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31:
仮面ライダーSIN 第二話
静まり返った人だかりの視線は現場に釘付けになっていた。彼らの視線は事故現場に集中
していた。横断歩道にへたり込んでいた女の子は恐る恐る目を開いた。どこも痛くは無い。
見上げると少女の目の前には異形の者がいた。その炎のように赤い姿は注目を浴びるには
十分なほどに目立っていた。
異形の者はがっしりと地に足をつけ、トラックのバンパーに手を突いてトラックを止めて
いた。トラックの前面は無残にも変形しており、衝突の破壊力を物語っていた。異形の者
はトラックから手を離して女の子の方に振り向いた。フェイスマスクはデュアルアイにV
字アンテナの付いた特有のものである。
「ガンダム……?」
女の子は思わずそう呟いた。異形の者が女の子に手をそっと差し伸べた。女の子は自分に
向けられた手に怯えた。ブロックのような機械的なマニピュレーターがトラックの衝突で
熱を持って赤錆のようなにおいをを放っていた。
「エル!ダメっ!」
叫び声と共に歩道から母親らしき女性が女の子に駆け寄り、さらうように連れ去っていっ
た。一瞬のことで誰もが唖然としてその光景をただ見ているだけだった。ほどなく遠くか
らサイレンが聞こえてきた。次第に音が大きく、高くなっていく。サイレンの音で野次馬
も冷静さを取り戻したのかざわつき始めた。その様子を見て異形の者は猛スピードでその
場から逃げ出した。
「何だ?事故か?」
「え、どこどこ?」
サイレンの音を聞いてディアッカとミリアリアがベランダから外の様子を見た。人だかり
の中心にフロントが歪んだトラックが止まっている。相当な事故のようだ。衝突相手を探
してみるが見当たらない。ただ、ディアッカはサイレンの鳴る方向とは別の方向へと移動
する赤い姿を見た。
「相手はアイツか」
「どこどこ?」
ミリアリアは望遠レンズ付のカメラを持ち出して道なりにディアッカの言う「アイツ」を
探した。だがどこにもそんな姿は無い。
127 :
31:2006/05/10(水) 22:17:48 ID:???
「もう見えなくなったよ。って言ってもお前には元々見えないだろうけど」
「アンタはいいわよね。私たちに見えないものが見えるんだから」
「しょうがないだろ。オマエはそういう風にできてないんだから」
ミリアリアがカメラを下ろして残念そうな表情を浮かべる。
「で、どんなやつだったの?」
「赤いやつだな。正面から見てないからよくは分からないけどブレードアンテナが付いて
た。多分MSだな」
「赤いやつ?」
ミリアリアはそう言うと浴室から現像したての写真を引っ張り出してきてディアッカに見
せた。
「もしかしてこいつじゃない?」
写真といっても随分とノイジーで白飛びを起こしていたり、ブロックノイズがかかってい
る。それでも中央に写された人型は大まかな特徴を残している。ディアッカは写真をじっ
と睨んで言った。
「肩と腰周りは似てる。後はよく分かんねーな」
「そっか。やっぱりサイに頼んで解析かけてもらわないとダメかな」
ミリアリアはディアッカから写真を取り上げて外の様子を見た。警察が現場確保をして通
りにたまった野次馬に対応し、交通整理を始めていた。警察に少し送れて公安の車も現場
に来ていた。
「公安が現場に来てるってことはやっぱりMSがらみなのね」
ミリアリアが現場の写真を取ろうとカメラを構えて、数枚の写真を撮った。フロントのへ
こんだトラックに茫然自失とした運転手が乗っている。だが、ぶつかったはずの原因はど
こにも見当たらなかった。ディアッカの言うことを信じればどこかへ逃げていったのであ
る。しかも、その逃亡者は昨日の夜に施設から脱走したと思われるMRかもしれない。人だ
かりを撮っているうちにファインダーに銀髪のおかっぱ頭が入った。
「あっ」
ミリアリアはそう言ってあわてて顔を引っ込めた。
128 :
31:2006/05/10(水) 22:19:25 ID:???
「ん?」
銀髪のおかっぱ頭の男はそれに気付いてか気付かなくてか、ミリアリアの部屋の方を見上
げた。そこにはディアッカがいる。男に見つけられてディアッカは苦笑いを浮かべている。
男の名はイザーク=ジュール。マティウス地方の名士・ジュール家の御曹司で、母親は現
役の国会議員だ。本人も上級試験をパスして順調に出世している。イザークはディアッカ
を見つけるなり怒鳴り散らした。
「くぉおら!貴様!何そんなところで油売っている!」
「非番にどこにいようとオレの勝手だろ」
「このクソ忙しいのに年休なんて取りやがって!そこで見てるくらいなら降りてきて手伝
え!」
「へいへい」
そう言ってディアッカはベランダから部屋に入った。椅子にかけていたジャケットを着て
テーブルの上の食器をシンクに持っていった。
「ワリイ。皿洗って行けなくて」
「行くの?」
「同期とはいえ今は上司だしな。それにアイツ行かないとここに押しかけてくるぜ。オマ
エにはそっちの方がまずいだろ?」
「写真のこと、内緒にしておいてよ」
「分かってるよ。じゃーな」
ディアッカはミリアリアの方を向かずに手を振って部屋を出て行った。
一方現場ではいつもの通り警察は公安に非協力的でイザークは青筋を立てていた。MA、MS
に関する事件では公安が捜査特権を持っているのだが、軍部に同調している警察は現場を
押さえてその情報を離そうとしない。事後報告として二次情報が回ってくるだけである。
いつものことだ、男はそう自分に言い聞かせるたびにイライラをつのらせていた。
「ジュール隊長!」
黒髪のロングヘアーの女性、シホ=ハーネンフースが男に声をかけた。切れ長の目をして
いてその表情は凛としている。
「どうしたハーネンフース」
「目撃者の証言を取ってきました」
「で、何か重要なものはあったか?」
イザークはイライラしているせいか口早に質問を返す。
「事故としてはよくある子供の飛び出し事故なんですが、当事者の子供が母親らしき女性
に連れられて現在逃亡中。トラックの運転手の方はパニックを起こしているので証言は無
理です。確かかどうか分かりませんが周囲の目撃者情報によれば、飛び出した子供はMSを
顔を見て『ガンダム』と言っていたそうです」
「『ガンダム』だと!?」
129 :
31:2006/05/10(水) 22:20:15 ID:???
イザークは声を荒げた。その声は部屋から降りてきたディアッカの耳にも届いていた。デ
ィアッカは内心面倒なことになったと思い、こっそり逃げ出そうかとも思ったのだが、既
にシホに睨みつ
「イザーク、何を騒いでるんだ?」
「遅いぞ!呼ばれたらすぐに来い!」
イザークに怒られ、シホは冷たい目でディアッカを見ている。
「へいへい」
「まあいい。で、犯人を見たのか?」
「ああ」
「この中にに該当者がいるか?」
イザークはディアッカに数枚の写真を見せた。所在不明のMA、MS、MRなど、その中にはフ
リーダムとジャスティスの姿もあった。ディアッカは写真をイザークに返しながら言う。
「いや。俺が見たのは赤いやつだ。もっとも、後姿しか見ちゃいないけどな」
「赤だと!!」
「いや、アイツにしちゃ2年も姿見せないで今何しに出てきたんだ?」
二人はある男を思い浮かべていた。先の大戦での同僚で、宇宙クジラを撃破後に戦死した
男――アスラン=ザラのことを。だが、戦死したというのはあくまで公式発表で、実際に
は生き延びていることを二人は知っていた。風の噂ではオーブのオノゴロ島に渡ったとい
う話もあるが、現地に彼の姿は無かった。
「俺が知るか!ディアッカ!ハーネンフース!帰るぞ」
「おいおい、現場検証はいいのかよ」
「どうせ今は警察が捕まえて離さん。報告書を後で読めば済むことだろうが」
そう言うとイザークはさっさと車に乗り込んだ。シホは既に車に乗り込んでおり、ディア
ッカだけが取り残されていた。ディアッカはやれやれと肩をすくめた。もう一度現場の方
を見た。警察は公安を無視して淡々と状況整理をしている。そのとき、人ごみから視線を
感じた。感じた方向を見るとワインレッドのバイザーをかけた青髪の男がディアッカを見
ていた。目元はバイザーで覆われていてよく分からないが、口元は笑っているように見え
る。
「どうした!早く乗れ!」
「あ、ああ」
イザークに返事をするために一瞬目を離した。その隙に男はいなくなっていた。ディアッ
カは急に不安になってミリアリアのアパートを見上げた。カーテンが閉められていて中の
様子は分からない。何故か先の大戦のことが思い出されてディアッカの中で嫌な予感がう
ごめき始めていた。車は走り出し、アパートは次第に小さくなっていった。けられていた。
130 :
31:2006/05/10(水) 22:21:07 ID:???
元の姿に戻った少年は裏路地にぼろ雑巾のように倒れていた。体力を消耗しきっていた。
昨日から丸2日何も食べていない。それでいて施設から脱出し、3体のMRと戦い、トラック
を受け止めるという無茶をしている。限界もいいところだった。口の中が乾ききって舌が
異物のように感じる。手を握ってみるが握力も弱くなっている。気持ちだけは体を追い立
てるのだが、体が一向についてこなかった。
「まったく、手間をかけさせるな、君は。人通りの多いところであんなことをするなん
て」
少年が見上げるとワインレッドのバイザーをかけた青髪の男が立っていた。バイザーと逆
光でできた影のせいで表情はよく見えない。
「誰なんだよ、アンタは……」
少年は搾り出すように声を出した。声に力は無く次第に弱弱しくなっていく。
「俺の名はアレックス・ディノ。君を連れにきた」
「連れ戻しに来たのかよ……」
少年の声はアレックスに届かないほど小さくなっていた。ためていた唾液を飲み込むと同
時に歯を食いしばり、ひざを立ててよろよろと立ち上がった。ひざが笑っていて腰をすえ
ることも出来そうにない。ふらふらの体を壁に預け、即座に壁を蹴ってその反動でアレッ
クスに殴りかかった。
「うぉおおっ!」
少年は渾身の力をこめて叫ぶ。だが、力のないパンチは容易に流され、腕をつかまれた少
年は地面に叩きつけられていた。
――……こんな状態じゃなきゃ……
131 :
31:2006/05/10(水) 22:22:10 ID:???
薄れゆく意識の中で、少年は昨晩のことを思い出していた。白い部屋を抜け、警報機が鳴
り響く中少年は外に向かっていた。既に隔壁が下ろされ始めている。隔壁は強固で、部屋
の壁を突きやぶったようにはいかなかった。もたもたしていると閉じ込められてしまうだ
ろう。防衛MSが乱射した対MS弾があちこちで火災や爆発を引き起こしている。炎の燃え盛
る音と逃げ遅れた研究員の悲鳴があたりに広がっている。少年は辺りを見回した。
――外はどっちだ
物陰からMSが現れて攻撃を仕掛けてきた。隔壁や爆発で施設は様変わりしており、どちら
が外か分からなくなっていた。その上、防衛ラインはますます厚くなっていく。
「いったいどれだけいるってんだよ!」
少年は防衛MSから対MS弾を奪い取って一方向に壁をぶち抜いていった。そうして外に出る
とそこにはブレードアンテナにデュアルアイの似たようなフェイスマスクをしたMRが3体
いた。緑と青と黒。建物から出てきた少年を3体のMRはぐるりと囲んだ。
「それじゃ行くぜ!」
「おうよ!!」
まず青のMRが攻撃を仕掛けてきた。それを受け流すと少年の後ろから緑のMRの蹴りが飛ん
でくる。少年は振り向きざまにかろうじて蹴りを受け止めた。
「今だ!!」
再び青のMRが攻撃を仕掛け、それを受け止めた少年は両手をふさがれてしまった。がら空
きの背中から黒いMRが強襲をかける。2体のMRを振りほどけるわけも無く、少年はまとも
にダメージを受けてしまう。有象無象の防衛MSとは桁違いのコンビネーションに少年は苦
戦を強いられた。
どうにか相手を振りほどき3体の包囲網を突破するために走り出すが、MRも追走してくる。
少年に逃げ場は無かった。先ほどからの戦闘で体力も相当消耗している。次第に追い詰め
られ、じりじりと建物の方に戻されていく。突如、建物が大爆発を起こした。焼け出され
た、あるいは閉じ込められたままのMS装着者や施設の人間の悲鳴や断末魔が聞こえてくる。
132 :
31:2006/05/10(水) 22:22:58 ID:???
「うわぁあああー、助けてくれ!!まだ俺は死にたくないんだ!!」
ある者は助けを求める叫びを
「クソっ!こんなにMSが弱いなんてっ!!」
ある者は恨み言を
「かあさーん!!」
ある者は聞き届けるものの無い遺言を
「誰か来てくれ!俺はここにいるんだ!!」
自分がここにいるのだと叫んだ。一言で言ってしまえば「凄惨」だが、少年はそうは思っ
ていなかった。それは少年をを苦しめたことへの報いだと思ったのかもしれないし、単純
にそんなことを感じる余裕が無かったからなのかもしれない。
――どうする?
少年は足を止めた。不思議なことに先ほどから3体のMRも攻撃を仕掛けてこない。少年は
それを見て構えたまま相手の動きを伺っていた。突然3体ともが頭を抱えてその場に倒れ
こんだ。何かを呟きながら痙攣を起こしている。少年は疑問に思いながらもこの機を逃さ
ずに暗闇の中に全速力で駆け出した。その後は裏路地で倒れているのに気付くまで何をし
ていたのかを覚えていない。
「やあ、気がついたようだね」
少年が目を開くと長髪の男が写った。ベッドに寝かされているが拘束具は付けられていな
い。アレックスという男に元いた施設に連れ戻されたわけではないことを確認してひと安
心した。深呼吸をするとノックの音が聞こえた。
「食事を持ってきました」
アレックスが食事をのせたトレーを持って部屋に入ってきた。
「アンタ!」
少年は飛び起きようとしたが、体中に痛みが走って起き上がれなかった。
133 :
31:2006/05/10(水) 22:23:53 ID:???
「まだ起き上がるのは無理のようだな。アレックス、彼に事情を説明していないのか?」
「事情を説明する前に殴りかかられて、それから意識を失ったからな」
「そうか。どこから説明したらいいものか……」
「アンタたち、俺をどうしようっていうんだ!」
少年は叫んだ。男は何事もなかったかのように少年に語りかけた。
「安心したまえ。君に危害は加えるつもりはない。私の名はギルバード・デュランダル。
君の名前は?」
「シン。シン=アスカ」
第二話 おわり