「警察という組織は思ったよりもくだらない処でな・・・上の人間に気に入られようと右往左往してばかりいる。
フン、公僕が聞いて呆れるというものだな。」
「オイオイ・・・そう嘆くなよ。
俺からしてみれば羽振りがいいって事は羨ましい限りだぜ。」
久々に顔を合わせたい旧友の顔はすっかり変わっていた。
エリート街道をまっしぐらにひた走っている事が身につけた高級感溢れるスーツからも伺える。
何の生地を用いているかは定かではないが、華やかな光沢を見せる白が目にまぶしい。
それに比べて自分が着たスゥエードのジャケットの惨めさといったら・・・毛羽立ったモスグリーンの色がくすんで見える様だ。
探偵というヤクザな商売の辛いところだぜ・・・とディアッカ・エルスマンは内心、自嘲してみるのだった。
この日、ディアッカは話があると旧友に呼び出されたのだった。
・・・てっきり何らかの依頼があると思いきや、愚痴を聞かされるばかりで彼は何か肩透かしをくらった様に思っていた。
「失礼致します・・・こちら、デザートのタルトになります。」
と、遠慮がちにボーイが声をかけてきた。
彼や店内に漂う瀟洒な雰囲気・・・その日ぐらしの自分には縁のない事だとしか感じられない。
が、せっかく運ばれてきたデザートには手を出す事なく、
目の前の旧友、イザーク・ジュールはカップに手をかけ紅茶で喉を潤すと、さっきまでの話を続けたがっているようだった・・・自分もコーヒーカップを手にとり、それを促してやる。
しかし、彼の口から漏れた言葉は全く思いがけないものだった。
「近頃、この界隈で不審な事件が起こっている・・・知っているか?」
「謎の一団と仮面野郎がぶつかってたのだろう?
警察が知ってたとは意外だったぜ。」
ディアッカの返事にイザークは無言で頷く事で応える。
そう、最近得体の知れない不気味な集団と謎の覆面の男が争う場面がしきりに目撃されていた。
それを話してくれた町の情報屋は暴力団の抗争だろうとタカをくくっていたが、ディアッカにはとてもそうは思えなかった。
「で・・・わざわざ、こんなトコでそんな話を切り出すなんてどういう魂胆なんだ?」
「…お前に調査を依頼したい、資料は用意してある。」
期待していた言葉を聞く事が出来、ディアッカは内心快哉を挙げる。
炒飯もいいが・・・一週間続けてはキツかったし、渡りに船って奴だな。
・・・それに、いつまでもミリィにたかってるワケにはいかんし。
「ヤバそうなヤマだな・・・報酬によるね。」
あっさりと依頼を受けたディアッカの反応に、イザークは後ろに控えていた部下らしい女に目配せをした。
「グゥレィトォ!!凄い額だな・・・ん、何だ。
こいつまだガキじゃないか。」
支払われた前金の多さに目を丸くしながらも、資料をチェックするのは忘れない・・・そんな旧友の抜け目のなさに、頼もしさを覚えているとディアッカはある写真を取り出した。
そこには年齢にはそぐわない鋭い目つきをした少年の姿が写っている。
そんな彼の疑問にイザークはテーブルの上のタルトにナイフで切り目を入れながらポツリと応えてやる。
「シン・アスカ、今回の依頼の調査対象だ・・・。」
警察官がこの一帯を巡回しだしている・・・。
副官である自分の報告を受けても、バルドフェルトは少しも顔色を変える事は無かった。
それよりもコーヒーメーカーから昇る湯気に心を奪われてさえいる。
・・・どうやら納得のいく仕上がりらしい、満足そうに小さく唸ると一杯どうかと勧めてきた。
「いいえ、結構です。
そんな事より警察の方です・・・どうします?」
バルドフェルトはコーヒーを断れた事が不満だったのか、眉をしかめてみせたが少しの間だけ、沈黙するとダコスタへ指示を下した。
「ふぅむ、まぁ、放っておいても構わないだろうさ。
どうせ手出しなぞ出来やしまい・・・しかし面白くないな。」
にこやかな表情のまま、事も無げにそう呟くと、宙を仰ぐ。
数秒ののち、その口から紡ぎ出されたそれは何とも物騒なものだった。
「議長は隠密行動を遵守せよ、と言われたが・・・見せしめは必要だな、そうだろう?ダコスタ君。」
そう告げるバルドフェルトの表情が一変する・・・唇をニッと開き、笑みをつくっている筈なのにその表情は肉食獣を思わせる。
ダコスタは背中がゾッとするのを感じずにはいられなかった。
店が賑わうのは大いに結構な事ではある・・・。
ただ、それにより自分が忙しくなる事は別な話だ。
自分でもムシがいい事だとは思う、でもそれが人情だもんなぁ・・・仕方ないって。
狭い店内の席は買い物帰りの主婦、学生といった多様な客層で埋まっている。
「お待たせ致しました、カレーセット2つですね。
ごゆっくりどうぞ。」
様々な話題に花を咲かせる主婦の席に注文の品を運ぶと、シンは急いでカウンターに取って返す。
そんな彼の背中にやかましい声が突き刺さる。
「シン君ももうちょっと愛想が良ければね〜。」
「あら、奥さん。不倫宣言?」
「まぁ、イヤだ・・・オホホ。」
客商売である以上、愛想がない事は致命的な欠陥ではある・・・しかし、絶対条件ではない。
その証拠にシン目当てで通う客もいる、先の主婦などがいい例だ・・・もっとも年季の入った奥様方にではあるが。
はぁ、マスターも俺の他にバイトを入れてくれりゃあいいんだよなぁ・・・。
そう思い、シンはカウンターの中で忙しそうに動き回るギルバートを睨んだ。
カランカラン・・・。
扉に付けられたカウベルが涼しい音を立て、新たな来客の訪れを知らせてくれた。
「いらっしゃいま・・・何だ、お前等かよ。」
「何だとはご挨拶ね、マスター・・・こんにちは♪」
やって来たのはルナマリアを初めとする仲間達、4人だった。
・・・自分のつれない返事も意に介さず、カウンターの席に陣取ると口々に注文を頼み始める。
「やぁルナちゃん達か、いらっしゃい。
・・・シンちょっと手伝ってくれないか?」
はーい、と気のない返事をあげ厨房へ向かおうとした時だった。
店内に備え付けられたテレビからニュースが飛び込んでくる。
『・・・繰り返します、先程〇〇市内にある警察署で大規模な爆発が発生しました。
現在、周辺では消防車による消火活動が行われており・・・』
「嘘・・・この街じゃない!!」
「物騒だなぁ・・・おっかない。」
その恐ろしい事実に店にいた誰しもが、思い思いの言葉を口にする。
仲間達もその例に漏れず、顔をくっつけ合って不安げに喋り始める。
『なお、現場近くでは不審な人物の一団が目撃されており、周辺の道路では検問が行われています・・・』
そこまで聞いていたシンの脳裏にある予感が閃く。
「マスター、ごめんちょっと用事出来た、俺・・・行ってくる!!」
そう言い残すと、シンは身につけたエプロンを脱ぎ捨てて店から飛び出ていく。
そんな彼に対してギルバートは怒るでもなく、仕方ないなと苦笑するだけだった。
「ザフトめ、警察署を爆破するなんて・・・何を考えている!?」
店の前に停めてあるバイクに飛び乗ると、シンは問題の場所へ向けハンドルを切るのだった・・・。