異相の女たち、すなわち女戦闘員たちは、強化された腕で毬子の腕を
がっしりと拘束したまま、毬子を改造手術台へと運び始めた。
「いやよぉぉっ! いやぁぁっ!」
毬子は半狂乱となり、その腕を必死でふりほどこうと、じたばたと
もがいた。だが、そんな抵抗も空しく、その美しい裸身はじりじりと
手術台へと引きずられていった。
手術台の手前で待機していたもう一人の女戦闘員が毬子の両足を持ち
上げ、二人の女戦闘員が両脇から毬子の肩を抱え上げた。両脇の二人は
そのまま手術台の両側に移動した。こうして三人の女戦闘員が毬子の
肉体を持ち上げ、手術台の上に寝かせた。
ひんやりとした台に、毬子が両手と両足を大きく開いた大の字の姿勢
で押しつけられると、両手両足の部位のシャッターが開き、せり上がって
きた拘束具が毬子の手足の自由を奪った。
努めを終え、女戦闘員が立ち去るのと入れ替わりに、ショッカー科学陣
が手術台を取り囲んだ。突き刺さるような「男」の視線を感じた毬子の
中に、恐怖だけでなく、強い羞恥心が生じた。幼い頃、父親が見たで
あろう以外、他のどんな男性にも見せたことのない裸身が、両足を大きく
広げて横たわるという、常識では考えられない姿勢で、男たちの目に
さらされているのである。
やがて、まず男の一人が、毬子の顔に顔を近づけ、毬子の眼鏡を外した。
眼鏡を外された毬子を顔を見下ろした男たちは、一斉に「ほう」と
目を丸くした。
毬子は以前、仮性近視になった折にこの眼鏡を作り、その後視力が
回復した後も、合わない眼鏡をかけ続けていた。その理由は、一つには、
自分にとっては厭わしい存在である彼女の美貌を、人目から遠ざける
ためであり、もう一つは、視界を幾分ピンぼけにしておくことで、
他人の視線を気にせずに済ませるためであった。
つまり本来毬子は、眼鏡を外した方が視力が上がるのである。そして、
今や毬子の裸眼は、残忍な科学者たちの顔や、その視線のに晒されて
いる自分の裸身を、はっきりと映し出しているのだった。
「やだっ! やだ! やだ!」
毬子はそう言いながら幼児のように首を振った。足を閉じ、胸や局部を
手で隠したい、という強烈な衝動が、拘束具に固定された毬子の、肩や
腰をぐねぐねと動かした。無論、拘束具はゆるむ気配も見せず、毬子の
その動きは、かえってその裸身のなまめかしさを高めた。
科学陣の一人が、脱衣の効率上、なおも残されていた毬子のソックスに
手をかけた。ソックスを下ろし、白磁のような、形のよいつま先を露出
させるその手つきが、毬子にはひどく猥褻なものに感じられて、毬子は
思わず叫んだ。
「やめて! 触らないで!」
そう口にした毬子は、自分のその言葉がまったく無駄な要求である
ことを、改めて自覚せざるを得なかった。この男だけではない。自分を
取り囲んでいる男たちすべてが、これから自分の肉体に触れるのだ。
いや、ただ触れるだけなどではない。彼らは、その手にした残忍な器具
で、何をするのであったか?
――手術! 改造手術!!――
毬子は、羞恥心によって一時的に意識から逃れていた、その恐るべき
運命を再び意識に甦らせた。
――これから、わたしは残酷な「手術」を受けさせられてしまう。
そして、さっきのあの生物のような、人間ならざるものへ、身も、心も、
「改造」されてしまうのだ!!――
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
その、ひときわ大きな絶望と恐怖の叫びに呼応するように、無影灯が
ともされ、まばゆい光が毬子の裸身を照らした。恐怖による冷たい汗で
じっとりと濡れたその皮膚はてらてらと輝き、毬子がもがくたびに揺れる
豊満な乳房や、くねくねと曲げられる腰の曲線の変化が、感情抑制処置を
施されているはずの科学陣の劣情を、それでもなお、やみがたく刺激した。
やがて麻痺剤が注射され、毬子からは手足を動かす自由も、声を出す
自由も奪われた。だが、その薬剤は毬子の痛覚を完全には遮断せず、
さらに、毬子の意識を完全に奪うこともしなかった。ぼんやりとした
感覚が毬子の意識を覆いはしたものの、完全な睡眠状態には至らなかった
のだ。目をつぶる筋力すら麻痺してしまった毬子は、身じろぎ一つでき
ない状態で、無影灯の鏡面部分に映る、自らのかよわい裸身を直視する
以外になかった。
そうして、いつ果てるともない、何日にも渡る、長い、長い、肉体的、
精神的な拷問の時間が始まった。
薬物の作用は毬子に深い眠りを許さなかった。毬子は、恐怖と苦痛で
意識が遠のき、短い悪夢にうなされた後、再びうっすらとした意識を
取り戻し、悪夢以上に悪夢的な現実に戻る。という繰り返しを経験した。
そしてそのサイクルが進むたび、鏡面に映る己の姿は、着実に惨めで
おぞましい変貌を遂げていった。
毬子の研ぎ澄まされた知性は、そのような状況の中でも、己が置かれた
状況の分析をやめようとはしなかった。
「改造手術」は様々な悪夢じみた肉体加工の複合技術のようだった。
その一つは、毬子の肉体のサイボーグ化である。円形の手術台を複数の
スタッフが囲み、毬子の、シミ一つない美しい肉体のあちこちに無造作に
メスが当てられ、鈍痛を毬子に与えながら、骨格や臓器の、人工部品に
よる置換や補強が行われていった。全身がむごたらしく切り刻まれ、
あちこちに生命維持用のチューブやパイプが据え付けられた惨めな状態の
まま、毬子の人間としての肉体が次々と人工の器官に置き換えられていった。
サイボーグ手術が一段落したと思われる頃、毬子の耳に、己のさらなる
運命を告げ知らせる声が響いた。
「変異型メスクジャクの各体組織の、ハイブリッド化、および培養が
完了しました」
その言葉と共に、いくつかの培養カプセルを積んだワゴンが手術室に
運び込まれた。カプセルの中には、毬子の実験室にあったあのクジャク
をベースに培養されたらしき体組織が身体の各部位ごとに封入されていた。
――ああ、これはわたしのクジャクだ。なんていう姿に……――。
愛着のあった研究対象の変わり果てた姿に、毬子の心は揺れた。
だが毬子の知性は、あの「お嬢さん」の運命がここで終わりではないと
いう確固たる予想を毬子に突きつけた。
――そうだ。この人たちはこれをわたしに移植するつもりなのだ。
わたしと、この「お嬢さん」はこれから、クジャクでも、人間でもない
奇怪な融合生物へと「改造」されてしまうのだ……。
毬子の目から涙がこぼれた。心優しい毬子は、己の肉体の変貌を嘆く
のと同じだけの哀惜を、「怪物」へと作り変えられていくクジャクに
対しても注いだのである。
間もなく、毬子の予測通り、移植手術が開始された。手足の機械化
された骨格を強化筋肉が覆い、既にいくつかの機械の臓器を埋め込まれ
ていた腹腔内に、さらに有機的人工臓器が埋め込まれた。科学者の説明は、
それらの臓器の大半が、生物としての毬子の生存とは関わりのない、
恐ろしい殺戮や、犯罪的な目的に供される器官であることを告げていた。
「ショッカー」は毬子を、意志を持つ生物兵器として作り変えようと
しているのである。
移植手術の開始と共に、太い注射針が突き刺され、薬物の大量投与が
始まった。感染症や拒絶反応の抑止、強化細胞の安定維持などを行う
ための、強力な薬剤カクテルである。血中の化学バランスは乱れ、血管や
神経系に強烈なストレスがかかった。強い動悸が始まり、猛烈な吐き気と
頭痛が毬子を襲った。
それは、毬子の肉体がただの人間から「改造人間」へと生まれ変わる
ための最後の関門といってもよかった。猛烈な苦しみの中、毬子の意識は、
とうとう深い昏睡に落ちていった。
やがて毬子は目覚めた。依然として頭痛と吐き気は続いていたが、
昏睡直前の、猛烈な痛みや嘔吐感は薄らいでいた。
反射的に開けてしまった目に、視線の正面にある、鏡面に映った己の
顔が映った。それが、依然として田薄毬子としての自分の顔のままで
あることを知った毬子の心に、ほんの一瞬だけ安堵の思いが生じた。
だが、次の瞬間には、毬子の心を恐怖と絶望が満たした。鏡面に映る
自分の首から下が、すっかり異形の生物に作り変えられてしまっている
ことが、はっきりと分かったからである。
「……いや……こんな体、いや……」
麻痺が再び解け始めた毬子は、改めて肉眼で自分の肉体を直視し、
ぽろぽろと涙を流しながら、嗚咽混じりにそう漏らした。
毬子の体表は、変異型クジャクと強化細胞とのハイブリッド細胞で
形成された、人工皮膚で置き換えられていた。人工皮膚は、雄クジャクの
首や胸の色を思わせる鮮やかな青で、独特の金属光沢を放っている。
背中や臀部に触れる手術台の感触は、血の気のまったく通わない、無機的な
その青い組織が、今や自分の皮膚そのものなのだという残酷な事実を、
毬子に突きつけていた。
手首、足首から指先までは、まさに鳥そのものの、鱗だらけのゴツゴツ
した皮膚となっており、指先からは鋭いかぎ爪が伸びていた。肩から
胸にかけてと、下半身の部分には、雄クジャクの尾羽の先につくあの
目玉模様が、無数に描かれていた。そんな模様に覆われた乳房の、中央部
に位置する乳首だけが、口紅でも塗ったように鮮やかな赤で彩られており、
まるで下品なボディ・ペインティングでも施されてしまったようだった。
それがやはりボディ・ペイントなどではなく、今の毬子の皮膚の色そのもの
であることを、毬子は絶望と共に受けいれねばならなかった。
毬子の全身のシルエットは、改造前の、あの見事な、そして扇情的な
輪郭を完全に維持していると言ってよかった。それは、毬子が、異性
からも、同性からも努めて隠そうとし続けていたものだった。胸や腰に
刻みこまれた目玉模様は、そんな、毬子の女性としてのボディラインを、
この上なく猥褻な仕方で強調するもののように思われて、毬子に強い
羞恥心を与えた。
背中に、クジャクの尾羽そのもののように見える細長い器官が、無数に
植え付けられているのがわかった。同じ器官はまた、足のすねの部分からも
数本伸びている。毬子は、人間には決して生えていないはずのそれらを、
自分が自在に動かせてしまえそうな感覚をはっきりと感じた。その気に
なれば、雄クジャクや、あの「お嬢さん」のように、この背中の尾羽を
扇状に開くことが、簡単にできそう感じがするのだ。しかも、それを
開くことは、何かとても解放感のある、心が高揚する行為であるという
予感があった。
毬子は自分の中に潜むそんな衝動に戦慄した。
――わたし、心まで人間じゃなくなりかけている!――
毬子は息を吐き、尾羽を開いてみたいという衝動をこらえた。
腰にはすでに、例の猛禽マークのエンブレムが黒いベルトによって
装着されており、それは、毬子が否応なく「ショッカー」の一員として
組み込まれてしまうことを暗示していた。そしてその認識は、毬子の
恐るべき運命はここで終わりではない、ということを毬子に想起させ、
毬子を戦慄させた。
毬子が、その呪わしいエンブレムから目をそむけようとしたとき、
壁に刻まれた同じエンブレムの目が光り、あの禍々しい声が響いた。
「田薄毬子。ようこそ我がショッカーへ。喜ぶがいい。君は我々が
求めている人間。選ばれた栄光の女性なのだ」
低く冷たい声、あのヒドラーゲンが「大首領」と呼んでいた声の主が、
今や毬子に向かって話しかけているのだった。
恐怖と無力感に圧倒された毬子は、戻っているはずの声を出すことが
できなくなっていた。そんな毬子に向け、冷酷な声はなおも宣告を続けた。
「聡明な君はすでに熟知している様子だが、この一週間の間に、ショッカー
の科学グループは君の肉体に改造手術を施した。君は今や改造人間なのだ。
改造人間が世界を動かし、その改造人間を支配するのが私だ。世界は
私の、意のままになる」
「ショッカー」という組織の恐るべき野望が明らかになり、毬子の
背筋は凍り付いた。
仮に、拉致される前の毬子がこのような言葉を耳にしたとしたら、
毬子はそれを、誇大妄想狂のたわごとだと一蹴していたことだろう。
だが、科学者である毬子は、「ショッカー」という組織の、常識では
考えられないハイテクノロジーをまざまざと見せつけられた。彼女自身
の肉体が、その技術によってむごたらしく変容させられる様子を、逐一
観察させられたのだ。その技術力はまた、それを支える潤沢な資金力や
人材の層の厚さを証拠立てていた。それはすなわち、この組織の計画は、
すでに相当程度進行している、ということだ。「ショッカー」は人知れず
この社会に根を下ろし、その勢力を広げつつあるに違いないのだ。
科学者の一人が毬子に言った。
「君の肉体の改造手術はほぼ完了した。君に埋め込まれた強化細胞は、
電源投入と共に覚醒し、その本来の力を発揮する。逆に、電源を投入しない
状態が長く続けば、強化細胞は腐敗を始め、君は死に至る。だが心配は
要らない。残る作業はごくわずかだ。残り数箇所の肉体改造、そして
脳改造を済ませれば、電源投入の準備に入ることができる。そうなれば、
君は完璧なる、ショッカーの改造人間の一員になれる」
「……し……」
死んでも、あなたがたの思い通りの怪物になど、なるものか!
科学者の言葉を聞く内に、なけなしの勇気に火がついた毬子は、せめて
ものそんな抵抗の言葉を、非情な男たちに向けて投げつけようとした。
だがそのとき、毬子の中に生まれた勇気が、彼女の優れた知性の回路を
開いた。そうして毬子は、この絶望的と思える状況の中、最悪の事態を
逃れるために、自分は何をすればよいのかを、猛烈な勢いで計算し始めた。
一瞬目を閉じた毬子は、口元を努めて醜く歪めながら、ふてぶてしい
口調で言った。
「ショッカー! わたしが夢に描いていた組織が、実在したなんて!
こんな素晴らしい肉体に『改造』してくれたことを、ショッカーの一員に
選んでくれたことを、感謝します! あなたのような優れた力をお持ちの
方のためなら、わたしは全身全霊を込めて忠誠を誓います! ……ああ
早く、新しい肉体を動かしてみたい! 埋め込んで下さった薬物で、
愚民どもに裁きの鉄槌を下してやりたい! ねえ! 脳改造なんて
しなくていいわ。早く電源を入れて! いれてぇん。早くぅん」
そう言って毬子は悶えるように身をよじり、腰をくねらせた。
毬子の予想外の反応に、科学者たちも、ショッカー大首領も、しばし
絶句したようだった。あきれたように毬子の顔を覗き込む科学者たちに
囲まれ、毬子はその顔に歪んだ笑みと慣れぬ媚態の表情を貼り付け、
彼らの顔を見返していた。どうやら未だ改造の影響を受けていないらしい
心臓が、早鐘のように鳴り響いていた。
言うまでもなく、あの狂気じみた毬子の言葉は、毬子の知性が命じた、
ここを脱出するための、一世一代の演技だった――もしも脳改造が不要
だと判断されれば、自分はこの場ですぐに電源投入を受けるだろう。
そうして、この改造された肉体が始動すれば、自分はその呪わしい力を、
それを与えた連中に向けてふるい、この恐ろしい場所を脱走する。その先、
こんな異形の肉体のままで、どこでどう生きていけばいいのか、それは
分からない。しかし少なくとも、この非人道的な集団に一矢を報いる
ことはできるだろう――そんなかすかな希望の可能性を、毬子は掴もう
としたのだ。
「ふはははははははははは」
「わはははははははははは」
わずかの沈黙の後に訪れたのは、科学者たちと、他ならぬショッカー
大首領の笑い声だった。作戦が功を奏したのかどうか、判別のつかな
かった毬子は、ひとまず彼らに同調しようとした。
「……お、おほほほほほほほ」
毬子はそうやって「不敵な笑い」を、内心戦々恐々たる思いで、彼らの
笑い声が収まるまで演じ続けた。
ひとしきり笑い終えたショッカー大首領は、依然として愉快そうな
調子で毬子に話しかけた。
「面白い! さすがは我がショッカーの厳正な選抜に適った人材だ。
状況を瞬時に整理する推理力、的確な行動を選択する判断力、そして、
それを行動に移す大胆な意志力。見事だ!」
それを聞いた毬子の胸に希望が芽生えた。自分の演技は、この恐ろしい
男に気に入られたらしい。このまま押し通せば、脳改造という最悪の
運命だけは、かろうじて免れられるのではないだろうか。
はやがねのような動悸を気付かれまいと、不敵な笑みを繕ったまま、
毬子は大首領の言葉を待ち受けた。ほんの一秒が、何十分もの長さに
感じられた。
やがて、レリーフの目が再び光り、大首領の低く冷酷な声が室内に
響き渡った。
「聞くがよい田薄毬子。我がショッカーによる調査は、君の人格が
ショッカー怪人として、はなはだ不適格であることを明らかにしている。
そして我が科学陣の計器によるお前の心拍、発汗、脳波その他の測定は、
君の先ほどの言葉がまったくのうわべだけの、そらぞらしい虚言であった
ことを、はっきりと裏付けている。
だが心配は無用だ。ショッカーの科学力は、君の優秀な能力を維持しつつ、
君の脳に、君が演じようとした人格……否、今の君が想像するよりも、
はるかに残虐で冷酷な人格と、我がショッカーへの決して揺るぐことの
ない忠誠心を、植え付けるだろう。そうして君はもうじき、田薄毬子など
という人間ではなく、怪人・孔雀女として完成するのだ!
科学者たちよ。田薄毬子の脳改造、ならびに頭部への強化細胞の移植に
取りかかるのだ!」
科学者たちはその命令と共にさっと部屋中に散り、各種の機材の準備を
開始した。
絶望の淵にたたき落とされた毬子は、言葉を失いかけた。もう希望は
ないのか。何か、この男に言う言葉はないのか。無力感に打ちのめされ
そうになりながら、毬子は必死で言葉をふり絞った。
「……どうして……。どうしてこんなことをするんですか? ……これ
だけの科学力があれば、それを、もっと平和的に、誰もが幸福になれる
方法で行使する道はいくらでもあるはずです。……これは、ただの
きれい事なんかじゃない。必要以上の暴力や流血は、多くの敵意や憎しみ
を生み、結局はあなた方の目標を本来以上に困難にしてしまう。それ
なのに、なんで……」
ショッカー大首領は、やはり愉快そうに答えた。
「それは、我々の目的が、『恐怖』と分かちがたく結び付いているからだ。
恐怖こそ人類の最も根源的な感情であり、すべての支配の源だ。それゆえ、
ショッカーの改造人間は、その肉体も、精神も、恐怖の化身でなければ
ならない。そのすべての能力を愚かな人間どもに恐怖を与えるために
行使する。それこそが君たち改造人間の使命だ!」
理解を絶する思想に、毬子は息をのんだ――この男には……いや、人間
かどうかすら定かでない、この何者かには、人間の理性的な説得など、
はなから通用しないのだ!
そして、その事実をはっきり認識した毬子の心は、さらなるおぞましい
事実に思い至った。
――ああ、わたし、これから、こんな恐ろしい、不可解な思想を無理やり
脳に植え付けられてしまうんだ。もう、体だけじゃない。心の中まで、
普通の人間とは異質の存在になってしまうんだ――。
手術前に見させられたヒドラーゲンの変貌の様子が毬子の脳裏に
フラッシュバックした。いったい、どのような変化がどのように生じる
のか。全く想像のつかない未知の恐怖に、毬子の恐怖は頂点に達した。
「……うえっ、うえっ……」
我知らず涙が頬をつたい、手術台を濡らし始めた。
若い科学者が、毬子の額に器具を取り付け、薬剤を塗布し、局所麻酔
をほどこしながら、毬子に話しかけた。
「『死んでもショッカーの思い通りの人間にはならない』。恐らく、
そんなことを君は考えている。ごく標準的な人間の反応だ。そして、
やがてはショッカーの一員であることに感謝するようになる。脳改造と
はそういうものだ。
君は、大首領閣下が君を説得しようとしていた、とでも思ったのかも
しれない。だがそれは考え違いだ。我々が君の意識をいったん覚醒させ、
大首領閣下のお言葉を聞かせた目的はただ一つ。脳改造に先立ち、大首領閣下
のお声と、その偉大なる目的を、君の脳に言語的にインプットすること。
ただそれだけだ。君には最初から、他の選択肢などなかったのだよ」
科学者は準備が済むと、手渡された電動のこぎりを手慣れた手つきで
毬子の額に当てた。鈍痛が生じ、毬子はああっと声を上げた。
やがて、いとも簡単に毬子の額の頭蓋骨の一部が除去され、毬子の
前頭部の脳髄がむき出しになった。あまりの手際の良さに、毬子は、
鏡面に映った自分の頭部の状態が、にわかには信じられなかった。
別の科学者が、除去された箇所にちょうど収まりそうな部品を運んで
きた。四角く平たい電子基板のようなものから、くねくねと複雑に曲げ
られた細い針が無数に飛び出ている。
先の若い科学者がピンセットでそれを受け取ると、消毒液らしいもの
が入ったビンにそれを付けた。まるで手品のように、複雑に曲がり
くねった針金はすべてまっすぐになった。
――形状記憶合金だ!――
毬子は息をのんだ。実用化はまだまだ先だと言われている新素材の一種
で、まっすぐに伸ばしても、一定の熱を与えると元の形状を再現する
性質がある。これを毬子の脳にそっと差し込めば、脳内で、恐らくは
脳神経と絡まり合いながら、本来の形状をとりもどすはずだ。
科学者は手慣れた、しかし無造作な手つきで装置をピンセットでつまみ、
毬子の額に針金の群れを刺し込み始めた。痛みも、その他の感覚も何も
発生せず、針はゆるゆると脳の奥に侵入していった。毬子は脳内で複雑に
変形を始めているはずの針金の様子を思い描き、わなわなと震えた。
――ああ! こんなの、もう、取り外す事なんてできない!――
深く食い込み、変形してしまった針金を抜き取ろうとすれば、毬子の
脳組織は豆腐のようにぐじゃぐじゃにかき回され、毬子は死に至るだろう。
体温がある限り針金は同じ形状を維持するだろうし、仮に針金がまっすぐ
になってしまったら、それもまた毬子の死を招く――つまり、毬子が
生きている限り、この呪わしい装置を外すことは決してできないのだ。
「イーッ。脳改造装置の埋め込み、完了しました。 抗生剤カクテルの
投与後、残余部分の肉体改造に移行し、改造が終了し次第、無菌カバーを
施します。この改造体も細胞の完全な定着に時間がかかるタイプです。
従って、起動処理は無菌カバー除去後とします」
科学者は報告を終えると、抗生剤カクテルを毬子に注射した。頭痛は
さほどではなかったが、急激な眠気が毬子を襲った。
迫り来る猛烈な眠気は、毬子の胸に激しい焦燥感を膨らませた。毬子は
時間と戦いながら、その知性を再びフルに回転させた。
――わたしは、脳改造装置を埋め込まれてしまった。もう取り外すこと
はできない。今のわたしがまだわたしでいられるのは、単に『電源投入』
が行われていないためだ。遅かれ早かれ、電源は投入されてしまう。
いや、電源は投入されざるをえないのだ。……だって、さっきの科学者
によれば、今のわたしは、もう、電力による細胞の賦活なしには、動く
ことも、生きることもできない体にされてしまったのだ! ああ、どう
したら。わたしは、どうしたら……――。
人間として思考できる時間は、もうほんのわずかしか残されていない。
そんな激しい焦燥感にせき立てられ、圧倒的な睡魔に抗いながら、毬子は
思考をめぐらせた。だが、考えれば考えるほど、毬子の脳裏には絶望的な
結論がひときわ強く己を主張した。無力感と、愛する両親や姉妹への
申し訳ない思いが湧き上がり、再び大粒の涙をこぼしながら、毬子は
睡魔に屈した。
毬子がうっすらと意識を取り戻したとき、毬子の周囲は灰色の壁に
覆われていた。朦朧とした毬子がそれを見つめている内、目の前に不意に
はさみの先端が現れ、灰色の空間を切り裂いていった。
それを見た毬子ははっきりと目覚め、自分が置かれた状況を認識した。
自分に、あの繭のような「無菌カバー」がかぶせられていたのだった。
「ああっ」
カバーの除去と共に視界が開け、無影灯を目にした毬子は、悲痛な声を
漏らした。とうとう頭部にも改造手術が施されてしまったことを知った
からである。
あごから口元にかけては毬子の人間のラインを残している。だが、その
皮膚はあのメタリックな青をベースに、クジャクの羽を思わせる紫や
緑のラインが横に走り、真っ青な唇と相まって、まるでサイケデリックな
化粧を施したような外見になっている。
そして、鼻から上は完全に人間のそれではなくなっている。頭部全体が、
体と同じメタリックな青で染め上げられ、髪はなく、頭頂部が幾分突出
した、固いヘルメットのような形状に加工されている。口のすぐ上の
部分は三角形に飛び出しているのは、クジャクの改造人間であることを
強調しているかのようだ。
目は、鳥というよりは、スズメバチなどの昆虫を思わせる、複眼状の
器官として形成されている。顔の上半分を斜めに横切る、紡錘形の、
つり上がった真っ赤な目は、これから毬子に植え付けられようとしている
残忍で獰猛な性格を、すでに象徴しているかのようだ。
手は、昏睡前に見た猛禽のような節くれ立った皮膚ではなく、体の
他の部分と同じ滑らかな青い皮膚となり、足もまた鳥のような形状では
なく、黒いブーツを履いたように整形されている。それらが手袋やブーツ
なのか、移植された人工皮膚なのかははっきりしない。実のところ、
改造人間の肉体にとって、その二つの境界はごくあいまいなのだ。
失われてしまった人間としての面影を思い、毬子の胸が熱くなった。
だが、こみ上げた悲しみが、毬子の目を濡らすことはなかった。毬子は、
自分がもはや涙を流せない体にされてしまったことを知った。
科学者たちの作業は迅速だった。無菌カバーを除去するとすぐ、彼らは
例のうやうやしい報告を交えながら、毬子の両足を開き、毬子の局部の
薄い皮膚をメスで切り裂いた。
「いやぁぁぁぁっ!」
その所作に気付いた毬子は、ほとんどパニック状態に陥り、金切り声を
上げた。自分のもっとも見られたくない部分が、大勢の目にさらされて
いるのだ。無論、その肉体は、内部のすみずみまで彼らに見尽くされて
いるには違いない。だが、そんな理屈が羞恥心を取り除くことはない。
未だ男を知らない彼女の秘部を、大勢の男たちが押し広げ、その内部を
覗き込んでいるという状況を、毬子が平然と受けいれられるはずがない。
しかも、あの哀れなヒドラーゲンと同じならば、間もなくそこには
「電源プラグ」が差し込まれてしまうのだ。
毬子が心の準備すらできないうちに、シュコン、という音がして、
手術台の下部から男根状の電源プラグがせり上がり、毬子の膣内に押し
入って、内部の端子に接続された。
「イーッ。プラグ接続完了。これより電源投入します」
残酷な宣告と共に、レバーが下げられ、五万ボルトの電流が、
毬子の全身を駆けめぐった。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」
猛烈な苦痛と、とうとう心の中まで作り替えられてしまう、という、
最大限の恐怖が、毬子を絶叫させた。(続く)