お金返して!。朝から晩まで安い時給で働いた中からやっとの思いで溜め込んだ
虎の子の500万。絶対にもうかると誘われて始めたFXで米ドルを買って少し儲か
ってラッキーと思っていたら、信じられないような円高で一晩のうちに大損害。
再起をかけてわずかの残った分で底値と信じて買った株は底抜けて紙くずに。
幸子は自分の名前を呪った。生きる希望を失い携帯で自殺指南サイトを探すと
今にも決行しそうなパーティが見つかった。
さすがに年老いた両親には別れを告げておこうと電話をかけたが、お客様の都合
で取り外されてます、とのアナウンスが流れるだけ。親も電話代を払えないほど
大変なんだ、と思ったが何もできない自分。玉の輿で外資系のエリート金融マンに
嫁いだ妹とはソリが合わず疎遠だったけど、これが最後だと思うと声が聞きたくも
なったが、決心が鈍るといけない、と敢えて連絡をしなかった。
後で自堕落とか後ろ指を差されたくなくて部屋もしっかり掃除してゴミも分別
していつでも出せるように。パーティへの集合日までにゴミの収集日はないので
こうして分けておくのが幸子のけじめだった。
パーティの集合場所はありふれているが富士の樹海。テレビのニュースや秘境
探検番組で自殺者の捜索を見たことはあるけど、自分の番となるとあのシーンが
思い出されて。白いシートを被せられ担架で運び出される自殺者の遺体。ううん、
どうせ生きていたって苦しいだけだし、仲間も一緒だし、楽に逝けると言うし。
あらかた身辺整理が済ませ、わずかに残った金から旅費を除いた分を両親に送金、
幸子は思い残すことはないわ、と部屋にカギを置いて出た。鍵なんて必要ないわ、
どうせ戻ってこないんですもの。
集合日は日曜だった。樹海にハイキングに向かうカップルや家族連れの明るい
声を電車の中で聞きながら、幸子は頭の中で自分の人生を走馬灯のように回想して
いた。本当にこれで終わりにしていいの、思い残したことはないの?もう一人の
幸子が幸子に問いかけてくる。いいの、楽しいことなんて少しもなかったもの。
樹海の入り口の集合場所についたのは日が傾きかけて薄暗くなった頃だった。
今回の死のパーティの幹事は本名は判らず、通称Sという男だった。数人集まると
聞いていたが、待ち合わせ場所にいたのは中年の男一人だけだった。上から下まで
黒尽くめでサングラスをかけた男は佐藤と名乗った。ああ、この人が幹事なのね、
でも他の人はどこに?佐藤の頬の派手な傷が彼がまともな稼業の人間でないことを
うかがわせた。幸子は佐藤に「あのー、他の方は?」と尋ねた。佐藤の表情は
変わらず、「他の人は怖気づいてしまったようですね。来たのはあなただけです。
どうします?やめますか?」そう、そこで思いとどまっていれば幸子の運命もまた
変わっていたかもしれない。あの恐ろしい改造手術を経て怪人にされてしまうなど
むろん彼女に判る訳もない。ちなみに、佐藤は各参加者に時間が変更になりました、
とメールを送り、一人ずつ別々に呼び出してはアジトに連れ込んでいたのだ。そう、
そして幸子が今日の最後の獲物。佐藤は幸子が改めて死出の旅を決心したのを確認
すると、行きましょうか、と肩を抱き、日暮れて真っ暗になった樹海に向かって
幸子を何処かへと連れて行く・・・