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仮面ライダーSIN 第四話
「ここでいいわ」
ミリアリアがそう言ってアスランの肩を叩く。アスランはバイクを道の脇に寄せて止めた。
オーブに本社があるORB通信のビルの前だ。
「ふうっ」
後部座席に座っているミリアリアがヘルメットを脱いだ。
「バイクのヘルメットって圧迫感あるのよね」
そう言いながらバイクから降りてヘルメットを片付け、取材バッグを肩にかついだ。その
間アレックスはこれ以上何か注文されないように黙っていた。
「ありがと」
「いや」
アレックスの声はぶっきらぼうだ。アレックスがバイクのエンジンをかけようとしたとき
にミリアリアが声をかける。
「あ、そうそう」
「今度は何だ」
「名刺渡しておこうと思って、はい、これ」
胸ポケットの名刺ケースから名刺を取り出して渡す。名刺にはフリージャーナリスト、ミ
リアリア=ハウの名前と共に連絡先が書いてあった。
「そっちには連絡しにくいし、何かあったら連絡して。1人ジャーナリストに知り合いが
いると何かと便利よ」
「……覚えておくよ」
名刺を胸ポケットにしまい、アレックスはバイクを走らせた。帰宅時間も半ばを過ぎてき
た頃なのに相変わらず込み合っていた。アレックスは疑問に思い、隣のサラリーマン風の
ドライバーに尋ねてみることにした。渋滞ならカーラジオで状況も分かるだろう。
171 :
31:2006/05/21(日) 23:17:06 ID:???
「この先どうなってるんですか?」
「どうやら検問らしいですよ」
「検問?どうしてまた?」
「詳しい事情は知りません。けど、あの日が近くなってますからね。去年の事もあります
し警察もカリカリしてるんでしょう」
ドライバーの言葉を聴いてアレックスは今年も「あの日」が近づいているのを思い出した。
ユニウスセブンで起きた悲劇の時から既に4年の時が経とうとしていた。悲劇の日のこと
は今でも忘れられない。あの日から先の大戦が本格化し、終戦後も2月14日には必ず何か
が起きていた。去年はブルーコスモスとコーディネイターの過激派同士が衝突して死者を
出す騒ぎになったほどだ。渋滞の列はゆったりと進み、検問所が見えてきた。15分くらい
してアレックスの番になった。警官がアレックスに声をかける。
「社会保険証の提示をお願いできますか?」
社会保険証は元々は大西洋連邦の有力国の社会保険制度に端を発した保険制度であり、現
在では社会保険証自体がID代わりになっている。アレックスはジャケットの内ポケットに
手を入れた。ポケットから財布を取り出して社会保険証を警官に提示する。
「社会保険番号2500474C、アレックス・ディノ……少しお待ちください。今、照会します
ので」
警官は用紙に必要事項を記入してアレックスに社会保険証を返した。用紙をパトカーの中
にいる警官に渡して照会に回す。ほどなく、社内の警官からOKサインが出た。
「結構です。ご協力感謝します」
「いいえ」
アレックスは社会保険証を財布に戻して再びバイクにエンジンをかけた。警官の様子を見
ていると他の場所にも検問所が設置されているようだ。検問に引っからないように手薄そ
うな川沿いの道にバイクの機首を向けた。
その頃、シンとレイは下校中だった。シンはふくれっつらをしてレイを責めるように言っ
た。
「あの学校にはコーディネイターしかいないって何で言ってくれなかったんだよ。おかげ
で余計な心配したぞ」
「言ったさ。だが、お前は寝ていて聞いていなかった」
「うっ」
シンは学校に行くことにあまりのり気でもなかったので家族会議の途中から寝ていた。そ
んなこともあって制服の採寸が間に合わず今日はフード付きの白いパーカーにGパンで学
校に行った。十字路でレイがカフェ「赤い彗星」と逆方向に向いた。
172 :
31:2006/05/21(日) 23:17:55 ID:???
「どこ行くんだよ」
「オレは寄る所がある。シン、悪いが一人で帰ってくれ」
レイはメモを取り出して、それを見せながら言った。
「明日の夕飯の買い物だ。オレが当番だからな。男二人で買い物に行きたいか?」
「遠慮しとく」
「そうか」
レイはシンの返事を聞いて買い物に向かった。シンはその場に1人取り残されてしまった。
まだ近所の事情に詳しいというわけでもないので、いささか手持ち無沙汰だ。このままカ
フェ「赤い彗星」に帰っても特にすることがない。シンはしばらく周囲を散策することに
した。
うろうろしているうちに河川敷に出た。だだっ広く、随分と向こうの親指くらいの大きさ
の橋まで見渡せた。川と道の中ほどの高さに遊歩道があった。道と遊歩道の間は伸びっぱ
なしの草の傾斜で、一定間隔ごとにに道と遊歩道をつなぐ階段がある。遊歩道と川の間は
高さ一メートルくらいのコンクリートの傾斜になっている。コンクリートにはところどこ
ろひびが入っており、大きなものは土嚢で覆われていた。
遊歩道には犬の散歩に来ている人や、追いかけっこをしている子供たち、川に来た水鳥に
パンくずをやっている人など、色々な人がいる。しばらく眺めているとその中に奇妙な姿
を見つけた。金髪の女の子がくるくる回りながらどこに行くでもなくフラフラしている。
年恰好からしてシンと同じくらいの年頃だろう。
――こんなところで何してるんだ?
踊りの練習でもしているのだろうか。それにしては極端に川岸に寄って行って危なっかし
い。そう思っているとコンクリートの傾斜との境界に踏み出してバランスを崩し、回転の
勢いそのままに川に転げ落ちていった。角度が悪く、シンには急に女の子が消えたように
見えてた。
「うわっ!川に落ちた!!」
シンは草ぼうぼうの土手を足を斜めに開きながら遊歩道へ駆け下りる。その間に飛び込む
ことを考えて上に着ていたパーカを脱ぎ捨てた。遊歩道のコンクリートに足を打ちつける
ようにしてブレーキをかける。川を覗き込んでみると川は浅く、ひざを立てた状態で腰が
水につかっている程度だった。
173 :
31:2006/05/21(日) 23:19:05 ID:???
「大丈夫か?」
シンは女の子に手を差し伸べた。ひざには擦り傷が出来ていた。相当派手に転んでいたか
ら捻挫しているかもしれない。シンはそう思っていた。女の子は差し伸べられた手にきょ
とんとしている。シンは
「引き上げるからつかまって」
女の子がゆっくりと手を伸ばしてシンの手をつかむ。シンはゆっくりと引き上げようとす
るが、女の子が立ち上がろうとする気がなく、ただ手を伸ばしているだけだ。おまけに学
校の靴の底がコンクリートと相性が悪いのか次第に川側にずり落ちてくる。無理に踏ん張
ろうとするとシンの方が川に落ちてしまう。そのときふっと女の子が手を離した。シンの
体が土手側に大きく振られる。あわててバランスを取ろうと川側に体を戻すと滑って川に
落ちてしまった。
「いてててて……」
「だいじょうぶ?」
ボソボソとしゃべる声が聞こえた。シンが目を開くと目の前に女の子がしゃがみこんでい
た。服は水を吸って体にべったりとくっつき、髪から水滴が落ちている。
「立てないわけじゃなかったのか」
「……ありがとう」
女の子が微笑みながら言う。
「あ、いや……」
シンは手を付いたせいでひじや手のひらに擦り傷が出来ていたが、体の前半分はさほど濡
れずにすんだ。立ち上がるとズボンの中に入っていた水が布を伝って足首から垂れてくる。
シンは思わず身震いをした。靴にも水が入っている。靴下が水を吸って靴に触れると水が
しみこんだり押し出されたりして何ともいえない感覚が足から伝わってくる。
――早くどうにかしないと
「登れる?」
「うん。だいじょうぶ」
女の子のその言葉を聴くとシンはコンクリートの傾斜を登り、草むらに飛び込んで急いで
ズボンを脱いで水を絞った。洗濯物のしわを伸ばすようにズボンをはたいてもう一度はく
が、今度ははきっぱなしのときの生暖かくてむずむずする感覚が消えたかわりにひんやり
としたものが肌にぺっとりと張り付いてきてこれはこれで気持ちが悪かった。
174 :
31:2006/05/21(日) 23:20:03 ID:???
「さむい……」
遊歩道で女の子が身をすぼませていた。夕暮れ時の河原に風が吹きつけている。風も冷た
ければ川に落ちてみて分かったが予想以上に水も冷たかった。
「このままじゃ風邪引くな。オレは家が近いからいいけど」
シンはパーカーを取って来て女の子に羽織らせた。
「本当は濡れたのを乾かす方がいいんだけど」
シンが周囲を見回す。人の往来がある。シンはパンツ一丁でも多少の恥をかくだけでいい
が、この子の場合はそうもいかないだろう。シンはどうしたものかと思い、家がどこにあ
るのか聞いてみることにした。
「家はここから近いの?」
女の子は首を横に振った。
「どのくらい?」
「ずっと遠く」
――参ったな。帰って着れそうなもの探してきた方がいいかな
シンがそう思ったとき、上の道から叫び声が聞こえた。
「ステラー!」
「あのバカどこに行ったんだ。ステラー!」
「アウル!スティング!」
ステラの表情が途端に明るくなる。今までのボソボソしゃべっていたのとは違い、声がは
っきり出ている。
「お兄さん……達?かな」
ステラと呼ばれた女の子に問いかけるように言ったつもりだったが、ステラはアウルとス
ティングの方へ駆け出していた。どうも調子が狂わされっぱなしだ。草の土手を登りきっ
て道へ出ると黒のオープンカーが止まっていた。車のそばには水色と緑色の髪をした少年
がいる。シンは彼らを見て反射的に身震いがした。何故かゾクゾクして鳥肌が立つような
感覚がする。ステラは二人の影から覗き見るようにしてシンの方を見ている。
175 :
31:2006/05/21(日) 23:21:02 ID:???
「どうも、ステラがお世話になったみたいで」
緑髪の男が会釈をしながらシンに言った。スティングがアウルをひじで小突く。
「あ、ありがとう」
アウルが少し嫌そうな顔をしてあまり言いたくなさそうに言った。
「いや……」
そういったやり取りをしているうちに携帯電話が鳴った。スティングがシンたちから離れ
て携帯を取り出した。
「あ、もしもし……」
シンにはそれ以上聞こえなかった。アウルの方を見ると頭の後ろで手を組んでいる。アウ
ルはシンが見ていることに気づいて顔を背けた。ステラに声をかけようにもさっきからア
ウルの後ろに隠れて出てこなかった。沈黙が続いているうちに電話を終えたスティングが
戻ってきた。
「きちんと御礼をしたいのですが急ぎの用ができまして……すいませんがこれで失礼させ
ていただきます。アウル!ステラ!行くぞ」
そう言ってスティングは運転席に座った。アウルが助手席に飛び乗るが、ステラはその場
に立ったままだ。少し困ったような顔をしてシンを見て、そしてうつむいた。
「ほら、ステラ、行くぞ」
アウルがステラに声をかける。その声を聞いてステラはうつむいたまま後部座席に乗った。
ステラが乗ったのを確認してスティングは車を走らせた。
「いいのかなー」
エンジン音にまぎれそうな大きさでアウルが呟いた。
「ん?何がだ?」
「俺たち以外との思い出を作ってさ。いくら俺たちが記憶を消されてるからって、前の記
憶を思い出しそうなものを作っちゃうと何かと問題になるんじゃないの?」
176 :
31:2006/05/21(日) 23:22:01 ID:???
アウルとスティングの話はステラのにも聞こえていた。だが、ステラは何も口にせずに後
部座席からシンを見つめている。
「ネオが話してるのお前も聞いたのか」
「まあねー。このことも次に機械に入ったら消えてるんだろうけどさ」
「そうだろうな。あれに入らなきゃオレたちは生きていけないしな。それよりこの辺一体
の地形はちゃんと頭に入った?」
「それはオレよりステラに言ってくれよ。でもこんな普通の町を調べてどうするんだ?地
下に秘密基地でもあるっての?」
「休めって言ってたネオが急に言い出したんだ。何か次の作戦に関係してるんだろ」
そう言ってスティングはアクセルを踏み込んだ。車から見えるシンの姿は急激に小さくな
っていったが、それでもステラはシンを見ていた。
シンもステラがこちらを見ていることは分かった。何故だか理由は分からないが車が見え
なくなるまでシンはその場に立ち尽くしていた。突如現れたバイクのエンジン音がその余
韻をかき消した。シンの隣に赤いバイクが止まった。アレックスだ。
「シン!こんなところでそんな格好して何してるんだ?」
アレックスがそう言うのも無理も無い。シンは服がびしょぬれでアスファルトにはだしで
立っているのだ。朝着て出て行ったはずの上着もない。無くなっている上着はアレックス
のものだ。シンがアレックスに事情を説明しようとする。
「川に落ちた女の子を引き上げようとして、それで寒がってたから上着を貸し……しまっ
た!あの子の住所聞くの忘れた!」
「まったく。やってくれるよ、君は」
アレックスは深々とため息をついた。
177 :
31:2006/05/21(日) 23:22:51 ID:???
シンとアレックスが居候先のカフェ「赤い彗星」に戻った頃には夕食がテーブルに並んで
いた。今日のメニューはアレックスが昼に作り置きをしていたロールキャベツだ。バイク
のエンジン音が聞こえてレイは鍋を火にかけた。バイクが止まり、勝手口からアレックス
とシンが入ってきた。
「アレックス、遅いですよ。それにシン、どうして濡れてるんだ」
「色々事情があるんだよ」
シンのズボンのすそから水滴がこぼれている。アレックスのジャケットを借りていたが、
バイクで風に当たって冷え込み、体が小刻みに震えていた。
「シン、オマエは先に風呂に入って来い。そのままじゃ風邪引くぞ」
「はぁーい」
シンはそう答えると駆け足で風呂場に向かった。シンの足跡が水滴ではっきりと残ってい
る。
「マスターは?」
「ギルは今日は商店街の会合で遅くなるそうです」
「そうか」
そう言うとアスランはフローリングに散った水滴を雑巾で拭き始めた。水滴を拭いて風呂
場まで行き、風呂に入っているシンに声をかけた。
「ゆっくりあったまってから出ろよ」
「分かってますよ」
曇りガラスごしにアレックスが風呂場から出て行くのを見てシンは呟く。
「あの人何かとオレを子ども扱いするよな……」
「……今年もまた2月14日、ユニウスセブンの悲劇の日がやってきます。明日14日には各
地で追悼際が行われる予定です」
シンが風呂から上がるのを二人はリビングでテレビを見ながら待っていた。テレビはどの
局もユニウスセブンのことを報じている。去年の暴動を教訓に今年は前日から抜き打ちで
検問をしくことじていたことも報じられている。また、当日の明日は大規模集会やデモを
自粛するように政府が呼びかけている。
「今年も墓参りには行くんですか?」
レイがアレックスに聞く。明日はアレックスの母の命日なのだ。
178 :
31:2006/05/21(日) 23:23:52 ID:???
「ああ、そのつもりだ」
「街から出て行くのは大丈夫かもしれませんが、帰りが渋滞してるでしょうね」
「晩飯に間に合わないようなら街に入るまでに連絡するよ」
「分かりました」
勝手口が開いた。
「ただいま」
デュランダルが帰ってきた。
「おかえりなさい。ギル」
「マスター、どうでした?」
「うむ。あまりよろしくないな」
「それは……どういう意味でしょうか?」
アレックスが聞きなおす。デュランダルの言うことは文語的・婉曲的で「それらしく」聞
こえる話し方なので確認を取らなければならない。
「無論、明日のことさ。あんなことがあった日とはいえ、恋人たちの語らいの日を戒厳令
で台無しにしては店の売り上げにもひびく」
「はあ」
「君が気にしている方面でもまずい噂を聞いた。戒厳令をいち早く耳にした者たちが既に
水面下で動いているとも聞いている」
――まったく、分かっていて言うのだからたちが悪い。
アレックスはデュランダルのくせを苦々しく思っていた。
「あ、マスター。おかえりなさい」
風呂から上がったシンがリビングに来る。デュランダルが上着を椅子にかけながら言った。
「シン、学校はどうだった?」
シンはレイの方をチラッと見た。そして少し間をおいて
「まあまあです」
とだけ言った。初日から派手に暴れてコーディネイターだとばらしたばかりか、教官に目
を付けられ、おまけにレイにきつい一発を入れたとは流石に言えなかった。
「そうか。分からないことも多いかもしれないが……」
179 :
31:2006/05/21(日) 23:25:17 ID:???
そのとき、突如それまで単調だったニュースが興奮した叫び声に変わった。
「ただ今臨時ニュースが入りました!」
その一声に四人の視線がテレビに集中する。画面には報道フロアが映っていた。アナウン
サーの後ろではひっきりなしにかかる電話とその応対に追われているスタッフの姿があっ
た。時折マイクが指示の叫び声を拾っている。原稿が間に合っていないのかアナウンサー
も落ち着かない様子で目線が宙を漂っている。
「ええ、っと」
画面の外から渡されたニュース原稿をアナウンサーがあわてて斜め読みをしている。よほ
どショックな内容だったのかアナウンサーは一通り読み終えた後に小さく深呼吸をした。
「失礼しました。たった今入ったニュースによりますと、市内で爆発があったようです。
被害の規模など詳細は不明です……」
第四話 おわり