【諸君、私は】ラクス氏ねpart109【戦争が好きだ】
「一部の」SEEDファンが偏愛するラクス・クライン。
地球・プラント間の国家紛争の行く末に心を痛める一人の少女として
作中では描かれている彼女が犯した「罪」とは、いったい何か?
それは、話し合いによる和平実現に奔走するクライン派(注1)の足を引っ張り、
結果的に組織を壊滅させ、プラントの将来に暗い影を投げかけたまま国外へと逃亡した
軽率極まりないスタンドプレーの数々にあるのです。
注1)20話にてザラを筆頭とする継続派に対して和平案を提示し、激論を戦わせた
シーゲルを筆頭とするプラント穏健派グループの事。後のラクス派とは区別します。
彼女の様々な行動の真の意図・目的は「質問には質問でしか答えず」
「他人に回答を求めても自身は決して回答を返さない」為、現段階では不明です。
しかし、彼女が取った数々の行動は、明らかにクライン派とプラントの行く末に重大な影響を及ぼしており
この「結果」が彼女の罪として最も重要な評価基準となるのです。
彼女の行動とその結果とはなんでしょうか?、代表的な例を四つ挙げます。
1)最高機密NJキャンセラーを搭載した最新鋭MSを盗みだし、外部に流出させてしまった事。
2)上記の強奪に際し、監視カメラに自分の素顔を晒してしまった事。
3)逃亡後、アスランと密会する際に追っ手のエージェント達を射殺してしまった事。
4)地下放送にてコーディネーターには未来が無いと演説をしてしまった事。
これらの軽率な行動はプラントの置かれた現状やクライン派の立場を良く理解し
思慮深く行動していれば全て避けられた事であり、同時に決して行ってはならない行動でもありました。
作戦情報の漏洩があったにせよ、オペレーション・スピットブレイクはザフト軍の大敗に終わりました。
独断でアラスカ侵攻を強行したザラ議長の責任を追求することで主権を奪還、
嫌戦気分が出始めた世論を味方にして、早期和平を実現する絶好の機会をクライン派は得られた筈です。
(この世論形成こそが国民的アイドル・ラクスの役割だったのですが…)
ところがその最中、ラクスは監視カメラの存在にも構わず
素顔を晒したままでNJキャンセラー搭載の試作機フリーダムを強奪します。
連合との講和を模索していた穏健派の動き、アラスカ作戦の機密漏洩、フリーダムの強奪…
全てラクスの存在によって関連づけられてしまいます。
当然関係を疑われるクラインは、責任追及どころか
逆に国家反逆者の汚名を浴びて当局から追われる身分となったのです。
ザラはスピット・ブレイクの失態を、全てクライン派の情報漏洩によるものとして責任を転嫁、
自己の保身を図る事が出来ました。
同時にクラインを支持する他の穏健派議員を評議会から追放する絶好の口実ともなり、
議会は傀儡政権と化してしまったのです。
これはまさに戦争継続派に対する利敵行為と言えるでしょう。
ザラにつけ込まれる様な軽率な行動は絶対に慎むべきだったのです。
NJキャンセラーがあれば核兵器が使用可能になります。
プラントの独占技術であれば、地球側に対し絶滅戦争を仕掛けられます。
「どうせ戦争に負ければ滅ぼされるので、地球を絶滅させて自滅の道を選んでも結果は一緒。」
この決死の覚悟を示すことで、地球側を戦争終結の席に座らせられた可能性があります。
また使用不能となった核エネルギープラントを再興させる事も可能です。
これによりエネルギー問題は大戦前の状態に戻せる。
これは地球側にとって大きな魅力で、終戦の交換条件として悪くない筈です。
終戦後のプラントの外交カードとしても有効で
差別・搾取の対象であった戦前に比べ、待遇の改善が期待できます。
しかしこのNJキャンセラーが他に流出したら…
プラント政府は最悪の事態を想定しなければなりません。
仮に連合の手に渡った場合、核兵器による先制攻撃が可能となります。
すなわち血のバレンタインの悪夢が再び彼らの脳裏に重くのしかかってしまうのです。
しかも自らが開発した技術で・・・
その他の勢力に渡ったとしても、連合はプラントと交渉する必要が無くなり
戦争の早期終結への道は閉ざされます。
プラントから強奪されたフリーダムはアラスカに降下、
ザフト軍と砲火を交えた後、連合の戦艦と共に姿を消しました。
これはNJキャンセラーが外部に漏洩したと判断されるのに充分な材料となりました。
彼女は事前に配置した部下に、公安部員を全員射殺させてしてしまいます。
アスランは婚約者。近親者に当局の監視が付くなど当然です。
…にも関わらず「さあ見つけて下さい」と言わんばかりに公共の施設で堂々と面会、
尾行してきた公安部員を射殺。そのまま逃亡しました。
これによって弁明の余地は失われ、当局のクライン派への嫌疑は確信へと変わります。
彼等は国家反逆者の烙印を押され、点々と拠点を移動する地下活動生活を余儀なくされました。
当然その求心力は低下、議会への影響力も失いました。
クラインを始めとする和平派が自らの嫌疑の釈明を行う機会は失われたのです。
また、公安部員が全員射殺されたことから
今後の捜査において「警告無しでの射殺」が行われても過剰防衛は成り立ちません。
潜伏先を突き止められたシーゲルは(注2)暗殺され
クライン派はその旗頭を失う大打撃を受けたのです。
注2)ラクスには目立たない私服の護衛が付いていますが
父シーゲルには何故か軍服姿のクライン派の護衛が付いていました。
あれで民家に潜んでいればそりゃ目立つでしょう。
その後クライン派はラクスが継ぎます(以後はラクス派と呼びます)。
ラクス派は拠点を変えながら地下活動を続け、国民に平和を呼びかけます。(注3)
しかしこの世論操作も、国家機密を奪い殺人まで犯した事実があっては民衆も耳を傾けません。
こうして国内に築いた組織基盤を放棄して
主要メンバーはプラント本国から逃亡するハメに陥ったのです。
この際莫大な国家予算を注ぎ込んだであろう新鋭戦艦を強奪して逃亡します。
フリーダムとエターナル。いずれもプラントの守り神となる筈の存在でした。
これを自らの盾として持って逃げたのです。
(注3)この地下放送では「コーディネーターの出生率の低下」に触れてしまいました。
子孫を残せないコーディネーターが果たして進化なのかと言い切ってしまったのです。
長期化する戦争の中で、必死に未来への希望を見いだそうとする同胞に向かって
「戦争に勝っても我々には既に未来が無い」と呼びかけたのです、故に戦争を止めようと。
…では止めてどうなるのでしょうか?
コーディネーターの皆殺しを公言する強硬派に牛耳られた地球政府の慈悲にすがるのでしょうか?
彼女はその事には一切触れません。回答も出しません。
自身は謎かけをしたまま、側近と共に最新鋭のMSと新鋭戦艦に守られて国外に逃亡してしまいました。
残されたのは地球軍の再度の核攻撃に怯えなければならない
哀れな「未来の無い」コーディネーター達です。
いったい彼女は彼女を愛した国民達に何を与えたかったのでしょうか?
希望でしょうか?絶望なんでしょうか?。
ラクス派の行き着いたところは廃棄コロニーのL4メンデルでした。
ここに身を寄せ合った勢力は、連合からの脱走艦、祖国を失った中立国残党艦等の
たった3隻の宇宙戦艦と補充もままならない数十機に満たないMSの一群です。
彼女たちはプラントと地球軍の双方から反逆者として狙われる絶望的な立場に追い込まれたのでした。
父シーゲルは非武力話し合いによる和平実現にこだわりました。
これをラクスが歯痒く思ったのなら無理もありません。
勢力を増す両陣営強硬派の対立は、もはや話し合いでは解消不可能なほどにこじれつつあったからです。
ではシーゲルがためらった「武力による平和達成」。
これに手を染める覚悟がラクスにあるならば
目的完遂に最も成功の可能性が高い現実的な武力蜂起のプランとはなんでしょうか。
…簡単です。現政権をクーデターによって打倒し、プラントの政治中枢を握る事です。
クライン派はかなりの浸透力で軍部内に根を張っています。
ザラの近親にまで同調者の存在が見られます。
これを国家財産の強奪、自らが逃げ出す事にしか利用しないのは何故でしょう?
微々たる戦力で国外に逃げ第三勢力を旗揚げするよりも、
国内に築いた支持勢力とラクスの人気を利用して市民の支持を集め
クーデターを起こした方がまだ可能性があったのではないでしょうか?
成功すれば彼女達はプラントの国力全てを自分達の理想実現の拠点とする事が出来ます。
これを背景に連合軍穏健派や中立国と連絡を取り合い、
強硬派を討って平和の道を探る事に何か不都合があるのでしょうか。
さらにザラを合法的に引きずり降ろす好機がありました。スピットブレイクの失態です。
あの時には無血クーデターすら可能だったのです。
大勢の夫や息子や恋人を失ったあの時、自ら先頭に立って反戦運動を展開していたら
市民はザラとラクスのどちらを支持したでしょう?
この大好機を自ら軽率に動いて捨ててしまいました。
廃棄コロニー・L4メンデルで、ドミニオンとクルーゼ隊に挟撃される形となったラクス率いる武装集団。
フリーダム奪取以降、何度も選択を誤ってきたラクスはここでも間違いを犯します。
一方の敵であるドミニオンから三隻の立場を考えると…
・AA 無断で戦線離脱、更に軍自体からも脱走した処分対象艦
・クサナギ 有無を言わさず潰したオーブの残党
武装していることもあり、後顧の憂いを絶つつもりなら早期処分が適当
・エターナル 抹殺対象のコーディの乗る船であり、鹵獲しようと画策する二機のMSの母艦
つまりアズラエルの独断で運用されていると言える現状では、これら3隻は全て自勢力にとって敵にしかなり得ない艦であり
自身の主張する「倒すべき相手」の象徴と言えます。
しかし、ラクス・クラインが選んだのは「倒すべき相手」ではなく、自身を追走するヴェサリウス。
三対二と一対一、部隊を二つに分けてそれぞれに対処するという戦術は
一見危機を脱する良策であるかのように映ります。
しかしこのヴェサリウス以下三艦の攻撃対象は、プラントにとっての反逆者が搭乗するエターナルのみであり
連邦を離脱したAAと元々中立国所属のクサナギは交戦する必然性は有りません。
(「フラガとクルーゼの痴話喧嘩」と「イザークのコダワリ」という個人的問題が残る程度)
果たしてクサナギ・AA両艦を巻き込んでまで、必ず撃沈しなければならない理由があったのでしょうか。
現在ザラ議長率いる極右勢力によってプラント市民に誤解を抱かれたままのラクス。
彼女にとっての最重要課題は、急場の危機を脱することではなく
疑惑を払拭し、正当性を立証して市民の支持を確立することではないのでしょうか?
ザフト・連合極右・自勢力の三軍が一同に介したメンデルでの包囲網突破戦は
その絶好の機会でもあり、ザフト所属の三艦はその証人足り得た筈です。
仮にラクス率いる武装勢力がヴェサリウスの眼前でドミニオンを撃沈、
「両者の和解と早期終戦のために排他的極右勢力と戦う」という目的を実行し
理念と行動の正当性を立証したうえで停戦を求めた場合でも
それが無駄な行為であると断言できたでしょうか?
注)神の視点を持つ視聴者と一部登場人物は「クルーゼが居るんだから無駄」と判るが
それ以外の作中登場人物たちにとってクルーゼの主義・目的は与り知らぬ事。
自身の主張に元付いて行動するなら、その主張は万人に対して繰り返し叫ばねばならないことです。
しかし既に意思の疎通は図れないと思っているのか、或いはその意思自体ないのか…
問答無用のままヴェサリウスを突破口として指定し、これを撃沈。
残されたヴェサリウスの僚艦二隻は、正当性の証明どころか
只の反逆者でしかない事の生き証人となってしまいました。
中立となるはずのAA・クサナギもプラントの完全な敵であると認識されてしまいます。
また戦術的側面から見た場合でも、艦隊戦による正面突破で危機脱出を図るならば
単独でドミニオンに対処していたAAを比較的余裕のあったクサナギが援護、ドミニオンの撃沈を狙う…
といった戦術を採った方がより確実ではなかったでしょうか?
この場合、単独でザフト三艦に対処しなければならなくなるエターナルは最も負担が高くなりますが
前出のように、必ずしも撃沈しなければならない相手ではありません。
性能差を考えればその負担は単独で同型艦に対処するAAの比ではない筈です。
ドミニオンに搭載されている三機のMSは任務対処に忙殺されており
単独運用されている母艦を沈めてしまえば補給の手段を失った三機を無力化する事も出来たわけです。
離脱時の事を考えても、ザフト側は友軍三隻から見れば旧式艦。
仮に艦載MSが残っていた場合でも、友軍戦力を考えれば足止めした上での離脱は容易です。
現実に採られた「ドミニオンを残して同性能のAAに殿を任せる」という策では
振り切れる確証はどこにもありません。本来なら付かず離れず延々と追われ続ける筈。
AAが離脱できたのは、NJCデータの入手という不確定要素で
追撃よりも優先すべき事案が出来たというドミニオン側の理由によるものでした。
「連合の核兵器を復活させてしまう」という代償を払うことで逃げ切れた訳です。
そもそもプラントからの逃走時、エターナルは提案に対しての遠慮も見せず、
目的地を特定されない為に迂回路をとる等の配慮も怠り一目散で逃げ込んで来ています。
極論するならエターナルが来たためにクサナギ・AA両艦は退路を塞がれ
敵対する必要のないザフト艦隊の対応をも迫られることになったのです。
穿った見方をするなら、そこには仲間を危険に巻き込まないための思いやり等は全く見受けられず
「自分を守るのは当然の義務である」といった意向すら見え隠れします。
彼女は正当性を立証する事もないまま、志を同じくする仲間を巻き込み
結果的に危惧していたはずの両国間による殲滅戦に一役買ってしまいました。
これらの選択に対し後世の歴史家はどの様な評価を下すでしょうか?
ラクス・クラインから一言「わたくし達は間に合わなかったのかもしれません。」
…ドイツに伝わる古い伝説の話をしましょう。ワルキューレの魔女です。
「国家が滅びる時、天かける騎士団が現れ戦場を駈ける。その先頭は魔女」
プラントにとって、まさにラクス・クラインは祖国を亡国へと誘うワルキューレの魔女だったのでしょうか。
<完>