シンは仮面ライダーになるべきだ 2回目

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仮面ライダー衝撃(インパルス)

第三話


「俺は……仮面ライダー!仮面ライダーインパルスだ!」

シン、いや仮面ライダーインパルスの叫びは、イザークたちにも聞こえた。
「仮面……ライダー、だと!?」
警察では使われてはいないが、MRの俗称だ。
それを口走ったということは……。
「イザーク、あいつ……やっぱり」
ディアッカが口走ろうとしていることは、イザークにも分かった。
しかし、イザークにはそれを簡単に信じることはできなかった。
「待て、それもこちらを動揺させるためのものかもしれん!」
「けどよ。どう見てもあいつは……」
「姿形に惑わされるな!奴が味方だという確証はどこにもない!」
言われてディアッカは口ごもる。
「あれも、俺たちを油断させるためのものかもしれんのだぞ!気を許すな!」
再びガイアとの戦闘を開始しているインパルスを指して、イザークはディアッカだけでな
く銃を構えたままの警官たちにも向けて怒鳴った。

インパルスは連続して振るわれるガイアの爪をかわすことに専念した。
ガイアの爪は鋭く、直撃してはただではすまないだろう。
幾度か攻撃をかわしたところで、ガイアが突然右手を大きく振りかぶった。
だが、大振りの一撃には隙も生じやすい。
かがんでインパルスはこの一撃をかわし、ガイアの腹部へと右拳を叩き込んだ。
ガイアはたまらずに吹き飛ばされるが、それと同時に、インパルスへと右足を伸ばした。
その足先は既に爪へと変化しており、その先端がインパルスの胸部へと突き刺さる。
「うっ」
「もらったあぁ!」
吹き飛ばされたガイアと入れ替わるようにアビスが飛び出し、その手に持った槍を突き出
した。
2732/16:2006/06/15(木) 10:04:48 ID:???
インパルスはその槍を柄の部分でかろうじて受け止める。
槍の刃先は、インパルスの目前で停止した。しかしインパルスは両手が塞がってしまい、
身動きが取れない。
アビスも同じく身動きが取れない。だが、アビスには仲間がいた。
「ステラ!」
「うええい!」
アビスの叫びに従うように、ガイアが四足獣形態となってインパルスへとまっすぐに突っ
込んでくる。
インパルスは何とか避けようとするが、槍が突きつけられている分、不利な体勢だ。
いくら力を入れても、槍は全く動かない。
ガイアの牙は、インパルスの首へと狙いを定めていた。

「援護しなくていいのかよ!?」
インパルスの危機にディアッカが思わず声を上げるが、イザークは聞き入れない。
「奴が味方だという確証はない!」
「けど!」
「もしそうだとしても、この程度でやられるような奴など援護する意味はない!」
イザークは強い調子で断じた。

やられる……!このまま、殺される!?
シンは、突きつけられた槍と、迫り来るガイアの牙を見て、漠然とそう思った。
しかし、シンの中にはもう一つの思考もあった。
このまま死ねない、という強い意志と、こいつらを倒す、という明確な闘志が。
ベルトが輝き、シンは体中に力がみなぎるのを感じた。

「何だと!?」
「色が、変わった?」
二人、いや、警官たちの目の前で、インパルスの体が青から赤へと変化した。
これまで確認されたどのMS、MRにもない能力だ。
そして、力の均衡が破れる。
2743/16:2006/06/15(木) 10:05:48 ID:???
力が、力が溢れる!
「はああ!」
激しい気合とともに、赤くなったインパルスは持ち主もろとも槍を振った。
槍の柄はアビスもろともガイアへと叩きつけられる。
アビスはたまらずに槍から手を離し、両者はもつれ合うようにして地面に転がった。
インパルスは奪った槍を持ち直し、本来の持ち主へと投げ返す。
「うああああぁぁ!!」
直前で身をひねったおかげで多少狙いは外れたが、インパルスの投げた槍はアビスの左肩
を貫き、アビスを地面に磔にした。
アビスにとどめを刺そうと近づいたところで、後ろからカオスが飛行形態で襲ってきた。
猛禽類のような鋭い鉤爪が、インパルスの背中を傷つける。
「そらあっ!どうした!」
インパルスは、カオスを捕まえようとするが、そのスピードに全く追いつけない。
動きが遅い……!?
シンの疑念を証明するかのように、またも後ろから攻撃を加えられるが、
これにもやはり、インパルスは反応しきれない。
カオスはそのまま飛行しながら、一撃離脱の攻撃をインパルスへと加え続けた。
インパルスの体が次々と傷つけられていく。致命傷こそ負わされてはいないものの、この
ままではきりがない。すぐにガイアも復帰してくるだろう。
徐々に、シンは焦燥を深めていく。

どうして、どうして追いつけないんだ!
シンの焦りに応えるようにベルトが輝き、インパルスの体が再び青へと変わる。
左上から襲い掛かってきたカオスの攻撃を、青へと変わったインパルスはこれまでの苦戦
が嘘のようにたやすくかわした。

「何い!?」
カオスは驚いた様子で反転し、もう一度インパルスを空中から襲撃する。
だが、今のインパルスにはそれさえも通用しなかった。
首を狙った鉤爪を、身を低くしながら後方に跳んでかわす。
「てぇぇぇーっ!」
インパルスは跳躍し、飛行しているカオスへと蹴りを加えた。
「ぐああ!」
カオスはバランスを崩し、地面に墜落する。

シンは、カオスの方をもはや見向きもせず、ガイアのほうを向いた。
ガイアは既に人型に戻り、立ち上がっている。
今度こそ、逃がすもんか!
ベルトから右足へ力が流れ込む。
インパルスは強く地面を蹴り、ガイアへ向かって跳躍した。
2754/16:2006/06/15(木) 10:06:52 ID:???
「うおおおおぉぉぉぉっ!」
シンは右足からガイアへと突っ込んでいった。
だが、ベルトの力を込めた必殺キック、フォースキックがガイアに決まることはなかった。
「あぶねえっ!」
カオスがインパルスとガイアの間に割り込んだからだ。
カオスは胸を張るようにして、フォースキックを胸部でまともに受け止めた。
「な……!?」
「おおおっ!」
カオスは一歩、二歩と後退したが、そこで踏みとどまり、インパルスを弾き飛ばした。
インパルスは受身も取れず、無様に地面を転がるが、カオスも力尽きたかのように地面に
片ひざを付いた。

ガイアがカオスに駆け寄る。
「スティング……!?」
「離脱するぞ!」
「でも……」
「アウルも俺も限界だ。ステラだって、これ以上は無理だろ?」
「……うん」
ガイア――ステラは素直に認めた。
目前でカオス――スティングにかばわれることで、逆に落ち着いたのだ。
「けど、どうすんの?囲まれてるぜ」
そこに、槍を引き抜いたアビスもよろめきながら近寄る。
アビス――アウルの言うとおり、イザークを筆頭とした警官隊は銃を向け、包囲している。
普段ならどうってことのない相手だが、インパルスと戦いながらこの包囲網を抜けるのは
さすがに骨だ。

スティングは何かを思いついたのか、飛行形態となって警官隊に飛び込み、
鉤爪を誇示するかのように、警官に襲い掛かった。
「うわ、うわああぁぁ!!」
恐怖に駆られた警官の一人がカオスに向けて発砲した。
それをきっかけとして、恐慌が伝染したかのか他の警官たちも次々と発砲する。

「イザーク!」
「くっ、ディアッカ、俺たちも続くぞ!」
イザークたちもイーゲルシュテルンをカオスたちに向けて引き金を引いた。
銃口から、対MS用の特殊弾が次々と飛び出し、カオスたち三体のMSにまっすぐに吸い
込まれていく。
2765/16:2006/06/15(木) 10:08:09 ID:???
辺りが硝煙に包まれ、視界が利かない。
激しい銃声が耳をつんざく。一体何が起こっているのか、状況が全く分からない。
「ちいっ、撃ちかたやめぇ!」
イザークの指示で我に返った警官たちは、戸惑いながらも銃を収めた。
辺りは一気に静かになり、煙も風に流され始める。
煙が晴れたとき、そこには三体のMSも、インパルスもその姿を消していた。

「ここまで来れば、もう大丈夫じゃねえの?」
人気のない路地裏、左肩を押さえたアウルは外の様子を確認して言った。
「いや、油断するな……うっ……!」
「スティング……?」
スティングが突然胸を押さえ、苦しげな呻き声をあげた。
「どうしたんだよ、スティング?」
「なんでも、ねえ……うぅっ……」
アウルに答えつつも、スティングは胸を押さえたまま壁に寄りかかった。
その様子は、どう見てもただ事ではない。
「何がなんでもねえだよ!ちょっと横になれ!」
アウルはスティングを強引に横たわらせた。

そんな喧騒を、ステラはぼうっとした顔で見つめていた。何が起こっているのか理解でき
ていない様子だ。
「スティング……どうしたの?」
いらいらした様子のアウルが、ステラを怒鳴った。
「どうしたもこうしたもあるかよ!さっきのあれのせいに決まってんだろ!」
「あれ……?」
「あの青い奴のせいだよ!インパルス、とか言ったっけ!?」
「インパルス……?そいつが……スティングを……!?」
その横で、スティングはまたも苦しそうな呻き声を上げる。ますます具合が悪くなってい
るようだ。
だが、二人はどうすればいいのか全く分からない。スティングが苦しんでいるのを黙って
見ているしかなかった。
2776/16:2006/06/15(木) 10:09:04 ID:???
そこに、やや軽薄さえ感じさせるような、大人の男性の声が投げかけられた。
「見つけたぜ、子猫ちゃんたち」
「何……!?」
いつの間にか、三人のすぐ近くに背の高い男が現れた。
背が高く、金色の髪を肩の辺りまで伸ばしている。しかし、何より人目を引くのは、顔を
覆う奇妙な仮面だ。
仮面に隠され、その表情は分からない。

「どうやら、随分とお困りのようだねえ」
「何だ、お前は!?」
ステラがその男に飛び掛る。ステラにとって、スティングたち以外に信用できる者など
いない。近づくものは何であっても、敵だった。
人間の姿のままでも、常人にはかわしようの無い動きだったが、仮面の男はそれを軽くい
なす。
ステラは背中から壁に叩きつけられ、悲鳴を上げた。
「怪我してるんだろ。無理しなさんな」
仮面の男は何事も無かったかのように、壁に崩れ落ちたステラの方を向いて言った。
「それに……」
そして、仮面の男はスティングたちの方に顔を向ける。
「彼は随分と危ないようだ。君も、左肩か?負傷しているんだろ?」
あまりに的を射た指摘に、三人は閉口するしかなかった。
「それだけひどくやられちゃあ、変身もできないねえ」

「……何者……だ……?」
その一言に、スティングが苦しみながらも反応した。
スティングたちの正体さえ知っているかのようなこの口ぶり。
先ほどの動きといい、得体が知れないが、只者でないことも確かだ。
「心配しなさんな。俺は敵じゃない」
「ハア?いきなりそんなこと言われて信じるとでも思ってんの!?」
「そりゃ、そうだろうねえ」
馬鹿にしているとしか思えないこの態度。その脇で、また苦しくなったのかスティングが
呻き声を出した。
「……グアァッ……!」
「スティング!」
「おやおや、また悪くなったのか。そのままじゃ君、死ぬね」
仮面の男のその言葉に、ステラの顔がこわばる。
2787/16:2006/06/15(木) 10:10:03 ID:???
「死……死ぬ……?スティングが……イヤアアァァッ!」
ステラが悲鳴をあげるが、仮面の男は全く動じてないようだ。それどころか、そんなステ
ラを見た彼は、その口元に満足げな笑みさえ浮かべていた。

「何がおかしいんだよ、お前ェ!」
アウルの激昂に、その男は肩をすくめるような仕草をした。
「失礼。俺が君たちの事をどれだけ知っているか見せたかったのでね。彼女には悪い事を
したかな。大丈夫だ。彼は助かる」
「え……スティング……助かる?……死なない……?」
「そうだよ。彼は、俺たちが助けてあげよう。ついて来るんだ」
ステラは憑き物が落ちたような表情になり、仮面の男をぼうっとした目で見上げる。
踵を返した仮面の男に、今すぐにでもついて行きそうな雰囲気だった。
「待てよステラ!あんた、何もんなんだよ!?」
今は声を出すことさえ苦痛なスティングに代わり、アウルが怒鳴った。
仮面の男は振り返り、三人に向けてこう名乗った。
「そうだねえ。ネオ・ロアノーク、とでもしておこうか」
2798/16:2006/06/15(木) 10:11:27 ID:???
朝の混雑が始まる少し前の時間帯、一台のワゴン車が駅前に停車した。
そこから、一人の少年が降りる。
「ありがとう、ヨウラン」
シンは運転席に向かって礼を言った。
わざわざ、シンの家の最寄り駅まで送ってくれたからだ。
運転席のヨウランは、ふざけた調子で応えた。夜通し運転し続けたとは思えない、元気そ
うな声だ。
「気にすんなよ。俺は気にしてないって」
「やだあ、ヨウラン。レイの真似なんて似合わないよ」
メイリンが笑いながら言い、シンも少し笑った。その後ろ、ワゴン車の最後尾の席で、レ
イだけは憮然とした表情をしていた。
「それは冗談だけど、ホント気にすんなよな。あんだけ走ったんだから、ちょっと位寄り道したって変わんないって」
「そうそう、シン気にすること無いわよ。じゃ、またね」
「ルナが言うことか、それ」
シンはドアを閉め、動き出すワゴン車を見送った。
窓のむこうから、ルナマリアやメイリン、ヴィーノが手を振っているのが見える。
だがレイは、シンへ少し目配せをしただけで終わった。レイとは、後で会う約束をしてい
る。
なにしろ、あの後みんなと合流してからは落ち着いて二人で話す機会がほとんど無かった。
レイにはいろいろ話さなければならないし、シン自身、相談したいこともある。
その前に、まずは家で落ち着きたかった。
旅館とは比べるべくも無い、狭くて小汚いアパートだが、それでも自分の家だ。
2809/16:2006/06/15(木) 10:12:23 ID:???
「引越でもあるのか?」
シンの部屋のすぐ横に、荷物が積み上げてあった。何か見覚えがあるような気もするが、
きっと気のせいだろう。
シンは鍵を差し込んだが、廻らない。鍵が合わないらしい。
「あれ、部屋間違えたかなあ?」
部屋番号を見るが、間違いない。番号は間違いないのだが……
「何で空き家になってんだ?ちょっと、管理人さん!」
管理人の部屋のドアを勢いよく叩く。管理人のおばさんが出てくる。まだ朝早いせいか、
すこぶる不機嫌そうな顔でシンにあっさりと告げた。
「ああ、あんたの部屋。貸し出す事になったから」
あんまりといえばあんまりな言葉に、シンは言葉を荒げる。
「はあ?何でそんな事を!?」
「あんた、契約更改の紙、出してないでしょ」
そんなもん、あったっけ?
「三週間前に契約更改の紙、郵便受けに入れといたのに全然反応なし」
三週間前といったら、卒業試験でばたばたしてたからなあ。終わった後も郵便物なんてほ
とんど見ないで、まとめて放り出しちゃったし。
「ついこの間催促に行ったら、あんたいなかったでしょ」
旅行に行ってたときか?
「だから昨日あんたの部屋片付けて空き家にしたから」
「何ですか、それ!随分勝手な!」
「もとはといえば、あんたが契約更改しないから悪いのよ」
「うっ……、じゃあ、もう一度契約を……」
「ああ、それ無理だわ。もう何軒も問い合わせきてんのよ。こんなぼろでも人気あるのよ。
さっさと荷物まとめてどっか行って」
「どっか行ってって……、ここ追い出されたらどこ行けば……」
「それはあんたの事情。じゃ、話はそれまでってことで」
管理人はドアを占めてしまった。シンはドアを何度も叩くが、もう管理人は出てこなかっ
た。代わりに、別の部屋から怒鳴り声が聞こえた。
「うるせえぞ!」
「すみません……」
28110/16:2006/06/15(木) 10:19:03 ID:???
大量の荷物を強引にくくりつけたバイクを押しながら、シンは途方に暮れた。
今から住むところを探すしかないが、果たしていいところが見つかるかどうか、難しい
ところだ。
とりあえずシンは、レイと待ち合わせをしている喫茶店に向かっていた。
大量の荷物も一緒だというのが少し情けないが、放り出すわけにもいかない。
「シン?」
聞きなれた声がする。シンは顔だけそちらの方へ向けた。
「やっぱシンじゃない。何やってんのよ」
ルナマリアだ。今の落ち込んでいるシンとは対照的に元気そうだ。
というより、元気の無いルナマリアなど、シンにはとても想像のできないが。
「ルナか。どうかしたの?」
「私は暇だからちょっと散歩してただけ。それよりシンこそ何?その大荷物」
「それが……」
シンが事情を説明すると、ルナマリアも困ったような顔をした。
「それは大変ね。そういうことじゃ、私は力にはなれないし」
ルナマリアは女子寮にメイリンと二人暮ししている。確かにそれでは紹介してもらっても
意味がない。
「ところで、今から何か予定でもあるの?」
「ちょっとレイと……」
言ってからシンははっとした。
みんなに聞かれたくないからってわざわざ二人で会う約束をしていたのに、自分からばら
してどうする!?ルナのことだからきっと……
「へえ、レイと?暇だし、私も行くわ」
そう言ってくるに決まってる。こうなった以上、無理に断るのも不自然だ。
シンは自分のうかつさを呪いつつ、待ち合わせをしている喫茶店へルナマリアと一緒に歩
きだした。
「ところでメイリンは?」
「手入れしないとお肌が荒れちゃうとか何とか言って、家にいるわよ。何でそんなにする
のか知らないけど」
生返事をしつつも、女でないシンにはどちらが普通なのかさっぱり分からなかった。

喫茶店では、既にレイが席に座っている。
シンのほうがルナマリアに捕まったりと、いろいろあって遅れたのだ。
シンが手を上げて挨拶すると、レイの方も同じように手を上げるが、シンの横にいるルナ
マリアを見て、レイは顔をしかめた。
笑顔で手を振るルナマリアの横で、シンは苦笑いを浮かべていた。
28211/16:2006/06/15(木) 10:21:08 ID:???
「そういうことか。災難だったな、シン」
「そういうわけなのよ。レイ、なんかコネとかない?」
結局当初の目論見どおりの話はできず、三人で旅行の思い出などの雑談をしているうち、
シンが下宿を追い出されたという話題になった。
ルナマリアがほとんど喋ってくれたおかげで、シンが口を挟む間が無い。
レイは一通り話を聞いてなにやら思案していたようだが、何かを思いついたのか、口を開
いた。
「ならシン。家に来るか?」
あまりにも意外なその提案に、シンはもとよりルナマリアも驚く。
「え……いいのか?」
「レイ、ホント!?」
「ああ。幸い、部屋は余っている。今から見に来るか?」
レイの言葉に、シンはすぐさまうなずいた。

「そういえば、レイの家って行った事なかったわね」
「そうか?」
そういえばそうだ。よく考えたら、ルナたちの家にも行った事がない。まあ、ルナたちの
寮は完全男子禁制らしいけど。
「こっちの方でいいの?」
「ああ。すぐそこだ」
「私の家もこの近くよ」
「へえ、本当?」
「うん。この近くに寮があるのよ」
「着いたぞ。ここだ」
歴史を感じさせる、というよりただ古いだけの門に、手入れをしていないのか草木が伸び放題となってしまった庭。
二階建ての建物はなかなか大きく、趣味のよさを感じさせるものだったがひどく壁は汚れ、
屋根にも少し壊れたところがある。
その雰囲気は、まるで肝試しに使えそうなほどの不気味さを醸し出していた。
28312/16:2006/06/15(木) 10:23:42 ID:???
「実は俺もつい最近ここへ越してきたばかりでな。汚くてすまない」
レイが紅茶を二人の前のカップに注ぎながら言った。
「へえ、何でまた」
「ギルから連絡があった。ちゃんと掃除をしてくれるなら、この家を自由に使ってくれて
構わないそうだ」
ギルというのは、レイの保護者、ギルバート・デュランダルのことだ。
アカデミーの客員教授で、他にもいくつかの肩書きを持っている。
随分前から海外に行っているので、シンもルナマリアも会ったことはない。
「建物って使ってないとすぐに荒れるもんな」
この家がまさにそれだ。シンはそこまでは言わなかったが、誰もが思った。
「じゃあ、レイってこの家に一人で住んでるんだ」
レイの入れてくれた紅茶を一口飲んでから、ルナマリアが聞いた。葉がいいのか、学校の
カフェテリアで飲むようなものとは香りも風味も全然違う。
「ああ。見ての通り、部屋はあり余っている」
そしてレイは、部屋を一通り見回した。
「だが、さすがに一人では掃除しきれなくてな。シンにも家事などを手伝ってもらいたい。
頼めるか?」
一人暮らしが長いおかげで、家事全般にかけてはそれなりに自信がある。それに、家賃を
払わなくてすむのならバイトを減らしてもよさそうだ。
「ところで、ここから学校へはどれくらいかかるんだ?」
「そうだな……」
「歩きで三十分くらいよ」
レイより先に、ルナマリアが口を開いた。
「何でルナが答えるんだ?」
「言ったでしょ。私の家もこの近くなのよ」
偶然って怖いな。
そう思いながら、シンは首を縦に振った。こんなにいい話を断る理由はない。
「これからもよろしく」
「分かった。とりあえず荷物を運び込んでくれ」
28413/16:2006/06/15(木) 10:26:41 ID:???
部屋に荷物を運び込み、簡単な掃除だけしたシンはリビングに戻ってきた。
あまりにもほこりがうず高く積もっていたので、簡単とはいえ予想以上に時間がかかって
しまった。
リビングにルナマリアの姿はなく、レイが一人で新聞を読んでいた。
「片付けは終わったのか?」
「簡単にだけど。ところで、ルナはどうしたんだ?」
「もう帰った」
「そっか」
レイは新聞を畳み、シンに向き直った。
「これで、やっと落ち着いて話ができるな」
「……」
もとはといえばシンのせいでここまで遅くなってしまったのだ。黙っているしかない。
「お前はあの怪物と戦いに行ったのだろう。どうなった?」
「……逃げられた」
警官隊が揃って発砲したおかげで、三体を完全に見失ってしまった。
おまけにシンにも銃弾が当たった。まあ、大して痛くはなかったが。
「そうか……」
レイはしばらく黙っていた。あまり口にしたいことではないので、しつこく追求されない
のは助かる。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「これから……か」
考えていなかった。だが、不思議なほど簡単に結論が出た。
「俺は戦う」
「いいのか?今度こそ命が危なくなるかもしれないんだぞ」
それは誰よりもよく分かっている。何しろ自分のことだ。
はじめて戦ったときも、あの三体と戦ったときも何度も死ぬかと思った。
しかし、だからといってやめるという考えは微塵も浮かんではこない。
「二度目に戦ったとき、俺は感じたんだ。この力は、あいつらと戦うための力だって」
「だが、力があるといっても戦わなければならない、ということはない」
「分かってる。けど、何もできない悔しさや無力感を感じるくらいなら、俺は戦う。
戦って、大切なものを守りたい。そう決めたんだ」
「……そうか。そこまで決心しているのなら、俺に止められることではないな。だがシン。
一つだけ約束してくれ」
「何?」
「死ぬなよ」
その一言に込められた思いに、シンは胸が熱くなった。
「分かった」
シンは首を縦に振りながら言った。レイは満足そうにうなずいた。
「生きているということはそれだけで価値がある。明日があるということだからな」
レイの言葉は、シンの心に深く刻み込まれた。
28514/16:2006/06/15(木) 10:28:41 ID:???
レイと話した後、シンはモップや雑巾などの掃除用具を借りて、新たな自分の城の本格的
な掃除を開始した。
「やっぱり、荒れてるなぁ」
リビングやレイの部屋と比べるまでもなく、この部屋はひどく汚れている。
ほこりは払ったものの、天井にはくもの巣が張り、壁紙は日焼けしている。
このままお化け屋敷のセットにでも使えそうなほどの荒廃ぶりだ。
今日一日では掃除しきれないかもしれない。
「明日からは他の部屋も少しずつ掃除するべきだな」
備え付けの机を雑巾がけしながら呟いたとき、シンは奇妙な感覚を覚えた。
「……なんだ、これ?」
どこかに何かがいることが分かる、不思議な気配。
体にも変調が現れた。体中、特に腹部がうずいている。
シンの体の中にある何かが、シンに何かを訴えかけているようだ。
「これって……まさか!」
この感覚の正体に思い当たったシンは雑巾を放り出し、外へと飛び出した。

日は西に沈みかけ、空は赤く染まっている。
両親に手を引かれた小さな男の子が、はしゃぎながら母親に言った。
「ユーエンチ、たのしかった!」
「そうね、また行こうか?」
「うん!」
父親は、妻と息子を見て微笑んでいる。
絵に描いたような、幸せな家族の姿だ。
それを、物陰から見つめている影があった。

一つ目の化け物。
緑色の体色、ピンク色に光る丸い一つ目、その姿は、四年前に確認されたMS、ゲイツの
それと酷似していた。ゲイツR、といったところか。

ゲイツRが、今まさにその一家に飛びかかろうと物陰から飛び出すが、
横から何者かに飛びかかられ、地面に転がった。
「……ナン、ダ」
ゲイツRは、自分の邪魔をした奴を睨みつけた。
今まさに立ち上がろうとしていた赤い瞳をした少年の姿が、そのピンク色の目に
映し出されていた。
28615/16:2006/06/15(木) 10:30:30 ID:???
シンは立ち上がりながら、MSではなく、襲われるはずの家族の後姿を見た。
彼らは自分たちに降りかかろうとした危機にも気付かず、笑いながら歩いている。
ほっと息をつき、シンはやっとMS、ゲイツRの方を向いた。
「また殺したいのか!あんたたちは!」
シンは叫び、右腕を掲げた。シンの腰にベルトが現れる。
ゲイツRはそれを見て、慌てたように右腕を振りかざし、シンに襲い掛かった。

「変身!」
シンの頭を粉砕しようとゲイツRの右腕が振り下ろされる寸前、シンの身体は灰色のイン
パルスへと変貌を遂げていた。
インパルスはゲイツRの攻撃をかわし、右前方へと転がりながら青色へと変化した。
青へと変わったインパルスは振り返ろうとしたゲイツRへ回し蹴りを喰らわせた。
インパルスは続けてゲイツRを連続して殴りつける。

いける!俺は、こいつよりも強い!
目の前の敵はあの時戦った三体よりも弱い。
そう確信したシンは、ゲイツRへと猛攻を加えていく。
防戦一方だったゲイツRだったが、一瞬の間をついて、突然右腕を逆袈裟に振り上げた。
とっさに後ろへ下がるインパルスだったが、その胸部に爪痕が刻みつけられている。

「うっ!」
ゲイツRの右腕に、巨大な爪が出現している。
ゲイツRはその爪を頼りに反撃を開始した。右腕を振り回し、インパルスを切り裂こうと
する。
あの時と同じだった。シンがはじめて自分の意思で変身して、ガイアと戦ったときと。
しかし、ゲイツRの動きはガイアに遠く及ばない。
インパルスは心臓を狙って突き出された一撃をぎりぎりでかわす。インパルスのすぐ横、
何もない空間を鋭利な爪が通過した。
ゲイツRの右腕が伸びきった一瞬、インパルスはその右腕を左手で押さえ込んだ。必殺の
爪が封じられる。もがいても、インパルスの力は強く外すことができない
ゲイツRは残る左腕でインパルスを引き剥がそうとする。

だが、片腕同士の戦いではインパルスの方に分があった。
ゲイツRの左腕がその身に届くより早く、インパルスは右拳をゲイツRの腹へとめり込ま
せていた。
その威力にゲイツRは崩れる。同じところへ連続してパンチが叩き込まれる。
左腕が掴まれているので、ゲイツRは防御どころか逃れることすらできない。
インパルスは左腕を力任せに引っ張り、ゲイツRの右腕を解放した。つんのめったゲイツ
Rへ右足の蹴りをお見舞いした。
ゲイツRは何メートルも吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられた。
28716/16:2006/06/15(木) 10:32:19 ID:???
インパルスはその隙に、右足にベルトの力を流れ込ませた。
右足にベルト、いや、インパルスの力が集中する。
インパルスは跳び上がり、立ち上がろうとしたゲイツRに右足から突っ込んでいった。
「うおおぉ!」
フォースキックがゲイツRの胸部に直撃する。インパルスはその反動を利用して、
やや離れたところに着地した。
「グ、グアアアアァァァァ!!」
インパルスの背後で、ゲイツRが断末魔の叫びを上げ、爆散した。
シンは立ち上がりながら、爆風を背中に感じた。爆発音が周囲に轟く。
ついに、倒せたのか。
シンはこの力に不思議な感慨を覚え、自らの手を見つめた。
もちろん、インパルスの手は人間とは違う。
いつの間にか日は沈み、辺りは闇に塗り込められていた。

シンはバイクから降り、今日から住む事になった家の、趣味のいいドアを開けた。
長らく口にしていなかった言葉が、自然と口から流れ出る。
「ただいま……」
明らかにレイの声ではない、だが聞き覚えのある女の子の声がシンの耳に届く。
「おかえり〜、遅かったわね」
「もう夕飯できてるよ」
驚いたシンは、リビングに駆け込む。
案の定、そこにはレイだけでなく、ルナマリアとメイリンが座っている。
テーブルの上には、やけにたくさんの料理が並んでいた。
「ルナ、メイリンまで。何でいんの?」
シンの言葉に、ルナマリアが心外そうに答えた。
「ご挨拶ね。せっかく引っ越し祝いに来てあげたのに。この料理も私たちで用意したの
よ?」
「お姉ちゃん、何言ってるの?料理はほとんど私が作ってお姉ちゃんはお皿運びとかしか
してないじゃない!」
「何よ!ちょっと料理ができるからって……」
また始まった。いくら友達だからって、人前なんだから少しは遠慮しろよ。
シンは呆れるが、この二人が自分のために来てくれた、というのも本当なのだろうとも思う。
その気持ちは、素直にうれしかった。