シンは仮面ライダーになるべきだ 2回目

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何の前触れもなく、突然変な怪物たちが現れたのは、僕が13歳の時だった。
Monster Soldierと警察が発表したけど、一般的には縮めてMSと呼んでいた。
奴らの正体も目的も分からないけど、人を襲う、ということだけはみんな知っていた。
けど、オーブは島だから安全だって父さんは言っていた。
実際オーブではそんな事件の話は全然なくて、
MS関連のニュースを聞いても、全部僕たちには関係のない話だと思っていた。

オーブがMSの集団に襲われた、あの日までは。

仮面ライダー衝撃(インパルス)
1982/16:2006/05/28(日) 10:37:19 ID:???
第一話 

雲ひとつない晴れた空の下、澄んだ空気が心地よい。
冬とはいえ、もともと温暖なここ、アーモリーワンでは外で遊ぶ子供や談笑している主婦など、公園から人気が絶えることはない。
今は枯れ木ばかりのこの公園も、あと二ヶ月もすればきれいな緑に色づくだろう。
「もう少し遅くに来た方がよかったんじゃないか?」
その公園のベンチで、シン・アスカは思わず呟いていた。
黒い髪に、陰りを帯びた赤い瞳が印象的な少年だ。
その手には、少年が持つには不釣合いな、かわいらしいピンク色の携帯電話が握られていた。
シンはその携帯電話の番号を、躊躇しつつも次々と押していった。
待ち受け音が鳴り、すぐに相手につながる。
『どちら様ですか?』
厳しそうな壮年の男性の声。ちょうど、父さんと同じくらいの年かな。シンはぼんやりとそう思った。
「俺です。トダカさん」
四年前、両親を失ったシンとマユを引き取って養育してくれた、二人にとって、恩人、いや、親代わりとさえ言える人だ。
『俺って……まさか、シン君か!?』
電話の向こうからでも、驚きが伝わってくる。
無理もない。今までメールのやり取りをすることはあっても、電話、しかもシンからかけてくることなどは滅多になかった。
「はい。お久しぶりです」
『今日はいったいどうしたんだ?』
「いえ、別に。ただ、近くまで来たので声だけでも聞こうかと思って」
『近くって、今どこにいるんだ?』
「アーモリーワンです。友達と、卒業旅行で」
『すぐ近くじゃないか。なら、帰りにでもうちに寄ったらどうだ?……マユちゃんも、君に会いたがっているよ』
その名前を聞き、シンの表情が曇った。
「そんなわけにはいきません。マユの、ためにも」
1993/16:2006/05/28(日) 10:39:14 ID:???
シンの脳裏に、あのときのマユの顔がよみがえる。
今までに見たこともなかったあの表情。
自分の顔を見たときのあの怯えた瞳。そして、自分を振り払ったマユの手。
『今は、マユちゃんも大丈夫だと言っている。あの時は驚いただけだと。もう一度会って、君に謝りたいそうだ』
それは分かっている。本当に嫌われているのなら、あれだけ大切にしていた携帯電話をくれるはずがない。
しかし、それでもマユには会えない。
「俺と会ったら、マユは、思い出してしまうかもしれないですから。俺は、マユに辛い思いはして欲しくないんです」
『そうか。君がそこまで言うのなら仕方ないが、逃げてばかりでは何も解決はしない。そのことだけは、忘れないでくれ』
「はい。で、そのマユはどうしてます?」
『今ではすっかり明るくなったよ。家のことも手伝ってくれている、本当にいい子だ。
たしか、今年小学校を卒業するはずだ』
「そうか。マユ、中学生になるんですね」
『ああ。あれから、もう二年か』
「はい、トダカさんには本当にお世話になって」
『気にしなくていい。……私には、家族はいない。迷惑かもしれないが、私は君たちの事を、子供のように思っているよ』
それを聞いて、シンは喜びと困惑が混ざったような顔をした。
これが電話でよかった。こんな顔を、あの人には見せられない。
「ありがとうございます。その気持ちは本当にうれしいです。けど……」
『分かっている。君たちの親は、君たちの親だ』
「はい。やっぱり、俺は父さんたちの子供でいたいんです。すみません」
『いや、これは私が勝手に思っているだけだ。君たちに押し付けようなどとは、考えていないよ』
「本当にすみません。これからも、マユの事をよろしくお願いします」
『ああ。今日は、君と話すことができて、嬉しかったよ』
「俺もです。それじゃあ」
2004/16:2006/05/28(日) 10:40:19 ID:???
シンは電話を切り、また携帯を操作した。その小さな画面に次々と画像が現れていく。
今はいない、両親のツーショット。新しい服を買ってもらったときに撮らされた、マユの写真。クッキーがうまく焼けたからと撮らされた写真。
あの時はうっとうしかったけど、今となっては大事な思い出だ。
続いて、可愛らしい女の子の声が携帯から流れた。
『はい!マユで〜す!でもごめんなさい。今マユはお話できません。後で連絡しますので……』
マユの留守録メッセージだ。マユの事を思い出すと、ついこれを聞いてしまう。
「そうか、マユが、中学生か……」
あれから四年が経っている。当たり前のこととはいえ、どうにも実感がわかない。
シンの中では、マユは四年前の姿のままだ。
何しろ、一人暮らしを始めてから一度もマユと会っていない。会ってはいけない。
電話もしていない。今、シンとマユの間のつながりはメールだけだ。
マユがどれだけ望んでも、それ以外シンは全て拒絶した。
「何か……贈るか」
それでも、シンはよくマユにプレゼントを贈っていた。
マユの好きそうなぬいぐるみをたくさん、寂しくないようにと思って。
だが、中学生なら何か別のものを贈った方がいいかもしれない。
「ルナかメイリンにでも、聞いてみるかな」
「私がどうしたって?」
突然声をかけられたシンは、驚いて上を見上げた。
2015/16:2006/05/28(日) 10:41:33 ID:???
ベンチに座っていた彼を赤いショートカットの少女、ルナマリア・ホークが見下ろしていた。
彼女のすぐ隣には、一瞬女性と見間違えそうなほど整った顔立ちをした金髪の少年、レイ・ザ・バレルもいる。二人とも、シンと一緒に卒業旅行に来た友人だ。
「もう買い物終わったのか?」
「うん。ところで、なんかボーっとしてたけど、どうしたの?」
「ちょうどよかった。ルナに聞きたいことあるんだけど」
「私に?何?」
「女の子に、何を贈れば喜ぶと思う?」
そのシンの言葉を聞いて、ルナマリアは怪訝な顔をした。
「何、変な顔してるんだよ。そんなにおかしいか?」
「いや、だって。あのシンがねえ。で、誰に贈るの?」
「妹。今年、中学校に入るからお祝いに」
「そっか、納得。なら、ぬいぐるみでも買ってあげたら?」
「いや、中学生にもぬいぐるみ、てのもなあ。他になんかない?」
すると、ルナマリアは少し考えるようなそぶりを見せた。
「なら、何かアクセサリーでも見繕ってあげる。さっきよさそうなお店を見付けたのよ」
そう言ってルナマリアは足元の大きな紙袋を押し付けてきた。
持てってことか。
「重っ、何こんなに買ってきたんだ?」
「女の子にそれを聞くの?これからさっきの店行くけど、レイはどうする?」
「俺も行こう。車まで遠い。それに、シン一人では持ちきれないかもしれないからな」
「何よそれ。シンの妹さんへのプレゼントを見繕ってあげるだけよ?」
するとレイは、少し微笑んだ。やや皮肉っぽい笑い方だ。
「さっき、ショーケースを食い入るように見ていたからな。ついでに自分の分も買おうとしていたんじゃないのか?」
「そ、そんなことないわよ。自分の分なんて……そりゃ、少しは買おうと思ってたけど」
ルナマリアはばつが悪そうに言い、レイはしてやったりといった表情を浮かべた。
そんな二人を見て、シンも笑った。今では、こんななんでもないようなことで笑えるようになった。これもきっと、みんなのおかげだ。
2026/16:2006/05/28(日) 10:42:53 ID:???
三人は談笑しながら、街中を歩いた。
ルナマリアとレイの後ろを歩いていたシンは、何気なく景色を眺めていた。
決して大きな街ではなかったが、気候もよく、過ごしやすそうな所だ。
道路もきれいで、よく整備されている。
町を行く人々も活気に溢れている。
どことなく、シンの前住んでいたところ、オーブに似ていたような気がした。
ぼんやりとしたシンの視線は、ある少女のところで止まった。
道路の反対側にいる、金髪でひらひらした衣装の、大体シンたちと同じくらいの女の子だ。
ショーウインドーの前で、踊りか何かの練習でもしているのか、くるくると回っている。
幸せそうなその様子をほほえましく思って見ていたシンだったが、その少女は歩道から足を踏み外してしまい、車道に飛び出してしまった。
「ええっ!嘘だろ!?」
しかも、トラックが彼女に迫ってきている。クラクションと、急ブレーキの音が耳をつんざく。
少女は何が起こったのか分かっていないのか、ぼんやりしている。とてもじゃないが、避けられそうには見えない。
迷っている暇は無い。反射的にシンは荷物を放り出し、車道へと飛び出した。
2037/16:2006/05/28(日) 10:43:46 ID:???
突然の行動に、前の方を歩いていたルナマリアの驚いた声が聞こえた。
「シン!?」
間一髪、トラックに引っ掛けられそうになりながらも、少女を抱えあげたシンは、路上を転がった。
トラックは急ブレーキで止まった。あのままだったら確実に少女にぶつかっていたであろう。
危なかった。
この気持ちは、シンと運転手両方のものだったであろう。
運転手はシンたちの方をこわごわ見るが、ケガがなさそうだと見ると、何も言わずすぐに走り去った。
シンはまだ自分に何が起きたのか分かっていないような、ボーっとした顔をしている少女に、怒りを覚えた。
「死ぬ気か、この馬鹿!」
その言葉を聞いた瞬間、その少女の顔が凍りついたが、怒りで興奮しているシンはそれに気がつかない。
「あんなところで、何ボーっとして……」
「あ……ああ……、いや……」
そこまで言って、やっとシンは少女の様子がおかしい事に気がついた。
きれいな顔は恐怖に歪み、その小さな体は小刻みに震えている。
「死ぬの……いや……!イヤアアァァァッ!」
少女はシンから逃れようとしているのか、あろうことか車道へ飛び出そうとした。
「ええ?お、おい、ちょっと待て!いったい何……」
シンは少女を後ろから羽交い絞めにしてその少女を止めようとするが、見かけによらず、少女は力が強く、逆にシンの方が引き連られそうになる。
その上、少女はめちゃくちゃに手足を振り回すので、シンの顔や手にぶつかってくる。
「いや!死ぬのいやっ!怖い!」
「だから待てって!だったら行くなって!」
シンの声など、少女には全く聞こえていない。
振り回していた少女の肘がきれいに顔面に当たり、シンはたまらずに吹き飛ばされた。
2048/16:2006/05/28(日) 10:44:57 ID:???
「つぅっ!」
殴り飛ばされながらも、シンはこの少女も、犠牲者なのではないかと思った。
自分自身や、マユと同じく。
「怖い!死ぬのは怖い!」
「ああ、分かった!大丈夫だ!君は死なない!」
シンは少女を抱きしめ、そう叫んだ。周りの目も気になるが、そんな場合ではない。
落ち着いたのか、少女は暴れるのをやめ、静かに泣き出した。
「ごめん、俺が悪かった。ホント、ごめん」
そのとき、聞きなれた声がシンの耳に突き刺さった。
「シン、何をしている?」
「突然走り出したと思ったら、こんなところでラブシーン?」
レイとルナマリアがシンを見下ろしていた。心配してきてくれたのかと思えば、両手に紙袋を下げたルナマリアの顔は、明らかにシンを責めていた。
「いや、これはそんなんじゃなくて……」
どうすればこの状況を整理して説明できるか、シンが頭をひねっていると、後ろから肩を叩かれた。
今はそんな場合じゃない。右腕で払うが、また叩かれる。また払ったが、しつこく叩かれた。いい加減に痺れを切らしたシンは、怒鳴りつけようと後ろを振り向いた。
「いい加減にしろよ!今はそんな……」
そこまで言って、シンは後ろの人物が何者かやっと分かった。
威圧的で特徴的な制服、帽子、何より見せつけるように持っていた左手の手帳。
紛れもなく、警察官だ。騒ぎを聞きつけてきたのだろう。
その警官は、まるで、獲物を前にしたハイエナのような奇妙な笑いを浮かべていた。
先ほどからの、この少女とのやり取りを思い出す。泣き喚く少女に、それを後ろから羽交い絞めにした男、そう考えると、明らかに変質者だ。
シンは、血の気が引くというのが単なる比喩でなく、実際に起こりえることだという事を思い知った。
2059/16:2006/05/28(日) 10:46:36 ID:???
シンが警察署のロビーに出たところ、見知った顔がシンを出迎えた。
ルナマリアとレイだ。
「シン、お勤めご苦労様」
「何だよ、お勤めって」
「そのままの意味よ。晴れて釈放じゃない」
「釈放って……、俺はもともと犯罪者じゃない!」
「へ〜、犯罪者、じゃない、ねえ」
ルナマリアは恐ろしく疑り深そうな目つきでシンを見つめた。
人を助けようと思ってこんな目で見られるのか。別にお礼を言われたいわけじゃないけど、これはないんじゃないか。
「で、こんなところまで何しにきたんだよ」
ついつい、怒ったような口調になってしまうのは責められるようなことではないだろう。
「何よ、その言い方。せっかく迎えに来てあげたのに」
「はいはい、感謝してますよ。感謝すりゃいいんでしょ」
「それにしても、痴漢の現行犯で捕まったのによくこんなにあっさりと出られたわね。
「あの女の子の身内が事情を説明してくれたおかげだ。前科者にならなくてよかったな、シン」
「レイまで……」
俺を犯罪者扱いするのか。からかっているだけっていうのは分かるけど、それでもきつい。
「そうだ、レイ。あの子はどうしたんだ?」
あの直後、シンは警官に連れて行かれたのであの少女どうなったのかは分からない。
少しは落ち着いたようなので大丈夫とは思うが。
「あのすぐ後に彼女に身内が来たので、俺が事情を説明した。そうしたら警察へ行くと言い出してな。全員俺が連れてきた。恐らく、まだ署内にいるはずだ」
「どうする、シン。探す?」
「いや、もういい」
確かに彼女にはもう一度会っては見たい。しかし、今はそれ以上に疲れた。
それに、身内がいるのならもう大丈夫だ。俺の出る幕じゃない。
「そういや、ヨウランたちは?」
「車に待たせている。こんなこと、あまり知られたくはないだろう?」
こともなげにレイが言った。確かに自慢できる話じゃない。黙ってくれるのなら、それに越したことはない。
「ホントか!?助かった〜。ありがとう、レイ!」
「ちょっと、レイだけなの?」
「ごめんごめん、ありがとう、ルナ」
「付け足しっぽいのがなんか気に入らないけど、まあいいわ。帰ったら何かおごってもらうわよ」
「げっ」
20610/16:2006/05/28(日) 10:47:32 ID:???
「警察のかたがたには本当にいろいろとお世話になって」
緑の髪の男が、警官に頭を下げている。その後ろでは、水色の髪のやんちゃそうな少年が退屈そうにしていた。
緑色の髪の男、スティング・オークレーが失礼な態度をとっている水色の髪の少年、アウル・ニーダを肘で小突いた。
しかし、アウルはそれを気にも留めない。
だが、初老の警官の方もそれで気を悪くした様子はなかった。
「まあ、いいけどね。もうあんま人騒がせなことはしないでよ?」
「はい、ステラにもよく言い聞かせておきますんで。ご迷惑をおかけしました」
スティングは頭を下げながら部屋を出る。ドアを閉めると、アウルが馬鹿にするように言った。
「いやー、まさかこんな形で警察署に入れるなんてね」
「ああ。人間たちの力を、一度見てみたかったからな。ちょうどいい」
そういったスティングの表情は、先ほどとは打って変わって冷たいものとなっていた。
「で、どうすんの?これから」
「そうだな」
スティングの視線は、落ち着いたとはいえ、いまだ不安定なステラへと注がれた。
「ステラ、お前がやってみるか?」
言われたステラは、途端にうれしそうな顔になる。一方、アウルは不満を隠そうともしない。
「はあ!?なんで!」
「お前にはそのうち暴れさせてやる。今回は譲ってやれよ。いいな、ステラ」
今までのぼんやりした様子とは別人のようにはっきりとした声だ。
「うん!」
「俺たちは外で待っている。適当に暴れたらお前も出て来い」
「……え?……スティングと……アウルは?」
「俺たちは外で待ってる。一人でやるんだ。できるな?」
「……うん」
ステラは静かにうなずいた。それを見たスティングは満足そうに、アウルはまだ不満そうにして、ステラのもとから去っていった。
20711/16:2006/05/28(日) 10:48:27 ID:???
「スティング、アウル……」
「でも……すぐに……会える」
スティングが言っていたように、……戦う。
「あれ、お嬢ちゃん。どうしたの?」
たまたま、軽薄そうな若い刑事が声をかけてきた。
ステラは、その刑事を目標に定めた。
「……ステラ……怖い。怖いの……消す!」
その声と共に、ステラの目の色が変化し、全身が変化していく。
金属的な皮膚をした黒い姿、ガイアだ。
何か異様な気配を感じた刑事は、振り向き、悲鳴を上げた。
「ひ、ひえええぇぇ!」
腰を抜かしたのか、若い刑事はへたり込んだまま逃げ出そうとする。
ガイアは無機質な瞳でそれを見つめ、四足獣態となってその足を踏みつける。
その不運な刑事が最後に見たものは、四足獣の冷たい瞳だった。

四足獣となったガイアは、目に付くもの全てを破壊しつつ、署内を駆け回った。
邪魔をするものは、全て引き倒し、叩き伏せた。
ガイアの駆け抜けた後には、生きているか死んでいるかも分からないような状態の警官が何人も横たわっている。
そうやってまた壁を破る。その先には、人がたくさんいる広い空間があった。
20812/16:2006/05/28(日) 10:49:55 ID:???
「何よ、あれ!?」
突如表れた黒い巨大な獣を指差して、ルナマリアが言った。
「まさか、あれは……」
以前見たものとは随分違うが、間違いない。
MSだ。シンの両親を奪い、妹を苦しめた怪物だ。
「シン、ルナマリア、逃げるぞ!」
レイは、謎の獣の出現に目を奪われていた二人を現実に引き戻した。
「け、けど……」
「あれを見ろ、シン!ここにいたら殺されるぞ!」
レイの指差す先では、獣が銃を向けた警官に飛び掛り、次々と引き倒していった。
銃弾が当たったところで、硬質な皮膚は弾を弾き返し、発砲した警官に襲い掛かる。
もはや戦闘ですらない、一方的な虐殺だ。
その惨劇の光景は、シンにかつての悪夢を思い出させた。
目の前で奪われていく命、それに対して何もできない自分。
シンは思わずその獣の方へ向かって行った。

「ちょっとレイ、シンは?」
警察署を出たところで、ルナマリアが気付いた。
さっきは必死だったので気を回す余裕はなかったが、確かにどこにもいない。
「まさかシン……ルナマリアはここにいろ!」
そう言い残して、レイは駆け出した。
「ちょ……レイまで何をするつもり!?」
ルナマリアが制止の声を上げるが、構わずレイは警察署の中へ飛び込んだ。
20913/16:2006/05/28(日) 10:52:20 ID:???
「うわぁっ!」
獣、ガイアは人間態に変化し、シンを殴り飛ばした。シンは壁に叩きつけられ、うめき声をあげる。
さらにガイアはシンの首を掴んで、壁に押さえつけるようにして無理やり立たせる。
ロビーから移動したおかげで、周りには誰もいない。もともとロビーに立っていられるような人間などほとんど残っていなかったが。
狭い廊下では、誰かが助けに来てくれるわけもない。
壁に押さえつけられ、身動きの取れないシンは腹を、顔を次々と殴りつけられた。
アバラも折れたかもしれない。シンは痛みで声を上げることもできなった。
ガイアは一旦腕を持ち上げ、腕を横に振り、シンを放り投げた。
受身も取れずに、シンは背中から床に叩きつけられた。

シンは一瞬意識が遠くなった。
彼の脳裏に、過去の光景が次々と浮かび上がった。
厳しかった父、優しかった母、いつも一緒にいた可愛い妹、そして、そんな日常が一瞬にした破壊された、あの瞬間。
そのときの無力さと、悔しい思いがよみがえる。

「……こんなことで……こんなことで、俺は!」
叫びながらシンはガイアの腹に右拳を叩き込んだ。
ガイアが腹を押さえ、後ろに下がる。
シンの右腕は、灰色の、謎の戦士のものへと変化していた。
シンは続けて左拳、右足をガイアに叩きつけた。ガイアを攻撃するにつれて、シンの全身は徐々に変化していく。
腹にベルトのようなものが現れ、最後に頭部が変化した。
シンはそこでやっと、自分の体の変化に気がついた。
四本の角のようなものが生えた頭、シンの瞳と同じ色の光を灯した眼、まるで赤い宝石が埋め込まれたようなベルト状の装飾品、灰色の体。
その姿は異形の戦士としか言いようがなかった。
21014/16:2006/05/28(日) 10:53:16 ID:???
「シン!?」
レイは、シンの変身の一部始終を見ていた。
しかし、常識が邪魔をしてそれを受け入れられない。
レイの目前で灰色の戦士へと変身したシンに向かって黒いMSが襲い掛かっていった。
灰色の戦士も、ぎこちない動きながら、黒いMSに立ち向かった。

灰色の戦士となったシンはガイアの腹へ連続で拳を叩きつけた。しかし、ガイアはそれを意に介した様子も無く、反対にシンの頭部を殴りつけた。
シンは、この体が思うように動かないのに戸惑っていた。息も苦しい。
ガイアは四足獣態となって跳躍し、灰色の戦士に飛び掛る。
その動きは何とかシンにも見えたのだが、体のほうが追いつかない。
避けるのには間に合わない!
シンは左腕を盾にして、ガイアの攻撃を防いだ。しかし跳躍の勢いは殺せず、後ろへ倒れてしまう。
左腕にガイアの牙が食い込んでいく。
シンはガイアを殴りつけるが、効果は薄い。それどころか、ガイアは前足の爪をもシンの体に突き立てていく。
「うあああー!」
シンは激痛に身をよじった。
ガイアはさらに、シンの体を壁に押し付けてくる。逃げ場がなくなり、牙が、爪がさらに深く食い込む。
あいている右腕でせめてガイアの爪だけでも引き剥がそうとするが、ガイアの方が圧倒的に力が上らしい。びくともしない。
なら、その力を利用してやる!
「はあぁぁっ!」
シンは腰を滑らせて姿勢を低くし、気合と共に右足を跳ね上げた。
支点をずらされてしまったガイアは牙も爪もシンの体から離してしまい、壁に頭から叩きつけられた。薄い壁なのか、それだけでひびが入った。
シンは体勢を立て直した上、腹を見せる形となった四足獣ガイアに馬乗りになって、頭部、腹部を何度も何度も執拗に殴りつけた。
四足獣の腹は、基本的に弱点となる。MSの場合もそれは例外ではなかったようだ。
人間態のときとは違って、確実にダメージを与えられている。
こうもひっきりなしに攻撃されては、人間態に戻ることもできない。
シンが殴るたび、その衝撃が伝わり、ガイアの背中の壁のひびも大きくなった。
シンは立ち上がり、とどめとばかりに懇親の力を込めたキックを決めた。
同時に壁も突き破られ、ガイアは壁の向こう、屋外へと投げ出された。
21115/16:2006/05/28(日) 10:54:31 ID:???
ルナマリアは警察署から出たものの、そこからそれ以上離れることはできなかった。
シンもレイも、あの中から出てこない。
しかし、自ら飛び込んでいくわけにもいかなかった。
「二人とも……大丈夫かな」
警察署の周りは、ルナマリアのほかにも逃げ出してきた人たちや騒ぎを聞きつけたマスコミ、野次馬に囲まれていた。
突然、警察署の壁の一部にひびが入った。周囲がどよめく。
そして壁に穴があき、黒いMSが飛び出してきて、駐車されていた大型トラックに背中からぶつかった。
周囲はあわてて逃げ出そうとする者たちの怒号や悲鳴に支配された。
そんな混乱の坩堝の中、ルナマリアの視線はある一点に注がれた。
壁に開けられた穴の向こう側に立つ、灰色の戦士に。

ガイアはトラックに叩きつけられながらも、まだ生きていた。
この場から逃れようと、必死にもがいている。
体の自由が利かないので、人間態に戻ることもできない。

その様子を、壁の穴の向こうからシンも見ていた。
今度こそ、あいつを!
右足に、ベルトから力が流れ込む。シンは右足に今までにないような、強い力がみなぎるのを感じた。
一歩、二歩と下がり、一旦止まる。そこであらためて力を込め、シンは強く地面を蹴る。
助走をつけてスピードに乗ったシンは、再び地面を蹴って宙へ舞った。
「うおおおぉぉぉっ!」
裂帛の気合と共に、シンは右足からガイアへとまっすぐに突っ込んでいく。
シンの右足がガイアの腹へとめり込んだ。
その衝撃と共に右足の力もガイアへと伝わり、ガイアはより奥へと押し込まれる。
次の瞬間、トラックが大爆発を起こす。
シンは蹴った反動でうまく爆風に乗り、地面に着地した。
ちょうど、ルナマリアの目の前だった。
立ち上がる際、シンは一瞬ルナマリアと眼を合わせたが、すぐに爆発の方へと顔を向けた。
21216/16:2006/05/28(日) 10:56:09 ID:???
(いくらなんでも……これで)
これが、今のシンにできる最大の攻撃だった。これでも倒せなかったとしたら、今度こそ打つ手がない。
激しく息をしながら、シンは祈るような気持ちで爆発したトラックを見た。
炎の中に動くものがあった。
それは徐々に輪郭をはっきりとさせてきた。人の形をしている。
(まさか……)
姿を現したそれは、人間態となったガイアだった。
相当なダメージを受けているようだが、シンにもこれ以上戦う余力はなかった。
構えを取り、威嚇するのが精一杯だ。
「よくも……よくもぉッ!」
ガイアは、戦意もあらわにシンに向かってくる。
今度こそ、打つ手がない。
シンの胸中に、諦めにも似た気持ちがこみ上げてくる。
だが、飛び込んでくるガイアの目前に突然、緑色のMSが舞い降りた。
「おい、もういい加減にしろ!これ以上戦っても意味ねえだろ!」
「でも、こいつ!」
「離脱だ!もうやめろ!」
「そうそう、これ以上戦うってんならさぁ……お前はここで死ねよ!」
緑色のMSのすぐ隣に、水色のMSが着地する。
その言葉を聞いた瞬間、ガイアは動きを止め、絶叫した。
「死ぬ……?私……?いやああぁぁぁっ!」
「お前!」
「止まんないじゃん。しょうがないだろ!?」
「黙れバカ!余計な事を!」
緑のMS、カオスと水色のMS、アビスのやり取りを聞いていたシンは、違和感にとらわれた。
こんな人間的な会話をするMSなど、聞いたことがない。
それにあの黒いMS、どこかで見たような……。
動きを止めたガイアは、シンに背を向けて走り出した。さっきまでとは違い、戦意など欠片も感じられない。
続いてアビスが、最後にシンを牽制するようにしてカオスが後退していった。
結局、倒しきれなかったなんて……。
シンは去っていくMSたちを黙って見ていることしかできなかった。