シンは仮面ライダーになるべきだ

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449仮面ライダーSEED

「そうか…見られてしまったのか、まぁそんなに思い詰める様な事ではないと思うがね」
ギルバートはそう事も無げに呟くと、慣れた手つきで次から次へと洗い終わったものを
手にした布巾でキュッキュと磨き上げていく。
1日の営業を終え、看板を下ろした喫茶店『紅い彗星』の中では彼とシンの二人きりの従業員がザブザブと食器やカップを洗う音がこだましていた。
彼はしがない喫茶店のマスターにすぎない男ではあるが、シンが仮面ライダーインパルスである事を知る唯一の人間である。
そういった事実を知っているが故にギルバートはシンが突然、営業中に飛び出してもろくに小言の一つも漏らさないのだった。
一喫茶店の店主としては疑問が残る行動ではあるが…理解がある行動と言えばそう言えないこともない
ただ、それはつまりシンこと仮面ライダーインパルスが何らかの組織とコトを構えているのを知っていると言う事になる。
それを知りつつも、シンが1年前ここに転がりこんでから今日まで、協力を続けてきたのだ。
彼のこういった奇妙な行動が年齢を感じさせない、ミステリアスな雰囲気に一役買っている事も間違いないだろう。
ディアッカ・エルスマンと名乗る得体の知れない男に、自らの正体がばれてしまった事を深刻に思い悩んでいたシンにとって、
日ごろの付き合いからこのギルの一言はある程度予想していたとはいえ、やはり納得しかねるものだった。
450仮面ライダーSEED:2005/12/01(木) 16:55:06 ID:???
だから、その言葉尻に乗っかる様に口を挟む。
「だけど、やっぱマズくないのかなぁ…だってほら、マスター以外には今までずっと秘密にしてきた訳じゃんか。」
シンの至極当然な抗議に対して、ギルバートは身に付けたエプロンで手を拭くとを宙仰ぐと、ふぅむ、と思案げな顔をつくった。
「それは確かにそうかもしれないね、しかし見られた相手がマスコミでなかったのは不幸中の幸いだっとも言えるかな…まぁ今後は気をつける事だね。」
そうやって最後に釘を刺す事を忘れないところは年の功と言ったところか、ギルバートは小さく丸めたエプロンを小脇に抱え、二階にあがっていった。
…マスターもイマイチ掴み処がわかんない人だよな…ま、最後の一言だけには同意かな、ホント気をつけないと。
シンはギルバートの何ともいい加減な返答に軽くため息を漏らすと、手早く後片付けを済ませ、自らも住居となっている二階へと上がっていく。
『ほら,こないだ話してたSF大巨編あったじゃん。明日らしいから行こうぜ。』
明日はヴィーノの提案でルナをはじめとする仲間達と街に映画を見に行くことになっている。
あいつら遅れるとうるさいからなぁ…今日はさっさと寝てしまう事にしよう、そう思い立つとシンは自室へ向かうのだった。
日頃、死と隣り合わせの毎日を送るシンにとって、こういった仲間達とのひと時は何者にも代えがたい。
それをひとり、噛み締めながらシンはゆっくりと深い眠りに落ちていった。
451仮面ライダーSEED:2005/12/01(木) 16:55:47 ID:???

ズギュゥン!!
星々が瞬く夜空から、猛烈な勢いで間断無く降り注ぐ光の矢。
それは眼下に広がる森林を縫う様に進み、流星さながらにむき出しの地面にぶつかると、
小規模な爆光を挙げ、泥や小石を盛大に撒き散らした。
見れば周囲のあちこちに同じような窪みがいくつも出来ていた、そのすぐ横で小さな声がする。
「うぐぐ…。」
その場にうずくまっている声の主は、降り注いだ矢が命中した事により内から襲いくる痛みを堪えようと、苦しそうな呻き声を挙げていた。
と、木々の闇に紛れて紛れていたその姿が月明かりに照らされ、露わになる。
鳥を思わせる羽に暗く光る単眼…ザフトが誇る戦闘員ジンが数人、負傷を負い、地に倒れ伏していた。
その彼と同様に体のどこそこに傷を負ったジン達が、その傷口から溢れた体液で自らが横たわる大地を紫に染めている。
ズギュウゥン!!
再び、鋭い音とともに矢が地面をえぐり、大地に穴がまた一つ穿たれた。
恐らく、この光の矢は何者かによってジンの一団を狙い、放たれたものと見て間違い無いだろう。
つまり、少し遅れて一条の光が大地を貫いたと言う事は、先ほど光の雨を運良くかわす事が出来たジンがいたという事になる。
…当の本人は樹の根元に身を潜め、様子を伺っている様だった。
表情が判らないジンではあるが、キョロキョロと周囲を見渡すその様子から彼が相当に追い込まれ、焦っているのが分る。

何時の間にか、強い突風が吹いていた。
煽られた木々が木の葉を揺らし、ジンの頭上でざぁ、と音をたてる。
仲間達の流した体液が辺りに濃密な血の臭いを漂わせた。
ズシャッ!!
姿見せぬ襲撃者に脅えるジンの背後で、何かが大地に降り立つ重々しい音がした。
抗いようのない現実に、堅牢な装甲の下で一瞬のうちに彼の全身の皮膚が粟立つ。
ジンは覚悟を決め、恐る恐る背後を降り返った。
そこにいたのは…落ち着いた色合いの黒いボディー、そこから伸びる新月の光を思わせる冴えた白さの手足。
人に酷似した頭部の額と思しき場所からは角のような飾りが四本…そう、仮面ライダーインパルスに非常によく似た存在だった。
…しかし、よく似た両者の間にはある決定的な相違点があった。
そのライダーの背中からは大きな翼が生じていたのである。
今は折り畳まれ、鮮やかな蒼さを持ったそれは、羽を広げればジンの背にある翼の軽く3倍以上の大きさはあるだろう。
452仮面ライダーSEED:2005/12/01(木) 16:56:25 ID:???
張り詰める緊張感のなか、唐突に謎のライダーが言葉を発した。

「もう、やめろ…君達の負けだ!!…これ以上僕に戦わせないでくれ。」
その声は一瞬にしてジンの一団を殲滅してみせた技量の持ち主とは到底思えない、青臭さいものだった。
むしろその美しい純白の体を、そして改造人間とはいえ人を殺し、その手が血塗られるのをためらうかの様にも聞こえる。

そんなライダーの言葉に対峙しているジンが何を思ったかは定かではない。
ただ、明らかなのは彼がその手から剣を抜き出し、構えたという事実だ。
その身の内に恐怖が芽生えているのは、樹の陰に隠れていた事からも明らかだろう。
そこに降って沸いた、ライダーからの降伏を勧める誘い…。
願っても無いそれを打ち破ったのは彼が持つザフトの一員であるという誇りなのかもしれないし、あるいは彼自身の闘志かもしれない。
ジンは見事なすり足でジリジリと、虚空から降り立った姿勢のまま静止したライダーに近付いていく…。
「…君がどうしても立ちはだかるというのなら…僕はッッ!!」
刻一刻と接近しゆくジンを前に、追い詰められた様にライダーが吼える、その叫びに応じるかの様に背中の翼がバッと展開した。
空を自由自在に舞う大鷲を思わせるその羽がほんの一瞬、翻り月の光を受け輝いたかの様にに見えた。
…その手にはいつのまに握っていたのか、光放つ剣がある。
それは剣のカタチを保っている何らかのエネルギーのようであった、それを証明すかのようにヴン!!と2、3回空を薙いだだけで跡形も無く消え失せてしまった。
ポト…ポト、ポト。
不意に湿った音が耳を打つ、音の出所はジンの腕の関節…ほんの数秒前までは二の腕とその先にある手首を繋いでいた部分からだった。
今、そこは何とも形容しがたい肉と骨が覗くグロテスクな面をみせている。
そうこうしているうちに、スッパリと断ち切られたそこからジワジワと滲み出す体液がポタポタと重力に従い、落下していた。
剣をにぎったままの手首が無常にも切り離され、その足元に転がっている。
…ライダーは一瞬のうちにジンが持つ武器、剣をその根元ごと切り捨ててみせたのだ。

453仮面ライダーSEED:2005/12/01(木) 16:56:59 ID:???
堪え切る事など出来はしない痛みにジンは地面をのた打ち回る事しか出来ないでいた。
一方、鮮やかな手並みを見せたライダーはといえば、その放つ雰囲気が一変していた。
先程までのどちらかと言えば、優しげなそれは近寄るものは全て殺すといったドス黒い殺気に変わっている。
ジンの行動が彼の抑えていた衝動に火を点けてしまったのか・・・。
今や片腕となったジンは襲い来るだろうトドメを予期し、その身を強張らせた…しかし、
「………。」
唐突に、双翼の間から覗くノゾルからバーニアの炎が勢いよく噴出だすやいなや、
ライダーの体はどこまでも広がる大空に吸い込まれる様に飛び去ってしまった。
地上から見たその姿はドンドンと遠ざかり、米粒ほどのちいさなに点となったかと思うと、やがて完全に見えなくなってしまう。
あとには体を射貫かれ苦悶するもの達、そして手首を瞬きする合間に切断され、
恐怖と苦痛に混乱する片腕のジンが残された。
「お、恐るべし…か、仮面ライダーフリー…ダ…ム…。」
そう一言、呟くと失った片腕のあとを追うかの様に、最後に残ったジンも地面に崩れ落ちた。
夜の闇深い、森の木々の間を濃密な血の臭いが支配していく…。
しかし、この様な状況にあっても驚くべき事に、未だその命を失っている者はいなかったのである。

天高く、苦悶と呪詛の声が煙の様に立ち上っていく…そんな彼らに月は無常にも冴え冴えとした光を投げかけるのみだった…。



                                             つづく