「えっ? 今なんて?」
真恵(まさえ)は思わず聞き返す。
血液の病気?
そんなことが・・・
「先ほども言いましたとおり、由美ちゃんは血液の病気にかかっておられます。この病気は非常に特殊で、常に輸血をしていかなくてはなりません。そうしないと血球が破壊され死んでしまいます」
「そんな・・・」
医師の説明を聞き愕然とする真恵。
信じられない・・・
いや、信じたくない。
由美はまだ小学生なのよ。
あの娘にはすばらしい未来があるはずなのよ!
それが・・・それなのに・・・
「ああああああああああああ・・・」
両手で顔をおおい号泣してしまう真恵。
どうしてこんなことになってしまったのだろう・・・
真恵は己の身の不幸を嘆かずにはいられなかった。
任川(いむかわ)真恵は先月35歳の誕生日を迎えた会社員。
夫孝一(こういち)は昨年暴走車にはねられるという交通事故で他界。
それ以後は小学校四年生になった娘の由美と二人暮しだ。
夫をはねた暴走車はまだ捕まっていない。
噂では黒尽くめの男たちが乗っており、バイクに乗った変な格好の男と競争のようなことをしていたという。
最近になってようやく生活も落ち着いてきたというのに、先日学校からの連絡で由美が倒れたと聞き、駆けつけたときには緊急入院となっていた。
そして今日、医師から由美の病気がすごく特殊なものであり、現代の医学では対処療法しかないことを知らされたのだ。
体内の血液が原因不明の病気で壊れていく。
なので定期的に輸血をしていかなくては生きられないのだ。
おそらくその費用は莫大なものになるだろう。
主任に昇進したとはいえ、真恵の収入で由美を助けてやれるのだろうか。
それよりもなぜ、こんなことになってしまったのだろうか。
由美が生きるためには血が必要・・・
真恵は必死に働き、夜にはコンビニのアルバイトまで掛け持ちして金を稼いだ。
そしてできる限り由美の入院する病院へ足を運び、娘のそばに付き添った。
だが、そんな生活が長く続けられるはずはない。
夫の実家も真恵の実家も援助できることは限られている。
真恵は次第に追い詰められていき、仕事でもミスが多くなってノイローゼ気味になっていった。
「血・・・血が必要・・・」
うわごとのようにそうつぶやきながら仕事をする真恵に、周囲の人たちも寄り付かなくなっていき、真恵はどんどん孤独になっていく。
真恵と由美とは血液型が合わなかった。
夫と同じA型の由美には真恵のB型の血液は輸血できない。
せめて血液型が同じであれば・・・
真恵はそのことを呪ったがどうしようもない。
疲労と精神的圧迫で意識が朦朧となることもしばしば起き、気がつくと夢遊病のように夜の街を歩いているなどということもあった。
血・・・
血さえあれば由美は助かる・・・
血・・・
血が欲しい・・・
血さえ手に入れば・・・
血さえ・・・
真恵の思考はじょじょに常軌を逸してくる。
血があれば由美は助かるという短絡的思考になるのだ。
ある日、真恵はついに看護師の目を盗んで注射器を手に入れてしまう。
歪んだ笑みを漏らした真恵は、この注射器で血を集めれば由美が助かると思い込むようになっていた。
「お願いです血をください・・・A型の血を少しでいいんです」
注射器をもってふらふらと夜の街をうろつく真恵。
当然のように誰もが関わりあいになるのを恐れてよけて行く。
誰もが自分を避け、血を分けてくれないことに真恵はいらつき、ついには一人で歩いていた女性の後ろから襲い掛かってしまう。
悲鳴を上げる女性の腕に注射器を突き立てようとしたとき、真恵はハッとなって青ざめた。
誰かが通報したのか、やがて警官たちがやってくる。
悲鳴を上げ続ける女性と警官たちの姿に真恵は必死にその場を逃げ出した。
履いていたパンプスもどこかで脱げてしまったのか、ストッキングもぼろぼろになった裸足でふらふらと夜の公園にたどり着く。
そして持っていた注射器を投げ捨て、芝生に倒れ付して泣き出した。
「うあぁぁぁ・・・ごめんなさい由美。ママはあなたに血を取ってくることもできなかった・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい」
真恵はこぶしで地面を叩きつける。
悔しい悔しい悔しい。
どうして私がこんな目にあわなくてはならないのだろう。
どうして由美が苦しまなくてはならないのだろう。
助けて欲しい。
誰でもいいから私たちを助けて・・・
「ムハハハハハ」
突然人気のなかった公園に笑い声が響く。
「えっ?」
驚いて体を起こす真恵。
すると、いつの間にか公園の暗がりから異形の男たちが姿を現した。
「ひっ!」
思わず息を飲む真恵。
それはそうだろう。
男たちはどう見ても普通の姿ではなかったのだ。
中央に立つ男は、巨大な三角形の頭部をしており、額からは二本の触角のようなものが伸びている。
銀色の蛇腹のような皮膚を持ち、背中には黒いマントを羽織って右手にはムチ、そして左手は頑丈そうな鉄の爪になっていた。
彼の左右に立つ男たちも異質だった。
全身を黒いぴったりした衣装に身を包み、頭にはすっぽりとマスクをかぶって、そこから目鼻口を出している。
その全身を覆う衣装の胸にはあばら骨のような模様が白く染められ、マスクの額にはワシのマークが飾られていた。
全身黒尽くめの男たち・・・
真恵は夫を轢き殺したのは彼らかもしれないと思う。
だが、あまりの異様さに真恵は声がでなかった。
「ムハハハハ。女、注射器で人を襲おうとするとはなかなかな奴。気に入ったぞ」
中央の異形の男が笑っている。
尊大さを絵に描いたような男だ。
相手を支配し、相手に服従されることになれているのだろう。
「ワシはショッカーの大幹部地獄大使。女、それほどまでに娘を助けたいか?」
真恵は思わずうなずく。
由美を助けてくれるのならば誰でもいい。
悪魔に魂を売ってもかまわないのだ。
「由美を・・・由美を助けてくれるの?」
「ムハハハハ、来るがいい。お前ならばショッカーの改造人間にふさわしかろう。ショッカーのために働けば、娘の命は助けてやる」
真恵の顔がパアッと明るくなる。
普通ならばこのような申し出を受けることなどありえないはずだったが、藁をも掴みたい思いの真恵には、まさに天からの救世主の申し出に等しかったのだった。
「はい、行きます。娘を助けてください。お願いします」
「いいだろう。さあ来るのだ」
地獄大使が手招きをする。
真恵はふらふらと立ち上がると、そちらに向かって歩いていった。
やがて白い霧があたりを覆い、霧が晴れたあとには誰もそこにはいなかった。
******
吹き抜けとなっている二階建ての奇妙な部屋。
その二階の壁には大きな鷲の姿のレリーフがかけられている。
赤と黒で彩られたこの奇妙な部屋には、先ほどの異形の男のほか数名の黒尽くめの男たちが立っていた。
「こ、ここは?」
真恵はなんとなく薄気味悪さを感じる。
異形の男たちといい黒尽くめの男たちといい、不気味この上ないのだ。
「ここは世界を支配する我がショッカーのアジトの一つ」
「ショッカー?」
地獄大使と名乗った異形の男の言葉を思わず聞き返す。
いったいショッカーとはなんなのだろう・・・
真恵は不安を感じたものの、今さら引き返すことなどできはしない。
「我らショッカーこそ世界を支配するにふさわしい組織。お前はその尖兵となって働くのだ」
「私がショッカーの一員になれば、由美を助けてくれるんですね?」
「この地獄大使が約束しよう」
その言葉にうなずく真恵。
由美さえ助かればいい。
あとのことは何も考えたくない。
真恵はただ由美が助かるという言葉だけにすがっていた。
「イーッ! 地獄大使、シラキュラスの改造準備が整いました」
黒尽くめの男たちと同じマスクをかぶってはいるが、白衣を着てマスクの色も白い男が地獄大使に報告する。
白衣を着て、まるで医者か何かのようだわ。
真恵はそんなことを考える。
その準備が自分のために行われているとは知らなかった。
「よし、早速改造だ。お前たち、女を取り押さえろ」
「「イーッ!」」
真恵の背後にいた黒尽くめの男たちが、真恵の両腕を取り押さえる。
「えっ? これはいったい? 改造って何?」
今さらながらに改造という言葉に恐怖する真恵。
だが両腕を取り押さえられ身動きが取れない。
「ショッカーが世界を支配するためには多数の改造人間が必要だ。その手術のためには大量の血が必要となる。注射器で血を奪い取ろうとしたお前はまさに血を集めるシラミの改造人間にふさわしい。お前はこれよりシラミの改造人間シラキュラスとして生まれ変わるのだ」
「ええっ?」
青ざめる真恵。
まさかそんなことになるとは思いもしなかったのだ。
「いやっ! シラミの改造人間なんていやです!」
必死で腕を振り払おうとする真恵。
だが、黒尽くめの男たちの力は強く、真恵の力では振りほどけない。
「ムハハハハ、いやならそれもよい。だが、娘を助けることはできんぞ」
不気味に笑う地獄大使。
ヘビのような鋭い眼光が、真恵の全身を射すくめる。
「あ・・・由美・・・」
由美・・・
由美を助けるためなら・・・
由美を助けるためなら私はどうなっても・・・
「わかり・・・ました」
真恵の体から力が抜けた。
******
円形の手術台に載せられる真恵。
衣服はすべて取り払われ、美しく熟れた肉体をむき出しにされている。
周囲にはさまざまな器具が設置され、これから始まる改造手術に備えられていた。
シラミの改造人間?
いったい私はどうなってしまうの?
でも由美が助かるなら・・・
これで由美が助かるなら・・・
不安をグッと飲み込み、真恵は手術台に横たわっていた。
「これより改造を始める」
白衣を着てマスクをかぶった連中が数人真恵を取り囲む。
そのうちの一人が真恵の口に麻酔ガスのマスクをかぶせ、真恵の全身を麻酔した。
そして真恵の改造が始まった。
ショッカーの改造手術は遺伝子の変化による動植物の融合とそれに伴う肉体強化、それをさらに高めるための機械埋め込みという形である。
機械はあくまで補助であり、本質的には動植物の融合による肉体強化が主なのだ。
真恵もその美しい肉体に、シラミの遺伝子を組み込んだ毒々しい色の液体を流し込まれ、肉体がじょじょに変容し始める。
皮膚が黒や茶色に変色していき、強靭ななめし皮のような質感を持っていく。
足の指はすべて癒着し、かかとが伸びてハイヒールのような形となる。
右手の爪は赤く鋭く尖り、左手は握りこぶしのように指が癒着したかと思うとみるみるうちに膨らんでいき、先端からは鋭い針が伸びていく。
形よい胸の周囲にはシラミの卵をかたどったようなぶつぶつが無数に現れ、赤い蛇腹状の皮膚の上を覆っていく。
美人の部類に入るであろう顔も変化をし始め、頭にシラミがへばりついたような形で、シラミの足が頬の左右にぶら下がる。
口元だけは美しい女性のままだったが、舌は鋭いストロー状に伸ばされ、左手の針と同様に血を吸うことが可能だった。
滑らかなラインを持つものの、全身を赤や茶色や黒に染め、シラミの卵のようなぶつぶつを全身に散らし、左手に針とシラミの頭部を持つ女。
それが改造が終わった真恵の姿だった。
補助機械の埋め込みを終えると、次は脳改造である。
これまで暮らしてきた上で身についてしまった犯罪などに対する心理的な忌避感を取り除き、ショッカーのために邪悪なことも平気で行なえるように心理操作を行なうのだ。
その上でショッカーに対する忠誠心を植えつけることも忘れない。
さらに改造されたことに対する違和感や異種の存在になった恐怖を、逆に改造人間であることの優越感へと変化させ、人間でなくなったことを喜びと感じさせてやる。
そうすることで改造人間はショッカーの一員であることの誇りと喜びを感じるようになるのだ。
「う・・・ん・・・」
身じろぎをするシラキュラス。
「む? 地獄大使、シラキュラスの麻酔が切れてしまったようです」
白衣の科学戦闘員が地獄大使に報告する。
「む、どういうことだ? 脳改造がまだすんではおらんではないか」
「シラキュラスの体質的なものと思われます。麻酔のかかりが薄かったのかもしれません」
「暴れられては面倒だ。急いで再度麻酔をかけるのだ」
苦虫を噛み潰したような表情の地獄大使。
かつて脳改造前に麻酔が切れてしまい、裏切り者バッタ男を作り出してしまった痛恨のミスを脳裏に思い浮かべたのだ。
あ・・・
私はいったい・・・
海の底から浮かんでくるような浮遊感に包まれている真恵。
意識がゆっくりと戻ってくる。
そうだわ・・・
私は確か改造を・・・
ハッと目を覚ます真恵。
今しも口元にマスクをかけられ、再度麻酔をかけられるところにがばっと起き上がる。
「むぅ、目を覚ましてしまったか」
地獄大使の表情が歪む。
「私は・・・私はいったい・・・?」
上半身を起こした真恵は、自分の姿がまるっきり変化してしまったことに気がついた。
目の前に出された両手は、右手には赤く鋭い爪が伸び、左手は先端がこぶのように膨らんで先から鋭い針が伸びている。
体も赤い蛇腹状の皮膚に茶色のぶつぶつがいっぱいついているのだ。
かろうじて両胸のふくらみと、腰の括れが女性らしさを物語るものの、まさに異形の存在と化してしまったことを真恵は思い知らされた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
悲鳴を上げて両手で頭を抱え込む真恵。
科学戦闘員たちはただその様子を見ているしかなかった。
「ふんっ!」
地獄大使のムチが振り下ろされる。
「ぎゃっ」
全身に走る電撃に思わず身をすくめる真恵。
地獄大使のムチは改造人間にも有効な電撃ムチなのだ。
「おとなしくするのだシラキュラス。娘がどうなってもいいのか?」
由美のことを思い出してハッとなる真恵。
「心配はいらん。おとなしく脳改造を受ければすぐに改造されたことを誇りに思うようになる。横になるのだ」
由美のことを持ち出されては真恵は逆らえない。
痛みと不安を感じながらも、真恵はおとなしく横になった。
「よし、脳改造を始めろ」
「「イーッ!」」
科学戦闘員たちが真恵に再び麻酔を嗅がせ、脳改造に取り掛かった。
麻酔をかけられ、再び意識が朦朧としていく真恵。
そんな中で娘の由美の笑顔だけが脳裏に蘇る。
由美・・・ごめんね・・・ママ化け物になっちゃった・・・
次に会っても由美はもうママのことわからないかもしれないね・・・
でもこれで由美は助かるからね・・・
そうなったらまた一緒に暮らせるね・・・
混濁する意識が奇妙な思いを真恵に抱かせる。
だが、それも機械催眠とチップが埋め込まれるに連れて消えていったのだった。
******
「キャー!!」
夜勤についていた看護師が悲鳴を上げる。
彼女の目の前に突然異形の化け物が現れたのだ。
赤や茶が混じった体にたくさんのぶつぶつをつけ、巨大なシラミが頭にへばりついたような格好の不気味な存在だ。
「おほほほほ、私はショッカーの改造人間シラキュラス。この病院にある輸血用血液をおよこし!」
高笑いをするシラキュラス。
脳改造を受けた真恵は、身も心もショッカーの改造人間として生まれ変わり、地獄大使の命じるままに血液を集めていたのである。
「イヤァッ!」
必死で逃げ出そうとした看護師だが、シラキュラスはすばやく彼女を捕まえると、左手の針とストロー状の舌を突き刺して血を吸っていく。
やがて血を吸われてしまった看護師はふらふらと立つと、シラキュラスの命じるままに血液保管庫に案内し、病院はすべての血液を奪われるのだった。
「ムハハハハ、よくやったぞシラキュラス。これで改造人間を多数作り出すことができる」
満足そうに目を細める地獄大使。
「お褒めいただき光栄ですわ、地獄大使。これからもたっぷりと血を吸ってまいります」
左手の先端の針を輝かせ、誇らしく胸を張るシラキュラス。
彼女にとってはこの異形の姿がとてもすばらしく誇らしいものなのだ。
「次の目標は東都大学病院だ。ここには日本有数の血液保管庫がある。警備もきびしいだろうがお前なら問題はあるまい」
モニターに映し出される病院の姿を指し示す地獄大使。
だが、シラキュラスは無言でその映像を見つめるだけだった。
「どうしたシラキュラス」
「あ、はい、お任せくださいませ地獄大使。保管されている血液はすべて奪い取ってまいります」
どうしたというの・・・
あの病院を見たとき何かが頭に浮かんできたような・・・
ふふ・・・
気にすることなどないわ・・・
私は地獄大使の命令どおりにすればいいだけ。
すぐに命令を果たさねば。
「お前たち、ついてきなさい!」
戦闘員たちに声をかけ、シラキュラスはアジトをあとにした。
******
「ママ・・・」
パジャマ姿で病院のベッドに横たわる由美。
今日は輸血はないものの、無理をするとすぐに体がだるくなるため、病院からは出られない。
日曜日には友人やおじいちゃんおばあちゃんなどが来てくれるけど、平日の夜はただ寂しいだけ。
ここ数日ママも来てくれない。
毎日のように来てくれたのにどうしちゃったんだろう・・・
病気だから来てくれないのかな・・・
ママはもう私のことを見捨てちゃったのかな・・・
そんなことを考えると、自然と涙が落ちてくる。
「ママ・・・寂しいよ、ママ・・・」
握り締めた手の甲で涙をぬぐう由美。
やがて静けさが由美に眠りをもたらしていった。
「ん・・・」
由美が目を覚ましたのは真夜中に近い時刻。
いつもなら目を覚ます時間ではない。
だが、病室の外で何かごそごそする音がして、眠りが浅かった由美は目が覚めてしまったのだ。
「なんだろ・・・」
普段でもナースコールがあったりして多少はざわつくのが病院の夜。
だから物音がしても特に変なことはない。
でも、何かが由美の感覚に引っかかったのだ。
由美はそっとベッドから起き出すと、ドアをそっと開けてみた。
「キャッ」
思わず悲鳴を上げてしまう由美。
廊下にはうつろな表情の看護師を先頭に異形の化け物と黒尽くめの男たちが歩いていたのだ。
その化け物が悲鳴に気がついたのか由美を見る。
「見たわね、小娘。うっ・・・」
突然右手で額を押さえる化け物。
少しぼうっとしたような状態になったをの見た由美は、すぐにドアを閉めてベッドの下に入り込む。
ああ・・・怖いよぉ・・・
化け物が・・・化け物が来た・・・
がたがたと震えながら、由美は身を硬くして目を閉じる。
あとは見つからないことを祈るだけだった。
「うう・・・今のはいったい・・・?」
ドアの影から覗いていた少女を見たとたんにシラキュラスは頭痛に襲われたのだ。
ちらっとしか見なかったにもかかわらず、少女の姿はありありと脳裏に浮かぶ。
改造され認識能力が大幅に上がっているとはいえ、今までこんなことはなかった。
「お前とお前はこの女と保管庫へ行きなさい。お前は私と一緒にあの小娘を捕らえるのよ。私たちを見た者は生かしてはいけないわ」
シラキュラスは頭痛が治まってきた頭を振り、戦闘員たちに指示を出す。
そして自ら由美のいる部屋に向かうのだった。
病室のドアが静かに開く。
カツコツと足音が響き、ベッドに近づいてくる。
由美はもう生きた心地がしない。
見つかりませんように・・・
ただそれだけを祈り続ける。
だが、それはむなしい祈りだった。
「うふふふふ・・・隠れても無駄よ」
巨大なシラミがへばりついたような頭がベッドの下を覗き込む。
「キャァァァァァッ!」
声の近さについ目を開けた由美は、目の前に化け物がいたことで思わず悲鳴を上げてしまう。
「お黙り! おとなしくしなさい。騒ぐと殺すわよ」
恐怖のあまり自ら口を押さえる由美。
その由美を背後から戦闘員が引きずり出す。
「ふふふ・・・私たちを見たからにはどの道生かしては・・・あっ」
戦闘員に抱きかかえられた由美を見たシラキュラスはハッとなる。
「由美・・・由美・・・どうして・・・私はどうして・・・」
「えっ? どうして私の名前を?」
いきなり化け物が自分の名を呼んだことで由美は驚いた。
「ああ・・・私はどうして今まで由美のことを・・・由美・・・由美・・・ママよ・・・私はママよ」
由美の姿を見たことで記憶の一部が戻るシラキュラス。
「そ、そんな・・・違う! ママはそんな化け物じゃない!」
由美は必死に首を振る。
目の前の化け物がママだなんてことがあるはずがない。
「まあ、由美ったら失礼ね。この美しい体を化け物だなんて」
シラキュラスの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
記憶が戻ったとはいえ、脳改造をされてしまったシラキュラスはその記憶を都合のいいように改ざんしてしまうのだ。
「まだ人間のままだからそんなふうに思うのね。いいわ。地獄大使は由美を助けてくれるって言って下さったわ。由美も我がショッカーの改造人間にしていただきましょ」
「な、なにそれ? いやっ! いやよ!」
「お黙り!」
シラキュラスの手刀が由美の首筋を打ち、由美はぐったりとしてしまう。
もはや我が娘の意識を失わせるぐらいためらうことではないのだ。
「いくわよ。その娘を連れてきなさい」
「イーッ!」
ぐったりとなった由美を連れ、シラキュラスと戦闘員は病室をあとにした。
******
気がつくと由美は裸にされ円形の手術台に載せられていた。
周りには白衣に白マスクの男たちや、三角形の頭をした異形の男、そしてママだと言ったシラミの化け物がいる。
「ひっ」
由美は息を飲んで思わず身を硬くするが、両手両脚を固定されていたので逃げることはできなかった。
「わ、私をどうするつもりなの?」
由美はそう口にする。
すると、あのシラミの化け物がそっと由美の頭を撫でた。
「心配いらないわ」
「えっ?」
「ショッカーの改造手術であなたは生まれ変わるのよ。もう病気で苦しむ必要はないわ。シラキュラスジュニアとなって私とともにショッカーに仕えましょう」
由美は驚いた。
もしかしてこの化け物は自分も化け物にしようとしているの?
「ふん、本来なら守る必要のない約束だが、お前の働きに免じてこの娘を改造してやろう。ショッカーの寛大さに感謝するがいい」
地獄大使の尊大な声が響く。
シラキュラスはすっとひざまずいて頭を下げた。
「ありがとうございます地獄大使。娘ともども永遠にショッカーにお仕えいたしますわ」
「ふん、単独の改造人間としては能力に不足があるが、お前のサポートとしてなら問題ないだろう。改造を始めろ」
「イーッ!」
白衣の科学戦闘員が由美に麻酔をかけていく。
目の前で娘が改造され、自分と同じシラミの改造人間に変化していくのを、シラキュラスは幸せそうに眺めていた。
END