「富野由悠季インタビュー」
(『機動戦士Vガンダム大事典』ラポートデラックス、1994年、pp.73-80)
フィルム作業が全部終了し、アフレコを残すのみの富野由悠季監
督にVガンダムの全てを吐き出していただいた。予定していた重箱
の隅を突っつくような瑣末な質間は、最終回の絵コンテを確認した
今となっては無意昧になってしまい、メインテーマを延々2時間に
わたって伺う事になってしまった。
<終りから見ると良く分かるVガンダム>
編集
今回のガンダムは、「親の責任」と「地球育ち、宇宙育ちの違い」
を描くことによって、テーマを浮かび上がらせようとしたと思うの
ですが、それへ行き着く前にストーリーが難解でしたね。
富野
難しいストーリーを作ったつもりはないのですが、すごく込み入っ
た話になってしまったのは間違いありません。今になって反省して
います。何でこうなったのか、僕自身も良く分からないんです。
編集
試写会で見た1話の時の印象と、今見直した1話の印象がまった
く同じなんですよ。ということは、構想的な問題はなかったと思い
ます。でも、2話以降の放映は見ていて苦痛だったのは事実だし、
腹を立てていた部分もあります。2クールが終わるくらいからです
か、疑問が解消されていくのは…放送終了後に、もう一度1話から
ビデオを見ていけば、ああ高密度な内容がきっちり納まっているな
あと納得はするんです。でも、これを普通の人が毎週テレビで見て
いて理解していただろうかという疑問が今でもあるんですよ。
富野
うん。それはあると思います。だけど、そんなに複雑怪奇に作っ
たつもりはなかったんですよね。全部が完成して、結果論で逆算し
て見たときに良く分かる映像ではないのかと、すごく感じますね。
だから、どうしてそうなったのか僕にも分からない。つまり、これ
が分かっていれぱ、僕はもっともっとテレビの仕事をやらせてもら
えたんだろうけど、という嫌な言い方が出来るんだよね。
どうやらVガンダムで僕は、なんか別の事をやろうとしたという
のは事実らしいんですよね。結局、2クールの頃からだろうと思う
のですが、いろんなことに気がつきはじめて、軌道修正をしていっ
て、テレビパターン?そうテレビとしての作り方に戻していく努力を
すごくしたという意識があります。
つまり、1クール目で余分な事を一杯やってるんだよねっ、てい
うのが一番の印象ですね。それというのは、僕の方の仕切りじゃな
くて、なるべく、若い人の脚本にのっとってやってあげたいなって
いう気持ちがあったんです。今にして思うのだけど、そういう善意
の部分が作品をコントロールできていなかったんだとは思えます。
これは一年間をやってみた後だから、分かったことですね。だか
ら、1クール目は僕自身もおよび腰になっていたんじゃないのかな。
だから、何が原因と言われると困るんですけど、こう話してても…
もう一つ大きなミスがあるとすれば、テレビのバージョンの仕事
を始める前に、僕が考える時間がひどくあったために、内容が多く
なってしまった。そうして頭の中にあった物を、みんなに振り分け
ていって、みんなに書かせたいと思ったんですよ。
だけど、結局それがまるで化けなかったので、2クールの中頃か
ら、言っちゃえば腹立てて全部の仕切りを僕がしちゃった。そうい
う事です。
編集
だからといって2クール目から違う話になったという気はしてい
ません。終盤近くになって、やっと物語が噛み合うようになったと
思うのですが。
富野
1クール目に僕が強引に仕切らなかったのが一番の原因だという
ことは間違いないですよ。そういう意味でいう作品は、しょせん一
人の人の意志でしか出来ないものなんです。それを、スタッフ、特
に脚本の人達が個々に持っている部分をひどく善意に取り上げよう
と思い過ぎたのが一番の裏目に出たのかなって。ただこれは結果論
だから言えるんであって、その時その時のことで言うと、今言った
気持ちと全然違います。ですから、それがいいとか悪いとかってこ
とはちょっと言えないし、僕がちょっと頭でっかちに考えすぎた部
分の物量ってのがかなり多かった。ということかな。
だからテレビシリーズってのは、あんまり準備期間があっちゃい
けないって、良く分かった。(苦笑)
編集
それは、スタッフ用資料を見せてもらった時にそう思いました。
今回のVガンダムでは、物語設計図である富野メモの完成度が高かっ
たので、他人が手を加えると混乱したみたいな印象がありますね。
富野
だから言っちゃえば、それに手を加えさせること、特に1クール
の冒頭から2クール中頃、つまり20話くらいまでに不確定な要素を
入れ過ぎ、それを許し過ぎたというのが一番いけないことだね。そ
れが一番大きな事で、物語を繁雑にさせてしまったってすごく感じ
る。だけどこれはやっぱりやってみて分かることでね、やってる途
中では悪くしようと思って作っているわけではないから、今回参加
してくれたスタッフの持ち味をなるべ<生かそうという意識が、ひど
く働いていたことは事実なんですよ。実は当初の構想として、なる
べくなら、僕は途中で抜けるつもりでいたんだよね。とくに1クー
ルのころ。各担当シナリオライター、担当演出で転がしていけるよ
うにしたかったんですよ。だけれども、初めの6本くらいで打ちの
めされたもんで、続けちゃいました。
結局いまご指摘の通り、こちらの初期プランもかなり分厚いもの
があったんでしょうね。それに途中いろんなものを入れちゃったか
ら、どうしようもなくなっちゃって、グチャグチャしちゃった。
編集
グチャグチャしたというより、テレビシリーズは転がしているう
ちに形が出来上がるものなのに、最初からこの形にしようという部
分に無理があったような気がします。固有名詞ひとつにしても、V
ガンダムではまず結論ありきみたいに、難解な固有名詞がスタッフ
に徹底されてるんで、疑問に思うことなく、日常会話だけで話を進
めていましたよね。
答を知ってる人が不親切に物語を展開したような気がしないでも
ないですね。たしかに、今になれば全てが理解できていますが、普
通のテレビシリーズよりも密度が濃い部分がVガンダムにありまし
たから、見る側が消化不良をおこしてしまって、見るべきものを見
損なっちゃってる気がします。
富野
でしょ。それはそう思います。そう、とにかく視聴者に伝わって
ないし、伝わるような作り方がとにかく完全に出来なかったってい
うのがあります。という意味では、典型的に失敗したシリーズだと
思っています。
編集
週間連載だと掴み切れない漫画がコミックスになったら名作だっ
た。そんな作品なんですよね。おかしいなあ、インタビューを申し
込んだ頃は「富野さん、どうしたの?」「誰も止める人がいなかった
んですか」ってかなりきついインタビューになるはずだったのに…
…一ヵ月前の私はどこ行ったんだ。うーん困った(笑)
富野
それは薄々感じています。そうじゃなくて、特に最終回に向けて
の5〜6本のフィルムっていうのは、見てるとおかしいんだよね。
「全部良く分かるじゃないか」って僕思うもの。なんで今までのが
分からなかったんだ、って実感はものすごくある。ほんと困ったも
のだ、って。こういう作り方してもらっちゃ困るんだよねっていう
のが、本当のところある。それこそ、「みんな良く出来てるから、1
本ずつでも見てください、通しでも見てください」なんて口が曲がっ
ても言えない。最後を見てからでないと頭が見えないとんでもねえ
シリーズだと思って、腹立ててますよ、僕。
<テレビシリーズとしては内容を入れ過ぎました>
編集
Vガンダムはまとめてレーザーで見たらすこい名作ですよ。なん
か、『裏切り者』と読者に言われそうだけど、今はそう思います。
富野
その話はとても良く分かるし、本当にそうだと思うもの。これに
一年付き合えといわれたら、こんなの一年も誰が付き合うかって、
やっぱり本当に思うもの。だから、こうなってしまったっていう原
因というのは、大雑把に言えぱその辺の僕の指揮権の問題なんです。
僕が暫く離れているうちに、テレビシリーズのお作法を忘れてい
たという部分での問題点がかなりあるんですよね。だから今回、漸
く終わってくれるんで、本当にホッとしています。それで全部です
ね。今回の話は。
編集
そうですね。今日はどうもありがとうございました。それじゃ…
本にならないんで、もう今となっては枝葉の事を少しお尋ねします。
Vガンダムは、ウッソの成長物語ではなかったということが、あ
る意味ではショックなんですよね。むしろオデロの成長が楽しみだっ
たんです。
富野
そうだね。だから、ウッソっていうキャラクターがいいキャラク
ターじゃなかったっていうのは言えますね。本当はあのキャラクター
は…。この言葉は今まで言葉にしようとは思ってなかったけど、終
わってみて分かることは、本当はウッソというのは、ひょっとした
ら自己崩壊するかもしれない、自身を全肯定していったときに化け
ちゃう?どっちかしかないキャラクターでしたね。途中の曖昧な選択
肢がないんだよっていうところがありましたね。
僕の中に、とても怖い話にする予定がどっかにあったらしいとい
うのを、今になってちょっと感じますね。それが結局、Vガンでは、
それも出来なくなってしまうくらいに混乱してしまった。
実は1クールの時の情報過多という部分の、整理学に追われてし
まって、後ろの2クール、3クールはそれに引かれてしまったとい
う部分があったんです。そうかVガンってやっぱり物語の構造ラィ
ンになっていないんじゃないのかな、ってのも、終わってみてつく
づく感じますね。
そういう意味ではとんでもない失敗を一番初めにしてしまったっ
ていう以外、なんとも言い様がこざいません。Vガンダムで、はっ
きり、僕自身が言葉の上でも認識していることだけど、現在、この
種のアニメが落ち込んでいるので、自分の持ち物だけで作るのを止
めながら、自分自身の力をつけようと思っていました。多少の不協
和音があっても、力づくで何とか出来るだろうから、なるべく他の
人のものを入れようと思っていたんです。それは、こちらの欲でも
あるし、重要な事は、これは僕の誤解というか認識不足というか、
他人の心を入れれば作品に丸みが出ると思っていた部分があったこ
とですね。
僕自身が作る作品が持っている「ゴツゴツさ加減」っていうのが、
僕は作品としてあまり好きじゃないんです。だけど、僕はこれしか
出来ない。だから、その『ゴツゴツさ加減』をもう少し優しくした
かった。でね、実はもう少し分かりやすく見せたかった。そのため
には他の人達の持ち物を利用させて貰おうと思ったんです。ところ
が実際にやってみたら、1クール、2クールです。
編集
最終話まで見終わってしまえぱ、そのあたりも読めるし理解でき
るのですけどね。
富野
だから、一面では自信はあったんです。他の人のものを利用して、
テレビシリーズとしてもう少し優しいフィルム作りをしたかった。
それは、結果的に多少ゴツゴツしているかもしれないけれど、先に
言った通り、結果論でいえぱ一つの意志で全部統一した方が作品と
しては良かったのかなあという思いがちょっとありますね。だから、
これはもう、総監督の、監督ミスにつきるね。
編集
それを言われると、何しにインタビューに来たのか、分からなく
なります。私は富野さんだったら、「フィルムを見て、これくらい
消化出来なくてどうする」って言われて、「いや、あれは分かりま
せんよ」っていう話から展開すると思ってました。
富野
だってそういう事で言う分かりにくい話っていうのは、全然とは
いいませんが、そんなにないはずだよね。作品というのはそうある
べきなんです。エンディングが終わってみればなるほどねって納得
しちゃったから。でも、そうなったからと言って映画会社の宣伝部
がいうような物の言い方をしたってしようがないでしょ。
それよりも、最後の2ヵ月分くらいはかなり面白い話だってわか
るよ、「じゃあ何で今まで、こうもパッとしなかったんですかっ!」っ
て話になったら、それはきちんとしておかなくてはいけません。む
しろ視聴者への義務でしょう。
編集
スタッフの意識が途中経過よりも、最終回へ向けて先行し過ぎて
いたんじゃないかなっていう気持ちもあるのですが。
富野
いや、それはちょっと違います。それに関しては言いたくありま
せん。というのはこれは全部スタッフの悪口になりますから、そこ
までは書いていいんですけども、それ以上の具体的な話になると、
独断と偏見でこちらが話をするわけだから、全部僕個人の問題とし
て話していったほうが、今日まで手伝ってくれたスタッフに対して
失礼にならないで済む。一番大きな立場に立っている僕。そのポジ
ションの僕が采配ミスをしたということをきちんと受け入れて上げ
るというほうが彼等にとって、いいことだと思う。それは、今回手
伝ってくれたスタッフに対して、おためごかしをするんじゃなくて、
個々の部分じゃみんなが頑張ってくれた。
これは本当に外部の方に言えることなんですけど、スタッフが頑
張ってくれることで出来上がってきた、そういう仕事で、スタッフ
が覚えた事っていうのがいっぱいあるんですよね。本当にいっぱい。
編集
スタッフのレベルが一桁アップしたのは見ていてもわかりますね。
富野
実は今回のVガンに参加するまで、スタッフの若い世代が知らな
かったっていう事が、山積みなんです。そのくらいみなさん基礎学
力がなかった。ということは、彼等が今までやってきた仕事、言っ
ちゃえば、テレビシリーズものとかビデオの仕事というのは、物語
をするというレベルではなかった。そういう人達、ひょっとしたら
シナリオライターもそうだし、演出家もそうだし、その人たちが、
「なんだ、こうやれば映画っぽいじゃないか」とか、「すごいじゃ
ないか」っていうのをVガンで始めて経験した。そういうスタッフ
がほとんどだったんですと、とりあえず言わせてください。
総合的にはこういう言い方です。各論にするとね、ちょっと個人
攻撃になっちゃうから、というスタッフ大半だったと思ってくださ
い。僕はその事実を見落としていて、個々の才能をとにかく取り上
げようと思ったんで、それでひどい目にあったんです。それを全部
処理するのにどうするかっていうのを基本的に考えてきました。つ
まりその意識を持って作業しはじめたのが、手順としてある程度仕
上がりの見えてきた1クールの5、6本の時からです。しかし、絵コ
ンテの修正作業をやってるところで、脚本はさらに5、6本先までいっ
てるわけですから、その軌道修正もしなければいけないんです。こ
れらを平行して進めて追い付くのに、2クールのほとんどかかって
しまったということです。
秋口、つまり、3クールのモトラッド艦が出てくるぐらいでよう
やく、「もうお前等黙れっ、ロボットものなんてこれでいいんだ!」っ
てところまでテンションを落としてみせて、ようやくこちらの気分
とみんなの気分の足踏みが揃いましたね。
ですから、僕がやっぱり迂闊だったんですねって、言い方…はあ
ります。
でも、その事に関しては僕は残念だって気はありません。もとも
とVガンに関しては薄々ながらも以前と状況は違ってきているだろ
うなっていうのは分かっていましたから。世の中の流れとか、スタ
ジオワークのやり方とか、薄々分かってはいたから、結局全部僕が
ひっかぶるつもりでテレビシリーズの仕事を受けたわけですから。
それよりも、僕が一番願っていたのは、2クールで打ち切りにな
らないで欲しい、という事でした。つまり最低あと2クール、出来
ることならもう一年くらいやって、スタジオワーク全体がみんなの
物になればいいなと願っていたんです。
つまり、ロボット物であっても、最低これくらいの作り方が出来
るんだとか、もっとぶっちゃけた言い方をすると、バンクをきちん
と使ってみせて要所に新作を入れて作ったら、作画枚数3千枚も使
わないで、こういうものが出来るんだと見せたかった。僕がその前
にテレビで10年間やってきたことを、スタジオ作業として分からせ
るというサンプル作りをVガンでやるってことに覚悟を決めたんで
すよね。それでやってみたら、見事に時間と精力を吸い取られてま
した。
だからこの一年間、テレビの仕事以外何にも出来なくなっちゃっ
て、ノベルスは書けないわ、年収は下がるわ、僕自身の意識が物理
的にプッツンするわでもう……
<スタッフは頑張ってくれたんですが…>
編集
Vガンダムでは富野さんの方向性が見えにくかったですね。スタッ
フがその方向を目指したのだけれど、トレースするのがやっとやっ
との状況で、本来は物語に奥行きを与えるはずのプラスアルファが、
違う方向に出たのが1クール目でしたよね。
富野
一番分かりやすい話、「お前さんのその頑張りは認めるよ。でも、
お前さんがそういうふうに考えて頑張ったから、フィルムが違う物
になったんだよ」っていうことなんです。ほんとうにそういう事例
がものすごく多いんです。極端な話ね、頑張らないで手抜きでやっ
てくれた方がもっと良かったっていう事例が今回ものすごくあるん
です。だから、4千枚でやりゃあいいんだよ。それでクオリティが
下がるとかなんとかって考えるのは、お前さんたちの言ってるクオ
リティが違うんだ。
そういう話もしましたね。結局、それを教えることに徹したのが、
2クールの中頃、30話くらいだったかな、ようやく方向性が見え始め
てきたのは。
でも、やはり途中からまた新たに参入してくる人に対する余分な
修正作業をガンガンやって、こっちは多少せつなかったという気分
がある。
編集
今にして見ると、それが全部フイルムの中に見えてますという気
分が……
富野
見えてますね。特に最後までのフィルムを曲がりなりにも見てく
れた人。つまりスタッフもそうだし、視聴者もそうだし、Vガンダ
ムを最後まで見てくれればわかると思います。
その上で、時間を遡って逆算したときに、このスタッフがなんで
こう無駄なスタッフワークをしたかということも見えるだろうし、
今回直接参与してくれたスタッフに関しては、かなり学習してくれ
ていたということも実感できるはずです。
結局、今回Vガンに加わってくれたスタッフは、ここに来るまで
に他の仕事でなんとなく一人前になった人達がほとんどだったんで
す。基本的にフィルムを作るハウツーを何も知らなかったという一
言につきます。それは正直驚くべきくらい、すごかった。だから何
故彼等がそういう仕事をして、学校を卒業して5年か10年か知りませ
んけども、長い人では10年くらいかな、なんでこれで食ってたのか
僕には分からない、それが許されてきたのかという部分が理解でき
ないんです。本当にみんな無駄をやってきた。それで制作費がかか
るの、かからないのって言ったり、そこそこの作品が出来てたり、
出来なかったり、という状況があったなどというのは、お笑いに近
いんです。僕にいわせると、そういうスタッフが集まって作ってい
た作品なんだから、良いも悪いもないじゃないかって思う。うまく
出来たのはたまたま出来たんじゃないのって…
ちょっと口はばったい言い方かもしれませんが、そのあたりのこ
とが骨身にしみました。
こんな事を言っていいのかな、もう僕の立場だったら言っていい
よね?
編集
でも数をこなしたスタッフは明らかにレベルが違っていますよね。
現場で厳しい仕事をすれば、練度が上がるという見本なんでしょう
ね。実戦を経験した兵士の逞しさみたいなものは感じますよ。
富野
だから、今だからあからさまな言い方が出来るんです。Vガンに
関与していたスタッフ、これはもう彩色まで含めてですけども、物
が見えるようになりました。たとえば、彩色にしても『こんなに陰
つけなくて良かったんですね』って、今だから言えるようになった
んです。あからさまに言えば、特にこの半年のスタッフの練度って
すごいです。だから、今Vガンに関与してくれたスタッフは、まだ
馬鹿やる奴も一人か二人はいるけど、成長してくれました。みんな
がスタジオに来た時より練度が上がっているからこれが言えます。
認めてなければ馬鹿なんて正面きって言えません。だから、今回、
嫌がらないで最後まで手伝ってくれたスタッフに関しては、僕は本
当にお世辞でもなんでもなく、良く我慢して今日までやってきてく
れた。本当に嬉しいと言えます。
同時に先輩たちが悪い。後輩に何にも教えないで、仕事をさせる
な。これは先輩もそうだし、制作者もそうだけども、一蓮托生で本
来みんなに責任がある。ノーコントロール過ぎる。それで自分たち
で作品を作っているつもりになっているけれど、どれだけ無駄をし
てたかを考えて欲しいと思います。
これは観念論じゃなくて、銭金の問題で考えてもあまりにも無駄
をし過ぎているという事です。作業の無駄な部分を、もし金銭で弾
き出したら、月に一千万という単位になるかもしれない。ドブに捨
ててる作り方をした作品があるんじゃないかと思えてしょうがない
のです。現場が痩せ細っていく原因なのです。
お金を使ってそれが生かされるならいいです。だって、練度が上
がらないで、お金を使ってフィルムを作っていては…業界全体で言
うと問題なので、サンライズに限った言い方にしますが、ちょっと
現場を放任し過ぎたんじゃないかなって思いますね。
スタッフを甘やかし過ぎた。それも素人のスタッフを。本来のフィ
ルムを作る、映像を作るっていう仕事がノーコンだった。凄まじい
現場ばかりだったから、ここにいた人達にそれぞれの個性を出させ
るように思った総監督が馬鹿だった。終り。(苦笑)
<子供に親の期待を押し付けるな!>
編集
インタビューの総論部分。起承転結の結の部分を先にお話しして
もらった感じになりましたので、逆に下世話な部分に戻して、分か
りやすい所から聞きたいんですけども、ウッソの親父というのは、
ウッソの将来がどうのこうの考えた訳じゃなくて、この子が一人に
なっても生きる術を身につけさせたいと思ってますよね?
富野
思ってません。そんなに思ってません。僕は計画的過ぎるという
意味の嫌な両親にしています。子供にとってとても迷惑な存在です。
あの両親は…
編集
そうですか?母親の方にはとてもそれがすごく出ていたんですけ
ど、父親の教育も同じですか?
富野
基本はそうです。両親とも嫌な親なんです。それがそういうよう
に感じさせないのは、テレビ上での台詞ということを考えた時に、
その辺をちょっとあからさまにやっちゃうと、見辛くなってすごく
嫌になるんですよ。特にそれはお母さんのほうを演出してみて、気
持ち良くなかったんで、父親ではその部分の匂いを意識して消しま
した。
消しはしましたが、ラスト一ヶ月でのフィルムでは、父親のそう
いう部分はそれなりに醸し出すようにしています。つまり、こうい
うふうに親の予定で育てられたときの子供は、徹底的に被害者なん
だよっていうのが、残っています。まあそれをメインテーマにはし
ていませんが、払拭してはいません。逆にその部分は自信を持って
言えるのは、僕自身がこういう年をとって、親をやったから、自分
の子供が二十歳を過ぎた所を見て、思うところがあるからこの部分
はおさえました。
つまりこういうことです。親っていうのは自分の子供に対してや
はり期待を持つじゃないですか、その期待を持つっていうのが、い
い方向に働けばいいんだけれども、きっとそうじゃないんだろうなっ
ていうケースの方が多いし、それで自分自身が向さ合うわけですか
ら、子供の化け方を見ていった時に、物凄く腹立たしいわけですよ。
親として、何故この程度だったんだろう。この程度であるはずが
なかったのが、なんでこうなってしまったんだろうと考えます。僕
は、子供に対して親の立場というのを、山ほど言いたいわけだけど、
山ほど言ったら、要するにウッソの両親みたいになるだろう。と考
えたんです。
それは子供の側から見ればとても不愉快なのは、子供の主権無視
ですからね。そういう自分が親になった時の無念さを含めて見たと
きに、それを子供側から見た時のうっとおしさとか、過剰の期待で
潰れていく子供っていうのは、世間にそこそこに例があるわけでしょ。
『親が子供に対してどうあるべきか』っていうのは基本的に自分に
とっても一つの基本テーマになっているわけだから、表現は優しく
はなってはいますけれど、親のそのいやらしい部分というのは許し
たくないのです。ですから、最後はウッソの父親っていうのはすご
く卑怯にしてしまいました。
編集
この作品を全部通して見ると、親の責任を全うしている奴がどっ
こにも出てこない。ただ、大人の責任を全うしてくれる人間がロメ
ロ爺さん以下の爺さん連中とか、いい年のおじさんたちでしたね。
富野
それはそうしました。親っていうのはきっとそうだろうと思う。
そして、自分が親をやる必要がなくなってしまった人達、独身者か
そうでなくっても孫がいるかもしれないような人達は、最終回前49、
50話のアフレコをやったときなんか見てますとね、感動ものです。
『こいつら潔がいいってね』って嬉しくなっちゃう。僕も、せめて
こういう風に死にたいなあと思うもの。そういう構造にしたのは、
これは大人の憧れですね。そのテーマっていうものを背景にして、
ずっとVガンでひいたっていうのは、今、自分が親をやってみて感
じた事なんです。間違いなく親子の関係をいい形で成立させるなり、
両親側の自意識の持ち方っていうのが、どうも一番難しいらしいっ
ていうのが、僕の実感になってきた時に、これは悟らなければいけ
ないなと思ったんです。
ガンダムのような作品の場合、ぼやぼやしてると場合によっては、
親になった人だって見るかもしれないわけでしょ、やはりこのテー
マは逃げて通れない部分なんです。アニメの世界、つまりロボット
物であっても、そういう親子の構造っていうのを時には覗くような
作品があっていいだろうっていう気持ちを出しました。
それは初期設定のプランをした時からの考えです。この部分は抜
さ差し無く最後まで行こうと思ってました。でも言ってしまえば、
そのあたりが若い人達に当初の段階で全然分からないんですよ。だ
から今回のVガンは、利口な親の間に生まれちゃった子供は悲劇な
んだよねっていうのが、一番のテーマということになりますかね
編集
ウッソを見て、歴代主人公の中でお前ほど親に恵まれた奴はいな
いと思っていたのに、最後には、放っとかれた方が良かったねって、
感じました。
富野
あともう一つ嫌な言い方になるんですけどもね。今の子供世界っ
ていうのは、そういう色合いがすこく濃いんじゃないのかな、と思っ
てこのテーマを取り上げたんです。だから、その部分のフィーリン
グが、Vガンの作劇をしたときに思ったんだけれど、世間の状況に
しても、やっぱりファーストガンダムの時とは違いますよね。
親の見え方。僕自身かなり精神的に親をやっちゃったおかげで、
親のスタンスをいつもはずさないで作劇したという部分が、物語と
しては、見辛くなったっていうのはあると、これも承知はしていま
す。
編集
それなら父親も最初から嫌な人間として描いて欲しかったですね。
母親の教育論というかウッソヘの態度があれでしたから、両親の差
が出てしまっていましたね。
富野
実際現場でやってみて、ある程度こちらも細かくこの作品では全
部きちんと監督もしきれてなかったから言えないのですが、やはり
今日までの日本のアニメ界でこういう形での親子関係をさちんと描
かなければならないと思ったスタッフが実は、ほとんどいなかった。
それが原因とは思いたくないんですが、ウッソのお母さんが初めて
出てくる話数の演技指導の時に僕が立ち会えなかったんです。
(編注、出ました演技指導!この本を読んで下さる若い人には理解で
きないかもしれませんが、富野作品のキャラクターが生きているの
はこれがあるお陰といっても過言ではありません)
あの時に僕は立ち会えなかったんです。見事に失敗してくれて、
そのあたりは困ってはいるんですけれども、しようがないですね。
じゃなくて、しようがないまんまでやって、途中で全部変えました
ね。ああいうようなことが……でもこれなんか分かりいいから言え
る話で、Vガンには説明しきれない、分かりにくいやり過ぎとかね、
ごたごたしたことがいっぱいありますから僕からはちょっと言いき
れません。
母親は単純に演出のミスだと思ってください。ああいうふうにす
るとは、いや…。まあ、それに関してはエクスキューズする気はな
いから。ようするに、単純に、『もう…ちょっと目を離すと余分な
事やってくれるから、分かんなくなったじゃねえか』っていう話な
んですよ。
<カテジナの心変わりは誰にもわからないです>
編集
他のキャラクターには無理やりにも感情移入できないことはない
のですが、カテジナだけは理解する事が出来ませんでした。…あれ
何だったんです。
富野
それは分かるはずないよ。ラストシーンの必殺兵器ですから。別
に心変わりしたわけじゃないよ。だって、心変わりするモーメントっ
てないんだもん。もともと何も考えていなかった女だから、あれは
心変わりでもなんでもないです。
だって、クロノクル程度の男にケロッと行っちゃうようなつまん
ない女だったんだよ。それだけですよ。それで何故いけないの。そ
ういう人だっているでしょ、いいたかないけど。ただ、そういう時
に一つ重要な事があるんだけど、書いてもらうと困るのよね。
クロノクルがいい男だったら好きになっても誰も文句言わないの
よ。クロノクルが良い男を演じていれば、カテジナがクロノクルに
惚れて何故悪いって言えますよ、僕も。やっぱりプランニングが深
すぎたんだよね。クロノクルを殺したらにっちもさっちもいかなく
なっちゃうっていうポジションにおいといたから、殺すに殺せない
しっていう理由もあります。人間って自分が低い位置にいても、相
手の男であろうが女であろうがグレードが高けれぱ、自分のクレー
ドも上がってくるよね。今回カテジナの不幸があるとすると、まさ
にそれです。だから最後は、カテジナとウッソの個人技で押し込む
しかないなっていうふうにしたってことはある。だから凄く単純な
構造になってしまって、なんだカテジナは元々ウッソが好きだった
んじゃないかっていうふうになっちゃった。これは、シャアとララァ
の関係がいい例でね、2、3本やってみて、声が入っていって、キャ
ラクターがうんやっぱりこうだよねって膨らむのと、絶対膨らまな
くってっていうその二つのケース、間違いなくあるね。
やっぱり、シャアのあの声がああいうふうに聞こえたっていう瞬
間で、キャラクターが化けたってところがある。だからカテジナが
悪いんじゃないけど、最後はカテジナ一人が頑張って狂ってみせる
しかないっていう。つらさが、あるね。
編集
それが終盤の変更に関係しますか。
富野
それはしようがない。あの子は本当に不幸だった。本当に不幸だ
から最後がコンテでああいう落としになった。本当はね、漠然とあっ
たプランの時にはあのラストシーンじゃないんだよね。完全にエン
ジェルハイロゥそのものの大団円でメカ物風の景色で見せていくって
落とし、絶対考えていたはずなの、僕自身。それを結局カテジナで
取ったのはなんなのかっていうと、泣かず飛ばすのカテジナの不幸
な落としでやらない限りカテジナを救えなくなったからっていうの
が、本音です。
最終的に僕がカテジナで落とすよって言った時に、それしかない
ですねって、スタッフも納得してくれました。どっちにしてもカテ
ジナのレスキューは出来なかった。その問題があって、こういうラ
ストシーンにしたんだけれども、じゃあ、あのラストシーンがいけ
ないかっていうと少し違います。ガンダム物のエンディングらしい
エンディングで初期通り落とした方が大名作になるのかなっていっ
たときに、そうじゃなくて映画っていうのは、今回の落とし方の方
が正当かなと僕は思っています。
編集
テレピシリーズとしての最終回ではないです。けれど、Vガンダ
ムそのものが、長編を毎週細切れで見せられてるんだから、あれで
もいいのかな…
<僕は名作物がやれそうだ>
富野
あのエンディグは初期のVガンのイメージを全部とっぱらっ
ちゃった時に、うまくあそこに持ち込んだという意味では、かなり
頑張ったなというのは自分でも分かる。とっても好きなエンディン
グなんですよ。もともとウッソの話のVガンっていうのは、もう
ちょっとぶっ飛ぶ話だったんです。
実はこういうことなんです。ああ、初恋物語だったのかって落と
しになっている、という意味では、僕はやっぱり、むしろ僕の一番
嫌な所を今回エンディングでああいうふうにやってみたっていう事
に関しては、気に入ってはいます。
もっと平ったく言うと「なんだ、僕も名作物が出来るんだ』って、
だからちゃんと映画の仕事をやってみたいなと本当に思うように
なった。僕、演出家出来るんじゃないって。思ったんだけど、違う
かな。
編集
昔は我々が『富野さん名作物出来ますよ』って言うと、怒ったん
ですよ。馬鹿な事を言うもんじゃないって、激怒してたのにどうし
たんです。
富野
そかな。そんな事があったっけ?
編集
本人からそのお言葉が出るとは……そうなんですよ、あれはもう、
あそこまでくると名作物と紙一重になってるんですよね。
富野
紙一重にしたんです。そして、もう一つ言える事は、自分自身が
ずっとガンダムやらされて、いい加減辟易してる部分があるから、
いわゆる名作物っていう言い方、分かりいいから言ってるだけです。
けど普通に映画を作るっていうところにそろそろ戻りたいなって思
い始めているんでしょう。
だから15年前に、はなから名作物やるなんて言ったら、やはりこ
うは長い間ガンダムは出来なかった。これが出来る自分になったん
だから、簡単に言っちゃうと、1本のフィルムを作りたい、凄く。
だから僕が死ぬまでの1年か知らないし、10年か知らないけど、生
きている間に、普通のもの作りたいですね。普通でいいんじゃない
のかなって思う。
それで僕自身に関して言うと、若い人達がVガンテレビシリー
ズとか、なによりもストーリー性のあるものを作っていく演出論な
り、シナリオ論なりを、勉強してもらったのと同時に、僕にとって
は実はロボット物を抜け出していくための演出学、というのをかな
り意識して、総監督業務をやらせてもらいました。この2年間は無
駄ではなかったですよ。
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1クールの混乱がなけれぱ、もっと面白い話だったですけれどね。
富野
全部自分の下敷きでやろうと思わないとそういう部分のスキを許
すのよね。テレビシリーズのルックスの中の見易さというところで
もっとコントロールするべきでしたね。
僕自身、もしVガンダムをなんとか1本か2本にまとめてくださ
いって話があったら、喜んでやるけれども、その時はラストシーン
から逆算して頭を全部作り直さなくてはいけない。そういう作業だ
から。だから過去にやった何かとは違うから、基本的にVガンての
はこれきりかなって感じがしてます。それでいいんじゃない。だけ
れども、大きな意味でこの時期にVガンをやらせてくれたという状
況、僕のことだけでも基礎学力をもう一度再確認して、手に入れてっ
たという意味では、いい経験でしたよ。
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最終回まで見てしまえば、誰が見てもフィルムの内容がわかるん
ですから。
富野
はははははは。そういう意味じゃ良く分かるフィルムなんだよ。
酷い言い方すると。
僕は総監督の立場にいたから、フィルムを見ると僕が暴走してい
ると思っていたんだけれども、こうやって振り返ってみれば分かる
でしょ。
僕は、3スタの連中にかなり生気吸い取られたんだよね。そうい
う意味で富野さんって、自分で自分に感心するけど、かなりタフだ
ね。肉体的にも精神的にもたしかに消耗はしたけれど、僕自身の感
性っていう部分でいえばかなりリフレッシュされています。僕は、
来年辺り芝居をしているかもしれないね。これで、Vガンダムの思
い出は全部吐き出したつもりです。もう何もないです。(笑)
(1994年2月22日)