シンは闇を見ていた。
あたり一面はまるで、子供がふざけて墨汁を処かまわずぶちまけたように真っ黒だ。
おかげで今自分がどんな顔、格好をしているのかも解らなくなっている。
どこからか刺し込む月の光がやさしい夜の闇とは違ったそれは、人に本能的な恐怖を感じさせる。
ねっとりと広がったその闇は重く、まるでこの身を押しつぶそうとしている様にも思えた。
あぁ…まただ。
こんな心細くなりそうな状況にあっても、俺の意識は何故か醒めたままだった。
なぜなら、これは夢…それもうんざりするほどによく見てしまう悪夢にほかならないから。
だから次にどうなるかも分る、ただ…出来る事なら見たくはない。
そうは言っても、ここは夢のなか…それも悪夢だ、そんな要望がとても通るとは思えない。
案の定、目の前の闇にぽっかりと白い穴が開く。
正確に言うなら、それは穴ではない。舞台を照らすスポットライトの様な光だ。
と、周囲の吸い込まれそうな闇と隔絶された円形の光のなか、黄金色の輝きが舞う。
次から次へとそれは地面に降り注いでいき、急に輝くのを止めてしまう。
あとにはそよぐ風にカサカサと音をたてるイチョウの葉の山が残された。
ひっそりと頭上で揺れ動く紅や黄色に色づいた木々の葉を通した柔らかい光が、降り積もっていた枯葉を複雑な色合いに染め上げてゆく。
そう、いつのまにかそこには秋の野山の光景が映し出されていたのである。
それはシンにとって、決して忘れる事が出来ないもう二度とかえる事ない家族との記憶…。
『シン〜、マユを呼んでおいで。』
『そろそろ肉が焼きあがりそうだってな、冷めちゃうと美味しくないからね。』
『ん、分った…あ、ちゃんと俺の分の肉残しといてよ!!』
1年前の自分が背中で両親の声を聞きながら駆け出していた、大した違いはない筈のその顔がどこかあどけない様に見える。
今となってはもう会う事も許されない両親、頼もしかった父、優しかった母に会える事を思えばこの夢もそう悪くはないともいえた。
これは…あの時のピクニックか?
確か、そのちょっと前に俺は顔に本を引っ掛けながら野っ原に寝そべってて…アイツがそれをひったくってったんだよな。
そのまま、逃げ出すアイツを追っかけて森の中を突っ走ったっけ。
俺のそんな回想そのままに、もう一人の俺は黄金色の森をカサカサと落ち葉を踏みしめながら懸けぬけて行く。
『待てよ〜マユ!!』
『あはは、やだよ〜♪』
軽やかな足取りで俺の前を駆けて行く少女がいた。
制止を呼びとめる俺の願いに降り返ったその表情が悪戯っぽく微笑む、まだ幼さを残したその顔が愛らしい。
マユ・アスカ…悪戯好きで、甘え上手で、いつも俺の後ろをチョコチョコ付きまとってくるのが少しうっとおしく感じる事もあったけど
だけど…やっぱり、可愛い俺の自慢の妹だった。
『ホラ、追いついたぞ。大人しくしろ〜。』
どうにか俺はマユに追いついた、彼女は太い老木を背にまだニコニコしている。
と、不意にマユはその樹の陰に隠れると、こちらに一瞬顔だけを出しまた引っ込めてみせた。
どうやら、まだ鬼ごっこを続けていたいのだろう、俺はそれに付き合ってやる事にした。
クルクル、クルクル…と俺達は樹を中心に回りつづける。
その先に、夢の終りに何があるか知っていても…俺はこの瞬間だけは素直に安らぎを感じていた。
ガシッ。
俺の手がマユの腕を掴んだ…その瞬間、再び視界が闇に包まれてしまう。
いやだ、やめてくれやめてくれやめてくれ…。
叫ぼうとしても声は出ず、目を閉じる事も出来そうにない。
どこかで…蒼い翼と碧の閃光が交叉する、この夢が終りを迎えようとしている兆候だ。
俺は来るだろう、最悪な光景に身を堅くした…夢の中なのに、冷や汗が吹き出てくる様な気がする。
不意に闇が晴れ、荒野の風景が視界いっぱいに広がった。
爆撃があったのか、不自然に抉られた大地はもうもうと土煙を巻き上げ、周囲の木々は吹き飛んだり、幹の途中からポッキリ折れていた。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!』
そんななか、空気を痛々しい絶叫が切り裂く…叫んでいるのは俺だ。
その俺が見つめる先にあったのは、よく分らないけど…両親の姿だった。
なぜなら、彼らの姿は原型をとどめないくらいにグチャグチャな肉塊になっていたのだ。
焼け焦げた皮膚の黒さと筋肉組織のなまめかしいサーモンピンクの対比。こぼれだした腸のヒダヒダに絡みついた鮮血。
いつ、吐き気をもよおしてもおかしくない光景ではあったが、悲しみと怒りで狂おしく混乱する頭はそんな当たり前な生理現象を忘れさせてくれる。
そして、マユは爆撃の直撃をくらってしまったのか…俺をからかう時に照れくさそうに頭を掻いていた手だけを残して、
この世から消えうせてしまっていた。
その手のなかに俺が少し前に買ってやった薄いピンク色の携帯があった。
その片身となっってしまったプレゼントを手に、俺は涙でグショグショになった顔で宙を睨み付ける。
…地上の惨事とは関係無く青いままの空の片隅で、蒼い翼がキラリと翻ったのが見えた気がした…。
「いやぁーー面白かったな!!」
行き交う人並みで混雑する通りにヴィーノの声が響き渡った。だが、それも街の騒音に紛れて小さく消えてゆく。
「ホントだよね!!最後の爆発シーンとか凄い迫力だっ…あれ、シンどうしたの?何か顔色悪いよ。」
前を歩いていたメイリンが降り返りヴィーノの声に言葉を繋ごうとして、その声のトーンを不意に落とした。
俺もつられて後ろを振り返る、そこには彼女の言う通り少し具合の悪そうなシンの顔があった。
「大丈夫だメイリン、ヨウラン…心配しなくてもいいって。」
そうぶっきらぼうに呟く声が、人を不安にさせている事を当の本人は気づいていないんだろう。
隣のルナマリアが心配そうな顔つきで、その肩に手を添えようとした。
しかし、シンはそれをうっとおしそうに振り払う。
「ちょっと休みたいかな…でも、皆せっかく遊びに来てるのに悪いしさ。先に行っててくれよ、あとで追いつくからさ…なっ?」
そう言うとシンはガードレールの脇に腰掛け、あさっての方向を向いてしまった。
仲間達は一様に困った顔つきでどうするべきか、思案している。
「わかったよ。じゃ、俺達あそこの喫茶店にいるから。でも…ヤバかったら連絡入れろよ?すぐにすっ飛んでいくからな。」
1年前にシンが転校してきてからの付き合いだが、こいつが弱みを人に見せるのを極端に嫌う事は熟知していた。
だから、仕方なくそう言うしかなかった俺の言葉にシンは聞いているんだかいないんだか、小さく頷くと片手をヒラヒラと振ってみせた。
どうやら、早く行けという事らしい。
俺達は後ろ髪引かれる思いでシンを残し、その場を立ち去るしかなかった。
少しの間、シンは車道を流れゆく車の群れを眺めながらボンヤリとしていた。
…映画を見ている最中、襲ってきた悪夢は俺の顔色を仲間達に心配させてしまうくらいに変えていたようだった。
我ながら、最悪なタイミングだったと思う。
自然と深いため息が口からこぼれ出た…少し、気分が持ち直せた気がしないでもない
シンは重い腰をあげると、ヨウランが言っていた喫茶店へ歩を進めようとした…と、
「よぉ、何か具合わるそうだな?これでも飲むかい?」
いやに陽気な調子の声とともに缶コーヒーが一本、ぬっと目の前に突き出された。
俯いていた顔をあげてみる…そこにはあまり、会いたくない男の顔があった。
「何だ…アンタか、悪いけど今日は仲間と遊びに来てんだ。アンタに付き合ってる暇とかないんですよ。帰ってくれません?」
俺のそんな直球勝負、駆け引き無しの拒絶にも目の前の男…自称,探偵のディアッカと名乗った男は引く素振りをみせない。
非グゥレィトォ…などとワケの分らない事を呟きながら、オーバーに天を仰いでみせた。
そのまま俺の隣に、いけしゃあしゃあと座りこんだその背中に拳の一発でもおみまいしてやろうかとも思ったが、
あいにく今は調子が優れない…だからそのまま、放っておく事にした。それを肯定ととったのか、男は語りかけてきた。
「いやぁ…君が戦ってる組織について二、三知ってる事があってね?そんで今日は会いに来てみたってワケさ。」
浅黒い顔をニヤリと歪ませると探偵は、俺は正義の味方だからな。などとうそぶいてみせた。
軽薄そうな態度といい、いまいち信用にかける言葉だったがその内容には興味を引かれるものがあった。
軽く頷く事でその先を促してやる。
「オーケー…つーかコーヒー飲みながら聞けよ。もったいないぜ。」
口にした甘ったるい琥珀色の液体が喉を流れ落ちてゆく…ディアッカは話を終えるとふぅ、と息を着き、こちらの顔色を伺ってきた。
軽い失望を覚えたと言うのが正直なところだろう、奴が語った事の多くが俺にとって、既に判り切ったでしかなかった。
奴らの組織の名がザフトである事。その構成員は本来、宇宙開発や世界各地で多発する紛争を解決する為に遺伝子に手を加えられたコーディネーターと呼ばれる異能の存在である事だ。
…ただ一つだけ、初めて聞く事柄もあった。
それは過去に俺のような姿の仮面の戦士が奴らと戦っていたというのである。
それには軽い驚きを覚えると同時に、俺は憤りの様なものを感じていた。
なぜなら、そいつらがちゃんとザフトを壊滅させていりゃあ…俺が改造人間になっちまう事だってなかったし、
それよりも、マユや両親があんな目に遭わずにすんでいたかもしれないのだ。
…今更、こんな事を考えても仕方ないのは分っている。だけどそんな気休めで今、この胸を烈しく燃やす怒りを押さえる事は出来そうになかった。
「話は終り?あんま役には立たなかっ…アレはっ!?」
やつ当りの気味になじる言葉を発しようとした瞬間だった。
こちら側へ向かってくる車両の中に、見覚えのある一台があった。
それは…そう、ついこの前済んでの処で逃してしまったザフトの連中が使っていた車にあまりにもそっくりだったのだ。
「お?どうしたんだ?」
間抜けな顔をしてディアッカが質問を投げかけてくるが、こうなっては構っていられるワケなどない。
俺は呆気にとられたままのそいつを残して、近くに停めてあるコアランダーの元へと急いだ。
「どうなんだ…例の計画は?あまり遅れるとザラ議長が煩いぞ。」
「問題ない…あと少しばかりの問題が残っているだけさ。スケジュールには少しの遅延もない。」
ブォォォッ…。
怪しげな密談を交わす二人の声を掻き消す様に、対岸から警笛の音が辺りを圧倒した。
シンが追跡していた不審な黒塗りの車は今、寂れた港で潮風にその身を晒していた。
その隣に似たような車両が5、6台並んで停まっている。
おそらく、その中にいる全員がジンやバクゥといった改造人間なのだろう。
そこには一般人がおいそれとは近付けない独特の雰囲気が漂っていた。
「しかし、大丈夫なのか?…こんな所で会っていて、この前も組織の人間が例のヤツにつけられてしまったらしいじゃないか。」
「おいおい、そんな間抜けな真似を俺達が許すと思うのか?」
その、自身たっぷりの声を冷やかそうとしたときだ…どこからか、高い笑い声が響き渡ってきた。
「ハハハハハッ、貴様らの悪巧み…聞かせてもらったぞ!!」
「だ、誰だ!?」
不意に聞こえてきた謎の声にうろたえる二人に、応える様に港に置かれたコンテナの山の上から返事が返ってくる。
「ここだ!!」
碧の瞳に、白銀の四肢、海からやってくる潮風が首にしたたなびくマフラーを揺らしている…そこにいたのはやはり、仮面ライダーインパルスだった。
「チィッ、ライダーかっ!!お前達、頼んだぞ…っ!!」
研究員風の男はそう言うと、その場から足早に立ち去ろうとする。
「待てっ!!」
ライダーはそう一声叫ぶと、素晴らしい跳躍力で宙へ舞いあがった。
ズンッ!!
鈍い音をたて着地したかと思いきや、そのまま弾ける様に逃げる男を追いかけ走り出す。
「ここから先へはいかせんぞ!!」
もう一人のマフィア然とした男の指示のもと、人垣となるつもりなのかわらわらと集まったジンの群れがライダーの行く手を阻む。
「ッ!…邪魔だぁっ!!」
遠心力を十二分に乗せたソバットがジンの体へ命中する、敢え無く吹っ飛ぶその巻き添いを食らってもう一人がその場に倒れた。
立ちはだかるジンの一団をライダーは怒気荒く、その拳や蹴りで蹴散らしていく。
しかし、そうこうしているうちにも逃げる男と追おうする自分、両者の距離は開いていくばかりだ…。
気付けば、男はこの場へやって来るのに使った車に乗り込むとエンジンをかけようとしている。
くそっ…このままじゃあ、また逃げられちまうっ…!!
グシャッ!!
鋭い手刀を食らい、絶命するジンの横から新手が次々に襲いかかってくる。
増援部隊が近くにひそんでいたのか、その波は止まるところを知らない。
切れ間無く続く、ジンの攻防一体の人海戦術にライダーの内に焦りが生まれていた。
それを嘲笑うかの様に低いエンジンの唸りが耳をつんざく…その時!!
ズガァン!!
どこかで耳にした銃声が再び、耳に飛び込んでくる…これは!?
「グゥレェィトォッ!!どうだい、オレもなかなか頼りになるだろ?」
いつの間に追いついていたのか、ディアッカ・エルスマンのあまりにも場違いな陽気な声がした。
見れば手にしたエモノの銃口から薄い煙が立ち昇っている…先ほどの一撃はタイヤを狙ったものだった様だ。
その証拠に車はエンジン音をたてたまま、一向に動こうとしない。そのドアが開き、中から転げ落ちる様に出たきた男の腕をディアッカは難なく捕まええるとこちらに向かって誇らしげに高々と掲げてみせていた。
「アンタ…なんで?」
少し呆れた様に零れ出たライダーの言葉にディアッカは事も無げに応えてみせた。
「言ったろ?オレは正義の味方だってさ。」
一瞬、呆気にとられた様子のライダーだったが、その雄雄しいいでたちからは想像できない愉快そうな声をあげ、笑い始めた。
「ば、馬鹿じゃないのかアンタ…ハ、ハハハッ。」
そうやって笑い声をあげる間にも、ジン達は攻撃の手を休めようとしない。
どう考えても危険な状況なのに、シンは何故かリラックスしている自分に気付いていた。
これが…仲間、いや戦友ってモンなのか?…案外わるくないもんだな。
今までたった一人で戦い続けてきた自分にとって、背中を任せられる仲間を持つという感覚は体験した事のないものだった。
ジンワリと暖かい何かが胸の中にひろがっていくのを感じる。
「お前さんのその格好に比べたらマシだと思うけどね、それはそうとさっさと片付けちまえよ!!」
突然の出来事に軽く感動しているシンとは対照的にディアッカは思いのほか、冷静だった。
捕えた男を盾に正確な射撃の雨をジン目掛けて、お見舞いしている。
「言ったな…人気のないここでならっ!!」
もっともな言葉にライダーは闘志を再燃させると、ジンの群れの中から空中に飛び上がって抜け出した。
着地地点は…ディアッカの前だ。そして、そのまま振りかえる事なく彼へある指示を下した。
「おい、いいか…俺の背中に身を隠すんだ。早くっ!!」
あまりに突然な言葉にも関わらず、ディアッカはオーケーと短く呟くとライダーの背へ回りこむ。
「いくぞっ、フォームチェンジ…ブラストシルエットぉぉぉッ!!」
腹の底から搾り出す雄叫びと同時に、ライダーの体がエメラルドを思い起こさせる鮮烈な碧の輝きを放った!!
そんなまばゆい輝きのなかで…フォースシルエットとはまた違った体の変化が起こっている。
肩とわき腹の辺りから淡い光を放つ粒子に覆われてよく判別できないが、棒状の何かが生まれようとしていた。
そんな変化をのんびりと待っているザフトはお人好しではない、いち早く駆け付けたジンの手刀が唸りをあげライダーへと襲いかかる!!
ジンの凶刃は立ち尽くすライダーの体を容易く切り裂くはずだった。
ギン!!
しかしその斬撃は突如、ライダーの手中に現れた槍に阻まれ、届いてはいない。
そう、ジンの攻撃が届くより早くライダーの変身は終了していたのだ。
所々、黒く色を変えたその身に槍を構えている背中、脇腹からは奇怪な腕のようなものが生えている。
ズシュゥン!!
と、肩先から生えた腕らしきものの先端から強烈な何かが射出され、不運なジンの一人の体を撃ち抜いた。
どうやら、あらたに増設されたこの腕は重火器のようだった。
強力な火器をその身に内臓した仮面ライダーインパルスの各種フォームのなかで
最も破壊力を誇る形態…仏教絵画の阿修羅を思わせるその名はブラストインパルス!!
ブ、ヴヴヴ…。
と、ブラストインパルスの脇腹から生えた重粒子砲が不気味な音をたてチャージの鳴動をはじめた。
先の言葉の通りに一気に型をつける算段らしい…。
「どけっ!!」
阿修羅を思わせる姿は伊達ではないのかライダーは気合一閃、鍔迫り合いを続けていたジンの体を槍の先で吹き飛ばした。
そんな光景を目にしてもジンの一団は少しも躊躇する事なく、突き進ながら手にした銃をめくら撃ちにぶっ放している。
ヴヴヴヴヴ…。
…次第に高まる背中の唸りが、そのエネルギーの充填を終えようとしている事を告げていた。
その銃口が、一斉に向かいくるジン目掛け前に突き出される…そして!!
「ブラストエンドぉっ…シュートぉぉぉぉぉッ!!」
その咆哮を合図に四つの砲門から烈しい閃光と耳をつんざく轟音が解き放たれた!!
目をくらます光と耳を覆いたくなるような音が止んだあと、ライダーが放った火線の先にある筈のジン一団は忽然と消え去っていた。
彼等が運良く逃げ遂せたのでない事は、あの一団が踏みしめていたコンクリートが証明している。
そこは…まるで、熱されたフライパンの上で煮え爆ぜる卵のようにジュウジュウと音をたてて焼け焦げて凄まじい状態になっていた。
しかも、その先に広がる青々とした海面からはウッスラとした湯気があがってもいたのである。
ブラストインパルスとなったライダーが放った先の攻撃が、実に恐るべき熱量を持った一撃だった事はこの事から一目瞭然であろう。
そんな光景に軽く腰を抜かしているディアッカをよそにライダーは、ようやく捕まえた研究員と思われる男を詰問しようとした。
「お、おいっ…何だアレ?海の向こうから何か来るぞ!?」
その時である。驚きを隠しきれない様子でディアッカが妙な事を口走った
…ライダーは背後を振り返ろうとした首の動作を途中で止め、正面に向き直る。
いまだにモヤモヤと昇る水蒸気に邪魔されて、よくは判らないがなるほど確かに何者かがここへ飛んでくるのが見えた。
ディンか?…少しスピードが速すぎる気がするが、まぁいいさ、今更一体来たところでどうにもなるわきゃない。
飛び道具はしばらく使えそうにも無いが…コイツで何とかして見せるさ!!
槍を握る手に力が漲る…しかしインパルスの思惑とは裏腹にそこへ現れたのは今までに見た事もない存在だった。
ふわり…。
そんな擬音が聞こえてきそうな程に、優雅に舞い降りたその闖入者はそれまで広げていたその背に伸びた蒼き翼をゆっくりと収めていく。
え…何なんだよコイツ…。
…驚いた事にその顔は、いや頭部の形状はインパルスと瓜二つだった。
ザフトの新たな改造人間か…!?
シンの身を襲ったそんな戦慄に対して、謎のライダーは意外な言葉を投げかけてきた。
「凄いね…キミは。たった一人であれだけのジンを片付けるなんて、やるじゃない?」
繊細そうな声が賞賛の念を込めた言葉を並べ立てた、ただ…その口調にはジンの一団を殲滅したのが事実だってたとしても
この自分にはまだ、とうてい敵わない…そういった確信めいた意図が見え隠れしていた。
それを敏感に感じ取ったシンは堪らずに、怒鳴り声をあげてしまう。
「ふざけんな…どうせアンタもザフトの改造人間なんだろうが!!来いよ、仲間のあとを追わせてやるぜ!!」
言いがかりに近いシンの言葉にも謎のライダーは一向に動じない。
いや、彼は笑っている…表情は知れないが、聞こえてくる声が仮面の下で自分を冷笑しているのを教えててくれている。
「グッ!!…アンタって人はぁぁぁーっ!!」
「お、おい…ま,待てよ!!」
その人を小馬鹿にした態度に怒りが爆発する、後ろから聞こえるディアッカの制止の声も耳に入らない。
インパルスは手にした槍を高く振りかざすと、猛烈な勢いでもう一人のライダー…フリーダムへ襲い掛かる!!
「こんのぉーっ!!」
「………。」
ズグシャッ!!
電光石火の勢いで繰り出した必殺の一撃は、しかしフリーダムを捉える事は出来なかった。
「なっ…!!」
力任せに振り下ろされた槍の先で砕かれたコンクリート片が空に舞いあがっていた。
…その先の遥か上空に、フリーダムはいた。インパルスが槍を振り下ろしてからまだ三秒も経ってはいないのにである。
「やめてよね…僕が本気を出したらキミがかなうわけないだろう。」
そう呟くフリーダムの手にはいつぞやの光放つ剣があった…という事は、
「う、ぐぅぅ…。」
インパルスの肩アーマーがザックリと深く切り裂かれていた、背中の砲門にいたっては根元からバッサリと消失している。
それを見下ろすフリーダムの目に軽い侮蔑の念が浮かんだ様に見えた…と思いきや、彼はその翼を羽ばたかせると、あっという間にその場から飛び去ってしまった。
「こちらの腕に興を削がれたからなのか?…とにかく命が助かってよかったぜ!!」
などと呑気に呟くディアッカを尻目に、変身を解いたシンの表情は憤怒に燃えていた。
あまりに無様な敗北を喫したから…確かにそれもあるのだろうが、この表情はそれどころではない。
…つけた…遂に見つけた!!皆の、父さん…母さん、そしてマユの敵っっ!!!!
遥か彼方へと飛び去りゆく、フリーダムの忘れる事の出来ない背中を見つめるその眼差しは家族の敵を見つけ、深く激しい復讐の念に燃えていた。
「仮面ライダーインパルスか、アスランを探すほかに楽しみが出来たみたいだ…アハっ。」
一方、どことも知れぬ場所を飛ぶフリーダムが小さく呟く…相変わらずその声はどこか人間らしい情という物を感じさせない。
その声も光の速さで飛翔する本人同様に吹きすさぶ風が運び去り、やがて消え去っていくのだった…。
つづく