逆襲の金髪プリンセス

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それはしばらく前のこと。不穏な空気がくすぶる地球。
その星のとある海岸で、少年と少女はめぐり合い。
全てはそこから始まって。



やがて吹き荒れる戦争の嵐。

少年は戦士としてその戦いを駆け抜けた。自分が戦うことで救われる人がいると信じて。
少女は指導者として生きる道を選んだ。戦争は悲しみしか生み出さないと、少しでも世界に伝えるために

その中で二人は、運命に翻弄されるように近づき、分かれ、再開し。
そしていつしか予感するようになった。
互いの存在が歴史を動かし、多くの人を救うだろうということを。


そして舞台は激戦の宇宙。
少年の戦いと少女の献身は世界を動かし、そしてついに平和が訪れて。
人々は新しい時代に向けて歩き出しはじめ、二人の戦いも終わりを告げた。

おとぎ話ならば、ハッピーエンドのプロットが出て終わるところ。
『そして世界を平和にした二人は結婚して、一生幸せに暮らしました。
めでたしめでたし』



だけど世界は物語ほどシンプルではなくて。

戦争が終わって、少女は思った。
『世界の平和のための礎になろう。
戦いが生み出す悲劇を、もう二度と繰り返さないために。』

戦争が終わって、少年は思った。
『俺の一生を、あいつのために捧げよう。
あいつが平和のために働くことの全てが、俺の喜びでもあるのだから』



少女は外交官になった。
自分が生まれたこの地球と、彼が生まれたコロニーとの掛け橋となって、世界の平和を
守りつづけるために。

少年は火星移住プロジェクトに参加した。
自分の力を生かせる場所で働くことで、少しでも彼女のために役立てると信じたから。


そして、二人は遠く離れて。

少女は地球で夜空を見上げる。
小さく見える赤い星。そこにいる彼のことを思いながら。
少年は火星で地球を見上げる。
美しく青く光るあの星を、遠い彼女の瞳の色とかぶらせながら。


そして流れた数年の時。これはそんな二人のある夜の光景。
夜もだいぶ更けたころ。
ようやく今日の仕事を終えて、彼女が部屋に戻ってくる。
いつもならば、窓から彼のいる星を探してから、明日のためにベッドに入るのが決まったパターン。
今日も彼女は多くの仕事をこなしていたし、明日も朝から仕事が待っているのだから。

だけど今夜はいつもと違い、夜空を見上げる様子もなく、ベッドに向かう様子もなく。
落ちつかなげに、たまに時計に目を走らせて。
そわそわと、でもどこか嬉しそうに。


昼間、執務室の彼女のPCに届いた、一通のメール。
文面はシンプルなもの。
プロジェクトの進行報告のために、地球圏のコロニーまで来ていること。
それを伝えるのと、『おまえに会いたい。23:30 会いに行く』の一文だけ。
差出人のところには『H・Y』の3文字。
3年と128日ぶりに、また会うことができる。
それを伝える文章だった。
何度も彼女は、時計を見なおす。
23:24
23:25
時がたつのが、普段の何倍も遅く感じられる。

23:26
23:27
数分が数十分にも数時間にも感じる。
あまりにも遅々とした動きの時計に、壊れてるのではと疑念を抱き、耳をよせてみる。
……異常なし。

23:28
23:29
まとっている寝着のえり元を、無意味に何度もなおす。
無意識に手に力が入り、小さなこぶしが寝具のえりをぎゅっと握り締める。


そして、23:30。
かちりと窓辺で音がして。そこから夜の風が吹きこみ。
あわてて振り向いた彼女の目に移ったのは、開け放たれた窓。
そして、その外の闇からふわりと浮き上がった白い影。

足音も立てず、彼氏は床に降り立って。
いつも変わらない仏頂面のまま、彼女の瞳を見つめかえした。
「……丁度、約束の時間だな」
彼に話したいことは、いくらでもある。
会えない間におこったこと。
会えない間、彼はどうしていたのかということ。
そして、こうしてまたあなたに会えたことが、どんなに嬉しいかということ。

だけど、大きすぎる思いがかえってノドをふさいでしまい。
だから彼女は、なにも言わずに窓辺の彼にそっと歩み寄り。
彼氏の瞳を見つめながら、涙の浮いた目で微笑んで。
立つ彼に静かに寄り添い、そしてぎゅっと抱き着いて。
一言だけ、言葉をあげる。



「前に会ったときから、また背が高くなったのですね。ヒイロ」



彼氏は返答のかわりに、思いきり彼女を抱きしめかえした。
そして無言のまま、そっと彼女の細いあごに指をよせ、軽くあおむける。
そのまま唇をふさいで、そこからはもう言葉が不要の時間。
窓から入る月明かりが、白い体を淡く光らせ。
荒い息をつきながら、彼の上で彼女が踊る。
熱い快感と、繋がりの喜びに身をよじらせて。

吐息に交えて、二人は互いの名を呼び合う。
もっと深く一つになりたくて。もっと互いの存在を感じあいたくて。

「もっと……私を……あなたのものにして……!」
途切れ途切れの懇願に、たまらなく愛しさをかきたてられて。
彼氏の動きが激しくなる。何度も何度も、彼女の奥へと突きたてる。
その度に小さくふるえる細い体。
彼女が、彼氏の胸板にぎゅっと爪を立てる
彼氏が、白い肌にくっと指をたてる。
そして二人の限界が近くなる。
結ばれているところから、痺れるようなうずきがこみあげる。

達するときを重ねたくて、彼氏は彼女の細い腰に突き立てた指を、思いきり引きつける。短い悲鳴。彼女の体が弓のようにしなる。
ふわりと宙に舞う金の髪。
二人をつなぐ楔が熱く脈打ち、焼けつくような快楽が心と体を満たす。

一瞬、時が止まったように、のけぞった彼女の体が宙にとまり。
数秒。
まるで糸が切れたかのように、彼女は彼氏の体の上に倒れ伏す。
それにほんの一拍だけ遅れて、宙に広がっていた柔らかな金髪が、ふわりと二人の上に降りかかった。

「あなたにはあなたの、私には私のなすべきことがあって」
熱く体を重ねた後の、けだるい一時。
ほてりの残る潤んだ瞳。
「だから、いつもあなたと一緒にいたいなんて思うのは、きっといけないことなのでしょうね」
彼氏の横顔を見つめながら、彼女はひとりごちるようにつぶやいた。

「世界の平和を背負うのが、辛くなったのか?」
そう言う彼女に顔をむけ、ぶっきらぼうに彼は言う。
「いいえ、それで救われる人がいるのなら、重荷など感じません」
そう言って首を横に振り。
でも、どうしても聞いてほしい言葉があって。
「……それでも、時々どうしようもなく、あなたに傍にいてほしくなるの」

彼氏は珍しく迷ったように、少しの間沈黙して。
それから、変わらない口調で語り始めた。

「俺は、お前が強い女だと信じている」
つぶやくような彼氏の言葉に、彼女は耳を傾ける。
「歴史を動かし、世界を平和に保つ。お前にはそれに耐える力があるはずだと」
そこでいったん言葉を切って。
数瞬、また沈黙を置いてから。
「……それでも、どうしてもつらくなったならば俺を呼べ」

え、と彼女は彼氏を見つめなおした。
「俺がお前のためにできることは知れている。
だが、お前が求めるのならば、いつだろうと俺は必ずお前の所に行く」


しばらく彼女は無言で彼の瞳を見つめていて。
彼女の瞳が、嬉しさでじわっとにじみ。
こみ上げる涙を見られないように、彼女はうつむいて。
こつんと彼氏の肩に頭をあずけた。

「……あなたのその言葉だけで、私はなににでも立ち向かっていけます」
「そうか」
内心を見せない、彼氏のそっけない返答。
だけど彼女には、それに込められた暖かさが胸に染みるようで。


「ありがとう」


抱き合ったまま、しばらく時がたち。
胸の中で眠ってしまった彼女を起こさないよう、静かにベッドに横たえさせて。
そっと彼氏はベッドから離れ、床に投げ捨てた服を身につける。
そして静かに窓をあけて、立ち去りぎわにほんの一瞬、眠る彼女を振り向いてから。
彼は来たときと同じように、気配一つ残さず夜の闇へと消えていった。



いや、たった一つ。
たった一つだけ、彼が残していった物があって。

朝が来て。
彼女が目を覚ましたとき、隣にはもうだれもいなかった。
寝起きの少しぼっとする頭で、昨夜のことを思い出し。
熱くて甘くて濃密な記憶に、すこし頬を赤らめたあと。

彼女は小さくため息をついた。
昨夜は夢のように素敵だったけれど、いま彼はもうはるか遠く離れてしまっている。
朝まで一緒にいられることはないとわかっているのに、それでも彼が隣にいないことが
さびしくて。
体の奥にまだ残る彼の熱さが、昨夜の逢瀬が夢ではないと教えてくれていて、それが少し慰めになったけれど。

かすかに彼の匂いが残るシーツに、もう少しくるまれていたいけど。
今日も早朝から待ちうける会議、ゆっくり思い出にひたる暇も持てそうになく。
彼女はベッドから立ちあがり、裸の体に服をまとう。

公用のスーツに身を包み、髪を整え、メイクを直し。
鏡に向かい、出発前の確認。てきぱきと、一連の動作をすませる。
長くはないけれど、深い眠りをとれたので疲れは感じない。
きっと、彼氏が眠るまで抱きしめてくれていたおかげだろう。

全ての準備を終え、部屋から出ようとして。
なごりおしげに、彼女はベッドの方を振り向いた。
ほんの少し前まで、確かにそこにいた彼氏の気配を求めるように。

そして。
枕の下からのぞく、白い紙片に気がついた。
ベッドに駆けより、紙片を開く。
そこにあるのは、まごうことなく彼氏の筆跡。

『また、会いに来る』

走り書きされた、数語だけの手紙。
その短い文を、彼女は何度も何度も読み返して。
一度、ぎゅっと胸に抱きしめてから。
大切にたたみ、スーツの胸ポケットにそっと差しこんだ。


ポケットに手を当てたまま、彼女はいったん目をつむり。
小さく深呼吸して。そして胸ポケットから感じる彼のぬくもりを、今日を迎え撃つ活力に変えて。

ドアに向かい、ぴしっと顔を上げた。
本日のスケジュールも分刻み。その全てに、多くの人の平和と幸福がかけられている。
彼女はドアをあけ、今日に踏み出していった。
彼女がメモを見つけたころ。
彼氏は地上を遠く離れ、コロニーへと向かうシャトルの中にいた。

火星から連絡船でコロニーへ。コロニーから地球へ。宇宙港から彼女がいるところへ。
かつて人類が宇宙へ歩み始めたころには、地球と火星間の往復には2年の時を要したという。
時の流れは人の技術を進ませ、二つの星を隔てる時間の壁は薄くなっているものの。
それでもなお、二つの星を隔てる距離は長くて遠い。


『次に会えるのは、いつになるだろう』
シャトルの座席で、彼は思う
1年先か。10年先か。
許されるのならば、永久にでも彼女の傍らに身を置きたいのだけれど。
「……いや」
彼は首を振り、その思いを振り払った。
わずかな時間であっても、この腕で確かにあいつを抱きしめられた。
それだけでも身に過ぎるほどに俺は幸せだ。それ以上の何を望むことがあるだろう。


カーテンをあけてみた。
窓に大きくうつる地球の姿。
青く光る美しい星。彼氏はまた、その星で働く彼女の瞳をそれに重ね合わせて。

そして彼氏は思う。
あいつはもう目覚めたころだろうか。
俺が残していった伝言を、読んでくれただろうか。

カーテンを下ろし。
背もたれに体をあずけ、彼氏は腕ぐみをして目を閉じる。
目標コロニー到着は4時間後。その間は仮眠をとれるだろう。

そして彼は眠りにおちていく。
わずかな眠りの間に見る夢で、もう一度彼女に会えればと、胸の片隅で願いながら。


そしてまた、新しい朝が来て。


多忙な彼女は、今日も世界の平和のために無数のスケジュールをこなし。
寡黙な彼氏は、今日も愛する彼女のために働きつづける。
遠く離れた星の上で、いつだって互いのことを思いあいながら。