「お帰りなさい、五郎(ごろう)さん」
半年振りの恋人の帰国に、思わず駆け寄って抱きついてしまう亜矢子(あやこ)。
一段とたくましくなった胸が、亜矢子をがっちりと受け止めてくれる。
力任せにバイクを振り回しながらも繊細な技術で制御する腕は、女性を扱うときにも優しさを発揮する。
「ただいま。寂しくさせていてごめんな」
にこっと微笑んだ笑顔がまぶしい。
本場で腕を磨いてくると言って出かけた半年前に見た笑顔のままだ。
亜矢子は五郎の腕に抱かれ、しばらくぶりに幸せな気分を味わっていた。
「それじゃ家まで送るわね。ちゃんと掃除してあるから大丈夫よ」
彼の荷物を車のトランクに入れる亜矢子。
今日は父親の車を借りてきているのだ。
「ああ、いや、ちょっと寄りたい所があるから俺が運転するよ」
「そうなの? じゃお任せするわ。はい、車の鍵」
亜矢子は車のエンジンキーを渡す。
五郎はそれを受け取ると、亜矢子を助手席に乗せて車を発進させた。
カランカランと入り口の鐘が鳴る。
ここは一軒のスナック。
入り口の看板には「アミーゴ」と書いてある。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうで新聞を読んでいた中年男性が顔を上げた。
口にはパイプをくわえ、なかなか男前の顔立ちだ。
きっと若いころにはもてたのではないだろうか。
「は、早瀬(はやせ)、早瀬君じゃないのか?」
「久しぶりです。立花さん」
五郎が人懐こい笑みを浮かべる。
この笑顔こそ、亜矢子のハートを射止めたのだといってもいい。
「驚いたなぁ。いつ帰ってきたんだ? すぐに本郷にも知らせよう」
カウンターから飛び出すように五郎に近づく立花と呼ばれた男性。
彼こそ、五郎やその親友の本郷猛のモトクロスレースのトレーナー、立花藤兵衛だ。
「ついさっき日本についたばかりでして。そういえば立花さんに紹介したことありましたっけ? こちら勢野(せの)亜矢子。まあ、俺の彼女みたいなものです」
背後に控えている亜矢子を紹介する五郎。
「はじめまして。勢野亜矢子です。いつも早瀬がお世話になっております」
亜矢子がぺこりと頭を下げる。
「あ、いやいや、こちらこそ。立花藤兵衛です。いやぁ、こんな可愛い彼女が早瀬にいたなんて」
なぜかパイプを手に頭をかく藤兵衛。
「本郷は元気ですか? 来週にはレースがあるんでしょ。俺も参加しますよ」
「あ、ああ、元気だ。あいつも君が帰ってきたとなればびっくりするぞ。すぐに知らせるから待ってなさい」
一瞬歯切れが悪くなる藤兵衛。
だが、すぐにカウンターの電話で本郷に連絡を取ろうとする。
「ああ、待って、立花さん」
何を思ったのか、五郎はそれを止めてしまう。
「あいつをびっくりさせたいんですよ。今日はこのまま帰ります。今度あいつのいるときに連絡ください。すぐに来ますから」
「なるほど。わかった。本郷がきたら君に連絡するよ。うんうん。あいつめ、びっくりするぞ」
五郎と藤兵衛が二人でいたずらっぽく笑うのを見て、亜矢子は彼らが本当に仲のいい友人たちであることにほほえましさを感じるのだった。
******
「本郷、本場で仕込んできた腕を見せてやる。驚くなよ」
「何を。こちらだってただ日々を過ごしてきたわけじゃないんだ。負けないぞ」
バイクにまたがったまま腕と腕を合わせる二人。
観客席からもその様子はうかがえる。
亜矢子は藤兵衛と緑川(みどりかわ)ルリ子という女性とともに恋人のレースを見に来ていたのだ。
先日のアミーゴでの一件は亜矢子にとっても忘れられないものとなった。
一見インテリの好青年である本郷猛と、どちらかというと荒々しさを持つ五郎とは水と油のような感じもするのだが、彼らは本当にお互いを真の親友として認め合っているのがまざまざと伝わってきたのだ。
アミーゴの入り口をくぐった五郎の姿を見た瞬間の本郷の驚いた顔。
あれは一生忘れられないものとなりそうだと、亜矢子は今でも思い出すたびに笑みがこぼれてくる。
まさにしてやったりの五郎と藤兵衛だったのだ。
レースが始まった。
終始リードする本郷のバイク。
さすがに運転テクニックのよさは伊達ではない。
だがそれにピッタリと五郎のバイクも追尾していく。
こちらも負けてはいないのだ。
数周でレースはこの二人の争いに絞られる。
ほかのレーサーは追いついていくことができないのだ。
観客たちの喚声もひときわ大きくなる。
最後の周回でついに五郎が本郷を追い抜いたのだ。
あとゴールまではわずかの距離。
ここから抜き返すのは至難の業。
おそらく五郎は会心の笑みを浮かべたはず。
亜矢子も五郎のゴールを今か今かと待ち構えた。
突如炸裂する爆発音。
レース場から火柱が上がる。
観客は何が起こったのかわからない。
ただ言えることは、先頭を走っていた早瀬五郎のバイクが爆発したということ。
やがて観客の悲鳴が上がる。
後ろについていた本郷が爆発した五郎のバイクに駆け寄っていく。
ほかのレーサーもバイクを放り出して駆け寄っていく。
「早瀬! 早瀬! しっかりしろ! 早瀬ぇーー!」
本郷の叫び声がレース場に響いたとき、亜矢子は意識を失った。
******
「亜矢子さん・・・」
打ち沈んだ表情の亜矢子に声をかける本郷。
涙に濡れた瞳が本郷を見上げてくる。
「気を落とさないで。ボクでよければいつでも力になるから・・・」
「・・・ありがとうございます本郷さん。私は大丈夫です・・・」
黒い喪服姿の亜矢子はそう言って目を伏せた。
「まさか早瀬君があんなことになるとはなぁ・・・ワシが彼のバイクも整備してやっていたら・・・」
焼香を済ませた藤兵衛も肩を落としていた。
早瀬五郎の事故死はバイクの整備不良が原因らしいということだったのだ。
だが、そんなはずはない。
彼に限って整備不良などありえない。
亜矢子はそう思う。
「亜矢子さん・・・」
悲しみにくれる亜矢子を心配する本郷。
「猛さん、今は一人にしておいてあげましょう」
そう言ってルリ子がそっと本郷のそでを引く。
「うん、そうだね。そうしよう」
ルリ子の言うとおりだと思った本郷は、亜矢子を心配しつつも葬儀場を後にする。
二人で去っていく姿に、亜矢子は胸が痛んだ。
五郎さん・・・
どうしてあなたは死んでしまったの?
亜矢子は涙が止まらなかった。
******
「勢野亜矢子さんですね?」
一人の女性が亜矢子の元を訪れた。
「あなたは?」
五郎の死後、何も手が付かずに三日ほど職を休んでいた亜矢子は、突然の訪問者に驚いた。
「失礼いたしました。私、こういうものです」
サングラスをかけ、スーツを素敵に着こなした細身の女性は、ハンドバッグから名刺を取り出す。
「ショッカー出版の黒井(くろい)さん? 出版社の方が何か?」
亜矢子は不思議に思う。
出版社が一体何の用なのだろう。
「はい、私たちはモトクロス関係の雑誌を出版しているのですが、実はあの件につきましてお話したいことが」
「あの件?」
「早瀬五郎さんの死が仕組まれたものであるということですわ」
「えっ? 仕組まれた?」
亜矢子は驚いた。
彼の死が仕組まれたものだなんて、一体どういうことなのか?
「ここでは落ち着いてお話ができませんわ。ちょっと近くまでご一緒していただけませんか?」
「わ、わかりました。すぐに支度してきます」
数分後、亜矢子は黒井という女性のあとについて家をでた。
「それで・・・どういうことなんですか? 彼の死が仕組まれていたと?」
喫茶店で向かい合わせに座る二人。
亜矢子は一刻も早く黒井の話が聞きたかった。
「亜矢子さん、あなたはおかしいとは思いませんでしたか?」
「おかしい?」
「そうです。早瀬五郎のバイクは何の問題もなく走っていた。異音も煙を吹くこともなく」
確かに彼女の言うとおりだ。
彼のバイクは快調そのものだったといっていい。
「それがゴール直前、しかも本郷猛のバイクを抜いたとたんに爆発した。どう考えてもおかしいとは思いませんか?」
ハッと亜矢子は息を飲む。
確かにそうだ。
本郷猛のバイクを抜いたとたん、しかも本郷には勝ち目がなくなったと思われるときにあの爆発は起こったのだ。
「黒井さん・・・それはまさか・・・」
「そうです。あの爆発は本郷猛が仕組んだものなのです」
ゆっくりとうなずく黒井。
長い黒髪がさらりと揺れる。
「そんな・・・あの本郷さんが? 五郎さんが親友だと認めていた本郷さんがそんなことを?」
「本郷猛は目的のためには手段を選ばない男なのです。出版界でも彼に関しては黒い噂が流れています。ライバルを買収したりは平気で行なう男のようです」
「そんな・・・」
「おそらくあなたの彼、早瀬五郎さんは買収などには応じなかったのでしょう。実力をつけて戻ってきた彼は本郷にとっては親友どころか邪魔者。勝てれば殺さなかったのかもしれませんが、負けそうになったので殺した。おそらくそういうことでしょう」
「そ、そんな・・・ひどい。五郎さんがあんまりだわ」
亜矢子は白くなるほどこぶしを握り締める。
あの本郷猛が五郎さんを殺したなんて・・・
「でも、それならすぐに警察に・・・」
「無駄です」
亜矢子の言葉をさえぎる黒井。
「あの男は証拠を残しません。警察では対処不可能でしょう」
「そんな・・・では・・・では五郎さんの無念を晴らすことはできないの?」
亜矢子が肩を落とす。
彼が殺されたというのに、犯人を捕まえることもできないの?
「ふふふふ・・・手段がないわけではありませんわ」
黒井が笑みを浮かべる。
その笑みは妖艶だったが、冷たいものだった。
******
カランカランと入り口の鐘が鳴る。
「いらっしゃい」
いつものように藤兵衛はパイプをくわえたまま顔を上げた。
「亜矢子さん・・・」
入ってきた女性が亜矢子であることに驚く藤兵衛。
だが、訪ねてきてくれたことにうれしくなり、すぐにカウンターから出迎えた。
「亜矢子さん」
「亜矢子さん」
カウンターには本郷猛と緑川ルリ子もおり、二人とも亜矢子の訪問を笑顔で迎えてくれる。
早瀬五郎の死は本郷にとってもつらいことのはずだったが、亜矢子の気持ちを考えると落ち込んでばかりもいられない。
本郷は務めて明るく振舞おうと考えていた。
だが、その明るさが亜矢子には気にかかる。
早瀬五郎が死んだことにより、ライバルが減ったことからの笑顔に違いないと思えてしまうのだ。
この「アミーゴ」に来るまではもやもやしていた気持ちが、本郷の顔を見たとたんに憎しみに変わるのを亜矢子は感じていた。
亜矢子はポケットの中のカプセルを手に忍ばせる。
黒井から受け取ったカプセルは猛毒が入っているという。
これで彼の仇を討つのだ。
憎い本郷猛を殺すのだ。
亜矢子は軽く一礼をして、彼らのそばへ行きチャンスをうかがった。
「亜矢子さん・・・」
不意に本郷の表情がかげる。
「亜矢子さんすまない。早瀬は・・・もしかしたら早瀬はボクの代わりに死んだかもしれないんだ」
本郷のコーヒーにカプセルを入れるチャンスをうかがっていた亜矢子の体がぴくりと震える。
「えっ? それはどういう・・・?」
「実は・・・ボクはある組織と戦っているんだ。それは世にも恐ろしい組織でね。人を殺すことなどなんとも思っていない組織なんだ」
本郷の言葉は突拍子もないものだった。
だが、それを聞いている藤兵衛もルリ子も真剣な表情をしている。
おそらくこれは本当のことなのだと亜矢子も感じた。
「その組織はショッカーというんだが、奴らはボクを狙おうとして、間違って早瀬を殺してしまったのかもしれないんだ。だから、早瀬が死んだのはボクのせいかもしれないんだ」
「猛さん・・」
「猛・・・そうと決まったわけじゃないぞ」
藤兵衛とルリ子が本郷をなだめるが、亜矢子にはその声は聞こえなかった。
ショッカー?
今本郷さんはショッカーって言ったの?
もしかしてショッカー出版のこと?
それに私は何をしようとしていたの?
いくら五郎さんのことがあったからって、人に毒を飲ませようとするなんて・・・
私は一体何をしようとしていたの?
亜矢子は自分が何をしようとしていたのかに気が付き愕然とする。
「亜矢子さん?」
「亜矢子さん、どうしたの?」
「亜矢子さん?」
真っ青になりがくがくと震える亜矢子の様子に気が付いた三人が、口々に亜矢子の名を呼んだ。
「あ、ああ・・・わ、私・・・ご、ごめんなさい」
いきなり立ち上がり、バッグを手にして店の外へ駆け出していく亜矢子。
「な、何だ? いったい・・・」
藤兵衛が入り口まで行って亜矢子の姿を追うが、亜矢子は後ろも見ずに走り去ってしまう。
「何かあったのかしら・・・」
ルリ子も首を傾げるが、思い当たることは何もない。
「あら?」
ふと見ると、亜矢子の座った場所の下に白いカプセルが落ちていた。
「何かしら・・・これ?」
「ルリ子さん、ちょっと貸して」
カプセルをひったくるように受け取る本郷。
「猛、それは?」
「おやっさん・・・これはもしかしたら・・・」
本郷は分析のためにカプセルをポケットにしまいこんだ。
******
「黒井さん! あなたはいったい私に何をしたの? 私はもう少しで本郷さんに毒を・・・」
ショッカー出版の事務所というところに駆け込んだ亜矢子。
黒いサングラスをかけたスーツ姿の女性がすぐに亜矢子のそばに来る。
「うふふふ・・・残念だったわ。やはり簡易催眠ではうまく行かなかったようね」
「簡易催眠ですって?」
「ええ、あなたに本郷猛への憎しみを植え付け、奴を殺させるつもりだったのだけど失敗だったわ」
「な、なんてことを・・・」
亜矢子はくるりときびすを返す。
「あら、どちらへ?」
「警察です。あなたのやったことを警察に訴えます」
そう言って事務所を出ようとする亜矢子。
だが、次の瞬間、亜矢子は首筋に痛みを感じ、意識が遠くなるのを止めることはできなかった。
******
「はっ、こ、ここは?」
ひんやりとした空気が亜矢子を包んでいる。
暗い部屋の中で亜矢子は目を覚ました。
「私はいったい・・・えっ?」
亜矢子は身を起こそうとして、初めて自分の両手両脚が動かせないことに気が付く。
顔をあげてよく見ると、彼女は何かの台のようなものに両手両脚を広げて寝かされており、手足には枷が嵌められていることがわかった。
「ど、どういうこと? これはいったい?」
しかも彼女は一糸まとわぬ状態であり、生まれたままの姿で横たわっているのだ。
これはとても恥ずかしかったが、手足が動かせない以上どうすることもできなかった。
『目が覚めたようだな。勢野亜矢子』
突然室内に声が響く。
ふと見上げると、巨大なワシのレリーフが壁にかけられており、その腹の部分のランプが明滅することで声が響いてくるらしい。
『ここは全世界を支配するショッカーのアジト。これよりお前はショッカーの誇る改造手術を受け、改造人間へと生まれ変わるのだ』
「ショッカー? 本郷さんの言ってたのは本当だったのね?」
亜矢子は唇を噛み締める。
『その通り。ついでに教えてやろう。早瀬五郎を殺したのはわれわれだ』
「ああ・・・なんてこと・・・どうしてなの?」
『早瀬五郎は本郷猛の親友だ。おそらく本郷猛に協力し、我がショッカーのことをかぎまわるに違いない。そのような人間には死んでもらうに限る』
「ひどい! ひどすぎるわ。五郎さんを・・・五郎さんを返して!」
必死にもがいて手足を自由にしようとする亜矢子。
だが、枷ががっちりとはまっていて、どうにもはずれそうにない。
『お前には再度本郷猛の暗殺をしてもらう。人食いサソリの改造人間となり、その毒で本郷猛を殺すのだ』
「いや、いやです。そんなのはいやぁっ!」
首を振り泣き喚く亜矢子。
サソリの改造人間だなんて死んでもなりたくはない。
『改造を始めろ』
「いやぁっ!」
レリーフの声に従い、いつの間にか現れた白衣の男たちが亜矢子を取り囲む。
そして亜矢子は麻酔をかがせられ、再び意識が遠のいていった。
wktk、支援
ショッカーの改造手術は基本的には遺伝子変化による動植物との融合と各種薬剤による組織や骨格の強化、それに付随しての機械埋め込みというものである。
つまり、あくまでも生命体としての融合強化が主であり、機械埋め込みはあくまでも補助強化に過ぎない。
用意された人食いサソリがドロドロにとかされ、その液体が亜矢子の腕に流し込まれる。
そして肉体の変異を進行させるためのさまざまな色彩の光線が浴びせられ、亜矢子の肉体に変容を強いるのだ。
やがて亜矢子の体細胞は人間であることをやめ、人食いサソリと人間の融合したものへと変化する。
白く滑らかな肌は茶色へと変色し、固い外骨格が覆っていく。
すらりとした細い脚も茶色い外骨格に覆われ、かかとが尖ってハイヒールのような形に変形する。
右手は肩口から節くれだっていき、人差し指から小指までが癒着して親指と向かい合いハサミのような形になっていく。
左手は外骨格に指先まで覆われ、鋭い爪が伸びてくる。
最後に美しかった頭部にも変化は及び、髪の毛が抜け落ちた頭頂部にはまるでポニーテールのようにサソリの尾が垂れ下がる。
勢野亜矢子はサソリの改造人間へと変化してしまったのだった。
次に行なわれるのが補助機関の埋め込みと脳改造である。
強化された肉体をさらに強化する補助機関を、科学者たちは亜矢子の体に埋め込んでいく。
機械心肺や補助脳などが埋め込まれ、完全なるショッカーの改造人間へと生まれ変わるのだ。
そして亜矢子の頭に付けられた電極がパルスを生じ、埋め込まれた洗脳チップと連動する。
人間のときに培われた社会的規範や忌避感を排除し、快楽的破壊衝動やショッカーへの盲目的信頼感などを植えつけるのだ。
亜矢子は夢を見ていた。
早瀬五郎との楽しい時間を過ごしている夢だ。
だが、じょじょに早瀬五郎の姿がかすんでいく。
亜矢子は必死になって彼の姿を思い出そうとするものの、頭の中に靄がかかったようで思い浮かべることができなくなっていくのだ。
愛する五郎の顔。
それはじょじょに先ほど見たワシのレリーフへとすりかわっていく。
愛しいという思いも、全てを捧げて従いたいという気持ちにすりかえられていく。
やがて亜矢子の脳は五郎を愛することをやめ、ショッカーの首領に対する忠誠心を中心に据えるようになってしまうのだった。
******
手足の枷がはずされる。
ゆっくりと起き上がる亜矢子。
だが、そこにいたのはすでに亜矢子ではなかった。
茶褐色の体をして、右手には大きなハサミを持ち、左手には鋭い爪が輝いている。
頭部のサソリの尾からは、強力な毒液がしたたっている。
それでいて女性の柔らかさを兼ね備えたサソリと人間の融合体だった。
『気分はどうだ、サソリ女よ?』
ワシのレリーフのランプが明滅し、重々しい声が響く。
「はい。とてもいい気分ですわ。私はショッカーの改造人間サソリ女。このサソリの猛毒できっと本郷猛を始末してご覧に入れますわ。オホホホホ」
左手の甲を口元に当て高笑いするサソリ女。
その目は本郷猛抹殺に輝いていた。
END