「剣崎も、もうマッハやタイム使っちゃうべき」
「タイムで他のバイクを止めちゃえばぶっちぎりだよね」
客席のそこかしこで囁かれるそんな声が、風に乗って剣崎の耳に届く。
「そうですよ剣崎さん! 俺たちも、カードを使えばあんな奴らなんて!」
隣に来たレンゲル睦月も焦れたように叫んだ。
反対側に並んだカリスに至っては、既に無言でカードを引き抜いている。
第一、一周目で手痛いダメージを受けたナイトサバイブが
なぜこの時点で先頭集団に居たのかと言えば、
巨大コウモリに変形させたダークレイダーの背に乗って、ライダーたちの頭上を飛んできたからなのである。
マッハのカードを使って速度を倍にする程度のことは、
もはや反則でもなんでもないと言えた。
だが、剣崎はカードを取り出そうとしない。いや、出せないのだ。
(橘さん……。俺は、どうすりゃいいんですか!!)
剣崎を縛り付けるもの。
それは、ここまで全く超常的な特殊能力を駆使しようとせず、
己の技量だけを頼りに駆け抜けてきた
先輩ギャレン橘と、その好敵手クウガの雄雄しい後ろ姿だった。
現に今、バイクではないバイク三台に一瞬で抜き去られながらも
2人のデッドヒートにはなんら変化は見られない。
たしかに、たとえギャレンがカードを使い、バイクごと2体に分身して火達磨になったとしても
速度は全く変わらないのかもしれない。
しかし、当然あってしかるべき便利な特殊能力をここまで一切使っていないクウガと
それを一途に追う先輩の姿に、剣崎は
これが本当のレースってもんじゃないのか? という思いを抱かずにおれないのだ。
だがこのままでは、自分自身もまたあの2人も、
優勝争いから脱落してしまうのは目に見えている。果たしてそれでいいのか。
そんなジレンマに悩む剣崎をよそに、
あんなスピードでコーナリングなどできるのかと思うような速度で
果敢に第一コーナーへと突入するクウガ(現在4位)、そしてギャレン(同5位)。
剣崎は知らなかった。
実はこの時点で、クウガ=五大雄介の心の中に
ある重大な懸念が芽生えつつあったことを。
「――すいません!」
「――なんだっ!」
猛烈な向かい風の中呼びかけてくるクウガに、ギャレンは怒鳴り返した。
変身状態で話しかけられるとついケンカ腰の応対になってしまうのは
剣崎との度重なる同士討ちによって育まれてしまった、橘の悲しい条件反射である。
しかし、クウガ=五大雄介はそんな彼の態度に気を悪くした様子もなく、
真剣な声で問い掛けた。
「……どうやって、曲がるつもりなんですか?」
――なんだそんなことか。
仮面の下で、橘は思わず笑みを浮かべた。
目の前には、既に危険なほど近く、第一コーナーの壁が迫っている。そして速度は、両者ともにトップスピード。
だが、彼の心には一点の不安も無い。
――お前と同じように、ハンドルを切りつつ車体を傾けてだ。
この男にできることなら、自分も同様にやってみせる。
天才的な戦闘とライディングの技量を誇る橘ならではの、それは絶対の自信だった。
だが次の瞬間、橘は見た。
自分の目の前を走っていたクウガが、軽く車体を傾けて脇へ逸れたかと思うや否や、
ビートチェイサーのテール部からパラシュートを出して猛減速する姿を。
「。」
後ろに向かって逆走したかのように視野から消えたクウガの姿を求めて、
わざわざ振り向いてしまったのが致命傷となった。
「「橘さんっ! 前まえっっっ!!」」
剣崎と睦月の、完璧にシンクロした悲鳴が青空に響く中――
ギャレンが見たレース最後の光景は
視界全てを埋め尽くす、第一コーナーの壁の模様だった。
(続く。)