シンは仮面ライダーになるべきだ 2回目

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第七話

夜が開け、二月十四日の朝が来た。あるものからすれば二月十三日から一日が過ぎただけ、
またあるものからすればその一分一秒が生涯を決定づけるものになる。シンにとっては家
族を失った日が、アレックス――いや、大勢のコーディネイターにとって二月十四日は再
び辛い日となった。

『昨晩から今日未明にかけて街を爆破していたテロリストが軍と公安によって鎮圧されま
した。なお、この事件で出た死傷者は三十八人とのことです。次のニュースは……』

テレビが報じたのはそれだけだった。テロリストの声明も、目的も、その姿も、誰ひとり
としてそれを伝えようとはしなかった。大衆は大戦以来の報道はそういうものだと思って
いたし、事件に付き合う暇がある人間はネット上で情報源が定かではない情報で好き勝手
に推測をしていた。他にもこの報道に渋い顔をしている人間が二人いた。一人はムルタ=
アズラエル亡き後のブルーコスモスを支えていた人間だ。人前には決して現れず、ネット
ワーク上で黒猫のアイコンを通して語りかけることからロード=キャットと呼ばれている。
事件発覚直後からロード=キャットはネット上で主義者たちに語りかけていた。もう一人
のフリージャーナリストのミリアリア=ハウもテレビニュースをよそにその映像を見てい
た。

『親愛なる同志の諸君!
 我々は再び獅子身中の虫を取り除くときが来た!
 ご覧の映像は昨晩我々の街が襲撃を受けた様子を撮影したものだ!
 奴らは爆弾をしかけ罪のない人々までを巻き添えに殺した!
 このような卑劣な行為が許されてよいものか?否!
 断じて許されざる行為であることは聡明な諸君ならお分かりのことだろう。
 そして、今一度思い起こして欲しい。この黒いMSは三年前、
 我々に計り知れない被害を与えた大罪人、パトリック=ザラの眷属であることを!
 これは我々に対する宣戦布告である!
 あの大戦で我々はエネルギー源を奪われ、苦渋の生活を強いられることになった。
 今再び同じことが起ころうとしているのだ!
 我々が欲するものはただ一つ!悪魔たちのいない、
 我々による我々のための社会なのだ!
 同志よ立て!蒼き清浄なる世界のために!』

演説のバックで黒いジンと黒、青、緑のMRが交戦している画像が映し出されていた。合成
ではないようだが、プロパガンダのための作り物ということは十分にありえる。ジンタイ
プのMSなら金に糸目をつけなければ食うに困った退役軍人が売り払うというケースもある。

(よくもまあ、こんな白々しいことを言えるものね)
32631:2006/06/24(土) 21:38:34 ID:???
本人が直接姿を見せずにネコのアイコンで出ているところにある種の照れがあることは伝
わってくるが、それにしても酷い。この演説を聴いて鼻息を荒くする連中がいるのだから。
本音を言えばこんな単純な考えで生きていられることに半分呆れ、半分はうらやましいよ
うな気分だ。だが、そんなことを口に出しては言えない。前代表のムルタ=アズラエルが
死亡してコングロマグリット財団がブルーコスモスから手を引いたとはいえ、大戦の主戦
派はみな主義者だ。日常的にも意外なところでしばしば出くわすこともある。これは一種
のタブーなのだ。赤いMRの事件同様、記事を書いたところでゴシップ専門の週刊誌くらい
しか買い手がないだろう。しかも、記事を買い取られた後に手を加えられて三割り増しで
誇張されての話だが。

(……どうしたらいいんだろう)

いすの背もたれに大きくもたれかかって天井を仰ぎ見た。成り行きとはいえ三年前に友人
たちとともに戦地を転々とし現場を見てきた。そこで起こっている事実をもっと多くの人
に知ってもらおうとジャーナリストになったのに手も足も出ない。結局軍や公安が出す公
式見解をお伺いに記者クラブ室にたまっているのが関の山なのだ。手を組んで伸ばし、背
伸びをした。

「えーい、悩んでもしかたがないか」

ミリアリアは記事を書き始めた。現在閉鎖状態になっている軍施設から現れた赤いMRのこ
と、新しい三体のMRのこと、そして街の爆発騒ぎのこと、自分が見てきたことをすべて書
くことにした。どこにも載らないだろうし、掲載されれば軍が黙ってはいないだろう。そ
れ以上にブルーコスモスや過激派のコーディネイターを刺激しかねない。だが、ミリアリ
アは書いた。理由はない。そうしたいし、そうするべきだと、彼女自身の心が訴えかけて
いた。


シンとアレックスは平和公園からその足でレイ=ユウキの家を訪ねていた。ユウキはシン
の通っている学校の校医であり、シンの担任でもある。常に白衣を着た灰髪の長身の男で
温和でまじめなのか抜けているのか分からない性格をしている。目立つ特徴もないので生
徒からあだ名を付けられていない。早朝からコーディネイターを、しかも理由を明かさず
に診てくれるのは彼くらいしかいない。診察室でアレックスはユウキと向かい合ってカル
テや写真を見せてもらいながら説明を受けていた。

「打撲が数箇所ありますが、他はたいした事はありません。念のためMRIも取りましたが
脳に異常はありませんでしたよ」

シンの診察結果を聞いてアレックスはほっと胸をなでおろした。

「それより」

ユウキが一段低い声でそう言ってアレックスを責めた。
32731:2006/06/24(土) 21:39:29 ID:???
「御曹司の怪我の方が酷いじゃありませんか。まったく、無謀にもほどがありますよ」
「大した怪我じゃない」
「これでもそうおっしゃいますか」

ユウキがアレックスのアバラを押さえる。

「くっ……」

アレックスの顔が苦痛で歪んだ。

「ほら御覧なさい。アバラに三本ヒビが入ってるんですよ。それほど大きくはありません
からコルセットで固定していれば日常生活には支障はありませんが、もっと自重なさって
ください」
「御曹司と呼ぶのはやめろと言ったろ!」

アレックスは捨て放つように言った。

(あー、うるさいなー)

アレックスの声でシンは目を開けた。検査の最中には起きていたのだが、色々と面倒そう
なので寝たふりをしていたのだ。体の向きを変えたが、すっかり目がさえていて寝付けな
かった。話し声がボソボソとしか聞こえないのでかえって耳障りだ。ユウキは咳払いを一
つして答えた。

「それではアレックス。私はあなたの父君に頼まれているのです。あなたを立派に育てる
ようにと」
「オレはもう子供じゃない」
「そう言うところが子供だと言うのです。それに大人ならもっと聞き分けなさい。本来な
らあなたは亡き父君の後を継いで政に関わらなければならない立場なのですよ。オーブの
姫君を御覧なさい!ウズミ代表亡き後でも立派にやってらっしゃる」

オーブの姫――カガリ=ユラ=アスハを引き合いに出されて少したじろいたものの、アレ
ックスは負けじと言い返す。

「世事のことはカナーバにでも任せていればいい。目立つところはないかもしれないが今
の世を治めるに不足はないだろう」
「あの土地を、プラント一帯を治めるので手一杯の彼女のどこに国政に携わる器量がござ
いましょうか」

プラントというのはこの国の農業・工業などの生産地帯の総称で、その性質上コーディネ
イターが多く居住する地域である。現在は故・シーゲル=クラインの側近だったアイリー
ン=カナーバが統括している。彼女とユウキは旧知の仲だ。
32831:2006/06/24(土) 21:40:40 ID:???
「何か問題でもあったのか?」
「彼女は反動分子を押さえ切れませんでした。事の顛末はあなたの方がよくご存知のはず
です」

ユウキの声が尻すぼみに、そして険しくなっていった。

「サトーがいたのはそのせいか」
「サトーが!?」
「そうだ。顔の傷、それにオレを見て『御曹司』と呼んだから間違いはないだろう」
「それは厄介なことになりましたな。で、サトーを捕らえたのは?」
「おそらく公安だ。警察に捕まっていたとすればもっと厄介なことになる」

アレックスはそう言って窓の外を見た。日は高く上がり、車や人の往来の音がする。街が
動き出す時間になっていた。


「おい、気分はどうだ」

イザークが拘置所の鉄格子の中を覗き込むようにして言った。サトーは捕らえられて独居
房の中で横になっていた。イザークの方に足が向いていて顔はよく見えない。病院で治療
を受けた後、逃亡の恐れがあるとされて即座に拘置所につれて来られていたのだ。檻に入
れられているため、拘束具は付けられていないが痛みで動けるはずもない。

「その声、角付きの中身か」
「角付とは古風な表現だな。言い方も気に入らん。オレにはイザーク・ジュールという名
前がある」
「閣下の腰巾着の息子か」
「母上を愚弄は許さんぞ!」
「すぐカッとなって声が大きくなるのはエザリアと変わらんな」
「なんだと!」

傍らに控えていたディアッカは頭を痛めていた。冷静さを保てないのがイザークの欠点だ。
だからこそ自分のような調整役が必要なのだとディアッカは思っていた。長い付き合いと
はいえ、この辺りをもう少しどうにかして欲しいとは思っているのだが。

「落ち着け!イザーク。乗せられるな」
「分かっている!!」

イザークはあからさまに機嫌を損ねている。こうなると誰にも止めようがない。止められ
るとすれば母親のエザリアくらいのものだろう。
32931:2006/06/24(土) 21:41:38 ID:???
「イザーク。取調べにはオレがやるからしばらく黙ってろ」
「オレに命令するな!」
「……分ったよ。だけどもう少し落ち着いてから話せ」
「そっちはエルスマン家の坊ちゃんか」

見ただけでディアッカの正体を看破したところを見ると、コーディネイターで、しかも先
の大戦でMS部隊に関与していた人間であることは間違いないだろう。

「どうやらあのジンは盗品でも伊達でもないようだな」

ディアッカがそう言うとサトーは鼻で笑って返した。

「貴様たちに教えることは何もない。聞き出したところでオレはお前たちが知りうる以上
の事は知らん。まだ傷が痛むんでな。悪いが俺は寝る」
「おい、ちょっと待てよ。おい!」

その後も声をかけてみるものの返事がない。狸寝入りだろう。相手はだんまりを決め込ん
だようだ。

「行くぞ!こんなやつの相手をしてられるか!」

イザークはそう言って拘置所を後にした。拘置所から出たと同時にイザークが片膝を地面
についた。

「おい、大丈夫か!」

駆け寄ろうとするディアッカの足もふらついていた。MSをリミッター解除で使用した上、
パージされるまでの間姿勢を固定されたまま動けなくなっていたせいだ。戦時中はこのく
らい大したことではなかったのだが、戦後目立った紛争もなく体がなまっていたようだ。


アレックスのバイクでシンが学校に着いた頃には教室中が昨日の話でもちきりだった。ざ
わついているグループを横目にシンは自分の席に付いてうつぶせになった。重度の睡眠不
足だ。外傷は打撲と擦り傷程度だが一晩明けてみれば筋肉痛が酷い。歩くたびに足が通電
したようにしびれる。訓練を受けていたはずなのに下半身と胸がきしんでいる。初めてイ
ンパルスになったときは寝込んでいて気が付かなかったが相当に消耗している。

「はよー、シン」
「おっはよー」

ヴィーノが真の背中をはたく。机に押し付けられて胸に筋肉痛が走った。
33031:2006/06/24(土) 21:42:31 ID:???
「なんだよー。元気ねーなー」
「……眠いんだよ」

シンは顔の向きをヨウランたちと逆側に向けた。

「おはよ」

目の前にピンクのスカートがあった。ミニスカートでもう少し丈が短ければ机の高さで太
ももが見えそうだ。

「どこ見てんのよ。上よ!上!」

顔を上に向けるとルナマリアが腕を組んでいた。

「もー、どのくらい寝たら気が済むのよ。昨日の夜だって寝てたでしょ?」
(こっちは徹夜で戦ってたんだよ)

シンは顔を机に伏せた。目を閉じると頭がズキズキしているのがはっきりする。側頭部か、
それとも後頭部か、その場所も次第にはっきりとしてくる。まぶたが閉じて頭が一気に重
くなる。すぐに各部位の力が抜けていって眠れる態勢に入った。

「何よー感じ悪いわねー」
「おい」

そう言ってヨウランが体を揺さぶろうと手を伸ばした。シンはそれを察知して無意識に手
を払いのけた。

「止めておけ、それ以上やると殴られるぞ」
「みたいだな」

ヨウランがシンに叩かれた部分をなでながら言った。

結局シンはその日は誰にも起こされることなく1日中寝てすごした。まだ寝たりない部分
はあるし、うつぶせのまま固まっていたせいで今度は腰が痛い。それでももう後は家に帰
って寝るだけだ。シンは体を伸ばして立ち上がった。

「シン」

レイが話しかけてきた。

「今日はお前が買い物担当だ。」

レイはそう言うとシンにメモを渡した。
33131:2006/06/24(土) 21:43:25 ID:???
「ちょっと今日は代わってくれないかな?」
「何か問題でもあるのか?」

シンは言葉に詰まった。シンがMR装着者であることをレイもおそらく知っているはずだが、
学校で昨日のことを言うわけにもいかない。

「いや、そうじゃなくてさ、その……」
「悪いが俺は今日は寄るところがある。代わりはできない」

そう言うとレイはカバンを持って教室を出て行った。

「オレ、スーパーの場所も良く分ってないんだけどな」

三十分後、シンは買い物メモを片手にカゴを取ってスーパーの中を堂々巡りしていた。何
がどこにあるのかもよく分からない。外周をぐるっと一周して冷蔵・冷凍食品がどこにあ
るのかは分かったが、調味料の位置などはまったくといっていいほど分からなかった。天
井から分類ごとの札がさがっていてそれを頼りに探してみるのだが、探しているうちにそ
の区画を通り過ぎてしまう。うろうろしているだけであっという間に十五分経ってしまっ
た。

(あー、ブラックペッパー(玉)って何だよ!普通のじゃダメなのか!?)

シンはイライラで頭に血が上ってきて煮えていた。自力で探すのをあきらめてウインナー
を焼いているおばちゃんに聞いてみることにした。買い物カゴにはメモの買い物が半分し
か入っていない。

「ネオー、これ欲しいー」

アイス売り場の区画に差し掛かったときに女の子の声がした。

「ダメだダメだ。見舞いに持っていったって個室に冷蔵庫ないから溶けるだろ」

声のするほうに目をやると後ろで髪を縛った三十歳くらいの長身の男が女の子を連れてい
た。

「でも、スティングもこれ好きだよ」
「そんな添加物ばっかりのアイス食べさせた覚えは無いぞ……。あー!お前らさては昨日
買い食いしたな!」
「……ごめんなさい」
「しょうがねえなぁ。黙っといてやるから言うなよ。うるさい奴がいるからな」
「うん」

父親と娘だろうか。二人とも金髪で、顔も親子だと言われれば似ていないとは言い切れな
い。
33231:2006/06/24(土) 21:44:13 ID:???
(いいよな。ああいうのって)

シンは二年前、まだ家族で暮らしていたことのことを思い出していた。父、母、妹と休日
にはよく出かけたものだった。ゲームが出たときには早くクリアしたくてそれをうざった
くも思ったのだが、今は少し後悔している。買い物にもよく行ったのだが母と妹にまかせ
っきりで自分は雑誌を立ち読みしていた。そのツケは「ブラックペッパー(玉)」という
わけの分からない調味料を買うのに十五分もかかっていることで払っていた。シンの視線
を感じたのか女の子がシンのほうを向いた。

「シン!」

女の子がシンに駆け寄ってきた。シンは彼女に見覚えがあった。

(昨日川に落ちた女の子だ!名前は……)
「ステラ。友達か?」

父親らしき男、ネオもシンの方に来た。ネオの顔には大きな向かい傷がある。離れていた
ときはそうも思っていなかったが、近くで見るとかなり大きい。

「うん。川に落ちたときに助けてくれたの」
「へー」

ネオはシンに何かを思っているわけでもないのだろうが、シンは雰囲気に気圧されていた。
ネオがシンをじろじろ見て品定めをされているように感じたからかもしれない。

「は、はじめまして……」
「じゃあ、君があのパーカーの持ち主か。ステラが自分で洗濯するって言い始めたときに
は驚いたよ……今車にあるからかえそう」
「は、はい」
「じゃあ、ステラ。オレは車から取ってくるから見舞いにもってくものを考えとくんだ
ぞ」
「分かった」

ネオはそう言うと店を出て行った。アイス売り場にシンとステラが二人っきりになった。
とりあえずはものを探すしかない。

「アイスがダメなら果物にしようか。お見舞いだったら普通そうだし」
「うん」

二人は果物売り場に移動した。ステラは果物を端から端までなめるように見ている。まる
で初めて果物売り場に来たかのようにはしゃいでいた。シンは何故かそれをほほえましく
感じた。昨日何をしていたのか、ネオは父親なのか、シンは色々ステラに聞きたかったが、
まずは話の流れでお見舞いのことについて聞いてみることにした。
33331:2006/06/24(土) 21:45:02 ID:???
「お見舞いって、誰か病気かケガでもしたの?」
「スティングが昨日ケガしたの」
「もしかして、昨日の夜の事件に巻き込まれたの?」

シンの問いかけにステラは黙ってうなづく。体に思わず力が入った。自分だってそれなり
にはがんばったつもりなのだが、それでも犠牲者は出ていた。学校やテレビからはけが人
があまり出なかったと聞かされていてほっとしていただけにショックだった。

「シン?」

ステラの声のトーンが落ちていた。シンの顔つきが険しくなっていたのを見ていたからだ。
目つきが鋭くなり、歯を食いしばっていたのか顔がこわばったまま表情が硬い。

(オレは……)
「どうしたボウズ。深刻な顔をして」

ネオがパーカーを持って帰ってきた。

「スティングがケガしたって言ったら……」
「そうか、だがボウズが気に病むことじゃない。悪いのはあんなことを始めたコーディネ
イターだ」
「……」

シンはただ黙っていることしかできなかった。ネオがシンの様子を見てシンの肩に手をや
った。

「ボウズがなにを気負ってるのかオレには分らないが、若いうちはそうやって色々思い悩
むのも大切なことだ。ま、潰れない程度に頑張るんだな、青少年!」

そう言ってネオはシンの肩を叩いた。

「はい」

シンの表情が幾分か緩んでいた。

「よーし、それでいい。若いやつはそうじゃなくちゃな」

ネオが笑った。

「ところでステラ。見舞いの品は決まったのか?」
「んー、まだ」
33431:2006/06/24(土) 21:45:54 ID:???
「おいおい、面会時間過ぎちまうぞ。もういい、見舞い用のセット買っていこう。んじゃ
な。ボウズ」
「シン、またね」
「あ、うん」

そう言い残してネオとステラはスーパーを後にした。シンはステラの買い物に付き合って
いてまだ買い物が終わっていないことを思い出した。あまり遅いと


(あのボウズ、コーディネイターかもな)

車を病院に向かわせながらネオは昨晩のことを思い出していた。血のバレンタインの日に
決起するコーディネイター集団の情報が垂れ込まれて、実際にその通りになった。三人を
前もって派遣していたことが功を奏して本体に合流する前にMS四機を撃墜することに成功
したのだが、捨て身の自爆行為によってスティングが負傷してしまった。自分がその場に
いればそうはさせなかったものを……。

「ネオ、どうしたの?」
「あ、いや、何でもない」

ステラは人一倍他人の感情を過敏に受け取ってしまう。心が読めるというわけはないのだ
ろうが、感受性が高いというべきか、ちょっとした感情の変化までをつぶさに読み取って
しまう。他の二人にもそれぞれ癖があるのだが、ステラと一緒にいるときは気を使う。

「なんでもない。大丈夫だ」

そう口では言ってみるもののステラは終始不安そうな顔をしていた。

病室に着くとドアが開いてすぐにステラはスティングが横たわるベッドに駆け寄った。そ
の姿はまるで飼い主を見つけた子犬のようだった。

「スティング!大丈夫?」

スティングのベッドの傍らにステラはしゃがみこんだ。

「ああ。手術したからもう大丈夫だ」
「ホントに?」
「ああ。だから心配するな」

スティングはそう言ってステラの頭をなでた。
33531:2006/06/24(土) 21:46:41 ID:???
「いいとこ見せようと無理しなくてもいいよ。痛いんだろ?」

アウルが言った。スティングが苦笑する。それを見たアウルはスティングがステラにどう
してそう言ったかを悟って黙ってうつむいた。

「お前も心配してくれてるんだな。ありがとよ」

スティングがアウルに言った。そこにネオが割り込んでくる。

「おいおい、お前らだけで勝手に分かり合うなよ。オレが寂しいじゃないか!」
「ってー、オッサン!何オレの見舞いの品食ってるんだよ!」

ネオが果物ナイフを片手に見舞いの品のラッピングをといてメロンを切っていた。

「だってさー、飾ってるよりみんなで食った方がいいだろ?な?」
「だな」

アウルがネオに応える。ステラもメロンをじっと見ている。誰の目から見てももはや体勢
は決していた。

「あーあー、分ったよ。もう勝手に食べろよ」
「そうむくれるな。ミキサー借りてきてきたからお前にはジュースにしてやるよ」
「本当だろうな」
「ああ、本当だ」

皆から自然に笑みがこぼれた。そしてネオはせめて次の調節のときにも今日の記憶くらい
は残しておこうと思っていた。戦いの記憶だけでなく、皆で楽しく過ごした記憶も彼らに
とって大切なものなのだから。


シンはどうにか買い物を終えてカフェ「赤い彗星」に帰ってきた。

「ただいま」
「おかえり」

レイがリビングでテレビを見ていた。デュランダルはまだカフェにいたが、アレックスの
姿が見当たらない。こちらにもアレックスはいなかった。

「アレックスは?」
「墓参りだ。予定がずれて泊まり込みになるから明日の夜まで飯はいらないそうだ」
「そうなんだ」

シンは食材をしまおうと冷蔵庫を開けると作り置きしたロールキャベツが入っていた。ラ
ップの上にメモが置いてある。
33631:2006/06/24(土) 21:47:28 ID:???
――鍋にスープが出来てるからこれを入れて煮ること! アレックス

アレックスの書置きだ。

「何だよ。買ってきた意味ないじゃないか」
「どうした」
「アレックスがロールキャベツを作り置きしてた」
「良かったな。作る手間が省ける」
「そうだけど……」

シンは何か納得がいかなかった。作り置きしてくれるなら学校に行くときに教えてくれれ
ばいいことだし、そうすれば全身筋肉痛の体をひきずって買い物に行く必要もなかった。
冷蔵庫に買ったものを収納して、返してもらったパーカーを広げてみた。よく見てみると
粉末洗剤がダマになって所々残っていた。ネオ言った「大変だった」の意味が少し分った
ような気がした。

(タオルも溜まってるし洗濯しとくか)

シンは洗濯機にパーカーを入れてふたを閉じた。


その頃アレックスはプラント地帯の端にあるセプテンベル駅の港口の改札を出てタクシー
を拾っていた。セプテンベルは現在の代表にして国会議員のアイリーン=カナーバのお膝
元でもある。プラント郡の中でも比較的富裕層の住む地域で住宅や公園が多く、治安も安
定しているところだ。

「お客さん、どこまでですか?」
「そうだな。マイウスホテルまで頼む」
「お客さんもファンなんですか?」
「え?」
「いやね、今日はやたらマイウスホテル行きのお客さんが多いもんだからあるお客さんに
聞いてみたんですよ。何か歌手のショーがあるようでして」
「クライン嬢か?」
「あの方はまだ自宅軟禁状態ですよ。もっとも監視付で週に一度は外出もされてますがね。
ああ、でも外出日は今日、明日当たりだからもしかしたらそうかもしれませんね。私の友
人が外出のときの送迎担当でしてね。結構詳しいんですよ」
「……そうか」

本人はサービスのつもりなのかもしれないがこの運転手は相当おしゃべりだ。ここで何か
しゃべればどこに漏れるか分らない。アレックスはホテルまで当たり障りのない話だけを
することにした。
33731:2006/06/24(土) 21:48:16 ID:???
タクシーがマイウスホテルに着いた。アレックスは料金を払い、ドアを閉めてホテルを見
上げた。ここは三年前と何も変わっていない。古風な石造りの玄関に回転ドアが三つある。
ドアをくぐると赤じゅうたんが正面の階段に向けてしかれている。大きい吹き抜けは最上
階の20階まで達している。ショーは既に終わったのかロビーには人がまばらにしかいなか
った。アレックスが辺りを眺めていると中央の階段からピンク色の髪の女性が降りてきた。
左側に金色の髪飾りをつけた女性が降りてきていた。アレックスは思わず顔を背けて足早
にフロントに向かった。その挙動がかえって目立ったのか女性はアレックスを見つけた。
そして

「アスラン!」

アレックスに向かって彼女はそう叫んだ。


第七話 おわり