全てが理解の範疇を超えていた。
絶叫して、化け物になった男。
「変身」と叫んで、赤い鎧を纏った女。
目の前で戦い始めた二人。
トマホークで腹を薙がれ、爆散した灰色の化け物。
頭がついていかない。
できたことといえば、ただ呆然と突っ立って、見ているだけ。
やがて、シンを見据えていた赤い戦士が、ゆっくりと近づいてきた。
彼の目の前で立ち止まって、鎧が一瞬だけ光る。
輝きが収まった後、そこにいたのは、先ほどの赤毛に赤いスーツの女―――――ルナマリア・ホーク。
「一応言っておくけど―――――」
腰に手をあて、ルナマリアが口を開いた。
「夢じゃないわよ、これ。非常識ではあるけどね」
「ふざけるな!」
眉をつりあげて叫び、シンがルナマリアに掴みかかる。
「なんだ!―――――あんたは一体、なんなんだ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいって・・・・・」
「落ち着けるか!こんなわけのわかんない状況で!!」
「とりあえず、この手を放しなさい!」
襟を掴んでいた腕を振り払い、服の乱れを軽く直す。
険しい表情でシンの顔を睨みつけ、ルナマリアは続けた。
「さっきも言ったけど、アレはあたし達の敵―――――『Rウィルス感染体』よ。識別名は『ジン』」
「あ・・・・あーるうぃるす?かんせんたい?」
聞いたことのない言葉に、間の抜けた声で聞き返すシン。
「ま、詳しいことはこれから話すわ」
そう言って、ルナマリアはシンの部屋に勝手に入っていった。
(なんなんだ、一体)
突然のことにとまどいながらも、自分が喜んでいることをシンは感じていた。
―――――終わりが、見えてきたかもしれない。
「2年前のオノゴロ島事件・・・・どんな事件か、知ってるわよね?」
神妙な面持ちのルナマリアが、低い声でシンに問う。
「原発の事故が引き金とか発表されてる、あれだろ?でも、そんなのは・・・・」
「そう、ウソよ。真相はまだ、闇の中。生存者もいない・・・・・君を除いて」
「・・・・・」
「1年半の間、意識不明だった君は、ずっと入院していた。―――――そして、意識を取り戻した君が、病院から抜け出して半年間、君はオノゴロ島事件を自分なりに調べていたみたいね」
ルナマリアは、部屋の隅に置かれているダンボールに目を移した。中には新聞や雑誌の切り抜き、資料のコピーなどがごちゃごちゃに入っている。
「でも集めた資料の中に、自分の求めている答えはなかった。そうよね?・・・・君の求める答え―――――教えてくれないかしら?」
シンに目を戻し、半眼で様子を窺うルナマリア。
「・・・・・名前だ」
ぼそり、といった具合でシンが言った。
「名前?」
「ああ。『キラ』って男と『カガリ』って女・・・・・あの時、確かに聞いた」
「・・・・どうして、その二人を探してるの?」
「それは・・・・・」
―――――瓦礫の下に倒れている父。
―――――紅い炎に焼かれていく母。
―――――血まみれで伏せている妹。
脳裏に焼きついて離れない惨状。
思い返すだけで、腸が煮えくり返る。
「・・・・・・殺したから、俺の、家族を」
「・・・・そう」
絞り出すような低いシンの声を聞き、ルナマリアが俯く。
しばらくの間、沈黙がその場を支配する。
「・・・・他には?」
沈黙を破り、再び口を開いたのは、ルナマリアだった。
「他・・・・?」
「名前を聞いただけで、家族の仇だなんて思わないはずよ。君は・・・・他になにか見たんでしょ?」
どうやらこっちの質問が本命のようだった。
テーブルに肘をつき、身を乗り出してルナマリアはシンに問う。
「・・・・・・」
彼女の視線から逃げるように目をそらし、黙り込むシン。
「・・・・君が見たもの、あててあげるわ」
たたみかけるように、ルナマリアが語気を強めて言う。
「・・・・青い翼を持った、白い戦士」
炎の先に見えた人影。
記憶の中で再生される会話。
自分達を無視して飛び立つ翼。
夢だと思っていた鎧の男の姿が、鮮明に思い出された。
「当たりみたいね?」
「・・・・・だったらなんだっていうんだ?」
さきほどと同じような低い声を発するシン。
「え?」
「俺がそいつを見てたとして―――――それが一体なんだってんだ!?」
立ち上がったシンが激昂して叫び、獣のような顔つきで、ルナマリアを睨みつける。
彼の気迫に圧されたのか、一瞬だけ身を震わせるルナマリア。
「なんなんだよ、さっきから!!俺のこと調べて、一体なにが言いたいんだ、あんたは!?あの時のこと穿り返すだけが目的なら、さっさと帰ってくれ!!」
怒り。
悲しみ。
憎しみ。
殺気。
赤い瞳に様々な負の感情を宿し、シンが叫んだ。
凄まじい憎悪を孕んだ視線に射抜かれ、ルナマリアは無意識に胸を押さえる。
目の前の少年は、激しい業火のような殺気を放ち、呼吸を乱している。
「っ・・・・!そんな、つもりじゃ・・・・・」
どうにか声にできたのは、それだけだった。
彼の殺気を肌で感じ、焼かれたような感覚に襲われ、ルナマリアは竦みあがった。
さっきの戦いでも、ジンから殺気を感じてはいたが、こんなに震え上がったりしなかったはずだ。
(なんなの・・・・この子・・・・)
やがて、ルナマリアの脅えたような眼差しに気付いたのか、シンはため息をついて腰を下ろした。
「ごめん・・・・ちょっと熱くなりすぎた」
額を押さえ、呼吸を整えながら言うシン。
「い、いいのよ。あたしが悪いんだから・・・・ごめんなさい、今日はもう帰るわね」
脇に置いたバッグを抱え、そそくさといった感じで、ルナマリアはでていった。
(結局、肝心なこと何も言わないで行きやがって・・・・)
噴き出た汗を拭い、彼女が出て行ったドアを睨みつける。
冷蔵庫に冷やしてある水をがぶ飲みし、シンは「シャワーを浴びよう」と思った。
ルナマリアとかいう女が訪ねてきてから、4日が過ぎた。
半年待って、やっと見つかった手がかりらしきもの。
訊きたいことがいくつもあるのだ。なんとかして、もう一度話をしなければ。
そう思ってこの4日間、暇を見ては彼女を探してみたが、成果は無し。
シンは歯痒い気持ちになりながら、今日も炒飯がウリの小さな料理屋でアルバイトとして働いていた。
「おい、まだか!?この雨の中、わざわざ食べにきてやってんだぞ!」
白髪で身なりのいい常連客が、いつものように怒鳴り散らしている。
毎度のことなので特に腹も立たず、シンは空になったグラスに水を注ぎながら言った。
「イザークさん・・・・まだ注文してから2分じゃないですか」
「うるさい!早くしろとあのバカに言って来い!」
「はいはい・・・・リモコンここに置いときますから、好きな番組見ていいですよ」
働き始めた頃は、彼が来るたびに疲れていたが、ほとんど毎日来るので慣れてしまった。
店長と古くから知り合いらしい。気は短いが、悪い人間ではない。
今日のような他に客がいない日は、好きにやらせている。それで何か迷惑を被ったこともない。
なんだかんだいっても、分別のある男だ。
「店長、イザークさんが爆発しそうです」
シンが厨房でフライパンを振るっている、金髪の男に言う。
「ほっとけ。他に客もいないんだ」
淡白な口調で、この店の主―――――ディアッカ・エルスマンは言った。
普段から、やる気があるのかないのかよくわからない態度の男だ。
最近カメラマンの彼女にふられたらしいが、あまり気にしてないような感じがする。
店内に戻ったが暇なので、さっき拭いたばかりのカウンターをまた拭く。
聞こえてくるのは雨音と、テレビのニュースキャスターの声だけ。
しばらくの間、その2つの音を聞きながら手を動かしていたが、店のドアが開く音が割り込んできた。
「いらっしゃいま・・・・・」
振り返って声を出したが、入ってきた客の姿を見て、シンの言葉は途切れた。
前髪の一部が逆立った、赤い髪
ややパッチリした青い瞳
見覚えのある、赤いスーツ。
「こんにちは。シン君」
片手をあげて、その女―――――ルナマリア・ホークはにこやかに微笑んだ。
「ちょっと時間、もらえるかしら?」
本音を言うと、今すぐにでも彼女を問いただしたいところだったが、店を放っておくわけにもいかない。今日は自分一人しかアルバイトがいないのだ。
「見てわかんないのか?仕事中―――――」
「構わないぜ。どうせ客はあいつしかいないんだ」
ぶっきらぼうに言い放つシンに割り込み、炒飯の盛られた皿を持ったディアッカが厨房から顔を出した。
「店長・・・・」
「行ってこい。美人の誘いは断るな。―――――お前も、構わないよな?」
ディアッカが、イザークの前に炒飯を置いて尋ねた。
「フン」
短く言って、イザークを料理を食べ始めた。どうでもいいらしい。
「じゃ、行きましょうか」
手に持った傘を開き、ルナマリアは店のドアを開けた。
エプロンを脱いで、ずっと傘立てに忘れてあるビニール傘を持って、シンも店を出た。
ドアを閉める前に、「うまくやれよ」というディアッカの声が聞こえてきた。
とりあえず第二話Aパートってところで
個人的に、怒ってこそシンだと思っている。
ディアッカとイザークはチョイ役の予定。
なんか思いついたら出番回すかも。
ラクスはRじゃなくLじゃなかったか?
それはともかくgj
「君が探している『キラ』と『カガリ』・・・・実は、あたし達も探してるの」
前を歩くルナマリアの背中を睨みつけるように眺め、シンは彼女の言葉を聞いていた。
店に入ってきたときには気付かなかったが、片手に4日前と同じバッグを持っている。
「あんた達も?」
「ええ。その2人、『感染源』に接触した可能性があるの」
「『感染源』?」
「『Rウィルス感染源』・・・・オノゴロ島事件を引き起こした原因と考えられているわ」
「なんだって!?」
「シン君」
驚いて声をあげたシンをキッと睨んで、ルナマリアは言った。
「あたしが君に会いにきた理由は――――君にあたし達の『仲間』になってほしいからよ」
「仲間・・・?」
「そうよ。君に、『感染体』と戦うために設けられた非公式チーム――――『ザフト』の一員になって欲しいの」
「・・・・ザフト・・・・」
「そしてこれが――――」
バッグを置き、ルナマリアは片手でスーツのボタンを外して前を開く。
「『感染体』と戦うための力よ」
彼女の腰に、細い金属が巻かれているのが見えた。
腹のあたりに薄い金属板が繋がっていて、微かに赤い光を放っている。
「・・・・ベルト?」
「4日前、ジンと戦ったとき見せたわよね?あたしの『変身』」
シンの頭に、赤く輝く鎧に覆われた戦士が、灰色の怪人をトマホークで斬る姿が思い浮かんだ。
何か言おうと、シンが口を開こうとした瞬間、聞き覚えのある甲高いアラーム音が聞こえてきた。
「これって・・・・!」
「『感染体』!――――こっちだわ!」
「おい!」
バッグを拾い上げて駆け出すルナマリアの後を追い、シンも走り出した。
晴れた日なら、その公園には遊びまわる子供達の姿があるのだろう。
だが雨の公園に存在するのは、2つの人影。
一方は、どこにでもいるような、ラフな格好の若者だ。腹から血を流している
もう一方の人影――――確かに人の形をしているが、人と言っていいのだろうか。
全身が緑色の金属に覆われいて、頭頂部には、銀色のとさかのようなものが生えていた。
一つしかない赤い目玉を顔の中央で鈍く光らせ、鋭い爪のような形をした左腕で、その若者の腹を貫いていた。
降りしきる雨の中、シンとルナマリアが見たのはそんな光景だった。
「ゲイツタイプ・・・・!」
「っ・・・・!」
緑色の怪人の姿を確認して呟くルナマリアと、刺されている若者を見て息を呑むシン。
彼女の存在に気付いたのか、怪人は左腕を引き抜き、肉塊となった若者を突き飛ばして、血の色をした瞳でルナマリアを捉えた。
「変身!」
傘を投げ捨て、バッグを置き、胸の前で右拳を握り、上半身をひねって叫ぶ。
輝きを放ちながら、ルナマリアの姿が赤い戦士へ変わっていく。
「この前も見せたけど、これが奴等と戦うあたし――――『ガナーザク』よ」
「『がなーざく』?」
「下がって!」
それだけ叫んで、ルナマリア――――ガナーザクが、緑の怪人、ゲイツに突進していった。
右手に握ったトマホークを振るう。わずかに飛び退いてゲイツがかわす。
攻める手を止めず、さらに踏み込んでトマホークを払う。
ゲイツが跳躍してそれをかわし、そのまま飛び蹴りをガナーザクに放つ。
身体をひねって左腕を前に出し、盾を突き出して一撃を防ぐ。弾かれたゲイツが、バランスを崩しながら着地する。
その隙をついて距離をつめ、ガナーザクが鋭い前蹴りを繰り出す。それをゲイツが素早く右腕で払いのけ、バランスを崩したガナーザクに、突き上げるように爪の左腕を打ちつける。ガキン、という音がして、ガナーザクが吹っ飛ばされた。
キルルルルル・・・・・という声をあげ、ゲイツが両手を腰にあてた。
次の瞬間、ゲイツの腰から2本のワイヤーのようなものが高速で飛び出し、ガナーザクの右腕と腹に巻きついた。
叩き切るべく、左腕にトマホークを持ち替えた瞬間。
――――バチバチバチッ!!
「きゃああああああっっっ!!」
青い電撃が、弾けるような音と共にワイヤー伝い、ガナーザクを襲った。
まともに受けたガナーザクが悲鳴をあげる。
ゲイツがワイヤーを戻すと、ガナーザクがよろめいて、後ろで見ていたシンのそばまで後退し、水しぶきをあげて倒れこんだ。
弱々しく光り、ガナーザクがルナマリアの姿へ戻っていく。
「おい、大丈夫か!?」
力なく倒れ、小さく痙攣するルナマリアの身体を抱え、シンが叫ぶ。
「・・・・ッグを・・・・」
「なに!?」
「その・・・バッグを・・・・持っ・・・て、逃げ、なさい・・・・」
かすれた声で、ルナマリアが言った。
「何言ってんだ!?」
「それ、があれ、ば・・・・あ、たし、の、仲間・・・・くる・・・・から」
「どういう・・・ことだ・・・?」
「いい、から・・・・それ、は・・・・渡しちゃ、だ・・・め・・・君は、逃げ、るの」
シンの腕の中で、ルナマリアは呼吸を乱し、懸命に喋った。
緑色の怪人が、キルルル・・・・と鳴きながら、ゆっくり近づいてくる。
――――どうするか。
この女のいう通り、逃げるべきか。
素性もしらず、突然わけのわからないことに自分を巻き込んだ女。助ける義理はない。
――――本当に?
そのときシンの頭に、家族を見捨てて飛び去る白い戦士の姿が浮かんだ。
――――もしここで逃げれば俺は――――
「そんなこと・・・・俺にできるか!」
ルナマリアの身体を地面に置き、そばにあったバッグを開ける。
中にあったのは、ルナマリアに巻かれていたのものにそっくりな、細い金属ベルト。
違うのは、バックルが白い輝きを放っていること。
(戦う力・・・・・)
素早く取り出し、腰に巻きつける。
それを見たルナマリアが、目を見開いて叫んだ。
「待って!あなたにはまだ――――」
「目の前で人が死にそうなときに、見捨てるなんて――――俺は嫌だ!」
ゆっくりと迫ってくるゲイツを睨みつける。
左の拳を握り、腰の脇につける。
右手を指先まで伸ばし、身体の前へ斜めに突き出す。
そして――――叫ぶ。
「変身!」
シンに巻かれたベルトが発光し、ゲイツが動きとめた。
まばゆい光に包まれ、シンの身体を白い装甲が覆ってゆく。
その顔には、エメラルドグリーンに輝く眼が2つ。
光が収まり、白い戦士が厳然と佇む。
「・・・・ルナ、俺の戦う力、名前は?」
白い戦士がルナマリアに問う。
「・・・・・『インパルス』、よ」
ルナマリアが静かに答える。
「『インパルス』・・・・よし」
水飛沫をあげ、インパルスが疾走した。
勢いのままに放った鋭いパンチが、ゲイツの顔面を捉える。
拳を振った反動を利用し、半転して繰り出した回し蹴りがゲイツを打つ。
反撃すべく振るったゲイツの爪を払いのけ、脇腹へ拳を突き上げる。
よろめいて後退するゲイツが腰に手をあて、ワイヤーを放つ。
「ハァッ!」
気合いを吐いてインパルスが跳躍。ワイヤーは濡れた空気を切るのみ。
空中に飛び上がったインパルス全身が、青白く輝き始めた。
「でやぁぁぁぁーーーっっ!!!」
輝くインパルスのキックが、流星のようにゲイツの胸へ突き刺さる。
衝撃の瞬間、閃光が走った。
必殺の一撃。
直撃をうけ、吹っ飛ぶゲイツの全身から光が漏れ出し、やがて爆散した。
「大丈夫か!?」
「だい、じょうぶ・・・・ちょっと動けそうにない、けど」
変身を解いたシンがルナマリアに駆け寄る。
答えるルナマリアの視線の先には、動かなくなった若者の身体。
「・・・・あたし達が、もう少し早くきて、れば」
「・・・・あいつら――――『感染体』は、人を襲うのか?」
「ええ・・・・目的は、ハッキリ、して、ないけど」
「・・・・ルナ」
「なに?」
「『ザフト』とかいったよな・・・・俺も入れてくれ」
「・・・・歓迎、するわよ。でも、その前に・・・一つ」
「なんだ?」
「あたし、の名前・・・・勝手に、省略、しないで」
「・・・・いいだろ、別に」
(ま、いいか・・・・)
最後の言葉は口にせず、ルナマリアは眠った。
――――ようやく終わるかもしれない。いや、始まるのか。
――――俺の復讐が、やっと始められるかもしれない。