脚  本      両 澤 千 晶  vol.2

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「イエス」に導かれるシン

両澤 一番はじめに掲げたテーマは「戦うのはいけないことか」ということでした。前作は「戦ってはいけない」だっ
たんですが、その考えが行き過ぎると、何に対しても抵抗できないわけですね。「いかなる理由があっても戦いは
いけません」ということは、じゃあ、攻撃されても防衛できないんですか、と。「守って生きるというのは何なんでしょ
う」ということを、今回はテーマに持ってきました。それともう一つは、今の現実の子供達にも見られる、情報過多
による迷走。
――それはどういうことですか?
両澤 テレビやインターネットから発信されるいろいろな情報に囲まれて生きる中で、一体何を選べばいいのかわ
からなくなってしまう子供が、今の時代、多いと思うんですけど、そういう時に情報をきちんと受け止めることなく。
自分の楽な方向に行っちゃうと思うんです。シンはまさにそれで、自分の意見を「イエス」と言ってくれる人間のとこ
ろに行っているんですよね。アスランは、シンに「ノー」と言うけど、デュランダルとレイが「イエス」と言ってくれるか
ら、そっちについていく。オレは正しい。がんがん戦ってやる、と。また、ルナマリアは傍観型で、「それもいいんじゃ
ない」「これもいいんじゃない」と、この子も迷走している。そういう関係性のドラマを描きたかったというのがありま
した。
――『SEED』の序盤のキラには、周りにけっこう友達がいて、わいわいやっていましたね。でも、シンは周りに同年
代の人間はいるんだけど、キラのような友達関係はあまりありませんでした。
両澤 そうですね。「俺はこれだけの体験をしたんだ」と、ひとりでとんがってましたから。いじめられた経験のある
子が、自分はこれだけの思いをしてきたんだから、みたいな主張をしているのと一緒。たいていのドラマだと、いじ
められた経験を持つ子が、成長するに従って心優しくなる様子が描かれますが、そんなことばかりが現実にある
のか、と。自分が力を持ったらやり返してやる、と考えるのも、人間の心理だと思うんです。簡単に心優しい方向に
生かせないで、その先にあるものを見せられたら、ドラマ性はもっと深くなるな、と。
――シンは、家族を失うという過酷な体験をしているから、誰も自分のつらさを理解できないのなら、周囲から浮い
てもいい、みたいなところがスタートだったんですね。
両澤 そうですね。だから、ルナマリアのこととか、低く見ていたと思います。レイは成績がシンより良かったから、
一目置いていたけど、あとは全部、「分かってないヤツ」。最初の頃、カガリのこともガンガン責めましたね。カガリ
がもうちょっと大人だったら受け止めてあげられたと思うんですけど、あれだけ絡んでくるということは、本当は気
になってしょうがないんですよ。
――シンにとってカガリは、同じ場所にいると。無視できない存在だったんですね。
両澤 自分から突っ込んで絡んでいくということは、かまってほしいということですね。
――その力を認めてインパルスを与えたということで、シンを最初に受け入れたのは、デュランダルということにな
るのでしょうか。
両澤 そのシーンは実際には描いていないんですけど、シンは純粋に嬉しいと思う一方、成績はレイのほうが上と
いう事実があるので、俺の力を証明してやるという気持ちを持ち始めたと思います。だから、シンとレイは、序盤で
はそんなに仲良く描いてないんです。レイのことを見返したいし、レイより劣っている自分がインパルスに乗ること
を、どう思っているのか気になっていたと思います。でも、オーブを出るあたりから腕が上がってきて、周りにも誉
められて、だんだんレイとの距離感もなくなっていきました。
――逆に、アスランはイケイケになっていったシンに、厳しくなっていきましたね。
両澤 それもあって、シンとレイが近づいていくんです。レイは何があってもシンを否定しないじゃないですか。「お
前は正しい」「お前はよくやっている」と、いくらアスランがシンのことを思って厳しくしても、シンはレイの方に引っ張
られていくというのは、非常に今の子らしいと思うんです。
キラは正義だったのか?

――たしかにシンは、自分を認めてくれる方へとなびいていったところはありますが、とてもまっすぐな気持ちの持
ち主だったとも思うのですが。
両澤 私はシンが好きで、かわいくてかわいくてしょうがないんです。性格的には優しいし、真っ直ぐな子なので。
――やはり、最後までデュランダルの本質に気付かなかったのは、レイやデュランダルに、うまく誘導されてしまっ
たということなのでしょうか?
両澤 そう見えるかもしれませんが、シンがデュランダルの側にいたのは、こちらが正しいと信じてついたのであ
れば、悪いことじゃないと思うんです。『ガンダム』という作品の一端を担うからには、絶対正義、絶対悪というヒー
ロー的な二元論は非常に危険だなと考えてやったわけですから、キラたちの側が果たして正しいのか?どう思い
ますか?デュランダルに従っていれば世界は混乱しませんよ。でも、キラたちの側に立つと、混乱しますよね。じゃ
あ、どうすればいいのか、と。それと、自由を主張する場合、責任とか義務とが絶対に伴います。それをわすれて、
キラが絶対に正しいというのは、どうかなと思うんです。
――秩序はデュランダルにあり、ということも可能だと思います。
両澤 キラたちの側が本当に正義なのか。それは視聴者のみなさんが、友達といろいろ話し合っていただけると
嬉しいです。今回は、終盤の展開が衆議院選挙と重なって、非常に面白かったですね。何が正しいかを判断する
のは、有権者の一人一人なんだけど、郵政民営化賛成も反対も、それぞれの主張を聞いていると、どれも正しい
ように思える。でも、投票できるのはどちらか片方で、その未来への判断は自分なりの責任を持ってやらなければ
いけないわけです。情報はいろいろ与えられているけど、それが正しいかどうかは分からない。
――たしかに『SEED DESTINY』の展開と現実が、偶然にも重なっている部分がありました。
両澤 そんな中で揺れるキャラクターとして、シンは最終的に完全なダークヒーローとなったり、キラたちの側にあ
っさり行ってしまうという極端な終わり方は、あまり考えませんでした。要は、キャラひとりひとりにきちんと自分の
足で立ってほしかったんです。シンはもちろん、キラはキラで自分の考えで動く。ラクスはラクスで動く。アスランは
途中で陣営を移りましたが、自分がやりたいことのために、どちらの陣営が合っているかを判断して、自分の力で
移っていけばいいわけです。彼が最初にデュランダルを信じたのも、間違った判断だとは思わないですよ。デュラ
ンダルの言ってることは、ごもっともなんだから(笑)。
――そうですね。平和に向けて努力する、立派なリーダーに見えましたから。
両澤 アスラン・ザラは、基本的に、誰かの言葉に踊らされて、ふらふらするキャラじゃないんです。最初は、デュラ
ンダル議長があくまで正しいと思って、ザフトに入った。ただ、いろいろ見ていくうちに、どうやら違うと思って、飛び
出した。そこをたまたまキサカに拾われた。アスランは、自分の戦いを貫くために場を移っているだけで、キラやデ
ュランダルの言葉に影響されているわけではないんです。
――途中で陣営は移ったけど、アスランは自分の信じた道をずっと歩み続けていた、と。
両澤 私は、そのつもりでアスランを描いてきました。
シンのラスト

――では、シンは何を信じて、何のために全50話を戦ってきたと考えていますか?
両澤 その答えを出すために、最終回は、シンが本当にやりたかったことは何なのか、というところに収束したいと
考えました。「あなたが本当に欲しいと思っているものは何だったの?」と。それは、戻らない時間でしょう。
――かつて家族と暮らした平和な時間という。
両澤 そのために、「二度と戦争を起こしたくない」と言いながら、戦って戦って、修羅の道を行くわけですけど、だ
んだん「正しくないオーブを滅ぼしてやる」みたいな方向に曲がっていきますね。でもそれは違う。本当に公男が欲
しかったのは、二度と戻らない優しい時間なんだよ。それを早く認めなさい、と。
――シンには、家族を戦争で失ったということで、自分は平和のために敵を叩いてもいいんだ、という自己正当化
がありましたね。
両澤 冷静に考えれば、私怨のために戦っていると言う部分を自覚できたと思うんですけど、それがデュランダル
とレイによって、大義にすり替えられているところが面倒なんです。私怨での戦いは、それを自分に納得させて、そ
れでも戦おうと思うのは難しい。でも、大義がそこにくっつけば、自分が戦うのは正しいんだと思うのは、比較的た
やすいんです。
――デュランダルがデスティニープランを宣言したときは、シンにとって、もう一度考えるチャンスだったと思うので
すが?
両澤 いや、デスティニープランに疑問を抱いたということはなく、そんな大それたことをやるのは大変だよ、と感じ
たくらいだったと思います。よく分からないだろうし。
――政策としては、けっこうすんなり受け入れてしまった。
両澤 そうですね。シンは、自分がデスティニープランの対象外と思ったんじゃないかな。デュランダルのために働
く側の人間なんだから、自分もデスティニープランによって判断されてしまうとは考えてなかったと。自分だけは関
係ないと思ってしまう、一種の人間心理ですね。
――では、シンは、最後までデュランダルに疑念を抱く事はなかった、ということなのですか?
両澤 全てをわかって、デュランダルを支持していたわけではないですから。だから、デュランダルが死ぬ場面に
は、シンは立ち会うことはなかったんです。あの場面にいたキャラはみんな、いろいろ知った上で、自分の答えを
出した人たちですから。
それぞれの恋の行方

――最後に『SEED DESTINY』の中での恋愛の描き方について、お聞きしたいのですが。
両澤 ちゃんと、若々しい恋愛をやっていたのは、シンとルナマリアだけですね。キラとラクスは落ち着いちゃって
るし、アスランとカガリは勘違いの恋です。だって、カガリは別にアスランのこと、それほど好きじゃないでしょう。
――でも、かなりお互いのことを意識し合っていたのでは?
両澤 たしかに、カガリは優しく接してくれて、アスランは誠実な男ですから、助けたいという思いは、自然に出来
上がっていったでしょうね。でも、カガリには国政という重要な仕事がある。アスランに関わってばかりいるわけに
はいかないんです。
――最終的にカガリは、アスランではなくオーブをとったいふうに見えました。
両澤 私は、カガリがオーブもアスランも取って、もう一回ちゃんとアスランと向き合えば、ちゃんとした恋人同士に
なれるかもしれないと思います。もちろん、それにはアスランの努力も必要で、カガリのそばにいて、彼女のフォロ
ーをしているだけではダメ。カガリが守ろうとしているのは、国なんですから。そのために自分も世界平和を実現で
きるようなポジションに行かなければ。
――カガリと対等になれ、と。
両澤 そうですね、極端な話、プラント最高評議会議長になってから、プロポーズしに行けと(笑)。そこまでしないと、
カガリとうまく行くことはムリなんじゃないでしょうか。
――一方のシンとルナマリアは、等身大のカップルですね。
両澤 シンは周りの女の子に手当たり次第にすがっていただけなので、最初は恋愛じゃなかったですね。でも、ル
ナマリアがシンより年上ということもあって、最終的には、ちゃんと恋人同士になれるんじゃないかな、と。
――最終回では、ルナマリアの膝でシンは大泣きしてましたね。
両澤 あれでいいんじゃないですか。シンはそれまで一人で頑張ってきたので、ルナマリアは、シンのつらさを受け
止めてあげられるしっかりした子なので、うまくいくんじゃないかな。