0080 ポケットの中の戦争3【虹の果てには?】

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758通常の名無しさんの3倍
 風が吹く……

 彼女は、それに気がついていない。
 だが、風はわずかにその重そうな髪を揺らしている。
 クリスチーナ・マッケンジーは「島」で生まれた。彼女にとって自然とは、山や渓谷のことではない。
薄い隔壁の向こう側、広漠として広がる真空の闇だけが、唯一、本物の自然である。それ以外の全てのものは、空であれ、雲であれ、「そこにそのように設置されたもの」にすぎない。
 しかし、そんなあじけなさの中でも、人は死にはしない。
今、彼女の感じている不快感は、おそらく、この時代にあっては普遍的なものなのだと思う。まったく何にも寄りかかることが許されないこと自体に、その原因があるなどといったら、曖昧すぎるだろうか?
 つまり、人の行為ですべてが固められる世の中にあっては、人やもの、すべてのものが意味によって発生し、その限界が定義づけられる。
だから、その意味の及ばぬところを、人人は無意識のうちに糾弾してしまうのだ。

 「こんなの無意味だ!」
 といって、べつに意味を求めているわけではない。ただ、限界という概念の外に、寄りかかることのできるもの、人、ことを求めているだけなのだ。
 だから、「それ不条理なるゆえに我信ずる」。
 ただ、造りものの自然に感動などしないほうが、むしろ正常だという考え方もある。
 しかし、正常な人間が必ずしも幸福であるとはいえないだろう。
 この人工の大地にも風は吹くのだ。
759通常の名無しさんの3倍:02/09/12 12:41 ID:???
 ジオン独立戦争、後に一年戦争と呼ばれるこの戦争では、人型機動兵器”モビルスーツ”
による戦闘が、戦術において重要な位置をしめるようになった。これは、戦前に発見された、
電波攪乱効果を持つ帯電粒子、ミノフスキー粒子の使用により、レーダーおよび電波誘導
兵器のすべてが不能となり、肉眼による白兵戦が主(メイン)となったためである。つまり、
戦争のやり方が古典へ返ったのだ。
 この全高二十メートルの人型兵器が、戦場で古典的な活動、撃つ、切る、走る等を行うに
は、パイロットの操作だけでは、当然、不充分であった。
 そのためには、常に人工知能が操縦者の意図を瞬時に予測し、また場合によっては独自
に判断し、サポートしてゆく必要がある。つまり、古典的な野戦における「馬」程度の判断が
兵器の側に要求されるようになったのである。
760通常の名無しさんの3倍:02/09/12 12:44 ID:???
 したがって、モビルスーツには、戦闘機や戦車といった戦場での乗り物と違って、大雑
把な意味ではあるが、人格を持った機械、いわゆるロボット的な側面が存在する。それは、
もちろん意志を持つほどのものではない。あくまで、操縦者とモビルスーツの間で潜在的
に機能する程度のものである。しかし、モビルスーツの操作は、人間にとっても機械にと
っても過酷な精神的労働を強いる。究極の修羅場においては、その人格の性質が、その兵
器としてのモビルスーツの性能の差となって現れるのだ。
 さらに、この人工知能の特徴として、「教育型コンピューター」という名があげられる。
これは、その名が示すとおり、その機体が戦場等で攻撃、回避、帰艦等の経験を積むこと
によって、より複雑、より困難な事態を的確に判断し、機体を操作できるようにするシス
テムである。
 だから、この「教育型コンピューター」を積んだ機体は、使い込むほどに訓練され、す
ばらしい性能を発揮するであろう。
 そうなってくると、そのモビルスーツにどれだけ実戦の経験を積んでやるかが、強さの
カギとなるわけだが、問題があった。
 それは、今大戦に投入された全モビルスーツのうち、ジオン側、地球連邦側含めて、敵
と数回以上の接触、戦闘を行う機体は、全体の五パーセント強にすぎない、という点だ。
 つまり、充分な経験を積むほどの戦闘を行うことは、それだけ機体自体の損失をまねく
ことでもある。かずかずの戦闘を勝ち残ってきた歴戦のもとるスーツなどというものは、
現実には存在しない。
761通常の名無しさんの3倍:02/09/12 12:46 ID:???
 そこで出て来たのが、シミュレーションという考え方だ。
 つまり、その機種が工場を出る前にさまざまな疑似経験を与え、一人前の兵器に教育し
ておくということである。
 これは、戦前にジオンの技術者が考えたものだが、連邦にも、初のモビルスーツ「ガン
ダム」の開発とともに、さらに強化された理論で導入された。
 しかし機械の訓練とはいえ、この時代、人工知能はもはや一種の疑似人格といえるほど
のものであり、その扱いは本物の人間の子供以上にデリケートである。このことによって、
各大学の心理学教科に新分野の増設が数回行われたことが、その奥の深さを物語る。
 新しい学問の分野は、新しい専門職を生む。機械を訓練する専門家である。その職は技
術者というより、文字どおり教職に近い。
 人は、これを、その仕事の性質から「心理学的(サイコロジカル)トレーナー」とも、
または単に「ティーチャー」とも呼んだ。しかし最終的には、「シューフィッター」(靴
の調製師)という名が使われるようになって定着した。
 シューフィッター。新米のパイロットが初めてのモビルスーツで出撃するときでも、す
でに履き慣らされた靴の感触を与えてくれることから、感謝の念をこめてそう呼ばれてい
る。
762通常の名無しさんの3倍:02/09/12 13:15 ID:???
 現在、連邦に、公認のシューフィッターは十二人。うち、八人は女性。
 女性向きの仕事ともいわれた。
 その中で、二番手とも一番手とも噂される名シューフィッターのクリスは、今”アレッ
クス”という新型を育てていた。以前、助手としてその教育に関わったことのあるガンダ
ムの後継機である。

 買物を終え、袋をかかえて帰る路、クリスはスパゲッティ用のソースを買い忘れたのを
思い出した。だが、人の多いショッピングセンターへ戻ることは考えたくなかった。
 「明日にすればいい……」
 彼女は、気が沈んだとき、数少ない楽しみの一つである買物にでかける。
 べつに服を買うのでなくても、日用品や食料を買うだけで、けっこう気晴らしになる。

 大通りから少し小路へ入ったところに彼女のアパートがあった。
 市街地のわりに静かな小路。
 周錠屋に通されたとき、その場で決めてしまったのだが、今にして思えば、もう少し良
いところもあったように思う。
763通常の名無しさんの3倍:02/09/12 13:15 ID:???
 クリスは近くの酒場『ピンク・エレファント』へ向かった。
 マスターは品の良さそうな初老の男で、軍人上がりといった風体である。
 「もう店じまいなんですがね。聞こえないのか 終わりだよ」
 「気の抜けたビール置いてありませんか」
 「大した注文だな」
 「馬の小便よりマシなら文句はないわ」
 「奥にあるかもな」
 「それはありがたいわ」
 実はマスター、チャーリーはコロニー内の工作員なのである。二人は店の奥へ入った。