【響鬼】鬼ストーリー 捌之巻【SS】

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1名無しより愛をこめて
「仮面ライダー響鬼」から発想を得た小説を発表するスレです。
舞台は古今東西。オリジナル鬼を絡めてもOKです。

【前スレ】
【響鬼】鬼ストーリー 漆之巻【SS】
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1239415457/

【まとめサイト】
http://olap.s54.xrea.com/hero_ss/
http://www.geocities.jp/reef_sabaki/
http://hwm7.gyao.ne.jp/lica/hero_ss/

【用語集】
http://members3.jcom.home.ne.jp/walachia/
※用語集へはTOPの「響鬼」でたどり着けます
http://hwm7.gyao.ne.jp/lica/hero_ss/glossary/

次スレは、950レスか容量470KBを越えた場合に、
有志の方がスレ立ての意思表明をしてから立ててください。

過去スレ、関連スレは>>2以降。
2名無しより愛をこめて:2010/01/22(金) 22:40:04 ID:64GcIJES0
【過去スレ】
1. 裁鬼さんが主人公のストーリーを作るスレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1131944389/(DAT落ち)
2. 裁鬼さんが主人公のストーリーを作るスレ その2
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1138029584/(DAT落ち)
3. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1139970054/(DAT落ち)
4. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 弐乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1142902175/(DAT落ち)
5. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 参乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1146814533/(DAT落ち)
6. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 肆乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1150894135/(DAT落ち)
7. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 伍乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1158760703/(DAT落ち)
8. 響鬼SS総合スレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1162869388/(DAT落ち)
9.【響鬼】鬼ストーリー(仮)【SS】
http://tv9.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1164788155/(DAT落ち)
10.【響鬼】鬼ストーリー 弐之巻【SS】
http://tv11.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1170773906/(DAT落ち)
11.【響鬼】鬼ストーリー 参之巻【SS】
http://tv11.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1179024153/(DAT落ち)
12.【響鬼】鬼ストーリー 肆之巻【SS】
http://tv11.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1190639343/(DAT落ち)
13.【響鬼】鬼ストーリー 伍之巻【SS】
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1208877624/(DAT落ち)
14.【響鬼】鬼ストーリー 陸之巻【SS】
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1224239622/(DAT落ち)
3名無しより愛をこめて:2010/01/22(金) 22:41:26 ID:64GcIJES0
【関連スレ】
--仮面ライダー鋭鬼・支援スレ--
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1124581664/(DAT落ち)
弾鬼が主人公のストーリーを作るスレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1133844639/(DAT落ち)
4まとめサイト(簡易版):2010/01/23(土) 01:22:57 ID:PegmgLx60
>>1
スレ立て乙です。
スレが続くのであればまとめも続けます。
終了のお知らせなしにサイトの更新が止まった場合は、私に何かあったと思ってください。
5鬼島兼用語集:2010/01/23(土) 22:20:11 ID:RD4P2eFu0
>>4
まとめ乙彼です

次スレがなかったので勝手に立てさせてもらいました
12月29日の陰陽座ライヴで最高の音撃を喰らってインスピレーションが湧いたので、一本書きました
もうちょっと見直してから投下します
ちなみに鬼島とは全然関係なかったりします
6高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2010/01/24(日) 00:47:07 ID:CFzPNwMy0
このスレ復活していたのか…。

・昨年八月に太秦映画村で見たディケイドショーで、歌舞鬼がおいしい役どころで出てきた
・関東十一鬼の残り四人のS.I.C.発売決定
・響鬼S.I.C.クリアバージョンが当選した

上記の理由で久々に書いていたらスレが落ちちゃって、もう必要ないかと消しちゃったのに…。
書き直してみようかな…。
7鬼島兼用語集:2010/01/25(月) 10:29:36 ID:oUnCLDH00
投下します
鬼島とは関係ない話で、しかもあっちこっち飛んで雑多な印象ですが
早く投下しないとお蔵入りになってしまいそうなので……
8紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 10:50:01 ID:oUnCLDH00
 女がいた。
 美女である。
 美しいが、それ以上に鋼――否、剣のような強さがその居住まいから窺える。その強さが、女をより美しくしていた。
 名を、紅葉姫。
 源経基の局である。寵愛を受け、その子すら産んだ。
 その紅葉が、いま、山野を逃げている。
 ―――誰から?
 それは、人―――
9紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 10:53:17 ID:oUnCLDH00
 紅葉姫とは公家や武家の娘ではない。もとは会津の誰とも知れぬ夫婦の娘であった。それが奇しきさだめに導かれるままに都へ流れ、そこで拾われた。
 拾われ子、というわけではない。
 拾ったのは陰陽寮の手の者であった。
 陰陽寮とはこの世ならざるものから国を、都を、ひいては帝を護り奉る機関である。その陰陽寮が紅葉を拾ったのは憐憫でもなければ従僕を求めたわけでもない。
 紅葉には力があった。
 真偽は知れぬが、紅葉は親が他化自在天に祈り授かった子だという。それゆえか、時折紅葉は不可思議なことをした。そも京に流れ着いたのもそれが遠因である。
 あるとき豪農のどら息子に夫婦の契りを迫られ、それが厭じゃ厭じゃと念じていたら忽然と己にそっくりなものが現れた。天の助けとばかりにそれを身代わりにして逃げ、やがて京に辿り着いたのだった。
 京の都の夜は、それは恐ろしいものである。
 ぬすびと、野伏せり、人さらい……ならば、まだよい。恐ろしいのは人ならざる、妖魅のたぐいである。
 かわたれ刻を過ぎればもう化生のものが跋扈する――それが、京の都のもう一つの顔であった。
 そんな時である、紅葉が見いだされたのは――
10紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 10:57:36 ID:oUnCLDH00
 夜である。
 都の路を進む一行があった。
「や?」
 ごとごとと重い音を立てて進む牛車を松明を掲げて先導する男が不審の声をあげた。
 男が歩を緩め、牛車がその両輪を止めた。
「何事か」
 牛車の中から、御簾越しに問う声。急ぐ道行きでもないが、己の足を止められるのはいい気がするものではない。
「は、あれに女が――」
「はて、女だと?」
 御簾が持ち上げられ、中から身なりのよい男が顔を覗かせた。
 男の目に、道の向こうから髪と着物を振り乱して駆けてくる女が映った。
 その顔が凍りつく。
「おう、これはいかん」
 男は慌てて姿勢を正しながら先導に命じる。
「疾くあの女をこれへ連れてまいれ。わしがよいと言うまで声は上げるなよ」
 言うなり両手を袖の中へ引っ込めるとなにやら印を結び、口の中で口訣を唱え始めた。
 主のただならぬ様子に真意を問うこともせず、先導の男は女の下へ走った。
 女は息も絶え絶えの様で、衣が乱れて乳が夜気に晒されているが直そうともしない。さては夜盗にでも追われているか、と女の後ろを見るが、雲で月も星も隠されていて墨を流したような冷たい闇があるばかりである。
 はてな、と口を開きかけるが、主の命令を思い出し慌てて口を閉じ、女の手を取り己の肩にかける。
 女はなかば気を失っているようで、松明の灯りと男の身なりを見ると安心したのかぐったりと男に凭れた。いや、己の体を支えていられなくなったか――
 男が女を担いで牛車に戻ると、供回りの者どもが残らず牛車の下へもぐりこんで息を殺していた。
「戻ったか。女をこれへ。そちも早う車の下へもぐれい」
 わけがわからず、しかし牛車の下の仲間がしきりに手招きするので先導の男も車のそばに松明を置くと急いでもぐりこんだ。
 主人は受け取った女を己の後に横たえ、御簾を下ろして口訣を唱え続けている。
 牛車の下の男はだんだんと怖くなってきていた。おのれ自身はただの従僕だが、仕える主はなにしろ―――
11紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 11:02:26 ID:oUnCLDH00
“おう、牛がおるぞ”
 女の声。
“はてな。うまそうな女もおったはずだが”
 男の声。
 気の抜けたような、それだけに聞く者の不安をあおるような声だった。
 どこから聞こえるか。牛車の下で首を回すが、すぐそばの松明の火に人影など見えない。
“よい。今宵は牛でよい”
“よいな。今宵は牛でよかろう”
 また声が聞こえたかと思うや、けたたましい悲鳴が耳を襲った。そしてびちゃりという水を撒く音。鼻を衝く、錆のような生臭さ。
 声を上げなかったのは、主の生業からわずかながら事を予想して口に着物の襟を詰め込んでいたからである。
 男らの目の前で、牛車を引いていた牛が見る間に貪られている。
 首から腹から尻から、見る見る肉が引きちぎられていく。その肉は空中で細かく引き裂かれたと見えたが、いつの間にか消え去った。ずるずると血を啜る音がするが、それもまた虚空に消えた。
 その頃には捨て置いた松明が燃え尽きて、あたりはまったき闇に包まれた。
 やがて牛は絶命し、かりこりと骨を砕く音がしばらく続いた。
“腹がくちくなった”
“くちくはなったが、やはり女が食いたかったな”
“おらなんだものは仕方なかろう”
“女程度では我らが食えばしまいだからな、牛でよかったとしよう”
“おお、我らがはらからにも食わせねばな”
“にしても人が食いたい”
“むう、たしかに腹いっぱい食いたいな”
 やがて声は聞こえなくなったが、そのまま半刻も待ち続けたろうか。牛車の中からもうよいぞ、という声が聞こえても、手足がこわばってすぐには動くことができなかった。
 風が出たのか、雲が切れて月の光が闇を僅かに払う。従僕どもは牛車の轅の間に僅かに黒いしみが残るのみで牛がいないのを見て、息を飲んだ。
12紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 11:09:53 ID:oUnCLDH00
「た、忠行さま…!」
「おう、無事か。まいったの、あのようなものに出くわすとは。まあよい。もうすぐ日が昇ろう、誰かいずれかの屋敷に走って牛を借りてまいれ」
 忠行と呼ばれた主人は泰然とした態度を崩さない。しかしその胸の裡は大いに揺れていた。
 彼らが出くわしたのは、俗に百鬼夜行といわれるものである。百鬼夜行という呼び名は、忠行の立場からすると不本意極まるものだが、それだけに数多の妖魅が列を為し夜をゆく――この脅威をひしひしと感じていた。
 そしてもう一つ。
 己の後に横たえられたこの女である。
 この女、明らかに化生のものどもから逃げていた。夜をゆくあれはただの人には見えぬというのに。
 ――鍛えてやれば、いずれ先刻の化生のものを退治する助けになるやも知れぬ。
 この牛車の男こそは当代随一の陰陽家賀茂忠行。魑魅魍魎を払う陰陽寮の重鎮にして鬼を束ねる王。
 そしてこの女こそが後に鬼として活躍する紅葉姫であった。
13紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 11:27:12 ID:oUnCLDH00
 賀茂忠行に鬼としての素養を見出された紅葉は陰陽寮の中でも更に秘された鬼の組織に組み込まれ、徹底して肉体的・精神的・呪術的に鍛えられた。
 忠行の眼に誤りはなく、紅葉は生まれついての素養と彼女自身の努力する素養によってめきめきと文字通り頭角を現していった。
「吐菩加身依美多女、寒言神尊利根陀見! 祓い給え清め給え!」
 鬼の姿の紅葉が三種祓詞を鋭く奏上する。
 この三種大祓は純粋な神道の祝詞ではないが、効果があれば極端な純粋性は求めないのが鬼らである。もとより数多の呪術・法術を組み合わせて独自の鬼法術なる体系を作り上げているのだ。
 見事、骸を喰らうカシャを封じた紅葉は振り返ると、補佐兼目付けである陰陽師ににっこりと笑いかけた。
「お見事でござりました。さすがは忠行様が見込まれただけのことはありまするな」
「ええ、ご恩に報いるためにも、鍛えておりますから」
 紅葉は顔の横で軽く手をひらめかせて礼をする。事実、彼女の努力は幾人もの鬼の中で傑出していた。鬼法術、鬼闘術に加えて使う者の少ない鬼鞭術、鬼投術、果ては開発途上の音撃まで修得している。
 その努力と実力を見込まれ、かの究極音撃奏・百鬼夜行に加えられたのも一度や二度ではない。
 誰もが次代の鬼を束ねるのは紅葉であると認めていた。
14紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 11:41:18 ID:oUnCLDH00
 しかし、ある夜、妖魅に襲われた貴人を助けたことで紅葉の運命は変転してゆく。
 貴人の名は源経基。賜姓降下してはいるが、紛れもなくやんごとなき血の流れる武将である。
 経基は鬼として戦う紅葉に眼を奪われ、人として朝日を浴びて輝く美しい紅葉に心を奪われた。
 「鬼と女子は見えぬぞよろしい」という忠行に無理を言って紅葉と再会した経基は、さすがに妻に迎えることはできなかったものの、紅葉を腰元に、後におのれの局とした。
 しかし高貴なる身分に迎えられても紅葉は鬼として化生のものどもと戦うことをやめようとはしなかった。それこそが人外の力を得た彼女の決意であり、人を護るという誓いだった。
 経基はそんな紅葉をますます愛し、ついにはおのれの子を孕ませるまでになった。
 そんな時である。
15紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 11:44:20 ID:oUnCLDH00

 紅葉は人に非ず。人を喰らう鬼である―――

16紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 11:50:15 ID:oUnCLDH00
 噂。
 闇に覆われていたといっていい御世である。自然、鬼は人を捨てた化け物として人口に膾炙していた。
 だからこそ賀茂忠行は鬼たちを陰陽寮という組織の中でも更に秘していたのであり、紅葉と経基も二人が出会った夜に随行していた共の者には堅く口を噤んでいるよう命じていたのである。
 しかし、いずこからか漏れた。
 経基は激怒し、紅葉が鬼であると知っている家来を残らず切り捨てると刀を抜いたが、そんなことをすれば自分が容赦しないと紅葉に脅されて思いとどまった。
 人の噂も七十五日。
 そう思って知らぬ存ぜぬを決め込んでいたが、噂は消えるどころかますます広がっていき、ついには帝の御前で口にされるほどになってしまった。
 むろん、帝は鬼が化生のものを払っていると知っている。だから噂は噂であろう、と臣下をいさめていたのだが、やがて紅葉討つべしという強硬論が論ぜられ始めた。
 そうなってはたまらぬ、と帝と経基は八瀬童子の手を借りて秘密裏に信濃国戸隠に護送し、対外的には追放として身重の紅葉の身の安全を図った。
 しかしそれでも強硬論はより強硬になり、紅葉討伐論にまで発展してしまった。
 しかもいずこからか紅葉が追放先の戸隠で村々を荒しまわる非道を為しているという風聞まで広がり、紅葉討伐すべしという風潮がいやが応にも高まった。
 たとえ虚報であろうと、己が民が悪鬼の脅威に晒されていると言われては紅葉を擁護しきることはできず、帝は経基に許せよ、と告げて紅葉の討伐を裁可した。
17紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 11:55:57 ID:oUnCLDH00
 紅葉は信濃国戸隠は鬼無里で、無事に生まれた息子経若丸と共に平和に暮らしていた。
 美しく、貴い身分でありながら分け隔てなく村人たちと接する紅葉は人々に好かれていた。紅葉が鬼であることも彼女らを貶める要素にはならず、むしろ人々の信頼を得る助けになった。
 戸隠神社の膝元とはいえ、神域から離れれば出るものは出るのである。自分たちの命を脅かす魔化魍を退治する紅葉に、村人たちは深い感謝と尊敬の意を抱いた。
 そこへ現れたのが紅葉討伐の勅と小烏丸を奉った平維茂の軍勢であった。
 小烏丸は桓武天皇が大神宮の大烏から賜ったとされる御物である。これを携えているということは、まさしく紅葉討伐が勅命であることの揺るぎない証左であった。
 村人らは紅葉が悪鬼ではないことを訴え、助命を嘆願した。しかしすっかり都での悪評を信じ込んでいた維茂は頑として聞かず、紅葉の居館へ軍勢を進める。
 鬼の力を用いれば軍勢を滅ぼすまではいかなくとも、突破することくらいはできただろう。
 しかし紅葉はそうしなかった。
 ただ、逃げた。
「私を討たれる前に、言選りを願い上げまする! 経基さまのご本意をお教えくださりませ!」
 維茂は容赦なく軍を進める。山野をかき分け、矢を射掛け、“悪鬼”を追い詰める。
「手向かいはいたしませぬ! ただ、経基さまのご本意を知りたいだけにござりまする!」
 再び追い詰められた紅葉は、そう言うなり鬼に変化して経若丸を抱いたまま谷に身を投げて逃げおおせた。
 そして、三度目。
 矢を総身に受け、もはや鬼の身を保つことあたわぬ紅葉は鬼の体に人の顔という歪な姿で維茂の前にまろび出た。
18紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 12:10:03 ID:oUnCLDH00
 薄明けの光に赤い血が映える。
「もはや逃げも隠れもいたしますまい。ただ、最後にお願いの儀がござります」
 そう言うと、紅葉は長い髪を短刀で切り落とし、蔦で束ねて維茂に差し出した。
「我が髪をお納めくだされ。あのお方に、紅葉は最期までお慕い申しておりましたとお伝えくだされ」
 二度まで紅葉を追い詰めたものの、一度も手向かいしなかった紅葉がまこと悪鬼かと疑いを持ちはじめていた維茂は、躊躇いながらもその髪を受け取り、懐に納めた。
「いまひとつ。経若丸はお救い下さりますよう……平に…!」
 頭を地にこすり付けて懇願する姿に、維茂は躊躇わずにうなずいた。
「よい。ゆけ」
 気丈にも口を一文字に結び、涙をこらえる子供にあごをしゃくって促す。
 このとき、維茂は紅葉が悪鬼ではないことを確信した。
「もう……何一つ心残りはございませぬ」
「相すまぬ……わしはたったいま、そなたが濡れ衣を着せられていると知った。だがそれを知ってなお、そなたを討たねばならぬ」
「……………………」
 それは、わかる。
 討伐軍を差し向けるまでに肥大化した紅葉への恨みは、紅葉の死をもってしか鎮めることはできない。
 たとえ罪がなかろうと、こうなってしまったからには紅葉は死なねばならず、その首を討つのは朝廷が差し向けた維茂でなければならない。
「わしを恨むか。経基殿を恨むか。帝を恨むか」
「いいえ」
「そうか。そなたを討たねばならぬ我が身がますます恨めしいわ……」
「こうなっては詮方ないことにござりまする。ただ、最期に一つ」
 紅葉が伏せていた顔を上げる。
 両の眼から流れる涙が、ぱっと振り払われた。涙の粒が薄明けに小さな光を散らした。
「申せ」
「私に代わり、人を護ってくださりませ」
「しかと護ろう」
 濡れた顔が、満足げに笑んだ。
「その小烏丸ならば我が首など容易く落としてくれるでしょう―――さあ」
 朝陽が悼むように山の間から顔を出す。
 紅葉は二度とは上げられぬ首を維茂の前に捧げた。
19紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 12:12:38 ID:oUnCLDH00
陰陽座「紅葉」
作詞・作曲:瞬火

然様 捜しける 鬼女は
現在の 憂き名 此の身の 処遇
もう 逃げられぬ 山鳥 声を 聴くは 情

嗚呼 罅ぜるは 刹那の夢
小烏なら 一太刀で 逝ける

其の手を 差し向ける前に 言選りを 願い上げる
皇に 傅かる 貴方に せめても 手向く迄

左右 頑に 端張る
汝 声は 滅びの 呪文
念う 嗾けし 主は
曾で 恋いし 男

嗚呼 疏解は 只 一言
凩など 吹く暇も 要らぬ

其の手を 差し向ける前に 言選りを 願い上がる
皇に 傅かる 貴方に せめても 手向く迄

嗚呼 罅ぜるは 刹那の夢
小烏なと 小太刀なと 参れ

両手を 差し仰ぐ前に 此の髪を 納め賜え
泪に 暮れ果てる 此の子に 別離を 詫びる為
20紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 12:19:44 ID:oUnCLDH00
 紅葉の亡骸は、維茂の手により戸隠の山中に丁重に葬られた。本来ならば首を都へ持たねばならぬが、死なせたうえ首と胴を離れ離れにすることはできぬと、維茂は紅葉が自ら託した髪を証として帰京していった。

 京の都。
 時はしばし遡り、三度目に紅葉が平維茂の前に参じた頃である。
 ある公家の屋敷。
 いまだ空は暗く、家人も起き出してはいない。
 そこに、影。
 屋敷の主たる公家の寝所に音もなく進んでゆく。
 眠っている男の枕元に至るや、影は懐から短刀を抜き、素早く宙を九度切り裂いた。
“ナウマク・サンマンダ・バザラダン・カン!”
 音のない裂帛の気合いと共に男の額にそっと手を触れる。
 ぱちりと男の目が開いた。
「ご気分はいかがですか」
 影の問いに、男は答えない。否、答えられない。
 目は覚めている。息はできる。だがそのほかには何もできないのだ。指一本動かすことも、囁き声を上げることも。
 影かかけた、金剛不動明王金縛密法である。不動尊の力を借りて己の気合いを相手に叩き込み、自由を奪う術だ。
「よい気分でしょうな。目論見どおり紅葉殿は討たれる。お気持ちを聞きたいところではござりますが、そうもいきませぬ」
 臥所の畳に突き立てていた短刀を抜く。
「血狂魔党に与する者には死を賜る。御身は地獄へ堕ちましょうが、その前に中有で紅葉殿に詫びなされ」
 す、と男の首の上を刃が滑る。
 血が噴き出したときにはもう、影はその屋敷の中にはいなかった。
21紅葉 〜刹那の夢〜:2010/01/25(月) 12:22:09 ID:oUnCLDH00
 影は八瀬童子の一人であった。
 帝の身辺のお世話をする彼らは、同時に帝の護衛であり、帝のしのびであった。
 彼らは帝の命を受け、人でありながら魔化魍の血狂魔党に与する者を狩り出していた。惜しむらくは紅葉討伐の勅が出る前に裏切り者を探し出せなかったことだ。
 帝はいかがお思いだろうか。
 紅葉姫を失った経基殿は?
 愛弟子を亡くした賀茂忠行殿は?
 気が重い。
 しかし復命せざるわけにはいかない。清冽な朝陽の中、影は音もなく御所へと駆けていった。
22鬼ストーリー年表:2010/01/25(月) 21:01:40 ID:6/MW0D4U0

・西暦950年頃

 紅葉、賀茂忠行に拾われる

23名無しより愛をこめて:2010/01/26(火) 03:44:55 ID:HzBRxvWN0
鬼島作者様、スレ立て並び投下乙です。
次の投下を楽しみにしています。
24高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2010/01/31(日) 21:22:03 ID:GsQxW48M0
これから投下するものは、お蔵入りにしたネタに大幅な手直しを施したものです。
四年前に投下した「黒い探求者」同様、別作品のキャラが出てきますが、今回は名前をそのまま出しております。
まさかこんな形でこれを投下する日が来るとは思いませんでした…。
一日で書き上げたものなので粗も多いでしょうが御了承下さい。それでは宜しくお付き合いの程を…。
25来春鬼:2010/01/31(日) 21:23:19 ID:GsQxW48M0
『なもみ系統の語は、皆皮膚病を意味する語であつて、皮膚に出ている斑点を取りに、或はとがめに来るもの、それをかせとり・なもみたくり・なまはげといふのであって、皆同一類のものなのです。
この外に、もうこというてゐる所もあります。(中略)春の初めに、農村にさういふお化けが出て来ました。それをもうこと称したことが、もくりこくりの鬼が来る、といふ語を生み出したのであります。
(中略)
恐らく、このなもみとかかせぎ・かせ(さ)とりとかいふのは、やつて来るまれ人の、特殊な服装から出て来るのではなからうか、と思はれます。』

折口信夫『春来る鬼』より
26来春鬼:2010/01/31(日) 21:25:57 ID:GsQxW48M0
その日、現役女子大生である立花日菜佳が通う某国立大で、民俗学に関するシンポジウムが開催された。各地から著名な学者、研究者が多く集まる中、尤も日菜佳の興味を惹いたのは、とある女性研究者だった。
その人物の名は蓮丈那智(れんじょう なち)。東京都狛江市にある東敬大学の助教授だ。
あまりにも奇抜な学説と、その調査方法ゆえに学会からは異端視されている人物である。
そんな彼女が招かれているだけあって、参加している論者は那智以外にもその筋では有名な者達ばかりであった。
都内の大学に勤め、やはり奇抜な学説から異端視されている考古学者・稗田礼二郎。
東亜文化大学で教授として教鞭を振るう民俗学者・宗像伝奇。
城聖大学の民俗学講師であり、その前衛的な理論からこれまた学会で異端視されている竹内多聞。
慈英女子大からは本来鳥越教授が参加する予定だったが、諸々の事情で助手の八雲樹が代理として参加している。
これ程の面々が集う中で日菜佳が那智に一番興味を抱いたのは、同性ながら自分には無いものを多く持つ彼女に憧れを抱いているからである。壇上に立つ那智の中性的で精悍な顔立ちは、本の著者近影で見るより何百倍も凛々しかった。
シンポジウム終了後、日菜佳は駄目元で那智の控え室へと押しかけていった。猛士の活動にも役に立つような話を聞かせてもらえるだろう――と言うのは建前で、ただ純粋に話がしたかったのだ。
(追い返されたらその時はその時!)
何年か前に出版された那智の著書を手に、日菜佳は控え室のドアを叩いた。
返事が返ってこない。二度三度とノックしてみるも同じ事だった。意を決してドアを開けてみる。
27来春鬼:2010/01/31(日) 21:27:20 ID:GsQxW48M0
「失礼しま〜す」
そこには、椅子に腰掛けて何やら一枚の用紙とにらめっこをしている那智と、その傍らで所在無さげに立ち尽くしている若い男性の姿があった。おそらく彼女の助手だろう。
と、その男性が日菜佳に気付いた。彼が何か言おうとしたその時、那智が「ミクニ」と言った。その一言に、男性――内藤三國がまるで雷に打たれたかのように固まる。
「君はどう見る?」
「はっ、はい。それはですね、えーと……」
不意を衝かれて口篭る内藤を押しのけながら室内へと入ってきた日菜佳が、「失礼」と言いながら那智の手にした用紙を覗き込んだ。それは古い文献のコピーだった。
「鬼に纏わる伝説……ですか?」
意外そうな表情をする那智に向かって日菜佳が告げる。
「あ〜、その、こういう古文書の類とか読み慣れていると言いますか……」
「あなた、ここの学生さん?」
「は、はい!立花日菜佳と申します!民俗学や地学、気象学を学んでおります!」
「そう。……なら読んでみた感想を聞かせて頂戴」
淡々と那智が言い放つ。日菜佳は那智からコピーを受け取り、目を通し始めた。
内容を要約するとこうだ。
28来春鬼:2010/01/31(日) 21:30:45 ID:GsQxW48M0
昔々、とある小さな集落にある日、一人の鬼が訪れた。
その鬼は正体を隠し、普段は人として振舞っていた。村外れに小さく粗末な小屋を建てて、村人との交流は最小限にとどめて細々と生活を送っていた。
ところが、村の子どもが大病を患った際、かの者は鬼の正体を現した。
畏れる村人達の下へ「もくりこくり」と名乗る一人の旅人が現れ、これを調伏した。村人は喜び、村を挙げてこの旅人を持て成したが、実は「もくりこくり」もまた鬼だった。
村は「もくりこくり」によって滅ぼされ、数人の生き残りがこの忌まわしき記憶を語り伝えたと言う。
29来春鬼:2010/01/31(日) 21:32:56 ID:GsQxW48M0
「いきなり感想を尋ねるのも何だしな。とりあえずわたしが抱いた疑問点を述べよう」
彼女が読み終えるのを待って、那智はこう告げた。そして滔々と語り始めた。
「これは最近発見されたものだ。こういう民話は基本的に全国各地に類似した話が存在する。しかしこれには該当する話が存在しない。……君はこの話を読んで何を連想した?」
「あ〜、『泣いた赤鬼』ですかね」
だがそれは昔から伝わる民話ではなく、「龍の子太郎」なんかと同じで近代に入って創作された児童文学である。
「でも途中までは似ているけど、最後の方は全然違いますよね。あとは、う〜ん……」
「では『もくりこくり』とは何だか分かるかい?」
那智の新たな質問に、日菜佳が答える。
「え〜とぉ……確か元寇――蒙古襲来を表す古い言葉ですよね?」
「Bプラス」
那智が冷徹にそう言い放った。どうやらそれだけでは駄目らしい。
「あ、あと鬼とかお化けとか怖いもの全般を指す言葉だって……」
那智が「Aマイナス」と告げる。少し評価が上がった。
「『もくりこくり』とはマレビトの事だと言う説がある」
折口民俗学ですね、と相槌を打つ内藤を無視して那智は話を続けた。
「普通に考えれば、これは来訪譚の一種だ。まず厄神が村を訪れ、ついでそれを退治する神が現れた。だがおかしいとは思わないか?自ら『もくりこくり』と名乗った旅人もまた、鬼として害を成した」
「えっと、何処がおかしいんです?」
日菜佳の問いに那智が答える。
「マレビトはトコヨから禍福と共にやって来る。だがこの民話では結局、最初の鬼も二人目の鬼も、どちらも災いを運んできた事になる」
「でも元々マレビトは吉凶の二面性を持っているのでは……?」
そう日菜佳は疑問を口にした。それに対し那智はこう答えた。
「普通はそうだ。だがこの話で重要なのは、厄神を退治し持て成された『もくりこくり』が害を成したところだ」
持て成しを受けた外部からの来訪者が、村人に殺害されると言う話はある。異人来訪譚の一つのフォーマットだ。だが逆に牙を剥くなどと言った話は聞いた事がない。それが那智の言う疑問点のようだ。
蓮丈那智は常々、民間伝承とは忌まわしき出来事を忘れないように記憶しておくための装置だと唱えている。彼女はこの鬼の話の裏側にどのような真実を見出そうとしているのだろうか。
30来春鬼:2010/01/31(日) 21:36:11 ID:GsQxW48M0
それにもう一つ、と那智は言った。
「この『もくりこくり』と言うのは、『もくり』、即ち『剥く』と『こくり』、即ち『こそぐ』が転じた語彙だ。つまり『剥ぐ者』の意味であり、東北のナマハゲやアマメハギと同じものだ」
ナマハゲもアマメハギも、他所からやって来て人々を戒める存在である。しかしこの物語に出てくる「もくりこくり」は一体何を戒めたと言うのだ?
と、その時。
「あ、分かっちゃいました!伝播の過程で物語の内容が微妙に変わっちゃったんじゃないですか?」
嬉しそうにそう告げる日菜佳に那智が「良い着眼点だ」と告げた。
「うちの大学に転入しないか?君ならそこにいる内藤君以上の良い学者になれるかもしれない」
本気とも冗談ともつかない発言をすると、那智はこう続けた。
「わたしもそう考えている。だがここから先は何一つ確証がない。したがって無闇に口に出す事は出来ない。いつかは考証を重ね、論文に纏めて発表するつもりだが……」
またお宮入りにならなければいいんですがね、と内藤は胸中で呟いた。どうした事か那智が今まで追い掛けてきた研究内容の大半は、諸事情で世に出せずお宮入りとなっているのだ。
話を終え、那智に挨拶をすると日菜佳は大学を後にした。勿論、持参してきた著書にしっかりサインを入れてもらって。
31来春鬼:2010/01/31(日) 21:40:00 ID:GsQxW48M0
甘味処たちばなに帰宅して早々、日菜佳は地下へと下りて脇目も振らずに古文書を漁り始めた。
那智にはああ告げたが、日菜佳には確信があった。あの話はおそらく額面通りに受け取るのが正解だろう。暗喩も見立ても何も存在しない――実話だ。だがそれでも「もくりこくり」の部分だけが引っ掛かる。
「ねえ、一体何を始める気?」
姉の香須実が階段を下りてきて告げた。
「姉上、よかったら手伝って下さいな!」
「それはいいけど……事情話してよね」
事情を掻い摘んで説明し、二人で古文書の山を漁り始める。その甲斐あってか、いくつかの資料を探し当てる事が出来た。それらの断片的な情報を繋ぎ合わせ、空白部分を想像で補った結果――。
どうやら一人目の鬼はある特殊な能力の持ち主だったらしい。それは――剥ぐ事。
相手の化けの皮を剥ぎ、憑き物を剥ぎ落とし、古い皮を剥いで病を癒す。つまり。
一人目の鬼が「もくりこくり」だったのだ。
あの文献に記されていた内容は、二人目が「もくりこくり」と名乗ったのではなく、二人目が一人目の事を「もくりこくり」と呼んでいたと言うのが正解だったようだ。
そう。一人目の鬼は大病を患った子どものために「もくりこくり」としての力を使った。それを見た村人達が勘違いをしたのだ。
32来春鬼:2010/01/31(日) 21:43:17 ID:GsQxW48M0
では「もくりこくり」を殺し、その後村人をも殺害した二人目の鬼とは何者なのか。
初め日菜佳は魔化魍かと思っていたが、古文書を見た限りどうやらそれも鬼で間違いないようだ。
あの当時は今のように人を救う鬼だけではなかった。その力を欲望のために使う者、力を制御出来ず暴走した者、あるいは大江山の酒呑童子や羅生門の茨木童子のように完全に魔道に堕ちた者もいる。
その鬼が誰で、その後どうなったのかまでは分からない。正直言ってこれ程記録が残っていた事自体奇跡的なのだ。総本部の図書室を当たればもっと詳しい資料が見つかるかもしれないが。
「で、知ってどうするの?その先生に知らせるワケ?」
そう尋ねる姉に向かって、日菜佳は無言で首を横に振った。
あの蓮丈那智の事だ。きっといつかは真相に近付くだろう。そしてその時、ひょっとしたらまた会えるかもしれない。
(また会えるその日まで楽しみに取っておきます……)
一人にやにやする日菜佳を、怪訝そうに香須実が眺める。
いつかまた会えるだろう。「もくりこくり」――春来る鬼のように。春は必ず訪れるのだから……。 了
33高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2010/01/31(日) 21:44:44 ID:GsQxW48M0
「蓮丈那智フィールドファイル」シリーズ、大好きでした。
北森鴻先生の御冥福をお祈り致します。
34鬼ストーリー年表:2010/02/01(月) 00:42:39 ID:rmBvijF10

・西暦2003年

 竹内多聞、羽生蛇村で消息を絶つ

35名無しより愛をこめて:2010/02/01(月) 09:10:44 ID:RO9ENJURO
アレ、多聞先生?w
36名無しより愛をこめて:2010/02/01(月) 22:34:34 ID:b51vOtGJ0
高鬼SS作者様、投下乙です。
37名無しより愛をこめて:2010/02/05(金) 21:20:07 ID:s33UcH4V0
保守
38鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/02/10(水) 23:52:18 ID:PV1c91Ad0


『ほろよい.com Last Order』


 日本列島が全体的に寒さに包まれた冬の夜。「クロスロード」、「きい」、「獅子」の三人は、暖かい自室のパソコンからウェブサイト上のチャットルームに接続し、ほろ酔い状態で会話を楽しんでいた。

きい:忘れたいけど、忘れたくない。

クロスロード:矛盾は人間が生きているしるし。

獅子:矛盾上等。

「きい」は四国地方に住む若い女性で、普段はとても地味な服装で過ごしているらしい。その反動か、チャットルームに現れるアバターは毎回派手な衣装を身にまとっている。今夜はゴスロリファッションだった。
39鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/02/10(水) 23:53:39 ID:PV1c91Ad0
獅子:コンプレックスって?

クロスロード:君が一緒に生きてく友達。

きい:「僕が僕である強さ」

「獅子」は関西地方に住む若い男性で、アバターは目立つ真っ赤なインナーかアウターを着ている。実生活でも赤いアイテムをよく使用しているらしい。

きい:生まれ変わるとしたら?

クロスロード:ベニクラゲは? 食われない限りは不老不死。

獅子:おれ生まれ変わんなくていいや。今が好きだから。

「クロスロード」は他の二人より一回り年上ということが判っている。色々な雑学に通じているようで、会話に豆知識がよく出てくる。アバターは青いキャップをかぶり、これは実生活でも同様らしい。
40鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/02/10(水) 23:55:13 ID:PV1c91Ad0
獅子:迷ったら?

クロスロード:たとえば、ドキドキするほうを選ぶ。

真希:初めてのことを選ぶ。

「獅子」こと、猛士関西支部の若手の鬼・タツマキは、数年前に喧嘩別れした友人・須佐純友との再会を躊躇っていた。昨年暮れに負った怪我も全快し、休みが取れたら純友の住む関東に行く予定だったが、その日が近づくにつれ緊張は増してゆくばかりだった。

 休暇に入ると、タツマキは久々に滋賀から東京に帰省し、その夜は実家にあるパソコンからチャットルームにログオンした。

獅子:緊張する。

クロスロード:それは目の前の相手を、

きい:大切に考えてる証拠。
41鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/02/10(水) 23:57:00 ID:PV1c91Ad0
 チャット仲間の後押しを受け、明くる日、タツマキは久しぶりに猛士関東支部の表の顔である、柴又の甘味処「たちばな」を訪れた。店内には、各席で甘味を愉しむ老若男女と、その間で作務衣を着て立ち働く二人の女性の姿があった。
 姉の香須実のほうが、しばらくタツマキの顔を見てから言った。
「大洋くん!?」
「姉上、いまは『タツマキ』殿ですよ」
 妹の日菜佳が言った。現在は姉妹共に関東支部の鬼・イブキ、トドロキに嫁入りしているはずだが、嫁ぎ先から実家に通って店を手伝っているようだった。
「お父さーん、たい……じゃない、タツマキくん来てるよ」
 香須実が店の奥に声をかける。日菜佳に案内されてタツマキが店の奥へと続く暖簾をくぐると、そこには一休みをしていた関東支部長・立花勢地郎の姿があった。
「ああ、タツマキ君。立派になったねぇ」
 勢地郎は柔和な笑顔で言った。タツマキが持参してきた滋賀の銘菓を受け取ると、勢地郎は彼に地下への通路を示した。
「久しぶりに、かつての『学び舎』に行ってみたらどうだい?」
42鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/02/10(水) 23:58:07 ID:PV1c91Ad0
 緊張の面持ちで、タツマキは地下への階段を降りていった。階段を降りきると、そこには「猛士の間」があり、さらに扉を抜けてその奥に進むと、タツマキが猛士の研修時代に幾度となく通った、関東支部の開発実験試作室がある。
 2005年の1月下旬から約一年間、タツマキはそこを研修室として、純友と机を並べて猛士や魔化魍についての講義を受けた。
 ――この扉の向こうに、純友がいる。
 元・研修室のドアを前に、タツマキは無意識に深呼吸をした。
「チワーっす」
 渇いた喉から挨拶を絞り出しながら、タツマキは扉を開けた。
 部屋の中で立ち動く、白衣をまとった後ろ姿があった。振り返ったその人物は、タツマキたちの研修で講師を勤めた滝澤みどりだった。
「えーと……あ、あらー、大洋くん?」
「これでも今は、鬼やってます。『タツマキ』ってコードネームで」
「そうなんだー、タツマキくん」
 みどりは笑顔で早速言い直した。
 タツマキは、部屋の奥をそれとなく見回し、純友の姿を捜した。
「あのー、アイツ、今も『お手伝い』でここに来てるんスよね」
「うん、でも今日はここには来ないよ」
「あ、そうスか。皆さんへのアイサツも終わったんで、あいつの家のほうに寄ってみます」
 二人だけで会うよりも、関東支部の皆とまとめて会う形がよかったが、そういうことなら仕方がない。タツマキは支部を出て、純友の家へ向かおうと考えた。
43鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/02/11(木) 00:04:46 ID:sl13cEdl0
「――それで、結局須佐くんには会えなかったんだ」
 滋賀に戻ったタツマキは、橘多美にそう言われて無気力な様子で頷いた。
「まえもって連絡しなかった俺が悪いんだ」
 気落ちした声でタツマキは言った。
「アイツ、東北支部に出張中なんだってさ」
「須佐くんって、猛士に入っているわけじゃないんでしょう? それなのに東北支部に『出張』なの?」
「大学に行くのが決まってからも、アイツはボランティアで関東支部に出入りしてたんだ。半分猛士みたいなもんだよ。でもまさか、出張中たぁ思わなかった」
 うなだれるタツマキに、多美は明るく言った。
「大丈夫だよ。また次の機会があるから」
 事前に相当緊張していたタツマキは、その分の落差で虚脱状態となっていた。
44鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/02/11(木) 00:06:31 ID:sl13cEdl0
 時は流れ、全国の寒さも和らぎ、春が近づいてきた夜。ウェブサイト上のチャットルームで会話する、三つのアバターの姿があった。

きい:ほろってなんだろ?

クロスロード:形容詞や名詞に付いて、なんとなく、少し、などの意味を表す。

獅子:ほろうれしい。ほろ愛しい。

 今夜のチャットでは、「獅子」は終始上機嫌な様子だった。以前によくしていた、迷いや逡巡を感じさせるような話題は一切出てこなかった。
 この心境の変化の原因は、数か月前、東京から滋賀に戻ってきた直後の多美との会話にあった。
45鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/02/11(木) 00:08:23 ID:sl13cEdl0
 タツマキが純友に会えないまま滋賀に帰ってきたあの日、多美は素朴な疑問を口にした。
「ところで須佐くん、何の用事で東北支部に出かけていたの?」
「えーと……アイツが設計した音撃武器を使っている鬼が東北支部にいて、保守点検をするとか」
「須佐くんが設計した武器を保守点検……」
 しばらく考え込んでいた多美は、顔を上げてタツマキに言った。
「タツマキくんが使っている武器って、須佐くんが作ったものかもしれないんだよね」
「ああ」
「そうしたら、そのうちタツマキくんのところにも保守点検に来るんじゃない?」
 多美に言われて、タツマキは一瞬言葉が出なかった。そう言われてみれば、そうだ。
 もしかしたら近いうちに純友に会えるかもしれないと、タツマキは思った。
46鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/02/11(木) 00:11:21 ID:sl13cEdl0
 タツマキが「きい」や「クロスロード」とチャットで会話を交してから数日後。春の嵐が吹き荒れる滋賀西部の山間に、装着型音撃弦を両腕にまとった竜巻鬼の姿があった。
 今日は魔化魍掃討ではなく、音撃武器の保守点検が目的だった。
 音撃弦でひと通りの斬撃モード、音撃モードの動作確認を行った後、竜巻鬼は音撃弦をクロスボウ形態に展開し、矢をつがえて慣れぬ射撃モードの動作確認を行った。
『扱いにくいぜ!』
 不慣れな音撃射の操作を行いながら、竜巻鬼はそんな憎まれ口を叩いた。それらの言葉も、サポートにつく多美はすべてデータとしてモニター転送していく。猛士関西支部でデータを受け取る、音撃武器の開発者の元へ。

「……相変わらずだな」
 苦笑しながら、データの受信を知らせるディスプレイを前にした人物が呟く。その間も、キーボード上でその手が素早く動き、受け取ったデータは次々と分類・整理されていった。

 データの採取が終わると、タツマキは多美と共に関西支部に戻り、音撃武器の保守点検を担当する者から直接話を聞くために、用意された会議室に入っていった。
 そこに、白衣を着て背を向ける人物が立っていた。
47鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/02/11(木) 00:14:52 ID:sl13cEdl0
「よう純友、久しぶりだなぁ!」
 タツマキが声をかけると、白衣の人物が振り向き、五十過ぎと思われる彫りの深い顔立ちの男が気難しそうな顔を向けた。本部の開発局長・小暮耕之助だった。
「あ、あれ?」
「貴様か? 『扱いにくい』だの何だのと、文句ばかり言っていた若造は」
「え? あ、イヤ……」
 多美と顔を見合わせながら、小暮の追求にタツマキが言葉を詰まらせていた時、そこに猫背で痩せ気味の若者が一人、ノートパソコンを小脇に抱えて入ってきた。部外者である彼が支部内で行動するには、小暮のような同行者が必要だったのだ。
「す、すみません、遅くなりました」
 小暮にそう詫びてから、背筋を伸ばして須佐純友はタツマキに向き直り、敬礼に似た小暮のポーズを決めた。それに応えるようにタツマキは、かつて鬼を断念した津村努という青年から引き継いだ、彼のポーズを見せた。
「久しぶりだな、純友」
「うん、久しぶり」
 少年時代、見習いとして共に過ごした二人は、青年となり、今ここにこうして再会した。





『ほろよい.com』はこれで終了です。
チャットの会話はCMでオダギリジョーや水嶋ヒロが打っていた内容をほぼそのまま流用しています。ゼットンとか。
そのうちまた過去スレを元ネタにした短編でも書いて投下するかもです。
48名無しより愛をこめて:2010/02/11(木) 06:09:47 ID:QIelRZJj0
鬼祓い作者様、投下乙です。
次回作、期待してます。
49鬼ストーリー年表:2010/02/11(木) 19:46:17 ID:bF4+xTOz0

・西暦2010年

 2008年式音撃武器の保守点検始まる

50名無しより愛をこめて:2010/02/18(木) 22:37:24 ID:X/wCc3cM0
保守
51名無しより愛をこめて:2010/02/24(水) 19:13:54 ID:nViSzKXqO
点検
52名無しより愛をこめて:2010/02/28(日) 13:53:54 ID:CuRA7DAX0
保守
なにが起きたんだよ本当に
53高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2010/03/03(水) 20:50:58 ID:HtFY8iTL0
>>6で言ってたやつ、書き直してみたんで
鯖復活記念に投下しますね。
54描く花鶏:2010/03/03(水) 20:52:31 ID:HtFY8iTL0
「あのさ、香須実……」
奥多摩へと向かい軽快に走る「不知火」を運転する立花香須実に向けて、助手席に座るヒビキはおずおずと切り出した。
「ん?」
「あ……否、やっぱいいや」
だが香須実はヒビキの発言を流そうとはせず、「気になるんだけど」と尋ね返してきた。それに対しヒビキは「やっぱ聞かなかった事にして」と答えるが……。
「……」
気まずさ故にサングラスを掛けて顔を背けたヒビキを、香須実が無言で睨み付ける。
「もしかして……屋久島で誰かにバラしたとか?」
図星である。香須実の容赦ない追求に、ヒビキの顔色が傍目にも分かるぐらい変わった。何とか誤魔化そうとするヒビキだったが、自分が言い訳をする時の口調を指摘され、嘘だと看破されてしまう。
とうとうヒビキが折れた。しかし今度は逆に開き直って。
「そんな事ないでしょ、失礼な。極偶にでしょ」
「だから極偶にでも駄目なんだってば!」
そう。ヒビキは屋久島で安達明日夢に鬼の姿を見せた。だがそれ以外にも「極偶に」第三者に鬼の姿を見せてしまう事があるのだ。
今回はそんな「極偶の」ケースに遭遇してしまった人物に纏わるお話である。
55描く花鶏:2010/03/03(水) 20:56:14 ID:HtFY8iTL0
薄墨色の礼服に身を包んだ遠藤郷介は、一人ベンチに腰掛けて、普段は滅多に吸わない煙草をふかしていた。
八月の――夏の終わりを告げるかのようにツクツクボウシが忙しなく鳴いている。そよ風が汗ばんだ顔を軽く撫でた。
彼の視線の先では、葬儀場の煙突からゆらゆらと黒い煙が昇っていた。空には入道雲が。天気予報で夕立があると言っていた事を思い出す。
あいつはきっと幸せな人生を全うした――そう思って自分自身を納得させようとする郷介だったが、まだ暫くは気持ちの整理をつけられそうにない。
それは、いつもと変わらぬ一日から始まった……。
56描く花鶏:2010/03/03(水) 21:01:22 ID:HtFY8iTL0
「ふう……」
一仕事を終え、愛用のノートパソコンの電源を切った郷介は、少しだけ飲み残した珈琲の入ったカップを手に仕事部屋を出た。
居間では、息子のみちろうが音楽を聴いていた。一月に屋久島へ旅行した時、そこで出会った青年に別れ際教えてもらった曲だそうだ。その青年を真似してヘッドホンで聴いている。
流しにカップを置いた後、居間の壁に掛けてある時計に目をやる。そろそろお昼を用意しなければいけない時間だ。
と、チャイムの音が鳴った。玄関へと行き、ドアを開ける郷介。そこには。
「ちわ〜っス」
耳に小さなピアスを付けた茶髪の少年が立っていた。手にはショルダーバッグを提げ、学生服を着ている。どうやら学校帰りにそのまま来たらしい。
「あれ、ケンヂくん……」
彼の名は大槻健児(通称はケンヂ)。隣に住んでいる一家の長男で高校生だ。
「学校帰り……?」
こういう仕事をしていると偶に今が何月何日何曜日なのか分からなくなるが、それでも今が学生的には夏休み真っ只中だと言う事は覚えていた。そんな郷介に対しケンヂは。
「今日は登校日だったんスよ」
「ああ……」
「お邪魔してもいいスか?」
言うや否やケンヂは靴を脱ぎ、上がり込んできた。
57描く花鶏:2010/03/03(水) 21:04:46 ID:HtFY8iTL0
「よお、みちろう」
居間に入って早々、ケンヂがみちろうに声を掛ける。だがみちろうは音楽に夢中で気付かない。
ケンヂはみちろうの傍まで近寄ると、ヘッドホンを外してもう一度呼び掛けた。
「あっ、ケンヂにーちゃん!」
「元気か、糞餓鬼。……なんだ、またこの曲聴いてんのか」
ヘッドホンを耳に当てながら、ケンヂが「古い曲」と呟く。
「かえしやがれ!」
みちろうがケンヂの無防備な股間にパンチを叩き込んだ。股間を押さえ、意味不明な言葉を呟きながら蹲るケンヂ。彼が落ち着くのを待って、郷介がうちに来た理由を尋ねた。
「いつも通りっスよ」
彼は、自宅は居心地が悪いからとしょっちゅう遠藤家にやって来ては時間を潰していっているのだ。郷介も彼ぐらいの年頃は家が煩わしく思えたし、何よりみちろうの良い遊び相手になってくれるので快く迎え入れている。
「そういやこの前本屋で遠藤さんの本を見ましたよ。本当に作家なんだなって思いました」
確かに郷介は作家だ。処女作がもののはずみで名のある賞を受賞し、売れに売れて一戸建て(まあ借家だが)に住めるぐらいの印税収入を得ている。だが。
「……売れてないけどな」
自虐的に郷介が呟いた。
そう、あれ以来鳴かず飛ばずの状態が延々と続いているのだ。今は貯金と月々の僅かな収入で父子二人糊口を凌いでいるのが現状である。
「でしょうね。俺が見たのもブックオフの百円の棚だったし」
遠慮なくそう言うとケンヂは笑った。
その後、郷介はケンヂから色々と学生生活について話を聞いた。小説のネタのためである。もう三十に手が届く年齢の郷介にとって、年が一回り違う相手の話は新鮮であり、また、自身の学生時代と比較してみるのが楽しみだった。
58描く花鶏:2010/03/03(水) 21:10:15 ID:HtFY8iTL0
「でね、この間うちの学校の美術の先生と話してて……」
「美術?」
ケンヂはロックをこよなく愛し、確か学校では軽音楽同好会に所属していると言っていた(歌も楽器も物凄く下手糞だが)。そして趣味は格闘技である。およそ美術とは縁遠い生活を送っている筈だ。
「……美人の先生だな」
ケンヂの顔が赤くなった。弁解するケンヂを制し、郷介が言う。
「照れるなよ。誰だってクラスのアイドルや学園のマドンナには憧れるもんだ。俺もそうだった」
「性欲強そうな顔してますもんね」
郷介は近くにあった雑誌を手に取ると、丸めてケンヂの頭を思い切り叩いた。痛がるケンヂに向かって、詳しく話すよう催促する。
「花鶏先生って言うんです。珍しい苗字でしょ?」
「あとり?」
郷介はその名に聞き覚えがあった。
「その先生、ひょっとして名前は恵って言うんじゃないか?花鶏恵(あとり めぐ)」
ケンヂが何で知っているんだと言わんばかりの表情を見せた。
「そうか……」
その珍しい苗字の美術教師は、郷介のよく知る人物だったのだ。
彼女は郷介の中学時代のクラスメイトだった。色白の美少女で、少し引っ込み思案なところもあるが、クラスのマスコット的存在として誰からも可愛がられていた。
そんな彼女の特技は絵で、何度かコンクールで賞を取っていた。美術部にも所属し、将来は美術の先生になりたいと、くりくりした目を輝かせながら話していたのを思い出す。
郷介は十数年振りに彼女に会ってみたくなった。
59描く花鶏:2010/03/03(水) 21:17:03 ID:HtFY8iTL0
今日の登校日に彼女が来ていたのを確認すると、郷介はケンヂと共に彼の高校へと向かっていった。
「遠藤さんも物好きっスね〜」
「とーちゃんはものずきだなぁ」
みちろうも一緒である。本当は留守番をさせておきたかったのだが仕方がない。
「中学の同級生だったんスか」
「ああ。古い友達さ」
ハンカチで汗を拭いながら郷介が答えた。
蝉時雨の中、学校の校門前まで辿り着く。そこでは、鞄を手にしたひっつめ髪の女性と、傍に大型バイクを停めた黒い半袖シャツの男性が何やら話をしていた。
「あ、先生」
偶然にもそれは花鶏恵その人だった。だが郷介とみちろうは、その傍らに立つ男性の方に目が向いていた。
「あのときのおっちゃん!」
みちろうが叫ぶ。その声に反応して、花鶏と男性が振り返った。
男性は少し考え込んでいたが、何かを思い出したかのように手をぽんと叩くと。
「おう、あの時の少年!」
目を丸くしてそう言った。
それは、屋久島に向かうフェリーの中で出会ったちょっと不思議な男性、ヒビキだった。
満面の笑みで駆け寄ってきたみちろうの頭を、ヒビキが優しく撫でる。
60描く花鶏:2010/03/03(水) 21:20:29 ID:HtFY8iTL0
「お久し振りです。まさかこっちでまたお会い出来るだなんて……」
そう言いながら近付いてくる郷介の顔を見て、花鶏が声を上げた。
「あ……郷介くん!?」
「え、知り合い?」
そう言ってヒビキは花鶏と郷介の顔を交互に見やった。と、みちろうがヒビキのベルトにぶら提げられていたある物を目聡く見つけた。
「あ、これ!」
それはヒビキの使用する変身音叉だった。
「あのにーちゃんとおなじものだ!」
事情が飲み込めないでいるヒビキに、郷介が屋久島で出会った青年も同じ物を持っていた旨を説明する。
「そうか、あいつ……」
ヒビキの脳裏に、ヘッドホンを耳に掛けた青年の姿が浮かび上がった。
「まさかヒビキさんも……」
「ご名答」
そう言うとヒビキは「シュッ」と得意のポーズを決めてみせた。
「しかし何だ、そういう事をしてるのは俺だけじゃなかったわけか。良かった良かった」
「え?」
その言葉に、今度は郷介がヒビキと花鶏の顔を交互に見やった。花鶏が申し訳なさそうに答える。
「私も知っているの。ヒビキさんのお仕事について……」
唖然とする郷介。一方、一人蚊帳の外のケンヂは訳が分からないと言った顔のまま、目の前で繰り広げられるやりとりを眺めていた。
61描く花鶏:2010/03/03(水) 21:28:32 ID:HtFY8iTL0
ヒビキはそろそろ帰らないといけないと、愛車「凱火」に跨って立ち去っていった。
彼を見送った後、一行は場所を近くの喫茶店へと移して話を始めた。
暫くの間郷介と花鶏は近況や思い出話に花を咲かせ、その間暇そうなみちろうの面倒をケンヂが見ていた。注文した飲み物を飲み終えた頃、郷介が漸く本題に入る。
「何があった?」
単刀直入な問いに、花鶏が困ったような仕草をする。実際、何と答えて良いものか悩んでいるのだろう。
花鶏は一瞬ケンヂをちらりと見ると、意を決して語り始めた。
それは、ほんの二ヶ月前、六月初めの事である。
62描く花鶏:2010/03/03(水) 21:36:05 ID:HtFY8iTL0
その日花鶏は、美術部の合宿の下見のため、とある山中へと赴いていた。幸いな事に前日まで降り続いていた雨は、まるで見計らっていたかのように止み、太陽が眩しく輝いていた。
彼女が写生に最適な場所を探していたその時――。
怪しげな男女が現れた。
男女は不気味に微笑むと、みるみるうちにその姿を異形の怪物へと変えていった。全身にびっしりとイボが生えたその姿は、さながら蝦蟇を彷彿とさせた。
男の方が化けた怪人が、口から紫の煙を吐き出した。足が竦んで動けない花鶏をあっという間に煙が包み込む。咳き込む花鶏。
そこへ威勢の良い掛け声が響いた。次いで爆発音が。薄れていく紫煙の向こうでは、二体いた筈の怪人がいつの間にか一体になっていた。
再び響いた掛け声と共に炎の塊が飛んできて残る怪人に命中した。そのまま怪人の身体が爆ぜて、塵へと変わる。
少し間をおいて、茂みの奥から新たな異形が現れた。光の加減で体色が青や紫に変わって見える、二本角の異形――例えるならば、鬼。
手にした撥のような物で肩を叩いていた鬼の顔が、光に包まれた。次いで光の向こうから壮年男性の顔が現れる。
と、男が花鶏に気付いた。分かり易いぐらいに動揺している。戦闘中だったとは言え、迂闊にも彼女に気付くのが遅れてしまったのだ。
それを確認するや否や、花鶏の意識は遠退いてしまった。
これがヒビキとの出会いであった。
63描く花鶏:2010/03/03(水) 21:43:57 ID:HtFY8iTL0
意識を取り戻した花鶏の傍で、一人の男性が心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。花鶏はその顔に見覚えがあった。
「あ、さっきの……」
「あちゃ〜」
覚えていたかと言わんばかりに男性が額に手を当てた。
彼はヒビキと名乗った。そしてさっき見た事は自分の胸に留めておいてくれないかと頼み込んだ。事情が呑み込めず狼狽する彼女に、ヒビキが分かり易く自分とあの怪人について説明する。
それは、あまりにも突飛過ぎて彼女の理解の範疇を超えていた。だが事実を事実として認めざるを得ない。
ヒビキは、オオドクガマと呼ばれる魔化魍を追って隣の山からやって来たのだと言う。
オオドクガマは人里に現れ、人家の床下を根城にして捕食を行う。だから発生の兆候が見られた場合、すぐに現場へと向かい人里から引き離したうえで退治しなければならない。
ただ、昨日までの長雨でオオドクガマの動きが予想以上に活発化し、急遽ヒビキが特別遊撃班として前線へ赴く事になったのだそうだ。
「送っていくよ」
そう言うとヒビキは手を差し出した。その手を取ろうとする花鶏だったが、突然激しく咳き込むと、再び意識を失ってしまった。
その後猛士御用達の病院で診察を受けた結果、彼女はオオドクガマの怪童子が吐き出した毒気に体を蝕まれているとの診断が下された。
64描く花鶏:2010/03/03(水) 21:50:38 ID:HtFY8iTL0
「それで、大丈夫なのか?」
心配そうに尋ねる郷介に対し、花鶏は笑顔で大丈夫と答えた。だが、心なしかただでさえ色白の顔が、やけに真っ白に見える。それに、元々おとなしい娘ではあったが、声に覇気が感じられない。
あんな話を聞いたからだと、胸中で郷介は頭を振った。そして彼女に向かってこう尋ねた。
「一つ聞いていいか?……恨んでないのか?」
郷介の問い掛けに花鶏はきょとんとした顔で。
「何を?」
「ヒビキさんさえもう少し早く来ていればこんな目に遭わずに済んだのに――そうは思わなかったか?」
人間は理不尽な仕打ちに見舞われた際、他者に責任を転嫁する事で自己を保とうとするものだ。だが花鶏は。
「だってあの人が来なかったら私、あの場で死んでいたのよ。感謝こそすれ恨んでなんかないわ」
彼女は、十数年経った今でも、郷介がよく知る優しく前向きな花鶏恵のままだった。
ちなみにヒビキは、あの一件以来時間を作って定期的に会いに来てくれているらしい。彼も彼で負い目を感じているのだろう。
「何の事だか俺にはさっぱり分かんねえ」
みちろうとほっぺたの抓りあいをしていたケンヂが呟く。
郷介と花鶏は、重要な箇所はぼかしたり別の単語を意図的に使用して誤魔化しながら話をしていたのだ。実際に鬼と魔化魍を見た事のある者にしか、会話の真の意味は分からないだろう。
「えっと、さっきのヒビキって人が先生に何か悪い事でもしたんスか?」
「違うから」と郷介はケンヂの頭を軽く叩いた。
65描く花鶏:2010/03/03(水) 21:55:52 ID:HtFY8iTL0
その後、花鶏の提案で今度の週末に皆で何処かへ遊びに行こうという話になった。とんとん拍子に話は進み、とある山へキャンプに行く事が決定した。
「でもそれなら、ちゃんとした設備のあるキャンプ場へ行けばいいんじゃ……」
「ねえ郷介くん、『大空の樹』って知ってる?」
「ん?そんな名前の樹、聞いた事ないな」
違う違うと花鶏が笑いながら告げる。
「地元の人がそう呼んでるだけ。どこまでも真っ直ぐに、天に向かって伸びた大木なの」
映画の「となりのトトロ」に出てくるかのような大木なのだと言う。どうやら花鶏はそれを描きたいらしい。
何故その樹にそこまで拘るのかと郷介が尋ね返すと、花鶏は照れ臭そうに「その樹には幸せを運んでくると言う言い伝えが昔からあるの」と答えた。
「先生ってロマンチストなんスね。あ、いや、別にそれが悪いとかじゃなくって、その……」
「にーちゃん、かおまっかだぞ。かぜか?」
「うるせえ」
にやにやと笑いながら冷やかすみちろうの頭を、真っ赤な顔をしたケンヂが叩いた。
そんな二人のやりとりを見て、花鶏は実に楽しそうに微笑んだ。
66描く花鶏:2010/03/03(水) 22:49:20 ID:HtFY8iTL0
「大空の樹って知ってるかな?」
甘味処「たちばな」店内の奥座敷。座卓の正面に座るヒビキに向かって、立花勢地郎が尋ねた。なんでも、その周辺で魔化魍発生の兆候が見られたらしい。「金」の立花日菜佳が立てた予想では、テングとの事。
「あの時のリベンジマッチだな……」
「うん?何か言ったかい?」
「いや何も」
ガラスの器に淹れられた冷茶を一口啜って、勢地郎が告げた。
「悪いね。君にはついこの間ヨロイツチグモを退治してもらったばかりだと言うのに……」
「そのための遊撃斑ですから」
そう言って冷茶を飲み干すと、ヒビキは立ち上がった。
「もう行くかい?」
「善は急げ。それに、新しい音撃棒もまだ手に馴染みきっていないですから」
行ってきます――そう勢地郎に告げるとヒビキは「シュッ」と決めポーズをしてみせた。
67描く花鶏:2010/03/03(水) 22:58:12 ID:HtFY8iTL0
キャンプ当日、遠藤宅に動き易さ重視の服を着込みスケッチブックを手にした花鶏と、派手な色をしたTシャツ姿のケンヂが訪れた。
彼等二人、そしてみちろうを連れてレンタカーを借りに行き、そのまま目的地へと向かう。だが、郷介には一つだけ気掛かりな事があった。
信号待ちの最中、ルームミラーをちらりと見る郷介。後部座席では、花鶏がみちろうと仲良く話をしていた。
彼女の顔色は、先日会った時よりも悪くなっていた。明らかに無理をしている。出発前、体調は大丈夫かと何度も尋ねたが、花鶏はいつもの笑顔で心配はないと答えたのだった。
やはり中止にすべきだったか――そう思う郷介の方に、助手席に座るケンヂが不安げな顔を向けてきた。彼も花鶏の体調が心配なのだ。
車中の何とも言えない雰囲気とは裏腹に、空は真っ青に晴れ渡っていた。
68描く花鶏:2010/03/03(水) 23:05:19 ID:HtFY8iTL0
大空の樹へと至る登山道の途中で、ヒビキは思いがけない面々と再会した。それは相手――郷介や花鶏達にとっても同じだった。
「ヒビキさんがここに来たって事は、まさか……」
「まあそういう訳だ。……キャンプ?」
郷介達の持ち物を見てヒビキが尋ねる。
「先生がどうしてもここでキャンプしたいって言うんスよ」
事情を知らないケンヂが笑顔でそう答えた。
次にヒビキは花鶏の顔をじっと見つめた。気まずそうに花鶏が視線を逸らす。ヒビキの表情が少し険しくなった。
「……よし、じゃあ俺はもう行きます」
「ヒビキさん……」
何かを言おうとする郷介の傍まで来ると、ヒビキは彼にそっと耳打ちした。
「大丈夫、夜までには片付けるさ。それよりも……」
ヒビキは花鶏を一瞥すると、こう告げた。
「彼女の事、気をつけて見ててやってくれないか。おそらく彼女は……」
「え?」
何と続けようとしていたのか尋ねるよりも早く、ヒビキは「じゃっ」と言うと敬礼して一行の前から立ち去っていった。
69描く花鶏:2010/03/03(水) 23:12:36 ID:HtFY8iTL0
夕刻、山中で響鬼はテング相手に丁丁発止と渡り合っていた。響鬼の手には音撃棒・烈火が、テングの手には大きな葉団扇が握られていた。相手は高い鼻を持つ、俗に大天狗と呼ばれる種類のものだった。
葉団扇から巻き起こされる突風をまともに受けて、響鬼の体勢が崩れた。そこへ間髪入れずにテングが襲い掛かってくる。
響鬼の首根っこを掴むと、力任せに近くの樹へと彼の体を叩きつけた。二度三度叩きつけた後、テングが響鬼を地面に投げ捨てる。
追撃に備え慌てて飛び起きる響鬼だったが、先程強かに打ちつけられた樹が音を立てて彼の頭上に倒れ込んできた。天狗倒しだ。
「おっと!」
一瞬の判断で横へと響鬼が飛び退く。そこへ目掛けて第二第三の倒木が。
「おおっ!? あっぶねえな」
距離を取る響鬼に対し、次にテングは石礫を吐き出して攻撃を仕掛けてきた。天狗礫と呼ばれるものである。それを驚異的な動体視力をもって「烈火」で弾き返していく響鬼。
「はああああ……!」
響鬼が気合を込めた。彼の周囲の気温が上昇し、熱気が立ち上る。
礫による攻撃が効果無いと見るや、テングは口から炎の塊を吐き出してきた。伝承で言うところの天狗火である。攻撃は命中し、響鬼の全身が炎に包まれた。
だが響鬼は気合と共に炎を振り払った。火の粉が飛び散る。その中から現れたのは、全身が灼熱色に輝く強化形態、その名も響鬼紅。
70描く花鶏:2010/03/03(水) 23:20:23 ID:HtFY8iTL0
韋駄天の如き速さで、一気に距離を詰める響鬼紅。「烈火」を振るい、テングの葉団扇を叩き落した。次いで目にも留まらぬ速さで、相手の体に音撃鼓・爆裂火炎鼓を貼り付ける。
大きく「烈火」を振り上げ、そのまま爆裂真紅の型を叩き込もうとする響鬼紅。それに対しテングも、右掌で練りあげた気の塊を響鬼紅の胴体へと貼り付けた。
「爆裂真紅の型ぁ!」
響鬼紅の「烈火」が叩き込まれると同時に、テングもまた響鬼紅の胴に貼られた気の太鼓に向けて掌を勢いよく打ちつけた。これぞ俗に言う天狗太鼓。東北支部の不敵鬼が使用する「手打ち」と同じものである。
テングが音撃打まがいの技を使えても、何ら不思議ではない。伝説の鬼・前鬼は八大天狗の一柱として数えられているし、古の鬼は大きな翼を両肩から生やしていた事が飛鳥時代の「玉虫厨子」に残された絵で判明している。
そもそも前述の「手打ち」自体が、魔化魍の技を鬼でも使えるように改良したものだと言われているぐらいだ。カマイタチの怪童子と妖姫が使う技を応用した、和泉家奥義「構太刀」のように。
また、堕ちた鬼の一部がテングに変ずるとも言われているし、兎に角テングはモウリョウと並び鬼に近しい存在なのだ。故に強いのである。
爆裂真紅の型と天狗太鼓が互いに炸裂し、大きな音を響かせた。大気が震え、両者を中心に衝撃波が周囲を駆け巡っていく。木々が揺れ、土煙が舞い上がった。
相手が先に倒れるか己が先に倒れるか、両者は再びそれぞれの太鼓を激しく打ち鳴らした。
71描く花鶏:2010/03/03(水) 23:26:25 ID:HtFY8iTL0
遠くから太鼓の音が聞こえてきた。おそらくヒビキが魔化魍を倒したのだろう――そう郷介は理解した。
「何スか、この音!?」
驚くケンヂに向かって、郷介が「虚空太鼓だな」と説明する。
「何です?」
「山口県に伝わる伝説だよ。海から太鼓の音が聞こえてくる現象だ」
「いやここ山だし、関東だし」
「じゃあ山神楽だ。伝説では天狗の仕業らしい」
無理矢理ケンヂを納得させると、郷介は大空の樹を仰ぎ見た。予想以上の大きさである。世界一高いとされるセコイアの木が約116メートル。この樹はそこまで高くないが、それでも60メートルは下らないだろう。
加えて、この樹は周囲が太かった。こちらも一回り30メートルは下らないのではなかろうか。そんな馬鹿みたいに大きな樹が、紅く染め上げられた空に向かって枝を広げているのだ。
郷介は真似して天を見上げながら大きく両手を広げた。太陽はもう山の端に沈みかけていた。一番星が輝き、夜の帳が下りようとしている。
花鶏は、ランプの明かりを頼りに一心不乱に大空の樹の絵を描いていた。その様子を興味深そうにみちろうが覗き込んでいる。
「あんまり根を詰めると体壊すぞ」
そう声を掛けるも、花鶏は一向に反応しない。ここで漸く郷介は、集中した彼女が周囲の音を一切感知しなくなる事を思い出した。本当に彼女は、彼がよく知る中学時代の花鶏恵そのままだった。
と、ふいに花鶏が顔を上げた。どうやら休憩のようだ。彼女に手渡すため、沸かしたての珈琲を取りに郷介が向かう。
花鶏は、未完成のスケッチをまじまじと眺めるみちろうに向かってこう尋ねた。
「みちろうくん、お母さんいなくて、淋しい?」
「おれはだいじょうぶ。とーちゃんをからかっているだけでたのしいからな!」
「そっか……。私が君のお母さんになれたらいいんだけどなぁ……」
「へ?」
文字通り目が点になっているみちろうを見て、花鶏はくすくすと笑った。だがすぐに真顔に戻ると、ぼそりと一言呟いた。
「本当になれたらいいのにな……」
72描く花鶏:2010/03/03(水) 23:31:59 ID:HtFY8iTL0
「ふう……」
激しい打ち合いの末、響鬼紅は辛くもテングを倒す事に成功した。だが、彼自身の負ったダメージも大きかった。
テングの音撃もどきを受けた痕は、焼け爛れて今なお煙を上げ続けていた。紅状態でなかったら、間違いなく致命傷になっていただろう。
自分の鍛えの足りなさを恥じると同時に、「銀」の滝澤みどりが言っていた事を思い出した。
丁度ヒビキがバケネコと戦っていた頃、吉野の総本部から戻ってきたばかりのみどりが面白い物を手土産に持ち帰ってきたのだ。
それは、鎧と化して鬼の体に装着されると言う新型のディスクアニマルだった。
もしこれが実用段階に至れば、今回のような肉を切らせて骨を断つ戦いに大きく貢献する事だろう。
とりあえず紅を解除しようとした響鬼の耳に、絹を裂くような悲鳴が飛び込んできた。
「まさか!?」
次の瞬間、響鬼紅は声のした方向へと駆け出していた。
73描く花鶏:2010/03/03(水) 23:40:33 ID:HtFY8iTL0
郷介の手から落ちた珈琲カップが、石に当たって音を立てて砕けた。
彼の眼前には、みちろうを抱くようにして庇う花鶏と、彼女へ向かってにじり寄る異形の怪物の姿があった。
テングである。先程響鬼によって倒された個体とは違い、俗に木の葉天狗や烏天狗と呼ばれる低級な個体だ。だが低級でもテングはテング。その実力は、以前に響鬼と威吹鬼の二人を相手にして互角に立ち回った事からも明らかだと言えよう。
鋭い爪を目の前の生餌へと向けるテング。
腰を抜かしてしまったケンヂは言うまでもなく、郷介も花鶏も蛇に睨まれた蛙宜しく一歩も動く事が出来なかった。
テングが花鶏へ向かって駆け出した。声にならない悲鳴が上がる。と、そこへ。
炎の塊が二つ飛んできて、テングの顔面に命中した。郷介が背後を振り向く。遠くから「烈火」を構えた響鬼紅が物凄い速さでこちらへ向かって駆けてくるのが見えた。
遠距離からの攻撃に不意を衝かれたテングは、背中に収納していた巨大な翼を展開すると、夜空へ向かって飛び上がった。それに向けて鬼棒術・烈火弾を再度放ち、響鬼紅が追撃を仕掛ける。
烈火弾が翼に命中した。しかしスピードは落ちたものの、テングは上昇を止めない。みるみるうちに大空の樹よりも高い位置まで逃げてしまった。こうなると烈火弾も届かない。
だが響鬼紅はますます走る速度を上げていった。郷介や花鶏の脇を高速で駆け抜け、そして。
74描く花鶏:2010/03/03(水) 23:49:03 ID:HtFY8iTL0
「うおおりゃああ!」
響鬼紅は大空の樹に足を掛けると、ほぼ垂直に近い幹を勢いに任せて駆け上っていった。そして天辺から最大で四十九間三尺もの跳躍力を駆使し、テングの遥か頭上まで飛び上がったのだ!
呆気に取られて上空を見上げる一同。慌ててその場から離れようとするテングだったが遅かった。
弾丸と化した響鬼紅が、テング目掛けてまっしぐらに突っ込んできたのだ。そして激突の瞬間。
「でやあっ!」
灼熱真紅の型をテングへと叩き込んだ。超高空からの加速度をプラスした重い一撃に、さしものテングも炎に包まれ、そのまま爆散して果てた。
物凄い音を立てて響鬼紅が地上へと降り立った。もうもうと土煙が上がる中、紅を、そして顔の変身を解除したヒビキが鼻を擦る仕草をしながら歩み出てくる。
安堵で胸を撫で下ろす郷介。しかし周りの様子が変だ。
「先生!花鶏先生っ!」
「ねーちゃんしっかりしろ!やられたのか!?」
見ると花鶏が蹲っている。慌てて彼女の傍へと郷介が駆け寄る。
何一つ外傷は無い。では何故彼女は倒れてしまったのか。
「ヒビキさん……」
どうすればいいのか分からず、郷介はヒビキへと視線を向けた。ヒビキもまた、無言で立ち尽くしていた。
75描く花鶏:2010/03/03(水) 23:54:33 ID:HtFY8iTL0
花鶏恵はそのまま帰らぬ人となった。彼女は二ヶ月前に受けた毒に全身を蝕まれていたのだ。猛士の病院で延命治療を受ける事も出来たが、彼女はそれを拒み、残された人生を好きな事をして全うする事に決めたのだ。
花鶏の遺体が焼かれたのを確認すると、郷介は自宅へと戻った。居間には、あの時花鶏が描いていた未完の絵が飾ってある。形見分けで譲り受けたものだ。
彼女が何故人生の最後に大空の樹へ行こうと思い立ったのか、それは郷介にも分からない。否、想像を巡らせる事は出来るのだが、本人がいない今となっては全て妄想でしかない。
おそらく彼女は、自分と思わぬ再会を果たした事が切っ掛けで、突発的に行く事を決めたのではないか――そう郷介は考える。
あの時彼女が口にした「幸せを運んでくると言う言い伝え」が鍵であろう。
では彼女は、どのような幸せを望んだと言うのか。
答えはおそらく、この絵の中にある。郷介は額に近寄って、未完の絵を眺めた。
大空の樹の枝には、真っ白い鳥が三羽止まっていた。あの日、この樹の枝に鳥が止まった事は一度も無かった。間違いなく花鶏が付け足したものである。
三羽の鳥は、大きさから親子のように見える。両親の間に子どもがいるという構図だ。
三羽はお互いを慈しむように寄り添いあっていた。 了
76名無しより愛をこめて:2010/03/04(木) 00:16:16 ID:bmbHtCeF0
高鬼作者様、投下乙です。
今回、苦いっす……。
77名無しより愛をこめて:2010/03/04(木) 19:49:41 ID:igfLK5MN0
乙です
切ないなぁ…今回…
天狗と太鼓の打ち合いが面白い展開でした
78名無しより愛をこめて:2010/03/10(水) 23:42:13 ID:Toit9UWc0
保守します
79鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/16(火) 23:57:02 ID:o2QkotF30
 春の宵、東北地方から関西地方への遥かな距離を、二人の老齢の男たちが電話を通じて話していた。
『最近の鬼の質も落ちてきたものだ』
「久々に電話してきたかと思えば、若い世代への嫉妬か」
 猛士総本部の技術部開発局長・小暮耕之助は低く笑いながら言った。今夜の電話の相手は、日頃厳格な小暮が苦笑まじりで気安く話をできる、数少ない男だった。
「わざわざ俺に電話までしてきて言うことか? 安東」
 電話の相手は東北支部の副支部長にして技術部開発局長・安東朝日。小暮も認める技術者であり、同じ時代を生きてきた戦友であった。
『まあ聞いてくれ。白昼堂々、それも市街地で、二人の鬼が目撃された。先月うちの支部の管轄内であったことだ』
「東北支部で?」
 山間や海辺でならともかく、街中で鬼が目撃されたのだとすれば、それは確かに聞き捨てならないことだった。
『思うに最近、鬼の資格を持たせる基準が甘くなっているんじゃないかと思う。鬼のなり手が少なくなってきている御時世だ、任せるほうも質を選んでいられないということなのかもしれないが』
「質を重んじる師匠であれば、半端者には鬼の資格は与えない。それが鬼の減少に拍車をかける――鬼の数を確保しようと慌てて候補者を捜し、質の悪いものが混じる――悪循環だな」
80鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/16(火) 23:58:37 ID:o2QkotF30
『我々の立場からすればだ』
 安東朝日が電話の向こうから大儀そうな声で言った。
『問題を起こした鬼は、速やかに祓わなければならない。リスク対策として、そのための技術を向上させる必要がある』
 西日本には、鬼を封じる秘術を有する一族が存在すると聞いている。しかしこれは、限られた者にしか使えない、個人の才覚に頼った方法である。
 安東ら技術者の研究対象は、昨年の鬼祓いで用いられたような、鬼への変身能力を奪う鬼石や、より強力な音撃武器など、組織が汎用的に用いることができるようなものだった。
「それで、その不届き者の鬼たちはどうなった?」
『そこが謎だ。うちの支部と近隣支部で一ヶ月に渡り内偵を行った結果、該当する鬼も、訓練中の鬼も、引退した鬼も出てこなかった。可能性があるとすれば、お前のところの鬼だ』
「総本部の?」
『ちょうどその時期、本部からうちのところに視察団が来ていて、その中に護衛要員として鬼が一人いた。サポーターがアリバイ証言をしているが、口裏を合わせているだけかもしれんからな』
「ちょっと待て、仮にこちらの鬼がその街中で目撃された二人の鬼のうちの一人だとして、あともう一人はどうなる。そのサポーターがもう一人の鬼か?」
『いや、ただのドライバーだと聞いている。専用の音叉やディスクを持ってるわけでもない、単なる送迎要員だった』
「だとすると、どういうことだ……?」
 二人の男の電話を通じた話し合いは、深夜にまでおよんだ。
81鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/17(水) 00:04:06 ID:Eh9/7zJx0


『甦る鬼神』 前編


 2010年が始まってからしばらくが過ぎた、冬の日のことだった。
 仙台市内の大型医療施設・穂村総合病院の中を、背中をまるめて不安な足どりで歩き回る、焦げ茶色のコートを着た細身の青年がいた。
「須佐先輩」
 落ち着いた、低めの女性の声を背後に聞き、びくりとしながら須佐純友は振り向いた。視線の先に、黒いレザージャケットの下から花柄のワンピースを覗かせた女性が立っていた。
「待ち合わせの場所はあちらですけど」
 数年ぶりに会う、天美あきらの姿がそこにあった。彼女の手が、長く続く人気のない廊下のはるかかなたを指し示していた。
「あの……その、ちょっと道に迷っちゃって。……ひ、久しぶり」
 恐縮しながら純友は挨拶をした。
 猛士から待ち合わせの場所として指定されていた、院内1Fの携帯電話使用可能エリアを捜していたところ、純友はいつの間にか、人通りのない長い廊下に出ていた。
 病院の裏手にあたるらしく、廊下の片側はぽつりぽつりとドアの並ぶ白い壁で、もう片方はガラス張りの窓が続いていた。純友がここを戻るべきか、このまま進むべきか迷っているところで、あきらから声をかけられた。
「どうやったらこんな裏手に来るんですか?」
 ガラス張りの窓の外には、芝生と、他の病棟の背になる白い外壁だけが見えた。
「ここからだと、北側のエレベーターの方が近いですから、このまま真っ直ぐ行きましょう」
82鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/17(水) 00:08:08 ID:Eh9/7zJx0
 須佐純友は、2008年に自らが設計した音撃武器の保守点検のため、東京から猛士東北支部にやってきていた。
 形式的に組織の外部の人間である純友が、この院内にある猛士の支局に足を踏み入れるためには、組織に籍を置いている者が同行する必要があった。その役として、関東支部で顔見知りだった天美あきらが選ばれた。
 あきらは鬼の修行から退いて、介護関係の道に進むことを選んでいた。そして、猛士に籍を置いたまま、高校卒業後に生まれ故郷である東北の大学に進学していた。
「お久しぶりです。三年ぶりくらいですね」
 純友の隣を歩きながらあきらは言った。
「あれから田島先輩とは、どうですか?」
 三年前の夏、あきらが当時ボランティアで活動していたパネルシアターの上演会で事は起こった。純友と共に会場に来ていた橘多美が、演目内容をきっかけとして、失われていた記憶を不意に取り戻した。それにより、彼女は心に傷を負うこととなった。
 このことが原因で、純友は田島大洋と袂を分かつこととなった。
「それが……あれからずっと、会っていないんだ」
 須佐純友がこののち田島大洋と再会するのは、翌月のこととなる。
「そうですか」
 あきらは特に慰めるような言葉はかけず、クールにそれだけ言った。
83鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/17(水) 00:10:52 ID:Eh9/7zJx0
「ぼくが悪いんだ。許してもらえるまで、会えないよ」
 しばらく無言で歩く時間が続いた。純友が、どうかしたのかと思い隣を見ると、じっと静かにこちらを見ているあきらと目が合った。純友は慌てて視線を逸らした。
「先輩って、あまり人と目を合わせないですよね。人付き合いが苦手な人って感じがします」
「うん……まったく、そのとおり」
 困った顔で笑いながら純友は言った。
「でも、どうしようもないんだ。どうすればいいのかわからなくて」
 言われても、まだ純友は目を伏せ続けている。
「目を合わせないまま会話を続けるのって、不自然じゃないですか? なんだか、本心で話してくれていないような印象を受けるんです。人と人との接し方は、もっと自然にするべきだと思います」
「同じようなことを、ここの支部の人にも言われたよ。ぼくが作った武器を使っている鬼なんだけど、すごくきれいな女の人で。話す時は、もっと人の目を見たほうがいいって。でも、初対面でそんなの、無理だよ」
「私は初めてお会いしてから……かれこれ五年ですよ。あの年に色々なことがあって、多少はわかりあえたと思っていました」
 純友は立ち止まり、懐から一枚のディスクアニマルを取り出して、円い盤面を見つめながら言った。
「あの頃は、そうだったかもしれないけど……。もうあの頃のぼくは、いないんだ」
84鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/17(水) 00:13:15 ID:Eh9/7zJx0
 長い廊下の反対方向から、二人の男が歩いてきた。
「あれェ? 天美のお嬢サマじゃないの」
 ファー付きのダウンジャケットを着た、金髪でソフトモヒカンの男があきらを認めて言った。
「失礼ですが、どちら様ですか」
「悪りィ、本部で一方的に見かけただけなんで、知らないのも当然だよネ。俺は総本部でサポーターをやっている、相賀。――で、こっちは鬼のホウリキさん。今、視察に来ててココの支部に滞在中なのヨ」
 長いコートを纏い、長髪を総立てにした、鼻柱に横一文字の傷がある鋭い目の男が相賀の後ろに立っていた。
 相賀が、あきらの後方にいた純友に気づいて言った。
「そちらサンは誰よ」
 純友はびくびくしながら、おそるおそる答えた。
「す、須佐と申します」
 純友が手にするディスクに気づいて、相賀は言った。
「あ、ナニ? ディスクアニマルとか持っちゃって。アンタも猛士の人間? 技術屋サンだったら、いま支局に預けてきたディスク、整備が終わり次第届けてくんないかな」
「いや、ぼくは……猛士の人間では――」
「そうだよネ、なんか雰囲気違うよネ、アンタ。アンタが手にしてるソレ、何だか知ってる? 使い方とか知らないでしょ? 見たところ、音叉も何も持ってないみたいだし」
 相賀は純友のかぼそい腰まわりに装備帯の類いがないことを確認しながら言った。
85鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/17(水) 00:14:56 ID:Eh9/7zJx0
「ホウリキさん」
 相賀は純友に近寄ってひょいとディスクを取り上げると、連れの男にディスクを投げ渡して言った。
「ちょっとコイツに、ディスクの使い方を見せてやってくださいよ。ここなら誰も通りそうもないから、いいスよネ?」
「あ、返してください。それは、ぼくの――」
 ホウリキに顔を向けていた相賀が、凶悪な顔で純友の方を振り向いて言った。
「ボクの――ナニよ」
「あの……その――お守り……」
 それを聞いて相賀はけたたましく笑い出した。
「『お守り』って、オイ。ディスクはそういうコトに使うモンじゃないんヨ」
 ホウリキは無言のままコートの下から変身音叉を取り出し、純友のディスクを軽く叩いた。
 音叉がいんいんとした音を廊下に響かせたが、ディスクはぴくりとも反応しなかった。四年前に活動を停止してから、この消炭鴉のディスクアニマルは、誰が起動しようとしても反応しなくなっていた。
 しばらく待って銀盤に動きがないことを確かめると、ホウリキはそれを相賀に投げつけて言った。
「起動しねぇじゃねえか。無駄なことをさせるんじゃねぇ」
 ホウリキに愛想笑いで謝りながら、再び純友に凶悪な顔を向けて相賀は言った。
「アンタのせいで、俺がホウリキさんに怒られちまったじゃねえか。拾ったディスクなんか持って、強くなった気になってんじゃねーヨ!」
「ち、違います。それは、ぼくが……」
 純友自身が五年前に廃品の中から組み上げた一枚だった。
86鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/17(水) 00:17:22 ID:Eh9/7zJx0
「コイツはオイラが預かっておくワ」
 相賀はディスクを手に純友のわきを通り抜け、廊下を歩いていこうとした。
「返してください、それはぼくの……!」
 慌てて追いすがった純友を相賀が突き飛ばすと、純友はあっさりと床に腰を落として倒れた。
 それまでずっと黙っていたあきらが、そのとき動いた。目にも止まらぬ速さで相賀に近づき彼の手からディスクを奪い取ると、床に座り込んだままの純友の脇に立ち、それを持ち主の手に返した。
 相賀は、その様子を見てから自分の手にディスクがないことに気づき、あきらを睨みつけて思わず本音を叫んだ。
「ふざけたマネすんなヨ、挫折したお嬢サマがヨ!」
「相賀」
 純友に手を貸して立ち上がらせているあきらを挟んで、ホウリキは相賀に言った。
「何を揉めてやがる。俺に無駄なことをさせる気か」
「いや、させません」
 にやりと笑って相賀は言った。
「ヒョロい一般人と、鬼の修行からドロップアウトしたお嬢サンが相手ですヨ。ホウリキさんの出番はありませんって」
 相賀はあきらにつかみかかろうとした。相賀のほうが充分上背があり、見た目では彼に分があった。だが――
「いッ、痛てててッ!」
 またも素早く動いたあきらが、いつの間にか相賀の背後に立ち、その腕をねじ上げていた。
87鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/17(水) 00:21:54 ID:Eh9/7zJx0
 その様子を見て、低くホウリキは言った。
「天美のお嬢様と言えば、宗家のお坊ちゃんの弟子になって、序の六段あたりまで修行が進んだ鬼の候補生だ。普通の人間が、相手になるか。見かけに騙されるな馬鹿が」
 ホウリキはコートの下から二本の音撃棒を取り出し両手で構えた。
「鬼法術・念縛通」
 緋色の鬼石の先から赤い光が発され、二筋の光の触手が、植物の蔓のようにあきらの体に巻き付いた。光の糸に上半身を絡みとられ、あきらは身動きできぬ体を懸命に動かそうともがいた。
「鬼法術・念動通」
 ホウリキは続けて淡々と術名を口にした。あきらを縛めていた赤い光の糸がぐいと彼女の体を持ち上げ、黒いレザージャケットに包まれた細い体を病院の白い壁に叩き付けた。光の糸がふっと消え、あきらの体はずるずると壁をつたって床に落ちた。
「天美さん!」
 壁に背を預け、床に膝を崩したあきらに純友は近づいていった。
「おっと待ちなァ」
 その前に相賀が立ち塞がる。遠くからホウリキも言った。
「邪魔をするなよ、部外者は」
 気丈に立ち上がりながら、あきらは純友に言った。
「……先輩。すみませんが、先に支局の前まで行っていてください。すぐに追いつきますから」
88鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/17(水) 00:24:15 ID:Eh9/7zJx0
「そんなこと言ったって、この人たち、君に何するか……」
「邪魔をするなと言っているだろう」
 ホウリキの低い声の底に迫力がこもった。射るような視線にびくびくする純友を見て、ホウリキは更に言った。
「心配しなくても、俺が用があるのは、この天美のお嬢様だけだ。鬼の修行をしたことのないやつに手出しをするつもりはない。俺は――あの弱い者イジメの、田島大洋とは違うからな」
 意外なところで意外な名を聞いて、純友の表情が凍り付いた。
 純友は知らぬことだが、田島大洋が修行時代に心が荒んでいた時、よくいざこざを起こしていた総本部の人間というのが、このホウリキたちだった。
(ちがう……大洋は、弱い者イジメなんかじゃない――)
 田島大洋は、日本が「オロチ」という脅威にさらされていた頃、純友と共に過ごし、共に怒り、共に笑い、そして純友のために涙を流してくれた。今は喧嘩別れしたままだが、それでも大洋は、純友の最高の――
 純友は顔を上げ、歯を食いしばり、青ざめた顔でホウリキを睨んだ。それを見ていた相賀が凶悪な顔を向けて言った。
「なにガンつけてんのヨ、アンタ。せっかくホウリキさんが何もしないって言ってくれてンだから、さっさとココから立ち去ればいいじゃないのヨ。ホラ、さっさと目ェ逸らして行っちまえヨ!」
 純友は相賀の言葉に怯えつつも、必死の表情でホウリキと視線を合わせて言った。
「い、今の言葉を、取り消せ。大洋は――大洋は、弱い者イジメなんかじゃない」
89鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/17(水) 00:28:01 ID:Eh9/7zJx0
「何……? お前が、奴のなんだっていうんだ」
 ホウリキは、うろんな目で純友を見返し訊いた。
 それに対して勇気を振り絞り純友は答えた。
「田島大洋は――ぼくの友達だ!」
 共に修羅場をくぐってきた、最高の友達だった。たとえ今、喧嘩別れしたままであっても、怖くて逃げ出したくなるような状況であっても、ここで黙っているわけにはいかなかった。
「奴の、ダチだと……?」
 純友の言葉を聞いてホウリキはわずかに気色ばんだ。
 隙をついて、瞬時にホウリキに詰め寄ったあきらが、手刀を繰り出して彼の手から音撃棒をたたき落とし、床の上を蹴り飛ばした。
「なッ……!」
 身構えたホウリキの視界からあきらの姿が消えた。背後に回り込んでいたあきらは、さきほど相賀にしたのと同様に、ホウリキの腕を背後に取りねじ上げた。
「鬼石がなければ、あの術は使えないんでしょう?」
 すぐさま相賀は廊下の端に転がっている音撃棒を拾いに走った。
「須佐先輩、行ってください、早く」
「待て」
 小柄なあきらに背後から片腕をねじ上げられ、のけぞり気味の苦しい体勢になりながら、ホウリキは純友に目を向け言った。
90鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/17(水) 00:31:06 ID:Eh9/7zJx0
「きさまが奴のダチなら、このまま行かせは……」
 あきらが更に腕をねじ上げ、ホウリキの声が止まる。二本の撥を手にした相賀にあきらは言った。
「あなたは早々にここを立ち去ってください。さもなければ、この腕をへし折りますよ」
「ふざけるなよ、落ちこぼれが……」
 背にねじあげられた腕の痛みに耐えながら、ホウリキはもう一方の腕をコートの下に入れ、ディスクアニマルが釣り下がっているべき場所を手で探った。そして、ディスクは整備のためこの支局に預けていることを思い出した。
 一瞬まよったのち、ホウリキは変身音叉を取り出してベルトのバックルを叩いた。再び廊下に音叉の震える音が満ちる。
「ホウリキさん、まさかここで!?」
 ここで鬼に変身する気だと察し、相賀は驚いた声を上げた。建屋の裏手の廊下とあり、今のところ人の気配はないが、大きな音でもすれば受付あたりから人が飛んで来よう。
 しかしホウリキは本気だった。腕の痛みに耐えながら、鋭い光をたたえた瞳を純友に向けて言った。
「“奴”が絡んでいるなら、ここは絶対引けない。――それに、天美のお嬢様には、修行だけで終わった人間と、本物の鬼との“格の違い”を思い知らせてやる必要がある……」
 ホウリキは苦しい体勢のまま、音叉を額に当てた。かッと額が熱を持ち、そこに鬼面が浮かび出た。たちまち全身が赤い光に包まれ、次の瞬間あきらは抗いがたい圧力に吹き飛ばされた。
 床に背をうちつけ倒れたあきらは、そこに出現した緋色の体に桜色の前腕を持つ、銀面、二本角の鬼――『法力鬼』を見上げた。


 後編に続く


91名無しより愛をこめて:2010/03/17(水) 01:27:25 ID:GEGQJpoN0
投下乙。

どうしよう、ちゃんと外見の描写があるにも関わらず
相賀が北斗の拳に出てくる「ヒャッハー!」な人たちの姿で脳内再生されてしまう…。
92名無しより愛をこめて:2010/03/17(水) 11:48:43 ID:L35UFyZ90
鬼祓い作者様、投下乙です

後編wktk
93鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/21(日) 23:52:35 ID:0w06U6wE0


『甦る鬼神』 後編


 2005年、ディスク形態のまま自律的に震動するディスクアニマル・消炭鴉に導かれ、須佐純友と田島大洋は都内を東へ移動した。やがて行き着いた街で、二人は黒クグツの前に倒れた天美あきらを発見した。
 黒装束の男の放つ波動に大洋も倒れ、ひとり暗いトンネルの中で黒クグツと対峙した純友は、自分が唯一起動することができた消炭鴉を影に向けて放った――

 似たような状況だと、純友は2010年のいま、眼前にある光景を見て思った。大きな病院の白く冷たい廊下に倒れた天美あきらを、緋色の二本角の鬼が見下ろしていた。
 この『法力鬼』が純友のゆくてに立ち、一方、そのサポーターである相賀は、音撃棒を胸に抱え持ち、純友が来た方向を塞いでいた。
(ぼくが行かなきゃ、ぼくが行かなきゃ――)
 心の中で、純友は必死に繰り返していた。五年前と似たような状況で、あの時と同様の対応を、いま求められている。純友は思考が凍り付いてしまいそうな恐怖と戦いながら、ある物を捜し続けた。
(変身音叉。変身鬼笛。変身鬼弦……)
 どれでもいい。ディスクアニマルを起動するトリガーとなるものであれば。そう思いながら、せわしなく動いていた純友の目が、床の一点を見て止まった。
 ――あった。法力鬼が変身に使用した音叉が、彼の足下に転がっていた。
「天美さん、それをこっちに!」
 純友はあきらに声をかけた。腰を床に落として倒れた体勢のまま、あきらは素早く反応した。純友の指し示す音叉を目で確認し、彼を見返した。純友はあきらと目を合わせて震えながら頷いた。
94鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/21(日) 23:54:17 ID:0w06U6wE0
 あきらが音叉を手に取り床の上を滑らせた。純友は、狙いを外すことなく足下にきてくれた音叉を受け取り、それを拾い上げ――銀の円盤を構えた。
『何をするつもりだ?』
 揺らぐことのない圧倒的な優位を漂わせながら、法力鬼は純友の様子を窺った。法力が見る前で、さきほど彼が起動しようとしてまったく反応のなかった、魂のない抜け殻と思われるディスクを、猛士の部外者であるひ弱な若者が音叉で叩いた。
「ホウリキさんが起動できなかったものが、おまえなんかに――」
 意地悪く笑いながら言いかけた相賀の顔から、表情が消えた。あんぐりと口を開けた彼の視界に、焦げ茶色のコート姿の純友の背と、その影で展開して浮遊する、黒い鴉の姿があった。
「なッ……なんでッ」
 純友は、動くことのなくなったこのディスクを、お守りとして持っていて本当によかったと、この日思った。絶対の窮地に陥った今、ディスクは純友の願いに応えてくれた。
 目の前をゆらゆらと上昇するメカニカルな鴉を見ながら、うれし涙を浮かべて純友は言った。
「今まで――どうしてたんだ。きみが動かなくなって、ぼくはどんなに寂しかったか」
(……俺には、お前一人分の『負の力』を抑える力しかなかった……。それがあの日、お前と白いクグツ、二人分の負の力を一度に抑えて……力を使い果たした。こうしてまた動けるようになるには、しばらく休みが必要だったのさ……)
『こいつはおどろいた』
 相変わらず、泰然と構えたまま法力鬼は言った。
『部外者がディスクアニマルと会話をしてやがる』
 緋色の鬼は純友に向き直った。
95鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/21(日) 23:56:11 ID:0w06U6wE0
『だが、ディスクが起きようが喋ろうが、この姿になった俺は無敵だ。貴様に何が――』
「行け、消炭鴉!」
 皆まで言わせず純友はディスクを差し向けた。呼応した消炭鴉が空を切裂き、法力鬼に突っ込んでいった。鋭い擦過音が廊下に響き、血がしぶいた。緋色の鬼の肩口が黒い翼により切り裂かれていた。
「あ――」
 音撃棒を抱え持った相賀が、顔を蒼くして言った。
「まずい。自分の血ィ見ちまうと、ホウリキさんは……」
 法力鬼には、自分の血を見ると、傷を塞ぐことも忘れて逆上する癖があった。
『おう相賀、“音撃棒”持ってこい』
 相賀が躊躇していると、怒りに満ちた声で法力鬼は言った。
『何してやがる。いいからさっさとそいつを持ってこい!』
 びくりとした相賀は、純友の脇を抜け赤い鬼に近づき、二本の音撃棒を持ち主の手に渡した。
 音撃棒を両手に構えた法力鬼は、背後を飛び回る消炭鴉を振り返り、一方の撥を差し向けた。
『鬼法術・念縛通!』
 棒の先端の鬼石から伸びた赤く光る糸がディスクに迫った。消炭鴉は空中ですばやくそれをかわすと、ステルス機能を発動させて、ふっと空中に溶け込むように姿を消した。
 法力鬼はそれならと、純友を振り向き音撃棒を差し向けた。
「やめてください!」
 立ち上がった天美あきらが、法力鬼の二の腕をつかみ言った。
『やめられるかよ。こいつは俺に血を流させた。おまけにあの“田島大洋”のダチだ。俺はこいつだけは絶対に許さねえ!』
 法力鬼は獰猛にあきらを降り払い、再度鬼石を純友に向けた。
96鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/21(日) 23:57:42 ID:0w06U6wE0
『鬼法術・念縛通ッ!』
 両手に構えた音撃棒の先から赤く細い光が伸び、曲線を描いて純友の両肩に絡みついた。
「わ、わぁ……!」
 音叉を一つ手にしたまま、純友は何もできず自分の体を見回した。身を引こうとして、赤い光の糸ががっしりと自分の動きを固定していることを知った。
『鬼法術・念動通……!!』
 鬼石の先と純友の体を繋ぐ赤い光の糸の上を、ひときわ強い輝きが伝わった。純友の足が床を離れ、細身の体が宙に釣り上げられた。
「須佐先輩!」
「ホウリキさん!」
 あきらと相賀が、それぞれ声をあげた。純友は、さきほどあきらがされたように壁に叩き付けられることを予想して、蒼くなりながら空中で足をばたつかせた。
 法力鬼は相賀の言葉に耳も貸さず、光の糸で釣り上げた純友の体を、壁を背にする体勢にもっていった。そして、蒼白になりながら自分をじっと睨む純友を見た。その姿に田島大洋の姿が重なり、法力鬼は憤った。
 大洋とホウリキたちは、何度かいざこざを起こしている。その際、修行中で鬼の力を得つつある身でありながら、大洋はサポーターである相賀を叩きのめした。
 そういう立場の者が、鬼の修行をしたことのない者に対して力を振るうことは、ホウリキにとっては「弱い者イジメ」だった。
『気にくわねぇ。“奴”のダチだと――? 黙っていれば俺はここまでしなかったぜ。奴がいねぇこの場でそれを言って、一体何になる。田島大洋は、てめぇにとってそれほどのものか?』
97鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/21(日) 23:59:46 ID:0w06U6wE0
 大洋が相賀に対して行ったことを、そっくりそのまま返してやる。そう思い、法力鬼は声に怒りを滲ませながら言った。
『だが、今日を境にてめぇは奴のダチだったことを、一生後悔するようになる。奴のダチだと自ら言ったのが、てめぇの運のつきだ!』
 鬼石から伸びた二本の光の糸がびんと張り、病院の白い壁に純友の背が激突した。何かが砕ける嫌な音がし、直後に壁に亀裂が広がる鋭い音が響いた。
「須佐先輩――!」
 あきらが声をあげた。相賀は、いまの物音や叫び声で病院スタッフが駆けつけてきやしないかと、はらはらしながら左右に目をやった。
 純友の体が壁に埋もれ、白い壁の破片でもうもうと周囲がけむるほどの激しい激突だった。
「ホウリキさんッ、やり過ぎっスヨ……!」
 相賀は惨状を目の当たりにしながら呟いた。
 白塵の中から、うう、と呻く純友の声がわずかに聞こえた。煙が晴れたとき、法力鬼はそこに不思議なものを見た。
 純友の背にする壁には、彼の体よりひとまわり大きな人型のへこみがあった。そして、奇妙なことにその壁の人型のへこみには、頭部に二本、左右比対称の角のような跡があった。
「須佐先輩、大丈夫ですか!」
 立ち上がったあきらが声をかけた。
「うん、なんとか、大丈夫……」
 固い壁面が砕ける音に心臓が止まりそうなほど驚いてはいたが、不思議と体に痛みはなかった。
98鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/22(月) 00:01:14 ID:0w06U6wE0
 壁から離れた純友は、細かい破片をまき散らしながら床に降り立った。その胸の前に、さきほどステルスモードで姿を消していた消炭烏が、ディスク形態に戻ってその色を回復しながら姿を現した。
 ステルスモードが完全に解けると、ディスクは紐でぶらさがり、純友の胸元に収まっていた。
 そして、彼の背にも、ステルスモードが解けるように、徐々に色づく巨人の姿があった。太い三日月のような左右比対称の角を持ち、黒面に翠(みどり)と紅(くれない)の隈取、同じく翠と紅に彩られた鬼の体が純友の背後でおぼろげに揺らめいていた。
 法力鬼は、猛士の文献で見たことのある、有名な鬼に酷似したその姿を茫然と見ていた。
『どういうことだ、この鬼は……』
 純友は、法力鬼が顔を向けている自分の背後をゆっくりと振り返り、二メートルを優に越える巨人を見上げてびくりとした。
 ――それは、猛士創成期の伝説の鬼の一人・歌舞鬼の姿として伝えられているものとよく似ていた。その姿は純友の背後で、絶えず揺らめきながら立っていた。
 巨人は、翠色の手を純友の持つ変身音叉に伸ばし、それを取り上げた。
 その、輪郭の曖昧な鬼のような姿をした巨人が、低い声で言った。
(――鳴刀・音叉剣)
 翠色の巨人は、手にした変身音叉の先から長い刃を出現させた。その刀が水平に振られ、バックステップした法力鬼の鼻先をかすめた。剣先は白い壁に深々と斬れ込んだ。
 すぐに壁から抜かれた音叉剣が、猛然と法力鬼に襲いかかった。右へ左へ斬り降ろされる刀を後ろへ躱す法力鬼。純友を連れて動く翠色の巨人は、回り込んで法力鬼を壁際に追い詰めた。
99鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/22(月) 00:03:18 ID:nr9YLdOA0
 巨人が刀を振り上げると、法力鬼は音撃棒を上方に差し向けて術名を口にした。
『鬼法術・念縛通!!』
 鬼石の先から伸びた光の糸を、翠色の巨人の音叉剣が素早く斬り捨てた。圧倒的な力の差を感じ、法力鬼の動きが止まった。
 純友の背後で揺らめく二本角の巨人の姿が、その瞬間、天井につかんばかりに巨大化した。そして、振りかざされた音叉剣が風圧と共に法力鬼の頭上に迫り来る。
『ばかな……! この俺が、こんなひ弱そうな奴の――しかも田島のダチの――手にかかって、やられる……のか!?』
 轟、という唸りと共に音叉剣は振り下ろされた。法力鬼は観念して銀面を伏せ身を固くした。
「――や・め・ろぉッ!!」
 その場にとても大きな声が響き渡った。
 不意に訪れた静寂の中で、法力鬼はおそるおそる顔を上げ、自分の頭上間近で静止している音叉剣を見て肝を冷やした。しかし、法力鬼は剣が繰り出された方向に目をやり、更に全身が冷たくなる程の恐怖を感じた。
 音叉剣を振り下ろした、二メートルを越す二本角の巨体が揺らめいていた。その前で、巨人の主たる茶色いコートの青年が、強い光を瞳の底にたたえながら法力鬼を見ていた。
 その眼光は、幾度か死線をくぐり抜けてきた者だけが持つ、苛烈な炎を宿していた。法力鬼は、彼の目の光の強さにまず怯み、続いて、彼の放つ迫力が、闇に潜み魔化魍を操る洋館の男に似ていることに気づいて恐怖した。
「いますぐこの場から退いてくれ」
 絞り出すように低い声で純友は言った。
「いまはなんとか止められたけど、もう一度同じことができるかどうか自信がないんだ」
 法力鬼は顔の変身を解除すると、相賀のダウンジャケットを借りて鬼の体を隠しながら、病院の入り口めざしてサポータを引き連れ走り去っていった。
100鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/22(月) 00:06:17 ID:nr9YLdOA0
 後には、背後に揺らめく翠色の巨人をしたがえて息を切らした純友と、それを見上げる天美あきらの姿があった。
「先輩……これは……」
「いや……。ぼくにも、よく……」
 純友は、胸元に提げられた銀盤を手に取りながら言った。
「ただ、きっとこいつがぼくに力を貸してくれたんだ」
(……俺は、お前の闇の力を具現化しただけにすぎない)
 翠色の巨人は音叉剣の刃を収めて言った。
(力の使い方を知らないお前の代わりに……俺の昔の持ち主の姿を借り、お前の力を制御してやったまでだ……。かなりの力を扱ったから、またしばらく休みが必要だな……)
「えっ……、そうなんだ……」
 純友は残念そうに言った。
(それじゃ……またな……)
 揺らめく巨人の姿は消え、主を失った変身音叉が床に落ちた。その頃になると、先ほどの物音を聞きつけたのか、受付の方角から人の近づく声や足音が聞こえはじめていた。
「先輩、とりあえずここを離れましょう」
 純友がうなずく前に、あきらは廊下を走り出していた。
「ちょっ……待っ――」
 慌てて純友はその後を追った。
 無人となった長い廊下には、巨大な人型や刀傷が穿たれた壁と、床に落ちた変身音叉だけが残った。
 廊下の片側に張られたガラス窓の外に広がる芝生の上で、芝刈り職人が一人、腰を抜かしていた。
101鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/22(月) 00:10:05 ID:nr9YLdOA0
 ――そのひと月後の深夜、安東朝日と電話で話していた小暮耕之助は、この件に関して次のような推論を出した。
「現場に変身音叉が残っていたのなら、二人の鬼のうち一人は、うちのホウリキでほぼ確定だな。本人は否認しているようだが……。それからもう一人は、その場で天美の娘が目撃されたというのであれば、彼女がそうなんじゃないか」
『鬼が目撃された時間より前に、花柄のワンピースの上に黒いレザージャケットを着た彼女を、病院の受付が確認している。そして、その時間より後に、同じ服装で病院を出て行く彼女の姿も確認されている』
「変身をした痕跡はないため、彼女ではない、か。――そのとき他にその場にいたのは?」
『彼女と、総本部の鬼のホウリキ、そのサポーターの相賀、それからあと……なんだか銀行みたいな名前の……』
「お前が言うな」
 安東自身の名前にも言えることであり、小暮は笑いながら言った。
 電話の向こうでキーを打ち込む音が聞こえ、安東が言った。
『須佐――純友』
「ああ、少し前に関西支部にも来ていたな。鬼からもっともほど遠い人間だ」
 この会話に挙がった四人は、本件について何か知るものと思われ、猛士総本部からそれぞれ確認の使いが出されていた。しかし、全員が何も知らないという回答を返していた。
 ホウリキが事を否認している理由は、市街地で一般人に鬼の姿を目撃されたことを処罰されるからであろうと察しがつく。他の三人も、自分か仲間の処罰を回避するために口を閉ざしているものと思われる。
 しかし、この四人の中には、鬼に変わった可能性がある者は一人しかいなかった。やむなく本部は、ホウリキと天美あきらを要注意扱いとし、それ以上の咎め立てをすることはなく本件の調査を打ち切った。
102鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/22(月) 00:13:55 ID:nr9YLdOA0
 同日夜、二人の老齢の男たちの会話を盗み聞いたある者たちが、現地を訪れていた。
 深夜、灯りが消えた病院の廊下に、音もなく洋館の男女が現れた。
 壁に穿たれた傷痕は、この一ヶ月の間に修繕されていた。その壁に手を当てていた男女は、先月この場であったことを壁から読み取り、過去の経緯を認知した。
『赤い鬼の持つ力は、サイコキネシスというやつだな』
 着流しの男は、痩せたおもてを笑いに歪めながら言った。
『この鬼の同門に、サイコメトリーの力を持つ鬼がいてもいいと思うが』
『人の心を読む鬼、空間を跳躍する鬼……そんな鬼もいると聞いたことがあるわ』
 着物の女が答えると、男は陰惨に笑った。
『この程度の謎が解けないなんて、猛士は一ヶ月も何をやっていたんだ。組織の力とやらで、特殊な力を持つ鬼をここに連れてくれば事は解決じゃないか』
『同門の鬼が咎められるような事実を解明するために、わざわざその鬼が動くと思う?』
『それなら、赤い鬼に自白剤でも何でも打ち込めばいい』
 男の言葉に、女は無言で微笑んだまま目を閉じ、首を左右に振った。
 和装の男は壁から離れ、愉しそうに言った。
『また一つ、現代の“三種の神器”のご登場だな。あの鴉の円盤が“八咫鏡(やたのかがみ)”か』
『どうしてそう思うの?』
『その持ち主が現代の“スサノオ”だからだよ』
『それはどうかしら。去年あなたが現代の“アマテラス”だと言って突ついた鬼は“外れ”だったじゃないの。痛めつけたわりには、何も出てこなかった』
 関西地方で不意に起った魔化魍の集中発生――それは、田島大洋を危機に陥れ、神器の出現を確認するための儀式だった。しかし神器が現れることはなく、大洋が音撃武器の『セーブ・モード』に護られて事は終った。
103鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/22(月) 00:17:47 ID:nr9YLdOA0
『“天の岩戸”にはお隠れになったじゃないか。……まあ、彼は“アマテラス”ではないな。それはわかった。“タイヨウ”なんてそれらしい名前をしていたから勘違いしてしまったが、“タイヨウ”は大きな洋であって、日の光ではない。
 他に天の岩戸に関連するのは何者か、と考えると……“タジカラオ”あたりかな、彼は。
 もう一人、朝の日、という名を持つ者もいるが、彼は少々お年を召している。他に天を照らす名を持つ者がいないかを考えたところ――いた。真の現代の“アマテラス”は、日の光が高いと書いて“ヒダカ”という名を持つあの鬼――ヒビキなんじゃないかな』
 男が愉しげに言うと、和装の女は不満げに返した。
『だから私ははじめから、そう言ったわ。あの鬼が“オロチ”を鎮めようとして、現代の“天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)”である装甲声刃が出現した。よって彼が現代の“アマテラス”である可能性が高い、と』
 女の批判を軽くかわし、男は喜々として続けた。
『あとは“八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)”だな。これが出てくれば、三つが揃う。どこかに候補はないものかねえ。現代の“三種の神器”になり得る“玉”が』

 八咫鏡。

 天叢雲剣。

 八尺瓊勾玉。

 洋館の男女は三種の神器の出現を待ち望んでいた。
『すべては僕たちの物だ。神器だということが確定したら、すべて僕たちの物にしよう。あれは元々、“僕たちの物”なのだから』
 見回りに来た警備員が懐中電灯をかざした時、光の輪の中には、無人の廊下が映るのみだった。


『甦る鬼神』 了


104鬼島兼用語集:2010/03/22(月) 01:05:44 ID:CDqTxSdn0
高鬼作者さん渋い……
まるで牙狼のような一般人の強さを感じました

甦る鬼神は例のあの戦争に繋がっていきそうで楽しみです
ヒビキさん=アマテラス=天叢雲剣っていう図式にあれ?って思ったけど、アマテラスに献上されてましたね
すると木暮さんはテナヅチ・アシナヅチかその祖にして軍神のオオヤマツミでしょうか
そして歌舞鬼さん!

読んでると書きたくなりますが、非才ゆえまとまらず……歯痒い
105名無しより愛をこめて:2010/03/24(水) 16:05:47 ID:GCSjI+3c0
鬼祓い作者さん、投下乙です

三貴神が出ているってことは月読も出るんですかね……楽しみです
106名無しより愛をこめて:2010/03/24(水) 23:39:20 ID:jVp+rPYx0
SICで関東十一鬼が揃ったお陰でだいぶSSの描写がイメージしやすくなった
107名無しより愛をこめて:2010/03/27(土) 17:31:42 ID:TvbxZaip0
>>104
君はまだ用語集が書けるじゃないか
108鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/03/30(火) 23:54:04 ID:b29TtFnO0
『甦る鬼神』は「アイコンタクト」をテーマに読み切りを一編書けないものかと思って
作ってみました。前編と後編でキャラクターの「視線」に変化が出るように意識しました。

洋館の男が「現代の〜」といろいろ言っていますが、すべては彼の想像にすぎませんので、
どなたかもっとハマる新説ありましたらご報告ください。もしくはSSつくってください。

今のところ続編の予定はありませんが、とりあえず過去スレを読み返してみて
月に関係しそうなキャラクターでも捜してみようと思います。独立した短編SSができるかも。
109鬼ストーリー年表:2010/04/05(月) 19:35:27 ID:NdNV4b3h0

・西暦2005年

 遠藤郷介、花鶏恵と再会する

110名無しより愛をこめて:2010/04/10(土) 11:21:52 ID:uA3tguLa0
( ゚∀゚)ノ おすすめ 

 『仮面ライダー響鬼』という作品は、元々は「仮面ライダーシリーズ」に代わる新しい特撮ヒーロー番組として
 企画されたものだった。
 それが設定を固めていく仮定で「仮面ライダーシリーズ」にいわば“吸収合併”されていった、という経緯がある。
 本書がおもな言及の対象としているのは、そのような時期の、いわば“『響鬼』”になる前の“『響鬼』”であって、
 出来上がって放映された“完成映像としての『響鬼』”を対象としていない。
 史上最も特異な仮面ライダーの成立に最初期からたずさわった“関係者”が明かす、特撮ヒーロー誕生までの
 リアルな舞台裏。
 マニアも知らなかった本来の「響鬼」の姿がいま初めて明らかに。
 内部設定資料・没プロット案等も多数載録。
 もちろん、東映“非”公認本。
  ●<非>仮面ライダー路線で一旦は“政治決着”。
  ●「響鬼」はもともと「変身忍者 嵐」のリメイク!
  ●スポンサーの鶴のひと声で仮面ライダーに路線変更!
  ●ヒビキと弟子の二人が各地を旅して歩くロードムービー?
  ●ヒビキのイメージモデルは高倉健かショーン・コネリー、明日夢は櫻井翔!
  ●オーディション、撮影会にも妥協なし!
  ●特撮制作のプロたちのリアルな人間模様   ・・・・・・等々

  「仮面ライダー響鬼の事情 〜ドキュメント ヒーローはどう<設定>されたのか」  片岡力 五月書房 2400円
    http://gogatsu-shobo.hondana.jp/book/b3628.html

111名無しより愛をこめて:2010/04/10(土) 12:41:30 ID:1jAIC8So0
>>110
マルチすんな
112名無しより愛をこめて:2010/04/14(水) 22:06:47 ID:ZB8ZvIT10
保守します
113名無しより愛をこめて:2010/04/21(水) 14:43:52 ID:REENKwaO0
保守
114高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2010/04/27(火) 21:28:52 ID:DyUrya9v0
>「まあまあ、せっかくのピンネタだろ喜びなさい。」
>「どうせなら、もっとかっこいいのがいいですよ」


『-馬場氏の悪夢-』から約四年、ようやくバンキさんメインの話が書けました。

主役じゃあないけどな!(まさに外道)
115降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 21:30:09 ID:DyUrya9v0
九月の始業式、全校生徒の前で校長は美術教師の花鶏恵が亡くなった旨を告げた。
ざわめきが起きた。生徒からも同僚の教師からも、誰からも愛される人物だった。あちらこちらから嗚咽が漏れた。彼女と親しかった美術部員達だろうか。
そんな中、大槻健児は上の空で校長の話を聞いていた。目が死んでいた。
ホームルームの後、ふらふらと教室から出てくるケンヂを、軽音楽同好会のメンバーが呼び止めた。ギター担当の橘高とキーボード担当の三柴だ。どちらも他所のクラスの生徒である。
「聞いてんのか、おい!ケンヂ!」
二度三度呼び掛けても反応のないケンヂに対し、橘高が声を荒らげる。
漸くケンヂが二人の方へ振り向いた。相変わらず死んだ魚のような目をしていた。
「元気出せよ。お前が先生の事好きだったのは知ってる。だけどさ、死んでしまった人の事をいつまでも思い続けているのは建設的じゃあないぞ」
三柴がそう言った。だがケンヂは吐き捨てるようにこう言った。
「……お前等に何が分かる」
ケンヂは花鶏が亡くなった時、そのすぐ近くに居たのだ。自分の無力さを痛感した。無念だった。誰かを恨まなければやってられなかった。
だから彼は己を恨み、夏休み中ずっと恨み続けて、その結果疲れ果てて抜け殻みたいになってしまった。
ショルダーバッグを手に、ふらふらとおぼつかない足取りで立ち去っていくケンヂに対し、橘高も三柴もこれ以上声を掛ける事は出来なかった。
116降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 21:35:24 ID:DyUrya9v0
神田神保町にある、とある出版社の応接室。ここで、作家の遠藤郷介は編集者の葛原女史とテーブルを挟んで向かい合っていた。
どちらも無言のまま、何とも言えぬ空気が小さな室内を包む。葛原はまるで奴隷でも見るかのような目つきで郷介をガン見している。瞬き一つしない。
一方、郷介はそんな葛原の顔に見蕩れていた。彼女は美人なのだ。左目の下にある泣きぼくろが実にセクシーである。正直彼は、前々から彼女の事を恋慕していた。
ふいに葛原が口を開いた。
「恥垢と痰を混ぜたもの、それがお前だ」
「ははあ〜。その通りで御座います!」
ソファから飛び降りた郷介が、葛原に向かって土下座した。子どもには間違っても見せられない姿である。
葛原はサディスティックな視線を郷介へと向けたまま、淡々と呟いた。
「あら、流石にそこは自覚していたようね」
この葛原女史、元は有名作家の担当だった。だがこの性格が災いして幾度となく担当替えとなり、とうとう郷介のような一発屋の三流作家担当になったのだ。以来彼女はずっと郷介を(自分に好意を抱いていると知りつつ)いびっている。
余談だが、彼女の事を「サイコ伝」の井太多田諦猛(いたたた ていもう)は「ゴミ屑原」と、「宍道湖鮫」の百沢梨昌(ももさわ なしまさ)は「糞原」と、「毛羽毛現の臍」の狂獄冬彦(きょうごく ふゆひこ)は「人でなし原」と陰で呼んでいる。
117降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 21:37:44 ID:DyUrya9v0
「自分自身を理解したところでもう一度。私の注文した通りのものを書いて下さい」
「はあ……しかしですね……」
葛原が郷介に執筆を依頼したもの、それはエログロナンセンスの短編小説だった。とある雑誌に穴が開いたため、急遽穴埋め原稿を書ける作家を探していたのだ。
「エログロナンセンスと言うのはですね、その……」
正直な話、郷介の得意分野ではない。今まで書いた事もないし、該当する作品を読んだ事すらないのだ。だから書けるわけがないし、書いたところで作品の体をなさないだろう。
そもそも、曲がりなりにも郷介はデビュー作で賞を取っている。このような低俗な小説を発表してしまえば、もう二度とあの頃へは戻れないだろう。それが怖かった。
しかし葛原は有無を言わさぬ口調で「書きなさい」と告げた。最早完全に命令である。
「……どうしても書けないと言うのであれば、好きなものを書いてもってきて下さって結構です。但し、私が納得出来る内容のものをお願いしますね」
地べたに正座したままハンカチで汗を拭い続ける郷介に向かって、葛原は慇懃無礼にそう告げた。
「返事は?」
「は、ははあ〜!」
再び土下座をする郷介を、葛原が冷ややかに見下ろしている。
こうして郷介は出版社を後にした。
118降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 21:43:58 ID:DyUrya9v0
自宅の近くで、郷介は下校途中のケンヂにばったり出くわした。互いに挨拶を交わすが。
「……遠藤さん、目ぇ死んでますよ」
「そう言う君もな……」
同時に溜め息を吐いた。
郷介宅の居間で、二人して珈琲を飲む。苦味と酸味がぼんやりしていた頭にガツンと響いた。
「あ……」
ふとケンヂが目を向けた先には、花鶏の遺品である絵が飾られてあった。それに気付き、慌てて郷介が話を振る。
「実は今週末に取材で栃木まで行くんだけどさ、よかったら一緒に行かないか?」
年々貯水量が減少していた山中の小さなダムが、ここ数日の暑さでほぼ干上がってしまったらしいのだが、そこから沈んでいた村が当時の姿のまま現れたのだと言う。
「ドキュメントでも書くんスか?」
「いや、それを元に短編を一本書こうかと思ってね」
具体的にどのような内容にするのかまでは決めていないが、テーマとして面白いと思ったのだ。それに、締め切りまでそんなに時間もないし、行動あるのみだと郷介は考えていた。
「……いいっスよ。気晴らしにはなりそうですし」
「とーちゃん、おれもいくぜ!」
今まで大人しくマンガを読んでいたみちろうが、急に声を上げた。
「まあそうくるだろうとは思っていたさ」
「じゃあ、けってーだな!?」
そして週末、三人はレンタカーで栃木へと向かっていった。
119降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 21:50:20 ID:DyUrya9v0
「うわっ、こりゃ凄いな」
レンタカーを停め、ガードレールの真下に広がる光景を眺める郷介。話の通りダムの水は干上がり、水底で眠りについていた筈の諸々が顔を覗かせていた。
(鳥居や祠なんかもあるのか……)
郷介が手にしたカメラで写真を撮り始める。みちろうとケンヂはあちこち指差しながら騒いでいた。
「おりてみようぜ!」
「よっしゃ、行くか!」
言うが早いか、みちろうとケンヂが連れ立ってダム底へと続く斜面を滑り下りていく。
「危ないからよしなさい!」
郷介がそう叫ぶも、二人は泥を撥ね散らしながらダム底探検に駆け出していった。
二人してあちこち見て回る。そのうち、郷介がカメラのレンズ越しに発見した鳥居の傍へと辿り着いた。石造りのこぢんまりとした、いかにも時代掛かった鳥居だ。その奥にはこれまた小さな古い社殿が建っていた。
「おさいせんをいれるところだ!」
みちろうが鳥居を潜り、社殿へと向かって駆けていく。
後を追うケンヂは、手水舎のすぐ近くに石碑が建っているのに気が付いた。どうやらこの神社の由来が刻まれているようなのだが、ケンヂには上手く読めなかった。
と、誰かの視線を感じてケンヂは振り向いた。しかし彼の周りにはみちろうしかいない。そのみちろうはと言うと、古ぼけた賽銭箱の中を興味深げに覗き込んでいる。
気のせいかと思い、再び視線を石碑へと移す。そこへ、彼等を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい」
郷介だ。心配して二人を追ってきたのだろう、カメラを手にした郷介が神社の方へと近付いてくるのが見えた。
結局、そろそろ日も暮れるし、この場は切り上げる事となった。今日はこの近くでキャンプを張って一夜を過ごす事になっている。
山の端へと沈む夕日がダム底をオレンジ色に染め上げていく中、帰路に着く三人。だがケンヂだけは、どうにも後ろ髪を引かれる思いで何度も何度も神社を振り返りながら歩くのであった。
120降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 21:56:14 ID:DyUrya9v0
ケンヂ達がダム底を探索していた頃、彼等がレンタカーを停めた道路を挟んで丁度背後にある山林の奥で、一人の青年が人を待っていた。
ベースキャンプを仮設し、椅子に腰掛けて何やら大学ノートを覗き込んでいる青年の左手首には、一風変わった装飾が施されたリストバンドのようなものが巻かれてある。その傍らには、専用のケースに入れられた弦楽器が置かれてあった。
ふいに青年が顔を上げた。彼の研ぎ澄まされた聴力が、こちらへと向かってくる足音を聞きつけたのだ。人数は一人。聞こえてくる歩幅から推し量るに……。
――男性?
来るのは女性――立花香須実あたりだと思っていただけに、青年は少し驚いた。だが、やって来た人物を見て、もっと驚く事となる。
「あ!」
彼の前に現れたのは、年の頃二十代後半の青年だった。
「石割さん……」
その人物の名は石割生人。驚きの表情を隠せないでいる青年――バンキの師、サバキ専属のサポーターである。
何故石割がやって来たのか、そう尋ねるバンキに対し返ってきた答えは、あまりにも意外なものだった。
「今『たちばな』の方は大変なんだ」
店主の立花勢地郎と娘の日菜佳が急な病に倒れ、もう一人の娘である香須実も身動きが取れない状態なのだと言う。まさに鬼の霍乱である。
「事務局長が……」
「ヒビキさんまで駆り出されてさ。そもそも『たちばな』は猛士の活動をカモフラージュするためのものなんだから、こんな時ぐらい休業すればいいのに……」
開けてしまったのだと言う。
「おまけにヒビキさん、あんまりこんな言い方はしたくないんだけど、何をとち狂ったのか……」
売り物のきび団子を、あろう事か風邪で寝込む勢地郎達のすぐ隣で箱詰めしていたのだそうだ。熱に浮かされていた勢地郎は最初気付いていなかったようだが、気付いた途端。
「烈火の如く怒ったらしい」
「そりゃそうでしょう……」
121降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 21:59:05 ID:DyUrya9v0
「ヒビキさんもここ最近、遊撃班として無理し続けていた訳だし、きっと疲れていたんだろうとは思うけど……」
「まあ確かに、人間酷く疲れている時や慌てている時は、普段なら絶対しないような事をしてしまうものですが、でも……」
それは一歩間違えたら営業停止レベルの大問題である。
あの人は我々にとって魔化魍退治と言う非日常から日常への帰還口となる「たちばな」を潰す気だったのか――そうバンキは思い、空恐ろしい気持ちになった。
バンキから「たちばな」に連絡が入ったのは、まさにそんな混沌とした中での事だった。
この数時間前に、バンキは魔化魍と遭遇し交戦していたのだ。その際、彼の音撃弦・刀弦響の刃が欠けてしまい、急遽代わりの音撃弦を届けてほしいと「たちばな」に電話していたのである。
「で、手の空いている僕がこれを届けに来たと言う訳さ」
そう言うと石割は持ってきたケースの中から音撃弦を取り出して、バンキに見せた。
「……これはひょっとして!?」
「そう。君のお父さんが現役時代に使っていた……」
音撃震不要の改造音撃弦・璃槍響――しかしこれは先代バンキ引退後、吉野の総本部に返却された筈だ。その事を尋ねると。
「八月にみどりさんが吉野へ行った際、持って帰ってきていたんだ。いつか役に立つ日が来るだろうからって……」
石割から「璃槍響」を受け取り、まじまじと眺めるバンキは何を思うのか。それは誰にも分からない。
「やれそうかい?」
「ええ」
石割の問い掛けに、バンキは力強く答えた。
122降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 22:04:21 ID:DyUrya9v0
その日の晩、みちろうを寝かしつけた後、郷介はビールを飲んでさっさと眠ってしまった。ケンヂはと言うと、郷介のいびきがあまりにもうるさいため、暫く外で星空を眺めていた。
(よく眠れるもんだ……)
みちろうは郷介の隣でぐっすりと眠っている。慣れているのだろう。
やる事も無くぼうっとしているうちに、ケンヂはダム底で感じた視線の事を考えるようになっていた。あの時は気のせいかと思ったが、やはり気になって仕方がない。
ケンヂは懐中電灯を片手に、こっそりダムへと出掛けていった。
慣れない夜の山道に何度も足を取られ、転び、泥まみれになりながらも再度ダム底へと辿り着く。目指すは村の奥に位置するあの神社だ。
「あ……」
鳥居の前で、ケンヂは足を止めた。懐中電灯によって照らし出された社殿、その光の輪の中に一人の少女が立っていた。
腰まである長い黒髪。物憂げな眼差し。汚れ一つ付いていない白い浴衣には黄色の花模様が散らされている。そして透き通るような白い肌はまるで……。
(先生……)
亡き花鶏の姿が少女に重なった。花鶏が学生だった頃はこんな感じだったのではないかと妄想する。
視線の主は彼女だったのだろうか――そう思いながら何か話し掛けようとするケンヂだったが、少女は彼を無視してその場から立ち去ろうとする。
「待って!」
その声に少女が足を止めた。そしてケンヂの方へとゆっくり振り返る。虫の音一つ聞こえぬ静寂の中、無言のまま見つめ合う二人。一瞬のような、永遠のような時が流れた。
「……俺、君と話がしたいんだ」
ケンヂの一言が静寂を破った。彼自身、何故そのような事を口にしたのか分からなかった。
少女は少しだけ逡巡した後、一言「私と?」と聞き返した。
ケンヂが頷く。
「俺はケンヂ。君は?」
「私は……つばめ」
少女はそう答えた。
123降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 22:13:50 ID:DyUrya9v0
つばめは社殿の傍から離れると、ケンヂへ「こちらに来て一緒に座りませんか?」と告げた。
誘われるままにケンヂは彼女の傍へと行き、共に大きな石の上に腰掛けた。
「星、綺麗ですね」
「え?」
見上げると、つばめの言う通り満天の星が夜空を埋め尽くすように輝いていた。東京の郊外に住んでいるケンヂだが、これ程までの星空はプラネタリウムでしか見た事がなかった。
デネブ、ベガ、アルタイルで構成される夏の大三角形が彼等の頭上に輝いている。東の方を向くとペガサスの四辺形が、南の空では天秤座が輝いている。
他にもドラゴン、キグナス、アンドロメダが見えた。これでフェニックスがあればなぁ、とケンヂは胸中で呟いた。
今にも降ってきそうな無数の星の下で、二人はただ黙って夜空を見上げ続けていた。
その時。
「あ」
一筋の星が流れた。
「願い事しそびれたな……。君は何かお願いした?」
「お願いですか?」
私はしませんとつばめは答えた。どうしてかと問うケンヂに対し、つばめが言う。
「昔読んだお話で、流れ星は人の死を象徴していると言う言葉がありました。だから私は流れ星は嫌いです」
「へぇ、そんな話があるんだ」
「ただ、こんな言い伝えもあります。誰かを恋しく思うと、魂が星になって恋しい相手のところへ降り注ぐと」
「魂が……」
言い伝え通りならば、天国の花鶏の下へ魂が星になって飛んでいったのか――そうケンヂは思う。それともあの流星は……。
ケンヂはつばめの顔をじっと見つめた。それに気付き、つばめが「どうしました?」と尋ねる。
「あ、いや……君の事をもっと知りたくなった」
ケンヂのその一言に、つばめは困ったように顔を背けた。
何かまずい事を言ったかと激しく狼狽するケンヂ。そんな彼の手の上に、つばめが静かに自分の手を重ねた。
顔を赤くしてケンヂがつばめの顔を覗き見る。つばめは真っ直ぐな目で彼を見つめていた。
「……辛い事があったのですね」
どうしてそれを知っているのか、そう尋ねたかったが言葉が出ない。尚もつばめは口を開くが、ケンヂの耳には入ってこなかった。何か大事な事を言っているような気もするのだが……。
その夜、二人は長い時間を過ごした――。
124降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 22:19:39 ID:DyUrya9v0
「どうしたの……?」
翌朝、郷介は眼の下に隈を作った状態で歯を磨いているケンヂにそう声を掛けた。
「何でもないっスよ〜」
「何でもないって……夜更かししたのか?」
それに対しケンヂは覇気の無い声で違うと答え、更に心配はいらないと付け加えた。
「そうか?なんかまるで……」
精気を吸い取られたような顔してるぞ――そう郷介に言われ、思わずケンヂは咳き込んでしまった。
「精気って……?」
「知らないか?『怪談牡丹灯籠』」
「怪談牡丹灯籠」は元々中国から伝わった怪異譚である。日本に伝わった後、浪人に恋焦がれて死んだ旗本の娘が、亡霊と化して愛しい人の下へ毎晩通うと言う話になった。その浪人は、日に日にやつれていったと言う。
その話を聞いて、ケンヂはつばめのこの世のものとは思えぬ美しさを思い出し、慌てて頭を振った。そんなわけがないと胸中で何度も呟き、そして。
「俺、ちょっと行くとこあるんで!」
「行くって何処へ?これから朝食だし、それが終わったら帰る準備を……」
「とーちゃん、トイレ〜」
みちろうが起きてきた。どうやらまだ寝惚けているようだ。その場で小便をしようとするみちろうの傍へ慌てて駆け寄る郷介。そのどさくさに紛れて、ケンヂはあの神社へ向けて駆け出していった。
125降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 22:26:31 ID:DyUrya9v0
バンキが自身のキャンプに戻ってきたのは、とっくに夜が明けてからだった。そこでは石割が珈琲を沸かし終えて待っていた。
「お帰り」
そう言って石割が、淹れ立ての珈琲をバンキに差し出す。それを受け取って一口飲むと、バンキは「童子は倒しました」と答えた。
「魔化魍は?」
「今回は遭遇出来ませんでした」
石割は「そうか」と呟くと、相手は何かとバンキに尋ねた。
「ヒデリガミです」
「ああ……ここ最近暑かったからな」
ヒデリガミ(日照り神)とは、元々は大陸に生息する魔化魍であり、そちらではバツ(魃)と呼称する。
日照りが続くと現れるこの魔化魍を見た昔の人は、こいつが日照りや旱魃を引き起こす元凶だと考え、神として畏敬の念を抱くようになった。だから本邦ではこのような名前となっている。
「そうなると……これは本来なら管使いの出番だな」
全身に高熱を帯びたヒデリガミは、管で遠くから攻撃するのがセオリーである。
「予測がここまで大きく外れるだなんて、珍しい事もあるもんだ」
「ええ。やはり今年はおかしいですよ。ヒビキさんが屋久島で遭遇したツチグモに始まり、オトロシや例年より早い夏の魔化魍の登場、武者に鎧、乱れ童子……」
第六感とでも言うのか、バンキは嫌な予感がして仕方が無かった。
「もう少ししたら別のポイントに向かいます。……実を言うと、最初に遭遇した時、かなり大きくなっていたんですよね」
大量の餌を求めて山を下りるのも時間の問題だろう。だから仮眠を取る時間も惜しいとバンキは告げた。
「一人で清めきれそうかい?」
「やるしかないでしょう」
昨日遭遇した際、ヒデリガミに傷を付ける事に成功したのだと言う。回復さえしていなければ、そこを攻めてみるとバンキは言った。
「この近くに小さなダムがあるんです」
「来る途中に見たよ。随分と干上がっていたけど」
「その辺りを当たってみるつもりです」
そう言うとバンキは、熱々の珈琲をぐいっと一気に飲み干した。
126降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 22:34:12 ID:DyUrya9v0
ケンヂは、朝靄に煙るダム底へと三度下りて来ていた。そして脇目も振らずに神社へと向かって駆けていく。急がないと、もう二度とつばめに会えないような、そんな気がしていた。
社殿の前には、昨晩と同じ格好をしたつばめが立っていた。
「また来たのですね」
「俺にもどうしてか分からない」
ケンヂの答えにならない答えを聞いて、つばめはくすっと笑った。
つばめの傍へ無言で歩み寄るケンヂ。間近で見る彼女の睫毛は、陽光を浴びてきらきら輝いていた。朝露に濡れているのだろう。一体いつから彼女はここにいるのか、そうケンヂは疑問に思った。
互いに口を開こうとしたその時、突然鳥の群れが派手な音を立てながら飛び立っていくのが見えた。その様子に只ならぬものを感じる二人。
と、社殿の屋根を飛び越えて何者かが二人に向かって駆けてきた。首にマフラーのようなものを巻いた怪人だ。怪人は二人に気付いても尚、速度を緩める事なく走ってくる。
反射的にケンヂがつばめの前へ飛び出した。両手を広げ、彼女を庇うように立つ。
そこへ、甲高い鳴き声と共に茜色と浅葱色をした小さな鳥の群れが飛んできて、怪人の周囲に纏わり付き、その動きを止めた。
次いで、社殿の屋根の上に新たな異形が姿を現した。それは、黄色い左右非対称の角を生やし、ギターの弦のような襷を両肩に掛けた――鬼だった。手にはギターを持ち、背中にギターケースを背負った、鬼。
鬼はケンヂ達の方をちらりと見ると、ギターのネック部分を両手でしっかりと握りしめ、大きく振り上げた状態で屋根から飛び降りた。
必死で鳥の群れを払いのけていた怪人は、鬼が飛び掛かってきたのに気付くと、慌てて横へと飛び退いた。しかし少し反応が遅れてしまい、右腕を取られてしまう。
斬られた右腕が体液を撒き散らしながら、上空高く舞い上がった。
鬼はギターを地面に突き立てると、怪人の首目掛けて回し蹴りを叩き込んだ。派手な音を立てて泥の中へ倒れ込んだ怪人の首を、蹴りを叩き込んだ足でそのまま強く抑えつける。
鬼の右拳から長く鋭い爪が数本伸びた。そして身動きの取れなくなった怪人目掛けて勢いよく突き刺した。僅かな間をおいて怪人の体が爆発し、周囲に塵芥が飛び散った。
127降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 22:40:31 ID:DyUrya9v0
鬼はすぐに上体を起こすと、地面からギターを引き抜き、社殿の方へと振り向いた。そして強い口調でこう言った。
「そこの君!」
「お、俺!?」
「君は僕が必ず守る。だから君はその少女を何が何でも守るんだ。いいね?」
「い、言われるまでも!」
その時、彼等の耳に地響きが飛び込んできた。まるで巨大な何かが規則正しく跳びはねているかのようだ――そうケンヂは思った。
彼の予想は当たっていた。神社の背後にそびえる山林から、巨大な化け物が姿を現したのだ。
その化け物は、猿に似た姿をしていた。しかし嘴があるため鳥のようにも見える。全身がびっしりと剛毛に覆われており、鉤爪の生えた巨大な一本の足で器用にバランスを取っている。腕も一本のみで、胴体の前面から生えていた、
化け物――ヒデリガミが、顔のど真ん中に付いた巨大な一つ目で三人を睨み付けた。つばめの華奢な体を強く抱きしめるケンヂ。
ケンヂの額から、玉のような汗が噴き出した。ヒデリガミが現れた途端、周囲の気温が上昇したのだ。流れる汗が目に入るも、拭う事を忘れてケンヂは立ち尽くしていた。つばめの体を支えたまま。
ヒデリガミは大きく息を吸い込むと、口から物凄い勢いで熱風を吹き出した。腐りかけて今にも崩れそうだった社殿は、その一吹きでいとも容易く吹き飛んでいってしまった。
つばめと共に石碑の陰の隠れてやり過ごすケンヂ。風が止まったのを確認すると、ケンヂはおそるおそる石碑の陰から顔を出した。
そこでは、いつの間にかヒデリガミの体に取り付いた鬼――蛮鬼が、手にした「璃槍響」で攻撃を仕掛けていた。
「璃槍響」の刃に抉られ、ヒデリガミの巨体から血が噴き出す。血は社殿の瓦礫に降り注ぐと、一瞬にして燃え上がった。高熱を帯びているのだ。長年水を吸って中まで腐った木材が燃え上がる程の高熱を。
よく見ると、蛮鬼の足の裏から煙が上がっている。直接取り付いている蛮鬼の体もまた、焼けていたのだ。
ケンヂが固唾を呑んで見守る中、蛮鬼が「璃槍響」をヒデリガミの体に勢いよく突き立てた。そして背中に背負ったギターケースから、刃が欠けて使えない筈の「刀弦響」を取り出す。
128降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 22:46:25 ID:DyUrya9v0
「せいっ!」
「刀弦響」に音撃震・地獄を装着すると、蛮鬼は掛け声と共に「璃槍響」の真横に「刀弦響」をねじ込んだ。両方のネックを掴んで、深く深く差し入れる。
ヒデリガミが吼えた。腕が一本しか無いのが災いし、蛮鬼を攻撃する事が出来ないでいる。その場で激しく跳びはねて蛮鬼を振り落とそうとするヒデリガミだったが。
「はっ!」
一瞬早く蛮鬼が二本の弦を掻き鳴らした。清めの音がヒデリガミの動きを封じる。
巨体を誇り、しかも全身に高熱を帯びたヒデリガミを単身で速やかに清めるため、蛮鬼は二本の音撃弦を同時に奏でるという方法を取った。理屈では二人の弦使いが音撃を共鳴させるのと同じ効果の筈である。
ダブルネック・ギターの要領で音撃を決めていく蛮鬼。その様子を食い入るように見ながら、ケンヂは「スゲェ……」と呟いた。
目にも留まらぬ速さで蛮鬼が独奏を繰り広げていく。ヒデリガミはみるみるうちに弱っていった。そして。
「耳を塞いで!背を低くして!」
それが自分達に向けて投げ掛けられた言葉だと分かると、ケンヂはつばめと共に言われるままに伏せた。刹那、ヒデリガミの巨体が弾け飛んだ。爆風で手水舎が吹き飛び、ケンヂ達の頭上を飛んでいく。
身を起こしたケンヂが石碑の陰から出てくると、そこには二本の弦を両手に持った蛮鬼の姿があった。ヒデリガミの巨体は何処にも無い。ただ、細かな塵がぱらぱらと降り注いでいた。
「おーい!」
聞き慣れた声が遠くから響いてきた。振り向くと、血相を変えた郷介がみちろうを連れて駆け寄ってくる。ケンヂがいなくなった事に気付き、慌てて探しに来たようだ。
「馬鹿野郎、心配させて!」
ケンヂの傍に来るなり郷介はそう言うと彼の頭を叩いた。ぱしんと良い音が周囲に響く。
「遠藤さん、女の子の前で頭叩くのは勘弁して下さいよぉ……」
「女の子?」
129降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 22:55:09 ID:DyUrya9v0
二人の傍へ蛮鬼が近付いてくる。それに気付き郷介が「ほれ、挨拶!」とケンヂに言った。
「あ、助けてくれてどうもっス」
「連れが迷惑をかけました。有難う御座います」
あまりにも冷静な彼等の態度に、蛮鬼は少々面食らったようだ。それを察して郷介がこう告げた。
「あ、俺、遭遇するの三回目なんで」
「俺は二回目」
「へ?」
鬼面故その表情は読み取れないが、きっと呆然としている事だろう。声がそれを証明していた。
「……あれ、つばめは?」
ここで漸くケンヂは、つばめの姿が見当たらない事に気付いた。蛮鬼もまた、彼女の姿が見えない事に気付き、ケンヂに尋ねる。
「さっきまでずっと俺の隣にいたっスよ!」
「俺はここに来るまで誰の姿も見てないぞ」
郷介がそう告げた。念のためみちろうにも聞くが、やはり誰ともすれ違わなかったと言う。
「じゃあ一体何処に……」
それから一時間近く辺りを手分けして探したが、つばめの行方は杳として知れなかった。
130降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 23:00:59 ID:DyUrya9v0
ケンヂ、郷介、みちろうの三人は、バンキに連れられて彼のキャンプへとやって来た。帰りを待っていた石割が三人の姿を見て驚く。
「この辺り一帯は封鎖されているとばかり思っていたのですが……」
「まあ、滅多に人が来ない所だからなぁ……」
石割の言う通り、この山は滅多に人が来ない。だから地元の「歩」による封鎖もそこまで徹底して行われなかったようだ。まさかわざわざ枯れたダムを見物に来る物好きがいるとは夢にも思わなかった事だろう。
更にバンキは、郷介から聞いたのと同じ事――彼等が何故鬼について知っているのかを石割に説明した。
「はは、またヒビキさんか……。まあ、あの人らしいけど」
乾いた笑いと共に、呆れたように石割が呟く。
「しかし普通は有り得ないですよ。魔化魍と鬼の戦う現場に三度も遭遇するだなんて。例えば雷に打たれる確率は五十七万六千分の一。これよりも低い筈だ」
そう言うバンキに対し、郷介が。
「まあ世間ではその雷に七回打たれた人もいるそうだし……」
だがバンキも石割も未だ納得が出来ない様子だった。
郷介はと言うと、そんなバンキと石割の顔を交互に眺めていた。彼の脳裏に、屋久島で出会った二人の青年の姿が浮かぶ。
郷介が見るに、バンキと名乗る青年は屋久島で出会ったフブキと言う青年と同い年か、それよりも少し若いくらいであった。石割の方は自分やキタローと同じぐらいだと踏んでみる。
「にいちゃんはギターでたたかうのか?」
みちろうがおもむろにそう尋ねた。郷介も先程からずっと気になっていた事だ。
彼等が今までに出会った二人の鬼、ヒビキとフブキは共に太鼓型の武器を使用していた。「鬼太鼓」という芸能もあるし、だから鬼の武器は太鼓だと郷介はずっと思い込んでいたのだ。
郷介がその事を正直に話すと、石割は他に管楽器型もあると教えてくれた。鬼は基本的にこの三種類のどれかで戦っているらしい。
131降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 23:02:42 ID:DyUrya9v0
「それよりも郷介さん、つばめの事っスよ!」
それまでずっと黙っていたケンヂが口を開いた。バンキが石割に、少女が一人戦闘の直後から行方不明になっている事、ディスクアニマルで現在も捜索中である事を告げた。
「大丈夫、その子は僕達が責任を持って探しておくよ」
「でも……」
石割の大丈夫だと言う言葉を、ケンヂは素直に受け入れる事が出来なかった。
「やっぱり俺も探します!」
「しかしケンヂくん、君は明日学校が……」
郷介の方にケンヂが振り向いた。彼の真剣な目を見て、郷介が一瞬口篭る。
「……分かった。その代わり日暮れまでだ。それ以上だと今日中に帰れなくなる」
郷介が折れた。
「それじゃあ改めて手分けして探しましょう。魔化魍はもういないとは言え、充分気を付けて下さい」
バンキがそう告げた。
132降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 23:08:33 ID:DyUrya9v0
ケンヂはバンキと共に、もう一度神社の敷地内を調べていた。ヒデリガミとの戦いで滅茶苦茶になった境内の何処にも、つばめの姿はなかった。
「バンキさん、古文って得意っスか?」
「どうしたんだい、藪から棒に?」
「いや、ちょっと……」
ケンヂは昨日から石碑に刻まれた来歴が気になっているのだとバンキに言った。バンキが石碑の傍に歩み寄り、刻まれた文字を読み始める。
「どうやらここは檜原神社の分社みたいだね。まさかこんな水底に沈んでいただなんて……」
「何です?」
ケンヂが尋ねた。それに対し丁寧にバンキが答える。
「奈良県にある大神神社の摂社だよ」
檜原神社は、バンキが説明した通り大神神社の摂社――敷地内に存在する小さな神社だ。大神神社同様、三輪山が御神体に当たるため、社殿も拝殿も存在しない。
ちなみに三輪山は、昔から猛士総本部が「聖域」と呼ぶ地であり、ここの霊木を用いた音撃武器は凄まじい威力を誇ると言われている。過去にとある鬼が使っていたという話があるが、真相は不明だ。
「わざわざ檜原神社の分社を建てるとは……。直接伊勢の分社を建てる事が出来なかったのか?それともやはり三輪山の……」
ぶつぶつと独り言を言い始めるバンキに向かって、ケンヂが何気なく「ここって何の神様が祀られてたんスか?」と尋ねた。
「ここが檜原神社の分社だと言うのならば、間違いなくアマテラスだろうね」
檜原神社は、伊勢神宮に鎮座されるまでの間、一時的にアマテラスを祀っていた事で知られている。
「あとは国産みの神・イザナギ。そして」
黄泉国の女神・イザナミ――そうバンキは答えた。
133降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 23:19:12 ID:DyUrya9v0
キャンプへと戻った一行が、互いに報告を行う。結局、どれだけ探してもつばめは見つからなかった。日も暮れかけている。
最後にもう一度ダム底を探したいと、ケンヂが言った。全員でダム底へと下り、捜索を始める。今まで何処を探しても見つからなかった彼女は、どうした事かすぐに見つかった。
彼女は、神社の境内に一人佇んでいた。
「つばめ!」
ケンヂが大声で呼び掛ける。その声につばめが振り向いた。そして寂しげに笑うと。
「今夜遅くから雨が降りだします。雨は、再びこの村を水底に沈めるでしょう……」
お別れを言うために待っていました――そうつばめは言った。
「お別れって……どういう事だよ!?」
しかしつばめは、ケンヂのその問いには答えなかった。その代わり。
「ケンヂさん、これからもあなたは沢山の出会いと別れを繰り返す事でしょう。……強く、生きて下さい。別れがもたらすのはきっと哀しい事だけではありませんから」
「つばめ!」
突風が吹いた。風で舞い上がった塵に目をやられ顔を背けた一瞬のうちに、つばめの姿は見えなくなっていた。
「つばめ……」
呆然とするケンヂの肩に、石割が手をやった。
郷介はと言うと、何故かつばめの浴衣の模様になっている花について考えていた。確かあの花は待宵草だった筈だ。花言葉は温和、浴後の美人、そして――ほのかな恋。
一同は夕日で真っ赤に照らされたダムの底で、一陣の風と共に消えた少女の姿を長い間幻視していた。
その日の晩、つばめの予言通り久方振りの雨が降り始めた。雨は、今までの分を取り戻すかのように三日三晩降り続け、村全体を再び夜の青の色に染めて眠りにつかせた。
134降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 23:26:21 ID:DyUrya9v0
後日、郷介はバンキから連絡をもらい、柴又にやって来ていた。待ち合わせ場所として指定された甘味処「たちばな」を見つけ、中へと入る。
店内にバンキの姿はなかった。適当な席に腰掛け、彼がやって来るのを待つ。注文を取りに来た少年は、どこか物憂げな表情をしていた。
「あっ!」
「はい?」
突然大声を上げた郷介に、少年が驚く。だが無理もない。仕事柄郷介は人の顔は忘れないようにしている。彼は紛れもなく、屋久島へと渡るフェリーでヒビキの傍にいた少年だった。島内でも一度すれ違っている。
その事を告げ、更に自分はヒビキの知り合いだと言うと、少年の表情が傍目からも分かるぐらい変わった。
少年は安達明日夢と名乗り、ここでバイトをしているのだと告げた。
「安達……」
鬼で安達と言えば、安達ヶ原の鬼婆ことイワテを連想してしまう。ひょっとしてこの少年も鬼なのだろうかと郷介は思った。
明日夢はどうやら悩み事を抱えているらしい。それとなく話を振ると、ぽつりぽつりと胸の内を吐露し始めた。
離婚した父親にこっそり会いに行った事、その父親は自分でも組み立てられるような犬小屋をなんだかんだ理由をつけて放置しておくような人物だった事……。
聞いていくうちに郷介は、抱いていた理想の父親像が壊れた事がショックなのだろうなと思った。更に明日夢は続ける。
「母さんは父さんの事を、ヒビキさんに似ているって言っていました。でも実際は、ヒビキさんとは似ても似つかない……。あんな人とヒビキさんを似ていると言った母さんの事を信じられなくなったし、それに……」
その言葉を真に受けてずっと幻想を抱いていた自分自身も許せないのだと、明日夢は語った。
どうも郷介が思う以上に、少年にとっては深刻な悩みのようだ。もし井太多田先生なら「ソープに行け」の一言で済ますのだろうなと馬鹿な事を考えながらも、当たり障りのない言葉を明日夢にかけてやる。
明日夢は、郷介の口にした毒にも薬にもならないような言葉に些か不満気な様子だった。そこへ、入り口の引き戸を開けてバンキが入ってくる。
135降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 23:32:51 ID:DyUrya9v0
「お待たせしました」
バンキが明日夢に、奥へ行くよう視線で促す。明日夢がそれに従い去っていくと、郷介は内心胸を撫で下ろした。
(父親か……)
明日夢と話をしているうちに、自分はみちろうにとって良い父親でいるのだろうかと激しく気になっていたのだ。
(俺はちゃんと父親しているのかな、霧子姉さん……)
胸中で亡くなったみちろうの実母――郷介の姉の名前を呟く。自動車事故だった。義兄も一緒だった。みちろうがまだ物心つく前の出来事である。
「どうしました?」
バンキに声を掛けられ、慌てて「何でもないよ」と答える。バンキは郷介の向かいに座ると、あのつばめと言う少女について語り始めた。
「単刀直入に言いましょう。彼女は……所謂幽霊と言うやつです」
「幽霊!?」
予想だにしなかった発言に、郷介が驚きの声を上げる。
「あの近くに祠があったのを御存知ですか?」
それは郷介も覚えていた。
「調べてみたところ、あの一帯は昔、酷い旱魃に襲われた事があったそうです。そこで雨乞いの儀式を行った。その儀式では、巫女の血を引く少女が天への供物にされたと言われています」
「供物って、それは……」
それは生け贄の事か。
「勿論因果関係は無いと思いますが、儀式を執り行った数日後に雨が降った。人々はその事実を忘れないように祠を作り、少女を祀った……」
その後、村は列島改造の波に呑まれ、ダム底に沈んだとバンキは言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあその話は……」
ほんの三、四十年前の話ですとバンキは言った。
恐ろしい話である。戦後の高度経済成長期の真っ只中で、そのような風習がまだ生きていたのだ。そして実際に人が死んでいる……。
136降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 23:38:23 ID:DyUrya9v0
「数十年ぶりに水が無くなり、嬉しくて出てきたんじゃあないですかね」
バンキは事も無げにそう言った。
「……幽霊って実在するのか?」
「便宜上幽霊と呼称しましたが……。でも魂は存在すると断言出来ます」
鬼が操る式神は、動物の魂を器に封じ込めたものだ。それを知っているからこそバンキはそう答えた。郷介はその事について深く追求しなかった。
「これを彼に伝えるかどうかは、遠藤さんの判断に任せます」
バンキがそう言い終わると同時に、実に良いタイミングで明日夢がお茶を持ってやってきた。郷介は出されたお茶を一口飲むと、「やめとくよ」と答えた。
「何でもかんでも答えを出せば良いってもんじゃあない。そりゃあケンヂくんが聞いてきたら本当の事を教えるけど、今は……」
淡い青春の思い出として彼の胸に仕舞っておくのが正しいと思う――そう郷介は答えた。
「流石は作家の先生だ。臭い台詞を言いますね」
「そうじゃなきゃ物書きなんて生業には出来ないよ」
二人して笑うその姿を見て、明日夢は不思議そうな顔をした。
137降り注ぐ水底:2010/04/27(火) 23:44:04 ID:DyUrya9v0
「どうしたんだケンヂ?」
下手糞ながらも一心不乱にギターを弾くケンヂを見て、三柴が声を掛ける。
「先生の事、漸く吹っ切れたか」
自前のギターをチューニングしながら、橘高が言った。ケンヂは演奏を止めるとただ一言。
「そういう訳じゃない」
そう答えた。
「じゃあ何だよ」
橘高の問いにケンヂが答える。
「心の中に留めて、それを糧にちょっとだけ前へと進んでみようかなと思ってさ」
一瞬きょとんとなる橘高と三柴だったが、すぐに大きな声で笑うとこう言った。
「まあ何でもいいや。漸くいつものケンヂらしくなった!」
「おうよ!」
ドラムとベースのメンバーが合流し、全員で演奏を始める。バンドはすっかり夏休み前の状態へと戻った。
栃木の山奥に届くぐらいに、ケンヂは声を張り上げて歌った。相変わらず下手糞だった。 了
138名無しより愛をこめて:2010/04/28(水) 00:44:03 ID:1GnPUJb10
高鬼SS作者様、投下乙です。
最後にケンヂくんの歌声「(濁点付きの)ララララ〜ラ、ラ〜ラ〜ラ〜」が脳内に流れましたw
139名無しより愛をこめて:2010/04/29(木) 01:02:36 ID:YEzPGLX00
本編三十一之巻とシンクロしているのがイイ。
あとバンキさんメインポジションおめでとう。
140名無しより愛をこめて:2010/05/01(土) 12:07:19 ID:M8qwBZXb0
投下乙です
てっきりつばめは別の魔化魍だと思ってたのは内緒です
141名無しより愛をこめて:2010/05/07(金) 18:30:51 ID:UhsROi+G0
保守
142「降り注ぐ水底」後日談&次回予告:2010/05/09(日) 01:45:34 ID:3a7pwper0
暮れも押し迫ったある晴れた日の午後、場所は神田神保町にある出版社の応接室。ここで、作家の遠藤郷介は編集者の葛原女史とテーブルを挟んで向かい合っていた。
どちらも無言のまま、何とも言えぬ空気が小さな室内を包む。葛原はまるで屠殺場の豚でも見るかのような目つきで郷介をガン見している。瞬き一つしない。
一方、郷介はそんな葛原の顔にいつもの如く見蕩れていた。彼女は美人なのだ。左目の下にある泣きぼくろが相変わらずセクシーである。
ふいに葛原が口を開いた。
「おめでとう御座います、遠藤さん」
「ははあ〜!」
恐縮しながら土下座する郷介。葛原は脚を組み直すと、淡々と続けた。
「遠藤さんがあれを持ってきた時は、ロビーに全裸で逆さ吊りにでもしようかと思いましたが、世間からこのような高い評価を受けたのは事実。これからも精進して下さい」
「ああ、実に勿体無いお言葉、有難う御座いますぅぅ!」
一体何が起きているのか、そろそろ読者の皆様にも説明しなければなるまい。
三ヶ月前、郷介が葛原女史から注文を受けた穴埋め原稿。彼は取材先で体験した不思議な出来事を自分なりに脚色して一本の短編へと仕上げ、提出したのである。
初め、原稿を渡された葛原はあからさまに不満気な表情をしていた。そこを何とか説得する郷介だったが。
「これは恋愛モノなのですか?それとも怪談なのですか?」
「まあそこは読み手の解釈次第と言う事で……」
「このギターを持った青年の登場が、あまりにも唐突なのですが」
「はあ、まあ枚数も限られている訳ですし……」
こんな感じの質疑応答が延々と続いたわけである。
が、世の中とは訳が分からないもので、どうした訳か郷介のこの短編――「降り注ぐ水底」が読者アンケートで上位を取り、各書評でも「描写が実にリアル」だと高評価を得たのである。
あれよあれよと言う間に、大幅に加筆した上で文庫として出版する事が決定し、今日はその件で打ち合わせに来ていたのだ。
「そんなに売れないとは思いますが、まあ賞レースへの参加資格も得たと言う事で、淡い期待を抱きつつ震えて待っていて下さい」
どんなに作品が高評価を得ても、葛原の郷介に対する態度は変わらない。相変わらず「先生」とは一度も呼んでくれないし、口を開けば罵詈雑言だらけだ。まあ簡単に掌を返されるよりは遥かにマシだが。
143「降り注ぐ水底」後日談&次回予告:2010/05/09(日) 01:47:05 ID:3a7pwper0
「ところで遠藤さん、週末は暇ですか?」
突然葛原が話を変えてきた。正直に暇だと答えると、一緒に北陸まで行かないかと言う。
これはひょっとしてデートのお誘いなのではないかと早合点し、天にも昇らん気持ちの郷介だったが。
「九里虫太郎(くり むしたろう)先生を御存知ですか?」
「勿論ですとも」
九里虫太郎とは、本邦を代表する幻想作家である。数十年程前に「黒死城SATSUGAI事件」で様々な賞を総舐めにし、「文壇に九里虫太郎あり」と謳われた人物だ。だが。
「夏に亡くなられたんですよね」
そう。九里虫太郎は今年の夏に、北陸にある自宅で亡くなっているのだ。郷介も葬儀の模様をニュースで見ている。文壇は勿論の事、各界の著名人が沢山参列していたのを思い出す。
「……実はですね」
葛原が急に小声で喋りだした。
「北陸にある先生のご自宅に、未発表の原稿が眠っているらしいのです」
なんでも、遺書に「俺の遺稿が欲しいか?欲しけりゃくれてやる。探してみろ、全てを屋敷に置いてきた」と書かれてあったのだそうだ。
「……九里先生、『ONE PIECE』がお好きだったんですかね?」
「さあ。……それで、空き家となった先生のお屋敷に遺稿を求めて各出版社の編集や作家の先生方が次々と集結しているのだそうです」
そして葛原にも、上司から行ってくるよう命令が下されたのだと言う。彼女が選ばれた理由は、居ても居なくても業務に支障がない人間だからだとか。
葛原は郷介に、助手として同行するよう要求した。少し考えて郷介はこれを快諾した。他社の編集者や有名作家の皆々様とお近付きになれる良い機会だと思ったのだ。
そして当日、息子のみちろうをお隣の大槻家に預け、郷介は葛原と共に北陸へと旅立って行った。
144「降り注ぐ水底」後日談&次回予告:2010/05/09(日) 01:51:02 ID:3a7pwper0
真冬の北陸に降る雪は、東京生まれ東京育ちの郷介にとって、予想以上に厳しいものだった。そのうえ、目指す九里邸は人里離れた山奥に建っているのである。二人は途中までタクシーで移動し、残りの行程は徒歩で進んでいく。
「うおっ!」
深雪に足を取られ、郷介が大きくバランスを崩した。
「荷物だけは絶対に濡らさないように」
女王様然として葛原が言い放つ。
地吹雪に見舞われ、何度も道に迷いながら漸く二人は目当ての屋敷に辿り着く事が出来た。
「ここが……」
「そう。ここが九里先生の終の住まいとなった――妖魔館」
九里虫太郎が生前好んだディクスン・カーの小説「妖魔の森の家」から命名された、実に奇怪な洋風建築である。何を考えてこんな間取りにしたのか設計者を小一時間問い詰めたくなるぐらい、奇妙な間取りをしているのが外からでも分かる。
「この奇妙な間取り故に、隠し部屋があるのではないかと、皆さん寝食も惜しんで屋敷中を探しているようです」
「はあ〜、まるで辻彩先生の『屋敷シリーズ』ですね」
辻彩来人(つじあや くると)は、建築家・中村紅司(なかむら こうじ)が設計した屋敷を舞台に繰り広げられる殺人を描いた「屋敷シリーズ」で有名な、新本格ミステリの旗手である。
145「降り注ぐ水底」後日談&次回予告:2010/05/09(日) 01:54:14 ID:3a7pwper0
「辻彩先生ならこちらに来ておられる筈ですよ」
「マジですか!?」
「それどころか、安彦先生や二階堂先生、狂獄先生も……」
「来ておられるのですか!?」
「鎌田たちの夜」の安彦武丸(やすひこ たけまる)、「地獄のペテン師」の二階堂欄子(にかいどう らんこ)、「毛羽毛現の臍」の狂獄冬彦と言えば、ミステリ好きなら知っていて当然の人達である。
「確か東尾先生も来ておられるとか……」
「東尾先生も……?」
映画化もされた「探偵がリレーを-容疑者XYZの悲劇-」で有名な東尾敬語(ひがしお けいご)は、二階堂欄子とは仲が悪い事で有名である。
どうやら九里虫太郎の遺稿を求めて、ミステリ作家の大半がこの屋敷に集結しているらしい。
「……作者、そんなに書き分けられるんですかね?」
「メタな台詞を言うのは止めて下さい。ただでさえ次回のお話は綾辻行人の『迷路館の殺人』及び『ナイトメア・プロジェクト YAKATA』のパロディなんですから」
「パロディにすらならないと思いますがね……」
色んな意味で不安要素を残しつつ、二人は目の前に聳え建つ屋敷へと向かって行った。


続く予定だけど、また規制に巻き込まれて長らく書き込めなくなる可能性もあるので期待はしないで下さい
146鬼ストーリー年表:2010/05/12(水) 00:52:45 ID:J78YtVd/0

・西暦2005年

 久里虫太郎、没

147鬼ストーリー年表:2010/05/18(火) 20:03:33 ID:HSSMFF5I0

・西暦2010年

 須佐純友、天美あきらと再会する

148魔巣食う屋敷 初日:2010/05/20(木) 21:31:34 ID:2zQWg2TJ0
郷介と葛原は、屋敷の門を潜り、雪の積もった庭を通って玄関へと向かった。インターホンを押して待つ事数分、漸く扉が開かれた。
「おんやぁ〜?葛原ちゃんじゃないのぉ〜」
出てきたのは、赤ら顔で頭にネクタイを巻いた中年男性だった。
「宇多山さん、酔っていますね」
宇多山と呼ばれた男は、その場で寝転がると「僕は芋虫だぁ〜!」と間の抜けた声で喚きながら丸まりだした。
「芋虫は寒さに弱いんだぁ〜!だから早く扉を閉めなけりゃならないんだぁ〜!」
葛原は邪魔な宇多山を蹴っ飛ばして中に入ると、郷介を招き入れて扉を閉めた。
「あの、葛原さん。宇多山ってひょっとして……」
「ええ、稀譚社の名物編集の宇多山さん」
宇多山英行(うたやま ひでゆき)は、辻彩来人を見初めデビューさせた、新本格ミステリの仕掛け人として名高い編集者である。だが。
「この人、大酒飲みでいつも酔っ払っているんです。パーティの席で顔を合わすぐらいですけど、この人が酔っていなかった事なんてただの一度もありませんでしたが……」
まさかここでも酔っ払っているだなんて――そう葛原は心底呆れたように呟いた。
「あの……」
「名前を売ろうとしても無駄ですよ。これだけ泥酔していれば、間違いなくその間の記憶は飛びますから」
「はあ……ですよね」
蹴られたまま深い眠りに落ちてしまった宇多山を無視し、二人は中央ホールへと向かった。
パーティ会場としての使用を前提に作られた中央ホールには多数の作家や編集者が集まり、それぞれ勝手気ままに騒いでいた。
「あっ!」
入り口付近に居た人物が、葛原に気付き声を上げた。
「く、葛原さん……」
その声に何人かが振り向く。全員葛原の姿を確認すると、表情を強張らせた。一体どれだけ恐れられているのかと、郷介は本気で気になってしまった。
149魔巣食う屋敷 初日:2010/05/20(木) 21:36:47 ID:2zQWg2TJ0
「え、何?ゴミ屑原が来てるの?」
そう言いながら、これまた赤ら顔をした、髭もじゃロマンスグレーのおっさんがやって来た。その人物を見て、郷介が目を丸くする。
彼こそハードボイルド界の重鎮、井太多田諦猛である。いきなり現れた文壇の大物に、郷介は言葉を失ってしまった。
「ご挨拶ですね、井太多田先生」
「だってさ、来るとは思わなかったんだもの。なあ百沢ちゃん」
そう言うと井太多田は手にしたモルト・ウイスキーを美味しそうに飲んだ。話を振られたマジでダンディなおっさん――百沢梨昌は返答に困りながらも。
「ええっと、おいらとしてはその……。あ、今度百沢オフィスでやる朗読会についてだけどさぁ」
事務所のスタッフを目敏く見つけると、そそくさとその場から立ち去っていってしまった。
「あの野郎、逃げやがった……」
「ところで井太多田先生、九里先生の遺稿についてなのですが……」
そう葛原が切り出したが、井太多田は「まだ見つかってないんだよな〜」とぼやいた。
「これだけの人数で探しておきながら?」
「そうなんだよ〜。こりゃあ本当にどっかに隠し部屋でもあるんじゃないかって話になってきてさ」
「その道のプロがこれだけ揃っているのですから、簡単なんじゃありませんか?」
「知ってて言うかねぇ。例えばテロリストものを書くからって、作家自身がテロリストなわけではないだろ?……ところでそっちの若いのは?」
漸く井太多田が郷介に気付いた。新人編集かと尋ねる井太多田に、葛原が郷介の事を紹介する。
「ああ、『降り注ぐ水底』の。そういや何年か前にも賞取ってただろ。ええと何だっけ……」
「あの、無理して思い出さなくても結構ですよ」
「彼の言う通りです。先生の貴重なお時間を、こんな三流の作品名を思い出すのに費やすだなんて、出版界の大きな損失になります」
そこまで言うかと周りの誰もが郷介を同情的な目で見た。暴言よりもそっちの方が郷介にとっては辛かった。
150魔巣食う屋敷 初日:2010/05/20(木) 21:43:07 ID:2zQWg2TJ0
「まあまあ、駆け付け三杯という言葉もあるし、ここは一つ飲みませんか?九里先生秘蔵の銘酒が沢山あるんですよ」
場の空気を変えようと、ウェーブのかかったロングヘアーにサングラス、シルバーアクセサリーで全身を飾ったファンキーな格好のおっさんが、酒瓶を手に一歩前に出てきた。漫画家のキグニ雅彦だ。
勝手に飲んで良いのか尋ねる郷介に、キグニは「これも遺書に書かれていた事なんだ」と説明した。遺稿を探しに来た者に、振る舞い酒として出すようにとの事らしい。
「それともカラオケでもする?もっとも、ある一人の人物が独占しちゃっているけど……」
そう言ってキグニが視線を向けた先には、マイクを手に熱唱する女性の姿があった。
「相変わらずですね、椎塚さん」
椎塚由美子(しいづか ゆみこ)は、S英社の敏腕女性編集者だ。鬼の椎塚の異名で作家達から恐れられており、業界では葛原と共に恐れられている人物である。
「ところでキグニ先生がおられると言う事は、ひょっとして『現代麻雀』編集部も来ているのですか?全然関係なさそうなのですが」
葛原の疑問に、「現代麻雀」現編集長は嘗て文芸誌を担当しており、その時九里虫太郎と交流があったのだとキグニは説明した。
「君、なんだったら麻雀やるかい?」
「いや、麻雀はやった事がないんで……」
「とりあえず見学だけでもしていかない?」
そう勧めるキグニに対し丁重に断りを入れると、郷介はそそくさとその場を離れた。そして折角なので辻彩先生に挨拶をしようとホール内を探し回る。
その時、ホールの扉が開けられた。まだ誰か来るのかと訝しがる井太多田に、宇多山が戻ってきたのではないかと葛原が言った。
だがそこに立っていたのは、真っ黒いぼろぼろのコートを羽織った中年男性と、同じくコートを羽織った中世的な顔立ちの金髪少年、そして明るい色のダウンジャケットを着込んだボーイッシュな女性の三人だった。
151魔巣食う屋敷 初日:2010/05/20(木) 21:49:25 ID:2zQWg2TJ0
ざわめきが起こる。あちこちから「誰だ?」と言う声が聞こえてきた。どうも作家、編集者の類ではないらしい。
郷介は、闖入者三人のうち中年男性が一番気になっていた。纏っている雰囲気が明らかに堅気のものではなかったからだ。だからと言って暴力団関係者と言う訳でもなさそうだ。
その中年男性は、ぼさぼさの髪の毛に同じく手入れを全くしていないであろう髭、額には色あせた赤い鉢巻だかバンダナだかを巻いている。一見ただの浮浪者なのだが、目力が半端ではなかった。
人を知るには相手の目を見るのが一番だと郷介は聞いた事があるが、この中年男性の目からは何一つ読み取れなかった。否、今年に入って出会ったある人々と何処となく似ているように感じはしたのだが……。
その時、凛とした声がホールに響いた。
「その方々は僕が呼んだのです」
声の主の方へと一斉に視線が集まる。そこには、全身黒尽くめのうえカラスマスクを着け、更に黒い革手袋を嵌めた異様な風体の男が立っていた。
「狂獄先生……」
思わず郷介がその名を呟く。彼こそ、妖怪研究家にして妖怪小説の大家、狂獄冬彦その人であった。
「狂獄くんはあの人達とどういう関係なの?」
百沢が狂獄に尋ねる。それに対し狂獄は「妖怪関係ですよ」と答えた。
「遺稿探しのお手伝いをしてもらうため、お呼びしたのです」
「まあそういう事だ」
ぶっきらぼうにそう言うと、髭もじゃ中年男性は懐をまさぐると煙草とライターを取り出し、火を点けた。
その後、ホールに集まっていた面々は一人、また一人と遺稿探しを再開すべく退室していった。
152魔巣食う屋敷 初日:2010/05/20(木) 21:54:59 ID:2zQWg2TJ0
とりあえず郷介は、割り当てられた客間へと荷物を置きに向かった。
この屋敷は無駄に部屋数が多い。そのうえ、各部屋を網の目のように細長い廊下が幾重にも繋いでいるため、見取り図が無いと確実に迷ってしまう。完全に嫌がらせだと郷介は思った。
荷物を置き、少し屋敷の中を歩いてみようと部屋から出た郷介を、一人の女性が呼び止めた。見ると、先程のボーイッシュな女性だった。
「やっぱり、郷介さんだ!」
「え?」
突然名前を呼ばれて一瞬思考が停止するも、改めて彼女の顔を眺めてみると。
「あ、ハム子ちゃん!?」
ハム子と呼ばれた女性は、満面の笑みを浮かべて郷介を見ている。
「驚いたな、まさかこんな所で君に会うだなんて思わなかった」
「私も。郷介さん、作家になったって兄から聞いていましたけど、郷介さんも妖魔館に来ていたんですね」
「それだよ。まさか君が北陸に居るだなんて……」
キタローは何も話さなかったもんな、と郷介は言った。
彼女の本名は公子。縦読みだと「ハム子」と読めるから、それがそのまま愛称になった。郷介の大学時代の友人であるキタローの妹であり、郷介も何度か会った事がある。その時は元気一杯で人懐っこい娘という印象だった。
改めてハム子の姿を眺める。シャギーを入れたセミショートにビンテージのジーンズ、ブーツといった出で立ちは、あの頃と全く変わらぬ印象を郷介に与えた。
「実は今、兄と同じ仕事をしているんです。兄は故郷の支部へ配属されたけど、私は人手不足だったこちらの支部に回されて……」
「同じ仕事……」
郷介の脳裏に、キタローと一緒に居たヘッドホンの青年――フブキの姿が浮かび上がった。と言う事はハム子と共にこの屋敷へとやって来たあの二人も……。
郷介はハム子の顔を見た。にっこりと微笑むハム子。果たして、キタローはどこまで彼女に話しているのだろうか。
――但し、一生猛士の人間から監視され続ける事になるでしょうけど
ふいにフブキに言われた言葉が脳裏を過ぎった。ただでさえ郷介はあの後二度も鬼と魔化魍に遭遇している。迂闊な事は出来ない。出来ないのだが……。
(ここに来ているって事は……)
居るのだろうか、この屋敷に。魔化魍が。
153魔巣食う屋敷 初日:2010/05/20(木) 22:00:20 ID:2zQWg2TJ0
「どうしたんです、郷介さん?」
ハム子に声を掛けられ、郷介ははっと我に返った。何か心配事でもあるのかと尋ねるハム子に、何でもないと告げる。
「Take it easy!リラックスしていきましょう」
そう言うとハム子は、右手の人差し指と親指でV字を作って顎の下に当て、更に上体を傾けて左脚を真っ直ぐ横に伸ばし、ポーズを決めた。昔からの彼女の癖……のようなものである。
「あ、ハム子さん!」
そこへ、あの時ハム子と一緒に居た金髪少年がやって来た。真面目そうな少年である。何故わざわざ髪を染めているのか不思議なくらいだ。
少年は二人の傍へやってくると、郷介に向かって深々と頭を下げた。年の頃は十代後半――お隣のケンヂくんとそう変わらないように郷介には見えた。
「こちら私の兄の友人の遠藤郷介さん。彼は私の仕事仲間のリンくん」
「初めまして、六道倫(りくどう りん)と言います。リンって呼んで下さい」
「ちなみに彼は罰ゲームで髪を染めさせられています」
まるで郷介の心を読み取ったかのように、ハム子が彼の金髪の理由を説明した。ひょっとしたらよく他人に聞かれるのかもしれない。
「遠藤です。しかし君みたいな子が……」
慌てて言葉を呑み込む郷介。キタローがどこまで話しているのか分からない現状で、鬼という言葉を口にする訳にはいかない。そもそも、鬼は彼でなくもう一人の方かもしれない。否、間違いなくあの中年男性が鬼だろう。
リンは、近くで見ると本当に少女のような顔立ちをした少年だった。やはり彼が鬼の筈はないと郷介は思った。
「お師様が呼んでいます」
「じゃあ郷介さん、また後で。お仕事お仕事」
二人してポーズ(参考画像 ttp://image.blog.livedoor.jp/nikonikoblog/imgs/d/b/dbd84a59.jpg)を決めると、ハム子とリンは足早に去っていった。
その後ろ姿を見送りながら郷介は「ここでもハム子と呼ばれているんだ……」と妙なところに感心していた。
154魔巣食う屋敷 初日:2010/05/20(木) 22:05:30 ID:2zQWg2TJ0
葛原の下へ向かうべく廊下を進む郷介を、またしても誰かが呼び止めた。見ると、髪を肩まで伸ばし、薔薇を模ったブローチを着けた女性だった。何が楽しいのか、やけにニコニコ笑うその女性に誰かと尋ねる郷介。
「わたしですかぁ?わたしはぁ、夢ヶ森のぞみちゃんでぇっす!てへっ」
他人の神経を逆撫でするかのような口調で自己紹介をすると、のぞみと名乗った女性はわざとらしく舌を出してみせた。
郷介はその名に聞き覚えがあった。暫く考え込んだ後、郷介は「うあっ!」と間の抜けた声を上げた。
夢ヶ森のぞみ。世にも恐ろしい毒舌書評家である。その可愛らしい笑顔や口調とは裏腹に、歯に衣着せぬ物言いで徹底的に相手をこき下ろし、若手もベテランも容赦なく切り捨てる、業界一の嫌われ者だ。
そのキャラ故に好き嫌いがはっきり分かれる人物であり、熱狂的なファンとアンチの両方を抱えている。だが彼女にとってはどちらも賑やかし程度の認識でしかないのだろう。
厄介なのに呼び止められた――内心そう思う郷介に向かって、のぞみがへらへら笑いながら言う。
「わたしぃ、遠藤センセイとは一度お話したかったんですよぉ。いいですよね?けって〜い!」
人の話を聞こうともせず、のぞみが一方的に喋り続ける。
「新作のぉ、『降り注ぐ水底』でしたっけぇ?あの三文小説についてなんですけどぉ……」
始まった。曲がりなりにも郷介は文壇の人間。彼女がこうなるともう止まらなくなると言う話は耳にしている。これから延々とダメ出しを喰らい続けるのだ。
「遠藤さん」
そこへ、天の助けが訪れた。葛原だ。この時ばかりは彼女の事が比喩でも何でもなく、本当に天使に見えた。後光を放っているようにさえ見えた。
155魔巣食う屋敷 初日:2010/05/20(木) 22:11:22 ID:2zQWg2TJ0
「あ〜、弱小出版社の葛原さんだぁ」
「夢ヶ森先生、うちの穀潰しに何か御用でしょうか?」
「用はあったんですけどぉ、一対一でじいっくりやるのが私の流儀なんでぇ、今日はこの辺で失礼しますねぇ」
そう言うとのぞみは両手でハートの形を作ってみせ、そのまま鼻歌を歌いながら立ち去っていってしまった。そんな彼女の背中に向かって葛原が呼び掛ける。
「こき下ろすのは文庫が出てからにして下さい。今モチベーションを下げられると、こちらも色々と困りますから」
「はいは〜い」
「あの、葛原さん……」
「そろそろ夕食の時間だそうです。中央ホールに集まって下さい」
真顔でそう言うと、葛原は踵を返してそのまま去っていこうとした。慌てて追いかける郷介。
夕食の席で情報交換の場が設けられたが、何一つ手掛かりはないようだった。建設的な意見一つ出てこなかった。しかし、既に誰か手掛かりを掴んで、それを隠しているのではないかと郷介は疑心暗鬼を抱いてしまった。
注意深く周りを観察する。作家も編集者も皆、最初に来た時と変わらない調子だ。
まるで伏魔殿だ――そう郷介は思った。妖魔館という名前すらも皮肉に思えてきた。
結局、その日は少しだけ探索めいた事をした後、早々に眠りに就いた。疲れからか、郷介は夢も見ないぐらいにぐっすりと眠りこけた。
郷介が事件の発生を知ったのは、翌朝の事であった。

続く
156鬼ストーリー年表:2010/05/21(金) 22:50:47 ID:TfySnGqu0

・西暦2005年

 訂正
×久里虫太郎、没
○九里虫太郎、没

 遠藤郷介、ハム子と再会する

157魔巣食う屋敷 二日目:2010/05/27(木) 20:31:01 ID:JBy5CUpA0
あちこちからざわめきが起きている。この小さな客間には、入り口から溢れ出る程の人が集まっていた。どうやら屋敷に滞在している人間の大半が集まっているようだ。遅れてやって来た郷介が、部屋の外でうろうろしていると。
「遠藤さん」
葛原が郷介を見つけて、声を掛けてきた。何が起こったのか尋ねる郷介に対し、葛原は彼に今まで一度も見せた事のない表情でこう答えた。
「夢ヶ森先生が亡くなりました……」
「へ?」
しかもそれは明らかに他殺であり、現場は密室だったと言う。
「密室って……」
その時、ヒステリックな女性の声が聞こえてきた。
「だからどうして私が犯人なのよ!?」
「犯人だなんて言っていませんよ。ただあなたは第一発見者ですし……」
「巫山戯ないでちょうだい!私を誰だと思っているの!?」
聞き覚えのある声だ。誰だったか郷介が思い出す前に葛原が告げた。
「……第一発見者の椎塚さんが部屋を訪れた時、部屋の扉にはしっかりと鍵が掛かっていたんだそうです」
葛原が仕入れた情報によるとこうだ。夜中にのぞみの客間から何か大きな音が聞こえ、隣の客間で眠りに就いていた椎塚は、何事かと彼女の部屋を訪ねたのだが。
「いくらドアを叩いても返事は無く、仕方が無いのでそのまま部屋に戻り寝直したのだそうです」
翌朝、昨晩の音の正体が気になった椎塚は再度のぞみの客間を訪ねてみたのだが、やはり返事は無く、不安になったので何人かに声を掛けて。
「ドアをぶち破ってみたところ……」
のぞみが倒れていたのだと言う。
「マスターキーとかは無いのですか?」
「無いからぶち破ったんじゃないですか」
頭大丈夫かと言わんばかりに葛原が答えた。
158魔巣食う屋敷 二日目:2010/05/27(木) 20:36:48 ID:JBy5CUpA0
「まあまあ椎塚さん、落ち着いて」
これまた聞き覚えのある声が、取り乱す椎塚に話し掛けていた。
「キグニ先生、あなたも私を疑うのね!?」
「疑うだなんてそんな……」
「いいえ、あんた達共謀して私を犯罪者に仕立て上げようとしているんでしょ!そうに違いないわ!」
今の椎塚に何を言っても無駄なようだ。そんな彼女を遠巻きにして眺めている作家や編集者達がひそひそと話をしている。
「まさかあの夢ヶ森さんが死んじゃうだなんてねえ……」
「あの人、ここに居る人間の九割近くから恨みを買っていましたからねえ……」
「殺害の動機はほぼ全員にあると……」
「椎塚さんもキツい性格から敬遠されがちでしたし、真犯人に嵌められた可能性はありますよね」
とんでもない話である。つまり、この屋敷に居るほぼ全ての人間が容疑者と言う事になる。未だ嘗てこんな殺人事件があっただろうか。
ふと郷介はある事が気になって葛原に尋ねた。
「……本当に死んでいるんですか?」
「ええ。ただ外傷が何一つ無いらしいんです」
そこへ、血相を変えて宇多山がやって来た。手には携帯電話を握りしめている。この日ばかりは流石に酔っていなかった。
「け、警察へ連絡したところ、雪のせいで到着が遅れると……」
「遅れるってどのくらい」
そう尋ねる百沢に、宇多山は夕方頃になるらしいと告げた。
159魔巣食う屋敷 二日目:2010/05/27(木) 20:43:03 ID:JBy5CUpA0
「なんか、まんま誰かの小説の筋書きみたいになってきたなぁ……」
「不謹慎だよ、安彦くん」
「しかし、何か実感が湧かないと言うか……。それこそ辻彩先生、あなたの『屋敷シリーズ』みたいじゃあないですか」
「馬鹿言っちゃいけないよ。こんな容疑者だけで進行するような話なんて、むしろ東尾くんの作風だろ?」
「聞こえましたよ辻彩先生。僕だってパロディで妙な短編は書きますけどね、ここまで突拍子もないものは……」
「またまた〜www」
どうにも緊張感のない会話がそこかしこから聞こえてきた。まあそれもそうだろう。ただでさえ非日常的な状況下で、殺人などと言う非日常の極みが発生したのだ。
それは郷介も同じで、昨日話をしたばかりの相手が朝起きたら死んでいたなどと言われても、今一つ実感が湧いてこなかった。死体を見たらそうも言ってはいられないだろうが、わざわざ見に行くつもりもなかった。
「遺稿探しは中止ですな」
「警察が来るまで大人しくしていましょう」
ぞろぞろと客間を後にする人々に従い、郷介もまた立ち去ろうとした。が。
(あれ、そう言えば……)
この場にハム子達の姿がない事に気が付いた。彼女達が居ないと言う事は、ひょっとして……。
郷介はポケットから屋敷の見取り図を取り出すと、そのまま廊下を駆け出していった。
160魔巣食う屋敷 二日目:2010/05/27(木) 20:48:24 ID:JBy5CUpA0
廊下を進みながら、郷介はふと思った。
おかしい。この屋敷はやはりおかしい。
見取り図に目を落とす。広大な屋敷内には、中央ホールの周囲を取り囲むように大小様々な部屋が散らばり、それらを毛細血管の如く無数の廊下が繋いでいる。
しかし見取り図を見る限り、やけに内周にデッドスペースが目立つ。設計ミスとも思えない。
そして郷介が最も気になった点、それは。
書庫が無いのである。
九里虫太郎は書痴で有名だった人物だ。生前、まだこの屋敷に引っ越す前に雑誌の取材を受け、自慢の書庫を披露していた事がある。そんな彼の大事な財産が何処にも見当たらないのだ。
この屋敷に集った人々もその点に気付いているからこそ、隠し部屋と言う発想に至ったのだろう。と言う事は。
(ひょっとして……夢ヶ森先生を殺した何者かは、隠し通路を?)
郷介は足を止めて暫し考え込んだ。のぞみの客間に戻って調べてみるべきだろうか。否、もう既に誰かが調べた後かもしれない。やはりこのままハム子達と合流すべきか……。
「あれ、郷介さん?」
そこへ郷介を呼ぶ声が。見ると彼の探していたハム子その人だった。
「ハム子ちゃん……」
「どうしたんです?」
まず郷介は、のぞみが殺害された件について尋ねてみた。案の定ハム子達も知っていると言う。
「Take it easy!その件については私達に任せて下さい。そのために呼ばれてきたんですから」
「と言う事はやっぱり……魔化魍の仕業?」
魔化魍と言う単語を聞いて、ハム子の表情が変わった。
「え、何処でそれを……」
「ああ……」
彼女の表情とその一言で、郷介は全て理解した。やはりキタローは自分に会った事以外――即ち、郷介が猛士と魔化魍について知ってしまった件に関しては伏せていたようだ。
郷介は屋久島での一件を彼女に話した。どうせいつかは分かる事だろうと、関東に戻ってからも二度遭遇した事についても喋った。話を聞き終えた彼女は、文字通り絶句していた。
「隠すつもりはなかったんだけど……」
「……分かっているのなら話は早いです。郷介さんはなるべく他の人と一緒にいて下さい」
ハム子は「全て片付いたらお知らせします」と言うと、そそくさと立ち去っていった。郷介はそんな彼女の小さな背中を、廊下を曲がって見えなくなるまでずっと見つめていた。
161魔巣食う屋敷 二日目:2010/05/27(木) 20:53:49 ID:JBy5CUpA0
郷介自身不思議でたまらないのだが、何故か彼はのぞみの客室へと戻ってきていた。
否、「何故か」と言う表現はおかしい。彼自身、それが隠し部屋を探すためだと言う事は気付いていた。だが、魔化魍の存在が明らかになっておきながら、それでもそんな事をしようとする今の心境は不思議と言えば不思議だ。
良く言えば好奇心旺盛、悪く言えば無謀と言う事になる。
彼の目の前には、シーツを被せられ横たわるのぞみの亡骸があった。無言で合掌すると、部屋の中を物色し始める。
椎塚が聞いたと言う大きな音、それは隠し扉が開いた音だったのかもしれない。だとするとのぞみは何らかの方法で扉を開けた事になる。
(知っていて開けたのだろうか?)
もしそうでないとすれば、偶然何かを操作して扉を開けた事になる。では彼女は一体何をしたと言うのだろう。
部屋の中をざっと見回す。この部屋は郷介に割り当てられた客室と、細部の調度に至るまで全てがそっくり同じだった。他の客室も全てこうなのかもしれない。
「無いなぁ……」
ふと、部屋の隅に置かれた本棚が目に留まった。本棚自体は郷介の客室にある物と全く同じなのだが、収められている本が異なっていた。事典や周辺地域のガイドブックの中に、一冊だけ古い本が紛れ込んでいる。
郷介は本棚に近付くと、何気なくその本を手にとってみた。洋書だ。表紙はぼろぼろに擦り切れ、手垢で汚れている。タイトルは「The Third Bullet & other stories」。少しだけ中を捲って見ると、郷介は元の位置へと戻した。
と、物凄い音を立てて壁の一角がスライドしたではないか!
「……こんな単純な仕掛けだったのか」
ぽっかりと開いた真っ暗な空間の中を、おそるおそる覗き込んでみる。入り口のすぐ脇に、懐中電灯が用意してあった。
嫌な予感がする――。
だが郷介は、胸の高鳴りを抑えつつ懐中電灯片手に真っ暗な中を進んでいった。好奇心には勝てなかったのだ。
162魔巣食う屋敷 二日目:2010/05/27(木) 21:02:59 ID:JBy5CUpA0
長い長い通路を黙々と歩いていく。と、僅かに明かりが漏れている箇所を見つけた。近寄ってよく見てみると、扉のようだった。手を掛け、ゆっくりと押し開ける。
「あ」
思わず郷介は声を漏らしてしまった。そこには、天井まで届く大きな本棚が両側の壁一面に所狭しと並べられていた。九里虫太郎自慢の書庫だ。
郷介が入ってきた扉の脇には空調制御装置の操作パネルが備え付けられてあった。液晶に室温や湿度が細かく表示されている。どうやらこの隠し部屋内は自動で常に一定の温度、湿度に保たれているようだ。
棚には、古今東西の書籍がびっしりと収められていた。それらを眺めながら、注意深く部屋の奥へと進んでいく。ひょっとしたら遺稿もここにあるのかもしれない。
その時、何かの音が聞こえた。誰かの気配もする。郷介は足音を立てぬよう気を配りながら、音と気配のする方へと近付いていった。
現場に到着して、郷介は息を呑んだ。
そこには――九里虫太郎の蔵書が見るも無残に散乱した一角にはハム子とリン、例の中年男性、そして魔化魍の姿があった。
魔化魍は、牛ぐらいはある大きな紙魚の姿をしていた。威嚇のつもりか、頭部から生えた黒くて長い無数の触角を忙しなく動かしている。まるで髪を振り乱し荒れ狂う鬼女のようだ。
「予想通りフグルマでしたね」
手元の手帳を眺めつつ、ハム子が傍らに立つ中年男性に向けてそう言った。
フグルマとは文車妖妃の名で伝わる妖怪だ。巷間では手紙(主に女性の恋文)に宿った執念が実体化したものであると語られている。
「珍しいものが湧いたもんだ……」
低いテンションで男性が呟いた。
フグルマは童子と姫を必要としない稀種であり、しかも屋内に発生するタイプの魔化魍なのだ。
男性は、二人より一歩前に出てフグルマと対峙するリンに向かって「一分だ」と告げた。
「それ以上掛かったら今度は丸刈りかモヒカンのどっちかだな」
「ええ〜!?」
「さっさとやれ」
そう言うと男性は腕時計に目を落とした。しぶしぶリンが左腕の袖を捲くる。
そこには、郷介にも見覚えのある物――変身鬼弦が巻かれてあった。鬼は彼だったのだ。
163魔巣食う屋敷 二日目:2010/05/27(木) 21:13:01 ID:JBy5CUpA0
リンが変身鬼弦を弾いた。乾いた音が周囲に鳴り響く。次いで、彼の全身が燐光に包まれた。
「とうっ!」
掛け声と共に光を振り払い、彼は燐鬼(リンキ)へと変身を遂げた。角と隈取が薄明かりの中で蛍火のように淡い光を放っている。
燐鬼が手にした専用ケースの中から、音撃弦・降魔を取り出し構えた。軽く息を吐き、魔化魍との間合いを一気に詰める。
フグルマが伸ばしてきた無数の触角を「降魔」で薙ぎ払っていく燐鬼。そんな彼の一瞬の隙を衝いて「降魔」に触角が絡みついた。そのまま「降魔」ごと彼の体を引き寄せ、巨体で押し潰そうとするフグルマ。
「リン、お前の野生を見せてみろ」
腕時計から目を離す事なく、男性が言った。
その言葉を聞くや否や、燐鬼は「降魔」から手を放し、大きく口を開けるとフグルマの足の一本に噛み付いた。突然の事に暴れだすフグルマ。その巨体が本棚にぶち当たる度に、収められた蔵書がどさどさと落ちていく。
噛み付いたままの燐鬼は、そのまま体を高速で回転させると、フグルマの足を噛み千切った。これぞ鬼闘術・牙風車。体液が傍観する郷介のすぐ近くにまで飛び散った。
足を千切られてフグルマが体勢を崩した。それを見るや燐鬼は「降魔」を奪い返すと、音撃震・白刃を装着し、その名の通り白く煌く刃を展開させた。そしてフグルマの体に勢いよく突き刺す。
「音撃斬・見敵必殺!」
右手親指のピック状の爪を巧みに使い、清めの音を奏でていく。僅か数秒の演奏の後、フグルマの体は粉微塵に消し飛んだ。
「……五十八秒。まあこんなもんか」
腕時計から目を離し、淡々と男性が告げた。いつの間にか顔の変身を解除したリンに、ハム子が労いの言葉を掛ける。
と、ふいに男性が「もう出てきていいぞ」と言った。何の事か分からずきょとんとするハム子とリン。そんな彼等の前に、本棚の陰から気まずそうな顔をした郷介が出てきた。
「郷介さん!?」
「ごめん、来ちゃった……」
「こいつか、お前が言っていた古い知り合いってのは……?」
そう言うと男性は、郷介に詰め寄りドスの利いた声で話し始めた。
「いいか、お前には選ぶ権利がある。一つは今ここで見た事を全て忘れる。もう一つは……」
「あの、実は……」
ハム子が男性に向かって説明を始めた。それを聞いて男性の表情があからさまに変わる。
164魔巣食う屋敷 二日目:2010/05/27(木) 21:18:29 ID:JBy5CUpA0
「何だと?じゃあこれで四回目か?」
男性はリンとハム子の傍まで戻ると、何やらひそひそと話し始めた。何を話しているのか郷介にはよく分からなかったが、「グレーゾーン」と言う単語だけは聞き取る事が出来た。
三人の話し合いが終わったのを確認すると、郷介は疑問に思っていた事を尋ねた。
「あの、夢ヶ森先生を殺したのはさっきの魔化魍だったんですか?」
「まあ間接的な原因ではあるだろうな」
「え?」
どういう意味か分からないでいる郷介に男性が説明する。
「あのフグルマってのはな、魔化魍の中でもとりわけ特殊で……人は食わないんだ」
「じゃあ何を……?」
本です、とハム子が答えた。
「あれは書物を食べて成長する魔化魍なんです」
特殊な条件下で発生する魔化魍なのだが、偶々この隠し部屋内の環境がその条件と合致し発生したのだろうとハム子は述べた。
「じゃあ夢ヶ森先生は……」
「推測ですが、あの人は偶々隠し通路を見つけて中に入り、そして……」
この隠し部屋まで辿り着き、魔化魍と鉢合わせしてしまったのだろうとハム子が言った。
「で、自室に戻って扉を閉めた後……」
発作でも起こしてそのまま死んでしまったのではないか――それがハム子の見解である。
とりあえずのぞみの件はそれで納得しておくとして、次に郷介は九里虫太郎の遺稿について尋ねてみた。しかし誰も知らないと言う。
「それこそフグルマが食べちまったのかもな」
興味なさげに男性がそう口にした。
「あんたら全員その遺稿ってのを探しに、わざわざ北陸くんだりまでやって来たんだろ?ご苦労なこった」
男性は少し考え込むと、続けてこう言った。
「そうだな……みんな悪夢だったんだよ。この悪夢のように歪んだ屋敷で、故人が残した悪夢の欠片に囚われ、悪夢のように非現実的な数日を過ごした……。それでも、目ぇ覚ませばお終いだ」
「お師様……何が言いたいのかよく分かりません」
「フィーリングだ、馬鹿野郎」と男性がリンを小突いた。早い話が遺稿はもう諦めろと言いたいらしい。
「あと最後に一つ。狂獄先生とは一体どういう関係なんです?」
郷介のその問いに、誰も黙して語ろうとはしなかった。
165魔巣食う屋敷 二日目:2010/05/27(木) 21:31:22 ID:JBy5CUpA0
一行は隠し通路を通り、郷介が入ってきたのとは別の扉から外へと出た。どうも各部屋に何らかの形で隠し通路を開く仕掛けが用意されているらしい。
その後、宇多山の言った通り、夕刻には警察がやって来た。
屋敷に居た全員は軽く事情聴取を受け、その場で解散となった。屋敷が全面的に立ち入り禁止となり、滞在を続ける事が出来なくなったからだ。
後日分かった事だが、のぞみはパニック障害持ちだったらしい。
ハム子の予想通り、魔化魍から逃げて自室に戻った際に過呼吸の発作が起こり、そのまま帰らぬ人となったと言うのが真相だろう。
こうして、郷介の短いながらも物凄く濃い旅は終わった。
166魔巣食う屋敷 二日目:2010/05/27(木) 21:39:12 ID:JBy5CUpA0
とある路地裏にある小ぢんまりとしたビルディングの一室で、応接セットに向かい合い二人の男が座っていた。一人はあの髭面の中年男性、もう一人は小説家の狂獄冬彦だった。
「あんたが予想した通り、フグルマだった」
そう言うと男性は、短くなった煙草を灰皿に押しあてた。
「よく分かったな、フグルマだって」
「昔、祖父の資料を目にした事があったので」
その一言に男性は納得したようだ。
「あんたの爺さんなら、少し前に総本部で会ったぜ。相変わらず辛気臭い面してたな」
あんたもよく似てると男性が言った。それを聞いて狂獄が苦笑した――ように見えた。カラスマスクで口元が隠れているため、上手く表情を読み取れない。
「祖父は何か言っていましたか?」
「あんたの事は何も。言ってたのは今の状況についてだ」
「状況……とは?」
「元々今年はおかしな事続きだったのが、九月を境に傍目にも分かるぐらい酷い事になったと言っていた」
「関東で明らかに手を加えられた魔化魍が出てきた件ですね」
新しい煙草に火を点けながら、「詳しいな」と男性が言った。
「この間の会議で支部長が仕入れてきた話によると、あからさまに呪具を混ぜた個体が次々と現れるようになったそうだ」
男性の「似たような事例を知っている」と言う言葉に、狂獄が興味を示した。
「六年前、欧羅巴で機械化された屍食鬼を見た。……二ヶ月程前に、その時知り合った向こうの組織の奴が来日していたんだが、そいつもこちらの現状が気になっているようだった」
あの様子だと再来日するかもしれないなと男性は言った。
167魔巣食う屋敷 二日目:2010/05/27(木) 21:44:23 ID:JBy5CUpA0
「あと因果関係は不明だが、各地の鬼の様子がおかしくなってきているらしい。不必要に喋らなかった奴が無駄に饒舌になったり、極端に死を恐れるようになったり、魔化魍のサイクルについて理解出来なくなったり……」
「当てられたか……」
狂獄がぼそりと呟いた。
「……しかしあんたの爺さんも面白い喩えを出してきたもんだ。『純文学を読んでいたら、途中の頁からいきなり漫画(作・ゆでたまご)に変わったぐらいの衝撃だった』とか」
「はは……笑い事じゃあないんでしょうけどね」
「笑い事じゃあないな。先月はやっぱり関東に伝説のコダマの森が発生したそうだ。……嫌な予感がするぜ。三十年前とは違ったヤバさを感じる」
暫く東京には戻らない方がいいと男性は忠告した。しかし狂獄は静かに首を振ると。
「すぐ近くで見届けたいんです。小説のネタとかそういうのは一切抜きで。性分ですかね」
「やっぱりあんたも変わりもんだ」
そう言うと男性は笑った。狂獄冬彦と言う筆名の男も、釣られて一緒に笑った。
その頃、奥の部屋ではハム子が何やら箱を眺めていた。それは何かとリンが尋ねる。
「うん、実はね……」
悪そうな笑みを浮かべると、ハム子は箱の蓋を取った。中には大量の原稿用紙が収められていた。
「小遣い稼ぎになるかな〜って、こっそり持ってきちゃった」
原稿用紙の一枚目には「カボス〜華麗なる没落のススメ〜」と言うタイトルが書かれてあった。これこそ九里虫太郎、幻の遺稿であった……。 了
168名無しより愛をこめて:2010/05/27(木) 23:16:42 ID:7OzUqQID0
投下乙でした。

一日目で、北陸、色褪せた赤い鉢巻ときて、これはおそらく「彼」だと思い、
二日目で見覚えのある(名前の)音撃弦、音撃震が出てきて確信しました。
「彼」が「あの人」の孫と2005年の猛士まわりについて語っているところは、
本編の出来事を思い出しながら読ませていただきました。
169鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/06/02(水) 21:32:53 ID:9Wi7TezqO
 2010年5月、広島県廿日市市の「海の見える杜美術館」所蔵文書の中から、明治天皇が江戸を東京として定めた「東京奠都(てんと)の詔(みことのり)」の草案が発見された。これは、当時の記録が少ない現代において、詔の作成過程がわかる第一級史料とされた。
 詔の宣布は1868年、明治元年。中央からの東征が行き届かぬまま数千年が経過していた東日本を治めるため、江戸を東の京と称し、この国の新たな拠点とするものだった。日本はこの時からそれまでの幕藩体制を脱し、本格的に一つの国家として動き出した。
170鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/06/02(水) 21:37:28 ID:9Wi7TezqO


『彷徨う邪念』


 三種の神器を探し求め、洋館の男女は日本上空を浮遊していた。夜空の高みを漂う男女は、闇の中に浮かびあがり日本列島の太平洋岸のかたちを示す、膨大な光点の集まりを眺めていた。その光のひとつひとつが、地上を照らす街の灯りだった。
 二人の遥か下方には、黒く太平洋の海面が広がっていた。彼らの眼下前方には、右手から、東京湾、相模灘、相模湾、駿河湾、遠州灘と、徐々に南西へと湾曲しながら海岸線が続いていく。洋館の男女は無数の灯りを眺めながら、太平洋岸を南下していった。
『どこにいる、現代のツクヨミ』
 嗜虐的な笑みを浮かべながら、男は彼方の地上に向けて声を投げかけた。

 各地に残る鬼と魔化魍との戦闘記録を洋館の男女は調べ続けていた。戦闘現場に残る人々の残留思念を読み取り、彼らは三種の神器を手にする存在を捜し回っていた。

 古来、日本の中核として京の都が存在していた。現在の京都府中心部である。
 これに対し、東の京として新たに東京が造られた。現在の東京都中心部にあたる。
 これら二つの京を横断する帯状の地域は「東海道メガロポリス」と呼ばれ、そこには、日本列島の太平洋岸に連なる一大都市群が形成されていた。
 二つの京の中間は中京と呼ばれ、ここに猛士東海支部が設置されていた。かつて、列島の関東と関西の間の幅広い地域を管轄とする猛士中部支部が存在し、日本海側の地域を管轄とした「北陸支部」が独立してからは、中部支部は「東海支部」と改称された。
171鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/06/02(水) 21:40:25 ID:9Wi7TezqO
 洋館の男女は人々の残留思念を読み集め、現在彼らが注視している猛士東海支部の成り立ちについて知った。
『人間の考えはややこしいね』
 比較的新しい思念を読んでも、猛士の人員はいまだに改称後の支部名に慣れることができず、中部支部という呼び方を多用していた。
『中部支部と東海支部は、同義のものとして認識する必要があるらしい』

 スサノオ、ツクヨミ――そしてアマテラス。
 日本に鬼が現れる以前に、彼らは鬼を思わせる力を持っていたと伝承は伝えている。
 彼ら三柱の神は鬼の源流と言われ、「三貴神」あるいは「三鬼神」と呼ばれていた。洋館の男女が吉野付近でかすかに読み取ることができた、古い、古い残留思念から知り得たことがらである。

 彼らは現代の三鬼神が存在するなら、その各々の手に三種の神器が出現するものと信じていた。理由は、その後さまざまな時代に現れた三鬼神の生まれ変わりと思われる者たちが、神器と呼ばれる武具や宝物を手にすることが多かったためである。
 三鬼神も三種の神器も、残留思念の情報を除けば、その存在を裏付ける確かな物はない。しかし存在の有無は問題ではなかった。彼らは今、三種の神器の持つ「力」を必要としていた。
 ツクヨミに関する手掛りは何もない。常に彼らは思いつきで実験を繰り返し、試みを重ねてきた。今回もそうした思いつきの一つとして、猛士関係者の残留思念を手掛りとして「月」に関係する人物を捜してみようと考えた。
 ――すると、気づいた。鬼の名前には「月(ツキ)」を含むものが多いということに。
172鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/06/02(水) 21:44:48 ID:9Wi7TezqO
 人々の残留思念によると、かつて、猛士北海道支部にはイテツキ、シモツキといった名前の鬼たちがいた。また、九州支部にはタツキという名の鬼がいた。鬼の名はすべて「キ」で終わるため、こうした名前は数多く存在していた。
 彼らは更に対象を絞った。例えば東北支部が輩出したアカツキという鬼は、漢字では「暁鬼」と表す。これには「月」の文字が入っていない。同じ「ツキ」という読みを含む鬼の中にも、月の文字が入るものと入らないものがいる。入らないものは除外した。

 猛士に関わる人々の思念に強く残る、名前に「月」の字を含む鬼を、洋館の男女は次々と調査していった。
 1950年代、関西支部にはモチヅキという名の鬼がいた。
 1970年代、九州支部にはヤミツキ、沖縄支部にはムカツキという名の鬼がいた。
 1990年代、中部支部にはミカヅキという鬼がいた。
 洋館の男女は、鬼にも「流派」というものがあり、同門の鬼には同じ系統の名をつける傾向があることを知った。
 猛士総本部には、鬼の名に「力(リキ)」の字を含む流派があった。
 四国支部には「鳴」の字を鬼の名に使う一派がいた。
 中国支部には花の名前を名付けた鬼が数多く存在していた。
 そして、中部支部には「月」の名を持つ鬼が数多く在籍してきたことに気づいた。ミカヅキ、ミチヅキ、ナカツキ、キサラキ――洋館の男女は猛士中部支部に所属する、この一派に目をつけた。
173鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/06/02(水) 21:48:59 ID:9Wi7TezqO
 遠州灘の海岸線に沿って夜空を西へ移動していた洋館の男女は、その南西に広がる熊野灘にさしかかる手前で夜間飛行をとめた。伊良湖水道の上空で北に向き直ると、そこから内陸部に入り込む、伊勢湾、三河湾が見えた。
 黒い水面の向こうには、中京の街灯りがひしめいていた。この無数の光点の中に、猛士中部支部や、その関係者の灯す明りもあるかもしれない。

 ――1990年代前半、三重の山中で、猛士の者が「月」をその名に含む鬼について語っていた。
「ミカヅキは、まあ俗に言うキザなやつなんだけど根は良いやつでさ」
 少年に向けてそう話している男もまた鬼だった。

 ――2006年の年明け、オロチ決戦のため他支部から関東に駆けつけた数十の鬼の中に、ミカヅキという男がいた。
「行くぞ、ミカヅキ」
 そう声をかけられ、関東上空を飛行する輸送ヘリの中で、彼は変身鬼弦に手をかけた。

 ――2006年の夏、蝉時雨が響く高台の墓地に、カバーに入れた音撃弦を背負う一人の青年がいた。
「……僕も呑めるようになったよ。……今日は、一緒に呑もう。……乾杯、兄さん」
 ミカヅキは、ポケット瓶を手に、墓石に語りかけた。彼は「ミチヅキ」という名の兄を亡くしていた。
174鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/06/02(水) 21:52:44 ID:9Wi7TezqO
 1990年代前半には20歳になるならずの若手だったこの「ミカヅキ」という鬼は、オロチ決戦当時には30代に突入した中堅の鬼となり、現在も鬼を続けていれば、30代の後半に差し掛かっていることになる。現役ならばすでにベテランの域である。
 洋館の男女はこの鬼とその一派に興味を持った。
『いるかもしれないわね。同門の鬼の中に、現代のツクヨミが。もしかしたらこの鬼がそうかも』
 和装の女がうっとりと呟く。
『そして現代のツクヨミが手にした依り代にきっと――三種の神器の力が宿る』
 和装の男がにーっと口の端を釣り上げながら言う。
『それを僕たちのものにするんだ』
『今度の私たちの遊び場は、ここでいいの?』
『うん。しばらくここで鬼に遊んでもらおう』
 男は伊勢湾上空に進み出て、眼下を見回し言った。
『そうしたら、そのうち“八尺瓊勾玉”が見つかるかもしれない』
 三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉。それは、鉤状の突起を有した玉が、紐で連なり装身具のような形状をしたものと伝えられている。
『楽しみね』
 遠い街灯りが二人の白い喉元や下顔を照らし、闇の中に浮かび上がらせていた。

 彼らがこの一帯を新たな「遊び場」として選んだ理由は、「月」の名を持つ鬼が多いということがまず一つ。そしてもう一つ、この地が神器に縁(ゆかり)が深いということにあった。
 この地は、歴史上有名な神器の使い手であるヤマトタケルが東征した経路にあたり、神器に関する説話が残されている。また、この近辺の神社には、過去に依り代となった神器の実物が、神体として安置されていると言われている。
175鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/06/02(水) 21:57:35 ID:9Wi7TezqO
 ヤマトタケルが、三種の神器の一つ「天叢雲剣」を携えた東征の途中、野原に火を放たれた時に、天叢雲剣で周囲の草を薙いで難を逃れたことから、この剣は別名「草薙剣」と呼ばれるようになった。
 この説話の生まれた地が、静岡の草薙である。ここにはヤマトタケルを祀る草薙神社が建てられている。
 天叢雲剣は愛知の熱田神宮に神体として安置され、また同じく三種の神器の一つ「八咫鏡」は三重の伊勢神宮に安置されている。残る一つの神器、八尺瓊勾玉のみが、ここからはるか東にある皇居に安置されている。
 神器の実物は、これまでの日本の歴史の中で、紛失や盗難などにより所在不明になっているという説もある。だが、それは問題ではなかった。彼らが欲しているのは過去に使われた器ではなく、器に宿る「力」そのものだった。
『さて、どうしたものか』
 伊勢湾上空に進み出て、洋館の男は呟いた。何から手をつければよいのか。
 八尺瓊勾玉にも、他の神器のように、縁ある神社などがあれば――
『おや』
 眼下の黒い海面を見下ろしながら、男は言った。
『ついてきて』
 洋館の女にそう告げると、男は夜空をゆっくりと上昇しはじめた。女もそれに続いて闇の中を上へ上へと進んでいく。
 しばらくして上昇をとめ、夜空のただ中で静止した男が、追いついてきた女に言った。
『ごらん、“八尺瓊勾玉”が見えるよ』
176鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/06/02(水) 22:01:03 ID:9Wi7TezqO
 男は遥か下方の海面を見下ろしながら、ぞっとするような笑みを顔中に広げた。
 女も海面を見て、やがて男の考えがわかると、ゆっくりと微笑んだ。
 二人の真下には、街灯りが連なる光の渦に囲まれた伊勢湾があった。その黒い円の東側に、黒く鉤状に伸びる三河湾があった。彼らの目には、街灯りに囲まれたこれら二つの湾が構成する黒い海面が、そのかたちに見えたのだった。


『彷徨う邪念』 了


177名無しより愛をこめて:2010/06/03(木) 22:13:15 ID:8LAjDnSPO
自分のブログで、ディケイドの響鬼編を原案に捉えた最終回IFを書いてみたんですが………


素戔嗚響鬼なんてのを出してしまいました
178鬼ストーリー年表:2010/06/04(金) 02:38:33 ID:MkOVECBw0

・西暦2010年

 洋館の男女、東海に出現する

179名無しより愛をこめて:2010/06/04(金) 19:49:33 ID:SUHr+dEu0
乙です。
改行の仕方が読みやすくて、話に入り込みやすいですね。読み入ってしまいました。
続き楽しみにしています
180ウルトラマンエース年表:2010/06/12(土) 17:01:50 ID:eWYrb2dj0

・西暦1972年

 九里虫太郎、同窓会を開催する

181名無しより愛をこめて:2010/06/12(土) 22:07:31 ID:Ll+HGnMf0
出た出たキチガイド腐れマンコばばあの敗北宣言w 連敗記録更新中w
答えられず完全敗北、負け犬街道まっしぐらw
俺が答えてもおまえは答えたことはない卑怯者w
オウム返ししかできねえ痴呆症w
自信がないから他人に関係なく自分のことは証明することはできず
全部大ウソだと自己証明w ウソつくんじゃねえぞw
親や学校から言われなかったのかよ、この落ちこぼれw
平日の昼間に家事も仕事もしないで絶叫電波レス、触れられねえでやんの
認めやがった、答えられず働いてねえ寄生虫のゴクツブシだと認めやがったw
働けや、無駄飯食いwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ただ飯がうまいのかよおwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
45歳無職や警察や正直者のお姉さまの証明もできずに大ウソ自己証明wwwwwwwwwwww
他人には証明しろとほざくご都合主義者w
すりかえでおまえが先に証明しろがてめえの十八番だけどなw
なりすまししてるんじゃねえぞ、卑怯者wなにが正直者のお姉さまだw
できねえ無責任ばばあだけどなwできる人間なら他人の稼ぎのただめし食えないしww
恥ずかしくてw働けや寄生虫のゴクツブシwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
↓この後速攻で家事もしないでここ監視してるキチガイばばあがケツまくり敗北宣言
182名無しより愛をこめて:2010/06/15(火) 00:57:58 ID:VDPdC2RpO
誤爆?
183名無しより愛をこめて:2010/06/16(水) 11:48:43 ID:LQNlAJrR0
久々に来たら更新があって嬉しかったです
鉢巻の彼の娘がでてくるといいなぁ(次女が)
184名無しより愛をこめて:2010/06/24(木) 00:09:10 ID:B7No2y2iO
>>177のをちょっと見てきました。
書き込みがあった日にググっても出てきませんでしたが、今日ヤフったらトップで出てきました。
まだちらっとしか見ていませんが、こちらでも八咫鏡が出ていました。
原作の延長線上にはないIF(パラレル)な話のようですが、こういうのもありだと思います。
185贈る謝辞:2010/06/28(月) 21:49:48 ID:EHTxhAC50
年が明けてから暫く経ったある日の午後、呼び出しを受けて出版社を訪れた作家の遠藤郷介は、担当編集の葛原に全力でぶん殴られ、小さな応接室の床を鼻血で赤く染め上げた。
原因は郷介の著書「降り注ぐ水底」の文庫である。
話題のうちにとの編集長判断で、北陸から帰ってすぐ突貫作業で文庫化が進められ、年明け早々に出版されたこの「降り注ぐ水底」であるが、全く売れていないらしいのだ。
あの毒舌書評家・夢ヶ森めぐみに三文小説呼ばわりされただけあって、実際大した事はないのだ。ただ「まるで見てきたかのように」描写がリアルだったと言うだけの事である。
それに対し珍しく「出版社側の宣伝不足なのでは?」と抗議した郷介であったが、「口答え無用」と葛原に鞭で引っ叩かれてしまった。比喩でも何でもなく、本当に鞭である。友人の女王様から借りてきたのだと言う。
更に葛原は、同時期に出版された狂獄冬彦の新刊を引き合いに出して、郷介を徹底的に罵倒し続けた。これには流石の郷介も堪忍袋の尾が切れた。
「葛原さん、さっきから黙っていれば……!」
「狂獄先生のお年を御存知ですか?」
「へ?」
急な質問に郷介は肩透かしを喰らってしまった。
「あの方は年齢非公表なのですが、ここだけの話、遠藤さんとそう年は変わりません」
「!?」
「遠藤さんより年下かも……」
狂獄はあまり書き手のいなかった妖怪小説と言うジャンルで傑作を次々と発表し、またデビューも早かったため、妖怪小説の大家と呼ばれている。ただでさえ独特の雰囲気もあって、郷介は自分より年上だと思っていたのだが……。
(年下……!?)
「遠藤さんの方が人生の先輩なのに、この差は一体何なんでしょうね」
葛原のその一言に、郷介のファイトは完全に削がれてしまった。
186贈る謝辞:2010/06/28(月) 21:55:06 ID:EHTxhAC50
制裁が終わり、重い足取りで帰路へ着く郷介。いつの間にか日は暮れて夜になっている。
自宅の近くまで戻った時、郷介は気晴らしに酒でも飲むべくコンビニへと立ち寄った。いつもの缶ビールを購入してレジへと向かう途中、スポーツ新聞の見出しが目に留まった。
目を惹く派手な色で「都内に怪物現る!?」と書かれてあった。
昨年末から各地で目撃情報が上がり、実際に襲われたと言う人まで現れた。正月三日を過ぎた辺りから件数は鰻上りとなり、自治体によっては集団下校や夜間の外出禁止令まで出ている程だ。
良識のある者は「口裂け女の再来だ」と一笑に付した。だが郷介は知っている。それが魔化魍と呼ばれる人類の天敵である事を。そして日夜それらと戦う、頼れるヒーロー達がいる事を。
ビニール袋を手に、コンビニを出た郷介は夜空を見上げた。今宵は朧月夜だ。何か……いかにも出そうな夜である。
疑心暗鬼を生ずると言う言葉もある。郷介は我が家に向かって、野良猫一匹通らない夜道を足早に進んでいった。
その日の夕食後、郷介はくつろぐみちろうに向かい、こう告げた。
「今度墓参りに行くか」
「だれの?」
「お前のかーちゃんだ」
郷介の姉である霧子の墓参りに行くと言う事は、即ち義理の兄――みちろうの本当のとーちゃんの墓参りにも行くと言う事だが、あえて郷介はその事には触れなかった。
あの日、「たちばな」で安達明日夢の相談を受けている時、ふと頭をもたげた不安が今でも胸に残っているせいだ。
「とうとつだな」
「悪いか?」
「べつに。……でもさ、さいきんぶっそうだってニュースでいってたぜ?」
「大丈夫さ。だって俺達にはヒーローがいるんだから」
「あのおっちゃんたちだな!」
納得したみちろうが満面の笑みを見せた。
日取りは次の日曜日、一月十五日に決まった。
187贈る謝辞:2010/06/28(月) 22:00:50 ID:EHTxhAC50
「遠藤さん、おはようっス!」
「ケンヂくん、どうしたの……?」
家を出た郷介とみちろうは、お隣に住む大槻健児とばったり出会った。ケンヂは野球のユニフォームを着て、手には金属バットを持っていた。
「とうとう音楽の道を諦めたか……」
「違いますよ。ほら、最近物騒でしょ?だから近所に住む同年代の奴等と自警団を作ったんスよ」
「自警団?」
これからメンバーと合流して町内のパトロールに行くのだと言う。
「じゃあそのユニフォームは?」
「普通のカッコで金属バットなんか持って町を練り歩いていたら、補導されるに決まってるじゃないスか」
だからわざわざお古のユニフォームを調達してきたのだと、ケンヂは自慢げに告げた。
「なあ、ケンヂくん……」
「分かってますよ。あの怪物ども相手にバットなんかで勝てる筈がない……。でも、知ってて何もやらないでいるのって、何かこう座りが悪いんスよね」
これから出掛けるのかと尋ねられ、郷介は墓参りだと答えた。
ケンヂと別れ、郷介とみちろうは、霧子とその夫が眠る霊園へと向かっていった。
188贈る謝辞:2010/06/28(月) 22:08:25 ID:EHTxhAC50
滞りなく墓参りを終えた二人は、霊園の出入り口へとゆっくり歩いていった。
からっと晴れた冬の日の午後だった。だが敷地内には郷介達以外誰も居ない。怪物を恐れての事だろう。
「なあ、みちろう」
「うん?」
「……何でもない」
「いえよ、きになるなあ」
「……」
郷介は、ちゃんと自分が父親をしているのか、そうみちろうに尋ねたかった。
だが止めた。いい歳してみっともない話だが、返事を聞くのが怖かったのだ。
霊園を出て暫く進んだところで、街灯にもたれ掛かる一人の中年男性の姿が見えた。こんな真っ昼間から酔っ払いだろうか。だが少しずつ近付くにつれ、様子がおかしい事に気が付いた。
「!?」
郷介が声にならない声を上げた。その中年男性は、腹を食い破られて絶命していたのだ。
生温かい風が吹いた――ような気がした。そして獣の唸り声も……。
胸の鼓動が激しくなった。振り向いてはいけないと本能が告げる。自然とみちろうを抱き寄せる郷介。
鋭い爪の生えた手が、背後から郷介の横顔に触れようとした。
その時、爆音を上げて一台のバイクが突っ込んできた。バイクは郷介の背後に立っていた化け物を弾き飛ばすと、転倒して激しく火花を散らしながら滑っていった。
猫の姿をした魔化魍――バケネコが起き上がり「フゥゥ」と唸り声を上げた。
(うっわ〜、高そうなバイク……)
先程まで命の危険に晒されていたにも関わらず、郷介は路上に転がり空しく車輪を回す赤い車体を見てそんな感想を抱いた。確かドゥカティと言う伊太利亜製のレース用マシンだ。
ところでこのバイクに乗っていた誰かはどうしたのだろう。きょろきょろと周囲を見回すも、自分達二人とバケネコ以外、何処にも人影は無かった。
189贈る謝辞:2010/06/28(月) 22:15:12 ID:EHTxhAC50
と、バケネコが少し離れた位置にある電柱を仰ぎ見た。釣られて郷介とみちろうもそちらに視線を向ける。
電柱の天辺から、太陽を背にした一人の異形が腕組みしたままこちらを見下ろしていた。
異形は一声高く吼えると、電柱から飛び降りた。しきりに威嚇を続けていたバケネコも、迎え撃つべく跳び上がる。
空中戦が始まった。
呆然とその様子を見上げる郷介がふと漏らす。
「狼……?」
最初は彼等――鬼と呼ばれる戦士達かと思った。だがそのシルエットは、どう見ても獣――狼のそれであった。
狼は、バケネコの爪による攻撃を巧みに捌いていく。そして一瞬の隙を衝き、その顎を蹴り上げた。体勢を大きく崩したバケネコの胸板に、狼がベルトからバックルを取り外して貼り付ける。
(あれは……!?)
郷介は、それがフブキやヒビキの使っていた音撃鼓と同じ物であると一目で分かった。事実、貼り付けられたバックルは大きく展開し、バケネコの上半身を覆いつくした。
狼が腰に付けていた二本の撥――音撃棒を両手に構える。そして。
「国士無双の型!やああ!」
速く、力強く太鼓を打ち鳴らしていく。爆発。降りしきる塵の中、狼は郷介達の方に向き直ると、警戒を解くべく顔の変身を解除した。
そこには白人男性の顔があった。
「大丈夫ですか?」
流暢な日本語でそう話し掛けてくる。
「あ、俺もこいつも大丈夫です。助かりました。あの……」
「あ、バイクなら心配しないで下さい」
「いえ、そうじゃなくて……猛士の方ですよね?」
そう尋ねられた白人男性は、一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに笑いながらそれを否定した。
「違いますよ。僕は欧羅巴から来ました。向こうの組織の者です」
「欧羅巴?」
確かに、よくよく考えてみれば海外にも魔化魍に類する存在や、それと戦う組織があっても何らおかしくはない。では何故そんな人物が日本に居るのだろうか。
男はルルフと名乗った。彼が言うには、六年前に日本からやって来た一人の鬼に救われ、それが元であちらの組織に入ったのだそうだ。
日本で異常事態が起きていると言う話はあちらにも伝わっており、ルルフは自ら志願して調査のために来日したのだと言う。
190贈る謝辞:2010/06/28(月) 22:21:03 ID:EHTxhAC50
「調査と言うか……見届けてこいと、そう命令されました」
笑顔で語り続けるルルフに、郷介はそういう事を部外者に話しても大丈夫なのかと尋ねた。
ルルフは「オー」と一声呟くと、「僕の所属する伊太利亜支部は細かい事を気にしない主義なので……」と弁明した。
「こいつだいじょうぶか……?」
呆れたように呟くみちろう。ルルフは「僕も昔はこんなじゃなかったんだけどなあ……」とぼやいた。
「じゃあ僕はこれで。見届けに行かなくちゃならないので」
「見届ける?何を?」
ドゥカティを起こしながらそう告げるルルフに、郷介は尋ね返した。
「ここからもう少し行った郊外の地で、清めの儀式が行われているそうなんです」
その地では今、猛士の鬼が「オロチ」と呼ばれる現象を鎮めるために儀式を執り行っているらしい。ルルフは命令通り、その行く末を見届けに向かうのだと言う。
「その『オロチ』と言うのが、ここ暫くの魔化魍発生の原因だと?」
ルルフは「そうです」と力強く答えた。
猛士の鬼は――ヒビキやバンキ達は今その地で戦っているのだろうか。誰にも知られる事なく、誰かに感謝される事もなく……。それを聞いた郷介は。
「……俺も連れていってくれ。否、下さい」
知らず知らずのうちにルルフに向かって頭を下げていた。
「待って下さい、ハイキングに行くんじゃないんですよ!?」
だが郷介は頭を上げようとはしなかった。ケンヂの言っていた通り、知っていて何もやらないでいるのは辛かったのだ。
その儀式の地に行ったところで何か出来るわけではない。だがそこでは知り合いが戦っている。ならば自分も同じ場所で危険に身を置き、最後まで見届けたい。それが嘘偽りの無い郷介の正直な気持ちだった。
191贈る謝辞:2010/06/28(月) 22:27:19 ID:EHTxhAC50
ルルフのドゥカティに三人で乗り、現場へと向かう。勿論違反だし、おまけに郷介とみちろうはヘルメットも着けていない。幸い、途中で警官と出くわす事は無かった。そもそも、日曜だと言うのに人っ子一人見当たらなかった。
町を抜け、山道に入り、整備されていない悪路を強引に突き進んでいく。
道中、ルルフは郷介達にぽつぽつと昔話をしてくれた。
彼は、目の前で家族を、村の人達を惨殺された過去があるらしい。天涯孤独となった彼を救ってくれたのが、先程の話に出てきた日本の鬼なのだと言う。
「色々な意味で彼には救われました。いつか彼を超える、それが僕に出来る最高の恩返しだと信じています」
だからこそその鬼と同じ技を学ぶべく、無理を言って彼の音撃鼓と音撃棒のコピーを作ってもらったのだそうだ。注文してから僅か一晩で用意され、驚いたらしい。
声だけだが、それでもルルフが笑顔で語っているであろう事は容易に想像する事が出来た。
「にーちゃんもかーちゃんがいないのか。おれとおんなじだな」
みちろうのその一言に、郷介は肌が粟立つのを感じた。だが。
「でもおれにはとーちゃんがいるからな!」
その一言に、多少なりとも救われた気持ちになった。
192贈る謝辞:2010/06/28(月) 22:34:00 ID:EHTxhAC50
儀式の地では、太鼓を思わせる巨大な石板を中心に、十一人の鬼が文字通りの死闘を繰り広げていた。傍から見ればそれは、華麗さの欠片もない、泥臭いまでの命の遣り取りだった。
ルルフ達は高台の上から、戦い続ける関東十一鬼を見守り続けた。
「ダムでであったにーちゃんはあれだな」
みちろうが蛮鬼を指差す。蛮鬼は、自身の肩口の弦を鬼爪で切り離し、音撃弦に張り直していた。
「ヒビキさんは……あれか?」
石板に音撃棒を叩き込む真っ赤な鬼。鎧のような物を身に纏っているが、それは紛れも無く響鬼だった。
「身を低くして。気付かれたら最後、マカモウの群れが襲ってきますよ」
つい身を乗り出して眺めていた郷介とみちろうに、ルルフが注意を促す。
魔化魍の群れは空から、山の端から、大地から次々と現れては鬼達に襲い掛かっていった。
「今のままだと、彼等の敗北は必至ですね」
ルルフの言う通り、鬼達の疲労が目に見えて分かるようになってきた。動きにキレが無くなってきている。武器も満足に使えない状態だ。
その時、彼等の上空を二機の輸送ヘリが通過していった。そして儀式の地の真上まで来ると、周囲を旋回する飛行型魔化魍に攻撃を仕掛け始めた。
「なんだあれ!?」
興奮してヘリを指差すみちろう。どうやら響鬼達の味方のようだ。
「彼等に神の加護があったようです」
そう言うとルルフは、胸の前で小さく十字を切った。
193贈る謝辞:2010/06/28(月) 22:39:55 ID:EHTxhAC50
ヘリから次々と降りてくる鬼達の中に、郷介は見知った顔を見つけて思わず声を上げてしまった。
風を纏って着地の衝撃を緩衝し、そのまま魔化魍の群れに切り込んでいったのは風舞鬼だ。ただ、屋久島で出会った時と違い、変身後も愛用のヘッドホンを着けている。
ヘッドホンからはテンションを上げる曲がエンドレスで流れ続けていた。サバイバーの「Eye Of The Tiger」、ジャッキー・チェンの「英雄故事」、柴田恭兵の「RUNNING SHOT」、そして小さい頃見ていた特撮の主題歌……。
音撃棒でバケネコの顔面をぶん殴り、そのまま流れるような動きで背後から襲い掛かってきたカッパの腹に回し蹴りを叩き込んだ。
一方、着地と同時に獣のような敏捷性を発揮し、魔化魍の群れに躍り掛かっていったのは燐鬼だ。牙と爪を駆使し、魔化魍の返り血で全身を染めながら、高らかと雄叫びを上げる。
(北陸で会ってからまだ一月も経っていないのに……)
男子三日会わざれば刮目して見よとは言うが、あの時を遥かに上回る荒っぽい戦いぶりに、郷介は驚きを隠せないでいた。
「響鬼!! 装甲声刃を使え!! 関東の鬼達!装甲声刃向けて、清めの音を放つんだ!!」
ヘリから四角い顔をしたおっさんが、拡声器を使いそう叫んだ。その声に従い、装甲声刃を構える装甲響鬼。彼の周囲で、集まった十一人の鬼が音撃を奏で始める。
装甲声刃から、七色に輝く光が迸った。
「せいやぁっ!!」
音撃封・草薙を叩き込まれ、石板が――否、大地そのものが大きく震えた。揺れは高台の上に居る三人にも容赦なく襲い掛かった。
「……さあ、帰りましょう」
終わったと判断したルルフが、二人に向けて告げる。
眼下では、先程までの乱戦が嘘のように静まり返り、一仕事を終えた鬼達が互いに労いの言葉を掛け合っていた。
194贈る謝辞:2010/06/28(月) 22:45:53 ID:EHTxhAC50
二人を町まで送った後、ルルフは立ち去っていった。帰国するのかと尋ねる郷介に、ルルフはもう少し現場を調べてから帰ると告げた。
去り行くルルフの姿を眺めながら、郷介は。
「あの姿のままで大丈夫かな……」
そんな事を心配していた。
ルルフの姿が完全に見えなくなった後、二人は手を繋いで歩き出した。互いに一言も喋らぬままだったが。
「なあ、みちろう……」
郷介がみちろうに話し掛けた。
「こんどはちゃんといえよ」
「ああ」
意を決して郷介は尋ねた。
「俺は、ちゃんとお前の父親らしく出来ているだろうか」
「……よくわかんねーな」
「そうか……」
「でもさ、とーちゃんはどーちゃんだろ?ふかくかんがえるひつようはないとおもうぜ?」
郷介はみちろうの顔を見た。みちろうも郷介を真っ直ぐ見つめ返している。
自嘲気味に笑うと、郷介はぽつりと呟いた。
「向き合うのが怖かったんだな、俺……」
郷介は「ごめんな」とみちろうに言った。
「あやまるなら、ことばよりしなものだろ」
「こいつ!」
二人は大声で笑い合った。
195贈る謝辞:2010/06/28(月) 22:47:06 ID:EHTxhAC50
数日後、郷介は甘味処「たちばな」へとやって来ていた。バンキと待ち合わせをして以来だから、実に四ヶ月ぶりになる。
初め郷介は、入り口の前で逡巡していた。そこへ一人の女性がやって来て、明らかに挙動不審な彼に声を掛けた。
「どうしました?」
「あ、いや、その……」
女性――滝澤みどりに突然声を掛けられた郷介は、勢いで戸を開け、店内へと入っていった。
「いらっしゃいませ〜!」
ここの看板娘である立花日菜佳の声が店内に響き渡る。
「あ」
「おっ?」
座敷席にヒビキは座っていた。入ってきた客が郷介だと気付き、笑顔で手を振る。
話したい事、伝えたい事は幾らでもあった。だが真っ先に郷介の口を突いて出た言葉は、これだった。
「有難う御座いました!」
突然礼を言われて訳が分からず、ヒビキが日菜佳と顔を見合わせる。後から店内に入ってきたみどりも不思議そうな顔をしている。
郷介はと言うと、言いたかった事が言えて、実に清々しい笑顔をしていた。
ぼくたちには、ヒーローがいる。
こんなに喜ばしい事はない。 了
196名無しより愛をこめて:2010/06/28(月) 23:37:18 ID:kYdrxpto0
投下乙です。
今回も面白かった。
197名無しより愛をこめて:2010/06/29(火) 00:04:50 ID:Tra8ZwVy0
お疲れ様。なんか色々思い返して泣きそうになりました
辛かった響鬼の後半、このスレが心の支えだったなぁ
198高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2010/06/29(火) 00:53:56 ID:CKG15HMb0
また今頃になってミスに気付いた…。
>>185で「夢ヶ森めぐみ」とあるのは、「夢ヶ森のぞみ」の間違いですね。
大森望という評論家が元ネタなので、名前まで違うとパロディにならないw
199名無しより愛をこめて:2010/06/29(火) 01:07:06 ID:xqtvueDR0
本編の側面を見せつつ、今までスレで出てきた色んな要素を使って構成している、という形がGJ。
SSの中で細かく語らなくても、スレ住人歴が長ければルルフの経歴が何となくわかるはず。
200名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 17:07:55 ID:lOQhYLnZO
201名無しより愛をこめて:2010/07/12(月) 17:05:43 ID:n8y0XuFY0
作ってる側の理解を超えて地獄兄弟に人気あったらしいしな
202高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2010/07/17(土) 18:55:00 ID:SqPJs3Gn0
前のやつ読み返したらミスが出てくるわ出てくるわ…。

>>194
なんだよ「どーちゃん」って。「とーちゃん」だろ。

それにルルフの「六年前」という説明も、既に年が明けているから「七年前」なのに。

あと大森望は分かってて性別変えてますから。念のため。
あれは京極夏彦の「南極(人)」に出てくる毒舌腹黒美少女・大盛のぞみとの複合キャラでもあるので。
ちなみに狂獄冬彦も、とり・みきのマンガに出てくる同名の作家と「ナイトメア・プロジェクト YAKATA」のキョーゴクの複合キャラです。
本当は「ぬらりひょんの孫」の花開院竜二も混ぜたいんだけどなあ…。


さて、響鬼本編は最終回で「一年後」をやっちゃったので
2007年一月まで追い掛けるのが筋かと思い、続きを書いてみました。高鬼でやりそびれたネタも幾つか残っているし。
それではいつも通りどうぞ。
203交わる縁:2010/07/17(土) 18:58:25 ID:SqPJs3Gn0
あれから三ヶ月が過ぎた。
人々は何事もなかったかのように出会いと別れの季節の到来に酔いしれ、街はそんな人々の悲しみも喜びも全てすました顔で飲み込んでいた。
全ては元通りになっていた。
遠藤郷介もまた、昨年の一月に屋久島で怪物達と遭遇する以前の日常に戻っていた。柴又の甘味処にも、あれ以来一度も顔を出していない。
このままヒビキ達と再会する事はもうないのかなと、郷介はぼんやりとではあるがそう思っていた。
大型連休目前の週末、郷介は取材のために江の島を訪れる事にした。本当はもっと南方の島に行きたかったのだが。
「何処を舞台にしようが、同じ内容の物語しか書けないのは明白ですから、近場で充分です」
そう担当編集の葛原嬢は冷たく言い放ったのであった。
だが郷介に不満はなかった。今回の取材旅行には葛原も同行するのだ。これはちょっとしたデートではないか――そんなわけで郷介は、遠足前の小学生のように眠れない日々を過ごしていた。
204交わる縁:2010/07/17(土) 19:03:34 ID:SqPJs3Gn0
出発当日、何故か玄関には葛原と一緒にお隣に住む大槻健児少年が立っていた。
「本日はお誘い有難う御座いまっス!」
満面の笑みでケンヂが告げる。
「えっと……どういう事だ?」
郷介は自分の傍らに立つみちろうに向かって尋ねた。みちろうはこの後大槻家に預ける事になっているのだが……。
「みんなでいったほうがたのしいじゃん」
いつの間にか用意していたリュックを背負って、みちろうがそう言った。
「お子さんですか」
みちろうに初めて会う葛原がそう尋ねた。みちろうは葛原の顔をまじまじと眺めていたが、突然。
「ねーちゃん、いいむねしてんなあ!」
そう言うと葛原の両胸を鷲掴みした。
「貴様、何て事を!!!!」
「いいですよ、別に減るもんじゃないし」
「わーい!」
葛原のその一言に調子に乗ったみちろうが、胸を揉みだす。
「お、俺も!」
「遠藤さん、ずるいっスよ!」
今にも飛び掛からんばかりの男性二人に冷たい視線を送りながら「あなた達はお断りします」と葛原。それでも触ってやろうとする郷介を威嚇するかのように、葛原が鞄から鞭を取り出して見せた。
「……御免なさい」
こうして、みちろうとケンヂも加えた一行は江の島へと出掛けていった。
205交わる縁:2010/07/17(土) 19:08:44 ID:SqPJs3Gn0
「イソナデですか」
甘味処「たちばな」の奥座敷で、立花勢地郎にイソナデ出現の一報を聞かされ、ダンキは渋い顔をしながら眼鏡を拭いた。
「イソナデってあれでしょ、西日本によく湧く個体ですよね」
「オロチの余波だろうね」
オロチ現象自体は鎮まったとは言え、魔化魍発生のサイクルは完全には修復されきっておらず、稀にこういうイレギュラーが出てくるのである。そんな時のための遊撃班なのだが……。
「ヒビキは京介くんの面倒も見なくちゃあいけないから……」
ヒビキの弟子である桐矢京介は、一日でも早く鬼になるために連日ヒビキに稽古をつけてもらっている。結局、動けない遊撃班の代わりに手の空いている鬼が出撃する羽目になるのだ。
「頼むよ。どうかこの通り!」
そう言うと勢地郎は頭を下げた。
「……まあいいですけど」
眼鏡を掛けながら、渋々ダンキが頷いた。
「場所は湘南でしたっけ?」
「そう、江の島の辺り。これが現場周辺の地図」
そう言って勢地郎がダンキに地図を手渡す。
勢地郎に見送られ、ダンキは「たちばな」を後にした。サポーターもいないし、いつも共に行動しているショウキも今日はいない。一人きりの出撃だ。
(わざわざ俺にお鉢が回ってきたって事は、信頼されているって事かね……)
そう自分を納得させつつ、ダンキは江の島へと向かっていった。
206交わる縁:2010/07/17(土) 19:14:29 ID:SqPJs3Gn0
「夏に来たかったなぁ……」
江の島弁天橋を渡りながら、郷介が呟いた。
江の島――葛飾北斎の「富嶽三十六計」にも描かれている景勝観光地である。夏には様々なマリンスポーツを楽しむべく多くの人が訪れる。
「何か出来るんですか?」
独り言を耳聡く聞きつけた葛原にそう言われ、郷介は固まってしまった。ケンヂが小声で笑う。
「……泳げます」
「私だって泳げます。サーフィン?サーフボード?ダイビング?セーリング?何か出来ないんですか?」
出来もしないのに言わないで下さいと葛原が真顔で告げた。とうとう堪えきれず、ケンヂが大声で笑い出す。みちろうも一緒に、容赦なく笑い出した。
そんな彼等のすぐ真横を、同じ電車を使ってやって来たダンキが通り過ぎていった。
「夏に来たかったなぁ……プライベートで」
そう呟くとダンキは、地元の「歩」の人との待ち合わせ場所に向かって歩みを進めていった。
207交わる縁:2010/07/17(土) 19:20:08 ID:SqPJs3Gn0
「どのようなプロットをお考えですか?」
「もう暫く進んだ先に江島神社があるのですが……」
島の周囲をぐるりと回る坂道を歩きながら、郷介は言った。右手の下に広がる海は、陽光を浴びてきらきらと輝いていた。空では鳶が輪を描いている。
「そこの伝説を下敷きに一本書けないかなと思っています」
江島神社の伝説――それは悲しい恋の物語。天女に恋をした竜の話だ。
「恋愛モノですか」
「そういうわけじゃなくて……それをベースに、こうファンタジー的なものを書きたいかなと」
「ラノベなら違う部署ですよ」
どこまでもつれない葛原であった。
「とーちゃん、はらへった……」
「もう少し行くと饅頭屋があるから、一息入れるか」
「勿論遠藤さんのおごりっスよね!」
「うえ!?」
慌てて郷介が葛原の方を見る。葛原は冷めた目で郷介の事を睨み付けた。どうやら経費で落とすのは無理なようだ。
郷介を小馬鹿にするかのように、彼の頭上を一羽の鳶が鳴きながらくるりと回っていった。
その頃……。
遠く沖まで船を出し、ダンキはイソナデの出現を待っていた。
海は赤く染まっている。ダンキが大量にぶち撒けた魚の血だ。イソナデの嗅覚は鋭い。血の臭いに誘われてやって来るのをただひたすら待ち続ける。
一時間が経過した。未だ現れない。二時間が経過した。それでも出てこない。船上で苛立たしげに貧乏揺すりを続けるダンキ。
「ああ〜、くそっ!」
集中力の限界だ。場所が観光地の近くであり、更に漁場も近いため、どうしても迅速にケリをつけなければならない。いつもの長期戦とは訳が違う。それが一層彼を苛立たせた。
「やい出てこい、鮫野郎!」
海に向かって大声で叫ぶ。当然ながら何も反応は返ってこなかった。腹立ち紛れに、魚の血を入れていたバケツを蹴飛ばす。
「このポイントで間違ってないんだよな!?」
手にした海図を眺める。
そんなダンキを嘲笑うかのように、彼の頭上を一羽のカモメが鳴きながら飛んでいった。
208交わる縁:2010/07/17(土) 19:26:05 ID:SqPJs3Gn0
「ねこだ!」
饅頭屋で出来たてほかほかの饅頭に舌鼓を打ち、更に階段を昇った先にある江島神社を取材し、一行は食事処が沿道に沢山立ち並んだ細い道を歩いていた。
「こら、あんまり走るんじゃない」
しかし郷介の言う事に耳を貸さず、みちろうは野良猫を追い掛け続ける。誰かにぶつかって一悶着起こる前に、慌ててみちろうを捕まえる郷介。
「遠藤さん、飯にしましょうよ!」
ケンヂが一軒の店の前で郷介に呼び掛ける。
「名物江ノ島丼!一度食いたかったんスよ!」
「ケンヂくん、遠藤さんは放っておいて二人で食べちゃいましょう」
「マジスか!?」
「ちょっと葛原さん!?」
さっさと店内に入っていく二人を追って、みちろうと共に店の戸を潜る。二人は窓際の、海が一望出来るテーブル席を陣取っていた。すぐ近くには切り立った崖が聳え立っている。
「おっ」
崖から一羽の鳶が飛び立った。よく見ると、数羽の鳶が上空を旋回している。
209交わる縁:2010/07/17(土) 19:31:16 ID:SqPJs3Gn0
「江ノ島丼でいいですか?」
葛原がメニューを手に郷介に尋ねた。
「あ、あとサザエの壷焼きも」
「おれジュースがのみたい!」
注文を終え、窓の外を眺める。彼等のすぐ近くを鳶が飛んでいった。
「知っていますか。窓の外に向かって何か食べ物を投げると、鳶が見事にキャッチするんですよ」
「マジですか」
それを聞いた郷介は土産として買っておいた饅頭を手に、窓を開けた。潮風と潮騒が室内に流れ込む。
「よーし、こっち来い……。それっ!」
千切った饅頭を放り投げる。放物線を描いて飛んでいった饅頭の欠片を、一羽の鳶が見事キャッチした。
「やった!」
そこへ店員が。
「お客様!餌付けは全面的に禁止となっております!」
「ええっ!?」
慌てて葛原の方を見る。彼女は悪びれた様子も全くなく。
「数年前までの話ですよ。最後まで聞かないから」
「とーちゃん、みっともねえ……」
冷めた目でみちろうがぼそりと呟く。ケンヂは相変わらず馬鹿みたいに笑い転げている。
一方、船上のダンキは。
「……腹減ったなぁ」
一人淋しく腹の虫の音を聞いていた。
210交わる縁:2010/07/17(土) 19:35:27 ID:SqPJs3Gn0
名物江ノ島丼――親子丼の鶏肉をサザエに代えたものを食べ終えた一行は、更に先、稚児ヶ淵と呼ばれる岩場へとやって来た。設置された通路を通り、ここをもう少し進めば海食洞へと到達する。
良い天気だ。先程からひっきりなしに鳶が空を飛び、鳴き声を上げている。耳をすませば波の音、そして遠くから太鼓の音が……。
「太鼓?」
郷介は我が耳を疑った。慌てて水平線を、次いで空を見上げる。聞き間違いでないとすれば、おそらく……。
「遠藤さん」
不意に背後から葛原に声を掛けられ、郷介は傍目からも分かるぐらいびくっとなってしまった。
「子ども達が岩屋の方に行きたいと……」
見ると、階段の上からみちろうが大きく手を振っていた。
「ああ、すぐ行きます!」
結局、何処から聞こえてきたのか確認する事は出来なかった。多少後ろ髪を引かれる思いで郷介は岩場を後にした。
「何を考えていたんですか?」
歩きながら葛原がそう尋ねてきた。本当の事を言う訳にもいかず誤魔化そうとするも、きつい視線を浴びせられた郷介は、知人について考えていたとだけ答えた。
211交わる縁:2010/07/17(土) 19:43:05 ID:SqPJs3Gn0
「どんな方なんです?」
「とっても強くて、頼り甲斐があって、物凄く優しい人なんです。どんな時にも笑顔を絶やさず、相手を勇気付けて……」
「把握しました。遠藤さんと真逆のタイプなんですね」
「厳しいなぁ。まあそうなんですけど……」
いつも通り辛辣な発言をする葛原だったが、ふと見ると何やら考え込んでいる。どうしたのか尋ねると。
「いえ、仕事柄私も色んな人に出会ってきましたが、先程の遠藤さんの話に出てくるような人は……」
「そうそういないでしょうね」
だが郷介の予想に反し、葛原はこう答えた。
「全くいなかったと言う訳ではありません。ただ、そういう人達は得てして……」
過去に何か辛い目に遭っていたり、とても大切なものを失った経験を持つ人達ばかりだった――そう葛原は言った。
それを聞いて、郷介は海援隊の歌詞を思い出した。確か「人は悲しみが多いほど 人には優しくできるのだから」だったか。
屋久島へと向かうフェリー、その船上でヒビキに初めて出会った時の第一印象を思うに、きっと彼も何かを失くした過去を持つのではなかろうか。
「何かを失う事で、初めて周りを気遣う余裕が生まれてくるのではないでしょうか」
そういうものなのだろうなと郷介は思った。
海上では、嘗て目の前で友を失った一人の鬼が戦いを続けていた。
212交わる縁:2010/07/17(土) 19:54:03 ID:SqPJs3Gn0
視界に魔化魍の背びれが映りこんだ瞬間、ダンキは反射的に変身音叉を手に取って打ち鳴らし、額に翳した。
巨大な鮫の姿に鯱と鰐の特徴を取り込んだ魔化魍――イソナデが大きな口を開けて海面へと飛び出してきた。その口の中に変身途中のダンキが飛び込む。
ダンキを噛んだ途端、イソナデの上下の歯が砕けた。彼の全身を覆った石礫のせいだ。牙を失い、海中へと退却しようとするイソナデの鼻先を、変身を終えた弾鬼が激しく殴りつけた。
一瞬動きが止まったイソナデの背に、弾鬼が回り込む。
「痛っ!」
イソナデの体表に触れた箇所が、鋭利な剃刀に切られたかのように血を噴き出した。全身を刺すような痛みに耐えながら、背びれを掴み体勢を立て直す弾鬼。
「よっと……。ナルホドね、俺が選ばれた理由が分かったわ」
再びイソナデが潜行を始めた。ぐずぐずしている暇はない。弾鬼は気合を込めると、イソナデの背を思い切り強く踏み鳴らした。
関東の太鼓使いで夏の強化形態へと二段変身出来るのは響鬼と弾鬼の二人のみ。今は四月だが、オロチ現象の余波で季節外れの個体が発生するため、二人とも常に変身出来るよう鍛えている。
その変身プロセスは実戦の中で洗練され、初めて「蒼い身体」に変わった時よりも僅かな時間で弾鬼は変身を完了した。
この海にも負けないくらい蒼く染まった弾鬼は、イソナデの背に強くしがみ付いた。そのまま共に海中へと潜る。
潮水に全身の傷が焼かれるのも構わず、弾鬼は右掌で気の太鼓を練り続けた。イソナデはどんどん深海へと潜っていく。必死でしがみ付く弾鬼。ここで振り放されたらお終いだ。
弾鬼が気で練った太鼓をイソナデの体に貼り付けた。そして音撃棒・那智黒を右手に握る。
渾身の一撃が叩き込まれた。その一撃でイソナデの巨体が海上まで打ち上げられる。派手な水柱を上げて、弾鬼を背に乗せたイソナデが宙を舞った。水飛沫が、そして弾鬼の蒼く染まった体が陽光を浴びて鮮やかに煌く。
「イルカに乗った少年ならぬ、鮫に乗った鬼ってか?」
弾鬼が二度三度「那智黒」を叩き付けた。再度海中へと潜るイソナデだったが、再び音撃打の一撃で海上へと打ち上げられた。
音は水中の方がよりよく伝達されるのだ。
何度か繰り返すうちにイソナデの巨体は爆ぜて、海の藻屑と化した。
213交わる縁:2010/07/17(土) 19:59:32 ID:SqPJs3Gn0
もう日も沈まんとする頃、江ノ島線の車内では左からケンヂ、郷介、みちろう、葛原の順で座席に座った四名が、寄り添うように眠りこけていた。気持ちよさそうに寝息を立てている。
列車に揺られる度に、彼等の体は右へ左へと大きく傾いた。傍からはこの四名はどのような関係に見えるのだろうか。
そこへ五人目が加わった。偶然彼等のすぐ横に座っていたダンキだ。ケンヂの肩にもたれ掛かるダンキ。余程疲れていたのだろう、だらしなく口を開けて熟睡している。
どうやら郷介と彼等「鬼」と呼ばれる人々との縁は、まだまだ続くようだ。
だが今は、一時の休息を。 了
214名無しより愛をこめて:2010/07/19(月) 11:56:13 ID:23Co9dm40
投下乙です。
主人公たちと鬼たちの付かず離れずのつながり方がいいです。
215名無しより愛をこめて:2010/08/04(水) 16:50:14 ID:EXPLqaHr0
保守します
216鬼ストーリー年表:2010/09/14(火) 01:43:45 ID:E7fCMU1o0

・西暦2006年

 遠藤郷介、ルルフと出会う

 遠藤郷介、ダンキと出a

217名無しより愛をこめて:2010/09/15(水) 06:10:31 ID:LGLXoyLd0
           | 《: : :: :: 、:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::-=>=─/´二二二≧、>(\ \<ラ彡'、___ヽ\
           |  Y:/l: : :: メ:::::::::ミヽ、::::::::::::::\:::::≠ ̄/./>─/´====─ノノ|≧フ 》ス_)ヽ  、  \
           |  }/: : /レ'´¨`¨l: : : : :::::::::::::::'´/'´ノゝ'=ニ二二ノ>──二二≧ヽ<こ>、 \ ヽ=}  ノ
           |  |: / : : : : : レ、:::::::::::::::::::__:::::::::≠´¨≧¨¨¨¨¨ィ===、>──、_≧ /(__ヽ二≧、\|ヽj
           |  |:{  :ミ 、: : : : :  ̄ヽ: /.....`ヽゝ─f‐v─(二__,  ヽノラ彡'  / 〈  /\`丶、 丶
..:丶、   ,.へ.    !  |=f´¨≧、\: : : : : ,イ〃三三ヽ//⌒}人f´`リ}  {=  ∨ ≠´::::彡'| /≧X彡' ¨`リ、
丶、:::::::.丶\ \  ! /l ヽ.   `¨==r==ゝ、三三彡'ゝ==ノ、{ゝ='ノ   、_ノ/='=∠__ノ´レ_ノ⌒ヽ><ミヽ
   丶 、:::::::\ \| / ∧ `ー‐‐イ!: :ゝ: : : : : : ノ ̄ ̄ ̄ `ー‐イ ̄ ̄フ≠─<  ノ≠\ \/ ̄ ̄≧ミ丶
──────.\ \/ ∧ : :/、,': : !:、¨¨¨¨: : /::::}  ', ̄〃´─< ̄//´   ̄ゝ=テ//\\:::::::::'||
    /∠三≧∨\ \∧j:=、: : ヽイ: ': : : : /l::::::、j r'/ノ´ ゝ──────彡'≧彡' `丶、丶、:::::j|
  r≦ニミヽー‐´/   \/  ノー`´‐‐ァ: /: :/:::::::::  __j    \ノ  |  リ `ー>==、  ̄ ̄≧=、\ヽ、
 {(ヽ、  ハ、 /   / ,'   r'/ヽ ノ,ィ、 /: : : :|:!    ≧==ァ   ヽ   |!  /  `¨=__` ̄¨…___>、
 | `ヽ、  ',  >─/:::{  j/  // /ヽ.:: : :/|        /    \j|  |    -==<´¨ ̄>─── ヽ、
 |\  ヽ ',  f ̄ ̄ll  ,'  /'  /ノ }==':::::::|!       / 、     ヽ !       ><───、i彡'´
.,'ヽ \   l  ',   .',       ゝ、 ノ、:::〉:::::::i!      /   ヽ    \l    ≠´   ___>、==<
(、 \    |  ',   ',       i!リ、::::,7':::::::::|!     /           ,イ´゚。 。゚ o<      {||
☆ゅ
浮上
220名無しより愛をこめて:2010/10/15(金) 00:52:28 ID:1mQ+Z4zT0

          、ヘ,
   ドキュ── (_X,) ── ン !!
        (((=(,,(^)
       (ノ-(嵒ノ,ノ、
       (_) 'リl(_)
     /⌒  ⌒ ̄ ̄ヽ

[ダンキ(弾鬼)]
関東で戦う11人の鬼の一人。

221名無しより愛をこめて:2010/11/02(火) 23:14:56 ID:OSi2xPsG0
むう
222名無しより愛をこめて:2010/11/06(土) 02:21:13 ID:E08lXtd80
あげ
223鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/11/06(土) 21:04:11 ID:qsMDH9Yl0
>>172で書いた、「月」の名を持つ鬼の一派についてSS書きました。投下します。


「満ちる真円」


 月の光が冴える夜。
 東海地方・愛知県東部の山間に、相対する二つの影があった。
 一つは、前方に湾曲した一本角を有した黒い異形。もう一つは、乱れた白髪を長く伸ばした白い異形だった。
 黒い異形は、猛士中部支部の弦の鬼・満月鬼(ミチヅキ)。
 白い異形は、魔化魍と呼ばれる、人を喰らう魔物だった。
 黒い人影の手に持つ剣が月明かりに輝き、その光が闇のなかで素早く縦にひらめいた。斬撃を受けた白い人影から白い血がしぶき、白髪の切れ端が舞い散った。
 低い、人ならぬ声で苦悶の声を上げた白い影は、その口腔から白い煙を吐き出した。
 黒い鬼が煙に巻かれている間に、白い魔物は鬼と距離を空けた。
 白い煙は鬼の前で固まっていき、ずんぐりとした巨大なヒキガエルの姿となった。ただし、頭部は体に不釣り合いに大きく、乱れた白髪を生やしていた。顔は悪鬼の形相だった。
 それを見て、黒い鬼は慌てた若い男の声で言った。
『分身しやがった。そろそろ冬だってのに夏の魔化魍かよ』
「――違いますよ」
 周囲に立ち並ぶ黒々とした樹の陰から、飄々とした男の声がした。
224鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/11/06(土) 21:06:09 ID:qsMDH9Yl0
「そいつは東北によく出る魔化魍『イパダダ』です。大丈夫です、音撃弦で斬っても増えたりしませんから、思いきり斬りつけてください」
『サンキュー』
 すかさず満月鬼は音撃弦を構えなおして飛び上がり、人面の巨大ヒキガエルを垂直に斬りつけた。まっ二つにされた白い巨体は、再び煙となって夜の闇の中に流れていった。
「いま斬ったのは、あくまで分身の『タマシキ』です。ちゃんと本体の『イパダダ』を仕留めてくださいね」
『解ってらィ』
 暗い森の中を駆け出した満月鬼は、背を向け逃げはじめていたイパダダに追いすがり、音撃弦を振り上げた。
 その時、森の中に差し込んでいた月明かりが二体の影に塞がれ、満月鬼の視界を翳らせた。満月鬼の目に見えたのは、上空から滑るように下降してきた和服の男女だった。
 闇に潜み魔化魍を操る和装の男女。魔化魍を育てる童子・姫と同じ顔を持つ、より上位の存在。ここ中部支部では、男は『武尊(タケル)』女は『撫子(ナデシコ)』と呼ばれていた。
『駄目だよ、あの子にはもっともっと育ってもらいたいんだ』
 眼鏡をかけた、青白い顔をした長髪の男が言った。
『もっともっと、人を喰らってもらわないと』
 そう黒髪の女が言うと、続けて男は言った。
『君は私たちには敵わない。あの子を見逃してくれさえすれば、楽に殺してやろう。そろそろあの子も遠くまで逃げおおせただろうし。諦めたまえ』
「――それはどうでしょうか」
 また、飄々とした男の声が闇の中から漂ってきた。
225鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/11/06(土) 21:07:41 ID:qsMDH9Yl0
 和装の男女が背後を見やると、樹々の向こうで白い鬼に斬りつけられているイパダダの姿が見えた。
『もう一人鬼がいたのか』
 鬼に突き飛ばされ、白い乱れ髪の人型が、途中にある樹の枝を折りながら、もと来た方角に吹き飛ばされてきた。イパダダの白い痩躯は、和装の男女のすぐ近くにどさりと落ちた。
『もしかしてミカヅキさん?』
 満月鬼が樹々の向こうに声をかけると、白い二本角の鬼が遠くですうっと浮きあがり、イパダダを投げ飛ばした経路を音もなく飛行しながら近づいてきた。
『ここに出た魔化魍を退治するのはお前の仕事だ。しっかり仕留めろよ。タケルとナデシコの相手は俺がする』
 慌て気味の満月鬼とは対照的に、落ち着いた声で三日月鬼は言った。そして素早く和装の男女に斬り込んでいった。和装の男は傍らの女を突き飛ばして自ら斬撃の軌道に入ると、振り下ろされた音撃弦を素手で受け止めた。
 衝撃で男の体は多少軋んだが、剣を受け止めた手から、血などは一切出ていなかった。
『君はミカヅキという名前なのか』
 三日月鬼の斬撃の強さに声を震わせながら、それでも笑みを浮かべて男は訊いた。
『だからどうした?』
『“八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)”を知っているか。――声に出さなくてもいいよ。思い浮かべるだけで僕には伝わるから。逆に言えば、隠しても無駄だということだ』
『人の心を読むわけか』
226鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/11/06(土) 21:10:18 ID:qsMDH9Yl0
『猛士の中にもいるだろう。鬼石の力を借りて、後天的にそういう力を身につけた“力鬼(りき)の一族”が。――そして、君は名前から察するに“月鬼(げっき)の一族”だ。月齢により発揮できる力が変わるんだろう。君たちについてはだいぶ勉強したんだ』
 そのあいだ満月鬼は、三日月鬼を相手取る和装の男女の脇を駆け抜け、地面に倒れていたイパダダに音撃弦の切っ先を突き立てた。鬼石が白い肌を突き破り、白髪の魔物の体内に食い込んだ。
 満月鬼は腰の装備から音撃震を取り外し、音撃弦に取り付け、弦を音撃形態に展開させた。
『音撃斬・月下微塵!』
 夜の山中に響き渡る弦の調べ。それが清めの音となり魔化魍の体に浸透していく。
『やめなさい!』
 和装の女が叫んで駆け寄る眼前で、イパダダの白い乱れ髪、白い体は爆発して土に還った。怒った女は手にしていた閉じた傘を、満月鬼の喉元に突き付けた。その途端、黒い鬼の体は金縛りにあったように動かなくなった。
『殺す前に、訊いてあげる。“八尺瓊勾玉”をご存知?』
『し、知るかよ……バーカ』
 かろうじて動く口で、満月鬼は言った。しばらく彼の頭の中を探っていた和装の女は、諦めたように言った。
『どうやら本当に知らないようね。それじゃ、もうあなたに用はないわ』
 女の瞳の奥に怒りの炎が宿った。
227鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/11/06(土) 21:16:28 ID:qsMDH9Yl0
 一方、三日月鬼は、自らの音撃弦を和装の男の素手と拮抗させていた。力と力のぶつかり合いの中でも、三日月鬼の声はあくまで冷静だった。
『“八尺瓊勾玉”なら知っているぜ。日本の三種の神器の一つだ。それがどうかしたか』
『僕が訊きたいのは現代の“八尺瓊勾玉”のありかだ!』
 男は声を荒げながら、素手で受け止めていた三日月鬼の音撃弦をはねのけた。
『さてね』
 三日月鬼は音撃弦を構えて言った。
『とにかくお前には会いたかったぜ。ようこそ猛士中部支部の管轄エリアに。そして――さよなら』
 三日月鬼は、すぐ近くで和装の女と闘っている満月鬼に向けて言った。
『よく聞けミチヅキ。こいつらが、俺の兄貴の仇だ。――てことは、解るな? お前の父親の仇だ。俺たちでこいつらを倒すんだ』
『はて』
 視線を宙に漂わせ、和装の男は言った。
『ミチヅキ……ねえ。どこかで聞いたような気もするが』
 満月鬼に傘の先を差し向けた和装の女も言った。
『10年くらい前かしら、そんな名前の鬼をやっつけたような覚えがあるけど。あなたがその子供なの?』
『そう……だよ、俺が、18代目“満月鬼”だ……!』
『親子揃って私たちにやっつけられちゃうわけね』
「あのう、いいですか?」
 この状況下でも変わらぬトーンで、のんびりとした男の声が再三響いた。
228鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/11/06(土) 21:18:30 ID:qsMDH9Yl0
「さきほど『武尊』さんのほうが言いましたよね? 『君は私たちには敵わない』、『そろそろあの子も遠くまで逃げおおせただろうし』と」
 和装の男も女も、声がしてくる方角を見遣った。
「それに対して私は、『それはどうでしょうか』と言ったわけですが。解ります? 『そろそろあの子も遠くまで逃げおおせただろうし』、というのがまず間違いでしたね。魔化魍の逃亡はミカヅキさんが止めました」
 森林の深い樹々に阻まれ、男の姿は見えない。
「私の『どうでしょうか』は前半のほうにもかかっていたんですけど、解りづらかったでしょうか? 『君は私たちには敵わない』の部分ですね。少なくとも『今日』に限っては、そんなことはないんですよ」
『……。ええと、“月鬼の一族”は、月の満ち欠けによって力が変わる、と。強化形態的な力が発揮できる月齢は、個々の鬼によって異なるとか。これも、勉強したんだ』
『その通りだ』
『君の名前はミカヅキと言ったね。じゃ、君は三日月以上の光量があれば力が発揮できるわけだ。一方あの若い鬼は、ミチヅキとか言ってたね。それってつまり、満月にならない限り最大の力は発揮できないってことなんじゃないかい? 最弱だね』
「力が発揮できる期間が短い分、最大出力はミチヅキ君のほうが高いんですよ」
 四たび、暗闇から声がした。
『そゆコト』
 声に笑いを含みながら三日月鬼は言った。
『そして今日は――満月だ』
 和装の男の頭上の夜空で、月が真円を描き輝いていた。
229鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/11/06(土) 21:20:39 ID:qsMDH9Yl0
 和装の女の目の前で、黒い一角の鬼の体が、徐々に輝いていった。やがて体色は黄金に変わり、その瞬間、満月鬼は女の力による金縛りから解放されたように楽々と体を動かし、音撃弦を構えた。
 和装の女は再度金縛りを試みたが、体を黄金に輝かせた単角の鬼には通用しなかった。音撃弦で斬りつけてくる満月鬼の攻撃を、和装の女は傘で払うのが精一杯だった。
『今日はもう帰るよ』
 和装の男が言うと、女は満月鬼の攻撃から逃れ、距離を置いた。
『次は、月が出ない晩に出没するとしよう』
 和装の男も三日月鬼から離れ、女と共に夜空へ帰っていこうとした。
『逃がすか』
 三日月鬼が自らも空を飛ぼうとしはじめたとき、和装の男女は周囲の樹々の幹に向けて掌をかざし、何度も怪光線を放った。樹が次々に倒れはじめ三日月鬼の行く手を阻んだ。
『うわーっ』と叫んでいる満月男の声が三日月鬼の耳に届いた。
『大丈夫かミチヅキ!』
「大丈夫ですか、ミチヅキ君」
 木陰から声をかけ続けていた男の姿が、樹々が倒れたことによって月光の下に露わになった。飄々とした声の持ち主は、やせ形の地味な青年だった。
230鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/11/06(土) 21:21:53 ID:qsMDH9Yl0
 三日月鬼とやせ形の青年に手を借り、満月鬼は倒れた樹々の中から助け出された。倒れて折り重なった樹々の山の上で、黒い鬼は一息ついて、顔の変身を解除した。目鼻のない鬼の顔の下から、20歳前後の若い男の顔が出てきた。
「この中部にイパダダが出るなんて、変だと思っていたんですよ」
 地味な青年が二人の鬼たちに言った。
「案の定、『武尊』と『撫子』が出てきましたね。この中部が、やつらの迷惑な実験の舞台に選ばれてしまった、ということでしょう」
『だが、俺にとっちゃあ願ってもないチャンスだ。なんせ奴らは、俺の兄貴で、ミチヅキの親父――先代ミチヅキの仇なんだからな』
 そう言うと、二本角の白い鬼は、顔の変身を解除した。後から現れたのは、30代と思われる、整った顔立ちの男の顔だった。
 ミカヅキに、ミチヅキは言った。
「親父が死んだとき、俺まだ小さかったし、離れて暮らしていたから、よくわかんないけど……仇であろうとなかろうと、奴らは悪の元凶だから、絶対に倒すよ。おれ愛知が好きだし。何も考えずに楽しく遊んでいた頃の記憶が、ここにはあるから」
「まあまあ、立派な志だな、さすが俺の弟子だ。でも今日の戦いはイマイチだったな。免許皆伝はまだ早かったか?」
「そりゃないよ、師匠。俺もっと頑張るから」
「お二人とも、お疲れさまでした。――あ、ミカズキさんも車乗っていきます?」
 三人の男たちは、麓に張っていたベースキャンプを目指し、闇夜の中を下山していった。


「満ちる真円」了
231名無しより愛をこめて:2010/11/07(日) 09:05:46 ID:DjSaaOmt0
鬼祓い作者様、投下乙です。

月鬼の一族の設定、面白いと思いました。
次回楽しみにしています。
232名無しより愛をこめて:2010/11/07(日) 18:13:50 ID:8xqL7MNG0
新作キター!しかも地元愛知が舞台とか嬉しすぎ
鬼さん達の戦いはこうしてずっと続いていくんだなぁ
ところで今回の魔化魍はアレですね深夜枠からいらっしゃいませ、ですね
233高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2010/11/14(日) 23:25:02 ID:dw4qTYpN0
久々に書きに来ました。

今回はなんか中途半端なところで終わっておりますが、ちゃんと完結させるつもりですのでもう暫くお付き合いの程を。
それではどうぞ。
234問われる郷介:2010/11/14(日) 23:26:26 ID:dw4qTYpN0
蝉時雨がけたたましく鳴り響く真夏の昼下がり、出版社のいつもの応接室に遠藤郷介は呼び出されていた。
いつもの如く罵倒から入った葛原女史は、満足したのか自費出版されたとある一冊の本へと話題を変えた。
この本、文体が故九里虫太郎にそっくりだと読者は勿論の事、文壇でも話題騒然なのだ。タイトルは「カボス〜華麗なる没落のススメ〜」。かぼす栽培で富を築いた旧家で起きた悲劇を、軽妙洒脱な筆致で描いた長編サスペンスだ。
作者については一切が不明。何処かの物好きがあらゆる手を尽くして調べたところ、作者は北陸在住の女性だと言う事が判明した。しかしそれ以上の情報は得られていない。
「まさか……」
「遠藤さん、それ以上はご法度です」
何か言おうとする郷介を、葛原が制止した。
彼女も薄々気付いているのだ。昨年、九里邸で行われた氏の遺稿探し。結局見つからないままお開きとなったのだが、あの事件のどさくさに紛れて誰かがこっそり持ち出したのではないか、と。
「……で、今日呼び出されたのはそれを話すためだけじゃあないですよね?」
郷介の問いに葛原が「当たり前です」と答えた。居住まいを正し、葛原が言う。
「狂獄冬彦先生が取材旅行に同行する助手として、あなたを指名されたのです」
「は?」
郷介は本気で聞き返した。葛原の言っている意味が分からない。
狂獄冬彦と言えば、文壇に彗星の如く現れ、妖怪小説で大ヒットを飛ばし、若くして大家と呼ばれるまでになった大物小説家だ。賞だって片手で数え切れないくらい取っている。
片や郷介はと言えば、処女作がもののはずみで賞を取って以来鳴かず飛ばずの三流物書きである。面識だって無い。先程話に出た北陸での一件で見掛けた事がある程度だ。
暫し黙したまま見つめ合う二人。その沈黙に耐え切れなくなって郷介が目を逸らした瞬間、葛原が言った。
「二度は言いません。出発は次の土曜日です。目的地は京都」
「急ですね」
郷介の言葉を無視して、葛原が一冊の冊子を差し出した。表紙に「旅のしおり」とタイトルが付けられている。
「詳しい事はこれに全て書かれています。しっかりと目を通しておいて下さい」
冊子を手に取った郷介は、ぱらぱらと中を捲ってみた。コピー用紙を束ねて作った、粗末な冊子だ。だが恐ろしく手の込んだ装丁が施されている。
「あの、まさかこれ……」
「狂獄先生の手作りだそうです」
「お、恐れ多い事です……」
狂獄冬彦は兎に角凝り性だと噂には聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。紙質さえ良ければ、何処かで配布されていてもおかしくないレベルの出来である。
「そこにも書かれていますが、遅刻厳禁ですので。くれぐれも粗相の無いようにお願いします」
「くれぐれも」の部分を強調しつつ、睨み付けるかのように葛原が言った。気圧されながら郷介が当然の疑問を口にする。
「何でご指名を受けたのでしょう?」
「私が聞きたいくらいです」
どうやら葛原も詳しい事は聞かされていないらしい。
こうして郷介は、急遽狂獄の取材旅行に同行し、京都へ向かう事となったのである。
235問われる郷介:2010/11/14(日) 23:28:39 ID:dw4qTYpN0
「とーちゃん、きょうとへいくのか!?」
郷介が京都へ行くと知って、案の定息子のみちろうは自分も連れて行ってほしいと騒ぎ始めた。
「駄目だ。俺一人で来るようにとこれに書かれているんだ」
そう言って郷介は、手にした冊子をみちろうに見せた。
「ルールはやぶるためにあるんだぜ」
「何処で覚えてきたんだ、そんな言葉」
呆れる郷介。ひょっとしたらお隣のケンヂくんの影響かもしれない。
「お隣に預かってもらうのも考えものだな……」
「……わかった。こんかいはとーちゃんのかおをたててやる」
「そいつは有難う」
「おみやげ、よろしくな」
「任せろ。生八ツ橋買ってきてやる」
固い握手を交わす二人。
そして当日早朝、郷介は待ち合わせ場所の東京駅へと向かっていったのであった。
236問われる郷介:2010/11/14(日) 23:33:13 ID:dw4qTYpN0
二時間ちょっとの新幹線での移動の間、郷介は心労で倒れるかと思った。
隣の座席に座った狂獄は、移動中一言も喋らなかったのだ。寝ているのかと思ったが、郷介が少しでも動くとその都度「トイレですか」とか「お腹でも空きましたか」と声を掛けてくるのである。カラスマスク越しの少しくぐもった声で。
(この人は……わざとやっているのだろうか?)
そんな事を面と向かって尋ねるわけにもいかず、結局郷介は黙って「旅のしおり」に目を通していた。
名古屋を通過した辺りで、郷介は勇気を出して何故自分を助手に選んだのかについて尋ねてみた。だが狂獄は一言「それは現地に着いてからと言う事で」とだけ答えて、また黙り込んでしまった。
定刻通り京都駅に到着し、その後しおりに書かれてある予定通りに各地を飛び回った。郷介の仕事は主に荷物持ちである。
(これは……俺じゃなくてもいいのでは!?)
郷介のそんな心情を知ってか知らずか、狂獄は日の昇っているうちに京都各地を飛び回り取材し続けた。
日が沈み、漸く宿でゆっくり出来ると思ったのも束の間、狂獄は郷介に「では次に向かいましょう」と告げた。
「あの、続きは明日にしませんか?」
「僕はあなたと違って、何分忙しい身なのです」
さらりと狂獄が毒を吐いた。郷介はこれ見よがしに腹の虫を鳴かせるぐらいしか抗議する術がなかった。
237問われる郷介:2010/11/14(日) 23:38:43 ID:dw4qTYpN0
その数日後、郷介は「たちばな」で席に腰掛け、ずっと渋い顔をしていた。出されたお茶に手をつける事もなく、注文もせずに黙り込んだままの郷介に、立花日菜佳はお盆を胸の前で抱えたまま、心配そうな顔をしている。
「彼、どうしたんですかね」
報告がてら「たちばな」を訪れていたゴウキも、気になって仕方がないらしく、店の奥からこっそり郷介の様子を窺っている。
郷介は年明けの一件以来、出版社の行き帰りに時間を作っては「たちばな」を訪れるようになっていた。彼が事情を知っている人間だと言う事もあってか、何人かの鬼達ともそれなりに親しい間柄となっていた。
そんな常連さんが何やら悩みを抱えている様子なのだ。日菜佳もゴウキも力になりたいのはやまやまなのだが、どうにも話し掛け難い雰囲気である。
「ゴウキさん、ここは一つバシッと行ってきて下さいよぉ」
「ええ〜」
日菜佳にそう言われ、仕方なしにゴウキが郷介の席へと歩み寄っていく。
「こんにちは遠藤さん。どうしました。お仕事で煮詰まっているとか?」
「え……。ああ、そういうわけじゃないんです」
「ああ、そうですか。ははは……」
沈黙が流れた。郷介の傍で立ち尽くしたままのゴウキに向かって、日菜佳が「何をやっているんですか!」とジェスチャーで訴える。それに対し「無理です」とジェスチャーを返すゴウキ。
郷介の悩みの理由、それは旅行先で狂獄に言われた言葉が原因だった。それは……。
――いつまで猛士と付かず離れずの関係で居るつもりです?
初めこの発言を聞いた時、郷介は我が耳を疑った。頭の中が整理出来ないでいる彼に向けて、畳み掛けるように狂獄が言葉を継いでくる。
――あなたのような人を猛士ではグレーゾーンと呼んでいます。
――正直言って、中途半端に関わられると迷惑なのですよ。
――もう二度と関わらないよう忠告しておきます。
眼光鋭く、狂獄は郷介にそう告げたのであった。
そんな忠告――と言うよりも警告を受けてなお、郷介は「たちばな」に来てしまった。彼が渋い顔をしているのは、自己嫌悪によるところも大きい。
(狂獄先生は、どうして……)
狂獄が猛士の関係者だと言う事は分かった。だが、郷介をわざわざ呼び出してまで関わるなと告げた理由が分からない。
と、そこへ入り口を開けて誰かが入ってきた。すぐさま接客モードに入った日菜佳が「いらっしゃいませ〜」と声を掛ける。
「お一人様ご案内〜」
「やはりここに来ていましたか」
その声に郷介が振り返る。来店したのは狂獄だった。
日菜佳もそれに気付いたらしく、一目で分かる程に興奮している。
「誰です、この暴走族みたいなマスクをした人は?」
「知らないんですかゴウキさん!? 有名な小説家の先生ですよ!アニメばかり見ていないで、たまには本も読んだ方が良いですよ」
「耳が痛いなあ……」
「僕もアニメは好きですよ」
狂獄がさらっとそう言った。それに対し日菜佳が「ですよね〜」と声を上げる。
238問われる郷介:2010/11/14(日) 23:44:42 ID:dw4qTYpN0
目をぱちくりさせている郷介の向かいの席に、狂獄は腰を下ろした。
「何やってるの。お客様にはすぐお茶をお出ししないと駄目でしょ?」
そう言って奥から姉の香須実が出てきた。狂獄の前にお茶を置くと「御注文がお決まりでしたら声をお掛け下さい」と笑顔で告げ、再び奥へ引っ込んでいってしまった。
「先生……」
「遠藤さん、あなたとは丸一日行動を共にして、何かあった時にどう動くかはある程度シミュレート出来るようになったと自負しておりましたが……」
ここまで僕の予想通りに動いていただけるとは思いませんでしたと狂獄は告げた。
「僕がここに来る事が分かっていたと?」
「あんな事を言われた以上、何をするにもまずは猛士関東支部へ行くだろうと、ね」
黙り込む郷介。日菜佳とゴウキは二人して顔を見合わせている。
「……何故あんな事を言ったのです?」
ただのお節介ですと狂獄は答えた。
「日常から非日常を覗き見るのは楽しいでしょう。ですが、線引きはきっちりしないといけない。彼岸と此岸の境界を越えてはいけないのです」
引き返せなくなりますから――そう言うと狂獄は、カラスマスクを外してお茶を飲んだ。「きゃあ、先生がマスクを〜!」と興奮する日菜佳を、再び奥から顔を出した香須実が睨み付けた。
「……別に楽しんでいる訳じゃあありません」
「百パーセント誘惑に負けないと言い切れますか?」
無理でしょうとの狂獄の言葉に、郷介が俯く。
狂獄はきび団子を二つ注文すると、「奢りますよ」と言った。
「京都でも話した通り、あなたと同じ中途半端な立ち位置の人間は意外と多い。それでも皆、その立場を弁えている。だがあなたは違う。あなたは何と言うか……そう、『特異点』のようなものだと僕は解釈しています」
「特異点……?」
知人から、あなたに関する話を聞きましたと狂獄は言った。何か言おうとする郷介を制し、狂獄が続ける。
「昨年だけであなたは四度も鬼と魔化魍との戦いに遭遇している。これは普通、有り得ない事だ」
同じ事をバンキにも言われたなあと郷介は思った。今年の頭には五回目もあったと言う事だけは黙っておく。
異常です――そう真剣な顔で狂獄が言う。
「これ以上我々に関わると、最悪命を失うケースも考えられます」
あなたには子どもがいるのでしょうと言う狂獄に、郷介は言葉を失った。思えば、五回中四回はみちろうと一緒だった。もし狂獄が言うように自分に原因があるのだとしたら。
――俺は。
二人分のきび団子が運ばれてきた。「食べましょう」と言い、狂獄が爪楊枝を手にした。郷介もそれに倣ってきび団子を食べた。美味しかった。美味しいのだが――素直に美味しいと思える心境ではなかった。


続く
239名無しより愛をこめて:2010/11/15(月) 23:20:36 ID:7IaRdnMT0
おー高鬼SS作者さんだー
じらしプレイな前半ですね。続きもお待ちしてます

たちばな看板娘妹にちょっと涙腺が…
240鬼ストーリー年表:2010/11/29(月) 23:12:43 ID:3pcN6v0r0

・西暦2010年

 ミチヅキ、洋館の男女と遭遇する

241鬼ストーリー年表:2010/12/08(水) 23:56:20 ID:kPgT3TVU0

・西暦2006年

 狂極冬彦、「たちばな」に来店する

242決める覚悟:2010/12/13(月) 20:26:33 ID:cjpC2s3H0
「たちばな」での会談から僅か数日後、作家の遠藤郷介は東北新幹線へと乗り込んでいた。小説家としてではなく、ライターとして取材に赴くためである。本来行く予定だったライターが事故で入院したとかで、急遽お鉢が回ってきたのだ。
駅弁を頬張りながら、車窓を流れ行く景色に目を向ける。
「楽しみっスね、遠藤さん」
斜向かいの席に座って、みちろうとババ抜きをして遊んでいた大槻健児が言った。夏休みなので一緒に連れて行ってほしいと頼まれたのだ。
「あー、ババひいた!」
みちろうが大声を上げる。
「静かにしなさい」
郷介が息子の頭を軽く叩いた。
「遠藤さん、東北は初めてっスか?」
「ああ。そう言う君は?」
「俺もです。修学旅行は沖縄だったし、そもそも東京から北へ行くのは人生初っスね」
向こうの美味いもんが楽しみっスよと、嬉しそうにケンヂが言った。
彼等三人がこれから向かう場所、それは岩手県遠野市。「永遠の日本のふるさと」である。
243決める覚悟:2010/12/13(月) 20:31:49 ID:cjpC2s3H0
新花巻で釜石線に乗り換えて、揺られる事約一時間。一行は目的地である遠野の地へと降り立った。
「カッパだ!」
駅前に設置されてあるブロンズ製の三体の河童像を発見して、目を輝かせながらみちろうが走り出す。
「おい、危ない!」
郷介が制止するのも聞かず、みちろうは飛び出していった。だが、駅を出た瞬間、誰かに襟首を掴まれて引っ張り上げられてしまう。空しく宙で足をばたつかせるみちろうに向かって、彼を掴んでいる人物が有無を言わさぬ口調でこう言った。
「脇目も振らずに駆け出すのは危険だ」
後を追ってきた郷介とケンヂの下へ、みちろうを連れて歩み寄ってきたのは、短く整えた髪に眼鏡を掛け、皺一つ無い白い服をきっちり着こなした青年であった。
「みちろう!」
「保護者の方ですか?」
青年は「気を付けて下さい」とだけ告げると、みちろうを下ろして軽く頭を下げ、そのまま立ち去っていってしまった。
「何なんスかね、あの四角四面なお兄さんは」
だが郷介は、青年のベルトに吊られていたある物をずっと凝視していた。
「遠藤さん?」
「……あ、うん」
それは、昨年から今年に掛けて何度も見た事のある物――鬼と呼ばれる人物が使用する変身音叉だった。
狂獄の言葉が郷介の脳裏に蘇る。
(また自分から呼び寄せてしまったってか?ははは……)
これからの取材旅行、何も起こらない事をただただ祈る郷介であった。
244決める覚悟:2010/12/13(月) 20:37:00 ID:cjpC2s3H0
「で、何処行くんスか?」
気を取り直して、ケンヂがそう郷介に問い掛けた。郷介は、「善明寺と言うお寺へ取材に行く」と答えた。
「くるまでいくのか?」
「否、徒歩で行く。駅から歩いて数分の所にあるんだ」
そう言うと郷介は、駅前のロータリーを突っ切って真っ直ぐ歩き始めた。
遠野の町は、碁盤の目状に区画されている。小京都と呼ばれる由縁の一つだ。その道を右へ左へと数度折れ曲がると、目的地の善明寺へと辿り着いた。
「この寺に何があるンスか?」
「『供養絵額』と言って、死者を供養するために奉納された絵が何点も残っているんだ」
それの取材が、郷介の今回の仕事である。
「くようえがく?」
「何スか、それ?」
「死者があの世でこんな風に暮らせますようにと願いを込めて描かれた絵だそうだ」
門を潜りながら郷介が説明する。供養絵額は、ちょうどかの有名な「遠野物語」が出版された時期から作られ、奉納されるようになった物だと言う。
寺の住職に挨拶をし、早速一行は本堂に飾られた計二十点の供養絵額を見学させてもらった。そこには、冥土で生前と変わらぬ暮らしをする人々の姿が、色鮮やかに描かれていた。
「基本的に誰かと一緒の構図が多いっスね」
「家族と一緒に暮らす事が、この人達にとっての幸せだったんだろう」
そう言って傍らに立つみちろうへと目を向けるが――居ない。ほんのちょっと目を離した隙に居なくなってしまった。入り口の方を振り向くと、脱ぎっ放しの靴がある。どうやら外に出た訳ではないようだ。
「あれ見て下さい。柱時計がありますよ。あの世にも時間の概念ってあるんスかねぇ」
そう言ってケンヂが一枚の絵を指差したが、郷介はそれどころではない。
「あ、あっちには……寒暖計?あの世って熱い寒いの概念もあるんスね。死なない以外はこちらと全然変わんないんスかね」
「こちらの人が描いてるわけだしな。それよりみちろうの姿が見えないんだが……」
と、みちろうが大声で郷介を呼ぶ声が聞こえた。急ぎ声のする方へ行ってみると、とあるケースの中を背伸びして覗き込むみちろうの姿があった。
「とーちゃん、みてくれ。なんかおもしろそうなものがあるぞ!」
言われて見てみると、そこには小さな木箱に入れられた、これまた小さな何かが置かれてあった。木箱の正面に貼られてあった紙に書かれてある文句を、郷介が読み上げる。
「天狗の牙……」
「テング?」
「テングって、あの……」
ケンヂの表情が少し陰った。みちろうもである。どうやら二人揃って、一年前のあの出来事を思い出してしまったらしい。
駅で鬼と思しき人物と出会った直後に、今度は天狗の爪である。どうやら先程の祈りは天に届かなかったらしいと郷介は思った。
245決める覚悟:2010/12/13(月) 20:46:44 ID:cjpC2s3H0
善明寺での取材を終え、郷介は少し早めに予約してある民宿へ向かおうとしたのだが。
「まだ日も昇っているし、何処か見学に行きましょうよ」
ケンヂのその提案に、みちろうも乗っかり騒ぎ出した。だが郷介は嫌な予感がして、これを頑なに拒否する。
「どうしたんスか、遠藤さん」
「けちけちすんなよ」
「別にけちけちしている訳じゃあないんだけどさあ……」
しかし、結局押し切られてしまい、郷介は徒歩で行けない距離でもない五百羅漢と卯子酉様を見学しに行く事となった。
(まあ近場だし、出る訳ないだろ……)
そんな根拠の無い理由からだった訳だが……。
結論から言うと、この後一行は鬼と魔化魍との戦いに遭遇する事となる。ケンヂは三回目、みちろうは五回目、郷介に至っては六回目の遭遇であった。
246決める覚悟:2010/12/13(月) 20:55:58 ID:cjpC2s3H0
まず郷介達は、町外れにある卯子酉様へと向かう事にした。途中、足が疲れたと駄々をこね始めたみちろうを肩車してやりながら、郷介は夏の遠野路を歩いていった。その後から、案内所で貰った地図を片手にケンヂが続く。
卯子酉様は、縁結びの神様として信仰されている小さな社だ。ここには、社前の木の枝に左手だけで赤い布を結びつける事が出来たら、恋愛が成就するとの言い伝えが残っている。
「うっわ……」
実際に現地に着いてみると、そこは木の枝と言う枝から赤い布が垂れ下がっており、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「こりゃ凄いっスねぇ……」
ケンヂもまた、一目見て絶句してしまった。
「何人願いが叶ったんスかねぇ……」
「ここにぬのがたくさんおいてあるぞー!」
みちろうが赤い布を手に叫ぶ。所謂無人販売所と言うやつだ。参拝者は料金を納め、赤い布を取って願い事と名前を書き、枝に左手だけで結びつけるのだ。
「遠藤さんもやりますか?」
「俺はいいや」
郷介は、この赤い布が全て喪女や喪男の情念の塊に見えて、空恐ろしい気持ちになってしまった。だから、とても自分も参加する気にはなれなかったのだ。
結局ケンヂも「まだそういう気分にはなれないから」と断り、みちろうも「いろこいにキョーミはねえなあ」との事で、誰も布を結ぶ事なく卯子酉様を後にした。
247決める覚悟:2010/12/13(月) 21:01:29 ID:cjpC2s3H0
「次は五百羅漢スね。ここの裏の愛宕神社脇の山道を登っていかなきゃならないみたいっスよ」
「やまのぼりするのか!?」
どうやらみちろうは屋久島での登山を思い出したらしい。あの時、みちろうは意地を張って最後まで自分の足で歩き通したのだが、帰りのフェリーの中で「もうやまはこりごりだ」とぼやいていたのを郷介は忘れていなかった。
「山登りと行っても、そんな本格的なものじゃないだろう」
郷介の言う通り、そこまで険しい道のりではなかった。途中までは。
肝心の五百羅漢は木々が生い茂る斜面の岩場に点在しており、見物するためには足元に注意しながら進んでいく必要がある。
「これ、雪の積もる時期はどうなってるんスかね」
「無駄足だろうなぁ……」
そんな事を言いながら岩場を慎重に登っていく。
五百羅漢は、宝暦の大飢饉で亡くなった人々を弔うため、大慈寺の和尚が五年の歳月を掛けて自然石に彫り込んだ羅漢像の事だ。今は夏だから心配ないが、彼等の無駄話の通り、冬場は雪に埋もれてしまって何も見えない。
「へえ……」
そこかしこに無造作に転がる苔むした岩の一つ一つに、薄っすらとだが羅漢像が線彫りされているのが分かった。
「こけだらけだな」
「なんか屋久島を思い出すよな」
「屋久島ってこんな感じなんスか?」
そんな会話をしつつ奥へと歩いていく。
と、葉っぱを撒き散らしながら、山の斜面を何かが転がり落ちてきた。嫌な予感がする郷介。案の定それは、等身大の怪物だった。
248決める覚悟:2010/12/13(月) 21:08:37 ID:cjpC2s3H0
「さるだ!」
みちろうが目を丸くして叫ぶ。それは、猛士内においてマシラと呼称される夏の魔化魍だった。
岩に全身を強かに打ちつけたマシラであったが、何事もなかったかのようにむくりと起き上がると、自分が転がり落ちてきた方を真っ赤な顔で睨み付けた。
山の斜面に、二本角を生やし真っ白いマフラーを靡かせた鈍色の異形――鬼が立っていた。
(六回目だよ……)
額に手を当てて郷介が項垂れる。一方鬼は、郷介達の存在に気付き声を上げた。
「民間人!? そこの三名に告ぐ。速やかに避難されたし!」
だがそれでも動かない三人を見て、鬼は止むを得ずマシラの眼前へと飛び降りた。牙を剥き、マシラが鬼へと襲い掛かる。鬼はそれを最小限の動作でいなすと、がら空きの背中に音撃鼓を押し付けた。そして背後から音撃棒を抜き取る。
「七生報国の型!」
乱打に次ぐ乱打、そしてとどめの重い一撃がマシラの全身に清めの音を走らせ、これを文字通り粉砕した。
舞い散る粉塵の中、鬼が郷介達の方に振り向く。恐怖のあまり動く事も声を出す事も出来ないでいると解釈した鬼は、警戒を解くためにあえて素顔を晒した。
案の定そこには、眼鏡こそ外しているものの、駅で出会った青年の顔があった。
「恐れる事はない。俺は鬼――牙持たぬ人の剣なり」
顔面にこびり付いた血を拭う事なく、青年はそう告げた。
「否、恐れてる訳じゃないっス」
「あの、血、拭きます?」
そう言って郷介がハンカチを取り出した。
彼等のリアクションに怪訝そうな表情を見せる青年に向かってみちろうが、「にーちゃんもおにだったんだな!」と言った。
「にーちゃん『も』?」
苦笑いしながら郷介は青年に事情を話した。
249決める覚悟:2010/12/13(月) 21:16:39 ID:cjpC2s3H0
郷介の話――昨年から続く鬼と魔化魍との遭遇について聞き終えて尚、青年は無言だった。
次いで郷介は、狂獄から警告を受けた事も包み隠さず青年に話した。
「そんな事言われたんスか」
「とーちゃんって、まきこまれるのがしゅみなんだな」
「趣味じゃねーよ。ただ、関係者でも何でもないのにこれで六回目の遭遇となると……」
「特異点……っスか。あながち間違ってはいないようですね」
だよなあ、と肩を落とす郷介。そんな彼等に向かって、青年が口を開いた。
「俺は猛士東北支部所属、太鼓の鬼、レイキ」
レイキは郷介の目を真っ直ぐ見つめながらこう言った。
「その狂獄なる人物の発言は至極真っ当。しかし、論理に穴が一つあります」
あなたは自分から進んで巻き込まれている訳ではない――そうレイキは言い切った。
「全て不可抗力。此度もそうなのでしょう?ならば何も問題はありません。堂々と胸を張れば良い」
「ですが……」
「そもそも、あなたがどのような危機に遭おうと、守れば良いだけの話。それが鬼の存在意義。狂獄さんの言葉の真意が分からぬ以上、深く詮索する事は出来ませんが……」
あなたに何ら非は無いと俺は思います、と先程以上に力強い口調でレイキは断言した。
正直言って郷介は驚いていた。当の鬼からこのような自分を許容する言葉を掛けられたのだから。
(ひょっとして、また深く考え過ぎていたのだろうか……)
時間を作って早めにヒビキさん辺りに相談していれば、ここまで悩まなくて済んだかもしれない――そう思うと郷介は自嘲的に笑った。
「さて、俺はこれから往かなければなりません。あなた方も避難を」
「避難?」
「怪物はさっきあなたが倒したじゃあないですか!?」
レイキは、あれの親が未だ残っているのですと告げた。
「親?」
どうもそういう種類の魔化魍らしい。レイキの警告に従い、郷介達は町へと戻っていった。
250決める覚悟:2010/12/13(月) 21:23:43 ID:cjpC2s3H0
その日の晩、民宿で郷介は眠れぬまま布団の中にいた。隣ではみちろうがすやすやと寝息を立てている。
寝る前、土産物屋で購入した名物のどぶろくをたらふく飲んだのだが、どうにも神経が昂ぶってしまう。
原因は分かっていた。
風呂は二十四時間開いていると説明を受けたのを思い出し、ひと風呂浴びに行こうかと体を起こした直後、みちろうを挟んで反対側で寝ているケンヂが「眠れないんですか」と聞いてきた。
「そう言う君はどうなんだ?」
「寝れないっスね」
彼もまた、昼間に出会った鬼――レイキの事が気になっているようだ。
今まで出会った鬼は皆、郷介達の目の前で問題を解決してきた。それだけに今回のようなケースは初めてであり、故に不安なのだ。
だが、あのレイキと名乗る鬼がそう簡単にやられるとは到底思えなかった。だから不安を感じる必要など無い筈なのだが……。
「……眠れそうにないから風呂行ってくる。君はどうする?」
「俺もお供していいっスか?」
眠っているみちろうを起こさぬよう、二人して部屋を出て階下に下りる。
郷介もケンヂも、今頃あの鬼は何処で何をしているのか、そんな事を思っていた。未だ山中か、あるいは……。
251決める覚悟:2010/12/13(月) 21:31:33 ID:cjpC2s3H0
ごつごつした岩だらけの山中を、レイキは月明かりだけを頼りに駆けていた。彼を先導するのは、一匹の瑠璃狼だ。
駆け抜けながらレイキは、変身音叉を近くの木に打ちつけ、額へと翳した。炎に包まれたレイキの体が異形へと変貌していく。
炎を弾くと同時に、彼の首に巻かれていた純白のマフラーが大きく展開した。鬼の名は――零鬼。
変身を終えた零鬼の両脇を、何かが駆けていく。零鬼が動きを止めると、相手も動きを止め、岩場や木陰に身を隠した。
(数は三、親は無し)
構えを取り、零鬼が名乗りを上げる。
「正義降臨、零鬼!」
三匹のマシラが一斉に襲い掛かってきた。
マシラ――地方によって狒々や猿神、猩々と呼ばれる魔化魍だ。ここ遠野の地では猿の経立(ふったち)と呼称され、「遠野物語」にも記載されている。経立の特徴は、銃弾をも通さぬ強度を誇る毛皮だ。
(鬼棒術・昇火弾による迎撃は火災を引き起こす恐れあり。さりとて鬼爪による斬撃は効果見込めず。ならば!)
零鬼が大地を思い切り蹴り上げて跳躍した。彼の右手が炎に包まれる。
目の前に飛び出した一匹のマシラの顔面を、零鬼が鷲掴みにした。煙が上がり、肉が焼かれる音が辺りに響く。
「鬼闘術・加速削減!」
そのままマシラの頭を地面に押し付けた零鬼は、力任せにマシラの体を引き摺って走り始めた。摩擦熱により、火花が散る。
別のマシラに向け、火の着いたマシラの体を投げ捨てた。二匹のマシラは重なり合って岩に激突し、土煙を上げた。
残る一匹のマシラが、背後から零鬼に襲い掛かってきた。だが、燃え上がる右手から繰り出された手刀がマシラを叩き落とす。そのマシラの体を抱え上げると、零鬼は大きく体を回転させた。
「鬼闘術・超旋回!」
凄まじい勢いで投げ飛ばされたマシラの体が、起き上がったばかりの残る二匹の体に直撃する。すかさず、零鬼は音撃鼓・神風を装備帯から外すと、重なり合って倒れた三匹のマシラへと接近してこれを貼り付けた。そして。
「鬼我一体の型!おおお!」
音撃棒・大義を抜き取り、両手に構えて「神風」へと交互に、リズミカルに叩き付けていく。
「せい!」
とどめの一撃と共に、三匹のマシラは揃って塵芥となり果てた。
252決める覚悟:2010/12/13(月) 21:42:36 ID:cjpC2s3H0
マシラを倒した零鬼が気配に気付き振り向くと同時に、大きな手が彼の体を掴んだ。全長三メートルはあろう親のマシラが、木立の間からその姿を覗かせていた。
「ここまで大きく育ったか!」
握った手に力を込めるマシラ。その瞬間、零鬼の全身を炎が包んだ。熱に焼かれてマシラが手を離す。鬼法術・焦熱地獄だ。
だがマシラはすぐさま拳を握りしめると、零鬼が体勢を立て直す一瞬の隙を衝いて彼を殴り飛ばした。その怪力に十メートル近く飛ばされる零鬼。
「くっ」
零鬼は起き上がると、ゆっくりとこちらへ向かってくるマシラに向け、構えを取った。そして。
「鬼闘術・特攻!」
両の拳を打ちつけて気合を込める。するとどうだ、彼の胸部と背中を覆う装甲板が、体内へと吸収されていくではないか!
それと同時に零鬼の全身が鋼へと変わる。体内に取り込んだ装甲板と細胞レベルで融合したのだ。両の頬と両肩からも角が飛び出し、完全に強化変身が完了する。
「鋼我一体!いざ!」
ガチャガチャと足音を立てながら、零鬼が真っ直ぐに突撃していく。マシラの振り上げた拳が、零鬼目掛けて叩き込まれた。粉々に砕かれた岩の欠片と土煙が周囲に飛び散る。
零鬼は、下半身が地面に減り込みながらも、その二本の腕でマシラの重い一撃をしっかりと受け止めていた。
次にマシラは、零鬼を丸齧りしようと、その頭に噛み付いた。だが鋼と化した零鬼の体には文字通り歯が立たず、逆に牙を砕かれてしまう。
刹那、零鬼の体が上空高くへと跳躍した。月光を背に、空中で体を捻るとマシラ目掛けて急降下してくる。
「鬼闘術・重爆!」
強烈な跳び蹴りがマシラの顔面に叩き込まれた。マシラの体液が飛び散る。等身大の魔化魍ならこの一撃で充分に戦意を奪えるのだが、流石に大型だけあって頭を押さえつつも起き上がってきた。
「その意気や良し。当方に迎撃の用意あり!」
マシラが渾身の力で拳を叩き込んできた。迎撃すべく飛び出した零鬼は、手にした「神風」を盾のように使い、拳を受け止める。
拳に貼り付いた「神風」が大きく展開した。
「因果応報の型!」
流れるような動きで零鬼が「大義」を叩き込む。清めの音がマシラの巨体を縦横に駆け巡った。振動により大地が震え、周辺の岩に亀裂が走る。
マシラの拳が、腕が、肩が、順に爆ぜていき、遂に全身が爆発四散した。「神風」と「大義」を装備帯へと戻し、特攻形態と顔の変身を解除したレイキが、静かに呟く。
「任務完了」
夜風が戦いを終えた戦士の頬を撫で、靡くマフラーは月明かりに白く輝いて見えた。
253決める覚悟:2010/12/13(月) 21:48:10 ID:cjpC2s3H0
翌朝、次の取材地へと向かう前に駅の観光案内所へと立ち寄った郷介達は、山から戻ってきたばかりのレイキと再会した。
無言で敬礼するレイキの姿に、全て終わったのだと言う事を確信し、胸を撫で下ろす郷介。おそらくケンヂも同じ気持ちだろう。
「にーちゃん、もうかえるのか?」
「報告がありますので」
そう告げるとレイキは、再び敬礼して駅構内へと入っていった。ただ先程と違い、敬礼するレイキは笑顔だった。
「……さてと、俺達も行くか」
「今日は何処を取材するんスか?」
「今日は語り部のお婆さんから、遠野の昔話について取材する予定だ。その後はまた何処かへ観光に行こう。そうだな……伝承園にオシラサマでも見に行くか」
「オシラサマ?なんだそれ!」
ホームに列車がやって来た。きっともう二度と会う事は無いであろう戦士は、遠野の地を後にした。
254決める覚悟:2010/12/13(月) 21:54:37 ID:cjpC2s3H0
東京へ戻ってから二、三日後、郷介は再び「たちばな」で狂獄と面会していた。今回は郷介の方から呼び出したのだ。そして郷介の今の正直な気持ちを狂獄へと伝えた。
「成る程。誰に入れ知恵されたかは分かりませんが、それがあなたの答えですか」
そう言うと京極はお茶を一口飲んだ。店の奥からは立花日菜佳が顔を覗かせて、二人の遣り取りを見守っている。
狂獄は郷介の目をじっと見つめた。郷介もまた、逸らす事なく彼の目を見る。
「迷いは無いようですね」
あの日と同じきび団子を食べながら、狂獄が言う。
「実は僕も分かってて言っていました。あなたを責めるのは筋違いだと」
「は?」
「あなたの覚悟が見たかったんです。あなたが面倒事を引き寄せる性質だと言うのは間違いないでしょう。ならば必要なのは……覚悟」
「それは、猛士に入れと言う事ですか?」
違いますと狂獄は言った。
「とりあえずお子さんを危険な目に遭わせるつもりはないと、そうこの場で僕に誓っていただけますか?」
「ええ、それぐらいなら……」
満足そうに狂獄が頷く。
「あなたが選んだ道は、辛く険しい道かもしれない。その時ものを言うのがあなたの覚悟です。分かりますよね?」
「まあ……何となく」
何だか知らんがとにかくよしと言う事だろう、そう郷介は解釈した。
と、入り口を開けて誰かが入ってきた。見ると、昨年ここで父親について話をした、あの安達明日夢だった。向こうもこちらを覚えていたらしく、郷介に向けて会釈する。
父親との一件はどうなったのだろう、今ならばマシなアドバイスを送ってやれるかもしれない――そう郷介は思った。 了
255高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2010/12/13(月) 21:57:03 ID:cjpC2s3H0
遠野物語百周年記念の年なので、今年中に投下できて一安心。
あと、久々の人物紹介。


レイキ(零鬼)
 元ネタは最近続編の連載が始まった某マンガの主人公。
 名前の読みこそ同じだが、嘗て北陸支部に所属していた霊鬼とは一切関係は無い。
 「鬼闘術・特攻」はあくまでも身体を鋼と化す技であり、夏の強化形態とは異なる。
 また、この状態だと攻撃力と防御力が上がる代わりに炎属性の技が使えなくなる。
256名無しより愛をこめて:2010/12/15(水) 16:43:13 ID:Adl3nfQX0
案の定正義マフラーの人でしたかw
投下乙でした!
257鬼ストーリー年表:2010/12/16(木) 00:38:57 ID:srTHxZA/0

・西暦2006年

 遠藤郷介、レイキと出会う

258名無しより愛をこめて:2010/12/24(金) 00:53:43 ID:2qC+RJwq0
保守します
259月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/12/24(金) 21:49:40 ID:36NvO6ae0
前回>>223〜の続きを書きました。今後は、連作物としてぽつぽつと書いていく予定です。そんなわけでハンドル名を変えました。


二之巻「冴える白刃」


 月のない夜。
 飛行型の魔化魍を倒し終えた中部支部の管の鬼・行力鬼(ギョウリキ)は、空中に留まりながら一息ついていた。同じ支部の鬼・三日月鬼(ミカヅキ)と同様、彼は空を飛ぶ特殊能力を持っていた。
『空中浮揚能力(レヴィテーション)を持つ鬼か』
 背後に突如、冷気を帯びた男の声がして、緑色の鬼は振り向いた。先ほどまで魔化魍と自分だけが飛び交っていたはずの夜空に、忽然と和装の男女『武尊(タケル)』、『撫子(ナデシコ)』が姿を現わしていた。
『“力鬼(りき)の一族”は、鬼石の力で後天的に超能力を身につけた鬼なんですってね』 冷たい嘲笑を含んだ声で女が言った。
 主に猛士総本部に所属している“力鬼の一族”は、鬼石により増幅させた精神力を源として、超能力を操る一派である。
『それなら、この状態で鬼石がなくなったらどうなるのかしら?』
 和装の女は閉じた日傘の先を行力鬼の手元に向けた。不可視の力が緑色の鬼の手から音撃管をはじきとばした。金色の銃が遥か下方に広がる森の中に落ちていった。
 空中に留まったまま、行力鬼は身構えた。
『あら』
『管の鬼は“予備”の弾丸を持っているものだ』
 和装の男は銀色の金属に覆われた指先を緑色の鬼に向けた。
260月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/12/24(金) 21:51:42 ID:36NvO6ae0
『そこか』
 男の指先から空間に歪みが生じ、それは鋭く行力鬼の脇腹に突き刺さった。装備帯の側部から、ディスクアニマルと共に予備の弾丸がはじきとばされた。
 行力鬼は低く呻くと、空中に留まる力を失い、先ほど音撃管が落ちていった暗い森の中に落下していった。

「ギョウリキさん、全治三か月だそうですよ。これでしばらくユウヅキさんはシフトがキツそうですねぇ」
 蒼紺のオフロード車の運転席で、地味な青年が飄々とした声で言った。
「その、ユウヅキさんってどんな人なの?」
 助手席に座っていた若者、ミチヅキが青年に訊いた。
「こっちに配属されてから何か月もたってるけど、俺まだ一度も会ったことないよ」
「中部といっても広いですからねぇ。北陸支部が独立して、多少は範囲が絞られましたけど、それでも岐阜、静岡、愛知、三重……とカバーするわけですから。愛知から離れた支局に配属されていると、なかなか顔は合わせないものですよ」
 二人は、名古屋市の有名市立女子大の敷地の外に車を停め、校門から出てくる名古屋嬢たちの様子を窺っていた。
 名古屋には、東海地方きっての老舗女子大として三つの私立伝統校があり、この三校はそれぞれの頭文字を取って、通称「SSK」と呼ばれている。
 現在ではそのうち一校のみ男女共学化されているが、残る二つの大学は、ミチヅキたちがおいそれと足を踏み入れることのできない聖域だった。
261月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/12/24(金) 21:55:35 ID:36NvO6ae0
 校門からちらほらと出てくる、着飾った巻き髪の女子大生たちを見ていたミチヅキが、目を見張って運転席の青年の肩をたたいた。
「来た来た来た、あれそうだよね?」
「ああ、カナさんですねぇ、あれ」
「じゃ、ありがと!」
 青年に礼を言うと、ミチヅキはオフロード車のドアを開けて車外に飛び降りた。
 四、五人で連れ立って出てきた集団の中心に、金色にブリーチした髪を大きめカールでゆる巻きにし、黒アイテムで着飾った女子大生がいた。
「カナさん!」
 主人を見つけた犬のように喜びながら、ミチヅキはカナに走り寄っていった。
 周囲の女子大生たちが、カレシ? 彼氏? とニヤニヤしながらカナに言った。それに笑顔で違うよ、と答えてから、カナは彼女たちに先に行っていて、と促した。
「何よ、ポチ」
 連れ立って歩いていく友人たちを背に、カナはミチヅキに言った。十年間の空白を置いても、彼女とミチヅキの関係性に変わりはなく、二人は「飼い主」と「忠実な犬」のような距離を保っていた。
「俺ももう一人前だよ。いつまでもポチじゃないから。コードネームも貰ってるんだよ」
「ああ――ポチヅキだっけ」
 悪戯っぽく笑いながらカナは言った。
262月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/12/24(金) 22:00:01 ID:36NvO6ae0
 幼少の頃を愛知で過ごしたミチヅキは、両親の離婚に伴い、母親と共に静岡に移り住むことになった。それが、ミチヅキ八歳の時である。
 叔父のミカヅキのもとで鬼の修行を始める決意をし、十年ぶりに愛知に帰ってきたミチヅキは、そこで、二歳年上の幼馴染み、仁志加奈子――カナと再会した。
 二十歳を迎えたカナは素敵な名古屋嬢になっていた。
 二年間の修行生活を続けるうちに、ミチヅキのカナに対する憧れの気持は募っていった。その気持が抑え切れなくなってきた彼は、2010年のクリスマスイブを前にして、初めて猛士の仕事を離れて、カナに会いに行こうと決意した。
「で、何よ。どうしたの?」
「あ、ええと、その……今月、24日に時間とれる?」
「場所は? 時間は?」
「久屋大通公園で、夜6時にとかどう?」
「いいよー、シフト入ってないし」
 カナの言うシフトとは、猛士中部支部のサポーターとしての仕事を指している。カナは、ミチヅキの叔父であり師匠でもある、ミカヅキのサポートをしている。
「今日これからでもいいよ、友達には連絡入れるから」
「え、あ、今日だとちょっと……俺にもその、準備が……プレゼントがあるから」
「誕生日は3月だよ」
「クリスマスのプレゼント」
「ふうん、じゃ、24日ね。楽しみにしてるよポチー」
 笑顔で手を振ると、カナは友人たちのいった方向に歩き去っていった。
263月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/12/24(金) 22:01:52 ID:36NvO6ae0
 愛知と三重との県境近くの山間、その上空。
 高速で青空を縦横に切り裂き飛行する、黒い巨大な翼を持つ怪鳥の姿があった。
 その背に、白い鬼が音撃弦を突き立てていた。魔化魍バケカラスは鬼を振り落とそうと、狂ったように空を飛び続けていた。
 鬼は、白い体にオレンジ色の隈取、前腕をもつ二本角の鬼、三日月鬼だった。
『音撃斬・月下氷刃!』
 三日月鬼は音撃弦を演奏し、清めの音を響かせた。空中でバケカラスの羽撃きが止まり、その体は粉々になった。後には、大空の中に音撃弦『寒月』を手にした三日月が宙に浮揚する姿だけが残った。
 三日月鬼が弦から音撃震『雨月』を取り外して装備帯に戻していると、その上空から男の声が降ってきた。
『今日は昼間にやってきたよ』
 続いて女の声が降ってきた。
『これなら月の力を借りられないでしょう?』
 三日月鬼がそちらを見上げると、『武尊』と『撫子』が空中から彼を見下ろしていた。
『おまえらがギョウリキを病院送りにしたせいで、弦担当の俺に管向きの魔化魍退治がまわってきやがった』
 三日月鬼が嫌みを込めてと言うと、『武尊』は薄ら笑いを顔に張り付けたまま言った。
『狙い通りだ。こうして“空中”で君に会いたかったんだ。管の鬼を減らしておいて、飛行能力のある魔化魍をたくさん繰り出せば、こういう状況に持ち込めると思ってたんだよ』
『こういう状況?』
 和装の男の金属に包まれた指先が、三日月鬼の手にする音撃弦に差し向けられた。そこから空間の歪みがほとばしり、白い鬼の手から音撃弦が弾きとばされた。
264月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/12/24(金) 22:04:01 ID:36NvO6ae0
 クリスマスが近づいてゆく中、ミチヅキは日々の鍛錬を続けながら、カナに会いにいった日のことを思い出していた。

 蒼紺のオフロード車の中でカナを待つ間、ミチヅキは運転席の青年に、プレゼントについての相談をしていた。
「カナさん、何をあげたら喜ぶのかな」
「僕に訊かれましても。そういうお話は、君のお師匠さんのほうが得意なんじゃないですか? 中部支部の色男として殿堂入りしてますからね、ミカヅキさん」
「やなこったい。ミカヅキさんに話すと、三河の家中に広まるから。お袋は、親父と離婚して三河の家の人間じゃなくなったけど、一応親戚づきあいは続いてるからさ。とにかくお袋に筒抜けになるのだけは御免だ」
「こういうことにかけては、ベストな相談相手だと思うんですけどねぇ。ふだんからカナさんとコンビで活動しているわけですし、ミカヅキさんなら、カナさんが何をほしいかとか、わかると思うんですけど」
「そうはいっても、師匠ももうアラフォーだし。若者の感覚にはついてこれないっしょ。いまだにイケメンなのは認めるけど」
 今年二十歳のミチヅキから見て、ミカヅキは十七歳年上の叔父となる。外見上は三十路前後だが、今年で三十七歳になる。現役の鬼としてはなかなか高齢である。
「プラダなりブルガリなり、ブランド物でもプレゼントしたらどうですか」
「そんな金ないよ」
「では、いま現在の所有物のなかから、何か高価なものをあげるとか」
「……『十六夜(いざよい)』と『前夜(ぜんや)』が一番高いかな」
 これらはミチヅキの音撃弦と音撃震である。
265月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/12/24(金) 22:06:27 ID:36NvO6ae0
 音撃弦を失っても、三日月鬼は空中に留まったまま和装の男女を見上げていた。
『予備の鬼石をどこかに持っているということ?』
 囁くように『撫子』が隣の『武尊』に訊いた。それに対して『武尊』は、三日月鬼から目を離さぬまま言った。
『そういうことではなさそうだ』
 はるか下方の山間に落ちていった三日月鬼の音撃弦『寒月』が、見えない力にすうっと引き上げられてきた。
『狙い通りにいかなくて残念だな。俺は“力鬼の一族”とは違って、天然の超能力者なんだよ』
『天然の念動力(テレキネシス)か』
 すべてを理解して武尊は言った。
 三日月鬼は先天的な超能力者であり、力鬼の一族のように、鬼石を使って能力を増幅する必要はないということ。
 その力は念じるままに物体を動かす力であり、自分で自身の体を空中に浮かせたり、離れた所にある音撃弦を引き寄せたりすることが可能だということ。
『なるほど……。君の強化形態の出力は、“月鬼の一族”の中ではかなり低い方だ。にもかかわらず、君が二十年近くも中部支部のエースであり続けている理由が、よくわかったよ』
266月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/12/24(金) 22:08:34 ID:36NvO6ae0
『強化形態がなかろうが、超能力がなかろうが、立派な戦績を出し続けている鬼はたくさんいる。俺が鬼を続けていられるのは、兄貴の仇を討ちたいという執念があるからだ』
 三日月鬼は音撃弦を二人に向けて構えた。
『今日こそは、仇討ちを果たさせてもらうぞ、タケル、ナデシコ……!』
 空中を素早く移動し、三日月鬼はまず『武尊』に斬りつけた。男の指先が鉄壁のような手応えで音撃弦を受け止める。
『鬼法術・凍縛!』
 音撃弦から冷気がほとばしり、『武尊』が刀を受け止めていた指先から腕にかけてが、みるみる凍結していった。『撫子』が閉じた日傘を三日月鬼に差し向けようとすると、その動きが不可視の力に止められた。
『お前の念動力か』
 空中をじりじりと遠ざかり、『撫子』はやっとのことで三日月鬼の念動力の支配から逃れた。それを機に、『武尊』も身を引いて彼女のそばまで飛んだ。刀を構え直した三日月を見下ろしながら、彼は言った。
『君、なかなか手強いね。闘うのはまた今度にするよ』
 空中に浮かぶ和装の男女の周囲の空間が歪みはじめた。
『逃げるのか!』
『そろそろ月が出てきそうだし……』
 空間の歪みに姿をかき消される直前に、武尊は言った。
『僕たちも“強化”するから、それまで待っていてくれ』
267月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/12/24(金) 22:10:38 ID:36NvO6ae0
 そして迎えた12月24日、午後6時。イルミネーションで飾り付けられた公園通りで、ミチヅキはカナと落ち合った。
 その日のカナは、とても気合いを入れてお洒落をしているように見えた。
 ミチヅキは、手に荷物を持っていない彼を訝しがる彼女を、人通りの多い通りから物陰に連れていった。
「ポチのプレゼントって、何? 何も持ってないじゃない。ビルの電光掲示板にメッセージ流したりとかするの?」
「そんなんじゃ……そんな金ねぇし」
「じゃあ、何よ」
「言うよ」
 深呼吸してからミチヅキは言った。
「俺の持っている、一番高くて大事なものをあげようと思ったんだけど……」
「無理しなくていいよ、もっと稼げるようになってからでいいって」
「一番高いものって、音撃弦と音撃管で……」
「ホントにそんなのいいって。ポチなんだし」
「でも、もっと価値のあるものがあった」
 それまで語尾を濁していたミチヅキが、急に口調をはっきりとさせた。
「俺の、命をあげる」
 それまで笑って言葉をかけてきていたカナが、無言になった。
「俺たちの仕事って、危険と隣り合わせでしょ。俺が体張って、カナさんのこと護るから。いざという時には、俺が命をかけてカナさんのこと助けるから。だから――俺のサポーターになってよ!」
 カナの瞳が、少し潤んだように見えた。金をかけずにプレゼントを贈ることができ、しかもこれからは鬼とサポーターとして一緒にいられる時間も増える。このプレゼントは成功した。ミチヅキはそう思ったのだが――
268月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2010/12/24(金) 22:14:22 ID:36NvO6ae0
 なぜかカナの鉄拳が飛んできてミチヅキは見事に殴り倒された。サポーターになってほしい、というのは多少厚かましいお願いだったかもしれないが、殴られるほどのことを言った覚えはなく、ミチヅキは混乱しながら起き上がった。
「……命をあげるなんて、簡単に言っちゃダメ、ポチ」
「……え?」
「そういう気持、解らなくもないけど……命を犠牲にして護られたほうの気持を、考えたことある?」
 最後のほうは、少し泣き声に近かった。深く息をついてから、元の声に戻ってカナは言った。
「ごめん、私はミカヅキさんのサポートで手一杯だから。他をあたって」
 子供の頃にも殴られたことは何度もあったが、今回の一発は、ミチヅキにとって大きな衝撃を伴うものだった。
 しかしこの後、ミチヅキは更に衝撃的なものを目にすることになる。
 ――カナが立ち去ってからもしばらく物陰で動けずにいたミチヅキは、ようやく気を取り直して公園通りに戻った。そして、カナがまだ近くにいたら、謝ろうと思い、イブの夜を歩く人々の中から、彼女の姿を探し――
 遠くに後ろ姿を見つけ、ミチヅキは駆け出した。だが、彼女と手を繋いで隣を歩く、見覚えのある後ろ姿を見て足が止まった。
 カナの隣にいたのは、ミカヅキだった。
(ええぇ〜、そういうことぉ……?)
 そんな15歳の年の差カップルが成立しているとは、考えてもみなかった。
 遠くに、ミカヅキに顔を向けて楽しそうに笑っている、カナの横顔が見えた。
 中部支部の色男・殿堂入りには敵わない。諦めてミチヅキは公園通りを後にした。


二之巻「冴える白刃」了
269鬼ストーリー年表:2010/12/27(月) 23:46:43 ID:vFo0RrX10

・西暦2008年

 ミチヅキ、カナと再会する

270名無しより愛をこめて:2011/01/09(日) 11:54:49 ID:bI0X/Bch0
年も明けました。一応保守、ということで
271鬼ストーリー年表:2011/01/17(月) 01:32:57 ID:b7G4jaWW0

・西暦2011年

 サバキ、修羅により暴走する

272名無しより愛をこめて:2011/01/22(土) 01:15:56 ID:awRV+4ng0
やっと書き込めるーっっ
引越し騒ぎで2ケ月近くメイン回線無しの状態に(人任せにしたらアカンね)
頼みの芋場は終日絶賛規制中で閲覧だけとか…使えねぇorz

高鬼SS作者様
後半お待ちしておりました
新鬼さんがカッコいいなぁ…すみません元ネタわかりません
郷介も特異体質ゆえにこのまま鬼や猛士から離れてしまうのか、と
ヒヤヒヤましたが元鞘(?)なようで一安心

月鬼の一族作者様
連作ですね?続き物になるんですね?!イヤッホゥー
暗躍する男女が相変わらず不気味です
あと何て言うか、最後ミチヅキは勘違いしてるんじゃないかなぁ、て気が
273月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/01/31(月) 01:18:43 ID:98KDd7TP0
前回>>259-268の過ち:>>267 音撃管→音撃震
前々回>>223-230の過ち:>>229 満月男→満月鬼 >>230ミカズキ→ミカヅキ


『月鬼の一族』 三之巻「黙す暗闇」


 自室で一人、ミチヅキは目を閉じたまま携帯電話を持ち、ボタンに指を掛けていた。静まりかえった部屋には緊張感が漂っていた。
 携帯電話の画面には、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のログイン画面が表示され、パスワード入力が終えられていた。画面上のフォーカスはログインボタンを選択しており、後は携帯電話のパネルボタンを押すだけだった。
 ミチヅキは、このSNSに「ポチ」という会員名で登録している。

 久屋大通公園でカナに鉄拳をもらってから、顔を合わさぬまま数週間が経過していた。
 そして、つい昨日、うじうじしながらSNSで適当にプロフィール検索をしていたミチヅキは、カナらしき人物を発見して、その会員のプロフィールを穴が開くほど見続けた。
 その「カナやん」という会員のプロフィール写真は、栄町のイルミネーションだった。「仁志加奈子」という本名こそ載せていないが、自己紹介に書かれている誕生日や、これまで通ってきた学校の経歴から見るに、本人に間違いないと確信できた。
 さんざん悩んだ挙句、ミチヅキは、会員「カナやん」に、友人としてリンクをしてもらえるようリクエストを出した。それからまる一日が経過していた。
 おそらくカナは、SNSにログインしてミチヅキからのリクエストを見ている。先月のことを気にしていないのであれば、OKの返事がもらえているはずだ。
274月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/01/31(月) 01:22:11 ID:98KDd7TP0
 ミチヅキは目を閉じたまま、震える手でボタンを押した。そのまましばらく固まっていたミチヅキは、おそるおそる片目を開け、ログインが終了した携帯電話の画面を見
た。(参考AA:ttp://yaruo.infoseed.net/aa/yaruo-chira.html
 画面上にリクエストOKの文字を発見し、ミチヅキは突如「イエス!」と大声をあげガッツポーズを決めた。
「うるせぇよ」
 ノックもなしに叔父・ミカヅキがドアを開け放ち言った。
「うわっ、師匠! 来てたんだ」
 ミチヅキの部屋のドアを開けたのは、猛士中部支部の色男・ミカヅキだった。鬼の挨拶の慣習として、彼は独自の決めポーズとでも言うべき、敬礼に似たポースを甥に見せた。
 ただの敬礼と異なるのは、こめかみ近くにかざした右手の、人指し指と小指だけが立っている点である。
 指の立ちかたはヘヴィメタルにおけるメロイック・サインと同様だが、月鬼の一族においては、これはウサギの耳を意味していた。月の表面にウサギが餅をつく影が浮かぶという日本古来の言い伝えから、月鬼の一族を象徴するサインとして扱われている。
 ミチヅキは、ミカヅキの挨拶に対して、やはり人差し指と小指だけを立てた右手を前に突き出した。先代ミチヅキがとっていたポーズを、その弟であるミカヅキが、ミチヅキに伝えたものである。
275月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/01/31(月) 01:26:22 ID:98KDd7TP0
 ミチヅキが現在世話になっているのは、名古屋市南東の安城市にある、父方の祖父母の家だった。ミチヅキの父・先代ミチヅキと、その弟・ミカヅキの生家でもある。
「俺だってたまにゃー実家に顔くらい出すよ。どうした、なんか嬉しそうだな」
「別に……」
 憧れのカナとしっかり手を繋いで繁華街を歩いていたミカヅキの姿を思い出し、ミチヅキは無意識に仏頂面になって答えた。
 叔父が部屋を去ると、ミチヅキはあらためてリクエストOKのメッセージを確認してから、SNS上のリンクをたどってカナのホーム画面を見にいった。
 それまで全体には非公開だった日記を見ることもできたし、これからは、カナが日記を更新するごとに、ミチヅキのホーム画面にもその通知が表示されるようになる。その逆も然りであり、また、互いに日記にコメントを付けたりなどすることができる。
 次にミチヅキは、カナが参加しているSNS上のコミュニティを、改めて確認した。
 参加コミュニティは、友人としてリンクしている・いないに関わらず確認できるが、昨日は友人リクエストを出すことでいっぱいいっぱいになっていたため、よく見ていなかった。
 ミチヅキがカナの参加コミュニティ一覧を再確認してみると、『ちっさいおっさんが住んでいる』、『寝言は芸術だ!』などの、名前を見ただけで笑ってしまうような出オチのものにまじって、『比較文化学』というお固い名前のコミュニティがあった。
「?」
 今度会ったときに話題の一つにしようと思い、「比較文化学」について教えてほしいという旨をメッセージで送っておいた。
276月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/01/31(月) 01:29:11 ID:98KDd7TP0
 そして、先月の新月の晩から月齢がひと巡りし、再び訪れた月のない夜。
 岐阜県西部の山中に、白い幽鬼の姿が目撃された。
 目撃者の証言によると、魔化魍らしき怪物は、白く長い乱れ髪と白い巨躯を持っていた。その大きさは、全高七、八メートルはあったという。
「特徴はイパダダですが、大きさはヤマビコ並ですねぇ」
 蒼紺のオフロード車を運転するやせ形の青年は、のんびりとした口調で助手席のミチヅキに言った。
「またあの白い奴か」
 二人とも、イパダダには先々月に遭遇している。その時のイパダダの全高は、せいぜい二メートル程度だった。
「『イパダダ』というのは、元々は、『変な』とか『妙な』という意味の津軽弁です。……ですから、基本的に東北の魔化魍なんですよねぇ。前にも言いましたけど」
 話し続けながら、青年は目撃地に向けて車を疾走らせる。
「それをなぜわざわざ中部で育てているのか、少し判ったような気がします。
 通常ひと一人の魂を喰らえば成体となって活動できるのがイパダダですが、目撃証言にあったような大きなイパダダがいたとしたら、たぶん八魂(はったま)か十魂(じったま)くらいに成長しているはずです。鬼で言えば、強化形態に相当する力を持っていますよ」
 ミチヅキは車窓から夜空を見上げた。そこに、月鬼の一族の強化形態を発動させる月の光はなかった。それは、前方を見て運転を続ける青年も認識していることだった。
「確定ではありませんが――今回現れたのがイパダダだとすると、危険ですね」
277月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/01/31(月) 01:32:22 ID:98KDd7TP0
 魔化魍の目撃情報があった山間に到着した二人は、ベースキャンプを張って、夜闇にディスクアニマルの大群を放った。
 そして、待つこと数十分。茜鷹のディスクが、何者かが巨大な地響きをたてて歩く異音を持ち帰ってきた。それを知ると青年はミチヅキに尋ねた。
「どうしますか、ミチヅキ君。映像でイパダダかどうか、確認が取れてから次のアクションを決めてもいいんですよ。今日はミカヅキさんも長野のほうまで遠征していることですし、慎重にいかれてはどうですか」
「そんなコトしてられっかィ。もしここに出ている魔化魍が『イパダダ』だとしたら、もっと人を喰らって、もっと成長するんだろ?」
「ええ、三十魂、五十魂と、巨大な化物になっていきます」
「月の光がなくたって、すぐ近くで起きていることを放っとけるかってんだ」
 ミチヅキは腕の鬼弦を弾いて、額にかざした。かき分けられた前髪の下から熱く輝く鬼面が出現し、彼の全身は黄色い光に包まれた。強さを増した輝きが去ると、その下から、黒い体に黄色の隈取、前腕を持つ一本角の鬼・満月鬼が姿を現した。
「どうぞ」
 青年が差し出した音撃弦『十六夜』を手に、満月鬼はディスクアニマルが異音を採取した現場に向けて走っていった。
278月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/01/31(月) 01:36:50 ID:98KDd7TP0
 ミチヅキが現場近くの山道を警戒しつつ歩いていると、左右の上方から白い塊が飛びかかってきた。咄嗟に構えた音撃弦に塊の一つが激突し、暗い夜道にぼとりと落ちた。
 それは、平べったい胴体に三対の棘肢を有した、人面の魔虫だった。
『でっけぇ虫のタマシキかよ、キモっ』
 成犬ほどもある巨大な虫の前頭部には、長い触角を額に震わせた、白い憤怒の形相があった。
 その白い魔虫が、何匹も群れになって満月鬼に迫ってきた。
 洋館の男女が中部で育てるイパダダには童子と姫が不要らしく、今夜も彼らの姿はなかった。
 魔虫の節足に生えた鋭い刺に多少身体を傷付けられながらも、ミチヅキは音撃弦で次々とタマシキたちに止めを刺していった。
『やあやあ、やってるねえ』
『おさかんだこと』
 月のない夜空から、聞き覚えのある洋館の男女の声が降ってきた。暗くて姿が識別できないが、何もない空中に黒い二つの影が立っていることはわかった。
 重い地響きが近づいてきて、二つの影の背後に、夜目にも白い巨大な白髪鬼が現れた。
279月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/01/31(月) 01:40:51 ID:98KDd7TP0
『どうだい、十魂(じったま)になったイパダダだよ』
 得意そうに洋館の男は言った。
『それだけの人の命を奪ったってことだな? ふざけんじゃねぇよ』
『私たちは大真面目よ』
 男女の前に出てきた白い巨人が、ミチヅキに手を伸ばしてきた。音撃弦で応戦するも、深く斬りつけられない。十魂まで成長したイパダダの肌は強固だった。
『ずいぶん固いみてえだけどな、そういう魔化魍でも倒すのが弦の鬼なんだよ』
 素早くイパダダの手の甲に近づいたミチヅキは、背中越しに力一杯音撃弦を突き刺した。そこに音撃震『前夜』を取り付け、ミチヅキは清めの音を奏ではじめた。
 イパダダの手が地面から離れ、ミチヅキの足も地面から離れたが、彼は構わず演奏を続けた。
 イパダダが苦痛にもがいて腕を振り回すと、体勢が崩れてミチヅキの演奏は止まりかけた。バランスが取れずに演奏が途切れそうになる。だがミチヅキは諦めずに音撃を続けた。
 イパダダのもう一方の手がミチヅキの身体を捉え、一角の鬼を自らの手の甲から無理矢理引き剥がした。音撃弦『十六夜』がミチヅキの手から離れた。
280月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/01/31(月) 01:42:02 ID:98KDd7TP0
 低く唸りをあげながら、イパダダはミチヅキを握り潰しに掛かった。ミチヅキの全身は、二度と開かぬ巨大に万力に押し潰されていくようだった。
(ま……マジい、死ぬぞこれ)
 現場で初めて感じる死の恐怖の中で、ミチヅキの脳裏にミカヅキとカナの顔が浮かんだ。
 そのとき近くの木立の陰から蒼い二羽の鳥が飛び立ち、イパダダの両の目に突き刺さっていった。ミチヅキの身体を締め付けるイパダダの手が止まった。イパダダの両眼を傷付けたのは、ディスクアニマルの浅葱鷲だった。洋館の男は木立に目を向け言った。
『おや、そこに誰かいるのかい?』
「ええ」
 木陰から出てきたやせ形の地味な青年が、飄々と返事をした。
『こんなカラクリの式神二枚だけで、十魂のイパダダに勝てると思っているのかい?』
「思っていませんよ。ただの時間稼ぎです」
『なに?』
 青年が姿を現した樹は、十メートルほどの高さを持っていた。その頂上に、いつの間にか三本角の黒い人影が立っていた。
「本日は、急遽、うちのスミヅキさんを応援に呼ばせていただきました」
 樹の根方に立つ青年が語る中、その頂上に立つ、黒い体に紫色の隈取、前腕を持つ三本角の鬼・墨月鬼は、ひと言も喋らなかった。
 声にならぬ気合いを発しながら、黒い鬼は跳躍して樹から離れ、イパダダの背に飛びかかった。墨月鬼は、手にしていた音撃鼓『晦(つごもり)』を白髪の巨人の脳天にあてがうと、それを大きく展開させた。
281月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/01/31(月) 01:48:41 ID:98KDd7TP0

 ――音撃打・征風鳴月の型!
 夜空に鋭い声が響いた。
 両手に持つ音撃棒『朔(ついたち)』で音撃鼓を叩きはじめた墨月鬼の身体は、黒光りして輝いていた。これが墨月鬼の強化形態だと気づき、洋館の男は意外そうに言った。
『月もないのに、強化形態になれるのか?』
 その問いかけに、遠くから地味な青年が答える。
「スミヅキさんは、新月の晩にだけ強化形態になれるんです。――つまり、夜闇の中では『月鬼の一族に死角なし』ということです」
 イパダダの手から力が抜け、解放された満月鬼は『うわーっ』と悲鳴を上げながら地面に落下した。
 強化形態となった墨月鬼の音撃は、満月鬼の半分以下の演奏時間で確実に魔化魍の体内に浸透し、イパダダを清めきった。闇の中で白い身体が爆発し、霧となって散っていった。
『ふん……少なくとも、あの若い鬼は、我らの探している者ではないな』
『あの危機的状況で何の力も発動しないのなら、可能性はなさそうね。行きましょう』
 洋館の男女は上空で冷笑すると、自らが作り出した空間の歪みの中に姿を消した。
 地面に倒れていた満月鬼の顔のすぐ横の地面に、彼自身の音撃弦が落ちてきて突き刺さった。
『イっ……! あっぶねぇッ』
 続いて、ごく静かな音をたてて、墨月鬼が軽やかに地面に降り立った。
 顔の変身を解除したミチヅキが「ありがとうございます、スミヅキさん」と礼を言うと、墨月鬼は人指し指と小指を立てた右手の甲を左胸の前にかざして挨拶し、くるりと背を向けその場から去っていった。

「スミヅキさんって、ホントに無口だよね」
 後日、栄町駅近くの喫茶店で待ち合わせをしたカナに、ミチヅキは言った。
「今回はイイトコなかったねー、ポチ」
 スプーンでパフェを突つきつつ、ニヤニヤしながらカナは言った。
282月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/01/31(月) 01:52:51 ID:98KDd7TP0
「えーっ、俺だってタマシキ退治したしィ」
 不満を口にしながらも、ミチヅキは平和な週末の昼下がり、カナとこうして繁華街のカフェで過ごしているという状況に満足していた。
「こないだメッセージで送った、『比較文化学』のコト、教えてくんない?」
「私が大学でしてるおベンキョーの内容。いろいろな国の文化を比較するんだ。食事とか、ファッションとか、宗教とか」
「へぇ。カナさんは何を比較してんの?」
 ミチヅキはホットサンドをパクつきながら尋ねた。
「今は、神話関係。日本書紀と旧約聖書とか。――ポチ、三貴神ってわかる?」
「わかりマスン」
「どっちだ、あはは。三貴神っていうのは、アマテラスと、ツクヨミと、スサノオのこと。みんなイザナギの子供で、それぞれが、イザナギの目や鼻から生まれたって言われていてー」
「そうなの?」
「うん。で、旧約聖書だと、イヴがアダムの肋骨から生まれたっていうエピソードがあって。国際的に文化を比較すると、不思議な共通点があるなーって……そういうのを見つけたり、共通していない所は、どうして違いが出たのか考えたりするおベンキョー」
 そこに、端正な顔立ちの色男が近づいてきた。ミチヅキの師匠であり、カナがサポーターをつとめる鬼・ミカヅキだった。カナが呼んだのだろうか、とミチヅキは思った。
 ミカヅキは、サポーターと弟子に対して、決めポーズを見せながら、笑顔で声を掛けてきた。
「よう。カナ、ミチヅキ」
 どうにもいたたまれない気持になり、「急用を思い出した」と言ってミチヅキはその場を辞した。


三之巻「黙す暗闇」了
283名無しより愛をこめて:2011/02/01(火) 19:07:21 ID:byXazpiu0
月鬼の一族作者様、投下乙です。
ミチヅキ君頑張れ。いつかカナが振り向いてくれるその日まで。
284名無しより愛をこめて:2011/02/01(火) 20:40:10 ID:2oKneqMZ0
思ってたより早くに続きキター

白い幽鬼と対峙する黒い鬼
>夜闇の中では『月鬼の一族に死角なし』
か…かっこ良すぎるっ洋館の男女どもザマーミロなのですよ

ミチヅキは、あえてヘタレと言いますまい
好きな人の事ならあんなものだよね
285鬼ストーリー年表:2011/02/15(火) 00:51:49 ID:bw7QK1wF0
・西暦2010年

 ギョウリキ、全治3ヶ月の負傷
286名無しより愛をこめて:2011/02/21(月) 21:53:00.39 ID:9GdCPgVh0
w
287森は静かに死ぬ:2011/02/23(水) 22:59:36.92 ID:3XOHpW4V0
明るい木漏れ日が入り込んでいるはずの森は やけに気味が悪かった。
それは 親やクラスメートのような、心から笑ってない笑顔と同じような感じだった。

そんな風に、本当ならば癒されるはずの森林の雰囲気され、勘ぐってしまったのは、目の前の異常な光景のせいなのだろうか。
目の前では 先ほどまで一緒にいた少年たちをボリボリと喰らう化物とその姿を愛おしそうに見つめる女の姿があった。

化物はおそらく蜘蛛だ。

しかし、蜘蛛の姿をしているがその大きさは異様なまでに大きい。
あらゆる言葉を考えたが、化物と呼ぶのが一番的確な表現な記がした。

側にいる女も 異形のものだと直感的に感じた。
黒く長い髪と 白い肌。
髪は健康的な黒ではなく、まるで妖気や影を吸い込んでいるかのような、艶がない、
すべてを呑み込むような闇の色をし、白い肌は血の気を感じさせない無機質な陶器のように見えた。

大きな蜘蛛は、尖った棒のような足を器用に動かし、少年を食べやすいように小さくちぎり、堅そうな顎に運んで行く。
少女はそれをまるで犬か猫が食事をしているようにしか見えず興味深そうにただ見ていた。

「怖くないのかい」

女は少女に話しかけた。
少女は小さく頷くと再び蜘蛛が食事する姿を見続けた。
288森は静かに死ぬ:2011/02/23(水) 23:01:02.45 ID:3XOHpW4V0
三人いたはずの少年は 気付けば二人がいなくなっていた

悲しいと感じない。
少年たちとは ただ暇つぶしに遊んでいただけで、そこに仲間意識や恋愛感情などといったものはない。


それよりも、喰われる恐怖に怯えてないぐらいにまで、麻痺してしまった自分の生への拘りのなさに、ただ呆れ返っていた。

「私も食べる?」

少女が淡々というと、女はケラケラと少女を笑った。

「諦めがいいのか、生きる気がないのか。あっさりしているねぇ。残念だけど、あんたまではこのコは食べられないよ」

安心したような 残念なような複雑な気分だった

「なんで人を食べるの?」

少女は聞いた。

女は冷たい目で少女を見ながら答える

「生きるためだよ」
「元はね、木の実や 獣なんかを食べて 寿命がきたら死んで 土に帰り 森の栄養になっていたんだけど、誰かが 人しか食べられなくして
さらに空気ではなくて 人の邪鬼を吸って 成長するように変えてしまったんだよ」
「貴方がそうしたの」
少女は純粋な気持ちで聞いたが、女はギロリと睨み否定した
「阿保な事をいうんじゃないよ 私はこんな下品に大きいのは嫌いだし、狂った犬のように凶暴にさせやしないよ」
「じゃあ、ここで何をしていたの」

女は森の木々を見上げて言った。

ここはもうすぐ水の中になるんだよ。ダムっていうのかい?森も、ここに住む生きものも魑魅魍魎もすべて水の底に沈むんだよ。
人の考えることなんて知らないけどネ、人間が色んな意味で幸せになるそうだよ」

そう言えば、この辺がダムになるって聞いたことがある。

「もう何十年も前から そんなことを言い出してね、最初はこの辺に住んでた人間も抵抗してたみたいだけど、
若者には金を渡し、都会に行かせ。残った老いぼれが朽ち果てるのをまっていたみたいだね」

「じゃあ、化物も動物も引っ越せばいいじゃばい」

「そうしたいけどね、 残念だけど木には足がないし そんなに大勢で引っ越しても行く先はないんだよ。
だからね、この子はここに少しでも長くいるために 必死になって人間を襲っていたんだよ。あの馬鹿夫婦に魂を売ってまでね」

「でも もうすぐそれもできなくなる 鬼が来るんだよ。忌々しい鬼が気持ち悪い音色奏でに来やがる
289森は静かに死ぬ:2011/02/23(水) 23:02:14.23 ID:3XOHpW4V0
鬼…?

化物が鬼を恐るの?

少女は不思議に思った

その時、目の前を赤い鳥のようなものが横切った。

「ほら。 鬼が来た」

女は哀しい目をして 蜘蛛に近づき 顎のあたりを 優しくなでた。

「お別れだね、坊や 哀しいけど、 清められ土に帰るんだよ けど、寂しくないよ みんなここにいるからね」

女がそういうと、化物とは反対の林の中から男が歩いて来た。

「こっちへおいで、巻き添えは嫌だろうよ」

女に導かれる様に 少女は大きな木の陰に ひっそりと身を隠す。

男は何か小さなものを額に近づけると 炎に包まれ やがて異形の者へと変わった。

蜘蛛は大きな手足を振りまわし 時折、糸を撒き散らしながら 異形のものに抵抗する
しかし、蜘蛛が段々と力を失い 敗北が近づいているのが 少女にもはっきりとわかった
蜘蛛がひれ伏すように 崩れると 異形の者は 蜘蛛を太鼓のように 叩き始める

太鼓の音と共に 蜘蛛の叫び声が聞こえた様な気がした。

叩く度に蜘蛛の躰にヒビが入り、次第に崩れていく。
少女の体の真にまで響く太鼓の音は 段々と大きくなり 気付けば蜘蛛の叫び声は聞こえなくなっていた。

少女はその光景を凝視していた。
君の悪い化物が死んでいく姿なのに、何故か哀しくなり、響く太鼓の音が酷く耳障りで不快な音になっていった。

気づくと音は止んだ。それと同時に蜘蛛の姿も消えていた。
290森は静かに死ぬ:2011/02/23(水) 23:03:59.83 ID:3XOHpW4V0
終わったね」女は冷たく言った。

蜘蛛が消えたのを確認すると、異形の者は顔だけが人に戻り、闘いの前に一瞬だけ見かけた少女を探した。

「どうする あれはああ見えるが 人の味方さ
あそこに行けば 元の平凡な暮らしに帰れるぞ」女は男を指差し言う。

少女は女が異常であり 危険な存在であることを理解していた。だが、何故か女の言葉は信用できた。

おそらく、男の元に行けば この異常な空間から開放され 元の暮らしに帰れるのだろう。しかし…。
しかし、戻ってどうする。
また 学校にも行かず、街で適当に知り合ったもの達と 適当な時間を潰す 日々が続くだけだ。
久々に顔を会わせても親は何も言わないだろう。

死んでいるような人生にわざわざ戻る必要などあるのだろうか。

そう考えたら、少女は動くのをやめた。。
そして、しばらくすると男は森の奥へと進み見えなくなった

「お前さん いいのかい このまま ここで獣に喰われるかい それとも、一緒に水の底に行きたいのかい」

「わからない。でも 戻るぐらいなら それでもいい」

女の冷たい目に、少女の死んだ目が写る。
少女の心理を察したように女はいう。

「あんたも あの子達と同じようなもんだね」

化物と同じ。その言葉が自分を表す一番正しい言葉だと少女は思った。

「おいで」

女はそういって 男が来た反対側の 霧のかかった森の奥へと歩き始めた。

少女は何も言わずに あとについていく
歩きづらい 山道であったが、少女は置いて行かれない様に 必死になってついていった。
ここで女を見失って、森に置いてけぼりにされたら、また元の世界に戻される。
そんな気がしたからだ。

女と、それを追う少女は霧に飲み込まれいった。

誰も居なくなった森は 眠っているように 静かだった

おわり
291名無しより愛をこめて:2011/02/24(木) 20:26:43.12 ID:G2eXVEd40
これはまた随分とダークな感じで

えっとスレが最下層まで落ち込んでるんで浮上します
292月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/02/27(日) 20:31:15.31 ID:9YLFevVW0
前回>>273-282で書きたかったこと:かぎ括弧を使った台詞がないキャラクターを描く


『月鬼の一族』 四之巻「薄らぐ影」


 名古屋において、栄(さかえ)に次いで代表的な繁華街である、名古屋駅周辺。そこは、百貨店などのビル群が立ち並び、多くの買い物客で賑わう場所となっている。
 その日の昼、ミチヅキは、駅の東側を南北に走る名駅通り沿いで、魔化魍退治の現場に向かうための足を待っていた。
 蒼紺のオフロード車が近づいてきて停車し、運転席のパワーウィンドウが開くと、やせ形の地味な青年が顔を出した。ミチヅキが人差し指と小指を立てた右手を突き出しポーズを決めていると、その後頭部に何か小さなものがコツンとぶつかってきた。
「うわっ」
 ぶつかったのはそれほど重いものではなく痛みはなかったが、突然のことに驚いて、ミチヅキは思わず声を出した。彼が、自分の頭にぶつかり地面に落ちた小さなものを拾い上げてみると、それは一つのチロルチョコだった。
 チョコが飛んできた方を振り返ると、女子校の制服を着た、黒髪の小悪魔が意地悪く笑って立っていた。
「ちょっと遅くなったけど、バレンタインのチョコあげるから、ありがたく思いなさい。ソレが好物なんでしょ?」
 筒井津奈美――ツナミ、若干13歳。“力鬼(リキ)の一族”の鬼候補生の一人である。
「誰に仕込まれた」
 ミチヅキの好物がチロルチョコというのはまったくのデマであるが、今年のバレンタイン・デー以来、中部支部内では、デマを信じた体(てい)で、ミチヅキにチロルチョコを渡すという悪ふざけが横行していた。
293月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/02/27(日) 20:34:30.95 ID:9YLFevVW0
 力鬼の一族――鬼石で気を増幅して超常的な力を出すことを特徴とするこの一派は、猛士総本部およびいくつかの支部を合わせて14名ほど存在し、通称PSI・14(ピーエスアイ・フォーティーン)と呼ばれている。
 彼らは鬼候補生のことを「研究生」と呼び、修行として鬼の仕事に同行させていた。
「ちょっと出動時間が早いんじゃないのー? “月鬼の一族”なんて、昼間はタダの鬼と変わんないでしょ。あっ、ミカヅキさんは別格だからね」
 ミチヅキの師であり叔父であるミカヅキは、イケメンということで彼を知る女性猛士メンバーから人気がある。それに加えて彼は、先天的な超能力者であるということから、力鬼の一族からも一目置かれていた。
「うるせーな、お前らだって鬼石の力を借りなきゃタダの鬼と変わんないだろ」
「鬼が鬼石使うのは当たり前でしょー、何言ってんの?」
 ミチヅキを小馬鹿にしながら、ツナミは対向車線に停まっていたオレンジ色のオフロード車に向かって道路を走っていった。彼女も既に、鬼石で気を増幅して『他心通』というテレパシー能力を行使する鬼法術を会得していた。
「ツウリキさんたちは北に向うみたいですねぇ。私たちとは逆方向です」
 運転席から、のんびりとした口調で青年が言った。

 猛士中部支部からミチヅキのもとに出動要請が来たのは、数時間前のことだった。知多半島に在住の協力者から魔化魍目撃の連絡があり、今日が満月ということで、ミチヅキの出動が決まった。
 日が暮れて月が昇れば、その光によってミチヅキは強化形態的な力を出すことができる。
294月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/02/27(日) 20:39:13.18 ID:9YLFevVW0
 魔化魍の出現を予報している三波女史によると、気候や地形などの条件から、バケガニ系統の魔化魍が発生している、というのが第一報だった。しかし、支部に顔を出して直接話を聞いてみると、不可解な点があるので注意してほしいと言われた。
 現地の協力者が目撃したのは魔化魍そのものではなく、童子と姫だった。その二匹の特徴が、バケガニ系統の魔化魍を育てる童子・姫のそれと、かなり異なるという情報が入っていた。想定外の魔化魍が発生している可能性が高い、と女史は言っていた。
 なお、ミチヅキは三波女史からも悪ふざけのチロルチョコを手渡された。
「モテモテですね、ミチヅキくん」
 現地へと車を疾らせながら、運転席の青年は言った。助手席に座るミチヅキは、両手にツナミと女史からもらったチロルチョコを乗せながら、苦い顔でそれに応えた。
「チクショウ、ぜんぶ三波さんのせいだ」
 2月14日のバレンタインデー、中部支部に何名かのメンバーが集合していたとき、ミチヅキは幼馴染みのカナからチロルチョコを貰って小躍りするほど喜んだ。たとえ駄菓子だとしても、その日に彼女からチョコを貰えたということが彼には嬉しかったのだ。
「師匠はゴディバのチョコを貰ったって、あとで本人から聞いたよ……」
「まあ、ミカヅキさんは仕事上のパートナーですし。去年鬼デビューしたばかりのミチヅキくんとは、そのくらいの差はつくんじゃないですか」
「俺がカナさんからチロルチョコをもらったときの様子を、三波さんが見ててさ。支部中にその話を流したらしくて」
 三波は、ミカヅキとの扱いの落差にミチヅキが落ち込んだことも知っているはずだが、その後、面白がって「ミチヅキはチロルチョコが好物である」という話を冗談半分で支部内に伝えたらしい。
295月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/02/27(日) 20:42:13.25 ID:9YLFevVW0
「俺ってイジられキャラだったんだな……知らなかったよ」
「私なんかイジられるどころか、後から『あの時いたっけ?』と言われることがしばしばですよ」
 二人を乗せた蒼紺のオフロード車は、海岸の道路を南下していった。

 昼過ぎに現地の海岸に到着したミチヅキたちは、岩場にベースキャンプを張って、魔化魍探索のためのディスクアニマルを辺り一帯に放った。すると、一時間もしないうちに何体かのディスクアニマルが、魔化魍の痕跡らしき音声を持ち帰ってきた。
 ディスクアニマルが異音をキャッチした地点と時間から、現在魔化魍がいると思われる場所は大体特定できた。
「まだ日没までだいぶありますよ、ミチヅキ君。それでも行きますか?」
「ったりめーよ。ツナミの言うとおり、確かに昼間は他の鬼と変わんないけど、それでも、迅速に退治をするのは当然だ。被害は最小限に留めなきゃ」
「わかりました。が、注意してくださいミチヅキ君。ディスクアニマルが捉えた音声ですけど、あれはどう聴いてもバケガニ系統のものではありません」
「わかってらィ」
 ミチヅキは音撃弦『十六夜』を手にベースキャンプを出発し、人気のない、地形険しい海岸へと向かっていった。あとに残された青年が苦笑しながら呟く。
「……まったく、熱血君ですねぇ。そういうところは先代そっくりです」
296月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/02/27(日) 20:47:05.22 ID:9YLFevVW0
 ミチヅキが現場の海岸で遭遇したのは、草のような髪を生やし、汚泥にまみれた両腕を持つ、怪童子と妖姫だった。ミチヅキは音撃弦を岩肌に突き立てて鬼弦を鳴らした。
 二体が口から吐きかけてきた泥の塊が、ミチヅキの全身から発される黄色い光に阻まれる。変身が完了すると、黒い鬼は音撃弦を手に怪童子と妖姫に迫り、次々と斬り倒していった。
『おいおい、季節外れにもほどがあるぜ』
 あきらかに、童子と姫の特徴は、夏の魔化魍ドロタボウの育ての親のものだった。満月鬼の見立て通り、続いて海岸の岩場に、頭部からとげとげとした草を生やした等身大の魔化魍が現れた。
 育ての親と同じく、汚泥にまみれた両腕をのろくさと伸ばしてくるその魔化魍は、どう見てもドロタボウだった。ミチヅキは、あの男女の仕業であると直感した。
『ま、“やつら”が中部に来てるんなら、ナンデモアリってことか。どうせ、弦でも倒せる弱い個体なんだろ?』
 素早く詰め寄って斬撃を加えると、魔化魍の背中の瘤から、分身したかのように数体のドロタボウが生まれ出た。
『ふ、ふ、増えたーっ!』
 満月鬼がオロオロしていると、背後から陰気な男の声が響いてきた。
『は、は、は。馬鹿な鬼だねえ。ドロタボウを斬ったら増えてしまうって、お師匠さんに習わなかったのかい?』
『知ってらィ!』
 満月鬼が振り向くと、そこに忽然と身なりのいい男女が立っていた。
『てめえらッ!』
 音撃弦を振りかざして迫ってきた満月鬼に、身なりのいい男は銀のサックを嵌めた指先を向けた。すると、不可視の力が直撃し、見えない壁に突き当たったかのように満月鬼は後方に倒れた。
297月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/02/27(日) 20:52:27.13 ID:9YLFevVW0
「無茶はいけませんよ、ミチヅキ君」
 海岸の岩肌の上を歩いてくる、やせ型の青年が言った。
『……誰? 鬼のサポーター?』
 身なりのいい女が怪訝な顔で問いかけると、青年は足を止め、執事のように右手を左腰に添えて一礼した。
「あのう、私これでも、あなたがたが現れた時には、毎回居合わせているんですけどねぇ」
『……そうだったか?』
 身なりのいい男も怪訝な顔になって言った。
「私、まだ移動車両を持っていない鬼のサポートをしたり、他のサポーターの代行などもしていますが、本業は別にあります」
 身なりのいい男は、青年の左腰に添えられた右手に注目した。よく見ると、人差し指と小指が、兎の耳のように伸ばされている。それは、彼もまた“月鬼の一族”であることを意味していた。
「申し遅れましたが、私、中部支部で鬼をやっております、ウスヅキといいます。専門は太鼓になります」
 取り出した音叉を腕に当てて震動させると、青年はそれを額にかざした。蒼雷が総身を包み、やがてその中から青い四本角の鬼が姿を現した。
「ウスヅキさんッ!」
 立ち上がって叫んだ満月鬼を、薄月鬼は手で制して言った。
『ここは私にお任せください』
 音撃棒『朧』を手にした薄月鬼は、のろのろと動いているドロタボウの親子に近づき、複数の「子」たちを『朧』による殴打でたちまち粉砕した。そして、装備帯から取り外した音撃鼓『霞』を残った「親」の背にかざすと、展開して巨大化させた。
298月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/02/27(日) 20:59:49.23 ID:9YLFevVW0
『音撃打・雲神月聖の型!』
 薄月鬼の音撃打がドロタボウの「親」を撃破した。土くれに変わり崩れ果てる魔化魍を尻目に、青い鬼は身なりのいい男に言った。
『ミチヅキ君やミカヅキ君にとって、あなたがたは肉親の仇であるということはご存知だと思います。しかしですね、先代ミチヅキを殺めたその時から、あなたがたは“月鬼の一族”全員を敵に回しているのだということも、ご承知願います。
 私はもちろん、スミヅキさんも、ユウヅキさんも……あなたがたを仇だと思っていますよ』
 身なりのいい男は、不敵に笑って言った。
『面白い。その、ユウヅキという鬼にはまだ会えていないが……我々は今、君ら一族に非常に興味を持っているんだ。君らのほうから近づいてきてくれるのなら願ったり叶ったりだよ』
『そうかよ』
 ふいにすぐそばから声がして、身なりのいい男は瞬間的に身構えた。満月鬼がすぐ側まで接近し、音撃弦『十六夜』を振りかざしていた。
 満月鬼が叩き付けた弦の刃先を、男は指に嵌めた銀のサック一つで受け止めた。
『昼間の君らは普通の鬼と変わらない。いや、君にいたってはそれ以下の未熟者だ』
 満月鬼は、剣先にあらんかぎりの力を込めながら言った。
『俺は……オヤジが死んだって実感があまり無い。オヤジが死んだのはガキの頃の話だし、離れた所に住んでいたし。正直言って、今でもオヤジは俺が知っている若い姿のまま、どっかで生きているような気がすんだよ』
 身なりのいい男は、指先一つで黒い鬼の斬撃を押し止め続けた。
『ちっちぇえ頃、オヤジに遊んでもらった記憶が、愛知にはある。カナさんと一緒に楽しく遊んだ思い出が、ここにはある。そこを、お前らの遊びか何かで荒されるのは我慢ならねぇ』
299月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/02/27(日) 21:04:00.38 ID:9YLFevVW0
『いくら凄んでみたところで、ヒヨッコの子鬼風情に僕がどうかできると思うのか?』
 音撃弦と指先を拮抗させる二者の真横の空間に、人型のノイズが現れた。それは、凝って橙(だいだい)色をした細身の鬼の姿となった。その左右の腕には、シールド・サーベル状の装着型音撃弦を纏っていた。その手が伸びてきて黒い鬼と男に触れた。
 その瞬間、橙色の鬼のサーベルとシールドに嵌め込まれているオレンジ色の鬼石が輝いた。それと同時に三者の周囲の空間はノイズに満たされ、一瞬の閃きののち、青空のもとにいたはずの周囲は暗転していた。
『……鬼法術・神足通』
 女の声が、橙色の鬼から発せられた。満月鬼はそちらを振り返り、驚いて言った。
『ツウリキ!?』
 身なりのいい男は急いで周囲を見回した。
 先ほどまで傍らにいた、身なりのいい女の姿がない。
 昼の日の光も、海岸の岩肌もない。
 三人がいたのは、どことも知れぬ夜の岩場だった。
『“ここ”なら“全力”が出せる。やれ、ミチヅキ!』
 通力鬼が口早に言った。満月鬼は、力を振り絞り、音撃弦の刃を受け止める、身なりのいい男の指先に向かって力を込めた。全身に力が漲り、満月鬼の体が金色に輝いた。身なりのいい男はその様子に気づいてはっとした。
『“月鬼の一族”の力か!? なぜ今“変われ”る!』
 男の背後の闇夜、上空に、皎々と巨大な満月が輝いていた。
 満月鬼の体の輝きがひときわ強く増した。その瞬間、音撃弦の剣先が、自らを受け止めていた銀のサックを砕き、その中身の指を斬り、手を裂き、腕を断ち割った。
『ぬ……お……ッ』
 腕を縦に根本まで切り裂かれ、身なりのいい男は後ろ倒しに崩れた。
『神足通……テレポーテーションか!』
 残る腕で裂かれた腕を庇いつつ、男は自らの周囲の空間を歪ませ、その中に姿を消した。
300月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/02/27(日) 21:10:52.58 ID:9YLFevVW0
 知多半島の海岸の岩場にいた身なりのいい女の傍らに、身なりのいい男が不意に姿を現した。彼は息を切らし、縦に切り裂かれた腕をもう一方の手で押さえていた。
『どこに行っていたの!? それにその怪我は……!』
『俺にも判らない』
“太平洋の真ん中にある、ろくに人も住んじゃいないような島さ”
 突如、天から声が降ってきた。身なりのいい男女は、その声に聞き覚えがあった。月鬼の一族の、ミカヅキという鬼の声だった。
 海岸に戻ってきた身なりのいい男の後を追うように、黒い鬼と橙色の鬼も瞬時にその場に戻ってきた。
“少しは驚いたか。俺の弟子が本気を出せば、お前なんてこんなもんなんだよ”
『師匠? いま一体、何がおきたんだ?』
 満月鬼は、ミカヅキの姿を探して辺りを見回しながら言った。
“慌てるなミチヅキ。俺はいま離れたところから、ツナミの他心通の力を借りてお前たちに話しかけている”
 ミカヅキの声は、その場にいる彼らの頭の中に直接響いていた。
“俺は、まずツナミの他心通を中継してツウリキを呼んだ。それから、ツウリキの神足通で、お前たちをすでに日没が過ぎている地域に飛ばしてもらった。日本が満月の日は、世界中どこでも満月だからな”
 力鬼の一族の一人、ツウリキには、自身が瞬間移動する力と、自らが触れている他者を瞬間移動させる力がある。
『小賢しい真似を……!』
 痛みに顔を歪めて身なりのいい男は言った。そして、身なりのいい女に依頼して、この場から別空間へ繋がる空間の歪みを作り出してもらい、その中へと消えていった。
301月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/02/27(日) 21:14:12.93 ID:9YLFevVW0
 通力鬼は満月鬼を振り返った。
『それじゃ、あたしは自分の現場に戻るよ。まだ魔化魍を探している最中だから』
 そう言うと、橙色の鬼は、空間に走るノイズに姿を変え、その場からふっとかき消えた。後には、音撃弦を持つ黒い鬼だけが残された。
 ――その様子を遠くから、音撃棒を肩にかついだ青い鬼・薄月鬼が眺めていた。
『うーん……今回は、私の見せ場満載のはずだったのですが……すっかりミチヅキ君においしいところを持っていかれてしまいましたねぇ』

 ウスヅキの運転するオフロード車に乗って現場から帰宅する途中、ミチヅキは猛士中部支部の表の顔である、名古屋市内のうどん屋に立ち寄った。支部内によからぬ噂を流した三波女史に文句を言うつもりで、ミチヅキはウスヅキと共に店の奥に入っていった。
 猛士内部の人間のみが知る「猛士の間」に入ると、そこに三波小絵(さえ)がいた。笑顔が魅力的な女性で、彼女を知る関係者、特に男性からの支持は多い。魔化魍の予報は極めて正確で、美と知を兼ね備えた存在として支部内では人気が高かった。
「三波さん、今日はツナミが俺ンとこにチロルチョコ持ってきましたよ。あれが俺の好物とか言うの、やめてください」
「あら、そう? 今日あなたが出動している間に、ここにユウヅキさんが来てこれを置いていったんだけど、どうする?」
 三波女史が手にした盆にチロルチョコが一つ載っていた。
「俺……会ったこともない人からもコレっすか?」
「もらえるだけいいじゃないですか」
 横からウスヅキがぽそりと呟いた。


四之巻「薄らぐ影」了


302名無しより愛をこめて:2011/02/27(日) 22:16:08.40 ID:Ch1cp7sO0
投下お疲れ様です!
今日は映画観に名駅周辺をふらついてたので冒頭ニヨニヨしちゃいました
現役の鬼がサポートを勤めたりとか月鬼の皆さんはやっぱり特殊な感じですね
それともウスヅキさんが別格なのかなぁ
影薄くないですよ?格好良いですよ?知的な太鼓の人って貴重かも
303名無しより愛をこめて:2011/02/28(月) 23:55:01.80 ID:HXEHSOwn0
 名古屋において、栄(さかえ)に次いで代表的な繁華街である、名古屋駅周辺。そこは、百貨店などのビル群が立ち並び、多くの買い物客で賑わう場所となっている。
 その日の昼、ミチヅキは、駅の東側を南北に走る名駅通り沿いで、魔化魍退治の現場に向かうための足を待っていた。
 蒼紺のオフロード車が近づいてきて停車し、運転席のパワーウィンドウが開くと、やせ形の地味な青年が顔を出した。ミチヅキが人差し指と小指を立てた右手を突き出しポーズを決めていると、その後頭部に何か小さなものがコツンとぶつかってきた。
「うわっ」
 ぶつかったのはそれほど重いものではなく痛みはなかったが、突然のことに驚いて、ミチヅキは思わず声を出した。彼が、自分の頭にぶつかり地面に落ちた小さなものを拾い上げてみると、それは一つのチロルチョコだった。
 チョコが飛んできた方を振り返ると、女子校の制服を着た、黒髪の小悪魔が意地悪く笑って立っていた。
「ちょっと遅くなったけど、バレンタインのチョコあげるから、ありがたく思いなさい。ソレが好物なんでしょ?」
 筒井津奈美――ツナミ、若干13歳。“力鬼(リキ)の一族”の鬼候補生の一人である。
「誰に仕込まれた」
 ミチヅキの好物がチロルチョコというのはまったくのデマであるが、今年のバレンタイン・デー以来、中部支部内では、デマを信じた体(てい)で、ミチヅキにチロルチョコを渡すという悪ふざけが横行していた。
 力鬼の一族――鬼石で気を増幅して超常的な力を出すことを特徴とするこの一派は、猛士総本部およびいくつかの支部を合わせて14名ほど存在し、通称PSI・14(ピーエスアイ・フォーティーン)と呼ばれている。
 彼らは鬼候補生のことを「研究生」と呼び、修行として鬼の仕事に同行させていた。
「ちょっと出動時間が早いんじゃないのー? “月鬼の一族”なんて、昼間はタダの鬼と変わんないでしょ。あっ、ミカヅキさんは別格だからね」
 ミチヅキの師であり叔父であるミカヅキは、イケメンということで彼を知る女性猛士メンバーから人気がある。それに加えて彼は、先天的な超能力者であるということから、力鬼の一族からも一目置かれていた。
「うるせーな、お前らだって鬼石の力を借りなきゃタダの鬼と変わんないだろ」
「鬼が鬼石使うのは当たり前でしょー、何言ってんの?」
 ミチヅキを小馬鹿にしながら、ツナミは対向車線に停まっていたオレンジ色のオフロード車に向かって道路を走っていった。彼女も既に、鬼石で気を増幅して『他心通』というテレパシー能力を行使する鬼法術を会得していた。
「ツウリキさんたちは北に向うみたいですねぇ。私たちとは逆方向です」
 運転席から、のんびりとした口調で青年が言った。
猛士中部支部からミチヅキのもとに出動要請が来たのは、数時間前のことだった。知多半島に在住の協力者から魔化魍目撃の連絡があり、今日が満月ということで、ミチヅキの出動が決まった。
 日が暮れて月が昇れば、その光によってミチヅキは強化形態的な力を出すことができる
304名無しより愛をこめて:2011/02/28(月) 23:56:22.01 ID:HXEHSOwn0
魔化魍の出現を予報している三波女史によると、気候や地形などの条件から、バケガニ系統の魔化魍が発生している、というのが第一報だった。しかし、支部に顔を出して直接話を聞いてみると、不可解な点があるので注意してほしいと言われた。
 現地の協力者が目撃したのは魔化魍そのものではなく、童子と姫だった。その二匹の特徴が、バケガニ系統の魔化魍を育てる童子・姫のそれと、かなり異なるという情報が入っていた。想定外の魔化魍が発生している可能性が高い、と女史は言っていた。
 なお、ミチヅキは三波女史からも悪ふざけのチロルチョコを手渡された。
「モテモテですね、ミチヅキくん」
 現地へと車を疾らせながら、運転席の青年は言った。助手席に座るミチヅキは、両手にツナミと女史からもらったチロルチョコを乗せながら、苦い顔でそれに応えた。
「チクショウ、ぜんぶ三波さんのせいだ」
 2月14日のバレンタインデー、中部支部に何名かのメンバーが集合していたとき、ミチヅキは幼馴染みのカナからチロルチョコを貰って小躍りするほど喜んだ。たとえ駄菓子だとしても、その日に彼女からチョコを貰えたということが彼には嬉しかったのだ。
「師匠はゴディバのチョコを貰ったって、あとで本人から聞いたよ……」
「まあ、ミカヅキさんは仕事上のパートナーですし。去年鬼デビューしたばかりのミチヅキくんとは、そのくらいの差はつくんじゃないですか」
「俺がカナさんからチロルチョコをもらったときの様子を、三波さんが見ててさ。支部中にその話を流したらしくて」
 三波は、ミカヅキとの扱いの落差にミチヅキが落ち込んだことも知っているはずだが、その後、面白がって「ミチヅキはチロルチョコが好物である」という話を冗談半分で支部内に伝えたらしい。
「俺ってイジられキャラだったんだな……知らなかったよ」
「私なんかイジられるどころか、後から『あの時いたっけ?』と言われることがしばしばですよ」
 二人を乗せた蒼紺のオフロード車は、海岸の道路を南下していった。
昼過ぎに現地の海岸に到着したミチヅキたちは、岩場にベースキャンプを張って、魔化魍探索のためのディスクアニマルを辺り一帯に放った。すると、一時間もしないうちに何体かのディスクアニマルが、魔化魍の痕跡らしき音声を持ち帰ってきた。
 ディスクアニマルが異音をキャッチした地点と時間から、現在魔化魍がいると思われる場所は大体特定できた。
「まだ日没までだいぶありますよ、ミチヅキ君。それでも行きますか?」
「ったりめーよ。ツナミの言うとおり、確かに昼間は他の鬼と変わんないけど、それでも、迅速に退治をするのは当然だ。被害は最小限に留めなきゃ」
「わかりました。が、注意してくださいミチヅキ君。ディスクアニマルが捉えた音声ですけど、あれはどう聴いてもバケガニ系統のものではありません」
「わかってらィ」
 ミチヅキは音撃弦『十六夜』を手にベースキャンプを出発し、人気のない、地形険しい海岸へと向かっていった。あとに残された青年が苦笑しながら呟く。
「……まったく、熱血君ですねぇ。そういうところは先代そっくりです」

305名無しより愛をこめて:2011/03/01(火) 09:03:54.48 ID:mfHaNo610
>>303-304
作者様による校正?
それとも誤爆ですか?
306名無しより愛をこめて:2011/03/01(火) 20:31:01.42 ID:fDAy93K/0
>>305
イタズラでしょ。ネットにはいろんな人がいるから。
307名無しより愛をこめて:2011/03/06(日) 20:27:51.45 ID:fKv3LgYR0
EP1 妖の守り人

「こいつだ、ミズキ」
銀色の蜘蛛は、女の肩から土蜘蛛を見下ろした。

人が簡単に入れない森の奥で、女とその肩に乗る銀色の蜘蛛は、泡を吹きながら地面に突っ伏している土蜘蛛の側に立っていた。
土蜘蛛は時折、シューシューと鳴きながら自由の効かない節足を動かそうとしていた。
「うわ、だいぶキてるね」
蜘蛛にミズキと呼ばれた女は、土蜘蛛の様子を伺う。
「大体 発症から一日半経過ってところか」
手のひら程しかない銀色の蜘蛛は、自分より大きい土蜘蛛の頭にのりマジマジと見た。
リュックサックなどの荷物をいったん置くと、土蜘蛛の八つある目をミズキはペンライトで照らし、一つ一つ覗き込む。
「……完全に意識が飛んでいる。クソガキどもの仕業だね」
ペンライトをポケットにしまうと、シザーバッグから箸ぐらいの長さの黄色い針を取り出し、土蜘蛛の首のあたりにすっと突き刺す。
針を刺された土蜘蛛は見る見る内に深い眠りに堕ちた。
ミズキは土蜘蛛を抱きかかえ、どっこいしょ、と腹が見えるように引っくり返す。
まだ二メートル程しかない土蜘蛛だったが、結構な重量があった。

「ちょっと触るね」ミズキは腹の辺りを触診し始める。
一度ささっと全体を撫でる様に触ると、今度はゆっくり時間をかけて触っていき、ある一点で触る手が止まる。
「チシュ、ナイフだして」
銀色の蜘蛛がリュックをガサガサとあさり サバイバルナイフを取り出す。
ミズキはそれを受け取ると土蜘蛛の腹に一線の傷をつける。傷口から緑色の膿がじわりと滲んだ。
切り口の周りを拳でぐりぐりと力一杯押すと傷口からは膿がビュっと飛び散り、ミズキの顔を直撃した。
「……最悪」
チシュはリュックサックからタオルを取り出しミズキに渡す。
今すぐにでも体を洗いたかったが、顔の辺りと短い栗毛の髪だけを軽く吹き再び膿を絞り出し続けた。
その間にチシュは薬箱からアンプルと注射器を準備する。
「12番で大丈夫か」チシュは細い足で掴んだ黒いアンプルをミズキに見せた。
ミズキはアンプルを見て、少し考えてから土蜘蛛をもう一度確認する。

「いや、16番の彼岸薬にして、だいぶ進行しているから経絡に注射しないと駄目だと思う」
チシュは言われたアンプルに変え、ガリガリとかじりアンプルを開ける。
308名無しより愛をこめて:2011/03/06(日) 20:30:14.59 ID:fKv3LgYR0
ミズキは膿を出しきると針とチシュの糸で 腹の縫合をし始めた。
「もうちょっとだからね」
縫合終えるとミズキは土蜘蛛を元の体制に戻し、アンプルと注射器を受け取り土蜘蛛の首の辺りに注射する。
「かなり弱っているな」チシュは心配そうに言った。
「クソガキどもが人間じゃなくて、死んだイノシシでも食べさせたみたい。息が臭いもん」
注射の後をテープで止めるとミズキとチシュは治療器具を片付け始めた。
「どうする 一っ走り 人間の赤ん坊でも探すか」
「回復にはそれが一番いいけど、人間は面倒だよ、うっかり鬼が来ても大変だしね」
魔化魍にする為にかなり強力な薬品なり術なりを施された土蜘蛛は、その反動でひどく衰弱し、大量の気を消耗していることが目で見てもわかる程になっていた。
「危険だけど人間を探すか……」
そう考えていると、ミズキは後頭部から気配を感じ取る。そして薄気味悪く笑い、上を指差した。
「……チシュ、ちょうどいいのが来たよ」
チシュが見上げたその先には童子と姫の姿があった。
「……その子を返せ」
童子は冷たい女の声でいった。
ミズキは童子の方を見向きもせずに言い返す「返すも何も うちの子だよ」
土蜘蛛に刺していた黄色い針を引き抜くと、シザーバッグに戻し、代わりに緑色の針を取りだす。
「この子達を飼うには 坊や達にはまだ早い−―」ミズキは気味悪く笑い、針を構えた―。

数時間後

「慌てたアシナガ、あっ♪」
森の中は一切の光を失い闇の世界となっていた。
そんな、まともな人間では 到底歩けない山中を暢気に歌いながらミズキは下っていた。
「エンコウ、滑って、えっ♪」
土蜘蛛に童子と姫を餌にして与えたが、結局、まともに歩けるまで見守っていたら
すっかり日は暮れ、夜行性の妖怪達が目覚める時間になっていた。
「今日はどっかに泊まるようだな」
「そうだね せっかくだから温泉とかあるといいな」
一仕事終えたチシュとミズキはすでに観光気分になっていた。

――しかし、妖怪達が随分減ったな
暗い森を見渡しながらミズキは思った。
土蜘蛛やオトロシのような好戦的な種類ならば、馬鹿夫婦に魔化魍にされて鬼に殺られて 減って行くのはわかる。
しかし、小豆洗いや化け狸のなどの基本的に人間に無害で、闘争心のない物たちが減っているのはおかしい。
森林破壊などの影響などの類ではない。誰かに意図的に狩られている。そんな減り方だった。
「なんか変な事にならなければいいな……」
ミズキはポツリと呟く。
そしてベタベタになっていた自分の頭を触るとクンクンと自分の臭いを嗅ぐ。
土蜘蛛の膿と童子達の返り血で、なんとも言えない不快な匂いがしていた。
「あーあ、女の匂いが一切しない」
「いつものことじゃねぇか」クククと笑い、チシュが言う。
「まあね、自分でも色気がないと思う」
そう言ってミズキとチシュはケラケラと笑った。
「魔化魍になりたい女の子、女の子になりた男の子♪」

ミズキの適当な替え歌が暗い山に響いた。

EP1 妖の守り人
309名無しより愛をこめて:2011/03/06(日) 21:13:13.22 ID:ysbZ3IQg0
人を守る鬼の側でも魔化魍側でもない、不思議な感触の話ですね
異界の住人から見れば、どちらも敵対…まではいかなくても
相容れないモノ、という感じでしょうか
そういえば洋館の男女の正体って結局わからず終いでしたっけ
310名無しより愛をこめて:2011/03/07(月) 14:33:33.29 ID:qJYgA+q40
>307-308
投下乙です。
「森は静かに死ぬ」の続編のようですが次回が楽しみです。
本タイトルはまだ決まってないようですが、変なイタズラも入ってきてますので
タイトルとコテハンが決まったら付けてくれると安心です。
次の投下お待ちしてます。
311鬼ストーリー年表:2011/03/17(木) 21:45:00.24 ID:YqInC/aQ0

・西暦2011年

 ヒビキ、引退を宣言して「たちばな」を出て行く

312名無しより愛をこめて:2011/03/26(土) 21:26:36.54 ID:RqyVgeqY0
中四国支部の人が数年振りに新作を発表してた……
313名無しより愛をこめて:2011/03/27(日) 06:57:54.78 ID:7j+tmD6F0
test
314暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/03/27(日) 07:03:01.88 ID:7j+tmD6F0
>307,308からの続き
EP2 ミズキと鬼
昨晩、イッタンモメンの様子がおかしいという連絡が、地元の民宿で休んでいるミズキの元に届いた。
連絡を受けたミズキ達は急遽、昨日とは違う山を登り、山中の湖へと向かった。
ミズキは 猿のような動きで険しい山の森の中を、ひょいひょいと駆け抜けて行く。
「チシュ、護国寺さんから症状はきている?」
移動しながらチシュに患者の容体を確認する。
「動きがもっさりとして飛べないそうだ。食欲もない」
しばらく黙りながら 症状から原因を模索する。
「一か月前に診た時のイッタンモメンは成体だったよね」「ああ、五歳ぐらいだったか」
「年齢的に魔化魍になりかけているようなら凶暴性が増すはずだけど、逆に食欲がなく弱っている。おそらく何か間違えて食べたのかもね」
「人間のゴミか何か?」
「そんなところかな。あの湖は遊びに来る人は居ないけど、不法投棄とかあるみたいだし……」
病状を予想しているうちに、森の中から湖が見えた。

森を抜けて辺りを見渡す。
湖の一部に大量の廃棄物と一台の軽トラックが放置されているのを見つける。
ミズキは車に近づくと キーが刺さったままになっていることに気付いた。
中をのぞくと、ガソリンはEのマークになっていた。

「予想通り、ゴミ捨て中に人間は食われたみたいだな」
「まあ、自業自得じゃない?鬼が動いてない所を見ると、善良な市民では無さそうだしね」
ミズキは荷物を置くと、転がっていた棒を拾う。そして湖の側に近き、水面をリズミカルに叩いた。
まるで金属を叩いているようなカンカンという音は波紋となり、水面を伝わっていく。
そして湖の真ん中から大きな影が近付いて来た。
影が陸地に近づくと大きな水の塊が岸にザブンと飛びだし、中から巨大なエイの様なイッタンモメンが姿を現した。

「やあ、元気に……してなかったよね?」
ミズキはイッタンモメンの鼻のあたりを撫でると、そこにすっと黒い針を突き刺した。
イッタンモメンは一度感電したようにブルッと震えると大きな口を開く。
「ちょっと診せてね」ミズキはペンライトで口の中を確認する。
洞窟のような口の中は傷が無数にあり、さらに傷口は酷い炎症を起こしていた。
「どうだ」「うん、傷だらけの上に炎症している。」
はっきりとは見えないが、おそらく胃の中まで同じ症状だろう。
中の様子を見ながらクンクンと臭いを嗅ぐと、人工物から生まれる異臭が微かにする。
やはり異物を飲み込んでいる、ミズキはイッタンモメンの体内から異物を取り除く方法を考えるが、
糞で出させると腸や肛門までやられる可能性があると判断し、吐かせる事をにした。
「チシュ、逆流丸を二つ」
チシュは薬箱から茶色い玉を二つ取り出しミズキに渡す。

それを受け取ると ミズキはイッタンモメンの口に放り込み、その場から逃げ出す。
飲み込んでから数秒すると、イッタンモメンはビクっと痙攣し、濁流の様な灰色の吐瀉物を吐き散らし始めた。
勢いよく吐きだされるドロドロとした吐瀉物には車のタイヤやテレビ、廃油などの廃棄物が混ざっている。
無機物を無理やり消化したのだろう。ゴミは化学反応を起こしたように溶けて異臭を放っていた。
だんだんと勢いが弱まり、全て吐き出した事を確認すると、そこらにあったバケツで湖の水をすくい、イッタンモメンの口の中をジャブジャブと洗浄する。
そしてミズキの洗浄が済むとチシュは妖怪用の消毒スプレーを胃薬に吹き付けた。
「何か打った方がいいか」「いや、そんなに汚い湖じゃないから自然治癒ができると思う」
妖怪用に調合している薬だが、自然界から生まれるものに薬を投与する事をミズキはあまりやりたがらない。
黒い針でイッタンモメンの経穴を数か所刺激し、気の流れを正常にもどすと湖へと返した。
315暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/03/27(日) 07:05:56.36 ID:7j+tmD6F0
「とりあえず、大丈夫かな?」「ああ、毒は全部出したしな」
ゆっくりと水面を泳いでいくイッタンモメンを見送ると、ミズキは湖の水を手ですくい言った。
「少し汚されたけど微生物も元気に生きている健康な湖だよ。三、四日ぐらいで治癒できると思う」
「じゃあ、掃除だけして帰るか」散らかったゴミをせっせと放置してあった車へと積むミズキ。
その間チシュは強力な溶解液を含んでいる糸を車に吹きかける。糸はブクブクを泡を立て、人工物を溶かしていく。
わずかな時間の間に軽トラックは金属ともプラスチックとも言い難い不思議な物質となってしまった。
「まあ、あとは処理をしてくれる人に任せよう」
「そうだな、俺も糸を余計に吐いて疲れた」

一仕事を終えて、「もっくもくもくも、蜘蛛の島♪」と暢気に鼻歌を歌っていながら、
帰り支度をしていると、ミズキは背後に冷たい気配を感じ取った。
「!?」
振り返った先には無表情で立つ童子と姫の姿。
「また、出やがった」チシュはチッと舌打ちした。
「もしかして、お人形もいるかな」きょろきょろと辺りを見渡すがそれらしき様子はない。
「懲りない奴らだ……」チシュとミズキは不気味に笑うと、童子と姫の様子を静かに窺いながら、戦いの感覚を研ぎ澄ましていく……。
しかし、両者の間を引き裂く様に赤いタカの様な物が童子と姫に襲いかかった。
ふいをつかれた童子と姫は、何回かタカに突かれると手を振り回し追い払う。
その隙にチシュとミズキは素早く木の上に登り身を隠した。
「今のは何?」
チシュが軽快に飛ぶアカネタカを八つの目で確認する「……あれは鬼の赤い奴だな」
「そうか、鬼が来たなら、任せたほうが楽だよね」ミズキ達は無用な戦闘をしたがらない。
都合良く鬼が現れたなら、倒してもらった方が良い。

空を舞い続けるタカは何度か攻撃を加えると一旦距離を置く。
そして、タカが間合いを取るのを見計らっていたかのように、一人の男が現れた。
「えっと、あいつは確か」ミズキは思い出そうとするが変身前の鬼の顔など覚えていない。
鬼が目の前に現れた事で童子と姫はミズキ達を一旦忘れ改めて鬼を敵とした。
「鬼か……」「……鬼だよ」
若い鬼は音叉を叩き、額に近づけると男は炎に包まれ四本角の銀色の鬼へと変身した。
「あー、あいつは強鬼だっけ」「長瀞でオトロシをやった奴だったな」
……黒い鬼じゃなかった。ミズキは少し残念そうにそう思った。

銀色の鬼が撥を構えると戦闘が始まった。
しかし、若くとも才能あふれる銀の鬼は怪童子を子供のように扱う。
童子達の攻めも守りも全く効果的ではない。強鬼は完全に戦闘の主導権を握っていた。
二人に瞬時に止めを指すと、地中から土蜘蛛が現れた。
「あれ、昨日の子……」しかし、チシュはじっくりと土蜘蛛を視るとそれを否定した。
「いや、違う。この辺の山の匂いじゃない。どっかから連れて来た奴だ」
土蜘蛛は挑発するように雄々しく吠える。しかし、鬼にとっては何度も対峙した相手。
普段の通りの動きで圧倒し、すぐに音撃の体制に入り、高らかに太鼓の音を響かせた。
「あー、もう負けだよ」チシュはつまらなさそうにいった。
「まあ、魔化魍になっちゃたら、清めて貰う方がいいよ」
事実、魔化魍となってしまった妖怪達は、邪気を清め 浄化され森に吸収される方が良い。
闇の生態系を守るためには鬼に清めてもらう方が良い時もある。
316暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/03/27(日) 07:13:08.80 ID:7j+tmD6F0
ミズキはこの太鼓の音が嫌いだった。
音撃と呼ばれる清めの音は全て嫌いだったが、この太鼓の音は特に嫌いだった。
過去の記憶のせいもあるが、無駄に大きく、体の芯まで響く衝撃でズキズキと激しい頭痛と吐き気に襲われる。
まるで世界中の悲鳴を一度に聞かされるような不快な気持ちにさせられる。

さらに音撃を放っている鬼の姿も気に入らない。
勇ましいその姿は自分達の信じている正義や価値観を一点の曇りもなく誇示する。
闇の霧をなぎ払う陽の気は、視力を失うかと思うぐらいに輝かしい。
そんな姿を見ると今すぐにでも、体を引き裂き、元が分からない位にぐちゃぐちゃに潰し、
自分たちの信じている正義をボロボロに打ち砕き、絶望に突き落としてやりたい衝動にかられる。ミズキの胸のあたりには沸々とおぞましい程の殺意が湧いた。

鬼達の戦いが決するまでの時間は短かった。
ドンと最後の一振りを叩きこむと土蜘蛛は飛び散り、浄化された気が辺りに広がっていった。
撥を腰に戻しパンパンと手を叩くと、鬼は顔だけ人間の姿へと戻した。
「どうする?殺るか」
「……いや、辞めておこう。成り行きで戦う相手じゃない」
森に吸収されていく陽の気を感じたせいか、ミズキは冷静になっていた。
生きる事などに無頓着な童子達と違い、誰かを守るなどといった善とされる意思を持った鬼は非常に厄介である。
強く鍛えぬいた精神は指一本でも動けば何をしてくるかわからない。
負ける気はしないが、こちらも相当な痛手を負うことを覚悟しなければならない相手であることは確かだった。

気配を殺しながらしばらく様子を伺っていると、やがて鬼は居なくなった――。

「馬鹿夫婦は、どっかで飼育したのを放り込んで来たな」
鬼が居なくなったのを確認すると木の上でチシュは小さな声で言った。
「多分、その土地に合わせて飼育するよりも 連れてくる方が 時間が掛からないし、使いたい奴を使えるからでしょ」
「……無茶苦茶だな」チシュはため息をついた。
チシュが言うように、ミズキはここ最近の鬼と凄・橘達の戦い方に異変を感じていた。
森羅万象の力を悪用し産まれる魔化魍とそれを清めの音で退治する鬼。
どちらもミズキにとっては、ただの倒すべき敵にしか過ぎないが、
森林に溜まった負の気を吸った魔化魍を鬼が清める事により負の気を浄化する。
といった千年以上も守られてきた陰と陽の循環が最近崩れ始めている。
凄・橘は、兎に角、強い魔獣を求め、鬼達は魔化魍と名のつくものが現れれば倒す。
お互いの大義の元に、ただ相手を滅する為の狂戦士と化している気がしていた。
音を立てずに静かに木から降りるともう一度、鬼を確認した。
「大丈夫そうだな。とっとと帰ろう」「そうだね」
ミズキ達は静かに帰路についた。

EP2 ミズキと鬼
317暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/03/27(日) 07:34:48.83 ID:7j+tmD6F0
というわけで、地震やらアクセス規制やらでやっと書き込めました。
震災された方々の事には心からのお見舞いを申し上げます。
自分は東京なので、被災地の何万分の一かの辛さは味わっだけに一日も早い復興を祈っています。

ミズキの話は鬼への復讐がテーマなので、こんな時期に続けるべきか考えましたが、
何も変わっていない日常を守る事も大事かなと思った事と、自分のはそんなに読む人いないだろうと思い、書き込みましたw

余計な事を書いてすみませんした。
318名無しより愛をこめて:2011/03/28(月) 00:19:53.36 ID:AQwEhT3h0
いえいえ、投下お疲れ様です
ここも一時期に比べて反応の薄くなってしまった感はありますが
元々自分がそうだった様に、ROM専の人もいるのじゃないかと

そして単にそのお役目上、鬼を嫌っているのかと思いきや
「ミズキの鬼への復讐」とはまた、穏やかならぬ事情がありそうです
直接大きな被害が無かったとしても、後片付けやら計画停電やらで
不便な中でしょうが、続きをお待ちしています
319名無しより愛をこめて:2011/03/29(火) 17:01:15.00 ID:f/VZj1A40
中四国さんの新作読んできたけど現役復帰にふさわしい大作だった
もうこのスレでは書いてくれないだろうけど、本編の続きも楽しみだ
320名無しより愛をこめて:2011/03/31(木) 01:49:39.32 ID:cl8rw6sL0
不遇の作者だしなあ、どこかで再評価されてくれたらいいんだが。しかし連載再開は嬉しい
321月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/03/31(木) 22:29:21.65 ID:06SUh1uB0
前回>>292-301で書きたかったこと:存在感の薄いキャラクターを描く(失敗)


『月鬼の一族』 五之巻「見(まみ)えぬ夕闇」


「ここのところ、奴らも大人しいもんだな」
 猛士中部支部の『猛士の間』で、席を立ちペンを片手にミカヅキは歩き回っていた。
 机の周りには、ミチヅキやウスヅキら、支部の何名かのメンバーが居流れていた。
「お前のつけた傷がまだ癒えていないのか、それとも“スーパームーン”の影響に気づいているのか……」
 席に着く、弟子のミチヅキを見てミカヅキは言った。先月ミチヅキは、闇の住人の一人『武尊』に対して、腕を斬り裂くという深手を負わせていた。
 スーパームーンとは、月が楕円軌道上で最も地球に近い場所に来たときに発生する現象で、地上から見た月がいつもより大きく見えるようになる。特に今年は、約20年ぶりの大接近が発生し、ミカヅキら“月鬼の一族”にも強い影響をもたらしていた。
 年長のミカヅキは、こうした場で自然とリーダー的な立場となることが多い。
「奴らは俺たちのことを結構調べているみたいだからな。今月はいつも以上に“月鬼の一族”の力が増す、ってコトが判っているのかもしれない」
 ミカヅキはホワイトボードにペンを走らせながら言った。
「ミチヅキが“月鬼の一族”の能力を発動させた時の力を100とすると、ユウヅキは75、ウスヅキは50、俺は25、スミヅキはその時々で100から25の間を変動する」
322月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/03/31(木) 22:33:19.31 ID:06SUh1uB0
 ホワイトボードに書き出された鬼たちの名前の横に、それぞれの力に比例した棒グラフが並んだ。ミチヅキは、師匠のその様子に学校の授業を思い出した。
「通常ならミチヅキは満月、ユウヅキは居待月、ウスヅキは半月、俺は三日月以上の光量があれば『力』を発動できる。スミヅキは新月の晩だけ『力』が出せる。しかしこれが、今月に限っては一段階ずつズレていると思っておけ」
 棒グラフの横に、更に月相を表した図が並んだ。眠気に誘われてミチヅキのまぶたは重くなっていった。
「スミヅキだけは影響がないが、俺はわずかでも月の光があれば『力』が出せる。ウスヅキなら三日月以上、ミチヅキなら居待月以上の光量があればいい――ということは、前にも言ったよな?」
 いきなり話を振られ、居眠りに入っていたミチヅキはびくりとして膝を机の裏にぶつけた。痛みに喚きながら椅子から転げ落ちる。
 ウスヅキに助け起こされるミチヅキを睨みながら、ミカヅキは言った。
「居眠りコイてんなよ、ったく。……いつもより『力』が出しやすくなるが、注意しろ。通常制御できない力を使えば、その分はどこかで必ずてめぇの体にハネ返ってくる。ふだん強化形態を使える日数を越えるんじゃねぇぞ」
「ふぁい……」
 体のあちこちの痛みを我慢しながらミチヅキはうなずいた。
323月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/03/31(木) 22:35:22.35 ID:06SUh1uB0
 数日後、東名高速を東へ疾る、蒼紺のオフロード車と、漆黒の大型バイクの姿があった。
 バイクの黒いボディには、黄色のラインが入っていた。ミチヅキのイメージカラーで彩色された、彼専用の単車『十五夜』だった。
 11年前に先代ミチヅキの殉職以降、その単車はずっと猛士中部支部の倉庫で眠り続けていた。それが、本日を持って持ち主の息子に支給されることになった。組織の車両部によってレストアされ、今日がその試運転の日だった。
 ミチヅキは、黒いライダースーツに黄色いフルフェイスのヘルメットという姿で単車に跨がっていた。
 ウスヅキの操るオフロード車『淡月』は、単車の後ろについて、その後を追うように走っていた。助手席に座るミカヅキが、弟子であり甥であるミチヅキの様子を注視していた。
「どうだ? ウスヅキ」
 ミチヅキ問いに、のんびりとした声でウスヅキが答える。
「いい疾りをしていますよ。……それにしても」
 ライダースーツの黒い背中を見ながらウスヅキは言った。
「こうして『十五夜』の後ろを疾っていると、先代の後を疾っていた頃を思い出しますねぇ。似ているんですよ、背中とか、ライディング・テクニックとか」
「お前もか」
 笑顔になりながらも、切ない目をしてミカヅキは言った。11年前に失った兄の姿が、その息子の背中に重なって見えた。
324月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/03/31(木) 22:37:22.65 ID:06SUh1uB0
 静岡に住むミチヅキの実家に顔を出し、三人でミチヅキの母親に挨拶をし、先代ミチヅキの位牌に線香を供え――三人は、海岸沿いの道路を西に取って返した。
 遠州灘を左手に、海沿いを西へ進んだ三人は、北上して安城方面に帰る前に、西へ直進して渥美半島に出て、本日のゴールとして伊良湖岬を目指した。
 二台が岬に着いた頃には、目の前に広がる伊勢湾が夕闇に染まっていた。
「よーし、走行テストはこれで終わりだ」
 停車したオフロード車の窓から顔を出してミカヅキは声をかけた。ミチヅキはヘルメットを脱いで、開口一番言った。
「やった、それじゃメシにしよう。ハラ減った」
「お前、実家でたっぷりオヤツ食ってただろう」
「それでも減るもんは減るんだよ、師匠」
 奢ってほしいという意志を思い切り目にこめてミチヅキは叔父の顔を見た。
「……仕方ねぇな。何が食いたい?」
 とミカヅキが言った時、彼の携帯電話の着信音が鳴り出した。
 電話は中部支部からだった。すぐに、ミチヅキとウスヅキが一緒にいるかどうか確認を受け、それに答えると、支部から緊急出動要請を告げられた。
「支部からだ。『撫子(ナデシコ)』が熱田神宮に現れた」
 闇の住人の片割れである、和服に黒髪の女である。
「『武尊(タケル)』も一緒か!?」
 泡を食って聞いてくるミチヅキに、ミカヅキは冷静に答えた。
「『武尊』はいない。『撫子』だけだ」
「大丈夫かな、カナさんすぐ近くに住んでるし」
「心配するな、カナはいま三重の実家に帰っている」
 ミカヅキのサポーターであり、ミチヅキの幼馴染みであるカナの一家は、先代ミチヅキが殉職した後、三重に移り住みんでいる。現在は、大学へ通うためにカナのみが名古屋に出てきていた。
325月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/03/31(木) 22:42:01.20 ID:06SUh1uB0
「何だって!?」
 支部と通話していたミカヅキが、めずらしく大きな声になって聞き返した。ミカヅキは、受話器を耳にあてたまま、ミチヅキとウスヅキに顔を向けて言った。
「――『武尊』が伊勢神宮に現れた。たまたま近くにいたカナが、ギョウリキと一緒に現場に向っている」
「何だって!?」
 ミチヅキは、ミカヅキ以上に大きな声を上げた。
「二か所同時……ですか」
 小さな声でウスヅキは言った。
 ミチヅキは、日が沈んで黒く変わりつつある伊勢湾に向き直り、その対岸にある伊勢の方角を眺めて言った。
「チクショウ、すぐ近くなのに!」
 伊勢は、三人のいる伊良湖岬と伊勢湾を挟んで対岸にあり、直線距離としては数十キロと、それほど遠くない。しかし、陸路で伊勢湾の北側をぐるりと回れば、大幅な遠回りとなる。
 ミカヅキは、慌てるミチヅキをなだめるように言った。
「カナには陰陽環とディスクアニマルを持たせてある。最低限の自己防衛ぐらいはできる。ギョウリキが病み上がりなのがちっと心配だが……俺なら飛んでいける」
「問題なのは、『武尊』が相手だということですね」
 そっとウスヅキは言った。
「『撫子』と離れている今が、『武尊』を叩く絶好のチャンスなのですが……今のところ、うちの支部で『武尊』に有効な攻撃力を持っているのは、『力』が出ている状態のミチヅキ君くらいですから……」
「師匠、『鬼渡(おにわたり)』を使ってくれよ! 昔やったことあるんだろ?」
 ミチヅキが鬼になる遥か前。若き日のミカヅキには、鬼法術『鬼渡』で数十キロの海峡を結ぶ氷の橋を造り、その上に猛士の移動車両を疾らせたという武勇伝があった。
326月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/03/31(木) 22:46:52.97 ID:06SUh1uB0
「確かに『鬼渡』を使えば、お前をすぐに三重に行かせることができる……だが、俺はしばらく変身できなくなるぞ。お前一人で行くつもりか?」
 ミカヅキの問いに、ミチヅキは切歯扼腕しながら答えた。
「『武尊』に対抗できる力を持ってるのは俺だけなんだろ? それに、カナさん……!」
 脇からウスヅキが、あくまで冷静に尋ねた。
「『撫子』のほうはどうします?」
 その問いに、ミカヅキは力強い笑みを見せた。
「それなら大丈夫だ。もうユウヅキが現場に向っている。そして今日は、居待月だ」
 満月と半月の間にある、居待月。それ以上の光量があれば、“月鬼の一族”で最強の出力を持つミチヅキの次に並ぶ、ユウヅキが『力』を発揮することができる。
 支部に電話で方針を伝えると、ミカヅキは通話を終えた携帯電話をウスヅキに渡し、変身鬼弦を弾いた。
 氷雪に包まれた人影が、白い二本角の鬼・三日月鬼に姿を変えた。白い鬼は海岸まで出て、対岸を見据えて音撃弦『寒月』を構えた。
 三日月鬼が力を込めて垂直に振り下ろした剣先から、猛烈な勢いで白い冷気がほとばしり、高速で広がっていった。海面が横幅数メートルに渡って凍りつき、それが遥か彼方の対岸に向けて猛烈な勢いで進んでいく。
 三日月鬼が鬼法術『鬼渡』を続けている間に、ミチヅキはウスヅキに言った。
「ユウヅキさんって、まだ会ったことないけど、すごい人なんだね。師匠もけっこう信頼しているみたいだし。ウスヅキさんは会ったことあるんでしょ? ユウヅキさんってどんな人なの?」
 めずらしく、わずかにはにかみながら、ミチヅキと目を合わさぬままウスヅキは言った。
「……素敵なかたです」
327月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/03/31(木) 22:53:35.19 ID:06SUh1uB0
 数分して、渥美半島の先端と、伊勢湾を挟んで対岸にある三重の鳥羽港を結ぶ、氷の道が造られた。直後に、三日月鬼の顔の変身が強制解除された。
「ふぅ……。これきっと明日の朝刊に載るぞ。前ん時も、猛士で報道を抑えることができなかったからな」
 続いて鬼弦を引いたミチヅキが、黄色い光に包まれた。
 変身を終えると、黒い鬼は『十五夜』に跨がり、ミカヅキが海上に造った氷の道の上を激走していった。
 それを見送りながら、ミカヅキは後方に立つウスヅキに言った。
「奴らももう、なりふり構わずだな。……気づいたか? 奴らが現れた場所の共通点を」
「熱田神宮、伊勢神宮――“天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)”と“八咫鏡(やたのかがみ)”――三種の神器がご神体として奉納されている場所ですね」
「去年、初めて奴らが俺たちの前に現れた時、奴らは現代の“八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)”を探していると言っていた。必死になって、関係する場所を探しているみたいに見えるぜ」
 ミカヅキがそう言った時、ウスヅキはすでに『淡月』の車内に戻っており、車窓から言った。
「早く車に戻って着替えてください、ミカヅキさん。僕たちは熱田神宮に向いましょう。ユウヅキさんの応援に行くんです」
328月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/03/31(木) 22:59:11.30 ID:06SUh1uB0
 伊勢神宮の皇大神宮前で、闇の住人の片割れである、着流しに黒髪の男が、黄金色に輝く鬼と対峙していた。
『驚いたか? 満月じゃなくても、今月は“力”が使えるんだよ』
 音撃弦『十六夜』を構えて、前方に湾曲した一本角を持つ黄金の鬼は言った。それに着流しの男が答える。
『知っているよ、“スーパームーン”とやらの影響だろう?』
 男は、銀のサックを嵌めた指を黄金の鬼に差し向けながら言った。
 黄金の鬼――強化形態となった満月鬼は、砂利を蹴って駆け出した。その付近の砂利の上に、破壊された音撃管を手にした緑色の鬼・行力鬼が倒れていた。
 満月鬼がその場を離れてから少しして、鳥居の陰から出てきたカナが、行力鬼のそばに走り寄り、肩を貸して退却を手伝った。
 それを目ざとく見つけた着流しの男が、満月鬼の頭上を飛び越えて空中をカナたちに迫った。それに気づいたカナは、緑色の鬼を鳥居の陰に突き飛ばすと、すばやく陰陽環を巻き付けた腕を撫でた。
 翡翠の連なった腕輪から炎の鳥が飛び立ち、着流しの男に向っていった。男が指のサックを差し向けて念じると、歪みが空間を走り抜け、炎の鳥を打ち砕いた。
 神宮の砂利の上を黄金の閃光が走り、カナと着流しの男の間に割って入った。動きを止めた光が十字に飛散し、その中から単角の鬼が姿を現した。超高速で移動してきた満月鬼だった。
『させるかィ!』
『邪魔だよ』
 着流しの男は空中を突き進みながら、額の前で素早く指を動かした。空中に現れた“衝”の文字が巨大化し、金色の鬼にぶつかっていった。
 満月鬼の周囲の空間が震え、その体が真横に吹き飛ぶ。
329月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/03/31(木) 23:00:21.65 ID:06SUh1uB0
「ポチぃ!」
 叫ぶカナ。横倒しになっていた満月鬼は、剣を地面に突き立て起き上がり、再びカナの前に出て刃を構えた。
『カナさん、下がってて』
 その言葉にうなづき、カナはもといた鳥居の陰に身を隠した。
 先月に受けた満月鬼の攻撃力を思い出し、着流しの男は満月鬼の数メートル手前の空中で動きを止め、ゆっくりと地面に降り立った。
『久しいな……10年ぶりか。ずいぶん大きくなったね』
 その言葉は、眼前の満月鬼を素通りして、カナが身を隠す鳥居の柱に向けられていた。
『隠れても無駄だよ、僕には見えるんだ。透視能力(クリアヴォヤンス)があるからね。……人間というのは、羨ましいね。そうやって“成長”できるんだから』
『何を言ってやがる』
 満月鬼が音撃弦を振りかざした。
 常人の目には見えぬ、高速の戦いが再開された。何度も光と闇が激突し、その度に黄金の鬼も、着流しの男も傷ついていった。遂には満月鬼の振るう音撃弦が、男の片足を切断した。
 両者の驚異的な体力が戦いを長引かせ、その時間稼ぎにより、中部支部からの応援部隊が大挙して駆けつけた。劣勢と見て、着流しの男は斬り落とされた自らの脚を回収すると、空間転移能力を使ってその場から姿を消した。
『チクショウ、もうちょっとだったのによ……!』
 膝を崩した満月鬼は、疲労とダメージにより強化形態が強制的に解除され、元の黒い姿に戻った。同時に顔の変身も解除された。
330月鬼の一族作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2011/03/31(木) 23:05:12.02 ID:06SUh1uB0
 この戦いの後、ミチヅキは数日間の入院を要し、病院のベッドの上で昏々と眠り続けた。『武尊』との戦いで長時間に渡り“月鬼の一族”の力を発揮し続けたことが、全身に著しい負荷をかけていた。ちなみにギョウリキは全治三か月と診断された。
 ミチヅキが病室で目を覚ました時、室内にはミカヅキやウスヅキなど、猛士中部支部のメンバーが大勢いた。
「……で、その時『撫子』が放った魔化魍に向けて、必殺の音撃が決まったわけ」
 集団の中心で、眉の濃い眼鏡をかけた青年が、周囲の皆に向けて得意げに語っていた。
「『音撃射・火鳥風月!』――ってな」
 ベッドに横になったまま、ミチヅキは、その見たことのない猛士メンバーを見るともなく見ていた。
 青年の周囲のメンバーから「ユウヅキさんすげー!」と声があがった。
 ミチヅキは、思い出していた。ミカヅキが鬼法術『鬼渡』を放つ前にしていた、ウスヅキとの会話を。
(ユウヅキさんってどんな人なの?)
(……素敵なかたです)
 ミチヅキが目を覚ましたことに気づいて、ウスヅキが枕元に来た。頭の中に大きな疑問符を抱えながら、ミチヅキは小声で訊いた。
「……あのさぁ、あれが、ユウヅキさんなの? なんかイメージと違うんだけど……」
「はい? あちらのかたは、ユウヅキさんのサポーターの吾妻(あずま)さんですよ」


五之巻「見えぬ夕闇」了


全十話くらいを予定していますので、今回で前半終了です。後半も月一回くらいで投下していこうと思いますので、よろしければお付き合いください。

東北、特に仙台は、以前書いていたSSで舞台にしていた愛着のある土地です。被災地に一日でも早く日常が戻ってくることを願います。
こちらは東京で、いろんなお店で物資が品薄になっているのを感じていますが、とりあえず日常的な暮らしが続いています。
331名無しより愛をこめて:2011/04/01(金) 21:53:22.70 ID:8ayiFut00
「ここのところ、奴らも大人しいもんだな」
 猛士中部支部の『猛士の間』で、席を立ちペンを片手にミカヅキは歩き回っていた。
 机の周りには、ミチヅキやウスヅキら、支部の何名かのメンバーが居流れていた。
「お前のつけた傷がまだ癒えていないのか、それとも“スーパームーン”の影響に気づいているのか……」
 席に着く、弟子のミチヅキを見てミカヅキは言った。先月ミチヅキは、闇の住人の一人『武尊』に対して、腕を斬り裂くという深手を負わせていた。
 スーパームーンとは、月が楕円軌道上で最も地球に近い場所に来たときに発生する現象で、地上から見た月がいつもより大きく見えるようになる。特に今年は、約20年ぶりの大接近が発生し、ミカヅキら“月鬼の一族”にも強い影響をもたらしていた。
 年長のミカヅキは、こうした場で自然とリーダー的な立場となることが多い。
「奴らは俺たちのことを結構調べているみたいだからな。今月はいつも以上に“月鬼の一族”の力が増す、ってコトが判っているのかもしれない」
 ミカヅキはホワイトボードにペンを走らせながら言った。
「ミチヅキが“月鬼の一族”の能力を発動させた時の力を100とすると、ユウヅキは75、ウスヅキは50、俺は25、スミヅキはその時々で100から25の間を変動する」
 ホワイトボードに書き出された鬼たちの名前の横に、それぞれの力に比例した棒グラフが並んだ。ミチヅキは、師匠のその様子に学校の授業を思い出した。
「通常ならミチヅキは満月、ユウヅキは居待月、ウスヅキは半月、俺は三日月以上の光量があれば『力』を発動できる。スミヅキは新月の晩だけ『力』が出せる。しかしこれが、今月に限っては一段階ずつズレていると思っておけ」
 棒グラフの横に、更に月相を表した図が並んだ。眠気に誘われてミチヅキのまぶたは重くなっていった。
「スミヅキだけは影響がないが、俺はわずかでも月の光があれば『力』が出せる。ウスヅキなら三日月以上、ミチヅキなら居待月以上の光量があればいい――ということは、前にも言ったよな?」
 いきなり話を振られ、居眠りに入っていたミチヅキはびくりとして膝を机の裏にぶつけた。痛みに喚きながら椅子から転げ落ちる。
 ウスヅキに助け起こされるミチヅキを睨みながら、ミカヅキは言った。
「居眠りコイてんなよ、ったく。……いつもより『力』が出しやすくなるが、注意しろ。通常制御できない力を使えば、その分はどこかで必ずてめぇの体にハネ返ってくる。ふだん強化形態を使える日数を越えるんじゃねぇぞ」
「ふぁい……」
 体のあちこちの痛みを我慢しながらミチヅキはうなずいた。
 数日後、東名高速を東へ疾る、蒼紺のオフロード車と、漆黒の大型バイクの姿があった。
 バイクの黒いボディには、黄色のラインが入っていた。ミチヅキのイメージカラーで彩色された、彼専用の単車『十五夜』だった。
 11年前に先代ミチヅキの殉職以降、その単車はずっと猛士中部支部の倉庫で眠り続けていた。それが、本日を持って持ち主の息子に支給されることになった。組織の車両部によってレストアされ、今日がその試運転の日だった。
 ミチヅキは、黒いライダースーツに黄色いフルフェイスのヘルメットという姿で単車に跨がっていた。
 ウスヅキの操るオフロード車『淡月』は、単車の後ろについて、その後を追うように走っていた。助手席に座るミカヅキが、弟子であり甥であるミチヅキの様子を注視していた。
「どうだ? ウスヅキ」
 ミチヅキ問いに、のんびりとした声でウスヅキが答える。
「いい疾りをしていますよ。……それにしても」
 ライダースーツの黒い背中を見ながらウスヅキは言った。
「こうして『十五夜』の後ろを疾っていると、先代の後を疾っていた頃を思い出しますねぇ。似ているんですよ、背中とか、ライディング・テクニックとか」
「お前もか」
 笑顔になりながらも、切ない目をしてミカヅキは言った。11年前に失った兄の姿が、その息子の背中に重なって見えた。
332名無しより愛をこめて:2011/04/01(金) 21:54:57.24 ID:8ayiFut00
 静岡に住むミチヅキの実家に顔を出し、三人でミチヅキの母親に挨拶をし、先代ミチヅキの位牌に線香を供え――三人は、海岸沿いの道路を西に取って返した。
 遠州灘を左手に、海沿いを西へ進んだ三人は、北上して安城方面に帰る前に、西へ直進して渥美半島に出て、本日のゴールとして伊良湖岬を目指した。
 二台が岬に着いた頃には、目の前に広がる伊勢湾が夕闇に染まっていた。
「よーし、走行テストはこれで終わりだ」
 停車したオフロード車の窓から顔を出してミカヅキは声をかけた。ミチヅキはヘルメットを脱いで、開口一番言った。
「やった、それじゃメシにしよう。ハラ減った」
「お前、実家でたっぷりオヤツ食ってただろう」
「それでも減るもんは減るんだよ、師匠」
 奢ってほしいという意志を思い切り目にこめてミチヅキは叔父の顔を見た。
「……仕方ねぇな。何が食いたい?」
 とミカヅキが言った時、彼の携帯電話の着信音が鳴り出した。
 電話は中部支部からだった。すぐに、ミチヅキとウスヅキが一緒にいるかどうか確認を受け、それに答えると、支部から緊急出動要請を告げられた。
「支部からだ。『撫子(ナデシコ)』が熱田神宮に現れた」
 闇の住人の片割れである、和服に黒髪の女である。
「『武尊(タケル)』も一緒か!?」
 泡を食って聞いてくるミチヅキに、ミカヅキは冷静に答えた。
「『武尊』はいない。『撫子』だけだ」
「大丈夫かな、カナさんすぐ近くに住んでるし」
「心配するな、カナはいま三重の実家に帰っている」
 ミカヅキのサポーターであり、ミチヅキの幼馴染みであるカナの一家は、先代ミチヅキが殉職した後、三重に移り住みんでいる。現在は、大学へ通うためにカナのみが名古屋に出てきていた。
「何だって!?」
 支部と通話していたミカヅキが、めずらしく大きな声になって聞き返した。ミカヅキは、受話器を耳にあてたまま、ミチヅキとウスヅキに顔を向けて言った。
「――『武尊』が伊勢神宮に現れた。たまたま近くにいたカナが、ギョウリキと一緒に現場に向っている」
「何だって!?」
 ミチヅキは、ミカヅキ以上に大きな声を上げた。
「二か所同時……ですか」
 小さな声でウスヅキは言った。
 ミチヅキは、日が沈んで黒く変わりつつある伊勢湾に向き直り、その対岸にある伊勢の方角を眺めて言った。
「チクショウ、すぐ近くなのに!」
 伊勢は、三人のいる伊良湖岬と伊勢湾を挟んで対岸にあり、直線距離としては数十キロと、それほど遠くない。しかし、陸路で伊勢湾の北側をぐるりと回れば、大幅な遠回りとなる。
 ミカヅキは、慌てるミチヅキをなだめるように言った。
「カナには陰陽環とディスクアニマルを持たせてある。最低限の自己防衛ぐらいはできる。ギョウリキが病み上がりなのがちっと心配だが……俺なら飛んでいける」
「問題なのは、『武尊』が相手だということですね」
 そっとウスヅキは言った。
「『撫子』と離れている今が、『武尊』を叩く絶好のチャンスなのですが……今のところ、うちの支部で『武尊』に有効な攻撃力を持っているのは、『力』が出ている状態のミチヅキ君くらいですから……」
「師匠、『鬼渡(おにわたり)』を使ってくれよ! 昔やったことあるんだろ?」
 ミチヅキが鬼になる遥か前。若き日のミカヅキには、鬼法術『鬼渡』で数十キロの海峡を結ぶ氷の橋を造り、その上に猛士の移動車両を疾らせたという武勇伝があった。
「確かに『鬼渡』を使えば、お前をすぐに三重に行かせることができる……だが、俺はしばらく変身できなくなるぞ。お前一人で行くつもりか?」
 ミカヅキの問いに、ミチヅキは切歯扼腕しながら答えた。
「『武尊』に対抗できる力を持ってるのは俺だけなんだろ? それに、カナさん……!」
 脇からウスヅキが、あくまで冷静に尋ねた。
「『撫子』のほうはどうします?」
 その問いに、ミカヅキは力強い笑みを見せた。
「それなら大丈夫だ。もうユウヅキが現場に向っている。そして今日は、居待月だ」
 満月と半月の間にある、居待月。それ以上の光量があれば、“月鬼の一族”で最強の出力を持つミチヅキの次に並ぶ、ユウヅキが『力』を発揮することができる。
 支部に電話で方針を伝えると、ミカヅキは通話を終えた携帯電話をウスヅキに渡し、変身鬼弦を弾いた。
333名無しより愛をこめて:2011/04/01(金) 21:56:55.14 ID:8ayiFut00
氷雪に包まれた人影が、白い二本角の鬼・三日月鬼に姿を変えた。白い鬼は海岸まで出て、対岸を見据えて音撃弦『寒月』を構えた。
 三日月鬼が力を込めて垂直に振り下ろした剣先から、猛烈な勢いで白い冷気がほとばしり、高速で広がっていった。海面が横幅数メートルに渡って凍りつき、それが遥か彼方の対岸に向けて猛烈な勢いで進んでいく。
 三日月鬼が鬼法術『鬼渡』を続けている間に、ミチヅキはウスヅキに言った。
「ユウヅキさんって、まだ会ったことないけど、すごい人なんだね。師匠もけっこう信頼しているみたいだし。ウスヅキさんは会ったことあるんでしょ? ユウヅキさんってどんな人なの?」
 めずらしく、わずかにはにかみながら、ミチヅキと目を合わさぬままウスヅキは言った。
「……素敵なかたです」
 数分して、渥美半島の先端と、伊勢湾を挟んで対岸にある三重の鳥羽港を結ぶ、氷の道が造られた。直後に、三日月鬼の顔の変身が強制解除された。
「ふぅ……。これきっと明日の朝刊に載るぞ。前ん時も、猛士で報道を抑えることができなかったからな」
 続いて鬼弦を引いたミチヅキが、黄色い光に包まれた。
 変身を終えると、黒い鬼は『十五夜』に跨がり、ミカヅキが海上に造った氷の道の上を激走していった。
 それを見送りながら、ミカヅキは後方に立つウスヅキに言った。
「奴らももう、なりふり構わずだな。……気づいたか? 奴らが現れた場所の共通点を」
「熱田神宮、伊勢神宮――“天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)”と“八咫鏡(やたのかがみ)”――三種の神器がご神体として奉納されている場所ですね」
「去年、初めて奴らが俺たちの前に現れた時、奴らは現代の“八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)”を探していると言っていた。必死になって、関係する場所を探しているみたいに見えるぜ」
 ミカヅキがそう言った時、ウスヅキはすでに『淡月』の車内に戻っており、車窓から言った。
「早く車に戻って着替えてください、ミカヅキさん。僕たちは熱田神宮に向いましょう。ユウヅキさんの応援に行くんです」  伊勢神宮の皇大神宮前で、闇の住人の片割れである、着流しに黒髪の男が、黄金色に輝く鬼と対峙していた。
『驚いたか? 満月じゃなくても、今月は“力”が使えるんだよ』
 音撃弦『十六夜』を構えて、前方に湾曲した一本角を持つ黄金の鬼は言った。それに着流しの男が答える。
『知っているよ、“スーパームーン”とやらの影響だろう?』
 男は、銀のサックを嵌めた指を黄金の鬼に差し向けながら言った。
 黄金の鬼――強化形態となった満月鬼は、砂利を蹴って駆け出した。その付近の砂利の上に、破壊された音撃管を手にした緑色の鬼・行力鬼が倒れていた。
 満月鬼がその場を離れてから少しして、鳥居の陰から出てきたカナが、行力鬼のそばに走り寄り、肩を貸して退却を手伝った。
 それを目ざとく見つけた着流しの男が、満月鬼の頭上を飛び越えて空中をカナたちに迫った。それに気づいたカナは、緑色の鬼を鳥居の陰に突き飛ばすと、すばやく陰陽環を巻き付けた腕を撫でた。
 翡翠の連なった腕輪から炎の鳥が飛び立ち、着流しの男に向っていった。男が指のサックを差し向けて念じると、歪みが空間を走り抜け、炎の鳥を打ち砕いた。
 神宮の砂利の上を黄金の閃光が走り、カナと着流しの男の間に割って入った。動きを止めた光が十字に飛散し、その中から単角の鬼が姿を現した。超高速で移動してきた満月鬼だった。
『させるかィ!』
『邪魔だよ』
 着流しの男は空中を突き進みながら、額の前で素早く指を動かした。空中に現れた“衝”の文字が巨大化し、金色の鬼にぶつかっていった。
 満月鬼の周囲の空間が震え、その体が真横に吹き飛ぶ。
「ポチぃ!」
 叫ぶカナ。横倒しになっていた満月鬼は、剣を地面に突き立て起き上がり、再びカナの前に出て刃を構えた。
『カナさん、下がってて』
 その言葉にうなづき、カナはもといた鳥居の陰に身を隠した。
 先月に受けた満月鬼の攻撃力を思い出し、着流しの男は満月鬼の数メートル手前の空中で動きを止め、ゆっくりと地面に降り立った。
『久しいな……10年ぶりか。ずいぶん大きくなったね』
 その言葉は、眼前の満月鬼を素通りして、カナが身を隠す鳥居の柱に向けられていた。
『隠れても無駄だよ、僕には見えるんだ。透視能力(クリアヴォヤンス)があるからね。……人間というのは、羨ましいね。そうやって“成長”できるんだから』
『何を言ってやがる』
 満月鬼が音撃弦を振りかざした。
334名無しより愛をこめて:2011/04/02(土) 00:28:23.39 ID:5wdieIGu0
>月鬼の一族作者様
ご無事で何よりです
避けようのない天災は、ただただ恐ろしいばかりですが
そんな中で国内外の数多い支援が、心強いかなぁとも思います

様々な能力を駆使し、敵無しかと思われた月鬼にも意外な弱点が
由来の満ち欠けする月にも似た繊細な力の様ですね
洋館の男女は神域に踏み込むとは良い度胸…でもない、かな
悪意の固まりではあっても(宗教的な意味合いの)魔のものではなさそうだし
335名無しより愛をこめて:2011/04/02(土) 00:29:11.67 ID:GfHP1mQ60
>>331-333

暗にもっと詰めて書くようにアドバイスしているのではと好意的に解釈してみる
336名無しより愛をこめて:2011/04/02(土) 00:35:24.04 ID:5wdieIGu0
あああーごめんなさいsage忘れてしまいました
337暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/02(土) 14:19:27.37 ID:M2UALeo90
>314-316からの続き
EP3 治癒の針術

「ふあぁ」と大きな欠伸をしてミズキは目を覚ました。
障子の隙間から差し込む眩しい光が部屋の中に一筋の線を作っている。
二日連続で山に登り治療をしてきたミズキはすっかり疲れ切っていた。
「まだ、眠い……」ボサボサになっている栗毛のショートヘアをポリポリと掻きながら、また「ふぁぁ」と覇気のない欠伸をする。
「あ、ねーちゃん起きた?」障子の外から声が聞こえた。
「おはよう。ミツ」ミズキは布団の側に脱ぎ散らかしていたパーカーとカーゴパンツを履くと部屋の障子を開けた。
「おはよう、ねーちゃん」廊下にいた幼い三つ目小僧は元気よく挨拶をする。
二カッと寝起きの顔で笑顔を見せるミズキ。三つ目小僧のミツもミズキを見上げて二カッと笑う。
「あのね お六さんが朝ごはんが出来たから早く食べてくれって 首を長くして待ってたよ」
「ああ、あたしの分もあったんだ すぐ行くよ」
そういって朝食がある居間へと向かう。
「ねーちゃん、おはよう」「おはよう」長い廊下を歩いていくと中学生の良太とのっぺらぼうのガンムとも挨拶を交わした。
ミズキの住むこの場所は「蛭子塾」と呼ばれる大きな日本家屋の屋敷である。
ジさまとバさまと呼ばれる老夫婦が、森に住まない幼い妖怪たちを集めて集団生活している場所である。
生活しているのは妖怪だけでなく両親のいない人間の子供たちもいた。
ここに住む妖怪たちはある年齢になると変化の術を使い人間社会に進出し、屋敷を出て行く。
中には屋敷に戻ってきて面倒を見てくれるものもいるが、大体が人間社会に溶け込んで同じ妖怪と結婚し人間のように生活をした。
しかし、人間の子供の場合は少し変わってくる。
ミズキのように特殊な術を施しているものは自由に出入りできるが、人間の子供は成人してから一度屋敷を出ると二度と帰っては来られない。
つまり、ここに残るということは一生屋敷から出られない事を意味する。
人間の場合は成人するときにどちらかの厳しい選択を迫られるのだった。

長い廊下の途中にある台所の隣の部屋が食事をする居間。
居間の襖を開けると、ミズキ用の一汁三菜の朝食が置いてあった。
「あ、やっと来たね」
ろくろ首のお六さんの顔だけが居間で待っていた。
身体は台所にあるようで、文字通り首を伸ばして待っていた。
「早く食べてね、片付かないから」「はいよ」
あぐらを掻いてどかっ座ると 白米に味噌汁をぶっかけ猫マンマにして食べ始める。
お六さんは百足から妖怪になったロクロクビでは無く、人間から妖怪になったろくろ首にあたる。
生前は何処かの割烹で働いていたらしく、家事は全般的に上手い。
山籠りが長くなると昆虫や木の実を食べて過ごすミズキにとっては人間らしいまともな食事を与えてくれる大事な存在である。
「うーん、美味いな」
ガツガツと飢えた餓鬼のように食べているミズキの膳の前に すぅっと座布団が五枚程重なりながら移動して来た。
「これこれみっともない」と声が聞こえると 座布団の上に霧のようなものが集まり やがてミズキのスネ程しかない大きさの老人へと姿を変えた。
「おはようございます ジさま」食事する手も止めずに挨拶をするミズキ。
「おはようミズキ。それにしても、はしたない」「こうする方が美味しいんですよ」
「まあ、良い。二日続けてご苦労だった」
「いえいえ仕事ですから。ところで妖怪の数がまた減っていましたよ」
ふーん。とジさまは長いヒゲを撫でながら考え込む。
「古い文献を探ってみよう お前も何か気がついたら教えてくれ」「わかりました」
「では 気を付けて行って来い」そう言ってジさまは煙になって消えた。
――やはり何かよく無い事の前兆なのか。
食後のお茶を啜りながら 先程のジさまの顔を思い出す。しかし、妖怪が激減しているだけで森などに異常はない。
もしかしたら妖怪が森に適応できなくなってきたのか……。
「まあ、考えてもしょうがない」パンパンと顔を叩くと 出かける準備を始めた。
338暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/02(土) 14:20:27.79 ID:M2UALeo90
――奥多摩の山中
「この指パパ♪昔のパパー♪」
ベースキャンプで大量の鶴の折紙を折るミズキとチシュ。
「これで五十、 全部出来たぞ」
五分足らずで五十もの鶴を折るとミズキは折紙に向かいふぅっと息を吹きかける。
すると折紙達は命を持ったように羽ばたき 四方に散っていった。
「鬼の鳥とかなら折らなくても良いんだけどね」
「あれは折る手間はないが、折神のように何でも作れるものじゃない」
折神とは、普通の和紙のように見えるが、妖力を持った紙である。
好きなように折れば、ミズキのように妖術が使えないものでも式神として扱えることができる。
ディスクアニマル以前の鬼が使用していたものと同等のものである。
鬼はディスクアニマルというスタイルに進化したが、ミズキ達はあらゆる形に変えることができ、誰にでも使用できるように改良した。
「さて、しばし待ちますか」
ノートパソコンを開き ノツゴ類 というフォルダをクリックする。
「何を見てんだ?」チシュが興味深そうにモニターを覗き込んだ。
「ノツゴの生息分布と ここ二十年程の発生率が乗っているんだよ」
フォルダの中にはグラフや写真 マップなどノツゴに関する膨大な情報が記載されていた。
「ほう、すげぇな。誰から貰ったんだ」
「護国寺さんが大学の人から貰った。BDBとかいう猛士のデータベースの一つから拝借したみたい」
幾つかのデータを見るが欲しい情報がないのか 眉間にシワを寄せ考え込む。
「どうした?何か気になるのか」
チシュは声を掛けると、折神の鶴がもどって来た。
「おかえり。見つけたの?」
鶴はうんうんと頷くと、くちばしで方向を指示した。
「とりあえず、仕事だな」「そうだね、ヤマビコくんを更生しなくちゃね」
ミズキ達は鶴の後を追って 森の中へと入っていった。


鶴に連れてこられた先は ヤマビコの寝床だった。
ヤマビコはおおよそ7メートルが標準の大きさで森の中で身を隠す様な事ができない。
日中は常に移動をして夜になると生い茂る草をなぎ倒しそこを寝床にする。
しかし、昼だというのにヤマビコは寝床でゴーゴーというイビキを掻いて寝ていた。
「都合よく寝ているね」「ああ、今のうちだぞ」
ヤマビコを起こさぬ様に小声で話す。
すーと足音を立てずにヤマビコの傍に近づき 腕を掴み 時計を見ながら脈を測る。
「1、2、3、4……。一分間で137回、体温正常」
そして座布団のような瞼をゆっくりと上げ目を見た。
血のように赤い目の中に青黒い斑点のようなものが無数にあった。
「……魍斑が出ているよ」「魔化魍確定だな」
ぐるりとヤマビコの周りを一周すると、顎に手をあて考える。
(魔化魍になって日数がたっているからな。「血抜き」するしかないか……)
「治療か?」チシュは傍に寄って言った。
「うん。じゃあ、離れてね」ミズキに言われてヤマビコと距離をとるチシュ。
ヤマビコの背中にうんしょと登るとミズキはシザーバッグから緑色をした箸ほどの大きさの針を取り出し、目を閉じて ゆっくりと深呼吸をする……。
ほんの僅かな時間であるが、その姿は空間を凍てつかせるほどの不気味な気配を漂わせる。
そして五回目の深呼吸が終わるとミズキは突然パッと目を見開き緑色の針をヤマビコの首筋に突き刺した。
ヤマビコはビクッと電撃が走った様に震えるとそのまま痙攣を起こす。
そしてミズキが針を抜くとそこから 真っ赤な鮮血が噴水の様に飛び散る。
その返り血で血の雨を浴びた様に真っ赤になるが、そんな事は全く気にせず 別の場所を突き刺す。
一つ刺しては別の場所へ高速で移動し、ヤマビコの巨体の上で妖怪が持っている百八つある経穴を次々に刺していく。
刺しては抜くを繰り返す事で、おびただしい量のヤマビコの血が噴き上がる。それでもミズキはハァハァと息を切らせながら刺し続ける。
血抜きと呼ばれる治療法は音撃のように全てを浄化し滅するのでは無く、負の気によって汚染された血液と増殖した細胞を強制的に放出させ、経絡の通りを正常に戻す治療法である。
完全に魔化魍となった場合、この方法が元の妖怪に戻すミズキが施せる唯一の方法であった。
ミズキが百八つ目の経穴を刺し終えると ヤマビコの巨体は音もなく枯れ葉のようにふわりと散った。
339暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/02(土) 14:23:01.67 ID:M2UALeo90
空中に舞い上がる枯れ葉の中で、血塗れのミズキはぜぇぜぇと息を切らし立っていたが、疲労の限界が来たのか、ペタンとその場に座り込んでしまった。
音撃武器のように使用者の気を共振させ増幅するものと違い、針を使った血抜きは経絡を強制的に活性させるために使用者の気を大量に奪う。
破壊して浄化する音撃よりも、治療して救うための血抜きの方が使用者への負担が大きくなるといった、なんとも皮肉な話である。
この為、本来ならば使用者は外気功のような周りから気を集めながら術を施すが、生身の人間と変わらないミズキは、自らの気を大量に消費しながら治療するしかなかった。
ぜぇぜぇと息を吸っていたミズキの呼吸が落ち着くとチシュは「お疲れ」とチシュ特製ドリンクとタオルを持ってくる。
ミズキは二カッと疲れきった顔で笑いそれを受け取った。
ゴクゴクと顔を拭きながらドリンクを飲む疲労困憊のミズキの横で辺りを警戒するチシュ。
「天然物だから 童子達は居ないよ」「ああ、だが用心に越したことはない」
ミズキはやれやれ真面目だね。とつぶやくとガサガサと枯れ葉の山を掻き分け始める。
「えっと、この辺が胸のあたりだから、あ、いた」
枯れ葉の中から抱き上げたものは、体長50センチ程の犬のようなヤマビコだった。
ヤマビコは生まれたばかりの赤ん坊のようにキーキーと鳴き声を上げる。
「治療によく耐えたね」
シザーバッグから妖怪用のクッキーを取り出し口元に持って行くと、ヤマビコはそれを両手で掴みカリカリと食べ始めた。
「しかし、この辺は天然物がよく出るな」
「都会に割と近いからね 負の気が流れて来るんでしょ」
気付けば 辺りは薄暗くなり、ヤマビコの子供はすでにクッキーを食べ終えていた。
抱きかかえていたミズキが手を放すと ヤマビコはピョンピョンと飛び跳ね 元気になったのをアピールした。
「元気になってよかったね」二カッと笑うと緊張の糸が切れたか、ふあーと大きな欠伸をした。
「さすがに三日続けてはきつかったか」ミズキとは一心同体のチシュにはミズキの疲労度は容易くわかる。
「うん、今日はここで寝る」そういってミズキはそのまま大の字で寝てしまった。
「しょうがねぇな」
チシュは糸をぱぁーと枯葉に吹きかけると布団を作りミズキに掛けた。
「さて、俺は飯でも食いに行くか」
ぐーぐーと子供のようなミズキの寝顔を見るとチシュは暗い森の中へと消えていった。

EP3 治癒の針術
340名無しより愛をこめて:2011/04/02(土) 21:36:20.93 ID:5wdieIGu0
ミズキは、人知れず魔化魍退治する鬼にすら気付かれぬまま妖怪を癒す存在、なんでしょうか
(癒すというか歪みを正す?)
人だけどアヤカシの側にいて、慈悲も慈愛も知るのに両者の共存の架け橋というわけでも無さそう
なかなかに複雑な人なりの様ですね
341暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/10(日) 17:31:09.33 ID:y4SJU31x0
>337-339から続き
EP4 葵

―城南大学 キャンパス内

とある日の午後。
「むしむしばばばー、むしばばばー♪ おれたちゃー働くぅ♪」
護国寺研究室でお気に入りの「おかあさんとどっこいしょ!」のアルバムを聴いているミズキ。
鼻歌を歌いながら、新聞をダラダラと眺めていると「関留ダム、建設開始」の文字が目に入った。
「チシュ、これ見て」呼び出されミズキのシャツの胸元からモゾモゾと姿を現すチシュ。
「あー、去年行った北陸の山奥か」
「そう、ヤマビコがいたところだよ。鬼にやられたから人間が入れる様になったんだね」
「へっへっへ、鬼がまさかダム建設の手伝いをしていたとはね」
「まあ、当人達には ただの魔化魍退治だろうけどね」
「ご立派な正義の味方だ」チシュは皮肉交じりに言った
表ざたになる事はないが、妖怪達の抵抗に遭って土地開発が遅れる事はよくあることだった。
国や地方自治体は住民との衝突や予算などで遅れることもあるがこういったケースも以外に多い。
そうなった場合、国は非公式に「猛士」に依頼する事がある。
しかし、鬼としてはただの魔化魍退治としか聞かされない。
自分たちの行為が政治的な力に関係している事を知る者は少なかった。
ミズキが育った島も自然と動物、そして妖怪が平和に過ごしていた所だったが、
今ではそこはゴミの処理場となり世の中の役に立っていた。
それだけに魔化魍退治の理由が結果的に人間の都合だったというニュースを聞く度に胸が痛くなる。
「あの時の鬼、紫鬼だっけ?煌鬼の末裔の奴」「氷の太鼓使いだったな」
「そうそう、たぶん戦っていたら負けていたね」
例外はあるが人間は修行を積めば鬼になれる。
その中でも先祖代々鬼の家系に生まれた者などには伝説の鬼の血が流れている者が多い。
そして伝説の鬼の血を引く者たちは例外なく強い。
ミズキの仮説にはなるが、「猛士」創世記の伝説の鬼は人間から鬼になった者のではなく、
変化の術を使い、人の姿をしていた鬼だったのではないかと推測している。
「まあ、今なら色んな事知っているし、その気になれば鬼封呪もできるしね」
「それもそうだな」とチシュも鋏角をカチカチと鳴らし笑った。
その時、コンコンと扉を叩く音がした。
チシュは素早くミズキの服の中に潜り込み、チシュが隠れた事を確認するとミズキは扉を開けた。
342暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/10(日) 17:34:18.66 ID:y4SJU31x0
「お待たせしました」
扉を開けると、そこにはいたのは髪の長い女と、白い大きな犬だった。
明るい色のジャケットとスカートという服装の女は、自分とは正反対のしっとりとした健康的な肌と黒い髪。薄く化粧はしているが、その僅かな化粧が整った鼻筋、涼しげな目元や瑞々しい口元をより一層魅力的にしている。
誰もが圧倒されるような美人の魅力とは違う、最大限に自分らしさを引き出しているタイプの女性だった。
その側にいる大きな犬は、おそらくグレート・ピレニーズと呼ばれる犬種である。
大人しく主人の横で堂々といる姿は、この守りたくなるような華奢な体つきの飼い主が姫ならば、それを守る勇ましく、頼りがいがある騎士のように見えた。
「あの、護国寺先生は……」女はミズキとは目を合わせずに言った。
暫く女性達に見とれていたミズキははっと我に返った。
「あ、すみません。授業中なんですよ」
「そうですか」そういって自分の鞄をゴソゴソと探り始めた。
ミズキはここで初めてこの女性の異変に気づいた。
(この人、目が見えていない――)
近くの犬を見ると手綱のような物が付いている。おそらく盲導犬なのだろう。
主人の命令を受けて不動でお座りをしていた。
女は一冊の本を取り出しミズキに手渡すと「民族宗教における妖怪の解釈という本ですが……」と言って、ミズキに自分の出した本が正しいかの確認をお願いした。
『民族宗教における妖怪の解釈 馬場 蛮次 著』
「あ、はいはい。合っていますよ。先生に返しておけばいいですね」
「はい、お願いします」女は、軽く会釈するとゆっくりとその場から立ち去ろうとしたが、ミズキは声をかけた。
「あの、もうすぐ先生も返ってくるかと思います。よろしければ 部屋でお待ちになりますか」少し考えてから女はいった。
「よろしいですか?本の話もしたかったので……」「どうぞ、どうぞ」と女を招き入れた。
女は盲導犬をに外で待たせるように命令したが、ミズキは二カッと笑って ワンちゃんもどうぞと招き入れる。
「シロもいいのですか?」「シロって名前なんですね、全然構いませんよ」
妖怪の土蜘蛛が歩き回るぐらいだから 何も問題はない。
ささっとテーブルに散らかっている資料類を片付けて、女と犬を招き入れる。そしてお客様用のお菓子と玉露を出した。
テーブルにお菓子が置かれると女は音で察したのか軽くお辞儀をした。
時計を見ると護国寺が戻ってくるまでには、あと十分くらいある。
ミズキが退出しようか会話をしようか考えていると、
「あ、この曲……」と流れっぱなしになっていた音楽に女が反応した。

343暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/10(日) 17:37:20.66 ID:y4SJU31x0
串に刺さって団子♪三つ並んで団子♪
「団子三姉妹♪」とサビの部分を嬉しそうに歌う女。
「あっ」と、音楽を流しっぱなしになっていた事に気付いた。
しかし、女は楽しそうに続けて歌う。
「嫁にいけない長女、姉さん気遣う三女、男にだまされ二女♪団子三姉妹♪……あっ!」
「えっ!?どうかしました」
「これってあゆみお姉さんじゃなくて、りょうこお姉さんバージョンですね?」
「判るんですか?!」「ええ、なんか親しみのある感じの声……」
「そうです!変にプロっぽくないというか、お母さんが歌っているような!」
良く分からない所で「きゃーきゃー」と二人は興奮した。
共通の話題があって興味が湧いたのか、女はミズキに話しかけた。
「あの、学生さんですか?」「えっと、あたしは雇われというか勝手に住み着いている助手見たいなものです」
「助手ですか」女はへぇーと関心したように言った。
「いや、正規の助手では無くて仕事上、護国寺さんと協力しあっているとう方が正しいですね」
我ながらよくわからない説明だなと思うとミズキは自己紹介を始めた。
「私は武良水樹って言います。自然保護活動の傍、動物調査や趣味で妖怪の研究なんかをやっています。護国寺さんとは妖怪の研究で民族宗教学が必要になるから教えてもらったり、代わりに調査したりという関係なんです」
「妖怪ですか?」変なところに食いついてきた。
(そう言えば、この人が返しにきた本は確か――)
「私は阿久津 葵といいます 大学院で民族学を専攻しています。」
民族学ならその土地の民族宗教や伝承などから妖怪などの化物の話が出てくるのは不自然ではない。アニミズムなどの精霊崇拝と魑魅魍魎は関係が深い。
「昔から妖怪とかに興味があって、色々調べましたが原始宗教を元に解明するのが一番正体を解明できるのではと考えて研究テーマにしています」
正体を解明するという言葉で、ミズキは葵がこの手の類の存在を信じてはいないのだろうと思った。
超常現象を信じるものは大抵が「起きた」「存在した」ということばかりに目を奪われ、なぜ起きたか、これは何者なのかといった考察については「人間の理解を超えた世界がある」で一蹴する。
人は奇跡を信じたがる生き物であるが、たとえ超常現象でも起きたことには理由がある。
ミズキのように常世の世界に足を入れているものからすると、現世で理解できないことでも必ず理由があり、何でもかんでも人知を超えた力にする事はむしろ分からない事への逃げの考え方に相当する。
344暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/10(日) 17:39:37.34 ID:y4SJU31x0
「興味深いテーマですね。でも、院生にしては、随分落ち着いて見えますね、歌のお姉さんも結構古い人知っているし……」
「ああ、院生といっても実は今年で27ですから――」余計な事を聞いてしまった。
だが、実は「あたしも27です」とフォローがてら年齢をいった。
「あら、武良さんも一緒ですか?」「ミズキでいいですよ。あ、敬語は必要ないか」ハハハと笑う。
ミズキは同い年と知ると突然フランクになるタイプだった。
「私も葵でいいですよ」葵はお調子者のミズキに合わせるようにクスクスと笑いながら言った。
「葵さん、私が考える妖怪というものの正体はね――」
先ほどのお姉さん談義と年齢が同じ事で急に親近感を持ったミズキは独自の哲学で「人間」「妖怪」と言ったものを講釈し始める。
ミズキの場合、実際に知っている者の話になるのだが、葵もまるで妖怪を見たことがあるかのようにミズキの意見に賛同していた。
葵は存在を信じていないタイプだったのではなく、むしろ、余計な情報で不透明になっている実態をはっきりさせたがっているようだ。
幾つかの共通の話題があった二人は、わずかな時間だったが様々な話をし、楽しい時間を過ごした。
(そう言えば、普通の人間と話をしたのは何年振りだろう)
ミズキは仕事以外で普通の人間の女性と他愛のない会話するということが殆どなく、年相応の女の話をするのは始めてといってもよい。
しかし、そんな会話でもミズキは心地よく話せたのは、共通の話題があったということだけではなく、葵という女性が話しやすく、魅力のある女性だったからだろう。
色々話し、最終的には新発売のお菓子「北海道なまら生クリームケーキ」の話の批評をしているとガチャリと扉が開く音がした。

「あ、先生が帰ってきたかな」そういって一度席を外して護国寺を迎えにいった。
授業を終えて帰ってきた護国寺にミズキは葵のことを話すと、護国寺は「はいはい、阿久津さんね」といって葵の元にいった。
ミズキは遠巻きに「葵さん。またね」と手を振った。
「はい、楽しかったです!またお話しましょうね」と葵もミズキの声のする方に手を振った。
もう少し話していたかったが、ミズキは研究室の隣ある資料室に移動した。
345暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/10(日) 17:43:13.22 ID:y4SJU31x0
「すてきな人だったね」
ミズキが部屋に入り、自分の胸元に話しかけるとチシュはシャツから現れた。
「珍しく人間の女みたいな話していたな」「うん、なんか楽しかった」
普通の人間と接して、心から居心地が良いと感じていたミズキを見るのは、チシュにとっては始めての事だった。
妖怪の中には人間と親しくすることを嫌がる者も多いが、チシュは妖怪や人間が仲良くすることなどどうでも良い。
ただ、ミズキが生きたいように生き、それを叶えられればそれでよかった。
だからこそ、楽しそうなミズキを見るのはチシュにとっても喜ばしいことである。
と、その時、チシュの目にミズキのノートパソコンが何かに反応した光景が入る。
そして、ピョンと飛び、ミズキのノートパソコンの上に乗った。
「メールがきているぜ」チシュは節足でカチカチとキーボードを叩き、メーラーを起動しタイトルを確認した。
『石川県にて』
メールに本文はなく、静止画と動画の二つが添付されていた。
「おい!黒い奴みたいだぜ」ミズキは表情を変え、画面を見た。そして写真を拡大する。
携帯のカメラでとっているので、画質が荒い。しかし、特徴だけは確認できる
黒い一本角に黒い隈取、撥と鼓も黒。間違えようがない。黒い鬼だ。
「今度は石川か」「……他でも目撃情報があったから、どうもこいつは担当の地方がなさそうだね」
「フリーランスの鬼がいるのか?それとも、鬼に担当の地域があるって仮説が間違っているのか……」
続いてチシュはメールに添付されていた動画をクリックする。
少し時間をおいて動画が映し出したものは、童子・姫と対峙する黒い鬼の姿。
鬼は 殆ど動いていないと思えるほどの最小限の動きで、童子達と戦うその独特の動きは画像が荒くてもわかる。
黒い鬼だ。
ミズキは、お目当ての鬼だと確信すると、瞬時に殺意に満ち溢れ、無意識に戦闘モードにスイッチが入る。
だが、怒りで闘争本能が研ぎ澄まされるほど本能的にこの鬼の強さを感じ取ってしまい冷静になる。
僅かな動画しか手に入った試しかないが、何度見てもこの鬼の圧倒的な強さを認識させられる。
無駄が一切ない動きも脅威すぎるほどの脅威であったが、一番気持ちが悪いのは、そこらの鬼とは異なる気の性質だった。
他の鬼のように鍛え抜かれ、研ぎ澄まされた自分の存在を知らしめるような光を放つ気ではない。
黒い鬼の気はその真逆。例えるなら、すべてを吸い込んでしまう暗闇。
それは、うっかりすると殺気どころか、意識まで吸い込まれてしまうような独特の場を作りだしている。
どんな攻撃も受け止められ、殺気を一切放たずに攻撃してくる。
どうやって攻め、どうやって防ぐか。
基本的な能力が違う鬼に格闘戦を挑むのは愚の骨頂。
しかし、裏を書く様な奇襲もこの鬼には通用しないだろう。
相手居場所が分かり、鬼を倒す方法を知っていても、それが一切通用しないのであれば、無意味。
頭の中で何度も攻め筋を考えるが、必ず最後にはこちらが詰んでしまう……。
「落ち着けミズキ。何処にいるかもわからん相手にムキになるなよ」
「そうだね」
チシュがミズキの憎しみを自分の事の様に理解してくれている事は良く分かっていた。
だからこそ、感情的になるミズキを冷静にさせようとしてくれた。
「ありがとうね」「気持ち悪いな」
チシュは少し恥ずかしそうに そういうと、ミズキの服の中に消えた。
346暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/10(日) 17:46:34.91 ID:y4SJU31x0
――三日前 石川県 山中
ディスクアニマルに導かれ、一人の黒い鬼は森林の中に自然に作られた山道を、ゆっくりと歩いていた。
艶もなく、一つの色も存在しない黒い肉体は 森の木々が作り出す木陰に入ると、一瞬 影と同化する。その不気味な肌の色と、音を立てない静かなすり足、そして一切放たれない気。
黒い鬼は森の中を、無機質に移動する影になっていた。

その途中、一組の親子が鬼に話しかけてきた。
「……あの 夫の敵を……」母親らしき女の声に鬼は立ち止まり、親子の方を見た。
「鬼さん。頑張って!」
子供の言葉に鬼はシュッとポーズだけ決め、再び森の奥へと進んだ。
鬼は一言も声を発さなかったが、親子にははっきりと心に一言響いた。
「任せておけ」

EP4 葵 
347名無しより愛をこめて:2011/04/10(日) 21:00:53.31 ID:bNpGheRA0
とうとうミズキ因縁の相手が!
黒い鬼…気配の無さが不穏だけど、魔化魍退治を父親の仇討ちと
認識しているみたいだし、暴走している訳でもなさそう?
ミズキも完全にアヤカシの側の意識物言いではなくて、
普通の女性らしい感性も持ち合わせている、と
うーん何だか嫌な予感がします
348名無しより愛をこめて:2011/04/10(日) 22:00:12.95 ID:4uNzbqup0
主人公のフルネームと年齢がさらりと判明しました
349高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2011/04/12(火) 20:14:00.67 ID:ZnvvB+Vw0
以前にも書きました通り、オロチを鎮めた一年後までと決めていましたので、
このシリーズもそろそろで終了となります。

ただ、高鬼SSの方で出しそびれたオリジナルの鬼、使いそびれたストーリーがまだいくらか残っているので
在庫処分という事で少し長めの話をやります。

相変わらず時世にそぐわない不穏な内容ですが、あえて平常運転とさせていただきます。ご了承下さい。


>武良水樹
やっぱりあの大先生がネーミングの由来なのだろうか。
350散歩する集落:2011/04/12(火) 20:15:11.36 ID:ZnvvB+Vw0
Chapter 1 奇妙な再会


もし、過去に戻る事が出来るのなら……。
2006年秋、いつもの出版社、いつもの応接室。作家の遠藤郷介は、編集の葛原女史からいつものように罵倒されながらそんな事を考えていた。その理由は……。
わざわざ江ノ島まで取材に行ったのに、と葛原は何十回目かの同じ言葉を口にした。
そう、春に取材して最近出版した郷介の作品が、見事にこけてしまったのだ。
「夢ヶ森先生が生きておられたら、何と言われたでしょう。あ、歯牙にも掛けられないですよね。失礼しました」
「……はい、そうです。その通りで御座います」
葛原がとっくに冷めたお茶を飲んだ。この沈黙が痛い。
「遠藤さん、次が最後のチャンスですよ」
射るような眼差しでそう告げる葛原に対し、郷介はただただ無言で首を縦に振るだけだった。
「遠藤さんの作風はいつも似たり寄ったりです。そろそろ引き出しを増やしてみませんか?例えば……」
SFなどどうでしょうと葛原に言われ、郷介は思わず「うえっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「はあ……しかしですね……」
以前要求されたエログロナンセンスよりはマシだが、郷介は典型的な文系人間である。科学的な内容など書ける筈もない。
「無理強いはしません」
葛原はそう言うと、一本のビデオテープを机の上に置いた。何でしょうと尋ねる郷介に、葛原が答える。
「小 説 以 外 の 仕事の依頼です。ルポを一本お願いします」
「つまりこれは資料ですか?」
ラベルも何も貼られていない、真っ黒なビデオテープを手に取ってまじまじと眺める郷介。
葛原はまた、無言でお茶を口にした。
351散歩する集落:2011/04/12(火) 20:20:31.77 ID:ZnvvB+Vw0
「迷い込んだら二度と出て来られない村って知ってます?」
大槻健児は挨拶もそこそこに、郷介にそう尋ねた。
「知ってるよ。青森の杉沢村や福岡の犬鳴村みたいなものだろ」
杉沢村は六年前、テレビのバラエティ番組で取り上げられて一世を風靡している。覚えている人も多い筈だ。
「どうしてそんな事を?」
「実はですね……」
勿体ぶってケンヂが説明を始める。それによると、彼の学校でその都市伝説が大流行しているらしいのだ。
「そりゃまた局地的な……。何でまた?」
「何でって……。ネット上で今一番ホットな話題じゃないっスか」
その言葉に軽く馬鹿にされているような感じを覚えつつ、郷介が言った。
「その村って言うのは、ひょっとしてこれの事か?」
ビデオのリモコンを操作する郷介。テレビ画面に再生されたのは、あの日葛原から渡された資料のテープだ。
それは、関西のローカル番組だった。内容は都市伝説のリポートで、再現VTRとして廃村が映し出されている。画面には、「潜入 八十墓村の謎を追え!」と赤でテロップが入れられていた。
「これっスよ、八十墓村(やそはかむら)!あれ、でもどうしてこんなものを持ってるんスか?」
散々考えた上で郷介は正直に話した。案の定ケンヂは、自分も一緒に行くと言い出したのであった。
352散歩する集落:2011/04/12(火) 20:26:06.36 ID:ZnvvB+Vw0
次の土曜日、郷介はケンヂを連れて「たちばな」へと向かっていた。製作会社の人間と会うためである。
「製作会社ってどういう事っスか?」
「案内を頼むんだ」
道すがら疑問を投げ掛けてくるケンヂに、郷介はただ一言そう答えた。
今回の取材は、その手のマニア向けビデオを製作・販売している会社と協力して行う事になっている。全て葛原のお膳立てだ。
聞くところによると、そこの社長は業界でも特に、そういう曰く付きの場所での取材が得意な事で有名らしい。
「待ち合わせ場所って、確かヒビキさんのいる店ですよね。遠藤さんが指定したんスか?」
「先方が指定してきたんだ」
おそらく偶然だろう。だが郷介としては都合が良い。
彼は、何故か災厄を「引き寄せる」体質らしい。都市伝説の場所になど行こうものなら、間違いなく何らかの災いを呼んでしまうだろう。しかし仕事を断る事が出来る身分ではない。だから猛士の誰か――出来るならばヒビキに相談したかったのだ。
ヒビキ――昨年、屋久島旅行の道中で知り合った、ちょっと不思議な人。年齢は郷介と三つ四つぐらいしか違わない筈なのだが、彼ならきっと何とかしてくれるとこちらに信じさせるだけの魅力を持った人物だ。
そうこうしているうちに「たちばな」へ辿り着いた。引き戸を開け、暖簾を潜る。
「いらっしゃいませ〜」
元気の良い声が響いた。声の主――立花日菜佳は、来客がお得意さんだと気付くと、「いつも有難う御座います〜」とはちきれんばかりの笑顔で告げた。
「ヒビキさんは?」
挨拶もそこそこに日菜佳にそう尋ねると、彼女は残念そうに留守だと答えた。
「果たし状を貰っちゃったらしいんですよ〜」
その説明に疑問符を浮かべつつ、適当な席に腰掛けて店内を見回す。と、近くの座席に座っていた中年男性と目が合った。
「おっ、ひょっとして遠藤郷介さん?」
男はそう言うと立ち上がり、二人の傍へ近付いてきた。よく見ると、男の向かいの席に一人の女性が座っている。この中年男性の連れらしい。
年齢は五十代ぐらい。銀色に染めた髪に浅黒く日焼けした肌、シルバーのアクセサリーを付けた、年齢の割りにちゃらちゃらした人物だ。サングラスを外しながら、名刺を差し出してくる。
「どうも初めまして。有限会社オフィスπ(パイ)の代表取締役兼演出担当兼カメラマンの、石川昭一と言います」
郷介が名刺を受け取らず、ただ一点を凝視しているのを不思議に思いながらも、石川は一人で話を続けた。
「うちは小さい会社なんで、社長の俺が自ら現場に出て色々とやってるんスよ。今回、八十墓村伝説の取材をすると言う事で……って聞いてます?」
失礼な事は重々承知だが、郷介は石川の言っている事が何一つ耳に入ってきていなかった。瞬きするのも忘れて石川の連れの女性を見ている。ケンヂに至っては、出されたお茶を飲もうとした状態のまま固まっていた。
その女性は。
誰がどう見ても。
花鶏恵その人であった。
353散歩する集落:2011/04/12(火) 20:35:23.36 ID:ZnvvB+Vw0
Chapter 2 異邦人


「行方不明?」
1986年、猛士北海道支部。とっくに三十路を過ぎ、半ば引退状態のジョウキは怪訝そうに尋ねた。
「誰が」
「ヒョウキさんの御子息だよ」
支部に所属するサポーターの花京院が、プチトマトのプランターを手入れしながらそう答えた。
ヒョウキ(雹鬼)とは、昭和三十年代に北海道支部で活躍した歴戦の勇士だ。1970年代の混沌期には既に引退していたが、その子どもが最近、鬼として独り立ちし、ここ北海道支部に配属されていた。
親譲りの高い戦闘能力を持ち、もう数年早く生まれていたならば混沌期の猛士において大きな戦力となったであろう。だが、社会情勢が落ち着きつつある昨今、魔化魍の出現数も減少の一途を辿り、目立った活躍は出来ないでいるのが現状だが。
「まあ心配する事はないだろう。彼はポストジョウキと呼ばれるぐらいの逸材だからね」
まだ引退してねえよと、ジョウキはぶっきらぼうにそう言った。
「ははは、すまなかった。一つ食べるかい?」
そう言うと花京院はプチトマトを一つもいでみせた。「いらねえよ」とジョウキが断ると、残念そうに口へと運び、舌の上で「レロレロレロレロ」と転がし始める。
「あいつはサポーターを付けないから、こんな事になるんだ。……で、何処に行ったんだ?」
「確か……ナントカ村と言っていたような。推理小説に似たような名前が……ああ、思い出した」
ぽんと手を打ち、花京院が言った。
「八十墓村だ」
354散歩する集落:2011/04/12(火) 20:41:13.58 ID:ZnvvB+Vw0
時は流れ2006年、東京近郊のとある山中。普段は人も滅多に来ないようなこの場所で、二人の異形が対峙していた。一人は猛士関東支部所属、響鬼。もう一人は猛士東北支部所属、零鬼。
「本当にやるのか?」
響鬼が尋ねた。それに対し零鬼が無言で構えを取る。
「仕方ないな……。行くぞ!」
重心を低くして、響鬼も臨戦体勢に入った。その姿を見て零鬼が考える。
(属性は同じ炎。ならば肉弾戦で攻めるのみ!)
考えが纏まると同時に零鬼が駆けた。そして鬼爪の飛び出した拳を、響鬼の頚動脈目掛けて叩き込む。
最小限の動作で響鬼がこれを払い除けた。そのまま空いた方の手で零鬼の腹に向けて拳を叩き込む。一瞬で状況を判断し、後方に跳躍して衝撃を受け流す零鬼。
次に零鬼は響鬼の左側頭部目掛けて強烈な回し蹴りを撃ち込んだ。これもまた左手でしっかり防ぐと、その脚を取り、響鬼は思い切り投げ飛ばした。
着地するや否や、体勢を瞬時に立て直した零鬼は、音撃棒・大義を腰の装備帯から抜いた。そして地面に向けて先端の鬼石を叩き付ける。
「鬼棒術・超振動!」
衝撃波が大地を裂き、響鬼へと一直線に突き進んでいく。響鬼もまた、素早く音撃棒・烈火を抜き取ると、同じ様に地面に叩き付けて似たような技で迎え撃った。二つの衝撃波がぶつかり合い、相殺される。
上がる土煙の向こうで、零鬼が「鬼闘術・特攻!」と叫ぶのが聞こえた。次いで全身を鋼と化した零鬼が突っ込んでくる。
「まるであいつらだな」
嘗て戦った武者童子、鎧姫を思い浮かべながら響鬼が呟く。思えば、先程の技もヌリカベの武者童子との戦いで使った技だ。
零鬼の重い一撃を躱すと同時に、蹴りを叩き込む響鬼。しかし零鬼は全く怯む様子を見せない。効果が無いと見るや、響鬼は「烈火」を構え直し、零鬼からの攻撃に備えた。
零鬼が高く跳び上がった。空中で回転し、響鬼へと急降下してくる。鬼闘術・重爆だ。
それをひらりと躱した響鬼に向かい、零鬼が尋ねた。
「何故その姿のままなのです?」
「どういう事だ?」
「見せて下さい。オロチを鎮めたと言う力を。俺はその力を見極めるためにこうして戦いを挑んでいるのです」
だがそれに対し響鬼は。
「悪いけど見世物じゃあないんでな。それに、技に頼り過ぎているきらいがある青年には、このままで充分さ」
「ではこれなら?」
そう言うと零鬼は、装備帯から瑠璃狼のディスクを取り外すと、自身の後方、停車してある愛車に向かって投げつけた。フロントに巨大な尖角モールドが取り付けられた装甲バイクだ。
ディスクはハンドル部分の突起に嵌ると、高速で回転し、次いでマシンのエンジンが自動でかかり始めた。
355散歩する集落:2011/04/12(火) 20:46:50.42 ID:ZnvvB+Vw0
「月牙!」
愛車の名前を叫ぶや、「月牙」が無人で疾走を始める。跳躍し、そのシートに跨る零鬼。
総本部開発局長の小暮耕之助が、ディスクアニマルを纏う事で鬼を強化したのに対し、東北支部の安東朝日は、鬼の肉体そのものを強化しようとして失敗した。そんな彼が次に手を着けたのが、これであった。
嘗て東北支部が開発した戦闘バイクの技術を基に、ディスクアニマルを合体させる事で自走可能なマシンを開発し、鬼の機動力強化を図ったのだ。これにより人の操縦技術では不可能な動きを「月牙」は行う事が出来るようになっている。
高速で突撃を仕掛ける「月牙」を間一髪で響鬼が避ける――否、吹き飛ばされたと言った方が正しいか。響鬼の体には切り傷が出来ていた。車体側面に取り付けられたエッジが掠っていったのだ。
「月牙」が停まった。今のところ次の攻撃を仕掛けてくる気配は無い。
一羽の茜鷹が、装甲声刃を掴んだまま響鬼の下へと飛んできた。それを手にし、マイクに向かって「響鬼、装甲」と声を吹き込む。それと共に大量のアームドディスクアニマルが、「紅」と化した彼の全身を覆っていく。
「月牙」に跨ったまま零鬼は、振り向く事無く後方へ向けて内蔵された小型ミサイルを全弾撃ち込んだ。元々魔化魍は音撃以外では倒せないため、あくまで牽制用であり威力はそんなに高くない。だが生身で喰らえばそれなりの深手は負うだろう。
爆煙の中から、装甲声刃を右手に持った装甲響鬼が、仁王立ちのままで現れた。そしてゆっくりと零鬼に向けて歩み寄ってくる。
零鬼は「月牙」を高速でホイールスピンさせるとターンし、身を低くして再び突撃を敢行した。それに対し、装甲響鬼が装甲声刃を構える。
「鬼神覚声、はあっ!」
振り下ろした装甲声刃から斬撃が飛び出し、「月牙」と真正面から激突した。爆発。「月牙」はタイヤを空回りさせながら宙へと吹っ飛び、乗っていた零鬼も特攻形態が解除された状態で強かに地面へと叩き付けられた。
「お仕舞いっと。お疲れさん」
装甲を解除しつつ響鬼が告げる。戦いは響鬼の勝利に終わった。
356散歩する集落:2011/04/12(火) 20:52:43.01 ID:ZnvvB+Vw0
「青年、大丈夫か?」
互いに顔の変身を解除した姿で、ヒビキがレイキに話し掛ける。レイキはヒビキの目を真っ直ぐに見つめながら一言「問題ありません」と答えた。
「力を試すような真似をして申し訳ありませんでした」
レイキはそう詫びると、深々と頭を下げた。彼が頭を上げるのを待って、ヒビキが尋ねる。
「俺は気にしてないけど……理由を教えてもらえるかな」
「関東に出現したコダマの森を祓ったのは、あなただと伺いました」
是非その力をお貸し下さい――そうレイキは告げると、深々と頭を下げた。
彼の説明によると、どうやら京都の方でコダマの森と類似した何かが発生しているらしく、それを解決するための協力者を求めているらしい。
話を聞き終えたヒビキは、暫くレイキの顔を見つめてから、こう言った。
「悪い。俺は協力出来ない」
「何故です?」
「鍛えてやらなきゃならない弟子がいる。今は大事な時期なんだ。それに、いつまでも三十過ぎのおじさんが出しゃばってちゃ、後進のためにならないでしょ」
ヒビキとしては、後者が本音のようだ。オロチの一件で、ヒビキも後を託せるだけの若手が育つ事を強く望むようになったのだろう。
「そういう訳だ。えっと……」
目の前の青年の名前が頭に浮かばず、語尾を濁しまくるヒビキにレイキが名乗った。
「レイキです。東北支部所属」
「そうだった、悪い。……でもさ、東北支部所属なんだよな。その割には――」
大会議で一度も見掛けた事が無いんだよな、とヒビキが言った。
その問いに対し、レイキはずっと無言を貫いた。

続く
357名無しより愛をこめて:2011/04/12(火) 23:03:47.60 ID:xT8UX7jr0
高鬼SS作者さん、投下乙です。
そろそろ「無事ですか?」と聞こうと思っていました。
358名無しより愛をこめて:2011/04/12(火) 23:32:32.85 ID:6Xpa5Fpi0
お帰りなさい。おぉ、こちらも新章ですね
お初お目見えのレイキさん、名前からして寒い地方らしく…て
東北支部所属の彼が何故、京都の事情にー?
東京、北海道、京都と一見バラバラに見える三つの物語は
どこかで繋がっているんでしょうか
359名無しより愛をこめて:2011/04/13(水) 01:15:21.13 ID:8H53AauY0
>>358
レイキさん前にも出てますよ
360名無しより愛をこめて:2011/04/13(水) 22:34:14.50 ID:7aETglL50
高鬼SS作者
大変失礼致しました
レイキさんは以前、特異点云々で悩む郷介に助言をくれたお人でした
物覚えの悪さを、平にご容赦願います

>359さん、ご指摘ありがとうございます
361名無しより愛をこめて:2011/04/13(水) 22:37:14.64 ID:7aETglL50
高鬼SS作者様
お名前に様がぬけていました
非礼に非礼を重ねてしまい、申し訳ありません
362高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2011/04/16(土) 19:05:22.32 ID:i8NEkk1N0
>>357
今までにもいつの間にか去られた作者様は何人もおられましたし、
別に誰も心配なんかしないよなと思っていたのですが…。
こちらは何も問題ありません。

>>360-361
こちらは気にしていないので、肩の力を抜いていきましょう。
363散歩する集落:2011/04/16(土) 19:06:41.73 ID:i8NEkk1N0
Chapter 3 壱岐映子


花鶏恵は、昨年の夏に確かに亡くなった筈だった。
葬儀にも参列したし、郷介に至っては火葬場にも立ち会った。何より――彼等の目の前で彼女は命を落としたのだから。
ではこの、「たちばな」店内で普通に椅子に腰掛けて、怪訝そうに郷介達を見返している女性は一体何者なのだろう。
堪りかねて石川が尋ねた。
「うちの撮影助手の顔に、何かついてるんスか?」
「え?」
撮影助手と、確かに石川はそう言った。
「こいつは壱岐映子(いき えいこ)と言って、うちで働いてる冴えない女っスよ」
石川に冴えない女と紹介されて、頬を膨らませながら映子が自己紹介をするべく口を開いた。郷介もケンヂも、期待と不安で胸を一杯にしながら、その第一声を待った。
そして。
「どーも初めまして!壱岐映子、今年専門学校を卒業したばかりのフレッシュ社会人でっす!宜しくお願いしまーす!」
元気良くそう告げると、彼女はぴょこんと頭を下げた。
「え、あ、遠藤郷介です。この度はその……宜しく」
「大槻健児です。……遠藤さんの付き添いっス」
映子は顔だけでなく声まで恵そっくりだった。しかし彼女は恵と違って髪を纏めておらず、また、動き易さ重視でパンツルックを好んだ恵とは異なりスカートを着用していた。だが何より……。
「お二人ともさっきまで私の顔をじろじろ見てましたけど、ひょっとして誰かと間違えたとか?芸能人かなぁ〜」
自己紹介を終えた後も勝手に喋り続ける映子の頭を、石川が軽く叩いた。西瓜を叩いた時のような良い音が店内に響いた。
「すいませんね、こいつ、礼儀がなってなくって。ところでそっちの彼も同行するつもりで?」
「あ、俺は行きません。付き添いは今日だけっス」
慌ててケンヂが否定する。
その後、場所を座敷席に移して打ち合わせを行った。注文した品が届いた時、石川はこの店の主人とは古い知り合いなのだと郷介に話した。
今日は店主が不在だと聞いて少し残念そうな表情を見せた石川だったが、すぐに気を取り直すと「お父さんに宜しく言っといてな」と日菜佳に告げた。
帰り道、ケンヂは改めて郷介に当日一緒に行かない旨を告げた。
「あの人見てると辛いんスよ。先生と何もかもが違い過ぎて……」
郷介はそれには何も答えず、ただ留守中の事をケンヂにしっかりと頼むのだった。
364散歩する集落:2011/04/16(土) 19:12:04.03 ID:i8NEkk1N0
Chapter 4 捜索依頼


良い匂いが漂ってくる。台所からだ。鼻歌を歌いながら、一人の少年がトレイに料理を載せて運んできた。
「お待たせしましたー。鮭の香草オリーブオイル焼きでーす」
料理の紹介をしつつ少年――リンが机の上に置いていく。その仕草を眺めつつ、黒田一馬は思った。人は見掛けによらないものだなと。
中世的な顔立ちに華奢な体格、十代も後半なのに声変わりが来ていないのではないかと思える程の高い声。家事全般もまめにこなす。それでいて彼は、鬼になると豹変し、一挙手一投足が荒々しくなるのだ。
彼の師匠も、普段は口数少なく死んだような目をしているが、鬼に変わるとその全てが荒々しくなった。しかしリンは自分の師の現役時代を知らない。だからこれは偶然なのだろう。
師匠の方が、リンから自分と同じニオイを嗅ぎ取って、それで弟子にした可能性もある。
「冷めないうちに食べて下さいねー」
「ああ」
スポーツ新聞を置いて、少し遅めの昼食をいただく。
ここは猛士北陸支部。表の顔は「鬼小島商事」と言う――早い話が何でも屋だ。条件次第ではどんな危険且つ非合法な仕事も行う。黒田が猛士と関わりを持つようになった頃からその方針は一貫している。
黒田一馬は、ここで荒事全般を担当している。
彼は元暴力団幹部だ。ある理由で組が壊滅し、北陸支部に拾われた。当時の威光は今も健在で、老舗の暴力団相手なら名前を出すだけで話がスムーズに進むようになる。
「ところで準備はしなくていいのか?」
「はい?」
何の事か分からず、リンが聞き返した。
「まさか……聞いていないのか?」
「何をでしょう……」
三十年前と比べると、少し広くなった額に手をやりながら黒田が呻く。
「俺はハム子から聞いているとばかり思っていたんだがな……」
ハム子とは北陸支部所属の「飛車」で、主にリンのサポーターを務めている女性だ。本名は公子。当然ながら彼女もここでは表の仕事を持っており、今日はそっちで留守にしていた。
365散歩する集落:2011/04/16(土) 19:16:08.42 ID:i8NEkk1N0
「三日前の依頼、覚えているか?お前がお茶菓子を出したよな」
「三日前と言うと……失踪者の捜索依頼でしたよね」
自分の分の料理を食べながら、リンが答える。
三日前にここを訪れた依頼人の老夫婦は、孫が行方不明になったので探して欲しいと告げた。老夫婦の孫は所謂「廃墟マニア」と言うやつだったらしく、暇さえあれば同好の志をネットで募り、近隣の廃墟や廃村を探訪して回っていたらしい。
だが数日前、「八十墓村に行く」とだけ言い残して出掛けていったきり帰ってこないのだと、老夫婦は涙ながらに語った。当然警察には届けてあるが、それとは別に調査してくれる所を探し、ここへと辿り着いたのだと言う。
そんなに難しい依頼内容ではなかったので引き受けたが、後になって問題が発生した。北陸にはそのような名前の村は存在しなかったのだ。合併で消えたと言う訳ではない。過去一度も存在していないのである。
捜査範囲を広げたが、それでも駄目だった。そこで黒田は、こっそりと猛士のデータベースにアクセスして情報を探ってみた。すると今度は逆に、必要以上の情報が入ってきたではないか!
途端に話がきな臭くなってきた。ひょっとしたら「本業の方」で行かなければならないかもしれない。黒田の判断で、データベース上で最も新しい日付が付けられた地域――京都へと鬼を送る事になったのだが……。
「確かトウジキさんが行く予定だったんじゃ?」
リンの問いに対し黒田は「トウジキも行く」と答えつつ。
「……が、お前の師匠が『丁度良いからリンにも行かせろ』と提案してきたんだ」
「は!? 何でです!?」
「知らんな。何か考えあっての事かもしれんし、ただの気紛れかもしれん」
リンが情けない声を上げた。だがすぐに何かに気付くと血相を変えて黒田に尋ねる。
「ちょっと待って下さい、出発は今日の最終便ですよね!?」
「待たせると怒るだろうな。ご馳走さん」
「こうしちゃいられないぞ!荷物、荷物!」
食事を終えた黒田は、右往左往するリンを尻目に、再びスポーツ新聞を手に読み始めた。

続く
366名無しより愛をこめて:2011/04/16(土) 20:35:26.20 ID:Y8mL0CMQ0
続けての投下お疲れ様です
えぇと情報量が多くて少し混乱してきました
20年前、行方不明になったヒョウキさんの息子さんは北海道支部所属
郷介のルポ先のビデオを撮ったのは関西のTV局
東北支部のレイキさんが、ヒビキさんに助力を乞うたのは京都の魔化魍絡み?
そして今度は北陸支部の表家業に舞い込んだ依頼が、やはり京都での事件
共通しているのは八十墓村と行方不明、でしょうか
367名無しより愛をこめて:2011/04/17(日) 00:41:16.06 ID:4TWVLSne0
Chapter 1 奇妙な再会
もし、過去に戻る事が出来るのなら……。
2006年秋、いつもの出版社、いつもの応接室。作家の遠藤郷介は、編集の葛原女史からいつものように罵倒されながらそんな事を考えていた。その理由は……。
わざわざ江ノ島まで取材に行ったのに、と葛原は何十回目かの同じ言葉を口にした。
そう、春に取材して最近出版した郷介の作品が、見事にこけてしまったのだ。
「夢ヶ森先生が生きておられたら、何と言われたでしょう。あ、歯牙にも掛けられないですよね。失礼しました」
「……はい、そうです。その通りで御座います」
葛原がとっくに冷めたお茶を飲んだ。この沈黙が痛い。
「遠藤さん、次が最後のチャンスですよ」
射るような眼差しでそう告げる葛原に対し、郷介はただただ無言で首を縦に振るだけだった。
「遠藤さんの作風はいつも似たり寄ったりです。そろそろ引き出しを増やしてみませんか?例えば……」
SFなどどうでしょうと葛原に言われ、郷介は思わず「うえっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「はあ……しかしですね……」
以前要求されたエログロナンセンスよりはマシだが、郷介は典型的な文系人間である。科学的な内容など書ける筈もない。
「無理強いはしません」
葛原はそう言うと、一本のビデオテープを机の上に置いた。何でしょうと尋ねる郷介に、葛原が答える。
「小 説 以 外 の 仕事の依頼です。ルポを一本お願いします」
「つまりこれは資料ですか?」
ラベルも何も貼られていない、真っ黒なビデオテープを手に取ってまじまじと眺める郷介。
葛原はまた、無言でお茶を口にした。
「迷い込んだら二度と出て来られない村って知ってます?」
大槻健児は挨拶もそこそこに、郷介にそう尋ねた。
「知ってるよ。青森の杉沢村や福岡の犬鳴村みたいなものだろ」
杉沢村は六年前、テレビのバラエティ番組で取り上げられて一世を風靡している。覚えている人も多い筈だ。
「どうしてそんな事を?」
「実はですね……」
勿体ぶってケンヂが説明を始める。それによると、彼の学校でその都市伝説が大流行しているらしいのだ。
「そりゃまた局地的な……。何でまた?」
「何でって……。ネット上で今一番ホットな話題じゃないっスか」
その言葉に軽く馬鹿にされているような感じを覚えつつ、郷介が言った。
「その村って言うのは、ひょっとしてこれの事か?」
ビデオのリモコンを操作する郷介。テレビ画面に再生されたのは、あの日葛原から渡された資料のテープだ。
それは、関西のローカル番組だった。内容は都市伝説のリポートで、再現VTRとして廃村が映し出されている。画面には、「潜入 八十墓村の謎を追え!」と赤でテロップが入れられていた。
「これっスよ、八十墓村(やそはかむら)!あれ、でもどうしてこんなものを持ってるんスか?」
散々考えた上で郷介は正直に話した。案の定ケンヂは、自分も一緒に行くと言い出したのであった。

368名無しより愛をこめて:2011/04/17(日) 00:52:34.33 ID:2GmlEhZh0
場面が切り替わってるんだから詰めて書いたらイミフじゃねえか、馬鹿
369名無しより愛をこめて:2011/04/17(日) 08:13:07.34 ID:4TWVLSne0
次の土曜日、郷介はケンヂを連れて「たちばな」へと向かっていた。製作会社の人間と会うためである。
「製作会社ってどういう事っスか?」
「案内を頼むんだ」
道すがら疑問を投げ掛けてくるケンヂに、郷介はただ一言そう答えた。
今回の取材は、その手のマニア向けビデオを製作・販売している会社と協力して行う事になっている。全て葛原のお膳立てだ。
聞くところによると、そこの社長は業界でも特に、そういう曰く付きの場所での取材が得意な事で有名らしい。
「待ち合わせ場所って、確かヒビキさんのいる店ですよね。遠藤さんが指定したんスか?」
「先方が指定してきたんだ」
おそらく偶然だろう。だが郷介としては都合が良い。
彼は、何故か災厄を「引き寄せる」体質らしい。都市伝説の場所になど行こうものなら、間違いなく何らかの災いを呼んでしまうだろう。しかし仕事を断る事が出来る身分ではない。だから猛士の誰か――出来るならばヒビキに相談したかったのだ。
ヒビキ――昨年、屋久島旅行の道中で知り合った、ちょっと不思議な人。年齢は郷介と三つ四つぐらいしか違わない筈なのだが、彼ならきっと何とかしてくれるとこちらに信じさせるだけの魅力を持った人物だ。
そうこうしているうちに「たちばな」へ辿り着いた。引き戸を開け、暖簾を潜る。
「いらっしゃいませ〜」
元気の良い声が響いた。声の主――立花日菜佳は、来客がお得意さんだと気付くと、「いつも有難う御座います〜」とはちきれんばかりの笑顔で告げた。
「ヒビキさんは?」
挨拶もそこそこに日菜佳にそう尋ねると、彼女は残念そうに留守だと答えた。
「果たし状を貰っちゃったらしいんですよ〜」
その説明に疑問符を浮かべつつ、適当な席に腰掛けて店内を見回す。と、近くの座席に座っていた中年男性と目が合った。
「おっ、ひょっとして遠藤郷介さん?」
男はそう言うと立ち上がり、二人の傍へ近付いてきた。よく見ると、男の向かいの席に一人の女性が座っている。この中年男性の連れらしい。
年齢は五十代ぐらい。銀色に染めた髪に浅黒く日焼けした肌、シルバーのアクセサリーを付けた、年齢の割りにちゃらちゃらした人物だ。サングラスを外しながら、名刺を差し出してくる。
「どうも初めまして。有限会社オフィスπ(パイ)の代表取締役兼演出担当兼カメラマンの、石川昭一と言います」
郷介が名刺を受け取らず、ただ一点を凝視しているのを不思議に思いながらも、石川は一人で話を続けた。
「うちは小さい会社なんで、社長の俺が自ら現場に出て色々とやってるんスよ。今回、八十墓村伝説の取材をすると言う事で……って聞いてます?」
失礼な事は重々承知だが、郷介は石川の言っている事が何一つ耳に入ってきていなかった。瞬きするのも忘れて石川の連れの女性を見ている。ケンヂに至っては、出されたお茶を飲もうとした状態のまま固まっていた。
その女性は。
誰がどう見ても。
花鶏恵その人であった。
「行方不明?」
1986年、猛士北海道支部。とっくに三十路を過ぎ、半ば引退状態のジョウキは怪訝そうに尋ねた。
「誰が」
「ヒョウキさんの御子息だよ」
支部に所属するサポーターの花京院が、プチトマトのプランターを手入れしながらそう答えた。
ヒョウキ(雹鬼)とは、昭和三十年代に北海道支部で活躍した歴戦の勇士だ。1970年代の混沌期には既に引退していたが、その子どもが最近、鬼として独り立ちし、ここ北海道支部に配属されていた。
親譲りの高い戦闘能力を持ち、もう数年早く生まれていたならば混沌期の猛士において大きな戦力となったであろう。だが、社会情勢が落ち着きつつある昨今、魔化魍の出現数も減少の一途を辿り、目立った活躍は出来ないでいるのが現状だが。
「まあ心配する事はないだろう。彼はポストジョウキと呼ばれるぐらいの逸材だからね」
まだ引退してねえよと、ジョウキはぶっきらぼうにそう言った。
「ははは、すまなかった。一つ食べるかい?」
そう言うと花京院はプチトマトを一つもいでみせた。「いらねえよ」とジョウキが断ると、残念そうに口へと運び、舌の上で「レロレロレロレロ」と転がし始める。
「あいつはサポーターを付けないから、こんな事になるんだ。……で、何処に行ったんだ?」
「確か……ナントカ村と言っていたような。推理小説に似たような名前が……ああ、思い出した」
ぽんと手を打ち、花京院が言った。
「八十墓村だ」
370名無しより愛をこめて:2011/04/17(日) 17:34:53.96 ID:umpoh6mj0
紅葉姫とは公家や武家の娘ではない。もとは会津の誰とも知れぬ夫婦の娘であった。それが奇しきさだめに導かれるままに都へ流れ、そこで拾われた。
 拾われ子、というわけではない。 拾ったのは陰陽寮の手の者であった。
 陰陽寮とはこの世ならざるものから国を、都を、ひいては帝を護り奉る機関である。その陰陽寮が紅葉を拾ったのは憐憫でもなければ従僕を求めたわけでもない。
 紅葉には力があった。
 真偽は知れぬが、紅葉は親が他化自在天に祈り授かった子だという。それゆえか、時折紅葉は不可思議なことをした。そも京に流れ着いたのもそれが遠因である。
 あるとき豪農のどら息子に夫婦の契りを迫られ、それが厭じゃ厭じゃと念じていたら忽然と己にそっくりなものが現れた。天の助けとばかりにそれを身代わりにして逃げ、やがて京に辿り着いたのだった。
 京の都の夜は、それは恐ろしいものである。
 ぬすびと、野伏せり、人さらい……ならば、まだよい。恐ろしいのは人ならざる、妖魅のたぐいである。
 かわたれ刻を過ぎればもう化生のものが跋扈する――それが、京の都のもう一つの顔であった。
 そんな時である、紅葉が見いだされたのは――
 夜である。 都の路を進む一行があった。 「や?」
 ごとごとと重い音を立てて進む牛車を松明を掲げて先導する男が不審の声をあげた。
 男が歩を緩め、牛車がその両輪を止めた。
「何事か」
 牛車の中から、御簾越しに問う声。急ぐ道行きでもないが、己の足を止められるのはいい気がするものではない。
「は、あれに女が――」
「はて、女だと?」
 御簾が持ち上げられ、中から身なりのよい男が顔を覗かせた。
 男の目に、道の向こうから髪と着物を振り乱して駆けてくる女が映った。
 その顔が凍りつく。
「おう、これはいかん」
 男は慌てて姿勢を正しながら先導に命じる。
「疾くあの女をこれへ連れてまいれ。わしがよいと言うまで声は上げるなよ」
 言うなり両手を袖の中へ引っ込めるとなにやら印を結び、口の中で口訣を唱え始めた。
 主のただならぬ様子に真意を問うこともせず、先導の男は女の下へ走った。
 女は息も絶え絶えの様で、衣が乱れて乳が夜気に晒されているが直そうともしない。さては夜盗にでも追われているか、と女の後ろを見るが、雲で月も星も隠されていて墨を流したような冷たい闇があるばかりである。
 はてな、と口を開きかけるが、主の命令を思い出し慌てて口を閉じ、女の手を取り己の肩にかける。
 女はなかば気を失っているようで、松明の灯りと男の身なりを見ると安心したのかぐったりと男に凭れた。いや、己の体を支えていられなくなったか――
 男が女を担いで牛車に戻ると、供回りの者どもが残らず牛車の下へもぐりこんで息を殺していた。
「戻ったか。女をこれへ。そちも早う車の下へもぐれい」
 わけがわからず、しかし牛車の下の仲間がしきりに手招きするので先導の男も車のそばに松明を置くと急いでもぐりこんだ。
 主人は受け取った女を己の後に横たえ、御簾を下ろして口訣を唱え続けている。
 牛車の下の男はだんだんと怖くなってきていた。おのれ自身はただの従僕だが、仕える主はなにしろ―――
“おう、牛がおるぞ” 女の声。
“はてな。うまそうな女もおったはずだが” 男の声。
 気の抜けたような、それだけに聞く者の不安をあおるような声だった。
 どこから聞こえるか。牛車の下で首を回すが、すぐそばの松明の火に人影など見えない。
“よい。今宵は牛でよい” “よいな。今宵は牛でよかろう”
 また声が聞こえたかと思うや、けたたましい悲鳴が耳を襲った。そしてびちゃりという水を撒く音。鼻を衝く、錆のような生臭さ。
 声を上げなかったのは、主の生業からわずかながら事を予想して口に着物の襟を詰め込んでいたからである。
 男らの目の前で、牛車を引いていた牛が見る間に貪られている。
 首から腹から尻から、見る見る肉が引きちぎられていく。その肉は空中で細かく引き裂かれたと見えたが、いつの間にか消え去った。ずるずると血を啜る音がするが、それもまた虚空に消えた。
 その頃には捨て置いた松明が燃え尽きて、あたりはまったき闇に包まれた。
 やがて牛は絶命し、かりこりと骨を砕く音がしばらく続いた。
“腹がくちくなった”
“くちくはなったが、やはり女が食いたかったな”
“おらなんだものは仕方なかろう”
“女程度では我らが食えばしまいだからな、牛でよかったとしよう”
“おお、我らがはらからにも食わせねばな”
“にしても人が食いたい”
371名無しより愛をこめて:2011/04/17(日) 17:37:01.06 ID:umpoh6mj0
“むう、たしかに腹いっぱい食いたいな”
 やがて声は聞こえなくなったが、そのまま半刻も待ち続けたろうか。牛車の中からもうよいぞ、という声が聞こえても、手足がこわばってすぐには動くことができなかった。
 風が出たのか、雲が切れて月の光が闇を僅かに払う。従僕どもは牛車の轅の間に僅かに黒いしみが残るのみで牛がいないのを見て、息を飲んだ。
「た、忠行さま…!」
「おう、無事か。まいったの、あのようなものに出くわすとは。まあよい。もうすぐ日が昇ろう、誰かいずれかの屋敷に走って牛を借りてまいれ」
 忠行と呼ばれた主人は泰然とした態度を崩さない。しかしその胸の裡は大いに揺れていた。
 彼らが出くわしたのは、俗に百鬼夜行といわれるものである。百鬼夜行という呼び名は、忠行の立場からすると不本意極まるものだが、それだけに数多の妖魅が列を為し夜をゆく――この脅威をひしひしと感じていた。
 そしてもう一つ。
 己の後に横たえられたこの女である。
 この女、明らかに化生のものどもから逃げていた。夜をゆくあれはただの人には見えぬというのに。
 ――鍛えてやれば、いずれ先刻の化生のものを退治する助けになるやも知れぬ。
 この牛車の男こそは当代随一の陰陽家賀茂忠行。魑魅魍魎を払う陰陽寮の重鎮にして鬼を束ねる王。
 そしてこの女こそが後に鬼として活躍する紅葉姫であった。
 賀茂忠行に鬼としての素養を見出された紅葉は陰陽寮の中でも更に秘された鬼の組織に組み込まれ、徹底して肉体的・精神的・呪術的に鍛えられた。
 忠行の眼に誤りはなく、紅葉は生まれついての素養と彼女自身の努力する素養によってめきめきと文字通り頭角を現していった。
「吐菩加身依美多女、寒言神尊利根陀見! 祓い給え清め給え!」
 鬼の姿の紅葉が三種祓詞を鋭く奏上する。
 この三種大祓は純粋な神道の祝詞ではないが、効果があれば極端な純粋性は求めないのが鬼らである。もとより数多の呪術・法術を組み合わせて独自の鬼法術なる体系を作り上げているのだ。
 見事、骸を喰らうカシャを封じた紅葉は振り返ると、補佐兼目付けである陰陽師ににっこりと笑いかけた。
「お見事でござりました。さすがは忠行様が見込まれただけのことはありまするな」
「ええ、ご恩に報いるためにも、鍛えておりますから」
 紅葉は顔の横で軽く手をひらめかせて礼をする。事実、彼女の努力は幾人もの鬼の中で傑出していた。鬼法術、鬼闘術に加えて使う者の少ない鬼鞭術、鬼投術、果ては開発途上の音撃まで修得している。
 その努力と実力を見込まれ、かの究極音撃奏・百鬼夜行に加えられたのも一度や二度ではない。
 誰もが次代の鬼を束ねるのは紅葉であると認めていた。
 しかし、ある夜、妖魅に襲われた貴人を助けたことで紅葉の運命は変転してゆく。
 貴人の名は源経基。賜姓降下してはいるが、紛れもなくやんごとなき血の流れる武将である。
 経基は鬼として戦う紅葉に眼を奪われ、人として朝日を浴びて輝く美しい紅葉に心を奪われた。
372名無しより愛をこめて:2011/04/17(日) 17:43:02.25 ID:umpoh6mj0
 「鬼と女子は見えぬぞよろしい」という忠行に無理を言って紅葉と再会した経基は、さすがに妻に迎えることはできなかったものの、紅葉を腰元に、後におのれの局とした。
 しかし高貴なる身分に迎えられても紅葉は鬼として化生のものどもと戦うことをやめようとはしなかった。それこそが人外の力を得た彼女の決意であり、人を護るという誓いだった。
 経基はそんな紅葉をますます愛し、ついにはおのれの子を孕ませるまでになった。
 そんな時である。
 闇に覆われていたといっていい御世である。自然、鬼は人を捨てた化け物として人口に膾炙していた。
 だからこそ賀茂忠行は鬼たちを陰陽寮という組織の中でも更に秘していたのであり、紅葉と経基も二人が出会った夜に随行していた共の者には堅く口を噤んでいるよう命じていたのである。
 しかし、いずこからか漏れた。
 経基は激怒し、紅葉が鬼であると知っている家来を残らず切り捨てると刀を抜いたが、そんなことをすれば自分が容赦しないと紅葉に脅されて思いとどまった。
 人の噂も七十五日。
 そう思って知らぬ存ぜぬを決め込んでいたが、噂は消えるどころかますます広がっていき、ついには帝の御前で口にされるほどになってしまった。
 むろん、帝は鬼が化生のものを払っていると知っている。だから噂は噂であろう、と臣下をいさめていたのだが、やがて紅葉討つべしという強硬論が論ぜられ始めた。
 そうなってはたまらぬ、と帝と経基は八瀬童子の手を借りて秘密裏に信濃国戸隠に護送し、対外的には追放として身重の紅葉の身の安全を図った。
 しかしそれでも強硬論はより強硬になり、紅葉討伐論にまで発展してしまった。
 しかもいずこからか紅葉が追放先の戸隠で村々を荒しまわる非道を為しているという風聞まで広がり、紅葉討伐すべしという風潮がいやが応にも高まった。
 たとえ虚報であろうと、己が民が悪鬼の脅威に晒されていると言われては紅葉を擁護しきることはできず、帝は経基に許せよ、と告げて紅葉の討伐を裁可した。
 紅葉は信濃国戸隠は鬼無里で、無事に生まれた息子経若丸と共に平和に暮らしていた。
 美しく、貴い身分でありながら分け隔てなく村人たちと接する紅葉は人々に好かれていた。紅葉が鬼であることも彼女らを貶める要素にはならず、むしろ人々の信頼を得る助けになった。
 戸隠神社の膝元とはいえ、神域から離れれば出るものは出るのである。自分たちの命を脅かす魔化魍を退治する紅葉に、村人たちは深い感謝と尊敬の意を抱いた。
 そこへ現れたのが紅葉討伐の勅と小烏丸を奉った平維茂の軍勢であった。
 小烏丸は桓武天皇が大神宮の大烏から賜ったとされる御物である。これを携えているということは、まさしく紅葉討伐が勅命であることの揺るぎない証左であった。
 村人らは紅葉が悪鬼ではないことを訴え、助命を嘆願した。しかしすっかり都での悪評を信じ込んでいた維茂は頑として聞かず、紅葉の居館へ軍勢を進める。
 鬼の力を用いれば軍勢を滅ぼすまではいかなくとも、突破することくらいはできただろう。
 しかし紅葉はそうしなかった。
 ただ、逃げた。
「私を討たれる前に、言選りを願い上げまする! 経基さまのご本意をお教えくださりませ!」
 維茂は容赦なく軍を進める。山野をかき分け、矢を射掛け、“悪鬼”を追い詰める。
「手向かいはいたしませぬ! ただ、経基さまのご本意を知りたいだけにござりまする!」
 再び追い詰められた紅葉は、そう言うなり鬼に変化して経若丸を抱いたまま谷に身を投げて逃げおおせた。
 そして、三度目。
 矢を総身に受け、もはや鬼の身を保つことあたわぬ紅葉は鬼の体に人の顔という歪な姿で維茂の前にまろび出た。
 薄明けの光に赤い血が映える。
「もはや逃げも隠れもいたしますまい。ただ、最後にお願いの儀がござります」
 そう言うと、紅葉は長い髪を短刀で切り落とし、蔦で束ねて維茂に差し出した。
「我が髪をお納めくだされ。あのお方に、紅葉は最期までお慕い申しておりましたとお伝えくだされ」
 二度まで紅葉を追い詰めたものの、一度も手向かいしなかった紅葉がまこと悪鬼かと疑いを持ちはじめていた維茂は、躊躇いながらもその髪を受け取り、懐に納めた。
「いまひとつ。経若丸はお救い下さりますよう……平に…!」
 頭を地にこすり付けて懇願する姿に、維茂は躊躇わずにうなずいた。
「よい。ゆけ」
 気丈にも口を一文字に結び、涙をこらえる子供にあごをしゃくって促す。
 このとき、維茂は紅葉が悪鬼ではないことを確信した。
「もう……何一つ心残りはございませぬ」
373暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/17(日) 19:20:15.62 ID:NpCkOWnk0
>341-346から続き

EP5 折れた針

「いーるーかっ!イカイカ!ぬるぬるぬるぬるー♪」
海での調査を一段落させたミズキは上機嫌に海岸沿いを車で走っていた。
「今日の夕食、海鮮丼ー♪」
浮かれるミズキの横で チシュは この辺の観光雑誌ペラペラとめくり、どのご当地グルメを戴こうか考えていた。
ニコニコ島がありまして……♪
ミズキの携帯の着信音が鳴った。
チシュは携帯電話を触って メールを確認するとミズキに言った。
「ミズキ残業だ。天然物のバケガニの様子がおかしいみたいだ」
「えー、ヤダ」露骨に不機嫌そうにするミズキ。
「仕方ないだろ。仕事だ」チシュはそういってカーナビに飛び移り、目的地をセットする。
「チシュは人間より仕事熱心だよね。妖怪なんだから もっと適当にやろうよ」
「仕事に生きる化け物なんて珍しくていいじゃねぇか」
ケケケとチシュは笑ったが、ミズキは膨れていた。

「えっと、ここかな」
ミズキが人気のない海岸に車を停めると、バサバサと折神の鶴が飛んできた。
「お、ご苦労様」
警官のような敬礼のポーズを鶴にすると、鶴はくちばしで海の方を指した。
「あっちだね」
鶴に連れられ、砂浜まで近づくとミズキはシザーバッグから黒い針を取り出し鶴に合図する。
「さっさと終わらせて海鮮丼といきますか」
ミズキの合図でツルが海に飛び込むと 水面下が黒く盛り上がりバケガニが姿を現した。
ミズキは手を叩き バケガニを呼ぶ。
「おいでー、バケガニさん。診察だよ」ミズキは能天気に誘導した。
しかし、肩に乗っていた チシュはバケガニの異変に気づく。
「ミズキ!そいつは魔化魍だ!」
へっ?と ミズキが間抜けな声を出すと同時にバケガニの大きな鋏が振り下ろされる。
だが、ミズキはチシュの言葉に素早く反応し、襲いかかる鋏を足場にして後方へと飛ぶ。
突然標的が消えた鋏はボヒュっと空を切り、地面に突き刺さった。
374暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/17(日) 19:23:39.90 ID:NpCkOWnk0
「ちょっと!このサイズで魔化魍になっているの?」
にわかに信じがたいが バケガニから放たれる気は邪気そのもの、触診はできないから距離を取りながら目視でバケガニを診察すると、僅かに鋏が一回り大きく、甲羅の突起もするどい。
これは魔化魍となったバケガニに見られる特徴である。
「仕方ない。『血抜き』するよ!」
ミズキは黒い針から 黄色い針へと交換し 臨戦体制へと入った
「チシュ!あたしが気を引くから動きを封じて!」「まかせろ!」
チシュは返事をするとミズキの方から飛び降り、バケガニを挟む様に二手に別れた。
ミズキはバケガニとの間合いを十分にとり、素早く折神で風船を作るとバケガニの顔面に投げつける。
風船はパンパンと大きな音を発してバケガニの顔面で破裂する。
威力こそないが何度もぶつける事でバケガニを興奮させ意識をミズキだけに集中させた。
一方で、チシュはバケガニの意識がそれている事を確認し、バケガニの周りを薄い糸を吐きながら ぐるぐると周りだした。
バケガニは煙のように薄いチシュの糸には気づかず暴れ続けている。
だが、チシュが何週も糸を吐きながら周り続けると糸は段々とロープほどの大きさになりバケガニの動きを鈍らせ、最後には完全にバケガニを縛り上げ、動きを封じた。
「ミズキ止めたぞ。長くは持たない、さっさとやれ!」
バケガニが沈黙するとミズキはバケガニに乗り、深呼吸をし「血抜き」の体制に入る。
ふぅぅぅと呼吸を整え、集中力を高めるとバケガニの甲羅に針を突き刺した。
しかし、ガキィと硬い音が鳴り響きバケガニの甲羅は針を弾き返した。
「え!?なんで!甲羅が固すぎるの!?」
慌てるミズキだったが、呼吸を整えバケガニの甲羅に再び力いっぱい突き刺す。
だが、今度はキィンと高い音がし針は真ん中から折れてしまった。
しまった!そう思った時、バケガニは糸を力づくで引きちぎった。
「下がれ!」
ミズキの危険を察し、大声で叫ぶとチシュは咄嗟にバケガニの顔に糸を吐きかける。
突然視界を奪われたバケガニが一瞬怯み、その一瞬の内にミズキはバケガニから離脱した。
375暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/17(日) 19:24:42.86 ID:NpCkOWnk0
「大丈夫か!」
「やばい。針が折れた」針は見事に真ん中からポッキリと折れていた。
「とにかく、あいつを何とかしないと」なす術がないからと、このまま放置して逃げる事はできない。
手持ちの道具で何とかできないか試行錯誤すると一つの方法を選択した。
「これならもしかして……」
バッグからピンクの玉を取り出し、バケガニに投げつける。
玉はバケガニの鋏あたりでポンと弾けるとハーブの様な香りが砂浜一面に広がった。
すると、バケガニは一瞬、動きを止める。そして、何かを恐れる様に 一目散に海へと消えて行った。

「この臭い……嫌臭丸か」チシュも影響があるのだろうか、気持ち悪そうにいった。
「対虫用だけど……効いたね」
「けれど、どうする?針も折れたろ」「うん、でもまずはアイツを追わないと」
ミズキはバッグの中をガサガサと探る。
「確か、折神が一枚ぐらいは……あった!」
先ほどの戦闘で手持ちの折神は全てなくなっていたが、バッグの隅の方からくしゃくしゃの折神を一枚発見した。
折神の便利な所は、ある程度くしゃくしゃでも使用できる。
紙を一旦のばし、折り紙のカニを作ると、ふっと息を吹きかける。
折り紙のカ二は蟹カサカサっとミズキの手のひらで歩き始めた。
「バケガニを追って」
そういってミズキは蟹を足元に置くと蟹は横向きで移動しながら海へと向かった。

「うん、派手に折れたから 麒麟針を持ってきて。それとね……」
一旦、車に戻りミズキは折れた針の代わりを送ってもらう様に電話をした。
チシュはその間、せっせと細い節足で カニの折神を折っていた。
「ありがとうチシュ」電話を終えた ミズキはチシュの苦心作をみた。
「とりあえず五十ある。これでいいか?」「うん、上出来」
ミズキはチシュに向かってニカっと笑うと、胸一杯に空気を吸い込んで一気に折神に息を吹きかけた。
折神に命が吹き込まれると、大量の蟹達がわさわさと動き始めた。
次にミズキは蟹達に 嫌臭丸の元となっている薬を振りかけると蟹達に指示をした。
「いい バケガニの巣の入り口を彷徨いてくれればいいから」
命令された 大量の蟹達は頷くとガサガサと移動を始めた。
「さてと、見張りはオッケー。次はバケガニさんのご飯を調達してこよう」
「ご飯?なんの事だ」
「ニヒヒヒ、まあ任せてよ」
我に策あり。といった表情を浮かべるとミズキとチシュは車に乗って街へと向かった。
376暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/17(日) 19:27:48.17 ID:NpCkOWnk0
東京 柴又 甘味処 「たちばな」
「あーい、吉備団子と抹茶セット。お待ちどうさま」
金髪にピアスといった落ち着いた和の雰囲気を醸し出している店内にそぐわない格好の青年は無愛想に接客をしていた。
青年の名は山本大地 正確には吉野の車両部に属しているものだったが、関東支部の「銀」だった滝沢みどりが 本部に移動した為に急遽、「銀」として関東に配属された。
最初は関東支部の誰もが不良っぽい外見と言葉使いから、本当に役に立つのかと疑っていたが、いざ。仕事を始めると、あの小暮に絶賛されただけのことはあり、
武器やディスクアニマルの調整はもちろん。自動車の整備から備品の家電の修理までこなせ、今ではその腕を疑う者はいなくなった。
「大地くん。仕込み終わったよ」
奥の厨房から現れた猫背でどこか不健康そうな青年は、関東のもう一人の「銀」 須佐 純友だった。
純友と大地は歳こそさして変わらないが 腕の差は歴然だった。
機械への熟知度は勿論の事だが、純友は兎に角おっちょこちょいで見習い時代に書いた始末書の数は過去に前例がなく吉野では ちょっとした伝説となっていた。
しかし、最近では事務局に入った加藤一樹という新人がこれの記録を超えるかもしれないという噂が広がっていた。
「ご苦労っ。 じゃあ、俺は下に戻るわ」
「えー、駄目だよ 大地くん 今はこっちをやる時間でしょ」大地を引きとめる純友。
「俺はお前と違って忙しいんだよ。車の整備が三台だろ、修理するディスクアニマルが二十五体、音撃弦のチューニングにダンキのおっさんのパソコンも直さないといけないんだよ」
「じゃあ、僕も手伝うよ」「いいよ お前がいるくらいなら 一人の方が早い」
そう言われると 純友は返す言葉がない。
「そうだけどさぁ…僕だって銀だし…」
377暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/17(日) 19:28:49.05 ID:NpCkOWnk0
なんとか純友が言い返す言葉を探していると「ちーすっ」と大きな声で店内に入ってきた男がいた。
「あっ」 と 声を上げた二人の視線の先には 色黒の体格の良い男が立っていた。
男らしいさっぱりとした短髪にワイルドなあご髭。
服の上からでもわかるアスリートのように鍛え抜かれた肉体。
そして一番目立つのが左足の膝から下に装着している義足だった。
「おー、二人とも久しぶりだな」
男はゆっくりとした足取りで 店内に入り 店の奥の席に座った。
「あっ秋彦さん なんでここに」
小暮にすら態度を変えない大地が 怯えたように話しかけた。
「ああ、 久々に休暇をもらえてこっちに帰ってきたから立ち寄ってみた」
「へぇ、忙しかったんですか?」
大地とは対象的に会えて嬉しそうな純友は 秋彦に熱いお茶を出した。
「東北で引退したアイキの穴埋めして、それから鬼払い手伝えって関西に呼ばれて、つい 一週間程前には 石川県で山に入ってた」
「凄い重労働ですね」
「ああ、けど鍛えてるからな」純友に向かってシュッとポーズをした。
「もしかして、暫くこっちにいる気ですか」大地は迷惑そうに聞いた。
「まあな。疲労も抜きたいし、明日夢くんに少し診てもらいたいし、大学にもゆっくり行かせたいな」
やっぱりかと落胆する大地と 大喜び純友。
「やった!毎日たちばなに来てくださいよ」
「ああ、ありがとう。そうさせてもらうよ」
秋彦は笑顔で言った。
378暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/17(日) 19:32:49.02 ID:NpCkOWnk0
――三日後
海岸近くに停まっていたミズキの車に、一台のバイクが近づいた。
「おい、ミズキ来たぞ」車内でノートパソコンをいじっていたミズキにチシュは声を掛けた。
車外に出て「おーい」と手を振り、バイクを車の側に止め、ドライバーに近づいた。
バイクに乗った女性はフルフェイスのメットのバイザーだけ上げ、「お姉さん、麒麟針を持ってきたよ」と包みを渡す。
「遠いところまで、ありがとうね。」女性が持ってきた包みの中は、きれいな箱に納められた新品の針。
柄には神獣「麒麟」の彫刻が施され、針部分は歪みや曇りがなく真っ直ぐに尖っていた。
ミズキは品物を確認すると「おっしゃ!これでばっちり」と気合十分に言った。
「大丈夫そうだね。手伝おうか」
「いや、大丈夫だよ。それよりも大分の別府に行くんでしょ?あそこは結界を張ってくる親子の鬼がいるから気をつけてね」
バイクの女はメット越しに笑顔を見せて「私以上の結界使いが鬼にいるとは思えないけど」と笑った。
「そうだね、じゃあ、いってらっしゃい」
バイクの女は手を挙げるとそのまま、ものすごい速さで去って行った。
「ミズキ。準備は良さそうだな」
「ああ、じゃあバケガニ君を更生しに行こう」

ミズキは岸壁にあるバケガニが住む洞穴に来ていた。
巣の入り口では 、大量の折神の蟹達が入口付近を移動しながら見張っていた。
入り口に近づくと 足元に転がっていた 骨の残骸を拾い、「どうやら、食事はお気に召したようだね」とミズキは言った。
「バケガニは人骨だけではなく、豚骨や牛骨も食べる。論文がかけそうだな」
ここまで予定通りことが進んでいる。ミズキは麒麟針を取りだして、洞窟の方を見ると
「それじゃ、一皮剥けたバケガニ君とご対面」といって洞窟の中へと進んでいった。
379名無しより愛をこめて:2011/04/17(日) 21:42:07.90 ID:tX1OUTLE0
イレギュラーな事態でも慌てず騒がず冷静な対応、ミズキは本当にプロなんですね
個人的な思惑で一人はぐれて活動するのでもなく、ある程度の規模の組織に
属しているみたいだし、こんな所も鬼たちと印象が重なります
(やっている事が全然違う!と当人に怒られそうだけど)
ところでチシュって蜘蛛ですよね?メールを受ける、カーナビ扱える、折り紙もOK、
荒事のサポートもどんと来い…万能っぷりがスゴいです
380暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/18(月) 01:16:47.91 ID:/JkIvRWC0
>378からの続き
暗い洞窟をしばらく進むと ひかりが差し込む広場が見えた。
広場を見渡すがそれから先の道は無い。
バケガニの姿は無いが、ここが終点のようだ。
「あれ?居ないね。他に出口があったのかな?」キョロキョロと辺りを探るがそれらしきものはない。
「おい、ミズキ。あれ」チシュの指差す方をみると、白いバケガニの脱皮した殻があった。
ミズキは殻に近づくと 殻の内側を触る。
ヌメヌメと生暖かい液体が殻の内側にこびりついている。
粘性のある液体を確認すると「よし、タイミングはバッチリみたいだね」とミズキは笑みを浮かべ、
「じゃあ、始めようか」と言って、麒麟針を地面に突き刺した。
すぅっと息を吸い、一気に気を地面に叩き込む。
地面内部で爆発があったかの様に地肌が一瞬膨れ上がると地中よりバケガニが姿を現した。
「おっ、一皮剥けたね」ミズキはバケガニのまだ黒味のない赤い甲羅を見て言いった。
「へへへ。牛や豚の骨を三日間与え続けたお陰だな。立派に育ってやがる」
バケガニは完全に一皮むけ、一回りも大きくなっていた。しかし、ミズキ達はまったく怯むことなく、むしろ余裕の表情で構えている。
この余裕の根拠はミズキ達の作戦が成功している事から生まれている。
バケガニを一時撤退させてからの三日間、ミズキ達は、折神に見張らせながら 大量の獣骨をバケガニに与えていた。
本来は人骨しか食べない種類バケガニだったが、動物の骨に人間の血を混ぜる事で、匂いで人骨と思わせた。
毎日大量の骨を与えた事で本来なら一日二人ずつ人間を食べて一週間かけて脱皮するところを、わずか三日で強制的に脱皮させた。
「やっぱり前回は脱皮前で 殻が一番硬くなる時期だったみたいだな」
「そう、あとは脱皮して体を大きくすれば 完全な魔化魍になるって状態だったんだよ」
目で見るだけでバケガニが脱皮直度だということは判る。
魔化魍であってもバケガニは生きている蟹と生態はそんなに変わらない。
つまり脱皮直後のバケガニは甲羅がまだ柔らかい。
ミズキ達の作戦は、この特徴を生かして蟹を強制的に脱皮させ、甲羅が柔らかくなる時を狙うというものだった。
「さて、長引かせて硬化が始まっても困るからね」
ミズキは最後の詰めを誤らないように顔をパンパンと叩き気合いを入れると
「いくよ!チシュ!」と大きな声を出して集中力を高め、三日前と同じ様に バケガニを挟む様に二手に別れた。
381暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/18(月) 01:18:51.77 ID:/JkIvRWC0
しかし、バケガニは前回で学習したのか自分より遥かに小さいチシュも警戒している。
すぐに以前とはバケガニの様子が違う事を察したミズキは、若干方法を修正し、まず、バケガニの周りに嫌臭丸を投げこみ左右への移動を封じた。
真っ直ぐには移動できないバケガニは何とか移動できるように体を回転させるが、チシュはそれよりも速く糸をバケガニの関節部分に吐きかけた。
前回とは違い可動部分を狙われたバケガニは、力づくで拘束を破ろうとするが、間接であっては力でどうすることもできない。
あっという間に関節の自由を奪われ、すぐに沈黙してしまった。
三日かけてシミュレーションをしていたお陰で、恐ろしいほどに上手くいった展開を無駄にはしないと、ミズキは素早く「血抜き」を施そうと再び甲羅の上に飛び乗った。
「さて、今度こそ決めるよ」針を構えると力一杯甲羅めがけて、針を振り下ろした。
まるで、肉に竹串を刺すかのように、針は今度は見事に甲羅に突き刺さる。
ついに針に支配されたバケガニは何も抵抗出来ずに辺りに泡を吹き散らす。
その様子を見て「よし!」と作戦が成功した事を確信したミズキは「血抜き」を始めた。
一度、深々と突き刺した針をすっと抜くと、抜いた後の穴からバケガニの青い体液が勢いよく噴き出す。
「痛っ!」ミズキはピリピリとするバケガニの体液を浴びながら、バケガニの背中の経穴を人外の速さで次々に針で突き刺して行った。
無数の穴を開けられたバケガニは、噴水の様に体液を放出し続ける。
その上では体液でビシャビシャになりながら針を何度も突き刺さすミズキの姿。
「はあああ」と気合を入れて、バケガニの甲羅を縦横無尽に動きまわる。
そして、ミズキが最後の経穴を指し終えると、バケガニの体内から放出されている水は一気に噴き出し、
水分を失った体は乾燥し始め 最後には砂となって崩れ去った。
「はあはあ」と砂の山に登っていたミズキは地面に大の字になって倒れこむ。
ぜぇぜぇと息を切らしながらも、ミズキはチシュに向かってガッツポーズをして見せた。
「作戦は大成功だな」チシュも節足を挙げて応えた。
崩れたバケガニの砂の中から モゾモゾと小さな蟹が現れた。
蟹はミズキ達にお礼らしき動きをするとそのまま海へと消えて行った。
382暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/18(月) 01:20:38.09 ID:/JkIvRWC0
巣の入り口までも戻って来ると蟹の折神達が待っていた。
ミズキが二カッと笑いピースサインをすると蟹達は両手を挙げてミズキ達を讃えた。そして治療が成功したことを知ると元の紙切れに戻った。
「やっと海鮮丼が食べられるな」「うん、だけどその前に蟹の体液を流さないと。まだピリピリするよ」
ミズキはおもむろに服を脱ぐと まだ冬の冷たい海に飛び込み歌いながら体を洗い始めた。
「ボディソープがあれば良かったな。でも海が汚れるか……」
ぶつぶつと言いながら呑気に水浴びをしているミズキをチシュは眠そうに見ていた。
チシュも今日は酷く疲労していた。
ミズキは童子達と戦えるが、基本的に普通の人間と代わり無い。
魔化魍となった妖怪達と対峙する時は、常に危険が付きまとい鬼なら耐えられる攻撃もミズキは防御することすらできない。
そんな圧倒的な力の差を少しでも縮めようとチシュはあらゆる方法でサポートをする。
この三日間もミズキと同じように作戦を考え、ミズキを守る方法を常に考えていた。

水浴びをしているミズキの心臓にある大きな傷跡にチシュは飛び移ると、
「疲れた。もう寝る」と言って チシュはズブズブとミズキの胸の中に溶け込み、大きな蜘蛛の刺青になった。
チシュが戻るとミズキの体内に心音が響きだし、「うひゃあ!冷たい!」と急に海の温度が冷たく感じた。
チシュが体に戻っている間はミズキの体は本来の生命体「人間」になる。
体中に血液が流れ始め、神経が元に戻り体温が戻る。
温度や痛みに対して感じるだけではなく、体がそれに対する反応を起こす。つまり、痛くて耐えられない。寒くて耐えられない。という感情が生まれる。
「ああ、もうこんな時に戻りやがって!」
ブルブルと震えながら、バッグからタオルを取りだして体を拭く。
そうは言いつつもミズキは胸に手をあて「ご苦労さん」と声を掛けた。

気がつけば水平線に太陽が沈みかけていた。
「やっと海鮮丼が食べられ…ぶえっくしゅ!」
冷えたところにチシュが戻ってきたせいで、風邪を引きかけていた。
「こりゃ海鮮鍋に変更だな」
ミズキは慌てて車に戻った。

EP5 折れた針
383暗闇のミズキ ◆SlxOMVq3s. :2011/04/18(月) 01:36:15.35 ID:/JkIvRWC0
途中で書き込みすぎじゃ!と怒られ、へんなところで切れてしまいました。

>やっぱりあの大先生がネーミングの由来なのだろうか。
さすが。

>ところでチシュって蜘蛛ですよね?
そうです。当初は土蜘蛛だからドチシュにしようかと思いましたが、いいづらいのでやめました。
サイズも手のひらサイズではなく1メートルぐらいで魔化魍と直接戦えるという設定でしたが、
モンハンをやってる時に、敵(?)のほうが圧倒的に強いほうが面白いなと思って小さくしました。

長々と失礼しました。
384名無しより愛をこめて:2011/04/18(月) 19:01:40.46 ID:qh82PXg/0
その日、現役女子大生である立花日菜佳が通う某国立大で、民俗学に関するシンポジウムが開催された。各地から著名な学者、
研究者が多く集まる中、尤も日菜佳の興味を惹いたのは、とある女性研究者だった。
その人物の名は蓮丈那智(れんじょう なち)。東京都狛江市にある東敬大学の助教授だ。
あまりにも奇抜な学説と、その調査方法ゆえに学会からは異端視されている人物である。
そんな彼女が招かれているだけあって、参加している論者は那智以外にもその筋では有名な者達ばかりであった。
都内の大学に勤め、やはり奇抜な学説から異端視されている考古学者・稗田礼二郎。
東亜文化大学で教授として教鞭を振るう民俗学者・宗像伝奇。
城聖大学の民俗学講師であり、その前衛的な理論からこれまた学会で異端視されている竹内多聞。
慈英女子大からは本来鳥越教授が参加する予定だったが、諸々の事情で助手の八雲樹が代理として参加している。
これ程の面々が集う中で日菜佳が那智に一番興味を抱いたのは、同性ながら自分には無いものを多く持つ彼女に憧れを抱いているからである。
壇上に立つ那智の中性的で精悍な顔立ちは、本の著者近影で見るより何百倍も凛々しかった。
シンポジウム終了後、日菜佳は駄目元で那智の控え室へと押しかけていった。猛士の活動にも役に立つような話を聞かせてもらえるだろう――と言うのは建前で、
ただ純粋に話がしたかったのだ。
(追い返されたらその時はその時!)
何年か前に出版された那智の著書を手に、日菜佳は控え室のドアを叩いた。
返事が返ってこない。二度三度とノックしてみるも同じ事だった。意を決してドアを開けてみる。
「失礼しま〜す」
そこには、椅子に腰掛けて何やら一枚の用紙とにらめっこをしている那智と、その傍らで所在無さげに立ち尽くしている若い男性の姿があった。おそらく彼女の助手だろう。
と、その男性が日菜佳に気付いた。彼が何か言おうとしたその時、那智が「ミクニ」と言った。その一言に、男性――内藤三國がまるで雷に打たれたかのように固まる。
「君はどう見る?」
「はっ、はい。それはですね、えーと……」
不意を衝かれて口篭る内藤を押しのけながら室内へと入ってきた日菜佳が、「失礼」と言いながら那智の手にした用紙を覗き込んだ。それは古い文献のコピーだった。
「鬼に纏わる伝説……ですか?」
意外そうな表情をする那智に向かって日菜佳が告げる。
「あ〜、その、こういう古文書の類とか読み慣れていると言いますか……」
「あなた、ここの学生さん?」
「は、はい!立花日菜佳と申します!民俗学や地学、気象学を学んでおります!」
「そう。……なら読んでみた感想を聞かせて頂戴」
淡々と那智が言い放つ。日菜佳は那智からコピーを受け取り、目を通し始めた。
内容を要約するとこうだ。
昔々、とある小さな集落にある日、一人の鬼が訪れた。
その鬼は正体を隠し、普段は人として振舞っていた。村外れに小さく粗末な小屋を建てて、村人との交流は最小限にとどめて細々と生活を送っていた。
ところが、村の子どもが大病を患った際、かの者は鬼の正体を現した。
畏れる村人達の下へ「もくりこくり」と名乗る一人の旅人が現れ、これを調伏した。村人は喜び、村を挙げてこの旅人を持て成したが、
実は「もくりこくり」もまた鬼だった。
村は「もくりこくり」によって滅ぼされ、数人の生き残りがこの忌まわしき記憶を語り伝えたと言う。
「いきなり感想を尋ねるのも何だしな。とりあえずわたしが抱いた疑問点を述べよう」
彼女が読み終えるのを待って、那智はこう告げた。そして滔々と語り始めた。
「これは最近発見されたものだ。こういう民話は基本的に全国各地に類似した話が存在する。しかしこれには該当する話が存在しない。
……君はこの話を読んで何を連想した?」
「あ〜、『泣いた赤鬼』ですかね」
だがそれは昔から伝わる民話ではなく、「龍の子太郎」なんかと同じで近代に入って創作された児童文学である。
「でも途中までは似ているけど、最後の方は全然違いますよね。あとは、う〜ん……」
「では『もくりこくり』とは何だか分かるかい?」
那智の新たな質問に、日菜佳が答える。
「え〜とぉ……確か元寇――蒙古襲来を表す古い言葉ですよね?」
「Bプラス」
那智が冷徹にそう言い放った。どうやらそれだけでは駄目らしい。
「あ、あと鬼とかお化けとか怖いもの全般を指す言葉だって……」
385名無しより愛をこめて:2011/04/18(月) 19:04:49.24 ID:qh82PXg/0
那智が「Aマイナス」と告げる。少し評価が上がった。
「『もくりこくり』とはマレビトの事だと言う説がある」
折口民俗学ですね、と相槌を打つ内藤を無視して那智は話を続けた。
「普通に考えれば、これは来訪譚の一種だ。まず厄神が村を訪れ、ついでそれを退治する神が現れた。だがおかしいとは思わないか?自ら『もくりこくり』
と名乗った旅人もまた、鬼として害を成した」
「えっと、何処がおかしいんです?」
「マレビトはトコヨから禍福と共にやって来る。だがこの民話では結局、最初の鬼も二人目の鬼も、どちらも災いを運んできた事になる」
「でも元々マレビトは吉凶の二面性を持っているのでは……?」
そう日菜佳は疑問を口にした。それに対し那智はこう答えた。
持て成しを受けた外部からの来訪者が、村人に殺害されると言う話はある。異人来訪譚の一つのフォーマットだ。だが逆に牙を剥くなどと言った話は聞いた事がない。
それが那智の言う疑問点のようだ。
蓮丈那智は常々、民間伝承とは忌まわしき出来事を忘れないように記憶しておくための装置だと唱えている。彼女はこの鬼の話の裏側にどのような真実を見出そうとしているのだろうか。
それにもう一つ、と那智は言った。
「この『もくりこくり』と言うのは、『もくり』、即ち『剥く』と『こくり』、即ち『こそぐ』が転じた語彙だ。つまり『剥ぐ者』の意味であり、東北のナマハゲやアマメハギと同じものだ」
ナマハゲもアマメハギも、他所からやって来て人々を戒める存在である。しかしこの物語に出てくる「もくりこくり」は一体何を戒めたと言うのだ?
と、その時。
「あ、分かっちゃいました!伝播の過程で物語の内容が微妙に変わっちゃったんじゃないですか?」
嬉しそうにそう告げる日菜佳に那智が「良い着眼点だ」と告げた。
「うちの大学に転入しないか?君ならそこにいる内藤君以上の良い学者になれるかもしれない」
本気とも冗談ともつかない発言をすると、那智はこう続けた。
「わたしもそう考えている。だがここから先は何一つ確証がない。したがって無闇に口に出す事は出来ない。いつかは考証を重ね、論文に纏めて発表するつもりだが……」
またお宮入りにならなければいいんですがね、と内藤は胸中で呟いた。どうした事か那智が今まで追い掛けてきた研究内容の大半は、諸事情で世に出せずお宮入りとなっているのだ。
話を終え、那智に挨拶をすると日菜佳は大学を後にした。勿論、持参してきた著書にしっかりサインを入れてもらって。
甘味処たちばなに帰宅して早々、日菜佳は地下へと下りて脇目も振らずに古文書を漁り始めた。
那智にはああ告げたが、日菜佳には確信があった。あの話はおそらく額面通りに受け取るのが正解だろう。暗喩も見立ても何も存在しない――実話だ。
だがそれでも「もくりこくり」の部分だけが引っ掛かる。
「ねえ、一体何を始める気?」
姉の香須実が階段を下りてきて告げた。
「それはいいけど……事情話してよね」
事情を掻い摘んで説明し、二人で古文書の山を漁り始める。その甲斐あってか、いくつかの資料を探し当てる事が出来た。それらの断片的な情報を繋ぎ合わせ、
空白部分を想像で補った結果――。
どうやら一人目の鬼はある特殊な能力の持ち主だったらしい。それは――剥ぐ事。
相手の化けの皮を剥ぎ、憑き物を剥ぎ落とし、古い皮を剥いで病を癒す。つまり。
一人目の鬼が「もくりこくり」だったのだ。
あの文献に記されていた内容は、二人目が「もくりこくり」と名乗ったのではなく、二人目が一人目の事を「もくりこくり」と呼んでいたと言うのが正解だったようだ。
そう。一人目の鬼は大病を患った子どものために「もくりこくり」としての力を使った。それを見た村人達が勘違いをしたのだ。
では「もくりこくり」を殺し、その後村人をも殺害した二人目の鬼とは何者なのか。
初め日菜佳は魔化魍かと思っていたが、古文書を見た限りどうやらそれも鬼で間違いないようだ。
あの当時は今のように人を救う鬼だけではなかった。その力を欲望のために使う者、力を制御出来ず暴走した者、あるいは大江山の酒呑童子や羅生門の茨木童子のように完全に魔道に堕ちた者もいる。
その鬼が誰で、その後どうなったのかまでは分からない。正直言ってこれ程記録が残っていた事自体奇跡的なのだ。総本部の図書室を当たればもっと詳しい資料が見つかるかもしれないが。
「で、知ってどうするの?その先生に知らせるワケ?」
きっといつかは真相に近付くだろう。そしてその時、ひょっとしたらまた会えるかもしれない。
いつかまた会えるだろう。「もくりこくり」――春来る鬼のように。春は必ず訪れるのだから……。 了
386名無しより愛をこめて:2011/04/18(月) 21:42:32.86 ID:PCdAsOZr0
暗闇のミズキ作者様
〆が無かったのは連投規制でしたか。割り込む形になったのをお詫びします
それからチシュの設定ありがとうございます
自分より大きくて明らかに強い相手を、知恵と勇気と仲間との連携で倒すのは
やっぱり醍醐味ですね!

バケガニ相手の飛び込み仕事も作戦が当たり、これで一安心、ではなくて
ミズキとチシュは共生関係にある…?というか不穏な描写がありましたけどー?!
387名無しより愛をこめて:2011/04/20(水) 19:52:06.86 ID:N9oQUqoW0
「あのさ、香須実……」
奥多摩へと向かい軽快に走る「不知火」を運転する立花香須実に向けて、助手席に座るヒビキはおずおずと切り出した。
「ん?」
「あ……否、やっぱいいや」
だが香須実はヒビキの発言を流そうとはせず、「気になるんだけど」と尋ね返してきた。それに対しヒビキは「やっぱ聞かなかった事にして」と答えるが……。
「……」
気まずさ故にサングラスを掛けて顔を背けたヒビキを、香須実が無言で睨み付ける。
「もしかして……屋久島で誰かにバラしたとか?」
図星である。香須実の容赦ない追求に、ヒビキの顔色が傍目にも分かるぐらい変わった。何とか誤魔化そうとするヒビキだったが、自分が言い訳をする時の口調を指摘され、
嘘だと看破されてしまう。とうとうヒビキが折れた。しかし今度は逆に開き直って。
「そんな事ないでしょ、失礼な。極偶にでしょ」
「だから極偶にでも駄目なんだってば!」
そう。ヒビキは屋久島で安達明日夢に鬼の姿を見せた。だがそれ以外にも「極偶に」第三者に鬼の姿を見せてしまう事があるのだ。
今回はそんな「極偶の」ケースに遭遇してしまった人物に纏わるお話である。
薄墨色の礼服に身を包んだ遠藤郷介は、一人ベンチに腰掛けて、普段は滅多に吸わない煙草をふかしていた。
八月の――夏の終わりを告げるかのようにツクツクボウシが忙しなく鳴いている。そよ風が汗ばんだ顔を軽く撫でた。
彼の視線の先では、葬儀場の煙突からゆらゆらと黒い煙が昇っていた。空には入道雲が。天気予報で夕立があると言っていた事を思い出す。
あいつはきっと幸せな人生を全うした――そう思って自分自身を納得させようとする郷介だったが、まだ暫くは気持ちの整理をつけられそうにない。
それは、いつもと変わらぬ一日から始まった……。
「ふう……」
一仕事を終え、愛用のノートパソコンの電源を切った郷介は、少しだけ飲み残した珈琲の入ったカップを手に仕事部屋を出た。
居間では、息子のみちろうが音楽を聴いていた。一月に屋久島へ旅行した時、そこで出会った青年に別れ際教えてもらった曲だそうだ。
その青年を真似してヘッドホンで聴いている。
流しにカップを置いた後、居間の壁に掛けてある時計に目をやる。そろそろお昼を用意しなければいけない時間だ。
と、チャイムの音が鳴った。玄関へと行き、ドアを開ける郷介。そこには。
「ちわ〜っス」
耳に小さなピアスを付けた茶髪の少年が立っていた。手にはショルダーバッグを提げ、学生服を着ている。どうやら学校帰りにそのまま来たらしい。
「あれ、ケンヂくん……」
彼の名は大槻健児(通称はケンヂ)。隣に住んでいる一家の長男で高校生だ。
「学校帰り……?」
こういう仕事をしていると偶に今が何月何日何曜日なのか分からなくなるが、それでも今が学生的には夏休み真っ只中だと言う事は覚えていた。そんな郷介に対しケンヂは。
「今日は登校日だったんスよ」
「ああ……」
「お邪魔してもいいスか?」
言うや否やケンヂは靴を脱ぎ、上がり込んできた。
「よお、みちろう」
居間に入って早々、ケンヂがみちろうに声を掛ける。だがみちろうは音楽に夢中で気付かない。
ケンヂはみちろうの傍まで近寄ると、ヘッドホンを外してもう一度呼び掛けた。
「あっ、ケンヂにーちゃん!」
「元気か、糞餓鬼。……なんだ、またこの曲聴いてんのか」
ヘッドホンを耳に当てながら、ケンヂが「古い曲」と呟く。
「かえしやがれ!」
みちろうがケンヂの無防備な股間にパンチを叩き込んだ。股間を押さえ、意味不明な言葉を呟きながら蹲るケンヂ。彼が落ち着くのを待って、郷介がうちに来た理由を尋ねた。
「いつも通りっスよ」
彼は、自宅は居心地が悪いからとしょっちゅう遠藤家にやって来ては時間を潰していっているのだ。郷介も彼ぐらいの年頃は家が煩わしく思えたし、
何よりみちろうの良い遊び相手になってくれるので快く迎え入れている。
「そういやこの前本屋で遠藤さんの本を見ましたよ。本当に作家なんだなって思いました」
確かに郷介は作家だ。処女作がもののはずみで名のある賞を受賞し、売れに売れて一戸建て(まあ借家だが)に住めるぐらいの印税収入を得ている。だが。
「……売れてないけどな」
自虐的に郷介が呟いた。
そう、あれ以来鳴かず飛ばずの状態が延々と続いているのだ。今は貯金と月々の僅かな収入で父子二人糊口を凌いでいるのが現状である。
「でしょうね。俺が見たのもブックオフの百円の棚だったし」
遠慮なくそう言うとケンヂは笑った。
388名無しより愛をこめて:2011/04/20(水) 19:54:17.69 ID:N9oQUqoW0
その後、郷介はケンヂから色々と学生生活について話を聞いた。小説のネタのためである。もう三十に手が届く年齢の郷介にとって、年が一回り違う相手の話は新鮮であり、
また、自身の学生時代と比較してみるのが楽しみだった。
「でね、この間うちの学校の美術の先生と話してて……」
「美術?」
ケンヂはロックをこよなく愛し、確か学校では軽音楽同好会に所属していると言っていた(歌も楽器も物凄く下手糞だが)。そして趣味は格闘技である。
およそ美術とは縁遠い生活を送っている筈だ。
「……美人の先生だな」
ケンヂの顔が赤くなった。弁解するケンヂを制し、郷介が言う。
「照れるなよ。誰だってクラスのアイドルや学園のマドンナには憧れるもんだ。俺もそうだった」
「性欲強そうな顔してますもんね」
郷介は近くにあった雑誌を手に取ると、丸めてケンヂの頭を思い切り叩いた。痛がるケンヂに向かって、詳しく話すよう催促する。
「花鶏先生って言うんです。珍しい苗字でしょ?」
「あとり?」
郷介はその名に聞き覚えがあった。
「その先生、ひょっとして名前は恵って言うんじゃないか?花鶏恵(あとり めぐ)」
ケンヂが何で知っているんだと言わんばかりの表情を見せた。
「そうか……」
その珍しい苗字の美術教師は、郷介のよく知る人物だったのだ。
彼女は郷介の中学時代のクラスメイトだった。色白の美少女で、少し引っ込み思案なところもあるが、クラスのマスコット的存在として誰からも可愛がられていた。
そんな彼女の特技は絵で、何度かコンクールで賞を取っていた。美術部にも所属し、将来は美術の先生になりたいと、くりくりした目を輝かせながら話していたのを思い出す。
郷介は十数年振りに彼女に会ってみたくなった。
今日の登校日に彼女が来ていたのを確認すると、郷介はケンヂと共に彼の高校へと向かっていった。
「遠藤さんも物好きっスね〜」
「とーちゃんはものずきだなぁ」
みちろうも一緒である。本当は留守番をさせておきたかったのだが仕方がない。
「中学の同級生だったんスか」
「ああ。古い友達さ」
ハンカチで汗を拭いながら郷介が答えた。
蝉時雨の中、学校の校門前まで辿り着く。そこでは、鞄を手にしたひっつめ髪の女性と、傍に大型バイクを停めた黒い半袖シャツの男性が何やら話をしていた。
「あ、先生」
偶然にもそれは花鶏恵その人だった。だが郷介とみちろうは、その傍らに立つ男性の方に目が向いていた。
「あのときのおっちゃん!」
みちろうが叫ぶ。その声に反応して、花鶏と男性が振り返った。
男性は少し考え込んでいたが、何かを思い出したかのように手をぽんと叩くと。
「おう、あの時の少年!」
目を丸くしてそう言った。
それは、屋久島に向かうフェリーの中で出会ったちょっと不思議な男性、ヒビキだった。
満面の笑みで駆け寄ってきたみちろうの頭を、ヒビキが優しく撫でる。
「お久し振りです。まさかこっちでまたお会い出来るだなんて……」
そう言いながら近付いてくる郷介の顔を見て、花鶏が声を上げた。
「あ……郷介くん!?」
「え、知り合い?」
そう言ってヒビキは花鶏と郷介の顔を交互に見やった。と、みちろうがヒビキのベルトにぶら提げられていたある物を目聡く見つけた。
「あ、これ!」
それはヒビキの使用する変身音叉だった。
「あのにーちゃんとおなじものだ!」
事情が飲み込めないでいるヒビキに、郷介が屋久島で出会った青年も同じ物を持っていた旨を説明する。
「そうか、あいつ……」
ヒビキの脳裏に、ヘッドホンを耳に掛けた青年の姿が浮かび上がった。
「まさかヒビキさんも……」
「ご名答」
そう言うとヒビキは「シュッ」と得意のポーズを決めてみせた。
「しかし何だ、そういう事をしてるのは俺だけじゃなかったわけか。良かった良かった」
「え?」
その言葉に、今度は郷介がヒビキと花鶏の顔を交互に見やった。花鶏が申し訳なさそうに答える。
「私も知っているの。ヒビキさんのお仕事について……」
唖然とする郷介。一方、一人蚊帳の外のケンヂは訳が分からないと言った顔のまま、目の前で繰り広げられるやりとりを眺めていた。
ヒビキはそろそろ帰らないといけないと、愛車「凱火」に跨って立ち去っていった。
彼を見送った後、一行は場所を近くの喫茶店へと移して話を始めた。
暫くの間郷介と花鶏は近況や思い出話に花を咲かせ、その間暇そうなみちろうの面倒をケンヂが見ていた。注文した飲み物を飲み終えた頃、郷介が漸く本題に入る。
389名無しより愛をこめて:2011/04/20(水) 20:05:35.04 ID:N9oQUqoW0
「何があった?」
単刀直入な問いに、花鶏が困ったような仕草をする。実際、何と答えて良いものか悩んでいるのだろう。
花鶏は一瞬ケンヂをちらりと見ると、意を決して語り始めた。
それは、ほんの二ヶ月前、六月初めの事である。
その日花鶏は、美術部の合宿の下見のため、とある山中へと赴いていた。幸いな事に前日まで降り続いていた雨は、まるで見計らっていたかのように止み、
太陽が眩しく輝いていた。
彼女が写生に最適な場所を探していたその時――。
怪しげな男女が現れた。
男女は不気味に微笑むと、みるみるうちにその姿を異形の怪物へと変えていった。全身にびっしりとイボが生えたその姿は、さながら蝦蟇を彷彿とさせた。
男の方が化けた怪人が、口から紫の煙を吐き出した。足が竦んで動けない花鶏をあっという間に煙が包み込む。咳き込む花鶏。
そこへ威勢の良い掛け声が響いた。次いで爆発音が。薄れていく紫煙の向こうでは、二体いた筈の怪人がいつの間にか一体になっていた。
再び響いた掛け声と共に炎の塊が飛んできて残る怪人に命中した。そのまま怪人の身体が爆ぜて、塵へと変わる。
少し間をおいて、茂みの奥から新たな異形が現れた。光の加減で体色が青や紫に変わって見える、二本角の異形――例えるならば、鬼。
手にした撥のような物で肩を叩いていた鬼の顔が、光に包まれた。次いで光の向こうから壮年男性の顔が現れる。
と、男が花鶏に気付いた。分かり易いぐらいに動揺している。戦闘中だったとは言え、迂闊にも彼女に気付くのが遅れてしまったのだ。
それを確認するや否や、花鶏の意識は遠退いてしまった。
これがヒビキとの出会いであった。
意識を取り戻した花鶏の傍で、一人の男性が心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。花鶏はその顔に見覚えがあった。
「あ、さっきの……」
「あちゃ〜」
覚えていたかと言わんばかりに男性が額に手を当てた。
彼はヒビキと名乗った。そしてさっき見た事は自分の胸に留めておいてくれないかと頼み込んだ。事情が呑み込めず狼狽する彼女に、
ヒビキが分かり易く自分とあの怪人について説明する。
それは、あまりにも突飛過ぎて彼女の理解の範疇を超えていた。だが事実を事実として認めざるを得ない。
ヒビキは、オオドクガマと呼ばれる魔化魍を追って隣の山からやって来たのだと言う。
オオドクガマは人里に現れ、人家の床下を根城にして捕食を行う。だから発生の兆候が見られた場合、
すぐに現場へと向かい人里から引き離したうえで退治しなければならない。
ただ、昨日までの長雨でオオドクガマの動きが予想以上に活発化し、急遽ヒビキが特別遊撃班として前線へ赴く事になったのだそうだ。
「送っていくよ」
そう言うとヒビキは手を差し出した。その手を取ろうとする花鶏だったが、突然激しく咳き込むと、再び意識を失ってしまった。
その後猛士御用達の病院で診察を受けた結果、彼女はオオドクガマの怪童子が吐き出した毒気に体を蝕まれているとの診断が下された。
「それで、大丈夫なのか?」
心配そうに尋ねる郷介に対し、花鶏は笑顔で大丈夫と答えた。だが、心なしかただでさえ色白の顔が、やけに真っ白に見える。それに、
元々おとなしい娘ではあったが、声に覇気が感じられない。
あんな話を聞いたからだと、胸中で郷介は頭を振った。そして彼女に向かってこう尋ねた。
「一つ聞いていいか?……恨んでないのか?」
郷介の問い掛けに花鶏はきょとんとした顔で。
「何を?」
「ヒビキさんさえもう少し早く来ていればこんな目に遭わずに済んだのに――そうは思わなかったか?」
人間は理不尽な仕打ちに見舞われた際、他者に責任を転嫁する事で自己を保とうとするものだ。だが花鶏は。
「だってあの人が来なかったら私、あの場で死んでいたのよ。感謝こそすれ恨んでなんかないわ」
彼女は、十数年経った今でも、郷介がよく知る優しく前向きな花鶏恵のままだった。
ちなみにヒビキは、あの一件以来時間を作って定期的に会いに来てくれているらしい。彼も彼で負い目を感じているのだろう。
「何の事だか俺にはさっぱり分かんねえ」
みちろうとほっぺたの抓りあいをしていたケンヂが呟く。
郷介と花鶏は、重要な箇所はぼかしたり別の単語を意図的に使用して誤魔化しながら話をしていたのだ。実際に鬼と魔化魍を見た事のある者にしか、
会話の真の意味は分からないだろう。
390名無しより愛をこめて:2011/04/20(水) 20:12:29.37 ID:N9oQUqoW0
「えっと、さっきのヒビキって人が先生に何か悪い事でもしたんスか?」
「違うから」と郷介はケンヂの頭を軽く叩いた。
その後、花鶏の提案で今度の週末に皆で何処かへ遊びに行こうという話になった。とんとん拍子に話は進み、とある山へキャンプに行く事が決定した。
「でもそれなら、ちゃんとした設備のあるキャンプ場へ行けばいいんじゃ……」
「ねえ郷介くん、『大空の樹』って知ってる?」
「ん?そんな名前の樹、聞いた事ないな」
違う違うと花鶏が笑いながら告げる。
「地元の人がそう呼んでるだけ。どこまでも真っ直ぐに、天に向かって伸びた大木なの」
映画の「となりのトトロ」に出てくるかのような大木なのだと言う。どうやら花鶏はそれを描きたいらしい。
何故その樹にそこまで拘るのかと郷介が尋ね返すと、花鶏は照れ臭そうに「その樹には幸せを運んでくると言う言い伝えが昔からあるの」と答えた。
「先生ってロマンチストなんスね。あ、いや、別にそれが悪いとかじゃなくって、その……」
「にーちゃん、かおまっかだぞ。かぜか?」
「うるせえ」
にやにやと笑いながら冷やかすみちろうの頭を、真っ赤な顔をしたケンヂが叩いた。
そんな二人のやりとりを見て、花鶏は実に楽しそうに微笑んだ。
「大空の樹って知ってるかな?」
甘味処「たちばな」店内の奥座敷。座卓の正面に座るヒビキに向かって、立花勢地郎が尋ねた。なんでも、その周辺で魔化魍発生の兆候が見られたらしい。
「金」の立花日菜佳が立てた予想では、テングとの事。
「あの時のリベンジマッチだな……」
「うん?何か言ったかい?」
「いや何も」
ガラスの器に淹れられた冷茶を一口啜って、勢地郎が告げた。
「悪いね。君にはついこの間ヨロイツチグモを退治してもらったばかりだと言うのに……」
「そのための遊撃斑ですから」
そう言って冷茶を飲み干すと、ヒビキは立ち上がった。
「もう行くかい?」
「善は急げ。それに、新しい音撃棒もまだ手に馴染みきっていないですから」
行ってきます――そう勢地郎に告げるとヒビキは「シュッ」と決めポーズをしてみせた。
キャンプ当日、遠藤宅に動き易さ重視の服を着込みスケッチブックを手にした花鶏と、派手な色をしたTシャツ姿のケンヂが訪れた。
彼等二人、そしてみちろうを連れてレンタカーを借りに行き、そのまま目的地へと向かう。だが、郷介には一つだけ気掛かりな事があった。
信号待ちの最中、ルームミラーをちらりと見る郷介。後部座席では、花鶏がみちろうと仲良く話をしていた。
彼女の顔色は、先日会った時よりも悪くなっていた。明らかに無理をしている。出発前、体調は大丈夫かと何度も尋ねたが、
花鶏はいつもの笑顔で心配はないと答えたのだった。
やはり中止にすべきだったか――そう思う郷介の方に、助手席に座るケンヂが不安げな顔を向けてきた。彼も花鶏の体調が心配なのだ。
車中の何とも言えない雰囲気とは裏腹に、空は真っ青に晴れ渡っていた。
大空の樹へと至る登山道の途中で、ヒビキは思いがけない面々と再会した。それは相手――郷介や花鶏達にとっても同じだった。
「ヒビキさんがここに来たって事は、まさか……」
「まあそういう訳だ。……キャンプ?」
郷介達の持ち物を見てヒビキが尋ねる。
「先生がどうしてもここでキャンプしたいって言うんスよ」
事情を知らないケンヂが笑顔でそう答えた。
次にヒビキは花鶏の顔をじっと見つめた。気まずそうに花鶏が視線を逸らす。ヒビキの表情が少し険しくなった。
「……よし、じゃあ俺はもう行きます」
「ヒビキさん……」
何かを言おうとする郷介の傍まで来ると、ヒビキは彼にそっと耳打ちした。
「大丈夫、夜までには片付けるさ。それよりも……」
ヒビキは花鶏を一瞥すると、こう告げた。
「彼女の事、気をつけて見ててやってくれないか。おそらく彼女は……」
「え?」
何と続けようとしていたのか尋ねるよりも早く、ヒビキは「じゃっ」と言うと敬礼して一行の前から立ち去っていった。
夕刻、山中で響鬼はテング相手に丁丁発止と渡り合っていた。響鬼の手には音撃棒・烈火が、テングの手には大きな葉団扇が握られていた。
相手は高い鼻を持つ、俗に大天狗と呼ばれる種類のものだった。
葉団扇から巻き起こされる突風をまともに受けて、響鬼の体勢が崩れた。そこへ間髪入れずにテングが襲い掛かってくる。
響鬼の首根っこを掴むと、力任せに近くの樹へと彼の体を叩きつけた。二度三度叩きつけた後、テングが響鬼を地面に投げ捨てる。
391名無しより愛をこめて:2011/04/20(水) 20:37:17.52 ID:N9oQUqoW0

追撃に備え慌てて飛び起きる響鬼だったが、先程強かに打ちつけられた樹が音を立てて彼の頭上に倒れ込んできた。天狗倒しだ。
「おっと!」
一瞬の判断で横へと響鬼が飛び退く。そこへ目掛けて第二第三の倒木が。
「おおっ!? あっぶねえな」
距離を取る響鬼に対し、次にテングは石礫を吐き出して攻撃を仕掛けてきた。天狗礫と呼ばれるものである。
それを驚異的な動体視力をもって「烈火」で弾き返していく響鬼。
「はああああ……!」
響鬼が気合を込めた。彼の周囲の気温が上昇し、熱気が立ち上る。
礫による攻撃が効果無いと見るや、テングは口から炎の塊を吐き出してきた。伝承で言うところの天狗火である。攻撃は命中し、響鬼の全身が炎に包まれた。
だが響鬼は気合と共に炎を振り払った。火の粉が飛び散る。その中から現れたのは、全身が灼熱色に輝く強化形態、その名も響鬼紅。
韋駄天の如き速さで、一気に距離を詰める響鬼紅。「烈火」を振るい、テングの葉団扇を叩き落した。次いで目にも留まらぬ速さで、
相手の体に音撃鼓・爆裂火炎鼓を貼り付ける。
大きく「烈火」を振り上げ、そのまま爆裂真紅の型を叩き込もうとする響鬼紅。それに対しテングも、右掌で練りあげた気の塊を響鬼紅の胴体へと貼り付けた。
「爆裂真紅の型ぁ!」
響鬼紅の「烈火」が叩き込まれると同時に、テングもまた響鬼紅の胴に貼られた気の太鼓に向けて掌を勢いよく打ちつけた。これぞ俗に言う天狗太鼓。
東北支部の不敵鬼が使用する「手打ち」と同じものである。
テングが音撃打まがいの技を使えても、何ら不思議ではない。伝説の鬼・前鬼は八大天狗の一柱として数えられているし、
古の鬼は大きな翼を両肩から生やしていた事が飛鳥時代の「玉虫厨子」に残された絵で判明している。
そもそも前述の「手打ち」自体が、魔化魍の技を鬼でも使えるように改良したものだと言われているぐらいだ。
カマイタチの怪童子と妖姫が使う技を応用した、和泉家奥義「構太刀」のように。
また、堕ちた鬼の一部がテングに変ずるとも言われているし、兎に角テングはモウリョウと並び鬼に近しい存在なのだ。故に強いのである。
爆裂真紅の型と天狗太鼓が互いに炸裂し、大きな音を響かせた。大気が震え、両者を中心に衝撃波が周囲を駆け巡っていく。木々が揺れ、土煙が舞い上がった。
相手が先に倒れるか己が先に倒れるか、両者は再びそれぞれの太鼓を激しく打ち鳴らした。
遠くから太鼓の音が聞こえてきた。おそらくヒビキが魔化魍を倒したのだろう――そう郷介は理解した。
「何スか、この音!?」
驚くケンヂに向かって、郷介が「虚空太鼓だな」と説明する。
「何です?」
「山口県に伝わる伝説だよ。海から太鼓の音が聞こえてくる現象だ」
「いやここ山だし、関東だし」
「じゃあ山神楽だ。伝説では天狗の仕業らしい」
無理矢理ケンヂを納得させると、郷介は大空の樹を仰ぎ見た。予想以上の大きさである。世界一高いとされるセコイアの木が約116メートル。
この樹はそこまで高くないが、それでも60メートルは下らないだろう。
加えて、この樹は周囲が太かった。こちらも一回り30メートルは下らないのではなかろうか。そんな馬鹿みたいに大きな樹が、
紅く染め上げられた空に向かって枝を広げているのだ。
郷介は真似して天を見上げながら大きく両手を広げた。太陽はもう山の端に沈みかけていた。一番星が輝き、夜の帳が下りようとしている。
花鶏は、ランプの明かりを頼りに一心不乱に大空の樹の絵を描いていた。その様子を興味深そうにみちろうが覗き込んでいる。
「あんまり根を詰めると体壊すぞ」
そう声を掛けるも、花鶏は一向に反応しない。ここで漸く郷介は、集中した彼女が周囲の音を一切感知しなくなる事を思い出した。本当に彼女は、
彼がよく知る中学時代の花鶏恵そのままだった。
と、ふいに花鶏が顔を上げた。どうやら休憩のようだ。彼女に手渡すため、沸かしたての珈琲を取りに郷介が向かう。
花鶏は、未完成のスケッチをまじまじと眺めるみちろうに向かってこう尋ねた。
「みちろうくん、お母さんいなくて、淋しい?」
「おれはだいじょうぶ。とーちゃんをからかっているだけでたのしいからな!」
「そっか……。私が君のお母さんになれたらいいんだけどなぁ……」
「へ?」
文字通り目が点になっているみちろうを見て、花鶏はくすくすと笑った。だがすぐに真顔に戻ると、ぼそりと一言呟いた。
「本当になれたらいいのにな……」
「ふう……」
激しい打ち合いの末、響鬼紅は辛くもテングを倒す事に成功した。
392名無しより愛をこめて:2011/04/20(水) 20:39:12.57 ID:N9oQUqoW0
だが、彼自身の負ったダメージも大きかった。
テングの音撃もどきを受けた痕は、焼け爛れて今なお煙を上げ続けていた。紅状態でなかったら、間違いなく致命傷になっていただろう。
自分の鍛えの足りなさを恥じると同時に、「銀」の滝澤みどりが言っていた事を思い出した。
丁度ヒビキがバケネコと戦っていた頃、吉野の総本部から戻ってきたばかりのみどりが面白い物を手土産に持ち帰ってきたのだ。
それは、鎧と化して鬼の体に装着されると言う新型のディスクアニマルだった。
もしこれが実用段階に至れば、今回のような肉を切らせて骨を断つ戦いに大きく貢献する事だろう。
とりあえず紅を解除しようとした響鬼の耳に、絹を裂くような悲鳴が飛び込んできた。
「まさか!?」
次の瞬間、響鬼紅は声のした方向へと駆け出していた。
郷介の手から落ちた珈琲カップが、石に当たって音を立てて砕けた。
彼の眼前には、みちろうを抱くようにして庇う花鶏と、彼女へ向かってにじり寄る異形の怪物の姿があった。
テングである。先程響鬼によって倒された個体とは違い、俗に木の葉天狗や烏天狗と呼ばれる低級な個体だ。だが低級でもテングはテング。
その実力は、以前に響鬼と威吹鬼の二人を相手にして互角に立ち回った事からも明らかだと言えよう。
鋭い爪を目の前の生餌へと向けるテング。
腰を抜かしてしまったケンヂは言うまでもなく、郷介も花鶏も蛇に睨まれた蛙宜しく一歩も動く事が出来なかった。
テングが花鶏へ向かって駆け出した。声にならない悲鳴が上がる。と、そこへ。
炎の塊が二つ飛んできて、テングの顔面に命中した。郷介が背後を振り向く。遠くから
「烈火」を構えた響鬼紅が物凄い速さでこちらへ向かって駆けてくるのが見えた。
遠距離からの攻撃に不意を衝かれたテングは、背中に収納していた巨大な翼を展開すると、
夜空へ向かって飛び上がった。それに向けて鬼棒術・烈火弾を再度放ち、響鬼紅が追撃を仕掛ける。
烈火弾が翼に命中した。しかしスピードは落ちたものの、テングは上昇を止めない。みるみるうちに大空の樹よりも高い位置まで逃げてしまった。
こうなると烈火弾も届かない。
だが響鬼紅はますます走る速度を上げていった。郷介や花鶏の脇を高速で駆け抜け、そして。
「うおおりゃああ!」
響鬼紅は大空の樹に足を掛けると、ほぼ垂直に近い幹を勢いに任せて駆け上っていった。そして天辺から最大で四十九間三尺もの跳躍力を駆使し、
テングの遥か頭上まで飛び上がったのだ!
呆気に取られて上空を見上げる一同。慌ててその場から離れようとするテングだったが遅かった。
弾丸と化した響鬼紅が、テング目掛けてまっしぐらに突っ込んできたのだ。そして激突の瞬間。
「でやあっ!」
灼熱真紅の型をテングへと叩き込んだ。超高空からの加速度をプラスした重い一撃に、さしものテングも炎に包まれ、そのまま爆散して果てた。
物凄い音を立てて響鬼紅が地上へと降り立った。もうもうと土煙が上がる中、紅を、そして顔の変身を解除したヒビキが鼻を擦る仕草をしながら歩み出てくる。
安堵で胸を撫で下ろす郷介。しかし周りの様子が変だ。
「先生!花鶏先生っ!」
「ねーちゃんしっかりしろ!やられたのか!?」
見ると花鶏が蹲っている。慌てて彼女の傍へと郷介が駆け寄る。
何一つ外傷は無い。では何故彼女は倒れてしまったのか。
「ヒビキさん……」
どうすればいいのか分からず、郷介はヒビキへと視線を向けた。ヒビキもまた、無言で立ち尽くしていた。
花鶏恵はそのまま帰らぬ人となった。彼女は二ヶ月前に受けた毒に全身を蝕まれていたのだ。猛士の病院で延命治療を受ける事も出来たが、
彼女はそれを拒み、残された人生を好きな事をして全うする事に決めたのだ。
花鶏の遺体が焼かれたのを確認すると、郷介は自宅へと戻った。居間には、あの時花鶏が描いていた未完の絵が飾ってある。形見分けで譲り受けたものだ。
彼女が何故人生の最後に大空の樹へ行こうと思い立ったのか、それは郷介にも分からない。否、想像を巡らせる事は出来るのだが、
本人がいない今となっては全て妄想でしかない。
おそらく彼女は、自分と思わぬ再会を果たした事が切っ掛けで、突発的に行く事を決めたのではないか――そう郷介は考える。
あの時彼女が口にした「幸せを運んでくると言う言い伝え」が鍵であろう。
では彼女は、どのような幸せを望んだと言うのか。
393名無しより愛をこめて:2011/04/20(水) 22:05:10.83 ID:N9oQUqoW0
何故このような事になったのか――イブキのコードネームで呼ばれる男は、胸中で煩悶していた。
時は1979年。あの京都での決戦から一月後。
その日、腕の怪我が原因でシフトが一時期の半分以下にまで減ったイブキは、暇潰しにと普段ならあまり読まないようなジャンルの本を手に取った。
平行世界を材に取ったSFものである。
本文中で語られていた「パラレルワールド」という単語に興味を持ったイブキは、専門家に教えを乞うべく、開発局長の南雲あかねの元を訪れた。ここまでは良い。
研究室には彼女以外の人間が三人居た。その顔触れが問題だったのだ。
一人はあかねの弟子であり、次期開発局長の呼び名も高い、コウキと言うコードネームの男。
次に先代開発局長である南雲あかねの叔父御。偶々遊びに来ていたらしい。
最後の一人が、「蘊蓄が服を着て歩いている」とまで言われる程の知識を誇る、総本部司書の京極。
実に最悪なタイミングであった。
彼等は、イブキがパラレルワールドについて知りたがっていると知るや、目の色を変えて説明を始めたのである。
想像してみてほしい。偏屈な科学者三人と仏頂面の司書。この面々に囲まれて延々と、一方的に小難しい話を聞かされるのだ。少しでも口を挟もうものなら、コウキの警策が唸りを上げる事だろう。
「で、パラレルワールドについて聞きたいのだったな」
コウキがそう尋ねた。さっきまでこの四人は、てんでばらばら好き勝手に喋り続けていたのだ。だが、これで漸く本題に入る事が出来る。
「分かり易く言うとだな、これは時間の連続性が深く関係しているのだ」
「分かり易くないですよ……」
「そうだなぁ、何か良い喩えがあれば……」
と、そこへまた一人誰かがやって来た。ニシキだ。彼のサポーターがメンテに出していたバイクを、代わりに受け取りに来たのだと言う。
「おお、丁度良いところへ来たのぉ!」
叔父さまが嬉しそうにニシキを指差しながらそう告げた。
「はい?」
叔父さまは足早にニシキの傍へと近寄ると、力任せに彼を突き飛ばした。不意を突かれたニシキの小柄な身体が、派手な音を立てて近くの机にぶつかる。
「な、何しはるんですか!?」
文句を言うニシキを無視して、叔父さまが説明を始める。
「『未来』と言うものは決して一つではない!本来一本気に真っ直ぐ進んでいくつもりだった『現在』が、私が不意に彼を突き飛ばすというアクシデントによって新たな未来が枝分かれして発生したのだ!」
線路のポイント切り替えのようなものだろうか。
「そうやって互いに影響を与えつつ、無限数に形成されながら進んでいく別の時間軸をパラレルワールドと呼ぶわけ」
そう言ってあかねは、少しぬるくなった珈琲を一口飲んだ。
「あの……何の話をしてるんです?」
ぶつけた箇所を擦りながらニシキが尋ねるも、誰もそれには一切答えようとしない。
「基本的にパラレルワールドと言うのは隣り合って存在している『別の未来』だ。例えば、ニシキくんが叔父さまに突き飛ばされた未来――即ち『今』と、突き飛ばされなかった未来。差異は微々たるものでしかない」
京極のその言葉に、イブキもとりあえず「はあ」とだけ答える。
「しかし先程のあかねさんの説明でも分かるように、未来は無限に形成され続けている。結果、離れすぎた未来は、始まりが同じでも大きく内容が変わってくる。そうだな……」
そう言って少し考えると、コウキは手にした警策をイブキの方に向けてこう告げた。
「イブキ、君が既に結婚して野球チームを作れるぐらいの子宝に恵まれている未来と、死ぬまで独身の未来、この二つは全然違うよな?それがパラレルと言う形で今この瞬間、同時に成立しているかもしれんのだ」
「止めて下さいよ、縁起でもない!」
いくら例えばの話でも、あまり良い気分ではない。
「……つまり、ほんの些細な出来事が原因で生まれる別の未来、別の可能性をパラレルワールドと呼ぶと?」
「そうだ。そもそも君がそのSFの本を読んだ事で新しいパラレルワールドが発生し、今に至る事になる」
「付け加えるならイブキくんがここへ質問に訪れた事でも、ね」
きりが無い。まるで合わせ鏡が生み出す無限の虚像だ。どうやらパラレルワールドとはそういうものであるらしい。基本的に各世界は隣り合って存在しており差異もそんなに無いが、離れすぎると全く違うものに変わるようだ。
「何処かのパラレルワールドでは僕は存在しないかもしれない。あるいは僕と言う人間は存在するが、役回りが違うかもしれない。反対に僕と同じ名前と役回りの人間は存在するが、全くの別人かもしれない……。そういうものなのだよ」
394名無しより愛をこめて:2011/04/20(水) 22:10:31.79 ID:N9oQUqoW0
喋り終えた京極が、やはりぬるくなったお茶を実に不味そうに口にした。
「別の世界では私は死んでいるかもしれん。私に弟子はいないが、その世界の私には弟子がいて、その人物がコウキの名を継承しているのかもしれん。……ぬるくなったな」
一口飲んだだけで、コウキはカップをソーサーに置きなおし、二度と手をつけようとはしなかった。
「全てのパラレルワールドが同じ速度で進んでいるとも限らんのぉ。数秒から数年のタイムラグが発生しておるかもしれん。この世界では一年かけてやった事が、パラレルワールドでは二週間程度で終わったりとか、な」
一人頷きながら、遠い目でそう語る叔父さま。おそらくパラレルワールドに想いを馳せているのだろう。どんなパラレルワールドかまでは分からないが。
「あの、バイク……」
「きっと我々が今こうして語り合っている世界のすぐ隣でも、微妙に異なる未来が時を刻み続けているのだろうな……」
コウキ、あかね、叔父さま、京極の四人が、目を閉じて一斉に「うんうん」と頷いた。訳が分からないといった顔で、ニシキがイブキの方に視線を向ける。イブキはただ苦笑するしかなかった。
さて、そんな世界と隣り合わせに存在するとあるパラレルワールドでは、北陸の山中で今まさに大きな戦いが終幕を迎えようとしていた……。
「おい突撃鬼……聞いてるか?」
殺鬼の呼びかけに突撃鬼は反応を示さない。彼の体は、近くの木の幹に寄り掛かったまま、動かなくなっていた。
殺鬼もまた、満身創痍である。
予想通り霊鬼は罠を幾重にも張り巡らしていた。いの一番に飛び掛かっていった突撃鬼は、結果的に殺鬼の盾代わりとなってしまったのだ。
「……ふふ、ははははは!」
突然気が触れたかのように笑い出した殺鬼を見て、霊鬼の動きが止まった。
「あんたは俺が殺す!」
突撃鬼の傍に落ちてあった「紅蠍」を拾い上げ、二刀流の構えを取る殺鬼。弾かれたように飛び出し、両の音撃弦で斬りつける。対する霊鬼は後方に跳躍し、一定の間合いを取り続ける。
殺鬼が「降魔」を投げつけた。回避のために一瞬の隙が出来た霊鬼の傍に急接近する。
そして。「死ねぇぇ!」
霊鬼の腹部目掛けて「紅蠍」を思い切り突き出す。だが、紙一重の差で避けられてしまった。更に間髪入れず霊鬼が手にした「阿頼耶識」で殺鬼の手を打ち、「紅蠍」を叩き落す。
「まだまだあ!」
次に殺鬼は、鬼法術・冥王之像を使用した。彼の左手に闇の塊が現れる。だが、その大きさは尋常ではなかった。使用する事で激しく体力を消耗する大技、にも関わらずこれ程まで巨大な重力場を生み出すという事は……。
「相討ち狙いか」
漸く霊鬼が口を開いた。殺鬼は自分ごと重力の渦に霊鬼を沈めるつもりなのだ。重力に捕らえられ、霊鬼の動きが完全に封じられる。その漆黒の塊は、ますます巨大になっていった。
「あんた程の男を殺すんだ。代償が俺の命なら安いもんだぜ!」
その時、物凄い殺気が両者を襲った。
「何!?」
その殺気の主に気を取られたのが不味かった。霊鬼の一撃を受け、殺鬼の体が宙に浮いた。折角大きくした塊も、無情にも消えてしまった。
隠す気が無いのか、それとも隠せないのか。闖入者は、殺気を放ちながら二人の前にゆっくりとその姿を現した。
鬼だ。しかも見たことの無い鬼だった。当然ながら北陸支部の鬼ではない――筈だ。
「……未熟」
相対する鬼の姿を値踏みするように眺めていた霊鬼が、そう呟いた。彼の言う通りその鬼は体つきも未熟で、明らかに免許皆伝を受けていない、修行中の鬼だった。そしてその華奢な体は……女。
と、その女鬼があるものを手にした。見覚えのあるそれは……。
「お前、香菜か!?」
その手にあるのは間違いなくセンメンキの霊面、しかも生前彼が使う事を躊躇していた曰く付きの面だった。
今、香菜変身体が手にしているのは、数ある霊面の中でも最も強力な、神を模した面――鬼神面だった。神を肉体に降ろす。ベテランの呪術者でも難しい芸当を、変身したばかりの香菜に出来る訳がない。
「香菜、止せ!」
だが殺鬼の言葉は彼女に届かなかった。香菜変身体が鬼神面を被る。それと同時に彼女の肉体に変化が現れた。その背中から太く逞しい二本の腕が生え、そのうちの一本が変身音叉を握った。センメンキの遺品だ。
音叉の先端から白刃が飛び出す。音叉剣だ。そして元々の両腕には、同じくセンメンキの遺品である音撃棒が握られていた。
雄叫びを上げながら、香菜変身体が霊鬼へ向かって突っ込んでいく
395名無しより愛をこめて:2011/04/20(水) 22:12:59.30 ID:N9oQUqoW0
今の彼女を突き動かしているのは怒りだ。その矛先は、師の命を奪った怨敵に向けられている。
しかし香菜変身体の突撃は文字通りの猪突猛進。ワンパターンで軌道も読み易く、あっさりと避けられてしまう。冷静さを欠いた香菜変身体には、それが分からない。否、分かっていても止められないのか。
「もう止めろ!そんな事してセンメンキさんが喜ぶものかよ!」
センメンキの名を出されて、香菜変身体の足が止まった。だがそれもつかの間、殺鬼の方を向くと、怒りと悲しみに満ちた声で語りかけてくる。
「センメンキさんは関係ありません。これは私自身のためです。この人を倒さないと、先へは進めない!」
センメンキさんとの約束が果たせない――そう言うと香菜変身体は、四本の腕を滅茶苦茶に振り回しながら再び霊鬼へと向かっていった。制御するのに精一杯で、折角の神の力を使いこなせていないのだ。
「香菜!」
満身創痍の体に鞭を打ち、殺鬼が飛び出す。強引に彼女の腕を掴むと、強い口調で諭した。
「約束を果たしたいのなら、ここは俺に任せろ!」
「殺鬼さん……」
動きを止めた香菜変身態の一瞬の隙を衝いて、霊鬼が彼女の手から音叉剣を奪い取った。そしてその刃を上段に振り上げる。
「止めろぉぉぉぉ!」
振り下ろされた刃が、香菜変身体の霊面を割った。そして……。
「!」
音叉剣が香菜変身体の胸に突き刺さろうとしたまさにその時、殺鬼の蹴りが刃を砕いた。次いで渾身の一撃を霊鬼の顔面に叩き込む。その体は、何メートルも吹っ飛び地面へと叩きつけられた。
肩で息をしながら、殺鬼が地面に膝をつけた。そのまま顔の変身を解除する。汗が顔面からとめどなく零れ落ちた。
「サッキさん……」
サッキは、地面に倒れ伏して動かなくなった霊鬼を指差しながら、消え入りそうな声で「分かるな」と告げた。
香菜は霊鬼の傍へ近付くと、彼の腕に嵌められた御鬼輪を掴み、思い切り力を込めた。周囲に、御鬼輪の砕ける音が響く。
「きゃっ!」
「どうした!?」
見ると、御鬼輪を粉々に砕かれたレイキの全身の変身が解除されていた。
「す、すみません。はしたない声を出しちゃって……」
サッキは軽く笑うと、香菜に感謝の言葉を述べた。
「こちらこそ……」
「……煙草吸いてえな」
空を見上げ、月の位置を確かめる。儀式の時にはまだ時間があるようだ。
「少し、眠らせてもらうぜ……」
香菜にそう告げると、サッキは疲れからすぐさま眠りに落ちた。
囚われた弥子の元へ、次々と北陸支部の面々が集まってくる。そんな中、大岩に埋まった奇妙な蛇の化石を見て、杯鬼が反応を示した。
「そうか、貴様等の目的はこいつの復活か……」
「知っているんですか、杯鬼さん!?」
「うむ、聞いたことがある。これぞ『常陸国風土記』にその存在が記載されている邪神ヤトノカミ……」
ヤトノカミ(夜刀神)とは――杯鬼の言う通り「常陸国風土記」に記述が残る蛇体の神だ。群れを成して谷に棲み、その姿を見た者は一族諸共根絶やしにされてしまうと言う。ヤトノカミは継体天皇の治世に全て退治された筈だが……。
「あの当時音撃はまだ確立されていない。従って魔化魍は封印と言う形で退治してきた。このヤトノカミは岩に封印されたのだろう」
大岩を凝視したまま、杯鬼が弥子に説明を続ける。と。
「そんな大昔に根絶やしにされた魔化魍、復活したって怖くないぜ」
声が聞こえた。その声のする方に弥子が顔を向ける。そこにもまた、見覚えのある人物の姿があった。
「サッキさん!それに……」
殺鬼に肩を貸している鬼が一人。ただ、それが誰だかは分からない。一瞬、中部支部から救援がやって来たのかと思ったが。
「弥子さん!」
「香菜!?」
その人物の声は、紛れもなく弥子のよく知る柿崎香菜のものであった。事態が飲み込めない弥子。
396名無しより愛をこめて:2011/04/20(水) 22:18:23.42 ID:N9oQUqoW0
その岩をぶっ壊し、てめえを殺す!一分だ!一分以内に片付けてやる!」
香菜変身体を脇に下がらせると、サッキは再び顔の変身を行うべく変身鬼弦に手を掛ける。だがそこへ。
「行け、黒紫の蝶!」
炎を纏った黒紫蝶が殺鬼目掛けて突っ込んできた。鬼爪を出し、それらを払いのけるサッキ。夜空を見やると、月を背に蝶鬼が浮かんでいた。
「蝶鬼!てめえ!」
「チッチッ、蝶・鬼(はぁと)。もっと愛を込めて!」
その左肩からは血が流れ出している。狙撃鬼が死の間際につけた傷だ。そんな状態ながらも蝶鬼は、巫山戯た口調でサッキを挑発する。そんな蝶鬼に向かい、「雑言」を発砲する毒覇鬼。だが軽く躱されてしまう。
「肩だ!あいつの左肩に鬼石が撃ち込まれている!」
杯鬼が叫んだ。すぐさま毒覇鬼が「雑言」を音撃射形態へと組み替える。だが。
「!」
その手からマウスピースを落としてしまった。プロらしからぬ有り得ないミスである。
「お前、もう……」
心配そうに声を掛ける小粋鬼に、「大丈夫です」と告げると組み立てを再開する。しかしそこへ向けて黒紫蝶が……。
銃声が響いた。刹那、黒紫蝶が粉々に砕け散り、それとほぼ同時に響き渡る重低音。
派手な音を立てて蝶鬼の左肩が爆ぜた。音撃射だ。バランスを崩した蝶鬼が地上へと落ちていく。
「どうやら皆集まっているようね」
いつの間にか、左手に音撃管・若紫を握った滅鬼が立っていた。その斜め後ろには、バズーカ型音撃管を音撃射モードにして構えた重鬼の姿がある。
「……『皆』ではないか」
周囲を見渡し、誰が居ないかを確認する。そんな滅鬼の右腕は不自然に垂れ下がっていた。こちらへ来る途中の戦いで、重鬼の音撃管を無理矢理使用した結果だ。
「皆さん、来てくれたんですね!」
涙声で弥子が叫ぶ。それに対し滅鬼がいつもの事務的な、だが何処か優しさを感じられる口調で。
「当然よ。あなたは仲間だもの」
「わざわざ事務所を閉めてきたんだ。損害はちゃんと返せよ」
改めて顔の変身を終えた殺鬼が言う。
「今日だけは誰かのためじゃない。お前一人のために来たんだ」
そう告げると小粋鬼は大見得を切り、声を張り上げた。久方振りの名乗りだ。
「咲いて暴れて大傾奇!天下御免!小粋鬼参上!」
それを合図に、六人の鬼が新教祖を取り囲むよう輪を作った。
杯鬼イヨマンテの音撃打を叩き込まれ、ヤトノカミは悠久の眠りから醒める事無く、完全に消滅した。それを見た新教祖は、がっくりと項垂れたまま何やらぶつぶつと呟いている。
「……何でなんだよ」
新教祖のその言葉が自分達に向けられたものであると気付き、既に顔の変身を解除していた鬼達が一斉に視線を向ける。
「お前等だってそうだろ?世間から爪弾きにされてさ。こんな世の中、爆発させてえって思った事ぐらい、あるだろ?」
およそ教祖とは思えないような愚痴を零し始めた。
静寂が場を包んだ。そんな中、弥子が口を開きかける。だがそれよりも少し早く。
「何甘えてやがる!」
コイキが叫んだ。彼の目には、今まで見た事がないまでの憤怒の色が浮かんでいた。
「あのな、ここに居る奴等は全員人には言えない過去を背負っているよ。腹ん中に闇を抱え込んでいるよ。否、俺達だけじゃあない。全国で戦っている同胞だってそうだ。それでも皆、人が好きでこの国が好きなんだ!」
唾を飛ばしながら、コイキが捲くし立てる。
「甘いと思うか?思えばいいさ!偽善と罵るか?やればいいさ!外野がいくら罵ろうとも、貫き通した信念と覚悟に嘘偽りはねえんだ!」
興奮するコイキを遮るように、ドクハキが一歩前に出て代わりに話し始めた。
「……確かに、人と少しでも違っていたら、異分子として排除される。それは世の常です。あなたも思うところがあるのでしょう。ですが」
誰も逃げていませんよ――そう強く、はっきりとドクハキは告げた。それを聞き、またしても新教祖が項垂れる。
397名無しより愛をこめて:2011/04/21(木) 18:56:39.67 ID:w4Gmk86I0
「……さて、こいつをどうするかだな」
周りの鬼達に向かってトゥキがそう言った。このまま新教祖を警察へ突き出したところで、彼等の溜飲が下がる筈もない。
「……ふふふ、はははは!」
突然新教祖が大声で笑い出したではないか。そしておもむろに立ち上がると、先程までと同じ太々しい態度で一同に向かいこう告げた。
「偉そうに説教垂れやがって!何が誰も逃げてないだ!俺は逃げるぞ。俺さえ残っていれば教団は永遠に不滅だ!」
「こいつ……!」
宣言通り逃げようとする新教祖を追い掛けようとするサッキを、信者達が数人がかりで取り押さえた。他の鬼達の方へも信者達が向かっていく。その光景を振り返りながら、新教祖は勝利を確信していた。
(勝ったっ!第一部完!)
だがその時、空から新教祖に向かって何かが……。
「うん?……げええっ!」
「儂が北陸支部支部長、鬼小島平八であーる!」
夜空をバックにスカイダイビングを敢行してくる二つの影。北陸支部長の鬼小島と、「金」の直江なぎさだ。
鬼小島はパラシュートを空中で切り離すと、頭を下に向けて、まるでミサイルのように新教祖目掛けて突っ込んできた。
激突。ヘルメットで完全防備してある鬼小島の頭が、新教祖の脳天に減り込んでいる。次の瞬間、派手な音を立てて倒れ込む新教祖。鬼小島は軽やかな身のこなしで着地すると、呆然とこちらを見ている面々に向かって力強く告げた。
「死亡確認!」
動きを止めていた信者達が、教祖の仇と言わんばかりに一斉に鬼小島へと襲い掛かった。だが鬼小島は、鬼すらも苦戦する身体能力を備えたドーピング信者達を、いとも容易く蹴散らしたのであった。
「ふっふっふ……儂が北陸支部支部長、鬼小島平八である!」
月明かりのみを頼りに無事着地したなぎさが、弥子達の傍へと駆け寄ってくる。
「弥子ちゃん、無事だった!?」
「なぎささん……」
「どうやらこれで終わりみたいですね……」
と、突然ドクハキが大量に吐血した。手にした音撃管を落とし、蹲るドクハキ。慌てて駆け寄り抱き起こそうとする弥子だったが、ドクハキの全身が皹割れ、崩れそうになっているのに気付き声にならない声を上げる。
「来たか……」
コイキが呟く。どうやら彼はこの事態をある程度予測出来ていたらしい。
「どういう事ですか!?」
「毒属性の鬼ってのはな、定期的に投薬を受けないととてもじゃないが生きていけないんだ。だがそれにも限度がある。あいつは長い間鬼で居過ぎたんだ……」
ドクハキの体は、もう投薬程度ではどうしようもない程に蝕まれていたのだ。
地面に倒れ込み、そのまま意識を失うドクハキ。彼の耳元で、泣きながら弥子が名前を呼び続ける。
なぎさが手にしたレシーバーに向かって何事か告げる。それを受け、上空から一台の輸送ヘリが降下してきた。
北陸支部の長い夜が終わった。空では明けの明星が美しく輝きながら、全てのものを平等に照らし出していた。
暫くの間、北陸支部は色々な事後処理に追われて肝心の本業も疎かになる始末だった。漸く落ち着きを取り戻した彼等に待ち受けていたのは、沢山の別れだった。
「やっぱり行ってしまうのね」
なぎさが寂しげに言う。そんな彼女を慮ってか、コイキはわざとらしく大声で笑うと、こう告げた。
「元々俺は風来坊。根無し草には風任せの旅が似合っているもんさ」
長く居すぎた事は否めないな、とコイキが言う。
何処へ向かうのか、あえてなぎさは尋ねなかった。だが、これだけはどうしても聞きたかった。
「……また逢えるかしら?」
暫し間を開けて、コイキが答えた。
「俺は雲。風にその名を呼んだなら、いつでも助けに来てやるさ!」
今のなぎさには、こんな臭い台詞でさえも力強く感じられた。
「では私もこれで……」
そう告げると、香菜もまた荷物を手に深々と頭を下げた。
修行途中でまだ完全に体も出来上がっていない状態での変身、それに加えて強力な霊面の使用。彼女の体は、もう鬼として戦う事は出来なくなっていた。それでもサポーターとして猛士に残るよう、なぎさは説得したのだが……。
「行きます。旅先で自分自身を見つめ直してみます。そのために必要な知識や経験は、センメンキさんが残してくれましたから」
師弟とは言え、いつかは別れが訪れる。だから、一人ででも生きていけるように、弟子には鬼としての戦い以外の事も時間が許す限り教える――それがセンメンキの教育方針だった。そして今、彼の愛弟子は旅立とうとしている。
「トツゲキくん達のお見舞い、行く?」
なぎさが二人に尋ねた。二人はほんの少し逡巡すると。
398名無しより愛をこめて:2011/04/21(木) 18:59:00.68 ID:w4Gmk86I0
「……会うと旅立ちが遅くなりそうだ。旅の空で回復を祈っていると伝えて下さい」
「私も、このまま失礼させていただきます」
そうなぎさに告げると、コイキと香菜は振り返る事なく鬼小島商事を後にし、別々の道を歩んでいった。
なぎさは単身病院へと見舞いに訪れた。レイキ達が並んで寝かされている病室に、他の見舞い客の姿は無かった。
枕元には沢山の果物が入った籠が置かれている。一足先に鬼小島が見舞いに来ている筈なので、おそらくは彼が置いていった物だろう。
開口一番、レイキが予想だにしなかった一言を告げた。その手には何やら手紙のような物が握られている。
「サッキは辞めたぞ」
「はい?」
なんでも、サッキは昨日のうちにここに来てそう言い残していったらしい。
「チョウキの行方を追うために、また孤児に戻るそうだ」
チョウキはあの時のどさくさに紛れて逃げ出して以来、行方不明のままである。
「これを渡してくれと頼まれた」
そう言って手にしていた辞表をなぎさに渡した。
「はいそうですかって行かせたと?」
止めて聞く相手ではないだろう、とレイキが言う。
「支部長にも既に伝えておいた」
なぎさが溜め息を吐く。あの鬼小島の事だ。きっとお咎めなしだろう。組織としてどうかとは思うが、ここははぐれ者の中でも更にはぐれ者が集う掃き溜めだ。仕方あるまい。
「で、具合は?」
「私も彼も問題はない」
そう言うとレイキは、隣のベッドで寝息を立てるトツゲキに目を向けた。トツゲキが受けた罠は、呪術的なものばかりだ。術者のレイキが元に戻ったお蔭で、彼もまた命を拾ったのである。
その後、退院したレイキは鬼小島らに、仏門へと入り自分が手にかけた盟友の死を弔い続けるつもりだと告げた。ただ、残りの人数では対応しきれないと言うなぎさの懇願を受け、非常勤として北陸支部に在籍し続ける事にはなったが。
結局、登録されていた十人のうち、二名死亡、二人が支部を去った。大幅な補充が行われるまで、支部はレイキ、トゥキ、メッキ、ジュウキ、トツゲキの五人で切り盛りされていった。
さて、ドクハキと今回の騒動の中心に居た葛木弥子はどうなったかと言うと……。
数年後、北陸支部に所属するヤクセキは、鬼小島商事のビルの前に一組の男女が居るのを目撃した。
女性の方はコートの下に喪服を着ており、男性の乗った車椅子を押している。その男性は肌が有り得ないくらいにぼろぼろで目は虚ろ、口をだらしなく半開きにしている。意識があるのかどうかも分からない。
一瞬客かと思ったが、すぐにそうではないと判断した。上手く言葉には出来ないが何かが違う。
と、視線に気付いたのか、女性がヤクセキの方に向いてにこりと会釈をした。ヤクセキも頭を下げる。
女性は彼の手首に巻かれた変身鬼弦に気付くと、一瞬寂しそうな表情を見せた。だがすぐに優しげな笑みを浮かべてヤクセキに声を掛けてくる。
「お仕事、大変ですか?」
「ええ、まあ……」
女性はヤクセキの顔をじっと見つめている。
「……ですが、遣り甲斐のある仕事ですよ」
それを聞くと女性は満面の笑みを浮かべた。
「寄っていきませんか?」
「……いえ、いつまでもこの人を連れ回す訳にはいきませんから」
そう言うと女性は、男性の口から垂れる涎をハンカチで丁寧に拭ってやった。
「寒いですよね。帰りましょう」
男性の耳元に優しくそう囁くと、女性はヤクセキに一礼して車椅子を押し、歩き始めた。
「……いつでも遊びに来て下さい」
何とはなしに、ヤクセキがそう声を掛けた。何故だか分からないが、そう言うべきだと思ったのだ。
女性は足を止め、ヤクセキに向けてにっこり微笑むと、そのまま表通りに向かって歩いていってしまった。
暫く歩いていると、車椅子を押す女の動きがはたと止まった。何かに気付いたようだ。
見ると、男の指がぴくりと動いたではないか。初めは見間違いかと思ったが、二度三度と動くのを目の当たりにして、それが気のせいではない事を確信する。
女の目に、涙が浮かんだ。
そして精一杯の笑顔を浮かべると、男の耳元に話し掛けた。
「もう、待ちくたびれたじゃないですか……」
「……まあ、もっと詳しく知りたいのであれば、量子力学や宇宙論について学んでみるのだな」
そうコウキがイブキに告げた。
「よければ、平行世界を題材にした小説をいくつか紹介しようか?」
京極の提案を丁重に断るイブキ。正直言ってもうお腹一杯である。
「あの、そろそろバイクをですね……」
「あら、ニシキくんまだ居たの?」
399名無しより愛をこめて:2011/04/21(木) 19:00:00.87 ID:w4Gmk86I0
あかねの冗談とも本気とも取れない発言に、ニシキがずっこける。しかしそれすらも軽く流して。
「まあ、こういうのは語って楽しむのに限る。平行世界と言うだけあって、それぞれの世界が交わる事は基本的に不可能じゃからのぉ。……ぬるいっ!」
珈琲を一口飲んだ叔父さまは、あまりのぬるさに腹を立て、カップを床に叩きつけて割ってしまった。床に広がる珈琲を眺めながら、イブキはふと思った。
――当然ながら、腕を怪我していない僕が居る世界もあるんだよな。
覆水は盆に返らない。
だがそれは、逆を言えばあの時の戦いで命を落とした自分が居る世界もあると言う事になる。
右腕を見やる。楽しむものだと言われても、今のイブキはそんな気持ちにはなれなかった。
先程の叔父さま同様、決して交わる事のない世界に住む別の自分に想いを馳せてみる。ひょっとしたら自分は、まだ幸せな方なのかもしれない。
コウキ達の言っている事が正しいのであれば、時間差で平行世界の自分も同じような事を考えている筈だ。
あちらの世界の僕は、幸せですか? 了
 ピアノの音と柔らかな歌声が、教会の中から聞こえていた。
 五十歳前後と思われる、眼鏡をかけて銀色の長髪を後ろでひとまとめにした長身の神父が、その音色に誘われて教会の中に入っていった。ステンドグラスを通して差し込む光の中で、黒衣のシスターが教会のピアノで賛美歌の弾き語りをしていた。
 平日の昼下がり、教会の中に彼女以外の姿はなく、しんとした空間を旋律が流れていた。
「こんにちは」
 演奏を終えて立ち上がったシスターが、輝くような笑顔で神父に挨拶をした。揉み上げまで続くあご髭を持つ神父が、鷹揚に挨拶を返してから言った。
「ピアノも歌もお上手ですね」
「ありがとうございます。神父様は、何か音楽はおやりになりますか?」
「私はホルンを少々」
 左手に持った大きなケースを片方だけ手袋を嵌めた右手で指さして、にこやかに神父は言った。
「お聴かせいただけますか?」
――その様子を、吹き抜けとなった教会の二階のステンドグラスの外側に張り付きながら啓真が見ていた。
「何をしている。姿勢を低くして、もっとこっそり監視しろ」
 隣でうずくまっていた恭也が小声で言い、レザージャケットを引っぱり啓真を窓から引き剥がした。
「いや、なんかこういう映画があったな〜って思って」
400名無しより愛をこめて:2011/04/21(木) 19:02:35.84 ID:w4Gmk86I0
ソヨメキたちを心配する四国支部の『金』、羽佐間琴音に依頼され、その弟・洋介が彼らの元にやってきた。洋介を加えて五人構成になった彼らは、宗形三十朗から教えられた、先代ケイキが居るという栃木北部の小さな村に来ていた。
 キー坊と洋介は、今は少し離れた所で一台の四輪、二台の二輪と共に待機していた。
「年齢的に、あの神父が先代ケイキだな」
 恭也は神父の外見から判断して啓真に言った。
「あいつが新型音撃管で戦果をあげたっつう元・鬼か」
 神父はホルンのハードケースを開けると、円形に巻かれた金管にパイプとベルが付随した楽器を取り出して演奏を始めた。
 左手の楽器から伸びる管の先についたマウスピースをくわえ、後方に向けたベルの中に手袋を着けた右手を入れ、神父はホルン特有のやわらかな音色を奏でた。
 教会二階の屋外になるバルコニーから、ステンドグラスを通してその様子を見ながら、恭也は低く啓真に尋ねた。
「琴音さんの弟さん……洋介さん。沖縄支部で『歩』をやってたって話だが、それにしちゃ色が白すぎないか?」
 洋介は、色が白く細面の男だった。身長は180センチ近くあり、わりとがっしりとした体格をしている。階下の神父も同じような体格だった。
「お前、キー坊も猛士からのスパイじゃないかって疑ってたな。今度は琴音さんの身内まで疑うのか?」
「『歩』って言ったら、外を歩き回るのが基本だろう。見かけが想像していたのと大分違っていたから、その違和感を口にしたまでだ。琴音さんの身内を疑いたくはないが、偽者という可能性もある。細心の注意を払うのは、この場合当然のことだ」
「もっと人を信用しろよお前は」
 神父は演奏を終えると、にこやかな顔のままソヨメキに言った。
「うーん……ちょっと想像していたのと違ったなぁ」
「何がでしょうか?」
 笑顔のまま、ソヨメキは尋ねた。
「古い友人がね、久々に電話をかけてきたと思ったら、私に言ったんだよ。そのうち僕の元に、一人の若い女がやってくるってね」
 ソヨメキは表情を変えずに神父の次の言葉を待った。
「その女性は、清冽な闘気を持っているという話だったが、私には判らないな。直接会って、僕自身の目で、彼女が天使なのか悪魔なのかを判断してほしい、そう言われたんだが」
二階の壁に嵌まったステンドグラスの向こうで、啓真が恭也に小声で言った。
「あいつ、ソヨの正体に気づいているぞ!」
 立ち上がってステンドグラスを離れ、その横の窓を開いた恭也は、屋内に向けて金色の中型銃を投げた。
「受け取れソヨ!」
 神父は階上の恭也を振り返り、これまでの穏やかな態度からかけ離れた不敵な笑みを見せて言った。
「一緒に逃げているというサポーターか」
ソヨメキは手にした音撃盤の銃口を神父の脚に向け、圧縮空気弾を放った。神父は人間離れした素早い動きを見せ、手袋を嵌めた右腕で脚を守った。右腕が被弾して黒衣を飛び散らせながら揺らぐ。
 ソヨメキが、神父がダメージを受けた様子がないことを不審に思い見ていると、左手が楽器で塞がった彼は、口で手袋の先をくわえて右手を抜き取った。手袋の下から出てきたのは鋼鉄製の義手だった。
「現役だった時、魔化魍に腕を持っていかれてね。それで今はこの通りだ」
 手袋を右手に持つと、神父はそれをソヨメキに投げつけた。ソヨメキがそれを反射的に躱している隙に、黒衣の姿は金色の楽器を手にしたまま、並んだ長椅子の間に飛び込んで身を隠した。
 椅子の陰で鬼笛が鳴り響き、次に出てきた時には、神父の姿はすでに黒い鬼の姿と化していた。頭から銀色の角を四本生やし、銀面に金の隈取が走り、右の上腕から先は鋼鉄の義手のままだった。
 左手には、ホルンが金色の円形の盾と化して装着されていた。吹込み管は収納され、ベルは分離して腰のバックルに嵌められていた。
それを階上から見ていた恭也は啓真に言った。
「あの『鬼を狩る者』が着けていた、盾つきの銃と同じ型だ」
 同じ窓から教会のホールを見ていた啓真も言った。
「関東の鬼も同じものを着けていた」
「今あそこにいる男、先代ケイキが持っているのは新型音撃管のプロトタイプのはずだ。『鬼を狩る者』や関東の鬼が使っていたのも、同じ新型ということになる」
401名無しより愛をこめて:2011/04/21(木) 19:05:26.17 ID:w4Gmk86I0
階下では、ソヨメキが鬼笛を吹き鳴らして額にかざしていた。その時間が、今回はやけに長かった。鬼笛から出る変身音波を浴びたはずの額に鬼面が現れなかった。
『君からは、私の友人が言っていたような“清冽な闘気”が出ていない。というか、まったく闘気が感じられない。悪の心を持った者には、そんな物はないということか』
「私が師匠をやったわけじゃない。信じてくれ」
『しかし私は、もう決闘の申し込みをしてしまったからね』
 ソヨメキの背後の床に投げ捨てられていた自分の手袋を指さし、先代契鬼は言った。
『行くぞ、ソヨメキ』
 黒い鬼が金色の盾で覆われた左手をソヨメキに向けた。自動的に盾の内部から繰り出されてきたレールが左腕に巻き付き、銃身が手の中にセットされる。
 変身を諦めると、ソヨメキはシスター姿のまま音撃盤を構えてピアノの後ろに隠れた。その後ろで彼女の鬼笛が再び鳴り響く。腰につけていた三機のディスクアニマルを放って陽動に使い、ソヨメキはピアノの陰から出て空気弾を打ち続けた。
 先代契鬼は熟練の技で、空中から来る『茜鷹』と、床から来る『鈍色蛇』、『緑大猿』を空気弾で射抜いた。その隙に相手の背後に回ったソヨメキは再び先代契鬼の脚に狙いをつけた。背を向けたまま跳躍した先代契鬼は、空中で身を捻って銃口を向けてきた。
 圧縮空気弾の連続掃射を受ける直前に、ソヨメキは再び手近な物陰に隠れた。
「まずいな」
 恭也は階上からその様子を見て言った。
「理由は判らないが、ソヨは変身ができなくなっている。相手は変身して身体能力も飛躍的に伸びている。対してこちらは鬼の治癒力が使えないから、一発でも喰らえばダメージが消せない」
「五十近いオヤジ相手でも、鬼は鬼ってことか。やべぇな」
 ソヨメキは相手の銃撃を躱し切れず、ついに手から音撃盤を弾き飛ばされた。
『話にならないな』
 僅かに流血した手をもう一方の手で押さえる黒衣のシスターに、金色の銃を左腕に巻き付けた鬼が一歩一歩近づいていった。
 いつの間にか斜め後ろの死角に近づいていた恭也が、音撃弦『滅炉』を槍のように先代契鬼の左手に突き入れた。
 正確に音撃管の銃口を横から突かれ、先代契鬼の手の先にあった銃口が潰された。
「試作機と実用機との強度の違いだ」
 言うと、恭也はすぐに跳び退いてソヨメキに近づき、音撃弦を手渡した。ソヨメキがそれを受け取って音撃盤の代わりに構える。
 啓真は遠くに弾き飛ばされていた音撃盤を拾い上げ、ソヨメキの所まで行って手渡した。
『ほう。そういう姿で君は、君の師匠を襲撃したわけだね』
 言われてみれば、両手に音撃盤と音撃弦を持つ彼女の姿は、恭也が目撃者に聞いた襲撃犯の姿と良く似ていた。
『君は、実は本当に君の師匠を手に掛けたんじゃないのかな? その記憶がないというだけで』
 妙なことを先代契鬼は話し出した。
「ふざけんなッ、その時間俺は一緒にいたんだ!」
 叫ぶ啓真に黒い鬼は言った。
『そのお嬢さんを想う気持ちから出た、嘘なんじゃないのか? その時間、彼女の現場不在証明をできるのが君だけだとしたら、そこさえ守り通せば、犯行は不成立となる』
「馬鹿な……そんな」
 事件以来無実を訴え続けてきたソヨメキの心が、初めて揺らいだ。
 その時、黒い鬼は銃を収めていた左の掌中で何事かを操作し、銃身を自動的に盾の内部に収納させると、空いた左手と鋼鉄の右手の掌を打ち合わせて言った。
『鬼法術・鵬閻(ほうえん)!』
 鋼鉄の右腕の周囲が震動する光に覆われ、一瞬輝いた後にはその姿が人の腕から大振りの剣に変わっていた。
「右手が剣に……変化した?」
 全国に110人の鬼の中には特殊な術を持つ者もいるとは聞いていたが、こんな能力を持つ者がいるということを、恭也は今初めて知った。
ソヨメキは音撃盤を右手、音撃弦を左手に持っていた。先代契鬼は術で右腕を剣と化し、左手には故障した音撃管が収まった盾を着けていた。彼らの姿は、鏡に映したように左右対称だった。
 二階分の高さが吹き抜けとなった教会の中で、彼らはそれぞれの武器を手に対峙していた。
 恭也の頭の中で、サザメキ襲撃直後に目撃者から直接聞いた、犯人の情報が繰り返された。
(暗くてよくは見えませんでしたが、二本の角があって、向って右にこう、きらっと光る銃みたいな物をもって……反対の手には長い剣のようなものを持っていました)
 向って右に音撃管、左に音撃弦ということは、つまり左手に管、右手に弦ということだ。今目の前にいる二人の鬼と比べると、ソヨメキの武器の持ち方は証言とは逆で、先代契鬼の持ち方がこれに一致する。
402名無しより愛をこめて:2011/04/21(木) 19:12:14.17 ID:w4Gmk86I0
「いつかはこうなると思っていたんですよ」
「はあ……」
新たに選抜、編成された部隊を二つに分けて独逸へと向かう道中で、ニヤはハルにそう告げた。
「つまりニヤ、あなたは最初から独逸支部がヴァチカンを裏切っている、そう考えていたと?」
その通りです、とニヤは答えた。
東西独逸が統一された後、DMC独逸支部は紆余曲折を経て新たに生まれ変わった。それは良い。だが、問題は新たに支部長へと就任した男である。
「大佐」と呼ばれている事からも分かるように、この男、元は軍属である。その頃から、極右集団であるネオナチとの癒着が噂される等、色々と問題の多い人物であった。
それがどんな手を使ったのかは不明だが、DMC独逸支部の最高責任者に就任してしまったのである。
刷新された独逸支部は、時には明らかに教皇庁の意向を無視した行動を取り、組織内でも随分と問題になっていた。それでもお咎めが無かったのは、超常吸血同盟の暗躍により欧州が混乱していたからだ。
しかし。
「幾ら何でも……」
「力を持った者が闇に落ちるのは当然でしょう。仮に独逸支部丸ごとではなくとも、大佐個人が連中と繋がっている可能性は……九割九部九厘間違いないでしょうね」
間違いなく黒だと断言しているようなものだ。
会話が途切れ、重い空気が流れる。そんな中、思い出したかのようにハルが告げた。
「そうだ、ごたごたしていたせいで大事な報告を忘れていました!」
「何です?」
「サンジェルマン伯爵らしき人物が目撃されました」
その名を聞き、ニヤの表情が強張る。
「いつです?」
「ほんの数時間前に、伊太利亜支部の管轄内で……」
サンジェルマン伯爵とは、十八世紀の欧羅巴に実在した人物である。欧州各地を飛び回り、錬金術を研究していた人物だ。
だがこの男には、とある伝説が纏わりついている。――不老不死やタイムトラベラーだと言うのだ。事実、死後数十年経ってなお、彼を目撃したと言う証言が欧州中で確認されている。一番新しい目撃例は、なんと二十世紀にまで及ぶ。
謎の人物・サンジェルマン。当然ながらDMCも彼の事を長年追い続けてきていた。それが、このタイミングで目撃されたと言うのである。
(何が起きようとしている……?)
この先の流れだけは、ニヤをしても読む事は出来なかった。

独逸南部の田舎町ルーエンハイム。森に囲まれた僻地にあるこの町には、何も無い。観光名所も名産品も、他所に誇れるようなものは何一つ無い。別段住人が旅行者に親切と言う訳でもない。ただ「静か」なだけだ。――「寂れている」と言った方が正しいか。
場所が場所なだけに、政治家の密会場所や有名人の避暑地として利用される事があるが、要はその程度しか利用価値のない、ど田舎である。
そんな町へと続く唯一の道に、一台の大型トレーラーが停車していた。DMCの車輌である。助手席にはジェバンニが乗っていた。
「では宜しくお願いします」
ジェバンニがレスターに声を掛ける。独逸支部へと向かったニヤに代わり、ルーエンハイム解放作戦の現場指揮は、レスターが執る事になったのだ。
「……了解」
歯切れ悪くレスターが答える。彼はニヤと違い、基本は内勤の人間である。特別な力も何も無い、ただの人間だ。これから吸血鬼の巣窟と化したであろう町へと向かうのに、不安にならない筈がない。
「何かあったらすぐ連絡して下さいね」
そう言うとジェバンニは、後方のコンテナを指差した。この中には、先のゴーゴン戦でニヤが使用を考えたDMC自慢の新兵器が積まれてある。吸血鬼以外の敵が現れた場合を想定して、運んできたのだ。
と、ジェバンニの傍に一人の男が近寄ってきて文句を言い始めた。成龍だ。
「納得がいかねえ」
彼は、自分が大天使の弦の使用者に選ばれなかった事に腹を立てているのだ。
「俺だってオーガとの戦いで弦は壊れたってのによ」
「あなたの弦は修理して何とかなる範囲でしたから……」
その程度で納得するようなら、最初から抗議には来ない。文句を言い続ける成龍の襟首を、童虎が掴んで持ち上げた。
「皆もう行ってしまったぞ」
「ええっ!?」
「我々も行こう」
そう言うと成龍を地面に降ろし、ジェバンニに向かって深々と頭を下げた。纏め役であるムウは、ニヤに同行して独逸支部へと向かっている。
「お気をつけて。あなた達に神の御加護があらん事を……」
町へと向かう童虎達を見送りながら、ジェバンニは小さく十字を切った。
403名無しより愛をこめて:2011/04/21(木) 19:13:19.07 ID:w4Gmk86I0

町は、あまりにも静かだった。否、あまりにも い つ も 通 り だ っ た と言うべきか。
超常吸血同盟によって封鎖されている筈の町に、やけにあっさり潜入する事が出来ただけでもおかしいと言うのに、町は、町の住人はいつもと変わらぬ生活を送っていたのである。これには統一部隊の面々も面食らってしまった。
「どういう事だ……?」
辺りを見回しながらレスターが呟くも、誰も答えられる筈がなかった。
「連中に一杯食わされたとか?」
何気なく成龍が口にしたその一言に、レスターが過剰に反応する。
「そんな筈はない。我々の情報網は確かだ。ちゃんと裏付けだって……」
そう捲くし立てるレスターの脳裏を、出発前にニヤが話した言葉が過った。彼は、最初から独逸支部を疑っていたのである。ではルーエンハイムが封鎖されたと言うのは、ガセ?
「もしそうだとした場合、電波ジャックが決定打だったな」
アランの言う通り、超常吸血同盟による電波ジャックがこの情報の信憑性を高めていた。あの放送がDMCを表舞台に引きずり出すためではなく、最初から偽情報を信じ込ませるためのものだとしたら……?
「……まだ全てが嘘だと決まった訳じゃない。手分けして町の中を調べてみよう。くれぐれも住人との接触は避けるように」
そう告げるとリヒターは、集まっていた面々に向かって指示を出し始めた。それを神妙な面持ちで聞いているDに向かって、アランが尋ねる。
「マリアの事が心配か?」
ルーエンハイムでの戦いが過酷なものになるだろうと踏んだDは、強引にマリアを説得してニヤと共にDMC独逸支部へと向かわせていた。だが、雲行きが怪しくなった今、そちらの方がより危険だったのではないかとDは心中後悔していた。
「……当然さ」
「心配するな。むこうにも手練れがついているんだ」
「ああ、そうだな」
「しっかりしろ。お前がそんな様子だと張り合い甲斐がない」
そう言うとアランはさっさとその場から立ち去ってしまった。Dもまた、単身路地裏へと消えていった。
「諸君、私は戦争が好きだ」
ホールに集まった面々に向かって、アイパッチを着けた軍服姿の男が、声を張り上げて演説を行っていた。
「諸君、私は戦争が好きだ。諸君、私は戦争が大好きだ」
記録映像に残るヒトラーの演説風景を彷彿とさせる、疑う余地を一切入り込ませない力強い演説だ。
「殲滅戦が好きだ。電撃戦が好きだ。打撃戦が好きだ。防衛戦が好きだ。包囲戦が好きだ。突破戦が好きだ。退却戦が好きだ。掃討戦が好きだ。撤退戦が好きだ。平原で、街道で、塹壕で、草原で、凍土で砂漠で海上で空中で泥中で湿原で……」
一息吐くと、男は一層力強くこう述べた。
「この地上で行われる、ありとあらゆる戦争行動が大好きだ」
壇上に立つ男の眼前に立ち並ぶ面々は、表情一つ動かさずに静聴している。
「諸君、私は戦争を、地獄の様な戦争を望んでいる。諸君、私に付き従い覇道を歩まんとする戦友諸君。
君達は一体何を望んでいる?」
男の演説は続く。
「更なる戦争を望むか?情け容赦のない糞の様な戦争を望むか?鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の鴉を殺す、嵐の様な闘争を望むか?」
その発言が終わるや否や、集まった面々が口々に男を称える言葉を唱える。それを聞き、満足そうに頷くと男は一言。
「……宜しい、ならば戦争だ」
歓声が上がった。
「我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ。だがこの暗い闇の底で何世紀もの間堪え続けてきた我々に、ただの戦争ではもはや足りない!!」
両手を大きく広げ、男が力強く告げる。
「大戦争を!! 一心不乱の大戦争を!! 我らは非戦闘員を含めても百ちょっとの弱兵に過ぎない。だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している。百に満たぬヴェアヴォルフのカンプグルッペ(戦闘団)で欧州を燃やし尽くしてやる」
征くぞ、諸君――冷徹な笑みを浮かべながら男が告げた。先程以上の歓声が、万雷の拍手が沸き起こる。その様子を、拘束された状態で舞台袖から眺めている者達がいた。
404名無しより愛をこめて
「何だあれは。狂っているのか?」
壇上で聴衆に向かって手を振る男を睨みつけながら、トッコが言った。
「ああいう男なんです、あの大佐殿は……」
いつもの淡々とした口調でニヤが告げた。
ここはDMC独逸支部。だが今では、超常吸血同盟と手を組んだ裏切り者の巣窟と化していた。
乗り込んで早々、彼等は大佐の手によって捕らえられてしまったのだ。だが無策で訪れるニヤではない。同行していた面々のうち何人かを、支部の外に待機させてある。勝利の鍵となるのは、おそらく彼等であろう。
「別室へ移された彼は無事でしょうか」
ササヤキがニヤに尋ねた。それに対しニヤが答える。
「何故だか分かりませんが、連中は彼の身柄を必要以上に欲しています。手荒な真似はしないでしょう。トッコ、あなたならその理由が分かるのでは?」
しかしトッコは何も語らなかった。
「……まあ、定時連絡を入れなければ不審に思ったハルが何らかの動きを見せるでしょうから、それまでに大佐から出来る限りの情報を引き出しましょう」
野心家の大佐は、ヴァンパイアと手を組む事で欧州を制しようとしている。何としてでもここで叩いておかなければならない。反撃の時まで、今は耐えるのみだ。

銃声が轟いた。
町中を目立たぬよう移動していたアランの動きが止まる。次いでもう一、二発銃声が。
音のした方へと駆け出すアラン。おそらく、他の者も向かっている事だろう。ヴァンパイアとの戦いに備えて、愛用のショットガンをいつでも撃てるように準備しておく。
アランが現場に到着すると、そこには血塗れで倒れた老婆の姿があった。慌てて駆け寄り、助け起こす。
(まだ息はある!)
しっかりしろと耳元で叫ぶ。銃創からはとめどなく血が流れ出していた。
と、そこへ。
「見ろ、人が倒れているぞ!」
声と共に沢山の人が駆け寄ってきた。町の住人達だ。その手に武器となる物を握っている者もいる。
「お婆さんだ。お婆さんが撃たれているぞ!」
「あいつだ、あの男がやったんだ!」
「違う、俺じゃ……」
「その銃は何だ!」
群衆の一人が、アランの手にしたショットガンを指差す。
(しまった……!)
冷静に考えればショットガンの銃創ではないと言う事は火を見るよりも明らかなのだが、頭に血が上った群集にはそんな言葉は届かないだろう。何より。
「こんな爺、見た事ないぞ」
「余所者だ」
余所者だと言うだけで、もう完全にアランの仕業だとされている。どうにか説得しようとするが。
「待ってくれ、話を……」
「動くな!」
群衆の一人が、猟銃をこちらに向けた。止むを得ずショットガンを地面に置き、両手を上げてゆっくりと立ち上がる。
「おい、早くこの婆さんを病院に連れていけ。まだ息がある」
「黙れ余所者!」
銃口はアランの眉間にぴったりと合わせられていた。撃たれたぐらいで彼が死ぬような事はないのだが、不死身の能力がばれるとそれはそれで問題になる。
一触即発の状況下で、ふいに誰かが叫んだ。
「殺人鬼め、殺してしまえ!」
次いで、何処からともなく銃声。集まった人々の何人かが耳を塞いで蹲る。
アランに銃を向けていた男が、引き金を引いた。それを紙一重で避けるアラン。完全にパニックに陥った人々があちらこちらへ散らばっていく。小さな町だ。混乱は、この場に居ない住人達にも瞬く間に伝播するだろう。
「くそっ!」
どさくさに紛れて、その場からアランが逃げ出す。背後から轟く銃声。背中に痛みが走ったが、構わずに駆け抜ける。