クルーゼ生存で種死書き直そうぜ

このエントリーをはてなブックマークに追加
815383:2006/07/23(日) 23:32:33 ID:???
「タニス……」
 自分が両親のエゴで作られた証の金髪を地味な茶色に染めた女性。それでも泣きじゃく
る彼女は、男性機能のないアスランにとっても非常に魅力的で、こういう女性を守るため
に男性は生まれたのだと思わせる。
「スティーヴンが…ステフが……ああ、アスラン、信じられないわ」
 アスランには、ただ彼女を抱きしめて、まだ同胞がいるということをぬくもりで伝える
しか出来なかった。
 明るい笑顔のスティーヴン・アゴスト、陽気でそつがなくて、彼ら三人のリーダーだっ
た。そしてザフトでコーディネーターにとってもきつい訓練を受け、才能を評価されてき
たアスランの目からしても、彼にはまぎれもないエースパイロットの素質とそれをかなえ
るだけの実戦経験があった。しかし、母艦を守るために姿を翻したインパルスをスキュラ
でしとめたとアスランが確信した瞬間、白い機体はビームの射線から消えて、アゴストを
正確に射撃し、ウィンダムのコクピットを背中から打ち抜いたのだ。
 あんなことができるのは自分とキラだけだと思っていた。しかしザフトの広報番組で流
れていた赤い目のエースパイロットは、あの無我の境地をおそらく知っている。多分コク
ピットもモニターも関係なく、全天が意識の中に入り込み、それに反応して行動したのだ
ろう。だからスティーヴンの実力が足りなかったとは思わない。パナマで少々モビルスー
ツを破損させることはあっても、エースの称号を得るだけザフトのモビルスーツを落とし
てきた彼を。
 上官のエルドリッジ少佐がハンガーに降りてきて、優しげな声で告げる。
「アゴスト中尉のことは、本当に残念だったわ。パナマで戦ってきて、上手くひとつの小
隊になれたと思っていたのに。ヴァーチャー少尉、ザラ少尉、あなたたちには辛いことで
しょうが、臨床心理士とのカウンセリングをすぐに行ってください。アゴスト中尉の死を
無駄にしないために、必要なことです」
 抱き合ったままタニスを立たせたアスランは、
「はい、少佐」
 スキンヘッドの頭の横で敬礼をして答えた。
816383:2006/07/23(日) 23:33:37 ID:???
「さて、今日のミネルバとの戦闘の解析の時間だ。アゴスト中尉の戦死と、スティングが
敵ザクから直撃をもらったことについてを主な議題にしたいと思う」
 ネオ・ノアローク大佐が口を開く。メンバーはエルドリッジ少佐、エクステンディッド
部隊のメンテナンス責任者のバウアー博士と助手のボイタノ博士だ。
 ファントムペインはロゴス直属の特別部隊であり、コーディネーターやエクステンディ
ッドの実験部隊でもある。戦果を挙げることも大事だが、挙げられなかった場合の原因究
明こそがナチュラルの明日に繋がるのだ。
「では、私から発言させていただきます」
 立場を考えて、エルドリッジ少佐が口を開いた。彼女が手元のコンピュータを操作する
と、コーディネーターたちの戦闘中の感情グラフがディスプレイに表示された。
「ザラ少尉が敵から国際緊急回線で声を掛けられたとき、感情のぶれが見られますが、す
ぐに落ち着きました。そのあと彼が相手に呼びかけたときも、感情が高ぶった状態にはな
っていません。しかし愚劣なコーディネーターの言葉に反応して、言葉で答えるというの
は、まだ彼が地球軍の兵士として一人前ではない証です。そこはカウンセラーが理論的に
話をして、教育的指導をしたということです」
 ここで彼女は一度言葉を切った。
「アゴスト中尉の戦死のあと、ヴァーチャー少尉がかるいパニックに陥っています。早期
に撤退を決められた大佐の判断は正しかったと思います。あのままでは、彼女も撃墜され
ていたでしょう。そして、アゴスト中尉を撃墜したインパルスの動きに注目したいのです
が、これはアシーネイージスのカメラからの映像です」
 ミネルバに取り付こうとするウィンダム、それを追ってアシーネイージスに背を向ける
インパルス、そしてスキュラの発射。ザラ少尉の攻撃に一切の無駄はありませんし、コー
ディネーターとしても最上位の反射速度です。しかし、インパルスはスキュラの射線を予
測していたように避け、簡単にウィンダムを撃墜しました。これまでのデータで、インパ
ルスは高性能機でパイロットも優秀だということはわかっていましたが、こういう、一線
を越えたような動きをしたのは、カーペンタリア攻防戦の時にあっただけです」
 ネオも実際見ていて、驚いたのだ。自分には異常な勘のよさがあって、その助けで生き
延びてこられたと思っている。あの母親とまっとうな関係を作れたのも、そのおかげだ。
ただ、ミネルバのほかのパイロットには自分と共通するものを感じるのだが、インパルス
のパイロットには感じない。自分の勘のよさとはまた別の能力なのだろう。
「オーブの小島に住む宗教家が、SEEDを持つ者は、人間の能力を完全に解放できるという
教えで人気が上がっているらしいが、インパルスのパイロットがそういう人間なのかもし
れんな」
 不意に思い出して、口に出した。
「人間の能力、私たちエクステンディッドを管理する者として、今一番興味があるのがそ
の部分です。もちろん、私たちは科学者ですから、オカルトとは一切関係ありませんが」 バウアー博士の言に、ノアローク大佐はそのまま続けるように促した。
「スティング、アウル、ステラの三人はザフトのセカンドシリーズ三機の情報が入り、そ
れにもっとも適応する能力と素質があるので、パイロットに選ばれました。実際初めて乗
ったモビルスーツでそのまま実戦ができるだけの能力がありましたし、機体に慣れた現在
では初期よりいい反応を示すようになっています」
 ここでボイタノ博士が、反応値のグラフをいくつか表示した。
「ただ問題があるとすれば、この反応値の上昇率はナチュラルとしては十分なものですが、
コーディネーターに比べると低いのです」
817383:2006/07/23(日) 23:34:33 ID:???
 グラフにアスランとタニス、死んだスティーヴンのものが重ねられた。
 アスランは一番データ採取期間が短いが、最初からエクステンディッドの三人の上の数
値を取り、上昇率も三人より高い。そしてタニスとスティーヴンは、エクステンディッド
より3割がた低い数字から始まっているが、実戦に出るようになってからぐんぐん数字が
上がり、いまでは三人を追い抜こうかという勢いだ。
「私たちの持つ実験体の母数が少なすぎるので、可能性しかいえませんが、適性のあるコ
ーディネーターを鍛えた場合と適性のあるナチュラルをエクステンディッドとして育てた
場合、前者が後者より高い成長をするということです」
「――エクステンディッドは、一定値を過ぎると普通のナチュラル程度の成長しかできな
い、ということか? これまでの理論では、肉体と精神を強化すれば、成長の幅も大きく
なるということだったが」
 ネオが冷ややかな青い目を二人の研究者に向けた。
「現在の技術では、限界が見えてきたということです」
「君達の話では、エクステンディッド三人の成長は頭打ちで、敵コーディネーターの能力
はまだまだ伸びるというように聞こえるが」
「現状、その可能性が高いのです。エクステンディッドの素体を選ぶ段階で、これまでよ
りもっと厳しい選別をして、運動能力の高いコーディネーターに匹敵するような遺伝子を
持った子供を選ばないといけないでしょう」
「それは無責任だ、バウアー博士。あのエクステンディッドたちを作るためにブルーコス
モスがいくらの予算を費やしたか、君が知らないはずはあるまい。運動能力の高いコーデ
ィネーターに匹敵するナチュラルが100万人に一人いたとする。その100万分の一を探すた
めに、また予算を組めというのかね? 元々エクステンディッドは、身体能力で劣るナチ
ュラルにコーディネーターより優れた能力を与えるためのプロジェクトだ。そしてその中
で、厳しい選抜を君達が行って作り上げたのがあの三人だろう。君の言っていることは、本末転倒、言い訳に過ぎん」
 バウアー博士は口紅も塗っていない唇を噛んだ。
「申し訳…ありません。大佐」
「差し出口をお許しください。デストロイが完成すれば、少々のパイロットの成長曲線な
ど簡単に逆転できるはずです」
 エルドリッジ少佐の意見は、ノアローク大佐に切り捨てられた。
「あれは戦略兵器だ。戦術兵器である艦載モビルスーツと一緒にするとは、君らしくもな
い」
 そしてバウアー博士に訊く。
「デストロイと一番相性がいいのはステラだ。ステラをデストロイにまわしたあとのガイ
アのパイロットは北米のラボから来ると報告があったが、日時は決まったのか?」
「検討中です。候補者は複数呼び寄せます」
「我々が今いるのが西ユーラシアだということを忘れるな。ガイアのテストなどしていた
ら、地元の反乱分子からザフトに情報が筒抜けになる」
「はい、では、どのように?」
「それを考えるのも、君達開発管理班の仕事だ」
 厳しいネオの声に、バウアー博士は沈黙した。
818383:2006/07/23(日) 23:38:24 ID:???
スレが荒れてるときに、本音を書く人はなんか、小心者のマゾって感じで可愛いと思う。
作家は繊細な生き物なので、あまり苛めてはいけません。読者の意見を、怯えてるんじゃないかというほど
気にする人もいます。強気な人も、多分読者が思ってるよりは感想を気にしてるし。

だらだら書いてるだけじゃつまらないんで、たまには小説のテクニックwを使ってみました。
819通常の名無しさんの3倍:2006/07/23(日) 23:41:56 ID:???
乙!

( ^-^)_旦~~ アスランから切り取った一物を三日三晩煮立てたお茶ですが、どうぞ。
820通常の名無しさんの3倍:2006/07/23(日) 23:55:06 ID:???
>>818
乙!

・・・・・・・・・けどさあ、荒れかけてる時にはガソリンを
撒かなくてもいいんじゃねえ?
ていうか、テクニックって何? この長いだけで何の面白さのない会話のこと?
わざとやってるのは分かるけど、ああいうのってセンスが要求されると思うんだけどなあ
ちょっと策士策に溺れるというか。実力あんだから、もちっと謙虚にやれば?
821通常の名無しさんの3倍:2006/07/23(日) 23:56:12 ID:???
知識量が半端じゃないし、ライターさんだろうかと思っていたが
作家か、納得。
822通常の名無しさんの3倍:2006/07/23(日) 23:57:54 ID:???
>>818GJ!
今回も面白かったです。



シンをブチ殺したくなりましたwww
823通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 00:02:23 ID:???
>>820
マゾで小心者=自分のことを指しているじゃないかと
824通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 00:10:29 ID:???
乙GJ!
ステフのご冥福をお祈りします。
相変わらず大胆不敵なコメントが自分はちょっと楽しみになりつつあるw
いろいろあるだろうけど383氏の思うように書いてみてくれ!
引き続き期待
825通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 00:12:20 ID:???
これはシン「裏表のある性格」みたいだなw
何かこう、383氏の表現したいシン像ともずれてるのではないか?
まあ途中経過なので、引き続き正座して彼の成長を見守るよ
826通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 00:46:28 ID:???
小説のテクニックって、ぶっちゃけなんなんですか?
827通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 00:58:55 ID:???
今回の投稿分を読めば分かるだろ
分からないなら説明しても無駄だな
828通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 01:04:33 ID:???
過去を語ってるな。
829通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 01:05:59 ID:???
一話分見逃したかとオモタ
830通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 01:18:32 ID:???
戦闘シーンが無かったので見逃したのかと焦った…。
これがテクニックだよね?面倒で省いたんじゃないよねw
831通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 01:43:21 ID:???
結局>>805は偽者でFA?
作家さんじゃないってことかね?
832通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 01:47:58 ID:???
やめるって言った直後に投下したら読者を釣って遊んでるってことになる
833通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 01:56:02 ID:???
383氏乙です!

語りが出たなら酉付けた方がいいのではないでしょうか?
それで防げる無用な荒れも混乱もありますし、
なにしろこれから夏本番ですから
834通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 02:14:36 ID:???
>>832
じゃあこっちは釣られて遊ぼうw

      

||
     ∧||∧
    ( / ⌒ヽ  
     | |   |  ブラーン
     ∪ / ノ
      | ||  
      ∪∪
       :
      -====-
835通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 04:13:06 ID:???
釣られてるんじゃなくて吊られてるよ
836通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 07:18:35 ID:???
アスランとイザークが面白いくらい対になっている。
マルキオとSEED教団の登場が待ち遠しい。
837通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 12:24:46 ID:???
ア、アスランスキンヘッドにしちゃったんだ・・・

とにかく乙!
838通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 14:04:25 ID:???
もうエクステンデッドはコーディを素体にするか戦時中だし脳改造で屍の山を築くのかしないときついってことか
839通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 20:12:57 ID:???
エクステンディッドが、ケアされて長持ちを期待されるパイロットから、使い捨ての生体CPUに変わるってことか。
840通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 21:37:58 ID:ghSclPoR
>>837
したんじゃなくてされたのかもな…ガタブル
841通常の名無しさんの3倍:2006/07/24(月) 23:55:44 ID:???
ミネルバ組に犠牲が出るんではないかと思っていたが出なかったな、
もっともっと苦戦するのかと思っていたが、連合の方が苦戦してるし犠牲も出てるのは個人的に意外だった。
シンの戦闘能力が化け物クラスになってるんだなーと。

>>787自分も。奴もノースリーブでグラサン掛けてたな。
842通常の名無しさんの3倍:2006/07/25(火) 00:35:16 ID:???
>>841
シンは負債の愛が平等なら凸以上に強くなってたと思う
843通常の名無しさんの3倍:2006/07/25(火) 00:40:49 ID:???
>>840
ついに本物の禿になったな…アスランもう原型が見当たらないw
またさりげなく教育的指導とかされててガタブル
しかし自分も含めたコーディが汚らわしいという認識なのに、
タニスかわいいとか普通に思えるものなのかな?
あと、
>そしてザフトでコーディネーターにとってもきつい訓練を受け、才能を評価されてき
たアスランの目からしても
>あんなことができるのは自分とキラだけだと思っていた。
このへんとかまだコーディ>ナチュっていう認識を出てない気が。
これだけの自己矛盾を抱えつつ自信満々なのが非常に怖くて良いところだと思うんだが、
もう少し彼の頭の中がどうなってるのか整理してみせてほしいかもしれん。
844843:2006/07/25(火) 00:42:03 ID:???
スマン、途中から383氏宛てのレスになってた
845通常の名無しさんの3倍:2006/07/25(火) 00:55:24 ID:???
 本編でも増長してきたころだろ?<シン
 実際、戦果だってキチンとあげるし、アレッシィに理論的に責められてもいるけどそれでもいい気になっちまうのは仕方が無いだろう。
 遺作との諍いの解消、今回からつきはじめたアスランとの因縁、そして言うまでも無いステラとの関係…と、これから巻き返しにかかるのかな?

 383氏を応援してます。
846通常の名無しさんの3倍:2006/07/25(火) 00:58:53 ID:???
383氏の作品のキャラは痛い目に会った後からが華のような気がする。
847通常の名無しさんの3倍:2006/07/25(火) 03:19:31 ID:???
ここのネオはムネオより優秀な士官だな。シンとまともにステラ返還できるのか、気になるけど。
848通常の名無しさんの3倍:2006/07/25(火) 21:33:43 ID:???
ネオがエクステンデッド達に中途半端に感情移入してないのが好印象
最後は絶対正義のAAにて昼メロ、という大前提が無いネオは本当に良いキャラしてるわ

アニメとは違い感情に振り回されず大義に生きる男といった印象を383氏のネオから受けるが
今のところ甘ちゃん坊やなシンが泣き叫びつつステラを返還しても平然と騙し討ちをするか
巧みな話術でシンを籠絡してあっさり反逆させそうな凄みがあるw
849通常の名無しさんの3倍:2006/07/26(水) 06:08:11 ID:???
本編だとキラキラ言ってたアスランが、ここでは地球の為に闘っているんだと思うと感慨深い、
イザークへの訴えかけのセリフなんか見ると特に。
850通常の名無しさんの3倍:2006/07/26(水) 14:13:29 ID:???
シンステが成立しうるのか気になる
しても相当凄い関係だなこれは
851通常の名無しさんの3倍:2006/07/26(水) 15:11:21 ID:???
まちまち
852通常の名無しさんの3倍:2006/07/26(水) 20:37:10 ID:???
コーディネイター気持ち悪いとか言われてるよシンがんがれ
成立したら真実の愛だと思うから期待しておく
853通常の名無しさんの3倍:2006/07/27(木) 21:20:00 ID:???
アスランって能力的にコーディ>ナチュなのは認めてるんじゃないのか?
汚らわしいかそうでないかとは別問題だし
854通常の名無しさんの3倍:2006/07/27(木) 21:55:35 ID:exQMqWmk
保守
855通常の名無しさんの3倍:2006/07/28(金) 14:14:59 ID:???
 ようやくたどり着いたディオキアは、黒海にユニウス7の破片が落ちなかったこともあ
って、少々ひなびた田舎の避暑地にザフトの軍港と基地があるという感じの街だった。ユ
ーラシア連邦自体は地球軍の一翼を担うが、生産力の高い西ユーラシアでは、大西洋連邦
主導の地球軍のありかたに疑問を持ち、敵の敵は味方と、ザフトに親近感を持っている住
民は多い。先日ガルナハンのローエングリンゲートで、その土地に二千年以上住んでいる
という人間の誇りを見せ付けられたミネルバだ。
 入港手続きをすませたタリアとアーサーは、空からピンク色のザクがディンとオレンジ
色の新型空中飛行能力付きのモビルスーツに支えられて、降りてくるのを見た。そのザク
の胸には白い大きな文字でLOVEと書いてある。そしてスピーカーから、大きな声が響
いた。
「はーい、ミーア・キャンベルです!! がんばってるザフト軍兵士の皆さん、一緒に楽し
みましょう!!!」
 プラントで一番人気のアイドルだ。ミネルバの乗組員にも人気が高いことは、タリアも
知っている。若い兵士にとっては、ありがたい慰問だろう。
「はい、問題はありません。整備や補給など、御自分の母港に入られたと思ってください、
艦長」
 なかなか口の滑らかな係官だと思っていたら、脇をアレッシィを乗せた車が走り抜けて
いった。彼の持つフェイス特権には、すべてのザフト基地での行動の自由が含まれる。
 別に彼と敵対しているわけではないし、モビルスーツ隊を上手く扱ってくれていると評
価しているけれど、自分の指揮下に入らない人間が艦に乗っているというのが、どれだけ
艦長にストレスを与えるか、ザフトの保健部で研究すべき課題だと思った。
 二機のモビルスーツから下ろされたピンクのザクの掌で、黒髪の少女が歌い始めた。お
そらく危険域を示す枠がザクの掌に書かれているのだろうが、ハイヒールで軽やかに踊っ
ている。タリアの息子はミーアのファンなのだが、今度プラントに帰ったら、ミーア・キ
ャンベルは勇気のある少女だと伝えてあげなければと思った。彼女の顔の遺伝子が操作さ
れてないらしいらしい欠点の多い部分と、完璧なプロポーション、愛らしい歌声で「アグ
リキュート」と人気のあるが、立派なプラント人としての心とコーディネーターの身体能
力を持っているようだ。
「このあと、夜に花火を上げてミーア・キャンベルのライヴが行われる予定ですので、ミ
ネルバからも非番の方はぜひ楽しんでください。プラントから降りてこられた議長のお計
らいです」
 タリアは声を飲み込んだ。これはプライドの問題だ。アレッシィがさっさと出て行った
のはデュランダルと密談するためだろう。彼は最高会議議長のスケジュールを知っている。
自分が知らないのを悔しがるのは、フェイス制度より昔二人の間にあった男女の愛情のた
めでしかないのだ。振ったのは自分だ、そしてその代償に自分は素晴らしいコーディネー
ター三代目の息子を手に入れたと、タリアは何度も心の中で呟いた。


 艦内に戻ったら、タリアあてにギルバートからメールが入っていた。ミネルバの活躍は
聞いている。まず君とレイで来てほしい。そのあと、他のパイロット達をお茶に招待する
からそのように用意を、という内容だった。レイ・ザ・バレル、アカデミーをトップで卒
業した完璧な優等生でで無愛想なパイロットだが彼が学生時代から感情的に激昂しやすい
シン・アスカをクールダウンさせる存在だったのは資料で知っているし、何より、レイが
成人するまでの後見人がデュランダルなのだ。戦争をしている時は気にならなかったが、
自分がいかにギルバートの近くにいる人間にこだわっているのか思い知って、タリアは少
しだけ己を醜いと思った。
 とにかくレイには議長の言葉を伝え、他のパイロット三名には30分後に基地の保養施
設に来るように命令した。
856383:2006/07/28(金) 14:16:34 ID:???
 車の隣に座るレイは、最初に礼儀正しく挨拶して敬礼した以外、何も話そうとせず、じ
っと前を見ていた。とことん感情をださない性格と見える。彼と友人関係といえるのは、
アカデミーから一緒だった六人組だけで、ミネルバでは仕事上の付き合いの人間と最低限
の言葉を交わすだけで、新しい友人を得ようとはしていないらしい。軍人としては、その
選択も正しい。戦場で知り合ったものは戦死したり、戦えない体になって故郷に帰ってい
くものがたくさんいるのだから。
 そんなことを考えているうちに、車は指定された場所に着いた。
 長身のデュランダルは予想通りアレッシィと一緒で、基地の中とはいえ数名の赤服の護
衛がついていた。
「レイ、無事でよかった。活躍は聞いているよ」
 優しい声に、レイが首っ玉に抱きついて応える。それをデュランダルも当然のこととし
て受け止めていた。
 正直、タリアは驚いたが、それをあからさまに顔に出さないだけの年季は積んでいた。
レイの兄が前大戦で戦死して、そのあとギルバートが後見人になったということだが、彼
が子供のころから親しい付き合いをしてきたのは明らかだ。自分と付き合っていた時期が、
ギルバートがレイを年の離れた従兄弟のように可愛がっていた時期と重なっているのだろ
うかと思うと、なんとなくむかついた気分になる。子供が望めない遺伝子を持つ二人だか
ら、タリアから別れを切り出したというのに……。
 もしかして自分は、新鋭戦艦の艦長より最高評議会議長夫人という肩書きに惹かれてい
るのかもと、ふいに思い、その未練を消し去った。
 そのあと、海辺にセッティングされたきれいなリネンのクロスがかかったテーブルにミ
ネルバの三人はをめられた。プラントでは天然繊維というのは実験的にしか作られていな
いが、地球ではちゃんとした場所でこういうクロスとナプキン、陶器か磁器の食器、銀の
カトラリーでないと認められないというのは、本で読んで知っていた。
 一国の元首が人をお茶に招くなら、地球ではこうするのが正しいのだ。プラントは生き
ていくだけで精一杯なので、利便性にこだわる性質があるが、郷に入れば郷に従えという
諺もある以上、デュランダルとその周囲は地球の要人と会うための準備もしているのだろ
う。
「美味しいお茶をありがとう。でも大西洋連邦と講和交渉をするには、まだ時期が早いの
ではなくて? 講和の席に相手を引きずり出すだけの戦果はまだ上がってませんからね」
 少々上目遣いにデュランダルを睨む。ザフトのシンボルに祭り上げられかけている艦の
艦長としては、議長が地球に降りてきた理由は知りたい。
「ああ、さすがに慧眼だね、君は」
 ちっとも本音ではない言葉に、タリアは鼻白んだ。心無く人を乗せるのが上手いのを、
こちらは十分知っているというのに。
「大西洋連邦は、ザラ派のテロリストが行ったことをプラント全体の責任にしようと必死
だし、それはほぼ成功している。ただ、あの事件で多大な被害をこうむったユーラシアで
あっても、国民の自由と尊厳のためには、大西洋連邦よりプラントと組みたがる節はある。
今のところ、レジスタンスはばらばらだが、だから稚拙な作戦でも成功しているようだ」
「差し出がましい口を利かせていただければ、西ユーラシアは思想と言論、暴力のカオス
なのですよ、艦長」
857383:2006/07/28(金) 14:19:10 ID:???
 アレッシィの澄ました口調に、そこはかとない毒を嗅ぎ取って、タリアはむっとした。
コーディネーター全体の傾向として、思想より実践、哲学や文学より実学を重んじる傾向
がある。それはプラントが文化的生活を送るだけでかつかつの社会主義経済下にあること
と、遺伝子改造において数学や工学に秀でるようになる遺伝子は見つかったけれども、一
般人の100倍深い思考が出来る遺伝子や、人間を100倍深く観察して小説に構成でき
る遺伝子が見つかっていないことに直結する。実際プラントの大学では人文系の人気は著
しく低いし、地球の学会において高い評価を得た学者もいない。人文系でコーディネータ
ーがまだ得意とするのは、歴史、地理など知識量とそれを分析して計算する能力が大事と
される学問だ。
 このアレッシィ隊長は、自分もコーディネーターのくせに、その能力を見切ったような
言い方をすることが多いと、タリアは思う。
「この紅茶、ほんものの、ダージリンですね。マスカットと薔薇の香りがします。プラン
トで手に入るものは、地球産でもマスカットの香りはしても、薔薇の香りはしなかったん
です。ありがとうございます、議長」
 白い頬をピンクに染めたレイの言葉。いつも冷静で言葉の少ないレイが、こんな微妙な
香りをききわけて味わう少年だとは、タリアは想像したこともなかった。
 そこに入り口から声がかかった。さっき議長についていた、赤服にフェイスの徽章をつ
けたオレンジ色の髪の青年だ。さきほどの新型モビルスーツも、オレンジ。タリアはオレ
ンジのモビルスーツに乗るエース、ハイネ・ヴェルテンフルスの名前を思い出した。
 彼の後ろに、ミネルバのパイロット達が続く。彼は、シン、ルナマリア、イザークの順
で席に案内した。
 デュランダルは立ち上がって、彼らを迎えた。
 シン・アスカとまず握手する。
「シン・アスカ、君とインパルスの活躍は聞いているよ。先日のガルナハン・ローエング
リンゲートでも大活躍だったとか。カーペンタリア戦の手柄で叙勲の申請が来ていた。問
題なく通ったので、すぐに手元にネビュラ勲章が届くはずだ」
「あ、ありがとうごさいます!」
 白い頬を真っ赤に染めてシンが、半ば叫ぶように答えた。
「君がルナマリア・ホークだね。アレッシィ隊長から話は聞いている。優秀なパイロット
だと」
「ありがとうざいます」
 さすがにルナマリアは、シンよりは落ち着いて答えた。
 そして、
「イザーク・ジュール、ミネルバには新任だったか」
「はい。カーペンタリアで合流しました」
858383:2006/07/28(金) 14:24:26 ID:???
 イザークは議長のよく光るオレンジ色の目を凝視したが、そこに何の感情も見て取るこ
とは出来なかった。母のエザリアのことについても一言もない。それに二年前の軍事法廷
で彼とディアッカを助ける演説をしたことも、一切覚えていないという様子だった。
 二年前の軍事法廷は、ザラ派とクライン派の微妙な綱引きがあって、ザラ派としては無
論イザークたちを無罪にしたい。クライン派にしても、テロリストの首魁がラクス・クラ
インである以上、藪をつついて蛇を出したくはないというのが本音だった。そこでクライ
ン派の若手議員だったギルバート・デュランダルが『若者の命を一度の失敗で奪っていて
は、プラントに未来はない』と演説して、両派が納得、手打ちとなった。あのときは、上
手く喋ったクライン派議員お疲れさんくらいにしか思わなかったのだが、その直後、彼は
最高会議議長、イザークの母親の上席に座る身となった。裁判の直後に礼を言って、よい
関係を結べばよかったのだが、そういう政治的行動をとるにはイザークは未熟だったし、
うぬぼれてもいた。しかし、その結果が、白服の自分が一番下座に座らされることになろ
うとは。
 イザークは屈辱に震える手で、ナプキンを広げた。
「この付近が落ち着いたのも、君達がローエングリンゲートを落としてくれたおかげだ。
あれで連合軍はカスピ海、黒海沿いの街に地上兵員を置くことを止めて、基地に引きこも
ったからね」
 薄く笑みを浮かべながら、デュランダルが言う。
「あの、それなら、民間の人たちに犠牲はでなかったんですね?」
 シンがつい勢い込んで聞く。
「いや、撤退する部隊を追ったレジスタンスに若干被害が出たと聞いている。戦っている
のは、軍人ばかりではないのだよ、今のユーラシアでは」
「はい。わかっています」
 レイ、シン、ルナマリアの三人が声を合わせた。彼らはガルナハンの街で、連合と戦っ
てきた人たちに会ったし、彼らが捕虜など置いておく余裕はないとリスクを承知で連合軍
兵士を皆殺しにしたのも見たのだ。
「それで、宇宙の戦いはどうなってますの? 本当の最新情報を伺いたいわ」
「月の制宙圏をめぐってやりあっている。あちらはアークエンジェルに新型の陽電子リフ
レクターを備えた、ザムザザーとかいうモビルアーマーを五台積んでいる。強力だよ」
 あれを!とイザークを除くミネルバ組は息を飲んだ。インパルスに破壊されたものの、
機能は十分と連合は判断したのだろう。しかしあっという間に量産体制に入るとは……。「エターナルとストライクフリーダム、インフィニットジャスティスを対抗に向かわせた。
あの二機は、君達には悪いが、インパルスやセイバーより上の能力だ。そういった機体で
強力な敵兵器を落としつつ、弱点を探ると、ブラウニング提督は話していた。私は彼を信
頼している」
 母の愛人だった男の名前を聞いて、イザークは拳をぐっと握り締めた。そしてセカンド
シリーズより高性能の機体を駆って戦っているパイロット達を嫉妬した。
「どんどん兵器開発は進んでるんですね。でも、それでいつか停戦できるんでしょうか?
西ユーラシアの人たちは、大西洋連邦への恨みがあって、敵の敵は味方という考えで、私
たちザフトと手をむすぶことを厭いません。ユニウス7を落としたことで地球全体から恨
まれているはずの、私たちコーディネーターであっても。それだけ、人間の業というのは
深いんでしょうか? 私は軍人ですが、できるだけ早く講和できればと思っています」
 ルナマリアが理路整然と述べた。シンはプラント育ちの彼女が「業」などという古臭い
宗教用語を使ったのにすこしびっくりした。地球に降りてからテレビで覚えたのだろう。「でも、いつだって、戦いを起こそう、拡大しようとする人たちはいますよね。ブルーコ
スモスとか、大西洋連邦とか」
 シンの言葉には、無理解に対する怒りが宿っていた。
「そうだね、確かに。では君は戦争を起こそう、拡大しようとする人たちが、なぜそうす
るか考えたことがあるかね?」
859383:2006/07/28(金) 14:26:37 ID:???
 議長にまっすぐな目を向けられて、シンはアカデミーでわからない問題を教官に解けと
いわれた時より動転した。
 上手くレイが助け舟をだした。
「それは、戦争が一部の人たちにとっては儲かるビジネスだからだと思います」
「そういうことだ。我々プラントのザフトは、武器を全部自国で作っている。だから、あ
のような新型モビルスーツを作ったり、戦うためのミサイルや戦艦を作っても、経済的に
はすべてプラントのなかでまわるし、プラントは市場主義経済をまだ導入していないから、
兵器を作って大儲けする武器商人はいない」
 議長は一息ついて、紅茶で唇を湿した。
「軍需景気という言葉があるほどだ。戦争で儲けることを一度覚えたら、戦争のない世の
中はなんと儲けどころの少ない世の中ということになるだろう。だから、常にどこかで戦
争があってほしいと願うものたちは、裏で手を回して、戦いを起こす」
 少年達は、議長の言葉に本気でびっくりした。
「でも、戦争のない世界で、愛し合って暮らしていくのが、もし少々貧乏だったとしても、
人間一番大切なはずです!」
 シンの声に議長は答えた。時間がとってある分、きっちりと講義をする教師のように。「君のように考える人間ばかりなら、世の中は平和だろう。しかし自分の幸せを当然のも
のとし、他人の不幸から血を吸うことを考える人間はいくらもいる。ブルーコスモス、彼
らはコーディネーターが全滅してこそ、ナチュラルに平和が訪れると信じている。対する
プラントにも、ザラ派というナチュラル殲滅派がいて、ブレイク・ザ・ワ−ルドで三億人
以上の人を殺した。彼らの根絶のためにザフト情報部と警察は頑張ってくれているが。も
し死んだ人間の数でいうなら、ユニウス7の24万3721人の代償にブレイク・ザ・ワールドで三億人殺したコーディネーターの方が罪が深いといえる」
「そんな!! コーディネーターとナチュラルの命を同じに扱うなんて、絶対に間違ってる!」
 沈黙していたイザークの叫び。
 隣に座っていたルナマリアが、穢らわしいものにあったかのように、椅子をシンのほう
にずらした。
 デュランダルには、イザークの声はまったく聞こえていないようだった。
「戦争は産業として考えれば、効率のよいものだ。世界のあちこちで紛争、戦争の火を絶
やさないことで、権力と財力を守ってきた家系が、地球には数え切れないほどあるのだよ」
 ミネルバの初年兵達は、議長の言葉にしんみりと落ち込んだ。
「でも、それは変えられますよね?」
 期待を込めてシンが食らい付く。
「もちろんだとも。あのブルーコスモスの母体ともいえる兵器産業の集合体ロゴス、彼ら
を解体すれば、世界は変わる。我々が求める停戦の条件には、もちろんそれが含まれる。
前の戦争からたった二年でまた戦争だ。コーディネーターのテロに応えたブルーコスモス
とロゴスの反発。必死に前線で戦っている君達には不愉快だろうが、これが戦争の現実な
のだよ」
 デュランダルのそばに赤服の士官がやってきて、小声で何かを告げた。時間だ、という
のだろう。
 アレッシィは南アフリカ統一機構、大洋州連邦、南米合衆国にロゴスより安い価格でプ
ラント=ザフトが武器を売っているからこそ、その三カ国が親プラント国家であること、
南アフリカ統一機構では、プラント製の武器を持った正規軍がロゴスに属する会社やモル
ゲンレーテから手に入れた武器で、10歳以下の子供すら兵士に仕立て上げて泥沼の殺し合
いをしている現状を知っていたが、何も言わずに黙っていた。今日はギルバートの日なの
だから。
860383:2006/07/28(金) 14:27:40 ID:???
「失礼しなければならなくなった。君達のような未来を考える若者と話が出来て光栄だっ
た。スケジュールが許すなら、基地の保養施設に泊まっていきたまえ。軍艦の船室よりは
広い部屋を約束する」
 デュランダルの言葉に、ルナマリアの顔がぱあっと明るくなった。
 そしてイザークが沈痛に言う。
「自分はスタンバイの時間が迫っておりますので、ミネルバに帰還します」
「私も夜にはミネルバに戻るが、それまでのスタンバイはまかせたぞ、イザーク・ジュー
ル」
 アレッシィの命令で、お茶会は終わった。


「ちょっと、なんであんた達の部屋、スィートルームなのよ!!」
 チェックインした三人組だが、すぐにルナマリアが連絡を取ってきて、部屋にまで押し
かけてきた。
「フロントで話したら、二人別々ならツインルームのシングルユースだけど、二人一緒な
らスィートルームがお取りできますっていうからさ。ちょっとでも広いほうが気持ちいい
だろ」
 シンはそう言って、ふかふかの本革のソファの上で猫のように伸びをした。
「でもあんた達、ミネルバでも同室じゃない。たまには一人部屋で寝たいとか、思わない
の?」
 スィートへのやっかみ混じりでルナマリアが言う。同室であっても、スタンバイシフト
の関係で、同じ時間に睡眠をとるのは三分の二程度だろう。
「二つ寝室があるから、別の寝室だ。片方が黒海に沈む夕日が見える部屋なのでじゃんけ
んをして、俺が勝った」
 ちょっとレイが自慢そうに言う。
「ふん、オレはこのソファで十分満足さ」
「私の部屋、夕日が見えないのよ! 女性にはできるだけ紫外線の入らないお部屋をって。
街はこじんまりして、映画で見たみたいな雰囲気だけど、やっぱりクライマックスは夕日
よ。だから、レストランに食事に行きましょ。六時に予約を入れれば、ちょうどいいわね」
 勝手にルナマリアが話を進めるのに、シンが文句を言う。
「明日の朝食までフリードリンクフリーフードなんだから、この居間でルームサービスと
ればいいじゃん、なあ、レイ」
「それもそうだな」
「むさくるしい男の部屋より、華やかなレストランに決まってるでしょ。ほら、予約の電
話いれて」
 ルナマリアの命令に、シンはしぶしぶ従った。レイは海を見詰めていて、何も言わなか
った。


 イザークはミネルバに一人戻ったものの、スタンバイに入ろうとはしなかった。連合軍
がこのあたりから撤退したというのは聞いたし、沢山の船が並ぶ基地である。居間のミネ
ルバに一番必要なのは、このあいだのアスラン・ザラとの戦闘で受けた被害の修理であっ
た。だから、隊長が帰るまで、オフだというメイリン・ホークを自室に呼び出して体を重
ねた。この少女の姉が、ついさっき、イザークを汚いものを見るような目で見、そしてあ
からさまに椅子を動かして近くにいるのが不愉快だと示したことは、一生忘れないだろう。
庶民の出身のくせに、少々アカデミーでのできがよかったからといって大きな顔をして。
861383:2006/07/28(金) 14:28:42 ID:???
「っ…」
 まだ経験の少ない者同士なので、加減がわからず、メイリンが痛みの声を上げる時もあ
る。イザークはそれには十分気をつけているつもりだし、これからも気をつけるつもりだ。
しかし彼がプラントの最高評議会議長になるとき、妻として横に立つのは、メイリン・ホ
ークなどではなくラクス・クラインが正しい運命だと思った。


 夕日の見えるテーブルと言って予約した席は、眼下に広がる基地とこれから行われるミ
ーア・キャンベルの慰問ライヴの様子がよく見えるし、水平線に沈む夕日が正面から見え
る一番いいテーブルだった。
「ステキ、ねえ、食前酒、何にする?」
 プラントの食文化は貧しいが、形式は地球のものが残っている。そしてここは食材の種
類に恵まれた地球である。
「食前酒だけじゃなく、コース全体を考えろよ。俺はオードブルは魚介、メインは肉にし
たいから、白ワインと赤ワイン、必須な」
 シンが言う。
「俺も料理の選択はシンと同じだろうな。オードブルはこのザリガニのボイルがいい」
 メニューを読みながら、レイが言う。
「なら、オードブルは色んな海の幸盛り合わせでどうだ? 多分段重ねの、アフタヌーン
ティーみたいな器でくるんじゃないかな」
 シンが楽しそうに言う。食べ物の知識では負けているのをルナマリアも自覚しているか
ら、面白そうだと思った。
 そんなこんなで、突き出しの小魚のフリッターと食前酒、ルナマリアはキールロワイヤ
ル、レイはシャンパン、シンはシェリーのフィノを選び、これまでの無事を祝って乾杯し
た。
「アーモリーワンからディオキアまで生きてこられたことを!」
「乾杯!」
 ちょっと声が大きかったかなと思ったら、先ほど案内してくれた青年が彼らを見つけて
やってきた。
「やあ、ミネルバの諸君。夕食かい? もしよろしければ、同席の名誉を賜りたいと思い
ます」
 端正な容姿の青年が、見事なコーテシーをしてくれたので、ルナマリアは嬉しくなった
し、男性二人はフェイスがこんなに愉快な部分を持っているとは思いもよらなかったので、
ただ頷いた。
「ハイネ・ヴェルテンフルス、今は議長の護衛兼雑用係、というところかな」
 彼を三人は席を立って握手で迎えた。
「お近づきになれて光栄です、ヴェルテンフルスさん」
 とルナマリアが言うと、
「そんなかたっくるしい呼び方はなし。ハイネ、こう呼んでくれよ」
 その緑の瞳が真面目に見えたので、シンとレイはファーストネームで呼んだ。
 彼は食前酒に彼の目の色に近い、濁った緑色のぺルノーの水割りを選んだ。
「本で読んで、飲んでみたかったんだが、はっきり言ってこれ、臭い」
 そんなこともいう気楽な性格に、三人の緊張はさらにほぐれた。
 
862383:2006/07/28(金) 14:30:39 ID:???
確かにグラスを回してもらうと、薬臭いとしかいえない匂いがする。
 結局四人で突き出しをつまみながら、食事のメニューを決めた。そのころにはそとは太
陽の最後の揺らめきが見えるばかりになっていて、この光景は、地球生まれのシン以外の
三人にとっては、何度見ても神秘的で大自然の大きさを感じられるのだった。
 そして黒海の海の幸とりあわせと、地元の辛口ワイン、ザリガニ、牡蠣、茹でた巻貝、
アサリ、貽貝、何種類かの魚の燻製の盛り合わせとマヨネーズソース、レモン、シブレッ
トの小口切り、オーロラソースなど。
 自然の恵みがたっぷりで、四人ともほとんど喋らずにむさぼり食べ、ワインを飲んだ。 担当のウェイターが、邪魔にならない程度に解説してくれるのもありがたい。彼らは地
球で経験を積んで、プラントの食文化を豊かにしようと色々勉強しているので、聞いたこ
とには打って響くような返答があった。
 メインディッシュが届く頃には、外は真っ暗になり、強烈な花火がミーア・キャンベル、
プラント一の人気歌手のライヴの始まりを告げた。
 ルナマリアはガルナハンで羊が苦手だとわかったので、プラントで食べなれた鶏肉のパ
プリカ風味、レイは子羊のあばら肉のローストミントソース、シンは地球育ちの牛肉好き
をここでも発揮して、ロニョンとリ・ド・ヴォーのフリカッセ、ハイネは案外地道にシュ
ニッツェルを頼んでいた。
 料理とともに、注文した赤ワインが運ばれてくる。このあたりでは甘口と辛口の赤ワイ
ンが両方有名で、8000年を越える歴史があるという。そんな話を聞いて、彼らは興味を持
って注文したのだ。ワインが注がれる頃には、ステージの上でミーア・キャンベルが歌い
始めていた。ミネルバ組三人は彼女に別に興味はない。仲良しのヨウランとヴィーノがフ
ァンなので、上手くライヴが見られていればいいなと思うだけで。
 まず素焼きのボトルに入った甘口のワインを口に含んだハイネは、「うわ、あま」と言
い、続いてシンも「あまーい」と言った。レイは冷静に「デザートワイン用かな、これは」。
「甘くて飲みやすいじゃない」
 ルナマリアは気に入ったようだった。
 ハイネは彼らと初対面とは思えないほどに打ち解け、また他人を警戒しがちなレイにも
隔意を覚えさせないようだった。
「ここにくるシャトルでミーア・キャンベルと一緒だったけど、アイドル歌手でもいつも
にこにこしてて、愛想も機嫌もよかったよ。多分、本当にいい子だよ」
「そうなんですか。『アグリキュート』とか持ち上げられて、アイドルになって、いい気
になってるわがままな子じゃないかと思ってました」
「アイドル歌手のイメージって、大体がそんなもんだろ。彼女の前にプラントで人気があ
ったラクス・クラインは可愛い顔をしてプラントの財産を盗んだテロリストだったし。戦
友が何人もあいつらに殺されたよ。まともな講和ができてれば、死ななくてすんだ隊や艦
が沢山あったのにな」
 前大戦に従軍していなくとも、今日議長の話を聞いた三人には、ハイネの気持ちは深く
響いた。講和は政治である。テロリストという第三勢力の介入で、戦争は早くおさまった
という見方もあるが、プラントはようやく、あれだけの犠牲をはらって『独立』を勝ち取
った。
「ハイネは、議長付きの武官でフェイスなんですよね。護衛以外に、具体的にどんな任務
があるんですか?」
 興味深げにシンが訊く。
863383:2006/07/28(金) 14:31:36 ID:???
「俺の仕事が議長の護衛だけですむのが一番いいこと。もし有事に議長が巻き込まれたら、
俺はフェイス権限でその場の指揮を取ることになるけど、そういう目には遭いたくないね」
 猫のような目を光らせながら言う。ハイネ・ヴェルテンフルスといえば、前大戦のエー
スパイロットだし、人格的にも高い評価を受けていると聞く。一緒に食事をしていて、自
然体で楽しい人だと、シンたちにしても思う。上層部に評価が高くて当たり前だ。
「そういえばさ」
 ハイネの猫を思わせる緑の目がきゅっと細くなる。
「お前達の艦に配属になったイザーク・ジュール、あいつが今日やけにいらいらと落ちつ
かなげだったのは、母親のジュール議員のことがまだ気になってるのか?」
 三人は顔を見合わせた。そして代表でレイが答える。
「彼はミネルバに着任して以来、非常にセンシティヴなのです。我々とも、任務以外で話
をしたことはありません。隊長はそのあたりまで面倒は見ないようですし、もう大人同士
うまくやれと言われてるような気はしますが、イザーク・ジュールも我々も、同じくらい
子供のようで……」
「ふーん、いや、あの軍事裁判の後、てっきり退任すると思ってたら止めずに続けて、出
世までしてるから、なんか不思議だなと思ってたんだよな」
 確かに戦争の歴史を習うと、戦争のあとは退官するもの、残った者も多くが降格する−
−というより戦時昇格のため通常時より二階級ほど高くなっているのを平常に戻す−−の
が、地球の軍隊での常識だ。役割はあっても階級のないザフトにしても、大体同じになる
のが常だろう。
「俺は前大戦のあと退官しようと思ってたら上司に止められたんで残ったけど、たいがい
は除隊して予備役にはいって、今度の戦争でまた帰ってきたからなあ」
 彼らはまだ戦争が終わった後どうするか、具体的に考えたことはなかった。生き延びる
ことだけが大事だ。でも、イザーク・ジュールが軍法会議にかけられてまで、ザフトの軍
人でいることを望んだ気持ちは、いくら母親が議員でコネがあるからとはいえ想像できな
いものだった。
 辛口の赤ワインも注がれ、四人は楽しい食事を続けた。
「俺たちはミネルバの修理が済むまでしばらくここにいますが、ハイネは?」
「ん? 議長のお供。行き先はひ・み・つ」
 そう言ってハイネはもう一口ワインを飲んだ。
「とはいえ、地球まで来て自由時間がないのは、正直残念だけどね」
「あ、お祖父さんお祖母さんが西ユーラシアにいらっしゃるとか?」
 こういうことは女が鋭い。
864383
「うん、ベルリンに祖父母が住んでる。俺が五歳の時までプラントで一緒に住んでたんだ
けど、地球との関係は悪くなるし、ナチュラルの祖父母はプラントの土になるより生まれ
故郷の地球の土になることを選んだ、それだけのことなんだけどね」
 こういう形の離散家族は結構ある。コーディネーター第一世代の親が、子供とともにプ
ラントに移住して働いたものの、コーディネーターには宇宙適応能力で劣り、年を取って
退職してからは周囲のコーディネーターからナチュラルゆえにプラント理事国の味方、ス
パイとさえ見られる風潮があったのだ。
「地球でも、あ、俺はオーブ生まれなんですけど、東アジアの祖父母と会ったのは赤ちゃ
んの頃だけ。そのあとも両親は連絡を取ってたみたいだけど、俺たち子供にはなにも教え
てくれなかったですね」
「地球じゃ、コーディネーターの子供がいるってだけでブルーコスモスに狙われることも
あるみたいだからな」
 ハイネは眼下の盛り上がるコンサート風景を見ながら言った。
「コーディネーターでもナチュラルでも、同じ人間なのに」
 ルナマリアが呟く。
「そう思わないから、戦争するんだな、人間って。さて、デザートはなんにする?」
 ハイネが話題を替え、彼らの晩餐は楽しく進んだ。