キラ☆ヤマトの種な日記5冊目【五葉】

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 銃声が木霊した。
 突撃銃から吐き出された鉛の雨は、ガラスの窓を容易く貫き、破片へと変える。
 それにとどまらず、銃弾はその中にいる人間をも貫いた。
 不意打ちに遺言を残す間もなく、銃弾を受けた男は床に倒れ伏す。
 もう、彼が二度と起き上がることはないだろう。
「バカな…何故ここが!?」
「ここはもうダメです!」
「ここは我らが…早くお逃げくださいクライン様!」
 三人がそんなやり取りをしている間に、扉が乱暴に蹴り開けられた。
 二人の兵士が立ち上がり、銃を撃つ。シーゲルの壁になるつもりなのだろう。
 その後ろで必死にシーゲルが扉に取り付くのが見えた。
 無様な。
 私の唇に嘲笑が浮かんだ。
 その間に二人の兵士は瞬く間に倒された。
 呆れることに防弾チョッキすら身に着けていなかったらしい。
 それで棒立ちで壁になろうとするとは…
 愚かにも程がある。
 銃口が一斉にシーゲルの方を向く。
 だが、その銃口が火を噴くことはなかった。
「な…?」
 シーゲルは困惑した表情でこちらを見つめ…私を見て今度こそ驚愕した。
「バカな…何故そこにいるのだ? ……ラクス!」
「あなたは? お父様は何故そこにいらっしゃるのですか?」
「ふざけている場合か! どうしてなんだ!!」
321ラクス・クライン 2/5:03/07/19 21:48 ID:???
 シーゲルは苛立たしげに叫んだ。
 まあ、この状況でこんなことを言われれば怒るのは当然か。
「何故…と申されましても…困りますわ。だって、見ての通りなんですもの」
 私はクスクス笑いながら答えた。
 これは嘘でも冗談でもない。見ての通り。
 ここいるのは全て、私に感化された『私の私兵』なのだ。
「…まさか…この場所が突き止められたのは…お前か! お前の仕業なのか!」
「はい。そう取ってもらっても構いませんわ」
「な、何故だ!?」
 それは、何とも耳障りが良い、聞き惚れてしまうくらいに美しい悲痛な叫びだった。
「簡単なことです。あなたの役割が終わったからですわ、お父様」
「な…っ」
「あなたの率いる穏健派は色々と目障りでした。
 ですが、私が犯した『国家反逆罪』というスキャンダルで穏健派は大きなダメージを負っています。
 そのうえ、あなたという核を失えば穏健派は致命傷を負い、消滅することとなるでしょう」
「…まさか…そのために…フリーダムを!?」
「それだけ、ではありませんけれど…あれは相応しいものの手にあるべきものですから」
 そう、悪魔の兵器は人の手にあるべきではない。
 悪魔の手にあるべきなのだ。
「パトリックにもそれなりの手土産が必要でしょうし。それに、あなたの死は私の悲劇性を高め、よりラクス・クラインという偶像の格をあげることでしょう。あなたの死は無駄ではない…いえ、むしろ、死んでいただいた方が有益なのですよ、お父様」
 私はそう言って、いつもの笑みを浮かべた。慈悲深き聖母の笑みを。
「…!」
 シーゲルは絶句して私の方を見た。
 まるで見知らぬ生き物を見るような目で。
「お前は…一体…?」
322ラクス・クライン 3/5:03/07/19 21:51 ID:???
「ラクス・クライン―――SEEDを持つもの―――そう私を造らせたのは…あなたのはずですよ、お父様」
 私は笑みを浮かべた。
 今までのような演技ではない。本当の心からの笑みを。
「……ッ!」 
 シーゲルは私の笑みを見て、今度は驚愕ではなく恐怖によって硬直した。
 そして、ガクガクと震えだす。
「そ…そんな…わ…わたしは…」
 酷く狼狽しながら、シーゲルは必死に言葉を紡いだ。
 その様は、哀れでみすぼらしく、そして滑稽だった。
 このどうしようもなく愚かしい男は、ようやく16年前に自分のしたことに気がついたらしい。
 全ては、自らが発端であると言うことに。
「わたしは…人類の…未来を信じて…その為に」
「ええ、もちろんですわ。『私たち』は人類をより良き未来へと導くでしょう。ただ、それはあなたが思い描いたものと少し違うかもしれませんが」
「…そんな…わたしは…一体?」
 呆然となり、焦点の合わぬ瞳でどこかを見つめながらブツブツと何事かを呟くシーゲル。
 その様を眺めるのは愉快ではあったが…いつまでも眺めているわけにもいかない。
 私は多忙なのだ。
「それでは…名残惜しくはあるのですが、私、用があるので失礼させていただきます」「え…? あ?」
「今まで育てていただいてありがとうございます。この長話はせめてもの礼ですわ。何も知らないままでは心残りでしょうし…」
「ま、待て、待ってくれ!」
「それでは、さようなら……お父様」
「待ってくれ、ラクス! わたしは…わたしは…!」
 シーゲル・クラインが最後に何を言おうとしたのか。
 銃声に遮られた言葉は何だったのか…それを知る術は最早ない。
 だが、その最後は記憶に残るものだった。
323ラクス・クライン 4/5:03/07/19 21:53 ID:???
 希望を誰かに託し理想に殉じるのではなく、自らの罪を自覚し、恐れ、絶望しながら死んでいくその姿は、例えようもないほど美しいものだった。
 ああ、危険を冒してまで来て良かった。
 これで、あの歯の浮くような演説も気分よく行えそうだ。
「任務ご苦労様…これからも頑張ってくださいね」
「はい。それで、ラクス様、ザラ議長の方は如何なさいます? 暗殺するのならそれも可能ですが」
「いいえ、必要ありません」
 奴にはまだ生きていてもらわないと困る。色々とやってもらわなければならないことがあるし…何より、アスランとの親子対決をしてもらわなければ…
 あれだけ手間をかけてお膳立てしたのだ。
 もっと楽しませてもらわなければ。
「それでは失礼します」
 私はいつものように聖母の微笑を浮かべて、その場を後にした。
324ラクス・クライン 5/5:03/07/19 21:55 ID:???

「どこに行っていたのですか」
 私の周辺警護をしているダコスタが私を見るなりそう言った。
「勝手に出て行かれては困ります。外は危険なのです。もっとご自愛して下さいませ」
「すいません。少し用事があったもので」
 コイツは私の持ち駒の中では優秀な類だが、柔軟性がないのが玉に瑕だ。
「これからは気をつけますわ。それで準備は…」
「整っております」
 私はダコスタに連れられ、暗く狭い部屋に設置された送信装置の前に座った。
 このマイクに喋った私の言葉は、いくつかの中継点を経てプラント上にゲリラ放送される。
 もちろん、サブリミナル・メッセージを添えて。
 過去に絶え間なく流された私の歌によって、その下地は既に完成している。
 プラントでは確実に、私の言葉に洗脳された者たちによる反戦気運が高まるだろう。
 だが、シーゲル・クラインを始めとする穏健派は既に跡形もなく叩き潰してある。
 結果、反戦運動は暴走を始め、より激しく、暴力的な形を取ることになるだろう。
 問題は地球連合の方だが…それは彼らがやってくれるに違いない。
 キラ…そしてアスラン。
 彼らもまた、『SEEDを持つもの』なのだから。
 混乱。
 殺戮。
 破壊。
 混沌。
 間もなく、それは頂点を達する。
 それに参加し、特等席で眺める準備は既に完了していた。
 その時を想像するだけで、もうこんなに胸が高なってくる…待ち遠しいことだ。
 さて。
 その時のために…
 今宵も下らない演説を始めるとしよう。
「…地球の人々と私達は同胞です」
 父、シーゲル・クラインの最後を思い浮かべながら、私は上機嫌で演説を始めた。