夜の帳が降り、街がネオンに彩られ始め出す…そんな中、街の中心部に位置する交差点では仕事帰りのサラリーマンやこれからデートなのだろう、幸せそうなカップルといった雑多な顔ぶれが思い思いの顔つきで信号が変わるのを待っている。
そこへ、どこからか走ってきた少女が一人、息を切らしながら現れた。
誰かに追われているのか、しきりに後ろを振り返っている。
彼女は人目を避けようと信号待ちをする群集の群れに飛び込んだ…その走る度に揺れる短い髪が人ごみに紛れ、やがて見えなくなった。
「ハァハァ、何なのよ…アイツら…。」
額を流れる汗を服の袖で拭いながら、少女は悪態をつく…一瞬、しばしの休憩を味わえるかという思いが頭をよぎる…しかし、それはどうやら甘い考えだったらしい。
「!?…本当しつっこいわねぇ…っっ。」
少女は揺れ動く視界の隅に全身、黒づくめのまるでSPのような男達を捉えた。
彼らは皆、逃げようとする彼女の姿を見つけようと周囲の人々の顔をジロジロと遠慮なしにチェックしている。
と、信号が青に変わり、人の波が横断歩道を行き交いはじめた…彼女、ルナマリア=ホークは追っ手を巻くために人ごみに紛れ、ひっそりと歩み始めた。
「…ここなら、大丈夫…よね。」
ルナマリアは追っ手を巻こうと無人の立体駐車場に身を潜めていた。
車体の陰で手元の時計を覗く…既にここに隠れてからもう30分は経過していた。
おかしい…。
ふと、そんな疑問が浮かんできた…うまく事が運び過ぎている気がしてならない…もしやこれは罠なのでは!?
…カツーン…。
ふいに靴音が静寂を保っていたフロアに鳴り響く…それは彼女がここを離れる為に腰をあげようとした、まさにその時だった。
ゴクリ…。
ルナマリアはついつい、生唾を飲み込んでしまった…今はそんな小さな音ですら命取りな気がしてならない。
コツコツコツ…。
足音の持ち主はどうやらこちらへ向かってきているらしい、次第にその音が近くなってきている。
大丈夫…大丈夫よ、きっと…車を取りに来ただけなんだわ!!
しかし、そんなルナマリアの願いとは裏腹に足音は彼女が身を隠した車の前でピタリと止まってしまった…。
「さっさと出てこい…手間をとらせるな」
ひどく冷たい声がルナマリアに鬼ごっこの終わりを告げた。
どうしようもない諦めが全身をゆっくり貫いていく…ルナマリアは恐怖にブルブルと震える体で車の陰から身を起こし、改めて追跡者の顔を正面から見据えた。
サラサラと額にかかる金髪、蒼い涼しげな眼差しはまるでモデルを連想させる…秘密結社の一員というキナ臭い肩書きには似つかわしくない風貌をした男がそこに立っていた。
しかし、その顔には何の表情も浮かんではいない…いや、彼女を見据え続けているその視線だけはまるで実験動物を観察する科学者のようだ。
と、モデル風の追跡者は無線で仲間に何事かを連絡し始めた…男の視線が一瞬、彼女から離れる。
逃げるなら今しかない…っ!!
ルナマリアはそう思うと、とっさに駆け出そうとした…しかし
「ウッ…!!」
…男は信じられない速さで彼女に追いすがると鳩尾に拳をたたき込んだのだ。
「すまん…女が…問題ない…場所は予想通りだ…あぁ…じゃ、3分後に…あぁ。」
苦しげにうずくまる彼女を冷ややかに見下ろしながら男は通信の続きを終えたようだ…あと3分後には彼の仲間が…言い様のない絶望が我が身に訪れるのをルナマリアは感じていた。
しかし、次に男が口にした聞き覚えのある名に彼女は一瞬、戸惑いを隠せなかった。
「…シン・アスカはどこだ?」
シン・アスカ…ルナマリアが通う高校のクラスメートであり、気の置けない友人でもある…しかし何故、こんな時にその彼の名が出てくるのだろう?
「どうした…早く答えろ。」
彼女が黙っているのを回答を拒否していると思ったのか、男がにじり寄ってきた…あまり冷静な方ではないらしい。
ルナマリアは慌てて返事を返す。
「し、知らないわよっ!!…大体、何でシンの事なんか聞いてくるの…あんたら一体なんなのよっ!!」
「そうか…知らんのだな…ならお前にもう用はない…。」
ルナマリアの答えを聞くや、男は既に彼女に興味を無くしたらしい…クルリと後ろを向いてしまった。…助かっ…た?
「…しかし、我々の存在を知られてしまった以上、消えてもらはなくては…な。」
消えてもらう…?えっ?
男はそう一言吐き捨てるとこちらへ振り返った…と、一瞬まばゆい閃光が彼を覆う。
たまらずにルナマリアは目をつぶった…数秒ののち再び、目を開く。
そこには機械とも生物とも分からない異形の物体が存在していた。
それは一見すると中世ヨーロッパの甲冑を思わせる体型をしていた、しかし背中からは鳥の手羽先にも似たものが生えていたし、体の節々は生命体である事を誇示するかのように時折、脈打っているのだった。
また、その頭部は先程までのモデル並な顔の代わりに凶々しく輝く赤い単眼、ガスマスクを思わせるダクト、鶏の様なトサカで構成されていて、まるで化け物の様だった。
無機的な存在と有機的なものが一つの体に共存する事などあり得ない筈なのに…。
《それ》はルナマリアに肉薄するや片手を振りかざした…その腕から刃が生まれる…ねっとりした体液にまみれたそれが天井の光を反射してギラリと輝く。
「…死ね。」
異形の生物が人間の言葉を発したというのにルナマリアはもう驚きもしない。
彼女にあるのは己の身に死というエンドマークが刻まれるという絶望、ただそれだけである。
『やだな…こんな最期なんて…バイバイ、みんな。さよならメイリン…シン。』ビュウ!!
化け物の凶刃が遂にルナマリアに振り下ろされた…彼女は頬を伝う涙もそのままに、思わず目を瞑ってしまう。
ガキィンッッ!!
…金属と金属がぶつかり合う激しい音が一瞬、辺りを包む。
それが静まると周囲は痛いほどの静けさに支配された。
『痛みが…こない?』
何故だろう…自分は生きている。
恐怖に閉じた瞳をゆっくり開く…そこには自分を守る為か、化け物の振り下ろした刃を交差させた腕部で悠然と受け止める白亜の戦士がいた…。
第一話
了