと母さんの仇を取るため!マユを眠りから覚ますため!奴らを滅ぼす、力を!」
少年は立ち上がり、眠り続ける妹を見る。
「もう少し、もう少しだけ我慢してくれ、マユ。必ず、奴らを滅ぼしてマユを起こしてやるから。絶対に」
それを告げるために少年は今日、ここに来たのだ。
しばし、眠る妹の顔を見つめてから、少年は部屋を出た。
新たな決意を胸に。
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