360 :
1/16:
仮面ライダー衝撃(インパルス)
第四話
「どういうことですか、これは!」
ディアッカとともに呼び出しを受けたイザークは、入室していきなり警備部長に詰め寄り、
机に両手を叩きつけ叫んだ。
ZAFTは機動隊と同様、警備部の管轄となっている。
つまり、警備部の部長であるアデスはイザークにとって単なる上司ではなく、ZAFTの
責任者でもある。
そんな相手にこんな暴挙を振るうことなど、警察機構の一員として、とても許されること
ではない。その程度、イザークにもよく分かっている。
しかし、今回はそうせずにはいられなかった。あまりに理不尽な命令であると感じたから
だ。
イザークたちがアーモリーワンに召喚されて一週間、彼らは初日に目撃した三体のMSと
インパルスについての事を中心に捜査し続けていたが、大した成果はあげられなかった。
今はまだのようだが、次の犠牲者がいつ出てもおかしくはない。
そんな中、本庁に呼び戻されたのだ。
つまり、捜査を中断させられた事になる。しかも、放っておけば再び犠牲者が出る可能性
のあるものを、だ。
警官として、到底許容できることではない。
アデスもそれを分かっているからこそ、非礼を咎めるようなことをしなかったのだろう。
「少し落ち着け」
「そうだぜ、ちょっとカッカしすぎなんじゃないの」
「これが落ち着いていられるか!手がかりもまだ見つかってはいない。
奴らが野放しのままなのだぞ!」
ディアッカがたしなめるが、イザークの勢いは止まらない。
アデスは、机の引き出しから一枚の写真を取り出し、イザークの前に置いた。
「これを見ろ」
「こんな写真が、……これは!?」
かなり不鮮明なものだが、そこには、緑と青、二体のMSが写しだされていた。
そのうちの一体は、四年前にも確認されたMS、ゲイツによく似ていたが、もう一体、青
い方のMSは、つい一週間前に目撃したばかりのものだ。
361 :
2/16:2006/06/30(金) 22:40:49 ID:???
「インパルス……!」
「目撃者の証言によれば、緑色の方、コードネーム――ゲイツRはこの青いMSと交戦し、
撃破されたそうだ。お前たちはアーモリーワンでこいつを目撃したそうだな」
「わざわざ俺たちが呼び出されたってのはこのせいかよ」
その写真を見ながらディアッカが呟いた。アデスは首を横に振り、続けた。
「それだけではない。写真こそないが、各地でそれらしい目撃情報が相次いでいる。もち
ろん、その全てが信用できるわけではないが、中には本物もあるかもしれん」
「MSが現れたのは、アーモリーワンだけではないと?」
「ああ。少なくとも、この青いMS、インパルスといったか?」
「はい。われわれの目の前でそう名乗りました」
「そのインパルスがこちらに現れた、というのは間違いない。ゲイツRを撃破したとはい
え、われわれ人間の敵ではないとは言い切れん」
そこで、アデスは一旦言葉を切った。イザークたちの様子を確認しているようだ。
イザークはもとより、ディアッカもその表情を引き締めている。
「再びMSが出現した理由はいまだ持って不明だ。しかし、やつらが市民を襲うのなら、
われわれは戦わなくてはならない。事態を重く見た上層部は、ZAFTの再編を決定した」
「再編?」
「装備の拡充、人員の増員、指令系統の改善等を含めた、ZAFTの組織の大幅な規模拡
大だ。既に志願者を集め、訓練を開始している」
アデスのもとで話を聞いた二人は、警備部長室を出た。
「どう思うよ、イザーク」
「ZAFTの規模拡大のことか?大したものじゃないか」
「だけどよ……」
「黙っていろ!」
ディアッカの言いたいことはイザークも分かっている。
MSが確認されたのはつい一週間前のことだ。それにもかかわらず、規模拡大を決定、既
に志願者を集めて訓練まで開始しているのだ。
以前のZAFT設立の際は、相当もめて時間がかかった。
だが、今回は確認されてすぐに、だ。
この迅速すぎる対応は、あまりに不自然だった。
362 :
3/16:2006/06/30(金) 22:43:01 ID:???
「とにかく、ZAFTの再編は必要なものだ。早すぎて文句を言ういわれなどない!」
その言い方は、まるで自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「へいへい。ところで、これからどうする?」
「決まっている!現場に行って、それから聞き込みだ!」
「ごちそうさま」
ルナマリアが食器を置き、シンに言った。
「シンって料理できたんだね。知らなかった」
まだ食べている最中のメイリンが意外そうに言った。
アカデミー高等部では同じクラスだったのに知らなかったのが意外だったのだろうか。
「一人暮らしが長いし……、それに子供の頃からよくつくってたから。簡単なものなら何
とか」
オーブにいた頃は、両親は家を留守にしがちだったため、マユと二人で家事をしていた。
料理はマユが上手かったが、シンもそれなりにはこなせた。
そのおかげで、一人暮らしをはじめてもほとんど困ることはなかった。
「お〜い」
ふと気がつくと、ルナマリアが目の前で手をひらひらさせていた。
どうやら、少しぼうっとしていたらしい。
「どうかしたの?突然」
「ごめん、ちょっと昔のこと思い出してた」
「昔?そういえば、シンの昔の話って聞いたことなかったわね。確か、オーブに住んでた
んだっけ」
ルナにもメイリンにも、レイにさえオーブにいた頃の話はした事がない。
「あまり、面白い話じゃないよ。それより……」
シンは、やや強引だが話を変えた。
「どうして俺がルナたちの飯まで作ってんだ?」
それも今日だけではない。シンがこの家に来てからもう三日経つが、どういうわけかルナ
マリアは毎日この家に入り浸っていた。それも、朝食前から夕食後まで。
おかげで、家事を担当しているシンはルナマリア、メイリンも来ているときにはメイリン
の分まで食事を作らされる羽目になった。
シンが文句を言うのも当然のことであろう。
363 :
4/16:2006/06/30(金) 22:47:34 ID:???
だが、ルナマリアは全く悪びれた風もなく言った。
「だって、食事は大勢で食べた方がおいしいでしょ?」
「……理由になってないぞ、それ」
シンが呆れて言うが、ルナマリアは全く気にしていなかった。
レイは、そんな二人のやり取りを見てかすかに微笑っているようだった。
やっと食べ終えたメイリンは、そんなレイの様子に気付いて話しかけた。
「レイ、なんか楽しそうだね」
「そうか?」
「うん、そう見えるよ。食器片付けとくね」
メイリンは自分の分だけでなく、テーブルの上においてあった食器を全部流しへ持ってい
こうとしたが、数が多くて持ちきれない。
シンはルナマリアとの口論を中断して、片づけを手伝った。
ルナもせめてこれくらいの気遣いが出来ればなあ。
自分から手伝いをするメイリンと、さも当然のように席に居座るルナマリア。
二人を見比べて、シンはそう思わずにはいられなかった。
「それにしても、本当、気持ちいいわね」
ソファーにもたれかかりながらテレビを見ているルナマリアが言った。見るからにリラッ
クスしている。もはや、ここが他人の家だということを忘れているとしか思えない。
「だが、いくらなんでも入り浸りすぎだろう。家はどうした?」
同じくリビングでくつろいでいるレイが言った。
今シンは食器を洗っており、メイリンもそれを手伝っているので、リビングにはこの二人
しかいない。
「家、ねえ。別に何もないけど、面白くないのよ」
ルナマリアとメイリンが住んでいる寮は、男子禁制の女子寮だ。
他の住人たちは、俗に言うお嬢様学校に通っているのが多く、とてもじゃないがルナマリ
アたちとは話が合わない。それに、寮母が口うるさいので、なかなかゆっくりできないの
だ。
それに比べれば、他人の家とはいえレイの家のほうがゆっくりと落ち着け、くつろげる。
364 :
5/16:2006/06/30(金) 22:49:57 ID:???
「ところでレイ、ちょっといい?」
突然、ルナマリアが声を潜めて言った。あまり言いたくない話なのか、眉間にしわがよっ
ている。
メイリン、それともシンに聞かれたくない話なのか?
ちらちらと台所の方を見ていることから、レイはそう予想した。
「何だ?」
「シン、何かあったの?」
予想通り、シンの話だった。ルナマリアがなぜそんな事を言い出したのか、その理由もお
そらくレイの知っていることだろうが、聞いておかなければならない。
「なぜ、そう思う?」
「だってシン、最近、なんか雰囲気が変わったような気がしない?……」
ルナマリアにしてははっきりしない言い方だ。だが、なんとなく感じているだけで本当に
分からないのだろう。
それはおそらく、変身して戦うようになったせいだろう。レイは理由を知っているせいか、
そんな微かな違いには気付かなかったが、逆に事情を知らないルナマリアの方が、違和感
に気付いていた。
さっきは冗談めかした事を言っていたが、ルナマリアがこうもこの家に入り浸っているの
は、それが気になっていたのかもしれないな。
レイは思ったが、だからといって本当の事を言うわけにもいかない。
「そんなことはないだろう。俺は気付かなかった」
「そう、かな」
ルナマリアは半信半疑どころかほとんど信用していないようだったが、レイは構わずに続
けた。
「ああ、シンはシンのままだ。何も変わってはいない」
「……そうよね。シンは、シンよね」
それはレイに、というよりも自分に向けて言っているようであった。
すぐにルナマリアはいつもの調子を取り戻した。
安心する一方、レイには別の悩みもあった。
いつまで経っても家をきれいにできないことだ。
仮にも客の前で大掃除をするわけにはいかない。仕方がないのでルナマリアが帰った後な
どにしているのだが、何分暗く、夜遅いので全然進まない。
特に庭などは日中でなければ草木の剪定はおろか、掃き掃除すらできない。
おかげで、この家はいまだお化け屋敷の様相から抜け出せずにいた。
せっかくギルに管理を任されたというのにこれでは……。
レイはため息をついた。ルナマリアはそれに気付き、声をかけた。
「何よレイ、心配事でもあるの?」
「いや、そんなものはない。だが、困っているのは確かだ」
この際だ。ルナマリアにはお引取り願おう。
レイはそう思ってルナマリアに事情を話した。
365 :
6/16:2006/06/30(金) 22:53:34 ID:???
「何だ、そんなことだったの。それなら早く言ってくれれば良かったのに」
レイの話を聞いたルナマリアは、納得してくれたようだ。
「ああ、すまないが……」
帰ってくれないか。そう続けようとしたレイの言葉を、ルナマリアは遮った。
「水臭いじゃない。私たちも手伝うわよ」
「……いいのか?」
ルナマリアの言葉に多少驚きはしたが、納得もした。ルナマリアならこういう事を言って
もなんら不自然ではない。レイの確認にもルナマリアは快くうなずいた。
「もちろんよ。メイリンにも手伝ってもらうとして……、四人か……。ちょっと少ないか
な。この家広いし」
この家は、もとは別荘だったのを改装したものだ。確かに普通の一軒家に比べれば多少は
大きいが、豪邸や屋敷というには程遠い。庭はかなり広いが、家自体はそれなりの大きさ
しかない。それでも改装の際にはデュランダルも口を出しただけに、とても過ごしやす
い、いい家だ。
デュランダル自身いくつも家を持っているが、この家はかなり気に入っていた。
それだけにレイは、一刻も早くこの家をきれいにしたかった。
ルナマリアの申し出はありがたいのだが、多少悪い気もする。
「そうだ、こういうときは友達よね」
ルナマリアはそんなレイにも構わずに携帯電話をかけた。
「お前たちまで呼び出してしまうとは……」
ルナマリアに呼び出されたヨウランとヴィーノに、レイは頭を下げた。
だが、二人は全く気にしていない様子だ。
「気にすんなよ?」
「そうそう、今日はどうせ暇だったしね」
既にシンたちは室内の掃除を始めている。玄関で二人を出迎えたレイの後ろでは、部屋か
らシンが家具を運び出していた。
「お〜い、誰かちょっと手伝ってくれよ。タンスは一人じゃ無理だ」
「おう、すぐ行く!」
ヨウランがシンを手伝いに行こうとしたが、レイはそれを手で制した。
「何だ?」
「ヨウランたちには別のところをやってもらいたいのだが、頼めるか」
「別のところ?」
怪訝そうな顔をしてヴィーノが聞いた。
「ああ。そこはヨウランたちにしかできないだろう」
「構わないぜ。俺たちは手伝いに来たんだからな」
「そうか、助かる」
366 :
7/16:2006/06/30(金) 22:55:24 ID:???
「で、屋根の修理か」
「俺たちにしかできないって……」
ヴィーノは屋根の上で頭をうなだれた。
「ま、仕方ねえよな。俺たち工業科なんだし」
ヨウランは何かを悟ったような表情をしていた。以前からよくこういう事を任されてきた
ので、既に慣れきっているのだろう。
アカデミーは中等部、高等部、そして大学に分かれている。
シンは高等部から入学し、そこでルナマリアたちと知り合い、仲良くなったのだ。
大学まで行くとさまざまな学部に分かれるが、高等部は普通科と工業科の二つだけだ。
シンたち四人は普通科で、ヨウラン、ヴィーノが工業科だ。
ただ、分けられているといっても校舎は同じで授業も合同で行われることも多く、大した
違いはない。
「そりゃ、そうだけど。金槌ある?」
「ほらよ。どうしたんだ、いつまでも。彼女と約束でもあったのか?」
「アホ、そんなんいないよ。どうしておまえっていつもそっちへもっていくわけ?」
喋りながらも、二人は手を休めることはなかった。屋根は徐々に修復されていく。
「そういや、お前気付いた?」
「え?何に?」
ヨウランが唐突に言った。ヴィーノは質問の意味が分からず、呆然とする。
「シンの事だけどさ。なんか変わったような気ぃしねえ?」
「シンがあ?どんな風に?」
「旅行から帰ってきてからさあ、そんな気がすんだよな」
それは、ルナマリアが感じていたものと同じものだったが、そんなことは知る由もない。
「言われてみれば……」
心当たりはあった。今日見たときも、いつもどおりのシンだったはずだが、何かが違って
見えた。
「そういえば、旅行中一人でどっか行ってたけど、そのせいかな」
「ああ、レイはオーブへ行ったようなこと言ってたな。きっとそんときになんかあったん
じゃね」
ヨウランは口に出していい、ヴィーノもそれで納得した。
彼らの知っていることでは、そこまでの推測が限度だった。
367 :
8/16:2006/06/30(金) 22:57:21 ID:???
「何があったか、聞いとこうか?」
「やめとけよ。下手なこといってぶん殴られても知らねえぞ」
シンがこちらに来たばかりの頃、ヨウランはシンの携帯電話が少女趣味だとからかい、け
んかになったことがあった。それがきっかけで今はこのようにつるんでいるのだから、世
の中不思議なものだ。
「じゃあ、レイにでも聞くかぁ」
ヴィーノはそう呟き、ヨウランも「ま、それしかないだろうな」といった感じで首を振り、
ヴィーノの手元を見てあわてて言った。
「おい、そこ違うぜ」
「うわ、マジィ!?」
警察でアデスと話をした後、二人はすぐに聞き込みに出た。
しかし、全くといっていいほど成果は上がらなかった。
インパルスはおろか、MSに関する目撃情報も全くない。現に今話を聞いていた若い主婦
も、その時には何もなかったという話だ。
「ご協力感謝します。何か思い出したら、ご連絡ください」
イザークは名刺を渡し、主婦を帰した。その後ろでディアッカは、ため息をつくように言
った。
「やっぱ、収穫なしか」
「馬鹿者!そう簡単に手がかりが見つかるか!」
そういうイザーク自身、かなりいらだっていることが分かる。無理もない。
アーモリーワンからずっと、有力な手がかりは見つかっていないのだ。
特にインパルスに関しては、あの写真以外に目撃証言すらない。それにしたって、匿名で
署に送付されたものであるため、撮った人間に話を聞くことすらできない。
「そりゃそうだけどよ。こうまで手がかりがないんじゃな。こうなってくるとあの写真だ
って怪しくなってくるぜ」
「この程度で音を上げおって!そんなことで警察が勤まるか!」
「だけどよ、このまま当てもなく聞き込みってのもなあ。そういえば、この辺だったな」
なおも文句を言おうとしていたディアッカは、ふと何かに気付いたように頭を上げた。
カリカリしているイザークは、ディアッカを怒鳴りつけた。
「何がだ!」
「ほら、前のMS事件のときに協力してもらったあの先生だよ。何つったっけ」
「デュランダル教授のことか?」
368 :
9/16:2006/06/30(金) 23:00:07 ID:???
かつて、一連のMS事件の際、あまりに前例の無い出来事であったため、各界の専門家に
協力を頼んだ。
生命工学の専門家、特に遺伝子に関しては世界でも有数の研究者でもあるアカデミーの客
員教授、ギルバート・デュランダルには時の警視総監と知り合いであったこともあって、
多大な協力を仰いだ。彼の貢献が、MSへの対策に大きな影響を与えたことは疑う余地は
ない。
その時期、イザークたちは何度か彼の自宅にも訪れている。
「そうそう。確かこの辺に住んでたよな」
「デュランダル教授は海外で、あの家は今は空き家だ。それくらいのことは貴様も知って
いるだろう!」
「あの辺りも聞き込みの範囲内だぜ。予定を変更して少し見に行ってみねえか?」
「ふん、すぐ近くだからな。まあいいだろう」
少し考えたイザークは意外にあっさり承諾した。彼も疲れていたに違いない。
あの辺りには学生寮が多いので、安い食堂もある。休憩にはちょうどいい場所だ。
「おい、あれ見ろよ」
「何だ」
ディアッカはギルバートの家の屋根を差した。その先には、誰か人の姿が見える。
「泥棒か?いや、違うな。誰か居るのか?」
屋根だけでなく、家の中にも人の気配があるようだ。イザークはインターホンを押し、
返事のないまま門に手をかける。門には鍵がかかっていなかった。
突然、家の中に奇妙な音楽が鳴り響いた。
シンもルナマリアもメイリンも、何事かと驚く。
「シン、客だ」
何のことはない。ただのインターホンだった。レイは今手が離せないので、シンがモップ
を置いて玄関に向かった。
玄関のベルが鳴った。門のインターホンは音楽、玄関はただのベルのようだ。
さらに、ベルが連続してけたたましく鳴った。
誰だ?随分気の短い奴だな。
そう思いつつ、シンはドアを開けた。
「すみません、待たせてしまって……」
シンは目の前の人物、イザークと顔を合わせた。
二人は一瞬沈黙した後、揃って大声をあげた。
「貴様、なんでこんなところに居る!」
「あんたこそ、何の用だよ!」
369 :
10/16:2006/06/30(金) 23:01:54 ID:???
「そうでしたか。デュランダル教授は……」
イザークたちはリビングに通され、レイと話していた。デゥランダル教授のことはイザー
クも尊敬していたので、その養子であるレイにも敬語を使っている。
リビングは真っ先に清掃したため、何とかお客を通すことができた。
「ええ。ギルバートはまだ海外です。お役に立てなくて申し訳ありません」
「いえ、こちらこそこんなときに押しかけてしまって……」
イザークは部屋を見渡してから言った。この部屋はもう終わっているのかきれいだったが、
時々大きな物音がする。大掃除の最中だ。邪魔以外の何者でもないだろう。
「お、悪いねえ」
エプロンを着たメイリンが二人の前に紅茶を差し出した。ディアッカが茶化すように礼を
言う。
イザークは失礼な同僚の足を踏みつけた。
「イテッ!」
「あの、何か……?」
ディアッカの突然の奇声に、メイリンはびくっと体を震わせた。イザークはこともなげに
言った。
「何でもない。こいつのことは放っておけ」
「はあ……」
「ハァ〜、いいわね。メイリンは」
シンと一緒に、二階の廊下をモップ掛けしていたルナマリアは呟いた。
「何で?」
「お客が来たからって、なんでメイリンがもてなすのよ」
「そりゃ……」
メイリンは料理もできるし、紅茶入れるのもうまいし、人当たりもいいし。それにルナの
方が力あるし。
シンはそう思ったが、後が怖いので口には出せなかった。
「そりゃ、何よ?」
ルナマリアの追求に、シンは慌てて言った。
「いやさ、あの刑事さん結構短気だったし、その相手するのも大変だって!掃除の方が楽
だよ、きっと!」
「そうかしらね。ってシン、あの刑事さんと知り合いなの?」
「そういうわけじゃないけど。前に旅行で一人になったときにいろいろ聞かれた」
「ふ〜ん。でも、何でこっちにいるのかしらね」
「さあ?出張かなんかじゃないの」
370 :
11/16:2006/06/30(金) 23:04:33 ID:???
「本日はありがとうございました。長居もご迷惑でしょうから、これで」
「待ってください。もしよろしければ、昼食を摂っていかれませんか?」
イザークは立ち上がり、帰ろうとしたが、レイはそれを引き止めた。今後のために、MS
の事を少しでも聞いておきたかったからだ。
「お気持ちはうれしいのですが……」
「レイ〜!チャーハンでいいよね!」
イザークは断ろうとしたが、その途中で台所から昼食の用意をして
いるメイリンの声が割り込んだ。
それを聞いた瞬間、先ほどまで黙っていたディアッカが口を開いた。
「……イザーク、断るのも悪いぜ。せっかくだからご馳走にならねえか?」
「ディアッカ、貴様!」
ディアッカはイザークを無視してレイに話しかけた。
「作ってもらうだけってのも悪いな。俺も手伝うぜ。台所は向こうか?」
「はい」
「じゃ、ちょっと台所借りるぜ」
「待ってください。お客につくってもらう訳には……」
「気にしない気にしない。グゥレイトなチャーハン食わせてやるぜ」
あっけにとられたレイと、怒鳴っているイザークを無視して、ディアッカは台所に入って
いった。
シンたちは一旦リビングに集められた。昼休みだそうだ。
遅い昼食に、チャーハンがテーブルに置かれている。テーブルにはレイの他に、二人の刑
事も座っていた。
シンは意外に思ったが、この家の持ち主のレイの許したことだ。文句を言う筋合いはない。
テーブルは四人がけなので、先にレイが呼びに行ったのだろうか、余ったヨウランたちは
ソファーに座っている。シンとルナマリアも自分の分の皿をもらい、ソファーに座った。
「あ、おいしい。メイリン、腕上げた?」
「本当だ。味付けが随分変わったけど、うまいよ」
ルナマリアとヴィーノが口々に感想を言った。褒められたはずのメイリンは、なぜか渋い
顔をして、こう言った。
「……これ、私が作ったんじゃないよ」
「え?じゃあ、誰が?」
メイリンは黙ったままだったが、答えはすぐに分かった。
「貴様!またこれか!」
「うまいだろ」
「貴様はこれ以外つくれんのか!」
371 :
12/16:2006/06/30(金) 23:06:18 ID:???
二人の刑事が言い争いをしている。それを見て、ヴィーノは恐る恐るメイリンに尋ねた。
「ひょっとして……」
「あの刑事さんがいきなり台所に入ってきて……私がしたのは皿運びとかそんなんだけ」
「へぇ〜、あの人がねぇ」
ルナマリアがあっけにとられたような顔で、いまだ言い争いをしているディアッカたちの
ほうを見た。
ディアッカという刑事の得意料理はチャーハン、というよりそれしか作れないらしい。
世の中には面白い人がいるのね。
ルナマリアがそう思って見ていると、突然銀髪の方の刑事が懐から携帯電話を取り出した。
着信のようだ。
「なんだ!……何!……奴らか!分かった、すぐ行く!」
イザークは携帯電話をしまい、ディアッカの首根っこを掴んで、引っ張った。
「何すんだよ」
「黙れ、奴らだ!急げ!」
ディアッカはその言葉に顔色を変え、立ち上がった。
皿に残ったチャーハンを少し名残惜しそうに見ていたが、それも束の間、ディアッカはイ
ザークに続いて、リビングを飛び出していった。
「なんか、騒がしい人たちだったわね」
メイリンがぽつりと言った。それには、リビングの全員が心の中で同意した。
必然的に、彼らの話題の中心は先ほどの刑事たちとなった。
「そういや、刑事さんたち何しに来たんだ?」
ヴィーノが何気なく聞いた。レイは、なぜかシンのほうに顔を向けて言った。
「ギルに用があったらしい。それと、三日前、ちょうどシンがここに来た日だな。その日
の夕方、何か変わった事はなかったかと聞かれた」
「三日前の夕方?なんかあったっけ」
「何もないだろ。シンは心当たりあるか?」
「別に……何もなかったと思うけど」
ヨウランに問われ、シンは小さな声で言った。
372 :
13/16:2006/06/30(金) 23:08:17 ID:???
三日前の夕方、心当たりがありすぎる。旅行から戻ってきてはじめて変身して、戦った。
その事を聞いたのだろうか。
そういえば、アーモリーワンで聞き込みされたときも、灰色のインパルスについて聞かれ
たし、はじめて自分の意思で変身して戦ったときも、あの二人がほかの警官たちに指示を
出しているようだった。
ひょっとしたら、専任捜査官、ていうのかな。
それがあんなに慌てて出ていった。それに、「奴ら」って、まさか……!
シンはそこまで考えをめぐらせた後、いてもたってもいられなくなった。
「レイ、ごめん!ちょっと出てくる!」
シンは皿をテーブルに叩きつけるように置き、リビングを飛び出した。
レイは表情も変えずに見送ったが、他は大騒ぎだった。
「ちょっと、シン!シンったら!どこ行くのよ、もう!」
ルナマリアは慌てて後を追ったが、玄関まで出たところで、バイクの爆音を聞いた。
音のしたほうを見れば、シンの乗ったバイクが土煙を上げ、走り去って行った。
「何なのよ……シン」
シンは、バイクを走らせながら、神経を研ぎ澄まさせた。
かすかに、以前と同じような気配を感じた。
間違いない。奴らの気配だ。
シンはその方向へとハンドルを切った。
「変身!」
シンはバイクを走らせながら、力強く叫んだ。
腹部からベルトが出現し、シンの体が灰色のインパルスへと変化する。
と、同時に、シンのバイクにも異変が起こった。
市販のトライアルタイプのバイクが、白と青の見たこともないようなバイク、
マシンスプレンダーへと変化したのだ。
「……!?」
自分だけでなく、バイクまでも変身したことにシンは驚いた。だが、見るからに性能は高
そうだ。
これなら、もっと速く走れる!
シンは考えるのを後回しにした。ただ急ぐことだけに集中し、スピードを上げる。
マシンスプレンダーはシンも予想していなかったような驚異的な加速で公道を走り抜けた。
緊急時だというのに、シンは今までにないようなバイクとの一体感を感じた。
373 :
14/16:2006/06/30(金) 23:10:31 ID:???
普段は人気のない郊外に銃声が鳴り響く。何台ものパトカーが包囲網を形づくり、その中
心では激しい戦闘が行われている。
その外延部に、また一台の車が到着した。
イザークたちは車から降り、イーゲルシュテルンを構えた。
パトカーのつくる包囲網の中心からは、たえず銃声が轟いている。
立っている者は必死で応戦しているようだが、倒れている者の数の方が多い。
イザークたちの目の前で、今また一人の警官が目標、MSに引き倒された。
二人はダガーに酷似した、後にダークダガーLというコードネームで呼ばれることとなる
MSへとイーゲルシュテルンを連射した。
「お前達、下がれよ!」
「動ける者は負傷者を守れ!後はZAFTに任せろ!」
イザークたちは撃ちながら、警官達へと指示を下す。ZAFTの名を聞き、警官隊は安堵
したような表情を浮かべ、その指示に従った。
イーゲルシュテルンから撃ちだされた対MS用特殊弾が次々とダークダガーLの背中に着
弾する。ダークダガーLは振り向き、イザークたちに襲い掛かってきた。
「何!」
二人は応戦するが、ダークダガーLは直撃する銃弾をものともせずに突進してきた。
その突進はかろうじてかわしたが、ディアッカはイーゲルシュテルンをはたき落とされ、
ディアッカ自身もダークダガーLの腕になぎ払われ、地面に倒れた。
「貴様!」
イザークは至近距離でイーゲルシュテルンを連射するが、ダークダガーLは構わずにイザ
ークを殴り飛ばし、バリケードのパトカーに叩きつけた。
一瞬息が詰まり、体の自由が利かなくなる。
ダークダガーLはそんなイザークの後ろに立ち、両手を組み合わせて、頭に振り下ろした。
「イザーク!!」
起き上がったディアッカは、次の瞬間に起こるであろう惨劇を想像した。
だが、イザークの頭が砕かれることは無かった。その寸前で、ダークダガーLを何者かが
撥ね飛ばしたからだ。
ディアッカは相棒の命を救った者を見た。
白と青の見たことのないトライアルタイプのバイクだ。そして、またがっているのは……
特徴的な四本角、赤い目、以前と見たときとは違い灰色だったが、間違いない。
「……インパルス……だと?」
374 :
15/16:2006/06/30(金) 23:13:00 ID:???
撥ね飛ばされたダークダガーLは起き上がり、インパルスへと飛びかかった。
その姿を認めたインパルスの灰色の体が鮮やかに色づき、青くなる。
青くなったインパルスはバイクの前輪を跳ね上げ、向かってきたダークダガーLを殴りつ
け、地面に倒した。
ダークダガーLはすぐに立ち上がった。見る間にその背中に翼のようなものが現れる。
その姿は、どうやら高速形態のようだ。
新たな姿となったダークダガーLはインパルスに背を向け、かなりの速さで走り出した。
パトカーを飛び越え、バリケードの向こう側へ逃げたダークダガーLを見たシンは叫び、
アクセルを入れた
「逃がすか!」
マシンスプレンダーはダークダガーLの後を追い、パトカーを乗り越え、その場を走り去
った。
「くっ……」
イザークは起き上がり、よろめきながらイーゲルシュテルンを拾ってバリケードの外へと
歩いていった。
周り中のそこかしこで、うめき声が聞こえる。ディアッカは比較的軽傷だったようで、他
の警官の救助を手伝っている。
「イザーク、何をするつもりだ」
「奴らを逃がしてたまるか!」
「何言ってんだよ!お前、怪我してるだろう!」
MSに殴られて、無傷のわけがない。イザーク自身、先ほどから激しい痛みを感じている。
骨の一、二本は折れているだろう。
だが、それでおとなしくしているイザークではなかった。
「そんなもの関係あるか!この腰抜けがぁっ!」
高速形態のダークダガーLはかなりの速度で走行していた。どうやら翼状のものは安定翼
のような役割を果たしているらしい。これほどの高速走行をしていても、バランスを崩す
ことがない。
すぐにアスファルトの舗装が途切れ、開発途中の造成地に入った。
ダークダガーLのスピードは全く落ちることがなかった。並みのバイクや自動車では、こ
こで離されていたかもしれない。
だが、マシンスプレンダーは引き離されることなく、ダークダガーLを追跡した。
375 :
16/16:2006/06/30(金) 23:19:18 ID:???
これじゃ、きりがない!
シンは、前輪を跳ね上げ、後輪だけで急加速した。
一気に差が詰まり、マシンスプレンダーはダークダガーLへと迫っていた。
シンはその前輪を、ダークダガーLの背中に叩きつけた。
ダークダガーLは安定翼の片方を失い、バランスを崩して荒地に転がった。
インパルスはドリフトをかけるようにターンし、バイクを止めた。
シンはバイクに乗ったまま、右の拳に力を込めた。ベルトから強い力が流れ込む。
インパルスはバイクから飛び降り、右拳を構えたままダークダガーLに突進した。
ダークダガーLは先ほどのダメージが大きかったのか、立ち上がるのがやっとの状態のよ
うだ。翼もいつの間にやらなくなっている。
それでも、拳を前に突き出してきた。
「うおおぉっ!」
インパルスは体を低くしてダークダガーLの拳をかわしつつ、ベルトの力を込めたパンチ
をダークダガーLの腹部に叩き込んだ。
ダークダガーLの腹にインパルスの拳がめり込む。インパルスはさらに腕を振り切り、そ
の体を何メートルも吹き飛ばした。
ダークダガーLは仰向けに地面に倒れる。わずかにその体が痙攣したが、すぐに完全に動
かなくなり、そのまま爆散した。
インパルスはその爆発を見届け、バイクにまたがった。
「待て!」
いきなり怒鳴り声が聞こえた。
声のしたほうでは、白バイにまたがったイザークはやっと追いつき、イーゲルシュテルン
を構えた。その銃口の先は、インパルスを向いている。
イザークはその体勢のまま、強い調子で言った。
「貴様、何者だ!」
インパルスは何も答えぬまま、マシンスプレンダーでその場を立ち去った。
結局、引き金が引かれることはなく、銃は持ち主の手を離れた。
負傷による痛みと体力の限界で、イザークがその場で気を失ったからだ。