シンは仮面ライダーになるべきだ 2回目

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仮面ライダーSIN 第八話

ピンク髪の女性はアレックスに駆け寄って抱きついた。

「会いたかった」

アレックスは抱きつかれたことに動揺する前に辺りを見渡した。まばらにしか人がいない
とはいえ、アスランと呼ばれたことを聞かれては都合が悪い。幸い誰もこちらを見てはい
ない。アレックスの取り越し苦労だったようだ。

「どうなさったんですか?」
「どうしたもこうしたも、あなたが……」

ピンク髪の女性は上目遣いでアレックスの顔を覗き込んでいる。アレックスはまじまじと
見られいるのが気恥ずかしくて顔を背けた。そのとき、何か違和感を覚えた。顔も声もラ
クス=クラインだが何かがおかしい。しばらく会っていなかったせいだろうか。始めはそ
うも思った。しかし、幼年学校や士官学校、戦闘で年単位で離れ離れになったときにもこ
んな違和感は感じなかった。もう一度彼女の方を見て分った。ラクスにしては胸が大きす
ぎるのだ。それを意識するとムズムズしてきて、抱きついてきた手をふりほどいた。

「君は誰なんだ?」
「もうバレちゃいました?」

女性は開いた手を指先だけくっつけて胸の前でモジモジさせていた。少し離れてみるとラ
クスより少し小柄だと分った。

「私はミーア、ミーア=キャンベル。ラクス=クラインのカバーでデビューする……予定
だった女の子、かな」
「だった、って……」
「今日、お披露目だったんです。でも『ラクス=クライン』は二人要らないって言われて
ダメになっちゃいました。私、ラクスさんに憧れてて……歌い方もラクスさんの真似しか
できないから……何言ってるんだろ」

そう言ってミーアは笑った。つとめて明るく振舞っているのがアレックスにも伝わってき
た。もっとも、女性を見る目がアレックスに無いことは本人が良く分っていたのだが。

「悪いが人違いだ」
「どういうことですか?」

ミーアは目をパチクリさせている。
37831:2006/07/01(土) 15:15:30 ID:???
「オレはアレックス=ディノ」
「だって、あなた、アスラ……」

アレックスが慌ててミーアの口をふさいだ。プラントにコーディネイターが多いとはいえ、
故・パトリック=ザラやその縁者たちを良く思っていないものも少なからずいる。自分が
帰ってきたことがバレれば何かと面倒なことにもなりかねない。

「んー!んん!!」

言い含めて聞くような相手でもなさそうだ。仕方が無い。

「そのことについてはディナーで話してもらおう。いいね?」

ミーアがクビを縦に振った。それを見てアレックスが手を離した。

「本当にディナーに誘ってもらえるんですか?うれしい!」

ミーアは満面の笑みを浮かべて小躍りしている。感情表現が素直な子だ、アレックスはそ
う思った。外見はラクスそっくりかもしれないが中身は正反対と言ってもいいかもしれな
い。アレックスはフロントに荷物を預けてタクシーを手配してもらった。

アレックスとミーアは海と夜景が見渡せる場所にあるレストランに入った。コースを注文
して食事をとりながら二人は話をしていた。

「そういえばここのレストランってラクスさんとアスランが最初に食事をした場所なんで
すね」
「君は色々ラクスのことを知ってるな」
「ラクスさんのことは色々勉強しましたから。少しでもあの人に近付きたくて」
「そうか……」
「だから、アス、……アレックスには色々聞きたいんです。あの人がどんな人だったの
か」
「知るのはかまわないが、知っても君は君なんだ。ラクスじゃない」

アレックスは口に出してすぐに言ったことを後悔した。

「……分ってます。でもあなたから見たラクスさんってどんな人だったのかって、それを
知りたいんです。許婚だったんでしょ?」
37931:2006/07/01(土) 15:16:18 ID:???
ミーアの言葉に今度はアレックスの顔が曇った。公にはアスランとラクスの婚約関係は継
続していることになっていることになっている。パトリックが婚約破棄を公表する前に死
んでしまったためだ。実際には二人の仲はラクスがアスランをふるかたちで終わっている。
戦い、戦い、戦い……。平和を守るために戦って帰ってくれば別れを告げられて、弁解す
る間もなく一方的に切られたという状態だった。

「アスラン=ザラは2年前にEVIDENCE-01の適合に失敗して死んだんだ。君がオレに見てい
るのはアスラン=ザラの幻影だ。オレはアレックス=ディノ。ただの男さ」

アレックスが自嘲気味に言う。

「ラクスさんにもそう言うんですか?」
「彼女はオレが死んでると思ってる。それならそれでいい」
「よくありません!」

ミーアが声をあげた。

「どうしてだ?」
「あなたは私の憧れた、アスラン=ザラなんだから……。」

アレックスは返す言葉に詰まった。英雄の話は過剰に装飾されている。その真偽を確かめ
ることが普通の人間にはできないことだから仕方が無いのだが、英雄・アスラン=ザラの
イメージを自分に重ねられても困る、アレックスはそう思っていた。その様子を見かねた
のか、この店の白髪頭の店長がアレックスのテーブルに来て言った。

「御曹司。ラクス様は明日の昼、店に来られます」
「そうか……」

アレックスは気の無い返事をした。

「僭越ながら私もそのお嬢様と同じ意見です。御曹司がどういったお名前を名乗られよう
ともそれは御曹司の勝手です。ですが、御曹司には御曹司の責務があります。それを放棄
して逃げている今の御曹司の姿は……私も見るにしのびません。現実と、ラクス様と向か
い合ってはいかがでしょうか」

老店長は物腰柔らかに言った。アレックスはすこし黙り込んだ後、会計をテーブルの上に
置いて店から出て行った。夜の潮風が吹き付ける中、ホテルへ歩いて向かった。先の大戦
のこと、父のこと、ラクスのこと、サトーたちの動き、ブルーコスモスの動向、考えれば
きりがなかった。

(だが、オレが名乗ったところでどうなる。過激派がオレをヨリシロにするために集まっ
てくるかもしれないが、それでは単に不安を煽るだけだ。今更死人が出てきて事を荒立て
る必要も無い)

どうか今のままでいてくれないだろうか。それがアレックスの今の正直な気分だった。
38031:2006/07/01(土) 15:17:06 ID:???
翌日、サトーが拘置所から取り調べのために警察に連行されようとしていた。サトーが
コーディネイターということで、MS着用とはいかないまでも護送のガードは強化服を着て
いる。それが前後左右の計四人配置されて囲まれており、サトーの手足には錠がされてい
る。脱走しようにもまだ疲労が残っていてそれどころではない。かといってここで逃げ出
せなければ形式上の裁判の後に投獄されて当分出てはこれないだろう。サトーは焦ってい
た。せっかくアスランが生きていることも分ったのだ。何年も刑務所に入っているわけに
はいかない。今はただ、隙ができないかと神経を研ぎ澄ませて一歩一歩を踏みしめていた。

「うっ」

呻き声を一つ立てて護衛の一人が崩れこんだ。

「伏せろ!」

サトーは護衛の一人に頭を押さえつけられてその場にうずくまった。発砲音一つしないう
ちに次々に護衛が地面に崩れ落ちる音がした。トリガーを引く暇でさえ与えていない。サ
トーが恐る恐る目を開くと灰色のMRの姿があった。フェイスマスクは特殊な仮面の形状を
していた。

「何故俺を助ける?」
「君には生きてもらっていた方が何かとこちらの都合がいいのでね」

腕を組んだMRがそう言ったとき、サトーはラウ=ル=クルーゼのことを思い出した。彼は
なぜか目元を隠す白い仮面をつけていた。色違いではあるが、仮面の形状も話しぶりもど
こか似ている。

「クルーゼ、なのか?」
「知らない方がいいこともある。下手な好奇心は命取りだ」

そうは言うがクルーゼはさまざまな機関に内通し、結果的にパトリックを追い込んだ遠因
を作った男である。今自分を助けたとしても何か自分のために利用するつもりだろう、サ
トーはそう思っていた。

「不満そうな顔だな。嫌ならこの場で君を縊り殺してもいいのだよ」

MRがしゃがんでサトーの首に片手をかけた。サトーは苦笑いをして言った。

「今はそれ以外に生きる方法もなさそうだな」
「いいだろう」

MRはサトーの手足の錠を手刀で断ち切った。
38131:2006/07/01(土) 15:18:01 ID:???
「後は君の力で好きにするがいい。どこかへ運んでやるほど私は優しくはないのでね」

MRはそう言って屋飛び上がり、屋根伝いに去っていった。にわかに周囲がざわついてきた。
護衛がやられたことが建物の中にも伝わったようだ。サトーは護衛の持っていた銃を拾っ
て助手席から護送車に乗り込んだ。運転席の人影に銃口を向けるが反応がない。銃で頭を
小突くと首がカクっと折れた。運転手は既に絞殺されていた。絞殺痕がはっきりと見える。

「相変わらず趣味の悪い野郎だ」

サトーはそう言うと運転席のドアから運転手の死体を蹴落としてエンジンをかけた。護送
車で門を突き破り、サトーは車を走らせた。行くあてがあるわけでもない。脱走が分った
今となっては既に手配が回っているだろう。だが、今は逃げるしかなかった。パトリック
の言葉に従うにはそれしかないのだから。大通りの交差点を過ぎたところで横断幕を掲げ
た集団が道を占領していた。

「何だ?」

サトーが黒山の人だかりの方を見ると蒼い惑星と切れた二重らせんが描かれていた。


イザークとディアッカは医務室のベッドに寝かされていた。イザークのベッドの食事台の
上には書類が積んであった。報告書、始末書、休養届け、保険の申請書……などなど。イ
ザークは既に書く気もうせていて頭の後ろで手を組んで寝そべっていた。

「いいのか?アイツには急かされてるんだろ?」

ディアッカが隣のベッドから新聞を広げた状態で声をかける。こちらの食事台には新聞が
積まれている。

「手を傷めていて筆記具が持てないとでも言っておけばいい」
「まあ、まともな状態でもそれだけ書いたら手が痛くなるよな」
「体裁だけを整えればいいというのも面倒な話だ。そっちには何か書いてあるか?」
「いや、相変わらずだな」

どの社の紙面も当たり障りの無いことしか書いていない。MSの存在は隠されているし、爆
発は架空の爆弾魔が実行犯ということにされていた。MSが出ていないことになっているの
だから、当然イザークたちが出撃しているはずも無い。そういうことになっているのだ。

「ふん、つまらんな」
「大変です!」

シホが病室に駆け込んできた。
38231:2006/07/01(土) 15:18:50 ID:???
「廊下を走るな。病院で大きな声を出すな。他の人間に迷惑がかかるだろうが」
「す、スイマセン」
「硬いこと言うなよ。火急の用なんだろうし」

ディアッカにフォローされたことが癇に障ったようで、シホは不機嫌そうな顔をした。デ
ィアッカはそれにただ苦笑いするしかない。

「市外のコーディネイター居住区にブルーコスモスの団体によるデモ集団が向かったそう
です」
「警察は許可を出したのか?」
「正規に許可が下りています」
「表向きは政治結社だからな。……内実そうでないことは誰が見ても明らかなんだが」

デモと称しているが最終的に何が起こるかわからない集団だ。ひとたび何かが起これば暴
徒と化す。「青き清浄なる世界のために!」とだけ叫んで何をするか分らない、そんなデ
モに、しかも今の時期に許可を出されることがどういうことなのか。そう考えると空気が
重く沈んでいくようだった。

「表向きに活動できないからって主義者をたきつけて、そんなことが許されると本気で思
ってるんだ!コーディネイター排斥派の政治屋ってやつは!!」

イザークはそう叫んで食事台に拳をたたきつけた。


同時刻、シンの通うアカデミーでは先生たちが理事長室に集まってブルーコスモスのデモ
への対処を検討していた。

「せめて学校のそばを通るのは止めてもらえないものかしら」

今にも校庭を占拠しそうな勢いのデモ集団を見下ろしてタリアがため息をついた。

「まあ、まず無理でしょうな」

フレッドが応接用のソファーにふんぞり返りながら言った。

「やつら、正規に許可取ってますからね。せいぜい『ボリューム落としてくれ』くらいし
か言えませんよ」

ユウキがあきらめたようにつぶやく。
38331:2006/07/01(土) 15:19:39 ID:???
「えー、そうなんですか!?」

アーサー=トラインの緊張感の無い声と驚き方に一同は白けきってしまった。自分に冷た
い視線が向けられていることが分って、アーサーは慌てて弁明した。

「いや、だって『コーディネイターを排斥しろ』という差別的な主張が認められてるなん
ておかしいじゃないですか」
「過去にも人種差別を主張にした政治結社が存在しますよ」

ユウキがつかさず突っ込む。それを聞いてアーサーはしょぼくれて黙り込んでしまった。
ゴホン、とタリアが咳払いを一つして言う。

「とにかく、生徒に無用の混乱を与えないように各員気をつけてください」
「生徒も動揺してますしね。一番怖いのは混乱に乗じて主義者がアカデミーの中に進入し
てくることですが……。色々と見られたらまずいものもありますしねえ」

ユウキが言った。生徒や職員の名簿を盗み見されれば、このアカデミーにコーディネイ
ターしかいないことが明らかになり、今後、主義者たちの格好のターゲットになりかねな
い。また、通常の施設に比べてMSの保有数が多いことも警察に目を付けられる原因にもな
る。考えれば考えただけ不安材料があるのだ。

「私と数人で見回りに当たりましょう」

フレッドが言って立ち上がった。

「そうしてください。でもできるだけ生徒には悟られないようにね」
「了解!」

その場にいた教員たちが声をそろえて言って敬礼をした。


「ネオはここにあの赤いやつの手がかりがあるかもしれないって言ってたけど、ホントな
のかな?オッサンのカンが当てになるとは思えないんだけど」

ユウキの予想は当たっていた。アウルがネオの指令で既にアカデミーに侵入していたのだ。
ここはある種の治外法権の場所なのだ。ここ一帯はコーディネイターが多く居住している
地域であり、国や地方自治体から予算をもらっていないので監査の目も薄い。また、学校
ということで一定の自治権が認められており、許可が無ければ部外者が入ることはできな
い。アウルはアカデミーの入り口で警備員とせめぎ会っているデモ集団にまぎれて侵入し
た。
38431:2006/07/01(土) 15:20:27 ID:???
きょろきょろと辺りを見回しながらこっそりと各教室をのぞき見ている。クラス番号が割
り振ってある教室はすべて生徒のいる普通の教室だった。後は特別教室を回るだけだ。特
別教室に差し掛かったところでフレッドたちとはちはわせになった。

「おい!お前!今授業中だぞ。どこのクラスだ!?」
「えーっと、そのー」
「……見覚えが無い顔だな。ちょっと来てもらおうか」
「はいはい、付いて行きますよ」

アウルは両手を頭の後ろで組んでゆっくりとフレッドたちの方へ歩み寄った。

「って、そんなにおとなしくつかまるわけないでしょ!」

アウルは一番前に出ていた教員に回し蹴りをおみまいした。よろけた教員を後ろの集団め
がけて蹴り飛ばし、アウルは踵を返して一目散に逃げ去った。

「侵入者だ!理科棟から体育館の方へ向かってる!!」

フレッドがインカムで他の見回りの先生たちと連絡を取る。アウルが逃げようと右往左往
している間に教員陣はMSを装着してアウルを取り囲んでいた。

「仕方ないなぁ。こういうのって好きじゃないんだけど」

そう言うとアウルは左手を引いて右手を体の前にかざした。

「変身!」

アウルは肩に大きなバインダーを付けた青いMRに変身していた。フレッドはその姿に見覚
えがあった。

「アビス!」
「へえ、知ってるんだ。でも無駄に戦う気は無いよ!」

そう言ってアビスはバインダーをフレッドたちの方へ向けた。上を向いたバインダーから
は銃口が数多くのぞいている。複数の銃口から一斉に対MS弾が発射される。教員陣のMSは
とっさのことに反応が遅れて次々に被弾し、倒れこんでいった。

「じゃぁ〜ね」
「そうは行くか!」

逃げようとしたアビスをMS ジンを装着したフレッドが後ろから羽交い絞めにした。いく
らアビスが最新式とはいえ、体格の差は大きい。力が最大限に活用されなければ装着前の
力の勝負になる。
38531:2006/07/01(土) 15:21:19 ID:???
「旧式の癖に!」
「出力で負けても地の力なら負けんぞ!」

その時、トイレからメイリンが顔をのぞかせた。銃声が止んだので外の様子をうかがうた
めに出てきたようだ。フレッドの視界にメイリンが映りこみ、一瞬そちらに気を取られて
しまった。アビスはそれを見逃すほど甘くはない。力が抜けたフレッドを突き飛ばした。
フレッドが簡単に吹き飛ばされてしまった様子を見てメイリンは茫然自失としていた。

「この子を人質に取らせてもらうよ」

アビスはそう言ってメイリンを連れ去っていった。

「待ちやがれ!」
「大丈夫ですか?」

突き飛ばされたフレッドにユウキが声をかける。

「ユウキか。文官は黙って作戦を立ててればいいってのに」
「あいにくと人手不足のようでこちらに借り出されたんですよ。それに作戦なら理事長と
アーサーがどうにかしますよ」
『みなさん』
「ほら」

インカム越しに伝わってきたアーサーの声にユウキが笑う。

『侵入者は校内の様子を知っているわけではないようです。幸い奥の体育館の方へ逃走し
ているので遠巻きに包囲してください』
『アーサー。そいつは生徒にも外部にも内々に済ませようって考えだろうがそうもいかな
くなった』
『フレッド、回りくどい言い方をしないでくださいよ。何があったんですか』

フレッドにしてみれば自分のせいだと思っている部分もあって言い出しにくいのだろう。
そう思ったユウキが代わりに言った。

『侵入者は生徒を盾に取ったんですよ。もう一つ悪いことに、侵入者紛失扱いになってい
たMR アビスの装着者です。これで外にでも出られたらアカデミーでMRを開発していたと
いうことで外の主義者が黙っていませんよ』
『ええええぇえーーー!!理事長!どうしましょう!?』

アーサーの叫び声が耳を劈いた。


銃声はシンたちの教室にも伝わっていた。外にはブルーコスモスの集団がひしめいている
というのにそれにしては何も放送がなく、生徒たちは不安でどよめいていた。ヨウラン、
ヴィーノ、ルナマリア、レイはシンの席の近くに集まって話していた。
38631:2006/07/01(土) 15:22:07 ID:???
「こりゃいよいよヤバイね。武装占拠でもされるのかね」
「そう言う冗談はいいっこなしだぜ」
「例えばの話だろ。仮に主義者が入ってきたってフレッド先生を初めとしてうちの先生は
戦争帰りじゃない。大丈夫だろ?なあ?」
「そうだな」

レイが一言言った。

「って、それだけかよー」

レイに話を振るとそこで会話が途切れてしまうし、シンは銃声を聞いてから傍目から見て
も分るくらいぴりぴりしていて話しかけづらかった。どうしたものかとヨウランが思って
いた。そう言えばルナマリアもさっきから会話に加わらずにそわそわしていて心ここにあ
らずといった感じだ。

「ルナもさっきからどうしたんだよ」
「あ、うん」

いつもの明るい調子ではなかった。うつむいて深刻な顔をしている。

「メイがまだ帰ってこないの」
「そう言えば、前の休憩時間から帰ってきてないな」

そのとき、レイが廊下の方を見るようにシンに目配せした。廊下をMSを装着した教員が走
っている。シンは教室のドアを開けて最後尾の教員を捕まえた。

「何があったんですか?」

教員は手のひらを横に振ってドアを閉めるように指示をした。シンはそれに従い、自分は
廊下に出てドアを閉めた。教室側からシンと教員の会話を聞こうとヨウラン、ヴィーノ、
ルナマリア、レイの4人が張り付いていた。

「お前らは自習しとけ」
「今の銃声でしょ?避難とかしなくていいんですか?」
「大丈夫だ」
「理由を説明してくれないと納得できませんよ!」

教員は始めは聞く耳を持たなかったのだが、シンがしつこく食い下がったので話した方が
早いと判断して話し始めた。

「いいか。他の生徒には言うなよ。MRを装着した侵入者だ。今人質を取って逃亡中だ」
「人質って誰です?」
「メイリン=ホークだ」
「メイリンが!?」
38731:2006/07/01(土) 15:22:56 ID:???
その会話をルナマリアは後ろで聞いていた。

「ウソでしょ……メイが、そんな……」

ルナマリアが聞き耳を立てるのをやめてその場にへたり込んだ。ヨウランとヴィーノは顔
を見合わせた。とっさのことでかける言葉もない。レイは話を聞き続ける。

「大丈夫だ。今職員総出で対策にあたってる。お前たちは教室から出るな」

教員はそう言って去っていった。フレッドを初めとした教員たちの実力は聞いてはいたが
相手がMRとなればそううまくもいかないだろう。

「オレ、行って様子を見てくる」
「シン!」

駆け出すシンをルナマリアも追いかけようとするが、レイがそれを止める。

「離して!」
「シンはオレが追う。お前はここにいろ。冷静に判断ができない奴が現場に行っても混乱
を招くだけだ」
「でも!」
「いいな」

レイは顔をルナマリアにズイと近づけて言った。レイの言葉には圧倒的な威圧感がある。
ルナマリアはそれでも食らいついて後を追いたかったが、黙ってうなづくしかなかった。
それを見てレイがシンの後を追いかけていった。

アウルが変身したMR――アビスは体育館の中央に陣取っていた。逃げた方向が悪く、体育
館は出入り口とは正反対の方向にあり、結果的にアビスは追い詰められていた。だが、人
質の存在が教員たちの頭を悩ませていた。辺りの空気が一段と張り詰めている。メイリン
の表情は恐怖で凍り付いている。それを見ると教員たちは入り口から一歩も踏み出すこと
ができなかった。シンはレイの提案で体育館の二階の物陰に潜んでいた。

(ここからなら前にやった青いインパルスになれば一撃で倒せる。けどメイリンが……)

アビスの様子を伺いながら次第にシンの顔が険しくなっていく。

「シン、何を考えているのかは知らないが、冷静になれ。焦りは禁物だ」
「分ってるさ!」

レイの言葉を遮るようにシンは言い放った。レイが怪訝な顔を浮かべる。シンの悪い癖が
出ている。このまま相手にじらされれば黙っていれば後先考えずに突っ込みかねない。も
う少し我慢を覚えて欲しいと思うと同時にこの状況を打破する方法をレイは必死に考えて
いた。
38831:2006/07/01(土) 15:24:01 ID:???
いつもの店で昼食をとるためにラクス=クラインは黒塗りの車からSPに手を引かれて降り
立った。SPに左右と後ろをがっちりと固められながらラクスは店に入った。内側からドア
が開き、カランとドアの上に付けられたベルが鳴る。年老いた店主がラクスを迎え入れた。

「お待ちしておりました。ラクス様」

そう言って店主は深々と頭を下げた。

「どうぞ、こちらの席へ」

SPはドアの外の警備を固め、中には入ってこない。ラクスは店主に連れられて店の奥へと
進んだ。すると貸切のはずの店にラクスと背中合わせになる場所に男が座っていた。

「あの方は?」

ラクスが店主に聞いた。

「ラクス様のほうがよくご存知の方です」

ラクスは店主の言っていることが分らなかったが、店主に促されるままに店主が後ろに引
いたイスに座った。

「ではごゆっくり」

一礼して店主はその場を去っていった。何をすればいいのか困惑するラクスに男が話しか
けた。

「お久しぶりです。クライン嬢」

ラクスはその声に聞き覚えがあった。父・シーゲルを除けばもっとも多く言葉を交わした
男性――アスラン=ザラだ。先の大戦で戦死したとカガリから聞かされていただけに驚き
は大きかった。聞きたいことは山のようにあるはずなのに気持ちだけが先走って言葉にな
らない。ならばせめて顔を一目見ようと、ラクスは振り向こうとした。アスランはそれを
察したのか

「そのまま話してください。監視の目もあります」

とだけ言った。

「生きて……おられたのですね」
38931:2006/07/01(土) 15:28:19 ID:???
ようやく口から言葉が出た。だが、その言葉はラクスにとってもどかしいものだった。

「ええ。こうして生き恥を晒しています」

それだけで会話が途切れた。ラクスは次の言葉を見つけようと必死になっていた。その間
にアスランが言う。

「ただ、最近物騒でして。あんな事件もあった後ですし。こちらにもそれは伝わっている
でしょう」
「……ええ」
「話は変わりますが、この間会って来ましたが、キラは元気ですよ。ただ、戦闘の後遺症
が残っているようですが……」
「そうですか。どうされているのかと気が気ではありませんでしたが……よかった」

ラクスの言葉からアスランは安心と不安を感じた。彼女が必要としているのはやはり自分
ではない。それにこの事態の話よりも男の話の方に食いつきがいい。彼女はやはり御輿な
のだ。御輿ならば担ぎ手次第でどうとでもなる。それを確認しただけでも十分成果があっ
たのかもしれない。アスランは席を立った。

「もう帰られるのですか?」
「ええ、色々と仕事が溜まってまして」
「今度はいつ来られますか?」
「分りません。あんな事件の後ですし」
「……私たち、すれ違ってばかりでしたね」

思えばザラ家とクライン家の政略結婚で出会ったとはいえ、お互い好意を持っていなかっ
たわけではなかった。だが、アスランはいつもラクスのそばにいなかった。幼年学校に3
年。アカデミーに2年。その後は戦争でほとんど帰ってくることはなかった。普通の女性
と同じようにラクスはただ、それに耐えられなかったのだ。アスランは何も言わずにに裏
口へと向かおうとした。

その時、店の窓ガラスが割れて店内に手榴弾が転がり込んできた。アスランはラクスを抱
きかかえて、テーブルを縦にして裏側へ滑り込んだ。幸い手榴弾だと思っていたものは閃
光弾だった。発光が収まってもSPが店内に駆け込まないところを見ると外のSPは全滅した
のだろう。

「大丈夫ですか?」
「ええ」

丸腰の今の状態ではとても戦うことはできない。ここは裏口から逃げるべきだろうが、裏
口も手配されているだろう。かといって中に入ってこられればそれで終わりだ。アスラン
が判断に迷っているうちに外から叫び声がした。
39031:2006/07/01(土) 15:30:13 ID:???
「ラクス=クラインが裏口から逃げたぞ!」

アスランにはそれがどういう意味か分った。ミーアだ。様子を見に来たところを見つかっ
たのかもしれない。

「彼女を頼みます」

アスランは店主に声をかけて裏口から飛び出した。武装した青シャツがビルの裏路地の方
へ向かっているのが見えた。アスランは回り道をして他の方向から路地に入ることにした。
狭い路地を潜り抜けて壁に手足をつきよじ登ってミーアを探した。ミーアビルの非常階段
の踊り場の部分に隠れていた。

「ミーア」
「しっ!」

ミーアが唇の前で人差し指を立てる。

「いたか!」
「こっちにはいないぞ!」

下の路地にはラクスを狙った刺客がうようよしている。ミーアを見つけたまではよかった
が、ここから動けそうにもない。

「建物に隠れたのかもしれん。ゲルズゲーを出せ!」

路地を覗き込むと八本足のMAが壁を垂直に登り始めていた。ビルとビルの狭い隙間を自由
自在に動けるようだ。途端に鉄筋の階段が大きく揺れた。ゲルズゲーが階段を登ってきて
いる。アスランは最終手段を考え始めていた。

(こうなれば仕方が無いか)

覚悟を決めてアスランは立ち上がった。MRの特にジャスティスの負荷は並ではない。

「待って!アスランが来たら渡すようにと頼まれていたものがあるの」
「これは……?」

アスランはミーアから腕輪を手渡された。

「MRの能力を制限するもの……らしいわ。これを使っている範囲内ではあなたが恐れてい
ることは発生しない、だって」
「リミッター、ということか」
「出力自体は改善されている部分もあるとかないとか……あんまり良く覚えてないんだけ
ど」
「いたぞ!ゲルズゲーを向かわせろ!」
39131:2006/07/01(土) 15:31:39 ID:???
下の路地にいる青シャツの男が上を向いてこちらに発砲した。ミーアを伏せさせて一旦は
やり過ごしたが、事態はますます切迫してきた。詳しい説明を受けている暇は無いようだ。
銃声を聞いて他のメンバーもすぐに集まってくるだろう。アスランは腕輪をつけて両手を
顔の前で交差させた。


『こちらフレッド。包囲は完全だ。だがどうする?』
『どうもこうも生徒を見殺しにはできませんしね』

一方、アカデミーの体育館ではMSを装着した教員たちが体育館のすべての出入り口に控え
ていた。アビスは包囲網を察したのか肩バインダーの銃口をメイリンに向けた。

「助けて!」

泣き叫ぶメイリンの声が体育館に響く。その声はあまりに悲痛で聞いたものの心をかきむ
しった。シンにはメイリンの姿が一瞬、妹のマユとダブった。2年前も自分はただ見てい
るだけしかできなかった。家族が白いMRと濃緑色のMRの戦闘に巻き込まれ、殺された記憶
が蘇る。自分は吹き飛ばされてガケを転がり落ちて助かったのだ。ガケの上に登ったとき
には家族はもうそこにはいなかった。だが、今は違う。目の前で人が死ぬのをむざむざ見
ているわけにはいかない。

(くそっ!!)

こうなれば破れかぶれだ。出たとこ勝負でどうにかするしかない。シンが左手を引いて右
手を胸の前で水平に構えた。

アカデミーの体育館とプラント市街の路地裏。離れた二つの場所で構えたシンとアスラン
が叫んだ。

「変身!」

その叫びとともに二体の赤いMRが姿を現した。一体は装着者の瞳と怒りを表す赤いMR――
インパルス。もう一体は再び赤の騎士となることを決めたアスランの剣、トサカの付いた
赤いMR――セイバーだった。


第八話 おわり