「ジャンク屋ギルドに、至急でミラージュコロイド・デテクターを発注してあります。このまま追撃を加え、予想進路上で受け取ります。
ごく薄い濃度だけれど、推力に使用しているとおぼしきガスの痕跡は辿ることができているわ。それに敵艦は、ミラージュコロイド使用時
の推力用タンクを一基破棄してしまった。追いつくことは必ずできます」
モニターに、話題に上ったミラージュコロイド・デテクターのデータが映し出された。それは要は、特殊粒子でレーダーからも視界からも
完璧に姿を消すミラージュコロイドに対し、その特殊粒子そのものを感知することで敵の居場所を特定する専用のレーダーである。
戦後の兵器の保持数や運用制限を定めたユニウス条約以後、ミラージュコロイドによる隠形の禁止に伴い需要の無くなったものだが、
宇宙空間を漂う損壊した兵器や機械を扱い再利用するジャンク屋の組織では、まだそういったものを保存している事があるのだ。
それがあれば、より確実にボギーワンを追うことが可能となる。デュランダル議長は、自信に溢れた表情でシンを見た。
「再戦の暁には、必ずGを取り戻して貰う。やってくれるな、シン・アスカ君」
「はい、必ず!」
「……いい目だ。期待している」
その時、オペレーター席のメイリンがグラディスを振り向いた。
「艦長、通信が入っています。属籍はオーブ、イズモ級非武装交流艦、クシナダです」
「オーブ……」
デュランダルとシンが、異なる表情で反応を見せた。
回線が開かれると、モニターには戦艦のブリッジ内と思しき室内を背景として、若干の憔悴の見える金髪の女性の姿が映し出される。
「アスハ代表。ご無事でしたか!」
デュランダルがやや両手を広げて歩み寄る仕草を見せ、表情に安堵と苦衷とを混在させる。
モニターのアスハは苦々しげな表情で頷いた。
『ええ。危ういところでしたが、なんとか逃げ出すことができました。現在、こちらはアーモリーワン内ドックです。議長……大変な事に
なりましたね』
「アスハ代表、貴賓としてお越し頂いた所を、このような事態へと巻き込んでしまい、大変申し訳ありません。正式に謝罪を申し入れ
ようと思っていたところです」
(アスハ……)
ミネルバの進宙式に伴い、中立国でありミネルバ建造への技術提供も行っていたというオーブから、来賓があるという話は聞いていた。
オーブを統べる五大氏族の代表首長である、アスハ……カガリ・ユラ・アスハが来るとは知らなかったが。
アスハ家の人間、というよりも当時のオーブを統治していた者に対して、シンには言い切れない思いがある。
5年前、オーブは連合にもザフトにも与せず、中立の立場を貫いていた。そして、排コーディネーター色に染まった連合に詰め寄られ、
国を焼かれることとなった。
シンには政治のことはよくわからない。しかし、当時の代表首長であった彼女の父、ウズミ・ナラ・アスハの貫こうとしたオーブの立場が、
結果的に戦火を招き、シンの家族はそれに巻き込まれて命を落とすことになったのだ。
国民の多くは、無事に国を脱出してプラントや宇宙ステーションへと避難したと聞いている。自分のように。しかし、それはあくまで「多く」
であって、全てではない。死んだ者も少なからずいるのだ。自分の家族のように。
こいつの父親が、自分の家族を殺した。そんな思いがある。
議長が彼女と何事かを話しているのが聞こえるのだが、何を話しているのかわからない。……聞きたくない。
「彼が、インパルスのパイロットです」
突然話を振られて、シンはびくりと身を震わせる。見上げたモニターの向こうのカガリ・ユラ・アスハは、微笑んでいた。
『そうか。助かった、ありがとう』
「……え?」
『君があの時戦闘機で援護してくれなければ、私は今頃この世にはいなかった』
戸惑うシンに、話をよく聞いていなかったと理解したらしいデュランダルが説明してくれた。
「アスハ代表は、飛び交う砲火から逃れるために、格納庫に置き去りにされていたザクにお乗りになられたのだそうだ。そして、ガイアに
追い詰められ、とどめを刺されそうになったところを、君に救われたのだそうだよ」
確かに記憶にある。生き残ったザクがガイアと対峙していて、腹にビームライフルを突き付けられていたところを、攻撃した。
援護なのか艦長に釘を刺されていた直接戦闘だったのかは曖昧だが、とにかくその光景を前にして、無我夢中で仕掛けたのだ。
アスハは、シンに対して素直に感謝を述べている。だが、シンにはそれが耐えられなかった。自分でもどうにもできないまま、後ずさる。
「……別に、俺は……大したことはしていません……失礼します!」
シンは退席許可も出ていないのに身を翻し、逃げるようにブリッジから出て行く。
「シン、どうしたの……」
呼び止めようとするが、シンの行動は速く、既にドアは閉じた後だった。
そして、グラディスは何かに思い当たったように表情を曇らせる。
『……彼は、一体どうしたのです? 私が、何か勘に障ることでも……』
「いえ……アスハ代表のせいなどではございませんわ。ただ、彼、シン・アスカは、オーブの出身なのです。戦争で家族を亡くして
しまって……」
アスハの表情が、それを聞いて変わる。過去になかったわけではないが、絶対に慣れることはない、そんな顔をした。
8.
「大佐……どうやら、連中はこちらを追ってくるようです」
「ガスの燃焼跡を辿っているのか。さすがは最新鋭艦。しかし、こちらの姿が見えているわけではないようだな。道に迷いながらも
追跡を諦めるわけにはいかない、というところか」
「ジャンク屋ギルドへ忍び込ませた諜報員から連絡がありました。ザフト側からミラージュコロイド・デテクターの発注があったと」
「動きが速いな。しかも分かり易い。あの3機の「ガンダムタイプ」はよほど大事らしい。補修は可能かな、艦長」
「現在機体は詳細を解析中です。カオスはMA形態への変形はできませんが通常戦闘は可能。ガイアは翼を片側やられただけで
戦闘には問題無いようです。両機とも幾分戦力は落ちますが、大佐の直接指揮の下ならば充分使えるでしょう。アビスに至っては、
全くの無傷です」
「やれやれ、全くタフなメカニックだな。放っておいたらこいつらが勢揃いしてこっちに向かってきたかと思うと、背筋が凍る」
「確かに。だからこそ当初の目的は達成できて、まずは重畳というところですな。「彼ら」も一安心というところでしょう」
「例の強奪計画は、ひとまず成功のようですね」
「ふん……何者かは知らんが、連中め、なかなかやってくれるな。しかし、不甲斐ないものだ。対モビルスーツテロ用の新型と部隊
というお題目を掲げながら、その虎の子の新型を3機も、むざむざと奪われるとは。やはり今のザフトは腑抜けている。淘汰される
べきだな」
「けれども、そのおかげで我々の計画の障害は確実に減らすことができました。これで成功率はおよそ6割にまで上がった筈です」
「違いない。では、計画は予定通りに決行する。我らの信念と理想のもと、愚かなる者どもへの粛正を開始する」
to be continued.
GJ
シンとアスハおもろなってきたわ
死守
そして職人超乙
ほっしゅ
「シン・アスカ!インパルス!ブラストで行きます!」
ミネルバの専用射出口から放たれる四つの流星。
そして、それはすぐさま一つに。
機体のカラーはグリーン。
インパルス・ブラスト。
背部の二門のキャノンが特徴の重武装MS。
「インパルス、ブラスト合体シークエンス完了です」
メイリンがタリアに告げる。
「今度は重武装の長距離タイプですか。
…一つの機体であらゆる戦況をこなす。
確か、前大戦にもストライク≠ナすか?
ありましたよね、連合にも同じ思想設計のMS」
アーサーは自分の言葉に皮肉があるのに気づかない。
「…ええ。たとえ何であろうと、使える技術は使う。
デュランダル議長はそういう人だから」
タリアはアーサーのお気楽さに、少しはにかみながら言葉を返した。
「……」
コクピットで歯噛みするルナマリア。
モニターには緑の光を放つブラストの姿。
「レイ・ザ・バレル!ブレイズ、出るぞ!」
その後をレイのブレイズが白い光の軌跡で追っていく。
「…なんでレイは平気なのよ…!
アイツは違うっていうの…?」
ルナマリアは悔しかった。
「ルナマリア!何してる!
とっくに出撃命令は出てるだろ!」
けたたましく響く、クルーからの無線。
「ルナマリア・ホーク!ガナー!出るわよッ!」
その言葉はどちらかといえば、自分を奮い立たせるため。
ガナーは赤い光の軌跡で後を追って、出撃した。
「よろしいですか、アレックス・ディノ?」
通信モニターからのタリアの呼びかけ。
「…お気になさらず。
私はMSの戦闘経験もあります。
出してください」
淡々と応じるアスラン。
「…了解です、しかし、無理はなさらないでください」
アスランは答えない。
切れる、モニターの回線。
「ウォーリア、準備よろしいですね!出しますよ!」
クルーからの回線。
「了解だ!アレックス・ディノ!ザク・ウォーリア!出る!」
アスランは緑の軌跡でシン達を後を追って、出撃した。
ブリッジのモニターには問題のDポイントに降り立つインパルス。
「インパルス、Dポイント到達です」
「了解。メイリン、索敵は怠らないように。
シン、どう?インパルスのレーダーに反応は?」
シンはレーダーを確認する。
MSの反応らしきものは無い。
「特にこれといった反応は…」
「シン!二時の方向!来るぞ!」
後方からのレイ。
すぐさま、シンは視線を飛ばす。
視界に入るビームの奔流。
「うわあああ!」
ビームの衝撃がシンのコクピットに襲い掛かった。
「ビーム直撃です!エネルギー30%ダウン!」
メイリンの声がブリッジに響く。
「シンは!?」
「大丈夫です!生きています!」
「くそ…!どこから…!」
息を切らして辺りをうかがうシン。
「シン!10時の方向!飛べ!」
レイの通信を受けて、バーニアを使って上昇するシン。
それと同時にビームの光がインパルスの足元を駆ける。
ビームの光が放たれた方向には宇宙の闇。
「敵はどこなんだよ…!」
「シン!敵はドラグーンを使ってる!」
今度のレイの声は接触回線。
「ドラグーン!?反応は無いじゃないか!」
苛立ちを隠せないシン。
「敵はミラージュ・コロイドも使ってる!…ルナマリア!」
レイはルナマリアのガナーに回線を開く。
「何、レイ、敵はどこにいるの?」
「Lポイントに向かうんだ!
シン!お前はFポイントだ!アレックスさんも任せた!行け!」
「お、おい!レイ!」
戦場では一瞬の隙は命取りになる。
レイの頭の中には既に見えざる敵≠ノ対する
戦略が練られ始めていた。
モニターにはそれぞれ散っていくミネルバチームの姿。
「へえ、あの白いMSがそうか」
コクピットにはスティング。
スティングは戦車に両腕をつけたような姿、MA形態≠フカオスから、
再び機動兵装ポッドを射出する。
射出と同時にポッドは周りの風景と同化する。
「行け!ドラグーン!」
「! …来る!」
レイの脳裏に閃きが走る。
ビームの奔流をレイは上昇で間一髪避ける。
再び、レイの脳裏に走る閃き。
上下から放たれるビーム。
間一髪で避けるレイ。
しかし、ビームは容赦なく二射、三射と放たれる。
避け続けるレイ。
「…!!」
レイは瞳を閉じる。
レイの中に広がる敵≠フイメージ。
その敵≠ヘ自分の周りを旋回しながら、ビームを放っている。
次に敵が光を放つ場所は…。
「そこだ!」
レイはライフルでビームを放つ。
そのビームは敵の、ドラグーンのビームを相殺した。
モニターの映るブレイズは完全にドラグーンの位置を把握し、
撃墜はもはや時間の問題だった。
「…なんて奴だ、まさかここまでとはな」
驚きを隠せないスティング。
「ステラ、アウル。そっちは任せたぞ」
「了解ッ、しっかりやれよ」
「…了解だ」
陽気なアウルと素っ気ないステラ。
スティングはカオスをMS形態に戻し、ドラグーンを引き戻す。
視線の先には白いMSザク・ブレイズ。
スティングは緊張で乾いた唇を舐めて濡らした。
職人さん乙!
読んでるとプラモ作るモチベ上がってウレシ
SSの中の黒自由とかテゥモローとか実際に製作してたりする。
ミネルバの男パイロット3人ともが、
ロゴスor連合の捕虜になるってのを考えたことあるが
とすると本編をかなり捏造することに
なるな・・・。
捏造じゃない!
歴史を改変するんだw!
というわけで歴史改変型ssを出来た分だけでもいいから載せようと思います。
Lポイントへと急ぐ、シンのブラストとアスランのウォーリア。
それはモニターから見つめるのは、アウル。
「へへ、きたきた♪
アーモリーワンでの借りはバッチリ返させてもらうからな」
手をスリスリと擦り合わせて、待ち構えるアウル。
「アウル殿!敵が来た!
覚悟はよろしいか!出るぞ!」
通信とともに、飛び出るMSジン≠ェ二機。
アウルはその光景に眉を寄せる。
「…なんだよ、ザコいおっさんが偉そうに…!」
敵MS反応を感じ取ったのは二機同時。
「あれは…ジン…!?」
「ジンだと…!そんなバカな!!」
目を見張るシンとアスラン。
うなりをあげて向かってくるジン。
「我らの想い…!やらせはせんわ!!」
それはパイロットからの意志の閃き。
「……!!」
それを感じ取るアスラン。
「お前達は…どうしてっ!」
アスランは煽られて飛び出す。
「アレックス!うかつだ!」
しかし、シンの言葉はアスランには届かない。
「ッたく!」
シンは急いで、アスランの後を追った。
「わが娘のこの墓標!落として焼かねば、世界は変わらぬ!」
ジンのパイロットの叫びがアスランに向けられる。
「……!」
アスランの胸に去来するは無力感。
「自分が悲しいから、それを人に押し付けようなんて、
勝手な言い草だろう!
ユニウスセブンが落ちれば、お前達と同じ悲しみを味わう人間がいるのが
どうしてわからない!!」
「軟弱なクラインの後継者どもに騙され…、ザフトは変わってしまった…!」
その意志はもう一人のジンのパイロット。
「クッ…!」
戦況は二対一。
MS自体の性能はザクが上だが、アスランは劣勢だった。
「我らコーディネーターにとって、パトリック・ザラ≠フとった道こそが、唯一正しきものなのだよ!」
ジンのライフルの銃口がウォーリアのコクピット、アスランを捉える。
「……!」
が、銃口から光が放たれるより先に爆発するジン。
「アレックス!下がれ!」
シンのブラストだった。
が、ブラストとウォーリアの間にビームが走る。
「…見せてもらおうじゃないか、ザフトの新型MSの性能ってヤツを…!」
両肩アーマーを翼に見立てて舞い降りるのはアビス。
「コイツ…!」
シンは歯噛みする。
一機になったジンも間髪いれずにアスランに仕掛ける。
「ここで無惨に散った命の嘆きを忘れ…!撃った者らとなぜ、
偽りの世界で笑うか、貴様らは!?」
「訳のわからない事をっ!!!」
アスランは絶叫して、ジンを迎え撃った。
「コイツっ、ちょこまかと…ッ!!」
ガナーのライフルを一斉に乱打するのはルナマリア。
その合間を疾風のようにかいくぐるのは、四足歩行MA形態のガイア。
Lポイントでは作業中のメテオブレイカーを背に
ルナマリアとステラが交戦中だった。
「このおおおっ!」
ステラは背部のビームブレードを開き、ガナーに飛び掛かる。
ガイアのビームブレードがガナーの右脚部を切断する。
「うああッ…!!」
体勢を崩して、地面に転ぶガナー。
ステラは再度、ガナーに突撃。
今度の狙いはコクピット。
「……ッ!!」
ルナマリアは思わず目をつむる。
が、次の瞬間、地面からの衝撃。
「……?」
目を開けると、モニターに映るガイアの視線は一時の方向。
「だいじょうぶかい、お嬢ちゃん。そんなんじゃ、
せっかくのグゥレイトォな赤服が台無しだぜ?」
回線が開き、通信モニターに映る顔はグゥレイトォな男。
「ディアッカさん!」
ディアッカは親指を立てて、グゥレイトォな笑顔。
ディアッカの乗るMSは黒色に輝く、ザク・ガナータイプ。
ユニウスセブンの大地に降り立つ、ブラック・ガナー。
ビームブレードを一旦収納し、身構えるMAガイア。
灰色の大地にて、向かい合うのは黒と黒。
「久しぶりの実戦だ。お手柔らかに頼むぜ、ブルーコスモスさんよ…!」
軽い口調と裏腹に、ディアッカの眼は戦士のソレへと変貌を遂げていた。
Dポイントにて交戦中のレイとスティング。
戦況は一進一退。
カオスは機動兵装ポッドを二機とも失い、レイもミサイルを撃ち尽くしていた。
睨み合う二人。
が、次の瞬間、ビームの閃光がカオスの周辺を襲う。
「なんだ!援軍か!?」
スティングは煙に身を隠しながら、撤退をはかる。
「逃がすか!」
後を追おうとするレイ。
「追うな!深追いは禁物だ!今はそれより、他の地点のメテオブレイカーの
援護に向かえ!」
その通信の声にレイは機体を止める。
通信の主は前大戦でのエースパイロット、イザーク・ジュールだった。
一方、ミネルバのブリッジ。
「Lポイントにて援軍を確認!ザク・ガナー!ディアッカ機です!」
「Dポイントにもイザーク隊長率いる援軍が到着したとの事です!」
援軍の知らせに、ひとまずホッと胸を撫で下ろすタリア。
「…状況は!?メテオブレイカーはあと何箇所あるの!?」
しかし、まだ安心はできない。
ユニウスセブンはこうしている今も、刻一刻と
地球に降下していた。
534 :
シン運命:2006/06/24(土) 20:20:46 ID:???
◆9AUE2RuSVさん、割込みスマソ
歴史改変SS期待してますね
すまぬ!
もうちょいかかる!
オリジナルキャラがどうしても増えちまったモンで
名前のレパートリーが尽きたorz
誰でもいい……みんなおらにオリキャラを分けてくれ!!
536 :
名無しK:2006/06/25(日) 23:03:49 ID:???
>534
(シン運命さんご健筆で何よりです……SF王道の展開と描写は流石です)
(此方はおそらく次からガラリと展開が変わるので対比ができたら光栄です)
>535
(私もお待ちしてます……拝見できるのを楽しみにしてます)
(オリキャラ作るの楽しいですよね……配置の仕方によって美味しさがガラリと)
(私も3話目ができましたので投下、と……。かなり長いですがご覧頂ければ幸いです……)
1.
砂時計のガラスの中は、大分遠くから覗き見ても、しばらくの間はその慌ただしさは収まりそうにない。
アーモリーワンを離れ、巡航速度で宇宙を進むオーブの艦艇、クシナダ。オーブ軍の代表的な戦艦であるイズモ級艦から戦闘用
の武装を取り外し、国際交流を目的として改装した船である。
そのVIP用の客室、実際はこの艦の乗船頻度の高さから自室として使用している部屋の窓からプラントを眺め、カガリ・ユラ・アスハ
はベッドに背を押しつけた。
服装は礼服のままだが、前の合わせを開いてシャツを出している。酷く疲れた様子である。
「アスハ代表、アレックスです」
「……入れ」
そんな格好を正そうともせず、ドアの向こうから声を掛けられれば、どうでもよさそうに答える。
入ってきたのは、プラント到着から進宙式が中止されるまでの間、片時も離れずアスハの側に控えていたサングラスの青年である。
アスハが国を離れる際は必ず随伴するボディガードの筆頭であり、同時に彼女の補佐役も務める男である。
「代表、そんな格好で……。入っても良かったのですか?」
「構わん。早く閉めろ、用があるならさっさと話せ」
仰向けに寝たまま顔の上に腕を乗せるアスハ。背後でドアが閉じてから、アレックスはベッドの側に近寄り、そして彼女を見下ろした。
「キサカ艦長から、代表の様子が思わしくないので見てくるようにと言われたのですが……随分ショックを受けているご様子ですね。
今になって、あの基地で起きた事が怖くなってきましたか?」
「馬鹿を言え。あれくらいの窮地、ここ数年で何度も味わった。慣れたとは言わないが……それと、二人きりだ。敬語はやめろ」
「御意のままに。……大方、さっきの赤服の少年のことだろう、カガリ」
アレックスはサングラスを外し、オーブ首長国の代表首長であるアスハをファーストネームで呼ぶ。そして、机の上に開きっぱなし
の端末の画面に目を落とした。
そこには、オーブに在籍していた人間の膨大なデータベースと、そこから検索した数名の情報が表示されていた。
「シン・アスカ。11歳。家族構成は父母と、妹が一人。生まれも育ちもオーブ。スクールでの成績はとりたてて良い方ではなかったが
クラスメイトの為に真剣に何かをする姿勢が目立っていた。そして家族は、本土最終防衛戦の際、オノゴロ島で全員死亡している。
シャトルへの避難経路を移動していた際、モビルスーツ同士の戦闘に巻き込まれた模様……。5年前の話だ」
アスハはそれらの事柄をアレックスが目を通すのと同じほどの速度で話すと、しばらく口を閉ざした。
「気に病んでいるのか。彼の家族が命を落としたのは、自らが治める人々を戦火に巻き込んでしまった君のお父上らの責任だと?」
「さて。少なくとも、知らなかったとも関係ないとも、悪いのは攻撃してきた連合だとも、戦争だったのだから仕方がないとも、口が裂け
ても言うことはできないな」
アスハは顔を隠したまま、他人事のように語る。その拳は、固く小さく握りしめられている。
「二人きりなんだ。強がりはやめろ」
アレックスはそんなアスハの様子からは視線を外す。
「辛いか、カガリ」
「まぁ、な。オーブが貫いた中立という立場のせいで、苦しんだ人やあの戦いで家族を亡くしてしまった人とは何度も会っているが……。
やっぱり、慣れるもんじゃない。こっちにはお前みたいな護衛がついているから、大声を出されたり暴力を振るわれたりはあんまり無い
が……それでも、私を殺したいんだろうなという目をした人は、何人もいた」
淡々と語るアスハだが、その声質からはあまり平気な様子は感じられない。
アレックスは、問題の赤服の少年、シン・アスカがモニター越しにアスハの前から逃げ出したその場に居合わせている。彼がアスハを
見てからの挙動を、彼女の側に控えながらある程度観察していた。
「彼もそういう目をしていたか?」
「……いいや。多分、あまり急だったし、どうしていいかわからなかったんじゃないかな。でも、私とは目を合わせたくなかったようだった。
そう簡単には、私を許してはくれないだろうなとは感じたよ」
「また会ったら、許して欲しいと謝ってみるか?」
これに、アスハは苦笑した。自嘲の笑いではない。とっくに決めた覚悟をまた取り出して眺めるような、懐かしみの苦笑いだった。
「……いいや。知っているだろう、アレックス。亡き父が愚かで力不足であったせいで皆さんを守れなくて御免なさいと……頭を下げる
のは簡単だ。でも、それはできないし意味がない。なぜなら私が今作ろうとしているオーブは、未だに世界最大の版図を占める大西洋
連邦とも、新たにコロニーを建造し国力を取り戻しつつあるプラントとも、結ばず、従えず、従わず、敵対しない……あの頃と同じ中立の
オーブなのだから」
アスハは、壁に描かれた世界地図に目を移す。地表のみならず、宇宙のプラントの位置まで見て取ることのできる最も新しい地図だ。
その地上の太平洋に浮かぶ僅かな国土しか持たない国、それがオーブである。しかし共存するナチュラルとコーディネーターが育み
続ける新しい技術と工業力が、どんな大国でも決して無視できない価値と国力を、その小さな国に伝統のように備えさせているのだ。
戦争で一度は崩壊し、しかし逃げ延びた国民は再び集い、オーブは復興した。そして戦前と同じように、アスハを筆頭とする五大氏族
が統治を担っている。
「何も変わっていないようにしか見えない。統治者が獅子と呼ばれた頑固者から、未熟な馬鹿娘とそれを補佐してくれる氏族のメンバー
という構図に置き換わっただけだ。だが、それは愚を繰り返そうというわけでは断じてない。父上は確かに結果として国を戦火に晒して
しまった。ナチュラルとコーディネーターが、オーブの民がそうであるようにいずれ手を取り合うことができると信じ過ぎ、ついに機を見誤
って、取り返しのつかない犠牲を出してしまった。その点で、父上は確かに執政者としては失格だったのかもしれない。でも」
アスハは腕の陰から室内の電灯を強い目で見つめた。
「父上のその理想は、間違っていなかったと私は信じている。国の民にいずれの同胞をも撃たせぬための中立。争いが終わった時に、
戦い疲れた両者が寄るべきところを残すための中立……。足りなかったのは、そう、『一つだけ』だ。だから私はその理念を受け継いだ。
……だから私は謝らない。たとえ綺麗事のアスハ、偽善者のアスハを継ぐ者として憎まれても、私はウズミ・ナラの目指したオーブは
間違ってはいなかったのだと証明する。ナチュラルとコーディネーターが共存する中立国家として幸せな国を築いてみせる。だから、
私は許しは請わない。怒りや憎しみは謹んで受け止める。そして私を許さない人々を含めた、全ての人々のための力に変えよう」
それは彼女の立てた誓いだった。傷ついた人の痛みも自らの痛みも甘んじて飲み込み、国を作るための糧とする。彼女がウズミの跡
を継ぎ、代表首長へと就任してからずっと貫いている事であった。
「……でも、オーブに帰ったらせめてお墓参りには行きたいな。シン・アスカ君のご家族の墓だけではなく、あの戦いで犠牲になって
しまった、全てのオーブの人々のお墓に」
「……君はそれでいいと俺は思う。そんな君だからこそ、俺たちはついて行ける。オーブで暮らす人達も、君を待っていられる」
カガリ・ユラ・アスハは、5年前の国の崩壊と同時に父を亡くしている。そしてその後、一刻も早く戦いを終わらせ、国を再建するために
自らもモビルスーツに乗り込み、生き残ったオーブ軍をまとめ上げ、奮い立たせ、旗手となって戦場を駆けたのだ。
そして、アレックスはその時、最後の戦いでその命と共に己の業を葬り去ろうとした所を、彼女に一喝され、諭されたのだ。
逃げるな、生きる方が戦いだ、と。
そして彼女は自ら言いはなったその言葉の通り、どんなに苦境に立たされても、生きるという現実から逃げずに戦い続けている。
その戦いにおいて、彼女は未だに負ける事を知らない。
2.
アーモリーワンを離れた波の静かな宙域で、ミネルバが翼を畳んでジャンク屋の船と接舷している。
ミネルバが追っているボギーワンの姿を捉えるために発注した装備が届けられたのだ。
「ミラージュコロイド・デテクター、搬入終わりました。ジャンク屋ギルドからのスタッフもサブレーダーとの接続及び感度調整に協力して
くれるとの事です。30分後には起動可能の見通しですね」
予想以上に順調なスケジュールに、副官のアーサーの顔は明るい。ジャンク屋ギルドは戦後、宇宙に散った無数の兵器の残骸処理を
請け負い、その重要性と規模を増している。商売柄の仕事の速さと手際の良さもあって、このような緊急時には軍からの正式な補給を
待つよりも、圧倒的に効率がいいのである。
「さすがにザフトの御用付けともなると、サービスもいいわね。好意には甘えさせてもらいましょう。その間にもボギーワンの航跡は可能
な限り絞り込んでちょうだい。本来ならコアスプレンダーに中継機として観測に出て欲しいところだけれど……」
「コアスプレンダーは現在、機体の整備とOSの調整中です。4時間前の戦闘で、モビルアーマーの攻撃を受けた際のダメージが思い
のほか残っていたらしく。パイロットのシンは自室で待機中です」
艦長のグラディスは、機体とパイロットの事を軽く思案した。進宙式で起きた事件、その中で出撃した機体、プラント外部へ出ての宇宙
戦闘。出撃したパイロットは二人で、いずれも生還しているが、そのシン・アスカは最新鋭機へ搭乗していたとはいえ相当な被弾をして
いた。思いがけない強敵を相手にしたのだ。
「では、今回はそのまま休ませましょう。それにしても、モビルアーマーの攻撃か……。レイの報告ではガンバレルらしきものを使って
いたそうね。あれはカオスの機動兵装ポッドと同様、誰にでも使える装備ではないわ……。テロリストの正体を特定する手がかりには
ならないものかしら」
「戦時中や戦後の紛争で、使用された記録や目撃情報を洗ってみましょう。ああいう機動が可能な制御システムが開発された線も考え
られますが……」
そんな時、オペレーター席のメイリン・ホークが報告してきた。
「艦後方より、ナスカ級艦オイラーが接近しています。距離5000。5分でこちらへ到着します。……通信来ました」
「さすがに高速艦は速いわね。繋いで」
ミネルバを挟み、ジャンク屋ギルドの船とは反対側に接舷するナスカ級艦。資材搬入用ではなく、乗降用のラインが繋がれ、その中を
通って赤いパイロットスーツが真っ先にやって来る。
「やっほー、みんな! よかった、無事みたいね!」
現れたのはルナマリア・ホークである。アーモリーワンでの強奪事件の際、現場に居合わせたため緊急発進したミネルバに乗り遅れ、
故あって合流するために後を追う形となったナスカ級艦に同乗させて貰うことになったのである。
「お姉ちゃん! よかった、やっぱり元気なんだね!」
オペレーターの仕事を他のクルーに変わって貰い、通路を流れてきたメイリンが駆け寄る。二人は共にパイロットとオペレーターとして、
ザフト隊員養成機関のアカデミーで学んだ実の姉妹である。
「まったく、ナイフだの銃だのマシンガンだので武装した連中に襲撃されて、無傷で帰ってくるとは奇跡的だな、ルナ」
「お姉ちゃん、昔から悪運だけは人一倍強いから」
ナスカ級との通路連結を行っていた技術スタッフのヨウラン・ケントはあきれ顔だが、メイリンは姉の合流を素直に喜んでいた。
そこへ、ルナマリアの後からやって来た評議会のローブ姿の女性が声をかける。
年齢は30代前半ほどだろうか、落ち着いた雰囲気と上品な佇まいの女性である。その美貌に、ヨウラン達男性スタッフが沈黙した。
「お取り込み中御免なさい。デュランダル議長はどちらにおいでかしら?」
「は、はいっ! 失礼しました、ご案内しますっ」
姉と触れ合っていたメイリンが一転して緊張した態度になり、顔を赤くしながら女性の前に立って彼女を通路へ案内していった。
「アイリーン・カナーバ議員だよな。戦後、デュランダル議長の前に臨時評議会議長をやってた……」
「そうよ。穏健派の旧クライン派にいて、その頃からデュランダル議長とは同じ派閥同士だった人」
ルナマリアはある意味では議長に次ぐと言える大人物を、平気な顔で見送った。
「艦の中でちょっと話したの。穏やかで優しくて、なかなかいいおばさんよ。でも私はグラディス艦長の方が好きかな」
ヨウランは何か言いたそうにしたが、軽く溜息をついてやめた。ルナマリアが誰に対してもこんな調子なのは、今に始まったことでは
ない。肩書きに対する尊敬の念というものが微妙で、畏まるということがあまりないのである。
「……ところで、議長を迎えに来たんだろ。あのナスカ級」
「そうなのよ。どうもこれから、アプリリウスの評議会に戻って緊急会議らしいわよ」
アプリリウスとは100基を越えるプラントコロニーの首都と言える都市で、プラントの意思決定機関である最高評議会の本部の存在
する場所でもある。
「それはそうだよな。ザフトの式典で堂々と虎の子かっさらわれたんだ。G型は俺たちだって整備した機体なんだぜ。腹立つよ」
「そんなの私だってそうよ。だから追いかけてんでしょ。クロムの奴は病院送りだけど、この私も合流したことだし、ちゃっちゃと捕まえ
られるわよ」
「そんな簡単に行くかね。シンのインパルスとレイのザクファントムでいいとこまで行ったみたいだけど、物凄いモビルアーマーが出て
きて結局してやられちまったんだぜ」
「……いいとこまで行ったのか。で、シンは大丈夫だったの?」
「あいつも日頃鍛えてるからな。ケガは無かったみたいだけど、なんか自室にこもってるみたいだ。一機も取り戻せなかったから落ち
込んでるのかもな」
「ふーん……」
ミネルバの居住ブロックにあるシンの自室。軍服から袖を抜き、アンダーウェア姿のシンは暗いベッドの上で、じっとしている。
(助かった、ありがとう。君があの時助けてくれなければ、私は今頃、この世にいなかった)
モニター越しにアスハの言った言葉が、まだ耳に残っていた。
(……別に、あんただから助けたんじゃない……乗ってるのがあんただって知ってたら、助けたりは……)
そう思おうとして、気づいて首を振った。そうじゃない、たぶん知っていたとしても自分は助けようとせずにはいられなかっただろう。
アーモリーワンの街といい、アスハといい、焼けた基地といい、昨日と今日、あの頃のオーブのことをよく思い出す。
ふとベッドから立ち、シンは暗い室内のデスクの中から、小さなモバイルを取り出した。
妹のマユの形見のモバイルである。中には、生まれてから10年も生きられなかった一人の女の子の思い出がたくさん詰まっている。
スクールの友達と撮った写真、自分と一緒に撮った写真、両親と一緒に撮った写真、自分の声で作ってみたらしい留守中のメッセージ。
(……お前だって、助けて欲しかったよな? マユ……)
シンはモバイルを握りしめる。マユも両親も、あの日誰にも守ってもらえずに命を奪われ、自分は一人残された。
攻めてきた連合が憎かった。国を焼いた連合軍が憎かった。その状況を、首長のくせにどうにもできなかったアスハが憎かった。
そして、自分たちを戦いに巻き込んだモビルスーツや、家族を守ってくれなかったオーブ軍も。
それら自分以外のものへと向けられた幼い憎しみと怒りは、プラントのザフトアカデミーに入り、戦争の現実と戦うことの難しさを身を
持って知るにつれ徐々に薄れて行った。それでも、アスハの娘であるあの人物への嫌悪感は消せるわけではない。
(でも、俺にはきっと、面と向かってあの人を非難する資格はない。俺だって、あの時夢中で戦って、結果としてあの人を助けたけど、
奪われたGは結局止められなかったし、外壁に穴を開けられるのも防ぐことができなかった)
部屋に戻ってから、アーモリーワンで起きた事件の緊急ニュースを見た。負傷者は式典に来ていた民間人だけで数十人、死者は二人
出たらしい。
一つの基地が壊滅状態に追い込まれるというあれだけの惨事にしては、まだ被害は少ないと言えるのかもしれない。しかし、実際に傷
を負い、家族を亡くした人間からすれば、少ないで済まされるはずがない。
そして、そのうちの何人かでも、もし自分がもっと上手く立ち回っていたなら、あるいは犠牲にならずに済んだのかもしれないのだ。
……こんなふうに考えてしまうということは、結局自分は、自分に力が足りないことが一番憎いのだろう。
分不相応な高望みだと、レイやルナマリアは笑うかもしれない。クロムなら嘲笑うだろう。
何でも完璧にできるはずがない、拾えるものだって多くない、手を伸ばしても届かないものはある、ナチュラルのお前ならば尚更、と。
シンはモバイルを引き出しの奥に戻した。アスハと出会って、思い出したくないあの頃の感情が去来したが、それは今抱いても仕方の
ないものだ。きっとあのアスハは彼女なりに一所懸命オーブを治めようとしているはずだ。ただの兵士にすぎない自分に、わざわざ礼
を言ったくらいだから悪い人間でもないと思う。
それよりも、今の自分にはプラントに住みザフトに所属する兵士として、他にやる事もあれば考えることもある。
身体は充分休めた。ヴィーノがOSの調整と一緒に、交戦時のデータからシミュレーション用のプログラムを組んでくれると言っていた。
ルナマリアも合流してくるらしいから、フォーメーションのチェックもしなければならない。
気を取り直して暗い部屋から外へ出るシンは、最後に心に引っかかっているもう一つのことを思い出し、ドアを閉めた。
(……空気が吸い出されて、街にも被害は出た。それにもし進宙式を見に来てたんだとしたら……無事でいてくれたかな。あの子は)
3.
「……とまぁ、そういうわけだ。例の新造艦は、今もこちらを追ってきている。向こうが強気なのは、贅を尽くして開発した虎の子がよほど
大事だというのと、念入りに秘匿していた新型がまだ向こうには残っているというのが大きいのだろうな。足は向こうの方が速いし、そろそろ
こちらの影を捉える用意もしてくる頃だ。いつまでも逃げ切る自信はないんだが、どうすべきだと思うね?」
薄暗い通信室で、仮面を被った男、ネオ・ロアノークがモニターの向こうの通信相手に試すように話している。
通信相手は思案するような間をおいた後、答えた。
『多少の反撃を受けたとはいえ、予定通り新型を奪取したあなた達の当面の行動指針は、それを取り戻される事なくこちらへ持ち帰ること
です。完全な逃走が無理であるのなら、新造艦の撃破を目標とした場合はどう判断します?』
さらりと尋ねた声の主は女性だった。仮面のネオよりも明らかに若い声であるが、その落ち着き方は声質には似つかわしくない。
ネオは、これに口元をつり上げて返事する。
「それも難しいな。このガーティ・ルーの装備は、この手の戦艦としては強力な部類に入るが、あれを沈めるにはもう一つだ。正面切って
艦対艦戦をやらかすのはリスクが大きい。なんといっても向こうはザフトが誇る最新鋭艦だ。調べたスペック通りなら、武装も機動力も
装甲も、こっちを上回る。多少の備えはしてあるとはいえ、一対一ではとても勝ち目はないね」
『正面切っては勝ち目がないと。では、時間制限という保険つきの奇策ではどうでしょう?』
今度は女性の側が試すように尋ねる。声は冷静沈着なままだが、謎かけをするようなニュアンスがあった。
奇策、という部分に、あなたのお得意の、という意味が含まれている。
「それなら勝算がないこともない作戦が一つある。ただし、奪った新型を多少危険に晒すことになるがね」
ネオは、初めから用意していた答えを勿体ぶった調子で言う。
『多少という程度の危険ならば、勝算のある作戦を取りやめる理由としては不十分です。修復や強化はこちらで行えます。3機とも撃破
か奪回されない限りはあなたの裁量に任せましょう』
「では、そうさせてもらおうか。目障りな新造艦をおびき寄せ、ジャブ程度は叩き込んでおく。『彼ら』にとっても願ってもないことだろうしな」
『『彼ら』とは協力関係にありましたが、既に関わる必要性はなくなりました』
女性の声は、冷徹に告げる。
『これは彼らへの施しではなく、逆に彼らの尻馬に乗るということでもあります。そして、その上で彼らがどのような末路を辿ろうとも、途中
で降りる我々にもあなたにも関係のないこと』
「相変わらずこわいねえ。だがその通りだ」
くっくくく、と仮面のネオは笑って、通信席から立ち上がる。
「それでは、その奇策で奴らの相手をするとしよう。閣下によろしくな」
『御武運を』
通信が切れ、ネオは通信室を後にする。
そして、訪れたのは作戦会議室ほどの広さのある円形の部屋である。中央に3基の睡眠用カプセルがあり、その中に3人の少年と少女
がアンダーウェア姿で身を横たえている。
「よう。可愛いガキどもの調律はどんな具合だい」
ネオは、カプセルと繋がった端末を操作していた技術者の一人に訊く。
「既に終了しています。奪った新型との相性、それに特性の整合性はなかなかのものです。既に脳には実機に合わせて再調整した
フィッティングデータを入力してありますから、初戦よりも機体の性能を引き出せるようになっているはずです。ただ……」
技術者はカプセルの一つを覗き込む。そこには丸くなって眠っている少女の姿がある。
「ステラ・ルーシェだけは、記憶部位からのノイズが戦闘意欲を若干鈍らせていた感があります。このノイズを消すには部分的に記憶
を消去するかブロックをかける必要がありますね」
「ふん……アーモリーワンに潜り込んだ時に何かあったのかな?」
ネオはステラの寝姿を見下ろすと、特に思案することもなく言った。
「悪くない寝顔じゃないか。あっさりと記憶を消去するのも忍びない。戦闘中に顔を出さんように蓋をしておくだけでいいだろう」
「了解です」
技術者は端末を操作し、カプセルの中のステラは寝返りを打つ。
「いつ死ぬかわからん戦争の道具にされちまった娘なんだ。せめて夢の中だけでも女の子らしくしてりゃいいさ。目が覚めたら、ハード
に働いて貰うことになるからな」
4.
「分かっているさ、カナーバ議員。対テロ用に組織された精鋭部隊という名目のミネルバが、搭載するはずだった新型を奪取された。
この事実は既に揺るがし難い。奪回の成否にかかわらず、ソラス派からの糾弾は避けられまい」
ミネルバのスタッフを激励し、そして別れを告げたデュランダルは、移動したナスカ級の談議室で無事にアーモリーワンを脱出した
評議会の議員達と深刻な面持ちで話し合っていた。
ソラス派とは、現在の評議会において議長のデュランダルやカナーバら、いわゆる穏健派とは平和維持の観点において対立する
派閥である。
「ええ。ミネルバ隊の配備計画は、戦後、今日に至るまでプラントの防備の甘さを叫び続けてきた彼らを納得させる手段として講じた
ものでしたから。それがこのような事態になった以上、今後彼らが提唱する政策は、各プラントの防衛戦力の充実……武装化である
と思われます。その為に、彼らは兵器保有数制限の項において、ユニウス条約の改正を求めるでしょう」
「しかし、大西洋連邦にせよユーラシア連邦にせよ、地球連合に属していた国々が、はいそうですかと認めるはずがありますまい。
打診を入れた途端、プラントに再びナチュラルを攻撃する意思ありと見て、軍備の拡充を始めるに決まっています」
「オーブのアスハ代表は、ステーションに用意してあるオーブ軍の宇宙戦力を、プラントのテロ対策への協力に貸与してもよいと仰って
くれている。既に地上の国々全てがプラントを憎んでいるというわけではないのだ。こちらの早まった本格的な武装化だけは、何としても
避けたいところだ」
「ええ。剣を帯びたならば向こうも剣を帯びざるをえなくなる。それが自衛の為だと謳ったところで、自らに向けられるかもしれぬと
疑わずにはいられぬゆえ」
「それに、いかに我々コーディネーターがナチュラルより高い技術、能力を持っているとはいえ、再び地球連合を立ち上げられ、戦争
になりでもしたら。……前回は向こうがザフトを侮っていたために、モビルスーツの運用において我々が有利に進められましたが、今は
彼らも充分なノウハウを得ている。次は、質で量を制するというわけには参りますまい」
「全面戦争になれば、プラントの勝ち目は……」
その時、船内にアナウンスが入った。離舷準備が整ったのでミネルバとの通路を収納し、評議会本部の膝元であるアプリリウスへの
進路を取る、と。
「ともかく、今後ソラス派の動きを抑えるためにも、せめてミネルバにはその価値を証明してもらいたいもの。頼みますよ、皆さん」
アイリーン・カナーバは、船内の窓から離れていくミネルバの様子を見つめる。
「ナスカ級オイラー、ギルド船フリイウィリー共に離脱、テンションフリー。ミネルバ発進準備整いました」
「よし、ミラージュコロイド・デテクター最大範囲で作動開始。ミネルバ発進!」
見えざるものの姿を捉える新たな知覚を得たミネルバが、停船中に特定していたボギーワンの足取りを辿り、航行を再開する。
正確な航路と現在地までは分からないが、概ねどちらに行ったのかはこれで見当がつく。あとはその方角を進み、デテクターの範囲内
に対象を入れることができれば、通常のレーダーのように現在位置を捕捉することができるのである。
今のところ、そのデテクターに反応はない。ただ、通常のレーダーが進路上に障害物を認識する。
画面上では、それは奥行きが特に広い、大小の粒が連なり集合した雲のように見える。
「デブリベルトです。距離、前方8500。ボギーワンは迂回して進んだ模様です」
それは自然に集まってできることの多い、宇宙のゴミの溜まり場である。プラント建造時や資源用の小惑星の掘削時に出ることの多い
小惑星の破片や、ジャンク屋ギルドでも拾わないような使い道のないジャンクが衝突による結合や解体を繰り返すうちに時間を経て集合
し、こういう群を作る。大きな物になると、長さにして数十キロから百キロ以上に連なるものもある。
「引き続き足跡を辿って。念のため、機雷等には注意を」
「了解」
ミネルバは左舷側をデブリベルトに面する形で、雲に沿って巡航した。
雲の向こう側には、青々とした地球が見え隠れしている。その向こう側からは太陽光が輪郭となって差していた。
そうして、しばらく進んだ後のことである。じっとレーダーを睨んでいたメイリンが声を上げた。
「ミラージュコロイド・デテクターに反応ありました! 距離6300、デブリベルトの丁度反対側です。停止しています」
「同時に、これまで辿っていた足跡……ガスの燃焼の痕跡は、およそ前方2700で消えています」
「ふむ……隠れてやり過ごそうというつもりかしらね」
川に例えるなら相手は向こう岸に渡っている状態である。グラディスは一考した。
「どうします、射程距離としてはぎりぎり届く範囲です。向こうはまだこちらがヤツが見えていることを知らないはずです。奇襲を
かけますか?」
「いいえ、ここからではデブリがまだ濃いわ。道を塞がれて、攻撃が届かない可能性が高い。メイリン、デブリの濃度の薄い所を
探して」
「……前方2700。ガスの痕跡が消えた部分です。そこから、現在のボギーワンの停止している位置まで、やや道が開けています」
地球に住む冬の兎の話を思い出させる状況だった。天敵の狐に追われて途中で足跡が消えていると見せて、持ち前の跳躍力で
横の茂みの中へと飛んで撒く。こちらに相手の位置を知る知覚がなければ、まず逃げられる方法である。
「なるほど、デブリを隠れ蓑にして絞った通常推力で雲の中を突っ切り、反対側へ抜けてこちらが通り過ぎるのを待つというわけね。
ならば、その穴を通して主砲、及びミサイルでボギーワンを攻撃します。ただし攻撃態勢に入るのは穴の縁に乗ってからよ。足跡を
見失って、そのまま直進すると見せかけ、すれ違い様に仕掛けます」
「了解。ミネルバは速度このままで前進、索敵は怠るな!」
砲塔は動かさず、内部で装填を始めとした射撃準備が進められる。
しかし、目的の攻撃地点へと近づいていく途中で、異変は起こった。
雲の向こう側で、丸い光が弾ける。まるでそれまで見えていた地球が太陽に変わったかのような激しい光だった。
「!! ボギーワン付近で、大規模な爆発を確認! これは……先刻見られた、タンクの爆発と同じものです!」
確かに、それは見覚えのある爆発だった。ボギーワンはアーモリーワンから逃走する際、追撃するミネルバを撒くために、推進用の
ガスの詰まったタンクをこちらへとぶつけて来た。それを迎撃した際に生じた爆光もこれと同じだった。
「自爆したの?」
驚愕に席を立つ瞬間に、グラディスは気づいた。そして、なりふり構わぬ声で叫ぶ。
「総員、耐衝撃態勢! 迎撃システム起動準備!」
「デ、デブリ群雨来ます! きゃ、きゃああああー!!」
5.
「作戦は成功ですな、大佐」
「ああ。うまく罠にはまってくれた。一応警戒はしていたようだが、隣の壁が崩れてきてはさすがに避けきれんだろう」
ミネルバではボギーワンと呼ばれているガーティ・ルーのブリッジでは、強烈な指向性を与えられたデブリの雨に晒されまごついている
新造艦の様子を眺め、仮面のネオ・ロアノークがしてやったりと笑っている。
ガーティ・ルーはこの位置でミネルバが来るのを待ちかまえ、その際残っていた高圧縮ガス入りのプロペラントタンクを爆弾として配置し、
自らは大型のデブリの影に隠れていたのだ。ミネルバの接近と同時に爆破し、その爆圧で間に漂う大量のデブリを散弾として叩き付ける
作戦である。
障害物がありすぎて砲撃では仕留められないと見せ、その障害物を押してそのままぶつけてしまう。本棚を倒すような発想だが、単純に
して強力、侮れない威力の質量砲弾の雨霰。足止めをするには功を奏したようだった。
「さて大佐、この隙に一目散に逃げ出しますか?」
ネオはその隣の席で足を組み、薄ら笑いを浮かべてモニターに見入った。
「それは魅力的な提案だがな艦長、この罠でかせげる時間はたかが知れている。強靱な装甲と豊富な砲を持つミネルバだ。おおよそ5分
もしないうちにデブリの雨は尽きるだろうし、そうなれば更に5分もしないうちに態勢を建て直してくる。あわせて10分程度のリードとしても、
その程度の差は全速力で追いかけられたらたちまち埋まってしまう」
「では、どうしますか?」
「そりゃ、最低でも向こうが全速力で追ってこれないようにしなければな。となれば、推進機関を叩けばいいが、それにはこんなデブリの
散弾程度じゃまだ弱い。すなわち、あいつらの出番というわけだ。スティング、アウル、ステラ。用意はできているな」
軽く身を乗り出して言ったネオに、モニターに現れた3枚のウィンドウからそれぞれパイロット達が答えた。
『ああ、任せろ。火力は減っちまったが、こういう舞台でこそ、この機体は使える』
『動かない戦艦なんざ、ただの的さ。へへ』
『ネオ、私、頑張る』
「よし、頼むぞお前達。戦艦の推進器にダメージを与えるか、俺が合図したらすぐに戻ってこい。形勢はこっちが有利だが、向こうはその
機体を扱うはずだった奴らだ。くれぐれも油断はするなよ」
『了解。カオス、アビス、ガイア、出撃する!』
「デブリ雨、止みません! 左舷カタパルト脇に着弾、損傷無し! 左舷ミサイル発射管展開ハッチ付近に着弾、損傷軽微! 左舷側部
N12ブロックに着弾、損傷無し……きゃあああっ!!」
「うぅっ……装甲のおかげでダメージは防げても、これだけのデブリ、衝撃はカットできないわ……。受け続けるわけにはいかない。迎撃
システム、どうなっているの!」
「やってます! しかしあまりにもデブリの数が多すぎて、とても撃ち切れません!」
「ならコース予測、ブリッジ、左舷側主砲、副砲、ミサイル発射管付近への着弾が予想されるものを優先して撃ち落として! 各砲座は
砲撃準備! 右舷カタパルトデッキからモビルスーツ隊を発進させて迎撃を手伝わせて! 」
デブリの雨を受けている左舷側とは反対側のカタパルトから、脱出するような形でシンのインパルス、レイのザクファントム、ルナマリアの
ザクウォーリアが外へ出る。
「もう、せっかくの初出撃なのに格好よく射出じゃなくてドア開けて出ましたってのが気に入らないわ! しかも敵がデブリだなんて、こっち
は掃除屋じゃないってのに!」
「無駄口を叩く暇があったらゴミを打ち落とせルナマリア。シン、最も火力が高いのはブラストシルエットを装備するインパルスだ。大型の
デブリを狙え」
「了解だ!」
背部に2門の大型砲、長射程ビーム砲・ケルベロスを装備した砲戦形態のインパルスが、その高威力の砲撃で押し寄せてきたモビル
スーツ以上の大きさのデブリを撃破する。
同じく砲撃戦装備のガナー・ウィザードを装備したルナマリアのザクも、大型ビーム砲・オルトロスで片っ端から撃ち落としに行く。
「ちょっと! キリないわよこれ! どうすんのよ!」
「デブリベルトから押し出されてきたものだ。物理的にいつまでも続くはずがない。それにミネルバの砲撃も始まった。凌ぎ切れ。……
それよりも、ボギーワンに動きがないのが妙だ。何か狙っているのかもしれんぞ」
「くっ……!」
ルナマリアは一発ずつ着実に狙撃して数を減らし、レイはマイクロミサイルを当ててデブリを減速させ、2,3個を同時に撃ち抜いている。
シンは左右一門ずつ別のデブリを狙い火力を活かした駆除をしていくが、二人ほど喋る余裕はない。
その時、自らが狙ったデブリの陰から、何かが別のデブリに飛び移ったのが見えた。
「何だ?」
「シン、手を休めるな」
「わ、わかってる!」
慌ててデブリを撃ち抜き、また別の標的を狙う。その時、突然後方からロックオンされている警告が発せられた。
「何!?」
振り向くと、ミネルバの上にモビルスーツが一機立っている。片方の翼が無い黒いG型モビルスーツ、ガイアである。
「い、いつの間に……どこから!?」
更に、視界にビームが横切るのが映り、ザクファントムとザクウォーリアも狙撃を中断して後ずさる。そこには更に、緑のカオスと青の
アビスまでが姿を現していた。
「ちょっと、こいつら……いきなり出てきたわよ。こんなに神出鬼没だったの?」
「どうやら、デブリの雨に隠れて接近してきていたようだな」
レイがそう分析する。
「冗談でしょ? 一歩間違えば押しつぶされるわよ。それにこっちに近づく前に狙撃されてたかも」
「デブリの数から言えば確率的には悪い博打ではなかっただろう。それに狙われても砲撃が届くまでに逃げればいいだけの話だ」
「そ、そうか……さっきのは」
自分が見た黒い影は、推進器を使わずに他のデブリへ素早く逃れたガイアだったのだ。
「何にしても、厄介なことになったな」
3機のGと対峙しながら、レイがデブリを撃つ。迎撃の追いつかないミネルバの横腹にデブリが命中し、揺れた。
6.
「じきに雨は収まるだろうが、相手は3機のG。見たところ破損部位の修復はされていないようだが、ここまでやって来た事と動きから
察するに、基本的な戦闘力はさほど落ちてもいないようだ。こうもミネルバに接近されては、ミネルバは己の身も守りにくい。それに……」
降り注ぐ岩塊やジャンクに紛れ、噴射光を放つものがこちらへ飛んでくる。これはルナマリアが迎撃した。爆発と共に散ったそれは、
ミサイルである。
「……ボギーワンは、デブリに混ぜて攻撃もしてくるようだ。こいつらの相手をしながら、デブリを含めて迎撃もしなければならん。なかなか
厳しい戦いになりそうだ」
レイが呟くそばから、G達が行動を開始した。カオスが機動兵装ポッドを展開し、レイのザクファントムを狙って来る。
「お前には借りがあったな。今度こそ仕留めてやるぜ、白いザク!」
ガイアが一枚残った翼にビームの刃を張り、人型のままビームライフルを構え、シンのインパルスを照準する。
「お前の相手は、私。……切り裂く」
そしてアビスは、推進器を吹かしてミネルバからの近接迎撃を軽々とかわし、船の後方にある推進器へと向かう。
「今回の獲物はおまえらに譲ってやる。俺は大物狙いだ!」
「ちょっと! 待ちなさいよ、あんた! 私は無視!?」
そんなアビスの背中に向かって、ザクウォーリアの放つビーム弾が飛んでくる。重厚な体型でそれをひらりと避け、アビスは面倒臭そう
に振り向く。
「それ元々私が乗るはずだった機体なのよ!目の前に現れたからには、返してもらうわよっ!」
「ち、色ばっか派手だけど雑魚じゃねーか。今はお前に構ってる暇ないんだけどな」
アビスは肩部のレーザー砲でザクウォーリアを狙い、一射すると同時に動いた。
「しょうがない、3秒だけ付き合ってやるよ」
「えっ」
レーザー砲をかわした方向に既にアビスが突進してきていた。ビーム砲の砲身をつかまれ、力任せにむしり取られる。
絶句するルナマリアを、続いて激しい衝撃が襲った。無造作に振り上げられたアビスの足が、ザクの頭部を一撃する。
ザクは吹き飛ばされ、ミネルバの外壁に激突した。背後でエネルギー供給用の制御装置を兼ねていたバックパックが潰れる。
「はい、3秒。じゃーな」
アビスは何事もなかったように身を翻し、艦尾部へと飛び去っていった。
「あ……あいつ……!」
ルナマリアはショックで一時停止したザクウォーリアの中でわなわなと震えると、端末を引き出して再起動をかけた。
それほど間をおかずに再びザクの目に光が点り、破損した背部ユニットを破棄すると、立ち上がって推進器に火を入れる。
そして時折ミネルバの外壁を蹴りながら、迎撃砲塔からの火線をかわしつつ胸部のビーム砲の狙いを定めているアビスに追いついた。
「ち……しつこいヤツだな。だからお前に構ってる暇は」
「なめるなぁー!」
ルナマリアのザクウォーリアは肩部のシールドからビームトマホークを抜き放つと、突進のスピードと重量を乗せた一撃をアビスの
腹部へ繰り出した。
「……こいつ……」
パワーではザクの遥か上を行くはずのアビスに乗るアウルが、そのビームトマホークから侮れない重みを感じ取った。咄嗟に背部から
ハルバートを取り出し、その一撃を受ける。そして双方が後退した。
その切り結びにおいて、ザクは瞬間的にアビスと互角のパワーを見せたのだ。
「揺れるから、あんまり好きじゃないんだけど……私近接格闘だけなら、アカデミーでトップだったのよ!」
「……面白いじゃん。お前を黙らせてすっきりしてから推進器を潰すぜ! トマホークのザク!」
7.
「くそっ……どうすれば!」
「どこを見てる!」
ミネルバに直撃しそうになったミサイルを撃ち落とし、そこを狙い撃ってきたガイアのビームライフルを盾で辛うじて防御するインパルス。
その背後で、迎撃の間に合わなかったデブリがミネルバの胴に直撃し、艦体を揺らした。
「シン、もうじきデブリの雨は止まる。それまではミサイルを優先して撃破しろ。G型は、反撃できないなら反撃するな。回避に専念しろ」
「そんなこと言われても……そう器用にはいかない! くっそぉぉ!」
デブリと、その中に紛れ込ませたミサイルの迎撃。加えて、母艦の間近まで肉迫した新型の攻撃を避けなければならない。
どちらか一方ならばなんとかなるが、両方をこなすためにはまだミネルバに向かってくるものが多すぎ、敵があまりに強力すぎる。
しかし、カオスに標的にされたレイのザクファントムは、機動兵装ポッドの攻撃をかいくぐって的確に両方を行っていた。
「俺には、レイのようにはできない……やっぱり、無理なのか? ええい、早く止んでくれ!」
「デブリ雨、間もなく止みます!」
「……待っていたわ。主砲、副砲、ボギーワンへ照準用意! 間にあったデブリを吹き飛ばしてしまった今、障害はないはず!」
降り注ぐ衝撃に耐え、いよいよ反撃に移ろうと身を乗り出した矢先、メイリンが再び声を上げた。
「い、いえ! 射線上の周囲でミサイル多数爆発! デブリの移動で、再び射線塞がれます!」
「何……」
「さらに、ボギーワン移動! 再びデブリ雲の濃度の高い壁の向こうへ隠れました! 先ほどと同じです、これでは砲撃は……」
グラディスが臍を噛み、アームレストを握りしめた。
「くっ……あくまで安全な所に隠れ、こちらからは撃たせるつもりはないというわけね。なら、G型だけで本艦を沈めるつもり? こちらにも
モビルスーツがある以上、そう簡単には……」
「レイ機とカオス、左舷にて交戦中! シン機とガイアは右舷、ルナマリア機とアビスは艦尾へ移動! 艦体に近すぎて、各砲座、援護
できません!」
「……いや、相手も手負いとはいえG型との性能差がある以上、いずれは押し切られる……ならば、こちらも敵艦を叩いて、G型を退か
せるしかないわね。……母艦を沈めれば、Gのパイロットへの投降勧告も行える……。これは賭けね。シン! レイ! ルナマリア!」
『くっ……は、はい! 艦長!』
『何でしょうか……!』
「敵をなんとか艦首から引き離して。『あれ』を使います」
「い……今の状況でですか!」
アーサーが思わず聞き返した。
「発射には時間がかかり、しかも狙うには艦体を回して正面を向かなければなりません! しかも砲撃の瞬間には無防備になってしまい
ます! ここまで敵に接近されている今、あまりにも危険です!」
「だから引き離すのよ。あれ以外にこのデブリの厚雲を貫いて敵艦にダメージを与えることのできる武装はないわ。このままではいずれ
モビルスーツを撃墜され、本艦に直接攻撃を加えられる可能性が高い。そうなってからでは遅いわ。やるなら今しかない。みんな、やって
くれるわね。3分、いえ2分だけ時間を稼いで!」
『りょ……了解!』
8.
「撃破する必要はない……デブリも止んだ。ただ艦首から引き離す……」
砲撃戦用のブラストインパルスは、その装備の重量から機動性には欠け、ガイアを捉えることは難しい。しかも、ガイアはミネルバ
へとぶつかり周囲を漂うデブリを利用して、変幻自在に飛び回る。フォースシルエットに換装して機動性を得ればなんとか対抗できる
かもしれないが、敵が接近している以上、迂闊にハッチを開くことはできない。だが、勝つのではなく、誘導するだけならば、どうにか
できるはずだ。シンは腹を決めた。
「やるしかない!」
シンはビーム砲でガイアを狙って一撃すると、背部の推力をカットして反動に乗って後方へ飛んだ。それを2度繰り返し、艦から離れて
デブリの中へと後ろ向きに突っ込む。
「距離を取るつもり? ……逃げられるわけがない!」
ガイアは四足獣型に変形し、推進器とデブリに着地しての方向転換を駆使しながら、インパルスを追う。
「ついて来てくれた……! くっ……けど、速い! クロムよりも……!」
とりあえず、ミネルバから引き離すことには成功した。だが、このまま撃墜されることなく引きつけなければならない。
だが、周囲を空間レベルで跳ね回ることのできる環境にあって、推力と四肢の瞬発力を活用するガイアの素早さは更に増している。
シンは砲身に内蔵されたビームジャベリンを取り出した。砲撃を当てられない以上、近づかせずに撃破するという砲戦機のセオリーは
成り立たない。
ガイアは姿を消している。
「くっ……どこから来る」
身構えた瞬間、衝撃が煽るように来た。
「下か!」
ガイアの翼のビームソードに、ジャベリンの柄が一撃で断ち切られる。その衝撃で背後を漂っていた大きなデブリに叩き付けられた。
「うわっ!」
「今度こそ、斬り裂く!」
動けなくなったところへ、ガイアが瞬時に向きを変えビームソードで斬りかかる。だがその瞬間、インパルスが背中のブラストシルエッ
トとの接続を解除した。
デブリに埋まったバックパックとビーム砲から離れ、そのまま向かってくる。
「覚悟を決めたのか。望み通りに!」
走るビームソードがインパルスを捉え、その機体は胴体から真っ二つに分かたれた。
……しかし、奇妙だった。そこに全く手応えが残らない。
「え……」
戸惑いながらデブリの上に残されたブラストシルエットの横に降り立ち、振り仰ぐと、そこには上半身と下半身に分かれたまま、同様に
こちらを振り向くインパルスの姿があった。その胴体が再び結合され、装甲の色が変わる。
「……分離して、かわしたのか……!」
ガイアを駆るステラは、小癪な相手に犬歯をきしらせた。
しかし、相手は丸腰であり、その武装はこちらの足元にある。圧倒的な差は、更に開いたのだ。
その時、ステラはインパルスの肩越しに、母艦が動きを見せているのに気づいた。
「何だ……?」
「うぅっ……!」
ミネルバの後部甲板に叩き付けられたルナマリアのザクの胸に、アビスがハルバートを突き付けている。
「ま、頑張ったけど結局機体の性能差には勝てないよな」
「ち、ちくしょう……悔しい……!」
アビスがハルバートを振り上げ、ザクにとどめを刺そうとした瞬間だった。
ミネルバがその身をよじるように、いきなり回頭を始めた。
急激にかかった遠心力に、アビスのアウルが反応を見せる。
「なんだ……? ガーティ・ルーの方を向こうとしてんのか? なんかやべぇな、とっとと推進器ぶっ壊さねーと!」
「! 隙ありーッ!」
よそ見をしたアビスの顎を、跳ね上げるように体を起こしたザクウォーリアの拳がアッパーカット気味に捉える。
甲板にしっかりと接地した上での機体の全重量をかけた攻撃に、アビスが跳ね飛ばされた。
「ちっ……この野郎ぉー!」
「くっ……」
「いい加減弾丸切れだろう、白いザク! こちらも機動兵装ポッドはエネルギー消費は激しいが、デブリやミサイルを迎撃している
以上、先に底をつくのはそっちの方だ。……ん?」
ポッドを展開していたカオスのスティングも、ミネルバの回頭とその艦首部の様子に気づいた。
「エネルギー充填率、100%! 各冷却システム正常稼働中!」
「回頭完了、ボギーワン、正面に!」
「よし、砲口開け! 照準調整!」
ミネルバの艦首中央部の厚い装甲が持ち上がり、モビルスーツの身長ほどもある巨大な砲口が出現した。その奥には、既に
強い光が煮えたぎっていた。
「……そうか、噂のあれを使おうってのか。そうはいくかよ!」
「邪魔はさせん!」
エネルギーの切れたライフルを放り出し、ザクファントムが両肩のシールドからビームトマホークを抜いた。そして、艦首に回り込み
砲口を攻撃しようとするカオスの鼻先を切り裂くように投げつける。
その直後、ミネルバの艦首から光が溢れた。
「艦首陽電子破砕砲、タンホイザー! 撃てぇー!!」
ミネルバの艦首から伸びた光は間にある大量のデブリを焼き尽くし、爆砕させ、一直線にその影に隠れていたボギーワンをその槍
の穂先に捉えた。
「……! ネオッ!」
その光の槍を見たガイアが、目の前の丸腰のインパルスの事など忘れたように、推力全開でデブリの雲の中を駆けていった。
咄嗟の機転で窮地を脱しつつも、その後の戦闘の展開に固唾を呑んでいたインパルスのシンは、ほっと胸をなで下ろす。
しかし、光が消えた後に、ガーティ・ルーはまだ残っていた。無事というわけではないが、艦体の輪郭は崩れてはいない。
「いつつ……艦長、被害報告を」
「は、右舷装甲及び砲塔が融解、余熱で他の装甲が解け始めています。ミサイルの誘爆等の危険はありません。冷却作業急がせます」
ブリッジのモニターには異常を示すレッドランプが多数明滅していたが、その損傷が致命的では無いことも示されていた。
「……これがミネルバの陽電子砲か。何か手を打ちたそうな気配だったから、回避行動を割り込ませたが……ほんの少しかすめただけ
でこの威力とはな。ガーティ・ルーの強化ラミネート装甲も、あの砲の前では形無しだ。やはり、正面から戦わなくてよかった」
「どうしますか? 大佐。今の損傷からして、通常航行が可能になるまで幾ばくかの時間が必要です。向こうの足を止めて逃げるどころ
ではなくなりました」
「モビルスーツ戦では未だにこちらが優勢だが、欲を出してまた今の陽電子砲を撃たれたのではたまらん。お互い動けなくなって結局
足を止めた砲撃戦になだれ込む、というパターンが一番避けたいところだな。……だが幸い、もうそろそろタイムアウトのようだ」
「おいスティング、どうするよ? この艦の推進器にダメージ与えて追って来れなくするって作戦だろ? ガーティ・ルーが撃たれて動けなくなっちまったら、意味ねーじゃん!」
「どうやら、この艦の武装を侮ったらしいな。ネオ、たるんでるぜ」
『そう言うな。ま、これも予想のうちだ』
ネオが通信を入れてくる。さほど切羽詰まった様子もなく、遊びに行った子供に連絡を入れるような気軽さで、指示を出した。
『おまえら、そろそろ戻ってこい。潮時だ』
「何言ってるネオ、やられっぱなしでいいのかよ。こうなりゃこの艦、俺たちで沈めないことにはガーティ・ルーが潰されちまうぜ」
『お前達の機体の武装じゃ、その戦艦を沈めるのは多少時間が掛かる。しかもなかなか手強い護衛もついてる。ステラもこっちに戻って
きちまったしな』
合流して相談する2機の前に、ブラストシルエットを再び装着したインパルスが現れた。ガイアがガーティ・ルーの方へと戻っていった
ことで、フリーになったのだ。
「ち……ステラのヤツ、勝手に逃げやがったのかよ。帰ったらおしおきだな、ネオ」
「それでも、残りの2機はもう武器もないんだぜ。あとはこいつを俺とアウルで落として、それから戦艦を攻撃すればいいだけの話じゃない
のか」
『危ない橋を渡る必要は無くなったって話をしてるのさ。言っただろ、合図をしたら戻ってこいって。……今がその時だ』
9.
「陽電子砲、装甲閉じます。第二次冷却開始! 第二射可能まで175秒!」
「ガイア、離脱していきました。ボギーワンへ帰投するものと思われます」
「よし、これなら行けそうね。モビルスーツはカオスとアビスへの牽制を優先! 陽電子砲第二射までの時間を稼げ!」
「あっ……か、艦長! 緊急通信です! ザフト司令部……違う、アプリリウス、最高評議会クラウゼリア・ソラス議員からです! 確認
優先度は、……AAAです!」
その内容をメイリンの口から告げられたグラディスは、己の耳を疑った。
依然として戦闘中にあるはずのブリッジが、静まりかえる。
「……なるほど、そういうことかよ。確かに時間切れだな」
「へへ、あいつらも大変だなぁ。そういうことなら、ここは見逃してやってもいいかもな。でも、どうにかできんのかな、こいつらに」
ネオ・ロアノークの話に納得した様子で、スティングとアウルは笑った。ブラストインパルスと対峙していたカオスとアビスが、やおら
背を向けてその場から飛び去っていく。
「……あいつらも、撤退するのか?」
「冗談じゃない、逃がさないわよ! 今よ、予備のガナーウィザードを着けて追うわ、ハッチ開いて!」
アビスに一矢報いたことで高ぶっているルナマリアを、グラディスが諌めた。
『待ちなさい、ルナマリア』
「か、艦長? なんでですか?」
『追撃は禁止します。パイロットは至急帰投しなさい。これより、ミネルバは転進します』
「転進……。最優先目標であったボギーワンの追撃、及びG型の奪回作戦の遂行中であるのに、ですか?」
『それを越える命令……。優先度AAAの命令が、最高評議会より下されました。これよりミネルバはボギーワン追撃任務を中止し、
ユニウスセブンへ向かいます』
「ユ……ユニウスセブンへ?」
それは、血のヴァレンタインの悲劇によって核攻撃に晒され、破壊されたプラントの跡である。砂時計の両端が二方向へ別れ、一つは
遙か彼方のデブリの海に沈み、一つは安定軌道に入って地球の周囲を回っている。後者は戦後、ユニウス条約の結ばれたナチュラル
とコーディネーターの和解の地、同時に犠牲となった人々の慰霊の地となった場所でもある。
「そこに一体、何が……」
『詳しいことはブリーフィングで伝えます。ただ言えることは……』
通信の向こうのグラディスの声は、戦慄いているようだった。
『我らコーディネーターにとって、いや人類にとって、絶対に止めなければならない悪意が、そこにあるという事です』
to be continued.
スゴイ!
ここまで書き上げるとは!!
羨ましい(`・ω・´)
おれから出るのは乙の嵐だw
【機動兵器ガンダムSEED】 第一話 その9
パワードスーツ。
倍力装置付き装甲宇宙服とでも言うべきか。
この時ディアッカが目にしたのは、オーブ陸軍が採用しているリテン・キタザキ重工製64式機動装甲服であった。
固定武装は無く、マニピュレイターに歩兵火器をそのまま運用することが可能という高い汎用性を持つ。
人間と同じ関節稼動域を確保するため、肩は球体関節構造となって大きく盛り上がった、まるでゴリラのような外見だ。
厄介な関節の防御には軽量な防弾繊維を袋詰めしたもので覆っているためトータルで見るならば、小銃や榴弾の破片程度は防ぎきる防御力を有する。
それだけだった。
MS同様、古典SFに登場するような万能兵器などではない。が、貧弱な武装しか持っていないディアッカ達に致命的な存在だった。
トレーラーを挟んだ向かいの工場より現れたパワードスーツ三体は、左手にマウントした強化アクリル製盾とアサルトライフルを構えつつ、銃座からの援護射撃の元アスラン達に近づいてくる。
「巣穴から出てきた所を襲ったら、とんでもない歓迎を受けちまってるじゃないか! どうすんだよ隊長さん!!」
(よしよし、ここまでは予定通りだ)
ヘリオポリス防衛の任を仕ったオーブ宇宙軍陸戦隊少尉レイン・ラングレーは、部下にばれないよう、ほっと息をつく。
パワードスーツ部隊が予定よりも早く到着し、しかも敵侵入部隊の武装はこれまでの戦闘の経緯から火力は限られたものだと分析できる。
後は彼らが遮蔽物に隠れたヤツらを燻りだせるだろう。
3日前突然ヘリオポリスで極秘裏に開発されている連合製MSの守備をしろというとんでもない命令を受け、今日この日に至るまで彼はありとあらゆる手を尽くした筈であった。
オーブ上層部は地球連合軍側と何度も折衝をしたらしく、MSを引き渡す直前までオーブ軍が護衛を受け持つということになっていた。
ただし、配備できる武装に上限を設ける等という一文さえなければ、今のこんな苦労などせずに火力で殲滅できる自信があった。
重機関銃から対戦車ミサイルまで、持ち込める限りの火砲をハリネズミのようにすればよかったのだ。
しかし現実は彼らに軽迫撃砲の配備をも許さないという非現実的なものだった。
(理由を知って呆れたぞ。何が新兵器に傷がつく恐れだ。実際攻め込まれているんだぞ!)
彼は思った。ひょっとしたらそんなわけのわからない内部事情もお見通しの上での工作だったとしたらどうだ?
そうすると彼ら、ああもちろん敵のことだが、の拙速に重視した軽装にも納得がいった。
しかし命令は命令である。限られた戦力で目的を達成しなければ。
斥候に出した分隊より新型艦製造区画で起きた大爆発で、艦長を含む連合軍高官を含む多数が負傷したという知らせがあったが、まだ希望は持てた。
現場レベルで連合側と折衝を繰り返し幾つかの迎撃プランを立てられたことだ。
特に連合の"煌く凶星"と"エンデュミオンの鷹"がヘリオポリスに来ていたことが救いだった。