先程から止むことなく降りしきる夕立が伝い、
まるで蝸牛が這ったあとの様になっているガラス窓を前に
一人の青年が佇んでいた。
今、彼がいる場所は市内でも有数の超高級ホテル、そのスゥイートの一室である。
その室内に備え付けられた棚の中には高級そうなティーカップが並んでいたし、
部屋の隅で調光の役目を果たすスタンドは有名なブランドものに見えた。
また、彼の足下を支える絨毯は柔らかな長い毛足が美しいものであった。
こうした最高級の調度品やハイセンスな内装の室内にいるにも関わらず、
依然として彼が見つめるのは窓の向こうの光景だったのである。
「………。」
サラサラとした質感の茶色い髪の合間から見えるスミレ色の瞳が
眼下に広がる宝石箱の様な夜景を映している。
その表情は遠い昔に忘れてしまったものを思い出そうとしているかの様にみえて、
どことなく、夢でもみているかの様な雰囲気を漂わせていた。
「あらあら、キラ帰っていらしたの?」
不意に青年の背中に意外そうな声が投げかけられた。
その声にキラと呼ばれた青年はゆっくりと背後を振り返る。そこに立っていたのは見る者に何となく不思議な印象を与える女性だった。
身につけた淡い水色のドレスに、彼女の長く伸びた豊かな桃色の髪が
ゆったりと広がっている。
「うん…結局彼はいなかったよ、ごめんね。」
そう呟く青年ーーー、キラの顔色は先程までの物憂げなものではなく、
一変して、晴れやかなものとなっていた。
そんな彼の報告に桃色の髪の女性はそうですか、と応えると
顔色を変え何かを考え込むような素振りを見せた。
「あぁ、あと…例のライダーがいたんだよ。」
厳しい顔つきへと変わった彼女へ、キラは思い出した事を口にした。
「…以前、逢ったという彼ですの?」
キラの何気ない一言に興味を惹かれたのか彼女は思考を中断し、顔をあげた。
「うん…出逢うなり、いきなり襲いかかられちゃってさ…困っちゃったよ。」
「わたくし達を敵とみなしているのでしょう…。
ザフトの一員ではなさそうですから…出来る事なら争いは避けたいですわね。」その呟きにキラは頷くと、シャワーを浴びてくると言い残し、その場から立ち去った。
「インパルス…既に完成していたのですか…。」
ひとり、残された彼女が意味深気に言葉を漏らす。
その緑色の瞳が…街の光を怪しげに輝いた。
「クソっ、何故だ…なぜ奴を捕らえる事が出来ない…!!」
自らの思惑通りにならない事態に、シンの口から焦りとも苛立ちともつかぬ言葉がこぼれ出る。
既にライダーへと変身していたその体には、いくつかの傷が見て取れた。
吹き飛ばされた装甲の下から覗く肉体は、異様な姿こそしていたものの
そこに負った傷から流れ出るものは普通の人間と同じ、赤い色をしている。
「くっ…今度こそッ!!」
そう一声、吼えるとライダーインパルスは背中の傷ついた翼から
浮力を得て、宙に舞い上がった。
「しつこいな…君は。」
インパルスが翔び往く先には暮れなずむ夕日を背に
蒼窮の翼を広げたもう一人のライダー、フリーダムの姿があった。
「…何度やっても無駄だよ、分からない?」
そうつまらなさ気にフリーダムは呟くと、手にした光放つ剣を振るった。
そして自分を目指し一直線に向かってくるインパルスを斬り払うべく、
風をその身に巻き込みながら大地めがけて降下していく。
「…かかった!!」
空から舞い降りてくるフリーダムを前に、白く光る仮面の奥で
シンは何故か快哉の声をあげた。
「…インパルスフォームチェンジ、ソードシルエット!!」空中で静止したライダーの体を赤い光が包みだす…。
音速に近いスピードを誇るフォースシルエットではあったが、
それでもフリーダムには決定力に欠けてしまい、あと一歩で及ばない…。
その為、フリーダムが放つ技に痛めつけられていたのだった。
そこでシンは賭に出た…フリーダムは確かに優れた射撃能力を有してはいる。
だが、自らの力に過剰な自信を持っている奴は手持ちの武器、
すなわち光の剣でトドメを刺しにくるに違いない…。
そこを接近戦に特化したソードシルエットで迎え撃つ!!
シンの狙いはそこだった。
…見ていろ、これでッッ!!
深紅の光がその身に収束しゆくなか、シンは勝利を確信した…だが、
「っ!?…ぐぁぁぁぁぁぁっ!!」
突如、全身を信じられない程の痛みが貫く。
フリーダムの刃に斬り裂かれたのではない、
それは体の内側から襲ってきたものだった。
体が、神経繊維が悲鳴をあげている…その痛みに耐えきれず、
インパルスはゆらりと真っ逆様に地面へと落ちて行く。
ドシャァッ!!
盛大に土煙を舞上げながら、シンの体は地面に叩きつけられた。
「うぐっ…ど、どうして…。」
ライダーへの変身はベルトから放出されたデュートリオンビームが装甲を形成、
それと同時に体内に埋め込まれたバイオコントロールチップが使用者の体細胞のデータを書き換える事で完了する。
各フォームへの追変身はそこから更に各種データを変更しなければならないのだが、
ここで問題となるのは今、シンはノーマルフォームに戻らず、
そのままフォームチェンジを行おうとした点にある。
これは言うなれば、ロウに入れていたギアをニュートラルに戻さずに一気にトップへ入れる様なものであり、
その肉体に懸かる負荷も並大抵のものではない。
故にこの様な状況が起こり得るのだ。
シンがこの様な凡ミスを犯したのは、これまでにフリーダムの様な強敵に相対しなかった不幸といえた。
「何だ…もうおしまいなの?じゃあ…。」
シンのあまりに無様な姿に飽き飽きしたのか、
フリーダムは一気に片をつけるべく、その翼を広げるのだった…。
「うぅ…ぐっ、はぁはぁ…くっ、ちくしょぉぉ…。」
頼りないカンテラの光に照らされて、横たわっている少年ーーーシンの体には
そこかしこに血が滲み、そっと触れば骨の折れている部分がある非常に痛々しいものだった。
こんこんと眠り続けているその表情は、先の敗北の記憶に苛まれているのか、
時折、ギリギリと悔しげに歪む。
「…ギル、彼は本当に大丈夫なのですか?」
と、彼の腕に包帯を巻き付けていた青年が背後を振り返り、言葉を発した。
その動作で肩に掛かっていた長い髪がフワリと揺れ、
ほんの一瞬だけ、金色の軌跡を宙に描く。
名前を呼ばれたギル…赤い彗星のマスター、ギルバートは
テントの外で熾していた火の手を休め、テントのなかへ入ってきた。
「確かに…常人であれば、いつ死んでいてもおかしくない状態だよ。
しかし、コーディネーターである以上…そう簡単には死ぬことはない。」
そこで彼は言葉を切り、眠りについているシンの顔を見下ろす。
その表情はどこか優しげであり、そして彼を哀れんでいるかの様にも見えた
「…それは私も分かっています。
ですが…もし、この状態から回復出来たとしても、彼はフリーダムに一度敗北を詰しています。
今一度戦ったところで、勝負はみえているのではないですか?」
青年はギルバートの言葉に当然の疑問を返した。
その鳶色の瞳が目の前の男の真意を推し量ろうとキュッと細くなる…。
ギルバートはそんな青年の態度に小さく苦笑すると
ふぅむ…だがね。と前置きして、その続きを口にした。
「彼は…ライダーだ、単なる改造人間ではないのだよ。
組織によって与えられた力が彼の全てではないし、
訓練しだいで開花し得る、無限の可能性を体の内に秘めているのだ。」
ギルは青年に言い含める様に言葉を紡ぎ出すと、
火にかけていたケトルからコーヒーをカップへと注ぎ、
彼に差し出してやった。
そう、シン達はその身に深い傷を負いながらも更なる強さを求め、
自らに特訓を課すために木々の闇、深い山奥へと来ていたのである。
「そうですね…彼に止めて貰わなくてはなりません、ラウを…。」
と、差し出されたコーヒーの湯気を見つめながら青年がぼんやりと呟く。
それに対して、ギルバートは黙して語らず、静かにコーヒーを啜るのみだった。
ホォー、ホォォー。
そんな二人の沈黙を遠くから聞こえるフクロウの声が支配するのだった。
カツーン、カツーン…。
青白い闇が支配する通路に一定のリズムを伴った靴音がこだまする。
その足取りから音の主が何を考えているか推し量る事は困難と言えた。
おぼろな光を反射してギラリ、と無表情な仮面が鈍く輝く。
…ラウ・ル・クルーゼ、彼は今ザフト本部のとある重要施設の一角にいた。
その足が…ひとつの扉の前でふいに止まる。
『LV-S隔離施設』
そう書かれた扉を開き、中へ入っていく。
…彼の顔を見た医療スタッフはクルーゼに何事かを耳打ちする。
彼は聞いているのかいないのか…鷹揚に頷くと、
その場にいるスタッフへ指示を下した。
ブシュゥゥ…。
低い唸りがあがり、部屋の中央にあった機器に変化が起こった。
機器の側面にあったパイプから、もうもうとした蒸気が吹き出す。
低く這うように立ち込めた蒸気が室内に充満したかに思われた頃、
壁に備え付けられていた頑丈そうな扉が音を立て、ゆっくりと開き始めた。
ぽっかりと開いた扉の内側は深い闇に包まれ、ひっそりと静まり返っている。
「…気分はどうかね、アスラン。」
不意にクルーゼが口を開いた。
それはどうやら、いま開かれた扉の向こう側へ投げかけたものだったらしい。
「…お久しぶりです隊長、こんな処へ来られて…父が許さないと思いますが?」
一拍の間を置いて…何の気配もなかったかに思われた闇の中から、生真面目そうな声が返ってきた。
スタッフの一人が壁のパネルを操作する…すると、白い蛍光灯の光が先程の声の主の姿を浮かび上がらせた。
そこには壁に括り着けられた様に手錠や足枷で拘束されている青年がいた。
「そんな些末な事に拘泥していられる事態ではなくなったのだよ
…だから私はこれを預かってきた。」
そう言うとクルーゼは片腕を差し出しす、
その手にはシンが持つものは異なった形状のベルトが握られていた。
「これで…君の友人、キラ・ヤマトだったか?
…彼と組織の裏切り者にして君のかつての生徒、インパルスを始末して欲しい。
出来るな…アスラン?」
降って沸いたクルーゼの唐突な提案に、
目の前のアスランと呼ばれた青年はなぜか、苦渋の顔色をみせるのだった…。
「さぁ、いくぞシン!!…準備はいいか?」
「いいも悪いもないと思いますがね…どうぞ!!」
憎まれ口を叩きながらシンは崖の頂を睨みあげた。
その縁の部分に立っているのは…ギルバートだ。
彼の手はシンが立つ谷底へ落とすつもりなのか、大きな岩に触れている。
そして、この行為が何度も繰り返されていたのを裏付けるかの様に
シンの周りには、ギルバートが手にしているのと同じようなゴツゴツとした岩がいくつも転がっていた。
また、シンの姿はライダーへと変わっていたが、そのところどころがみすぼらしく埃にまみれていたのだった。
ヒュゥゥ…。
山奥に吹く強い風が首に巻いたマフラーをバタバタとたなびかせる…。
「ようし…いくぞ。」
そう呟いたギルバートの手に力が籠められ、
岩は唸り声のような地響きをあげながら、崖を転がり落ちて行った。
「…とぁっ!!」
シンは気合いを入れるかけ声と供に、勢い良く空中へ飛ぶ。
そのまま重力に引かれ、肉薄していた岩をすれ違い様に片手で叩き割る。
「…次!!」
そのシンの言葉はこうやって落ちてくる岩をただ、破壊する事が訓練ではない事を示していた。
…その証拠に上空から落下してくる岩は一つではなかった。
というのもライダーの強烈な一撃によって岩塊が四散するやいなや、
その陰からもう一つの岩が落下してきていたのである。
しかも、次々に別の岩が崖にぶつかり大きくバウンドしながらも
ゴロゴロと転がり、ライダー目掛け落下してきているではないか。
「くっ…!!」
頭上に迫った岩をシンは半身をひねって回避すると、次なる一撃に身構えた。
「たぁっ!!」
続けざまに降り注ぐ大岩の雨をシンはまるで鯉が滝を昇り泳ぐように、
その表面を蹴り上げ、ピンボールさながらに翔上っていく。
「今だ!!」
落石の雨を切り抜け、頭上に岩の気配がなくなったと看るやシンはその場で宙返りを行い、
足下にあった岩の一つを蹴り抜こうとした…が、
「ぐはっ…。」
蹴りを当てる事に囚われていたシンの注意は、頭上からくる岩に対して甘くなってしまっていた。
その油断が彼の背中を強打し再度、崖下へシンの体を叩きつける。
「ぐっ、まだ…まだだ。」
蓄積したダメージが立ち上がろうとする彼の膝を震わせる。
…フォームチェンジによる瞬時のファイトスタイルの変更が行えない以上、
新たな必殺技を編み出す事がこの状況を打破する最上の策だとシンには思えたのだ。
既にこの様な苦行とも言える特訓をはじめてから三日が経過しようとしていたが、
…その成果は見ての通り、あまり芳しいものとはいい難かった。
「シン…今日はこれぐらいにしておかないか?
これ以上はいくら君といえど危険に思えるが…。」
見るにみかねてギルバートはシンに特訓を休止するよう、叫んだ。
「ま、まだですよ…マスター。
あともうちょっとなんだ…あと一回だけ、お願いします。」
ギルバートの制止の声を弱々しい口調で遮ると、
シンは今にも崩れ落ちそうな物腰ではあったが、立ち上がり再び、宙を睨みつけた。
「…わかった、しかし今日はこれで最後にしよう…では、いくぞ!!」
シンの決意に根負けしたのか…ギルバートは筋肉痛に痛む腕に鞭を打ち、
岩を落とすのだった。
「…ったく、こんなヘンピなトコで特訓なんて
前時代的というか何というか…全く非グゥレィトォ…だぜ。」
と、愚痴をこぼしながらも跨ったオフロードバイクで
悪路をひた走っているのはディアッカだ。
二人がここで特訓を行っているのは聞かせれていたが、
いざ来ようとするとデコボコの地面と生い茂る草木が災いした。
不機嫌そうな彼の顔には、何かに引っかかれた様な跡がある。
これは途中、山道にまで伸びていた木の枝に顔をはたかれたせいだ。
こうやって悲惨な目に遭いながらも、ディアッカが二人の居場所を目指しているのには理由があった。
シンが特訓に入るのと入れ替わりに、ディアッカは
残る最後の基地の周辺に目を光らせていたのだが、
昨日から頻繁に車両が敷地内へ入っていくのを目撃したのだった。
「イザークの奴には悪いが、これはこれで放っておけそうにもないしな…。
ま、これも任務のうちさ…お、いたいた。」
山道を抜けた先の赤土が一面に広がった丘陵地帯で
ディアッカは二人の姿を見出すと、バイクを停めた。
二人に手を振りながら近づき、事情を説明してやる。
「そうか、動くのかザフト…ならば奴も来る!!」
「シン、いけるのかね?」
闘志を燃やすシンにギルバートが疑問を口にする。
「マスター、大丈夫…あの技なら今度こそやれますよ。」
しかし、シンは新たな必殺技に自信があるようだった。
ニヤリと笑い、ディアッカに目配せし出発を促す。
「そんじゃ、行こうぜ…」
「あぁ、こないだは切れちまって…ごめん、今度もサポート頼む。」
「オーケィ、任せとけって。」
二人は軽く拳を合わせると、バイクでその基地へ向かった。
空高く描かれた一筋の放物線がその途中で爆散する。
…そこより少し高い水色の空に一点だけ、異なる蒼い色があった。
地上からでは小さな豆粒程にしか見えないその点が数度、瞬くやいなや、
ザフトの施設の周囲を幾重にも渡って轟音と光の矢の雨が襲う。
「…今度こそいると思ったんだけど、やっぱり無駄足だったかな。」
ぼやく様な呟きとともに蒼い翼が地上に翻る。
その姿は…やはり、仮面ライダーフリーダムに相違なかった。
ズギュゥンッ!!
突然、フリーダムの羽の一部があらぬ方向を向き火を噴く。
この羽にはその薄さからは一見しただけでは分からないが、
インパルスのブラストシルエット同様にレールキヤノンが内蔵されていた。
…ドサッ。
唐突な一撃が放たれた先から何かが地に落ちる音がした。
フリーダムが一瞬、その方向を一瞥する。
そこにはザフトのなかで砲撃能力に優れる改造人間の一体、ザウートの姿があった。
先の放物線はこのザウートが放ったものだった。
…しかし、それでもフリーダムには遠く及ばないのか、彼の体には傷一つない。
更に辺りにはザウート以外の改造人間達が息も絶え絶えに蠢いている。
相当な数を揃えていただろう彼らであったが残念ながら、
最強のライダー…フリーダムの前ではものの数ではなかった様である。
「っ!!…誰だ!?」
不意にフリーダムが声を荒げた。
戦士特有の勘が働いたのか、彼の視線が基地の一角を凝視する…。
その一言を待っていたのか…やがて物陰から一人の人物が現れた。
「相変わらずの暴れっぷりだな…。」
「君は…誰?」
「…そうか、アンタは知るわけないよな。
けど、この顔ならどうかな!?」
…果たして、そこにいたのはシンだった。
彼は挨拶代わりの台詞を言い終えるや否や、
体の奥底からベルトを出現させる。
そして、これから始まるだろう戦いに向け、
戦士の装束をその身に纏う為、こう叫んだ!!
「変身!!!!」
パァァァァァァァッ!!
まばゆい光が彼の身を包む、やがてその光芒が収まると…そこには仮面ライダーインパルスの勇姿があった。
その瞳が変身時の残光を映しキラリと一瞬、輝きを放つ。
「…また、君なの。いい加減飽き飽きなんだけど?」
「ハッ…今度もそう上手くいくなんて思ったら大間違いだぜ!!」
思い思いの言葉を発しながら、充分な距離を置いて両者が睨み合う…。
通算三度目となる勝負はこうして、幕を開けるのだった。
「…。」
「……。」
ヒュォォォオ…。
二人の間を一陣の風が吹く。
両者が対峙してから30分の時間が経ったにも関わらず、
依然として双方に動きはなかった。
まずは互いに様子見というところなのか…。
それにしてはあまりに静か過ぎる立ち上がりに思えてならない。
「くぅ…何だかじれったいぜ。」
少し離れた高台からこの様子を見つめていた、
ディアッカが苛々をぶつける様に呟く。
その声が届いたのかどうかはさておき、
永遠に続くかに思われた静寂は突如として、破られた。
「たぁぁぁぁ…っ!!」
「…はぁっ!!」
先に動いたのはシンの方だった。
例のスターティングポーズを解除し、
地を這うような低い姿勢でフリーダム目掛け走り出している。
一方フリーダムは中空にフワリと舞い上がると、自分を目指し向かってくる
インパルスへその牙を剥くべく、猛禽類さながらに翼を広げ、飛翔する!!
「インパルスぅ…。」
「…フリーダム…。」
…両雄の加速はある一点で沸点を迎え、天と地にその勢いを解き放つ!!
『キィィィック!!!!』
ゲシィィィィッ!!
空気をえぐり、互いの肉体がぶつかり合う激しい音がそれまでの静寂を一変させた。
『チッ…!!』
しかし、双方が放った必殺のキックはその相手を仕留める事はなかった。
両者の爪先は互いにぶつかり合い、
丁度、中間点となって両者を二分していた。
すぐさま飛び退き、睨み合う二人のライダー…。
「おい、また睨めっこかぁ…?」
再び、対峙の時間がはじまると思ったディアッカの予想はあっさり打ち砕かれた。
疾風を思わせる素早さで両者は肉薄すると、激しい乱打の応酬を繰り広げたのである。
ガン、ガスッ!!ガスッ、ガスッ!!ドガンッッ!!
互いの拳が手刀が、蹴りがガードに遮られ
その完全なる威力を伝える事なく、激しい音だけを周囲に残す。
今では密着した体制になっているにも関わらず、
一撃も有効打と言える一発がない事はこの戦闘が驚異的なレベルで繰り広げられているよい証拠である、といえた。
と…インパルスがその両の掌から白銀色に輝く刃を生み出す、
フォールレィディング・クロー…。
鋭い刃を思わせるその小さな輝きは、この密着状態での取り回しに優れる。
シンのこの判断は的確なものと言えた。
ヒュッ、ヒュッ!!ビュゥッ!!
両の手から繰り出されるナイフの連携はすばらしく、
フリーダムもこれには焦りを浮かべている様だった
「クッ!!」
フリーダムは短くそう吐き捨てると、迫り来るナイフの嵐を綺麗に避けながら
後ろへ向けた掌から白金色の刃を生み出す。
「はぁぁっ!!」
そして、気合い一閃両者の空間を短く薙払った。
その攻撃が自らの身に届く寸前、インパルスは後方へ飛び退き九死に一生を得た。
彼が離れたのはどうやら、計算のうちだったらしい。
いつの間にか、再び中空へ舞い上がったフリーダムは表情なき仮面で
愉快そうに微笑むと、彼を賛辞するような言葉を口にした。
「へぇ…何だ、結構強いじゃない?
でも…ね?」
そう言い終えると、フリーダムは背中の蒼翼を大きく羽ばたかせる。
一瞬、その体が翼に隠れ…そして再び、現れたときにはある変化が起こっていた。
先程、ザウートを仕留めた翼のレールキャノンにくわえ、
彼の両腰の部分から長い…砲塔のようなものが伸びている。
そして、それは低く…鳴動していた。
「やっぱりこれで終わりだよ。
いけっ…ハイマットフルバースト!!!!」
フリーダムがそう叫ぶや否や計、四門の銃口から
重粒子、レールキャノンが一斉に火を噴いた!!
その姿はかつて、太古の地球に降り注いでた隕石群の姿を連想させる筆舌に尽くしがたいものである。
ズヒュ、ドヒュゥッ!!ドヒュ、ズヒュゥッ!!
大気を切り裂く鋭い音が何度も耳をつんざく。
シンは先程までの攻勢が嘘のように、後手後手に回っていた。
と言うより、その姿は降りしきる砲撃の嵐を避ける事のみに腐心しているかに見える。
…ガリッ。
逃げ回る彼の足の裏で、砕け散っていたコンクリートの欠片が音を立てた。
そして最悪な事に今や、彼の背後にはところどころひび割れた基地の壁が広がり、もはや退路はない。
その体には放撃を掠ってしまったのか、数ヶ所にダメージが見て取れた。
だが、シンは決してこの状況に絶望しているわけではなかった。
むしろ、今この状況を迎えられた事に彼は勝機を掴んだと感じるのだった…。
「くっ…このぉぉっ!!」
そんな思惑を知る由もなく、フリーダムのハイマットフルバーストが放たれる。
しかも、今度は絨毯爆撃的な面の攻撃ではなく、
一点を狙った点の攻撃である…その命中精度は推して量るべし、といったところか。
だが、しかしこの様な局面に至ってシンが採った行動は意外なものだった。
何とシンはその場に片膝をついてしまったのである。
やはり、いくら避けたとはいえ、先の攻撃は彼の体に軽視できない傷を負わせていた…ということなのか。
しかし、そんな状況はお構いなしに、集束された苛粒子砲とレールキャノンの
一撃は刻一刻と迫り、今やその身に牙を突き立てようとしていた。
「っ!!…今だっ!!」短い叫びと供にインパルスの体が宙に跳ね上がる。
一見、片膝をついたかにみえたその体勢は実のところ、
その脚に強力なジャンプ力を蓄える為のものだったのだ。
今まで彼がいた場所に怒涛の勢いでフリーダムの一撃が深く大きな穴を穿つ。
「やるじゃない…攻撃する気?でも、届かないじゃない?」
決死のジャンプをフリーダムが嘲笑った。
それもその筈、インパルスのジャンプはかなりの高度まで
その体を押し上げたが、しかし目標迄はあと少しといったものだった。
空中戦に優れるフォースインパルスならともかく、ノーマルフォームの現段階では
はっきり言って、いい的でしかない。
と、インパルスはそれまで握っていた拳を開き、
宙へ何かを放り投げた。
…それはジャンプ前まで足元に転がっていたコンクリート片だった。
爪先程の大きさのそれは重力に引かれ今や、シンの足下に位置している。
ゲシッ!!
「なっ!?」
フリーダムはこの戦闘が始まってから初めて、驚きの声をあげた。
それもその筈、インパルスはそのコンクリート片を蹴り、
その反発によって更に飛び上がったのである!!
慌てて迎撃の為、腰の砲問を解放するも、彼の掌には同じものがいくつも握られていたらしく、
同じ動作を繰り返しながら、ジグザグに奇妙なコースを辿り、
気が付けば、フリーダムの前へ接近していた。
「たぁぁぁぁっ!!」
インパルスは自らの後方へ再びコンクリートを浮かせ、蹴り上げると
フリーダムの懐目掛け一直線に突っ込み、
裂帛の気合いと供ににその体に凄まじい拳の乱打を叩き込んだ!!
たまらずによろめく、フリーダムを後目にインパルスは最後の一個を手放し、
その場で片足を伸ばし宙返りをうった。
その回転が丁度、踵を相手に向けた状態でピタリと止まるや否や、
急激に降り下ろされる。
「くらぇっ、インパルスハンマぁぁーっっ!!」
ドゴォォォッ!!
回転の途中で無理矢理動きが止められた遠心力の反動を
存分に乗せた踵落としはフリーダムの後頭部を捉え、
その強烈無比な破壊力を存分に炸裂させる!!!!
「ぐはぁっ!!」
ドガァァァン!!
短い呻き声だけを空に残して、フリーダムの体は大地に叩きつけられた。
それを追うようにインパルスも再び地に降り立つ。
「ぐ…ちくしょう…ちくちしょぉぅっ!!」
もうもうと盛大に巻き上がる土煙のなか、フリーダムはあれだけの一撃を受けたのにも関わらず、
再び立ち上がってみせた。
確かに致命的な一撃とはならなかったかもしれないが、
その荒々しい声色からも分かる通り今のフリーダムからは冷静が失われていた。
いける…!!
シンはフォースシルエットへ姿を変えると、正真正銘トドメの一撃を加えるべく
スッと身構える。
見ててくれよ…父さん、母さん、マユ…!!
『わぁぁぁぁっ!!!!』
重なり合う雄叫びとほぼ同時に、立ちこめる土煙のなかで、とき放たれた二条の光が交差する!!
ヒュルォォ…。
…やがて煙が晴れれば、その敗者と勝者がどちらなのか明らかになる…かに思われた。
…結果からいうとそれは引き分けに終わった。
なぜならば、拳と剣を構え今飛びかからんとする二人の間に
突如、乱入してきた存在があったからである。
一瞬、巻き起こった風に吹かれ煙のなかから乱入者の正体が明らかとなる。
「なっ…!!」
「き、君は…!?」
二人のライダーの喉元、心臓を
両手、両足から生まれた光の刃で牽制する赤き仮面の戦士…。
そう、そこにいたのはザフトに残された第三の戦士、
紅色に身を染めたライダー。
仮面ライダージャスティス…。
つづく