ピンクハロがアスランを上手く誘導してくれたらしく、アスランが私の前に姿を現した。
歌もちょうどサビの部分。
計算どおりの時間だ。
アスランの腕はまだ治っていないようで、やはりキラの方が回復力があるということらしい。
私は自らの観察眼に一層自信を持つ。
「どういう事ですか」
震えた声でアスランが尋ねてきた。
思わず笑ってしまう。
どういう事ですか、とはまた都合のいい聞きかたをしてくれる。
いくらでもはぐらかせる質問の仕方だ。
まったく度し易い男ではある。
「では、本当なのですか!?スパイを手引きしたというのは!」
叫ぶアスラン。
呆れた男だ。
私がそんな事をするはずが無いと心の底から思っている。
この期に及んで、まだその事実を、認めようとしていない。
反吐が出る夢想家の典型だ。
しかし、他人から聞いた情報以上の事を想定できないあたりが青臭い。
誰が薄汚いナチュラルなどに組するものか。
私の考えは更に深遠にして痛快だ。
そこで私は、言ってやった。
キラにフリーダムを与えた、と。
ああ、アスラン。なんという理想的な反応をしてくれるのだろう!
必死に平静を取り繕っているが、彼は今、二つの足で立っていることすら困難なはず。
さすがに赤服は違いますわね、とねぎらいでもやりたいところだが
楽しくなるのはこれからなのだ。
「大丈夫です。キラは生きていますわ」
アスランの顔が絶望に染まる。
よかったですわねアスラン、これでまた大好きなキラと殺しあえるのですよ。
そういう意味を含めて言ってやったつもりなのだが、アスランにはちゃんと
伝わっただろうか?
いったいどういう企みなんだ、と問われても、ここで種明かしをする馬鹿はいないし
あいつが生きているはずはない、と叫んでもキラはどうしようもなく生きている。
恐るべき(私が与えた)力と揺ぎ無い(私が植え付けた)信念を手に。
それにしても銃口を相手に向けながら目線をまた逸らすとは何事だろうか。
私がその気になれば、もう三回は確実に殺せている。
まあ、こいつの甘さは今に始まった事では無い。
だからこそ、遊び相手にふさわしいのだから。
だが、その甘さを私以外に向けられても困り者だ。
そこをどうやって洗脳していくかが課題だろう。
私はゆっくりと、最早プラントにアスランの安らぎの場などは無いと語る。
信念も何も持たずに戦っているお前さんを受け入れる者など誰もいないんだよ。
そう揺さぶりをかけて、少しづつアスランの自我に侵入する私。
案の定、アスランは私に救いを求めるような視線を投げかけてきた。
これは半ば確信めいている事なのだが、アスランは典型的なマザーコンプレックスと
軽度のエディプス・コンプレックスに犯されている。
それは亡くした母親への思いと、押さえつけてくる父親からくるものだ。
つまりこのふたつのファクトさえうまく掴んでいれば、コイツはどうとでもできるということだ。
「俺、俺は…」
コンプレックスを突かれた人間はえてして脆い。
幼児のように泣きじゃくっている、今のアスランがいいケースと言えよう。
それにしても愉快極まりないのに、真顔を保つというのは苦痛なものだ。
あとで録画した今の画像をプライベート・ルームで見ながら笑い転げる時が待ち遠しい。
真顔の演技が辛くなってきた頃、官権の犬供が劇場にとびこんできた。
いいタイミングだ。
それにしても、いくらサングラスが義務付けられているとはいえ、薄暗い劇場にまで
着けて入ってくるとは愚かの極みだな。
型どおりのことしかできぬ低級コーディネーターはこれだから役にたたない。
私が権力を握った暁には、システムを一掃せねばならないだろう。
アスランが私をかばったのも、予想通りだ。
なぜならアスランは私に先ほどの問いに対する回答、すなわち救いを求めている。
アスランにとって周りは全て敵でありやすらぎは私にしか求められぬ、
そういう刷り込みは、狙い通りいったようだ。
勿論、これを完全なものとするためには、もうしばらく時間がかかるが、現時点では
十分に成功だ。
犬供は私が用意した狙撃手達によってほどなく駆除された。
まあ、サングラスなどかけていては当然という物だ。
アスランが不審な動きをした場合の保健でもあったのだが、ここで玩具の片割れを
手放すのは少々残念だったから、そうせずに済んで一安心と言ったところか。
愉快な時が過ぎるのは早い。
脱出の時刻が来た。
私は聖母の微笑を讃えてアスランにキラの場所を教えた。
地球。
あの泥に塗れた穢れた場所で、せいぜいもがき苦しんでくるがいい。
しかし、どうか、最後の瞬間は宇宙で、私の前で
最高のショーを見せながら迎えて欲しいものだ。
次に会う時にアスランはどんな顔をしているのだろうか。
今からとてもとても楽しみでならない。
それまで今の滑稽なアスランの有様を、ピンクハロが捕らえた映像でも見物するとしよう。
鼻歌でも歌いながら。