いつか座ることを目指していた椅子。
そこに腰掛けていた私は軽く目を閉じていた
わずかな緊張とあふれる活気が 今、わたしを包んでいる
チェックリストをめくる音。端末を奏でる打鍵音。
まよいのない踵の音。交わされる言葉にはなんのムダもない
それらは思い出させてくれる 遠い昔のことを。
いいえ、違う…。たった数ヶ月前のこと。
あの時、アークエンジェルが飛び立とうとするまえ、
私はこんな音を奏でていたのだろうか。
あの艦、アークエンジェルがオーブに健在と知ったのは、
つい数日前のことだ。死を求める策戦から、彼らは生き延びていた。
フフッ もし私があの艦に居たら、見事命令を遂行して
「名誉の玉砕」とやらを遂げていたのかもしれないな。
あの艦は連合の敵対艦となってしまったが、なぜだろう?
最大の命令違反を犯した彼らに、今の私には怒りも戸惑いもない。
連合がオーブを攻めたとき、あの艦は連合と戦っていた。
迷いのない戦いぶりだったそうだ。オーブ軍の前面に立ち、
連合の艦を全力で叩き伏せていた。新しきMSとともに。
ローエングリンの光を見たとも聞く 放射線のシャワーをだ。
私にはわかった。あの艦にはもう、かつての乗員は居ないのだ。
私は知っている。あの艦にパイロットはもう居ない
私は知っている。艦長はそのような決断は下さない
しかしでは彼らは今どこに?
艦長とは戦後に再会を約束していた。個人的な連絡の手段も確保している
それを使えばすぐにわかることだ。しかしなぜだろう?
私はずっと躊躇ったままだ。
忘れようのないあの少年達のことを考えていた。
サイ・アーガイル
とても面倒見のよい少年。かれらの精神的な支柱だった。
フレイ・アルスター
失い続けてきた少女。親を、恋人を、居場所を。…心は?
「民間への犠牲」そのものの縮図に見えた
ミリアリア・ハウ
他者への労わりを忘れないやさしい少女
恋人を亡くした彼女を、私はいたわる事はできなかった。
トール・ケーニヒ
明るさを失うことなき少年
戦いの連続の中であって、皆に微笑をあたえてきた
そして、キラ・ヤマト
彼がいたからこそ、私はまだ生きている。
アークエンジェルにいた者たち全てに言える事だ
…この二人は命までも捧げてくれた
まだ彼らが学生だったころに、私は彼らに出逢っている。
あのとき私がぼやいた言葉を 今はただ、恥じている。
このころから戦局は慌しく動き始めた
連合は宇宙への足がかりを手にし、宇宙での作戦展開も再会された。
そして艦隊指令からあの命令を受けた
佐官となったばかりの私が戦艦の艦長とは。
アークエンジェル級ドミニオン 連合の最新鋭艦。
いぶかしんだが理由はすぐにわかった。
ムルタ・アズラエル。様々な肩書きを持つ怪物だ
要は彼専用の最高級リムジンを扱う運転手なのだ。
なるほど。ドライバーが道を選べない車など誰も扱いたくはない。
優秀なボディーガードも付くそうだ。むろん彼に対してだけの。
アークエンジェルの戦闘指揮官という実績だけは評価されていたようだ、
つまりは私はこのために生かされたということか。
オペレーターの声が聞こえた
「ムルタ・アズラエル様が御着きになりました」
どうやら艦長たる者が艦内で敬礼せねばならぬ相手が来たようだ
思索に耽るのはここまでか。目を開き軍人に戻ろう。
ドミニオンには最優先での出航許可が下りている。
私はこれからあの民間人の指揮下で動くことになる。
文民統制などとは程遠い、独善そのものの下で。