キラ☆ヤマトの種な日記6冊目【六葉】

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381艦長録
 カミソリを手に取り、人工重力に問題がない事を確認して蛇口をひねった。
 目の前に、たちまち水がたまっていく。一瞬躊躇し、薄い刃を喉に当てた。
 数回刃を滑らせるとさっぱりした。
 徹夜続きで髭を剃るひまもなかった。鼻の下から顎にかけて剃り落とす。
 手で水をすくって顔を洗い、細かい毛が流れていくのをじっと眺めた。軽く引っかかるような音をたて、
水が吸い込まれていく。
 顔を上げると、コーディネーターとしてはがっしりしすぎた顔つきの中年男が鏡に映っている。多くの
コーディネーターは親の趣味が反映して、優男で体毛も薄い。軍人として産まれた者でもやや筋肉質になる
程度だ。コーディネーターを産み出す者は、なぜか女っぽい童顔を好む傾向がある。
 しかし疲れているな。それが自分の顔を見て最初に思った事だった。もう一度顔を洗い、邪念をはらう。
 そして顔をあちこちに向け、剃り残しがない事を確認する。あまり不様な格好で部下の前に出るわけに
はいかない。
 軽くほおを叩き、官帽をかぶる。
 腕時計を見るとそろそろ新型が到着する頃合だった。
 同時にラウ=ル=クルーゼ隊長とも合流する。エターナルおよびクライン派残党を追撃するために。
 クライン派には一度人質にされたその身を案じたラクスがいる。これも何かしらの因縁だろうか。
382艦長録:03/09/05 08:04 ID:???
 記憶の中は雪ばかり降っている。しかし遺伝子で強化された体は寒さを感じなかった。凍えるように
部屋の隅で丸まっているのは痩せこけた母親だけ。父親は最初からどこにもいない。もしいるとすれば
遺伝子改良をほどこした医者だろう。
 倉庫街での力仕事を終え、居間と食堂と台所と寝室をかねた部屋で勉強を続ける毎日。独学だが、
すでにナチュラル系の大学なら卒業できるくらいの手応えはあった。
 それにしても蛍光灯が暗かった。C.E.に入って安全度を増した原子力発電所は都市近郊に増設され、
電力は余っているくらいだった。しかし私の家とは関係ない。私の住む地域は、開発の手を宇宙にまで
広げる先進国のおこぼれをもらう郊外の貧民窟。電力はもちろん、生活するための最低限度の環境すら
皆無に近い。
 私はそこに住む数少ないコーディネーターだった。
 もちろん母にコーディネーターを産むような金銭的余裕などない。それをするには先進国の中流家庭
程度の資産は必要だ。かといって私が失敗作だとか捨て子だったとかいう事もなかった。
 貧乏人の子沢山という言葉がある。子供を大勢産めば労働力になるし、一人でも社会的に成功すれば
家族が潤おう。それはコーディネーターであれば確実にかなう希望となる。
 つまり私は将来的な成功を見込まれ、付近の住民がなけなしの金をはたいて作られた共同資産だった。
 顔の美醜はさておき、労働のため頑強な体と、そこそこの知能というのが注文だったらしい。医者は
違法すれすれでも詐欺師では無かったらしく、私はきちんとコーディネーターとして産まれ、育った。
 住人にとって私の人格など無いに等しい。道で会えば目をかけてもらおうと卑屈にごまをすり、逆に
金を多く出資した者は所有物のような目をする。もはや吐き気も出ない日常。
 私からしても彼らの、そして母の頭の悪さには閉口したものだ。私と彼らとの間には自然と深い溝が
生まれていった。
 そしてそんなある日、母が倒れた。
383艦長録:03/09/05 08:07 ID:???
 搬入されたばかりの新型MSに関する書類を確認する。
 隊長機専用をあらわす塗装もあって、一見するとシグーと全く変わりがない。しかしよく見ると、全体
的に無骨で巨大突起物を取り払った形状となっている。兵器としての完成度は上がっていると言えなくも
なさそうだ。
 しかしこの程度では、フリーダムやジャスティスを相手にするには心もとない。せめて火力の増強だけ
でも願いたかったのだが。
 書類の受け渡しに来た補給艦の副長はずいぶん若かった。りりしく敬礼する姿を見ると否応無しに戦死
したミゲル=アイマンを思い出す。厳密には直接の部下ではないが、幾度も同じ作戦に参加していた。
若い者ばかり最前線や危険な任務を担当し、消えていく。残されるのは安全な後方で汲々とする老人ばかり。
悲しんでも悔やんでもしかたがない。軍隊とはそういう所だ。
 しかしザフトは軍隊としてはあまりに若い。そう考えれば理想を求める一部の若者がクライン派にかた
むくのも理解できなくはないな。
「本国の様子はどうなっている」
「クライン派ですか。さほど支持を受けているわけでもないようです。ラクスが逃亡した事もあって、
残された側は徐々に内部抗争が激しくなっています」
「いや、議長の方だ」
 副長は少しけげんな顔を見せたが、ややあって声を抑えて言った。
「息子の任務放棄以前から、末端を無視した作戦変更とその失敗から……徹底抗戦策への支持は悪くない
ですが」
「ありがとう、もう良い」
 副長は再び敬礼して下がっていった。
 これから新型の中途半端なスペックも考慮した作戦行動を練らなければならない。
384艦長録:03/09/05 08:10 ID:???
 貧民窟の一角にある格安診療所へ母をかついで走った。運が良いと言うべきか、作られた頑強な体は
降り積もった雪をものともしなかった。
 看護士はいないらしく、寝台に寝かせつける時も手伝わされた。
「治療費はあるか。身分証明は」
 黙って100アースダラーと職場で取った免許証を見せたが、医者は一瞥しただけだった。
「いや、手遅れだな。治療費はいらんよ」
 栄養が足りなくて衰弱していた所に、寒さで心臓が麻痺を起こし、運び込む前には死んでいたという。
それが医者の診断だった。
 裕福であれば、生活保護を受けられたら、コーディネーターであれば、少なくともこのような形で死ぬ
事はなかっただろう。そういう話だった。
 母の瞳を閉じながら医者がつぶやいた。
「プラントなら親がナチュでも死ぬまで面倒を見てもらえるらしいがな」
「何なのだ。その、プラントとは」
 出世に関係する知識以外興味がなかった私は、プラントという言葉を初めて聞いた。
「最初のコーディネーターが造った、コーディネーターの楽園さ。区画や雇用はもちろん、生息する動植
物や天気まで人間が決めているそうな」
「気象まで制御できるのか。では……雪も自由自在に降らせられるのか」
 降りしきる雪を見ながら訊ねた。医者は少し考え込んでから答えた。
「特殊な農作物を植えたプラント以外、雪は全く降らせないそうだ。空はいつも晴れ渡っているという噂だな」
 私は月が隠れている辺りの曇り空を見上げた。そして、同じ方向にあるはずのプラントを。
385艦長録:03/09/05 08:12 ID:???
 議長の子息、アスラン=ザラも少し前まで作戦をともにしていたし、シーゲル=クライン氏も開戦時の
議長だけによく知っている。どちらも純粋な優しさと正義感があったが、今思えばエリートゆえの余裕
だったのだろう。
 小さな挫折でその余裕は簡単に崩れ、自分が全否定されたと思い込む。
 人間としてそれは間違っていないし、脱走したアスランにしても嫌いではない。ただせめて誰か本当に
彼らを支える人がいてくれれば良かったと考える。二人と繋がりのあるラクスでは力不足だったろう。
今も幼い少女だというのに派閥の動きに翻弄され、反政府組織の傀儡にかつぎだされている。
 せめてザラ夫人が生きていればな。そんならちもない思いが頭をかすめる。それこそが一つの発火点だ
というのに。
 作戦室をながめると、クルーゼ隊MSパイロットは隊長とイザーク=ジュールだけが残っている。
アスラン=ザラは軍を抜け、ラスティ、アイマン、アマルフィは戦死。さらにエルスマンJr.は戦闘中
行方不明。乗機をオーブ軍が使用している所を見ると、最悪は戦死と見るべきだろう。ずいぶんさびしく
なったものだ。
「ゲイツに私が乗る事が不服かね」
 クルーゼ隊長がジュールに訊ねた。
「いえ、デュエルで充分です。慣れている機体の方がずっと扱いやすい」
 たしかにどちらも大きな能力差はない。慣れている機体に乗るべきだろう。しかしどちらにしても機動や
火力、装甲の面ではエターナルにはるかに劣る。二機はストライク、バスターの足止めに回す事になった。
 目的のフリーダム、ジャスティス、エターナルは、MSの包括攻撃で搭乗者の疲労を誘った後に確保する
事が決定した。
 情報のそろっている他の戦艦やMSは無視してもかまわない。連合艦搭載の新MSも地球上でクルーゼ
隊長が充分な情報収集を行なっている。
「できれば足つきは連合艦と戦ってもらえればありがたいな。戦力に余裕が出る」
 位置的にそういう作戦も不可能ではないだろう。上手くいくとは限らないが。
386艦長録:03/09/05 08:17 ID:???
 金を溜めた私はプラント理事国家に渡った。ジョージ=グレンが暗殺される直前の事だ。
 予想通り、即労働力となるコーディネーターは貴重であり、簡単な審査だけでプラントに上がる事が
できた。体力より顔の美醜や知性を気にする親が多いため、むしろ私のように労働力がある者は珍しい
らしい。
 宇宙に上がると、医者の言葉が必ずしも正確ではないとも知った。観光用プラントではスノースポーツ
用の雪を積もらせているし、過去の宗教や習慣が根強い居住区では12月24日の夜に雪を降らせていた。
だがたしかに命に関わるような環境の変化はない。
 コーディネーターを産んだナチュラルの親も、半隔離状態ではあったが裕福な暮らしをしていた。
 私のような顔かたちを考慮せず産まれたコーディネーターとも幾人か知り合った。顔を美しくするには
目鼻位置を厳密に定めなければならず、筋肉増強や神経強化より難しい。そのため金銭的に顔を整えられ
なかった者は意外と大勢いた。猪突猛進の気があるゼルマンや、MA操縦技能に特化したモラシムとは
良い友人関係が築けたように思う。
 私の出生はさすがに珍しがられたが、ゼルマン達は両親がいない私をかなり気にかけてくれた。
 私達はナチュラルを親に持ち、地球で産まれ育ったため、ナチュラルへの偏見や地球連合への嫌悪感は
少なかった……少なくとも若いころは。
 だがそんな私達とは無関係にプラントと理事国家の関係は険悪さを増していき、プラントは独自の治安
維持組織を作り上げた。それが後のザフトだ。
 私も宇宙経験と運動力から推薦され、ザフトの艦船関係部署に入る事となった。プラント建設関係で
大型宇宙船の操艦技能を身につけていた私は警戒艦を経由し、新鋭MA母艦ヴェサリウスの艦長に収まった。
 同時にゼルマンも別の艦を任された。後に彼は敵艦に特攻するという行動に出た。ザフトに入らない方が
誰のためにも良かったと後悔してもしかたがないが。
 そしてザフトが発足した日、シーゲル=クラインとその娘、ラクス=クラインと出会った。
387艦長録:03/09/05 08:23 ID:???
 クルーゼ隊がメンデル偵察から帰投した。デュエルは無傷だがゲイツは大破。新型は想像以上に火力、
防御力不足だった。作戦行動を変更するべきではないかとも思う。そしてゲイツよりもフリーダム鹵獲を
優先するべきではなかったか。
 しかしジュールによるとフリーダムを確保しかけていたが、隊長命令でゲイツを持ち帰ったという。
そこまでして何を探りにいったのか、クルーゼ隊長は未だに知らせてこない。送話器越しに激昂されても
困惑するしかなかった。
 そしてなぜこの時期に捕虜を返還するというのか。他艦から不信の声も上がっている。せめてこの一戦
だけは足並みをそろえるように願いを出しておいたが、事態の推移によってはかばいきれないかもしれない。
 出撃直前のジュールに捕虜について訊ねてみた。
「あれは隊長がアラスカで拾ってきた捕虜です。それからはずっと手元に置いておりました」
「こういうのは心苦しいが……少女だからと良からぬ事をしている様子はなかったか」
「いいえ、実の娘のように大事にしておりました」
 そう答える姿は嘘をついているようには見えなかった。しかし完全にクルーゼを信用しているわけでも
ないようだが。
「すまなかった。忘れてくれ」
 一礼して去り際にジュールがつぶやいた。
「これから戦闘になれば、連合艦にいれば命の危険にさらされる。ですが敵国で生をまっとうするより、
自軍の艦で死ぬ方がナチュラルにとっては幸せでしょう」
 この銀髪の少年兵は、少し見ない間に善かれ悪しかれ変わったようだ。
 そして戦闘は徹頭徹尾、強大な火力を有する反乱軍の優位で進んだ。皮肉にも敵であるはずの連合軍が
いなければ即座に全滅していただろう。
388艦長録:03/09/05 08:26 ID:???
 シーゲル氏はさほど急進的な人柄ではなかった。人当たりの柔らかさから、地球への矢面にするため議長の
座に座らせられていただけらしい。後の開戦時に議長を続けていたのも望んだ行動ではなかっただろう。
 目を引いたのは彼が連れてきていた娘、ラクス=クライン嬢だった。彼女は簡単な式辞を述べ、平和を
愛する歌を唄った。
 その場にいた者はほとんど歌声に聞き惚れていた。もっとも格別上手な歌だったわけではない。
コーディネーターにとって心地よいような声質に遺伝子操作されているとか。普通のコーディネーターと
出生が異なる私には、あまり感動を与えてくれなかった。
 私が感銘を受けたのは、演説における彼女の平和を愛する馬鹿正直なまでに純粋な心だ。ある意味では
幼稚な理想論に過ぎず、具体的な道標とはなりえないほどだった。しかし逆にそのような非合理的な意見は
プラント内で珍しかった。
 現実性や社会的見地で誤魔化さない素の感情をぶつけられた私は、一種の衝撃を味わった。
 少女の発言が天然自然の物か、あるいは合理性への逆接に意図して行なった物か、どちらにしても感銘を
受けた事に変わりはない。以降、私はあえて公の場でラクス様と呼ぶ事にした。
 そして開戦後かなり経って行なわれた連合MS追撃作戦。連合軍は卑劣にも、平和を愛する少女を人質に
とった。古参の下士官から新兵に至るまで艦全体が怒りで満ちあふれた。
 そこでラクスの発言で戦闘を停止したのも似た理由からだった。追悼慰霊団の目前で戦闘を行なっては
ならないという、外交的意味合いは持つものの、戦場では無力な言葉。それゆえにある種の感情を揺さぶり、
互いに矛を収める事に成功したのだ。
 思い返してみても、私は本当にラクスの強靱で純粋な意思を信じていたらしい。それがたやすくねじ曲げ
られてしまうものとは想像もできずに。
 そしてプラントと地球連合は、互いを滅ぼしかねない狂気と力をはらんでいく。
389艦長録:03/09/05 08:30 ID:???
 戦場によもやという言葉は存在しないがそれでも、連合艦と戦闘を続けるアークエンジェルを見捨てて、
エターナルが突進してくるとは予想できなかった。ただでさえ反乱者に戦力は足りないのに、放棄するとは。
 しかし不測の自体に対処できない指揮官に価値はない。気がつけば艦橋は火の海になっていた。もはや
消火活動も間に合わない。艦橋からは脱出も不可能な状態だった。
「生き残っているのはおまえだけか」
 操舵手も倒れ、立っているのは私とCIC担当のオペレーターだけだった。
 艦橋に火が回った事で艦全体の機能が沈んだ。戦闘どころか操艦も不能。狭い宇宙船だからと、艦橋と
CICを同じ場所に設置しているためだ。私は乗組員全てに艦の放棄を命じた。
「多艦への連絡はできるか」
「両艦とも健在ですが、通信機能が途絶しています」
「連合の艦はどうした」
「戦闘を一時停止して捕虜を回収、撤退した模様です」
「……捕虜はクライン派が強奪したのではなかったのか」
「危うくフリーダムに確保される所を、連合の新MS部隊がからくも撃退したようです。距離が遠すぎて
確証はありませんが」
 これで反乱軍に人質を利用される事もなくなった。これ以上状況を無闇に引きずり回される事はない。
 人質の少女にとってもこの方が良いだろう。戦闘中とはいえ、所属していた組織に戻れたのだから。
ラクス様をも傀儡とするクライン派だ、もし人質とすればナチュラルの意思など歯牙にもかけないだろう。
「そうか。連合のMSに感謝しなければならないな」
 オペレーターは微妙な表情を返してきた。直後コンソールが火を吹き、弾き飛ばされたオペレーターが
宙を舞う。急いで駆け寄ったが、すでに絶命していた。
 艦のあちこちで小爆発が始まっている。せめて数人でも脱出できたと祈るしかない。
 私は微かな心残りを持ちながら、共に戦った僚艦と沈みゆくヴェサリウスに別れを告げた。
390艦長録:03/09/05 08:38 ID:???
 記憶の中ではいつも雪ばかり降っている。それは今も変わらない。しかし今では母を許せるように思う。
 貧困から逃れたいばかりに私を産み出した、あの集落をずっと嫌悪していたように思う。ザフトに入り
戦っていたのも、そのような無意識があったからかもしれない。
 だが平和のためにラクスという一人の少女を産み、全てを背負わせていたプラントも同じだった。
 勝手な希望を託した経緯に、全く違う所はない。
 私自身が大勢の意思を押しつけられるのを嫌っていたというのに、世界の融和などという大それたものを
背負わされた少女に目が届かなかった。そして今少女はクライン派残党に連れられて、象徴にかつぎ上げ
られている。
 私はプラントに上がってから何をしていたのか。出来るはずの事をしなかったのではないか。
 クルーゼは捕虜を返還し、連合軍は命をかけてその少女を守った。どちらの意図がどうであれ、両者は
同じ目的のために戦った。
 この戦闘で、連合軍はただ脱走艦を追い、敵対したオーブ残存兵力を倒すだけのつもりだったのだろう。
私達もまた、反逆したエターナルとNJC搭載機を追撃しただけ。お互いに分かりあったのではない。
 だがいつの日か……私が住む国と、私が産まれた国と……せめて一瞬の幻影でも良い。
 私は母を許した。いや、母に罪がなかったとようやく認められた。
 友人を殺したナチュラルを許した。
 開戦を食い止めなかった地球連合を許した。開戦を食い止められなかったプラント評議会を許した。
 ブルーコスモスすらも許せた。
 そして倒れたコーディネーター兵の肉体は、同じく倒れたナチュラル兵と等しく宇宙へ回帰していった。