シンは仮面ライダーになるべきだ 2回目

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「キャァー!!」
深夜、人気のない路地裏で絹を裂くような悲鳴が上がる。
声の主は女性。歯はガチガチと震え、その目は目一杯に開かれ、目の前の異形を写している。
異形、まさしくそう呼ばれるにふさわしき姿。大きさは人間大、だが、その表面は甲虫のような黒い外骨格に覆われていた。
二本の太い足で直立し、左腕は巨大な鎌のような形状、 右腕は人のそれに酷似しているが五本の指は鋭い鉤爪になっている。
その頭にはカブトムシのような巨大な角を生やし、口もなにかの昆虫のように左右に開く牙のようなものが生えている。
目は複眼で赤く発光していた。
その表情のない複眼は、確実に目の前の女性を捉えていた。
異形の牙の付け根から、唾液のようなものが滴り落ちるのを見て、女性は思わずその場にへたり込んだ。
――さっきまで普通の人だったのに!?なんで、あたしがこんな目に?死んじゃう、喰われて、死んじゃう!!
腰に力が入らない。なんとか、腕だけで後退る。
「……イヤ、イヤ、イヤァ……」
目から涙が流れ落ちる。それでも目は異形から離せない。
ぼやけた視界の中で、異形が左手の鎌を振り上げる。
「ヒィッ!!」
無駄と知りつつも、彼女は両腕で頭を抱える。
7573:2006/04/24(月) 20:48:20 ID:???
ガンッ!!
なにか鉄を叩いたような音が響く。
ビクッと彼女は身を竦ませる。
が、なんの衝撃も来ない。
――?あたし、生きてる?
おそるおそる目を開けると、目の前に影が立っていた。
慌てて涙を拭ってもう一度見る。それはこちらに背を向けた男の背中だった。
「バカッ!なにやってる!!」
男、いやその若すぎる声は少年だろう。少年は彼女に背を向けたまま、怒鳴る。
「早く逃げろ!」
見れば、少年の向こうに、どうやったのかは分からないが、異形が仰向けに倒れていた。
だが、異形はゆっくりと立ち上がろうとしている。
「だってぇ、立てないのよ」
「バカ、死にたいのか!?」
完全に立ち上がった異形と対峙しながら、少年が再び怒鳴る。
――死ぬ!?
言葉と共に彼女の中で再び、死への恐怖が湧き上がる。
「――イヤーッ!死ぬのはイヤ!死ぬのはイヤァーッ!!」
頭を抱えガタガタと震え出す。
「!?、……大丈夫……」
「え?」
思わず彼女は、少年の背中を見た。さっきまでとは違う、優しい声。
「……君はオレが守るから……」
「……守る?」
「……オレが君を守る!君を死なせやしない!!」
不思議と恐怖は消えていた。かわりに暖かいものが彼女の心を満たしていた。
7673:2006/04/24(月) 20:50:04 ID:???
「立てるな?」
「はい」
意外とすんなりと立てた。
「ありが……キャーッ!!」
異形が再び左手の鎌を振り上げ、今度は少年に襲いかかる。
少年は慌てず、逆に異形との距離を詰める。
左手で降り下ろされる異形の左手の肘を押さえ、回転しながら左脇に抱え込み、遠心力で勢いに乗った右の肘を異形の顎に叩き込む。
ガンッ!
再び、鉄を叩いたような音が響き渡る。たまらず、よろける異形。
「逃げろ!!」
流れるような動きに驚く暇もなく、彼女の耳に少年の声が届く。
「……でも」
「早く!!」
その時、彼女は初めて少年の目を見た。紅い、燃えるような瞳。
その目がフッと和んだように見えた。
――大丈夫、オレは大丈夫だから。
彼女は決意した。
「……わかったわ」
少年に背を向ける。
「……死なないで……」
そして駆け出す。
「……当たり前だ」
僅かに苦笑を浮かべて少年が呟く。
次の瞬間、少年は抱えていた異形の左手を離し、前方に身を投げる。
間一髪、数瞬前まで少年の頭のあった場所を鉤爪が切り裂く。
ガァァァ!
異形が怒りに満ちた雄叫びを挙げる。
それを背に、少年は素早く立ち上がりながら、女性の走り去った方を見る。
彼女の背はぐんぐん小さくなる。
7773:2006/04/24(月) 20:52:34 ID:???
それを確認した少年は異形に向き直る。
その目には先ほど女性に向けられた、優しさは一辺も無かった。
怒りに満ちた、灼熱の炎。
「……力が無いのが悔しかった……」
ゆっくりと少年は語り出す。
「……力さえあれば、父さんと母さんを守れたのに、と……」
それは目の前の異形に向けてではなく、そこにはいない誰かかに、もしくは、自分自身に対する述悔のようであった。
「……そして、今のオレには、力がある。みんなを守る力が!」
バッと、少年は上着を跳ね上げる。その腰には奇妙な形をしたベルトが巻かれていた。
「だからオレはみんなを守るために、このデイスティニーで、おまえたちを薙ぎ払う!!」
少年が目を閉じる。
ガァァァ!!
異形が再び雄叫びを上げて、今度は体ごと、少年に突っ込んでいく。
目を見開き、少年が走り出しながら、叫んぶ。
「変身っ!!」
少年の体が赤い光となり、同時に異形にぶつかる。
一瞬の拮抗の後、紅い光が異形を弾き跳ばした。
「うおぉぉぉぉ!!」
光の尾を引きながら、紅い光が弾かれた異形を追う。
「パルマ、フォキーナァ!!」
蒼い光が異形の頭部を打ち砕く。崩れ落ちる、異形。
ゆっくりと紅い光が消え、少年が姿を現す。
ふと異形に目を向けると、それは見る見る輪郭を失い、最後には一握りの砂に変わってしまった。それも風に飛ばされてしまう。
それを確認すると、少年は足早にその場を後にした。
……次の闘いの場へ急ぐかの様に。