238 :
1/16:
第二話
眼を覚ましたシンは、そこが見慣れた狭いアパートの部屋でなかったのに驚いた。
「あれ……ここは……?」
「目が覚めたか」
レイに声をかけられ、寝ぼけていた頭が徐々にはっきりとしてくる。
そうだ、俺はあの後……。
警察署の中で、元に戻って……、そのまま気を失ったんだ。
けど、この部屋は何なんだ?
布団が四つも敷いてある和室だ。こんなところ、シンには見覚えがなかった。
「ここは、俺たちが泊まっている宿だ」
シンの心を読んだように、レイが答えた。
レイはやけに勘がよく、こんな風に先回りして答えてくれることがある。
「そっか。でも、何で俺はこんなところにいるんだ?」
「お前が気を失ったあと、ヨウランがここまでお前を背負ってきたんだ。感謝するんだな。
それより、俺も聞きたいことがある。あれはなんだ?」
そこから先は言わなかったが、大体想像はつく。レイには見られていたらしい。
「自分でも、よく分からないよ。殺されそうになって、けど、あのまま何もできずに死ぬ
のが悔しくて……。こんなんでやられてたまるかって思ったら、ああなって……」
説明になっていないのは、自分でも分かっている。
しかし、自分自身本当にわけが分からないのだから仕方がない。
「そうか」
それでもレイは、納得してくれたらしい。突っ込んで聞かれなかったのは本当に助かる。
これがルナマリアとかだったら、さぞかし大変だっただろう。
「だが、もう無茶はするな。あの時、俺がどれだけ心配したと思っている。
俺だけじゃない。ルナマリアも心配していたはずだ」
そのことは、すっかり失念していた。
あの時は頭に血が上って突っ込んでいったが、変身していなかったら間違いなく死んでい
ただろう。
そうしたら、レイたちにも悲しい思いをさせてしまう。それだけじゃない。ひょっとした
らレイにもあのときの自分と同じような思いをさせてしまったかもしれない。
何もできなかった悔しさと絶望的な無力感を。
そう思ったシンは、素直に謝った。
239 :
2/16:2006/06/02(金) 00:04:37 ID:???
「……ごめん」
「分かってくれればいい。ルナマリアたちは朝食に行っているが、動けるか?」
「体の調子はいいけど」
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。ホント、前より調子がいいんだよ」
これは本当のことだ。よく寝たせいか、すこぶる体調がいい。
「なら、いいが……」
レイの言葉が終わるか終わらないかというときに、騒がしく戸が開いた。
「シン、起きたーっ!?」
「おっ、元気そうじゃん」
「心配したぜ、コノォ!」
「シン、おにぎりもらってきたよ。食べる?」
ルナマリア、ヨウラン、ヴィーノ、メイリンが部屋に押しかけてきた。
シンは四人にもみくちゃにされてしまう。
「うわわ、ちょっと、動けない!」
「あ、ごめんね、シン。ほら、みんなも離れて」
姉であるルナマリアと似た赤い髪をツインテールに結んだ少女、メイリンがたしなめるが
三人とも聞いてくれない。
「喜んでいるところ悪いが……、シンは疲れている。少し休ませてやれ」
「それもそうだな。わりい、シン」
ヨウランがそう言って離れた。浅黒い肌でシンたちより一つ年上だ。他の二人もシンを解
放する。やはりレイの言葉はやけに説得力がある。
「そうだ、シン。これ見てよ」
ルナマリアがシンの目の前に新聞を広げた。
「え、AAジャーナル?何これ?」
オーブにある雑誌社が不定期に出版している。オカルト雑誌ということで有名だ。
「それはどうでもいいの。見て欲しいのはここよ、ここ」
そう言ってルナマリアはあるページを開いた。
そこには、黒いMSと灰色の戦士が戦っている写真が載っていた。
240 :
3/16:2006/06/02(金) 00:05:29 ID:???
「これ……」
紛れもなく、昨日の自分の姿だ。
「シンからも言ってよ。私が仮面ライダーを見たって言ってもメイリンったら信用しない
のよ」
「だってこの雑誌、捏造が多いことで有名な三流雑誌だよ。それに、仮面ライダーもMS
も四年前からずっといなくなったままなんでしょ」
「だから、新しい仮面ライダーなのよ!」
「仮面、ライダー?」
シンの疑問をよそに、ホーク姉妹は激論を戦わせていた。仕方なく、前髪にオレンジ色の
メッシュをかけた少年、ヴィーノが雑誌を指差して説明した。
「シン知らないの?昔、MSと戦ってたんだって。ほら、ここに記事があるだろ?」
ヴィーノの指差す先には、炎をバックに佇立する灰色の戦士の写真の他に、二体の戦士の
写真が載っていた。
しかし、白黒な上に不鮮明な写真だったのでどんな姿なのかはほとんど分からない。
改めて記事を見てみると、MSではなく仮面ライダーについて言及されているようだった。
「『衝撃!新たな仮面ライダー出現か!?』」
「だって、仮面ライダーのことなんて他のどこにも書かれてないじゃない!ほら、これな
んて『警察署にトラックが!死傷者多数!』って書いてあるよ!」
「情報操作されてるのよ!五年前だってはじめはそうだったでしょ!」
まだ口論していたらしい。いつもはいたって仲の良い姉妹なのだが、たまにけんかをする。
まあ、放っておけばすぐに仲直りするのだが、それまではうるさくてしょうがない。
うんざりしたようなヨウランが、そっとシンたちに言った。
「なあ、シン。朝食まだだろ?レイも。食べに行こうぜ?」
「そうだな。シンはどうする?」
「俺も行くよ」
既に周りの見えないくらい口論に熱中しているホーク姉妹をよそに、男性陣はそっと部屋
を出て行った。
部屋を出る直前に聞こえたルナマリアの言葉が、なぜかシンの印象に残った。
「灰色なんてダサいよ!」
「それが渋くて格好いいじゃない!突然目の前に現れたときなんて、もう衝撃的だったわ
よ!」
衝撃、か……。
241 :
4/16:2006/06/02(金) 00:07:32 ID:???
「ようこそいらっしゃいました。私がここの署長です」
太り気味の中年男性が入ってきた二人の男に言った。
グレーのスーツをきっちりと着た、プラチナブロンドの髪の怜悧そうな青年と、緑のスー
ツを着崩した、金髪で浅黒い肌の少し軽薄そうな青年だ。
「MS対策班ZAFT隊長、イザーク・ジュールだ」
「同じく、ZAFT所属、ディアッカ・エルスマン」
二人は敬礼をしながら、自己紹介をした。
「さっそくだが、資料を見せてもらいたい」
「はい、分かっております。今から対策会議を始めるところです。
視聴覚室へお越しください」
イザークの高圧的、ともとれる言い方に気を悪くした様子もなく、署長は揉み手でもしそ
うなほどの愛想のよさで答えた。
警察より、セールスマンでもやってた方が似合ってるんじゃないか?
ディアッカは皮肉っぽくそう考えたが、もちろん口には出さなかった。
視聴覚室では、既に多数の警官が席についていた。
ZAFTの二人を召喚したのも、経験者を含めての今後の対策を議論するためだ。
イザークとディアッカも促されて、入口近くの席に座る。
二人が着席したのを合図にしたように、スクリーンに映像が映し出された。
「なっ!?」
「あれは!?」
それを見た瞬間、イザークとディアッカは思わず声を上げていた。
黒いMSと灰色の戦士。黒いMSのほうははじめて見るが、灰色の戦士のほうはかつて見
たことのあるものに酷似していたからだ。
『この映像は二体同時に写されたものですが、これらが先日、署に現れた個体です』
マイクを通して、司会役の警官の声が聞こえる。
『映像はありませんが、他にもMS二体の存在が確認されています。
また、目撃証言から、他の二体と黒いMSはどうやら協力関係にあるようです』
『黒いMSは獣の様な形態への変身能力を持っていました。これがその写真です』
スクリーンに映像が映し出される。不鮮明だが、四足の黒い獣が警官を襲っていることは
はっきりと見て取れた。
『そしてこれが、灰色のMSです。映像で見る限り、これといった能力は確認できません
が、腹部に独特の形状をした装飾品が確認されています』
続いて、灰色の戦士の姿が映し出された。確かに、腹部にベルトが確認できる。
『そして残りの二体ですが、それらについては映像、資料、共に存在しないためにその能
力は全くの未知数です』
242 :
5/16:2006/06/02(金) 00:09:23 ID:???
『すでに、奴らによる署の襲撃で警官が七名、命を落としています。各員はそれ相応の覚
悟をもって、捜査に当たってください。
その前に、ZAFTの方々に意見を伺いたいと思います』
そう言って、司会の警官がイザークにマイクを押し付けてきた。
イザークは立ち上がり、続いてディアッカと共にスクリーンの前に行った。
『俺がZAFT隊長、イザーク・ジュールだ。貴様らにどれだけの知識があるかは知らない
が、基本中の基本から説明していく。
ディアッカ、もって来たディスクを流せ』
「はいよ」
ディアッカがプロジェクターの準備をしている。その間もイザークは説明を続けている。
『貴様らも知っているだろうが、Monster Soldierがはじめて確認された
のは5年前のことだ。
当分の間は報道管制をしていたが、すぐに公式発表され、その存在が知れ渡った。
我々ZAFTが結成されたのも、その頃だ』
MS対策班、通称ZAFTが結成されたことにより、報道管制が解除された、というのは
まことしやかに囁かれている。
MS事件に対して優先的な権力を持ち、最新装備で身を固めた精鋭部隊。
実際、MSに対抗するための組織が結成されたことで、はじめて警察は重い腰をあげて、
公式発表に踏み切った、という面もある。
『そして四年前、最後の一体が確認されて以降、現在まで確認されてはいなかった』
最後の一体には、イザーク、ディアッカの二人ともに因縁のある相手だった。
『MSは個体によって実にさまざまな特徴を持っているが、その共通点としては、強固な
体表がある。奴らの表皮には並の銃弾は通用さえしない。さらに……』
「終わったぜ、イザーク」
ディアッカの声で、イザークは一旦説明を中断した。
もともと説明などというのは得意ではない。いくら何を言ったところで、実戦に勝るもの
はないからだ。
スクリーンに映像が映し出される。
『これは、ZAFTの記録ファイルをまとめた映像ディスクだ。よく見ておけ』
243 :
6/16:2006/06/02(金) 00:10:54 ID:???
記録映像は、二時間にも及んだ。
「どうだ、あいつらは?」
「ダメだ!奴らは事の重大さを全く理解しておらん!」
「知らない奴の反応は、そんなもんなのかねえ?」
実際にMSが猛威を振るっていた頃はともかく、今は奴らが出現しなくなってきて久しい。
MSの脅威を理解していないのも、無理からぬことなのかもしれない。
かつてはエリート部隊だったZAFTも年々規模が縮小され、ついには隊員もたった二人、
イザークたちだけとなってしまった。
「で、これからどうする?」
地元警察への教授、その仕事を終えた今、ZAFTとしてやるべきことは行方不明のMSの捜索だけだ。
「決まっている!まずは目撃者からの聞き込みだ」
「聞き込みって、いまさら新しい事実が浮かび上がってくるとも思えないけど?」
「いや、昨日のうちに事情聴取できなかった奴が一人いるらしい。あの灰色と最も早くに
接触したと見られる奴だ」
「は?何でそんなのが取調べされてないわけ?」
「あの黒いのに襲われて失神していたそうだ。近くにいた友人たちから事情を聞き、それ
で帰してしまったらしい」
ディアッカは呆れた表情でそれを聞いていた。
まったく、田舎警察のやることと来たら……。
「ところで、どう思う?あれ」
ディアッカの言いたいことは分かっている。あの灰色のことだ。
「確かに類似点は多い。だが、それだけだ。実際に見てみないとなんとも言えん」
「もし、あいつもMRだとしたら、どんな奴なのかね」
MRとはMSの出現と同時期に現れ、MSと戦った存在のことだ。
その正体はMS以上に謎が多い。
MRというコードネームは、正式には『Monsters Revolt』
『怪物たちの裏切り者』という意味で名づけられた。
しかし、公式発表でMRとだけ発表したところ、ある雑誌が
『Masked Raider』と当て字をしたのが広まり、
『仮面ライダー』という名前で呼ばれるようになった。
MRという言葉を口走ったことで、二人の脳裏にある男の姿が浮かんだ。
イザークはそれを隠すかのように言い放った。
「ふん!もしあいつのような奴だとしたら、俺がその根性叩きなおしてくれるわ!」
244 :
7/16:2006/06/02(金) 00:11:51 ID:???
「はっくしょん!」
「やだ、シン汚い」
「ああ……ごめん」
鼻をすすりながら、メイリンに謝る。宿に戻ってきた一行は、今後の事を話し合っていた。
「もし、本当にMSが現れたのなら、危ないよ。早く別のところに行こう?」
メイリンはそう主張していた。
もともとアーモリーワンで宿泊する予定はなく、ここに泊まったのはレイとルナマリアの
事情聴取が長引いたせいだ。
メイリンの言っていることは正しく、反対する理由はない。
しかし、シンにはここを離れたくない理由があった。
「俺はもう少しここにいるよ」
「え、何で?」
言われると思っていた。本来なら、一番にここを逃げ出そうと言い出すのは、自分のはず
だからだ。
「ええと、それは……け、警察に行こうと思って!」
みんなの顔がおかしな風に歪む。やっぱり、この言い訳はまずかったか。
「い、いやさ、俺が寝てた間にレイとルナは事情聴取受けてたんだろ?
なら、俺も受けとかないと……」
不公平かな。と言おうとしたが、思いとどまった。誰も納得していない。
「何それ、わけわかんないわよ」
ルナマリアに言われた後、レイがシンの眼をまっすぐに見てきた。
「シン、お前……」
シンは黙ってうなずいた。レイだけは、シンの真意を分かってくれたらしい。
「……分かった。場所は後で連絡する。お前はあとから来ればいい」
「ちょ、レイ!何言ってんのよ!」
ルナマリアがレイに突っかかるが、レイなら俺と違ってうまくごまかしてくれるだろう。
シンは急いで立ち上がり、戸に向かった。
「レイ、ありがとう!それじゃ、さっそく出かけてくる!」
みんなの声、というか文句は完全に聞こえないふりをした。
唯一つ、レイの言葉だけには応えたが。
「シン、無茶はするな。必ず帰って来い」
そっけない言い方だが、レイなりに自分の事を心配してくれているのはよく分かる。
「分かってる!」
そう言って、シンは部屋を飛び出した。
245 :
8/16:2006/06/02(金) 00:13:07 ID:???
「レイ、どういうことなのか説明してもらえるわよね?」
「シンの奴、一体どうしたんだ?」
ルナマリアとヨウラン、年長の二人に迫られても、レイは顔色一つ変えずに応対した。
「ここは、オーブの近くだ」
その一言だけで、さっきまでうるさかった四人が四人とも黙った。
レイは、ただの事実を言っただけなのだが、ルナマリアたちはその言葉からシンの行動を
勝手に想像した。
「でも、それなら言ってくれればよかったのに」
「言いたくなかったんだろう。後から追求するような真似も控えた方がいい」
恐ろしい事に、レイは嘘など何一つ言わずに全員の追及を見事にかわした。
「こんなことなら、バイクにでも乗ってくればよかったかな」
街中を歩いていたシンは思わず呟いていた。
シンは、はじめにみんなに言ったように、警察署に向かっていた。
あの怪物たちも、あの近くにいるかもしれない。
それに、警察署がどうなっているのかも、知っておきかった。
246 :
9/16:2006/06/02(金) 00:13:56 ID:???
「な、何だよ……これ」
警察署を見て、シンは絶句した。
正面玄関の辺りが、軒並み青いシートに覆われていた。駐車場の辺りもそうだ。
壁の一部にも、シートが貼り付けられている。
駐車場のシートと地面の隙間から、焼け焦げた部品が見えていた。
こんな、ひどい事になったのか……。
昨日戦っていたときには気付かなかったが、ここまでの惨事になっていたとは思いもよら
なかった。
よく見ると、正面玄関の辺りに、花束が置かれている。
シンがそれに目を奪われていると、いきなり名前を呼ばれた。
「貴様!シン・アスカか!」
不快な物言いだが、相手は警察だろう。一応返事をしておいた。
「そうですけど、なんですか?」
名前を呼んだのは、グレーのスーツのやけにカリカリした印象の男だ。
その後ろには緑のスーツの軽薄そうな男もいる。
案の定、グレーのスーツの男は手帳を見せた。
「こういうものだが、少し話を聞かせてもらうぞ」
「人に物を頼むんなら、もう少し言い様があるんじゃないですか?」
「何だと、貴様!」
「よせよ、イザーク!こんなところでガキにけんか売ってどうするんだ!
まあ、そういうわけだ。少し話を聞かせてくれ」
ガキ呼ばわりされたのには腹が立つが、シン自身聞きたいこともある。
ここはおとなしく従っておいた。
247 :
10/16:2006/06/02(金) 00:14:48 ID:???
立ち話もなんだからと、緑のスーツの男、ディアッカは近くの喫茶店にシンを招きいれた。
長い話になるってことか?
別にのどは渇いてなかったが、シンはあえて高そうなコーヒーを頼んだ。
緑はともかくグレーのスーツの男、イザークは気に入らないので、せめてもの嫌がらせだ。
「それで、何の用ですか?」
目の前のコーヒーを飲みつつ、シンが聞いた。やけに苦く、飲みづらいコーヒーだった。
「お前……」
「貴様は昨日こいつを見ただろう!」
ディアッカの言葉を強引にさえぎり、イザークがテーブルの上にたたきつけるように写真を置いた。コーヒーの上に波紋が広がった。
その写真は予想通り、シンの変身した灰色の戦士だった。
「ええ、見ましたよ」
「どこから来た!どういう奴だ!」
シンがそう言った直後、イザークはシンに掴みかからんばかりの勢いで身を乗り出してきた。慌ててディアッカが止めなければ、テーブルがひっくり返っていたかもしれない。
「落ち着けよ!」
「これが落ち着いていられるか!」
「いや……あの黒いのに襲われて、灰色のに助けられて、そのすぐ後に気を失って……。
詳しいことはよく覚えてないんです。すみません』
もともと自分が変身した事を隠そうとは思っていなかったが、この剣幕に驚いたシンは
つい嘘を言ってしまった。
「そうか。なら仕方ない。何か思い出したことがあったらここに連絡しろ。いいな!?」
もっとしつこく聞かれるかと思ったが、イザークは意外にもあっさりと引き下がった。
シンに名刺だけを渡して、席を立つ。
「すみません、一つ聞いていいですか?」
「なんだ」
「あの、どのくらいの方が、なくなられたんですか?」
できるだけさりげない風に聞いたつもりだが、これが一番聞きたかったことだ。
これが聞けないのなら、せっかく警察まで来た甲斐がない。
「すぐに発表されるとは思うが……死者7人、負傷者は19人だ。
それと、こちらからも一つ頼みがある。
昨日の事は、公式発表があるまでは黙っておいてくれ」
無駄な混乱を防ぐため、だろう。
その考えは理解できるが、真実を覆い隠すことが正しいかどうか、シンには判断がつかな
かった。
とりあえず、シンは曖昧にうなずいた。
ルナマリアがさんざん言いふらしていたことは黙っておこう。
イザークとディアッカは、そのまま喫茶店を出て行った。
ただ一人店に取り残されたシンは、黙って冷めたコーヒーを見つめていた。
248 :
11/16:2006/06/02(金) 00:18:36 ID:???
既に日は落ち、辺りは暗くなっていた。
「結局、見つからなかったな」
もともと、当てもなくうろついていただけだ。
そろそろみんなを追いかけねばならない。レイからは既にメールをもらっており、宿の場所も名前も分かっている。
電車に乗ろうと、シンは駅に向かった。
昼間うろついていたときに見つけた裏通りを使って近道をする。
ただでさえ暗いのに、この道は電灯も少ない寂れた道だ。
昼間はそれほど感じなかったが、夜中に通ると、孤独さ、寒々しさが身にしみる。
さっさと行こう。
そう思って先を急いでいると、その途中、シンは奇妙な音を耳にした。
微かな悲鳴のような声と何かが倒れるような音。
もちろん、その音がMSによるものとは限らない。しかし、あの音はただ事ではなかった。
シンは、音のした方へと急いだ。
「お前……違う」
目の前の見たことのないMSは、そう小さな声で言った。
サングラスの男は、このMSに襲われていた女性が逃げたのを確認し、自身も逃げようと
した。
しかし、この黒いMSは四足獣へと変わり、その機動力で彼の逃げ道を塞いだ。
……どうする?
彼自身、MSとの戦闘経験は豊富だが、このように変化する種のMSは稀だ。
先ほどからの動きを見ていると、能力も相当に高そうだ。
戦おうにも、今の彼には武器も何もない。
MSの攻撃をかわし続けてはいたが、よりスピードの上がったこの形態相手では、かわし
きれそうにない。
ついにMSが地面を蹴り、彼に襲い掛かってきた。
避けきれない事を自覚しつつも、横へ跳んでかわそうとした彼の目の前で、MSが不自然
にその軌道を変えた。
誰かが跳んで来るMSに向かって体当たりしたのだ。
地面に転がったMSのすぐ横で、見たことのない少年が体勢を立て直して立ち上がってい
た。
「君は……?」
彼が声をかけると、少年はこちらを振り向いて叫んだ。
「逃げて、逃げてください!」
赤い瞳の印象的な少年だった。
男は、できるだけみっともなく見えるようにして、そこから逃げ出した。
249 :
12/16:2006/06/02(金) 00:20:27 ID:???
シンは、先ほどの男性が逃げ切れたかどうかを確認することはできなかった。
彼が駆け出した矢先に、目の前のMS、ガイアが襲ってきたからだ。
シンは前回りに転がってその攻撃を避けた。
そのころには、先ほどの男はもう見えなくなっていた。
ガイアは人型に戻り、立ち上がっていた。
「何で、こんなこと……」
昨日の惨劇を思い出す。ガイアに殺された人は7人、傷ついた人は19人。
そして、どれだけの人が悲しい思いをしたのかは想像もつかない。
「あんな思いは、もうたくさんだ!」
力のない悔しさ、無力感は四年前に味わっている。
「ならば、俺は戦う!」
シンは、その時に見た、赤い戦士の姿を思い浮かべた。
たしか、こうやっていたはずだ。
その戦士のイメージに従い、シンは右手を掲げた。
「戦って……今度こそ!」
ガイアが跳躍し、シンに飛び掛ってくる。
シンはその勢いを利用し、受け流すようにしてガイアの攻撃を横にかわした。
「大切な全てを……守ってみせる!」
赤い戦士のイメージと、シンの叫びが重なる。
「変身!」
シンの体が、以前と同じ灰色の戦士へと変化していく。
いや、変化はそれだけに留まらなかった。
ベルトが輝き、灰色の体が鮮やかに色づいていく。
それとともに、ベルトから力が溢れ、それがシンの全身にみなぎっていく。
新たな変化が終わるか終わらないかしないうちに、ガイアが四足獣へと変化して飛び掛っ
てきた。
人型のときとは比べ物にならない瞬発力、しかし、シンはその動きにあわせてカウンター
を決めた。
ガイアはたまらずに吹き飛ばされ、塀を壊し、瓦礫に埋もれた。
250 :
13/16:2006/06/02(金) 00:21:38 ID:???
前とのあまりの違いに、シン自身驚いていた。
その体はシンの思ったとおり、いや、それ以上に滑らかに動き、息も苦しくない。
思わずシンは自らの身体を見た。灰色ではない。
「……青くなった?」
「ステラー!」
「どこだー!?このバカ!」
「怪我も治りきってないってのに……っ!?」
スティングはその瞬間、何かを感じた。アウルも同様だ。
「あいつ、まさか……!?」
「おいおい、また抜けがけかぁ?」
ステラがまた変身している。
また人を襲っているのか、昨日の奴か。
どちらにしろ、放っておくわけにはいかない。
「ええい、仕方ない。いくぞ、アウル!」
「あんのバカ!」
『市民からの通報です。謎の生命体出現、MSだと思われます。
至急現場へ向かってください!』
この警察署のオペレーターからイザークの携帯電話に連絡が入る。
「昨日の今日だと!」
「そりゃ、こっちの都合なんて考えちゃくれないよな。で、どうすんの?」
「何を言っておるか、馬鹿者!今すぐ行くぞ!
貴様らも来い!」
イザークはディアッカを怒鳴り、近くにいた他の警官達にも指示を下した。
251 :
14/16:2006/06/02(金) 00:23:15 ID:???
瓦礫をどけ、立ち上がったガイアは、新たなシンの姿を目の当たりにした。
以前とシルエット自体は変わらないものの、全身が青を基調とした鮮やかなカラーリング
に変化していた。その動きにも前のようなぎこちなさは感じられない。
「何なの?」
ガイアは、一気に決めるつもりで喉もとを狙った。
しかし、あいつはその攻撃をやすやすとかわしたうえ、カウンターまであわせてきたのだ。
ガイアはやや慎重になり、シンと一定の間合いを取った。
その膠着状態を破ったのはシンの方だった。
間合いを取りつつ、裏通りからやや広めの道路に出たことで、一気に仕掛けた。
シンも、今度こそ逃がすつもりはない。ここで片を付けるつもりだった。
ガイアは再び変化し、シンを迎え撃つ。
格闘戦になったら、人型のほうが有利だと判断したのだろう。
ガイアは右手を袈裟切りに振り下ろした。いつの間にか、その手が爪に変化している。
シンは左手でガイアの右手首を掴み、右拳でガイアの頭部を殴りつけた。
以前と違い、ガイアは確実にダメージを受けている。
ガイアは逃れようと右腕に力を入れているが、今度は力負けしていない。
がっちりと押さえ込んだまま、シンは連続して右拳を叩き込む。
ガイアはいまだ不完全なままで、その上昨日のダメージが抜けきっていない。
現時点では、シンの方がはるかに有利だった。
ガイアが左手も爪に変化させ、シンの顔を狙う。
しかしシンは、しゃがんでそれをかわし、そのままガイアを投げ飛ばした。
ガイアは背中から叩きつけられる。
252 :
15/16:2006/06/02(金) 00:24:39 ID:???
シンは右腕に力を込めた。ベルトから強い力が流れ込む。
「うおおっ!」
ガイアへ向け、渾身の力を込めた右拳を振り下ろす。
倒せる!
そう確信したシンだったが、突然横から力が加わり、狙いがそれた。
直撃したアスファルトの地面が大きくえぐれ、クレーター状になる。
「大丈夫か、ステラ!」
「ったく、一人で何やってんだよ!」
「スティング!アウル!」
シンに横から飛行形態となったカオスが体当たりを加えたのだ。
その隙にガイアはアビスに助け起こされる。
「二人とも、こいつはここで仕留めるぞ!」
スティング自身、自分がまだ本調子ではないということは自覚していた。他の二人も同様
だろう。
しかし、この厄介な相手をこのままにしておくわけにもいかなかった。
いくらなんでも、三対一なら倒せるだろう。
ステラとアウルが応じ、瞬時に行動に移す。
「うん!」
「もらったあぁぁ!」
ガイアがシンに飛び掛り、アビスは手に持った槍で襲い掛かる。
シンはそれを跳躍してかわすが、猛禽類のような姿のカオスが、その爪を広げて襲ってく
る。
爪に心臓を抉り取られたかと思った瞬間、シンはカオスの腹に蹴りを入れた。
バランスを崩して不時着したカオスとは対照的に、シンはその勢いを利用して、三体から
離れたところに着地した。
「くっ、こいつ!?」
一対三の戦いは、ほぼ互角のままに進んでいた。
三体は息のあった連携でシンを追い込もうとするが、シンはその跳躍力とスピードを最大
限に活用して、三体を翻弄する。
むしろこの狭い空間では、シンの方に有利であるともいえるかもしれない。
253 :
16/16:2006/06/02(金) 00:26:27 ID:???
そこへ、サイレンの音が鳴り響いた。
パトカーが何台も姿を現し、四体を包囲するように停車する。
そこから飛び出した警官隊が四体を取り囲み、包囲網を形成し、それぞれ手持ちの銃を取
り出した。
「四体だと!?」
報告より二体も多い。その上……。
イザークとディアッカの二人は、青い戦士の姿を見て驚愕した。
その姿は、彼らがよく知る者にあまりによく似ていた。
「おい、イザーク!あれって……」
「ああ。だが、違う。全員ねらえ!だが命令があるまで待機だ!」
イザークとディアッカはZAFT専用装備のマシンガン、イーゲルシュテルンをカオスた
ちに向け、警官隊も銃口を向けた。
四体はそれを全く気にした様子もなく、戦闘を続けた。
シンは跳びかかってきたガイアをかわし、アビスの突きを流れるような動作で避けた。
空中から襲ってきたカオスの爪をかがみこんで避け、起き上がる勢いをも加えたアッパー
を叩き込んだ。
以前とのあまりの違いに、ガイアが叫んだ。
「何なのよぉ……!あんたはぁ!」
シンは、ルナマリアの言葉を思い出した。
衝撃……。
いきなりこんな事になった俺には、ちょうどいい名前かもしれない。
そうだ、俺は!
「俺は、仮面ライダー……!仮面ライダーインパルスだ!」
そのころ、シンに助けられたサングラスの男がどこかへ携帯電話をかけていた。
「こちらアレックス……。目標と接触した。ああ……間違いない。彼が、三人目だ」