司馬遼太郎著「コロニーを行く」(三)

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274(花神より)
(言ってしまえ)
と、ソシエはおもった。
「ロランなんて、大きらいよ」
 言ってから、自分の気持ちとはおよそかけはなれたこ
の言葉の内容にわれながらおどろいたが、しかし言葉と
は時に内容ではないであろう。いまの気持ちにはこれほ
どぴったりしたことばはないとおもった。
----はて、なぜきらいだろう。
 ドアの向こうで、ちょっと考え込む気配がうかがえた。
そのロランの相も変わらぬ朴念仁ぶりが、ソシエの癇を
いよいよかたぶらせた。
 なにか、思いっきり引き裂きたかった。物をではな
い、言葉で、それもはげしい言葉で、出来ればロランと
のあいだでできあがったこの主従というなまぬるい関係
を思い切ってひきさいてしまいたかった。引き裂いた後
がどうなるか、ソシエにもわからない。