出かけるので途中まで
佐藤は最初が肝心、と自分に気合を入れた。一人前になるように俺が育てないと。
何せ俺の出世もかかっているしな・・・。
女、俺はネオショッカーの佐藤だ。お前の名前はS-107号だ、よく覚えておけ。
お前は行き倒れていたところをネオショッカーが救ってやったのだ。お前はネオ
ショッカーに恩を返さないといけない。犬でも三日飼えば恩義を忘れないという
からな。猫は判らんが。
わたし、猫じゃありません。犬の方が好きです。あはは、何言っているんだか。
そうですか、私、倒れていたんですか。それはどうも。助けて頂いてありがとうございます。
このご恩を返すために一生懸命仕えさせて頂きます・・・・と、何をすればいいんですか?
ここはお前の控え室だ。そのうち仲間が増えれば相部屋になるが、当面は一人で
使ってよろしい。やってもらうことは、まずは我が組織になれることだ。他所で
どうやっているかは知らんが、ここでの訓練は各自の自主性を重視している。
怠けるのは勝手だが、使い物にならないと判断されたら処分される。まずは基礎的な
事項をその睡眠学習装置でマスターしてもらおう。就寝する時はこのヘルメットを
被って寝るように。装置は自動的に動作するので、寝たままで楽々学習できるという
訳だ。それまではそこの女性雑誌でも見てゆっくりしていろ。
その雑誌は佐藤が街まで出かけて買い求めたものだ。刺激的な記事に対しては
ナノマシンが欲求を抑制するように働くので、過激な雑誌でも問題ないだろう。
もっとも、これぐらいの刺激で狂うようなら、欠陥品として処分するしか無い訳だが。
あ、それと食事は決められた分量を決められただけ取ることだ。今日は最初だから
大目に見たが、他人の分を食ってはいけない。健康管理も大事な仕事だ。身体を動かし
たいなら、トレーニング用のジムもある。ジムに行きたいと思うとその場所は脳内に
浮かぶようになっているからな。バス・トイレも同様だ。
下手にマップを作ると流出して悪用されたり、レイアウトを変更する時のメンテが
大変だ、ということで、ここではナノマシンによる誘導装置を使うことになっている。
万が一、敵が入り込んでも迷路のような通路に迷って、そのうち仕掛けられた警報
装置に引っかかるという訳だ。博士とこの装置を設計した時は実用まで散々苦労したが
さすがネオショッカーの科学力は世界一、いや、全宇宙いちぃ一ーーーーーーー!!
おお、取り乱してしまったな。ここで君が目指すのは、まずは戦闘員としての基礎的
素養を身につけることだ。その後は色々な検査をして君の能力を生かす道を用意して
やる。俺を信じろ。
ナノマシンにS-107号の脳裏に佐藤の言葉がこだまする。俺を信じろ、信じろぉぉぉ。
ナノマシンというハードをベースにした絶対的信頼の植え付けはコストがかかるもの
の、薬物による快楽落ちよりは手間がかからない。皮膚に一体化しているからコント
ロールされていると見破られる可能性も低い。理性や思考力を保った上で高度な任務を
こなすようにできればな、と佐藤は思った。にこやかに会話をかわしながらも、佐藤の
冷徹な観察眼は、この女、性格は素直で律儀そうだが、狡猾さ、非情さが足りないな、
その辺は思考コントロールする必要があると観た。それが行き過ぎて後で後悔する
ことになるとは今の佐藤には判るはずもなかったが
こうして幸子だった者、S-107号の訓練が始まった。律儀さから女は一生懸命に訓練に
励んだ。マン・ツー・マン、この場合、マン・ツー・ウーマンだったが女の技量は
格段にアップした。佐藤は概ねこの成果に満足したが、ただ一点、その素直な性格の
処理という問題が残っていた。射撃訓練の的の鳩を撃つのを躊躇う優しさをどうするか。
もちろんナノマシンによる支配を強化してロボット化してしまえばいいのだが、そう
なると従来の育成方法と変わらないし、何より自主的な判断力が損なわれてしまう。
いかに自然な形で狡猾で非情な性格に誘導するか。佐藤は旧タイプ育成のプロだが
新プロジェクトの内容には何も役にたたない上司の力量を見切っていたので、基地の
データベースやインターネッツで情報を求めて思案することになる。
こうなると新規隊員の勧誘業務にも時間が避けなくなり、自殺志願者を集めるのも
開店休業になってしまった。新規勧誘はS-107号の育成が終了してから再開します、
今は育成記録、マニュアルなどの整備も同時に行ってますので、S-107号への新教育
方法完了の暁にはノウハウの蓄積もバッチリ、この基地は新機軸のマスター基地と
しての地位を確立できます、と上司にプレゼンする佐藤。年老いたとして第一線から
隊員要請業務という、本人にとっては二流に回されたS博士にとっても、自分の存在
価値を組織にアピールする成果は喉から手が出るほど欲しかった。今までと同じこと
をやっても評価されない。何か目立つことを!。そういうS博士にとって、佐藤が持ち
かけてきた新育成プロジェクトは渡りに船だった。佐藤は上司がどんな内容を本部に
吹聴して予算を獲得したか、また戦闘員末端隅々まで常時監視していると言われる
全能の首領さまの考えは判らなかったが、任務遂行に必要な資金・物資は要求する
ままに支給されたので、本部も従来のやり方への限界は感じていたんだな、とは判ったが
それだけに失敗した時の制裁も重大なものになると予想でき、上司ともども成果は
欲しかった。焦れば負けよ、と自戒しつつ、女の教育方法に思いを巡らす佐藤だった。