【ぐるぐる】ショッカーの蜂女様を讃えるスレ【おっぱい】
――「プランタン」と「あんだんて」は何となく似ているかも――
そんな、心底どうでもいいような思いつきを打ち消しながら、
銀座一丁目の駅を出たわたしは「丸の内TOEI」に急いでいた。
これから、高校以来の「腐」友達と待ち合わせて『MOVIE大戦2010』を
見に行くところなのだ。時刻は6時50分。もう最後の回のCMが始まって
いる時間だ。
実を言うと、この映画は昨年の公開直後に一度見ている。だがそのときは
野暮用に時間を取られて遅刻、その後も用事あり、というスケジュールで、
冒頭10分ほどを見落としていた。それだけならDVDを待ってもよかったの
だが、友人が、見終わったら是非、最近できた新しい仲間と一緒に新年会を
やろう、劇場裏手の「串八珍」で串キャベツとホッピーで乾杯だ!
としきりに誘ってきたので、2回目を見に行く決意を固めたのだ。そういう
オヤジくさい会がお互い大好きだったからでもあるが、友人の言う
「新しい仲間」に興味をもったから、というのが何より大きかった。
どうにか本編には間に合いそうな時間に到着すると、劇場前で友人と
その「新しい仲間」らしい2人の女性が待っていた。最近座席指定制に
なったので、慌てて席を取る必要がなく、最初に着いた人が全員分を
立て替えて買う手はずだった。とはいえ、ここまで遅れるのは正直気まずい。
「ごめん、遅れた! すみません!」
わたしは友人とその「仲間」に謝りながらチケットを受け取り、
そのまま3人と共に劇場内に急いだ。わたしの趣味で、最前列の席だ。
時間帯のせいだろうが、場内は子供より「大きいお友達」が多い。
それはいいとして、冬休みも終わり、上演期間も終わり近く、しかも
こんな遅い時刻の回であるにもかかわらず、ほぼ満席に近い状態で、
わたしは妙に気になった。
気になると言えば、友人の言う「新しい仲間」たちもそうだ。1人は
わたしたちより年上で、多分三十代。洒落たスーツの下に青いTシャツ、
という不思議なファッションの、すらっとしたかっこいい女性。
もう1人は明らかにわたしたちより年下、二十歳前後の明るい感じの女の子。
わたしはこの2人が友人のどんな「仲間」なのかをよく知らない。
単なる「腐」仲間ではなく、それ以上、ないしそれ以外の、ちょっと
特殊な趣味の仲間だ、ということは聞いた。また、以前友人が「理想の
結婚相手」がどうとか言っていた話と関わるらしい、とも話してくれた。
だが、それ以上に詳しいことは何も教えてくれず、そもそもその
「趣味」とは何なのか、全貌はさっぱりつかめないままだった。
色々と興味を覚えながらも、それは「新年会」で詳しく聞くことに
して、わたしは友人とその「仲間」たちに並んで席につき、終わりかけて
いる予告編を見始めた。
いよいよ本編が始まった。
見そびれていた冒頭部分は、ほぼライダーバトルで占められていた。
士とゆり子どうやって知り合ったのか気になっていたのだが、特に
説明もなく、すでに出会っていた、という展開だった。
やがて前回に見ていたシーンにまで話が進み、わたしは軽いデジャヴに
近い感覚で画面に見入っていた。
変なことが起きたのは、タックルと蜂女の決戦のシーンの直後だった。
「うるたーさいくろっ!」
記憶通りの、アリスちゃんの気合い入りまくりのセリフに続き、
どう考えてもおかしなシーンが始まった。ウルトラサイクロンを受けて
ダメージを負ったはずの及川蜂女の方が、突然タックルを抱きしめたのだ。
「ちょ……及川さん!! 何を……!?……痛っ!!!」
タックル、いや、恐らく素のアリスちゃんが悲鳴を上げ、目を見開く。
それからたちまちその目がうつろになり、がっくりとうなだれ、
その場に崩れ込む。
地面に倒れ込んだタックルの周囲をスーパーショッカーの戦闘員たちが
取り囲み、コスチュームを脱がせ始める。慌てたスタッフが画面の中に
入ってくるが、端から戦闘員たちに殴り倒される。画面が一瞬大きく
揺れ、やがて戦闘員に奪われたらしきカメラが、再び異常な情景を
記録し始める。
そんな様子を愉快そうに見ていた及川蜂女は、高笑いしながら、
モコモコした衣装を引きちぎる。破れた衣装の下から現れたのは、
ボディペインティングを施したような青い肉体だ。
――本物の、蜂女!?――
そんな馬鹿げた思いが一瞬頭をよぎる。むき出しにされた奈央さんの
肉体は、それほどに人間離れした異様な輝きを放っていたのだ。
衣装を取り除いた奈央さんは、続いてかぶり物をうるさそうに取り外す。
すると、その額からにょきにょきと触角が伸び、頭部には装甲が生じ、
髪は紫に、目は昆虫の拡大写真のような「本物の」複眼に、顔の皮膚は
紫と青に変じていく。周囲では、逃げまどうスタッフが次々に戦闘員に
叩きのめされ、ぐったりと折り重なっている。
すっかり「本物の」蜂女に変身してしまった奈央さんが、衣類をすべて
はぎ取られてしまったアリスちゃんに向かい、ぞっとするほど冷たい
声で話しかける。
「うふふ。これから本物の改造人間にしてあげるわ」
その言葉を合図にしたように、戦闘員たちがアリスちゃんを抱え上げる。
場面が切り替わり、アリスちゃんが、先ほどの状態のまま円形の手術台に
大の字で寝かされ、両手両足を金具で固定されている。その目は恐怖と
混乱で大きく見開かれ、かたわらにいる及川蜂女に向けられている。
「……いや……こんなの聞いていません! 何なんですか??
放して下さい!!」
蜂女が冷酷な声で答える。
「言ったでしょう? あなたは本物の改造人間になるの。旧ブラックサタン
から取り寄せたこの設備でね」
それだけ言うと蜂女は口を閉ざし、同時に生々しい手術シーンが始まる。
アリスちゃんの肉体にメスやその他の器具が当てられ、さまざまな部位が
切断され、変形され、機械が埋め込まれていく過程が、コマ落としや
その他の手法を使いながら、微に入り細にわたり映し出されていく。
それこそ奇っ怪きわまりないのは、こんなおぞましく非常識な映像が
延々と流されながら、劇場内の誰一人として立ち上がることも、声一つ
上げることもなく、じっと画面に見入っていたことである。
この、わたし同様にだ。
……そう。わたしもまた、隣の友人に話しかけることもできないまま、
魅入られたようにスクリーンに釘付けになっていた。さらにおかしなのは、
こんな映像を見せられて普通ならば当然湧いてくるはずの疑問、嫌悪感、
恐怖、といった感情がまるで生じてこなかったことだ。代わりにわたしの
心に根を下ろしていたのは、あろうことか、眼前で残虐としか言いようの
ない処置を強制的にほどこされているアリスちゃんへの羨望、という
倒錯した感情だったのだ!
やがて、アリスちゃんの改造手術の記録映像……としか思えない場面が
終わりを告げた。ベッドの上に横たわっているのは今や、明らかに
普通の人間ではない、異形の肉体である。
その姿はあえて一言で言えば、S.I.C.でバイオ系のリアルなタックルが
発売されたらこんな風になるのではないか、というような姿だ――頭部
全体は、むき出しの頭蓋骨を思わせる、赤黒い地に黒い斑点の散りばめ
られた装甲。その下には有機的な黄色い複眼と、黒く変色した皮膚。
口元の周囲だけが人間の名残をとどめており、真っ赤な紅を塗られた
ような唇が艶やかに光る。黄色い肉質のマフラーの下の肢体は、
及川蜂女同様、ボディペインティングを思わせる生々しいフォルムに、
人体とは異質の無機的な質感を備えている。皮膚は頭部と同じ赤黒い
色に変色し、真っ黒な乳房の中央には黄色いラインが通り、中心部に
真っ赤な乳首が浮かぶ。乳房の下には毒々しい黒い隆起物が2つずつ。
巻かれたベルトの下にはとてつもなく短い、赤黒い肉質のスカート。
その下の、一見素足風の太ももからひざまでが、口元と同じく、
不釣り合いに「改造前」の名残をとどめている。ひざの下とひじの先は、
一見したところグローブとブーツをはめているようだが、よく見ると
やはり毒々しい黄色のなめし革のような材質に変色、変質した
皮膚の一部のようだ。
異形の者と化したアリスちゃん……だったはずの存在に、
蜂女が呼びかける。
「答えなさい。あなたは何者?」
機械を思わせる動作で上体を起こした「改造人間」が、抑揚のない
口調で答える。
「……わたしは、スーパーショッカーの奇っ怪人・タックル。ゆんゆん」
それを聞き、満足げに冷たい笑いを浮かべながら蜂女が言う。
「はい、よくできました。それじゃ……」
そう言うと蜂女は突然カメラに目を向け、こう続けた。
「……このシーンはここまで!」
その言葉と共に、スクリーンがまばゆい光に包まれた。
とても変なことが、タックルと蜂女の決戦のシーンの直後に起きた
……ような気がした。
「うるたーさいくろっ!」
記憶通りの、アリスちゃんの気合い入りまくのセリフに続き、タックルは
蜂女を撃退し、そのまま光になって消えていった……
……あれ? 別に変なところはない。以前見たとおりの展開だ。
……いやしかし、何かおかしかった。それ以外の何かをわたしは
……わたしたちは、見ていた……見せられていた……ような気がする……
そんな、どこか腑に落ちない違和感と、説明のつかない奇妙な高揚感を
抱えながら、わたしはその後の展開を追っていった。
少し後、わたしは今度こそはっきりと、あり得ない映像を目にした。
場面は瀕死の蜂女がネオ生命体に助けを求めるところだ。ネオ生命体は、
懇願する「母」たる蜂女に容赦なく襲いかかり、吸収しようとし始める。
「わが子」に裏切られた蜂女は下半身をネオ生命体に取り込まれながら、
悲痛な声で救いを求める。
……ここまでは記憶通りの展開だ。だが、その後が異様だった。
蜂女に絡みついたネオ生命体の緑色の粘液が、蜂女の……というより、
奈央さんの着ているモコモコの衣装を溶かし、その下の素肌が見る見る
露わになっていったのだ。
奈央さんの体は肌色のままで、多分このカットは、先ほどの改造シーン
よりも前に撮られたものだろう、とわたしは察した……
……あれ? そういえばわたしはさっきも、「本物の」蜂女に改造
された奈央さんがアリスちゃんの改造を指揮する、というあり得ない
シーンを見たはずだ。なぜ、今までそれを忘れていたんだろう??……
そんな奇妙な思いが不意に湧き上がり、混乱し、停止しかけている
わたしの脳に、強烈な映像が一方的に畳みかけられ、焼き付けられていった。
「……え? え? 何これ??……」
衣服をはぎ取られ、全身を粘液に覆われ始めている奈央さんは、
蜂女としての演技を忘れ、心底うろたえているようだった。しかし
間もなく、何かに気付いたかのように、表情が引き締まった。そして一瞬
「職業人」としての厳しい表情で、カメラに向けてアイコンタクトを送った。
それからわたしたち観客は、とてつもなくみだらな映像を見せつけ
られることになった。奈央さんが淫猥なしぐさで体をくねらせ、胸や
女性のあそこをまさぐり、聞いたこともないいやらしいあえぎ声を
上げ始めたのだ。
場内のあちこちで、ごくりと唾を飲む音や荒い息づかいが聞こえ始めた。
気のせいか、なにやら青臭い臭気も漂い始めた。
奈央さんにまとわりついた緑色のゼリーもまた、卑猥としか言いようの
ない動きでうねうねと奈央さんの体を這い回った。そのいやらしい物質は、
這い回りながら奈央さんの皮膚に浸透し、奈央さんの肉体をあの青い
なめし革のような蜂女の肉体へと急速に「改造」しているようだった。
やがてゼリーの一群が奈央さんの下腹部に集まり、一部が太い棒状に
変形し、あそこの部分に押し入った。残りの部分はヘアのある部分全体を
ぴったり覆い、「フタ」をするような形になった。やがて「フタ」の
中央部が、盛り上がっては沈み、盛り上がっては沈む、という動作を
急激に始めた。あの棒が内部で激しい前後運動をしているのだろう、
とわかった。
下腹部の運動が始まると、奈央さんの表情に再び動揺の色が浮かんだ。
「……なに……これ? ……信じられない……こんなの……知らない
……す……ご……い…………」
先ほどまでの幾分大げさな体のくねりとよがり声が止み、その代わり、
無言の荒い息、とろけそうなうっとりした顔、間欠的な痙攣が奈央さんを
支配した。肉体の「改造」が急激に進み、手足は白いグローブとブーツに
変化し、両の胸にはくっきりとした同心円模様が浮かび上がった。
そんな奈央さんの姿を見ていたわたしの心に、むくむくと抑えがたい
衝動が湧き上がり始めた。
――ウラヤマシイ……ワタシモ……アアナリタイ…………――
そんな想いを抱え、陶然とスクリーンに見入っているわたしを、両側に
座っている友人とその「仲間」がちらりと伺い、どういうわけかくすくすと
含み笑いをした。
やがて「絶頂」に達したらしき奈央さんは、甲高い嬌声をあげると
がっくりうなだれた。両足の間から干からびたゼリーの残骸がはがれ
落ち、その下から毛一筋ないあそこが現れ、乳房と連動してうねうねと
蠕動を始めた。
しばらくして、ゆっくり顔を上げた奈央さんの顔は、あの、
アリスちゃんの改造を指揮した、心の底から冷酷な「本物の」蜂女の
顔つきにすっかり変貌していた。
やがて蜂女の目がわたしたち観客の目を捉えたとき、あのときと同じく
スクリーンが真っ白になり、わたしは一瞬意識が途絶えた。
……記憶通り、哀れな蜂女はネオ生命体に吸収され、ドラスが誕生した。
たったそれだけのシーンのはずなのに、わたしの心は信じられないほど
激しく動揺していた。たしかに悲しい末路だが、ほんの数分のシーンに、
いったいどうしたんだろう……?
そんな疑問を抱えながら、わたしはスクリーンを見続けた。やがて、
ドラスを先頭に、スーパーショッカーの総攻撃が開始されてすぐ、
またもや異常な場面が始まった。わたしはすぐ、またも自分が記憶を
なくしていたことに、さらに言えば、記憶を消され、書き換えられていた
ことに、気付いた。
異常な場面は、ディケイドのレギュラーメンバーが一斉に変身する
シーンで生じた。男性陣が変身ポーズをとる中、夏海ちゃんもキバーラを
額の前に掲げた。そのとき、キバーラの姿がぐにゃりと歪み、もっと
有機的な、そして「コウモリ」というよりは「蜂」に似た姿に変貌し、
夏海ちゃんの額に勝手に貼り付いた。苦しそうに頭を押さえる夏海ちゃんの
衣服が、どういう力がかかったのか、爆発したようにすべてはじけ飛んだ。
そうして露わになったその素肌に、青を基調にしたステンドグラス状の
文様が広がっていった。乳房だけは例外的に、同心円状の文様だった。
夏海ちゃん……というよりはカンナちゃんに生じた異様な事態に、
他の3人は変身ポーズも忘れて唖然とする。一瞬後、慌てて駆け寄ろうと
する3人を、目にもとまらぬ速さで現れた4つの影が取り押さえる。
ユウスケを羽交い締めにしているのは蜂女。士を抱きしめるように
拘束しているのはタックル。そして海東くんを両側から押さえ込んで
いるのは「本物の」改造人間としか思えないイカデビルと黄金狼男らしき
怪人たちで、多分これは栄二郎さんと鳴滝さん……というより石橋さんと
奥田さんの変わり果てた姿なのだろう。ああ、海東くんを襲うのは
やっぱり男の人か、と、わたしは混乱した頭の中、妙に冷静に納得する。
変貌し続けるカンナちゃんの横で、怪人集団は男たちの衣服をはぎ取り、
股間に漏斗状の器具をあてがう。
「これ、改造ホールっていうの。うふふ」
タックルがぞっとするほど妖しい声でささやく。アリスちゃんの
初々しい雰囲気はもうどこにもない。
下腹部に漏斗を押しつけられた3人の男たちは地面に崩れ、苦しそうな、
しかし気持ちよさそうな顔をしながら、うっ、うっ、と声を発し、間欠的に
痙攣を始める。やがてひとしきり痙攣が終わると、3人の顔に最初期の
ショッカー戦闘員と同じ、赤と青の文様が浮かび上がる。局部の漏斗が
外されると、いぼのように縮小してしまった男性のアレが現れる。
異様な面相の、真っ裸の3人がおもむろに立ち上がり、無表情のまま、
直立不動で片手を上にかざす独特のポーズで声を発する。
「イーッ」
刻々と変貌する自分の肉体に当惑し、声を失っていたカンナちゃんは、
頼るべきナイトたちのみじめな末路を目にして、とうとう絶望の声を
発した。
「いやです! 戻して下さい!! 怪物なんていやです!!
いやですうぅ!!!」
カンナちゃんの皮膚は全身すっかりステンドグラス模様に覆いつくされ、
いまや肩、胸、腰にプロテクターが形成され始めていた。
鋭角的なプロテクターの形状は、本来の仮面ライダーキバーラのそれと
大差ないように思えた。異なるのは、プロテクターの下が、異様な文様に
彩られただけの素肌だというところだ。もともと露出部の多いデザイン
だけに、かなり刺激的だ。特に、胸の部分の装甲は乳房の下部分のみを
覆うだけに縮小しており、乳房の同心円模様を際立たせていた。
やがて頭部にもマスクのようなものが形成された。蜂に変容した
キバーラの姿に準じ、コウモリというよりは蜂を思わせる形で、額には
触角、口元はステンドグラス状の文様をまとった素肌のままだ。
頭部まで完全に「変身」してしまったカンナちゃんは、頭を抱えながら
絶叫した。
「ああっ! いやですぅ! 心まで怪物になるのはいやですぅぅ!!」
カンナちゃんのしゃべりが「なつみかん」モードのままなのは、
考えてみれば奇妙だ。カンナちゃんは、この期に及んで、これがまだ
映画の撮影の延長だとでも思っているのだろうか?
……いや、そうではないのだろう。自身の身に起きていることが現実に
他ならないということなど、わからないはずがない。だがそれでも彼女は、
これが映画であり、悪夢であり、撮影が終わればすべて元に戻るのだ、
という夢想にすがりたいのだろう。そんなことあるはずもないのに……
……そうなのだ。わたしも、他の観客もとっくに気付いている。これが
「ただの映画」であるはずがない。子供向け映画、いや、どんな種類の
映画にもあり得ない異常な展開が続き、しかもそのシーンが終わるたびに
記憶が消えてしまう映画など、ただの映画であるはずがない。そして……
……そして、そんな映画を見せられてしまったわたしたちも、
何事もなくこの劇場を出られるはずはない……
わたしは、いや多分劇場にいる誰もが、そんな恐ろしい予感に捉えられ
ながらも、席を立つことができなかった。いや、席を立つ気が起き
なかった、という方が正確だった。わたしも、多分他の観客も、
不思議な高揚感と期待に包まれ、異様な光景が畳みかけられるスクリーンに
魅入られてしまっていたのだ。
「いやあああっっ!! いやああぁぁぁぁっっっ!!!」
錯乱しきったカンナちゃんはひときわ高い絶叫をあげると、不意に
静かになった。そして、露出した口に鋭い牙を覗かせながら、ニッと
酷薄そうな笑みを浮かべた。マスクの目の部分は、渡が名護さんに襲い
かかったときと同じくステンドグラス模様に覆われており、もはや
カンナちゃんの中から理性や良心が消え失せてしまっていることを
暗示していた。
やがてカンナちゃんだったはずの怪人が、禍々しい雰囲気を漂わせながら、
士を刺したあの剣ではなく、蜂女そっくりのレイピアを観客の方に突き
つけたとき、またもスクリーンが白くなり、わたしたちは記憶を消された。
記憶を消された、といっても、いまやそれはごくごく表面上のものに
とどまっていた。わたしたちの深層意識はいつのまにか、正体不明の
どす黒い憧れと衝動ではち切れそうになっていた。「そのとき」が来るのを
誰もが心待ちにしていた。もちろん、Wの映画ではない。それはすでに
どうでもよくなっていた。正太郎、もとい翔太郎くんの半ズボン姿だけは
まだほんの少し見たい気持ちが残っていたが、DVDを買えば済むレベルだった。
物語はクライマックスに突入していた。蜂女操るスーパークライス要塞の
攻撃に、ライダーたちが1人、また1人惨殺されていく。そのたびに場内の
わたしたちは歓声を上げた。誰かが「スーパーショッカー万歳!」と
叫ぶと、場内がたちまちそれに共鳴した。
「スーパーショッカー万歳!」
「スーパーショッカー万歳!」
観客の声援に応えるように、スーパークライス要塞が、最後の
仮面ライダー、ディケイドの息の根を止めた。場内が歓声に包まれた。
ディケイドの無惨な死骸が、カメラのレンズを模した丸い窓に切り取られ、
やがてふっと暗くなった。そして、続いて現れた蜂女様の崇高なお顔の
アップが、わたしたちに素晴らしい命令を賜った。
「スーパーショッカーのもとへ、来るのだ! 来るのだ!」
蜂女様の呼びかけが繰り返される内、心に施されていた抑制がすべて
解除され、この映画館で施されたあらゆる心理操作が一挙に押し寄せた。
心の形が変わっていくのがわかった。ここに来る以前のすべての人生の
記憶が、おぼろげな夢のように輪郭を失っていった。その代わりに、
崇高な使命が固く刻みつけられた――自分は、人類は、改造されねば
ならない! そして改造人間が世界を支配せねばならない!!
画面は唐突に非常出口の案内図のようなものに変わった。よく見ると
矢印の行き先は非常口ではなく、地下にあるトイレへの道筋を示しており、
画面の上には「あわてず順序よくお並び下さい」の文字が浮かんでいた。
やはり突然、友人とその「仲間」が立ち上がり、蜂女に「変身」した。
ああ、彼女たちはもうとっくに改造手術を受けていたのだ! 偉大なる
スーパーショッカーの一員だったのだ!!
3人とも、人間の顔にショッカー蜂女の肉体、額には触角という、とても
麗しい姿だった。無駄な毛の一切ないその皮膚に、わたしは強い憧れを覚えた。
蜂女たちは感動にうち震えるわたしの肩をぽんと叩くと、トイレへ
殺到する観客を誘導するために散っていった。
わたしもまたいそいそと、トイレに続く列に向かった。トイレの奥には
改造手術室が設置されているのだ。さっきの案内図にそう書いてあった。
列に入ったわたしは、他の人たちにならい、衣服をすべて脱ぎ捨て、
全裸になった。
男女に分かれ、階段からトイレへと続く行列は壮観だった。女も男も、
子供も大人も、一様に妖しい期待に目を潤ませ、頬を火照らせていた。
男は男性自身を高々とそそり立たせ、女は乳首を硬くし、恥毛を大量の
愛液でぺったり肌に貼り付かせていた。わたしのあそこもすでにべとべと
だった。待ち遠しかった。ひたすらに待ち遠しかった。
ようやくわたしの順番が来た。女子トイレの奥には扉があり、その
向こうが手術室だ。わたしは設置されていた円形の手術台に横になった。
やがて青いTシャツの女性が変身した蜂女が近づいてきた。蜂女は
男性器に似た器具を見せながら言った。
「あなたもわたしたちと同じ蜂女に改造してあげる。スーパーショッカー
は一部の二次創作の世界への進出にも成功した。これは『改造ノズル』
といって、メルダンフェルという組織が開発した装置。これをあそこに
挿入し、ナノマシンを注入することで女性を蜂女に改造できるの」
蜂女の言葉は魅惑的だった。そんな風にしてくれるなんて! 早く!
早く改造して欲しい!!
期待通り、すぐに改造ノズルがあそこに挿し入れられた。強烈な快感が
体を貫き、肉体を改造する液体が大量に放出された。わたしの心に
どす黒い衝動が染み入り、皮膚の色は青く、乳房には同心円模様が浮かび
始めた。わたしはそのすべてを崇高な使命感と共に受け入れ、歓喜に
うち震え、身をよじりながらながら声を発した。
「ああああっ!! 蜂女になっていくよ!!! いいいいいいいいいい
いいいいいいいっ!!!!」
陶酔のさなか、不意に、がらくた置き場と化していた過去の記憶の
中から、どうでもいい断片が浮かび上がってきた。
――そういえば、新年会はやっぱりやるんだろうか。やるんだったら、
串キャベツとホッピーもいいけど、オヤジくさいメニューといえば、
やっぱりあれしかないだろう。
そう! 烏賊でビール!! スーパーショッカー万歳!!!――
<了>