295 :
31:
仮面ライダーSIN 第六話
どこからともなく現れたインパルスに両陣営ともに少なからず混乱していた。ジン側は見
たことに無いMRを公安の新兵器だと思っていたし、インパルスの後姿しか見ていないイ
ザークたちはこのMRが敵か味方を決めあぐねていた。
『チャンスだ。奴らは混乱している。今のうちに蹴散らすぞ』
ジンに聞かれないよう、イザークがディアッカとアレックスの肩に手を置いて接触回線で
伝えた。
『あの青いやつはどうするんだよ』
『奴は起爆装置を壊した。襲ってくれば倒すまでだ。問題はなかろう』
『敵の敵は味方って。そううまくいくのかね?』
イザークとディアッカの会話を尻目にアレックスは黙り込んでいた。
(シン……なぜここに来たんだ)
アレックスは青いMR――インパルスがシンだと気づいていた。青色になっている理由は分
からないが、声は間違いなくシンのものだった。幸い二人はインパルスが指名手配中の赤
いMRだとは気づいていないようだ。今なら事の運びようではどうにでもなりそうだ。まず
はインパルスとコンタクトを取ってボロを出さないように言わなければならない。
「うぉおおおぉ」
3人が相談している間にシンはサトーに突撃した。
(あのバカ!!)
アレックスがイザークの指示を待たずに飛び出した。ここで下手に動けば正体がばれるか
もしれない。
『おい!キサマ!!』
イザークの声はアレックスには届いていない。アレックスは振り向きもせずに霧の中に姿
を消して行く。ディアッカが言う
「やれやれ。で、どうする?」
296 :
31:2006/06/18(日) 00:53:01 ID:???
「オレたちも出るに決まっているだろうが!アイツに遅れをとったとあれば末代までの恥
だ」
「オーケー。じゃ、いっちょ暴れてきますか」
ディアッカの返答を待たずにイザークも飛び出していた。ディアッカはイザークの背中を
見ながら3年前のことを思い出した。あの頃もバカみたいに二人が飛び出してディアッカ
がその後ろでフォローをしていた。先輩がチームワークを付けるためのミッションをして
も個々の力押しで乗り切ったものだった。
今のインパルスには周囲を見るだけの余裕はなかった。怒りに駆られていて冷静さを失っ
ている。一歩踏み込んだだけでトップギアに切り替わって急接近する。サトーは、その速
さに対応できずに立ち尽くしたままだった。空気を裂いて帯電した腕がバチバチと音を立
てる。スピードを拳に乗せて全力でサトーの顔面を打ち抜いた。ジンの口元の空気ダクト
が飛び散り、モノアイの灯りが消えた。わずかアレックスが五歩進む間の出来事である。
「隊長!」
ジンから声が上がった。だが、次の瞬間パンチを受けたジンのフェイスマスクにモノアイ
が灯った。モノアイがレールに沿って動き、インパルスを睨み付ける。
「惜しいな。センスはあるようだがそれだけ非力ではな。所詮は飼いならされ、牙を抜か
れた者ということかあっ!!」
サトーは振りぬいたインパルスの腕をつかんだ。ヒジが体の内側に回った次の瞬間、イン
パルスの体は宙を舞っていた。インパルスは体をひねって受け身をとろうとするが手首と
肩を固められて体勢を変えることができない。うつぶせのままに地面に叩きつけられた。
「うっ……」
インパルス呻き声が漏れた。トラックの衝突にも耐えられたMRが耐久力を失っていた。衝
撃は幾分か軽減されているものの、それでも生身よりまし程度だった。生身の戦闘に近い
状態なら打撃よりも地面や壁にたたきつけられる方がダメージが大きい。このこと一つと
ってもサトーは戦い慣れしていることが見て取れる。
「安心しろ。MRシステムを取るまでは殺しはせん。だが、しばらく動けなくなってもらお
う!!」
サトーはインパルスの頭を踏みつけてインパルスの腕を締め上げる。インパルスから声に
ならない悲鳴が搾り出された。そのとき霧を裂き、アレックスのかかと落としがサトーの
肩狙っていた。サトーはそれに気づいたが足で防御するには間に合わず、インパルスを拘
束していた片手を離して肘を突き出した。踵と肘の点同士が衝突する。双方の装甲が耐え
切れずに隙間から煙が噴出す。
297 :
31:2006/06/18(日) 00:53:47 ID:???
「何者だ!」
「名乗るほどの名はない。今だ。逃げろ!」
アレックスの言葉を聴いてインパルスはサトーを蹴った反動で跳ね起きて拘束を逃れた。
インパルスは肩を押さえているが間接をはずしたわけではないようだ。それを見てアレッ
クスはひと安心した。
「隙だらけだぞ」
インパルスに気が取られていた間隙を突いてサトーが攻撃を仕掛けてくる。正拳を肘で払
い、蹴りを肘を垂直に振り下ろして打ち落とす。アレックスは攻撃を払うようにして無力
化する。実戦がアレックスの体に刻まれた記憶を目覚めさせていった。初めはギリギリだ
った防御のタイミングも次第に取れてくるようになり、攻撃が起こす風音が次第に鋭くな
っていく。サトーはいったん飛び退いて大きく間合いを取った。
「貴様、狗にしておくには惜しい腕前だな」
「隊長!」
ジンがサトーの周りに駆け寄ってくる。接触回線に切り替えて何やら話をしているようだ。
アレックスの方もイザークとディアッカが追いつき、インパルスとジンの間に陣取った。
『ハーネンフース!奴らが何を言っているか分かるか?』
『ダメです。それらしき通信帯域は見つかったのですが、暗号化されています』
「おい、その青いのはお前に任せるぞ」
イザークはそう言いながらアレックスの肩を叩いてジンの集団に飛び込んでいった。ディ
アッカもそれに続き、イザークの死角をカバーするようにサポートに徹する。数の上では
圧倒的に劣勢だが、一人を攻撃できる人数にはおのずと限りがある。袋叩きにしようとし
たところで同士討ちを招きかねない。加えて、集団に飛び込んでかく乱するのなら少人数
の方に分がある。限界反応時間以降の強制回避・死角からの攻撃に対するアラートなど二
人は新型の性能を遺憾なく発揮してジンたちをかき回していた。その間アレックスはイン
パルスに接触を試みていた。
「シン、大丈夫か」
ザクの姿に警戒して後ずさりをするインパルスに声をかける。
「アレックス!?なんでアンタが……」
シンの声だ。インパルスを前面から見ると色が変わっているだけで、フェイスマスクや装
甲などの特徴も赤いそれと変わりがなかった。
298 :
31:2006/06/18(日) 00:54:35 ID:???
「話は後だ」
そう言ってアレックスはシンが押さえている肩に触れて軽く肩を前後させる。それほど痛
がらないところを見ると脱臼しているわけでもなく、骨に影響があるわけでもなさそうだ。
肩に手を置いたまま、周りに聞かれないように接触回線を開く。ついでにイザークたちと
の通信チャンネルも登録しておいた。
『……肩は大丈夫だな。オマエは離脱しろ。後はオレたちで何とかする』
「ん?声が変な方向から!?」
『接触回線を使ってる。MRづたいにお前の骨に直接音が伝わっているはずだ。ついでに公
安が使っているチャンネルも登録しておいた。検問から逃げるときに役に立つかもしれな
い』
「何とかするって!無茶だ!相手の人数だって分からないのに」
『あの黒いジンは元パトリック=ザラの親衛隊だ。まともに戦えばさっきと同じ結果にな
る』
そういい残してアレックスはシンに背を向け、イザークたちに合流するために駆け出した。
合流途中で二人に指示を出す。
『ディアッカ、七時の方向からジン、二機だ』
『オッケー』
ディアッカが後ろ回し蹴りで死角から近づいてくるジンをなぎ払った。アレックスはその
ままディアッカとイザーク二人の背部に回りこんだ。
『イザーク、左だ!』
『分かっている!民間人が俺に命令するな!』
シンに伝わってくる通信では仲がいいのか悪いのかはよく分からないが、かなり提携が取
れている。以前に戦った謎のMRの三体よりも提携の面に関しては上かもしれない。ポジシ
ョンや役割分担を臨機応変に変えており、数の不利をまったく感じさせない戦いぶりだっ
た。
(あれが……前の大戦を生き抜いた人たちなのか……)
シンは拳を握りしめて肩に力が入るか確認した。アレックスには帰れと言われたが、この
まま引き下がりたくはなかった。負けたまま帰りたくはないし、アレックスの言う通りに
するのもシャクだ。
299 :
31:2006/06/18(日) 00:55:22 ID:???
たった三人とはいえ先の戦争のMRを装着者だ。ジンは苦境に追い込まれていた。ジンとザ
クの性能差もあり、このまま続けばMSが破壊・逮捕されて終わりという結末にもなりかね
なかった。そうした焦りがサトーの率いる一隊を焦らせていた。
『我々はもとより生きて帰ることなど考えていません!』
『例え我々が敗れたとしてもこのことが同士の士気を高めることになれば、それだけでも
我々の決起には意味があります!』
『隊長!許可を!』
隊員たちの声にサトーは黙ってうなづいた。
「全力で潰す。全機リミッター解除!!」
サトーが声を張り上げた。「了解!」という声とともに各部のボルトが炸裂して大きく
パーツをスライドする。今までとは桁違いのスピードで黒いジンが襲い掛かってきた。旧
型だけあって威力はザクほどではないがスピードが上乗せされれば十分な破壊力になる。
ジンのラッシュがアレックスの顔面をかすめた。
「速い!」
目では追えるのだが、射程に入ってからの伸びが凄まじく、体の反応が遅れていた。手元
でスピードが倍になってくるようにでさえ感じる。先ほどの優勢は一転し、防戦一方に変
わっていた。攻撃が体をかすめる度に装甲が火花を上げる。ジンが早さに慣れていないう
ちはいいが、このままではなぶり殺しだ。間合いを取ろうにも向こうが後ろに回り込む方
が速い。三人は背中合わせになっていた。
『どうするよ』
『こっちも同じことをすればいい』
『って、向こうは人数多いから交代でリミッター外すまで時間あるからけど、パージ中に
装甲開いてるところを攻撃されたら終わりだぜ』
『それくらい分かっている!』
「やつらは守りに入っている!一気に叩け!」
こうやって話をしている間にも攻撃を受け続けている。体を縮こまらせて防御をしている
だけで精一杯の状態だ。
「アレックス!」
シンの声がした。ガードの隙間から姿を探すと、アレックスの目には複数のインパルスが
映っていた。インパルスたちがジンを蹴散らして吹き飛ばされたジンが地面に叩き付けら
れた。
300 :
31:2006/06/18(日) 00:56:09 ID:???
『チャンスだ!』
イザークが叫ぶ。ディアッカがしんがりを務めながら三人はジンとの距離を離した。すぐ
に分身したようなインパルスの残像が現れ、次第に分身が一カ所に収まっていった。イン
パルスは肩で息をしている。インパルスは目にも留らぬ速さでジンより速く動いていたの
だ。
この、いわば青いインパルスは赤いときのような力は無いがスピードだけはある。速さが
威力になるのは相対的な問題だ。ジンと同じスピードで動けば普通の戦闘と変わらないが、
それより速く動ければザクをなぶっていた加速したジンと同じことができる。さほど力が
無くても足元に触れてバランスを崩せば地面に叩き付けられて吹き飛ぶほどの威力がある。
だが、その運動量でシンの膝は震え、ほとんど動けない状態に陥っていた。だが、インパ
ルスに警戒してジンはすぐには攻撃を仕掛けてこようとはしない。この様子を見てイザー
クはすぐに指示を出した。
『ハーネンフース。こっちもリミッターを外すぞ!!』
『身体的負荷が大きすぎます』
『いいからやれ!』
ザクの肩パーツやアンテナブレードがスライドして地面に落ちた。モニタの端に活動限界
時間が表示される。
『いいか、一気に蹴散らすぞ。こちらもこれで時間制限を含めて条件は同じだ。動力部を
狙ってできるだけ早く片付けろ!』
相対速度さえ合ってしまえば後は単純に能力だけの差だ。戦闘経験はジンの方が上かもし
れないがMSの性能はザクがジンをはるかに凌駕している。その能力差はザクの一撃でジン
の外装甲に亀裂が入るほどだった。アレックスがジンの動力部に正拳突きをめり込ませた。
腕を伝った接触回線で投降を呼びかける。
『もういいだろう。投降しろ』
『敵に塩を送られる言われは無いな……』
そう言うとジンはアレックスの腕をつかんだ。モノアイの光が消えて装甲の隙間から光が
漏れた。辺りを光と音とそして炎が辺りを包んだ。MSの破片が周囲に砕け散り、焼けこげ
た装着者がその場に崩れ落ちた。アレックスのザクの外装甲もフェイスマスクやショル
ダーアーマーが損傷している。爆発の衝撃で気を失ったのかアレックスがその場に倒れこ
む。
301 :
31:2006/06/18(日) 00:57:02 ID:???
『アレックス機、損傷率六十%。内部へのダメージは軽微ですが、装着者の反応がありま
せん!』
「アレックス!!」
インパルスがアレックスのカバーに入る。仲間の死を見ても気を散らすこと無く、言葉を
発するでもなく、ジンは攻撃の手をゆるめようとしなかった。それどころか縦横無尽に繰
り広げられる攻撃に連携やキレが生じているようにでさえ感じた。シンはアレックスをか
ばいながら防御している間心が底冷えするような感覚にとらわれた。
(こいつら、死ぬのが怖くないのか?)
装甲が弱くなっている分、アレックスをかばいながら攻撃を受けるのは圧倒的に不利だ。
イザークとディアッカの方を見るが、そちらも手一杯でとても回収してもらえそうに無い。
「そこの青いの!」
イザークが声を張り上げる。
「お前のスピードならこいつらを振り切ってそいつを連れて行けるはずだ。場所はそいつ
に聞け!」
シンは立ち尽くしたまま戸惑っている。今までの経過を見ているとはいえ士気の上がった
ジンと戦うには二人という人数はあまりに少ない。自分が一人いるだけでも攻撃をずいぶ
んと分散できるはずだ。そう考えるとその場を去っていいものかすぐに判断が付かなかっ
た。
「早く行けよ!オレたちにだって時間はそうないんだ!」
ディアッカがシンの退路を確保するように回り込む。
「オレ、すぐ戻ってきますから!」
シンはそう叫んでアレックスの肩を担いで走り出した。
シホが載るトレーラーに戻ったときにはアレックスは正気を取り戻していた。アレックス
の提案でインパルスの姿をシホに見せないようにトラックの外で作業を行うことにした。
シホがトレースしていたアレックスのMSの状態を報告する。
『損耗が激しくて再装着して戻るには無理があります』
『予備は?』
『ありません』
『ならこのまま出るしかないな』
『そんな、危険です!』
302 :
31:2006/06/18(日) 00:58:02 ID:???
アレックスはシホにそう伝えて無線を切り、フェイスマスクを外した。額が割れて血が出
ているが見た目ほどのダメージは無いようだ。アレックスはシンの方を見て言った。
「お前は帰れ。お前が指名手配になっていることはおまえ自身がよく分っているだろ
う?」
「それより補給をしなきゃ」
「この破損状況じゃこのMSはもう使えない。拘束具になるだけだ」
アレックスはMSをパージした。パーツが地面に落ちていき、中からパイロットスーツ姿の
アレックスが現れた。アレックスはバイクのシートを開いて収納スペースをあさりはじめ
た。
「MSもなしにどうしようっていうんですか?」
「そろそろバッテリーが限界になってくるはずだ。そうすれば銃撃が当たらないこともな
い。関節なんかはただの少し頑丈な服だからな」
アレックスはパイロットスーツのひじの部分をのばして見せた。それからバイクの座席の
下の収納スペースからバイザーとリボルバー式の拳銃、対MS弾を取り出した。拳銃の脇を
叩いて シリンダーに弾を詰め込む。
「そんな。無茶だ!」
シンが叫んだ。シンも生身でMSと戦ったことはあるが、どうにかなるというレベルの問題
ではない。対MS弾といっても拳銃に収まるサイズである、装甲に当たればたいしたダメー
ジにはならないだろう。
「イザークたちはオレを信じて補給に戻したんだ。オレはそれに応える義務がある」
「オレにやらせてください!約束したんです!」
「ダメだ。オマエは帰れ」
「オレはこれ以上、誰かが犠牲になるなんて嫌です!オレの力はそうさせないための力な
んだって!」
「シン……」
アレックスはその言葉から、インパルスのフェイスマスク越しにシンのまなざしを感じた。
それはかつて自分が、イザークが、ディアッカが、ニコルが――自分が何かしたいと切に
願い、戦いに身を投じた者たちのものだ。昔は頼もしく思えたが、今では辛く、重々しい
ものに感じる。自分たちが戦った結果、生み出されたものが新たな自分たちだったとは…
…そう思うとやりきれなかった。
303 :
31:2006/06/18(日) 00:58:52 ID:???
その頃、学校の体育館ではレイが物音に聞き耳を立てていた。シンが寝床を抜け出したの
は寝たふりをして見逃していたが、今回は複数の人間が動いている。はじめは火事場泥棒
かと思っていたのだが、火事場泥棒にしては無用心すぎる。足音を立てないように努力し
ているようだが普通に歩いたときと変わりない。おまけに話し声までする。足音が静まる
のを待ってレイは不審者たちを追った。
人影は階段を降りて下の階のピロティに集まった。金属音がして何かが落ちる音がする。
自動販売機を使っているようだ。
(のんきなものだな)
レイは身を伏せながら階段を下りていった。
「に、してもさぁ」
聞き覚えのある声がする。
「市内で爆発があったからって郊外のオレたちまで避難するなんて大げさだろ」
「仕方ないでしょ。テロだったら襲われるのは私たちなんだし」
「『蒼き清浄なる世界のために』ってか?オレたちが何をしたっていうのさ。向こうが一
方的にやっかんでるだけだろ」
ヨウラン・ディーノ・ルナマリアの声だ。抜け出した足音に対して3人では人数が少ない
気がするが、ルナマリアがいるということは妹のメイリンもいるのだろう。消灯時間が早
かったので眠れずにおしゃべりをしているようだ。この程度なら問題は無いだろう。レイ
は寝床に戻ることにした。そのときだった。
「人数少ないとつまんねーな」
「いつもと変わんないしね」
「じゃあ、レイとシンを呼ぼうぜ。レイと普段あまりしゃべならいし、シンはこっちに来
たばっかりでまだ話聞いてないしさ」
「いいねー」
「じゃ、オレ呼んでくるよ」
ディーノがそう言ってこちらへ来ている。自分はともかく、シンがいないことが分かれば
今後まずいことになるかもしれない。レイは立ち上がって階段を下りた。階段をおりきっ
たところでディーノと鉢合わせになった。
「こんな時間に何をしている」
「ちょうどよかった。今レイとシンを呼ぼうとしてたところだったんだ。シンは?」
「シンは寝ている」
304 :
31:2006/06/18(日) 00:59:43 ID:???
「じゃ、起こしてくるよ」
「止めておけ、アイツは寝起きが悪い。起こそうとしたら殴られるぞ」
「えっ……」
ヨウランとディーノが黙り込んだ。彼らはレイとシンの試合を見ているのだ。あのスピー
ドと威力で殴りかかられてはたまらない。
「何よー、二人とも何があったっていうの?」
「アイツさ、レイと同じかそれより強いぜ。殴られたらまず戻ってこれない」
「そんなに強いの?」
今まで黙っていたメイリンが口を開いた。試合を見ていないルナマリアとメイリンはまだ
半信半疑といったところだ。自分についてとやかく聞かれるのも面倒だったのでレイは話
を進めた。
「荒っぽい部分が多いが確かに強い。今上級生と試合をしても十分に勝てるだろう」
「へー、じゃあ、来年フレッドと戦うのはシンになるのかな」
「勝てそう?」
「さーね。なにせ相手はあの鬼軍曹だぜ。少々強くたって連勝記録が伸びるだけだしな
ぁ」
フレッドは先の大戦の前線でMS装着者として戦っていた。終戦後はこの学校で教官を務め
ている。古傷のせいで長くは戦えないが毎年最後の授業で主席と戦うのが習慣になってい
た。その様子は全校に放送され、生徒主催で試合の勝敗で賭けをするほどである。もっと
も、ここ数2,3年はフレッドの圧勝で盛り上がりに欠けているのだが。
「でも、アスラン=ザラは勝ったんでしょ?」
メイリンが口を挟んだ。これまでフレッドに勝った人間はそういないが、アスランはその
一人だった。
「戦時中の繰上げ卒業で勝ったってんだから化け物だよな」
「ああいうのは特別なんだよ。なにせ父親は元国防委員長だし、総合成績でも主席だろ。
おまけに前の戦争での英雄だし・・・俺たちとはデキが違うんだよ」
「どんな人なんだろう。私興味あるなー」
ルナマリアが目を輝かせながら言う。
「案外底意地が悪いかもしれないぜ」
「夢が無いこと言わないでよ。ねえ、レイはどう思う?」
「さあな。オレは興味が無い」
「あ……そう」
305 :
31:2006/06/18(日) 01:00:29 ID:???
自分たちが語っている英雄・アスラン=ザラは死んだ。公発表がそう言っているからでは
ない。生きてるとしたらそれはアスラン=ザラという名の抜け殻だ。レイはそう思ってい
た。今、レイたちが避難という名の拘束を受けているのも大戦の後の治安維持政策の名残
だ。コーディネイターにせよブルーコスモスにせよ今の体制に不満を持つ者は少なくは無
い。彼はそれから2年間も逃げているのだ。そんな男が英雄なわけがない。
「いいか。チャンスは1回きりだ」
「分かってますよ」
後部座席にシンをしゃがませてアレックスのバイクが駐車場を飛び出した。一旦目標とは
反対に走って距離をかせぎ、バイクを加速させる。この間もイザークとディアッカが戦っ
ていると思うとシンとアレックスはこの時間ももどかしかった。その間、アレックスはシ
ンの言ったことを思い出していた。
「オレが記念会館の屋上から飛び降りたときに足に電流みたいなのが走って、着地したら
起爆装置を踏んだ訳でもないのにバラバラになってたんですよ。最初にジンに突進したと
きもビリビリってしたんですけど、目の光ってるやつがフッと消えるくらいだったんです。
で、普通に殴ったり蹴ったり走ったりしても何にも無いんで、多分、これ、スピードに関
係してると思うんですよ」
「本当にそうなのか?」
シンの説明にアレックスは半信半疑だった。MRに様々な特殊能力があることはアレックス
も知っているが、あまり聞かない能力だ。似たような能力をストライクという名のMRが使
ってはいたが、それ以降使われているとは聞いたことが無かった。シンはその様子を見て、
アレックスに突進してきた。とっさのことで、気がついたときには反射的に出ていた腕の
ガードにシンのパンチが当たっていた。スーツが吸収しきれなかった電撃がほんのわずか
漏れてアレックスの体を感電させた。
「このくらいのスピードだとたいしたことないですけど、バイクで加速して突き抜ければ
壊すことは無理にしても機能停止に持ち込むこともできるはずです」
「バイクよりもさっき分身するくらいの速さで動いてたが、あっちのほうが速いんじゃな
いのか?」
「あれだと膝が動かなくなるんですよ。それにそのバイク、普通の三倍の速さまで出るん
でしょ?マスターが言ってましたよ」
「……やるしかないのか」
シホが待機するコンテナの中にはロケットランチャーがあるかもしれないが、街中で使え
るような代物ではない。シンが言うように対MS弾にさほど期待は出来ない。シンにかける
しかないのかもしれない。
306 :
31:2006/06/18(日) 01:01:15 ID:???
そういったわけでアレックスはシンを後ろに乗せてバイクを加速させ続けていた。
『くそっ、数だけは多いぜ』
お互い命中すれば決着が付きかねないだけに状況は膠着していた。先にリミッターを解除
した分、ジンの方が不利な状況にもかかわらず、にじり寄って間合いを取るものの先に仕
掛けてこようとはしなかった。
『どうする?』
『こちらも派手に動きすぎたな』
そのとき、不意にエンジン音が響いた。音に注意を引かれてMSがバイクの方を向く。不意
に照らされたバイクのヘッドライトが暗視フィルタに切り替えていたMSたちの視界をホワ
イトアウトさせる。アレックスが急ハンドルを切ってインパルスを正面に向ける。
「今だ!行け!!」
インパルスがバイクを蹴り、空中で回転してキックの姿勢をとった。バイクの加速が上乗
せされて足先が空気を切り裂き、青い稲妻が広場を横一文字に駆け抜けた。インパルスが
通り抜けると同時に周囲に強烈な電磁場が発生し、あたかもEMBが使われたかのように周
囲のMSの機能が次々に停止していく。それに気づいてかいち早く状態を戻したサトーがシ
ンの進路を阻んだ。正面で腕を交差させて仁王立ちをしている。正面から受け止める気だ。
「これ以上やらせるわけにはいかん!」
「どけよ!死ぬだけだぞ!!」
インパルスは無理矢理地面に手を付いて減速しようとするが、指先が触れただけで弾かれ
てしまう。体勢をを崩したままサトーに全身でぶつかる。MSは粉々に砕け散り、サトーは
その場に倒れた。インパルスは着地を試みたが、ふんばりきれずに大きく吹き飛ばされて
転がり込み、記念碑に激突した。
「シン!」
アレックスがバイクを止めてインパルスに駆け寄った。記念碑の前に来たときにはインパ
ルスの変身が解けていた。
「大丈夫か?」
「どうにか……」
307 :
31:2006/06/18(日) 01:02:52 ID:???
そう言ってはいるもののシンの反応はうつろだ。遠くからパトカーのサイレンの音が聞こ
えてきた。検問にほとんどの人員を割いているとはいえ、これだけの騒ぎになれば放って
はおかないだろう。シンがこの場にいてはまずい。ここはこの場からの離脱が優先だ。後
部座席からヘルメットを取り出してシンにかぶせ、後部シートに乗せた。アレックスもバ
イクにまたがり、バイクから落ちないようにシンの手をアレックスの前で交差させてテー
プで固定した。動けないイザークやディアッカをそのままにしておくのは忍びないが仕方
ない。アレックスがバイクにエンジンをかけた。
「ううっ」
バイクのエンジン音でサトーが目を覚ました。MSの胸部の装甲は砕け散り、あばら骨も何
本か折れているようだ。バッテリー切れでMSの下半身がデッドウェイトになって起き上が
れそうにない。サイレンの音はサトーの耳にも届いていた。
(志半ばで……このザマか……)
自分がこの結果では他も公安や警察に抑えられているだろう。この戦闘の前に殲滅された
部下もいる。目を左右にやるとそこら中に倒れ、あるいはバッテリー切れで硬直した部下
たちの姿があった。死んだ部下もいる。そのことを考えるとサトーは慙愧の念に耐えなか
った。はいつくばったまま上体を起こすと一文字に横切る傷跡がある顔が現れた。誇りで
あった戦の古傷も今日には犯罪人としての嘲笑の対象になるだろう。エンジン音の先には
先に赤いバイクに乗る青髪の青年がいた。その後姿をサトーは知っていた。
「御曹司!」
赤いバイザーをかけた顔がこちらを向いた。サトーは顔を見て確信を深めた。
「御曹司!生きておられたのですか!」
「……人違いだ」
そう言ってアレックスはバイクを走らせた。本人は否定したが声に聞き覚えがある。あれ
は三年前、まだパトリック=ザラやシーゲル=クラインが生きていた頃のことだ。両家の
結束の強化のためにお互いの子供を婚約させた。その披露パーティで声を聞いた。
(御曹司が生きておられるならまだ見込みがある)
先ほどまで絶望に沈んでいたサトーの顔から笑みがこぼれた。たった一体のMRにズタズタ
にされたプライドなどどこかへいっていた。嘆きの声を忘れ、真実に目をつむるこの欺瞞
に満ちた世界が終わり、コーディネイターによる治世が再び始まる。そう思うだけでサ
トーは満ち足りた気分になっていた。
308 :
31:2006/06/18(日) 01:03:40 ID:???
パトカーの音が聞こえなくなるまで逃げてアレックスがひと息つこうと河川敷にバイクを
止めた。切りも晴れ、夜も白んですっかり朝日が昇っていた。
「ここまで離れれば大丈夫だろう。大丈夫か?シン?」
反応が無い。背中でシンの体を押して揺さぶってみるが反応は返ってこない。
「シン?」
あのときに頭を打っていたのだろうか。そうだとしたら病院に駆け込まなければならない。
ヘルメットを脱いで振り向くと、シンは寝息を立てていた。無理もない。初めての実戦で
徹夜、しかもMR装着状態でだ。相当消耗しているだろう。まだ人もまばらにしかいない。
アレックスはバイクのエンジンを切って一息ついた。普段はこわばっている顔も寝ている
ときは緩んでいる。その顔はどこにでもいる十五歳の少年のものだった。その顔を見てア
レックスは言った。
「シン、良くやったな」
第六話 おわり